【P5R】主すみ詰め合わせ【二次創作】 (KOMOREBI)
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Vol.1 Reporting to their fellow

 あらすじ読んでね!!


 本作品には以下の注意事項がございます。

・ATLAS様の「ペルソナ5ザ・ロイヤル」の二次創作作品です

・無印版ではなく、完全版の方のその後ですので、本編のネタバレが含まれています

・よく言えばスピーディー、悪く言えば展開が早すぎる

・稚拙な文章

 以上のことが許せる方はどうぞ楽しんでいってください。


 この作品はフィクションです。実在する人物、団体、事象、宗教とは一切関係ありません。


※付き合い立て、春休み前ぐらいです※

 

 

 私には付き合い立ての恋人がいる。

 人生で初めて本当に心の底から好きになった、初めての恋人。

 学校の先輩でもあり、そして私たちの頼れるリーダーでもある彼は、優しさ、度胸、知識、器用さ、魅力、どれを取っても完璧な私の自慢の恋人なのだ。

 

 今から2ヶ月ほど前、ノリと勢いで思わず自分の気持ちを伝えたら先輩は優しい笑顔で「自分も好きだ」と言ってくれた。

 正直今でも信じられない。

 自分の気持ちに気づいたのは告白する少し前で、そこから一気に色々と自覚していった。

 大好きな先輩が自分の恋人だなんて、こんな幸せなことあるのかと、こんなに幸せでいいのかと、そう思ってしまう。

 

 だがやはり、世の中はそこまで甘くはないようだ。

 あと数週間で、先輩は地元へ帰ってしまう。

 付き合い始めたばかりで遠距離恋愛はなかなか辛い。

 だからこそ、私たちは話し合って先輩が地元へ帰るまでの間、なるべく沢山会おうという事になった。

 

 

 今日は特に何があると言ったわけではなかったが、怪盗団の仲間でルブランに集まり食事をして楽しい時間を過ごした。

 元々みんな夕方から別の予定が入っていたので、時計の針が5時を回った時、段々と解散していった。

 

 最後まで残っていた竜司先輩と杏先輩が「そろそろ帰るか」と呟くと、私たちに別れを告げて帰っていった。

 気づくとモナ先輩もルブランを出たみたいで、意図せず2人きりになってしまった。

 そのことに気づいて、私は顔が熱くなるのを感じた。

 

 鼓動が速くなるのを感じて、髪を弄ってみたり座り直してみたりと、意味のない行動を取って恥ずかしさと緊張を誤魔化す。

 目の前に座っていた先輩が席を立ち、空になったコーヒーカップを片付ける。

 片付け終わって、また席に戻ってきた。が、そのまま元の席に座ることはなく、極自然に、当たり前のように私の隣に座った。

 ソファ席は十分に広いはずなのに、先輩は私に密着するほどに近づいて座る。

 

「れ、蓮先輩っ……!?」

 突然の出来事に驚き、思わず逃げるように身を引いた。

 獲物を追いかけるように先輩が身を寄せる。少し悲しそうな表情をして不安げに尋ねてきた。

「嫌か?」

 

 もちろん、嫌なわけない。

 すぐに口に出そうとするが、とても近い距離に先輩の顔が来たせいで色々な懸念が頭をよぎって吃ってしまう。

「い、いやじゃないです……っ!」

 

 そう伝えると、先輩はニコッと柔らかく笑った。

 自分も釣られてしまうような、心の奥底から幸せにしてくれるような、そんな微笑み。

「好きだよすみれ」

 

 体を私の方に向けて、腰の辺りに手を回す。

「あ…………」

 それに驚いて小さく声を漏らす。恋愛経験皆無の初心者には少し刺激が強い。

 勇気を振り絞って、先輩に答えるように私も手を伸ばした。

 

 先輩の体に手が触れると、焦れったいとでも言うかのように先輩が私をぐっと引き寄せる。

 私よりも大きくて頼りがいのある体に包まれて、得体の知れない幸福感が全身を満たした。

 それと同時に心臓が今にも飛び出してしまいそうなほど大きく動いて、体を密着させた先輩にこの音が聞こえないか心配になった。

 

 カランコロンッ。

 

 と、その場に似合わない軽快なベルの音が聞こえた。

 一瞬理解が追いつかなくて、と言うか先輩に抱きしめられていて思考がままならなかったこともあって、しばらく固まった。

「えっ……?」

 

 聞き覚えのある青年の声が聞こえて、ばっと顔だけを向けた。

「り、竜司先輩!!?」

 咄嗟に離れようと蓮先輩を押し退けようとするが、先輩は離れるどころかより強く抱きしめてきた。

 

「どうした竜司?」

 至って冷静に蓮先輩が尋ねる。

「…………あぁ、いや……忘れ物取りに来たんだけど………………。え? お前ら付き合ってたの?」

 酷く困惑した様子で竜司先輩がそう言った。

 

 別に隠している訳ではなかったが、何となく仲間内の関係を気にしてか、まだ怪盗団の皆には私たちのことを教えていなかった。

 蓮先輩に抱きしめられていることと、それを竜司先輩に見られたことが相まって、心臓の鼓動がより激しくなる。

 

 蓮先輩が少し名残惜しそうに体を離して、私の肩を抱き寄せながら自慢げに言った。

「あぁ、付き合ってるぞ」

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

 竜司先輩に付き合っていることがバレてから数日。

 私たちは何故かルブランで尋問を受けていた。隣には蓮先輩。そして目の前には怪盗団の先輩方。色々な意味で圧を感じます……。

 

 さて、バレたのは竜司先輩だけにも関わらずなぜこうなっているのかと言うと…………、竜司先輩が自分だけ知らないと思って皆さんに言いふらしたからです…………。

 最初は杏先輩、その後すぐに女子メンバーに広まり、祐介先輩はさっきそこで知った。

 

「……て事で、大体2ヶ月前からすみれと付き合ってる」

 先輩が改めて報告する。たったそれだけなのに、私は恥ずかしさに顔を赤らめた。

 

 少しの間沈黙が続く。

 蓮先輩がコーヒーを飲む音だけがして、やっと真先輩が口を開いた。

「そう、やっとなのね」

「長かったねぇ」

 春先輩の緩いコメントをきっかけに、竜司先輩と祐介先輩を除いた皆がワイワイと話し出す。

 

 私は何が何だか分からずしばらく放心した。

 何がやっとで、何が長かったのだろう。

「ちょ、ちょっと待ってくださいっ! やっと、ってどういうことですか?」

 私の発言にみんなの話が止まり、顔を見合わせる。ふふっと笑いあって、真先輩が話しだした。

 

「ごめんね。何の事か分からないわよね。私たち……あぁ、竜司と祐介は違うけど、ずっといつ付き合うんだろうねって話してたの」

 説明されたのに全く入ってこない。困惑してる私を見て杏先輩が言う。

 

「蓮のやつ、ずっとすみれのこと好きでアピってたのに、すみれったら全然気づかなくてさ。私達が気付いたのはすみれと知り合ってすぐ。もっと前から好きな人いるんだろうなぁとは思ってたけど、すみれと知り合って『あ、この子なんだ』って思ったってわけ」

 

「何それ怖い」

 と、隣で蓮先輩が呟く。

 そこまで分かっちゃうなんて凄いなぁと思いながら、それよりもいつから好きだったかなんて蓮先輩からは聞いたことが無くて、恥ずかしいという気持ちの方が大きかった。

 てっきり私の方が早く好きになっていたものかと……。

 いや、もしかしたら私が“私じゃなかった”せいで自分の本当の気持ちに気づかないフリをしていただけなのかもしれない。

 

「あ、あの、蓮先輩……」

 恥ずかしさに顔を伏せながら、先輩に呼びかける。

「ん? 何?」

 

「そ、その…………杏先輩の言ってたこと、って……ほんとなんですか…………?」

 我ながらなぜこんなに恥ずかしい質問をしたのだろうと思う。

 

 自分の声すらかき消す程の大きな心臓の音が聞こえて、蓮先輩の言葉を待つ。

 たった数秒にも満たない時間だったのかもしれないが、私にはとても長く感じられた。

 蓮先輩がゆっくりと口を開く。そして静かな声で、少し照れ臭そうに笑って言った。

 

「あぁ、本当だ」

「え、っと……それはつまり…………その……いつから……ですか…………?」

 火が吹きでてしまいそうなほど熱くなった顔をどうにか見せないように隠して尋ねた。

 

「…………言わなきゃダメか……?」

 同じように頬を赤らめた蓮先輩がぼそっと呟くように言った。

「聞きた……」

 ───聞きたいですと言おうとしたところで、竜司先輩が呆れたように声を張り上げた。

 

「お前らさぁ……イチャつくなら俺らのいない所でやれよ!!!」




 気まぐれに投稿していきます。よろしく。

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Vol.2 Baby

 P5R本編から約10年後、主すみと祐双が結婚しています。
 名前は出ていないですが主すみに子供が生まれているので捏造強めが苦手な方はご注意ください。


 本作品には以下の注意事項がございます。

・ATLAS様の「ペルソナ5ザ・ロイヤル」の二次創作作品です

・無印版ではなく、完全版の方のその後ですので、本編のネタバレが含まれています

・よく言えばスピーディー、悪く言えば展開が早すぎる

・稚拙な文章

 以上のことが許せる方はどうぞ楽しんでいってください。


 この作品はフィクションです。実在する人物、団体、事象、宗教とは一切関係ありません。


※未来捏造・主すみ&祐双結婚・子供 以上の要素ありです※

 

 

「こんにちは~!」

 

 来客を知らせるベルが鳴って、それと同時に赤子の泣き声が聞こえた。

 ここ純喫茶ルブランのマスターである惣治郎が、その声に微かに表情を明るくさせた。

 

 替えのおむつや着替え、その他諸々が入っているであろう大き目のバッグを持ったすみれが店内に入り、続いて泣き喚く赤ん坊を抱きかかえた蓮があやす様に規則的に揺れながら入ってくる。

「いらっしゃい、待ってたぞ」

「すみません……全然泣き止んでくれなくて。お腹が空いただけだと思うんですけど…………」

 テーブルに荷物を置き、すみれが惣治郎に詫びる。

 

「いいって、気にすんな。赤ん坊は泣くもんだ。今は客もいないしよ」

 ありがとうございます———とすみれが軽く頭を下げる。

「どうしよう蓮くん、おっぱいあげたいんだけど……」

「そうだな……二階、使わせてもらえないかな」

 

 2人の会話を聞いてか、惣治郎がカウンターに置かれたコーヒーカップを片付けながら言う。

「二階なら使っていいぞ。上には誰も行かねぇように見とくから心配すんな」

 

 

 数分後。

 10年前蓮が寝起きしていた簡易ベッドの上に座り、すみれは幸せそうに授乳していた。

 隣に座っている蓮はタオルを片手に持ち、この夏だと言うのにクーラーのない少し蒸し暑い部屋のせいでかいていたすみれの汗を拭いている。

 ここが喫茶店の二階でちょっと埃っぽいことを除けば仲睦まじい幸せな家族のひと時であった。

 

 と、下からドアベルが鳴る音が聞こえて、聞き覚えのある女性の声と猫の声が聞こえた。

「お前は駄目だぞモナ。猫じゃないなら今はダメだ。猫なら良いけどな!」

「猫じゃねー! ここで待ってるよ!!」

 

 そうしてすぐ階段を駆け上るドタドタと言う足音がして、双葉が顔を出した。

 10年前とは違い、背も、伸びて……、大人な女性といった風貌になっていた———というのは双葉が自分で言っているだけで、昔から変わらず元気な様子であった。

 

「おっす蓮! すみれ! 赤ちゃん連れてきたって!? おぉぉぉぉ、かっわいいなぁぁぁああ!!」

 挨拶する暇すら与えず、蓮とすみれの元に駆け寄って、少しためらってから静かに刺激しないようにすみれの隣に座った。

「また盗聴したのか双葉……」

 呆れた様子で蓮が言うと、双葉はむっとして反論した。

「んなわけないだろ! そーじろーに教えてもらったんだよ! あ、モナなら下にいるぞ」

 

 うにゃぁぁぁああおという猫の声が下から聞こえる。おそらく誰もいなくなったのをいいことに惣治郎がモルガナと戯れているのだろう。

 蓮とすみれが同棲し始めてから、モルガナはずっと佐倉家が世話をしている。

 モルガナがこれを聞けば「ワガハイが世話をしてやってるんだ!」と言い出しそうだが……。

 

「な、なぁ、撫でてもいいか!?」

「もちろんですっ、いっぱい撫でてあげてください!」

 すみれに許可をもらってから、恐る恐る食事に夢中な赤子の頭に手を伸ばす。

 可愛い可愛いと何度も繰り返しながら頭を撫でる双葉を、蓮は嬉しそうな様子で眺めていた。

 

「双葉先輩は子供授かる気ないんですか?」

 授乳が終わり、お腹いっぱいになってうとうとしている赤子を抱いて優しく揺らしながら、すみれが問うた。

 

「うーん……ほら、私はこの通りバリバリ働いてるし? オイナリは今ちょうどいい時期だからなぁ」

 オイナリ、と懐かしい昔の呼び方で双葉はそう言った。

「多分あいつも子供できたらどうしても私が大変になるの分かって言わないんだと思う」

 

「祐介なら子供も新たな着想の源となる! とか言い出しそうだけどな」

 ここにはいない祐介の事を思い出し、蓮がおどけた様子で笑って言った。

 双葉がそうだな、と小さく笑う。

 

 少し空気が重いのを感じてか、わざと声を明るくして双葉が言う。

「まぁでも! 作る気がないわけではないぞ! そーじろーにも孫の顔を見せてやらないとだしな!!」

 

 

 約1時間後。

 モルガナと戯れる子供を横目に、蓮とすみれは惣治郎の淹れたコーヒーを楽しんでいた。

 

 惣治郎がプレゼントしたモルガナそっくりの猫のぬいぐるみを早速よだれでべちゃべちゃにして、楽しそうにきゃっきゃと笑う。

 親子三世代が揃い、10年前の激闘とは対照的に、そこは幸せな雰囲気で包まれていた。




 惣治郎は子供好きだと思う


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Vol.3 Because we are a married couple

 リクエストいただきました。
 すみれが自分のために仕事も家事もしてくれる蓮に対して罪悪感を覚えるお話です。


 本作品には以下の注意事項がございます。

・ATLAS様の「ペルソナ5ザ・ロイヤル」の二次創作作品です

・無印版ではなく、完全版の方のその後ですので、本編のネタバレが含まれています

・よく言えばスピーディー、悪く言えば展開が早すぎる

・稚拙な文章

 以上のことが許せる方はどうぞ楽しんでいってください。


 この作品はフィクションです。実在する人物、団体、事象、宗教とは一切関係ありません。


※主すみ既婚の妄想です※

 

 

「ふーっ……」

 グッと伸びをして、疲れを身体から逃がす様に息を吐いた。

 流石に長時間ブルーライトを浴びすぎたか。仕事だからと言って長時間続けるのは良くないな。

 

 そんなことを考えながら、蓮はチラッと壁掛け時計に視線をやった。短い針は丁度6の数字を指している。

 すみれの練習が終わるのが夜8時。

 今日はいつもよりも早く終わるらしく、「今日こそ洗濯と食事の片付けは私がやります!」と意気込んでいた。

 

 適当な所で仕事を切り上げ、パソコンを閉じる。夕飯を作り始めるには少し早いか、そう考えて椅子から立ち上がり、部屋をぐるっと見渡した。

 蓮とすみれで分かれているので、それぞれの部屋はそこまで広くない。

 とは言えすみれは自室をほとんど使わない。寝る時も大抵は、なんと喧嘩中すらも、すみれは蓮のベッドに潜り込んでくる。

 

 

 2人分の散らかしを片付け、時計を再び見る頃には丁度いい時間になっていた。

 帰ってきてすぐに入れるようにと、早めに風呂を掃除しお湯を溜めた。

 風呂を出てキッチンに向かう。蓮もすみれも料理をするので他の設備よりもいいものにしたが、結局練習で忙しい日々を過ごすすみれはあまり使っていない。

 

 冷蔵庫を開けて数秒中身を見つめる。

 献立とスケジュールを頭の中で構築し、疲れたすみれのためにと鶏を使った料理にすることにした。

 

 数十分後、あとは最後の仕上げだけとなったところで時計は8時20分前を指していた。

 鍋に入った料理を見て、食べるすみれの姿を想像する。喜んでくれるかなと愛する妻を想い、ふっと笑う。

 手を洗ってエプロンを脱ぎ財布とスマホを持つと、蓮は玄関へ向かった。

 

 壁にかかった車のキーを手に取る。

 とその時、片手に持っていたスマホがブーッと言って振動した。

 ドアノブにかけかけていた手を引っ込めてスマホを見る。

 

 送信主はすみれ。

『すみません、今日はまだ終われそうにありません。夕飯は先に食べていてください』

 スマホのロック画面には可愛らしい飛び切りの笑顔をこちらに向けるすみれを背景に、そう綴られていた。

 

 キーをフックに戻し、リビングに帰る。

 ドカッとソファに座ってスマホの画面を眺め呟く。

「少し頑張りすぎなんじゃないかなぁ……」

 

『分かった。応援してるよ』

 短く一言、それと猫のスタンプを送った。

 本当に一瞬だけ練習から抜けてきたのだろう。既読が付くことはなくもちろん返信も無かった。

 

 1分ほど何かを期待して変化のないスマホ画面をただ見つめて過ごした。

 いつもと何かが違うすみれからのメッセージに少し違和感を覚えつつ、ぼーっとしている訳にもいかないとソファを立ち上がる。

 

 キッチンに置いたままだった、料理の入った鍋やらを冷蔵庫にしまい、風呂場へ向かう。

 チラッと湯が溜まったのを確認して、少しや間悩む。

 先に風呂に入ってしまうべきか。洗濯機を早く回したい。

 

 とそこまで考え、結局蓮は入浴を断念した。すみれは汗だくになって帰ってくるだろうし、そもそも入浴中に迎えの連絡が来ては困る。

 風呂の扉を閉め、洗濯の準備をする。

 新婚の時は顔を真っ赤にしながらしていた下着類の洗濯も、今やそれが日常となっている。

 

 この下着エロいな、今度着させてやろう。

 そんなしょうもない妄想を膨らませつつ、手馴れた様子で洗濯機を回し始めた。

 ルブランに住んでいた頃はわざわざ外に出てしかも長い時間を奪われていたのになんて楽なんだろう。

 スタートボタンを押して洗面所を出る。

 

 それから数十分後。

 スマホを開きいつ迎えに行けばいいかと連絡を取ろうとしたところで、玄関の方でガチャっと言う音がした。

 続いて「ただいまぁー」という覇気の無い声が聞こえて、蓮は小走りで玄関へ向かった。

 

 バッと玄関に出ると、大きく重そうなバッグをギリギリ地に着いていないかという位置でだらんと持ち、疲れきった様子で佇むすみれがいた。

 もはや靴を脱いで家に入るのも面倒くさいと言った様子だ。

 ふっと顔を上げ蓮を見ると、誤魔化すようにへらっと笑った。

「蓮くん……、遅くなって、すみません」

 

「おかえり。先お風呂入るよね」

 すみれの笑顔に答えるように微笑んでそう言った。

 重そうなバッグを受け取ると、すみれはゆっくりと靴を脱いで家に上がった。

 

 顔を俯かせたまま、すみれが固まる。そして顔を見せないまま、静かに震えた声で言った。

「お風呂、の前に…………ちょっとだけ、ぎゅってしてくれませんか……?」

「うん。おいで」

 すみれの言葉を聞き、蓮は即答してすみれを迎えるために両手を開いた。

 

 ゆっくりと歩を進め、開かれた蓮の胸の中に収まる。

 少し強くぎゅっと抱きしめると、すみれの体が思ったよりも小さくて細いことを思い出した。

 確かに新体操で培った筋肉は美しく付いていたが、それでもやはり自分と比べてすぐに折れてしまいそうな華奢な体をしている。

 

 蓮が想像する以上に大きなものを、この小さな体ですみれは背負っている。

 せめてそれの一部分でも、自分が担ってすみれを支えなくては。

 すみれを抱きしめながら蓮は改めてそう決意した。

 

 数分間そうしたままでいると、すみれが蓮から離れ笑って言った。

「少し、元気が出ました。ありがとう、蓮くん」

 その笑顔に惹かれて、蓮は再びすみれを抱きしめた。

 

 

◇◆◇

 

 

「お風呂上がりました。洗濯、できなくてごめんなさい」

 髪をおろし眼鏡をかけ、蓮とお揃いのパジャマを着たすみれが洗面所から出てきた。まだ身体からは湯気が微かに立ち上り、顔も少し赤く染まっている。

「気にしなくていいよ。どうせ俺は時間あるし」

 蓮の言葉を聞いて、すみれは申し訳なさそうな複雑な表情を浮かべた。

 

「ご飯すぐ食べられるよ」

 食卓に最後の品を配膳していた蓮が言う。

 

 蓮の作った健康的な料理が2人分、食卓に並んでいる。

 どれも蓮がすみれの体調を踏まえ、最高のコンディションで新体操をできるようにと考え尽くされたメニューだ。

 予想していなかったいつもと同じ光景にすみれが目を見張って言う。

「えっ? 蓮くんまだ食べてないんですか!? 先に食べてていいって言ったのに」

 

「すみれと一緒に、食べたかったから」

 ニコッと笑ってそう言うと、自分の前の席にすみれを促す。

「嬉しい……ですけど…………。少し、申し訳ないです」

 そう言って腰かけ、いただきますと手を合わせてすみれは目の前の料理を食べ始めた。

 

 いつもは楽しく会話が弾む夕食は、とても静かなものだった。

 すみれは自分から話を出すことはなく、蓮に話しかけられてもどこか上の空な様子だった。

 数十分その様子が続いて、とうとうすみれが食べ終わった。

 

「ご馳走様でした、今日も美味しかったです。あの、ご飯食べ終わったら話したいことがあるんですけど……大丈夫ですか?」

「え? あぁ、もちろん、いいよ」

 

 

◇◆◇

 

 

「それで、話って?」

 夕飯の後片付けを終え、すみれと並んでソファに座っていた蓮はそう切り出した。

 迷っているような感情の読み取りづらい顔をしてからすみれは静かに話し始めた。

 

 結婚してからすみれの練習は世界に向けてより厳しいものとなり、それに比例するように蓮への負担は大きくなっていった。

 安定した生活を送るための収入源、自分たちが住む家の仕事、すみれの身体的、精神的なサポート。

 全てを負う蓮に、すみれは酷く負い目を感じていた。

 

 結婚する前、同棲していた頃から蓮はすみれのことを支えてきたが、結婚して夫婦になって、その罪悪感はさらに大きなものになった。

「私が、新体操をやっているせいで、蓮くんには迷惑しかけてないで…………。まともな休日も無いし、旅行にも行けないし、新婚旅行も、まだですし、みんなで集まる時も、私だけじゃなくて蓮くんも行けなかったり、私のせいで…………蓮くんの色んなことが制限されてしまって、それが申し訳なくて……辛くて…………どうしたらいいか、分かんなくて…………」

 

 ポツポツと、両の眼にうっすらと涙を浮かべながら、少しばかり震えた声ですみれは自分の思いを告げた。

 蓮はそれを静かに聞いていた。

「こんなことなら私……新体操なんか…………」

 

「すみれ」

 言いかけた言葉を、蓮が止める。

 名前を呼ばれすみれはふっと隣を向いた。

「すみれ、そんなこと、嘘でも言っちゃダメだ」

 

 少し緊張感のある声色で、窘めるように言う。

「でも、ごめん。すみれにそこまで思わせちゃってるのに、俺全然気づかなかった。ほんとにごめん」

「そんな! 謝らないでください!!」

 

「すみれ、俺はさ、今の生活に凄く満足してる。もちろん新婚だし、もっとすみれといる時間が長くなったらなとは思うけど」

 すみれが一瞬だけ表情を変え、また申し訳なさそうに俯く。

「俺は全然無理してないし、すみれを支えられるならそれが楽しい」

 

「でもっ!」

 急いで反論しようとするすみれを無視して、蓮がさらに続けた。

「すみれは頑張り屋だから。なんでも自分で頑張ろうとしちゃう。人は1人じゃ生きていけない。支え合っていこう」

 

「夫婦なんだから」

 

 幼い子供を宥めるように、落ち着いた声で笑って言った。

「ごめんなさい……」

「それも禁止。気づいてる? 今日ずっと謝ってばっかだよ。そんな顔してたら可愛い顔が台無しだ」

 

 右手を伸ばし、頬に触れる。

 すみれの顔が朱色に染まり再び顔を俯かせる。

「おいで、すみれ」

 そう言って蓮はすみれを受け止める体勢を取った。

 

 ポスンと蓮の胸に頭を預け、背中にしっかりと腕を回す。

 それに呼応するようにすみれを包み込んで、慰めるようにそっと頭を撫でた。

「もしどうしても辛いなら遠慮なく言って。やってほしい事ならいっぱいあるから」

「はい…………っ!」

 

 すみれの気持ちが落ち着くまでの長い間、蓮は見えない何かからずっとすみれを護り続け、そして2人はそのまま静かに眠りに着いたのだった。




 すみれかわええ


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Vol.5 Encountering with ex-girlfriend

※Vol.4はR-18作品のためpixivに投稿しました。URLは後書きからどぞ※


 東京に来る前、蓮に彼女がいたら、というお話です。

 元カノ (茉奈美) は割と性格がねじれ曲がっている設定なのでご注意を。
 先に言っておきます。
 今回そんなに面白くないです。


 本作品には以下の注意事項がございます。

・ATLAS様の「ペルソナ5ザ・ロイヤル」の二次創作作品です

・無印版ではなく、完全版の方のその後ですので、本編のネタバレが含まれています

・よく言えばスピーディー、悪く言えば展開が早すぎる

・稚拙な文章

 以上のことが許せる方はどうぞ楽しんでいってください。


 この作品はフィクションです。実在する人物、団体、事象、宗教とは一切関係ありません。


※蓮大学1年生、すみれ高校3年生です※

※『地獄の女神は笑う』と設定が異なります※

 

 

 電車に揺られて東京から数時間。

 蓮とすみれの2人は蓮の地元に訪れていた。

「私、ジュネスって始めてきました。すごく広いんですね!」

 いくつか蓮の馴染みの場所を見て回り、午後になって蓮たちはジュネスへと訪れていた。

 隣ではしゃぐすみれに蓮が笑顔で答える。

「東京にはないからな。中学生の頃は遊ぶと言えばここだった」

 少し昔を思い出すように言った。

 すっと右手を差し出し「はぐれるといけないから」と今更ながら言い訳がましいことをする。

 少し照れる様子を見せてから、すみれは嬉しそうに蓮の右手を捕えた。

 指を絡めて繋ぎ方を変える。

 もう何度も同じことをしているはずなのに、すみれはその繋ぎ方に酷く赤面しそれを隠すように俯いた。

 

 そうして数十分ジュネスを見て回り、そろそろ次の場所へ行こうかと話していたころ。

 後方から誰かの声が手を繋ぎ並んで歩く2人を呼び止めた。

「………………蓮?」

 自分の名前を呼ばれて振り返り、それにつられてすみれが振り返る。

「やっぱり!! 蓮だよね!!? めっちゃ久しぶりじゃん!」

 蓮が振り向き顔を見せたことで、声の主である女性がパッと顔を明るくさせて言った。

 言うが早いかすぐに蓮の元へ駆け寄り、少しためらってから腕に触れる。

 蓮は女性の勢いに圧倒されて何も言えず、すみれは二人の距離感に少し違和感を覚えていた。

「ま、茉奈美(まなみ)? なんでここに?」

 少し焦った様子で蓮は女性の名を口にした。

「なんでって……フツーに買い物来ただけだよ? あ、蓮には言ってないのか。私高校卒業した後も地元出ないで専門学校行ってんだよね」

 

 何やら親しそうに話す“茉奈美”と蓮。

 すみれは何が何だか理解できずにただ半身を蓮に隠して交互に2人の顔を見るだけだった。

 明らかに友人のそれではない距離に身を置く“茉奈美”。すみれはその姿にいささか不安を抱いた。

「? この子誰? 私達と同じ高校、じゃないよね……?」

 ひょこっと蓮の影から顔を出し、すみれの顔をまじまじと見つめる。

 少し考える素振りを見せながら「でもどこかで見たことある気がするんだよなぁ……」などと呟く。

「あっ、は、初めまして! 私、芳澤すみれって言います! 新体操をやっているので、たぶん見たことがあるって言うのはそれの事だと……」

 蓮が言葉を発する前に慌ててすみれが頭を下げ自己紹介をした。

「あー! 思い出した! テレビ出てたよね!! すみれちゃんっ! 凄いっ、やっぱり生で見るとテレビよりもっと可愛い!!」

 蓮の腕をやっと離し、すみれの手を握ってぶんぶんと振りながら興奮した様子で言う。

「へっ!? か、可愛い、ですか……? あ、ありがとう、ございます……///」

 すみれが顔を少し赤らめる。

 その隣で蓮はどこか怯えるような表情を浮かべていた。

 

「あ、私自己紹介してなかったね! 崎川(さきかわ)茉奈美(まなみ)ですっ! 蓮と同い年だよ。よろしくね、すみれちゃん」

 僅かに頭を傾け、笑顔で自己紹介する。

 すみれが再び小さく頭を下げ、そして少し考えるように目を逸らしてから意を決した様子で話し出した。

「あ、あのっ! 蓮先輩とは、ど、どういったご関係ですか?」

 サッと血の気が引いた様に蓮が青ざめる。

 茉奈美はそれに気づているのかいないのか、少し考えてから言った。

「ん? 元カノってやつなのかな? 中学から蓮が東京行くまでの間、付き合ってたの」

 茉奈美の言葉を聞き、すみれが固まる。

 それに追い打ちをかけるようにさらに続けた。

「年齢にしては結構長かったし、もう熟年カップルって感じ? だったんだよ、私達。ね、蓮?」

 ふっと横を向いて蓮に笑顔を送る。

「あぁ……まぁ、そう、なのかな…………?」

 蓮が曖昧に返す。

 すみれは俯き暗い雰囲気を放ち、表情は読み取れない。

 

 

◇◆◇

 

 

 数分後。

 蓮とすみれ、茉奈美の3人はジュネス内のフードコートに来ていた。

「それで、蓮とすみれちゃんはなんでこんな所のジュネスに来てるの?」

 よく分からないカラフルな飲み物を飲みながら、茉奈美がそう尋ねた。

「私が来たいって言ったんです。れ、蓮、、くんが、どんなところで過ごしてたのか、見たくて…………」

「………………。ふーん、そうなんだ」

 少し考える仕草を見せ、片方の口角を僅かに上げ笑って呟くように言った。

「可愛い彼女出来て良かったね、蓮。私と全然タイプ違うけど」

 茉奈美の“彼女”という言葉に過剰に反応したすみれが頬を赤らめて俯く。

「あれ? もしかして付き合ってないの?」

 茉奈美の声が明るくなる。

 が、そう言ってすぐに蓮が口を挟んで訂正した。

「いや、付き合ってる。すみれは俺の彼女だ」

 

 更にゆでだこの様に真っ赤になるすみれに視線を戻し、茉奈美が言う。

「へぇ、よくOK貰えたねすみれちゃん。こいつ中学のとき私以外の告白全部断ってたんだよ」

「ちょっと待て、俺はお前意外に告白なんてされたこと……」

 慌てた様子で蓮がそう口を挟むと、茉奈美が目を開き驚いた表情を浮かべる。

「えっ嘘でしょ!? 確かに直接『付き合ってくれ』って言ったのは私だけだったけど、他の子からのアプローチ凄かったじゃん!!」

 全く何を言っているのか分からないと言った表情で困惑している蓮に、茉奈美は呆れて溜息を吐いた。

「ていうか、確かに思いを先に伝えてくれたのはすみれだけど、好きになったのは俺の方が先だ」

「え、それマジで言ってる……?」

 

 それから中学高校生時代の話を繰り広げ十数分。茉奈美の飲んでいたドリンクがもう無くなり始めてきた頃。

「それじゃあそろそろ行こうか、すみれ」

「あっ、はい!」

 蓮がそう言って立ち上がると、茉奈美が腕を掴んで引き留めた。

「待って蓮。今日、久しぶりに会えてよかった。今度二人でどっか遊びいかない? 連絡先は……まさか消してないよね?」

 腕を掴まれても蓮は振り向かなかった。

 茉奈美が言い終わって、少しの沈黙が流れる。

「あぁ、消してないよ。でも……遊びには行けない、かな」

「だよねっ! 流石に2人ってのは厳しいか! じゃあすみれちゃんも一緒に、って言うのはどう?」

 突然自分の名を出され、すみれが困惑した様子で茉奈美の顔を見る。

「そうじゃなくてもっ、高校の時の皆とか……!」

「茉奈美……、いや崎川さん。ごめん、誰が一緒であれ、君とはもう関わるつもりはない」

 

 すみれの顔が一瞬だけ明るくなって、またすぐに複雑な表情に戻る。

 崎川は焦りを隠せないようで、何とか言葉を探していた。

「あの頃は付き合うだとか、恋人だとか、よく分からないまま付き合ってた。それは本当に悪いと思ってる。だけど、ねぇ、まさか自分が俺を振った理由、忘れたわけじゃないでしょ?」

 やっと振り向き崎川の方を見た蓮は、暗く威嚇するような目つきをしていた。

 言葉を失い手の力が弱まったところで、蓮はまた「行こう」とすみれに声をかけ、振り返らずに立ち去った。

 

 ジュネスを出て2人以外誰も乗っていない静かなバスの中で、蓮は神妙な面持ちで俯いていた。

 沈黙に耐え兼ねたすみれが声を掛けようとしたその時、丁度それよりも僅かに早く蓮が口を開いた。

「ごめん、すみれ」

「茉奈美さん……の事ですよね。どうして先輩が謝るんですか?」

「……黙ってたから。言うべきだったんじゃないかと、思って」

 しゅんと落ち込んだ様子で蓮が言うと、すみれが作った笑顔で返した。

「そんなこと言ったら別れて別の人と付き合うたびに経歴を話さなくちゃいけなくなりますよ? 話を聞いた限り、先輩が東京に来る前に別れたらしいですし。それに…………」

 下を向いて、少し照れたように笑って言う。

「それに今の彼女はっ! わ、わたし、なんですから!!」

 言い終わってから一気に恥ずかしさが押し寄せてきたのか、ぼんっと顔を赤くする。

「あぁ、そうだな。ありがとう、すみれ」

 蓮はそう言って、隣に座るすみれの頭に手を置き優しく撫でた。

 

 

 

 

 

○●○●○●○

 

 

 

 

 

【おまけというか設定というか】

 

 蓮は東京に来る前の中高時代、割とモテていた。

 茉奈美は蓮のことを特別好きだったわけではないが『恋人』を自分のステータスにするために蓮に告白する。

 特に色恋に興味の無かった蓮はその場の雰囲気で何となく茉奈美と付き合い始める。

 そのためキスすらしてない。

 蓮が冤罪事件を起こした際、味方になるどころか自ら別れを切り出し、蓮がフラれる形になった。

 事件が冤罪だとわかり、東京で五つのステータスをマックスにしてきた超人蓮を再び自分の所有物に置きたがる。

 

 うわ何これクソアマやんけ。

 二度と使わない設定だと思います。少なくとも現時点で書こうと思ってメモしてあるネタの中にはいません。




あざした


Vol.4(R-18)→https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=15614662


地獄の女神は笑う→https://syosetu.org/novel/253693/

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Vol.7 Nightmare

※Vol.6はR-18作品のためpixivに投稿しました。URLは後書きからどぞ※

 数ヶ月ぶりに失礼します。私生活が忙しく中々書けていませんでした。


 本作品には以下の注意事項がございます。

・ATLAS様の「ペルソナ5ザ・ロイヤル」の二次創作作品です

・無印版ではなく、完全版の方のその後ですので、本編のネタバレが含まれています

・よく言えばスピーディー、悪く言えば展開が早すぎる

・稚拙な文章

 以上のことが許せる方はどうぞ楽しんでいってください。


 この作品はフィクションです。実在する人物、団体、事象、宗教とは一切関係ありません。


 街の喧騒も止んで、そこは都会とは思えないほど自然の音に包まれていた。夜風が木々を擽り、それに照れるように枯葉が笑う。

 こんな時間に活動しているのは猫か(とんび)くらいだろう。暗闇の中で真っ黒な何かがひと鳴きして、塀を飛び降りた。

 誰かが(すす)り泣く音が、聞こえる。

 ごそごそと布団が音をあげる。

 

 暗闇に包まれたマンションの一室。

 音源はそこだった。

 少し大きめのベッドに、2つの影が寄り添うように並んで寝ている。

 片方の影がまた動いて、もう片方の影と少し離れた。

 

 人の温もりが小さくなって、布団越しに振動が伝わり、蓮はすみれの啜り泣く声で目を覚ました。

 睡魔が襲ってくる中なんとか瞼をこじ開け、真っ暗な中壁掛け時計を見る。

 やっと目が慣れてきて、時計が示していたのは真夜中の2時過ぎだった。蓮は自分が見ている景色が果たして現実なのか、夢の中なのか区別がつかなかった。

 徐に寝返りを打ってすみれの方を向く。

 

 曖昧な意識の中でなんとか口を開き「すみれ」と名を呼んだ―――。つもりだったが、声は出なかった。

 起きたばかりだからだろうか。

 もう一度かすれた声ですみれの名を呼ぶ。

「……れ、すみれ…………」

 

「すみれ……? どうしたの?」

 蓮が声をかけ、すみれの肩がぴくっと動くのが見えた。

 その後すぐにすすり泣く声も小さくなり、動かなくなったすみれの背中を見て、蓮は再び声をかけた。

「すみれ?」

 

 また肩が少しだけ動いて、すみれが寝返りを打つようにして蓮の方を向いた。

「あ…………、蓮くん……。ごめんなさい……起こしちゃい、ました……よね…………?」

 目に溜まった少しの涙を手で拭いつつ、聞こえるか聞こえないか程度の小さな声で応える。

 声は震えていた。

 今考えてみれば先程まで聞こえていた啜り泣く声も、何かに怯えているような、そんな声だった。

 

 ベッドの横のスタンドライトの紐を引っ張り、小さな灯りをともす。

 眩しそうにしぱしぱと瞬きをする。

 蓮は眠そうな目をしたまま、静かな声で囁くように尋ねた。

「どうしたの、なんかあった?」

 蓮にそう言われ、すみれは僅かに充血したその目をふと逸らした。

「あ……、えっ、と…………」

 口篭るすみれに、蓮は優しい表情を向けた。

 しばらく返事を待つとすみれはまたつぶらな瞳に薄く涙を浮かべた。

 

 目に溜まった涙を拭おうとした時、すみれは眼前を暗闇で覆われた。

 驚く暇もなくすぐに包み込むようにして蓮の手がすみれの頭に触れた。

「あ…………れ、んくん……」

 顔を上げて蓮の顔を見ようとするすみれを押し戻すように、蓮は少し乱暴に、だが確かに優しくすみれを愛でた。

「言いたくなかったら、言わなくていいよ」

 蓮がぽつりと呟いた。

 

「何があったのかは知らないけど、俺はここにいる。でも、すみれが辛いなら、俺にも共有させて欲しい」

 腕の中で静かに泣きじゃくるすみれを蓮はただそれ以外何も言わずにぎゅっと抱き締めた。

「ひっ……うぅ、はぁ……ひっく…………」

 呻くような鳴き声をあげて、蓮の胸に顔を押し付ける。

 蓮に縋るように服を掴み、すみれは少しの間そこで小さく泣き続けた。

 

「……はぁ……はぁ、ぐすっ…………はぁ……」

 肩を上下させながら時折鼻をすするすみれの背中をさする。

 すみれの頭をぽんぽんと優しく叩き、呟くように言った。

「…………落ち着いた……?」

 遠くから何かのサイレンの音やバイクの走る音が聞こえる。

 とても静かで、すみれの鳴き声も含めて全ての音がはっきり聞こえる不思議な心地だった。

 どれくらいたっただろうか、すみれが息を整えて、口を開くまで。

 数秒のはずだが、それは何故かとても長く、酷く不安に感じられた。

 

「…………はい……ありがとう、ございます……」

 そう言って鼻をすする。

 ふっと顔をあげたすみれの目に溜まっていた涙を、蓮は袖で優しく拭った。

 ちょっとごめん、と囁いてベッドの外に手を伸ばす。

 箱ティッシュから何枚か手に取り、すみれに手渡す。

「ん、鼻かみな」

「あ……ありがとうございます…………」

 蓮からティッシュを受け取り、鼻をかんだ。

 

 使い終わったティッシュをゴミ箱に捨て、また布団の中に、蓮のすぐ隣に少し照れくさそうにして潜り込む。

 しばらく何も言わずにただ見つめあって、そして少し目をそらして考える素振りを見せた。

 何か決心したように視線を蓮の方に戻して、ゆっくりと口を開いた。

「…………夢を……怖い夢を、見たんです……」

「夢…………?」

「はい……」

「そっか、怖かったんだな……おいで」

 

 そう言って蓮は両手を小さく広げた。

 が、すみれはもじもじと体を動かせて中々腕の中に入ろうとしない。

 蓮は痺れを切らしてすみれを抱き寄せた。

「…………先輩、好きです……、絶対…………は、離れたく、ないです……」

 恐る恐る腕を蓮の背中にまわし、今が夜でなければ聞こえないほど小さな小さな声でそう言った。

 すみれは時々、蓮のことを「先輩」と、昔の呼び方で呼ぶことがある。

 それは大抵、すみれが心のどこかで不安を感じているときだった。

 それに加え、普段は恥ずかしがってあまり直接言わないことをすみれが口にしたのを聞いて、蓮は驚きつつも慰めるような口調で、すぐに同じように言葉を送った。

「俺も、大好きだ、ずっと一緒にいたい」

 

「……先輩に、突然…………その、別れて、欲しいって……言われる夢を見たんです…………」

 本当は声に出すことすら辛いはずなのに、言うことで蓮の思いが揺らいでしまうかもしれないと思ったはずなのに、複雑な感情のまま言葉が口をついて出てしまった。

 蓮は黙ってすみれの話を聞いていた。

 ()()()()()、思い出したくもない夢のことを事細かに蓮に話していた。

 話をしながら、段々と声が震えていくのに自分でも気がついた。

 蓮は気づいているだろうか。

 顔は見えない。下を向いて、ただ何も考えずに喋っているから。

 思い出すのが苦しくて、苦しいのに、やめられなくて、気づいた時にはすみれは静かに泪を流していた。

 

 蓮は静かに、何言わず、すみれの話が終わるのを待っていた。

 腕の中で嗚咽混じりに話をするすみれを抱きしめたまま、時々背中をさすったり、頭を撫でたりとすみれを少しでも安心させようと尽くしていた。

「…………ごめん、すみれ……」

 すみれの話が終わって、蓮が申し訳なさそうにそう呟いた。

「せんぱ、い……どうして、謝るんですか?」

 目に泪を溜めたまま、困惑と悲しみの入り混じったような表情を浮かべる。

「……だって、すみれがそんなに夢を見たのは、俺が、不安にさせちゃったから、じゃないのか…………?」

 言葉を探すすみれをそよに、蓮は続けた。

「俺が最近忙しくて、すみれとの時間、なかなか取れなくて、自分のことでいっぱいいっぱいになって、ごめん、俺がしっかりしてないせいで…………」

 

 そこまで言って、蓮は衝撃で話すのをやめた。

「すみれ……?」

 突然抱きついてきたすみれは、蓮の胸に顔を埋め少しだけ震えていた。

「せんぱいの……、先輩のせいじゃないですっ!!」

 蓮をより強く抱きしめて、声を荒らげる。

「確かに、確かに先輩は、最近忙しくて、前よりはあんまり一緒にいられないですけど! 先輩は……いつも、優しくて、私なんかには……勿体ないくらい…………、素敵な恋人ですっ……!」

 まるで何かを懇願するように、すみれは苦しそうに呻きながらそう言った。

「……だから…………、そんな、こと……言わないでください…………」

 

「…………」

 鼻をすすりながら、嗚咽混じりにそう告げるすみれに蓮は一瞬言葉を失った。

「……うん、ごめんすみれ…………。…………俺も、さ、たまに、不安になるんだ。さっき言ったみたいに、最近は二人の時間も減ってて、すみれに愛想つかされないかって」

 顔をあげ、すみれは蓮の顔を静かに見つめていた。

「私も……多分、同じです。大好きなのに、心のどこかでそんな心配してたのかもしれないです…………」

 火照る顔を布団で少し隠しながらすみれはそう告げた。

 うるさいほどにバクバクとなる心臓音が、蓮に聞こえてしまわないかと、ふと不安になる。

 

「すみれ、大好きだ」

 穏やかな表情を浮かべて蓮がそう言う。

「私も、大好きです。…………その、今日、は……このまま、寝てもいいですか………………?」

 逃がさないとでも言うかのようにすみれは蓮に抱きつく腕の力を強めた。

 そんなすみれが堪らないほどに愛おしく、蓮は顔が勝手にニヤけるのを何とか誤魔化しながら応えた。

「うん。今日だけじゃなくても……すみれが不安な時は、いつでも大歓迎」

 蓮の言葉を聞き、すみれは嬉しそうに蓮の胸に頬擦りをした。

 先程とは打って変わり、夜の不気味だった静けさは2人をあたたかな夢へと導くとても心地よいものだった。




次回の投稿は期待しないでください。
投稿する気はありますができるかは分かりません。


Vol.6(R-18)→ https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=16008360


地獄の女神は笑う→https://syosetu.org/novel/253693/

Twitter→https://twitter.com/Yusei_KOMOREBI


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