Muv-Luv change the Alternative ~advent of crimson glint~ (傍観者改め、介入者)
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登場人物
主要メンバー


少し登場人物を整理しました。




ジグルド・F・アスハ 19歳 男性  ガルム中隊 ブラヴォー1

 

・本作の特異点。リオンとカガリの息子。長男坊で兵器開発、システム開発の天才。

カガリはリオンと同じ資質を持ちながら、直情的な性格から抜けきっていない彼を心配しており、いつかジグルドという心が資質に飲み込まれるのではないかと危惧している。

 一方、父親を知らず、自分を見ない周囲に嫌気がさし、軍属に。一方的にカガリを突き放すかのような行動をとっているが、実はマザコン。女性のタイプは、今の大人な雰囲気を持つ母親がドストライクだったりする。

 操縦技術は若手世代最高クラス、白兵戦でもトップクラス。リオンの息子に違わぬ実力を持つ。搭乗する機体はリゼル。リオン・フラガと瓜二つの容姿をしており、目の色だけは青色ではなく、母親と同じ焔の如く輝いている。世界初のNT、SEED因子の保有者でもある。

 

 

 

ウェイブ・フラガ 20歳 男性

・キュアンとエリカの息子。長男坊であり、若き当主候補。ジグルドを見て、今は亡きリオンを連想している。提携を結んでいるウィンスレットの当主と行動を共にしており、新兵器を前線の部隊に供給する今回のパイプ役にして、外交役。

実は、ロンド・ミナ・サハクの指南を受け、モビルスーツの実力も備えている。その実力はなかなか侮れない。京都にて祟宰恭子に一目惚れするも、キュアン以上の難業を背負うことになる。

 

搭乗機はゴールド・フレーム・フルバーニアン。

 

 

 

ラス・ウィンスレット 25歳 女性

・ウィンスレット社の社長。今回の支援物資等を用意した世界有数の資産家。リオンのような英傑でなければ恋心を抱けないという無自覚な因果をもっている。そして、今回は軍需産業の稼ぎ時と考えた彼女は、ジグルドの為と言い聞かせ、現地に到着。

 幼少の頃に見せたリオンの笑顔が、今のジグルドとどうしようもなく被ってしまい、別人であると認識しているが、彼と同じ顔をしているジグルドに対し、複雑な感情を抱いている。

 

 

 

ナタル・バジルール  42歳 女性

・第八艦隊提督。多くの経験を積み、智将と言われる存在に。アーノルド・ノイマンに育児を任せ、第一線で指揮を執る。

 

 

キラ・ヤマト 35歳 男性

・第八艦隊の切り札。独身貴族。リオンの忘れ形見であるジグルドたちの面倒を見る兄貴的ポジション。そろそろ婚期絶望になると考えているが、周囲のほうが深刻に考えていた。

四大英雄筆頭と言われており、愛機ストライクフリーダムは、彼の力量を最大限発揮するものとなっている。

 

時折空を見つめているときがあり、現在は道化を演じているが…‥‥

 

 

 

アスラン・ザラ 35歳 男性

・援軍として派遣される第七艦隊の切り札。キラの親友。二児の父親。手堅い手腕は多方面で信用されており、最高値をたたき出すキラと高水準を示すアスランというイメージ。ジグルドたちを気にかけており、彼らの運命を案じている。愛機ライトニングジャスティスは接近戦においてスペック上最高傑作と言われている。

 

 

 

~帝国関係者~

 

 

煌武院悠陽 14歳 女性

・日本帝国の政威大将軍。煌武院家の一人娘とされており、冷静沈着で、年不相応な才覚を示す。しかし、親しい者への情愛を隠し切れない面があり、精神的に未熟と自覚している。なお、家臣たちはそれに気づいていない。

 

調査兵団の全権を持つキラ・ヤマト中佐、ジグルド・F・アスハ中尉と会談し、彼らとの外交努力こそ帝国を滅亡から救う一手になり得るのではと考え始める。

 

 

 

巖谷榮二 40歳 男性

・日本帝国軍中佐。技術廠・第一開発局部長。国産戦術機である瑞鶴でF-15Cイーグルに勝利するなど、伝説の開発衛士としての名声を得ている。篁家とは唯衣が生まれる前から交流があり、唯衣の後見人を務めている。

 

 

 

篁祐唯 38歳 男性

・篁唯依の父親。篁家当主。寡黙な人物ではあるが、口下手なだけである。軍事面で色々と創意工夫を行い、帝国の財布事情を改善させたりする凄い人。一人娘のことを溺愛しているが、そこまで態度で示していない。

 

 

 

香月夕呼 24歳 女性

・国連軍太平洋方面第11軍白陵基地所属。階級は大佐。佐官ではあるが、将官以上の権力を行使することが可能。それは、オルタネイティブ4における事柄においてのみである。本計画の最高責任者であり天才物理学者。因果律量子論を提唱しているのだが、異星の英雄リオン・フラガが因果律に強く干渉されていたことを見抜き、その後継者であるジグルドに強い興味を抱く。

 

 

神宮司まりも 24歳 女性

・日本帝国陸軍大尉から第11軍国連軍大尉へと出向扱いの女性衛士。過去に大陸での戦闘で仲間を失う辛い過去を持っている。しかし不屈の闘志で過去を乗り越え、一時は富士教導隊にも所属。香月夕呼とは帝国軍白陵基地時代からの付き合い。酒癖が悪く、酔うと狂犬と化す。

 

 

 

斑鳩崇継 20歳 男性

・斯衛軍第16大隊の指揮官。戦略家であり、常に先を見て手を打つことが信条の人間。キラ・ヤマト氏とのパイプを太くすることで帝国軍、斯衛軍の強化を図る。必要であるなら、帝国出身者として初の、連邦議会への参加も考え始めている。

 

 

祟宰恭子 18歳 女性

・日本帝国斯衛軍の衛士。五摂家の一角、祟宰家の血縁者であり、斯衛第3大隊の指揮官。唯衣とは昔なじみの間柄で、母親の従妹である。彼女の姿を見れば、10人中9人は振り向くだろう美貌と、その容姿からは想像もつかない戦場での苛烈ぶりから、鬼姫と呼ばれている。妹分のことを可愛がっている。

 

 

 

白銀武 ???歳  男性

 

 

この国の、かつての世界を救った英雄。あいとゆうきのおとぎ話を演じきった者。灯を失い、因果に縛られぬ個を得た青年の瞳は何を映し、その足はどこへ向かう。

 

 

 

 





内容は更新していきます。


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ガルム中隊メンバー

ガルム中隊

 

地球連邦に所属し、かつ今回の第五惑星地球における先行任務を請け負う特殊戦略行動を担う中隊。ジグルドと同様にニュータイプ理論に適合する人員が大半を占めており、第七・第八艦隊から選りすぐりのトップガンが選抜されている。

 

 

 

ジグルド・F・アスハ 19歳 男性  ガルム中隊 ブラヴォー1

 

・主要メンバーを参照

 

 

 

 

クロード・ミリッチ 19歳 男性 ガルム中隊 ブラヴォー2

・ジグルドの同期。一人称には「僕」をよく使い、心のうちに熱いものを秘めている。アフリカ出身で、リオンの武勇伝を幼少のころから言い聞かされてきた。士官学校でジグルドが最初に意気投合した親友。

 

 

 

ヘリック・ベタンコート 23歳 男性 ガルム中隊 ブラヴォー3

・ガルム中隊のお調子者。思い切りがよく、中隊も彼の意見には耳を傾けることが多々ある。真面目系のディル、ジグルド、クロードとは違い、ムードメーカー役。エル・バートレットの同期。旧大西洋連邦の元大富豪だったとか。

 

 

 

ゼト・シュバリエ 19歳 男性 ガルム中隊 ブラヴォー4

・空間認識能力を持つフラガ家以外のパイロット。射撃が得意。ジグルドたちの同期。出身地はユーラシア連邦。

 

 

エル・バートレット 23歳 女性 ガルム中隊 ブラヴォー5

・ガルム中隊の紅一点。おっとりした性格ながら芯の強い女性。中隊の間では姐さんと呼ばれている。かつて、キラ・ヤマトとリオン・フラガに救われた過去がある。幼少の頃に見たリオンの顔を見ているため、ジグルドの何気ない仕草にドギマギする場面も。オーブ出身。

 

※前作にて、低軌道会戦で生前のリオンと面識あり。

 

 

 

アンリ・ドミネクス 20歳 ガルム中隊 ブラヴォー6

・オールラウンダー。距離を選ばない危険察知能力が高い。ユーラシア連邦出身。

 

 

ウォルト・マーニュ 19歳 男性 ガルム中隊 ブラヴォー7

・エルに好意を抱いている。ジグルドの同期。オーブ出身。

 

 

ヴィストン・アーガス 19歳 男性 ガルム中隊 ブラヴォー8

・ガルム11。ディルムッドと同様熱血漢。ジグルドの同期。アフリカ統一機構出身。

 

 

 

 

 

ディルムッド・F・クライン 19歳 男性 ガルム中隊 アルファー1

・リオンとラクスの子供。第七艦隊に所属するトップガン。ガルム中隊隊長となり、ジグルドとは主席の座を争ったライバル。母親と同じ桃色の髪に父親と同じ碧眼である。ラクスからSEED因子を受け継いでいる。

 

 

ヒロキ・ウスイ 24歳 男性 ガルム中隊 アルファー2

・中隊最年長。第七艦隊からの出向。縁の下の力持ち。東アジア共和国出身。

 

 

テベス・カタギリ 24歳 男性 ガルム中隊 アルファー3

・中隊最年長。ヒロキとは幼馴染。東アジア共和国出身。

 

チェン・ウェイツ 23歳 男性 ガルム中隊 アルファー4

・エルのことは腐れ縁だと思っている。一応同期。東アジア共和国出身。

 

クウェンサー・ジルベルト 17歳 男性 ガルム中隊 アルファー5

・中隊最年少で新入り。エルに可愛がられている。ユーラシア連邦出身。

 

イレイザー・ゼッケンドルフ 20歳 ガルム中隊 アルファー6

・近接戦闘が得意。特に近接格闘戦での読みが鋭い。旧大西洋連邦出身。

 

 

モルダ・バジャノフ 23歳 男性 ガルム中隊 アルファー7

・エルの同期。狙撃が得意。旧大西洋連邦出身。

 

 

カーネル・マグダエル 17歳 男性 ガルム中隊 アルファー8

・新入りのパイロット。クウェンサーとは幼馴染。ジャンク屋ギルド出身。どこの生まれかは分からないとのこと。

 

 

 

 

 



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ランサーズ中隊 

ランサーズ中隊

 

斯衛軍第22機動中隊。九州防衛戦に参加し、光線級吶喊を成功させた。隊員たちは過去に色々あるのか、爪弾き者や周囲の環境に馴染めなかった才能ある若手が一部所属しているため、評価は半々である。

 

田上忠道少尉が配属された部隊で男女比率はとんでもないことになっている。

 

ランサー1 森島春姫 中隊長 大尉⇒少佐 女性 20歳

譜代武家森島家の次期当主。女性らしい柔和な立ち振る舞いとユーモアを良く交える話し方は、かなりの美人でありながらも高嶺の花と思わせない人懐っこさがある。トレードマークは両サイドの縦ロール。配属直後の忠道を気にかけている。一方で、そのフレンドリーすぎる性格が災いし、武家らしくないと他家からの批判を浴びている。

 

ランサー2 大崎義経 大尉⇒少佐 男性 33歳

過去に譜代武家を出奔し、その身と戦術機でユーラシア大陸での戦闘を数多く経験した。最初は国連軍、本国に戻ってからは戦闘経験を買われて帝国軍に入隊。富士教導隊にも一時期所属しており、最終的に今の場所に落ち着いている。

勘当同然の身であった彼ではあったが、斯衛による80年代の大陸派兵で、家に残った兄弟たちが次々と戦死。四男であった彼が当主の座に推挙されるもこれを拒否。しかし、比較的近しい家柄だった森島家の仲介を経て渋々了承し、大崎家の当主となった。この動きは軍関係者とのつながりの弱い煌武院家の思惑も関係しており、斯衛軍でも有数の実戦経験者である彼を取り込みたい思惑もあったとか。

戦術のセオリーや常識に囚われない、ある意味遊戯にも似た発想で中隊の危機を覆し続けるランサーズの要。他部隊からは、「魔術師」なんて異名で持て囃されている。

 ある男からの教練を受けたというが、その名を口にしない。

 

ランサー3 松平愛理 女性 少尉⇒中尉 18歳

 金髪碧眼で、ドイツとのハーフ。現当主である父親の兄弟は、大陸派兵で戦死しており、唯一の直系ではあったが、国際結婚でかなり揉めていたらしい、というのは彼女の言葉。

譜代武家ではあるが、かなりのやっかみを受けており、保守的な武家からは外様扱いされる始末。しかしながら、幼少より森島大尉と交流を深めており、彼女の両親もそれを気にしない為か、真っすぐに育った。

衛士訓練校では、有無を言わさず首席卒業。実力で周囲を黙らせた。性格はドイツ人女性の母に似たのか、気高く、人を惹きつけるカリスマを秘めている。

 

ランサー4 吉田輝孝 少尉⇒中尉 20歳 

 田上少尉が入るまでは、若年の男性衛士では唯一の存在だった。女性陣によく世話になっており、頭が上がらない。物腰の優しい、日本武家の中では異質な存在。しかし、戦場ではだれよりも彼女たちを守りたいという強い思いを秘めており、中隊屈指のオールラウンダー。やや髪が長く、片目が隠れがちな陰キャラのようではあるが、コミュニケーション能力がないわけではない。若年ながら「寡黙なる狙撃手」の異名を持つ。

 

 

ランサー5 田上忠道 少尉⇒中尉 18歳

能登和泉の許婚であり、将来を約束していた。九州防衛戦で光線級吶喊の達成、要塞級を単独で複数撃破するなど、目の覚めるような活躍をするものの、ランサー1こと森島春姫を庇い、重傷を負う。

 

ランサー6 蒲生文香 少尉⇒中尉 18歳

 武勇の名門、蒲生家の次女。長男は帝国官僚として家を出ており、次男は当主として中国地方での防衛戦に参加予定。

今日に至るまで長男と次男の仲は良好。跡目争いを避ける為、長男は自身の勉学の知識を活かし、官僚として帝国中枢で日本を変える為に動いている。現在は滝元官房長官の秘書を務めており、近々政治家デビューを果たす模様。なお、武家の者が政界に進出するとは何事か、と一部批判を受けるが彼らはあまり気にしていない。

 そんなエリート街道を突き進む長男と、戦場で活躍する次男を持つ彼女も、二人に追いつこうと日々努力を忘れない。衛士訓練校で出会った松平愛理とはライバルであり親友。女子高特有の男性を知らない傾向にあり、男性に対する警戒心の薄い愛理を心配しており、男性に対する偏見をやや持っている。

 トレードマークは黒髪ポニーテール。時々髪を束ねず、ロングに戻す時もある。

 

ランサー7 明石奈々 女性 23歳 少尉⇒中尉

茶髪短髪で、ランサーズの元気印でムードメーカー。近接戦闘を好み、似非に近い関西訛りの喋り方をする。なお、出身地は兵庫。どうして似非になったのか‥‥‥

 連邦軍のモビルスーツに興味津々であり、早く乗りたいと考えている。

 

ランサー8 仁科尚子  女性 25歳

九州戦役にて、突撃級の攻撃を受け、戦死。大陸派兵で恋人をなくした過去があった。

 

 

ランサー9 杜野鈴鹿  女性 20歳

 九州戦役に参加し、光線級吶喊の立役者となるが、その後の戦闘で負傷。セミロングヘアの美女。訓練校時代は女しか周囲に存在せず、配属後もランサーズの環境だった為、男性に対する免疫がない。(男性の数も昔に比べて減少しているため、警戒心も欠如している)

 帝国本土防衛戦後に復帰する。

 

ランサー10 藤田紫苑 女性 17歳

 九州戦役に参加するも、突撃級の攻撃を受け機体が大破。その後戦車級の集中攻撃にあうも、間一髪フラガの輸送艦で救出される。以降もランサーズの一員として戦い続ける。大崎大尉に一番懐いており、「大崎のおじさま」と嬉しそうにしゃべる彼女の姿は日常茶飯事。

 吉田少尉のお世話を一番よくしており、年下に甲斐甲斐しく世話をされている彼は良くうれしいような悲しいような、複雑な心境の模様。透き通るようなきれいな声をしており、その美声を聞いた者は男女関係なく、大抵は初見で惚けてしまう。

ランサー11 江田島玲子 女性 21歳

九州戦役にて、光線級の攻撃を受け戦死。二人の兄が中国地方での戦闘に参加している。

 

ランサー12 今川佳枝 女性22歳 

九州戦役にて、光線級の攻撃を受け死亡。大陸派兵で、兄、姉を失っており、作戦への意気込みは強かった。

 




戦死者、補充要員も追加します。


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~邂逅篇~
一話 モラトリアムが終わる時


お久しぶりです。活動報告から日数は立ちましたが、宣言通りさせていただきます。





光年の彼方に存在するは、新たな宇宙の友人か。それとも、新たなる火種か。

 

 

 

 

青年の目の前に浮かぶ、命にありふれたはずの惑星は、死の星になりつつあった。

 

 

 

「‥‥‥‥どうするべきなんだろう。俺は」

 

 

彼は生まれつき親と同等の資質を兼ね備えていた。偉大な、世界を救った英雄の力を継ぐ唯一の存在。だからこそ分かってしまう、感じてしまう。

 

自分が生まれるかなり前から、父親が生まれる前から、この星には死が溢れていた。夥しい憎悪と慟哭、絶望、誰かの未来の終わり。それらがフラッシュバックしてしまう。

 

「‥‥‥きっと、こうして立ち止まっている間にも…‥」

 

 

青年は立ち止まるしかない。踏み込めば多大な犠牲が必要となると。それを自分の勝手な判断で決めていいのか。

彼の父親によって滅亡の危機を乗り越えた人類を危険にさらしていいのか。

 

 

青年は、その来たるべき時まで待たなければならなかった。その権限を与えられぬまま、座して待つことしかできない。

 

 

———————でも、それでも、予感がするんだ。

 

 

青年の勘は、今までほとんど外れたことはなかった。確信めいた予測が、彼らの今日となっている存在は、宇宙の至る所に存在すると。ゆえに、その脅威と向き合うことにならざるを得ない。

 

 

その時だった。その星の中に、どこかの土地から、誰かを呼んでいるような声がした。とても清らかな声を聴いた。その声があまりにも綺麗だったから、儚げだったから、青年は窓越しに見える目の前の惑星に手を伸ばした。

 

 

————————今すぐには来られない。けど、待っていてください。きっと俺たちは、巡り会う気がします。

 

 

 

 

 

そして同時期、古き歴史が積み重なった都にて、一人の少女が夜空を見上げる。

 

 

 

怪物に母なる星を穢され続け、半世紀近い刻が刻まれていき、その脅威は故国ののど元にまで迫っていた。

 

 

象徴として祭り上げられ、籠の中の鳥のような、幼少よりたった一度だけその運命を呪ったこともあった。しかし、結局は自分に課せられた生まれ、運命に抗うことは出来ず、目の前で為すべきことを為すしかない。

 

 

世界は滅びに向かっているというのに、どうしてこの星空だけは変わらないのか。

 

 

「殿下、今宵は夜風がお体に障ります。夜分遅くまで星見をなさるのは——————」

 

 

「———————————見上げる景色は、いつも同じですね、真耶。重金属雲による汚染が、夢現のようです」

 

 

「————————殿下‥‥‥‥」

 

人類に残された手立ては限られている。どうしようもない現実を刹那でも忘れさせくれる。まるで、この星で起きていることが些事であると言われているような。

 

 

しかし、人は古来より星に願いを求めている。異星起源種に故国を、故郷を奪われて尚、その文化は消えてなくなることはない。それは生来、人が自身に欠けているものや、届かないものに趣きを抱くからなのだろうと推察し、少女は今日も空を眺める。

 

 

その時だった。そんな夜空から誰かが自分を見ている、そんな奇妙な感覚が少女に悟らせる。酷く曖昧で、抽象的な感覚。それこそ夢現なのではと思い至るほどの、気まぐれに近い感覚。

 

 

————————星見の最中で、邪念が入ってしまったようですね。このような体たらく、許されるはずがありません

 

 

この星を救う誰かが、都合よく来るはずがない。無力感と虚脱感からくる気の迷い。少女はそれを断じた。

 

 

 

今この星には、死が溢れている少女らの故郷には、希望の光が闇に覆われてしまっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

——————はるか遠くの外宇宙に、夢を求めて———————

 

 

 

CE.90年。世界は今、宇宙開拓時代を迎えていた。

 

コーディネイターとナチュラルの種族の違いが発端となり、理事国側とプラントの利権の対立、その他もろもろの負の要素が重なって起きた、先の大戦を乗り越え、人類は新たなステージへと邁進していた。

 

慎重かつ大胆に。遠い次元の彼方、宇宙世紀と呼ばれた世界を反面教師に、残された人類は宇宙開発に心血を注いだ。内部の不安要素を一掃し、人類はその絶滅戦争一歩手前まで突き進んだ戦争の傷跡を払しょくするため、戦争に対する厭戦感情は高まっていた。

 

90億人に迫る勢いだった総人口は65億人にまで減り、最も民間人・軍関係者の死傷者の多い最悪の戦争。それが後にプラント独立戦争と命名された戦争の顛末。

 

 

 

そして、地球連邦樹立直前に起きたレクイエム事変。多くの猛者たちが大戦の傷跡で満足に戦えない中、今もなお存在するかつてコーディネイターと呼ばれた人種の根絶を目指したブルーコスモスの亡霊。

 

 

それを阻止したのは皮肉なことに、大西洋連邦出身の銀色の青年と、連合軍の脱走兵だった異端の青年。赤い彗星の陶酔を受けた”最高”ではない。彼と鎬を削った”赤騎士”でもない。

 

 

彼の終わりを、最後まで悔いたあの男と、彼を知らない新世代の英雄。

 

 

斯くして、地球連邦は樹立し、彼ら連邦市民は、後に4将軍と言われる英雄たちを迎え入れることとなった。

 

 

 

 

その数年後、各地に赤い宝玉の様な鉱石が採掘されるようになる。その鉱石を加速器の中で高エネルギー状態にしたところ、加速器内で重粒子の崩壊現象が発見された。

 

研究が進み、どうやらこの鉱石は人類が未発見だった特殊な粒子をその性質上集める性質にあったと判明。

 

さらに、リオン・フラガが意図的に起こしたと考えられるサイコフレームの共振反応は、その重粒子の崩壊現象に指向性を持たせることが判明。これは、ストライクグリント2号機の

稼働試験中に偶然発生した事象ではあるが、これにより既存の航行技術とは違う新技術の流入が起きた。

 

しかし、ストライクグリント2号機は共振反応による、未知のエネルギー力場に機体が耐え切れず自壊。無人機での試験稼働中だった為、死者は幸い出さなかったものの、新発見の代償は、英雄の機体の後継機を製作することを断念することだった。

 

さらに数年が過ぎた頃、スカンジナビア王国に大戦中避難していた研究チームによって、推進剤ではない別のエネルギーによる推進技術が確立。主に大型外宇宙航行母艦に搭載可能なサイズとなり、本格的な外宇宙探索計画が練られることになる。

 

なお、この鉱石の名前は超光速を理論上可能とする新技術を確立させた大きな要因であるため、タキオン鉱石と名付けられる。その後、その鉱石から得られた新粒子の名前はタキオン粒子と呼ばれるようになり、機械化での粒子の確保にも成功。翌年から外宇宙航行計画が始動することになった。

 

なお、信じられないことにアフリカのある富豪の家には、同様の鉱石が大戦以前から存在することが明らかとなり、全世界の学者が驚愕するニュースが駆け巡ることも。

 

 

まるで英雄が死後も人類の未来を見守っているかのような順調な技術革新と計画の順調な滑り出し。

 

何もかもが順調だった。宇宙での初の演説をテロによって爆破されることもなく、宇宙至上主義を掲げる急進的な活動家もすぐに鎮圧され、政治的、軍事的混乱は未然に防がれた。

 

 

科学の進歩とは別に、政治体形にも大きな変化が起きた。

 

 

現在統合された世界には、地球連邦という巨大な組織が存在する。理事国には先の大戦で主導的な立場であったオーブ。そしてユーラシア連邦、南アメリカ共和国、アフリカ連合であり、最後に大州洋連合。大西洋連邦は度重なる連邦内の不和、主要国家群の暴走などの要因もあり解体され、世界経済の中心という役割も終えている。

 

 

プラントは既に国体としての在り方を失い、オーブに吸収合併されている。これは、コーディネイターの定義を終わらせたラクス・クラインの演説が大きく、コーディネイターの真の定義が数十年越しに解明された歴史的瞬間でもあった。

 

平和の歌姫、ラクス・クライン。彼女は世界に多大な影響を与えた存在である。平和運動に参加し、寄る辺を失った彼らを回帰へと誘導した。コーディネイターの問題はいつの間にか収束し、人類は再び一つとなることが出来たのだ。

 

 

現在は一線を退き、オーブ本国で暮らしているという。宇宙を旅する長男を案じつつ、慎ましい生活を送っている。

 

「そうですか、そのようなことが——————」

 

現在彼女はワープ通信にて、ある人物と出会っていた。

 

『はい。ジグルドが見た光景はまだ世間には公表できませんが、それなりの動きがあると思います。ただ、近日中に調査団が出発しますので————』

 

その相手はキラ・ヤマト中佐。今なお第一線で戦場を駆け抜ける大英雄である。

 

 

四将軍筆頭の戦士。掌握者、キラ・ヤマト

 

 

世界最強のMS乗りの頂点に位置する彼は、第八艦隊にてその最前線に立っていた。

 

 

「ええ。評議会では調査が過半数を超え、可決はされるでしょう。しかし、彼が見た光景は想像を絶するものでしょう。どうか気を付けてください。それにキラさん、貴方も—————」

 

『わかっています。私も彼を死なせるつもりはありませんし、ご指摘の通り、そろそろ身を固める必要があると思いますので』

 

苦笑いのキラ。四将軍のうち、3人が既婚者である。すでに子供がいるどころか、二股状態にされたものもいる。彼に出来た戦闘とは無縁な友人たちも、とっくの昔に籍を入れている。

 

だからこそ、「結婚するまでは死ねない」という自虐ネタをよく披露し、知人たちを困惑させているキラ。

 

ティーンエージャーだったころは、戦争に振り回されたり、機械いじりが好きだった彼も、いい歳になっている。そんな彼も平和の中で友人関係を作り、戦友たち以外とのつながりも出来始めていた。

 

例えばシン・アスカ。オーブで出会ったキラとほぼ同年代の青年は、平和の中で命を救う仕事に就いた。当時メカニックへ進んだカズイとの縁で、キラはこの青年と出会い、ステラ・フラガが一目惚れするという事態が起きた。

 

また、遺伝子の問題を克服したレイ・ザ・バレルは音楽家として世界的に有名な存在となっており、たまたまアスランがそのコンサートに立ち寄ったことがきっかけだった。

 

そんなこんなでステラの妹、ミュイはレイと血縁関係にあると明らかになった時は皆驚いたという。

 

———————彼の分まで、精いっぱい生きます。

 

アスランはその彼について、敢えて言及しなかった。ギルバート・デュランダル議員からの話を聞けば、あのラウ・ル・クルーゼと血縁関係にあるという。テロメアの問題が快勝された彼は、憑き物が落ちた顔で純粋に世界と向き合うことが出来ているという。

 

 

——————ようやく、僕の夢見た世界がやってきた。もう悔いはないね。

 

衝撃の真実が明かされたり、最初のコーディネイターが肉体を獲り戻し、そして無事に天寿を全うしたりするなど、騒がしい日常こそ勃発したが、あの男が願った平和が続いていた。

 

 

—————俺は必ず、ステラさんを幸せにします。そして、これからも命を救い続けますよ

 

—————キラさん、次はほんとに貴方の番ですよ。

 

数年前にシンとステラの結婚式、ロヴェルトとエアリスの結婚式。キラの周りでは結婚ラッシュが続き、すでに現役を退いているフィオナのようにエアリスも現役を退いた。

 

ロヴェルトの一言は余計だったが、キラも最近友人たちの結婚に焦りを感じ始めていた。

 

 

 

あの大戦を生き残った彼らも年を取り、三十路を迎えていた。MS乗りとしては全盛期から徐々に衰えが忍び寄ってくる年代だ。その年まで生き続けることが出来たことは幸運ではあるが、キラは最近自分の反応速度が若い時に比べ落ちていることが気がかりだった。

 

 

 

そして、筆頭殿を除き、結婚の幸せを知っている。この現実にキラはいつも憂鬱な心境になるのだ。普通の人でもそろそろそういう時期だよねという年代。機体の愛称と共に、気ままでい過ぎた怠慢である。

 

 

「‥‥‥‥‥キラさん。本当に、本当に出会いの機会はないのですか?」

ラクスは、神妙な表情でキラを詰問する。

 

『え、ええ。本当に、私にはそういう縁がないようです—————』

 

現在、キラの年齢は35歳。この年で魔法使いは深刻だ。女遊びすらしたことがなく、同僚たちの酒の席で予備知識を蓄える日々。妬ましいというわけではないが、周囲から聞こえる心配する声で、その深刻さを自覚する。

 

見た目から見れば、それはもう若作りしているのかと言われるほど若く見えており、20代前半ではないのかと間違えられるほどである。髭も生えていないのだから個人差にしては少し異端である。

 

 

アスランやエリク、トールもスウェンも髭を生やし、貫禄が出てきたというのに。集合写真では、一人だけ時が途中から止まっているのではないかと揶揄われる始末である。

 

—————キラ、お前もいい年だ。俺の様になれとは言わんが、見つけるべきだ

 

襲われて引き込まれた親友にいろいろなお節介をされた。彼の息子から彼の悲鳴がとある周期で発せられていることは既に把握済みだ。

 

—————キラ、あのエリクさんでさえ結婚できたんだ。

 

—————よし、その喧嘩買った。表出ろトールゥゥゥ!!!

 

コロニーで出会った親友とかつての上官の喧嘩が始まったがどうでもいい。

 

 

————私はプロポーズをされる側だったからな。その、中佐殿。出会いは必ず…‥必ず…‥‥あると思います?

 

 

————エアリスしか眼中になかったですね。めっちゃ可愛かったです。

 

 

職場結婚の勝ち組の言葉は聞く耳を持たない。おいそこ、スウェン。最後になぜ疑問形なのかとキラは小一時間ほど説教をした後、ビビっているロヴェルトを〆た。

 

—————キラさん、女性に興味あるんですか? 機械ばかりじゃ、愛想つかされますって

 

ステラ・フラガを何かの強制的な運命でゲットした新参者に憐みの目を向けられた。これは絶許。この兄妹そろっての勝ち組が何を言っているのか。

 

妹のほうは、サハクの当主と結婚。あのリオンリオンと後ろを追っかけていたヴィクトルがこの男の妹に一目惚れをしたらしい。

 

 

「あのラスさんも、今では婚活パーティに時々出向いているんですよ? キラさんにはそういった努力が足りないのでは?」

 

ラス・ウィンスレットは現在25歳。そろそろ相手を見つけないとキラのようになるとかなり危機感を抱いたらしく、暇を見つけてはパートナー探しをしているらしい。

 

『私が思うに、あの娘の基準は高過ぎなのでは?』

 

が、リオンが基準となっている為、中々見つからない。世界を救った英雄に釣り合う人間はなかなかいない。

 

グルグルと頭の中がミキサーのように回転するキラ。出会いがない。出会いがいつの間にか消えている。行動しなかった自分が悪い。スペックはあるのに女性が寄り付かない。後に敷居が高いと指摘を受け、気落ちする。

 

諸々の事情で、キラ・ヤマトは結婚できていない。

 

もう一度言う。キラ・ヤマトは一度も女性と肉体関係になったことはおろか、夜の店にも入店していない。

 

 

「—————そうかもしれませんわね。ウィンスレット社は順調なのですが。話は変わりますが、今回の支援物資はウィンスレット社が持つそうです。」

 

これまでとは違い、人類がいる星というのは初めてなのだ。環境の変化こそ、彼にはよいきっかけになるのではとラクスは考えていた。

 

『—————そうなればいいですよ。現地の人類と平和的交渉が出来るなら。深刻な状況であることに変わりはないようですから。』

 

熱心に働くなぁ、と大戦時に出会ったあの少女がもうそんな年齢なのかと感慨に浸りつつ、そんな少女ももうすぐ自分の仲間入りをするのかと思うと、複雑な心境になるキラだった。

 

 

 

 

 

 

そして評議会では、まずは日和見的な立場で調査をするべきとの見解が多数であった。が、同時に開拓を進めている惑星の防衛に人員を回すべきとの意見も多く存在していた。

 

「今、開拓が進んでいるこの時期に、危険な惑星を見つけてしまいました。早急にすべきことは、防衛網の構築。あれと同じ存在がこの宇宙にいる。それはとても危険なことです」

 

「確かに、第一の地球を含めた4つの地球における防衛網、コロニーへの駐屯など、考える必要があります」

 

大多数の意見は国防警備。彼らを宇宙空間で殲滅することこそ第一と考えているのだ。その為に核攻撃、大量破壊兵器の使用すら限定条件ではあるが承認されつつある。

 

「しかし、人を食う、ですか。コミュニケーションを図れるような存在ではないですね」

 

 

「悍ましいものだ。生きたまま食われる可能性もあるという。やはり、このまま見て見ぬふりというのも——————」

 

そして、ジグルドの報告から明らかになった人類を食べる異星起源種の存在。それは、決して無視できるものではなかった。

 

 

「デュランダル議員。気持ちはわかる。できれば我々も彼らに手を差し伸べたい。しかし、宇宙に広がった我々のエリアを守るために人員を大規模に割けないのも事実だ」

 

「うむ————しかし、小泉。あれが我々に矛先を向ける時がいつなのかもわからない。ここで、奴らを少なからず知る人類と対話を試みるのは—————」

 

経済特区日本出身の小泉は、膨大な宇宙圏の維持が重要であり、デュランダル議員は出方を探るべく現地人類と接触するべきだと進言する。

 

「それでは、第八艦隊の負担が大きすぎる。一艦隊でどうにかできる事柄ではないぞ! 如何に精強と謳われたあの艦隊も、今ではよく訓練された新兵が多数だ。ヤマト中佐がいるとはいえ、荷が重すぎる」

 

ここで、数少ない女性政治家であるフレイ・アルスターは、唯一外宇宙にて哨戒中の第七艦隊を呼び戻すことを視野に入れるべきと提言する。

 

「正体不明の敵性生物が外宇宙にいるということは、まだその存在と接敵していない第七艦隊へのリスクも高いはずです。四将軍の一人、ザラ大佐が健在だとしても、ここは開拓任務の一時取りやめと、各艦隊には惑星周辺での防備を固めるべきと考えます」

 

「並びに、後詰めとして第七艦隊を第八艦隊の後詰に回し、第八艦隊と共同でこの第五惑星での大規模な軍事行動も実現可能な状態とするべきです」

 

思い切りのいい開拓任務と哨戒活動の停止。開拓による新規惑星での膨大な資源と利潤は人類に大いなる実りを齎した。幸いなことに、彼の遺志を継ぐ者たちが自浄作用を維持しているため、そこまでの不祥事はなかったが、それを惜しむ中堅、ベテラン議員は苦々しい表情を浮かべる。

 

「———————10年以上続いた、開拓時代の小休止か。致し方あるまい」

 

「—————開拓者や、移住者の安全保障も出てくる。本拠地であるこの惑星にも防備を固めるべきだな。しかし、」

 

「ここ10年の平和が続き、軍縮とは言わないが、実戦経験者の不足はやはり無視できない。四将軍を軸に、戦略を決定しなければならんな」

 

平和が続いたことによる、実戦経験者の不足。現在の地球連邦には敵が存在しなかった。だからこそ、あれから厳しい訓練こそつんだものの、初陣を経験しない新兵たちは実戦でどれだけ動けるのか。想定を上回る被害が出かねない。

 

「アスハ議長。この件についてはどうお考えでしょうか」

 

そして今の今まで沈黙を守ってきたカガリは、ハレルソン議員から何か意見を求められた。

 

「——————まずはこの異星起源種について調査する必要があるでしょう。そして、現地に調査団を派遣。戦闘をなるべく避けるよう徹底するのが最善だと思います」

 

まずは調査しないと始まらないとカガリは発言する。まだ手探りの状態でいろいろ考えても、対策は進まない。

 

「とはいえ、国防は急務と言えよう。最優先はエリアの維持。その異星起源種の侵攻に対応する必要がある」

 

 

その後、第八艦隊は調査団を組織し、調査団を派遣することを決定。しかし、ジグルドとナタルが希望していた極東と思われる島国と、オセアニアと酷似した大陸への分散は認められず、極東のみへの派遣が決定された。そして、極東戦線の崩壊が避けられなくなった場合、オセアニア(仮称)への移動が許可されるものとする。

 

 

そして、第一から第4までの地球型惑星の防備、そしてコロニー内部への軍の派遣を決定。異星起源種への侵攻に備え、地球連邦は開拓を中断。偵察部隊を用いる威力偵察が行われることになる。

 

並びに、アスラン・ザラ大佐が率いる第七艦隊が後詰めとして第五惑星へと進路をとることになった。

 

 

最後の項目には、第七・第八艦隊所属の若手トップガンを招集した特殊作戦に特化した中隊の結成も盛り込まれることとなる。

 

 

地球連邦は、初めて敵対的な行動をとる異星起源種との遭遇を果たし、初めて自身に限りなく近い人類種との邂逅を果たすことになったのだ。

 

 

この報告は、目下注目の第五惑星の衛星軌道外に駐留する第八艦隊へ伝わるものとなる。

 

 

「—————間違ってはいない。だけど、極東らしき島国へのいきなりの派遣とは」

 

ジグルドとしては、それはあまりにも性急ではないかと。しかし、評議会は重い腰を上げたともいえるこの決断。ジグルドの本音としては、否定意見が出るようなものではなかった。

 

 

「評議会も事の重要性を認識している。臭いものに蓋は閉められない、ということだな。さっそくだが、予定していた二分割ではなく、極東のみの派兵となったが、部隊編成はどうする?」

 

さすがに前線力を投入するわけにはいかない。

 

まずは強襲型揚陸艦。アークエンジェル型戦艦ミカエルが妥当だろう。最新鋭の戦艦であり、ラミネート装甲、ハイ・フィールド、豊富な武装火器。これほどの万能艦ならば、長期任務にも耐えられる。そしてモビルスーツ総数13機。その他機甲部隊2個中隊を搭載。

 

そして、その補佐に強襲型巡洋艦を二隻。戦艦名、アーガマ、ニカーヤを派遣。それぞれモビルスーツを最大10機ずつ運用可能。機動力と防御能力を活かした高速艦である。

 

 

しかしまずは、総勢33機のモビルスーツに、機甲部隊を含む特殊部隊も乗り込むことになるはずだった。

 

 

が、問題はパイロットだ。この任務に派遣できそうな面々があまりいないことがよくない。

 

それに、現地のモビルスーツと接触する可能性もある。満載というわけにはいかない。

 

結局アーガマとニカーヤには8機ずつ。ミカエルに関しては10機と抑えられた。

 

高速艦ニカーヤに乗り込むのは艦長のマーチン・ダコスタ少佐。そして、ジグルド・F・アスハ中尉ら。

 

アーガマにはカリウス・ノット艦長。階級は少佐であり、アークエンジェルのクルーだった男だ。

 

ミカエルには、ケネス・オズウェル艦長。同じくアークエンジェルのクルーだった男である。そこにはキラ・ヤマト中佐を含む本隊が集結。

 

 

「——————気をつけろよ、アスハ中尉。あの島国では何が起きているかも分からない」

 

 

「欧州らしき地域では(仮称)東欧地域がほぼ陥落しています。残された(仮称)西欧も風前の灯火。イギリスと思われる島国で抵抗を続けているそうです」

 

状況は刻一刻と明らかになっていく。欧州と酷似した地域は、ほぼ壊滅しており、緑が全く見えない状況だ。つまり、森林が何らかの理由で切り尽くされている。

 

人類を食らうというジグルドのビジョンと報告とは違った疑念。なぜ森林はかり尽くされるのか、人類以外にも牙をむく存在なのか、疑念は尽きない。

 

その他の生態系はどうなっているのか。食物連鎖の中で重要な位置にある森林地域がここまで消滅しているのは、異変を通り越して異常だ。他の生態系に位置する動植物の状況も、あまり先行きの良いものではないと断言できるほどだ。

 

 

大気汚染も徐々に無視できなくなっており、量子コンピューターの計算では、大気汚染は近代とよばれる公害問題に直面したコズミックイラ以前の西暦時代よりも酷いとの驚愕のデータもたたき出されたのだ。

 

こうなってくると、議会も軍部も、ここに、本当に人類は生きているのか、という疑問。ほんとうに、我々と同種の人種なのかと。

 

 

 

 

この惑星のユーラシアと思われる地域は、すでに異星起源主の支配下に置かれている。当然中央付近の地域も奪われていることが容易に想像できる。

 

北アメリカ大陸と酷似した地域は北方方面のカナダで大規模な放射能汚染が確認されており、状況は最悪と思われる。

 

 

「—————評議会からの極秘指令です」

 

その時だった。ナタルの下にある極秘命令が下った。

 

「—————これは————」

目を疑うような内容だった。確かにその場所の脅威を感じていたのは彼女自身ではあった。しかし、それを実行するのは理性が許さなかった。

 

「—————月の惨状を原住民から詳しく聴取を行った後、大量破壊兵器ジェネシスをもって、月の異星起源種掃討を一任する」

 

評議会はフットワークが軽くなったようだ。英雄リオンを死に至らしめた悪魔の兵器の使用を許可するほど、評議会はこの状況を重く見ていたのだ。

 

現場のことをわかっていないと時々感じていたナタルではあったが、この時だけは政治家たちの考えに賛同してしまっていた。

 

周囲のクルーたちは浮かない顔をした。当然だろう、ジェネシスは大英雄の命を奪った悪魔の兵器。複雑な心境を持つのは必然と言えるだろう。

 

しかし—————

 

 

「当然です。あれは、手段を選んでいられるほど生易しいものではありません」

 

ジグルドはそれを正当化した。何のためらいもなく、自分でもそうする、というより、それは当然のことだと言い放ったのだ。

 

 

「おそらく母上も、ジェネシスに関する声明を発表するでしょう。でなければ、現場の過剰な対応ととられかねません。マスコミがある程度成熟しているとはいえ、連邦市民に対する危険な情報を見逃すはずがありませんし」

 

カガリとて分かっているのだ。ジェネシスを使用する影響力を。モノは使いようであり、そして今は緊急時なのだ。目に見えた被害を被っているわけではないが、それでもそれが予期できる状況が迫りつつある。

 

なお、マスコミも速報を聞いた時は即決での報道を躊躇い、連邦政府に「これ、どうしましょう?」とお伺いをかけてきたほどである。

 

 

「アスハ中尉…‥そうだな、議長は他ならぬ中尉のお父上に鍛えられたお方だ。私が気を回す必要はなかったようだ」

 

 

「—————弟たちにも、こういうことを学んでほしいんです。戦場は俺とあいつだけでいい。人類の切っ先に、フラガの血筋はある程度必要でしょうし」

 

ここにはいない第七艦隊の異母弟のことを思い出しつつも、ジグルドは下の弟たちや、商売に力を入れる若大将の顔を浮かべ、刻々と変化するであろう宇宙情勢を思案する。

 

——————母さん。無茶をしないという保証は出来ないので、一つ許してくださいね

 

自ら戦場に近づく愚を犯し、反対する親たちを押し切り、首席で軍学校を卒業した。その時から、自分はここにいなくてはならないという予感があったのだ。

 

誰かが、父親の代わりをしなければと———————

 

 

 

第八艦隊所属、第一調査団は、混迷する惑星へと降り立つことになる。異星起源種の侵略に会うこの星の人類とコンタクトを取れるのか。

 

そして、今この世界で何が起きているのか。

 

 

 





ヤマト中佐の、波乱に満ちた異文化コミュニケーションが始まる。

ジグルドの瞳に映ったのは、銀色の鈍く、鋭い煌きを放つ凶刃。




次回、煌武院家の姫君





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第二話 煌武院家の姫君

1997年4月。それは、この星の西暦の暦であった。

 

 

 

————————日本帝国 帝都

 

 

ここは、帝国が誇る千年の都、京都。四季折々の顔をのぞかせ、長らくこの国の歴史に大きく影響を与えた場所である。

 

数百年前に行われた近代化の際、東京への遷都は行われなかった為、京都が首都なのは変わらず、将軍家が時代とともに変容し、現在の武家による統治が残っている。尤も、その将軍職を任命した皇帝は、すでに将軍家の血に入り込んでおり、任命の儀は半ば形骸化している。

 

 

第二次大戦では枢軸国として戦い、原爆を投下されることなく、ソビエトの侵攻も行われる直前での降伏だったため、調査団の知る歴史とは違う。

 

そしてそのまま冷戦構造に吸収され、西側陣営の最重要国としてアメリカとの同盟関係を維持する年月がかさんでいく。

 

BETA (Beings of the Extra Terrestrial origin which is Adversary of human race)

 

人類に敵対的な地球外起源生命の頭文字を取り、BETAと呼ばれる存在がくるまでは。

 

 

冷戦構造を破壊するBETAの襲来。火星の領有を最初から奪われており、月をも奪われ、さらには地球の領土すら奪われ続ける人類。

 

中国が最初に本土を奪われた。そしてアジア圏、欧州が犠牲になり、カナダも少なく内ない出血を求められた。

 

人類は彼らの侵攻で瞬く間に総数を減らし、60億の人口は10億に減ってしまう。人類は既に、滅亡へのカウントダウンが始まり、滅びの筋書きが描かれていた。

 

 

まだまだBETA大戦の影響が薄い日本帝国。しかし、朝鮮半島での戦線の崩壊、あの大量の物量が押し寄せる恐怖から様々な条約改正により、軍備増強を図っていた。

 

しかし専門家の予想では、第3陣で戦線が崩壊するとの見方が強く、悲観的な観測ばかりが目に付くのであった。

 

 

そんな日本の状況を正しく理解しているのか、理解していないのか。戒厳令が為されているのか、民衆は穏やかな生活をしている。もうすぐ地獄が押し寄せるとは思えないほどの。

 

「——————最近、軍属の方々の表情が硬いような—————」

 

嵐山の劇場にてバイオリン演奏の一人として呼ばれた少女は、いつになく慌ただしい軍属の人たちの様子を見て、怪訝な表情を浮かべていた。まだ何かに侵略されたわけではないのだが、それでも軍部からの報告は戦線がかろうじて維持されているという報告だった。

 

世界各所で朝鮮の惨状は明るみに出ておらず、もう半年も持たない状態であることは知られていない。

 

 

今日も少女は全体練習のためにホールにてリハーサルを行う。この先彼女の運命が変わるとも知らずに。

 

 

「おい、なんだあれは!?」

 

人の住民が空を見上げ、大声を出す。つられた付近の住民たちも空を見上げた瞬間に同じような反応を取り、辺りは騒がしくなる。

 

「あんなもの、見たことがない! あれは国連の新兵器か!?」

 

「にしてはデカすぎるだろ!? それに、あれはどうやって浮かんでいるんだ!?」

 

 

少女は煩わしいと思いつつも、彼らと同じように空を見上げる。彼らはきっと目がどうかしているのだ。ここに宇宙戦艦が来ること自体珍しいが、最新鋭のものが配備されることもあり得る。

 

国連がまた難癖をつけに来たのだと思ったのだが、状況はかなり違っていた。

 

 

 

「———————え?」

 

 

それは巨大な戦艦だった。天使を思わせるようなシルエットに、この世界では考えられないオーバーテクノロジーを使用しているとみられる外観。

 

大型1隻、中型2隻。国連が開発したとすれば、アメリカが先んじて発表するはずだ。なのに、あの国からは何の報告もない。

 

想像をはるかに超えた存在を前に、京都に住む帝都市民は戸惑いの表情を浮かべるばかりであった。

 

一方、市民の眼を大きく引いてしまったことに顔を引きつらせていた第一調査団。

 

 

「中佐—————まずいですよ、これは一般市民からの眼がすごいことになっているのですが————」

ケネス・オズウェル中佐は、一般市民の視線を避け、夜に行動するべきだったと考えていた。が、キラの破天荒なやり方に、胃がさっそく痛くなっていた。

 

「気にしないでいいよ。どうせ、知られるのが早いか遅いかの差だから。この星の人類と交流を深める、そして、おそらくあの怪物と戦闘になる。それは他のステージでも同じだよ」

 

キラは戦うのが早くなるのか遅くなるのかの差だと考えていた。実際地球連邦はこの異星起源主に対して戦いを挑む必要がある。ならば、ここでデータを取ることは重要だ。

 

 

「—————これが、俺たち以外の人類——————」

 

ニカーヤのブリッジで、京都市街を見下ろすジグルド。こんな建築物が建っているということは、おそらく西暦の時代になると思われる。そして、どこか古めかしい風景はまだ21世紀に到達していない証だと。

 

「——————東洋の風景画は美しいと隊長は言っていましたが、なるほど————実物は圧巻の様です」

 

「ああ。これがジャパンという国の在り様なのか」

桜が芽吹くのは3月から4月にかけてという。あまり花の知識は詳しくないので何とも言えないが、そうらしい。しかし、どうやら時期があるのか、すでにその花びらは散り始めているように見える。

 

 

「なんにせよ、ここからどうする? ヤマト中佐の意見は————って、は!?」

 

ヤマト中佐を乗せた飛行艇が、そのままミカエルから出発したのだ。いきなり破天荒すぎる船出にさすがのジグルドも驚く。

 

—————アクティブすぎではないですか?

 

この言葉が脳裏に浮かんだが、ジグルドは彼に遅れを取るわけにはいかない。

 

「—————おそらく、情報収集なのだろう。俺たちも出る。特殊部隊を一小隊借りるぞ」

 

ジグルドも降下を決意する。このまま黙って浮かぶのも味気ない。それに、ここにいる人類はどうやら敵対行動をとっていない。

 

 

 

そして、他の者たちはというと

 

 

「はぁ—————キラさんたちが下りちゃったよ—————でも、待機しておこう————現状アーガマは待機。何かあった時に備えて」

 

後始末を任されたキラの副官は、常に周りの状況に気を配ることに専念。いつあちら側がことを荒立てるか分からないのだ。警戒だけはしておくべきだろうと判断したのだ。

 

 

 

そして降り立った場所では—————

 

「—————ふむ、この如何にも偉そうな雰囲気のある場所で、間違いないだろう」

 

「キラさん。本当に何があったんですか? 母上の話とは真逆すぎるんですけど」

 

呆れた目でキラの後をついていくジグルド。ここまでアクティブな上官とは知らなかった。が、どういうわけか、その敷地内にいるものは手を出してこない。

 

アスラン・ザラ大佐からは、目を疑う身を削るような努力と天性の感覚に裏打ちされたマルチロールな役割を担える完璧超人だと教えられていた。しかし、ジグルドの目から見れば破天荒そのものであり、同一人物なのかと疑いたくなる。

 

—————むしろ、若いころいい子ちゃんだったから、反動が来たとか?

 

そんなくだらないことを考えながら、ジグルドはキラたちの後を追う。

そして彼らは今、門の前に飛行艇を下ろし、武装は軽装のまま敷地内に侵入したのだ。

 

「待たれよ! ここをどこと心得ているか!?」

 

しかし、手を出さなかったのは囲んで捕縛する為だったらしく、あっさりとキラたちは包囲されてしまう。

 

「中佐!? これも想定内なんですか!?」

 

思わず日本語で叫んでしまう隊員の一人。キラの破天荒すぎる行動に異論を唱えても仕方ないだろう。むしろ、間抜けすぎる。

 

—————思い出した。極東には黒船来航という歴史もあったな。これは間違いなくそれの再来。相当警戒されるだろうに——————

 

「いや、想定外だが、許容範囲内だ————それに、日本語か」

水色の髪の女性を前に、キラは臆せず前に進んだ。

 

「我々は確かに怪しいものだが、敵意を持っているわけではない。この星の現状について知りたいだけなのだ」

胡散臭い。本当に胡散臭さの塊だ。キラの言葉を聞き、ジグルドはもうどうとでもなれと思った。これは刀傷沙汰になること間違いないと天を仰いだ。

 

「——————この星!? 貴様、どこから来た!?」

予想通り、女性は激昂し、刀を抜いた。ジグルドは遠い目でその光景を見つめるばかりだった。ファーストコンタクトが失敗に終わった。

 

そんな予想と推測がジグルドの頭に埋め尽くされる。

 

 

—————誰だ、この人を中佐にしたのは。どうしてこうなる、これからどうする。いやその前にこの猪突猛進馬鹿上司をどうにか処理しないと

 

 

「中佐。これはどうするべきですか。一応飛行艇は近くにありますし、逃げられないわけではないですが————」

肩をすくめ、こんなはずではなかったと思いながら目で訴える。これからどうするつもりなのだと。

 

「大丈夫だよ、ジグルド。このガンカメラの演算では—————」

 

ポンコツだったぁ、とジグルドの胃が破壊されていく。ジグルドの中で、キラ・ヤマトの完璧超人のイメージが崩壊していく。

 

「—————お止しなさい、真那。皆の者、武器を下ろしなさい」

 

しかしその時、凛とする声が、この場を支配した。その声によって周りにいた彼らを取り囲んでいた者たちから殺気が消える。

 

「中佐のポンコツガンカメラがあたりを引きやがった!!」

 

「—————なんだ、この声は—————」

 

ジグルドは、声がした方向を見た。そしてその視線が止まった。

 

 

「———————————————」

美しい紫色の髪の少女が、こちらを見据えて歩いてきたのだ。美しい衣のような着物に身を包み、気品のある端麗な容姿。母親の親友でもある桃色の髪の女性を思わせるような、儚げな印象が強い、貴き存在。

 

恐らく、彼女がこの屋敷の主なのだろう。この年齢でということは、ここには貴族制度が根付いていると言える。しかし、ほんの資料で見たことのある武家、武士の装束に酷似しているとみた。

 

「貴方は———————」

思わず声が出てしまった。その所作の一つ一つに目を奪われる。あまりにも自然で、あまりにも凛々しく、ジグルド自身もその在り様に圧倒されていた。

 

 

「無礼者、口を慎め「よいのです、真那。この者たちはまだこの星に来て間もないのでしょう」」

真那と呼ばれる女性の声を遮り、ゆっくりと近づいてくる少女。その一つ一つの挙動が気品に溢れており、支配者たるオーラを醸し出している。

 

統治者としての品格と才覚を感じさせる少女の在り様は、苦手に感じていた母を想起させる。

 

「あの空に浮かぶ戦艦。私はこの世界であのようなものを見たことがありません。ゆえに私は改めて、其方らに問いましょう」

 

優美な雰囲気と声色を崩さぬまま、彼女はジグルドたちの前に躍り出た。

 

 

「其方たちは、何処から参られたのですか?」

 

特殊部隊の者たちも、彼女の気品に職務を忘れるほどだった。警戒するべきはこの少女のはずなのだが、それを許さない。有無を許さない空気を彼女は持っていた。

 

 

「—————俺たちは、遠い宇宙、この星と同じような環境の、地球という星からやってきた。けど、この星の怪物については知らない」

 

ジグルドは、大まかに説明した。地球から離れ、外宇宙探索が自分たちの目的であること。そして、複数の地球型惑星を見つけたこと、今回この星を発見し例の怪物による異変を感じ取ったこと、その対応に追われていること。あの怪物について調査をするために、ここに来たということ。

 

 

ざっくりと、自分たちはその先遣隊であると、説明した。

 

 

「そうなのですか。宇宙より飛来するのは、何もあの異星起源主だけではないのですね」

 

朗らかな笑みを浮かべ、ジグルドに微笑んだ少女。その在り様があまりにも美しく、あまりにも儚げで、彼女の背に大きなものが乗っている、背負わされているという幻視を映し出してしまったジグルド。

 

「その、異星起源主というのは—————」

あの存在について知っている。ジグルドはつい勢い余ってそのことについて尋ねようとするが、

 

「それは、奥の間でゆっくりお話しできませんか? 遠い宇宙の果てから参られた同胞に、何のおもてなしも出来なければ、煌武院の名折れというもの」

 

煌武院の名折れ。彼女はその家の主。その言葉でそれが分かった。キラはそんなジグルドと少女を見て、にっこり微笑んでいた。意図していたことなのか、それとものんきなことを考えているのか分からない。

 

「————分かりました。ご厚意に甘えさせていただきます。中佐、ここは私一人で———」

 

自分一人だけで、丸腰で行くべきだろうと考えたジグルド。しかし、それを手で制す。

 

「ならば、私も同行しよう。こう見えて、私は彼の上官であり、今回の接触を画策した張本人だ」

 

 

「—————分かりました。では、まずは重火器の類を随伴された方々へとお預けください」

 

当然のことながら、武器の類は遠慮してほしいとのこと。客間に武器を持つ者はいない。それにいざという時は徒手で状況を打開する術は、隣の上官からたたきこまれている。

 

「分かりました。では後はよろしく頼むぞ」

 

「中佐の無茶ぶりの尻拭いだけはしておきます————」

 

こうして、ジグルドとキラは煌武院と名乗る少女の客間へと招かれる。

 

後に、キラ・ヤマトの独断によるこの「煌武院屋敷押し入り来航騒動」は、地球連邦の政治家たちが頭を抱え、日本帝国にとってはかなり歴史的な一日となるのだが、現状は先に連邦政府の胃が破壊され始めるのだ。

 

 

何しろ、一歩間違えば領空侵犯、不法入国という国際法ド無視のスタンドプレーであり、煌武院悠陽でなければ殺されていたとしても文句は言えない。そして、そんなしょうもない理由で四将軍が死ぬなど有ってはならないのだ。

 

だが、結果的にキラの決断は日本帝国と連邦政府に大きすぎる時間の猶予を与えることになる。その未来図をイメージ出来たのは、キラ・ヤマト中佐だけであった。

 

 

 

 

CE90年。第五惑星地球での1997年4月。

 

 

焔の瞳を持つ英雄の残滓は、まだ己に課せられた大いなる運命を知らない。

 

 

 





かつて残滓たちが生まれる前、星が災厄に見舞われたとき、彼らはそこにいた。


そして、歴史は繰り返されることになる


次回、フラガの若大将


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第三話 フラガの若大将

予告を作るのは難しい。


屋敷へと招かれたジグルドは、正座という難業を前に悪戦苦闘していた。

 

「むっ—————足が、足がしびれる————」

 

「我慢するほどでもないけど? 椅子ばかりだったね、そういえば」

 

正座をして待っていたため、ジグルドは足がしびれてしまっていた。直情的なもの言いが目立つジグルドは、正座という行為に慣れていない。

 

一度幼少の頃に挑戦したが、最後は涙目で「これは拷問だ」と諦めた過去がある。

 

 

キラは正座をしたことがあるのか、案外余裕そうに見えている。生い立ち、生活の違いである。

 

「————面を上げてください、お二方……ふふ、正座はやはり酷なものでしたか?」

 

ジグルドの苦い表情を見て、笑みを浮かべる少女。年下に見える少女にそんな風に笑われて正直悔しいのだが、難しいものは難しい。

 

「はっ、すいません。あまり正座に縁がなくて—————」

 

「では、楽にしていただいて結構です。そのままではまともに話をするのも辛いでしょう」

 

柔和な笑みにすがり、ジグルドは正座を崩した。正直、足の感覚がもうないのだ。これからゆっくりと感覚が戻るのだろうが、ジグルドにとって我慢の時間だ。

 

しかし、ジグルドはまだ足がしびれるのか、最終的に椅子が用意され、ようやく彼の表情に苦悶の色が消える。

 

 

「————単刀直入にお話を進めてもよろしいでしょうか? 殿下」

 

キラは正座のまま、殿下と呼ばれる少女に問う。

 

「はい。ではこの国とそれを取り巻く世界情勢について、お伝えしましょう」

 

 

BETAと呼ばれる異星起源主との長い戦いの歴史を続ける人類の記録。そして、その魔の手がついに帝国に迫りつつあることを説明した少女。

 

そして現在日本はアメリカの同盟国であり、国連の主導の政策には逆らうのは難しいこと。今の日本は外交的にも、物理的にも追い込まれつつあるということを。

 

 

「—————朝鮮半島が抜かれた瞬間、中国地方が常に抜かれる危険性に晒されるね、これは———」

キラとしては、急いで防衛網を構築するべきなのだが、それはこの聡明な少女が気づかないはずがない。

 

それでも、足りないのだろう。帝国の地力ではBETAからの侵略を防ぎきれない。彼らの恐ろしさはその個体数の多さだ。圧倒的な物量に飲み込まれ、数で劣る人類が負ける。そして食われていく。

 

光線級と言われる個体種についても無視できないものがある。遠方より飛行物体を正確に射抜く驚異的な力。有効射程距離30キロ圏内に入った瞬間、レーザーが飛んでくるという。

 

回避は困難とされ、今までその攻撃から逃れた者はいないらしい。しかし、状況によってはこの距離は変化し、地上では12キロ。低空飛行の戦闘機では86キロ。戦術機の場合は22キロ、航空機の巡航時の場合は200キロを超える。

 

インターバルは12秒とされ、これよりも強力なレーザーを有する重光線級という個体種も存在するらしい。

 

 

そして、要撃級と言われる地上を徘徊する怪物。二対の前腕を持ち、その硬度はダイヤモンドすら上回る。あの二つの腕からくりされる打撃攻撃は、直撃を回避する必要があるらしい。

 

突撃級と呼ばれる存在はその脅威的な突進能力と、防御能力で正面からの撃破が困難とされている。側面の外角で覆われていない部分、もしくは足を狙えば動きを止められると思われる。

 

戦車級と呼ばれる怪物は、対人探知能力に秀でており、機動力も高い。強力なあごで機体ごとパイロットを殺すそうだ。そして、最も兵士を殺したと言われる種らしい。

 

そして大型種の要塞級。10本の足と50Mの触手を備えており、その触手の先端には溶解液が分泌されている。防御能力も相当高く、要塞級の名を冠するにふさわしい強敵である。弱点は三胴構造各部の結合部で、足の付け根も有効。厄介なのは、この要塞級には内部に小型種を隠し持っている点であり、光線級が搭載されているときもあるらしい。

 

他にも小型主として兵士級、闘士級といった存在があり、人類を苦しめているのだと知る二人。

 

 

「—————想像を絶する話だ。こんなことが、こんな存在が宇宙にはいたのか」

 

ジグルドは痺れが治ってきた足をさすりながら、BETAの大まかな概略を教えてもらい苦い顔をする。

 

「—————探索どころではないな、これは。評議会の判断は間違えていなかった」

 

キラは探索を中止して、防衛を選んだ上層部の判断を支持していたが、改めて正解だと確信した。知らずに探索を続けていれば、彼らが月で被った悲劇の二の舞になりかねない。

 

「では、今度はそちらのお話を教えてくれませんか?」

 

「—————中佐、俺が———「いや、私が話す。当事者でもあるからな」」

 

ジグルドが概略だけ述べようとするが、キラにその役目を奪われる。キラとしては、戦争の当事者であるので、自分が話すべきだろうと考えただけなのだが。

 

2年近く続いた人類の大戦。その前に行われた世界再構築戦争。コーディネイターとナチュラルの対立。西暦が過去の暦であること。核兵器と大量破壊兵器の応酬。

 

そして——————

 

「人類は、最後に自らの自滅を食い止めました。その戦争の傷跡を乗り越え、地球連邦として、今日まで至ったのです」

 

 

 

「—————そのような世界が……私達の星と異なる歴史を歩みつつも、争いを乗り越えたのですね」

 

キラは、リオンのことはあえて詳しく話していない。連邦の閣僚たちは我慢できないだろうが、彼には一つ懸念があった。

 

この世界でリオンが現れるなら、彼はきっと利用されるだろうということ。彼もそれを理解したうえで世界を救おうとするだろうと。

 

異なる歴史を歩んだ世界であろうと彼には関係なく、己の信念で世界を壊すだろうということを。

 

 

キラたちは彼の側にいた。だから壊されなかった。ただひとつのよりどころに選ばれた少女の願いを叶える為、彼は迷いがなかった。唯一の大きな誤算は、そんな彼の心の中に、”歌姫”が割って入ったことだろう。

 

 

——————あの頑固者の心に入るなんて、やっぱりラクスさんはいい意味で彼に影響を与えたよね

 

 

斯くして世界は塗り替えられた。彼の夢見た世界が成長し、新たな星の運命と交わった。

 

 

————————僕にはこの世界を、この世界の行く末を見定める義務がある。

 

こちらの歴史を説明し、互いの紹介は終わった。次は、目の前の少女がどう出るのか。

 

 

「分かりました。其方らの世界の情勢は大まかにではありますが、理解いたしました。そして、これから其方らはこの世界にどう接するのでしょうか?」

 

本題はこれだ。彼女は二人と二人が所属する世界が今後どういった対応を取るのかに注目している。個人的な感情では、何とか力になってやりたいところだが、今回任されたのは調査だ。戦闘行為ではない。

 

「——————まずは、評議会に今回の件を提出し、判断を仰ぎます。月がすでに彼らの手に落ちているのであれば、まずは大量破壊兵器ジェネシスで掃討します。無人の星であるなら、躊躇いも少ないでしょう」

 

 

「—————確かに、BETAには水分がありますが————英雄を殺した兵器を使うのに、躊躇いは無いのですね」

 

少し含む言い方をする少女。英雄の命を奪い、人類の未来を滅ぼしかけた兵器を使用する。何とも業の深い話だと感じているのだろう。

 

「しかし、物は使いようです。道具は人の役に立ち、同時に人を殺める危険なものにもなり得る。狂気に呑まれず、理性を保ち続けることが、人類の未来と尊厳を守る、方法の一つです。ジェネシスの使い方を、我々はもう間違えない」

 

強い瞳で、ジグルドは少女の含みに対して真っ直ぐ自分の想いをぶつけた。そのせいで周囲から殺気が出始めたのを感じたが、それでもこれだけは譲れなかった。

 

「きっと、親父も同じことを言う。指揮官が楽をすることが出来て、兵士が死なないに越したことはありませんから」

 

 

その言葉を聞いた瞬間、少女の表情が一瞬崩れた。

 

———————まさか、この方は…‥‥‥

 

 

キラの説明にあったリオンという衛士の物語。戦乱を駆け抜けた英雄の器。創世の名を持つ破壊兵器の人災から、世界を守り、散った英雄。

 

 

その残滓が、彼なのだとわかる。

 

そんな物言いが出来るのは彼の肉親、血縁以外にあり得ない。

 

 

「——————想いだけでも、力だけでも—————その二つが合わさっても、届くかどうかは分からない。けど俺は人の理性を信じます。信じたからこそ、俺たちの世界は続いている」

 

罪を認め、前に進む強さを失えば、もう何もできなくなる。そんな未来は嫌だ。間違えても歩き出し、進む事を止めないのが人類だ。

 

「—————すいません。少々熱くなり過ぎました」

 

しかし、冷静さを欠いたと自覚したジグルドは、すぐに謝罪をする。しかし、その言葉を曲げるつもりはない。

 

「—————いえ。それがそちらの星での答えなのですから。私も謝罪いたします、覚悟をもってその兵器を使用する代表者の苦悩、民草の不安と決断。推察するのも浅はかだったのですね」

少女は聡明なのだろう。本当に思慮深く、ラクスのおば様を彷彿とさせる雰囲気。しかし自分よりも年下の少女が重い責務を果たしている。重いものを背負わされている。

 

 

このまま何もしなければ、この国は亡びる。それが分かってしまった。

 

 

ジグルドは、なぜあそこで躊躇したと後悔する。しかし、連邦のルールに縛られている軍人の意志一つでは、連邦政府は動かない。動けば間違いなく人が死ぬ。

 

————————兵士は戦場で死ぬかもしれない。だが、宣戦布告もないこの状況で、死地に送り込むことは、簡単なことではない。

 

だが、違う側面の真実が否応なくジグルドの中に生まれていた。動かなくても、人は死ぬのだと。

 

 

それが、目の前にいる彼女らだと。

 

 

—————ほっとけるわけないだろう。こんな、こんな状態————ッ

 

国交開通の準備、用意が出来次第、閣僚、大臣、上院議員クラスの来訪も視野に入れつつ、ワープ通信による首脳会談も現実味を帯びることとなった。

 

まずは物資の提供、機材の持ち込みから始まるだろう。軍事的な介入、作戦行動は当分先となるのは、政治の話的にも十分理解しなければならないことだ。

 

 

その間にこの星の人間が大量に死んだとしても、変えようのない決定事項である。

 

 

同時に、慎重になるべきだと考えていた自分に嫌悪し、移ろいやすい自分の浅はかさに苦悶する。しかし、逆の立場でその現在の感情こそを非難するもう一人の自分。一度頭を冷やせと、何度も警鐘を鳴らす。

 

結局、キラが建設的な話をする一方で、ジグルドはその話し合いに参加するだけとなっていた。自らの立脚点を確立していないが為の、若さゆえの未熟である。

 

 

「では、私たちはどちらに戦艦を駐屯させるべきでしょうか? やはり国外のほうが———」

キラはさすがにこのまま国内に居座るのもどうかと思い、国外を考えたが

 

「琵琶湖は開通工事が済んでおります。ですので、琵琶湖運河を通り、そのまま駐留することは可能ですよ」

 

煌武院の少女は、琵琶湖運河を使用してもいいと許可を出したのだ。それはそのまま彼らが国内にいてもいいという許しに他ならない。

 

「されど、戦艦より外に行くには許可が必要になります。戦艦と琵琶湖周辺の大地。これが其方らと我々を分かつ境界線と暫定的に取り決めましょう。双方にとっても安全保障を鑑みるに、少なからず混乱がこの先起こる可能性が高いのです」

 

少女が言っているのは、他国からの干渉の事だろう。そして、一般市民の異星人に対する反応。同じ人類とはいえ、悪感情を抱かない存在がいないともいえない。

 

ここで混乱が起きればこの先の外交上あまりよろしくない。

 

「なるほど。あまり考えたくなかったが、色々な目が災いになりかねないということか」

キラは、その先のことを鑑みる少女の聡明さに改めて舌を巻いた。あまりに優秀過ぎる。

 

姉がこの年齢ならばどうだったかと推察するほどだ。

 

「——————では、またお会いできる時間を心待ちにしておきます。そういえば、其方らの名前を聞いておりませんでした」

名前を最後に言おうとしたのだが、そういえばお互いに名前を聞かずに話をしていた。うっかりしていた自分に少し恥じる少女と、内心失敗をしなかったとホッとしている青年とおじさん一名。

 

「—————ジグルド・F・アスハ。またこうして、貴方方と話をしたいし、共に立てる日が来ると願っています」

 

「キラ・ヤマト、階級は中佐です。その年でここまで話せるというのは素晴らしい。我々の星でも稀な存在、貴女のような女傑にお会いでき光栄です」

 

「ジグルド様と、キラ様ですね—————(キラ様と、ジグルド様……)」

 

二人の名前を聞いた少女はその名前を小さな声で復唱し、彼らの顔と名前を覚えた。帝国にとって彼らは希望になり得るかもしれない。しかし、彼らは完全な部外者。そこまで義理立てをする理由はどこにもない。

 

国益を、人的資源を考えれば、BETA戦線に首を突っ込むのは愚かしいことだ。しかし、

 

—————いけませんね。異星人にこうも簡単に縋るようでは

 

自分の国は自分で守る。国体維持を出来ないのは恥ずべきことだ。彼らは善意の塊かもしれないが、その上はどうなのかを安直に断定できない。

 

「わたくしは煌武院悠陽。五摂家である煌武院家の当主を務めさせていただいております」

 

 

「「!!!」」

まさかとは思った。権力を持った人物とは思っていた。その家名から、相当な家なのだと思っていたが、まさか斯衛の五摂家の当主であるとは考えつかなかった。まさか14歳の少女に当主を任せるなど正気の沙汰ではない。

 

 

そしてジグルドは同時に深い憤りを隠せなかった。なぜこんな少女に権力を任せた。なぜこの少女にこの国難の時に責任を放置したのか。

 

 

なぜ、それを彼女は受け入れているのか。感情過多な思考に陥る悪い思考だと自覚しながら、ジグルドは目の前の現実が嘘であってほしいと願う。

 

聞けば、現将軍も最近は体調を崩されることが多く、この国難の中、政情不安も出ている。5分の一の確率で、この少女はその椅子に座ることになる。

 

 

—————なんでだ。なんで、そんな重いものを持っているのに

 

この少女は毅然としていられるのだろうか。その理由が、彼には分らなかった。

 

「と言いましても、今のわたくしは飾りも同然。実質的な実権は内閣が有しています。斯衛は力が弱まっているのです」

朗らかに笑う少女。現在の彼女は先の第二次大戦で実権を失った飾りの武家の地位についているだけなのだ。ゆえに、何かを責められることもない。しかし、何もできないのは確かだ。

 

ジグルドの表情がゆがむ。今度は彼女にも気づかれてしまうだろう。だが、平気な顔を出来るわけがなかった。

 

それでは実質的な人柱ではないかとジグルドは言おうとしたが、

 

 

「貴方が深刻そうな顔をしていますが、そこまで心配されるようなことはまだ起きておりません。それに、今を変えるために人は前に進むのでしょう? 貴方の是とした人類とは、そういうものだと、先ほどおっしゃってくれたではありませんか」

 

「そして、私はこの国に求められるままに、その役目を果たしましょう。私の成したいこと、為さなくてはならない事。その責務を全うすることこそ、武家の当主の役目です」

 

毅然と、今の状況を苦ではなく、ただの壁にしかなり得ないと断言する悠陽。その壁を超える努力と行動は惜しまず、それはジグルドが言った内容と同じではないかと、彼の気遣いにあやかり、今は雌伏の時と言い放つ。

 

——————中々見所のある少女だね。まあ、その正論をどこまで貫けるか、見物かな

 

 

リオンの色眼鏡に叶う人材であることは相違ないだろう。問題は彼女が今の立場からどれだけ伸びるか、連邦との国交樹立を担えるか否か。

 

キラは冷静に彼女のことを分析し、今この星に齎されている脅威を客観的な視点に留め、感情を発露させる気などなかった。

 

——————今は冷静でいないとね。ただ隣の彼は、どうもまだまだ青いみたいだ

 

 

隣のジグルドは、何か辛そうな顔をしているが、何も言いださない。きっとここでは言うべきことではないことを考えているのだろう。

 

彼は確かにリオンと同じ資質を持っている。だが、彼はリオンに比べて直情的だ。

 

 

ジグルドとキラが去った後、

 

 

「——————あのような振る舞い、異星人と言えど、許しがたいものです。次回からは直させましょう」

 

従者の月詠真那は、特にジグルドに対し、無礼な行いを繰り返す言動に怒りを覚えていた。英雄の息子であるというが、それでもこちらの国の領内にいるのであれば、こちらの郷に従ってもらうのは道理だ。

 

「私は良いと申したはずです。彼らがここに入る前からそれは約束していたことです」

 

しかし悠陽は、それを好ましく想っていた。周囲にいる人間は、誰もかれもが丁寧な言葉でしゃべる。綺麗な言葉を選び、取り繕うばかり。政敵を倒すために、追い落とすために、お飾りの権威を求める輩もあとを絶えない。

 

 

あのジグルドは違う。真摯に話を受け止め、この国の為に心を痛めてくれていた。相手を理解しようと努力し、悩み多き青年だ。

 

しかし、直情的であるがゆえに、この星の暗部は刺激が濃すぎると感じた。

 

 

それでもその在り方が、彼女にはキレイに思えた。あんな風に多くを悩み、それでも前に進める強さが欲しい。きっとそれは、父親の影響なのだろうと。

 

こうして、第八艦隊と大日本帝国は初めての邂逅を終えた。彼らは琵琶湖にて世界情勢を情報収集し、そのデータを母星へと送る。しかし、琵琶湖に映える3隻の戦艦は、人々の目に止まり続ける。

 

 

初めて出会った友好的な異星人。そして、他ならぬその大使が初めて会談したのは、この国の最高責任者であり、政威大将軍の煌武院殿下。そして、終始友好的なムードのまま会談は終わったという。

 

 

会議終了後、彼らは第八艦隊が抱えるオーバーテクノロジーについて議論を重ねていた。

 

 

「我々と同じ戦術機を有しているとみて間違いないが、どの程度のものなのかはまだ判明していない。しかし、外宇宙を航行できる技術と、琵琶湖に浮かぶあの戦艦の外観。いずれも我々の想像を超えた存在であることは確かだ」

 

官僚の一人は、技術的な側面で彼らは次元を超えた存在だと発言した。10光年以上離れた場所に辿り着くための技術開発は机上の理論とされており、それらを克服した彼らはどれほどの武力を持っているか想像できない。

 

「ああ。しかも、巨大ガンマ線レーザー砲。電子レンジと同じく分子を熱によって振動させ、対象物を攻撃する。とんでもない悪魔の兵器だ。水を含むものは何であれ防御が不可能だ」

 

そして、将来的に月に向けて発射されるジェネシスの概要を知り得た官僚は身震いをする。あれがもし地球に向けられた場合、従うしかない。

 

「しかし、彼らはかの国や国連の様にあくどい真似はしないと思うが。彼らには平和ボケした匂いが出ていた」

 

しかし、彼らはそこまで苛烈なことはしないのではないかと推測する官僚も存在し、会談を繰り返すべきだと主張。

 

「いずれにせよ。国連もこの件に関して説明を求めてきている。この外への対応はどうするものか」

 

外務大臣高橋英樹は、国連の追及が相当なものになると考えていた。彼らが平和主義者で、友好的な関係を築きたいと考えていても、国連の強硬な対応に対し、日本が逆らうのは至難の業だ。

 

「——————そこは交渉次第ということだろう。属する勢力が変わるだけというならば、異星人よりもアメリカのほうが、という意見も出てくるだろう」

 

問題は彼らが異星人であるということだ。この大戦が勃発して以降、異星起源主との戦いを題材とするメディアが多く出回っている。その為、彼らが友好的な勢力であっても、それを理解しづらいといった問題もなくはないのだ。

 

この意見に閣僚の間でも難儀する意見が出始めており、彼らを信用するのはもっと議論を詰めてからというものが大半だった。

 

「—————最悪、御剣の養子を呼び戻す必要もあるかもしれんな」

 

 

「何? どういうことだ? まさか殿下の—————あの者を表舞台に立たせるばかりか、外交の道具にするおつもりか?」

これに異論を唱えるのは、城内省の鳥羽正虎大臣だ。御剣に養子に出されているとはいえ、彼の者は殿下と同じ血を引く存在。殿下を道具とするなどもってのほかだが、それでも彼の者を外交の道具にするのはさすがに非道が過ぎる。

 

「—————殿下と本日会談を行った青年は、あの星の英雄の息子らしい。それもかなりの特権を有しているのは間違いなく、今回の我が国の現状を見て心を痛めていた。彼の良心を利用するほかないと考えるが」

内務大臣はあくまで外交努力の上での話だが、と発言する。確かにそれも一理あると考える閣僚もいたが、この意見を無視できない存在もいた。

 

 

なお、ジグルドはそんなものは持っておらず、カガリもそんな身勝手を簡単には許さない。

 

 

「—————藁にもすがる思いなのは同じだが、彼らの心を弄ぶとなると話は違ってくるぞ、内務大臣。」

城内省はこれを認めるわけにはいかない。ただでさえ国連との外交の為に道具として使ってしまっているのだ。これ以上あの者に心労をかけたくないのが事実である。

 

「落ち着くのだ、鳥羽、それに織田も。明後日にも会談が予定されているというならば、彼らの技術について質問する場も設けることが出来よう。その際、篁の者と、巖谷榮二ら技術廠・第一開発局の者を呼ぶのが賢明と言えよう。技術面はさっぱりなのでな」

 

帝国の軍事技術の開発を行う部署でもある第一開発局。篁祐唯(まさただ)は凄腕の開発衛士にして、武勲に関わらない家格上げを賜ったいい意味でも悪い意味でも目立つ武家であった。

 

武勲によらない褒章を賜った武家。さらには鳳の娘と婚約した男。官僚の中でも彼の話を聞かない者はいなかった。

 

さらには、伝説の開発衛士として名高い巖谷榮二も曰く付きの存在だ。国産戦術機の祖と言われた彼ではあるが、アメリカの技術を取り入れる必要があるという革新的な思考の持ち主であり、矛盾を孕んだ存在であることは確か。

 

この曰く付きの開発局だけに任せていいのか。しかし彼らに選択肢はない。彼らは誰よりも結果を出している。

 

ゆえに、彼ら以外の適任者は知らない。

 

「仕方なかろう。武家には疎い私でも、篁の技術革新は聞いている。微々たる進歩が積み重なり、コストダウン、性能底上げが報告されている。物資に不安を抱える我が国にとって、彼らは貴重な存在だ」

 

大臣たちも様々な議論をしつつも、結局は会談を重ねて交渉するという意見に落ち着く。

 

「うむ、皆も意見がまとまったようだな。では次回会談でこの2名を同席させることでよろしいかな」

 

榊内閣現総理大臣は、閣僚らに是非を問う。反対意見はない。

 

 

この内閣府の一人である春山外相は、大臣たちの顔を観察している。そして、今までの政争の外側から新たな局面が齎されたと悟り、次の一手を考える。

 

————彼らは、複数の地球型惑星を有していると聞く。

 

 

報告書の中で無視できない地球型惑星を複数開拓しているという事柄。それは、彼らが外宇宙に進出し、新天地を見つけていることに他ならない。

 

もし、もしその地球の開拓が今回の件で滞る可能性があるのなら、寄る辺を失った難民を安全な開拓中の地球に送ればどうだろうか、と考えてしまう。

 

 

彼らは外宇宙開拓時代の最中であり、BETA大戦で嫌でも人員を必要とするだろう。予想されるBETA侵攻で、多くの犠牲者が出るかもしれない。日本帝国は大きく人口を減衰させた人類の中でも、豊富な人的資源を誇る大国である。

 

————どんな形であれ、彼らには未来がある。その未来を、どんな形であれ————

 

疎開するには打規模なものとはなるが、連邦軍と所有する惑星の警護はこの星よりも万全といえるだろう。後は外交努力を進め、折を見て交渉するべきかと考えていた。

 

 

 

一方、ワープゲートから外宇宙型航行船、アグニカが来訪。それに乗り込んでいたのは

 

「ここが最近大きな話題を生んでいる5番目の地球か」

金髪の青年がその眼前に浮かぶ青い星を見やる。彼の名前はウェイブ・フラガ。ジグルドにとっては異父兄に当たる存在である。フラガ家次期当主の御曹司であり、若頭なんて名前で呼ばれている。

 

ジグルドにとっては伯父の息子にあたり、奇しくもリオンとキュアンの間柄に似ていると周囲に言われているのだ。

 

性格のほうもキュアンと似ている。一方、未だ情緒に振り回され気味のジグルドは、リオンに至るほどの人物ではない。

 

 

「若様、今回は今までのような星とは全くの別物。どうかご自愛ください」

 

壮年の執事が、惑星を見据えるウェイブに諫言を伝える。ジグルドたちの報告通りなら、かなり、そして深刻な世界情勢であることは明白。戦場に出ていなくても命の危険があるのだからだ。

 

 

「そりゃあな。俺も無為に死ぬつもりはないぜ。ただ、この地獄が顕現する惑星で、俺たちフラガの立ち位置って奴を見極めるには、一発試してみないと分かんねぇでしょ?」

 

 

ウェイブはこの世界でフラガの役目を思案する。親父たちのような派手派手な活躍を望んでいるわけではない。新たな惑星、新たな同胞を前に、フラガ家の振る舞いがどう作用するのか。

 

 

いずれにせよ、連邦軍の動きはやや遅い。民間の皮を被った連邦の影の一つであるフラガ家は、この星に手を貸さなくてはならない。

 

 

 

そして、彼の隣に立つもう一つの影であり、花でもある美少女から美女へと変貌を遂げた、英雄の想いを託された女性。

 

 

 

———————リオンさんはもしかして、ここまでを、この先のことまで考えていましたか?

 

 

かつて、平和を担う次の世代、未来であると彼は彼女に言い放った。

 

 

 

彼が思い描いた灰色の未来に、色を与えた存在。鮮やかな感情豊かな色彩が、彼を決意させてしまったこともあったが、それでも、英雄にとって大きな存在でもあった未来。

 

 

「多くの支援物資が必要と聞きましたが、状況は私の想像をはるかに超えているようですね」

 

 

そして隣にいるのは、ウィンスレット社の女社長、ラス・ウィンスレット。25歳になる彼女の美しさは最盛期を誇っており、その才覚も開花。今ではウィンスレット社を、宇宙を股にかける大企業へと成長させている。

 

 

そう、彼女はやり遂げてきた。自らの会社を引っ張り、彼の願いを叶えた。大人になった今では、様々な折り合いをつけている身分ではあるが、彼の願いは捨てなかったのだ。

 

 

—————————リオンさんが現れそうな世界、なんて言ったら、貴方は怒るかもしれませんね

 

 

本人が聞けば、怒りはせず、むしろ苦笑いをしてしまいそうになる彼女の呟き。彼が彼女に魅せられたように、彼女もまた彼に魅せられていた。

 

この地獄のような現実を、彼なら、彼に匹敵する者なら覆してしまうのではないかと。

 

 

しかし、リオンへの感情が溢れそうになる寸前、彼女は理性によってそれを鎮める。

 

 

————————いけませんね。お父様にも散々注意されたはずです。リオンさんのような人は稀で、それは高望みし過ぎであると

 

 

戦乱が勃発する惑星で、ついついリオンへの想いを漏らしてしまったラス。彼女の初恋はオーブとプラントの歌姫によって終わり、あのジェネシスの光で跡形もなく消え去った。

 

 

いわゆるこじらせてしまったのである。リオンの様なスーパーな人材。彼女を魅了して止まない存在を、待ち望んでしまっている。

 

 

しかし、仕事モードの彼女はそれを他人に悟らせない。

 

 

「—————異星起源主に襲われている人類、ね。何とか助けになりたいものだけど、外交上の壁がまだまだあるそうね」

 

地球連邦軍の先遣隊より、事情はおおむね聞いている。

 

 

彼女のいう通り、いきなり軍事同盟、支援を行うことは不可能だ。段階を踏んだ手続きが必要となり、彼らの切迫している状況を鑑みるに、リミットは短い。相手は当然こちらの事情など尊重しないのだから。

 

 

「ジグルドのバカが、やっぱりほっとけないとか、心苦しさで潰れていないよう、喝を入れなきゃな」

 

 

「リオンさんに似て、こういうことは知らんぷりできる性格ではないですからね、ジークは。きっと、何とかしたい、助けたいなんて思っているでしょうし。昔からあの子は——————」

 

 

彼の幼いから青年までを知っている。姉役として、あのフラガの次世代の長男坊としてのプレッシャーもあった。父親へのコンプレックスと、母親への複雑な思い。その全てを彼女は知っている。

 

 

 

————————ジーク、決して無理はしないでね

 

 

 

地球に咲いた花は、いつしか宇宙を繋ぐ大輪の花となって、この地獄に渡ってきた。

 

 

 

 

 





次回予告は、ネタバレになりそうなので中止させていただきます。

予告を作るのは難しいですね。



今回みたいな、若大将のウェイブ君がちょっとしか出ていないという・・・・・



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第四話 会談の行方

第八艦隊と合流を果たした外宇宙航行船アグニカ。その船に乗っていたのはウェイブ・フラガとラス・ウィンスレット。

 

「久しぶりだな、ウェイブ。ビジネスあるところ、ウェイブありというか」

 

 

「誉め言葉として受け取っておこう。そちらも元気そうで何よりだ」

 

がっちりと握手するジグルドとウェイブ。その光景を見ていたキラは、やはりリオンとキュアンの関係性を幻視してしまう。

 

—————まるであの頃が戻ってきたかのようだよ、リオン

 

「早速だが、予想される日本帝国の難民を受け入れる受け皿は十分にある。ハイ・フィールド搭載の輸送船を可能な限り送り込むことにした。集結には一月かかるが、まだ手遅れではないだろう?」

 

迅速な動きだったウェイブ。とりあえず空いている輸送船を用意させ、このアグニカに詰め込んだのだ。結果としてその行動はオオアタリであり、帝都防衛戦前の避難に使用可能な輸送手段として重宝されるだろう。

 

「物資のほうも、自前生産で黒字が有り余るほどですからね。第二惑星から移動可能なストック分は持ってきました。さすがに弾薬はこちらの規格のものしかないから、あちらの武器には使えないけれどね」

 

ラスのほうは物資をありったけ輸送する手はずらしい。生活必需品から贅沢品まで何から何まで用意する徹底ぶり。開拓が落ち着きつつある第二惑星では、多数の工業地帯が建てられている労働者の星となっている。自然環境に根差したエコ活動は、本拠地で失敗と成功を繰り広げた経験から、最新の技術がふんだんに使用されているのだ。

 

他にも、大自然豊かな第三惑星、第四惑星など、地球連邦の外宇宙探索活動は国家群、民間のあらゆる面で恩恵を与えている。

 

ちなみに、軍事施設の大半は衛星軌道上の監視ネット網より、周辺宙域に建設された軍事コロニー、月に類似した衛星下に建てられている。その割合はおよそ7割となっており、大気圏内では警察組織が大半であり、武装制限も法令上存在する。

 

 

「—————なるほど、では次の一手では使えるということだな。よし、次の会談では俺とジグルド、ラスの三人で行こう」

 

ウェイブは手の速いラスの手腕に笑みを浮かべ、会談の内容も捗りそうだと満足し、軍事面ではジグルド、物資の面ではラスにその手の話は委任しようと決め込む。

 

「—————私は「貴方はミカエルで待機。ストライクフリーダムで待機。何かあった時、すぐこき使ってやるからな」そうか」

 

キラが会談に参加しようとするが、ウェイブに待ったをかけられてしまう。破天荒な会談ぶりが暴露されたキラは、カガリにこっぴどく怒られ、3日間の謹慎を言い渡されたのだ。

 

それではまるで黒船外交ではないかと、キラはめちゃくちゃ怒られた。しかしながら、現地民との邂逅の瞬間は避けられない展開ではあった為、情状酌量の余地はあると他の議員がフォローしたのだ。結果的に、日本帝国と円滑な国交が開かれているのだ。スタンドプレー気味な弟の暴挙とそれを上回る結果に内心イライラのカガリは、それ以上の追及を取りやめ、黒い笑顔で話をこれまでとした。

 

なおその夜、ラクスに長電話で弟の暴挙に不平不満を言いまくる彼女の姿があったという。

 

 

「そして、事態を重く見た評議会は現在遊撃任務中の第七艦隊の派兵を決定した。戦力が集結次第、まずは月に巣食う化け物どもを一掃する。その上で、地球に巣食う異星起源主を排除し、彼らとの交流を深めることになる」

 

ジェネシスの発射予定は、第七艦隊と合流後。少なくとも第七艦隊の到着と合同軍事行動における統制が決定されるまでがネックとなっている。予定されている合流時期は早くても6月、遅くても8月までに完了するらしい。

 

 

モニターに映るナタルは、現状はあまり良い展開ではないと断言する。

 

 

「—————ギリギリだな。朝鮮半島の情勢を鑑みるに、それではぎりぎり間に合わない可能性も出てきている」

 

ナタルは、盤上に映し出されるこちらの兵力と無尽蔵に湧き出る相手の勢力を考えて、相当キツイ戦場であると予期した。

 

何しろ戦力差はこれまで地球連邦が経験したどころか、連邦政府樹立前のオーブですら経験したことのない大物量。厳しい戦いは容易に想像可能で、最新鋭の機体が多数満載されているとはいえ、よく訓練された新兵が大半だ。戦争経験者で最年少世代だったキラたちももうすぐ第一線での働きに衰えが出始める頃合いだ。その代わり、この星に住む軍人たちの戦争経験は豊富である。

 

要するに、連邦政府にも、この星の国家の軍事力にも一長一短の要素があるのだ。しかし、ナタルが判断できる不安要素はここまで。彼女の耳には連邦政府樹立以前の故郷よりも複雑怪奇な世界情勢の情報が齎される。

 

「何より、国連軍がきな臭い。アメリカ軍も琵琶湖周辺に展開しつつある。隙を見せればあっという間に国賓扱いだ。気をつけろよ」

 

ナタルの皮肉が突き刺さる。あの国ならばやりかねないという予感がその場全員の心境だった。アメリカはやはり健在ではあったが、カナダへの放射能汚染は核爆弾の連続使用による除染不可能な汚染であるという。

 

幸いBETAの進出は防いだものの、大きな痛手を被ったらしい。その後彼らはなりふり構わず、権力と軍事力を集中させており、ちょっと一時期の大西洋連邦みたいだ、と思われてしまっている。

 

「————この強引なやり方。アズラエルを思い出しますねぇ。オーブにも強気な要求を突きつけた大バカ者、でしたね」

 

キラは、オーブに圧力をかけて、あっさり返り討ちになった愚者のことを思い出した。アメリカもやり方さえ間違えなければ外交の余地はある。あくまで彼らは自分がナンバーワンになることを信条とするのがよくない。

 

己惚れではないが、あの大戦を乗り越え、連邦政府としてうまく運営されており、複数の地球型惑星を有し、資源も人員も満載なこちらに対し、BETA大戦で追い込まれつつある国の一つでは比較にはならない。

 

しかし油断はできない。いろいろな搦手でこちらを乱しに来る可能性もなくはない。そんなことをされては困る。BETA大戦のあと、また防衛と同時に開拓を行う必要があるのだ。そんなことに余暇を使うつもりはない。

 

「まあ、目には目を、刃には刃を、しかし花に花を、ですよ。あの国の印象を帝国の都合で判断するのは早計です」

 

ジグルドは、アメリカに対し、懐疑的になる一同をけん制した。まだ彼らがそんな存在であると決まったわけではない。だからこそ、まずは疑いの心を持たず、会談で相手を把握し始めるところから進む必要があると考えていた。

 

「ジグルドの言うことは理想論だが、結果として多くの軋轢を生んでいるのは事実だからなぁ」

実際、難民問題で大きなしこりを残し、欧州でもソ連でもあくどいアメリカらしい手段はとっている。第八艦隊で親友でもあるクロード・ミリッチは、大西洋連邦からの圧力、プラントからの圧力で分断されていた歴史を両親から聞かされている。超大国の圧力に対し、苦い顔をするのは自然なことだった。

 

ジグルドとしても、結果的にアメリカの行動により世界情勢が混とんとしている事実を否定はしない。

 

「まあ、出方次第だな」

同世代の戦友たちも、何もしなければ何も行動しないという態度をとっている。しかし、明らかにアメリカという国家に対し、何か言いたいことがある様子。

 

 

「——————」

それ以上は何も言わないジグルド。アメリカに関してはここで何といってもどうしようもない。何より情報が少なすぎる。ジグルドとしては表面の情報だけで判断はしたくない、それだけなのだ。

 

 

「では、明日。ジグルドとともに帝都におられる煌武院悠陽殿下と再度会談を行うように。ジグルド、貴様は今度こそ正座を完璧にマスターしておけ。会談日はお前の案内が不可欠となる」

 

 

「は、はい——————(嘘だろ? あの地獄のような姿勢にもう一度なれと? 無理無理、足がしびれる)」

敬礼でその命令を受けるジグルド。キラがいない分責任重大のジグルド。しかし、胃を破壊する存在がいないので、案外楽かもしれない。

 

「————————(ああ、やっぱりだめみたいですね。リオンも正座は嫌っていたし)」

 

なお、正座に関しては絶望的である。目が無意識のうちに泳ぎ始めているジグルドを見て、キラは帝国側にやはり椅子は用意しておいてほしいと連絡を送ることを決める。そして、ジグルドが正座を嫌った理由は姿勢がしんどいというのもあるが、足がしびれた状態で死角に襲われた瞬間を危険視したのもある。

 

 

 

「明日の予定だが、殿下のほかに斯衛の者が複数出席するらしい。後は技術廠から数人予定があり、中規模な会談になり得るかもしれない。粗相のないようにな」

 

技術者と武家の総称足る斯衛軍の何か。いずれにせよ、ジグルドはやるべきことは変わらないと考えていた。要するに、速めに外交開通と軍事同盟の足掛かりを作れということだ。

 

「斯衛軍、ねぇ。帝国軍があるのにまだ軍隊があるのか。いろいろ複雑なのかもしれないな、あの国は」

 

ウェイブは軍を二つに分ける理由について首をかしげていた。色々と不便ではないかと。オーブでは私軍なるモノはあったが、全て正規の軍属である。そういった線引きはされている。だが、この国ではそれぞれの軍隊にそれぞれの階級が存在するらしい。

 

「いろいろあるのですよ。皇帝陛下と将軍家を守る武家の軍隊。彼らは遠征に出た経験はあまりないと言いますが、どこまで戦力になり得るのか—————」

 

ラスも、彼らの存在を認めてはいたが、遠征をしない軍隊ということに引っ掛かりを覚えていた。政権というより、国の決定で思うように動かせない軍隊の存続理由について、色々思案するがどうしても思いつかない。

 

—————斯衛軍、ね。一つでもいいから敵の要塞を落とせば見方が変わるのだけれどね

 

色々と帝国軍の内情を知り始めた第八艦隊。信用は出来る国だ。裏切る心配は今のところない。しかし、妙なところで変なところがある国、という印象が強まっていた。

 

 

 

一方、欧州では帝国が未知の異星人と会談を進めていることが明らかになった。

 

「—————聞いての通りだ、帝国が未知の異星人とコンタクトを取っているらしい」

 

「それは我がフランスでも聞き及んでいることです。琵琶湖の写真を見る限り、この星では考えられない技術で建造された戦艦が3隻停泊しているらしい」

 

衛星写真、現地の写真など、様々な場所で彼らの写真が映し出されていた。

 

「もしこれが本当なら、欧州奪還の糸口になり得るかもしれん。今のうちに帝国に接近したほうがいいのではないか?」

 

 

「だが、帝国と異星人のコンタクトがどうなるかもわからん。しばらくは様子見だ。その技術が開示されたとしても、レベルが違い過ぎて今すぐ使えるかも怪しい。何しろ奴らは光の速さすら克服した存在だ」

 

懸念すべきことはそれだ。仮に技術提供が行われたとしても、技術レベルに格差があり過ぎる場合、模倣すら難しいかもしれないのだ。それが彼ら欧州の懸念の一つだ。

 

「しきりに彼はモビルスーツと呼ばれる単語を口にしていたらしい。我々の言う戦術機とは違った主力兵器の総称をさすらしい」

 

「モビルスーツ、か。どういったものなのだろうか」

そして謎の兵器モビルスーツ。彼らはまだ艦船しか晒していない。一体どういった存在なのだろうかという疑念が深まるばかりだ。

 

欧州は沈黙を保ち続ける。帝国と第八艦隊の会談の成果を特等席で見続けているのだ。

 

 

中国、アフリカ、オーストラリア、ソ連とアメリカでさえ同様に沈黙を保っていた。帝国がまだ国交を開通させていない段階であるためだ。帝国が下手をうった場合、次の椅子をめぐっての牽制が行われているのだ。

 

未知の技術を独占し、戦後で有利な立場に立てる国はどこなのかということを。

 

 

そして当日———————

 

 

「異星人との会談、ということでしょうか、殿下」

 

「はい。私には見透かせない何かを其方に見定めてほしいのです。私も彼らの全容を理解するのは、初見では厳しいのです」

 

殿下とは別の下座に座するは斑鳩崇継。斯衛軍第16大隊の指揮官にして少佐。斯衛軍の中でもエリートと言われており、その実力とカリスマは随一と言われている。

 

————面白い、異星人の存在。この斑鳩の眼で見極めさせてもらおう

 

「————」

彼の横でそわそわしている青い髪の女性は、祟宰恭子。斯衛軍の中でも象徴的な存在として国民からの人気も高い女性衛士である。何より五摂家の一角を担う血縁者であり、戦場で活躍する姿を見たものは、柔和な雰囲気からは考えられない苛烈な戦いぶりで味方を鼓舞する存在に頼もしさを感じたという。

 

だが、そんな人気を誇る彼女も、今回の件では緊張が勝るようだ。

 

————なぜ、若輩者の私がこの場に? 

 

なぜ自分がここに呼ばれたのか、その理由に首をかしげるばかりだった。

 

 

————まさか、五摂家の二角と相席することになろうとは

 

譜代武家の篁祐唯は、恐れ多くも殿下と相席するばかりか、五摂家とも同席することを恐れ多いと感じていた。正直登城することを命令された際、命の危険を考えたほどだ。

 

また何か難癖をつけられるのではないかと考え、気を揉んだ。そうでなくても彼には心残りがあるというのに。

 

 

————ミラ。君は今どこにいるんだ?

 

ミラ・ブリッジス。かつて米国に渡った際、互いに惹かれ合った女性の名前。開発計画の最中、忽然と姿を消してしまった彼女に強い悲しみを覚えたが、今では武家の習わしに従い、定められた女性と結婚し過去を忘れようとしていた。

 

今の妻を裏切る気などない。だがあの後、急に姿を消した彼女はどうなっているのか、それだけが心配だったのだ。

 

この話は当然妻にはしていない。娘である唯依も当然知らないだろう。そのことを知るのは恐らく、戦術機開発の鬼ことフランク・ハイネマンと、隣にいる巖谷榮二ぐらいだろう。

 

 

「浮かない顔をしているな、祐唯」

今では腐れ縁になっている親友だが、独身貴族を貫いてしまった男。だが、これほど義理堅い友は知らない。

 

「いや、今日の異星人との会談。俺たちの想像もつかない技術があると聞き、少し不安になっている。今までの常識が木っ端みじんになる、そんな予感がしてならない」

 

 

「—————まあそういうことにしといてやろう。今日はそのことだけに集中するべきだろう、お互いに」

 

含みのある言い方、やはり彼には隠し事は出来ないらしい。しかしそれ以上の詮索はしないのがありがたい。

 

 

「—————殿下、異星人の御一行が到着しました」

 

 

「客間へ案内なさい」

 

 

そして、下座にてジグルド・F・アスハ、ウェイブ・フラガ、ラス・ウィンスレットがやってきたのだ。

 

 

「殿下、本日もよろしくお願いいたします」

 

形式ばったやり取りを強いられるジグルド。しかし、悠陽はそんな彼を見てやや不機嫌な顔をして、

 

「初対面の時の様に、自由にせよと申したはずです、ジグルド」

微笑を浮かべ、悠陽はジグルドを気遣う言葉を投げかける。

 

 

「—————はっ、では—————二日ぶりですね、殿下。今日はやけに人が多いようですが、我々の来訪で事態が良い方向に進んだとみて間違いないですか?」

それなりに多くの人間が同席していることを見て、帝国内部でも自分たちの存在が無視できないものになっていると悟るジグルド。

 

「良くも悪くも、ですね。それもこれも、本日の会談次第、ということになります」

 

悠陽に、今日はよろしくお願いしますね、と暗に言われるジグルド。そのプレッシャーに苦笑いするしかない。

 

「では、本日は帝都防衛戦における避難ルートについて提案があるのですがよろしいでしょうか?」

 

「避難ルート、ですか? 現在国家予算をつぎ込み、整備を行っていますが————」

彼女はその瞬間、陸路以外でのルートについて考える。であるなら、次に考えられるのは海上輸送。そして、一番可能性の低いものとしては空路。だが、彼らの技術力の高さならば、光線級の攻撃にも対処可能ではないか。しかも空中での安全が確保された場合、海上輸送や陸路よりも速く行うことができる。現在地球連邦は空中戦艦を琵琶湖に駐屯させており、水上艦艇の影は見えない。となれば、

 

「——————もしや、空中での輸送をお考えですか?」

 

 

「はい、殿下の推察の通り、輸送船を使った空中への避難を提案します」

ジグルドの提案に待ったをかける者がいた。祟宰恭子である。

 

「お待ちください! それでは光線級の格好の的ではないですか! 光線級の概要はこの前説明をお受けされたはずです。巡洋時の飛行艇を捕捉する距離は200キロを超えると」

 

光線級の恐ろしさを知る衛士からすれば、輸送船での避難はリスクが大きすぎる。しかし、彼らはそれを理解しているはずなのに、それを行う算段らしい。

 

それが彼女には理解できず、憤りに近いものを感じさせてしまった。

 

「横から失礼してよろしいですか、麗しき戦乙女よ」

 

気障な物言いで、横槍を入れるのはウェイブ・フラガである。その瞬間、殿下の凛々しい顔が崩れ、ジト目でウェイブを見つめるジグルドへと視線を移した。

 

————其方は苦労しているのですね

 

 

————わかってくれますか、殿下

 

 

目が合うだけで意図が理解できている二人。ウェイブはどうやら恭子に一目惚れをしているらしい。さすがはあのナンパ野郎の息子、ロックオンした瞬間にアレである。

 

「ちゃ、茶化さないでください! では、輸送船がどのような方法で光線級の脅威を解決できるのか、ご説明していただけませんか?」

 

最初は感情のままに叫んでいた恭子ではあったが、後半は冷静さを取り戻し、ウェイブに質問する。レーザーの脅威はどうするのだと。

 

「我々の輸送船にはハイ・フィールドと呼ばれる対光学兵器に特化した防御機能を有しております。しかし、口で説明するのは易し、実際に実物を見ていただきたいと考えております」

 

その言葉で、ウェイブが出鱈目を言っているのではないかと理解する恭子。しかし、彼の言う通り実物がなければ信用などできないし、そちらの性能を上回る脅威かもしれないのだ。

 

「一月です。一月あれば、輸送船の一団を引き入れることが出来ます。その際、朝鮮半島上空を飛翔し、その効果をご覧に入れましょう」

 

ウェイブの段取りとしては、輸送船の性能をアピールするためのデモンストレーションとして、輸送船の朝鮮半島への飛翔を提案したのだ。実際に見てもらうほうが速いのが実情であるのと、手っ取り早くこちらの信用を取り付けるには、この方法が最適だと考えたのだ。

 

「そ、そうですか。ならば、私の質問は以上です。声を荒げてしまい、申し訳ありませんでした」

最後は蚊のような声になってしまう恭子。冷静に考えれば、光速すら克服した人類なのだ。レーザー無効化の技術などあって不思議ではない。

 

そんな気落ちする彼女を気遣うかのようにウェイブが語り掛ける。

 

「そう気落ちしないでほしい。臣民を憂う心、とても綺麗なものを見られたと、こちらも満足しているので」

 

 

「!!!!」

赤面し、今度こそ物言わぬ何かになってしまった恭子。当分話を聞くだけで精一杯だろう。

 

——————なんで会談中に女口説いてんだよ、この異父兄は。ほんとにお話の重要性を理解しているんですか。

 

——————キュアンおじさまと同じ、女たらしというか、正直すぎるといいますか。これで女遊びがぱったりやむのは別にいいのですが

 

二人からの冷たい視線に気づかないはずのないウェイブは、

 

——————俺は落ち着きがなく、我慢弱い男なんだよ。

 

頭を抱える二人を尻目に、自信満々に開き直るウェイブ。一応話は進んでいるのでイマイチ切り込めない。

 

そんな状況の仲、斑鳩の当主が口を開く。

 

「ではこちらからも質問を。貴殿らが口々に言うモビルスーツとは一体なんだ? 強化装備の一種なのか?」

 

スーツというのだから、パワードスーツに似た何かなのだろうかと推測する斑鳩。

 

「全長はそちらの戦術機と同じか少し高いぐらいの機動兵器ですよ。ただ、宇宙、大気圏、水中と戦場によって機種は変わりますが」

ジグルドにとっては当たり前の質問で、当たり前の答え。だが、彼らの技術で作られた戦術機に酷似した者とあっては、この男は黙っていない。

 

「なんだと!? そちらの技術で作られた戦術機に近しい兵器なのか!」

 

声色が変わったことで、驚くジグルド。何かおかしいことを言ったのか、不安に思う彼ではあったが説明を続けるしかないと考えた。よく見ると目をキラキラさせており、「とても興味がある」という表情を隠さない。

 

「ええ。現在琵琶湖のほうに一部搭載はしていますし、見せろと言われたら見せられますが———その、時間がかかるというか————」

 

琵琶湖までそちらの車では時間がかかるでしょう、とジグルドは説明する。

 

「むう、そうか。では会談終了後に見せてもらう。良いかな?」

 

斑鳩はそれだけを言うと質問はないらしく、会談終了後のことを楽しみにしている様子だ。

 

 

————この方は、戦術機に強い興味があるみたいだが————

 

————彼らの技術を有効活用できれば、損耗率が減る。何とか糸口を

 

ジグルドの能天気な平和ボケした考えと、斑鳩の切実すぎる思惑。連邦政府と帝国政府の内面意識には壁が存在している。

 

そんな斑鳩の猛アタックに便乗する者達がいた。

 

「—————その、どうやら私たちも斑鳩殿と同じ目的なのだ。会談終了後に拝見できないだろうか」

 

「——————」

奥のほうに中年のおじさんたちも、ジグルドの会談終了後のモビルスーツ観覧が目当てらしい。要望を口にした男と、黙ってうなずく男性。

 

—————かなり興味を持っていただいているようだな。やはり、戦況は芳しくないのか。

 

技術者の真剣な表情を読み取り、先ほどの斑鳩という彼らといい、戦術機好きではないことを悟るジグルド。そして、先ほどの思惑を恥じる。

 

—————同じ目線ではないからこその齟齬。口に出さなくてよかったが

 

 

「殿下。一つ宜しいでしょうか?」

 

「なんでしょう、えっと————」

初対面なので、名前を呼ぼうにも呼べない殿下。少し戸惑う姿がジグルドに新鮮に思えた。

 

「ラス・ウィンスレットです、殿下。予想される避難もそうですが、帝都防衛後の物資の供給の件でもお話があるのです。撃退できれば問題はないのですが、被害状況によっては救難物資の調達を進めているのです」

 

 

「物資の提供をしてくださるのですか?」

要求されることは何だろうと、悠陽は身構える。ノーリスクで何かを得られるはずがない。彼女はラスの口から齎される言葉を警戒していた。

 

「こちらとしても未来への保険という担保しか持ちえないのが実情です。我々の勢力圏では現在BETAと遭遇したことはありません。ですが、そのXデーを想定し、対応するためには、貴国をはじめとした各国との連携と情報収集は必須。我々は初期対応を間違えるわけにはいかないのです」

 

ゆえに、とラスは続ける。

 

「我々地球連邦、および傘下の民間企業群は物資面での支援、一部の兵器の供与を現在検討しています。ですが現在連邦軍は、戦闘行為の許可が下りていないのが実情です」

 

「—————妥当な政策だ。物資などは生産すればいいが、人的資源の貴重さはこちらも痛いほど理解している。死地へと兵士を送らないのはましだ」

 

斑鳩は、地球連邦は軍事行動に出ることはないと聞いてショックを受けているわけではない。むしろそれは妥当だと考えていた。

 

地球圏内でさえ、BETAに対する意識の違いは如実に出ている。故国を失ったものは説明するまでもなく、大して被害がまだ及んでいない国の意識は低いものと言わざるを得ない。

 

遥々宇宙を超えてやってきた連邦は、BETAという脅威を認識し、動くことが出来ない。連邦市民も派兵に賛成する者、物資の支援のみで様子を見るべきという意見に分かれている。

 

問題は連邦の規格と、帝国軍の兵器規格が合わない事である。

 

 

「—————しかし、我が軍が採用しているのは、90式戦車だ。それも902式へと改修し、配備が完了したばかりで、次期主力戦車を開発する余裕はない」

 

90式戦車—————

 

光菱重工が製造した日本帝国軍の主力戦車。防衛省と産業省の合同での次期主力戦車におけるコンペの際に、正式採用されたものである。

 

44口径120mm滑腔砲(弾数40)

12.7mm機関銃(弾数2000)。

他に7.62㎜機関銃も装備。

 

戦域データリンクへの対応は改良型の902型から始まり、長年使用されている傑作機である。

 

開発中にBETA地球侵攻が始まったことから、モジュール装甲、自動装填装置の採用により、部分的ながら対BETA戦を想定した設計となっている。

 

 

対して、地球連邦の戦車は超電磁投射砲を主砲としたモルゲンレーテ製の80式機動戦車である。同じ44口径120mmではあるが、弾数は70。さらには、機関銃は小型のレーザー仕様となっており、排熱に気を付ければエネルギーの許す限り発砲が可能となっている。

 

しかし、最大の特徴はレールガンを通常兵装とした点だろう。貫通力に優れ、一点突破に優れるこの弾頭は、初期のPS装甲を貫通できる性能を持ち、事実上陸戦における主役をモビルスーツから奪いつつあるのだ。

 

「スペックだけを見れば、この弾頭は突撃級の外殻すら貫通し得るな」

 

「エネルギー効率も我々のレベルを超えている」

 

何より機動戦車として重要な活動時間は、モビルスーツに採用されていたパワーエクステンダーの搭載だろう。現在では兵器各方面に通常採用されている技術であり、光学兵器、電磁投射砲の使用には不可欠なものとなっている。

 

 

「なるほど。モビルスーツが全てにおいて勝るというわけでもないのか」

 

それでもモビルスーツが採用されているのは、水陸両用、空中などの柔軟な作戦行動が可能なためと言える。

 

とはいえ、陸上兵器にモビルスーツの技術が流出していることもあり、陸上用前線基地の機能も兼ねた新型モビルスーツ、ロトの配備が行われる予定もある。現在少数が先行配備されている。

 

これは、前線での指揮系統の簡略化と、その保護の為、機動力と防御力に長けた兵器が必要という国家間の理想が一致したものである。

 

「このロトという機体は素晴らしいな。エースに配備されているVPS装甲を、指揮官用にこれ以上ないほどに活用している」

篁はやや興奮気味にロトについての持論を展開している。

 

「これ、私が設計したんですよ。そうですね、当初はガンダムの品格を損なう、コスト面はどうするのかと言われたものです」

 

ジグルドがほくほく顔でロトの父親は自分であると宣言する。

 

「おお! この素晴らしい機体は貴方が!」

 

雑談が熱弁に代わる4名。

 

「何処までも機能性を重要視した素晴らしい機体だ。これがあれば、指揮系統の乱れも解消されるやもしれん」

斑鳩も、やや興奮した表情でロトを絶賛する。

 

ジグルド、斑鳩、巖谷、篁が熱を上げている現状。放置されたラスと、どさくさに紛れて恭子を口説くウェイブ。青筋が浮かび始める真耶。

 

そして表情が柔和なものになっている悠陽。

 

 

VPS装甲に、核エンジン。尽きることのない強固な装甲と、電子通信を採用したことにより、戦闘時における要になり得ると期待したものである。搭乗数は最大10名で。動かすには3名必要。

 

しかしいつまでも雑談をするわけにはいかない。楽しそうにしている4名には申し訳ないが、悠陽がここで前に出る。

 

「そちらの事情は重々承知しております。軍事面での取り決めは、榊首相の御出席の時と致しましょう。斑鳩も、技術関係について後程お話の機会を設けていただいております。いいですね?」

 

悠陽が最後に軍事面での取り決めは次回に持ち越しと取り決め、技術談話で盛り上がるジグルドと巖谷、篁、斑鳩を諫める。

 

「私としたことが。申し訳ございません。あまりに魅力的な話でありましたので」

 

「申し訳ない。ブレイクスルーが実現し得る機会でしたので、つい」

 

「私も熱が入り過ぎました」

 

「殿下に礼を失したこと、申し訳ございません」

 

 

そして国交開通の時期や首脳レベルでの会談の日程調整など、今後の計画について意見交換と確認を行った両勢力。2回目の邂逅も滞りなく完了し、出だしは順調といえる。

 

 

 

帝国一同はその後MSの見学へと向かうことになるのだが、彼らは連邦の底力の一端を思い知ることになる。

 

 

 

 




ウェイブ君は正当なフラガ家次期当主候補であり、

ジグルドは本人が否定しているものの、アスハ家を継ぐものと目されています。

本人は弟こそふさわしいと考えています。



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第五話 隔絶を埋めるには

こちらもお久しぶりです。

まだ戦闘パートは遠いですね・・・・


 

2度目の邂逅が問題なく終わり、技術者と斑鳩少佐が楽しみにしているMSについての見学が行われる。篁中佐と巖谷中佐は表情を崩さず、どことなく気負った雰囲気をうっすらと醸し出していた。そんな彼らに便乗した友人、同僚たちも同様だ。

 

 

しかし、斑鳩少佐だけは満足げに彼らに同行していたので、連邦兵士たちも困惑していた。

 

 

殿下に関しては無表情で、何を考えているか悟らせない為、不気味と思いつつも、凛とした佇まいを崩さない彼女の姿に圧倒されてしまっていた。

 

———————な、なんだよあの別嬪さん。マジでこの国の貴族というやつなのか?

 

 

——————おいおいおい、若き日の最高議長殿を超えているぞ、あれ

 

 

———————今でも別嬪さんだが、これで年齢を重ねたらとんでもない美女になるな、あの娘は

 

 

連邦の技術士官、警備兵たちがおおむね好意的な目を彼女に向けているが、

 

 

 

———————邪な感情を向けた瞬間、斬る

 

 

隣にいた従者の眼光に恐れをなし、背筋を伸ばしたまま硬直する者が続出する。

 

 

 

 

 

 

「では見せてもらうぞ。そちらの主力兵器、モビルスーツの性能を」

 

斑鳩がやや楽しみな感情を抑えきれずに、ジグルドの後をついていく。当然の如く、篁と巖谷、そして斯衛軍の恭子、さらには殿下もついてきている。

 

「—————ええ。どこでお見せすればいいでしょうか? この屋敷の外ですか? それとも琵琶湖でしょうか?」

 

 

ジグルドはモビルスーツを見せる場所を尋ねる。琵琶湖は目立ちすぎるし、ここに持ってくるのはいいが、それでも目立つだろう。

 

 

「—————ふむ、どうせならそちらの船の中で見たい。いいだろうか?」

 

ここに来て、国交が完全に開かれていない戦艦への見学を申し出た斑鳩。これにはジグルドも驚く。豪胆というか、好奇心が旺盛なのか、それとも酔狂なだけなのか。

 

この人物の全てを図り切れない。

 

「—————見せられないわけではありませんが、おつきの方々は————」

 

目配せして殿下や彼の傍にいる従者たちに尋ねる。こちらは構わないが、そちらの従者はどうなのかと。

 

「—————殿下の望まれるままに。我らにはその権限はございませぬ」

ジグルドに対し、やや睨みつけてくる少し怖い女性が、ぶっきらぼうに言い放つ。どうやら初対面での無礼な態度が気に入らなかったようで、彼女は彼のことをあまり好かないらしい。

 

————月詠はああいう性格なのだ。すまんな

 

————主思いの従者ですが、これでは落ち着いて話すことも叶いませんね

 

 

目と目があった瞬間に気苦労を語り合う斑鳩とジグルド。フリーダム過ぎる上官と部下を持つジグルドと、硬すぎる部下や同僚を持つ斑鳩。正反対だが、気苦労は絶えないようだ。

 

「私は構いません。今後お付き合いさせていただきます、其方らの船。この目で見たいと考えておりました」

 

殿下も少なからず艦船に興味があるようで、帝国のテリトリーではない場所での観覧に異論はない態度を示す。

 

というより選択の余地はないのだ。帝国は地球連邦との会談を成功させなければならない。ゆえに、距離を取る外交や態度をすることが出来ない状況なのだ。

 

飛行艇に乗り込み、琵琶湖に浮かぶミカエルへと帰還する一同。その内部構造に帝国一同は驚愕した。

 

「内部はこれほどの構造となっていようとは。それに、これはカタパルト。内部にこのようなカタパルトがあるのか」

 

ここから射出する、というのを見せられた斑鳩は、戦術機に酷似した何かがここから発進する光景に心躍っていた。

 

 

宇宙を航行するばかりではなく、大気圏を移動し、なおかつ船舶の様に海上を移動することも可能とくれば、オーバーテクノロジーもいいところである。

 

隔絶された技術レベルの差を感じつつも、巖谷は目を若干輝かせている斑鳩とは別方向の不安を抱えていた。

 

————取り入れられるのか、こんな—————

 

帝国の益となる技術を吸収するのが今回下された命令である。しかし、技術レベルの習得は長期間のプランが必要になるほど困難なものになると予想される。

 

救いなのは、彼らの発想を理解することが、それほど難しいことではないということだ。あくまで技術面での理解を度外視した形ではあるが。

 

「あれです。あれが我が軍の主力兵器、モビルスーツ。ダガーです」

 

 

帝国の面々の眼前に鎮座するのは、人型機動兵器ダガーの雄姿である。戦術機に比べ、スマートなフォルムをしており、洗練されたデザインと人をそのまま巨大化したかのような精巧さ。

 

しかし、奇妙なことに主力兵器の割にはこの艦船の中に一機しか存在しない。帝国の一同は首をかしげるも説明を受けることに。

 

「—————これが、モビルスーツ。ロケットエンジンやスラスターは———」

 

篁は、推進力を維持するのにこの機体だけでは難しいのではないかと推察する。確かに技術力に開きがあるのは理解できる。しかし、脚部と背部にある推進力だけで、長距離ブーストは不可能に近いと考えていた。

 

「ええ。これはあくまで本体のダガーのみ。この機体の神髄は、バックパック換装システムによる、兵種変更の容易さです」

 

ジグルドが説明する換装システム。それは彼らの今までの戦術機の概念を覆すものだった。

 

「換装? まさか、状況に応じて武装を変更することが可能なのか? なるほど、本体と武装を分けることで、運用しやすくしているのか!」

 

画期的な発想だ。まるで着せ替え人形のように兵種を選択する。それにより一から戦術機を作るのではなく、元となる機体と武器を個々に分けることが出来る。

 

————やはり発想が違う。

 

 

今まで自分たちは高性能な機体を作り、強力な火器を保有する戦術機の開発に目をむき過ぎていた。だからこそ拡張性が犠牲となり、機体の発展性も失われてしまい、汎用性のない、汎用性の域を脱出できない兵器開発に終わってしまっていた。

 

だがこれはなんだ。最初から兵器オプションに拡張性を与えることを前提とした機体設計。だからこそ、同じ機体でも戦術オプションで性能が様変わりする。

 

誰だ、こんなバカげた発想をした開発者は。

 

その頃、オーブ在住の人妻女技術者がくしゃみをしたとかしないとか。

 

「はい。このダガーは機動力において、そちらの戦術機に劣りますが、それは単体の場合。ジェットストライカー、エールストライカーなど、高機動型に換装した場合、滑空や高速戦闘を可能とします」

 

空を飛ぶ。空中戦を前提とした機体。それはこの世界における非常識でもあった。

 

「空を飛翔できるのですか!? 本当に、我々の戦術機とは概念が違うのですね」

崇宰恭子は、追加兵装の運動性能を聞き、自分たちとは何もかも違う、しかしどこか似ている異星人の兵器に興味を示す。

 

—————聞けば、彼らのこれは宇宙での活動が起源と言います。外宇宙への進出を、彼らはすでに達成しているのですね

 

元は宇宙空間での作業用ロボットから始まったモビルスーツの歴史。4度目となる人類を巻き込んだ大きな大戦と、戦後処理を乗り越えた彼らは、想像を絶する歩みを送っているのだ。

 

「ラミネート装甲で、どこまで光線級の攻撃を防ぐことが出来るかはまだわかりませんが、映像で推察するところ、一撃で沈むことはなさそうですね————」

 

アークエンジェルの過去の戦闘における光学兵器への堅牢さを目にした一同は、ラミネート装甲の性能を垣間見ることが出来た。

 

「しかし、そちらのレーザーはレーザーカッターともいうべきものですね。長時間の照射であれば、ラミネート装甲と言えど、貫かれる危険性があります」

まあ、角度をつければシールドも傷つけず、完全防御は可能そうですが、とジグルドは付け加える。

 

 

「ん? あの機体は何だ? あの機体は?」

 

どことなく戦闘機を思わせる造形。それが無理やり人型になったような、しかし見事なフォルムであると言わざるを得ない機体。

 

それは11番目の機体。可変機能を有し、高速戦闘に主眼を置いた機体である。火力と兵装の豊富さもあり、バランスの取れた傑作機である。

 

「隣のこれは、RX-11-1、リゼルです。ミカエルの艦船には若きトップガンたちがいますからね。彼らは特に優秀な技量を示したことで、可変機型のモビルスーツの担い手となりました」

 

「可変機、つまり別の兵器に変貌するということか?」

斑鳩が尋ねる。そのフォルム的に戦闘機であると予想はしているが、まさかそんな機能まであるとはと驚愕している。

 

巖谷に関しては完全に絶句している。彼の想像の範疇からはみ出しているようだ。

 

「ダガーに、リゼル。他にも見慣れぬ機甲部隊と航空機。そしてあれは————」

そんな友人とは対照的に、正気を保っていた篁中佐は、一機だけ雰囲気の違う機体を目にした。

 

リゼルもダガーも、この国の戦術機を超越する存在だ。だが、兵器というイメージやその雰囲気というものがあった。しかし、その一機だけは違う。伝統工芸品でもあり、その二つの機体とは別次元で、兵器と思わせない凄みすら感じさせる。

 

 

彼は、もしこの機体と対峙することになれば、戦争にすらなり得ない、そんな感覚を感じていた。

 

 

八枚の羽根を持つ機体。あれこそが、篁中佐の想像通りの、地球連邦最強の存在。

 

 

「ZGMF-X-20Aストライクフリーダム。現存する機体群の中で、唯一量産不可能な機体です」

 

「フリーダム、自由という意味か」

 

8機の誘導兵器と重火力と高速戦闘が最大の特徴であり、そのあまりの性能から乗り手を選ぶとさえ言われている。

 

中でもマルチロックオン技術は高速戦闘中に行われるものであり、通常のパイロットではなかなかできない芸当である。

 

 

誘導兵器による広域殲滅型の側面を持ち、大火力と手数の長で多対一を容易に実現できる兵器。あれは戦術機という枠組みの存在ではない。

 

「——————ど、どう見る、祐唯。あのフリーダムという機体。あれは格が違うぞ。俺は正気を失いそうだ」

 

「——————確かに、あれは戦術機という枠組みでは収まらない。言うなれば、“戦略機”と呼称するべき存在と言える。戦術では対処が難しい、乗り手次第で誰も太刀打ちできないだろう」

 

技術組は二人同様に、フリーダムの圧巻の強さ、性能に正気を保つことで精いっぱいだったが、斑鳩は違った。

 

———————タイプゼロには反映させることはもはや不可能だが、素晴らしいな。量産機、戦略機。どれをとっても高い技術力。恐らく、彼らの技術を取り入れた暁には、戦術機の概念は変わるであろうな

 

 

帝国は物まねでも構わない。彼らの技術を獲得することこそ、政治の部分以外では最も重要なことになると確信した。

 

 

—————なるほど、連邦の力。想像以上だ

 

 

興奮を隠しきれぬ彼や、動揺する技術者連中とは違い、彼らに同行する形となっていた悠陽は、最後までその表情を悟らせること無く、ただただ連邦の説明に頷くのみだった。

 

——————喜怒哀楽すら読ませないか。姉さんよりも早熟で、その伸び代は同等か

 

キラは、冷静沈着な態度を崩さない彼女を見てまた一つ評価を改めていた。あるがままを受け入れ、それを理解する。それも、上に立つ者の器だと知っている。

 

彼の姉はそれを実践し、連邦の生存権を拡大させ、世界を安定させたのだから。

 

 

 

その後、ミカエル、ニカーヤ、アーガマを視察した武家の一同はこの船を後にすることになる。

 

 

「本日は貴重な時間、ありがとうございます。其方方の船を拝見する事が叶い、新鮮な気持ちになれました」

 

「こちらこそ、話がまとまらないことが心苦しく思います。未だに議会は荒れに荒れているわけではありませんが、判断に迷うところがありますので」

 

悠陽とジグルドが別れ際の挨拶をしている中、

 

「我々としても、発想だけでも貴重な時間となった。また話をしたい」

 

「こちらこそだ。BETAの知識が圧倒的に我々には足りない。若いものから私のような年長ものも含めてだ」

 

 

技術や同士で親交を深める等、おおむね異文化交流に問題はなさそうな雰囲気が作られている。

 

 

そんな様子をジグルドは静かに見守る。

 

————参戦となると犠牲は覚悟しないといけない。けど、現場は現地の惨状を良く知ってしまった。

 

当初は関わるべきではないと考えていたジグルドは苦悩する。

 

————馬鹿だ、俺は馬鹿だ。なぜ、関わるべきではないといった?

 

仲間やこちらの人員の犠牲を抑える為、介入に乗り気ではなかった自分。だが、その惨状は宇宙を探索する自分たちにとっても無視できないものだった。

 

何より、感情的にならざるを得ない。こんな在り得ない現実に、こんな残酷な世界で、戦い続ける彼らを、見ているだけでいいのかと。

 

———————戦えば、どうしたって犠牲は出る。けど、今この瞬間にも、誰かが戦って、誰かが死んでいる。

 

 

青年の悩みは、その自分の考えから始まった最初の考えによって深まっていた。だが、そんな彼の苦悩を感じ取った兄貴分が肩をポンポンと叩く。

 

「あんま気負い過ぎるなよ、ジーク。この世界、この惑星に蔓延る脅威は、確かに危険で、恐ろしいものだ。ま、焦ってもいいことなんて一つもねぇ」

 

 

「—————わかってる。今ここで乱心することこそ、母上たちの迷惑にも、救えるはずの命にすら届かなくなることも、全部わかっているよ。悔しいけど、今の俺にはどうすることもできない」

 

冷静な顔を務めて維持しようとしているジグルド。固いなぁ、と思ったウェイブは、

 

「—————気晴らしに、カレーでも食うか。お前の好きな甘口カレー「おい」‥‥冗談、冗談だって。中辛な、そこは外さねぇよ」

 

「まったく、みんなは俺を子ども扱いというか、過保護に見過ぎです。今の俺は、連邦軍の兵士なんですからね」

 

ジト目で暗に子ども扱いするなと視線が突き刺さるウェイブだが、どこ吹く風にと手をひらひらさせながら異父兄弟仲良くこの場を後にする。

 

ラスは、仲良さげに歩く二人の後姿を見て、色々な感情が湧いていた。

 

——————あの時は、力も、覚悟も、何もかも足りませんでした。

 

理想だけを褒められ、あくまで守る対象と認識されたままだった。

 

 

——————リオン様。どうか見ててください。貴方の息子は、必ず守ります。私なりの方法で、あの子の力になります

 

 

 

しかし今は、違うのだ。

 

 

 

 

 

第一惑星 地球 オーブ首長国 オノゴロ 総合病院

 

 

「———————そうなのか、キラさん達はまだまだ得体のしれない脅威と対峙しているというわけなんだね」

 

白衣に身を包む中年の男性が、電話越しに話す相手にそう口にする。

 

『うん。おじさまの話だと、人類が接触した最初の異星起源主にして、敵対行動をとる存在、だそうです。』

 

 

「——————なるほど、僕らが大人になったしばらくの間は戦争なんてない平和な時代だったけれど、それも厳しいみたいだ。ウェイブ君も、ジグルド君も、ディルムッド君も無茶をしないといいんだけどね。あの三人、性格はまるで違うけど、その心根は一緒みたいだし」

 

電話越しの相手、金髪の美女は若き青年たちが間違いなく無茶をすると予感し、その杞憂を改めて彼に——————夫に話す。

 

「キュアンおじ様はよく話してたの。あの三人にはリオンおじ様の意志が受け継がれているって。だから、戦争がない方がいい。起こってしまえば、その血の運命に抗うことは出来ないって」

 

 

「———————確かに心配だ。だけど僕には、死にかけまでの命しか救えない。生きたまま、どんな形であれ、ドクターは患者を生かすことが仕事」

 

男性はやり切れないとばかりに、これから死傷者が増えていくだろう未来に憂鬱になる。

 

「ハサン先生も引退を撤回して最後の宇宙旅行だと言っておられたけど、まさかその先がそんな惑星だったなんて。うーん、医療スタッフの招集もあるかもしれないね」

 

「その時は当然、私も行く。貴方だけ死地へと行かせるわけないよ?」

 

 

「ごめんごめん。そんなマジにならないで。ただ、救いを求める手があるのなら、それを掴まない理由が僕ら医者にはないだけさ、ステラ」

 

優しく、諭すように、男性は女性——————ステラに対して、笑みを浮かべながら言葉を紡ぐ。

 

 

「シンはまるで戦士みたいなことを言うのね。医者で、一般人なのに、どことなく覚悟を決めているような雰囲気が、私は怖い。仮に決まったとしても、無茶だけはしないで」

 

ステラの心配事の数少ない一つ。夫はまるで戦争を体験したかのように肝が据わっているところがある。どことなく超然的で、モビルスーツを見慣れている。時折、自分の知らない表情を浮かべる時があるのだ。

 

「ああ、わかってるよ、ステラ。そろそろ休憩時間も終わりだ。また帰る前に連絡するよ」

 

 

電話を切り上げ、白衣の襟を正し、ネクタイが緩んでいる箇所を正す男性。

 

 

「—————————夢のような未来を勝ち取った先に、宇宙に潜んでいた、定められた厄災…‥そしてその先の‥‥‥」

 

 

戦争が始まろうとしている。彼は、戦争の恐ろしさを十分理解している。

 

「—————————」

 

白衣の男性、シン・アスカは、命が尽きる日常が迫っている現実に深く息を吐いたのだった。

 

 





鈴村さん役のキャラは、なぜ影をつけやすいのか・・・・・


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第六話 運命が重なる時


ついに帝都燃ゆの前半に突入しますね。


混迷を極める第五惑星地球。現在地球連邦軍所属、第八艦隊が日本帝国に派遣され、琵琶湖付近にて駐在しているが、もう一つの大艦隊がその救援に向かっていた。

 

地球連邦軍が誇る精鋭部隊、オリジナル10の一角、アスラン・ザラ大佐を擁する第七艦隊である。

 

その途中にて、ザラ大佐は選択を迫られていた。

 

「ハイパースペースジャンプ準備中に、地球型惑星を発見しました。座標は、第五惑星より200光年ほどの距離に位置しています」

 

探索は中止とされている。そして、第四までは比較的に100光年以内に納まっていた惑星群の中において、第五惑星は最も遠い惑星だった第四惑星から50光年。今回発見された第六の惑星は、第一惑星、通称エリア0から遠い宙域に存在していたのだ。

 

観測班から齎された情報により、ブリッジに緊張が走る。

 

「———————敵性生物が存在するこの宙域で、艦隊を分けることは自殺行為に等しい。今は第五惑星に進路をとれ。議会にはハイパースペース終了後に私が状況説明を行う」

 

アスランは第六惑星への介入を取りやめた。ただでさえ、第五惑星で少なくない犠牲が出ており、第八艦隊だけでは対応が難しいのだ。

 

 

見方を変えれば、6番目の惑星から逃げたといえるだろうが、今は目に見える命を守る時。第七艦隊はハイパースペースジャンプを行い、現宙域を離脱したのだった。

 

 

 

彼らは知らない。もしかすれば、キラ・ヤマト中佐ならば辿り着けるかもしれなかった。彼ならば、その惑星の周辺を調べるまではしていただろう。

 

 

————————(仮称)第6惑星、月衛星軌道上、コロニー・プロメテウス

 

 

 

 

そこには、戦争が存在していた。

 

赤と緑、黄色、青。様々な閃光という名の砲撃が飛び交い、“異形の着陸ユニット”の効果を防ごうと足掻いている。

 

それは巨大で、物資に限りのある人類ではどうにもならない存在でもあった。

 

「こいつを行かせるな!! コロニーに着陸された場合、こちらではどうにもならないぞ!!」

 

着陸ユニットがその目的を果たした場合、中に満載されている大量の怪物を解き放つことになるのだ。それだけは絶対に阻止しなくてはならない。

 

「ダメです!! 月方面より多数の高エネルギー反応! うわぁぁぁぁぁぁぁぁ!?!?!」

 

「ダメだ、避け切れぁぁぁぁぁ!!!!」

 

地球を奪われ、月に追いやられ、数少ないコロニーを保有するこの星の人類は、後がなかった。そして今現在、月さえもユニットの着陸を許し、多方面からの攻撃を受けている。

 

「こんな時、あのお方さえいれば、あのお方がご存命ならば‥‥‥」

 

艦船のブリッジでは、彼の不在を悔やむ艦長の姿が。つかの間の平和を掴み取った矢先の宇宙生命体との全面戦争。人類は相次ぐ全面戦争で疲弊しきっていた。

 

 

 

第6惑星と後に呼ばれるこの星は、機械AIを発展させた世界だった。人類は度重なる戦争に次ぐ戦争で、平和に対する歪んだ思想が強まっていったのだ。

 

最初は遺伝子による人類の適性を見極め、その人生を安全に謳歌させるものだった。だが、遺伝子による劣性、優性による違いが差別を生み、人類は絶滅戦争の一歩手前まで進んでしまった。奇しくも、アスランたちが生まれた星と同じ争いがおこっていたのだ。

 

 

混迷を極める世界。だが、やはり自然界の法則なのか、劣性遺伝子が淘汰されるという現実が残り、劣性遺伝子は生まれる前に切除されるという悍ましいルールが出来てしまった。

 

 

それでも、優性遺伝子の間での争いがおこり、人は差別を辞められないと人類は絶望した。その後、人類は劇的な政治体制の変革を試みるがどれも上手くいかない。そもそも、この星の人類は人類自体に絶望していた。

 

人を信じられなくなったらそれは暗黒だ。だからこそ、あらゆる手立てが結局は行き詰る。その世界には、“英雄”は生まれなかった。

 

核となる人物たちは存在していた。しかし、彼らも結局世界の抱える歪みに耐え切れず、理想を諦めたり、理想に殉じて道半ばで命を散らす。

 

 

だが、本当の絶望はここからだった。人類は人類の命運を機械知性に託してしまった。これが最初の致命的な失敗。

 

結果として、人類は機械生命体から地球に不要な存在とみなされ、絶滅戦争が起きてしまった。だが、絶望の中に希望はあった。

 

人類側に味方した、“真紅の巨人”とともに虹の地平線より現れた英雄。“彼”の登場により、敵性機械生命体は滅ぼされ、彼の従者となっていた機械生命体が生き残った人類を導いた。

 

その存在は神の如き力を振るい、機械生命体を次々と無力化していく。その在り様、その振る舞いはもはや生命体の枠をはみ出しており、彼の前では戦争という単語が消えた。

 

 

紅の巨人を従える彼の振る舞い、彼の行いは、まさしく神の裁きと言えるものだった。

 

 

 

機械知性は恐怖した。原初へとその存在を回帰させる力を持つ真紅の巨人に。あらゆる反攻は無力化され、彼らの武器は資源へと回帰する。

 

 

人類は讃えた。真紅の巨人の名を。その巨人を操る存在を。

 

 

 

 

 

その男の名前は、リオン・フラガといった。

 

 

 

 

 

 

だが戦争終結後、彼の従者たる機械生命体が一応の世界情勢の安定を図ったある日、彼の命は停止し、その存在は消失した。

 

——————彼の終わりは定められていたのです。

 

従者は、人間のようにその消失を説明した。

 

——————彼は、彼が存在できるその瞬間まで、抗うと決めました。あの日から、彼はその時を命の刻限と定め、一つの制限を課すことで世界に顕現しました。

 

残されたのは、青年が操っていた真紅の巨人と、彼につき従う“女性”の人格を持つ機械生命体。

 

 

 

 

だが復興の矢先に、それは襲来してしまったのだ。

 

 

 

 

とある星では、BETAと呼ばれる怪物。この星では、その醜悪な外見からキメラと命名された人類に対する敵性生物。

 

「いやぁぁぁぁっぁ、こないで!! こないでぇぇぇぇ!!!」

 

「く、くわれる!! くわギャァァァァァァァ!!!!!」

 

廃墟と化した街に響く悲鳴が次々とぶつ切りのように途絶えていく。世界の大半が海に沈み、死の惑星となりつつあった人類には強大過ぎる圧倒的な物量と、その脅威的な生態。

 

「マーク!? マーク、返事をして!! マークゥゥゥぅ!!!」

 

「ダメだ、ロストした!! もう彼は助からない!! 逃げるんだ、せめて君だけでも!!」

 

基本的なマンパワーが低下していた人類は、一気に地球を奪われたのだ。前の大戦でエースパイロットは軒並み戦死しており、生き残ったエースたちもレーザーを射出するキメラに撃墜されていく。

 

「やめてくれ、姐さん!! なぜあなたが!! 殿なんて無茶だ!! ダメだ、やめろぉぉぉ!!」

 

少年兵士が泣き叫びながら僚機に伴われて離脱していく。そして残った彼女と彼女につき従う兵士たちが迫りくる着陸ユニットから這い出た怪物へと迫る。

 

「———————ここから先には通さん。人類を舐めるなよ、宇宙生物」

 

その女性は凛々しく、騎士道精神のようなもので出来ていた。だからこそ、弱気を守り、彼らを脅かす脅威に立ち向かう。

 

—————マーク、エリス、ラナロウさん。申し訳ない。

 

迫りくる閃光を躱しながら、彼女はヴァルハラへと先に旅立った戦友たちに詫びる。光を出す怪物は、数が少なく、すぐにコロニーへの攻撃手段は失われる。しかし、月の表面からは穴という穴から這い出る怪物の大群。

 

「エルフリーデ少佐、敵が減りません!!」

 

「くそっ、奴らもう月にもファクトリーを作りやがったのか!! くそったれが!!」

 

 

先ほどから奮戦する彼女らの武形が苦境を伝える。キメラの数は暴力的である。だからこそ、先に逝った戦友たちもその暴力の前に力尽きたのだ。

 

—————私ももうすぐそちらに向かうでしょう

 

 

民間コロニープロメテウス、並びに機械生命体の名前から箱舟型コロニーノアが月から離脱していく。その十分な時間を稼いだ。

 

しかし、数の暴力には抗えない。部下の一人が戦車クラスのキメラに取りつかれ、機能不全に陥りつつあった。

 

「エルフリーデ隊長、自分はここまでのようです。お先にッ!!」

 

 

周囲の怪物どもを巻き込みながら、部下の一人が自爆した。その爆風により、怪物どもは爆風で吹き飛ばされ、四肢を捥がれ、部位が破損するなど、強烈な最期の一撃が与えられていく。

 

 

そんな地獄のような現実が繰り返される。自決できることの方が救いである、そんな戦場に彼女らは残り、箱舟の逃げる時間を稼いだ。

 

 

———————隊長の指揮かで最後まで戦い続けられたことは誉です!!

 

 

———————出来る事ならば————隊長…‥無粋でしたな、おさらばですっ!!

 

 

箱舟の中に眠る人類の希望。いつか、あの真紅の巨人を操ることの出来る存在が現れるまで。

 

 

生前に彼が残した、あの紅の巨人を上回る武器をくみ上げるまで。人類は終わるわけにはいかないのだ。

 

「!?」

機体の反応が鈍くなったのではない。機体の操作とは違う動きをしてしまったのだ。それはマニピュレータが歪んだのか、それとも駆動系に異常が出始めたのか。どちらにせよ、もうまともに戦うことは難しいようだった。

 

——————ついに私の番、ということか

 

そして、逃げ道のない勝算が完全に失われた戦場で、彼女の機体もボロボロとなっていた。それは怪物どもの攻撃を受けたわけではない。機体を酷使したことで、限界が訪れてしまったということだ。

 

 

「人類は必ず勝利する。精々勝ち誇っておけ」

 

 

自爆装置と共に、彼女の——————エルフリーデ・シュルツの体は永遠に世界から消失した。

 

 

次に彼女が目を覚ましたのは、虹色の光が輝く世界だった。所謂あの世と言われる場所なのだろうかと、彼女は首をかしげる。

 

「—————————————」

 

しかし、何の感情もわかない。何をしていたのかはわかる。しかし、それは記録でしかなく、記憶ではなくなっていた。

 

 

彼女の向かう先には、はっきりとした輪郭があった。何かをしゃべっている。しかし、なにも聞き取れない、なにも感じ取れない。

 

 

 

その青年が、黄金に輝く髪が靡き、揺れることのない深い、深い青色の瞳が、彼女を受け入れているかのように顕現していた。

 

 

だが、それだけだ。青年はなにもしない。

 

しかし、彼女はそれを、その青年を記録で知っていた。

 

懐かしい光景だった。それは幼少の頃に、戦争が終わった直後に写真で目にした、若い男だった。皆が慕い、皆が尊敬し、皆が崇めた英雄の姿だ。

 

 

「——————————————————————」

 

 

 

 

「あ———————あぁ‥‥‥‥‥‥」

 

そんな男の声なき声を聴きながら、彼女の魂は輪廻の流れへと渡っていく。それを見届けたのは、虹の守り神となった英雄。

 

 

ある“青年たち”の願いによって、仕組まれた運命の中で生まれた、異邦の血を継ぐもの。

 

 

そんな彼に見送られ、彼女は戦士としての生涯を終えた。

 

 

 

とても悲壮で、どこにでもある悲劇だ。しかし人類は負けない。人類は、負けない。

 

 

 

その意志を最後まで貫いた。彼女の意志はきっと誰かが担うだろう。誰が担うかは分からない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その頃ラスとウェイブたちのフラガ家、ウィンスレットの使節団が第五惑星地球とのコンタクトをとっており、その簡易的な取り決めがまとまりつつある中、第七艦隊はこの惑星に到着した。

 

彼らは第八艦隊の援軍として、この星での作戦行動を担うこととなる。

 

 

 

「—————ここが、5番目の地球。今までが順調なだけで、こういったことも起こり得る、か」

 

その総司令官であり、あの大戦を生き残ったロメロ・パル少将は、その月に蠢く者を見て憂鬱な表情を浮かべていた。

 

「ですが、これがこの星の現状。バジルール中将が即決できないことの、何よりも勝る証明でしょう」

 

隣にいるのは、第七艦隊の切り札、アスラン・ザラ大佐。便宜上佐官に落ち着いているが、四大将軍の中でもトップクラスの権限を持つ唯一の存在だ。

 

キラ・ヤマトが戦術面での独自行動が許されている中、アスラン・ザラは評議会において、出席する権利を与えられている。

 

これは、大戦中、氏族の影となり懐刀となった、リオン・フラガと同等の名誉と責任である。

 

「—————ザラ大佐。あの月を見てどう思う? 聞けば、20世紀後半に出来たばかりだというぞ。それであの規模だ。BETAの脅威は本物だ」

 

 

「—————あれを作られると破壊するには厄介です。降下ユニットを着陸前に撃墜する。対空防御は我らの勢力圏において整っていますが、ここではその常識はありません。やはり、我々が介入するには月が一番無難でしょう」

 

地球圏内であれば、余計な混乱を招くことになる。すでに故国を失った難民と政府は、連邦に対して懇願するだろう。そして、問題なのはそれが複数ということだ。

 

月であれば、余計な国家同士の混乱も防げる。月より降下するユニットの断絶につながる。そして、連邦軍はこれ以上ないBETA戦略における前線基地を構築できる。

 

 

「ふむ。ジェネシスの建設に既に取り掛かっていると聞くが、やはりあと半年以上はかかるとの見込みだ。シビリアンを動員してもだ」

 

 

「なるほど。シビリアンを動員してもか」

 

時間が足りない。シビリアンアストレイによる工期短縮を計算に入れても、現在接触している帝国への侵攻には間に合わないと評議会は判断している。

 

「————現状、評議会は軍事面以外での帝国との接触を許しているはずです。兄貴は何をやっている?」

 

そこへ、横槍を入れる形で話に参加したのは、ディルムッド・F・クライン中尉である。連邦軍事教練学校において、優秀な成績を収めたものとして、キャリアを始めたものである。

 

ちなみに、実技1位はジグルド、技術1位もジグルドであり、座学はディルムッドが首位を獲得している。なお、ディルムッドは実技3位、技術2位である。

 

 

 

主席であるジグルド・F・アスハは、この状況で帝国との交渉を長引かせている。軍事行動以外での判断は既に終わっているのにもかかわらず

 

「ジグルドは、私と同じ危惧を考えている。何を救うか、何処から救うのかを」

 

アスランは、その冷静な目でディルムッドの逸る気持ちを諫める。その思いは間違いではないが、手順を間違えれば余計な混乱を与えるだけなのだと。

 

「今後、我々は帝国以外の国家とも国交を開く必要がある。そして、その為には主観的な側面ではなく、客観的な要素がより重要になる。我々が現状知り得る帝国に固執し、他の声を疎かにするのは避ける必要がある」

 

「ですが————」

 

「—————そうだな。我々はBETAに対する知識を有していない。誰か学びに出てくれないだろうか?」

 

突拍子もないことを言い出すアスラン。BETAに対する知識は必要だが、ディルムッドとしては、頭に疑問符が浮かび上がる。

 

「————貴様の兄であるジグルドにも話は通っているはずだ。連邦軍の為、これから戦うことになるであろう敵の本質を我々に伝えてほしい」

 

「であるなら私に断る道理はありません。BETAの本質、見極めさせていただきます。ですが大佐」

 

 

ディルムッドは、アスランとジグルドの考えに異を唱える。

 

 

「参戦するのが遅いか速いかの問題は、現在戦火に晒される人類を見捨てることになりかねないのではありませんか?」

 

直情的に市民の守護が必要ではないかと、やや正義感が勝るディルムッドは気が逸っていた。

 

 

「我々は慈善団体ではない、軍人だ。連邦勢力圏に座すメディアも我慢している。軍人がクローズアップされ、自浄作用の働いている彼らとて、これほど重大なスクープを規制しているのだ」

 

メディアの上層部も、第5惑星地球の惨状を報道するのをためらっている。人類を食す怪物のことを晒せば、どれだけの混乱を招くか想定できない。

 

 

間違いなく人類の危機である。報道しなければならない今すぐに。だが、その覚悟と準備がまだできていない。地球連邦政府も、マスコミも。

 

時期があるのだ。真実を伝える時期も、その戦争に参加する時期にも。

 

 

「—————わかり、ました」

 

ディルムッドは、悔しそうな顔を隠すこともなく了承する。彼が去った後、

 

 

「—————ディルムッドは、やはり青い部分が目立つな」

 

「————英雄リオンに一番憧れていましたからね。しかし、まだ彼の域ではない。彼は目の前の命に固執する。悪いことではないが、大局を見やることが出来ていない」

 

直情的で、生真面目な性格だ。しかし、目の前の命を前に判断が固定されてしまう難点がある。

 

「これから我々がかかわるのは、絶望的な戦場だ。一人の命を救う前に、もっと多くの人間が死ぬような地獄だ。判断を誤らねばいいが————」

 

アスランはディルムッドのことを案じていた。

 

ジグルドの様に必要とあらば、悔しさを秘めつつも犠牲を黙認する理性を持ち合わせているわけではない。

 

軍事の道を進まなかったロビンは、ジグルドやディルムッドの様な果断さはない。

 

フラガ家の秘書である妹のグラニアは、そんな兄を心配するだろう。ディルムッドの長所でもあり、短所でもある願望に突き刺さる行動を突き進む、人を揺り動かすものを持つ。

 

 

ジグルドには、リオンの気質と、苦労人気質が。しかし彼には迷いがある。その迷いが彼の成長の伸び代ともいえる。その迷いは冷徹さとの攻防。冷酷な判断がすでに彼の頭の中には出てきている。今彼は感性がそれを抑えているに過ぎない。

 

だが、その迷いこそがジグルドをリオンと等しい存在になることを阻止している。彼は恐れているのだ。一度一線を越えて冷徹な判断を下せば、自分はもう戻れなくなると。

 

 

ジグルドの弟ロビンには、人の輪を尊び、世界をより良い方向へと動かすリオンの信念が。リオンの“本音”を受け継いだ彼は、彼よりも優しく世界と向き合うだろう。ゆえに、軍人の道を自ら閉ざしたのだが。

 

 

ディルムッドは、“土壇場”でのリオンのお人好しな一面が。そして、頭では理解していても、目の前の命を捨てきれない。

 

話は、ディルムッドたちが短期間通う学校へと切り替わる。

 

「だが、このご時世。男子の数が減ってきているとは言うが、うーん」

 

「—————ああ。これは恐らく、意図的なものだろう。斑鳩という男。実に賢しい策を講じたな」

 

 

ジグルドは、その真意を感じつつも、指令であるためにその任務に就くことに異議はない。

 

 

 

 

そして、アスランはそんな彼らと青年となった彼を見た際、ジグルドのその姿を見てリオンと見違えてしまった。

 

—————あまりにも似ている。あの暗い瞳も、その暗い瞳が深淵を映す様

 

あれは、訓練でものにできる眼ではない。世界の真理に近づき、それでもと器になった青年と同じものを持っていた。

 

その容姿もそうだ。リオンとジグルドは、あまりにも容姿が似ているのだ。戦時中に聖女が授かったカタワレの一人。

 

他の子どもたちがリオンの面影を感じさせつつも、はっきりと違う容姿になっているにもかかわらず、一人だけ違う。

 

双子の弟、ロビンでさえ、面影程度だったのだ。なぜジグルドだけ、という謎があった。

 

それは遺伝子的な要因、偶発的なものと医学関連の上層部は判断した。表面上では納得できるものである。

 

しかしアスランだけは、言いようのない不安をぬぐうことが出来なかった。

 

 

 

 

彼は英雄を継ぐ者の中で唯一、ロンド・ギナ・サハクの暗殺を知っている。リオンが自らオーブの氏族を殺したという事実を。

 

そして、多くの者を謀略で退け、その力で葬り去った事実を、受け止めている。

 

 

英雄の息子であることを誇りに思うディルムッドたちとは違い、ジグルドは異質そのものだった。

 

—————英雄と言っても、人殺しだ。父さんではあるけど、英雄であることを誇りには思えない。けどもし生きているなら、父さんのこと、好きになっていただろうけど。

 

その時、ジグルドは首を傾げた。己の言動に違和感を覚えていた。

 

 

 

————————あれ? なんで…‥なんで俺、生きていたらって、言ったんだろう…‥

 

 

 

だからこそ、焔に輝く母親譲りの瞳が、最後の抵抗に思えてしまう。

 

 

 

 

 

 

帝国と第八艦隊のコンタクトの後、モニター越しではあるが、連邦政府と内閣閣僚を含めた会合が行われたという。

 

 

出席者には榊首相を含む内閣閣僚。そして政威大将軍に就任した煌武院悠陽、五摂家当主と、一部の高位者。

 

軍事的な同盟はまだ結ぶことは出来ず、連邦政府の最初の攻撃拠点は月になる見通しだと通達。

 

閣僚の中で、連邦政府が進んで出血を強いる意思が現状ないことを確認し、不満げな顔を見せることもあったが、自国民を危険な場所に放り出すことはできないのは共通の認識だ。

 

今後も物資などの支援を行うということで一致。正式に国交も開かれ、今後はBETAに関する情報提供を受けるつもりだという。

 

それを帝国政府も了承。しかし、内心ではどうにか彼らとともに戦場に立てないものかと考える者もいたという。

 

 

 

そして、ジグルドたちの派遣先はというと———————

 

 

1997年9月

 

 

「——————聞いていないぞ、ヤマト中佐——————」

 

「ああ。俺も聞いていないぞ、ザラ大佐」

 

ジグルドとディルムッドその他の若手トップガンたちは、死んだような眼でその学校の校門を眺めていた。彼ら以外の中隊メンバーもげんなりとした表情で、その門に書かれている名前を見て、頭を抱えていた。約一名中隊の紅一点が、「女学院なんて新鮮だわぁ」とニコニコしていたが。

 

 

 

山百合女子衛士訓練学校

 

 

 

 

女子高である。しかも、19歳の面子は未成年ではあるが、他にはすでに成人している隊員もいる。対して彼女らは14歳そこらである。これはなんて拷問なのだと、彼らは悩んだ。

 

ジグルドが改めて周囲の隊員の様子を窺う。他の年上の士官も居心地が悪そうにしていた。矢面に立つことを避けているようにも見える態度には、理解を覚える一方、ジグルドは自分がそういう役目を受け持つのだと諦める。

 

「………軍務なのだから仕方ない。これを終えれば、BETAの知識を収集すれば問題ない。多少上官に戸惑いは覚えたが」

ジグルドは頭を抱えるのをやめ、苦笑いしながら門をくぐる。

 

「そ、その通りだ。こんなことで動揺とは、母さんたちに笑われてしまう」

ディルムッドは尚も青い顔をしながら後に続き、彼の同期達もそれに続いていく。

 

「ジークとディルが向かうなら何とかなるかな? なんにせよ、色々策謀の匂いがプンプンするね」

そんな二人の親友でもあるクロード・ミリッチは、冷静に今の状況を分析していた。

 

 

「—————クロードの言うあれって」

 

「まあ、そうだろ。ここって所謂貴族のお嬢様方の学校のことかな?」

 

 

「ちげぇよ、貴族じゃなくてサムライだって。日本語だと武士、武家? 前に近代の歴史であったジパングの種族名だっけ?」

 

頓珍漢な言葉を口にする青年。隣にいた青年がジト目でそれを訂正する。

 

「地位や身分のことだぞ、ゼト。黒船来航からの幕末、その動乱の中で長年ニッポン、ニホンと呼ばれる国を守り続けた戦士たちのことだぞ。ここの歴史だと、まだサムライは現役のようだけどさ」

なんなんだよ種族って、とヴィストンにツッコミを入れるゼト。ヴィストンより先に見当違いなコメントを残したオーブ出身の青年ウォルト・マーニュはなるほどとつぶやいていた。

 

—————けど、貴族と武士って、何か違うのかなぁ。特権階級みたいだし、文化の違いか?

 

そして彼らがそんな雑談の前に腹に抱えている本音は、色仕掛けや感情移入をあわよくば狙っているというちょっと言葉にならない策略が込みであることを認識している。

 

 

「けどいいじゃねぇか。綺麗所を見ながら奴らの実態を把握できる。ストレス解消にはよさげだぜ、いろいろと」

 

しかし、逆にテンションをあげている者もいた。同期ではないが、ジグルドの先任少尉であるヘリック・ベタンコートだ。第八艦隊でも、おそらく次の特殊戦略中隊でもムードメーカーになり得る男。

 

「ウォルトの言う通り、武家の御嬢様方だ。しかし、貴族よりもある意味格式にこだわるという情報もある。みんな、礼儀作法に関しては郷に従うべきだろう」

ジグルドは、些細な違いにも修正をする。これから出向く先はデリケートな場所である。ニュアンスの違いからトラブルを起こすのはご遠慮したいのだ。

 

—————情報源がヤマト中佐なのが限りなく胡散臭い。あの人絶対面白がっているでしょ……‥

 

キラからは、「うっかり心根が清らかだからと言って、アプローチしたら即国際問題だよ。現地妻のインスタントな出来上がりだよ~」と笑えないジョークをかけられている。

 

 

 

「私よりも年下かぁ。なんだかこういう機会は久しぶりね。」

 

「姐さん。女性だからと言って、口説かないでくださいよ」

かつてキラとリオンに救われた女性、エル・バートレット少尉は、ウォルト・マーニュ少尉に女性を口説く無自覚な習性について、警告される。以前の訓練学校時代でも女性人気が高く、しかも男性からも人気が高い存在でもあった彼女。

 

男勝りでありながら、粗忽な面はなく、サバサバしていても、どこか品がある。そんな自由人な彼女はこの中隊の中でも姐さんと慕われるに十分な魅力を持っていた。

 

そんなこんなで、ドキドキワクワクの学園での体験入学は幕を開ける。

 

 

彼らは羞恥心を仮面に隠し、その門をたたくことになる。

 

 

その頃、第1地球惑星にて

 

『と、いうわけだ。ディルムッドたちは、山百合女子衛士訓練学校に短期間だが通うことになる』

 

「おいおい!! まじかよ!! あの堅物のジグルドがそんな目に遭っているのかよ」

 

笑いながらアスランの報告を聞くのは四大将軍の一人、エリク・ブロードウェイ中佐である。

 

『だが、俺は奴からリオンの影を削ぎ落す好機であるとみている』

 

アスランの瞳は真剣だった。人とのかかわりにあまり積極的では無いジグルドに、それを教えるのもいい機会だ。

 

すると、エリクの表情からも笑みが消える。

 

「——————まあ、俺から見ても、あいつはリオンに似すぎている。青二才な分、まだ自信がなさそうだが、あれで一人前になれば、リオンそのものになっちまうな、ありゃ」

 

ジグルドがリオンになり得る存在。平時であれば、それは問題なかっただろう。だが、この先彼らの戦争に巻き込まれるのだとすれば、話は変わってくる。

 

 

戦乱という混迷期にこそ、リオン・フラガはこれ以上ないほどに輝いた。ならば、彼の資質を最も受け継いでいるジグルドは—————

 

「—————キラは、リオンを目標としていたからな。だから、敢えて止めないのだろう」

 

キラ・ヤマトは、リオンにあこがれを抱いている。それは四大将軍に次ぐ実力者たちと同じだ。だが、彼らとは違い、キラはその思いが強かった。

 

 

家庭を持ったことで落ち着いた友人たち。未だに独身貴族のキラ。まるで、死に場所を求めているかのような、傷つく存在を減らそうとしているような気がしてならない。

 

 

 

「—————まあ、あれだ。俺も動くわけにはいかんからな。それぞれ切り札が星にいないと話にならん。これは、それぐらいのやべー案件だ」

 

 

四大将軍を分散させ、BETAの襲撃に備える。末端の兵士たちは既に知っている。BETAは人を食らうのだと。

 

軍務、軍規を良く守り、彼らは秘密を守り続けている。これも、憎らしいがリオンの影響だろう。

 

『わかっている。エリクが本局の第一惑星を、スウェンは第二、第三を警戒し、主力艦隊は第四惑星に駐屯。後は俺たちに次ぐ実力者が固めているのが現状。厄災の原因が住み着く星に俺とキラがいる。その意味は理解しているさ』

 

切り札が二人いる時点で敗北は許されない。彼らはそれだけの力を誇るのだから。

 

「なんにせよ、他の星は任せておけ。こっちはこっちで秘策もいろいろあるしな」

 

 

『ならば心配はしないでおこう。またな、エリク』

エリクの言葉に、ふっと笑うアスラン。

 

「おう。またな、アスラン」

 

そしてエリクもまたアスランに微笑み返すのだった。

 

 

 

そして、横浜に基地を置く白陵基地にはある女性が、異星人との交流で策を講じつつあった。

 

 

「ふ~ん、そう。やはり、連邦政府とやらはまだ動く気配がないのね?」

 

紫色の髪の女性は、推察通りの答えを聞いて興味なさそうに聞き手に徹する。

 

「いやはや。やはり彼らもBETA大戦の悲惨さを断片的ではあるが、理解したようでね。現在第七と第八の艦隊を寄こしてはいるが、物資支援で落ち着くことにしたという」

 

話をするのは壮年の男性。その名を鎧左近という。帝国の諜報活動、情報第二課など、様々な肩書を持つ帝都の怪人。

 

「—————こちらとしては、どうにもこうにも。相手は強大な組織で、国家が団結している。我々の星とは違い、国連に該当する地球連邦の自浄作用が機能しているようだったよ」

 

人類滅亡というシナリオを回避するために、ある英雄が最後の犠牲になったという。彼の描いた未来と、彼の小さな働きが、世界を動かし、終戦へと導いた。

 

破滅の光を、希望の光によって防いだ彼は彼らの信仰対象であり、そんな英雄への贖罪の気持ちも込め、彼らは自らを律しているのだ。

 

世界を好きになりたがっていた青年の非業の死を、アフリカで再会の約束を果たさなかったこと、口説き文句としては女殺しもいいところなセリフを守れなかったこと、

 

比翼と謳われた、聖女の子供たちを、歌姫と謳われた彼女の子供たちと、生き別れた妹たちと出会うことなく散ったこと。

 

英雄リオン・フラガがいかに世界に貢献したかを熱弁する連邦政府閣僚。他の面々は軽く諫めるだけであったが、思いは一緒なのだろう。

 

―――――故に、付け入るならばここだ

 

「なるほど、お人好しな集団なわけね。裏切ることはしないけれど、裏切られることはあるかもしれないほどの」

 

リオン・フラガならば、この星を放置するわけがないという疑念を植え付ける。いずれ大切なものを奪われるかもしれないという恐怖を、与えるべきなのだ。

 

連邦政府の面々は、かなりその英雄に肩入れしていると見える。そこを突けば、彼らもぐらつくだろう。

 

時に、若手兵士の一部が京都の訓練学校にてBETAの知識を収集するために短期間通うことになるらしい。

 

その中には———————

 

「英雄の残滓が、そこを訪れるというわけね」

 

紫色の髪の女性—————香月夕呼は嗤う。そんなガードの甘い行動をとってしまうのかと、呆れてしまう。早期に彼らをこの戦争に巻き込むためには、彼の英雄の残滓に何かが起きなければならない。

 

恐らく、それは斯衛の誰かも画策したのだろう。敢えて年若い女子学生のいる場所へと放り込んだのだから。

 

彼らは戦場に放り込まれることになる女子学生たちを見て哀れに思うかもしれない。なぜ戦地へと送られるのかと悩むだろう。

 

そして、BETAの帝国への侵攻は、もはや回避できない未来である。その際に、あの英雄が上手く暴走すれば、その戦闘に介入し、傷つくようなことがあれば—————

 

 

大切な英雄の形見を、失うようなことがあれば——————

 

「—————彼らはまるで分っていない。19年もの平和な時間、平和な未来。その年月の経過で、すっかり牙は抜き取られている」

 

だから彼らは、善意を信じている。その中に潜む悪意に鈍いのだ。鈍くなってしまっている。

 

しかし、この帝国がBETAに侵略されたとき、彼らは悟るだろう。

 

BETAに奪われるというのは、こういうことなのだと。それは、すでに彼らが目にしていない大陸で起こり続けたことなのだということを。

 

日本が彼らを参戦へと歩ませる贄だというなら、BETAに勝つためには切り捨てる事も厭わない。もしかすれば、この防衛戦で自分も死ぬかもしれない。

 

出口の見えないオルタネイティブ計画よりも、数十倍の未来と技術を獲得している彼らのほうが、よほど可能性が高い。

 

 

そもそも世界的な次元で彼らには劣っている。

 

一撃で世界を壊す兵器など、どこにある?

 

そんな一撃を、単騎で止められる英雄がどこにいる?

 

より強固になった世界の絆と、夢に託す思いの強さ。

 

彼らは、彼ら主導になれば、世界は歪ながらも平和になるかもしれない。

 

 

—————人は知ることで、無関心ではいられなくなる。

 

 

この星が滅びても、彼らは知ってしまうだろう。この宇宙には邪悪な存在が、悍ましいものがいるのだと。

 

 

 

 

そして場面は変わり、山百合女子衛士訓練学校。この学校には当然として、男子学生は存在しない。

 

「————————」

 

「——————勘弁してくれ」

 

女子学生に混じり、同じ机で授業を聞いている。横ではちらちらと彼らを見る女子生徒の視線。

 

今のところ、あの会談で教わったBETAの知識は役立っている。その歴史も一応参考程度に抑えることは出来ている。

 

 

しかし、これでは逆に迷惑なのではとジグルドは思う。これでは本来学習するべき彼女たちに不義理だ。

 

 

当初は気が引けるとのことで、資料集を見るだけでよいといったのだが、とある五摂家の男性当主がそれでは失礼だろうと、ここにねじ込んだのだ。

 

一体どういう思惑があったのか、ジグルドやディルムッド以外は考えないようにしているが、ジグルドは複雑な心境だった。

 

 

「本日よりBETAの座学を短期間学びに来た異星人の諸君だ。決して失礼のないように」

 

目の前の隻眼の男からは殺意のこもった目を向けられ、時間を奪われたと恨まれているのが言葉にせずともわかる。

 

————双方ともに不利益なのではないか

 

ジグルドは、苦い顔をして何も言えないクロードとディルムッドたちの気持ちを心の中で代弁する。

 

「地球連邦軍、第八艦隊、機動部隊所属、ジグルド・F・アスハ中尉だ。短い間ではあるが、諸君らとともにBETAについて勉強させていただく。よろしく頼む」

 

 

「第七艦隊所属、ディルムッド・F・クライン中尉だ。短い間だが、よろしく頼む」

 

他の面々も彼らに続いて自己紹介を行い、所属を述べる。それに倣い、クロードやゼト、ウォルト、エル、ヘリックも続いていく。しかし、ヘリックの場合は、一部のクールそうなお嬢様約一名に睨まれていた。

 

そして、ようやく座学が終了し、緊張で疲れ気味のディルムッド。

 

「……ようやく終わったか」

ジト目になったまま、ジグルドは席を立ちあがる。

 

「あ、ああ。奇異の眼で見られるのもあれだが、教官殿らの殺気だった眼が申し訳なく思う」

ディルムッドは、授業中の二種類の目線でクタクタになっており、奇異の眼を避けるためにジグルドを人柱に使った。

 

————分かった。粗方相手をするからお前たちは休んでおけ

 

 

ジグルドが身を挺して自分の体力を守ったことに感謝しつつ、体力回復に努めるのだった。

 

部隊の面々が我先にとはいかないがそそくさと教室を出て行く。当然宇宙人に興味津々な思春期を迎える女子学生はそれを放置するはずがない。だが、そこに人柱の如く現れるジグルド。

 

 

「あの、ジグルドさんたちは、こことは違う星から来たんですよね!?」

 

「ああ。第一惑星地球。君たちと同じ名前の星、100光年ぐらい離れた場所にあるよ。他にも光年ではあるが、200光年以内に4つ星が存在する。うち一つは君達の母星だ」

 

「ほかの星はどうなっているのですか!?」

 

「自然豊かで、まだ人類が生まれていない星もあった。環境を壊さないよう、出来る限り、共存に重きを置いた開拓を推し進めているよ」

 

 

「ジグルドさんは何歳なんですか? その年で中尉って、凄いです!」

 

「19歳だ。もうすぐ20歳になるけどね」

 

質問攻めにあったジグルドは一人ひとり丁寧な口調で答えていき、何と彼女たちの相手をしていく。質問に対して答えを出していく時間が終わり、彼女らも次の時限に向かうべく、この場を去っていく。これでようやく、終わりか、とほっとしているジグルド。

 

戦術機の実技に関しては免除されているため、各々が学園内で休憩をとっている中、ジグルドは日本の自然というものを知るために教室の外に出ていた。

 

「これが、日本の自然というやつか」

 

どこかオーブの寛容さを感じる懐かしい雰囲気。日系人が興した国だと聞いているオーブにも、日本の文化が受け継がれていたのだろうかと首をかしげる。

 

——————この国が、奴らに蹂躙される。この風景も失われる。一介の軍人ではどうにもならないけど、でも、見殺しにするには、関わり過ぎたよな。

 

その時だった。

 

「————————————は?」

 

 

思わず凝視してしまったその光景。痴女か何かと思えるほど、卑猥な衣装。年頃は先ほどの彼女らよりも上だろうか。いや、おそらく同年代だろう。あの教室の中で見た覚えがある。

 

短く切り揃えたショートカットの髪に、やや紫の宝石のような色の眼。鍛錬を欠かさずに行ったと思える、年少だが見事な肢体。

 

「——————あ」

 

少女のほうも、まったく意識していなかったのだろう。どちらも油断をしていた、気を抜いて周囲への警戒を怠っていた。

 

—————思い出した。あれは訓練生の強化服のようなものだったか

 

ど忘れしていたジグルドは、あまりその恰好を見られたくはないだろうとなんでもなさそうに踵を返し、背中を向けてその場を後にする。

 

 

「あの!」

 

しかし少女のほうは、そうではなかったらしい。ジグルドを呼び止めて、声をかける。

 

「——————気遣いは無用だったかな?」

 

ジグルドは、改めて背中を向けたまま確認を取る。その恰好では恥ずかしいだろうと。

 

「い、いえ! 大丈夫です。前線ではこのようなケースも、男女共用のケースもあり得ると、教官が————」

 

やや羞恥心を表しつつも、そこまで気分を害していないと言い切る少女。実地訓練を終えたばかりなのだろうか、Gで若干ふらついているように見える。

 

「—————分かった」

 

背中を見せていた相手に向き直るジグルド。肯定の言葉と共に、振り向いた。

 

そこには自分を気遣ってくれたジグルドに対する感謝の表情があった。

 

「貴方は、噂の異星人の方、ですよね?」

 

「———噂がどのような形になっているか、俺には分からないが、貴女の言葉通りであっている」

 

ジグルドも何か毛の色が違う少女に興味を示した。一方的に興味を見せるのではなく、そんな状況下でも相手を気遣う意思を見せる。

 

育ちがいいのだろう。

 

「————では、貴方はこの星の戦術機を、どう思っていますか?」

 

 

「——————驚いたな、俺たちに向ける質問の中で、そういった代物は初めてだ」

ジグルドは、ますます少女の存在が気になった。面白い少女だと。恐らく、家族か知り合いが戦術機の開発に携わっているのだろうと、察した。

 

 

「—————」

そして少女は返答を黙って聞いている。戦術機について評価を。そして、ジグルドの脳波が彼女から戸惑いと不安、少しばかりの焦燥を感じ取った。

 

—————この子は、世界情勢を知っているのか。他の娘たちとは何か違う。

 

政府筋か、軍人の家系なのだろう。間違いなく彼女は帝国が瀕している危機的状況をある程度把握しているのではないかと、ジグルドは察した。

 

そして、異星人にとっては自分たちの技術は相手にならないものではないかと不安を覚えている。こんなところだろう。

 

「—————あくまで俺たちの物差しだが、構わないだろうか?」

 

 

「構いません」

 

 

覚悟を決めて真剣な表情の少女。ジグルドは自分の感覚で評価を述べた。

 

「1900年代後半、2000年に突入する直前で、ここまでの機動兵器を作れたのは、素直に称賛せざるを得ない。特に、あの刀の形状。切り返しを重要視した、連続攻撃が可能な近接武器は、個人的にはいいものだと思う」

 

日本の刀と呼ばれる武器。その原理は軍学校で把握している。何より、手数の多さを好むジグルドにとって、好ましい武器ではあった。

 

「そ、そうですか」

なぜか、顔を赤くする少女。彼女が作ったわけではないだろうが、やはり戦術機開発に籍を置く者の知り合いか何かなのだろう。

 

「しかし、我々の兵器と比べれば—————不知火、瑞鶴。バランスの取れた機体ではあるが、火力不足だと言わざるを得ない。ついでに言えば、拡張性が限られている」

 

「—————は、はい」

少ししょんぼりする少女。本当にこの少女は何なのだろうか。まるで自分が作った戦術機にダメ出しをされてしょんぼりする技術者のようだ。先ほどは感情を感じ取ってしまったが、今はなるべく見ないようにするジグルド。この娘にも事情があるのだろうと察する。

 

「ジグルド! 放置して済まない、ん? その少女は」

 

「ジグルド様? あの浮ついた話がなかった貴方にまさか!?」

 

そこへ、ディルムッドと同期の面々がやってきたのだ。

 

「—————貴様らがどういう印象を持っているかは別にして、少女とは雑談をしていただけだ。主に、戦術機関連でな」

心外だ、そこのヘリックと一緒にするなと付け加えると、「そりゃあないぜ、ジーク!」と肩をポンポンと叩きながら笑うチャラ男。

 

「うわっ!? メカニックオタクのお前が考えそうなことだな」

 

「ジーク? 機械関連でしかアプローチできないんですか?」

 

甚だ心外と言えるような言葉を吐く面々。ジグルドも何も思わないはずがなく、

 

「俺は当然として、この子も同類であると言っているようなものではないか。言葉を選べ、お前たち。相手はうら若き少女だぞ」

 

「え、えっと—————」

少女は微妙に何か違うと言いたげな表情を浮かべているが、どうすればいいのかを測りかねているようだ。

 

「唯依~~~!! って、おいあれって!」

 

その時だった。少女————唯依の知り合いと思われる一団がやってきたのだ。

 

「—————ふむ。どうやら、また騒ぎになりかねないな。短い期間だが、BETAについて学ばせていただく。明日も会えるかは分からないが、また会おう」

 

「は、はい! また戦術機のことで、お話させてください!」

 

踵を返すジグルド。そしてその後ろ姿に次の話について語る唯依。

 

「お、おい。いいのかよ。もっと話したって俺らは————」

 

「そうですよ、ジーク。貴重な、貴方と話せる少女ですよ?」

 

 

「—————あまり一定の学生と交流を深めるべきではない。その子の周囲にも迷惑がかかる」

 

そう言って、ジグルドはこの場を後にするのだった。

 

 

 

 

そして、取り残された少女————篁唯依は、嬉しさを隠せなかった。

 

————初めてあの刀を見て、褒めてくださるなんて

 

聞けば、あの青年たちは戦術機を見て間もないという。なのに、初見であの刀の特性を見抜き、その原理を称賛した青年のことが頭から離れられない。

 

————父様。父様の努力は素晴らしいものだと、唯依は改めて思います

 

「唯依? あれって、異星人の—————」

小柄で短髪の少女、石見安芸は、彼らを見て勘づく。あれは間違いなく異星人の一団だと。

 

「うん。ジグルド・F・アスハさん。確か噂ではそうだったよね」

 

「金髪で眼光の鋭い、昼間で質問に律儀に応えてくれた方、だったよね、唯依?」

黒髪ロングのお淑やかそうな少女、甲斐志摩子は、唯依に尋ねる。

 

「—————どんな話をしたの、唯依?」

そこへ、眼鏡をかけたやや茶髪の長髪の少女、能登和泉は質問したのだ。あの有名な青年とどんな話をしたのかを。

 

「えっと、戦術機の話————」

 

唯依は正直に答えると、

 

「まあ、唯依らしいか」

 

「うんうん。そうよね」

 

「唯依が話す内容はそこだよね。私も見たいなぁ、異星人の機体」

 

安芸、和泉は唯依がそれしか話さないだろうなとやや呆れており、志摩子は唯依に同調するような言葉で終わる。

 

「はぁ。なぜ私は残念がられねばならないのだろうか」

 

「お子ちゃまだねぇ、唯依は。和泉も何か言ったらどうだ? アドバイスの一つくらい」

 

「な、なんで私に振るのよ!!」

 

 

まだ猶予が残されている日常に、異星人たちがやってきた。それも、BETAのような敵対行動をとる存在ではなく、普通に話せる存在であった。

 

————宇宙には、ああいう存在がいたのですね

 

唯依にはそれが嬉しいものだと思えるのだ。絶望的な世界に現れた、憎悪しか生まなかった宇宙の中に、とても近しい存在がやってきた。

 

 

————切り返しを重要視した、連続攻撃が可能な近接武器は、

 

気が滅入るようなニュースが流れるばかりだった日常が、朝鮮半島での犠牲の先に待つ未来を考えないようにしていた毎日が、

 

—————個人的にはいいものだと思う

 

 

まだ希望はあるかもしれないと思わせてしまう。

 

 




大正義ならば全員生存。

史実通りなら、唯依を残して全滅。

程よく絶望感なら数人生存。

ここって、本当に作者の考えが出てきますね。



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第七話 選ぶ未来は

ある日、ジグルドは馬鹿が放った一つの言葉によって、正気を失いかけた。

 

「よし! お~い、ジグルド!! 朝鮮半島に行こうぜ!」

 

「何を言っているんだ、この異父兄は…‥‥」

 

目が点になるジグルド。京都の斯衛屋敷にて、ウェイブの色々とツッコミどころしかない言葉に、戸惑うことしかできない。

 

「ごめんなさい、ごめんなさい。私が不用意にはなった言葉のせいで‥‥‥」

 

その屋敷の主であろう青い髪の女性が、困惑するジグルドに平謝りする始末。目が虚ろというか、ジグルドの反応を見てより一層罪悪感を覚えているようだ。

 

 

 

1997年 10月

 

斯衛軍は、連邦軍の輸送艦の性能実験のために朝鮮半島へ出兵。この作戦は秘密とされており、公然の機密事項と判断された。

 

なお、非公式ではあるが、第八艦隊所属のジグルド・F・アスハ、クロード・ミリッチの両名も威力偵察と護衛という任務の為、最前線へと行くことになった。

 

「ジグルドはわかるけど、なんで僕まで…‥」

 

「たぶん、ヤマト中佐と眼があったからだろう‥‥‥あの人、直感で意見決め過ぎではないか…‥」

 

 

リゼルにて出撃し、後方より輸送艦の様子を窺う二人。

 

 

そんな二人の不幸コンビをよそに、ウェイブは輸送艦のブリッジに立っていた。

 

 

「——————お手並み拝見とタカを括っていたわけではないが」

 

 

レーザー族種の攻撃を完璧に防御する輸送艦の姿を見て、彼らは言葉数が少なくなっていた。

 

 

連邦軍の輸送艦があれば、避難活動においては迅速な対応が出来ると。そして、その準備のために危険を冒して光線級生息地帯へと足を運んだのだ。

 

「とりあえず。我が輸送艦の性能、ご理解頂けたでしょうか?」

 

ウェイブ・フラガは隣にいる斯衛軍に聞き返す。その女性はウェイブが惚れた女性である。

 

「—————貴方の言葉が真であると理解いたしました。しかし、なぜ私を? 聞けば私を名指しで指名したそうですが————」

 

恭子には分からない。一目惚れで権利を乱用してしまったウェイブのことを。

 

「—————勝手のできる範囲では好きにやらせてもらう。だが、背負った役目は必ず果たすつもりさ。この輸送艦の試験は俺の始めたこと。善意が先行したが、この国の人を守りたいと思えるのは、悪いことかな?」

 

気障な物言いを止めないウェイブに対し、恭子はため息をつく。

 

「言葉で惑わすのは上手ですね。いるのです、私の周りにもそのようなお方が。ただ、貴方がここにいる意味はあまりないのでは? 万が一、貴方の身に何かあれば…‥」

 

そして、商人とは思えぬ蛮勇に二度目のため息をつく。この男はどこかズレている。商人であり、弁の立つ男だが、どこか武人らしさを備えている。どちらの側面の良いところ取りをしている気がしてならない。

 

「ふむ、何度もご説明させていただくが、これは俺の我儘で始めたこと。その最前線に立つのは俺の義務だ。それに、空輸以外となると、連邦軍艦船の大半を借り出すことになる。帝都防衛戦では、多くの戦力が必要となるのだ。試せるうちに、試作できる手段は速めに行っておくべきだろう」

 

ガルム中隊だけで遊撃任務を為し得る、それは希望的な観測ですらない。ただの妄信である、とウェイブは付け加える。

 

実際、第七艦隊、第八艦隊が所有する艦船の派遣はあまり進んでいない。何しろ海洋遠征の装備と兵器は今の今まで皆無と言っていい。現在、本局から多くの艦船を輸送する算段がつきつつあるが、それが間に合う保証はどこにもない。

 

民間と国営。その二つが一つの目的のために違う行動を行う。ウェイブは民間代表として、人事を尽くしているつもりだった。

 

「そして、そんな危険を冒すために、部下だけにそれを任せるのは如何なものか。万が一といったが、俺はこの連邦がこれまで生み出した努力と、目の前に存在する脅威を推し量り、ここにきています。そういうことなんですよ、嵩宰殿」

 

最後に、朗らかな言葉を付け加えるあたり、あの会談にいた人物と同じであることはわかる。恭子としては、何とも言えない空気を感じていた。

 

——————その、証拠を見せてくださいと言っただけなのに、そこまでしなくても‥‥

 

行動力があり過ぎる、覚悟が決まり過ぎている。商人ではなく武人なのではないかと錯覚する人柄。そのくせ、自分に対しては甘すぎる程ナンパをしてくるおちゃらけた青年に様変わりする。

 

——————ただ一目惚れしただけで、なんでそんな…‥‥

 

斑鳩の策略好きな青年と言い、目の前の青年と言い、どうして周りの男はこうも自分を戸惑わせるのだ。変に力が入ってしまうと恭子は困惑したままである。

 

 

そして、そのどこかの謀略大好き青年は、現在ミカエルに散歩しつつ、本土防衛にて作戦の最終確認を行っていた。

 

「まあ、色々言い訳だったり、論理的にいろいろ宣ってはいるが、俺の言葉はほとんどが本音さ。仕方ない、それが俺のやりたいこと、やるべきことだと知ったから。俺の親父もそうだった。」

 

真っ直ぐな物言い。恭子は、その気持ちの真っ直ぐさに感謝こそすれど、それでは自分の背負った役目を放棄しかねない。

 

————私は崇宰家を継ぐ者。ここで彼の家に向かえば、申し訳が立ちません

 

どうやら、半分手前程陥落していた模様だった。そうだ、彼は輸送艦の準備の際に、一目惚れした彼女に声をかけることはなかった。仕事のときは部下たちに指示を出し、役目を全うしていた。

 

その横顔は真剣そのもので、

 

————何、約束したからな。この輸送艦で、救える命はあると

 

—————大将、そういうところは親父殿に似ていないはずだったのですがねぇ

 

————むしろ、リオン様に似ているまである

 

————よしてくれよ。俺が叔父様に似ているというのはない。目標が高すぎるだろ

 

軽口を言いながら、部下と談笑する彼の姿。

 

————俺は、この人と決めた人にはアタックするさ。ストーカーにならない程度にな

 

さっぱりとした好意のぶつけ方は、恭子にとって気持ちのいいものだった。真っ直ぐに好意をぶつける。回りくどくない。粗忽者にも見えなくはないが、強引さはない。ちゃんとこちらの事情を理解しているように見えた。

 

————これでフラガ家も安泰ですなぁ、大将!

 

政略結婚、未だに巣食う女性当主への不信。それに付け込んだ家に対する干渉を止めない俗物。後は流言を回し続ける、国政が挙国一致でまとまるべきなのに、それをなぜか阻む野党、報道勢力。

 

特に報道機関は恭子のルックスにばかり着目し、一歩間違えればセクハラで訴えるべきものだ。なお、この国にはまだセクハラという言葉が有名ではない。

 

ハラスメントという言葉も出回っていないのだ。

 

————おいおい。そこまで皮算用するのか、おい! そいつはまだ分からんさ。強引にするのは俺のポリシーじゃない。嫌と言ったら、素直に退くよ、俺って!

 

そんな存在に比べれば、彼はとても眩しかった。

 

「—————どうしたんだい、崇宰さん?」

 

「—————いえ、なんでもありません。レーザーを防ぐ光景に、慣れていないので。とても喜ばしいことなのに、実感があまりなくて——————」

 

 

家の事情で、ダメです、なんて言える勇気がなかった。そんな言葉で、それなりに楽しいと感じてしまった彼との関係が終わるのも、口惜しい気がした。

 

 

とっさに軍人としての考えを口にしてごまかすことが出来た恭子ではあったが、平静な態度を装うことで手一杯になっていた。

 

 

そうなのだ。初めて好意を抱き、眩しく思える人物がいたのだ。今はまだ、この幸福な時間を大切にしてもいいだろうか。

 

————唯依。私は想像以上に、俗世に染まっていたようだわ

 

京都にいるであろう、妹分を思い、恭子は笑うのだった。

 

「—————もう一度笑っていただけないだろうか? できればデジタルカメラで保存をしたいんだけど」

 

 

先ほどの感動を返せと恭子は思った。この調子のいい男は、いつもこんなことを言っているのだろうかと、ジト目になってしまう。しかし、根が正直なので割とそこまで悪い感情が宿っていないことを感じる。

 

 

正直すぎるでしょうぉぉぉぉ、という心の中のツッコミは知らない。

 

 

「本気で言っているのかしら、おばかさん♪」

 

「そんな、損失だ。これは世界に対する損失だというのに————」

 

ブリッジでは、そんな愉快なやり取りがあったのだが、

 

 

 

 

 

 

「レーザー避けるのは、大体慣れたが‥‥‥ぶっつけ本番で、若手にさせる仕事、なのか?」

 

 

「僕はパワハラとしてヤマト中佐を訴える決意をしたよ、ジークは?」

 

 

「やめとけ、突き返されるのがオチだ。それに、この記録も有効活用されるだろうし、いずれ誰かがやらないといけない事だった」

 

 

光線属種の攻撃から回避することしかできない二人は、輸送艦クルーから聞いたウェイブと恭子のイチャイチャに頭痛がしたが、医務室にはいかなかった。

 

しかし、フラガ家の使用人たち以外の嵩宰家の面々はそれどころではない。

 

 

「レーザー避けてる!? うそでしょ!?」

 

 

「これは夢か現か? 私の目はおかしくなったのか?」

 

ざわざわ、ざわざわと武家のモノたちは驚愕し、騒々しくなっていた。今のところ攻撃許可は下りていない為、回避行動だけではあるが、指定されたポイントを維持しながら、彼らは生存している。これは驚異的である。

 

「あの、ウェイブさん? あの二人は非番だったのでは?」

 

恭子は驚愕から帰還し、あの二人を気遣う言葉を投げかけたが、

 

「あの二人はトップガンの主席と、次席に次ぐ実力者だ。これぐらいの無茶ぶりをこなせないようでは、軍学校の育成に疑問を抱かなければならないな。それに、信頼しているからこそ、あの二人を指名させてもらった」

 

 

「あの二人が‥‥‥‥」

 

 

 

 

ナンパ男ことウェイブが恭子に猛アタックをしていた頃、連邦政府は九州防衛戦にキラ・ヤマト中佐、アスラン・ザラ大佐の両名を派遣することを決めつつあった。

 

両名の高い力量ならば、不測の事態でも生還することは可能であり、なるべく犠牲を出さず、相手の実態を把握するには彼らは最適の人物でもあった。

 

なお、その戦況如何によっては、第七・第八艦隊合同で若手トップガンを招集したガルム隊の出番もやってくることになる。

 

選りすぐりの若手の精鋭で構成された特殊作戦実働部隊、通称ガルム中隊、彼らは新兵の中でも抜きんでた実力を誇る黄金ルーキーの巣窟だ。

 

そのメンバーの中にはジグルド、ディルムッドら京都の訓練学校に派遣された若手メンバーのほか、待機していた中堅に差し掛かろうとする猛者も追加召集されることに。

 

 

そんな彼らは、帝国の訓練学校に通う傍ら、琵琶湖上空にて実戦を想定した飛行試験を行っていた。

 

 

そして彼らの中隊は空戦に特化した優れた格闘能力を持つ可変機で構成されている。

 

 

コズミックイラでリオン・フラガのルーツとなった異邦の技術を獲得した結果、戦闘機型MSはその系統を大いに発展させることになった。

 

オーブ軍が大戦終結後に少数の戦力で広大な戦場をカバーすることを想定して設計された高速機。

 

その試作機となったRX-11 Zディフェンサー。ガンダムタイプの頭部を持ち、ガンダムの名に恥じない高火力、高機動、VPS装甲、ビームシールドといったハイスペックな機体が誕生した。

 

しかし、サイコフレームを可能な限り施し、バイオセンサーをも取り付け、即応性を向上させた本機は、フリーダム以上の暴れ馬となり、キラ・ヤマト中佐でなければ操縦が困難なストライクフリーダムに匹敵する難易度を生み出してしまう。

 

なお、このZディフェンサーにはストライクフリーダムと同様に限定機に関しては同じ推進システムを採用しており、機動性能、格闘能力ではストライクフリーダムを上回るパワーとスピードを兼ね備えている。

 

なお、やはりパイロットは現れず、お蔵入りとなった怪物。キラ・ヤマトは乗りこなしたとはいえ、「自分の戦闘スタイルと異なる」ということで正パイロットになることを辞退している。

 

そんな怪物の系譜を少しでも一般人に乗ってもらうために開発されたのが、リゼルである。

 

今回のガルム中隊のメインMSであるRX-11-1リゼル。

 

 

当時の世界情勢において、もはやオーブ軍こそが世界の空を守り、宇宙でもその優位性を示した傑作機である。

 

 

五摂家の面々の一部には、その訓練風景を拝見する者もいた。地球連邦軍のトップガンが乗ることになる機体。その性能の一端を垣間見ることで、現在突貫製作中の00式戦術歩行戦闘機 (TSF-TYPE00)とどこまで差があるのか。むしろ、差はないのではと期待したりしていたが。

 

 

上空を、彼らの想像を絶する速度で飛び交うリゼル。アクロバティックな急旋回、急停止からの急降下。空中での形体変化、そして見事な連携。

 

対人戦闘能力において、ファストルックファストキルに主眼を置く米軍を遥かに凌ぐ機動力と索敵範囲。何より、総合的な運動能力もけた違いであった。

 

 

超低空飛行する分隊と高高度から電撃作戦。二方面からの違う高度からの時間差攻撃など、即席ながら連携攻撃も披露するなど、連邦軍の練度の高さを帝国軍は目の当たりにすることとなった。

 

 

これを見ていた巖谷中佐はその想像をはるかに超えた戦闘能力、並びに戦争から遠のいているといわれているにもかかわらず、これだけの技量を維持できる連邦の精強さに絶句した。

 

——————間違いなく、あの速力では並の衛士は即墜落するだろう。音速を超えることが当たり前になっている機動能力とは何の冗談だ?

 

 

リゼルは速い。とにかく速い。しかも、このリゼルはRX-13シリーズの足掛かりに過ぎないというのが末恐ろしいものだ。隣にいたキラ・ヤマト中佐からの一言では、「推進剤を一切使わない、MSに理論上亜光速の領域まで誘う推進システムの量産化」と答えていた。

 

リゼルの系譜で実現し得なかったヴァワチュール・リュミエールを量産機に取り付ける壮大な計画である。

 

何ともばかげた話だ。しかし、それはあくまで日本帝国を含むこの世界の人間にとっての話だ。それに、彼らにも現在開発不可能な技術はある。

 

MSサイズのハイパージャンプ(光速移動による外宇宙航行システム)は安全性が考慮されていないから難しいという。なにより、人の反応速度を超えてしまうため、操作性が劣悪であるとキラは答えていた。

 

それを聞いた隣の篁は絶句した。光速の世界に入ることができないのではなく、光速の世界で自由に動くことができないからあまり進んでいないといったのだ。

 

——————榮二も愕然としているようだ。かくいう私もあまりの衝撃で失神してしまいそうだ。なるほど、生半可な気持ちでは並の技術者は卒倒するだろうな。

 

篁が個人的につながりのある技術者連中の中でも骨のあるやつをよんできた。そんな彼らが目の前の現実を認めることが難しく、目をこすったり頬をつねったりしていたのだ。

 

さらに、帝国政府より支給された統合仮想情報演習————通称JIVESを使用し、ガルム中隊は初めてとなるBETAとその実態と脅威を認識することになる。

 

訓練内容は、京都に侵攻してきたBETA群を迎撃する為、先行して部隊を展開し、一定時間足止めを行うというものだ。

 

軍団規模は旅団。初見にしては優しめか。しかし連邦政府はガルム中隊に苛烈な訓練を与えることを望んでいたため(キラ・ヤマトの差し金)、中隊には旅団殲滅後に3方向から軍団規模の光線属種含むBETAの大集団で襲わせることとなっていた。なお、斑鳩は上官のあまりのあんまりな苛烈っぷりにドン引きしていた。

 

————まるで子を谷へと投げ落とす獅子のようだ。これが連邦最強の衛士、か

 

 

「——————新兵ですからね、所詮は。だから、訓練の中で驚きを与えたいんです。戦場で後悔しても後がないと思いますしね」

 

満面の笑みで、キラはそう答えた。試しに彼は一人でその訓練をしたというが、彼の愛機の前で5000のBETAが30分とかからず殲滅されたという。

 

当初はあまりの醜悪さに連邦政府の軍関係者は吐き気を催したり、気分を害したりしていたが、顔色一つ変えずに光線属種のレーザーを回避し、早打ちによる乱射とその一撃一撃が必殺の致命打となり得る攻撃の嵐によって、旅団、軍団規模のBETAがいくら束になろうとも相手にならなかったという。

 

残念ながら、この情報は帝国政府、軍関係者には開示されていない。

 

——————確かに、フリーダムなら1時間はかかっていたかな。ただ照準を合わそうとするだけの、センスのある素人の射撃が、僕に当たるわけがないんだけどね

 

キラ・ヤマトは光線属種の攻撃をそのように評した。聞けば、人類は1970年代にかけて光線属種の出現によって制空権を奪われたというが、性能の良い機体に、良いパイロットがいればなんてことはないと考えていた。

 

ただし、キラが認めるのは四将軍に次ぐ、現在は第一艦隊の切り札として、ある時期には教導隊として、多くのトップガンを育てたトール並みの危機回避能力に秀でた衛士である。ここにいるトップガン連中は、何とかその条件を満たしている。

 

 

何せ、彼に教わったのだから。怪物に勝つための戦術、格上との戦闘で必要なことを叩き込んだのだ。

 

 

 

ゆえに、ガルム中隊は若手最強のトップガン集団なのだ。一部の連邦政府の間では、戦力の分散を行い、本拠を含む惑星の警護に当たらせたいと考えていたりする。

 

そんなキラの物差しに使われたトール・ケーニヒ少佐。4将軍に次ぐ実力者の一人であり、主力艦隊を守護する“雷光の優男”の異名を持つ。

 

 

果たして、今回のトップガンたちはどうなのか、キラは楽しみ半分、無関心半分であった。

 

 

そして、キラの目論見は外れる。彼だ、彼がそこにいるからだ。

 

 

「あの赤い機体。動きが違いますな。光線属種の標的となることで、友軍機へのリスクを最小限にしつつ、回避しての即反撃——————何という腕前だ」

 

 

バレルロールを多用するアクロバティックな軌道を描く赤いリゼル。かと思えば急降下してバルカンを乱射しながら小型種から味方機を救い、続く突撃級の側面を擦れ違いざまに切り裂き、回り込んで擦れ違いざまに二体目の突撃級を切り裂いたのだ。

 

しかもその動きが無理やりな軌道ではなく、デザインされた軌道を描いていたことで、この軍事演習を見ていた者たちの目を虜にしてしまう。

 

友軍機の安全を確保した刹那、すぐに飛翔し味方機のフォローを行う赤い機体。明らかにあの赤い奴はこの部隊の中で抜きんでていた。

 

「———————さすがは、アスランから近接戦闘で彼以上の腕前を連想させた動きだね」

 

キラは、分かり切っていたことだと思いつつも、改めて即席でBETAの、特に平地での突撃級の速度に順応してしまう彼のセンスに舌を巻く。

 

 

「——————まだセーブしているさ。あの滑らかな動きがそうだ。そうか、最新鋭のリゼルでももう追いついていないか」

 

彼の師匠でもあるアスランは、彼が我慢をしているという。機体に負荷をかけないよう、長期戦を想定して動いている。それでいて味方機のフォローを忘れない。

 

しかし、赤のリゼルに乗る彼は、この機体で物足りなくなっているようだ。いくら実直な彼が否定しようと、実力者にはわかる。

 

「それを言うなら、ミリッチ少尉に“早撃ち”を伝授したそうじゃないか。突撃級の特性を訓練学校で理解し、上手く奴らを橋頭堡としている」

 

白いリゼルは、アクティブな動きを続ける赤いリゼルとは違い、正確な射撃で突撃級を優先して攻撃しており、上手く彼らの足を撃ち抜いているのだ。訓練学校においてBETAが誤射をしない特性を持つことを十分に理解し、塹壕に近い遮蔽物を作り、リスクを減らしている。

 

冷静な判断で味方機のリスクを消し去る白いリゼルと、部隊の士気を高揚させる赤いリゼル。

 

そして、二機に命令を飛ばしているのが——————

 

「ディルムッドの奴、こういう時は冷静な判断が出来るんだがなぁ」

 

黒を基調とするリゼル。それに乗り込むはディルムッドであり、紅いリゼルに乗る彼に次ぐ次席の成績で卒業したエリートの一人だ。

 

スタンドプレーになりかねない赤いリゼルを上手く操縦し、白いリゼルの力を中心に部隊の戦闘態勢を整えている。他の面々も光線属種の動きを悟ってきたのか、紅いリゼルのフォローなしに回避が容易になっていく。

 

結局、キラは意地になってさらに10万のBETAを召喚しようとしたが、横にいるアスランに止められ、結局ガルム中隊のJIVESの初陣はなんと18万体のBETAを撃滅するに至った。

 

あの部隊だけでハイヴを落とせるのではないかと、という声も上がったほどだ。

 

 

そして、日本帝国から世界共通で使用されているこのJIVESのデータは連邦に齎され、連邦軍はBETAとの戦闘経験を積むことが可能となり、より一層BETAの脅威を認識することとなる。

 

なお、後日巖谷中佐ら、訓練を見学した面々より政威大将軍である煌武院悠陽の下にも送られることとなる。なお、この映像は帝国内でも配られることとなり、一時的に連邦の脅威を叫ぶ者たちも出てきたが、連邦軍という友好的な異星人に弓を引く度胸は先ほどの精強さの前で鳴りを潜めてしまうこととなった。

 

 

当然、同盟国であるアメリカにもその情報は伝えられた。そして、日本以上に衝撃を受けており、現在製作中のラプターがまるで相手にもならないぞ、と軍産複合体は悲鳴の嵐である。連邦政府におけるトップガンが乗りこなす最新鋭の機体でもある為、仕方のないことかもしれないが、世界の警察を自他ともに認識していた超大国は、突然の異星人の来航に憤りを隠せない者たちもいた。

 

 

なお戦術機馬鹿どもは、「これこそがブレイクスルーの時だよ! 乗るしかない、このビッグウェーブに!」と叫んだり、「これだよ、これだよこれ!! この可変システム最高だよ!」

とか、可変形態があることで、「連邦の技術者はロマンが分かっている! 是非お話したい」とメロメロである。

 

ゆえに、憤りを隠せないでいるのは日本帝国が連邦と接近することでアメリカの影響力が弱まり、ひいては第五計画の遂行にも大きな支障が出かねないということだ。

 

 

 

 

そして、欧州では——————————

 

 

1900年に東ドイツが陥落し、1995年には西側の要でもあった西ドイツが陥落。フランスも1997年に陥落し、欧州本土奪還作戦中の欧州連合。すでに国土を奪われた諸国は、地球連邦の来訪は一つの転換期になると考えていた。

 

「彼らも場所を選んだということか。最前線が近いが、絶妙なラインで猶予がある場所、それが東亜ということか」

 

フランス首相は、連邦政府の選択に異を唱えない。しかし本音としては今すぐこちらに来て助けてほしいという気持ちだった。彼らは確かにアメリカが言っていたように平和ボケしている空気がある。しかし、その考えは先ほどのアメリカ側から齎された連邦のトップガン、通称ガルム中隊の戦闘訓練で粉砕された。

 

 

——————まるで、彼のような機動、ですわね

 

 

西ドイツ出身の、今は亡き幕僚も歴任した伝説のエースパイロットの娘にして、現EURO幕僚を務めているキルケ・シュタインホフは、懐かしげに語る。

 

目の覚めるような格闘戦を見せたかと思えば、光線属種を易々と躱す回避センス。そして、長刀を巧みに使い、突撃級を擦れ違いざまに次々と一刀に斬り伏せていく姿。

 

もはや、彼は異次元の強さだった。第二世代で、多少の機動性能を底上げしたとはいえ、第三世代に比べれば、型落ち感の否めない機体でレーザーを躱す。高速戦闘を生業とする戦闘スタイル。

 

単独での光線級吶喊(レーザーヤークト)達成を実に10回達成した怪物。

 

「キルケもそう思う? 実は私もなんだ」

元666中隊所属、東ドイツのエースパイロット、アネット・ホーゼンフェルトは、間近で彼の戦闘を見続けてきた。同じ長刀使いとして多分に尊敬できる存在だった。

 

現在は遊撃部隊の一員として、迫りくるBETA群と戦いを繰り広げている。

 

「——————欧州本土奪還作戦の継続も、いよいよ厳しくなってきているかも。彼が残してくれた猶予、それが何とかこの来訪でつながってくれればいいんだけど」

 

アネットは元666中隊にして、彼の一番弟子であるという誇りを守る為、仲間とともに生き残ることを最優先にしてきた。

 

 

しかし、戦友であり、大の親友でもあるカティア————本名ウルスラ・シュトラハヴィッツは二度と戦場に立てない体となってしまった。今は政治家として、国を動かす立場で日々を戦っている。

 

アイリスディーナ・ベルンハルトは東ドイツ革命後、欧州本土防衛戦の最中に消息を絶ってしまった。欧州の軍関係者は彼女の死亡を断定し、捜査は早々に打ち切られた。

 

尤も、革命の最中でヴァルターにシルヴィア、ファムらが戦死してしまい、グレーテル・イェッケルンは革命の混乱の中で重傷を負い、第一線を退いた。

 

そして、革命軍の勝利の立役者でもあったアネットが最前線にい続けているが、彼に次ぐ実力者と目されていたテオドールはアイリスディーナのMIAと共に消息を絶ってしまった。

 

酷く憔悴していた失踪前の様子から、アイリスディーナのことを強く思っていたことは明白だった。

 

だから、666中隊の最後の一人として、アネットは生き残る必要があった。

 

少しでも、彼に追いつけるようにと。

 

 

金色の髪にミステリアスな瞳。東ドイツ最強と謳われた伝説の衛士。

 

1995年に、持病により永眠した彼の太く短い、衛士としての英雄譚の最後は、ベッドの上だった。元々長くない命であり、自分がここにいるのは、猶予なのか、それとも大罪を少しでも洗い流せと、いけ好かない奴に蹴り飛ばされたのか、分からないと零した。

 

 

テオドールのその時の瞳は、恐ろしいものだった。まるで空虚な、虚無を見ているような瞳だった。彼ほどの男が、こんな最期を迎えるのかと、彼の心にひびが入り始めたのは、この頃かもしれないと、アネットは今思うのだ。

 

彼は預言した。自分をこの星に導いた者が、導き手が救った世界が、この世界に現れると。

 

 

 

まるでおとぎ話のような予言。アネットたちは半信半疑だった。そんな都合のいい話があるのかと。いまさらそんな話をされて、グレーテルは不愉快な顔をしたものだ。

 

 

しかし、アイリスディーナとウルスラはそれを信じた。何より、彼の遺物がこの世界で作ることが不可能な代物であることからも、彼ほどの男がこの土壇場でそんなホラ話をするはずがないと。

 

そしてようやく、10年以上が過ぎて、地球連邦軍という巨大な組織が現れた。

 

 

彼らの簡素的な歴史の成り立ち、そして戦争を乗り越えた軌跡を知ることになった。

 

 

アネットは思う。なんだこの眩しい国家は。英雄リオンを生み出し、彼を支えるバックアップ態勢を整え、オーブ防衛戦では少数で大群の大西洋連邦の大艦隊を打ち破る大金星。

 

その直後に英雄リオンは最後の戦いを感じ取り、単独で宇宙へと急行。地球滅亡のシナリオを阻止したという。

 

人間業なのかと疑いたくなる。

 

そして、現在の地球連邦が存在している。もし、彼のような人間がこの星に生まれていたらどうなっていただろうかと、想像し彼女はその考えを途切れさせてしまう。

 

 

彼であっても、この星は救えないだろうと。

 

 

世界からの注目と、リオン・フラガという大英雄の礎の上に誕生した地球連邦軍は、各国に戸惑いを与える。

 

 

1997年12月

 

そして山百合女子衛士訓練学校では、ジグルドたちが日々BETAと呼ばれる怪物の生体を学ぶ中、ヤマト中佐や他の政府官僚たちも来日を果たしている。未だに琵琶湖からの移動は制限されているが、帝国と連邦政府の話し合いは継続中だ。

 

その最中で齎される欧州の正確な惨状、ユーラシア大陸での人類の敗北の連続はかなり深刻であると言える。

 

一夜にして数百、数千万が死ぬ現実。彼らが侵攻した土地は不毛の土地となる。生命の息吹すら根こそぎ奪う存在、それがBETAなのだと。

 

現在の帝国の軍隊でそれを守り切ることは、何かの神風でも吹かない限り到底達成できることではないことも、あらためて思い知らされた。

 

連邦軍は現在第七艦隊が積極的に動き、水中用MSネオグーンと、戦略MAザムザザーの配備を進めている。空を守るフリーダム、ジャスティス、ガルム中隊だけではマンパワー不足であることを予測した政府は、大火力と水中での彼らの行動が制限されることに目をつけ、特化型の機体配備を進めているのだ。

 

巖谷中佐も、常々口にしていた。

 

——————連邦軍が参戦に傾いて、ようやく五分といったところだ。彼らの物量は、いつも我々の想定を超えてくる。

 

 

ジグルドと、クロードはその言葉を聞き理解する。

 

それほどの苦境に立たされているという事実を目の当たりにし、日本帝国の未来が暗いままであることを理解させられた。

 

そして、彼らと同期のように訓練校に配属された少女たちは、おそらくこの防衛戦に巻き込まれるだろう。

 

 

このような年若き乙女たちにも、それを必要とするほどに、官民一体で団結しなければ、この本土防衛は成功しないということだ。

 

「——————想像以上、だね。僕らの考えている以上に、帝国は戦略的に」

クロードは、何とも言えない表情を浮かべていた。個人としては力になりたいが、現状それは難しいのだ。

 

「——————こうして、BETAについて講義を受ける時間も少ないということか。機体の状態は万全にしておかないとな。いつ指令が下るか分からない」

 

ガルム中隊は、現在バックアップメンバーの域を出ない。連邦議会は与野党関係なく意見を出し合い、紛糾している状況だ。しかし、彼らもこの戦争への介入は、一つ間違えれば泥沼化すると悟っているのだ。どうしても慎重になる。

 

「そういえば、ジークは新型モビルスーツの開発の許可を先日貰ったみたいだけど、どうして? リゼルでもダガーでも、通用するはず…‥」

 

「損耗を抑えるためには、新たな概念が必要となる。すでに研究室は現地で確保している。今後BETAの知識を得て、それなりの対策を基に設計した機体があれば、この戦争の終結も早まるだろう」

 

「——————確かに、だとするなら、ジークが言っていた篁の中佐殿かな?」

 

戦術機に正式採用されているあの武器。刀の切り返しは、乱戦の中では非常にメリットがある。しかも、彼らは化け物との戦闘で多くの経験値を持っている。

 

技術交流については既に帝国との道は開けている。後は行動するのみだ。

 

「—————後日知ったことだが、あの長刀を開発したのは、彼らしい。武器に寄って戦術機の動きを洗練し、かつ合理的な戦闘スタイルを確立させた。彼に刺激を与えれば、いいものが組みあがるだろう」

 

「なるほど、それほどの技術者なら、トレース技術を用いて武器に合致した動きをモビルスーツに与えることができるかも。それに、まだまだあるんでしょ?」

 

 

「まだ秘密だが、いくつかのプランがある。形になれば、クロードにも教えるさ」

 

 

 

 

 

 

 

 

一方、学生たち以上に真剣に講義を受け、BETAについて学んでいるガルム中隊のジグルドとクロードらの様子は、女学生たちにとって新鮮なものだった。

 

「しっかし、あんなに部外者の軍人が集中して授業を受けていたらさ、こっちまで余計なプレッシャーだよねぇ」

 

離れた場所で、尚も席を立とうとせず、話し込んでいる二人を見て、石見安芸は苦笑いを浮かべていた。

 

「それは仕方ないよ。地球連邦の軍人さんたちは、BETAに対して知識が皆無なんだから。それに、これも立派な命令が下されているでしょうし」

 

それを、甲斐志摩子が咎める。彼らは明確な目的があったここにきている。当初は部外者に関わる暇はないと厳しい態度だった真田教官も実直な連邦軍人、特にジグルドとクロードに対してはどこか態度が柔らかいように見える。

 

休憩時間中にも真田教官と二人が話し込んでいる姿は目撃されているのだ。

 

「それよりも、彼らの上官二人だけが九州に派遣されるらしいけれど、たった二人で何が出来るんだろうね。忠道もいるのに、連邦軍は案外けち臭いんだね」

 

そんなことよりも、連邦軍がキラ・ヤマト中佐、アスラン・ザラ大佐の両名を九州防衛戦に参加させることを取り決めたことに対し、能登和泉はかなりご立腹だった。彼らの戦力に限りがあるのはうすうす感じているが、ここまで露骨に戦力をあまり出さないとなると、文句の一つも言いたくなるものだ。

 

「まあなぁ、その二人がどれほど凄いのか、うちらは全く分からないし、案外ワンマンアーミーみたいな存在なんじゃね? ほら、一騎当千とかそういうの」

 

 

「——————そうね。でもこれが、現状地球連邦軍が出せる戦力であり、自由に動かしやすいということは、特記戦力であることは容易に予想できるかも」

 

篁唯依は、友人たちの会話に合わせつつ、巖谷中佐から伝えられたキラ・ヤマト、アスラン・ザラの実力について、既存の戦術機では表現できないという話を聞いたのだ。

 

—————正直なところ、あの二人の機体は異様だな。実際に見せてもらったが、量産機ではないし、それが可能なコストとも思えない。

 

完全なワンオフ機。試作機ですらないという。高い力量を持つ個人に合わせられた極限に突き詰めた設計。それは間違いなく異端の設計思想だ。

 

—————だが、帝国の衛士試験の実技を体験したところ、ほぼすべてで超人染みた数値をたたき出したんだ。思わず私は目を擦ったほどだ。

 

——————間違いなく、彼ら二人は地球連邦軍が誇る究極の衛士のランクに入ってくる存在だ。

 

究極の個に与えられた、極限にカスタマイズ、設計された戦術機。それが許される力量を持つということは、唯依にとっても衝撃だった。

 

—————もしかすれば、トップガンと言われているジグルドさん達も、そうなのかな

 

その後も、唯依達は連邦軍の動向について話したり、話が脱線して他愛のない話に移ったり、この休憩時間を過ごすのであった。

 

 

 

訓練校では来る戦禍が忍び寄る空気が近づいていた。連邦政府の動きも活発となり始め、帝国もまた存亡の危機に対する策謀を張り巡らせることになる。

 

 

彼は一人、戦術機の訓練に励む学生たちを見て、心苦しさを抱えていた。

 

 

「わかっている。わかっているさ。これが仕組まれたことであることも」

 

 

ジグルドは、伏し目に彼女らを見守る。彼女らは速成上がりで、おそらくこの帝国本土防衛戦にかり出されるであろうことも。さらに斑鳩という五摂家の者が、彼女らとの接点を作らせたがっていることも。

 

「見捨てることが、正しさなのか? 彼らの思惑に乗ることが、間違いなのか」

 

軍人として規則は守る。だから上がその戦闘に参加しろというなら、その命令を順守するだけだ。何の命令も抱えていない今、ジグルドの心は揺れていた。

 

——————きっと多くの少女たちが死ぬ。俺たちが、力を尽くしても…‥‥

 

 

「なぁに黄昏てんだよ、ジーク! いつもの取り越し苦労か?」

 

 

「——————あんたは本当に能天気というか、ライブ感で生きているな、ヘリック‥‥‥」

 

ヘリック・ベタンコート少尉が、何を思ったのか仲間たちや少女たちとの雑談をやめてこちらにやってきたのだ。そこにはいつものおちゃらけた雰囲気がなかった。

 

 

「———————この出会いは仕組まれている。俺たちが事を起こすことを、望んでいる者がいる」

 

 

「それ、後になってくると、関係ないだろ、たぶん」

 

ヘリックはなんでもなさそうにあっさりと答えてしまう。何無駄なことを考えているのかと。

 

「戦争になれば、連邦の兵士が死ぬ。迂闊なことは出来ない。連邦市民が納得して、戦争に参加するなら、議会から承認があれば、俺たちは動けるが‥‥‥」

 

議会からの承認がなく、軍隊が独断専行を行えば、それは秩序の乱れを招く。そんな無責任なことは出来ないし、それをする覚悟もない。ジグルドは、だからこんな出会いはと悩んでいるのだ。

 

 

「おいおい、市民が喜んで戦争に賛成するって、本気で思っているわけ? それは大きな間違いだぜ、ジグルド」

 

 

呆れた口調で、ヘリックはその問いに対し、即答する。望んで戦争を求める奴が本気でいるのかよと。

 

 

「昔、俺らが生まれて間もない頃、戦争の傷跡って、やばかったんだぜ。物がないやら、モラルがないやらでな。そんで、大義名分っていうのが人を縛った。良くも悪くも人はそれに従ったよ。それがないと、当時は暴発寸前だったからな」

 

 

ジグルドはヘリックの言葉を聞いてはっとする。記録でしか聞いたことがない。オーブ消滅の危機があったことを思い出す。

 

戦争終結後、残党狩りはあった。地球連邦の治世が全て、綺麗だったとは言い難い。新しい体制に納得できず、旧支配者の興した最後の抵抗。

 

ロゴス、そしてその他のカルト集団や、人造人間を作った組織。それらは市民に被害を出すまでもなく、裏で容赦なく葬り去られた存在だった。

 

 

その粛清を断行し、四将軍の中でその最前線にいた二人のうちの一人だったアスラン・ザラは、呻くようにジグルドの前で独白した。

 

 

——————選んだからには、平和を維持してみせる。捨てたのなら、その先の未来を背負う。そう思わなければ、乗り越えられなかったな。

 

 

「——————大義名分、あるじゃねぇか。国民が望まなくても、それは起きてしまうんだ。全部奪われた後に、後悔したって、遅いんだ。それにおまえだってほんとは彼らの力になりたいんだろ?」

 

俺たちは動けるが、なんて言ったのでまるわかりだぞ、とその迂闊さを指摘され、ジグルドは言葉に詰まる。

 

「それは‥‥‥」

 

その先は何も言えなかった。

 

「——————国とか、外交とか、いろんなものを俯瞰的に見えてしまう立場なのはわかる。実際、連邦兵士のことを考えれば、お前の躊躇は正しいだろうよ。けど、立場でそれが変わることぐらい、お前も分かるだろ?」

 

「—————————————」

 

それはかつての戦争でも同じだったし、残党狩りの際に彼らが放った断末魔もそうだったらしい。分かっている、分かっているのに踏ん切りがつかない自分がいる。

 

「否定しろなんて俺は言ってねぇよ。お前の意見も間違いじゃねぇ。ただ、あるがままを飲み込んでみろよ。出撃許可がなければ、行動しなくていいし、出たなら持てる力の全てを込める。今は、事が起き始める前から悩んでも仕方ない時だろうよ」

 

 

「…‥そうだな。どうしたって参戦にも、不参戦にも反対意見が出てくるはずだ。望んで戦争をしたいって思う人はそうそういない。義憤や、感情論、それらが動かされて、それが起きるのも分かっている。その選択が正しいかどうかを吟味する間に、決断しなきゃいけない時もある。それが、いまなんだろうな」

 

 

「そうそう。だからさ、割り切れよ。でないと、マジで死ぬぞ」

 

 

 

「——————悪い、助かる。まだどこかで気負い過ぎていたみたいだ」

 

忠告を受け、吹っ切れたジグルド。まだすべてに納得したわけではない。しかし、ジグルドの心は既に決まっていた。

 

———————お前の思惑通り、俺は見捨てたくないと思っている。そうだ、認めるさ…‥

 

 

「ちなみに俺は、まじで助けたいと思っているぜ。それに俺らが、歴史的な出会いを果たしているって自覚しろよな。俺たち以外の人類だぜ。これって、ホントはもっと報道するべきことだろうよ」

 

 

 

「そうだよな。本当は、武器を持たずに、彼らと‥‥‥‥」

 

 

「だな」

 

 

本当はキセキみたいな出会いのはずだったんだ。だから、それを惜しいと思い、この星に住む彼らが人間だって、分かっているんだ。

 

———————いつか、人と人が手を取り会える現実が、この星にもできれば…‥‥

 

 

綺麗事はたいていの場合、実現不可能な無理難題ばかりである。だから現実に折り合いをつけて、今を生きるしかない。

 

 

幾分か表情が憂いから普通のそれに変わったことで、ヘリックは安堵する。そう簡単に、倒れてしまっては困る。

 

—————————だけど、きれいごとは、やっぱりきれいなんだよ。どんな生まれの奴が抱こうとな。

 

そうさ。お前は、この現在の未来を勝ち取った証なんだ。そうだよ。いつまでも続いてなきゃいけないんだよ。そうでないと、届かなかった未来はどうなんだって話だ。

 

 

————————選んだからには、生きてその選択を張り通せよ。ま、元世界の敵だった奴らの、その血筋を引いている

俺が言うのもなんだけどさ

 

 

ま、俺はいい。俺はただ一つ正しい、どんな人間にも否定しようのない正しさを持っている。誰かに何と言われようと、構うものか。

 

 

「ジグルド、誰かの笑顔って、やっぱいいよな?」

 

「どうしたんだ。強化服を着た女学生を見て…‥‥やめろ、俺を巻き込むなァ!!」

 

「一覧托生って、知っているか?」

 

「おいっ!!」

 

 




日常パートは、今だからこそ描けないことを描こうと思います。

五摂家の彼も、悪い人ではないんです。立場が違うだけなんです。

ゲームをプレーした人には散々な評価ですけど、彼の国だって、それなりの正義があるとTEをプレーして思いました。僕らは白銀君や、ユウヤ君の視点でプレーするから、それが立ちはだかる壁に見えるだけで・・・・・

みんな追い込まれている、視野が狭くなっている、この世界に住んでいるからこそ言えますが、本当に苦しい世界なんだな、と

だから、正義と正義が違えた時、お互いが絶対に引けない。まるで、BETAと人類の戦争のようだと、思いました。


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第八話 影と、傷跡と

第五惑星の1997年も年末が近づきつつあるなか、

 

 

第一惑星ではCE.91年の夏に突入していた。サマーシーズンを満喫する連邦市民は、戦争など嘘だと言わんばかりに日常を謳歌しており、近頃話題となっている第五惑星の人類との遭遇、未知の異星起源主との遭遇など、大イベントに関することが噂話となっていた。

 

なお、工業惑星である第2惑星、リゾート・大自然保護区の第3惑星、開拓が進行中の第四惑星では、それぞれの季節を迎えており、それぞれが違う顔を出していた。

 

 

しかし、その惑星周辺のコロニーでは、政府関係者や一部の軍関係者より伝えられた第五惑星の深刻な状況、異星起源主の敵性を通知されており、厳戒態勢がすでに敷かれている。

 

 

連邦政府、連邦軍は重い腰を上げ、惑星圏内における防衛体制を構築し、それを市民に公表するタイミングを窺っているのだ。マスコミ関係者もその方針を決める会議に参画し、対応に追われており、彼らもまたビッグスクープであると同時に今までの連邦が築き上げた道のりを壊しかねない事柄に難儀しているのだ。

 

マスコミ関係者は口を開く。

 

「私は、あちらの国連と軍事同盟が結ばれる見込みが出来たならば、公表するべきかと」

 

しかし、軍関係者は異を唱える。

 

「それでは遅すぎる。やはり、日本帝国との国交開通、軍事同盟を結んですぐのタイミングだろう。よく我慢してくれて非常にありがたいが、秘匿の期間が長すぎればカガリ様の顔に泥を塗ることにつながりかねない」

 

 

「この報せを聞いた時にはビッグスクープと舞い上がっていたが、状況はそんな生易しいものではないな。伝える瞬間のアナウンサーの心中を推し量れない」

 

「初めて外宇宙の人類に出会ったと思えば、これか…‥慎重に動くべきだ」

 

あーでもない、こーでもない。マスコミ側は慎重になり、軍関係者は速く行動を移すべきと考え、政府関係者は妥協案を模索していた。

 

 

 

なお、見識者たちも独自に情報を集め、事の重大さに気づき、いち早く隠密ではあるが行動に移している連邦の動きをいずれも評価しており、沈黙を守っている状況。むしろ、生物学者や宇宙生態学に精通する学者は揃ってこの生物への対処を行うべく、チームが結成されつつある。

 

 

驚くべき団結力。地球連邦憲章の発布など、文化の融和、融合政策を推し進めた政府関係者と、宇宙に目が向いている状況があったからこそ、地球連邦は一つの事柄に取り組む力が養われていた。

 

 

これは、連邦圏内において高い割合で衣食住、多様な文化の融合、融和が、民間レベルにまで深く進んでいたからであり、二度の大戦で人種差別、イデオロギーの恐ろしさ、その前の大戦では宗教が人類に与える狂気を身をもって知っているからであり、それらは過去の産物となっている。

 

 

なお、お正月、クリスマス、夏祭り等の各国の催しはそれぞれで補完されており、宗教を知らない人でも気軽に楽しめるイベントに成り代わっている。市民も彼らが忙しなく動き始めていることに違和感を覚えつつも、政府関係者がいつ沈黙を破るのか、注目していた。

 

 

 

 

その噂の第五惑星、第七艦隊所属のジグルドは、互いにコミュニケーションが不可能で、絶滅するまで戦う相手と遭遇する悲惨さを、間近な環境で思い知ることとなった。

 

 

 

 

 

 

12月23日。ジグルドは、その日様子のおかしい彼女を見て思わず話しかけてしまったのだ。

 

「顔色が悪い。体調がすぐれないようならば、無理をするべきではない」

 

その少女の名前を蓮川という。

 

「大丈夫です。それに気分は優れないどころか、良好です♪ 連邦軍の軍人さん」

 

笑っている。なんでもなさそうに表面上だけで。どこか無理をしているような気がしてならない彼女を見て、ジグルドは踏み込む切り口を見つけ出せずにいた。

 

「そうか。しかしこれから大雪での悪天候下において、戦術機に搭乗し、実践訓練を重ねる大事な時期だ。少しの油断が思わぬ怪我につながることもある。どうか無事何事もなく、訓練を切り抜けてほしい。貴方を見てそう思った次第だ」

 

しかし、何とか無事であってほしいと願っていることだけは伝えたい。ゆえに、エールを送るだけに留めようとするが、その後の言葉は見過ごせないものだった。

 

「国連軍の軍人さんは、優しいですね」

 

「え? いや、私は国連軍ではなく、地球連邦軍所属の—————」

 

 

「えっと、貴方はどうして私と話をしていたんでしたっけ‥‥私、うっかりなので」

 

 

「え、え———————いや、君が、無事であってほしいと」

つい数分前の話だぞ、とジグルドは絶句した。痴呆になっているわけではあるまいに、何かおかしい。それに、どこか焦点が合わないような。

 

「なぜそのように慌てているんですか? おかしな人ですね」

 

 

「——————————すまない、少し用事が出来たみたいだ。ここで失礼させてもらうよ」

 

ジグルドは、真っすぐに職員室へと向かう。真田教官に報告しなければならない。あの精神状態は尋常ではない。このまま放置すれば大事故につながり、大怪我は避けられない。悪ければ命が。

 

そして、ジグルドはある予想が頭によぎってしまう。

 

 

———————俺の杞憂であってくれ…‥頼む、あの年で、まだ将来に可能性がある今の時期で、こんな、こんなことが

 

 

 

事の次第を伝えたジグルドは、真田教官から驚いた眼で見られたが、蓮川少女の様子を伝えた際に、表情が完全に消えたかと思えば、

 

「——————————っ」

 

憤りを感じさせる憤怒の表情が出たのだ。何事かと問いたくなる事柄でもあったが、野暮に聞くものではない。教官が落ち着くまで待つことにしたジグルド。

 

 

「———————わかった、蓮川のことは俺に任せておけ—————どうやら、聞きたいことがあるようだな」

 

 

「——————講義の中で、戦術薬物投与の事実を知りました。数分前の記憶齟齬、唐突な喜怒哀楽の発露。統合失調症に似た症状の数々。さらに言えば、空間失調の大きな原因にもなり得る。これが悪酔いの——————」

 

 

合理的だ、合理的ではあるが、ジグルドは真田教官を責める気持ちにはなれず、日本帝国を責める気力が沸き出ることはなかった。何もかも足りない、何もかも届かない。その足掻きがこれなのだ。

 

彼が否定しないということは、そういうことであり、ジグルドの最悪の予想が当たったことに他ならない。

 

 

「勉強熱心だな、アスハ中尉。その通りだ。これは元々、大陸で衛士たちに投与され、恐慌状態を起こすことなく、任務を遂行するために開発された。だが、蓮川のように適合できなかった者には、相応の症状が出てしまう」

 

 

「では、彼女はもう——————このままでは命が危ないですよっ!」

 

何事かとジグルドについてきたクロードがショックを受けた顔をし、今すぐ彼女を除隊させるべきだと訴える。どう考えても惨事を引き起こしかねない。

 

「——————あぁ、両親には俺が説明をする。命があるだけやり直すチャンスはある。だが、こんな状態で、果たして幸せと言えるのか——————っ」

 

 

子供たちにこんな非道な薬剤を投与することを強いられる大人である真田は、悔しさに震えていた。

 

クロードとジグルドは、真田教官の震える声を黙って聞くことしかできなかった。

 

 

数日後、蓮川訓練生は統合失調症等の、訓練継続が困難となった為、傷病扱いとなり、訓練校を去ることとなった。

 

見送りに来た女子生徒たちは動揺を隠せず、ジグルドたちも彼女に見送りに参加した。しかしジグルドの目から見ても、誰の目から見ても、彼女はいったい自分が何をしているのか、最後まで理解していなかったように見えたのだった。

 

 

 

京都——————斑鳩家所有の屋敷にて

 

 

「なるほど、女学生が一人除隊を。それは雅やかではないね」

 

 

「はい、統合失調症の発症による治療の為とありますが、おそらく悪酔いの影響でしょう」

 

斑鳩崇継は、山百合女子訓練校での報告を聞いていた。勿論、彼女らに目的があるわけではない。

 

 

「彼女の退学については、連邦軍の士官が関与していたようです。症状のこれ以上の悪化を防いだとか」

 

「——————そうか。ではこちらの目的は上手く軌道に乗っているとみていいな」

 

 

ジグルドたちが、肩入れすることを誘導していたのだ。普通の訓練校、または資料を与えるだけでいいと他の家は考えていた。無論煌武院悠陽もそう考えていた。しかし、崇継だけが実際に学校に行かせるべきだと進言したのだ。

 

案の定、彼らは彼女らの訓練での苦境や、大陸からの苦戦や絶望的な状況を知ることとなり、こちらへの同情的な心情が作り上げられている。

 

 

「——————地球連邦政府との国交の開通。それは一応達成したものの、軍事的な面ではごく一部。連邦随一の衛士と聞くが、まだ帝都防衛には届かない」

 

 

1997年11月に地球連邦政府は、日本帝国と正式に国交を結んだのだ。しかし、軍事的な相互の安保についてはまだ時間が足りないのだ。

 

 

「ゆえに、帝国本土防衛の際には彼らの軍勢を少しでも多く引き出す必要がある。それに、彼らは世界情勢にとても強い興味があるということも聞いている。今後も彼女たちから有意義な話を聞かせてあげたいのだよ」

 

 

そして思惑通り、連邦政府は連邦市民にも大まかな情報を開示した。連邦市民は、宇宙に潜む潜在的脅威を認識し、強力な団結心を生む。市民の立場としては、第五惑星に襲来した怪物がこちらにもやってくる可能性がある。政府は市民の安全を守る為、開拓活動を中止しており、防衛網を構築している。かつての英雄たちをフルに動員してだ。

 

それらの動きに対し、市民に不満はない。むしろ連邦政府の気合の入り様を感じることが出来た。ただし、第五惑星の世界情勢が不安であることから、出兵には慎重な意見も出ていた。

 

だが、市民の本音としては、この広大な宇宙の中で、同じ人類が誕生しており、かつての旧時代ほどの文明をはぐくむ彼らを見捨てたくはないと感じているのだ。

 

だからこそ、一人の一人の市民が真剣に考えていた。

 

 

1998年1月。ガルム中隊の一員であるジグルドたちの研修が一定の成果を出したことで、完了の時期を迎えた。

 

「お世話になりました。この知識を必ず仲間たちに伝え、来たるべき戦いに備えることに注力します」

 

代表してジグルドが真田教官に挨拶を行う。当初の関係性よりも大分改善されており、真田教官も勤勉な彼らの学習態度は女学生たちも見習うべきだとやや感じていた。

 

——————これが、連邦軍のトップガン、か。

 

彼らは授業中みられているという自覚があったのだろう。地球連邦軍のエースたちであると、見られている。だからこそ意欲をもって課題に取り組み、その習得率は高い。

 

「連邦軍の参戦は、現在貴様らの上官二人だけだが、やはりあの二人は連邦軍の中でも別格なのか?」

 

キラとアスランと出会ったことがない真田。そんな二人に対し、尊敬の念を覚えている彼らに、その二人について尋ねた。どれだけ彼らは出来るのかと。

 

「そうですね。あの二人相手では勝ち目はありませんが、どちらか一人ならば、中隊の壊滅で何とか」

 

客観的な戦闘予測を伝えるジグルド。しかし、

 

「兄貴なら、小隊の援護があればどちらか一方は落とせるだろ? ドラグーンの攻撃に被弾しなかったの、兄貴だけだし」

 

ディルムッドは、キラの遠隔操作兵装に被弾しなかったジグルドの力量的に異論を呈す。それに、ジグルドの生存率は高い。あの二人に防戦一方で終了時間まで粘っていることが大半であり、彼らに撃墜判定を食らった面々がジグルドを見守る時間が長くなる風景は日常茶飯事であった。

 

ジグルドとしては、時間制限がなければ撃墜されていたと本音を述べているが、あの二人の攻撃の嵐を前にして生き残る彼の力量は物凄いことなのだ。

 

「ドラグーン?」

 

 

「いえ————(こら、ドラグーンの兵装はまだ機密扱いだろうに)」

 

小声でディルムッドに注意をするジグルド。九州防衛戦で嫌と言うほど目にするだろうが、まだ隠しておきたい兵装である。

 

「なんにせよ、我々の出番も遠からずあるみたいです。詳しいことは軍務上お答えできませんが、必ず帝国のお力にはなれると思います」

 

 

 

 

「了解した。それ以上は聞かないでおこう。お互い、来たるべき時に備え、牙を磨いておこう。こちらも、部外者からの刺激で学生たちにいい緊張感を与えてもらった。蓮川の件も、それ以降も悪酔いが疑われる学生を見つけ出してくれて、礼を言う。おかげで今年は、訓練中の事故死がなかった」

 

お互いに礼を言う合戦になりかけている。真田教官の背後にいる教官たちも、ジグルドの後ろに整列するガルムの面々も、表情こそ出していないが、

 

—————お互い、トップが堅物だなぁ

 

 

「こちらこそ、講義に参加させてもらったのです。ありがとうございます。とはいえ、こうもお互い謙遜していては、埒があきませんね。我々は目の前の人事を全うしていた。今は、それでいいと私は思います」

 

いい加減別れが名残惜しいので、ジグルドは上手く切り上げを行う。今は、道が分かれても、同じ道で彼らとともに今度は戦う。その予感はあった。

 

「ふっ、それもそうだな。また会おう。ガルム中隊」

 

 

「ええ。今度は戦場で共に」

 

 

 

ジグルドたちが去った、1998年1月中旬。さらに月日が少し流れ、運命の日が訪れる。

 

 

 

1998年1月26日。光州作戦と、その結果である。それは、日本帝国が最前線になることを確実にしたモノであり、第七艦隊の一部部隊を東京湾に集結させることにつながるものだった。

 

 

 

丁度その頃、地球連邦政府は日本帝国・第二帝都東京に領事館を建設。以降日本帝国政府との連携強化をにらんだ体制づくりの一つとなる。

 

そして、その完成と同時に電撃訪問するのはフレイ・アルスター上院議員。カガリ・ユラ・アスハ議長と同期の若手議員であり、その美貌と才媛ぶりは連邦市民からも注目されており、人気議員の一人である。

 

「ここが、日本帝国。ウェイブやラスさんは一足先に訪れたというけれど、中々風情のある街並みね」

 

どこか古めかしく感じるが、温かさを感じる街並み。街中を歩きたくなるような懐かしさがある。

 

彼女が光州作戦の悲劇を知ったのは、日本帝国首相榊是親との会談中だった。

 

 

会議中に秘書が慌てて部屋に入り、榊の耳に何かを知らせている。フレイはその様子を黙って待つ。そこを遮るのは無礼であるからだ。恐らく、相当に良くないことがおこったのだろう。連邦政府と帝国にとって初となる議員クラスの直接会談の中での凶報といえると推察される。

 

「榊首相?」

 

 

「すまない。光州作戦の発令に伴い、国連軍司令部が陥落した。多くの国連軍将兵が犠牲となったようだ———————」

 

そこから先は、軍部をとるか、それとも国連からの評価を選ぶのかの二択だった。

 

 

その報せは、篁邸でテレビを眺めていた篁祐唯とお邪魔しているジグルド、クロード、ヘリックにも伝えられた。

 

「———————脱出を拒む難民の救援に向かった大東亜連合を助ける為、彩峰中将が指定の作戦行動から逸脱し、彼らに協力した結果、致命的な戦力の空洞が出来てしまい、国連軍司令部が堕ちた、のか」

呆然とするジグルド。そのあまりにも重大な敗戦は、日本帝国にも無関係ではない。

 

「————————難民はどうして脱出を拒んだんだ!? どうしてっ!!」

 

クロードは、避難しようとしなかった難民たちに問いかける。しかし、そこには誰一人としてその難民たちはいない。

 

「————————帰属意識って奴なのかもな。何となくわかるぜ、その気持ち」

 

ヘリックは、呆然としている二人よりも先に冷静になり、彼らの心情を汲んだ。いつ帰れるか分からない滅びゆく故国。ならば、故国が滅びると同時にその生を終えたい。そんな絶望を宿す感情が、そんなナショナリズムが彼らを、悪い方向へと進んでしまった。

 

「———————ジグルド、クロード。俺たちとは違うんだ。生まれも文明も、歴史も。約20年前に起きた滅亡回避から空前の成長を遂げる連邦政府と、BETA大戦に飲み込まれていく諸外国を見続ければ、そういう意識が生まれるのもなくはないんだぜ」

 

 

「——————その通りだ、ベタンコート少尉。そしてその帰属意識は我々帝国人にも無関係ではない。だからこそ、帝都の死守は、それだけ重い役目なのだ」

 

日本帝国民の象徴であり歴史そのものである京都。それが破壊されるなど有ってはならない。何より将軍のおひざ元であり、五摂家も住まわれる千年の都。

 

武家にとって、これを守ることは存在理由の一つである。

 

「———————どうなるんですか、彩峰中将は———————抗命ということになれば、この国の刑法では確か——————」

 

ジグルドは青い顔をする。資料でも拝見したが、彩峰中将は軍部のまとめ役でもあった存在だ。それだけ慕われているといってもいい。そんな彼が刑法通りに処罰されれば、軍部の反発は必至。

 

「——————確か、現在国連の計画は第4計画で、その次はアメリカの—————」

 

 

資料で呼んだが、第4計画に劣らず酷いものだった。第4計画が空想科学も真っ青な理解が難しいものならば、第五計画は現実的ではあるが、無謀であると言わざるを得ない。

 

「——————俺たちは無論アメリカの計画には反対だ。せっかくの地球型惑星だ。それに、核爆弾を超える威力とその性能さえ掴み切れていない。それをユーラシアに落とすとなれば、彼らからの反発は必至」

 

だが、ヘリックの意見はやや外れている。アメリカは虎視眈々と帝国と連邦政府の仲たがいを狙っている。その目的は多岐にわたる。

 

 

一つは、地球型惑星の確保による第五計画の正当性を主張するためだ。連邦が所有する惑星こそが移住先には最適であると。

 

次に、連邦政府内部へのロビー活動だ。アメリカは連邦政府に取り入り、その内部から掌握を狙っているのだ。その長期的な計画を始動させ、最終的にアメリカを連邦政府の頂点に据える。

 

無論、それを画策しているのはまだごく一部であり、連邦政府とアメリカの国力の差は理解している。惑星4個分の国力と、惑星一つの、一国家でしかないアメリカでは勝負にはならない。だが、やれる手は打つ。それがこの世界におけるアメリカという国だ。

 

無論、カガリたちもそれは警戒している。これまでの歴史や、彼らの提唱する計画に関して危ういものを感じている。しかし、連邦政府は第4計画に対しても懐疑的な目を向けている。

 

「—————考えても仕方ない。今できるのは、ガルムがどの空を飛べばいいのかだな。最悪のシナリオは、中国地方の防衛陣地の側面を挟撃されることだし。倉敷尾道出雲等の拠点がどれだけ側面への警戒を維持できるかなんだが」

 

「逆にキラさん達がいる九州は、陥落の可能性がないかもしれない。そうなれば、戦力を分岐させたBETAがこちらに逐次投入を行えば、当初の防衛計画が根本から崩れる」

 

 

「——————水中型MSの実戦配備が、間に合いそうにないのが痛いですね。空と地上だけでは防衛は難しい」

 

 

真面目モードのヘリックと、ジグルド、クロードはガルム中隊の作戦行動範囲を決めかねていた。

 

 

「そういや、あの嬢ちゃんたちは大丈夫なんだろうか。速成の中でも特に速いって真田教官からは聞いているけどさ」

 

そこへ、ヘリックが山百合女子訓練校の生徒たちについてぽつりとつぶやく。この大陸戦線の悪化は、間違いなく彼女らにも影響がある。

 

「——————なくはないだろうな。しかし、実戦未経験の兵士をあの物量の中に放り込むのは消耗にしかならない。まだ彼女らが命を賭ける時ではないはずだ」

 

 

「でも、現有戦力でも防衛は難しいとの専門家の意見も多いですよ。国家存亡の危機なんです。形振り構ってられる余裕が今の帝国にあるかどうか」

 

ジグルドもクロードも、彼女らの未来を想像し、苦い顔をする。これから帝国がどうなっていくのか。その先行きに不安を感じる三人だった。

 

 

 

 

 

そして光州作戦の顛末は、決定されつつあった。

 

 

 

「榊首相。わざわざお越しになってくださり、言葉もありません」

壮年期に入ろうとする男性が、朗らかな声で同年代の男性を出迎える。

 

 

「——————すまない。本当に申し訳ないッ。だが、帝国の未来を案じれば案じる程、選択肢が狭まっていく。分かっている、分かっているのだッ、どちらも正しいはずだったのだと」

 

密かに彼を訪れていたのは、この国の首相。そして、いてもたってもいられず同行したフレイ・アルスター議員。

 

彼の血の気が失せるほどの表情を見た時、放置することは頭になかった。内政干渉や入れ込み過ぎと言われるかもしれないが、それでも、ふらつく足取りのリーダーをそのまま見送ることは出来なかった。

 

 

「———————分かっておりますとも、榊首相。私は、彼らを助ける判断をした。そして結果的に多大な犠牲を強いてしまった。その責任は、取らねばなりません」

 

 

「——————日本の未来の為、中将—————ッ、貴方にはこの国の刑法通りの判断を下すことになる。しかし、妻子の身の上は必ず私の手で守ると誓わせてくれ。そうでなければ、君を犠牲にする覚悟がつかない」

 

そして、一国の首相が挙句の果てに土下座までしたのだ。人望ある彼を犠牲にしなければならない。知らない仲ではない。だからこそ、心苦しく、胸が張り裂けそうなのだ。

 

「———————身に余る温情、感謝いたします、榊首相。ですが、すぐにこちらへは参られては困りますよ———————この国の未来を、頼みます」

 

 

その数日後、国連への潔白を証明するため、彩峰中将は抗命という国内法の中でも最も重い罪状を受け入れ、銃殺刑となった。

 

これを機に、軍部は榊首相への不信感を抱くものが生まれてしまい、未来に遺してしまう火種となって、雌伏の時を与えてしまうことになる。

 

 

 

 

 

1998年 3月

 

 

ウェイブのフラガ家のコネを使った輸送艦の配置はほぼすべてが完了し、後は防衛戦に備えるだけとなった。

 

 

そんな彼は崇宰恭子の案内の元、京都の町を回ることとなった。

 

 

「これが、京の都、千年の歴史を誇るこの国の首都、かぁ。雅やかな雰囲気だ」

 

伏見稲荷大社。様々な運気を向上させるとして、人々に愛されてきた名所の中でも最高クラスの場所である。

 

その焔の色にも見える鳥居の造形は、ウェイブにとっても新鮮だった。

 

「(崇継と同じセリフ、)そうね。ここは、商売繁盛、五穀豊穣、家内安全、芸能上達の神、稲荷様を奉っている場所なの。帝国民なら生まれて一度は必ず訪れる場所よ」

 

 

「そっかぁ。その稲荷様には是非とも願わないとな」

 

「—————分かり易すぎるって言われないかしら?」

苦言ではあるが、その言葉に棘はない。まんざらでもなさそうな彼女の様子に、終始ウェイブはニコニコしていた。

 

 

次に向かうのは、この伏見稲荷大社からほど近い場所にある伏見神賽(かんだから)神社。ここでは、あの日本で有名な書物の一つである有名な物語縁の地であり、叶雛(かなえびな)の信仰も残る歴史ある場所である。

 

「———————やはり、ここ数日の人の出入りは相当、みたいだな」

 

 

「——————大陸での戦況は、あまり公表していませんが、国民もうすうす理解しているのかもしれませんね。それでもなお、離れようとしない——————嬉しくもありますが、戦うものとしては——————」

 

辛そうに目を伏せる恭子。守れなければ、ここにいる国民は間違いなく死ぬ。その事実が彼女には重すぎる。彼らの愛国心を思うからこそ、実直な彼女は悩みを抱えてしまう。

 

「——————いざとなれば、俺も出る。ここを廃墟にされるのは、中々我慢できないものだ」

 

ウェイブは先ほどまでのニコニコ顔を途端にやめ、真剣な口調でこの都を守る決意を固める。彼女の笑顔を曇らせる怪物たちに好きにはさせないと。

 

「—————貴方は商人なのでしょう? それも、若頭の身の上。万が一、貴方に何かあれば、私は腹を切らねばなりません」

 

 

「ッ、腹なんて切らせねぇよ、絶対に——————今更かもしれないけど、連邦軍は第二帝都に第七艦隊の戦力を集中させることになったな。そしてキラさん達も九州に出向いている。京都の守りにはガルムの面々がいる。だが、やっぱりたりねぇ。様々なリスクを思い浮かべると、後一歩が足りねぇ。俺がその最後の一押しをしたいと思っていたんだが——————ところで、妹分もこの展開だと—————」

 

 

「——————唯依達も、おそらく戦場に出るのでしょうね—————こんな状況で、速成上がりのあの子たちを、戦場にかり出さなければならないなんて……」

 

 

「京都のことは、ジグルドたちに任せるしかないな。君に心配されたように、俺は市民の命を守る戦いを最初に行う。その後だな、その先を考えるのは」

 

 

地球連邦軍による輸送艦での疎開活動、帝国の国家強靭化計画で整備された陸路を活用し、4月から疎開活動が始まっていた。

 

 

これは、連邦政府が強く希望したことであり、必要な物資食料はこちらで輸送するという条件も付けくわえた。現在、連邦軍は日本の太平洋側排他的経済水域内にて、海上プラントの建設を開始している。これは、榊首相含む内閣一同が強く要望したことであった。

 

 

そして、連邦政府はこの第五惑星地球に存在する国家全てに声明を出す。九州防衛戦に戦力を投入し、最終防衛ラインである帝都にも軍を派遣する。

 

その上、第二帝都東京には予備戦力となる第七艦隊の主力を進駐させることも決定された。

 

一気に動き出した連邦軍の動き。帝都防衛には機動力が優先され、ガルム中隊の全面展開が必要最低限となる。

 

政府間のレベルでは内定レベルで進められていたことだ。迅速に連符軍は第二帝都に大艦隊を派遣し、四将軍を九州に、ガルム中隊を京都に展開させた。

 

 

地球連邦軍参戦の報せは、帝国民にとって数少ない好ましいサプライズニュースとなった。

 

「あの空飛ぶ戦艦を浮かすような異星人が、味方になってくれるとは」

 

「これで京都も安心、というわけではないけど、遠い惑星の人類が、帝国に力を貸してくれるなんて」

 

「宇宙が嫌いだったけど、なんか宇宙を好きになれそう」

 

概ね国民の反応は良好だった。中には、

 

 

「俺、実は琵琶湖での連邦軍の訓練見たんだ。瑞鶴や、不知火の比じゃねぇ。音速で飛び回る戦術機なんて初めて見たぞ」

 

「そんななのかよ! すごいなぁそれ!」

 

「もしかすればレーザーを避けるんじゃ」

 

「さすがにレーザーはよけれねぇだろ」

 

 

 

九州の最前線へと向かう戦艦ニカーヤは、帝国民の歓迎を各所で受けていた。遠い星の同胞が、日本帝国の為に立ち上がった。そして、威風堂々たる戦艦を空中に浮かして、最前線へと向かっているのだ。

 

 

「——————————————ほんとだ!! 新聞の通りだ!! ほんとに空を飛んでる!!」

 

 

「すっごぉぉぉぉい!!! なんであんな風に飛んでいるの!? ねぇ、ねぇ!! どうして!?」

 

子供たちは、その外観とその動きに目を奪われる。いつか自分もあれに乗ってみたい、いつか自分もあんなものを作ってみたい。色々な妄想、想像、空想が働いていく。

 

空は怖い場所だと説明され、空を見上げることが恨めしく思えるような世界観だった。人類がかつて手にした空は怪物の光によって奪われ、あんな風に飛ぶことはもう叶わない光景のはずだった。

 

だが、その現実は覆される。利害に寄って動けなかった各国の、この星のモノたちではなく、異星人というのは皮肉としか言いようがない。

 

 

「あれが連邦軍の軍艦…‥‥頼むぞ、異邦の戦士たちよ、私の息子を頼みます」

 

「どうか娘を守って…‥お願い、お願いだから、あの子を守って…‥‥」

 

「————————神頼みも、彼ら頼みもするさ……それで父さんが生き残るなら‥‥‥」

 

 

そして彼らに願いをかける者は、憧れだけではない。今も九州には精鋭たちが我先にと参陣しているのだ。そこには大切な家族の大黒柱を送らねばならないものもいた。

 

家族にとって、目に入れても痛くないほど愛しい娘もいた。

 

衛士になって、兵士になって、怪物たちから日本を守るのだと意気込んだ、家族思いの青年もいた。

 

「頼む、人類が奴らにやれるということを、目にもの見せてくれ…‥」

 

「優紀の仇を、お願いします、お願いします…‥‥」

 

かつて、一家の宝だった子供たちを奪われた者たちがいる。すでに男性の兵士は明らかに減っており、女性兵士、女性衛士の姿も珍しいものではなくなっていた。そして、彼女らもまた怪物どもとの戦いで命を落とし、家族に悲しみを齎すことになってしまった。

 

もう何もない。何も残っていない。しかし、まだ希望がある。希望がやってきた。彼らは縋るものを連邦軍へと変えて、ただひたすらに祈っていた。

 

 

「—————————————責任が、重いな」

 

アスランは、大陸派兵に限定していた帝国でこれだということは、諸外国の、領土を失った、国を失った彼らの感情はどれだけのモノかと推し量った。そして推し量ることが出来なかった。

 

 

——————彼らの期待が、重い

 

 

「————————願いによって、人は突き動かされる。それは良くも悪くも人の本質で、変わらないものなんだ。あれくらい受け止めないとね」

 

しかし、キラはいたって平常心だ。この親友はこういうところが図太い。それが無神経に思われることもなくはないが、頼もしさも感じている。

 

 

「————————ところで、第七艦隊の方はどうなんだい、アスラン」

 

 

「———————海洋打撃群の火力支援はぎりぎり間に合うかもしれない。ザムザザーの配備は既に完了しているから、先行出撃による電撃戦も可能だ。絶望視されていた水中型MSの配備も、ウィンスレット社の協力で、なんとかなりそうだ」

 

 

「それは上々。なら僕も第八艦隊の進捗を話そうか」

 

それまでの軽薄な態度が鳴りを潜め、真剣な目でアスランと向き合うキラ。

 

「ジェネシスの建造はあと数ヶ月ほど。そして重光線属種の照射によるダメージは、巨大兵器のラミネート装甲の前では無力であるとの計算結果も出た。しかし、宇宙軍による宙域の哨戒活動も入念に行っているとはいえ、建造にMSを動かしているから、どうしたって初動が遅れてしまう場合があるのは落ち度だと思う」

 

 

ジェネシスの兵器自体には問題はない。むしろ光線属種の攻撃に耐えることができることから、作戦成功の確率がかなり高いとみていい。

 

しかし一方で、ルートによっては着陸ユニットの迎撃に遅れが出てしまうのは無視できない案件である。

 

「姉さんにあとで戦力の増強、人員の増員を相談するべきだね。第八艦隊の利点は機動戦による大規模な作戦遂行能力にあるんだけど、その反面拠点防衛には向いていないのがね」

 

今は亡きハルバートン提督が考案した大規模な機動電撃戦による作戦行動。MSと大型MAをグループとした、攻撃戦略は大きな影響を与えている。これは、第八艦隊が先の大戦やレクイエム事変などにおける、作戦遂行の速度を重視していたという伝統的な背景がある。それゆえに、第八艦隊は高機動MSの花形とまで言われており、実力者が集う最強のトップガンが揃うグループでもあった。

 

第七艦隊はそれに追従した結果だが、予算の問題から他の艦隊は拠点防衛の色が強いグループとなっている。要するに軍縮のタイミングの前に機動攻撃の強みを獲得した部隊であるということだ。

 

「お互い、ギリギリの綱渡りということか。なんにせよ、まずは帝国本土の防衛だ。ここを落とされると、連邦の外交戦略が根本から崩れてしまう。それと、一ついいか、キラ」

 

 

「どうしたんだい、アスラン」

 

アスランは、前々から不安に思っていた案件を口にする。

 

 

「お前にしかこんなことは言えないんだがな。やはりジグルドの容姿は何か遺伝だけでは説明がつかない。報告こそしていないが、訓練中に目の色が変わるというか」

 

「訓練なんだから目の色は変わるでしょ。ジグルドはあの通り真面目な性格だから」

 

キラは、一体何を言っているんだと笑うが、その時から目がもう笑っていない。

 

「違うんだ。赤色から、あの青い目に代わっているんだ‥‥‥‥機体内部のカメラで、オペレーターが軽く悲鳴をあげてしまったので寄ってみれば‥‥‥カガリは何も言わないし、ならお前ならと当たってみたんだが…‥‥」

 

 

「———————アスラン。僕は君の親友でいたいし、勘の鋭い君ならこの件に気づくだろうと思っていた。けどこれは、彼自身の問題なんだ…‥‥」

 

それ以上は、ダメだよ、とキラは暗にそういっているのだ。

 

 

「しかし……‥あいつの望みがそれとは思えないんだ。才能に振り回される奴を見るのは、どうしたって心が痛い」

 

アスランも、苦々し気に語る。それはキラのこともさしていた。スーパーコーディネーターなんていう埒外の生まれ方をして、真っ当な育ち方を何とか出来たキラはまだいい。世の中には、それで失敗作と断じられて捨てられるケースも多かった。

 

才能によって生き方が決められてしまうのは、おかしいのだと、遺伝子の存在を強く意識するアスランだからこそ、警戒しているのだ。

 

「——————————ただ、僕が言えるのは一つだけかな。ジグルドのアレは、遺伝ではないよ。少なくともね」

 

 

「—————————今は教えてくれそうにないな、まったく、姉弟揃って口が堅い。だが、俺が心配しなくても大丈夫なんだな? それだけは聞かせてくれ」

 

 

「————————ああ。大丈夫だよ」

 

 

キラは、その通りだと真心を込めてアスランにそう答えるのだった。

 

 

 

 





地球連邦側のマスコミ関係者は、色々考えているのです。

第五惑星は知りません

特ダネはその辺りにあるので、どうなるかな・・・


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~九州戦役~
第九話 連邦の信念






各地の疎開が開始された地域では、フラガ家の私兵に準じる使用人たちが市民の収容を急いでいた。

 

「落ち着いて!! 急がず、慌てず、落ち着いて進んでください!! 全員分の座席は用意してあります!!」

 

「押さないでッ! 落ち着いてください!!」

 

彼らも国民の苦境を知っている。だからこそ、大声で指示を飛ばし、監視の目を強める。その監視は彼らを疑うというものではない。むしろ、この大混雑ではぐれる者がいないか気が気ではない。

 

 

「——————ありがとうございます。このご恩は忘れません」

 

「陸路が埋まった以上、進退窮まったと思ったけど、本当にありがとう」

 

「おじさん、ありがとう!!」

 

座席へと進んでいく国民たち。その国民たちのありったけの荷物を管理するのも重要な役目だ。

 

「E-002349はこっちだ。違う違うっ、それはFF-23号の荷物だ! 船を間違えるな!! それとそれはこっちのままだっ! 時間は限られているが落ち着け! 戻りが致命傷になるぞ!! タグをよく見ろ!」

 

使用人たちはタグをしっかり確認することを互いに周知徹底する。こんなくだらないミスで大切なものを紛失してはならない。

 

「輸送艦50隻のうち、20隻が離陸準備整いました!!」

 

「よおし! 完了した輸送艦から、福岡空港の管制塔に従い、順次離陸させていくぞ!! 滑走路は必ず開けろよ!」

 

輸送艦は24時間フル稼働。向かう先は、東北、関東、中部地方。整備員も3交代による常時整備機能を維持している。

 

 

連邦軍人ではできないことをやる。命を繋ぐ戦いを行うと宣言したウェイブは、手持ちのコネを最大限使い、未来を繋いでいく。後に、ウェイブの決断は「命の箱舟」と各国から賞賛されることになるが、目の前のことで必死なウェイブはそれを知る由もない。

 

 

迅速かつ大規模な行動に出る連邦軍と民間組織。九州の避難は7月上旬で完了するとのことであり、予想されたペースを上回る勢いだ。

 

四国は既に海路にて、第二帝都に派遣されていた第七艦隊の主力を展開し、避難活動に従事している。

 

「船は必ず出します!! おちついて、おちついて!! 順番を守って進んでください!!」

 

とはいえ、古くから礼儀や慣習を重んじる日本国民はよく訓練されており、避難に応じる国民はスムーズに連邦軍専用の輸送船に搭乗していく。

 

「——————しかし、日本の国民のこのルールを守る意識のレベルはどうなんだ? 手間がなくていいのだが」

 

「彼らは本当に国民なのか。いや、手間がかからないからこちらとしては助かるのだが」

 

連邦軍第七艦隊の面々は、日本人に圧倒されていた。

 

 

マスコミも、帝国政府と連携し、行動に移している連邦軍を好意的に見ており、精悍な顔つきで国民の手を取って助けている連邦軍と帝国軍の姿を捉えていた。

 

その様子は、山百合女子訓練校でも同様だ。

 

和泉は避難活動で全面支援をしている連邦軍の動きを評価しつつ、九州戦域で二人だけなのは変わらないことに腹を立てている。

 

志摩子と安芸は、あのガルム中隊が京都防衛に参加する手筈となっており、顔見知りの彼らが戦場に出ることで頼もしさを覚えていた。

 

 

唯依は、もちろん連邦軍の参戦に喜んでいたが、輸送艦や第七艦隊による避難活動が進み、避難先でも連邦軍が物資食料を提供するなど、手厚い対応に感謝していた。

 

 

——————今は、一つの国が終わるか、それともその運命に抗うかの瀬戸際である。未来に関しては、まずは日本帝国とともに抗った後だ。

 

 

——————勤勉な帝国は、必ずや恩を返し、我々もその行動に報いる必要がある。

 

 

そして、初めて見るジグルドの———————母親。

 

女傑と言ってもいいオーラと、凛々しくも、女神の如き容姿をもつ“女帝”の姿に、世の男性は圧倒された。

 

ハイパージャンプ先の光年離れた場所にいる、連邦政府の最高権力者。

 

 

そして、ジグルドも持っていた、燃えるような美しい焔の瞳。あれは母親譲りであったのだと悟る。

 

 

——————ジグルドさんも、この夜空を見ているのかな

 

夜空を見上げると、連邦政府預かりの民間組織の輸送艦が嵐山上空を飛んでいた。

 

それも複数の機影が見えた。

 

 

こんな夜遅くも、いや、後がないからこそ彼らは動いているのだと気づく。そんな日夜努している民間組織に感謝し、彼のことを思う。

 

——————大丈夫、だよね。

 

 

——————絶対に守るさ。この都は、必ず、それに君達と戦場で会えたなら、必ず力になる

 

別れ際に遺した彼の言葉を思い出すたびに、胸が熱くなる。

 

 

そして、篁邸にすっかり入り浸っているジグルドたちもまた、夜空を見上げていた。

 

 

「——————なぁ、兄貴の予想だと、どれくらいなんだ」

 

 

「——————7月にはもうリミットだと思うな。帝国から頂いた資料、衛星写真から見た総数を鑑みれば、その辺りになると思う。気がかりなのは——————」

 

ジグルドにはキラの様なガンカメラはない。しかし、複数の資料を確認し、おおよその見当はついていた。

 

「台風が時期的に重なるということか。兵站に影響が出ないといいんだがなぁ」

 

 

「防衛戦において、兵站ほど大切なものはないよ。側面からの挟撃には警戒してもらわないと」

 

ヘリックとクロードは、一貫して台風のことを気にしていた。それに今年の気候は何か変だと現地住民の話を頂いている。

 

「そういえば、中佐殿と行っている設計図はどうよ? ダガーをベースにした新型機って話だが、間に合うのか?」

 

ヘリックがジグルドに尋ねる。ここ最近研究室で作業を行っていた新型モビルスーツ(戦術機)の進捗はこの防衛戦前で明らかになるのかと。

 

「まだ半分といったところかな…‥今回は機体の補給方法が大いにコストを圧迫していてね。長期戦闘を想定し、且つ高性能な機体を意識していたんだけど、なかなか難しいね」

 

肩をすくめるジグルド。彼とクロード、篁中佐と一部の人間しか知らない。諸外国の目は連邦軍の主力兵器に目が向いており、アプローチもない。

 

しかし、肝心の新型モビルスーツの開発にはコストが膨れ上がっており、ダガー5機分では話にならない。それもこれも、ジグルドと篁中佐がいいとこどりを狙っているからではあるが。

 

「プランBの対光線属種を想定した機体群については、コストが高すぎて頓挫しつつあるんだよねぇ。やはり、新型の核融合炉の動力部の小型化は急務だね」

 

クロードも、プランBの方の計画もなかなかうまくいかないと苦笑いである。

 

 

「——————俺の後輩たちがやばすぎるんですけど」

ヘリックは、通常の業務と並行して開発を行う後輩たちの能力に畏怖を覚えていた。未だにデスクワークが苦手過ぎるヘリックは、もう突っ込み切れないと匙を投げる。

 

 

「気にしないでくだせぇ、ヘリックさん。士官学校時代にロトを設計した鬼才っすよ。同期の中でもドン引きする奴らはいましたよ‥‥‥」

 

ヴィストンが、そういうことはいちいち考えない方がいいと先輩にアドバイスを送る。その他、リゼルのコスト低下にも一役買ったエピソードもあり、それらの外部功績が原因でいきなり中尉なんていう立場になったのではと、同期組は確信していた。

 

「一つ下の世代が凄いって、ずっと話題になっていたもんね、あの頃」

一つ年齢が上のアンリ・ドミネクスは、その頃から二人は有名だったよねぇ、と愚痴る。

 

「俺覚えてなーい、俺、自分のことで精いっぱいだったし‥‥‥訳分かんね…‥ほんと、訳分からんし、うちの世代レベル高すぎ…‥やばい目で見られる気持ちわかったけど、味わいたくなかったし…‥」

 

ジグルドたちと同期のウォルト・マーニュは、我関せず。しかし、周りをドン引きさせる彼ら二人を見て食らいつこうとして、結果的に自分もドン引きされる立場になり、知らない血縁者が増えたとぼやく。

 

「人事を尽くしていた、今も昔も、それだけなんだがなぁ」

 

苦笑いのジグルド。

 

「人事を尽くして天命を待つ、だっけ? いい言葉というか、東洋の神秘はいいな」

 

そして同期組でジグルドの背中を追い続けた一人でもあるゼト・シュバリエは、ジグルドの武骨なスタイルは悪くないと、東洋の諺を用いて肯定していた。

 

 

 

そんなやりとりをしていたジグルドたちブラヴォーチームは彼の研究室に入り浸るようになる。そして、隊員たちを巻き込んだジグルドは来たるべき決戦に想いを馳せる。

 

 

——————そんな中、多くの敵を屠り、彼らを最初に救えるのは、ヤマト中佐なんですよ

 

 

九州にいる上官に想いを託すジグルド。

 

 

 

1998年7月7日

 

そして九州防衛戦において、連邦軍から大命を受けた二人が九州防衛ラインにて大陸が見える方角の海を眺めていた。

 

九州の避難民は、どうにか間に合った。四国もこの分だと程なく完了するだろう。

 

 

気がかりなのは、国家強靭化計画があったとはいえ、渋滞が発生している中国地方。散発的なBETA襲来もあり、戦闘状態に入っているとの報告もある。記録的な台風4号の影響も重なり、戦場は酷い環境である。

 

 

「——————どうにか無理を言って、俺たち二人だけでも戦線には立つことが出来たが」

 

「うん。二機だけでは広すぎるね。連携は望めそうにないと思う」

 

アスランは、この防衛戦で人が死ぬことを悟っている。自分たちに出来るのは何を拾い、何を捨てるのかだ。

 

九州の避難民を含めた防衛を取るか、それとも痛手にならないよう撤退時は中四国を取るか。

 

台風七号の接近だけが不安要素だった。

 

「どう思う、キラ。台風の進路は、その勢力は——————」

 

アスランはキラのガンカメラに問いかける。彼の眼は万能だ。人の眼では見えない情報を抜き取れる。だから、彼には気候の変動すら読み取れるだろう。

 

 

あの時、例の煌武院屋敷押し入り騒動の時にはガンカメラを起動させていなかった。全てはキラのジョークである。本当は、小型艇に乗り込む前にガンカメラで瞬時に街の様子を観察していたのだ。だからこそ、建物の材質、人の行き来、密集場所、服装の至る所まで観察し、彼はあのポイントを正確に算出したのだ。

 

ガンカメラは、人智を超えた視野を宿主に与える。人類最高峰の頭脳を備えるキラは、その負荷に容易に耐えることができるのだ。

 

 

「——————まずいね。正確にはまだ言えないけど、7月の上陸時は防衛戦どころではないかもね。上陸日に当たらなければいいんだけど」

 

キラが危惧しているのは上陸日とBETA上陸が一緒になることだ。それでは大半の海洋部隊が近づくこともできないだろう。光線級のレーザーが減衰されるとしても、それは気休め程度だ。

 

悪天候、視界不良。その天災による兵站の損害。指揮系統の混乱。これらを総合的に鑑みると、あまり想像したくない、算出したくない未来がすでにキラの網膜には見えていた。

 

「—————悪いことが重なるな、もしそうなら—————」

 

「けど、ウェイブの判断がなければ、輸送艦による避難民の完全避難は出来なかったよ。あれは命綱だ。絶対に守ろう、アスラン」

 

既に四国九州は避難が完了しつつある。後は九州で粘り、中国地方に住む避難民の時間を確保するのが最優先の命題となる。

 

これがなければ、どれだけの犠牲者が出たことか。二人はまずはその点についての不安をしなくていいことになった。

 

「ああ。そのつもりだ」

 

決意を新たにする英雄二人。ここで無駄死にはさせない。ここで少しでも多くの命を救う。そう意気込んでいた。

 

「あ、あの」

 

そこへ、一人の斯衛軍兵士がやってきたのだ。まだ年若い、ジグルドと同年代あたりだろうか。

 

「うん? そろそろ作戦会議かな」

 

「は、はい! 司令部より召集がありましたので、ぜひお二人には同席してほしいとのことです」

 

年若い少年衛士は、アスランとキラを案内し、九州防衛司令部に足を運んだ。

 

 

「待っておりました。貴方方が陣営に加わったこと、心より感謝します」

帝国軍の司令官はキラとアスラン威助力してくれたことの感謝の言葉を述べる。

 

「連邦政府もけち臭く、こちらもすいません」

 

「聞けば、精鋭中の精鋭だとか。しかし、最前線は我らが。せっかく出来た、宇宙の友人を死なせでもすれば、将軍閣下に顔向けできませんので」

 

朗らかな会話が続く司令官とキラたち。物腰の低いアスランとキラの丁寧な口調に気を許した司令官と、他の将校たちも珍しさに彼らの機体について聞いてきたのだ。

 

機密以外のことは話した二人だが、そのことで輪が生まれた。

 

「ともに戦いましょう、異星の英雄殿。そして、第七艦隊の手厚いご支援、感謝の念を禁じ得ません」

 

「後ろを気にせず戦えるというのは、それだけで気が軽くなるものです。この地を守り切れずとも、死ぬのは我々だけですから」

 

司令官からの少し洒落にならない感謝の言葉を伝えられ、アスランはぎょっとするが、キラは自然体のままだ。

 

——————これほど絶望的な戦いだというのか、奴らとの戦いは

 

 

————————死なせるつもりはないよ。僕らが派遣された意味を考えて、アスラン

 

小声で発破をかけるキラ。アスランはやはり生真面目すぎるのか、その言葉を真に受けてしまいがちであり、そんな未来、絶対に防いで見せると意気込む結果となった。

 

 

そしてそれは、帝国軍、斯衛軍も同じだ。遥々遠い宇宙の友人と共に戦い、武勲をあげることも出来ず、情けない最期を迎えるつもりはないと、覚悟しているのだ。

 

 

並々ならぬ、不退転の決意で臨む九州守備隊。その気迫は嫌と言うほど伝わる。

 

 

そんな空気の中ダコスタ艦長は、作戦内容を確認していた。

 

「いいか。これは訓練ではない。我々の戦いはいかに多くの戦友を救うことだ。絶対に生きて帰るぞ、ホームへ。」

 

 

「悪天候の中、動ける船は我々ぐらいでしょう。艦長はどのように?」

 

部下の一人が台風の襲来に伴う戦線の混乱について尋ねる。

 

「最悪の場合、我々の突貫も覚悟しなければならない。部下たちには心の準備だけでもさせておくさ」

 

悪天候の中での出撃もあるかもしれない。ダコスタ艦長は、部下たちにそれも必要になるかもしれないと伝えていた。

 

 

 

怪物どもの襲来までわずかな時間が残されている九州沿岸部。配属されて間もない田上忠道少尉は、ランサーズ中隊の一員としてこの地で奮戦を実家より強いられていた。

 

無論彼もそのつもりなのだが、この悪天候が予期されている局面で、果たして自分はどれだけのことができるのか、迷いを抱えていた。

 

———————いけませんね。こんな面持ちでは。それでは和泉を戦場に誘うようなものです。

 

 

彼は、首に下げているペンダントを見て、ふっと笑っていた。今もきっと京都で訓練に励んでいるだろう。叶わぬ願いだとしても、彼女には訓練だけで終わってほしい。そんな甘い未来に縋りたくもあった。

 

「——————恋人か、少年」

 

すると、天幕より姿を現したアスランに呼び止められたのだ。慌ててペンダントを隠した忠道だが、

 

「いい。楽にしてくれても。恋人が、大切な人がいるというのは、それだけ生きる力が与えられることだ」

 

「アスランの言う通りだよ、少年。それは何一つ恥じることではないからね」

 

 

「その、私は————小官には田上忠道という名が—————」

少年と言われるのはいささか恥ずかしかったのか、忠道は自分の名を紹介する。

 

「そうか。なら生きて帰るぞ、田上少尉。まあ、最前線で暴れて帰るぐらいは出来そうだからな。少しは数を減らせるだろう」

 

 

「猪突猛進な近接武者よりも、僕のほうが射撃でパパっと落とせるんだけどね」

 

「仕方ないだろう。ジャスティスには兵装がそんなにないのだから————」

 

「冗談だよ。手が届くのはきっと、そっちが早い」

 

 

軽口を言い合う二人の英雄。歴戦猛者と聞くが、その雰囲気を感じ取れる。周囲は二人の登場まで張り詰めた空気の中にいた。だが、彼ら二人が来たことでそれは変わる。

 

—————何が何でも、たとえ無様であっても、私は貴女の下へ帰ります、和泉

 

ペンダントを固く握りしめ、忠道少年は活きて許嫁の下へと変える決意を強めた。

 

 

 

そして京都では———————

 

 

ジグルドは、予想された日が訪れてしまったことで、ミカエルに乗り込み、紅いリゼルの整備を万全な状態に施していた。その後、艦長に呼び出されてZディフェンサーへの内定も言い渡され、リゼルが追いつけなくなっていた事実を見抜かれ動揺もしていた。

 

だが、気がかりなのは

 

——————篁さん、君も行くのか、あの戦場に——————

 

休日の合間を縫って、彼女と話をする時間は多かった。今度は、彼女の友人と自分の友人も一緒で。

 

 

ゆえに、ディルムッドもジグルドが興味を引いた少女とその友人たちとコンタクトをとる機会はあった。

 

それは、技術交換において親しくなった篁祐唯中佐とジグルドの距離が縮まったことで、彼のもてなしを受け、彼の屋敷へと案内されたときのことだ。

 

ジグルドは終始硬いままではあったが、人を遠ざけるということはせず、ただ年頃の女学生と交流する機会が少なかったため、やや気後れしているだけだったのだ。

 

 

 

訓練校での短期間での学習という名の任務を終えた面々は、特に話し込んでいた女学生のグループ多と接触する機会があった。

 

「隊員の中でも、アンリは心配症で、ジグルドは堅物なんだよ」

 

「まるで、志摩子と唯依みたいだなぁ、わはは!!」

 

大げさに笑う小柄な少女、石見安芸とディルは早速意気投合した。今は現地を訪れていない隊員たちの赤裸々な話は、彼女らに刺激を与えた。

 

「いや、何事も軽挙妄動は出来ればするものではないと考えているだけだ。任務時間外とはいえ、俺たちは連邦圏外にいるんだぞ」

 

「それはそれ。これはこれだ。現地の人たちと交流することは、悪いことではないだろ、兄貴。開示可能な機密以外をしゃべれば、まずいけどな」

 

リラックスしているディルムッドと、まだ緊張をやや解いていないジグルド。ちなみにディルムッドは難なく正座を行い、ジグルドは正座が出来ない為、やはり椅子に座っている。

 

「そういやさぁ! ジークはいつ篁中佐の娘さんとどうやって出会ったんだよ! 数々の美女を見てきたが、あれは将来別嬪さんになるぞ!」

 

そこへ、ヘリックがどうやってそこのショートカットな美少女と出会ったんだと揶揄ってきたとき、ジグルドの表情が固まる。同時に、ショートカットの美少女と言われた篁唯依は顔を赤くしてヘリックから距離をとってしまう。

 

「え? 誉め言葉なのに、地味にショックだぁ」

 

「—————ヘリックさん。帝国の女性は慎み深いといわれているんだ。あまりにオープンでは、それなりの対応をされるのは当然だ」

 

 

「何々? そういうことか、なるほどぉ、釣り針はデカくしないといけないってことかぁ」

 

「——————なぜそちらに思考が誘導されるんだ…‥‥」

 

頭パリピなヘリックの物言いにジグルドは眉間に手を当ててしまう。

 

「そんな疲れた顔をするなよ、兄貴。せっかくのもてなしだ。楽しまないともったいないぜ」

 

異父弟でもあるディルムッドにも、さっきから堅いぞと突っ込まれるジグルド。しかし、羽目を外し過ぎるのは考えモノではないかと、その微妙なラインを模索するジグルド。

 

「———————ジグルドさんは、すっごい真面目な方なんですね」

 

志摩子は、そんなジグルドの軽薄ではない雰囲気に、興味を示しているようだった。まるで日本人と話しているみたいで、どうにも外見に違和感を覚えるばかりである。

 

そして、志摩子は先ほど感じていた考えを明確にした。

 

「ジグルドさんと、唯依は似ていると私も思うよ。だから、ジグルドさんも唯依も自然と話が合うんだと思う」

 

その時だった、志摩子はジグルドと唯依が似ているといったのだ。

 

「え? 俺は機械オタクで、明るい性格ではない男だ。むしろ、篁さんが話を合わせてくれているだけありがたい。あまり長く話をするタイプではないのでな」

 

謙遜の言葉しか出ないジグルド。固い、硬すぎるよ、兄貴、とディルムッドは頭を抱え、それがジークの良さでもマイナスでもあるんだよなぁ、とつぶやくヘリック。

 

 

「ううん。一つのことに向かって、真摯なところとか、周りを見ているところとか。寡黙気味だけど、人に気を遣うことができる優しい性格なところとか。ジグルドさんの良いところはたくさんあるよ」

 

笑顔でいろいろなことをぶちまける志摩子。純粋な笑みを向けてくれる存在は今までどこにいたのか。

 

「その、あまり褒めてくれるな、甲斐さん。それは母上の指導がよかっただけのこと。母の息子として生を受けたからには、しっかりしなければならないと。ただそれだけだよ」

 

母親のことは尊敬している。幼少の頃のバカな反抗期や思春期を良く面倒を見てくれたと思う。自分の道を切り開くため、母親から距離をとったのだ。だからこそ、無様な真似は出来ない。

 

 

————俺は、親父とは違う。

 

心中ではいつもその答えしかなかった。だから、母親が愛し、今なお純愛を貫いている彼には到底届かないと理解している。初恋が母親であることは生涯の秘密であり、今後もそれを誰かに話すことはない。だからこそ、その言葉を誰よりも強く理解している。

 

「まあまあ、堅物の言い訳を置いといて。普段唯依ちゃんとジークはどんな話をしているんだ? 休憩時間とか、真田教官の尻を追っかけるばかりじゃないだろうし」

 

「—————————」

微妙な目をするジグルド。しかし一同はそれを放置。唯依だけは、まさか男性同士で、と少し混乱していたが、彼の態度を見てすぐにそれが過ちであることに気づき、憐憫の表情を送る。

 

————————ジグルドさん、弄られてばかりだけれど、それだけ慕われているのかな

 

 

「うんと、戦術機の話とか、かな?」

安芸は、二人が話をするのは決まって戦術機の話題だったと証言する。

 

「うんうん、そうだった、そうだった! 戦術機でいろいろ語り合う二人があまりにも熱心で、お似合いだって、私も思うもん」

和泉は、唯依とジグルドの戦術機談議が様になっていることを議題に挙げた。

 

「特に、74式近接戦闘長刀の形状のバランスの良さについて、ジグルドさんが語っていたよね。ビーム重斬刀の形状に新たな設計思想を組み込めるかもしれないって」

 

 

「よ、よく覚えているね。石見さんは」

 

「え、えっと…‥‥」

 

二人してそわそわし始める唯依とジグルド。そんな様子に一同は思う。こういうところも息が合っているのかと。

 

しばらくすると、落ち着きを先に取り戻したジグルドが、コホン、と咳払いをして。

 

「いや、俺はあの刀がいいものだと思ったから、はっきりとした意見を出せたのだ。全ての部位を光学兵器への転用は難しいだろうが、あれはあれでいい。だが、いつか開発に着手してみたいとは思う。重心問題等は、かなり参考になったし、格闘戦に型を与える意味では、武器の特徴を引き出す良い設計だと思う」

 

「その際、私も協力させてくださいと———そ、それだけだよ! 私は他のことに対して意識をしていないから!」

 

一人だけ落ち着かれては困ると唯依が便乗するように話に参加する。いきなり割り込んできた彼女に驚くジグルドだが、なぜこんな行動をとったのかイマイチ理解していない。

 

 

何処までも機械オタクなジグルドと、頑なに他意はないと宣言する唯依。顔を赤くするのが唯依だけなのが残念だと一同は思う。

 

「こりゃあ、ジグルドさんのガードは固いなぁ」

 

安芸が残念そうに二人を見ていると、ディルムッドが朗らかに容赦のないあだ名を宣う。

 

「当たり前だ。堅物の異名をとる男だぞ、こいつは」

 

「————どんな異名だ、それは」

 

肩をすくめてジグルドはそう答えるしかなかった。好きで堅物と言われているわけではない。

 

「————けど、甲斐さんはよく見ているんだね、篁さんとジグルドさんを」

 

だがそこへ、クロードの奇襲攻撃が発動。思わぬ被弾を受けた目標はクロードの何食わぬ言葉に表情が崩れてしまう。

 

「え、えぇ!? うん、私、周りがよく見えるの! だって友達だもの!」

 

強く否定するが、気が動転しているのは明白だ。矛先が変わったことでほっとする唯依と、ジグルドは何がどういうことなのかまだ理解していない。この鈍感堅物男が。

 

「————ふふふ」

 

そんな志摩子の様子に笑みを浮かべるクロード。彼も時々は攻めの側に回りたいのだ。ゆえに、志摩子をターゲットに加えたのだ。

 

「———も、もう!」

 

 

それから、篁家直伝ともいわれる肉じゃがを食し、それぞれの家、屋敷へと帰路に就く一同。ジグルドは、話についていけない時もあったが、有意義な時間だったのだろうと感じていた。

 

—————悪くはなかった。ああいう空気も。

 

そんな日常があった。すぐにでも壊されてしまう儚い日々が。

 

 

出撃許可を待つ一同から外れた場所で、ジグルドは悩み続けていた。

 

 

 

「何をやっているんだ、俺は…‥‥‥」

 

 

 

 

 

 





原作では無敵のコンビだったキラとアスランが九州に。

新生されたジャスティスは、そこまで原作と性能がかけ離れてはいませんが、アスランの譲れない想いが、機体の設計思想に組み込まれています。


そして田上少年が登場。原作ゲームの口調を見よう真似です。果たして彼は生き残れるのか。


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第十話 自由と正義と

1998年7月7日 夜 九州防衛ライン

 

 

ついにその日は訪れた。

 

 

『コード991発生! 繰り返す! コード991発生!!』

 

『現在対馬海峡にて多数のBETAを確認。後続規模不明!! 計測限界を超えています!!』

 

日本海を哨戒中の艦隊がついにBETAと接敵。無数の軍団を形成し、九州に進路を取っているようだ。

 

「「!!」」

 

「!!」

 

キラとアスランが同時に立ち上がり、慌てて田上少尉も立ち上がる。ついに戦術機の出番だと二人は悟る。

 

「—————どうした、田上少尉。作戦開始だ」

 

「この天候では————まともに海軍は————まずいです、これでは陸上部隊が展開できるかどうか————」

 

 

それを聞いたアスランとキラは悟る。このままではまともな態勢を取れることなく、BETAの波に飲み込まれると。

 

 

————仕方ない

 

「アスランは九州防衛を引き続きお願い。僕の方は対馬で粘ってみる」

キラは、台風が去るまでは自分が進軍を遅らせると提案したのだ。

 

「ば、バカ野郎!! 相手は無数の計測値を超えた集団だぞ。いくらストライクフリーダムと言えど————」

 

 

「そのための広域殲滅型だよ。僕とストライクフリーダムは、瞬きのうちに100は殺せる」

それは純然たる事実だった。キラの力ならそれぐらいはできるだろう。

 

しかし、と尚も食い下がろうとするアスランを手で制するキラ。

 

「—————今は拾えるものを拾おう、アスラン。その為の僕らの派遣なのだから」

 

 

ついに、戦場の掌握者が動く。四将軍最強の実力を見せつける時が来た。

 

 

その報告は九州司令部にも届く。

 

「田上少尉!? これはどういうことだ?!」

 

司令官はキラ・ヤマトが暴風空域の中の先行出撃を聞き、信じられないといった様子だった。

 

「キラ・ヤマト中佐は暴風が過ぎ去るまで、対馬海峡を越えて侵攻するBETA軍の遅滞を敢行します。独立行動権を与えられているとはいえ、申し訳ない。いきなり足並みを乱すことになってしまい…‥」

 

アスランは能面な表情で改めて説明する。しかし司令官として、それは最善手の一つだ。この嵐の中ではまともに軍が機能しない。

 

九州司令部も、それは理解している。だからこそ、その予測に対し次の一手をとったキラを責める気にはなれない。むしろ、彼の一手こそが犠牲者の数を左右するかもしれないのだ。

 

「————嬲り殺しになるよりはましか————中国地方の避難の状況は!?」

 

そして懸案の避難民の状況はどうなっているのかを尋ねる。あれだけ輸送艦を配備したのだ。その結果があまりにも芳しくなければ絶望的だ。

 

「まだ完了しておりません!! 東海地方から発生している空前の大渋滞の影響で、陸路の交通網がマヒしつつあります!! 現在、手の空いた輸送艦が急行している状況です!!」

 

陸路における避難の交通整備は崩壊しかけている。何とかバックアップに回るフラガ家ではあったが、九州、四国のような落ち着いた状況ではない。何しろ本格的な侵攻が始まっており、九州がどれだけ粘れるか、どれだけ九州でBETAを削れるかだ。

 

「狭間少将!! 中国地方に一部のBETAが侵攻中!! 一部兵站が破壊され、島根は既にだめです!! 状況混乱! 連絡がつきません!」

 

最悪のシナリオがいきなりできてしまった。恐れていた中国地方の防衛網を強襲されるという事態。アスランはその瞬間ガルム中隊の繰り上げを真っ先に考えた。

 

現在四国から第二帝都への避難民の回収がほぼ完了し、引き揚げつつある第七艦隊の一部を動かすことも視野に入れるが、状況は待ったなしだ。今からでは間に合わない。

 

「!!!」

田上少尉は顔を青くした。側面からの不意打ちを食らったのだ。大軍ではなかったから幾分ましだが、これで兵站が瓦解すれば、帝都防衛どころではなくなる。

 

————くそっ、ここで今動くわけには、

 

アスランはキラが時間を稼いで守り通す手筈の九州を見捨てることはできない。局地戦闘を強いられる彼にはここを去る選択肢が存在しない。

 

 

—————頼む、キラ。早く暴風雨とともに帰還してくれ

 

単独での戦闘能力だけでは、もはやどうにもできない規模。歴戦の猛者でも、生き残ることは出来ても、守り切れないかもしれない。

 

 

 

その報せは、京都に居を構える将軍家にも知らされた。

 

「九州がすでに戦闘区域に。そして、臣民はすでに避難先に送り届けられたということですね」

 

「ええ。光線級のレーザーが減衰していたことが不幸中の幸いでした。これより中国地方へ進路をとり、疎開幇助を行うようです」

 

ウェイブ・フラガは即席の司令基地を構築し、避難活動を仕切っていた。いざという時は、その近くに鎮座している愛機とともに京都を守る覚悟だ。

 

 

「—————其方も、戦場に出るのですか? 課せられた役目は、救助だけのはず。戦士ではない其方が—————」

悠陽が心配そうな表情でウェイブを気遣う。

 

「これでも、オーブの影の軍神に鍛えられた身です。避難の時間を稼ぐことぐらいは出来ますよ」

ニッと笑うウェイブ。そんな御曹司の姿に、

 

「おいおい、浮気はいかんですぜ、大将!」

 

「そうですぜ! 前線にいる友人にも言えますか、それ!」

 

「失敬な! 俺のアタックする相手は一人だけだぞ!」

 

愉快な仲間たちの軽口が飛び交う。彼らもまた、京都で戦っている。錯綜する情報に左右されず、広域データリンクを利用し、気象情報に合わせた最短ルートを指定する。

 

「———————」

恭子は、そんな真剣な予断の許さない状況下で、自分の役目を果たすウェイブに心強さを感じていた。

 

 

————戦うことだけではなく、守る為の戦い。それを真剣に行える貴方は素晴らしいと、

 

こんな人に一目惚れされるほど、自分は高尚な人間ではないというのに。

 

————貴方のお声に応えられないこの身が、恨めしい限りです

 

 

「—————それに、キラさんが対馬で頑張っている。あの人の砲打撃戦闘は、世界最高だ。絶対に負けたりするものか」

 

 

信じている。最強が多くの人間の命を、未来を救うと。

 

 

 

対馬に急行したキラ・ヤマトが見たのは、対馬を覆いつくさんとばかりに迫るBETAの大群であった。

 

「こんな、これほどの物量!」

 

 

荒れ狂う大海原の下には、やはり奴らの影が見え隠れする。むしろ、ガンカメラを備える彼はその先が見通せてしまう。海底を埋め尽くする奴らの大群を見て、キラは自分の判断が間違いではなかったと確信する。

 

その時警報が鳴る。それは光線級の初期照射である。それを難なく躱すキラだったが、無数の光の束がキラの乗るストライクフリーダムに襲い掛かる。

 

 

「くっ!! しつこい!!」

 

ハイマットフルバースト状態に形態変化したフリーダムの高速砲打撃戦闘がさく裂する。

 

同時にすべての誘導兵器スーパードラグーンを展開。初回から全力だ。

 

「マルチロックオンでどこまで削れるか分からないけど!」

 

 

モニター上で次々と個体群の中心部をロックオンしていくキラ。端数をロックオンしても意味がないと判断したキラは、座標を設定し、着弾による爆風で蹴飛ばすつもりなのだ。

 

 

しかし、尚もレーザーの嵐が襲い掛かる。それをビームシールドで防ぎつつ、ロックオンを完了させる。

 

 

「いっけぇぇぇぇぇ!!!!」

 

 

ストライクフリーダムより放たれる無数の光。それが辺り一面を広範囲に照らして見せたのだ。ストライクフリーダムの同時攻撃。それはレーザーが飛び交う間も続く。

 

 

「くそっ、相打ち覚悟なのか!!」

 

回避しきれない攻撃をシールドで防ぎつつ、キラは砲撃を続ける。ここで自分が倒れれば、まともに迎撃行動のとれない九州が嬲り殺しにされる。

 

アスランのライトニングジャスティスでは生存は可能でも防衛は出来ない。

 

ここで自分が踏ん張る時なのだ。

 

 

そしてキラは最優先目標を光線属種とし、次点で要塞級とした。その目論見は正しく、残存する海軍、陸軍でも対処が比較的容易な個体群の撃破に集中することが出来た。

 

 

そして、キラの初回からの全力砲撃は功を奏した。

 

 

一瞬にして100を超えるBETA群が灰塵と化すファンタジーな光景が断続的に続くのだ。今の今まで苦汁をなめてきた相手が一方的に殺戮されていく光景は、否応なく彼らの士気を向上させた。

 

 

BETA戦闘におけるハイスコアに迫る戦績は、凄いものだと言えるだろう。しかしそれでは足りない。

 

戦績を残しても、守れなければ意味はない。尚も後続の集団が対馬に襲い掛かる。

 

 

「こい、化け物ども!! 僕たちの壁はそう簡単ではないぞ!!」

 

本土襲来の前哨戦というべきなのか。対馬へと殺到するBETA群を相手に孤独な戦いを強いられるキラ。しかし、そんなことで彼が負けることなどありえない。

 

戦場の掌握者は、抵抗を止めない。仮にその戦場が掌握することすらできない地獄であっても。

 

 

 

その様子を見ていた日本帝国海軍は、異星人のたたき出す戦闘行動に驚愕する。

 

 

「この悪天候の中であれほど動ける戦術機が—————」

 

山口提督は信じられないものを見て、興奮を隠し切れない。あれほど頼もしい味方が帝国の為に力を貸してくれている。当初はたった2機で何が出来るのかと頭を抱えていたものだが、それは大きな過ちだったようだ。

 

—————これが、連邦随一の衛士、戦場の掌握者、キラ・ヤマト中佐か。

 

だが、そんな彼でさえ、BETAの全てを叩けない絶望感が戦場に蔓延し始める。対馬に殺到するBETA群を捌きながら、対馬にて展開していた海軍の撤退を支援しているのだ。一人で無謀ともいえるBETAの大群を相手にしつつ。

 

それも光線属種多数の高度制限下の中で、完全飛翔によるレーザー回避をしながら。そして今の今まで一発の被弾もない。

 

だが、戦術機軌道では素人の山口艦長でもわかる。あれほどGによる負担の大きい戦闘スタイル。あれを長時間行うことはかなりのリスクがあることも。

 

 

そんな超絶高速機動を維持しながらの砲撃戦闘は、キラにとってもリスクでしかない。

 

 

このまま彼一人に重荷を、覚悟を、命を背負わせるわけにはいかない。一人の軍人として、一人の男として、死力を尽くす彼に恥じぬ戦いをしなければならない。

 

乗組員たちも奮い立っていた。彼だけに背負わせるわけにはいかないと。

 

「この国の未来は我々が守る。彼だけに負担をかけさせるな!! 砲打撃戦用意!!!」

 

 

「これより我が艦隊は直接打撃による対BETA戦闘を行う!! 総員奮起せよ!! 暴風を耐えれば外海より援軍は来る!! ここが正念場だ!!」

 

 

キラの乗るフリーダムが戦意を向上させ、帝国海軍も奮起。対馬に殺到するBETAを撃滅し、第一波を完全に殲滅することに成功する。

 

その報せは帝都にも届き、経済の中心である東京にも行き届いていた。

 

 

~第二帝都・東京 首相官邸地下 危機管理センター ~

 

 

「そうか、何とか第一陣は収まったか…‥‥」

 

その報せを聞き、深く息を吐いたのは瀧元官房長官。悪天候により、台風とBETAが横並びで進軍する恐ろしい現実の前に、九州は待ったなしの状態だった。しかし、地球連邦軍4将軍筆頭、キラ・ヤマト中佐による単独での対馬防衛戦で多くのBETA群を狩り尽くし、予定されていた第一陣を、九州陥落に到達する前に迎撃するという離れ業を実現した。

 

 

それは、今の帝国にとっては大きすぎる猶予だったのだ。

 

この悪天候という天の差配で多額の税金を投入した国防計画が泡のように弾ける現実が迫っていたが、たった一人の男の介入によりそれが回避されたことで官僚たちも胸をなでおろしているようだ。

 

—————肝心なのはこの猶予をどう使うかだろうに

 

 

「これで、何とか最悪のシナリオは回避できたな。ひとまずは」

 

アポイントを取って彼と会合をしているのは、与党の一議員である佐埜康成である。滝元とは知らぬ仲ではない。

 

「ああ。だが、中国地方における兵站の一部崩壊は見過ごせない。BETAが戦術を変えて中国地方への襲来を本格化すれば、九州、対馬の奮闘もすべて無駄になる。四国よりも帝都が戦場になる方が早くなるやもしれん。それだけは回避せねば」

 

予断は許されない。九州の初期対応は彼のおかげで最悪にならずに済んだが、中国地方で思わぬマイナスが出来てしまった。これでもし先に中国地方の防衛戦が陥落すれば、南西に展開する防衛網が挟み撃ちになるのだ。

 

「在日米軍の方は、一応はまだ仲間として戦っているが、この分だと戦術核を使われるというリスクも、ないのではないか?」

 

 

「連邦政府の出方を窺っていると、とみていいかと。彼の国も彼らの力をお手並み拝見といったところか。驚愕しているだろうな、この思わぬ戦果は」

 

滝元経由でも、アメリカの動揺は伝えられていた。彼らは当初2機だけで何が出来るのかと帝国同様に連邦の派遣に懐疑的だった。しかしふたを開けてみれば対馬での第一陣の殲滅。

 

—————ファンタジーが地獄に顕現した。

 

その報告はアメリカ本国にも届いているだろう。

 

「だが、第二陣、第三陣も当然予想されている。そちらはどうなっているんだ?」

 

 

「いや、観測班からの情報では、予想された襲来物量を大きく超えているとのことだ。何が想定外だ、馬鹿者が。奴ら相手に想定内という言葉があるというなら教えてほしいものだッ!」

 

 

そして断続的な九州への襲来が起き始め、キラとアスランは九州に封じ込められてしまう。

 

 

 

後に、九州を見捨てる判断が出来なかったことが、中国地方での惨劇の要因につながることを、今はまだ誰も知らない。

 

目の前の命を救う。その言葉は綺麗だが、二人は理解しきれなかったのだ。

 

なにも戦場だけが、1人を救うよりも、その時間の間に失われる人数の方が多いというわけではなく、

 

 

蹂躙を許した大地が、取り残された民草がどうなるのかを、思い知ることになる。

 

 

 

 

 

帝国が予期していた第二陣,第三陣がほぼ同時に襲来。キラたちは絶望的な物量を投入する敵と戦い続けるしかなかった。

 

その戦いの最中、彼らとの連絡が途絶。原因は台風と重金属雲による電波障害か。

 

しかし、奮戦を続ける日本海側に展開した海軍と、単独出撃を試みたキラからの連絡が途絶えたことは、少なくない動揺を帝国軍に与えることとなった。

 

 

さらにそんな状況下で、第四陣と第三陣の生き残りが合流し、とてつもない物量の群勢が対馬を襲来している、というところまでは聞き取れたが、それ以降の報告がないのだ。

 

 

 

 

「—————暴風の恐れはなくなったか。だが、対馬海峡の海軍と連絡がつかないぞ」

 

「—————くそっ、第一陣は防げても、複数は厳しいか」

 

「もしや、あの艦隊と連邦の機体が——————」

 

 

 

その時だった、対馬で孤軍奮闘していたキラ、対馬海峡に配置された艦隊が撤退したとの報告を受けた。

 

「すまない。第四陣以降は阻止できなかった。こちらの砲弾は完全に尽きた、三日間の全力戦闘で、青き翼のパイロットも、疲労困憊だ。後は任せる」

 

第二陣、第三陣の大半の撃破に成功。これだけでもキラの名声は天井知らずではあったが、パイロットは既に疲労困憊。彼とともに果敢に砲撃を行っていた艦隊は砲弾が完全に消失。損耗こそ中破以下に抑えられたが、それでも激戦であったことに間違いはない。

 

彼らの想定外は、第四陣と、鉄源ハイヴ以外から侵攻するさらなる増援だ。つまり、予期されていた鉄源ハイヴ以外からの物量は、予測されていなかった。

 

 

大戦果ではあった。しかし、彼らは勝利することが出来なかった。

 

 

なお、その間に暴風域は防衛拠点外へと移動し、九州、中四国兵站は復旧を開始。しかし—————

 

キラ・ヤマトが三日間で第三陣までの計測限界を超えるBETA群を打倒しても、さらなる増援が帝国本土に侵攻。未だに尽きない彼らの物量の脅威は、連邦政府に衝撃を与えた。

 

 

 

 

連邦政府は、BETAの存在を甘く見ていたのだ。すぐさまキラは母艦に収容され、集中治療室に搬送となる。長時間、Gの負荷を受け続てけており、体に強い負担がかかっていたのだ。

 

 

勿論、かかりつけの医者であるドクターハサンはストップをかける。ハサンはキラが少年の頃から戦う姿を見てきた。かつてと同じ危険な兆候だと警告をする。

 

 

「すぐにでも出たいけど、それが厳しいのはわかります。しかし、僕はもう一度戦場に出なければなりません」

 

断固として首を横に振らないキラ。最終的にハサンは折れ、出撃後のインターバルを長くすることで妥協するのだった。

 

アスラン・ザラ中佐は前線の位置に陣取り、対BETAの先陣を切る覚悟を決めている。親友が稼いだ時間を、次につなげるために、彼は必ずこのバトンを自分ではない誰かに託すつもりだ。

 

——————本土防衛は避けられない。だが、少しでも負担を軽くしたい。

 

 

 

 

その海岸線での激戦は、かつての元寇を彷彿とさせるものとなった。自らの故国を守るために、多くの武士が結集した。その時の相手はアジアを当時席捲していた元ではあったが、今まさに帝国を飲み込もうとしているのは、人類滅亡を招きかねない怨敵。

 

 

 

これが初陣となる田上忠道は、斯衛軍第22機動中隊、通称ランサーズ中隊に編入され、眼前に迫ってくるであろう怪物たちを待ち構えていた。

 

 

「———————————————————」

 

静かに、慌てず、そして絶望せず。彼は静かに戦場に立っていた。先に出撃し、大戦果を残している彼が生きている報せを聞き、次は自分たちが奮起する番だと。

 

「新入り。いい感じじゃないか。これは頼りになりそうだな」

 

新しく同僚となった彼らは、新人兵士の自分を温かく迎えてくれた。だが、自分に求められていることは大きいことを知る。

 

「今浮足立ったところで、奴らは必ずここに来るでしょう。私の譲れないもの、私が身命を賭して守るべきものが、東にはあるのです。臆しても、折れることは出来ません」

 

彼とエレメントを汲むことになった中年の男性は、田上少尉の言葉を聞き、笑みを浮かべる。大陸での戦闘が激化し、損耗の被害だけが増す中、男の数が少なくなり、彼とともに衛士訓練校を卒業した者はいなくなった。

 

彼が卒業し、初陣を果たした瞬間に5人が死んだ。絶望的な大陸での戦闘を繰り返しながら、自分だけが生き残ってきた。

 

「なるほど、一理あるな」

 

だからこそ、中々骨のある若者、しかも男がやってきたことで、少し懐かしい気分となっていた。

 

そんな大崎という男、戦場での生還率とキルスコアを評価され、大尉にまで昇進した現場からの叩き上げである。ゆえに、田上の気概を見て、昔そういうやつが中隊や周りの部隊にはいたなと懐かしく思う。

 

 

「大崎のおじさまは、久方ぶりの新入り君にご執心かな? まあ、すっかり紅一点ならぬ、ほぼ黒一点だったものねぇ」

 

大崎と呼ばれた中年の男性に軽口を言うのは、中隊長を務める女性。譜代武家の当主らしい。

 

昔、まだ帝国軍所属だったランサーズの腕章も、相次ぐ激戦に次ぐ激戦で彼を残して全滅。そんな彼と一人だけの部隊になったランサーズを拾ったのは、彼女の父親だった。

 

彼は物理的に一匹狼となった天涯孤独の身の大崎を迎え入れ、ランサーズという部隊名も預かったのだ。ゆえに、幼少の頃から目の前の女性と大崎は親しい間柄である。

 

 

「——————あの、僕も一応男性なんですけど‥‥‥」

 

大人し気で眼鏡をかけた少年、吉田輝孝少尉は、新入りと大崎大尉の陰に隠れていることを気にしているのか、思わず声を出す。

 

「大丈夫、大丈夫! 吉田少尉のことも忘れてないって! 中隊一のしっかり者の貴方を忘れるなんてありえないわ」

 

「そうそう! 大まかなことは私たちに任せて、詰めの所はしっかり任せているよ、少尉♪」

 

中隊12機のうち、男性は田上少尉、大崎大尉、吉田少尉を入れて3人。後はすべて女性である。大崎大尉がまだ着任したころは、ランサーズ大隊と呼ばれる程に規模が大きく、衛士はすべて男性だった。

 

世界的に男性の数が減少しているのだ。軍隊の世界の中でも、女性が前に出なければならない事態はどこも同じである。

 

 

 

 

そして今、彼女らは目の前で伝説を目撃している。キラ・ヤマトのフリーダムを。そして、これから先その彼と同等の実力を備えるアスランの伝説を見ることになるだろう。

 

 

キラ・ヤマトとアスラン・ザラという異星の勇者がもぎ取ったバトンを、自分たちの番で失わせるわけにはいかない。自分たちで、絶やすわけにはいかないのだ。

 

 

 

 

 

そして、地獄がやってきた—————————————————

 

 

「兵器使用自由!! 怪物どもに、帝国の礼儀を教えてやりなさい!!」

 

 

目の前には海上から頭を出す大群。突撃級は猛スピードで上陸を目指し、殺到してくる。面という面が彼らに覆われ、まるで逃げ場などないと言わんばかりに見渡す海を覆い尽くしている。

 

だからこそ、面制圧に優れた支援砲撃が限りなく有効となる。

 

 

降り注ぐ鉄の雨、嵐、暴風。着弾、現着と共に爆発を引き起こし、周辺にいた怪物たちがミンチ同然の存在へとなり下がる。光線属種からの迎撃行動が見られず、レーザークラフトも確認できない。

 

「迎撃率0%。光線属種の存在、確認できません!!」

 

 

「レーザークラフトの兆候も見られません! 馬鹿な、対馬ではあれほど大量の照射があったにもかかわらず…‥‥観測班、もう一度よく確認しろ!!」

 

 

CPがもう一度状況確認を催促する。しかし、依然として迎撃率は0%であり、BETAはまともな対応をすることが出来ずにいた。当然のことながら、その弾幕の嵐に巻き込まれ、骸の数だけを増やし、福岡沿岸を鮮血で染めていく。

 

「反応在りません!! 光線属種の存在みられず!! まさか、まさかあの時に…‥ッ」

 

 

 

 

つまり、そういうことだ。

 

 

 

そうなのだ、あいつはやりやがったのだ。

 

 

 

 

 

「——————あの暴風雨の中、優先的に光線属種だけを撃破し続けたのか!? あの大群で、万を超えるキルスコアを達成した中で‥‥‥何という衛士だ‥‥‥」

 

 

「モラトリアムを掴み取った蒼き翼の英雄‥‥‥なんて奴だ」

 

 

さらに、先陣を切るライトニングジャスティスは高高度からの射撃で残りの光線属種を一手に引き受けていることも大きい。

 

 

福岡沿岸のはるか先にて彼は一人、親友が食べきれなかった光線属種の後始末に向かっていた。

 

 

ライトニングジャスティスは、確かにフリーダムに比べて広域殲滅能力は乏しい。それは絶対的な事実であり、アスランも認めているところだ。

 

 

キラがその性能を求めたのに対し、アスランが新たな正義に求めたのは、“全領域”だ。

 

 

雷鳴を携え、新たなる正義は“海中”へと飛び込んだ。赤い影が通り過ぎれば、BETAの存在は瞬く間に骸へと変わっていく。

 

 

ライトニングジャスティスの最たる性能は、特筆すべき近接格闘能力だけではない。

 

 

「悪いが、押し通らせてもらうぞ!!」 

 

 

どの戦場においても先陣を切り、あらゆる環境でその力を示す存在。それが、新たなる雷光の正義。

 

 

 

その人馬一体の如く思うがまま操れる、ジャスティスの背部に装備しているフライトユニットは、ついに水の中で我が意を得てしまった。

 

さらに、新型推進システム「ヴァワチュール・ルミエール」にも改良が施され、その推進システムを武器としても利用できるのだ。

 

雷光を携えた正義の懐に入る前に、全ての敵は切り刻まれていく。ちょうど今、この瞬間のように。

 

 

フライトユニットに取り付こうとした要撃級が、緑色のリング状の円環に触れると同時に、スライスされていったのだ。モース硬度ですさまじい数値を誇る両腕部も、綺麗に切断されていく。

 

 

あのフライトユニットに触れた瞬間、周りの怪物どもはサイコロステーキのように沈黙していくのだ。

 

 

ファトゥム11の性能は、水中の中でも全く劣らない。むしろ、この状況下において限りなく有効な兵種と化していた。そのサポートユニットの性能は、あのムラサメの機動力を大きく上回る。

 

 

そんなチートもほどほどにしろよと言いたくなるフライトユニットは、目の前で舞を見せる雷光正義とともに蹂躙を断行する。

 

ファトゥムのレールガンが前面の道を作り、瞬く間にジャスティスが押し通る。水中の中で展開できないビームサーベルに代わり、サポートユニットに収納されていたビーム重斬刀を両手に備え、隠し刃となる脚部ビームクロー。

 

回し蹴りで要撃級らの首があらぬ方向へと飛んでいく。水中というある制限された状況下で、突撃級の突撃を容易に跳躍して回避し、足場とする。

 

その度に、正義の周りに光が溢れる。その光は敵に対する刃となり、時には正義を助けるスラスターに変化する。

 

海の中で舞の如く、そしてその苛烈さは全く失わずに、ジャスティスは一方的な蹂躙を続けている。

 

 

「俺はキラと違って加減が出来ないからな。生きて帰ると思うなよ?」

 

ついにアスランは、大軍の最後尾にまで進出し、機動力の遅い光線属種、要塞級の戦闘海域にまで進出していた。座学でジグルドから教わった特に脅威となる存在。あのキラが先に潰しておきたいとつぶやいていたほど厄介な怨敵。

 

 

「その鞭のようにしなる攻撃は、多角的な攻撃、反応速度を誇るが——————」

 

しかし、距離をとればその攻撃は当たらない。その攻撃範囲の外ならば、一転して無力な存在となる。

 

 

 

「———————海中ではビーム以上に減衰しているようだな、そちらの代物は」

 

光線属種がジャスティスに照射を開始するが、その威力は水中で限りなく減衰されてしまい、届くことはない。重光線属種ならば、海面を突き破ることがある程度の深度ならば可能だろうが、まだ周辺のハイヴは欧州よりも幼いため、彼らの存在は作れない。

 

 

そんなことを知る由もないアスランは、確実に距離を取り、ファトゥムの射撃兵装で目に見える要塞級を殲滅し、ほぼ無力化された光線属種を殲滅することに成功していたのだ。

 

「——————残る奴らの種別は、戦車級、要撃級、突撃級、その他小型種か…‥」

 

 

全身が文字通り凶器と化し、水中という機動力を制限された場所であっても、全身に新型スラスターを内蔵した正義の前では、でくの坊と変わりなかったのだ。

 

 

 




ZGMF-X-09A ライトニングジャスティス

全長 19m 

重量 70.7t

装甲強度:原作と同様 

武装 原作と相違あり

・ビームキャリーシールド改 

ビームブーメラン、ワイヤーアクションがオミットされており、ゲイツの流れを汲んだビームクローが内蔵されている。これはアンカーとして射出することも可能なため、トリッキーな兵装となっている。

・ビーム重斬刀 

腰部にマウントしてあったビームサーベルをオミットし、水中でも戦闘可能な実体剣、高出力ビーム発生装置を内蔵した近接武器。ツインカリバー形状と、連結して使用するダブルカリバー形状を選択可能。

オミットされたビームサーベルの収納先は、両肩部へと変更されている。


・新システム フルセイバーフォーム 

ジャスティスの各部位に内蔵している推進システムと、機体出力を通常の3倍にはね上げる強化状態。と説明しているが、単なるリミッター解除である。 

アスランが考案した新システムは当初、水中での戦闘での即応性を求めたのが契機だった。しかし、開発と同時に水中以外の大気圏、宇宙空間での戦闘の場合、通常のMSを遥かに凌駕する即応性を発揮することが判明。

あらゆるMS相手に「速さが足りない」と宣言できる攻撃速度を実現した。

全身がほぼ凶器と化しており、フルセイバーフォーム状態では全身から光刃が発生し、ジャスティスの周囲は斬撃の嵐となる。

なお、フルセイバーフォームの機体即応性、瞬間加速はフリーダムのそれを遥かに凌駕しており、絶対に近接格闘戦を挑んではいけない最強最高の機体である。

キラ・ヤマトはガンカメラの演算予測で、それに対処可能となっているが、やはりフリーダムでは近接格闘戦においてかなり分が悪いと彼も証言している。

量産機であるリゼルに搭乗し、被弾なしで制限時間内まで生き残ったジグルドが現れるまで、模擬戦で相手にしたくない相手ナンバーワンだった。ジグルド本人は「もう二度と模擬戦相手として遭遇したくない」と述べている。


・ファトゥム11

サポート兵器だが、こちらも前進凶器で新型推進システムを採用。レールガンあり、ビームありと、重火力と、機動性、斬撃能力、突貫能力のあらゆる性能を兼ね備えたバグ兵器。


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第十一話 痛みの先に(前編)


祝! マブラヴオルタ1話放送!


まさかあの人にスポットがあてられるとは。

TDA、そして今放送されているアニメでも必ず出番のある彼女ですね。


北陸の戦いは、この年代の二次創作では避けては通れない


多くの光線属種を狩り尽くしたアスランの奮闘を知る帝国軍、斯衛軍は有利な戦いを続けていた。

 

絶望的な戦力差であるにもかかわらず、連邦の英傑が駆るフリーダム、ジャスティスの獅子奮迅の活躍により、彼らの損耗率は限りなく抑えられていたのだ。 

 

陸軍の支援砲撃を任務とする機甲部隊は、迎撃率がゼロの戦場を経験したことがなかった。 

 

「ううむ、重金属雲が思ったよりも発生していないな。」

 

とある戦車の曹長が愚痴る。もしこれで光線属種が現れたらと思うと、不安に思っているのだろう。

 

「しかし、奴らを先に英雄殿が叩いてくれているおかげで、損耗は大分抑えられている。まさかの九州が防衛に成功できる希望も、あるかもしれない」 

 

「やってやる!! やってやるぞ!! 面で砲撃するんだ!! 面だ! 面で叩くんだ!!」

 

機甲部隊の士気は高い。ある意味気持ちよく自分たちの仕事が光線属種に邪魔をされていないのだ。サブプランは達成できそうにないが、メインプランに支障があるどころではなく、順調そのものである。

 

突撃級の攻撃もこの機甲部隊の勇戦により、前進を阻まれ続けており、戦術機動部隊による空からの蹂躙が迫る。

 

「英雄たちがくれたこの絶対的有利!! 絶対に無駄にするな!! ランサーズ、続けッ!!」

 

了解ッ!!!!

 

忠道が所属する中隊は確実に敵総数を叩いており、スコアも恐らく今までのそれを更新するだろう。レーザーの心配がない戦域という極めて幸運な戦場であることも作用しているためだ。 

 

「確実に敵を撃破する。突出するなよ、ランサー5、7」

 

「了解、新人はまず生還することを前提に動きます。ひよっこである自覚はあるので」

 

「新人の田上ちゃんはわかるけど、なんでウチまでぇぇぇぇ!!! ひどいで、大尉!」

 

突撃前衛気味であるランサー7は、大崎大尉に事前注意を受けて憤慨する。

 

「前に暴れまわって片腕をポシャったのは忘れないぞ。お前はもう少し、刀の使い方を知るべきだ」

 

そんな指南をしつつ、突出しそうになっていた別のメンバーのフォローに入る大崎大尉。囲まれて各個撃破される同僚の姿は嫌と言うほど目にしてきた。 

 

「総員傾注! 鶴翼の陣を敷き、福岡海岸沿いの防衛ラインまで後退。英雄殿が一時後退するわ。我々の仕事は疲労困憊な彼のエスコートをすることよ、いいわね?」 

 

 

了解ッ!!

 

 

 

こうして、第四陣までのBETA群はその物量でブイブイ言わせる戦法が通用せず、アスランの常識外ともいえる後衛各個撃破の大戦果によって、帝国本土上陸を阻止されることとなった。

 

 

上陸阻止において、ランサーズも機甲部隊や他部隊と同様に勇戦し、アスランの帰還とともに補給を受ける手筈となっている。それを受けられる幸運がいつまでも続くとは限らない。九州防衛に携わる軍人たちは、思わぬ大戦果でも気を緩めることはしないのだ。

 

 

だが、此度の奴らの動きは何かが違う。鉄源ハイヴの怪物たちの総数が枯渇寸前になることも厭わず、他のハイヴの総数が減少することも厭わず、帝都侵略を目論んでいるのだ。

 

九州地方の防衛の心臓ともいえる鹿児島市中央地区に位置する、旧行政区画に構える鹿児島本部では、さらなる侵略を行う第五陣の姿を観測したのだ。

 

「バカなっ!! こんな馬鹿なことがあってたまるか!!! 我々は100万を超える奴らを掃討した!! 我々は、かつてのユーラシアの戦闘よりも多くの奴らを斃したのだ!! なのに、なんだこれは、なんなのだこれは!!!」

 

司令官が叫ぶ。叫ばずにはいられない。なぜこんなことになっているのだと。それは司令部にいた者たちも同じ気持ちだろう。実際100万という数字は誇張表現ではなく、むしろそれ以降は計測できなかったので、九州はその数を上回る軍勢を殲滅することが出来たと言える。

 

計測限界を超えているのだ。無数の軍勢を斃した、としか言えず、それだけの奮闘の先にある敵の逐次投入という言葉では表せない絶望が、再び帝国に本土に迫るというのだ。これは、あまりにも……‥

 

 

————————我が国に何があるというのだ。欧州では、他の国では、これほど諦めの悪い行動をとらなかったはずだ。なのになぜ、なぜ我々の帝国だけが…‥ッ

 

 

キラたちが何度も軍団規模のBETAを殲滅し、普通ならもう対馬の段階で戦闘は終わっているはずなのだ。甲20号から出現する奴らだけなら、もう日本は勝利しているはずなのだ。

 

そう、普通なら日本帝国は、キラとアスランは、帝国は、防衛に成功しているはずだったのだ。

 

希望的計算な面もあるが、帝国海軍の観測によれば、キラ・ヤマト中佐、アスラン・ザラ大佐は既に70万ものBETAを少なくとも打倒している。計測限界の物量が襲い掛かる戦場で、何を言っているのかといわれてしまうかもしれないが、彼らはそれだけの偉業を成し遂げたのだ。

 

 

なのに、まだ戦闘は続くのだ。おかしい、こんなことは許されない。

 

 

「BETA第五陣…‥ッ!! こちらへの侵攻ルートとは別に、山口への広範囲での上陸経路をたどっています!! 続く、甲14号、甲16号より大規模進軍を観測!!! 計測限界超!! なんて数だ、これでは!! 経路は、日本海を絨毯浸透!?」 

 

複数の、鉄源ハイヴとその付近だけではない。再三帝国軍人の気持ちを代弁するようだが、なぜこんな戦術をとるのか、皆目見当が不明で、憤りを隠せないのは明らかだ。

 

今までは、最も近いハイヴの総数が襲い掛かってくるだけだった。だが、これは今までにないケースだ。この数十年で見たことのないケースを前に、彼らは憤りを超える絶望を感じていた。

 

だが、その理由は酷く単純だった。 

 

人類は思いもつかないだろう。日本帝国は空前の防衛を達成している。今現在、彼らは多くの怪物を斃し、ハイヴ一つの総数に相当する個体数を撃破している。そんなことは、”BETA”も経験していなかったのだ。

 

足りないのなら、よそから持ってくればいい。彼らは手を回した。足りないのなら他所から持ってくればいい。

 

そう、言うなれば、日本帝国は、地球連邦はやり過ぎたのだ。

 

あまりにも多くのBETAを”破壊”した、し過ぎてしまった。 

 

その報告は、戦艦ニカーヤ艦内でも知るところとなった。

 

「敵の侵略が本格的になってきたということです。少し頭のいい指揮官なら、考えることですが、なぜ今になって…‥」

マーチン・ダコスタ艦長は、呻くようにグラフィック上に映る地図を覆い尽くす敵の大群を見て本音を吐露する。

 

「——————これはもう、ダメだね。海を渡らせた時点で、僕らの負けが確定する」

 

さすがのキラも、ここでさらに数百万以上のアンコールはまずいと考えていた。彼らが落とされるというのではない。これでは帝国が持たないのだ。

 

九州本土だけを守り通せばいいだけではない。中国地方の山陰を広範囲に絨毯上陸されれば、キラとアスランの遊撃も追いつかない。連邦政府もBETAのこの行動に対応するまでに時間がかかる。

 

ある程度の指揮権を持っているアスランが、地上の第七艦隊主力を動かしているが、おそらく中国地方の防衛には間に合わない。

 

———————帝国も虎の子のガルム中隊を、帝都防衛を厳命されている彼らを動かすことに、難色を示すだろう。

 

どうする、アスランは考えるが、やはりそう簡単に解決策は浮かばない。

 

「幸い、まだ甲14号と甲16号を出発した敵の大群はまだ内陸の深くに位置している。敵の戦力の逐次投入に助けられている感はあるが、深刻な状況であることに、変わりはない」

 

戦力が足りない。それが純然たる事実だった。

 

「——————この手は考えたくなかったけど、仕方ない。僕が大陸の海岸沿いに展開し、その撃ち漏らしを、アスランが叩くしかない」 

 

単独での無数の軍団規模BETA群を最小エレメントで撃破する。要するに、やられる前にやるというやつだ。

 

「そのようだな。しかし、大丈夫なのかキラ? 甲14号と16号と言えば、オリジナルハイヴも近い場所だ。相当に育っているハイヴがいる以上、重光線属種の存在は確定と言っていい」

 

 

「その光線属種を叩かないと、帝国は陥落するよ。僕の予想だけど、あまりにも斃され過ぎたから、たくさんあれば大丈夫だろうという敵の魂胆が見えるね」

 

だが、彼らの不安をよそに、甲14号と甲16号を出発したBETA群はすぐ近くのハイヴに転進し、帝国への進路をとることがなかった。

 

鉄源ハイヴ、その近辺に位置する個体群も、徐々にその総数が消えていくのだ。どこにいったのか、どこに向かうのか。九州は緊張状態が続く。

 

 

数日後の侵攻でも、総数に絶望的な数値を感じさせず、他の部隊と連携して個体を撃破していくランサーズ。連邦軍衛士のキラとアスランは、前半での奮闘が祟り、ダウン状態である。 

 

特にキラは、甲14号と16号の進路が帝国に向かないことで緊張の糸が切れてしまい、貧血のような状態に陥っていたのだ。無理もない話だ。彼はもう数十万を超える大軍と戦っている。

 

 

 

まるで嵐の前の静けさの様。敵の抵抗が弱まったことで、逆に帝国軍、斯衛軍は警戒を強めていた。

 

 

 

 

 

「———————どういうことでしょうか。敵の抵抗が弱い‥‥‥?」

ランサー5の田上少尉は、どうしようもない違和感と胸騒ぎを抑えきれない。

 

「なになに? 心配しているの? 本当に今回の新人は頼りになるというか、安定感が違うね!」

 

けらけら笑う女性衛士に茶化されるが、どうにもその不安が消えないのだ。

 

「ランサー5の言う通りだ。奴らに我々の常識は通用しない。油断するな!」 

 

その時だった。地響きのようなうねりが、海の向こう側から聞こえるのだ。聞いたことがない、BETAが進軍する、突撃級の圧迫感とは別の、何か巨大な、巨大な何かが蠢くような、強烈なプレッシャーを忠道は感じていた。

 

 

————これは、この感覚、は…‥

 

 

はっきりと言語にすることができない。しかし、何かがいる。何かがあの海の中にいる。それも、深い深い場所に、何かが居座っている、迫っている。

 

音源も近づいてくる。だが、四方八方から振動計測が反応しており、測定が困難な状態にあり、

 

 

 

 

 

それが最初の致命傷となった。

 

 

 

 

 

ぐあWぁあぁぁぁぁぁ!!!!!

 

 

 

 

 

 

大地が爆発するような音と共に、怪物が姿を現したのだ。忠道の近くにいた違う部隊の戦術機、瑞鶴が殺到する怪物に飲み込まれたのだ。

 

 

たちまち装甲を突撃級に貫かれ、その破片が戦車級や要撃級に齧られていく。ああやって奴らに奪われるのかと、忠道は衝撃を受けていた。 

 

「地中侵攻!? それにこの速度は何なの!?」

 

 

 

「狼狽えるな!! 各個撃破に移れ!! 湧き出る奴らをこれ以上自由にさせるな!!」

 

 

だが、至る所から突然降って湧いて出た様に奴らが海岸から次々と姿を現していくのだ。機甲部隊は最初の威勢の良さはどこへやら、後退しながら砲撃を続けることしかできない。

 

 

「撃て、撃て!! うてぇェェェェ!!! 絶対に近づけさせるな!!」

 

 

「隊長ッ!! 隊長ッ!! あぁぁぁぁぁぁ、いてぇぇぇぇえ!!! いてぇぇぇよ!!! 腕がぁァァァぁあ、き゛っ゛゛がっあぁ゛ッ゛!!!

 

 

「小林ィィィィ!!! くそっ、化けッ!?あがヵぁ゛がぁ゛ぁがあぁ!!!

 

 

次々と潰されていく機甲部隊。彼らがいなければ支援砲撃は望めない。何としても救援をしなければならない。

 

 

「ランサー1より!! ランサー3,4、我に続け!! 機甲部隊を食われるわけにはいかないわ!!!」

 

 

「「了解っ!!」」

 

 

「ランサー2よりランサー1、前に出過ぎだ! 中隊全体を動かすんだ! 生半可な戦力の分断は、各個撃破されるリスクが増すぞ!!」

 

大崎は長年の勘から、中隊を分けることの危険性を指摘する。この乱戦の状態で、火力集中による部隊の突破能力を弱体化させるのは、リスクがでかすぎる。

 

「ダメよ!! 今機甲部隊を失っては、今後の防衛にもかなり響くわ!! 貴方だから信頼しているの! お願いっ!!」

 

「くっ、危ないと思ったら部隊を下がらせろ! こちらも可能な限り支援を行う! 残存のランサーズは、先行する3機を支援しろ! ランサー5! ランサー6のフォローを!!!」

 

戦場は前半の楽勝ムードなど消し飛んでいる。上陸を許し、福岡沿岸部は激戦地区へと変貌している。油断も、ベテランも、新人も関係ない。死ぬ奴から死ぬ。そんな戦場だった。

 

 

 

あぁぁぁぁぁぁっぁぁ!!!

 

 

 

ついに、ランサーズの誰かがやられた。ランサー8だった。側面からとびかかった戦車級を両断したはいいが、突撃級の突進をまともに食らい、機体が爆発とともに大破。恐らく即死だっただろう。

 

 

 

「尚子おぉぉぉ!!!」

 

 

「ダメッ、前を見てランサー10!!」

 

 

 

「えっ、きゃぁぁぁぁぁぁぁ!!!」

 

 

 

乱戦での同僚の死、視野が瞬間的に狭くなる数秒間の致命的な範囲の縮小。経験の浅い新兵、若手衛士にみられるケースだった。

 

突撃級の勢いは、思ったよりも速い。だからこそ、彼らの動きを油断しては、動きを注視することを怠ってはならない。

 

 

 

 

 

なぜなら———————

 

 

 

 

 

 

 

「機体が——————動かない———!?」

 

突撃による衝撃で、フレームが歪んでしまったのだろう。機体が上手く立ち上がらない。そしてそれを許すわけがないのが、奴らだ。

 

赤い大群が、ランサー10に迫る。その未来は、もはや口にすることすら悍ましいそれだった。奴らは当然の如く彼女の機体に群がる。そして嫌な音を立てながら、搾取が始まるのだ。 

 

 

「機体から—————音がッ!! 助けてッ!! 助けてランサー2ッ“!ッ”!!!」

 

「待ってろ!! すぐに助けに行く!! くそっ、藤田少尉から離れろ!!」

 

 

大崎が目を離した瞬間、彼の隣にいたランサー11が閃光の様なもので貫かれ、爆散したのだ。

 

「大尉ッ!!!」

 

ランサー11をやった光線属種のインターバルなど許さない。忠道は間髪入れずに120ミリと36ミリによる乱射で片づける。しかし、失った命は元には戻らない。

 

「そんなっ!! 光線属種!? なんで今になって!? それに、レーザークラフトもなかった!!」

 

だが、目の前のランサー10の命はまだ存在している。見捨てるわけにはいかない。忠道は取り付いている小型種をナイフで薙ぎ払い、強引に突破寸前だった管制ユニットをこじ開け、ランサー10を救出する。

 

だが、マニピュレータにしがみつく彼女を抱えたまま、四方を小型種に包囲されている。このままでは碌な抵抗も出来ずにジリ貧の状況。

 

 

それでも、ここには彼らがいるのだ。

 

 

「救出完了!! それに、あの上空の船は—————ッ!!」

 

「フラガ家ってのは何でもできるの!? こんな戦場でよく——————」

 

ここでフラガ家の輸送艦が急行。光線属種の攻撃を物ともせず、戦場にやってきたのだ。

 

「そこの嬢ちゃんを寄こしな!! こっちでめんどうみてやる!!」

 

機械化歩兵部隊が輸送艦から出撃し、忠道をサポートする。その間にランサー10を輸送艦に引き渡し、これでランサーズの”全滅”はなくなった。

 

「あ、ありがとう、ランサー5‥‥」

 

「ランサー1よりランサー10! 少し早いが、先に行け。命あっての物種だ。その悪運、無駄にしないで!」

 

輸送艦は他の戦場でも戦闘不能となった友軍のサポート、救出を行うことが主任務となっていた。彼らは民間人の疎開活動とは別のグループ。こうやって戦士の命を救う箱舟となっている。

 

ただ、彼らに感謝するばかりではいられない。続く増援が九州に迫っているのだ。大崎大尉がここで一つある秘策を断行する。

 

「突撃級の足を狙え!! 出来ないものは侵攻ルートの地面を攻撃しろ!!」

 

 

「了解っ!!」

 

大崎に続く忠道。彼の考えが決して自暴自棄になったわけではないことぐらいわかる。

 

 

—————見えるっ、そこだっ!!

 

 

短連射の如く、突撃級の足を狙う忠道。この極限に追い込まれた状態で、彼の力量は引っ張られ続けていた。そしてそれは、突撃級の動きを予見するほどに上がっていた。

 

 

その攻撃により、突撃級は大地をかける能力を失い、横転。無様に胴体を動かし、無力化される。大崎の方も、銃撃で掘った穴で突撃級のバランスを崩し、余裕をもって移動能力を屠った。

 

 

だが大崎の狙いは前方の突撃級ではなく、後方から殺到する存在だ。

 

「————————なるほど、これなら弾薬をばら撒くよりも効率的ですね」 

 

前方の突撃級に衝突し、急停止する突撃級が、さらに後続の突撃級に後方の急所を潰され、同士討ちのような大クラッシュ事故が起きたのだ。人類の文明の中で言う、玉突き事故のかなり規模のでかい惨状の完成である。

 

「無力化した突撃級の陰に隠れろ!! 奴らは生きている個体を誤射しない!! 06、そいつは死んでいる個体だ! 勘違いするな!!」

 

 

「りょ、りょうかい!!」

 

 

突撃級の突進をほぼ無力化したランサーズの面々は大崎の機転で難を逃れたことで、威勢のいい声が隊員の中から出始める。

 

 

 

「さっすが大尉!! 頼りになるゥゥゥ!!」

 

 

 

「それに新入りの方も凄くないっ?」

 

 

 

同僚の中隊たちは大崎大尉の直感と、新人の力量に驚きつつも、反撃に打って出る。というより、彼女ら以外の部隊指揮系統が不安定なため、やるしかない。

 

 

「陣形を立て直せ!! 機甲部隊の後退、無事終わりそうよ、すぐそちらに合流するわ!」

 

ランサー1と先行した2機も無事機甲部隊の撤退を支援し、その役目を終えようとしていた。

 

「森島大尉! 急いでっ!! 機甲部隊の後退が完了した今、これ以上の突出は、中隊の孤立と全滅の危険性があります!!」

 

ランサー7がランサー1と、追従したランサー3,4に対し、合流するよう叫ぶのだ。海岸沿いでの防衛はもはや困難な状況下であり、後退は致し方ない。

 

「ええ。長居は無用ね‥‥‥現時点でランサーズは福岡海岸での迎撃行動を破棄!! 福岡市中枢まで後退し、他部隊と合流! 我に続け! 各自、合流後に残弾は確認しておくように!」

 

そして、ランサーズの後退と示し合わせるように、先ほど撤退した機甲部隊、日本海側に展開していた海軍が支援砲撃を行った。ランサーズを追撃する怪物たちは思わぬ方向からの攻撃で駆逐されていき、光線属種はその習性に従い、AL弾を迎撃していく。これにより、重金属雲が先ほどまで低下していたが、濃度が上昇していくのだ。

 

 

 

 

 

だが、致命的な一撃であればその一つだけで十分なのだ。

 

 

 

 

 

「レーザー警報!? いけないっ、高度を下げて、ランサー12!!」

 

 

 

「大尉、あっ…‥‥」

 

 

 

一筋の閃光が管制ユニットを貫き、線香花火のように火花を散らした。浮力を失った彼女の瑞鶴は、地面へと墜落し、大爆発を起こしてしまった。恐らく、悲鳴も上げる間もなかったのだろう。

 

 

 

「江藤少尉…‥ッ、そんなっ‥‥‥」

 

 

 

反転し、光線属種を空中跳躍の状態で狙撃した忠道は、今更奴らを仕留めたところで意味はないと歯噛みする。何をしていても、何をしていなくても、最善を行っても、やはり命が終わる。これが怪物どもとの戦場であるのかと現実を突きつけられる。

 

 

ついに、善戦を続けていた九州に派遣された日本帝国軍は、BETAの福岡上陸と、奴らの蹂躙を許すこととなった。連邦の英傑二人が疲労困憊状態で、出撃困難な場合、予想できたことではある。

 

その後もランサーズ中隊は戦闘を続行するが、息を吹き返したBETAの後衛群が本格的に進出。要塞級、光線属種出現の報告もあり、高度制限が敷かれることとなった。

 

その状況を鑑みて、他部隊が光線属種排除に動き出している。その戦略の名は光線級吶喊。洋名でいうなれば、レーザーヤークト。

 

BETAの「味方を誤射しない」という性質を利用し、機動力を奪った小型種、中型種を戦線に積み上げる、橋頭堡としながら匍匐前進して後衛の光線属種に辿り着くという、一見すれば無理難題の様な作戦である。しかし成功すれば、航空戦力を投入できるため、一気に戦局を打開できる。

 

だが、防衛行動に入ったどの部隊もその余力は存在しない。しかし、誰かが、どこかの部隊がやらねば、消耗戦で敗北するのはこちらだというのはわかっているのだ。

 

 

森島大尉は皆に問うた。この劣勢となりつつある防衛戦で、戦局を打開できる一手を。

 

 

そして——————————

 

 

 

ランサーズ中隊は、発足以来初となる光線級吶喊を行うことを決意する————————————

 

 

 

 





アニメは北陸で死闘ですが、こちらは九州で死闘です。





あのアニメで出てきた生存者の人は、ネームドに昇格するのか?

思わせぶりなデザインですが、たぶんそれはないと逆張りする作者です。



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第十二話 痛みの先に(後編)

マブラヴオルタ、1話の出来は良かったのに2話、3話はダイジェスト過ぎるとの声が・・・・・・・

後半に備えて力を蓄えていると作者は信じることにします。

佐渡島を含む北陸戦役の描写は貴重でした。

艦長たちもあんなん経験したら、アレの一撃でそりゃ泣くよね・・・・・


「——————ランサー1より、CP(鹿児島基地司令部)へ。これよりランサーズは光線級吶喊を行う。付近の機甲部隊、海軍戦力への支援砲撃を要請します」

 

 

『正気か、森島大尉!! いくら、他部隊に比べて損耗がマシとはいえ、この乱戦ではどうにもならんぞ! 連邦軍の英傑二人ももうすぐ出撃可能となる! 勇み足を止めろ!』

 

 

「仮に、彼ら二人が参戦し、危機を乗り越えたところで、またインターバルが必要となります。過酷な任務を数日間のうちに多く行えば、生存率も下がります」

 

連邦二人の助力を得たうえでならとCPがその蛮勇に反対する。事実、ランサーズ中隊が全滅、戦闘不能となれば、いよいよ九州中心部への侵攻を止められる手立てはなくなってくる。

 

それだけ、この物量を相手に善戦できているランサーズの精強さが際立っているのだが、他はもう大隊規模の部隊が全滅しているところもある。

 

「それに、BETA群の大量出現は無視できません。最深部へ行けば、その情報、予兆も確認できるはずです」

 

原因は、言うまでもない。あの突然現れたような地中侵攻と、浅瀬での個体群の出現。レーザークラフトの兆候もなく、あそこまで近づかれることはあり得ない。

 

——————何かが、あの個体群を運搬している。それなら、振動計測もそれを掴み切れなかった事実も頷けるわね。問題は、それの全容が全く掴めないことだけど

 

 

森島大尉は考える。九州陥落の文字がちらつく状況下で、光線級吶喊が成功すれば、九州は必ず立て直せる。

 

 

「——————分かった、司令部から許可が下りた—————長官ッ!? どうしてこちらへ‥‥!?「森島大尉、状況は理解しているな?」」

 

「狭間少将!?」

 

 

九州防衛の任を受ける狭間少将である。今回の対BETAの侵略に伴う漸減作戦を任されている身ではあるが、彼は本気で九州防衛を為し得ようとしている。

 

「連邦軍の支援は望めない。貴官らの僚機の救出に輸送艦も手配できない。支援砲撃も、この重金属雲の濃度では、まだ万全とは言い難いだろう。それでも頼めるか?」

 

 

「はっ、熟考の上、覚悟はできております」

 

森島大尉の決意は変わらない。隊員たちもこの戦局を打開するには、これしかないとわかっている。

 

「山口提督に連絡を。全機甲部隊はランサーズの光線級吶喊を支援しろ!! 残存航空戦力は離陸準備を! 立役者を必ず作戦達成後に援護せよ!」

 

 

戦車部隊も、砲兵部隊も、機械化歩兵部隊もその命令を聞いていた。そして覚悟する。ここで彼女らの作戦達成がなければ、時間稼ぎ前提のこの戦線は崩壊すると。そして、その作戦をとらない場合、物量に押しつぶされて敗北することも。

 

だからこそ、善戦の指揮官たちが我こそはと一斉に部隊の士気をあげる言葉を次々と吐く。

 

「よぉぉし、野郎ども! ランサーズの戦乙女たちの為に、レッドカーペットを敷くぞ!! 材料は前方にたくさんあるからな!! 遠慮なくぶっ放せ!!」

 

「はっ!! 見てくれの良さと、覚悟の決まった女どもにいいカッコしようと必死だな!!」

 

 

「九州防衛、この一手ですべてが変わるぞ!! 総員奮起せよ!! ここが正念場だぞ!!」

 

野太い雄叫びを各地で上げる兵士たち。彼らの中には戦術機適性試験に落第した者たちもいる。だからこそ、自分ではない誰かにその大役を託し、その成就の為に全力を注ぐのだ。

 

 

 

その作戦準備のために集結するランサーズ。陣形は鋒矢。その先頭は大崎大尉が務めることになる。これは彼自らが志願した。

 

「長く生きている最年長が、ここで体を張らないと、生き続けた意味がない」

 

親父役として森島大尉の補佐をし続けた男の意地だった。そして、この戦闘で3名もの死者を出したことを誰よりも悔やんでいたのは、彼だった。

 

「ランサー5、田上少尉、少しいい?」

 

「森島大尉?」

 

忠道は、突然隊長である森島大尉に声をかけられて戸惑う。自分は緊張していないし、バイタルも安定している。不安視することはない。これから出向く戦場で、全員同じ条件なのだ。

 

「まずは謝罪を。配属されたばかりのキミを、こんな大それた作戦に参加させてしまう。ここからはもう、文字通り命の保証は出来ないわ」

 

「熟知しております。もとより、志願をした時から覚悟の上です。大尉が気に病む必要はありません。そのお言葉だけで、痛み入ります」

 

忠道は覚悟を決めていたつもりだった。その最中、和泉の顔を思い浮かべてしまったが、それでも自分がここで戦い続けることで、彼女が戦果に晒されることはない。ならば足掻く、足掻いて足掻いて、生き抜いて見せる。死ぬ覚悟ではない。生きる覚悟を決めるのだと、彼は改めて決意する。

 

自分は今、軍全体の命運を担う、その中隊の一員なのだと。

 

「そう、ね。本当に強い子がウチの部隊に入ってくれたこと、感謝するわ。初陣の時から大した動きよ、キミは。いざという時、当てにさせてもらうかもしれないわね」

 

 

 

そして————————

 

 

 

「総員傾注、支援砲撃の準備は完了したわ。ここからは一蓮托生。特攻覚悟の鬼札…‥だけど私は、敢えてみんなに命令するわ」

 

森島大尉は、ランサーズの一員を見回し、檄を飛ばす。生きるための戦いを、より多数の部隊の未来を掴み取る為の戦いをするのだと、自分に、そして仲間たちに伝える。

 

「誰も死ぬな! 以上だ!! 総員、跳躍開始!!」

 

 

蛇行しながら、突撃級の足元を狙う大崎大尉の戦術。匍匐飛行を続けながら、後衛へと迫る。

 

 

山岳地帯にまで入り込まれていたが、だからこそ突撃級の速度は遅くなっていた。跳躍ユニットが忙しなく左右に動く、空力特性を利用し、少ない燃料で有効的な飛行を続ける。

 

 

「乙女たちのウイニングロードを邪魔させるなっ!! 砲撃の手を止めるなァァァ!!!」

 

 

重音を響かせながら、砲弾を次々と打ち込む機甲部隊。AL弾が次々と撃墜されていくが関係ない。今はこちらに目を惹きつけることこそが肝要なのだ。

 

 

「光線級吶喊の作戦に参加できるとは、その名誉は誇りだ! 遠慮なく突き進め、ランサーズッ!!」

 

要塞級が、撃ち漏らした弾頭の一撃でついに倒れる。そうなのだ。キラ・ヤマトとアスラン・ザラの足掻きは、隅々にまで、そして間接的に彼らを助けるのだ。

 

「迎撃率60%!! 光線属種の総数、想定よりやや少数!!」

 

 

「想定外ばかりだったが、想定以下とは嬉しい誤算だ!! 他の戦術機部隊は侵攻阻止を行え! 地形を利用し、 中型種の撃破を優先せよ!! 残る機械化歩兵と、砲兵部隊は小型種の殲滅に集中せよ!!」

 

司令部も、この作戦で一時的に戦線を押し上げることに成功しており、連邦両名の献身に心から感謝する。

 

——————彼らには感謝してもしきれない。だからこそ、この地を奪われるわけにはいかんのだ!

 

 

「突撃級の足を止める!! クラッシュさせて隊列をガタガタにしてやれ!!」

 

「了解っ!!」

 

「ランサー5だけに頑張らせるな!! 他も続けッ!!」

 

森島大尉、大崎大尉の射撃から一斉に奴らの足元を狙う。その思惑通り、バランスを崩した突撃級が違う個体種をクラッシュさせながら横転していく。まるでドミノ斃しだ。森島大尉、大崎大尉の精密な射撃と、それと肩を並べる田上少尉の神業的な技術が合わさり、突撃級の群れは直進することが難しくなっていき、彼ら以外の攻撃で次々と自滅していくのだ。

 

「突撃級の大事故の完成ね!! ご愁傷様!!」

 

「同情なんて1ミリもしないけどね!!」

 

軽口をたたきながら、大混乱のような動きを見せる突撃級尻目に中枢へと突き進むランサーズ。

 

 

 

突撃級の群れを突破し、次に立ちはだかるのは戦車級、要撃級の中小型種。もっとも兵士を殺したと言われる戦車級は、速力で圧倒しつつ、必要最低限の射撃で撃破しながら進むしかない。

 

「——————押し通るっ!!」

 

 

忠道は目の前の道を確保するために、煙で前方が一時的に見えなくなる120ミリではなく36ミリで高速飛行、それも超低空飛行でそれを成し遂げていく。

 

「面で叩くのよ!! 弾幕を集中して、一点突破!! ランサー2、5に続けっ!!」

 

 

戦車級、要撃級の攻撃をかわしながら、最低限の道を確保し、鋒矢から絞扼気味に幅を狭めながらを繰り返し、BETA群の中衛も突破する。

 

 

そしてついに見つけた。後衛である要塞級、小型種の群れだ。彼らはまだ海岸を完全に上陸したばかりで、どこか動きも鈍い。

 

「120ミリの嵐を奴らに浴びせるのよ!! 攻撃開始っ!!」

 

初期照射を受ける前に潰す。現在も支援砲撃は続いており、光線属種の目は目の前の戦術機よりも高高度からの攻撃に目を向けてしまっている。

 

「要塞級のウィップに注意してッ!! 光線属種を叩くのよ!!」

 

次々と撃破されていく光線属種。目の前に敵が現れたことで目標を変えようとするが、もう遅い。

 

ランサー1は僚機のフォローをしつつ、確実に光線級を仕留めていく。派手な動きこそしていないが、僚機のフォローにすぐに入れるような立ち位置。

 

 

「!?!」

 

その時だ、初期照射がついに忠道の機体を捉えた。その瞬間、悪寒の様なものをその直前に感じ取り、

 

 

「うぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!!」

 

跳躍ユニットを複雑に動かし、機体を回転させるように傾け、機体の前進エネルギーとをごちゃ混ぜにした、あの青き翼の英雄殿と同じ動きをして見せたのだ。

 

「あの動きはッ!!!」

 

 

大崎大尉が叫ぶ。

 

 

そして目の前の忠道はその不可能を可能にして見せた。初期照射からのレーザー攻撃をすんでのところで回避し、その回避でバレルロールの動きをしてさらに再加速。

 

「押し通るッ!!」

 

横切ると同時に光線属種を抜刀した長刀でなます斬り。さらに速力を緩めずブーストをかけながら次々と近接攻撃で光線属種を狩り尽くしていくのだ。

 

とてもではないが、瑞鶴で出来る動きでとは思えないし、やろうとはしないだろう。ましてや極限状態の戦場で、試そうとは思わないだろう。

 

 

「あれは、連邦の二機の、動き!? なんて無茶を…‥」

 

 

あまりに非合理的な、無茶苦茶な機動に反応が遅れるランサーズ。田上少尉がレーザーを回避したのは、おそらく数千分の一にも満たない幸運が重なったからだ。

 

”戦術機”乗りには、そう見えたことだろう。

 

 

レーザーは彼の瑞鶴を捕捉し、初期照射が間違いなくとらえていた。だが、初期照射の後から繰り出される光線が直撃する前に、その捕捉から外れた。コンピューター並みに正確なはずの照準から外れたのだ。

 

 

その理由は、あの英雄二人が多用する反撃と回避を兼ね備えた基本飛翔技術であるバレルロールの機動特性によるところが大きい。

 

 

本来バレルロールとは、戦闘機同士の空戦の中から生まれたマニューバではあったが、プラントと連合の大戦が勃発した後、リオン・フラガによってモビルスーツの機動技術へと転用されることとなった。

 

そのマニューバの従来の目的が、有効射程からの離脱と減速しつつ相手の背後をとり、反撃に打って出ることとされていたが、彼は加速しながら敵に接近し、有効射程から常に外れながら乱戦を駆け抜ける戦術機動を好んでいた。

 

 

これは、常に彼が数的不利の中での戦闘を強いられていたことも起因しており、尚且つ彼の英雄が回避と並列に反撃を実行できる優れた空間認識能力、驚異的な耐G能力、三半規管の異常発達が背景にあったとされる。

 

 

田上少尉はそれを戦場で見たのだ。赤騎士の機動技術を見て、出来ると考えたのは経験の浅い衛士だからこそか。それとも、それを可能にする才覚があったのか。

 

どちらにせよ、彼はその技術を会得した。短期間で模倣したキラ、強敵との遭遇で腕を上げて会得したアスランとは違い、一発で完全模倣して見せたのだ。

 

 

 

それも、実戦は初めて出会ったはずの彼が。そして、その光景を見ていなければ、彼はあのレーザー照射で戦死していただろう。

 

 

 

 

しかしまだ周囲には要塞級が複数存在する。ランサー5の田上少尉に任せたままでは、先任衛士の名が廃る。

 

 

「ランサー5、前に出過ぎだ! だが、よくやった!!」

 

大崎大尉の精密射撃がさく裂。ウィップの根元に、この乱戦の最中、正確に120ミリを当てて見せたのだ。根元から大爆発を起こし、要塞級の唯一の攻撃手段が失われる。

 

「小型種の出現など、私の目の前ではさせません!!」

 

そして確実に忠道は腹部に満載されているであろう小型種の排除に120ミリを間髪入れずにぶち込んだのだ。内部から破裂し、崩れていく要塞級。

 

「後衛のレーザーどもはもう全部狩り尽くしたわよね!!」

 

「やった!! まさかウチたちが光線級吶喊できるなんて!!」

 

光線属種の存在が認められない。残るは今田上少尉に解体ショーとばかりに撃破され続けている要塞級のみ。

 

 

「遅いっ!!」

 

ウィップの攻撃をかわすために低空飛行で下から接近し、ウィップの伸び切った軌道が見えているのか、回避と同時にブースト、バレルロールし、再攻撃が間に合わない位置取り。

 

だからこそ、要塞級の追撃が間に合わない。

 

跳躍ユニットを吹かしながら背面姿勢で要塞級の急所を攻撃し、またしても要塞級を沈めていく。しかも、長刀で切れやすい場所を的確についての手際の良さだ。

 

「うそっ、あの子また要塞級を沈めているんだけど‥‥‥」

 

「これで5体目よ‥‥‥」

 

「引き続き、連携して要塞級を沈めていくわよ!」

 

森島大尉が檄を飛ばす。ランサーズも各自で連携し、要塞級を掃討していく。光線級吶喊を達成し、戦局は打開された。

 

 

中衛、前衛部分では支援砲撃に対し、迎撃能力を失ったBETA群はなすすべなく掃討されていく。

 

 

絶望的とされた第5陣以降の九州上陸を阻止して見せたのだ。

 

 

「ランサーズの奴らがやりやがったぞ!!」

 

 

「ヘリ部隊も剛毅にミサイルを撃ちまくりやがって!! ノッテいるなっ!!」

 

 

空中にはレーザーを恐れず意気揚々と空を飛び回るヘリ部隊。弾頭、ミサイルをこれでもかと撃ちまくり、機銃で小型種を掃討していく。迎撃能力を持たないBETAはなすすべなく殲滅されていくのは当然だろう。

 

 

「おっしゃぁぁぁぁ!!! 九州は守られたぞ!!」

 

「レッドカーペットの先は勝利ってな!!」

 

「一転攻勢だ!! 奴らを九州から締め出せ!!」

 

機甲部隊、機械化兵士も前進し、奪われた勢力圏の奪還も順調だった。ランサーズの活躍をたたえる声が各地であがっていた。

 

 

恐らく、諸外国にとっても快挙と言っていい戦果を、九州守備隊は成し遂げただろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その時だった。

 

 

 

アラート音が、森島大尉の管制ブロック内に響き渡ったのだ。

 

 

 

「レーザー警報!? どこからっ!?」

 

ランサー1の森島大尉は、すぐにレーダーを確認し、モニターを確認して—————

 

 

 

ランサーズの僚機が撃ち漏らした要塞級の中から這い出た光線属種1匹が、ランサー1を狙っていたのだ。

 

「っ!?」

 

そのつぶらな瞳が、森島大尉の機体を確実にとらえ、光り始めていた—————————————————

 

 

 

「大尉ッ!!!」

 

 

射撃武器に持ち替える時間はない。忠道はその近くにいて、長刀を振り上げる。

 

 

—————まずい、間に合わないっ

 

忠道は長刀で切りかかるのを諦め、長刀を光線級めがけて投擲したのだ。それは瞬時の判断だった。

 

だから、忠道の機体は一瞬だが武器を持っていない状態となってしまった。

 

 

光線級の瞳が発光し、その射線上にいた森島大尉の代わりに、前に出てきた田上少尉の機体へと移り、光線がついに直撃した。

 

 

 

迫りくる熱量、確実に踏み込んでくる死の予感。

 

 

 

「ぐわぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!」

 

そしてほぼ同時期に投擲した長刀が光線級に突き刺さり、管制ユニットを貫くまでには至らなかった。

 

「た、田上少尉ぃぃぃぃ!!!!!」

 

 

崩れ落ちる忠道の瑞鶴を抱きかかえ、森島大尉が管制ユニット周りを確認する。こんなことで、こんなところで彼を死なせるわけにはいかなかったのに。

 

 

そして、ランサーズの救援に駆けつけた連邦の英傑2名が輸送艦を引き連れ最前線にやってきたが、後一歩間に合わなかった。

 

「くっ、遅かったか——————ッ」

 

「医療班を!! 管制ユニットから引きずり出せ!!」

 

「田上少尉!! 田上少尉!! 返事をして!! こんな、こんなところで!!」

 

 

九州の防衛に携わる全軍人の奮闘により、九州は防衛に成功した。だが、忠道は最後の最後で光線属種の一撃を受け、倒れてしまった。

 

 

 

 

 

前線部隊の奮戦により達成された九州健在の報せは、帝都にいる帝国軍、在日米軍、国連軍を大いに沸き立たせたが、ジグルドたちのガルム中隊は、二人が九州で釘付けとなったことが状況をさらに難しくしていると理解する。

 

 

 

京都に停泊中の艦船の中で、ジグルドはその知らせを聞き、状況はかなり複雑なものになるだろうと予感する。

 

 

「九州防衛に成功したのに、浮かない顔だね——————やはり、何かあるの?」

 

クロードが問いかける。ジグルドが喜ばない理由について。

 

「理想は、遅滞戦術による九州の放棄だった。恐らく、それが帝国の防衛プランにも織り込んであったと思う。だけど、九州が健在となってしまった」

 

帝国は、九州を手放すことが出来なくなってしまった。それだけではない。民衆もその防衛に一役買ったキラとア

スランを離脱させることに異を唱えるだろう。

 

「BETAは恐らく方針を変える。甲14号、16号から湧き出た個体群の主力が、あれだけだったと考えるのは楽観主義もいいところだ。恐らく、次の侵攻地点は中国地方への絨毯上陸、または山口への大規模侵攻に切り替わるだろう。地政学的に鑑みれば、おそらく後者の可能性は高い」

 

ジグルドは、地形的にも、長門への大規模侵攻の可能性が高いと読んでいた。

 

「—————————まずいよ、中国地方の兵站は万全とは言い難い。先の島根、鳥取への小規模侵攻でズタズタにされたばかりじゃないか! 復旧しているとはいえ、側面への脆弱性を短期間で修正できるとは思えない。しかも、九州防衛達成で士気が上がっている、それが楽観論につながるとすれば二重の意味でやばい———————」

 

クロードは大戦果が油断につながるのではないかと不安を語る。キラとアスランによって犠牲者は大幅に減ったはずだが、逆に未来で最悪の未来を招く恐れがあるのではと。

 

「俺が危惧しているのは、レーザークラフトもなく、短時間で光線級を配備させて見せたBETAの動きだ。光線級が外気に触れる場所で活動しているのであれば、その個体から排出される熱量で、レーザークラフトが発生はするはずだ。要塞級の収容数にも限りがある」

 

「ジークは、その要因は何だと思う?」

 

見当が付かないとクロードは白旗気味だ。BETAのカテゴリーの中でそういったものがいるとは考えにくい。学んだカテゴリーの中にそんな特性を持っているのは要塞級ぐらいだ。しかし、あの数を展開できるのは異常だ。

 

一時的にとはいえ、迎撃率100%。それを起こせるほどの光線属種をあれだけ複数個所で、要塞級の姿を確認できない中で、成しとげることには無理がある。

 

 

現状の知識だけれであれば。

 

 

 

「——————おそらく、人類が未発見のBETAがいるのだろう。この突発的で大規模な地中侵攻から考えるに、地中を活動できる存在、それも、大量のBETAを運搬できる巨大な存在。学者連中には即座に否定されるだろうが、軍事的見識と、光線属種の特性をすり合わせた結果、俺にはそうとしか考えられない」

 

 

「言うなれば、キャリアー、運ぶもの、だね。これに攻撃能力が合ったら、通常の火力で撃破するのも難しそうだ」

 

 

「敵を過大評価するのはいけないぞ、クロード。現時点で戦闘能力もその正体も机上の域を出ない。ただ、そのような存在がいる可能性が高い、と私見を述べただけだ」

 

 

 

 

九州上陸を諦めたかに見えたBETA群は、九州を無視し、長門へ侵攻。九州と同様に突発的な大規模侵攻と、光線属種の出現により、不意を突かれた山口の防衛ラインは瞬く間に突破され、広島での激しい戦闘が繰り広げられることになる。そして救援に向かいたい九州は後続の群れの襲来と相対し、身動きの取れない状態となってしまった。

 

 

 

地獄は、絶望は、まだ終わらない。

 

 

 

 

 

 

 

一方、地獄から九州を救い、そして倒れた者は、人生のターニングポイントを迎えていた。

 

「————————」

 

搬送された田上忠道の容態は酷いものだった。光線属種による熱量、墜落の衝撃で一歩間違えれば体がぐちゃぐちゃになっていてもおかしくなかったのだ。

 

両足も吹き飛び、左手は高温の状態に晒され壊死している。何より——————

 

頭部の損傷もひどく、即死の可能性もあった。搬送されるまで生命維持できたのは奇跡に他ならない。

 

次々と報告される彼の惨状。アスランは目を伏せ、自分が間に合わなかったことを思い知った。

 

 

—————————彼の戦いは見事だったと聞く。生き残れば、類稀な衛士になっていただろう。

 

関係者からの話では、バレルロールを会得し、レーザーを回避する動きを見せたという。瑞鶴という旧型機でそれを為し得ることは、古今東西で聞いたことのない快挙であり、彼の衛士としての道が祟れたことに、軍関係者は落胆を隠せない。

 

————————連邦の再生治療があれば、何とか失った四肢は戻る。しかし——————

 

想像を絶する痛みを体験し、彼は戦場に戻れるのだろうか、とアスランは考えていた。

 

 

連邦軍のエースが彼の見舞いに来る一方、彼を失ってしまった悲しみを抱える彼女らの姿もあった。

 

 

 

その彼の容態を祈るのは、ランサーズの中隊メンバーも一緒だったのだ。

 

 

「——————私のせいだ。私が、最後に———————」

 

年若い女性の森島大尉を見たアスランの印象は若い、だった。まだ成人したばかりにも見える彼女が、中隊史上初となる光線級吶喊を成功させたのかと、驚愕すると同時に、どうして自分はいつもいつも一歩遅いのかと悔しさに身を震わせることしかできない。

 

 

 

「隊長‥‥‥」

僚友の面々も、かなり気落ちしている隊長の姿を見て、何も言えない。派手な動きこそしていないが、フォローしながら立ちまわり続けた集中力が、きれてしまうこともある。

 

そのリスクが、今目の前の現実だった。

 

「実際、田上少尉の勘鋭さは特筆すべきものだった。新人ながら、末恐ろしいと感じたほどだ」

 

大崎大尉は、田上少尉の腕前、実力をそのように評した。中々に動きがいい。だが、この怪我ではもう‥‥‥

 

 

「提案がある—————彼がもし、闘志を失っていないのなら—————」

 

その横には、疲労困憊なはずであるはずのキラがいた。先ほどの出撃も、無理を言ってのものだった。なにより、キラは戦場で強烈な感情をたたきつける彼を見つけていた。

 

 

彼の”飛翔”を、彼の経歴を”識ったのだ”。

 

 

——————水面の如く、静かでありながら、その闘志に曇りがなかった。

 

キラは、彼は本来そうではなかったのかもしれないと、彼と自分たちが遭遇した偶然は、必然だったのではないかと考えた。

 

—————彼の動きを見た。彼なら、いずれ僕の代わりに、任せられるかもしれない

 

 

彼の動きを、アスランを通して見様見真似で会得した。経験の浅さが、逆に功を奏したのかもしれない。

 

まだまだ未熟だ。だが、彼にはセンスを感じた。ここで”衛士として”死なせるには惜しいと考えた。

 

 

「—————傷ついた彼が、この先も覚悟を背負えるなら…‥‥」

 

「ヤマト中佐‥‥? 何を…‥?」

 

目に涙をためた森島大尉が、キラの方を向く。彼は既に眼帯を外しており、すでに機械と化した目で、彼女を見据える。

 

 

「まずは彼が、まだこの世界で生きたいと強く願い、戻ってきてからの話になるかな」

 

眼帯を取り外し、キラは機械の目で森島大尉を見つめる。人工的な、生体移植されたものとは違う、異質なカメラアイを見て、呆然とするままだ。

 

「———————この先の未来を、帝国の命運を握る可能性の灯火を、その炎をさらに強くする提案があるんだ」

 

 

機械の目は、扉で固く閉ざされた目で、彼が収容されている集中治療室を見据える。

 

 

「彼ならば、“僕と同じ世界”に耐えられる。そう直感めいた確信があるんだけど、アスランはどうかな?」

 

 

「キラ、お前まさかっ」

 

 

キラは、アスランの反対の意思を感じたが、止まるつもりはなかった。そしてアスランは、キラがあの眼を手にして変わったという過去を思い出す。

 

 

————————あの少年も、キラと同じように、常人には見えない何かを観測するのか。それを彼に強いるというのか。

 

 

「彼はまだ生きている。諦めていない。収容されるまで生きることを諦めなかった彼の意志、僕はそれに賭けてみたいと思う。僕が得るはずだった、”未来を掴み取る力”を」

 

 

そしてキラは、森島大尉と大崎大尉、アスランに目を向け、言い放つ。

 

 

 

「そして…‥‥‥‥僕らは九州で釘付けになった。守り切ったこの大地を、守るほかなくなった。今できることは、彼の生還を信じ、帝都の守りを担う同胞と盟友を信じ、戦い続けることだけなんだ」

 

 

———————帝都のことは任せたよ、ガルム中隊。

 

 

 




田上少尉生存の最大の原因は、アスランの動きを見たからです。

連邦軍の参戦では原作通り死亡していましたが、そこにアスランがいたからこそ、彼は戦場で劇的な成長を遂げました。

田上君は、四肢の一部欠損、全身やけど、片目の失明で済みました。(再生治療で欠損補填&キラに何かされる予定)

他にも防衛成功の理由があるのですが、作者が言えるのは、国境を超えた人の縁が生んだ幸運とだけ言っておきます。


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~帝都防衛戦~
第十三話 参戦






ついに始まってしまった帝国防衛戦。その戦場の最中、能登和泉は恋人が重傷を負ったことを耳にする。

 

「いやぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!」

 

悲鳴をあげ、許婚の危篤を知ることになった彼女は悲鳴をあげてしまう。

 

 

現在彼は意識不明の重体であり、危篤状態である。むしろ、レーザーの直撃を受けてよく命を繋いでいると言ってもいい。

 

しかし一方で、初陣にして光線級吶喊を成功させたランサーズ中隊にて、かなりの活躍をしたという報せもあった。

 

要塞級8体を単独で討伐。中型小型種多数、光線級多数。

 

だが、和泉にとってはそんなことはどうでもよかった。生きてさえ、怪我無く帰ってきてくれるだけで、それだけでよかったのだ。

 

「そんな、忠道!! なんで————なんで————」

 

明日には命が潰えてしまうような傷の深さ。無事なのが奇跡なほどであり、最後は光線級の光線を至近距離で受けて撃墜されたのだ。それでも、味方機が撃ち漏らしたその個体はしっかりと撃破するので、本当に筋がよかったのだと軍関係者の間で広まっている。

 

しかし、数の暴力に負け、連邦軍のアスラン・ザラに助けられ、今も集中治療室で生死の境をさまよっているという。

 

 

「和泉——————」

 

 

その時だった、テレビ報道では新たな情報が出てきたのだ。

 

『九州全域は帝国陸軍と、対馬海峡から戦闘を継続していた帝国海軍、地球連邦軍の尽力により、防衛に成功いたしました。しかし、長門より上陸したBETA群の電撃的な侵攻により、山口は陥落。これにより、中国地方では帝国軍、在日米軍、国連軍による三軍共同の防衛線を構築。また、不安視されていた避難民は地球連邦軍の人道的支援により、九州、四国から無事脱出しており、現在中国地方での避難活動を行っているとのことです』

 

九州が健在。しかし、連邦軍のキラ・ヤマト、ジグルドの上官に当たる人物が数十万ほどのBETAを撃破したそうだ。

 

さすがの実力を見せつけた連邦最強の衛士。しかしそんな彼でも計測限界を超えるBETAに屈し、撤退したという。それでも九州を守り切ったということは計り知れない影響力だと言わざるを得ない。

 

 

それだけでも十分凄いことだ。10万以上のBETAに遭遇し、戦果を挙げて撤退できる実力があるだけでも凄い。

 

唯依は、そんな彼を師と仰ぐジグルドの実力をおおよそ測れた。きっと自分たちよりも凄いパイロットなのだろうと。

 

————連邦軍も参戦してくれている。きっと、あの人たちと肩を並べる時が来る

 

九州防衛が成功し、キラ・ヤマトが命を賭して繋いだ3日間という短くも貴重なモラトリアムが、日本帝国の命運を繋いでいたのだ。

 

しかし、山口を飲み込んだBETAは勢いそのままに中国地方へと殺到。台風の影響で広島まで後退せざるを得なかった防衛ラインが必死にせき止めているという。

 

 

兵站は回復したばかりで、辛うじてつながっている状態。避難民を乗せている輸送艦も、今では撤退中の兵士や民間人を救う箱舟と化している。

 

 

『私は、地球連邦において幅広く商談を取り仕切るフラガ家の者、その継承者筆頭であるウェイブ・フラガです。』

 

『我々は輸送艦を箱舟にして、出来得る限りの命を救います。我々は諦めないッ!』

 

使えるものは使う。この泥仕合のような戦いに巻き込まれたウェイブは、己の利権を使い、フルに有効活用していた。

 

それを内閣も承認。利害を超えた助け合いにより、箱舟を守る帝国とウェイブたちフラガ家の間には、新たな縁が生まれたという。

 

絶望的な戦いが、厳しい戦いに変わっただけの状況ではあるが、希望が見えてきたのも事実だ。

 

 

しかし、中国地方での防衛ラインは修復されただけであり、四国へと向かうはずであった軍団すら飲み込み、圧倒的な兵力で蹂躙を続けるのだった。

 

 

防衛ラインを維持していた広島エリアは、倉敷に展開していた部隊が先に壊滅したことにより、全面を包囲されてしまう。絶望的な状況下で輸送艦が急行するも、挟撃を受け続けた広島防衛軍は全滅。

 

 

一兵も救うことが出来なかった最初の事態となる。すぐさま輸送艦は次なる防衛ライン重要な兵庫の防衛に向かうが、勢いに乗るBETA群は止まらない。

 

 

 

帝国軍、国連軍の撤退を支援する術が、輸送艦にはないはずだった。しかし、彼らは空の標的となることで、少しでも撤退を支援しようと彼らなりの覚悟を決めていた。

 

無論、避難民を乗せた輸送艦は先に撤退している。一部の運び終えた輸送艦が現場の独断で行ったのだ。

 

「ええい!! 光線級の囮になるのだ!! ハイ・フィールドのある我が艦では耐えられるはずだ!!」

 

 

苦肉の策として、最高クラスの防御能力を誇る輸送艦がその身を盾にする異常事態。最高の防御能力を誇る彼らが囮となることで、戦術機への照射を抑えるのだという。

 

 

『バカ野郎!! お前らは絶対に落ちてはならないんだぞ!! 弁えろ、バカ者ども!!』

 

怒鳴り声を上げながら、ウェイブは退避を命令する。輸送艦の範疇ではない。そんな行為は焼け石に水だ。今重要なのは、取り残された避難民を救うだけだ。

 

「————そうだぞ、兄弟!! 俺たちの命令は、命を救うことだ、命を捨てることではないぞ!!」

 

「へへっ!! だがあと少しなんだ!! あと少しで!!」

 

「高梁の防衛ラインが瓦解しました!! もうだめだ、ここを離れろ!!」

 

 

その時だった。日本海で決死の足止め作戦をしていた艦隊の支援に赴くことが出来なかった艦隊が到着。海岸沿いからの決死の艦砲射撃でそれを助ける。

 

 

「撃て撃て、撃ちまくれ!! ここで対馬決戦に間に合わなかった汚名をそそぐのだ!!」

 

 

山陰での侵攻速度は、山陽道に比べて著しく許していた状態だった。これを許せば、中国地方の陥落は目前であり、陸軍は四方を囲まれて包囲殲滅されてしまうことが必至だった。

 

 

それは、帝国の命運を決めてしまいかねない。

 

———————あの青き翼の英雄殿が、命を張って猶予を生み出したのだ、ならば、その猶予を無駄にするわけにはいかんのだ!!

 

第12機動艦隊の指揮を執る上杉提督は、なおも突撃を繰り返している突撃級に火力を集中させろと厳命し、光線属種、要塞級のいる後衛にも打撃を与えるよう追加指示を加える。

 

「前衛に火力を集中させろ!! 突撃級のいる地点を集中的に狙えッ! 弾幕を展開!! 後方の艦隊は後衛の要塞級に火力を集中させろ!! ここが正念場ぞ!」

 

「だめです!! 前衛への火力集中が光線属種に阻止されています!! 迎撃率80%!!」

 

絶望的な数値だった。個の艦砲射撃も面制圧に特化した打撃手段である。最も早く進軍してくると突撃級への命中率は希望的観測でしかない。その面制圧が弱体化すれば、うち漏らしも増加するのだ。

 

上杉提督の決断は速かった。

 

「タイミングを切り替えろ!! 後衛への艦砲射撃を陽動とする!! 面制圧から遅滞を試みる時間差射撃に変更! 何としても食い止めろ!」

 

「砲撃のタイミングを変更! 後衛に対し初弾打撃を! 前衛にはその直後に行え! 初弾に食いつかせろ!!」

 

この土壇場の作戦は功を奏し、中国地方を蹂躙していた急先鋒でもあった第四陣の完全な殲滅を達成。しかし、複数のハイヴより集結しつつあるBETA群の進撃は、艦砲射撃を避ける傾向にあるのか、山陽道へと集中するようになる。

 

そして、山陽道を支援可能な四国に展開中の部隊は防衛で足止めを食らい、瀬戸内海で展開している海軍は存在しない。

 

海軍は出来る限りの奮闘を続けているが、全体の戦局を打開するには至っていなかった。

 

 

 

錯綜する情報、絶望的な情報。連邦政府もこれほどまでの事態とは想定していなかっただろう。地獄が、地獄がそこにあった。そこには、逃げ遅れた市民が数多く犠牲になる悲劇的な事態となっていた。

 

それは、帝国の強靭化計画、ウェイブの箱舟も届かなかった命。救えない命があることで、ウェイブは思わず唇をかんだ。

 

「——————ちっ、俺も出る。輸送艦はすぐに仙台に飛べ。ここも放棄しないといけなくなる」

 

「何処へ行かれるのですか!? 貴方が戦場に出る等、絶対になりません!」

 

恭子はウェイブが、戦場へと行くことを拒絶する。救うための戦いをしていた彼を、みすみすあの戦場に放り込むことはできない。

 

「しかし—————」

食い下がる恭子を前に苦悶の表情を浮かべるウェイブ。自分は戦える。それだけの訓練をしてきた。ならばここで—————

 

「貴方の行ってきた命を救う戦いは、一体誰が行うというのですか!」

 

それでも、恭子は彼を必死に止める。彼がフラガ家の人間であるからではない。彼が主導する戦地に取り残された難民を、兵士を救う行為は、確かに誰かの未来を繋げているのだ。

 

どれほどの返礼を重ねても足りないほどに、彼は帝国を、民を救ってくれている。

 

そんな彼が、戦場で死ぬことなど、そんな可能性を許すなど、絶対に認められない。

 

「—————悪りぃ。指揮官が簡単に前に出るわけにはいかないか」

頭を冷やされたウェイブは恭子に謝罪する。居ても立っても居られない気持ちを一瞬でも抑えきれなかったのだ。

 

「—————それでも戦場に出たいというのであれば、貴方御自慢の機体とともに、私達もともに戦場へと参りましょう。されど、今はまだあなたの動くべき時ではないでしょう?」

 

恭子は、ウェイブの直情的な判断を許さなかった。恐らく彼も屈指の実力者なのだろう。しかし、そんな彼が始めた戦いを投げ出すことなど許されない。

 

彼が始めた作戦だ。ならば、最後まで民間人を救ってもらうし、彼を死地に送りたくないのだ。

 

「いかんな。この状況で冷静さを失うのは。叔父様に近づくといいながら、この体たらく。不甲斐ないな…‥」

 

そんな挑戦的な目に対し、ウェイブは真正面からその思いに応える。

 

「俺はまだ、守る為の戦いをさせてもらう。けど、ここが戦場になるころには、この国の未来を紡ぐ命を、そして恭子さんの未来を、絶対に守り切って見せるさ」

 

曇りなき闘志を見せる男の姿。商人と言えど、彼には武士に通ずる心があった。何かをやり遂げるという意思である。

 

—————貴方は死なせません。この命に代えても—————

 

京都に施設された臨時のフラガ家の司令部で、指示を飛ばすウェイブを見ながら、恭子は彼の命は絶対に守り抜くと決意するのだ。

 

 

一方、ミカエル、アーガマで待機中の連邦政府主力には待機命令が下されていた。

 

「機甲部隊は展開できない。だが、これでは————」

 

ディルムッドは、このままでは中国地方を中心に蹂躙されると考えていた。

 

「このままじゃ、ここも戦場になってしまう」

アンリ・ドミネクスは、この光景が破壊されることに口惜しさを感じていた。しかし、それだけではない。

 

————あの子たちが戦場に出てしまう!

 

 

そして、緊張状態が過ぎ去ること無く1日が経過する。中国地方は鳥取を除きほぼ壊滅状態。岡山は激戦区となっており、すでに高梁は陥落したとの速報もある。倉敷も戦闘状態に入ったこともあり、中国地方の陥落も間近となっていた。

 

数十万ものBETAを単独で押しとどめたキラ・ヤマトの存在がいかに大きいものかを痛感するものとなった。

 

 

「では、我々の出撃はまだ見送られると、そういうことですか!?」

 

第七艦隊が急行している最中、帝都防衛を任されているガルム中隊を預かるディルムッド、その横にいるクロードの嘆願を受け止めるのは、地球連邦軍でも大きな影響力を持つロンド・ミナ・サハク大元帥である。

 

「そういうことだ。帝都防衛戦で貴官らの力が発揮できない事こそ、政府間で取り決めた約束を反故にするような物。その辺りの政治感覚が分からぬほど、愚鈍に“鍛えた”つもりはないが?」

 

冷静な口調でミナが二人を諭す。そこには一切の感情などは見せない。大元帥として、連邦軍総司令部が下した決定を伝えるのみだ。

 

「それでも、兵庫エリアが瓦解した場合、多方面からの侵攻を受ける形になります! 山陰道が海軍の艦砲射撃で辛うじて塞き止めているのが現状で、山陽道瀬戸内海のルートがあまりにも手薄です! 数で押し切られます!」

 

「大元帥! それは貴方の建前でしょう!! 貴方も分かっているはずだ! 帝都出撃では間に合わないと!」

 

その時だった。後ろから敬礼をしつつ姿を現したのはジグルド。

 

「二人ともそこまでだ。大元帥閣下、申し訳ありません」

 

「しかしジークっ!」

反論するディルムッドを宥めるジグルド。無言でこれ以上は抗命になると目で意図を伝える。

 

「現在執り行っている、日本帝国と連邦政府の外交努力が無に帰せば、今日まで行った第五惑星に関する外交戦略が瓦解する。第七艦隊の急行をお認めになったということは、我々に課せられた命令は帝都の死守。そうですね?」

 

「その通りだ、アスハ中尉。ガルムの精鋭の実力を疑っているわけではない。しかし、そちらの二人が危惧するように、防衛の成功確率は今や低いものとなっている」

 

 

「では…‥」

クロードが出撃を許可してくれるのかと眼を輝かせるが、

 

「————————これは連邦軍総司令部の失態だ。我々はBETAの脅威を甘く見積もり過ぎた。ザラ大佐の独断を黙認したのも、その帳尻と言っていい。実際、彼の決断は最適なものだった」

 

「「‥‥‥‥っ」」

クロードとディルムッドは歯噛みし、それ以上の言葉は出てこなかった。ここで責任追及するのは水掛け論にも劣る。今、ミナを非難しても何も生み出せない。

 

「大元帥閣下。では日本帝国の首都遷都は、大きな混乱もなく執り行われるとみて、間違いないということでしょうか?」

 

懸案だった首都遷都。千年の都の栄華を誇る京都が放棄されることで、政治的、国民感情に起因する混乱は抑えられる見込みがあるとあたりをつけたジグルド。以前から日本政府はそのプランを考えていただろうが、それが今実行できる状況であるのかを問うた。

 

「その通りだ。防衛が成功したとしても、主戦場となることが避けられない今となっては、首都機能をそのまま破壊される方が帝国には致命的だ」

 

その後、ガルム中隊は現状待機のままであり、帝都の戦端が開く寸前での出撃となった。

 

「ジークっ! あの娘たちが戦場に出るんだぞ!! いいのかよ!」

 

「ジグルド、上の決定も、僕らの見積もりが甘かったことも、その全てはわかるよ。でも」

 

「——————上の失敗を、下がカバーするのも世の道理だ。逆もまた然り。俺たちは最善を尽くすしかない。この都を守るためには、セオリーだけでは足りなくなった。そういうことなんだ」

 

 

 

第二帝都・東京では——————

 

 

「—————ということは、東京湾に駐留する主力部隊を増援に回すということなのか?」

 

榊首相は、藁にも縋る想いで連邦政府の言葉に耳を傾けていた。使えるものは何でも使う。

 

その対談相手は、連邦政府の長を務めるカガリ・ユラ・アスハ。彼女も弟の尽力では対処しきれない彼らの脅威を認識し、行動に移る手立てを提案しているのだ。

 

「ええ。宇宙では第八艦隊が月攻略の準備をしている中、第七艦隊を遊ばせる猶予はありません。幸い、ザムザザー、ネオグーンの配備は完了する見通しの為、火力支援をお約束できます」

 

「何から何まで忝い…‥中国地方の戦況は最悪なものとなっています。その一方で、九州、四国の防衛に尽力した軍関係者に感謝を。この二つの地域で避難、疎開が完了したことは、この上ない幸運でした」

 

絶望的だった二つの地方が守り切られている。中国地方の蹂躙を許したことは致命的だが、その頃にはもう二つの地方は陥落しているはずだったのだ。不幸中の幸いであるのは確かだが、お互いにそれは口にしない。

 

「こちらこそ、時間だけを積み重ねて申し訳ない。切迫している貴国の状況は、議会でも共通の認識でした。今後とも関係を維持していくため、帝国の支援は継続いたします」

 

 

そんな政府間のやりとの間にも、現場の人間はそれぞれの戦場で激戦を繰り広げていた。

 

 

輸送艦による囮作戦で、京都の防衛ラインは再構築を完了。避難民も当初の予想を下回る犠牲者となっている。

 

しかし、それでも10万以上の死者を出してしまった。1億5千万のうちの10万は少ないようで多い。

 

連邦軍が味方になってくれても、やはり帝国は防衛が困難なのか。

 

そしてついに最悪のケースが現実のものとなった。

 

 

兵庫三宮防衛ラインの瓦解とともに、在日米軍が撤退を開始。琵琶湖、大阪湾、太平洋側で火力支援をしていた部隊が抜けることはリスクしかなかった。

 

しかし、それを予期していた第七艦隊は数日前から行動に移していたのだ。

 

艦隊は避難民を移送後、即座に反転。愛知の伊良湖水道を経由せず、最大船速で紀伊水道に進軍し、BETA群に直接打撃を与える防衛行動に入る。しかし、彼らの到着まで中国地方、近畿地方がもてばの話だ。

 

この土壇場で撤退の選択をとったアメリカに対し、日本帝国は強い非難の口調で同国の行いを糾弾するものの、アメリカは想定を超えた出血で軍事行動がとれなくなったと説明。中国地方での戦線の遅滞が行われた背景には、彼の軍の奮闘もあったが日本のマスコミは大々的に報じることがなかったのも災いし、国民感情に火をつける要因となった。

 

実際、多くの戦死者と負傷兵が嵩み、アメリカ軍の軍事的な行動は次第に範囲を狭めていった。太平洋側の裏側から大規模派兵を行う兵站は健在であるが、戦うべき兵士がすでに限界だった。アメリカ軍兵士の立場であれば、そんな泣き言こそ恥ずべきものではあったが、限界だったのだ。

 

これ以上戦えば、組織的な軍事行動の瓦解も目前に迫っていると。

 

在日アメリカ軍の取るべき選択は、本国に撤退して助かるか、それともこの帝国と運命を共にするという二択しかなかったのだ。

 

何より、前線国家以上に実戦慣れした兵士が少なかったことも災いしており、他の複数の理由でアメリカ軍は本来の実力を発揮しきれぬまま、防衛戦から脱落したのだった。

 

 

アメリカの考えとしては、連邦軍の切り札を有していながら、ここまで入り込まれる帝国のふがいなさを責めていた。また、連邦軍の初動の遅さを痛烈に批判し、「所詮は異なる惑星の厄介な話という認識だったのか」と認識の違いを指摘してきたのだ。

 

これには連邦議会は与野党一致で遺憾の意を表明。相手にする時間もなく、とにかく軍の派遣に関する折衝案を推し進めていく。他の惑星での軌道上での防衛も構築しなければならない今、同時に防衛線術、戦略を地球連邦軍総司令部でも求められている。これは、日本帝国の政府関係者にも劣らない労働量である。

 

 

アメリカとしても、本音としては日本帝国での防衛戦は、他人事である。しかし、ここで彼らの弱みに付け込み、今後の譲歩を引き出しやすくするために、手は抜かない。彼らに罪悪感を覚えさせるだけでいいのだ。こちらにはこれ以上軍の被害を出すわけにはいかないという事情もあるし、中国地方での防衛行動にも参加した義理もある。これ以上は無駄というものだ。

 

アメリカのホワイトハウスでは、進まない連邦軍の本格参戦と帝国の苦境に関する情報が送られていた。

 

「———————極東防衛の要を謳いながら、この体たらくとはな」

アメリカ大統領は、防衛直前の強気の姿勢はすっかり鳴りを潜めたようだとため息しか出ない。

 

「——————わが国で蠢ている第五計画の存在を危惧していたのでしょう。第四計画は未だに全容がつかめず、具体的なビジョンがある程度形になっている第五計画に支持が流れるのは必然かと。しかし、わが国でも第五計画に懐疑的な見方があるのも事実です」

 

秘書は、現状を客観的に述べ、帝国の強気の理由などを推し量るのみ。

 

「軍部も第四計画、第五計画、戦術機などの兵器強化と派閥が分かれに分かれている。どの案にも筋があり、それなりの力を持っているというのが厄介な所だな」

 

「我々の正義を為すにはどのプランが一番理にかなっているのか。それを制御する力が、もはや議会にないのは嘆かわしいことです。さらに、一部の議員は軍関係者と密な関係を維持しています」

 

議会も形骸化してしまっている。かつての2大政党政治が崩れており、政治の硬直化が指摘されている。帝国での多党政治の二の舞は避けるべきだが、進言するべき未来が多すぎるのだ。彼らには彼らなりの正義が存在するのだろうが、決断をする立場としてはすっきりさせてほしいし、戦後のアメリカに矛先が向かない有効な策を述べてほしいものだ。

 

「私個人としても、アメリカ全体としても、帝国と喧嘩をしたいわけではない。戦後世界でアメリカの地位が高まっているのであれば、アメリカ国民の安全保障が確保されている道を選ばなければならない。しかし、議会はおとぎ話のような第四計画ではなく、第五計画、兵器強化の派閥へと流れているようだが」

 

 

「特に、連邦政府と接近し、兵器強化を望む勢力が増えていますね。レールガンを標準装備とした戦車、戦闘機へと形態変化する戦術機の存在。軍産複合体は強い興味を抱いています」

 

「果たして彼らがその技術を素直に出すのか。連邦政府は帝国と接近しているのだろう? やむを得ないとはいえ、三宮防衛網の陥落と共に撤退した我が国への悪感情は容易に想像できる。次に立てるべきは‥‥‥」

 

 

「鉄源ハイヴ攻略が妥当かと。もしくは、日本が陥落した場合、建設されるであろうハイヴ攻略に軍を派遣するのが望ましいと思います」

 

 

「そうだな。アメリカへの非難は増すだろうが、今は忍耐の時だ。戦後世界での立ち位置と、BETA殲滅を後押しするには、わが国にもそれなりの動きが求められる。しかし、その攻略作戦で、軍部が暴走しなければいいのだが…‥」

 

 

 

 

九州の防衛は信じがたい快挙ではあるが、中国地方は蹂躙を許してしまっている。幸いなことに四国は初期対応が功を奏し、防衛に成功しているのは救いか。

 

 

アメリカも慈善事業でやっているわけではない。防衛が困難であれば逃げるのは仕方ないのだ。

 

在日米軍の中国地方での戦いぶりは話題になっているほどだ。彼らは友軍を見捨てない。ドキツイスラングを平然としゃべる品性は少し思うことがあるようだが、戦場の空気を一変させる存在感が彼らにはあった。

 

だが、撤退の命令が下った時、彼らは最初再考を願い出た。戦場の空気を肌で感じている軍人だ。ここで自分たちが抜けた戦況がどうなるかなど、火を見るより明らかだ。

 

しかし命令は覆せず、彼らは撤退するのであるが、残薬物資など、不必要となった荷物をそのまま帝国、国連軍に供与したのだ。

 

——————撤退する我々にはもう必要のないものだ。

 

———————撤退後に最後の支援砲撃を行う。幸運を祈る、インペリアル

 

彼らの去り際の言葉によって、上同士が決めた苦渋の決断に彼らも振り回されたということが明らかとなり、現場レベルでアメリカを嫌悪する声はほとんど上がらなかった。

 

——————我々は最善を尽くすぞ、仮にここで、我らの命運が尽きようと

 

————————アメリカの、あの海兵どもは筋を通した。ならば斯衛も筋を通さねばならんな

 

 

アメリカ軍の撤退後、瓦解するとみられていた在日国連軍、帝国軍、斯衛軍はより一層の団結力を見せつけ、BETAの進行速度を格段に遅らせることに成功した。

 

第七艦隊の到着まで戦線を維持するという希望が見え始めたことも起因するが、覚悟も決まったのだろう。

 

 

戦死者を出しつつも、彼らは未だ小規模な脱走による混乱も起こさず、戦場で散っていくことになる。

 

 

————————希望を繋ぐんだ、次に戦う者たちの為に。我々が、ここで退くわけにはいかない

 

 

その数日後、懸命に遅滞を試みた兵庫エリア全域の防衛ラインが沈黙。大阪、帝都が主戦場になろうとする時、

 

 

 

 

ついに彼らの戦いが始まる。

 

 

 

 

彼らに求められる任務は多い。ゆえに、彼らは不退転の決意で、死力を尽くして任務にあたるだろう。

 

 

 

散っていった者たちの、志半ばで退くことを余儀なくされた者たちの無念を背負い、希望を絶やしてはならない。

 

 

防衛戦に参加した軍人の、この国で生きる民草の想いを背負い、彼らは天空を駆ける。

 

 

 

「——————アーガマとミカエルの搭載機を発艦させよ。ガルム中隊は、第七艦隊の到着まで、帝都陥落を阻止せよ。」

 

 

大元帥より、辞令が下る。ついにその牙をむく時が来た。

 

 

そして連邦政府は各星間に建てられた行政区中枢より、一斉に宣誓する。

 

 

地球連邦政府は非常事態宣言を発令。

 

連邦政府憲章に基づき、第五惑星に巣食う異星起源主、BETAとの戦争状態に突入する。

 

なお、各星間における移動を制限。民間、国家、連邦主導による開拓任務、事業も全面禁止。

 

任務外、作戦行動中の艦隊にも第二種戦闘配備を発令。

 

 

連邦政府はこの日、飾っていた剣の切っ先を、人類の宿敵に向けたのだ。

 

 

 

 





ついに主人公たちが出陣。

原作「帝都、燃ゆ」のクライマックスに突入しました。

どこかの世界よりもよほど理性的な情報媒体関係者も、連邦政府からのゴーサインを受け取り、BETAの全容を報道しました。


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第十四話 圧倒

その報せは、世界に驚きを齎し、駆け巡っていく。

 

 

欧州政府は緊急会議を開き、意見調整を行う場を設けた。

 

「なんだと、ついに連邦軍が重い腰を上げたのか!?」

 

「ああ。しかも、先の二大英雄による部分的な軍事行動ではない。噂のトップガン集団、ガルムを投入するということだ」

 

連邦政府から提供された連邦軍最精鋭“通称”ガルム中隊。その性能と精強さは、現在の戦術機を超越するものであり、その戦果がどれだけのモノなのか、注目が集まっている。

 

「しかも、第七艦隊が第二帝都からすでに出発していると聞く。他の兵器も姿を現すことだろう」

 

「我々に出来ることはないが、帝都防衛がどうなるかだな。他国のことではあるが、防衛を達成し、奴らに目のもの見せてもらいたいところだが‥‥‥」

 

 

軍隊レベルの連邦軍の介入。もはや国体やら内政干渉がどうこう言える状況ではない。在日米軍が抜けた穴は、どこかが埋めなければならない。

 

米軍に対する批判の声が国民から出るが、米軍のこれもやむなしの行動だ。帰る場所がまだある米軍と、帰る場所が現在進行形で侵略されている日本。

 

要は立場の問題だ。日本とアメリカが逆ならば、同じことがおこっていたことだろう。

 

その考えで行くとなれば、連邦政府のそれは些か肩入れし過ぎな所も否めない。

 

 

 

第二帝都東京より出撃する第七艦隊は、先んじてガルムが先陣を切ることで戦意を高めていた。

 

戦争だ、

 

ついに戦争が起きてしまう。

 

第七艦隊の兵士たちは、その若手の大半が戦争を経験していない者たちで構成されている。この第五惑星の惨状を知り、連邦勢力圏から観測できる場所に、奴らがいるかもしれない。

 

「西日本の状況はどうなっているんだ。まさかもう陥落なんて‥‥‥」

 

 

「いや、大佐からの暗号通信では、九州四国は健在。しかし中国地方は既に抜かれていると」

 

帝国の現状を憂う若手兵士たちが話し合っている。その表情は硬く、緊張に包まれている。それも当然だ。彼らは新兵であり、如何に精強な訓練を経ても、実戦という高い壁は存在する。

 

 

「これが俺たちの初陣だ。絶対に船に帰るんだ。ザムザザーの最終調整は?」

 

 

「万全過ぎて、可愛げがないぐらいだ! 元々性能に期待できる設計とはいえ、ここまでの機体を仕上げてくれた彼には感謝しかないな。こいつで遠慮なくぶっ放しても問題ないぜ」

 

「であるなら問題ないな。しかし、俺たちの機体を設計した彼は、帝都のガルムに所属している。何とか間に合わせたいが‥‥‥」

 

 

「へまをしなきゃ大丈夫だろ。彼は戦争終結後の訓練校で、最高の成績をたたき出した首席様だ。きっと先陣をかましているだろうさ」

 

 

『これより我が艦隊は10時間後に紀伊水道、敵光線属種のレーザー警戒区域へ侵入する。全クルーは第3種警戒態勢。繰り返す、これより我が艦隊は———————————』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして最前線と化した帝都、アーガマ、ミカエル内部では

 

 

「ようやく許可が下りたか、待たせたな」

 

大阪での戦闘が始まった瞬間、彼ら先遣隊にも出撃の許可が下りたのだ。すでにアスランは四国での防衛戦で敵の侵攻を阻止している。キラももうじき九州防衛に復帰するだろう。

 

ならば、この本土は自分たちが守る。高機動型モビルスーツ、リゼルで構成された精鋭部隊がここで踏ん張らなければ、いつやるというのか。

 

「こちら、ガルム中隊。アルファ1よりガルム各機、作戦指揮は私、ディルムッド・F・クライン中尉が行う。いいな」

 

 

「了解っ!」

 

各員の肯定の言葉に頷いたディルは、作戦概要を手短に説明する。

 

 

「今回の任務は防衛戦だ。京都市内の友軍の救援を主任務とするが、帝都・京都の陥落を阻止することにある。特に八幡の最終ラインを破られてはまずい。各隊員はそのことを留意するように」

 

 

「ブラヴォー1了解」

ブラヴォー1、ジグルドに異論はない。

 

「ブラヴォー2、わかりました」

ブラヴォー2、クロードも同じだ。

 

編成された新兵ばかりの精鋭部隊、ガルム中隊。総勢16機の中隊。キラとアスランがいない中、先任権はディルムッドにある。

 

アルファー4了解! 

 

 

ブラヴォー8了解! 全員準備出来ているぞ、アルファー1!

 

 

全ての隊員の了承を得られたディルムッドは、宣言する。

 

「諸君、戦場に飛び込むぞ!!」

 

 

檄を飛ばし、ディルムッドが先陣を切って京都の空へと出向く。

 

「カタパルト、接続オンライン。アルファー1、発進を許可する」

 

「アルファー1、ディルムッド・F・クライン、出撃する!!」

 

「続いてブラヴォー1、ブラヴォー2、発進を許可する」

 

「ブラヴォー1、ジグルド・F・アスハ、発艦する」

 

 

「ブラヴォー2、クロード・ミリッチ、行きますっ!」

 

中隊規模での連邦軍機の出撃。その光景を、輸送艦から見えるモニターより見つめるのは、京都に住んでいた帝国の民間人たち。

 

音速の壁を軽々と突破する中隊規模の飛行。精鋭部隊の名に恥じない活躍が至上命題である。

 

「———————ついに、連邦軍が動いたのか」

 

「でも、中隊規模で、なにが出来るんだよ」

 

 

状況は絶望的だ。すでに兵庫は陥落し、大阪は死闘と言えるような絶望的な戦いを強いられていると聞く。断腸の思いで避難する彼らは今、絶望を感じていた。

 

 

全ては遅すぎた。遅すぎたのだと。

 

 

「それでも、宇宙の中で孤独ではない事を、教えてくれたあの人たちが立ち上がってくれた」

 

 

「———————がんばれ、頑張れ—————ッ」

 

 

「まけないで———————ッ」

 

 

「————————どうか帝都を、お願い、私たちの故郷を———————」

 

しかしそれでも、それでもこの状況を何とかしてほしいと、彼らは祈るしかない。宇宙には、人類が憎悪する奴ら以外の、この星の人類にとっての新たな希望が存在すると、立ち上がることで彼らは示した。

 

 

だからこそガルムは地獄の中で、地獄を狩り尽くす為、その地獄の中を駆け抜ける。

 

 

滋賀琵琶湖より出撃した彼らは皆子山の上空を通過し、防衛ラインで先刻通信途絶した京丹波防衛ラインへと急行。京都の戦闘区域へと突入する。彼らは真っ直ぐ戦場のど真ん中へと急行するつもりなのだ。

 

 

———————まだ八幡が陥落した報せはない。とにかく前線に現着し、遅滞を試みる必要がある

 

 

そして敵陣のど真ん中にやってきたガルム中隊。いきなり光線級との遭遇。

 

「初期照射確認!!」

 

「全機スタンドマニューバと同時に散開!! 狩りの時間だ、食らい尽くせ!!」

 

 

レーザーが襲い掛かるが、編隊を汲んだまま各自に回避。その一撃のどれもが当たらない。その時点で、彼らは異常そのものであった。

 

「レーザーヤークトだ、俺に続けッ!!」

 

しかもどういうわけか、照射速度が遅れているようにも見える。組織的な撹乱回避機動により、データリンクなんていう素地もなさそうな光線属種はターゲットの選択が出来ずにおり、且つその決定したターゲットに逃げられる始末。

 

「なんだぁ!? レーザーの歓迎が鈍くねぇか!?」

 

「油断するな。敵光線属種の照射角度より、敵座標を算出。前方4000、個体数10、固まっているぞ」

 

ジグルドは寸前のところで躱したレーザーの照射角度より敵の位置を察知。味方に迅速に座標を送り、反撃への材料を提示する。

 

 

「待っていたぞ、ブラヴォー1! やはり座標特定には定評があるな」

 

 

猟犬の如く空を飛び回る彼らの中に、この短時間での接敵で、未だにレーザーに当たる者は存在しない。その全てを危なげなく回避し、レーザーの攻撃から逃れている。

 

そして、ブラヴォー1のジグルドがまず動いた。

 

「ブラヴォー2、右翼から回れ! こちらは左翼から回り込む!」

 

「了解っ!」

 

実戦での初期照射を受けずに完全回避でレーザーを回避していくガルム中隊。その実態と特性を訓練で知っているからこそ、そして彼らの腕前が前提の行動である。

 

「ビームの前では、さすがの怪物どももお手上げかぁ!?」

 

さらに地上では突撃級の掃討に精を出すブラヴォー小隊の面々。文字通り次元の違う武器火力を以て、正面から難敵どもを一掃していく。

 

「おいおい、簡単に切れちまったぞ!! モース硬度最硬も名前負けしてねぇか!!」

 

突撃級の外殻を真正面から切り裂き、その胴体を真っ二つにしながら、ブラヴォー3のヘリックが吠える。モース硬度の単位においてトップクラスの硬質を誇る怪物の鎧も、光学兵器の前では簡単に切り裂かれ、ビームライフルの一撃で大穴をあけられ死滅する。

 

「こいつかっ!! こいつが衛士を一番殺したっていう、食いしん坊のくそったれって奴かぁ!!」

 

ヘリックはブラヴォー小隊の数機とともに突貫し、戦車級を機関銃で撃ち殺していく。一つ一つの戦闘力は確かに高くはない。しかし、脅威であることは熟知している。ここで多くの戦車級を殺せば、彼らの被害も減ると。

 

「ブラヴォー1からブラヴォー3、接近し過ぎだ。目標との接触を極力避けろ」

 

だからこそ、ブラヴォー1のジグルドは注意喚起する。戦車級の取り付きは避けるようにと。座学で散々知っているのだ。あれこそが戦術機の衛士を、前線の人間を最も殺した存在なのだと。

 

彼の目の前で斬殺されていく戦車級を見つめながら。

 

 

そして。ブラヴォー2クロードのビームライフルの一撃で遠目に存在していた光線級を狙撃。一撃で仕留め、続く第二檄で脇にいた光線級も仕留める。

 

クロードの周りにいた僚機も、周囲の光線級を手早く殲滅し、次の命令に備える。

 

「アルファー1から、ガルムズへ!! アルファー小隊は光線級掃討! ブラヴォー小隊は地上の雑魚どもを叩け!! なお、ガルム全機は周囲警戒! 撃ち漏らしを逃がすなよ!!」

 

互いに高い技量を持ちうる練度を誇る精鋭中隊。レーザーの脅威などまるで物ともしない。

 

 

—————これがBETA。人類の仇敵。恐ろしい物量だが、

 

ジグルドは操縦桿を強く握りしめる。ガルム中隊の活躍により、死の8分は当然のごとく過ぎ去り、陥落した兵庫方面より侵入したBETA個体群推定5万を殲滅。

 

損害皆無と言っていい殲滅劇で浮かれる者は誰もいない。現在連邦軍と帝国軍は負けているのだ。そんな感情など出るはずがない。

 

 

その時だった。ジグルドは助けを求める感情の様なものを感じ取り、その方角では戦闘が起きていることをレーザー上で確認したのだ。その動きはを推察するに、南丹はすでに指揮系統が瓦解しているように見えた。

 

 

———————近畿南部がここまで、先ほどの出撃前の報告よりも悪化している

 

 

つまり、この京丹波、南丹の惨状を見るに、すでに第一次帝都防衛ラインは虫の息ということだ。

 

 

「ブラヴォー1より、アルファー1へ。前方3000より交戦中の戦術機部隊を確認」

 

 

「無論飛ぶぞ、ブラヴォー1。ガルム各機は直ちに戦域へと移動。友軍を助けるための遊撃行動が我々の任務だ」

 

 

その戦場は地獄に片足が入ってしまっていた。すでに山間部にbetaの侵入を許しており、戦車級の浸透が致命的なまでに許してしまっていたのだ。

 

 

死角からの強襲、前面には進軍速度の落ちた突撃級の大群。上空に飛べば光線属種の餌食となる四面楚歌以上にひどい状況下。

 

 

「く、くるなぁぁぁ!! 化け物ども!! ぐわぁぁぁぁぁ!!」

 

突撃銃から繰り出される銃弾をばら撒きながら、迫りくる戦車級無数、要撃級多数を相手に後退し続けるものの、ついに死角からのとびかかりでバランスを崩し、機体ごと捕食される兵士。

 

 

「隊長ッ!! 戦車級がッ!!! 戦車級が!! あぁぁぁぁぁっぁ!!!」

 

そして、戦車級に食われる恐怖から視野が狭くなり、突撃級の突進で一撃死する兵士。痛みが一瞬だった分、まだ救いはあったのかもしれない。

 

 

「くそっ!! 補給中の友軍を守れ!! 敵を近づけさせるな!!」

 

隊長機が指示を飛ばすものの、陣形は乱れに乱れ、乱戦状態となっている。他にもエース級とみられる戦術機がせわしなく動いているが、状況は好転しない。

 

「いやっ!! 離してッ!! 離してッ!!」

 

女性衛士が乗る瑞鶴に取り付いた戦車級が機体装甲を齧り続ける。ガリガリガリという嫌な音を立てながらアラート音が管制ユニットに響くが、どうにもならない。

 

「イーグル6!? すぐ向かうっ!! くそっ、ロックがかかって、撃てないっ!!」

 

「短刀を使え!! イーグル4!! 手早くしろよ、お前の後ろは守ってやる!!」

 

 

短刀を取り出し、イーグル6の救援に向かうイーグル4だが、イーグル中隊は既に包囲されつつあった。

 

—————おいおい、こんな調子だと全滅も間近か!? こちとら初陣連中も含めて、俺様もまだ3回目だぜ!! 身が持たねぇってやつだ!!

 

 

イーグル4のフォローにイーグル1が入り、横陣の陣形に近いフォーメーションで味方機を守り、迎撃行動に入る。

 

だが、イーグル4は先ほど撃墜された2機の戦術機と共にやや孤立しており、周囲がすでに敵のような状態だった。

 

—————前に出過ぎなんだよ、ひよっこが!! 生き急ぎのお嬢ちゃんが!!

 

イーグル4の目の前に突撃級が迫るものの、長刀で突撃を逸らし、側面からの切り返しで一匹を葬り去る。

 

続く正面の突撃級を跳躍で躱し、跳躍と同時に突撃銃での急所を攻撃し、すぐさま地上へと着地。と同時に再び地上で再ブースト。

 

 

「ひよっこから離れろ!!」

 

 

だが、そのイーグル4の目の前でバルカンに近い射撃がイーグル6に降り注ぎ、彼女を拘束していた戦車級が一網打尽となった。

 

「な、なんだ!? なにっ!?」

 

空高くを飛翔する戦闘機のような中隊規模の何かが、光線属種の攻撃を避けながら、遠方へと光学兵器を放っている。しかしイーグル4はすぐに行動を開始し、自由になったイーグル6の下へ向かう。

 

「ぼさっとするな、姫路!! すぐに離脱するぞ!!」

 

「は、はいっ!! しかし、あの機体は—————っ」

 

ともに離脱し、友軍の気の陣形の中へ退避する両機。彼らは高高度で行動をしながら、突撃級を次々と迎撃し、戦車級に対してはグレネード弾で纏めて吹き飛ばしていくのだ。

 

その速さは、レーダーから時々消えるほどの速力。戦術機の常識を超えた何か。

 

 

「この一帯の軍団規模beta群を排除する!! ガルム中隊続け!!」

 

青年の声が聞こえる。年若い、雄々しい声が。しかし、絶望を知らない新兵の様な快活な声。

 

それが、それらが、怪物どもを相手に自由に戦い、暴れまわっている。

 

 

—————これが、連邦軍の実力って奴か。

 

隊長が説明していた連邦軍が誇る新兵の中でも特に突出したトップガン集団。

 

そして、隊長機もそれに呼応するように陣形を変更し、鶴翼の陣形で反撃を開始するよう指示を飛ばす。

 

「—————総員傾注!! 鶴翼の陣で反攻に打って出る! 我に続け!!」

 

 

その直後に隊員たちの決死の反撃により、以降の損耗は存在しなくなり、対面する軍団規模の怪物の集団を相手に生還することが出来たのだった。

 

「救援感謝する、連邦軍の皆様方。私はイーグル中隊を預かる伊庭啓次郎大尉だ」

 

 

「こちらは救援と遊撃の任務を兼ねている。そこまで畏まらなくていい。私は連邦軍第七艦隊所属、混成遊撃中隊ガルムを率いるディルムッド・F・クライン中尉だ。中々に辛い戦局だが、共に戦おう、帝国の勇士たちよ」

 

畏まった物言いは兄譲りなのか、ディルムッドの固い口調。戦時中は彼もジグルドのことを馬鹿にできないほど真面目なのだ。

 

「ということは、他の戦場へと飛ぶということか? もしそうならそうしてくれ。日本海側からの艦砲射撃の範囲内であるため、こちらは大丈夫だ。何より重要なのは、八幡の最終防衛ラインを支える嵐山基地と、その付近にある砲撃陣地の救援に向かっていただきたい」

 

帝都である京都を守る防衛の要。愛宕砲撃陣地が陥落すれば、京都は戦果に巻き込まれるだろう。現在第一防衛線が完全に崩壊し、第二防衛線、第三防衛戦にも被害が出ている。

 

「了解した。いくぞっ、ガルム中隊!!」

 

ディルムッドの声と共に一斉に空へと飛翔していく連邦軍機。その速力は戦術機の視界からすぐさま遠のいていき、その数秒後には映像の中で粒のように小さくなっていた。

 

「——————すげぇな、あれが異星の戦術機か」

 

イーグル4の三嶋武夫中尉は、飛び去っていく連邦軍機にやや圧倒されていた。あれほどの実力は戦術機の性能だけではない。それを動かす人間も化け物クラスの腕前と、耐G負荷適正においても最高ランクに位置するだろう。

 

 

「——————あ」

 

イーグル6の姫路優菜少尉は、何も言葉をかけることなく行ってしまった彼らに何とかお礼の言葉を絞り出そうとしていたが、せっかちな彼らはもうここにはいない。

 

「心配するな、イーグル6。お礼を言えるチャンスは、俺たちが生き残ればいくらでもあるはずだ」

 

 

 

 

一方、イーグル中隊の救援に成功し、嵐山基地へと救援に向かう前にもいくつかの部隊を支援し続けるガルムの中隊。そのスコアはすでに、総数が万以上となっていた。

 

「いくら狩っても、湧いて出てくるな、奴らは」

ブラヴォー8のヴィストンが、湧いて出る奴らに対して愚痴を言う。いくらなんでもこれは出過ぎだと。座学以上の実感を覚えていたのだ。

 

「アーガス少尉、気持ちはわかりますけど、先は長いですよ。中国地方の戦線はこれ以上の地獄だったはずなんですから」

 

そしてここで、ブラヴォー4のゼト・シュバリエ少尉が諫めにかかる。この先連戦が待っていることは確定なのだ。愚痴る前に友軍機を救援する必要がある。

 

「しかし、俺たちが救援に行かないと、至る所で苦境のようだし、まじでこの戦線はどうなるんだろうな。いや、最善は尽くすけど、嫌な予想しか出てこない」

 

アルファー7のモルダ・バジャノフ少尉は、戦力投入の時期を逸し、現段階の奮闘に効果があるのか、不安を覚えていた。

 

「ボヤくな、モルダ。こちらの働きで、帝国軍機、斯衛軍機の損耗を目に見える範囲では抑えている。八幡の最終防衛ラインは遠いが、まずは嵐山砲撃陣地だな」

 

しかし、アルファー2のヒロキ・ウスイ中尉が注意する。ここで行動することこそ、今後の帝国との付き合い方の時に意味が出てくる。故に手を抜くわけにはいかないし、ガルム中隊で脱落者を出すわけにはいかない。

 

「ヤマト中佐は悪天候下で支援も期待できない中、日本海軍艦隊と協力してこれの数倍撃破したんだよな。やっぱさすがだわ」

 

九州防衛のキラに比べれば可愛い数字だ。彼らは浮かれもしない。上には上がある。それを既に思い知っている。

 

 

小休止の状態だが、事態は刻一刻と悪化しているのは事実。このまま中隊規模での遊撃を繰り返すだけでは限界がすぐにやってくる。

 

 

中隊の誰もが感じていた事実——————作戦範囲が狭すぎるということだ。

 

 

「手早く終わらせたが、またすぐに奴らはやってくるぞ。それに、俺にいい案があるぞ、ディル」

ブラヴォー3が、意見を具申する。

 

「アルファー1からブラヴォー3へ。何か策があるというのか、ヘリック」

ここで強さを示しても防衛できなければ意味がない。もっと広い範囲を防衛しなければならないのだ。

 

「—————中隊を半分に分ける。アルファ小隊と、ブラヴォー小隊にな」

 

小隊規模での作戦行動。このままでは八幡最終防衛戦、嵐山基地への救援が成功しても、既に包囲されている京都を守り切ることは出来ない。もはや死に体の大阪に展開中の僅かな部隊を支援し、立て直すことも必要になってくる。

 

両面作戦が必要なのだ。

 

「—————ブラヴォー1からアルファー1へ。俺に異論はない。広範囲に展開することは防衛にも役立つだろう」

 

 

「————是非に及ばず、か。アルファー1よりブラヴォー3へ。分かった意見を採用しよう、ヘリック。全員傾注! アルファー1よりガルムズへ!! アルファー小隊はこれより大阪防衛戦に移行する! ウェイブの輸送艦も急行するはずだ。急げ!」

 

ガルム中隊はここで部隊を2つに分けることを決断。広すぎる侵攻領域と、被害が増え続ける戦場で、奮起しなければならないのだ。

 

「ブラヴォー1からブラヴォーズヘ。引き続きイーグル中隊からの要望を履行するぞ。あの弾幕を見るに、まだ基地機能と砲撃陣地としての効力は残っているだろうが、この戦況だ」

 

「そうね。兵庫の防衛ラインが既に落ちたのは、アメリカ軍の撤退で分かっていることだけれど、このまま近畿地方が抜かれたら、東海地方で陸路の避難経路を使用している民間人にも被害が出るわ。絶対に守らないと」

 

ブラヴォー5のエル・バートレット少尉は、ジグルドの命令を受け、状況を整理する。帝都防衛は何としても行わなければならないが、その帝都が抜かれた場合、避難民にいよいよ被害が出てくるのだ。それだけは阻止しないといけない。

 

「その通りだ、だからこそ彼らも撤退をしないのだろう。こちらのレーダーではすでに至る所は怪物だらけ。包囲され孤立しているにもかかわらず、奮闘する彼らを何としても救援するぞ。ブラヴォーズ、続け」

 

 

了解ッ!!

 

 

 

ブラヴォー小隊の機体は、その進軍速度をもって嵐山、愛宕へと急行する。

 

 

 

近畿地方は地獄と化し、すでに防衛ラインは瓦解寸前。救われる命が多いだけで、大局を動かすに必要なキラも、アスランも九州、四国に釘付けのままだ。

 

そして、実戦未経験に等しいトップガン集団のガルム中隊がどこまで踏ん張れるか。中国地方蹂躙から始まった戦線は大きく変動していく。

 

 

 

 

その数刻前———————————————

 

 

状況は既に大阪に魔の手が及んでいる状況。そして一部のBETAは既に京都へ侵攻してしまっている。

 

 

こうなれば詰みだ。京都は既に包囲されていると言っていい。大阪が完全に陥落すれば、別方向から挟撃される未来が待っている。

 

もはや、戦略的に京都が陥落するのは目に見えていた。

 

 

学徒兵は既に多くが出陣しており、泥沼の戦闘が行われていく。

 

 

そしてそれは、嵐山補給基地も例外ではなかった。

 

 

「—————ここも最前線、なのね」

 

今もこうして九州、四国での防衛は成功している。連邦の切り札が九州、四国に展開していたBETAを駆逐している。あと少しすればBETAの第6陣を殲滅し、背後より近畿地方に殺到するBETAを挟撃できるのだ。

 

唯依は、ここで防衛すれば勝機があると考えていた。

 

すでに出撃を開始しているファング中隊は、長距離火力支援の中で防衛活動を行っていた。

 

「くっ、こんな数で—————」

 

如月中尉率いるファング中隊は、比較的容易ともいえる戦場で初陣を果たしていたことになるであろう。

 

 

だが——————

 

 

「私は、お荷物なんかじゃないよねぇ!!」

 

「え?!」

 

突撃級との戦闘で手間取った志摩子からの物言いは、唯依にとって信じられないものだった。

 

いつもそんなことを考えながら、不安に駆られていたというのか。そんな態度を見せてこなかったことを言い訳に、彼女を知らず知らずのうちに傷つけてしまっていたのだろうか。

 

そして、出撃前に見せつけられた光線級の恐怖と、それを報せる警告音。

 

 

—————あっ

 

無理だ。もう手遅れだ。薬液を投与された影響なのか、直前まで取り乱した感情が沈静化する。高度を無視して飛び回れば、レーザーの餌食になる。座学で散々習ったことだった。

 

 

「—————あれ?」

 

そして光の膜が、志摩子の乗る戦術機を照らした。初期照射だ。そして次の瞬間に撃墜される未来を見てしまった。

 

 

だが——————

 

 

「させるかよ————っ」

 

 

 

「え?  きゃぁぁぁぁぁあ!!!!!」

 

だが、レーザー照射の直前、威力を減衰した何かに攻撃された志摩子の機体は傾き、ロケットモーターに照射を受けるにとどまったのだ。

 

辛うじて致命傷を避けた。しかし、戦術機としては致命的な、足を完全に潰された。

 

「志摩子ッ!? 志摩子ぉぉぉぉ!!」

 

悲鳴のような声をあげながら、安芸が叫び声をあげる。レーザーの即死を避けたが、自由落下する戦術機が地面に激突すれば、ただでは済まないだろう。

 

 

 

その時だった、他の場所でレーザーの警告音が鳴ったのだ。一体誰が————

 

 

しかし、その警告音が別方角より飛来した光の束によってかき消される。

 

 

桃色の光が、光線級がいた方角へと飛んでいき、プラズマによる爆発を起こしたのだ。一撃であの威力、恐るべきレーザーよりも高い威力を持つ何かが、自分たちの命運を救ったのだ。

 

 

「無事か、帝国軍!! こちらガルム中隊を預かるジグルド・F・アスハ中尉だ! そちらの所属と————唯依!? どうしてここに!?」

 

「ジグルドさん!?」

 

救援に現れたのは、連邦軍の兵士ジグルド。そして彼がいるというならば、

 

「お願い、届いてッ!!!! 届きな、さい!!」

 

ブラヴォー5の雄叫びが響き渡り、墜落寸前だった志摩子の機体を受け止めたのだ。スラスターでバランスを取りながら、ゆっくりと着地した彼女は、管制ユニットにマニピュレーターを動かし、無理やりユニットを取り出すことで、志摩子を外へと引きずり出したのだ。

 

「志摩子!? あぁ、よかった—————」

 

安堵の表情が漏れる唯依。諦めかけていたその時、ジグルドが砲撃で志摩子の機体をずらし、ブラフォー5が受け止めてくれたのだ。

 

感謝してもしきれない。とはいえ、かなりギリギリではあったが、

 

「あ、貴方方は—————」

如月中尉も驚いているだろう。連邦政府の精鋭である彼がこんな場所にいることは。

 

「—————こちら連邦軍所属のガルム中隊。貴官らを支援する。よろしいだろうか?」

 

「あ、ああ。だが、甲斐少尉は—————」

 

 

「————ブラヴォー1よりブラヴォー5、彼女を安全圏へ。少しの間だが、貴様の穴は完璧に埋める。ウェイブの輸送艦にも指示を飛ばしておく。迅速に合流せよ」

ブラヴォー1、ジグルドは指示を飛ばす。彼女を背負ったままでは戦闘に支障が出る。

 

 

「了解しました。中尉も無理をなさらないでくださいね」

 

「だが、ブラヴォー5を単独離脱させるわけにはいかない。ブラヴォー7、8。二人はブラヴォー5の護衛を。途中で戦闘を見かけた場合、ブラヴォー5の裁量に任せる。いいな?」

 

「へへっ、隊長の取り分を奪いますぜ」

 

「いいんですか、お供が少なくなりますよ」

 

「軽口が言えるなら問題ないな。ホームでまた会おう。再合流ポイントは八幡だ。ここを突破された場合、京都が無防備になることだけは留意しておくように、いいな?」

 

「「「了解」」」

 

 

ブラヴォー5、7、8は周囲を警護しながら離脱。残るはブラヴォー1から4、6。それでもこの規模の小隊を守ることはできないはずがない。

 

「よし、続く一団を先行して撃滅する、ブラヴォーズ、行くぞ!!」

 

了解!!

 

可変形態になり空を滑空するガルム。そしてその光景は彼女らにとって自殺行為にも等しいものだったが、

 

 

「うそっ—————レーザーを避けながら—————進んでいる!?」

 

山城少尉が驚くのも無理はない。彼らは連邦内でも精鋭部隊の新兵。ジグルドが言ってくれた言葉に偽りはなかった。

 

 

「20000程度では話にならんなぁ!!」

 

 

「これの20倍はもってこい!! 歯ごたえがねェだろうが!!」

 

 

「俺は100倍ほど行けると思うな!!」

 

 

「各機油断するな、目標を確実に始末しろ」

 

空と陸での優位を保ったガルム中隊は、その全てが精鋭の動きそのもの。中でも空を任されている赤い機体は格が違う。

 

 

「自由落下!? そこからの連続噴射の姿勢制御!?」

 

曲芸飛行の様に自由落下のGを顧みない変則機動。ブラヴォー1の耐G抵抗値は基準値以上なのだろう。

 

少ない推進剤で完全回避を行いつつ、高速戦闘中での正確な射撃。

 

 

「狙い撃ちはこちらも負けてねぇぞ!!」

 

地上担当の機体はさらに凄い。突撃級の足を正確に狙い、足止めを行ったのだ。玉突き事故を起こしたBETAに対し、円を描くように散開するガルム中隊。

 

「足を止めろ!! レーザー避け代わりに使うぞ」

 

程なくして小型球も含む個体種も撃滅したガルム中隊。何もかもが違う、自分たちの常識では測れない練度を誇る本物の精鋭。

 

自分たちが苦戦していた相手を苦も無く殲滅する集団。やはり、帝国軍の間でも噂になっていた連邦のトップガン集団は伊達ではない。

 

これがあの、座学を受けに来た年若い青年たちだという実感が湧かなかった唯依達。しかし、目の前の現実が実感するようにと命令する。

 

彼らは強いのだと。

 

「—————よし、ここら一帯はもう大丈夫か————特に敵が進軍している反応もない」

ジグルドとしては、いつまでも一つの部隊に固執するわけにはいかない。

 

他の部隊を見つけて救い出す必要がある。

 

「もう助けはいらないな? 周囲のBETAはあらかた葬ったと思う。俺たちは別の戦場で友軍を救う。生きてまた会おう」

 

 

「あ、ああ。そちらの助力、感謝する」

如月中尉も先ほどから圧倒されっぱなしのようだ。彼らを知る唯依も、実際に彼らの戦う姿を見たのは初めてだった。

 

 

戦術機を上回る高速戦闘と、レーザーを回避できる衛士の腕前。

 

世界にはこれほどすごい戦術機乗り達がいるのだと痛感した。

 

「篁さん。彼らは、連邦軍の————あれほどの技量を全員が持ち合わせていましたわ」

 

プライドの高い山城も、今の動きを見て羨望と心強さを感じているようだ。レーザー回避がデフォルトの中隊など、今まで見たことがない。

 

「へへっ、本当にすごかったんだ」

 

安芸は、とんでもない足跡を残して飛び去るガルム中隊を見て笑顔になる。きっと他の部隊を探し出して助けるのだろう。

 

しかし、暗い声が広がってしまう。

 

「—————なんで、九州の時に行かなかったの? もしあの人たちが九州にいたら、忠道は————」

恋人を瀕死にされた和泉は、それだけの力があるのに、京都陥落手前の状況で参戦した彼らに暗い感情を抱いてしまった。

 

「————ジ、ジグル————連邦軍にだって事情があったんだよ。でも今は味方だよ?」

 

いつまでも彼の名前を呼ぶべきではない。連邦軍の名前を出し、事情があったのだろうと推察する。

 

「で、でも————」

尚も反論する和泉だが、

 

「少なくとも、連邦軍は進んで兵士を死地には送らないつもりだった。切り札と呼ばれる二人を派遣して、BETAの脅威を推し量ったのでしょうね」

 

山城は少なからず外の情報を知り得る手段があったのだろう。だから、簡単に情報が手に入っている。

 

巖谷中佐から知ることが出来た唯依と同じレベルの情報を。

 

「—————私たちの想像では助からない恋人さんも、連邦の、私達にとって未知の技術を用いれば、助かるはずではなくて?」

 

そうだ。こうも想像を超えた事実を出し続けているのだ。彼らなら瀕死の恋人をも救えるかもしれない。

 

「う、うん————だよね、忠道がそう簡単に死ぬはずがないもの!」

 

「なら、私達のやるべきことは戦場で生き残ること。許嫁さんに会えなくなるわよ?」

 

 

その後、山城の説得に近い物言いでバイタルが安定した和泉。きっと自分にはあそこまで言葉が回らない。さすがすぎると唯依は思う。

 

 

 

そして、数分後亀岡戦域東端、嵐山基地の救援へと向かう嵐山中隊は、難なく嵐山基地の防衛に成功。近畿に流れてくる個体数はまだ他の戦場に比べると少ないといえる。

 

なお、それは九州、四国での絶望的な戦力差をひっくり返すキラとアスランの存在がかなり大きい。

 

九州、四国での足止めは大きく、キラとアスランが釘付けにしている大量の主力BETA群が撃滅されていることが大きい。

 

そんなバカげた戦果をたたき出す二人に対し、隊を預かる者として如月中尉は深く感謝の意を抱く。

 

—————————遠い星の些末事に、ここまで身を粉にして動くとは、感謝の念を抱く以上に、申し訳なさが先立つ

 

彼らの覚悟を無駄にしない為にも、ここで倒れることもできない、ここで帝都を守り切れないこともできない。彼らが立ち上がった理由が、泡沫の如く消え去るのは申し訳ないと言えるのだ。

 

 

—————四国、九州が陥落していないことから、挟撃は十分に実現可能だ。

 

中国地方の陥落から近畿の危機的状況は想定外ではあるが、それでもまだ絶望的な戦いというわけではない。

 

しかし、BETA側も侵略が進まないことで業を煮やしたのか、そもそもそんな感情があるのかさえ不明な相手だが、鉄源ハイヴ以外からも大量の軍団が投入されていると、衛星からの確定情報もある。

 

つまり、BETA群の今回の襲来は、複数のハイヴより大量に投入された史上類を見ない圧倒的な進軍ということになる。

 

その為、キラとアスランは九州、四国の守りを疎かにすることは出来ず、身動きが出来ない状態なのだ。

 

 

その為挟撃など期待できるはずもなく、到底救援に間に合わない距離であった。

 

 

「嵐山基地、応答してくれ、こちらは嵐山中隊——————」

 

 

 

大阪に急行するディルムッドたちは絶望的な戦いを強いられている部隊を救うことで手一杯となっていた。ブラヴォー小隊の補給路となっているミカエルは既に琵琶湖を出立。アルファー小隊の補給としてアーガマもまた紀伊水道を目指し南下を開始している。

 

 

だが、

 

 

「早く逃げろよ!! そんな機体状況で、何が出来るんだ!?」

 

「将軍殿下の為、ひいては帝国の未来の為————」

 

「ここで退却など、できるものか!」

 

傷だらけの機体状況で尚も闘志を隠さない帝国軍兵士。どうしてそこまで戦える。何が彼らを駆り立てるというのか。

 

「ちぃ!! アルファ小隊はこの最前線で戦線を維持する。この我慢強い馬鹿どもが満足するまで、ここを維持しつつ前進、遅れるなッ!!」

 

「アルファ2了解! そうだ、目の前の命は助ける!! それが今の、我々の戦う理由だ!!」

 

アルファ小隊各員も賛同し、大阪での援軍の当てのない絶望的な戦いを強いられることになる。

 

大挙して押し寄せるのは、大型種の軍団。

 

 

「あれが要塞級か! 奴の足を狙え! 足を潰して、腹を仕留める!! 俺が初弾、アルファ4続けぇ!!」

 

「了解っ!!」

アルファー4チェン・ウェイツ少尉がディルムッドの後に続く。完ぺきなフォローワークで背後につくのだ。

 

そして程なくして、ディルが6本足のうちの3つを破壊し、バランスの崩れた要塞級は地面へと激突。

 

「よろめいた瞬間を狙い撃つ!」 

 

そして小型種が潜んでいるだろう腹を貫通し、爆散四散する要塞級。これであの場にいた小型種は殲滅しただろう。

 

「パーフェクトだ、アルファ4!! 次も頼むぞ!」

 

ガルム中隊による救援活動。二人の英雄がいない中、自分たちのできる範囲で命を救い続けていた。

 

「—————我々では、彼らの足手まといだ————」

 

 

観念した隊長は、諦めたようにつぶやいた。

 

 

「撤退するぞ、ウォール中隊。このままここにいては、それこそ不忠だ」

 

「—————ここは彼らに託す。我々は次に備えるのだ。今度こそ、勝利とともに役目を全うするために」

 

ガルムの足手まといになるなら戦場を離れる。戦場でより多くの命を救える彼らの足かせになるわけにはいかないという理念の下、撤退を選択した帝国軍。

 

「—————ほんと、いい奴らばっかりだよ。帰ったら祝勝会をしたいものだ」

 

「ですね。あ、隊長はだめですからね、未成年なんで」

 

「分かり切ったことを言うな。そこはちゃんとルールを守るさ。けど、生き残れば、無礼講もありだ」

 

なんだかんだ言いつつ、戦局は変えられなくても、ガルム中隊は自分たちの願いを全うする。

 

地獄の番犬たちは、地獄が顕現する1000年の都で躍動する。その先に彼らの願いはかなうのか。

 

 

だが、彼らはここが戦場であることを知り、そして理解していなかった。

 

 

戦場は、どれだけの規模であっても、戦場なのだということを。

 

 

 



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第十五話 届く未来と・・・・

あけましておめでとうございます。

今年度もよろしくお願いします。

アニメも終わり、最後の最後に第一話以来出番のなかったあの少女。

頼むから死なせないでほしい。最良で宗像さんらと一緒にあそこで離脱してくれ

間違っても最後まで行ってほしくないですねぇ・・・・・

まさか佐渡島でとかやめろよ・・・・・ほんとやめてくださいおねがいします。

というかクーデター篇で命の恩人と殺し合いしていたとか、知らないでしょうねぇ

知っていたらまあ、「誰だよこの脚本書いた奴!!!」とか怒鳴りそうです。



ガルム中隊の参戦で、大阪、京都の戦線が押し上げられた。しかしそれも一時的なものになってしまうのも時間の問題だ。

 

彼ら自身が痛感している展開範囲と、遊撃範囲が限定されてしまうこと、さらにいえば、遊撃と兼任で帝都防衛の任を背負っていることがあげられる。

 

そうでなくても、第二防衛ラインは食い破られ、最終防衛ライン、絶対防衛ラインも丸裸同然の今、いつ帝都が落ちても不思議ではなく、彼らの任務は過酷を極めている。

 

 

京都が戦線に入ったことで、もはや予断の許さない状況と化しており、御所周りも慌ただしくなっていた。

 

京都御所は程なくして放棄されるだろう。そして将軍殿下もまた、京都を離れなければならない。

 

すでに、煌武院悠陽を含めた非戦闘員は帝都を離脱。病床となりがちな政威大将軍もその前に離脱しており、それを守護したのは斯衛軍の師団。

 

彼らの上層部も理解しているのだ。連邦軍の力を以てしても帝都は守り切れないと。自分たちは戦略を誤ってしまったと。

 

それは内閣閣僚も悟り始めた残酷な事実ではあるが、まだ諦めていない者がいた。

 

 

「—————くそっ、連邦軍の初動が遅すぎたんだ。もっと早く派兵が決まっていれば。」

 

少なくとも、広島辺りで止められた。第七艦隊の配置が整えば、朝鮮半島にだって逆襲できた。ウェイブは悔しさにこぶしを握り締めていた。

 

彼は商人でありながら、ロンド・ミナ・サハクの師事を受け、フェアネス・ツヴァイクレ氏との交流を深めた彼は、ある意味でリオンを超える影響力を有していた。

 

彼女らから託された、アストレイの後継。ゴールドフレーム・フルバーニアン。機体整備は既に終わっており、彼が乗り込むだけであった。

 

だが彼は、その事実に悩みを抱えていた。結果として多くの兵士、民間人を救うことが出来たが、届かなかった現実も思い知らされた。ここから兵士一人分の働きをしたところで、なにを変えることができるのか。

 

しかし、判断が遅すぎた全てに憂鬱な感情を抱く彼を、支える女性がいた。

 

「—————それでも貴方が、貴方方が救った命があります。それを私は誇りましょう。その行いを誇りましょう。だから、その無念を背負うのであれば、私にも分けてください」

 

恭子は悔しさをにじませるウェイブの手をやさしく握りしめる。

 

「—————これでもう、俺も前線に出なければならなくなった。ガルム中隊は大阪で今も逃げ遅れた部隊の撤退を支援している。そして、京都でもだ」

 

二方面に部隊を分け、前面にディルムッドが展開。京都ではジグルドが作戦行動中だ。

 

「あの野郎。無茶しやがって—————今行くぞ、ジグルド、ディルムッド。恭子さん?」

 

 

「—————ええ、わかりました。機体受領、確かに承りました」

誰かと通信をしていたらしい。彼女がする相手と、あの言葉遣いから察するに、目上の人間だろうか。

 

「—————どうかしたのかい、まさか高位の者の出陣はだめとか、そういうものかい?」

 

「斯衛軍の機体を動かすなと、殿下はおっしゃられたの。ですが、私の知り合いが抜け道を用意してくださったのです」

 

「—————帝都だけではありません。本当は、大阪にも救援に向かいたかったのですが、それは叶わぬ話。されど、貴方の信頼に値する者がいれば、託すことが出来ます」

 

こそばゆい気持ちになるウェイブ。ジグルドのことを信じてもらえるのはいいが、ここまで信用されたら、何としてもお力になりたい。

 

「—————少し時間がかかりますが、行きましょう。私の新たな機体が、そこにあるというそうですから」

 

そしてウェイブは、彼女の機体を見て確信したのだ。この帝国ならば、この世界はこちらのモビルスーツを製造できる基礎技術力を有していると。

 

 

 

一方、四国にて防衛に成功した帝国本土防衛軍だったが、足止めを食らった状況だった。

 

キラを九州に残し、四国へと侵入するBETA群を叩く。そうすることで、近畿地方への挟撃を防ぐ策がたてられたのだ。当然、アスランは四国に反撃の余力を与える為、移動することとなった。

 

「くそっ、キラがいないと火力が足りないか!」

 

圧倒的な近接格闘能力で寄るものをすべて叩き切るアスランだったが、対人能力で光る格闘能力も、軍団の前では非効率でしかない。

 

「もう少し火力を求めるべきだったか、こいつにも」

 

戯言を吐きながら、これで10万ほどのBETAを切り捨てた事になるアスラン。

 

「ザラ大佐! ここは我らに! 丸一日戦闘を行っているではありませんか!」

 

「案ずるな。キラほど負担は大きくない」

 

すっかり帝国軍と仲良くなっていたアスラン。圧倒的な実力で味方を救い続け、命を掬い続ける。

 

キラと同じく彼は救世主扱いだった。

 

「くそっ、やはり奴らの物量は馬鹿にならないな。反撃しようにも、これでは時間がかかり過ぎてしまうっ」

 

旅団規模のBETAをどうにか殲滅出来たアスランたちではあったが、挟撃を成功させるためには時間が足りない。

 

前面にガルム中隊が展開しているとはいえ、彼らは総勢16機。しかも、中隊を二つに分けており、一部が救出任務に従事している。

 

いつ絶対防衛ラインが瓦解するか分からない。

 

 

————馬鹿な真似はするなよ、ディルムッド、みんな!

 

逸る気持ちを抑えながら、アスランは四国を守護し続けるのだった。

 

 

そして、ブラヴォー5らに伴われ、輸送艦に収容された甲斐志摩子は意識を取り戻した。

 

「—————なんで、私—————あの時————」

思わず体を抱きしめてしまった志摩子。確かにあの時レーザー照射を受けたはずなのに、生きている。そして知らない医務室に寝かしつけられていた。

 

「あれ? なんで、なんで涙が————止まらないよぉぉ……」

 

極限状態から解放され、薬物で思考制御されていた状態から解き放たれた彼女は、感情を抑えつけることが出来なかった。

 

戦場で殺されかけた恐怖、結局唯依の足手まといだったかもしれない自分への失望。ぐちゃぐちゃになった心を壊さないことが精いっぱいだった。

 

「—————私は、私、は——————」

 

仲間はどうなったのだろうか、今も戦っているのだろうか、それとも————

 

 

「目が覚めたかな、お嬢ちゃん」

 

そこには初老の白衣の男性がいたのだ。どうやら手当てをしてくれたのは彼らしい。

 

「ああ、手当は看護婦がしたのでな。それほど重傷を負っていたわけではないし、服装が服装だ。席を外させてもらったよ」

 

柔和な笑みで微笑んだ老人。その笑みだけで涙が止まらない。自分は助かったのだと、自分だけが一足先に助かってしまったのだと。

 

「—————私を、助けてくれた人は—————」

 

「ああ、ジグルド君か。君の機体に弾頭を当てて済まないと言っていたよ」

 

 

唯依と戦術機談議で熱くなるジグルド・F・アスハ。その人が自分の命運を救ってくれた。まるで白馬の王子様の様だった。

 

颯爽と戦場に現れ、きっと誰かを救うために戦っているのだろう。

 

「——————助けてくださって、ありがとう、ございます」

 

志摩子に出来ることは、もはや祈るだけだった。まだ戦場にいる仲間の安否を祈るだけ。

 

「ドクターハサン、急患です!」

 

「わかった、すぐに向かおう」

 

老人—————ハサンと呼ばれた男性は病室を後にし、自分ではない誰かの命を救いに行く。衛士だけが、軍人だけが戦っているわけではないことを、あらためて思い知る志摩子。

 

————唯依、みんな。どうか無事で—————

 

 

その頃、志摩子の祈りは届かず、嵐山中隊はデータリンクの制限という致命的な条件によって窮地に陥っていた。

 

そう、断続的に流れてくるBETA群は、広範囲に浸透するように侵攻を強めていた。九州、四国で打ち漏らした、悪く言えば素通りした健在な個体軍団が迫るのだ。

 

 

そして、ブラヴォー小隊はこの戦域を離脱し、最前線の空へと飛び去って行った。それはいい。優先されるのは最前線の最激戦地域である。

 

だが、その選択は実戦経験の浅い彼女らに致命的な隙を生み出すことになった。

 

 

「なぜだ!? 愛宕はまだ生きていたはず!? なっ!?」

 

嵐山の防衛が完了した際、残る愛宕の撤退を支援するために急行したのだが、もはや手遅れの状態だった。

 

砲撃陣地は化け物の巣窟となり、生き残っているものは存在しない廃墟だったのだ。

 

 

原因は、戦車級が山脈を利用し、浸透し過ぎてしまったためだ。突撃級などとは違い、小回りの利く彼らはこの山地を利用し、愛宕砲撃陣地を強襲。乱戦状態となった戦場に遅れてきた突撃級の襲来。

 

これはガルム中隊が光線属種掃討に固執するあまり、その他の中・小型種を軽視してしまったが故に起きた連邦軍のミスだった。

 

ジグルドたちは真面目にBETAを分析していた。だが、帝国の、この星の戦術を理解しきれていなかったのだ。

 

光線属種の脅威は確かに存在する。しかし、軍人を最も殺したのは戦車級を筆頭とした、中小型種による圧倒的な物量。彼らの立場であれば、近づかなければ取るに足らない相手。

 

上空での制空権を確保できる自分たちならば、その脅威に怯える必要性すらない。

 

だが、この星の軍人にとって空を飛ぶことはタブーとされ、彼らの戦術に適合しない。

 

 

 

結果として絶望的な電撃作戦の前に、砲撃陣地は崩壊してしまっていた。

 

さらに、斑鳩少佐からのデータリンクの情報提供を受け取り、中国地方は既に帝国軍が完全に駆逐されており、近畿地方では神戸の防衛網は既に消滅。明石の防衛拠点とは連絡がつかない状況だった。同様に丹波、宮津の拠点も通信途絶、現在に至るまで情報は更新されていない。

 

文字通り、帝都を守る第一防衛線は、完全にその機能を消失したといって過言ではない。

 

 

さらに悪いことに、中国地方山陰方面より散発的に上陸を繰り返すBETA群を迎撃する存在がいないことで、東進を続けるBETA群の規模が倍増。

 

なお、日本海に展開していた帝国海軍は、光線属種との交戦で少なくない被害を受け撤退。戦艦2隻が中破するなど、無視できない損耗を受けていた。

 

 

またキラ、アスランと交戦しない個体種の大量の侵攻により、九州、四国よりも近畿が陥落寸前という前代未聞な状況となっていたことを知る。

 

そして先ほど大阪は、帝国陸軍、国連軍による組織的な抵抗は完全に沈黙。ディルムッド率いるアルファ小隊が何とか侵攻を食い止めている状態だった。つまり、ディルムッドはキラとアスランと同様に身動きが取れない状況となった。

 

苦肉の策として母艦アーガマは光線属種の射程範囲内に進軍し、ただでさえ少ない8機の小隊各機をローテで回す異常事態。物資が途切れた瞬間、連邦軍としては撤退するしかない。

 

不幸中の幸いにして、紀伊水道に接する和歌山、奈良等の近畿南部への侵攻は阻止されており、ガルム中隊所属のアルファ小隊の活躍がなければ、南部と北部からの挟撃の憂き目に帝都は見舞われていただろう。

 

山陰からの上陸の影響は大阪だけにとどまらない。近畿方面北部より襲来するBETA群は舞鶴を瞬く間に飲み込み、篠山の防衛ラインを食い破ったのだ。

 

 

 

第二帝都、東京では滝元官房長官が連邦軍の参戦でも帝都陥落は免れないのではないかと心中で諦念が支配しつつあった。

 

「———————状況は混沌としている。九州、四国の間引きがなければ、近畿は壊滅状態となるだろう。彼らを動かすことは出来ん—————」

 

現状、ガルム中隊の参戦で亀岡、大阪の陥落は免れているが、大阪方面は司令部が機能していない。在日米軍も撤退しており、第二帝都から発進した第七艦隊主力が間に合うかどうか。

 

 

現在ジグルドたちは、それ以外の最激戦区、高槻、八幡方面へと急行しているのだ。京都陥落待ったなしの最悪の状況下で、彼らは最前線へと飛び込んでいる。ここで時間を消費している場合ではなかったのだ。

 

そして、再出撃となったブラヴォー5らも八幡を目指している。母艦であるミカエルも京都に進駐し、艦砲射撃などで漸減行動に移っているが、効果は薄い。

 

 

八幡方面の絶対防衛ラインを守るには最低限砲撃支援が必要となるが、その砲撃支援が間延びしたことで、守備隊も少なくない被害が出ている。

 

 

 

 

話を戻し、元々嵐山基地と愛宕の砲撃陣地は、それを支援する重要な拠点であった。

 

 

だが、嵐山基地は少なくない損害を出し、愛宕砲撃陣地は救援が間に合わず陥落。

 

 

兵士級、闘士級の強襲により基地機能は半数が消失。嵐山は後に基地放棄と爆破が決定される。

 

「どうなってるんだよ!! 連邦軍の人たちがこの一帯は殲滅したんじゃないのかよ!」

 

「まって安芸! ファング3、山城さん!! 光線属種の存在は!? 先ほどから姿が見えないわ!」

 

連邦軍人たちの愚痴を言う石見だが、唯依が宥める。あの人たちがそんなことをするはずがないと。

 

「この付近にはいないみたいですわ、まさか彼ら、レーザーだけを狙って…‥」

 

 

その選択は実に合理的だ。飛翔が可能であれば、戦術の幅が広がる。しかし奴らの物量は侮れない。下手に飛翔して全滅となる可能性もある。

 

「無駄口を叩くな、新米ども!! 戦闘中に考え事か!! 死ぬぞッ!!」

 

 

「「「りょ、了解!!」」」

 

 

小型種の戦車級を射殺しながら、石見安芸少尉を含む三人は返事をする。如月中隊長も言及こそしていないが、先ほどから支援砲撃だけで一方的にBETAがやられている。

 

細々とだが、どこかの艦隊が放っているのか、それともまだ付近で生存している部隊があるのか。

 

——————基本通りの動きをしていれば、絶対に大丈夫なんだ!!

 

弟は、末代までの恥と言われた。家族に強く、刻まれるようにそう言われた。

 

——————味方誤射による戦死。無駄に被害を広げた————ッ

 

弟は、戸籍からも抹消された。家の恥、存在することすら許されなくなった。

 

—————死の8分を乗り越えて、絶対に‥‥‥絶対に‥‥‥っ?

 

視野が、彼女の未来が、彼女にとって無視できない雑念によって狭まっていく。基本通りの動きに固執し、非常時の動きが必要となった時———————

 

「——————あっ」

 

彼女が最後に見たのは、死骸と思われていた要撃級が動き始め、片腕を消失した状態で襲い掛かってくる光景だった。

 

 

 

 

もうここには、英雄はいない

 

 

 

 

 

 

「安芸ィィィィィィ!!!!!」

能登少尉が絶叫する。目の前で友人が、仲間が、管制ユニットごと押しつぶされる光景を見て、平静でいられるはずがなかった。

 

無論唯依も、初めて出てしまった仲間の死の光景に、ショックを受けていた。だが、薬物投与がその動揺を許さない。仲間の死が薄っぺらく思えてしまう自分の感情を、主観的に感じ取ることも出来ずに、あるがままの事実として受け入れるしかなかった。

 

受け入れることを強いられていた。

 

機体から流れ出る赤い液体。それだけで、彼女の未来がこの瞬間に終わったことを明確に、鮮明に、彼女らにつきつけるのだ。

 

「安芸っ、 そんな…‥ッ」

 

「援護しなきゃ、援護しないとっ!! 安芸ッ、安芸ッ!!」

 

 

「バイタルを確認しろ、能登少尉!! 奴はもう何も言わん! ここも撤退する! これ以上ここを守護する理由はない」

 

彼らがいなくなった途端に2名が死んだ。要撃級の強襲を何とか退けたものの、彼女らには多くの薬物投与を強いてしまった。

 

しかも、殺したと思われた個体からの逆襲というあまりにもあっけいない最期。ファング3がすぐに仇をとったが、やはり経験不足は否めない。

 

————何と情けない。彼らがいないだけで部下を死なせてしまった。

 

 

 

————後は任せる。何とか頑張ってくれ、必ず帝都は死守する!

 

 

彼らのエールを無駄にしてしまった。今はただ彼女らとともに生き残る、それだけが未来なのだ。

 

 

次々とマーカーロストする友軍機。訓練兵たちの命が散っていく。弾薬にはまだ余裕があるが、戦術薬物の効力も使えば使うほど短くなる。

 

 

そして嵐山中隊は残存機6となっており、一名は連邦軍に保護されている。まだ学徒兵にさえ満たない見習い兵士にしてはよくやっているといっていい。

 

 

その嵐山基地撤退の支援へと急行する最中、それは起きる。

 

「うわぁぁぁぁぁ!!!!!」

 

何かが機体に引っ掛かり、バランスを失った彼女は致命的損傷を負うことになる。

 

「な、何が—————」

 

森林に潜んでいた戦車級に取りつかれてしまったのだ。機体損傷した状況下での生存は不可能。まさか彼女らよりも先に行くことになるとは考えもしなかった。

 

「隊長ッ!! 如月隊長ッ!!」

 

「そんなっ、隊長がッ…‥」

 

第一小隊は無事に突破出来たようだった。ファング4、ファング9から隊長を呼ぶ悲痛な声が聞こえる。レーザーによる撃墜の危険性も考慮される状況、その被害がなかったことは、彼女ら二人にとっては幸いだった。

 

彼女らがついに知らないことではあるが、周辺のレーザー属種はブラヴォー小隊の活躍によってほぼ狩り尽くされており、高度制限についてはそれほど考える必要はなかったのだ。

 

結果的に、如月大尉は既定高度を維持したがゆえに、森林に潜む戦車級の接触範囲に入ってしまい、高度を維持できなかった二人は助かったのだ。

 

訓練通りの規定、動きだけでは生き残れない。訓練上りの彼女らにとって、それは惨い戦場だった。

 

「早く行けっ!! 八幡の最終防衛ラインを目指せ!!」

 

「りょ、了解っ!!」

 

戦車級に取りつかれ、脱出装置も機能しない。否、脱出装置が機能したとしても、この戦域ではもはやどうにもならない。

 

——————進退窮まったか

 

情けないことだ。高槻、大阪、八幡では彼らは戦い続けており、壮絶な戦域となっているだろう。こんな場所で、彼らと共闘できずに果てるのは無念であり、最後まで皇帝陛下、将軍殿下に忠義を尽くせない不忠を悔やむ。

 

第一小隊の生き残りは、ブラヴォー小隊が切り開いた空によって、八幡へと無事にたどり着くだろう。第三小隊も、第二小隊もよく頑張っている。

 

彼女らも程なくしてここを通るだろう。

 

——————ならばせめて、部下どもの露払いをさせてもらうまで————ッ

 

 

そして、如月中尉は自爆装置を押し———————

 

周囲に集まっていたBETAの群れを道連れにしながら、壮絶な最期を彩ったのだった。

 

「あぁ……ああぁ……」

 

圧力注射による薬物投与でも誤魔化しきれない中隊長の最後。しかし、中隊長の最後の行動で、周辺のBETA群は薙ぎ払われた。

 

————いろいろな人に恩を貰って、このまま死ぬわけにはいかないっ

 

 

————このまま死ねない—————

 

 

唯依の心を支配するのは、ただそれだけだった。もはや永遠に恩を返す機会が失われた人たちに恩を返す方法は生きること。生きて信念を貫くこと。

 

もうそうすることでしか、恩をお返しすることができない。そして、他の誰かにその恩を捧げる必要があるのだ。

 

「——————ここもいつ増援が来るか分からない。行こう」

 

残ったのは、先行した第一小隊の2名、第二小隊は自分と能登少尉、離脱した志摩子を除けば2名、第三小隊は上総だけ。初陣にしてはなかなか粘っていると言えるのは、客観的な事実であるが、それは感情論を排した冷徹な計算と言える。

 

深刻なのは隊長機を失い、経験の浅い篁唯依が先任であること。中隊規模の戦術機部隊が今や約半数となっていることだ。

 

先ほどデータリンクからみるに、多方面から再度浸透したbeta群によって嵐山は包囲されつつあるのだ。この場にいてはまず生き残れない。

 

しかし、この包囲された状況を座して待つわけにもいかない。

 

彼女らは生きる未来を探るべく、自力での脱出方法を思案するのだった。

 

 

 

 

その数刻後、京都周辺の防衛ラインにて。

 

 

「ここで防衛ラインを!? ここは八幡、ということはここが絶対防衛ラインの一角————」

 

志摩子を収容したブラヴォー5、7、8は再度出撃をして京都の戦場に戻ってきた。ここで大規模な戦闘が行われていることを察知し、補給を終えてから急行したのだ。

 

 

ここを抜かれた場合、帝都は火の海になることが確定している。ここも死守せねばならない。

 

 

第二帝都を出発した第七艦隊主力はもうすぐ紀伊水道を通過。あと数時間後には砲撃支援を行える状態となるだろう。希望はある。ここで粘れば援軍は来る。

 

「貴様らは、連邦軍の」

 

そこには、ウルフ中隊と呼ばれる帝国陸軍の面々が防衛行動中であった。すでに御所周りの撤退は完了しており、見慣れない機体と斯衛軍の新型が暴れまわったとのこと。

 

 

最終防衛ラインの死守が求められ、彼らはここで陣を張っていたのだ。

 

「ここが帝都絶対防衛ラインと聞き及んでいます。他のガルム中隊が救援に向かっている中、ここを落とされるわけにはいきません」

 

「勝手ながら、助太刀いたします」

 

ブラヴォー5、7,8が共闘を提案する。それに対し、ウルフ中隊は—————

 

「…‥国連とアメ公に頼るよりはましか。共闘を受け入れよう。貴様らには、俺たちの生徒を助けてもらった恩があるからな」

ウルフ中隊の隊長、真田大尉は荒島や守備隊であった彼女らの教官に相当する人物であった。意外な縁に、ガルムの面々は驚く。

 

ウルフ中隊は帝都御所の守りを当初担っていたが、輸送艦による退避が完了し、各地の劣勢続きの戦場を渡り歩き、補給を受けつつも脱落者を出さずに戦闘継続していたのだ。

 

その途中、彼女らと出会い、エル・バートレット少尉はその最新の近況を聞くことが出来た。

 

「嵐山の!? では、無事にここまでたどり着けたのですね!?」

ブラヴォー5は少女の仲間らがまだ生き残っていることに安堵する。ジグルドとともに救った命がここまで来た。

 

 

 

その後を知りたいと思うのは自然だろう。だが、次の言葉で彼女らは愕然となる。

 

 

 

「結構やられていたな。残っていたのは5機ほどだ————新兵とはいえ、あそこまで生き残ってくれた。無念ではあるがな」

 

 

「そ、そんな—————」

 

ブラヴォー5、エル・バートレットは悲しみを隠せない。助けたと思った命はすでに失われていた。このことは戦闘終了後に隊長に言うべきだろうと判断した。

 

18人中すでに12名がこの世にいないのだ。拾った命があったとしても、この戦場はこれほどまでに厳しい。

 

 

 

——————この地獄で、つい貴方を思い浮かべてしまう私は、まだまだ未熟なのでしょうね

 

 

エル・バートレットもまた、約20年前の大戦で救われる側だった。命運が消えかけた瞬間、白い機体と赤い機体に救われたのだ。

 

そう。あれは赤い彗星の名が一躍有名になった一戦。

 

低軌道戦線という名の戦いだった。彼女はその時、一隻のシャトルの中にいた。

 

漆黒の空に煌く、赤い彗星。宇宙を駆ける原点にして最強無双。リオン・フラガ。

 

 

自分を救ってくれたリオン・フラガには恩を返すことが出来ず、その片割れであるキラ・ヤマトに恩を返したいと軍門をたたいた。

 

そして、今日に至る。自分たちも出来たつもりだった他の者に恩を与える行為。しかし、救えなかった事実がのしかかる。

 

「全部救えるなどと思うなよ! 貴様らの介入で、犠牲者は格段に減っている。神様になった気分で気落ちするな。そこまで帝国は落ちぶれちゃいない!」

 

隊長格である真田大尉はエル・バートレットの沈痛な面持ちを理解し、乱暴な物言いだが気にするなと気遣う。

 

「————ですが、このエリアは死守しなければなりません。それが隊長たちの命令であり、この国の未来につながると信じていますので」

 

「ふっ、未来とは、大きく出たな、連邦軍」

 

ウルフ中隊と共闘することになったエル・バートレット少尉とブラヴォー7、ブラヴォー8。今度こそ目の前の命を救うと決意する。それに、隊長たちももうすぐここに来る。

 

—————だが、悪くないな

 

真田は思う。こんな頼もしい援軍でありながら、傲慢さを見せない中隊。連邦軍は本当に国連とは違うのだと悟るのだ。

 

————そうだな。私も死ぬわけにはいかないか

 

 

 

一方、彼女らを全員救うことが出来なかったエルたちではあったが、今生きている命を優先しようと切り替える。ここで止まればだれかが死ぬ。

 

——————私の今を繋いでくれたあの人の為にも、今度は私が、誰かの未来を繋げるんです!!

 

それは避ける必要があった。自分の今を守ってくれた人がいるからだ。

 

「ブラヴォー5より、ブラヴォー7,8! ウルフ中隊とともに戦線を維持する! 第二帝都から急行する第七艦隊が来るまでの時間を稼ぐッ! 紀伊水道から北上する第七艦隊の現着まで耐えるのよ!」

 

「了解した!」

 

「ああ。ここで死ぬつもりはない。一網打尽にしてやる!!」

 

今も京都で尽力するウェイブの助けになるのだと、三人は意気込んでいた。

 

 

 

 




彼女らの死亡を書くことに、強い抵抗感を覚えました。

原作をプレイするほど心を抉られる。2週目以降、序盤をプレイすると猶更です。

この戦いで甲斐志摩子は生存しましたが、本当に意識改革しないと次で死にます。このままでは。

なお、没展開として

・最初の邂逅で、彼の目前で志摩子がレーザーに撃墜される。

がありました。



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第十六話 解き放たれた双瞳

帝都防衛戦、第七艦隊が来るまで粘ることができるのか。


そして、粗方の学徒兵を救い続けていたジグルドたちは、最後に目視で確認した戦闘記録を頼りに京都駅へと向かっていた。

 

何より、京都駅方面から照射を受けたことで、ブラヴォー小隊の間で緊張が走る。

 

—————最後尾にいるはずの光線属種が、なぜ在り得ない方向から

 

もしかすれば、自分たちは致命的な、誤った認識を持っているのではないか。

 

 

「—————おかしい。ここは絶対防衛ラインが守るべきエリアのはずだ……なのに、これは一体ッ」

 

ジグルドは妙な胸騒ぎを感じていた。あのマーカー、一瞬だがどこかで見たことのあるものだった。しかし、帝国と共闘したのは複数であり、一体いつ見たものというのか。

 

ジグルドの勘が囁くのだ。悪い方向へと悪い方向へと、彼がそんなはずはないと考えている予想が、現実なのだと。

 

 

「ですね。京都駅に立ち寄る途中、要塞級と何度も交戦しました。ここはもう突破をされているのでは?」

 

ブラヴォー2クロードは、ジグルドの危惧は間違いではないと具申する。

 

通常、BETAの軍団は、前衛の突撃級、中衛の戦車級、光線級、要撃級等がおり、その後衛に要塞級が居座っている。後衛にいるはずの要塞級がここまで入り込んでいることは、すでに突撃級の強襲を受けている可能性が非常に高い。もはや予断を許さないどころか、この一帯は手遅れである可能性も出てきた。

 

 

「機体の動きが止まった京都駅に向かおう。ガルム中隊続け」

 

 

了解!!

 

 

周囲を警戒しつつ、見通しの良いビルの屋上で数機が警戒態勢を取り、残りが京都駅を目指していた。

 

——————この感じ、何がッ…‥

 

 

ジグルドがレーダーよりも光学カメラが視認した先には、要塞級に襲われている瑞鶴が複数機飛び回っており、何とか触角の一撃を回避しようと逃げ回っていた。

 

「そんな、京都駅付近に、要塞級!? なんで、なんでよぉぉぉ!!」

 

「そんな、せっかく生き残ったのに!!」

 

 

——————要塞級!? なぜこんな場所に!? ここに奴らにここまで入り込まれたということは、やはり‥‥ッ!!

 

ジグルドは瞬時に最悪の予測を導き出した。八幡の絶対防衛ラインが瓦解したとの報告はない。だが、その他の戦線は通信途絶で不明のまま。

 

——————八幡以外の多方面から、既に京都は‥‥‥‥

 

 

守るべき都は、既に終わっていた。彼らの作戦は、すでに失敗していた。

 

千年の栄華も何と無惨なことか。異星起源主の蹂躙を許し、見る影もない。

 

「おいおいおい!! どういうことだよ!! なんだよッ!! なんで帝都が!!」

 

 

「くそっ、今はあの2機を支援するぞ!! ———ッ、全機回避機動っ!!」

 

 

ジグルドの背中に悪寒が走る。要塞級からではない、小型種程度のレーダー分布する個体から、強烈なイメージを感じ取ったジグルドが、回避を叫ぶ。

 

放たれるのは、刺客から迫りくる閃光。それは、人類を恐怖のどん底に突き落とし、空を奪った元凶。彼らは掃討し尽くしたと信じていたもの。

 

「うおっ!? レーザーだと!? 俺らが狩り尽くしたはずだろ!? どうなってるッ!!」

回避するヘリックだが、思わぬレーザー攻撃に唖然とする。もうかり尽くしたはずなのに、まだ生き残りがいたとは。

 

「要塞級からの排出です!! 座学でも学んだでしょう!! 奴の腹の中に小型種がいるって!! 応戦しますッ!!」

 

ゼトが今更要塞級の概要を口走る。絶対にとどめを刺し、且つ腹の中全てを掃除しないといけない存在。でなければ、たちまち彼らは制空権を奪われるだろう。

 

「まずいっ、逃げてッ!!」

 

「しまったっ、君達っ!! ビルの陰に隠れてッ!!」

 

アンリが気づき、続いてクロードも注意喚起する相手はブラヴォー小隊のメンバーではなく、救出に向かっていた瑞鶴の2機。

 

それは一瞬のことだった。何とかビルの陰に隠れた1機は助かったが、もう1機はレーザーの一撃で撃墜されてしまったのだ。

 

回避は困難だった。だが悲劇は終わらない。市街地という限られた空間で、死角から攻撃を放つBETAの攻撃は脅威だった。

 

ビルの物陰に潜むもう一体の要塞級。それを感じ取ったジグルドが叫ぶ。

 

「前方注意するんだッ!! 逃げろっ!! ッ、先回りしろ、ブラヴォー3!!」

 

「今やってるっ!! 畜生間に合わねぇェ!!」

 

「ひっ! いやぁぁぁぁ!!」

 

断末魔すらかき消す要塞級の触角。それが彼女の命を刈り取りに来たが、

 

「っ!!!」

 

ジグルドのリゼルが装備するライフルが、その触角の先端を撃ち抜いた。管制ユニットこそ直撃しなかったが、ビルの激突し、機体が動かなくなる。

 

 

あまりにも容赦のない現実。戦場という残酷さを見せつける要塞級。その場にいたジグルドとヘリック以外の隊員の、何かが切れた。

 

 

「こ、この野郎ぉぉぉぉぉ!!」

ゼトが、

 

「なんでそんなことが、平然とできるんだぁぁァァァ!!!」

 

クロードが、

 

「ひどい、酷過ぎるっ、お前らが、お前らがいるからっ!!!」

 

 

アンリは激昂し、要塞級にめがけてビームライフルを乱射。その後即席でフォーメーションを組んで光線属種の攻撃を回避しながらサーベルによる一撃で斬殺した。特にクロードは日頃穏やかな性格であったはずなのに、目ん玉めがけて刃で刺し殺すという残酷な殺害手段をとっていた。

 

「落ち着け、お前らッ!! ここで激昂しても状況は悪くなるばかりだぞ!!」

 

 

「各員落ち着け! ここで時間を消費し、京都駅周辺の生存者を見逃すことこそ、あってはならない!! いいか、怒るなとは言わない!! だが、視野を狭めるなっ!! あの機体のパイロットを救出する!!」

 

 

「ごめん……短慮だった、悪い、ブラヴォー1」

ゼトが謝罪する。自分でも冷静さを欠いていたと自覚しており、すぐに平静を取り戻そうと荒く息を吐いていた。

 

「ジークっ、すまん‥‥けど、こんな、こんなのってないよ…‥」

 

「京都駅周辺の生存者…‥いるのか、この状況で? 要塞級の侵攻は最後尾。もう既に京都は…‥」

 

穏やかな性格同士のアンリとクロードは、この現実に強いショックを受け、彼女らのデータを調べた結果、あの時の嵐山中隊のものと判明することによってさらに絶望する。

 

しかし、そんな中見つけた生存者。クロードは彼女を救出し、コックピットの複座に乗せる。

 

 

「そんな……あの時の中隊が‥‥‥」

 

「一緒に行動するべきだったのか‥‥‥けど、それだと…‥」

 

 

「アンリ、クロード!! 今はそれを考える暇はない!! まずは状況を確認する。今は手を止めるなっ!!」

 

京都駅の状況を確認する必要があると叫ぶジグルドも、内心では冷静さを失いそうだった。だが、ある考えたくもない事実が、彼の脳裏から離れない。

 

その時、ある鮮明過ぎるフラッシュバッグと、まるでパノラマ絵画のようなイメージが、ジグルドの脳裏を突き刺した。

 

———————!? なん、だ‥‥‥今の

 

一瞬だったにもかかわらず、そのイメージはあまりにも鮮明過ぎた。

 

目の前に、自分が機体を降りて、何を確認した。何を見た。その感情は何だ。

 

——————そんなことが、あるはずがない、あってたまるか…‥

 

 

震えが止まらない。その起きてほしくない現実の様な、それももうすぐ起こりうるぞと語り掛けるようなイメージに、ジグルドは口元を抑えた。

 

「うっ…‥」

 

彼が見たのは、物言わぬ骸となった彼女の顔だった。リアル過ぎて、それがこれから起きるようなもので、ジグルドが知り得るはずのない彼女の機械化歩兵装甲などイメージできるはずがない。

 

それはジグルドの視点から見えた幻、のようなもの。悪夢を見過ぎた彼が思い詰めた幻、なのか。

 

—————ヘリック、お前ッ、そこで何をして‥‥‥

 

ジグルドの知らない顔の少女が慟哭している姿と、ヘリックが必死に彼女を抱えて逃げる様。その背後には赤い、戦車級の群れが迫っており、

 

 

そして瞳から光を失った彼女の生首だけが、地獄に取り残されていた。

 

 

「唯依…‥ッ」

 

 

 

 

 

 

 

ヘリックが見た時のそれは、落胆と、憤りだった。

 

「おいおいおい、あの山吹色の機体—————」

ヘリックがあり得ないものを見たような声を出す。呻くような、ショックを受けたような声色だ。無論、ジグルドもあれを知らないはずがない。あれは、あれは——————

 

心臓が鼓動を全身に響かせた。有り得ないもの、認めたくないものがそこにあった。

 

「まさか—————」

 

————どうして……‥

 

なぜ、そうなっているのだ。

 

———————どうしてっ!!

 

あの時、助けたはずだった。

 

 

———————どうしてッ、どうしてそこにいるんだ、キミはッ!!

 

 

ジグルドの胸が締め付けられる。あそこにあの機体があるというならば、自分たちが救った小隊が、ここで撃墜されたということになる。

 

—————あの幻は、これから起きることだと、そう言いたいのか…‥

 

 

しかも、その近くには彼女らを落としたと思われる要塞級がいたのだ。

 

「くっ、要塞級を撃滅する。ブラヴォー2,3,4は彼女らの捜索を上空より行え! 残りは俺と共に周囲への警戒を厳にしつつ、要塞級を撃破する! 続けっ!」

 

了解!!

 

要塞級をライフルの一撃で速やかに仕留めたジグルドは、ブラヴォー6とともに遺棄された機体の確認を行う。

 

「—————まだベイルアウトして浅い。近くにいるはずだ。要塞級の存在から小型種がいる可能性が高い。注意しろ! 止めを刺せ、ブラヴォー2っ!」

 

「了解、座学通り、要塞級には多数の小型種が満載されている!」

 

クロードは、要塞級の腹の中にライフルを連射し、中には出でようとしていた小型種を蒸発させる。これで、これ以上の敵性力の増大は防げたはずだ。

 

「ブラヴォー3より中隊各機へ、見たこともない帝国軍機と、ゴールドフレーム!? ウェイブ様!?」

 

 

「な、なんだと!?」

 

ウェイブを矢面に出す必要があるとは思えない。ジグルドは通信を入れる。

 

「ウェイブ・フラガ! 貴方は己の使命を全うする手筈だったのでは!? 輸送艦の命令はどうした!?」

 

「民間人と、取り残された学徒兵の収容を行っている! 後はこの一帯だけだ。お前らのおかげでな!」

ニッ、と笑うウェイブ。その隣にいるのは、おそらく五摂家の者だろう。青塗りの機体と言えば、かなりの家格の者であることがうかがえる。

 

 

「調子のいいことばかり言うな。ッ、今はそんなことを言っている場合ではない。京都駅に不時着した彼女らを救う。捜索を行っているが————「こちらブラヴォー6!! 人が、人が食べられてッ!! おまえぇぇぇぇぇ!!!」待てッ、ドミネクス少尉!!」

 

 

 

ブラヴォー6、アンリ・ドミネクス少尉が激昂しながらバルカンで小型種を殲滅する。しかし、もはや死体となっている少女は解放されたとしても手遅れだった。

 

——————能登、和泉少尉—————なぜ、こんなところで、

 

許婚と幸せになるのではなかったのか。しかし、その未来は永遠に訪れない。もしかすれば、残る二つの戦術機の搭乗者も、唯依とあともう一人もすでに食われているのではないかと。

 

——————我々は遅すぎた。俺たちは、遅すぎたんだ‥‥‥すまない、能登少尉…‥

 

 

せめて、物言わぬ骸と化した少女に黙祷を捧げ、ジグルドはそれでも現実に抗う決意を固める。それがいかに無謀と言われようが、そこに命がある、消えようとしている命があるなら歩みを止めるわけにはいかない。

 

「—————ッ、私が下りる。周囲への警戒を頼む」

 

ジグルドはここで機体を降りる選択を決意したのだ。

 

「ブラヴォー1!? それは」

慌てる隊員だが今は現状思いつかない。

 

「時間がない。このままでは二人を見殺しにしてしまう。頼む」

 

 

「りょ、了解————ブラヴォー1、気を付けて」

 

「周囲への警戒を厳に!! ここで大型BETAでも来られたら厄介だわ!」

 

 

斯衛軍の崇宰恭子は、自ら死地へと赴くジグルドの胆力に驚愕していた。

 

————なんて子。この場で機体から降りる選択ができるなんて

 

そして、そんな果敢な青年を無駄死になどさせないと決意をしていた。

 

 

だが、そこへ要塞級が現れる。後方より要撃級も多数出現するなど、状況は最悪だ。

 

 

「くそっ、他の防衛網は本当に無事なのか!? こうも断続的に来られると、危ういかもしれないな!!」

 

ウェイブは所定の場所を動かない程度に、迎撃を開始。ライフルの一撃ですぐに撃破できるとは言え、念入りに要塞級は殺す必要がある。

 

「—————ジグルド、まだなのか!? って、墜落したもう1機を発見!! 確保ッ!!」

 

ヘリックは、墜落していたもう1機の白い瑞鶴を発見。群がる戦車級をライフルで一掃し、その管制ユニットから人が出た形跡がないことを確認し、呼びかける。

 

「おい無事か!! 助けに来たぞ!! 返事をしろ!!」

 

 

『あな、たは‥‥‥』

 

かすれた声で、ヘリックの声に反応したのは———————————————

 

 

 

京都駅の廃墟と化した通路を進むジグルド。暗闇の中でも夜眼の利く彼は、五感以外の感覚で敵を認知していた。

 

 

—————ノイズの走るような感覚。奴らにはある一定の音しか聞こえない。

 

ジグルドには妙に思えていた。普通生物には感情などが芽生える。言葉を理解しない動物にだってそれはあるのだ。

 

 

しかし、BETAにはそれがない。感覚的なものになるが、彼らから聞こえる音は一定なのだ。変化がなく、殺される寸前でさえ、同じなのだ。

 

————BETAは本当に生き物ではないのかもしれないな。

 

言うなれば、生体機械。肉感を感じさせる、機械のような存在。恐ろしいほどに平坦な、ある法則に基づく信号のような物。

 

————この戦闘の後、俺の感覚は報告するべきだろうな。

 

ジグルドは、BETAの存在についてのレポートをまとめる方針を固める。この世界で他にも奴らに関するレポートがあるはずだ。ならば、糸口になるかもしれない。

 

 

しかし、そこまでだ。今のジグルドにはやるべきことがある。

 

————見つけた、なんて場所に—————

 

 

暗闇の中で息をひそめて僚機の下へと向かう少女の姿が見えた。バイタルは安定しているとは言い難い、何か手遅れになりかねない何かを感じる。

 

しかし、あの現実は起きない。起きてほしいわけではないし、起きてはならないことだが、これで、彼女があの場面で死ぬという悍ましい可能性は消える。とにかく今は彼女を連れて逃げなければ。

 

—————唯依ッ

 

いてもたってもいられず、ジグルドは背後から彼女に声をかけた。

 

「—————唯依ッ!」

 

「————ジグルドさん!? どうして————」

 

ジグルドを見つけた時の彼女は、驚いた表情で彼を見やる。こんなところにいるということは、彼も機体を失ってしまったからなのか、と自責の念に駆られていると

 

「お前を迎えに来たんだ。生きている者を必ず生還させる。それが俺たちの戦う理由だ」

 

「でも、山城さんが…‥」

 

「心配するな、俺の仲間が先ほど彼女を発見した。付近の戦車級も————!?」

 

 

その時だった、彼女の背後から迫る白い腕。それを反射的に認知したジグルドが咄嗟に彼女を突き飛ばした。

 

人間離れした腕力、膂力。それをもろに食らったジグルドは、その直前に反撃を試みてしまった。携帯型の光学拳銃での一撃と、彼に迫る脅威はほぼ同時。

 

 

 

彼は唯依の後方に吹っ飛ばされたのだ。

 

 

 

「ぐっ‥‥闘士、級…‥ッ」

 

その時、唯依の見た光景は、とてもスローモーションに見えた。

 

父と交流のある宇宙人で、とても誠実で、勇敢で、父の努力を認めてくれた人。

 

「‥ッ!」

 

直前の反撃行動がなければ受け身をとれていたかもしれない。しかし彼は、唯依を守るために反撃を咄嗟に選択してしまった。

 

 

だがそれは、受け身を放棄したということ。無造作に、乱雑に地面にたたきつけられた彼の視界が暗転する。

 

 

「あぁ…‥あぁ…‥うわあぁぁぁぁぁぁっ!!!!!」   

 

 

ジグルドが殺されたと思い、パニックに陥る唯依。頭を抱え、呼吸も荒くなり、頭も何度も横に振り、目の前の現実を受け入れられず、嘆き続ける。

 

 

彼は眼前で倒れており、頭から血を流して動かない。

 

 

そんな彼女を、ぼんやりと見つめることしかできないジグルドは、体のあちこちから激痛を感じていた。

 

———————しくじった、か…‥‥けど、これで唯依は‥‥‥‥

 

 

 

「いやだっ、いやだいやだいやだっ!!! ジグルドさん!! ジグルドさんッ!! やだ、起きて、おきてくださいッ!!!」

 

唯依は狂ったように走り、ジグルドの下へ駆け寄る。ゆするという行為は本来重傷者にするべきではないのだが、ジグルドの負傷が引き金となり、完全にパニックとなっていた。

 

 

そして遠目から見える兵士級の群れ。四方を囲まれ、このままでは包囲されつつあるフロアを感じ取ったジグルド。至る所から、奴らの発する信号が鳴り響く。

 

 

—————————やばい、な、これは…‥‥‥

 

 

このまま座して死を待つわけにはいかない。だが、自分を置いて逃げ切れると思えない少女。何とか彼女だけでも。

 

 

 

その時だった。自分の命を諦めかけていたジグルドの前に、なぜか、どうしてだかしらないが、走馬灯のように浮かび上がったのは、まったく自分が与り知らないものだった。

 

 

—————————生きなさい、最後まで

 

 

金髪の、どことなくリオンと同じ血脈を継ぐような、優し気で、高貴な雰囲気を持つ女性。

 

 

————————私は間に合わなかった。だから……‥お願い‥‥‥

 

 

地球連邦の軍服に身を包む、世界が知らない女性の声。

 

 

—————————彼女を、世界を守って……‥

 

 

 

 

 

その言葉を聞いて、ジグルドの中の何かが目覚めた。

 

 

 

その時、カガリから受け継ぎ、   によって  された、彼の SEEDの因子が目覚めた

 

 

 

「‥‥‥‥‥‥‥わかってる、分かっているよ、俺は、その為に、ここにいる…‥‥」

 

火事場の馬鹿力というのか、ジグルドは痛みを堪えて立ち上がった。最悪なものを見せられたような気がして、目が冴える、頭が冴え始める。

 

誰に対して言っているのかは分からない。しかし、彼女が無念を抱えていたことは分かった。そして自分にはそれを覆す力と意志が失われていない。

 

そんなことは、些末事なのだとジグルドは断じた。

 

 

「———————(骨折はない、頭部を強く衝突させたことによる昏倒、めまい。受け身が間に合ったか)」

 

 

 

目の前には、薬物投与の乱発で意識を失い、その場に倒れこんでいる少女の姿。そうだ、立ち上がれば未来は開ける。泣き言を吐けば未来は遠のく。

 

 

今の自分が満身創痍であろうと、関係がない。為すべきことを為す。ジグルドは痛む背中を気にすることもなく、少女を抱えて走る。

 

 

————————先ほどまでの体の重さがない。危機的状況だというのに冷静だ。

 

 

横から通せんぼのように這い出た兵士級の頭部を正確に拳銃で狙撃するジグルドは、射撃の調子がいいことに、最低限の敵の急所に限り、弾薬を消費していく。

 

 

背後から迫る兵士級を意識しながら、活路を開く。

 

 

「こちらブラヴォー1、生存者1名を確保した。離脱する」

 

唯依を俵のように抱きかかえ、この場を後にするジグルド。背後から兵士級が迫っているのが分かる。

 

「ブラヴォー1!? 援護する!」

 

そして、ジグルドたちに迫る兵士級の群れを近くにいたクロードがバルカンで排除していく。何とかリゼルに辿り着いたジグルドだったが、先ほどから唯依は意識を失ったままだ。

 

しかも、ジグルドも少なくない傷を負っているはずだ。兵士級の一撃を至近距離で受けたのだ。どこか痛めた個所もあるはずなのだ。

 

「大丈夫なの、ジーク!?」

 

「ああ、問題ない。戦闘を続行する」

 

「そう、って、ジーク!? その目‥‥‥」

 

クロードは、彼が彼であるために施した仕掛けが外れていることに驚いた。

 

 

「‥‥‥‥あの場所で紛失したようだ。しかし問題はない。俺はそれよりも優先度の高いことを選択する必要がある」

 

 

常人ならば重症の衝撃、それを受けて作戦行動が続行できる彼ではあるが、やはりクロードは心配の色を隠せない。それでもジグルドは表情を変えずにクロードに話しかける。しっかりと少女を支えたまま。

 

「—————MSの操縦にまで影響するとは、面白い状態だ…‥」

 

いつぞやの訓練の時を思い出す。

 

 

体の痛みは既に引いている。体の複数個所から出血があったが、それも止まった。それは通常なら在り得ない。闘士級の一撃をまともに受けて骨折ひとつないというのは異常を通り越して奇跡だ。

 

彼には精密検査が必要だった。

 

 

しかし尚も予断を許さない状況。

 

救いだした少女たちは酷く衰弱している。このまま放置すれば、良くないことは明白だ。ジグルドよりも先に治療を受けるべき人間がいる。

 

 

「けが人は輸送艦だ。応急処置程度なら、何とか済ませられる!」

 

ウェイブの計らいで、近くを飛行中であった輸送艦で最後の学徒兵を救出した連邦軍と斯衛軍。どうやら、恭子にとって篁唯依は血縁であり、姉妹のような間柄であったらしい。それがウェイブの心に響いた。

 

すぐさま唯依と上総を輸送艦に預けたジグルドとヘリックは、八幡の絶対防衛ラインへと急行していたエルたちと合流を試みる。

 

「おいお前もけが人だろう! 今はもう下がれ、ジー、ッ!?」

 

 

「どうした、何か問題あるのか? 俺は戦闘を継続できる。心配するな、すでに止血した」

 

一体何を言っている。簡易的なメディカルチェックでは骨に異常はなかった。ならば問題がない。

 

 

「いや、お前…‥その目‥‥‥悪い、なんでもねぇ‥‥‥‥覚悟を、決めたのか?」

 

 

「覚悟を問われる前に決断する必要があった。俺はもう逃げない」

 

 

ヘリックは、偽りをかなぐり捨てたジグルドを前にして、言葉を失う。それでも異論がありそうなヘリックを前に、ジグルドは埒が明かないとばかりに畳みかける。

 

 

「? 危なくなればこちらから声を出す。が、俺は一応この小隊の隊長だ。多少の無理を飲み込む必要がある」

 

 

見送ることしかできないヘリックは、それ以上は言わず、

 

 

———————そういうことを言っているんじゃねぇよ‥‥‥お前、お前は‥‥‥

 

 

 

 

帝都が陥落した以上、ここでの戦闘は多くの意味を消失している。だが、

 

 

ブラヴォー小隊は京都で戦いを続行する。

 

「帝国軍と、避難民の移動を支援する。このまま戦線を押し返す。」

 

ジグルドが先頭に立ち、後衛のみの構成となったBETAどもに襲い掛かる。どうやら、要塞級が多数、光線属種がその要塞級より排出されている。

 

「どこもかしこも、戦線なんてもう血の色みたいですけどね!! 今だ、02、03!!」

 

ブラヴォー6のアンリがライフルと盾を構えながらジグルドの突撃に続く。その背後よりクロードとヘリックがMA形態にリゼルを変形させ、左右より平面挟撃を仕掛ける。

 

「どうやら、突然目標が増えるとインターバルが微妙に変わるっぽいな!! 初戦は素人の射撃だ!! 全然怖くねんだよ、おらァッ!!」

 

「光線属種はやはりあの眼で目標を捉えている!? 詮索は後、そこっ!!」

 

 

要塞級が腹を破裂させながら崩れ落ちる。付近にいた光線属種はその崩壊に巻き込まれて匹潰されるか、彼らの閃光の餌食となるのみ

 

「敵レーザーを回避しつつ前進、フォーメーションを維持しろ。レーザーの陽動はこちらで請け負う」

 

「しかし、それではジグルドの負担が…‥」

ゼトが食い下がる。手負いであることはヘリックから報告を受けている。なのに、彼から発せられる言葉は、いつかの訓練の時と同じ。

 

 

あの有名な戦場で見せた英雄のような存在感。

 

 

「却下する。正面火力の低下は、戦線の崩壊を招きかねない。心配するな」

 

 

 

 

 

陽動は一機で十分だ

 

 

 

 

 

 

前線で指揮をとりながらメンバーに指示を出しつつ、一人で陽動を担っているジグルド。高高度でのレーザー回避をしつつ、射撃による反撃、的確な戦力配置を行う彼の並列思考が続く。

 

「10時の方向、距離5000、左横からは距離8000。それぞれ要塞級に守られながらレーザー種を確認。長距離狙撃で対応せよ。3時の方向は、こちらで陽動しつつ、片づける」

 

その光景を見ていた恭子は、あの年若い青年がそこまでの芸当を行うことに驚愕する。

 

—————なんて練度なの、あの年齢で、あそこまで戦術機を、いえMSを動かせるなんて

 

限られた火力を知りながら、陽動を一手に引き受け、尚且つ自機も反撃する余力を見せている。これが地球連邦軍のエリート部隊の頂点。

 

 

 

「ウルフ中隊と共に戦線に参加するわ、ブラヴォー1!!」

 

「我々も加わるぞ、連邦軍! この怪物どもを生きて帰すな!!」

 

そこへ、エルたち別動隊とウルフ中隊が合流。ウェイブや恭子たちの試験中隊を合わせて大隊規模の戦力が集結。

 

散発的となっていたBETAの脅威が、圧倒的な戦力によって押し返されようとしている。

 

そうだ。この土壇場で、この帝都が蹂躙されたこのタイミングで、ついにバトンが未来につながった。ここで彼らの終結が起こり得なければ、東日本も西日本の二の舞になっていただろう。

 

不知火壱型による、通常の戦術機を超えた高機動で要塞級のウィップを回避しつつ回り込み、側面からの120mmの弾丸がその腸を破裂させる。

 

 

「不届き者は他にもいるぞ!! 遠慮なく弾をぶち込んでやれ!」

 

ブラヴォー5、7、8による連携攻撃。MA形態で突き抜けながら乱戦の中を飛び回る。

 

「連携攻撃を行う! 続きなさい、07、08!!」

 

「姐さんの側面、誰にも手出しさせませんよ!!」

 

「まだくるっ!!」

 

この市街地という地形を利用し、巧みに急停止と加速を利用して要塞級の攻撃をやり過ごす。次にビルの影から飛び出したリゼルを捉えるのは難しく、要塞級は抵抗すらできずに頭部を撃ち抜かれて爆散する。

 

ウルフ中隊の経験が光る反撃、ブラヴォー小隊の高い練度による高速戦闘、恭子たち試験中隊とウェイブは、そのあまりの練度に言葉を失う。

 

「これが、斯衛の衛士たちを鍛え、地獄の大陸を生き残った衛士の実力‥‥」

 

「やっぱやるなぁ、ガルムの面々。俺らの手はいらねぇかもな」

 

 

 

中でも、先行するジグルドの活躍は圧巻の光景だった。

 

 

 

要塞級の周りを高速機動を行いつつ、敵を足場にするような立ち回り。もはややりたい放題で、ビームサーベルの二刀流で要塞級唯一の攻撃手段である触角を袈裟斬りで焼き切り、光線級の攻撃を至近距離で回避し続けている。否、回避しているというよりそれはもうそんな生易しいものではない。

 

 

レーザーが発射される前に彼は”そこにいない”のだ、つまりジグルドはレーザーの軌道が固定され照射される前にそれらを把握しているということになる。

 

 

 

懐に入られた奴らに為す術はなし。先陣を切るジグルドの超人的な実力を前に、要塞級がまずこの京都戦域から消滅し、帝国軍を苦しめてきた光線級もガルム中隊の活躍により殲滅された。

 

 

後の歴史でも、地球連邦軍の本格的な初陣として、これ以上ないプロパガンダとなった帝都防衛戦。

 

 

その中心となったガルム中隊は、地獄を覆した英雄と呼ばれるようになる。だが、やはり歴史は繰り返された。

 

 

 

大いなる戦禍が燃え広がった時、やはり伝説は再来する。

 

 

 

”蒼き瞳”の英雄は、再び現れた。

 

 

 

帝国軍は、畏怖と尊敬を込めて

 

 

ある連邦市民たちは、抗えない現実と、青年に降りかかるであろう数奇な運命を恐れた

 

 

連邦軍は憧憬の念を抱き、彼をこう呼んだ

 

 

 

 

”赤い彗星の再来”

 

 

 

 

帝都に巣食う怪物どもは掃討されようとしていた。そして激戦を繰り返す大阪では、新たな展開が起きていた。

 

 

 

 

 

ディルムッドたちはウルフ中隊などという支援もなく孤立していたが、ついに彼らにも援軍が来た。その規模はど派手で、かなり刺激的である。

 

「あの轟音とともに飛来したビームの奔流!!! ついに来たか!!」

 

「援軍だ!! 援軍が来たぞ!! 第七艦隊の本隊だ!!」

 

「勝った、勝った!! 勝った勝ったぞっ、って関東武者は言うんだっけ!?」

 

「それは中世の歴史読み過ぎだろうし、それがあるとも限らないぞ!!」

 

 

 

『こちら第七艦隊、待たせたな、ガルムのエリートども!!』

 

 

その報せは帝都にいる彼らにも届く。その報せを受け、滝元官房長官は緊張の糸が切れたのか、貧血を起こしてしまい、近くの秘書に支えられる格好となった。他の悲壮な決意で帝都への砲撃を考え始めていた軍部もこの起死回生の切り札が間に合ったことで酷く安堵した。

 

 

「‥‥‥長い夜が終わる」

 

 

「ああ。終わるな‥‥‥」

 

 

閣僚の間でも、安堵の声が漏れ始めていた。そして、その先の帝国が執るべき道も、おそらく定まっていくだろう。

 

——————広大な宇宙で、友好的な宇宙人と最初に共闘した我が国は、選択を迫られるだろう。

 

 

独立心の強い愛国者、その他諸外国とつながりの深い面々。連邦軍の要請があったとはいえ、あの大立ち回りは良くも悪くも影響するだろう。

 

———————我々の仕事は、新たな秩序を前に、如何に混乱なく治めることだな

 

 

 

ファーストコンタクトから初めての共闘へ。

 

 

新たな歴史の針が、動き出す。

 

 




ジグルドの目について

彼が偽りを言っていたのは全て母親の為です。

母親の為に敢えて自分の身体的特徴を偽ったのです。

なお、結果としてカガリはさらにダメージを負っています。

そしてキラ・ヤマト中佐と劇中で反応した仲間や中隊全員に限定し、その真実は秘匿されていました。

息子が死別した夫と瓜二つになっていくのは、軽くホラーではありますが、カガリはそれを恐れたのではなく、一瞬でも息子の前で、彼を想ってしまったのです。

ほんの少しの弱さ。それがジグルドに偽りの焔を与えたきっかけです。


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第十七話 反撃の影で

久しぶりのこちらの投稿です。

今回はきつい内容が含まれているので注意が必要です。

アニメでは描写されていない(されたらやばい)を前面に出ています。


第七艦隊の主力が現れたことで、状況は180度一変した。帝都崩壊寸前で、戦線は押し戻され、瞬く間に近畿地方を奪還。中国地方へ向けて進撃を開始する。

 

 

「つうか、やっぱお前の兄貴とんでもない兵器作るよな!!」

 

「高機動がトレンドの兵器開発で、護衛機配備を前提とした拠点防衛、攻略用大型MA!!」

 

 

極大の閃光が次々と怪物たちを蒸発させていく。あの突撃級の外殻すら溶解させる超高温の一撃。

 

YMAF-A6BD ザムザザー。それはかつてジグルドがエースクラスの機体に対するカウンターとして開発した大型MAであった。

 

高い防御能力と、重火力を有し、複数のパイロットで操縦する機体。つまり複座式である。

 

何といっても目玉は高インパルス砲に加えて、大型ビームバリアを有する高い光学兵器への防御能力だ。そしてその外面もラミネート装甲が完全に外殻を覆っており、並の火力では傷一つつけられない難攻不落の小さな要塞、空中要塞と言われる怪物である。

 

 

その背後からは、護衛を担う第七艦隊の精鋭、グリフィス大隊、ガルーダ大隊が出撃している。

 

ガルム程の練度はなく、可変機を与えられていないとはいえ、訓練校での成績上位者、さらに選抜された叩き上げの雑草エリート集団。

 

高機動兵装だけではなく、全ての兵装での戦闘センスを満たさなければ入隊すら叶わない。

 

「どうやら、ガルムの奴らが頑張り過ぎたようだな」

ガルーダ大隊の大隊長が、劣勢を跳ね返しつつある帝都のブラヴォー小隊、全軍到着まで大阪で持ちこたえていたアルファー小隊を見て、軽口を言う。

 

「ええ、我々の取り分は少ないと見ます。ですが、我々が最後に引導を渡しやすくなったとみて間違いないでしょう」

 

副長がそんな大隊長の軽口に反応する。

 

「グリフィスの奴らは山陰道から攻めあがるらしい。ならば我々は山陽道だな」

 

 

「了解しました! ガルーダ2より大隊各員は傾注! これより我が大隊は山陽道から中国地方奪還を開始する!! 大隊続けッ!!

 

 

 

突如として現れた高機動兵装で装備された2つの大隊規模の戦術機部隊。帝都でその知らせを聞いた恭子はさらに驚愕していた。

 

第16斯衛大隊を率いる斑鳩少佐もまた、そのすべての戦術機がレーザーを回避しながら蹂躙を行うことに興奮を隠せない。

 

 

「ふふふ、ふはははははっ!!!! なんという、何という強さだ、連邦軍とやらは!! 圧倒的ではないか!!」

 

 

「——————」

彼と共に出撃した月詠真耶中尉は、帝国の空で、帝国が奪われた空で飛び回る連邦軍を見て無表情となっていた。斑鳩とは対照的な反応だ。

 

 

そんなザムザザーが重火力にモノを言わせて、一斉照射による電撃的な攻撃で8000を軽く屠った。そして、乱戦を仕掛ける両大隊が南部と北部で大立ち回りを演じる。

 

「遅いなぁ!! その触角とやらは!!!」

 

「3回切断できる余裕があるぞ!! 我々の速力には対応できないようだな!!」

 

迫りくる触角をサーベルで難なく切り落とし、無防備となった要塞級が蹂躙されていく光景は、日本海側に展開していた帝国海軍の目にも見えていた。

 

「これが、連邦軍の力…‥まさか要塞級の動きすら、それよりもレーザーをッ」

対馬沖での戦闘から常に最前線で戦いを続けていた上杉提督は、その光景を見て山陰道から中国地方の奪還が夢ではないことを知る。

 

先鋒であった突撃級がすでに狩り尽くされ、戦車級、要撃級はザムザザーの重火力で蒸発させられていく。何せ近づく前にその大火力でこの世界から跡形もなく消滅するのだ。

 

どうしようもないことは当然である。

 

すでに兵庫を奪い返し、岡山も東部は既にBETAが展開していたはずだが蒸発している。そのことに、乱戦での斬り合いを望んでいたグリフィス、ガルーダの隊員は不満を持つ。

 

「なんだぁ!? 大立ち回りはガルムの特権か?」

 

「ザムザザーの砲撃に耐えられる奴なんて、そうそういませんって」

 

 

その時だった、後衛の後衛にいた岡山西部に位置する地点よりレーザーが照射されるが、ザムザザーが特殊な光の壁を形成し、完全に防いで見せたのだ。

 

「なんだ、あの機体。レーザーを跳ね返した、だと!?」

 

レーザーとは一撃必殺の即死の恐怖を与えるものだった。しかしあの機体、ザムザザーは物ともしない。まるでそんなの関係ないと言わんばかりにさらに追い打ちをかける。

 

ザムザザーには当初、陽電子リフレクターが搭載される予定だったが、アルミューレ・リュミエールに変更されている。これは、ジグルド・F・アスハがエリク・ブロードウェイからアルテミスの傘の話を聞いたことが起因となっており、その絶対的な防御能力に着目したのである。

 

なお、後のストライクフリーダム、ライトニングジャスティスにはこの技術を小型化したビームシールドの導入が開始されるのだが、ザムザザーの開発思想はこの技術の早期導入にも影響していた。

 

「おらぁ、食らいやがれ!! 異星起源種?、どもが!!」

 

「番犬を捕まえられなかった貴様らに、俺たちを倒せるわけねーだろ!!」

 

 

ややテンション高めの山陽道を担当するオルトロス中隊。ここに来る前から戦況が膠着し、近畿地方陥落という現実が迫っていたこともあり、それを打開すべく気力は十二分にため込んでいた。

 

山陰道を担当するグリフィス大隊の方も同様である。砲撃による地形変動もお構いなしにぶっぱである。もはや何が何やらという戦場は常に地形を変化させ、BETAどもは撤退も反撃も出来ずに蒸発していく。

 

さらに、第七艦隊からのビーム湾曲させた艦砲射撃により、光線属種は迎撃すらすることも出来ずに一方的に嬲り殺しにされる奇妙な光景が繰り広げられる。一体なぜ光学兵器の弾道を曲げられるのか、それほどの技術まで彼らは有しているのか、帝国は混乱の極みだった。

 

 

「おいおいおい!! レーザー!? それを曲げているなんてどう言うことなんだ!? 在り得ないだろ!?」

 

「あれが、連邦軍の力—————」

 

帝国軍人たちへの種明かしはザムザザーを含めて先のことになるが、彼らの強い興味を抱く対象となったことは間違いない。まさにやりたい放題。

 

そして驚くべきことに、連邦軍は脱落者が現在まだ存在していない。その全てのパイロットがエリートで構成されている両大隊。第七艦隊の中でも屈指の実力者である彼らは、中国地方の大半を取り戻してなお勢いが止まることはない。

 

 

「———————空をガルム中隊が、さらに二つの大隊が来て、そしてあの巨大な機動兵器が数多のBETAを屠る。なんて光景なんでしょう」

 

 

さらに—————————————

 

 

「こちらシャーク大隊!! 瀬戸内海に潜むウジ虫どもを狩りに行くぞ! 海の頂点に位置するのは誰なのか、身をもって教えてやれ!!」

 

 

 

応っ!!!

 

 

 

第七艦隊より出撃した水中MS部隊通称シャーク大隊が到着。瀬戸内海に展開していたBETA群の殲滅に乗り出していたのだ。

 

一方的なヒット&アウェイ。嬲り殺しが水中の中で行われる。突撃級の外殻は水中でも威力を減衰させないレールガンで貫通してしまい、周辺にいた戦車級、要撃級がその爆風ではじけ飛んだ。魚雷による攻撃は小型種をまとめてバラバラにしてしまう。

 

 

「出番がなかなかなかったんだ。これまでの鬱憤、晴らさせてもらうぞ!!」

 

 

「海の王者は、俺たちなんだよ。ここは、俺らのテリトリーだ。我らを侮るなよ?」

 

容赦のない一方的な蹂躙。レーザーも著しく減衰する水中では、彼らは真っ先に潰されていた。こうして、瀬戸内海に潜む奴らは瞬く間に消滅。

 

「第七艦隊の応援は凄いことになっているな。鍛え過ぎて悪いことはない。加勢するか」

 

アスランを先陣に、四国から打って出る四国の守備軍。

 

彼らは第七艦隊の攻勢に合流し、中国地方、近畿地方を蹂躙したBETA群は殲滅された。

 

 

しかし、その多くの個体を撃滅したのは、最前線で継続戦闘を行い続けたガルム中隊であり、ザムザザーの圧倒的な火力支援に依るところがおおきい。

 

日本帝国は、多くの軍隊の力と献身により、本土防衛に成功したが、その中核を担ったのは連邦軍の精鋭部隊であることは間違いない。

 

 

今後極東をめぐる影響力の変化は避けられず、帝国、アメリカ、連邦政府の間で政治的駆け引きも活発になっていくだろう。今回の件で連邦との梯子を潰してしまったのは、アメリカの失策だった。

 

連邦軍がまさかあそこまで参戦するとは。第七艦隊という虎の子を出し、先遣部隊として今や名高いガルム中隊は帝都での激戦が語り草になるだろう。帝国民にもいいイメージを持たれているだろう。

 

 

連邦政府とて慈善団体ではないはずだ。なのに、異星起源種との戦闘によるリスクを負ってでも、帝国を守り切った理由は何なのか。

 

連邦は、初の別の惑星で邂逅した同胞の保護も主目的だと公言していたが、その裏にはこの第五惑星での立脚点を探っていた節がある。

 

やり方は違えど、冷戦時における日本を半属国化した扱いを辿るのか、それとも別の思惑を抱いているのか。

 

 

アメリカにとって連邦政府はまだ、胡散臭い正義の味方を気取る巨人にしか見えなかったのである。

 

 

 

そして、日米安保破棄を一方的に通告し、蚊帳の外となっていたアメリカ軍の軍人たちは、そんな怒涛の展開を遠巻きに見ていることしかできなかった。

 

「ま、うちの上層部は見誤ったということだろうな」

 

「だな。安保破棄がなければ、今頃俺たちもあの楽しいパーティに参加できていただろうに。貴重な勝ち戦を経験したかったのだが」

 

艦隊を指揮する将官は、そんな上層部の思惑を裏切り、怒涛の反撃を見せる連邦軍の力を見て苦笑いをする。

 

「しかし、我々の前にあるのはファンタジーではない。同じ人間が、空を取り戻しているのだ。空軍出身の弟をもっていた身としては、とても痛快な現実だ」

 

彼がロッカーに飾っている弟の写真はずいぶん若いものだった。壮年の提督は、勝鬨をあげている帝国軍と連邦軍の報告に耳を傾けるのだった。

 

 

 

曰く、完全飛翔でレーザーを回避する。

 

曰く、高い練度で単独での戦闘でも生存出来る実力者集団。

 

曰く、戦闘機を上回る推力で、ファストルックファストキルも可能である。

 

曰く、曰く——————

 

 

 

 

そんなことはあずかり知らぬガルムの面々は、大阪からのディルムッド率いるアルファ小隊の帰還を待つだけとなっている。

 

 

医務室にて、ジグルドとウェイブは、病室でぐっすり眠っている上総と唯依を見て、ほっとしていた。二人の手を愛おしく握りしめている恭子とともに。

 

「本当に良かった。いや、救えなかった者たちのことを思えば複雑だが————貴女の家族にも等しい存在を助け出すことが出来てよかった」

 

「————貴方こそ、怪我を負いながら————いえ、怪我を覚悟して唯依を救ってくれた。感謝の言葉が出ないほどよ」

 

ジグルドはあれから治療を受けたが、軽い打ち身、切り傷で済んだという。恐るべき身体能力だとガルム中隊は驚愕するが、ジグルドは自然体のままである。

 

「—————俺は出来ると思ったことをしたまで。だから気にするな」

 

ジグルドはなんでもなさそうに、服の下に隠れている白い包帯を見ている恭子を諫める。気にするなと。

 

「貴方は——————でも、これだけは言わせてほしい。唯依たちを救っていただいたこと、感謝します」

 

「————いや。俺も知人に死なれると目覚めが悪い。しかし、重症の少女はわかるが、唯依の意識が戻らない。どういうことだ? まさか—————唯依にも……っ」

 

唯依の心が死ぬ、そんな未来があったことで胸にちくりとした痛みを感じていたジグルドだったが、その感情について己に対し言及せず、恭子に返答する。

 

彼女にもその症状は出てしまっているのかと。

 

 

「————ええ、唯依も悪酔いの影響が出ているわ—————」

恭子は沈痛な表情で、ジグルドの意図を理解し、それを肯定する。戦術薬物の効力は一定の範囲で発揮された。しかし、その後遺症は彼女たちの未来を潰しかねない。

 

 

そして話を聞いたウェイブは実に対照的な顔をしていた。これは、座学にてすでにその実態を知っていたジグルドと、それを知らないウェイブという情報を得ているかどうかのものであり、当然知らないウェイブが過剰反応するには十分な要素である。

 

「そんな……ことが。しかし、BETAとの戦いで、冷静さを保つためとはいえ、こんな」

蒼白な顔で、酷いことをされた彼女らを気遣う言葉を並べていくウェイブ。彼はある歴史を学んだことで戦闘用薬物についてアレルギーがあるのだ。

 

ウェイブは多大なショックを受けていた。目の前で眠る彼女らが、そんな処置を受けていたことに。

 

 

補足として、座学を学んだジグルドの話から突き付けられた事実に、ウェイブは打ちのめされそうになる。

 

「なんだ、それは。子供の、兵士の命を何だと思っている!? おまけに、なぜ二人は目を覚まさない!? 唯依ちゃんは怪我をしていなかっただろう!! なのになぜ、苦しそうにしているんだ!!」

ウェイブは激昂した。この理不尽を強いる軍部に対して。そして、そんな彼らに残酷な選択を選ばせたbetaに対して。

 

「普通ではない。こんなこと、普通ではないぞ—————これは」

 

ぶつぶつとウェイブは苦悶の表情を浮かべながら、悔しさに身を震わせていた。

 

そんなウェイブを見送ることしかできなかったジグルドと恭子。何とか話題を変えようとして、ジグルドの青色に輝く瞳を見て、今まで触れなかったことについて切り出す。

 

「それにしても貴方、今までコンタクトをしていたのかしら? 橙色ではなく、青色の瞳だったのね」

 

カラーコンタクトで隠していた青の瞳。ジグルドは白状するように恭子に語り掛ける。

 

「そうですね。俺はこの目が嫌いでした。母上はこの目を見て、俺ではない人を連想させてしまっていた。当然です、死別した男と俺の容姿は瓜二つですからね…‥」

 

ジグルドとリオンは瓜二つの容姿をしている。違うのは橙色の瞳のみ。そう伝えられていたが、実は90パーセント以上同位体に等しいのだ。当然ながら、ジグルドの瞳は父親と同じく青色である。

 

声こそ違うものの、カガリが彼を想ってしまうのは無理からぬこと。まだ16歳だったのだ。彼女はそんな年齢で彼を失った。だから、いくら大人になったところで、それを平然と受け流すことなど、彼女にはもう無理なのだろう。

 

「俺の目が、母上に悲しみを与えていた。取り戻せない過去を思い知らせていた。だから、この目は隠そうと考えていました。」

 

ジグルドは日に日に自分がリオン・フラガに近づいていくことで、カガリの瞳に悲しみがあったことを感じ取るようになった。ニュータイプの能力制御に苦労していた幼少期、意図せず彼女の心に触れてしまったこともあり、ジグルドが感じたのは親への怒りではなく、罪悪感のみだった。

 

自分が父親と同じ容姿に生まれなければ。何度それを考えたか分からないほど、彼にとってこの蒼い瞳は受け入れるのに時間がかかったものなのだ。

 

 

「‥‥‥‥けれど、そんな悩みは戦場では軽いものでした。奪われる苦しさを知ってしまった彼女たちに比べれば、俺の苦悩はどうということはありません。」

 

 

「ジグルド君……‥」

 

 

 

その夜と翌日の朝まで、輸送艦の中で眠り続ける上総と唯依。そんな死んだように眠る二人を見て、自責の念に駆られ続けるジグルド。

 

 

ウェイブはその後、非正式な場において、学徒兵たちへ用いた薬物投与の審議を聞くために帝都を訪れる。

 

 

今では京都の町の半数が破壊され、都市としての中枢を失いつつある京都。何とか四国からの援軍と、第二帝都防衛任務を担っていた第七艦隊主力が到着し、首都陥落のシナリオは回避された。

 

さらに、日本帝国軍は、異星人という最強のカードと結託し、本土防衛を成し遂げたのだ。良くも悪くも、連邦軍とつながりのある帝国は巻き込まれていくことになるだろう。

 

守るべきものを守る為に、拾えなかった命があった。しかし、拾えた命に未来を、希望を託すことはできる。

 

だが、新たな火種はこのころからくすぶり始めてしまう。

 

数日間の間でも、薬物投与による影響を、その現場の実態を知ってしまった連邦政府は、遠回しに未成年への投与は回避するべきではと提案してしまったのだ。

 

フレイ・アルスター議員も、当初は薬物に関して嫌悪感を抱いていたが、現実との板挟みを知り、議会のコメントをさらに砕く細心の注意をしていたのだが、その案件はウェイブにとって我慢のならない事だった。

 

 

「—————ではそれが、本当に正しいと、そうお考えなのですか!?」

 

 

「速成上がりの兵士を薬物漬けにしたことが、戦況を打開できると本気で信じているのか!?」

 

ウェイブは怒りに震えていた。過去の歴史を紐解くに、彼女らは本来10年まえに取り組むべきであった課題の先延ばしのしわ寄せを受けたに過ぎない。

 

彼女らは、未来を見通せなかった無能な上層部どもにより、未来を閉ざされてしまったのだと。薬物付けになった上総と唯依はいまだに目覚めない。しかし、薬物投与が軽かった志摩子は健常者そのものだった。

 

「—————しかし、どんな形であれ、帝国を守るのが我々の使命だ」

 

国の方針の前に、一商人である自分が踏み込み過ぎだ。ウェイブはそれ以上のことを言えば、おそらく外交関係の悪化は避けられないと分かっていた。

 

「かつて、私の星でも薬物投与による処置が、一部で盛んにおこなわれてきました。」

 

歴史の教科書にも載っていた、連合軍の蛮行。正確に言えば、戦争の発端となったナチュラルとコーディネイターの人種問題が絡んだ絶滅戦争。

 

連合軍を陰から操っていたブルーコスモス過激派、そして戦争経済という莫大な恩恵を甘受していたロゴスの暗躍。もっと言えば、アスラン・ザラ大佐とエリク・ブロードウェイ中佐、スウェン・カル・バヤン中佐ら若きエースたちによって完全掃討された一族という勢力。

 

世界の裏側による世界の混沌が、表の世界に暴露されたのだ。

 

ただその時は、その時だけは、彼ら英雄たちは悪鬼と化した。若き頃の所業を、ウェイブはまだ教えられていない。しかし、あの温厚な彼らが激怒するほどの所業、それがこの世界では当たり前に、その現実を強いられている。

 

その頃はまだ現役だったエリクの妻ニコルにも話を聞きに行ったが、あまりにも内容が凄惨なため、その口は堅く閉ざされていた。最終的に、アスランが当時悪夢に魘されていたとだけ聞かされている。

 

ゆえに、4将軍たちは将官への昇進を固辞している。自分たちはその器ではないと。

 

 

ウェイブの訴えの中に、同じことが別の惑星で行われ、今では禁止されていることだと知り、動揺を見せる閣僚もいた。だが、榊首相含む大半の閣僚、斯衛の中枢は動じていない。

 

 

ウェイブは不条理が嫌いだ。前線で市民を守っている兵士が軽んじられていることは、彼の逆鱗に触れるものだった。彼は続ける。

 

「すべては敵を滅ぼす為でした。相容れない存在は倒すしかない。そんな言葉に逃げて、命を軽んじることが是とされていた」

 

その被験者の一人だった女性は、幸運にも生き残った彼女は、後に夫となった男性のサポートにより、日常生活に復帰できた。戦うことしか教えられていなかった少女は、命を救うことに情熱を注ぐ少年の下で、5年に及ぶ闘病生活を送ったのだ。

 

 

少女のほかにも、別の進路へ進み、改めて軍人を志した者もいた。しかし命令される戦闘人形ではなく、自らの意志で、連邦市民を守る軍人を志したのだから、その中身は違う。

 

彼女らの命は、この国にとってのなんだというのですか? 使い捨ての命ですか!? この国を守るために、本当に必要な犠牲だったのですか!? 薬物投与による後遺症で、一体どれだけの未来が壊れたのか、貴方方は理解しているのですか!!!

 

 

ウェイブは彼らに問いかける。もっとましな状況になるはずだったと。明確な脅威を前に、この世界は、この星は団結し、手を取り合うべきではなかったのかと。

 

そうすれば、生半可な戦力を逐次投入するという愚行は、起きなかったかもしれないのに。

 

 

「斯衛の、武家に生まれた者、帝国軍人たるものはその身命を賭して、この国を守る義務があるのだ…‥‥無論、非人道的な薬物投与、気分が良いものではない。されどこの星の現状と、其方らの世界は違う。世界の理から違おうておるのだ」

 

壮年の、これまで一言もしゃべっていなかった老人がウェイブを真っ直ぐ見据え、柔らかな口調ではあるが、絶対的な食い違いの現実をぶつける。

 

「——————それは…‥ですが、それは悲しいことです」

 

 

「————————————」

 

悠陽は初めて感情を露にするウェイブを見て無表情を貫いていた。ウェイブは表情一つ動かさない彼女を見て、この星の住民たちに恐怖を抱いた。

 

この星の倫理観は戦争で、完全に破壊されているというのか。追い詰められた人類とは斯くも愚かなことをしてしまうのかと。

 

 

前線国家になるというのは、その物的、人的被害だけではなく、精神すら犯すというのか。

 

 

 

その崩れてしまった倫理観を持った者同士が、手を取り合う?、ウェイブはとても理解した。理解しないわけにはいかない。それでは人類は手を取り合うことは出来ないと、分かってしまったから。

 

 

 

「—————今俺の姿は、貴方方から見れば理想論を振りかざす青二才に過ぎない。それは重々承知だ。戦えば、どちらにせよ人は死ぬ。必要な犠牲だということも‥‥‥しかしこれが、この星の現状、ということなんですね。人類は、星の危機であっても手を取り合うことが難しい時もある、と」

 

 

ウェイブはどうしようもない壁を前に、感情が黒く染め上げられるような気分だった。

 

 

その時、ウェイブの中の”悪意”が囁く。ならば、彼らの目を焼いてしまえばいいと。

 

 

 

”英雄”だ。この星には”英雄”が必要なのだ。連邦市民を、連邦政府たちの目を焼いた眩いばかりの光。超人的な活躍をもって人類の未来を切り開く、先陣を切る者。

 

 

英雄の決断が、自分が生まれた星の未来を救った。彼のような存在さえ現れれば、そう考えてウェイブはその思考を拒絶した。

 

—————————その結果、”英雄”はどうなった? 英雄の未来はかき消されたぞ。アスハ議長に消えない傷跡を残して

 

 

英雄におんぶに抱っこだった結果、英雄は燃え尽きた。彼に頼り過ぎてしまった。そんな未来をアスランたちは回避しようと尽力している。その為の連邦軍の精強化なのに。今自分は恐ろしいことを考えてしまっていた。

 

 

 

だが、打開できる、世界を変える存在が、この星にいないことも事実だった。

 

 

「——————ッ」

 

歯噛みするウェイブ。現状打つ手はない。この混迷する世界で示すべきは力なのだ。そして、帝国は先の防衛戦で満身創痍。

 

—————帝国を守るだけでは、BETAは倒せない。

 

一つの結論が、ウェイブの中に浮かんでいた。そして、帝国を脅かす脅威は半島に存在する。

 

—————帝国の情勢を安定化させるには、連邦が甲20号攻略作戦に動く必要があるか。

 

しかし、これもまたハードルがかなり高い。なにせ、この攻略作戦には連邦政府の出兵の為の大義名分が存在しない。ギリギリで今回は国交を開いた国の危機ということで、連邦市民も首を縦に頷いた。次はこうもいかないだろう。

 

「引き続き、支援は行います。連邦と日本帝国の間で、溝ができるのはデメリットでしかない。誠に遺憾ながら、今の連邦にも、私にも、その現実を覆す手段と力、時間が足りません」

 

だが、とウェイブはその言葉に捕捉を入れる。

 

「それでも、我々にとって戦争目的の薬物というのは、受け入れがたい代物なのです。我々の世界は多くの命をそれに支払い、無為に捨ててしまったから‥‥‥」

 

 

「———————っ」

 

恭子は、あれほど温厚な彼が、ここまで沈痛な表情を浮かべる原因に納得してしまっていた。彼らにも、事情があるのだろう。でなければ、薬物に対してあれほど過剰反応はしない。

 

声を荒げてしまったことについての謝罪を改めて行い、肩を落としながらウェイブは退出していく。恐らく、彼は帝国への怒りは少ない。この現実に、この星の侵略者への怒りが多くを占めているのだろう。

 

もっと言えば、自分自身の無力さを。

 

 

「——————信頼に足る、律儀な商人、ですな、崇宰殿」

 

先代将軍の右腕であった九条が、ウェイブをそのように評する。

 

「はい。そんな彼を失望させてしまったのでしょう————すみません」

 

 

「あのような青年は、平和な時代でこそ輝く。異星の英雄、リオン・フラガの存在はそこまで偉大だということか」

 

改めて思う、その影響度。ウェイブのような眼が真っ直ぐな青年が活躍できる社会。それはどんなにすばらしいものだろうか。その礎となった青年とは、と考えてしまう。

 

——————その人は、そんな未来を最も待ち望んでいたでしょうに‥‥‥

 

その青年は、終戦間際の世界滅亡の危機から世界を守り、宇宙に消えたという。そしてそれが、ジグルドと瓜二つの、20歳を迎える直前だった青年であったと。

 

―————————まさか、世界がそうしようとしているのかしら…‥‥今度の人柱は‥‥‥ダメね、今考えたら碌なことが頭に浮かびそうだわ

 

恭子はそんな在り得てはならない未来を予想してしまい、思考を中断する。親子2代で悲劇で終わる人生など、彼らは勿論アスハ議長も救いがなさすぎる。

 

 

 

「—————————」

 

そんな中、悠陽は一言も発することなくその場の様子を眺めるだけであった。

 

そして輸送艦からミカエルに移送された上総と唯依の容態は戻らない。健常者に戻ることが出来た志摩子は、眠るようにベッドで目を閉じている二人を見て、涙を流しながらその手を握っていた。

 

「—————私たち、死の八分を乗り越えたんだよ? 数ある未来の一つに、数ある幸運の下で、私はまだここにいるよ。まだ、唯依を抱きしめられるんだよ?」

 

彼らが来なければ、おそらく自分は最初に死んでいた。それを理解できる。彼らの救援がなければ、唯依を含めて全滅していた。

 

きっと大抵の悲劇の一つとして自分たちの未来は終わっていたのだと、震えながら理解していた。

 

「あの時みたいに、笑ってよぉ……私、唯依がいなきゃ————唯依がいなきゃ私は———」

 

固く目を閉じたままの少女の手を握り、彼女は哀願する。目を覚ましてと。憧れだった同級生の痛ましい姿に心が壊れそうだったのだ。

 

「——————すまない。離脱するべきではなかった。俺のミスだ————」

 

多くの部隊を救うという大望に囚われ、目の前の命が零れ落ちた。

 

—————俺たちの離脱後に何人が死んだ‥‥‥ッ?

 

ジグルドは、悔しさに身を震わせる。

 

「——————(人では、人の身では、無理なのか‥‥‥

 

 

抗いようのない欲望、願い。純然たる事実を前に、ジグルドはそう願ってしまう。

 

「ジグルド、さん?」

志摩子は、ジグルドの危険な雰囲気に震えてしまった。張り詰めた空気の中で、壊れそうなほど痛々しい決意。

 

きっと自分たちのせいで、彼は責任を感じているのだ。それが彼の腕を鈍らせてしまうかもしれない。

 

 

—————この惨状を取り除くのに、人間の一生では…‥

 

 

その絶対的で、圧倒的な物量を前に、人類はすりつぶされるだろう。

 

——————奴らが宇宙から飛来したのなら、その総数も不明のまま

 

対応できる力を得ても、この世代では時間が足りない。それでも、ジグルドは今を生きる人々に笑顔になってほしいのにと、思ってしまう。

 

 

———————それらをすべて駆逐する頃には……‥見届けられる人間はいないだろう

 

 

それを見届けられるものは、今を生きる人類の中にはいないだろう。

 

諦念が、ある種の真実がジグルドを支配する。そして、世界の誰もが称え、自分が嫌悪する存在であっても、成しとげることは不可能だと。

 

 

——————父さんでも、足りない。人類に希望を与えるには、彗星では、英雄では足りないッ

 

 

 

そして、その真実を認識した。人で無理だというのならば…‥‥

 

 

————”英雄”でも不可能ならば…‥俺は‥‥‥何を目指すべきなのか

 

「ジグルドさん‥‥‥‥」

 

 

彼の瞳が、彼の心が曇っている。あの燃えるような瞳ではなく、どこまでも綺麗で澄んだ蒼い瞳。 ある事情により、カラーコンタクトで瞳の色を偽っていたということを恭子様から聞いた志摩子は、その詳しい話を知らない。しかし、それがジグルドのアイデンティティに関わることだと軽く説明されており、その話題は憚られるものだった。

 

これ以上、この人に苦悩を背負ってほしくない。自分たちの力が足りなかったことを、この人はそれすら背負おうとしている。それが、とても危うく思えた。

 

先ほど漏れてしまった、ジグルドの人の限界を呻く言葉。それを聞いて志摩子は酷く動揺した。

 

 

人を、人の世界を強く愛しているのに、人の無力を味わい、自ら人の道から外れるなんて、この人には似合わないはずだから。

 

その時だった。

 

「——————ううっ、」

 

唯依の意識が回復したのか、うっすらと目を開けたのだ。

 

「唯依ッ!! よかった、もう間に合わないものかと—————」

 

安堵の表情を浮かべるジグルド。そんな彼の様子に唯依はキョトンとするだけだった。

 

 

「貴方は—————あれ? 刀を褒めてくれた—————えっと?」

 

 

うつろな瞳で、唯依は無邪気に笑う。ジグルドの名前を口に出さないというよりは出すことが出来ず、抽象的な、断片的な言葉が出てくるのみ。

 

「唯依—————君も、君もなのか……‥あの時と、同じ…‥‥もうどうすることもできないのか‥‥‥」

 

ジグルドは辛そうな瞳を動かすことなく、唯依を見続ける。この症状を見せた女学生は全て病院送りとなった。その後の伝手で、彼女らは関東の病院に移されたと聞くが、回復したとも聞いていない。

 

 

—————彼女らが、何をしたというんだ。何も、何も悪いことはしていないだろう‥‥

 

 

薬物投与の影響、同期生が陥った統合失調症にも似たもの。

 

蓮川少女のことを、それ以降に症状を見せた少女らを思い出し、やりきれない顔をするジグルド。

 

 

「な、なんで!! 唯依!! ジグルドさんだよ!! 戦術機で、あれほど熱を上げた異星人の衛士なんだよ!! ダメ、気をしっかり持って、唯依ぃ!!」

 

取り乱したように錯乱しかかる志摩子。彼女はずっと唯依に対して憧れていたと言っていた。そんな彼女の気が触れたかのような言動は、心に突き刺さるだろう。

 

「しっかりするんだ、甲斐さんッ!! 君までそちらに行ってはならない!! 引っ張り上げるんだろう、彼女を!! なら、」

 

震える手を掴み、ジグルドは気をやってしまいかねない彼女を強引に戻した。

 

「—————ご、ごめんなさい‥‥っ、でも、でもぉ!! だって、だって唯依なんだよ!!」

 

目に涙を浮かべ、認めたくない現実を前にして、少女は嘆くことしかできない。そして、そんな少女たちをどうすることもできないジグルドは、無力感に苛まれる。

 

「—————なら、猶更甲斐さんは生きなきゃいけない。唯依が戻ってくるまで、健やかでなければならないんだ…‥‥‥帰ってこない人を想う悲しみを、そこへ帰ることができない絶望を、こんな俺では推し量ることは出来ないけども、それを言い続けるよ。」

 

彼女の手をしっかり握り、ジグルドは祈るように言葉を投げかける。

 

—————これは、俺の罪の象徴だ。俺の弱さが、俺の稚拙さが、彼女らの運命を、決めてしまったんだ。

 

志摩子も、罪悪感を覚えてしまうジグルドを見て、やりきれないといった感情を秘めたまま、目を伏してしまう。彼は悪くない。彼は最善を尽くしてくれたのに。

 

—————私の命を救ってくれた恩人なのに、どうして私は、何もできないの?

 

そしてジグルドは、彼女に連邦の治療を受けさせるべきだと考え、その戦術薬物への適合性へ懐疑的な見方をする。

 

————後催眠暗示による悪酔い。適合する者は、一体どれだけいるというんだ

 

斯衛軍に対して、城内省に対して、ウェイブが怒り狂うのもわかる。こんなものを子供たちに投与していたというのか。そして、自分たちが確保しなければ今頃—————

 

幼児退行、記憶障害。そして思考力の低下。まるで麻薬中毒者ではないか。

 

「—————薬物投与、ここまで、なのですね」

 

その時だった、山城上総も同時期に意識を取り戻したのだ。酷いけがを負っていた彼女の言動は、比較的まともに思えた。

 

「————山城さん!! 大丈夫なの!? 頭とか、記憶とか————」

 

「ええ。頭痛は当分収まりそうにありませんわね————情けないことに、起き上がることすら————」

 

儚げに笑う上総の笑顔に痛々しさを感じたジグルド。目に涙を浮かべ、投与量が少量だった志摩子は顔を手で覆う。

 

「—————先ほどから、貴方は自分の未熟さで、守れなかったとおっしゃっていましたが」

 

気力を振り絞り、上総はジグルドに対して修正をしなければならない。

 

「—————私達の未熟が招いたこと。貴方の責任ではありませんわ…‥」

 

弱弱しい声ではあるが、気力だけで強い瞳でジグルドを射抜く上総。

 

————強い子だ。あれだけの投与を受けて、まだ正気を保てるとは

 

「———すまない—————こんなはずではなかった。こんな————謝罪の言葉すら出てこない、何を言うべきかもわからないな」

気をしっかり持っている少女———上総の言葉で少し肩が軽くなったジグルドだが、彼女はもう—————

 

「—————ふふっ、なんだか楽しそう、ね」

 

唯依は上総とジグルドの話を聞いてにこにこしている。正気を失っている状態の唯依は、言葉の意味を理解していない。

 

「唯依————貴方は——————」

 

上総は、唯依の惨状に目に涙を浮かべていた。だが、その眼は絶対に唯依から逸らさない。

 

「—————よく、頑張りましたわね。私たち、生き残ったのですよ? 戦場に出る前、約束したでありませんか?」

 

起き上がろうとする上総を支えるジグルド。無言で感謝の意を向け、首を縦に頷く彼女と、心配そうに眺める志摩子とジグルド。

 

「————お互いの心をさらけ出し、理解し合えた時こそ、友人であろうと」

 

「?」

 

抱きしめられている唯依は、何をされているのかすら理解していない。しかし、

 

「あったかい—————あったかいよ」

 

「唯依、ごめんなさい。ごめん、なさい————」

 

 

「酷い戦場だったよ。たくさん死んだけど、それでも————まだ、まだ”希望”が‥‥‥」

 

 

志摩子の言葉に反応した唯依は、瞬間虚ろな瞳となってしまう。そう、上総から離れた瞬間、もっと正確に言えば、人のぬくもりが唯依から失われた瞬間。

 

 

 

彼女の情緒が、最悪な形で爆発した。

 

 

「い‥‥‥や…‥‥おいて、いかないで……‥あき‥‥‥いずみ‥‥‥しまこ‥‥‥かずさぁ…‥‥」

 

 

目が虚ろになり、虚空に手を伸ばす唯依。弱々しく腕を伸ばす姿にジグルドは勿論病室にいた全員が絶句した。

 

 

 

「…‥‥‥‥‥だめ…‥‥だめ、だめだめだめだめ!!! いやだっ!!! やだやだやだ!!!! やめて!! やめて!!! そのひとをころさないで!!! いやっ!! いやぁっ!!!! やめてぇぇぇぇ!!!!!」

 

 

「唯依!?」

 

 

 

「かえして!!! かえしてっ!!! かえせ!!! かえせぇぇぇぇぇ!!!!

 

 

 

 

ベッドの上で暴れる唯依。とっさにジグルドが彼女がベッドから落ちないよう支えるが、それも逆効果だった。

 

 

 

「はなせっ!!! はなせッ!! ゆるさないっ!! ゆるさないっ!! おまえたちを!! 殺してやるッ!!! 殺すっ!!! 消えてなくなれぇェェェェ!!!

 

 

「あぁ゛ぁっぁぁ゛ぁあぁ゛ぁぁッ゛ぁぁ!!!!! はなせぇぇぇぇぇ!!!! みんなをかえせぇぇぇぇ!!!! はなせぇぇぇぇぇ!!

 

 

「しっかりするんだ、唯依! くっ、なんて力だ…‥ッ けが人のはず、なのに‥‥っ」

 

ジグルドがしっかりと唯依を支え続け、暴れる彼女を止め続ける。しかし、途端に彼女の抵抗がやんだと思えば、恐ろしいことをさらに口に出し始めた。

 

ごめんなさいごめんなさいごめんなさいあのときうてなくてごめんなさいたよりにならないしょうたいちょうでごめんなさいあきがしんだのはわたしのせいわたしもしぬからわたしもいっしょにしぬからいずみのじじょうをりかいできなくてごめんなさいわかったわたしもわかったじーくがたべられてわたしもりかいしたよだからわたしもしぬからわたしもいっしょにそっちにいくからゆるしておねがいしますこんなわたしがいきていてもしかたないすぐそっちにいくからかずさしんぱいしな「やめろっ!!!」

 

 

もしかすれば有ったかもしれない悪夢を見て懺悔を繰り返す唯依。

 

「ごめん、唯依・・・・・っ」

 

ジグルドはとある壮年の医者より渡されていた鎮静剤をうったのだ。ほどなくして息の荒かった唯依は呼吸が元に戻り始め、ジグルドの胸の中で気を失った。そんな彼女をやさしく抱き留め、うっすらと目に水気を含み始めたジグルド。

 

そんな彼は無理矢理話題を変える。

 

「—————朝鮮半島からの増援は今のところ確認できていない。だが、問題は北陸からの奇襲だ。事態は、時間は俺たちに寄り添ってはくれないんだ」

 

 

「北陸からの————第2帝都候補の仙台の、眼と鼻の先ではありませんか。まさか———」

 

上総は、この満身創痍の状態で侵略を受けた場合、致命的な打撃をこうむることになると危惧した。

 

「————おそらく招集もかかるだろう。今は船の中で休め。どうやら、こちらに帝国軍の負傷者も運び込まれる————ん、一応報告しておくが、田上忠道少尉は一命をとりとめた。本当なら、能登少尉も救いたかった————もはや謝罪の言葉すら足りないな…‥」

 

唯依をやさしくベッドに寝かしつけ、ジグルドは事後報告とばかりに情報を二人に与える。

 

「—————行くのですね、戦場へ」

 

立ち上がったジグルドを見送る上総。手を振る気力もないから目で訴えるしかない。

 

「必ず、必ず帰ってきてください! 貴方がいなければ、唯依はもう、今度こそ————」

 

 

「分かっている。わかっているさ、こんな光景を見せられては…‥」

 

———————部隊の皆には、とてもではないが言えないな…‥こんな惨状を‥‥‥

 

しかし、彼らの警戒をあざ笑うかのように、北陸へのBETAの侵攻は訪れなかった。何が彼らを躊躇させたのかは判明していないが、小休止といったところなのだろうかと、帝国政府、連邦軍は判断し、コンディションレッドを解除。

 

長時間戦闘を強いられたガルム中隊のリゼルは損傷こそなかったものの、やはり長時間戦闘を久しく経験していない過酷な戦闘状況を鑑み、ドッグに収納されることとなった。

 

 

一方、特に被害が甚大な中国地方の惨状は、帝国軍と連邦軍の目から見ても目をそむけたくなるようなものだった。

 

 

「なんだ、これは……‥瓦礫は‥‥‥町はどうなって……‥」

 

何もない。岡山南部の市街地は、既に消滅していた。それどころか、港町がいくつもあった兵庫の街並みも、それと同様だった。

 

辛うじて山は存在していたが、それでも野生動物の声が聞こえないのだ。野生の動物たちの、生命の痕跡が根こそぎ消えていた。

 

「あぁ…‥‥‥三宮の前線基地が…‥‥どこにも、どこにもないっ」

 

連邦軍は理解した。BETAに奪われるというのは、こういうことなのだと。故郷を彩っていた景色すら、記憶に焼き付いた景色すら奪い去っていくことを。そして、奴らに侵略された生態系は、完全に破壊されてしまうことを。

 

 

そして帝国軍はあらためて思い知った。BETAに奪われるとは、こういうことなのだと。次々と陥落していく国々の光景。それを見ていることしかできなかった国民に焼き付いた現実が、きっとこれなのだと。むしろ、山林が残っているだけでも幸い、なのかもしれないと。

 

 

「————————死者、行方不明者は、どうなっているのですか?」

 

連邦の士官が帝国軍将校に尋ねる。九州、四国での防衛が成功したとしても、中国地方での大敗、京都では避難を拒否してしまった住民もいた。最悪のケースとして予想されていた東名高速道路への侵攻による民間人への致命的被害は避けられたが、それでも、彼らは住む場所を、彼らの日常を奪われた。

 

「死者は推定で180万人。中国地方だけでだ。軍関係者も含めて中国地方の被害が多い。行方不明者の安否もこの情勢では…‥‥」

 

それはつまり、中国地方で逃げ遅れた、ウェイブの箱舟で救えなかった命の数。中国地方は総人口が約700万だ。つまり、その約4割が失われた。

 

近畿地方では特に被害の大きい兵庫は550万人、京都は首都であるため1000万人を超える官民の命があった。

 

兵庫の死者、行方不明者は200万人。行方不明者の安否も絶望的だ。激戦地であった帝都も避難拒否をした民間人を救えず、犠牲者は250万人に及ぶ。これは、学徒兵たちや軍関係者も含めての数字だ。

 

合計で、約630万人もの人命がこの短期間で失われた。しかも、これから夏が終わり、冬が訪れるのだ。仮設住宅などを含めた避難民の生活保護の問題もある。満身創痍の帝国にどこまでカバーできるか。

 

「———————眩暈がするな。この人的被害と、この生態系の完全破壊は」

 

破壊された大地を見て、項垂れている帝国軍人に肩を貸しながら、連邦士官はどうしようもない現実を嘆くのだった。

 

 






最大の原因はジグルド君(恋慕の対象、自覚なし)が闘士級に吹っ飛ばされたからです。

あれで唯依ちゃんの心がぶっ壊れました。

しかし回復の見込みはあります。


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第十八話 新しき理

投稿がすっかり遅くなってしまった。

サッカーの方も、この小説もスランプから抜け出しそうな予感です。


 

激突した戦術機の中で目覚めた上総は、その記憶がまるで夢のように感じていた。

 

動くことが困難となった体。戦術機は大破し、もはや戦うだけの力はない。

 

 

——————————————ここが、私の終わりだというの?

 

 

その思いが体中に染み渡るほど、思考は冷静になっていった。要塞級がいることは、小型種のBETAがいることにほかならない。まず間違いなく腹の中にため込んでいるだろう。

 

でなければ、京都駅の集積場が陥落しているはずがない。

 

 

「—————山城—————さん」

 

 

スピーカーから聞こえる戦友の声。きっと自分を探しているのだろう。しかし、それはだめだ。もはや自分は助からない。お荷物な自分を放置し、生きる可能性を模索するべきなのだ。

 

「きては、ダメ—————唯依—————」

 

こんな時に、こんな時に名前を呼んでしまった。我慢しようといったはずなのに、自分でそれを破ってしまった。

 

—————怖い—————嫌だ—————こんな最後—————

 

しかし激情は全て薬物投与で鎮静化される。少女の悲鳴をかき消すように。

 

—————これから私は—————食い殺されるのだろう

 

冷静な思考に強制され、上総は残酷な事実と向き合う。戦車級が近づいてきている。間違いなく目標はここだろう。

 

 

————あぁ、唯依—————もう一度あなたに—————

 

 

もっといろんなことを話したかった。もっと二人でいろんなことを経験したかった。

 

この先の未来を生きたかった。

 

 

 

なのに—————

 

 

 

痛みで視界がかすむ中、管制ユニットを食い破られた瞬間に戦車級の頭部が砕けた。

 

「——————だ……れ……?」

 

爆風と共に、BETAではない何かによってこじ開けられる音。そして彼女の目の前にはあの時の戦術機の姿が目に映る。

 

「見つけた。大丈夫か、嬢ちゃん? 立てるか‥‥‥って、見るまでもねぇな」

 

 

その男は遠目から一度見たことがあった。

 

 

唯依が無意識に慕っていた金髪の青年の横でちょっかいを出していた、ナンパな三枚目の風貌をした青年だ。その彼が、上総の未来を変えた。

 

 

迫りくる死の運命、抗うことが困難だった分岐が変わる。

 

 

「悪いな。けど、掴んだ手は絶対にはなさねぇぜ」

 

 

そうして、ガルム中隊の一員、ヘリック・ベタンコート少尉に救い出された上総は、京都防衛戦という地獄を生き残り、現在ベッドの上にいる。

 

 

「——————まだあなたは悔やんでいるのですか?」

 

 

「——————唯依は、まだ不安定なままだ。薬物投与で、記憶障害と思考低下が酷い。見込みはあるというが—————」

 

拳を握り締めるジグルド。こういう時何もできない自分が恨めしいのだろう。どこまでもわかりやすい男だと、上総は思った。

 

「—————なぜ、他の星の貴方が篁さんを心配するのかしら?」

 

「————あんな目に遭ったんだ。人であるなら、心を痛めないはずがないだろう」

 

真面目に答えたジグルドには自覚がないのか、本当に他意はないのだろうか。上総は友人に似て鈍感な青年にため息をついた。

 

「—————なっ、俺は間違ったことを言っていないっ、なぜそんな態度を取られるのか理解が出来ん」

 

思わず立ち上がるジグルド。上総は、ジグルドと唯依の波長が合っていることを見抜いていた。

 

「まあ、こういうやつなんだよ、ジークは。ザラ大佐と同様にどうも苦労人のオーラが凄くてな。色々真面目だから目に付いちまうんだよ」

 

横では朗らかに仲間のそれを見守るヘリック。上総の運命を、未来を掴んだ男。

 

「ま、これから仲良くしてもらうと助かる。こういうのも縁だし、知り合いには長生きしてほしいしな」

 

「ええ。こちらこそ。そして改めて、日本の為、力を貸していただき感謝いたしますわ」

 

なんだかんだ、三枚目な男だが、礼儀は弁えているようだ。ここでうかつなことはしてくる雰囲気がない。

 

「—————————」

 

 

「? どした、ジーク? なんか変なものでも食ったか?」

 

「い、いや、なんでもない」

しかし上総の目から見ても、やや信じられない目でヘリックという男を見ているジグルド。

 

 

 

 

 

それから、病室を後にしたヘリックの後姿を見ながら、上総は自分の運命が繋がったこと、そして自分と同じく彼らによって救われた唯依と、特に彼女と親しげだったジグルドのことを思い浮かべた。

 

 

—————熱心に戦術機のことを尋ねてきたりもしたのです。

 

瑞鶴のことを褒めてくれたと彼女は喜んでいた。その前にあの長刀の造形に着目するセンスを好ましいと感じていた。

 

————もし、連邦の方の技術を取り入れれば、お父様はもっと凄い戦術機を作れます!

 

戦術機の開発が捗るだろうと。ジグルドは言っていた。戦争が長らく発生せず、モビルスーツの開発は平和利用に傾いていたと。

 

それは喜ばしいことで、今までは上手くいっていた。しかし、新たな争いが宇宙の彼方で起きていた。

 

連邦政府は、対BETA、並びに新型モビルスーツの開発に着手することを決定したという。尤も、平たく言えば新型のモビルスーツを開発することなのだが。

 

————ジグルドさんは、お父様の話を聞いて、ぜひ開発グループに招きたいと

 

嬉しそうに語るその姿は、彼女の日常となっていた。

 

「—————京都、日本人のよりどころを壊され、彼女は友人を失いましたわ。そして、私はこの体たらく。今は、唯依を戦場で支えてあげられない」

 

戦術機乗りとしては致命的な怪我を負い、義手を摩る上総。連合の生体蘇生技術があるとはいえ、彼女が生身の片腕を取り戻すには時間がかかる。

 

「—————彼女に近しい貴方だからこそ、お願いするの。私個人が」

唯依の心を支えられる強い存在は、ジグルドをおいてほかにはない。

 

「——————言われるまでもない。どちらにせよ、今後は彼女の父親とも関わり合いになるからな」

 

 

その頃、田上少尉は移送された先で恋人の友人だった少女と話をすることが出来ていた。

 

彼の所属するランサーズは九州防衛の任を解かれ、しばらくは第二帝都東京へと向かうことになる。なお光線級吶喊や九州本土防衛の立役者となった為、中隊全員に昇進が執り行われた。残念ながら戦死してしまったものは二階級特進扱いとなる。

 

しかし、ここでキラの悪癖が出る。

 

田上忠道は四肢の一部を喪失したが、その報せはいつの間にか重症へと変わっていたのだ。この一件には“アスラン・ザラ”大佐も認めるところであり、連邦は彼の怪我の具合に関する情報を変更している。その為、キラが断行した禁断の医療行為をアスランは黙認してしまったのだ。

 

常人を遥かに凌ぐ超感覚による意識喪失、喪失以前とは違う身体能力の向上。その技術の一部にはかつて禁忌とされた“強化人間”の技術も存分に取り入れられていた。

 

あまりにも膨大な情報量を処理するために、脳を改造した。その為には当時凍結していた人工的にニュータイプを生み出す装置も取り入れ、彼の限界値を底上げした。そんな脳の司令に対応するために、かつてとは違う強化された薬物投与を経た、喪失した生体の再生治療を行ったのだ。

 

しかしキラと彼らに違いがあるとすれば、首輪をつけなかったという点だろう。一定時間の経過によって薬物を必要としていた彼らとは違い、キラはあらゆる制限を彼から解き放った。彼らの様な副作用持ちの首輪付ではなく、一人の軍人として、人間として。

 

超人的な身体能力と、より高速化した情報処理能力を含めた脳の発達。そのスペックはスーパーコーディネイターのなり損ないを凌駕するものとなり、彼は文字通り“新生”した。

 

キラ・ヤマトの研究の贄として、彼はその報酬として上記の能力を獲得したのだ。

 

 

意識を取り戻した彼は動揺こそしたが、もう一度戦場に立てることに安堵し、京都にいる彼女を守れると思っていた。

 

「————————そう、ですか」

 

聞けば、能登家も京都混乱の最中、BETA侵攻で連絡が取れない。家族ぐるみで付き合っていた許婚だけではなく、その家族までもが、おそらくBETAの手にかかったのだろう。

 

目の前で辛そうにする許婚の戦友から話を伺う前から、恩師とも違う複雑な間柄となった連邦の中佐から聞かされていたとはいえ、彼の心を大きく揺さぶるものだった。

 

———————和泉、貴女はもう、この世界のどこにもいないのですね…‥

 

守れると思っていた。光線吶喊が成功して、九州で足止めすれば帝都は大丈夫だと。だが、最悪な情報が目覚めと共に待ち構えていた。

 

目の前で辛そうに、涙を流すまいと意地を張る忠道は、固く目を閉じ、ゆっくりと息を吐いた。そんな彼の様子に、沈痛な表情から変えることができないのは、友人の死を伝えた志摩子だった。

 

「——————覚悟は、していたのです。帝都が戦場になったと聞き、それを斯衛が阻まんとするのは。彼女にも武家の責務がありました。犠牲のない戦場などない。されど、どこかで彼女の無事を盲目的に信じていたかった」

 

「田上中尉…‥‥」

 

「ご友人相手に、情けない姿など晒すことも出来ません。目の前で彼女らを失った貴女方に比べれば。その悲しみは幾許か‥‥」

 

「そんなっ、許婚を失った中尉とは、比ぶべくもありません。この戦いで、大切なものを失い過ぎました‥‥‥みんな、傷ついたんです‥‥‥」

 

目の前で助けることも出来なかった無念と、大切なものを遠方で失ったという凶報。どちらもつらいのは道理だ。

 

「————————それでも、和泉は幸せだったでしょう。偲んでくれる者たちが、まだこの世界に生きている。私たち以外に、彼女を忘れないでいてくれる方々がいる。それだけで、私はまた前に進むことができます」

 

意を決した忠道の目は、先ほどまでの悲しみを秘めたものから決意に満ちたものへと変わる。

 

「‥‥‥どこまで戦えるかは、未来のことは定かではありませんが、これからも私は、和泉の友人であった貴女方と、この日本という国を守るために、力を尽くします。彼女に恥じない生き方をする。今の私には、それしか語ることが出来ませんから」

 

 

 

 

 

 

連邦政府は、光年離れた先での映像会談を取ることになる。

 

その出席者として、榊首相と外務大臣。官房長官等今回は少数となった。日本帝国はいまだに未曽有の大被害で立て直しを迫られている。

 

「—————では、コロニー開発の件も了承ということでしょうか?」

 

「ええ。今日本に倒れてしまっては、この星での戦略を練り直す必要があります。私達としても、今後とも貴国とは関係を維持したいと考えています」

 

地球連邦政府、最高責任者の地位である、連邦元首議長カガリ・ユラ・アスハは榊との話し合いで連邦のスタンスを簡潔に述べた。

 

「さしあたっては、オルタネイティブ計画についてです。我々はこの計画について知らない。これがどういう意図で作られたかを知っているに留まっています」

 

 

BETAを研究し、その概念を理解することで有効な戦術を探し出すことを目的としているのは、帝国国内での情報収集で熟知している。

 

諜報活動を行うというのが現在の計画という。しかし、ジグルド・F・アスハの証言はそれらの疑念を確信へと変えるものになりかねない。

 

一定の周波数がその個体からは垂れ流し続けている。それは撃破直前まで同じ。一定のリズムでそれらが流れてくるのだという。

 

彼は、それをまるで命令を受けている機械のようなものだと推察しているらしい。

 

「—————彼らにコミュニケーションは無意味であるというのが、我々の見解です。恐らくあれは、生体機械。炭素物質で構成された存在。恐らくハイヴは生産工場で、その一番奥には、司令部に似た何かがある」

 

カガリは、専門家チームからの見解を彼らに話す。どうも連邦お抱えの専門家からは、奴らが生物としては怪しいと感じずにはいられないらしい。

 

「—————確かに、捕食と突撃を繰り返すBETAが何かの命令を受けていることは否めません。しかし、我々は専門家ではない。重要なことは、その次の話でしょうか?」

 

一方、感情論を完璧に管理下における数少ない人物でもある首相は、先入観のない新鮮な情報にとても納得すると同時に、話が脱線しかかっているようなので、あえて言葉を紡いだ。

 

「—————その通りでしたね、榊首相。我々が短期間で接触した程度に判明する仮説は現状保留にするのが望ましい。この星ではすでに奴らを調べ尽くそうとする計画があり、その計画がどうすれば進展するのか。我々はハイヴの最奥を調べないと分からない事だと断言できます。そこで必要なのは、戦術機、機動兵器の強化です」

 

モビルスーツという呼称を使わないカガリ。これは、帝国に対する配慮である。技術に関しては不得手なカガリは、設計概念から違うことしか理解していない。

 

「—————ハイヴ最深部に到達し得る戦術機、ですか」

 

 

「はい。しかし、連邦はあくまで支援の立場ということを貫きたいのです。試験パイロットが連邦兵士なのは意味がないでしょう? そこはご理解を頂きたい」

 

これはこの星で、この星のパイロットが会得する問題なのだ。だからこそ、必然的に衛士は帝国軍から選抜されるだろう。

 

 

「—————なるほど。しかし、歴戦のパイロットほど新しい技術は取り入れにくい。若く才気あふれる者を選抜しよう。しかるに教官は————」

 

 

「—————うってつけの人間がいる。モビルスーツ開発に長け、一歩間違えば3日間呑まず食わずで、計画を推し進める働き者たちがな」

 

 

その時、病室で唯依に泣きつかれているジグルドと、雑務に追われるキラの背中が痒くなったという。

 

「—————それほどの熱意がある、ということにしておきましょう。未だ我が国は貴殿らの庇護無くしては成り立たない。今後ともどうか我が国を頼みます」

 

第7艦隊と第8艦隊が宇宙と地球に展開している。月攻略に向けたジェネシス建造と、帝国近辺の警戒。それぞれを分担しているのだ。

 

 

「————遜った言葉は不要です、榊首相。我々がこの星と関係を持つきっかけでもあるのです。先の防衛戦で全力を尽くせず申し訳ない」

 

この会談により、日本帝国は第二次曙計画の開始を前向きに検討。日本帝国内での連邦との技術提携は、世界と国連を巻き込み、XFJ計画へとつながることになる。

 

 

「——————珍しいじゃないか。会談の様子を見たいといったのは」

会談を終えた榊は、ある一室を訪れ、その部屋の主に声をかける。

 

 

「—————気になっただけよ。連邦の女性元首がどんな人間なのか」

眼鏡をかけた少女が榊の言葉に反応し、棘のある言葉で返す。

 

「————で、その色眼鏡で推し量った感想はどうだったかな?」

 

 

「—————そうね。有象無象の政治家どもより、とても印象が良かったわ。票集めに必死な政治家よりも、立派に政治家をしていた」

 

 

「—————そうか」

 

 

それだけ言うと、少女は部屋を後にしてしまった。娘の前では、首相も一人の親に過ぎなかった。

 

「—————彼女は、それだけの想いを背負っているのだよ。彼女は上手い。影を隠すのがとても」

 

 

 

その頃、日本帝国内では、連邦軍が哨戒活動に従事していた。

 

 

 

現在在日米軍に代わり、連邦軍が中四国の警戒に当たっており、戦術機とは一線を画すフォルムを有するモビルスーツに対し、帝国は大いに興味を抱く。

 

 

BETA相手に無双を繰り広げる、異なる星の戦術機。空中で戦闘機へと変形する戦術機など、オーバーテクノロジーの塊だった。

 

白陵基地所属の兵士の間でも、それはもう話のネタは尽きないほどだ。

 

「—————本当に、あの時の飛来から、すごいことになっていますね」

 

海沿いには、まるで空想から飛び出したような戦艦が停泊している。そこから連邦軍は戦術機を飛ばしているのだ。

 

 

第七艦隊の横須賀への寄港の際、盛大な歓迎を持って迎えられたのだ。

 

一気呵成の反撃と帝国、国連軍、連邦主力部隊の挟撃。悪夢を打ち破るシナリオの顛末にしては、これ以上ないぐらい清々しいものだ。

 

そして、彼らが来訪した瞬間を、彼女は今でも覚えていた。

 

「仕方ないだろう。帝国軍も、国連軍、在日米軍でさえ、成しとげられなかった単騎での3日の足止め。100万を超えるBETAの撃破は当然世界スコア。そんな存在が帝国の守護の為に降り立っているんだ。日本の外も大騒ぎだろう」

 

その横にいるのは、疎開先の横浜で知り合った同性の友人である。京都にどうやら想い人がいたようだが、帝都防衛戦で連絡がつかないらしい。家族とも連絡がつかず、彼女の旧家もその後の足取りがつかめない。

 

どこもそんな感じだ。西日本から避難してきたものの中には、家族を失ったものが出てしまっている。

 

 

陥落こそ免れた京都ではあったが、都市機能は麻痺しており、しばらくは復興に時間がかかるだろうと言われている。

 

そして、甚大な被害を受けた中国地方の被害は相当なものだ。西日本は連邦軍の庇護がなければ立ち行かない状態となっていた。

 

「—————ニュースでも話題になっている話、知っているかい?」

 

「ええ、連邦軍と帝国の技術提携。重い腰を上げたのでしょうか」

 

しかし末端にはその先の情報は伝えられていない。

 

 

帝国中で注目を集める帝国と連邦の技術交流。それはすなわち戦術機開発において他ならない。

 

その後、日本は連邦政府と平和条約を締結。日本由来の国土を認識し、現在履行されている防衛協定にかわる安保条約に関する条項も現在取りまとめている。

 

 

そして、そんな新たな戦術機開発メンバー召集の為に怪我の癒えたジグルドは奔走していた。

 

「—————えっと、私が案内役、ですか?」

 

ジグルドは甲斐志摩子には道案内と、甲斐家の伝手を頼りにしていた。生き残った末娘の恩人である彼が志摩子を頼りにしているということは、当家にとって喜ばしいものであった。

 

何しろ、帝都防衛の立役者であり、中国、近畿地方の奪還攻勢に参加したメンバーだ。そんな武功を立てる彼と接近でき、そんな彼は娘の命を救った恩人でもある。親としては、公私ともに望ましい展開だった。

 

まだまだ安静にしておかなければならない上総と唯依は無論外出は禁止。傷が癒えるまで、薬物の症状が治まるまでミカエルで最新医療を受けることになる。

 

 

しかし、連邦軍内の中尉に過ぎないジグルドがなぜこれほどの権限を有しているのか、それを志摩子は気になっていた。するとジグルドの口から出た言葉は

 

 

「MAや通常兵器のアイディアを匿名で何度か送り付けたら紆余曲折を経てこうなってしまった」

 

とのこと。ジグルドは軍事作戦中での肩書は中尉ではあるが、こと技術方面では佐官クラスに匹敵する地位を持つ。さらにはある程度の決定権を有しているのだ。訓練校卒業後、技術廠に出向していた期間もあった為、多方面より彼が歓迎されているといった事情もある。中にはあの伝説の英雄の息子にして、才能豊かな若者という見方もあり、多少は七光りの面もあったりする。

 

なお、彼が身バレするきっかけになったのはキラ・ヤマトによる逆探知、ハッキングによるものだったりする。

 

 

 

そんなこともあり、ジグルドの多方面振りの行動力に驚愕しつつも、歩を進める志摩子。

 

 

 

「まずは、篁家当主、篁祐唯中佐。そして、巖谷榮二中佐。この二人は確定だ。あの長刀の開発者と、性能に劣る機体を改造し、外国産機を圧倒するポテンシャル。技術面で彼らは今後の手本になり得るだろう。そして、それは貴女も同義だ」

 

「わ、わたしが、ですか?」

いきなりの大役ご指名に驚く志摩子。まさかそんな大役すら見越しての指名だったのだろうか。

 

「————帝国はどこも人材不足だ。若い人材が実戦を経験して生存することは貴重なことなんだ。だから、近くにいた君をスカウトする。否が応でもモビルスーツでエースの実力を手にしてもらう」

 

志摩子の恩師である真田大尉と斎藤中尉は、あの戦闘を結果的に生き残った。エル・バートレット少尉からの縁を頼り、彼女らのことを聞きだしたのだ。

 

————山城は脱落し、篁は悪酔いが酷いか

 

眼にかけていた生徒が共に深刻な状態であることに真田は悔しそうだった。

 

————甲斐少尉は薬物に対しての耐性はあったようです。もう二度とつかわせないが

 

ジグルドは、志摩子が薬物に対して耐性があったことを伝える。

 

————あれも磨けばモノになる。貴方方の手で、鍛えなおしてくれ

 

すると、真田は志摩子のことを頼むとジグルドに伝え、新たな戦術機、モビルスーツのテストパイロットとして彼女を鍛える彼に、未来を託したのだった。

 

そのような話があり、ジグルドは連邦の技術知識を受ける存在として、彼女を最初に指名したのだ。

 

 

「唯依は—————いいの?」

 

志摩子は、ジグルドが唯依を指名しなかったことが不思議でならなかった。多少意見を言える立場にあった彼が、それをしない理由はない。真田教官から話を聞けば、唯依にも素質はあるはずだ。無論、まだ時期が先のことになるだろう。それまでに回復することは十分ある。

 

「—————どうだろうな。俺と彼女に交流があったことが漏れていてな————篁家が複雑なお家事情というのを理解した」

 

ジグルドは、苦笑いをしながら白状する。

 

「—————俺が、篁祐唯氏を指名したことで、どうやらかなり揉めたらしい。一部の軍部、外様武家の間でな。煌武院家と崇宰家、斑鳩家が取り成してくれなければ、計画そのものに悪影響を与えていた。俺も迂闊だった。周辺情報を集めるべきだったと」

 

だからこそ、親子で開発チームに参入なんてものになれば、混乱は必至だ。

 

「————そう、なんだ」

お家事情や体裁。そういったものに縛られることが、こんなに疎ましく思ったことはなかった志摩子。

 

「—————後他には、アスランが助けた武家の者と、一部の若手エリート。贔屓なしでの成績上位者、だろうな」

 

 

そして辿り着いたのは、京都の篁家屋敷。復興途中の京都ではあるが、都市移転までのしばらくの間、無事だった家屋で武家が一部ここにとどまっているらしい。その中に彼がいた。

 

 

 

開口一番、ジグルドが行ったのは土下座であった。

 

「アスハ中尉!? なにを‥‥‥っ!?」

 

篁中佐は両ひざを地面につけ、頭を下げる青年の姿に驚く。

 

「中佐の娘が眼前にいたにもかかわらず、その心をお守りすることが出来ませんでした。申し訳ありません」

 

既に娘の容態は知っている。あの地獄のような帝都攻防戦で生存できたこと、運よく連邦の中隊に回収されたこと、その後治療を受けており、彼女の今の状況を既に知っている篁中佐は、ジグルドの謝罪の言葉に戸惑う。

 

「———————顔をお上げください、アスハ中尉」

 

 

「しかし…‥‥」

 

躊躇するジグルド。しかし篁中佐は親として、娘の命を救った彼に一番かけるべき言葉が遅れていたことを感じていた。

 

「それでもだ。あの地獄から、娘を見つけてくれてありがとう。その命を拾い上げてくれて、感謝の言葉が続かないほどだ。そんな恩人を恨むはずがない」

 

 

「わかりました‥‥‥」

 

 

それでもジグルドは、罪悪感こそ消えたものの、心を守れなかった、むしろ自分が闘士級の攻撃を受けたことで止めを刺してしまった至らなさを恥じていた。

 

「今朝、娘に会うことが出来た。連邦の医療技術は素晴らしく、娘の精神状態も快方に向かっている‥‥‥彼女はもう一度笑顔を取り戻すはずだ。とくに、キミの目の前ではね」

 

 

「篁中佐!? それは…‥」

 

そんな彼女に取り入るつもりで、関係を構築したわけではない。ジグルドは打算的なものを中佐に印象付けてしまったのではと目を伏せがちに言う。

 

 

「君が思うようなことではないさ。その直情的な性格からして、そんな腹芸は好みではないことも分かっている…‥‥娘の手紙が時々送られてね、よくキミのことが書かれていたのだから、つい邪推をしてしまったようだ、すまないな」

 

「は、はい……その、篁さんとはBETAに関する情報収集の間、少しお話をさせていただきました。この世界での、この星の常識や歴史について」

 

篁中佐は、現実と人々が謳う理想が度々違うことを身に染みて思うのだ。この純朴で直情的な青年が、あの帝都攻防戦で大活躍したエースパイロットとはだれも思うまいと。

 

しばらく唯依の近況や快方の見通しについて改めて情報を交換した二人。そしてジグルドが今ここにいる理由はそれだけではないと予測し、先日発表された情報から話題を切り出した。

 

「ところで、本日の来訪は何も娘のことだけではないのだろう、アスハ中尉?」

 

仕事モードの顔へと切り替えたジグルドと篁中佐。プライベートの話題が入る余地はなく、志摩子も彼の様子が一変したことで、その場の空気が変わったことを認識していた。

 

「ええ。近日中に連邦、日本帝国の間で結ばれる技術提携に纏わることです。詳しいお話は奥の間で進めても構わないでしょうか」

 

「了解した。ここでその話は落ち着かないから、詳しい話は部屋で聞こう。お隣のご息女もそれでよろしいかな?」

 

「は、はい!」

 

 

ジグルドと志摩子は、篁中佐に案内されるままに奥の間へと進む。志摩子はその間に頭の中でこれから行われることを冷静に分析しようとして、その結果を考えるたびに尋常ではない何かが起きると推察し、心が落ち着かない。

 

 

——————連邦軍の強さが、帝国にも真似出来たら‥‥‥

 

良くも悪くも、日本帝国の立場が変わる。連邦軍といち早く国交を結んだ国として。しかもそれに加えて武力での底上げの支援まで取り付けたとなると、アメリカの一強状態だった世界情勢に変化が起きる。

 

しかも、アメリカは日本の形勢不利を見るや安保条約を破棄し、現場の意見を無視して本土へと撤退してしまった。国民の血を他国で流させることに躊躇があったとはいえ、公式で結んだ条約を一方的に破棄してしまったのは痛手だろう。事実、日本帝国の為に最後まで奮戦した連邦軍とアメリカの仲は微妙なものとなっている。

 

連邦政府は、アメリカの国民感情を考慮した行動だと擁護のコメントを出しつつも、国と国が結んだ条約を一方的に破棄することに強い懸念を示した。いわゆる、連邦政府の強い牽制である。

 

貴国は土壇場で条約を破る行為を晒してしまったが、それがこちらに向かうのは御免被りたい。現状、貴国と国交を結ぶことに躊躇いを覚えている市民が多数いる。

 

無論、そちらの事情は理解している。しかし、パートナーとして信頼できるかは別問題である。

 

なお、連邦政府は後になって思い知ることになるのだが、強い独立心を持つ勢力や、簡単に扇動されて動いてしまう勢力への情報不足が祟ることになる。

 

 

日本という国は親切で礼儀正しく、真面目で、多くを語らない。それが連邦政府と、現地に派遣された軍人たちの見解であると。

 

アメリカは当然だが面白くないだろう。擁護のコメントがあるとはいえ、直接的ではないが不信感を持たれているのだから。

 

そして焦りを覚えているのは欧州、アフリカ、中国、ソ連である。国土の大半を奪われ、アラスカに、イギリス本土に、台湾に、食糧難が問題となっているアフリカの惨状は、この連邦軍の介入によって解決できそうなだけに、あれよこれよと裏で動き回っているのだ。

 

しかし、欧州人とアジア人の身体的特徴は異なっており、スパイを送り込むのはなかなか難しいし、限られてくる。しかも国連軍極東にある基地を預かるのはあの第四計画の女狐である。送り込んでも処分されてしまう可能性が高い。

 

そんな各国の悩みの種の一つである女狐だが、このbetaによる大規模侵攻に伴い、国連太平洋方面第11軍が守る白陵基地(旧帝国陸軍白陵基地)は一時仙台への移転も検討していたようだが、京都でBETAの侵攻は阻止され、その後本土の全てを回復させることになり、即時移転計画は中止とした。

 

現在は、帝国との挨拶を粗方済ましている連邦政府とのコンタクトを今か今かと待っている状態だ。なお、事前の準備に抜かりはなく、ラブレターは2度も送っている。

 

これまでは帝国との国交開通や大規模侵攻に備えるために余力はなく、要求に応えられないと丁寧に断っていた連邦政府だが、逃げ口上はもうないのだから、そろそろ3度目のラブレターを送ろうかとほくそ笑んでいる女狐が一人いたりする。

 

白陵基地では当たり前のことだが、その女狐の隣には幼い銀髪の少女がいるということが帝国を通じて連邦軍の間で噂になっている。軍上層部は何ら異常がないと判断し、タイミングが合えば派遣部隊の責任者とブレーキ役を送ろうと検討している。

 

 

連邦軍もほとんど外出を控えており、そちらにカモフラージュするのも一苦労である。今も志摩子とジグルド、篁中佐が部屋へと向かう中、屋敷の周辺には警備兵が数人で警戒している。

 

そんな状況の中で最も動けるのは台湾と中国である。身体的な特徴はあまりなく、地理的な要因もある。中国は冷戦時の東側陣営というイメージこそあるが、台湾との関係は貿易協定を結んでいるなど悪くはない。

 

中国は焦りを感じ、直接的な行動に出ることが予想され、台湾は焦りを感じつつも外交関係が悪化しない程度に公式での会見や法的な手段での平和的な対話を求めるといったところか。

 

と、長い考察の中、志摩子はいつの間にかジグルドと篁中佐の話が始まっていることに気づく。

 

 

「————堅苦しい言葉遣いは不要だ、中佐。技術者の話にそれは不向きですよ」

 

ジグルドが言葉にすることで、ようやく彼も柔和な笑みを浮かべたようで、

 

「失礼した————今回の件、改めて話を受けることにするよ。それと、娘と友人の窮地を救ってくれたこと、感謝する。本当にありがとう」

 

どうやら、巖谷経由で事情を知っているらしい。ジグルドは微笑み、

 

「—————光線級に撃ち抜かれる瞬間は避けたい未来でした。それに、あれを平気に思える人間はいないさ」

 

あくまで人としての言葉で返すのだ。隣では、レーザーで殺されそうになった志摩子が顔を赤くするが二人は気づかない。

 

「榮二も喜んでいる。ブレイクスルーのきっかけは我々も待ち望んでいたことだ。改めてよろしく頼む」

 

そして互いにがっちりと握手をするジグルドと篁。掴みはほぼ完ぺきと言っていい。

 

 

「————では隣の甲斐少尉と貴方にだけ、今回運用の基本となる機体について少しネタ晴らしをします。この機体は、俺にとっても縁深いものですからね」

 

 

「ほう。君が以前話した、噂のマルチロール機かな」

すぐに看破する篁。粗方のモビルスーツの歴史を勉強している彼は、ジグルドに縁深いという言葉と、対BETA戦術で有効なものを悟ったのだ。

 

この難敵を相手にするには戦術の幅は最低条件であるがゆえに。

 

「さすが目敏いですね」

 

「貴方に縁深く、有効な戦術を柔軟に取り入れる機体。それはマルチロール機であり、戦術の幅がある系統。答えは決まっているさ」

 

一を知り十を知る。こういうやり取りはやはりいい。

 

 

「————えっと、その————どういった機体なのですか?」

 

話についていけていない志摩子が、二人に尋ねる。あまりにも話が進むので、置いてけぼりを食らったのだ。

 

 

「—————ああ、彼が考えている機体というのはね。世界で初めてマルチロール機能を実装したモビルスーツ。そして、今では伝説となっている、とある男が使いこなした名機」

 

今は亡き、ジグルド・F・アスハの父親が数多の戦場で選んだ機体。

 

その神話は色褪せることはなく、世界を救った機体とも謳われる、伝説の機体の前身。

 

「型式名、GAT-X105Aストライクだ」

 

 

まだその巨人が埃を被るには早い。彼が残した軌跡と、彼が救った世界に求められ、トリコロールの巨人は戦場へと飛翔する。

 

とある勢力の撃破を求められたそれは、今度は人類の怨敵を斃す剣として。

 

 

 

 

二週間後、都市機能は京都から東京へと移転し、京都は千年の都の歴史に終止符を打った。

 

しかしこれは始まりなのだ。第二次曙計画に関する情報が流れ、その準備に入ったと連邦政府と日本帝国による共同声明が報じられる。

 

そして国内向けの報道では、1992年から開始されていた飛鳥計画がこの第二次曙計画に接収されることとなる。つまり、この飛鳥計画で開発されていたTSF-TYPE00は少数生産でお蔵入りとなり、富岳重工、遠田技研を主とした軍需産業は不満を抱くことになる。

 

その為、連邦政府、帝国議会はこの2社を含む主要メーカーとの意見調整を強いられ、大損を強いられた企業に配慮する形で連邦政府が折れる。

 

結果、以下のことが認められることとなった。

 

 

・主要メーカーは技術者と土地を提供する。

 

・帝国軍は人員を選別し、派遣すること。

 

・帝国斯衛軍からは、申請が通った場合、派遣が認められること。

 

・連邦軍は派遣部隊、もしくは補充要員から現役軍人の派遣を行う

 

・アクタイオン・インダストリー、アドゥカーフ・メカノインダストリー、プラント・インダストリーら主要軍需企業の技術者を派遣すること。

 

・日本帝国国内の主要軍需メーカーと、連邦圏内の軍需産業が合弁という形で新会社を設立すること。

 

・企業の立ち上げ資金に関しては、連邦政府のみが6割を負い、残りは帝国政府、各メーカーが支払うこと。

 

・新型兵器開発に関して、洋名とは別に和名でのネーミングを認めること。

 

・飛鳥計画が中止となり、帝国斯衛軍専用の次期主力戦術機の製作が頓挫した為、帝国陸軍の次期主力機とは別に新たな戦術機に携わること。

 

諸々、この条文以外にも複数あるが、認められることになった。

 

 

最後の斯衛軍の次期主力戦術機についてはアクタイオンがかなりの難色を示したが、すでに衣料品等で支援を行っているウィンスレット社の代表が動き、本社にて代理を任されているジャンク屋連合出身の副代表にして彼女の盟友が動いたことで、蟠りは解消した。

 

なお、アクタイオン社の社長はこの件について「なぜ一つの国家の中に命令系統の違う軍が複数存在するのだ」と首を捻った。彼が憂慮したのは陸軍と斯衛軍の対立による情勢の不安であったという。

 

 

 





唯依ちゃん、上総さんは幸いにして快方に向かっている最中です。


その他、リアクション芸人と化した欧州、ソ連、東南アジア諸国、アフリカ。

大損となってしまった近江商人を知らないアメリカ

公式なお願いコールを何度か試している台湾。

いいからよこせの中国。

なぜか影の薄いオセアニア・・・・・

そして、ジグルドの人生にちょくちょく顔を出すキラという天邪鬼。



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