発情しても強い理性で踏み留まる獣人ちゃんと、そんな心情を知る由もない相方くん (無料お試しセット)
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第1話:日常


pixiv先生方のSNSを見てたら自分を抑えきれなくなったので初投稿です。

作品タイトルの部分は後半ですが、折角なので全部読んで、どうぞ。




 

 晴天。

 大型の魔物が力尽き、地響きを起こしながら崩れ落ちた。

 その体には数多くの打撲跡と切り傷が付いており、周囲の破壊された地形も合わさって激しい戦いが行われていた事が分かる。

 

「っしゃあ! やったな!」

「ああ、俺達の勝ちだ!」

 

 返り血と土埃で体を汚しながらも、勝利の喜びを体で表現するのは一組の男女。互いに抱き合い、相手の背中を叩いてそれぞれの活躍を賞賛する。

 ひとしきり揉み合った後、男は笛を吹いて獲物の場所をギルドへと報告し、女は大斧の血を拭って再び肩に担いだ。

 

 二人はこの地域で活躍する冒険者だ。数年になる付き合いの中で距離が近くなっているものの、互いを尊重し合い、人間と獣人のタッグでありながら実力と秩序を持ち合わせた理想的なパーティであるとギルドからの評価も高かった。

 

「これで死体も回収されるだろう。あー疲れた。早く町に戻って一杯やろう」

「だなぁ。でも、私は何より先に風呂に入りたいかな。汗で全身がぐしょぐしょだ」

「ん。あぁ……確かに、俺もそうだな。よし、さっさと引き上げるか」

「よっし。それじゃ凱旋と行くか!」

 

 弾むように会話を進め、身を寄せながら笑顔で歩き出した二人の冒険者。

 仲の良い姉弟か幼馴染にも見える彼らは、今回の任務の苦労話に花を咲かせながら拠点の町へと帰っていった。

 

 

 

――――――

 

 

 

「はい、報告を受け付けました。ファクトさん、ミーシアさん、お疲れ様でした」

 

 夕刻。

 拠点の町へと戻ってきた二人は、ギルドにて依頼の完了報告をしていた。

 話を聞きながら帳簿にペンを走らせるのは上級任務担当の受付嬢。ドレーンという固有名を持つ魔人形(マジック・ドール)である彼女の他に、カウンター裏では何体もの魔族が事務机に向かって手を動かしている。

 受付嬢による普段通りの淡泊な受け答えに、獣人の女性ミーシアは腕を組んで巨大な胸を(そび)やかしながら不満を口にした。

 

「おいおい、随分とさっぱりしてるな。町に被害が出かねない大物だったんだぞ? 何か特別報酬とかは無いのか?」

「特別報酬…………必要ですか? ファクトさん」

「うーん……まぁ、彼女もこう言ってますし、何か頂けるのなら嬉しいですかね?」

「そうですか……」

 

 睨むように目線を向けてくるミーシアを無視しつつ、ドレーンは男の言葉を受けて悩む素振りを見せる。

 数秒固まっ(フリーズし)た受付嬢は、妙案を閃いたとばかりに無表情のままわざとらしく手を打った。

 

「ではファクトさん、今夜私と食事でも如何ですか? とっておきの年代物を差し上げます」

「えっ、まさかあの四十年モノを……? いいんですか!?」

「おい待て。要求したのは私なんだが?」

 

 ぶら下げられた餌に対し即座に食いついた相方の肩に肘を乗せ、ミーシアは受付嬢に顔を寄せる。

 

「年代物は貴重なのです。量がありません。心苦しいですが、せめてファクトさん一人だけでも持て成してパーティの平均士気を向上させれば、ミーシアさんにとってもプラスになるという寸法です」

「そんなの詭弁も良い所だろ……私達はこの後一緒に食事をとる予定だったんだ、悪いが今度にしてくれ。そして、その時は私にも酒を寄越せ」

「そうですか。とても残念ですが、パーティ内での決め事は不和を生まないためにも守っていただく必要があります。それでは、またのご利用をお待ちしております」

「四十年物……」

 

 元々冗談だったのか、ミーシアの言葉を受けて魔人形はすぐに引き下がった。

 やや残念そうに眉を下げたファクトは、相方に背中を押されるとフラフラとギルド併設の酒場へと歩いていった。

 

 

 

――――――

 

 

 

「あの時咄嗟に取った水薬がさぁ、あの混ぜたやつだったんだよ。もうマズいのなんのって」

「ははは。戦闘中の気付けには丁度良かったんじゃないか?」

「そうか、なら今度からファクトが倒れた時はあれを使う事にするな?」

 

 食事処兼酒場『秩序の部屋(オーダー・ルーム)

 ギルドに併設されているそこは、冒険者の憩いの場であり、彼らの命を明日へと繋ぐ重要施設だ。

 大仕事を終え、間接的に多くの人の命を救ったファクトとミーシアの二人は、今日の冒険を振り返りながら祝杯を呷っていた。

 店内の客は疎らで、馬鹿騒ぎを起こす者もいない。そのため、窓際の席から発せられた言葉が二人には聞き取れてしまった。

 

「チッ、混ぜモンがいやがる」

「バカ、聞こえるぞ。やめとけ」

「は?」

 

 一部の獣人に向けた蔑称。

 ファクトは声の方向へと振り向き、立ち上がった。楽しい酒の席に冷や水をかけられ、彼の視界は一瞬の内に赤く染まる。

 ミーシアも決して言われっぱなしで我慢するような性格ではないものの、相方の冷静さを欠いた様子に驚いて制止の声をかける。

 

「おい、気にするなって。相手も酔っ払いだ」

「だからって相棒を侮辱されて黙ってたんじゃ俺の胃が持たない。すぐに終わらせるから追加の酒でも注文して待っていてくれ」

「ファクト、結構酔ってるな? 普段なら私を止める側の癖に……まぁ、今日くらいは別にいいか」

 

 瞼を半開きにしながら歩き出したファクトに、ミーシアは呆れたように肩を竦めて匙を投げる。第一、これは自分を想っての行為なのだ、嬉しくない訳がない。彼女は上機嫌に尻尾を揺らしつつ、追加の注文をするべく店員に手招きした。

 

 一方、窓際の席に静かに到着したファクトは、項垂れる男の肩を叩いてからテーブルに手を突く。

 

「なぁ、誰の相棒がなんだって?」

「ッ……! って、お前かよ。……なんでもねぇよ」

「もう一回言ってみろ。ばっちり聞こえてんだよ。その口、二度と閉じないようにしてやろうか?」

「ファ、ファクト! すまねぇ、コイツ飲み過ぎてんだ!」

 

 酒を飲み過ぎた男に、酒を飲み過ぎた男が絡み、酒を飲んでいる男が止めに入る。

 カオスな状況を破ったのもまたカオス。項垂れていた男は急に笑い出し、重くなった瞼を押し上げて開き直ったように口を開いた。

 

「へ、へへ……いいぜ、言ってやるよ。『混ぜモン』だって言ったのさ。事実を言って何が悪い? あいつみたいに何の種族かもわからねぇ獣人がいるから、この町だって中央の奴らにバカにされるんだ……!」

「ジーク、やめとけって!」

 

 男の仲間は手を伸ばして話を止めようとするも、ジークと呼ばれた男は虫を払うような手振りでそれを避け、尻を浮かせてファクトへと向き直る。

 

「ファクト、お前も気をつけろよ? 知ってるだろ……獣人と人間が組んだパーティの末路を。結局本能には勝てねえんだ。人間なんて食い殺されるか、食いモノにされて終わりだぜ。だから昔は戦争だってしたし、今も国だって分かれてるんだ」

「ミーシアは、そんな事はしない」

 

 遠い昔を思い出すように手を震わせながら語ったジークの様子は、何かトラウマの存在を思わせる。そんな彼を見て若干冷静になったファクトは、相手を諭すように強く意思を乗せて言葉を発した。

 

「彼女は誇り高く、理性的で、どんな時だって仲間の事を大事にする――強く崇高な精神を持つ大切な相棒だ。何年も一緒にいるけど、俺なんかよりよっぽど大人だよ」

「そりゃあ、お前ん所ほど長く関係が続いてるのは珍しいさ。だがな、こと種族間の問題には絶対なんてモンは存在しねぇんだ」

「知ったような口を利くな。あんたの過去に何があったかは知らないが、俺達とは関係ないだろ」

 

 互いにやや頭を冷やしながらも続く押し問答。

 ファクトの真っ直ぐな瞳に見据えられ、先に折れたジークは水の入ったグラスを呷ってから一つの皿を差し出した。

 

「ふぅ……なら、お前達がいつまで仲良し小好しでいられるか、賭けでもしながら見といてやるよ。これは詫びだ。あの獣人にやってくれ」

「わかった。……で?」

「……で、ってのは? 話は終わっただろ?」

「ミーシアへの謝罪がまだだ。ギルドに言いつけるぞ」

「……お前、こんな細かい奴だったっけ? かなり酔ってるな?」

 

 皿を受け取りつつも更に謝罪を要求するファクトの姿に、ジークは眉を下げながら頭を掻いた。

 

 

 

――――――

 

 

 

「うあー、飲んだ飲んだ。もう寝るぞー!」

「早いな。こんなにめでたい夜なんだ、カードゲームでもしないか」

 

 夜。すっかり静かになった町の宿の一室で、酔った様子の二人はそれぞれのベッドに転がった。

 彼らは男女混合パーティでは珍しく同室で寝泊りをする。初めこそファクトが気を使って部屋を分けていたのだが、一時期パーティが生活に困窮した際に同室となり、それが便利だった事から今もそのままになっている。二人の間に強い信頼があり、一緒にいても心労が発生しない気安い間柄であるからこそ可能な節約術と言える。

 

「カードか……ファクト、酔ってると弱いからなぁ。最初から勝者の決まってる戦いにどんな価値があるんだ?」

「おっ、言ってくれるな。前回俺のコイントスにひれ伏したのはどこの誰だ? 俺のデッキはあれから更に進化してるんだ」

「あれこそたまたま勝っただけだろ……二度と同じ展開にはならないぞ」

 

 ファクトは鞄から取り出したデッキケースを振りかざして大仰に宣戦布告する。その前には何度も負けている筈なのだが、都合の良い記憶だけが残っているようだ。

 聞き分けの悪い弟を諭すようにミーシアが説得するも、気持ちよく酔っぱらっている彼の闘志は収まらない。

 

「なんだミーシア、随分と弱気だな? よォし、俺が負けたら何でも言う事を聞いてやろうじゃないか。さあ勝負だ!」

「…………いや、ただの遊びでそんな条件はつけられない。私は報酬が欲しいんじゃなくて、憐れに負ける相方の姿を見るのが忍びないと言っているんだが……まぁ、本人が無様を晒したいと言うのなら仕方がないか」

 

 呆れたように息を吐いたミーシアは、わざとらしい仕草でデッキケースを取り出した。テーブルと椅子をファクトのベッド脇まで運ぶと、うつ伏せになっている相方に向かい合うようにして座る。

 

 元はファクトがやりたいと言い出して一緒に始めたこのカードゲームだが、何だかんだで良いコミュニケーションツールとして機能しておりミーシアも気に入っていた。

 相方には気付かれないように立ち回っているものの、その熱はこっそりと雑誌等で勉強している程である。その結果、勝率が彼より高くなった事にも彼女は満足していた。

 

 互いのデッキをシャッフルし、規定の枚数を手札として引き入れる。初手で全て決まってしまうような浅いゲームではないが、それでも流れというものが存在するのが物事の常である。

 

「これは……悪いな、ファクト。どうやっても負けてやれそうにない。命乞いの準備はいいか?」

「なん……だと……?」

 

 まさかの開幕勝利宣言にファクトはベッドから飛び起きたが、今更姿勢を正した所で状況が覆る事はなかった。

 

 

 

 

――――――

 

 

 

 

「……全く、本当に床で眠る奴があるか」

 

 案の定ファクトは正常な判断ができず、攻めるタイミングを誤って盛大に自滅した。対戦後、「これが今日の俺への罰だ!」と床に転がった彼は、目を閉じてからものの一分ほどで寝息を立て始めた。

 普段は冷静で思慮深い相方がここまで自由に振る舞うのは珍しい。酒の力が大半だろうが、ミーシアは自分に気を許してくれているそんな姿を見て素直に嬉しく思った。

 

「……」

 

 心の奥に温かいものを感じながらじっと眺めていたミーシアだったが、時間が経つにつれて相方の体に目が吸い寄せられていく。服を捲れさせて大胆にも肌を露出する様は目に毒だ。

 水で軽く流しただけの程良く硬い肉体からは、獣人の本能を揺さぶる雄の香りが漂う。

 

「……」

 

 あまりにも無防備な、その姿。

 日中は必死に抑えているその感情が、欲求が、暗がりの中でふつふつと湧き上がっていくのを感じる。普段は面倒だとさえ思うその欲求が、今は何より心地良い。 

 

「そんな所で寝ると疲れが取れないぞ、ファクト」

 

 彼が体を痛めてしまわないようにベッドまで運ぶ必要がある。

 そう自分に言い聞かせ、手を伸ばす。手を出してしまう――大事な仲間に。なんの意味も持たない筈のその言葉が、今はこんなにも心を揺さぶってかき乱す。

 腰を跨ぎ、覆い被さるように床に手を突いた。そして相棒の頭を抱くように腕を回した瞬間、得も言えぬ幸福感が体中を突き抜けた。

 大切なものを手に入れた幸せ。慕っている相手を支配できた幸せ。嗅ぐ度に身を疼かせるこの匂いを好きなだけ肺に取り込める幸せ。

 

 幸せ。幸せ。幸せ。幸せ。幸せ。幸せ。幸せ。幸せ。幸せ。幸せ。幸せ。幸せ。幸せ。幸せ。幸せ。幸せ。幸せ。幸せ。幸せ。幸せ。幸せ。幸せ。幸せ。幸せ。幸せ。幸せ。幸せ。幸せ。幸せ。幸せ。幸せ。幸せ。幸せ。幸せ。幸せ。幸せ。幸せ。幸せ。幸せ。幸せ。幸せ。幸せ。幸せ。幸せ。幸せ。幸せ。幸せ。幸せ。

 

 

…………

……

 

 

 気が付けば、ミーシアは愉悦に顔を歪め、相方の四肢を押さえ込むように全身でのしかかり、彼の後頭部に鼻を埋め、蕩ける乳房でその顔を完全に包み込んでいた。

 慌てて体を持ち上げて顔を覗き込むと、ファクトは荒々しく呼吸をしながらも怪我をした様子はない。流石は上級の冒険者――人類の上澄みだ。

 ほっと胸を撫で下ろしたミーシアは当初の予定通りに相方をベッドへと運んだ。一緒に倒れ込むようにして横になり、さも当然のように胸を彼の顔に押し付ける。発情と共に全身から滲み出てくる色香を彼の体へと擦り付けてマーキングしながら、湧き上がる愛おしさに頭を撫でる手が止まらない。

 

「駄目……だ。駄目だ……」

 

 その時、感情が間違いを犯そうとするのを、また別の感情が止めた。うわ言のように否定の言葉が漏れる。

 彼に嫌われたくない。彼を傷付けたくない。そんな紛れもないもう一つの本心がギリギリの所で理性を手繰り寄せ、無意識で動こうとする体を縛る。

 

 今起きられると言い訳がきかない。抱き寄せたり匂いを嗅いだりといった行為は「ベッドに運ぶための動作」という大義名分が苦しいながらも存在したが、これから先はどうやっても言い逃れができない。こんな姿を見られてしまえば、今まで積み上げてきた信用は一瞬の内に崩れ去るだろう。

 嫌悪され、侮蔑され、パーティを解消されてしまえばこれから先どうやって生きていけばいいのか分からない。彼と出会う前、自分が何を目的に生きていたのか思い出せない。

 

「はぁっ、はぁっ……」

 

 火照る体から熱を逃がすように浅い口呼吸を繰り返す。自分を律するように頭を振る。

 ミーシアは後ろ髪を引かれつつもゆっくりと男の上から降り、少しの距離を後退(あとずさ)り、逃げるように窓際に向かった。

 

 開け放った窓から流れ込んだ新鮮な空気が、部屋に篭った甘い香りを中和していった。

 

 

 

 






ど っ ち つ か ず の 正 義


ハートマーク使おうか迷ったけどR-17くらいになりそうだったので止めました。
獣人ちゃんを敬語キャラにしようかも悩みましたが、受付嬢さんが敬語だったので止めました。
妄想に身を任せてたら一日で完成したのでそのまま投稿しました。完全に勢いだけの小説です。本当にありがとうございました。

ちなみにこの後は、
獣人ちゃんは翌朝ちょっと負い目を感じながらも、発情しちゃうのは割といつもの事なので結構すぐに立ち直り、何事もなかったかのように二人はギルドに出勤!
男くんの実力を見越して他の人外ちゃんがパーティに誘っちゃってえっちな事になったり獣人ちゃんが嫉妬しちゃったりしてオワリッ!平定!解散!



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第二話:行方不明のメイドを探せ

導入はパパッと済ませようと思ってたのに普通の冒険モノみたいになってしまったので初投稿です。
例のパートは頭空っぽにして書きました。




 希望と吹き溜まりの町、イコリティ。

 大きく栄えながらもどこか荒れた雰囲気を纏うそこでは、名の通り希望を持った者と挫折した者が交わり合う。

 戦後、世界に生きる全種族の平和と協力を願って作られたそこには、今でも多くの旅人が訪れては消えていく。

 外門近くに設置されている冒険者ギルドは挫折者を生み出す最も高効率な施設でありながら、彼らの受け皿ともなる特殊な場所だ。

 

「行方不明のメイド探しぃ? それ、私達の仕事なのか?」

「はい。是非ともお願いしたいのです」

 

 朝、程良く混雑している施設内。

 その中でも異質な雰囲気を放っている最奥の窓口に、ファクトとミーシアはいた。

 

「でもドレーンさん、俺達は正直……戦う事くらいしかできません」

「私はそうは思いませんが、貴方達の意見は尊重します。しかし今回は依頼主が依頼主です。ギルドとしても誠意を見せなければなりません」

 

 相変わらずの無表情で依頼票を見せてくる魔人形に、ミーシアは髪先を弄りながら問う。

 

「依頼主……貴族なんだっけ?」

「はい。魔国の特権貴族、アセントレス家からの依頼です。大国の貴族、それも特権階級ともなればメイドの一人すら上位種族。大金をばら撒いてでも捜索する価値は十分にあるという事です。他の町のギルドにも同じ依頼を出したと聞いています」

「この報酬額で複数ギルドへの依頼だってのか? そりゃ随分と気前が良いな」

「それだけ困っているって事だろう。メイドだって大事な家族なんだから」

 

 話を聞き、感心して口笛を吹いたミーシアにギルド中から視線が集まる。抜群のプロポーションと露出の多い服装により普段から不躾な視線を集めがちな彼女だが、ギロリと周囲を一睨みして威嚇すると有象無象は慌てて元の姿勢に戻った。

 改めて二人が依頼票を覗き込むと、報酬額の欄にはいくつものゼロが並んでいる。先日受けた大型モンスターの討伐依頼にも並ぶその金額を、ただ探すだけで受け取れるのだから破格としか言いようがない。しかも成功報酬はまた別にあるという。二人は金のためだけに仕事をしている訳ではないが、それでも目を輝かせてしまうのは仕方がない事だった。

 

「では、受けていただけますね?」

「はい。依頼場所の捜索難度からしても俺達が適任だろうし、何より遭難者が心配だ。ミーシアもそれでいいか?」

「ま、そのド偉い貴族サマのメイドも見てみたいしな。サクッと行くか」

「ありがとうございます。手続きを行いますので、暫くお待ち下さい」

 

 深々と頭を下げた受付嬢は、依頼票を手に取って席を立つ。

 彼女が戻ってくるまでの間、二人は報酬の使い道について冗談を交えながら話し合っていたが、結局酒とゲーム以外の案は出てこなかった。

 

 

 

 

――――――

 

 

 

 

 (くだん)のメイドは、主人に「珍しい食材が食べてみたい」と伝えられてから行方が分からなくなったという。

 この地域で珍しい食材といえばいくつかあるが、上位種族が危険に晒されるような場所となれば候補は一気に絞られる。他の場所であれば間違いなく無事に帰って来られるとのことで、二人は候補地の中で最も危険な洞窟へと向かった。

 

「『風船魚のエラ』ねぇ。泳いでる風船魚は一度見た事があるが、ありゃ美味いモンだったのか?」

「空中に飛んじゃうと失われる器官だからな。美味いかはともかく、珍しいのは確かだろう。俺は見た事すらない」

 

 東西の山を結ぶ大地の裂け目。その途中にぽっかりと空いた大空洞が今回の捜索場所だった。

 山脈から滲み出る豊富な栄養を蓄えた水がいくつもの地底湖を形成し、年中変わらない気候は独自の生態系を育む。規格外の大きさを持つ魔物が発見される事も多く、その広大な土地は第二の地上とも比喩されている。

 

 風船魚の特徴はその浮遊性だ。前に見た記憶を手繰り寄せながら、ミーシアはその外観を脳裏に浮かべる。

 

「お偉いさんからの依頼はプラスワンが基本だ。メイドだけ見つけて風船魚がありませんじゃ片手落ちだぞ」

「メイドが危ないかもしれないんだからそんなことしてる場合じゃないだろ。……まぁ、本人を探すついでに湖を覗くくらいはしてもいいかもな。正直、俺も味には興味がある」

「ファクトならそう言うと思って、実は網を用意してあるんだ」

 

 真顔で道具袋から投擲網を覗かせるミーシアに、ファクトは目を瞬いて呆れ顔になった。

 

「人が危険に晒されてるかも知れないってのに、全くミーシアは…………最高だな」

「だろう? これで報酬満額はいただきだ。存分に褒めていいぞ」

「よーしよしよしよし!」

「頭に届かないからって武器を撫でるのはやめろ!」

 

 わいのわいのと騒ぎながら歩を進める二人はすぐに一つ目の地底湖を見つけたが、そこにはメイドの姿も風船魚の姿もなかった。

 

 

 

 

 

……

 

 

 

 

 

 時折網を投げながら空洞内を進んで半日が過ぎようとした頃、ミーシアの耳が僅かな物音を捉えた。

 

「……っ、聞こえる。いる。……これは……水音と、金属音? 戦闘中か……?」

「依頼のメイドか? すぐに向かおう!」

「結局魚は見つからなかったな……」

 

 未練がましく網を仕舞うミーシアに先行して、ファクトは不安定な足場を飛ぶように駆けた。

 戦闘中の急な加勢は相手の集中を切らせ、逆に状況を悪くしてしまう可能性がある。出来る限り音を消しながら接近したファクトは、高い岩場を越えた先に戦場を見た。

 

 水中から蛇のような体を覗かせる巨大な魔物。全長が大空洞の天井にも届きそうな怪物と対峙するのは、ゴシック調の使用人服を着用した女性。

 彫刻のように完成された顔を楽しげな表情で飾り、踊るようにステップを踏んで大蛇の猛攻をいなす様子からは随分と余裕が感じられる。

 

「……人違い、か?」

 

 どうにも助けが必要そうな状態には見えない。たまたまメイド風の服装をしているだけで、ただの通行人か冒険者である可能性が高そうだ。

 彼女の目的があの蛇だった場合、横殴りしてしまうのも憚られる。ファクトはそのまま身を潜めて成り行きを見守る事にした。

 

 大斧を担ぎながらジョギングのような速度で走ってきたミーシアも合流し、二人して岩場の陰に腰掛けた所で意外にも戦場から声がかかった。

 

「そこの二人。悪いが少し手を貸せ」

 

 茶でも飲もうかと呑気に水筒を取り出していた二人はギョッとして地底湖へと振り向く。

 宙に舞いながらこちらに顔を向けるのは先程のメイド。その表情はどう見ても苦労しているようには見えないが、決め手に欠けているのだろうか。

 上位種族特有の大仰な口振りで助けを呼ぶ彼女は、自分を狙って叩きつけられる巨大な尾を蹴って後方に飛び、二人の近くにふわりと着地した。

 

「構いませんが、俺達は何をすれば?」

「あの魔物を仕留めてくれ。どうにも水は苦手でな。手段は問わん」

「手を貸すっていうか丸投げだろそれ……報酬は?」

「『私がお前達の目標だ』と言ったら?」

「あぁー、そういう事……」

 

 予想が外れたが、どうやら目の前のメイドが目標の人物のようだ。しかも捜索依頼が出ている事も知っているらしい。主人が困っているというのに微塵も申し訳なさを感じさせない立ち振る舞いは流石上位種族――系統樹に愛された者達である。

 特権貴族の使用人とは随分と緩い仕事らしい。

 

 とはいえ、ギルドからの依頼で来ている以上断るという選択肢は無い。

 ファクトは岩場から飛び出すと、そのまま滑りながら地底湖へと降りていった。

 

「ミーシア! 大振りで頼む!」

「了解。誘導は頼んだ!」

 

 相棒の指示を受けてミーシアは膝を曲げた。そのまま床を蹴り、衝撃で岩場を破壊しながら天井へと跳び上がる。

 

「これだけ広い空洞なんだ。流石に崩落なんて……しないよな?」

 

 瞬く間に天井へと取り付いたミーシアは、天地を逆転させた姿勢のまま再び膝を曲げて力を溜める。タイミングを計ってバネを開放すると、天井の爆発と共に高速で地底湖へと落下していった。

 

 突然の爆発音に驚いた大蛇は、本能的に湖の中へと体を隠そうと身を縮ませる。決して頭の良い種族ではないものの、空から降ってくるナニカが自分にとって致命的なものである事は直感で理解できた。

 

「いい反応だ。あのメイドと戦ってさえいなければ、もう少し長生きできただろうに」

 

 後頭部――地底湖の中央側から声がする。明らかな異常事態。

 大蛇は生存を優先して振り向くよりも水に入る事を優先したが、結果から言えば、彼が二度とそうする事はなかった。

 

「魔道具は良いよな。起動さえすれば、毎回同じ結果が返ってくる。カードゲームとは違う」

 

 何をされたのか――大蛇は背後から加えられた強烈な圧力に屈し、無理矢理に頭を前方へと伸ばされる。

 陸の上に首を差し出すような格好になったのと、一筋の流星が落ちたのはほぼ同時。凄まじい振動と爆音が洞窟全体を揺らし、発生した衝撃波は大蛇の頭部と地底湖を真っ二つに縦割りにした。

 

「おっ、相変わらず良い腕だな」

「ミーシアこそ流石の威力だ。パワーだけじゃなく技も光ってる」

 

 死亡確認をする必要もない、体の半分を二又に割かれた大蛇が水飛沫を上げながら崩れ落ちる。

 空洞内にまだ音が反響している中、余韻に浸る事もせず慣れた様子で二人は互いの健闘を称え合う。

 メイドはそんな冒険者達の様子を見て、一人感嘆の声を漏らしていた。

 

 

 

 

 

――――――

 

 

 

 

 

 復路は行きよりも遥かに短時間で済んだ。

 メイドの口から風船魚は不要であると伝えられた事に加え、彼女自身も体力をまるで失っておらず先導する二人にぴったりと追従する事ができたからだ。

 

 空洞内で夜を明かす事も視野に入れた大荷物を用意していたが、幸い地上に出ても日は落ち切っていなかった。町に戻る頃にはすっかり暗くなっていたものの、外門は閉まっておらず、冒険者ギルドにも明かりが灯っている。

 

「ほら、お目当ての上位種族サマだぞ」

「お疲れ様でした。ファクトさん、ミーシアさん」

 

 相も変わらず暇そうにしていた上級受付嬢にミーシアが声をかけると、魔人形はすぐに振り向いて背筋を伸ばした。

 深く頭を下げた彼女は使用人服を着た女性に向き直ると、開口一番に問いかける。

 

「如何でしたか? 当ギルド代表のパーティは」

「うむ。とても参考になった。技量といい、魔族との接し方といい、他の人間とは異なる面白さがあったな」

「ありがとうございます。満足していただけたのなら何よりです」

「……なんだ? 知り合いか?」

 

 目の前で繰り広げられる噛み合わない会話に、違和感と焦燥が首を(もた)げる。

 首を捻るファクトの隣で、ミーシアは素直に疑問を投げかけた。受付嬢が反応する。

 

「魔国の特権貴族、アセントレス家のラナオーブ・ブラッド・アセントレス様です」

「……は?」

「ですから、魔国の特権貴族、アセントレス家のラナオーブ・ブラッド・アセントレス様です。今回の依頼主様ですので、挨拶された方が良いかと思います」

「えぇ……」

 

 唐突な告白に、ミーシアは唖然とし、ファクトはドン引きして顔を顰めた。

 捜索依頼が出されていたメイドはメイドではなかったのだ。目的がまるで分からないが、金のかかる遊びである事は間違いない。

 

 暫しの硬直の後、二人は流れるような動きで膝を突く。国の重鎮にも謁見した経験のある彼らである。権力者との会合において必要な最低限のマナーは備わっていた。

 

「冒険者のミーシアです」

「冒険者のファクト・フリードです。先ほどまでの無礼な言動の数々、誠に申し訳ございませんでした」

「よい。面を上げよ。態度も楽にして構わん」

 

 ファクトが形式ばった謝罪をすると、メイド(嘘)も形式ばった反応を返す。

 二人はその言葉を受けて立ち上がり、待機姿勢を取った。よくある一連の流れだった。

 

「『面白い人間と獣人のパーティがある』という噂を耳にしたのだ。他の貴族には毛嫌いしている者もいるが、私は冒険者には寧ろ好感を持っている方でな。丁度この地方を治めている阿呆に用事があった故、顔を見て見たくなった」

「それで、嘘の依頼を出したという事ですか?」

「許せ。ギルドには説明していたし、その分報酬は多額にしておいた。悪い条件ではなかっただろう?」

「まぁ、それは確かに」

「我ながら中々に面白い催し物だった。この格好も新鮮味があって良い。何か希望があるのなら、報酬に加えてやろう。何でもいいぞ」

「何でも……」

 

 メイド(嘘)(ラナオーブ)の言葉に冒険者二人は顔を見合わせた。互いに少し悩んだ後、代表してファクトが口を開く。

 

「では……何か、貴重な酒を賜りたく存じます」

「……酒? 自分で言うのもなんだが、これは躍進のチャンスだぞ。本当に酒でいいのか?」

「はい。ここには魔国の品があまり入ってこないので。ええと、何か不都合がありましたでしょうか?」

「いや、……フフッ……構わん、構わん。何でも良いと言ったのは私だものな。確か宿に止めてある馬車に我が国の酒が積んであった筈だ。それを持って行くがいい」

 

 ラナオーブは受付から紙を受け取って一筆認めると、ミーシアにそれを差し出して御者に渡すよう伝えた。宿泊先は有名な店だったために口頭ですぐに説明が済んだが、ギルドからだと対角に位置しており少し距離がある。ミーシアも相方にやらせる仕事ではないと思い、素直に従って宿へと向かった。

 

 待つ間、ファクトとラナオーブの二人は応接室へと場所を移した。ギルド内は閑散としていたものの、酒場から送られる好奇を含んだ目線が鬱陶しかったからだ。

 互いに柔らかいソファに腰掛けると、未だに使用人服のままの特権貴族は一つの疑問を口にした。

 

「先程の報酬の話だが、貴族と繋がりを持とうという考えはなかったのか? 私の依頼を受けたという事は、少なくともそういう勘定も含んでいるものだと思っていたが」

「いえ、単純に報酬額が多かったので……」

 

 冒険者の通説として、『権力者とはコネを持っておけ』というものがある。

 今までの対話応対からラナオーブは貴族にしては温厚で接しやすい性格に見える。何かあった時にすぐ潰れてしまわないように、力ある者と繋がりを持っておく事はどの職業であっても利が多い。

 しかしファクトはそうしようとは思わなかった。何かに縛られて安定を得るよりも、自由を愛する獣人の相方に合わせ、着の身着のままの日々を続けていきたいと考えていた。もし冒険者が続けられなくなったなら、二人で畑を耕したって構わないのだ。

 

「そう警戒するな。受付の魔人形から話は聞いている。遭難者の身を案じてくれたのだろう? 相手が魔族であっても恐れず、嫌悪せず、緊張せず振る舞えるのはお前の長所だ。あの獣人と長くいるからか?」

「冒険者ですからね。他種族には慣れているんです」

「他の者ではこうもいかん。特に私のような位の高い種族だと、前に立つだけでも人間を萎縮させてしまうからな。今回、初めは興味本位だったが、存外良い掘り出し物が見つかったな……」

 

 依頼を達成した冒険者を褒め讃えたラナオーブは、その途中からゆっくりと口元を歪め、最後には舌なめずりをした。

 にこやかな笑顔にも見えるその表情に、ファクトは内心で首を傾げながらも笑顔を返す。

 

「どれ、もう少し報酬に色を付けてやろうか。酒だけでは味気なかろう?」

「酒だけでは味気がない……? ……酒の肴、ですか?」

「違う」

 

 酒に思考を支配されている男の元に移動したラナオーブは、自然な動きで彼を持ち上げて抱き抱えた。

 

「え? ラナオーブ様、なにを……」

「ふふ。言っただろう? 『色』をつけてやると。さあ、《抵抗するな》」

「な、……? ??? う?」

「なんと、まだ言葉を発するか……素晴らしい。まぁそう心配しなくても良い。これは一時的な催眠だし、今から行うのは……そう、疲労回復のマッサージだからな」

「ぉ?? ? 〜〜ッ!?」

 

 ラナオーブは妖艶に微笑んで唇を濡らすと、混乱する男の唇を上から奪った。

 唇同士を唾液でぬるぬると滑らせて感触を楽しんだ後、何度もかぶりつくようにして男の軟肉を食む。それを飽きるまで堪能すると、男の口内に肉厚の舌を侵入させた。相手の小さな舌を吸い、絡ませ、舐めしゃぶって犯した後、歯茎を、頬肉を、口内全てを唾液漬けにするように柔舌で蹂躙する。

 触れるだけで全身を疼かせる甘い液体を体内に直接流し込まれ、そのあまりの快感に男は本能的に逃げようと藻掻く。しかし、それは体を持ち上げられ、頭を抑え込まれ、胸を乳肉で圧迫されている状態では相手を興奮させるだけの行動だ。それにより更に強く情欲を滾らせたメイド服の女性は、無意識に男の頭を撫でて腰を擦り付ける。

 

「あむ、ちゅ。んむ……はぁ…………ふふふ。ふふ」

 

 長い長い抱擁と接吻。淫らな衝動をぶつけられ、男は何も分からないまま強制的に快楽を流し込まれ続ける。意識があれば狂う事もできただろうが、催眠により思考を奪われている今、脳を犯す強過ぎる快感から逃げる術はない。

 

 女は薄れていく理性に身を委ねながら、本能のままに食事を悦しんだ。

 

 もっと気持ち良く感じさせたい。もっと自分の存在を刷り込みたい。もっと強く抱きしめたい。

 もっと、もっと――

 

「……は。なんだ、もうそんな時間か。出来る限り時間を稼ぐようメモに書いておいたのだが」

 

 何かを察知するかのように顔を上げたラナオーブは、素早くファクトの口元を拭ってソファに置くと、彼の目の前に膝を突いた。

 

「おおーい、なんか色々貰ったぞー」

 

 声と共にミーシアが大荷物を抱えて応接室に入ってくる。

 彼女はすぐに室内の異変に気付くと、荷物を放り出して相方へと駆け寄った。

 

「ファクト! ……なあ、貴族サマよ。何をした?」

「随分と疲労していたようだからな。魔術で眠らせて治療しておいたのだ」

「匂いでバレバレだぞ。あんた、よく嘘をつく奴だな」

「許せ。性分だ」

 

 獣人は鼻が利く。しかし、そうでなくともすぐに分かる程度には室内の空気は甘く、淫らだった。

 匂いの出どころは殆どがラナオーブの口元と下腹部。ファクトの服に乱れた形跡が無い事に、一先ずミーシアは安堵した。互いに合意の上であればそれでも文句を言う筋合いは無いが、状況からすると可能性は低いだろう。

 

 意外にも頬を染めて頭を掻いたラナオーブだったが、立ち上がり、ミーシアに振り向いた時には既に彫刻のような硬い表情に戻っていた。

 

「誓って危険な目には遭わせていない。寧ろ明日には体調が良くなっている筈だから安心してくれ。……念の為に聞いておくが、お前達はそういう関係なのか?」

「いや、違う。私は……そうじゃない」

 

 質問され、ミーシアは咄嗟に――いや、悩む時間があったとしても肯定する事はできなかっただろう。

 彼女には愛だの恋だのが分からない。親の顔すらも見た事がない。ファクトに対しては並々ならぬ感情を抱いているものの、自身が情欲のはけ口にしてしまっているだけの部分が大きいと考えており、その罪悪感から対等な関係であるとはとても言えなかった。

 ファクトとの素の力差は圧倒的だ。一度想いをぶつけてしまえば、歯止めを失った感情はどこまでも転がり落ち、三日と待たず彼を壊すだろう。故に、彼女は想いを胸に秘め続ける。

 

「なら別に構わんだろう? ――と言う程、私は厚かましくはない。この食事代として良い物をやろう。お前が運んできた荷物、それに青い小箱が入っている筈だ」

 

 漂う色香に当てられて徐々に性欲が思考を染めていく中、ミーシアはラナオーブの声で我に返った。

 室外の空気を取り込むべく入口の荷物に近づいて中を漁ると、そこには言われた通りの小箱があった。取り出して蓋を開ければ、入っていた銀のリングが照明の光を反射する。

 

「『水中呼吸の指輪』……と言われている魔道具だ。効果は名前の通りなんだが、細かく言えば違う」

 

 何を想像したか、ラナオーブは淫らに顔を歪めて説明を続ける。

 

「例えば、空気の薄い山中でも苦しくならないし……口と鼻を何かで覆われた時にも呼吸ができる」

「……!」

「ふふ。中々悦しめそうな品だろう? ああ、心配しなくて良い。これは身勝手な『玩具』ではなく、『装着者の安全を守るための装備』だ。大切な仲間に渡すのは普通だし、パーティとしてもそうあるべきだと私は思うぞ」

「……」

 

 ミーシアは手の中の魔道具を見つめ、その使い道を夢想する。先に自分の体で安全を確認する必要があるが、それでもこれが本物であれば様々な場面で役に立つだろう。

 覆っても、乗っても、抱き締めても、相手を苦しませる事が無い。起こしてしまう確率だって大幅に減る。

 そんな夢のような状況が、この魔道具によって現実のものとなるかもしれない。

 

 

 ラナオーブはその後も何点か話をしてから引き上げていったが、ミーシアは己の劣情を抑えるのに必死でその内容をよく覚える事ができなかった。

 

 

 






ファクト:なんかよく覚えてないけど酒も貰えたし口内炎も治った。

ミーシア:種族の習性もあってあまり独占するタイプではない。とにかく相方を外敵や悪意から守りたいし、幸せになって欲しいと思っている。でも寝てると犯してしまう(未遂)。

ドレーン:実はギルドの他職員と一緒にワンチャン狙っている。

ラナオーブ:メイド服に男の匂いが移っていたのでアイマスク代わりにして寝た。

風船魚のエラ:コリコリしてる食感が面白いだけで味はあんまり無い。

古の大空洞:この地域3本の指に入る高難度ダンジョン。超大型の魔物が多く生息しており、決して網を投げながら探索するような場所ではない。




次回、
「獣人ちゃんに発情期到来」
「薬師スキュラさんの触手部屋」

デュエルスタンバイ!

性癖だらけの不健全すぎるtwitter(閲覧注意)


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第三話:魔法の薬


例のシーンを二回も書いてしまったので初投稿です。



 

「……はっ、ん……はあっ…………」

 

 深夜。中級宿の一室に、小さく押し殺した女の吐息が響く。

 ベッドの上で丸まっている女の眼前には、布を力強く押し上げている相方の下半身。横になって熟睡する彼を逆向きに跨ぐようにして圧し潰す獣人の女は、目の前の膨らみに鼻を擦り付けるようにして呼吸を繰り返す。

 

「ん……ッ…………っ」

 

 オスの匂いが、肺を、脳を、全身を突き抜ける。そのあまりの幸福感に思考は真っ白に塗りつぶされ、体内で乱反射しながら増幅し続ける快感に体が小刻みに跳ね上がって止まらない。

 

「んん……フーッ……フーッ……」

 

 一方、肉体の檻で拘束されている男の頭部には女性が昨日着ていた寝巻きがすっぽりと被せられ、顔の全てがぴったりと柔布に覆われていた。それに染み付いた濃厚なメスのフェロモンが呼吸の度に男の体内に取り込まれ、無意識下でも容赦なく彼の体を調教する。

 更にはその頭は太腿にみっちりと挟み込まれ少しも動かす事ができない状態にされており、上から蓋をするように鼻へと擦り付けられる陰部と共に延々と匂い責めに曝されていた。

 

「いけ、ないのにっ、駄目、なのにっ……う…………♡」

 

 そんな淫らな行為の最中。僅かな理性が首を擡げるが、目の前で更に角度をつけた膨らみが視界に入ると女性は歓喜の声を上げ、興奮のままにのしかかって男を圧迫する体重の割合を増やした。

 自分の匂いで相手が反応している。その事実がたまらなく嬉しい。

 徐々に眼前に向けて近づいてくる陰茎を鼻で撫でるだけでは収まらず、布越しに口付けをする。

 

「~~~~~~~~ッ!!♡」

 

 今まで感じていた多幸感を更に上書きする官能に感情が支配され、強く体が跳ねる。底なし沼を覗き込むような初めての体験に驚き、一瞬の間だけ思考が戻ってきた。

 普段であれば確実に『やりすぎ』だと自重しているはずの今の行為。それを可能にしているのはいつも以上に強い興奮と発情だ。

 

 おかしい。何かが。自分の信念――相方を守りたいという想いはこの程度のものだったのか。違う。おかしい。体が言う事を聞かない。

 淫らに顔を歪め、守るべき対象を蹂躙している自分。

 本能と理性の間で葛藤する自分。

 

 二つの間で揺れる心が、快楽の波に呑まれる直前に一つの答えを導き出した――。

 

「そうか、私…………発情期……なの、か。……いつもはもっと遅い、から……油断してた……薬を、買わないと…………………………んンッ……♡」

 

 理由が分かり、腑に落ちた。

 とはいえ、自分を律するための道理は得たものの、すぐに止められるのかと言われれば否である。

 

 そこから更に小一時間程度。男に完全に匂いが移ってしまうまで、衣服と全身を使った情熱的な愛撫は続けられた。

 

 

 

 

――――――

 

 

 

 

 翌日。

 冒険者として数日の休暇を取る事にしていた二人は、町中を散策していた。

 常に新しい風が入ってくるこの町の市場は、一週間も日を空ければ知らない店が見つかる程度には新鮮味で溢れており、先日の大型討伐のように暫く町を出た後には散歩ついでに見て回るのが二人のルーティーンだ。

 

 茶店でモーニングを食べ、商店で新商品を眺め、貿易所で他国のアイテムを仕入れ、品揃えの変わらない武器屋を冷やかし、馴染みの高級店で昼食をとった。二人とも存分に羽を伸ばして心底楽しそうにしていたが、その後、とある裏路地を通っている最中にミーシアの口数が極端に減少した。

 一体どうしたのかとファクトが訊ねると、彼女は近くにある薬屋に欲しいモノがあると言う。すぐに行こうとするファクトをミーシアは一旦制止し、うんうんとひとしきり悩んだ後、一大決心をしたように深呼吸してから店の場所を案内しはじめた。

 

「……ここだ」

「『キュティ魔法薬』……? こんな所に魔法薬の店なんてあったんだな」

 

 薄暗い路地裏の、更に建物同士の陰になっている隙間。そこに積まれている木箱と木箱の間に同じく木製の扉が配置されており、意識していなければ前を歩いても絶対に素通りしてしまうであろう店構えだ。

 

 魔法薬を扱う店舗は珍しい。その高い効果から主に軍隊に卸されるため、大型の工場は各国の王都に建てられる事が原因の一つ。もう一つは、魔法薬はその効能の殆どを製作者の腕に左右される不安定な品であり、名の知れない魔術師が作ったような物など誰も買わないからである。魔法薬師は信用商売なのだ。

 

「すごいじゃないか。ミーシアが通ってるって事は、腕の良い薬師さんなんだろ? もっと早く教えてくれれば前の冒険で少しは楽できただろうに」

「店主が曲者なんだよ。扱ってる薬も効果の強いものばっかりだし、総じて人間向きじゃないんだ」

 

 尚も難しい顔をして語ったミーシアは、重い体を引き摺るようにして店舗の入口へと近づき、軽く息を吐いた後に扉を押した。

 静かに開いた木製の扉を潜れば、薄暗い店内は驚くほど簡素な作り。石張りの壁に四方を囲まれ、商品棚も無い。有るのはカウンターとその奥の壁棚、店の奥へと続いているであろう鉄扉だけだ。

 

「おーい。やってんだろ」

「はいはーい、今行きますよー」

 

 ――ずるずると。ぬちぬちと。

 粘性のものが床を這う音がする。それは鉄扉の向こうから徐々に音を大きくし、やがて扉が開け放たれると同時に姿を現した。

 

 暗がりからまず見えたのは肉の管。腰ほどの太さを持つ粘液を纏ったそれが、水音を引き連れながら床を滑るようにして室内に雪崩れ込む。

 ファクトが目を見開いている内にカウンター奥を埋め尽くした多数の触手は、まるで人国に生息している蛸の足のよう。その圧倒的な存在感に目を奪われていると、ふと扉の奥から声が入ってきた。

 

「お久しぶりです、ミーシアさん。本日はどんなご用件、で……あれ?」

「悪いな、キュティ。今日は私だけじゃないんだ」

「あ、えっ……に、人間の方、ですか……? あは、あははは……失礼しましたぁ……」

 

 フラスコを見つめ、それを振りながら出てきたのは穏やかな雰囲気の女性。

 艶やかな黒髪を揺らし、気心の知れた様子で現れた彼女はファクトの姿を見ると頬を染めて身を縮める。もじもじと持っていたフラスコを棚に収めた頃には、床を埋めていた多量の触手はどういう仕組みかスカートの中へと姿を隠し、残るは足替わりの数本だけとなっていた。

 

「こんにちは。ミーシアとパーティを組んでる冒険者のファクトです。よろしく。魔法薬の薬師に合えるなんて光栄だ」

「え……えっと……? キュ、キュティ、です。よろしくお願いします……?」

「ファクトはこういう奴だから気にしなくていいぞ」

「えぇ……め、珍しい方ですね……」

 

 キュティと名乗った女性は半信半疑でファクトを眺め、確かめるように触手をずるずると伸ばす。

 視界を埋めながら近づいてきた触手を、ファクトは不思議そうに顔を近づけて観察した。

 

「ほ、ほんとだ……すごい……」

「? ……ミーシア、これは?」

「状況が飲み込めるまで好きにさせてやってくれ。結構嫌がられるらしいからな、その体」

「そのっ、握手してもらってもいいですかっ?」

「あ、ああ……?」

 

 うねうねと蠢く触手のうち一本が差し出され、ファクトはそれを躊躇なく手に取った。粘液で手が濡れるが――それだけだ。

 魔国には挨拶するだけでもっと酷い事になる種族がいくつも存在する。冒険者として活躍する過程において、他種族との接触は多く経験してきた彼だった。

 キュティはそんな反応に興奮して胸の前で拳を握る。

 

「す、すごいすごい……! もしかして、この方に実験に付き合っていただけるんですかっ!?」

「は? んなわけないだろ……一緒にいたから顔合わせに連れて来ただけだっての。薬だ薬。いつものが欲しい」

「なぁんだぁー。いつもの薬って……ああ、アレですか。在庫あったかな……」

「頼む。結構キツい。本当は昨晩にも欲しかったくらいなんだ」

 

 ミーシアはカウンターに肘を置き、キュティは何かを探すように隣の部屋に足を突っ込みながら首を傾げる。過去に何度も繰り返した雰囲気のある、小慣れた様子の二人の会話。

 しかしその内容を聞いたファクトは、驚いてミーシアに詰め寄った。

 

「え……ミーシア、何か悪い所があるのか? 大丈夫なのか?」

「ん? ああ……心配させて悪いが、大丈夫なんだ。寧ろ体の調子は逆に良い。……まぁ、アレだ、種族特有のアレ。アレな問題があるんだよ。デリケートな部分だから、その……アレなんだ」

「……よく分からんが……まぁ、そういう事ならミーシアを信じる。けど、頼むから無理はしないでくれよ。できる事があるなら何でも言ってくれ」

「はぁ……そういうとこだぞ」

「?」

 

 『発情期の獣人に言ってはいけない言葉ランキング』上位に入るであろう地雷を平気で踏み抜く相方に呆れて、ミーシアはその頭を何も考えずに撫でた。その後、自分が行った行為に驚いて咄嗟に飛び退いた。

 

 普段通りのスキンシップだと捉えられたか、幸いファクトに嫌がる様子は無い。未だ二人の関係性は健在だ。しかし、今まで気を付けてきた距離感をこうも簡単に破壊してしまった自分の本能にミーシアは恐怖した。

 このままでは「気づいた時には押し倒していた」なんて事態にも陥りかねない。そうなれば終わりである。体目的で近づいた汚い獣人と軽蔑され、ミーシアは今日の夜を待たずして積み上げてきた全てを失うだろう。

 

「く、薬をくれ! 早く!」

「ん、んー。どうでしょう…………無い、ですかねぇこれは……あとはこっちの棚に…………あー、ここに無ければ無いですね」

「なん……だと……?」

 

 歯に詰まったものを取るような顔で隣の部屋に触手を突っ込んでいたキュティは、ひとしきりそうした後に無慈悲にも道具屋の店員のような事を言う。

 諦めて触手をずるずると回収する彼女に、呆然と言葉を漏らしていたミーシアは詰め寄った。

 

「さっきの見ただろ!? 結構キてるんだって! 何とかならないか?」

「いや、ミーシアさんが普段どんなスキンシップをされているのかは知りませんけど……無いものはありませんよ。作ってあげたいのは山々なんですが、その薬の素材って他で使わないから普段置いてないんですよねぇ。うーん、じゃあ……足りない素材を採ってきてもらえますか? 機材は空いていますので」

「ああ、それでいい。すぐに行ってくる」

 

 ミーシアの食い気味な肯定に、キュティは目を丸くしながらもメモ書きを用意した。箇条書きにされた内容は薬草、木の実――そして魔物。製薬に使うにしてはやや珍しい材料だが、上級冒険者であるミーシアにとってはどれも簡単に入手できる物ばかりだ。しかしそれぞれ採取場所が異なっており、獣人の脚力を以てしても少しの時間を要すると思われた。

 焦るようにメモを受け取り、その内容を確認して顔を顰めたミーシアは、踵を返して店の入口へと向かう。

 ファクトは自然な足取りで追従した。

 

「何が必要だって? 俺も行く。手分けして集めよう」

「悪い。じゃあファクトには……いや、待てよ……」

 

 「他に使わない素材を使う」。先ほど薬師は確かにそう言った。つまり、何の薬を作るのかは素材から逆算できるという事だ。

 それはいけない。恐らくファクトは調べたりはしないだろうし仮に知られたとしても変な事ではないのだが、なんとなく知られるのは恥ずかしい。

 

 発情期を相方に知られるのを恥じる一方、夜はその相手に跨る女。上級冒険者ミーシアの明日はどっちだ。

 

 

 

――――――

 

 

 

「行っちゃいましたね……」

「そうですね」

 

 手伝う事すら拒否されたファクトは、若干の寂しさを感じつつも自分を納得させた。

 誰だって秘密はあるものだ。この程度で関係性が揺らぐほど、二人の絆は浅くない。

 

「……あ、あのっ、少しよろしいでしょうかっ!」

「はい?」

 

 大人しく宿に戻って武器の手入れでもしようかと思い至ったところで、店主から声がかかる。

 顔を上げて見れば、キュティがカウンターに両手をついて眉を上げていた。今までの怯えた様子を必死に抑え、何か大きな決心をしたように口を結んでいる。

 

「じ、実はですねっ。私、人間の方と知り合ったのは初めてでしてですねっ! その、是非とも治験をお願いしたくて……駄目ですかねぇ、なんて思っているのですがっ……!?」

「治験、ですか。……なんかさっきミーシアが駄目とか言ってたような……?」

「さっき言っていたのは実験ですし、そもそも冗談です! ファクトさんには既に一般で使用されている完成した薬を使っていただいて、人間の方への効果量をデータ取りさせて欲しいんです。勿論、飲む前に薬の説明はさせていただきますし、お礼もお渡ししますから!」

「うーん……」

 

 既に世に出ている薬を使うのであれば危険は少ないだろう。第一、彼女は相方を普段からサポートしてくれている薬師なのだ。疑う方が失礼というものである。キュティの困っている様子もあって普段なら悩まず承諾している状況ではあるが、ファクトの脳内では先程のミーシアの言葉が尾を引いていた。

 

「そうだ! 協力いただけるなら、ミーシアさんにお渡ししている薬、あれの代金は頂かなくて結構です。あの薬は強力な分かなり高額で、上級冒険者さんといえど安くは無い出費の筈です。ミーシアさんも喜ぶのではないかと」

「ミーシアが……」

 

 それは殺し文句だった。素材集めを手伝えなかった分、代金を支払う事で資金面でのサポートができるという代替案。

 ミーシアは恐らく「そんな事しなくてよかったのに」とでも言うだろうが、その本人が不在の今ファクトの手伝いを拒む事はできない。これはエゴだ。

 そもそも、薬の効果を人間用に調整してもらてるというのも有り難い状況だ。この店で魔法薬を仕入れる事ができるようになれば、今後の冒険にも大いに役立つだろう。

 

「……分かりました。俺で良ければ協力しましょう」

「ほ、ホントですかっ? やったあ! これで私達も『お友達』ですね!」

「ん……? そうなんですかね……? そうかも……」

 

 種族毎に言葉の定義は微妙に異なる。これは人間同士でも起きる事であり、元々住む場所が離れているのだから当然なのだが、それを加味しても少々大袈裟に言葉を捉える種族というのは存在する。彼女もそうなのだろうか。

 適当に話を合わせたファクトの周囲ではぬるぬると触手が這い回る。勤勉な彼らは隣の部屋からいくつかの薬を運び、カウンター下から帳簿を取り出して、ファクトの背後では静かに入口に閂が掛けられた。

 

「先ずはこれ、基本の回復薬です。勿論薄めますが、鎮痛成分として神経毒を配合しているので飲みすぎには注意して下さい」

 

 薬学知識の無いファクトにとっては物騒な言葉が飛び出したが、多数の足を使ってテキパキと準備を進めるキュティの姿は素人目に見てもかなり熟達している様子で安心感がある。

 目の前のグラスに注がれた緑色の液体は、精製水と思われる透明な水を多量に加えられて見た目にもかなり薄くなった。

 

 グラスを持ち、鼻を寄せると微かに薬品の香りがした。嗅ぎ慣れたその匂いに釣られるようにして、グラスに口をつける。

 味は市販の通常薬と酷似していた。水で伸ばしている分、味はかなり薄い。

 

「感覚は通常の薬に近いと思います。どうでしょう?」

「そうですね……体がすっとする感じがあります。いつも飲んでる物よりグッと来るような感覚ですかね。味は薄いです」

「ふむふむ。ちょっと薄いですか。……ファクトさんの場合、大体獣人の方と比べて五倍に伸ばすくらいが丁度良いんですかね? じゃあ、次は濃度を変えたこちらでお願いします。少し量がありますから、急いで飲んで溺れないで下さいね?」

「あはは、気をつけます。とは言っても、水中呼吸の指輪があるから溺れようにも溺れられないと思いますが」

「まぁ、魔道具ですか。上級の冒険者さんともなれば装備も一級品なんですねぇ」

「これは貰い物ですけどね。じゃあ、飲みますね」

「お願いします。ささ、ぐいっと!」

「はいはい」

 

 

 

……

 

 

 

 

「栄養薬です」

「はい」

 

「風邪薬です」

「はい」

 

「敏感薬です」

「はい」

 

「幻惑薬です」

「は、い」

 

 

「次は……あれ?」

「……」

「ファクトさん!?」

 

 いくつもの薬を飲んだ後、ファクトはついに脱力してカウンターに上半身を預けた。

 薄めているとはいえ多種類の魔法薬を飲んで平然としていたファクトの様子にキュティは興奮しながらメモを取っていたが、相手は幻惑薬を飲むんだ際に限界を迎え、気を失ってしまった。

 慌てて床に敷き詰めた触手に寝かせ中和薬を飲ませると、意識は朦朧としているものの体は健康な状態に戻ったようだった。その様子を問題なしと判断したキュティは、再び興奮した様子で頬に手を当てる。

 

「素晴らしいです、ファクトさん! 書物に記載してあった平均的な人間の情報より耐性面もずっと優れていますよ! 流石は上級の冒険者さんです。私の足にも驚かずに接していただけて、とっても嬉しかったです」

「ぅ……?」

 

 キュティは反応を返さない相手の顔を覗き込んで一方的に話しかける。恥ずかしそうに内情を告白する様子はまるで恋を知らない生娘のようだが、片方は魔族で、片方は意識がはっきりしていない人間である。外野から見れば非常に危険な状況だ。

 

「その様子では飲み薬はもう試せないでしょうから、最後に塗り薬を試させて下さいね」

「、ぁ」

「ただのスキンケアの薬ですから安心して下さい。あっ、そうだ! ついでに肩をお揉みしましょうか! お友達になっていただけたお礼です。今後ともご贔屓にぃー……みたいな感じで……えへへ」

 

 意識の半分が未だ幻惑に捉われている『お友達』を介抱するでもなく普通に話を進めるキュティの姿は人間の感性からすると異常であるが、それを異常だと感じ取れる者も指摘できる者もこの場にはいなかった。

 床を覆っていた触手がかさを増す。元より天井の高かった店内の八割が足で埋まった頃になって、彼女は大きな薬瓶を取り出して中身を肉管の海にぶちまけた。強い粘性を持つ透明な液体が、触手の体液とねっとりと絡み合う。

 

 ぬちゅぬちゅと。くちくちと。

 部屋を埋め尽くす大量の触手が互いに体を擦り合わせるように薬を伸ばして身に纏う。

 どこか卑猥にも聞こえる水音を立てながら獲物を待つ肉の床。そこに足を踏み入れれば最後、沼に沈むように全身を取り込まれ、彼女が満足するまで外に出る事はできないだろう。

 

「それじゃあ首から下だけ浸かってもらって……って、そうだそうだ。水中呼吸の指輪があるんでしたっけ。でしたらお顔にも塗っちゃいましょうか! つやつやになって、きっとミーシアさんも驚きますよ!」

「? ぉ」

 

 あくまで善意で提案してくるキュティだが、そうして舗装された先にあるのは相手にとって天国か、それとも地獄か。

 遠く聞こえてくる声に辛うじて反応したファクトは、指一本動かせない状態で幻惑と現実の狭間からぼんやりと天井を眺める事しかできない。

 

「では、はじめまーす」

 

 つぷり。

 触手に吊られてだらりと脱力したファクトが、足先から徐々に肉沼へと挿入されていく。

 早く早くと肉襞が手招きする中に、足、ふくらはぎ、膝、太ももが順に引きずり込まれ、入った先から無数の触手が貪りつくように殺到する。上からゆっくりと降りてくる獲物に我先にと足が伸びて絡まり、その熱烈な歓迎はやがて上半身へと及んで胸を覆い、首をキスするように慈しむ。

 

「あっ、すみません。お洋服が濡れちゃいますよね。マッサージの間に乾かしておきますのでご安心下さい」

「ぃ…、…ぁ」

 

 腰元からぬるりとズボンに侵入した触手が、脚を這い回りながら足先へと移動していく。腹と胸に取り付いていた触手も首へと向かい、ファクトは肉の沼の中で衣服を剥ぎ取られた。

 キュティはその事実に少し頬を染めながらも、あくまで友人を癒やすため懸命に足を動かす。

 

「苦しくなったら言って下さいねぇ」

 

 隣の部屋に衣服が移された後、ついにファクトは頭まで触手の海に飲み込まれた。

 

「っ……!? ……、? ?」

 

 頭から足まで、全身をくまなく肉舌に舐めしゃぶられる感覚。

 している方はマッサージのつもりなのかもしれないが、施術を受けている本人にとってこれは紛れもなく快楽地獄だった。

 

顔、耳、首、肩、腕、手、指、胸、背中、腹、腰、脚、足、そして性感帯に至るまで。全ての場所が同時に撫でられ、舐められ、吸い付かれ、穿られ、親愛のマッサージに晒される。

 一切の自由が奪われた状態で、身長より高く敷き詰まった触手溜まりから逃れる方法は無い。相手の気が済むまで、相手が十分だと判断するまでただ拷問のような責めを受け続けるしかない。

 

「〜♪ 〜〜♪♪ ……♡」

 

 口の中で飴玉を転がすように男の感触を楽しんでいるキュティは、初めてできた人間の友人に精一杯尽くそうと必死に、念入りに、愛情を込めて自慢の薬液を相手に塗り込む。

 そうして注ぎ込まれ続ける快感に僅かに残った意識を押し潰されるファクトは何度も何度も限界に達して体を跳ねさせたが、一瞬も休む暇なくやってくる一方的な『癒やし』に体を蹂躙され、薬で得た鋭い感覚によって一秒が何倍にも引き伸ばされる中、その長い長い時間を快楽の檻に捕われて過ごした――。

 

 

 

――――――

 

 

 

 ――何日か、何年か。

 長過ぎる体感時間を全て快楽で埋められたファクトは、幸運にも希薄になっていた自我によって廃人になる事を回避し、更に幸運な事に記憶を失った状態で意識を取り戻した。

 

 覚醒したのは元居た店内。既にミーシアは戻ってきており、キュティは渡された素材を使って調薬を行っている最中だった。

 すこぶる良い肌の調子とは裏腹に記憶の違和感から首を傾げるファクトだったが、作業を終えたキュティが鼻歌を歌いながら調薬部屋から出てくると、無意識の内にミーシアの後ろへと身を隠して服の袖を掴むのだった。

 

 

 

 ミーシアはそんな相方の姿に一瞬で発情し、心の中で発狂しながら静かに壁へと頭を叩きつけた。

 

 

 

 





決定的な表現が無いので健全ですねこれは……
獣人ちゃんの理性が強いのか疑問に思われるかも知れませんが、普通の獣人なら昨夜の時点でゴールインしてますので相当強いです。

今後も新キャラは登場しますが、一旦アンケートを置いておきます。


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