アタシをボランチしてくれ!~仙台和泉高校女子サッカー部奮戦記~ (阿弥陀乃トンマージ)
しおりを挟む

第1章 桃と竜乃
第1話(1) 焼きそばトンカツパンの悲劇


 「ボランチ」とは、サッカーにおいて、中盤の一番底に位置するポジションで、「舵取り」や「ハンドル」を意味するっポルトガル語の「volante」を語源とする。

 

 

 

「アタシをボランチしてくれ!」

 

 

 

 ある春の日の昼下がり、私、丸井桃(まるいもも)は、意味不明なセリフとともに、人生最初の“壁ドン”を体験しました。場所は“ピロティー”、現役、卒業生を問わず、恐らく誰に聞いても「最も意味不明な学校施設名称ランキング」の上位に入るであろう、あの場所です。私もこの春高校生になりました。もしかしたら、青春を送る中で、“壁ドン”の一つや二つ、したりされたりすることがあるかもしれないと、胸に淡い期待を抱いていたことは否定しません。しかし、その場所が、放課後の誰もいない教室や廊下、体育館裏などではなく、“ピロティー”って。もう一度言います、ピ、ピ、“ピロティー”って。どうして私が“壁ドン”ならぬ、“ピロドン”を体験することになったのか、少しばかり時を戻しましょう。

 

 

 

 私が宮城県の仙台和泉(せんだいいずみ)高校に入学し、数日が経ったある日のこと、私は笑顔満面で歩いていました。熾烈な競争を勝ち抜いて、学食屈指の人気メニュー「焼きそばトンカツパン」を買うことができたのです。はっきり言ってこのパンを食べる為にこの高校に入学したと言っても過言ではありません。学食のある校舎から自らのクラスがある校舎に続く渡り廊下近くの人気のないピロティーに差し掛かり、私はとうとう我慢が出来なくなって、そこで焼きそばトンカツパンを食すことにしました。立ち食いは少々はしたない行為ですが、育ち盛りの女子高生の食欲を抑えることなど出来ません。ビニール袋を開けると立ち込める、青のりとソースの匂い。数秒後には口の中で広がるであろう、麺とカツとパンのハーモニーに文字通り涎を垂らしつつ、いざパンを頬張ろうとした次の瞬間、私の顔面に何かが当たりました。突然の衝撃に数秒ほど天を仰ぎ、我に返って視線を手元に戻すと、愕然とする光景が広がっていました。そこには地面に無残に散乱した焼きそばトンカツパンとコロコロと転がるサッカーボールの姿。

 

「ああっ! ごめんなさい! ごめんなさい!」

 

あっけにとられている私に対して、学校指定の小豆色のジャージを着た眼鏡のショートカットの女の子が慌てて駆け寄ってきて、しゃがみこんでハンカチを使ってパンの残骸を拾い集めようとしました。

 

「あーあ、勿体ないネ」

 

「っていうか拾ったっていらないでしょ、ウケるんだけど」

 

 声のする方を見てみると、三人の女の子の姿がありました。サッカーボールに片足を乗せて立っている長身の褐色の女の子。その隣に立つサイドテールの女の子。更にその二人の後ろでボールをイス代わりに腰掛け、退屈そうにスマートフォンをいじっているセミロングの女の子。

 

「言っとくけど、ボールをちゃんと止められなかったアンタのせいだからね」

 

サイドテールの女の子が髪の毛の毛先を指でくるくるとしながら言いました。

 

「ああ……ごめんなさい、ごめんなさい……何とお詫びすれば良いか……」

 

 ジャージ姿の女の子が跪くような姿で私に向かって謝り続けます。眼鏡と長めの前髪でよく見えませんが、瞳には涙を堪えている様に見えます。正直言って、詳しい事情は分かりませんが、現状から判断するに、これはいわゆるイジメの現場というやつではないか!そう思うやいなや、気が付けば、私の体はその三人組の前に立っていました。

 

「イ、イジメ……カッコ悪いでしゅ!」

 

「――――――ぷ、あははははは!」

 

 一瞬の静寂の後三人組の内の二人が笑い出しました。もう一人は相変わらず興味無さげにスマホをいじっています。

 

「いきなり喋ったと思ったら噛んでるし。マジウケるんだけど」

 

 三人組の中で一番小柄な女の子が笑いながらこちらに向き直りました。小柄と言っても、背丈は私と同じ位でしょうか。髪型は右側頭部のみアップにした、変則的なサイドテールで前髪は右側から左側にかけて長くなっているアシンメトリーというものでしょうか。制服は着崩しています、おしゃれといえば聞こえは良いですが、校則を守っているとは言い難いものです。スカート丈も短いですし。どちらかといえば不良さんです、間違いありません。私は若干気後れしつつも、彼女たちに、改めて言い放ちました。

 

「イジメは良くありません!」

 

 すると三人組の中で一番長身の女の子が体を折り曲げて、私の顔を覗き込み、嘲笑気味に、

 

「イジメ? どこがヨ?」

 

 と聞いてきました。私より頭一つ高い、大柄な褐色の女の子です。髪型はソフトなリーゼントで、髪色は金髪とまでは言いませんが、明るい色をしています。制服はカーディガンを腰に巻き、シャツの胸元のボタンも上から二つほど外しています。こちらは超ミニスカートです。人を見た目で判断するのは良くありませんが、こちらはわりとストレートな不良さんです。

 

「ボールを彼女にぶつけて遊んでいたでしょう!」

 

「ぶつけていたんじゃねえヨなあ、鳴実?」

 

 鳴実と呼ばれたサイドテールの女の子は、指で毛先をいじりながら、気怠そうに答えます。

 

「てゆーかウチらサッカーしてただけだし?」

 

「サ、サッカー……?」  

 

「そ、サッカー、だよねぇ、ヴァネ?」

 

 ヴァネと呼ばれた褐色リーゼントの女の子も笑いながら、

 

「アタシら流の練習ってやつヨ」

 

「練習……?」

 

「そ、近い距離でボールを止める練習、実戦的ってやつ――?」

 

「トラップって知らない? ぽっちゃりちゃん?」

 

 そういって、二人はまた大笑いをしました。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第1話(2) 食べ物の恨み

 名は体を表すと言います。私、丸井桃は丸い体つきをしております。所謂一つの「ぽっちゃり系女子」であるということは認めます。更に、私の顔が怒りによって桃のように紅潮していくのが自分でも分かりました。ですがこれは体つきを揶揄されたことに対する怒りではありません。勿論、他人の身体的特徴を小馬鹿にすることも許されることではありません。しかし、何よりも私が怒っていたのは、楽しみにしていた焼きそばトンカツパンを台無しにされたこと……ではなく、私がこの世で最も愛するスポーツであるサッカーを侮辱されたと感じたからです。トラップも勿論知っています。飛んでくるボールを足や(手以外の)体の部分を使って止める技術のことです。だけど、至近距離から相手の体めがけて思いっきり強くボールを蹴りこみ、それを正確にトラップしてみせろというのは、練習の常識の範囲を超えていると私は感じました。実戦的というならば、尚更このような場所で行うべきではありません。この四人の関係性は分かりませんが、やはり練習というよりはイジメに近い印象を受け、そこが私の怒りを増幅させました。あと、やっぱり焼きそばトンカツパンの恨みが沸々と湧いてきました。

 

「……分かりました」

 

 私は自分でも驚くほど冷静な声で彼女たちにこう告げました。

 

「そのトラップ練習、私にもやってみてもらえませんか?」

 

「「は?」」

 

 二人が揃って驚きの声を上げました。もう一人のスマホをいじっていた女の子も視線をこちらに向けました。

 

「そちらの方の分のメニュー、私が代わりに消化して差し上げます」

 

膝をついて俯いていた眼鏡の女の子もハッとした表情でこちらを見てきました。明らかに戸惑っている様子ですが、私は構わず続けます。

 

「もしこなせなかった場合は土下座でも何でもしましょう」

 

「面白そうじゃない」

 

 スマホをいじっていた女の子が遂に口を開きました。

 

「ヒカル……」

 

 ヒカルと呼ばれた女の子は髪の色は薄い茶色、髪型は胸元ほどの長さのセミロングでゆるくウェーブがかかっています。いわゆる「ゆるふわ系」ですが、雰囲気から察するに、この三人組のリーダー的存在のようです。制服はさほど着崩してはいませんが、かなりのミニスカートです。校則を守る気はさらさら無いようです。

 

「一年にナメられているよ、ヴァネ、成実、お望み通り練習してやったら?」

 

「は? マジダヨ、こいつ一年じゃん」

 

 私の制服のリボンの色を見て、私をピカピカの一年生と認識したようです。ちなみにこの学校は一年生が赤色、二年生が黄色、三年生が青色のリボンです。

 

「じゃあお望み通り練習つけてやるヨ!」

 

 ヴァネさんが私の腰辺りに強いボールを蹴りこんできました。私は2,3歩程後ろに下がり、体を外側に開いて、右太腿の内側でボールの勢いを殺し、ボールを自らの足元に収め、丁寧にヴァネさんにボールをリターンし(返し)ました。

 

「ふ、ふん、マグレでしょ!」

 

 今度は成実さんが私の足元に低く鋭いボールを蹴りこんできました。私は半歩程後ろに下がり、体を少し外側に開いて、右足の内側、インサイドと呼ばれる部分でボールを受けました。強いパスだった為、ボールが若干浮きましたが、これは狙い通りでした。浮き球を右膝でコントロールして、体を少しひねり、所謂ボレーシュートの体勢でボールを鳴海さんに返しました。強いボールが返ってきたことに面食らった彼女はトラップをミスしました。

 

「あ、すみません、難しかったですか?」

 

「調子に乗るなヨ!」

 

 私の軽い挑発に怒ったヴァネさんが強烈なボールを蹴りこんできました。位置的には私の胸高ら辺、そのまま胸で受けても良かったのですが、1,2歩程下がった私はあえて体を右に少し傾け、左肩辺りでボールを受けました。先程と似たような要領で、ボールを自分の右前方に浮かせました。落下位置にすぐさま移動して、これまた似たような体勢でボレーシュートをヴァネさんに返しました。彼女もボールがリターンしてくるとは思わなかったようで、トラップしきれず、ボールを鳩尾に食らって軽く悶絶していました。

 

 その後も二人とも、強いボールを何度か蹴りこんできました。私もいささかムキになってきて、さらに強いボールを蹴り返しました。

 

「これはメガネの彼女の分!」

 

「これは私の顔面の分!」

 

「これは焼きそばトンカツパンの分!」

 

 さらにもう一球、え、まだ?

 

「~~これも焼きそばトンカツパンの分!」

 

 彼女たちは私のボールを受けきれず、とうとうその場にヘタり込んでしまいました。正直もう怒る材料がなかったので、助かりました。

 

「もういいでしょう……」

 

 私は疲れ切った二人に向かって、こう続けました。

 

「昔の人がこう言っていました。『ボールは友達、怖くない』と……その友達を使って、人を痛めつけるようなことは絶対に許されません……!」

 

「っ、そういうアンタが痛めつけてんじゃん……!」

 

「……『ボールは友達、(※但し食べ物を粗末にする不届きものにはお仕置きが必要なので、多少のオイタも)やむをえない』」

 

「いや、サラッと改ざんすんなし!」

 

「『大丈夫、怖くない』」

 

「付け足しで誤魔化すナヨ!」

 

「ねえ」

 

 ヒカルさんが立ち上がって、私の前に進み出てきました。

 

「ウチとも遊んでくれる?」

 

「……もう十分でしょう。これ以上争う必要はありません」

 

 そう言ってその場を立ち去ろうとした私に対して、ヒカルさんはこう言いました。

 

「負けるのが怖いの?“おまんじゅうちゃん”?」

 

「~~~!」

 

 私は立ち止まり、ヒカルさんの方に振り返りました。

 

「だ、誰が……」

 

「ん?」

 

「誰が“ピンクまんじゅう”ですか! 私の名前が桃だからって! 言って良いことと悪いことがありますよ!」

 

「「ええっ⁉」」

 

「いやそもそも名前知らんし!」

 

「また付け足しダヨ!」

 

「やる気になったってことね」

 

 ヒカルさんは左足の甲で軽くボールを浮かせると、鋭い脚の振りでボールを蹴ってきました。トラップを試みた寸前に、急激に左に曲がりました。私は体勢を崩しつつも、何とかボールを返しましたが、間髪入れずに強いボールを蹴りこんできました。今度は先程とは逆方向に、私から向かって右側に曲がりました。

 

(今度はアウトサイドに回転を⁉)

 

 またも虚を突かれた形になりましたが、これもなんとか返しました。体勢を崩され気味な私でしたがそれでもボールを何とかリターンし続けました。段々とヒカルさんのボールに慣れてきたと思った私ですが、あることに気づき戦慄しました。ヒカルさんは一歩も元の場所から動いてないのです。

 

(私が上手く返していると錯覚していただけ……?この人の狙い通りに動かされている……!)

 

 気持ちの上でも後手に回ってしまった私は徐々に劣勢に立たされていきました。

 

「くっ……」

 

 遂に私にミスが出てしまいました。ボールは転々とヒカルさんの前方に転がっていきます。

 

「ウチの勝ちだね」

 

 ヒカルさんはボールを足元に収めると、私に向かって、

 

「さて、じゃあ土下座でもしてもらおうかな」

 

「っ……」

 

 私が唇を噛み締めつつも跪こうとした、まさにその時、

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第1話(3) ストライカーは突然に

「待ちな」

 

 突然凛とした声がピロティーに響き渡りました。私が振り向いたその先には、一人の女の子が立っていました。金色の長い髪で、綺麗な目鼻立ち、スラリとしたスタイルはモデルさんかと見まごうほどです。しかし、その雰囲気から察するに、私は(また違う不良さんが来たな…)と思ってしまいました。

 

「このままじゃ3対2で不公平だろ、アタシも混ぜてくれよ」

 

「は? 何なのアンタ? 関係ないでしょ。」

 

「逃げんのかよセンパイ、二年が一年にナメられていいのかよ?」 

 

「そういや生意気な一年が入ってきたって誰か言ってたっけ……まあいいや、相手してあげる」

 

「へへ、そうこなくっちゃな!」

 

 ヒカルさんは自分の膝下辺りにボールを上げて、ボレーの要領で鋭いボールを金髪の彼女に向かって蹴りこみます。

 

「ぐほっ!」

 

 次の瞬間、ヒカルさんが放ったボールは金髪の彼女の鳩尾にめり込みました。苦悶の表情を浮かべながら、自分の目の前にワンバウンドしたボールをヒカルさんに何とか蹴り返しました。

 

「は? なにアンタ素人?」

 

 力なく返されてきたボールを足元に収めたヒカルさんは呆れた顔を浮かべます。

 

「なんか醒めたわ、もういいでしょ」

 

 立ち去ろうとしたヒカルさんを金髪さんが呼び止めます。

 

「待てよ、ボールはちゃんと返しただろ? まだ勝負は付いてないぜ」

 

「その様子じゃ時間の問題だと思うけど」

 

 そして、ヒカルさんはまた強いボールを蹴りこみます。金髪さんもボールの軌道を即座に見極め、右太腿を上げ、内腿の部分でトラップを試みようとします。

 

(悪くない反応! ちゃんとボールが見えている……!)

 

 そう思った私は即座に金髪さんにアドバイスを叫んでいました。

 

「(ボールの)勢いを上手く殺して! 当てるんじゃなくて……」

 

 当然ながらこの瞬間でアドバイスを伝えきれるはずもなく、更にヒカルさんのボールはまたもや急カーブの軌道を描き、金髪さんのいわゆる大事な処に直撃しました。彼女はまたも苦悶の表情を浮かべながら、力なくではありますがそれでもヒカルさんへボールを返しました。

 

「ち、ちょっと待って下さい! だ、大丈夫?」

 

 私はヒカルさんを制しつつ、片膝を突いた金髪さんの元に駆け寄りました。

 

「へへっ、アンタの真似をしようと思ったんだが、そんなに上手くはいかねえな……」

 

「え、もしかして見ていたの?」

 

「揉め事を嗅ぎ付けるのだけは得意でさ……もっと早く首を突っ込もうと思ったんだが、アンタのボールさばきに見惚れちまってさ……」

 

「そうだったの…」

 

「さっきさ、何て言いかけたんだ?」

 

「え、あ、ああ、トラップっていうのはボールをただ体に当てるんじゃなくて、吸い付かせるようなイメージを持って、って言いたかったの」

 

「そうか、コツさえ教えてもらえば楽勝だ。今度は止められるぜ」

 

「聞き捨てならないわね、素人の癖に」

 

 ヒカルさんがわずかではあるが、ムッとした表情をしています。初めてこの人の感情の変化を見た気がします。

 

「まだアタシはヘバッてないぜ、勝負は続いている!」

 

「勝負しているつもり無いんだけど……まあいいわ、次で終わらせる」

 

 ヒカルさんが今度はボールを地面に置いたまま、蹴りこんできました。アウトサイドの回転をかけていると見た私はまたも金髪さんに声を掛けます。

 

「(体に)向かってくるよ!下がって受けて!」

 

 金髪さんは今度も素晴らしい反応で、ボールを左足のインサイドで受けました。勢いは殺しきれませんでしたが、自らの右斜め前に浮いたボールを、右足でリターンしました。一瞬驚きの表情を浮かべたヒカルさんは、間髪入れず左足の甲、インステップと呼ばれる部分を使って強烈なボールを蹴りこみました。今度は回転はかからず、真っ直ぐに金髪さん目掛けてボールが飛んでいきました。

 

「半歩下がって!膝!」

 

 私が叫ぶとほぼ同時に、金髪さんは半歩バックステップして、体を少し開いて、右太腿の内側でボールを受けました。完璧にボールの勢いを殺せたわけではありませんが、ボールは金髪さんの左前方に浮き上がりました。(絶妙な位置だ……!)と私が感じると同時に、金髪さんはシュートモーションに入っていました。素人のはずなのですが、理想的なフォームが取れています。本能的なモノだろうかと、私は変な感心を覚えるとともに、思わず叫んでいました。

 

「撃て!」

 

 次の瞬間、凄まじいインパクト音とともに強烈なシュートが金髪さんの左足から放たれました。ボールは初め低い弾道でしたが、そこからググッと浮き上がり、ヒカルさんの顔面の横を抜けて飛んでいきました。二拍ほどおいて、パリンと、ガラスが割れる音がしました。あの方向には体育館があります。距離はここから優に三〇メートルは離れているはずです。そこまで勢いを失わずに届いたということでしょうか……。桁外れの衝撃にその場にいた一同はしばし言葉を失いました。

 

「……てゆーか、今の音ってガラス割れた音じゃね?」

 

 成実さんが口を開きました。

 

「マジかヨ! どうスル? ヒカル?」

 

 指示を仰ぐように、成実さんとヴァネさんがヒカルさんの方に振り返ります。

 

「……面倒ごとはゴメンよ。美花、何とか誤魔化しときなさい」

 

 ヒカルさんは、眼鏡さんにそう言って、二人を引き連れてその場をさっさと離れていってしまいました。取り残された私に、眼鏡さんが話しかけてきました。

 

「あ、あの、私は小嶋美花(こじまみか)と言います! サッカー部のマネージャーをしています。貴方もしかして……丸井桃さんですか?」

 

「え、ええ、そうですが」

 

 目をキラキラとさせながら訪ねてきた彼女に、私は戸惑いながら返答しました。

 

「やっぱり! あの柔らかな身のこなしとボールタッチ! そしてその特徴的な髪型! 中二の時、全中にも出場した貴方がどうしてウチの高校に⁉」

 

「え、えーと……制服が可愛いからかな?」

 

 まさか華の女子高生が焼きそばトンカツパンで進路を決めたとは言えません。

 

「部活はサッカー部に入られますよね⁉」

 

「ま、まあ、そのつもりです」 

 

「良かった! あ、ガラスの件は私が何とかしておきますから! 巻き込んでしまったのは私の責任ですし! それでは部活でお会いしましょう!」

 

 捲し立てるように喋って、美花さんは去っていきました。先程までの彼女とはまるで別人です。あるいはあれが彼女の本当の姿なのかもしれません。するとチャイムの音が聞こえました。これは午後の授業の予鈴です。もうすぐ昼休みが終わります、急いで教室に戻らなくてはいけません。ふと見ると金髪さんが立ち尽くしています。

 

「あ、あの~昼休みそろそろ終わりますよ~」

 

 恐る恐る声を掛けた次の瞬間、金髪さんは凄い勢いで私の方に振り返りました。ビクっとした私に対して、彼女は興奮気味に聞いてきました。

 

「なあ! 見たか⁉ 今の?」

 

「え、あ、ああ、凄いシュートだったね、ビックリしたよ」

 

「あ、あれアタシが蹴ったんだよな…?」

 

「? う、うん、そうだよ、貴方が蹴ったんだよ」

 

「凄え……なんていうか、今までに無い位スカッとした……。こんな感覚生まれて初めてかもしれねぇ……。喧嘩でもこんなに興奮したことねえわ……」

 

「そ、そうなんだ……」

 

 ナチュラルに喧嘩というワードが飛び出してくることに若干引いている私の両肩を金髪さんがガバっと掴んできました。私はまたビクっとなりました。

 

「なあ! サッカーやれば、またあの感覚味わえるかな⁉」

 

「え? ま、まあ、そうかもしれないね。」

 

 戸惑いながら私が答えると、金髪さんの目がパッと明るくなりました。

 

「よし、決めた! アタシサッカー部入るわ! えっと……名前なんだっけ?」

 

「わ、私は丸井桃」

 

「そっか、アタシは龍波竜乃(たつなみたつの)! ビィちゃんもサッカー部入るんだろ?」

 

「(ビ、ビィちゃん?) う、うん一応そのつもりだよ」

 

「よっしゃ! またあーいうボールが蹴れるぜ!」

 

「な、なんでそうなるの?」

 

「さっきビィちゃんの言う通りにしたからさ! あ! もしかして、ビィちゃんもあんなボール蹴れんのか⁉」

 

「わ、私は無理だよ、点を取るポジションじゃなくて、ボランチだったし…。」

 

「ボランチ?」

 

 頭の上に大きなクエスチョンマークが浮かんだ竜乃ちゃんに対し、私は簡単に説明しました。

 

「ボランチっていうのは…なんて言うのかな、チームの『舵取り』役みたいなものかな」

 

「舵取り役か…よし!」

 

 転がっていたボールを右手で拾いあげた竜乃ちゃんがグイグイっと私に向かってきました。

 

「ええっ、な、何?」

 

 彼女の勢いに気圧されて、後ずさりした私はピロティーの壁に背中を付けました。竜乃ちゃんは左手を私の顔の横に『ドン』と付き、右手にボールを持ったままこう言いました。

 

 

 

『アタシをボランチしてくれ!』

 

 

 

「え、ええ~⁉」

 

 

 

 ……以上が私が人生初の『壁ドン』を体験した一部始終です。思い返してみてもさっぱり意味が分かりません。完全にその場の勢いに押し切られてしまいました。「ボランチしてくれ」って具体的にはどうすれば良いんでしょうか……。

 

「なあ~ビィちゃん~サッカー部ってボール蹴るんじゃないのかよ~。」

 

 竜乃ちゃんが情けない声を上げています。放課後になって即、私たち二人はサッカー部に入部しました。そこで素直に昼休みに体育館の窓を割ったのは自分たちだと白状しました。そこで副キャプテン(キャプテンは怪我で休んでいるようです)から言い渡されたのは、「罰として今日から三日間グラウンド二十周」でした。体力作りにも繋がる、私はそれを甘んじて受け入れましたが、竜乃ちゃんは不満そうです。しかし彼女が今より強靭な足腰を手に入れた場合、よりとてつもないシュートが打てるようになるかもしれません。私はそれを見てみたいと思いました。彼女の可能性にワクワクしたのは、彼女自身だけではないのです。私は竜乃ちゃんが退屈しないようにと考え、話しかけました。

 

「ねえ、なんで私のことビィちゃんって呼ぶの?」

 

「え、なんかさ、『星の○―ビィ』みたいだなって思ってさ。」

 

「は⁉」

 

「ビィちゃんさ、髪型含めて全体的に丸っこいじゃん、怒った顔も赤って言うかピンク色っぽかったしさ。アタシ好きなんだよな、カー○ィみたいな丸々ってしたもんがさ……ってちょっと待ってよ、ビィちゃん~ペース早いって~」

 

 丸顔とか丸い体型とか私が一番気にしていることをズケズケと……!やっぱり勢いに乗せられるんじゃなかった!



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第2話(1) ツインテールと猛獣

「ビィちゃん~どこ行くの~」

 

「学食だよ……」

 

「学食ホント好きだよな~」

 

「そうでもないよ、普通だよ……」

 

「なんか冷たいな~」

 

「う~ん、っていうか鬱陶しい!」

 

 私、丸井桃が廊下で声を少々荒げてしまったのには理由があります。その場の勢いのようなものに乗せられてか、ともにサッカー部に入ることになった龍波竜乃ちゃんが原因です。容姿端麗、長身でスタイル抜群な美女、しかし今更何に抗っているのか分からない時代錯誤なロングスカートで校則違反上等な悪女、この良くも悪くも人の目を引いてしまう個性の塊のような彼女が私のうしろから私の腰に両手を回し、肩に顎を乗せ、ほとんど私に引きずられるようにして廊下を歩いているからです。否が応でも目立ちます。

 

「とにかくくっつかないで離れて歩いて!」

 

「え~せっかくの昼休みなんだから、ビィちゃんの柔らかさを堪能したいんだよ~」

 

「堪能、ダメ、絶対」

 

「ビィちゃんのケチ~」

 

ぶぅーっと口を尖らせた竜乃ちゃんを無理やり突き放して、また私は学食に向かって歩き出します。自分でいうのもなんですが、どうやら私の姿形が彼女の好みにあったようで、例の“壁ドン”の日以来、こうして三日間程、纏わりつかれています。クラスは同じ一年C組でした(彼女は入学以来ずっと休んでいたので気が付きませんでした)。授業中は大人しいのですが(というか中央最前列なのにほぼ毎時限豪快に寝ている)、休み時間などは私の元に来ては、纏わりついてきたり、話しかけてきたり、纏わりついてきたりしています。人生で「かわいい~」よりも「上等だよ、コラ!」というセリフを口にしてきた数の方が多そうな彼女が近くにいるのです。おかげさまで(?)、入学式から私に話しかけてきてくれた子たちとも、若干ではありますが、距離を感じ始めています。しかし不思議なことに、私のこれまで生きてきた中で接することの無かった、ヤンキータイプの彼女と話すこと自体には不安感や不快感というものはほとんど無いのです。やれ丸っこいだの、お団子が現代に転生した姿だの、球体の擬人化だの、散々言われてきたからでしょうか。こちらもわりと気兼ねなく、彼女に物を言うことができます。

 

「竜乃ちゃんさ、他の人ともそんな風にフランクに接してみれば?これまで三度の飯よりも喧嘩に明け暮れた日々だったかもしれないけど。もっと女子高生らしくっていうかさ…あ、言っておくけど喧嘩はNGだからね、不祥事でも起こしたら、サッカー部が活動停止とかになっちゃうからね……」

 

そう言って彼女に振り向いたところ、竜乃ちゃんが鬼のような形相で女の子を睨みつける、いわゆる「ガンを飛ばす」行為を行っている光景が目に飛び込んできました。

 

「⁉ マジでKILLする五秒前⁉」

 

私は慌てて、二人の間に割って入ります。

 

「言ったそばから何やってんの⁉ 竜乃ちゃん!」

 

「こいつがさっきからジロジロこっち見てくるからよぉ……」

 

「べ、別にアンタなんかには用は無いわよ……」

 

短めのツインテールの女の子が、竜乃ちゃんに若干怯えながら呟きました。そして私の方に向き直って、笑顔で語りかけてきました。

 

「丸井桃ちゃんだよね? 久しぶり、小学校で一緒だった姫藤聖良(ひめふじせいら)だよ! 桃ちゃんお団子ヘアー変わってないからすぐ分かったよ!」

 

 ここで問題が発生しました。そう、そうなんです、申し遅れましたが、私丸井桃、丸顔を気にしている癖にお団子ヘアーなんです。って、問題はそこではなくて、この目の前にいる聖良ちゃんという女の子のことを(覚えてないなぁ…)ということです。しかし、目茶苦茶「久しぶりだよね!」感を出してくる相手に対して、どのような対応をすべきか。一瞬の間に様々なパターンが私の脳内に駆け巡りました。そして、導き出した答えは……

 

「あ~久しぶりだね~!(微笑をたたえつつ)」

 

“とりあえず相手の調子に合わせてみる”です。ポイントは(微笑をたたえつつ)というところです。これが(満面の笑みで)ならどことなく嘘っぽい、あるいは(苦笑気味に)とかだったら嘘がバレます。いやまあ結局嘘なんですが。我ながら上手く当面のリスクを回避することができたと思います。人生もサッカーもリスクマネジメントが非常に大事です。

 

「桃ちゃん、部活はサッカー? 私も入学以来風邪で休んでいたんだけど、今日から練習に行こうと思って」

 

「そうなんだ~」

 

 どうやら私と彼女はサッカーで繋がりがあるらしいです。まだ詳細は思い出せませんが。 

 

「アンだよ、てめえは?」

 

 相変わらず自分を睨み付けている竜乃ちゃんを一瞥して、聖良ちゃんが一言。

 

「桃ちゃん、猛獣使いでも始めたの?」

 

「猛獣⁉」

 

「いや、使役はしてないよ」

 

「猛獣否定しないの⁉」

 

「これからお昼?良かったら一緒に学食行かない?積もる話もあるし」

 

 正直積もるほどの話もないのですが、“とりあえず相手の調子に合わせてみる”作戦は継続です。学食に場所を移すことにしました。

 

 

 

「っていうか、アンタ何なの?私は桃ちゃんを誘ったんだけど」

 

 聖良ちゃんが不機嫌そうに竜乃ちゃんに話しかけます。

 

「アンタじゃなくて、龍波竜乃って名前がある。ビィちゃんとは同クラ(同じクラス)で一緒にサッカー部にも入った、もはや親友と言っても過言ではないな」

 

 私は(親友のハードル低いな)と思いました。すると、聖良ちゃんが若干ムキになったようで、こう言い返します。

 

「は? それ位で親友⁉ 私なんか小学校のころから桃ちゃんのこと知ってるし!」

 

「でも中学は別だったんだろ、ぶっちゃけ大差ないだろ」

 

 竜乃ちゃんとは出会って三日ですが、何分私には聖良ちゃんとの記憶が思い出せないので、大変残念なのですが、ここは竜乃ちゃんに(それな!)と心の中で同意しました。

 

「ぐぬぬ……そ、それでも私の方が桃ちゃんのこと良く知ってるんだから!」

 

「へえ……例えばどんなことよ?」

 

「た、例えば……サッカーへの愛が溢れるあまり、頭のお団子の部分を、白黒のサッカーボール風にしてたこととか!」

 

「うわぁぁぁ! 大声で人の黒歴史言うの止めて!」

 

 それは覚えていました。近所の美容室でやってもらったんだっけ、若気の至りって怖いですよね……。私の叫び声で少々落ち着きを取り戻したのか、聖良ちゃんが冷静に話を続けます。

 

「大体アンタ、サッカー出来るの? どこからどう見たって、昭和の時代からタイムスリップしてきたヤンキーでしょ」

 

「三日前に初めてボールを蹴った」

 

「はぁ⁉ 超ド素人じゃない!」

 

「今はな、だけど……」

 

 そう言って、竜乃ちゃんは左手で私の肩をグッと引き寄せ、

 

「ビィちゃんがアタシの舵取ってくれっからよ、名コンビとして名を馳せる予定だからそこんとこヨロシク」

 

 ドヤ顔で、右手の親指をグッと突き立てる竜乃ちゃん。その根拠の無い自信はどこからくるのでしょう。そして、私は何故少し顔を赤らめているのでしょうか。自分でも謎です。

 

「~~~!」

 

 聖良ちゃんが俯いてしまいました。気のせいでしょうか、ツインテールがピクピクっと動いているようにも見えます。

 

「そんなの認めない……桃ちゃんは私にとって大切な……」

 

 何やら聖良ちゃんがブツブツ呟いていますが、よく聞き取れませんでした。すると、聖良ちゃんはおもむろに立ち上がり、竜乃ちゃんを指差してこう宣言しました。

 

「勝負よ! 龍波竜乃! どちらが桃ちゃんにふさわしいか……じゃなくて、サッカー部にふさわしいか! 入部をかけて私と戦いなさい!」

 

 彼女はいきなり何を言い出すのか、ハラハラしながら私は竜乃ちゃんの方を見ました。

 

「面白ぇ、受けて立つぜ!」

 

 もともと面倒臭いことがもっと面倒なことになりそうです。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第2話(2) 茶番、開始

 聖良ちゃんが食事を受け取るカウンターの前に仁王立ちして、高らかに叫びます。

 

「第1回! 桃ちゃんのハートを掴め! チキチキ大食い対決~!」

 

 なんでしょうかこの茶番は。凄く……恥ずかしいです。食堂中の注目を集めてしまっています。ヒソヒソ声やクスクスっとした笑い声も聞こえてきます。今はただ、「ケンカは止めない、二人は止めない、私を巻き込まないで争って……」って心境です。そんな私に構わず聖良ちゃんが続けます。

 

「サッカーは体力勝負! 体力作りに重要なのは食事! 強靭な胃袋を持っていた方が勝ちよ! まあ、食堂にいたから思い付いただけなんだけど!」

 

「要は多く食べりゃあ良いってことだろ、そういやビィちゃんさっき何か頼んでたよなぁ?」

 

「え⁉ あ、う、うん」

 

「メニュー選ぶのメンドイからそれで良いや、お前もそれで良いだろ?」

 

「フェアな条件ね……異論は無いわ」

 

「マスター、彼女と同じものをアタシとコイツに頼む」

 

 マスターならぬ食堂のおばちゃんは元気よく「あいよー!」と答えました。数分後、並んで座った竜乃ちゃんと聖良ちゃんの顔は青ざめていました。

 

「いっただっきま~す♪」

 

「ち、ちょっと待って、桃ちゃん!」

 

 二人のことは基本放っておこうと決め、目を輝かせながら、昼食を食べ始めようとした私を聖良ちゃんが制してきます。

 

「どうしたの?」

 

「い、いや、こ、これは何…?」

 

 聖良ちゃんが指差した先には30センチほどの高さのトッピングが盛りに盛られたラーメンが2杯並んでいます。私は満面の笑みで聖良ちゃんに答えます。

 

「ギガ盛野菜マシマシMAXラーメンだよ!」

 

「こ、こんなメニューあったか?」

 

「うん、裏メニューだよ」

 

「裏メニューなんかあるの、ここの学食⁉」

 

 本来ならば、並盛、大盛、特盛、メガ盛のラーメンを全て平らげし者にしかこの裏メニューを頼む権利は与えられないのですが、ノリの良い食堂のおばちゃんが特別に二人の分も作ってくれました。なんというサービス精神でしょう。

 

「じゃあ改めて……いただきま~す」

 

 何やら困惑している二人のことは放って置いて、私は待望の「ギガ盛野菜マシマシMAXラーメン」を食べ始めます。まず上に盛られた、15センチ程の野菜を食べ始めます。このシャキシャキ感が堪りません。ラーメンではなく、モヤシの大盛りを食べているような錯覚を覚えます。モヤシとキャベツが主体の野菜ゾーンを抜けると、今度は豚肉ゾーンに入ります。放射線状にびっしりと二段に並べられたお肉達がなんとも美しいです。噛みごたえは柔らかく、とてもジューシーです。麺も柔らかいのですが、それでいてコシも強く、食べごたえは抜群です。さらにピリッと辛みがきいた辛味噌スープも良いアクセントになっています。スープも飲み干し、あっという間に完食しました。満足度は100%です。何故なら私はこの「ギガ盛野菜マシマシMAXラーメン」を食べる為に、この学校に入学したようなものなのですから。

 

「ごちそうさまでした!」

 

 二人の様子を見てみると、聖良ちゃんは天を仰ぎ、竜乃ちゃんは俯いています。

 

「豚肉二層式とか……要らないからそういうサービス……」

 

「スープ辛ぇよ……ピリ辛ってレベルじゃねーぞ……」

 

「もう昼休み終わっちゃうね、じゃあ現状食べた量は……うーん、強いて言えば竜乃ちゃんの勝ちかな」

 

「へへ…やったぜ…」

 

「ま、まだ勝負はこれからよ……つ、次は……」

 

 力なく呟いて二人とも机に突っ伏してしまいました。ちなみに勿体ないので、二人が残した分は私が美味しくいただきました。

 

 

 

「第1回! 桃ちゃんのハートを清めろ! チキチキ大掃除対決~!」

 

 放課後になりましたが、茶番はまだ続くようです。

 

「サッカーはメンタル、つまり心のスポーツ! 心の乱れは掃除の乱れ! より綺麗に教室を掃除できた方が勝ちよ! まあ、放課後になったから思い付いただけなんだけど!」

 

 やっぱり凄く……恥ずかしいです。廊下中の注目を集めています。ヒソヒソ声やクスクスっとした笑い声もよりはっきりと聞こえてきます。今はただ、「ケンカをしても良い、せめて私を巻き込まないで争って……」って心境です。

 

「それぞれ自分のクラスの教室、アンタはC組、私はD組を掃除するの! 制限時間は二十分、それじゃ、よーいスタート!」

 

 異常な程ノリノリな聖良ちゃんが、自分の教室に入っていきました。いつのまにか、頭には頭巾を被り、顔にはマスク、更に手袋とエプロンも着用しています。言い出しただけあって、聖良ちゃんは見事な手際を見せて教室を綺麗にしていきます。掃除の基本である「上から奥から」がキチンと出来ています。掃き掃除を完璧にこなした聖良ちゃんが自慢げに竜乃ちゃんの方に振り返ります。

 

「どう⁉ この見事な手際! アンタには真似でき……ヴォッフォァ⁉」

 

 聖良ちゃんの目の前で、竜乃ちゃんが黒板消しを両手に持ってポンポンと叩きました。煙が巻き上がり、聖良ちゃんはむせてしまいました。

 

「GA・SA・TSU! やり方がガサツすぎるわよ! なんで廊下でやるの⁉ せめてベランダでやりなさいよ!」

 

 その後も竜乃ちゃんは、ホースで床に水を撒いてモップで拭く、ゴミ袋を窓から焼却場に直接投げ入れる等々、ガサツさを遺憾なく発揮していました。流石に掃除対決の軍配は聖良ちゃんの方に上がりました。

 

「これで一勝一敗ね! 次が最後の勝負よ!」



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第2話(3) 幕張の電光石火

 放課後サッカー部のグラウンドにて、最後の茶番が行われようとしていました。ショッキングピンクのトレーニングウェアに着替えた聖良ちゃんがもはや義務のように叫びます。

 

「第1回! 桃ちゃんのハートに火を付けろ! チキチキ1対1対決~!」

 

 今更だけど、聖良ちゃんって年末は「笑ってはいけない○○」派だったりするんでしょうか。

 

「1対1ってタイマンか?」

 

 腕まくりをし、両手の指をポキポキと鳴らす竜乃ちゃん。彼女は学校指定の小豆色のジャージを着ています。

 

「違うわよ! ケンカから離れなさいよ、このヤンキー脳! 純粋にサッカーで勝負よ、実力差を見せつけてあげるわ!」

 

 1対1とは、サッカーの練習でもポピュラーな形式です。広さはマチマチですが、大体コート半分の、さらに3分の2位の広さ、大体20m四方のエリアで行います。ルールもマチマチですが、最も多いのは対面する相手をかわし、ボールをゴールに決めたら勝ち、というものでしょうか。実はタイマンという表現もあながち外れではありません。その辺の説明は、全部マネージャーの美花さんが、竜乃ちゃんにしてくれました。美花さんは首からホイッスルを下げています。審判役もやってくれるそうです。ゴールキーパーには、副キャプテンの永江奈和(ながえなわ)さんが務めてくれることになりました。永江さんは長身で短髪。細目で口数の少ない方で、私は厳しそうな印象を持っていました。キーパーとしての実力は確かで、昨年の仙台和泉の大会ベスト16入りに貢献し、県選抜候補の合宿にも参加した経験があるそうです。こんな茶番も練習時間の無駄だと言って止めさせるかと思いましたが、案外ノリの良い方のようです。

 

「シュートをゴールに決めたら1点。シュートが止められたり、外したりしたら0点。ボールを奪われたり、クリア……このエリアの外側にボールを蹴りだされたりしても0点。攻めと守りを交互に3回行って、多く点を取った方が勝ち……分かった?」

 

「ああ」

 

「先攻後攻はどうする? じゃんけんで決める?」

 

「お前からで良いよ」

 

「初っ端から自信喪失しちゃうかもよ?」

 

「ハッ、抜かせ」

 

 二人が所定の位置に付きます。先攻が聖良ちゃん。後攻が竜乃ちゃんになったようです。聖良ちゃんが竜乃ちゃんに声をかけます。

 

「初心者のアンタには私を止めるのは無理よ……だからハンデをあげる。私はシュートを利き足の逆の左でしか打たないわ」

 

 私も思わず口を挟んでしまいました。竜乃ちゃんの傍に駆け寄り、こうアドバイスしました。 

 

「ディフェンスの時は基本前傾姿勢で、足裏はビッタリ地面につけないで、かかとの部分を気持ちょっと浮かせるように構えてみて。そうすれば相手の急な加速などにもついて行きやすくなるから」

 

「任せろ。我に秘策ありだ」

 

「秘策?」

 

 嫌な予感しかしませんが、とにかくその場を離れました。聖良ちゃんがそんな私たちの様子を苦々しく見つめています。

 

「桃ちゃん……ま、まあ良いわ、秘策でも何でも止められるものならやってみなさいよ」

 

私がエリアの外に出たとき、美花さんがホイッスルを鳴らしました。その一瞬で竜乃ちゃんは聖良ちゃんとの数メートルあった距離を詰めてみせました。凄いスピードです。流石に少し驚いた聖良ちゃん、足元のボールを軽くシザーズし(またぎ)、出方を伺います。しかし、次の瞬間驚くべきことがありました。竜乃ちゃんが聖良ちゃんにボディブローをお見舞いしようとしたのです。堪らずボールから飛び退く聖良ちゃん。秘策ってこれでしょうか……。私はその場で頭を抱えてしまいました。

 

「お、やったーボール獲ったー! 0点に抑えたってことだよな?」

 

「ピ、ピッピィ――!」

 

笛を吹きながら、美花さんが竜乃ちゃんに駆け寄り、イエローカードを提示します。

 

「お、なんだポイントカードか?」

 

「違います龍波さん! 今のは反則で、これは警告を示すカードです」

 

「ええ、反則⁉」

 

「反則に決まってんでしょうが……!」

 

「いやだって何でもって言うから~」

 

「格闘技やってんじゃないのよ!」

 

「顔は止めてボディーにしたのにな~」

 

「顔なんか殴ったらそれこそ一発退場よ!」

 

「悪かったよ、ほ、ほら、もう一回お前の先攻で良いからさ」

 

 不貞腐れながらも、聖良ちゃんが所定の位置に戻りました。美花さんが笛を吹きます。すぐさま竜乃ちゃんが聖良ちゃんの元に詰め寄ります。しかし、彼女もすぐさま竜乃ちゃんの体の重心が、自分から見て右側にやや傾いていると見て、スピードを上げ、竜乃ちゃんの左側をすり抜けて行きました。すぐさま反転し、追いかける竜乃ちゃん。誰もが追いつけないだろうと思いましたが、驚くことに追いつきました。そしてさらに驚くべき行動を取りました。斜め後ろから聖良ちゃんに抱き付いたのです。バランスを崩して倒れこむ二人。心配して駆け寄った私たちの目前に、衝撃的な光景が広がっていました。そこには白のハーフパンツを下着ごとずり下ろされ、お尻があらわになった聖良ちゃんのあられもない姿です。聖良ちゃんは慌ててパンツを穿いて顔を真っ赤にしながら立ち上がりました。

 

「ア、アンタいい加減にしなさいよ! ラグビーやってんじゃないのよ!」

 

「ピッピ――!」

 

 美花さんがホイッスルを吹いて竜乃ちゃんの元に駆け寄り、イエローカード、次いでレッドカードを提示します。

 

「な、なんだ、ポイント10倍か?」

 

「いえ、警告2枚で退場です……」

 

「た、退場⁉」

 

「もう没収試合でいいでしょ……私の勝ち、アンタの負け」

 

「負けってことは……」

 

「こんな反則行為を繰り返すやつはサッカー部にふさわしくないわ。入部は取り消しね」

 

「ち、ちょっと待ってくれ! もう1度チャンスをくれ! 仏の顔も三度までっていうだろう⁉ 頼む! この通りだ!」

 

 そういって竜乃ちゃんは両手両膝を地面に着きました。さらに思いのたけをぶちまけます。

 

「まだボールをまともに蹴ってない! あの日の感覚をもう一度味わいたい! このままじゃ終われないんだ!」

 

「……勝負はまだついていない、姫藤、お前の先攻でもう一度初めからだ」

 

 意外な人物が助け舟を出しました。副キャプテンの永江さんです。

 

「そんな!」

 

 不満げな聖良ちゃんを制し、永江さんは話を続けます。

 

「ルールはこれから教えていけば良い。誰でもみんな最初は初めてだ。それに……」

 

「それに……?」

 

「お前らのシュートを受けてみたい……ってのはダメか?」

 

 渋々納得した聖良ちゃんは所定の位置に戻りました。

 

「さあ、続けるわよ!」

 

 私は竜乃ちゃんの元に歩み寄り、アドバイスを送ります。

 

「竜乃ちゃん、今更だけど、ボールは脚で獲りに行かないとダメだよ。あ、相手の脚蹴るのもナシね。それとディフェンスだけど闇雲に突っ込んでも無理だよ、ある程度距離を保ちながら、相手の出方を伺わないと」

 

「間合いを意識して、スキを突けってことだな、分かったぜ」

 

 独特の感覚ではあるけれども、理解はしてくれたようです。私はエリア外に出ました。

 

 笛が鳴り、再び聖良ちゃんの攻めるターンです。しかし、今度は竜乃ちゃんも突進しません。しっかり腰を落とし、距離を取って待ち構えます。その様子に少し聖良ちゃんは驚いたようですが、すぐ真剣な表情に戻りました。足裏を使ってボールを転がし、ゆっくりと前進します。一瞬の間を置いて、聖良ちゃんが仕掛けます。先程と同じように右から抜き去ろうとします。ですが、竜乃ちゃんもそれについていきます。再び止まる二人。聖良ちゃんの足元からボールが少し離れました。チャンスと思ったか、竜乃ちゃんが左足を伸ばし、ボールを蹴り出そうとします。しかし、これは罠でした。聖良ちゃんはすぐさま右の足裏を使って、ボールを足元に引き戻すと、右足インサイド、左足インサイドと使って、体勢を崩してしまった竜乃ちゃんの右側を抜け出します。

 

「くっ……」

 

「まず一点もらったわ!」

 

 シュートを放つ聖良ちゃんでしたが、ボールはもの凄いスピードで反転してきた竜乃ちゃんが懸命に伸ばした右足に当たりました。

 

「なっ⁉」

 

 上に勢い無く舞い上がったボールは永江さんに難なくキャッチされました。聖良ちゃんは信じられないといった表情で竜乃ちゃんを見つめます。

 

「姫藤さんとは中学時代は対戦しましたか?」

 

 いつの間にか、私の隣に立っていた美花さんが話しかけてきました。

 

「い、いえ、彼女有名だったんですか?」

 

「鋭いドリブルが持ち味で『幕張の電光石火』と言われていました。全国には縁がありませんでしたが、昨年の関東大会では優秀選手にも選出されていたはずです。丸井さんと言い、何でここ十五年の最高成績が県ベスト8のウチなんかに……」

 

 少なくとも学食に魅力を感じてってわけではないのは確かだと思います。それにしても、『幕張の電光石火』ですか、私の中学時代の異名は……思い出したくないですね……。そんなことを考えていると、

 

「ビィちゃん」

 

 竜乃ちゃんが私の前に立っていました。

 

「どうしたの?」

 

「いやさ、アレってありなのか?」

 

「アレ?」

 

「さっきみたいにボール離したと見せてさ、こっちに『取れる!』って思わせたりするの」

 

「あれはフェイントの一種みたいなものだから。正当なプレーだよ、反則じゃないよ」

 

「そっか、ああいうのがフェイントっていうのか……」

 

 そう言って、竜乃ちゃんは所定の位置に向かいます。

 

 一本目後攻、竜乃ちゃんの攻める番です。笛が鳴ってもしばらく動きません。どうしたのかと思っていると、彼女が何やら呟きました。

 

「う~ん、やっぱり小難しいことは止めとくか」

 

 そして彼女は大きく左足を振りかぶって、助走なし、ノーステップでシュートを放ちました。

 

「は⁉」

 

 聖良ちゃんは驚きながらも右足を伸ばし、低い弾道で飛んできたシュートを防ごうとしました。しかし、完璧には防ぎきれず、ボールは勢いをほとんど失わず飛んでいきましたが、ゴールのわずか左に外れました。竜乃ちゃんが天を仰ぎます。

 

「あ~やっぱ無理か~」

 

「あ、当たり前でしょ! こういう1対1の場合は相手をかわさないとシュートコースなんてないんだから!」

 

 右足を抑えながら、聖良ちゃんが叫びます。痛かったようです。

 

「ノーステップかつシュートフォームも無茶苦茶……それでもなおあの威力、やっぱり規格外ですね……」

 

 美花さんが感嘆の声をもらします。

 

「丸井さん、彼女は何者なんですか?」

 

 こっちが聞きたいです。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第2話(4) 勝負の行方

 二本目先攻、聖良ちゃんが攻める番です。今度は今までとは逆方向、竜乃ちゃんにとっては右側の方にドリブルしていきます。スピードは十分ありますが、それでも竜乃ちゃんを振り切れません。聖良ちゃんは一瞬止まりました。さあ、どうするのか。体を右に傾けました。竜乃ちゃんもそちらに重心を傾けます。次の瞬間、再び左側(対面する竜乃ちゃんにとっては右側)を抜きにかかります。

 

「うぉ⁉」

 

 竜乃ちゃんはバランスを崩されました。彼女の反応の鋭さを逆手に取って、上半身だけでフェイントをかけたのです。駆け引きに長けています。聖良ちゃんが早くもシュートモーションに入りました。すぐさま反転した竜乃ちゃんがスライディングに近い体勢でシュートブロックを試みます。一本目と似たような形になるかと思われましたが、ここからが違いました。聖良ちゃんはシュートを打たず、急停止します。滑り込む形になっていた竜乃ちゃんは止まれません。聖良ちゃんは左足でボールを転がし、自らの軸足(右足)の裏側に通します。そして、竜乃ちゃんの左側をすり抜けます。大体ゴール前右三十度位の位置です。聖良ちゃんが左足でシュートを放ちますが、ボールはゴール前を横切るように飛んでいきます。キックミスか、と思わせてそこからググっとボールが左に、つまりゴールに向かって曲がっていきました。アウトサイドに回転をかけたのです。このままゴールの左サイドネットに突き刺さるかと思われましたが、永江さんが横っ飛びでこれを弾き出しました。またも得点はなりませんでした。しかし、利き足ではシュートを打たないというハンデを自らに課しながらこれだけのプレー。相当な実力者です。ホントに何故このチームに入ろうとするのでしょう?

 

 二本目後攻、竜乃ちゃんの番です。今度は笛が鳴るとすぐに、左斜め前方にボールを蹴り出し、早くもシュートモーションに入りました。角度をつけてシュートコースを作るのは正しい判断です。しかし当然、聖良ちゃんがシュートを阻止しようと動きます。

 

「馬鹿の一つ覚えなのよ!」

 

「かかったな!」

 

「なっ⁉」

 

 竜乃ちゃんはシュートを打つのを止めて、右斜めに抜け出します。見事なキックフェイントです。聖良ちゃんは完全に逆を突かれました。

 

「よっしゃ、もらった!」

 

 竜乃ちゃんが右足でシュート体勢に入ろうとします。しかし聖良ちゃんも追いついて、竜乃ちゃんの左肩に右肩でタックルを仕掛けます。

 

「ぬぉ⁉」 

 

「きゃっ⁉」

 

 何とタックルを仕掛けた聖良ちゃんの方が吹っ飛びました。ですが、流石に竜乃ちゃんも体勢を崩しました。それでもシュートを放ちますが、ボールはゴール左に逸れていきました。シュートを撃った勢いで転げてしまった竜乃ちゃんですが、すぐ起き上がり、聖良ちゃんに不平を言います。

 

「おい!今の反則じゃねーのか!」

 

「今のは横からのショルダータックル! 正当なプレーよ!」

 

 聖良ちゃんも立ち上がりながら言い返します。ここまで0対0。勝負は三本目にもつれこみました。ここまでの接戦になるとは思いませんでした。

 

「竜乃ちゃん! ドリブルが大きいと、次のプレーに移りにくかったり、ボールを獲られやすくなるよ! ボールタッチは細かく、小さくを心掛けて!」

 

「分かったぜ、ビィちゃん!」

 

 竜乃ちゃんが頷きながら所定の位置に向かいます。

 

 三本目先攻、聖良ちゃんの番です。

 

「桃ちゃんのハートを掴むのは私……こんな奴に邪魔させない……」

 

 何やら呟いて、聖良ちゃんがドリブルに入ります。今度は真っ直ぐに竜乃ちゃんに向かっていきます。高速で突っ込みながら、右左にシザーズを入れ、左足アウトサイドを使って、自身の左斜め前にボールを持ち出します。

 

「どぉわ⁉」

 

 見たことの無いスピードのフェイントに竜乃ちゃんも翻弄されて、置いていかれます。このままシュートを打つかと思いきや、聖良ちゃんはスピードを緩めます。

 

「ナメんな!」

 

 追いついた竜乃ちゃんが横に並びかけ、左肩でショルダータックルを仕掛けます。それを予期していたのか、聖良ちゃんはボールを左足裏で操りながら、3歩程後ろに下がります。

 

「何だ⁉」

 

 タックルをかわされ、戸惑う竜乃ちゃん。次の瞬間、聖良ちゃんはボールを左足で思い切りすくい上げます。皆が「あっ」と思ったその時、ボールは緩やかな弧を描いてゴールに吸い込まれていきました。絶妙なループシュートです。キーパーの永江さんも虚を突かれた形で一歩も動けませんでした。目の前に竜乃ちゃんが立ってしまったため、聖良ちゃんの動きが一瞬見えなくなったのも要因だと思います。ただ、それも含めて彼女の計算だったのでしょう。

 

「……これで私の1点リード。よく頑張った方だけど、勝負は見えたわね、私が本気を出せばこんなものよ」

 

 聖良ちゃんが所定の位置に着こうとする竜乃ちゃんに話しかけます。

 

「まだ終わっちゃいねぇだろ……!」

 

 竜乃ちゃんの闘志はまだ萎えていないようですが、力量差は明らかです。打つ手があるようには思えません。

 

「ビィちゃん!」

 

 竜乃ちゃんが私を呼びます。私は駆け寄りました。

 

「え、どうしたの?」

 

「強いシュートの撃ち方を教えてくれ、私のフォームおかしいんだろ?」

 

「気付いていたの?」

 

「どうにも撃ち心地が悪くてよ。この前みたいにスカッといかねぇんだ」

 

「撃つときは軸足を、竜乃ちゃんの場合は右足を、ボールの真横に置くことを心掛けるんだよ、そして軸足をしっかりと踏み込んで、最後までボールをよく見て撃つんだよ」

 

「OK。大体分かったぜ」

 

 竜乃ちゃんが所定の位置に着きました。

 

 三本目後攻、竜乃ちゃんの番です。竜乃ちゃんは軽くボールをすくい上げます。少し浮いて落ちてくるボールをそのままシュートしようとします。

 

「⁉ やけくそってこと⁉」

 

 聖良ちゃんがシュートブロックに入ります。しかし、竜乃ちゃんはシュートを撃ちません。ワンバウンドしたボールを自分に右斜め前方に大きく蹴り出します。

 

「しまっ…!」

 

 聖良ちゃんの反応が遅れました。竜乃ちゃんはボールに追いつきますが、右足でシュートせずに、ボールをキープする体勢に入りました。聖良ちゃんが追いつきました。

 

「もらった!」

 

 聖良ちゃんがボールを奪い取ろうと足を伸ばします。しかし次の瞬間、驚愕のプレーが飛び出ました。竜乃ちゃんが左足裏でボールを引き寄せ、クルっと反転し、今度は右足裏を使って、ボールを自身の前に運びます。「ルーレット」と呼ばれる技術です。この土壇場で出してくるとは……恐らくまた本能的なものでしょう。ともかくこれで聖良ちゃんと完全に入れ替わる形となりました。キーパーと1対1の状況です。そして、竜乃ちゃんはシュートモーションに入りました。軸足をしっかりとボールの真横に置いています。私は思わずまた叫んでしまいました。

 

「撃て!」

 

 竜乃ちゃんの撃ったボールは凄い勢いでゴールに向かって飛んでいきました。永江さんのほぼ正面でしたが、伸びが予想以上に鋭かったのか、キャッチングをしようと伸ばした彼女の両手を吹き飛ばし、ゴールネットに突き刺さりました。あまりの衝撃に皆しばし呆然としてしまいました。やがて我に返った美花さんが、

 

「ゴ、ゴールです! 同点です!」

 

 と、得点を宣告しました。

 

 

 

「さて、スコアは1対1だがどうする?」

 

 永江さんが二人に問いました。

 

「延長戦ってやつか⁉ 望むところだぜ!」

 

 竜乃ちゃんが鼻息荒く答えます。

 

「……私の負けで良いです」

 

 聖良ちゃんが沈んだ声で答えます。竜乃ちゃんが驚きます。

 

「あん⁉ なんでそうなんだよ!」

 

「1点ずつ取ったけど、しっかりと相手をかわしてゴールを決めたのはアンタ。内容的にアンタの方が勝ちにふさわしいわ」

 

 そして、聖良ちゃんはその場を立ち去ろうとします。竜乃ちゃんが呼びかけます。

 

「どこ行くんだよ?」

 

「サッカー部入部をかけた勝負って言ったでしょ。敗者は黙って去るのみよ」

 

「待って!」

 

 私の声に聖良ちゃんが振り返ります。

 

「私のハートに火を付けろ!って言ってたよね? 私、聖良ちゃんのプレーにすごく魅了されたよ! 『幕張の電光石火』と一緒にプレーしたいよ!」

 

「桃ちゃん……」

 

「一緒にサッカーやろう?」

 

「うん! あの時みたいに!」

 

 私が差し出した手を聖良ちゃんは両手でグッと握り締めてきました。あの時っていつでしょう?まだ思い出せませんが“とりあえず相手の調子に合わせてみる”作戦はもうしばらく継続です。そして聖良ちゃんは竜乃ちゃんの方に向き直って話しかけました。

 

「色々突っかかって悪かったわね。えっと……龍波さん」

 

「竜乃で良いよ」

 

「え?」

 

「これからチームメイトってやつになるんだろ? さん付けなんか良いっての。それよりお前ホントサッカー上手いよな、これから色々教えてくれよ」

 

「ふふっ、私で良ければ。よろしくね、竜乃」

 

「おう、よろしくな! ピカ子!」

 

「は? ピ、ピカ子?」 

 

「だって、ピカピカうるせぇし、あだ名が『電光石火』だっていうし……そのツインテールも○カチュウの触覚みてぇだし……だからピカ子」

 

「~~~!」

 

 聖良ちゃんの肩がプルプルと震えています。そして私の方に振り返り、叫びました。

 

「桃ちゃん! 私やっぱりコイツ嫌い!」



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

選手名鑑~仙台和泉高校編①

キャラが多いので選手名鑑っぽく何人かずつ紹介していきます。

 

こちらは第1話~第2話に登場したキャラです。未読の方はまずそちらをお読み下さい。

 

『アタシをボランチしてくれ!』選手名鑑~仙台和泉高校編①(第1話~第2話に登場)

 

 

 

丸井桃(まるいもも)……一年生。桃色のお団子ヘアーが特徴的な平均的身長の女の子。体型は(自称)中肉中背(実際は)ややぽっちゃり気味。ルックスも普通(これも自称)。丸顔。

 

 中学時代に全国出場経験あり。ついたニックネームは『桃色の悪魔』。ずば抜けたセンスと高い技術を兼ね備えており、あらゆるポジションをそつなくこなすことが出来る。中でも得意なのはボランチと思われる。

 

 全国経験のある彼女が何故に平凡な成績の仙台和泉に入学したのか?一説には学食の豊富なメニューに心惹かれたとか……(あくまでも未確認情報)。

 

 性格は真面目。学業は普通(多少英語が苦手)。

 

 

 

龍波竜乃(たつなみたつの)……一年生。桃と同じクラス。金髪のロングヘアーと時代錯誤感甚だしいロングスカートが特徴的なやや長身の女の子。体型はいわゆるモデル体型よりは多少がっしりとしている。ただ、かといってスタイルのバランスは悪くなく、顔立ちも校内屈指の美人。

 

 桃のことを気に入り、やたら絡んでくる。サッカー部にも勢い半分で一緒に入部してしまった。初心者だが、運動能力はかなり高く、その左足から放たれるシュートは威力抜群で、見る者の度肝を抜く。フォワードとしての起用が濃厚。

 

 性格はやや不真面目なところがあるが、根は真面目である。気に入った、あるいは印象的なメンバーに変なあだ名をつける癖がある(例:桃→ビィちゃん、聖良→ピカ子など)。学業に関しては不明。ヤンキー然としたロングスカートは校則違反のはず……である。

 

 

 

姫藤聖良(ひめふじせいら)……一年生。桃たちとは隣のクラス。短めの黄色いツインテールが特徴的な女の子。体型は桃と同じくらいで大きくもなく小さくもない。

 

 中学時代、千葉県ではベストイレブンに入るほどの活躍を大会で見せた。ついたあだ名は『幕張の電光石火』。もっとも本人はあまり気に入っていない模様。

 

 桃とは小学校時代に友人関係であったようで、それが仙台和泉サッカー部に入部するきっかけになった様子。技術は高く、特に鋭いドリブルはなかなか止められない。戦術センスにも長けており、攻撃的なポジションならばどこでも質の高いプレーを見せる。

 

 性格は超のつく真面目。学業は中の上(やや数学が苦手)。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第3話(1) ポリバレントなお寿司屋さん

「だあ~ダメだ、出来ねえ~」

 

 情けない声を出して、グラウンドに倒れこんだ竜乃ちゃんに対して、聖良ちゃんが呆れたように声をかけます。

 

「リフティング20回も出来てないじゃない。桃ちゃんからの宿題は?」

 

「50回…」

 

「先は遠いわね……大体アタシとの1対1では、すご、……なかなか良かったじゃない? あのプレーなんかどうやったのよ?」

 

「さあ? 体が勝手に動いたっていうか……」

 

「本能のおもむくままに、って訳? まさに獣ね……」

 

「獣はお前だろ、ピカ子!」

 

「誰が○ケモンよ!」

 

 竜乃ちゃんと聖良ちゃん、すっかり仲良くなって良かったな~と二人の微笑ましいやり取りを横目に見ながら、私もリフティングを続けていました。リフティングとは見たことある方や、ご存じの方も多いと思いますが、手以外の部分を使って(手を使うと、サッカーでは「ハンド」の反則をとられてしまいます)、ボールを地面に落とさずに蹴り続けることです。手以外ならば、太腿や頭、肩や胸、なんだったら背中やお尻を使ってもOKです。一見お遊びのようにも見えますが、これがどうしてなかなか重要な練習方法なのです。何よりボールに多く触れることができますし、「これ位の高さまでボールは上げるには、どの位の強さでボールを蹴ればいいのか」、「この位の高さのボールは体のどの位置で止めれば良いのか」などといったプレーの感覚が掴めるようになるからです。まあ、竜乃ちゃんの場合、そういった感覚は本能的に、集中力が研ぎ澄まされたときに発揮されるようですが、それでは十分とは言えません。もっとコンスタントにスーパープレーが出せるようになれば、鬼に金棒です。……そう思って、まずは「リフティング50回」を彼女に課したのですが、なかなか上手くいきません。教え方が悪いのかな~と思ったとき、あることに気が付きました。

 

「ああっ!」

 

 突然の私の叫びに、竜乃ちゃんたちが驚きます。

 

「そっか~」

 

 と言って、私はボールを自分の頭上高くに蹴り上げます。

 

「大事なこと忘れてた~」

 

 私は真上から落ちてきたボールをノールックで右足の甲にピタリと乗せ、そのままボールをすくい上げ、近くのボールかごに入れました。そして、二人の方に振り返り、こう告げました。

 

「練習後さ、二人とも私に付き合ってよ」

 

「あ、ああ…」

 

「な、何今の神業…」

 

「集合!」

 

 副キャプテンの呼ぶ声がしたため、私は何やらあっけにとられている二人を尻目に、小走りで皆の元に集合しました。副キャプテンが集まった部員にこう告げました。

 

「明日からの土日は、二日間とも午前・午後と2部練習を予定している。ハードなものになるだろう。今日は早めに切り上げて、各々体を休めるように。それでは解散!」

 

 思いがけず、時間が多く取れることになりました。……という訳で本日は買い物に行きます!

 

 

 

 練習後、私たち三人は制服に着替えて、学校近くの商店街へと向かっていました。竜乃ちゃんが不思議そうに私に問いかけます。

 

「ビィちゃん~買い物って何を買いに行くんだよ~?」

 

「ふふっ、それは着いてからのお楽しみだよ~」

 

「何だよそれ……ってあれ、この辺って確か…」

 

 竜乃ちゃんがキョロキョロと辺りを見渡します。

 

「どうしたのよ?」

 

 聖良ちゃんが竜乃ちゃんに尋ねます。

 

「いや……あ、やっぱりあった。なぁビィちゃん、その買い物って急ぎか?」

 

「え、いやまだ時間的には余裕あるけど……」

 

 私はスマホの時計を確認しながら答えました。

 

「ならよ、ちょっと早いけど腹減ったから晩飯にしねぇ? 美味い店知ってんだよ」

 

「あのねぇ私たちは買い物しに来たのよ? そんな寄り道してる暇は……」

 

「竜乃ちゃん、案内して」

 

「桃ちゃん⁉」

 

 美味しいお店があると聞けば、グルメの私としては黙ってはいられません。竜乃ちゃんの案内する方向についていきました。

 

「ここだ」

 

 竜乃ちゃんが指し示したお店は、目当ての商店街から一つ外れた通りにありました。お店の名前は「武寿(たけず)し」。少し年季の入った二階建ての建物は歴史を感じさせます。

 

「寿しって……お寿司屋さん⁉ そんなお金無いわよ!」

 

「大丈夫だって、ここ結構リーズナブルだからよ。それにこの時間帯は……まあ、いいから入ろうぜ、なあビィちゃん」

 

 なるほど……「この美味しさでこのお値段⁉ 信じられない‼」路線のお店というわけですか……。これは否が応でも期待が高まるというものです。きっといかにも職人肌のナイスミドルな女性が「いらっしゃい……」と言葉少なに出迎えてくれるのでしょう。私は高鳴る胸を抑えながら、竜乃ちゃんに続いてお店の暖簾をくぐりました。

 

「へい! らっしゃい‼ 儲かりまっか!」

 

 私の期待は入店2秒で粉々に砕け散りました。私たちを出迎えたのは、職人気質のナイスミドルな女性ではなく、商人気質のソフトアフロの女子でした。

 

「お、竜っちゃんやん! 久々やなぁ~最近来てくれなくて寂しかったわ~」

 

「相変わらず賑やかだな、アッキーナは」

 

 そう言って笑いながら竜乃ちゃんはカウンターの席に腰掛けます。私と聖良ちゃんも戸惑いながらも椅子に座ります。

 

「今日はダチを連れてきたぜ、ビィちゃんとピカ子ってんだ」

 

「だからピカ子ってのを……ってダ、ダチィ⁉」

 

 文句を言おうとした聖良ちゃんですが、途中で黙り込み、俯いてしまいました。何故かちょっと顔を赤らめています。

 

「へーそうなんや! 流石竜っちゃんはお友達もベッピンさんが多いな~。どれどれ~? 端からベッピンさん、ベッピンさん、一人飛ばして、ベッピンさん、……ってそれだともう一人おることになるやないか~い!」

 

 アフロさんの大げさな動きとは対照的に沈黙が店内を包みます。

 

「な、何で笑わへんの……?」

 

 アフロさんが絶望に囚われたような表情でこちらを見ます。よっぽど自信のあるジョークだったのでしょうか。すると竜乃ちゃんが口を開きます。

 

「注文良いか?」

 

「えぇ⁉ クール!」

 

 私が驚いていると、アフロさんもパッと表情を変え、

 

「ほい、何にしましょ?」

 

「切り替え早っ!」

 

 どうやらこの二人にとって、このノリが通常営業のようです。

 

「うーん、日替わりメニューで良いか。二人もそれで良いよな?」

 

 お寿司屋さんで日替わりメニューっていうのがさっぱり意味分かりませんが、もはやついていけない私と聖良ちゃんは黙って頷きました。

 

「はいよ、日替わり三人前ね、ちょ~っと待っててな!」

 

 威勢の良い返事をして、アフロさんは調理を始めました。

 

「お待ちどうさん~本日の日替わりメニュー『魚介スパゲッティ~地中海の調べ~』になりま~す。どうぞ召し上がれ~」

 

「お、美味そうだな~いっただきま~す♪」

 

 あ然とする私たちをよそに竜乃ちゃんはフォークにスパゲッティを巻き付け食べ始めます。

 

「ン? ドッタノ? ファベネーノ、フハリトモ(食べねーの、二人とも)?」

 

「う、うん、頂きま~す……」

 

「頂きます……」

 

 私と聖良ちゃんも困惑しつつもスパゲッティを食べ始めました。

 

「ん⁉」

 

 私は一口食べてから、呟きました。

 

「美味しい…!」

 

「せやろ?」

 

 アフロさんが得意げに答えます。

 

「この麺に絡んだトマトソースの甘く濃厚な味わい。たっぷりかかったオリーブオイルとニンニクの香りが絶妙なアクセントになっています。そして何といってもこの豊富な魚介類!あさりにイカ、エビ、ホタテに、ムール貝とタコ! 地中海は私のお口の中にあったんですね…」

 

「お、おおきに」

 

 若干引き気味なのが気になりますが、私の感想にアフロさんも満足して頂けたようです。私や竜乃ちゃんには少々遅れましたが、聖良ちゃんも完食しました。

 

「ごちそうさまでした……美味しかったわ……でもね!」

 

 聖良ちゃんが立ち上がり、アフロさんに捲し立てます。

 

「なんでアフロ? なんで関西弁? ってかなんでお寿司屋さんでスパゲッティ⁉ 突っ込みどころのバーゲンセール過ぎんのよ!」

 

 興奮を抑えきれない聖良ちゃん。無理もありません。入店からこっち、私たちの頭はパニック状態です。気持ちは分かるのですが、とにかく私は聖良ちゃんを落ち着かせ、椅子に座るように促しました。そんな私たちの様子を見て、アフロさんがゆっくりと口を開きました。

 

「ウチな……『ポリバレントな寿司屋』を目指してんねん……」

 

 またも沈黙が店内を包みます。

 

「まあ、今ので大体分かってくれたと思うねんけど……」

 

「いやいやいや! 分かんない! 分かんない! さっぱり分かんないから!」

 

 聖良ちゃんは右手を顔の前でブンブンと振りながら否定しました。ちなみに『ポリバレント』とは本来英語で「多価」を意味する化学用語でしたが、日本サッカーにおいては「複数のポジョションをこなせること」という意味に“翻訳”されて定着しました。

 

「……つまり貴方が目指すのは、『様々な料理をお客さんに提供するお寿司屋さん』ということになるのでしょうか」

 

「そういうこっちゃ。ただ、実はまだ肝心の寿司の修業を本格的に初めてへんねん……おふくろも入院中でな……あ、単なる検査入院やけどな、今お店は一番上の姉ちゃんが寿司を握っている。ウチは店が開く数時間前にこうして場所借りてレストランみたいなもんをやっているって感じや、和洋中、なんでもござれやで」

 

「で、そのアフロは何よ⁉」

 

 聖良ちゃんが赤みがかったアフロを指差します。

 

「これか? これは……個性や!」

 

「こ、個性……?」

 

「せや。これからの寿司屋はもっと話題性を重視せなアカン! なんかあの店にアフロの奴がおるでってなる! 話題になるやん! お客さんぎょーさん来てくれはるやん! 素敵やん?」

 

「そ、それはご家族も御承知なの?」

 

 勢いに気圧されつつ、聖良ちゃんは質問を続けます。アフロさんは僅かに顔を反らし、寂しそうに呟きます。

 

「それがな……母ちゃんも姉ちゃんも『お前は寿司職人として間違っている』って言うねん……一体何が間違ってるっちゅうねん……」

 

「何がって何もか…! ミョミョチャン(桃ちゃん)⁉」

 

 聖良ちゃんの口を横からムギュっと挟み、彼女の言葉を遮ります。これ以上の議論は平行線……というか全くの無意味だと思ったからです。私は竜乃ちゃんにアイコンタクトを送ります。竜乃ちゃんも頷き、

 

「そんじゃ、アッキーナ、おあいそ頼むわ」

 

「はい、おおきに! それじゃあお一人六〇〇万え~ん」

 

 三度沈黙が支配する店内。

 

「六〇〇円な……じゃあな、ごっそさん」

 

「まいど~また来てや~」

 

 やはりこのノリが通常営業のようです。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第3話(2) ゲーセンに寄ってみた

「やっぱアッキーナは面白れぇなぁ」

 

「昔からのお友達なの?」

 

「おう、アタシ小学校のときこの辺に住んでてよ、あの子の妹がアタシらの一個下でさ、最初にその妹と仲良くなって、次第にアッキーナとも遊ぶようになったんだよ」

 

「結局なんで関西弁なのかは分からず仕舞いだったわね……まあもう会うこともないでしょうから考えるだけ無駄ね……」

 

 そう呟き、聖良ちゃんは首を横に振りました。

 

 商店街に到着してお目当てのお店に向かう途中、あるお店の前で聖良ちゃんがふと立ち止まりました。

 

「? どうしたの、聖良ちゃん?」

 

「え、い、いやえっと、その…」

 

 先を歩いていた竜乃ちゃんが振り返り、お店の方に目をやります。

 

「お、ゲーセンじゃん、懐かしいな、まだあったんだこの店」

 

 そのお店は「ゲームセンターIKEDA」という名前の3階建てのゲームセンターでした。

 

「ビィちゃん、ちょっとだけ遊んでかねぇ?」

 

 まだ時間的には余裕があるのですが、これ以上寄り道してはキリが無いと思った私は、その提案を却下しようと思いましたが、

 

「も、桃ちゃん! ち、ちょっとだけ覗いて行かない?」

 

「え? 聖良ちゃんも? ……まあいいや、ちょっとだけだよ」

 

 私たちはゲームセンターに入っていきました。

 

「よっしゃ、じゃあちょっと腹ごなしに『おどくる』やってくるわ」

 

 そう言って、竜乃ちゃんはフロアの奥に消えていきました。『おどくる』とは、『踊れ踊れ踊り狂え』というゲームの略称で、人気のリズムアクションゲームです。ポツンと残された、私たち二人。すると聖良ちゃんが話しかけてきました。

 

「も、桃ちゃん!」

 

「ん、何?」

 

「あ、あのさ、もし良かったら、一緒にプリクラ撮らない?」

 

「プリクラ? うん、良いよ」

 

 私たちは何台か並んでいるプリクラの台を一つ選んで、その中の撮影スペースに入りました。

 

「えーっと、どうする?」

 

「桃ちゃんに任せるよ」

 

「そう?じゃあ、フレーム選んで……っと……ハイポーズ」

 

 私たちはオーソドックスなピースサインを取って、プリクラを撮りました。

 

「画像に文字とか書けるよ、何か書く?」

 

「え、いいよ、桃ちゃんが書いて」

 

「そう? ……じゃあシンプルにお互いの名前でも書こっか」

 

 数十秒後、撮影したプリクラがシールとして印刷されました。私は台に備え付けのハサミを使って、10枚あるシールを5枚ずつに切り分けて、聖良ちゃんに渡しました。

 

「ありがとう……! ……実は私、こうやってプリクラ撮るの初めてなんだよね」

 

「え、そうなの?」

 

「うん、中学の時とか、サッカー部の練習の後もよく居残りで自主トレしていたから、チームの皆となかなか下校時間が合わなくて……」

 

「そうだったんだ……」

 

「だからこうして誰かとプリクラ撮るの夢だったんだ、しかも桃ちゃんと一緒になんて……このシール一生大切にするね!」

 

「そんな、大げさだなぁ」

 

 そう言って私は笑いましたが、キラキラとした瞳を向けてくる聖良ちゃんに妙な照れ臭さを感じ、目線を逸らしてしまいました。

 

「せ、せっかくだからさ、他の台でも撮ってみない?」

 

「え、良いの?」

 

「思い出はいくつあってもいいじゃない、聖良ちゃんが好きな台選んでいいよ」

 

「え~そうだなぁ…」

 

どの台にするか、吟味し始める聖良ちゃん。やがてある台の前に止まり、

 

「あ!『盛れる』プリクラだって! 面白い、こういうのもあるんだ。じゃあ、これにしよう」

 

「うん、良いね」

 

 私たちは再びプリクラ台の撮影スペースに入った。

 

「う~ん、こっちも色んなフレームがあるんだね。どれにしようかな~」

 

「何だか楽しそうじゃね~の」

 

「「うわぁぁぁ⁉」」

 

 私と聖良ちゃんが同時に驚きの声を上げます。

 

「そ、そんなデケェ声出すなよ」

 

 両耳を指で塞ぎながら、竜乃ちゃんが驚いた顔でこちらを見ます。

 

「そ、そりゃいきなり背後からニュっと現れたら誰だってビックリするわよ! 普通に声かければいいでしょ!」

 

「いやぁ~楽しそうな雰囲気だったからなかなか声かけづらくてさぁ」

 

「全く……」

 

「じゃあ三人で撮るか」

 

「な、なんでアンタも入るのよ! お金出してないでしょ!」

 

「百円二百円位でケチケチすんなよ、ほら、フレームこれで良いんだな? よし、撮るぞ」

 

「あ、ちょっと待っ……」

 

 聖良ちゃんの制止も空しく、撮影は行われました。

 

「こ、こうなったらアンタの顔だけ修正で消してやるわ!」

 

「や、止めろよ!」

 

 タッチペンを取り合う二人を微笑ましく見つめながら私はふと確認画像に目をやりました。そこで私はまたも驚愕の声を上げてしまいました。

 

「どぅおわ⁉」

 

「ど、どうした、ビィちゃん⁉」

 

 竜乃ちゃんが私の方に振り向きます。

 

「こ、ここ…」

 

「え? ……きゃあ!」

 

 私が指差した先を見て、聖良ちゃんも悲鳴を上げます。画像の右下部分に、私たち三人以外の顔が写っているのです。

 

「こ、これ何……? まさか心霊的なやつ……?」

 

 両手で口を覆いながら、聖良ちゃんが震えた声で呟きます。

 

「……!」

 

 竜乃ちゃんが何かを察したように、撮影スペースのカーテンを勢いよく開けます。

 

「⁉」

 

 そこにはニット帽を被った小柄な短髪の女の子が立っていました。彼女は慌てて、その場から脱兎の如く逃げ出そうとしますが、竜乃ちゃんの反応速度が勝りました。

 

「グエッ!」

 

 竜乃ちゃんに文字通り首根っこ掴まれた彼女は観念したように私たちの方に向き直りました。「池田」と書かれた名札をエプロンの胸元に付けています。その服装から判断するに、このゲームセンターの店員さんのようです。眠そうな顔をしていらっしゃいます。

 

「お前、ここの店員だろ、なんでこんなことしやがる?」

 

「いや、少々騒がしかったので、リア充爆発しろ……じゃなくて、他のお客様の迷惑になると思って注意しようと……」

 

 池田さんはブツブツと答えます。

 

「だったら普通に注意すりゃいいだろ、驚かすようなマネするのはどうかと思うぜ」

 

 竜乃ちゃんの言葉に、私と聖良ちゃんは同時に(おまいう<おまえが言うな>)と思いました。

 

「客にこんな仕打ちをする店なんてSNSに晒しちゃおうかしら」

 

「そ、それは困る、叔母さんに怒られる、バイト代貰えなくなるー」

 

 聖良ちゃんのエグい発想に、池田さんは狼狽します。

 

「わ、分かった、お詫びと言ってはなんだが、君たち一人ずつにこの店で好きなゲームを一回無料で遊ぶ権利をやろうー」

 

「マジかよ!」

 

「但しー」

 

 喜ぶ竜乃ちゃんを制し、池田さんはこう続けました。

 

「そのゲームで私に勝ったらねー」

 

 という訳で、私たち三人と池田さんによるゲーム対決が行われることになりました。まずは私の番です。私が選んだゲームは『ボンバーカート』です。これは爆弾などの様々なアイテムを使って、障害物を破壊しつつ、ゴールを目指すというレースゲームです。アーケード版は遊んだことがありませんが、家庭用は昔妹とよく遊びました。得意なゲームです。

 

「普通にやっても面白くないよねーハンデあげるー」

 

 私の隣の台に座った池田さんがこう言い出しました。

 

「ハンデ?」

 

「うん、3周でゴールでしょ、このゲーム? だから私は2周遅れのスタートで良いよー」

 

「⁉ 良いんですか?」

 

「うんー」

 

 正直随分とナメられたものです。しかしハンデをくれるというのですから、ここはありがたくもらっておきましょう。ゲーム画面内の信号が赤から黄色、そして青に変わりました。画面に大きく「START!」の文字が表示されます。それと同時にタイミング良くアクセルを踏み込んだ私の操るキャラ「モッシー」はロケットスタートに成功します。

 

「よし!」

 

 これはもらった、私は快調に飛ばし、あっという間に3周目に入ろうとしました。宣言通り池田さんの操作キャラ「レディーコング」は沈黙を守ったままでした。しかし、私が3周目に入ったその瞬間、池田さんはおもむろにハンドルを握り、アクセルを踏み込みました。ですが、まさかここから追いつけるはずがありません。と思っていたのも束の間、池田さんの恐るべきドライビングテクニックにより、差はあっという間に縮まってしまいました。池田さんはアイテムを絶妙に使いこなし、さらに難しいはずのコースのショートカットにも難なく成功。気が付けば半周近くの差を付けられて敗れてしまいました……。

 

「桃ちゃんの敵は取るわ、次は私よ!」

 

 二番手は聖良ちゃんです。選んだゲームは『ゾンビの鉄人』です。これは流れる曲のリズムに合わせて太鼓を叩き、太鼓から発する音の衝撃波で、迫りくるゾンビを退治するというものです。1曲の間、ゾンビを寄せ付けなければ勝ちです。

 

「これは子供のころ従妹の家で遊んだわ。割と得意なはずよ!」

 

 自信満々で臨む聖良ちゃん。しかし……

 

「うわぁぁぁ! きゃあぁぁ! ゾンビ思ってたよりグロい! 無駄にリアル過ぎぃ! 太鼓に集中出来ない!」

 

 阿鼻叫喚な聖良ちゃんとは対照的に静かにプレーする池田さん。気になって覗き込むと……

 

「⁉ 目を瞑ってプレーしている‼」

 

 成程、「ゾンビが怖ければ見なければいいじゃない」作戦という訳ですか、しかも恐るべきことに、太鼓のリズムも正確です。曲のタイミングなどを完璧に暗記しているということでしょうか……。あえなくゾンビの餌食となってしまった聖良ちゃんに対して、池田さんはノーミスでクリアしました。彼女の完勝です。

 

「揃いも揃って情けねぇなぁ、次はアタシの番だ!」

 

 三番手は竜乃ちゃんです。選んだゲームは、新感覚格闘ゲーム『宅建』です。これは相手のキャラと戦いつつ、いち早く家を建てた方が勝ちという斬新なゲームです。

 

「このゲームで負けたことはねえんだ、もらったぜ!」

 

 力強い宣言通り、竜乃ちゃんの操作するキャラは見事な手際を見せ、家を組みたてていきます。しかし、池田さんの方は全く動きを見せません。

 

「ハッ、どうした? こりゃ楽勝だな」

 

 すると、じっと様子を見ていた池田さんが突然動き出します。彼女の操るキャラが凄まじい必殺コンボを操り出し、竜乃ちゃんの操作キャラを瞬殺します。そして、ゆっくりと家を組み立てました。見事な逆転勝利です。呆然としている竜乃ちゃんに対し、池田さんが説明します。

 

「新感覚と謳ってはいるけどー、要は従来の格ゲーと一緒で相手を倒せば良いのー、一定時間経過すればゲージが貯まって、必殺コンボが簡単に出せるしねー」

 

「し、知らんかった……アタシの負けだ……」

 

うなだれる竜乃ちゃん。というか何ですかこのゲーム。

 

「ゲーム代はしっかりもらったけどーそれじゃ悪いからー『UFOキャッチャー一回無料券』あげるーまた遊びに来てねー」

 

 三連敗を喫した私たちは、すごすごとゲームセンターを後にしました。余計にお金を使わされたような気がします。落ち込みつつも私は本来の目的を思い出しました。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第3話(3) お店に行こう

「ここだよ、本日のお目当ての場所は!」

 

 私が二人に指し示したお店は、「グリーンリバースポーツ」という名前のスポーツ用品店です。

 

「スポーツ用品ってことは……もしかして竜乃の分?」

 

「そう! 竜乃ちゃんのシューズやスパイク、練習着とか諸々一式だよ! 何か忘れているって思っていたんだけど、やっぱり用具を揃えないと上達するものもしないからね。じゃあ、早速探しに行こう!」

 

 実は私も初めて来るお店なのですが、店内に入ってみると、サッカー用品を取り扱うスペースが思ったよりも大きかったです。

 

「へぇ……結構いい感じのお店ね。今度私も買いに来ようかしら」

 

聖良ちゃんも気に入ったようです。私は竜乃ちゃんに向かってこう告げます。

 

「じゃあ、まずはトレーニングウェアを探そうか!」

 

 私たちはウェア売り場に向かいました。

 

「う~ん迷うなぁ、聖良ちゃんはどう思う?」

 

「悔しいけど、何でも着こなすわねコイツ……どれも甲乙付け難いわ……」

 

「なぁ~もう良いだろ二人とも~もう十回は着替えてんぞ~?」

 

 竜乃ちゃんがウンザリした声を上げます。モデル顔負けのスタイルを持つ彼女は、聖良ちゃんの言ったように、何でも着こなしてしまいます。その為、ついつい着せ替えごっこを楽しんでしまいました。

 

「ごめん、ごめん。竜乃ちゃんはどれが気に入った?」

 

「う~ん、最初に着た青いやつで良いよ」

 

 トレーニングウェアは青、ハーフパンツは黒で決まりました。ソックスとレガース(すね当て)も選びました。次はいよいよシューズ選びです。

 

「はえ~靴が一杯だ~どれ選んだら良いんだ?」

 

 竜乃ちゃんが聖良ちゃんに尋ねます。

 

「当然、サイズが合う物が一番でしょ、アンタのサイズは……この辺じゃない?」

 

 聖良ちゃんが指差した棚にあるシューズを眺めながら、三人でああでもないこうでもないと言っていると、一人の女の子が話し掛けて来ました。

 

「いらっしゃいませ。シューズをお探しですか?」

 

「あ、はい、彼女の物を……」

 

 お店の名前が入ったエプロンを身に着けた女の子です。髪型はショートボブで、出したおでことニコニコ笑顔が印象的な方です。このお店の店員さんでしょう。私や聖良ちゃんより一回り小さい彼女は竜乃ちゃんをじっと見つめます。

 

「なんだよ、ジロジロ見て」

 

「あ、ごめんなさい。じゃあそこに座って靴を脱いで下さい、ああ、靴下も脱いで下さい」

 

 彼女に言われた通りにする竜乃ちゃん。

 

「ほいよ、これで良いのか?」

 

「ありがとうございます。それでは、失礼して……」

 

「ひゃっ⁉ な、何すんだよ!」

 

 私たちも驚きました。店員さんが竜乃ちゃんの脚をベタベタと触りはじめたのです。

 

「この感じ……強いキックが蹴れそうですね……衝撃に耐えられるようなつくりのシューズがベストでしょう……そうですね……」

 

 店員さんは棚をチラッと見て

 

「こちらは如何でしょう」

 

 そう言って、真っ赤なスパイクシューズを手に取り、竜乃ちゃんに手渡しました。

 

「そんなんで分かんのかよ?」

 

「こちらで試してみて下さい」

 

 店員さんが指し示した先には、網で覆われたスぺースがあり、芝生が敷き詰められていました。さほど広くはありませんが、軽くドリブルする位なら十分な広さです。ボールも一つ置いてあります。ここで試し蹴りができるという訳です。

 

 先程選んだウェアに着替えた竜乃ちゃん、スパイクも履いて、初めて芝生の上に立ちました。

 

「おおっ……」

 

 何とも言えない声を上げます。

 

「何よそれ、もっと具体的な感想は無いの?」

 

 聖良ちゃんが呆れたように聞きます。

 

「なんかフワフワすんな……でも歩いてみた感じは悪くねぇかな?」

 

「ボール蹴ってみますか?」

 

 いつのまにか竜乃ちゃんの傍にいた店員さんがボールを渡します。

 

「リフティング50回そこでやってみれば?」

 

 聖良ちゃんが悪戯っぽく笑います。

 

「お前な……まあやってみるか」

 

 竜乃ちゃんは何度か挑戦しますが、なかなか20回以上いきません。

 

「だぁ――! やっぱ上手くいかねぇ――!」

 

 私が声を掛けようとしたところ、ジッと見ていた店員さんが口を開きました。

 

「左右の足で順序良く蹴ってみて下さい、そんなに力入れなくても良いですから、ボールは常に膝位の高さをキープするイメージで」

 

「お、おう」

 

 突然のことに戸惑いながら、店員さんのアドバイスに従う竜乃ちゃん。すると、何度目かの挑戦で20回以上リフティングすることが出来ました。

 

「お、いい感じじゃない」

 

「よし! このイメージのまま……」

 

 すると、突然竜乃ちゃんの背中に回った店員さんが「ツツ~」と指で竜乃ちゃんの背中をなぞりました。

 

「ひゃん!」

 

 カワイイ声を出して崩れ落ちる竜乃ちゃん。

 

「何すんだよ⁉」

 

「背中が丸まっていますよ、背筋はピンと伸ばして、姿勢よく保つことを心掛けてみて下さい」

 

「じゃあそう言えばいいだろ……」

 

 ブツブツ言いながら、またリフティングを始める竜乃ちゃん。そこから更に何度目かの挑戦でついに……

 

「……48、49、50―!よっしゃー!」

 

 竜乃ちゃんがリフティング50回を成功させました。

 

「いや~アンタのアドバイスのおかげで出来たわ~ありがとな」

 

 店員さんは首を軽く振り、

 

「いえいえ、貴方の努力の賜物ですよ、素晴らしい集中力でした。それで……いがが致しますか、シューズの方は?」

 

「色も赤で気に入った。これにするぜ」

 

 その後、竜乃ちゃんはトレーニングシューズも店員さんに選んでもらい、用具諸々一式を購入しました。ただ、流石にシューズを2足も買うとなると予算をオーバーしてしまいました。これは何を買うかちゃんと伝えなかった私の落ち度なので、ひとまず私が立て替えました。

 

「ありがとうございましたー!」

 

 店員さんの元気なあいさつに見送られ、私たちは商店街を後にしました。

 

「これでアタシも立派なサッカー選手ってやつだな!」

 

「やっとスタートラインに立ったってとこでしょ、あんまり調子に乗らないの」

 

「んだよ、水を差すなよな」

 

「忠告してあげてんのよ」

 

「ねえ、二人とも!」

 

 私の声に二人が振り返ります。

 

「今日は付き合ってくれてありがとう! 明日からの練習も頑張ろうね!」

 

「ああ!」

 

「ええ! 頑張りましょう!」

 

 

 

 そして翌日……グラウンドに集まった私たちの前に驚きの面々が並んでいました。

 

「キャプテンの緑川美智(みどりかわみさと)です。怪我で合流が遅れてしまい、申し訳ありません。楽しくやっていきましょう」

 

(店員さん……⁉ 只者じゃないと思ったけど……)

 

「三年の武秋魚(たけあきな)や、家の都合でしばらく練習休ませて貰っとった。今日から宜しく頼むで~」

 

(アッキーナ⁉ サッカー部だったのかよ!)

 

「三年の池田弥凪(いけだやなぎ)でーす。私も練習休ませて貰ってましたー。えー以下同文―」

 

(昨日のゲームセンターの⁉)

 

不思議な人とおかしな人と変わった人が一斉に加わることになりました。これからどうなっていくのでしょうか。期待と不安が入り混じった日々が始まります。

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第4話(1) よもやの不祥事

「行ったわよ! 竜乃!」

 

「よし! 今度こそ……!」

 

 強めのグラウンダー(低め)のパスをトラップした竜乃ちゃんですが、ボールが少し浮いてしまいました。そこをすかさず、緑川さんに掠め取られてしまいます。

 

「くっ……」

 

 すぐに取り返しに行こうとする竜乃ちゃん。しかしちょっとばかり強引でした。緑川さんに足を引っ掛け、倒してしまいました。笛を鳴らす美花さん。

 

「今日は練習ですから注意だけにしますけど、試合だとイエローが出るかもしれませんからね、気を付けて下さい!」

 

「ああ…」

 

 力なく答える竜乃ちゃんの様子を見て、緑川さんが美花さんに促します。美花さんは時計を確認すると笛を短く二回吹いて、皆に告げました。

 

「あ、一本目終了です! 五分休憩してから二本目開始です!」

 

 ピッチ(グラウンド)脇に下がろうとする私は洗面所に顔を洗いに行く、緑川さんと池田さんとすれちがいました。

 

「いきなり結構スパルタだねー」

 

「実戦あるのみです。若干厳しい気もしますが、この1週間の伸びに期待するしかありません。私たちには時間がありませんから」

 

 そうです、一年生も入り、故障中などの三年生も復帰した私たち“新生“仙台和泉高校サッカー部はいきなり窮地に立たされてしまいました。どうしてそんなことになったのか、時計を1時間程前に戻しましょう。

 

 

 

 私たちがサッカー部に入って最初の週末である土曜日の練習はストレッチとランニングでスタートしました。その後もスプリント(短距離ダッシュ)を何本か繰り返すなど、走るメニュー中心でした。ほぼボールには触らず、午前中のメニューは終了、30分の昼休みに入りました。

 

「あ~なんだか退屈だな~走ってばっかでよ~」

 

 サンドイッチを頬張りながら、竜乃ちゃんが退屈そうに呟きます。

 

「走るのも大事よ。体力をつけないと、いざっていうときの一歩が出なくなるんだから」

 

 聖良ちゃんは手作りでしょうか、可愛い箱に入ったお弁当を食べています。

 

「ってもよ~午後は流石にシュート練習とかあるよな~ビィちゃん……って、ビィちゃん何食ってんだそれ……」

 

 聖良ちゃんも私の方に振り返ります。

 

「何って……『ビッグエビフライおにぎり』だよ!」

 

 私はエビフライが両端から飛び出ている手のひら大のサイズのおにぎりを二人に見せました。

 

「ど、どこで売っているのそれ……?」

 

 昼休みの時間も少ないので、私は急いで『ビッグエビフライおにぎり』を食べました。タルタルソースとお米の絡みが絶妙であり、こんがりとした衣と海苔のバランスもとても良いものです。私はあっという間に平らげました。なにやらポカンとしている二人をよそに、食後のお茶を楽しんでいると、副キャプテンの永江さんがやって来ました。

 

「昼食は済んだか? 急で悪いが、5分後に視聴覚教室に集まってくれ」

 

 そう告げて、去っていきました。一体何事でしょうか。不思議に思いながらも、私たちは視聴覚教室に集まりました。大きなモニターなども備え付けてあるため、運動部を中心にミーティングに使われることも多いようです。私たち三人も席につきました。

 

「皆さん揃いましたね? では先生、お願いします」

 

 キャプテンの緑川さんが促し、一人の女性が皆の前に進み出てきました。

 

「皆さん、こんにちは。サッカー部顧問の九十九知子(つくもともこ)です。今まで挨拶が遅れてしまってごめんなさい……と言っても、一年生の子たちとも、もう何度かお会いしましたかね?」

 

 そう話し始めたスーツにタイトスカート姿の女性は九十九知子先生、私たち一年C組の担任です。担当教科は英語で主に一年生の授業を受け持っています。細いフレームの眼鏡をかけ、肩までかかったミディアムヘアは緩くウエーブがかかっていて、そこまで長身でありませんが、スラリとしたスタイルは、まさに“デキる女”感を醸し出しています。明るい性格で、授業も分かりやすく楽しいと生徒たちからの評判も上々です。そんな方が突然表情を硬くして……

 

「えっと……ごめんなさい!」

 

 頭を下げてきました。何のことやら分からず戸惑う私たち。

 

「先生、いきなり謝られてもさっぱり意味が分かりません、具体的な説明をお願いします」

 

「そうそうー。あと敬語とか、トモちゃんらしくないしー」

 

 永江さんと池田さんが口を開きます。それを聞いた九十九先生は頭を上げ、幾分表情を和らげて、顔の前に斜めに掌を合わせ、舌をペロッと出して、こう言いました。

 

「えっとね……単刀直入に言うと……サッカー部の部費、3分の1になっちゃった♪」

 

「「「え、ええぇぇぇ~⁉」」」

 

 視聴覚教室中に、私たちの驚きの声が響き渡ります。

 

「な、なんでそんなことに⁉」

 

 聖良ちゃんが尋ねます。

 

「そう、あれはつい先日のこと……」

 

 先生が遠い目をしながら語り始めました。

 

「学校近くの市民公園があるでしょ? シーズンにはちょっと早いんだけど、教職員が集まってお花見をすることになったの……でもね、皆も大人になれば分かると思うんだけど、『職場関係者全員参加系』の飲み会なんて七~八割がた面白くないものなの。そりゃそうよね、気の合う同僚同士ならともかく、気の合わない先輩とかと同席してもね……ましてや教頭先生どころか、校長先生に理事長まで参加してたのよ、ロクに話したことも無いっての、それでいくら『本日は無礼講で…』って言われてもね……緊張するなってのが無理ってもんよ。でも『このままじゃダメだ、何とかしなきゃ……』って思って私ね……」

 

 先生はそこで一呼吸置いて、

 

「理事長の真ん前で“腹踊り”をかましたの」

 

「「「え、ええぇぇぇ~⁉」」」

 

「ああ、大丈夫。服は脱いでないから、ブラウスをちょっとめくっただけだから」

 

「いや、問題はそこじゃないから!」

 

 聖良ちゃんが全力でツッコミを入れます。

 

「酒の席での不祥事ってやつですか……」

 

 永江さんが呆れたように呟きます。

 

「あ、私お酒ほとんどダメだから。その日車だったし。飲んでいたのはノンアルよ」

 

「シラフでそのテンション⁉」

 

 美花さんが驚きます。

 

「いやあ~私も正直無理かな~って思ったんだけど……出来ちゃったんだよね~」

 

「褒めてない! 今全っ然褒めてないから!」

 

 何故か照れ臭そうに頭を掻く先生に対し、聖良ちゃんが更に全力でツッコミます。

 

「……で運の悪いことに、その様子を通りがかった人だか隣で飲んでいた大学生グループだかに動画で撮られちゃって、SNSで拡散されちゃったのよ……」

 

「あーその動画見たかもーでも顔とかは映ってなかったようなー」

 

 池田さんが反応します。先生は小さく頷き、

 

「まあ、せめてのものの情けか、私や理事長たちの顔にはモザイクがかかっていて、特定までには至ってないんだけどね……理事長、『わが校の品位を著しく損なう行為です!それ相応の責任は取って貰います!』って激おこでさ……」

 

「で、でもそれでどうしてサッカー部にしわ寄せが? 納得できません!」

 

 美花さんが抗議の声を上げます。すると、最前列中央に座り、机の上で手を組み、黙って話を聞いていた緑川さんがゆっくり口を開きます。

 

「元々あの方……理事長は学業最優先、文化部優遇の方針をとってきました。サッカー部は彼女の件もありますし、予算削減の対象として元々目を付けられていたのでしょう。……で、今回まんまとその口実が出来たと……」

 

「体育館の窓ガラスも割っちゃったしね……合わせ技1本!みたいな……」

 

 先生の言葉に、これまで私の隣で腕を組んで黙って話を聞いていた竜乃ちゃんがギクっとした感じで肩を震わせました。

 

「年明けに急にアフロにしてくるやつもいるしねー」

 

 池田さんが笑いながらそう言って、斜め後ろに座る秋魚さんの方を見やります。

 

「ア、アフロは別にええやろ、個性や個性!」

 

 アフロにしたの意外と最近なんだな……などと思っていると、先生がバッと両手を合わせ、

 

「本っ当にごめん! その代わり何とか部費削減回避のための条件を取り付けてきたから!」

 

「条件……?」

 

 聖良ちゃんが訝しげに尋ねます。先生が申し訳なさそうに答えます。

 

「えっと、来月末のインターハイ県予選で最低でもベスト8に入ること、しかも来週土曜の練習試合も含めて、そこまで無敗を続けること……だって」

 

「「「え、ええぇぇぇ~⁉」」」

 

「……練習試合ですか、相手は?」

 

 皆が驚く中、緑川さんが冷静に尋ねます。

 

「えっと……理事長が電話一本でほとんどその場で決めちゃったんだけど……常磐野(ときわの)学園さん、試合会場は市民サッカー場……」

 

「「「え、ええぇぇぇ~⁉」」」

 

「常磐野学園って、部員数は80名位いて、県のベスト4常連で、タイトル獲得回数20回以上を誇る超名門校じゃないですか!」

 

 皆が再び驚き、美花さんが動揺の声を上げます。すると先生は慌てたように、

 

「で、でもその日、向こうのAチームとBチームは、別の場所で試合みたいだから……出てくるのはCチーム辺りみたいよ?」

 

「それでも他校なら十分レギュラークラスを張れる選手たちだらけだろうな……」

 

 永江さんが冷静に分析します。「大丈夫なの……?」「無理なんじゃ……」不安げな声がそこかしこから聞こえてきます。

 

「とりあえず落ち着きましょう」

 

 緑川さんがポンポンと手を叩いて立ち上がり、皆の方に振り返ります。そして穏やかな口調かつニコニコ顔で話します。

 

「強豪チームと試合する機会はそうそうあるものではありません。ここはプラスに考えましょう。少し予定は変わりますが、十分後にグラウンドに集合してください。あ、それと先生」

 

 そう言って先生の方に向き直り、先程とは打って変わっての冷たい口調で、

 

「今回の件のケジメは後でキッチリ取って頂きますからね……」

 

「ヒィッ……!」

 

 先生が小さく悲鳴をあげました。こちらからは緑川さんの表情が伺い知れませんが、余程恐ろしい表情だったのでしょうか。先生は恐る恐る、

 

「も、もう減給処分食らっているんだけど……?」

 

「それはそれ、これはこれです」

 

「は、はいっ……!」

 

 先生はビシっと背筋を正しました。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第4話(2) 紅白戦前メンバー自己紹介

 十分後、グラウンドに集合した私たちは円になっていました。緑川さんが切り出します。

 

「改めてですが、皆さんに自己紹介をしてもらいましょうか。名前とクラス、ポジション、利き足と得意なプレー……あとはそうですね……それぞれなにか一言お願いします。趣味とかマイブームとか何でも良いですので。あ、各々紹介が終わったら拍手してあげて下さいね」

 

 チームの現状を把握しようという狙いでしょうか。

 

「では私から時計回りでいきましょう。……えー私はキャプテンの緑川美智、クラスは3‐Dです。ポジションはDF、左利きなので左のサイドバックをやっています。中学のときは中盤でもプレーしていました。攻め上がってのクロスが得意ですかね。後一言……私の家は近所の商店街で『グリーンリバースポーツ』というスポーツ用品店をやっています、和泉高校サッカー部と言って下されば、値引きサービス致しますので、是非お越し下さい」

 

 DF(ディフェンダー)は守備のポジション。サイドバックは中央ではなく、サイドライン際を守るのが主な仕事です。勿論守るだけではありません。機を見ては敵陣にオーバーラップし(攻め上がって)、前線にクロスする(ボールを上げる)ことも重要な役割の一つです。

 

「副キャプテンの永江奈和、3‐C。GKだ。利き足は右。身長はある方なので、ハイボール(高いボール)の処理にはわりと自信がある。マイブームは……甘いものが好きなので、最近はタピオカかな」

 

 GK(ゴールキーパー)は、その名の通り、ゴールを守るのが仕事です。唯一、手を使えるポジションです。ボールをキャッチする、セーブするのが基本的な役割ですが、最近は足元の技術、キック精度の高さも求められてきています。永江さんはチームの中でも長身ですが、甘いモノ好きとは……なんだかキュンとしてしまいます。ギャップ萌えってやつでしょうか。

 

「池田弥凪―クラスは3‐A。右利きだから主に右サイドバックやってるよー。中学の時とかは、中盤とか前線の方もやってたよー。クロス上げるより、縦に抜けるのが好きかなー。ちょこちょこオーバーラップするから、逆サイドや中央の人は上手く使ってねー。ゲームが好きなんだけどー特に『平野暴動』ってのが最近お気に入りー。良かったら一緒にプレーしよー」

 

 昨日会ったときはニット帽を被っていましたが、今日は大き目のヘアバンドをつけ、髪の毛を逆立てています。これが練習や試合の時などの彼女のスタイルなのでしょう。眠そうな一重まぶたは相変わらずですが。

 

「武秋魚、3‐Bや。ポジションはFW。センターフォワードだけじゃなく、ウィングやシャドーなど前線のポジならどこでもこなせるけど、得意なんは相手DFラインの裏への抜け出しかなぁ~利き足は右だけど左でも蹴れるで。あ、結構タッパあるからってこのアフロ目掛けてボール強く蹴り込まんといてな、この中に小鳥を三羽飼ってんねん、当たったら大変やからな……って親鳥はどこに巣を作っとんね~ん! ……なんで誰も笑わへんの……?」

 

 お寿司屋さんの店内のみならず、これがこの部における彼女への正しい対処方のようです。ホッとしました。FW(フォワード)は前線のトップに位置するポジションです。ゴールを決めるのが大きな仕事です。センターフォワードは文字どおり中央に構えるポジションで、ウィングは左右に開いてサイドライン付近を仕事場とするポジションです。近いところでサイドアタッカーというのもあります。センターフォワード(ストライカー)の影から前線に飛び出してくるのが、シャドーストライカーです。フォワード(トップ)より少し下がった位置でプレーするのがセカンドトップです。秋魚さんは料理も上手だったので、本当にこれらのポジションを器用にこなせるのかもしれません。

 

「この後やりづらいなぁ~私は桜庭美来(さくらばみらい)、3‐C。ポジションはMF。右利きだけど、左でも結構蹴れるところがセールスポイントかな?中盤は一通りできると思うけど、ボランチやセンターハーフ、インサイドハーフとか、サイドより中央でのプレーが好きかな、あ、あとはセンターバックも一応やったことあるよ。趣味は歌うことかな、妹と一緒に歌ってみた動画を偶にあげているから、興味がある人は探してみて」

 

 MF(ミッドフィルダー)は中盤ミッドフィールドを主戦場とするポジションです。センターハーフは定義が難しいですが、攻守のつなぎ役でしょうか。インサイドハーフは中盤の組み合わせにもよりますが、サイドハーフがより中央に近づいたポジションです。この方は大体私と同じようなポジションです。外ハネのショートボブと一重まぶたが印象的な方です。

 

脇中史代(わきなかふみよ)、2‐Aです……。ポジションはDF。センターバックで、利き足は右。偶にサイドバックやアンカーもやりますけど、基本はセンターです。中学までキーパーもやってたので、居残りでシュート練習とかしたい人は気軽に声掛けて下さい。趣味は……犬の散歩ですね」

 

 アンカーはDFラインと中盤の間に位置するポジションです。簡単に言うと、危機を未然に防ぐ係です。マッシュルームカットが特徴的な彼女がチームの最長身選手です。

 

松内千尋(まつうちちひろ)、2‐Bだよ。ポジションはMF。利き足は右。センターハーフで起用されることもあるけれど、やはり僕が一番輝くのはトップ下かな。パスセンスは自分で言うのもなんだけど、なかなかのものだと思うよ。趣味は読書かな。あ、ファンクラブ会員は随時募集中だよ」

 

 トップ下はその名の通り、トップの下に位置するポジションです。シャドーやセカンドトップなどではなく、この人がこだわっているのはあくまでパスを出して得点させる、クラシカルなトップ下のようです。プレー中、走るよりもよく髪をかきあげている少々ナルシストなところが気になりますが、そのボール捌きは実に巧みです。ちなみにファンクラブ云々と言っていましたが、チームでも随一の端正なルックスの持ち主で、校外にもファンがいるとの噂が……。

 

「1‐A、趙莉沙(ちょうりさ)です。ポジションはMF。サイドハーフが一番得意ですが、中学ではサイドバックもウィングもやりました。左利きですが右サイドの方がプレーしやすいです。実家は和泉駅前で中華料理屋をやっています。良かったら来てください」

 

 彼女はお母さんが中国人とのこと、さほど大柄ではありませんが、それを補ってあまりある身体能力があります。中学時代に何度か対戦したことがありますが、右サイドからカットインして(中央に切り込んで)のシュートが得意パターンでした。強豪校に行ったのかと思っていましたが、「家が近いからここにした」そうです。両肩にかかるくらいの短いおさげと意志の強そうな切れ長の目が印象的です。

 

「え、えっと、自分は白雲流(しらくもながれ)、クラスは1‐Bっす。右利きでポジションはDF、サイドバックっす。たまに、サイドハーフやトップでも起用されていたっす。あ、足は速いっす。中2まで陸上で短距離やっていました。サッカーを本格的に始めたのは去年からなんすけど、頑張りますんで、よ、宜しくおねがいします!」

 

 陸上で市の記録を持っているようですが、あるサッカーの試合を見て感激したようで、それをきっかけに陸上からサッカーに転向したそうです。確かにボール扱いにまだ稚拙なところも見られますが、そのスピードは大きな武器となるはずです。右目を隠すような前髪と後ろで短く結んだ髪型をしています。

 

「姫藤聖良、1‐Dです。利き足は右で、ポジションは……MFかFWですかね。シャドーやセカンドトップで使われることが多かったです。ただ、サイドのプレーも嫌いじゃありません。基本的にドリブルでいけるとこまでいくっていうプレースタイルです。趣味は……特にないです。強いて言えば映画鑑賞ですかね」

 

 聖良ちゃんのドリブルは、高校レベルの強豪チーム相手でも十分通用するはずです。サイドでもそのプレーは活きると思いますが、中央、つまりより相手ゴール前に近い場所で仕事をさせてあげたいところです。

 

「あーアタシは龍波竜乃、1‐Cだ。左利き。ポジションは……よく分かんねえからFW?ってのでいいや。とにかくシュートが撃ちてぇ。趣味か……小物集めかな。まあ、ヨロシク」

 

 小物集めってなんだか別の意味で聞こえてきてしまいますが……細かいポジションについては追々教えていこうかなと思います。まあ、彼女自身はその桁外れのシュート力をみても、またメンタル的にも生粋のFW、いわゆるストライカーが適正でしょう。私の番が来ました。

 

「あ、丸井桃です。1年C組。ポジションはMF、ボランチです。得意なプレーは…ボールを取ってからの展開ですかね……趣味は食べ歩きかな? よろしくお願いします」

 

「『○○の○○』の異名をとった彼女が入ってくれるとは……これはひょっとするとひょっとするかもしれませんね……」

 

「ん?何か言ったか?」

 

「いえ、何も」

 

 緑川さんと永江さんが何やら話しをしていたようですが、拍手の音で聞こえませんでした。 

 

「えっと……マネージャーの小嶋美花です! クラスは2‐Cです。サッカーのプレー映像を集めるのが趣味なので、参考にしたいプレーなどがあれば、言ってくれればすぐに用意出来ます! 精一杯サポートさせてもらいますのでジャンジャンこき使って下さい!」

 

 こき使うつもりはありませんが、他校の情報にも大分精通しているようです。その豊富なデータは参考になると思います。そして、緑川さんがポンっと強めに両手を打って一言、

 

「はい、それではそれぞれの人となりが分かったところで、午後は予定を変更して紅白戦、6VS6のミニゲームをしましょうか。一緒のチームでボールを蹴ることによってよりお互いの理解が深まるはずです」

 

 

 

 全体のコートの広さの半分の、さらにその3分の2位の広さで、ミニゲームが行われることとなりました。チーム分けは2・3年の連合チームと私たち1年生5人にキーパー経験のある脇中さんが加わったチームとなりました。連合チームは赤のビブスをつけ、私たちは白のビブスを付けました。ゴールはミニゲーム用の小さいゴールを両サイドに置きました。時間は変則ですが、15分×4本の計60分。休憩は5分ずつです。全員が所定の位置に散らばり、審判役の美花さんの笛でゲームが始まりました。ここで話は冒頭に戻ります。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第4話(3) 紅白戦1・2本目

『○○年度第1回紅白戦』 日付:4月○日(土) 天候:晴れ 記録:小嶋美花

 

基本フォーメーション

 

 

 

二・三年

 

__________ __________

 

|         |          |

 

|  緑川 松内  |     白雲   |

 

|永江     武 | 龍波 姫藤 丸井 脇中|

 

|  池田 桜庭  |      趙    |

 

|         |          |

 

|_________|__________|

 

                 一年

 

【1本目総括】

 

 二・三年チーム(以下紅組)緑川、龍波の近くに密着。ほぼマンマークに近い形。一年チーム(以下白組)、体格差のミスマッチを突き、高いボールを龍波に送り込む。が、緑川が上手く体を当てるなどして、龍波のバランスを崩し、トラップミスを誘う。龍波はほとんど前さえ向けず。姫藤の突破に対しては、池田が良く対応。スピード勝負はほぼ互角。白組は趙がフォローを試みるも、紅組桜庭が目を光らせ、チャンスには繋げられず。一方紅組の攻撃は、松内が白雲を翻弄するも、俊足の相手を完璧には振り切れない。武へのパスを何度か狙うものの、気の利いたポジショニングを見せる丸井によって再三カットされる。下がってきてボールを受けた武が強引にシュートするなど、散発的な攻撃に終わる。

 

 

 

<紅組ベンチ>

 

「怪我明けで体格差ある相手は流石にきつくないか?」

 

 永江が座っていた緑川に声を掛ける。

 

「まあ、正直きついですね……ただまだ何とかなるレベルですよ。今日は彼女にシュートを撃たせないつもりです。」

 

「それは頼もしいな」

 

「弥凪、姫藤さんはどうです?」

 

「上手いねーボールの置き所が絶妙だから獲るのはなかなか難しいかなー」

 

「美来、趙さんも良い動きをしているから大変でしょうけど……」

 

「OK、OK、姫藤も注意しろってことね」

 

 桜庭は苦笑しながら答えた。

 

「攻撃面ですが……」

 

 緑川が武と松内に話しかける

 

「あのお団子ちゃん、流石にやるね」

 

「何とか上手く出し抜いてやるで」

 

「お願いします。点を取らねば勝てないですからね」

 

 

 

<白組ベンチ> 

 

「ビィちゃん、どうすりゃ良いんだ⁉ 前すら満足に向けなかったぜ……」

 

 緑川さんがここまでの実力者だとは、私も思いませんでした。さすがはキャプテンと言ったところでしょうか。

 

「こうなったら、ゴール前でボールが来るのを待っていた方が良いか?」

 

「だからそれだとオフサイドって反則を取られるって、さっきも言ったでしょ!」

 

 聖良ちゃんが鋭くツッコミます。オフサイドというルールの説明は正直難しいですが、要は「(相手ゴール前で)待ち伏せ禁止」というものです。そこから教えないといけないのは厳しいものがありますが、やはりこちらが勝つためには竜乃ちゃんの規格外のプレーが鍵を握ります。

 

私は彼女を落ち着かせながら、簡単にアドバイスを送ります。

 

「竜乃ちゃん、まずはボールをキープすることだけ考えて、出来るだけゴロのボールを送るから、足裏とかインサイドを使って、確実にトラップして」

 

「でもよ、あのキャプテン、ウマいことアタシの前に出てきたりして、ボールをかっさらっちまうんだぜ……」

 

「前に出させなければ良いんだよ。腰をしっかりと落として、両手を広げて、後ろの相手を抑え込むイメージで。もちろん実際に引っ張ったりしたらダメだけど。あとはただ立ってるだけじゃなくて、自分からボールを貰いにいったりしてみようか」

 

「わ、わかった、やってみるぜ。で、キープしたらどうすりゃ良いんだ?」

 

「すぐ聖良ちゃんか莉沙ちゃんに預けて。そうすれば少なくとも前を向くチャンスは増えるはずだから。とにかく2本目はまずボールキープを目標にしよう。……二人とも悪いけど、出来るだけ竜乃ちゃんの近くでプレーすることを心掛けて」

 

「私たちより竜乃の個人練習みたいね……まあ分かったわ」

 

「了解した」

 

「桃ちゃん、自分は……」

 

 流ちゃんが遠慮がちに話し掛けてきました。

 

「松内さんは上手いから簡単にいくとすぐかわされちゃうよね、次はもうちょっと慎重にいってみようか」

 

「わ、分かったっス!」

 

 彼女のスピードは魅力的ですが、ミニゲームの場合スペースが狭いため、その脚力を十分に発揮できません。何とか上手く活かしてあげられれば良いのですが……。そう考えていると笛が鳴りました。2本目の開始です。

 

 

 

【2本目】

 

2分…白組、丸井から鋭いグラウンダーのパス。龍波、トラップに成功するも、パスコースを探す内に緑川にカットされる。

 

 

 

「だぁー!」

 

「キープしてからじゃ遅いのよ! ボールを受ける前に首を振って周囲の状況を確認するの!」

 

「くそ、次だ次!」

 

 

 

6分…紅組、松内がキープ。白雲も粘り強く対応。自陣に戻ってきた趙が挟みうちを狙うもそれを察知していた松内、即座に横パス。上がってきた桜庭が持ち込んでシュートを打つもキーパー脇中の正面。

 

8分…白組、丸井から趙へのスローイン(サイドラインからボールを投げいれること)。趙はそれをダイレクトで龍波に。龍波再びキープに成功。すぐさま、近くの姫藤に預ける。姫藤、池田をかわしにかかると見せかけ、横パス。回り込んできた趙がシュートを放つも、利き足とは逆の右であったためか、シュートは精度を欠いて、ゴール右に外れる。

 

11分…紅組、池田が武に向かってロングパス。丸井がヘディングでクリア。そのボールを趙がトラップミス、こぼれ球を桜庭がダイレクトで松内へ。松内もキープすると見せかけて、ダイレクトで前線の武へ。虚を突かれた丸井動けず、裏を取られる。

 

 

 

「しまっ…」

 

「モロた!って⁉」

 

 秋魚さんに完全に裏をとられてしまいましたが、流ちゃんが凄いスピードで戻りボールをカット。前に大きく蹴り出します。

 

「流ちゃん、ナイスカバー!」

 

「はいっス!」

 

 スピードは本当に凄いです。違う局面で活かしてあげられれば良いのですが……。

 

 

 

14分…白組、丸井から龍波へ。龍波、再びキープに成功する。近くの姫藤に出すと見せかけて、趙にパス。趙、シュートを打つと見せかけて、逆サイドに浮き球のパス。姫藤、これをダイレクトボレーで狙うも、シュートはブロックに入った池田の体に当たり、勢いを失って、永江にキャッチされる。

 

 

 

「2本目終了です!」

 

 小嶋が皆に告げる。スコアはいまだ0対0。

 

 

 

<白組ベンチ>

 

「ビィちゃん! どうだった?」

 

「う、うん。良かったと思うよ。」

 

 正直驚きました。15分間の内、1、2回トラップが出来れば上々だと思っていたのですが、それだけに留まらず、味方へのパスも何回か通しました。体格差で優位に立っているとはいえ、経験ある相手を背負うという難しい状態で、“ポストプレー”をこなしたのです。ポストプレーとは攻撃の起点となることです。高い位置、つまり相手ゴールに近い位置でボールを収めてもらうと、味方も攻め上がることが出来て、攻撃の幅が広がります。その生まれた幅を生かそうと思いました。

 

「聖良ちゃん、莉沙ちゃん、3本目はワンツーを使った崩しを意識してみて」

 

「了解」

 

「……ボクシングのことじゃないわよ、竜乃」

 

「ぬ……」

 

 ファイティングポーズを取ろうとする竜乃ちゃんに素早く突っ込む聖良ちゃん。

 

「竜乃ちゃん、ワンツーパスは壁パスとも言うんだけど……。例えば、自分の斜め後ろの位置にいる聖良ちゃんからパスが来るよね、聖良ちゃんはそのまま真っ直ぐ走る、つまり竜乃ちゃんから見て斜め前に行こうとする、そこに竜乃ちゃんがパスをリターンする……」

 

「壁みたいに跳ね返すってことか」

 

「すごく簡単に言うとそうだね」

 

「相手に読まれ易いんじゃねーか、それ?」

 

「そうだね。だからタイミングとスピードが重要になってくるよ、出来ればトラップせずにワンタッチが理想だけど……まあカットされても良いからどんどんトライしていこう!」

 

「おう、分かったぜ!」

 

 すると、莉沙ちゃんが尋ねてきた。

 

「聖良とポジションチェンジしてみても良いか?」

 

「ああ、その辺は臨機応変に。二人に任せるよ。じゃあ、3本目も頑張ろう!」

 

 

 

<紅組ベンチ>

 

「驚いたな、龍波のやつ、もうポストプレーが出来てきているじゃないか」

 

 永江がそう呟くと、隣で水を飲む緑川が答える。

 

「まるでスポンジですね……どんどん技術を吸収している」

 

「おさげちゃんも含めて三人で連動されるとちょっと厄介かもー」

 

 そう言って、両手で三角形を作る池田。緑川は少し考えて武に話し掛ける。

 

「秋魚、ちょっと……」

 

「ん? なんや?」

 

 小嶋が笛を吹く。3本目の開始である。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第4話(4) 紅白戦3・4本目

【3本目】

 

1分…白組、丸井から龍波へ縦パスが入る。龍波、趙にパスを出そうとするが、武のタックルを受け、倒れる。

 

 

 

「ぬぉ⁉アッキーナが下がってくるなんて聞いてねーぞ!」

 

「そりゃ言うてへんからな! フォワードも必要とあらば守備せなアカンねんで、覚えとき」

 

 秋魚が手を差し出し、竜乃を引き起こす。

 

 

 

4分…白組、姫藤、丸井からのパスを趙と交差しながら受ける。すぐさま斜め前に走る趙に預ける。紅組の池田と桜庭、互いのマークの受け渡しに一瞬戸惑う。趙、追いついてきた桜庭をかわし、内に切れ込んで左足でシュートを打つもジャストミートせず、ゴールの右に外れる。

 

8分…白組、丸井からのパスを右サイドで受ける趙、中央の龍波にパスを出すと見せかけ、ヒールで後ろに流し、攻め上がってきた白雲に渡す。白雲、ゴール前にボールを上げるも永江がキャッチ。

 

10分…白組、丸井のパスを姫藤がスルー(触らない)、龍波、武と競り合いつつ、左サイドにボールを流す。走りこんだ姫藤、キープを試みるも、緑川が足を伸ばしてカットする。

 

 

 

「そろそろですかね…」

 

 緑川が呟き、武に目くばせをする。武は黙って頷いた。

 

 

 

12分…白組、趙、中央で武のマークが外れた龍波にパス。龍波、ダイレクトで縦に走りこむ趙にワンツーを狙うも、緑川にカットされる。緑川、すぐさま松内にパス。松内、白雲をかわして、高いボールを送り込む。そのボールに反応して武が走りこむ。

 

 

 

(ハイボール⁉ 体を寄せなきゃ!)

 

 私はゴール前に走りこんできた秋魚さんと競り合う形となりました。高さ勝負では分が悪いですが、せめて体を寄せれば、自由にシュートを打たせないことは出来ます。しかし、秋魚さんはヘディングシュートを狙わず、頭でボールを自分の後方に逸らす、いわゆるバックヘッドを行います。そこには走りこんできた池田さんがいました。池田さんは冷静にボールをトラップすると、一度キックフェイントを入れました。このフェイントによって、キーパーの脇中さんだけでなく、自陣に急いで戻ってきた聖良ちゃんの体勢を崩すことに成功しました。そして池田さんは落ち着いてボールをゴールに蹴りこみました。ついに先制を許してしまいました。

 

「イエーイ、やったー」

 

 マイペースに喜ぶ池田さんを苦々しく見つめる聖良ちゃんを私は引き起こします。

 

「ごめん、桃ちゃん……戻りが遅れたわ」

 

「私も秋魚さんが囮だと気が付かなかったよ……そもそも竜乃ちゃんをフリーにした(マークを外した)のも誘いだったんだ……」

 

 スコアはこれで0対1。私たち白組は1点を取り返さなければなりません。

 

 

 

14分…紅組、中央でボールを拾った松内、白雲と趙を引きつけた状態で、斜め前のスペースにボールを送る。走りこんだ桜庭がそれを受け、ドリブルで運んで左足でシュートを放つが、ボールはわずかに左に外れる。

 

 

 

「3本目終了!」

 

 レフェリーを務める小嶋の声。紅組の1点リードで、ラストの4本目を迎える。

 

 

 

<紅組ベンチ>

 

「しかし随分ゴール前で落ち着いていたね、弥凪」

 

「まあ、急いで戻ってくるツインテちゃんが視界に入ったしーこのまま打ってもブロックされちゃうかなーって」

 

 桜庭の言葉に池田が飄々と答える。

 

「さて、ラストはどうする、美智?」

 

「ウチは変わらず竜っちゃんマークか?」

 

 永江と武の問いに、緑川が落ち着いて答える。

 

「そうですね……守りを固めるという訳ではありませんが、3本目のままでいきましょう。向こうは前がかりになってくるでしょうから、隙があればカウンターで2点目を狙っていきましょう。千尋さん、守備は最低限で良いので、チャンスがあれば狙っていてくださいね」

 

 俯いていた松内だが、呼吸を整え、顔を上げると、髪をかきあげながら、緑川に答えた。

 

「ふふっ、とどめの一撃は僕にお任せあれ」

 

 

 

<白組ベンチ>

 

「アフロ先輩は引き続き、竜乃のマークかしらね、どうする桃ちゃん?」

 

 聖良ちゃんの問いに私は答えます。

 

「向こうはカウンター狙いだろうね……ただ、こちらは攻撃に人数を掛けて、多少のリスクを冒さざるを得ないよね」

 

「桃ちゃんも前にポジション取る?」

 

「いや、それは本当に終盤になってからかな……流ちゃん」

 

 私は流ちゃんに声を掛けます。

 

「は、はいっス」

 

「流ちゃんも上がって良いよ、さっきみたいにクロスをどんどん上げよう」

 

「分かったっスけど……自分まで上がって大丈夫っスか?」

 

「松内さんは体力余り無いみたいだからね……注意していればそうそう振り切られないと思う」

 

 すると、竜乃ちゃんがSOSを出してきました。

 

「ビィちゃん~どうすれば良い?常に二人に挟まれている感じでキュークツなんだよ~」

 

「う~ん……さっきと逆のことを言って申し訳ないんだけど、ボールを貰いに行くだけじゃなくて、ボールから敢えて離れる動きも混ぜてみようか。とにかくもっとがむしゃらに動きまわってもいいかもしれない」

 

「ハチャメチャに動いても良いってことか?」

 

「極端に言えばそうだね。本当はオフサイドのこととか気にしなくちゃいけないけど……今はとにかく自分についているマークを振り切る、フリーになる練習だね、常に秋魚さんの逆をいくことを意識してみようか」

 

「分かったぜ。ボールから離れたり、アッキーナの逆をとることを意識……」

 

 ぶつぶつと私のアドバイスを繰り返している竜乃ちゃんには聞こえないように、私は聖良ちゃんと莉沙ちゃんに声を掛けます。

 

「とは言っても、キャプテン……緑川さんも目を光らせているから厳しいことには変わりないと思う。二人でいけると思ったら二人でいっちゃっても良いよ」

 

「分かった」

 

「竜乃の突拍子もない動きで、向こうも少しは混乱するかもしれないわね……まあ、状況に応じて攻めてみるわ」

 

 二人は私の指示に頷いてくれました。更に私は脇中さんに声を掛けます。

 

「脇中さん、終盤点が欲しいときは高いボールをゴール前に蹴って下さい。パワープレーです」

 

 パワープレーとは身長の高い選手やヘディングの強い選手にボールを集め、そこを起点に力押しすることです。身長差では正直こちらの分が悪いのですが、とにかくゴール前にボールが転がればチャンスは巡ってくるはずです。

 

「ああ、分かった」

 

 脇中さんが頷いたところで、美花さんの皆を呼ぶ声が聞こえます。ついにラスト4本目です。

 

 

 

【4本目】

 

1分…白組、趙がドリブル突破を試みるも、桜庭がカット。こぼれ球を姫藤、ダイレクトでゴール前へ。白雲が走りこむも、このパスはやや長く、永江の守備範囲内。

 

3分…白組、龍波が中央からサイドへ移動。空いたスペースに姫藤がドリブルで入り込む。緑川が対応するが、姫藤はすぐさま斜め前に走る趙にパス。通ればチャンスだったが、池田が足を伸ばしてカット。

 

5分…白組、龍波が突如ハーフライン近くまで下がる。それにつられて武が前に出る。丸井、武の後ろのスペースに浮き球を送る。それを受けた姫藤、趙とワンツー。姫藤、池田と桜庭の間を突破。緑川を抜きにかかるも、緑川は冷静にボール奪取。

 

 

 

「金髪ちゃんに惑わされない方が良いかもー」

 

 池田が緑川に告げる。

 

「そうですね……目立つ彼女を囮にするということかもしれません。……こちらも追加点を狙いにいきますか。美来、ちょっと」

 

 緑川が桜庭を呼びよせる。

 

 

 

8分…紅組、桜庭、池田にパスを送るが、池田すぐに桜庭に返す。桜庭、キーパー永江に戻す。白組、白雲が追いかけるも、永江ダイレクトで前方へ。右のサイドラインを割りそうになるが、松内がトラップして残す。丸井が奪いにいくが、松内が横パス。中央を上がって来た緑川に渡す。緑川、そのままドリブルで持ち上がりシュート体勢に入るが、丸井も懸命に体を寄せる。緑川シュートを打てず、ゴールに背を向ける。戻ってきた白雲に挟みうちの体勢をとられるが、ボールをスッと自らの左側にアウトサイドで流す。そこに走りこんできた松内右足で鋭いシュート。脇中も届かない位置だったが、ボールはポストに当たってわずかに左に外れる。

 

 

 

「ごめんね、流ちゃん、よく戻ってくれたよ」

 

「キャプテンが攻め上がってくるのは初めてっすね…」

 

(カバーリングを桜庭さんに任せてはいるけど……リスクを冒して追加点を取りにきた。追いかけるこちらが後手に回ってしまった。さあどうするか……)

 

 私は脇中さんに近づき声を掛けました。

 

「え、いいの?」

 

「はい、お願いします」

 

 

 

10分、白組、白雲、拾ったボールを脇中へ下げる。脇中ゆっくりとドリブルで持ち上がる。松内が奪いにいくが、脇中素早くボールを前方へ。ボールは高さのある龍波ではなく、丸井に。丸井、姫藤との早いパス交換から、シュートを放つ。ボールはゴール上方へわずかに外れる。

 

 

 

(パワープレーで龍波さんに上げてくるかと思いましたが……よりプレーの確実性が高い丸井さんにボールを集めるということですかね……彼女に自由にボールを持たせるとやはり危険……ここは私が付きますか)

 

 そう考えた緑川は龍波に注意しつつも、丸井がボールを持ったときにすぐ対応できるようなポジションニングを取った。

 

 

 

13分…白組、趙が戻したボールを脇中ダイレクトでハーフライン付近の丸井へ。少し強いボールだったが、丸井見事な胸トラップ。

 

 

 

 相手ゴールに背を向けた状態の丸井に緑川が迫る。

 

(強いボールも難なくトラップ! 流石です。ただその体勢なら振り向くにしろ、左右どちらかにパスするにしろ、どうしてもワンクッション必要……そこを狙う!)

 

 しかし、丸井は緑川の予想を上回った。振り向かずに後ろ向きのまま、かかとを使って前方にパスを送った。

 

(⁉ ノールックでヒールパス⁉)

 

 虚を突かれた緑川の股下を抜けたボールにいち早く反応したのは龍波だった。左サイドから中央にボールを受けにいく。武もワンテンポ遅れたがこれについていく。

 

(遅れてもうた! ただキープしたところを寄せて奪うで!)

 

 だが、龍波はキープをせず、左足でボールをフリック(軽く触ってボールの軌道を変えること)する。ボールはまたも意表を突かれた紅組のDFラインの裏に抜け、所謂スルーパスが通ったような形となった。これに反応したのは姫藤のみだった。GK永江と1対1の体勢になる。永江が飛び出して、姫藤との距離を詰める。シュートコースを狭めるためである。姫藤が体の重心をわずかに右に傾ける。

 

(! シュートを打たずに、私の左側を抜けるつもりか!)

 

 永江が自身の体を左に倒す、手を伸ばせば十分ドリブル突破を防げる。姫藤はそれを見て、冷静にパスを左サイドに送る。永江の逆を突いた形だ。これを自陣から猛然と駆け上がってきた趙が落ち着いてボールを無人のゴールに流し込む。これでスコアは同点。白組が追いついた。

 

「ナイスパスだったでしょ?」

 

「ごっつあんです」

 

 軽口を叩きあいながら両手でハイタッチを交わす、姫藤と趙。

 

(自分が決める、ってタイプかと思いましたが、あそこでパスも出せるとは……驚きましたね)

 

緑川は内心、姫藤のプレーに感心した。

 

 

 

15分…白組、丸井がボールを要求しつつゴール前に走る。白雲そこにボールを送ろうとするが、松内の足に当たり、ボールが高く上がるが、それでもボールは丸井の元に。

 

 

 

 丸井がボールの落下点にいち早く入り、ジャンプした。それを見た緑川はこう判断した。

 

(わざわざ飛んだということはトラップしてキープは無い。動きを一つ省くため……もう一度ダイレクトプレーのはず……ヘディングで斜め前に落とし、そこに姫藤さんを走りこませる!)

 

緑川の視界に入っているのは、右サイドを走る姫藤の姿。ここに繋がれば、白組のチャンスである。しかし、丸井はそちらを選択しなかった。体を捻って自分の左斜め後ろに向かってボールをヘディングした。

 

(⁉ 左サイドに⁉ 誰がいる?)

 

 驚いた緑川の目に飛び込んできたのは、一瞬のスキを突いて、武のマークを外した龍波の姿であった。龍波は自身の斜め後ろから飛んできたボールに対し、躊躇なく左足を振り抜いた。放たれたシュートは強烈であったが、惜しくもクロスバーを叩き、ゴールの上に外れた。直後に小嶋が手を上げて笛を吹く。紅白戦終了の笛。スコアは1対1であった。

 

 

 

 試合は引き分けに終わりました。私はシュートを外して悔しがる竜乃ちゃんに声を掛けます。

 

「ドンマイ、竜乃ちゃん。難しいボールだったと思うけどよくシュートを撃ったよ。それに完全に秋魚さんのマークを外していたね、本当に凄いよ」

 

「いや~でも良いボールだったぜ、ビィちゃん。だから決めたかった~」

 

「次は決めれば良いよ」

 

「丸井さん」

 

 緑川さん……キャプテンが話しかけてきました。

 

「最後はナイスパスでした。龍波さんが見えていたんですか?」

 

「いえ、なんとなくの位置は把握していましたが、完全には……咄嗟の判断です」

 

「サラッと凄いこと言うわね……」

 

 横で聞いていた聖良ちゃんが呟きます。

 

「楽しくいきましょうとは言いましたが……何だか本当に楽しみになってきましたよ」

 

 キャプテンは笑顔でそう言って、永江さんたちの方に歩いていきました。同学年同士で固まって話をしていると、パチパチパチと拍手の音がしました。

 

「皆、ナイスファイトよ! 先生感動しちゃったわ! やっぱり良いものよね、青春の汗と、懸命に打ち込む若者の姿って!」

 

 拍手の主はすっかり忘れていましたが九十九先生です。一応ジャージに着替えていました。健闘を讃えてくれるのは良いのですが、疲れているところにハイテンションで来られると、正直……若干イラッとします。するとキャプテンがすっと先生の前に進み出ました。

 

「先生、ケジメの第1弾、思い付きました」

 

「えっ⁉ はっ⁉ ケジメ⁉ しかも第1弾⁉」

 

「来週の試合に勝ったら、全員に焼肉でも奢って下さい」

 

「えっ……い、いや全員に焼肉って、それは幾らなんでも……」

 

「お願いしますね……!」

 

「ヒィッ……わ、分かったわ」

 

 キャプテンは皆の方に振り返って笑顔で言いました。

 

「楽しみが増えましたね、頑張っていきましょう」

 

「「は、ははは……」」

 

 私たちは苦笑いするしかありませんでした。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

選手名鑑~仙台和泉高校編②

キャラが多いので選手名鑑っぽく何人かずつ紹介していきます。

こちらは第2話~第4話に登場したキャラです。未読の方はまずそちらをお読み下さい。


選手名鑑‐仙台和泉高校②

 

 

 

緑川美智(みどりかわみさと)……三年生。髪型はショートボブで、おでこが印象的。体格は小柄。キャプテン。

 

 ポジションは左サイドバックで一列前の中盤もこなせる。県選抜候補に入るほどの実力。

 

 実家は学校近くの商店街にある『グリーンリバースポーツ』というスポーツ用品店で、たまに家業を手伝っている(サッカー用品担当)。

 

 学業優秀。笑顔を絶やさないが性格は若干腹黒いという噂も……?

 

 

 

永江奈和(ながえなわ)……三年生。短髪で目は細い。長身。副キャプテン。

 

 ポジションはゴールキーパー。ハイボールの処理に定評がある。県選抜候補。

 

 学業は中の上。普段の口数は少ない(試合ではしっかり指示を出す)。甘い物好き。

 

 

 

池田弥凪(いけだやなぎ)……三年生。短髪を逆立てて、大きめのヘアバンドを付けている。体格は小柄。

 

 ポジションは右サイドバック。中学時代までは攻撃的なポジションもこなしていたこともあってか攻め上がるプレーが得意。

 

 親戚が学校近くの商店街で『ゲームセンターIKEDA』を営んでおり、そこで時たまアルバイトをしている。無類のゲーム好き。

 

 学業はさほど良くない。語尾を伸ばすしゃべり方が特徴的。

 

 

 

武秋魚(たけあきな)……三年生。髪型はソフトアフロでやや赤みがかっている。体格は長身。

 

 ポジションはフォワードだが、前線のポジションならわりとどこでもこなす。相手のディフェンスラインの裏を取るのが得意。

 

 実家は学校近くの商店街付近で『武寿し』を営む。自身も寿司を握る。『ポリバレントな寿司屋』を目指しているため、スパゲッティなども作る。竜乃とは子供の頃からのなじみ。

 

 学業はそれほど。関西弁だが、関西出身ではない(テレビ番組などの影響と思われる)。

 

 

 

桜庭美来(さくらばみらい)……三年生。外ハネのショートボブと一重まぶたが印象的。体格は長身の部類。

 

 ポジションはミッドフィルダー。中盤は一通りこなすが中央でのプレーが得意。

 

 趣味は歌うこと。妹とよく動画を投稿している。

 

 学業は中の上。性格は温厚で人当たりが良い。

 

 

 

脇中史代(わきなかふみよ)……二年生。マッシュルームカットが特徴的。チーム最長身。

 

 ポジションはディフェンダー。センターバックが本職だが、守備的ポジションならばどこでもこなす。中学ではゴールキーパーをやっていたため、控えのキーパーでもある。

 

 学業はそこそこ。犬の散歩が趣味。性格は大人しい方。

 

 

 

松内千尋(まつうちちひろ)……二年生。チーム随一の端正なルックスの持ち主。一人称は僕。

 

 ポジションはミッドフィルダー。巧みなボールさばきに優れたパスセンスを持ち合わせている。守備は苦手。

 

 学業は不明。性格はややナルシスト。ファンクラブがあり、校内外に会員がいる。

 

 

 

趙莉沙(ちょうりさ)……一年生。両肩にかかるくらいのおさげと切れ長の目が特徴的。

 

 ポジションはミッドフィルダー。利き足は左だが、右サイドでのプレーを好む。サイドならば中盤だけでなく、前線や守備的ポジションもこなす。サイドから中に切れ込んでのシュートが得意。強豪校も注目する存在だったが、家が近いからという理由で仙台和泉に入学。

 

 母親が中国人。実家は駅前で中華料理店を営む。

 

 学業は普通。やや無口だが、コミュニケーション能力が低いわけではない。

 

 

 

白雲流(しらくもながれ)……一年生。右目を隠すような前髪と後ろで短く結んだ髪型をしている。

 

 ポジションはディフェンダー。中二まで陸上の短距離選手だっただけに、チーム随一の俊足の持ち主。サイドバックが本職だが、そのスピードを買われて、サイドハーフや前線で起用されることもある。技術は未熟だが、伸び代がある。

 

 ある試合を見たことがきっかけでサッカーに転向した。

 

 学業は中の下。語尾に「っす」を付ける。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第5話(1) 練習試合前日、ユニフォーム配布

「諦めないで下さい!」

 

雨の中、お団子頭がウチの後ろから大声で叫ぶ。「ウザい」、「アンタに何が分かるの?」、「ウチの勝手でしょ」とか何とか言い返そうかとも思ったが、出来なかった。一瞬だけ立ち止まって、次の言葉を待ってみた。その瞬間すぐにダサい、カッコ悪いとかマイナスのイメージがウチの頭をグルグルと回った。(ウチは今の自分が嫌い)(なんで嫌いなの?)(だってみっともないから)(どうしてそう感じるの?)(どうしてだろう……)心の中で自問自答しながら、やや強くなってくる雨の中、傘も差さずに、ウチはその場を歩き去っていた。

 

 

 

 雨の金曜日、私たちサッカー部は、視聴覚教室に集まっていました。

 

「あ~今日は練習なしかよ、ボール蹴りてぇな~」

 

「こんな雨の中、練習したら風邪引くでしょ……まあ竜乃にそんな心配は要らないか」

 

「アンだとぉ? 放電のし過ぎで感電の心配でもしてろよ、ピカ子」

 

「だから○カチュウ扱い止めなさいよ!」

 

 二人のじゃれ合いをのんびり眺めていると、キャプテン、マネージャーの美花さん、顧問の九十九先生が教室に入ってきました。美花さんと先生は段ボールの箱を持っています。二人が段ボールをテーブルに置いたことを確認すると、キャプテンが話しはじめます。

 

「お待たせしました。今日は生憎の雨ですし、ミーティングのみにします。まず、明日の試合に備えて早速ですが、ユニフォームをお配りします。名前を呼ばれた方は返事をして、前に来てマネージャーと先生からユニフォームを受け取って下さい」

 

 若干ではありますが、教室内に緊張感が走ります。まあ、人数的に全員貰えることは確定しているのですが、それでも多少ドキドキはします。キャプテンが手元の名簿を開き、メンバーの名前を読み上げます。

 

「では1番、GK、永江奈和」

 

「はい」

 

 永江さんが美花さんからユニフォームを受け取ります。GK用のユニフォームは他の選手、いわゆるフィールドプレーヤーとはデザインや色が違います。皆に促され、永江さんはその場でユニフォームを広げます。黒地に肩から袖にかけて太い赤のラインが入っています。胸には黄色で「IZUMI」の文字が入っています。背中にも黄色で『1』と大きく入っています。パンツもソックスも黒色です。皆から「おお~」と歓声が上がります。

 

「なんだ、そのおお~、ってのは」

 

 永江さんは少し呆れた様子で自分の座席に戻ります。ですが、心なしかどこか嬉しそうです。やはり“世界に一つの自分だけの”ユニフォームを貰う瞬間というのはいつだって心弾むものです。

 

「次、2番、DF、池田弥凪」

 

「はーい」

 

 気の抜けた返事をして、池田さんがユニフォームを受け取ります。またも皆に促され、ユニフォームを広げます。白と青色の細いストライプで、こちらにも胸には金色で『IZUMI』の文字が入っています。背中は白地で番号が黒色で入っています。ショーツは水色で、左下に白色で小さく番号が入っています。ソックスは白。これが私たち仙台和泉高校のフィールドプレーヤー用のファーストユニフォームです。またもや皆から「おお~」と声が上がります。

 

「何だか照れるなー」

 

 池田さんは頭を掻きながら席に戻ります。

 

「次、3番、DF、緑川美智、私ですね……ちなみにセカンドユニフォームはこちらです」

 

 キャプテンが九十九先生からセカンドユニフォームを受け取って広げてみせました。どのチームも対戦相手との色の被りを避けるため、最低2種のユニフォームを用意します。我らがチームのセカンドユニフォームは薄い黄色地に、肩から袖にかけて黒いラインが入っています。校名の部分は黒字になっています。背番号も黒色です。ショーツは黒色で、こちらも左下に白色で番号が入っています。ソックスは黒です。三度皆から「おお~」と声が上がります。

 

「デザインは前年度から変わってないのですから、上級生は知っているでしょう」

 

 キャプテンの言葉に軽く笑いがこぼれます。

 

「次ですね……6番、MF、桜庭美来」

 

「はい。……一桁番号かー嬉しいな~」

 

 桜庭さんがユニフォームを受け取ってニコニコと嬉しそうに席に戻ります。

 

「次は……9番、FW、龍波竜乃」

 

「お、おいっす」

 

 竜乃ちゃんが強張った顔つきでユニフォームを受け取ります。

 

「強烈なシュート、期待していますよ」

 

「う、うっす」

 

 キャプテンの言葉に軽く頭を下げ、ギクシャクした足取りで席に戻ってきました。そんな竜乃ちゃんの様子を見た聖良ちゃんがプッと噴き出して、茶々を入れます。

 

「なによ、竜乃。アンタひょっとして緊張してんの?」

 

「う、うっせーな、こういうの初めてなんだからしょうがねえだろ」

 

「次、10番、MF、丸井桃」

 

「えぇっ⁉ 私が10番ですかっ⁉」

 

 私は驚きながらも前に出て、ユニフォームを受け取ります。戸惑っている私に対してキャプテンがこう言います。

 

「ここまで約2週間の練習を見ても、このメンバーの中では10番を背負うのは貴方が妥当だと思います。異論がある人はいないと思いますよ。ねえ、皆さん?」

 

「異論ありません」

 

「頼むで、司令塔!」

 

「お団子ちゃん頑張れー」

 

 恐る恐る振り返った私に皆優しく声を掛けてくれます。サッカーという競技において、“10番”とはエースナンバーを意味するものだと私は考えます。その考えを古いという人もいるかもしれませんが、やはりフィールドの上で観る人の目を引くのは、10番をつけたプレーヤーではないかと思います。初めて背負うことになる番号ですが、期待の大きさをヒシヒシと感じます。私は思わず、

 

「この番号に恥じないプレーをしたいです。が、頑張ります!」

 

 そう言って、皆に頭を下げました。そんな私を見て、キャプテンが笑いながら、

 

「そんなに気負わなくても大丈夫ですよ」

 

 と声を掛けてくれました。私は軽く会釈をして席に戻りました。

 

「では次、11番、MF、姫藤聖良」

 

「はい」

 

「期待していますよ、『幕張の電光石火』のドリブル」

 

「……その呼び名あんまり好きじゃないんですけど……まあ、期待には応えたいです」

 

 戻ってきた聖良ちゃんに対して、今度は竜乃ちゃんが茶々を入れます。

 

「何だよ、『電光石火』気に入らないのかよ、カッコ良いじゃねーか」

 

「『幕張の』ってのが気に入らないのよ。せめて『千葉の』でしょ。ローカル過ぎるでしょ」

 

 そこが気に入らないんだ……人それぞれだなぁと私は思いました。

 

「次、12番、DF、脇中史代」

 

「はい」

 

「先日本人にはお伝えしましたが、史代さんはGKとしても登録する予定です。……負担を掛けることになりますが、宜しくお願いします」

 

「いえ……頑張ります」

 

 脇中さんは計四種類のユニフォームを受け取りました。ちなみにGKのセカンドユニフォームはシャツショーツともに水色です。

 

「次は……14番、MF、松内千尋」

 

「はい」

 

「ご希望に沿いましたが……一桁番号じゃなくていいのですね?」

 

「構わないよ、キャプテン。サッカーでは14番こそ至高の番号だからね」

 

 そう言って髪をかき上げる松内さん。考えは人によって違うものです。

 

「では次、15番、MF、趙莉沙」

 

「はい」

 

「一応MF登録ですが……サイドバックやウィングとして出てもらう時もあるかもしれません。正直、アテにしていますよ」

 

「任せて下さい」

 

 莉沙ちゃんの頼もしい返事にキャプテンも満足そうに頷きました。

 

「次、16番、FW、武秋魚」

 

「はい!」

 

 秋魚さんは勢い良く返事をして、ユニフォームを受け取り、席に戻ります。隣に座っていた池田さんが話しかけます。

 

「秋魚、一年のころからその番号だねー」

 

「子供のころから、16番だと調子ええねん! ラッキーナンバーや!」

 

 サッカーはメンタルスポーツの側面もありますからゲンを担ぐのも重要かもしれません。

 

「では最後に、17番、DF、白雲流」

 

「はいっす!」

 

「チーム一の俊足、頼みにしていますよ」

 

「は、はいっす!頑張ります」

 

「これで全員ですね……では次に先生、お願いします」

 

 先生がプリントを皆に配りました。

 

「これ、明日の試合会場の地図ね! 迷子になったとかもし何かあったら、下に載っている番号に電話頂戴! 車で迎えに行くから!」

 

「では、明日の相手についてですが……美花さん、お願いします」

 

「はい、お任せください! と、言いたいところなんですが……強豪チームと言っても、流石にCチーム辺りとなると個々の選手のデータが不足気味で……ただ他の強豪校にも言えることですが、Aチームから下の全てのチームに至るまで同じ戦術・システムを採用してくるはずです! よって明日は……」

 

 美花さんによる相手の対策についての説明が終わり、キャプテンが明日のスターティング(先発)メンバーとフォーメーションを発表しました。正直私にとっては、少し驚きの決定でしたが、キャプテンや美花さん……マネージャーの熟慮の結果なのだと思い、受け入れることにしました。

 

「雨も強くなってきそうです。今日は早めに帰って体を休め、明日に備えて下さい。では本日はこれで解散!」

 

 私も帰ろうと準備をしていると、キャプテンから声を掛けられました。後ろには段ボール箱を持ったマネージャーの姿があります。

 

「ちょっと付き合ってもらっていいですか?」

 

「は、はい」

 

 私は頷いて、二人についていくことにしました。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第5話(2) 練習試合 VS常磐野学園戦 前半戦

 翌日の土曜日、昨晩の雨が嘘のように晴れました。試合会場である市民サッカー場に到着した私たちは、ユニフォームに着替え、早速ウォーミングアップを始めました。皆、強豪チーム相手と言っても変な緊張は見られず、それぞれ良い動きを見せています。特に竜乃ちゃんは元気一杯です。

 

「ふん……竜乃のやつ、もっと緊張でガチガチになるかと思ったのに」

 

「……」

 

「桃ちゃん?」

 

「あ、ご、ごめん、ちょっと考え事していて」

 

「今日のフォーメーションのこと?」

 

「いや、そうじゃなくて……あ、出てきたよ」

 

 今回の対戦相手、常磐野学園のCチームがロッカールームからピッチに入り、アップを始めます。Cチームと言っても、Aチームとユニフォームが変わるわけではありません。シンプルな緑色のシャツに、白色のショーツ。これまで雑誌や映像などで、散々目にしてきた絶対女王のユニフォームです。

 

「風格あるわねって言いたいところだけど……背番号が皆大きいわね。40番台がほとんど。本当にCチームなのね、まあそれでも人数ギリギリのうちよりは格上よね」

 

「なんだ~?ピカ子、もしかしてビビッてんのか?」

 

 竜乃ちゃんが聖良ちゃんをからかいます。

 

「別に今更ビビりはしないわよ。ただよく試合を受けてくれたなって話」

 

「元々別の対戦相手を予定していたみたいだけど、それがキャンセルになったみたい。そこにうちから話があって、折角会場も抑えていたから……っていう流れみたいだね」

 

「なるほどね。幸か不幸かって感じもするけど……あ、スタンドにも何人か人がいるわ、向こうの関係者かしらね」

 

 そんな話をしている内に、試合開始時間となりました。私たちは各々のポジションへと散らばりました。

 

「キャプテン……」

 

「人事は尽くしました。後は天命を待つのみです」

 

 ピッチ脇で、キャプテンとマネージャーが何やら話をしています。聞こえませんが、内容は何となく想像はつきます。ピッチ中央の主審が手を上げて笛を吹きました。いよいよ試合開始始、キックオフです。

 

 

 

『○年度練習試合 対常磐野学園』 日付:4月○日(土) 天候:晴れ 記録:小嶋美花

 

基本フォーメーション

 

 

 

常磐野学園

 

___________________________

 

|            |             |

 

|   青木        |         池田  |

 

|          金子|   趙         |

 

|   斉藤   中野   |  武      脇中  |

 

|            |     松内      |

 

|村上   福田   原田|           永江|

 

|            |     桜庭      |

 

|   後藤   田村   | 龍波      丸井  |

 

|          岡本|   姫藤        |

|   西村        |         緑川  |

 

|            |             |

 

|____________|_____________|

 

                      仙台和泉

 

                    

 

常磐野学園(以下常磐野)は4-3-3システム(※DFを4人、MFを3人、FWを3人並べたシステム)の発展形、4-1-2-3。4人のDFと中盤の間に1人アンカーを配置。仙台和泉(以下和泉)はオーソドックスな4-4-2。4人の中盤をダイヤモンド型ではなく、お椀型に並べた形。

 

 

 

【前半】

 

1分…和泉のキックオフでスタート。DFラインまでボールを下げて、池田が斜め前方にロングパス。姫藤、走りながらこれをトラップ。

 

 

 

 姫藤がスピードに乗って切り込む。「バイタルエリア」と呼ばれる、ペナルティーエリアと相手中盤の間に存在する守備側にとっては危険なゾーンに侵入する。

 

「こっちや!」

 

「よこせピカ子!」

 

 姫藤の左右を龍波と武が並走する。パスかどうか、常磐野学園DF陣に一瞬の迷いが見られた。姫藤はその隙を逃さず、右足を振り抜いた。ゴール右に低く飛んだボールは、常磐野GK村上が弾き出して、ゴールラインを割った。CK(コーナーキック)獲得、和泉にとっては、いきなり最初のチャンス到来である。

 

 

 

2分…和泉の右からのCK。キッカーは緑川。常磐野のDFは、長身の龍波と武を警戒。

 

 

 

 最初のセットプレー(コーナーキックやフリーキック、ペナルティーキックのこと)を獲得しました。蹴るのはキャプテンです。右サイドから左足で蹴るため、ボールが相手ゴールに向かっていく、いわゆる「インスイング」のボールを蹴れます。和泉はほとんどの選手が敵陣に上がりましたが、私と池田さんは相手のカウンターを警戒し、自陣に残りました。

 

「9と16、注意して!」

 

 相手のGKが指示を飛ばします。竜乃ちゃんと秋魚さんが警戒されています。キャプテンがキックの助走に入ります。竜乃ちゃんたちはニアサイド(ボールに近い側)に走りよります。常磐野DFもついていきます。しかし、キャプテンは直接ボールを放り込みませんでした。近くの松内さんに短くパスを出します。ショートコーナーです。常磐野の選手もすぐさま体を寄せますが、松内さんは右足ダイレクトで蹴りこみます。ボールは選手の密集するニアサイドではなく、ファーサイド(ボールから遠い側)に飛びます。そこにはフリーになった脇中さんが待っていました。そして放たれたヘディングシュートがゴールネットを揺らしました。和泉先制です!先手を取ることが出来ました。私はその場で小さくガッツポーズを取りました。

 

 

 

4分…和泉、姫藤、サイドから中央に切り込む。常磐野アンカー福田が寄せる前に浮き球のパスを選択。相手DFラインの裏を取った武、ワントラップして左足でシュートもクロスバーの上を越える。

 

7分…和泉、敵陣内で桜庭がボールをカット。趙に繋ぐ。趙、中央に切り込むと見せかけて、外側を走る池田にパス。池田スピードに乗った状態で相手の左SB(サイドバック)青木を振り切ってペナルティーエリアまで侵入。短く左に横パス。走りこんだ趙、左足インサイドで狙うも、シュートは常磐野キーパー村上の正面を突く。

 

 

 

 狙い通りに先制点を奪えた私たちは、その後も優勢に試合を進めていました。すると……

 

「貴方たちいい加減目を覚ましなさい‼このままだと全員冬までスタンド観戦よ!」

 

常磐野ベンチからコーチの怒号が飛びます。スタンド観戦=大会メンバー外ということです。格下と思っていた相手に、開始10分まで良いところ無しという状況は、いかに練習試合といえども、強豪チームとしては許されないことなのでしょう。この檄をきっかけに、常磐野メンバーの目の色がガラッと変わりました。そこから試合の様相が一変します。

 

 

 

12分…常磐野、斉藤からのロングボール。原田が脇中に競り勝ち、落としたボールを中野がシュート。永江が弾いて、常磐野CKのチャンスを得る。

 

13分…常磐野、左サイドからのCK。中野の蹴ったボールはニアサイドへ。走りこんだ原田が頭で後ろに逸らす。中央で待っていた後藤のヘディングはクロスバーを叩く。

 

16分…常磐野、岡本が後ろに下げて、西村が右から左へ大きくサイドチェンジ。左ウィングの金子がキープ。後ろから攻め上がってきた左SBの青木へスルーパス。青木のクロスに中央で田村が合わせるが、丸井がブロック。

 

 

 

 俄然動きの良くなった相手チームに対し、私たちも反撃を試みます。

 

 

 

18分…和泉、桜庭からのパスを受けた趙、カットインしシュートを狙うも阻止される。

 

19分…和泉、池田のパスを松内、ダイレクトでスルーパスを武に通すが、オフサイド。

 

 

 

 相手のDFラインが落ち着きを取り戻してきたため、こちらはシュートまで持っていくことも難しくなってきました。

 

 

 

21分…和泉、緑川の左後方からのやや低い弾道のロングパス、バウンドが伸びたが、常磐野DFラインの裏で上手く受けた武、右サイドからクロスを送る。

 

 

 

 秋魚さんが右サイドでキープします。軽いフェイントを入れて、逆サイドに緩やかなクロスを上げます。そこにはフリーになった竜乃ちゃん。思えばこの一週間、ミニゲームを中心にマネージャーが撮影してくれていた練習風景を映像で再三確認し、試合へのイメージトレーニングを重ねてきました。その効果でしょうか、強豪チームのマークを外して、良いポジショニングを取っています。和泉にとって久々のチャンス到来です。

 

「もらっ……どぉあ⁉」

 

 シュートをダイレクトで撃とうとした竜乃ちゃんですが、昨晩の雨の影響でしょうか、やや滑りやすくなったピッチに足をとられ、体勢を崩してしまいました。何とか放ったシュートは完全に当たり損ねで、ボールは大きくゴールから外れてしまいました。竜乃ちゃんはピッチを手で叩いて悔しがります。

 

 

 

24分…和泉、桜庭から姫藤へのパスが福田にカットされる。常磐野のカウンター。福田→田村→原田と繋ぎ、DFライン裏に中野が走りこむ。

 

 

 

 パスカットから素早く繋がれて、あっという間にバイタルエリアまで攻め込まれてしまいました。相手FWが少し下がってボールを受け、すぐさま反転し、相手の左サイドから中盤の選手が私の後ろ側に向かって対角線上に進む、いわゆる「ダイアゴナルラン」の動きを見せます。そこにスルーパスが出ます。しかし、パスの勢いは若干緩めでした。カット出来ると思い、足を伸ばした次の瞬間……

 

「!」

 

 私は濡れたピッチで滑ってしまい、ボールを奪い損ねてしまいました。こぼれたボールを拾った相手選手が前に出てきた永江さんの位置をしっかりと見極め、左足で難なくゴールに流しこみました。これで同点、私のイージーミスで追いつかれてしまいました。

 

「ドンマイ。切り替えましょう」

 

 キャプテンや皆がそれぞれ声を掛けてくれました。私は黙って頷きました。しかし、ここから相手の攻勢はどんどん強まってきました。

 

 

 

26分…常磐野、左サイドのスローインから青木がアーリークロス(※早いタイミングの、浅い位置からのクロス)を上げる。右サイドから中央に入ってきた岡本が頭で合わせるも丸井が体を寄せたため、ボールはジャストミートせず、ゴール左に外れる。

 

29分…常磐野、斉藤から原田を狙ったロングパス。脇中が競り勝つもセカンドボール(※こぼれ球)を中野に拾われる。中野の横パスを受けた福田。そのまま攻め上がってシュートを放つが、ボールはゴール右に外れる。

 

30分…和泉、永江のゴールキック。龍波が競り勝つも、ファウルの判定。常磐野の素早いリスタート(再開)、後藤→福田。福田から速い縦パスが入りバイタルエリア付近でボールをトラップした原田、振り向きざまに強烈なシュートを放つもキーパー永江の正面。

 

 

 

 (この試合は35分ハーフ。練習のミニゲームなどでは、実質30分ハーフで行ってきました。体力面でやや不安が残りますが、この後の5分間をなんとか凌げれば…)

 

緑川が思考を巡らせる。ただ、局面打開の有効策が急に出てくるわけではない。

 

 

 

31分…松内のパスが相手CB(センターバック)にカットされる。再び常磐野のカウンター。中野が金子に預ける。金子がキープしている間、中野がその外側を回り込む。そして中野へのスルーパス。中野は池田の猛追を受けながら、ほとんど滑り込みながらクロスを中央へ上げる。右ウィングの岡本が飛び込む。

 

 

 

 相手選手の左サイドからのボールは低く速く、かつ鋭い弾道でした。相手が触ったら即ゴールに繋がるような質のボールでした。私の後方から相手の右ウィングの選手が、私の前に出てボールを押し込もうとします。私もそうはさせまいと必死に体を寄せます。結果、私の伸ばした足のほうが先にボールに触れました。しかし、結果は最悪のものでした。私が相手と競り合い、必死にクリアを試みたボールは自陣のゴールへと吸い込まれていったのです。これで1対2。相手の逆転です。記録は私のオウンゴール……。体を大の字にして倒れこんだ私は、しばらく起き上がることが出来ませんでした。

 

「気にするな、今のはトライにいった結果だ。しょうがない」

 

 そう言って、永江さんが私を引き起こしてくれました。しかし悪いことは続くものです。

 

 

 

34分…常磐野、右サイドで持った岡本がキープ。その後ろから西村が猛然とオーバーラップ。西村の動きを囮に使い、岡本短く中央に浮き球パス。2列目から飛び出してきた田村がボールをキープする。

 

 

 

 右サイドからもっと長いクロスが入ると思っていただけに、短めの浮き球は予想外でした。中盤の選手が前線に飛び出してボールを受け、ペナルティーエリアに侵入してきました。慌ててチェック(体を寄せ)に行った私は簡単にかわされそうになってしまいます。このままではマズいと思った私は、思わず相手選手の肩を掴みながら、ボールを獲りに行ってしまいました。倒れこむ相手の選手。主審は笛を鳴らし、ペナルティースポットを指差します。最悪です。ペナルティキック(PK)を与えてしまいました。呆然としていた私にキャプテンがなにやら声を掛けながら、ペナルティーエリア外に誘導します。そこから先のことはほとんど覚えていません。相手のFWが蹴ったPKは永江さんの逆を突いてゴールイン。これでスコアは1対3。強豪相手に2点のリードを許すという最悪の展開です。そこから数十秒、あるいは数分経ったのか、もう私には分かりませんでした。気が付いたときには、前半終了の笛が鳴っていました。10分間のハーフタイムです。

 

 

 

<和泉ベンチ>

 

 皆、私にどう声を掛けていいか迷っているようでした。その場に居たたまれなくなった私は

 

「顔を洗ってきます…」

 

 と言って、洗面所に向かいました。顔を洗った後も、しばらく頭を上げることが出来ませんでした。どうしてこうなってしまったのか?緊張?重圧?不慣れなポジションだったから?心の中で自問自答を繰り返します。そんなところに……

 

「なんて顔してんのよ」

 

 私が声のする方へ顔を向けると、そこにはある人物が立っていました。

 

「ヒカルさん……」

 

「昨日ウチに言いたい放題言ってくれた顔とは随分違うじゃない」

 

 私はつい昨日あったことに思いを馳せました。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第5話(3) ハーフタイムの救世主

 金曜日の放課後、ミーティング終わりにキャプテンに声を掛けられた私は、マネージャーとともに、学校の玄関前にいました。もう大半の生徒が出払っています。雨は先程のミーティング時よりは弱まってきて、小雨になっていますが、雨雲の様子から見て、また強く降り出しそうな気配がします。

 

「あの……ここに何が?」

 

「先程数学の先生とすれ違いました。そろそろ出てくるでしょう」 

 

 数学?不思議に思っていると、話し声がして、三人の女の子が玄関から出てきました。

 

「はぁ~ウザッ! 急に数学の補習とか何ナノ?」

 

「大体、ウチら文系だし。今更数学とか……ってヒカル? あれ……」

 

 三人は私と先日ひと悶着あった方々、成実さん、ヴァネさん、そして……ヒカルさんです。私たちの存在に気がついた成実さんが、スマホをいじっているヒカルさんに声を掛けます。顔を上げたヒカルさんは私たち……というかキャプテンに気付き状況を察したようです。

 

「なるほど……アンタの差し金ってわけね」

 

「お待ちしていました。突然の補習、お疲れさまです」

 

 キャプテンは大げさに両手を広げながら答えました。

 

「白々しい……何の用よ?」

 

「言わなくても分かっておられると思いますが……では、また雨も強くなりそうですし、単刀直入にお話しましょう。御三方とも、そろそろサッカー部に戻って来てもらえませんか? 実は明日“絶対に負けられない試合”があるのです」

 

 私は驚いた顔で、キャプテン、そしてマネージャーを見つめました。マネージャーは黙って頷きました。

 

「……」

 

「私がキャプテンになった昨秋から、こうして直接お願いするのは三度目ですね、美花さんの方からも度々お話があったと思いますが……」

 

「答えはNOよ、何度来ても同じ……」

 

 ヒカルさんが静かに答えます。

 

「では何故サッカー部に籍を残したままなのですか?」

 

「ガチの帰宅部っていうのは基本NGなんでしょ、この学校。転部とか今更面倒だからよ」

 

 この話はこれでおしまいといった感じで、ヒカルさんたちは私たちとすれ違い、校門の方へ向かいます。

 

「怪我、もう治っているのでしょう?」

 

 キャプテンの言葉に、ヒカルさんが立ち止まります。

 

「体もそうですし、心の方も……」

 

「何を言って……!」

 

「広瀬川沿いのとあるグラウンドで、三人でボールを蹴っていること……知っていますよ。蹴るだけじゃなくて走る方もすっかり問題ないみたいですね」

 

「バ、バレてた……」

 

 ヴァネさんが小さく呟きます。キャプテンが続けます。

 

「となると問題は心の方だと思っていましたが、それも克服したのではないですか?」

 

「……」

 

 ヒカルさんは無言を貫きます。

 

「先日のピロティーでの一件以来……彼女たちとボールを蹴り合って、貴方の心にもまた火が灯ったのじゃないですか?」

 

 キャプテンが私の方を振り返りつつ、話を続けます。

 

「あの日以来、練習の様子を覗いているの……気付いていますよ、非常階段の踊り場からね」

 

「め、目ざとい……」

 

 今度は成実さんが小声で呟きました。キャプテンがヒカルさんを真っ直ぐ見据えます。

 

「怪我からもうすぐ一年です。もう十分なんじゃないですか」

 

「勝手なことを……」

 

 そう言い捨てて、ヒカルさんは立ち去ろうとしました。すると……

 

「待って! ヒカルちゃん!」

 

 マネージャーがヒカルさんの元に駆け寄ります。

 

「勿体ないよ! 三人とも凄い才能を持っているのに! 私、小学校の頃から憧れていた……ああ、こういう人たちが上に行くんだろうなって……」

 

「上に行けなかったのよ、私たちは……」

 

 ヒカルさんが苛立ち気味に答えます。

 

「ジュニアユースからユースに上がれなかった人なんて一杯いるよ、それでもプロになった人だって一杯いる! 高校サッカーで頑張れば、プロの人はきっと見てくれている!」

 

 美花さんが捲くしたてます。ジュニアユースやユースとは話から察するに、ここ地元仙台のプロチーム『織姫仙台FC』の下部組織のことでしょう。

 

「ユースに上がれなかったのはきっと色々な理由があるんだと思う……でも、こう言ったらなんだけど……私、嬉しかったんだ。ヒカルちゃんたちと同じ高校に入れて。私は下手っぴだったから、中学までで選手は止めちゃっていて一緒にプレーは出来ないけど……でもサポートすることなら出来る! って思ったの。確かに怪我は残念だったけど、自分だけだって自棄にならないで! 上手く行かないときなんて、誰にだってあるよ! ちょっと待ってて……」

 

 目を逸らすヒカルさんに対してマネージャーは、段ボールから取り出した背番号7のユニフォームを突き付けます。

 

「見て、三人のユニフォームもちゃんと用意してあるんだよ! いつ戻ってきてくれても良いように! キャプテンも言ったけど、明日は市民サッカー場で大事な試合があるの! 三人の力が必要なの! ね? だから受け取って!」

 

「~~~、要らないわよ、そんなもの!」

 

 ユニフォームを渡そうとしたマネージャーの手を、ヒカルさんが払いのけます。ユニフォームが地面に落ちて、雨水に濡れます。そんな様子を見て、私は思わず口を開いていました。

 

「そんなもの……?」

 

 私はヒカルさんの前に進み出ます。

 

「サッカーを続けたくても続けられなかった人は大勢います。ユニフォームを手にしたくても届かなかった人も山ほどいます。でも、貴方はユニフォームに袖を通す資格がある。この間ボールを蹴って感じました……他人にとって喉から手が出るほど欲しい“才能”を貴方は持っている! それなのに貴方はその資格を手放そうとしている、たった一度や二度の躓きで……」

 

「アンタは躓いたことなんかないでしょう⁉」

 

「ありますよ! これからだってあるかもしれない! でも諦めない! 諦めたくない! 諦めるつもりも無い! 何故なら……」

 

 私は落ちたユニフォームを拾って続けます。

 

「このユニフォームには多くの人の思いが詰まっているから! 私にも貴方にも責任がある。これを託された責任が! ……躓いたら、また立ち上がれば良いんです。一人が無理なら、皆が助けてくれる。それがチームです。」

 

「……くだらない」

 

 ヒカルさんは私たちに背を向けて、歩き出しました。

 

「諦めないで下さい!」

 

 やや強くなってくる雨の中、私は大声で叫びました。ヒカルさんは一瞬だけ立ち止まりましたが、またすぐ歩き去っていきました。

 

 

 

 時間は戻って今日。突然のことに戸惑いを隠せない私を見て、ヒカルさんは笑いながら私の背中にまわってこう言います。

 

「途中からだけど見ていたわよ、三失点に絡む大活躍。なかなか見られるもんじゃないわね、それの重さにつまずいちゃったってやつ?」

 

 そう言ってヒカルさんは私の背番号10を指差します。

 

「……助けてあげるわ」

 

「え?」

 

「一人が無理なら、皆が助けてくれる。それがチーム……なんでしょ? だから助けてあげるわ、ウチらがね」

 

 気が付くと、ヒカルさんの後ろにヴァネさんと成実さんも立っていました。

 

「三人とも……! 来てくれたんだね! ありがとう!」

 

 私の様子を見に来たマネージャーが、三人の元に駆け寄ります。ヒカルさんが照れ臭そうに答えます。

 

「べ、別にお礼を言われることじゃないわよ」

 

「来てくれると信じていましたよ」

 

 そう言ってキャプテンがこちらに歩み寄ってきます。

 

「まあ欲を言えば、試合開始前に来て欲しかったのですが……」

 

「い、いや、場所と時間間違え……痛っ!」

 

「余計なこと言うなし」

 

 ヴァネさんのわき腹を成実さんが肘で小突きます。

 

「……駅から走ってきたわ。アップは十分よ」

 

 ヒカルさんの言葉に、キャプテンが満足そうに頷きます。

 

「それは結構。では早速、控え室でユニフォームに着替えてきて下さい、……と、言いたいところなのですが」

 

 皆が「?」となっている中、キャプテンはこう続けます。

 

「私はともかく、三人とも、美花さんには言うことがあるのではないですか?」

 

「い、いえ、良いんですよ、キャプテン! そういうのは!」

 

「いいえ美花さん、これもケジメですから」

 

 キャプテンは笑顔でそう言います。

 

「わ、悪かったヨ、ちょっと調子に乗ってた……」

 

「色々ゴメン、特にこの間は……悪かったし」

 

「……ごめん、美花。ウチが馬鹿だった。何もかも上手く行かないからって、勝手に腐って、でも……今日で終わりにする。だから見ていて頂戴」

 

「う、うん……!」

 

 美花さんは涙を拭って、三人の謝罪に応えます。キャプテンもその様子を見て頷きます。

 

「では御三方、着替えをよろしく。後半開始から三人同時に入ってもらいます」

 

 数分後、ユニフォーム姿となった三人が、皆の前に並びます。キャプテンがポンと手を叩いて、こう告げます。

 

「後半からこの三人に入ってもらいます。初めましての方もいると思いますので、簡単に自己紹介をお願いします。それではどうぞ」

 

「え?あ、ああ、アタシは谷尾(やお)ヴァネッサ恵美(えみ)。2-C。日本とブラジルのハーフ。ポジションはセンターバックだけど中盤やFWも出来るヨ、ヴァネって呼んで良いヨ。ヨロシク!」

 

石野成実(いしのなるみ)。クラスはヴァネと一緒。ポジションは中盤だけど、センターバックとGK以外ならどこでも出来るし。まあよろしくだし」

 

菊沢輝(きくさわひかる)……クラスは二人と同じ。ポジションはサイドハーフかな。よろしく」

 

「ありがとうございます。システムは変えません。三人に入ってもらうポジションは先程伝えた通りです……あ、先生どうでした、先方は?」

 

 常磐野ベンチから九十九先生が戻ってきました。急な交代についての許可をもらいに行ってきたようです。

 

「別に構いませんよ、だって。怖そうな人だと思ったけど、意外といい人かもね」

 

「点差もついたし、余裕の表れでしょうかね……丸井さん」

 

「は、はい」

 

「ごめんなさい、私の采配ミスです」

 

「ど、どうしたんですかいきなり」

 

「高校最初の試合にいきなり慣れないポジションで起用してしまって……後半は丸井さん本来のポジション、ボランチでのプレーをお願いします。それと……」

 

「?」

 

「昨日も言いましたが、あまり気負い過ぎないで下さいね。皆がついていますから。そうですよね、皆さん?」

 

キャプテンの言葉に皆が頷き、口々に声を掛けてくれます。

 

「ビィちゃん、良いパス頼むぜ!」

 

「桃ちゃん、頑張りましょう!」

 

「気楽に行こうー」

 

「皆……ありがとう!」

 

 私は皆にお礼を言いました。

 

 

 

<常磐野ベンチ>

 

 常磐野のコーチが呆れた様子で呟く。

 

「全く……遅れてきた三人をそのまま投入するですって? 試合を投げたのかしら?」

 

 そして選手たちに向かってこう告げる。

 

「いい、貴方たち? 後半はもっと点差を広げなさい! プレーぶりによってはBチームへの昇格もあるから各々気合いを入れていくこと、いいわね!」

 

「「はい‼」」

 

 選手たちの気持ちのこもった返事にコーチが満足気に頷く。そんな中、一人の選手がおずおずと手を上げる。

 

「コ、コーチ~こっちはメンバー変更なしですか~?」

 

「交代枠は五人だから、早い時間帯から順次変えていくわ……って天ノ川! 貴方は今日出すつもりはないわよ!」

 

「は、は~い」

 

 天ノ川と呼ばれた選手はそう言ってベンチにすごすごと戻った。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第5話(4) 練習試合 VS常磐野学園戦 後半戦

【後半】

 

基本フォーメーション

 

 

 

常磐野学園

 

___________________________

 

|            |             |

 

|   青木        |          池田 |

 

|          金子|   姫藤        |

 

|   斉藤   中野   |  武      脇中  |

 

|            |     石野      |

 

|村上   福田   原田|           永江|

 

|            |     丸井      |

|   後藤   田村   | 龍波      谷尾  |

 

|          岡本|   菊沢        |

 

|   西村        |         緑川  |

 

|            |             |

 

|____________|_____________|

 

                       仙台和泉

 

                    

 

 2点リードの常磐野はシステム・メンバーともに変更なし。和泉はシステム変更なしだが、三人を交代。趙→菊沢、松内→石野、桜庭→谷尾。丸井を中盤に上げた。

 

 

 

後半1分…常磐野、原田へのロングフィード(※ロングパス)、谷尾が跳ね返す。

 

 

 

「⁉ あの5番高くて強い⁉ 原田があっさり跳ね返された⁉」

 

 谷尾のヘディングを見て、常磐野ベンチから驚きの声が上がる。

 

 

 

後半3分…常磐野、パス交換から中野がゴールに迫るも石野がスライディングカット。

 

後半4分…和泉、カウンターから菊沢の鋭いクロスはDFにクリアされるも、走りこんだ石野がダイレクトボレーを放つ。ただジャストミートはせず、ゴール左に外れる。

 

 

 

 (あの8番……さっきまで自陣にいたのに、もうこちらのゴール前まで……)

 

常磐野コーチは交代したばかりとはいえ、石野の運動量に警戒を抱く。

 

 

 

後半6分…和泉、菊沢の後ろを緑川が走り抜ける。その動きを囮にし、菊沢が低い弾道のクロスを逆サイドに送る。走りこんできた池田が合わせるも、ボールはわずかに外れる。

 

 

 

「あ、思い出した! コーチ! 後半から入ってきた三人、織姫FCのジュニアユースにいたやつらですよ! 和泉に入っていたんだ!」

 

「何ですって⁉」

 

  常磐野ベンチにやや動揺が走る。その様子を見た緑川が呟く。

 

「もう一人忘れていますよ……!」

 

 

 

後半8分…和泉、丸井がピッチ中央でパスカット。右サイドに開いた姫藤にピンポイントでパスを通す。姫藤、中央にクロスを上げるが、DFにカットされる。

 

後半9分…和泉、丸井が常磐野DFのクリアボールを胸でトラップ。そのまま左足で対角線上の武にスル―パス。武シュートもDFにブロックされる。

 

後半10分…和泉、姫藤からサイドチェンジ。受けた菊沢、中央に浮き球でパスを送る。走りこんだ丸井、左腿でトラップして、右足でボレーシュートを放つもポストに当たる。

 

 

 

「何? あの10番……前半よりも明らかに動きが良くなっているわね、本職は中盤? ……待って、あのお団子頭どこかで見たことあるような……そうだ、丸井だ、中町中の丸井桃! あの『桃色の悪魔』! 和泉に入っていたのね⁉」

 

 コーチの発言に常磐野ベンチがまたどよめく。その声を聞いた菊沢が丸井に声を掛ける。

 

「有名人みたいね、お団子ちゃん」

 

「ううっ……嫌なんですけどね、あの呼び名……」

 

 

 

後半13分…和泉、石野の横パスを丸井がすかさず、縦パスを入れる。武が落として、姫藤が左足でシュートも常磐野MF福田に当たってゴールラインを割る。和泉のCK。

 

後半14分…和泉、左からのCK。菊沢、ニアサイドへ速いボールを送るも、DFがクリア。もう一度同サイドからのCKとなる。

 

 

 

 再びCKのチャンスを得ました。輝さんのキックの精度はとても高いです。様々な球種を蹴り分けられるため、常磐野守備陣も対応に苦慮しています。次はどのようなボールを蹴るのでしょうか。いずれにせよ左利きなので、この場合はゴールから遠ざかるボール、いわゆる「アウトスイング」の軌道になります。そんなことを考えていると、輝さんがボールをセットして顔をあげた時に、私と目が合いました。直感的に私はボールに近寄っていきました。ホイッスルが鳴り、助走をとった輝さんは先程と全く同じキックモーションながら、蹴る瞬間に足の向きを変え、私に短くパスを出しました。ショートコーナーです。完全に虚を突いたため、相手のDFの対応が遅れました。私は即座に左足から右足にボールを持ち替えて、体勢を整え、視界を確保しました。人が密集しているニアサイドよりもファーサイドの守備が手薄だと判断した私は、そちらに向かってボールを蹴りました。味方が誰もいない所に飛んでしまったかと思いましたが、成実さんが反応してくれました。成実さんはほとんどスライディングに近い形で、右足でボールを中央に折り返します。中央ではヴァネさんがフリーでした。長身の彼女のことも、当然常磐野DFは警戒していましたが、こちらの左右の速い揺さぶりが効き、マークを外すことが出来ていました。彼女が頭で難なく合わせて見事ゴール!これでスコアは2対3。1点差に詰め寄りました。

 

 

 

後半15分…常磐野、三人の選手交代。岡本→松田、金子→横山、田村→酒井。システム変更無し。それぞれそのままのポジションに入る。

 

後半17分…和泉、菊沢からのパスを受けた武、左足でシュートもGKの正面。

 

 

 

「くぅおお――! おい! カルっち!」

 

 龍波が菊沢に呼びかける。

 

「は? (カルっち?) 何よ?」

 

「アタシにもパスくれよ!」

 

「……FWには1試合に3回チャンスが巡ってくるっていうわ。焦らずドンと構えてなさい」

 

「そういうもんか……おし、分かったぜ!」

 

 (単純……まあ、確かにあのシュート力は魅力だけど、まだまだ未知数……同点に追いつくためには、アフロパイセンやツインテールちゃんに預けた方がより確実……悪いけど、今日は精々囮役ってところね)

 

 

 

後半20分…和泉、菊沢が左サイドに移ってきた姫藤にスルーパス。DFラインの裏に抜け出した姫藤、中央で待つ武に向かって速いクロスを送るも、GKが弾く。こぼれ球が龍波の元へ。龍波胸でトラップするも、シュートに手間取り、DFにクリアされる。

 

 

 

「んあぁぁ――! 焦っちまったぁ――!」

 

 頭を抱えて嘆く龍波に菊沢と姫藤が声を掛ける。

 

「次あるわよ! 切り替えて!」

 

「ドンマイ竜乃! ゴール前に詰めたのはナイスよ!」

 

 

 

後半21分…常磐野、選手交代。西村→中川。右サイドバック同士の交代。菊沢対策か。

 

後半23分…常磐野、右サイドから松田が突破を図るも、緑川がボールを奪う。

 

後半24分…常磐野、左サイドから横山がスピードに乗って仕掛けるも池田がカット。

 

 

 

「おお! 何だか凄いんじゃない⁉ キャプテンも池田ちゃんも!」

 

 九十九が興奮した様子で小嶋に話しかける。

 

「当然です! 二人とも去年のベスト16入りの立役者ですから!」

 

 

 

後半26分…和泉、丸井、石野とワンツーで、バイタルエリア手前まで進むも、常磐野MF福田に倒される。ゴール正面約25mの距離でFKフリーキックのチャンス。

 

 

 

 緑川がボールを菊沢に手渡す。

 

「任せましたよ」

 

 菊沢は黙って頷いた。小嶋がベンチで小さく呟く。

 

「これ位の距離なら、ヒカルちゃんにとってはPKを蹴るのと同じ……!」

 

 笛が鳴り、菊沢が短い助走から左足を振り抜いた。鋭い弾道のボールは常磐野DF五枚の壁の右上を抜けて、ゴール右上に吸い込まれていった。3対3、試合は振り出しに戻った。左手で小さくガッツポーズを取る菊沢に、谷尾と石野が真っ先に抱きつく。

 

「うおぉぉぉ! やっぱすげえヨ! ヒカルの左は!」

 

「大げさよ……」

 

「クールぶんなし! もっと喜べし!」

 

 

 

後半29分…和泉、丸井が姫藤とのワンツーで、再びバイタルエリア手前まで進む。ここで左サイドに展開。左に開いていた菊沢がフリーでボールを受ける。菊沢のクロスは常磐野DF中川に当たり、コースが変わる。

 

 

 

 輝さんにボールを繋いだ私は、すぐさまペナルティーエリア内に入りクロスを要求します。しかし、そのクロスは相手DFに当たってコースが変わり、ペナルティーエリア外の方に飛んでいきました。(ダメか……)と思った矢先、そこには竜乃ちゃんがいました。(何でそこに⁉)と思った時には、竜乃ちゃんは体を逆さにして撃つ、オーバーヘッドシュートの体勢になっていました。ボールを蹴ったと思った次の瞬間、エリア中央付近にポジションを取っていた私の元に強烈なボールが飛んできました。咄嗟に胸でトラップした私は左足でボレーシュートを放ちました。ブロックにきた相手DFにぶつかられ、私は倒れこみますが、ボールがゴールネットを揺らすのははっきりと見えました。これで4対3。私たちの逆転です。起き上がった私に皆が飛びついてきました。

 

「おっしゃ――! やったな、ビィちゃん!」

 

「流石桃ちゃん!」

 

「ナイスシュートやで!」

 

 私は皆の手荒な祝福を受けながら自陣に戻ろうとしましたが、右足に痛みを覚え、その場にしゃがみ込んでしまいました。キャプテンが駆け寄ってきました。

 

「大丈夫ですか?」

 

「さっき倒れた時に、右足をちょっと捻ったみたいです……」

 

 私の様子を見て、キャプテンがベンチの方に声を掛けます。

 

「白雲さん、交代です! 準備して下さい!」

 

「ま、まだ出来ます!」

 

「無理は禁物ですよ」

 

 私は残り5分で流ちゃんと交代することになりました。

 

 

 

後半30分…両チームメンバーチェンジ。和泉、丸井→白雲。常磐野、原田→天ノ川。

 

 

 

 緑川がポジションについて指示を飛ばす。

 

「秋魚、丸井さんのところに入って! 白雲さんは龍波さんと2トップの位置に!」

 

 一方、常磐野ベンチでは……

 

「まさか貴方まで投入したって監督に知られたら……」

 

 嘆くコーチに、天ノ川がのんびりした声色で答える。

 

「でも~負けたらもっとマズいですよ~?」

 

「……信じていいんでしょうね?」

 

「後5分か~まあ、1点位なら何とかなると思いま~す」

 

 天ノ川の姿を見て、小嶋が驚きの声を上げる。

 

「天ノ川さん……⁉」

 

「知っているの? あ、背番号10だ」

 

 九十九が小嶋に尋ねる。

 

天ノ川佳香(あまのがわよしか)さん……去年の全中でも活躍した青森あおもり蒼星そうせいの『天ノ川ツインズ』の妹さんの方です。そう言えば、今年常磐野に入ったんでした。まさか今日Cチームに帯同してたとは……」

 

「へ~そんな凄い選手には見えないけどね~結構背は高いけど、ぼんやりした感じだし」

 

「えぇ、やっぱり天ノ川さん⁉」

 

 ベンチに下がってきた丸井も驚く。

 

「あ、丸井ちゃんも知っているの?」

 

「ええ、似ている顔がいるなって思ってはいたんですが……髪型がちょっと変わりましたね、肩口まで伸ばしている」

 

 

 

後半31分…常磐野、ロングボール。天ノ川、谷尾との空中での競り合いを制し、こぼれ球に対し、素早く右足を振り抜く。鋭いシュートは、クロスバーを叩いて上に外れる。

 

「ああ~左だったらなぁ~」

 

 軽く空を仰ぐ天ノ川を、谷尾が尻餅を突きながら呆然と見つめる。

 

(アタシの方が吹っ飛ばされタ……⁉)

 

(シュートまでが速い、一歩も動けなかった……)

 

 永江も冷や汗をかいた。

 

 

 

後半33分…常磐野、バイタルエリアで天ノ川がパスを収める。和泉DF、武と石野が挟み込むもボールを奪えず、あっさりと前を向いた天ノ川、強烈な左足のシュート。谷尾が体を張ってシュートブロック。

 

 

 

(強めに当たったのに、ビクともせんとは……)

 

(そこまで体格大きいわけでも無いのに……何なんだし)

 

(利き足は左かヨ……しかし何つーシュートだヨ)

 

 わずか二度のプレー機会にも関わらず、天ノ川は強烈な存在感を見せた。しかし、時計は後半35分を迎えようとしていた、主審が示したアディショナルタイム(追加時間)は2分。後少し耐えれば和泉の勝ちである。

 

 

 

後半35分……常磐野、ロングボールを前線へ。天ノ川が競り合いを制し、頭で落とす、走りこんだ酒井のシュートは脇中がブロック。こぼれ球を拾った緑川が前方へクリア。

 

 

 

 キャプテンが大きく前にボールを蹴り出しました。ライン際を飛んだボールは、前がかりになった常磐野DF陣の裏に転がっていきます。左サイドにポジションを取っていた流ちゃんが全速力で追いかけます。相手DFとの競争に勝った流ちゃんは縦に大きく抜けだしました。

 

「ナッガーレ、よこせ!」

 

 竜乃ちゃんがゴール前中央に勢い良く駆け上がり、ボールを要求します。繋がれば1点ものですが……。輝さんが叫びます。

 

「そのままキープで良い! 時間使って!」

 

 しかし、流ちゃんはクロスを選択しました。ですが、クロスは戻ってきたDFの伸ばした足に当たり、ペナルティーエリア内の上に大きく上がります。

 

「くっ!」

 

 竜乃ちゃんがヘディングを狙いますが、前に飛び出したGKがパンチングで弾きます。こぼれ球は常磐野DFが拾って繋ぎます。前方に大きくフィードしようとしますが……

 

「へ~い、こっち~」

 

 何と天ノ川さんがセンターライン付近まで下がってきていました。常磐野の選手も一瞬戸惑ったようですが、ボールを天ノ川さんに送ります。輝さんが激しく体を寄せます。しかし、そんなマークをものともせず、彼女はクルっと前を向き、そのまま何とシュートモーションに入りました。まだゴールまでおよそ40mの位置です。ただ瞬間的に嫌な予感はしました。その予感を感じ取ったのか、聖良ちゃんが激しく当たりに行きました。流石の天ノ川さんもバランスを崩して倒れ込みます。これがファウルとなって、常磐野のFKになりました。この局面で1点負けているチームが取る方法はほぼ一つ。GKも含めてほぼ全員が敵陣ゴール前まで上がるパワープレーです。当然、常磐野のGKも上がろうとしましたが、天ノ川さんはそれを制しました。そして自らボールを置き、長い助走位置を取ったのです。

 

「え⁉ あの位置から直接狙うつもり⁉」

 

 マネージャーが驚きの声を上げます。戸惑いつつ、永江さんも指示を送ります。

 

「壁2枚だ!」

 

 それを聞き、輝さんが竜乃ちゃんを呼び寄せボールから9m離れた位置に壁を形成しました。輝さんは竜乃ちゃんを自らの左側、ボールの正面に立たせます。良い判断です、長身の彼女の頭上を狙えばボールはそのまま大きくゴール上に外れます。それを避けて、左右にカーブをかけて狙っても、ゴール前の密集地帯にぶつかってしまいます。輝さんは竜乃ちゃんに何やら話しかけています。

 

「相手が蹴るタイミングで上に飛ぶのよ、両手は体にピタッとくっつけて、そうすればボールが当たってもハンドにならないわ」

 

「わ、分かったぜ」

 

 笛が鳴りました。天ノ川さんはゆっくりとしたスピードでボールに向かいます。ただ、キックのインパクトのその瞬間は速く感じました。放たれたボールは、ジャンプした竜乃ちゃんのわずか左上を通過しました。これは外れたと私は思いました。しかし……

 

「無回転⁉」

 

 マネージャーがそう叫ぶと、ボールがグッと左斜め下に落ち、ゴールの右上隅に突き刺さりました。永江さんも飛びつきましたが、このコースは取れません。ほんの一瞬の静寂の後、常磐野の選手たちが喜びを爆発させました。これで4対4、同点です。主審が笛を吹き、試合終了を告げました。後残り数秒というところで、勝利が私たちの手から逃れていきました……。

 

 

 

 挨拶を終え、ベンチに戻ってきたメンバーは茫然としていました。しばらく声も出ませんでしたが、先生が声を掛けます。

 

「ナ、ナイスゲームだったわよ皆! 引き分けなんだから負けじゃないわ!」

 

 先生の言葉に皆も少し元気を取り戻しました。

 

「せやな、負けてはおらへんな!」

 

「首の皮一枚繋がったー」

 

 キャプテンが皆に声を掛けます。

 

「皆さん、お疲れ様でした。クールダウンをしてから、控室に下がりましょう。丸井さんは念の為ですが、急いで病院に行ってきて下さい。先生、お願いします」

 

「わ、分かったわ。じゃあ丸井さん帰る準備して。私、車回してくるから」

 

 十分後、駐車場で先生と合流しました。病院に向かおうとすると、キャプテンが先生に話しかけました。

 

「先生、ケジメ第1弾の件ですが……」

 

「えっ⁉ 焼肉のやつ? い、いや、確かにナイスゲームとは言ったけど、ほ、ほら、あの。引き分けだったし……」

 

「皆には内緒で丸井さんにだけ何か奢ってあげて下さい、今日のMVPですから」

 

「ま、まあ、そういうことなら……丸井ちゃん後半凄かったもんね」

 

「そ、そんな!大層なものじゃ……それに奢りなんて悪いですよ!」

 

 恐縮する私に対してキャプテンは声を掛けます。

 

「余計な負担を掛けてしまったお詫びだと思って下さい」

 

「は、はぁ……」

 

 その後私たちは病院に向かい、検査をしてもらいました。結果は軽い捻挫で、1~2日で治るというものでした。私はホッと胸を撫で下ろしました。そして病院近くのカツ丼屋さんに入りました。

 

「さあ、何でも好きなもの頼みなさい!」

 

「や、やっぱり悪いですよ……」

 

「子供が遠慮するもんじゃないわよ、お腹空いたでしょ?」

 

「で、では……」

 

 私は『テラビッグチキンカツ丼』を頼みました。先生が何やら唖然としています。

 

「こ、これ食べるの? 丼ぶりがテーブルの半分近くを占めているけど……」

 

「いっただっきま~す♪ ……う~ん美味しい♪」

 

「ま、まあ、それは何よりだわ、ってかもう半分近く食べてるし……って、ねぇ、あの子!」

 

 先生が隣のテーブルを見るように促してきます。私が振り返るとそこには何と……

 

「⁉ 天ノ川さん⁉」

 

「丸井ちゃんと同じの食べているわね……って空の丼ぶりが一つ⁉ 二杯目ってこと⁉」

 

「ま、ま……」

 

「ん? どうしたの丸井ちゃん?」

 

「負けた……!」

 

そういって私は悔し涙を流しました。

 

「えぇっ、泣くタイミングそこなの⁉」



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第6話(1) 嵐の転校生

「……突然ですが、転入生を紹介します」

 

 常磐野Cチームとの練習試合から二日後の月曜日。朝のホームルームで、知子先生がこう切り出しました。教室がざわつきます。

 

「え? 転入生?」

 

「この時期に……?」

 

 入学して約2週間というこの時期に転入とは、かなり異例のことだと思います。皆と同じように私も首をかしげていると、先生が廊下に向かって呼びかけます。

 

「どうぞ、入ってきて」

 

 突如大音量の音楽が流れてきました。あまり音の大きさに私は思わず両耳を抑えます。どこかで聴いたことのある曲です。そう、これはオペラ『アイーダ』の「凱旋行進曲」です。何故オペラなのか?そう思っていると教室のドアがガラッと開き、一人の女の子が入ってきました。目鼻立ちの整った美人さんです。髪型は黒髪ロングのストレートで、特別大柄という訳ではありませんが、スラリとしたスタイルをしています。後ろからは何故か黒子姿の女性が付いてきて、紙吹雪を頭上に盛大にばら撒いています。扇子で自らを扇ぎながら、ゆっくりと教壇中央まで進み出てきた彼女は、扇子をパタッと閉じると、口を開きます。

 

「~~~~~! ~~~~……」

 

 大音量のアイーダが延々と流れて続けているため、何を言っているのかさっぱり分かりません。そのことに気付いた彼女は、閉じた扇子をビシッと黒子さんに向けます。黒子さんは慌てて携帯型音楽プレーヤーを懐から取り出し、音楽を停止しました。黒髪の彼女は、はあ、とため息をつき、扇子をちょんちょんと廊下の方に振りました。下がってよろしいという合図でしょうか。黒子さんはペコッと一礼をして、足早に教室を出ていきました。黒髪さんはコホンと咳払いをして、改めて口を開きました。

 

「オ~ホッホッホ! ご機嫌麗しゅう、平民の皆々様。本日よりこのわたくしと机を並べられること、光栄に思いなさい」

 

 笑い方がオ~ホッホッホという人を生まれて初めて見ました。身振り手振りを交えて、これでもかと大げさに話す彼女に対して、私も含めてクラスのほぼ全員が同じことを考えたはずです。(あ、おかしな人……!)と。先生が恐る恐る話しかけます。

 

「あの~まずはお名前をお願い出来るかしら……」

 

「はっ! これはこれは、大変失礼を致しましたわ。わたくしともあろうものが名乗りを忘れるなんて……そう、わたくしの名前は……」

 

 そう言いながら、黒板の方に向き直り、チョークを手に取り、自分の名前を書きました。……が、読めません。黒板に書かれた字があまりにも達筆すぎるためです。戸惑っていると、彼女自身が答えを教えてくれました。

 

伊達仁健(だてにすこやか)ですわ! 以後お見知り置きを‼」

 

 教室にまたざわめきが起こります。

 

「伊達仁ってもしかしてあの……?」

 

「超有名なお金持ちじゃん……」

 

 そうです、伊達仁グループといえば、ここ仙台を中心に世界的に展開し、幾つもの国際的企業を傘下に収める、地元では知らぬもののいない、一大コンツェルンです。察するに、彼女はそこのご令嬢ということでしょうか。しかし、何故この学校に?そして、この時期に?色々と考えていると、彼女自身がまた口を開きました。

 

「わたくしがこの学校にやってきた理由はただ一つ……そう、龍波竜乃! 貴方との決着をつける為ですわ‼」

 

 そう言って、健さんは扇子をビシッと眼の前に座る竜乃ちゃんに向かって差しました。……と言っても竜乃ちゃんはこの騒ぎの中、未だ豪快に寝ています。腕組みをして、大口を開けて天井に向けています。もはやこのクラスでその姿は日常的なものになっているため、大して気にも留めていなかったのですが、やっぱり変です。

 

「~~~! お、起きなさい! 全く貴女という人は本っ当に……!」

 

「……あ~ん?」

 

「ひっ!」

 

 竜乃ちゃんに一睨みされて、健さんが怯みました。竜乃ちゃんは人に起こされると超不機嫌になるのです。

 

「ん~? お前は確か……」

 

「や、やっと目覚めましたか! そうです! 貴女の永遠の好敵手、伊達仁……」

 

「zzzzz……」

 

「寝るな――‼」

 

 そんなやり取りをこの後二回程繰り返し、ようやく竜乃ちゃんが目覚めました。

 

「んだよ、誰かと思ったらスコッパじゃねーか、なんでここに居るんだ?」

 

「スコッパ……?」

 

 思わず疑問を口にしてしまった私に対して、竜乃ちゃんが振り返って説明します。

 

「いやあ中学の時、コイツ何かとアタシに突っかかってきてさ~。あんまりしつこいから、『お前、毎回○―チ姫を攫う○ッパみてえだな』ってことで……」

 

「ああ……」

 

 聞いた私が愚かでした。

 

「せ、せめてスコッチとかなら? わたくしの事をからかいつつも、どこか親しみを感じられて、尚且つお互いの距離感もグッと縮まったように思えて? わたくしも正直悪い気はしませんのに……って、そ、そうではなくて! このわたくしから勝ち逃げは許しません! 高等部にいらっしゃらないと思ったら、こんな所にいるとは……!」

 

「……どこに行こうがアタシの勝手だろ。大体勝ち逃げってなんだよ」

 

「ふっ、ここであったが百年目! わたくしと勝負をしていただきます!」

 

「勝負って言われたら……まあ受けるしかねえけどよぉ……」

 

 竜乃ちゃんはあまり気乗りはしないようでしたが、健さんからの挑戦を受けて立つこととなりました。

 

 

 

「……では、学生らしい対決といきましょうか」

 

「学生らしい……?」

 

「学生の本分は勉強! よって学力対決です! 五教科テストの合計得点で競いましょう!」

 

「テスト~? 問題はどうすんだよ?」

 

「それは今から教員の皆さま方に作っていただきましょう」

 

「え⁉ 私たちが作るの?」

 

 先生が露骨に不満そうな声を上げます。

 

「理事長さんに特別手当について相談してあげても……」

 

「五分で作ってきま――す‼」

 

 先生はダッシュで教室の外へ消えていきました。ダメだ、あの先生……。そして五分後、

 

「作ってきたわ!」

 

「マ、マジか……」

 

「では早速参りましょうか! まずは国語からですわ!」

 

「せっかくだから皆もやりましょう! 抜き打ちテストよ!」

 

「「ええっ⁉」」

 

先生の思い付きに対してクラス全員で思わずハモってしまいました。とんだ巻き込み事故です。これはエラいことになった……と思いながら、私たちも五教科テストに臨むことになりました。む、難しい……私は頭を抱えてしまいました。これは高一の四月の時点で解ける問題ではないのではないでしょうか。最前列の方を見てみると、健さんが凄まじい勢いで問題を解いていっています。一方、竜乃ちゃんも一応ペンを持って起きてはいますが、問題を解いているのかどうかはよく分かりません。五教科全てがその調子でした。

 

「はい、時間です! それでは答案を回収します」

 

 何か無駄にぐったりしてしまいました。先生は採点すると言って再び教室を出て行きました。というか、ホームルームだけではなく、授業時間も大幅に使ってしまっていますが、大丈夫なんでしょうか、この学校……。しばらくして先生が戻ってきました。

 

「お待たせしました。採点が終わりました。まず伊達仁健さん……合計493点!」

 

「「おお~」」

 

 ほぼ満点という好成績に教室がどよめきます。

 

「オ~ホッホッホ! 至極当然の結果ですわ! わたくしこの春休み中に、高校レベルの学習内容は既に済ませておりますの。それ程大騒ぎすることではありませんわ」

 

 そう言いながらも、健さんは満更でもない様子です。

 

「では、龍波竜乃さん……498点‼」

 

「んなっ……⁉」

 

「「ええっ⁉」」

 

 まさかの高得点に私も思わず声を出してしまいました。

 

「ああ~数学のあそこ、ミスったか~」

 

 嘆く竜乃ちゃん。唖然とする周囲。私も失礼ですが、竜乃ちゃん頭良かったんだ……と思ってしまいました。

 

「そ、それではこの勝負は龍波さんの勝利ということで……」

 

 先生の言葉に反応した健さんはガタっと立ち上がり、隣の竜乃ちゃんをビシッと指差して、こう言い放ちます。

 

「ま、まだよ、勝負はこれからですわ!」

 

「え~? まだやんのか? もう昼だぞ?」

 

 竜乃ちゃんがウンザリした様子で答えます。午前の授業時間はすっかり終わってしまいました。しかし、私たちまでテストを受けた意味はあったのでしょうか……。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第6話(2) 茶番、再び

 場所を大講堂ホールに移して、健さんが高らかに叫びます。

 

「では今度は女子らしい対決と参りましょうか!」

 

「女子らしい~?」

 

「女子らしさ、即ち可愛さや美しさで競いましょう! ファッションショー対決です!」

 

「ファ、ファッションショーだぁ~?」

 

「左様ですわ。この大講堂ホールの舞台上に特設したステージの上で、簡単なウォーキング&ポージングを行います。舞台袖には多くの衣装を用意させております。ただまあ、自由過ぎるというのもアレでしょうから、特別な趣向を凝らしました」

 

「趣向?」

 

「そうです、この箱に先程クラスの皆さまに書いて頂いたキーワードが幾つか入っております。ランダムにキーワードを選出し、そのキーワードに沿ったテーマの衣装を着て、このステージ上で互いにご披露致します。どちらがより魅力的であるか……そうですわね、結果はこうしてお集まり頂いたギャラリーの皆さまによる拍手の数の多さで決めましょうか」

 

「何の馬鹿騒ぎよ、これは……」

 

 気が付くと、私の隣の席には聖良ちゃんが座っていました。いつの間にか、大講堂ホールには私たち1-C以外の生徒たちもギッシリと詰めかけていました。時間的にも昼休みですし、この大騒ぎですから、それもやむを得ないでしょう。

 

「それでは僭越ながらキーワードの選出と発表を行わせて頂きます!」

 

 マイクを持った女の子がステージ中央で叫びます。あ、同じクラスの放送部の子です。臨時で司会進行を任された様です。彼女が箱から引いた紙を広げ、キーワードを発表します。

 

「キーワードは……『天性』です! シンプルに漢字二文字で天性! あくまでもキーワードですから、このワードから連想したテーマの衣装を身に着けて頂きます」

 

「『天性』ですか、ふむ、なかなか奥が深いキーワードですわね……!」

 

「それでは、これからお二人には舞台袖で衣装を選んでもらい、特設更衣室で着替えてから順に、こちらのステージで御披露目して頂きます!準備はよろしいでしょうか?」

 

「ええ、宜しくてよ」

 

「ちょ、ちょっと待った!」

 

 竜乃ちゃんが声を上げます。

 

「ファッションとかさ、アタシはそーいうのにはちょっと疎いんだ、助っ人を一人呼んでも良いか? なぁ桃ちゃん、ちょっと力を貸してくれ!」

 

 竜乃ちゃんからの突然の呼びかけに私は困惑してしまいます。

 

「え、ええ……?」

 

「ちよっと竜乃! こんな茶番に桃ちゃんを巻き込むんじゃないわよ!」

 

「頼む、学食の『サバのみそ煮サンドイッチ』優先購入券譲るから……」

 

「竜乃ちゃん、準備して」

 

「桃ちゃん⁉」

 

「よ、よろしいんでしょうか、伊達仁さん?」

 

「オ~ホッホッホ! 別に構いませんわ、助っ人の一人や二人」

 

「で、では改めて、お二人とも準備をお願いします!」

 

 私は竜乃ちゃんとともに、舞台袖に向かいました。そこには、健さんの言ったように、沢山の衣装がズラリと並んでいました。

 

「こ、こんな大量な服をいつの間に用意したんだ……金の使い方絶対間違っているだろ……なぁビィちゃん?」

 

「……『天性』……持って生まれたモノ……」

 

「ビ、ビィちゃん……?」

 

 私はキーワードを思い返しながら、何度も竜乃ちゃんと衣装群を見比べます。

 

「……! これだ! 竜乃ちゃんこの衣装絶対似合うよ! これにしよう!」

 

「ええっ⁉ こ、これを着るのか⁉」

 

約十分後、準備を終えて、私は自分の席に戻りました。すると司会者さんが再び壇上に上がり、マイクを手に取りました。

 

「えー……それでは皆様お待ちかねぇ! いよいよお時間です! より魅力的に、より華麗に衣装を着こなすのはどちらか! この運命の決戦の勝敗を決するのは……そう、貴方たちです! 心の準備は出来ているか――!」

 

「「うおおぉぉぉ‼」」

 

 司会者さんも観客の皆も異常な程に盛り上がっています。ダメだこの学校……。

 

「まず舞台下手より登場するのは、誰が呼んだか、『金色の破壊龍』! そのスケールは無限大! 龍波竜乃の登場だ―――‼」

 

「「うおおぉぉぉぉ‼」」

 

「うぅ……ハズい……」

 

 これから格闘技の試合でも始まるのかという無駄に熱い前フリの後に、竜乃ちゃんがそろそろと舞台中央に進み出てきました。司会者さんのハイテンションぶりと反比例するかのようなローテンションです。それもそのはず、竜乃ちゃんにとってはとても恥ずかしい恰好だからです。私が彼女に選んだ衣装は、○ィズニー映画に出てくるプリンセスが着ていそうな水色のフリフリなワンピースドレスです。一瞬ですが、場内が静まり返ります。しかし、その後……

 

「「か、かわいい――!」」

 

皆のリアクションが見事なまでに一致しました。思った通りの好反応に、私は左手で小さくガッツポーズを取りました。

 

「龍波さん、似合い過ぎてヤバいんだけど!」

 

「っていうか、知ってはいたけど、改めて見るとスタイル良すぎでしょ!」

 

「F組のあの娘とタメ張れるレベルじゃない、マジで?」

 

「……テーマは『天性のプリンセス』! なるほど、持って生まれた美しさをそのままお届けするということですね!」

 

「は、恥ずかしいことを言うんじゃねえ! 大体なんだよ、そのテーマ⁉ アタシが決めたことじゃねーし! ……ってか、あ、あんまジロジロ見るな――‼」

 

 そう言って竜乃ちゃんは体を隠すようにしてしゃがみ込んでしまいました。ですが、歓声はなかなか止みません。

 

「……悔しいけど、本当になんでも着こなすわねアイツ……」

 

腕組みをしながら、聖良ちゃんが呟きます。

 

「では龍波さん! 判定までその場でしばらくお待ち下さい~」

 

「でぇぇっ⁉ このまま待つのかよ! もう何でもいいから早くしてくれ~!」

 

「舞台上手より登場するのは、これまた誰が呼んだか『黒髪の暴風』! その奔放さは留まることを知らない! 伊達仁健の登場だ――‼」

 

「「うおおぉぉぉぉぉ‼ ……んん?」」

 

 これ以上無い程の盛り上がりぶりを見せていたホールですが、健さんの登場とともにトーンダウンしてしまいました。何故なら、颯爽と現れた彼女の姿がどうにもこうにも奇妙なものだったからです。まるで、ゲームやアニメの世界から飛び出してきたかのような、銀色の鎧に身を包んでいるのです。しかもその鎧、胸元やおへそ、太ももなどの部分が露になっており、防具としての体をまるで成していません。

 

「え、え―っと、伊達仁さん、そのお衣装のテーマは?」

 

 戸惑いつつ、司会者さんが尋ねます。健さんは鎧をガシャンガシャンいわせながら、よくぞ聞いてくれましたとばかりに答えます。

 

「フフフ……今回のテーマは『天性を極めたら女騎士になった件』ですわ!」

 

「う、うーん……すみません、もう少し具体的に教えて頂けると助かるのですが……」

 

「『天性』とは即ち天から授かった性質! つまりわたくしの場合は、名前の通りの健全かつ健康な肉体美! そして何物も恐れぬ勇ましさ! この二つを的確に表現できるのは、この騎士の鎧を置いて他に無い! そう判断したのです」

 

「そ、そうですか……皆さん分かりましたかね? で、では判定に参りましょうか。先程もご説明したとおり、良かったと思った方に拍手をお願いします。拍手の量が多かった方が勝利となります。……ではまず、龍波さんが良かったと思う方、拍手をお願い致します!」

 

「パチパチパチパチ……‼」

 

会場割れんばかりの拍手喝采です。自信満々だった健さんの表情が一変します。

 

「……では、伊達仁さんが良かったと思う方、拍手をお願い致します!」

 

「……パチ……パチ……」

 

申し訳ない程度のまばらな拍手です。健さんは信じられないと言った表情です。

 

「勝者、龍波竜乃‼」

 

「ち、ちょっとお待ちになって! このままでは納得がいきませんわ! 皆様方の審査基準の説明を求めます!」

 

「い、いや、私に聞かれても……ど、どなたかお願いできますか?」

 

 司会者さんが会場を見渡します。すると聖良ちゃんが手を挙げました。

 

「で、ではそちらのツインテールの方、お願いします」

 

促された聖良ちゃんはゆっくりと立ち上がり、理由を説明し始めます。

 

「……まず、ファッションショーに鎧というのが単純に意味不明。次に健全かつ健康な肉体美=大胆な露出になるっていう思考回路が理解不能。あと、勇ましさというよりイヤらしさのアピールになってしまっていない? 大体その恰好だと『天性を極めたら~』っていうよりも『転生したら~』って感じよね。まあとにかく、何が言いたいのかって言うと……『残念』ってことかしらね」

 

「ごふッ!」

 

「あ――っと、伊達仁さんにつうこんのいちげき!せんとうふのうか⁉」

 

 謎の擬音を発し、その場に崩れ落ちる健さん。流石は聖良ちゃん、ドリブルだけでなく、ツッコミもキレ味抜群です。

 

「わ、わたくしの負けですわ……」

 

 その時、予鈴が鳴りました。昼休みが間もなく終わります。皆ぞろぞろとホールを出て行きました。ステージ上にポツンと取り残された竜乃ちゃんが呟きました。

 

「え? い、良いんだよな? もう着替えても……?」



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第6話(3) 宿命のPK対決

「あ~エラい目に遭った……」

 

 放課後、部室から練習着に着替えて出てきた竜乃ちゃんがうんざりした様に言いました。

 

「大変だったね……」

 

「あれ? 桃ちゃん、練習出るの? 捻挫平気なの?」

 

 竜乃ちゃんに続いて、部室から出てきた聖良ちゃんが私に尋ねます。

 

「いやまだ一応様子を見ないとダメだから……キャプテンとマネージャーに聞きたいことがあってね。それが済んだら、今日は先に上がらせてもらうよ」

 

「そうなんだ」

 

 そんなことを三人で話しながら、グラウンドに向かうと、黒の上下のトレーニングウェアに身を包んだ女の子が、準備運動をしながら待っていました。

 

「……おいスコッパ、何してんだよ?」

 

 健さんが振り返って答えます。

 

「ああ、全く待ちくたびれてしまいましたわ。今度はサッカーで勝負と参りましょう!」

 

「なんでそうなるんだよ! もう決着は着いただろうが!」

 

「先程は確かにそうでしたわね。ただ負けっ放しというのは伊達仁家の女には許されませんの。わたくしは勝つまで貴女に挑み続けますわ!」

 

「さっきあんな醜態を晒したのに……鋼のメンタルね……」

 

 聖良ちゃんが半分感心したように呟きます。

 

「しつけーんだよ! 練習の邪魔だから、今日はもう帰れよ!」

 

「その点についてはご心配なく。既に主将さんには話をつけてあります。なに、大してお時間はとらせませんわ」

 

「ぐ……だ、大体サッカー出来んのかよ、お前!」

 

「その点についてもご心配なく」

 

 そう言って健さんは、足元にあったボールを軽く蹴り上げると、首を少し傾げ、自分の肩と頬の部分で落ちてくるボールを挟みこみました。

 

「ぬっ!」

 

「例えばこんなことも……」

 

 健さんが自分と竜乃ちゃんの間に、ボールを転がします。そして両の足でボールを前後に挟んで擦りあげるようにして、ボールを浮かせます。さらに踵を使って、ボールを自らの背中から頭上に蹴り上げます。放物線を描いたボールは竜乃ちゃんの頭上も通過します。健さんは竜乃ちゃんの脇を走り抜けて、ボールを膝でトラップします。

 

「ヒールリフト!」

 

「今のやられると大分屈辱よね……」

 

「ぐぬぬ……!」

 

「伊達仁家の教育方針として、幼少時に一通りの習い事やスポーツは学びます。ご覧のようにサッカーも大抵の技術は習得済みですわ」

 

「基本技術に関しては竜乃より圧倒的に上ね……」

 

「さて、どうしましょうかしらね……一昨日の試合を見る限り、単純なテクニックなら勝負になりませんわね……」

 

「何だと⁉ 見てやがったのかよ⁉」

 

「あの時のギャラリー……!」

 

「ああ、そういえばそこのお団子の貴女。試合を見たところ、貴女がこのチームの中心のようですわね。何か上手い対決方法は無いかしら?」

 

「え? そ、そうですね……う~ん、PK対決とか……?」

 

「! それは名案ですわ! では竜乃さん、PK戦で勝負と参りましょう!」

 

「よっしゃ! 受けて立つぜ!」

 

 その場の思い付きで言ったら、大変なことになってしまいました。

 

 

 

 ペナルティースポット(PKを蹴る場所)にボールをセットした健さんがゴールマウス(ゴール前面の辺り)に立つ竜乃ちゃんに話しかけます。

 

「流石にお分かりかとは思いますが、PK戦とは交互に5本ずつボールを蹴って、相手より多くゴールを決めた方が勝ち、というルールですわ。まあ、先に3本成功し、相手が3本失敗した場合は5本目までいかない場合もありますけども……」

 

「何でもいい! とにかく全部止めて、全部決めりゃ良いんだろ!」

 

 竜乃ちゃんはそう言って、キーパーグローブをはめた両手をバンバンと叩きます。ちなみにグローブは脇中さんから借りました。

 

「……ではマネージャーさん、開始の笛をお願い致しますわ」

 

「……先攻、1本目です!」

 

 マネージャーが笛を吹きます。

 

「止められるものなら止めてごらんなさい……!」

 

 そう呟いて、健さんが短めの助走から、右足を振り抜きます。鋭く速いシュートがゴール左上に突き刺さりました。

 

「上手い! インフロント(足の親指の付け根あたり)を使って蹴った!」

 

「普通PKでインフロントはあまり使わないけどね、上に吹かしちゃうかもしれないし。しかもあの際どいコースを狙うなんて……度胸も技術もあるわね」

 

 聖良ちゃんも素直に感心しています。

 

「オ~ホッホッホ! 全部止めるのではなくて?」

 

「くっ、次だ、次!」

 

「確かに反応はしていたわね」

 

 いつの間にか輝さんが私たちの隣に立っていました。キッカーとキーパーが入れ変わって、今度は健さんがゴールマウスに立ちます。健さんはキーパーグローブを自前で用意したようです。両手を広げて、やや前傾姿勢を取ります。構え方はなかなか様になっています。

 

「さあ、来なさい!」

 

 笛が鳴って、竜乃ちゃんがボールを蹴りました。強烈なシュートがゴールネットに突き刺さります。健さんは一歩も動くことが出来ませんでした。

 

「よし! これで同点だ!」

 

「な、なんですの? 今のシュートは?」

 

 健さんは驚きを隠せません。

 

「……正直、ほぼ正面でコースは甘かったけど、抑えはきいていたわね」

 

「昨日の練習後、付きっ切りで教えていましたものね」

 

 キャプテンがこれまたいつの間にか、輝さんの隣に来ていました。

 

「人聞きの悪いこと言わないで……アイツが教えろってしつこいから教えただけよ」

 

「ふふ、まあそういうことにしておきましょうか」

 

 2本目先攻、健さんの番です。今度は1本目とは逆の方向であるゴール右上にインステップで良いシュートを放ちましたが、竜乃ちゃんが横っ飛びでこれを弾き出しました。

 

「なっ⁉」

 

「止めた⁉」

 

 これには健さんだけでなく、見ている私たちも驚きました。

 

「へへっ、どうよスコッパ! PKってのはな、軸足の向きで大体蹴る方向が予測出来るんだよ!」

 

誇らしげに話す竜乃ちゃん。頭を抑える輝さん。笑うキャプテン。

 

「ネタばらししてどうすんのよ……」

 

「ふふっ、それにしても今のを止めたのは凄いですよ」

 

 キャプテンの言った通りです。健さんのシュートは良いコースに飛んでいました。予測がついていたとはいえ、防いだのは凄いことです。2本目の後攻、竜乃ちゃんが蹴ります。

 

「おりゃ!」

 

「どうぉ⁉」

 

「なにっ⁉」

 

 なんと今度は健さんが、竜乃ちゃんのシュートを弾きました。輝さんが再び頭を抑えます。

 

「なにっ⁉ じゃないわよ……またほぼ正面じゃない。コースを狙えって言ったのに……」

 

「で、でも止めたのは凄いですよ」

 

「止めたっていうかほとんど当たったって感じだけどね、ただ竜乃のあの凶悪なシュートにビビらないで向かっていくのはあのお嬢様も大した根性ね……」

 

聖良ちゃんはまた健さんに感心したようです。これで1対1、次は3本目になります。健さんの放ったシュートは竜乃ちゃんの逆を突きました。

 

「ぬぉっ⁉」

 

「今、軸足の向きとは逆に蹴った!」

 

「言うほど簡単なことじゃないし、竜乃の反応速度も踏まえて即アジャスト(適応)してきたわね。ホント何なのよ、あのお嬢様……」

 

 聖良ちゃんはまたまた感心したようです。後攻、竜乃ちゃんの蹴る番です。

 

「軸足の逆と見せかけて、そのままと見せかけ……」

 

何やらブツブツと呟いてから助走に入りました。嫌な予感しかしません。

 

「! どわぁっ⁉」

 

「はあっ⁉」

 

 竜乃ちゃんが蹴る瞬間にバランスを崩し、当たり損ねのボールが転々とゴール中央に転がっていきました。横に飛んだ健さんにとっては意表を突かれた形となりました。

 

「み、見たか! 裏をかいてやったぜ!」

 

「う、嘘をおっしゃい! 絶対に蹴り損じでしょう!」

 

 輝さんが遂に両手で頭を抱えてしまいました。キャプテンは更にニコニコ顔です。

 

「余計なこと考えるからそうなるのよ……」

 

「ゴルフで言う『ダフった』ってやつですね。本番でなくて良かったです。」

 

何はともあれ結果オーライで竜乃ちゃんが追い付き、スコアは2対2。4本目に入ります。健さんがまたもや軸足の向きとは逆方向にシュートを放ちました。しかし……

 

「せいっ!」

 

「⁉ な、何ですって……」

 

 竜乃ちゃんが超人的な反応を見せ、シュートをストップしました。

 

「と、止めた⁉」

 

「今、逆を突くだけでなくじゃなくて、アウトフロント(足の外側の指の付け根あたり)で蹴ったわよね。外側に逃げていくボール。それを止めるとか……」

 

 聖良ちゃんが半ば呆れた様子で竜乃ちゃんを見つめます。

 

「これで龍波さんがやや有利になってきましたね」

 

「余計なことをしなければね」

 

 後攻、竜乃ちゃんの蹴る番です。今度は無言で集中しています。笛が鳴ると同時に、走り出してシュートを放ちました。右方向に強烈なボール。健さんも手を伸ばしますが届きません。ですが、ボールはゴールポストを叩きました。

 

「うぉっ! マジかよ……」

 

 竜乃ちゃんが肩を落とします。輝さんとキャプテンが冷静に分析します。

 

「余計なことは考えなかったけど、コースを狙い過ぎたわね」

 

「しかし、コースがもっと甘かったら、伊達仁さんの手が届いていましたよ」

 

 これで2対2のまま、最後の5本目になりました。まずは先攻の健さんの蹴る番です。今までより少し長めに助走を取りました。笛が鳴ると、ゆっくりと走りはじめ、鋭く右足を振り抜きました。しかし、ボールはゆっくりとした弧を描いて、ゴール中央に吸い込まれていきました。強いシュートが来ると予測していた竜乃ちゃんは横に飛んでいました。竜乃ちゃんの3本目とちょうど逆の構図です。

 

「おい、スコッパ! 人の真似すんなよ!」

 

「ま、真似ではありませんわ、失礼な! 貴方のは単なるミスキック、わたくしの蹴ったのはチップキック、ちゃんと狙った蹴り方ですわ!」

 

「外したら負けが近づくというこの状況でチップキックとはやりますね……」

 

「お嬢様の癖にどういうメンタルしてんのよ……」

 

「ウチなら蹴らないし蹴れない……並みの馬鹿じゃないわね」

 

 キャプテン、聖良ちゃん、輝さん、三者三様ですが、健さんを称賛します。さあ、これでスコアは3対2で、健さんが一歩リード。竜乃ちゃんが追い込まれました。無言でボールをセットし、助走を取る竜乃ちゃん。凄まじいまでに集中した様子を見せます。リードを奪い、少し余裕を見せていた健さんも表情を変えました。そして何やら首を振りながら呟いています。

 

「(い、一体何ですの、このプレッシャーは? わたくしが圧されている?)い、いいえ、しっかりなさい、伊達仁健! 今まで欲しいモノは何でも自分で手に入れてきたでしょう? 勝利を掴むのよ……!」

 

 笛が鳴って、竜乃ちゃんが走り出し、凄まじいスピードのボールがゴール右方向に飛んで行きました。軸足の向きとは逆の方向です。(決まった!)と私は思いました。ですが、ボールは健さんが両手でガッシリと掴んでいました。ゴールラインを割っていません。竜乃ちゃんの失敗、即ち健さんの勝利です。

 

「……や、やった! とうとうやりましたわ! あの龍波竜乃に勝ちましたわ!」

 

 健さんがしゃがみ込んだ状態のまま両手でガッツポーズを取りました。興奮した様子で叫び続けています。

 

「このわたくしに掴めないものなどありませんわ! ふふっ、これで分かったでしょう、龍波竜乃! 貴女を超える女がここに居るということを! ……ん?」

 

 健さんが何やら叫んでいる中、私たちはガックリと肩を落としている竜乃ちゃんの元に向かいます。竜乃ちゃんは私の顔を見て苦笑を浮かべます。

 

「へへっ、ビィちゃん、アタシ負けちまったぜ……」

 

「で、でも凄かったよ、特に最後のキックは! あれは止めた相手を褒めるべきだよ」

 

 聖良ちゃんたちも彼女たちなりに、竜乃ちゃんを讃えます。

 

「1本目の時点ではもっと大差がつくかと思ったけど、案外粘ったんじゃないの?」

 

「練習の成果は良く出ていたと思いますよ。ねえ、コーチ?」

 

「誰がコーチよ……ま、まあ、ほとんど枠には飛んでいたのは良かったと思うわよ」

 

「ははっ、アリガトな、皆。アタシもこれからもっともっと……」

 

「ち、ちょっとお待ちになって下さる⁉」

 

 健さんが割り込んできました。

 

「なんだよ、スコッパ。お前の勝ちだよ、何か文句あんのかよ?」

 

「な、なにか、これだとわたくしが負けた雰囲気になっていませんこと? ……よし、決めましたわ! わたくしもサッカー部に入部致します! そ、その美しい友情っていうのかしら? それもわたくしが掴んでみせます! 宜しいですわね、主将さん!」

 

「あ、はい。歓迎しますよ」

 

「「えええぇぇぇ⁉」」

 

 余りの急展開に私たちは驚きの声を上げてしまいました。

 

「い、良いんですか、キャプテン?」

 

「アタシが言うのもなんだけどよ、メンド臭いぞ~こいつ!」

 

「まあまあ、皆さんもご覧になったでしょう? センスの良さに、キックの精度の高さ、加えてGKまでこなせそうですし……これは面白いことになると思いますよ。」

 

「……キャプテン、何か貰ったんじゃない? 普通なら練習時間を削ってまで、こんなPK戦なんて許可しないでしょ」

 

 輝さんの冷静な指摘に、キャプテンは一瞬ですが、真顔になりました。しかし、またすぐいつものニコニコ顔に戻りました。

 

「まさか。ちょっと地元を代表する名士と一介の商店街の人間が、地域の発展について前向きな話し合いをしただけですよ。さあ、練習を始めましょうか」

 

 キャプテンは手を叩いて、皆を促します。私は……とりあえず空気を読むことにしました。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第7話(1) 駅ナカ三者会談

「う~~~む」

 

「どうしたの、竜乃ちゃん?」

 

 私は腕を組みながらうなり声を上げる竜乃ちゃんに声を掛けます。

 

「ビィちゃん! 何でだ⁉ 何でアタシだけ点が獲れねえんだ⁉」

 

「お、落ち着いて、他のお客さんも居るから……」

 

 私たちは今、県南地域で行われた練習試合を終え、仙台に戻る電車内の向かい合わせの四人席に座っています。聖良ちゃんが淡々と呟きます。

 

「昨日の試合と合わせて、攻撃陣でゴールが無いのは竜乃だけだしね」

 

「し、しょうがないよ、先週の試合と合わせてまだ3試合目位なんだし……」

 

「ビィさん、わたくしは2試合目でゴールを決めましたわ!」

 

窓際の席に座り、外を眺めていた健さんが誇らしげに振り返ります。

 

「ぐぬぬ……おい、カルっち! 何でこいつにPK譲ってんだよ! キッカーはカルっちって決まってただろ⁉」

 

 竜乃ちゃんは通路を挟んで反対側の席に座る輝さんに問いかけます。輝さんは窓の外を眺めながら面倒そうに答えます。

 

「……点差もついていたし、蹴りたいって言ったからね……自ら名乗り出る度胸を買ったの」

 

「それってヒカルの機嫌次第じゃね?」

 

 輝さんの前に座っていた成実さんが笑います。

 

「くっ……」

 

「で、でもシュートチャンスを作り出していたのは凄いよ、練習の成果が出ていたと思うよ」

 

「そ、そうか?」

 

「竜乃~枠に飛ばさなきゃ意味ないヨ~昨日も今日も派手に宇宙開発してたしネ~」

 

通路を挟み、竜乃ちゃんの隣に座るヴァネッサさんがからかいの言葉を掛けます。ちなみにこの場合の宇宙開発とは、シュートを豪快にゴールの上に外すことを指します。

 

「な、ナルミンのよりはマシだったろ!」

 

「い、いや一緒にすんなし! 私は精々月まで! 竜乃の奴は火星まで届きそうだったし!」

 

 成実さんも積極的に何本かミドル(中距離)シュートを放っていましたが……正直精度に欠けていました。輝さんがふっと笑います。

 

「成実のミドルが入ったら、夏でも雪が降りそうね」

 

「アハハハ、レアイベント扱いカヨ」

 

「む~ヒカルまで……私は本番に強いタイプだし」

 

 成実さんが口を尖らせます。

 

「皆さん」

 

 振り向くと、そこにはキャプテンが立っていました。

 

「仲良くされているのは大変結構なのですが……公共の場ですので、もう少しお静かにお願いしますね」

 

「「は、は~い」」

 

 キャプテンに注意され、皆バツが悪そうに首をすくめました。キャプテンが席に戻ります。

 

「ピカ子さん、ご覧になって! あれは名取川かしら?」

 

「広瀬川よ! ってかピカ子って言うな!」

 

 あくまでもマイペースな健さんに聖良ちゃんがツッコミます。輝さんたちが半ば呆れたように呟きます。

 

「電車に乗るのが生まれて初めてとか……どれだけお嬢様なのよ……」

 

「今朝リムジンで乗り付けてきたのはビビったゼ……」

 

「相手も唖然としてたし……」

 

 

 

 仙台駅に着き、改札口を抜けた辺りで、キャプテンが皆に声を掛けます。

 

「皆さん、昨日今日とお疲れさまでした。明日はミーティングのみにして、練習は休みとします。今晩も含めて、体をしっかりと休めて下さいね。それでは解散とします」

 

 皆が三々五々と別れる中、私はキャプテンに声を掛けられました。

 

「丸井さん。良かったら少しお茶でもしませんか?」

 

「は、はい……」

 

 私とキャプテン、そしてマネージャーの三人は、仙台駅の東口と西口を繋ぐ自由通路を見下ろせるカフェに入りました。窓際の席に腰掛け、軽く雑談を交わした後、キャプテンが本題を切り出します。

 

「さて……昨日今日の2試合、お二人はどう見ます?」

 

「昨日は3対1、今日は4対1で2連勝……良い結果を出せたと思います」

 

「私もそう思います」

 

「ふむ……確かに私も攻撃面は驚くほどよく機能していたと思います」

 

「丸井さんが入ったことによってパスは良く回るようになりましたし、ヒカルちゃ、……菊沢さんの精度の高いキック、姫藤さんのドリブルは良いアクセントになっていると感じます。秋魚先輩も調子良さそうですね、2試合連続ゴールですから」

 

「秋魚の場合はアフロ効果ですかね」

 

キャプテンは笑いながらそう言って、コーヒーを口にします。マネージャーが尋ねます。

 

「龍波さんはどうですか、このままスタメン、先発起用を続けますか」

 

「……動きの質は確実に良くなっていると思います。もう来週には地区予選が始まりますからね。この一週間の更なる伸びに期待したいです。存在感は間違いなく強いので、こういう言い方は少々心苦しいですが……最悪、デコイ(囮)役として頑張ってもらおうかなと……」

 

「竜乃ちゃんならきっと凄いゴールを決めてくれますよ!」

 

私は少し語気を強めて、会話に口を挟みました。キャプテンはふっと微笑みます。

 

「そうですね、訂正します。派手なゴールを期待しましょう」

 

「伊達仁さんはどう起用するお考えですか?」

 

「センスも運動神経も人並み外れていますからね……。どこのポジションでもすぐに適応できそうな気がします。ただ、龍波さんもそうですが、まだ初心者の域は出ていません。二人を揃って長時間ピッチに立たせるのは、まだまだギャンブルですね」

 

「彼女の性格的にベンチスタートを受け入れたのは意外でした」

 

「それはですね、電車と徒歩で現地集合! と言っていたのにリムジンで乗り付けてきた団体行動のとれない罰! ……ではなく、『貴方はいわゆるジョーカーです』と伝えたら、『切り札ですか⁉ 悪くない響きですわね!』と言って納得してくれました。言ってみるものですね」

 

「ははは……」

 

「そういえば、地区予選の組み合わせですが……」

 

「ああ、明日のミーティングで言おうと思っていましたが、こちらになります」

 

そう言って、キャプテンがバッグから対戦表を取り出しました。

 

「仙台実業、青葉第一、梅島ですか……三位でも予選通過の可能性がありますよね?」

 

「そうなんですか?」

 

「プレーオフを勝ち抜けば……ですがね。出来れば二位以内に入って突破を決めたいですね」

 

「青葉第一には知り合いがいますが、精々メンバー表位しか入手できないと思います。恐らく昨日も今日も三校とも各地で試合をしているとは思いますが、流石に映像までは……」

 

「……映像、ありますよ」

 

「「ええ⁉」」

 

「伊達仁グループの全面協力を頂き、この土日の市内各所で行った高校サッカーの試合はほぼすべて映像で記録しています。そして我々が対戦するBブロックの三校のデータはこちらのUSBに入っています。という訳で美花さん、明日まで分析を宜しく」

 

「かしこまりました!」

 

マネージャーは敬礼しつつ、キャプテンからUSBを受け取ります。驚いている私に対し、

 

「やり方がズルいとお思いですか?」

 

微笑をたたえながら、キャプテンが私に尋ねます。私は首を横に振ります。

 

「い、いえ、そんなことは……ただ、逆もあるんじゃないですか?」

 

「その点についてもご心配なく。昨日も今日も対戦したのは県北チームと県南チーム……地区予選では当たりません。試合会場や結果などについても全くのフェイクをSNSに流しておきました。情報操作はバッチリです。念の為に黒子さんたちにも昨日今日の試合会場を見てもらっていましたが、他校の生徒が偵察にきた様子は全くないようです」

 

「そ、そうですか」

 

 私はキャプテンが、本来健さんの身の回りの雑務などをこなすべきである女性たち、通称“黒子さん”たちを既に意のままに操っていることに驚きました。

 

「伊達仁グループを味方に付けたということは、“県ベスト8までに負けたら部費削減”っていうことはもう気にしなくてもいいのでは?」

 

マネージャーが素朴な疑問を口にします。するとキャプテンは苦笑を浮かべました。

 

「話し合いの中でそんなことも話題にしてみましたが……彼女曰く、『わたくし負けることが大っ嫌いですの!』ということだそうです。後ろ向きな話題は好まないようですね」

 

「そ、そうですか……あ、常磐野はどうでしょう?」

 

「Cチームとはいえ、格下の相手に辛くもドロー(引き分け)という屈辱的な事実をわざわざ喧伝はしないでしょう。よって我々は少なくとも、地区予選で戦う三校相手には優位に立つことが出来ます! と言いたいところなのですが……」

 

急にキャプテンのトーンがダウンします。マネージャーも同調します。

 

「やはり彼女ですか……」

 

「ええ……正直言って、今回の2試合2失点という結果は望ましくありません。このままでは地区予選でも油断は出来ないでしょう。出来れば3試合無失点は無理でも、3試合1失点位には抑えたいところです。その為には彼女の力が必要なのですが……新年度になってからほとんど顔を出していないようですね……」

 

「RANEも送っているんですがほとんど既読スルーです……」

 

「あ、あの!」

 

 私は俯き気味の二人に声を掛けます。

 

「その彼女って、背番号4の方ですよね? 怪我をされているんですか?」

 

「い、いやそういう訳では無いんですが、色々と事情がありまして……」

 

「事情?」

 

「そうだ」

 

 キャプテンがポンっと両手を打ちます。

 

「丸井さん、良かったら明日、彼女に会いに行ってみてもらいますか? そうですね、龍波さんたちも連れて行ってはどうでしょう? ……今RANEで住所送りましたから」

 

「はぁ……すみません、ちょっとお手洗いに行ってきます……」

 

 トイレに向かう私の後ろで何やらこそこそ話す二人。

 

「キャプテン……面倒事を丸井さんに押し付けていませんか?」

 

「ふふ、どういったケミストリーが起こるのか興味あるだけですよ」

 

 ケミストリー⁉か、化学反応⁉一体どんな人なんでしょうか?



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第7話(2) ドタバタお宅訪問

 翌日の放課後、私たちはキャプテンから紹介された彼女に会う為に、教えられた住所に向かいました。着いた場所は立派な門構えの和風の屋敷でした。

 

「デッケエお屋敷だな~ここにそいつが住んでんのか?」

 

「うん、そうみたいだけど……」

 

「まあ、当家の土地に比べてみても、中々のものですわね」

 

「桃ちゃん、なんで健まで呼んだの?」

 

「う、うん、キャプテンが面白くなるかもしれないからって……」

 

「面白いって一体何を企んでんのよ……」

 

 門をくぐり、玄関先でお手伝いさんに用件を伝えると、広めの客間に案内されました。縁側からは立派な日本庭園が見えます。大きめの池には、鯉が数匹泳いでいます。

 

「ふむ、お庭も手入れが行き届いていますわね……」

 

「おおっ、あのカコンって竹が鳴るやつがあるぞ」

 

「鹿威しでしょ……」

 

 池の方に目をやると、長い竹筒がリズム良く上下しています。水が満杯になった筒が頭を下げ、池の中に水を流し、空となり軽くなった筒が元の位置に戻る際に、石を叩いて音が鳴る仕組みです。私はその様子を何気なく眺めていました。竹筒が何度目かに「カコン」と音を立てたその瞬間……

 

「ゴオゥゥゥン‼」

 

 突如として爆発音が鳴り響きました。私たちが何事かと驚き戸惑っていると、縁側からボロボロになった白衣を着て、髪型がチリチリパーマとなり、掛けているメガネが半分ズレた女性が姿を現しました。

 

「いや~参りましたね~想定外の反応でした……ん?」

 

 私たちとその女性の目が合いました。彼女は全て察したようで、特に慌てる様子もなく、

 

「あ~そういえば、美智さんたちが言っていた……もう少々お待ち下さい」

 

 そう言ってその彼女はあっけにとられている私たちの脇を通り過ぎて、廊下の奥に姿を消しました。そして約五分後、客間の襖が開き、白い上着に赤い袴を身に着けた女性が正座をして、三つ指をついて、丁寧にお辞儀をしてきました。

 

「先程は失礼致しました。本日はわざわざご足労を頂きまして、ありがとうございます」

 

 依然として戸惑っている私たちを上座に座るように促しつつ、その女性は下座に座ります。

 

「先程って……あの爆発女か⁉」

 

「髪型直っているし……!」

 

「奇妙奇天烈摩訶不思議……」

 

 皆が驚くのも無理はありません。わずか数分の間に服装のみならず、爆発コントの後のようになっていた髪型もしっかりと整っているのです。ちなみに髪色は青みがかった黒色で、長く伸ばした後ろ髪を背中で一つに縛っています。女性がゆっくりと口を開きました。

 

「爆発女ではなく……私の名前は神不知火真理(かみしらぬいまこと)と言います」

 

「神不知火……?」

 

 健さんは心当たりがあるようでしたが、私はそれに構わず自己紹介をしようとしました。

 

「初めまして、私は……」

 

「貴方が丸井桃さん、そちらのロングスカートの方が龍波竜乃さん、こちらが姫藤聖良さん、そして……伊達仁健さんですね。美智さん……今は緑川主将ですか、彼女とマネージャーからお話は伺っております」

 

「そ、そうですか、では……」

 

「サッカー部復帰の件なのですが、お断りさせて頂きます」

 

「な、何故ですか⁉」

 

「ベスト16進出の要だったって聞きましたよ⁉」

 

「その恰好、巫女さんのコスプレか?」

 

 真理さんは私たちを両手で制し、再び口を開きます。

 

「私は歴史上の偉人ではないので……質問には一つずつお答えします。まず、サッカーへの興味をかってほどには持てなくなったということ。次に16強入りしたのは私だけでなく、皆の奮闘があったからだということ。最後にこれはコスプレではありません、悪しからず」

 

「思い出しましたわ、神不知火家……。現代に続く数少ない陰陽師の家系ですわね」

 

「お、陰陽師⁉」

 

「知ってんのか、スコッパ⁉」

 

「表向きは大衆世間に人気の占い師ファミリー……しかしてその正体は多くの有力企業や大物政治家のクライアントを抱える陰陽師の一族、噂では政敵や競合会社への呪詛も請け負っているとかいないとか……」

 

「噂はあくまで噂です。裏も表もなく、占いが我が家の本業ですよ。例えば法人関係の方からお祓いなどを依頼されることはありますけどね、御社の関連企業様からも……」

 

 真理さんは健さんにニコっと微笑みます。聖良ちゃんが改めて問いかけます。

 

「サッカーに興味を持てなくなったっていうのはどういうことですか?」

 

「そうですね……私は想定外のことが好きなのです」

 

「想定外?」

 

「ええ、私がサッカーを本格的に始めたのは中3の秋頃ですが、和泉高校に入学してからは科学部と兼部しつつ、約一年間プレーしてきました。ただ、残念ながら私の想像を超えるようなことには出会いませんでした」

 

「全て想定の範囲内であったということかしら?」

 

「そうです。ということで申し訳ないのですが、今年度からは科学部に専念させていただこうと考えています。緑川主将とは子供のころからの縁なので、一応籍は残してはいますが……」

 

「意地悪な言い方かもしれませんけど、専念した結果があの爆発ですか?」

 

 聖良ちゃんの嫌味に対して、真理さんは怒らずに話を続けます。

 

「自慢話みたいになるので恐縮なのですが、こちらをご覧下さい」

 

 真理さんがスッと一冊の雑誌を差し出してきます。

 

「これって有名な雑誌じゃないですか」

 

「えっと……英語で読めないわね」

 

「ハア……ちょっと貸してご覧なさい。何々……『将来を嘱望される世界の若手科学者50人』ですか、貴女も写真付きで載っていますわね。成程、その筋では既に名が知られ始めているということですわね」

 

「さっきの爆発は確かに失敗でしたが、私は将来科学研究で身を立てたいと思っています」

 

「陰陽師だかは良いのかよ?」

 

 正座は苦手なのか、立ったまま腕を組んで柱にもたれ掛かっている竜乃ちゃんが尋ねます。

 

「この家は一番上の姉が継ぐことになっています。母も祖母も、私たちには好きにしろとおっしゃってくれているので。それに……」

 

「それに?」

 

「ちょっとお静かに……!」

 

 真理さんは話を遮って、指を唇にあてて、視線を庭の立派な松の木の方に向けます。そしておもむろに立ち上がって、両手で印を結びながら叫びます。

 

「臨・兵・闘・者・皆・陣・烈・在・前……破!」

 

 すると松の木の一番太い枝がポキッと折れました。

 

「ここまで侵入を許すとは……結界を強めなくてはいけませんね……」

 

 唖然としている私たちの方に真理さんが向き直ります。彼女は座って話を続けます。

 

「えっと、何でしたっけ? そうそう、私正直、非科学的なものは信じていないのですよ」

 

「い、いや、今! 今まさに! 何者かと戦っていたでしょ⁉」

 

 聖良ちゃんが庭先を指差して叫びますが、真理さんは構わず続けます。

 

「あともう一点、私がサッカー部で活動することを良く思わない人も居るのですよ」

 

「その人は……もしかしなくても理事長さんかしら?」

 

「そう言えば、学業最優先・文化部優遇って方針だって……」

 

 真理さんは遠慮がちに頷きます。

 

「自分で言うのもこれまた恐縮なのですが……理事長は私の入学を大変歓迎してくれました。ここだけの話……科学部には特別予算を付けてくれています」

 

「方針を体現してくれるこの上ない存在ですものね、それは贔屓の引き倒しになりますわね」

 

「さらに昨年の大会でサイドバックで起用された私はある選手との接触で右腕を骨折してしまって……勿論それが全ての原因ではないのでしょうが、参加予定だった欧米やアジアの若手研究者との共同研究プロジェクトから外れてしまって……」

 

「優秀な生徒の輝かしい活躍の場、ひいては我が校の名前を国際的にアピールする機会をサッカー部が奪ってしまった……と」

 

「キャプテンが言っていた『サッカー部は彼女の件もありますし、予算削減の対象として元々目を付けられていた』ってつまりそういうこと?」

 

 聖良ちゃんが呆れたように机に突っ伏します。黙っていた竜乃ちゃんが机に勢いよく手を突き、真理さんに顔をグイッと近づけて尋ねます。

 

「で? アンタ自身はどうなんだ?」

 

「え?」

 

「どうなんだって聞いている。サッカーのことは嫌いになっちまったのか?」

 

「サッカー自体は良いスポーツだと思いますよ。嫌いになったなんてとんでもない」

 

「じゃあ問題ないじゃねーか……ぶっ!」

 

「問題はそう単純なものではありませんわ、竜乃さん」

 

 健さんが扇子を広げ、竜乃ちゃんの顔に押し付けます。

 

「要は、こちらの神不知火真理さんが“退屈”を感じてしまっていると……。つまりわたくしたちが“想像の遥か向こう側”に位置する人間だと示せば良いのですわ!」

 

「な、なるほどな!」

 

 な、何か話がむしろややこしくなっている気がする様な……。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第7話(3) 誰も得をしない三番勝負

「わたくしが人の想像を超えるのは……そう、『財力』! 例の物を用意なさい」

 

 健さんが指をパチンっと鳴らすと、どこからか黒子さんが現れ、立派な布に包まれた木箱を差し出しました。いつの間にか白い手袋を両手にはめた健さんが、木箱からある物をそっと取り出しました。

 

「なんだこりゃ? 茶碗か?」

 

 私たちも黒子さんから配られた白い手袋を付けています。健さんはそのことを確認し、物を竜乃ちゃんに手渡しました。そして、説明を始めます。

 

「これは安土桃山時代、時の天下人から我が家のご先祖さまが直々に拝領した茶器ですわ。鑑定などに出したことはありませんから、はっきりとは分かりませんが……恐らく時価数百万円は下らないかと」

 

「す、数百万⁉」

 

 驚いた竜乃ちゃんが茶器をパッと手放してしまいます。

 

「うわぁ⁉」

 

 下に落ちそうになった茶器を私が慌ててしゃがみ込んでキャッチします。

 

「ちょっと、丁重に扱って下さる⁉」

 

「だったら竜乃に渡すんじゃないわよ!」

 

「……コホン、どうかしら、わたくしの『財力』は? 貴方の想像を超えたのではなくて?」

 

「う~ん……皆さん、こちらへどうぞ」

 

 真理さんが私たちを屋敷の離れに案内します。立派さは屋敷ほどではありませんが、その分こちらはとても頑丈そうな建物です。大きな鍵を鍵穴に差し込み、重そうな扉を開くとそこには、多くの骨董品が所狭しと並んでいます。

 

「ここは我が家の蔵です。伊達仁さんのお家と同じように拝領したものが大半の様ですね。我が家も特に鑑定などに出したことはないので、価値は正直分からないのですが」

 

 健さんが震えています。聖良ちゃんが尋ねます。

 

「どうしたの? 健?」

 

「こ、これは……!」

 

 手袋を付けた健さんが近くに置いてあった白磁の壺を軽くコンコンと叩きます。

 

「ち、ちょっとそんなことして大丈夫なの⁉」

 

「良い音色……北宋ですわね」

 

「は?」

 

「約千年前の品々がそこかしこに……たかだか数百年の我が家には到底持ち得ないものばかりですわ……流石は陰陽師の系譜……わたくしの負けですわ」

 

 そう力なく呟いて、健さんは膝を突いてしまいました。

 

「勝ちかどうかはともかく、わりと想定内でしたね」

 

「くっ! まだ終わりじゃないわ! 次は竜乃の番よ!」

 

「ええっ! アタシもやんのか⁉」

 

 場所を先程の客間に戻し、次の勝負?が行われることになりました。

 

「次は『腕力』勝負! 腕相撲で力比べよ!」

 

「腕相撲~? 結果は見えている気がするけどよ……あ、アタシ左利きなんだよ、どうする? 右手でやるか?」

 

 二人の身長は実はさほど変わりありません。つまり、真理さんも長身の部類です。ただ、体格は竜乃ちゃんの方が幾分ガッシリしているように見えます。

 

「……お気遣いは無用です。私も手足ともに左利きですから」

 

「そっか、まあ良いや。あ! さっきみたいにおかしな術を使うのは無しだからな!」

 

「おかしな術……? はて、可笑しなことをおっしゃいますね?」

 

「自覚なしかよ……まあ良いか、ピカ子、審判頼むぜ」

 

「ええ、二人とも準備して」

 

 双方腕まくりをして、黒子さんが用意した足の長いテーブルの中央で互いの左手をガッシリと握りあいます。それを聖良ちゃんが両手で上から抑えこみます。

 

「準備は良いかしら?」

 

「いつでもどうぞ」

 

「OKだ」

 

「では……ねえ、これって『始め!』って言った方が良いの? それとも『レディ~ファイト!』の方が雰囲気出るかしら?」

 

聖良ちゃんの気の抜けた質問に真理さん、竜乃ちゃん、どちらもややズッコケます。

 

「……お好きにどうぞ」

 

「んなのどうでも良いよ」

 

「わ、悪かったわね……こういうことするの初めてなのよ。じ、じゃあ気を取り直して行くわよ……『レディ~始め!』」

 

「ふん! ……な、何だと⁉」

 

 結局決めかねた聖良ちゃんの掛け声と共に、竜乃ちゃんが思いっ切り腕に力を込めます。しかし、真理さんはほぼ微動だにしません。

 

「ちっ! マジでいくぜ! ……ぶっ、ぶはっ、ぶはははははは!」

 

 さらに腕に力を込めた竜乃ちゃんでしたが、突然笑い声を上げ、膝から崩れ落ちそうになります。その隙を逃さず、真理さんが竜乃ちゃんの腕を倒します。

 

「私の勝ちですね」

 

 何が起こったのかという表情の竜乃ちゃんに対し、真理さんが淡々と説明します。

 

「……人体に一〇八個あると言われる『煩悩秘孔』の一つ、『無色界集諦慢(むしきかいじったいまん)』のツボを押させて頂きました。ちょうど左手にあるのです。ここを突かれると、どんな人でも己が慢心を抑えきれず、足元を掬われやすくなってしまうのです」

 

「そ、そんなのズルいでしょ!」

 

「秘孔を突いてはならないとは言われていませんが」

 

「そもそもそんな発想が無いわよ!」

 

「むしろルールの盲点を突いた……と言ったところですわね」

 

「上手いこと言ってんじゃないわよ!」

 

「不用意にツボを突かれちまったアタシが悪い……ピカ子、後は頼むぜ!」

 

「何で変な所で物分かり良いのよ、アンタたち……。まあ良いわ! 次は私の番ね!」

 

 腕相撲用のテーブルを片し、私たちは元の場所に座ります。聖良ちゃんが叫びます。

 

「次は『女子力』で勝負よ!」

 

「女子力?」

 

 首を傾げる真理さんに、聖良ちゃんが説明を続けます。

 

「そうよ! 有望若手科学者だがなんだか知らないけど、イマドキの女子たるもの、オシャレに気を使わない、使えないっていうのはダメよ! ダメダメ!」

 

「そういうピカ子さんはオシャレとやらに気を使っているのですか?」

 

「ふっふっふ……愚問ね!」

 

 そう言って、聖良ちゃんはカバンから一冊の雑誌を広げて差し出してきました。

 

「これはファッション雑誌?」

 

「そう! 中学の時に街で声を掛けられて、『イケてるスポーティ女子50人』に選ばれて、雑誌に載ったことがあるんだから! 貴方たちにはないでしょ? こんなレアなこと!」

 

「……どこに載っていますの?」

 

「……あ、これじゃねーか? 写真随分小っちゃくねえか~?」

 

「お、大きさはこの際、どうだって良いのよ! これもファッションセンスの良さを認められた証なの! どうです、先輩? こういう経験は無いんじゃないですか?」

 

「う~ん、ちょっとお待ち下さい」

 

 真理さんは一旦奥の部屋に下がりました。そして、一冊の厚いファイルを持ってきました。

 

「これは……名刺ファイル?」

 

「中学校の修学旅行で東京に行った際、一日私服で自由行動の日がありまして、私はあまり興味なかったのですが、友人たちに連れられて。渋谷や原宿の街を歩いていると、非常に多くの方から声を掛けられました。勿論、お話は全て断りましたが、その時頂いた名刺類はこのようにキチンとファイリングしています。」

 

「ほお……この見開きページにある50枚程の名刺がその時頂いたものだと」

 

「有名な芸能事務所のマネージャーさんや人気ファッション雑誌の編集者さんがこぞって真理さんに名刺を……」

 

「雑誌にこそ載ってはいねえけど、載るチャンスは十分過ぎるほどあったと……さらにそれ以上の機会に恵まれる可能性もあったっていうことだな」

 

「ぐむむ……ま、まだよ、まだ決着は着いていないわ! 2対2のスコアレスドローといったところよ!」

 

 聖良ちゃんがカバンからもう一冊雑誌を取り出そうとします。大分錯乱しているようです。2対2ならば、双方点数が入っているので、スコアレス(0対0の無得点)ドローということは有り得ません。私はまず聖良ちゃんを落ち着かせます。

 

「聖良ちゃん、落ち着いて。まずは戦況をよく確認しよう」

 

「桃ちゃん……そうね、まだ私の1点リードってところよね」

 

 何を以ってリードかは良く分かりませんが、とりあえず平静状態に戻ってくれたようです。

 

「とにかく、次はこれよ、『オシャレは指先から!』」

 

 聖良ちゃんは広げた雑誌を机の上に叩きつけます。

 

「これは……ネイルアートの特集?」

 

「そう、私は服装や髪形に留まらず、文字通り爪の先のオシャレまで追求しているの! まあ校則もあるから、あんまり派手派手なのは出来ないけど……ここまでの姿勢、先輩には見られないようですが?」

 

しばらく雑誌を黙って見ていた真理さんが、ハッとなって、顔を上げて話し始めます。

 

「このページのモデル……いわゆる“手タレ”さんですか? 全員私ですね」

 

「「ええ⁉」」

 

「家の仕事の手伝いで、東京に出張占いに伺ったことがあります。その時私は手相占いを担当していたのですが、接客したお客さんがたまたま出版社の編集部の方で、『綺麗な手をしていますね! 是非手のモデルになってほしい!』と言われたのです。御得意先の出版社さまだったので断りきれずに……」

 

「ごふッ!」

 

「あ――っと、ピカ子さんにつうこんのいちげきですわ!これはせんとうふのうかしら⁉」

 

 謎の擬音を発し、聖良ちゃんはへたり込んでしまいました。

 

「ピカ子もダメか、こうなったら……」

 

「へ?」

 

 その場にいた全員の視線が私に注がれます。私は分かりやすく狼狽します。

 

「い、いや無理だよ、私には『~~力』勝負とか、そんな恥ずかしいことは!」

 

「恥ずかしいって、おい!」



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第7話(4) 気まぐれなデュエルマスター

「では、そろそろこの辺りで……」

 

 真理さんが立ち上がって用件を切り上げようとしています。このままでは何の為に来たのか分かりません。私は慌てて、思い付いたことを口走ります。

 

「ま、真理さん! 折角ですからサッカーで勝負しましょう! それが一番手っ取り早いと思います! だ、ダメですか?」

 

 私の方に視線を向けた真理さんから思わぬ返事を貰いました。

 

「近頃、運動不足気味でしたし……構いませんよ。その勝負、受けて立ちます」

 

 十分後、私たちは場所を裏庭に移しました。真理さんのお祖母さんがゴルフの練習などに使うそうで、芝が敷き詰められています。私だけでなく全員ウェア姿に着替えていました。

 

「あれ、皆も着替えたの?」

 

「まあ、何となく、その場の雰囲気でね……」

 

 やや遅れて、真理さんが現れました。上下薄紫色のウェアを着ています。

 

「お待たせ致しました。では勝負とはどのような形で?」

 

「えっと、どうしましょうか?」

 

 私の間抜けな返答にその場にいた皆がガクッとなりました。

 

「おいおいビィちゃん! しっかりしてくれよ……」

 

「……ではシンプルにデュエル、1対1としましょうか。私はDFですから、私のことをかわしたら、そちらの勝ちということで良いですよ」

 

「じゃあ桃ちゃんが勝ったら、サッカー部復帰のこと考えてもらっても……」

 

「検討しましょう。……とはいえ流石に、運動不足のところをいきなり『桃色の悪魔』との対戦はやや荷が重いですね。そちらの御三方もちょうど練習着にお着替えになられたようですから、お一人ずつ対戦いたしましょうか?」

 

「あん?」

 

「ちょうど良いウォーミングアップになりそうですし」

 

「わたくしたちはアップ扱いですの?」

 

「随分ナメられたものね……じゃあ私が行くわ」

 

 聖良ちゃんが進み出て、真理さんと対峙します。少し間を置いて、聖良ちゃんが仕掛けました。凄いスピードで真っ直ぐ相手に向かって行きます。突っ込みつつ、左右に素早くシザーズを入れ、右足アウトサイドを使い、自身の右斜め前にボールを持ち出します。彼女の得意とするパターンです。

 

「もらっ……なっ⁉」

 

 完全に聖良ちゃんが振り切ったかと思いましたが、真理さんが足をスッと出して、ボールカットに成功しました。聖良ちゃんは勢い余って倒れ込み、まさかと言った表情で真理さんのことを見上げます。真理さんが落ち着いた口調で話します。

 

「スピードは確かに凄いですね、ただ目線の動き、重心の傾きから、どちら側を抜いてくるのかという判断は比較的容易でした」

 

「くっ……」

 

「うっし、次はアタシだ!」

 

 竜乃ちゃんがボールを転がしながら、真理さんの前に立ちます。一呼吸置いて、竜乃ちゃんが動き出しました。正面に左足で強くボールを蹴り出すと見せかけて、自らの右斜め前にやや弱くボールを蹴り出します。さらにすぐさま右足でボールをキープすると、そこから急加速して、縦に鋭く抜け出そうとしました。この一連の動きはかなり素早いものでした。しかし、真理さんも反応し、ボール奪取にかかります。双方の足に激しく挟まり合ったボールは二人の進行方向の反対側に転がりました。真理さんが先にキープしようとしますが、竜乃ちゃんがショルダータックルを仕掛けます。

 

「! うぉっ⁉」

 

驚くべきことに、竜乃ちゃんの方が吹っ飛びました。真理さんはほとんど微動だにせず、ボールをキープしていました。尻餅を突いた形になった竜乃ちゃんは呆然とした表情で真理さんを見つめます。真理さんはまたゆっくりと話し始めます。

 

「パワー勝負で負けたことに驚いているみたいですが、来ると思っていれば案外耐えられるものです。タイミングの取り方次第ではこうやって体勢を崩すことも可能です」

 

「ま、また……!」

 

「ツボは突いていませんよ。試合ではその手は使ったことはありません。最も今の場合は使うまでもありませんでしたが」

 

「くそっ……!」

 

 微笑みを浮かべて答える真理さんに対し、竜乃ちゃんが地面を叩いて悔しがります。

 

「では、わたくしが参りましょう!」

 

 今度は健さんが挑みます。自分と真理さんの間に、ボールを転がします。しばらく様子を伺いながら、突如急加速し、真理さんの前を斜めに抜き去ろうとします。そして両足でボールを前後に挟んで擦りあげるようにして、ボールを浮かせます。さらに踵を使って、ボールを自らの背中から頭上に蹴り上げます。竜乃ちゃんにも使った、ヒールリフトです。放物線を描いたボールは真理さんの頭上も通過する、かと思われましたが、真理さんはジャンプ一番高く上がった健さんのボールを難なく頭でカットしてしまいました。

 

「な、なんですの⁉」

 

 真理さんは落下しつつも、ボールを巧みに足元でコントロールしました。そして振り返って、驚愕の表情を浮かべている健さんに語りかけます。

 

「こういう大技はモーションも分かりやすいから対処しやすいのですよね。ただ単にボールを高く上げるだけじゃなく、もうちょっと角度をつけてみるとか、あえて低い放物線にしてみるとか、何かしら一工夫が無いと、実際の試合で使うのは厳しいですね」

 

「うぬぬ……わたくしの完敗ですわ」

 

「では、体も温まってきたことですし……」

 

 真理さんが私の方に向き直りました。

 

「そろそろ本番と参りましょうか、桃さん」

 

 こうなったらやるしかありません。今までの三人との勝負を見ても、真理さんがこちらの想像以上の実力者だということは分かります。是が非でもサッカー部に本格復帰してもらわなければなりません。私はボールを足元に置き、真理さんと対峙します。ゆっくりと進み、急加速を入れました。自分から見て左側、真理さんから見て右側を抜こうとしますが、当然その程度のスピードでは振り切れません。そこで次の瞬間私は左足でボールを横に転がし、自らの軸足(右足)の裏側に通します。そして、今度は真理さんの左側をすり抜けようとします。

 

「あれは私が竜乃にやった技!」

 

「かわしたか⁉」

 

「いや、まだですわ!」

 

 ギャラリーの健さんの言葉通り、ここでも真理さんは着いてきています。そこでさらに私は右足裏でボールを引き寄せ、クルっと反転し、今度は左足裏を使って、ボールを自身の前に運び出そうとします。

 

「高速ターンに続いてルーレット! これはかわし……」

 

 抜け出せたかと思った私の目の前に真理さんの左足が伸びてきました。カットを狙う真理さんの足と私の足が交錯しボールは私の後方に浮き上がりました。真理さんがそのボールを左足で前に蹴り出そうとしています。私のキープの範囲外にボールが転がる=私の負けになります。それは避けたいと思った私は前のめりに転びそうになりながら、瞬時に判断しました。

 

「えいっ!」

 

「!」

 

 私は左足の踵にボールを当てて、自らの頭上を通過させ、ボールを自分の前方に運ぼうとしました。『ヒールリフト』というか“ヒールキック崩れ”です。狙い通りに後方にあったボールが私の視界に入ってきました。これをキープすれば私の勝ちだと思いましたが、次の瞬間、再び真理さんの左足が伸びてきました。私のヒールキック崩れを見て彼女も瞬時に判断し、体を時計回りに180度回転させて、ほとんどスライディングのような形で足を伸ばしてきたのです。またもボールカットを狙う真理さんの足と私の足が交錯しました。私もこれにはたまらず体勢を崩し、今度こそ前のめりに転んでしまいました。ボールは私の右後方を転々と転がっていきました。見上げた視線の先には、ボールをキープする真理さんの姿がありました。

 

「私の勝ち……ですね」

 

「くっ……私の負けです」

 

「そんな、まさかビィちゃんまで……」

 

 呆然とする竜乃ちゃんたちに対して、真理さんが声を掛けます。

 

「皆さん、汗をかいたでしょう? 来客用のシャワー室にご案内します」

 

 三人を促すと、真理さんは私の方に向き直り。私もシャワー室に促そうとします。

 

「では、桃さんも……」

 

「勿体ないですよ……」

 

「え?」

 

 私は真理さんの話しを遮って捲し立てます。

 

「勿体ないって言ったんです! それほどの判断力、スピード、パワー、身体能力、何よりそんな卓越した守備技術を持っていながら、もうサッカーはやらないって、何度も言いますけど、あまりにも勿体ないです!」

 

「も、桃さん……?」

 

「確かに私たちは貴方の想像を超えるようなプレーを見せることは出来なかったかもしれません! でも県の強豪校なら! あるいは全国大会なら! 貴方の想像以上のプレーヤーがきっといるはずです!」

 

 肩で息をする私を真理さんがじっと見つめ、やがてふっと笑って口を開きます。

 

「全国大会とはまた大きく出ましたね。そんなことが……」

 

「可能です! 真理さんが戻ってきてくれれば!」

 

「私の力が必要だと?」

 

「ええ! 私たちに力を貸して下さい! お願いしま!……ぐぅ~~」

 

 真理さんに勢いよく頭を下げた拍子に、間の悪いことに私の腹の虫が豪快に鳴ってしまいました。真理さんは思わず笑い出してしまいました。

 

「目いっぱい運動をして、お腹がすいたのでしょう。時間も時間ですし、シャワーを浴びたら、皆さんで夕食を召し上がっていって下さい。ちょうど今日は母の友人も多くいらっしゃる日なので、料理は多目に用意してもらっていますから」

 

 そう言って、真理さんは自身の浴室に下がってしまいました。あともうひと押しという所をはぐらかされてしまったような気がして、私は自分の腹の虫を呪いました。気を取り直し、シャワーを借りて服を着替え、客間に戻ると、お手伝いさんに食事用の広間に案内されました。

 

「ああ、桃さん、どうぞ貴方もお食べになって下さい。皆様お箸が進んでないようですけど」

 

「どうしたの皆? 食べないの?」

 

「いや、食べようとは思っているんだけどね……」

 

「見ろよ、この量……」

 

「常軌を逸していますわ……」

 

 見てみると、テーブルの上には大皿の上にこれでもかと大盛りになった『筍の炊き込みご飯』がそびえ立っていました。

 

「育ち盛りの皆さまとはいえ、流石に多過ぎましたかね?」

 

「育ち盛りとかそういうレベルじゃねえから……」

 

「いっただっきま~す♪」

 

「桃ちゃん⁉」

 

「おかわり! いや~筍の食感と旨味が絶妙! 春はやっぱりこれだよねぇ~おかわり!」

 

「食べる速さが尋常ではありませんわ! 1分で12杯食べる勢いですわ!」

 

「プレーの意外性、内に秘めた熱いハート、そして、正に吸い尽くすような食べっぷり……これが『桃色の悪魔』ですか。正直言って、想定外です。桃さん! そして皆さん!」

 

「おかわり! って、は、はい、なんでしょうか」

 

「興味が湧いてきました。神不知火真理、サッカー部に復帰致します。改めて宜しく」

 

「「「「え、えええっ⁉」」」」

 

 何かよく分からない内に、化学反応が起きていたみたいです。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

選手名鑑~仙台和泉高校編③

キャラが多いので選手名鑑っぽく何人かずつ紹介していきます。

こちらは第5話~第7話に登場したキャラです。未読の方はまずそちらをお読み下さい。


選手名鑑‐仙台和泉高校③

 

 

 

菊沢輝(きくさわひかる)……二年生。髪色は薄茶色、髪型は胸元ほどのセミロングで緩くウェーブしている。

 

 ポジションはミッドフィルダー。サイドハーフが主戦場。左足のキックの精度の高さは県内屈指のレベルで本人も絶対の自信を持っている。

 

 『織姫仙台FC』のジュニアユース出身で、高いテクニックを有している。

 

 ケガなどが原因でユースに昇格出来なかったことで腐っていたが、桃らに影響され、サッカーを再び始めることを決意する。

 

 学業は不明。校則違反のミニスカートなど、素行は決して良い方ではない。ヴァネッサや成実とよくつるんでおり、三人の中ではリーダー的な存在。意外と面倒見は良い。

 

 

 

谷尾(やお)ヴァネッサ恵美(えみ)……二年生。髪型はソフトリーゼントで、髪色は明るい色。大柄で褐色。

 

 ポジションはディフェンダー。当たりが滅法強いセンターバック。空中戦にも強い。セットプレーなどでは貴重な得点源になる。

 

 『織姫仙台FC』のジュニアユース出身で、高いテクニックを有しており、中盤や試合展開次第ではフォワードもこなす。

 

 学業は良くない。超ミニスカートなど、校則を守る気がさらさらない。日本とブラジルのハーフ。仲の良い輝や成実からは『ヴァネ』と呼ばれている。コミュニケーション能力が高い方で、わりと誰とでも仲良くなれる。

 

 

 

石野成実(いしのなるみ)……二年生。髪型は右側頭部のみアップにした、変則的なサイドテールで前髪は右側から左側にかけて長くなっているアシンメトリー。

 

 ポジションはミッドフィルダー。しかし、万能性に富み、センターバックやゴールキーパー以外ならどこでもそつなくこなす。

 

『織姫仙台FC』のジュニアユース出身で高いテクニックを有しているが、運動量を特筆すべきもので、ピッチのあらゆるところに顔を出す。

 

 学業は下から数えた方が早い。制服を着崩したり、スカート丈が短いなど、素行はあまり良くない。語尾に『だし』を付ける癖がある。わりとノリが良いのでどこでも馴染める。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

伊達仁健(だてにすこやか)……一年生。髪型は黒髪ロングのストレートで、体型は特別大柄ではないがスラリとしたスタイルをしている。

 

 ポジションは不明。家庭の教育方針で習い事などと同様にサッカーなどあらゆるスポーツは一通りこなせる。ボールテクニックも高いが、現在のところゴールキーパーもしくはフォワードに興味を示している模様。

 

 仙台を中心に展開する世界的コンツェルン、『伊達仁グループ』のご令嬢。超のつくお嬢様である。中学の同級生である竜乃を追いかけて、中途半端な時期に仙台和泉に転入してきた。そのあまりのしつこさからか、竜乃からは『スコッパ』というあだ名で呼ばれている(懲りない奴という意味で)。

 

 学業は超優秀。かなり世間知らずなところはあるが、根は素直なため性格は決して悪くはない。竜乃のことを(一方的に)ライバル視している以外は、わりとチームによく馴染んでいる模様。指を鳴らすと、すぐに黒子が駆け付ける。

 

 

 

神不知火真理(かみしらぬいまこと)……二年生。髪色は青みがかった黒色で、長く伸ばした後ろ髪を背中で一つに縛っている。体格は細身だが長身の部類。

 

 ポジションはディフェンダー。左利きのセンターバックで、サイドバックもこなす。鋭い読みや的確な判断力が武器。

 

 現代に続く陰陽師の家系だが、家は姉が継ぐことになっている為、科学の研究者を志している(本人が非科学的なものを信じていないという理由もある)。

 

 怪我もあって、サッカー部を休部して、科学部に専念していたが、『想定外の事象を見ることが出来る』可能性を桃たちとの出会いで感じ、競技への復帰を決める。

 

 学業は極めて優秀。多少世間ズレしているところもあるが、人当たりが良い為か、そこまで問題にはなっていない。竜乃からは『マコテナ様』、輝たちからは『オンミョウ』と呼ばれている。そういった呼称は人間離れした不可思議な術を使う為であるのだが、本人にはその自覚は全くと言っていいほどない。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第8話(1) 新たな因縁

「うふふ~♪」

 

「何よ、薄気味悪い声出して」

 

「笑い声だ!」

 

「何か浮かれることでもあったかしら?」

 

 聖良ちゃんの問いかけに竜乃ちゃんが得意満面の顔で答えます。

 

「へへっ、何を隠そう、この龍波竜乃、先ほどの試合で初ゴールを決めたぜ!」

 

「私も試合に出ていたから見ていたわよ……」

 

「見事なゴールだったろ?」

 

「ええ見事だったわ……桃ちゃんのラストパスがね」

 

「そっちかよ!」

 

 4月末。私はもはや日常茶飯事となった、竜乃ちゃんと聖良ちゃんのじゃれ合いをにこやかに眺めていました。何故ならばこのゴールデンウィーク前半に行われた『20XX年度 宮城県高校総体 仙台地区予選Bブロック』を3戦全勝の首位で通過することが出来たからです。

 

 簡単に振り返ってみると、まず初戦の仙台実業戦、じりじりとした展開が続きましたが、前半終了間際、“自称本番に強い女”成実さんのミドルシュートが決まって先制。これによって、初戦特有の緊張もほぐれた私たちは試合を優勢に進め、後半に更に2点を追加し、結果3対0で勝利することが出来ました。

 

 次に翌日の青葉第一戦。試合序盤相手のハンドで得たラッキーなPKを輝さんがしっかりと決めて先制。その後も、前半と後半に聖良ちゃんが1得点ずつ挙げる大活躍。試合終盤にも追加点が決まって、合計4対0で勝利。1試合を残し、県予選進出を決めました。

 

 最終戦の梅島戦。私たちは既に突破を決めていたこともあり、先発メンバーを大幅に入れ替えて試合に臨みました。松内さんが見事なFKを決めてリードを奪うと、桜庭さん、莉沙ちゃんが点を追加。前半だけで3点差をつけることが出来ました。後半更に1点が決まった後、私と共に投入された竜乃ちゃんに待望の初ゴールが生まれました。3列目の位置(大体ボランチの辺り)から前線に飛び出した私に聖良ちゃんから絶妙なスルーパスがきました。相手GKと1対1の体勢になりましたが、私はシュートを打たずに、中央にボールを送りました。そこに走りこんでいた竜乃ちゃんが落ち着いてゴールに流し込みました。これがとどめの1点になり、スコアは5対0。私たち仙台和泉高校は3試合全勝、ブロック首位で地区予選を突破し、県予選へ駒を進めることが出来ました。

 

「3試合で1点っていうのは、フォワードとしてはちょっとね……」

 

「何だよ、そーいう自分は……」

 

「3得点。チームトップよ」

 

「ちっ……」

 

「で、でも試合を重ねるごとに動きは良くなっていたよ、秋魚さんとも連動出来ていたよ」

 

「そ、そう思うか?」

 

「何か決め事はあったの?」

 

「交差する動きを意識したな、例えばクロスボールに対してアッキーナがニアサイドに走りこんだら、アタシはファーサイドに走る……みたいな感じかな」

 

「二人の動きが重ならないように心掛けていたんだね」

 

「基本的な動き方ね。まあ、確かに試合を経験する毎に良くなっていた様には思うけど」

 

「だろ? こりゃ県予選はアタシのゴールラッシュかな」

 

「調子に乗らないの」

 

 三人で歩いていると、一人の女の子とすれ違いました。すると、

 

「おい!」

 

 その赤茶色の短髪の女の子が私たちに向かって話し掛けてきました。

 

「な、なんでしょうか?」

 

 私は恐る恐る問いかけます。彼女はこう言います。

 

「おんどれじゃねーわ、お団子。そっちの金髪じゃ、用事があんのは」

 

 指を差された竜乃ちゃんがゆっくりと向き直ります。

 

「え、何? アタシ? 何かしたか?」

 

「おんどれじゃ、金髪、おんどれのそのブチデケェカバンがワシに当たったんじゃい、何か言うことあるじゃろうが、えぇ?」

 

「おおっそうか、悪りぃ、悪りぃ、じゃあな」

 

「待てや、待てぃ、悪りぃで済んだら警察要らんのじゃ!」

 

「あん? 何だよ、だから謝ったじゃねーか」

 

「あ?」

 

「あん?」

 

 立ち込める不穏な雰囲気に私もどうしたものかとハラハラしていると、声が掛かりました。

 

「止めろ」

 

 低く落ち着いた声の持ち主は、竜乃ちゃんよりも長身で黒髪オールバックの女性でした。

 

「ほじゃけえ、姉御。こいつが……」

 

「大方お前の言いがかりみたいなものだろう、下らん揉め事は止めろ、後、その姉御呼びも止めろ。とにかく皆がバスで待っている、さっさと行け」

 

「ちっ……」

 

 そう言って、赤茶髪の子はその場から立ち去って行きました。

 

「不快な思いをさせて申し訳ない」

 

「い、いえ、こちらも、ほら、竜乃ちゃんも」

 

「ええっ? ……たくっ、サーセン」

 

「それでは失礼する」

 

 黒髪の女性も踵を返し、先程の赤茶髪の方と同じ方向に歩いて行きました。

 

「……何だよ、アイツら」

 

「どこかで見たことあるわね……」

 

「それは当然でしょう」

 

「「うわあ⁉」」

 

 私たちの背後にいつの間にかキャプテンが立っていました。

 

「その音もなく、後ろに回り込むの止めてくれよ、マジ心臓に悪いって……」

 

「あの二人は本場蘭(ほんばらん)さんと栗東(りっとう)マリアさん、女王常磐野学園のレギュラーCBコンビです」

 

「! 確かにあの肩に緑のラインが入った白ジャージは常磐野の……同会場だったんですね」

 

「ええ、3戦全勝で、Aブロック首位突破。全く危なげない戦いぶりでしたね」

 

「栗東マリアって、中学の時はFWで有名だったかと思っていたんですけど」

 

「高校に入ってからCBにコンバート(ポジション変更)されたようですね」

 

「私や聖良ちゃんと大して変わらない身長なのに……」

 

「それを補って余りある高い身体能力とセンスの良さを併せ持っていますね」

 

「なんで広島から宮城に? 西日本の強豪チームからも誘いがあったんじゃないですか?」

 

「さあ、私もそこまでは……。まあ、あそこは全国から選手が集まりますからね」

 

「何でも良い。ナメた態度取りやがって、アイツ見てろよ……」

 

「た、竜乃ちゃん! ケンカはダメだよ!」

 

 私は慌てて竜乃ちゃんを制止します。

 

「わーってるよ、ただ試合となりゃ話は別だろ? アタシはFWでアイツはDF……ってことはどーしたってぶつかるよな?」

 

「だからって、わざとぶつかったりするのもナシよ」

 

「それも分かっているよ。ちゃんとサッカーでケリを付けるさ」

 

「それは頼もしいですね、まあ、今はとにかく皆さんと合流しましょうか」

 

 キャプテンは私たち三人を、集合場所へと促しました。そして小声で何やら呟きました。

 

「出来れば対戦は準々決勝以降が望ましいですね、ここで言っても始まりませんが……」



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第8話(2) 組み合わせ抽選会

 ブロック予選から約十日後、私はキャプテンとマネージャーと共に、ある学校の大きな講堂ホールに来ていました。この日は5月末から行われる、『20XX年度 第XX回 宮城県高等学校総合体育大会サッカー競技』、いわゆる「インターハイ県予選」の抽選会の日です。地区予選を勝ち抜いた32校の代表者たちが一同に会しています。

 

「あの、なんで私まで……? お二人だけでも良かったんじゃないですか?」

 

「まあまあ、そう言わずに」

 

「他のチームはレギュラーメンバー11人で来ている所もあるみたいですから、その辺りはあまり気にしなくても大丈夫ですよ」

 

「いや、大丈夫って……」

 

 戸惑いながら、空いている席に座ると、司会進行の方が抽選会の開始を宣言します。

 

「それでは、抽選会を開始します。名前を呼ばれた学校の代表者の方は壇上に上がって、組み合わせ抽選のくじを引いてもらいます。……ではまず、常磐野学園、本場蘭さん」

 

「はい」

 

 低く鋭い声がホールに響き渡ります。先日お会い(遭遇?)した本場さんが返事とともに立ち上がり、壇上に上がって抽選のくじを引きました。引いたくじを司会者の方に手渡します。

 

「常磐野学園……1番!」

 

 そして「常磐野学園」と書かれたボードが、ステージの中央にあるまだ何も埋まっていない。真っ白なトーナメント表の一番左端に掛けられました。

 

「ふむ……一番良いところを引き当てましたね」

 

「そ、そうなんですか?」

 

 私は自分の右隣に座ったキャプテンに問いかけます。キャプテンは無言でしたが、代わりに私の逆隣に座ったマネージャーが答えます。

 

「あそこが一番会場移動が少ないですね、準々決勝まで同じ会場で戦えるというのは大きなアドバンテージでしょう」

 

 なるほど、そういうこともあるのかと考えている内に、何校か名前を呼ばれ、どんどんと、トーナメント表が埋まっていきます。

 

「それでは次に……仙台和泉高校、丸井桃さん」

 

「……え⁉ あ、はい⁉」

 

 私は思わず返事をして立ち上がりましたが、事態を良く飲み込めないまま、しばしその場に立ち尽くしてしまいました。

 

「? どうぞ仙台和泉さん、壇上の方へお上がり下さい」

 

 司会の方が私のことを促します。私は抗議の視線をキャプテンに送ります。

 

「いや、冬のくじ運があまり良くなかったものですから、ここは一つ、新しい風が欲しいなと思いましてね……ですので、私の代わりにどうぞお願いします」

 

「そんな……」

 

 ここで駄々をこねても致し方ないので、私はおとなしく壇上へ上がりました。そんな私の姿を見て、会場のそこかしこからヒソヒソ声が聞こえます。

 

「丸井桃って……あの『桃色の悪魔』? 仙台和泉に入っていたの?」

 

「てっきり県内4強のどこかに入ったかと思ったのに……」

 

「確かに今回の仙台和泉の地区予選は良い成績、彼女が原動力だったのね……」

 

「これは思わぬダークホースになりそうね……」

 

「お団子思っていたのよりデカい……」

 

 こういう形で注目は集めたくはありませんでした。とにかくさっさとくじを引きます。

 

「仙台和泉高校……4番!」

 

 その瞬間、私は軽くではありますが、空を仰いでしまいました。私たちの掲げている目標は『ベスト8進出』です。しかし、この組み合わせだと、仮に1回戦を突破しても2回戦、つまりベスト16で絶対女王常磐野学園と当たる可能性が高いのです。私のくじ運も大して良いものではありませんでした。私は足取り重く自分の席に戻りました。

 

「すみません……」

 

「いえいえ! 何も謝ることはありませんよ! ねえ、キャプテン?」

 

「それは勿論です。初戦でいきなり常磐野に当たらなくて良かったと考えましょう」

 

 抽選会も終わり、私たちはホールの外に出ました。

 

「仙台和泉さん!」

 

 声に私たちが振り向くと、そこには勝気そうなロングヘアーの女性が立っていました。

 

「はい。なんでしょうか?」

 

「1回戦で当たる田原高校の粕井です。ご挨拶をと思って」

 

「それはどうもご丁寧に」

 

「共に大事な試合、悔いなく戦いましょう」

 

 そう言って粕井さんが私に握手を求めてきました。私も慌てて手を差し出します。

 

「あ、よ、宜しくお願……っ⁉」

 

 粕井さんは私の右手を思いっ切り強く握ってきました。さらに私の体をグッと引き寄せて、耳元で低い声でこう囁きます。

 

「気分はすっかり2回戦みたいだけど、あんまり調子に乗らないことね、桃色の悪魔さん?」

 

 そして、体と手をパッと離すと、ニッコリと笑顔でこう続けます。

 

「それではご機嫌よう」

 

 粕井さんはその場を颯爽と去って行きました。私が右手を抑えて呆然としていると、

 

「ふふっ、宣戦布告と言った所ですか」

 

 キャプテンが呑気な調子で声を掛けてきます。他人事だと思ってないでしょうか、この人?

 

粕井洋美(かすいひろみ)さん、典型的なゲームメイカータイプの選手。キックの精度はとても高いです」

 

「加えて面白いタイミングでパスを出しますよね、好きなタイプの選手です」

 

「そっか、キャプテンは県選抜の合宿で一緒だったんですよね!」

 

「選抜候補の合宿ですね。最もその時も私は故障がちで、ほとんど別メニューでしたが」

 

「優れた選手なんですね、チーム自体は?」

 

「県北地区予選を圧倒的な成績で勝ち抜いていますね、伏兵的な存在かも……」

 

「……試合まで約2週間もあれば、丸裸に出来ますよね?」

 

 キャプテンがマネージャーにUSBを差し出します。

 

「こ、これは⁉」

 

「県北地区の試合映像です。田原高校の試合も全て入っています。美花さん、例の如く、分析よろしくお願いしますね」

 

「了解です!」

 

「い、いつの間に……」

 

「各地区に間者を放っておりますので」

 

 間者とは伊達仁グループの黒子さんたちのことでしょうか。キャプテンはすっかり彼女たちを自身の意のままに操っています。

 

「抽選結果を皆さんが首を長くして待っていますよね。急ぎましょうか」

 

 

 

 仙台和泉駅の駅前にある中華料理屋『華華(かか)』。こちらは莉沙ちゃんの実家になります。今日はミーティングを兼ねて、チーム全員がこのお店に集まっています。私たちが到着し、店の扉を開けると、早速竜乃ちゃんが声を掛けてきました。

 

「おっ、ビィちゃん、どうだった⁉」

 

「あ、うん……」

 

「勿体つけてもしょうがないですからね、それじゃあ美花さん、対戦表を配って下さい」

 

 キャプテンの言葉に頷き、美花さんが道中コンビニでコピーしたトーナメント表を全員に配ります。受け取ったメンバーからは様々な反応がありました。

 

「2回戦で常磐野と当たるわね……」

 

「田原高校ってどこにある学校?」

 

「まあ、概ね想定内ですね」

 

 皆が落ち着くのを待ってから、キャプテンが口を開きました。

 

「……ベスト8を目指す我々にとっては、あまり良い組み合わせ結果とは言えないかもしれません。ただ県大会ですから、そもそも楽な相手というのは初めからいないですけどね」

 

「最初にして最大の難関ね……」

 

 輝さんが頬杖を突きながら呟きます。

 

「いきなりの無理ゲーって奴―」

 

 池田さんが机に突っ伏します。

 

「……そうか? イケんじゃねーか?」

 

 竜乃ちゃんの発言に皆やや呆れ気味の雰囲気になります。

 

「竜っちゃん~そないいうけども相手はあの常磐野のAチームやで~?」

 

「この間やっと引き分けたCチームとはレベルが違うのよ」

 

 秋魚さんと聖良ちゃんが諭すように竜乃ちゃんに話します。

 

「そりゃ分かっているよ。ただあの試合はカルっちたち三人が入った後半だけ見れば、アタシらの勝ちじゃねーか。あれからチームとしての力は確実に上がっているし、スコッパは……ともかく、マコテナ様も入ったしよ。そこそこ戦えんじゃねーの?」

 

 真理さんが首を傾げながら、竜乃ちゃんに尋ねます。

 

「マコテナ様とは……もしかして私のことでしょうか?」

 

「ああ、『○ルテナの鏡』のパ○テナ様みたいに色々な技使えるしな、だからマコテナ様」

 

「少々想定外です……。ただ、何故でしょう、案外悪い気はしませんね」

 

「気に入っちゃったんですか⁉」

 

 聖良ちゃんが驚きの声を上げます。キャプテンが気にせず続けます。

 

「1回戦は2週間後の土曜日、2回戦はその翌日の日曜日に行われます。初戦の相手に関しては美花さんに徹底的に分析してもらいます。勿論油断は禁物ですが、チーム力が上がっている我々にとっては過度に恐れる相手ではないと思います。むしろ注意すべきは……」

 

「連戦による疲労か」

 

 副キャプテンの永江さんの言葉に、キャプテンが頷きます。

 

「つーか、この組み合わせやと、初戦は仙台市外で、2回戦は市内の会場になるな」

 

「ああ、対して常磐野は二日連続で同じ会場で試合が出来る」

 

「大した距離じゃないけど、移動のストレスが無いのは羨ましいかもー」

 

「移動面に関してですが、手は打ってあります」

 

「手っていうのは?」

 

「そこは本番までのお楽しみということで」

 

「……聞くだけ無駄だったし」

 

 笑顔のキャプテンに対し、ぷいと口を尖らせる成実さん。続けて真理さんが眼鏡をクイっとあげて質問します。真理さんは普段は眼鏡を掛けています。

 

「主将、そうは言っても初戦の相手を軽視するのは危険だと思いますが」

 

「ええ、そこは当然リスペクトの気持ちを持って戦うつもりですよ。美花さん、分析にはどれ位掛かりますか?」

 

「丸裸ともなればちょっと時間は掛かりますが……基本的な対策案なら明日にでもいくつか提示出来ると思います」

 

「それは頼もしい。では明日からベスト8へ向けての第一歩、田原高校対策の練習を始めて行きましょう」

 

「……ちょっと宜しいかしら、主将さん?」 

 

 これまで黙って座っていた伊達仁さんが口を開きました。

 

「なんでしょう、伊達仁さん?」

 

「……気に入りませんの」

 

「はい? 何がでしょう?」

 

「ベスト8という目標がですわ! 小さい、あまりにも小さい! もっとスケールの大きな目標を掲げるべきですわ! そう例えば……県大会優勝!」

 

 皆が一瞬呆気にとられました。

 

「優勝とは……また大きく出ましたね」

 

「常磐野どころか、県4強の内3つは倒さないといけないわね」

 

 キャプテンと輝さんが微笑みを浮かべます。すると竜乃ちゃんが立ち上がり、健さんをバッと指差しながら叫びます。

 

「珍しく良いこと言ったな、スコッパ!」

 

「失礼な! わたくしは良いことしか言いませんわ!」

 

「ただ、それじゃあまだ足りねぇなあ? 提案としては……そうだな2番手だ」

 

「何ですって⁉ それじゃあ1番手は?」

 

「チッチッチ……」

 

 竜乃ちゃんは左手の人差し指を左右に振って、こう続けます。

 

「全・国・制・覇だ‼」

 

 皆が再び呆気にとられました。キャプテンはポンっと両手を叩いて、

 

「まあ、戯言はさておきまして……」

 

「戯言⁉」

 

「伊達仁さんのご指摘は全くその通りですね。ベスト8という目標はなんとも中途半端、どちらかと言えば、後ろ向きの発想でしたかね。……宜しい、では目標は大きく『県大会優勝』と行きましょう」

 

「本当に大きく出たな」

 

 苦笑気味の永江さんにキャプテンが話し掛けます。

 

「大言壮語に終わるかどうかは私たち次第……今やれることを各々やって行きましょう」

 

「今やれることは……食うことカナ? って、夕メシにはまだ早いカ」

 

 ヴァネッサさんが輝さんに笑いかけます。

 

「食事も案外間違いじゃないんじゃない? ヴァネの場合、あいつに当たり負けしないように体を作るとかね。もっとも2週間位じゃたかが知れているけど」

 

「あいつか……この間はちょっと油断しただけダヨ。今度はキッチリ抑えるサ」

 

「あいつあいつって……もしかして私のことですか~?」

 

「そうそう、お前お前……ってうぉぁ⁉ 何でここに居るんダヨ!」

 

 ヴァネッサさんの叫びに振り返ると、お店の入り口に常磐野学園10番、天ノ川佳香さんが立っていました。皆思わず身構えてしまいます。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第8話(3) 「ゾーンに入る」

「何よ、敵情視察⁉」

 

 聖良ちゃんの質問に天ノ川さんは慌てて両手を振って、否定します。

 

「いえいえ、そんなつもりはありません~。私はただ単純にこのお店のフェアに興味があって~。今日は練習休みだから、思い切って来てみたんです~」

 

「フェア?」

 

「ええ、『ドデカ盛杏仁豆腐10杯、30分で完食したらタダ!』というフェアです~」

 

「ジュルリッ……!」

 

「「「!」」」

 

「? どうしたのです、竜乃さん?」

 

「い、今、大きな舌なめずりの音が聞こえなかったか?」

 

「は?」

 

「面妖な……!」

 

「いや、真理先輩、印は結ばなくても大丈夫ですから」

 

「ピカ子さん⁉ 一体どういうことですの?」

 

「ま、まあ、すぐ分かると思うわ……」

 

 何やらぶつぶつ言っている四人をよそに、私は天ノ川さんから注文を取っている莉沙ちゃんに声を掛けます。

 

「莉沙ちゃん」

 

「ん? どうした、桃?」

 

 私は天ノ川さんの向かいの席にドカッと腰掛けます。

 

「彼女と同じものを私にも」

 

「⁉ わ、分かった」

 

「いつぞやのカツ丼屋さんの借り! 今日返させて頂きますよ!」

 

「ん~? 何だかよく分かりませんが、受けて立ちます~」

 

「受けて立つのね……良いの? キャプテン?」

 

「うーん、面白いから良いんじゃないですかね?」

 

 数分後、私たちのテーブルに、料理が運ばれてきました。

 

「お待たせしました。ドデカ盛り杏仁豆腐になります」

 

「デカッ!」

 

「まずあの器よ、顔がすっぽり隠れる位の大きさ……」

 

「果物などほとんど丸々入っている様ですわね……」

 

「「いっただきま~す♪」」

 

 私と天ノ川さんは同時に食べ始めます。莉沙ちゃんが説明を始めます。

 

「ルール説明だ。このドデカ盛り杏仁豆腐10杯を30分以内に食べてもらう。もしも制限時間内に食べきられなかった場合は、お代を……」

 

「「おかわり!」」

 

「ビィちゃんもヨッシーカも速ぇ!」

 

「ヨッ○ーみたいに言うな! そのスマ○ラ脳何とかしなさいよ!」

 

「1分も経っていませんわ。莉沙さん絶句していますわよ……」

 

「量だけでなく、速さも兼ね備えているとは……増々興味深い存在です、桃さん」

 

 周囲が何やらざわついているようですが、私は気にも留めず、食事に集中します。この杏仁豆腐、ぷるぷるとした舌触りが絶妙で、飲み物でも飲んでいるかのようにごくごくとお腹の中に染み込んでいきます。もちろん味も絶品です。至福の瞬間とはまさにこのことでしょう。

 

「どちらも完食は時間の問題ですね、後はどちらが速いか……」

 

「何を楽しんじゃってんのよ、美花まで……」

 

「これはお互い絶対に負けられない戦いです! まさに10番の誇りを懸けた一戦‼」

 

「どこで懸けてんのよ……」

 

「桃さんは文字通り吸い尽くすような食べっぷり……対して天ノ川さんは何と言いますか、拾い上げるような食べっぷりというか……対照的で実に興味関心をそそられますね」

 

「ああ、一瞬だが、人より長い舌を使ってフルーツを巧みに拾い上げてやがる……!」

 

「何と! 見えているのですか、竜乃さん⁉」

 

「ああ、アタシじゃなきゃ見逃しているね」

 

「驚異的な動体視力……!」

 

「あの……竜乃、真理先輩、言っておくけど貴方たち今凄い馬鹿な会話しているからね?」

 

「しかし、ピカ子さん……お二人とも凄い集中力ですわね」

 

「え、ええ、そうね、健。こちらの声なんてまるで届いてないみたいだわ」

 

「わたくし知っていますわ。集中力が極限まで高まって、思考や感情、周囲の音などが消えて、感覚が研ぎ澄まされ、行動に完全に没頭している特殊な意識状態、一流のアスリートなど限られた方のみ辿り着ける境地……そう、これはいわゆる『ゾーンに入った』状態ですわ!」

 

「どこでゾーンに入っちゃっているのよ、桃ちゃん!」

 

「「ごちそうさまでした!」」

 

「同時だ!」

 

「いえ、わずかに天ノ川さんの器の方に、寒天が残っています」

 

 キャプテンの冷静な指摘に、天ノ川さんも自らの器を確認します。

 

「あ~本当だ~。お残しはいけませんね~」

 

「つ、つまりこの戦いは……?」

 

「ええ、僅差ではありますが、丸井さんの勝利ですね」

 

「うおっしゃあぁぁぁ‼」

 

「も、桃ちゃん……?」

 

 私は無我夢中でガッツポーズと雄叫びを繰り返します。

 

「カツ丼屋さんのことは正直全然覚えてないんですけど~。これで1勝1敗ということになりますかね~。決着は試合で付けましょう~。楽しみにしていますよ~丸井さん~、……って聞いてないかな? まあいいや、それじゃあ失礼しま~す」

 

「……あ、あれ天ノ川さんは?」

 

 多少落ち着きを取り戻した私に対し、輝さんが呆れた顔で教えてくれます。

 

「もうとっくに帰ったわよ……アンタ全然気にしてなかったでしょう」

 

「ええ、完全燃焼しましたから……」

 

「どこで燃え尽きてんのよ……天ノ川がなんて言っていたか、……」

 

 私は輝さんのセリフを手で遮り、こう続けます。

 

「これで五分と五分。10番の誇りとプライドを懸けた戦いは次に持ち越し! 決着はフィールドの上で! お互い死力を尽くしましょう! ……そう言っていたんですよね?」

 

「いや付け足しと美化が酷いわね。絶対そんなテンションで言ってないし、大体まともに聞いてなかったでしょう?」

 

「聞いてなくても感じ合っていたんですよ……」

 

「はぁ?」

 

「わたくし知っていますわ。集中力が極限まで高まって、『ゾーンに入った』状態だったお二人には余計な言葉など不要。必要なのは目と目で通じ合う……そう、『アイコンタクト』ですわ! これによってお二人は互いの考えていることが手に取るように分かるという境地にまで達していたのです!」

 

「言葉不要って、天ノ川が思いっ切り声掛けていたじゃない…… まあいいわ、疲れた……」

 

「とにかく、今現在の桃さんの集中力は極限まで高められているということですね。やはり興味の尽きない存在です、丸井桃さん!」

 

「うおぉぉぉ! 何だかよく分かんねえけど、すげえぜ、ビィちゃん!」

 

「サッカー部員が大食い早食い対決で覚醒しないでよ、桃ちゃん!」

 

 周囲の喧騒をよそに、私の心は晴れやかでした。心の奥底に潜んでいた、“恐れ”“不安”“葛藤”そういった負の感情が綺麗に流されていった様な気がしました。私はキャプテンを静かに見つめました。(これが狙いだったんですね?)キャプテンは静かに頷きました。しかし、半笑いでした。その瞬間私も(あ、これ茶番だ)と察することが出来ました。 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第9話(1) 驚異のロングシュート

 抽選会から約2週間後、いよいよ私たちはインターハイ県予選の初戦の日を迎えました。当日の早朝、皆が学校の校門付近に集合しました。

 

「何でわざわざ学校集合なのかしら? いつも大体仙台駅集合なのに」

 

 聖良ちゃんが素直な疑問を口にします。私もそう思いました。時間的には十分間に合うといえば間に合うのですが……そんな事を考えていると、キャプテンが到着しました。

 

「皆さん、おはようございます……ふむ、全員揃っていますね」

 

「何でこんなに早い時間集合なのよ? これなら駅で良かったんじゃないの?」

 

 輝さんからの質問に対して、キャプテンはニヤリと笑います。

 

「ふふっ、それでは皆さん、あちらにご注目下さい」

 

 キャプテンが駐車場の方を指し示します。すると、そこに「SENDAI IZUMI」と車体に書かれた中型バスが現れました。

 

「あれは⁉」

 

「伊達仁グループさんから割安でご提供頂いた、私たち専用のチームバスです」

 

「誰が運転しているんですか?」

 

「あ、私、私~」

 

 聖良ちゃんの問いかけに対し、窓を開けてこちらに手を振る女性に私たちは驚きました。知子先生だったからです。車を降りた先生を皆が取り囲みます。

 

「先生、バスの運転なんて出来たんですか?」

 

「出来るようになった、ってところかな……」

 

 先生が苦笑しながら免許証を私たちに見せてくれました。

 

「わりと短期間で取れるものなのね、これ……」

 

「けじめの一つですね、ギリギリですが間に合ってくれて良かったです」

 

 キャプテンがニコニコ笑顔で話します。

 

「成程……これで移動のストレスが多少軽減されるってわけね」

 

「わたくしとしては電車移動なども嫌いではありませんけどね。ただ、主将さんがどうしてもとおっしゃるので、グループ傘下の自動車会社に用意させましたわ」

 

「割安とか言ってたけどよ……」

 

「勿論、流石に無料で差し上げるという訳には参りませんので」

 

「だ、誰が負担するのよ?」

 

「皆! 絶対ベスト8以上を目指してね! 先生との約束よ!」

 

 先生がウインクしながら、右手の親指をサムズアップしてきました。その目にはうっすらですが涙が浮かんでいます。私たちはそれで全てを察しました。

 

 学校を出発し、一時間弱で海岸近くの試合会場に到着しました。輝さんが言ったように、確かにこれで移動のストレス軽減が出来ると思います。運転手を務める先生は大変ですが。私たちは早速、ユニフォームに着替え、試合前のアップに臨みます。あっという間に試合の時間がやってきました。そんな中、キャプテンはピッチ中央で対戦相手の田原高校の10番兼主将の粕井さんや審判団と話しています。これは「コイントス」です。コインを弾いて、裏か表が出るかで、先にキックオフを選ぶ権利、もしくは最初に攻める相手エンド(陣)をどちらか選択することが出来ます。コイントスが行われたようです。近くにいた竜乃ちゃんには結果がすぐ分かったようです。私たちの方に振り返り、大声で

 

「こっちボール!」

 

 と叫びました。キックオフを選んだということは、相手にエンドを選ぶ権利があります。

 

「皆さん! エンドチェンジです! 移動してください!」

 

 キャプテンが私たちに向かって声を掛けます。相手はエンド交代を取ったようです。キャプテンは粕井さんと審判団と握手を交わします。その際、何やら話しこんでいました。

 

「この海から吹き付けるやや強い風の中で風下を取るとは……余裕の表れですか?」

 

「生憎、風の強弱程度で左右される程、ヤワな練習はしてきてないの。大物食い(ジャイアントキリング)への挑戦権(チケット)はウチが頂くわ」

 

エンドを交代した私たちは円陣を組みました。そこにキャプテンが加わります。

 

「さて、いよいよ県大会初戦です。皆さん、準備はOKですか?」

 

「言うまでもないでしょ……」

 

「あれ? 真理さん、どうしたんですか?」

 

「チームでこういった行為を行って士気を高める狙いだとは理解していますが……正直非科学的で懐疑的にならざるを得ませんね……」

 

 首を傾げる真理さんに、キャプテンは苦笑を浮かべつつ話し始めます。

 

「最初から全力で行きましょう! ……と、言いたいところなのですが、常磐野の偵察も来ているようなので、手の内はあまり明かしたくはないのですよね」

 

「偵察⁉ マジか! どこにいるんだ?」

 

竜乃ちゃんがキョロキョロとスタンドを見渡します。するとスタンド中央の中段辺りに、三脚を用いたカメラを設置している制服姿の女子高生が二人、目に留まりました。

 

「アイツらか……どうするピカ子?」

 

「別にどうもしないわよ……って真理先輩⁉ なんで印を結んでいるんですか⁉」

 

「臨・兵・闘・者・皆・陣・烈・在・前……破……」

 

「わあぁ――⁉ ストップ! ストップ!」

 

 聖良ちゃんの制止もあって、真理さんの術?の発動を防ぐことが出来ました。

 

「くっ……三脚を折るに留まりましたか」

 

「カメラ目線でカメラぶっ壊すとか大事ですよ! 注目集めるってレベルじゃないです!」

 

「そうですね、神不知火さんの本格復帰はまだ極力知られたくないことなので、申し訳ないですけど、術等の使用は控えめにお願いします」

 

「そういう意向であれば……了承しました」

 

「自分が一番非科学的な存在じゃないのよ……」

 

 呆れ気味の輝さんの言葉に。私たちは苦笑交じりで頷きました。

 

「いい具合に緊張は解けてきたようですね。これまでの練習試合、紅白戦などで見せてくれたプレーを各々が発揮出来れば、必ず勝てます。 気負わずに、思い切って、そして助け合って行きましょう。それでは……仙台和泉~ファイト~!」

 

「「「オオォッ‼」」」

 

 円陣を解いた私たちは、各ポジションに散らばります。多くの練習試合と同じく、4-4-2のフォーメーションでスタートです。キックオフの位置に立つ、竜乃ちゃんと秋魚さんが何やら話し込んでいます。

 

「アッキーナよぉ……始まったら、ボールをアタシの左前にチョコっと蹴ってくれねえか?」

 

「え? ……まさか竜っちゃん⁉ いやアカンで、美智、キャプテンから怒られるで?」

 

「キャプテンはさっき『思い切って』って言ってたぜ。頼むよ」

 

「いや、そうやけども……もう~~どうなっても知らんで⁉」

 

 秋魚さんが何やら叫んだ時に、試合開始のホイッスルが鳴り響きました。秋魚さんがボールを軽く前方に蹴り出しました。どうしたのかな?と思ったと同時に、竜乃ちゃんがシュートモーションに入っていました。敵味方ほぼ同時に「まさか」と思った瞬間には竜乃ちゃんから強烈なシュートが凄まじいインパクト音とともに放たれていました。ボールはうなりを上げながら、追い風にも上手く乗ったのか約50mもの距離を勢いをほぼ失わずに、敵陣を突っ切って飛んでいきました。そして、そのまま相手のゴールに突き刺さりました。皆唖然としている中、いち早く我に返った主審が得点を宣告しました。1対0。私たち仙台和泉の先制です。

 

「うおっしゃあ‼ 決めたぜ!」

 

 喜びを爆発させる竜乃ちゃんに皆駆け寄り、祝福しますが、どこか戸惑いの色を隠せません。それもそうです、こういったいわゆる“キックオフゴール”なんて得点シーンはそうそうお目にかかれるものではありません。敵チームの10番粕井さんも口をあんぐりと広げています。チームメイトから一通り祝福を受けて、その輪から外れた竜乃ちゃんの先にはキャプテンが仁王立ちで待ち構えていました。竜乃ちゃんは少しビクッとなります。

 

「い、いや今日は何だかアップの時から体軽くてよ、思い切って狙ってみたらさ、入っちゃったんだよな、アハ、アハハハ……」

 

「あまりギャンブル性の高いプレーは推奨しませんが……抑えの効いた良いシュートだったと思います。この後もその調子で宜しくお願いしますね」

 

「お、おう! 任せとけ!」

 

 自身のポジションに戻るキャプテンに対し輝さんが声を掛けます。

 

「もっとお説教するかと思ったのに」

 

「気が変わりました。龍波さんにはこの試合存分に暴れて貰います」

 

「偵察にバレちゃうんじゃない? それとも本当にオンミョウにカメラ壊してもらう?」

 

「それには及びません……持ち札を晒した上で、別の手を考えるまでです」

 

 出会い頭の強烈な一撃を浴びせることに成功した私たちですが、その後、立て直してきた田原高校の守備をなかなか崩せなくなりました。ですが逆に相手にもチャンスらしいチャンスは作らせませんでした。マネージャーのスカウティング(分析)によれば、田原の攻撃パターンは八割がたエースの粕井さんを経由するものでした。よって、粕井さんにほとんどボールを触らせないという守備戦術が上手く機能しました。痺れを切らした彼女が自陣にまで下がって、ボールを受けに行きましたが、こちらのゴールから遠い位置でボールをキープされてもさほど怖くはありませんでした。こうして徐々に試合の主導権を握り始めた私たちは、前半間際のCK、真理さんのゴールで追加点を奪いました。さらに後半の早い時間帯に竜乃ちゃんが2ゴールを追加、なんとハットトリックの大活躍で試合の大勢を決めました。その後も聖良ちゃんのダメ押し点、粕井さんに意地のFKを決められるなど、点を取り合って最終スコアは5対1。私たち仙台和泉は2回戦進出を決めました。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第9話(2) 決戦前のミーティング

 試合を終えて学校に戻った私たちは、視聴覚教室に集まりました。キャプテンとマネージャーが最後に教室に入ってきました。

 

「皆さん、大変お待たせしました。試合後でお疲れかと思いますが、是非見て頂きたい映像があります」

 

「映像?」

 

「そうです、明日対戦する常磐野学園の映像です」

 

「やはり常磐野が相手か……」

 

「スコアはー?」

 

 池田さんの問いにキャプテンは一瞬真顔になって、すぐ笑顔に戻って答えました。

 

「8対0です」

 

「「ええっ⁉」」

 

「対戦相手も決して弱くはありませんでしたが、思いの外大差となりましたね」

 

「マジかいな……」

 

「仕上がりは順調ということか……」

 

 秋魚さんも永江さんも腕を組んで黙り込んでしまいました。

 

「とはいえ、今は下を向いている場合ではありません。少しでも勝つ可能性を上げるために分析を行いましょう。では美花さん、準備は宜しいでしょうか」

 

「はい、大丈夫です!」

 

 キャプテンの問いかけにマネージャーが元気良く答えました。教室中央に用意されたプロジェクターからスクリーンに映像が写し出されます。マネージャーが説明を始めました。

 

「こちらは今日の1回戦、先月の地区予選3試合、そして今月上旬に行われたいくつかの練習試合を編集したものです」

 

「同じ会場だった地区予選はともかく、今日の試合とか練習試合の映像とか……そんなもの良く入手出来たわね」

 

 輝さんが感心した様子で呟きます。するとキャプテンが答えます。

 

「まあ、その辺りも伊達仁グループさんの全面協力を仰ぎまして……パチッ!」

 

 キャプテンが指を鳴らすと、その後ろに黒子さんがどこからか姿を現しました。キャプテンが再び指を鳴らすと、黒子さんは音も無く姿を消しました。

 

「このように、黒子さんたちに各会場で情報を収集してもらっています」

 

 ニコっと笑うキャプテンとは対照的に、私たちはやや引き気味な笑みを浮かべました。

 

「我が家の隠密諜報部を何人かお借りしますとはおっしゃられましたが、短期間でこうも見事に運用するとは……主将さん、卒業後は本格的に我がグループに入られては如何かしら?」

 

「ってか、隠密諜報部って何よ? 不穏な響きがするわね……」

 

「まあ、そういう話はまた別の機会に……美花さん、話を続けて下さい」

 

「は、はい。常磐野学園なんですが、ここ数年一貫して、同じシステムを採用し続けています。この間の練習試合で向こうのCチームも用いていた4-3-3システムです。加えて就任十五年で多くのタイトルをもたらした名将、この高丘明美(たかおかあけみ)監督は勝っている、結果を出しているチームを変にいじりません。よって、明日の向こうの先発メンバーも今日と同じだと思われます。その11人の選手のプレーを重点的に見ていきましょう」

 

 そしてスクリーンは、眼鏡をかけたスーツ姿がビシッと決まった女性から、長い黒髪をうなじ辺りで一つにまとめ、おでこにやや大きめなヘアバンドを着けた上下真っ白のユニフォーム姿の女性に切り替わりました。

 

「こちらは背番号1、GKの久家居(くけい)まもりさん。二年生ながら昨秋から守護神の座に定着しました。手足のリーチの長さを生かした守備範囲の広さが特徴的です」

 

「丸井さん、こちらの久家居さんとは中学校が一緒なのですよね?」

 

「あ、は、はい。私が中二で全国大会に出たときの正GKの方です……」

 

「何か変わっているところなどはありますか?」

 

 キャプテンから尋ねられ、しばし考えてみました。

 

「強いて言うなら……少しポジションを前目に取る傾向がありますね」

 

「それなら案外成実のデタラメミドルも効果あるかもね」

 

「デタラメ言うなし! ……まあ、私よりヒカルが狙った方がいいかも」

 

 成実さんの言葉に輝さんは頬杖を突きながらわずかな微笑を返すのみでした。

 

「次は、ゴール前に君臨する高く厚い壁……三年の背番号5、本場蘭さんと二年の背番号4、栗東マリアさんのCBコンビです。本場さんの長身を生かした、打点の高いヘディングは攻守の両面に於いて、大きな力を発揮します。ユース代表にも名を連ねる実力者です。紛れもない全国レベルですね」

 

「何かウィークポイントとか無いんですか?」

 

 聖良ちゃんの質問に、マネージャーが即座に答えます。

 

「スピードある相手の対応はやや苦手のようですね。ただ、それをフォローするのがこの栗東さんです。小回りが利くので、本場さんが相手FWと競ったボールのこぼれ球へのカバーリングがとても素早いです」

 

「こいつCBにしては小柄だろう? こっちに空中戦仕掛ければ良いんじゃねえか?」

 

 竜乃ちゃんの指摘にも、マネージャーはすぐに答えます。

 

「確かに上背は然程でもないのですが、それを補って余りある身体能力とフィジカルの持ち主です。空中戦も大して苦にしていません。そう簡単に優位には立てないと思います」

 

「チッ……」

 

「加えて、この栗東さん、中学時代は攻撃的なポジションを務めていた選手です。今でも隙あらば、果敢に攻め上がってチャンスに絡んできます。非常に厄介な選手です」

 

「ただ、少しカッとなり易い選手のようですね。冷静さを失わせるのも手かもしれません」

 

 キャプテンの補足に頷きながら、マネージャーが説明を続けます。

 

「右SBに入るのが、背番号2の地頭(じとう)ゆかりさん、三年生。左右どちらもこなせるサイドのスペシャリストです。低い位置からのアーリークロスの精度が高いので、要注意です。左に入るのが、背番号3の巽文華(たつみふみか)さん、この方は二年生。ボール奪取能力が非常に高い選手です。守備的なポジションはどこでもこなせますが、昨冬辺りから左SBで起用されていますね。丸井さん、この方も中学の先輩なんですよね?」

 

「え、ええ。その時は主にCBなどを務めていました」

 

「何か弱点とか無いかしら?」

 

「う~ん、右利きだから左で蹴るのは正直まだ得意じゃないんじゃないかな」

 

 私は聖良ちゃんからの質問に答えました。マネージャーが更に説明を続けます。スクリーンには少し茶色がかった短髪の女性が映りました。

 

「こちらはアンカーを務める、背番号6の結城美菜穂(ゆうきみなほ)さん、二年生。GKとFW以外ならどこでもこなせるポリバレントなプレーヤーです。ピンチの芽を未然に摘み取る危機察知能力の高さもさることながら、精度の高い右足のキックを生かして、攻撃の起点にもなれます」

 

「結城さんは千葉出身ですが、対戦経験はありますか?」

 

「中学で当たったときは、攻撃的なポジションでしたね」

 

 キャプテンの問いかけに、聖良ちゃんが答えます。

 

「それでは攻撃面でも注意が必要になりますね……どうぞ続けて下さい」

 

 マネージャーが頷き、次の選手の紹介となります。黒髪ロングの女性が映し出されます。

 

「主に右のインサイドハーフを務めるのが背番号8、押切優衣(おしきりゆい)さん、二年生。一年の頃からSBなどで試合に出ていましたが、現在は得意の中盤で起用されていますね。サッカー処の静岡出身らしく、足元の技術に長けています。攻守のつなぎ役として不可欠な存在ですね。人望も厚いようで、本場さん卒業後はこの方がキャプテンになると言われているそうです」

 

「見るからに真面目そうな方です。気が合いそうですね」

 

「多分、シラヌイちゃんとは真面目さのベクトルが違うと思うよー」

 

 池田さんの指摘に真理さんが不思議そうに首を傾げます。

 

「補足しますと、パスセンスもありますが、中盤の低い位置からドリブルで攻め上がったり、前線に飛び出して、シュートを放つこともあります。結城さん同様、攻撃面でも注意です」

 

 次に少し茶色がかったミディアムパーマの大人っぽい雰囲気を身に纏った女性が映ります。

 

「左のインサイドハーフは背番号7のこの方……常磐野学園不動の司令塔、豆不二子(まめふじこ)さん、三年生です。小学生のころから、『豆四姉妹』として関西では有名だったようですが、中学生時から頭角を現し、その頃から代表の常連になっていますね。キック精度の高さを生かした、長短織り交ぜたパスワークの正確さが武器です。常磐野のほぼ全ての攻撃が彼女を経由します」

 

「それならば、こう言うと少々お下品ですが……この方をお潰しになれば、あちらの攻撃力は半減するのではないのですか?」

 

「簡単にお潰せられれば、楽なんだけどね……」

 

 健さんの言葉に輝さんが苦笑気味に反応します。キャプテンが口を開きます。

 

「この豆さん、ポジショニングがとにかく絶妙なのです。言い換えると、相手にとっては嫌らしい位置取りを取って、その動きを捕らえるのは容易なことではありません」

 

「そしていつの間にかゴール前に顔を出し、決定的な仕事をこなす……」

 

「厄介な奴らの中でもとりわけ厄介な奴ってこっちゃな」

 

 永江さんと秋魚さんの言葉に、キャプテンが頷きます。

 

「とはいえ守備はやや不得意なようなので、その辺が弱点と言えば弱点ですかね。もっとも、別に守備をサボったりする訳ではないのですがね……」

 

「一筋縄ではいかない方、ということはよく理解しましたわ」

 

「次は3トップですね。右ウィングはこの方、背番号9の小宮山愛奈(こみやまあいな)さん、二年生。元々センターフォワードでしたが、現在はこの位置が主戦場になっていますね。ただ攻撃的なポジションならどこでもこなせる方ですね。中学時代は九州大会で得点女王になっています。高さと速さを兼ね備えた選手です」

 

「こちらの左サイドで高さ勝負になると、その……少々分が悪くないか?」

 

「まあその点も含めて……手は考えていますよ」

 

 永江さんの案ずる声にキャプテンは落ち着いて答えます。

 

「3トップの左に入るのは、朝日奈美陽(あさひなみはる)、背番号11。この方も二年生。ひときわ小柄な体格を補って余りある高い技術とスピードでサイドから敵陣を切り裂きます。ついた異名は『北海のライジングサン』。彼女も比較的、ユース代表常連組に近いですね」

 

「この二人だけでも十分しんどそー」

 

 池田さんの言葉にキャプテンも軽く頭を抑えます。

 

「正直いって欠点は少ない二人です……強いて言えば、小宮山さんもやや熱くなり易い性格ということと、朝日奈さんがそこまで決定力が無いということだったのですが……」

 

「ですが?」

 

「今日の試合、お二人揃ってハットトリックの大活躍です……」

 

「目下絶好調ってことカヨ!」

 

 マネージャーの報告に、ヴァネさんが机に突っ伏します。キャプテンが補足します。

 

「ただ、この両サイドの二人は試合開始から全力全開で飛ばしてきますので、フル出場するということはほとんどありません。序盤戦から中盤戦にかけてまでの猛ラッシュに耐えきえられれば……こちらにもチャンスが回ってくるはず……です」

 

「厄介者の集まりって言うたけど、これはもう化け物の集まりやな~」

 

「秋魚先輩……そんな化け物さんたちの真打がこちらの方です」

 

 マネージャーの言葉通りスクリーンには先程の中華料理店で遭遇した彼女の姿が映ります。

 

「3トップの中央に位置するのが、天ノ川佳香(あまのがわよしか)さん。10番を背負う期待の一年生。今更説明不明かもしれませんが、上背が然程無いにも関わらず、空中戦にも滅法強く、特別大柄な体格という訳でもありませんが、当たりにも強く、高いキープ力と併せて、滅多にボールロスト(ボールを失うということ)がありません。前線でボールを収めて、攻撃の起点になれる存在です。そして何よりも注意すべきは、その左足の強烈なキックです。安易に前を向かせてシュートを撃たせるのはとても危険です」

 

「まさしく怪物です……ヴァネッサさん、大変だとは思いますが……」

 

「アタシが抑えなきゃ始まんないって奴デショ?」

 

「頼もしいお言葉です。さて、対して、私たちの取るべき戦術ですが……」

 

 

 

 ガタっと教室のドアが開き、輝さんが飛び出すように出て行きました。

 

「おい、待てヨ! ヒカル!」

 

 ヴァネさんと成実さんが輝さんを追いかけます。

 

「お疲れ……」

 

「あ、竜乃ちゃん、あの、明日のことだけど……」

 

「心配しなくてもちゃんと来るさ、ただ、今日は……放っておいてくれ」

 

「う、うん……」

 

教室を出ていく竜乃ちゃんを見つめる私に、聖良ちゃんが声を掛けてきました。

 

「あの、桃ちゃん、こんな時にあれだけどちょっと良いかな?」

 

「う、うん、どうしたの?」

 

「帰りながら話そうか」

 

 下校中、聖良ちゃんが口を開きました。

 

「桃ちゃんさ……私のこと、実は覚えてないでしょ?」

 

「え⁉ あ、う、うん」

 

 思わぬ直球に私もこれ以上取り繕うことも出来ず、認めるしかありませんでした。

 

「ご、ごめん」

 

「ううん、良いの。だって小学校の時の一か月位だもん、一緒だったのは」

 

「ああ……そうだったんだ」

 

「私小さい頃、体弱かったんだ。体の調子が良くなっても、なかなか外で遊んだりすることが無くて……いつも元気で遊んでいる皆が羨ましかった。そんな時だった、引っ込み事案だった私に桃ちゃんが『一緒にサッカーしない?』って誘ってくれたのは」

 

「そ、そうだったっけ?」

 

「そうだよ。私はそれが本当に嬉しかったの。でもその後、親の仕事の都合で引っ越すことになっちゃって……とても悲しかったけど、こう思ったの。“サッカーを続けていれば、きっとまた桃ちゃんと出逢える”って」

 

「そうなんだ……」

 

「だから凄い努力した。でも残念だけど中学時代は全国に届かなかった……雑誌で桃ちゃんを見て嬉しくなると同時に悔しかった。ああ、なんで私はここに居ないんだろうって」

 

「そう……」

 

「そうしたらまた親の仕事の都合で宮城に戻ってくることになってね。急な話だったし受験日の都合もあって、所謂強豪校には入れなくて、正直がっかりしちゃった……と思っていたら、この学校に桃ちゃんが居たんだもん、もう本当にビックリしちゃって! ごめんね、最初訳分からない位ハイテンションで絡んじゃって」

 

「ああ、あれはまあ、ちょっと驚いたけどね」

 

「思っていた形とは少し違ったけど、こうして桃ちゃんと一緒にボールを蹴れることがとっても嬉しいの! だから……ああ、何て言えば良いのかな……」

 

「勝とう」

 

 私は気が付くと、聖良ちゃんの目を見つめ、その右手を握っていました。

 

「も、桃ちゃん……」

 

「勝ち進めばいくらでもサッカーが出来るよ。そして届かなかった舞台に一緒に上がろう」

 

「う、うん! そうだね、桃ちゃん! 明日は絶対勝とう!」

 

 そう言って、聖良ちゃんは私の手を強く握り返してきました。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第9話(3) 絶対女王常磐野学園

 ~同時刻、常磐野学園サッカー部ミーティングルームにて~

 

「全員揃ったか」

 

 常磐野主将、本場蘭が立ち上がり、部屋を見回す。押切優衣が言いづらそうに答える。

 

「不二子先輩がまだです……」

 

「またか……」

 

 本場が呆れた声を上げると、その直後、常磐野の司令塔、豆不二子が部屋に入ってきた。

 

「あ~良いシャワーだったわ~。乙女たるものお肌のケアも欠かせないわよね~」

 

「ふ、不二子先輩!」

 

「あら~ごめんなさい、優衣ちゃん。時間にちょっと遅れちゃったかしら?」

 

「そ、その恰好はなんですか⁉」

 

 押切がわなわなと震えながら指を差した豆の姿恰好は。上半身をタオルで隠したのみで、下半身は下着丸出しというものであった。

 

「あ、この恰好~? まあ良いじゃない、女同士、減るもんじゃないし~」

 

「人としての尊厳が減ります! ちゃんと服を着てきて下さい!」

 

「は~い。優衣ちゃん怖~い」

 

 豆が部屋から出ていった。溜息をつく押切に、本場が声を掛ける。

 

「すまんな押切、いつも苦労を掛ける」

 

「いえ、大丈夫です。もう慣れましたから……」

 

 しばらくして、豆が部屋に戻り、本場があらためてメンバーに声を掛ける。

 

「先程監督からも話があったが、我々としては今一度明日の相手を確認する必要がある。気になった点などあればどんどん発言してくれ。では小林、頼む」

 

「はい!」

 

 小林と呼ばれた女性は、壁際に設置された大型TVに仙台和泉の試合映像を写し出した。

 

「仙台和泉高校。最高成績は二十年前の全国出場一回を除けば、夏冬ともにベスト8が一度ずつ。ここ十年ほどは地区予選敗退常連でしたが、一昨年から力をつけはじめ、昨年は夏冬ともにベスト16に進出。今回も地区予選を3戦全勝、今日の試合も5対1で勝っています」

 

「着実に力を付けてきていますね」

 

 押切の言葉に頷き、本場が小林に声を掛ける。

 

「この急成長、何が原因だと考える?」

 

「はい、1年生時から試合に絡んできたメンバーを中心とした堅守がまず一つ挙げられると思います。GKの1番永江、右SBの2番池田、左SBの3番キャプテンの緑川、そしてDFではありませんがFWの16番武も昨年から試合に出ていますね」

 

「このアフロ、ふざけた髪型しとるの~」

 

「髪色はアンタも同じようなものでしょ、案外似たもの同士なんじゃないの?」

 

 朝日奈美陽が悪戯っぽく笑って、栗東マリアを茶化す。

 

「な、ど、どこがじゃ! こんなふざけたやつと!」

 

「マリア、落ち着け。……続けてくれ」

 

「は、はい、この春に二年生も含めて、強力な選手が多数加わりました。まずはこの方は怪我からの復帰ですね、4番の神不知火。」

 

「……この映像の乱れは何かしら~?」

 

「す、すみません! どうも彼女を映そうとすると、カメラの三脚が折れたり、カメラ自体の調子が悪くなったり、不可思議な現象が相次いだそうなんです……」

 

「不可思議な現象か~。う~ん、ドンマイ♪」

 

「いや、ドンマイ♪ で済ませないで下さいよ! 明らかにおかしいでしょう⁉」

 

 豆のマイペースっぷりに思わず突っ込む押切。本場がそれを制す。

 

「落ち着け、押切。気になることは気になるが、映像は残っている。……覚えがある、昨秋少し話題になった選手だな。怪我からの復帰ということだが、余りブランクは感じさせないな」

 

「はい、そしてこの選手とコンビを組むのが5番の谷尾です。この谷尾と8番の石野、7番の菊沢、この三人は織姫仙台FCジュニアユースの出身です。」

 

「この娘たち三人が入ってから、この間のCチームもコテンパンにやられちゃったわよね」

 

「この4番と5番のコンビ、ほぼ即席だが、良い動きを見せている。どうだ? 天ノ川?」

 

 本場が後方の席でぼんやりとモニターを眺めていた天ノ川佳香に声を掛ける。

 

「高さも強さもあってしんどそうな相手かもしれませんね~。それより右サイドで愛奈さんが競り合った方が面白そうじゃないですか~」

 

 天ノ川から話を振られた小宮山愛奈は無言で眼鏡をクイっと直した。本場も頷く。

 

「成程……監督もおっしゃっていたが、小宮山と緑川の所で身長差のミスマッチを狙えるな、そういう攻め方も頭に入れて置かねばな」

 

「何よ、佳香、そんなこと言ってアンタ自信が無い訳?」

 

 朝日奈が天ノ川をからかうような声を上げる。天ノ川は笑顔を崩さず答える。

 

「自信は常にありますよ~。ただ、過信はしたくないんです~」

 

「ぬ……」

 

「はははっ、これじゃどっちが先輩か分からんのう」

 

「う、うるさいわね!」

 

「二人ともうるさいですよ……」

 

 押切が低く静かな声で注意すると、二人は押し黙った。小林が説明を続ける。

 

「最後に強力な一年生が何人か入りました。まずは10番『桃色の悪魔』丸井桃」

 

「この娘、まもりちゃんたちの後輩だったんでしょ~。ウチに誘わなかったの~?」

 

 豆が振り向き、後方で壁に寄りかかり腕組みをして立っていた久家居まもりに声を掛ける。

 

「誘いましたよ、勿論。ただふざけた理由で断られてしまいまして……」

 

「ふざけた理由~?」

 

「どうせ制服が可愛いからこっちにしますとかってそんな感じでしょ?」

 

 口を挟んできた朝日奈に久家居が答える。

 

「いや……学食のメニューが一番充実していたからだそうだ」

 

「はぁ⁉」

 

「もっとふざけた理由でしたね……」

 

「あはは、やっぱり面白いなぁ~丸井さんは」

 

「……次だ、小林」

 

「はい、11番『幕張の電光石火』姫藤聖良。中学時代は関東で優秀選手に選ばれています」

 

「良いドリブルをする選手だ。千葉出身らしいが、結城覚えているか?」

 

 本場に話を振られた結城美菜穂は少し考えこんだが、首を振った。押切が代わりに答える。

 

「この1年程で伸びた選手なのでしょう。警戒はした方が良いかと」

 

「そうだな、攻撃面では丸井と姫藤、そしてキックの精度が高い菊沢が要注意だな」

 

「あ、後もう一人いまして……」

 

 話を締めようとした本場に対し、小林が慌てて声を掛ける。

 

「もう一人?」

 

「は、はい。9番の龍波竜乃です。今日はハットトリックを決めています」

 

「確かにあのキックオフゴールは強烈なインパクトだったな。ただ動きを見るとまだ初心者の域を出ていないだろう。残りの2得点も周りの御膳立てがあってこそだ」

 

「キャリア的にも、初心者レベルということは否定しません。ですが、このシュート力など、身体能力の高さは目を見張るものがあります。要警戒かと……」

 

「こんなふざけた金髪、姉御の敵じゃねえわ。ワシが潰す、それで終いじゃ」

 

「ポテンシャルは感じるがな、過度の警戒も良くない。前を向かせなければ大丈夫だろう」

 

「小林ちゃん~もう終わりで良いかしら~不二子そろそろお眠の時間なのよ~」

 

「不二子先輩、勝手に終わらせないで下さい! キャプテン!」

 

「小林、他の選手についてはどうだ?」

 

「は、はい。14番の松内はキックの精度が高いです。15番の趙は左から右のカットインを得意としています。6番の桜庭と12番の脇中は守備固めの際に起用されることが多いです。17番の白雲は俊足です。13番の伊達仁は……よく分かりません!」

 

「分からない?」

 

「経歴的には高校からサッカーを始めたようです。動きの質はそれなりですが、出場時間が短く、ポジションもハッキリとしない、なんとも形容し難いプレーヤーです」

 

「今後に向けて経験を積ませているという段階か……まあ、試合前に監督から更に細かく指示が出るだろうから確認はこの位にしておこう、明日も早いからな……それでは解散!」

 

「「「お疲れさまでした!」」」

 

 寮住まいの選手がほとんどである常磐野の選手たちは、それぞれ自分の部屋に戻って行った。そして夜が明け、決戦の朝を迎えた。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第10話(1) 対常磐野学園戦前半戦~序盤~

 朝、私たちはバスに乗って会場に早目に到着。アップを終え、一旦ロッカーに戻ってユニフォームに着替えた私たちがピッチに再び出ると、スタンドに驚きの光景が広がっていました。

 

「え、ウチの生徒もあんなに沢山……⁉」

 

 流石に強豪校の常磐野ほどではありませんが、我が仙台和泉の生徒もスタンドの一角を占拠するほどの大勢が応援に駆けつけてきてくれています。

 

「応援団長には一応声を掛けてはいましたが、まさかこれほどとは……」

 

「これは想定外です……」

 

「ふっふっふ……作戦成功ね!」

 

「作戦って、知子先生何をやったんですか?」

 

「SNSでそれとなく流したのよ。今日サッカー部の応援に来た生徒は、前期の英語の成績、無条件で“良”以上つけちゃうわよ!ってね」

 

「ド、○―ピング……! で、でもグッジョブですよ、先生!」

 

 

 

 

 

『○年度 第XX回 宮城県高等学校総合体育大会サッカー競技2回戦 対常磐野学園』 

 

日付:5月○日(日) 天候:晴れ 記録:小嶋美花

 

 

 

基本フォーメーション

 

 常磐野学園

 

__________________________

|            |           |

|  巽      朝日奈|  趙     池田 |

|       豆    |     石野    |

|  本場        | 武       谷尾|

|久家居  結城  天ノ川|         永江|

|  栗東        | 龍波     脇中 |

|       押切   |     丸井    |

|  地頭     小宮山|  姫藤  神不知火 |

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

                      仙台和泉

 

                    

 

常磐野学園(以下常磐野)は予想通り4-3-3の発展形、4-1-2-3。仙台和泉(以下和泉)はオーソドックスなお椀型に並べたいつもの4-4-2。

 

 

 

<常磐野> 

 

試合開始前、和泉の先発メンバーを見て、常磐野主将本場は驚きを隠さなかった。

 

「流石に驚いたな……9番どころか、7番まで、更には主将までが先発を外れるとは」

 

「前半は耐え忍んで、後半に勝負を掛けるということでしょうか?」

 

 押切の疑問にも、首を捻るしかない本場。一方、豆の答えはシンプルだった。

 

「付き合う義理はないでしょ~。前半の内にちゃっちゃっと終わらせちゃいましょう~」

 

 

 

<和泉>

 

 円陣を組みながら、キャプテンマークを巻く永江さんが思わず愚痴をこぼします。

 

「全く……OGとの紅白戦で試したとはいえ、菊沢と龍波まで外すとは思い切りすぎだ」

 

「ワッキー、リラックスしていこうー」

 

「は、はい」

 

 予想外の先発に戸惑う脇中さんに池田さんが声を掛けます。

 

「ふふ、この大事な一戦に僕を先発させるとは流石はキャプテン。期待には応えよう」

 

 松内さんはいつも通りのマイペースに見えますが、秋魚さんが目ざとく見つけます。

 

「マッチ、脚ごっつ震えとるで」

 

「な、何を馬鹿なことを! こ、これはそう、“決戦の前の高ぶり”という奴さ!」

 

「……聖ちゃん、莉沙ちゃん、ウチらでフォローしたろうな」

 

「はい」

 

「了解」

 

 永江さんが掛け声の前に一つ咳払いをします。

 

「慣れてないから手短にいくぞ……仙台和泉、絶対勝つぞ!」

 

「「「オオォッ‼」」」

 

 いよいよ試合開始です。正真正銘の“絶対に負けられない戦い”です。

 

 

 

【前半】

 

1分…常磐野のキックオフでスタート。DFラインまでボールを下げて、地頭が前方の天ノ川に向かってロングパス。谷尾が天ノ川との競り合いを制してクリア。

 

2分…常磐野、こぼれ球を拾った巽が斜め前方の小宮山へロングパス。小宮山、ジャンプして、胸トラップに成功。しかし、着地際を狙っていた神不知火が抜け目なくカット。

 

3分…常磐野、押切からのパスを左サイドで受けた朝日奈。縦に抜けると見せかけて中央にカットイン。シュートを試みるも、池田と石野が上手く挟みうちにしてボール奪取。

 

 

 

 序盤の攻勢をしのがれた形となった常磐野。すかさず後方から本場が味方に声を掛ける。

 

「良いぞ! このまま焦らずに行こう!」

 

司令塔の豆が小さく呟く。

 

「思っていたよりも、面倒な娘たちかもね~」

 

 

 

5分…和泉、松内から武への縦パスがカットされる。こぼれ球を趙が拾い、中央にカットイン。常磐野、巽が倒してファウル。和泉、ゴール正面やや右側からFK獲得。キッカー松内が狙う。良いコースに飛んだが、GK久家居が横っ飛びで防ぐ。

 

7分…和泉、丸井の縦パスを受けた姫藤、武とのワンツーで相手DFラインの裏に抜け出そうとするも、結城がスライディングでクリア。ゴールラインに逃れ、左サイドからのCKを得る。キッカーは松内。鋭く速いボールを中央に送り込むが、谷尾の頭に届く前に、判断良く飛び出した久家居が両手で難なくキャッチ。

 

 

 

 ベンチで戦況を見つめていた和泉主将緑川は思わず拳を固く握りしめた。

 

(千尋さんの調子は良い。ただ、久家居さんがこちらの想像以上に良いキーパーですね。こういったセットプレーのチャンスはこれからそうそう巡ってこないはず……。やはり輝さんを先発させるべきでしたでしょうか? ……いえ、まずは先発の11人を信じましょう!)

 

 

 

10分…常磐野、後方からのロングボール。天ノ川が谷尾に競り勝ち、落としたボールを走り込んできた押切がシュート。脇中がブロック。

 

12分…常磐野、サイドからのクロスを谷尾がヘッドで跳ね返す。そのクリアボールを豆がダイレクトで朝日奈に通す。朝日奈、中にカットインと見せかけ縦に抜け出し、池田をかわして左足シュート。しかし、力んだかシュートは当たり損ねで永江が難なく抑える。

 

 

 

 再び立て続けの相手のシュート。しかし、ここで退いてしまうと、一気に強豪校の相手の波に飲み込まれてしまいます。私たちも懸命に反撃を試みます。

 

 

 

15分…和泉、丸井のパスから石野がミドルシュートを狙うも栗東にブロックされCK。

 

16分…和泉、松内からの左CK。ニアサイドで武がボールを後方(ゴール前中央)に逸らす。中央に谷尾が待ち構えていたが、その寸前で本場が頭で弾き返す。

 

 

 

 呆然とする谷尾に対し、本場は静かにこう告げる。

 

「そのパターンは知っている……!」



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第10話(2) 対常磐野学園戦前半戦~中盤~

18分…和泉、姫藤、趙とワンツーを狙うが、結城にカットされる。即座に前に蹴り出そうとした結城を武が後ろから倒してしまう。主審、武にイエローカードを提示。

 

 

 

 警告を受け、武が軽く天を仰ぐ。ベンチの緑川も一瞬だが、渋い表情を浮かべる。

 

(今、結城さんに蹴り出されていたらマズかった。止めに行った判断は間違っていない。ただイエローは余計だった。警告2枚で退場。これで秋魚は今後激しくチェックに行けなくなった……! 五分五分のボールの競り合いもファウルを取られるのを恐れて、後手後手に回ってしまうでしょう。向こうの退場を誘えればと思ったのですが、そう甘くはありませんか)

 

 

 

19分…常磐野、結城FKから右サイドの小宮山へのパス。受けた小宮山すぐさま中央の天ノ川へ。天ノ川、ゴールに背を向けたままダイレクトで小宮山に落とす。走り込んだ小宮山、左足で低い弾道のシュート。だが、ジャストミートせず、ゴール右に外れる。

 

 

 

 相手陣内からのFKでしたが素早い展開で、あっという間にシュートまで持っていかれてしまいました。正直相手のシュートミスに助けられました。ただ、“ピンチの後にチャンスあり”とはよく言ったものです。次はこちらにチャンスが巡ってくる可能性は高いです。永江さんがゴールキックを蹴る前に、私は成実さん、松内さん、秋魚さんにそれぞれ声を掛けました。皆一様に驚いた顔を浮かべましたが、私の考えに了承してくれました。

 

 

 

21分…和泉、永江のゴールキック。こぼれ球を拾った石野がすかさず前方の丸井へ。丸井、これをスルーする。ボールは松内に通る。松内、強めのボールを前線に送り込む。このボールを本場と武が競うが、ボールはこぼれる。そのボールを猛然と走り込んだ丸井が拾い、バイタルエリアに侵入する。

 

 

 

 こぼれたボールをいち早くキープした丸井。ゴール正面の位置、常磐野DFの要、本場は武との競り合いで体勢を崩している。絶好のシュートチャンス到来かと思われたその時、

 

「打たせるか!」

 

 栗東が素早く体を寄せてきた。丸井はシュートを諦め、パスを選択しようとしたが、コントロールを誤り、ボールを足の間に挟む形になってしまう。これではボールを前後左右、どこに運ぼうと、一回余計な動きが入ってしまう。丸井がボールを前に動かそうとしたのを見て、

 

「もらった!」

 

 栗東が足を伸ばしてカットしようとする。しかし、彼女の予想は外れた。丸井は前ではなく、踵を使って、上にボールを運んだのである。

 

(⁉ ヒールリフトじゃと~!)

 

 丸井が倒れ込みそうになりながら、栗東の左側を抜けようとする。しかし……

 

「ナメんな!」

 

 栗東が懸命に伸ばした足が当たり、ボールは丸井の思っていたところからは右方向に転がって行った。それでも丸井がボールに追いつく。大体ゴール前左30度の位置。シュートを打つかと考えたが、その前に戻ってきたアンカー結城が立ちはだかる。丸井はゴールに背を向け、ボールと結城の間に立った。結城にしても、その後ろに立つ常磐野GK久家居にしても、考えることはほぼ同じだった。

 

(後ろを向いた! 右サイドから上がってくる味方にパスを出す!)

 

 丸井は上半身の重心を右にやや傾けた。しかし次の瞬間、ボールを自身の左斜め後方に持ち出し、結城の左側を抜こうとした。虚を突かれた結城の反応がやや遅れる。丸井はすかさずキックモーションに入った。ゴール前左約20度の位置である。久家居は一瞬で考えを巡らす。

 

(そこから打つ? いや、桃は結城のブロックと私の両手を吹き飛ばす程の強烈なシュートは持っていない。ニアサイドに私たちを引きつけて、緩く高いボールをファーサイドへ? いや、本場さんが防いでくれる。それとも低い弾道? 緩いボールなら私が横っ飛びで抑える。速いボールなら栗東がスライディングで掻き出してくれる!)

 

 丸井の選択は意外なものであった。強めだが久家居の目の高さほどのボールを蹴りこんできたのである。ただし、自身の右斜め前にあるゴールではなく、真正面に向かってである。

 

(シュート性のクロス⁉ キャッチは無理だ、パンチングで弾……!)

 

 久家居の目に驚きの光景が飛び込んできた。パンチングを試みようと、両手を拳の形に握り締め、ボールに向かって突き出そうとしたその直前に、姫藤がゴール前に猛然と飛び込んできたのだ。久家居の手よりも先に、姫藤の頭がボールを捉えた。強烈なダイビングヘッドが常磐野のゴールネットに突き刺さった。1対0。仙台和泉が先制点を挙げる予想外の展開である。

 

 

 

「やったよ! 桃ちゃん!」

 

 倒れ込みながら得点を確認した聖良ちゃんがすぐさま起き上り、私に抱き付いてきました。

 

「すごいよ! よくあのクロスに反応してくれたよ!」

 

「ゴール前に詰めていれば、何かが起きるとは思っていたんだけど……もうドンピシャ!」

 

 聖良ちゃんほどではありませんが、私も興奮しています。先制点がどうしても欲しかっただけに、このゴールはとても大きいものです。

 

 

 

 仙台和泉ベンチも大いに沸き上がる。

 

「ちょっと先制したわよ! 小嶋ちゃん、これは凄いんじゃないの⁉」

 

「ええ、先生! 常磐野はこれが今大会初失点です!」

 

 喜びに水を差すまいと、緑川が静かに呟く。

 

「……ここからですね、絶対女王の怖い所は……!」



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第10話(3) 対常磐野学園戦前半戦~終盤~

23分…常磐野、左サイドで朝日奈が倒されFKを獲得。キッカーは豆。ニアサイドに速いボールを蹴り込む。それを受けた栗東、胸トラップからオーバーヘッドでゴールを狙う。ボールはクロスバーに当たって、上に外れる。

 

 

 

「あ、危なかった……」

 

「流石はFW出身。ああいったプレーもお手のものですか……」

 

「ち、ハデなことをして目立とうってか?」

 

「アンタにだけは言われたくないでしょうね」

 

 菊沢が並んでベンチに座る龍波に突っ込む。

 

 

 

25分…常磐野、オーバーラップしてきた地頭のクロスを姫藤がブロック。ゴールラインを割り、右サイドからのCKを獲得。豆のキックは中央の本場にピタリと合うが、本場の放ったヘディングシュートはゴール前でストーン(セットプレーの際にゴールのニアサイド側を守る選手)に入っていた池田がブロック。こぼれ球を永江がすかさず抑える。

 

 

 

 危なかったです。今は完全に本場さんがフリーでした。永江さんがDF陣に声を掛けて守備位置について確認します。自陣に戻る豆さんがすれ違いざまに私に声を掛けてきました。

 

「あらあら~? もしかして1点で満足しちゃう感じ~?」

 

 

 

27分…常磐野、豆が右サイドに浮き球のパスを送る。中央から右サイドに流れてきた天ノ川が神不知火と競り合う。こぼれたボールを小宮山が拾い、中に切り込んで左足でシュートするが、谷尾が体を張ってブロック。左に転がったボールは朝日奈のもとに。

 

 

 

 ペナルティーエリアの右上辺りでボールを足元に収めた朝日奈。左右に揺さぶりをかけるが、対峙する池田も簡単なフェイントには引っかからない。

 

「~~~!」

 

 痺れを切らした朝日奈がシュート体勢に入る。小柄な体格だが、この位置からでも十分ゴールを狙える。池田も即座にシュートブロックに入ろうとした。その瞬間、常磐野MF押切が猛然と後方から走り込んできた。朝日奈はシュートを選択せず、自身の斜め前に走る押切へ強いグラウンダーのボールを送る。このボールを押切はスルーを選択した。

 

(しまった! 釣られた!)

 

 押切に即座に体を寄せていた丸井と脇中だったが、まんまと出し抜かれた形となってしまった。ボールは押切の右から走り込んできた天ノ川の元に転がる。シュート体勢に入る天ノ川。すかさず、谷尾がブロックに入る。しかし、驚くべきことに天ノ川もシュートをせずに、スルーを選択したのだ。転がるボールの行く先には一人の常磐野の選手の姿があった。

 

「コロコロコロコロと、都合よく転がってきてくれるわよね~」

 

 ペナルティーエリア内でまんまとボールを受けた豆は悠々とキックモーションに入り、ゴロのシュートを仙台和泉ゴールへ落ち着いて流し込んだ。これで1対1。スコアは同点。

 

「さあ~前半の内にさっさと逆転しちゃいましょ~」

 

豆は自身のチームメイトを鼓舞するだけではなく、仙台和泉の選手たちにも聞こえるように言った。自分を睨み付ける相手選手が意外と多かったことに、豆はむしろ満足した。

 

(ふふっ、そうこなくっちゃね~このままじゃ面白くないものね~)

 

 

 

29分…常磐野、自陣でパスをカットした栗東がそのままドリブルで持ち上がる。小宮山とパス交換をしてミドルシュートを放つが石野がブロック。

 

31分…常磐野、ロングパスを天ノ川が豆に落とす。豆が相手を引きつけて横パスを送る。走り込んだ結城がミドルシュートを放つ。低い弾道のシュートは永江が抑える。

 

33分…常磐野、巽のロングパス。右サイドに流れた天ノ川がこれを受けて、中央にパスを送る。小宮山が右足でシュートを放つが、神不知火が防いでCKに。

 

34分…常磐野、右サイドからのCK。豆が短く出して、地頭が低いクロスを送り込む。ニアサイドで受けた栗東が頭で逸らし、本場が合わせようとするも谷尾がクリア。

 

35分…常磐野、結城がパスカット。即座に豆に繋ぐ。豆、ダイレクトで前方の小宮山に送る。小宮山、中央寄りでボールを受ける。前を向いて、神不知火をかわしにかかる。

 

 

 

 小宮山が鋭いステップから神不知火の左側を抜き去ったと思われたが、神不知火が粘り強く足を伸ばし、ボールを奪いにかかる。小宮山は苛立った様子を見せつつ、体勢を立て直す。

 

(何なんこいつ? さっきから全っ然振り切れんのやけど)

 

 右サイドから地頭がオーバーラップしてきた。小宮山は一瞬中に切れ込むと見せかけて、外側の地頭にパスを出す。地頭がすぐさま低いクロスを中央に送り込む。このボールを、脇中が跳ね返す。しかし、クリアは不十分で、押切の足元に収まる。丸井が素早く体を寄せる。

 

(天ノ川に縦パスを入れようと思ったが、そのコースは丸井に切られているか……ならば!)

 

 押切は浮き球のパスを選択。ボールは左サイドの朝日奈の元へ。ペナルティーエリアの近くで池田と対峙する。朝日奈は中央にカットインを試みるが、池田が反応し、石野も体を寄せる。挟み込まれる形となったため、朝日奈は一瞬動きを止める。そこに結城が猛然と駆け上がってきてバイタルエリアに侵入する。石野と池田の脳内にやや混乱が起こる。

 

(そこに6番⁉ 7番はどこだし⁉)

 

(強引にシュートと思ったらパスかなー?)

 

(良く走ったわ、美菜穂! 後で褒めてあげるわ!)

 

 僅かに生じた隙を見逃さず、朝日奈が縦に抜け出す。ボールは池田の股下を抜け、ペナルティーエリア内に転がる。やや長かったが、ゴールエリア(ペナルティーエリアの内側にあるエリア)の手前約右三〇度の位置で朝日奈が追いつく。左足でシュートと思われたが、脇中が阻止に入る。朝日奈はシュートモーションを止め、中央に目をやる。右足で天ノ川か小宮山へのパスを出すだろうと、脇中もその後ろのGK永江も判断する。しかし、朝日奈は再び左に切り替えて、狭いスペースに入り込み、左足でシュートを放つ。

 

(シュートだと⁉ コースがあるのか⁉)

 

 朝日奈が撃った強烈なシュートは、永江の伸ばした両手の上を抜け、ゴールネット上方に突き刺さった。スコアは2対1。常磐野の逆転である。そのまま主審が長い笛を吹いた。前半終了のホイッスル。10分間のハーフタイムである。

 

「ナイスですよ~美陽さん~」

 

「ええ、良く決めてくれたわ~まさに捻じ込んだ! って感じだったわね~良い娘、良い娘」

 

「ええーい! 皆で頭をポンポンしないで頂戴! なんか腹立つ!」

 

 逆転された側とした側。ロッカールームに戻る両軍の様子は対照的だった。

 

 

 

<常磐野ロッカールーム>

 

「前半の内に逆転出来たのは良かったな」

 

 常磐野の監督、高丘は簡潔に前半を振り返った。そして後半の戦い方に関して、いくつかの修正点を提示した。

 

「とは言っても、ゲームプラン自体に大きな変更は無い。強いて言うならば……後半の早い時間帯に1点獲れ! それで相手の心は折れるはずだ。本場!」

 

 監督に促され、キャプテンの本場が立ち上がる。ロッカールームをゆっくりと見渡しながら、チームメイトたちに声を掛ける。

 

「仙台和泉、想像以上に強いチームだ……しかし、前半の内に逆転することができた。これは誇って良いことだ。我々が目指しているのは全国優勝。決して楽な道のりではないだろう。だが、こういった試合をしっかりとものにしていくことが我々の力になっていくはずだ。監督もおっしゃったように、後半立ち上がりが勝負だ。そこでもう1点取れれば、この試合はもらったも同然だ! 常磐野学園、気合い入れていくぞ!」

 

「「「オオォ‼」」」

 

 常磐野イレブンの声がロッカールーム中に響き渡った。

 

 

 

<和泉ロッカールーム>

 

「1点リードを許しているというのは、勿論良くはありませんが、最悪ではありません」

 

 ロッカールームの中央をゆっくりと歩きながら緑川が淡々と語る。

 

「こちらにとって悪くないということは、あちらにとって望ましくないということ……言うまでもないことかもしれませんが、次の1点が大事になってきます。向こうは後半早い時間帯で勝負にくるでしょう……こちらも堂々と受けて立ちます」

 

 緑川が座っている菊沢と龍波の前で立ち止まる。

 

「大変お待たせ致しました。後半はお二人に存分に暴れてもらいます」

 

「へへっ、待ちくたびれたぜ! やってやろうぜ! カルっち!」

 

「いちいち叫ばなくても良いから……準備は出来ているわ」

 

「頼りにしています」

 

 二人の返事に頷いた緑川は全員を見渡す位置に移動し、静かに檄を飛ばす。

 

「改めて言いますが、十分勝てるチャンスのある試合です。チーム一丸となって、絶対女王を倒しましょう。後三十五分間、皆さんの力を貸して下さい。仙台和泉、勝ちましょう!」

 

「「「オオォ‼」」」

 

 仙台和泉イレブンの声がロッカールーム中に鳴り響いた。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第11話(1) 対常磐野学園戦後半戦~序盤~

後半戦

 

常磐野学園

 

__________________________

|            |           |

|  巽      朝日奈|  姫藤    池田 |

|      豆     | 武   石野    |

|  本場        |        谷尾 |

|久家居  結城  天ノ川|         永江|

|  栗東        |        脇中 |

|      押切    | 龍波  丸井    |

|  地頭     小宮山|  菊沢  神不知火 |

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー    

 

                      仙台和泉

 

                    

 

 常磐野は前半からメンバー変更無し。和泉は松内→龍波、趙→菊沢。姫藤が左から右に移った以外はシステム変更無し。

 

 

 

<常磐野> 

 

「7番と9番を後半頭から出してきましたね」

 

 後半開始前、和泉のメンバー交代を押切が豆に伝えた。豆が気怠そうに答える。

 

「まあ、1点獲らないといけないからね~打ち合い上等ってところかしら~?」

 

「生意気やの……いちいち癪に障る奴らじゃのう」

 

「この美陽ちゃんのゴールにも心折れてないってこと? それは心穏やかじゃないわね……」

 

「落ち着け、マリア、朝日奈。我々は前半のサッカーを継続するぞ。それで追加点は取れる」

 

 本場がチームメイトを落ち着かせる。天ノ川が静かに呟いた。

 

「そう上手くいけば良いんですが~」

 

 

 

<和泉>

 

 主審の合図が出るまで、ピッチ脇に並んで待機する菊沢と龍波。

 

「正直……カルっちは先発外れた今日の試合へそ曲げて来ないんじゃねえかと思ったぜ」

 

「生憎、そこまでガキじゃないの。腹立つけど、キャプテンの考えは理解できる」

 

「考えってのは?」

 

「ブランクがあるウチは体力面に不安を抱えている……フィジカルの強いヴァネや、スタミナ馬鹿の成実と違ってね。試合中盤でガス欠起こされるより中盤から終盤にかけてフルスロットルの方がマシだって判断したんでしょう。悔しいけど理に適ってはいるわ」

 

「ふーん、そういうもんなのか」

 

「それより問題はアンタよ」

 

「あん?」

 

「フォワードには1試合に3回チャンスが来るって言ったことあるわよね、ただ、この試合は既に半分終わっている……相手のレベルを考えても正直チャンスが1度くるかどうか……?」

 

「その1度を決めれば良いんだろ?」

 

 あっけらかんと答える龍波に菊沢は少し苛立った顔を見せる。龍波は彼女を制し、話を続ける。審判に促されて、二人は和泉の円陣の元に小走りで向かい、丸井の両隣に入る。

 

「何てたってアタシには優秀なボランチがいるからな! ビィちゃん! 今日も頼むぜ!」

 

「え、あ、うん。頑張ろうね、竜乃ちゃん! 輝さんも!」

 

「……ふ、そういえばアンタたちには借りがあったわね」

 

「借りってなんだよ?」

 

「気が向いたら話すわ……竜乃」

 

 永江さんが掛け声の前に一つ咳払いをします。

 

「ううむ……やはり慣れんから手短にいくぞ……仙台和泉、絶対勝つぞ!」

 

「「「オオォッ‼」」」

 

 いよいよ後半開始。泣いても笑っても三十五分後には、勝者と敗者が決まる。

 

 

 

【後半】

 

後半1分…和泉ボールでキックオフ、龍波が後ろに下げる。受けた丸井が菊沢へ。

 

 

 

「……狙ってみようかしらね」

 

 そう呟き、菊沢がハーフライン付近からシュートを放った。ドライブのかかった強いボールが常磐野ゴールに向かって飛んで行った。少し前に出ていた常磐野GK久家居は慌ててバックステップをして、後ろに飛びながら、ボールを懸命に弾き出した。和泉のCKである。

 

 

 

後半2分…和泉、右サイドからCK。キッカーは菊沢。

 

 

 

「9番のマーク確認!」

 

 後半に入ったばかりの龍波のマークについて久家居が指示を飛ばす。本場が応える。

 

「9番OK! 私がつく!」

 

「へへっ……止められるものなら止めてみな」

 

「……」

 

「無視かよ!」

 

 菊沢がボールをセットし、中央に目をやる。改めて静かに呟く。

 

「流れを引き寄せるには多少強引な方が……!」

 

 菊沢が放ったボールはやや高めでカーブがかかり、常磐野ゴール左上を狙ったものだった。

 

「⁉ 直接だと!」

 

 CKを直接狙うという中々ない形に少々面食らった久家居だがこれもなんとか弾き出した。

 

 

 

後半4分…和泉、丸井のパスカットからカウンター、菊沢へ。菊沢の速いサイドチェンジを姫藤がトラップし、シュートを狙うも結城に阻止される。

 

後半5分…和泉、中盤のこぼれ球を拾った丸井のパスが菊沢へ。菊沢の鋭い縦パスは武がトラップし、シュートを狙うが栗東に倒される。ゴール前左約25mの位置でFK獲得。

 

 

 

「壁5枚! もう少し左に寄って」

 

 久家居が大声で指示を飛ばす。常磐野メンバーにも緊張感が強まる。

 

(今日7番は生憎絶好調のようだ……ゴール前ほぼ正面でFKを与えてしまうとは……)

 

壁の左端に立つ本場が久家居の方に振り返る。久家居は心配するなとでも言うかのように右手を軽く上げて、主将の視線に応えた。ボールは菊沢がセットした。傍らには丸井が立つ。

 

 

 

「ゴールから顔を反らしなさい、口元も隠して」

 

 輝さんから突然話しかけられた私はワンテンポ遅れて、彼女の言う通りにしました。

 

「アンタ、中学ではキッカーだったの?」

 

「い、いえ、私より上手な娘や先輩がいたので、試合ではほとんど……練習でも……」

 

「……それなら向こうも予測困難って訳ね。よし、じゃあこのFKはアンタが蹴りなさい」

 

「えええ⁉」

 

「向こうは十中八九ウチが蹴るものだと思っている。その裏をかく……!」

 

「で、でも……」

 

「さあ前を向いて、直前にフェイントは入れる。コースは任せる。頼むわよ、桃……!」

 

 

 

 時間にして僅か数秒ではあったが、久家居は菊沢と丸井が顔を背けた行動に気付いていた。

 

(私に聞かれてはマズい会話? 読唇術の心得までは流石に無いが……驚きが顔に出る内容のやりとり? ……つまりこのFK、7番でなく桃が蹴るということか‼)

 

 そう判断した久家居は立ち位置を中央からやや右に移した。主審の笛が鳴り、菊沢が短い助走からキックモーションに入った。

 

(! やはり7番か!)

 

久家居は体の重心を左に傾けた。しかし、菊沢はシュートを打たなかった。代わりに丸井がキックモーションに入った。壁は飛び、久家居も右側に横っ飛びした。

 

(くっ、桃か! 反応がやや遅れた! ただまだ間に合う! 奴のキックの勢いなら壁を越えてゆっくりと落ちてくるはず! ……落ちてこない? 馬鹿な⁉ ボールは⁉ ……‼)

 

 FKを蹴ったのは確かに丸井だった。ただ彼女は飛んだ相手の壁の下に生じたわずかな隙間を狙い低い弾道のシュートを放ったのだ。久家居が伸ばした手の遥か下を通ろうとしている。

 

(壁の下を通してきたか! くっ、届けぇ!)

 

 久家居は懸命に手を伸ばしたものの、僅かに触るのが精一杯だった。ボールは彼女の手を弾いてゴールマウスに吸い込まれていった。2対2。仙台和泉が後半早々に同点に追いついた。

 

 

 

「いやったぜぇぃ、ビィちゃん!」

 

「本当に凄いよ……桃ちゃん!」

 

「ふ、二人とも、く、苦しいって」

 

 竜乃ちゃんに聖良ちゃん、抱き付いてきた二人の祝福を抜けた先に輝さんが居ました。

 

「壁下は恐れ入ったわ、ナイスゴール」

 

 そう言って、ふっと左手を上げる輝先輩。私も右手を上げ、ハイタッチを交わしました。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第11話(2) 対常磐野学園戦後半戦~中盤~

後半6分…常磐野、豆の速いパスを難なく収めた小宮山。鋭いカットインを仕掛け、中央に切り込み、シュートを放つが、神不知火のブロックに合う。

 

後半9分…常磐野最初のメンバーチェンジ。小宮山→真弓。対して直後、和泉もメンバー交代。脇中→緑川。緑川が左SBの位置に入り、神不知火が左のCBに入る。

 

 

 

「ちっ! あの4番……!」

 

 小宮山が不完全燃焼といった様子でベンチに下がる。

 

「小宮山さんへの対応お疲れさまでした。この後は従来通り左のセンターバックに入って、ヴァネッサさんのカバーリングを主にお願いします」

 

「……」

 

 ピッチに入ってきた緑川の指示を聞きつつも。どこか心ここにあらずな様子の神不知火。

 

「真理さん? どうかしましたか?」

 

「小宮山愛奈さん……凄い選手でした。こちらの想定外のプレーもいくつか飛び出してきました。上のレベルには彼女以上のプレーヤーがいるということですか?」

 

「! ……以上以下というとやや語弊があるかもしれませんが、彼女は現時点ではユース代表候補。少なくとも彼女を上回る評価を得ている選手が全国には数人ほどいます」

 

「そうですか……楽しみが増えました」

 

「それは何よりです」

 

 

 

後半10分…常磐野、左でボールを受けた朝日奈が天ノ川とワンツーで抜け出す。朝日奈、ゴール前にマイナス(ゴールとは逆方向)の低いクロスを送り込む。豆が左足でシュートを狙うが丸井が足を伸ばしてカット。

 

後半12分…常磐野、豆→押切→天ノ川の流れ。天ノ川が和泉DFラインの裏にスルーパスを通す。走り込んだ朝日奈のシュートを池田がスライディングで防ぎ、CKに逃れる。

 

後半13分…常磐野、左サイドからCK。豆、近くに寄ってきた巽とのワンツーを選択。すかさず中央にクロス。天ノ川、谷尾と競り合いつつ、後ろに数歩下がりながらジャンプという難しい体勢ながら頭で合わせるが、シュートはクロスバーに当たって外れる。

 

後半14分…常磐野、選手交代。朝日奈→座間。直後に和泉も交代。池田→白雲。

 

 

 

(何? こちらの両翼の交代に対して即座に手を打ってきたな。ここまでの展開は予想の範囲内ということか、気に食わんな……ただ、チャンスは作れている。下手にシステムをいじるよりもこのまま行く! )

 

 常磐野の高丘監督はベンチ前で腕を組んだまま微動だにしない。その強い信念に基づいた不動の姿勢を見た和泉主将緑川は苦笑する。

 

(こっちは三年生の足が攣ってしまったら、まだまだ経験不足の一年生を投入せざるを得ない。あちらは全国レベルの両翼が下がっても、準全国レベルがベンチに控えている圧倒的な選手層……そりゃ慌てませんよねえ)

 

 

 

後半16分…常磐野、豆の縦パスを座間がダイレクトで横パス。これを天ノ川が落とし、中央で受けた豆が右斜め方向にスルーパス。和泉のDFラインの裏に抜け出した押切が和泉GK永江と1対1の体勢。押切、倒れ込んでボールを掴もうとした永江をジャンプしてかわしながらシュート。ボールは転々と無人のゴールに向かって転がるが、全速力で戻った白雲が懸命にクリア。

 

後半17分…常磐野、左サイドからのFK。豆が蹴ると見せかけて、地頭が左足でファーサイドで待つ真弓に速いボールを送るも、緑川が辛うじてヘッドでクリア。

 

 

 

「キャプテン!」

 

 丸井が緑川に走り寄る。

 

「なんでしょう?」

 

「多少アバウトでも良いですから、ボールを持ったら前線にアーリークロスを頼みます!」

 

 丸井に何か狙いがあるのだろうと察した緑川は黙って頷いた。

 

 

 

後半20分…和泉、左サイドを攻め上がった緑川がアーリークロス。武とポジションを入れ替わった龍波だが栗東に弾き飛ばされる。

 

 

 

「くっ!」

 

 栗東が膝を突く龍波に話しかける。

 

「はん、そのガタイは見かけ倒しかのう?」

 

「ふん……目線を合わせてやってんだよ」

 

「はっ、口の減らん奴じゃ……!」

 

 

 

後半22分…和泉、丸井が左サイドに移ってきた姫藤に縦パス。姫藤、DFラインの裏に抜け出そうとした武にパスを出すと見せかけて中央にカットインして右足でシュート。鋭いシュートだったが、右のゴールポストに当たって外れる。

 

後半23分…和泉、緑川がクロス。本場が武に競り勝つが、こぼれ球を丸井が拾い、右サイドに移っていた菊沢へ。菊沢、シュートを打つと見せかけて、自身の後側を回ってきた石野に対してスルーパス。石野の速いクロスに龍波、今度は栗東に競り勝って至近距離から強いヘディングシュートを放つも、GK久家居のファインセーブに阻まれる。

 

 

 

 栗東に競り勝った龍波の良いヘディングだったが、久家居が一枚上手だった。

 

「今の止めんのかよ……。ふん、それならもう一度だ!」

 

 龍波はすぐさま頭を切り替えた。

 

 

 

後半24分…常磐野、二人選手交代。巽→砂原。栗東を左のSBに回し、砂原が左のCBに。栗東を攻め上がらせ、和泉の右サイドを牽制する狙いか。同時に押切→那須野。

 

後半25分…和泉、緑川のクロスを龍波と砂原が競り合う。そのこぼれ球を巡った競り合いの中、武がファウルを取られる。

 

 

 

 武がファウルを取られたことで、緑川の頭に再び迷いが生じた。

 

(秋魚は既にイエロー一枚、もう一枚貰ったら退場……。残り時間約十分とはいえ、ここで一人少なくなるのはどう考えても不利。交代枠は後一枚、さてどうするか……)

 

「交代、迷っているんでしょ?」

 

「ひゃ⁉ 急に後ろに立たないで下さいよ……」

 

 いつの間にか自分の背後に立っていた菊沢に驚く緑川。

 

「アンタがいつもやっていることでしょ……それより最後の交代だけど、残り十分、スコアは同点。この状況で切るカードはチーム全体への重要なメッセージになる」

 

「ええ、分かっています」

 

「アフロパイセンを退場に誘い込む……強豪校はそれ位エゲつないことを平気な顔でやってくる。ここは先手を打つべきよ、選択肢が残っている内に。桜庭先輩を入れて守備を固めて、PK戦での勝利を狙うか、それとも……」

 

「……プレーが再開します。ポジションに戻って下さい」

 

 

 

後半27分…和泉、最後の選手交代。武→伊達仁。

 

 

 

「おーほっほっほ! 流石は主将さん! 良い見せ場をご用意して下さいましたわ!」

 

 伊達仁が高らかに笑いながらピッチに入る。菊沢が緑川の方に振り向く。緑川は微笑む。

 

「意外性に賭けてみました」

 

 菊沢はただ黙って頷いた。小嶋がベンチで呟く。

 

「伊達仁さんのデータはほぼ無いはず……ここでの投入は相手にとって不気味なはず……!」

 

 常磐野側はこの交代についてやや戸惑った。それでも本場が冷静に周囲に声を掛ける。

 

「FWの枚数は2枚で変わらんはずだ! 9番は私が付く。13番は砂原と結城で見ろ」

 

「桃……!」

 

 菊沢が丸井に声を掛ける。丸井は静かに頷く。

 

 

 

後半28分…和泉、丸井が菊沢とのワンツーで、バイタルエリア手前まで進む。ここで浮き球のパスを選択。ボールは伊達仁のもとへ。伊達仁、胸トラップからすぐさま左足でボレーを放つ。ペナルティーエリアの外側からの強烈なシュートだったが、久家居が捕る。

 

 

 

「ほ、ほう、あれをお捕りになるのですか……。流石は強豪校、褒めて差し上げますわ」

 

「ブツブツ言ってねえで、ディフェンスだ! スコッパ!」

 

「わ、分かっていますわ!」



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第11話(3) 対常磐野学園戦後半戦~終盤~

後半29分…常磐野、豆のパスを天ノ川がフリック。座間が抜けるも神不知火がカット。

 

後半30分…常磐野も最後の交代。地頭→浜本。浜本が右ウィングで真弓が右SBに。

 

後半31分…常磐野、豆が縦パス。左サイドに流れた天ノ川が受ける。栗東がインナーラップ(外側に空いたスペースではなく、内側のスペースを突く動き)する。天ノ川、栗東へパス。栗東の右足での低いシュートは僅かにゴール右に外れる。

 

後半32分…和泉、丸井のパスを受けた伊達仁が倒されてFK獲得。ゴール前左約30mの位置。キッカーは菊沢。ほぼ完璧なキックを放つがボールはクロスバーの上を叩く。

 

後半34分…常磐野、那須野が天ノ川とのワンツーからミドルシュートを放つが、神不知火が防ぐ。こぼれ球を浜本が拾い、シュートを狙うが、緑川がカット。CKに逃れる。

 

後半35分…常磐野、右サイドからのCK。豆のボールをニアサイドで栗東がコースを変えて、中央の本場が頭で合わせるが、和泉GK永江が横っ飛びで弾く。

 

 

 

 完全にやられたと思いましたが、永江さんが良く弾き出してくれました。それでもボールはまだ和泉のペナルティーエリア内です。敵味方入り乱れて混戦状態です。早くクリアしたいところでしたが、宙に浮いたボールを先に常磐野の結城さんに触られてしまいました。彼女が頭でボールを落とした先には、フリーの天ノ川さんが居ました。私はゴールに目をやりましたが、そこには驚きの光景が広がっていました。ゴールポスト付近でうずくまる永江さんの姿があったのです。先程のシュートを横っ飛びで防いだ際にポストで頭を打って脳震盪を起こしているのかもしれません。とにかく、和泉ゴールは今無人の状態です。(マズい!)と思ったその瞬間、天ノ川さんの左足からシュートが放たれました。(ダメか……)と思った次の瞬間、またもや驚くべきことが起こりました。誰かの手にボールが当たって、シュートの軌道が変わったのです。勢いを失って転々と転がるボール。主審はすぐさまペナルティースポットを指差し、PKを宣告。ハンドをした選手にはレッドカードを提示、退場を命じました。顔面蒼白になって立ち尽くす選手は聖良ちゃんでした。自らの右手を呆然と見つめています。思わず手が出てしまったのでしょう。歩み寄った私に気付くと、聖良ちゃんは今にも泣き崩れそうな表情で私を見つめてきました。その時の私は聖良ちゃんを抱きしめることしか出来ませんでした。

 

「桃ちゃん、私……私!」

 

「大丈夫だよ、分かっているから、安心して」

 

 聖良ちゃんを落ち着かせ、ピッチの外に送り出しましたが、次なる問題が発生していました。永江さんがやはり頭を強く打ったようで、プレー続行が不可能な状態になったのです。つまり和泉には今GKが居ません。どうするのかとキャプテンを見ると、既に指示を出していました。ここで私は三度驚きました。何とベンチで健さんがGK用のユニフォームに着替えているではありませんか。再びキャプテンの方に説明を求める視線を送ります。

 

「いや、最悪の事態を想定しまして、伊達仁さんも一応GK登録していたのです」

 

確かに以前の竜乃ちゃんとのPK戦では鋭い反応を見せてはいましたが……。

 

「まあ皆さん大船に乗ったつもりで御覧なさい!」

 

 妙に自信満々な健さんとは対照的に、私たちは不安げな表情を浮かべつつ、ペナルティーエリアの外に出ます。そして、相手のPKキッカー天ノ川さんがボールをセットします。笛が鳴り、短い助走から天ノ川さんがボールを蹴りました。健さんはキッカーの軸足の向きから判断して、ゴール左側(自身にとっては右側)に飛びました。しかし、何と天ノ川さんは大胆にもゴール中央にボールを蹴り込んだのです。健さんは逆を突かれた形になりました。万事休すかと思われましたが、ここで四度、私は驚くことになりました。健さんが足を伸ばして、シュートを防いだのです。コースが変わったボールは上のクロスバーに当たり、ゴールラインの手前に落下しました。まだゴールにはなっていません。それを見た敵味方がボールに殺到します。ここで相手に押し込まれたら終わりです。しかし、混戦の中、ボールは体勢をいち早く立て直した健さんがしっかりと両手に抱えていました。ホッと安心したのも束の間、

 

「勝利を掴むのは……わたくしたちですわ‼」

 

 と叫びながらいきなり立ち上がった健さんが、ボールを左サイドに走るキャプテンに向かって投げました。パスを受けたキャプテンがボールを前方に大きく蹴り出そうとしました。

 

「カウンターだ! 戻れ!」

 

 相手チームの誰かの声がしたと思った矢先、キャプテンが縦に大きく蹴りました。ボールは前がかりになっていた常磐野DFラインの裏側に落ちました。敵も味方もいないスペースかと思いましたが、そこに物凄いスピードで走り込む和泉の選手がいました。背番号17、白雲流ちゃんです!栗東さんも追いかけていましたが、とても追いつけません。流ちゃんが誰よりも速くボールに触りました。(イケる!)と思った次の瞬間、向こうのペナルティーエリアを猛然と飛び出したまもりさんが流ちゃんの突破を阻みました。ボールは左サイドのラインを割って、こちらのスローインとなりました。残り時間もおそらく後数十秒、このままPK戦突入か……と私を含め敵味方のほとんどの人が考えました。しかし……

 

「まだだし!」

 

 どこに体力が残っていたのか、成実さんがボールを拾いスローインの体勢に入ります。そして私は五度驚かされることになります。成実さんが助走を長く取って、「ロングスロー」の体勢を取ったのです。これはつまり、相手ゴール前にボールが届く可能性があるということです。更に、真理さんとヴァネさんが揃ってゴール前に上がっていきました。データに無いであろう成実さんのロングスロー、加えて和泉の長身の選手がゴール前に集結したことにより、常磐野側はマークの確認に追われて、やや混乱をきたしていました。笛が鳴って、成実さんが長い助走に入ります。誰もが皆ゴール前にボールが飛び込んでくるものだと思いました。ですが、成実さんはボールを両手から離す直前にニヤっと笑った様に見えました。成実さんは思いっ切りボールを投げ込むと見せかけて、手前に通常通りのスローインを行いました。そこには輝さんがいました。輝さんは右腿でボールをトラップすると、ゴール前に目を向けました。そして、バイタルエリア辺りにポジションを取っていた私と目が合いました。すると次の瞬間、鋭いボールが私目掛けて飛んできました。相手の守備はゴール前に意識がいっており、私は全くフリーの状態でしたが、流石に何人か体を寄せて来ているということは分かりました。ボールの高さ的に、ジャンプして胸トラップするのが最善手かと思いましたが、それでは着地の際に奪われる危険性があると思い直しました。ではどうするか、そう思った瞬間に私の右前方を横切る金色の影が目に入りました。次の瞬間、私はダイレクトのヘディングパスを選択しました。ボールは思った以上に勢い良く、私の右前方、私からボールをカットしようとした、相手DF陣の裏側に飛びました。そこには誰もいないはずでしたが、一人だけいました。ボールをフリーでもらえるように、相手のマークを外すようにポジションを取ろうとペナルティーエリア付近を何度も動き直していた竜乃ちゃんです。エリアを横切るように動いていた彼女は、私が頭で浮かせたボールの軌道を確認し、ゴールに向かう様に進路を変えました。彼女にとっては右の後方から飛んでくる難しいボールです。しかし、絶妙なタイミングでボールの落下点に到達しました。それと同時に理想的なシュートモーションに入っていました。私は金髪の不思議な彼女、龍波竜乃ちゃんと出逢ったこの二か月間で何度か叫んだ台詞をまた口にしました。

 

「撃て‼」

 

 凄まじいインパクト音がしたと思った次の瞬間、ボールは常磐野ゴールに突き刺さっていました。主審はゴールを宣告、それと同時に、長い笛を吹きました。試合終了を告げる笛です。スコアは3対2。私たち仙台和泉の勝利です。私は自分でも体の何処から出しているのか分からない奇声を発しながら、竜乃ちゃんに抱き付きました。私以外にも何人も、竜乃ちゃんに抱き付いた為、流石の竜乃ちゃんも支えきれず、ピッチに倒れ込んでしまいました。

 

「いや、無理無理、何人上に乗ってんだよ、マジで⁉」

 

 戸惑いながらも竜乃ちゃんの声は何だか弾んでいます。皆が思い思いに喜びを爆発させていると、キャプテンの冷静な声が耳に入ってきました。

 

「皆さん、整列しましょう。相手チームへの敬意を忘れては勝者の名折れですよ」

 

 その言葉に落ち着きを取り戻した私たちはピッチ中央に整列し、声援を送って下さったスタンドの皆さんに、一礼しました。スタンドからは温かい拍手が送られました。良い試合が出来たということでしょうか。そして、常磐野の皆さんと握手を交わしました。力強く握ってくる人、そっけない人、そこには様々な感情が入り混じっていました。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

アディショナルタイム~激闘終えて~

「おめでとう、良いチームだ」

 

 常磐野主将の本場蘭はそう言って、勝者を讃えた。

 

「ありがとうございます」

 

 仙台和泉主将、緑川美智は簡潔にお礼を述べた。

 

「冬の選手権予選でこの借りは返させてもらうぞ」

 

「……それは怖いですね。借りっぱなしは駄目でしょうか?」

 

「はははっ、生憎そうはいかないな……まあ、兎に角、次の試合も頑張ってくれ。それでは」

 

「あ、あの、ハンドの件ですが……」

 

「謝罪なら不要だ。PKも含めて、チャンスを決めきれなかった我々が悪い。そして11番の彼女も退場という罰を受けた、この話はそれでお終いだ。まだ一年生だろう、彼女の心のケアをしっかりしてやってくれ。あ、後はGKの彼女も大事ないと良いな。ではまた会おう」

 

 颯爽と去っていく本場の背中に向けて、緑川は深々と頭を下げた。

 

 

 

「……何だよ、なんか文句あんのかよ」

 

 龍波竜乃の前に、栗東マリアが腕を組んで立っている。

 

「おどれの名前は何じゃったかのう?」

 

「あ? 龍波竜乃だよ」

 

「ふむ、覚えた……今日は負けたが次は必ずワシらが勝つ。首を洗って待っちょれ、竜乃!」

 

「お、おい! 何だよ、また面倒そうなやつが増えちゃったなぁ~」

 

 

 

「いや~PK見事に止められちゃいました~」

 

「随分あっけらかんとしてますのね……」

 

 天ノ川佳香ののんびりとした様子に、伊達仁健は少々拍子抜けした。

 

「しかし、まさか中央に蹴ってくるとは……。わたくし、裏の裏をかかれましたわ」

 

「? ああ、迷ったらど真ん中って決めてるんですよ~」

 

「んな⁉ それではわたくしの中で激しく行われていた心理戦は一体? エア心理戦……?」

 

 

 

「負けたわ~お団子ちゃん~貴女すごいわね~」

 

「あ、ありがとうございます」

 

 豆不二子の醸し出すフレンドリーな雰囲気に丸井桃はやや面食らった。

 

「ねえ~ウチも学食充実させてもらうから~今からでも転校しな~い?」

 

「ええ⁉」

 

「ふふっ冗談よ~冗談。貴女とはまたどこかで逢いそうな気がするわ。それじゃあね~」

 

 

 

「皆揃ったかしら? そろそろ出発するわよ」

 

「1年生全員乗ったッス!」

 

「2年生も全員乗りました」

 

「奈和っち頭大丈夫なのー?」

 

「今はとりあえず落ち着いている。学校までには皆と戻りたくてな、勿論病院は必ず行くさ」

 

「ふっ、勝者の凱旋というものはやはり全員揃ってなくてはね」

 

「凱旋とくれば『アイーダ』! グループ傘下の楽団に出迎えさせましょうか?」

 

「ははっ、一緒に歌っちゃおうかな?」

 

「大げさ過ぎるわよ……まだ2回戦突破しただけよ?」

 

「ってヒカル、終わった後、めっちゃガッツポーズしまくってたし」

 

「輝さんのあの雄叫びも想定外でした……このチームへの興味関心が増々増してきました」

 

「それは何より。今後も宜しくお願いしますね、真理さん」

 

「でも今日位はハメ外したい気分ダネ~。簡単にでも良いから打ち上げとかどうカナ?」

 

「それでは是非うちの店で」

 

「待て待て、『華華』はこないだ行ったやろ! 今日は『武寿し』一択やろ!」

 

「へへっ、皆テンション高けぇなぁ、まあ無理も無えか」

 

「……」

 

「何だよピカ子、まだ電気貯まってねえのか?」

 

「充電にはもうしばらく時間がかかりそうだわ……」

 

「ゆっくりでも良いよ」

 

「桃ちゃん……」

 

「これから何度でも一緒にプレー出来るんだしさ、焦らずに行こう」

 

「……ありがとう」

 

「ビィちゃん~」

 

「ぼみゅ⁉ だからほっぺをムニュってするの止めてよ!」

 

「アタシにも良いパスどんどん頼むぜ~ジャンジャン決めるからよ~」

 

「期待しちゃって良いのかな?」

 

「勿論! だからこれからも……」

 

「「アタシをボランチしてくれ!」」

 

「お! 分かってるねぇ~」

 

「ふふっ、乗りこなすの大変そう~」

 

 一つの大きな関門を乗り越えた私たちの次に待つものは一体なんでしょうか?

 

 

                第1章~完~




第1章終わりました。感想など頂ければ喜びます。

一応続きの構想はあるので、更新スピードは落ちますが(ほとんど書き溜めていないので)、第2章以降も書いていこうと思っております。良かったらまた読んでくださると嬉しいです。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第2章 もう一人
第12話(1) 河原の憂鬱


「くっそぉぉぉ‼」 

 

 六月のある日の夕暮れ、時代錯誤感のあるロングスカート姿の美少女、龍波竜乃(たつなみたつの)ちゃんが河原で吠えた。

 

「虚しくなるから吠えるの止めなさいよ……」

 

 そんな彼女の様子を見て、短めのツインテールがトレードマークの美少女、姫藤聖良(ひめふじせいら)ちゃんが呆れ気味に呟く。

 

「くっそぉぉぉ……‼」

 

「小声で言えば良いってもんじゃないのよ!」

 

「じゃあどうすりゃ良いんだよ、ピカ子! この気持ちをよ!」

 

「アタシに当たらないでよ!」

 

「そりゃあピカ子は放電できるからいいだろうけどよ!」

 

「出来ないわよ!」

 

「あ~もう!」

 

 竜乃ちゃんが自分の髪を掴んでぐしゃぐしゃにする。綺麗な髪が傷んでしまってはいけない、そう思ったお団子頭が特徴的な私、丸井桃(まるいもも)は気が付くとこう呟いていました。

 

「受け入れるしかないよ……」

 

「ビィちゃん……?」

 

「桃ちゃん……?」

 

「私たちの挑戦は終わった、敗北を受け入れなきゃ……」

 

 そう、私たち仙台和泉(せんだいいずみ)高校サッカー部は『20XX年度 第XX回 宮城県高等学校総合体育大会サッカー競技』の準決勝で敗れました。簡単に振り返ってみると、二回戦で絶対女王常磐野(ときわの)学園を下す大番狂わせを起こした私たちは続く準々決勝、仙台山背(せんだいやましろ)高校戦に臨みました。常磐野戦で退場処分を受けて、聖良ちゃんが出場停止という状態でした。彼女の持ち味である鋭いドリブルという武器を欠き、攻めあぐねる私たちでしたが、菊沢輝(きくさわひかる)さんの正確な左足から放たれたコーナーキックをヴァネさんこと、谷尾(やお)ヴァネッサ恵美(えみ)さんがヘディングで相手ゴールに叩き込んで、試合の均衡は崩れました。同点に追いつく為に前がかりになった相手の守備ラインの裏側に空いたスペースを突き、途中出場の白雲流(しらくもながれ)ちゃんが自慢の俊足で抜け出しました。相手を引きつけてから流ちゃんが出した横パスを竜乃ちゃんが流しこんで、追加点。2対0で勝利した私たちは準決勝、ベスト4進出を決めました。

 

「強かったわね、相手……」

 

「うん……」

 

 迎えた準決勝、令正(れいしょう)高校戦。令正も常磐野と並び、県内4強の一角に数えられる強豪校です。聖良ちゃんも戻り、ベストメンバーで臨んだ私たちでしたが、連戦の疲労か、チーム全体の動きが重く、思うような試合運びをすることが出来ませんでした。対照的に令正は終始落ち着いたゲーム展開を見せ、チャンスを確実に決めてきました。終わってみればスコアは0対3、私たちの完敗でした。

 

「常磐野に勝ったことで私たちに慢心があったのかしら?」

 

「それも無いとも言い切れないね」

 

 聖良ちゃんの呟きに私は同調しました。

 

「……とにかく明日は休み明けで初めてのミーティングがあるから、具体的な敗因分析はそこで話があると思うよ」

 

「ミーティングか、出たくねえなあ~」

 

 竜乃ちゃんがしゃがみ込んで、情けない声を出しました。

 

「竜乃ちゃん……さっきも言ったけど、受け入れなきゃ、現実を。そうでないと前に進むことは出来ないよ」

 

「分かっちゃいるけどよぉ……このチームでサッカー出来るのは最後になるんだろ? 折角楽しくなってきた所だってのによ……」

 

「……」

 

 竜乃ちゃんの言葉に私は何も言うことは出来ませんでした。そうです、夏の大会が終わったということは、最上級生である三年生がチームを引退するということです。学生スポーツの常とはいえ、やはり寂しいものです。腹黒い……もとい思慮深いキャプテンの緑川美智(みどりかわみさと)さん、冷静な副キャプテンの永江奈和(ながえなわ)さん、飄々としたサイドバックの池田弥凪(いけだやなぎ)さん、何故かアフロヘアーの武秋魚(たけあきな)さん、攻守のつなぎ役である桜庭美来(さくらばみらい)さん、彼女たち五人とお別れしなければならないのです。令正戦後のロッカールームで秋魚さんは泣いていました。約二か月半という短い間でしたが、チームメイトとして共に戦ってきただけに、離れ離れになるのは辛いです。私はどこか陰鬱とした気持ちで翌日のミーティングの時を迎えました。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第12話(2) 反省会

 翌日視聴覚室にて、ミーティングが開かれました。

 

「全員揃いましたね。それでは改めて……大会お疲れさまでした。あまり気乗りはしないとは思いますが、敗因分析を行いましょうか、それではマネージャー、お願いします」

 

 キャプテンに促され、マネージャーの小嶋美花(こじまみか)さんが皆の前に進み出てきました。

 

「それでは……試合の映像を見ながら、私なりに分析した敗因について説明させて頂きます」

 

 プロジェクターに映像が映し出されて、美花さんが話を始めました。

 

「スコアで見ると完敗でしたが……内容的に見ると、そこまで悲観するほどのことでは無いかとは思います。特に個人技術に関しては大きく見劣りするものではありませんでした。例えば、菊沢さんのキック精度の高さは十分相手に脅威を与えていたと思いますし、姫藤さんの鋭いドリブルへの対応には少々手を焼いていました」

 

「それでも少々でしょ……まだまだ余裕のある感じだったわ……」

 

 私の右隣に座る聖良ちゃんが頬杖をつきながら小さく呟いた。

 

「……また、守備面でも神不知火さんは相手に単独での突破を許しませんでした。谷尾さんもフィジカル面で相手のFW陣に決して競り負けていませんでした」

 

「まあ、アタシがそこで負けてたらナ、話にならないヨ」

 

 ヴァネさんが腕を組んで大きく頷きました。その隣に座る、サイドテールが特徴的な石野成実(いしのなるみ)さんが悪戯っぽく呟きます。

 

「でも何度か裏を取られていたよね~ありゃマズいんじゃないの?」

 

「ぬっ……」

 

「……相手のコンビネーションを上手く使った攻撃に対応出来ていなかったわね。オンミョウとの連携をもっと高めないと」

 

 二人の後ろに座る、輝さんが皆と少し離れた所に席を取った神不知火真理(かみしらぬいまこと)さんにも聞こえるように話します。

 

「……令正さんの攻撃パターンは実に多彩でした。流石は強豪校、己の力不足を痛感しました」

 

 輝さんからオンミョウと呼ばれた現代まで続く陰陽師の家系、真理さんが静かに反省の言葉を口にしました。

 

「でも、シラヌイちゃん凄いよー1対1の局面ならほぼ負けなしだったんじゃないのー?」

 

「ああ、試合を追うごとに安定感を増していたな、後ろから見ていて頼もしかったぞ」

 

「いえ、まだまだ未熟です、より精進します……」

 

 池田さんと永江さんの賞賛に真理さんは軽く頭を下げました。

 

「……個人戦術では然程劣っていなかったとしても、結果は敗戦……つまり組織として相手を下回っていたことになりますわね」

 

 私たちの前に座る、国内有数のコンツェルン、伊達仁グループの御令嬢、伊達仁健(だてにすこやか)さんの指摘に、美花さんが頷きます。

 

「そうですね、チーム戦術の成熟度合が違いました。その辺りが勝敗を分けましたね」

 

「最近良いこと言うようになったじゃねーか、スコッパ。何か悪いもんでも食ったか?」

 

「だ・か・ら! わたくしは良いことしか言いませんわ!」

 

 健さんが振り向いて、私の左隣に座る竜乃ちゃんのからかいの言葉に反応します。竜乃ちゃんは人に対して時折妙なあだ名を付ける癖があります。

 

「それとやはり決定力の差……お互いが作った決定機、チャンスの数は実はそれ程差がありません。しかし付いた得点差は3点……相手は好機を確実に決めきる力を持っていました」

 

「フォワードのウチが不甲斐ないからや……申し訳ない」

 

 美花さんの言葉に、秋魚さんが項を垂れます。赤い大きなアフロヘアーが揺れます。

 

「私も終盤のチャンスを決めていれば……」

 

「僕もシュートを打てる場面で一瞬躊躇してしまった、反省すべきところだね」

 

「自分はもっと考えて走るべきでした……」

 

 揃って試合終盤で投入された、趙莉沙(ちょうりさ)ちゃんと松内千尋(まつうちちひろ)さん、流ちゃんもそれぞれ悔しそうに呟きます。

 

「いや……一番悪いのはアタシだ……」

 

「竜乃ちゃん、今は誰が一番とかそういう話じゃなくて……」

 

「いいや、悪い! だってまともにシュートすら撃てなかったんだぜ! ただの一本も!」

 

 私の宥める言葉に対し、竜乃ちゃんが声を荒げます。

 

「少し落ち着きなさい……アンタの出来は想定内よ」

 

「想定内? どういうこったよ、カルっち⁉」

 

 輝さんの言葉に竜乃ちゃんが反応しました。

 

「……サッカーを始めて約二か月半のアンタに強豪校がそれなりの対応をとってきたら簡単に封じ込められるってことよ」

 

「確かにしっかり対策をとってきたように思えた……」

 

「なんだかんだで3試合連続ゴールだからね、そりゃ警戒されるよね~」

 

 脇中史代(わきなかふみよ)さんと桜庭さんが輝さんの言葉に同調した。

 

「……っ! それでもよ! やっぱり情けないぜ!」

 

「別に卑下することは無いわ。むしろ強豪校にそこまでさせたことを誇りに思いなさい」

 

「おっ、今ひょっとして竜乃のこと褒めたんじゃネ?」

 

「アメとムチってやつ~?」

 

「……ちょっと黙ってなさい」

 

 輝さんが茶々を入れてきたヴァネさんと成実さんを睨みました。睨まれた二人は苦笑しながら首をすぼめました。

 

「……でもよ~」

 

「輝さんの言う通りですよ、龍波さん。その悔しさを次に生かして下さい」

 

 キャプテンが優しく竜乃ちゃんに話しかけます。竜乃ちゃんは首を強く横に振ります。

 

「次って言ってもよ……もうこのチームでサッカーは出来ないんだろ⁉ キャプテンやアッキーナは辞めちまうんだろ⁉」

 

 竜乃ちゃんの叫びに一瞬キョトンとした顔をしたキャプテンはこう答えました。

 

「え? 辞めませんよ?」

 

「え?」

 

「秋魚、辞めるんですか?」

 

「いやいや辞めへんで」

 

「三人は?」

 

「辞めるつもりはないが」

 

「左に同じー」

 

「辞めないよ」

 

「……ということですが?」

 

 キャプテンが再び視線を竜乃ちゃんに戻します。

 

「い、いやだってよ、夏の大会が終わったら引退するもんじゃねえのか?」

 

 戸惑う竜乃ちゃんの様子を見て、キャプテンがフッと笑います。

 

「まあ、人によっては、あるいは競技によってはそういう人もいますが……サッカーの場合はなんといっても冬の選手権があるじゃないですか!」

 

「ふ、冬の?」

 

「……それとも私たちが引退した方が良いですか?」

 

 キャプテンが悲しそうに皆に語りかけます。私たちは首を横に振ります。キャプテンはその反応を見て、満足そうに頷き、話を続けます。

 

「では、気が滅入る敗因分析はこの辺にして……未来のある話をしましょうか?」

 

「未来のある話……?」

 

「そうです。まず戦力を……増強しちゃいましょう♪」

 

「「「え、えええええ⁉」」」



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第12話(3) 蒼い瞳の乙女

「せ、戦力増強というのは?」

 

 私の問いにキャプテンはニコッと笑って答えます。

 

「それは道すがらお話ししましょう」

 

「道すがら……?」

 

「ええ」

 

 そう言うと、キャプテンは皆に語りかけます。

 

「予定変更になって申し訳ありませんが、今日は各自自主トレをお願いします。丸井さん、龍波さん、姫藤さん、伊達仁さん、神不知火さんは私と一緒に来てくれませんか?」

 

「は、はあ……」

 

戸惑う私をよそに、聖良ちゃんがと真理さんが冷静に断りを入れます。

 

「すみません、キャプテン。私どうしても外せない用事が出来たので」

 

「……主将、私も所用を思い立ちまして……」

 

「そうですか? では……弥凪、代わりに来てもらえますか?」

 

「え? 別に良いけどー」

 

 キャプテンの誘いに池田さんは即答じました。

 

「それでは本日はこれで解散とします」

 

 皆困惑しつつも、それぞれ視聴覚室を後にしました。それから約数十分後、私たち6人は地下鉄に乗っていました。

 

「で? どこに連れていくつもりだよ、キャプテン?」

 

 竜乃ちゃんが二つの吊革を両手で掴みながら、前のめりになって、前の座席に座るキャプテンに行き先を尋ねます。

 

「それは着いてからのお楽しみということで」

 

「そう言うと思ったよ」

 

 答えをはぐらかすキャプテンに呆れながら、竜乃ちゃんは軽く空を仰いで、追及することを諦めます。

 

「ビィさん、ご覧になって⁉ 本当にこの電車、地下を走っていますわ!」

 

「ま、まあ、それは地下鉄だからね……」

 

「お嬢は地下鉄も初めてなんだねー」

 

 その一方、健さんは地下鉄初乗車でテンションが上がっていました。その様子に私は正直やや呆れていましたが、池田さんは半ば感心していました。仙台市中心部の駅に着き、私たちは地下鉄を降りて、キャプテンの後に続き地上に上がって歩きます。しばらく歩くと、キャプテンが立ち止まり、とあるビルを指さしました。

 

「着きました。ここが本日の目的地です」

 

「なんだよ、デパートじゃねーか。夏服でも探しにきたのか?」

 

「それも良いですが、今日は屋上に用事があります」

 

「屋上?」

 

「参りましょう」

 

 私たちは尚も戸惑いながら、キャプテンの後についていきました。

 

「うお⁉ なんだこりゃ⁉」

 

「ビルの上に芝生のコート?」

 

 屋上に上がった私たちは驚きました。そこには大きな緑のネットと透明なビニールシートに周りを覆われた、芝生のコートが数面広がっていたからです。

 

「こんな所にフットサルコート?」

 

「そういや去年辺りにオープンしたんだっけー」

 

 池田さんの呟きにキャプテンが頷きます。

 

「ええ、仙台市街中心部では最大規模のフットサルコートです。ご覧の様に、雨天にも対応しています。街中にありますから、大学生や社会人の方々もよく利用されていますね」

 

「フットサル……?」

 

「南米のサロンフットボール、もしくは英国のインドアサッカーを起源とする5人でやる屋内競技ですわ。まあ、ここは半分屋外ですけど」

 

 首を傾げる竜乃ちゃんに、健さんが説明します。

 

「ふーん、ミニサッカーみたいなもんか?」

 

「ちょっと違うと言えば違うのですが、まあ、その辺りは追々説明させていただきます」

 

 竜乃ちゃんに語りかけながら、キャプテンがコートの方を覗き込みます。

 

「今の時間帯は練習しているのはあのグループのみですね……ああ、いましたね」

 

「いましたねって?」

 

「本日の探し物……いや尋ね人ですね」

 

 キャプテンの目線の先を追うと、コートで練習しているチームがいました。テンポ良くリズミカルにパスを繋ぎ、各々が軽快な動きを見せています。

 

「上手だねー」

 

「なかなかの実力者の集まりのようですわね……」

 

 感心する池田さんと健さんにキャプテンが補足します。

 

「それは当然です。18歳以下の世代の東北地区チャンピオンチームですから」

 

「そうなんですか……」

 

「じゃあ、皆さん、あちらの更衣室で着替えて下さい」

 

「え?」

 

「今日はあちらのチームと対戦します」

 

「「え、えええええ⁉」」

 

 突然の宣告に対して私たちは驚いて、大声を上げてしまいました。その声を聞き、コートで練習しているチームの何人かが、こちらに振り向きました。

 

「あ、ど、どうも……」

 

 練習の邪魔をしてしまったかと思い、私は軽く会釈をしました。振り向いた何人かは気にもせず、またコートに向き直りました。しかし、その中の一人、スラッとした体格をしたブロンドヘアーのポニーテールの女性だけが、こちらを、というか私のことをしばらく見つめ続けていました。自然と私と彼女の目が合いました。吸い込まれるような蒼い瞳が印象的でした。

 

「綺麗な人……」

 

 その涼やかな佇まいと端正なルックスを見て私は思わず、素直な感想を口にしていました。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第13話(1) ポニーテールを追いかけて

「1分間タイムアウトです」

 

 審判役を務める方がホイッスルを吹いた後、そう言ったため、私たちはコートの外に出てベンチサイドに下がりました。

 

「こういうのがあるんだな……」

 

「試合自体は前後半20分ハーフですが、前後半に一度ずつ、こうして1分間のタイムアウトが取れます」

 

 地べたに座り込んだ竜乃ちゃんの呟きにキャプテンが応えます。

 

「それで如何ですか? 初めてのフットサルは?」

 

「ボールの動きが早いですわね。展開が目まぐるしく変わると言いますか……」

 

「つーか、しんどい! 思った以上に運動量が求められるな、これは……」

 

 キャプテンの問いかけに健さんと竜乃ちゃんが率直な感想を口にします。

 

「そうですね、今おっしゃったように目まぐるしい試合展開ですので、その都度的確かつ素早い状況判断が求められます。さらにそれに伴って身体を動かす訳ですから、見た目や経過時間以上に体力を消耗する種目ですね」

 

 キャプテンは笑顔でそう言って、水を口に含みます。

 

「後は単純に……強いな! 相手!」

 

「確かに約10分間でもう3点差……アウローラ仙台、18歳以下の東北地区チャンピオンチームは伊達ではないということですわね」

 

 竜乃ちゃんの素直な言葉に、健さんが頷きます。

 

「止めて蹴る、といった基本的な動作のレベルが高いね……」

 

「ボールがなかなか奪えないよねー」

 

 私の感想に隣に腰掛けていた池田さんも同調します。

 

「このまま相手にミスが出るのを待つ感じかなー」

 

「……私個人の考えですが、何から何まで完璧な試合運びを見せるチームというものは存在しません。必ずどこかで綻びが生じるものです。そこを逃さずに攻勢に転じ、まずは一点を返しましょう」

 

 池田さんの問いにキャプテンが力強く答えます。

 

「タイムアウト終了です」

 

 審判の言葉に、私たちは再びコートに戻ります。竜乃ちゃんが私に尋ねてきました。

 

「なあビィちゃん……アタシの守りがマズいのかな?」

 

「いや、相手のパスコースを限定させる守備はきちんと出来ていたと思うよ。キャプテンたちが言うように相手のミスを誘うには前からのプレッシャーが不可欠だから、今までの形を継続していって間違いはないよ。きついと思うけど、頑張ろう」

 

「ああ、分かったぜ」

 

 そして約10分後……

 

「前半終了です!」

 

 審判がホイッスルを吹いて、前半の終了を告げます。私たちは一様に重い足取りでベンチに下がりました。暫しの沈黙の後に、健さんが叫びました。

 

「……って差が広がりましたわよ⁉ 5点差です! これはどういうことですの⁉」

 

「ミス出なかったねー」

 

 池田さんが呑気なトーンで答えます。

 

「試合が進むごとにパスの精度が段々と高まってきた……さっきまではまずボールをトラップしてからパスを繋いでいたのに、タイムアウトの後はほぼ1タッチ、ダイレクトでボールを回してきた……」

 

「あのスピードでパス回されたんじゃ、なかなか獲れないぜ……」

 

「本当にあっと言う間に、気付いたらこちらのゴール前でしたわ……」

 

 私が分析する横で、竜乃ちゃんと健さんがやや呆然としています。

 

「チャンピオンチームの本領発揮といったところですかね。丸井さん、他になにか印象的なことはありましたか?」

 

 キャプテンの質問に私は答えます。

 

「……あの人です、あの綺麗なブロンドヘアーの彼女、ほぼ全てのプレーが彼女を経由していました」

 

 そう言って、私は相手ベンチに座るポニーテールの彼女に視線を向けます。

 

「皆上手いけど、あのポニテちゃんがダントツに上手いよねー」

 

「チームの中心って感じですわね」

 

 私の意見に池田さんと健さんが同意します。

 

「……つーかアイツどっかで見た気がするんだが……アタシの気のせいか?」

 

「わたくしもそう思っていましたわ。何処かで見覚えがあるのですよね……」

 

「私も……」

 

 首を傾げる私たち1年生3人の疑問にキャプテンがあっさりと答えます。

 

「それはそうでしょう、鈴森(すずもり)エミリアさん、1年F組で皆さんとは同級生ですよ」

 

「「「え⁉」」」

 

「驚かせついでに言いますと、本日の目的は彼女のスカウトです」

 

「「「ええ⁉」」」

 

 驚きが止まらない私たちをよそに、マイペースな池田さんがキャプテンに話し掛けます。

 

「あ~ベンチの枠―」

 

「そう、冬の選手権は選手登録枠が一つ増えるんですよね~これを有効活用しない手はないと思いましてね。かと言って、伊達仁さんのような転入生はそうそう都合よく現れない……と思ったら、もっと都合の良い人がいらっしゃいました。まあ都合の良い、という言い方はちょっと彼女に失礼ですか」

 

「せ、戦力増強ってそういうことだったのかよ……」

 

「というかスカウトって、一体どうするのですか?」

 

「そうですね……ちょっとお待ち下さい」

 

 そう言って、キャプテンは相手ベンチの方に向かいました。そして、相手チームの代表らしき人と何やら話しあって、最後にぺこりと一礼をして戻ってきました。

 

「お待たせしました。この試合で私たちが勝ったら条件付きで、彼女をこちらに迎えて良いということになりました」

 

「「「えええ⁉」」」

 

 私たちは三度驚きました。

 

「条件って何―?」

 

「勝った上で、彼女……鈴森さんが納得のいくプレーを見せられたら……というものです」

 

「要はポニテちゃんの心を掴めってことー?」

 

「そういうことです」

 

「で、でもここから勝つって……」

 

「尚且つあの方を魅了する……」

 

「さ、流石に無理ゲーじゃねーか……?」

 

「確かに、このままだとちょっと無理ですね……」

 

 私たちの言葉にキャプテンも神妙な表情で一旦は頷きました。しかし、すぐさま表情を変えて、こう言いました。

 

「こういうこともあろうかと助っ人を呼んであります」

 

「助っ人……?」

 

「ああ、ちょうど到着されましたね」

 

キャプテンが私たちの後ろを指し示しました。振り返ると二人の女性が立っていました。

 

「どうも助っ人でーす」

 

「面白そうなことしてるじゃな~い? 不二子も混ぜて~♪」

 

「天ノ川さんに豆さん⁉」

 

 私は驚いて大声を上げました。なんとそこにはつい先日私たちと対戦した、常磐野学園の天ノ川佳香(あまのがわよしか)さんと、豆不二子(まめふじこ)さんがいたからです。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第13話(2) 豆不二子の無双

「連絡を取っておいたんですよ」

 

「いつの間に連絡先をー?」

 

「先日県予選の決勝を見に行ったら、会場でバッタリお会いしまして……」

 

「ちょっとお話ししたら、すっかり意気投合しちゃったのよ~」

 

「は、はあ……」

 

 尚も戸惑っている私たちをよそに、キャプテンが話を進めます。

 

「では私と弥凪が下がって、豆さんと天ノ川さんに入ってもらいましょう。相手には私から言っておきます」

 

 そう言って、キャプテンは再び相手チームのベンチへ向かいました。二、三言話した後、こちらに振り返って、両手で大きく丸のサインを出してきました。

 

「お許しも出たみたいね……という訳で改めてよろしくね~」

 

「お願いしまーす」

 

「は、はい……」

 

 マイペースな二人ですが、その実力は疑いの余地がありません。しかし、後半20分で5点差をひっくり返すのはなかなか至難の業です。そんな私の心中を察したのか、豆さんが声を掛けてきました。

 

「じゃあ、ちょっと円陣でも組んじゃう~?」

 

 私たち5人は円陣を組みました。

 

「さて……逆転への秘策だけど~」

 

「そんなのあんのかよ⁉」

 

「あったら苦労しないわよね~」

 

 竜乃ちゃんと健さんがずっこけます。

 

「あの……お願いですから真面目にやって下さいます? 半分お遊びみたいなものとは言え、わたくし負けるのは大っ嫌いですの!」

 

「それよ!」

 

 豆さんが健さんを指差します。健さんは思わずビクっとしました。

 

「その気持ちが大事! なんのかんの言ったって、スポーツっていうのは結局メンタルが最後に物を言うのよ~」

 

「おっしゃることは分かりますが……悔しいですけど、相手との実力差は如何ともしがたいものがありますわ。メンタルだけではどうにもならないですわ」

 

「実力差を生み出している最大の要因を摘み取れば良いのよ~」

 

「最大の要因……?」

 

 私が聞き返すと、豆さんは小声で囁きました。私たちは耳を澄まします。

 

「それはね……」

 

 

 

「後半戦、開始します!」

 

 審判がホイッスルを吹き、相手チームのキックオフで後半戦が始まりました。ボールが私たちの今日の標的?鈴森さんの所に向かいました。彼女がダイレクトでボールを捌こうとしたその瞬間、天ノ川さんと竜乃ちゃんが猛スピードで詰め寄ります。

 

「!」

 

 鈴森さんは一瞬驚いた表情を浮かべましたが、一旦ボールをトラップして落ち着いて、二人の間にパスを通してきました。

 

「よし!」

 

 そのコースを読んでいた私がパスカットに成功しました。狙い通りの形でボールを奪うことが出来ました。しかし、ほんの一瞬で私も相手チームの選手に囲まれます。

 

「お団子ちゃん~後ろに下げて~」

 

 豆さんのやや気の抜けた声が後方からしたため、私はボールをすかさず後ろに下げました。ですが、相手もすぐさま反応し、豆さんに詰め寄ります。すると、豆さんは間髪入れずに前方に鋭いグラウンダーのパスを送りました。コートを縦に切り裂くような高速のボールにいち早く反応したのは天ノ川さんでした。鈴森さんもすぐに体を寄せに行きましたが、天ノ川さんが上手く抑え込んで、ゴールに背を向けて、鈴森さんを背負った状態で先にボールに触れました。しかし、ボールが彼女にとって右横、太腿辺りの高さへと浮いてしまいました。トラップミスかと誰もが思った次の瞬間……

 

「!」

 

 天ノ川さんは素早く体を反転させて、強烈なボレーシュートを放ちました。ボールは一直線に飛んで、相手ゴールのネットを揺らしました。一瞬のことで、鈴森さんも、相手キーパーも全く反応することが出来ませんでした。

 

「ナイス~♪」

 

「イエーイ♪」

 

 相変わらず気の抜けた声をあげ、拍手をしながら豆さんはゴールを讃え、天ノ川さんも左手の親指を立てて、軽い調子でそれに応えました。後半開始一分で、私たちは早くも一点を返すことが出来ました。

 

「さあ~この調子で行きましょう~」

 

「お、おう!」

 

 豆さんの激?に竜乃ちゃんが困惑しながらも応えます。試合が再開されしばらく経つと、再びボールが鈴森さんの所へといきました。天ノ川さんと竜乃ちゃんがまたもや鋭い出足で詰め寄りました。

 

「もらった!」

 

「……っ!」

 

「な、何⁉」

 

 鈴森さんはパスを出さずにドリブルで竜乃ちゃんをかわしにかかりました。ボールは虚を突かれた形となった竜乃ちゃんの股の間を抜けました。パスコースが限定されたのなら、マークを一枚剥がして、プレーの選択肢を増やす、的確な判断力です。左足を振りかぶった彼女を見て、私はパスのコースを予測し、その軌道上に入りました。

 

(奪った!)

 

 と思った私ですが、鈴森さんは左足でボールを蹴らず、瞬時で蹴り足を切り替え、右足でボールを蹴りました。ボールは私の居るサイドとは逆方向に転がりました。

 

「しまっ……⁉」

 

「⁉」

 

「読み通り~♪」

 

 なんとそこには豆さんが居ました。パスカットに成功した豆さんはその勢いのまま、ゴール前に進み、天ノ川さんに速いパスを送ります。相手チームの体格の良い選手が体を寄せに行きましたが、彼女はまたも相手を抑え込み、難なくトラップに成功します。そしてすぐに体を右に半回転させます。また振り向きざまにシュートかと思った相手選手が足を伸ばしてブロックを試みますが、彼女の選択は違いました。左足の足裏でボールを自分の左方向へと転がしました。逆を突かれた相手は反応できません。

 

「絶妙~」

 

 そこに走り込んだ豆さんがシュートを放とうとします。相手のゴールキーパーも反応し、やや前に出て、シュートコースを狭めました。しかし、豆さんはその動きを冷静に見極めて、ボールをふわりと浮かせたシュートを放ちました。タイミングを外された形となった相手キーパーも手を伸ばしますが、防ぎきれずにボールはゴールへと吸い込まれて行きました。これでスコアは2対5。後半開始僅か5分程で、点差は3点となりました。

 

「ナイスパス~♪」

 

 豆さんは天ノ川さんとハイタッチを交わしました。

 

「……」

 

その様子を鈴森さんはやや苦々しげに見つめていました。試合が再開され、少し変化が起きました。これまでほとんど後方に位置を取っていた鈴森さんが、やや前目にポジションを上げてきたのです。試合はそのまましばらく進みましたが、やがてコート中央で鈴森さんがボールを受けました。私は素早く体を寄せましたが、彼女はルーレットの様に体を反転させて、私を一瞬でかわしました。

 

「あっ……」

 

 ここでフリーの相手にパスを通されたら不味いと私は思いましたが、彼女はパスを選択せず、そのままドリブルでボールを前に運びました。ゴール前には豆さんが居ましたが、そのまま突き進み、かわしにかかりました。素早くシザース(またぎ)フェイントを入れ、豆さんの脇をすり抜けようとします。しかし……

 

「甘い~♪」

 

 豆さんがボールをあっさりと奪いました。鈴森さんはバランスを崩して倒れます。豆さんが私にパスを寄越しました。そして、

 

「リターン!」

 

 ここにきて初めて、鋭い声色で私にリターンパスを要求してきました。私はダイレクトでコート中央まで上がってきた豆さんにパスを返します。鈴森さんがボールを奪われるとは思っていなかった相手チームは一瞬戸惑っているようでしたが、すぐに守備陣形を整えます。

 

「不二子さん!」

 

 天ノ川さんがこれまた鋭い声色でボールを要求します。左手の人差し指を上に突き出しているなと思った次の瞬間、豆さんがパスを送りこみました。なんと緩やかな浮き球のパスでした。また速いグラウンダーのボールだと予想していた相手チームはほんの一瞬ですが、動きを止めました。いち早くボールの落下地点に入った天ノ川さんは相手のディフェンスを寄せ付けず、ヘディングシュートを放ちました。コースを上手く狙ったシュートがゴールネットに突き刺さりました。

 

「よし!」

 

「ナイスシュート♪」

 

 ガッツポーズを取る天ノ川さんを豆さんが再び拍手で讃えました。これで2点差です。

 

「タイムアウト!」

 

 相手チームが堪らずタイムアウトを取りました。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第13話(3) 衝撃

「いやいや上々の出来でしたよ、皆さん」

 

 ベンチに引き揚げてきた私たちをキャプテンが拍手で迎えます。

 

「思った以上に上手く行きましたわね、相手のキーパーソンを潰す作戦」

 

 健さんが豆さんに声を掛けます。

 

「パス回しのほとんどがポニーテールの彼女を経由しているんだもの。まあ、こちらとしては当然そこを狙うわよね~」

 

「傑出している選手にはについつい頼りたくなっちゃうものだよねー」

 

「逆転までもう一押しという感じですね……」

 

「残り約10分で2点差か、希望が見えてきたぜ」

 

 すると、豆さんがこう言いました。

 

「盛り上がっているとこ悪いんだけど、不二子ガス欠だわ~もう下がってもいいかしら?」

 

「「「ええっ⁉」」」

 

「私も疲れたんで下がりたいでーす」

 

 天ノ川さんも手を挙げて交代を申し出ました。

 

「い、いや二人がいたからこそ、ここまで相手を追い詰めることが出来たんですが……」

 

「お団子ちゃん!」

 

「は、はい!」

 

 豆さんが私の両肩に力強く手を置いて、こう言います。

 

「これから貴女たちの、いえ、貴女自身のプレーで彼女を魅了しなくてはならないわ」

 

「私自身のプレー……」

 

「そう、貴女の規格外のプレー、存分に見せて頂戴」

 

「しかし、そうは言われても一体どうすればいいのか……」

 

 尚も戸惑い続ける私に業を煮やしたのか、豆さんが肩を組んで、顔を近づけてきて何やら話してくれました。

 

「……それはつまり、そういうことですか?」

 

「そう、気持ちで負けるなってことよ!」

 

 ピッチに戻る私を豆さんが背中で押してくれました。横に座る天ノ川さんと何やら話をしているのが目に入ります。内容までは聞こえませんが。

 

「つまり精神論ですか?」

 

「精神論も勿論大事だけど~それが全てではないわよ~」

 

「じゃあ、何て言ったんですか?」

 

「このゲームを支配しろって言ったのよ~」

 

「支配……」

 

「そう、あのポニテちゃんを凌駕する存在感を示せって言ったのよ」

 

「それはまたなかなか大変なことを……」

 

 

 

「タイムアウト終了です!」

 

 審判が笛を吹き、後半残り時間がスタートです。私たちは後10分位で3点を取らなくてはなりません。豆さんがベンチに下がったことを確認した相手チームですが、鈴森さんのポジションを下げることはしませんでした。コート中央付近にポジションをとっています。私とはほぼ対面の位置になります。先程までではありませんが、やはり相手チームはパス回しの中心に彼女を据えています。つまり、もっとも近くにいる敵チームの私がボールを奪うことが出来れば大きなチャンスになります。前線に位置していた竜乃ちゃんが徐々にコート中央までポジションを下げてきています。私と前後で挟み込めば、ボールを奪いやすくなるのではないかという判断です。悪く無い考えです。しかし、私は竜乃ちゃんにこう指示を飛ばします。

 

「竜乃ちゃん! 前で張っていて! パスを出すから!」

 

 竜乃ちゃんはやや不満気でしたが、素直に指示に従ってくれました。そうこうしている内に、鈴森さんにパスが入りました。私は先程のイメージもあり、彼女の鋭いドリブルを警戒して距離を取りました。一呼吸置いてパスを選択、私の右側をすり抜けて、左サイド際を走る味方へのパスでしたが、池田さんが上手く体を寄せて、サイドラインにボールを出しました。1、2分程経って、また同様な状況に、ここも私はドリブルを警戒して距離を取った守備を行います。鈴森さんは再びパスを選択しました。今度は私の左側を抜けましたが、キャプテンがカットしてくれました。

 

「良いわよ~お団子ちゃん、その調子~」

 

 豆さんがベンチから声援を送ってくれます。キャプテンが近寄ってきました。

 

「無理にボールを獲りにいかずに、尚且つパスコースを限定した絶妙なポジションニングの守備……流石です。ですが攻めはどうしますか?」

 

「……相手には見えないように、彼女に伝えてもらいますか? 私がボールを持ったらそれが合図です」

 

「彼女? ……ああ、分かりました」

 

 再び鈴森さんにボールが入りました。彼女はドリブルを選択しました。私も距離を詰めて対峙します。彼女は長い脚を使った素早く細やかなステップワークを見せて、私の守備の間合いを外そうとします。一瞬動きが止まった後、彼女の右肩がわずかに傾きます。それを見て私は体の重心を左に傾けます。次の瞬間、彼女は私の右脇をすり抜けようとしましたが、私は右脚を伸ばしてボールを奪取します。先程抜き去られた時、そして豆さんに止められた時も、彼女は対面の相手の右側を抜けようとする傾向があるなと思っていました。読みが的中しました。

 

「⁉」

 

 バランスを崩しながら、何とか踏み止まった鈴森さんは驚いた様子を見せましたが、すぐに気持ちを切り替えて、守備にまわりました。相手チームの選手がもう一人寄ってきて、二人がかりで私を囲みます。

 

「ビィちゃん!」

 

 竜乃ちゃんが前方で手を挙げながら、パスを要求します。相手チームの意識が一瞬そちらに取られたのを私は見逃しませんでした。私は横パスを選択します。竜乃ちゃんや私がいるのとは逆のサイドです。味方が誰もいない位置にボールが転がります。

 

「! 何⁉」

 

 相手選手の驚く声が私の耳に入りました。そこにはキーパーである健さんが上がってきていたのです。

 

「そんな、ゴ―リー(キーパー)がここまで⁉」

 

「よし、スコッパ寄越せ!」

 

 左サイドに寄っていた竜乃ちゃんが右に寄ってパスを要求します。相手選手もそちらに体を寄せます。健さんは一瞬ニヤっと笑って、ボールを縦に蹴り出します。しかし、ボールが飛んだのは竜乃ちゃんが走り込んだのとは別のサイドです。

 

「おおい! どこ蹴ってんだよ!」

 

「ゴ―リー!」

 

「OK!」

 

 相手チームのキーパーが左手を挙げながら少し前に出て、目の前に緩やかに飛んできたボールを抑えようとします。しかし……

 

「⁉ バックスピン⁉」

 

 そうです、ボールがワンバウンドしたその時、逆回転が掛かっていたボールが相手キーパーから離れるように弾みました。そこにはキャプテンが走りこんでいました。

 

「……ナイスパス!」

 

 キャプテンは丁寧に左足のインサイドでボールを浮かせる、ループシュートを放ちました。慌ててゴールに戻るキーパーを嘲笑うかのように、ボールはゴールに吸い込まれていきました。

 

これでスコアは4対5.とうとう1点差です。試合が再開されるわずかな間を利用して、私はベンチサイドで水分を補給します。すると竜乃ちゃんが天ノ川さんに尋ねています。

 

「教えてくれヨッシーカ! どうすればアンタみたいに点が取れるんだ⁉」

 

「うーん、左利きということ以外はあんまり似てないからなあ~」

 

「そこを何とか!」

 

「……龍波さんの場合は本能に従った方が良いと思いますよ~」

 

「は⁉ 本能⁉」

 

「分かりやすく言えば野生の勘ってやつよ~」

 

「いやもっと分かんねえよ、お豆さん!」

 

「竜乃ちゃん、戻って!」

 

 私は竜乃ちゃんに声を掛けます。竜乃ちゃんは首を傾げながらコートに戻ります。そこから数分が経過し、再びコート中央の鈴森さんがボールが入ります。彼女はパスではなく、ドリブルを選択します。私が止めに入ります。またもや私の右側を抜けようとします。

 

「もらっ……⁉」

 

 これはフェイントでした、彼女はすぐさまボールをキープしていた足を切り替えて、私の左側にボールを持ち出して、抜き去ろうとします。

 

「しまっ……⁉」

 

「⁉」

 

 しかし、そこにはキャプテンの姿がありました。更に池田さんまで寄ってきました。三人掛かりでのマークです。

 

「勝負所です……!」

 

「前にパスは出させないよー」

 

「~~っ!」

 

 鈴森さんは堪らず後方へのパスを選択します。ですが……

 

「⁉」

 

「読み通りですわ!」

 

 そこには健さんの姿がありました。なぜ敵陣の中央に味方のキーパーがいるのでしょうか。これには流石に味方の私たちも驚きました。私たちですらそうなのですから、相手チームはよっぽどです。敵味方も一瞬動きが止まりました。私は半ばやけになって叫びます。

 

「健さん、そのままゴール前まで運んで!」

 

 健さんはドリブルで進みます。相手も体を寄せてきましたが、それよりも早くシュートを放ちます。ボールはカーブが掛かった鋭い弾道でゴールに向かいましたが、惜しくもポストに弾かれてしまいました。

 

「ああっ……」

 

私たちは一瞬天を仰ぎましたが、次の瞬間驚きました。

 

「ごっつあんです!」

 

 竜乃ちゃんがスライディングしながら右足でこぼれ球を叩き込みました。彼女が自ら言ったように、所謂「ごっつあんゴール」というものに近い形ではありますが、彼女の反応の良さがゴールに結びつきました。これでスコアは同点です。こうなると勢いは完全にこちらへと傾いています。相手はこのままドロー(引き分け)でも良いと考えたのか、ゆっくりと自陣後方でパス回しを始めます。そこに……

 

「弥凪!」

 

「ほいきたー」

 

 キャプテンと池田さんが猛然とプレッシャーを掛けます。後半初めの10分間休んでいた彼女たちはこの時間になっても元気で鋭い出足を見せます。相手チームも上手くかわしていましたが、徐々に追い詰められていきます。

 

「残り30秒切ったよ~」

 

 ベンチサイドから豆さんがのんびりした声をかけます。それに呼応したのか、キャプテンが猛然とチャージを掛けます。相手は堪らず、キーパーまでボールを下げます。相手のベンチからも指示が飛びます。

 

「前に蹴り出せ!」

 

「!」

 

 相手キーパーがボールを前方に大きく蹴り出そうとしましたが、池田さんが懸命に脚を伸ばして、ボールが飛ぶのを防ぎます。ボールは左のサイドラインの方に飛び、ラインを割りそうになります。ここまでかと思った瞬間……

 

「まだだ!」

 

 竜乃ちゃんがボールを追いかけていました。その姿を見た瞬間、私の体は自然とゴール前に向かっていました。竜乃ちゃんはオーバーヘッドシュートの要領で、ボールをゴール前に送ります。そのボールに反応していたのは私だけでした。私はほとんど体を投げ出すような形で飛び込んでいました。ボールが私の頭に当たり、ゴールネットに吸い込まれていきました。ここで試合終了の笛が鳴りました。最終スコアは6対5。私たちの大逆転勝利です。

 

 

 

「負けたよ、正直脱帽だ……」

 

 相手チームのコーチが称賛の言葉を送ってくれました。

 

「こちらこそありがとうございました。ところで、鈴森さんの件なのですが……」

 

 返礼もそこそこにキャプテンが本題を切り出します。

 

「う、う~む、約束は約束だが……」

 

 コーチが渋い表情を見せます。それも当然のことだと思います。すると、鈴森さんが近づいてきました。

 

「……わだす」

 

「エマ?」

 

「わだす、和泉高校でサッカーやってみたいっちゃ! 何だか今まで見られんかった景色さみれそうな気がするんだ! コーチ、みんな、ごめんなさい! 今日限りでこのチーム辞めさせてけさいん!」

 

「「「ええっ⁉」」」

 

 私たちは色んな意味で驚かされました。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第14話(1) 想定外の展開

 私たち七人はフットサルコートを後にして、近くのファミレスへと入りました。

 

「まあ、何はともあれ、目的通りに戦力増強?出来て良かったですわね」

 

 健さんの言葉にキャプテンが頷きます。

 

「いやあ、上手くいって良かったです」

 

「でも東北チャンピオンは流石に強かったねー」

 

 池田さんに竜乃ちゃんが同意します。

 

「ああ、はっきり言ってボロ負けを覚悟したぜ、アタシは……」

 

「豆さんたちが来てくれて助かりました。今日は本当にありがとうございました」

 

「いやいや気にしないで~こっちも楽しかったから」

 

 豆さんは軽く手を振ります。

 

「それにうちの10番ちゃんも良い気分転換になったみたいだし~。ねえ?」

 

「ええ、良い感じでリフレッシュ出来ました」

 

「それは何よりです」

 

 私はキャプテンに尋ねます。

 

「あの……キャプテン?」

 

「何でしょうか?」

 

「お二人が来なかった場合はどうするつもりだったんでしょうか?」

 

「うーん、むしろお二人を急遽お呼びした形なのですよね」

 

「あ、そうなんですか?」

 

「ええ、本当は姫藤さんと神不知火さんを連れてこようと思っていたのですけど……」

 

「お二人とも何やら用事があるとか言っていましたわね」

 

「用事ってなんだよ……気になるな、明日辺り聞いてみるか」

 

 私も竜乃ちゃんに同意します。

 

「本当に気になるよね~RANEでも返信してこないし……気になるなぁ」

 

「ああ、そうだな……そういやアイツはいつから練習に参加するんだ?」

 

「え、ああ鈴森さんですか? そうですね、早ければ明日明後日にでも」

 

「は、早えな」

 

「善は急げと言いますから」

 

「あ、そういえば不二子さん」

 

 私たちの隣のテーブル席に座る天ノ川さんが豆さんに尋ねます。

 

「ん?」

 

「今日ウチ紅白戦をやる予定だったじゃないですか、良いんですかね?」

 

「何が?」

 

「いや、何がってこうやってサボってしまったことですよ」

 

「二人とも風邪気味で休むということは伝えてあるわよ~」

 

「誰にですか?」

 

「え、優衣ちゃんに~」

 

 天ノ川さんが軽く椅子からずれ落ちそうになりました。私は思わず、

 

「だ、大丈夫?」

 

 と声を掛けました。天ノ川さんはお気になさらず、といった体で手を左右に振ります。

 

「不二子さん」

 

「何~?」

 

「優衣さんはその辺のお医者さんの診断書程度では誤魔化せないですよ」

 

「そう~?」

 

「そうですよ」

 

「じゃあ、温度計をお湯にでも浸して38℃以上の高熱が出てもう駄目~っていうのは?」

 

「ならばそもそもなぜ外出したんですか、寮で静養に努めるべきですって言われると思います」

 

「真面目か!」

 

「真面目さが優衣さんの良い所なので」

 

「あ~そうか、ほんとにどうしようかしらね?」

 

「色々大変みたいですわね……」

 

 健さんが隣のテーブルのやり取りを眺めながら呟きました。そこにウェイトレスさんがやってきました。

 

「御注文の品お持ちしました」

 

「え?」

 

「誰だよいつの間にか食事注文した奴……って、おい」

 

「はーい」

 

「……はい」

 

 注文していたのは、私と天ノ川さんの二人でした。

 

「ご注文の『ステーキ丼テラ盛り』になります」

 

 二人とも同じものを頼んでいました。いつぞやのドデカ盛り杏仁豆腐対決のリベンジの機会がこんなに早く巡ってくるとは思いませんでした。

 

「デ、デカッ⁉」

 

「テラ盛りなんて初めて聞きましたわ……」

 

「丼ぶりというか、もはやバケツー?」

 

 竜乃ちゃんと健さんと池田さんが何やら驚いています。

 

「「いっただきま~す♪」」

 

 私と天ノ川さんが同時に食べ始めます。

 

「二人とも良い食べっぷりね~見てて気持ちが良いわ~」

 

 豆さんが私たちの食べる様子をしばらく眺めた後、キャプテンの方に向き直ります。

 

「そういえば美郷ちゃん、例の交換条件のことなんだけど~?」

 

「交換条件?」

 

 キャプテンが首を傾げます。豆さんが口を尖らせます。

 

「もう~しらばっくれないでよ~」

 

「冗談ですよ……ただ、私たちの間で勝手に決めてしまっていいものかどうか……」

 

「え~もしもサボりがバレたら、その約束を取り付けてきたっていうことにするから~」

 

「約束?」

 

 竜乃ちゃんがキャプテンと豆さんの顔を交互に見比べます。

 

「う~ん……あ、ちょっと失礼……」

 

 キャプテンが自身のスマホを確認し、ニヤりと笑います。

 

「どうしたの~?」

 

「どうやらここで約束をかわす手間が省けそうですよ」

 

 キャプテンがスマホを片手にそう言いました。

 

 

 

 時間は二時間ほど遡り、姫藤聖良はある高校の校門前に立っていた。

 

「……よし!」

 

 一度深呼吸をして、姫藤は校門をくぐった。迷いなく、サッカー部のグラウンドを目指す。

 

「流石は名門校……設備も規模もうちとは段違いね……」

 

 そう独り言を言いながら、姫藤はすぐに目当ての人物たちを見つけた。緊張しながらも姫藤が勇気を振り絞って話しかける。

 

「こ、こんにちは! お疲れさまです!」

 

「?」

 

 姫藤の挨拶に振り返ったのは高丘監督の指示を仰ぐ常磐野学園のレギュラー陣だった。

 

「君は……仙台和泉の11番か?」

 

 常磐野学園の主将であり、不動のセンターバック、本場蘭(ほんばらん)が呟く。

 

「は、はい! 仙台和泉一年、姫藤聖良です!」

 

「なんじゃ? 殴り込みにでも来たんか?」

 

 本場とDFラインでコンビを組む、赤茶色の髪が特徴的な栗東(りっとう)マリアが姫藤に近づいてくる。

 

「い、いえ、そんなつもりはありません! ただ、先日の試合で私がしたつまらない反則のことを謝罪したくて、今日は参りました!」

 

「反則……ハンドのことか。謝罪などは不要だとそちらの主将にも伝えたはずだが……?」

 

「そ、それだと私の気が済まないといいますか……」

 

「じゃあなにか、土下座でもしにきたっちゅうんか? あん?」

 

 凄む栗東に姫藤がやや怯む。

 

「止めろマリア」

 

 本場が栗東を制す。

 

「ちっ……」

 

 栗東が引き下がる。代わりに中盤のまとめ役、押切優衣(おしきりゆい)が進み出てきて、姫藤に尋ねる。

 

「後ろの二人は付き添いですか?」

 

「え?」

 

 聖良は後ろに振り向いて驚いた、そこには神不知火と小嶋の姿があったのだ。

 

「真理先輩! 美花先輩も! ど、どうして⁉」

 

「来ちゃいました♪」

 

「き、来ちゃいましたって……」

 

「姫藤さんが何やら只ならぬご様子だったので、キャプテンにお話しした所、それならば尾行するようにと仰せつかりまして……」

 

「き、気が付かなかった……」

 

「気配を消すのには慣れておりますので」

 

「ど、どんな慣れですか、それ?」

 

「……こほん」

 

 押切が軽く咳払いをする。姫藤は慌てて振り向く。

 

「謝罪でしたら、主将が申し上げたように不要です。練習の時間ですのでお引き取りを」

 

「い、いや、あの……」

 

「練習に混ぜてもらえませんか?」

 

「はい?」

 

「ま、真理先輩⁉」

 

「先程小耳に挟んだのですが、本日は紅白戦を行うご予定だったとのことですが?」

 

 神不知火の質問に押切が答える。

 

「先程って数分前の発言……? それはまた随分な地獄耳ですね。そうです、ですが部外者の方を参加させる訳には参りません」

 

「風邪が流行っておられるようで、頭数が足りないようですが?」

 

「‼ な、なぜそんなことまで⁉ 何も言ってなかったはず⁉」

 

「聴こえるというか……そういうの、分かるんです」

 

 神不知火は自分の胸に手を当てて呟いた。押切がやや引き気味に答える。

 

「……選手は貴女たちお二人でしょう? そちらの彼女はマネージャーさんですよね? 生憎人数が足りません。せめて後三人……」

 

「後三人、来ていますよ」

 

「え⁉」

 

 神不知火が学校の近くに位置するマンションの屋上を指差す。そこには三人の人物がいた。神不知火に指差されたことに気付き、明らかに狼狽している。姫藤が目を凝らす。

 

「あれは……輝先輩に、成実先輩に、ヴァネ先輩⁉」

 

「姫藤さんのことが心配で尾けてきちゃったみたいですね」

 

「よく分かりましたね、100mは離れていますよ……」

 

「半径1㎞以内の視線ってよく感じません?」

 

「感じませんよ!」

 

「まあ、とにかく……」

 

 神不知火が前に進み出る。

 

「あそこの三人を合わせて、先日の試合に出場したメンバー五人が揃いました。どうでしょう? 紅白戦の頭数に加えてはもらえませんか?」

 

「……まあ良いだろう、面白そうだ」

 

「監督⁉ 良いんですか?」

 

「紅白戦をやらないよりはマシだ……各々練習着は持ってきているようだな。誰か、更衣室に案内してやれ」

 

 神不知火は満足気に頷く。

 

「面白いことになりました。これは想定外の展開です」

 

「想定外過ぎますよ……」

 

 姫藤は戸惑い気味に呟いた。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第14話(2) 紅白戦、開始

「⁉」

 

「よしっ!」

 

 控え組にあたる白いゼッケンを付けた姫藤が細かいステップを駆使して、レギュラー組にあたる赤いゼッケンを付けた栗東をかわした。20分ハーフの紅白戦前半も10分近くが経過して、何度目かのトライにしてようやく姫藤が良い形で前を向くことが出来た。スピードに乗ったままゴール前へと迫る姫藤に本場が立ちはだかる。

 

「ヘイ! こっち!」

 

 石野成実が手を挙げて、逆のサイドから猛然とダッシュしてきた。本場がほんの一瞬ではあるが、そちらに気を取られたことを感じ取った姫藤は本場を抜き去りにかかった。

 

「よし……⁉」

 

 完全に相手の逆を突いて、かわすことが出来たと思った姫藤だったが、本場の長い脚が伸びてきてボールを掠め取られた。姫藤はバランスを崩して転がりこむ。

 

「くっ……!」

 

「カウンター!」

 

 本場が前にボールを繋ぐ。受けた選手がすぐさまボールを前線に蹴り込む。そこには小宮山愛奈(こみやまあいな)がいた。先日の常磐野と仙台和泉の試合では右ウィングのポジションに入っていたが、今日は天ノ川が休みの為、センターフォワードを務めている。ただ、元々はこのポジションが彼女の得意とするポジションであった。神不知火が小宮山と競り合おうとするが小宮山は先に良い位置を取ってジャンプした。

 

「前の試合のようにはいかん!」

 

 小宮山は先日の試合、神不知火にほとんどと言って良いほど、何もさせてもらえなかった。エリート街道を進んできた彼女にとってそれは大変な屈辱だった。それだけに、例え紅白戦といえども、この神不知火を出し抜いて得点に絡むことは至上命題であった。飛んできたボールに対して、神不知火の反応が遅れていると感じた小宮山は内心ほくそ笑む。

 

(空中戦は苦手か? 弱点見つけたり!)

 

「もらっ! ……⁉」

 

「オラ!」

 

 頭で味方へとパスをしようと思った小宮山の更に上に飛んだ谷尾ヴァネッサ恵美がヘディングでボールを強烈に弾き出した。

 

「な⁉」

 

「打点が高い!」

 

 谷尾のジャンプ力に小宮山も周囲も驚いた。ただこぼれたボールを押切が拾おうとする。

 

(よし、ダイレクトで放りこむ……⁉)

 

 押切の目の前で先程まで相手ゴール前に顔を出していたはずの石野がボールを掠め取って、すかさず味方にボールを繋いだ。押切が感心したように呟く。

 

「大した運動量だ……」

 

「どーも」

 

 石野はお礼を言いつつ、ボールの行く先を追った。ボールは左サイドの菊沢輝に渡った。菊沢はチラッと相手ゴール前を確認すると、間髪入れずにクロスボールを蹴り込んだ。正確無比かつ鋭い弾道を描いたボールは、飛び込んだ味方フォワードの頭にピタリと合った。放たれたヘディングシュートは僅かにゴールを外れた。

 

「精度の高いキックだ、こちらの嫌な所に飛んでくる……」

 

 本場が静かに呟く。

 

「凄い……! 輝ちゃんも成実ちゃんもヴァネちゃんも常磐野のレギュラー陣に見劣りしていない! クオリティの高いプレーを見せている……!」

 

 ピッチサイドで紅白戦を眺めていた小嶋が興奮気味に呟く。

 

「確かに流石は織姫FCジュニアユース出身なだけはあるな……」

 

「うわ⁉」

 

 いつの間にか小嶋の隣に高丘監督が立っていた。

 

「今からでもうちに入って欲しい位だ、練習相手としては申し分ない……」

 

「は、ははは……お褒めに預かり光栄です。って私が言うことじゃないですね……」

 

「ただ……」

 

「ただ……⁉」

 

 高丘監督が急に声を張り上げる。

 

「どうしたお前ら! 同じ相手に二度も負ける気か⁉」

 

「‼」

 

 監督の檄に、常磐野レギュラー陣の目の色が変わった。

 

「び、びっくりした……」

 

 驚いた小嶋は胸を抑える。高丘監督は踵を返し、元の場所へと戻った。しばらくして、ドリブル突破を試みた姫藤が倒されてフリーキックを獲得した。ゴールの目の前、約25m、絶好の位置である。菊沢が当然のようにボールをセットし、自らが蹴ると示す。再開の笛が鳴った後、一呼吸置き、やや短い助走から左足を勢い良く振り抜いた。

 

(入った!)

 

 菊沢は確信した。ボールを蹴った感触が完璧だったからである。鋭い弧を描いたボールはゴールネットへと吸い込まれていくかと思われた。

 

「⁉」

 

 ボールは横っ飛びした相手のゴールキーパー、久家居(くけい)まもりによって、難なく弾き出された。こぼれ球を栗東がすかさず外に蹴り出す。サイドラインを割ろうとしたボールに石野が持ち前の運動量を生かして、いち早く追いついた。

 

(まだゴール前がバタついている! 早めにボールを放り込めば……⁉)

 

 石野に対してすぐさま結城美菜穂(ゆうきみなほ)が体を寄せて、ボールを難なく奪った。

 

「美陽!」

 

 結城は低くよく通る声で呼びかけ、縦にパスを出した。そこには『北海のライジングサン』の異名を取る、朝比奈美陽(あさひなみはる)がいた。

 

「よく見ていたわね、美菜穂! 褒めてあげる!」

 

 小柄な朝日奈が大声を上げながら、前を向く。谷尾が体を寄せていた。谷尾は朝日奈の身体の重心に注意した。朝日奈は身体を大きく左側、谷尾から向かって右側に沈み込ませる。

 

(これは右と見せかけて左から抜きに来る! バレバレなんだヨ!)

 

 谷尾が脚を伸ばしてボールを奪い取ろうとするが、そこにはボールが無かった。

 

「なっ⁉」

 

「甘い!」

 

 朝日奈は体勢をこれでもかと低くして、谷尾の右側を抜き去った。谷尾は完全に置いて行かれた格好となった。

 

「くそ!」

 

「一点もらい……⁉」

 

 ゴール前に斬り込もうとした朝日奈が転がった。神不知火があっさりとボールを奪い取ったからである。朝日奈が驚愕する。

 

(な、何ですって⁉ 私が簡単にボールを獲られた⁉)

 

 神不知火がボールを前方に蹴り出して微笑みながら呟く。

 

「……流石は強豪校、想定外のプレーが続きますね、もっともっと楽しめそうです」



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第14話(3) 収穫と課題

 紅白戦の前半が終了し、5分間の休憩を挟んで後半戦が始まった。前半の終盤と同様に、レギュラー組である紅組が次第に白組を圧倒するようになってきた。左サイドの朝日奈がゴールに近い良い位置でボールを受ける。詰め寄ってきた相手をまず一人簡単にかわす。そこに石野がボールを奪いにかかる。

 

「もらったし!」

 

「寄せが甘いわよ!」

 

 朝日奈は細かなボールタッチで石野のチェック(守備)をかいくぐった。

 

「⁉」

 

「よし! ……⁉」

 

 そこに谷尾が猛然とショルダータックルを仕掛けてきた。石野がニヤリと笑う。

 

(狙い通りだし!)

 

(くっ、ワザと誘い込まれた⁉)

 

 体格に劣る朝日奈は強烈なタックルを喰らってバランスを崩し、ボールを足元から離してしまう。そのままボールはゴールラインを割りそうになった。石野も谷尾も一旦プレーが切れて、ゴールキックになるものと油断した。

 

「っ、まだ!」

 

 朝日奈がすぐさま体勢を立て直し、ボールを追いかけて、ラインギリギリに追いついた。

 

「なっ⁉」

 

「マジかヨ⁉」

 

 谷尾が慌てて迫り、朝日奈が左足でボールを蹴ろうとするのをブロックしようとする。

 

(間に合う!)

 

 しかし、朝日奈はボールを蹴らず、一度切り替えし、右足にボールを持ち替えた。

 

「何⁉」

 

「さっきのお返しよ!」

 

谷尾をかわした朝日奈はボールをゴール前中央に蹴り込んだ。シュートの様な強く速いボールである。敵味方誰も反応できないかと思われたが、そこには神不知火がいた。谷尾がそれを見て安堵する。

 

「よっしゃ! オンミョウ、クリア……⁉」

 

「⁉」

 

 谷尾も神不知火も驚いた。神不知火がクリアしようと脚を伸ばすより早く、小宮山が頭から飛び込み、ダイビングヘッドで朝日奈の速いボールに合わせたのである。放たれたシュートはゴールネットに突き刺さった。

 

「おし! 見たか、神なんとか!」

 

 自らの得点を確認し、起き上がった小宮山が神不知火に向かって勝ち誇る。

 

「……神不知火です」

 

 神不知火は冷静に訂正した。小宮山の興奮は治まらない。

 

「なんでもいいわ! ウチが本気を出せばこんなもんばい! 恐れ入った……ぐっ⁉」

 

 朝日奈が小宮山の尻を蹴り上げる。勿論軽くではあるが。

 

「勝ち誇る前に私の好アシストを讃えなさいよ!」

 

「お、おう……上出来じゃ美陽」

 

 小宮山が朝日奈の頭をわしゃわしゃと撫でる。

 

「だから、そうやって頭を撫でるの止めなさいよ!」

 

 リードを許した白組は同点に追いつくべく攻めに転じた。石野が中盤でボールを受ける。

 

(この局面を打開出来るのは、ツインテのドリブルか、ヒカルのキック!)

 

 石野は姫藤と菊沢の位置を即座に確認するが、二人へのパスコースはそれぞれ結城と押切によって塞がれていた。一瞬迷いが生じ、動きが止まった石野は背後から他の選手にボールを奪われてしまう。

 

「しまっ……!」

 

「成実、切り替え!」

 

 菊沢の言葉に落ち着きを取り戻した石野は相手のパスをカットする。ボールはサイドラインを割った。菊沢が内心苦々しく呟く。

 

(ウチとツインテへのマークが厳しくなってきたか……さて、どうするか)

 

「……ツインテ!」

 

 菊沢が姫藤を呼び寄せて、耳打ちする。姫藤が黙って頷く。その後しばらく膠着した段階が続き、紅白戦も終盤に入った。菊沢は自身が得意とする左サイドではなく、右サイドのライン際に流れてボールを呼び込んだ。

 

「こっち!」

 

 そこにパスが転がって来る。結城が体を寄せに来たが、菊沢はボールをキープせず、ダイレクトで中央にボールを送った。そこには聖良がいた。栗東がすかさず迫る。

 

「ここで潰す!」

 

「マリア! ファウル注意!」

 

「分かっちょる! ……なっ⁉」

 

 押切の言葉に答えながらボール奪取を試みた栗東が驚いた。この紅白戦、ボールを受けたらまずドリブルを選択していた姫藤がダイレクトパスをしたからである。ボールはペナルティーエリアの左上の角へと転がる。そこに菊沢が走り込む。

 

(姫藤さんのこれまでのドリブル一辺倒はいわば布石! ここにきてのダイレクトでのワンツーは相手にとって虚を突かれるもの!)

 

 ピッチサイドで見守っていた小嶋が内心してやったりとほくそ笑む。菊沢はボールをトラップせず、そのままシュートした。走りながらの難しい体勢ではあるが、左足から放たれたシュートは所謂「巻いた」弾道を描き、ゴールの左上隅へと飛んだ。

 

(もらった! ……⁉)

 

 確実にゴール枠内を捉えた良いシュートだったが、これも久家居の守備範囲内であった。辛うじてではあるが、片手でこれを弾き出した。ボールはゴールラインを割ってコーナーキックとなった。

 

「ナイスキーパー!」

 

 本場が声を掛けながら、久家居の手を掴んで引っ張り起こす。

 

(冗談、あれを止める……⁉)

 

「輝先輩!」

 

「……!」

 

「コーナーキックです! まだチャンスはあります!」

 

 姫藤の言葉に菊沢は頷き、右サイドのコーナーアークにボールをセットする。見上げた菊沢は短い助走からショートコーナーを選択し、近寄ってきた石野にパスをする。攻め上がってきた長身の谷尾と真理に合わせるのではないかと予想した相手の意表を突いた。ボールをキープした石野に対し、押切と朝日奈が体を寄せる。

 

「成実、戻して!」

 

 菊沢が石野の後方を周り込んで、リターンを要求する。石野は自身の右斜め前に顔を出した菊沢にボールを戻す。菊沢がすぐさま左足を振りかぶる。

 

「クロスくるぞ!」

 

 久家居が指示を飛ばす。しかし、菊沢は低いボール、グラウンダーのクロスを選択した。ボールはペナルティーエリアを斜めに切り裂くように転がった。そのままゴールラインを割るかと思われたが、ライン際ギリギリ、右サイドの深い位置で姫藤がボールに追いついた。

 

「⁉」

 

 周りが驚く中、久家居は冷静に姫藤との距離を詰めた。シュートコースを狭める為である。

 

(角度はほとんど無い! 選択肢は一つ!)

 

 姫藤は右足から左足にボールを持ち替えて素早くシュートモーションに入った。これは久家居の予想通りであった。

 

(やはり左でシュートか! 止める! ……⁉)

 

 しかし、姫藤は再び右足にボールを持ち替えた。久家居は驚いた。

 

(キックフェイント⁉ くっ、体勢が! 間に合わん!)

 

 久家居の体勢を崩すことに成功した姫藤は右足でボールを中央に蹴り込んだ。そこには谷尾が飛び込んでいた。頭で合わせる。ボールは無人となったゴールへと飛んだ。しかし、栗東がオーバーヘッドキックに近い形でシュートをクリアした。

 

「なっ……⁉」

 

 栗東が思い切り蹴り出したボールは転々とピッチを転がった。審判役が笛を鳴らし、紅白戦の終了を告げる。紅組の勝利に終わった。

 

 

 

 終了後、神不知火の下に小宮山が近寄ってくる。

 

「借りは返したばい!」

 

「……何もお貸しした覚えがありませんが」

 

 淡々と答える神不知火の態度に渋い顔をしながら、小宮山が続ける。

 

「アンタは大した選手じゃ、悔しいがそれは認める! じゃが、アンタにはいまいち“球際の強さ”っちゅうもんが欠けとる!」

 

「球際の強さ……」

 

「そう! それさえ身につけばっ⁉」

 

「敵に塩を送ってどうする」

 

 本場が小宮山の頭を軽く小突いた。神不知火が居住まいを正し、挨拶する。

 

「本日はお疲れさまでした」

 

「ああ、お疲れさま。良い練習になった、礼を言わせて貰おう」

 

「いえ、こちらも良い勉強になりました……」

 

「再戦が楽しみだな、最も案外それは早く叶いそうだが……」

 

「?」

 

 首を傾げる神不知火に対し、本場は軽く手を振る。

 

「いいや、何でもない、また会おう」

 

 本場の言っていることがよく分からなかった神不知火だったが、とりあえず頭を下げた。

 

「息をほとんど切らしていませんね、大した運動量だ」

 

「……どーも」

 

 石野は話しかけてきた押切にそっけなく対応した。

 

「……その運動量にプラスアルファが加われば、もっと脅威になれるでしょうね」

 

「……そうですか」

 

「余計なことを言ったかもしれません。そういう性分なので。今日はお疲れさまでした」

 

「お疲れさまです……」

 

 去って行った押切の背中を見つめながら石野は呟いた。

 

「プラスアルファって簡単に言うなし……」

 

「最後はやられたゼ」

 

 谷尾が栗東に声を掛ける。

 

「ふん、おんどれだけには絶対負けたくなかったからのぉ……」

 

「ん? アタシ、アンタになにかやったカ?」

 

「ポジションから何から……なにかと似ておるからのぉ」

 

「ああ、同じブラジルハーフだしナ」

 

「……アルゼンチンじゃ」

 

「え?」

 

「ワシはアルゼンチンハーフじゃ」

 

「ああ、そうだったのかヨ?」

 

「だから絶対に負けん! サッカーでアルゼンチンモンが、ブラジルモンだけには負けられんのじゃ!」

 

「いや、ブラジルモンって……」

 

「とりあえずこれで一勝一敗じゃな」

 

 そう言って栗東は立ち去って行った。谷尾は頭を掻く。

 

「竜乃が言っていた通り、ちょっと面倒臭い奴かもナ……」

 

「聞きたいことがあるんだけど」

 

 菊沢が久家居に声を掛ける。

 

「何だ?」

 

「今日はアンタに決定的なシュートを二本とも止められた……その理由を知りたいの」

 

「理由って、半分勘だが……そうだな、少し素直だな」

 

「素直?」

 

「キックが正確過ぎて、ある程度コースの予想がつくんだよ。まあ、今日のところは運もあったと思うが……」

 

「そう……」

 

「参考になったか?」

 

「多少は……ありがとう」

 

 菊沢は礼を言ってその場を離れた。

 

「……思い出した、千葉で何度か戦ったな」

 

 結城から不意に声を掛けられた姫藤は戸惑った。

 

「あ、やっぱり忘れていらっしゃったんですね……」

 

「今日は良かった、また試合をしよう……」

 

「は、はい……」

 

「美菜穂に声を掛けられるなんてそうそうないわよ?」

 

 朝日奈が割り込んできた。姫藤がお礼を言う。

 

「あ、お疲れさまでした」

 

「お疲れ……良いドリブルしてたわね、まあ、まだまだ私には及ばないけどね」

 

「なかなか朝日奈さんの様には……」

 

「別に良いのよ」

 

「え?」

 

「体格もクセも違うんだから、アンタはアンタのプレースタイルを追求すれば良いのよ。皆一緒である必要はどこにも無いわ」

 

「はぁ……」

 

「言いたかったことはそれだけよ……」

 

 朝日奈と結城はその場を後にした。姫藤はその後ろ姿に頭を下げた。

 

 

 

「いや~今日は色々と想定外でしたね~」

 

「って、誰のせいでこうなったと思ってんダヨ!」

 

「折角、隠れて偵察出来そうだったのに!」

 

 帰り道、呑気な声を上げる神不知火に谷尾と石野が噛み付いた。

 

「……」

 

「何か収穫はあった?」

 

「え?」

 

 黙り込む姫藤に菊沢が話しかけた。

 

「なにかを得るためにこんな道場破りみたいなことをやったんでしょ?」

 

「ええ……まあ、そんなところです」

 

「何よ、歯切れ悪いわね」

 

「すみません……でも、そうですね、吹っ切れたと思います!」

 

「そう、じゃあ良かったんじゃないの」

 

「ありがとうございます」

 

「……しかし、やっぱり常磐野レギュラーは強かったナ!」

 

「当分顔を合わせたくない感じだし……」

 

「いや、すぐにまた会うことになるよ?」

 

「「え⁉」」

 

 小嶋の言葉に皆が振り向く。菊沢が尋ねる。

 

「どういうことよ、美花?」

 

「今日の皆のプレーが高丘監督のお気に召したみたいで……いつも常磐野が招待されている夏の親善大会にうちも参加しないかって……」

 

「そ、それで……?」

 

「キャプテンにも許可を取ったら、即OKで……参加する方向でまとまったよ」

 

 スマホを片手に小嶋が笑顔で頷く。

 

「「え、え~⁉」」

 

「親善大会というと……何校か参加する形ですか?」

 

 神不知火が冷静に問いかける。

 

「そうです、うちも含めて、四校による総当たりのリーグ戦です」

 

「リーグ戦……後の二校はどこです?」

 

「東京の三獅子(みつじし)高校と……令正高校です」

 

「「「⁉」」」

 

 小嶋の出した校名に皆の目の色が変わる。

 

「ふ~ん、そうなんだ」

 

「リベンジの機会到来ってわけだナ!」

 

「三獅子高校……全国常連ですね」

 

「何やら面白い夏になりそうですね」

 

 神不知火の問いに菊沢が微笑みながら答える。

 

「そうね……少なくとも退屈はしなさそうね」



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第15話(1) エミリア、顔見せ紅白戦

「行ったぞ、谷尾!」

 

「任せロ!」

 

「!」

 

 ハイボールに対して谷尾が競り合った鈴森ごと弾き飛ばすような勢いでボールを頭でクリアした。着地した鈴森は驚いた表情で谷尾を見たが、すぐさま気持ちを切り替えて、ボールを追いかけた。谷尾がその背中を見つめる。

 

(やや線が細いかと思ったが、案外力強いナ……タッパは竜乃と同じ位あるし、当たりにさえ慣れれば……)

 

「空中戦でも良いターゲットになれそうですね」

 

「うわっ⁉ キャ、キャプテンさん、音も無く背後に回るの止めてくれヨ……」

 

 谷尾の背後から緑川が突然声をかける。

 

「競り合いに関してはガンガン鍛えて上げて下さい」

 

「ま、まあ、それは良いけどサ……」

 

 鈴森エミリアの練習初日、緑川の発案で9対9とやや変則的な形ではあるが、紅白戦が行われ、鈴森は控え組の方に入った。

 

 

 

「パスもあるぞ、注意だ!」

 

 ゴール前にボールが鈴森に渡った。素早いターンで前を向く。主力組のゴールキーパー、永江が指示を飛ばす。

 

「よっしゃ、来い! エムス!」

 

 龍波がパスを要求する。鈴森は一瞬そちらに視線を向けるが、自らゴール前に切り込んだ。

 

「おおいっ⁉」

 

「⁉」

 

 素早いステップでかわしにかかった鈴森だが、神不知火が脚を伸ばしてカットし、ボールを前方に大きく蹴り出す。

 

「ナイスカット! オンミョウ!」

 

「アタシにパスくれよ!」

 

「竜乃はもうちょっと巧くマーク外せるようになれヨ……」

 

 谷尾は龍波に呆れ声を上げる。

 

「初めてのデュエル(1対1)のご感想は?」

 

 緑川が神不知火に話しかける。

 

「……ボールタッチが細かく、スピードは然程ではありませんが、緩急を上手く活かした良いドリブルだったと思います。初見でカット出来たのは正直幸運でした」

 

 神不知火が自陣に戻る鈴森の姿を見ながら淡々と感想を述べた。緑川が満足気に頷く。

 

「ゴール前でも相手に脅威を与えてくれそうですね」

 

 

 

 フィールド中央のやや右サイドよりで鈴森がパスを受ける。

 

「成実さん!」

 

「はいよ!」

 

 丸井の指示を受け、石野がすぐさま距離を詰め、ボールを奪いにかかる。その素早いチェックに対して、鈴森は慌てずに体を反転させて、左足でボールを反対のサイドに向かって蹴った。浮き球のパスが味方の足元へピタリと渡った。

 

(視野が結構広い……サイドチェンジも正確だし……展開力のある選手)

 

 石野は内心感心した。

 

「成実、もっと厳しく寄せなさいよ!」

 

「次は気をつけるし!」

 

 菊沢の叱責に石野は声を上げてボールの行方を追いかけながら答える。

 

 

 

「壁4枚!」

 

 永江が味方に指示を飛ばす。控え組がゴール前の良い位置でFKを獲得したのである。松内がボールをセットする。そこに鈴森がゆっくりと近づく。

 

「……蹴るかい?」

 

「……」

 

 松内の言葉に鈴森は無言で頷く。松内は場所を譲り、鈴森はわずかではあるが助走をとって、右足を振り抜いた。鋭い弾道を描いたボールは壁を越えたが、やや落ち切れず、クロスバーの少し上を通過していった。

 

「ドンマイ、なかなか良いシュートだったよ」

 

 松内が声をかけ、背中をポンポンと叩く。鈴森は頷いてそれに応えた。

 

「キッカーから見てどうだし?」

 

 ポジションにつこうとする菊沢に並走しながら、石野が尋ねる。

 

「……マッチや桃と比べると、また違った質のボールが蹴れるみたいね。右のキッカーとして計算できそうね。セットプレーの幅が広がりそうだわ」

 

「さっきのサイドチェンジを見る限り、左でも良いの蹴れそうだけど……」

 

「左ならウチの方が上」

 

「おっと、そいつは失礼したし」

 

 自信を持って断言する菊沢に石野は若干わざとらしく敬礼した。

 

「良いからさっさとポジションに戻りなさいよ」

 

 

 

「ピカ子さんが突っ込んできますわ! 突破させてはいけませんわ!」

 

 控え組のゴールキーパーを務める伊達仁が指示を飛ばす。姫藤が鋭いステップワークで相手ゴール前に侵入を試みる。目線だけでなく、体や足先の向きまで含めての体全体を使ったフェイントだった。初見の相手は戸惑うはずだと、姫藤は思っていた。

 

「!」

 

 鈴森を抜き去ったと思った姫藤だったが、その長い脚にボールを掠めとられてしまい、姫藤はピッチ上にうつ伏せに倒れ込んだ。その頭上に伊達仁の称賛が響く。

 

「ナイスカットですわ! エムスさん! ……大丈夫ですの、ピカ子さん?」

 

 伊達仁が姫藤を引っ張り起こす。

 

「あの脚がやっぱり長い、かわしたかと思ったら更に伸びてきた。厄介だわ……」

 

「つまり言い方を変えれば、味方にすれば心強いということですわね」

 

「……まあ、そうなるわね」

 

 

 

「素人目線だけど、思った以上に良い選手みたいね」

 

「ああ、先生、お疲れさまです」

 

 審判役をつとめる紅白戦が中断し、水分補給するためにベンチに下がってきたマネージャー小嶋に、練習の様子を見に来たサッカー部顧問の九十九知子(つくもともこ)が声をかける。

 

「体育の成績は結構良いとは聞いていたんだけどね、まさかここまでとは……でもフットサルとサッカーって似ているようで結構違うんでしょ?」

 

「まあ、そうですね、ただドイツにいらっしゃった小学生時代にはどちらも平行して行っていたようですし、そこまでの戸惑いはないようですね」

 

「へ~ドイツ仕込みか~」

 

「ええ、本場ドイツで学んだ確かな技術をはじめ、規律正しい動き、戦術理解度の高さ、攻守両面においての高い献身性、フィジカル、スピード、パワー、どれをとっても一級品です」

 

「それじゃあポジションはどこになるの?」

 

「そうですね……」

 

 九十九の疑問に小嶋は考え込む。代わりにキャプテンの緑川が答える。

 

「『ボックストゥボックス』プレーヤーと私は見ています。センターハーフを中心につとめてもらおうかなと」

 

「キャプテン……」

 

「再開前にお話があります!」

 

 緑川が皆に声をかける。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第15話(2) エミリア、チームメイトを把握する

「鈴森さん、今日は練習初日ですからあまり無理をなさらずに、この辺で上がって後はしばらく観戦していて下さい」

 

「は、はい……」

 

鈴森が頷くと、緑川は周囲を見回す。

 

「そうなると人数が揃わなくなりますから……ああ、丸井さんも抜けて下さい。鈴森さんのクールダウンに付き合って上げて下さい」

 

「あ、はい……」

 

 丸井もコートの外に出て、鈴森ともに軽くジョギングを始めた。

 

 

 

「どうだった鈴森さん? 練習初日は?」

 

 私は鈴森さんとゆっくり並走しながら、彼女に話しかけました。

 

「あ、そ、そうすね……こんな広えコートでプレーするのは久しぶりだったんで、勘を取り戻すのにちょっと苦労しだすね」

 

「そっか、小学生までサッカーとフットサル、両方やっていたんだっけ?」

 

「は、はい……五年生くれえまで」

 

「ドイツにいたんだって?」

 

「……親の仕事の都合で五歳から五年間向こうさ住んでいました。こっちさ帰ってきたとき、誘われたのがフットサルクラブだったんで、そっからは主にフットサルをやっていました」

 

 金髪碧眼の顔立ちから発される訛りの混ざった独特な口調に若干戸惑いつつも、私は話を続けました。

 

「それで東北チャンピオンチームに入るなんて凄いね」

 

「い、いえ、全国大会さ出た丸井さんの方が凄いです」

 

「桃でいいよ」

 

「え?」

 

「名前で呼んでよ、これからチームメイトなんだから。敬語もやめてよ、同い年なんだしさ」

 

「じゃ、じゃあ、も、桃ちゃん……」

 

「うん。私もエミリアちゃんって呼んで良いかな?」

 

「あ、エマでいいがす……仲の良い人は皆そう呼んでくれますから」

 

「分かった、改めてよろしくね、エマちゃん」

 

「う、うん、こちらこそ……」

 

 私たちは軽いジョギングを終えると、コートの脇で紅白戦を観戦しつつ、ストレッチを行いました。私はエマちゃんに皆の印象を聞いてみました。

 

「皆のプレーはどうかな?」

 

 エマちゃんはしばらく考え込んでから、淡々と話し始めました。

 

「……主力組のキーパー、副キャプテンの……」

 

「永江さん?」

 

「うん、良いキーパーだね、ああやって後ろでドッシリと構えていてくれると、味方としてはとっても安心する」

 

「じゃあ、キャプテンは?」

 

「……守備ももちろん上手いけど、キックの精度が高いね。低い位置からでも攻撃の起点さなれるのは大きいね」

 

「センターバックのコンビは対峙してみてどうだった?」

 

「あの明るい髪の人は当たりが強いね、わだすと比べてもそこまで大柄ってわけでもないけど、吹っ飛ばされて驚いたよ。あれが高校レベルのタックルなんだね。髪さ長い人はなんていうか……不思議な人だね。完全にかわしたと思ったらボールを取られていてビックリしたよ」

 

「真理さんは一対一ならほぼ負けなしだからね……」

 

 私はエマちゃんの言葉に深々と頷きました。

 

「成実さんは?」

 

「サイドテールの人は、とてつもない運動量だね。あんだけ動き回ってボールを拾ってくれたら味方としてはとても助かるよ」

 

「じゃあ、輝さんは?」

 

「ゆるふわの人か……やっぱりあの左足のキックが目を引くね。距離を問わず凄く正確で……あれはなかなか真似さできるもんでないね。これまで相当な数のボール蹴り込んできたんだろうな……」

 

 エマちゃんは心底感心したように呟きました。

 

「聖良ちゃんはどうかな?」

 

「ツインテールの娘? ドリブルが鋭いね、自信を持っているのが見ていても伝わってくるよ。かといってパスオンリーってわけでもなく、パスもシュートも出来るし、相手にするととっても守りづらいね」

 

「秋魚さんはどう?」

 

「まあ、アフロにまずビックリしたんだけども……プレー自体はとっても堅実だね。身長は高いけど、足元の技術も備えていて、意外と器用な選手だね。意外とつったら悪いか」

 

 そう言ってエマちゃんは軽く笑った。ストレッチも終わり、私たちは座り込んで、紅白戦を眺めました。私は続いて他の選手に対するエマちゃんの寸評を聞いてみました。

 

「一緒にプレーした選手たちはどうだった? 池田さんとか」

 

「……フットサルの時も思ったけど、ポジショニングが良いよね、味方にとっては良い所、相手にとっては嫌な所さいる」

 

「桜庭さんと脇中さんは?」

 

「ショートボブの人はパスカットが上手いね、マッシュルームカットの人はフィードが丁寧だね。二人とも落ち着いているし、守備的なポジションに向いていると思う」

 

「松内さんはどう? フリーキックを譲って貰っていたね」

 

「あの人もキック精度が高いね、パスも欲しい所にさ出してくれる」

 

「同級生の莉沙ちゃんと流ちゃんはどういう印象を持った?」

 

「おさげ髪の娘はサイドライン際でのプレーが上手いね。それであの中に切れ込むカットインは分かっていても簡単には止められないね。前髪長い娘は足が速いね、正直技術はまだまだだとは思うけど……逆に言えば、伸び代は一番あるんでねえかな」

 

「じゃあ……健さんと竜乃ちゃんはどうかな? フットサルでも対戦したけど」

 

「キーパーの娘は……基本技術は確かに高いと思うけど、ゴールマウスからドリブルを始めたりするのは見ていてヒヤヒヤするな。ただ、相当メンタルが強いよね。わだすのことを妙な名前で呼んでくるあの娘は……」

 

「あの娘は……?」

 

 エマちゃんは腕を組んで俯きました。一瞬の間を置いた後、顔を上げて一言呟きました。

 

「荒削りだね」

 

「そ、そう……」

 

「でも、ポテンシャルの高さみてえなもんは感じるね」

 

「あ、や、やっぱり⁉ そう思う⁉」

 

「あくまでも、みてえなもん、だけどもね」

 

 エマちゃんはフッと微笑みました。すると、美花さんがホイッスルを鳴らしました。紅白戦終了の笛です。

 

「まあ、まだ初日だけんども……」

 

 エマちゃんは立ち上がります。

 

「おもしぇそうなプレーが一杯出来そうなチームに入れて、とってもワクワクしてるよ」

 

「そう、それは良かった」

 

 紅白戦を終えたキャプテンたちが呼んでいるため、私は小走りでコートの中央へと向かおうとします。

 

「わだすが一番ドキドキワクワクしてんのはアンタとのプレーすることだけんどね、『桃色の悪魔』さん……お願いだからわだすをこれまで見たことの無いような景色の先まで連れて行ってけさいん……」

 

「え? エマちゃん今何か言った?」

 

「いんや、何にも。ほらほら早く集合しねえと」

 

 振り返った私に対してエマちゃんは笑って首を横に振りました。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第15話(3) エミリア、歓迎される

 エマちゃんが加わって数日後のことです。

 

「じゃあせっかくなので、3チームに分かれて対戦でもしましょうか」

 

 キャプテンがそう提案しました。私たちは練習終わりに、学校近くの商店街にやってきました。秋魚さんのお家である「武寿し」でエマちゃんの歓迎会を行おうという話になったのですが、準備があるということなので、それまでの時間潰しといってはなんなのですが、皆で「ゲームセンターIKEDA」に入りました。

 

「3チーム? 組み分けはどうするのよ?」

 

 輝さんの問いにキャプテンが答えます。

 

「うーん、学年ごとがベストですかね」

 

「それじゃあ人数が合わないわよ」

 

「秋魚は準備に行っていますからね……では二年生から美花さんと、一年生から丸井さんが我々三年生チームに加わってもらうということで。これで平等に六人ずつですね」

 

「は、はい……」

 

 私とマネージャーが三年生チームに入ることになりました。

 

「対戦ってなにをするのよ?」

 

「まあ、あくまでもレクリエーションですから気楽にいきましょう……まずはクレーンゲームでもやりますか」

 

 私たちはクレーンゲームのコーナーへと移動しました。キャプテンがあるクレーンゲーム機の前に立ち止まり、指差します。

 

「こちらがこの店で最難度を誇るクレーンゲームです。一チーム三人ずつが挑戦して、あのぬいぐるみを取った方のチームが勝利というのはいかがでしょう?」

 

「ぬいぐるみって……あれかヨ⁉」

 

「クレーンで取るには小さすぎだし!」

 

 ヴァネさんと成実さんが不平の声を上げます。輝さんが口を開きます。

 

「……精度が求められるってことね、面白そうじゃない」

 

「ヒカル⁉」

 

「まさかの乗り気だし⁉」

 

「じゃあ、二年からはウチと成実。そうね、後はワッキーにお願いするわ」

 

「わ、分かった」

 

 意外と乗り気な輝さんの指名を受け、脇中さんは戸惑いながらも頷きました。

 

「よっしゃ! 一年からはアタシが出るぜ!」

 

「却下よ」

 

「ピカ子さんに同意ですわ」

 

「って、なんでだよ!」

 

 竜乃ちゃんが聖良ちゃんと健さんに対して抗議します。

 

「こういう繊細さが求められるゲームにはアンタのガサツさは最も不向きだわ」

 

「その通り、ここはわたくしが出ますわ」

 

「後は莉沙と流……頼めるわね?」

 

「了解した」

 

「が、頑張るっす!」

 

 聖良ちゃんの頼みに莉沙ちゃんと流ちゃんが頷きます。

 

「納得いかねえ……」

 

 ブツブツ文句を言う竜乃ちゃんを見ながら、私はキャプテンに尋ねます。

 

「こちらは誰が出ますか?」

 

「私と美花さんが出ます」

 

「キャプテンとマネージャー……こういうのお得意なんですか?」

 

「いいえ、全然」

 

「私も全くの不得手です」

 

「な、ならば、どうするんですか?」

 

「そう心配せずとも、私たちには弥凪がいますから」

 

 キャプテンが池田さんを指し示します。

 

「この娘はこのお店のゲームを知り尽くしています。そして、どのゲームも一流の腕前……ゆえに私たちに負けはありません」

 

「まあこのお店は庭のようなものだからねー」

 

 池田さんは余裕の表情を浮かべます。そして、クレーンゲームが行われた結果……。

 

「やったぜ、ヒカル!」

 

「流石の精度だし!」

 

「……当然の結果よ」

 

 ヴァネさんたちからの称賛を輝さんは満更でもない感じで受け取ります。

 

「くっ……こうなったらこの店ごと買い取りますわ!」

 

「そういう問題じゃないわよ!」

 

 懐から見たことの無い色のカードを取り出した健さんを聖良ちゃんが諌めます。

 

「あ、あの、池田さん……?」

 

「……弥凪?」

 

 ぬいぐるみを取れずにうなだれてしまった池田さんに私たちは声をかけます。

 

「……し、信じられない、置き位置からして、初見はまず戸惑うこと間違いないのに、それをあんな大胆なクレーンのアプローチで取りに行くなんて……」

 

「だ、そうです。まあ、気持ちを切り替えて次にいきましょう」

 

「は、はあ……って次?」

 

 

 

 私たちは場所を近くのカラオケボックスに移動しました。

 

「秋魚の準備がもう少しかかるそうなので、次はカラオケ対決といきましょう。各チーム二人ずつ歌ってもらい、その合計点で競いましょう。先程の対決に出た人は無しでお願いします」

 

「ふっ、ここは僕の番のようだね」

 

「自信満々ね。じゃあマッチ、アンタに決めたわ。もう一人は……オンミョウ、どう?」

 

「歌ですか……まあ、善処致します」

 

 二年生チームは松内さんと真理さんが出ることとなりました。

 

「じゃあ、一年生は私が行くわ! 後一人は……」

 

「どうやらアタシの美声を披露するときが来ちまったみたいだな……」

 

「エマちゃん、どうかしら?」

 

「っておい、シカトかよ!」

 

 竜乃ちゃんのことは無視して、聖良ちゃんはエマちゃんに声をかけます。

 

「え、わ、わだすですか?」

 

「貴女が今日の主役なんだし、好きな曲を好きなように歌って良いから」

 

「好きな曲……わ、分かりました」

 

 そんな様子を見ながら、私はキャプテンに再度尋ねます。

 

「こちらはどうしましょう?」

 

「名和が出ます」

 

「ええっ⁉ わ、私は本当に人並みの歌唱力だぞ⁉」

 

 キャプテンの突然の指名に永江さんが驚きます。

 

「構いません。本命は彼女ですから」

 

「本気出しちゃっても良いのかな?」

 

 既に桜庭さんはマイクを片手にしています。

 

「妹さんとの歌ってみた動画が合計数百万回再生を誇る、桜庭さんの歌を生で聴けるなんて! これは貴重な機会ですね!」

 

 こちらも既にタンバリンを手にしたマネージャーが興奮気味に語ります。

 

「美来の歌唱力はプロレベル……結果は明らかです」

 

「そ、そうですか……」

 

 自信たっぷりに語るキャプテン。そして、カラオケ対決が行われた結果……

 

「やった! 合計で私たちがトップよ!」

 

 聖良ちゃんが喜びの声を上げます。

 

「まあ、ピカ子はどうでも良いんだが」

 

「どうでも良いってなによ!」

 

「それよりもエムスだぜ……」

 

「ええ、エムスさん、今お歌いになられたのは?」

 

「ドイツの歌の東北民謡アレンジでがす」

 

「そ、そんなレアな楽曲も入っていますのね、カラオケ、奥が深いですわね……」

 

「とっても上手だったっす!」

 

「聞き惚れた」

 

「あ、ありがとうがんす」

 

 エマちゃんは流ちゃんと莉沙ちゃんにお礼を言いました。

 

「……わずかに及ばなかったけど、二人とも歌が上手かったわね」

 

「オンミョウ、良かったゼ!」

 

「演歌とは意表を突かれたし!」

 

「演歌とはまた少し違うのですが……まあ、お褒め頂き嬉しく思います」

 

 真理さんが軽く頭を下げました。

 

「マッチも上手だったね」

 

「ありがとう、ワッキー、いつもファンクラブの娘たちとカラオケにはよく来るからね」

 

 脇中さんに対し、松内さんは髪をかき上げながら答えました。

 

「ふ、副キャプテン、可愛い歌声でした!」

 

「名和の歌、久々に聴いたかもー」

 

「わ、私のことはいい!」

 

 マネージャーたちに対し、永江さんが手を激しく振る。

 

「え、えっと……」

 

「……美来?」

 

 うなだれてしまった桜庭さんに私たちは声をかけます。

 

「……し、信じられない、な、なんてハイレベルなんだ……馴染みの薄いジャンルでもすっかり聞き入ってしまった。流行歌しか歌えない私など所詮井の中の蛙だったのかな……」

 

「だ、そうです。まあ、次にいきましょうか」

 

「は、はあ……って、まだあるんですか?」

 

 

 

 勝負の後、時間一杯までカラオケを楽しんだ私たちはいよいよ本日の目的地、「武寿し」に移動しました。

 

「それでは最後は大食い&早食い対決といきましょうか。各チーム今まで出ていない最後の一人に出てもらいましょう」

 

「丸井、手加減は不要だぞ」

 

「いつも通りでー」

 

「三年生のプライドがかかっているんだ!」

 

「丸井さん、お願いします!」

 

「任せて下さい!」

 

 チームの皆に対し、私は力強く頷きました。三年生じゃありませんが。

 

「ヴァネ、ここはアンタに任せたわよ」

 

「二年の気合い見せろし!」

 

「いや、ちょ、ちょっと待てヨ!」

 

 ヴァネさんが何やら喚いています。

 

「どこまで食い下がれるかな……」

 

「これは見物だね」

 

「ヴァネッサさん、どうかご武運を……」

 

 真理さんがヴァネさんに向かって拝みます。

 

「ふふっ、読み通りだわ! さあ竜乃、いよいよ出番よ!」

 

「い、いや、無理だって!」

 

「大丈夫、アンタなら出来るわ!」

 

「何の根拠も無えだろ!」

 

 竜乃ちゃんも何やら喚いています。

 

「頑張って下さいっす!」

 

「骨は拾う」

 

「不吉なこと言うな!」

 

 エマちゃんが不思議そうな顔で隣に立つ健さんに尋ねます。

 

「なして二人はあげに騒いでいるのすか?」

 

「……まあ、ご覧になっていれば分かりますわ」

 

「?」

 

 エマちゃんは首を傾げます。

 

「それじゃあ、秋魚、よろしくお願いします」

 

「へい! お待ち!」

 

 キャプテンの言葉に秋魚さんが料理を持ってきました。

 

「こ、これハ……」

 

「……アッキーナよう、これは何だい?」

 

「へへっ、竜っちゃん、よくぞ聞いてくれましたやで! こちらはウチの特別メニュー、『世界を目指せ! カツカレータワー』やで!」

 

「タ、タワー?」

 

「せや! 豚、鶏、牛、エビ、マグロの五種類のカツを贅沢に積み上げたカレーや! これは五大陸に響き渡るで~」

 

「見ているだけで胸焼けしそうだゼ……」

 

「えっと……お寿司屋さんですよね、このお店は?」

 

「そこは気になさったら負けですわ」

 

「そ、そうなんですか……」

 

「美味しそう! いっただきま~す♪」

 

「ええっ⁉」

 

 何やらエマちゃんの驚いた声が聞こえてきましたが、私は気にせず食べ始めます。結果……

 

「勝者は丸井ちゃんやな!」

 

「ごちそうさまでした♪」

 

「し、信じらんねえ……あの量をあっという間に平らげてしまっただ……」

 

「三年生の威厳はどうにか保たれましたね」

 

「ちょっと待ってよ、大体、桃は三年生じゃないでしょう」

 

「それに先程からあまりにもそちらが有利な勝負過ぎませんか⁉」

 

 輝さんと聖良ちゃんが詰め寄りますが、キャプテンは二人を落ち着かせます。

 

「あくまでもレクレーションですから……。残った食事は皆さんで美味しく頂きましょう」

 

「ふむ、量はともかく味は美味ですわね」

 

「健さん、もう一つお尋ねしたかったんですが……」

 

「? なんですの?」

 

「わ、わだすのあだ名ですか? そ、その、エムスって言うのは?」

 

「それは……あそこで俯いている本人に直接聞いてみて下さい」

 

「は、はあ?」

 

 エマちゃんが竜乃ちゃんにおずおずと話しかけます。

 

「あ、あんの、竜乃さん? わだすのあだ名なんですけど……」

 

「……金髪ポニーテールに碧眼。そしてクールないでたち、まるで『〇トロイド』の〇ムスみてえだなって思ってな。だから本名エミリアからエを取って、エムスだ」

 

「そ、そうだったんすか……」

 

「エ、エマちゃん、お気に召さないようだったら……」

 

 私の言葉にエマちゃんは思い切り振り返り、嬉しそうにこう言いました。

 

「あだ名なんて初めてつけてもらったでがす!」

 

「そ、そう、それは良かったね……」

 

 とにかくエマちゃんの歓迎会は大いに盛り上がって、何よりでした。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第16話(1) 黒ずくめの君

「OGとの練習試合?」

 

 私の問いにキャプテンが頷きます。

 

「ええ、今週末にまたOGの先輩方に来て頂いて、練習試合をすることになっています」

 

「それは分かりました……この手紙は?」

 

 私はキャプテンから手渡されたものを掲げながら尋ねます。

 

「その手紙を渡して貰いたいのです……『伝説のレジェンド』に」

 

「『伝説のレジェンド?』」

 

「なんですかその『頭痛が痛い』みたいな言い方……」

 

 私の隣に立つ聖良ちゃんが呆れ気味に呟きます。

 

「自称されているのですから、こちらもそうお呼びする他ありません」

 

「自称って……」

 

 キャプテンの返答に聖良ちゃんが戸惑い、私たちの後ろに立っている竜乃ちゃんが顎に手をやりながらニヤリと笑います。

 

「はは~ん、そりゃ相当ヤバい奴だな?」

 

「ヤバい方かどうかは各々の判断にお任せしますよ」

 

「否定はしないんですね……」

 

「半ば確定みたいなものじゃないですか……」

 

 にっこりと微笑むキャプテンに対し、私と聖良ちゃんは揃って苦笑いを浮かべます。

 

「ご自分でお渡しになれば宜しいのでは?」

 

 健さんが私の手から手紙を取り、ヒラヒラさせながら尋ねます。

 

「私のことはどうも気に食わないようでして……なかなか会ってもらえないのです……」

 

 キャプテンが悲しそうに俯き、首を左右に振ります。

 

「それでわたくしたちが代わりに、ですか?」

 

「実は緊急の部長会議が入ってしまって……まさか出席しないわけにもいきませんので……ですので、皆さんにお願いをしたいなと……」

 

「まあ、そういうことなら……」

 

「ありがとうございます! では、お願いいたします! 商店街の方に出没しますので!」

 

 キャプテンはそう言ってそそくさとその場から立ち去って行ってしまいました。残された私たちは途方に暮れます。

 

「出没って……」

 

「レアモンスターかよ……」

 

「って、ほぼノーヒントじゃない!」

 

 聖良ちゃんが叫びます。私たちの後方に立っていたエマちゃんがスマホを取り出します。

 

「あ、キャプテンさんからメッセージだ、何々……『ヒントその①、ターゲットは黒系の服を常に着ている』だって……」

 

「ヒントって何よ……」

 

「絶対楽しんでるだろ、キャプテンさん……」

 

「ふむ、ターゲット確保に向けて、まずは商店街に向かいましょうか!」

 

 唯一ノリノリな健さんの先導の下、私たちは学校近くの商店街へと移動しました。

 

「さあ! 商店街に来ましたわ!」

 

「いや、来たのは良いけどよ……」

 

「どこから探せば良いのやら……」

 

 竜乃ちゃんと聖良ちゃんが軽く頭を抱えます。その脇でエマちゃんが静かに呟きます。

 

「ヒントを見る限り……洋服屋さんを回ってみるっていうのはどうだっぺねえ?」

 

「エムスさん!」

 

「は、はい⁉」

 

「なかなか良い着眼点ですわ! 洋服店に向かうと致しましょう!」

 

 私たちは洋服屋さんへと向かうことにしました。

 

「こちらがこの商店街一番の洋服店ですか!」

 

「で、スコッパよ、店に来てどうするつもりだ?」

 

「それは勿論、聞き込み捜査ですわ!」

 

「聞き込みだあ~?」

 

「そんな面倒なことしなくても店員さんに聞けば良いでしょ……すみませ~ん」

 

 聖良ちゃんが店先で作業をしているエプロンを着けた店員さんに声を掛けます。

 

「はい、なんでしょうか?」

 

「漠然とした質問で恐縮なんですけど……こちらに黒系の服をよく買っていくお客さんっていらっしゃいますか? 自称『伝説のレジェンド』っていう方なんですが……」

 

「⁉ で、伝説のレジェンド⁉」

 

 店員さんは驚いた表情を浮かべます。聖良ちゃんが畳み掛けます。

 

「知っていらっしゃるんですね?」

 

「い、いえ、お客様の個人情報をベラベラお話するわけにはいきません……!」

 

「そこをなんとかお願い出来ませんか?」

 

「そ、そんなことを言われましても……て、店長を呼んできます!」

 

 店員さんが慌てた様子で店の奥に下がります。しばらくして店長さんらしき人を連れて戻って来ました。

 

「店長さんですか? 人を探していまして……」

 

「……『伝説のレジェンド』さんのことでしたら、簡単にお教えする訳には参りませんね」

 

 店長さんは落ち着いた様子で話します。というか『伝説のレジェンド』さん呼びは定着しているんでしょうか……。聖良ちゃんは溜息をひとつ突いてから改めて尋ねます。

 

「どうすれば教えてくれますか?」

 

「ふむ……間もなくこの店は毎月恒例のタイムセールが始まります」

 

「はい?」

 

「店の奥に置いたワゴンから一番安い値札が付いた服を見事レジまで持ってくることが出来たのなら……『伝説のレジェンド』さんについての情報をお教えしましょう」

 

「あの、意味が分からないんですが……」

 

「面白え、その言葉忘れんなよ?」

 

 竜乃ちゃんが横から口を出します。

 

「店長に二言はありません……セールに参加されるのであれば、所定の位置に着いて下さい」

 

 数分後、私たちはいつの間にか集まってきていた多くのお客さんたちとともに店の前に貼られた白いテープの外側に並んでいました。店員さんが声を掛けます。

 

「えー皆さん、白いテープの外側にお並び下さい。合図が出る前にはみ出した方は失格となりますのでご注意下さい。繰り返します……」

 

「エムスさん、タイムセールってこういうものですの?」

 

「い、いや、わだすに聞かれても……どうなのかな?」

 

 健さんに尋ねられて困ったエマちゃんが私に視線を向けます。

 

「か、かなり特殊な例だと思うけど……」

 

「こういうのって、店の前にワゴン置くんじゃねーのか?」

 

「そうよね、なんでわざわざ店の奥に……それに随分お客さんが多くなったわね」

 

「なんだ、知らねーのか、姉ちゃんたち?」

 

 訝しがる私たちに対し、横に立つ黒ずくめのライダース姿の女性が話しかけてきました。ボサッとした黒髪のミディアムロングで、前髪を右に垂らしており、左眉をはじめ、いくつか付けたピアスがよく目立つ女性です。

 

「この店のセール品は驚異の九割引きだぜ? これを逃す手は無いだろって話だ」

 

「九割引き⁉」

 

「道理で妙に殺気立っていると思ったわ……」

 

「それでは位置に付いて……よーいスタート!」

 

 店員さんの合図を皮切りに、お客さんが一斉に店内へ殺到します。

 

「く! なんて人の波と圧力だよ⁉」

 

「聖良ちゃん!」

 

「任せて桃ちゃん!」

 

 聖良ちゃんが群衆の中に果敢に切り込みます。

 

「ドリブルで密集地帯をすり抜ける要領で……!」

 

「良いぞ、ピカ子!」

 

 スルスルと店の奥へ入り込んでいった聖良ちゃんがあっという間に群衆の先頭に立ちます。

 

「よし! 一番乗りだわ……って⁉」

 

「やるねえ、なかなかの突破力だ!」

 

 いつの間にか先程の黒ずくめの女性が聖良ちゃんの横に並んでいます。私たちも驚きます。

 

「聖良ちゃんと並んだ!」

 

「あのライダース、やるな!」

 

「なんの、勝負はまだ! 一番安い値札は……これよ!」

 

「ちっ⁉」

 

 黒ずくめの人より聖良ちゃんが服を手に取り、店長さんのいるレジに走ります。

 

「どうですか⁉ これが今日のセール一番のお買い得品でしょ!」

 

「ふむ……合格です」

 

「やったぁ‼」

 

 聖良ちゃんと共に、私たちも大いに喜びます。

 

「それでは教えて頂けるんですね? 『伝説のレジェンド』さんのことを⁉」

 

「……こちらの手紙をどうぞ」

 

「は? 手紙?」

 

「その手紙に次のヒントが書かれているそうですよ。あ、他のお客さまのご迷惑になりますので、お店の外でご覧になって下さい」

 

 私たちはレジに詰め掛けた他のお客さんたちに押し出されるように店の外へ出ました。予期せぬ疲れに襲われた私たちはうなだれながら今後のことを話します。エマちゃんがこういう時の彼女にしては珍しく何か話をしたそうにしています。

 

「次のヒントって、なんだよ、また振り出しかよ!」

 

「あ、あの……」

 

「黒系の服を常に着る女性? そんな人本当にいたのかしら?」

 

「! いんやいんや、さっき思いっ切り隣さ!」

 

「エムスさん少し冷静になって下さる?」

 

「多分今一番こん中で冷静だど思うんだけども⁉」

 

「ビィちゃんどうする?」

 

「次のヒントでなんとか見つけ出そう……!」

 

 なにか言いたげなエマちゃんを落ち着かせつつ、私たちはセールの狂乱が続く洋服屋さんから離れることにしました。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第16話(2) 胃袋への挑戦状

「で? 手紙にはなんて書いてあんだ?」

 

 竜乃ちゃんが聖良ちゃんを急かします。

 

「今読むから待ってなさいよ。えっと……『ヒントその②、ターゲットは家系のラーメンを常によく食べている』ですって」

 

「家系?」

 

 健さんが不思議そうに首を捻ります。

 

「家系ってのはつまりアレだ……うーん、なんて言えば良いんだ?」

 

「……豚骨や鶏ガラから取った出汁に醤油のタレを混ぜた「豚骨醤油」をベースにした濃厚なスープ、太いストレート麺と鶏油に、ほうれん草、白ネギ、チャーシュー、海苔等のトッピングで作り上げられるラーメンの系統を『家系』って言うんだよ」

 

「お、おおう……」

 

「す、すっげえ詳しいすね……」

 

「そ、そうなんですの……」

 

「桃ちゃん、急な早口に皆が引いているわよ」

 

 聖良ちゃんたちが何やら言っていますが、今の私の頭を支配しているのは、この商店街で食すことが出来る『家系ラーメン』のことだけです。

 

「……この商店街のラーメン屋さんは周辺を含めても五軒、その内、所謂『家系ラーメン』と言えるのは……交差点沿いのあのお店! 行こう、皆!」

 

「あ、ま、待てよビィちゃん!」

 

「な、なんてスピードだ……」

 

「食が絡むと別人の様になるわね……」

 

 何か話している皆を置いて、私はいち早く目標のラーメン屋さんに向かいます。

 

「ここだ……!」

 

「この時間にちょうど店にいるとは限らないと思うけど……」

 

「とにかく聞くだけきいてみようぜ」

 

 竜乃ちゃんを先頭に店に入ります。店員さんの威勢の良い掛け声に迎えられます。

 

「へい、らっしゃいあせ―‼ 五名様で?」

 

「いや、悪いんだけどアタシらは客じゃなくて聞きたいことがあって来たんだ。『伝説のレジェンド』のことなんだけど……」

 

「へい! 『伝説のレジェンド』一丁! って、えええっ⁉」

 

 店員さんが思わず尻餅をつきます。店内に何名かいらっしゃったお客さんたちが私たちの方に振り向いてザワつきます。健さんが身を屈めながら店員さんに尋ねます。

 

「その反応……ご存じなのですね?」

 

「い、いや、私は何も……!」

 

 店員さんは激しく首を振ります。健さんが重ねて尋ねます。

 

「必死になって否定するところが怪しいですわね……」

 

「た、大将!」

 

 店員さんが慌てて立ち上がり、カウンターの奥にいるタオルを頭に巻いた女性に助けを求めるように声を掛けます。大将と呼ばれたその方はゆっくりとカウンターの出入り口側まで歩いて来て、口を開きます。

 

「……お嬢さん方、何か用かい?」

 

「『伝説のレジェンド』のことで聞きたいことがある。この店には来ていないかい?」

 

「……心当たりがなくもないことはなきにしもあらず……」

 

「要はあるってことだな、さっさと教えてくれよ」

 

「あのね、ここはラーメン屋だよ……」

 

 大将さんが低い声で話します。

 

「そりゃ見りゃ分かるさ」

 

「アタシはラーメン一筋、二年と四か月……」

 

「それは一筋という程の期間かしら?」

 

「いいからアンタは黙ってなさい」

 

 健さんの疑問を聖良ちゃんが制します。大将さんは遠い目をしながら呟きます。

 

「アタシはラーメンを通じてでしか会話は出来ない女さね……」

 

「意味が分かんねえよ」

 

「アタシがラーメンを作る、お客がそれを食べる、それで初めて信頼関係っていうものが芽生えるんだよ……」

 

「つまりはラーメンを食べろってことか、分かった。そうだな……この『胃袋への挑戦状』ってのを一つ頼む」

 

「ええっ⁉」

 

 店員さんが驚きの声を上げ、お客さんたちが再びザワつきます。

 

「……本気なのかい?」

 

 目を細めながら尋ねる大将さんに竜乃ちゃんが腕を組んで答えます。

 

「ああ、その代わり食べたら、知っていることを教えてもらうぜ」

 

「空いている所に座りな……」

 

 私たちはカウンター席に並んで腰かけ、しばらく待ちました。

 

「はいよ、『胃袋への挑戦状』お待ち!」

 

 大将さんが出来上がったラーメンを私たちの前に置きます。

 

「こ、これは……!」

 

「量は予想出来ていたけど、この色合いよ……」

 

「ス、スープが真っ赤だべ……」

 

「辛そうですわね……『胃袋への挑戦状』とはよく言ったものですわ」

 

 四人がそれぞれの感想を口にします。

 

「言い忘れていたが、この挑戦は制限時間30分以内だ……少しでも時間をオーバーしたらお嬢ちゃんたちの負けだ。覚悟は……」

 

「いっただきま~す♪」

 

「⁉ ち、躊躇なく⁉」

 

 私はラーメンを食べ始めます。健さんが静かに呟きます。

 

「本当に辛そう……何を使っているのかしら?」

 

「市販されている中では世界トップクラスの辛さを誇る『キャロライナリーパー』をふんだんに用いたスープだ」

 

 私たちの隣にいつの間にか、先程の洋服店で顔を合わせた黒ずくめの人が座っています。

 

「お、お前はさっきのライダース⁉」

 

「何故貴女がここにいるのよ⁉」

 

「そりゃ、アタシの行きつけの店だからな」

 

「なんだ、そうなのか」

 

「へ~それは不思議な偶然もあるものね」

 

「いんや、だからなしてそこをスルーすんの⁉ その……」

 

「ごちそうさまでした~♪」

 

「⁉ そ、そんな馬鹿な、5分も経たずに⁉」

 

「とても美味しかったです♪」

 

 私は笑顔で大将さんに伝えます。大将さんは黙って手紙を私たちに差し出してきました。

 

「なんだよ、またヒントだけかよ」

 

「食べるスピードもさることながら、無駄なエネルギーを消費しないスタミナのペース配分、箸と丼ぶりの間の絶妙な距離感とポジショニング! さらに美味しく食べるための麺や具へのスープの適切な絡ませ具合の見極め方とその判断力……こいつは噂以上だな」

 

 黒ずくめの人が何やらぶつぶつと言っています。隣に座る竜乃ちゃんが小声で囁きます。

 

「なんか、やべえ奴がいるな……さっさと次のヒント見つけようぜ」

 

「そうね、それが良いと思うわ」

 

「いんや、だから! そのやべえ奴……」

 

「エムスさん、出入り口で立ち止まったら皆さんのご迷惑ですわ」

 

「あ~もう!」

 

 何故か納得の行っていないエマちゃんを宥めつつ、私たちは店の外に出ました。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第16話(3) 伝説への脱出

「それで? 次の手紙の内容はなんですの?」

 

「ちょっと待って……えっと、『ヒントその③、ターゲットはゲーム好き、中でも体験型の脱出ゲーム系をよく遊んでいる模様』ですって」

 

「脱出ゲームって……『謎を解いて、この部屋から脱出せよ!』みたいなやつ?」

 

「ああ、そういうの、わだすも見だごだあるな」

 

 私の呟きにエマちゃんが頷きます。

 

「いわゆるゲーセンなら分かるけどよ、この辺にそういう店あったか?」

 

「……あったわ、あそこの薬局の向かいのビルに入っているそうよ。比較的最近オープンしたみたいだけどね」

 

 竜乃ちゃんの問いに聖良ちゃんがスマホを見ながら答えます。

 

「そっか、じゃあ行ってみようぜ」

 

エレベーターでそのビルの上階に着くと、そこには中世のヨーロッパを思わせる様な世界が広がっていました。

 

「こ、こりゃあ……」

 

「まるで中世のロンドンに迷い込んだかのような雰囲気ですわね」

 

「ようこそ……」

 

「うわ! ビックリした!」

 

 黒いローブに身を包み、フードで顔を半分ほど隠しだ女性がいつのまにか私たちの傍らにおり、エマちゃんが驚きの声を上げました。ローブの女性は口を開きます。

 

「貴女たちは迷える子羊たちか、それとも勇敢なる救世主たちか……」

 

「どっちでもねえよ、強いて言うなら多感な女子高生たちだ」

 

「竜乃、アンタねえ……こういうのはその世界に入り込むものでしょ?」

 

 マイペースな竜乃ちゃんに対し、聖良ちゃんがため息を突きます。

 

「そういうものかね……」

 

「すみません、予約とかはしていないんですけど、五名参加って出来ますか?」

 

 聖良ちゃんの問いにローブの女性が冷静に答えます。

 

「本来であれば出直して頂くところですが、先程パーティーに欠員が発生しました。よって、貴女方の参加を認めます」

 

「キャンセルが出たということですわね」

 

「ははっ……まあそういうことだね」

 

 健さんの小声の呟きに私は苦笑しながら頷きます。

 

「では、この先にお進み下さい……運命の刻が近づいています」

 

「それは良いんだが、アタシらは『伝説のレジェンド』を探しているんだ。知らねえか?」

 

「だから竜乃! 段取りってものがあんのよ!」

 

 聖良ちゃんが竜乃ちゃんを注意します。ローブの女性はやや戸惑った様でしたが、落ち着きを取り戻して答えます。

 

「誰よりも早く謎を解き明かした先に求める答えがあるやもしれません……」

 

「誰よりも早く?」

 

 改めて女性は私たちに先に進むように促します。竜乃ちゃんが先頭になって進み、部屋の仕切りになっていたカーテンを手で避けると、そこには数名の先客がいました。

 

「よう、よく会うな今日は」

 

 その数名の中には、黒ずくめの女性がいました。これで三度目の遭遇です。

 

「本当によくお会いしますね」

 

「どうしてここに貴女が?」

 

「ここのゲームにハマってんだよ。毎度なかなか趣向が凝っているからな」

 

「そうなんですか」

 

「それは奇遇ですわね」

 

「だからなしてみんなして揃いも揃って……!」

 

 うんうんと頷いている私と健さんを見て、エマちゃんは軽く天を仰ぎます。

 

「ここは霧の都、ロンドン……」

 

 部屋が若干暗くなり、アナウンスが流れます。

 

「いや、杜の都、仙台だろ」

 

「アンタはちょっと黙ってなさいよ。さっきも言ったでしょ? こういうのはその世界観に浸るのが大事なのよ」

 

「……謎を解き明かし、ダンジョンを抜け出すことが出来るか……諸君の健闘を祈る」

 

 アナウンスが終わり、部屋が元の明るさに戻りました。

 

「この部屋の他にもいくつか部屋があり、各部屋に隠された謎を解いて、出口を目指せ……ということですわね」

 

「さっきの姉ちゃん、『誰よりも早く~』とかなんとか言ってたな、ここにいる連中よりも早く答えを出せってことか」

 

「謎か……」

 

 私たちは部屋を見渡してみますが、特に変わった様子もなく、揃って首を捻ってしまいました。他のお客さんも同様でした。しばらくすると、エマちゃんが小声で呟きます。

 

「あの壁画の人物のポーズ、不自然だべ……」

 

「え?」

 

 エマちゃんが壁画の壁に近づき、しゃがみ込みます。

 

「! やっぱり! ここの下のタイルが外れて通れるようになっている! 行こう!」

 

 私たちはエマちゃんに続きます。

 

「左奥のシャンデリアだけ微妙に高さが低い!」

 

「こっちの本棚だけカバーの色がちゃんと統一されている!」

 

「キッチンに謎の甲冑!」

 

 などなど、エマちゃんはその後も優れた観察眼を発揮し、次々と謎を解き明かしていきました。流石に甲冑に感じる違和感は満場一致でしたが。その結果……

 

「おめでとうございます……貴女方が一番乗りです」

 

「やったぁ!」

 

「エムスのお陰だぜ! じゃあ、『伝説のレジェンド』について教えてもらおうか」

 

「……この手紙をどうぞ」

 

「お~い、また手紙かよ! ったく、何々……『最終ヒント、ターゲットはBARにいる』……どういうこった?」

 

「! 私の記憶が確かならば……」

 

 ハッとした聖良ちゃんがスマホを操作し、検索結果を見て力強く頷きます。

 

「あったわ! 『サッカーCAFE&BAR カンピオーネSENDAI』! お蕎麦屋さんの裏手にあるお店よ!」

 

「行ってみよう!」

 

 私たちはすぐさまそのお店に向かいました。商店街の通りから一つ外れた所にある建物の2階のお店に入ると、カウンターには黒ずくめの女性が立っており、席にはお婆さんが座っていました。私たちの姿を見ると、黒ずくめの女性がニヤっと笑いました。

 

「ふん、やっと来やがったか……」

 

「あ、あの、貴女が『伝説のレジェンド』さんですか⁉」

 

 私はお婆さんに話しかけます。黒ずくめの女性とエマちゃんが揃って盛大にズッコケます。

 

「待て待て待て! なんでそうなる⁉」

 

「いや、伝説のって言うから……」

 

「確かにレジェンド感は出ているけれども! ここはどう考えてもアタシだろ!」

 

「「「「えええっ⁉」」」」

 

「なんでそんなに驚けるんだよ!」

 

「で、では貴女が……?」

 

「……そうだよ、アタシが『伝説のレジェンド』春名寺恋(しゅんみょうじれん)だよ」

 

「そ、そうですか、この手紙を受け取って貰えますか?」

 

 私はキャプテンから預かっていた手紙を差し出します。春名寺さんは渋々手紙を受け取ってくれました。

 

「ふん、あのスポーツ用品店の子供だろ……アイツいまいち信用が置けねえんだよなあ」

 

「そのお気持ちはよく分かります」

 

「激しく同意します」

 

「むしろ不信感の方が大きいまであるな」

 

「どこか得体の知れないところがありますわね」

 

「み、みんな、ちょっと言い過ぎでねえかな……」

 

 エマちゃんが苦笑を浮かべます。私は気を取り直して尋ねます。

 

「で、では今度のOG戦、御参加頂けるということで宜しいですね?」

 

「あ~行けたら行くわ」

 

「いや、それ結局来ない人の言い方!」

 

「大体、アタシがわざわざ行く価値があんのかよ……」

 

 春名寺さんの物言いに聖良ちゃんが食ってかかります。

 

「私たちはインターハイ予選ベスト4です。この10数年突破出来なかったベスト8の壁を初めて越えました!」

 

「……それで?」

 

「そ、それで、あのその……」

 

 急に眼光が鋭くなった春名寺さんに対し、聖良ちゃんはその雰囲気に飲まれてしまいます。

 

「な~にビビッてんだピカ子! ガツンと言ってやれば良いんだよ!」

 

「ガツンと?」

 

 腕を組んでこちらを見つめる春名寺さんに対し、竜乃ちゃんはバンっとカウンターのテーブルを叩きこう宣言します。

 

「アタシらは全国制覇を目指してんだ、そこんとこよろしく!」

 

「ぶふっ!」

 

 春名寺さんが思わず吹き出します。竜乃ちゃんがムッとします。

 

「なにがおかしい?」

 

「いや、夢を語るのは若者の特権だ。……対して現実を教えて上げるのが、大人の責務だ」

 

「それは……」

 

 春名寺さんが手紙の内容を確認し、何度か頷きます。

 

「あ、あの……」

 

「心配するなOG戦には出てやるよ。キャプテンにも手紙を読んだって伝えな」

 

「わ、分かりました、ありがとうございます。本日はどうもお邪魔しました。ほ、ほら竜乃ちゃん、目的も果たしたから帰るよ」

 

 私たちは不満気な竜乃ちゃんを押し出すようにして店を出ました。春名寺さんの不敵な笑みが閉まるドアの向こう側に見えました。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第17話(1) 不穏な空気

「まさか本日、本当に来て頂けるとは思いませんでしたよ」

 

「随分と威勢の良いことを言う奴がいたからな、気まぐれだよ」

 

「もう一つの頼み事については如何でしょうか?」

 

「……実際の出来次第だな。それを見て判断させてもらう」

 

「分かりました。よろしくお願いします」

 

 キャプテンがストレッチをする春名寺さんと話しています。聖良ちゃんが私に尋ねます。

 

「一体何を話しているのかしらね?」

 

「さあ?」

 

「へっ、どうせロクでもねえことだろ?」

 

 私たちの横でウォーミングアップをする竜乃ちゃんが笑いながら呟きます。

 

「ロ、ロクでもないって……」

 

「それじゃあ、悪巧みだな」

 

「少し言い方を考えなさいよ……まあ、大方そうなんでしょうけどね」

 

「せ、聖良ちゃんまで……」

 

「誰? あのガラの悪そうなの? 前はいなかったわよね?」

 

「あ……」

 

 輝さんが私たちに尋ねてきます。

 

「ガラの悪さならカルっちも結構良い勝負だと思うぜ?」

 

「アンタにだけは言われたくないわよ。それで、誰なのよ?」

 

「ええと……『伝説のレジェンド』春名寺恋さんです」

 

「……何その、『違和感を感じる』みたいな二つ名……」

 

「自称されているので……」

 

「尚更性質が悪いじゃない」

 

 聖良ちゃんの補足に輝さんが苦い表情を浮かべます。

 

「わざわざ主将さんが参加を呼びかけたと伺ったのですが?」

 

 真理さんも私たちに近づいてきて尋ねます。

 

「え、ええ……」

 

「それならばかなりの実力者ということですね」

 

「分かるんですか?」

 

「分かるというか感じますね……ヒシヒシと」

 

「そ、そうなんですか……」

 

 眼を瞑り、胸に両手を当てて、静かに呟く真理さんに対して聖良ちゃんは引き気味になって答えます。

 

「ベクトルの違いはあれど、ヤバい奴はもうお腹一杯なんだけどね」

 

「ちょっと待ったカルっち。まさかアタシもそこに含まれてねえよなあ?」

 

「何で入っていないと思ったの? むしろその筆頭でしょ」

 

「おいおい! 言ってくれんじゃねえの!」

 

「ふ、二人とも、言い争いは止めて……」

 

 私は竜乃ちゃんと輝さんをなんとか宥めます。

 

「お前ら」

 

 気が付くと、春名寺さんが私たちの側に来ていました。

 

「あ、お、おはようございます!」

 

「お、おはようございます」

 

「おはようございます」

 

「……っス」

 

「……」

 

 私たちのそれぞれの挨拶を聞いて、春名寺さんはその不揃いさを咎めるでもなく、笑って話始めます。

 

「ふん、素直そうなやつと、生意気そうな奴が半々っていったところか。まあ、そうでなくちゃ面白くはないわな」

 

「あ、あの……?」

 

「あの腹黒、じゃなくて、キャプテンから聞いたぜ、お前らが春のベスト4入りに貢献したベストプレーヤーたちだってな」

 

「ベストなんてそんな……まあ、その通りだけどよ」

 

「ちょっと、露骨に調子に乗り過ぎよ!」

 

 照れ臭そうな後頭部を掻く竜乃ちゃんを聖良ちゃんが諌めます。

 

「まあ、お前ら中心選手はもとより、このチームはアタシが完全に抑えこんでやるからよ。今の内から言い訳でも考えておけよ」

 

「「「「「!」」」」」

 

 そう言って、春名寺さんはその場を去っていきます。

 

「これはまた……なかなかの自信家さんですね……」

 

「ああいうのは慢心って言うんですよ!」

 

「現役退いた人間に何が出来るっていうのよ……」

 

「よく分かんねえがけど、売られた喧嘩は買うぜ!」

 

「み、みんな……お願いだから冷静にいこう」

 

 私は皆を落ち着かせます。見てみると、春名寺さんは他のメンバーにも何やら話掛けて回っています。皆の顔が一様に曇ります。単なる挨拶を交わした訳ではないようです。

 

「大丈夫⁉」

 

 私は近くにいたエマちゃんと健さん、莉沙ちゃんと流ちゃんに声を掛けます。

 

「大人しくフットサル続けた方が身の為だって……」

 

「お嬢様の道楽に付き合わされる身にもなれと……」

 

「このままじゃ万年控えだと……」

 

「陸上に戻った方が良いんじゃないのと……」

 

「そ、そんな……」

 

 ヴァネさんや成実さんたちも二年生の皆さんも憤慨した様子です。

 

「フィジカルバカって言われたゾ! アイツ何様だヨ!」

 

「スタミナバカって言われた……ムカつく……」

 

「初対面なのにかなり失礼だね、いくらOGと言っても」

 

「ファンクラブの子を馬鹿にするのはちょっといただけないねえ」

 

「冷静さを失わせるトラッシュトークの一種でしょう。そんなつまらない手には乗らないようにしましょう!」

 

 私は皆に声を掛けて回ります。

 

「「アフロが喋っているかと思った」って言われたで! 舐めてるやろ完全に!」

 

「ああ、それはちょっと面白いかもー」

 

「面白いってなんやねん!」

 

「良かった、三年生の皆さんは冷静ですね……」

 

「大分痛い所を突かれたがな」

 

「まあ、ちょっとカチンとくるよね~」

 

 副キャプテンと桜庭さんも笑みを浮かべながらも若干表情は硬いです。私はキャプテンを捕まえて問いただします。

 

「これはどういうことなんですか⁉」

 

「まあ……和気あいあいとしたOGとの交流戦をしても仕方がありませんし、ちょっとした刺激物を投入! と言いますか……」

 

「これがチームの為になるんですか⁉」

 

 私が大声を上げた為、チームの皆の視線がキャプテンに集中します。するとキャプテンの表情がにこやかな笑顔から真顔に変わり、低い声色でこう答えます。

 

「……為になるかどうかは、今日の皆さん次第です」

 

「あ、あの……?」

 

 心配そうに近寄ってきたマネージャーに対し、キャプテンが笑顔に戻って指示します。

 

「準備は出来ました。始めましょう」



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第17話(2) 伝説のレジェンド

「ほらほら、どうした⁉」

 

「ちっ……」

 

「闇雲に動き回ってもボールには触れないんだぜ!」

 

「ヘイ! よこせ!」

 

 パスが龍波に渡る。龍波は自身を煽ってくる春名寺に向かって叫ぶ。

 

「どうよ、触ったぜ!」

 

「そんな所で貰ってどうする!」

 

「あん? うおっ⁉」

 

 春名寺が激しく龍波に対して体を寄せる。

 

「体がゴールから背を向いちまっているじゃねえか! 大体ここで受けて、何が出来る⁉」

 

「ちっ! 言わせておけば……ってうおっ!」

 

 春名寺が龍波から難なくボールを奪い、味方に繋ぐ。

 

「左足しか使えませんってバレバレだ! ボールの置き所を考えろ!」

 

「くそっ!」

 

 バランスを崩して転倒した龍波が悔しそうに地面を叩く。

 

 

 

「もらった! ⁉」

 

「甘い!」

 

 鋭いステップからのドリブルで自身の脇をすり抜けようとした姫藤に対して、春名寺が強烈なショルダータックルを仕掛ける。

 

「くっ!」

 

 かろうじてボールをキープした姫藤は近くの味方にパスを出すと見せかけて、再び春名寺を抜きに掛かる。しかし、春名寺は振り切れない。

 

「⁉」

 

「あくまで勝負にくる姿勢は良い! ただ!」

 

「!」

 

 春名寺がファウルすれすれのタックルでボールを掠め取り、クリアする。

 

「良い子過ぎるんだよ! もっと力強さを意識しろ!」

 

「くっ……寄せが素早い……」

 

 膝を突いた姫藤が呟く。

 

 

 

「さあさあ、どうするんだ⁉」

 

「くっ……」

 

ボールをキープする菊沢だったが、春名寺の鋭いチェックによってあっという間に、サイドライン際まで追い込まれてしまう。

 

「ガツガツ来られるのが苦手か? 如何にもクラブチーム育ちって感じだな!」

 

「五月蠅い……!」

 

 菊沢は上半身の動きでフェイントを掛けて、巧みに春名寺の逆を取り、ボールを中央に送り込もうとする。

 

(ふん、所詮こんなもの……って⁉)

 

 菊沢の出したパスは春名寺の伸ばした足にカットされてしまう。

 

(誘われた⁉)

 

 まさかといった表情の菊沢に対し、春名寺が告げる。

 

「左足の精度は大したものだとはすぐに分かった。ただ、それしかないとも分かれば、凡百のプレーヤーに過ぎないな」

 

「!」

 

 春名寺の言葉に菊沢は苦々しい表情を浮かべる。

 

 

 

「ヘイ、パス!」

 

 これまで守備にまわっていた春名寺が攻め上がり、ゴール前でボールを受ける。

 

「よっしゃ!」

 

「私が!」

 

 神不知火がすぐさま対応する。春名寺の出方を伺いながら、高速で頭を回転させる。

 

(初めて上がっていらっしゃいました。ドリブルでかわしに来る? いやスピードはさほどでもないようです。対応は可能! パス? 右利きなのは分かりました。パスコースは切ってある、大丈夫! ⁉)

 

 春名寺がボールを右足から左足に持ち換えて、シュートモーションに入った為、神不知火の思考回路は一瞬、混乱する。

 

(もしや本当の利き足は左⁉ この位置からシュートを選択⁉ しかし、モーションが大きい、カーブをかけたシュートを撃ってくる! ならば足を伸ばせば防げる! ⁉)

 

 シュートをブロックする為、右足を高く上げた神不知火を嘲笑うかの様に、春名寺は大振りのシュートモーションから想像も出来ない、柔らかなタッチでボールを前方に転がす。

 

「⁉」

 

 ボールが神不知火の股下を転がる。神不知火の左脇をすり抜けた春名寺は即座に右足で強烈なシュートを放つ。ボールは勢い良くゴールネットを揺らす。茫然と立ち尽くす神不知火に対し、春名寺が叫ぶ。

 

「選択肢を増やし過ぎて迷っちまったら意味ないぜ! むしろ相手からプレーの選択肢を奪え! 一対一の守備も突き詰めれば、攻める気持ちが大事ってことだ! 守備も攻撃だ!」

 

「守備も攻撃……」

 

 神不知火が呟く。

 

 

 

「そのアフロは見せかけか? フォワードならもっと相手に脅威を与えろ!」

 

「サイドからのカットインしか無いのか? もっとパターン増やせ!」

 

「俊足に頼るな! 活かし方を考えろ!」

 

 再び守備にまわった春名寺が武、趙、白雲を次々と抑え込む。

 

「スタミナ抜群なのは結構! ただプレーの精度も保たなければ意味が無いぜ!」

 

「逆にお前は運動量を増やせ! 技術があっても走れなければ宝の持ち腐れだ!」

 

「パスカットする前から、次のプレーをイメージしろ! 連動性を意識だ!」

 

 続いて中盤に位置した春名寺が、石野、松内、桜庭から次々とボールを奪う。

 

「当たりに慣れろ! すぐに吹っ飛ばされたら使いものにならんぞ!」

 

「ぐっ……」

 

 春名寺の激しい守備にバランスを崩し、ボールを奪われた鈴森が悔しそうな顔を見せる。

 

 

 

「スピードある相手が苦手なら、使わせるな! 頭を使って守備しろ!」

 

「サイドでケリをつけるつもりでいろ! 中に切り込ませた時点で負けだと思え!」

 

「本当は余裕が無いのが見え見えなんだよ! 冷静さをもっとプレーで見せてみろ!」

 

「まず自信を持て! 気後れしたらお終いだぞ!」

 

 またも前線に上がった春名寺が、谷尾、池田、緑川、脇中を次々と手玉に取る。

 

「バックパスの処理にもたつくようなキーパーははっきり言って時代遅れだぜ!」

 

 永江からボールをあっさりと奪い、ゴールを決めた春名寺は大声を上げる。

 

「反対にお前は何か強みを持て! 過剰な自信が一番厄介だ!」

 

「くっ……先程あっけなくゴールを決められているから何も言い返せませんわ……」

 

 ゴールの脇に立つ伊達仁が苦々し気に呟く。

 

 

 

「二本目終了です!」

 

 小嶋が声を掛ける。春名寺が丸井に話し掛ける。

 

「前半終了ってところか……後半の二本は本気で頼むぜ? 『桃色の悪魔さん』?」

 

「……」

 

 前半の二本でほとんど良い所が無かった丸井はただ黙り込むしかなかった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第17話(3) デュエルを制した結果

「そろそろ三本目を開始します!」

 

 美花さんが皆に声を掛けます。このOG戦は20分×4本という変則的な試合形式を取っています。実際の試合に置き換えれば、前半戦が既に終了したことになり、これから後半戦に入ることになります。休憩を終えた両チームの皆さんが続々とグラウンドに入っていきます。

 

「丸井さん」

 

 私が振り返ると、そこにはキャプテンがいました。

 

「前半戦は『伝説のレジェンド』さんに良い様にやられてしまいました」

 

「ええ……」

 

「皆にも言いましたが、後半戦は丸井さんにボールをもっと集めるようにします」

 

 キャプテンの言葉に俯いていた私は顔を上げます。

 

「それは……」

 

「恐らく伝レジェさん……春名寺さんは激しく潰しに掛かってくることでしょう。多少、いやかなり無責任な言い方になってしまいますが、そのデュエル、絶対に勝って下さい。チーム全体の士気に関わってくることなので……」

 

「……」

 

「貴方が勝てば、反撃の糸口も掴めるはずです」

 

「……」

 

「チームスポーツに於いて個人に頼るということは決して褒められたことではありません。しかし、現状我々は力不足であることは否めません……」

 

 キャプテンはそう言って俯きます。黙って話を聞いていた私は口を開きます。

 

「分かりました。私があの人との一対一を制して、試合の流れを引き戻してみせます」

 

 私の言葉にキャプテンは驚いた反応を見せます。私も自分で自分の発言に少々驚きました。キャプテンは笑顔を浮かべます。

 

「頼もしい言葉です。期待させてもらいます」

 

 私とキャプテンはそれぞれのポジションにつきました。

 

「ボール、行ったぞ!」

 

 フィールド中央付近で私はボールを受けて前を向きます。

 

「さて、お手並み拝見といこうか!」

 

 春名寺さんが距離を詰めてきます。キャプテンの予想通り、私のマークにつく様です。ここで私は考えます。試合であれば、普通は十中八九、パスを選択する場面です。しかし、このOG戦、ここまで私たちは春名寺さんたった一人に良い様にやられてしまいました。チーム自体が自信を失いかねない状況です。私は自らに問い掛けます。

 

(ここは勝負を仕掛けるところではないか?)

 

 その答えを出すよりも早く、私の体は動き出していました。ドリブルで春名寺さんに向かっていったのです。

 

「ほう、仕掛けてくるか! そうこなくちゃな!」

 

 春名寺さんが私からボールを奪おうと身構えます。私は再び考えを巡らせます。

 

(私のスピードでは振り切れないか? いや、その逆をつく!)

 

 私はスピードを上げ、春名寺さんの正面に突っ込んでいきます。ドリブルしながら、私は視線を下に落としていました。春名寺さんの足の動きに注目していたのです。するとほんの少しではありますが、春名寺さんの左足が後ろに動きました。

 

(ここだ!)

 

 私はわずかにドリブルのコースを向かって左側、春名寺さんにとっては右側に変えました。左足でバックステップを踏んでおり、重心が左足の方に掛かっている為、そこから右足を伸ばしてカットするのは難しいだろうという判断です。

 

(よし、かわせる!)

 

「なんてな!」

 

「⁉」

 

 春名寺さんの右足が伸びてきてボールに触れました。私の左斜め後方にボールがこぼれます。私は慌てて振り向きボールをキープします。背中越しに春名寺さんの声がします。

 

「ちっ、カットしきれなかったか」

 

(狙っていた⁉ フェイントをかけられていたのは私の方⁉)

 

 私はボールを誰かに預けようと考えますが、すぐにその考えを打ち消します。ここで退いてしまってはチームを勢いに乗せることは出来ないと思ったからです。この1対1を制するにはどうすればいいか。私は素早く前を向き直し、春名寺さんと対峙します。

 

「へっ! 勝負にこだわるか!」

 

 再び私は春名寺さんに向かって突っ込み、その手前で後ろを向きます。転がるボールと相手の間に体を入れます。これでボールは春名寺さんから見えなくなります。私は体を右側に僅かに傾けます。春名寺さんがそれに反応したのを背中に感じ、すぐさま左側に体をターンさせます。春名寺さんもそれについてきて足を伸ばしてきます。

 

「右に抜けるとみて、左だろう⁉ 読めているぜ! ⁉」

 

 春名寺さんが驚きました。私の足下にあるはずのボールが無かったからです。

 

「置き去りに⁉ いや、違う⁉」

 

 言葉から判断するに春名寺さんは私が体だけを大袈裟に動かして、ボールを元の位置に置き去りにしたと判断し、視線をそちらに向けたようです。しかし、そこにもボールはありません。春名寺さんが混乱したことが分かりました。

 

「どこだ! ! 上か!」

 

 そうです。私は背中を向けると同時にボールを上に軽く蹴り出していました。スピードの緩急、左右の揺さぶりだけではかわせないと判断し、上に浮かせることを選択しました。

 

「ちぃ!」

 

 春名寺さんもなんとか反応しようとしましたが、足がもつれてしまったようで、尻餅を突いてしまいました。私はその脇をすり抜け、落ちてくるボールを収め、前を向きます。

 

「凄え! ビィちゃんがかわしたぜ!」

 

 竜乃ちゃんの声が一番に聞こえてきましたが、他のチームメイトからの称賛も耳に入ってきました。試合の流れを掴むことが出来たと思いました。

 

「桃ちゃん!」

 

「桃!」

 

 前方を走る、聖良ちゃんや輝さんの声がします。当然、私も耳だけでなく、視界に二人の姿を捉えています。しかし、チームを勢い付けるにはもっとビッグプレーが欲しい、そう考えた私の眼にある光景が飛び込んできました。その瞬間に私は、味方へパスを送る、ドリブルでもう少しボールを前に運ぶ、以外の選択肢を咄嗟に選びました。

 

「! シュート⁉」

 

 私の後ろから春名寺さんの驚く声がしました。そう、私はまだゴールまで距離があるにも関わらず、シュートを選択したのです。相手のゴールキーパーが前に出ていたのを目にした為です。相手キーパーも慌てて、後ろに下がりながら懸命に手を伸ばしますが、ボールには届かず、私の放ったシュートはゴールネットを揺らしました。ベンチを含め、チームが大いに沸き立ちました。このプレーで本来のリズムを取り戻すことが出来た私たちは勢いに乗り、リードされていたスコアを逆転し、試合を制しました。

 

「ナイスシュート、それに良いドリブルだったぜ」

 

 試合後、春名寺さんが私に声を掛けてきました。

 

「あ、ありがとうございます……」

 

「本来あの位置でボールを失うと、ピンチに繋がりかねないから、正直あまり褒められた判断ではないが、練習試合ということを差し引けば、エースの責務を果たしたと言えるな」

 

「は、はあ……」

 

 春名寺さんの分析に私は少し戸惑います。そこにキャプテンが近づいてきました。

 

「お疲れさまでした。それで……どの様なご判断を下されるでしょうか?」

 

「粗削りではあるが、なかなか面白い奴が揃っているな……いいぜ、アタシがお前らの監督になってやる」

 

「「「え、ええ~⁉」」」

 

 春名寺さんの言葉を聞いた私たちは驚きの声を上げます。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第18話(1) スーパーマーケットファンタジー

「親善大会兼合同合宿へ向けて、明日から3日間の特別訓練を行うぜ!」

 

 仙台和泉高校サッカー部の新監督に就任した春名寺恋が高らかに宣言し、部員たちは身構えたが、当日朝早く集合させられた場所は学校のグラウンドではなく、学校近くにある大型スーパーマーケットであった。

 

「監督が就任して、この三日間はほぼ基礎練習の反復のみで、いよいよ実戦的なトレーニングが始まるのかと思ったが、何故こんな所に……」

 

 永江が首を傾げる。

 

「しかもジャージじゃなく、動きやすい恰好で来いってのも不思議だねー名和、副キャプテンなのに何も聞いていないのー?」

 

「何も知らん……どうなんだキャプテン?」

 

 永江と池田がキャプテンである緑川の顔を見る。

 

「生憎……私も何も」

 

 緑川は両手を広げて首を振る。

 

「本当―?」

 

「ええ」

 

「お前のことはいまいち信用ならん」

 

「酷い言われようですね」

 

 話しているところに春名寺がやってくる。

 

「よう、全員集まっているな」

 

「おはようございます!」

 

 その場にいたメンバーが春名寺に挨拶をする。脇中が首を捻って疑問を口にする。

 

「全員……?」

 

「おう、7人全員だ」

 

 神不知火が周りを見渡して呟く。

 

「7人……守備陣の面々ですね」

 

「流石は陰陽師、鋭い洞察力だ」

 

「陰陽師はあまり関係ないと思いますが……」

 

 谷尾が春名寺に尋ねる。

 

「恋ちゃんヨ、こんな所に呼び出して何の用ダ?」

 

「恋ちゃんってお前……フランク過ぎるにも程があるだろう……まあいい。お前らにはこれからこのスーパーマーケットで働いてもらう」

 

「「「ええっ⁉」」」

 

 皆が驚いた反応を見せる。永江が戸惑いながら質問する。

 

「そ、それはつまりアルバイトをしろということですか?」

 

「そういうことだな」

 

「な、何故?」

 

「説明は終わってからだ」

 

「終わってからじゃ意味ないような……」

 

 脇中の言葉に春名寺が笑う。

 

「細かいことは気にすんな、全員裏口から入るぞ」

 

 春名寺に続き、全員がスーパーの関係者用出入り口に向かう。数十分後、服の上に、スーパーの従業員が着るエプロンを着て、店の帽子を被った7人が並ぶ。

 

「よし、簡単ではあるが、大体の講習は済んだな。ということでお前らはこの三日間、この『スーパーマーケットファンタジー』の店員さんだ、しっかり励めよ」

 

「ちょ、ちょっと待てヨ!」

 

「ん? なんだ、エプロンよく似合っているぞ、ヴァネ美」

 

「ヴァネッサ恵美だ! 変な略し方すんナ! そうじゃなくて、スーパーのバイトがサッカーと何の関係があんだヨ⁉」

 

「関係性を見い出せるかどうかはお前ら次第だな」

 

「そ、そんな……」

 

「心配すんな、バイト代はちゃんと出る」

 

「そういうことじゃなくて……」

 

「労働……ひたすら汗水を流して対価を得るということですわね! わたくし是非とも一度やってみたいと思っていましたの!」

 

 伊達仁が目をキラキラと輝かせる。

 

「ほら、お前らもお嬢様のこの前向きさを見習え……そろそろ開店準備の時間だな、各自持ち場につけ」

 

 春名寺が両手をポンポンと叩き、皆それぞれの持ち場に散らばっていく。

 

「さて……どうなるかな」

 

 春名寺がニヤっと笑みを浮かべる。やがて開店時間となり、客がドッと押し寄せる。

 

「あ、朝から、随分と客が多くないか?」

 

「この三日間は『毎年恒例! 真夏の大安売り‼』期間だそうですから……」

 

「な、成程……」

 

 緑川の説明に永江は頷く。

 

「え? 醤油がどこにあるかって? さあ、分かんねえ……ナ⁉」

 

 谷尾の尻を春名寺が蹴る。

 

「な、何をすんだヨ!」

 

「お客さんにタメ口使うな! 分からないなら分かる人に聞け!」

 

「お、おう……あ、すんません、山田さん。こちらのおば、お客さんが醤油を探していて……あ、はい……あ、お客さん、醤油は奥から二番目の棚です……」

 

 谷尾の接客に春名寺が一応満足気に頷く。

 

「やれば出来るじゃねーか」

 

「面倒くせーナ……いいだろ、ちょっとタメ口くらい……」

 

「そういうちょっとしたズレが致命的なピンチに繋がるんだよ」

 

「!」

 

「まあ、気を抜かずに頑張れよ」

 

 春名寺はその場を離れ、レジを見ると緑川と池田が手際よくこなしているのが見える。

 

「キャプテンとダーイケは家や親戚の手伝いをよくしているとか言っていたな……あの二人はソツが無いな、頼もしいことだ。ん?」

 

「どうしたお嬢ちゃん? ママとはぐれてしまったのか? お名前は? そうか……ああ、脇中、店内アナウンスをするようにお願いしてくれないか?」

 

「分かりました!」

 

 迷子の対応で連携を取る永江と脇中の様子を見て、春名寺がフッと微笑む。

 

「そう、常に周囲に気を配り、声を掛け合って落ち着いて対応する……なかなか分かってんじゃねーか。問題はあの二人か……」

 

「……臨・兵・闘・者・皆・陣・烈・在・前!」

 

「おお、凄いですわ! 真理さん! 商品が独りでに浮かび上がって陳列を……ぐえっ!」

 

「何をしてんだ!」

 

 春名寺が伊達仁と神不知火の頭に手刀を喰らわす。

 

「な、わ、わたくしの頭を……」

 

「お、恐ろしく速い手刀……!」

 

「怪しげな術を使うな! きちんと手作業でやれ!」

 

「その方が楽ですのに……」

 

「派手なことや突拍子もないことは必要ねえんだよ! 基本を大事に、安全第一だ!」

 

「!」

 

「しかし、お客様の邪魔になってはいけませんから、効率化を優先しようと……」

 

「不利な状況に追い込まれたらその時点で負けだ! そうならないように考えろ!」

 

「!」

 

「まあ、お前らは特に色々慣れないとは思うが……頑張れよ。さて……」

 

 春名寺は頭を掻きながらその場を後にする。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第18話(2) ドタバタ大騒ぎ

「集まっているな」

 

 春名寺が部屋に入り声を掛ける。そこには仙台和泉サッカー部の面々の内六名が体育座りをして並んでいる。

 

「おはようございます!」

 

 皆が立ち上がり、春名寺に挨拶する。春名寺は軽く手を挙げて応える。

 

「着替えは済んでいるみてえだな」

 

「着替えっていうか、身に着けただけっていうか……」

 

 桜庭が苦笑する。菊沢が尋ねる。

 

「何これ?」

 

「エプロンだよ」

 

「それは分かるわよ、ウチが聞きたいのはどうしてこの恰好をする必要があるのかってこと」

 

「気になるか?」

 

「当たり前でしょ」

 

「まあ、短刀直入に言うとだな……お前らにはこの三日間、この『杜の都キンダーガーデン』での仕事の手伝いをしてもらう」

 

「「「ええっ⁉」」」

 

「……なんで子供のお守りをしなきゃいけないのよ」

 

「特別訓練って聞いてたし!」

 

 菊沢と石野が不満そうな声を上げる。春名寺は頷く。

 

「まあ、お前らが文句を言うのは想定内だ……とはいえ、こちらも無理を言って、手伝いをお願いしている。とりあえず働いてみろ、色々な気付きがあるかもしれんぞ」

 

「本当に?」

 

「無いかもしれん……」

 

「どっちだし!」

 

「要はお前ら次第ってやつだな。とにかく、そろそろ子供たちが登園し始めるぞ。ほれ、先生の言うことを聞いてキビキビ動け」

 

 春名寺がポンポンと両手を叩いて、皆に動くよう促す。

 

「さ~て、中盤6人はどうかな?」

 

 春名寺は笑みを浮かべる。担当の先生から説明を受けた6人は続々と登園してきた園児たちを迎え入れる。園児全員が揃うまでは自由時間であるため、部員たちは園児の相手をする。

 

「はっ⁉ お馬さんになれ⁉ な、なんでそんなことを……仕方がないわね、特別よ」

 

 菊沢が四つん這いになって園児を背中に乗せる。石野がそれを見て笑う。

 

「はははっ、ヒカルの姿勢超ウケる!」

 

「超ウケない……」

 

 不愉快そうな菊沢の表情をスマホで撮影する石野。

 

「良いの撮れた♪ ヴァネに送っちゃおうかな」

 

「やめて……」

 

「ん? なに? えっ、私も馬になれって⁉ い、いや、ちょっと、無理矢理乗るなし!」

 

 石野も園児たちにせがまれて、お馬さんとなり、二人でレースをする羽目となる。

 

「ちょっと、背中をバンバン叩かないでよ!」

 

「髪の毛引っ張るなし!」

 

 抗議する菊沢たちだったが、園児たちはお構いなしで、二人、もとい二頭の反応を見て、キャッキャッと騒いでいる。

 

「お~どうだ、今の心境は?」

 

 春名寺がしゃがみ込んで、二人に尋ねる。二人はため息交じりに答える。

 

「正直ブチキレそうよ……」

 

「以下同文だし……」

 

「……悪い流れってのは必ずあるもんだ、その辺りをどう乗り切って良い流れを引き戻すか、心を上手くコントロールすることが大事だぜ」

 

「「!」」

 

 春名寺の言葉に石野が微笑み、声を上げる。

 

「ヒヒ~ン! ナルミンスキーが良いスタートを切ったぞ!」

 

「!」

 

 石野が園児を乗せ、勢い良く走り出す。周りの園児たちも大喜びである。

 

「ヒ、ヒヒ~ン、トキノヒカルが負けじと追い上げる!」

 

 菊沢も半ばやけくそになって走り出す。二頭のマッチレースに園児たちは大興奮である。

 

「案外ノリが良いねえ。これは余計な心配だったか? さて、他の連中はどうかな……?」

 

 春名寺は立ち上がり、周囲を見回す。

 

「じゃあ、皆でお歌を歌おうか。お姉さんがピアノを弾いてあげるよ! なにか、リクエストあるかな? はい、君! えっ、『大地讃頌』⁉ 皆歌えるの? し、渋いところいくね……まあ、いいや、さんはい!」

 

 桜庭の伴奏でピアノの周りの園児たちが歌い出す。桜庭はピアノを弾きながら、離れた位置に恥ずかしそうに立っている何名かの園児を見つける。

 

「お嬢さん方、せっかくだから、もうちょっと近くに行こうか」

 

 松内が髪を軽くかき上げながら、園児たちの手を引いて、ピアノの近くへとさりげなく誘導する。桜庭が笑顔を浮かべる。

 

「気が利くじゃないの、マッチ!」

 

「はて、何のことやら……」

 

 松内はウィンクしながら口笛を吹く。その様子を見て、春名寺は満足そうに頷く。

 

「そうだ……相手の考えていることを理解し、常にフォローしあうことが大切だ」

 

 春名寺は園庭の方に目を向ける。

 

「さて、あの2人は……?」

 

「よ~し! お姉さんたちからボールさ取った子の勝ちだよ!」

 

 鈴森が手を挙げて、園児たちに呼び掛ける。園児たちも元気よく答える。

 

「それじゃあ、行ぐよ~♪ はい、桃ちゃん!」

 

「ナイスパス!」

 

 鈴森が蹴ったボールを丸井が胸で柔らかくトラップする。園児たちが丸井に群がる。

 

「おおっと! はい、エマちゃん!」

 

「ナイス!」

 

 十数人の園児が群がる混戦の中においても、丸井と鈴森はボールコントロールをミスすることなく、終始落ち着いて、絶妙なパス交換を見せる。それを見て、春名寺が声を掛ける。

 

「二人とも! ダイレクトかもしくはワンタッチ以内で相手にボールを返してみろ!」

 

「ええっ⁉ わ、分かりました!」

 

 春名寺の指示に丸井たちは一瞬戸惑ったものの、それでも即座に順応し、殺到する園児たちにボールを奪われることなく、巧みなパス交換を続けてみせる。

 

「ポニテはまだチームに合流して間もないと聞いていたが、大したものだな、もうお団子と息が合っていやがる……やはり中核を担うのはアイツらになるか……」

 

 春名寺は顎に手をやって静かに呟く。

 

「はあ、はあ……よし、お姉さんたちの勝ち~♪ え、つ、続き? ま、また後でね……少し休ませてけさいん……」

 

 しゃがみ込む鈴森の隣に丸井が座る。

 

「エマちゃん、楽しそうだね」

 

「ああ、小せえ子は好きだから……」

 

「そうなんだ……って、お団子引っ張らないで! それはボールじゃないよ~」

 

 困り顔の丸井を見て、園児たちが大いに笑う。そこに春名寺が話しかける。

 

「なかなか楽しんでいるようだな」

 

「あ、監督……楽しんでいるというか、振り回されているというか……」

 

「子供たちの予想も付かない行動はこちらの対応力が試される……ましてやこの人数だ、一人での対応は難しい……精々味方同士の連携を高めてくれよ」

 

「は、はい……」

 

 丸井の答えに頷き、春名寺は園を後にする。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第18話(3) お祭りだ、ワッショイ

「さて、最後はおまえらだな」

 

 春名寺は自分の前に体育座りで並ぶ五人の仙台和泉サッカー部部員たちに声を掛ける。

 

「おはようございます!」

 

 最上級生の武に合わせて全員が立ち上がり、春名寺に挨拶をする。

 

「ああ、おはようさん、もう10時過ぎだけどな」

 

「こっちが遅れたわけじゃねえぞ……」

 

 龍波が露骨に不満そうに呟く。

 

「落ち着け、責めているわけじゃない。お前らはこの時間帯集合で良いんだ」

 

「公園で特別練習……ですか?」

 

 姫藤が周囲を見渡しながら尋ねる。春名寺が笑って答える。

 

「はははっ、ここは商店街近くで一番大きい公園だからな、それも悪くはないんだが……お前らには他の大事なことをやってもらう」

 

「大事な事?」

 

「ああ……これだ!」

 

 春名寺が一枚のポスターを突き付ける。

 

「『毎夏恒例! 和泉商店街夏祭り‼ ……どういうことだ?」

 

 龍波が首を傾げる。武が思い出したように頷く。

 

「ああ、せやな、もうそういう時期か~」

 

「それで?」

 

 姫藤の問いに春名寺がニヤッと笑って告げる。

 

「お前らにはこの三日間夏祭りの会場設営・撤去に運営の手伝いなど諸々働いてもらう!」

 

「「「「「ええっ⁉」」」」」

 

 龍波たちは驚く。

 

「なんでそんなことをしなきゃならねえんだ⁉」

 

「い、意味が分かりません!」

 

「地元の盛り上がりに貢献出来るなんて素敵なことだろう?」

 

「そ、そんな……」

 

「まあ、結構な肉体労働だ。小まめに水分補給をして頑張れ。まずはテントの設営からだな、スタッフさんの指示をよく聞けよ。ほら、散った散った!」

 

 春名寺がポンポンと両手を叩く。皆は首を傾げながらも、手伝いに向かう。

 

「さて……どうなるかね?」

 

 春名寺は顎に手をやりながら微笑む。

 

「じゃあ、先にテントの骨組みの部分を全部運んだ方が良いっすね! 了解っす!」

 

 白雲が元気よく返事をして、テントを積んだ車の荷台に向かう。春名寺は頷く。

 

「そう、常に頭を回転させて、先を読む行動が必要だ。チャンスはいつどんな時に転がってくるか分からないからな……」

 

「あの……監督?」

 

 春名寺が振り向くと、小嶋とサッカー部顧問の九十九知子が立っている。

 

「おう、先生にマネージャーか、ご苦労さん」

 

「ええっと、ジャージで来いというお話でしたけど……」

 

「人手は多い方がそれだけ早く終わるからな……今日はアタシだけじゃなく二人にも手伝ってもらおうと思ってな」

 

「ああ、分かりました。では参りましょう」

 

 軍手をはめて颯爽と手伝いに向かう九十九の姿に春名寺が逆に戸惑う。

 

「ず、随分話が早いな」

 

「先生は色々と鍛えられていますから……」

 

 小嶋が苦笑いを浮かべる。初日の準備は滞りなく終わり、二日目の祭り当日を迎える。

 

「さあさあ、いらっしゃい、いらっしゃい、焼きそばめっちゃ美味しいで~」

 

「わたあめ、チョコバナナなどはこちらでーす」

 

 武と趙が手慣れた様子でお客を呼び込み、各々の屋台にスムーズに案内する。それを見て九十九が感心する。

 

「流石に二人とも手慣れているわね」

 

「武さんはおうちがお寿司屋さん、趙さんは中華料理屋さんですから」

 

「お客の導線を用意することはコースやスペースを作り出すことに似ているからな」

 

「そ、そうでしょうか?」

 

「そうだよ」

 

「そ、そういうことにしておきましょうか」

 

 小嶋は空気を呼んで頷く。

 

「聖良ちゃん、これを3番テーブルの方にお願いするっす!」

 

「こっちは5番テーブルに頼む」

 

「分かったわ!」

 

 姫藤が白雲と趙から皿を受け取ると、沢山の客の間を巧みなステップですり抜けていく。

 

「おお、流石は姫藤さん!」

 

「テーブルという目的地から逆算して最短ルートを選べているな……問題はアイツか」

 

 春名寺は公園中央に設置されたステージの周辺でうろうろとしている龍波の後頭部に軽く手刀を入れる。

 

「痛っ! なにすんだよ!」

 

「なにをうろついてんだお前は……」

 

「いや、やることが一杯あってよ、正直しっちゃかめっちゃかっていうか……」

 

「まあ、気持ちは分からんでもないが、無駄な動きは極力減らすようにしろ。効率を高めることを重視するんだ」

 

「!」

 

「お前は見かけによらず勉強がなかなか出来るらしいからアタシの言わんとしていることは大体分かるだろう?」

 

「見かけによらずは余計だ……でも、なんとなく分かったぜ!」

 

 龍波は笑顔を浮かべて、再び動き出す。春名寺は腕を組んで頷く。約二日間に渡って開催された夏祭りも盛況の内に幕を閉じ、撤収作業に入る。

 

「ピカ子、リサっち、丸テーブルはある程度まとめて置いといてくれ。アタシが何度かに分けて持っていくようにするからよ」

 

「分かったわ」

 

「了解」

 

「アッキーナ、ナッガーレ、テント類をまとめるなら、荷台の近くでやった方が良いぜ。運ぶ力も距離も省けるからよ」

 

「な、成程な……」

 

「分かったっす!」

 

 指示を飛ばす龍波を見て、春名寺はこくこくと頷く。

 

「そうだ、効率よく動き、限られたスペースを有効に活用するように努めろ。ただ闇雲に動き回れば良いってもんじゃない……」

 

「守備陣はスーパーマーケット、中盤は幼稚園、そして攻撃陣はお祭りの手伝い、一見競技に関係ないように見えて、全てサッカーに繋がる三日間の特別訓練でしたね」

 

「ほ、本当に関係あるの? 素人には分かりにくかったけど」

 

 九十九の言葉に春名寺はニヤッと笑う。

 

「普通にグラウンドで走り回ったり、ボールを使った練習をするのも勿論大事だが、こういうのもわりと有意義だったんじゃねえかな?」

 

「そ、そうなんですか?」

 

「有意義なものだったと言えるかどうかは結局アイツら次第だ……お疲れさん」

 

 春名寺は片手を挙げてその場を去る。小嶋たちその背中に声を掛ける。

 

「お疲れ様でした!」

 

「お、お疲れ様でした!」

 

「……少なくともアタシにとっては有意義な三日間だったな」

 

 お金の入った封筒をヒラヒラとさせながら、春名寺は悪い笑顔で呟く。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

選手名鑑~仙台和泉高校編④+α

キャラが多いので選手名鑑っぽく何人かずつ紹介していきます。

こちらは第2章から登場したキャラ2人と第1章から登場している選手以外のキャラです。未読の方はまず第1章からお読み下さい。


選手名鑑‐仙台和泉高校④+α

 

 

 

鈴森(すずもり)エミリア……一年生。ブロンドヘアーのポニーテールがトレードマーク。モデルのようなスラリとしたスタイルで、吸い込まれるような蒼い瞳も印象的である。

 

 ポジションはミッドフィルダー。フットサル仕込みの高いテクニックに加えて、攻守両面において質の高いプレーを見せる。スピードやフィジカル、さらに戦術理解力も一級品。

 

 フットサルの東北地区王者である『アウローラ仙台』に在籍していたが、桃たちとの練習試合をきっかけにして、サッカーに転向。仙台和泉高校のサッカー部に正式に入部する。

 

 日本とドイツのハーフ。親の都合で五歳から五年間をドイツで過ごす。サッカーとフットサルを並行して行っていたが、日本に帰国後はフットサルに専念していた。帰国後、住んでいた地域の影響か宮城の方言が強い。愛称は『エマ』だが竜乃からは『エムス』と呼ばれる。

 

 

 

小嶋美花(こじまみか)……二年生。髪型はショートカットで眼鏡をかけている。基本ジャージ姿である。

 

 サッカー部マネージャー。大の戦術マニアで相手チームの分析にも長けている。

 

 輝たち織姫仙台FCジュニアユース出身の三人とは、中学校でも同級生だった。

 

 

 

九十九知子(つくもともこ)……細いフレームの眼鏡をかけており、肩までの長さの緩くウェーブがかかったミディアムヘアが特徴的。タイトスカートをビシっと着こなしている美人。

 

 サッカー部顧問。ただし、サッカーについては素人。

 

 担当科目は英語で、桃と竜乃と健の担任でもある。明るい性格で、授業も分かりやすく楽しいと生徒たちからの評判も上々である。基本的に仕事は出来る方なのだが、時たま大失敗をやらかす。

 

 なんやかんやで中型バスの運転免許所持者となり、チームバスの運転を担当している。

 

 

 

春名寺恋(しゅんみょうじれん)……髪型はボサッとした黒髪のミディアムロングで、前髪を右に垂らしており、左眉をはじめ、いくつか付けたピアスが特徴的。黒ずくめのライダース姿を好む。

 

 サッカー部監督。同部のOGでもある。いつからかついた異名は『伝説のレジェンド』。

 

 普段は学校近くの商店街付近の『サッカーCAFE&BAR カンピオーネSENDAI』を営んでいる。商店街繋がりでキャプテンの美智とは昔からの知り合いの模様。

 

 OGとして練習試合に参加したことがきっかけとなり、サッカー部の監督に就任。自身の経験や人脈を活かした独特な指導を行い、試合では思い切った采配を振るう。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第19話(1) 夏、海、水着

「イエーイ! 海だ~!」

 

 黒の競泳用水着に身を包んだ竜乃ちゃんが、勢い良く海に走って行きます。

 

「ちょっと、竜乃! 準備運動ちゃんとしなさいよ!」

 

 ピンクのビキニを着た聖良ちゃんが声を掛けます。竜乃ちゃんが唇を尖らせます。

 

「んだよ、うるせえなあ、ピカ子は……」

 

「足が攣ったりしたら危ないでしょ!」

 

「それより感電する方が恐ろしいぜ……」

 

「放電なんかしないわよ! ってか、出来ないわよ!」

 

 私は竜乃ちゃんと聖良ちゃんの微笑ましいやり取りを見つめます。

 

「桃ちゃん、めんこい水着だね」

 

「あ、ありがとう、エマちゃん」

 

 エマちゃんは私のチェック柄のビキニを誉めてくれました。

 

「というか、エマちゃん、スタイル良いね! 良く似合っているよ!」

 

「そ、そうかな……海さ来るのはほとんど初めてだから、どんな水着さ着たら良いのか迷ったんだけども……」

 

「とっても素敵だと思う!」

 

「あ、ありがとう……」

 

 エマちゃんは白いワンピースの水着を着ています。シンプルですが、それがかえって彼女のスラリとした長い手足が良く引き立たせていると思います。

 

「竜乃ちゃんもそうだけど……出る所は出ていて、引っ込む所は引っ込んでいる……なんとも羨ましい限り……」

 

「! いんやだ、もう! 桃ちゃん、どこさ見てんの⁉」

 

 エマちゃんが私の舐めまわすような視線から逃れるように体を捻ります。どうも心の声が出てしまっていたようです。

 

「いやいや、これは失敬」

 

「もう!」

 

「よっしゃ! 突撃だ~!」

 

「ちょっと、アタシの浮き輪持っていかないでよ!」

 

 海に飛び込もうとする竜乃ちゃんを聖良ちゃんが追っかけていきます。

 

「欲しけりゃ取り返してみな!」

 

「子供か!」

 

「子供になったもん勝ちだぜ~ひゃっほう!」

 

「ふふっ、楽しそうだね、あの二人」

 

「浮き輪は返してあげた方が良いと思うけんども……」

 

「ちょっと、そこのお二人さん!」

 

 私たちが振り返ると、そこには黒のビキニを着て、まるでリゾートホテルの一室と見まごう程の豪華絢爛なビーチマットにうつ伏せに寝そべる健さんの姿がありました。

 

「す、すご……」

 

「ど、どうやってここまで持って来たんだべ、あれ……?」

 

「どちらか、背中にオイルを塗って下さらないかしら?」

 

 オイルの瓶を片手でヒラヒラとさせながら、健さんが私たちに問います。

 

「あれ? いつものお付きの黒子さんたちはどうしたの?」

 

「皆夏季休業中ですわ」

 

「へえ、休みがあるなんて、意外とホワイト企業体質なんだね」

 

「……桃さん、わたくしのことをなんだと思っていましたの?」

 

「オ、オイル塗ってあげるよ」

 

 私はオイルの瓶を受け取って、健さんの側にしゃがみ込みました。

 

「それじゃあ、お願いしますわ……」

 

 健さんは水着のトップスを外し、背中を露わにしました。そのあまりにも綺麗な背中に私は思わず息を呑みます。

 

「し、失礼します……」

 

 私はオイルをたっぷりと掌に垂らして、それを両手で擦り合わせてオイルを掌一杯に行き渡らせてから、健さんの背中に塗っていきます。

 

「うっ、うん……」

 

 健さんの吐息が漏れます。正直言って、人の背中に塗ったことは初めての経験だったのですが、とりあえずやり方は間違ってはいないようです。それにしても綺麗かつ触り心地の良い肌です。塗っている私の方が、気持ちよくなってきます。私はこの感触をしっかりと噛み締めようと目を閉じます。

 

「きゃあ⁉」

 

「⁉」

 

 健さんが急に悲鳴を上げます。私は目を開けます。

 

「ど、どうしたの⁉」

 

「そ、それはこっちの台詞ですわ! ど、どこを触っていますの⁉」

 

「どこって……」

 

 私が目をやると、驚きました。私の手が健さんの脇から続く膨らみの部分をガッシリと掴んでいたのです。なんということでしょう。

 

「う、うわぁ!」

 

 私は両手を離します。

 

「驚くのはこっちですわ!」

 

「ど、どうしてこんなことに……」

 

「どうしてもなにもあなたのさじ加減でしょう!」

 

「ご、ごめん、あまりに気持ち良くて……気を付けるね」

 

 私は両手をわしゃわしゃとしながら謝ります。

 

「その手つきがもうなんというかアレですわ! エムスさんと代わって下さる⁉」

 

「えっ?」

 

「エマちゃん、頼むね……」

 

「ええっ⁉」

 

 私はエマちゃんにオイルの瓶を渡して、その場を離れます。すると、近くのビーチパラソルの下で派手な金色のビキニを着て、チェアーに優雅に寝そべる春名寺恋監督の姿がありました。そこにTシャツに短パン姿のキャプテンが近づいて、話しかけています。私は思わず聞き耳を立ててしまいました。

 

「監督、よろしいのですか?」

 

「ん? 何が?」

 

 監督が掛けていたサングラスをずらしてキャプテンの方に目をやります。

 

「合宿前日だというのに、こうして遊んでいるということです」

 

「せっかく海が近くにある場所での合宿なんだ、遊ばない方が罰が当たるんじゃねえか? どうせ、合宿後はへとへとに疲れ切って、早く家に帰りたくなるはずだぜ?」

 

「……この合宿は常磐野学園が毎年地元の方に招待されている合宿です。常磐野と県内四強の内の一校、そして関東、関西から一校ずつ強豪校を呼んで行っています」

 

「だが、今回は関西の強豪校の都合がつかず、代わりに仙台和泉が呼ばれたと……」

 

「そうです。ハイレベルな合宿になるはずです。このように気を抜いていては……」

 

「レベル差なんてものは明日になったら嫌でも実感するだろうさ。わざわざ言って聞かせてテンションを下げたり、変に緊張させることはない。今日は長い人生で三年しかない高校生の夏を素直に楽しめよ。何事もメリハリって奴だ、分かるか?」

 

「はあ……分かりました」

 

 キャプテンはその場を離れます。監督はまたサングラスを掛けます。

 

「きゃあ! どこを触っていますの⁉」

 

「ご、ごめん! 可愛いお尻だなと思ってつい……」

 

「素直!」

 

 健さんとエマちゃんのやり取りが聞こえてきます。楽しんでいるようです。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第19話(2) 砂上の戦い

「よし……もらった! うおりゃ!」

 

 竜乃ちゃんが転がってきたボールを力強くシュートしようとしますが、見事に空振りし、派手に舞った砂が近くの聖良ちゃんに思いっ切りかかります。

 

「ぶっ! 何やってんのよ、竜乃!」

 

「わ、わりぃ、ボールが思ったより早く転がってよ……」

 

「あ~もう良いからディフェンスよ!」

 

「お、おう!」

 

 私たちは今ビーチサッカーをしています。何故そんなことになったのか、時計を数十分程前に戻しましょう。

 

 

 

「あ~久々に泳いだ、泳いだ」

 

 砂浜に上がってきた竜乃ちゃんに私が声をかけます。

 

「大分遠くの方まで泳いでいたね、竜乃ちゃん」

 

「いや~ピカ子がどんどんそっちの方に行っちまうからよ……」

 

「アンタが押すからでしょ! 泳ぎは不得意なんだから、悪ふざけはやめてよ!」

 

「浮き輪があんだろ?」

 

「限度ってものがあるでしょ!」

 

「悪かったよ、だからちゃんと助けに行っただろう?」

 

「ふん!」

 

 聖良ちゃんがプイと首を横に振って、その場から離れ、サッカー部の立てたパラソルの方に歩いていってしまいます。竜乃ちゃんが後頭部を掻きながら私に尋ねます。

 

「あ~あ、へそ曲げちまった……ビィちゃん、どうすりゃいい?」

 

「そうだね……」

 

 私は人の多い方に目を向けます。海の家が並んでいる場所です。

 

「海の家が一杯あるね。あっちの方に行ってみない?」

 

「お、良いねえ」

 

「エマちゃんも行かない?」

 

 私は近くにいたエマちゃんを誘います。

 

「ああ、わだすはいいや。ちょっと疲れたみたい……」

 

「大丈夫?」

 

「ああ、大丈夫、大丈夫。少し休んでいるから」

 

 私と竜乃ちゃんは聖良ちゃんを海の家に誘います。聖良ちゃんはまだ若干不貞腐れながらも私たちに着いてきます。

 

「あ、健さんも海の家に行かない?」

 

「海の家⁉ なんとも魅惑的な響きですわね!」

 

「いや、そこまでの期待に沿えるかどうかは分からないけど……」

 

健さんも一緒になって四人で海の家に向かうことになりました。

 

「ふむ、単に食事休憩をするところなのですね……」

 

「なんだと思ったんだよ」

 

「家というくらいですから、海を優しく包み込むようなものかと……」

 

「なんだよその漠然としたわけ分からんイメージは……なあ、ビィちゃん……ってうおっ⁉」

 

「どうしたの?」

 

「い、いや、それはこっちの台詞だぜ……なんだそれ?」

 

 竜乃ちゃんが私の持っているものを指差します。私は笑顔満面で答えます。

 

「『チーズマヨネーズイカ焼きそばの塔』だよ!」

 

「塔って……」

 

「まさしくそびえ立っていますわね……」

 

「パックに全然収まりきってないわよ……」

 

 何やらブツブツと呟いている三人を余所に私はベンチに腰をかけます。

 

「アタシも何か食うかな」

 

「わたくし喉が渇きましたわ」

 

「私も何か飲みたいわ」

 

 四人でベンチに座り、食事をしていると、スピーカーからアナウンスが流れてきます。

 

「え~只今より『海の家 賀宇暑(がうしょ)』前の特設コートにてビーチサッカー大会を行います。飛び入り参加も大歓迎! どなたさまも奮ってご参加下さい……」

 

「ビーチサッカー?」

 

 竜乃ちゃんが首を捻ります。聖良ちゃんがストローでジュースを飲み干したグラスの氷をつつきながら答えます。

 

「砂浜の上でやるサッカーのことよ」

 

「へ~面白そうじゃん、参加しねえ?」

 

「こんな暑い中、わざわざやることじゃないでしょ」

 

「……優勝チームには『賞金10万円相当の豪華景品』……」

 

「ほら、賞品も出るみたいだぜ⁉」

 

 アナウンスを聞いて竜乃ちゃんのテンションが上がります。聖良ちゃんが私に尋ねます。

 

「ねえ、桃ちゃん、参加しないわよね?」

 

「う~ん……」

 

「……又は『当海水浴場海の家組合食べ放題券』をプレゼント……」

 

「出よう」

 

 そう言って私は立ち上がります。

 

「桃ちゃん⁉」

 

「ははっ、そうこなくっちゃな!」

 

 竜乃ちゃんは膝を打ちます。私たちは早速大会の受付へ向かいます。

 

「えっ、五人一組⁉」

 

 竜乃ちゃんの言葉に受付の方が頷きます。

 

「一人足りないわね」

 

「ちっ、誰か呼んでくるか?」

 

「皆さんどうかされましたか?」

 

「あ、真理さん!」

 

 真理さんが私たちに声を掛けてきました。聖良ちゃんが指差します。

 

「失礼ですがその恰好……どうされたんですか?」

 

「どうされたもなにも海ですから……」

 

 真理さんは真っ白な着物を着ています。はっきり言ってかなり目立っています。

 

「滝行でもするつもりですか⁉」

 

「まあ、それはいいじゃねえか。マコテナ様、ビーチサッカーやろうぜ」

 

「ビーチサッカーですか? 構いませんが……」

 

「よし、これで五人揃ったな」

 

「それは良いのですけど、まさかこの恰好でやりますの?」

 

 健さんが自身のビキニを指差して尋ねます。

 

「そうだな、ちょっと待ってな……」

 

 竜乃ちゃんが受付の方に話をしに行って戻ってきます。

 

「今、確認したらシャツとハーフパンツ貸してくれるってよ」

 

「ふ~ん、それは助かるわね」

 

「そんじゃビィちゃん、ビシッと一言頼むぜ!」

 

「え? ゆ、優勝目指して頑張ろう!」

 

「おおっ!」

 

 こうして私たちはビーチサッカーに挑戦することになりました。話は冒頭に戻ります。

 

 

 

「走るのきついな!」

 

 竜乃ちゃんが叫びます。そうです、砂に足を取られて、思うように走ることがなかなか出来ないのです。私も戸惑いつつ、声を掛けます。

 

「体力を消耗しないように、極力ダッシュは避けよう! パスを繋いでいこう!」

 

「結構バウンドするな!」

 

「しかもイレギュラー!」

 

 竜乃ちゃんだけでなく、聖良ちゃんも戸惑いの声を上げます。普通のサッカーボールよりもボールがやや軽く、転がりやすくなっています。蹴ってみると、自分が思っているよりボールが伸びます。またキックの力が分散しやすく、正確なインパクトを心掛けないと強く速いボールを狙ったコースに蹴るのはなかなか難しいです。弾み方も不規則なため、キープをしたり、ドリブルをするのが大変です。

 

「浮き球のパスを多用しよう!」

 

 私は再び声を掛けます。

 

「そ、そうは言うけどよ!」

 

「こ、これはなかなか……」

 

 竜乃ちゃんと聖良ちゃんが苦戦する中、真理さんは早くも慣れてきたようです。

 

「裸足でボールを蹴るのはいささか奇妙な気がしますね……」

 

「真理さん! 前方に蹴って下さい!」

 

 私が走り込んだ所に真理さんのパスが正確に飛んできました。私は考えます。

 

(トラップしてからだと、相手に詰め寄られる……ならば!)

 

 私は後方からのパスをダイレクトボレーで合わせました。ボールは上手く飛び、相手のゴールネットに突き刺さりました。

 

「やった~♪」

 

「凄えぜ、ビィちゃん!」

 

「半端ないわね」

 

 喜ぶ私を竜乃ちゃんと聖良ちゃんが祝福してくれます。この一点を守りきり、私たちは初戦を制することが出来ました。次が決勝です。

 

「試合時間は結構短いですのね」

 

「本当は12分×3本なんだけど、公式大会じゃないから9×2本なんだって」

 

 私は健さんに答えます。休憩時間を挟んで決勝に臨みます。そこで私たちは驚きました。

 

「ええっ⁉ 輝さん⁉」

 

「アンタたちも参加していたのね……」

 

 なんと、輝さん、ヴァネさん、成実さんの三人が相手チームにいたのです。しかも……

 

「っていうか、誰かと思ったら常磐野のキーパーじゃねえか!」

 

 竜乃ちゃんが驚きます。そうです、常磐野学園のゴールキーパー、久家居まもりさんもそこにいらっしゃったのです。ちなみに私の中学校の先輩でもあります。この決勝戦、かなり厳しい戦いになりそうです。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第19話(3) 飛び入り参加

「まもりさん……」

 

「久々だな、桃」

 

「ご無沙汰してます。あの、どうしてここに……?」

 

「監督に許可を貰って、一日前乗りした。親戚がこっちで海の家をやっていてな、その手伝いだ。ほら、あそこにいるのが地元の高校に通っている従妹だ」

 

 まもりさんが指し示した先に短髪の大人しそうな女性が立っています。

 

「従妹さんも出るんですね」

 

「元々従妹たちの学校のチームだよ、ただ、他の四人が急に都合が悪くなったそうでな。私とあいつらは助っ人だ」

 

「そういえば輝さんたちとお知り合いでしたね」

 

「ああ、さっき偶然出くわしてな、ラッキーだったよ」

 

 審判の方が試合を開始しようと声を掛けています。

 

「おっと始まるな。それじゃあ、よろしくな」

 

「お願いします」

 

 敵味方それぞれ位置につき、決勝が始まります。早速ボールが私の方に転がってきました。

 

(よし! ⁉)

 

 私に対して、輝さんと成実さんが二人がかりでプレッシャーをかけにきました。

 

「成実、オンミョウへのパスコース消して!」

 

「OK!」

 

「くっ!」

 

「アンタのパスを抑えればいい、砂の上でのドリブルは不慣れでしょ!」

 

 真理さんへのパスコースは塞がれてしまいました。輝さんの言葉通り、この状況でのドリブルは私もまだまだ慣れていません。二人をかわすのは無理かと思われました。

 

「桃さん!」

 

「!」

 

「バックパス⁉」

 

 私はキーパー、ビーチサッカーではゴレイロとも呼ばれているポジションの健さんにパスを出しました。健さんはペナルティーエリアを飛び出して、ボールを受けます。先程の試合で分かったのですが、ビーチサッカーでは5人目のフィールドプレーヤーとして、ゴールキーパーがパス回しに参加することが重要になってきます。

 

「寄せて!」

 

 輝さんの指示を受け、まもりさんの従妹さんが健さんに迫ります。ビーチでのプレーに慣れているのか、悪くない寄せです。

 

「ふふっ、獲れるものなら……獲ってご覧なさい!」

 

「⁉」

 

 健さんは軽やかにプレッシャーをかわし、すぐさまボールを前方に蹴り出します。その先には竜乃ちゃんとヴァネッサさんがいます。

 

「竜乃! ヘディングでこっちに落としなさい!」

 

 聖良ちゃんが叫びながら近寄ります。

 

「おっしゃ! ……うおっ⁉」

 

 竜乃ちゃんが飛ぼうとしましたが、砂に足を取られて上手く飛ぶことが出来ませんでした。対照的に上手くジャンプしたヴァネッサさんがヘディングで難なく跳ね返します。

 

「ず、ずりぃぞ、ヴァネりん! そんな高く飛べるなんて!」

 

「これも経験の為せる技だヨ!」

 

「竜乃ちゃん、ドンマイ! 切り替えよう!」

 

 私は竜乃ちゃんに声を掛けます。こぼれ球を成実さんが拾います。私はすぐ寄せます。

 

「ドリブルと見せかけて……!」

 

 成実さんは輝さんにパスを出します。私はすぐに輝さんに寄せに行きます。

 

(輝さんなら一旦キープするはず……そこを奪う! ⁉)

 

 私は驚きました。輝さんがダイレクトで斜め前に走る成実さんにパスを返したのです。単純なワンツーパスではありますが、精度は高いものです。流石の連携だと思った次の瞬間……

 

「読み通りです」

 

「真理さん!」

 

「ちっ!」

 

 真理さんが素早い出足でパスをカットします。真理さんはそのまま、鋭い縦パスを聖良ちゃんに送ります。竜乃ちゃんがゴール前に走り込みながら叫びます。

 

「ピカ子、寄越せ!」

 

 竜乃ちゃんの動きにより、聖良ちゃんに相対していたヴァネッサさんに迷いが生じます。その隙を聖良ちゃんは見逃しませんでした。細かなステップで、ヴァネッサさんをかわします。

 

「ちぃっ!」

 

「よしっ! ⁉」

 

 見事に抜け出した聖良ちゃんでしたが、最後のボールタッチが大きくなってしまいました。そこにすかさず、まもりさんが滑り込み、ボールをがっしりと掴みます。聖良ちゃんが天を仰ぎます。試合は一進一退の攻防戦となり、0対0のまま、前半、第一ピリオドを終えます。ハーフタイムを経て、後半、第二ピリオドを迎えます。

 

「うっ!」

 

 私が相手陣内で輝さんを倒して、ファウルを取られてしまい、相手にフリーキックを与えてしまいます。ビーチサッカーの場合、全てのファウルは直接フリーキックとなります。普通のサッカーと違って、壁を作ることが出来ません。ファウルを受けた選手自身がキッカーをつとめます。

 

「ごめん、よりにもよって輝さんに……」

 

「ドンマイ、結構距離があるわ、正確に枠内に飛ばすのは大変でしょう」

 

 そう言って、聖良ちゃんが慰めてくれます。そして、私たちが見つめる中、輝さんがゆっくりとした助走からキックを放ちます。ボールは正確な軌道を描いて、ゴールに飛んで行きます。ですが、ゴールを守る健さんも良い反応を見せます。

 

「止め……⁉」

 

 健さんは踏み込みの際に砂に足を取られて、上手く横っ飛びが出来ず、シュートを防ぐことが出来ませんでした。相手チームに先制を許してしまいました。一点を追いかける立場になった私たちは少しフォーメーションを変更することにします。私が前目にポジションを取り、聖良ちゃんと並び、竜乃ちゃんにはゴールにより近いポジションについてもらいました。ビーチサッカーではオフサイドのルールが無い為、このような配置も可能となります。

 

「竜乃ちゃん! 何も考えずにこぼれて来たボールをシュートして!」

 

「分かったぜ!」

 

 やがて、ボールがフィールドの中央にこぼれ、聖良ちゃんがキープします。聖良ちゃんはボールに近づいていった私に視線をやります。対面していた輝さんは私へのパスを警戒します。それを見た聖良ちゃんは素早いステップで輝さんをかわします。

 

「させないし!」

 

「なっ⁉」

 

 フォローに回った成実さんが足を伸ばし、聖良ちゃんのボールをカットしようとします。完全にはカットし切れませんでしたが、聖良ちゃんは倒れ込み、ボールは宙に浮きます。

 

「えっ⁉」

 

 輝さんの驚く声が聞こえてきます。それもそのはずです。空中に舞い上がったボールに対して、私がオーバーヘッドキックの体勢を取ったからです。下が砂の為、こういったアクロバティックなプレーを選択しやすいのです。私も自分で驚きながら、パスをゴール前に送ります。

 

「くそ!」

 

 竜乃ちゃんが走り込もうとした場所とは逆方向にボールが飛んでしまいます。駄目かと思ったその次の瞬間、竜乃ちゃんが驚くべきプレーを見せます。

 

「そらっ!」

 

「‼」

 

 何と回し蹴りのような体勢で左足のかかとでシュートしたのです。虚を突かれた形となったヴァネッサさんらは一歩も動けず、ボールはゴールネットを揺らしました。これで同点です。

 

「っ⁉」

 

 残り時間1分を切った所、右のサイドラインを割ろうとしたボールを追いかけた際、まもりさんの従妹さんが足を痛めてしまいます。交代メンバーはいません。このまま、5人対4人の試合になるのかと思ったところ、ギャラリーから声が上がります。

 

「はいは~い! 代わりにカタリナが入る! 飛び入りOKなんでしょ?」

 

「カタリナちゃん⁉」

 

 私は良く見知った栗毛のショートボブの子を見て驚きます。運営と審判が協議し、私たちに了承を求めてきます。このままでは不公平だと感じた私たちは交代を了承します。

 

「よ~し、頑張るぞ~」

 

 カタリナちゃんは弾むようにフィールドに入ります。ボールは相手チームのキックインになります。輝さんがボールをセットします。

 

「ゆるふわお姉さん~パスちょうだ~い!」

 

 カタリナちゃんが左サイドに走りながらボールを呼び込みます。一瞬、怪訝そうな顔を浮かべた輝さんでしたが、すぐにボールを蹴り込みます。鋭い弾道のボールが送り込まれます。しかし、真理さんが対応していました。ですが、カタリナちゃんも驚くべきプレーを見せます。

 

「ほいっと♪」

 

「⁉」

 

 カタリナちゃんは右足のかかとでボールの勢いを上手く殺しつつ、自分の進行方向の前にボールを巧みに浮かせ、走りながらのまま左足でボレーシュートを放ちます。強烈なシュートがゴールに決まりました。これで1対2、私たちの負け越しです。試合はそのまま終了。私たちの優勝はなりませんでした。カタリナちゃんが話しかけてきました。

 

「桃ちゃん、久しぶり~」

 

「うん、久しぶり……」

 

「あ、もうすぐ集合時間なんだ、また今度話そうね♪ じゃあね」

 

「う、うん……じゃあね」

 

 私はカタリナちゃんに手を振ります。竜乃ちゃんが尋ねてきます。

 

「誰だよ、アイツ? やけに馴れ馴れしいな」

 

三角(みすみ)カタリナちゃん……私の中学の同級生で、令正高校の選手だよ」

 

「ええっ⁉ っていうことは……?」

 

 竜乃ちゃんの問いに私が頷きます。

 

「合宿最後の親善大会、対戦することになるだろうね」

 

「そりゃあまた、面白くなってきやがったな……」



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第20話(1) 全国レベルの一端

                  9

 

「ナイスクリア! 残り10分です!」

 

「お前ら、集中切らすなよ! もうひと踏ん張りだ!」

 

 小嶋と春名寺がピッチサイドから選手たちに声を掛ける。夏の合同合宿は4日目を迎え、親善大会の二試合目を迎えていた。初戦の常磐野学園戦はインターハイ県予選の雪辱に燃える相手に1対3で敗れた仙台和泉高校だったが、2戦目である三獅子高校戦はここまで2対0でリードをしているという予想外の展開だった。前半終了間際にコーナーキックのこぼれ球を龍波が押し込んで先制、後半も良い時間帯で菊沢の直接フリーキックが決まり、点差を広げた。

 

「ね、ねえ、これってもしかしてイケるんじゃない⁉」

 

 ベンチに戻ってきた二人に対し、九十九が興奮気味に語り掛ける。

 

「ここまでどう見ますか、監督?」

 

「……昨日の初戦は、イマイチ硬さがとれず、さらに相手の気迫に圧されて終始もったいないゲームをしちまったからな……それに比べれば今日は遥かにマシだな」

 

「相手はインターハイ本戦にも出場を決めているんでしょ?」

 

「ええ、東京の三獅子高校……白地のシャツに青のパンツというシンプルなユニフォームが有名な全国屈指の強豪チームです」

 

 九十九の質問に小嶋が答える。春名寺が釘をさす。

 

「まあ、そうは言っても、メンバーは精々2軍半ってところだな。照準はあくまでも約ひと月後のインターハイ、主力のほとんどは静岡で合宿中とか……大方この大会では本戦で使える選手が一人でも見つかれば良いって考えだろうな……」

 

「あ、そうなんだ……」

 

「とはいえ、勝てば我々にとって大きな自信になります」

 

「それはそうだな……ん?」

 

 春名寺がピッチサイドに目をやる。三獅子高校が選手交代の準備をしている。

 

「交代のようですね」

 

「おいおい、ここで一気に四人代えかよ、向こうは試合投げたか?」

 

「いえ、待って下さい! あの選手たちは……4番、6番、7番、10番⁉ 昨日も欠場していましたし、合同練習でもずっと別メニューでしたが、ここにきて出てくるとは……」

 

「遅まきながら本気出すってことか?」

 

 小嶋の言葉に春名寺はニヤリと笑う。

 

                  ⚽

 

「ああ~ダル~」

 

 背番号10を着けた小柄なポニーテールの少女が交代を待つ間、しゃがみ込む。

 

「このみ……だらしないぞ」

 

 その隣に立つ、背番号4を着けた長身かつ短髪の女性がその振る舞いをたしなめる。

 

「だってさ花音? この合宿は試合出なくても良いって監督言ってたじゃない?」

 

「状況が変わったんだ」

 

「……招待された手前、主力を一切帯同させないわけにもいかないからな」

 

 背番号6を着けた体格の良い、短い髪を後ろで小さくまとめた女性が呟く。

 

「照美ちゃん、そうは言ってもね~」

 

「昨日の初戦も落としている。連敗は避けたいのだろう……」

 

「なんでコーチの尻拭いしなきゃいけないのよ~」

 

 背番号7を着けた、長いブロンドヘアーを三つ編みにし、右側に垂らした女性が口を開く。

 

「このみ……勝利の栄誉に浴する機会を得たことを喜びなさい」

 

「いやいやヴィッキーパイセン、流石に10分で3点はきついですって~」

 

「……10分もあれば十分よ」

 

 ヴィッキーと呼ばれた女性は不敵に笑って、ピッチに入った。

 

「うおっしゃ! もう1点! って⁉」

 

 敵陣でボールを受けようとした龍波だったが、背番号6に奪われる。

 

(ア、アタシが吹き飛ばされた? コ、コイツ……)

 

「背番号6、城照美(じょうてるみ)! 一年生ながら既に守備陣の柱になっている、気迫のこもったプレーが売りのセンターバック!」

 

「中学の頃から全国クラスのやつか、龍波じゃまだ荷が重いか……」

 

 城のプレーに春名寺が舌を巻く。ボールを持った城はすぐに左サイドに位置をとった4番にパスする。姫藤が体を寄せるが、4番は鋭い足の振りから強烈なボールを斜め前に蹴り込む。

 

「背番号4、甘粕花音(あまかすかのん)! 一年生ながらこちらも中盤の大黒柱になっている、ロングキックに定評のあるセンターハーフ!」

 

「対角線上に真っ直ぐ良いパスを通しやがるな……」

 

 甘粕のロングパスを見て、春名寺は唸る。勢いよく飛んだボールは右サイドを走っていた背番号10に繋がる。10番はニヤリと笑う。

 

「良いところでボール貰っちゃった……仕掛ける!」

 

「⁉」

 

「遅い!」

 

 10番は対応に当たった神不知火を一瞬の内にかわすと、ペナルティエリアに侵入し、鋭いシュートを放ち、仙台和泉のゴールネットを揺らす。

 

「よし! まず1点~♪」

 

(は、速い……これが強豪チームの背番号10……)

 

 ボールを持ってセンターサークルに運ぶ10番を見て、神不知火は内心驚いた。

 

「背番号10、馬駆(うまがけ)このみ!  一瞬で相手DFを置き去りにしてしまうトップスピードが武器の『ワンダーガール』!」

 

「初見とはいえ、神不知火があんなに見事にぶち抜かれるのは初めてだな……」

 

 春名寺が舌打ちする。その数分後、ゴール前でボールを持った馬駆を石野が倒してしまい、三獅子に直接フリーキックが与えられる。

 

「先ほどは良いキックを見せてもらいました。お返しをさせて頂きます」

 

「っ⁉」

 

 背番号7がすれ違い様に菊沢に囁く。ホイッスルが鳴り、7番の右足から放たれたボールは美しい軌道を描いて、仙台和泉のゴールネットに吸い込まれていった。これで同点である。

 

「背番号7、伊東(いとう)ヴィクトリア! なんと言ってもあの正確無比な右足のキック!」

 

「悔しいが見惚れてしまうほど良いボールを蹴りやがるぜ……」

 

 春名寺はその精度の高いキックに感嘆する。試合もアディショナルタイムに入り、仙台和泉陣内の左サイドで三獅子にフリーキックが与えられる。春名寺が指示を飛ばす。

 

「角度的に直接はない! クロスボール注意だ! ヘディング競り負けるなよ! ……⁉」

 

 春名寺を初め、皆驚いた。伊東がゴール前にクロスを放り込むのではなく、グラウンダーのボールを真横、ピッチ中央に向けて蹴ったからである。ペナルティエリア前に転がったボールに甘粕が猛然と駆け込み、鋭いシュートを放つ。

 

「⁉」

 

 今度は三獅子の面々が驚いた。甘粕の弾丸シュートを丸井が足を伸ばして防いだからである。こぼれたボールを石野がすかさず前に蹴り出す。そこで審判が終了の笛を告げる。

 

「くっ、ドローですか……」

 

「気分的には負け試合だな。全国レベルの一端を感じられたことを良しとすべきか……」

 

 小嶋は頭を抱え、春名寺は顎をさする。

 

「誰かと思えば、貴女……『桃色の悪魔』さんね。ご苦労様」

 

「あ、はい……お疲れ様でした」

 

 伊東から声を掛けられ、丸井は戸惑い気味に応じる。

 

「勝てなかったのは残念だったわ。仙台和泉高校……覚えておくわ。それではごきげんよう」

 

「は、はあ……」

 

 伊東は颯爽とピッチを後にした。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第20話(2) 最終戦前のミーティング

 試合を終えて宿舎に戻った私たちは、ミーティングルーム用に用意された部屋に集まりました。監督とマネージャーが最後に部屋に入ってきました。

 

「皆さん、お疲れさまです。ではまず、今日の三獅子戦を振り返って頂きます。私が編集したダイジェスト映像ですが……」

 

 マネージャーが編集した映像を皆で鑑賞します。キャプテンが監督に問います。

 

「監督、今日の試合に関してですが……」

 

「……昨日の試合に比べれば、つまらねえ緊張もとれて、各々良いパフォーマンスだったんじゃねえか? それでも細かいミスはあるにはあったが、それぞれが自信を持ったり、技術を向上させること、あるいはコーチング……つまり周囲が声をかけあうことで解消できることだ……要はもっと練習が必要ってことだな」

 

「なるほど……」

 

「じゃあ、次の映像だが……」

 

「い、いや、ちょっと待って下さい、良いのですか?」

 

 話を進めようとする監督をキャプテンが止めます。

 

「何がだよ?」

 

「失点シーンなどは振り返らなくても? ……昨日は嫌というほど見ましたが……」

 

「全国レベルのスピードあふれるドリブル突破に鬼精度のFKだろう? 卓越した個人技にやられたんだ。今の段階では気に留めることじゃねえよ」

 

「それはそうかもしれませんが……」

 

「んじゃ、次の映像だ。ジャーマネ」

 

「はい、こちらになります」

 

 マネージャーが映像を流します。キャプテンが呟きます。

 

「これは……」

 

「そうです、明日対戦する令正高校の映像です。こちらは昨日と今日の試合、先月のインターハイ予選の数試合を編集したものです」

 

「仕事が早いわね」

 

 輝さんが感心した様子をみせます。マネージャーが照れ臭そうに答えます。

 

「ま、まあ、半分趣味みたいなものだから。県内四強に関しては常に映像をストックして、情報をアップデートしているしね」

 

「どんな趣味よ……」

 

「んなこたあいいからよ、ジャーマネ、話を進めろ」

 

「は、はい。令正高校なんですが、ここ数年一貫して、同じシステムを採用し続けています。この間の試合でも用いていた3-5-2システムです。就任十年で好結果をもたらしたエキセントリックな名将、江取愛実(えとりまなみ)監督が導入しました。メンバーについてですが……」

 

 マネージャーは監督に目配せします。監督が口を開きます。

 

「強豪校だけあって、選手層は豊富だ……メンバーを大幅に入れ替えてくる可能性も高いが……この二試合で一勝一分けと結果を出している。アタシだったらチームを変にいじりたくはない。よって、明日の先発メンバーも昨日今日とほぼ同じだと思われる」

 

「では、その11人の選手のプレーを重点的に見ていきましょう」

 

 そしてモニターには、眼鏡をかけた神経質そうな性格の女性から、短く整った茶髪の上下ともに黒のユニフォーム姿の女性に切り替わりました。

 

「こちらは背番号1、GKの紀伊浜慶子(きいはまけいこ)さん。派手さこそありませんが、ポジションニングが良く、堅実なセービングが特徴的な方です」

 

「このレベルになると当たり前の話だが……ポカが少ない、ミスはあまり期待するな」

 

 マネージャーの説明を監督が補足します。

 

「次は、三人並んだDFライン……中央に位置するのは背番号17、三年生で主将の羽黒百合子(はぐろゆりこ)さん。右は三年生の背番号3、寒竹(かんちく)いつきさん。左は二年生で背番号16の長沢次美(ながさわつぐみ)さんの並びです。羽黒さんはそれほど長身ではありませんが、鋭い読みとカバーリングに長けています。寒竹さんはユース代表にも名を連ねる実力者です。当たりの強さは紛れもない全国レベルですね。長沢さんは元々MFでしたが、高校には入ってからは現在のポジションで起用されることが多いです。寒竹さんは強気な攻め上がり、長沢さんは精度の高い左足のキックで、それぞれ攻撃の起点にもなることができます」

 

「前回の対戦とはメンバーがちゃうな」

 

 秋魚さんの質問に、マネージャーが即座に答えます。

 

「本来は背番号4の村山さんがレギュラーなのですが、現在故障がちなようで、代わりに羽黒さんが入っていますね」

 

「上背は然程でもないが、素直にそこを突かせてくれるとは限らねえ。龍波にアフロ……別のアプローチを考えろ。安易に裏を取ろうってのも考えもんだ。この三人が三人ともラインコントロールに長けていやがるからな。オフサイドトラップの餌食だ」

 

「確かに前回の対戦時も絶妙なラインコントロールやったな……」

 

 監督の言葉に秋魚さんが頷きます。

 

「ううむ……」

 

「アンタは難しく考えずに本能的に動きなさいよ」

 

「そうね、それが相手にとって逆に脅威になるかも」

 

「……ピカ子もカルっちも馬鹿にしてんだろ?」

 

 唇を尖らせる竜乃ちゃんを見て、聖良ちゃんと輝さんが笑います。

 

「3バックというのはどうしてもサイド攻撃に弱い。姫藤と菊沢、それにその後ろのダーイケとキャプテン……お前らが鍵を握ると言っていい」

 

 監督の言葉に四人が頷きます。マネージャーが説明を続けます。モニターには派手な金色で短髪の女性が映りました。

 

「こちらはダブルボランチの一角を務める、背番号5の米原純心(よねはらじゅんこ)さん、二年生。守っては高いボール奪取能力を発揮し、攻めては精度の高い右足で攻撃の起点となり、自らゴールも奪える……攻守両面で隙が無いプレーヤーで、ユース代表常連というのも頷けますね。滋賀県出身で付いたあだ名は『琵琶湖のダイナモ』です」

 

「あだ名はともかくとして、実力は間違いねえ……前回の対戦で分かっているとは思うが」

 

「見事なミドルシュートで試合の均衡を崩されましたね……」

 

「あのサイドチェンジも厄介だしー」

 

 監督の呟きにキャプテンと成実さんが苦い表情を浮かべます。

 

「キープレーヤーの一人だ……ポジション的にマッチアップするのは丸井、お前だな」

 

「は、はい……」

 

 監督から名指しされて、私は戸惑いながら頷きます。

 

「前回の対戦では、高校サッカーでの経験の差ってのを見せられた形だが……リベンジの機会が意外と早く回ってきたな。攻守においてこいつを凌駕してみせろ」

 

「は、はあ……」

 

「……というのは半分冗談だ、サッカーってのはチームスポーツだ、周囲がよくサポートしてやれ。特に中盤の三人、頼んだぞ」

 

 監督の指示に聖良ちゃんたちが頷きます。監督がマネージャーに続きを促します。マネージャーが頷き、次の選手の紹介となります。強烈な個性を持った女性が映し出され、部屋が少しどよめきます。

 

「こちらはその米原さんとコンビを組むボランチの背番号14合田由紀(ごうだゆき)さん、二年生。一年の頃からDFなどで試合に出ていましたが、現在は中盤で起用されていますね。中盤の掃除人のような立ち位置でしょうか。闘志を前面に押し出したプレーでピンチの芽を徹底的に摘み取っていきます。ファウルすれすれのタックルをしてきますが、苛立つと思うツボです」

 

「まあ、それよりまずその髪型だぜ、紫色のソフトモヒカン?ってやつか」

 

「校則どないなっとねんっちゅう話やんな」

 

「インターハイ予選の時とは髪色違うよナ? 度肝抜かれるゼ……」

 

「……三人には言われたくないと思うし」

 

 成実さんが竜乃ちゃん、秋魚さん、ヴァネッサさんに対して苦笑を浮かべます。

 

「髪型は突っ張っちゃいるが、プレー自体はシンプルだ、守備の要だな……続きを」

 

「はい、右のアウトサイドは背番号15のこの方……大和(やまと)あかりさん、三年生です。本職はボランチですが、現チームではこのポジションで起用されることが多いです。攻撃性能は正直物足りない部分がありますが、それを補って余りある献身性が高く評価されています。対して左のアウトサイドはユース代表常連である背番号10の大野田杏(おおのだあんず)さん、二年生。何と言っても、高い技術が武器です。本来はトップ下でのプレーが得意な選手なので、このポジションはやや不慣れなのですが、ボールを持たせると厄介なプレーヤーですね」

 

「左右のアウトサイドをこなせる選手は多いが、恐らく明日の先発はこの組み合わせでくると思われる。右よりは左から攻める方が良いかもしれねえ、大野田が守備は不得手だからな。もちろん簡単には行かねえと思うが」

 

 監督が補足し、マネージャーは説明を続けます。モニターに茶色のミディアムボブの髪型の女性が映ります。

 

「そしてトップ下に君臨するのがこの方……背番号7、椎名妙子(しいなたえこ)さん、三年生。旅行でもするかのような優雅な足取りから、突如としてゴール前に顔を出し、決定的な仕事をこなす選手です……中学時代からその名は広く知られていますね」

 

「何と言っても高いキープ力が特徴だ。そこから繰り出されるスルーパスは厄介だ。細身だが当たりにも強い。出来る限り前を向かせないようにするのが肝心だ。ナルーミ、頼むぞ」

 

「ナル―ミって……まあ、頑張りまーす」

 

 成実さんが片手を挙げて応えます。

 

「最後は2トップですね。左はこの方、背番号11の武蔵野雅(むさしのみやび)さん、三年生。激しいチェイシングで味方の守備を助けるだけでなく攻撃時には体を張ったポストプレーから味方の攻め上がりを促します。決定力はさほどではありませんがまた厄介なプレーヤーです」

 

「ファウルをもらうのが上手い……その辺りも注意が必要だぞ、ヴァネ」

 

「確かに前回もウザったい奴だったナ……気を付けるサ」

 

 ヴァネッサさんが腕を組んで頷きます。

 

「……右は背番号13の渚静(なぎさしずか)さん、オフ・ザ・ボール、つまりボールを持っていない時の動きが絶妙な選手です。ボールのもらい方、スペースの作り方などに秀でていますね。北陸出身で、付いたあだ名は『日本海の静寂』です」

 

「まあ、こちらもあだ名はともかく……動きは本当に捕まえづらい。注意しろよ、オンミョウ」

 

 監督は真理さんに声を掛けます。

 

「前回は欠場されていましたよね? パワー重視やスピード特化ともまた違うタイプのストライカーさんですか……ふふっ、対戦が楽しみです」

 

「頼もしいな、さて、メンバーはこんなところか……」

 

「あ、あの……」

 

「ん? どうした、丸井?」

 

 私は思わず手を挙げてしまいました。

 

「え、えっと……カタリナちゃ……三角さんは出てこないでしょうか?」

 

 監督がマネージャーを見ると、マネージャーは説明をしてくれます。

 

「背番号18の三角カタリナさん……一年生ながらインターハイ予選にも出ると思われましたが、怪我の為にメンバー外になりました。丸井さんとは中学時代に一緒に全国大会に出ていますね。左サイドを中心に攻撃的なポジションでのプレーが得意な方です。生まれ育ったスペイン仕込みの足技と卓越したドリブルが光ります」

 

「ビーチサッカーの時の方ですか。出てくるのならばそれも楽しみですね」

 

「厄介な奴はもう十分だヨ……」

 

 目を輝かせる真理さんの横でヴァネッサさんが苦笑交じりにぼやきます。

 

「……この2試合とも、最後の数分間だけ出てきている。間違いなく期待は寄せているんだろうが、恐らくまだ本調子じゃないんだろう。アタシはここで無理はさせないと見ている。明日出て来ても終盤だろうな」

 

「そうですか……」

 

「卓越したドリブルってのは見てみたいけどね……」

 

 声を落とす私の横で聖良ちゃんも残念がります。監督は改めてマネージャーに問います。

 

「交代枠は公式戦と同じく5だが……他に注意すべき選手はいるか?」

 

「アウトサイドならば左の守備的ポジションならばどこでもこなせる百地(ももち)さん、クロスボールの精度が高い町村(まちむら)さん……攻撃的ポジションなら、林万喜子(はやしまきこ)さんと東山千明(ひがしやまちあき)さんの通称『テンミリオンホットライン』が要警戒です」

 

「まあ、全員厄介な相手だわな……さて、アタシたちの取る戦術だが……」

 

 監督が説明を始めます。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第20話(3) 大胆不敵令正高校

 ~同時刻、令正高校サッカー部ミーティングルームにて~

 

「……全員揃ったな」

 

 令正の指揮官、江取がゆっくりと部屋を見回す。

 

「は、はい……」

 

 令正の主将を務める羽黒が黒縁眼鏡を抑えながらおずおずと答える。

 

「よし! では、ドドーンとミーティングを始めるぞ!」

 

「ひぃ⁉」

 

 江取の大声に羽黒はビクッとなる。隣に座る寒竹が頬杖をつきながら呆れる。

 

「いい加減、江取さんのテンションに慣れろよ、百合子……」

 

「そ、そうは言っても……」

 

「では明日の相手、仙台和泉のメンバーについて確認する! 田端、説明を!」

 

 コーチの田端が口を開く。

 

「はい、まず昨日今日と見る限り、前回対戦したインターハイ予選と同じメンバーでくると思われます。システムも同じで中盤を逆さの台形にした4―4―2です。特に試合中のシステム変更はしてきませんね。言い方は意地悪になるかもしれませんが、選手層の問題でしょう」

 

「うむ! では各々のメンバーだが、GKは1番の永江だな。安定感はある選手だが、足元のプレーにやや難がある。奴までボールが下がったら、武蔵野、バーッと仕掛けていけ!」

 

「……積極的にプレッシャーをかければミスキックをする可能性が高いです」

 

 江取の指示を田端が補足する。武蔵野は無言で頷く。

 

「4枚並んだDFラインの中心は5番の谷尾と4番の神不知火、インターハイ予選と変わらないな……神不知火の映像がブレているのは何故だ?」

 

「何台かで撮影したのですが、神不知火に関してはいずれの映像もブレてしまいました……」

 

「ひえっ……」

 

「なんだそのオカルト……」

 

 田端の説明に羽黒は怯え、寒竹は顔をしかめる。

 

「まあいい、前回の対戦でも感じたと思うが、谷尾は当たりに強く、神不知火はパスカットに長けている。補完性の高いペアだ、しかも互いに2年生、まだまだ伸びるポテンシャルを秘めている! ここら辺でその芽を摘んでおく必要がある! そこで渚、お前の出番だ! スーッと入って、スパッと決めろ!」

 

「あ、はい、分かりました」

 

 左眼が隠れそうな長さの前髪の渚が淡々と答える。

 

「いや、今の説明で分かったんかよ?」

 

「まあ、なんとなく、ニュアンス的に」

 

 振り返って問う寒竹に渚は頷く。

 

「次は左右のサイドバックだ! 左は3番でキャプテンの緑川、右は2番池田、どちらも守備力がある、なかなか厄介な存在だ! 強いて言うならば、神不知火の優れたカバーリングがあるということを踏まえても、左、こちらから見て右サイドから攻めるのは厳しい!」

 

「ほんじゃあ、こちらの左サイドから崩していこうって感じなんすね?」

 

 部屋の中央に座る米原が尋ねる。江取が頷く。

 

「そういうことだ!」

 

「まあ、いつも通りと言えば、いつも通りやな……じゃあ、左のアウトサイドは百地先輩じゃなくて杏がスタメンってことですね」

 

「それは後で発表する!」

 

「なんや、随分と焦らすな~」

 

 米原が笑顔を浮かべる。

 

「続いて、中盤だ! ダブルボランチは8番の石野と10番の丸井が入るだろう。運動量があり、織姫FCジュニアユース出身で技術ある石野も厄介だが、なんと言っても要注意は『桃色の悪魔』丸井だ!」

 

「ひっ……」

 

「二つ名にまでビビんなよ……でも監督、前回の対戦で純心がほぼ完封したじゃないっすか、そんなに警戒する必要ありますかね?」

 

 寒竹の問いに江取は首を振る。

 

「前回はまだ高校レベルに適応していなかった、昨日今日の試合と良いパフォーマンスを見せている。この一か月ほどでかなり成長している! ただ、米原! 進化しているのはこちらも同じだということを示してやれ! 攻守両面でグワーっと行って、ガッと行け!」

 

「……ガッと行って、グワーっと行くんだ!」

 

「いや、補足になってませんやん、コーチ……要は格の違いを見せろってことでしょ? もとよりそのつもりですわ」

 

 米原の言葉に近くに座っていた三角が口笛を鳴らす。

 

「純心ちゃん、頼もしい~。でも、桃ちゃんを甘く見ちゃいけないよ?」

 

「相手の肩持つやんけ、キャティ。後、どうでもええけどウチが先輩やからな?」

 

「うん、知ってるよ♪」

 

「さ、さよか……そないに天真爛漫な笑顔で言われたら、なにも言われへんわ……」

 

「続けるぞ、サイドハーフは右が11番の姫藤、左が7番の菊沢だ」

 

「姫藤さんのドリブル突破はキレ味があって要注意ですね、あまりスペースを与えないようにしないといけませんね……」

 

「心配いりませんよ、キャプテン。前回同様、合田っちが止めてくれますわ」

 

 羽黒に対して、米原が隣に座る合田を指し示す。合田は腕を組んで、黙って頷く。

 

「ただ、菊沢のキック精度は高い。ゴール前での不用意なファウルは避けることだ」

 

 田端の言葉に合田は深く頷く。

 

「最後にツートップだ! 9番の龍波と16番の武で来るだろう! 龍波の左足は脅威ではあるが、まだまだ経験不足は否めん! 問題はむしろ武の方だ!」

 

「このアフロ、長身だけど、足元も意外と上手いんだよな~」

 

「前線から中盤まで降りてきてボールに絡む動きが捕まえづらそうですね……」

 

「無理に追いかけたら最終ラインが崩されます、中盤で対処した方がええでしょ」

 

「そうだ! 米原の言う通り、ボランチとトップ下でガバッと挟み込め! 良いな、椎名!」

 

 皆の視線が部屋の片隅に集まる。視線の先にいる椎名はスマホを眺めていた。

 

「いや、ミーティング中だぞ、妙!」

 

「ああ、知っているよ、いつき……ただルーティンは崩したくないんだ」

 

「ルーティンだと?」

 

「ゴーグルアースで世界中を旅した気分になるんだ、リラックス出来るぞ」

 

「初耳だぞ、そんなルーティン!」

 

「だろうな、何を隠そう、先週始めたんだ」

 

「そういうのはルーティンって言わねえよ!」

 

「へえ~カタリナもやってみようかな~」

 

「真似せんでええわ……」

 

「……田端、他の選手についてはどうだ?」

 

「は、はい。14番の松内は技術が高いです。15番の趙は左から右のカットインが得意です。17番の白雲は俊足です。この三人が攻撃の切り札で起用されることが多いですね。6番の桜庭と12番の脇中は守備固めで起用されることが多いです。13番の伊達仁は……謎です」

 

「謎?」

 

「GKとしても登録されているのですが、フィールドプレーヤーとして起用されることも多いのです。龍波と同様、高校からサッカーを始めたようですが、動きの質は悪くなく……ただ、出場時間が短く、適正ポジションもハッキリとしない、なんとも謎なプレーヤーです」

 

「いわゆるジョーカーか……まあいい、明日の先発を発表する!」

 

 メンバーを告げた後、江取が改めて口を開く。

 

「……インターハイ予選では準優勝と悔しい結果に終わった! その悔しさをバネにしたお前らのこれまでの頑張りには満足している! この合宿を良いかたちで締めるためにも、明日もしっかりと勝つぞ! 以上だ!」

 

「「「お疲れさまでした!」」」

 

 令正の選手達は各々自分の部屋に戻って行った。夜が明け、親善大会最終戦の朝を迎える。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第21話(1) 対令正高校戦前半戦~序盤~

                  21

 

『○年度 第XX回 宮城県夏季親善大会第3戦 対令正高校』 日付:7月○日(日) 天候:晴れ 記録:小嶋美花

 

 

 

基本フォーメーション

 

令正高校

 

__________________________

 

|       三角   |  姫藤    池田 |

 

|   長沢    武蔵野|     石野 |

 

|      合田     | 武      谷尾 |

 

|紀伊浜 羽黒   椎名  |          永江|

 

|     米原     | 龍波    神不知火 |

 

|    寒竹     渚 |     丸井     |

 

|       大和 |  菊沢   緑川  |

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー                    

 

                      仙台和泉

 

                    

 

令正高校(以下令正)は予想通り3-5-2。仙台和泉(以下和泉)はオーソドックスなお椀型に並べたいつもの4-4-2。

 

 

 

<和泉> 

 

 試合開始前、令正の先発メンバーを見て、マネージャーの小嶋は驚きを隠さなかった。

 

「大野田さんでも百地さんでもなく三角さんが先発ですね……」

 

「……まさか先発とはな、格下相手に期待の一年に自信を付けさせるって魂胆か」

 

「どうしますか?」

 

「いずれにせよ、左、こちらの右サイドから崩してくるというのに変わりはないだろう。ダーイケなら対応出来るはずだ」

 

 小嶋の問いに春名寺はピッチを見つめながら落ち着いて答える。一方、ピッチ内ではメンバーが円陣を組んでいた。キャプテンマークを巻く緑川が呟く。

 

「前回の対戦時とこちらは同じメンバー。向こうは先発を三人替えてきましたか。誰が来ても厳しい相手であるということには変わりはありませんが……」

 

「桃ちゃん、三角さんへの有効な対策は?」

 

 姫藤が丸井に尋ねる。

 

「え? そうだね……基本ドリブラーだから、うかつに飛び込むのは危険かもしれない。距離を取って対応した方が良いかも」

 

「肝に銘じておくー」

 

 丸井の言葉を受け、池田が飄々と答える。

 

「かといって、スペースを与え過ぎるのも考えものです。向こうの左サイドにボールが渡らないように気をつけないといけませんね」

 

「そこまで試合をコントロール出来れば良いけど……」

 

 緑川の発言に菊沢が軽く頭を抑えながら呟く。

 

「大野田さんが出ない、三角さんはドリブル主体のプレースタイルということは椎名さんから繰り出されるパスを最優先して警戒した方が良いということですね……」

 

 神不知火が淡々と語る。武が緑川に促す。

 

「もう始まるな、キャプテン、景気づけに頼むで」

 

 緑川が掛け声の前に一つ咳払いをする。

 

「あくまでも練習試合ですが、ここまで二戦して一敗一分け、最後は勝って終わりたいところです。しかも、先日苦杯を舐めた相手、秋で戦うという可能性を踏まえても、ここで苦手意識を払拭しておきたいところです……仙台和泉、絶対勝ちましょう!」

 

「「「オオオッ‼」」」

 

 和泉のメンバーが試合開始前に気合いを入れる。

 

 

 

<令正>

 

 和泉の掛け声を聞いて米原が笑みを浮かべる。

 

「あちらさん、気合い十分みたいですね」

 

「へっ、それくらいでないと面白くねえよ」

 

 寒竹が顎をさすりながら呟く。

 

「キャテイ、先発は初めてやんな? あんま緊張すんなよ?」

 

「純心ちゃん、ご心配なく。カタリナ、プレッシャーは楽しむタイプだから」

 

「さよか、それは頼もしいこっちゃで」

 

 三角の答えに米原は満足そうに頷く。寒竹が椎名に声をかける。

 

「妙、杏がベンチスタートだからお前のパスが警戒されるはずだぜ……妙?」

 

「……ん? ああ、すまん、心が鳴子に飛んでいた」

 

「はあ? 鳴子?」

 

「この合宿後に一日オフがあるだろう? 温泉にでも行こうかなと思ってな」

 

「いや、集中しろよ!」

 

「ルーティンだ、大目に見ろ……今朝思い付いたが」

 

「一回、ルーティンの意味調べてこい!」

 

 寒竹が大声を上げるのを余所に、渚が羽黒に向かって冷静に呟く。

 

「主将、そろそろ……」

 

「は、はい……一度勝っている相手ですが、ここ二試合のパフォーマンスを見ても決して油断の出来ないチームです。秋以降に弾みをつける為にも、各自の良いプレーを期待します……令正高校、絶対勝ちましょう!」

 

「オオオッ‼」

 

 令正のメンバーも気合いを入れる。渚が淡々と呟く。

 

「声、少し裏返っていましたね……」

 

「ま、まだこういうのに慣れていませんから、大目に見て下さい」

 

両チームの選手それぞれが各自のポジションにつき、いよいよ試合開始となった。

 

 

 

【前半】

 

0分…令正のキックオフでスタート。DFラインまでボールを下げて、長沢が前方の武蔵野に向かってロングパス。谷尾が武蔵野との競り合いを制してクリア。

 

1分…和泉、中盤でこぼれ球を拾った石野が斜め前方の菊沢にパス。菊沢は間髪入れず、前線に鋭いボールを送る。龍波を狙ったボールだったが、これは寒竹が跳ね返す。

 

2分…和泉、左サイドでボールをキープした菊沢が後ろから、自分を追い抜いた緑川にスルーパスを出す。緑川、マイナス方向に低めのクロスを送る。走り込んだ石野がシュートを放つが当たり損ね、ボールはゴールから大きく外れる。

 

3分…和泉、ゴールキックを谷尾が跳ね返し、こぼれたボールを丸井がすぐさま縦に送る。前線から少しポジションを下げた武がボールをキープ。近くの姫藤に出すと見せかけ、反対の菊沢に送る。走り込んだ菊沢、ダイレクトでシュートする。アウトサイドに回転をかけたシュートは紀伊浜が手を懸命に伸ばして触る。軌道が変化したボールはゴールポストを叩いて跳ね返り、羽黒がすぐさまサイドラインに蹴り出す。

 

 

 

 試合の最序盤、思わぬ攻勢を受ける形となった令正。主将の羽黒が味方に声を掛ける。

 

「落ち着いて行きましょう! まずキープして!」

 

「良い感じですね、監督!」

 

 和泉側でのピッチサイドで小嶋がうんうんと頷きながら春名寺に声をかける。

 

「入りは悪くねえな……強豪相手にも臆せず臨めているな」

 

春名寺が腕を組みながら呟く。

 

「10番ちゃんより、まずはアイツやな……」

 

 米原が小声で呟く。

 

 

 

5分…和泉、こぼれ球をキープしようとした椎名から石野がボールをカットし、丸井へパス。丸井、緑川にボールを下げる。緑川、斜め前方へロングパスを蹴ると見せて、縦パスを菊沢へ。ボールを受けた菊沢、すぐに前を向くが、そこに米原が素早く体を寄せて、ボールをカット。ボールはサイドラインを割る。

 

6分…和泉、菊沢がスローインを緑川へ。緑川、すぐにボールを菊沢に返す。菊沢、自分に寄ってきた武にパスを送り、内に走り込む。武、ダイレクトで菊沢にボールを送る。菊沢と武のワンツーパスが通ったかと思ったが、米原がタックルを仕掛け、菊沢が倒れる。こぼれたボールを丸井がサイドラインに蹴り出す。

 

 

 

「くっ……」

 

「少し勢い余ったわ、堪忍な」

 

 倒れ込んだ菊沢に対し、米原が手を差し伸べる。

 

「……」

 

 菊沢は無言でその手を取り、起き上がり、その場から走り去る。

 

「調子づかせると厄介そうやからな……」

 

 米原が菊沢の背中を見て呟く。ピッチサイドで戦況を見つめていた春名寺は声を上げる。

 

「丸井!」

 

 春名寺が簡単に指差しサインを送り、それを確認した丸井は無言で頷く。

 

(米原さんが輝ちゃんによってサイドに釣り出されている。丸井さんへのマークがやや緩くなったと同時に、中央のスペースが少し空いている……そこを使えという指示。丸井さんも流石にそのあたりは即座に理解している……!)

 

 春名寺の隣に立っている小嶋はそのやりとりの意図を察する。

 

 

 

8分…令正、右サイドからのロングボール。武蔵野が谷尾に競り勝ち、ボールをキープし、渚にパスを送るが、ややパスが雑となり、神不知火が足を伸ばしてカット。こぼれ球に走り込んだ大和がシュートを狙うが、当たり損ねとなり、低い弾道となったシュートはキーパー永江の正面を突く。

 

9分…和泉、前線へロングパスを送るが、寒竹が跳ね返す。中盤で拾った石野がサイドから中に入り込んできた姫藤に預ける。姫藤は逆サイドの菊沢にパスを送ろうとするが、丸井が走り込み、パスを要求する。姫藤は即座にロングパスからショートパスに切り替え、丸井に繋ぐ。中央の空いたスペースでボールを受けた丸井が前を向いた瞬間、合田の激しいタックルが丸井を襲う。丸井は倒れ込む。

 

 

 

 「ファウル!」

 

姫藤が審判にアピールするが、審判は首を振る。正当なチャージの判定だ。合田がすぐさま米原にボールを預け、米原は間髪入れず、鋭いサイドチェンジを三角に送る。この試合で初めてまともに三角にボールが渡った。

 

「さあ、そろそろ反撃開始と行こうや」

 

 米原が笑みを浮かべて呟く。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第21話(2) 対令正高校戦前半戦~中盤~

「やっと来た♪」

 

 三角がボールをキープして、すぐに前を向く。対面の池田がすぐに体を寄せる。

 

「!」

 

「ほいっと♪」

 

 三角が池田をワンステップであっさりと躱し、縦に抜け出す。池田が驚きながら追いかける。三角はその前にボールを中央に送る。鋭く速いボールが蹴り込まれるが、神不知火が足を伸ばしてクリアする。

 

「……思ったより速いなー」

 

 池田が驚き混じりで三角の背中を見つめる。

 

 

 

13分…令正、こぼれ球を合田が米原に繋ぎ、米原が低いパスを左サイドに送る。パスを受けた三角が縦に抜けると見せて、斜め前を走る椎名にパスする。椎名がダイレクトで落とす。内側に切れ込んだ三角が右足でミドルシュートを狙うも谷尾にブロックされる。

 

14分…令正、相手のクリアボールを寒竹が跳ね返す。合田が米原に繋ぐと、米原が大和とワンツーパスで中央に上がると、すぐさま左サイドにボールを展開。三度、三角がボールを受ける。縦に抜けるのを池田が警戒。内に切れ込むと見せかけて、ボールをふんわりと浮かせ、ペナルティーエリア内に送る。走り込んだ武蔵野がボレーシュートを放つが、永江が弾いてコーナーキックに逃れる。

 

15分…令正、左サイドからコーナーキック。キッカーをつとめる椎名がショートコーナーを選択。パスを受けた三角がボールを巧みに転がし、体を寄せに来た池田の股を抜いてかわす。左足でクロスを上げると見せかけて、切りかえし、右足でカーブをかけたシュートを狙うが、やや蹴り方が甘く、ゴロとなったシュートはキーパー永江の正面を突く。

 

 

 

「くっ、右足じゃなきゃな~」

 

 三角は軽く天を仰ぐ。ベンチから春名寺が飛び出して指示を送る。

 

「姫藤、18番につけ! 二人で見ろ!」

 

「は、はい!」

 

 姫藤が戸惑いながらもポジションをやや下げる。小嶋が声をかける。

 

「か、監督……」

 

「ダーイケの対応は決して悪くはない……ただ、あの三角って一年は思った以上だ……」

 

「姫藤さんを守備にまわすと、こちらの攻撃力が削がれます……」

 

「やむを得ない。まずは流れを食い止めることが重要だ」

 

「成実ちゃ……石野さんに対応させた方が良いのでは?」

 

「それも考えたが、ナルーミには中央で椎名を任せている。サイドに釣り出されると、中が空いてしまう……そこを椎名だけじゃなく米原に使われるとマズい……」

 

 春名寺は渋い表情を浮かべる。

 

                  ⚽

 

「はあ……はあ……買ってきましたよ!」

 

 簡易的に設置されたスタンドの一角に座るのは、先に試合を終わらせた、東京の三獅子高校の面々である。一年の馬駆が買ってきたペットボトルを先輩の伊東に手渡す。

 

「ありがとう」

 

「だいぶかかったな」

 

「宿舎に帰ったのかと思ったぞ」

 

 甘粕と城が笑いながら、馬駆から飲み物をもらう。

 

「この近くの自販機に紅茶全然売ってないんだからしょうがないっしょ! ヴィッキーパイセン、無難にスポドリとかにして下さいよ!」

 

「私、試合後は紅茶と決めていますの」

 

「なんすか、その謎のこだわりは⁉ 結構走ったっすよ!」

 

 優雅に紅茶を飲む伊東に馬駆が抗議する。

 

「……良いクールダウンになったでしょう?」

 

「ったく! 試合は?」

 

「今のところ0対0だな」

 

「予想を覆し、仙台和泉が健闘しているな」

 

 馬駆の問いに、甘粕と城が答える。伊東が紅茶を脇に置いて呟く。

 

「先程、二人には言ったけど……このみ、令正の18番、よく見ておいた方が良いわよ」

 

「え? なんでです?」

 

「貴女たちと同学年だからよ。なかなか面白い選手だわ」

 

「へえ……令正は……エンジ色の方か」

 

 馬駆はピッチを眺める。

 

                  ⚽

 

「悪いねー不甲斐なくてー」

 

「いえ……」

 

 すまなそうにする池田に対し、姫藤は気にするなという風に手を振る。

 

「見ての通り、迂闊には飛び込めないんだ。何か同じドリブラータイプとして気づいたところあるかなー?」

 

「今のところはまだ……ただ、かなり良いリズムでプレーさせてしまっているので、球際をもっと厳しく行っても良いと思います」

 

 池田の問いに姫藤は冷静に答える。

 

「厳しくかー」

 

「先輩は基本縦への抜け出しを警戒して下さい。そこまでのスピードではないので、完全に振り切られなければ、十分追い付けると思います」

 

「中にカットインしてきたらー?」

 

「私と先輩で挟み込むようにしましょう。理想を言えば前を向かせないことですが……」

 

「容易じゃないねー」

 

「とにかく、すぐにあの子のボールタッチの癖を見抜きます。そうすればボールの奪い所も分かってくるはずです」

 

「了解―」

 

 そしてまた、サイドライン際に位置する三角の方にボールが転がってきた。池田がすぐに体を当てると、三角はバランスを崩し、ボールを失いかけるが、なんとかキープする。

 

「うおっ!」

 

 三角はやや驚きながら、ゴールの方に背を向けた形でボールを保持する。同じサイドの長沢が寄ってくる。バックパスを考えた三角だが、そのコースを姫藤が遮断する。

 

(縦の選択肢は消えたー)

 

(中にカットインするはず! そこを奪う!)

 

 池田と姫藤の読み通り、バックパスを諦めた三角は中に切れ込む姿勢を見せる。

 

(よし、取るー)

 

(ここで止めれば、また試合の流れを引き戻せる!)

 

 池田と姫藤が挟み込み、三角は体勢を崩す。

 

「くっ!」

 

(よし! 奪える……⁉)

 

 姫藤が驚く。三角の足元にボールが無かったからである。ボールはライン際に残ったままである。三角がニヤリと笑う。

 

「かかった♪」

 

 三角がすぐにターンし、ボールを前方に蹴り出す。池田がスライディングのように足を伸ばすが、それも計算に入れていたのか、ボールを絶妙に浮かせており、池田のボールカットはならなかった。逆に体勢を崩した池田を振り切って、三角はサイドライン際を抜け出す。

 

「ぐー」

 

「よしっ! おっと?」

 

 ゴール前に切れ込もうとした三角に姫藤が追い付く。1対1の形である。

 

(同じ一年だけど、間違いなく全国クラスの選手! 常磐野の朝日奈さんとはまた違ったタイプのドリブラーだけど……どうくるか? 私より小柄だけど、ドリブルの体勢は低いわけではない……足元に注意すれば!)

 

「……」

 

 三角は姫藤と対面し、ひと呼吸置く。体勢を立て直した池田が戻ってきたことを姫藤は視界の中に確認する。

 

(これでバックパスや、やや後方にボールを持ち出すという選択肢は無くなった! より縦に持って行ってクロスか、私をかわしにくるか! さあ、どちらか!)

 

「!」

 

「なっ⁉」

 

 姫藤は驚いた。三角が池田と自分の間を割って入ろうとしたからである。

 

(流石にちょっと強引―)

 

(奪える! ⁉)

 

 三角はボールを両足に挟んで、軽く飛んでみせた。池田と姫藤の伸ばした足をすり抜け、中に切れ込むことに成功した。三角は小さくバウンドしたボールを右足で蹴ってシュートした。これも利き足では無いためか、コントロールに欠け、ゴールから大きく外れた。

 

「う~ん、右足、もっと練習しないとな~」

 

 再度天を仰ぐ三角を見ながら、池田と姫藤は唖然としていた。

 

「これは手を焼くねー」

 

「ぐっ……」

 

「監督!」

 

 丸井がすぐさまベンチの方に駆け寄り、春名寺と二言三言、言葉を交わす。春名寺は驚いた様子を見せたが頷く。丸井がすぐさま、姫藤のところに走り寄ってくる。

 

「聖良ちゃん! あのね……」

 

「ええっ⁉」

 

「とりあえずの応急処置みたいなものだよ」

 

「わ、分かったわ!」

 

                  ⚽

 

 スタンドで見ていた三獅子高校の面々が驚く。

 

「10番、丸井が右サイドに⁉ 三角に対応させるのか……」

 

「照美、あの二人は確か……」

 

「え、ええ、同じ中学出身です」

 

「それは興味深いマッチアップね……桃色の悪魔さんのお手並み拝見といきましょうか……」

 

 城の答えに伊東が笑みを浮かべながら、紅茶を口に運ぶ。

 

「なあ花音、あんなに紅茶がぶがぶ飲んでいたら、絶対良い所でトイレ行きたくならねえかな?」

 

 馬駆が小声で甘粕に囁く。

 

「お、お前は試合に集中しろ!」

 

「……聞こえているわよ、二人とも」

 

「うおっ⁉」

 

「わ、私は何も⁉」

 

                  ⚽

 

「ふ~ん、桃ちゃんがカタリナのマークか……言っておくけど中学の時とは違うよ?」

 

「……それは分かっているよ」

 

 カタリナちゃんの言葉に私が静かに頷きました。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第21話(3) 対令正高校戦前半戦~終盤~

「キャテイ!」

 

 米原さんから鋭いパスがカタリナちゃんに通ります。

 

「~♪」

 

 カタリナちゃんが鼻唄混じりにボールをキープします。良いリズムでプレー出来ているということでしょう。中学時代もそういうときがありました。私たちはフィールドの中央やや左サイド寄りで対峙します。

 

(これ以上調子づかせるとマズい……試合の流れごと持っていかれてしまう恐れがある……このワンプレーが大事になってくる……!)

 

 カタリナちゃんはボールを近くにいた合田さんに出す素振りを一瞬見せますが、尚もボールをキープします。

 

(向こうも最初のこのプレーが大事だと考えているはず……安易にバックパスには逃げないだろう。ここは抜き去ろうとするはず!)

 

 私は重心を低くして、カタリナちゃんの繰り出すプレーに対応出来るよう構えます。

 

「ふっ!」

 

「!」

 

「っと……」

 

 中学時代にも練習などで散々1対1を行いましたが、やはりスピードで振り切ろうとしてきました。これは読み通りであった為、私も反応することが出来ました。カタリナちゃんは体勢を立て直します。

 

(スピードで振り切れないと分かれば、緩急で勝負に来るはず!)

 

「よっ!」

 

(来た!)

 

 カタリナちゃんは右足でボールの左側から右側にまたぎます。右足が地面に着くか着かないかのタイミングで、左足の外側部分を使ってボールを左に持ち出し、そのまま勢いに乗って、縦に抜け出そうとします。ありきたりなフェイントパターンと言えばそれまでですが、彼女のこの一連の動作は非常にスムーズかつ素早い為、向かい合う相手はここでワンテンポ遅れ、置いていかれてしまう場合が多いです。中学時代の私もそんなことが多々ありました。いわゆる「分かっていても止められない」というやつです。しかし、今の私はその動きについていくことが出来ています。

 

「っと!」

 

「⁉」

 

 カタリナちゃんがここでもうワンタッチ入れてきました。左足をすぐさまボールの上で交差させ、ボールの左側に置くと、今度は左足の内側部分でボールを逆方向へと転がしたのです。つまり私から見ると、私の右側を抜くと見せかけて左側を抜きにかかったということです。この動きはさらに素早く、急激な方向転換になる為、私もついていけなくなりそうでした。

 

「~♪」

 

「くっ!」

 

「なっ⁉」

 

 カタリナちゃんが驚きました。私が左足を伸ばしてボールを奪ったからです。体の重心を完全に右側に傾けずに、左側に残しておいたのが幸いでした。こぼれたボールを私はすぐさま前へと蹴り出しました。パスが竜乃ちゃんに通りましたが、すぐにオフサイドの判定を知らせる笛が鳴りました。良いタイミングでパスを出せたと思ったのですが、相手のDFラインの方が一枚上手でした。

 

「切り替えろ、キャテイ!」

 

 米原さんがカタリナちゃんに声をかけます。そのしばらく後、より私たちのゴールに近い位置でカタリナちゃんにボールが渡ります。ボールをキープする直前、カタリナちゃんは首を素早く振って、周囲を見回し、味方の位置関係などを一瞬で把握します。私も彼女の意図するところを探ります。

 

(この位置は敵味方も密集して、ドリブルを仕掛けるスペースがほとんどない。まず優先する選択肢はパス! 後はそのタイミング!)

 

 前を向いたカタリナちゃんは左足でボールを転がし、その上を右足で右側から左側にまたごうとします。ですが、すぐに右足を元の位置に戻します。それと同時に左足でボールを蹴り出そうとします。私がその動きに反応して左足を伸ばしたのを見て、瞬時にボールを蹴る足を右足に切り替え、別方向にパスを送ります。反対を突かれた私ですが、右足を伸ばしてそのパスをカットし、こぼれたボールを前に蹴り出します。

 

「そ、そんな……」

 

 カタリナちゃんはまたも驚いた表情を浮かべます。私としてはある程度は予想通りでした。先程までのプレーを見ても、彼女が利き足の左足だけでなく、右足を使ったプレーにも積極的に取り組んでいるのがうかがえたからです。高校サッカーになると、左足一本に頼ったプレースタイルは苦しくなります。彼女なりに試行錯誤を繰り返している段階ということなのでしょう。左右両足を巧みに織り交ぜたプレースタイルを確立させる前に彼女と相対することが出来たのは幸運でした。

 

「キャテイ、ボサっとすんな、守備や!」

 

 米原さんがまたもカタリナちゃんに声をかけます。その後もしばらく相手チームはカタリナちゃんにボールを集めますが、私は彼女にほとんど仕事をさせませんでした。

 

 

 

24分…令正、自陣でのFK。羽黒が米原に繋ぎ、米原が左サイドの三角へ。三角、ダイレクトで、中央に位置する椎名へパス。受けた椎名もダイレクトで斜め前にボールを送り、三角が縦に走り、そのボールをキープしようとするが、丸井が上手く体を入れてボールを奪う。三角のサイドから中央へのカットインに丸井が対応した形。

 

27分…令正、長沢が前線へ向けてロングパス。武蔵野が谷尾との競り合いを制し、ボールは左サイドの三角へ。三角、縦への突破を狙うが、丸井がすぐさま体を寄せる。三角、スピードに乗り切れず、緩急を使って抜け出そうとするが、丸井を振り切れない。丸井、上手く足を伸ばしてボールを奪取する。

 

 

 

「丸井さん、上手く三角さんを抑え込んでいますね!」

 

 仙台和泉ベンチで小嶋が春名寺に声をかける。

 

「ああ、正直ここまでやってくれるとはな……」

 

 春名寺が感心したように呟く。

 

「三角さんの勢いは止められたと思います! 丸井さんを本来のポジションに戻しても良いのではないですか?」

 

「……前半残り7分弱か……難しいところだが、前半はこのままでいく。下手に動くとバランスを崩してしまう恐れがあるからな」

 

「前半は0対0で良いということですね?」

 

「そうだ。勝負をかけるなら後半だ」

 

 小嶋の問いに春名寺が頷く。そんな様子を横目で見ながら、米原が苦々しげに呟く。

 

「ちっ……ベンチも含めて向こうの方が調子づいておるな……」

 

「純心」

 

「はい? なんすか、妙さん?」

 

 米原の側に椎名が駆け寄る。

 

「次は私に縦パスをくれ。グラウンダーでトラップ出来ないようなやつだ」

 

「え?」

 

「は、はい……」

 

 

 

30分…令正、寒竹が米原にボールを繋ぐ。米原、一旦、横の合田にパス。合田、すぐさまボールを返すと、米原が左足を大きく振りかぶる。和泉側、三角へのサイドチェンジを警戒するが、米原は強い縦パスを選択する。

 

 

 

「妙さん!」

 

 米原が強いグラウンダーのパスを送る。椎名がそれを受けに動く。

 

「7番!」

 

 丸井が声をかけるよりも少し早く、石野と菊沢が椎名を止める為に動き出していた。

 

(ウチはぶっちゃけ、守備は下手だけど……とにかく前を向かせなければ良い! 肩を当てて、体勢を崩せば!)

 

 菊沢が激しく体を寄せる。同じタイミングで椎名に近づく石野が内心で称賛する。

 

(いいね、ヒカル! それでなくても多分5番の珍しいミスキック! あんな強いボールを上手くキープするのは誰だって難しい。トラップを試みるが、絶対に乱れるはずだし! そこを奪って一気にカウンターだし!) 

 

「流石純心、リクエスト通り……」

 

「「⁉」」

 

 菊沢と石野が驚く。椎名がボールをキープせず、ゴールに背を向けた状態のまま、右足のかかと付近でボールの軌道をわずかに変えたのである。

 

(トラップミス⁉ いや、ヒールパス⁉)

 

(トラップは最初から頭に無かった⁉)

 

 微妙に軌道が変わったボールは菊沢と石野の間をすり抜けていく。

 

(ちっ!)

 

(スルーじゃなくて、スルーパス⁉ まさかだし!)

 

 ボールは強い勢いを保ったまま、仙台和泉のDFラインの中央を転がっていく。

 

「キーパー!」

 

 丸井がすかさず声をかける。

 

(スルーパス! でも少し強すぎる! 誰も反応出来ないはず! ⁉)

 

 丸井が驚いた。強く速すぎると思ったパスに反応している選手がいたのである。令正高校13番、渚静である。渚のマークをしていた神不知火は線審を確認する。

 

(オフサイドは⁉ ありませんか!)

 

 仙台和泉の選手が慌てて追いかけるが、完全に渚に抜け出されてしまった。ゴールキーパーの永江が素早く前に出て、シュートコースを狭めるが、渚はそれに惑わされず冷静にボールを蹴り込む。永江の伸ばした足の先を抜けて転がったボールがゴールネットを揺らす。令正高校の先制点が生まれた。

 

「静ちゃん~ナイス!」

 

 値千金のゴールを決めた渚に令正の選手たちが駆け寄り、三角が勢いよく抱き付く。

 

「やっと仕事しよったな、寝てるのかと思ったで」

 

「起きてはいた……」

 

「冗談やがな」

 

「4番のマークをなかなか外せなかった、妙さんが良いパスをくれた……」

 

 渚が淡々と呟く。椎名が頷く。

 

「確かに良い動きだった。出し抜くにはあのタイミングしかなかった」

 

 椎名と渚はハイタッチをかわす。三角が口笛を鳴らす。

 

「~~♪ 頼りになる~」

 

「先輩をからかうなや」

 

「っと、純心ちゃん! 頭をわしゃわしゃしないでよ~」

 

 令正高校の選手たちが自陣に戻る。

 

「前半の内で点を取れるとは……一気に流れを引き戻せたで」

 

 米原が笑みを浮かべながら呟く。

 

「やられました……」

 

 神不知火が肩を落とす。

 

「い、いや、今のはむしろ相手を誉めるべきですよ」

 

 丸井がフォローする。菊沢と石野が汗を拭いながら呟く。

 

「やっぱり、椎名は危険な存在ね……」

 

「ど、どうするし?」

 

「とにかく前半はこのままでいくしかないでしょう。残り時間を考えても、無理をすべきではないと思います」

 

 丸井の冷静な言葉に仙台和泉のメンバーたちが頷く。時間はそのまま経過し、前半終了の笛が鳴り、令正の1点リードで試合はハーフタイムに入る。

 

(先制点が欲しかった……リードされる展開は厳しい……)

 

 丸井を始め、仙台和泉のメンバーは俯きがちにベンチに下がる。

 

「後半も仕掛けていけ、カタリナ。へこんでいる時間は無いぞ」

 

「妙ちゃん、カタリナ別にへこんでないから! って、純心ちゃん、何よ~?」

 

「そこはせめて妙さんやろうがい! まあ、ちゃんをづけただけマシか」

 

 三角の頭を小突きながら米原は笑う。先制された側とされた側。ベンチに戻る両軍の模様は実に対照的だった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第21.5話(1) 対令正高校戦ハーフタイム~令正ベンチ~

                  21.5

 

<令正ベンチ>

 

「前半の内に先制出来たのは良かったぞ、お前ら! フワ~ッと試合を進めていた相手にとってはガツーンと来たことだろう! そうに違いない!」

 

「……段々と相手のペースになっていただけに、先制点を奪えたことが相手に心理的ダメージを与えることが出来たはずだ」

 

 令正の江取監督のコメントを田端コーチが補足する。江取はテンション高く、前半の振り返りを続ける。ベンチ前の芝生に円になって座った令正の選手たちは耳を傾ける。

 

「まずは守備面だが、相手ペースの時間が長かったにもかかわらず、決定的なシーンをほとんど作らせなかったことは評価出来る! 後半もこの調子でガシッと守れ!」

 

「……DFリーダーとしてはどうだった?」

 

 田端が羽黒に尋ねる。

 

「あ、はい、そうですね……攻撃の起点になる精度の高いキックを蹴れる菊沢さんは純心がケアしてくれましたし、姫藤さんにはほとんど良い形でボールを触らせなかったので、相手にボールを保持されてもそれほど慌てずに済みました」

 

「2トップに関しては?」

 

「武さんが上手くボールに絡めていなかったですね。ボールに触れてリズムに乗っていくタイプだと思うので、由紀と次美にこのまま上手く対応してもらえば、試合に入りこめないままで終わるでしょう。龍波さんですが、いつきがほぼ完璧に抑えてくれました」

 

 羽黒が隣に座る寒竹を讃える。

 

「あのパツキン、ポテンシャルの高さは感じるが、動きはまだまだだからな。インターハイ予選に比べるとかなり良くはなっているが……まあ、これくらい朝飯前ってやつだよ」

 

「とはいえ、一発があるから警戒はしておかないと」

 

「分かっているさ、そもそも発射させなければいいんだよ」

 

 羽黒の言葉に寒竹は頬杖をつきながら頷く。

 

「おっ、頼もしいっすね~寒竹パイセン」

 

「おう! 純心、存分に褒め称えろ! アタシは褒めて伸びるタイプだからな!」

 

「じ、自分で言いますか、それ……」

 

 米原が苦笑する。江取が再び口を開く。

 

「……次は中盤だが、羽黒も言ったように、菊沢と姫藤に仕事をさせなかったことは大きい! 相手のキーパーソンである丸井も守備に大分力を割かざるを得なかった! このままの調子でガッーと進め!」

 

「……あの『桃色の悪魔』ちゃんが右サイド、こちらから見たら左サイドに回ったから、それを逆手にとって、右サイドから攻めるのもありなんちゃいますか?」

 

 米原が水分補給しながら提案する。

 

「それは考えていた! だが、まずは向こうの出方をうかがう! とりあえず大和が右サイドで攻守のバランスを上手く取っていてくれる! その流れをわざわざ崩すことは無い!」

 

 江取は提案に頷きながらも自身の考えをしっかりと伝える。

 

「まあ、その辺はお任せしますけどね」

 

「ちょっと、純心ちゃん? カタリナは信用出来ないってわけ~?」

 

「別にそういうわけやないけどな、あの子に抑えられてたやん。さすがは中学の同級生、手の内は全部お見通しってわけやな」

 

「む~見ててよ、後半は絶対に点を取るから!」

 

 三角は唇をぷいっと尖らせる。

 

「うむ! その意気だ、三角! バーンと仕掛けて、ダーッと決めろ!」

 

「臆せずに仕掛けて、チャンスと見れば、シュートを撃っていけ」

 

「オッケー♪ バビューっと行って、ドバーっと決めれば良いんだね」

 

「あ、ああ……」

 

「コーチの補足がまったく意味を成してないやん……」

 

 米原は苦笑を浮かべる。羽黒が口を開く。

 

「後半、ビハインドを背負った相手は一点を取り返しにくるはずです。丸井さんを本来のポジションに戻してくるのではないでしょうか?」

 

「……こう言っちゃなんだけどよ、向こうにはカタリナを満足に抑えられるやつがあの10番以外には居ないと思うぜ。後半が開始してもしばらくはあの急造フォーメーションのままでくるんじゃねえのかな」

 

 寒竹が仙台和泉ベンチの方に目をやって呟く。

 

「そうなれば好都合だ! 石野は厄介だが、菊沢の守備は大したことはない! 椎名! 後半はもっと働いてもらうぞ!」

 

「……確かに不慣れなポジションの様でしたからね。後半は徐々に綻びが出てくるでしょう……そこを突かせてもらうとします」

 

 江取の言葉に椎名は淡々と呟く。椎名の近くに座っていた渚が尋ねる。

 

「妙さん、動き出しのタイミングなんですが……」

 

「先制ゴールと同じ位が理想的ではあるのだが、あの4番相手では同じ手はなかなか通じなさそうだな」

 

「そうですね……なんというか、見透かされているような気がしました」

 

「まあ、やりようはある、あえて逆のサイドに流れるとかな」

 

「なるほど……」

 

「え~? 相手から逃げるの~?」

 

「アンタはちょっと黙っとき!」

 

 米原がカタリナを注意する。渚は怒るわけでもなく、静かに呟く。

 

「私にもカタリナのようなドリブルがあれば話は別なのだがな……」

 

「それぞれの得意な武器でもって勝負することが大事だ」

 

 椎名は頷く。カタリナが呟く。

 

「得意な武器……」

 

「そうだ、お前にとってのドリブルが、渚にとってはオフザボール、ボールのないところでの巧みな動き出しというわけだ」

 

「……前半は少し単調過ぎたかもしれません。ポジショニングだけでなく、リズムを変えてみることも意識してみます」

 

「そうだな、パスは絶対に通してみせる。安心して動き回れ」

 

 渚と椎名のやりとりがひと段落したのを見て、江取が口を開く。

 

「……攻撃面は左サイドと中央主体でグワーっと仕掛けていけ! 早い内に追加点を取れれば理想的だ! タイミングを見て、右サイドからも攻撃を仕掛けるようにしろ!」

 

「そのタイミングっちゅうのは?」

 

「大和に代えて町村を投入する! そのタイミングだ!」

 

「なるほど……」

 

 米原が頷く。寒竹が笑みを浮かべる。

 

「あかりを下げるってことは、守りに入らず、あくまでも攻撃的に行くってことっすね」

 

「そうだ、格下相手に守りに入るなどナンセンスだ!」

 

「ははっ、格下って言い切っちゃったよ、でもそういう考え、嫌いじゃねえけど」

 

「別に相手を見下せというわけではない! ただ、お前らは県4強の一角、令正高校の主力メンバーだ! その誇りを持って、堂々とプレーしろ! そろそろ後半だな……羽黒!」

 

「は、はい!」

 

「キャプテンとして一声かけろ!」

 

 監督に促され、キャプテンの羽黒がおずおずと立ち上がる。それに従いメンバーたちも立ち上がる。羽黒は皆をゆっくりと見渡しながら声をかける。

 

「仙台和泉、前回の対戦時より良いチームになっています。相当努力したのでしょう……しかし、努力してきたのは我々も同じです。決勝で敗れ、インターハイは逃してしまいました。その悔しさは皆忘れていないはずです。公式戦ではなく、親善大会ではありますが、勝てば優勝です。今後に弾みをつけるためにも、この試合を勝ちましょう! ……令正高校、気合いを入れていきましょう!」

 

「「「オオォ‼」」」

 

 令正イレブンの声が響き渡った。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第21.5話(2) 対令正高校戦ハーフタイム~スタンド~

<スタンド>

 

 ハーフタイムのスタンドにて、先に試合を終えた常磐野のメンバーが口々に前半戦の感想を述べ合っている。キャプテンの本場蘭が呟く。

 

「令正が一点リードか、試合自体のペースは仙台和泉がうまく握っていたかと思ったが」

 

「左サイドに位置取った三角にボールが渡るようになって、リズムが変わりましたね」

 

 本場の後ろの席に座る押切優衣が冷静に分析する。その隣に座る朝日奈美陽が若干渋い表情になって呟く。

 

「三角カタリナ、噂以上ね……一年の頃のアタシにはまだ及ばないけど」

 

「な~にをちゃっかり自分アゲしとんのじゃ、去年のこの時期のきさんはまだベンチスタートが主だったじゃろうが。あの18番はしっかりスタメン張っとるぞ」

 

 朝日奈の前の席に座る栗東マリアが後方に倒れ込むようにして、朝日奈を見上げて笑う。

 

「う、うるさいわね! その時のチーム事情とか色々あるでしょ!」

 

「昨日一昨日は顔見せ程度だったが……朝日奈の目には、三角カタリナ……どう映った?」

 

 本場の問いに、朝日奈は居住まいを正して答える。

 

「そ、そうですね……ドリブラーとして優れているのは勿論ですが、決して独りよがりになっていないところがかなり評価出来る部分だと思います。あれだけのテクニックを持っていたら、自覚のあるなしに関わらず、個人プレーに走りがちですが、周りを活かそう、連携で崩そう、という意識が見られるのが、良い点ではないかと……」

 

「ふむ……確かにな。もう少しエゴイスティックなプレーヤーかと思っていたが……」

 

 朝日奈の言葉に本場は頷く。押切が口を開く。

 

「周囲に信頼出来るプレーヤーが多いという点も良い方向に働いているのでしょう。攻撃面ではゲームメーカーの椎名さん、守備面では米原、特にこの全国クラスの選手たちの存在とバックアップが大きいのではないでしょうか」

 

「成程な、偉大な先輩たちの見守る下でのびのびとプレー出来ているというわけか」

 

「そういうことです」

 

「怪我で出遅れていたようだが、間違いなく今後は主力として出てくるだろうな」

 

「ベンチには大野田冴もおるからのう。昨日はスタメンで良いパスを何本か通された……厄介な選手が増えたもんじゃ」

 

 栗東が軽く空を仰ぐ。本場は腕を組む。

 

「ポジション的に同時に起用するのは考えにくいな、対戦相手によって使い分けてくる可能性が高い。もし、今後の公式戦でうちと対戦したら、果たしてどちらを使ってくるか……」

 

「江取監督はあの振る舞いから激情型と見られがちですが、意外と慎重な面もあります。その時のうちの攻撃陣の調子次第では、スタートは守備的な百地さんを使ってくるというケースも考えられると思います」

 

 押切が淡々と答える。

 

「そうか、百地もいたな……」

 

「でも、右サイドか中央でタメを作って、左サイドから崩すというのが、令正の基本戦術でしょ? うちが相手でもそれは大きく変わらないはずよ。大野田か三角を起用してくると考えて間違いないと思うわ」

 

 朝日奈が押切の意見に反論する。本場が頷く。

 

「いずれにせよ三角対策をどうすべきか考える必要があるな」

 

「人数をかけて対応するのがベターかと……」

 

「守備に人数を割き過ぎたら、相手の思うツボよ」

 

 朝日奈が再び、押切の意見に反論する。押切が問う。

 

「ではどうする?」

 

「マリアがいるでしょ?」

 

 朝日奈が前に座る栗東の両肩にポンと手を乗せる。栗東が驚く。

 

「ああん、ワシか⁉」

 

「そうよ、アンタが右サイドバックに入ってマンツーマンで対応するの。猟犬みたいにしつこく喰らい付いて離さないようにしなさい」

 

「簡単に言うてくれるのう……」

 

「あれ? ごめん、ひょっとして自信ない?」

 

「……誰に物を言うておるんじゃ、あんな一年嬢、わけないわ」

 

「頼もしいわね」

 

 朝日奈と栗東のやり取りに本場が笑みを浮かべる。

 

「まあ、最終的に決めるのは監督だがな……それで後半戦だ、仙台和泉はどうするかな?」

 

「三角対策として、丸井を右サイドにコンバートしたのは、急ごしらえでしょうが、ある程度上手くいっています。とりあえず出だしはこのままで進めるのではないでしょうか」

 

 本場の問いに押切が答える。朝日奈が口を挟む。

 

「でも、キーパーソンのあの子をいつまでも守備に回していたら勝てないわ。どこかで勝負をかける必要が出てくるはずよ」

 

「現状は7番の精度の高いキックも、ツインテールのドリブルも封じ込められているからの……どのタイミングでリスクを冒すか、インターハイの時はおらんかった、あの黒のライダースが決まっとる監督の采配に注目じゃな……ん?」

 

「どうした、マリア?」

 

「……いや、あそこの席、見て下さいよ」

 

「? ああ、三獅子のメンバーか、観戦していたんだな」

 

「あいつらにも借りを返さんといけませんね……」

 

「そうだな、今日はこちらが飛車角落ちだったとはいえ、敗れてしまった……全国優勝を目指す為には、今度はしっかり勝たなくてはな……って、マリア、あんまり睨むな」

 

「美陽もやめろ……」

 

 本場と押切が離れて座る三獅子のメンバーを睨み付ける栗東と朝日奈を静かに注意する。

 

「……な、なんか、常磐野から睨まれているんだが……」

 

 視線に気づいた城が慌てて目を逸らす。

 

「ああん? 喧嘩売ってるっていうなら買うまででしょ?」

 

「やめろ、ややこしくなる……」

 

 睨み返そうとする馬駆を甘粕が注意する。伊東が紅茶を優雅に飲みながら呟く。

 

「それよりも……このみ? 同級生の三角カタリナさんはどう?」

 

「え? ああ、左サイドから積極的に仕掛けられるドリブラー、ぶっちゃけうちのチームに欲しいっすよね。うちに欠けているラストピースっていうか……」

 

「ぶ、ぶっちゃけ過ぎだ!」

 

「お、お前、他の先輩方の前で絶対それを言うなよ!」

 

 馬駆の正直な物言いに城と甘粕が慌てる。伊東が微笑む。

 

「発言の良し悪しはともかくとして……しっかりと真価を見抜いている点は褒めてあげるわ」

 

「あ、どーもッス」

 

 馬駆は軽く頭を下げる。

 

「さて……仙台和泉さんはあの桃色の悪魔さんを三角さん対策に充てたわけだけど……後手に回っている印象ね……どう反撃するかしら。花音はどう思う?」

 

「は、はい……点を取る為には、選手交代なども考えられますが、一番は本来のフォーメーションに戻すことかと思います。ただ……」

 

「ただ?」

 

「そうなると、三角のケアをどうするかという問題が再び出てきます。11番が守備に戻ってしまってはその分攻撃力が低下しますし……となると、やはり選手交代が鍵を握ると思いますが……選手層の問題があると思います」

 

「強豪チームとメンバー数ギリギリのチームの対戦ですものね……照美、確か、この両チームはインターハイ予選で当たっているのよね? スコアはどうだったのかしら?」

 

「えっと……3対0で令正が勝っています」

 

「このままだとその再現になりそうね……波乱は無しかしら……さてと……」

 

「ど、どうしたんすか?」

 

「宿舎に戻るわ。特にこれ以上、見るべき点は無いと思うから。分析班が映像を撮ってくれているし、必要なら後でそれをチェックしますわ」

 

「じゃあ、ウチらも帰っていいすか?」

 

「招待チームの主力が全員帰っては礼儀に欠けるわ。あなたたちは最後まで見ていなさい」

 

「ええ~」

 

 伊東はスタンドから出ようとすると、階段付近である人物たちと出会う。

 

「あら、豆さんと……天ノ川さんだったかしら? ごきげんよう」

 

「ごきげんよう」

 

「こんにちは~」

 

 常磐野の選手、豆不二子と天ノ川佳香が伊東に挨拶を返す。

 

「今日は対戦を楽しみにしておりましたのに、二人揃って欠場とは残念でしたわ」

 

「生憎、二人仲良く打撲でね……無理はするなとドクターストップよ」

 

「それならば、致し方ありませんね」

 

「でも、まさかあなたが宮城に来るとは思わなかったわ。主力は静岡で合宿中でしょ?」

 

「まあ、なんとなくですね……興味がありましたから」

 

「興味?」

 

「ええ、そちらを下した仙台和泉とはどんなチームなのかと思いまして」

 

「お眼鏡には適ったかしら?」

 

 豆の問いに伊東が肩をすくめる。

 

「良い選手は何人かいますね……ただ、悲しいかな、選手層の問題があります。令正には大野田さんも控えています……選手交代で流れを引き寄せるのは難しいでしょう」

 

「そうかしら?」

 

「……違うのですか?」

 

「一昨日の試合できっちりとリベンジを果たしたチームを怪我した私たちがわざわざ見に来た……それが意味するところは一体なにかしらね?」

 

「……まだ、見るべきところがこの試合にあると?」

 

「私はそう考えているわ」

 

「……失礼します」

 

 伊東は一礼して、その場を去った。天ノ川が豆に話しかける。

 

「流石、不二子さん、有名人と知り合いなんですね」

 

「ユース代表でよく顔を合わせているからね……あなたも知り合いになっていくのよ」

 

「そうなると良いんですが……それより、見るべきところってなんですか?」

 

「……ひょっとして忘れちゃったの?」

 

 豆が呆れた視線を天ノ川に向ける。

 

「あれ? 帰ったんじゃないすか?」

 

「この後に表彰式もあるからね……そこにわたくしがいないと不味いでしょう……」

 

 伊東は再び席に着いた。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第21.5話(3) 対令正高校戦ハーフタイム~仙台和泉ベンチ~

<和泉ベンチ>

 

「……1点リードを許しちまっているというのは、もちろん良くはねえが、最悪というわけでもねえ、むしろ格上相手にお前ら臆せずよくやっているよ」

 

 ベンチ前に座り込む選手たちの前をゆっくりと歩きながら春名寺が淡々と語る。

 

「……とはいえ、なにか動く必要があると思います」

 

 緑川が口を開く。

 

「まあ、そう焦るなよ、キャプテン……まずは前半を振り返ってみるとしよう……相手にペースを握らせず、上手く試合を進められた。守備はヴァネと神不知火を中心に良く守っていた。司令塔の椎名に対しても、ほとんど仕事らしい仕事をさせなかった……最後にやられちまったが、あれは向こうを褒めるべきだ。引き摺らずに切り替えていけば良い」

 

「渚さんの動き出し……完全に振り切られてしまいました……まさしく全国レベルでした」

 

 神不知火が俯き気味に呟く。春名寺が笑う。

 

「おいおい、そこは自分の想定を超えるプレーヤーとのマッチアップを喜べよ」

 

「しかし、このままでは後半、やられっぱなしになってしまう恐れもあります。そんな状況で素直に喜べませんよ」

 

「ふむ……あの渚ってのはオフザボール、ボールの無い所での動き出しに長けている。相手の誰かがボールを持っているとき、守備側ってのはどうしてもボールに一瞬目をやってしまう、その時に生じた隙というか、エアポケットに入り込むのが抜群に上手い……こういうタイプを止めるのはなかなか難しい……」

 

「で、では、どうすれば?」

 

 マネージャーの小嶋が尋ねる。

 

「……試合から消すことだ」

 

「消す……ですか?」

 

 神不知火が手で印を結ぼうとする。春名寺が慌てて止める。

 

「おっと! 妙ちくりんな術は使うなよ、反則になっちまう……なんの反則か知らねえけど……話は戻すが、あの渚ってのは言ってみれば“ボールの受け手”だ」

 

「……つまり“ボールの出し手”を抑える?」

 

 緑川が呟く。春名寺が頷く。

 

「そういうことだ、ボールが出て来なかったら、そもそも動きようがねえだろ」

 

「司令塔の椎名さんを徹底マークすればいいということですか?」

 

 小嶋が問いかける。

 

「徹底マークというのは難しい話だが、要は中盤の攻防をどう制すかってことにつながるな」

 

「……ウチにボランチの位置で椎名を警戒しながら攻撃もしろってこと?」

 

 菊沢が顔をしかめる。春名寺が笑みを浮かべる。

 

「もちろん、それをやってくれたら最高なんだが、そういうわけにはいかねえよな?」

 

「……情けない話だけど慣れない守備に奔走して、攻撃に移ったときに余力が無いわ。ボランチの位置からロングキック一本蹴って、そうそうチャンスが生まれるわけじゃないし……」

 

「そう、それをやり返したいんだよ」

 

 春名寺が頬杖をつく菊沢を指差す。

 

「……は?」

 

 菊沢は首を傾げる。春名寺は話を続ける。

 

「椎名と並んで向こうの中盤のキーパーソンは米原だ。ある意味、椎名より厄介かもな……こいつをボランチの位置に押し込め、守備に奔走させ、攻撃に出来る限り関与させないこと……それが後半の大きな狙いだ」

 

「そんなことが出来るの?」

 

「出来る。こちらのボール保持の時間を増やすんだ。前半の立ち上がりを思い出せ、悪くない試合運びが出来ていただろう?」

 

「中盤のポジションを戻すっていうこと?」

 

「そうだ、まずは菊沢、お前はサイドハーフに戻れ。あの位置で攻撃をリードしろ」

 

「……」

 

「確かに、前半の途中までは米原さんも菊沢さんのことを警戒していて、あまり攻撃に絡めていなかった印象です」

 

 無言の菊沢に代わって小嶋が答える。

 

「そう、全国レベルの激しいプレッシャーが来るが、なんとか踏ん張ってくれ。あそこで攻撃の起点が作れたら、米原と言えど、守備を優先的に考えざるを得なくなる」

 

「……それは良いとして、米原は全国レベルのボランチ、自陣の低い位置でボールを奪っても、推進力のあるドリブルで持ち上がることができたり、局面を一発で打開することのできるサイドチェンジがある。それについてはどう対応するの?」

 

「そいつは中央に戻った丸井が対応する。な?」

 

「あ、は、はい……」

 

 突然の指名を受け、丸井は戸惑いながらも頷いた。緑川が尋ねる。

 

「……それで中盤の攻防戦は優位に立てると?」

 

「待て待て、何ごとも連動だ、前線の組み合わせを少し変える」

 

「交代ですか?」

 

「そうだ、悪いがアフロ、下がってくれ……疲れもあっただろうからな、今日はお前の日じゃなかった、気にするなよ。そのポジションには姫藤、お前が入れ」

 

「えっ⁉ アタシですか?」

 

 姫藤が驚く。春名寺が頷いて説明を続ける。

 

「イメージは1.5列目って感じだな。長沢と合田の間でボールを受けろ。密集地帯でキツいと思うが、上手くかき回してくれ。何度ボールロストしても構わん。ボールを受けたら、とにかく前に向かえ……それを繰り返していけば相手のDFラインも下がったり、やや乱れたりする……かもしれん」

 

「希望的観測なんですね……要は切れ込んでいけと……分かりました」

 

「DFラインに乱れが生じたら、龍波、お前にもワンチャンあるかもしれないぞ」

 

「おおっ! マジか! 真打ち登場ってやつだな!」

 

 龍波が笑みを浮かべて立ち上がる。

 

「……まあ、無いかもしれないけどな」

 

「ど、どっちなんだよ」

 

「常に一発は狙っていけ……現状お前にはそれしかないからな。相手を上手く出し抜こうとか、余計なことは考えるな。来たボールを叩き込むことだけに集中しろ」

 

「だってよ~ビィちゃん~どう思う?」

 

 龍波が隣に座る丸井に意見を求める。

 

「マッチアップしているのがユース代表経験のある寒竹さんだから……とにかく全力で向かっていくしかないよ。諦めなければチャンスは来るから、とにかく集中していこう」

 

「まあ……ざっとこんなもんだな」

 

「三角への対応はどうするの?」

 

 菊沢が尋ねる。

 

「丸井は中央に戻すからナルーミとダーイケ、二人で対応しろ。まだ一年だ、あのペースが最後まで持つわけがない。お前らなら抑えられる」

 

「それもまた希望的観測のような気がするけど……」

 

 姫藤がぼそっと呟く。春名寺が補足する。

 

「丸井、三角の後ろに生じるスペースを上手く使え、そっちのサイドでも起点を作ることが出来れば、相手は絶対に嫌がるはずだ」

 

「それは良いんだけど……大事なこと忘れてない?」

 

「ん? なんかあるのか?」

 

 菊沢の呟きに春名寺が反応する。

 

「アフロパイセンと誰を交代させるのよ?」

 

「あれ? 言ってなかったっか?」

 

「聞いてないわよ」

 

「ああ、そっか~言ってなかったか」

 

 春名寺のとぼけた様子に菊沢はため息をつく。

 

「椎名さんのパス、あるいは椎名さんへのパスをカットするなら美来ですか?」

 

 緑川は桜庭を指し示す。

 

「より守備の強度を高めるならワッキーじゃない?」

 

 菊沢は脇中を見ながら呟く。

 

「ま、まさか、松内さんですか? 展開力は魅力ですが、ボランチ起用は結構ギャンブルかと思いますが……」

 

 小嶋が松内に聞こえないように小声で囁く。

 

「……ジャーマネ、お前は分かってんだろうが、三人にはウォーミングアップを命じていない、そんなやつらをいきなり投入しねえよ」

 

 春名寺が呆れ気味に口を開く。

 

「で、では、誰を⁉」

 

「いるだろうが、もう一人……おっ、走ってきたな」

 

 春名寺の視線の先を見て、皆驚いた。背番号18のユニフォームに袖を通した鈴森エミリアの駆け寄ってくる姿があったからである。

 

「お、お待たせしだっす!」

 

「宿舎から走ってきたのか、ってことはアップは十分だな、よし後半頭から行くぞ」

 

「は、はい!」

 

「ちょ、ちょっと待って下さい! 大丈夫なんですか?」

 

 丸井が慌てて止める。春名寺が首を傾げる。

 

「何がだよ」

 

「な、何がって、エマちゃん、発熱が続いて、この合宿ほとんど休んでいたじゃないですか」

 

「熱は昨日の夜にはすっかり引いていたよ、なあ?」

 

「う、うん……今日も大事を取って、皆より少し遅く起きたけんど、朝も平熱だったっちゃ。問題はねえと思うよ。今走ってきたけんど、体が軽く感じたし!」

 

「そ、そう、無理はしないでね」

 

 丸井は戸惑いながらも頷いた。春名寺は丸井と鈴森の肩を強引に抱き寄せる。

 

「丸井と鈴森、このボランチコンビの御披露目だ! 間違いなく向こうの虚を突けるだろう。相手が戸惑っている内に一気に試合の流れを引き寄せ、まず同点、そして逆転しちまえ! よっしゃキャプテン! 景気付けに一言頼むぜ!」

 

 春名寺の言葉に頷いた緑川は全員を見渡す位置に移動し、静かに檄を飛ばす。

 

「改めて言いますが、インターハイで敗れた相手です。公式戦ではありませんが、勝てば大きな自信につながるはずです。さらに強くなれるチャンスです。チーム一丸となって、令正を倒しましょう。皆さんの力を結集して下さい。仙台和泉、勝ちましょう!」

 

「「「オオォ‼」」」

 

 仙台和泉イレブンの声がピッチ上に鳴り響いた。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第22話(1) 対令正高校戦後半戦~序盤~

                  11

 

 後半戦

 

令正高校

 

__________________________

|     三角     |  石野    池田  |

|   長沢    武蔵野| 姫藤   鈴森    |

|    合田      |        谷尾  |

|紀伊浜 羽黒  椎名   |          永江|

|    米原      |        神不知火|

|   寒竹     渚 | 龍波   丸井    |

|     大和     |  菊沢    緑川  |

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー 

 

                      仙台和泉

 

                    

 

 令正はメンバー変更無し。和泉は武に代わって鈴森。姫藤をFWに。丸井が本来のボランチ、菊沢が左のサイドハーフに戻り、右のサイドハーフに石野が移ったが、システム自体は4-4-2で変更無し。

 

 

 

<スタンド>

 

「和泉が動きましたね」

 

 押切の言葉に常磐野のメンバーが視線を和泉側に向ける。

 

「金髪ポニテ……あんなのいたかの?」

 

「18番? 新メンバーってことかしら? 何年生?」

 

「そんなん、ワシに聞かれても知らんわ」

 

 後ろから両肩を揺らしてくる朝日奈に栗東がウンザリした視線を向ける。

 

「一人目に投入してくるとは……かなりの実力者か?」

 

「その可能性が高いですね……」

 

 本場の問いに押切が頷く。

 

「春の大会はどうしたんだ?」

 

「欠場でしょうね」

 

「今回の合宿は?」

 

「体調不良だったようで、全体練習にはあまり参加していなかったようです。昨日一昨日の試合にも出ていませんね」

 

「そんな選手をぶっつけで起用してくるとは……」

 

「ふふっ、これは面白いことになりそうじゃない~?」

 

 豆と天ノ川が常磐野メンバーたちの近くの席に座る。押切が驚く。

 

「ふ、二人とも! 安静に、とのドクターの指示ではありませんでしたか?」

 

「激しい運動をしなければ問題はないわ~」

 

「とは言っても……!」

 

「あ、優衣さん。ドクターや監督には許可はもらっていますから」

 

 天ノ川が豆の説明不足を補足する。

 

「な、ならば良いが……あまり無理をしない方が……」

 

「……多少の無理をしてでも、この試合は見る価値があるということか」

 

「ふふふ……さすがキャプテン、見事な洞察力だわ」

 

 本場の言葉に豆がウィンクする。

 

「っちゅうことはあの金髪ポニテがキーパーソンってことですか?」

 

「佳香はどう思う?」

 

 豆は栗東からの質問をそのまま、天ノ川に向ける。皆の視線が天ノ川に集まる。

 

「そ、そうですね、合流して一か月くらいかと思うんですが、彼女がチームにフィットしているなら……仙台和泉、ますます厄介な相手になると思います」

 

「!」

 

 天ノ川の言葉に常磐野メンバーの顔が一変する。

 

「そうか……後半の楽しみが増えたな」

 

 本場が笑みを浮かべてピッチに目をやる。

 

「……わざわざ戻ってきたってことはあの仙台和泉の18番目当てっすか?」

 

 馬駆が伊東に尋ねる。

 

「鋭いわね」

 

「だって、他に理由がないでしょう?」

 

「あちらの常磐野の席をご覧なさい」

 

 伊東が常磐野のメンバーが固まって座っている座席を指し示す。

 

「あ、あれは、ユース代表常連の豆不二子!」

 

「うちとの試合は欠場していたな……」

 

「ええ、残念ながら打撲でね……」

 

 伊東は紅茶を口にしながら城の言葉に答える。甘粕が尋ねる。

 

「それがこうしてスタンドにいる。まだ、この試合、見るべきものがあると?」

 

「どうやらそうみたいね……ほら彼女じゃない? 18番のポニーテールの子……ふふっポジション的には花音、よく見ておいた方がいいかもしれないわよ?」

 

「はい……」

 

 伊東の言葉に甘粕は静かに頷く。

 

<令正>

 

「メンバーを替えてきましたか……」

 

 羽黒が冷静に呟く。寒竹が問いかける。

 

「何者だ? 一、二年知っているか?」

 

「……」

 

 寒竹の問いかけに皆首を振る。

 

「ふはははっ、なんやオモロクなってきたやん! ここで秘密兵器投入とは、あちらも盛り上げ方知ってはりますな~」

 

「笑い事じゃねえよ」

 

 寒竹が米原の頭を小突く。

 

「痛っ……ちょっとした冗談ですやん……」

 

「キャプテン、ベンチは?」

 

 寒竹はベンチ側で監督と言葉を交わして戻ってきた羽黒に尋ねる。

 

「……しばらくは様子見しろとのことです」

 

「出方を伺えってことですか?」

 

「そうなりますね」

 

 米原の問いに羽黒が頷く。寒竹が再度確認する。

 

「誰と代わった? アフロか、ってことはFWか?」

 

「タッパはありますね、但し線は細い。前線で身体を張るようなタイプには見えない……まあアフロさんと同じような対応で問題ないと思いますけどね」

 

「いや……中盤だな」

 

 しばらく黙って敵陣を見つめていた椎名が呟く。

 

「ボランチで桃ちゃんとコンビを組むってこと? それは結構良い選手なのかも」

 

「カタリナ、やっぱり見たことある選手なのか?」

 

「いや、無いけど」

 

 渚の問いにカタリナは側答する。

 

「な、無いのか……」

 

「でも、良い選手っていうのはオーラみたいなもので分かるよ」

 

「オ、オーラか……」

 

「そういうオカルトみたいな話はええねん」

 

 米原が二人のやり取りに突っ込みを入れる。

 

「いやいや、純心ちゃん、こういうのって馬鹿にできないんだって~」

 

「そんなもん、ちょっとボールを蹴らせてみれば嫌でも分かるわ」

 

 米原は和泉陣内を真面目な顔つきで見つめる。

 

<和泉>

 

 主審の合図が出るまで、ピッチで待機する鈴森。そこに春名寺が寄ってくる。

 

「緊張してねえか?」

 

「……多少」

 

 鈴森は笑みを浮かべて答える。春名寺が笑う。

 

「自分の状態が分かっているのなら大丈夫だな。ただ、問題はコンディションだ、病み上がりではある。無理だと感じたらすぐ知らせろよ」

 

「はい、分かっています。無理はしません」

 

「それなら良いが……」

 

「正直……今はそういう心配事よりも……」

 

「うん?」

 

「このチームで強いチーム相手に試合すっことが出来る! その喜びの方が勝っているような心理状態なんがす!」

 

「はははっ! 頼もしいな! 頑張れよ!」

 

「はい!」

 

 春名寺はベンチに戻る。小嶋が心配そうに尋ねる。

 

「鈴森さん、大丈夫でしょうか?」

 

「メンタル面は心配要らねえよ。ただ……」

 

「ただ?」

 

「正直……鈴森は秋の大会まで秘密兵器にしておきたかったんだがな」

 

「そ、そうだったんですか……」

 

「まあ、そういうわけにはいかねえか……」

 

「こういう強度の高いゲームで試すことが出来たことをプラスに捉えるべきです」

 

「へっ、良いこと言うじゃねーか、ジャーマネ。そうだな、前向きに行こうか」

 

 審判に促されて、鈴森は和泉の円陣の元に小走りで向かい、丸井の隣に入る。

 

「緊張してねえか、エムス⁉」

 

「あ、うん。大丈夫だよ、竜乃ちゃん!」

 

「まずはファーストタッチを大事にしよう」

 

「ありがとう、桃ちゃん!」

 

「……それじゃあ、キャプテン、お願い」

 

 菊沢が緑川に促す。緑川が掛け声の前に一つ咳払いをする。

 

「……まだ一点差です。チャンスは十分あります……仙台和泉、勝ちましょう!」

 

「「「オオォッ‼」」」

 

 いよいよ後半戦開始となる。泣いても笑っても数十分後には、勝者と敗者が決まる。

 

【後半】

 

後半0分…和泉ボールでキックオフ、龍波が後ろに下げる。受けた丸井が鈴森へ。

 

 

 

「……」

 

丸井からの横パスを鈴森はダイレクトで菊沢に繋ぐ。そのパスの精度、スピードから、令正側は鈴森が只の平凡なプレーヤーではないということを瞬時に看破する。

 

「正確にパスを散らせるタイプか……10番ちゃんだけやなく、パスの出し手が増えた……これはまた厄介やな」

 

米原がぼそっと呟く。

 

 

 

後半2分…令正、中盤のこぼれ球を合田が拾い、椎名に繋ぐ。

 

 

 

「!」

 

 合田からのパスを受けようとした椎名が驚く。鈴森と丸井にはさまれたからである。前を向くことが出来ない。なんとかトラップするが、鈴森の長い脚によってカットされ、こぼれ球を丸井に奪われる。

 

「桃!」

 

 丸井が左サイドの菊沢にすかさず繋ごうとするが、米原が鋭い出足をみせてこれをカットし、ボールはサイドラインを割る。

 

「……」

 

「なるほど、妙さんへのマークを増やしてきたか……」

 

 椎名は若干渋い表情を浮かべ、米原は和泉の狙いを理解して小さく頷く。

 

 

 

後半3分…令正、長沢が前線へ向けてロングパス。武蔵野との競り合いを谷尾が制すが、ボールは中途半端な位置にこぼれる。三角が抜け目なく反応し、これを拾おうとするが、石野の方が素早く、ボールを蹴り出す。

 

後半4分…令正、中盤のこぼれ球を拾った合田が縦パスを狙う。

 

 

 

「!」

 

 合田が縦を見るが椎名には鈴森と丸井が挟み込むように立っている。左の三角に目をやるが、こちらにも石野と池田が二人ついている。一瞬、判断に迷った合田はとりあえずドリブルでボールを前に運ぼうとする。

 

「後ろ、来てる!」

 

「⁉」

 

 米原のコーチングに気付いた時には、斜め後ろから迫ってきた姫藤にボールを奪われそうになる。合田は慌てて、ボールをキープしようとするが、ボールはこぼれる。菊沢がそれを拾おうとするが、米原が足を伸ばし、右サイドの大和へパスする。大和が前に進もうとするが、サイドから中央にポジションを寄せていた緑川がこれを巧みにカットし、ボールはサイドラインを割る。菊沢が緑川と姫藤に声をかける。

 

「ナイスカット! ツインテも良い寄せよ!」

 

(妙さんだけでなく、キャティにも二人マークか……しかも絶妙なポジショニングや……安易にパスを出したら、すぐに囲まれてまう……一点差を追い付くより、まずは守備を落ち着かせて、ゲームの流れを掴もうって腹か……)

 

 米原が内心舌打ちする。

 

「ふん、守りを固めよったか」

 

 スタンドで見つめる栗東が頬杖をつきながら呟く。

 

「まず守備から入るのは間違いではない」

 

「そうね、令正はこの試合、好調の三角にボールを集めることによって攻撃のリズムを作っていた……椎名へのケアもしつつ、運動量の多い8番に広いエリアをカバーさせる……悪くない判断だと思うわ」

 

 押切と朝日奈が冷静に分析する。

 

「一点負けているんじゃぞ? 消極的過ぎるわい」

 

 栗東が二人に反発する。

 

「まだ焦る時間帯ではない」

 

「そうね、守備からリズムを作っても良いと思うわ」

 

「ふん……」

 

 二人の返答に栗東はやや憮然とする。そのやりとりを見た豆が笑う。

 

「DFが攻めるべきだと主張して、攻撃の選手が落ち着かせる……真逆で面白いわね」

 

「それでどうなんだ、不二子?」

 

 本場が豆に問う。

 

「え?」

 

「え?じゃない。わざわざちょっと守備面で気の利く選手を見にきたわけではあるまい?」

 

「ふふっ、どうなのかしらね佳香?」

 

「な、なんでそこで私に振るんですか……まあ、もうちょっと見てみましょう」

 

 天ノ川が皆の視線をピッチに促す。

 

「実質守備の枚数を増やしただけか? まあ、あのドリブル得意な11番をゴールに近い所に置いたのは良いと思うけど……そこまでボールを運べるかね?」

 

 常磐野のメンバーとは離れた所で試合を見る馬駆が腕組みして首を傾げる。

 

「守備を落ち着かせるのは大事だ。右サイドのケアが急務だったからな」

 

 城が落ち着いて答える。伊東が甘粕に問う。

 

「どうかしら花音? ここまでのあの18番は?」

 

「しょ、正直まだなんとも……配球のセンスはありそうですが」

 

「あくまで守備面の応急処置か、それとも……」

 

「それとも……なんすか? 途中で止めないで下さいよ」

 

「ふふっ、まあ、もう少し見てみましょう」

 

 馬駆の言葉を伊東は笑って受け流す。

 

 

 

後半5分…和泉、左サイドでボールを受けた菊沢。中央に出てきた鈴森とワンツーで抜け出そうとする。大和が追いすがってきたため、一旦止まり、自分の後ろを追い越してきた緑川にスルーパス。緑川、低く速いクロスをゴール前に送る。龍波、足を伸ばすが、届かず、ボールは紀伊浜がキャッチする。

 

後半6分…和泉、左サイドで菊沢がボールをキープ。そこに鈴森が寄ってくる。菊沢が鈴森にパス。再びワンツーかと思った令正守備陣の裏をかき、鈴森は反転して、ボールを中央の丸井へ。丸井がシュートを狙うがジャストミートせず、ゴール左に外れる。

 

 

 

(ちっ! この18番……!)

 

 米原が苦々しい表情で鈴森を見つめる。スタンドの天ノ川が呟く。

 

「18番……鈴森さんが攻撃に絡み始めましたね」

 

「なんじゃい、佳香、名前知ってんのかい」

 

「ええ、以前ちょっと……」

 

「早よ言わんかい、何者じゃ、アイツは?」

 

「ええっと……仙台和泉さんの生徒さんで、つい先日までフットサルをやっていた方です」

 

「フットサル?」

 

 天ノ川の言葉に栗東は目を丸くする。

 

「ええ、結構有力選手だったみたいで……」

 

「優れた技術を持っているのはすぐに分かったが、なるほど、そういう転向組か……」

 

 押切が腕を組んで頷く。本場が呟く。

 

「令正、やや戸惑っているな」

 

「ふふっ、単なる守備固めかと思ったら攻めの一手でもあるんだもの、それは驚くわよね~」

 

 豆が悪戯な笑みを浮かべる。

 

「なるほどね、守備だけでなく攻撃もイケるクチか!」

 

 馬駆がポンと膝を打つ。

 

「18番と丸井、良い連携だな」

 

「ああ、守備だけでなく、攻撃でも良い距離感を保っている、これは令正も手を焼くぞ」

 

 城の言葉に甘粕が頷く。馬駆が伊東に話しかける。

 

「……椎名さんたちへのマークと見せかけて、米原さんマークでもあるってことっすね⁉」

 

「……そういうこと、米原さんを自陣へと釘付けにする。攻撃的な采配よ」

 

 伊東が紅茶を口にしながら頷く。

 

 

 

後半8分…和泉、左でボールを受けた菊沢が鈴森とワンツー。縦に抜けると見せかけて、内に切れ込む。大和がファウル。令正ゴールから向かって右30m地点でFKを獲得。菊沢と鈴森がキッカーポジションに並ぶ。

 

 

 

「9番、オッケー!」

 

 寒竹がチームメイトに声をかける。谷尾と神不知火が上がっているところが目に入り、羽黒が瞬時に考えを巡らす。

 

(いつきに5番をマークさせた方が良いか? いや、ここでマークの受け渡しはかえって混乱をきたす恐れがある……! このままで良い!)

 

 笛が鳴り、菊沢が左足を振りかぶる。令正が警戒する。しかし、菊沢はボールを蹴らずに止まる。ゴール前に走り込もうとしていた和泉の選手たちは足を止める。寒竹が驚く。

 

「なっ⁉」

 

「マーク確認!」

 

 羽黒がすぐさま声をかける。菊沢が蹴ると見せかけて、鈴森がキックモーションに入る。しかし、鈴森のキックは令正にとって意外なものであった。ゴール前に飛ぶように斜め方向に蹴るのではなく、真正面、令正ゴール側から見ると、ほぼ真横の方向にゆるやかなボールを蹴り上げたからである。

 

「⁉」

 

 そこに走り込んでいたのは丸井であった。丸井は右足ダイレクトでボールを蹴る。浮かび上がるような弾道のシュートが令正ゴールに突き刺さった。1対1の同点である。

 

「よっしゃ!」

 

 和泉ベンチで春名寺がガッツポーズする。

 

「やりましたよ、監督!」

 

 マネージャーの小嶋も興奮を抑えきれない。春名寺が感心する。

 

「練習でもほとんどやってない形を成功させやがったな」

 

「……これが親善試合というのが少しもったいない気もしますが」

 

 小嶋の言葉に春名寺が笑う。

 

「まあ、こういうセットプレーもあると、相手に認識させたと考えよう。次に対戦するとき、向こうに迷いが生じるはずだからな」

 

「……そうですね」

 

「よし! お前ら、この勢いで逆転だ!」

 

 春名寺がピッチサイドで手を叩きながら大声を上げて、和泉の選手たちを鼓舞する。

 

 

 

後半11分…和泉、池田のロングパスに反応した龍波が寒竹に競り勝ってゴール前にボールを落とす。姫藤が拾い、切り込むが合田がファウル。ゴール前ほぼ正面、約25mと絶好の位置でFKを獲得。

 

後半12分…和泉、相手ゴールほぼ真正面の位置でFK。さきほどと同様に、菊沢と鈴森がキッカーポジションに並ぶ。菊沢が蹴ると見せかけ、鈴森がフェイントで相手の壁のタイミングを巧みにずらし、ふわりと浮かせたシュートを放つ。良いコースに飛んだが、GKの紀伊浜が片手一本で弾き出す。左サイドからのCKを獲得。チャンスが続く。

 

後半13分…和泉、左サイドからのCK、キッカーは鈴森。

 

 

 

 令正GKの紀伊浜が盛んに指示を飛ばす。羽黒も考える。

 

(さきほどの様に、デザインしたセットプレーを続けざまに使ってくるとは考えにくい。ああいうのはそうそう何度も上手く行くわけがない……ここはシンプルに高さで勝負してくるはず! いや、裏を欠いて低く早いグラウンダーのボールか? 高さでは皆に任せきりになってしまう分、低い球は絶対に弾き返してみせる!)

 

 笛が鳴り、短い助走から鈴森がボールを蹴る。これまた令正にとっては意外なものであった。カーブのかかっていないストレート系の鋭いボールだったが、弾道が中途半端に低く、ゴール前の密集地帯の手前でバウンドする。しかし、このバウンドが守る側としては厄介であった。ボールが守備ブロックをすり抜けていくの見て、寒竹が舌打ちする。

 

(ちっ、裏をかかれた! いや、ミスキックか! 誰も反応できないんじゃねえか……⁉)

 

「!」

 

 独特な弾道でゴール前に飛び込んだボールに、両チームの選手ほとんどが反応できなかったが、ほぼ唯一反応した選手がいた。神不知火である。神不知火は速いボールに上手く足を合わせ、ボールをゴールに突き刺した。2対1、仙台和泉の逆転である。

 

「おおおっ!」

 

 和泉の選手たちが神不知火に群がる。鈴森も笑顔で駆け寄る。

 

「ナイスシュートっす! 正直ミスキックになっちまったのに……」

 

「なんとなく、予感がありました。ここに来るだろうなと」

 

「そ、そうすか……」

 

 引き気味の鈴森に丸井が抱き付く。

 

「ナイスキック! 相手の意表を突けたね!」

 

「ははっ! そういうことにしておこうか」

 

 喜びを分かち合う、丸井と鈴森。その様子を見て、三角が憮然とする。

 

「なんか、絶妙に面白くないんだけど……」



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第22話(2) 対令正高校戦後半戦~中盤~

 立て続けの失点でまさかの逆転を許してしまった令正ベンチでは、江取監督がヒートアップし、なにやら激しくまくしたてるも、すぐさま落ち着きを取り戻し、コーチの田端に指示を出す。田端は頷いて、ある選手を呼ぶ。

 

 

 

後半14分…令正、大和に代えて町村を投入。

 

後半15分…令正、寒竹がボールを持って攻め上がり、椎名へパス。椎名、前を向かずワンタッチで米原へ。米原が右斜め前に長いパス。走り込んでそれを受けた町村、クロスを送ろうとするが、緑川がカットし、ボールはサイドラインを割る。

 

後半16分…令正、左サイドの長沢が斜め前方へロングパス。右サイド深くに走り込んでいた町村、頭でこのボールを後方に落とす。近くに寄ってきていた米原がダイレクトで前方のスペースへ。右サイドのより深くへ走り込んだ町村がクロスボールを中央に上げるが谷尾がヘッドでクリア。武蔵野には繋がらず。

 

後半17分…令正、左サイドでボールを受けた米原が縦にボールを送ると見せかけて、体を反転させ、右サイドへ鋭いサイドチェンジ。それを受けた町村が縦に抜け出して、クロスボールを中央に送ろうとするが、懸命に足を出した緑川に当たり、ボールはこぼれる。走り込んだ合田が素早く、中央にグラウンダーのクロスを送るが、渚の前で神不知火が足を伸ばしてカット。さらにこぼれたボールに反応した椎名がシュートを狙うが当たり損ね、ボールはゴールの左に外れる。

 

 

 

 和泉ベンチで春名寺が渋い顔をして呟く。

 

「あの2番が入ってから右サイドからも攻撃するようになってきやがったな……」

 

「2番の町村さんも相手などによっては先発することがありますから、準レギュラーというよりもレギュラークラスの選手と考えて良いでしょうね……純粋な守備力では大和さんに劣るかもしれませんが、サイドが本職なので、実力は両者ほぼ遜色ないと見ていいかと」

 

「全く選手層の厚いことで……」

 

 小嶋の説明に春名寺がさらに渋い顔になる。

 

「元々サイドの上下動には定評のある選手です。こちらの菊沢さんのケアをしつつ、緑川キャプテンのオーバーラップを封じ込めるのが狙いでしょう」

 

 小嶋は令正ベンチの方を見つめながら説明を続ける。

 

「緑川のフォローと右サイドからの攻撃が増えたことによって菊沢もポジションを下げざるを得なくなっているな。その判断は間違っていねえから、下がるなとも言えねえ……こちらの攻撃力を削いで、それをそのまま自分たちの攻撃力に繋げるとはな……左サイドからの攻撃に注意しておけば良かったところを左右両方への対応に追われることになっちまったか……」

 

 春名寺が腕を組んで苦々しい声で呟く。

 

「例えばですが……交代でサイドの守備を強化しますか?」

 

「いいや。キャプテンとダーイケに若干の疲れは見られるが、もう少し頑張ってもらうしかねえ……守備を固めるにはまだ早すぎるからな。それに攻撃の形は決して悪くはない……ここで変に自分たちのリズムまで崩したくない、もうちょい様子を見る……苦しいがここを耐えればまたこちらの流れになるはずだ」

 

 小嶋の問いに対して首を振り、春名寺は自らの考えを述べる。その時、令正ベンチに動きが見られ、それを確認した小嶋が声を上げる。

 

「令正、さらに二人交代です! 武蔵野さんと渚さんを下げます!」

 

「⁉ 2トップを揃って代えちまうのかよ! 入るのは8番と9番か……あいつらは確か?」

 

 春名寺の問いに小嶋が頷く。

 

「はい、8番林万喜子さんと9番東山千明さん……通称『テンミリオンホットライン』です。息の合ったコンビネーションに定評があります」

 

「また先手を打たれちまったか……さて、どうするか?」

 

 ピッチを見つめながら、春名寺が考え込む。

 

 

 

後半18分…令正、渚に代えて林、武蔵野に代えて東山を投入。

 

後半19分…令正、三角から浮き球のパスを林がゴール前のバイタルエリア中央で巧みにトラップ。林、少し距離はあるものの、反転してボレーシュートを狙うが神不知火がブロックする。こぼれたボールを丸井がクリア。

 

後半20分…令正、米原からグラウンダーの鋭いボールが送られ、バイタルエリアでこれを受けた林が即座に前を向き、東山へパス。東山、谷尾の厳しいマークを背負いながら反転して右足でシュートを狙う。谷尾がブロックしようとするが、東山はシュートを打たず、左足に切り替えてシュートを放つ。利き足ではなかった為か、シュートに勢いがなく、ゴロのシュートは永江の正面をつく。

 

後半21分…令正、合田からの縦パスを中央からやや左サイド寄りで受けた椎名、縦に走り込む三角に出すと見せかけて中央の林に横パス。林、対面する神不知火の頭上を越える浮き球パスを送る。走り込んだ東山、右足でダイレクトボレーを放つ。鋭いシュートだったが、ボールはクロスバーに当たってゴール上に外れる。

 

 

 

「……試合の流れが完全に令正へと傾いたな」

 

 スタンドで観戦する本場が呟く。押切が頷く。

 

「元々のゲームプランでもあったのでしょうが、大和さんに代えて、町村を投入したことによって、和泉の左右の守備バランスを崩すことに成功しました」

 

「逆転されてようやっと強豪チーム様の火が点いたかの?」

 

 栗東が笑う。朝日奈がそれに反応する。

 

「優衣が言ったように、町村投入は恐らく本来のゲームプランだったはずよ、それを合図に左サイド中心の攻撃を左右どちらからも仕掛けるようにと……見るからに共通理解が早いもの」

 

「これからどうなりますかね?」

 

「……選手層では差があるけど、それは最初から分かっていたこと……選手が頑張ることは当然だけど、ベンチワークも大事になってくるわね~」

 

 天ノ川の問いに豆が淡々と答える。

 

「令正、8番と9番のコンビが良いね~。照美、どう守るよ?」

 

 常磐野のメンバーとは離れたところで試合を観戦する三獅子の馬駆が城に尋ねる。

 

「……単純に左右横に並んだ2トップではなく、8番が9番の下、上下縦に並ぶ形に変わっている。急な変化、しかも息の合った絶妙なコンビネーション……あれに即座に対応するのはなかなか難しいことだな」

 

「江取監督、逆転された時は相当カッカしているように見えましたが、矢継ぎ早に良い交代策を取ってきましたね」

 

「これまでの選手起用の傾向を見る限りはそこまで奇策というわけでもないけと……この段階で交代枠5個の内、3個を使うのは思い切ったわね。確かにかなりエキサイトしていたようだけど、かえってそういう時の方が良い手が思い浮かんだりするものなのよね……これが勝負事の面白いところだわ」

 

 甘粕の言葉に対し、伊東が笑みを浮かべて答える。

 

「くっ……林さんの動きがなかなか捕まえきれない……」

 

「こちらにとって嫌なところさ入ってくるね」

 

 ピッチ上で呟く丸井に鈴森が答える。

 

「うん。縦パスが椎名さんだけでなく、林さんにも入るようになってきた……狙いが一つに絞れないのが厄介だね」

 

「でも、神不知火先輩に任せきりっつうのも危険だよ」

 

「そう、真理さんが釣り出されて、その裏を狙われるのも危ない……ここは一列前の私たちでなんとか対応するしかない……」

 

 丸井と鈴森が考えを述べ合う。それを見た寒竹が米原に語りかける。

 

「わりと戸惑ってくれているみたいだな」

 

「ええ、このままあの二人を守備に奔走させることが出来れば儲けもんです」

 

「基本、妙か万喜子に縦パスを入れる形で良いよな?」

 

「はい。町村が入ったことで向こうの守備意識がサイドにも向いているので、縦パスはかなり効果的なはずです」

 

「ああ、分かった」

 

 米原の返事を受け、寒竹が自身のポジションに戻る。

 

「流れは完全にウチに来とる……ここで同点に追い付きたいところやな……」

 

 米原がニヤリと呟く。

 

 

 

後半22分…令正、右サイドを攻め上がった寒竹が縦パス。それを受けた林がすぐさま斜め前の東山にパス。東山はダイレクトでシュートを打つ体勢を見せた為、谷尾がブロックしようとする。しかし、東山はシュートを打たず、斜め前にボールを送る。そこに林が走り込む。ワンツーパスが通りそうになるが、神不知火が足を伸ばしてカットする。

 

 

 

「成実さん、私とエマちゃんが8番を中心に見るので、7番……椎名さんのチェックをお願い出来ますか?」

 

 丸井が石野に話しかける。石野は汗を拭いながら、無言で頷く。

 

「さて、布石は打てたかな……」

 

 やや自分の近くにポジションを取る石野の様子を見て、椎名が静かに呟く。

 

 

 

後半23分…令正、合田から右サイドの町村にボールが入る。町村、縦に抜け出そうとするが緑川が対応した為にボールを近くの米原に預ける。米原に対し、菊沢が体を寄せた為、米原はボールを寒竹に渡す。寒竹、羽黒とパス交換して、ボールを持ち上がった後、ポジションを下げてきた椎名へパスを出す。そこに姫藤が体を寄せる。

 

 

 

「っ⁉」

 

 椎名は斜め後ろから体を寄せてきた姫藤をなんなく弾き飛ばして、前を向く。林と米原、さらに町村が動き出す。和泉のメンバーはその動きに反応する。椎名がそれらを見て、内心呟く。

 

(もうワンテンポ遅らせて……)

 

「成実さん!」

 

「!」

 

(ここだ!)

 

 石野が自分に向かってきたのを視界に捉えたその瞬間、椎名はパスを出す。

 

「⁉ 逆サイド⁉」

 

 丸井を初め、和泉のメンバーが驚く。椎名が体の向きとは反対の左サイド(和泉から見ると右サイド)にパスを出したからである。ほぼ完全に中央か右サイド(和泉から見ると左サイド)にその意識を集中させていた和泉にとっては完全に逆を突かれた形となった。

 

「ナイスパース‼」

 

 椎名の鋭いパスが三角に通った。石野と池田の二人にマークされ、この後半戦はほとんどゲームから消されていた三角だったが、石野のマークが緩くなったことにより、久しぶりに良い形でボールを受けることが出来た。そこに池田がすぐさま体を寄せる。

 

「!」

 

「甘い!」

 

「⁉」

 

 スピードに乗った形でボールを受けた三角はボールの勢いを殺さず、足裏を使った巧みなボールコントロールで池田を一瞬の内に躱してペナルティーエリアに侵入し、すぐさまシュート体勢に入る。

 

「……!」

 

 永江が前に飛び出す。三角のシュート範囲を狭める為だ。

 

(悪くない判断……でも!)

 

「⁉」

 

 三角は思い切った足の振りとは裏腹にボールをふわりと浮かせる。ボールは永江の頭上を越えていく。ループシュートである。ボールは緩やかな軌道を描いて、和泉ゴールにゆっくりと吸い込まれていく。これで2対2。令正が試合を振り出しに戻した。

 

「イエ~イ♪ どわっ⁉」

 

 両手を真横に広げて、飛行機のようなポーズを取って走る三角に令正たちのメンバーが殺到する。背中に飛びついた米原が三角の頭が激しく撫でる。

 

「よう決めたで、キャテイ! しかもあそこでループとは! 憎いやっちゃな!」

 

「ま、まあ……これがいわゆるエースの余裕ってやつ?」

 

「アホ言え! せやけど今は許す!」

 

 チームメイトたちの手荒な歓迎から解放された三角を椎名が迎える。

 

「……ナイスゴール」

 

「妙ちゃんもナイスパスだったよ♪」

 

 椎名と三角がハイタッチを交わす。

 

「やられてしまいましたね……」

 

 小嶋が落胆する。

 

「……と……、あいつらを呼べ」

 

「ええっ⁉」

 

 春名寺の挙げた選手の名前を聞いて小嶋は驚く。

 

「二人同時に投入だ。アップはさせてあるだろう?」

 

「そ、そうですが……誰と交代させるんですか?」

 

「……と……だ」

 

「ええっ⁉ それではフォーメーションはもしかして……」

 

「そのもしかしてだ」

 

「こ、ここで試すんですか?」

 

「全くやったことのない形というわけじゃねえ、これは親善大会……いわば練習試合だ、ここで試さなくていつ試す」

 

「で、ですが……」

 

「残り時間約十分強……このままじゃ良くて引き分けか、再逆転されるのがオチだ。後手後手に回っちまったが、打てる手は打つ!」

 

「は、はい!」

 

 小嶋はアップ中のメンバーを呼びに行く。

 

 

 

後半24分…和泉、池田に代えて白雲、緑川に代えて趙を投入。

 

 

 

「両サイドの二人を代えた⁉」

 

 スタンドで押切が驚く。栗東が首を傾げる。

 

「あの17番と15番……攻撃の選手じゃろう?」

 

「そうよね、サイドバック出来るのかしら?」

 

 朝日奈も首を傾げる。本場が呟く。

 

「いや、フォーメーションを見てみろ……」

 

「! 不二子さん、これは……」

 

「面白い采配ね……」

 

 天ノ川の問いに豆は微笑む。離れた所で馬駆が笑顔で頷く。

 

「へえ~両サイドバックを前に上げてウィングバックの位置に上げてきたか」

 

「3バックか……5番が右で、4番が左。そして中央に18番か」

 

 城が陣形を冷静に確認する。甘粕が伊東に問う。

 

「3-5‐2のフォーメーション、令正とほぼ同じ陣形ですが?」

 

「細部は違うけど、ここで疑似的なミラーゲーム(両チーム同じフォーメーションでの試合)を仕掛けるとは……興味深いわね」

 

 紅茶を一飲みして、伊東が笑みを浮かべる。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第22話(3) 対令正高校戦後半戦~終盤~

「7番をトップ下に置いて、11番を1・5列目で自由に動かす……より細かく言えば、3‐5‐2の派生形、3‐5‐1‐1同士のミラーゲームということか……」

 

「ええ、そのようですね、8番がサイドハーフからボランチの位置に戻って10番と並んでいます。そこは前半最初と同じ形ですね」

 

 和泉のメンバー交代とそれに伴うフォーメーションチェンジを確認した寒竹は即座に結論を下し、米原も同意する。ベンチに指示を仰ぎに行った羽黒が指揮官とのやりとりを終え、ピッチに戻ってきて皆に告げる。

 

「こちらは変わらず、今まで通りで!」

 

 羽黒の言葉に寒竹と米原は頷く。

 

「江取さん、妥当な判断だな。変なこと言い出さなくて良かったぜ」

 

「全くもってその通りですわ」

 

 羽黒を介した指揮官の指示は何人かの選手を通して、すぐにチーム内の全員に伝達される。寒竹と米原はそれぞれのポジションへ戻る。

 

「令正、慌てている様子はありませんね……」

 

 ピッチや令正ベンチを交互に見つめていた小嶋がやや落胆気味に呟く。

 

「まあ、強豪チームがその程度では動じねえだろうな」

 

 春名寺が腕を組んだまま笑う。小嶋が話す。

 

「ミラーゲームとは各ポジションが1対1で相対することが多くなります。相手のマークには付きやすくなり、数的有利を作らせにくくなります。ですが……」

 

「ですが?」

 

「相対する個々の選手の実力差が出やすくなります! タレント揃いの強豪校相手にはかなり苦戦するかと……」

 

「試合時間丸々だったら、確かにマズかったが、もう残り約十分、しかも3連戦の最後だ。ほとんど全員、疲労が溜まっている……極端な優劣は生まれにくいはず」

 

「それはそうかもしれませんが……」

 

「左右両サイドに守備が本職ではないあいつらを投入したことがメッセージだ。こちらは守りに入らない、攻めに行く!」

 

 春名寺が声を上げる。

 

 

 

後半25分…和泉、林の東山への横パスを鈴森がカット。鈴森が素早く縦パス。菊沢、フィールド中央でキープして、近づいてきた丸井にパス。丸井、ダイレクトで左サイドの空いたスペースへスルーパス。走り込んだ趙がそれを受ける。町村がすぐに戻ってきてそれに対応。趙、縦に抜け出すと見せかけて、中央に切り込み、姫藤にパス。姫藤、相手を引き付けてから斜め後方にパス。走り込んだ菊沢がシュートと見せかけてスルー。中央でボールを受けた趙が右足でシュートを放つ。利き足ではなかった為、精度を欠き、ゴール右にわずかに外れる。

 

後半26分…和泉、相手のロングボールを谷尾が跳ね返し、こぼれたボールを石野がキープ。石野、上がってきた鈴森にパス。鈴森はダイレクトで鋭い縦パスを菊沢に送る。菊沢は米原と合田が挟まれ、容易に前を向けないものの、ボールは奪われない。上がってきた丸井がパスを要求。菊沢が丸井にパス。丸井、再び右足で相手の右サイドのスペースにパスを出そうとして、趙も走り込み、相手も警戒。しかし、丸井、即座に左足のキックに切り替え、ボールを逆の、相手の左サイドのスペース深くに蹴る。やや長いパスかと思われたが、俊足の白雲が苦も無く追いつく。白雲、追いすがる三角を振り切って縦に突破。クロスボールを中央に送る。精度を欠いたクロスだったが龍波が反応し、ジャンプして懸命に体を伸ばし、頭で合わせ、ヘディングシュートを放つ。良い体勢ではなかったにもかかわらず、鋭いシュートだったが、ゴールの右上に外れる。

 

後半27分…和泉、鈴森がロングパスを左サイド前方へ蹴り出す。それを受けた趙、中に切り込む素振りを見せてから縦への抜け出しを図る。町村が自陣深くまでそれを追いかけてくる。趙、近づいてきた菊沢にパス。ワンツーを狙うが、菊沢はそれをフェイントにして、自身の右斜め後方に走り込んできた丸井にパス。丸井はダイレクトでサイドチェンジ。右サイドの白雲へ。ボールを受けた白雲、スピードに乗った状態でサイドを深くえぐり、ペナルティーエリアに侵入。グラウンダーのクロスを送り込む。速いボールに対し、ニアサイドへ龍波、ファーサイドに姫藤が走り込むが、合わせることが出来ずにボールは逆サイドに流れる。こぼれたボールを町村がクリアする。

 

 

 

「これはどうしてなかなか……」

 

 スタンドで本場が意外そうに呟く。

 

「両サイドに投入した一年、守備が不得手ならひたすら攻めさせるってことね」

 

「17番の俊足、15番のスピード感あるドリブルには、三角も町村も手を焼いているな」

 

 朝日奈の言葉に押切が頷く。栗東が笑う。

 

「多少の実力差は勢いで押し切ろうって魂胆か……町村はまだしも、令正の18番は守備の方はさほど上手くない上に、疲労が見られるからのう、あの俊足への対応は応えるじゃろう」

 

「これは……形勢逆転でしょうか?」

 

「この流れに対して令正ベンチがどういう手を打つかに因る……というところね」

 

 天ノ川の問いに豆は淡々と答える。

 

「選手層薄いと思ったけど、仙台和泉、なかなか面白いじゃねえか」

 

「両サイドに速さのある選手を同時に投入……守る側としては厄介だ」

 

 馬駆の言葉に城が反応する。

 

「ここは令正としてはサイドのケアでしょうか?」

 

「まあ、右はともかく、左は何らかの手を打たないといけないでしょうね……もっともその辺りは仙台和泉ベンチも織り込み済みでしょうけど……どうなるかしら?」

 

 甘粕の問いに伊東が笑みを浮かべながら答える。

 

「令正動きました!」

 

 小嶋の言葉に春名寺は令正ベンチの方を見る。

 

「また二人同時投入、交代枠を使い切るか……6番と10番か」

 

「守備力のある6番百地さんを三角さんと交代……いや、合田さんと交代しましたね⁉ 10番の大野田さんは疲れの見える椎名さんと交代ですが……」

 

「三角を残すか……どういうフォーメーションで来る?」

 

 春名寺がピッチを注視する。

 

 

 

後半28分…令正、合田に代えて百地、椎名に代えて大野田を投入。

 

後半29分…令正、白雲へのパスを百地がカット。百地、中盤中央に位置する大野田にパス。大野田すぐさまロングパスを前方に送る。前線でそれを受けた三角、ドリブル突破を狙うが神不知火が冷静に対応し、ボールをカット。こぼれ球を林が拾おうとするが鈴森が先に反応し、大きくクリアする。

 

 

 

「布陣としては大きく変わりありません。左のウィングバックに百地さんを、大野田さんは左のボランチに。椎名さんの抜けたトップ下に林さんが入り、林さんが担っていた役割を三角さんに任せる模様です!」

 

 小嶋が自身の分析をすぐに春名寺に伝える。

 

「百地で左サイドのケア。大野田の投入に加えて一発のありそうな三角を残して攻撃力はむしろ上がったか。選手層が厚い上に一人が複数のポジションをこなせるとなると、色々と試せて羨ましい限りだな」

 

「どうしますか?」

 

「……を呼んでくれ」

 

「ええっ⁉ どこに投入するんですか?」

 

 春名寺の指示に小嶋が驚く。

 

「……のところだ」

 

「し、しかし……」

 

「向こうは交代枠を使い切ってくれた。このタイミングを待っていた、まあ、ある意味賭けであったが……運と流れはこちらに向いているようだ、この流れに乗る!」

 

「よ、呼んできます!」

 

 小嶋が再びアップ中のメンバーを呼びに行く。

 

「さて、どう出るかね……と思ったらマズいとこでファウルしちまったな……」

 

 自陣の危険な位置で令正にフリーキックが与えられる。春名寺が渋い顔を浮かべる。

 

 

 

後半30分…令正、ゴール前ほぼ正面でフリーキックのチャンス。キッカーのポジションに三角と大野田の二人が並ぶ。左利きの三角がキックフェイント。壁が一部反応して飛んでしまう。わずかにタイミングをずらして、大野田がふわりとした絶妙なキックを放つが、ボールはクロスバーの左上を叩く。良いコースに飛んでいたが、永江が右手の指先でかすかに触っていた為、コースが微妙に変化した。こぼれ球を拾った石野が大きくサイドラインに蹴り出す。

 

後半31分…和泉、菊沢に代えて伊達仁を投入。

 

 

 

「ほ~ほっほっほ! ちょっと遅い気も致しますが、ここでわたくしを投入とは! さすが監督、お目が高いですわね!」

 

 ピッチサイドで場違いな高笑いをした後、伊達仁がピッチに入る。

 

「お疲れさん」

 

 春名寺が菊沢に声をかける。菊沢は一呼吸置いて答える。

 

「……ここでお嬢投入ですか? 随分とまた思い切りましたね」

 

「せっかくのジョーカーだ、使わねえのも勿体ねえだろう?」

 

「ひ、輝ちゃん、別に輝ちゃんのパフォーマンスが悪かったわけじゃなくて……」

 

「ウチも流石に疲労で限界だったし、ここでの交代に文句はないわ……」

 

 フォローする小嶋に菊沢は淡々と答えながらベンチに座る。その横で緑川が呟く。

 

「ジョーカーがどのような効果を発揮するか……」

 

「さあ、わたくしにボールを集めなさい!」

 

 ピッチ上で大仰に叫ぶ伊達仁を米原は怪訝そうに見つめる。

 

(18番を除けば、データが極端に少ないのが13番のこいつや……7番に代わってトップ下に入ったが、そこまでの実力者か? 警戒するに越したことはあらへんけど……)

 

 

 

後半32分…和泉、丸井がふんわりとした浮き球パスを敵陣の中央、バイタルエリアの前辺りに送る。やや中途半端なボールかと思われたが、ここまで下がってきた伊達仁が胸でトラップ。即座にボールを浮かして、背後から迫ってきていた大野田の頭上を越える。伊達仁は大野田の脇をすり抜け、落ちてきたボールを右足でダイレクトボレー。鋭い弾道のシュートだったが、紀伊浜が横っ飛びで防ぎ、ボールはポストに当たってこぼれる。このボールをすかさず羽黒が拾い、前方に蹴り出す。

 

後半33分…和泉、丸井が今度はグラウンダーのパスを伊達仁に送る。伊達仁、大野田との競り合いを制し、ボールをキープ。すぐに前を向く。大野田と米原が迫るが、果敢に躱しにかかる。大野田は躱したが、米原にはあっけなくカットされる。こぼれたボールを走り込んだ石野がダイレクトでシュートするが、うまくインパクト出来ず、ボールはゴール上に大きく外れる。

 

 

 

「むん!」

 

 転がっていた伊達仁がばっと勢いよく起き上がる。米原はその様子を近くで見つめながら、考えを巡らせる。

 

(粗削りな面も感じるけど、技術は結構高いな……ベンチの指示か知らんけど、守備はさほどでもない杏の方に寄ってプレーしている。なんや派手に動き回りよるけど……それに惑わされたらアカン。残り時間を考えても、この嬢ちゃんが最後の切り札と見てええやろ。ボールを意識的に集めとるし……。次来たら、即ボールを奪ってカウンターや)

 

 米原が己の考えを瞬時にまとめて頷く。

 

 

 

後半34分…令正、サイド際の攻防。白雲からボールを奪った百地が近くの大野田にパス。大野田は伊達仁の寄せを軽くいなし、ロングパスを蹴る。ボールは対角線上に位置する三角にピタリと合う。三角も走りながらこのパスを巧みにトラップし、自らの足下へ正確にコントロールして前を向きドリブルを開始する。神不知火が対応する。

 

 

 

(さっきは止められたけど、今度こそ躱す!)

 

 三角はボールをまたいで、右足のアウトサイドを使って前に持ち出そうとする。それに対面の神不知火が反応し、体の重心を左側に傾けたのを見て、瞬時にボールを扱う部分を右足のインサイドに切り替え、逆側に持ち出す。

 

「!」

 

(よしっ! このまま左足でシュート……⁉)

 

 三角は驚く。神不知火が足を伸ばしてきてボールをカットしたからである。

 

「……」

 

(なっ、体の重心が完全に逆側に傾いていたのに……どうして反応できたの⁉)

 

 神不知火がボールを持ったまま持ち上がる。

 

「はい! こっちですわ!」

 

 伊達仁が手を挙げて、ボールを要求する。

 

「させんで!」

 

 米原と大野田が伊達仁に体を寄せる。それを見て神不知火は縦のロングパスを選択する。

 

「よっしゃ!」

 

「甘えよ!」

 

「ぐっ!」

 

 神不知火からのパスをキープしようとした龍波だったが、寒竹に競り負ける。

 

「!」

 

 令正守備陣に緊張が走る。寒竹が跳ね返したボールが丸井に渡ったからである。丸井は間髪入れず、グラウンダーのパスをバイタルエリアに送り込む。そこには伊達仁がいた。米原と大野田が挟み込もうとする。米原が頭を回転させる。

 

(やっぱり最後は元気の残っているこの13番に託すか! さっきは一本危ないシュートあったけど、前を向かせなければエエだけの話や!)

 

「……」

 

「な、なんやと⁉」

 

 米原が驚く。伊達仁がパスをスルーしたからである。ボールはペナルティーエリアの手前で姫藤に渡る。姫藤は細かなステップワークで対面する長沢を躱し、左足でシュートを放つ。

 

「!」

 

 姫藤の放ったシュートは羽黒のブロックに塞がれる。米原が声を上げる。

 

「ナイス! キャプテン!」

 

「まだだ!」

 

「⁉」

 

 寒竹の言葉通り、浮いたボールの落下点に石野がいち早く入りこんだ。大野田が少し遅れて体を寄せた為、石野は体勢を崩してボールをキープすることが出来なかった。

 

「ファウル!」

 

 丸井が叫ぶが、審判は反則を取らなかった。転がるボールはペナルティーエリアの左奥(令正ゴールから見て)に転がる。このままゴールラインを割るかと思ったが、姫藤が追い付く。

 

「ちっ!」

 

「次美、二度も抜かれんなよ!」

 

 姫藤は舌打ちする。角度のないところでも構わずシュートを打とうとしたが、長沢が自分とゴールキーパーの間に割り込んできたので、僅かなシュートコースすら消されてしまったからである。一瞬後方に目をやるが、白雲へのパスコースは百地が、石野へのパスコースは大野田が消している。姫藤が考える。

 

(相手にボールを当てて、ゴールラインを割らせてコーナーキックをもらう? いや、下手したらただ相手にボールを渡してしまう! それにコーナーをもらっても輝先輩がベンチに下がっているから、右サイド側の担当キッカーがいない! どうする!)

 

「へい!」

 

「!」

 

 丸井が猛ダッシュでゴール前に走り込んできたのが見えた姫藤が右足から左足にボールを持ちかえて、パスを送る。米原が慌てて体を寄せる。

 

(くっ! 打たせへんで!)

 

「……」

 

「なっ⁉」

 

 米原が再び驚く。丸井がシュートを打たず、パスをスルーしたからである。ボールの転がる先には伊達仁が待ち構えている。伊達仁は声を上げる。

 

「ビィさん、ナイスですわ!」

 

(ちっ、13番を離してしもうた! !)

 

 米原の目に羽黒が伊達仁に体を寄せるのが見える。

 

「むっ!」

 

(よっしゃ、キャプテンが防いでくれる! ⁉)

 

 米原は一瞬ほっと安心したが、三度驚く。予想もしなかった人物がゴール前に飛び込んできたからである。

 

「それ!」

 

「⁉」

 

 和泉の最終ラインにいたはずの鈴森が伊達仁たちの前に走り込み、右足インサイドでボールをゴールに流しこんだのである。これでスコアは3対2。和泉の勝ち越しである。

 

「やったあ!」

 

「やりやがったな、エムス!」

 

 丸井と龍波が抱擁を交わす鈴森と姫藤に思い切り抱き付く。鈴森のポニーテールと姫藤のツインテールが大きく揺れる。歓喜の輪が弾ける。

 

 

 

後半35分…和泉、姫藤に代えて桜庭を投入。丸井と石野の間に置き、守備を固める。

 

 

 

 試合はアディショナルタイムに入り、令正は東山を目がけてロングボールを蹴り込むが、谷尾がヘディングで弾き返す。こぼれたボールを桜庭が右サイド前方に蹴り出す。サイドラインを割りそうだったボールに俊足の白雲が追い付き、ボールをコーナー付近まで運び、キープに入る。令正の守備陣が二人がかりで早くボールを奪おうとする。丸井が声をかける。

 

「流ちゃん! そのまま時間使って! 健さん、フォローに行ってあげて!」

 

 伊達仁が近づき、白雲がボールを預ける。一人増えた令正守備陣が今度は伊達仁を取り囲もうとする。再びコーナー付近でキープに入ると思い、そちらに意識をやった次の瞬間……。

 

「せい!」

 

「⁉」

 

 伊達仁が鋭いターンとステップで包囲網を躱し、ペナルティーエリア横に抜け出る。

 

「最後の仕上げは……譲って差し上げますわ!」

 

「⁉」

 

 一瞬、シュートする体勢に見えた伊達仁がペナルティーエリア中央にふんわりとしたクロスボールを上げる。そこには、高く飛んだ龍波が待っていた。

 

「ナイスだぜ、スコッパ!」

 

 伊達仁に気を取られて出遅れた寒竹が慌ててジャンプするも届かず、龍波の頭が先にボールに触れる。強烈なヘディングシュートが令正ゴールに突き刺さる。まさかの追加点が和泉に入り、スコアは4対2.和泉が勝利を自分たちに手繰り寄せる。

 

「……」

 

 予想外の展開に意気消沈する令正の面々を余所に和泉のメンバーが喜びを爆発させる。

 

「よっしゃあ! 見たか!」

 

「わたくしの正確なクロスを讃えなさい!」

 

「少し癪だが、礼を言うぜ! 合わせるだけだったからな!」

 

「ナイスゴール、ナイスパス!」

 

「おおっ! やったぜビィちゃん!」

 

 丸井が歓喜の輪に加わる。あの場合ボールを奪われると、カウンターを喰らい、失点のリスクが増したのだが、結果オーライということでここは黙っておくことにした。その後試合は再開される。約一分半が経過した後、主審がホイッスルを鳴らす。試合終了の笛である。大方の予想を覆し、仙台和泉が令正を下した。

 

「ははっ、勝ちやがったよ、あいつら……」

 

 ベンチで春名寺が笑う。

 

「監督! やりましたよ!」

 

「落ち着け、ジャーマネ。試合はちゃんと見ていたぜ」

 

 春名寺が苦笑交じりで、興奮気味の小嶋を落ち着かせる。

 

「そうではなくて!」

 

「ん?」

 

「この勝利で4チーム全てが1勝1分1敗で並び、さらに得失点差もプラスマイナス0で並んだのですが、総得点で他を上回ったうちのチームがこの親善大会優勝です!」

 

「マ、マジか⁉」

 

「マジです!」

 

「ははっ、強豪3チーム抑えて優勝か、こりゃあちょっと出来過ぎだな……」

 

 春名寺が頭を抱える。それでも顔は笑っている。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

アディショナルタイム~熱闘終えて~

                  アディショナルタイム

 

「優勝おめでとうございます、とても良いチームですね」

 

 令正主将の羽黒百合子はそう言って、勝者を讃えた。

 

「ありがとうございます。 しかし、優勝と言っても実感がまだ湧いてないです」

 

 仙台和泉主将、緑川美智は簡潔にお礼を述べ、優勝への正直な思いを語る。

 

「冬の選手権予選でリベンジさせてもらいますよ」

 

「……それは怖い。一応他校の方にも聞いていたのですが借りっぱなしは駄目ですか?」

 

「はははっ、生憎そうはいきません……これからも頑張って下さい。それでは……」

 

「あ、あの、故障中の村山さんから主将とDFリーダーの件を譲り受けた件ですが……相当なプレッシャーだったのではないでしょうか?」

 

 緑川の問いに羽黒は少しだけ考えて答える。

 

「……正直そんなこと一つ一つに構っている場合ではなくなって行きました。まずベンチからレギュラー組への昇格、周囲とのコンビネーションの構築、同級生だけでなく、後輩たちとも積極的にコミュニケーション……エトセトラ……それらをこなすに一杯一杯だったもので」

 

「相当な苦労をなされたのですね……」

 

「仙台和泉さんも今後大変になってくると思いますよ。親善大会とはいえ、我々をさしおいて優勝してしまったのですから。周囲のマークも厳しくなってくるでしょうし、個々のレベルアップはもちろん、チーム戦術も成熟させていかなくてはなりません」

 

 羽黒がバッグから取り出した黒縁眼鏡を掛ける。眼鏡がキラっと光る。緑川が肩を落とす。

 

「や、やることは一杯あるということですね……」

 

「土台は出来上がっているから後は積み上げていくだけだと思いますよ。もっとリラックスした方が良いですね。厳しい顔ではメンバーはついてきません。それではまた会いましょう」

 

 テキパキと歩いていく羽黒の背中に向けて、緑川は深々と頭を下げた。

 

 

 

「……なんだよ」

 

 龍波竜乃の前に、寒竹いつきが腕を組んで立っている。

 

「今日、競り合いはほぼ全てアタシが制した。お前には仕事らしい仕事はさせなかった」

 

「くっ……た、ただ一度は勝っただろう、1点獲ったぞ」

 

「ああ、フォワードは他が駄目でも一度だけ仕事すればそれでいい。極端で不公平だがそういうものだ……今日は負けたが次は必ずアタシらが勝つ。精々腕を磨いておけよ、龍波竜乃!」

 

 寒竹が去っていく。龍波が困惑する。

 

「な、なんなんだよ……」

 

 

 

「前半は最後にしてやられました……」

 

 神不知火真理が渚静に語りかける。渚が不思議そうに問い返す。

 

「むしろ後半、チームが流れを掴めなかったのもあるが、ほぼ好機を作れず……何故だ?」

 

「……お名前やご異名の通り、とても静かに相手の裏を突くのに長けていらっしゃいます。ただ、気配というものは完全に消せるものではありません。よって、感知する範囲・領域を意識的に拡大・伸展しました。それにより、貴女の静かな動きにもそれほど惑わずに済みました」

 

「そ、そうか、勉強になった……」

 

 渚は若干引き気味になって、神不知火に頭を下げ、その場からそそくさと去る。

 

 

 

「なんで?」

 

「え?」

 

 憮然とした様子で問いかけてくる三角カタリナに、姫藤聖良はやや面食らう。

 

「なんで終盤に良いドリブルが出来たの? カタリナは二回もあの4番に止められたのに」

 

「……集中力が高まっていたからかな、ここしかチャンスは無い!って思ったから」

 

「ふ~ん、それで良い動きが出来たってわけ? 集中力……参考にしてみる、ありがとう」

 

「ど、どういたしまして……意外と素直ね。敵に塩を送っちゃったかしら?」

 

 三角の背中を見て姫藤が苦笑する。

 

 

 

「やられたな、今日のMVPは君だ」

 

「きょ、恐縮です……」

 

 椎名妙の言葉に鈴森エミリアは長身を縮こまらせる。

 

「突然だけど君のお勧めのルーティンってあるかい?」

 

「お、お勧めのルーティン? いや、特にねえです、すみません……」

 

「そうか、失礼したね」

 

「か、変わったことを聞いてくる人だな……」

 

 椎名の後ろ姿を見て、鈴森は不思議そうに首を傾げる。

 

 

 

「いや~負けたで~丸井ちゃん、アンタすごいな~春より良くなっているんちゃうん?」

 

「あ、ありがとうございます」

 

 米原純心の素直な称賛に丸井桃は礼を言う。すると、米原は笑顔を一変させる。

 

「……出来れば今日潰しときたかったんやけどな……秋は覚悟しときや?」

 

「えっ……」

 

「ふふっ、半分冗談や。じゃあな、また良い試合しようや……」

 

「い、いや、今のは絶対半分冗談じゃない声色だった!」

 

 手を振りながらその場を去る米原を見つめながら丸井は背筋を正した。

 

 

 

 スタンドで常磐野と三獅子のメンバーが向かい合う。

 

「おう、そこのポニテ、さっきはようガンつけてくれたのう……」

 

 栗東マリアが馬駆このみに凄む。常磐野学園主将、本場蘭がそれをたしなめる。

 

「やめろマリア……馬駆、『ワンダーガール』と呼ばれる君にはこの試合はどう映った?」

 

「大穴党なんで、仙台和泉の勝利は想定内っすよ。2点差はちょっと驚きましたけど」

 

「ほう、想定内か……」

 

 本場は感心したように頷く。押切優衣が甘粕花音に尋ねる。

 

「甘粕さん、中盤の攻防が見応えのある試合だったと思うけど、君は誰が印象に残った?」

 

「そうですね……令正なら米原さんは流石の存在感でしたし、椎名さんも2アシスト……和泉なら丸井、こう言ってはなんですが、全国的には無名の高校に進学していたのは意外でしたが、良いプレーを見せていました。ただ、やはり両チームとも18番が印象的でしたね」

 

「令正の三角カタリナ、和泉の鈴森エミリアか、確かにな」

 

 甘粕の言葉に押切が頷く。栗東が朝日奈美陽に笑いながら話しかける。

 

「美陽、あの三角っちゅうんは、きさんより良いドリブラーなんじゃないか?」

 

「ふん、まだまだ甘っちょろいわよ……ポテンシャルはあるけどね」

 

「花音、お前はあの鈴森ってのに勝てんのか?」

 

「勝ち負けの定義が難しいが……マッチアップするなら後れを取るつもりはない」

 

「~♪ 頼もしい限りだね」

 

 馬駆は甘粕の返答に口笛を鳴らす。本場が城照美に尋ねる。

 

「城、君の両チームの攻撃陣と守備陣の見解を聞いてみたい」

 

「えっと、そうですね。令正の渚さんのオフザボールの動きはやはり見事でした。しかし、あの人を1点に抑えた和泉の4番には驚かされました、全国は広いですね……それに和泉の攻撃陣、7番の精度の高いキック、11番の鋭いドリブルも良かったですが……途中投入の13番、そして寒竹さんにほぼ抑えられていましたが最後に1点取った9番、この二人が印象的です」

 

 本場の問いに、城は緊張気味に答える。天ノ川佳香が笑う。

 

「龍波さんも伊達仁さんも色々常識外れだから見ていて面白いんだよな~」

 

「常識外れなのは貴女たち姉妹もでしょう? まさか揃って蒼星の高等部に進まないなんて」

 

「あ~まあ、その辺は色々あって……」

 

 伊東ヴィクトリアの言葉に天ノ川は苦笑を浮かべる。豆不二子が伊東に悪戯っぽく尋ねる。

 

「それよりどうだった、ヴィッキー? 宮城観光は収穫あった? そっちは最下位だけど」

 

「そうですね……皆さん良いチームでした。全国で会えないのがなんとも残念ですわ」

 

 豆の意地悪に伊東が皮肉で返し、両者は無言で笑い合う。

 

 

 

「皆揃ったかしら? そろそろ出発するわよ、マネージャー、確認お願い」

 

「はい、分かりました!」

 

「先生がバスの運転手ってのも本当にご苦労様な話だな……」

 

「1年生、全員乗ったッス!」

 

「2年生も全員乗りました」

 

「3年生も乗っています」

 

「しかし、その日の内に帰るのは少々寂しいね、地元の子達とちゃんとお別れ出来ない……」

 

「マッチ、もうファン作ったのー?」

 

「流石に手が早いね。この合宿のMVPかな?」

 

「MVPとくればわたくしでしょう! 最終戦の活躍をご覧になって?」

 

「最後のワンプレーは点に繋がったら良いけど……帰ったら反省会ね」

 

「ヒカル厳し過ぎだし、最後のゴールめっちゃ喜んでベンチから飛び出していたじゃん」

 

「反省会を兼ねてでも良いからサ。簡単にでも打ち上げとかどうヨ?」

 

「それなら是非うちの店でやろうや!」

 

「『武寿し』はこの間行きました……。今回はうちの『華華』を希望します」

 

「キャプテン、私、夏は冷やし中華を食べたい気分です」

 

「真理さんがそういうことをおっしゃるのは珍しい、想定外ですね」

 

「ふふっ、皆テンションさ高えな~」

 

「そりゃそうだぜ、エムス、なんてったって優勝だからな!」

 

「総得点で1点上回ったギリギリだけどね」

 

「ピカ子~そうやって水を差すなよ~」

 

「とはいえ、この優勝は今後の自信に繋がると思うよ」

 

「桃ちゃん……まあ、それは確かにそうね。令正にも春の借りをきっちり返せたし」

 

「なんと言ってもエマちゃんの存在が大きかったね」

 

「ええ? いんや、わだすなんかまだまだだよ……」

 

「ビィちゃん、3試合2得点のアタシはどうよ?」

 

「強豪チーム相手に立派な数字だよ、もうなくてはならない存在、エースストライカーだね」

 

「へへっ、そうか? ビィちゃんに言われるとそんな気分になってくるな」

 

「竜乃、桃ちゃんに褒められたからって、すぐ調子に乗るのやめなさいよ」

 

「ここで乗らないでいつ乗るんだよ! おい皆、打ち上げは『サッカーCAFE&BAR カンピオーネSENDAI』だ! なんと『伝説のレジェンド』監督の奢りだぜ!」

 

「⁉ ちょ、ちょっと待て、勝手に決めんじゃねえ! おい、やめろ、盛り上がるな!」

 

 厳しくも楽しい夏合宿を良い結果で終えた仙台和泉は次の戦いへと向かう。

 

                  第2章~完~




※(2022年5月12日現在)

第2章終わりました。感想など頂ければ喜びます。

一応続きの構想はあるので、更新スピードは落ちますが、第3章以降も書いていこうと思っております。良かったらまた読んでくださると嬉しいです。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第3章 秋の戦い
第23話(1) 河原の愚痴


                  1

 

「あ~疲れたぁぁぁ‼」 

 

 八月のある日の夕暮れ、時代錯誤感のあるロングスカート姿の美少女、龍波竜乃(たつなみたつの)ちゃんが河原で叫び声を上げます。

 

「うっとうしいから叫ぶの止めなさいよ……」

 

 そんな彼女の様子を見て、短めのツインテールがトレードマークの美少女、姫藤聖良(ひめふじせいら)ちゃんが呆れ気味に呟きます。

 

「あ~疲れたぁぁぁ……‼」

 

「だから小声で言えば良いってもんじゃないのよ!」

 

「だって疲れたもんは疲れたんだからしょうがねえだろう! ピカ子!」

 

「アタシに当たらないでよ!」

 

「そりゃあピカ子は充電できるからいいだろうけどよ!」

 

「出来ないわよ! そんなこと!」

 

「あ~しんどい!」

 

 竜乃ちゃんが自分の髪を掴んでぐしゃぐしゃにします。綺麗な金髪が傷んでしまってはいけない、そう思いながらお団子頭が特徴的な私、丸井桃(まるいもも)は口を開きます。

 

「もぐもぐ……夏の暑さもようやく一段落したからね。練習量を増やすんじゃないかな?」

 

「ちょっと待てよ、ビィちゃん……まだしんどくなんのか?」

 

 竜乃ちゃんが愕然とした表情で私を見つめてきます。ビィちゃんというのは、竜乃ちゃんが私に付けたあだ名です。彼女は聖良ちゃんに対するピカ子といい、独自のあだ名をつけたがります。聖良ちゃんが笑います。

 

「夏の合宿は秋以降に向けた体力作りよ、しんどいのは当たり前でしょう」

 

「マ、マジか……」

 

「マジよ」

 

「なんでちょっと嬉しそうなんだよ、ピカ子」

 

「自分自身が鍛え上げられているのを実感するからよ」

 

「うへ……体育会系の考えることは理解出来ん」

 

 竜乃ちゃんが舌を出します。

 

「そういえばアンタ、中学の時に部活はやっていなかったの?」

 

「帰宅部のスーパーエースだよ」

 

「嘘⁉」

 

「んなことで嘘ついてもしょうがねえだろう」

 

「あれだけの身体能力をどこで手に入れたのよ?」

 

「手に入れたって……気が付いたらこうなってたよ」

 

「生まれ持っての才能ってやつ? いやになるわね……」

 

「体育祭とかは好きだったけどな」

 

「もぐもぐ……リレーとか?」

 

 私が尋ねます。竜乃ちゃんが笑います。

 

「そうそう、アンカーを任されることが多かったな」

 

「もぐもぐ……体を動かすこと自体は嫌いじゃないんだ?」

 

「それはそうだな」

 

「ケンカとかに明け暮れてそうね」

 

「人をイメージで語んな、ピカ子。まあ、半分当たっているが……」

 

「当たってるの⁉」

 

「絡まれている同中のやつを助けたついでとかだよ」

 

「お願いだから暴力沙汰は勘弁してよね……」

 

「自分からケンカを売ることはねえよ、それに今は夢中になれるもん見つけたからな」

 

「なに? ク〇リ?」

 

「違えよ! サッカーだよ!」

 

 そう、私たち三人は仙台和泉(せんだいいずみ)高校のサッカー部に所属しており、今は練習の帰り道です。

 

「夢中なら文句を言うのやめなさいよ」

 

「文句くらい良いだろうが、こんなに夏の練習がキツいと思わなかったんだよ」

 

「もぐもぐ……ゲームで言うレベル上げみたいなものだと考えればいいよ」

 

「へえ……なるほど、レベル上げね、ってことは、今は経験値を貯めている段階ってところか……そう考えてみると、わりと楽しいかもな」

 

 私の言葉に竜乃ちゃんが笑います。聖良ちゃんが呆れます。

 

「単純な思考ね。そのゲーム脳、なんとかなんないの?」

 

「あ、さっきからなんだよ、ケンカ売ってんのか、ピカ子?」

 

「もぐもぐ……やめなよ、竜乃ちゃん」

 

「いや、こいつの方から……って、ビィちゃん、さっきから何を食ってんだ⁉」

 

「え? 『なんてスパゲティ人生』だよ! やっぱり運動の後は炭水化物だね!」

 

「な、何種類のパスタを使ってんだ? それにその量、山盛りってレベルじゃねえぞ……」

 

「見ているだけで胸やけしそうね……どこで売っているのかしら?」

 

 何やらぶつぶつ呟いている二人をよそに、私は色とりどりのスパゲティに舌鼓を打ちます。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第23話(2) お嬢様はゴールキーパー

「ふむ……ん⁉」

 

 先頭を歩いていた竜乃ちゃんが急に立ち止まり、身を屈めます。

 

「ちょっと竜乃、アンタ体が大きいんだから、周りを邪魔するような歩き方しないでよ……」

 

「しー! 静かにしろ、ピカ子!」

 

 竜乃ちゃんは唇に指を当てて、もう片方の指で河原の方を指差します。私が首を傾げます。

 

「河原のグラウンド? こんなところにあったんだ……」

 

「早朝の草サッカーとかで使っているところでしょう? あれがどうしたのよ?」

 

「あそこで向かい合っている連中を見ろよ」

 

「ん? ああ……!」

 

 聖良ちゃんと私が小さく驚きます。そこには私たち仙台和泉高校サッカー部のチームメイトである数人が何やら言い争っていたからです。竜乃ちゃんがどこか嬉しそうに呟きます。

 

「ケンカか?」

 

「い、いや、ケンカは困るよ……」

 

「もうちょっと近づいてみましょう」

 

 聖良ちゃんの言葉通り、私たちは河原の方に降りていきます。声がよく聞こえてきます。

 

「ですから……この場所をわたくしたちに譲って下さるということでよろしいですわね?」

 

 黒髪ロングのストレートで、大柄というわけではありませんが、スラリとしたスタイルをしていらっしゃる伊達仁健(だてにすこやか)さんが、キーパーグローブをいじりながら、そのように告げます。

 

「ふざけんナ!」

 

「アタシらの方が先だったし!」

 

 大柄な体格の褐色で、髪型はソフトリーゼントで、髪色は明るい色をしている女の子と、その方と比べると小柄な、髪型は右側頭部のみアップにした、変則的なサイドテールで前髪は右側から左側にかけて長くなっているアシンメトリーというものにしている女の子が反発します。

 

「スコッパのやつ、無茶を言うぜ……」

 

「あの先輩方がはい、そうですかと避けるわけないでしょうに……」

 

 近くで様子を伺っていた竜乃ちゃんは苦笑し、聖良ちゃんが軽く頭を抱えます。そうです、健さんがお話しているのは、二年生の谷尾(やお)ヴァネッサ恵美(えみ)さんと石野成実(いしのなるみ)さんです。二人ともこのサッカー部になくてはならない方たちです。健さんはため息をつきます。

 

「……仕方ありませんわね、いくらかお支払いすれば良いのでしょう?」

 

「おおっ⁉ マジデ⁉」

 

「さ、さすが伊達仁コンツェルンのお嬢様、太っ腹だし!」

 

「ヴァネ! 成実!」

 

 二人の間でボールに座っていた女の子がゆっくりと立ち上がります。彼女は菊沢輝(きくさわひかる)さん。髪の色は薄い茶色、髪型は胸元ほどの長さのセミロングでゆるくウェーブがかかっています。いわゆる「ゆるふわ系」ですが、この三人組のリーダー的存在です。

 

「ヒ、ヒカル……」

 

「一年に借りを作るつもり?」

 

「そ、そういうわけじゃないし……」

 

 輝さんの言葉に二人ともあっさり黙ってしまいました。輝さんは健さんの方に向き直ります。

 

「……無理言わないで、場所なら他を当たってちょうだい」

 

「いいえ、ここがよろしいのですわ! 無理も通せば、道理になります!」

 

「す、健さん、やっぱりおめさ、そうとう無茶苦茶なごどを言っているって……」

 

 スラッとした体格のブロンドヘアーのポニーテールの女の子が困惑気味に健さんの側に立ちます。こちらは私たちや健さんと同じ一年生、鈴森(すずもり)エミリアちゃん、通称エマちゃんです。吸い込まれるような蒼い瞳とやや癖の強い宮城弁が印象的です。輝さんは二人を見て、頷きます。

 

「……分かったわ」

 

「さすが! お話が早くて助かりますわ!」

 

「その練習、エマだけじゃ足りないでしょう? ウチらも混ぜてもらうから」

 

「!」

 

「本格的にゴールキーパ―をやるつもりだっていうのなら、あらゆるシュートに慣れていた方が良いと思うのだけど?」

 

「ふむ、一理ありますわね……それじゃあ、五人の方々、どこからでも好きなようにシュートを撃ってきてくださいませ!」

 

 健さんが両手をポンポンと叩いて、ゴールマウスの前に立ちます。輝さんが首を傾げます。

 

「五人? ……一人足りなくない?」

 

「私のことかと……」

 

「ヒィ⁉」

 

 輝さんが驚きます。自身の背後に青みがかった黒色で、長く伸ばした後ろ髪を背中で一つに縛った長身女性が立っていたからです。この方は神不知火真理(かみしらぬいまこと)さん。サッカー部の二年生です。

 

「? どうかしましたか?」

 

「オ、オンミョウ! 人の後ろに気配もなく立つのはやめなさいよ!」

 

「エムスだけでなくマコテナさまも参加か! これは盛り上がってきたな!」

 

「ど、どこから現れたのよ、真理先輩……」

 

「聖良ちゃん、真理さんのことはあんまり深く考えない方が良いと思うよ……」

 

「そ、そうね……現代に綿々と続く陰陽師の家系なんですものね……あっ、始まる……」

 

 シュート練習が始まります。輝さんがサイドに位置取ります。健さんが首を傾げます。

 

「あら? どうしたって、そんなところに?」

 

「単なるシュート練習じゃあ、面白くないでしょう? ちょっと趣向を変えて……ね!」

 

「!」

 

 輝さんが得意の左足からゴール前にボールを送り込みます。ヴァネさんが反応します。

 

「ナイスボール! もらったゼ!」

 

「はっ!」

 

「ナニ⁉」

 

 輝さんのクロスからヴァネさんが高い打点からのヘディングシュートを放ちましたが、健さんは横っ飛びでそれを見事に防いでみせます。こぼれたボールに成実さんが反応します。

 

「まだまだだし! エマ!」

 

「! 少し勢いが強いけんど……ええい!」

 

「ほっ!」

 

「なっ!」

 

 成実さんのやや強いクロスにエマちゃんが巧みなボレーシュートで合わせます。フォワードなみの鋭いシュートがゴールに飛びますが、健さんがこれも難なく弾いてみせます。

 

「お~ほっほっほ! そんなものですか⁉」

 

「ならば……!」

 

 健さんが前に蹴り出したボールに真理さんが反応し、シュートを放ちます。

 

「ふん……なっ! ぐっ!」

 

「ほう……止めましたか。やりますね……」

 

「た、球がブレた……?」

 

「オンミョウ、アンタいつの間に『ブレ球』なんかマスターしたの?」

 

「いや、マスターだなんて……まだまだ実験段階です」

 

 真理さんは輝さんの問いに答えます。輝さんが笑って、健さんに向かって声をかけます。

 

「お嬢! 次はウチのフリーキックを止めてみなさい!」

 

「望むところですわ!」

 

「うおおっ! 燃えてきたぜ! アタシもシュート練習に混ぜてくれ!」

 

 いつの間にかジャージに着替えた竜乃ちゃんがグラウンドに飛び出します。

 

「竜乃……ちょうど良かった、アンタはフリーキックの壁役ね」

 

「ええっ! そ、そりゃねえよ~」

 

 竜乃ちゃんががっくりと肩を落とします。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第23話(3) 夏の終わりのミーティング

「ミーティングかよ、練習したいのによ……」

 

 私たちは空き教室に集められました。竜乃ちゃんが唇を尖らせます。聖良ちゃんが呆れます。

 

「アンタ、練習キツいとか言っていたじゃないの……」

 

「ミーティングは単純に眠くなるから嫌なんだよ」

 

「……うぃ~す」

 

 黒ずくめのライダース姿の女性が教室に入ってこられました。髪型は黒髪のミディアムロングで、前髪を右に垂らしており、左眉をはじめ、いくつか付けたピアスがよく目立つ女性です。今日はいつもより髪がボサっとしています。この学校にはあまり似つかわしくない方、春名寺恋(しゅんみょうじれん)さんと言って、夏のちょっと前から私たち仙台和泉サッカー部の監督を務められています。サッカー部のOGでもあり、自他ともに『伝説のレジェンド』との異名で呼ばれています。自他ともになど、色々と気になることがありますが、そこは気にしないことにしています。最前列に座るキャプテンが皆に声をかけます。

 

「……起立」

 

「あ~そういうのいいって、座れ、座れ」

 

 監督が皆を座るように促し、自身も教壇の横にパイプ椅子を広げて座ります。

 

「……よろしくお願いします」

 

「はいよ……」

 

「大丈夫ですか?」

 

 キャプテンが問いかけます。監督は教壇に頬杖を突きながら答えます。

 

「いや~昨日、先生と飲み比べしたんだけどよ、完全な二日酔いだわ……」

 

「? 私は平気ですけど?」

 

 教室の後方に立っているタイトスカート姿で、肩までの長さでの緩くウェーブがかかったミディアムヘアのスラリとしたスタイルで、細いフレームの眼鏡をかけた女性が首を傾げます。この方は九十九知子(つくもともこ)先生、サッカー部の顧問で、私の在籍する一年C組の担任の先生でもあります。ちなみに担当教科は英語です。

 

「マジかよ……」

 

「昨日は楽しかったです♪ また行きましょう」

 

「いや、ちょっと考えさせてくれ……えっと、ジャーマネ」

 

「はい」

 

 監督の呼びかけに、教壇の近くに立っていた学校指定の小豆色のジャージを着た眼鏡のショートカットの女の子が返事をします。この方は小嶋美花(こじまみか)さん。二年生でマネージャーさんです。

 

「今日はなんだっけ?」

 

「例の件です……」

 

「例の……ああ、あれか」

 

 監督が後頭部を掻きます。キャプテンが怪訝そうに尋ねます。

 

「監督……?」

 

「いや、悪い。大丈夫だ。早速本題に入るが、お前ら、この秋の目標はなんだ?」

 

「そりゃあ優勝だろう!」

 

「頂点しかありえませんわ!」

 

 監督の問いかけに、竜乃ちゃんと健さんが威勢よく答えます。聖良ちゃんが頭を抱えます。

 

「アンタたちねえ、そんな大きなこと言える立場じゃないでしょう……」

 

「いや、龍波やお嬢の言う通りだ」

 

「え?」

 

 監督の反応に、皆が注目します。

 

「こういうのははっきりと言葉に出さないとダメなんだよ。『一つでも上へ』とか、『上位進出を目指す』とか曖昧なことを言っていたら、大抵いい結果は出ねえもんだ」

 

「そ、それはそうかもしれませんけど……」

 

「春はベスト4なんだ、もっと自信を持っていい」

 

「は、はあ……」

 

 監督の言葉に聖良ちゃんは一応頷きます。キャプテンが口を開きます。

 

「とはいえ、相手からのマークもキツくなります」

 

「それもあるな……それに、現在このチームは登録ギリギリの18人、他のいわゆる強豪チームは数十人、あるいは百人近い部員を擁している。これが意味することが分かるか?」

 

「……激しいメンバー争いです」

 

 監督からの問いかけにキャプテンが答えます。監督が頷きます。

 

「そうだ、まずはベンチ入りを巡っての争い、それを勝ち抜いてからはピッチに立つレギュラーメンバー11人に入るための争いが繰り広げられている……日常的にな。日々の練習から気が抜けないわけだ。そうすると、自ずとチーム力が上がる。よって、強豪とその他のチームではどんどんと差が開いていく……」

 

 監督は大げさに両手を広げてみせます。キャプテンが呟きます。

 

「その差をどうにかして埋めないといけませんね」

 

「ああ、だが、普通にやっては無理だな」

 

「な、何を弱気な!」

 

 健さんが声を上げます。監督は片手を挙げて健さんをなだめます。

 

「落ち着け、普通にやっては……と言った」

 

「ふむ……?」

 

「皆がこの夏の厳しいトレーニングを乗り越えてくれたことによって、スタミナや運動量の下地は出来たと言える」

 

「結構走ったからな……」

 

 竜乃ちゃんがボソッと呟きます。

 

「そこにプラスアルファを加える」

 

「プラスアルファ?」

 

 キャプテンが首を傾げます。

 

「ああ、選手層の薄さは各自のポリバレント性で補う」

 

「ポリバレント性……」

 

「複数のポジションをこなせる選手が増えるのが理想だ。もっとも、夏の練習の時点で察しがついていたやつも多いと思うが……」

 

「確かに、普段とは違うポジションで練習試合に臨んだこともありましたね……」

 

「それによって、ある程度のベースは整った。もちろん、もっともっと細部を突き詰めないといけねえが……」

 

「なるほど、それで選手層の薄さに関してはある程度補えるかとは思いますが……」

 

 キャプテンが首を捻ります。それを見て監督が笑います。

 

「まだ疑わしいみてえだな?」

 

「……それで強豪との差は埋まるでしょうか?」

 

「そう簡単には埋まらねえだろうな。話を戻すと、春にベスト4に入ったことによって、他校からのうちへのマークはより厳しいものになる。研究も進むだろうな。単純に個々のポジションを入れ替えたところでどうにかなるものでもねえ」

 

「それでは……」

 

「そこでだ、もう一捻り加える」

 

 監督が右手の人差し指を立てます。

 

「もう一捻り?」

 

 キャプテンが再び首を傾げます。監督が笑みを浮かべて告げます。

 

「新たなシステムの導入だ」

 

「新たなシステム?」

 

「ああ、従来の4‐4‐2だけでなく、3‐5‐2システムを取り入れる!」

 

「‼」

 

 監督の宣言に教室中が驚きに包まれます。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第24話(1) 守備のポジションに関して

                  24

 

「はい!」

 

「こっち!」

 

 ミーティングの翌日、練習にも一層熱がこもるのを、春名寺は笑顔を浮かべて見つめる。

 

「ふふっ、皆、どうしてなかなか気合入っているじゃねえか……」

 

「フォーメーションを変更するということは先発メンバーの変更もあり得るわけですから」

 

「え? そうなの?」

 

 小嶋の言葉に九十九が目を丸くする。春名寺は苦笑する。

 

「いやいや、ジャーマネ、アタシは取り入れるって言っただけだせ? イメージとしてはオプションを増やす感じだ」

 

「それでもアピールの良いチャンスにはなると思います」

 

「まあ、それはそうだな……」

 

「実際、3‐5‐2ならば、誰が先発ですか? やはり令正戦がベースに?」

 

「ま、現状あれがベストに近いだろうな」

 

「ならば……」

 

 小嶋が手に持っていたボードのマグネットを動かす。九十九が覗き込む。

 

「どうなるの?」

 

「ヴァネちゃん……谷尾さんを右のセンターバックに、神不知火さんを左のセンターバックに、鈴森さんを中央に置く布陣です」

 

「身長も高い3人だ。スピードも水準以上。なにより全員、足元の技術を備えている……」

 

「攻撃のビルドアップ……組み立てを考える上でも極めて理想的な並びですね」

 

「そうだろ?」

 

「攻撃の際は、鈴森さんに少し高い位置を取らせることも可能ですね」

 

「ああ、低い位置からフィードを蹴らせるのも良いし、少し高い位置でボールを散らせるのも面白い。相手にとっては、ボールの取りどころが絞りづらくなるだろう」

 

「その前のダブルボランチが成実ちゃん……石野さんと丸井さんですね」

 

「そうだな。運動量のある石野と展開力のある丸井、補完性があるコンビだ」

 

「両者とも守備のスペシャリストというわけではありませんが……」

 

「その辺はセンスで補ってくれるだろうと思っているぜ」

 

「確かにどちらもポジショニングの良さを守備面でも上手く活かせています」

 

 春名寺の言葉に小嶋が頷く。

 

「不安要素がないわけではないが……」

 

「不安要素?」

 

 小嶋が首を傾げる。

 

「どっちも体格的に小柄な部類に入るんだよな……」

 

「そういうときには桜庭先輩が必要になってくるんじゃないですか?」

 

 小嶋が外ハネのショートボブと一重まぶたが印象的な長身の選手を指し示す。

 

「ああ、桜庭美来(さくらばみらい)、これまで守備固め的に起用していることが多いが、三年生がこのままベンチ要員で良しってわけじゃないよな……」

 

 春名寺が桜庭に視線を向ける。小嶋が話題を変える。

 

「3‐5‐2ならば両アウトサイド……ウィングバックも重要になってきます」

 

「まあ、よほどのことがなければあの二人だ。右はダーイケ……池田弥凪(いけだやなぎ)

 

 春名寺が短髪を逆立てて、大きめのヘアバンドを付けている選手に視線を向ける。

 

「左は緑川キャプテンと……」

 

「ああ、緑川美智(みどりかわみさと)だ」

 

 春名寺がショートボブで、出したおでこが印象的な選手に向けて顎をしゃくる。

 

「この二人がファーストチョイスですね」

 

「ジャーマネはどう思うよ?」

 

「ええ、守備力はもちろんのこと、攻撃力も水準以上なお二人なので……異論はありません」

 

「ふむ……」

 

「ただ……」

 

「ただ?」

 

「正直、バックアップに不安が残ります」

 

「それなんだよな……」

 

 春名寺が苦笑する。小嶋が問う。

 

「どのようにお考えですか?」

 

「右は石野だな。運動量ももちろんのこと、ポジショニングセンスも良いから、案外問題なくこなしてくれそうだ」

 

「空いたボランチに桜庭先輩を起用すると……」

 

「そういうことになるな」

 

「では、左サイドは?」

 

「4‐4‐2ならオンミョウ……左利きの神不知火に任せるんだが……」

 

「確かに神不知火さんは昨年も左サイドバックでプレーしていました」

 

「ウィングバックとなると未知数の部分が多いな」

 

「攻撃のタスクもある程度担ってもらうわけですからね」

 

「まあ、オンミョウならすんなりこなせそうではあるがな……」

 

 春名寺が笑う。小嶋が眼鏡の蔓を触りながら呟く。

 

「……やはり両サイドの強化は急務ですね」

 

「まあ、その辺は焦っても仕方がねえ……いや、時間はないんだが」

 

「これからの練習試合などの中で、最適解を見つけていくしかありませんね」

 

「そうなるな」

 

「ゴールキーパーなんですが……」

 

「ファーストチョイスは副キャプだ。永江奈和(ながえなわ)

 

 春名寺が短髪で細目で長身の選手に向けて顎をしゃくる。

 

「……やはりそうなりますよね」

 

「経験がものを言うポジションだからな」

 

「永江先輩は県選抜候補にも名を連ねていますからね、実力的にも申し分ありません」

 

「真面目だしね、永江ちゃん」

 

 九十九が口を挟む。小嶋が笑って頷く。

 

「ええ、それに周囲からの信頼も厚いです」

 

「……キャプテンが腹黒い分、ああいう人格者がいるのは助かる」

 

「腹黒い……確かに……」

 

 春名寺の言葉に九十九が頷く。小嶋が慌てる。

 

「へ、変なこと言わないで下さい!」

 

「冗談だよ」

 

「脇中さんにもキーパー練習を命じていましたね?」

 

「ああ、ワッキー……脇中史代(わきなかふみよ)、中学まではキーパーもやっていたって言うからな」

 

 春名寺はマッシュルームカットが特徴的なチーム最長身の選手に視線を向ける。

 

「基本はディフェンダーでの起用がメインなんですよね?」

 

「それは本人にも伝えてある。一応の保険だ……」

 

「保険……」

 

「副キャプに万が一があった時、あいつだけでは正直不安だからな……」

 

「お~ほっほっほ! どんどんシュートを撃たせてきなさい!」

 

 ゴール前で伊達仁が威勢の良い声を上げる。小嶋は苦笑する。

 

「セ、センスの良さは感じますが……」

 

「やる気はあるのは結構なんだが、お嬢様はやや気まぐれなところがあるからな……」

 

 春名寺が肩をすくめる。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第24話(2) 攻撃のポジションに関して

「攻撃面ですが……両アウトサイドもしくはウィングバックにはあの二人を?」

 

 小嶋の問いに春名寺が頷く。

 

「ああ、右はあいつ、白雲流(しらくもながれ)……」

 

 春名寺は右目を隠すような前髪と後ろで短く結んだ髪型の選手に視線を向ける。

 

「陸上部出身のあのスピードは魅力的です。登録上はディフェンダーですが……」

 

「守備はまだまだ危なっかしいな……しかし、あのスピードに加え、夏を超えて、スタミナもついてきた。長時間、サイドをアップダウン出来るのはそれだけでも価値がある」

 

「とはいえ、先発起用までにはまだ至りませんか?」

 

「クロスの精度、守備対応など……まだまだクオリティを上げないといけないことが多いからな。だけど、サッカーに本格転向したのは中二の冬からだろう? それなら伸び代は十分だ。あいつに関してはある程度長い目で見るさ……」

 

 春名寺はふっと笑う。小嶋が続ける。

 

「左は趙さんですね」

 

「そうだな、趙莉沙(ちょうりさ)だ」

 

 春名寺は両肩にかかるくらいの短いおさげと意志の強そうな切れ長の目が印象的な選手の方に視線を移す。小嶋が話す。

 

「攻撃性能は言うまでもありませんが、中学時代はサイドバックもやったことがあるそうなので、守備力もそれなりに高いですね」

 

「とはいっても、キャプテンを押し退けて先発とまではいかねえな」

 

「切り札、ジョーカー的な扱いですか……」

 

「おおっ、なんかカッコいいわね」

 

 九十九が小嶋の言葉に反応する。春名寺が苦笑する。

 

「相手が疲れてきたときに投入すると効果的だと思うぜ。ベタな手ではあるがな……」

 

「でも、基本的にはもっと攻撃的なポジションでの起用が主ですよね?」

 

「ああ、例えば右サイドハーフか右ウィングでの起用だな。右から中央にカットイン、切れ込んでからの利き足である左でシュート……分かっていてもなかなか止められないってやつだ」

 

「ウィングバックはあくまでもオプションだと……」

 

「もちろんそれは本人にもしっかり伝えてある。試合に出られるならばと、ウィングバックの練習にも黙々と意欲的に取り組んでくれているけどな」

 

「そうですね。とっても真面目です」

 

「監督としてはああいう選手の存在はありがたいもんだぜ」

 

 春名寺が笑みを浮かべる。

 

「中盤の構成ですが……」

 

「3‐5‐2とは言ったが、実際は3‐4‐2‐1って組み合わせの方が多くなりそうだな」

 

「トップ下を二枚並べるということですね」

 

 小嶋がボードのマグネットを動かす。

 

「イメージ的にはな、起用する選手のタイプ次第では2シャドーって言い変えてもいいのかもしれねえが……」

 

「基本的には、ヒカルちゃん……菊沢さんと姫藤さんを並べる感じですか?」

 

「まあ、菊沢がトータルで抜けているな、さすがはプロチーム『織姫仙台(おりひめせんだい)FC』のジュニアユース出身だけあって基本技術がしっかりとしていやがる」

 

「谷尾さんと石野さんも同じチーム出身なのよね?」

 

「ええ、そうです」

 

 九十九の問いに小嶋が頷く。春名寺が呟く。

 

「素行は良いとまでは言えねえが、あの三人がいるといないとでは違うな。特にやっぱり菊沢……あの左足のキック技術は全国レベルじゃねえか?」

 

「昔からすごいこだわっていましたから……」

 

「ああ、ジャーマネは古い付き合いか……どちらかと言えば、パサータイプの菊沢と組ませるなら、ドリブラータイプの姫藤が良いな。まだ一年だが、さすが関東で鳴らしただけはあるぜ」

 

「千葉県の中学時代の活躍ぶりから付いた異名は『幕張の電光石火』です」

 

 小嶋が眼鏡の蔓を触りながら呟く。春名寺が首を捻る。

 

「わ、わりと限定的な異名なのが少し気になるが……千葉じゃ駄目だったのか? まあ、それはいいとして、あの二人を横に並べるもよし、気持ち縦に並べても面白そうだな」

 

「姫藤さんをフォワードで起用するということも……」

 

「もちろん、それも選択肢の一つだ。純粋なフォワードというよりかは、セカンドトップ的な役割になってくるが」

 

「菊沢さんを左のウィングバックで使うというのは?」

 

「……ジャーマネがそれを提案してくるとはな、考えてはみたが、あいつが守備をやるか?」

 

「しないことはないですよ。あの位置からの正確なクロスは大きな武器になるかと思いまして」

 

「一応、サブオプションくらいには考えてはいるさ」

 

「なるほど、それで松内さんなのですが……」

 

「マッチ、松内千尋(まつうちちひろ)か……」

 

 春名寺はチームでも随一の端正なルックスの持ち主で、プレー中にも髪を優雅にかき上げている選手に目をやる。

 

「どういう起用法でお考えですか?」

 

「パスセンスは良いものがある。右足のキック精度も高いしな、何よりプレーに華がある。使いたくなる選手ではあるな」

 

「松内さん、ファンクラブがあるくらいだものね」

 

 九十九が松内を眺めながら呟く。春名寺が苦笑気味に話す。

 

「ファンクラブからのプレッシャーは怖いな……それは冗談だが、先発で起用するには、もうちょっと球際の強さを求めたい、運動量ももっと欲しいところだ」

 

「……例えば、中盤の枚数を増やすのはどうでしょうか?」

 

 小嶋がボードのマグネットを動かし、春名寺に見せる。

 

「なるほど、守備的なボランチ……アンカーに石野を置いて、守備はある程度任せ、その前の二枚を丸井か鈴森という気の利いた選手を使ってマッチと組ませると……」

 

「そうです。インサイドハーフですね」

 

「繰り返しみたいになるが、守備の貢献度がもうちょっと欲しいな。その辺が向上すれば、その組み合わせもサブオプションくらいにはなると思うが」

 

「そうですか。最後にフォワードですが、先ほどのお話だと、ワントップ気味になりますか?」

 

「そうだな」

 

「ファーストチョイスは武先輩?」

 

「ああ、武秋魚(たけあきな)だ」

 

 春名寺が顎をしゃくった先には、長身の赤毛のソフトアフロな選手がいる。

 

「武先輩は誰とも合わせられますよね」

 

「ああ見えて、結構器用な選手なんだよな……」

 

「お家がお寿司屋さんで『ポリバレントなお寿司屋さん』を目指しているみたいだからね」

 

 九十九の情報に春名寺が戸惑う。

 

「そ、その意味はよく分からねえけど、ツートップでも先発の軸になる選手だな」

 

「うおおっ! ありゃ?」

 

「竜乃! ちゃんとボールを見て蹴りなさいよ!」

 

 豪快に空振りした龍波に姫藤が怒る。小嶋が眼鏡を抑えながら問う。

 

「龍波さんですが……」

 

「運動能力の高さは経験不足を補ってあまりある。底知れぬポテンシャルも感じさせる。なんといってもあの左足の強烈なシュートだ。あの武器を磨けば、全国だって夢じゃないだろう」

 

「おおおっ! あれ?」

 

「……今んとこは壮大な夢物語だな」

 

 またも派手に空振りする龍波を見て、春名寺は苦笑する。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第24話(3) 決意を新たに

「さあ~どんどん食べや~!」

 

 武が料理を差し出す。永江が首を傾げる。

 

「カレー?」

 

「そうや! カレーライスや!」

 

「おかしいな、ここは寿司屋ではないのか?」

 

「うちはポリバレントな寿司屋を目指してんねん!」

 

「ポリバレントってそういうことじゃないと思うけど……」

 

 武の言葉に桜庭は苦笑する。

 

「うん、でも、美味しいよー」

 

「せやろ?」

 

 池田の感想に武は満足気に頷く。緑川が呟く。

 

「確かに美味しいです。ですが、この調子だと、秋魚の代で『武寿(たけず)し』は店じまいになりそうですかね……」

 

「な、なんちゅうことを言うねん!」

 

「冗談ですよ」

 

「おのれの冗談はシャレにならんときがあるねん!」

 

「そうですか、今後気をつけます」

 

「頼むでホンマ……」

 

「しかし、今日の練習で分かったけど、監督さんは本格的に新フォーメーションを導入するつもりのようだね」

 

「そうだねーキャプテンの見解はー?」

 

 桜庭の言葉に池田は頷き、緑川に話を振る。緑川は水を一口飲んで答える。

 

「……戦い方のバリエーションを増やすのは良い考えだと思います。それをモノに出来るかどうかは私たち次第ですが」

 

「どうなっても四人はレギュラー当確だからね、羨ましいよ」

 

「いやいや、未来ちゃんも全然あるでしょうー?」

 

「そうかな? まあ、頑張るよ」

 

 池田の言葉に桜庭は笑顔を浮かべる。武が頷く。

 

「その意気やで! どんどん食べや!」

 

「い、いや、一皿で十分だから……」

 

「レギュラー当確か、そうは簡単にはいかないだろう……」

 

「さすが、副キャプテンは冷静ですね……」

 

 永江の呟きに緑川はふっと笑う。

 

                  ⚽

 

「『サッカーCAFE&BAR カンピオーネSENDAI』……こういうお店があるとは存じ上げませんでした」

 

「あの監督の店よ。今日は店番じゃないみたいだけどね」

 

 神不知火の呟きに菊沢が答える。石野と谷尾が反応する。

 

「え⁉」

 

「マジかヨ⁉」

 

「嘘ついてもしょうがないでしょう……美花とこの間も来たのよ」

 

「そうですか、小嶋さんと……」

 

「ふ~ん?」

 

 神不知火が頷き、石野がニヤニヤとする。菊沢がムッとする。

 

「ウチの分、成実のオゴリね」

 

「な、なんでそうなるし!」

 

「なんとなくムカついたから」

 

「り、理不尽じゃね⁉」

 

「しかし、良い雰囲気のお店だね……今度はファンの子たちを連れてきてあげようかな」

 

 松内が店内を見回して呟く。谷尾が笑う。

 

「大勢連れてきたら、監督サン喜ぶんじゃネ?」

 

「そうかな?」

 

「ああ、サービスしてくれると思うゼ?」

 

「サービスとは?」

 

「メイド服姿で接客するとかナ?」

 

「ふむ、それはなかなか興味深いね……」

 

「本当にその恰好したらマジウケるし。マッチ、画像送ってよ」

 

「本当にそういう恰好をしてくれたらね」

 

 石野のお願いに松内はウインクする。

 

「そういうコンセプトのお店じゃないと思うけど……」

 

「脇中さんは冷静ですね」

 

 神不知火が脇中の呟きに反応する。脇中が慌てる。

 

「い、いや、ごめん、私は単に空気が読めないだけだから」

 

「いいえ、ワッキー、ここで悪ノリしないアンタの方が正しいわ。アンタの分はヴァネが¥にオゴらせるから」

 

「理不尽⁉」

 

 菊沢の言葉に谷尾が愕然とする。

 

                  ⚽

 

「やっぱ、美味えな、ここのチャーハンは!」

 

「……ありがとう」

 

 龍波の言葉に趙が言葉少なにお礼を言う。鈴森が店を見回して呟く。

 

「莉沙ちゃんの実家が中華料理屋さんだとは……」

 

「駅近の好立地、安くて美味い、『華華(かか)』をよろしく!」

 

「お店の宣伝のときは言葉数が多くなりますのね……」

 

「ダメか?」

 

 伊達仁の言葉に趙が首を傾げる。伊達仁が首を左右に振る。

 

「いえ……商売人としてはとても正しい姿勢だと思いますわ」

 

「子供のころから、この宣伝文句がすっかり染みついているからな」

 

「そ、そうなんだ……」

 

 趙の言葉に鈴森が戸惑い気味に頷く。

 

「教えて欲しいっす、師匠!」

 

「今食べているんだけど⁉」

 

「あ……申し訳ないっす!」

 

 白雲が姫藤に頭を下げる。龍波が首を捻る。

 

「師匠って、ピカ子はどう見ても、自分の実力を過信して暴走する馬鹿弟子タイプだろ?」

 

「偏見が酷いわね!」

 

「いいえ、あのドリブルは本当にすごいっす!」

 

「ピカ子さんからドリブルを学びたいと?」

 

「はいっす!」

 

 伊達仁の問いに白雲が頷く。鈴森が顎に手を当てて呟く。

 

「流ちゃんはサイドの攻撃的ポジションで起用されることが多いから、聖良ちゃんの鋭いドリブルを身に付ければ、大きな武器さなると思うな……」

 

 料理を食べ終えた姫藤が水を一口飲んで、答える。

 

「ドリブルも大事だけど、流、アンタの場合は基本的なボールタッチの技術をもっと高めることが重要よ。まずは桃ちゃんを師匠に仰ぎなさい」

 

「……ぷっは~! やっぱり美味しいなあ、『百目チャーハン』は!」

 

 丸井がかなり大きい皿をドンとテーブルに置く。絶望的な顔になる白雲に鈴森が声をかける。

 

「こ、この食べっぷりは別に真似しねくても良いと思うよ?」

 

「ん?」

 

 丸井が首を傾げる。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第25話(1) カラオケボックスにて

                  25

 

 ある日の練習終わり、緑川たち6人はカラオケボックスに来ていた。

 

「いや~今日は練習が早く終わって良かったヨ」

 

 部屋に入り、バッグを置いて大きく伸びをする谷尾に神不知火が尋ねる。

 

「ヴァネッサさんが、菊沢さんと石野さんと別行動とは珍しいですね?」

 

「あ~いや、そういうこともあるヨ。奢ってくれるっていうしナ……」

 

 谷尾が後ろに振り返る。緑川が呟く。

 

「商店街の関係で無料クーポンを頂いたので……使ってしまおうと……」

 

「なるほど、そういうことですか。しかし何故このメンバーで?」

 

「いえ、特に理由はありませんよ」

 

「はあ……」

 

「っていうか、オンミョウ、お前が来る方が珍しいだろうヨ?」

 

「意味はありません。なんとなく勘が働きましたので……」

 

「なんか怖いナ。詳しくは聞かないでおくワ……」

 

 谷尾が苦笑する。席に座った池田が声をかける。

 

「時間は限られているからさーさっさと歌っちゃおうー」

 

「それじゃあ、私から……」

 

 桜庭が端末を手に取ろうとする。池田が止める。

 

「美来はダメー」

 

「な、なんでよ?」

 

「上手い人が一番手は後の人が歌いにくくなるからー」

 

「そ、そんな……」

 

「というわけで、初っ端はヴァネちゃん行ってみよー」

 

「ア、アタシかヨ⁉ ま、まあ、良いけどヨ……」

 

「イエーイ」

 

「~♪」

 

 谷尾が一曲目を歌い終える。緑川と神不知火が感心する。

 

「ふむ、さすがのリズム感ですね……」

 

「どことなく南米の香りを感じさせますね……」

 

「いや、そういうリアクションされても困るんだけどヨ……」

 

「ヴァネちゃん、イエーイ」

 

 池田がタンバリンをやる気なさそうに鳴らす。谷尾が目を細める。

 

「いまいちやる気のないリアクションだナ……」

 

「ほんじゃあ、お次は名和ねー」

 

「わ、私は後でいい!」

 

 池田からの指名にこれまで黙っていた永江が困惑する。

 

「そう言ってどさくさ紛れに歌わないつもりなんだからー」

 

「そ、そんなことは……」

 

「ほらほらー」

 

「わ、分かったよ!」

 

「オウ、イエーイ」

 

「~♪」

 

 永江が歌い終える。谷尾が感想を述べる。

 

「副キャプって……案外可愛い声だよナ……」

 

「あ、案外とはなんだ! じゃ、じゃなくて、別に可愛くない!」

 

 永江が顔を赤くする。

 

「ほんじゃあ、お次は美郷、行ってみようかー」

 

「私は後で良いですよ」

 

「またそう言って、歌わないつもりでしょうーその手には乗らないよー」

 

「その手って……まあ、良いでしょう」

 

「ヘイ、イエーイ」

 

「~♪」

 

 緑川が歌い終える。

 

「キャプテン、なかなか上手いナ……」

 

「ありがとうございます」

 

 緑川は谷尾に礼を言う。

 

「アップテンポが続いたので、あえてゆっくりとしたテンポの歌……選曲センスも絶妙ですね」

 

「真理さん、別にそこまで考えていませんから……」

 

 神不知火の分析に緑川が珍しく困り顔を浮かべる。

 

「うん、それじゃあ、オンミョウちゃん、行こうかー?」

 

 池田が神不知火を指名する。

 

「わたくしですか……それでは失礼して……」

 

「二年として三年のパイセンらには負けられねえゾ!」

 

「いつから学年対抗戦に?」

 

「セイ、イエーイ」

 

「~♪」

 

「ふむ、なかなかの歌唱力、なんでもソツなくこなすな……」

 

 永江が感心する。

 

「いや~オンミョウの演歌は心に響くナ~!」

 

「古い歌=演歌ではないのですが……まあ、それは良いでしょう」

 

「お待たせー次は美来だよー」

 

「よしきた!」

 

「場は暖めておいたからー」

 

「暖めたのは私たちのような気もしますが……」

 

 緑川の言葉をよそに、池田がタンバリンを鳴らす。

 

「レッツ、イエーイ」

 

「~♪」

 

「さすがに上手いゼ!」

 

「これが『歌ってみた』動画再生数、数百万回者の実力……」

 

 桜庭の歌唱に谷尾と神不知火が感服する。

 

「『いいねとチャンネル登録よろしく~』って、なんちゃって~」

 

「美来、どんどん歌っちゃおうー」

 

「ちょっと待って下さい、弥凪」

 

「お前こそどさくさ紛れに歌わないつもりだろう?」

 

 緑川と永江が池田に迫る。池田が目を逸らす。

 

「バ、バレたかー」

 

「なんでも良いから歌え」

 

「分かったよー」

 

「まったく……」

 

「~♪」

 

「オオッ! ダーイケパイセン、上手いじゃねえかヨ!」

 

「いやーそれほどでもあるよー」

 

 カラオケは続く。緑川が呟く。

 

「……盛り上がって良かったです」

 

「何が狙いだ?」

 

 隣に座る永江が尋ねる。

 

「え?」

 

「え?じゃない、お前のことだ。適当に声をかけたと思わせて、守備陣のレギュラー候補がほとんどじゃないか。美来にしても守備的ポジションでの起用が濃厚だからな」

 

「……それぞれの人となりを知ることが、連携を深めることに繋がりますから……」

 

「最初から素直にそう言えば良いんじゃないか?」

 

 永江が呆れ気味に首を傾げる。部屋に桜庭の美声が響く。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第25話(2) 猫カフェにて

「ここが噂のその店か……」

 

 龍波が店の前で身構える。丸井が苦笑する。

 

「竜乃ちゃん、そんなに構えなくても……」

 

「あ、ああ……」

 

「さっさと入るわよ」

 

 菊沢がドアを開けて店に入る。

 

「!」

 

 店内で多くの猫が菊沢たちを出迎える。

 

「おお、猫ちゃんが一杯……」

 

「桃ちゃん、驚いているわね」

 

「う、うん。こういうお店……猫カフェは初めてだから……」

 

 丸井が姫藤に答える。石野が笑う。

 

「ピカ子的には猫に囲まれるとマズいんじゃない?」

 

「誰が電気ネズミですか! 石野先輩まで〇カチュウ扱いは止めてください」

 

「そんなに怒るなし、じゃあ座ろう」

 

 店員に促され、皆が席につく。脇中が説明する。

 

「この店はフリータイム制だから、猫といくらでも触れ合って良いというシステムだよ」

 

「料金は?」

 

「後払い制だね。あ、ドリンク代は別だから、各自で注文してね」

 

 姫藤の問いに脇中が答える。石野が頷く。

 

「さすが、ワッキーはよく知っているし」

 

「私自身は犬派だけど、知り合いに動物好きが多いし」

 

「桃ちゃん、猫ちゃん触りに行きましょうよ」

 

「う、うん……あれ? 竜乃ちゃん?」

 

「ヒカル?」

 

 龍波と菊沢が無言で俯き、プルプルと震えている。

 

「ど、どうかしたの、竜乃?」

 

「ヒカルもどうしたし?」

 

 姫藤と石野が心配そうに二人の顔を覗き込む。

 

「カ……」

 

「カ?」

 

「「カワイイ!」」

 

 龍波と菊沢が揃って喚声を上げる。

 

「……」

 

「「はっ⁉ ご、ごほん……」」

 

「いや、ごまかし方まで一緒!」

 

 姫藤が声を上げる。石野がニヤニヤと二人を見つめる。

 

「ほ~お二人さん、揃ってそういう感性をお持ちだとは、意外だったし……」

 

「こ、こんな獰猛なケモノと一緒にしないでよ……」

 

「おいおい、カルっち、ケモノ扱いすんな!」

 

「竜乃ちゃん、大声出すと、猫ちゃんたちが驚いちゃうから……」

 

「あ、わ、悪い……」

 

 丸井の指摘に龍波が後頭部を掻く。

 

「まあ、それよりも猫を愛でようし」

 

 石野の提案に皆が店内に散り散りになる。

 

「どの子もカワイイですね」

 

「本当だね、犬も良いけど、猫も飼いたくなっちゃうよ」

 

 丸井の言葉に脇中が頷く。二人とも『ミックス』と呼ばれる猫種を抱きかかえている。ミックスとはその名の通り、2種類以上の猫同士から生まれた純血種以外の猫のことを指し、日本で飼われている猫の多数を占めているとされている種類である。

 

「妹も連れてきたかったな~」

 

「あれ、丸井ちゃん、妹さんいるの?」

 

「はい、今はポルトガルにいるんですけど」

 

「ポ、ポルトガル?」

 

「ええ。ポルトガルには猫カフェってありますかね?」

 

「う~ん、ポルトガルの動物事情まではちょっと分からないな……」

 

 丸井の問いに脇中が困ったように首を傾げる。

 

「そうですか……あれ?」

 

 丸井が視線を向けると、石野たち四人が猫を抱きかかえて、円になっている。

 

「やっぱり『ベンガル』だし! このヒョウ柄、ワイルドさの象徴だし!」

 

 石野がベンガルを持ち上げる。ベンガルが鳴き声を上げながら、石野にすりつく。

 

「ニャ~」

 

「ほら、ワイルドに見えて、こんなにも人懐っこいし! これは優勝だし!」

 

「それは猫カフェだからだろう? 特別にそう躾けられてんだよ」

 

「竜乃の言う通りだわ」

 

 龍波の言葉に菊沢がうんうんと頷く。

 

「そ、そこで意見を一致させるなし!」

 

「どうせならヒョウと触れあいたいぜ」

 

「……別にそこまでは思わないけど」

 

「三人とも、この『ロシアンブルー』を見て! このクールな感じ、たまらないでしょう?」

 

 姫藤がロシアンブルーを持ち上げる。

 

「ニャ~~」

 

「このほっそりとしなやかな体つきも良いでしょ?」

 

「……笑っているように見えるのが気に食わねえな」

 

「なんかこっちが舐められているような気がするし……」

 

「そ、そういう顔立ちなのよ!」

 

「ふっ、私は『スコティッシュフォールド』よ」

 

 菊沢がスコティッシュフォールドを持ち上げる。

 

「ニャ~~~」

 

「この折れ耳がカワイイでしょ? 耳が折れる確率は30%位だそうだから、この子は結構レアな猫ちゃんということね」

 

「はあ~これだから、トーシロは……」

 

「なによ竜乃、その言い方は……」

 

「レア度を競うなんて、本質を見誤っていねえか?」

 

「む……」

 

 龍波の言葉に菊沢が顔をしかめ、石野が感心する。

 

「おお、なんかまともそうなことを言っているし……」

 

「なんだか偉そうなことを言っているけど、アンタの推しは?」

 

「よくぞ聞いてくれたな、ピカ子。これだよ、『ブリティッシュショートヘアー』!」

 

 龍波がブリティッシュショートヘアーを持ち上げる。

 

「ニャ~~~~」

 

「この絵本の中から飛び出してきたかのような愛らしい猫を知っているか?」

 

「知っているかって……『不思議の国のアリス』で有名でしょう」

 

「ドのつくメジャーな猫だし……」

 

「人のことをトーシロだと言っておいて、自分が一番ベタじゃないの……」

 

「と、とにかく、アタシの推しが一番だ!」

 

「ロシアンブルーよ!」

 

「ベンガルだし!」

 

「スコティッシュフォールドよ」

 

「……ああいうのが将来的にママ友カーストに繋がっていくのかな……」

 

「ははっ……」

 

 脇中の呟きに丸井が苦笑する。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第25話(3) 料理店にて

第25話(3) 料理店にて

「和やがな!」

 

「……中ですよ」

 

 武と趙が静かに睨み合う。鈴森が慌てる。

 

「あ、あのせっかくの食事の場なんすから……仲良くしましょうよ」

 

「仲良くする⁉ 無理な話っちゅうもんやで、エミリア!」

 

「ひ、ひぃ!」

 

 武の迫力に鈴森が圧される。

 

「ここで退くわけにはいかない!」

 

「う、うわっ⁉」

 

 趙の気迫に鈴森がたじろぐ。

 

「ふふふっ! お二人の意気込み、大変結構なことですわ! どんどんお互いの心の火花を散らせると良いでしょう!」

 

 伊達仁が腕を組んで高らかに笑う。

 

「だ、伊達仁さん!」

 

「あら、なにかしらエムスさん?」

 

「対立を煽るようなことさしてもらっては困ります!」

 

「そうかしら?」

 

「そうでがす!」

 

 伊達仁が首を傾げる。

 

「対立が生まれると何か不都合がありまして?」

 

「チーム内に不和が生じてしまいかねません!」

 

「ふむ……なるほど、おっしゃりたいことはよく分かりました」

 

「分かって下さったすか……」

 

 鈴森は肩で息をしながら、安堵の表情を浮かべる。伊達仁があらためて確認する。

 

「武先輩はご実家がお寿司屋さんということで、『和食』推し……」

 

「ああ、当然や!」

 

「趙さんはご実家が中華料理屋さんということで、『中華』推し……」

 

「ああ、そうだ……」

 

「……二極しかないから対立が生まれるのです」

 

「はい?」

 

 伊達仁の言葉に鈴森が首を傾げる。

 

「もう一極、増やしましょう! 『洋食』を!」

 

「ええっ⁉」

 

 伊達仁の宣言に鈴森が驚く。

 

「ちょうどこのレストランは我が伊達仁コンツェルン系列のレストラン、ありとあらゆる洋食を提供することができます。ドイツ育ちのエムスさん、洋食がもっとも馴染み深いのではありませんか?」

 

「う、う~ん……」

 

 鈴森が腕を組んで首を傾げる。伊達仁が頷く。

 

「エムスさん、陥落間近です。これは洋食推しがリードということでよろしいかしら?」

 

「か、勝手に決めんなや!」

 

「そ、そうだ……!」

 

 武と趙が伊達仁に抗議する。

 

「ふふっ、それならば、それぞれプレゼンをしてみたらどうかしら?」

 

 武が鈴森の方に向き直る。

 

「エ、エミリア! ええか? 和食ちゅうんはな、多彩で新鮮な食材をふんだんに用いて、なおかつそれらの持ち味をきちんと尊重した料理なんやで!」

 

「は、はあ……」

 

「尊重することはすなわち栄養バランスの確保にもつながる! ヘルシーさ抜群や! アスリートならば、これを食わない手はないっちゅう話や!」

 

「ふ、ふむ……」

 

 武の熱のこもったプレゼンに鈴森が頷く。伊達仁が笑う。

 

「あら? これは和食推しに転がるかしらね?」

 

「なんの……」

 

 趙が鈴森の方に向き直る。

 

「り、莉沙ちゃん……」

 

「エマ、中華料理というのは、中国四千年の永い歴史から生み出された料理だ……」

 

「は、はあ……中国四千年ってフレーズ、久々に聞いたよ……」

 

「永い歴史だけでなく、広大な土地から生み出された料理の多彩さは和食の比ではない。各地域によって、味、色、香り、形が異なる料理が楽しめる……」

 

「な、なるほど……」

 

「もちろん、どこの地域の食事もそれぞれ美味しい。これらをまとめて食べられる、中華料理こそ『究極』の料理と言っても過言ではないだろう……」

 

「趙さん、いつになく多弁ですわね」

 

 伊達仁が笑顔を浮かべる。鈴森が腕を組んで息を呑む。

 

「きゅ、究極の料理……」

 

「あらら? これは中華推しに転向かしら?」

 

「な、なんの、こっちは『至高』の料理や!」

 

 武が声を上げる。

 

「究極と至高……どこかで聞いたことがあるような……う~ん……」

 

 鈴森が首を傾げる。伊達仁が提案する。

 

「エムスさんは迷っているご様子、他の二人にプレゼンしてみては?」

 

「それには及ばないよ……」

 

「マッチ先輩?」

 

「そうっすね……」

 

「流さん?」

 

「僕はトルコ料理をお薦めするよ! ヨーロッパとアジアの架け橋であるあの国の料理は世界三大料理の一つに数えられる! これを食してこそユーラシア大陸の雄大さを感じられる!」

 

「ええっ⁉」

 

 松内の言葉に鈴森は戸惑う。

 

「自分はエスニック料理をお薦めするっす! 東アジアとはまた異なった魅力を持った、東南アジア圏の料理! 美容と健康にも大変良いっす!」

 

「え、ええっ⁉」

 

 白雲の言葉に鈴森は困惑する。

 

「美容と健康の為というのは、少し欲張り過ぎやしないかい?」

 

「お言葉っすが、トルコ料理よりは身近な存在だと思うっす!」

 

「分からないかな? 異国情緒が良いんだろう?」

 

「やっぱり親近感が大事っす!」

 

 松内と白雲が熱っぽく言葉をかわす。伊達仁が笑みを浮かべる。

 

「あらら、プレゼンターが増えてしまいましたわね……」

 

「和食や!」

 

「……中華一択」

 

「トルコしかないだろう」

 

「エスニックっす!」

 

「オーソドックスに洋食でしょう?」

 

「ううっ……」

 

 鈴森が5人に迫られる。伊達仁が声を上げる。

 

「さあ、エムスさん、ご決断を!」

 

「えっと……間を取って、南米料理なんかどうかな? 何の間か分からねえけど……」

 

「ふむ、それではプレゼンをよろしく……」

 

「い、いや、冗談だから! なんでもいいから料理を食べさせてけろ~!」

 

 鈴森が頭を抱える。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第26話(1) 秋の戦いの始まり

                  26

 

「まあ、春のインターハイ予選で、ベスト8以内どころか、ベスト4に入ったうちのチームは第4シード権を得ることができました!」

 

「それはありがたいことだな……」

 

 もはやサッカー部のミーティングルームと化してしまったような視聴覚教室で美花さんの言葉に監督が頷きます。

 

「ただ……」

 

「ただ?」

 

「なんと言いますか……」

 

 美花さんが口ごもりまず。監督が後頭部を掻きます。

 

「あ~なんだよ、さっさっと結論を言えって」

 

「いわゆる『県内4強』の内、3チームがこっちのブロックに入ってきてしまいました……」

 

「あ~」

 

 監督が頷きます。

 

「このままだと、決勝まで、4強の内2チームとはほぼ確実に当たることになります……!」

 

「なんだって、そんな面倒そうな事態に……」

 

 監督が対戦表を眺めます。美花さんが補足します。

 

「春の大会でうちのチームがベスト4常連の常盤野さんを2回戦で早々と下して代わりにベスト4に進出してしまったからですね……」

 

「ああ、そういやそうだったな、それならまあしゃあないわ……」

 

 監督がわざとらしく両手を挙げます。

 

「しょうがないって……」

 

「全国狙うなら、楽な相手とだけ戦えば良いってことはない。強い相手を倒してこそ、初めて全国の切符を得られる……違うか?」

 

「いえ……おっしゃるとおりです」

 

 美花さんが頷きます。

 

「それじゃあやることは一つだな……」

 

「こちらのブロックの県内4強チームを丸裸に!ということですね?」

 

「違う」

 

 監督は美花さんの提案をあっさりと否定されます。

 

「ええっ⁉」

 

「こっちがええっ⁉だよ……一回戦はシード貰ったから、まずは二回戦に勝ち上がってきた相手に全力を注げるだろうが」

 

「あ、ああ、そうでした……」

 

「頼むぜ、ジャーマネ……」

 

「それでは気を取り直しまして、今日の試合を勝ち上がったチーム、新川萌芽の分析を始めたいと思います……」

 

「ああ、頼む……」

 

 モニターに試合の映像を表示させて、美花さんからの説明が始まり、監督や私たちはその説明に耳を傾けました。その翌日……。

 

「決めた! あの赤アフロ! 見かけだけじゃない!」

 

 迎えた二回戦、武さんの絶妙な個人技から先制弾が生まれました。

 

「あの二列目、厄介だ! ドリブルもパスもシュートもある!」

 

 そうです、監督は武さんをワントップに置いて、その後ろに三人を並べました。右から聖良ちゃん、松内さん、輝さんの三人です。聖良ちゃんの鋭いドリブル、松内さんの相手の意表を突くパス、輝さんの精度の高いキックをそれぞれ警戒するあまり、相手ディフェンスはどうしても後手後手に回ってしまいました。

 

「11番のツインテールが内に切れ込んできたぞ! シュートブロック! なっ⁉」

 

 聖良ちゃんは外に持ち出すと見せかけて、内側に入り込んできました。相手はシュートを警戒しますが、聖良ちゃんは中央に位置する松内さんへパスします。

 

「14番から11番へリターンあるぞ! あっ⁉」

 

 松内さんは相手ディフェンスを嘲笑うかのように、ボールを左に送ります。そこにはフリーの状態の輝さんがいました。輝さんはファーストタッチで絶妙な位置にボールを置くと、間髪入れず左足を振り切ります。そこまで強烈ではありませんが、精度の高いシュートが相手ゴールネットの左上に突き刺さります。これで追加点です。

 

「落ちついてボールを繋いでいけ! 前からのプレスは甘い! のあっ⁉」

 

 お察しの通り、守備があまり得意でない、輝さんと松内さんの当たりをかわして、相手はボールを前に送り込もうとしますが、残念ながらそこにはエマちゃんがいました。危機察知能力も高いエマちゃんがボールを回収してくれるため、相手の攻め手は限定されていました。

 

「あ、あの、ポニテの18番、春にはいなかったのに⁉」

 

 相手が混乱している今がチャンスだと思い、私がするすると相手陣内に入り込んでいきます。相手は派手な赤アフロの武さんや、精力的な動きを見せる聖良ちゃんなどに気をとられ、私にまでなかなか注意を払えていません。今だ、と思った瞬間、エマちゃんから鋭い縦パスが入りました。少し強いパスでしたが、私はその勢いをあえて殺さず、ボールスピードの勢いに乗ったまま、ペナルティーエリアに侵入しました。相手ディフェンスラインの中央を割った形です。

 

私の前にはもう相手キーパーしか見えていません。

 

「キーパー! 前出ろ! んあっ⁉」

 

 私は相手キーパーが前に重心を傾けたと同時にボールをふわっと浮かせたシュートを放ちました。いわゆるループシュートです。ボールは緩やかな軌道とともに、ゴールに吸い込まれました。これで3対0です。このまま前半が終わりました。

 

「い、1点取れば、流れは変わるぞ! くっ⁉」

 

 松内さんに代わって入った莉沙ちゃんが積極的にプレッシャーをかけたことで、相手のディフェンスラインからのボールの繋ぎにミスが目立ち始めました。そこをエマちゃんと変わった桜庭さんが長い脚で、私と変わった成実さんが豊富な運動量を活かして、こぼれ球などを徹底的に狩っていきました。これにより相手に対してペースは容易に握らせません。

 

「ちっ、さっきの10番と18番コンビほどの攻撃センスはない! 押し込め!」

 

 相手は多少無理をして、試合の流れを押し戻そうとしてきました。中盤にフレッシュな選手を投入してきたことも関係しているかもしれません。若干、こちらの陣内でボールをキープされるようになりました。

 

「よし、行けるぞ! パスを繋いで行け! ぬおっ⁉」

 

 相手のチャンスの芽を摘み取っていったのは、真理さんです。さすがの読みの鋭さを活かしてパスカットをするだけでなく、ディフェンスラインもコントロールして、オフサイドを取るなど、ディフェンスリーダーとして堂々たる振る舞いでした。練習試合などを通じてもほとんど初めてセンターバックのコンビを組む、脇中さんとの連携も全く問題がありませんでした。

 

「くっ、4番がベンチだというのに、抑え込まれているだと……」

 

「とにかくシュートだ! 1本撃てば流れが変わる!」

 

「おおっ! こ、これはいった! なにっ⁉」

 

 少し苦し紛れのシュートにも見えましたが、当たり所が良かったのか、良いコースに飛びました。一瞬、嫌な予感がしましたが、健さんが横っ飛びでボールを掴んでみせました。

 

「あ、あの13番何者だよ! 春の大会では控えだったろう⁉」

 

「!」

 

「‼」

 

「⁉ し、しまった⁉」

 

 後半押し込まれたのはある程度計算の内でした。私たちは引いて守ってのカウンター工芸を狙っていたからです。健さんからの素早いスローイングを受けた桜庭さんの縦パスに反応したのは、輝さんに代わって投入され、ワントップの位置に入った流ちゃん。彼女が自慢の俊足を飛ばして、相手ディフェンスの裏を突破します。キーパーも前に出て来ましたが、流ちゃんは慌てず、ボールを相手ゴールに向かって流し込みました。これでスコアは4対0。

 

「ピッピッピィー!」

 

 試合終了のホイッスルが吹かれます。『20XX年度 第XX回 全国高校サッカー選手権大会 宮城県大会』の第二回戦、私たち仙台和泉にとっては大事な初戦を突破することが出来ました。

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第26話(2) 絶対女王について

「え~あらためてだが、ご苦労さん……」

 

 試合を終えて、学校に戻り、シャワーを浴びて視聴覚教室に集まってきた私たちに対して監督が声をかけてきます。

 

「お疲れ様です」

 

「試合の反省ももちろんだが、今日はこの試合を見てもらおうと思う。お前ら、試合会場からここまで情報はシャットダウンしてきているよな?」

 

「……」

 

 無言で頷く私たちを見て、監督も頷かれます。

 

「結構だ……それじゃあ、ジャーマネ……」

 

「はい」

 

「まずは双方を確認しようか」

 

「ええ……」

 

 美花さんが操作すると、モニターにシンプルな緑色のシャツに、白色のショートパンツを着た集団が映し出されます。監督が腕を組んで呟きます。

 

「『絶対女王』、常盤野(ときわの)学園か……」

 

「常盤野は春の大会でうちに敗れ、シード権を逃し、1次予選からの参加でしたが、問題なく勝ち上がりました。さらに、昨日の一回戦も快勝しました」

 

「ふむ……」

 

「全員調子が良いですが、特に攻撃陣が好調です。中でもやはりこの人……」

 

 画面に髪の長いぼんやりとした雰囲気の女性が映る。

 

「3トップの中央に位置するのが、天ノ川佳香(あまのがわよしか)さん。10番を背負う期待の一年生。今更説明不明かもしれませんが、上背がそこまで無いにも関わらず、空中戦にも滅法強く、特別大柄な体格という訳でもありませんが、当たりにも非常に強く、高いキープ力と併せて、滅多にボールロストがありません。前線でボールを収めて、攻撃の起点になれる存在です。そして何よりも注意すべきは、その左足から放たれる強烈なキックです。安易に前を向かせてシュートを撃たせるのはとても危険です。ここまで毎試合ゴールを挙げています」

 

「ちっ、認めたくねえが、一段と凄みを増してきやがったナ……」

 

 映像を見つめながら、ヴァネッサさんが舌打ちします。美花さんが頷きます。

 

「そうですね、高校サッカーの雰囲気にもすっかり慣れてきたというところでしょうか」

 

「嫌な慣れだゼ……」

 

「もちろん他にもパターンはあるが……縦パスをこいつがピタッと収めた瞬間、攻撃が始まるって感じだな……一年で常盤野の中心を担うとは、まったく厄介だぜ……」

 

 監督が腕を組みながら首をすくめます。

 

「……そんな彼女と3トップを形成する二人……右ウィングはこの方、背番号9の小宮山愛奈(こみやまあいな)さん、二年生。元々センターフォワードでしたが、現在はこの位置が主戦場になっていますね。ただ攻撃的なポジションならどこでもこなせる方です。中学時代は九州大会で得点女王になっています。高さと速さを兼備した選手です。反対の左に入るのは、朝日奈美陽(あさひなみはる)さん、背番号11。この方も二年生。ひときわ小柄な体格を補って余りある高い技術とスピードでサイドから敵陣を鋭く切り裂きます。ついた異名は『北海のライジングサン』。ユース代表常連組に近いですね」

 

「……攻撃面ももちろんですが、守備面でも手を抜かないお二人ですね……」

 

「ええ、そういう意味でも厄介ですね」

 

 真理さんの呟きにキャプテンが反応します。

 

「この強力な3トップを操るのが、左のインサイドハーフに位置する背番号7のこの方……常磐野学園不動の司令塔、豆不二子(まめふじこ)さん、三年生。小学生のころから、『豆四姉妹』として関西では有名だったようですが、彼女自身は中学生時から頭角を現し、その頃から代表の常連になっていますね。キック精度の高さを生かした、長短織り交ぜたパスワークの正確さが武器です。常磐野のほぼ全ての攻撃が彼女を経由します」

 

「こいつも一年時から目立った存在だったが、まさかここまでになるとはな……」

 

 監督が感心したように呟かれます。

 

「豆さんをフォローするのが、右のインサイドハーフを務める背番号8、押切優衣(おしきりゆい)さん、二年生。一年の頃からSBなどで試合に出ていましたが、現在は得意の中盤で固定されていますね。サッカー処の静岡出身らしく、足元の技術に長けています。攻守のつなぎ役として必要不可欠な存在です。人望も厚いようで、次期キャプテンになると言われているそうです」

 

「この二人の補完関係は見事だね……」

 

「そうだね」

 

 エマちゃんの呟きに私は頷きます。

 

「こちらはアンカーを務める、背番号6の結城美菜穂(ゆうきみなほ)さん、二年生。GKとFW以外ならどこでもこなせるポリバレントなプレーヤーです。ピンチの芽を未然に摘み取る危機察知能力の高さもさることながら、精度の高い右足のキックで、攻撃の起点にもなれます」

 

「中盤だけじゃなく、こっちのチャンスになりそうなところに顔を出すし……」

 

「アンタに嫌がられるようなら本物ね」

 

 成実さんの呟きに対し、輝さんがフッと笑います。

 

「続いて四人で形成されるディフェンスライン。右サイドバックが、背番号2の地頭(じとう)ゆかりさん、三年生。左右どちらもこなせるサイドのスペシャリストです。低い位置からのアーリークロスの精度が高いです。左に入るのが、背番号3の巽文華(たつみふみか)さん、この方は二年生。ボール奪取能力が非常に高い選手です。守備的なポジションならばどこでもこなせますが、昨冬辺りから左SBで起用されていますね」

 

「巽さんって本当にしぶといディフェンスをしてくるのよね……」

 

 聖良ちゃんがうんざりした様に呟きます。

 

「次は、ゴール前に君臨する高く厚い壁……三年の背番号5、本場蘭(ほんばらん)さんと二年の背番号4、栗東(りっとう)マリアさんのCBコンビです。本場さんの長身を生かした打点の高いヘディングは攻守両面に於いて、大きな力を発揮します。ユース代表にも名を連ねるほどの実力者です。紛れもない全国レベルですね。ただしスピードある相手の対応をやや苦手のようにしています。ただ、それをフォローするのがこの栗東さんです。小回りが利くので、本場さんが相手FWと競ったボールのこぼれ球へのカバーリングが非常に素早いです」

 

「こちらも補完性の高いコンビ……」

 

 エマちゃんが映像を見て、感心しながら呟きます。

 

「こちらは背番号1、GKの久家居(くけい)まもりさん。二年生ながら昨秋から守護神の座に完全に定着しました。手足のリーチの長さを生かした守備範囲の広さが特徴的です。もちろん他の選手たちの活躍もありますが、今大会ここまで無失点で抑えています」

 

「ちっ、絶好調ってわけかよ……」

 

「流石ですわね」

 

 竜乃ちゃんが舌打ちし、健さんが深々と頷きます。

 

「……ここ数年一貫して、同じシステムを採用し続けています。4-3-3システムです。加えて就任十五年で多くのタイトルをもたらした名将、この高丘明美(たかおかあけみ)監督は勝っているチームを変にいじりません。よって、今回の先発メンバーも今大会全く変わりがありません」

 

「まあ、『勝っているチームはいじるな』みたいな言葉は確かにあるわな……」

 

 監督が顎をさすりながら頷く。

 

「続いてこちらのチームです……」



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第26話(3) 大胆不敵について

 美花さんがモニターを操作します。エンジ色のユニフォーム姿の集団が映し出されます。

 

「『大胆不敵』令正(れいしょう)高校か……」

 

「はい、ここ数年一貫して、同じシステムを採用し続けています。この間の親善試合でも用いていた3-5-2システムです。就任十年で好結果をもたらしたエキセントリックな名将、江取愛実(えとりまなみ)監督が導入しました。メンバーについてですが……」

 

 モニターには、眼鏡をかけた神経質そうな性格の女性から、短く整った茶髪の上下ともに黒のユニフォーム姿の女性に切り替わりました。

 

「まあ、この辺は不動だな」

 

「はい、背番号1、GKの紀伊浜慶子(きいはまけいこ)さん。派手さこそありませんが、ポジショニングが良く、堅実なセービングが特徴的な方です」

 

「マジでミスが無えんだよな……」

 

「参考になる方ですわ」

 

 後頭部を掻く竜乃ちゃんの横で、健さんが頷きます。

 

「次は、三人並んだDFライン……中央に位置するのは背番号17、三年生で主将の羽黒百合子(はぐろゆりこ)さん。右は三年生の背番号3、寒竹(かんちく)いつきさん。左は二年生で背番号16の長沢次美(ながさわつぐみ)さんの並びです。羽黒さんはそれほど長身ではありませんが、鋭い読みとカバーリング能力に長けています。寒竹さんはユース代表にも名を連ねる実力者です。当たりの強さは紛れもない全国レベルですね。長沢さんは元々はMFでしたが、高校には入ってからは現在のポジションで起用されることが多いです。寒竹さんは強気な攻め上がり、長沢さんは精度の高い左足のキックで、それぞれ攻撃の起点にもなることができます」

 

「春までレギュラーだった村山はやっぱり出ねえのか?」

 

 監督からの質問に、マネージャーが即座に答えます。

 

「まだ怪我が長引いているという話もありますが、練習には参加しているようなので……」

 

「連携面の方を重視したか」

 

「恐らくそのようですね」

 

「村山の能力も必要だと思うが……ぶっつけ本番は変人の江取さんでも怖いか」

 

「変人って……」

 

 監督の言葉に私は苦笑します。モニターには派手な金色で短髪の女性が映ります。

 

「こちらはダブルボランチの一角を務める、背番号5の米原純心(よねはらじゅんこ)さん、二年生。守っては高いボール奪取能力を発揮し、攻めては精度の高い右足で攻撃の起点となり、自らゴールも奪える……攻守両面において隙が無いプレーヤーで、ユース代表常連というのも頷けますね。滋賀県の出身で付いたあだ名は『琵琶湖のダイナモ』です」

 

「あだ名はともかくとして、実力は間違いねえな……」

 

「強烈なミドルシュートも持っています……」

 

「あの鋭いサイドチェンジも厄介だしー」

 

 監督の呟きにキャプテンと成実さんがそれぞれ苦い表情を浮かべます。次の選手の紹介となります。強烈な個性を持った女性が映し出され、部屋が少しどよめきます。

 

「こちらはその米原さんとコンビを組むボランチの背番号14、合田由紀(ごうだゆき)さん、二年生。一年の頃からDFなどで試合に出ていましたが、現在は中盤で起用されていますね。中盤の掃除人のような立ち位置ですね。闘争心を前面に押し出したプレーでピンチの芽を徹底的に摘み取っていきます。ファウルすれすれのタックルをしますね」

 

「まあ、前も言った気がするけどまずその髪型だぜ、赤紫色のソフトモヒカン?ってやつか」

 

「令正高校の校則はどないなっとねんっちゅう話やんな」

 

「夏の時とはまた髪色違うよナ? 毎度度肝抜かれるゼ……」

 

「……前も言ったけど、三人には言われたくないと思うし」

 

 成実さんが竜乃ちゃん、秋魚さん、ヴァネッサさんに対して苦笑を浮かべます。

 

「髪型は突っ張っちゃいるが、プレー自体は至ってシンプルだ、守備の要だな……続きを」

 

「はい、右のアウトサイドは背番号15のこの方……大和(やまと)あかりさん、三年生です。本職はボランチですが、現チームではこのポジションで起用されることが多いです。攻撃力に関しては正直物足りない部分がありますが、それを補っても余りある献身性が高く評価されています。対して左のアウトサイドはユース代表常連である背番号10の大野田杏(おおのだあんず)さん、二年生。何と言っても、足元の高い技術が武器です。本来はトップ下でのプレーが得意な選手なので、このポジションはやや不慣れなのですが、ボールを持たせると厄介なプレーヤーですね」

 

「……桃ちゃんの同級生、背番号18の三角(みすみ)カタリナさんは先発じゃないのね」

 

「……そうみたいだね」

 

「大野田の方をより信頼しているってことだろうな。途中投入する気かもな」

 

 聖良ちゃんと私の呟きに監督が反応します。

 

「途中で出てこられると厄介だろうなー」

 

「確かにそうですね……」

 

 池田さんのぼやきにキャプテンが苦笑します。モニターには茶色のミディアムボブの髪型の女性が映ります。

 

「そしてトップ下に君臨するのがこの方……背番号7、椎名妙子(しいなたえこ)さん、三年生。旅行でもするかのような優雅な足取りから、突如として相手ゴール前に顔を出して、決定的な仕事をこなす選手です……中学時代からその名は広く知られていますね」

 

「ワンタッチで局面を変えられることの出来る選手ね……」

 

 輝さんが腕を組みながら呟きます。

 

「最後は2トップですね。左はこの方、背番号11の武蔵野雅(むさしのみやび)さん、三年生。激しいチェイシングで味方の守備を助けるだけでなく攻撃時には体を張ったポストプレーから味方の背局的な攻め上がりを促します。決定力は高くはありませんがまた厄介なプレーヤーです」

 

「ファウルをもらうのが上手いんだよナ……その辺が面倒だナ……」

 

 ヴァネッサさんが腕を組んで頷きます。

 

「……右は背番号13の渚静(なぎさしずか)さん、オフ・ザ・ボール、つまりボールを持っていない時の動き方が絶妙な選手です。ボールのもらい方、スペースの作り方などに秀でていますね。北陸の出身で、付いた異名は『日本海の静寂』です」

 

「パワー重視やスピード特化ともまた違うタイプのストライカーさんですね……ふふっ、この間の駆け引きはなかなか楽しかったです」

 

 真理さんが笑みを浮かべます。

 

「……双方、こういうスタメンです」

 

 美花さんが監督に伝える。

 

「まあ、当たり前ではあるが、お互いにベストメンバーにほぼ近いわな」

 

 監督が苦笑する。

 

「はい」

 

「控えの選手層も悪くない……ベンチワークも要注目だな」

 

「そうですね」

 

「絶対女王対大胆不敵……さてどちらに転ぶか、しっかり見させてもらおうじゃねえか。お前らもしっかりと観戦しろよ?」

 

 監督の言葉に私たちは頷きます。常盤野学園対令正高校戦が開始されます(録画ですが)。



目次 感想へのリンク しおりを挟む




評価する
一言
0文字 ~500文字
※目安 0:10の真逆 5:普通 10:(このサイトで)これ以上素晴らしい作品とは出会えない。
※評価値0,10は一言の入力が必須です。また、それぞれ11個以上は投票できません。
評価する前に
評価する際のガイドライン
に違反していないか確認して下さい。