プッチ in 亜総義市 (男漢)
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#1 黄金の精神

初二次創作です。
初小説です。
至らないところもありますが、勘弁して下さい。



「お前は()()に負けたんだ!

 ()()()()を歩むことこそ運命なんだ!!」

 

「やめろォォォオオ!!

 知った風な口をきいてんじゃあないぞオオオオオオオオ!!!」

 

血混じりの叫び声が狭い部屋の中に反響する。

千切れ千切れの白い雲をベールの如く纏う青いスタンド『ウェザー・リポート』。それを操る、白い野球服をところどころ鮮血で染めている金髪の少年『エンポリオ』。

ウェザーリポートはゆっくりと、人の身では抗いようのない力で私の頭をコンクリートの床に押し付ける。頭蓋はバキバキと嫌な音を立てて割れ、脳漿と血の混じった液体が床を紅く染める。

 

世界を一巡させるスタンド、メイドインヘヴンは完成した。

憎きジョースター家の血は絶った。

なのに今、私はこうして小汚い金髪のガキに追い詰められている。

 

希望だろうと絶望だろうと、運命は一寸の違いもなく訪れる。

しかし絶望の未来を吹き飛ばすのは盲目的な逃げではない。立ち向かう()()なのだ。

メイドインヘヴンは、世界中の生物がその絶望の未来を知ることができるスタンド。

絶望の未来に対して()()をすることで、人は真の幸福を得ることができる。

人類は救われるのだ。

 

なのにジョースターの一族と、それに関わる者はそれを頑なに理解しようとしない。そして、執拗に私の邪魔をしてくる。

故に、新しい世界に奴らは連れていけない。

彼奴等との因果をここで断ち切り、私と世界は幸福へとつながる道を歩むはずだったのだ。

 

しかし現実は非情である。私の命はあと数秒で尽きる。

私が死ねば、不完全な一巡を迎える世界と運命はねじれてしまい、人類は誰も知らない未知の未来へとたどり着くことになる。人々が絶望の未来を知ることもなくなり、覚悟をすることもなくなる。

 

怨嗟を籠めて、憎き少年の声を叫ぶ。

 

「エンポリオォォォオオオオオオオッ!!!!」

 

走馬灯。頭の中を今までの人生の記憶が駆けるように蘇っていく。

そして、蘇るその記憶の中でひときわ眩しく輝く記憶が二つ。

 

一つは、愛する友人「DIO」の記憶。

 

そしてもう一つは.....憎きジョースター家とそれに連なる者達の記憶。

 

何度も念入りに、執拗に潰したのに立ち上がってくるゴキブリのような奴らだ。

そしてようやく立ち上がらなくなったと思えば、すぐ隣にいる奴がより眩しい光を放って新たに立ち上がる。

 

()()()()()と呼称されるその光は、ついには私とDIOの崇高な世界を壊すほどの大きさに至った。

......なんと忌々しい。

私たちの世界を壊したのもそうだが。真に忌々しいのは、私が奴らの黄金の精神を眩しいと感じていることだ。

 

眩しいわけがないのに。

メイドインヘヴンは世界を一巡させ幸福な世界(天国)を作るスタンド。

万人がただ受け入れるしかない変えられぬ運命の中、私だけが運命を変えられる力を持つ。

 

その強大な力を前にしても立ち向かう奴らの姿を見て、私は。

腹立たしかった。忌々しかった。煩わしかった。

だが本当の本当に、深い深い心の底で。

私は何を思っていたのだろうか。

考える時間は、ない。

 

 

まばゆい光を放つエンポリオがとどめと言わんばかりに、右手を上から下へ振り下ろす。

 

ウェザーの拳が私の頭を完全に砕き、貫いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー▶︎

 

 TO BE CONTINUED...

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「......」

 

 ふと気がつくと、チカチカと虫のたかる街灯の下に立っていた。

 空は暗闇で覆われていて、月の姿はどこにも見当たらない。地面はよく乾燥したレンガで舗装され、足先で軽く叩くと心地よい音が返ってくる。道幅が約五メートルはある道の脇にはいくつもの店が連なり、温かなオレンジの光が窓から漏れ出している。街灯はその店と店の間の隙間に肩幅が狭そうに立っている。街灯と店は向こうのほうに見える駅の方までずうっと続いていた。

 商店街は活気に満ちているとは言えず、少し寂れているように見える。人通りは全くないわけではないが、多いとも言えない。そのため人混みに紛れ込むということができず、時折黒人のような肌を持つ私に奇異の視線が向けられるのを感じた。

 

 空気を鼻から深く吸い込むと、泥のように濁った思考がクリアになっていく。それと共に体の感覚が戻り始めた。

 そして感じる肌にじめっと粘つくような暑さ。まるで温水の中にいるような湿気の多さと暑さに、額にじとっと汗が滲む。額から頬に垂れた汗を右の手の甲で拭った。

 

 キラリと光る、手の甲にある汗に目を向ける。

 あまりに少ない汗の量、反射するはずもないだろうに。なぜか私の顔が汗に映ったのを見えた。

 今にも死にそうな顔をした、血だらけの、私が......。

 

 

 

「.......ッ!?」

 

 

 足から力が抜ける。

 死のショックからか、はたまた突然の未知の光景からなのか。十数秒の間、唖然としてしまっていたようだ。

 その場に倒れ込みそうになるのをなんとか堪え、右手で自分の頬を触る。べちょりと濡れた手に咄嗟に視線を向けるが、そこには汗しかついていなかった。

 目元を手で押さえながら、近くの建物の壁に身を預け、ずりずりと頬を壁で擦りながら地面に座り込む。

 

(私、は......。一体どうなったんだ......?)

 

 現状を理解するために頭を動かそうとするが、まったくといっていいほど働かない。

 脳裏にべっとりと張り付く、頭をすり潰され砕かれる死の体験。その痛みと記憶は、トラウマとなって私の心を強く蝕んでいた。

 冷や汗でじっとりと汗ばむ服の胸を右手で掴み、ごひゅーごひゅーと息を荒げながら呟く。

 

「落ち着くんだ....素数を数えて....。2、3、5、7、11.....」

 

 1と自分の数字でしか割ることのできない孤独な数字は私に勇気を与えてくれる。

 数字を数える声に合わせて、呼吸のリズムを整える。少しだけ頭の痛みが和らいだ。

 

 エンポリオに殺された後。

 そこだ。そこから先、どうなってしまったのかが一切わからない。

 なんとか思考をまとめて答えを出そうとするが、素数で多少抑えたとは言えいまだ頭はひどく痛む。この状態でいくら考えていようとも、答えは出てこないであろう。とりあえず、体を落ち着かせられる場所がいる。今の状態ではそこらのチンピラ相手だろうと少々危ないかもしれない。

 

「53、59、61、67、71......」

 

 壁を杖代わりに立ち上がる。

 汗を流しすぎたせいか、喉が舌と張り付くほど乾いている。

 飲用できそうなきれいな水を探すために歩き出そうとすると、二人組のアジア系統の顔立ちをした女性とすれ違った。

 

「ねー……今の、顔色ヤバくなかった? 助けた方がよくない?」

 

「バカ。()()()()にいるあんな感じの奴なんて()()()に決まってるじゃない。無視無視」

 

 女性たちが私の方を向いてひそひそと話しながら歩き去っていく。

 今のは……日本語?だろうか。

 

 DIOが日本の和歌を読み、その独特のリズムと感性の美しさを説いていたのを思い出す。私もその美しさの一端を少しでも理解しようと、ほんのちょびっとではあるが日本語を勉強したものだ。

 

 ……ここはアソウギシ?という町で、私はヒセイキ、という身分に値するらしい。

 彼女たちの厭うような視線から、ヒセイキというのはあまり好かれる立場ではないことを推測する。

 

 

「あー君、ちょっといいかな?」

 

 唐突に話しかけられ、後ろを振り返る。

 顔を覆うフェイスマスクに黒いヘルメット。防弾スーツを着込み、黒くゴテゴテとした小銃を両手で持っている男がいた。

 身長は私より多少低い程度だろうか。よく見ると、少し離れたところにも同じような背格好をした男が二人、こちらを伺っているのが見えた。

 

「黒人の、聖職者か……。()()()()は?」

 

「……シミン、バンゴウ?」

 

「チッ……外からか? なら()()()()()を見えるところにつけとけ。そら、今すぐだ」

 

 男が銃を手でカチャカチャと弄びながら、私に『ニュウシカード』なる物を提示するようにせかしてくる。おそらく身分証の一種か何かだとは思うのだが……。

 

「sorry、持っていない」

 

 私が右手を上げて謝罪する。

 すると男はすばやく小銃の先を地面に向け、何のためらいなく発砲した。バチン!と、ゴム弾らしきものが地面を少し抉って跳ねる音が響く。

 

「……こっちは疲れてるんだ。俺が疲労とストレスでトリガーハッピーになる前にさっさと済ませた方がいいぞ?」

 

 男がトリガーに指をかけた小銃をこちらに向ける。怒りのこもった早口な日本語のためよく聞き取れはしなかった。が、私に敵意を向けているということはわかった。

 実銃は少しキツいが、ゴム弾程度ならばどうにもできるだろう。メイドインヘヴンを使うにはちと矮小すぎる相手の気もするが。

 指の先に力を入れ、スタンドを出す準備をした瞬間。

 

 バン! と、先ほどのゴム弾とはまるで桁の違う弾丸の音が鳴り響いた。G.D.st刑務所で何度も聞いた、人を殺すことのできる実弾が発砲される音だ。

 

「抗亜だ!!」

 

 遠くで見守っていた男二人がそう叫ぶ。刹那、鉄の筒が投げ込まれたと思うと、ボフンと白い煙幕にあたりが包まれた。煙幕で視界が防がれる中、狂気的なエンジンの駆動音と何かを切り裂く音が響く。

 チンピラ程度もマトモに相手できないような体調の時に、テロまがいの状況に相まみえてしまうとは。心中でオーマイゴッドと唱えつつ、スタンドを前に出した。

 

 

「……ッ。ホワイトスネイク……!?」

 

 顕現したその姿は、人と馬が一体化した姿のメイドインヘヴンではなく。

 随分と前に、メイドインヘヴンへと進化する際に消えてしまった我がスタンド『ホワイトスネイク』。筋肉質な白い人間体にボーダーの如く足から頭まで文字が書かれている。そして頭部には、黒い王冠と顔の上半分だけを隠すマスクが一体化したようなものをかぶっている。

 

 しかし以前の透き通るような体の白色より、若干だが色がくすんでいる。体の先の方が少し崩れかかっていて、どことなく全体に活気がない。

 

「キラキラ、前に出すぎだ!」

 

「だいじょーぶだいじょーぶ!」

 

 ブルルルと吠えるエンジンの駆動音の合間に、少年と少女の声が挟まる。いまだに前で状況が呑み込めず、銃を構えたままオロオロしている武装した男をホワイトスネイクで突き飛ばす。

 

「あーらよっと! いっちょ上がり…っておわッ!!?」

 

 男の野太い悲鳴が上がったと思った瞬間。体の六割を露出したピンク髪のツインテールの少女が、チェーンソーで煙幕を切り裂いて現れる。

 ホワイトスネイクがその場で一回転し、右足でチェーンソーの横っ腹を勢いよく蹴り飛ばす。ガギィン!と甲高い音が響き、少女の体ごとチェーンソーが後方に吹っ飛ばされた。

 

「あっぶねぇ!! 何してんだキラキラ!」

 

「いや、私もわかんないってば! いきなりチェーンソーが吹っ飛ばされたんだって!!」

 

 

 煙幕が徐々に晴れ始める。

 広がる視界の先で、少年少女と言っても差支えのない五人組が立っているのが見えた。

 

「なんだァ!? 外国人じゃねえか!」

 

「……外からの人間か? 見たところ、武器も何も持ってないようだが……」

 

「キラキラぁ、お前やっぱり壁にでも当てちまったんじゃねーのか?」

 

 腕に鎖を巻き付けた筋肉質な金髪の男が驚いたように叫ぶ。その横で拳銃のトリガーに指をかけている、フードを被った細身の男が冷静にこちらを観察してくる。

 二メートル近くはある棍を持っている黄色と黒のしましま模様をした髪の男が、先ほど弾き飛ばした少女に向かって話しかけた。

 

「いやぁ、えぇー? こう、素手でバッコーン!ってやったんじゃない?」

 

「ん、さすがにむりがある」

 

 ピンク髪の少女がチェーンソーの腹を撫でている。煙幕なしで改めてみると、下乳から下腹部まで丸見えの穴が開いたピンクのラバースーツというとんでもない恰好をしている。見ているこちらが恥ずかしくなるような格好に、目を逸らすと。

 白い髪の、140cmもないような小柄な少女がさらにとんでもない恰好をしていた。白いベルトを上半身にグルグルと巻き、その両端をそれぞれ両腕からだらんと垂らしている。のはいいのだが、問題は下半身だ。腹は当然のようにさらけ出し、性器に至っは上半身の中心から背中の方へ一本、白いベルトを巻いて隠しているだけだ。

 

 痴女。露出狂。もはやそれすらも通りこし、冒涜的な何かまで感じてしまう。

 私が困惑し固まっていると、白髪の彼女が私の視線に気づいたのか、こちらを向く。

 

 彼女と目が合う。視線を逸らすことも敵わない惹きつけるような魅力に、スタンド能力にハマってしまったのではないかと錯覚してしまうほどだ。幾分も向き合っていたような気がするが実際は数秒程度だろう。彼女が白い肌から想像できないほど赤みのある舌をチロッと出し、唇を少しだけ湿らせた。

 その光景を見てしまった私は。

 

 

「ホワイトスネイクっ!! あの少女の記憶を私から抜き出せッッ!!!」

 

 ホワイトスネイクが即座に振り返り、私の頭部に向かって手刀をぶち当てた。あまりの衝撃にガクンと首が揺れ、勢いよく頭から先ほどもたれかかっていた壁に激突した。

 膝から崩れ落ち、ホワイトスネイクがこちらを見つめている姿を最後に、意識を手放した。

 

 

 

 

「……は? 何だ今の……」

 

 金と黒のタイガー模様をした髪の男が困惑した様子でそう言った。

 白髪の少女が親指の先を舌先で少し濡らしながら、話す。

 

「目が合ったから、すこし誘惑した。そしたら、壁に頭を当てて失神した。あんびりーばぼー」

 

「いやいやいやいやアンビリーバボーじゃないっしょ……。マジでヤバい奴じゃん……」

 

 ピンク髪の少女が顔を青くしながら、少しだけ後ずさる。

 

「うーん、どうすっか……。……よし。クマ、頼んだ!」

 

「……丸投げか?」

 

「適材適所ってやーつ。頭を使うのはお前に任せた!」

 

 腕に鎖を巻いた男が、横にいたフードにそう言った。

 クマと呼ばれたフードの男が、拳銃を腰に収め腕を組んで考える。数秒ほど静止したのち、顔を上げて話し始めた。

 

「おそらく、というより十中八九外からの人間だとは思うが……。キラキラのチェーンソーを弾いた件と、何かに殴られたように吹っ飛ばされて壁に当たり気絶した件。自分から壁に激突したのはともかく、チェーンソーを弾いた方法が全くわからない。シケイと揉めていたようでもあったし、まぁ……。厳重に拘束して話を聞きだした後、外に送り返すのが合理的じゃないか?」

 

 もし不可視の攻撃手段などがあった場合。それをシケイ、亜総義の犬に利用されると、何も対処できずにやられてしまう可能性がある。それを防ぐための情報を手に入れるのは、多少の危険を冒してでも敢行するべきだと判断した。

 

「おいおい、男をヒトカリってマジかよ? テンション下がるぜ……」

 

 タイガー風の男がわざとらしくうなだれてそう呟く横で、プッチを鎖の男が持ち上げる。

 

「よ……っと! クマ、縛るものはあるか?」

 

「……ザッパ、その鎖はダメなのか?」

 

「何ィ!? この鎖は……ダメだ! 俺のアイデンティティーだからな!!」

 

 ザッパと呼ばれた男がプッチを肩に担ぎ、夜空に向かって高笑いする。

 クマがその様子を見て、首に巻いていたマフラーを深くまき直し、腰に収めていた銃を抜いた。

 

「なら途中で何か手に入れる。ヒトカリはまだ続けるからな」

 

 

 

 プッチは誘拐(ヒトカリ)された。

 

 

 

 




活動報告にて細かい捏造設定や原作解釈、その他謝罪等を書き殴っております。


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#2 スタンド

 スタンド。

 強靭な精神力を持つものが自由に扱える、いわゆる超能力の類である。生まれつき持っている者や、スタンドの()に射抜かれて目覚める者。また血縁者がスタンドに目覚めたことにより因果的に目覚める者もいる。

 

 スタンドの姿、性能は個々人によって全く異なる。人型や獣、ロボットのような見た目をしているスタンド。鋼鉄を容易に曲げ目に捉えることすら難しい速度で動くスタンドや、路傍の小石すら持ち上げることもできないのろまなスタンド。だが、非力で鈍重なスタンドだろうと決して弱いということにはならない。

 

 スタンドの強さの大部分を占めると言ってもいいのが、()()()()()()と呼ばれる特殊能力である。

 筋肉を糸に変化する、気象を操る、地面に潜る……。

 その場での対処が簡単な能力から、相性次第では絶対に打ち破れない能力、一見しただけでは対処どころか何が起きているのかすらわからない能力。これらは本人の、無意識下で信じていること。つまり、鉛筆を指でへし折れて当然と思うような、このぐらいは自分のスタンドにはできて当たり前という考え方が肝要である。

 スタンド能力はスタンド使いが持つ究極の個性。一つとして全く同じものはない。誰しもが自分の能力に向いた場所と役割を持ち、簡単にスタンドの優劣をつけることはできない。

 適材適所。スタンドが弱いのではなく自分が活かせる場所を見つけられていないのだ。

 

 

 

―――――

 

 

 

 

「ねークマ、英語話せるの?」

 

「……学校で学んだレベルくらいには。ネイティブ相手に完璧に話せるかはわからない」

 

「虎太郎。翻訳機とかつくれないの?」

 

「いやいや、さすがに無茶だろ……」

 

 足と手を後ろで縛られ、目に黒い布を巻き付けられた私。

 ソファーに杜撰に寝かされている私を前に、四人の少年少女が並んでいる。虎のような縞々模様の髪の男に、昨日実銃を発砲していたフードマフラーの男。今はフードを脱いでいるが。そしてその横に、チェーンソーを持っていたピンク髪の少女と、例の白髪の少女が立っていた。以前の煽情的な、ほぼ裸のような恰好はしておらず、風通しのよさそうな純白のワンピースを着ている。

 

 目に布を巻き付けられているのにこれらの情報を得ている理由は、ひとえにホワイトスネイクを出しているからだ。私のスタンドは私と視界を共有することができ、脳内にあるモニターを見るような感覚でホワイトスネイクの見ている景色を見ることができるのだ。

 スタンドはスタンド使いにしか見ることができない。私のホワイトスネイクに微塵の注意も向けていない彼らは、スタンド使いではないのだろう。

 

 私はあの大通りで壁に頭を打ち付けたとき、気絶したらしい。その後、彼らにここまで誘拐されたらしい。中々に乱雑に物が散らかっていて、お世辞にも清潔とはいいがたい場所だ。室内にある階段で一階と二階に分かれており二階の方はまだ綺麗である。頭に比較的、とはつくが。

 ただ物が散らかっている割にはすえたような臭いはしない。せいぜいがネジやパイプからくる鉄の匂いだ。物は散らかっているが、決して掃除をしていないというわけではないらしい。

 

 話を戻す。

 誘拐された理由についてだが、そもそも私のような男を攫う理由などたかだか知れている。身代金か、もしくは何かの情報を聞き出したいかだ。

 そして十中八九、私から聞き出したいことというのは……。

 

 

「ザッパがいないが……。まあいい、始めるか。もし英語がわからなかったらどうするかだが……」

 

 先ほどから()()と呼ばれているマフラー少年が私の前にパイプ椅子を置き、腰掛ける。

 私の意識が先ほどから覚醒しているのはわかっているようだ。私の体を揺さぶって起こすなどということもなく、話しかけてくる。

 

『……こっちの言葉、わかるか?』

 

『ああ。少し聞き取りづらいが』

 

『許してくれ、スピーキングまでは完璧じゃない。……それで、アンタに聞きたいことがある。うちのキラキラ……チェーンソーを振り回してたピンク髪の少女だが。彼女のチェーンソーを弾いたらしいが、一体どうやったのかを聞きたい』

 

 ……まあ、おそらくその件だろうとは思っていた。

 スタンドというのは衆目に晒されているような力ではない。

 キラキラという少女のチェーンソーを、私は確かにホワイトスネイクで蹴り飛ばした。だがスタンド使いではない者にはスタンドの動きそのものが見えない。私の拘束をこのような簡単なもので済ませているところを見るに、スタンドについての情報も持っていないらしい。故に、私に何をしたのか聞き出そうとするのだ。

 

 ここで問題なのは、どのように話すか、である。

 私は手と足を縛られ、身をよじらせることしかできない。対して相手は四人、しかもその内の二人は実銃とチェーンソーという明らかな凶器を持っていた危険人物である。今は所持していないが、いつどこから取り出すかわかったものではない。

 我がホワイトスネイクが見えないというハンデをもってしても、拘束された状態から武器を持った四人を相手に逃げ出すというのは少し厳しいかもしれないのだ。

 

(スタンドについて話すのはいい……スタンド使いでなくとも知っている者は知っている。我がホワイトスネイクの能力についてさえ話さなければ何も問題はない。しかし……)

 

 果たしてスタンドについて話したところで、信じてもらえるかどうか、だ。相手が少年少女とは言え街中で実銃を発砲するような集団だ、テロ組織として考えた方がよい。つまらない冗談と判断され攻撃される可能性も考慮すれば、馬鹿正直にスタンドのことを話すのは悪手か……。

 

 私がどのようにして話すかを悩んでいると、目の前の少年が私の思考を読み取ったかのように言う。

 

『俺たちはアンタに危害は加えない。見るからにアンタ、亜総義市の()から来た人間だろう?』

 

『……亜総義市?』

 

『! 知らないのか? ……そういえば、聖職者らしい恰好なのに入市カードもつけていなかったな。一体どこから来たのかも気になるが……まあいい、こちらはアンタに対して危害は加えないし話を聞いたらすぐに開放する。必要なら亜総義市の出口近くまで案内しよう。これでいいか?』

 

 年端も行かぬ少年にしては、やけに鋭い眼光をしている少年。

 私の知らない単語が頻出しているが……亜総義市というのは、この町の名前のことだろうか。入市カードというのも聖職者の身分なら必要であるらしいが……。まあこの辺りはあとで聞けばいいだろう。

 

『私の名前はエンリコ・プッチ。神父をしていた。特に覚えてもらう必要はないがね』

 

『俺の名前は……クマだ。偽名だが、こちらで呼ばれることの方が多い』

 

『それで、君の質問についてだが……』

 

 

 それから私は、スタンドについての情報を彼に教授した。

 ところどころ言語の違いで戸惑ったところはあったものの、おおよそは伝えられたはずだ。もちろんホワイトスネイクのDISC能力の情報は省いた。

 

 クマくんが信じられぬといった表情をする。仕方のないことだ。

 彼を省く周りの三人は長く話し込む私たちに飽きたのか、それぞれ別の方向を向いたり、手の中で何かをカチャカチャと弄んだりしていた。

 

『…………にわかには信じられないが、嘘を吐いているようにも見えないな……。何か証拠……今手と足を縛っている拘束を解いたりはできるか?』

 

 彼の言葉尻の後に、ホワイトスネイクの手刀で手と足の紐を叩き切る。そこまで頑丈な紐ではなかったらしく、力がこもらないような特殊な結び方をされていただけのようだ。パラパラとかすかな音を立てて紐が落ち、ソファーから身を起こす。

 

「うわッ!?」

 

「クマ、離れろ!!」

 

 私の周りを取り囲むように立っていた三人が、各々どこかからか武器を取り出して私に向ける。

 パイプ椅子に座る少年が、立ち上がった私へ向ける武器を収めるように手を振った。私も目に巻かれた黒い布を外し、彼に渡す。

 

『外まで送ろうか?』

 

『必要ない』

 

『そうか……。なら、これを渡しておく』

 

 クマくんが差し出してきたのは、四つ折りにされた一枚のパンフレット。日本語、中国語、英語の三ヵ国語で書かれた、亜総義市という町の説明が描かれているものだ。表紙には不自然なまで笑顔な人々と、右腕を前に掲げた老人の銅像の写真が大きくプリントされていた。

 

『今日出されたばかりの最新版だ。地図も載ってる』

 

 そのパンフレットを右手で受け取る。

 彼は視線を下に向けて少し遼巡し、こちらに顔を向けて静かに呟いた。

 

『……用がないなら、この街から早く出て行った方がいい。それとスタンドとやらについての情報、感謝する』

 

 その忠告をありがたく受け取り、彼の幸福を願って胸の前で十字架を切る。

 背後に鋭い視線を受けながら、彼が指さした扉から外に出る。扉の先は路地裏のような場所で、先ほどまでいた建物は周りのビル等に紛れるようにして立っていた。まるでアジトのような場所だが……私をそのまま出してよかったのだろうか? しかし頭の回るあの少年のことだ。私が意識さえあれば周囲の景色を確認できることから結局意味がないと判断したのかもしれない。実に合理的な考えなことだ。

 

 

 路地裏の外に出る。太陽の光が空に爛々と輝き、今は昼ぐらいだと私に伝える。

 とりあえず、落ち着ける場所を探そう。

 この地に来てからどうにも精神が弱っているというか、何かに引っ張られているような感覚がする。一体何かはわからないが、考えなしにそれに近づくのは危険だろう。

 

 太陽が照り付ける人のいない通りを、安らげる場所を求めて歩き始めた。

 

 

 

 

 

―――― クマ ――――

 

 

 

(…………)

 

 エンリコ・プッチと名乗った男が出て行った扉を眺めながら、考える。

 明らかに眉唾ものな……スタンドという存在。話を聞いている限り、常人には見えない超能力という胡散臭いものだったが……。

 

「クマ、どうだった?」

 

「…たしか、あの男を縛ったのはポルノだったよな?」

 

「そうだよ。力を籠めれば籠めるほど締め付ける、蜘蛛の糸のように粘りつく淫猥な緊縛で……」

 

「も、もういい! とにかく、自分じゃ絶対に切れないように縛ったんだな?」

 

「ん、もちろん。クマも体験してみる?」

 

 白髪の少女、ポルノが右の手のひらを舐めながらそう言うのを視線を逸らしてスルーする。

 性技に関してはポルノは達人の域に到達している。その中には何かを縛る行為も含まれ、事実彼女に縛られた場合並の方法では抜け出すことができない。

 刃物等の危険物は持っていなかった。服の中に仕込んでいた可能性もあるが、ポルノの拘束で、しかも目の前で見ている最中ほとんど身じろぎもせずに手と足の紐を切るなど……。

 

「おーう、諸君! 今帰ったぞー!!」

 

 バタン!!と大きな音を立て、眺めていた扉が勢いよく開く。

 威勢よく笑いながら入ってきた、ちょいダサのサングラスをかけた男、ザッパ。俺たちのチーム『ナユタ』のリーダーである。艶の入った袖なしジャケットに黒い肌着をいつも着ている男だが、今日は赤いジャケットを腕に巻き、頬に汗を何滴も走らせている。

 

「いやーー!! 今日は本ッ当に危なかった!! シケイの車をひっくり返してたら、バイクで追っかけてきやがったんだ! 路地裏が後数歩分遠かったらまずかったなー!!!」

 

「えぇー? ザッパそんなに足速かったっけー?」

 

「そこじゃねーだろ……。一人で車ひっくり返してる方がやべーだろ、ふつーに……」

 

「……ちょっといいか?」

 

 全員がザッパに意識を向け、空気が弛緩し始める。落ち着くのもいいが、先ほどの話を一応共有しておかなければいけない。ザッパもちょうど帰ってきたことだしな。

 

「ザッパ、こっちの裁量であの男は帰した。聞き出した情報の共有をしたいんだが、いいか?」

 

「ん、おう!! んで、どんな方法を使ってたんだ? サイキックパワーか?? なんてな!」

 

 

 

 …………。

 

 

 

「……………そうだ。」

 

「……は、ハハハハハ! クマー、面白い冗談を言うようになったじゃないか!!」

 

 ザッパが豪快に笑いながら言う言葉に、沈黙で返す。

 周囲にいた虎模様の髪をした男『虎太郎』、ポルノ、キラキラ達も黙り、あたりがシンと静まり返る。換気扇がゴウンゴウンと回る鈍い音だけが響く時間が数秒続いたのち、ザッパが口を開く。

 

「マジか?」

 

「マジだ」

 

 ザッパが息を大きく吸い込み、両手で頭を押さえ、叫んだ。

 

「――――何ィィィィッ!!?!!? そーーんな面白そうな奴を、俺が帰ってくる前に帰したってのか!!?」

 

「もう聞くことがなかったからな。外の人間をそれ以上捕まえておく理由もない」

 

「サイキックパワー! 超能力!! な、何か動画とか撮ってないのか!?!」

 

「撮っていない」

 

「ぐおおおおおおおおおおッ!!!!」

 

「あんびりーばぼー。あめーじーんぐ」

 

 

 騒ぐザッパと、それに便乗して騒ぎ始めたポルノを横目に、虎太郎とキラキラが話しかけてくる。その顔色は明らかな懐疑の念が混じっているものだ。

 

「ねークマ、今のマジ? 超能力とか……」

 

「そりゃあ、あったらかっこいいだろーが……流石にホラ吹かれたんじゃねーか?」

 

「……エンリコ・プッチと名乗ったアイツは、ポルノの拘束を、目の前で、ほとんど身を動かさずに解いた。一緒に見ただろう、突然立ち上がったあの男を」

 

 キラキラと虎太郎が未だ腑に落ちない様子で、「そうだけど……」とでも言いたげにうなずいた。

 

「キラキラのチェーンソーを弾いた件も、突然自分から勢いよく壁に激突して気絶した件も……。目に見えない力を操れると考えれば、非現実的だが……つじつまは合う」

 

「そりゃー、そうかもしんないけどさ?」

 

「……たとえ超能力だろうと、またこちらの想像も及ばないほどの超人的な体捌きをする人物であろうと。あの男は亜総義市の外の人間で、こちらは亜総義市の中の()()のチームだ。奴の不可視の攻撃手段がシケイに渡らないものであると分かった以上、これから関わることもない」

 

 そう。

 いくら非現実的で、合理的に考えるのがバカバカしいことであろうと。亜総義市の中と外の人間では常識、文化、考え方が丸っきり違う。あの攻撃手段が亜総義の兵隊(シケイ)に渡らないということ。これさえわかればもう関わる必要もない、その程度の関係なのだ。

 それよりも今は、これから関わらぬ人物のことを考えるよりも先にやらねばならぬことがある。

 

「ザッパ、ハルウリの件だが……」

 

「なんだ!?」

 

「そろそろ、ピルの在庫がなくなりそうでな。当てはないか?」

 

「おー……薬なら、いつもの病院でいいんじゃないか?」

 

 興奮しすぎたザッパが虎太郎に向かってラリアットをする。引き倒された虎太郎の上にポルノが飛び乗り、ぐえっと潰れたカエルのような声が響く。キラキラはどこからか持ち出した長い鉄の棒で、苦悶する虎太郎の脇腹をつついて遊び始めた。

 

「いつもの病院……仕山医院か。今夜、ヒトカリに出れるよう準備しておく」

 

「おーう。頼んだぜ、クマ!」

 

「……おッ……俺もヒトカリに行くんだけど!? なんで今シメられてんの俺?! 行く前に怪我すんぞ!!」

 

「次回、虎太郎死す。デュエル、スタンバイ」

 

「死なねーっつーの!! 適当なこと言うなよポルノ!!」

 

 

 ……まぁ、楽しそうで何よりだ。

 薬の在庫確認作業とヒトカリの準備に集中するため、虎太郎のことを思考の中から外した。

 

 

 

 

 

 




――<<ドーナドーナ 頻出単語集>>――

ヒトカリ:街中で女性を誘拐する行為。あとお店から色々と物を永久に借りていく行為。本編中で詳しく書くとハーメルン運営による死が訪れる。

ジンザイ:街中で誘拐した女性のことを指す。本編中で詳しく書くと死が訪れる。

ハルウリ:誘拐した女性を使って行うこと。はるうりで変換すれば大体わかる。後書きだろうと詳しく書くとハーメルン運営による死が訪れる。


――――――――――――――――――――


かなりぼかしてますけどやってることがロシアンマフィアですよ。
なおこれらの単語の本当の詳細はドーナドーナ本編にてご確認ください。詳しく説明すると本当にBANされる……!


活動報告にて細かい捏造設定や原作解釈、その他謝罪等を書き殴っております。


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#3 ケープ・カナベラル

 照り付けるような日差しの中、人気の少ない通りを歩いていると。

 いくつかのベンチとそれを覆う草屋根、赤と青の自動販売機に、公衆トイレがひとつついている公園があった。公園の中に入り、ベンチにつもる土を払ってから腰かけた。

 

 息を吸い込み、脳に酸素を行き巡らせる。草屋根の隙間から漏れるあたたかな日差しを眺めつつ、目下私が直面している問題について考え始める。

 私がなぜ、今、ここで生きているのか。エンポリオによって殺された私がなぜ存在を保ち、スタンドがメイドインヘブンからホワイトスネイクに変わっているのか。悩まなければいけないことは数えきれないほどにあった。

 

 

(……亜総義重工、か……)

 

 クマという少年から貰ったパンフレットを開くと、まず真っ先に目に入るその名前。世界的に有名な大企業で、日本国内や海外にも複数の支社を置いているらしい。一企業がひとつの市に名前を刻んでいるという時点で、恐ろしい規模の企業だということはわかっていたが。

 

 しかし。

 亜総義重工など、生まれてこの方聞いたことがない。社会の情報を一切手に入れることができないほど浮世離れした生活を送っているわけでもなかった。

 そして、アメリカのGd.s.t刑務所でエンポリオに殺されたはずの私が日本にいるという事実。

 まるで異世界にでも来たかのような怪奇現象。これらを加味して考えるとすれば……。

 

 

(メイドインヘヴンによる完全な一巡の前に私が死んだことで……。運命が千切れ飛んだか……?)

 

 思いついたのは、二つ。

 一つ目は、エンポリオが私を殺したことで、私を含む全人類が全く未知の、別の運命を歩み始めたというもの。何らかの理由で、私だけが日本に漂着してしまった。

 二つ目は、私だけが別の世界に飛んできてしまったというもの。エンポリオやその他の人類とは全く違う運命に交わってしまったというものだ。

 

 …………どちらの可能性もある。もしかしたら全く別の理由かもしれない。

 この二つの大きな違いは、憎き『エンポリオ』が存在しているかどうかということ。しかし……こういう感覚に頼るのは何だが、一つ目の案の可能性は少ない気がする。エンポリオが持っているはずの我が弟のスタンド『ウェザー・リポート』の波長を感じない。奴が何らかの方法で捨てていたり、不完全な一巡の影響で消えてしまっているといえばそれまでだが。

 私の感覚が正しければ、この世界での私の行動を黄金の精神を受け継いでいるとかいう彼奴等に邪魔されることはない。

 

(......だが、それがどうしたというのだ……。)

 

 額に流れる汗を裾で拭う。鬱陶しいほどに鳴くセミの声もまだ聞こえないような季節であろうに、じとっとした高温多湿の気候が私の体力を想像以上に奪っている。ベタつく服を指で摘んでパタパタと中に風を送り込む。暑さよりも湿気で参りかけるという初めての経験ではあるが、それのおかげで少しぼーっとした頭は、これから受け止めなければいけない現実を少しだけやんわりキャッチさせてくれるだろう。

 エンポリオがこの世にいようといまいと、天国に至る方法は搔き消えた。DIOの骨と罪人の魂を吸収した緑の赤ん坊がいない。DIOという心の底からの友もいない。我がホワイトスネイクも、死の記憶で衰弱した私の精神に引っ張られて明らかに力が落ちている。ホワイトスネイクに近くに転がっていた石を力強く握らせるも、握りつぶすどころかヒビすら入らない。徐倫と戦った時の私なら砂粒になるまで砕けていただろう。

 私にはもう、天国に至る方法も、それを行うスタンドの資格もない。

 

(……これから、どうするか。)

 

 一度アメリカに戻るのもいいかもしれないが、私はパスポートや身分を証明するものを持っていない。そもそもここが新しい世界だとすると、私は国籍すら持っておらず文字通り存在しない人間ということになる。どうにかする手段はいくらでもあるが、未来が限りなく暗いのはたしかだ。

 

 私の横に立つホワイトスネイクを見上げる。体の至る所に微細なヒビが入り、そこからさらさらと風に乗って砂粒のようなチリが流れ出て行っている。チリの流れる方向は公園の出口であり、ホワイトスネイクに一切指示をしていないにも関わらず、彼はじっとその方向を見つめていた。

 心が何処かに、引き寄せられている感覚がする。膝を両手で押さえ、ゆっくりと立ち上がった。するとホワイトスネイクは私の体に重なるように平行移動し、姿を消す。

 

「ホワイトスネイク……。」

 

 何もかもがなくなった今、私が頼れるのは私だけだ。その(ホワイトスネイク)が引力を持った何かに引っ張られているというのなら、私も引っ張られよう。草屋根の影から足を踏み出し、引力に引っ張られるままに、再び人気のない道を歩き始めた。

 

 

 

 

 

 

 ……引力を放つものは、そう遠くなかったどころか、なぜ初めから気づいていなかったかが不思議なほど巨大なものであった。天を穿つほど巨大なそのビルは、周囲に並び立つビルの倍以上の高さを誇っている。地上から七割ほどの高さのところに、ドーナツの様に飛び出した輪状の展望台のようなものがあった。

 

 その建造物に近づくにつれ周囲に人通りが格段に増えていったため、今は日の光も届かないような路地裏からホワイトスネイクを介してそのビルを観察している。防弾スーツとゴム弾が装填されていると思われる銃で武装した者たちが隊列を組んであたりを歩き回っているため、下手に近づくことができなかったのだ。

 四つ折りのパンフレットを勢いよく開き、地図の項目で例のビルの名前を調べる。黄色に黒ぶちの大きなフォントで、『亜総義重工 本社』と書かれていた。

 

 パンフレットを懐に直す。あのビルの名前がなんだろうと実のところどうだっていいのだ。むしろその本社周辺におけるこの、台地から内臓が数センチ浮き上がるような感覚。重力が小さいとでもいえばいいのか。私はこの感覚に非常におぼえがあった。

 

「……これは……ケープ・カナベラル、の……。」

 

 天国に至るための方法のピースの一つ、北緯28度24分西経80度36分。地球上でもっとも引力が小さい場所、ケープ・カナベラル。エンポリオに殺され、私がこの街に突如として降り立ち、同じ街の中にケープカナベラルと同じような引力の低い場所がある……。そしてその中心にそびえたつ、巨大な亜総義本社。

 頭の中にピンッ、と白い線のようなものが走る。私の足元にガラガラと音を立て、運命という道が出来上がっていくのを感じる。

 

「ああ、DIO……。すまなかった、憎きジョースター家にやられて天国を作り出せなかったなんて……。それに加えて、精神をやられかけて自分を見失いかけるなんて。……だが、私は自らの歩むべき運命を見つけることができた。」

 

 拳を硬く握りしめる。

 

 

「天国だッ!! 私はこの世界を一巡させ、人類を幸福に導いて見せるぞッッッ!!!」

 

 

 精神が高揚感に包まれる。運命に正しく導かれる感覚はえてして、私たちを健やかにさせてくれるものだ。ホワイトスネイク 

のひび割れがパキパキと小さく音を立て、修復していくのがわかる。

 私が宣言をして数秒ほど経った後、背後から何者かの足音が聞こえてきた。どしんどしんと無遠慮に歩く音の鈍さから、かなり体格の大きな者であろうということがわかる。事実、振り返った先には私より頭一つ分背が高く、お世辞にもやせ型とは言えない体系の武装した男が立っていた。

 

「なんだぁ~~? うすらトンカチなことを路地裏でガンガン叫びやがって……」

 

「…………」

 

「何とか言ったらどうなんだ? あ? てめーその恰好聖職者だな? この街にお前みたいな宗教モンが入り込むってのはどういうことかわかってんのかよォ~~~??」

 

「……知らない、と言ったら?」

 

「ぶん殴られて鼻くそつけられてゴミみてーに打ち捨てられても文句言えねーッてことだよくそボケーーッッッ!!!!」

 

 大柄な男がその巨大な手を握りしめ、私の頬をめがけて勢いよく殴りかかってくる。全くこの街の、シケイ?とか言ったか……。武装していかにも人を守っていますヅラをしているのに、一番治安を乱しているのは自分たちではないか……。

 

「『ホワイトスネイク』ッッ!!」

 

 男の拳が私の顔に当たる寸前で、ホワイトスネイクがその攻撃の軌道を逸らす。体制を崩しよろめく男の側頭部に向かって、ホワイトスネイクが勢いよく手刀を決めた。手刀が男の頭へ小指、薬指、中指と順にずぶずぶと沈んでいき、頭の中から何かを引っ張り出した。

 

「私のホワイトスネイクは、人の記憶とスタンドをD()I()S()C()として取り出すことができる……。もっとも、スタンドを持っていない相手からは記憶しか抜け出せないがね……」

 

 大柄な男が勢いよく倒れ込むことで、少しだけ地面が揺れる。

 

「ホワイトスネイクは強力だが……私の精神が弱っていることで少しだけパワーとスピードが落ちているし、何より何十人もの武装した人間を単体で相手することは少し厳しい。だから、お前の記憶ディスクを少しだけ見せてもらうぞ。あの亜総義本社とやらにまつわる情報を手に入れるためにな……」

 

 男の記憶ディスクを私の頭に差し込む。こうすることで、男が持っている記憶をまるで自分の実体験かの様に感じることができるのだ。

 

 

 膨大なデータベースを、暗闇の中手探りで物を探すように色々なものに触れながら目的の情報を探していく。

 チッ! この男、この路地裏に小便しに来ていたのか……。

 萬様……? 亜総義グループを立ち上げた男か……。この街に住む者はこの男を信仰せねばならず、他宗教の者はその信仰を脅かす可能性があるため市内へ入る際に厳重な審査が必要……、まるで独裁国家だな。この男は萬様というのを全く信仰していないようだが。

 男の作家? 大相寺 博(たいそうじ ひろし)、か。どこかの研究施設の地下へ連行される姿を最後に何も情報がないな……。わざわざ隠し扉で地下への階段を隠すあたり、かなり後ろめたいことをしているようだ。

 

 様々な情報が倒錯する中、ついに目当ての情報を発見する。亜総義本社内の警備についての情報だ。

 総警備員数は低く見積もっても百人は超えている……。四~五人単位で動き、自動操縦型の銃を装備したロボットも脇に連れているな……。

 一企業の警備にしてはあまりに厳重すぎる。真正面からぶつかり合うのが不可能なのは分かっていたが、この様子ではこっそりと忍び込むのもかなり厳しそうだ。

 

 それでも何かないかと重箱の隅をつつくように記憶を探し回っていると、鬱陶しいというワードと共に街中を暴れまわる集団の記憶を掘り起こした。

 街中を般若の面をつけて刀を持った侍のような恰好で走り回ったり、ストリートにいるチンピラのような格好にピエロのメイクをした若者……。そして、チェーンソーや実銃等の凶器をためらいなく振り回し、シケイと呼ばれるこの男のような警備員たちをなぎ倒す少年少女。非常に見覚えがある人物達だ。

 そういった、亜総義市に対して不埒な行為を繰り返す者たちを、()()と呼んでいるらしい。

 

 

 記憶ディスクを頭から引き抜く。ホワイトスネイクの指で私に会ったという情報をかき消し、地面に寝転がる男の頭に戻した。私のことを覚えてもらっていても困るし、記憶ディスクを抜いたまま放っておけば衰弱死してしまうのだ。

 

「……抗亜か。私一人ではあの亜総義本社に入るのは無理だ。だが、彼らを上手く利用すれば……」

 

 抗亜には三つのグループがある。

 ストリートチンピラにピエロの化粧をした若者たちが『フラット』。

 白装束に般若の面、日本刀を持った者たちが『東雲(しののめ)派』。

 そして最後の、今日というかつい先ほどまで会っていたクマたちのグループが『ナユタ』。

 

 この中の三つのグループのどれかに加われればいいが、相手は街中で巨大企業と兵士然とした装備の警備員相手にテロ組織まがいの行為を繰り返す連中だ。適当な相手を選んで大人数で囲まれては逃げ出すのにも労力を使う。

 やはり選ぶとすれば、わずかにでも繋がりのある『ナユタ』だろう。アジトの場所もちょうどわかっている。

 

「しかし、いきなり仲間に加えてくれ、ですぐに通じる相手ではないな。」

 

 彼らにとって有益な手土産を持っていくか、騒動の最中に偶然を装って協力関係になるのがいいだろう。まぁもしそれで駄目ならば……他のグループにナユタの情報を売り込んで入り込む手もある。どちらにしろ、今はナユタと関わりを持つのが最善の手だ。

 導いてくれる運命と、その運命を歩くための道を見つけたならば、行動しない理由はない。裏路地の外から聞こえる人々の喧騒に背を向け、暗い路地裏の奥に向かって歩き始めた。

 

 

 

 

 




プッチが何か変じゃね? まぁそういうこともあるか……。
というかやっぱり彼は何らかの目的を持った瞬間一気に輝きだしますね。黒い……どす黒い邪悪の方面に……。

シケイの性格も原作より悪くなってますは、理由は多分あります。今後の僕がうまいこと考えます。プッチは屑を相手にする時輝いている。


活動報告にて細かい捏造設定や原作解釈、その他謝罪等を書き殴っております。



追記

本編中のプッチさんのホワイトスネイクが弱体化しています。
これが超至近距離、ホワイトスネイクさんの全力が出せるときのステータスです。

破壊力A→C スピードA→C 射程距離?(半径20mくらい)→?(半径10mくらい) 持続力A→A 精密動作性?→?(変化なし) 成長性?→?(変化なし)



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#4 ベリーハード 仕山医院

 墨で塗りつぶしたような空には、カミソリのように細い三日月だけがぼんやりとこちらを見下ろしている。その空の頂である月に届かんとするネオンの強いビル『亜総義重工本社』が目に入り、少しだけ顔をしかめる。この狂った街のどこにいても視界に入る天高きそれを見ると、そこに住む支配者を倒すという目標が霧のような幻想に思えてしまうからだ。フードで視線を遮り、今目の前にある建物に目を向ける。

 

 仕山医院。

 医院とは謳うものの、実際は病院と言われても何ら遜色ない規模の建物である。亜総義市内の住民は上流階級と中流階級と下流階級が明確に区別されており、その中の中流と下流階級に位置する者が通う市に一つしかない医院だ。上流階級は仕山医院とは比べ物にならない設備の上流階級専門病院に通う。上の奴らは自分より下の奴にはほとんど興味がなく、必然として上に配備権限があるシケイの手も薄くなる。故に、亜総義市を支える上で欠かせない重要なスポットの一つなのに、容易に侵入ができるという何とも矛盾した場所となってしまっている。

 警備の手が薄く、医薬品が山ほどある。このようなおいしい場所を狙わない手はなく、今日もまた避妊薬が必要なためにこの仕山医院へと訪れていた。

 

 建物の影に隠れ、医院の廊下の窓を開けるためにあくせくと手を動かしている虎太郎。同じく姿を隠し、ヒトカリの準備をするポルノとキラキラ。そしてそれらに構うことなく大声を出し暴れまわるザッパ。

 

「クッソーーーーー!!! 超能力超能力超能力ゥーーー!!!」

 

「……まだ言ってるのかザッパ」

 

「まだ、って何だ! 俺が今日の昼、アジトに居ればサイキックパワーが見られたかもしれないんだぞ!? 数時間どころか数日たっても引きずるぞ!!」

 

 ザッパが大声で騒ぎ立てるのをなだめつつ、周囲への警戒を続ける。ザッパは一度こうなると手が付けられず、無理やり押さえつけて黙らせようにも、ナユタ内でぶっちぎりの腕力を持つザッパ相手では簡単に振りほどかれる。結論としては放っておくしかなく、頭を抑えて唸る彼の姿を横目に銃の弾が込められているかを確認する。

 頬に触れる外気は蒸したような熱気を持っており、正体を隠すために分厚く着込んだ服の中にじっとりと汗をかいてしまう。服の襟を掴んでパタパタと動かしつつ、片膝を地面に当ててしゃがみ手を動かし続ける虎太郎の方を向いた。

 

「後どれくらいだ? このままだとザッパが爆発する」

 

「おう、―――――よし、今できたぜ」

 

 虎太郎の声に反応して、キラキラとポルノが顔を上げてこちらに近づいてくる。

 キラキラが口につけたガスマスク越しに、手に持ったチェーンソーを弄びながら不満げに言う。

 

「虎太郎ー? なんで自分で『楽勝だー余裕だー』なんて言ってた仕山医院に入るのにこんな時間かかってんのー? 腕、落ちちゃった?」

 

「ちげーよバカ! ……なんでか知んねーけど、ちょっとだけセキュリティが厳しくなってんだよ。窓を防護する鉄柵、前はこんなもんなかっただろ? 外すのは簡単だから結局意味ねーけどな」

 

「内部のセキュリティも前より厳しくなってる可能性があるな……。こういう時に偵察でもできれば楽なんだが……」

 

「偵察できるメンバーなんていないっしょ? みんな大人しくしてるのが嫌いなタチなんだし」

 

 キラキラがあたりを見回すのに釣られて、俺も周りのナユタの面々を見る。

 虎太郎、キラキラ、ポルノ、ザッパ……。あぁ、確かにムリだった。

 

 

「……中に入るか」

 

「おい! お前今心の中で『確かにムリ』とか考えたろ!! 俺まで無理だって決めつけてんじゃねーよ!!」

 

 虎太郎が突っかかってくる。

 

「なら今から偵察してきてくれるか? こちらとしてはとてもありがたいんだが……」

 

「でっ、できらぁ!! そんぐらい――――」

 

「トラタローが死ににいくときいて、ただいま参上」

 

「虎太郎、人間には向き不向きがあってだな? 別にナユタの副リーダーを信じてない訳じゃないんだが……ちょびーっと、ちょびーっと!! 不安だという気持ちがあってだな……」

 

「なっ! ぽ、ポルノはともかく、ザッパ!! お前までそんなこと……」

 

 ポルノといつの間にか落ち着いていたザッパが虎太郎に乗っかり、いよいよ収拾がつかなくなってきた会話を無理やり中断させる。多少の上下変動があろうと全く問題ないほどに元々がイージーモードな仕山医院。そんな相手のヒトカリだが、これ以上緊張がほぐれるといざという時に対応できないこともある。

 気分がすっかり落ち、手に持った棍を杖にしつつ医院内に侵入する虎太郎を口切りに、次々と中へ入っていく。

 

 

 仕山医院内は以前と来た時とあまり変わっておらず、白を基調とした清潔感のある廊下に何本ものカラー線が引かれている。その先を目でたどっていくと、診察室や緊急治療室、院長室や倉庫などの案内文字がわかりやすい大きさで書かれていた。

 廊下を歩いていた患者のほとんどは、急に入ってきたナユタの面々に咄嗟の反応をすることができていなかった。ナユタが周囲の状況を確認し終わり数秒ほど経った後に、ようやく患者の一人が悲鳴を上げる。

 

「こッ……抗亜だァァアアああ!!!」

 

 廊下にその叫び声が木霊し、周囲の雰囲気が一気に浮き上がるような感覚に包まれ、パニック状態に陥る。

 その患者たちを無視し医院内の廊下を目的の避妊薬、またハルウリに利用できそうなジンザイを探して走り回る。容姿のいい看護師あたりがジンザイとしては最適なのだが、上手く見つからない。大抵はシケイが警護してどこかに避難させようとしているところを見つけられるものだが。

 

 

「あーん、おっかし――ッぶな!!」

 

「ザッパ!? ッこの!」

 

 ザッパが先陣切って廊下を走りつつ何かを言おうとした矢先、彼の横にあった病室の扉が勢いよく開き、ドパラタタタと軽快なゴム弾の発砲される音が響いた。ザッパが超人的な体捌きで咄嗟に後方へ吹っ飛んで弾を避ける。キラキラが腰に構えていた投擲型の、体がマヒして動かなくなる程度の神経毒ガス兵器を病室の中へ投げ込んだ。

 

「ぐおおっ!?!」

 

「ぐるぐるまきまきー」

 

 突然投げ込まれ煙を出す毒ガス兵器に苦悶の声を上げるシケイ。声の重なり方からして何人かいたのだろう。ポルノが虎太郎とクマの体の隙間を抜けて素早く前方に踊りだし、病室の扉を勢いよく締めて二度と開かないようガチガチに縛り上げた。中のシケイが扉を開けようとするが、扉の取っ手と壁の突起物を結ぶように縛り付けられた白ベルトがかすかに揺れるだけで、開く気配は全くない。

 

「おいザッパ、平気か?」

 

「おうともよ! 元気も元気、超元気!! 元気すぎて怖いくらいだ!!」

 

「なんか逆に不安になるような答え方だな、おい……」

 

 虎太郎とザッパがそうやり取りする中、クマが扉に近づく。比準が空気より重く、扉の上下の隙間からどぽどぽと漏れ出るガスを手で払いつつ、扉に耳を当てた。

 野太い男……シケイの声に、タタタタとゴム弾の発砲される音。脱出しようとしているのかもしれない。そしてその流れ弾に当たったのか、女性の甲高い悲鳴が時折かすかに聞こえる。

 

「……もしかするとだが、仕山医院の看護師連中がここに集まっているかもしれない」

 

「なんだって?」

 

 クマの言葉に、ザッパが返す。

 

「俺達も何度かここには来ている。上の奴らは一向に対策する気がないらしいが、医院内で何らかの避難策が取られていてもおかしくはない。例えば、抗亜侵入時には近くの看護師とシケイが固まって一つの部屋に籠城する……とか」

 

「……じゃあ、ジンザイは今この中で毒ガス蒸しにされてるってことか?」

 

 ザッパが部屋の扉を見やる。女性の悲鳴も、男の声も、銃声も何も聞こえなくなってしまった。

 虎太郎が手に持った棍で扉をつんつんとつつきつつ、近くにいたキラキラの方を見やった。

 

「おいおい、さすがに訓練してるシケイはともかく、一般人の看護師相手にガス蒸しは死ぬんじゃねーの……? キラキラ……そのガス大丈夫なのか?」

 

「えっ…………。い、いやいやいや! 私が作ってるわけじゃないからわかんないけど…………。く、クマ……」

 

 キラキラが少しだけ顔を青くする。いくら何でも人をガス蒸しで殺すつもりはなかったようだが、どうしていいかわからず、クマに助けを求める。

 彼が自分のマフラーを人差し指で少しだけ持ち上げ、口を隠しながら言った。

 

「大丈夫だろう。キラキラのガス兵器はミストレスの所で買ったものだ。そう簡単に死ぬような調合をしているとは思えないし、病室内には換気口や窓もある。酸欠で死ぬこともなかなかないだろう。……心配するな」

 

 たかだか腰につけていくつも持ち運ぶのが前提の投擲武器に、何時間もガスが出るほどの薬剤を注入できているわけもない。キラキラの心配は全くの杞憂だ。

 キラキラの青い顔に血色が戻り始めたころ、廊下の曲がり角の向こうからこちらに向かって人が走ってくる音がどたどたと聞こえてくる。ようやく周囲のシケイが動き始めたらしい。

 

「病室内のジンザイを回収できないのは痛いが、全員の避難が即座に完了するはずもない。ヒトカリは続行する」

 

「よーし! やっぱそうこなくちゃな、クマ!!」

 

「騒ぐのもいいが、ザッパはもう少し周囲に警戒を払ってくれ……」

 

 右手に持った銃のトリガーに指をかける。銃床を軽く手でたたき、マガジンがしっかり装填されていることを確認し、廊下の角から現れるであろうシケイに向かって構えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……――♪♪ ―――――♪」

 

「……日本語の歌ばかりか。まぁ、仕方ないな……」

 

 プッチの横に、日本語をかなり聞き取りづらくしたような、一体どこに需要があるのか分からない曲を大熱唱するシケイが一人。

 彼のホワイトスネイクは、市販の音楽が込められたCDやレコードを他人の頭に挿入することで、人を巨大な音楽プレーヤーに変化させることができる。プッチが特にCDを抜いたりなどの操作を行わない限り、唇が乾燥して切れようが、声帯が千切れて血を吐こうが、肺の中に血が貯まって呼吸困難になろうが永遠に歌い続ける。最後には音楽プレーヤーとしてその一生を閉じるのだが、プッチがそれを気にかけることはない。

 

「この記憶ディスクも駄目だ……クソッ。ナユタの面々に取り入ることできる『何か』、一朝一夕で入手できるものではないとわかっているが……」

 

 彼は車の外に出て、空を見上げる。亜総義本社の近くにいたときはあんなにギラギラと光っていた太陽が、地平線の向こうへ沈んでもう久しい。耳をすませば人の騒がしい声が聞こえては来るものの、まるで結界でも張られているように、この周囲には人の気配がない。この街が一種の独裁国家のようなものだということは感じていたが、人の流れまで完璧にコントロールできるほどの支配が行われているのだろうか。

 なんにせよ、街の中心部に近いこの道は昼には人通りがあるものの、夜には人が一人として通らない特異な道だ。それをよそ者のプッチが知るはずもなく、『何か』を探して彷徨っていたところをシケイに絡まれてしまう。

 

「こいつらの記憶ディスク……。少々手間だが、きっちりと戻して私の記憶だけ抜き取っておくか。いるかはわかないが、他のスタンド使いに見つかると面倒なんでな……」

 

 プッチの周囲には、記憶ディスクを抜き取られて倒れ伏すシケイが五人。全員がゴム弾銃、もしくは長さ五十センチほどのスタンロッドを持っているが、一撃必殺にして不可視のホワイトスネイクを持つプッチにしては大したことのない相手であった。

 ゴミの様に打ち捨てられたシケイ達の記憶ディスクにプッチの求める情報はなかった。何もかもがゴミ同然の彼らにプッチが興味を向けるはずもなく、だが神父としての優しさをもって、彼らの頭に一枚一枚律儀にディスクを刺して記憶を消す作業を繰り返す。

 

 ようやく五人全員の記憶ディスクを入れ終わり、車の中で未だ大熱唱する男の分もやらねばと立ち上がった瞬間。車の中に設置されていた無線機から、ザザザ……ッと何者からの交信を表す異音が流れた。そちらの方に視線を向け、ホワイトスネイクに無線機を取らせる。

 

()()()()にて抗亜出現、抗亜出現。一応業務連絡したが……こんなもん必要あんのか? 上が何も言わない限り、俺たち市内の巡回組が援護に行くことはねえのに……』

 

 抗亜、か。

 車の中に入り、合唱を続ける男から音楽CDを取り出し、無線機のマイクをオンにする。

 

「その抗亜の特徴は……わかるか?」

 

『特徴ォ? というかお前誰だ? こんな声の奴いたか?』

 

「今日から入った新人だ。先輩方は今出払っている。必要なら先輩の識別番号まですべて暗唱できるが……」

 

 識別番号とは、亜総義市民全員に産まれたときから与えられる個体識別ナンバーだ。十桁にも及ぶ0~9の数字の羅列だが、亜総義市民はこれを当然の如く暗記しているらしい。プッチは先ほどシケイの男たちの記憶ディスクを読み取ったことで、この識別番号を暗記していた。無線機の向こうの音が唸り声をあげながら返事を返す。

 

『ぐっ……あーあーすまなかった! 俺の業務連絡のチェックミスだな。さっき入った情報によると……仕山医院に侵入した抗亜は、少年少女の複合軍団……()()()との報告が入っている。』

 

 

 ……当たりだ。

 プッチは微かに口端を上げて歯をのぞかせつつ、服のポケットに入れたままであったパンフレットを開く。

 今ナユタの面々が行っているテロ行為は、以前私も大通りで巻き込まれたテロ行為と同様のものだろう。そして彼らの中の……おそらくはクマ少年の意向だろうが。自分たちの実力と同等、もしくは余裕を持った状態での攻撃を行う節がある。記憶ディスクで見た記憶の中には、ナユタの面々が大勢のシケイ相手を見るや否やすぐに逃亡する姿もあった。

 

 つまり彼らが今いる仕山医院という場所は、そこまで警備レベルが高い場所ではないということだ。

 これからその警備レベルを数段階引き上げる。そして彼らが自分たちの実力で対処できなくなったところに私がナユタの面々と()()合流し、その場所から逃げ出す手伝いをすれば……。仲間に加入は無理だったとしても協力関係にはこぎつけるだろう。

 

 開いたパンフレットの地図を見る。

 今私がいる道からまっすぐ南下した場所に仕山医院がある。そしてその二点を紡ぐ直線から少し逸れたところに、『注目!!*』と赤いフォントの文字で大きく誇張された広場があった。地図の横にあった*()の注釈説明文に目を通し、再び口角が上がる。まさかここまでおあつらえ向きの素材が、こうもおあつらえ向きに並んでいるとは。

 無線機を掴み、ミュートにしていたマイクをオンにして言う。

 

 

「亜総義市広場の()()が抗亜団体ナユタによって破壊されるという情報が入った。今すぐ仕山医院に警備を向かわせろ」

 

『……は、ハァ?? よ、萬様の像の破壊って……生誕祭も近いんだぞ? 警備も鬼のように厳重だし、いくら何でも誤情報だろ』

 

 萬様というのはこの街の絶対的存在、亜総義グループの創設者であり、神様のような扱いを受けている人物だ。独裁国のこの街で彼を、本当の心の奥底でどう思っているかはともかく、神の如く信仰を捧げないなんてことは許されない。これの銅像を破壊できれば、この街で活動するいくつかの抗亜グループの目的の半分は達成されるだろう程に影響力が大きい。故に彼の生誕祭に合わせて作成された萬像の周辺も、何十人ものシケイによって昼夜を問わずに厳戒態勢を敷かれていた。

 

「私は確かに言ったからな。仕山医院に、警備を向かわせて、今すぐナユタを捕えろと」

 

『――――あーーー! お前その言い方ずっッりィぞマジで! わかったわかった、仕山医院に人を送るよう上に申請してみるよ!』

 

 無線機の向こうの音が吐き捨てるようにそう言い、ガチャンッ!と音を立てて無線が切れた。

 半信半疑だろうな。まともな人間ならそれが普通だ。だが私がこの連絡を入れたことで、もし萬像が壊れた場合……ナユタの仕業であろうがなかろうが、彼らは動かざるを得なくなる。

 プッチは大熱唱を止めてから倒れたままだった横の男に周囲のシケイと同じ処置を施し、車の外に出た。

 

 プッチは一度決めた目的を達成するためには何でもやる。元の世界でも、こちらの世界でも。たとえ何人死ぬか分からない事態を引き起こそうとも。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――――五分後。萬像の頭部がひどく大きな音を立て、もげ落ちた。

 

 

 その報告を聞いたシケイ連中が、パニックに陥る市民を押しのけ、一斉に仕山医院へと向かい始める。

 シケイの車がけたたましいサイレンとまばゆい光を発しながら走る。その光の影に、白蛇を携える男が一人、同じく仕山医院を目指して歩く。

 

 

 エンリコ・プッチ。

 Gd.s.t刑務所で勤務する神父。

 過去の体験により「目的のためには何でもする」ことを決意した男。

 実の弟から、「最もドス黒い悪」と評された男である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




プッチがナユタ加入までの流れを細かく詰めておらず、少しだけ投稿が遅れてしまいました。
一応何話か先までの設定は考えたので、しばらくは投稿ペースを早められるかな……と思います。


――萬様(よろずさま)――

亜総義グループの創設者。街の中ではほぼ神のような扱い。馬鹿にすると一発でシケイにドーナドーナされてしまう。
彼の銅像を壊す=亜総義の面目を壊すなので、抗亜クランはこれを壊すことができれば亜総義一族に色々な面で大打撃を与えることができる。ただ警備が厳重すぎてまともな方法じゃ無理。
プッチさんは適当な距離まで近づいてからホワイトスネイクで首にチョップ、頭部をもぎ取った。そしてすぐに何食わぬ顔で逃走した。


 


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#5 ベリーハード 仕山医院2

『目標、仕山医院内の抗亜団体ナユタ! 繰り返す、目標は仕山医院内の抗亜団体ナユタ! 付近の警備員は全員現地に急行し、一人残らず捕縛しろ!!』

 

 道すがらで倒したシケイが持っていた、携帯型無線機がひどくあせった様子の男の声を吐き出す。広場で萬様(よろずさま)の銅像とやらを破壊したのが相当に聞いたようだ。こちらの目論見通り、ナユタの面々がいる仕山医院に向かってシケイが続々と向かっている。

 私が今いる、付近の道路が一望できる小高いビルの上からは色々なものが見えた。萬様の銅像が破壊された広場では困惑する市民を相手にシケイが武器を用いて実行犯逮捕のためのローラー作戦を始め、半ばパニック状態になっている。あの場所に今近寄るのは相当危険だろう。

 例の医院にシケイが向かっているのは確認できた。仕山医院に向かうためには私も何か乗り物が欲しいところだが、先ほどからシケイが乗り回しているのはゴテゴテに固められた黒塗りの装甲車。このような緊急事態に用いるものなのだろう、私に絡んできた巡回組のシケイの車とは比べ物にならない装備を持っていた。いくらホワイトスネイクといえど分厚い鉄の装甲を破るのは厳しい、今の様に弱った状態なら尚更だ。

 

「……時間がかかってしまうが、ビルの屋上伝いに行くしかないか」

 

 仕山医院に向かうシケイ達には、ある程度ナユタを弱らせてもらう必要がある。私が咄嗟に助けに入り、信頼を得るためにだ。だがあまりにシケイの攻撃が激しすぎると、ナユタそのものが一気に潰れてしまう可能性がある。そうなると私の計画はすべておじゃんになってしまう。

 ……ただ。今仕山医院に向かっているのは、シケイの中でも比較的練度の低い街中の巡回組だ。ただむちゃくちゃに数が多いだけで、一人一人の実力は大したものではない。

 それに対し、私が目的とする亜総義重工本社内のシケイの質は彼らがチリに思えるほどに上だ。そんなエリートシケイが百人以上、昼夜を問わずに会社内を厳重に警備している。つまり、今仕山医院に向かっているシケイを相手に持ちこたえられないようなら、亜総義重工本社に突入するなど夢のまた夢。あまりに実力不足過ぎる。

 

「私が到着するまで、潰れていてくれるなよ」

 

 プッチはぶっきらぼうに、吐き捨てるようにそう言った。ナユタもまた、彼にとっては重要ではあるが替えの利く手段の一つ、なのだろう。

 夜闇の陰を縫うように、ビルの合間を人の影が通り過ぎて行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「だああああああああッッ!! クソっ!!!」

「吠えるな虎太郎!! 下がれ!!」

 

 虎太郎が手に持った六尺ほどの棍を振り回し、近くにいたシケイの側頭部に命中させた。ヘルメットの透明なバイザーにヒビを入れ、くぐもった声をあげて倒れるシケイ。棍を大きく振り上げ止めを刺そうとする虎太郎にすかさずクマがラリアットを入れ、廊下の角の影に自分の体ごと突っ込む。刹那、先ほどまでクマと虎太郎のいた場所にゴム弾の雨が降り注いだ。何十にも重なったゴム弾の雨は、コンクリート製の医院の壁を深い亀裂を生じさせる。人体に浴びてしまえば怪我をする、では済まないほどの威力だ。

 

「クマ、虎太郎!! そこどけ!!!」

 

 ザッパが近くにあった自動販売機を両手でつかみ、無理やり持ち上げる。顔が真っ赤になるほど力を入れ、バックドロップの要領で販売機をぶん投げた。一つ投げたかと思うとすぐさま横にあったもう一つの自販機を持ち上げて投げるを繰り返し、あっという間に廊下に赤と青の自販機が入り乱れるバリケードを作ってしまう。

 総重量にして一トンはくだらないバリケードだが、その向こう側にいる無数のシケイが全力で力を籠めているのか、ズズズと医院の壁を削りながら動き始めている。この調子では壊れるのも時間の問題だろう。

 バリケードの前で、突然の全力疾走と危険な状況への緊張に、思わず息を切らしてしまったポルノが額に汗を浮かばせつつクマに問いかける。

 

「な、なんでこんなにシケイが……?」

「わからん……! 突然サイレンが鳴って、突入してきたとしか…………」

「ちょ、ちょっとみんな!! これ……!」

 

 キラキラが声を上げ、スマートフォンをナユタの面々に見えるように持った。

 彼女が開いていたのは、亜総義市内の情報を迅速に届けるがモットーのニュースサイトだった。そのサイトのトップを飾る、閲覧数が十数人単位で増えていく記事の内容を見て全員が戦慄する。

 

「よ、萬像を破壊だと……? 犯人は抗亜団体、ナユタ……」

「とッ……とんでもねーデマじゃねーか!! ふざけんな!!」

「……だが、このニュースサイト運営には亜総義の上層部も関わっている。生半可な信憑性の情報を出すとは思えない。しかし逆に裏を返せば……」

「どんなに信憑性の薄い情報でも、本当のことに変えられる、ってこと……」

 

 ポルノの言葉に、クマが肯定のうなずきを返す。

 

「何らかの事情あるいは誰かの陰謀で萬像が壊れ、その責任をナユタが負うことになった、ということだろう……。クソっ」

 

 クマが腹立たし気に、滅多にしない舌打ちを鳴らす。

 萬像とはそもそも、亜総義グループ設立者である萬本人の誕生祭を盛大に祝うために製作されたものだ。誕生祭は亜総義グループのトップに位置する人物や、市外からの記者も招いて大々的に行う。萬像とはその誕生祭のメインとなる、非常に重要な建造物なのだ。

 記事の情報を見る限り、萬像を破壊した方法は何一つ判明しておらず、ナユタが犯人という情報だけがなんの紐づけもなく書かれている。これはつまり、『原因や理由は全く分からないが、重要な建造物が壊れてしまった。ただ壊れてしまったで誕生祭を中止にする訳にはいかないため、抗亜のせいにして責任を全て押し付けてしまおう』ということだ。そして抗亜の中でたまたま、ナユタが選ばれてしまった……ということだろう。ふざけた話だ。

 ふつふつと煮えくり返るような亜総義への怒りを抑えつつ、クマが冷静ぶって思考を回転させる。

 

「とにかく、この医院から脱出する。虎太郎、行きに通ったルートは?」

「とっくに通り過ぎちまった、もう戻れねえ。一階の窓は……ご丁寧に全て鉄柵で保護されてる。シケイに追われながらの短時間じゃ外すのは絶対に無理だぜ」

「そうか……。なら危険だが、階段を突っ切って二階に向かう。そして階段を全て封鎖してシケイの侵入を防ぎ、その階層から脱出する。ザッパ、どうだ?」

「ああ、クマがそれでいいならそれで行く」

 

 ザッパが真面目な口調で返す。いつもならヒトカリ中であれどふざけたトーンで返す彼だが、非常に危険なこの状況ではゆるっとした空気を出すつもりはないようだ。ザッパの真面目な雰囲気に、ナユタ全体の空気が緊張感で引き締まる。

 クマの作戦を全員が理解した瞬間。自動販売機のバリケードが白い閃光を伴って勢いよく爆ぜた。飛び散る瓦礫にナユタ全員が防御のために身をかがめ、サングラスをしているザッパが閃光の影響を受けなかったおかげか、いち早く体勢を立て直す。

 舞い上がった粉塵の向こうには、爆薬の衝撃に耐えるために透明なライオットシールドを構えたシケイが十数人。その背後には、スタン警棒と銃を構えたシケイが無数に立っている。恐ろしい数の差を目の当たりにして冷や汗をかくザッパは、腕を振り上げて声を張った。

 

「ッ! 今すぐ撤退!! クマの作戦通りに行くぞ!!」

「抗亜のガキ共を逃がすな!! 前衛部隊、突撃せよ!!」

 

 シケイの波の背後から、メガホンを構えた男が叫ぶ。

 全身を包むほど大きなライオットシールドを構えたシケイが、狭い通路の中をナユタめがけて一斉に突っ込んでくる。

 ザッパが殿に踊り出て何とか盾の波を食い止めようと腕に力を籠めた瞬間、彼の背後に居たキラキラが腰につけていた発煙手りゅう弾のピンを抜いて思い切り投げた。シケイの視線が宙を舞う手りゅう弾に注目したと思うや否や、地を這うように飛び出したポルノが前衛部隊の盾を全てベルトで結びつけてしまう。

 前衛のシケイのチームワークと練度が低いためだろう、結びつけられたシールドを咄嗟に離すこともできず、その場でよろけて倒れてしまった。それと同時にボフンという音と共に白い煙幕があたりに広がる。

 

「ポルノ、ナーイス!!」

 

 半ば倒れ込むように突っ込んだポルノの足をザッパが掴み、肩に担いでそのまま背後に駆けだす。彼の肩の上でポルノがガクンガクンと首を上下に揺らし、ぐえぐえと声を上げる。

 廊下の角に身を隠していたクマが横を通り過ぎるザッパを一瞥し、倒れたシケイに向かって銃を構えて発砲する。煙幕で見えていない上に全くと一定ほど当たらない彼の腕前ではほとんど意味がないが、彼自身当たるとは思っておらず威嚇になればいいとしか思っていない。

 

「クマ、行くぞ!!」

「ああ!」

 

 虎太郎の声に合わせて彼が再び廊下の角に体を引っ込めた瞬間、再び通路すべてを埋め尽くすような銃弾の雨が降り注いだ。ギリギリの所で避けたクマが背後に注意を向けつつ走り出す。大勢の人の足音と低く響くような叫び声が聞こえるところを察するに、倒れた盾持ちシケイを無数のシケイが踏み台にして進んでいるのだろう。踏まれた方は……おそらく無事では済まないだろう。

 

 お目当ての二階に続く階段を発見し、ガンガンと音を踏み鳴らしながら勢いよく登っていく。踊り場についた時点で、二階にポルノと何やらいびつな形をした巨大な球体を頭の上に持ったザッパが立っているのが見えた。

 クマが二階に登り切ったところで、階段の下からシケイが登り始める音が聞こえた。

 

「キラキラ!」

「はいよ!」

 

 ザッパが持っていた謎の塊は、ポルノの白いベルトで付近のベンチをグルグル巻きにして丸めたものだった。彼の掛け声と共に、キラキラがピンを抜いた麻痺ガスの発煙手りゅう弾をベルトの隙間にぐっと押し込める。

 

「登れ! 奴らは二階に――――」

「どっしゃあらあああああああああああアアアッッッ!!」

 

 雄たけびと共に、ザッパが頭上に持っていたベンチの塊を踊り場に向かって思い切り放り投げた。彼の怪力によって投げられた鉄塊は壁にぶち当たってバウンドし、踊り場を超えて一階の方へとぶっ飛んでいった。直後、シケイの叫び声が響く。ブシュウウッッという音と共に吹き出した麻痺ガスを見るに、一階の階段付近で即座に動けるものはまずいないだろう。

 

「ベンチの塊を投げる……なんて方法を思いつくんだ……」

「おっと、これを思いついたのは俺じゃあないぜ?」

「私が考えました」

 

 ポルノが両手でVサインを作り、ザッパがそれをはやし立てるように高笑いする。ナユタの悪ノリ二人組の思い付きと行動力に「合理的ではあるが、もう少し躊躇をだな……」と少し思わざるをえないクマ。あまりに絶望的な状況をなんとか一段落させたからか、全員に明るい空気が少しだけ戻っていた。だがまだすべて終わったわけでないと、クマが周囲を注意深く観察する。

 今現在いる場所は、仕山医院の一から三階をつなぐエレベーターがあるELVホール。三階には院長室や主に重病者が使用する特別処置室などがある。こちらにも警備はいるだろうが、正直一階のシケイの数に比べれば屁でもない。無視する。

 

「この階段は一先ずこれでいい、次は向こうの通路とエレベーターを閉鎖する」

「なんで三階から脱出しねーんだ? そっちの方が安全だろ」

「窓から脱出するとして、安全に出られる限界高度が二階だ。三階まで逃げればシケイの手もなかなか伸びにくく時間も稼げるが、返って逃げにくくなって追い詰められる。二階から逃げる方が合理的だ」

 

 虎太郎とポルノがエレベーター、ザッパとキラキラとクマが通路の封鎖へと向かう。どちらもシケイがすぐにやってくるため、最低でも一分以内には閉鎖しなければならない。エレベーターの方は扉を物理的に開かなくすればいいだけだが、通路の方は何か物を積み立ててバリケードを立てなければならない。だが……。

 

 

「やばいぞクマ! バリケードになりそうな物がない!!」

「ザッパがさっきの階段の奴でベンチ全部使っちゃうからじゃん!! どーすんの!?」

「…………」

 

 ELVホールには、エレベーターを待つ人が使用するベンチと観葉植物、あとは絵本を十冊入れるのが関の山の本棚しか置かれていない。

 二階にはホールの他に病室、分娩室、二階談話ロビーがある。そして分娩室、二階談話ロビーの間に一階からの階段が一つ、ロビーに階段が一つある。

 

「…………病室からベッドや椅子をかき集めてバリケードを立てる。ザッパはロビーの方の防火シャッターを閉めた後、病室を回って材料を集めてきてくれ。キラキラは俺と二人で階段を死守する」

「ま、マジ……?」

「ああ、やるしかない。」

 

 クマが腰から引き抜いた銃を構える。虎太郎とポルノはエレベーターの閉鎖で手一杯だろうから、助けがすぐに来るなんてことには期待できない。階段という縛りがあるとはいえ、あの無数のシケイを二人で相手にしなければいけない事実にキラキラが少し顔を青ざめる。もし捕まってしまえば、どういう風になるかは想像に難くないからだ。

 ザッパが「すまん!」と言った後、ロビーの方の防火シャッターを閉めるために駆けて行った。そう離れた距離ではない直線の道であるため、彼の姿が見えなくなるなんてことはない。 

 

 キラキラが階段の右側の壁、クマが左側の壁に隠れるように立ち、シケイが登ってくるのを待ち構える。

 クマが銃を構えて階段の下に注意をしつつ、未だ顔を青ざめるキラキラに話しかけた。

 

「大丈夫か?」

「…………クマは、平気なの? 今のあいつらに捕まったら、本当にどうなるか分からないんだよ?」

「きっと、死ぬよりも辛いことが待っているだろうな。…………俺も、本当は少し怖い。正直、あのシケイを相手に長いこと持ち堪えられるかどうか……」

 

 クマの銃を握る手に力が籠る。ザッパが病室から材料をかき集めてバリケードを立てるまで、良く見積もって二分か三分といったところだろうか。圧倒的な数の暴力の前に、それだけの時間を無事に耐えていられる自信は正直ない。

 

「だが、やるしかないのも事実だ。……キラキラ、本当に無理ならザッパの方を手伝っていてくれても……」

「……そっか、クマも怖いんだ……。……うん、もう大丈夫!」

 

 キラキラが顔を上げる。何かが吹っ切れたのか、彼女の青ざめた顔に血色が戻っている。その変わり様を見て、逆に心配になってしまう。

 

「ほ、本当に大丈夫か?」

「だいじょーぶだいじょーぶ! 私がここで頑張らないと、ナユタがなくなっちゃうんでしょ! ……それに、クマが同じだって知ってちょっとだけ嬉しかったっていうか、元気出たっていうか……」

「何?」

「なんでもないなんでもない! ほら、構えて構えて!」

 

 キラキラがチェーンソーのエンジン音を鳴らし、腰に提げている煙幕手りゅう弾に手をかける。先ほどから使っていてばかりだからか、流石に数が少なくなってきたようだ。対してクマの銃には、まだ銃弾がたっぷりと残っている。彼の銃は盾相手には効き目が薄く、あまり使用していないからだ。銃の腕前が異常なまでに低く、至近距離まで近づかないと当たらないからというのもあるだろうが。

 

 階段の下からシケイ達の足音と声が聞こえてくる。キラキラと目を合わせて頷き合い、じっと息をひそめて奴らを待ち構えた。

 

 

 

 

 

 




どこで区切ってんだよ……。
全員の口調と思考の擦り合わせが甘くてオリキャラみたいになってきてるのが辛いです。

ちょっと絶望的な状況の割にはサクサク進みすぎて難易度ゲロ甘すぎるんで、ちょっとだけ苦みを足します。
投稿遅れてすみませんでした。



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#6 ベリーハード 仕山医院3

 

「ひぃぃ……ひぃぃっ…………」

 

 患者のいない病室の片隅で、頭を抱えて怯える女性の姿が一人。

 ピンク色を基調とし、襟と腕が白色のセーラー服を着ている彼女。緑色のリボンが胸の間に挟まり冷や汗でしとしとになっていることから、彼女がどれほど怯えているのかが伺える。

 黒ぶちの大きなメガネをずらしつつ目の端にたまる涙を拭く。

 

「あ、あのじゅ、銃……本物なの……? こ、怖いよ……お父さん……」

 

 彼女は亜総義市の外から来た人間だ。

 記者として、亜総義市へと取材に向かったまま姿を消した父『大相寺 博(だいそうじ ひろし)』を探すために遥々ここまでやって来た。

 父の情報を聞くため、取材を受けたという仕山医院の院長に話を聞くためにこの病院へと足を踏み入れる。

 しかし、アポもコネも何もない彼女が院長にいきなり会えるわけもなかった。この亜総義市であればなおさらだ。

 

「ヒッ!! ひぃ……」

 

 響き渡る銃声と激しい怒声に、口から甲高い声が漏れる。

 院長に会いたいと警備員のシケイ相手に問答をしていたところ、運悪くナユタの仕山医院侵入と萬像破壊の情報が入った。

 ドラマでしか見ないような黒い銃と大勢のシケイの波にもみくちゃにされそうになりながら、二階の病室に逃げ込む。しかしこれまた運悪く、病室の中の患者は全員逃げ出した後であった。

 見知らぬ土地で非常時に誰の協力もないまま避難できるはずもなく。

 どうしようかとあたふたしていたところ、廊下から銃声と人の足音が聞こえ始める。

 一般的な女学生である彼女にはそんな状況で勇気を出して廊下に出るなどできるわけもなく、部屋の片隅で怯えるのが関の山であった。そして最初に戻る。

 

『……キラ!! ク……!!』

『早…… こっちに構……!』

 

 扉の向こうから激しい銃声と共に声が聞こえる。男性の声だ。

 ふと。銃声の中に混じる激しい足音が、この部屋に向かって近づいているのに気が付いた。

 目の周りが真っ赤になり、鼻水も少し垂れた顔のまま扉の方に顔を向ける。

 

「クマ!! もう少し待ってろ――」

「きゃあああああああああああああああ!!!?」

「うおおおおおっ!?!」

 

 彼女は入ってきた男の姿を見て悲鳴を上げる。

 銃声の音を何度も聞いていたのもあるのだろう。部屋の中に入ってきた赤いレザー服を着た男を、()()()()()()と勘違いしてしまった。

 一般女学生の彼女が血まみれの人間への耐性を持っているわけもない。きゅう……と音を出し、白目を向いて前方のベッドへ倒れ込んだ。

 

「…………な、なんだぁ……?」

 

 当然。赤いレザー服の男、ザッパは混乱した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――――――――――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 仕山医院、二階へと続く階段。

 ナユタのクマとキラキラが、盾持ちを前衛、銃持ちを中衛、スタンロッド持ちやキラキラと同じようなガス持ちの化学班を後衛と隊列を組んだシケイと相対していた。

 盾持ちの頭の上から銃持ちが上体を出し、銃を撃つ。中衛の体を抑えつつ、前衛を階段の上へと徐々に押し上げる後衛。

 シケイ全体の練度が低いためか、リロードにいちいちもたついて銃弾が絶え間なく降り注ぐなどということはない。

 しかし彼我の圧倒的な数は練度の差すらも埋めてしまう。幾人かのリロードが遅れている間に幾人かが撃つという交差作戦を繰り返し、所々途切れはあるものの手が出せない攻撃となっていた。

 クマも隠れている壁から銃だけを出しガンガンと撃つが、ただでさえ当たらない彼の銃がノールックで当たるはずもない。

 徐々に迫るシケイの足音を相手に、このままでは押し切られると考えるクマ。息をフゥッと吐き、覚悟を決める。

 

「キラキラ! 麻痺なしの煙幕頼む!!」

「はいよ!」

 

 クマがキラキラに指示し、彼女が腰につけてあった煙幕のピンを抜く。

 そして壁に身を隠したまま、右手だけを出してポイっと階段の下へと投げた。

 投げ込まれて数秒後、ボフンと白い煙幕が階段中を埋め尽くす。

 

「キラキラ、シケイの気を引いてくれ!!」

「えぇっ!? 気を引くったって……えい!」

 

 キラキラがチェーンソーのリコイルロープを勢いよく引っ張りエンジンを入れる。煙幕の漂う辺りにブルルルルンと機械の唸り声が響いた。

 シケイ達の注意が音のなる方向に向くのを感じる。それに合わせ、シケイ達の銃の雨が一瞬ではあるが止まった。

 

「よし……!」

 

 クマが壁から身を出し、階段の方へ向かう。

 煙幕の中で記憶を頼りに手すりを探し出し、そこに身を翻して飛び乗った。

 

「ッ!」

 

 スライディングの要領で手すりの上を滑る。

 シィィィイイイ!とステンレス製の手すりとブーツの側面がこすれる音を鳴らしながら、銃をシケイの方に構えた。

 引き金を引き、ガンガンと音を鳴らしながらオートマチックの利点に任せて拳銃を撃ちまくる。

 シケイの「ぎゃっ」というくぐもった声や防弾ヘルメットにヒビを入れる音が聞こえるが、一切意に介さず撃ち続けた。

 

「舐めるなよクソガキ!」

「くッ!!」

 

 無数の手に足を掴まれ、階段の踊り場に無理やり仰向けに引きずり落された。

 周囲には数えるのも馬鹿らしい数のシケイ。煙幕の中と言えど、すぐ足元に居るクマの姿はしっかりと見える。

 

「捕まえたぞ!! 全員で動けなくなるまでやっちまえ!!」

 

 咄嗟に腕を交差させて顔を守る。

 二本の足が腕に勢いよく降り注ぎ、ギシリと骨の軋む音が体の中に響いた。つづいて膝を上げて腹を守るが、ガードが間に合わずみぞおちに蹴りが入ってしまった。

 胃の中の物がせりあがり体から力が抜ける感覚がした瞬間、首にスタンロッドが差し込まれる。

 ヒトカリの度に何度も食らって慣れているが、この状況で首に当てられるのは非常に不味い。口の端から泡が漏れる。

 スタンロッドが外される。全身に余すことなくシケイの蹴りが降り注ぐが、右手の銃を力強く握りしめて耐える。急所に攻撃が入らないよう、足と腕でしっかりとガードする。

 

(……ま、ずい。さすがに……)

 

 しかしいくら急所を防いでいると言えど、それ以外の箇所でもダメージは普通に入る。それにクマは虎太郎やザッパとは違い、拳や近接武器で戦うのがメインな肉体派ではない。

 つまり、数十人に囲まれて蹴り続けられる状況を長く耐えられるような体ではないということだ。全身の骨が軋み、おそらく服を脱げば青あざだらけになっていることだろう。

 銃を握る手から力が抜け、四肢のガードが緩くなっていく。全身はもう痛みがないところの方が少ない。

 意識が切れかけの電球の様にゆっくりと暗くなっていく。それに合わせて目が閉じていき――――

 

 

「クぅゥゥマァァァァアアアアアアアッッッ!!!」

 

 

 ザッパの叫び声が響く。それと同時に、ベットらしきもの一つ、勢いよく階段の踊り場に降ってきた。

 数人のシケイがベッドに押しつぶされる。それによってシケイが動揺し、攻撃の手が一瞬止まった。

 

(そうだ……。ここで捕まるわけには……!)

 

 右手の銃を構え、近くのシケイの足の甲を撃ち抜く。

 

「ぐあっ!?」

 

 口から声を漏らし、余りの痛みに身をかがめるそのシケイ。傷だらけの全身に鞭を打ち、ヘルメットのバイザーの隙間から男の顎を銃床で殴った。

 鉄塊で顎を殴られれば、いくら訓練されていようと意識は飛ぶ。

 こちらに倒れ込みそうになる男の腹を両足で蹴り、反対方向に倒れ込ませる。倒れる男の先に居たシケイが背中にかかった突然の重みに体制を崩す。

 

(今しかない……!)

 

 両腕を頭の横で床につき、一気に全身を起こす。

 気絶したシケイと体勢を崩したシケイの体を階段代わりに足をつき、一気にシケイの波の頭上に踊り出た。

 一歩目。近くのシケイの頭を思いきり踏み、階段の上に向かって飛ぶ。

 二歩目。足元から伸びる手を避け、再び頭を踏んで上に向かって飛ぶ。

 三歩目。足をついた瞬間、地面に体制を崩しそうになるシケイに訓練をもっとしろと内心で悪態を吐く。階段の壁を思いきり殴りつけ姿勢を無理やり直した。

 四歩目。シケイの波の先頭が見えた。先頭のシケイが持っているライオットシールドのふちを思いきり踏み、勢いよく飛ぶ。

 

 ズザザザザ!! と音を立て、二階の階段前に滑り込んだ。

 壁に隠れていたザッパがクマの腕を掴み、自分の壁の内側に無理やり引き込む。コンパスの様にぐるんと大きく円を描きながら、クマが壁の内側に入った。

 ザッパがそれを横目に、病室から取ってきたベッドを階段に勢いよく投げ込み始めた。

 クマの銃によるかく乱が大きかったのだろう。それを避けて二階に強行突破しようというものはおらず、ザッパの投擲物に撃ち抜かれて階段の下に転げ落ちていく。 

 

「クマ!」

「キラ、キラ……すまん……」

「喋んなくていーって! ……ホント……無茶するんだから……」

 

 キラキラの目端に涙が溜まる。

 彼女がクマの肩に腕を回し、起き上がるのを手伝う。

 そうしたところで、ザッパが用意していたバリケード用の資材を全て投げ終わったようだ。こちらに振り返り、申し訳なさそうな顔で言う。

 

「すまん、クマ!! 病室のベッドや椅子を全部使ったが、階段を完全に防ぐにはちょっとばかし足りなかった!!」

「いや、いい……。これだけやれば、しばらくは上がってこれないだろう」

 

 クマとキラキラが階段の方に目をやる。

 ベッドや椅子、その他もろもろの物が投げ込まれた階段は、軽い崩落でも起きたのかと思うような惨状となっている。人は一人や二人通れる隙間はあるだろうが、そんな人数が小出しに来たところで相手ではない。そもそも、大半のシケイはベッドの下敷きなっている。

 そうして、虎太郎のいるELVホールの方へと歩き出そうとした瞬間。ザッパが肩に何かを抱えているのに気が付いた。

 

「ザッパ……。肩のそれは……?」

「ん? これか? 病室に入ったら俺の姿を見ていきなり気絶したんだが、見た目もいいし、クマがハルウリに使うんじゃないかと思ってな」

 

 ザッパがくるりと体を回し、肩に担いだ人物の顔をクマに見せた。

 髪がボサボサで黒ぶちのメガネがズレている上に、涙と鼻水で顔がぐちゃぐちゃになっていてよくわからないが……。とにかく胸が大きい。

 貧乳好きな客もいるが、やはり統計的にみれば巨乳好きの客の方が多い。今回のヒトカリの過酷さには少し釣り合わないが、立派な成果と言えるだろう。

 

「助かった。……今回はもう撤退する」

「いやいや、これからもっと進むとか言われても無理だって……」

「問題は仕山医院から出た後だが……。クマ、当てはあるのか?」

 

 ザッパの問いに、キラキラの肩を借りて歩きながら考える。

 仕山医院の周囲はシケイに囲まれているだろう。が、先ほどから何度も何度も奴らの練度の低さやチームワークのザルさは目立っていた。探せば逃げ出せるぐらいの警備の穴は見つかるだろう。

 

「……いや。考えてはいないが……、きっと大丈夫だ」

「へー。クマがそんな風なこと言うなんてめっずらしー」

「今日は……もう疲れたからな。ゆっくり休んで――――」

 

 

 ズバァァアアアアン!!!

 

 

 廊下中に爆発音が響き渡る。

 咄嗟に背後を振り返ると、二階ロビーの方の、閉じていた防火シャッターが煙で覆われていた。

 煙の晴れる前に、ザッパがクマの体に手を回し、キラキラと一緒にELVホールに向かって走り始めた。その背中を刺すように、ガガッピーと特徴的な機械音が鳴る。

 

『投降せよ、投降せよ、抗亜団体ナユタ。……っつーのは建前で……よくも暴れてくれたなガキ共? 別に投降してくれなくてもいいぞ、そっちの方がお前らを嬲った時の報告書が少なくて済む』

 

 煙の中から、メガホンを通した男の声が響く。その男の声に混じるように、ガチチッと鉄の部品がすれる音が聞こえた。

 ザッパとキラキラとクマの三人がELVホールにたどり着く。虎太郎とポルノはエレベーターを封鎖する作業の方に集中していたためクマたちの方に意識が回っておらず、メガホンの男の声に合わせて振り向いた瞬間にクマの傷だらけの状態を目にした。

 クマが声を張り上げる。

 

「虎太郎!! 三階に逃げる!! エレベーターを開けてくれ!!」

「はぁ!? 今閉じたばっか――」

「いいから今すぐだ! でないと――」

 

 

『撃ッッてぇェェェェッッッッッッ!!!!』

 

 

 幾重にも重なった銃声が、メガホンの声と共に鳴り響いた。

 ザッパが肩に背負った女性をエレベーターの方に投げ、クマとキラキラの前に出た。虎太郎が手に持った棍をエレベーターの扉の隙間に刺し、扉をこじ開ける。ポルノがザッパの落とした女性を縛り上げ、扉の開いたエレベーター内部に自分ごと引きずり込んだ。

 時間にして一秒ほどの時間だったろう。全員が全員、異常な集中力で動いていた。だが、数人の力だけではどうしようもない、大きな力というものが世の中には存在する。

 

 銃弾の雨が降り注いだ。

 ゴム弾と言えど、何重にも重なったそれはもはや非致死性とは言えないほどの威力になっている。

 まず体に弾を受けたのは、キラキラとクマの身代わりになるようにして立ったザッパ。腕を交差させ頭をかがめ、なるべく身を護る体制に入っていた。彼の大きな体では、身を縮めても背後に居る二人は守ることができる。

 全身にゴム弾を受け、骨がガシガシと嫌な音を立てた。腕に巻いていた鎖のおかげで腕は何とか守れたものの、手の甲に弾を受けた瞬間、バキリと骨の砕ける嫌な音が響いた。頬に弾がかすり血を流そうと、彼は執念で立ち続けた。

 左の手の甲が完全に折れ、右の手にも少しヒビが入ったものの、背後に居た二人を守りきることができた。

 

 次に弾を受けたのは、虎太郎。

 棍でエレベーターをこじ開けたが、その行動のために、回避行動が遅れてしまった。

 彼の体の左側面に、満遍なくゴム弾が降り注ぐ。

 左足の骨がゴキリと嫌な音を立てた。おそらく軽くてもヒビ、酷くて折れているだろう音だ。

 上半身は奇跡的に、咄嗟にあげた左腕でガードすることができていた。だが、その代償に、左腕がバキバキと嫌な音を立て、焼け落ちそうなほどの熱が籠る。確実に折れただろう。

 全身に弾を受けた衝撃で、壁に叩きつけられる虎太郎。そのせいで意識を失ってしまい、頬を壁にずりずりと擦りながらその場に倒れ込んだ。

 

『全員、進軍! ナユタを捕縛せよ!!』

 

 メガホンの男の声が廊下の向こう側から響く。それと共に、大勢のシケイの足音も聞こえてくる。

 ザッパが両手を痛そうに顔をしかめて眺めつつ、背後に居るクマの方に振り返る。

 

「クマ。……虎太郎たちを連れて行ってくれ。俺はここでシケイを食い止める」

「はっ……何いってんの!? それって……ザッパを囮にするってことじゃん!!」

 

 彼の言葉に、キラキラが突っかかる。

 

「この中じゃ、俺が一番傷が浅くて戦えるからだ」

「そんなん私にも言えるじゃん!! 私だってほとんど怪我してないし!!」

「……クマ。お前ならわかるよな? これが一番、合理的だってことを」

 

 クマが眉間にしわを寄せ、歯を食いしばって考える。

 ここでシケイを食い止めなければ、俺たちは奴らに追いつかれて捕まえられる。それは確かだ。だから誰かが奴らを食い止める必要がある。

 キラキラなら? ガスとチェーンソーこそあるが、これだけの数相手に真正面から一人では時間はほとんど稼げないだろう。

 ザッパなら、ある程度はシケイ達と真正面からどつき合える力がある。タフネスもある。時間は稼げる。

 そして何より……。これから三階に向かって外に逃げるとき、怪我の少ない人物が怪我をしている人物を援護する必要がある。力があっても手の骨を折ったザッパでは、人を運びつつ逃げるのは……厳しいものがある。

 キラキラとザッパを一緒に置いて行くのは論外だ。キラキラの怪我の無さのメリットをわざわざ潰してしまう。

 

 考えれば考えるほど、ザッパを置いて行くのが一番合理的だという結果しか出てこない。

 唇から血が出るほどかみしめ、喉の奥から、言葉をひねり出す。

 

「……キラキラ。行こう」

「ちょっと……マジで言ってんのクマ!? ザッパがシケイにやられちゃうんだよ?!」

「キラキラ……!」

 

 彼女の肩を掴み、半ばにらみつけるように目をやる。

 ザッパとクマの目を何度も見やった後、キラキラは顔を俯かせる。そして、近くで倒れている虎太郎を持ちあげた。

 

「ザッパ、絶対……帰ってきてね」

「……おう!」

 

 痛みのせいで震える手を無理やり動かし、親指を立てるザッパ。キラキラはそれを見やった後、エレベーターの扉を潜る。

 クマもザッパの方を一度見た後、すぐに振り返り、エレベーターの扉を潜った。

 

 

 シケイの足音だけが響く、静寂がELVホールに広がる。

 ザッパが大きく伸びをして、シケイを待ち構えた。 

 

『……おっ、一人だけ残していったか……。どうやらナユタには、冷静な判断を下せる奴がいるらしいな……』

 

 ELVホールにシケイの波が入ってきた。

 廊下よりも少しだけ幅が広くなっているホールに、シケイが横に広がり、ザッパと対峙する。

 そのシケイの奥から、メガホンの男の声が響いていた。

 

『全員、油断するなよ。目標、ナユタ。銃で四肢を破壊したのち、盾持ち全員で捕縛しろ。スタンロッド持ちは盾の援護だ』

 

 ザッパが拳を握る。

 メガホンの声にシケイ達が反応して銃を構える前に駆けだし、シケイのライオットシールドを一つ強奪した。

 

「よい……しょああ!!」

 

 盾のふちを持ち、思いきり振り回す。

 彼の類まれなる膂力から生み出された薙ぎは、盾持ちのシケイを数人吹き飛ばした。

 だがシケイ達の銃の準備も完了し、ザッパの方に向けられる。彼はライオットシールドを前方に構え、ゴム弾を防ぎながら突進する。

 シケイを吹き飛ばしながら、メガホンの男の声がする場所まで走る。指揮者の奴さえ潰せれば、クマたちもある程度はやりやすくなるはずだ。

 だが盾を持って突進している最中に、側面からスタンロッドが二本、ザッパの脇腹に差し込まれた。身に走る電撃に体が止まる。

 

「よくもやってくれたな!!」

 

 その止まった一瞬のスキを突かれ、幾人ものシケイに地面に引き倒される。

 蹴りを入れようとしてくるシケイの足を掴み、そのまま周囲に群がる奴らに投げ飛ばす。

 周りのシケイを吹き飛ばしながら起き上がるが、前方から下がってきた盾持ちのシケイに再び地面に押しつぶされてしまった。

 手に持っていた盾が奪い取られ、スタンロッドが首に差し込まれる。

 

「ぐッ……!」

 

 スタンロッドを持つシケイの手を掴み、盾持ちのシケイの服の隙間に当てる。

 体を無理やり起こすが、地面に倒されている間に、隊列が組み変わってしまっていたようだ。

 銃持ちのシケイが列になって、ザッパに向けて銃を構えている。カチリ、と引き金に指がかかる音が静かに響いた。

 

(……さすがに、無理、か)

 

 内心でそう思いつつも、両腕を顔の前で交差させる。

 瞬間放たれる、無数のゴム弾。先ほどの廊下を埋め尽くすような、散らばった弾とは違い、ザッパ一人に集中された弾。

 彼の皮膚が裂け、傷口から血が流れ出る。

 

(クマ、ポルノ、キラキラ、虎太郎…………)

 

 どこかからか、骨が折れた音がした。

 両足が砕けたのか、その場に崩れ落ちてしまう。それでもなお、両腕を顔の前で交差させ、走馬灯のようにナユタのことを思い出し続ける。

 

(楽しかった、が……。どうやら、俺はここまでらしい……)

 

 ザッパがここで死ぬことはない。捕まった後でも。

 だが、二度とナユタの面々と会うことはなくなるだろう。もし会えたとしても、共に笑い合えるような関係ではなくなっている。

 

(……もう一度ぐらい、アジトに帰って……何か、したかったが……)

 

 全身の痛みに痛いと思わなくなり始めたころ、意識がだんだんと落ち始める。

 瞼がゆっくりと下がり、下がり、下がっていき――――閉じる。

 何もない、完全な暗闇が目の前に広がった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……大丈夫か?」

 

 パン、と誰かに肩を叩かれ。ハッ、と目が覚める。

 膝をついて、眠っていたような……そんな感覚だ。ありえるはずがないのに。

 俯いていた顔を上げる。

 そこには、いつぞやのヒトカリで捕まえて、クマが()()()()だと言っていた……黒人の男がいた。

 

「私のホワイトスネイクの幻覚は、一人だけに見せないという器用なことができなくてね……。一度幻覚を見てもらった後、私本体が君の幻覚だけを解除しに来た」

 

 ザッパが立ち上がり、辺りを見回す。

 周囲に居た、あれほどの無数のシケイ。その全員が先ほどのザッパと同じように、眠るように膝をつくか、その場に寝転がっていた。

 

「……なんで、ここに?」

 

 黒人の男に問いかける。

 

「シケイとやらがナユタを捕まえようと、ここに向かっていると聞いてね。一度助けてもらった恩もある、それを返しに来た」

 

 ザッパが黒人の男の方を見る。

 流石に感じ取る、嘘だと。だが、一部は本当だろう。おそらく、ナユタが目的でこの仕山医院に来たというのは。

 

「……わかった。ナユタの仲間が、三階に逃げたんだ。それの救助と、逃亡ルートの確保がしたい」

「承知した。……私の名前は()()()()()()()()。よろしく頼む」

 

 ザッパは、感謝の念をプッチに抱いた。

 だがそれと同時に、何か嫌な感覚を抱いた。

 亜総義グループやシケイなどとは比べ物にならない、ドス黒い悪に巻き付かれたような……そんな感覚を。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




長くなりました、すみません。
全開でとことん貶めるって言ったのに、辛くてプッチさん出しちゃった。

何かキャラが全員オリキャラみたいになるし、クマがスタイリッシュな動きするし……。
二次創作がうまい人本当に尊敬します。


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#7 ベリーハード 仕山医院4

 プッチはビルの屋上から屋上へと飛び移る。

 ホワイトスネイクの力を借りることで危うげなく飛び移っていき、目標の仕山医院と思われる建物の光が目に入った。

 屋上のふちにある柵に手を掛け、付近の道路を見渡す。

 

「シケイとやらの装甲車が道を埋め尽くしている。逃げ出すのは無理だろうな……」

 

 眼下に広がる無数の車を見つめつつ、そう呟くプッチ。

 まだ仕山医院からは5~6ビル分距離があるというのに、シケイの車が道路を全て埋め尽くしている。これほどの分厚さのバリケードを突破するのはスタンド使いであろうと無理だろう。

 承太郎のスタープラチナやDIOのザ・ワールドなら可能かもしれないが……。

 

 柵に掛けた手を離し、再び医院に向かって進行を始める。

 地上は厳重に守っているくせに付近のビルの屋上は警護していないところに、集ったシケイのツメの甘さが感じ取れる。ヴェルサスのような奴らだな……。スタンドを持っていない分奴より使えない。

 

 そうして、仕山医院の真隣のビルにたどり着いた時。

 屋上の出入り口の方から数人のあわただしい足音と装備のこすれるカチャカチャとした音が聞こえてくる。

 扉から見えない位置の壁の影に周り息をひそめる。扉が勢いよく蹴破られ、ぞろぞろと数人のシケイが屋上へと現れた。

 

「ッたく面倒くせーよな。三階に突入する準備を整えろって……」

「仕方がないだろう。()()()のエリートから支持されちゃあ動くしかない」

「でもだぞ? 相手は数人、こっちは何十人いると思ってんだよって話だぜ。三階まで逃げられるなんてことねーだろ」

「……まあな。ただ今回の指揮担当は()()()()()()()()()()()()()()()ことが決まってる超エリートだ。何か考えがあるんだろ」

 

 彼らが呑気に話す様子をホワイトスネイクで伺う。

 今回の指揮担当は、亜総義重工本社に移ることが決定している人物らしい。以前記憶ディスクを抜きとったシケイよりも多くの情報を持っていることだろう。

 仕山医院の方に向いて何やらゴソゴソと準備している彼らの背後をホワイトスネイクで襲う。そしてその指揮担当とやらの見た目を知っている男のディスクだけを引き抜き、頭に入れた。

 

 ……なるほど。拘りの白メガホンを持っているのが特徴らしい。

 ディスクを戻して倒れたシケイ達の体を屋上から突き飛ばす。下にあった黒のゴミ袋に頭からボスッと落ちたが、周囲のシケイ達がその音に気付く様子はない。恐らく死んではいないだろう。

 

「三階の準備を今し始めたということは、まだ二階か一階にいるのか。……二階から入り、一階に下って探すとするか」

 

 ナユタが捕まっていなければ、どこかで会えはするだろう。

 屋上の柵から仕山医院に向かって飛び移り、足と手を壁にこすりつけながら下に落ちていく。ホワイトスネイクの指を二階らしき高さにある窓枠に引っ掛け、その場で急停止した。

 ホワイトスネイクの腕で少しだけ体を持ち上げて、窓から中の様子をうかがう。

 

 

『よい……しょあああ!!』

 

 

 赤いレザー服を着てサングラスをした男が、生身で数十人の武装をしたシケイを相手に戦っていた。

 

 ……は? な、何が起きてるか私にも分からない。さすがに数だけ集めた質の低いシケイを相手にできるぐらいでないと、本社のエリート警備員には太刀打ちできないとは言ったが。

 あくまでそれはナユタという()()()単位の話であって、何十人も相手に一人で立ち向かえという無茶苦茶な話ではない。

 なのにあの……ザッパとか言った男は大軍を相手に一人で突っ込んでいる。人間とは思えないタフネスと腕力だ。自動遠隔操作型のスタンドか何かじゃないのか、アイツは。

 

 ただいくら何でも大軍を相手にいつまでも戦っていられるわけはない。拳の骨を怪我しているのか、手をかばうような動きを無意識のうちにしていて……地面に引き倒されてしまった。

 彼にとってはまずい場面だろうが、私にとっては非常においしい場面だ。もしここで彼を助ければ、ナユタに恩を売りつけチームに取り入ることができる。

 

「ホワイトスネイク。窓の鍵を開けろ」

 

 スタンドを壁の内側に入れ、窓の鍵を開ける。ガチッと音は立ったものの、誰も彼もその音に気付く様子はない。

 ただまだ中に入るのは早い。この窓は人が一人ギリギリに通れる大きさで入るのに時間がかかる上、中に入ったところでホワイトスネイクだろうと真正面から大勢のシケイを相手にはできない。

 

 今室内にいる奴らにスタンド使いはいない。非スタンド使いにはスタンドが見えない。

 故に、ホワイトスネイクが見えないという利点を最大限に活かさせてもらおう。

 白蛇が手の中から一つのディスクを生み出した。中に何の情報も入っていない、空ディスクだ。こいつに周囲の景色を読み込ませる。

 そして、そのディスクをホワイトスネイクの頭部に突き刺す。瞬間、ホワイトスネイクの体が微かに震え、周囲に透明な波紋のようなものが広がった。

 

「ホワイトスネイクのディスク能力の応用の一つ……『()()』。ある程度の狭さの屋内でないと使えない上に発動まで時間がかかってしまうので、あまり使えないがね」

 

 彼のスタンドから発せられる波紋が室内に浸透したと思った瞬間。

 中にいた人物すべてが、糸の切れた操り人形のようにその場に崩れた。全員の幻覚は共通し、プッチの意のままに動かすことができる。今頃シケイはザッパに止めをさして気持ちよくなっているところだろう。

 窓から中に入り、シケイの中に混じっていた赤いレザー服の男を少しだけ開けたところに引きずり出してから、彼の肩を叩いた。

 パッと悪夢から覚めたように冷や汗を流しながら目を覚ますザッパ。幻覚を全員に共通させている都合上、特定の人物だけ解除させる場合は私本体が直接触れなければならない。対したデメリットでもないがね。

 

「……なんで、ここに?」

「シケイとやらがナユタを捕まえようと、ここに向かっていると聞いてね。一度助けてもらった恩もある、それを返しに来た」

「……わかった。ナユタの仲間が、三階に逃げたんだ。それの救助と、逃亡ルートの確保がしたい」

「承知した。……私の名前はエンリコ・プッチ。よろしく頼む」

 

 彼と簡単な挨拶と来た目的を話す傍ら、ホワイトスネイクに指揮者のメガホンを持った男を探させる。

 シケイの大群のかなり後ろの方に隠れていたが、幻覚で止まっている今見つけ出すのは容易であった。頭からディスクを抜き取ると、その場に倒れて動かなくなる指揮者。

 このディスクを返す予定はないため、彼には限りなく申し訳ないが……冥福をお祈りすることにしよう。意識のない衰弱死だ、苦しむことはない。

 ホワイトスネイクに抜きとったディスクを持ってこさせ、懐に隠す。立ち上がったザッパがこちらを見て、話しかけてきた。

 

「なあ、アンタ。超能力者っていうのは本当か?」

「……厳密にいえば少し違う。私の力、スタンドと呼ばれるものは何でもできる可能性はあるが、何でもはできない」

「どういうことだ?」

「思考を読んだり、車を何台も浮かせたり、火を出したり……。一般大衆的に親しまれるようなそれとは違うということだよ。私には特別なことができはするがいくつもはできない」

「……この、シケイ達が一斉に倒れたことが、アンタのできる特別なことか?」

「そう思ってくれて構わない。それより、三階に向かった仲間を助けるのだろう? 私の入ってきた隣のビルから逃げられる」

 

 ザッパが私を怪訝な表情で見つめてくる。

 何かを怪しく思っているようだが……まあ想定内の範囲だ。像破壊のことまで感づくようなら少し考えなければならなかったが。

 しかし、この男……。ストリートで遊んでいそうな見た目と中身の能力が剥離しすぎている。相当良質な教育を受けた……名家の一族の一人だろうか。記憶を読まないことには正しいことは分からない。

 

 

 私が入ってきた窓の方を向き、隣のビルに再び戻ることにする。

 まず私が窓から出て、隣のビルの屋上へ登って彼をホワイトスネイクで引き上げる作戦だ。

 窓の外に出て、ホワイトスネイクで私を無理やり屋上に引っ張り上げた。窓枠に足をかけて不安定な姿勢で腕を伸ばしていたため、一度落ちかけてしまった。クソっ、もう一人スタンド使いがいればスムーズに進んだものを……。

 そうして私が屋上に登り、ザッパを引き上げるとなった時。

 

 

「うおおおおおッッ!? 空飛んでるゥゥッ!?!」

「頼むから少し黙っていろッ! 表のシケイにバレるだろう!」

 

 ホワイトスネイクがお姫様抱っこで屋上に運ぶ途中、彼が腕の中でジタバタと興奮し始めた。

 確かに非スタンド使いからすれば、突然体が浮いたように思うだろうが……ッ!

 

「落ちるぞ貴様ッ! 私のホワイトスネイクは今弱っているんだッ!!」

「……パティミリ」

「何?」

「パティミリっつーアニメの、OPで主人公のパティちゃんが勢いよく空を飛ぶんだが……もしかしたらこれで再現できるんじゃないか?!」

「…………は?」

 

 何を言っているんだ。今言うことなのか。こいつ……『マジ』か?

 ホワイトスネイクが屋上に到着し、ザッパを地面に落とす。とりあえずこの高さまで来れば多少の声は下には聞こえないだろう。

 すっくと立ちあがった男の方を見る。ハートのマークが入ったダサいサングラスの奥の目がキラキラと輝いているのが見えた。……私の能力がアニメの再現に使えそうなんてことを、今、敵地で『マジ』で考えていたようだ。

 意味が分からない……イカれているのか、こいつ。

 

「……意味の分からん期待をしている場合かッ。三階の仲間を助けるんだろう」

「と、言ってもだ。俺は両拳が砕けていて、このビルからそっちの三階の窓に飛び移るぐらいはできるが、人一人担いでこっちに戻ってくるなんてことはできん。そこで! アンタに俺の代わりを頼みたい!!」

 

 ザッパがビシッと親指を立ててそう言った。拳が砕けているのなら親指をいちいち立てるな、痛いだろうに。

 

「俺がまず向こう側に移る。そんでアンタのことを色々説明して、アンタのその……超能力?」

「スタンドだ」

「そうそう、それで俺の代わりにそのスタンドで仲間を全員こっちのビルに運んでもらう。まぁ飛び移れんこともないが、怪我人もいるからな……」

 

 ……怪我人か。

 まぁこの男を囮にしている時点である程度は分かっていたが、やはり危ない状況であったようだ。この言いぶりから察するに、行動不能レベルの怪我人もいるのかもしれないな。

 ホワイトスネイクを動かして仕山医院の適当な三階の窓を開けた。ザッパを中に放り込んだ後、私も飛び移る。

 

「アンタも来るのか?」

「例えばここに車椅子に乗る人物がいたとして、一人で進むよりも誰かに押してもらった方が楽で効率的だとは思わないか?」

「俺は車椅子に乗るような怪我人扱いってことね……。激烈な煽りをどーも」

 

 ザッパがそういいつつ、私の方から視線を逸らす。

 私たちが入ったのは高級病室だった。個室で普通の病室よりも広く、大きなテレビやテーブルなどがあり……高級ホテルの一室を思わせるような、おおよそ病室とは思えないような住環境の整った部屋だった。

 近くにあった棚の引き出しを開けると、中に入っていたのは避妊具の類。誰が居れたのかは知らないが、どうせろくでもない奴だろう。引き出しを閉める。

 病室の扉の向こうにホワイトスネイクを出し、辺りの偵察を行う。前の廊下にはシケイの姿は見えない。

 

「廊下には誰もいない。だが、ナユタの面々の姿もないな」

「ほー……便利なもんだな、扉の向こうも見えるって。虎太郎あたりが喜びそうだ」

「なぜだ?」

「女の着替えとか、女湯とか……まあ、色々。わかるだろ?」

「…………」

 

 反応しなければよかった。

 スライド式の扉を開き、ザッパの後ろをホワイトスネイクを自身の傍らに顕現させながら歩く。

 二階のELVホールでシケイの大半を沈めたからか、三階にシケイの姿は一切ない。幻覚の影響はある程度すれば消えるため、そろそろ動き出すかもしれないが。

 如何にせよ早く脱出せねばシケイが攻撃してくるだろうな、と考えながら歩いていたその時。

 どこかの部屋からか、何を言っているのかは聞き取れないが、くぐもった女性の声が聞こえてくる。ザッパと顔を見合わせ歩みを早めると、声の発生源は院長室と書かれたプレートのある扉の向こう側だった。

 

『~~~!! ――――!!』

『――――!』

 

 念のため。ザッパと私は数歩下がり、ホワイトスネイクに扉を開けさせる。何のとっかかりもなく、こげ茶色のテカテカと光るよく手入れされた木製の、無駄に金がかかっていそうな両開きの扉が開く。

 

 

「私は一般人なんですぅッ!! 父を探しに来ただけの!!」

「落ち、落ち着――」

「落ち着けるわけないじゃないですかぁッ!!」

 

 扉の向こうでは。緑色の髪をした涙と鼻水で顔がぐちゃぐちゃの少女が、クマ少年の頬をぐにーっと引っ張っていた。

 その少女の傍らには、キラキラとポルノとか言っていた少女が地面に倒れている。キラキラの方は頭にたんこぶを作り、ポルノの方は包帯のようにベルトを全身にぐるぐるに巻かれ、もぞもぞと芋虫のように身をくねらせていた。

 そしてその騒ぎに一切関与しないように、高級そうな黒革のソファーに安置された虎太郎の姿。

 ザッパがクマと少女の方に視線をやるが、目を逸らし、芋虫の様にうごめくポルノの方に近づく。

 

「ポルノ、一体何が起きたんだ?」

「……がくー」

「……ポルノ? ポルノ、ポルノォォおお!!」

 

 あまりにわざとらしい動きで、がくんと首から力を抜き目を閉じたポルノ。それに合わせるようにザッパが彼女の頬を両手で押さえ、演技ぶった声で慟哭する。

 

「…………」

 

 スタンドは操作する人間の精神を明確に表している。スタンドの表情にはその人の感情が出るということだ。

 ホワイトスネイクは私の方を、じっと困惑した表情で見つめていた。

 

 

 

 




仕山医院だけで妄想がクッソ膨らんでクッソ長くなってる。
次で……次で絶対に終わらす……!


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#8 ベリーハード 仕山医院5

 ELVホールに追い詰められ、ザッパを二階に残して三階に逃げる時。

 ポルノと虎太郎に『エレベーターを使えなくしてくれ』と頼んだ結果、二人はエレベーターをつるすワイヤーを焼き切ることを選択したようだ。

 グチャグチャに潰れたエレベーターの箱が一階に落ちているのが見える。一階の扉をこじ開けたところで、あの惨状であれば中に入ることなど到底できないだろう。

 

「クマ……っ。この子、誰……?」

「わからない。……ポルノ、ベルト一本貸してくれ、手伝う」

 

 エレベーターの箱が潰れている以上、三階までは人力で登らなければいけない。

 幸いにも一階から三階まで続く非常時用の備え付けはしごがあったため、虎太郎を背におぶったキラキラ、ベルトで縛った謎の少女をクマとポルノが支え、カンカンと音を立て登っていく。

 一番先頭を登っていたキラキラが虎太郎の棍を持ち、バールを扱う要領で無理やり三階の扉をこじ開けた。開いた扉のわずかな隙間に体を滑り込まし、全員がその場に息を切らして倒れ込む。

 

「虎太郎、マジでおっもい……!」

「助かった、キラキラ……。ポルノも大丈夫か?」

「うん、大丈夫。シケイも近くにはいないみたい」

 

 ポルノが立ち上がり、周囲の音に耳を澄ませながらそう言った。

 仕山医院への三階の移動手段はエレベーターしかない。階段もあるにはあるが、職員用の人一人が目いっぱいの狭いものである上に、設計ミスなのか一階から三階への直通だ。シケイが登ってくるにしても時間がかかるだろう。

 クマが身を起こし、緑髪の少女をおぶる。

 

「三階から脱出できるような方法……」

「隣のビルに飛び移るのは?」

「……怪我人が多すぎる。キラキラとポルノだけならいけるかもしれないが、虎太郎と俺は……」

 

 キラキラの発言に言葉を返しつつ、クマが自身の体を見やる。

 彼も先ほどシケイ達の攻撃を受けてしまい、歩けたりはしごを登ったりはできるものの、数メートル離れたビルに飛び移るのはかなり厳しいだろう。虎太郎に至っては骨が折れて意識もない。

 キラキラがクマと虎太郎を再び置き去りにする光景を空想し、ぶんぶんと手を振って先ほどの発現を否定する。

 

「だ、ダメダメ! やっぱなし!」

「……けど、隣のビルに移るのはいいと思う。一番窓が大きいところから、向こうの屋上の手すりとこっちを紐で結んで渡るのはどう?」

 

 ポルノが頬を押さえながらそう言った。

 クマが思案する。確かに紐にしがみつつならば、キラキラやポルノの助力を受けながらであれば渡れるかもしれない。虎太郎に関しても、台のようなものに乗せれば何とか渡れるだろう。

 

「ポルノの案で行こう。キラキラもそれでいいか?」

「うん、オッケー。というか、それ以上の案がさっと思いつかないし……」

 

 彼女の承諾と共に、三階の廊下を足早に歩きだす。

 三階には高級病室と呼ばれるVIP患者専用の部屋と院長室くらいしかない。高級病室の室内はすべて同じである上にそこそこの大きさの窓しかなかったため、自ずと院長室にたどり着く。

 ここの院長は医院の金を横からかすめ取り、私腹を肥やしていることで有名だ。その院長の欲に比例しているのか、院長室の豪華さもほかの病室とは一線を画すようなもののだった。

 クマが銃を構えながら室内に入り、誰もいないことを確認してから腰に銃をしまう。

 

「院長はいないな。まあ分かっていはいたが」

「真っ先に逃げたんじゃない? 今の仕山医院はほとんど戦場みたいなもんだし」

 

 部屋の大きさは約二十畳程度、軽くであればキャッチボールもできるだろう広さだ。その脇の方にあった、来客用であろう向かいった黒革のソファーに虎太郎を寝かすキラキラ。

 クマは院長室の壁を半分以上埋める大きな窓を見て、十分すぎるくらいだろうと考える。窓の鍵を開けて脱出の準備をしていると、ポルノが彼に話しかけた。

 

「クマ。この子、どうする? 起こす? それとも寝かしたまま、虎太郎と一緒に運ぶ?」

 

 彼女が指さしたのは、ベルトで縛られたままの緑髪の少女。顔につけた眼鏡は涙や鼻水の乾いたものでカピカピになっている。

 

「起こそう。今はなるべく荷物を減らしておきたい」

「わかった」

 

 ポルノが頷き、少女を縛り上げている白のベルトをするすると外していく。

 ごろんと転がった彼女の肩を掴み、クマががしがしと乱雑に揺さぶる。「んっ……」と声を出し、目をこすりながら瞼を開いた少女。

 パチクリと瞼を何度かまばたきさせ、クマの顔を見つめる少女。ピンク色の唇がふるふると細かく震え、すぅっと息を吸い込む。

 

「いやあああぁぁぁぁあああああああああぁあああ!!?!!」

 

 ズリズリとものすごい勢いで後ずさっていく少女。

 

「な、なんなんですかぁ?! 私は食べてもおいしくありません!! 普通の、一般人なんですゥ!!」

「……は? いや、ちょっと落ち着……」

 

 クマが近づこうと歩むを進めるたび、彼女もずり下がっていく。

 ふと、眼鏡の向こうの目がクマの腰の方に移動した。そこにぶら下がっていたのは、とてもエアガンとは思えないほどの威圧を放つ、黒くゴテゴテと光る拳銃。

 

「じゅ、銃……? 本物…………?」

「……ああ。突然で申し訳ないが、こちらにも事情がある。協力してもらわないと……ぁ?」

「ひあっ……ひぃい……」

 

 少女が情けない声を出したかと思うと、一度大きく、プルルッと身震いをした。

 その直後、シャワーから水が流れ出るような音と共に地面に何かの液体が広がっていく。ほのかなアンモニア臭を放つそれは、少女のスカートの中から流れ出ているように見えた。

 クマの体が硬直する。ポルノも突然の放尿に柄にもなく動揺し、動きが止まった。臭いを察知したキラキラも彼女の方を向き、体を固める。

 

 十数秒の硬直。

 ほどなくして、スカートからぽたぽたと液体を滴らせながら、少女が立ち上がった。

 

「……何か悪いですか」

「は?」

「おもらしして何か悪いって言うんですかッ! 出ちゃったものはしょうがないじゃないですかぁ!!」

 

 突然の逆ギレ。そしてクマにつかみかかろうとする少女。

 ポルノが彼女を再び縛り上げようとするが、おそらく疲れも出ていたのだろう。自分のベルトを自らの足で踏んでしまい、体にぐるぐるとベルトを巻きつけながら、ゴロゴロと部屋の隅の方へ転がっていった。

 

「ちょ、ちょっとちょっと! あんた一体何してんの! あとおしっこ滴ってきたない……」

「あ"ーーあ"ーー!! 聞こえません聞きたくありません!!」

「俺の体にかかってるから少し離れてくれ……!」

 

 クマが少女を引きはがそうとするが、思いのほか力が強く一向に引きはがせない。

 キラキラがため息を吐き、少女の背後に回って彼女を引きはがそうと肩を掴んで引っ張った。二人分の力には彼女も耐えられなかったのだろう、フラッと背後に体勢を崩す。

 

「あーもうホントに何やって――――んがっ!!」

「キラキラ!?」

 

 緑髪に覆われた少女の後頭部が、キラキラの鼻っ柱に直撃した。

 思わず手を離し背後によろけ、後ろにあった本棚に倒れ込むキラキラ。彼女が本棚に体重をかけた瞬間、ぐらりと本棚が大きく揺れ、その振動で本棚の最上段に入ってあった分厚い医術書が落ちた。

 

「ぎゃふん!!」

「キ……キラキラ!?」

 

 彼女の頭部に医術書が直撃し、大きなたんこぶを腫れ上がらせながら倒れ込んだ。

 再びクマにつかみかかり、頬をむにょむにょと動かしまわす少女。消耗した彼は銃を取り出すことも彼女を取り押さえることも敵わず、口での説得を続ける。

 

 その瞬間。院長室の扉が開いた。

 中に入ってくるのは、黒人の男とザッパ。少女はそれを気にすることもなく、叫び散らす。

 

「私は一般人なんですぅッ!! 父を探しに来ただけの!!」

「落ち、落ち着――」

「落ち着けるわけないじゃないですかぁッ!!」

 

 

 黒人の男は一人、ただ困惑していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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「……ぶっ、ハッハッハッハッハ! お、俺がいない間にそんなことがあったのか!」

「笑い事じゃないぞザッパ……!」

 

 左肩に虎太郎、右肩に緑髪の少女を担いだザッパが豪快な笑い声をあげ、クマが低い声で恨めしそうに言った。

 時間は飛んだ。正確には、私の脳が対応できる限界を超える事態が発生し、一種の意識喪失状態に陥っていたようだ。

 

 頭を押さえ、記憶を必死に探る。

 あの後、件の少女をホワイトスネイクで気絶させ、無事に仕山医院から脱出した……ようだ。誰も欠けていない状況を見るに、そのあやふやな記憶は合っているのだろう。

 

 私たちは仕山医院から隣のビルの屋上に渡り、脱出。そこから二十~三十ほどのビルの屋上を移動し続け、十分に医院から距離を取ったところで、道路に降りた。

 周囲のシケイはいまだに仕山医院に集合しているようで、あの医院の周囲に集まっている装甲車のライトの塊が空に浮かんでいた。警戒するに越したことはないが、私たちが道を歩いていたところでシケイに襲われる確率は低いだろう。巡回のシケイが全くいないのだから。

 

「ザ……ザッパ! 頼むからもう少し揺れを少なくしてくれ……! ほ、骨が……」

「んー? 虎太郎、俺だって拳の骨が砕けてるのにお前を担いでるんだ。ちょっと痛いぐらい、問題なし!」

「問題ありありだっつーの!! 俺は左足と左腕が折れてんだぞ!!」

 

 そして、道中で虎太郎も目を覚ました。

 左腕と左足を骨折する重傷を負っていたようだ。よく生き残れたなとしか言いようがない。

 

「けどさー、ザッパが無事でホントによかったよー。えーと、プッチ……さん?が助けてくれたんでしょ?」

「呼び捨てで構わない」

「プッチ。パティミリのアニメのOPを再現する気……ない?」

「すまないが、ない」

 

 ポルノとキラキラが話しかけてくる。相変わらず肌の面積が大きすぎる服だ。

 流石にマナーとして目を彼女たちから目を逸らすが、ポルノが面白がって私の視界に入ってくる。フェイント等をかけて顔の向きを変えたりするが、私の動きを完璧に読んで視界内に入ってくる。……や、やめろ!

 

 

 そんなプッチの様子を見つつ、クマがザッパの方に近づく。

 背後で騒ぐ三人組に聞こえないように声を潜めて、ザッパと虎太郎に話しかけた。

 

「ザッパ。……流石に怪しいと思わないか、あの男」

「何がだ?」

「エンリコ・プッチ……。眉唾物だが、超能力を操る力は本物だ。今回、萬像破壊の犯人がナユタに仕組まれ、そしてシケイにやられかけた所にタイミングよく奴が現れた。……出来すぎてると思わないか?」

 

 クマの言葉を、ザッパと肩に担がれた虎太郎が静かに聞き届ける。

 ザッパが口を開いた。

 

「だから何だ?」

「……おそらく萬像を破壊したのは奴で、ナユタに罪が被さるようにしたのも……奴だ」

「なっ……マジかよ! あのプッチって奴、超能力で色々手伝ってもらおうと思ってたのに……!」

 

 虎太郎が目を見開き驚愕の声を出す。彼の手伝いというのは、きっとくだらないことであろう。

 

「まあ……そうだろうな。だけど俺が奴に助けられたのも事実だし、奴の超能力がなければ屋上をいくつも渡って逃げるなんてのもこんなに早くできなかった。違うか?」

「確かにそうだが……」

 

 実際、プッチの超能力がなければ。屋上一つ渡るのにですら紐を括り付け、しがみついて渡り、紐を外してと……あまりに時間がかかりすぎる方法を取る羽目になっていた。だが彼の力があったおかげで、空に浮くという不可思議な体験をする羽目にはなったものの、素早く屋上を渡ることができていた。

 ザッパが話す。

 

「俺も正直、奴はかなりヤバいと思う。ELVホールで会った時に、得体のしれない……恐ろしい雰囲気を味わったよ」

「……奴の目的は? ナユタを陥れた後に助けたんだから、何か目的があるんだろう?」

「さあな。恩返しだとかは言っていたが、明らかな嘘だった。このままアジトまで付いてきて、そこで何かするんだろうよ」

 

 ザッパとクマの会話に虎太郎が口を挟む。

 

「なあ、そんなあからさまに怪しい奴をアジトに入れんのか? いや、前も一回入れてたが……。ここで奴をタコ殴りにして逃げた方が……」

「虎太郎、そいつはちょーっと無理だな。俺たちは怪我人が多すぎてアイツの超能力とかいうのに対応できない」

「なら不意打ちはどうだ? クマがそーっと後ろに回って銃を撃てば……」

「それも無理だな」

 

 ザッパがそこまで言ったところで、背後のプッチの方を振り返った。

 今だ彼らの背後では、プッチとポルノが戯れている。

 

「多分、アイツ。今の俺たちの会話、聞いてたぜ」

「え……?」

 

 虎太郎が呆けた声を出す。

 プッチが少しだけ顔を上げた。振り返ったザッパのサングラスの奥の目と、視線が重なり合う。

 そしてスタンドが見えぬ、使えぬ彼らには知る由もないことだが。

 

 白き蛇のスタンドが、彼らを見下ろすように、上空に浮遊して立っていた。

 

 

 

 

 

 

 




あまりに妄想が膨らみすぎて収集がつかなくなったので、途中の場面をかなり切って纏めてしまいました。
これ書いてる本人はわかるけど、読んでる人にはわからないんじゃ……。


プッチへの印象

ザッパ かなりヤバいけど、目的さえ合えば頼りになる奴。

クマ 超危険人物。かなり警戒してる。

虎太郎 危険人物。クマほど警戒はしてない。超能力(スタンド)でよからぬことの手伝いを頼もうとしている。

キラキラ ザッパを助けてくれた人。警戒はしてないけど信頼もしてない。

ポルノ クマと同じようでまた違う系統の面白い人。童○だと思ってる。


なおこの時点でプッチさんの、ナユタとさりげなく協力関係を築く目論見は崩れています。
あまりに怪しすぎて警戒されちゃったし仕方ないね。



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#9 二大巨頭

 夜闇の中。亜総義市の中心にそびえたつ巨大なビル、亜総義重工本社。

 

 高さ数百メートルはあろうそのビルの最上階。亜総義市すべてを見下ろせるBARが併設された展望台フロアに、一人の男が立っていた。

 

 男の名は『山本 玖光(やまもと ひさみつ)』。

 限りなく白に近い金髪に女性を虜にする端正な顔、スタイルの整った細く長い肢体など、体のどこを見ても人を引き付ける魅力を放っている男だ。

 だが彼の生来持っている魅力がホコリの様に思える、特別な力を彼は持っている。

 

 亜総義グループは複数の一族が集まってできている集団、連合体のようなものだ。

 その亜総義グループに属する多くの一族の中。最も強大な権力を持つ一族が『()()()()』なのである。

 

 男の名は『山本 玖光』。山本一族に連なる者である。

 そして、この街。()()()()の全支配権を手に持った、抗亜が倒すべき街の独裁者だ。

 

 

「…………」

 

 玖光が自らの所有物(亜総義市)を眼下に眺めながら、右手に持ったワイングラスを揺らす。

 そうして、非常に面倒くさそうに深くため息を吐いた。

 彼の背後にあるエレベーターの扉からチンッ!と甲高い音がなり、音もなく開いた扉から一人の男が入ってくる。

 

「玖光様。萬像が破壊された件ですが、犯人と思わしき()()()()()()()()()との報告が入りました」

 

 今しがた部屋に入ってきた赤いスーツ姿の男は山内知佐文。

 玖光の秘書……というより、彼の近くに上手く取り入って甘い蜜を吸い続けている男だ。玖光は彼のことをある程度は使えると思っているが、信頼はしていない。

 

「あー、そう? まぁいいんじゃない?」

「……え? し、しかし……」

 

 背後を振り返ることすらしない玖光のぶっきらぼうな返事に、山内が困惑の声を出した。

 

「正直、萬像を破壊した犯人捜しより生誕祭までに再び作り直すほうが重要なんだよね。おばあさまに知られないうちにさっさとしないと、色々面倒なことになっちゃうし」

「で、ですが!」

 

 玖光の言うおばあさまとは、今現在の山本一族の当主である人物である。

 彼も一族の中ではかなり高い位ではあるものの、おばあさまには頭が上がらないし反発もできないのだ。

 そしておばあさまは今回の生誕祭を軸に様々な経済戦略を立てている。その祭りの目玉である萬像が披露できない場合、亜総義の評判は少なからず落ちてしまい、その戦略が全てダメになってしまうのだ。

 今回の件が知られた日には……玖光でさえもキツイ灸を据えられてしまうだろう。

 玖光が山内の方に振り返り、ワイングラスを持っていない方の手で頭を押さえながら言った。

 

「まずさ……萬像が破壊された瞬間の映像、君も見たんでしょ?」

「ハッ、拝見させていただきました」

「すごい音が鳴った後に、首から上がポロッと地面に落ちた。捜査班からの報告では爆弾や銃による破壊の痕跡はなし、外部から謎の見えない圧力がかかったとしか言いようがないってさ」

「……と、いいますと?」

「こんなもの、考えるだけ無駄ってこと。もし抗亜による人為的な破壊だったとしたら……僕らの知見が及ばないような、それこそ()()()としか言いようがないね」

 

 玖光はそう言って、再び眼下に広がる街の方に振り返る。

 彼の後ろ姿を眺めていた山内は、軽く息を吐いて自分の携帯に視線を移し、萬像を破壊した抗亜を捕える件を中止するようにシケイに連絡した。

 山内は携帯をポケットに入れる。自分が乗ってきたエレベーターに再び乗り、展望台フロアから去っていった。

 

 展望台フロアに静寂が訪れる。

 右手に持ったワイングラスの中の、紅い液体が揺れる。玖光はそれを口にしながら、思案を巡らせた。

 

(ただ……萬像が抗亜に破壊されるって報告が、破壊される十数分前にシケイに来たって報告もある。像が偶々壊れたにしてはタイミングが良すぎるけど、かといって人為的に壊す方法は全く見つからない)

 

 空になったワイングラス。透明なグラスに、亜総義市のネオンの光が反射する。

 

(…………ふぅ。これは僕の考えが足らないとか視点を変えて考えてないってとかより…………そもそも『()()()()()』が足りてないって感じかな)

 

(第三者の介入、亜総義重工が感知できないほどの技術、内部の隠蔽……。考えられる事態はいくつもあるけど、どれも情報が足りないから断定できない。

 …………そうだな、()の奴に探らせるか)

 

 玖光は空のワイングラスを持ったまま、展望台フロアに備え付けられているBARのカウンターに近づいた。

 

「全く、なに不自由なく支配してやってるってのに。万民の考えってのは、分からないな」

 

 カウンターの上に置いていた赤ワインをグラスに注ぐ。そして、その紅い液体を再び、喉の奥に送り込んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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 亜総義市、某所。

 とある男が辺りを警戒しながら歩いていた。

 周囲にはぽつぽつと人が歩いているが、男はその道行く人にあまり近づきすぎないように、慎重に道を進む。

 

『――では、萬像が破壊された瞬間の映像ですが――』

 

 ふと。

 男が足を止め、古ぼけた電気屋の表に飾ってあったテレビに目を止めた。

 分厚いブラウン管のテレビで、とてもではないが画質はいいとは言えない。アナウンサーの話す声もザーザーと雑音が混じり、あまり聞き取れない。

 

『――有力な情報をシケイに通報したものは、亜総義社から直々に金一封が――』

 

 その十数年型落ちしたかわからない、ショーウィンドウのガラス越しのテレビの映像に、男はくぎ付けになった。

 

「…………!」

 

 映し出されたのは、人でごったがえす広場の映像。

 その広場の中心には、夜空を突き上げるように高くそびえたった銅像の姿。

 

 そしてふと、空間から染み出したように現れる、白い人間の形をした何か。体中に何か分からない文字を掘り入れ、頭に黒い王冠と目隠しが融合したようなものを被っている何か。

 その何かは広場の中心にある銅像に、浮き上がるように近づき、ググっと力を溜めるように右腕を上げる。

 充填された力が爆発し、何かが勢いよく銅像の首に手刀を叩き込んだ。

 バギャッ!と鈍い音が響き、銅像の頭が地面に転げ落ちる。地面に転がる頭を確認し、その何かは空気に掻き消えるように姿を消した。

 

『――再び繰り返します。有力な情報をシケイに通報した方は、金一封――』

 

 確かに、常人には何が起きたのか皆目見当がつかないだろう。

 だが。ブラウン管テレビの前でわなわなと震える男には、その映像の中で何が起きていたか、そしてその何かが何なのかをよく知っていた。

 

「……スタンド……!」

 

 男が、その名前を呟いた。

 テレビの中の映像を凝視し、先ほどのスタンドを操るスタンド使いの姿を探す。

 だが、元々人でごったがえしていた広場である。銅像の頭が落とされ人々がパニック状態になり騒ぎ出してしまった以上、その中からスタンド使いを見つけ出すのは不可能に近かった。

 

 男がテレビの前から後ずさり、ザッと踵を返す。

 この街にはスタンド使いがいる。そして、スタンドが見えていた男ももちろんスタンド使いだ。

 

 彼の背後に人型のスタンドが、すぅっと空間から滲み出すように現れる。

 一体あの銅像を破壊したスタンド使いが何を目的にしているかはわからない。どのようなスタンド能力なのかもわからない。

 男は未知のスタンドに対する警戒で、思わず出てしまったスタンドをしまった。もしあの広場に居たスタンド使いが近くにいた場合、自分がスタンド使いであることがバレてしまうからだ。

 

 

 彼はしばらく歩き、街灯のある明るい道から外れ、暗い路地裏に入る。

 

 男が亜総義市全体を巻き込む運命の舞台に上がるのは、まだ随分と先のことであった。

 

 

 




良い感じのところで区切った結果、少し短めになってしまいました。

正体不明のスタンド使い……一体誰なんだ……!
隠してるつもりですけど突かれるとすぐバレるので追求しないでくださいお願いします。

玖光さんは原作と違って若干見下し感が減ってます。
安全だと思ってた萬像が破壊された方法すら分かってないからそりゃちょっと焦るよね……。


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#10 ナユタ新規加入メンバー エンリコ・プッチ

 仕山医院の騒ぎから一晩が明けた、ナユタのアジトの中で。

 ガラガラと震える、やかましい扇風機の音だけが響く。

 およそ室内に七人もいるとは思えないほどの静寂が、辺りに広がっていた。

 

「……それで」

 

 静寂を打ち破るように、クマが口を開く。

 

「プッチ……さん」

「呼び捨てでいい」

「ならそうさせてもらう。プッチ、アンタは一体何が目的なんだ?」

 

 

 今現在ナユタのアジトでは、プッチと緑髪の少女に対する尋問が行われていた。

 といっても少女の方は暴れぬようベルトで縛られたまま椅子に座って眠っており、プッチにだけ焦点が当てられているのだが。

 プッチは立ったまま、こちらを尋問するクマとその背後にいるナユタの面々をじっと見つめる。

 

「一度助けてもらった恩があるだろう。それを返しに行ったまでだ」

「建前の方じゃあない、本当の目的の方だ。早く言った方が、こちらとしても色々と相談する時間も増えて合理的だ」

「……なるほど」

 

 プッチが一度言葉を止める。

 そして息を静かに吸ってから、再び話し始めた。

 

 

「亜総義重工本社の中に入りたい。だが、一人では入れない。それだけだ」

「……なんのために亜総義重工に?」

「人々を()()に押し上げるためだ。これ以上は言わない」

「…………?」

 

 プッチが真剣な顔で、そう言い放つ。

 彼はまだ、天国関連の話題について話すつもりはなかった。スタンドすら知らないような相手に、DIOとの高尚な思い出を軽々と晒したくなかったのだ。

 さがそんな事情を知ったこっちゃないクマは、天国などというあるかどうか分からない物のために、超危険箇所である亜総義重工に入りたいという奇々怪々極まる目的に少し困惑する。

 それは彼の背後にいた虎太郎やキラキラにとっても同じであった。

 

「なぁ、やっぱアイツやべーぜ……」

「ちょっと虎太郎、声デカいって……」

「だってよ、真面目ぶった顔で天国とか、そのために亜総義重工に入りたいとか……死にに行きたいって言ってるのと同じだぜ……」

 

 虎太郎とキラキラが声を落として話す。

 が、困惑した虎太郎の声は、自分が思った以上に小さくなっていなかった。

 彼の言葉が聞こえたプッチが『DIOと私の天国を馬鹿にされた』と怒りを感じ、虎太郎とキラキラを強く睨みつける。すぐにホワイトスネイクで始末しなかったのは彼の理性が「今ここで二人を始末してしまえば交渉は完全に決裂する」と考えたからである。

 クマがプッチの殺気に当てられた二人を下がらせ、口を開く。

 

「……亜総義重工に用があるが一人では入れない、だから俺達の力を借りるために仕山医院で助けた……でいいのか?」

「……ああ」

「わかった。少しいいか?」

 

 プッチがクマの言葉にうなずいて返す。

 彼の頷きを見てクマが振り返り、背後に居るナユタの面々と話し始めた。

 

 プッチはもし協力関係になれなかった場合、何をするかを考えていた。

 とりあえずDIOとの夢を馬鹿にした虎太郎を始末し、そこから他の抗亜に取り入る方法を考えなければいけないな……と思案していた。

 

 

 そんなプッチの姿を後目に、クマを含むナユタの面々が彼の語る目的についてどうするかを相談する。

 クマが真っ先に口を開くことで、会話は始まった。

 

「簡単に言えば、ナユタに加入もしくは協力関係になりたい……と、言っている」

「いやいや、どー考えても危険だぜ。さっきの殺気感じたろ……」

「アレは虎太郎が余計なこと言うからでしょ?」

「いやけどな、天国って……」

「どー考えても虎太郎が悪い。Q.E.D.」

 

 虎太郎がプッチの殺気について言及するが、キラキラとポルノの二人が彼を責め立てた。

 クマが三人から視線を外し、ザッパの方を向く。

 

「ザッパはどうだ?」

「俺か? 俺は別にプッチがナユタに入ってもいいと思うぜ。ナユタの基本理念は『来るもの追わず、去るものは追い回す』だからな」

 

 ザッパが自身のサングラスを右手で上げながらそう言った。

 彼の言葉に、先ほどまで騒いでいた三人組の中から虎太郎が声を上げる。

 

「マジかよザッパ!? どんな素性とか……信頼できるかもわかんねー危険な奴なんだぞ!」

「悪いが大マジだ。危険な奴なのは認めるが……おそらく、目的が合致さえすればこちらを裏切ることはないタイプだ。合致しなくなれば簡単に切るだろうけどな」

「なっ……クマ! お前はどうなんだよ!」

 

 虎太郎がクマの方を向いて話しかける。

 彼は今左腕と左足を骨折している。そんな状況でプッチの鋭い殺気に当てられたのがよほどキツかったのか、ナユタにプッチを加える流れになっているのに少し焦っていた。

 

「……人間の内面を見極めるのはザッパの方が得意だから、ザッパがいいというのならいい。それに奴のスタンドという力……シケイ相手には強力な武器になる。協力関係を結んだ方がこちらの戦力アップになって合理的だ」

「クっ、クマ……!? き、キラキラとポルノはどうなんだ!?」

 

 虎太郎が先ほど騒いでいたキラキラとポルノの方を向く。

 

「わたしー? ザッパを助けてくれたし、プッチがいなかったら全員で仕山医院から脱出できたかわかんなかったし……、信頼はまだできないけど賛成かな。案外、虎太郎より頼りになるかもねー?」

「私も賛成。クマとは違う系統でなかなか面白い。弄りがいがある」

「なっ、おっ、まっ……!!」

 

 クマが目を閉じる。

 虎太郎だけが否定しているが、メンバーの大半が賛成の上に、リーダーのザッパも賛成している。もう決まりだろう。

 目を開き、プッチの方を向いた。

 

「決まった。……これから、よろしく頼む」

「……速いな」

「そっちがすぐに話してくれたからな。こちらも早く話を済ませた方が、物事も早く進む。合理的だ」

「そうか。……なら、よろしく頼む」

 

 クマは握手をした方がいいかと思ったが、肝心のプッチが腕を組んで一切手を動かす気がないので、おそらくは向こうもこちらを完全に信用はしていないのだろうと思った。彼のスタンドとやらに関しても、見えない力というだけでもかなりの脅威だが、おそらくその他にも別の特別な力を持っているはずだ。自分たちを見限って裏切るときに、ナユタを敵に回しても相手できるような能力が……。

 ザッパは目的さえ合えば裏切らないタイプだとは言っていたが、クマはプッチに対しての警戒が未だに解けていない。彼と握手をする日は……来たとしても、随分と先の話だろう。もしかすると訪れないかもしれない。考えるだけ非合理的だとクマは断じ、そこで思考を切った。

 

 プッチがナユタの方に向き、自分の胸に右手を当てつつ、言う。

 

「改めて、私の名前はエンリコ・プッチ。Gd.s.t刑務所で教誨師(きょうかいし)をしていた。……以上だ」

「しつもん。童〇ですか」

「…………」

 

 プッチが糸の様に口を結び、押し黙った。

 

「クマは下ネタを振ると驚いて焦る、プッチは黙る。これは面白い違い」

「何を聞いているポルノ……ッ!」

 

 ポルノがプッチに対して卑猥な質問をしたのを、クマが諫める。

 ザッパはそんな様子を眺めながら、「案外クマとプッチは似てるかもな……」などと考えていた。

 

 

「で、プッチの方は片がついたんでしょ? じゃあ……こっちの子はどうすんの?」

 

 キラキラが、ベルトで縛られて寝たままの緑髪の少女の方を指さした。

 こんな風に縛られていてすやすやと寝ているのに、院長室で放尿して大騒ぎとは、肝が強いのか弱いのかがいまいち分からない人物だ。

 クマがポルノに目配せし、少女のベルトを解くように頼む。するすると拘束を外すが、未だに起きる気配がない。

 見かねたプッチがホワイトスネイクを出し、彼女の額に向かって軽くデコピンをした。パチン!と乾いた音がなり、少女がハッとよだれを垂らしながら目を覚ます。

 

「……今、使ったのか?」

「ああ」

 

 クマの問いにプッチが軽く答える。使ったかというのはおそらくスタンドのことだろう。

 本当に何も感じないし見えないんだな……とスタンドの恐ろしさを改めて実感するクマ。

 

「なら、そのままスタンドで彼女の体を押さえていてくれ。……この前の様に暴れられると困る」

「……苦労するな」

「言わないでくれ……」

 

 哀愁を漂わせるクマ。

 個性あふれるナユタの面々を管理するというのは非常に大変なのだろう。その上このような突然暴れだす危険人物も相手にしなければならないのだからと、プッチは彼に対して同情した。プッチは自分もクマの悩みの種である警戒対象であることをド忘れてしていた。

 目覚め、辺りをキョロキョロと見回す少女にクマが話しかける。

 

「こ、ここは……?」

「うちの拠点だ。……頼むから、もう落ち着いてくれ」

「あッ、あなたは……!」

 

 少女がクマの顔を見て、眼鏡越しに目を大きく見開いた。

 プッチは彼女が暴れださないよう、ホワイトスネイクに力を籠めようとする、が。

 

「ご、ごめんなさい! あの時は私も、動揺していて……」

 

 彼女が暴れだす様子もなく突然謝罪し始めたのをみて、プッチは力を緩めた。

 

「……ああ。いや、うん。大丈夫だ……」

 

 クマもてっきり、彼女が暴れだすと思っていたものだから、身構えていた力が無駄になって間抜けな声が漏れる。

 キラキラとポルノは、彼女が汚した服を洗濯した物を取りに行くため、アジトの奥にある洗面所の方へと向かった。虎太郎はプッチがあっさりとナユタに加わったことで、そのまま近くにあったソファーに転がってふて寝した。

 ザッパが少女の近くに寄ってきて、パイプ椅子を立てて座る。彼女はザッパの大柄な体格に少しだけ怯えるが、クマの方に視線を向け直した。

 

「それでだが……色々と事情を聞きたいことがある。いくつか質問をするが、いいか?」

「は、はい……」

 

 クマが少女に、なぜあの仕山医院の二階に一人でいたのか。

 亜総義市に父親を捜しに来たのはどういうことなのか、など様々なことを質問していった。

 

 

 そうして彼女に質問をして、わかったこと。

 緑髪の少女の名前は大相寺 皆子。

 亜総義市の外にある奈良県に在住していた、『外の人間』であること。

 ノンフィクション作家で亜総義市に取材しに行ったまま姿を消した父親を捜しに来たとのこと。

 父親が取材に向かった先が仕山医院の院長であったため、話を聞くために向かおうとしたということ。

 

 

「……バッカでー」

 

 少女の話が終わったころ。

 恐らくふて寝のフリをしていただけで、先ほどまでの彼女の話を聞いていたのだろう。

 虎太郎が寝返りを打って、口を挟んできた。

 

「ノンフィクション作家でよ、取材のために一人で亜総義まで来たんだろ?」

「は、はい…………」

「自殺願望でも持ってたんじゃねーのか。お前の父親」

「じさつ、って……。でも、取材に来ただけで…………」

「亜総義があちこち嗅ぎまわる厄介者を生かしておくわけねーだろ。」

 

 虎太郎がそこまで言ったところで、少女が驚きを隠せないと言った風に目を大きく開き、みるみる顔色が青くなっていく。

 ふるふると唇を震わせながら、喉から絞り出したようなか細い声を出す。

 

「ひと、ごろし……。で、でも! 亜総義は慈善活動もしてる、クリーンな企業だって……」

「マジで言ってんのか?

 ……仕山医院で大量のシケイがぞろぞろ攻めてきたの見ただろ。この街のシンボル像が破壊されたってだけで、冤罪の俺達にあんだけやってくる奴らだぞ。下手したら俺達も殺されてた。……それでも亜総義がクリーンだって信じんなら、これ以上言わねーけどよ」

「…………そ、んな…………」

 

 彼女が絶望した様相で、口から過呼吸ぎみに息を吐きだしながら体を震わせる。

 亜総義のことを全く知らない、もしくは裏の部分に少し触れた程度ならば虎太郎の言葉を信じることなどしなかっただろう。

 だが大相寺皆子はあまりにも急激に、亜総義の裏に深く足を踏み入れてしまった。亜総義の犬であるシケイが数十人単位で隊を連ね、鼓膜を潰すような銃声を放ちまくっていた光景を知ってしまったのだ。平和で銃の『じ』すら味わうことのない日本で暮らしていた彼女にはあまりにも衝撃的な光景だった。

 半ばトラウマ気味に刻まれたその音は、彼女に『()()()()』という信じがたい事実を頭から離れなくなる程度に想起させるには充分であった。

 

 

「その辺にしとけよ虎太郎。『外』の人間だってのはもう十分わかった」

「ああ。……なんか、俺。…………ちょっと席外すわ」

 

 ザッパが虎太郎を諫める。

 話を止められた彼も、さすがに少女がここまで衝撃を受けるとは想定していなかったのか、居心地悪そうに頬をかく。そして自身のいる椅子の近くにあった松葉づえを取り、ザッパに軽く言葉を発してから、アジト内にある自室へと入っていった。

 パタン、と扉の閉められる音が響く。

 地面に崩れ落ちた少女の、鼻をすする音だけが静寂に木霊していた。

 

 

「…………」

 

 あまりに重い空気の中、ザッパとクマがどう会話を切り出そうとかと顔を見合わせていた時。

 プッチは考えていた。

 

 この亜総義市というのは、小さな独裁国家のようなものだ。

 戦中のドイツにて、国内を支配していたナチ党の暗部をあちこち探りまわるなんて行為をすれば、当然始末されるだろう。彼女の父親もそれと同じような結末に至った可能性が非常に高い。

 

 そんな風に冷酷に考える一方で、心に何かが引っかかる点もある。

 はて。最近、どこかで作家や取材などという単語を聞いたような、と……。

 男、作家、父親……大相寺……?

 プッチが記憶を探り当て、ぽつりとつぶやいた。

 

「大相寺、博…………」

「ッ!?」

 

 ガバっと、先ほどまで俯いていた少女が突然顔を上げた。

 クマとザッパも彼女の視線につられるように、プッチの方を見る。

 

「私の父の名前、一体どこで……!? 私、さっき父の名前までは言ってませんでしたよね?!」

「……いや。申し訳ないが、おそらく期待しているような情報を持っているわけではない。話しても大して変わらないとは思うが……」

「お願いします! 今は、何でもいいので父のことが知りたいんです……!!」

 

 少女が土下座をし始めそうになったのを見て、土下座が日本流の最大の謝罪や嘆願の姿だと知っていたプッチは彼女の行動を諫める。彼自身、本当に大した情報を持っていないのだ。

 プッチがこほんと咳ばらいをし、話す。

 

「大相寺博という男が、どこか……研究所のような場所の、地下へ連行されたのを知っている。それだけだ」

「一体どこの研究所なんですか!」

「わからない」

「……そう、ですか。それは、一体いつぐらいの……?」

「それもわからない。ただ、そこまで古いことでもないはずだ」

「じ、じゃあ! 父は生きてる可能性があるかもしれないんですよね!?」

「それもわからない。……すまない」

 

 あからさまに元気が出始めた彼女を見て、プッチは話すべきではなかったかと後悔する。

 人は未来にある絶望に対し覚悟を持つことで、真の幸福を得ることができるというのが彼の持論だ。だが今の少女は目の前に降って表れた希望にすがりつき、それ以外の絶望の未来を考慮に入れようとしていない。非常に不味い傾向だと、口の中で誰にも聞こえぬよう小さく歯ぎしりをした。

 そんな風なところまで会話が終わったところで、キラキラとポルノが洗面所からプッチたちのいる大部屋へと戻ってくる。

 キラキラが周囲を見回し、言った。

 

「……なに、この空気?」

 

 

 

 

 

 




展開が……展開が重い!
次からは空気を明るくします。絶対。


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#11 ハルウリに行こう!

 夕日が地平線の向こうに沈みかけ、赤い空が世界に広がる時間帯。

 二人の男が、人気のない道を歩いていた。

 

 正式にナユタに加入したプッチ。

 といっても、ナユタの一部からは警戒視されているので、メンバーではあるが仲間ではないといった位置づけだが。

 そしてプッチの横には、ナユタの中で絶賛彼を警戒視しているクマがいた。

 プッチがクマに話しかける。

 

「……あの、大相寺皆子という少女は?」

「結局ザッパが面倒を見るという話になった。『外』に戻す案も出たが、あの様子では父親の件に一区切りつくまでは帰らないだろう。今の緊張状態の亜総義で勝手に騒がれると、こちらにも何の流れ弾が飛ぶかわからない」

 

 クマとザッパの間で、少女の面倒をどちらが見るかという争いが行われたのは秘密だ。正直彼女の面倒を見るのは面倒なのである。

 だがプッチはけだるげに話すクマの方を横目で見ながら、言った。

 

「優しいな」

「……は?」

「弱者を救うことは素晴らしい美徳だ。大方、外の人間であるあの子がマトモじゃあない死に方を迎えないように保護したのだろう? 面倒を見るのは嫌そうだが」

 

 プッチの言葉に、クマが黙って視線を逸らした。

 確かに、今の亜総義市は萬像破壊による酷い緊張状態で、もしシケイに目を付けられ捕まってしまったら……。凌辱されるで済めばいい方だろう。おそらくは非人道的な実験の材料にされるか、体のパーツを売買にかけられて少しずつ取られて衰弱死するか……考えればキリがないほど残酷な方法で死を迎えるだろう。

 クマが頭を振り、思考を切る。彼にはこのような考え事をしている場合ではない。プッチに目的地に向かう道すがら、話さなければいけないことがいくつかあったのだ。

 

「俺たちはナユタ、亜総義に反抗するクラン……抗亜だ。抗亜は亜総義市を支配する亜総義の作り出した、奴らに都合のいい常識や倫理を壊すことを目的としている。……ここまでは、いいか?」

「ああ、問題ない」

 

 プッチがクマの言葉にうなずいて返す。

 が、疑問に思ったことがあったようで、口を開いて質問を返した。

 

「……いや、少しいいか。この街では、警察などの国の公安機関はどうなっているんだ?」

「ほとんどないに等しい。亜総義市の中では警察すらも動きを止められ、亜総義の犬であるシケイ……亜総義グループ直列の警備会社の警備員が街の治安を維持している。警察は狭い事務所の中で、押す必要があるかも怪しい書類にハンコを押しているだけだ」

「……なるほど。まさに、亜総義市は独裁国家ということか」

 

 クマが頷く。

 そして再び口を開いた。

 

「それでこれからが俺たちの今向かっている場所につながる話だが、抗亜の活動といっても何もかもが略奪した物資で賄えるわけじゃない。ミストレスの店……抗亜専用の店の様に、やはりどうしても金が必要な場面が出てくる。

 そこで亜総義市にある抗亜のクラン全てが行っている金稼ぎの手段が……『()()()()』だ。」

「ハル……ウリ……?」

 

 そのワードを反芻したところで、プッチが足をピタっと止めた。

 何か、その単語の意味を知ってしまうとまずい気がしたのだ。だが彼のナユタに取り入って亜総義重工本社に入るという目的上、ここで頑なに知りたくないと否定をすることはできない。

 再び歩みを始めるプッチに、クマが戸惑いなく言い放つ。

 

「ハルウリは、街で回収した女性(ジンザイ)を男に売ることを指す言葉だ」

「……いや。それは言い方を変えただけの、誘拐と売春の元締め行為だぞ……!」

「別にどう思ってくれてもいい。アンタの仕事は行為に及んだ後の部屋の掃除だ」

 

 プッチは困惑する。

 いくら目的のためとはいえ、真っ向から神に背くような所業の一部に加担していいのかと。姦淫は重罪に当たるのだ。

 だが……宗教上の都合だと言って、融通を効かせてくれるほど柔らかい性格の人物でもなさそうだ。特にこの街では、亜総義によって萬様という男を信仰するように住民のほとんどが洗脳されている。クマ……抗亜の宗教やそれに準ずるものに関しての嫌悪感は相当なものだろう。

 俯いて数秒考え込み、プッチは顔を上げた。

 

「…………掃除、だけか?」

「ああ、部屋から客が出たタイミングもこちらで指示する。……ついたぞ」

 

 クマがピタリと足を止める。

 抗亜のハルウリが行われている場所は、意外にも人通りが比較的多い道のビルの中で会った。木を隠すなら森の中と言ったように、ビルを隠すならビル群の中に隠してしまえということなのだろうか。

 プッチが周囲のビル群を見回す。大抵は企業などのテナントが入っていたり、そもそも空き室で明かりすら点いていなかったりなのだが……。

 二棟、明らかに異質な空気を放っているビルがあった。企業が入っている様子もなく、カーテンも閉め切っているのに、明かりが点いている。そして何やら、中でもそもそと人の影が二つ動いているのが見えた。

 

(……まさかとは思うがこの辺り、抗亜のハルウリとやらの場所が密集して……)

 

 プッチはホワイトスネイクをその二棟の中に潜り込ませることもできたが、やめた。

 自分が恐ろしき所業に加担するだけで精一杯だというのに、周囲に二つも同様のことが行われているなどと……知りたくなかったのだ。

 

 クマが目の前のビルに入っていくのを見て、彼もその背後を大人しくついていった。

 廊下の電灯のスイッチを入れ、パッと明るくなった道を迷いなく進んでいく二人。数分ほど歩いたところで地下の階段にたどり着き、カツカツと足音を鳴らしながら降りていく。

 階段を下りた先にあったのは、所々錆びついた古臭い鉄の扉。クマがドアノブに鍵を差し込み、蝶番からギギギッと嫌な音を立てながら開ける。

 

 部屋の中にあったのは、蜂の巣の如く詰まれた大量のブラウン管テレビであった。クマがテレビの山に近づき、全てのテレビと乱雑に配線で繋がっている赤いスイッチをパチンと押すと、ブゥンと音を立てて暗い画面に光がともる。

 テレビに映る映像はどれも角度こそ違うものの、全てが小さな部屋に置かれたベッドを俯瞰的に見下ろすように映していた。それぞれのブラウン管のテレビの縁に『201』や『202』などと律儀に書かれていることから、恐らくその映像全てが別々の部屋を映し出しているのだろう。

 

 クマが部屋の隅からパイプ椅子を取り出し、テレビの山の前に陣取るように座る。

 そしてどこからともなく取り出したタブレットを操作し、何かをぶつぶつと唱えていた。

 

 

「……ふー……」

 

 彼の様子を横目に、頬にかいた汗をぬぐう。妙な緊張をしているようだ。

 そういえば、この様に自発的に『()()()()()』をするのは初めてかもしれなかった。元の世界では『天国に到達する』という目的のために徐倫たちを相手にすることがあったが、アレは全て神のお導きによって行動していたことだ。

 だが、今から加担する『ハルウリ』は真っ向から神に反する行為であった。真の幸福や運命についての問いの答えを探すため、聖職者の道に入ったが……。私が聖職者を目指さなければ、こういった『わるいこと』に手を染める可能性もあったのだろうか? 若きの至りで、親や社会にストリートでたむろするのチンピラの様に反抗したのだろうかと……、柄にもなくそんなことを考えてしまった。

 

 

 私がそのようなことを考えて呆けているうちに、時計の針が随分と進んでしまっていたようだ。テレビの前に座るクマの方から声がかけられる。

 

「一人目の客が終わった。202の部屋だ、マスターキーと携帯を渡しておく」

 

 彼からマスターキーと携帯を放り投げられ、ホワイトスネイクでキャッチする。

 モニターの方では肌色の物体がうごめいていたような気がしたが、強引に顔を背けて見ないようにした。モニター室の外に出る。

 

「…………」

 

 鍵と携帯を懐に押し込む。

 私がこの業務を行うことは、やはりどう考えても難しい。

 宗教者としても、私自身の性格としてもだ。

 だがやらなければならない。亜総義重工本社にたどり着き、次こそ天国に到達するために。

 

 ホワイトスネイクが右手を天井近くまで振り上げ、私の頭に向かって叩き落す。

 ぐにぃっと皮膚がゆがむような感触がした後、ホワイトスネイクが私の頭から一つのディスクを抜き出した。

 

 それは五感の内、人の認識の七割~八割を占めるといわれる『視力』のディスク。

 その感覚を私の中から引き出すことで、一時的な盲目となるのだ。今私の目には何も映っておらず、ただひたすらの暗闇が広がっている。

 だがホワイトスネイクの目は別だ。心の中に自らの目とは別の景色を移すテレビがあるといった感じで、我がスタンドの目を通した景色を感じ取ることができる。

 ヘビー・ウェザーの時は見るだけでカタツムリになるという能力上、ホワイトスネイクの視界も切っていたが。視覚共有型のスタンドならばスタンドだけで物を見るということも可能なのだ。

 

 ――なぜこのような行動に出たのか?

 

 宗教者として、私はハルウリなどという行為に真っ向から加担することはやはりできなかった。だから苦肉の策として、私の感覚をできうるかぎりの範囲でカットした。そうすることで、私自身に降りかかる姦淫の罪を少しでも減らそうとしたのだ。

 ……もはや暴論に近い考え方であった。結局のところホワイトスネイクで物を見ているから同じではないかと。

 だが考えてみてほしい。とある男が二人いたとして、その二人がそれぞれ同じ人間を包丁で刺したとする。一人目は被害者をめった刺しにし、瀕死まで追い込んだ。二人目はその瀕死の男を見て、包丁で止めを刺した。司法の世界ではこれは同じ罪だが、人の心理の世界になるとまた答えは違ってくる。二人目は被害者の苦しそうな様を見て、楽にしてあげようとしたのではないかと。人の考え方とは司法で縛られたところで確定されるようなものでなく、時の移ろいに合わせて変化していくものだと――――。

 

 ……――違うッ! 違うぞクソッ! 焦りすぎて思考が変な方向に飛んでいるッ!!

 

「素数だ……素数を数えて落ち着くんだ……。2……3……5……7……」

 

 呼吸を整えながら、素数を数えて気持ちを落ち着かせる。素数は1と自らの数字でしか割り切れない孤独な数字、私に勇気を与えてくれる……。

 ホワイトスネイクの視覚に頼りながら、廊下を歩き階段を登っていく。このビルは外見からは四階建てはあったように見えたが、三階への階段は青いビニールシートでぴっちりと塞がれていた。きっと使っていないのだろう。

 階段の前で曲がり、部屋番号を確かめながら歩く。といっても『202』という階段から近い数字の部屋だったので、間違えようもないのだが。

 

 202のプレートが貼られた部屋の前に立ち、先ほど受け取ったマスターキーで開錠する。

 扉を数センチ開けただけでむわぁっとむせ上がる室内の、生理的な匂い、男女の匂いにおもわず顔をしかめた。だが扉を開けただけで立ち止まっていては掃除などできはしない。ホワイトスネイクにやらせればいいというのも考えはしたが……白蛇(神の使い)の名を冠する者にさせるわけにもいかないだろう。

 覚悟を決めて扉を開ける。

 

 裸の女性がベッドで座り込み、すすり声をあげていた。

 

 扉を閉める。

 懐に入れてあった携帯を取り出し、電話帳にポツンと一つだけ記載されていた番号に通話を掛ける。

 ワンコールの内に繋がり、少し低めのダウナーな声が聞こえてきた。クマの声だ。

 

『……もしもし。何かあったか?』

「部屋の、中のベッドに、女性がいるんだが…………。しかも泣いていたぞ……」

『問題ない、こちらの想定通りだ。その部屋の客はシケイで少しひどい目にあったみたいだな。壊れるほどじゃなかったから、こちらも関与はしなかった』

「シケイが客……?」

 

 私がそう問いかけると、電話の向こうから小さくため息を吐いたような音が聞こえた。

 

()の常識は知らないが、亜総義のシケイはこういった裏の店も使う奴は使う。最近は萬像の破壊による激務でストレスの溜まってるシケイが多いのか、多少の怪我は日常茶飯事のような感じになってきている。…………()()()()()、それが()()()()()()()だ。』

 

 その言葉を最後に、通話がブツッと切れた。

 ……『気にするな』、か。なんとも合理的な考え方だな……。

 目的のためには手段を選ばない……ということか。それはまるで――――

 頭を振って思考を切る。そのようなことを考えている場合ではなかった。

 

 息を軽く吸い込み、意を決し、ドアノブを握る。

 心の中で素数を数えながら、扉を開けた。途端に鼻孔を貫く生ぬるい空気と匂いに耐えながら、部屋の中へと足を踏み入れた。

 

 ベッドの上に居た女性が私の姿を見て肩を跳ねさせる。その衝撃ですすり泣く声もピタッと止まった。

 目は見えていないのだが思わず顔を逸らしてしまい、壁の方を向いた。肌に視線を感じるのに、徐倫たちと戦っていた時とはまた別のタイプの冷や汗が流れる。

 懐にあった携帯からピロン!と音が鳴り、メッセージが届いた合図を鳴らす。再び携帯を取り出しメッセージを開くと、クマから文言が届いていた。

 

『・シーツの交換(ベッド下の引き出しの中)

 ・ゴミ箱の中身の廃棄(同じく引き出しの中のゴミ袋で纏める)

 ・シャワー室内のシャンプー確認・少なければ補充(天井裏に予備)』

 

 ……真面目な男だ。カメラでこちらを観察しているであろうことは気に食わないが。

 携帯を懐に直し、壁際に視線を寄せたまま、すり足でシャワー室の方に向かう。さすがにベッドの方は今は無理だ。

 

 透明なガラスでできているシャワー室の壁が、湯気で白く曇ってしまっている。扉を開けると、温水の蒸気が全身に降りかかり、先ほどまでここが使用されていただろうことを察することができた。生々しい光景が頭に浮かび、そういうことに耐性がないため少しだけ胃の中の液がせりあがってしまう。

 かなり狭いシャワー室の中、シャンプーの残量をホワイトスネイクで確かめる。どちらもボトルの半分以上は入っていて、補充する必要は全くなさそうだ。

 シャワー室から出る。

 

 ベッドの方から、私の姿を見て驚き止まっていた女性のすすり泣く声が、再び聞こえ始めた。

 声の主の方を向かぬようにし、ゴミ箱を漁る。どれだけのゴミがあるのだろうかと思ったが、くしゃくしゃと丸まった白いティッシュがいくつか入っているだけだった。……私はこういったことにはあまり詳しくないのだが、普通、避妊具やそういった類を使うのではないのか……?

 

 その疑問が頭の内に浮き上がり、その答えを求めるように、思わずベッドの上の女性の方をホワイトスネイクで見てしまった。そして瞬時に察する。

 確かクマはこの店を『裏の店』と言っていた。シケイが利用していることからも、ここは亜総義内で保たれているある程度の秩序からは離れた場所だと考えられるのだ。

 そのような場所での売春行為では、女性の人権などないに等しいものなのだろう。つまり……避妊やそれに準ずる行為など一切気にする必要がないということだ。秩序がなく、店側のルールにのっとる限り、自由が許されているのだから。

 

 ……ある程度は、分かっていた。闇に触れる以上、こういった行為があるだろうことも理解していたつもりでいた。

 心の底では無視できるつもりだった。きっと、気にしないことはできたはずなのだ。

 

 ベッドのシーツを交換する作業に入らなければならない。

 だが、そのためにはベッドの上に座るすすり泣く女性をどかさなければならない。

 

 

「……すみません」

 

 ベッドの縁に、腰かける。

 女性がゆっくりとこちらを向いた。目のあたりは涙を流しすぎて赤く腫れている。

 首から下の方には視線を向けぬようにしつつ、話しかける。

 

「な、なんですか……?」

「私の名はプッチ、聖職者です。お悩みの様ですからお話掛けさせていただきました。しかし、貴方には、私からは神のお言葉に乗っ取った救済や助けといった心の安寧を与える教えを享受させることはできません。君の行った行為は姦淫と言い、聖書の中にある罪の一つに当たってしまうからです」

「……強制的、でもですか? 私は、無理やりここに連れてこられて、こんなことさせられているのにッッ!!」

「はい。」

 

 声を荒げる女性に、プッチは毅然とした態度で返す。

 怒る彼女を横目に近くにあったバスローブを掴み、彼女の体を隠すように広げながら投げた。パサッとローブが舞い上がり、彼女の頭にぽすっと被さる。

 頭にかぶったローブを体に羽織り直し、彼の突然の行動に怒りが少しだけ冷えたと言った様子でプッチの方を見る女性。そんな彼女に、プッチは右手を自分の胸に当てつつ優しく話しかけた。

 

「だから貴方には、私の心を落ち着けるとっておきの方法を教えてあげたいのです。さぁ、深呼吸をして」

「…………スーッ、はぁ…………」

「良い感じだ。その状態で目を閉じて、自分の呼吸と言葉だけに集中して、素数を数えるんだ。素数は1と自分でしか割り切れない孤独な数字、私たちに勇気を与えてくれる……」

「2、3、5、7……」

「良い調子です。落ち着くまで続けて……」

 

 プッチはゆっくりと腰を動かし、ベッドの上を擦りながら彼女に少しずつ近づいてく。

 そうして彼女との距離が三十センチほどになった時、プッチが見えない目でじっと監視カメラの方を見つめた。数秒ほどで視線を外した後、プッチは彼女にさらに近づく。

 女性は女性の方で、素数を数えるという慣れないことに夢中になっているのか、気配を消したまま近づくプッチに気づく様子はない。

 ホワイトスネイクが女性に近づき、手を振り上げる。

 

「その調子です、その調子……」

 

 そう言った瞬間、ホワイトスネイクが一気に手を振り下ろした。

 ずぶっと手が頭に埋まり、一つのディスクが女性の頭から抜き出される。プッチは飛び出たディスクを一瞬で掴み、監視カメラの向こうの男に見えぬようすぐに懐にしまった。このディスク化の能力は、信頼のおけない連中にまだバレるわけにはいかなかった。

 女性が素数を数える声を止め、ハッとした表情で目を開ける。そうしてプッチの方を向いた。

 

「……え」

「どうかしましたか?」

「あ、いえ……。あ、ありがとうございます、すごく落ち着きました。

 まるで、『()()()()()()()()()()()()』みたいで……」

「それはよかったです。……ところでですが、私はこの部屋の清掃を頼まれていまして、このベッドのシーツを交換しなければいけません。少しだけお立ち頂いてもよろしいでしょうか?」

「は、はい! す、すみません」

 

 そうして、彼女が立ち上がる。

 私が今行ったのは、ホワイトスネイクの能力の応用の一つだ。記憶をディスクにして抜き取るという能力を応用し、特定の記憶だけを抜き取る技術だ。

 このような精神カウンセリングのような使い方をしたのは初めてだが、存外うまく行くものだ。

 私の懐には、彼女から抜き取った、先ほど相手したシケイの客とやらの記憶が入っている。長期間の記憶を抜くと記憶喪失に陥るが、一~二時間程度ならば、一晩寝ればすぐに都合のいいように記憶が補完されるだろう。

 

 ベッドのシーツを変える作業はなぜか彼女が協力してくれたおかげで、すぐに終わった。

 教誨師の時に学んだ、囚人を逆上させない丁寧でありつつ謙遜しすぎない、軽めの礼をしてから部屋を去った。

 廊下を数メートル歩いたところで、どっと汗が噴き出す。頭から抜いていた視力のディスクを戻し、自身の視界を取り戻す。

 

「……私は、なぜ……」

 

 懐から取り出した、先ほどの女性から抜いた記憶ディスクを眺める。

 監視カメラの向こうではクマがこちらを監視していただろう。そしてまだナユタには、私のこのスタンド能力であるディスク化をバレるわけにはいかない。いざという時の手札なのだ、この能力は。

 だがそのナユタにバレるかもしれないという危険を犯してでも私は、彼女から辛い記憶をディスクにして 抜き取った。

 

 ――――なぜ、そんなことをした?

 

 ……私は元の世界で、人はなぜ出会うのかという問いを持った。

 そして元の世界で、その問いに対する答えも出た。人は重力に引かれ、出会うべくして出会う。

 私の左足の指は生まれつき曲がっていた。歩くのには問題なかったが、DIOに会って私の左足の指を治してもらったことを切っ掛けに、我が親友DIOとの関係が始まった。私の足の指が曲がっていたことは偶然ではなく、DIOとの出会いのために必要なものだったのだ。一見無駄や何でもないようなものにも、存在する理由はある。

 

 ……だから。

 私のこの葛藤と悩みから来る奇行も、何らかの運命の導きによるものなのだろうか?

 何か理由があるのだろうか?

 

 いつだって運命というものは気まぐれで、私には予測することもままならなかった。

 この行動にどんな理由があるのかわかるのは……きっと、ずっとずっと先になってみなければわからないのだろう。

 

 記憶ディスクを懐に戻し、クマのいる地下のモニター室に向かって歩き始める。

 静かな廊下に彼の足音だけが、コツン、コツンと響いていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 クマは、一つのテレビに映る映像をじっと眺めていた。

 その映像は、『202』号室の室内を映す監視カメラの映像である。

 

「…………」

 

 腰かけているパイプ椅子の背もたれに体重をかける。ギギギッとサビた金属がこすれる音が静かに響いた。

 

 あのプッチとかいう男。聖職者を名乗っているがどこか尋常ならざる殺気を纏い、スタンドという超能力を使う男。そして、やけに頭もキレる男だ。

 どこからどうみても怪しさ満点である。

 

 奴が語る目的『人々を天国に押し上げるために亜総義重工本社に行く』というものも全く意味が分からない。なぜ天国に到達するために本社に行く必要がある? というよりも、なぜ人々を天国へ押し上げる必要がある? そんなものは自分だけで行けばいいだろう。

 どこから来たのかも詳しく話さない。Gd.s.t刑務所の教誨師だとは言っていたが、そんな刑務所は()()()()()()()

 

 要するに、謎。謎に謎をトッピングした、謎の人物なのだ。

 奴がほとんどの事柄をぼかしているせいで、奴という人間がうまく読み取れない。天国というよくわからないものを人に勝手に押し付けようとしている点から、独善的で自己中心に物を考えたがる節があるということは予想できているのだが。

 だから、今回は少しカマをかけてみた。

 

 わざとシケイによって被害を被ったジンザイの元へと清掃へ向かわせる。

 

 俺の見立て通りならば、萬像を破壊したのは奴だ。

 これでジンザイの女性に何の反応を示さない、もしくは関与しようとしないような奴であれば、プッチが独善的で自己中心的だという予想が当たっていることになる。

 ……だが、プッチは予想外の行動に出た。

 

 なんとジンザイに向かって簡易的なカウンセリングを施し、精神状態を回復させてしまったのだ。ますます意味が分からない。

 人に考えを押し付ける癖に、困っている人物がいたら助ける? その後に何か自論や説法でも解くのかと思えば、何も言わずにシーツの交換だけして立ち去る。

 何かがブレている。奴の掲げる目的と今の奴の性格に若干の相違がある。

 

 結局。プッチの評価は『()』のままで終わってしまった。

 

 そう結論づけて他の部屋の監視カメラ映像に目を移そうとした瞬間、ふと何かが引っかかった。

 それは、プッチがジンザイにカウンセリングを施した時間だ。

 ジンザイのメンタル維持というのは、実は非常にシビアな作業である。心が壊れたジンザイは客が取れなくなるので、そのまま廃棄処分をするしかなくなってしまう。

 壊れたジンザイの代わりをヒトカリでいちいち回収して、教育をしてとするのにも労力がかかるし、何より合理的ではない。だからこちらとしても、テクニックやルックスの維持よりもまずメンタルの方に注意を傾けるのだが……。

 

 奴は時間にして三分足らずと言ったところで、ジンザイの下がりきっていたメンタルをあっという間に治してしまった。

 こちらが非常に時間をかける作業を、たった三分で?

 クマの目に懐疑の色がともる。

 

 もしかしすると。ジンザイのメンタルがすぐに回復したことと、プッチが隠しているスタンドの秘密の力には、何か関係があるのでは――――

 

 そこまで考えたところで、思考を切った。

 教誨師というのは刑務所内の囚人のよりどころとなる宗教を説くことを職業とする人物のことだ。当然素人のオレよりも、メンタルケアやカウンセリングというものには通じているはずである。つまり、人の精神を見ることのプロなのだ、プッチは。多少のメンタルケアなどお手の物なのだろう。

 なんでもかんでも疑ってかかるのは悪いことではないが、それのせいで思考がおかしな方向に飛んでしまったら本末転倒だ。

 

 考えを改めるように自らに戒めを込めて、監視カメラの映像を映すテレビの山の方に目を向けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 




明るいタイトルからは読み取れないほどの文字数と重さ。
なぜこうなったんだ。

ナユタの中でプッチさんが仕事してないのは何かあれだから、何かやらせようと思って、面白そうだからハルウリさせようと思ったら、何か色々混ざって変な方向に......。
こんな重い話ばっかだと胃もたれしちゃうよ.......。

次は、次は絶対に明るくします。とりあえずザッパと虎太郎さえぶち込めば明るくなるはず!


(……宗教関連のことがいくつか書いてありますが、何か変な齟齬があるかもしれません……。作者は聖書エアプなんです……)


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#12 ヒトカリ衣装を作ろう!

 

「そういえば、()()()()()()を作らないとな」

 

 プッチがアジト内の大部屋で何もすることがなく、ただ椅子に座りながら聖書を読んでいた時。

 ハルウリのジンザイ管理のデータまとめをしていたクマが、突然そんなことを言い出した。

 彼の言葉に、プッチが疑問を返す。

 

「……ヒトカリ衣装?」

「ヒトカリの時に着る身を隠すための服のことだ。抗亜の活動をする時にはこれを着ていないと、街中を歩けなくなる。ザッパが着ているような赤いレザー服と腕の鎖や、ポルノのベルト衣装みたいな奴を想像してくれ」

 

 仕山医院とやらでの二人の姿を思い出す。

 たしか、ザッパの方は赤いレザー服に何メートルかの鎖を前腕に巻き付けるというストロングスタイルだった。ポルノの方は、アレは……衣装なのか? 白いベルトで胸と陰部を隠しただけの恰好を衣装と呼ぶのかは不明だが……。

 確かに、七~八割裸の恰好は人目を惹きつけはするが、身分が特定されないためという目的上であれば、まあ……。胴体の方に目が行って、顔の方に目がいかない気が、なくもない。多少の正しさを含んだただの暴論でしかない気はするが。

 そこまで考えたところで、プッチはクマに言葉を返した。

 

「服ぐらいは自分で見繕う。身分が特定されないくらいに体を隠せばいいのだろう?」

 

 プッチは自分でそのヒトカリ衣装とやらを用意することを提案した。

 自分より一回り以上年下の子たちに服を用意させるというのも忍びなかったし、何より、適当に任せてとんでもない恰好の服を着せられるのが嫌だったのだ。

 クマは彼の言葉を受けて、困ったように頬をかく。

 

「……まあ、確かにそっちで用意してくれた方が合理的なんだが。多分もう無理だ」

「何?」

 

 プッチが疑惑の表情で問いかける。そしてその問いに対する答えは、クマが言葉を発するよりも先に分かった。

 

「ヒトカリ衣装を作るって!?」

 

 そんな叫び声と共に、アジトの玄関が勢いよく蹴破られた。差し込む逆光の中、ずかずかと股を開いて大足で踏み込んでくるザッパ。

 私とクマを除いた全員でどこかに行っていたようで、彼の背後にはポルノ、キラキラ、虎太郎、大相寺皆子の姿も見えた。

 おまけにポルノは目をキラキラと輝かせ、明らかに私のヒトカリ衣装作りとやらに乗り気である。

 

 プッチはそんな彼らの様子を見て、もう逃げられないことを悟り。

 顔を少しだけ俯かせ、心の中で無難な衣装になるよう神に祈った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ザッパの登場から三十分ほど経った頃。

 冷蔵庫からジュースやハムとチーズがたっぷりのLサイズピザが取り出され、半ば宴会のように一階の大部屋にてプッチを取り囲むように全員が集合していた。それぞれがパイプ椅子に座り、手に持ったスケッチブックにさらさらとマジックペンで何かを書き込んでいる。なおプッチは彼らの真ん中で立たされていた。

 そうしてさらに十分ほど時間が流れ、全員のペンが止まったころ。ザッパが大口を開け、全員の方を見回しながら号令を上げた。

 

「よーッし! 全員、プッチのヒトカリ衣装の案は書いたな!?」

「おーー!」

「……うわポルノ、その衣装マジやべーな……。絶対おもしれーじゃん」

「うーん、化粧とかもしたらもっと面白……良くなると思うんだけどなー。ま、これでいっか!」

「…………同情する」

「スタイルがいいのでなんでも似合いそうですね……」

 

 それぞれが口々に個々の思いを吐き出すのを聞きながら、プッチは「なぜ大相寺皆子まで参加しているんだ」などと考えていた。しかも結構乗り気な様子であるのにさらに困惑していた。

 そんなプッチの思考を遮るように、ザッパが大声を出す。

 

「俺が一番乗りで行くぞッ! プッチに一番似合うヒトカリ衣装は……これだああああああッッ!!」

 

 そんな風に叫びながら、ザッパが手元に持っているスケッチブックを膝の上で裏返した。彼が必死に書き込んでいた内容が全員の目に行き渡る。

 近くにいた虎太郎が彼のスケッチブックを覗き込み、すっとんきょうな声を出す。

 

「……なんだこりゃ?」

「あふれ出る超常現象のサイコパワーを全力で表した服だぞ!! この辺りが炎で、この辺りが氷、この辺りがサイコパワーで浮く瓦礫だッ!!」

「ええと……ザッパってもしかして絵、下手なの? グチャグチャすぎて何書いてるか全くわかんないって……」

「何ぃぃいいイイイイイイイッッッッっ!!??!?」

 

 キラキラの言葉にザッパが再び叫び声をあげる。

 彼がスケッチブックに指を這わせながら必死に解説をしているが、グチャグチャの黒い線の塊にしか見えない。というかそもそも私のスタンドは炎も水も出せない。瓦礫は浮かせられるだろうが。……そもそも、我がスタンドの最大の武器である「見えないし知られていない」ということを、衣装の時点で解説して潰していくのか。いや、威嚇という意味で使えるかもしれないが。

 ザッパがプッチの方を向き、スケッチブックを見せながら聞いてくる。

 

「プッチ?! どうだ!! お前ならわかってくれるだろ!?」

「どうだもクソもないだろう……。そもそも何が書いてあるのか分からないから判断しようもない、却下だ」

「ごああああっ……クソっ! こんなことなら、お絵描き教室に真面目に通っとくんだったッ……!!」

 

 ……こんなのが後五人も続くのか……。

 全力で悔しがるザッパを横目に、時計回りの順番で進めるという規約の元、次の人物へと全員の視線が移る。

 不敵な笑みを口に浮かばせた、怪しい雰囲気を放つポルノだった。

 ……まずい。何故かわからんが非常にまずい気がする。

 

「私の案はこれ」

 

 ポルノがぱっとスケッチブックを裏返した。

 妙に上手い筋肉質の男の絵に、白い蛇がぐるぐると巻き付いている。白蛇の尾っぽが男の尻穴のあたりから始まり、肌の上を這いながら陰部・乳首と重要な部分を巻き付くように隠し。乳首を隠した蛇の体が背中の方に回り、首へと巻き付く。そして首に巻き付いていたところから蛇の頭がネクタイの様にだらんと、股の間辺りまで垂れさがっていた。

 私はその絵を見て、数秒固まり。そして叫んだ。

 

「いやッ……どう考えても駄目だろうッ!!」

「なんで?」

「なんでもクソもあるかッ! 白蛇は神の使いだ、それをモチーフした服なら百歩譲ってともかく……これは白蛇そのままだぞ! しかもこんな、とんでもなく卑猥な陰部の隠し方をしたものを着れるかッッ!!」

 

 私が息継ぎもせず捲し立てるようにポルノにそう言うと、彼女はうんうんとわざとらしくうなずいている。

 まずい。この頷き方、まさか私のこの怒り方を予測されていて――

 

「おっけーおっけー。たしかに、白蛇は世界中で神様の使いとして認識されてる。だから、プッチにはこっちの方がいいかも」

 

 ポルノがスケッチブックに書いた絵の端辺りを、手でカリカリとかき始める。糊付けされていた紙が爪に引っかかり、ペリリッと先ほどの白蛇の絵が捲られ、新しい絵が出現した。

 

 それは先ほどの白蛇の絵とは一見大差なかった。尾っぽが尻穴のあたりから陰部、乳首、首の方に回り……ネクタイのように垂れ下がる蛇の頭のあたりで、絵に変化があるのに気付いた。

 途中まで白かった蛇の体が、頭に近づくにつれ急激に黒色へと変化している。だらんと力なく垂れ下がっていたはずの蛇の頭はググっと力を籠めて持ち上がり、陰部の少し上のあたりで意気揚々と口を開け、ビキビキと浮き上がった血管のようなものを頭に何筋も走らせていた。

 そしてその謎の黒蛇の頭の横に、

 

(ヘビ)()魔羅(マラ)

 

 と太く濃い文字で書かれていた。

 

 

 

 ……………………。

 

 

 

「ホワイトスネイクッッッ!!」

「あっ!」

 

 ホワイトスネイクでポルノからスケッチブックを強奪する。奪い取ったそれに手を伸ばすポルノを無視し、スタンドの腕力に任せてそれをビリビリに破り去った。

 紙吹雪のように散るスケッチブックの亡骸をわざとらしくかき集め、うえーんうえーんと子供のように泣く演技をする彼女。

 駄目だ、私では彼女の相手をするのは力不足過ぎる、不可能だ。もうだめだ。

 一刻も早くこれを終わらせないと、ポルノからどんな追撃を食らうかわからない。早く進めなければ。

 

 次の順番の人物へと目を向ける。虎太郎だった。

 私が急かすように声を上げる。

 

「虎太郎ッ!」

「はいはいっと……苦労すんなぁ、プッチ。けどポルノ相手に下関連で勝つのはぜってー無理だぜ。童〇にゃあ尚更な」

「そんなことは聞いていないぞ……!」

 

 虎太郎がクルっとスケッチブックを裏返す。

 意外にも、機械や家屋の設計図のように差しで引かれた直線と長さの数字がずらっと並んでいた。ざっと見た辺りこれは……機械と歯車をモチーフにした衣装か?

 

「デウス・エクス・マキナっつー言葉があんだろ? 機械仕掛けの神様って奴。プッチが宗教者だってんなら、こんな感じが最適だろーと思ってな」

 

 ……たしかに虎太郎の言う通り、デウス・エクス・マキナという言葉はある。機械仕掛けの神とも呼ばれている。

 が、しかしこれは、なんというか……。

 

「虎太郎ぉ~、流石にちょっと安直すぎなんじゃないの~?」

「安直ってなんだよ安直って! プッチの特徴を生かした立派なデザインだろ!!」

 

 キラキラが虎太郎をからかい、彼が少し声を荒げて返す。

 まあ確かに先の二人……というより、ポルノに比べれば安直すぎるデザインだ。しかし安直というのは決して悪いことではない。リラックスして簡単に答えを出すことにより、考えすぎによって起こる間違いや雑味をなるべく減らすことができるのだ。そう、それだけならばよかったのだ。

 プッチが虎太郎に話しかける。

 

「デウス・エクス・マキナの由来を知っているか?」

「え?」

 

 私の問いに、虎太郎がスケッチブックを膝の上に置き、右手で顎を押さえて考える。左手が折れて動かせないためスケッチブックが膝からずり落ちそうになるのをホワイトスネイクで軽く支えながら、彼の答えを待った。

 

「そりゃー、機械仕掛けの神なんて大層な名前を持つぐらいなんだから……神話とかの神様なんじゃねーの?」

「…………デウス・エクス・マキナとはな。神話の神様の名前ではないのだよ」

「え”っ」

 

 だみ声のようなものを漏らす虎太郎。

 そう、安直に考えるだけならばまだよかったのだ。だが流石にこの間違いは……いささか酷すぎるというか……。

 

「この言葉はな。演劇や物語の舞台を締める際に、強大な力を持った者によって無理やりオチを作る行為のことを指す言葉なのだ。主人公が解決できなかった問題を、神様が一瞬で解決したりとか、そんな感じの……」

「……な、なら……」

「知ったかぶりをしたかった訳ではないのは分かる。が、よく理解していない言葉を振り回すのはあまり良くないことだぞ。特に、私のような宗教者に神についての話をするような時はな」

 

 私の言葉に虎太郎が、落ち込んだように肩をガックリと落とした。

 まあ大方、テレビか何かで知った言葉なのだとは思うが……。聖書や神話にいない神様が捏造され、さも実在するかの様に話しかけられるのは慣れているのだ。刑務所では薬でラリった連中が、よく自分だけの神を作って私に熱心に説明していたからな。そういった存在を作り出して頼りにすることは悪いことではないと私は考えているため、そこまで怒りはしない。自身が信じられる確固たる物を、自身で決めることは立派な行為だからだ。

 

 ただこれは私の持論である。

 他人から見れば虎太郎は半端な知識で調子に乗り散らかし、その末に自身の知識不足を暴かれた……いわゆる痛い奴だった。

 その隙をナユタのからかい好きが見逃すわけもなく。

 

「虎太郎さん、いたい、いたい、やめてくださいっ」

「オラッ! オラッ! どうだ、痛いかーっ!」

「ああ、いたい、いたいっ! 本職の前で半端な知識を晒しているさまがいたいんですっ!」

 

 キラキラとポルノにしっかりと煽り散らされ、プルプルと震える虎太郎。

 彼もなかなかに可哀そうな男だなと思いながら、次の人物に目を向ける。

 

 

「おっ、次は私?」

 

 キラキラだった。

 見た目はストリートでチンピラと一緒に居るようなギャル、と言ったところだが……。私は彼女の性格を推し量れるほどの時をまだ共に過ごしていないため、彼女がどのようなデザインを描くのかが全く読み取れない。さすがにポルノを超えるようなものはないだろうが……。

 彼女がクルっとスケッチブックを裏返す。

 

「じゃじゃーん! こんなんってどうかな?」

 

 カラフルな色ペンを使って、かわいく書かれたその絵。

 頭が白い蛇、体には赤青緑とカラフルな服を纏い、両手足には紫色のぶにっとしただぼだぼの手袋をはめている。……いや、本当に何だこれは。

 

「プッチってさー、ホワイトスネイクッ! ホワイトスネイクッ! ってよく言うけど、私たちはそれ全然見えない訳じゃん? だから、人型と白蛇って言う情報だけを頼りに、私のイメージでかわいくデコってみたの」

「……ああ、そ、そうか」

 

 反応に困る。

 なぜ私のスタンドをイメージで描いた? そして、なぜ私のスタンドをイメージで描いた上に可愛くデコった?

 しかも全然違う。ホワイトスネイクという名前ではあるが、蛇の頭が頭部にあるわけではない。

 

「でさプッチ。そのホワイトスネイクって奴の見た目、これで合ってる?」

「いや、全然違うが……」

「うーん、そっかー。私も見てみたいけどなー、そのスタンドって奴」

 

 ……まさか、こいつ。

 私のホワイトスネイクの見た目を知りたいがために、適当に描いたな。見た目から手足の寸法に当たりを付けられると、私のスタンドの攻撃範囲や関節可動域にもある程度の予測が付いてしまう。

 中々侮れない、危ない奴だ…………。

 

 なおキラキラは一切そんなことは考えていなかった。パッといい案が思い浮かばなかったので、頭から何とか捻出したのがこれだったのだ。

 なぜプッチはそんな間違った推測をしてしまったのか?

 単純にこの衣装決めとやらに疲れてしまっていたからだ。彼の精神は今までに感じたことのないストレスにより、既に限りなく疲弊していた。そしてその疲弊の原因の大部分はポルノであった。

 もちろん、よくわからないキラキラの案は没だった。

 

 

 キラキラの次の人物に目を向ける。クマだった。

 彼がプッチに優しい言葉をかける。

 

「……同情はする。だが、後二人でもう終わりだ」

「ああ……」

 

 息も絶え絶えにクマへと返事をする。

 互いに互いを警戒している同士なのだが、クマもナユタでは苦労人の立場にある。プッチも今回ナユタの面々によって恐ろしく苦労し、疲弊している。だからかだろうか、二人の間に一種のシンパシーが芽生えていた。

 クマがスケッチブックを裏返す。

 

「おお…………」

 

 思わずプッチの口から、感嘆の声が漏れた。他のナユタのメンバーもクマのスケッチブックを覗き込む。

 けして抜群に絵がうまいわけではないが、ザッパの様に壊滅的な絵の下手さというわけでもなかった。プッチが感動したのはそこではなく、そのデザインの()()()だったのだ。

 白い手袋に白いローブに黄色の十字架、そして頭に白い仮面を被るという、白白白の白づくめの恰好だ。

 クマが全員が見終わったあたりで、言葉を発する。

 

「プッチの一番の特徴はその肌の色だ。この街ではプッチほど肌が黒い奴はそうそういない、だからその特徴を徹底的に消すために足から頭まで全て白にするというデザインにした」

 

 自分の手の甲を見る。

 確かに私は肌の色が黒い。実は私は黒人ではなく白人家庭の生まれで、この肌の色はただただ生まれつき黒かったというだけなのだが……。それでも常人よりは肌の色が濃く、人の中で目立ってしまうことは自分でも重々承知している。

 そのため全身を白で埋め尽くし、ヒトカリ時の私の印象から黒を捨て去るという案は悪いものではなかった。というか、今まで出てきた物の中で理由・デザイン含めて一番マトモだった。

 

「適材適所、やっぱこういうのは最後にクマ!って感じだな」

「安定感がある。上司としても鼻が高い」

「俺の奴だって言葉の意味さえ間違えてなけりゃあな……」

「いやいや、そこ一番間違えちゃダメなところでしょ」

 

 ナユタのメンバーが思い思いに口を出す。

 手袋と仮面という付属品が付くものの、白のローブに関しては私が普段着用してるものの色が変わっただけだ。有事の時に動く際も服のせいで行動が阻害されるようなことはなく、普段と同じような動きができるだろう。

 そんな風に考え、すっかり全員の間に解散のムードが流れ始めた。

 ザッパとポルノが立ち上がる。二人して何かを話しながら、どこかを目指してアジトを出て行った。ろくでもないことを企んでいる気がする。

 キラキラはアジトの二階に登り、自分の個室へと戻っていく。小さくあくびを漏らしていたことから、これから睡眠でも取るのだろう。

 クマがスケッチブックの、自らが書いた絵のページを破り取る。それを小さく折りたたみ、ポケットの中に入れた。

 

「これをミストレスの店に持っていき、そこで仕立てる」

 

 ミストレスの店というと確か……以前、抗亜だけが利用する店だとか言っていた場所だ。一度も行ったことがないため、どのような物を取り扱っているのかは私にも定かではない。

 

「そんなスケッチ程度のもので大丈夫なのか? デザインは……」

「問題ない。ミストレスはザッパのあの絵から、ザッパ自身のヒトカリ衣装を作るくらいだ」

 

 ザッパの絵を思い出す。あんな黒いミミズが何十にも重なったような絵を読み取って服を……? にわかには信じがたい。そのミストレスという人物は恐ろしいほど優秀な人物なのだろう。なぜそこまで優秀で、この街の抗亜相手に店をやっているのかはわからないが。

 私とクマが件の店に出発しようとしたところで、椅子に座ったままの虎太郎が声を出した。

 

「おいおいおい。二人でミストレスさんのところに行くんだろ? 俺もついて行くぜ」

 

 虎太郎の言葉に、クマが彼の方を見ながら言葉を発する。

 

「足が折れてるだろ。……今は安静にしとくべきじゃないのか?」

「お前らがミストレスさん相手に抜け駆けしないか見張る方がよっぽど重要だっつーの」

「……私を含めるな」

 

 プッチが虎太郎の言葉に少しだけ怒気をはらみつつ返しながら、ホワイトスネイクで彼の体を椅子から立ち上がらせる。実はまだ、以前虎太郎に天国を小ばかにされた時のことを根に持っていたのだ。松葉杖を無理やりわきの下に挟ませ、彼の歩行を補助するように背後から少しだけ体を持ち上げる。

 

 

「おっ……すげー、なんか本当に超能力って感じだな。サンキュー、プッチ」

「歩行が遅い者がいるとこちらにも影響が出る。それにスタンドで少し持ち上げるぐらいなら、対した労力じゃあないからな」

「……もういいか二人共。 行くぞ」

 

 

 三人がそろって、ミストレスの店を目指してアジトの外へと出て行った。

 がらんと静まり返り、誰もいないところを冷やし続ける扇風機の音だけがアジトの大部屋に鳴り響く。そんな静寂の中に一人だけ、パイプ椅子に座りながら静かに呼吸をしつつ、黒いペンを口元に当てながら何かをぼそぼそと呟く人物がいた。 

 

「……手足がスラッとしてて長いから、黒スーツ何かも似合って…………

 ………………あれ?」

 

 呟いていた人物が顔を上げる。

 キョロキョロと辺りを見回しながら、現状を飲み込めていない呆けた表情で声を出した。

 

「…………みなさーん? すみませーん、どこに行ったんですかー?…………」

 

 

 大相寺皆子。

 ナユタのメンバーどころか、心身ともに疲弊したプッチにすら忘れ去られた少女であった。

 

 

 

 

 

 




投稿が遅れて申し訳ありません。

おかしなテンションではじまりを書き始めたので後半の部分で筆が止まってしまいなかなか進まず、おまけに作者がリアルで事故りました。

怪我はしてないんですけど、色々な手続きでテンションだだ下がりの中これの後半部分を書いたので若干出来も微妙です……すみません。

次回はなるべく早く投稿できるようにします!


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#13 ミストレスの店に行こう!

 

 

 夕日がビル群の向こう側に沈み始め、辺りが紅く染まり始める時間帯。プッチはいまだに慣れぬ湿気の多い空気に辟易しながらも、ホワイトスネイクで松葉杖の虎太郎を押しつつ、前方を歩くクマの後を付いて行っていた。

 人気の多い通りから裏路地に入り、妙に小奇麗な狭い道を三人で進んでいく。

 細く複雑な道を歩きなれたように進むクマの後を追いかけて十数分。日を忍ぶように立つ、小汚い四階建てマンションの前で立ち止まる。

 そのマンションの中に入って四階まで登り、伸びる廊下の一番奥にピンク色と緑色で『VILE/VAN』と書かれたネオン看板が見えた。

 その看板の両隣からは白いミストが噴き出し、この辺り一帯の気温だけが嫌に冷えていて妙なおどろおどろしさを感じさせる。

 そのネオン看板に三人で近づき、クマが店の扉を一度開こうとして鍵がかかっているのに気づきノックしているのを横目に、虎太郎に問いかけた。

 

「そのミストレス……というのは一体どんな人物なんだ?」

「なんだぁ~プッチ~? 聖職者ぶってる癖にやっぱり興味が……」

「…………」

 

 虎太郎の肩をホワイトスネイクで強く握った。

 彼が苦痛の表情に顔を歪ませながら、肩の痛みがした部分を手で払う。が、スタンドには生身では触れることができない。たまらず虎太郎が声を上げる。

 

「いっててて! 悪かったって!」

「……それで?」

 

 プッチがホワイトスネイクの手を離す。

 虎太郎が自らの肩を痛そうにさすりながら、話し始めた。

 

「あー……。ミスさんは抗亜相手に店やってる人で、色々売ってたり道具を改造してたり……。俺も機械とか工作の知識はあって色々出来るけど、ミスさんの方が質は高いって感じだな。クマが金の管理してるからよく知らねーけど、金は結構取られるみたいだぜ」

「……なるほど」

 

 イメージ的には何でも屋と言った感じか? 衣装を作れたり道具を改造出来たり……ますます抗亜相手に店をやっている理由が分からないほどに優秀な人物だ。酔狂な者もいるものなのだな。

 

「けど正直俺にはそこら辺は関係ねえ。重要なのは……ミスさんがすっげー美人だってことだ!」

 

 虎太郎が突然そんなことを恥もなく言い始めた。もう一度ホワイトスネイクでキツく痛みを与えた方がいいだろうか? プッチがスタンドを出しながらそんな風に考える。

 そんな私の殺気を第六感で感知したのか、彼が折れてない方の手を振りながら必死で否定した。

 

「待て待て待て! お前がどんな人物だ? って聞いたから見た目の情報も言ったんだろ!」

「……確かにそうだな」

 

 プッチがホワイトスネイクを体の中に戻す。

 虎太郎は危険が自身から去ったことを察知したのか、ほっと胸をなでおろしながら言葉の続きを紡ぎ始めた。

 

「俺は年上がタイプでさ。ミスさんは妙齢で不思議な雰囲気を放ってんのにどっか明るい感じの、ザ・大人って風な美人で……。頑張って狙ってるんだから、邪魔すんなよ~?」

 

 彼の話を途中から聞き流し、クマの方に目を向ける。どうやらそのミストレスなる人物が中にいたようで、扉を開けて中に入っていった。かなりこの街の裏に絡んだ場所であるため、多少のセキュリティや客の確認はきちんと行っているのだろう。

 虎太郎の首根っこを掴み、捻り上げる。首を母猫に噛まれた子猫の様にきゅっと口を結び、大人しくなった。

 

 

 

 

「やっほークマく~~ん! ようこそVILE/VANへ♪ 最近ちょっとお騒がせじゃな~い? 大丈夫?」

「問題ない。まだ大丈夫だ」

 

 抗亜の店、その主人『ミストレス』。

 金色の髪に、女性にしては長い手足と豊満な胸部。頭にはスチームパンクよろしくの拡大度調節機能が付いたゴーグルと青緑のヘッドホンを付けている。上半身は黒くぴっちりとしたスーツの上にピンク色の襟が高いジャケットを羽織り、下半身には右足が欠けたタイツに黄色いズボンを履き、そのズボンに大小さまざまなサイドバッグがつるされていた。足に紅いハイヒールとブーツが混同した、非常に歩きにくそうなものを履いている。

 一言で言えば奇抜。そしてどこか掴み切れぬ人物であった。

 ミストレスが両手をわざとらしくあげながら、店内に入ってきたクマに言う。

 

「何その冷たい反応~? もっと『心配させて悪かった』とかさー。お姉さん本当に心配してたんだぞ?」

「……今日は珍しく店先の扉が閉まっていたが、どうしたんだ?」

「無視ッ! ……最近ちょーっと、シケイの動きが活発になってるじゃない? それでピリピリしてる抗亜も多くてさ、あんまりにイライラしてるお客さんはしばらくの間断るようにしてるんだよねー」

 

 ミストレスが唇を突き出しながら、ぶーぶーと不満げにそう言った。

 シケイが活発になっている原因とはもちろん、萬像の破壊だ。シケイが活発になることにより、抗亜は単純に各施設を攻めにくくなる。よって最近はどこの抗亜も実入りがよくなくストレスが段々と積もり始めている。亜総義市の表と裏が緊張状態になるという、かなり危険な状況だ。

 そんな中で抗亜の全グループを相手に店を開けているのだから、店の鍵を閉めて客を確かめるぐらいの用心はしていても不思議ではないだろう。

 クマはそんな風に納得しつつ、右ポケットに突っ込んでいた折りたたまれている紙をミストレスに渡した。

 彼女がそれを受け取り、丁寧に開く。そして中身を見て、言う。

 

「これは…………へえ、新しい衣装? 誰か新しい子でも入ったの?」

「ああ。今外にいる」

 

 ミストレスが店先の扉の方を一瞥してから、再び手元の紙の方に目を戻す。

 そして顎に手を当てたから、うんうんとうなりながら考え始めた。

 

「このデザイン的に……若い男の子かな? 白生地に金色の十字架とか好きそうだもんね~男の子って。手袋に仮面ってのも、素性を隠すにしてはちょっとやりすぎだしね。

 ちょっと拗らせた年頃の男の子って感じで、どう? 当たってる?」

「…………年頃、か。どうだろうな」

 

 クマがそんな風に呟いたところで、店先の扉がキィッと甲高い音を立てて少しだけ開いた。ミストレスと二人でそちらを眺める。

 まず最初に姿が見えたのは、虎太郎。彼がミストレスに向かって良い笑顔で手を振るが、彼女の視線は虎太郎の首根っこを掴む黒い手の方に向けられていた。

 その手の方に注意を向けつつも、彼女がいつものように挨拶の言葉を出す。

 

「いらっしゃーい、ようこッ………………お"ッ"

 

 ミストレスの口から汚い声が漏れた。

 真っ先に見えた黒い手から、何かスポーツを熱心にやっている子なのかな? というのが彼女の認識であった。

 虎太郎を店の中に突っ込んだその手の人物が現れるにつれ、ミストレスは驚愕を隠せなくなっていく。プッチの身長は約180センチ、今この店にいるどの人物よりも一回り以上大きく、おまけに黒い肌に白いスキンヘッドとかなり威圧的な見た目をしている。おまけにそのスキンヘッドは彼女の奇抜な服装をかき消すほどの特徴的な形をしているのだ。

 ミストレスの脳内に浮かんでいた、ちょっぴり幻想にうつつを抜かす少年のイメージは消える。おまけに入り込んできたのは、黒い肌の大柄な男の姿であった。

 

「あ、あはは…………。その、クマく~ん?」

「どうした?」

 

 彼女がクマの方に口を寄せ、必死な形相でぼそぼそと話す。

 

「ナ、ナユタって10代限定クランじゃなかったの?! あの男の人、どうみても20歳どころか私より年上なんだけど……!」

「そんな規定を作った覚えはないが。そして年は俺も知らない」

「そ、そんな怪しげな人物を仲間に入れるほど信頼してるの……?! もしかして私とクマ君の信頼度ってあの男の人よりひく……」

「ミストレスのことはビジネスパートナーとしては信頼している」

「プライベートではそうじゃないって言ってるようなものだよねそれって……!」

 

 クマが近づいたミストレスの肩を掴み、無理やり引き離す。

 扉の近くでプッチは掴んでいた虎太郎を放し、店の中を見渡した。抗亜専用の店だというものだからもっと世を忍ぶような暗い雰囲気が漂っている店なのかと思っていたが、一部の棚に陳列されている物体を除けばそこらの通りにあってもおかしくないような内装と雰囲気であった。

 カウンターの裏にあるショーウィンドウに飾られた実銃から目を逸らしつつ、店内を見て回りながらクマとミストレスなる人物の方へと近づく。

 

「ミ、ミスさん! ご無沙汰っす!」

 

 突然、プッチの脇の下から腕を押しのけて這い出るように虎太郎が現れる。プッチは少しだけ顔をしかめつつも、足が折れて松葉杖を突いている以上狭い店内でぶつかるぐらいは仕方ないかと思考を切り替えた。

 彼の快活な笑顔に、ミストレスは顔を逸らしながら淡白な口調で答える。

 

「…………え、えーと、豹太郎君? いらっしゃい」

「いや……オレは……」

「あっ……! あ、あはは、冗談冗談! もちろん分かってるって像太郎君!」

「虎っす……虎太郎っす……」

 

 明らかに落ち込んだ様子で虎太郎が肩を落とす。

 プッチも彼のあんまりな扱いに少しだけ同情したのか、ホワイトスネイクで軽く彼の体を支える。虎太郎は身に感じる見えない力にハッと顔を上げ、涙ぐんだ顔を自らの服の裾でぐしぐしと荒くぬぐった。

 

「……プッチ、サンキュー……」

「私はそう言ったことに疎く助言はできないが……笑いはしない」

「おう…………」

 

 地の底まで沈んだ彼を店の壁際に寄せつつ、プッチはミストレスの方へと近づく。

 クマが横に迫ってきた彼の方に一度目配せをし、彼女に向けて言葉を発した。

 

「こっちがナユタの新しいメンバーで、衣装の依頼人だ」

「エンリコ・プッチです。初めまして、よろしくお願いします……」

「えっ!? あー……ご、ご丁寧にどうも……。店主のミストレスと申します……」

 

 威圧的な外見に並々ならぬ雰囲気、歩き方からにじみ出るような誇りと芯の強さ。服装に大きな十字架が入って神に敬意を払っていることを表してはいるものの、てっきり粗暴なふるまいをする人物かと思っていたミストレスは、滑らかな動きで頭を下げたプッチの姿に驚愕の声が漏れた。

 彼女が手を差し出すと、プッチも右手を出して軽く握手をする。アメリカ式のビジネスマナーだ。

 

「……もしかして、聖職者の方? 亜総義市にわざわざやって来るなんて珍しいけど」

「はい。アメリカの刑務所で教誨師を……」

「へ、へぇ~……。クマ君、こんな人よく見つけてきたね? お姉さん、ここまでシャープな雰囲気の人は見たことないな~」

「別にこちらからスカウトしたわけじゃないが」

「そうなんだ…………」

 

 ミストレスは脳内の、第六感のような物でプッチの潜在的な危険性を感じ取る。

 抗亜を日ごろから相手にしていて鍛え上げられた勘だ。彼女はそれを頼りにしすぎるということはないが、思考のパーツの一つとしては重要視している。理性で見れば品行方正で清廉潔癖、聖職者として神にその御身を捧げることを選択した立派な人物で、なぜ抗亜の一員に加わっているのかが分からないほどに()()()大人だ。

 だが彼女の本能が訴える。プッチという男の表面に関わりこそすれど、決して彼の奥深くにまで踏み込んではいけないと。彼の闇を知ろうとすれば最後、大口を開けた蛇が自身を飲み込もうと待ち構えていて……。

 ハッと息を漏らし、思考の波から戻ってくる。今はお客を前にしている時だ、これ以上考え込んでいてはいけない。内心に冷や汗を垂らしつつ、再び二人の方へ顔を向けた。

 

「ごめんごめん~。それで、衣装の仕立てだったっけ? 寸法だけ測らせてもらってもいいかな?」

「わかりました」

 

 プッチが手を上げると、ミストレスがカウンターの裏からメジャーを持って出てきてテキパキと測っていく。身長179センチ、服のたるみでわかりにくいがカッチリと鍛えられた体をしており、胸囲は同年齢の平均よりも少しばかり大きい。ウエストはよく絞られて小さく締まっている。プッチが体験した元の世界での徐倫含むスタンド使い達との戦闘、そして元々少しばかりではあるが鍛えていたことによる賜物だ。

 ミストレスが測った数字をカリカリとメモ帳に書き込む。そして書き終わった紙をべりっと勢いよくはがし、近くにあったホワイトボードに磁石で貼り付けた。

 

「……はい、オッケー。作った衣装は明日の昼頃には完成させておくから取りに来てくれるかな?」

「随分と早いな。そこまで急ぎの用でもないんだが」

「まぁまぁ、そこはお姉さんの腕の見せ所ってやつ? ……っていうのは半分冗談で、デザインがシンプルだからそこまで時間かからないんだよね~。それに、少しだけ()()()()()()もあるしね?」

「……耳寄りな情報?」

 

 口をとがらせて茶化しながら話すミストレスの言葉に、クマがチラッとマフラーの中から口を出して反応する。

 彼女がクマの珍しく興味を持った風の反応に喜色をあらわにし、さらにいたずらっぽく両手を肩のあたりですくめるようにしながら言った。

 

「最近、仕山医院でこっぴどくやられたんでしょ~? そんな時に、武器の火力が足りない~なんて思わなかった?」

「……火力云々じゃなく数の問題だった気がするが、確かにもっと火力があれば今より怪我も少なく乗り切れたかもしれない」

「だから、これからのためにも武器の強化(パワーアップ)はどう? もちろん、素材は頂くんだけど」

「…………セールスか」

 

 クマが下がったマフラーを右の手で元の位置に戻す。

 ミストレスが近くにあったガスボンベに体重を寄せかけながら、少しだけ声のトーンを落として心配そうに言った。

 

「心配もしてるのよ~? これはホント。最近亜総義市の全域が前と比較にならないほど物騒になってきちゃってるしね……」

「顧客が減っても困るだろうしな。素材の場所は?」

「も~、ひねくれちゃって」

 

 そんな風に言いつつ、彼女は近くの棚にあった紙を取り出し、カウンターの上にバッと広げた。

 プッチがクマの頭の上からのぞくと、それは亜総義市内の全域を表した地図であった。ところどころに赤いマーカーペンで丸や矢印が引かれているのも見える。

 彼女がその地図の中心にある巨大な亜総義重工本社の左上付近、北西の海から少し離れた工業地帯を指さした。

 

「今のところ、他の場所より比較的安全に素材が取れるのはここかな」

「……『()()()()()()』か。」

 

 クマが腕を組みながら、地図を見てそう呟いた。

 亜総義市に来たばかりで、もちろんこの街のことを知らないプッチは、クマに問いかける。

 

「サンホー工業とは一体どんな場所なのだ?」

「亜総義グループの末端会社の一つだ。細かな機械部品を作っている。この街では亜総義の影響で大事にはならないが……毎年労災として提出される数だけで数十人は死傷者が出ていたはずだ」

「……壊れた場所だな」

 

 プッチは吐き捨てるようにそう言った。

 彼もまたこの街の闇に触れるにつれ、亜総義の異常性を理解し始めている。自らの悪性には目を向けずに。

 ミストレスがクマの説明に付け加えるように、低い声で彼らを注意した。

 

「ただ、亜総義の警備が厳しくなって、素材が取れる場所が本当に限られてるのよね。他のクランと取り合いになるかもだけど、今はどこも殺気立ってるから注意した方がいいわよ」

 

 他の抗亜クラン、か。

 確か……()()()()()()()、とか言ったか。どちらもナユタより規模が大きかったはずだ。そんな連中と本気で戦うとなれば……流石に死傷者が出る可能性も否めなくなる。

 そんなプッチの考えを横に、クマは腕を組みながらきっぱりと言い張った。

 

「問題ない。」

「……ホントに大丈夫? 私の方から、他の抗亜と出会わないように情報を流すことだって――」

「ミストレスが抗亜間の中立の立場を乱せば本当に終わる。今回ナユタに加担してくれても、次にどこの抗亜に加担するか分からない。情報漏洩を危惧してこの店も利用できなくなる」

 

 クマの指摘に、彼女が少しだけ声を乱す。

 

「わ、私はそんなことッ――――」

「ビジネスパートナーとして信用しているからこそだ。この店を利用し続けるために、ミストレスには中立の立場でいてほしい。それが一番合理的だからだ」

 

 そんな彼の言葉に、ミストレスが一度目を閉じ。

 そして再び開いた時には、先ほど一瞬声を乱したのがウソのように、普段通りのひょうひょうとした態度に戻っていた。

 

「……なら、本当に気を付けてね。帰ってきたらぎゅーしてあげちゃおっかな♪」

「必要ない。」

「もー、いけずなんだから~」

 

 

 その後、クマが店の中の棚からいくつかハルウリに必要な物資を購入し、ナユタのアジトへと帰還することにした。

 プッチが店の隅で、ミストレスとクマの仲良さげな会話を聞いて未だグロッキーになっていた虎太郎を立ち上がらせ、松葉杖と共に無理やり店の外へつまみ出した。放り出した虎太郎とすでに外にいるクマを追いかけようと、プッチも扉に近づいた瞬間。

 

「ねえ」

 

 背後のカウンターから、ミストレスが声をかけてきた。

 プッチは体を動かさずに、首だけを回して左肩から顔をのぞかせる。視界の先には、やたらと神妙な顔つきをして冷や汗を垂らしながらこちらを見つめる彼女の姿があった。

 

 

「……()()()()()って、ナユタの仕業って噂があったんだけどさ。ホントなの?」

 

 

 店の中の空気が一瞬、氷点下まで落ちたように固まった。

 萬像の破壊がバレること自体は、プッチにとって問題ではない。が、そこから逆説的にたどっていき、銅像を破壊した方法に行きつかれると不味いのだ。

 つまり、プッチが()()()()使()()であるとバレることが問題なのである。いずれは知られてしまう事柄だろうが、見えない攻撃というアドバンテージがなくなるのは非常に痛い上に、この世界にいるかもしれないスタンド使いに私の正体がバレるのは更にまずい。ホワイトスネイクは闇討ちや暗殺を防げるタイプのスタンドではないのだ。

 

(…………私の記憶だけ抜くか?)

 

 そう考えたが、頭を振って思考を切る。

 プッチの記憶だけ引き抜くこともできるが、彼女が一体どの程度、自分のことを他の記憶と紐づけしているのかが分からない。大して気にも留めておらず今のこの質問が一種の気の迷いのようなものであるならば、記憶を抜いても勝手に補完されるだろう。ただ、非常に重要な記憶と紐づけされていたりした場合は、人間の脳内で補完できるレベルを超えてしまうのだ。

 その場合、その人物の記憶には重大な『()』が発生し、我が弟……『()()()()()()()()()』のように記憶喪失に陥ってしまう。

 

 ミストレスを記憶喪失で廃人同然にしようとも記憶を消す、という道もあるが。

 ナユタ……特にクマが関わっているのが非常に厄介だ。彼奴なら彼女の状態から、その仕業の犯人を私だと見抜いてくる可能性がある。それどころか、我がホワイトスネイクの能力を看破し、攻撃を仕掛けてくる可能性だってある。

 その場合、ナユタとの関係性は絶望的なものになり破綻してしまう。亜総義重工本社に入るという目的も、彼らの協力がない限り不可能なので、自動的に『天国への到達』は諦めることになってしまう。

 だが、人々を天国に到達させるこの目的は決して諦めていいものではない。何をもってしても優先するべきことなのだ。

 

 よって。

 ほぼ確実に私を銅像破壊の犯人だと疑っているミストレスを、見逃すことにした。たとえスタンド使いだということが周囲にバレる可能性があってでも、だ。

 

 

 その思考、時間にして約三秒。

 

 

 プッチはミストレスから視線を外して正面を向く。

 そして静かに、重いトーンで振り返らずに言葉を発した。

 

「知らないな。……クマにでも聞いてみたらどうだ」

 

 

 扉を開けて店の外へ出ていくプッチ。

 壁の向こうから、カツカツと三人の足音が去っていくのが聞こえる。そうして三人の足音が完全に聞こえなくなった時、ミストレスは額に流れていた冷や汗を手に付けている緑色の手袋を外してから、ゆっくりと拭った。

 誰もいない静寂の店内で一人、ふーっと深く息を吐きながら天井を見上げる。

 そして静かに呟いた。

 

「……ホント、損な役回り…………」

 

 

 その声は、誰にも聞こえることはなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 






プッチとかクマとかミストレスとかカタカナが多すぎて大変なことになってきております。あと虎太郎の扱い雑すぎ。

プッチさんの大犯罪(萬像破壊)が勘づかれ始めていますが、そりゃまあ、一時期犯人と疑われてた抗亜クランに、いきなり謎の新メンバー入ったら仕方ないですよね。

そして次はお待ちかねのヒトカリ:サンホー工業ですね。
作者がドーナドーナ内で二番目に大好きなキャラが登場する(予定です)ので少し高ぶってます。

気合入れて書かせていただきます。

なお次回のサンホー工業編に虎太郎は登場しません。骨折してるし仕方ないね。





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#14 ベリーハード サンホー工業

 六畳半の和室の中。行燈の中から灯るろうそくの光が淡く室内を照らす。

 掛け軸や刀が置かれた、戦国の時代に戻ったかと想起させるような部屋だ。だが部屋の中心に、あまりにその荘厳な雰囲気に似つかわしくない、三色の配線がむき出しで繋げられたブラウン管テレビが置かれてあった。

 

 そして、そのテレビの前に正座で座る、腰まで届く長い黒髪を持った少女。頭の左に菊の髪飾りを付けた、白を基調とした学校の制服を着ている少女は、まさしく大和撫子と表すにふさわしい凛とした気配を纏っていた。

 そんな彼女が、画面に映し出されている映像を食い入るように見つめている。

 

 少女が見つめている映像は、つい先日の『()()()()』の、まさにその瞬間の映像であった。

 夜空の下の広場に立つ萬の像。少女は何十回も映像を見直しているため、一体いつ銅像が破壊されるのかのタイミングが分かっていた。3……2……1……と心の中で秒数を数え、0に達した瞬間、銅像の首が何の予兆もなく轟音を立てて割れ、地に落ち伏した。

 

「……クソっ」

 

 彼女は思わず苛立ちの声を出すが、武人とは冷静でかくあるべし。すぐさま乱れた呼吸のリズムを整え、頭に上った血を瞬時に冷やした。

 

 何度見ても、()()()()()()

 

 萬像とは亜総義の象徴であり、警備の厳重さは他の場所とは比べ物にならぬものだ。それを容易く破壊することなど不可能……そう思われていた。しかしつい先日、その萬像がいとも容易く、何の予兆もなく、無残に崩れ落ちた。

 少女は思わず歯噛みするほど悔しかった。彼女は亜総義に恨みをもつ、いわゆる抗亜であった。そして出来ることならば、彼奴等の象徴を自らの手で破壊したかったのだ。

 

 しかし亜総義の奴らは執着深く、何よりも見栄と自らの利益を優先する。亜総義グループ創設者の萬が生まれた日に行われる生誕祭に、その象徴たる萬像がなければ亜総義の面目が丸つぶれになってしまう。

 なので何をしてでもまた萬像を立てるだろうと考え、先の萬像破壊を達成した映像からその破壊した方法を読み取り、次なる像の破壊のために自分たちに活かそうとしていたのだが。

 

 何十回見直しても、何も分からないのだ。

 一体どうやって、あの像を破壊したのかが。

 

 爆弾で破壊したか?

 否。昼夜を問わず萬像の周囲は警備され、爆弾を仕掛ける隙などあろうはずもない。たとえ運よく仕掛けられたとしても、すぐさま爆弾が発見されて解体されるだろう。おまけに、首だけを綺麗に吹っ飛ばして頭の形を残したまま地面に落とすという芸当ができる精密な爆弾を、警備の隙をかいくぐって仕掛けるなど絶対に不可能だ。

 

 銃で破壊したか?

 否。映像の中で銃声はせず、そして萬像はサプレッサー付きの銃で破壊できるような硬度の代物ではない。たとえ運よくそんな摩訶不思議な銃が手に入ったとしても、広場の周囲の狙撃スポットは全てシケイに警備されている。抗亜が手を組めばその警備を倒すことも可能かもしれないが、映像の様に騒ぎを起こさずに突然破壊などというのは不可能だ。

 

 近接武器の類で破壊したか?

 否。そもそも少女が映像を何度も見返しているのに原因が分からない時点で、そのようなことは不可能だ。カメラに人影すら移さず像に近寄って破壊など、もはや人間の成せる業ではない。

 

 

 その他にも、少女は幾度も頭の中で様々な方法を考案し、検証を繰り返してみる。

 だが返ってくる答えはすべからく、『()()()』の一言であった。

 

 思わず畳に拳を叩きつける。

 バスン!と大きな音と共に、床が少しだけ揺れた。

 悔しい。自らの考えが及びすらしないことが腹立たしい。今まで積み上げてきた全てが無意味だったように思えることが苛立たしい。

 

 白い歯を覗かせ、悔しさの表情を隠すこともせず歯噛みする。

 何とか心を落ち着かせようと呼吸を整えるが、それでも答えを見つけられぬ自らへの怒りが収まらない。

 そんな苛立ちが抑えきれなくなり、再び拳を畳に叩きつけようとしたところで――――。

 

「お嬢、少しいいですか」

 

 スーッと静かな音を立て、和室のふすまが開いた。

 ふすまから入ってきたのは。顔にフランケンシュタインを思わせるようなつぎはぎが目の下を通って耳から耳へと横一文字に入り、花柄の赤いシャツに龍の絵が入った白いスーツでビッシリと決め、後ろの毛だけを残したソフトモヒカンで残した毛を後ろで括り付けて腰まで垂らしている男だった。

 赤い長ドスを持ったあからさまに裏の住人、ヤクザを思わせる風貌をした男は、テレビの前で悔しそうな表情をしている少女を見て、ガシガシと右手で後頭部をかいた。

 

「あ~……。お嬢、そんなもんいつまで見てたって分かりやしませんって」

 

 ヤクザ風の男がそう言ったのを皮切りに、少女が眉を吊り上げて声を荒げる。

 

「――ならッ! お前は悔しくないのか、()()ッ!! 私たちの鍛え上げた物が一切及ばないような、こんなものを見て!」

「そら悔しいですわ。ですが、分からないものは分からないで認める。執着するのも大事ですが、一旦別のことに目を向けるのも一つの手ぇっちゅうわけです。お嬢、最近その映像に固執しすぎて煮詰まってるやないですか」

 

 お嬢と呼ばれた少女は、品須と呼ばれた男の言葉で、自らの過去を冷静に振り返る。

 たしかに最近はこの不可解な映像に固執しすぎて、様々なことに対して集中が散漫になっていた。普段ならしないような失敗も度々起こしていたのを思い出し、高ぶっていた血が段々と収まっていく。

 少女はすっかりと落ち着いた様子で、品須に向かって静かな口調で話しかけた。

 

「――たしかに……その通りかもしれぬ。すまなかった、品須」

「謝罪なんかええんですわ。

 ……それより、最近市内のシケイが萬像破壊の件で明らかに警備を強めてきとります。ワシも今から若い衆連れて用事で出ますが、安全を考慮するとどうにも戦力が足らん気がするんですわ」

 

 品須の言葉に少女は、自身の傍らに置いてあった赤鞘の刀を掴み、滑らかな動きで音もなく立ち上がった。

 恐らく品須は、言葉足らずだが、私の思考を切り替えようと外での用事に誘ってくれているのだろう。回りくどい言い方をせず直接的に言えばよいのにと内心でほくそえみつつ、ふすまの前に立つ彼の横を通り過ぎる。

 

「……わかった、私も出よう。気晴らしにはちょうどよい」

「そらァええですわ! 案外、出かけた先で悩んでたことの答えが見つかるっちゅうこともありますから」

「フッ。そう都合よく見つかればいいがな……」

 

 板張りの廊下の上を音もなく、凛とした雰囲気を纏って歩く少女。その背後を追従する品須。

 

壬生(みぶ)の名に懸けて。――――菊千代(きくちよ)、出立するぞ。」

 

 

 

 お嬢と呼称される少女の名は、壬生菊千代(みぶきくちよ)

 抗亜きっての戦闘集団である、東雲派の()()()であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――――――――――――――――サンホー工業――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「へえ、なかなかサマになってるじゃないか」

 

 サンホー工業社から数十メートル離れた建物の影の中、ナユタがヒトカリの準備をしている時。

 例のミストレスの店から受け取ったヒトカリ衣装をまとったプッチを見て、ザッパがそう言った。

 

 膝から首元まで届くほど大きな金色の十字架がプリントされた白いローブに、指先まで隙間なくはめられた白い手袋。プッチが普段着ている修道服のメインカラーが白色になっただけの衣装だが、印象は全く異なるものへと変化していた。

 プッチがザッパの言葉に反応せず、ローブの腰辺りから垂れているフックに引っ掛けてあった白の仮面を取る。仮面と言っても人の顔を模して作られたものではなく、ただ湾曲した白い板に二つの目出し穴が付いているだけの簡素なものだ。

 

 呼吸しづらいことこの上ない仮面を装着し、プッチは辺りを見回す。他のナユタのメンバーは何度もヒトカリを行って慣れていることもあってか、随分と早く準備を終わらせていたみたいだ。

 ホワイトスネイクを飛ばし、周囲にシケイの姿がないことを確認してから、建物の影から出てサンホー工業に忍び寄る。

 クマとキラキラが先導で進む中、ふと。プッチがとあることを思い出し、ザッパに近づき話しかけた。

 

「……虎太郎はどうした? 姿が見えないが」

「ああ、虎太郎か? 流石に左足と左腕が折れてて動けないから、今回は留守番だ」

「そうなのか。……いやザッパ、たしか貴様も、拳の骨が折れていなかったか?」

「ん? 治った」

「治ッ……!? ……ああ、そうか。」

 

 プッチは『砕けた拳が一週間と少し程度で治るわけがないだろう』と思ったが、本人が治ったと言うのだからきっとその通りなのだろうと流すことにした。ナユタに関わり始めてまだ間もない間に身についたスルースキルの賜物である。

 

 サンホー工業は周囲の建物よりも一回り大きく、工業地帯の中でもトップクラスに入るほどの大きさを誇っていた。六面体の建造物の壁に大小様々なパイプが這いまわり、周囲の工場と複雑に繋がっている。パイプは地上から高さ七メートルほどの場所を通って他の工場と繋がっており、パイプに飛び乗ってサンホー工業内に侵入するのは難しそうだ。

 窓もあるにはあるが、全ての窓が鉄の網の入った強化ガラスであり、破壊するのは非常に難しいだろう。ホワイトスネイクで中から鍵を開けることもできるが、そもそもの窓の面積が狭い。窓を通っている間に工業内を警備するシケイに見つかれば、迅速な対応ができないので避けるべきだ。

 ここはオーソドックスだが、どこかの扉を開けて侵入するのが一番だろう。クマが同じことを思いついていたようで、背後に居るキラキラ、ザッパ、ポルノ、私を先導する。

 

(やはり、このクマとかいう男だけは油断できないな…………)

 

 常に冷静に勤め、その場で合理的な判断を下す。簡単なように思えて誰にでもできるようなことではなく、故に敵に回したときは非常に厄介なタイプである。もし私が巡り巡ってナユタと敵対するようなことになった時、真っ先に始末しなければならないのはこの男だろう。

 プッチがそんなことを考えつつ進んでいると、工場内に資材を運び込む『搬入口』を発見した。当然ながら夜間なのでシャッターが閉まっていたが、ホワイトスネイクでシャッターの内側の鍵を外し、全員で力を籠めて無理やり持ち上げた。

 上げ切った瞬間に多少ではあるが物音が鳴ってしまい、シケイにバレていないかスタンドで周囲を警戒する。キラキラが手に持ったチェーンソーを地面につき、杖代わりにしながら頬の汗をぬぐう。

 

「ちょっとこれ……本当は電動で上げる奴じゃないの? プッチの超能力でさ、こう、電気でバリバリーとか凄い力でグワーッって動かしたりできたりは……」

「そんなことはできない」

「だよね~……。アニメとかじゃ超万能って感じなのに、現実では何でもかんでもできないってのが世知辛いってゆーか……」

「キラキラ、落ち着け。手で触れずに物が動かせる時点で十分万能だ」

「あ、そっか。」

 

 クマの指摘にてへぺろと言った感じで口から舌を少しだけ出し、わざとらしく頭をコツンと叩くキラキラ。彼女が杖代わりにしていたチェーンソーを肩に担いだのを合図に、全員でサンホー工業の中を進み始めた。

 搬入口から入ってすぐの場所で二つの道に分かれていたが、全員で同じ道を進み、体育館程度の面積がある加工ラインの設置された部屋に入る。スタンドで空中からラインの先を辿っていくと、ラインが壁を貫通して隣の部屋へと通って行っているのが見えた。ホワイトスネイクの射程距離では壁の向こう側までは行くことができず、その先は見ることができない。

 

 加工ラインは既に動作を停止させており、工場の中は静寂に包まれている。ラインを目で辿って武器を強化できそうな素材がないかと探すが、これぽっちと言っていいほど見つからない。機械に近づいて観察してみると、何者かによって持ち去られたような、重いものを擦った傷がいくつも残っていた。指先で傷をなぞると鉄粉が多量に付着するので、粉が風で飛ぶ間もないような、ついさっき持ち去られたということがわかる。

 プッチが手袋についた鉄粉を払いつつ、周囲の者に向かって言った。

 

「誰かいたな、ここの資材を強奪していくような奴が」

「ならシケイじゃあないな。恐らくミストレスが警告したように、どこかの抗亜クランの仕業だろう」

「どこのクランだ?」

「分からない。一目見ればわかるんだが……」

 

 クマとプッチが機械の擦り傷を見て会話を進めていく様を、ザッパが感心したように顎をさすりながら眺める。

 

「……頭脳担当が二人もいると話がサクサク進むな……」

「ザッパは手伝わないの?」

「適材適所って言葉があるだろ? 俺は頭を使うのが苦手だから、クマとプッチに任せておけばいーの」

「そうそう。私たちはクマ達のことを茶化し倒すぐらいがちょうどいい」

「そ、それはどーかな……? プッチがガチギレない?」

「大丈夫。プッチは童〇だから、下半身のあたりを攻撃すればすぐに倒れる」

 

 プッチは背後から聞こえる不穏な会話を無視し、ホワイトスネイクを出して周囲を警戒しながら再び歩き始めた。

 

 そうして加工ラインの横を辿るように、めぼしい資材がないかを探しつつ歩いていたのだが。

 ナユタの面々は背筋が凍り付くような、肌がピリつくような、第六感が鳴らす警鐘の音を聞いた。

 

 ――どうにも様子がおかしい。

 周囲に全くと言っていいほど、人の気配がしないのだ。いくら稼働を止めていると言えど、サンホー工業内にはそれなりのシケイがいるはずだ。しかし、そのシケイの足音すらどこからも聞こえない。

 

 先に侵入した抗亜がシケイを全員倒したか?

 ……ありえない。サンホー工業内のシケイを全員倒すという手間な方法を取ったならば、この建物の中身を全て、更地にする勢いで盗っていくぐらいでないと労力の採算が合わないはずだ。だがこの建物内にはまだまだ盗める資材が山ほど残っている。加工ラインに並ぶ機械など、分解してパーツを取り出せばいくらでも有用なことに使えるだろう。

 

 抗亜もシケイもいない、そして中途半端に取られた資材……。

 一体何があったのかわからないが、あまり好ましい事態が起きているわけではないのは確かだろう。

 

 より一層警戒を強めながら、加工ラインの機械の影に身を潜めて進み、角を曲がると。

 

 ――――足元に『()()』があった。

 

 いったい何人分の血が混ざりあっているのか分からないほど、おびただしい量の紅い液体。まだほんのりと温かみを感じられそうなほどに新鮮な血液の痕は、とある一つの扉に向かってズリズリと、蛇のように曲がりくねって伸びていた。死体でも引きずって運んだのだろう。

 先頭を進んでいたザッパと私が足を突然止めたことで、背後に居たクマ達が何事だと前に出て、その血痕を目撃する。クマとポルノは冷や汗を垂らし、キラキラは顔の色がみるみる真っ青になっていき、吐き気を催したのか気持ち悪そうに口元を押さえている。

 プッチはそんなキラキラを左手で下がるように促しつつ、同じく先頭に居て冷や汗を流しているザッパに問いかけた。

 

「……抗亜の中には、何人も殺すほど過激な組織もあるのか?」

「いやッ……フラット……ならやりかねないかもしれないが、あそこのリーダーは考えなしに人を殺すような奴じゃあない。もしやったとしても、こんな大きな血痕を残しはしない」

「下っ端が勝手にやったという可能性はないのか?」

「……そこまではわからん。血痕を辿ったら何かわかるかもしれんが……」

 

 ザッパはそう言って、血痕が伸びていく先にある扉の方を向いた。

 鉄製の重厚な扉に鈍く反射する金属製の取って、中心に張られたプレートには『()()()()』と書かれている。血痕はその扉の向こうに消えていた。

 

「罠の可能性が高いぞ」

「だが確認しなきゃ何も分からんのも事実だ、違うか?」

「……死体が転がってる可能性もある」

「ああ。……少なくともキラキラには見せられないな。クマにも、一緒に見てもらいたいが……」

「……同行する。この血を警戒して確認しない選択をしても、どのみち危険すぎてこの先には進めない。なら、最悪撤退を視野に入れてでも確認するべきだ。このままじゃ情報不足過ぎて次のヒトカリにまで支障が出る恐れがある」

 

 ザッパとプッチの会話にクマが乱入し、話がまとまる。ただこの状況では少し離れるだけでも危険すぎるので、ポルノにキラキラの介抱と移動の補助を頼み、一緒に行動することにした。

 

 材料置場のプレートが貼られた扉を開ける。加工ラインが設置された部屋よりも格段に狭い、教室ほどの広さの室内はむせかえるような鉄の匂いに包まれていた。元の世界で血に慣れているプッチでさえ、少しだけ気分が悪くなるほどの匂いだ。いったい何人分の血が流れればここまでの匂いになるのか。

 部屋の隅にあったスイッチを押すと、電灯がチチッと震えるような音を鳴らして点灯する。明るくなった室内には未加工の金属や段ボールがいくつも積み重ねられ、血痕は段ボールや金属を所々紅く染め上げながら、再び一つの扉の向こうへと消えていた。匂いの濃さからスタンドで確認するまでもなく、扉の向こうに血を流す大本の死体があるのがわかった。

 二つ目の扉の前まで進んだところで、キラキラとポルノにここで待機するように指示する。キラキラはいつの間にか装着していたガスマスク越しに青い顔を覗かせながら、コクンと力なく頷いた。そして、扉の方を見ないようにぷいっと顔を逸らす。

 

 プッチが扉の取っ手に手を掛け、ギギッと不快音を鳴らす蝶番に注意を逸らすことなく、ゆっくりと扉を開いた。

 扉の隙間から香る、血の匂い。一瞬で鼻孔の奥まで貫くその匂いは、扉の先に広がる惨状をすぐさま脳裏に想起させる。

 

 全員が唾をのむ音が静かに響く。プッチが取っ手を掴む手にさらに力を籠め、扉を勢いよく開いた。

 

「……ッ」

 

 扉の一番前に居たプッチが思わず口から声を漏らすほどだった。

 ホテルの一室ほどの広さ、恐らくは材料置場に置かれた資材を管理するためのコンピュータが置かれた部屋なのだろう。壁がほとんど紅く染まるほどに飛び散ったおびただしい血が、床にぽちゃんぽちゃんと惨状にそぐわぬ間抜けな音を鳴らしながら垂れ、地面に広がっている。

 その紅く染められた部屋の中心には。

 

 顔を白く塗り、赤鼻を付け、フードを被ったピエロのような恰好をしている、フラットの構成員の恰好をした男達と。黒い防弾チョッキにヘルメット、銃で武装したシケイ達が。

 

 ――――全員『()()()()()()()』状態で、ゴミのように積み重なっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 





投稿遅れてすみません! 少し展開を考えてました……。

萬像をぶっ壊した件引っ張りすぎじゃない……?

あとR-15で死体とか出していいんでしたっけ? まあ腐乱死体とか出さないかぎり大丈夫か(自分勝手な判断)。


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#15 ベリーハード サンホー工業2

 狭い密室の中で、山積みにされた死体。

 靴にまで広がる紅い液体、鮮血。足を上げて歩くたびににちゃぁっと粘着質な音を立て、血液が靴と床の間で糸を引いて伸びる。

 プッチは背後を振り返り、同じく部屋に入ってきたクマとザッパの方を見る。しかしザッパは顔を青くして口元を押さえ、クマは眉間に深いしわを刻み冷や汗を滝のように流している。二人とも部屋の中に入ることが精一杯で、死体に近づいて色々と調べる、なんてことはできなさそうだ。

 ホワイトスネイクでシケイの死体を一つ、山から引きずり出して目の前に転がす。糸の切れた人形のように力なく倒れた死体は、もはや人間の残骸というよりは肉塊と呼称した方がいいだろう。その様子を見てさらに吐き気を催したようで、少し前かがみになったザッパに向かって言い放つ。

 

「……これは私が調べておく。キツイなら部屋から出ていてくれてもいい」

「ま、待ってくれ。もう少ししたら慣れて……オエッ」

「……私のいた刑務所では死体を見る機会が何度もあった、ここまでは酷い物ではなかったがな。むしろここで無茶をされて、後で動けなくなる方が問題だ。……この後に、何があるか分からないのだからな。」

「そうか……。わ、悪いな……」

 

 プッチの言葉に、ザッパは軽く返事をして部屋から出て行った。扉をパタンと閉めると、部屋の中に残るのはプッチとクマの二人。

 クマは顔から冷や汗を流しつつも、倒れた死体の方を力強く見つめている。

 そんな様子の彼に、声をかけた。

 

「やるのか?」

「犯人のことを知るには、被害者を調べるのが一番合理的で手っ取り早い。四の五の言ってられる状況でもなさそうだしな」

「そうか」

 

 ぶっきらぼうにそう返し、死体の方に目を戻す。

 クマもそんなプッチと同じように、彼の横に腰をかがめて死体を観察し始めた。死体の山からフラットの構成員のものも引きずり出し、二人で会話を交わしながら調べていく。

 

「全員心臓を一突きで殺されているな。死んだのは……少なくとも今夜中だろう。」

「銃のゴム弾は全員一割程度しか残っていない…………。それと、シケイの防弾チョッキに何発かゴム弾が挟まっているな」

「同士撃ちでもしたということか?」

「自分に向けて発砲したとも考えづらい。恐らくはそうだろう」

「こっちのフラットの死体には複数のゴム弾の痕、それに背中に背負ったリュックに工場内で集めただろう資材が入っている」

「資材集め中に殺されたのか……」

 

 一通り死体の散策を終え、死体を元の場所へ戻す。血を吸って紅くなってしまった白手袋を外して力強く絞ると、ドボドボと滝のように鮮血が流れ落ちる。血液で少し冷たくなった手袋を再びはめ直し、ゆっくりと立ち上がった。

 死体から得た情報で分かったことは、『おおよそ人間技とは思えない犯行』ということであった。人体を容易く貫く一撃を人間が放てるとは思えない、我がホワイトスネイクが万全の状態であったとして、人を殺すことは簡単でも人体を貫くというのは容易ではないのだ。

 

 フラットにゴム弾の弾痕があったことから、恐らく犯人はフラットと交戦中にシケイと遭遇したのだと思われる。

 そして犯人はシケイの発砲を無視あるいは回避しながらフラットを殲滅し、シケイも殲滅。おそらく防弾チョッキに挟まっていたゴム弾は、犯人の攻撃に恐れて焦ったシケイが誤って味方を撃ってしまったものだろう。

 その後、死体をこの部屋に運びこの惨状に至った、というのがこちらの予測だが……。

 

 改めて考えを整理しても、人間とは思えない所業をいくつもこなしている。

 先ほども考えた通り人体を貫くのがまず無理だ。

 そしてシケイの銃を、ゴム弾とはいえ物ともせずにフラットを全員殺害するなどかなり厳しいだろう。

 更に、今の厳戒態勢が敷かれた亜総義市で警戒レベルが限界にまで引きあがっているシケイが誤って味方を撃ってしまうような、恐ろしい相手。

 

 一体どのような相手であればこれらの所業を行うことができるのか、見当もつかない。

 

 唯一考え着くとすれば、承太郎のスタープラチナやDIOのザ・ワールドのような、桁違いの性能を持ったスタンドを操るスタンド使いだが……。

 

 私がそんな風に考え込んでいると、クマが扉の方にチラリと目線をやり、私に言葉を発した。

 

「とりあえず、出ないか? これ以上ここにいる意味がない」

「……それもそうだな」

 

 ゆっくりと立ち上がり、扉を開け、血まみれの部屋から出た。靴の裏に付着していた血液を床に擦り付けつつ、扉の外で待っていたナユタの面々の方に顔を向ける。

 ザッパが材料置場に置かれている物を漁っていたのか、山の様に積まれた資材の向こうから頭にゴミを乗せながらヒョコッと顔を出した。

 

「おう、二人とも。大丈夫だったか?」

「問題ない。が……今回は撤退した方がよさそうだ。()()がここに来ている可能性がある」

「……呂布の奴が…………?」

 

 呂布?

 詳しくは知らないが三国志では最強の武将だと、有名な人物ではあるが……。どうやらその偉人の話をしている訳でもないらしく、同名の別人のことを指す名らしい。

 ザッパとクマが話し込み始めたので、近くでキラキラの介抱をしているポルノに問いかけた。

 

「呂布とは一体何者だ?」

「亜総義市でヒトカリをしている時にたまに来る、黒くてごついゴリラのこと。ぎゅっとしてバーンとして、ドカーンって感じのゴリラ」

「…………ぎゅっ、バーン、ドカーン?」

 

 ポルノがその呂布なる人物の強さについて説明してくれたのだろうが、いまいち擬音が多くてわからない。

 意味を理解するために口で擬音を反芻してみるが、更に意味が分からなくなった。そんな私の様子を見てポルノが、うーんと唸りながら考え、言葉を発する。

 

「ぶわーって空中で拳を振ったら、ドゴーンって風の衝撃が来て吹っ飛ばされる」

「…………人間の話かそれは?」

「一応、人間だとは思う。けど、詳しいことは誰も知らない」

 

 明らかに人間の話ではないぞそれは。拳圧だけで人を吹っ飛ばすなど、一体どれだけのパワーとスピードがあればできるのか。

 だが、この亜総義市にそのようなことができる人物がいるにはいるらしい。もしこの話通り拳圧で人を吹っ飛ばせるなら、確かに人の胴体を貫くなど容易いパワーを持っているだろう。

 未だ地面に倒れたままぐったりとしているキラキラの体をスタンドで起こしつつ、ザッパとクマの会話を聞く。

 

「呂布が来てるって……うーん……いや、アイツじゃあないんじゃないか?」

「状況的に、シケイとフラットを纏めて始末できるのは奴ぐらいしか思いつかないが……」

「アイツは混沌とした戦況が大好きで顔突っ込んでくる奴だろ? フラットとシケイが小競り合いした程度じゃ出てこないさ」

「それはそうだが……」

「まぁ別に呂布だろうがそうじゃなかろうがどうだっていいさ。撤退するんだろ?」

「……ああ。この資材置場から色々と頂けるだけ頂いて撤退する。もう少し奥に行くと完成済みの部品置場もあるんだが……」

「仕方ないさ。今の亜総義市の状況が状況だ、安全を優先した方がいい」

 

 ……どうやら今回は撤退することで方針が決まったようだ。

 その呂布とやらが犯人かどうかは不明だが……。かなりの危険人物であることに変わりはないし、もしスタンド使いだったとすれば、今の私の弱ったホワイトスネイクでは太刀打ちできない可能性もある。

 ここは撤退するのが一番良い手だろう。若干約一名、死体でグロッキーになり動けない人物もいることだからな。

 ヒトカリで資材集めに慣れているポルノからキラキラの介抱の番を代わり、撤退の準備を進めようとすると――――。

 

 

「――――! ―――――ッ!!」

 

 扉の向こうから、男が野太く叫ぶ声が聞こえる。扉と言っても死体のある部屋の方ではなく、加工ラインが設置されている工場本体部分の方の扉だ。

 その叫び声と共に、バタバタと何人もの足音がやかましく駆けていく音も聞こえる。シケイか、抗亜か……。一体どっちだ?

 

 ホワイトスネイクを出し、壁の向こうに送る。相手がスタンド使いの可能性もあるので、十分以上に警戒しながら扉の向こうにいる連中を観察した。

 

 人数は約十五人程度、中心で声を荒げている男以外は全員が白い和服を纏い、白い般若の面を被っている。腰から下げた刀に手を掛け、私たちが居る部屋に伸びる血痕と扉を睨みつつ、今にも突撃して来そうな構えで警戒していた。

 ただ一人、中心で声を荒げる男。下半身は黒い革ベルトを巻いた灰色のスーツズボン、上半身は赤い線が斜めに入り腕部に般若の模様が入った白のタイツを纏っている。他の人物とは違う、口が異様に大きく開いた般若の面を被っているのが特徴的だ。赤い長ドスを右肩に乗せ、じっと扉の方を睨みつけるように観察している。

 

品須(しなず)さん。この扉、どうしますか」

「ああ? 阿呆、こんなもん調べる他にないやろうが」

 

 品須と呼ばれた男は肩に置いていた長ドスの鞘を抜き、ギラリと鋭く光る刀身を光の下にあらわにした。

 これ以上時間を空けると本当に突撃してきそうだ。4~5人程度ならどうにでもなるが、流石に二桁になると話は変わってくる。

 

 スタンドで奴らを観察しつつ、部屋の中にいるナユタの面々に向かって話しかけた。

 

「白い和服に刀、そして般若の面の集団が外にいる」

「…………()()()か。」

 

 クマがプッチの言った特徴をもとに、その集団の正体を一瞬で看破した。元々向こうも隠す気はなさそうなので、当然と言えば当然なのだが。

 

「マジかよ!! こんな状況で東雲派の連中とかち合うとか、つくづくついてねーなぁ……」

「うーん……東雲派ぁ……? マジぃ……?」

「最近は本当に運が悪い。一度クマはお祓いに行くべき」

「なぜ俺なんだ…………!」

 

 こうやってふざけた会話をしている状況でもなさそうだが。

 一種の膠着状態に陥った状況で時が固まっていた時、扉の向こうに居たホワイトスネイクがカツコツと、どこかから人が足音を立てて歩いてくる音を耳にした。

 扉の向こうにいる東雲派と共に、音のする方向に視線を向ける。

 

 周囲にまとう空気が全て凍っているかのような、張り詰めた雰囲気の人物。顔の上部だけを覆う白狐の面を被り、腰に下げた赤鞘の刀にまで届く黒の長髪、そして黄色い菊の髪飾りを付けている少女だった。背後に二人の白和服に般若の男……東雲派の一般構成員らしきものを連れている。

 凛とした歩き方で力強く優雅に地面を踏みしめて歩き、品須と呼ばれた男の前で止まり、声を発する。

 

「これは何の騒ぎだ、品須。」

「へい。この扉の向こうにおびただしい量の血痕が続いているので、幾人かの死体があるのではないかと警戒をしていたところで……」

「なるほど、殺しか……。…………私が入ろう」

「いえ、しかし、お嬢…………」

「問題ない。もし中に不埒な輩がいたとしても、切り捨ててやればよい」

 

 そう言って、少女が腰に下げた刀から刀身を引き抜く。恐ろしく滑らかで思わず見入ってしまうような抜刀に、薄霞が一直線に引かれた気品を感じる刀身。品須がこの集団のリーダーかと思っていたが、どうやら本当のまとめ役はこちらの方らしい。本能がガンガンと警鐘を鳴らしているのが聞こえる。

 

 この女を真正面から相手にするのは少し厳しいと思い、ホワイトスネイクで不意打ちを入れようと思ったのだが――――。

 

 

「――――ッ!!」

 

 

 突然グリンと、少女が何かに弾かれたかのように顔の向きを変える。

 極限まで見開かれた赤混じりのその双眸は、扉の近くで東雲派を観察していた()()()()()()()()()姿()()()()()()()()()()()()()

 

「……――『()()()()()()()()()()』ッ……!! こいつ、スタンド使いかッ!!」

 

 プッチは苦悶の表情でつぶやき、臨戦態勢を取る。

 その瞬間。

 

 

「オーラよっと!!」

「ザッパ、もう少し考えて……!」

「膠着状態で止まってたってしょうがないだろ? クマが何も思いつかないなら俺の出番ってわけだ!」

 

 ザッパが右足で扉を蹴り飛ばし、勢いよくぶち破る。

 扉と壁をつなぐ蝶番から激しい衝撃音が鳴り響き、こちらと向こうを隔てていた扉が数メートルは吹っ飛んだ。一発で役立たずの鉄塊と化した扉は地面で何度かガンゴンとバウンドしながら、加工ラインの機械に突き刺さった。

 

 ……何をとち狂ったことをしているんだこいつは……!?

 

 扉をぶち破った張本人は鼻歌でも歌いだしそうなほどリラックスした状態で、ずかずかと大股に歩いて部屋の外へと出ていく。

 左手で仮面を押さえながらため息を吐き、ホワイトスネイクを内側にひっこめ、キラキラをポルノと二人で持ち上げながら仕方なしに部屋の外へと向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




よっしゃいい感じの設定も結構あるし気合入れて書いたろ!!

ん? 何かおかしいな……

ちょっと何書いてるかわかんない。


という風に、自分でも何を書いているか途中でよくわからなくなって超難産になってしまった一話です。変なところで区切っちゃったし。
設定を入れたい入れたいと思って盛り込みすぎると逆にわけわかんなくなるということが分かりました。

そしてよくよく設定表を見直すと、サンホー工業編は気合を入れた割にはそこまで長くならないという悲劇。悲C。
次の話はもう少し早く投稿します……。



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#16 ベリーハード サンホー工業3

 

 

 ザッパが無理やりぶち破った扉の外に出る。

 部屋の外には、抗亜クラン『東雲派』の一般構成員が約十五人。そして品須という体格のいいしゃがれた声をした男と、その品須にお嬢と呼ばれていた少女がいた。

 東雲派の構成員たちは刀の柄に手を掛け、こちらが少しでも怪しげな動きをすれば即座に叩き切るという空気を漂わせている。とりわけ私はナユタの中でも背が高く顔に仮面を被り、何より手に付けている白手袋に絞り切れなかった血液が付着してしまっている。一挙一動、足先から頭の先まで他のナユタよりも注意深く観察されているのを肌に感じた。

 

 品須がずかずかと大股で部屋の中から出てきたザッパを見て、手に持っていた長ドスを鞘の中にしまう。

 そして仮面越しにこちらを睨みつつ、声を発した。

 

「なんやお前ら……ついに()()でもやったんか? てっきりお前らんとこは、そういうのはやらんと思っとったが」

「ナユタを疑うのはお門違いだぜ、品須の旦那。俺達がここに来た時には既にこんな風になってたんだ。今部屋の中にいたのは血の先を辿って調べてただけさ」

「ほーん…………。そら災難やったなぁって、信じられたらええんやけどな。今の亜総義市の状況が状況や、はいそうでしたかで簡単には終われんやろ」

 

 ザッパが品須の前に立ち、気丈な様子で言葉を返す。

 周囲の東雲派が、刀にかけた手に力を籠め始めたのが視界に入る。……まさかここで始めるつもりなのか?

 

「もし、簡単に終われなかったらどうするってんだ?」

「ここで拘束する羽目になるわな。もしお前らが犯人やったら始末もせなあかん。今の街の状況で平然と殺しをやる奴なんざ、無駄に亜総義を煽ってこっちの動きの邪魔にもなる上に――――…………危険すぎるわ」

 

 品須がそこまで言ったところで、先ほど収めた長ドスを再び抜き、頭の横で構えた。

 他の東雲派の男たちも次々と刀を抜き始める。どうやら本当にここで始めるつもりのようだ。こいつらが殺人を行った犯人だとは思わないが、刀を構えられて大人しく捕まるほどこちらも柔ではないし優しくもない。人数差は約三倍ほどだが…………般若の面を被った白和服の男達は銃を所持しているならばともかく、刀という武器しか持っていない以上どうとでもなるだろう。何より、こちらが警戒するほどの凄みがない。

 問題は品須とかいう男と、先ほどホワイトスネイクのいる場所を確実に目で捉えたお嬢なる少女だ。この二人だけは明らかに身から発する空気の格が違う上に、少女の方はスタンドが見えていたのだ。スタンド使いの可能性がある、最優先で仕留めなければならないのはこちらの方だ。

 

 ホワイトスネイクを出して周囲の歯牙にもかからない木っ端共を真っ先に仕留めようと、腕を少し動かしたところで――――。

 

 

「やめろ」

 

 

 

 少女の鈴の音のような声が響き、全員の動きがビタリと止まった。

 彼女が右手に持っていた刀を手の中でクルリと回し、カチンと心地よい音を立てて鞘に戻す。

 

「こやつらが犯人であろうとなかろうと、今ここで事を起こす必要もない」

「ですが…………」

「品須、今はナユタが殺人犯であるという確証もない。もしかすると、今どこかから真の不埒者が私達を虎視眈々と狙っている可能性もあるのだ。こんな下らぬ事に時間を割く暇はない」

「…………へい」

 

 品須が刀身を鞘に納める。

 それを見て、他の東雲派の面々も刀を鞘の中に収めた。その光景を見て、こちらも出しかけたホワイトスネイクをそのまま引っ込める。

 虎太郎がいれば確実に突っかかったであろう少女の物言いだが、こちらとしてもこの場で事を始めるのは少しまずい。殺人犯の素性も目的も何もかもが分からない今、むやみやたらと争い合っていては、互いが疲弊したところを横から漁夫の利をされて全滅……なんてこともありえる。

 

 もしも殺人犯が『()()()()使()()』であった場合、何らかのスタンド能力の条件を満たしてこちらの全滅を狙っている可能性もあるのだ。

 敵対関係にない人間が多い今の状況を保ち、とっとと退却するのが吉であろう。

 クマが銃を懐にしまい、腕を組み、東雲派に向かって言葉を発す。

 

「……中にはシケイの死体の他に、フラットの死体もあった。シケイはともかくフラットまで狙う意味がこちらにはない。ここはお互いに資材を回収して、戦闘もなく退却するのが合理的だと思うが」

「フラットの死体やと? …………そらまた変なモンがあるやないけ」

「穏便に行こうぜ、こっちはもう何もないんだ。死体死体って、このままじゃ俺もノイローゼになっちまう」

「ふん、ザッパ。お前はノイローゼっちゅうタマやないやろ。まぁええわ、今日の所は――――」

 

 

 

 ――その微かな音に反応できたのは、恐らく数人だけだろう。

 会話の音に混ざり微かに聞こえた、工場の奥から響く音。パキリとガラス片か何かを踏んだような、コツッと小石が地面に落ちた程度の、本当に微かな音。ただただ風か何かで物が落ちたにしては、どこか不自然な――ウォークマンの電源がいきなり切れてしまったかのようなとしか表現できない、プッチとしても耳にしたことがない未知の音だった。

 

 その奇々怪々な音に反応し、視線を動かしたのは。

 プッチ、ザッパ、品須、お嬢と呼ばれた少女。その四人だけであった。

 ザッパが品須との会話を止め、右手でガシガシと頭をかきながら、周囲を見渡して口を開いた。

 

「あー、クマ? 今の聞こえたか?」

「……何がだ?」

「聞こえてないか…………。この様子だと、俺とプッチと品須の旦那……あとそこのお嬢ちゃんだけか?」

「私をお嬢ちゃんなどと呼ぶな! ……しかし、その通りだ。私も今の不可思議な音は耳に入った」

 

 ザッパがプッチの方を向く。

 

「プッチ、今の音についてお前はどう思う? 俺は確認しに行くべきだと思うが……今の音、確認しに行った方がいいと思うか?」

「…………」

 

 今の不可思議な音。

 一体全体どんな方法であんな如何とも表現しがたい音を発したのは不明だが、ある程度は推察することができる。

 恐らく殺人犯はこちらのことを何らかの方法で観察していた。これは予想の範囲内だ。

 シケイとフラットを皆殺しにした理由は未だ分からないが……恐らく観察していた理由とシケイ達を殺した理由には深い関連性があるだろう。死体の状況から見て、刑務所で稀に見たような薬で快楽殺人に目覚めたイカレた人間ではない、何かマトモな理由をもってあの所業を行ったこともわかる。

 

 このマトモな理由というのは何か分からないが…………恐らく、こちらの人数を見て、シケイ達と同じように私達を襲うつもりではなかったのだろうか。

 血痕で部屋におびき寄せられ、同じ箇所に集まった抗亜が出てきたところを襲撃するつもり算段のはずが、第三者の東雲派のせいで想定よりも人数が多くなり、退却した……。

 

 あの音は、おそらく。

 

「おそらく先ほどの音は、こちらを観察していた殺人犯が『()()()()』ではないのか? 音の距離からして、工場の奥から逃げたのだろう」

「逃げた音、ね。逃げるときにあんな変な音がする奴は知り合いにはいないな」

「ふざけたことを言っている場合ではない。……私も、確認しに行くのは賛成だ。私とザッパだけ、が条件だが」

 

 私の出した条件に、近くで構えるナユタが明らかに不平の声を漏らす。

 

「差別反対の旗を振ってもいいですか、レジスタンス隊長」

「誰がレジスタンスの隊長だ。……罠を警戒しているのか? キラキラを庇いながらでも動ける自信はある、東雲派の中心に置いて行かれる方が危険な気がするが」

「私のことはもう大丈夫だって! 確かに、ちょーっと……うぷっ……とはなったけど!」

 

 プッチがクマの方に向き直り、若干の威圧をかけながら口を開く。

 

「先ほどの音も聞こえない者を連れて行き、私達ごと危険に晒されてしまったではすまないのだ。それに逃げたというのは予想であり、どこかに潜んでいる可能性もある以上、異変にすぐさま気づける者でないと同行は認められない。そしてキラキラは明らかに…………今回はもう無理だろう。無茶をせずクマとポルノに介抱してもらうといい」

「クマに? ……ま、まぁそれも、そうかもね………」

 

 ? もう少し彼女は突っかかってくるかと思ったが。クマの名前を出した瞬間髪を右手でいじり始め、顔を逸らしてしまった。一体どういうことだ?

 

 しかし、クマの言い分にも納得はできる。この東雲派とか言う連中の中心に彼らを置いていくのは余りにも酷だ。部屋の中に戻れというのも、キラキラがあの鼻孔の奥にねばりつくような血の匂いで再び気分を悪くする可能性がある。

 一体どうしたものかと考え込んでいると、周囲の白和服の東雲派に指示を飛ばしていた品須がこちらに近づいてきて、会話に混ざり込んできた。

 

「おう。ワシもその音の確認とやら、ついて行かせてもらうで」

「なんだと?」

「おいおい、どういう風の吹き回しだ旦那?」

「流石のワシにも、今この場で重要な情報を取り逃がすのがどんだけの損かは分かる。

 それに、お前らにも得はあるんやで? ワシがお前らに着いて行くことで人質になるやろ、そしたら東雲派の連中はお前らんとこに手が出せなくなる。何てったってお前らが握る命は東雲派のナンバー2やからな」

 

 般若の面の大きく開かれた口から、品須の大きな笑い声が響く。

 プッチはそんな笑いを見て訝し気に眉間にしわを寄せ、男を警戒した低い声を出して返す。

 

「人質に、命を握るだと? 貴様がこちらに着いて来たところで、ナユタが攻撃されない保証がない。どう考えても貴様一人では割に合わない」

「それに人質になんて簡単になるタマでもねーだろ、アンタは。向こうで自分が俺らと戦ってる間に、東雲派の連中をこっちに引っ張ってきて突撃なんてされたらたまったもんじゃない」

「――――チッ、勢いで流せんかったか…………。確かに、そういう手を取ることもできる。やけど本当にワシにはその気はない。どうやって信頼してもらったもんか…………」

 

「なら、私も同行すればよいではないか」

 

 再び会話に混ざり込んできたのは、例の少女。東雲派というのはいちいち会話に突然混ざり込んでくるのが得意な連中なのか?

 自身の黒髪を手で背中の方に回し、刀に手をかける彼女。

 

「東雲派の頭領、『()()()()()』だ。これで十分だろう?」

「へぇ、嬢ちゃんが東雲派のナンバー1か…………」

「嬢ちゃんと呼ぶなと言ったろう! 叩き切るぞ!」

 

 品須が少しだけ憂慮したように口を閉じた後、いやらしい笑みを浮かべつつ、私の方に顔を向ける。「これで文句はないやろ」とでも言いたげな顔だ。少しだけ腹の奥が湧きたつような顔である。

 

「……いいだろう。残していくナユタの安全は保障してもらう」

「ああ。東雲派の頭領、壬生の名に懸けよう。私たちは抗亜である前に剣の道に生きる武人だ、一度交わした約束を破るような不義理はしない」

 

 壬生菊千代と名乗った彼女が私に向かってそう言った。この女は私のスタンドが見えていたため、要注意の人物だが……。こうして近くに立っていてもスタンド使いの気配が全くしない。

 まさかスタンド使いではないのか? しかし、スタンド使いでもなくスタンドが見えるはずが……。偶々視界に捉えたにしても異常だ、一体どれだけの確率であればあのタイミングであの方向に顔を向けるのか。やはりスタンド使いであると仮定して警戒しておくのが一番だろう。

 

 

「白仮面の兄ちゃん、名前は?」

 

 品須が私に向かって問いかける。

 

「エンリコ・プッチだ。」

「名前からして、この国の生まれやないみたいやな。何がどうしてこんな街の抗亜にたどり着いたのか……」

「話す義理はない」

「冷たい奴やな~、そんなんでよく自由至上気質のナユタに馴染めてるもんや」

「……いい加減口を閉じてくれないか? 私は馴染んでなどいない」

「ほう? ワシには中々うまいことやってるように見えるけどな」

「…………」

 

 鬱陶しい言葉をペラペラと口から吐き出す男だ。

 ナユタとはただの協力関係、名目上の仲間であって信頼を置いたことは一度もない。私の情報も最低限しか渡していない。そんな上っ面の関係しか持たない者同士を、何を思って「馴染んでいる」と表現したのか。東雲派という連中はつくづく私とは合わないらしい。

 いつかナユタに見切りをつけた時、入るべきはフラットの方だな……などと考えつつ、四人で工場の奥へと歩み始めた。

 

 

 加工ラインに沿って奥へ進んでいくうちに、周囲に静けさが満ち始める。

 窓の外から響く微かな虫の鳴き声に、四人の息遣いと呼吸だけで完結した音の世界。各々が各々の感覚器官に集中を傾け、周囲を注意深く観察しながら一歩一歩踏みしめるように進んでいく。

 

 ザッパは何を思ったのかズンズンと、一応周囲を警戒しつつ大股で歩いている。私は四人の殿を歩き、周囲のドラム缶や木箱の中、機械の隙間に何者かが潜んでいないかを確かめつつ進む。

 

 ふと、加工ラインの中の一つ、とある機械の頭頂部に目が留まる。平均的な日本人の身長より一回りは大きい179センチの私でも、少し背伸びをしなければ目につかないような箇所だ。このような目につきにくい場所を真面目に掃除するものは余りいないようで、うっすらとホコリが積もってしまっていた。

 そしてそのホコリの中に、足跡がポツンと一つだけ残っている。この女性にしては少し大きすぎる形から、足跡を残した人物は男だろうと仮定した。

 

(なるほど、加工ラインの機械上部に隠れてこちらを観察していたのか…………。

 そして足跡の向きが工場の奥の方に向いている、犯人が撤退したという線はほぼ間違いなさそうだな。わざわざこんな発見しにくすぎる場所におびき寄せのための罠を設置する理由もない)

 

 プッチは周囲にその情報を共有することもなく、力を抜いて軽く体を弛緩させる。このいっそ潔さまで感じる迷いのない撤退から、どこかに罠が仕掛けられている危険性は低そうだと判断したからだ。だがプッチも長らく集中を解いているわけではない、すぐに体に力を籠め直し目の前の少女と男の二人に警戒を向けた。

 この二人が攻撃をしてこない確証はない。私が殿を務めて背後という有利な位置を取ってはいるが、そんなものは状況次第で簡単にひっくり返る。必要のない注意はこちらの者達に払うべきだ、意識というものは有限なのだから。

 

 

 そんな風に思案しつつ、加工ラインで製作された加工品を次の工程へと運ぶコンベアの横を通り抜けると、二股に分かれた道に出る。

 片方は品質管理室と呼ばれる、加工品の質や動作チェックを行う部屋に続く道だ。そしてもう片方の道はは少し進んだところで、セキュリティゲートにビッチリと閉じられてしまっている道。ゲートは電動式で動くものであり、扉に無理やり持ち上げたような跡はない。そもそもこれを持ち上げれば鉄と鉄が擦れ合うけたたましい音が鳴り、私たちは音に気付きすぐさまここに駆けつけていただろう。よってこちらの道はなしだ。

 そうして品質管理室へ向かう道を進もうとした瞬間、突然ザッパが右手を空気中でぶんぶんと振り始めた。そして腕の動きを止め、振り、止める。そんな風な動きを何度か繰り返したところで、彼が首をかしげて言葉を発した。

 

「…………なぁ、なんか風通ってねーか?」

「風……?」

「おう。ちょっと確かめてくれないか」

 

 プッチが東雲派の二人に注意を払いつつザッパの横に立ち、右手を肩のあたりにまで上げて指の隙間に風が通るよう五指を大きく開く。そして確かに室内で流れる物は思えない、前方から背後にかけて流れていく風を感じた。

 

「……確かにそうだな。」

「ワシも……ああ、通ってるな、こりゃ。こんなところに風が通ることなんてあるんか?」

「空調設備の回るようにに流れる風ならともかく、室内で一方向に流れていく風というのは十分異常だろう」

「それに、こんな閉じ切った道で微かとは言え流れちまってるのも問題だ。シケイさん方が窓を一つ二つ閉め忘れたじゃあ通用しない大穴があるぜ」

 

 三人で無理やり話をまとめ上げ、プッチは再び殿に立ってから周囲へ警戒を払い始める。

 

「……品須。私は、不要だったか?」

「はい? ああ、いえそんなことは…………。話し合いに参加していないぐらいで不要かどうかの判断は尽きませんでしょう」

「そうか…………そうだな」

 

 壬生菊千代は、先ほどの風云々の話に参加できないことを少しだけ懸念していたようだ。風の通り程度の話に参加できない程度で彼女の危険性は変わらない、寧ろ一歩離れて眺められている方が色々とやりにくいというのに。そういう意味の分からないところに思考を割く辺りから年相応の少女然とした、まだ成熟しきっていない部分があることが伺える。

 

 四人で注意深く道を進み、品質管理室の扉が見えた。

 ザッパが非常に警戒しつつ扉のノブを握り、音を一切立てないほどのろまな動きで扉を開け、中を覗き込む。

 そうして覗き込んで数秒後、ひっこめた頭を横に振ってぶっきらぼうにザッパが言った。

 

「……外れだ。ここじゃあない」

 

 私も念のため中を見るが、一切合切気になるようなところはなかった。鉄網入りが入った強化ガラスの窓は全て鍵のついていないはめ込み式の物であり、そのどれもに破壊を試みた痕跡すら残っていない。換気扇や隠し扉の線も考えて調査したが、全く何もない。確実にここから逃げ出したのではないということは分かった。

 

 再び歩み始めると、加工ラインと似ているようで設置されている機械が微妙に異なる生産ラインがあった。三つ指の白い機械のアームがコンベアの両脇に立ち、そのコンベアを見下ろすようにがっくりと首をうなだれさせている。しかし、このラインは何だ……? 工場に来るという経験がないのであまり分からないが……。

 そんな風に思いつつ周囲を眺めていると、先頭に居たザッパが私の横にまで後退し、話しかけてくる。

 

「ここは組立てラインだな。前に作ってた加工品をここで組み立てて、ちゃんとした商品にするんだ」

「………なぜ私の考えていることがわかった?」

「そりゃー、アレだ。俺はエスパっ…………とと、悪い悪い。顔だ、顔の表情。絶妙な角度で見えたもんでな」

 

 この男今エスパーと言いかけなかったか? 私がスタンドという力を使えることは黙っておくように重々釘を刺しておいたはずだし、そもそも誰かの前で超能力と言った物を連想させるワードを出すなとも言っていたはずだが……。

 そしてそのあからさまにわざとらしい誤魔化し方も悪い。唇を突き出して、口笛をぴゅーぴゅーと鳴らしながらあらぬ方向を向いている。それでは疑ってくださいと言っているようなものだろう。

 プッチがズレかけた仮面を手で直し、ため息を吐いてザッパの肩を押しのけ、歩き始める。 

 

「頼むから口をつぐんでいてくれ。……進むぞ」

「あいよ」

 

 

 といっても、ザッパが言う組立てラインとやらが本当ならば、この工場の終着点は近いだろう。なぜなら工場で生産される完成形の商品が組み立てられる場所にいるのだから。これ以上必要のない設備でいたずらに建物を拡大する必要もないだろう。

 そのプッチの予想通り、すぐに工場の終着点『搬出エリア』へと四人はたどり着いた。

 

 搬出エリアには工場の生産エリアとは違い、夜間には照明が消灯されているようだ。だが不思議なことに搬出エリアは淡い光で包まれていて、足元がぼんやりと見える程度には明るい。

 外に物を運ぶための物なのだろう、二トントラックが何台も並べられている。トラックの尻が工場内部から搬出所に出た私たちの方に向けられるように並んでいて、3、4メートルは高さがある荷台の上に登ることはできず、いささか危険ではあるがトラックの隙間を通るしかないと考えていたのだが。

 

「私は上から行こう。品須は下から頼む」

 

 と壬生菊千代が言い残してから、彼女は地面を蹴って飛び、荷台を開けるハンドルを再び蹴って飛び上がり、たったの二歩で荷台の上にひょいっと飛び乗ってしまった。

 

 スタンドを使った気配はせず、純粋な身体能力だけで数メートルの高さを軽く飛んだらしい。化け物か……?

 ザッパも横で少しだけ驚いている様が見えたが、すぐにその驚きは笑いへと変わったようで、「面白い奴だな~」とでも言いたげにくつくつと口の端から笑いを漏らしている。どういう思考回路をしているんだ、敵に回るとこの上なく厄介な相手になんだぞ。

 

 考えても仕方ないことに腹の底でぐつぐつとマグマのような怒りを溜めつつ、トラックの間を通る。

 隙間を抜けた先にはトラックの上に登った壬生菊千代が既に地面に降りていて、何か信じられぬようなものを見るような目でとある場所を見つめていた。私たちもその視線につられるように、彼女の顔が向いている方向に視線を向ける。

 

 

「…………ッ」

 

 

 思わず口から声が漏れる。

 

 搬出エリアと工場の外を分ける搬出口は、電気で動く厚さ一センチの鉄板できたシャッターであり、そうそう簡単に破れるようなものではない。我がホワイトスネイクであろうと、今の弱体化した状態ならば人一人が通れる穴を作るまでにかなりの時間がかかってしまうであろう頑丈さだ。

 

 そのシャッターの頑丈さを嘲り笑うように、厚さ一センチの鉄板が内側から外側に向かってめくれ上がるようにして。

 ()()()()()()()()()()()()なほど巨大な穴が、シャッターの中心を、異様な威圧感をもってぶち抜いていた。巨穴からは夜空に浮かぶ満月のまばゆい光が入り込み、搬出エリアの中を淡い光で満たしている。

 

 

 シャッターを上げるどころか、こんな大穴を無理やり破り開ければ、確実に工場内に響き渡るほどの轟音が鳴り響く。

 なのに、サンホー工業に訪れていた抗亜のほとんどが気づかなかったという現実。

 現実と非現実が混じり合った奇々怪々な『真実』を見た感覚は、常人の精神を少なからず削ってしまうほどの衝撃が走るはずだ。だがプッチはその非現実を日常的に操り、幾度も目撃し、体験している。よって四人の中でプッチだけが唯一、目の前の光景についてある『()()』を持つことができた。

 

 

 

 

 

(シケイとフラットを殺した殺人犯は――――『()()()()使()()』だ。)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




最近忙しくて遅れてごめんなさァい!!
前回も遅れて今回も遅れてしまい、本当に申し訳ありません。反省しています。


そして今回の話、キリのいいところまで書いた結果まさかの9000字近くになるというアクシデント。そしてオチはスタンド使いという分かり切っていたアレ。話が進まねえ……!

次は、次はもっと……早く投稿を……


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#17 ベリーハード サンホー工業4

 月光が差し込む大穴を見上げた状態で、体を強張らせている品須、ザッパ、壬生菊千代の三人。状況が状況で衝撃を受けるのも致し方ないが、だからと言っていつまでも体の動きを止められていては困る。

 私は件の穴の調べるべく、未だ呆けているザッパの肩を軽く手で叩き、声をかける。

 

「私が穴の向こうに跳ぶ。手伝ってほしい」

「ッ――……あ、ああ。わかった」

 

 ザッパがあらぬ方向で揺れ動いていた目の焦点を戻し、サングラスの中に手を突っ込んで瞼ごしに目をマッサージしつつ、私の背後を着いてくる。

 シャッターにぶち抜かれた巨大な穴は、地上から2メートルは高さがある場所に開いている。私でも登れないことはない高さだが、穴の端が無理やり開けられたせいで鋭利な刃物の様に尖っており掴むことができないのだ。スタンドを品須と壬生菊千代の前で使う訳にもいかない。

 

「よし、ドーンと来い!」

「この状況でよくそんな明るい声を出せるなッ……!」

 

 ザッパがシャッターに背中をつけ、腰かがみになり、右手の上に左手を乗せて前に突き出す。腕力の自信のあるザッパのことだ、手の上に足を乗せて私を穴の向こうに投げ飛ばすと言うつもりだろう。

 迷いなく手の上に足を乗せると、ザッパの腕に血管が浮き上がると共に力が籠もり、プッチの体が勢いよく穴の向こう側へと投げ飛ばされた。

 

 約七十キロ前後あるプッチを二メートル半ほど、軽々投げ飛ばす彼の膂力に畏怖の念を抱きつつ着地する。着地した際に地面に着いた手のすぐ傍らにあった機械の部品らしきものを拾い上げ、ゆっくりと立ち上がって周囲を見回した。

 

 

 搬出口から出たサンホー工業の外には生暖かい風が吹いており、プッチは仮面の中にツーッと一滴、汗を流す。空に浮かぶ満月のおかげか周囲は非常に明るく、シャッターの外に広がっていた惨状をありありと観察することができた。

 

 シャッターの外には、機械らしき物体が地面に黒煙をあげつつ転がっていた。らしきと表現したのは、ほとんどのパーツがグチャグチャになって周囲に散乱しており、元々一つの機械だったのか機械の部品を乱雑にばらまいただけなのか判断が殆どつかないほどになっていたからだ。

 元は一つの機械だとプッチがかろうじて判断できた理由は、散らばったパーツの中心に転がっている黒焦げた機械の塊のような物のおかげだ。近づいて拾い上げると、非常に硬い白の強化プラスチックのようなものがブラブラと揺れながら引っ付いている。恐らくはこのプラスチックが機械の外殻で、唯一形を残していたこれは機械の中でも最も堅い……動力部位に相当する部品なのだろう。

 

 プッチが両手に収まりきらないほどに大きい、中型剣ほどの大きさの部品をクルクルと回しながら調査していると。背後から甲高い声で話しかけられる。

 

「どうだ、何か分かったか?」

「…………殆ど何も、だ。これが何かわかるか?」

 

 背後に振り返ると、黒髪を顔の動きで振り払いながらこちらに歩いてくる壬生菊千代が見えた。プッチは突然現れた少女に警戒を払いつつ、手に持った黒焦げの部品を渡す。

 片手で受け取った彼女は、意外に重いその部品を軽々と持ち上げながら観察する。

 

「……ふむ。これは恐らく…………亜総義市でシケイによく随伴している、()()()()()()の動力部だろうな」

「警備ロボット……まだ見たことがないな。それより、恐らくとはどういうことだ?」

「私が今まで見ていた警備ロボットの部品にしては、サイズが大きすぎるのだ。私がいつも斬っているのは、こう、これぐらいの……」

 

 壬生菊千代が部品を持っていない方の手で手刀を作り、空中にスッスッと四角形のようなものを描いてサイズを表す。が、彼女自身その警備ロボットとやらのサイズをよく覚えていないのか、「あれ?」と時々呟きながら何度も何度も四角形を描き直していた。…………もう少し良い伝え方があるだろう。

 

「すまない、少し記憶が曖昧でな……。いつも一刀の内に斬り伏せて終わりで、詳しく見たことがないのだ」

「…………そうか。つまりは、その警備ロボットとやらは全長50センチほどの物体ということでいいか?」

「ああ、大体そのぐらいだ。その大きさに、銃などの武装が積み込まれている」

 

 ロボットというものは刀の一太刀で斬り伏せることが可能なのか? いや、彼女には可能なのだろう……。

 気にしていても無駄だと悟った私は彼女から部品を受け取るが、それをこれ以上調べる必要もないので、地面に落とす。今落とした部品の全長は約40~50センチ、大して壬生菊千代が普段目撃しているシケイの警備ロボットとやらの全長が50センチほどだ。警備ロボットという名目上武装も積んでいるのは当然だろうが、動力部とロボットの外殻がほとんど同じでは武装を積む隙間などない。

 

 よってこの周囲に散らばっている警備ロボットの部品は、何の目的で製造されたかは分からないが、通常の警備ロボットよりも()()()()()()()()()()のそれであったということだ。

 

 

 プッチは足元に転がった黒焦げの動力部を足で遠くに転がし、頭の中で状況を整理する。

 

 ――――シャッターにあるあの大穴は一体何だ?

 フラットとシケイを殺害した犯人が逃亡する際に開けたもので殆ど間違いないだろう。サンホー工業内に確認していない部屋はいくつかあるだろうが、犯人の立場で考えてみると、私達が居た場所からなるべく離れてからこの場所を撤退したいと考えたはずだ。

 よって私達から離れられる限界の、工場の終着点であるここから逃げ出した、という理屈で大差ないだろう。

 

 

 ――――どうやって大穴を開けた?

 にわかに信じがたいが…………この場に残された物から推察するに、2~3m程度の大型警備ロボットを投げてシャッターに穴を開けたようだ。何故そのような大型ロボットがこの場にあったのかは不明であるが、此度の件には関連性がない。必要なのはそこにあったという事実だ。

 シャッターは厚さ一センチ程度の鉄板、警備ロボットが数十キロの鉄塊だと仮定して、一体どれほどの速度で投げれば穴を開けられるのだろうか。想像もつかない膂力だ。

 

 

 ――――なぜ殆どの人物が気づかなかった?

 至極当然のことであるが、鉄板に撤回を投げて無理やりぶち壊すなどということをすれば、近辺に恐ろしいほどの轟音が鳴り響くだろう。同じ建物にいる人間は確実に全員気づくはずだ。

 なのに気づいたのは私を含む四人だけ。しかも聞こえた音は決して轟音などではなく、逃げたであろうという当たりを付けて警戒を払い、ようやく聞こえるほどのわずかな物音だった。

 

 こんな非論理的な現象は『()()()()』の仕業によるものと見て間違いないだろう。

 一体どのような能力なのかは検討もつかないが…………。

 

 

 

 プッチが思考に一区切りをつけ、顔を上げて息を吐く。

 これ以上ここに居ても進展はないだろう。シャッターの向こうに戻り、向こうに残したクマ達と合流して撤退することにしよう。資材を集めるという当初の目的はあまり達成できていないが……今後における重要な情報は手に入った。

 

「おい」

 

 踵を返して足を一歩踏み出した瞬間、壬生菊千代が私に向けて声を掛けた。

 背中に刺さるような、攻撃的な視線を感じる。大人しく彼女の方に振り返り、言葉を返した。

 

「ここで分かることはこれ以上ない。知りたいことは後に話そう」

「その件ではない。」

「…………」

 

 彼女が刀の柄に手を掛け、カチッと音を鳴らし、数センチだけ鞘から刀身を抜く。鈍く光る銀色の刀が月光に反射し、プッチの鳥肌が思わず立ってしまうようなおどろおどろしさを放っていた。

 話を聞かないと叩き斬るというこれ以上ないほど分かりやすい脅しだが、効果はあった。私が思わず身震いするほどの剣気を放つ剣の達人が、既に刀を握り数センチ抜いた状態で、一メートル半も離れていない場所に立っている。彼女の腕前の攻撃速度にもよるが、今の弱ったホワイトスネイクでは攻撃を防げるかどうかは非常に怪しいところだ。

 今は大人しく、話を聞くほかないだろう。

 

「つい先日…………亜総義市の広場にある、()()()()()()()()()を知っているか?」

「……ああ。」

「私は、銅像が破壊された瞬間の映像を何度も何度も見直した……。だが、全くと言っていいほど、如何な方法を用いて破壊したのかがわからなかったのだ」

「そうか」

 

 萬像破壊とは、とどのつまり、私が破壊したあの銅像の件のことだろう。

 そして彼女は非常に重要な情報を口にした。『()()()()()()()()()()()()()()()()()()』ということだ。

 これは『ホワイトスネイクが萬像を破壊した』という行為が見えなかったということを意味し、彼女が『スタンド使い』ではないという答えに繋がる。ホラを吹かれている可能性もなくはないが、そもそもスタンドが見えるならば私にこのような質問をわざわざしないだろう。

 スタンド使いの正体が分からず、炙り出すために私に尋問をしているという線もあるが、それならば背後からわざとらしく斬りかかってみればよい。大抵のスタンド使いはスタンドで攻撃を防ぐだろうからな。

 

 壬生菊千代が記憶の中の怒りを思い出したのか、刀を握る手に力が籠った。

 だがすぐに呼吸を整えて心中を平静にし、落ち着いた声色で言葉を紡いでいく。

 

「しかし此度の件……今まさに目の前にある、あの大穴だ。一体どのような方法で開けたのかは分からないが、おそらく強大な力で無理やりこじ開けたのだろう。

 そんなことをすれば激しい音が鳴ってしまうはずだが、そのような音は一切聞こえなかった…………」

「それが、一体どうしたと?」

「萬像の件、そしてこの大穴の件。共通しているのは、どちらも現実的にありえない()()()()だということだ。私はこの異常現象の正体を知りたい……そして実際にこのサンホー工業に来てから一度、意思の集合体のような物の気配を感じたのだ」

 

 

 プッチは押し黙り、壬生菊千代の方をじっと、仮面の奥から見つめ続ける。

 だが彼は、仮面の中で頬に一筋の汗を流していた。

 

「私はこの『()()()()()()』こそが異常現象の正体なのではないかと睨んでいる」

 

(……私のスタンドの方を一度向いたのは、気配を感じたからということか……!?

 ふざけた理由を根拠にした予測だが、殆ど命中させているぞこの女ッ……!! )

 

 内心で彼女への警戒レベルをもう一段引き上げつつ、ホワイトスネイクで先制攻撃を入れるかを思案する。しかし、その気配とかいう訳の分からないものでスタンドを感知し、攻撃を回避されたら? この距離でもし避けられてしまえば、刀による致命傷を受けてしまうだろう。

 白を切って押し通す他はない。

 

「なぜそのような事を私に話す? ふざけた妄言を聞いている暇はなッ――――」

 

 ――――ピッ、と。

 空気を斬る音がコンマ一秒に凝縮されたような、間抜けな音が聞こえたと思った瞬間。プッチが被る仮面の数ミリ前に、刀の切っ先が突きつけられていた。

 攻撃を防ぎ、反撃するどころか。刀を鞘から抜いてこちらに突きつけるという動作の一片すら視認することができなかった。焦りから、呼吸が一瞬乱れる。

 

 

「ナユタに萬像破壊の疑いが懸けられていたという情報は掴んでいる。火のない場所に煙は立たぬと言うだろう、貴様らが何かしら関わっているのは確実なのだ。

 ――――知っていることを全て話せ」

 

 

 死という概念を体現した死神が、背後で冷たい息を吐いているのが分かる。エンポリオに頭をすりつぶされた時の記憶がフラッシュバックする。頬に伝う汗が首元にまで流れ、白ローブの襟がじわっと湿っていくのが分かる。

 こんな小娘に刀を一本、突きつけられた程度でここまで感情が突き動かされるなど……。私があのクソガキ(エンポリオ)に刷り込まれた死という物は、心の奥底にべっとりと染みついていたようだ。ただ今の今まで、表層に出ていなかっただけ。

 

 だが…………。

 私とて、たかだか刀一本を前にして動きが完全に止まるほど柔ではない。今まで幾度も死線を潜ってきたのだ、天国へと到達するために。

 そしてこの状況も、神が私に与えたもう試練の一つなのだ。試練は私を成長させてくれる、恐れることなど何もない。

 

 鬱陶しいほどに流れていた汗がピタっと止まる。

 プッチは仮面の奥から壬生菊千代の双眸を睨み、力強い声色で言葉を発した。

 

「もう一度言っておこう。……私には、ふざけた妄言を聞いている暇はない。そのような下らぬ妄想を栓の取れた蛇口のように垂れ流すのは金輪際やめておくことだな」

「…………何も知らないのか?」

「知らん」

 

 プッチが低い声色でそう言うと、壬生菊千代は刀を引き、鞘に戻す。

 そして瞼を閉じ、一切反省などしていなさそうなすました顔で「すまなかった」と小さく言った。

 

 その声に強く反応することもなく、シャッターの穴に向けて再び踵を返す。

 思い返してみれば、壬生菊千代がスタンド使いであるかどうかを知ることができた辺り、少しは意味のある時間であった。

 ホワイトスネイクが弱体化した原因……私の精神が衰弱した理由を改めて見つめ直すこともできた。エンポリオに植え付けられた死への恐怖をどうにかしない限り、ホワイトスネイクの性能は戻らない。死の瞬間の記憶をディスクにして抜くこともできるが、あの場面は非常に重要な記憶が紐づけされている可能性が高く、死の恐怖は消えるが別の要因で私の精神が壊れる可能性が高い。

 

 確かにそう言ったものを色々と再認識または知ることができて、意味のある時間ではあったが……。

 ただこの壬生菊千代とか言う女は、後々厄介な相手になる可能性がある。恐ろしいほどの身体能力に、スタンドを感知できるほどの勘の鋭さ。剣の道を進めていくうちに、敵意というものを敏感に感じ取れるようになったのだろうか? いつか隙を見て始末しておきたいところだ。

 いくらスタンドが感知できようと、私がスタンド(超能力)を使えることを知らない以上、やりようはいくらでもあるだろうからな。

 

 

 

 穴の真下までたどり着き、中指でシャッターを叩いてゴンゴンと音を鳴らす。

 

「おう、プッチか! こっちで脚立を見つけたんだ、今からそっちに投げるから離れていてくれ!」

「分かった」

 

 五歩後ろに下がり「いいぞ!」と声をザッパに掛けると、ぼよーんとバネで跳ねたかのような緩やかな軌道で向こう側から折りたたみ式の脚立が投げこまれた。地面に転がったそれを拾い上げ、十秒もかけずに組み立てる。

 組み立てた状態でも2メートルはあった脚立に登り、穴を軽々と越えて工場の中へと戻る。

 品須とザッパは軽く搬出エリアの中を探索していたのか少しだけ汗をかいていた。ザッパが右手で親指をビッと立てつつ、左手に持った何かの資料らしき紙束を渡してくる。

 それを受け取り、パラパラとめくりながらザッパに問いかけた。

 

「これは何だ?」

「亜総義市の治安悪化に備えて、通常の3~4倍のサイズがある大型の警備ロボットが配備される予定だったみたいだな。その資料はロボットの配備予定日とかメンテナンス方法とかのヤツ。このサンホー工業にも一体だけサンプルとして送られてたみたいなんだが…………」

「……なるほど、そういうことか。そのサンプルのロボットとやらは、シャッターの向こうでゴミになっていたぞ」

「おいおいマジか? 重さ百キロはある上に頑丈さもガンガンアップ!って書いてたんだぜ……。帰ったら詳しいこと教えてくれよ、プッチ」

「教えるどころか、知ってもらわないと困るな」

 

 ザッパとプッチが話していると、壬生菊千代が穴の向こうから工場の中へと戻ってくる。

 搬出エリアに訪れた四人が全員合流した。品須が着地したばかりの少女に向かって近づき、話しかける。

 

「お嬢、外の様子はどうでしたか」

「うむ……、詳しいことは戻ってから話そう。そちらに収穫はあったか?」

「いえ、こちらはザッパの奴が見つけたもの以外は何も……。すみません、お嬢」

「問題ない。」

 

 そんな会話が耳に入り、この資料はザッパが見つけたのかと内心で少しだけ感心する。この資料、特に警備ロボットの配備予定日は重要な目安になるだろう。他の施設でもこれと大体同じ日に配備されるはずだ、これからは更なる準備が必要という情報は非常に有用だ。

 紙束を手で持つのは面倒だと、これを入れられる袋のような物がないか周囲を見回す。そんな折に、品須が私に向かって話しかけてきた。

 

「プッチ、とか言ったか。どうや、外で何か見つけられたか?」

「そこにいる彼女と大体同じだ。何を聞き出そうとしているか知らないが、情報を隠したりはしていないからな」

「んなこと一言も聞いてないやろ。ただの会話や、会話。今の亜総義市の状況や、抗亜同士でも多少のコミュニケーションは取っといた方がええんちゃうか?」

「…………」

 

 突然何を言い出しているんだ、この男は?

 いや、しかし……この適当な否定の仕方。これは明らかに、私の口から何かが漏れるのを誘っているな。大方、私が重要な情報を何か隠し持っていると思っているのだろうが……。

 こちらが隠し持っている情報と言えば、スタンドが絡んでくる物だけだ。そして私からスタンドの情報を抜き出せるほど口が立ちそうな男でもない。何かあったとしても、最悪私がスタンド使いということさえバレなければよいのだから。

 

 

「しかし、プッチの兄ちゃん、よう丸腰でこんな活動を続けられてるもんやなぁ……。腕力がえろうあるってわけでもなさそうやし……なんか武術でも修めてるんか?」

 

 もはや隠す気があるのかどうか疑ってしまうくらいの口下手さだ。他人と交渉する際に用いられる『褒め落とし』という方法で私の心を良い気分にさせ、ポロッと情報が出てこないかを狙ってきている。囚人相手に聖職者をやっていると時折非常に口達者なものが現れるが……品須の口の上手さはその囚人たちの足元にも及ばない。

 こんな児戯に等しい口論にいつまでも付き合っている気も暇もない。適当に切り上げてさっさと元の場所に戻るとしよう……――――。

 

 

 私がどのようにして会話を切り上げようか考えていると、ザッパが興奮した様子で品須との会話に割り行ってくる。

 

「何言ってんだ品須の旦那! うちのナユタに組する一人が、それも大型新人のプッチがッ! 素手だから武術を使うだなんて安直な枠組みに囚われる奴だと思うのかッ!?」

「素手で力任せにぶん殴る戦法のお前が言うことじゃないと思うんやけどな…………。そんじゃ、何で戦うんじゃい?」

「そりゃもちろん、すんげえパワーの『()()()』さ!! 手をかざすだけで色んな物をギッタンバッタンとなぎ倒して―――――」

「――――『()()()』だと?」

「あッ」

 

 

 ザッパが「しまった!」という風に両手で自身の口を防ぐ。だが一度出した言葉は飲み込めず、壬生菊千代が目ざとく会話の内に走った不穏な単語に目を付け、反芻した。

 ……いや……。……は? ザッパ、今、何を……まさか、言ったのか……?

 

 

 

 

 

 

 

 

 …………。

 

 

 

 

 

「……プッチとかいう奴から何か抜き出そうと思うとったら、お前から出てくるんか……」

 

 

 

 

 

 …………………。

 

 

 

 

 

 

「すまん、プッチ…………」

 

 

 

 

 

 ………………………。

 

 

 

 

 

 

 

 

 プッチが自身の顔につけた仮面を外した。そしてローブの腰から垂れたフックに、乱雑に仮面をひっかける。

 現れた黒い肌の顔面には透明な汗が何滴も走り、眉間には深いしわが刻まれている。ギリリと音が聞こえてきそうなほど強く歯を食いしばり、目はふらふらと地面を彷徨っていて……そしてやがて、何かを決意したように、品須と壬生菊千代をその黒い双眸で捉えた。

 

「素数だ……素数は1と自身の数でしか割り切れない孤独な数字……私に勇気を与えてくれる…………」

 

 超能力などという常識の中では非現実的な物、普通の状況ではふざけた妄想だと言い張ることができる。実際、そんなことをマトモに取り扱う人間もいないだろう。

 だが今は……壬生菊千代に異常現象について問い詰められたすぐ後だ。それに私は、彼女が疑っていたナユタの一員……。ナユタのリーダーが自チームの1メンバーの武器を『超能力』だと公言した今、先ほどの言葉をただの妄想だと彼女が唾棄するだろうか? 絶対にしない。

 必ず疑い、確信するはずだ。私にスタンドという能力があることを。

 そしてそれが広まると……この街のどこかにいるスタンド使いに、私がスタンド使いだということがバレてしまう恐れがある。いずれスタンドのことが広まるのは覚悟しているが、この時期に広まるのはまだ時期尚早すぎるのだ。

 

「2…3…5…7……」

 

 広められたくない、バレたくもない。

 ならば、今、ここで。

 口封じをするほかはない。

 

 幸いにして私のスタンド能力は、特定の記憶を抜き取ることができる。

 壬生菊千代と品須の記憶を抜いた後、ザッパの記憶も抜く……。ザッパに関しては、私のスタンド能力『ディスク』に関することだけを抜く。

 問題ない、私なら十分に可能な範囲だ。そう時間もかからずに終わる。

 

「59…61…67…71……」

 

 白蛇(ホワイトスネイク)がプッチの背中から、ゆらりと蛇が木に巻き付き登っていくかのような滑らかさで、そこに元々いたかのような自然さで姿を現す。

 プッチの精神と呼応するホワイトスネイクは、品須と壬生菊千代に向かっておどろおどろしい、身にまとわりつき関節が締め上げられるような殺気を纏っている。

 弱体化しているとはいえど、一度世界の理を捻じ曲げ新たな世界を作り出そうとした男のスタンドだ。並のスタンド使いが放つ殺気とは、まさに格違いと表現するのが相応しいものである。

 

「――――ッ!! 貴様、その気配ッ!!」

 

 壬生菊千代がホワイトスネイクの殺気に当てられ、刀の柄に手を掛ける。

 そして先ほどまでスタンドの気配など欠片も感じ取れなかった品須も、プッチ本体が放つ殺気にただならぬ物を感じ、手に持っていた長ドスを鞘から抜いて構える。

 

「ザッパ、品須とかいう男の方は任せたぞ……」

「あ、ああ。」

 

 

 プッチがザッパに声だけで指示をして、壬生菊千代が立つ方向へと歩みを進めた。

 

「ッ………ハァァッ!!」

 

 少女が部屋全ての物体に数倍の重力を与えたかのような殺気に耐えきれず、目にも止まらぬ速度でまだ三メートルは離れているプッチに向かって踏み込み、刀を横薙ぎに振るう。

 

「…103…107…109……」

 

 壬生菊千代は刀を振るった体勢のまま、自身の横から聞こえたその声に驚愕する。人間の動きという物には限界があり、彼女はそれを知り尽くしている。故に先ほどの攻撃も、プッチの動きを予測した上で放ったものだったのだが……。

 彼女はスタンド使いという存在との戦い方を知らなかった。プッチが攻撃を回避した理由は至極単純、ホワイトスネイクで自身の体を引っ張っただけだ。ただそれが、只人の動きを予測している者には決して読めないような動きであっただけのこと。

 

 プッチが距離を取ろうとする壬生菊千代の片足を払い、スタンドの右腕を天井にめがけて掲げるように持ち上げ、勢いよく壬生菊千代の顔面へと放った。

 右拳に走った何かを殴る確かな衝撃。プッチは口角を数ミリ上げる。壬生菊千代は不安定な姿勢ゆえに勢いよく吹き飛ばされ、二トントラックのバンパーへと思いきり背中を打ち付けた。

 

 

 世界を回した男のスタンドは、未だ留まるところを知らない。

 

 

 

 

 

 




凄く長くなっちゃった

そして私事なんですが、評価数が一気に上昇しました!
どうやら日刊ランキングに乗せていただいていたみたいで、嬉しい限りです。
これからも引き続き、よろしくお願いします!


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#18 ベリーハード サンホー工業5

 品須が頭の横に長ドスを構え、尖らせた口からシッ!と鋭い息を吐きながらザッパに向かって素早い足さばきで踏み込み、上から下に向かって振り下ろすように斬りかかる。

 ザッパは腕を頭の上部でクロスさせるように防御し、腕部に巻き付けた鎖でドスを受け止めた。ギチギチと鎖と刃が力強くこすれ合う音が両者の間に響く。

 

 二人はその姿勢のまま視線を合わせ、言葉を交わす。

 

「おんどれザッパッ! アイツ(プッチ)は一体何者やねん!!」

「すまん旦那! 俺から詳しいことは話せない上に、厚かましいお願いだが……頼む負けてくれ!!」

「アホぬかすなボケぇッ!!」

 

 品須は叫び声と共にドスを勢いよく手元で回転させ、ザッパの両腕を左右に弾く。

 そしてがら空きになった胴に鋭い片足蹴り、俗にヤクザキックと呼ばれる攻撃を決めた。ドズンという鈍い音と共に内臓に深く重い衝撃が走り、ザッパが腹部を押さえ冷や汗を垂らしながら二歩三歩と後ずさる。

 

(……いってえェーーッッ……!!

 プッチーッ! 流石に一人じゃ品須の旦那をいつまでも抑えておくのは厳しいぞ……ッ! 何する気か知らねえけど、早めにな……!)

 

 

 

 

 ザッパと品須が争い合っている場所から、ほんの数メートル離れた場所で。

 トラックのバンパーに向かって吹っ飛ばされた壬生菊千代の方を、静かな瞳で注意深く眺めているプッチがいた。優に三百を超える素数を口ずさみながら、彼は自身の横に立つホワイトスネイクの方にチラリと視線をやる。

 

(右拳を奴の頭に当てたと思ったが…………『ディスク』を取り出すことができなかった。

 …………()()()()、か。)

 

 

 スタンド使いの間では常識中の常識である、『スタンドにはスタンドでしか触れられない』というルールがある。だが、このルールには一つだけ()()が存在した。

 

 それは、スタンドが何かの物体を攻撃する際である。ここでの物体とはスタンド由来の物ではなく、ごく一般的に世の中に溢れているような、非スタンド使いが認識し触れることのできる物のことを指す。

 スタンドが攻撃をする際、その破壊対象である物体に一瞬ではあるが触れていることになる。これがスタンドのルールに存在する唯一の例外である。

 

 しかしこれは至極当然のことを反芻しているだけで、むしろこの例外が一体何の問題になるんだ? 気にする必要があるか? と考える者もいるだろう。確かにこれだけでは何も問題はないのだが、スタンド使い自身の『()()』という物が加わってくると、非常に厄介な問題にと変貌してしまうのだ。

 

 例えば、スタンドで1メートル先にあるりんごを殴って潰したいと考える。

 60センチ、70センチ、80センチ、90センチとスタンドの拳が進んでいき……。そしてりんごの直前、99センチに到達した瞬間に、スタンドとリンゴの間に一瞬で鉄板が差し込まれたとする。そうすると不思議なことに、りんごを破壊することを目的にしていたスタンドが鉄板を殴ってしまうのだ。

 何を当たり前のことを? と思うだろう。これがスタンド使いの認識の厄介さ、引いては人間の脳の限界である。

 突然現れた鉄板に対し、壁と認識することしかできない。壁をすり抜けてりんごを殴る方が明らかに良い選択だというのに、壁を殴るという悪い選択を取ってしまう……。そしてそれを、スタンド使い自身が『()()()()()』だと認識してしまっていることが大問題なのである。

 

 スタンドの基本原理は『自身のスタンドにはこれぐらい出来て()()()()()と思うこと』だ。

 それを操る者自身が、『りんごを殴るには壁を破壊しなければならず、故に壁を殴るしかない』と思っている以上…………この問題は永遠に解消されることはない。

 

 

 話を戻すが……。

 この認識の問題とやらは、プッチにとっても例外ではない。

 だが幾度も死闘を繰り返し経験を積んでいるプッチにとっては、その問題は殆ど弱点ではないと言ってもいいだろう。たとえ壁が差し込まれたとしても、一瞬でスタンドの動きを切り替えて壁のない方から攻撃すればいいだけのことだ。そしてそれができるのがこの男であった。

 

 しかし全ての物事には例外が存在する。

 もしプッチが攻撃を咄嗟に切り替える暇すらないほど、攻撃の直前の直前、ギリギリまで引きつけたところで防御ができるような身体能力と運動神経の持ち主がいたら?

 そんなIFの世界の人物が、今彼の目の前にいた。

 

 

「……厄介な力だが…………どうやら、防げぬ訳でもないようだな」

 

 壬生菊千代が自身の刀を軽く振り回し、ヒュヒュッと素早く風を斬る音を鳴らしながら、刀身を鞘の中に戻す。彼女はあろうことかホワイトスネイクの気配から攻撃地点を完璧に予測し、刀で防御をしたのだ。まこと恐ろしき身体能力である。

 

「367…373…379…383……」

「先ほどから貴様が呟いているのは……素数か? 薄気味悪い心の鎮め方をする男だな…………」

「…………」

 

 プッチ口を閉じ、素数を数えていた声を止める。決して壬生菊千代の言葉にイラついたからではなく、もう数える必要もないぐらいに心の平静を取り戻すことができたからだ。

 仮面から解き放たれたおかげでよく空気の通る口から息を吸い込み、彼女に向かって言葉を放つ。

 

「5分だ」

「……何?」

「それ以上は差し支えが出る。あまり長く戻らないのも怪しまれるだろうからな」

「―――つまり、私を5分以内に始末すると……そういうことでいいのか?」

 

 プッチは言葉を返さない。が、口を閉ざしたまま壬生菊千代に向かって歩みを進め始めたことが、問いかけへの答えを雄弁に語っているだろう。

 ホワイトスネイクがプッチの前方に顕現し、トラックの前に立っている少女に向かって鋭い右フックを放った。彼女はまるでそれを見えているかのように自身の右側に転がって回避し、すぐに立ち上がって、プッチの周囲をグルグルと回転するように素早い動きで走り始めた。

 自身の周りを走り続ける少女から視線を逸らさぬよう顔を動かしながら、心中で思考を巡らせる。

 

(走る速度は目で追い切れる程度か………真に警戒すべきは攻撃時の踏み込みと、刀の振るう速度だな。武器の間合いに入らぬよう警戒していれば十分に対処できる)

 

 また彼の周囲を走り続ける壬生菊千代も、自身を目で追い続ける男について必死に頭を働かせていた。

 

(先ほど防御できたのは殆ど運のような物だった……! だが、私もここで引くわけにはいかぬッ! 奴の『超能力』についての情報を聞き出すまでは……ッ!)

 

 彼女がそう考えていた瞬間、プッチの体が突然宙へと浮きあがる。そしてそのまま何かに投げられたように、二トントラックの荷台の上へと飛んで行った。少女は驚愕の表情を浮かべながらも、それを追いかけるためにトラックのバンパーを踏んでジャンプし、二歩で荷台の上に飛び乗る。

 

 白い鉄製の荷台は、人が二人乗った程度ではビクともしない頑丈さだ。プッチはトラックの正面から最も離れた荷台の尻辺りで、登ってきた壬生菊千代を睨みつけるように立っている。

 少女はどこかからの罠を警戒するが、男が使用する超能力の気配がどこからも感じない。彼女からプッチまでの距離は約4メートル、全力で踏み込んでも一歩では届かないほどの距離だ。そしてこの男を相手に二歩もかけて踏み込むのは余りに遅く、危険すぎる。

 自身の間合いにプッチを入れるため、鞘に入れた刀を掴みながら、じりじりとすり足で近づいていく。あともう少しで間合いの中という所で、壬生菊千代の本能が警鐘を鳴らした。

 

(何かがおかしいッ! あと一歩で私はプッチとやらを斬り飛ばせるが……あのような殺気を放つ者が、私の間合いを見誤るなど馬鹿げたことをするはずがない! もしや私は、既に取り返しのつかない所まで進んでいるのでは…………!)

 

 彼女の目が答えを探すために、ギョロギョロと動き回って周囲を観察する。

 

(……ッ、何もないッ! どこにも()()()()()ッ!

 駄目だ……視覚だけでは!! 私の五感全体を使って探す……!)

 

 刀を握る手から冷や汗を滝のように流しつつ、元から只人の倍は鋭敏な五感を更に鋭敏化させる。

 嗅覚は周囲の鉄の匂いを感じ取り、味覚は周囲の空気の味すらも感じ取れるほどに強化される。耳には私の手から地面に垂れる汗の音が大音量に響き、肌には私の吐いた鋭い緊張の息だけが当たり、ほのかな温度を持っていく。

 分からない。五感で感じ取った情報の中に答えはあるのだろうが、彼女にはそれを土壇場で見つけられるほどの『覚悟』が足りなかった。

 

 ――――壬生菊千代は初めて、死という物が背後に迫っているのを予感する。

 書物で幾たびか、背筋に氷柱が突き刺されたようなという表現が為されているのを見たことがあったが。今感じている予感は、背筋に氷柱を刺されたなどという生易しいものではない。

 

 脳が氷漬けになって思考がホワイトアウトし、全身から足を伝わって地面に体温が流れていく……。死体はただの肉塊だと言う者もいるが、まさにその通り、冷凍庫で宙ぶらりんになっている肉塊に自身が変わっていく様をゆっくりと体感するような感覚なのだ。

 

 

 だからだろうか。壬生菊千代は思考がホワイトアウトすることで、逆に自身の感じ取った五感をありのまま受け取ることができた。

 巡り巡っていく情報の中、彼女の思考の堰に何かが引っかかる。

 

(肌に私の吐息だけが当たる……?)

 

 彼女が引っかかったのは五感の内、触覚から感じ取った情報であった。

 記憶を頭の底から引っ張り出し、その情報と記憶を照合させていく。

 

 思い出してみれば。この搬出エリアに来るまでの間、そしてこの搬出エリアに着いてからも、ほんのわずかではあるが風が通っていた。

 どこから風が通っていたかと言えば、あのシャッターに開いた大穴だ。そして私は今搬出エリアにあるトラックの荷台の上に立っている。大穴のすぐ近くで鋭敏化した五感が風の流れを感知しないことなど『()()()()()』。

 

 

 何かがおかしい。風の流れが止められた……? いや、そんなことをしても何の意味もない。

 私の体温が急速に上昇していく。実際に上昇しているわけではなく、私の五感が僅かな体温の上昇を大げさに受け取っているだけだ。

 風の流れがない上に、体温が上昇する……。この体温の上がり方、まるで密室の中にでもいるような……。

 

(これは……。私が今いると認識している場所が、私の今いる場所じゃない……?)

 

 私の認識が歪められている…………。

 

 まさか、これは。

 …………『()()』…………!

 

 

 その答えにたどり着いた瞬間、視界の中心で閃光が走り、ハッと夢から醒めたような感覚になる。力の抜けていた体に血流が走り、筋肉が躍動する。どうやら地面に寝転がっているようだ。

 ままたいていた閃光の光が収まったと思ったその時、視界に広がっていたのは。濃密な超能力の気配を纏ったプッチが私の頭部に向かって腕を振り下ろしている瞬間だった。

 

「――ッせやァァッ!!」

「何ッ――――ッぐううっッッ!?!!」

 

 腰に携えてあった刀を抜き、その場で回転して飛び上がりながら男の胴を斬りつける。時間にして一秒にも満たない一連の動きだったが、男はその一瞬で胴への攻撃を防いでいたようで、→腕に付いた裂傷から白ローブを紅く染めながら血液をボトボトと流している。

 プッチは自身の右腕を左手で押さえつつ、壬生菊千代の方を憎々し気に睨む。

 

「私のスタンド能力を破るだと……ッッ!?

 ―――しかもこんな、スタンド使いですらないような小娘が……ッ!!」

「マジックの種が割れたな、プッチっ!! これ以上続ける気か?!」

 

 壬生菊千代はプッチに向かってそう悪態を吐きながら、周囲に目を配って辺りの環境を確認する。どうやらここはトラックの荷台らしい。そして私の真上には人一人がギリギリ通れるような穴がこじ開けられている。

 

(……そうか。私はあの突然開いた穴から荷台の中に引きずり込まれて、さっきの幻覚をかけられていたのか……)

 

 少女は幻覚をかけられた際にぼやけてしまった記憶を引きずり出し、状況の概要を把握する。

 幻覚の発動条件を知らぬ彼女には、プッチが自身を嵌めた罠の全容を把握し理解することはできない。だがおおよその概要は掴むことはできた。そしてあのような穴からの不意打ちを用いた以上、発動条件に不意打ちもしくは時間の制約のような物があることも察する。

 プッチがギリギリと音を鳴らす歯の隙間から、心底憎々し気に少女に向かって声を放つ。

 

「舐めるなよクソガキ……っ!」

「貴様を舐めてかかるほど愚かではない!」

「下らん言葉遊びをしている暇は私にはないのだッ! ホワイトスネイクッ!!」

 

 ホワイトスネイクが壬生菊千代に向かって拳を振りかぶる。彼女は地面に一瞬体が沈んだのかと思うほどしゃがんでスタンドの攻撃を回避し、バネの様に勢いよく真上に跳ねて荷台に開いた穴から外へと脱出した。

 プッチは荷台の外に出ることはなく、トラックの運転席へとホワイトスネイクを飛ばす。ハンドルの下付近に手刀を差し込み、内部のケーブルをぶちぶちと引き裂きながらケーブル同士をスパークさせ、トラックのエンジンをかける。今日日映画でしか見ないような手法だが、どうやらここのトラックは随分と古いものを使っているらしい。

 アクセルペダルをスタンドの足で踏み込み、エンジンをブルルンといななかせながら、シャッターに二トントラックを突っ込ませた。轟音と共に搬出エリア全体が強い衝撃に見舞われ、当然トラックの荷台の上に居た壬生菊千代も体制を崩す。

 

「ッ――なりふり構わず、か!」

 

 その体制を崩した隙を突くように、ホワイトスネイクが運転席から飛び出して壬生菊千代に手刀を放った。

 

「クソっ!」

 

 彼女はその鋭い直観でスタンドの動きを把握し、手刀を自身の刀で防ぐ。しかしいくら弱体化したと言えど、元は相当に強力だったホワイトスネイクのパワーは生半可な威力ではない。ガギンと鈍い音がなり、壬生菊千代に腕全体が小刻みに震えるような、電流に似たビリビリとした衝撃が走る。

 

『ウシャアアアアアアアアアアア!!!』

 

 ホワイトスネイクが咆哮を上げながら、少女に人型スタンドの最大攻撃『ラッシュ』を仕掛ける。読みも戦法もクソもない拳の乱打だが、非スタンド使いの壬生菊千代にとっては視認することができないので自身の勘だよりに防御することしかできず、彼女の集中力すらも大いに奪っていく非常に有効な攻撃だった。幸いにして彼女の刀は特別に硬い金属で製作されておりホワイトスネイクのパワーでへし折れるようなことはなかったが、刀を扱う本人には徐々にダメージが溜まっていってしまう。

 ガガガガガガガ!と非常に素早いテンポで金属同士の衝突音のような轟音が響く応酬。十数秒でラッシュを防ぎきれなくなった壬生菊千代がその場から飛び退き、荷台の下へ飛び降りる。

 

 4メートルはあろう高さを何の怪我もなく着地し、鞘に納めた刀に手を掛けつつ、荷台の中にいるであろう男に向けて構える。

 数秒も待つことなく、荷台の暗闇から淡い光の降る中へ、まるでストリートでショッピングしているかのようなゆったりとした歩みでプッチが現れた。荷台から飛び降り、壬生菊千代と同じ土俵に立つ。

 

「スタンド使いでもない者にここまでやられるとはな…………。貴様、本当に人間か……?」

 

 その言葉を皮切りに、プッチは壬生菊千代へとホワイトスネイクによる攻撃を始めた。

 少女は防戦一方の状況を変えるために、プッチへと多少のダメージを覚悟しての突撃を行う。一歩の踏み込みで3メートルの距離を進み、刀を横一文字に斬り払った。

 が、彼女の刀に何かを斬った手ごたえはない。それもそのはず、プッチはホワイトスネイクを脚部にまとい、2メートルほど上空へ飛び上がっていた。彼女自身も気づいていないことであるが、先程のラッシュを防御した際のダメージが、刀の振りを若干ではあるが鈍くしていたせいで回避されたのだ。壬生菊千代はすぐさま刀の向きを変え空中の男を迎撃しようとするが、全身を顕現させたホワイトスネイクの蹴りで刀を持った腕ごと弾かれる。

 ついに完璧な隙を見せた壬生菊千代を前に、プッチは自分自身の手を手刀の方にし、彼女の頭に向かって振りかぶりながら叫んだ。

 

「『どこへ行かれるのですか?(ドミネ・クオ・ヴァディス)

 おまえは『磔刑』だ───ッ!!」

 

(まずい――――)

 

 壬生菊千代が嫌な気配を感じ、身をよじって手刀を避けようとするが間に合わない。驚異的な集中力で世界がスローモーションになる中、ゆっくりと迫る白手袋の手刀だけが彼女の視界の中で大きくなっていって――――

 

 

 

「お嬢に何しとるんじゃボケェッ!!」

 

 突然横から現れた品須の飛び膝蹴りによって、プッチは右腕ごと体を吹き飛ばされた。咄嗟に地面と衝突する体の側面にホワイトスネイクを出してダメージを吸収させつつ、すぐに身を起こして立ち上がる。

 壬生菊千代による傷口を蹴られた痛みに顔をしかめつつ、憎々し気に言葉を発する。

 

「貴様は品須……! ザッパは何をッ!?」

「ザッパのアホか? 突然動き出したトラックに体かすめて吹っ飛ばされて、壁に激突して気絶しとるわ」

「…………ッ」

 

 プッチは自身の苛立ちを隠すこともなく、顔を怒りで歪める。壬生菊千代の一人を相手にするだけでも苦しいのに、品須まで纏めて相手にするとなると非常に厳しい展開になることは必至だ。だが……やらない訳にもいかない。二人相手では幻覚という使い勝手の悪い小手先の技ではなく、ディスク能力の本領を発揮させる必要がある。

 私は二人に向かってホワイトスネイクを飛ばそうとして――。

 

「待てや。今回は、お互いにこれで手打ちや」

 

 品須が鞘に納めた長ドスでポンポンと肩を叩きながらそう言った。

 

「何――――」

 

 私が言葉を紡ぎ終わる前に、この部屋に近づく大量の足音が耳に入る。恐らくトラックをシャッターに突っ込ませた轟音を聞きつけて、待機していた東雲派とナユタがこちらに走ってきたのだろう。東雲派の下っ端共まで相手するのは流石に不可能だ。舌打ちをし、腰に掛けていた白仮面を被り直す。

 

「これからうちの……東雲派の若い奴らが集まっても、お前らナユタに攻撃はせん。その代わり、お前も今回は引けや」

「…………」

「何が目的でお前みたいな奴がナユタに入っとるか知らんが……ここでナユタが全滅すんのは、お前にとっても都合が悪いやろ」

 

 プッチは仮面の中で小さく歯ぎしりをする。そして小さな声で

 

「わかった」

 

 と返した。

 気絶したザッパを搬出エリアの扉付近まで運んできたところで、ちょうどナユタと東雲派の待機組が部屋の中へと押し入ってくる。待機組は各々、搬出エリアの惨状に目を丸くした後に、自クランの仲間の元へと駆け寄っていく。

 

 

「お嬢! 品須さん! この惨状は一体…………」

「あー……。まぁ、偶々や。気にすんな」

「偶々でこんなことにはならないですよ! あっちにいるナユタの奴らにやられたんでしょう、俺達が――」

「――やめろ」

 

 勢いづこうとした東雲派の若衆を、壬生菊千代が言葉で収める。仮面で顔を隠し鼻から下しか見えない彼女だが、悔し気に唇を嚙む様からは強い屈辱と怒りの念がありありと感じ取れた。圧倒的な実力差から来る圧力に、若衆は般若面の中で冷や汗をかきながら押し黙った。

 

(あーあー………こりゃ、納得行ってないって感じやな……。帰ったら話すこともあるし、そん時に少しだけ慰めるか…………)

 

 品須はこの後の苦労をあれこれと考えながら、後頭部を右手でがしがしとかいた。

 

 

「プッチ! さっきの音に、その右腕の傷は一体…………」

「私のスタンドのことが知られてしまった。始末しようと交戦したが……この有様だ」

「ちょっと……マジぃ!? そんな重要なこと知られるって、一体どんなポカやらかしてんの?!」

「プッチも案外抜けてるところがあることに、驚愕を隠しえません。ね、ザッパ」

 

 クマが搬出エリアの惨状に困惑しつつ問いかけ、プッチは冷静に言葉を返す。スタンドが東雲派の主格二人にバレたことは隠すことではなく、寧ろ共有すべきことだからだ。勿論東雲派の若衆に聞こえぬよう小声で言っているが。

 そして超重要な情報が東雲派にバレたことに驚愕する、いつの間にかグロッキー状態から回復しているキラキラ。そして明らかに誰がバラしてしまったかを感づいた上で、自身の頬を両手で押さえて驚愕!といった顔を作りながら、ぴゅーぴゅーと顔を逸らしつつ口笛を吹くザッパに話題を振るポルノ。

 そしてポルノのわざとらし気な物言いに、ナユタの中では物事への気づきが少し鈍い方であるキラキラでさえも、誰がバラしたのかを察する。全員の冷ややかな視線がザッパに突き刺さり、滑らかに吹かれていた口笛の音が段々乱れていき、やがて。

 

「す、スマーーーーン!!!!」

 

 ザッパがその場で勢いよく土下座した。

 その様は、のちのポルノ談であるが、『後世に伝え残すほどに完璧な土下座』であったらしい。

 

 

 

 

 

 そんな風に騒ぐナユタの中、プッチは内心で東雲派の主格二人を睨みながら、心中で自身への戒めを呟く。

 

(人が敗北する原因は…『恥』のためだ。人は『恥』のために死ぬ……

 私のスタンドが奴らに知られてしまったことは決して恥ではない。これは神が与えし、試練なのだ……。この失敗を次の勝利へ生かせばよい…………)

 

 自身への慰めともとれる戒めを吐き続けるプッチだが。

 非スタンド使い相手すら仕留めきれなかったという事実に、プッチは「早く弱体化したホワイトスネイクの力を取り戻さねばいけない」という現実を、強く意識し直した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




今回も長くなっちゃった

途中作者自身も「よくわからん」状態で書いている部分があるので、色々かいつまんで読んじゃって下さい。
そもそも菊千代とプッチの勝負自体が元のプロットになかったものですし……多少のガバは勘弁してください。



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#19 東雲派とナユタ

 

 

 サンホー工業の搬出エリアにナユタと東雲派が集結した後。

 

 両陣営同士の静かな睨み合いこそあったものの、戦闘は起きることがなく、どちらも撤退の一手を選択した。ナユタは搬出エリアのシャッターに開いた大穴から、東雲派はサンホー工業内を戻っていき入ってきた入り口からと、お互いにブッキングしないよう別々の場所から自らの拠点へと撤退した。

 

 

 そのサンホー工業から撤退した後に。東雲派のよく磨かれた板張りの道場で、黄金の満月に向かって白い制服姿の少女が木刀を振るっていた。傍目からでも酷く憔悴しているのが一目で分かり、肩を大きく上下させてハッハッと荒い呼吸を早いリズムで繰り返している。

 一太刀振るうたびに空を切る音が静寂の中に反響し、黒髪に滴っていた透明な汗が月光を反射させつつ前方に飛び散る。もう自身の体力の限界を優に超えているだろうに、何かに触発されたかのように、木刀を振る手を止める気配はなかった。

 そんな少女に、音もなく道場に入り声を掛ける男が一人。

 

「お嬢。」

「…………品須、か。」

「それ以上は本当に体を壊してしまいます。お休みを」

 

 少女、壬生菊千代が品須の声に反応し、動かしていた体を止める。握っていた木刀を地面にそっと置き、背後に居る彼の方に振り返った。

 品須が振り返った彼女の姿を見て、ふぅと少しだけ安堵と疲労が混じった息を吐き、声を発する。

 

「サンホー工業から帰ってきて、そのまま休憩もなしに二時間ぶっ通しで木刀を振り続けて…………もしかして、倒れるまで降り続ける気だったんですかい?」

「……その通りだ。目を閉じてもあの男との戦いを思い出して……眠気が来ぬ」

「睡眠薬でも飲みますかい? すぐに効く奴がありますさかいに」

「必要ない。この感情は……薬で鎮めたくはない」

 

 壬生菊千代が自身の右手を見つめる。

 

「私は最後……プッチとやらに追いつめられた時だ。品須が横から入ってこなければ、私は負けていただろう」

 

 彼女は、自身の眼前に白い手袋を被った手刀が迫ってくる光景を思い出した。

 一体何をするつもりだったのかは分からないが、あの戦況で止めとして私に放った一撃だ。当たれば無事では済まなかったのは確実だろう。

 見つめていた右手を固く握りしめる。

 

「もう二度とこのような悔しい思いはしたくない。故にこの感情は……心の内で暴れさせておくさ。今より更に強くなり、奴に勝利するまではな」

「…………そうですか」

 

 品須が力なく、そう答える。今でも人間の限界点と言えるほどの強さを誇っているのに、これ以上一体どこを伸ばすというのか。そしてそのお嬢に一対一で勝ってしまうプッチとやらの厄介さは一体どれだけの物なのか。そんな男が他抗亜クランに在籍し、いつか自分もかち合う可能性があるということに辟易する。

 在籍しているのが亜総義グループではないのだけが唯一の救いだ、もしそうであった場合確実に命を懸けた殺し合いをしなければならないのだから。抗亜同士である以上、多少のいざこざは話し合いで避けることができるためだ。

 ……そんな風に思っているが、一度ぐらいは仕合ってみたいのも本音である。今は亜総義討伐を目標に掲げ銭稼ぎなどの些事も行う品須だが、それでも強さを求める武士の端くれであった。

 

 ふと、思い出したように壬生菊千代が話す。

 

「……して品須、私に何の用だ? 素振りを止めに来ただけとは思えないが」

「へい。今回のプッチとやらの『()()()』と、フラットとシケイの殺人についての話し合いをしようかと。予め人払いは済ませておきやした」

「そうか。……あれは、実際に見ていない者にはいくら言っても信じられぬだろうからな。」

「今の所、東雲派で知ってるのはワシとお嬢の二人だけです」

 

 少女が品須の言葉を聞いて、空に浮かぶ月の方に視線を向けた。

 

「話す前に、少しいいか?」

「何ですかい?」

「――――萬像を破壊したのは、プッチだ。そして、ナユタを萬像破壊の犯人に仕立て上げたのも、あの男だ。」

 

 品須は目を少しだけ見開き、驚いたような顔をする。なんとなく彼も超能力を実際に目撃してから察してはいたものの、確信がなかった。だが彼女がそこまで確信して堂々と言い放ったのだ、もしかすると自身でも見つけられなかった証拠を奴と戦っている間に見つけたのかもしれない。

 

「お嬢。一体何を根拠に?」

 

 そう言うと、菊千代は口に手を当てながらクスリと笑いつつ、

 

「―――ただの、勘だ。」

 

 そう言い放った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ナユタっ!! 全員集合だーーーッ!!!」

「叫ばなくても全員この部屋に居るっつーの!!」

 

 ザッパがアジトのリビングで大声を出し、虎太郎が突っ込みを入れる。

 時刻は深夜二時、サンホー工業から帰ってきて一時間ほどは経った。ヒトカリに出ていたメンバーが各々好きなように体を休めていたが、クマが早めに今回の情報について話し合っておきたいということで、ナユタ全員に緊急招集がかけられたのだった。

 

 キラキラは軽めの夜食を取った後に眠りかけていたが、緊急ということで寝ぼけ眼をこすりながら集まっている。ポルノはザッパと同じで深夜だろうが相変わらず元気そうだ。クマは疲労が溜まっているのか、普段よりも背中が猫背気味になっているように見える。

 プッチが台所の水道を止め、彼らの方に歩いていくと。クマが彼に近づいていって話しかける。

 

「プッチ。……右腕の傷はどうした?」

「焼いて閉じた。放っておくと失血死してしまうほどには出血していたのでな」

 

 そう言いながら、プッチが先ほどまで冷水で冷やしていた自身の右腕をクマに見せた。プッチの黒い肌とは全く違う、黄色ともピンク色とも取れない生々しい色の火傷の痕が大きく残ってしまっている。徐々に周囲の肌の色になじんでいくだろうが、それでもしばらくは火傷の痕が目立つことには間違いない。

 クマは迷いなく自分の腕を焼いたプッチの行動と覚悟に若干引きつつ、言葉を放つ。

 

「そ、そうか……。すまない、ミストレスに連絡が繋がったなら簡易で縫合した後に医者にかかれたんだが……」

「構わない。それに彼女が医療知識を持っているそうで、傷を閉じるときに手伝ってくれた。感染症のリスクもなるべく減らしてくれたらしい」

 

 プッチが背後に居るメガネの緑髪少女、大相寺皆子の方を向いた。プッチのやけど痕を冷やすため、今はビニール袋に氷水を詰めた冷やし袋を製作している。

 

「医者なのか?」

「看護学校の学生だそうだが」

「……マトモだな……。なおさら、ナユタに居るべきじゃない人物だ」

「犯罪シンジケートに参加させられるような人間じゃあない、ということか?」

「…………」

 

 クマとプッチが、大相寺皆子の方を見ている。お互いの姿を見ることはない。プッチはクマが先導で行っているハルウリに良い印象を覚えておらず、クマも抗亜活動のためにハルウリをやめることはない。近いうちにお互いの仲が拗れるのは目に見えていたが、何かのきっかけがない限り二人が争うことはないだろう。

 

 ザッパの付近にナユタの全メンバーが集まり、クマが中心の待機組とプッチ・ザッパの調査組の情報交換が始まった。

 プッチとザッパはお互いに見つけたことをクマ達に話す。

 

「間違いなく、私と同じスタンド使いの犯行だな。」

「マジか? プッチと同じくらいやべー奴が他にもいんのかよ……」

「一応言っておくが、相手は私よりスタンドの性能自体が強いからな。人体を貫通するパワーは私のスタンドにはない」

「いやそれってお前よりヤベーってことじゃねーかよ!! 知りたくねーってそんな怖い奴のこと!! いや知らねーのもこえーけど!!」

 

 虎太郎が頭を抱えてそう叫んだ。深夜で、ヒトカリに出ていたわけでもないのに、そんなに大声を出せるのは一種の才能だろう。何の役に立つのかは知らないが。

 とにかく、プッチ達の手に入れた情報は大まか共有し終わった。情報と共に語ったプッチの推理にはクマも()()納得する。念のためだが、音もなくシャッターを破った謎のスタンド能力のことは伏せた、ホワイトスネイクのディスク能力にまで突っ込まれる可能性があるからだ。

 クマも音もなしにシャッターを破ったことにだけ引っかかっていたようだが、プッチがわざと隠しているのに気づき、質問しても話すことはないだろうとそのまま流した。今は無駄なことに時間を割くよりも、先ず情報を共有するほうが合理的だと判断したからだ。

 テーブルの上にクマがゴトリと、何かが入った肩掛けのバッグを置き、話し始めた。

 

「……と言っても、こちらには新しい情報なんて物は全くない。東雲派が死体の調査をしていたぐらいだ」

「じゃあ、このバッグは何だってんだよ?」

 

 虎太郎がテーブルの上に置かれたバッグを指さす。

 その言葉に、キラキラが右の人差し指でくるくると髪を弄りながら答えた。

 

「クマと私とポルノの三人でちょろっと集めた、武器改造用の資材だよ。なーんも収穫なしじゃ~まずいかなって」

「ふーん。どんだけ集めたんだ?」

 

 ザッパが件の袋の尻を掴み、テーブルの上でひっくり返す。

 ガチャッゴトと金属の擦れ合う音を立てて中から出てきたのは、こぶし大程の何かの機械と、ねじ二本のみであった。

 

「…………」

「…………」

 

 プッチとザッパが言葉を飲む。

 別に期待していたわけではない。東雲派の下っ端に囲まれて下手に動くことができなかったのは理解していたので、何かしら手に入れているのが奇跡だと言えるのだが……。キラキラの言い方からしてもう少しあるのかと思い込んでしまっていた、これでは殆ど収穫なしと言っても差支えがないレベルだ。

 ザッパが咳ばらいをして、机に広げた収穫達を再びバッグの中にしまい直す。

 

「あー……おほん。まぁ、雀の涙ほどでも収穫はあったってことで。クマ、もういいか?」

「……ああ。もう特に話すことはない」

「んーじゃ、これで解散ッ! 俺は明日のパキュミリに備えて寝るッッ!!」

 

 そう言うと、ザッパはすぐさまアジト二階にある自室へと走っていった。キラキラとポルノとクマもそれに続いて自室に戻り、虎太郎は近くのソファーで寝っ転がる。どうやらリビングで眠るようだ。

 私も今日は例の女のせいで必要以上に疲労が溜まり、休息を取りたいところだ。他の者と同じく二階への階段を登ろうとすると、背後から大相寺皆子に呼び止められる。

 

「プッチさん」

「……何の用だろうか?」

「これ、氷嚢です」

 

 そう言って、彼女から結露のせいで水滴の滴っている氷嚢を受け取った。もう冷やす必要もないぐらいに痛みは引いているが、一応右腕の火傷痕に乗せておく。

 だがどうやら、少女の要件とはこの氷嚢だけではないらしい。何かをためらうように顔を伏せがちに、口をパクパクと動かしながら言葉を選んでいる。時間も時間だ、あと数分ほど起きていたところで夜更かしの度合いが大して変わるわけはないだろうと、彼女の言葉を立って待つことにした。

 

「………その、ヒトカリ、って。そんな怪我を負うほど、辛いんですか?」

「……今回の場合は、私が少し特殊な輩と出会っただけだ」

「そ、そうなんですか……」

 

 彼女の怪我とは、私が壬生菊千代に付けられた傷のことを言っているのだろう。

 私の言葉を聞くと、ホッとしたように胸をなでおろす少女。そしてぼそっと、小さな声で言葉を紡ぐ。

 

「私、お父さんを探しにこの街へ来たって言ったじゃないですか」

「……そうだったな…………」

「このままナユタの皆さんのアジトに居させて貰っていても、お父さんは見つからないと思うんです! だから、私もそのヒトカリに―――」

 

 少女の言葉を遮るように、私は右腕に乗せていた氷嚢を彼女に突き返した。突然体に感じた衝撃に大相寺皆子はヒュッと息を吐いて言葉を止める。

 

「私にそれを決める権限はない。クマに話せ」

「…………で、でも」

「今日人が死んでいた、六人だ」

「―――ッ」

 

 少女が六人という数字に息を呑む。

 人の死という物には、只人よりも多く触れてきたつもりだった。看護学校に通っている以上、死体の解剖実習がある……解剖生理学という物を修めなければならない。当然彼女も顔を青ざめながらではあるが、死体やその中にある内臓にはある程度触れた経験を持っていた。

 だが、今感じる。とっくの前に死亡した冷たい死体に触れるのと、つい先ほどまで生きていた暖かい死体に触れるいうのは訳が違うのだと。そしてそんな死体に触れた人物が放つ言葉には――――文字通り、重さを感じてしまうのだと。

 

 プッチは大相寺皆子の目を見ながら、低く語り掛けるような口調で話し続ける。

 

「今、息を呑んだろう? ……自身の食料も取れぬ獣が辿る運命というのは、自ずと決まっているものだ」

「……」

「たとえ話だよ。自分の食料も取れぬ獣は、親に食料を求めるしかない。だが親もいずれは死に絶える、そんな時に最低限の食い扶持も稼げぬようであれば――」

「餓死するって、ことですか?」

「―――この先ヒトカリとやらに出ていれば、死体を見る機会など山の様にあるだろう。そんな時、私達が君を守れるとは限れない。いちいち死体を見て恐慌状態に陥り、動きが固まっているようでは『死ぬ』ということだ」

 

 ……この話はキラキラにも当てはまるが、彼女に私は口を出すことができない。アレにこのことを言うのは今ではないし、私でもないのだ。

 だがこの少女が、今私たちが行っているヒトカリとやらに参加する気なのならば言っておかなければならない。……このようなアドバイスを一体なぜしてしまうのか。以前なら、放っておいたものを。……『死』か。

 

 大相寺皆子が何も言わなくなったので、踵を返し、自室への道を再び進み始める。

 これから先は彼女が考えることだ。この街から出るのも、父親を探すために危険を犯すのも勝手にすればいい。私からすればナユタは亜総義重工本社に入るための踏みがかり、情も何もないただの協力者なのだから。

 

「…………」

 

 少女の静かな息遣いと男の足音だけが、平静のアジトの中に響いていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




すごく遅くなってしまって申し訳ありません。
見事にキーボードを打つ指が動きませんでした。

そういえばジョジョ六部アニメのPVが公開されましたね。PVからでも素晴らしい出来のアニメだと言うことがほとばしっていました。
ジョジョ六部、見よう!


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#20 ハルウリ後のアイサツ

 

 夜の帳が下ろされ、仕事を終えた亜総義市内の人々の動きが活発になり始める時間帯。シケイが厳重警戒を市内に引いていると言えど、一般市民からすればそんなことは露知らずである。そしてシケイの目をかいくぐる一般市民の中には、ポケットに突っ込んだ金を邪な思いで握り締め、街を進む者もいた。

 

 プッチとクマはいつも通り、ハルウリの仕事場の地下に集まっている。クマは多数ある部屋の監視モニターを眺め、プッチはそんなクマに視線をやることもなく手に持った聖書を一心不乱に読みふけっていた。

 お互いに会話をすることはなく、コンクリート造りの監視室内にしんとした空気が静まり返る。プッチの本をめくる音に、監視用の山積みされたモニターがジジジッと電子音を鳴らす音だけが空気を震わせていたかと思うと……クマがモニターの一つに目を向け、プッチの方に振り返った。

 

「202号室が終わった。清掃を頼む」

「…………わかった」

 

 プッチが腰かけていたパイプ椅子から音もなく立ち上がり、聖書を服の中にしまってから、地下室の扉を開けて202号室へと歩み始めた。足を進めるその顔は不満げでも上機嫌でもない、虚無の表情をしていた。恐らく自分から努めて何も考えぬようにしているのだろう。

 202号室の前にたどり着き、腰ポケットからマスターキーを出して鍵を開ける。

 

「……どうも」

 

 プッチが中に居た半裸の女性に視線も向けず挨拶をし、清掃を始める。この瞬間だけはどうにも慣れることができないものであった。色々なものが混じり合った生々しい、気分を害す臭いの中でシーツの交換やゴミ箱内のゴミの回収など、テキパキと自身の仕事を進めていく。

 そうしてせわしなく部屋の中を動き回っていると、服を身にまとった女性が、プッチに向かって小さな声で言葉を発した。

 

「プッチさん、手伝います」

「いえ……」

「大丈夫ですから」

 

 殆ど仕事が終わっていたので手伝う必要がないという意味の「いえ」だったのだが……。内心でプッチはそう思いつつ、わずかに残っていた仕事を彼女に手伝ってもらう。一人でも十分な仕事を無理やり二人で分けたせいか余計に時間がかかってしまったが、大した時間のロスでもないのでまあいいだろう。

 プッチと女性が30センチほど離れ、シーツを変えたばかりのベッドに腰掛ける。昨今亜総義内の警備が厳重になったことにより、シケイの摘発が行われる可能性を恐れたのかこの店に訪れる客の足数は減少した。実際はこのハルウリには一部のシケイが熱心に入れ込んでいるため、摘発が起きる心配はないのだが……。ともかく、そんな理由で全体的な客の数が減少したことにより、次の客とやらが部屋に入ってくるまでは時間がある。

 その次の客までのわずかな隙間時間を使って、プッチは簡易的なカウンセリングをハルウリを行う彼女たちに施すようになっていた。

 

 カウンセリングと言っても、言葉巧みに陰鬱な精神を陽気な精神へと変貌させる奇跡のような物ではない。彼が教誨師として神の言葉を説いていた時の延長線上のことを行っているだけだ。本来はこのようなことをする気はなかったのだが、男だからとクマから非常に厄介な仕事(ジンザイの研修)を押し付けられそうになり、協議の末に本当に仕方なく、代案であるこの仕事を行っている。

 と言っても、神の教えに真っ向から歯向かうような行為をしている相手に、神の言葉を説くなどという愚かなことはしない。私自身の言葉で語彙選びに四苦八苦しながらも、冷静沈着な雰囲気を努めて纏って話しているだけだ。要は簡易的なカウンセリングという名の会話を行っているだけだが、ただ人と話しているだけでも彼女たちの精神は幾分か安らぐらしい。

 湿った黒髪をいじりながら、女性が私に向かって話しかける。

 

「プッチさんは、この街の外の人ですよね?」

「…………ええ。」

「私はこの亜総義市で生まれて、育ってきました……。何の不自由もない、どこに行っても自慢できる素晴らしい街だって思って……。でも今は、とても恐ろしいんです」

「何が、ですか?」

「この場所で亜総義市の闇を知ってから、私たちが今までどれだけ異常だったのかが分かりました。私達はみんな見えない鎖に縛られて、何不自由なく過ごしているようで、実際は自由なんて物を一かけら握ることすら許されていない……。まるで大きな大きな、歯を立てようとすら思わない強大なモノに首輪を付けられているのが怖いんです」

「その強大なモノとはとどのつまり、亜総義グループということですか?」

「違います。いえ、あながち違いませんが…………。あの日あの時、私が街を歩かずに家に居れば、こんな場所に誘拐されることはありませんでした。抗いがたい強大なモノとはつまり、そんな偶然に偶然が重なった結果、こんな状況に陥っている……巡り巡ってたどり着いた私の『運命』って奴ですよ。私たちはきっとこの運命から外れられない、『()()()()()』なんです」

 

 そこまで話したところで、彼女はハッと顔を上げる。

 そして少しだけ気恥ずかしそうに顔を赤らめつつ、髪の毛で上気した頬を隠しながらプッチに向かって羞恥心のこもった言葉を放った。

 

「す、すみません。こんなこっぱずかしいことばかり言っちゃって……」

「大丈夫ですよ、私も考えさせられることがありましたから」

 

 プッチはそこで言葉を区切り、一呼吸する。

 そして彼女に向かって、先ほどよりも一層優しく、語り掛けるように話しかけた。

 

「もし、あなたがこの先に続く辛い運命を知っていたとして。それに対して、覚悟を決めて幸福を掴むことができますか?」

「……それは、過去の私がもし今の私の現状を知っていたとして、という仮定の話ですか?」

「そう思ってくれて構いません」

 

 彼には珍しく、特に裏に隠した意図はなかった。ただ、聞いてみたかったのだ。この街の闇を知って自身の異常性に気づき、運命という物に自分なりに考えている彼女に。

 女性は少しだけ逡巡したのちに、にへらとかすかな苦笑いを浮かべながら、私の方を向いた。

 

「多分……覚悟なんて決められないと思います。幸福なんて、もっと無理で……。きっと、耐えられなくて潰れちゃいます」

「潰れる……?」

「はい。と言っても、本当のことはその時になってみないと分かりませんが。けど、辛いことが先に待っていると知って、覚悟を決めて幸福を得られる人なんてきっと……()()()()()()()()()()()()()()()()

「…………」

 

 彼女の言葉にプッチは一瞬息を止め、地面に視線を落とす。それからわざとらしく、ポケットに入れていた携帯で時間を確認する仕草をし、彼女に別れを告げてから地下の監視室へ戻る道を歩んでいく。

 やけに胸に刺さったその言葉を、なまったるい雰囲気に当てられて弱っているところに偶々効いてしまった物だと、気にしないように努める。気にしてしまうと、自分が今まで目指してきた物が根底から崩れ去るからだ。三十余年の人生の中でここまで精神が弱ったこともあるまい、この胸の突っかかりはひび割れた心の隙間に無理やり刃物を差し込まれたような物だと思うことにした。

 

 地下の監視室に戻り扉を開けると、クマはパイプ椅子に座ったままこちらを肩越しに一瞥し、すぐに視線をモニターへと戻す。私より二回りは若いであろうに、肌色がもつれあう光景をいくつも眺めていてよくも気分を害さないものだ。私には到底できそうにない。

 モニターの映像が視界に入らないように、クマを背中に向けるように置いたパイプ椅子に座る。そして服の中にしまっていた聖書を取り出し、殆ど暗記してしまっている内容を頭の中で反芻しながら読み込んでいく。そうしているうちに、このハルウリとやらの時間は自然と過ぎ去っていった――――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 クマがハルウリ用のマンションの施錠をしている様を背に、彼から預かったままの携帯で時刻を確認する。

 時計の右上部には小さく、12:00と表示されていた。夜空にはわずかに楕円形になった黄金の月が浮かび、うっすらと私たちの帰路を照らしている。

 

「……鍵は掛けた。帰ろう」

「ああ……わかった」

 

 施錠を終えたクマが背後からプッチに話かけ、静かに声を返す。

 時間も時間、おまけにアジトに帰る際には人の目につきにくいルートを通るせいか、静かな夜の道路に男二人が無言で歩くという何とも奇妙な光景が広がっていた。

 夜だというのにむわっとした温風が吹き、プッチはひそかに眉をしかめる。日本の温暖で湿潤な気候には未だに慣れていなかった。なのに長ローブを纏うのは、彼なりの聖職者としてのこだわりなのだろう。

 

 そうこうして5分は歩いたころ、クマが突然口を開いた。

 

「最近……清掃の後に、カウンセリングを始めただろ」

「……? 突然なんだ」

 

 プッチの返答に、クマはマフラーで口を隠しながら、顔を真正面で固定したまま話し続ける。

 

「それを始めたおかげで、俺からのジンザイのメンタルケアが不必要になった。……感謝する」

「…………」

 

 互いに口を閉じる。

 感謝を告げられたプッチはそこまで嬉しさを感じなかった。そもそもハルウリという行為自体を嫌っている彼だ、それを支援するようなことを褒められたところで喜ぶようなことはない。カウンセリングは面倒な仕事を押し付けられたくなかった際の代案というのもそうだが、自らの罪悪感を少しでも払拭するための贖罪行為にも似たことだったからだ。そもそも最初から行わなければカウンセリングをすることもなかった、決して褒められることではないのだ。

 対してクマは、物事を合理的に考える節がある。手慣れていそうで、その実手探り状態の中ハルウリを進めている彼にとって、メンタルケアという手間も金もかかることを一身に担うプッチには感謝を伝えておかなければと思ったのだ。たとえそれが、どれだけ危険な相手でもである。

 再び静寂が二人の間に広がる。

 

 

 ……クマには一つ、確かめておきたいことがあった。

 

 『()()』の件だ。

 

 犯人不明、手法も不明。なぜナユタに犯人の疑いが向いたのかも不明。

 この中で最も謎である『()()()()』。この謎のピースを埋める力を持つのが……今横にいるこの男だった。

 

 自分を中心に最低でも半径五メートル内の距離で、不可視の物理エネルギーを操作することのできる力。こんな常識外の力があれば、シケイの目をかいくぐって萬像破壊を成し遂げることは容易だろう。

 

 ……実のところ萬像を破壊した件はどうだっていい。むしろ抗亜としては推奨すべき行為だ。

 しかし、ナユタに犯人の疑いを向けたこと。

 これだけは看過できない。

 仕山医院では危うく全滅しかけたのだ。

 これを黙って見過ごすことはいくら何でもできなかった。

 

 萬像を破壊した人物とナユタに疑いを向けた人物が別という線もあるが……かなり低いだろう。萬像が破壊された直後にナユタが破壊したという偽情報をシケイにリークしても、流石に亜総義側もそれを鵜吞みにするほど間抜けじゃない。

 まして亜総義内のメディアに一瞬で情報を流した後に、すぐに取り消すという馬鹿なことは絶対にしない。奴らにとって非常に重要な生誕祭のモニュメントに関する話題だからだ。超一級レベルの取り扱いが為されることだろう。

 

 

 だが……それらのことは実際に起きている。

 ナユタが犯人だと亜総義内のネットニュースで報じられ、数時間後には掻き消えていた。この街のメディアは亜総義グループからの圧力ぐらいでないと記事や意見を取り消すなどということはしない。

 

 つまり、亜総義側は件の偽情報を一時は信じていた。

 そして奴らが野卑滑稽な偽の情報を信じざるをえないタイミングとは――――萬像が『()()()()()()』にリークされた、しか考えられない。

 

 萬像破壊なんて、どこの抗亜クランも考えすらできなかった大それた行為だ。

 亜総義側の雑な対応を見るに、奴らもシケイの厳重な警備が突破されるとは微塵も思っていなかったらしい。

 誰にも事前察知は不可能だった。唯一出来たのは、実際に破壊を行った犯人だけ。

 

 つまりは、何者かが『ナユタが破壊するという偽の犯行予告を送り付けた』後に『萬像を破壊した』ということである。

 

 

 

 ――――プッチが犯人という、決定的な証拠はない。

 しかし、自身が考えられる中でこれらの犯行が可能なのはこの男だけだ。

 これからも協力関係を結んでいく上で、確実に問い詰めておかなければならない。

 

 一対一で問い詰めるのはこの上なく危険だが、ザッパ達を巻き込むよりは一人でやった方がいい。クマは独断専行的に、しかし自身ではその行動が合理的だと思い込んでしまっていた。

 そしてクマが足を止める。横から響いていた足音が止まったことに気づき、プッチも足を止めて振り返った。

 クマは緊張気味に口を開く。

 

「プッチ」

「何だ?」

「少し聞きたいことが――――」

 

 

「―――おっ、キラキラのカレシではないか! しばらくぶりであるなー!」

「……アンテナか。カレシじゃない、クマだ」

 

 自動販売機の陰からひょこっと顔を出したのは、猫耳付きのヘッドホンらしき物を被った緑髪の少女。突然出てきた彼女の姿に、クマは発していた言葉を思わず止めてしまった。

 少女はクマに向かって「よっ」と右手を挙げて挨拶する。

 

 プッチは少女の方に視線を向けつつ、クマに顔を寄せて問いかけた。

 

「知り合いか?」

「キラキラの友人だ。本名はアレシボ国府田恵理愛……通称は『()()()()』だそうだ」

「アンテナ……随分と安直だな」

 

 そう言って彼は、少女が背後に背負ったバッグに目をやった。

 中には何らかの受信機器でも入っているのか、バッグ上部のわずかに開いた隙間から鉄製のピンと伸びたアンテナが一本生えている。

 クマは自販機の陰から完全に体を出し、自身のヘッドホンの耳当て部に右手を添えているアンテナに話しかけた。

 

「一体こんな時間に、こんな場所で何をしている?」

「うむ、実はこの辺りで面白い電波を受信してな。あちこち探し回っていたのであるが~……喉が渇いたゆえに、この自販機でジュースを飲もうとしていたのだ」

 

 アンテナは「わははは」と笑いながら、上機嫌気味に赤い自販機をバンバンと手のひらで叩く。

 クマは腕を組み、冷静に彼女を見つめながら言葉を紡いだ。

 

「……じゃあ、なぜ自販機の陰に隠れていた?」

「むむむっ?! わ、私は隠れてなど――――」

「明らかに隠れてただろ……。大方、近づいてくる二人組に恐れて隠れたとかだな」

「う、うがーーーーーーっ!! 私は恐れてなどない、やるかお前ーーーーーー!!」

 

 手をジタバタと暴れさせて抗議する少女の姿は、自分から「はいその通りです」と言っているようなものだ。プッチは内心で新たなアホの登場かと辟易しながら、自分も自動販売機で何か飲み物を買おうかと思い、近づいた。

 ……が、硬貨を入れる場所が一つもない。それどころか、札を入れる場所も見当たらない。ペタペタと普通の自販機では金を入れる場所があるところを触っていると、自販機から機械音声が響いた。

 

『アソポカードをタッチしてから商品のボタンを押してください。アソポカードをタッチしてから……』

「……アソポカード? ……ああ、そうか……」

 

 プッチが聞きなれない単語を静かに反芻し、アソポという亜総義内だけで通じる電子通貨のことを思い出す。おそらくアソポカードというのは、そのアソポという独自通貨が詰まったクレジットカードもしくはプリペイドカードの類のことなのだろう。しかしアソポは現金からの変換に身分証明が必要となる。私はこの世界に流れ着いた身であるため、身分証明などしようもなく、アソポやアソポカードというものは一切持っていない。 

 どうしたものかと思案する男の背後でアンテナがこてんと首を傾げ、腕を組んでいるクマに話しかける。

 

「んっ? クマ、こっちの男は……もしかして外からの人間か?」

「そうだが」

「にゃははは、そりゃ困惑もするであろうな。よし、少し脅かしてやるのである」

 

 アンテナがヘッドホンに触れ、数秒。

 自販機からピピピピピッ!! という音と同時にすべての飲み物のボタンが販売中から売り切れ表示に変わり、ガタガタというけたたましい音を鳴らしながら、大量の飲み物が取り出し口からあふれ出てきた。

 プッチも少しだけ目を見開き、サッと背後に下がる。

 

「わははははは! なかなか面白い反応をする奴なのである!」

「……一体何をしたんだ?」

「うむ。この自販機は販売データやらシステムを電波で送受信してるタイプなのでな。その電波を読み取って、ちょちょーっと誤情報を送ってやればこんな風に……」

「勝手にジュースが出る……か」

「理解できたか? クマもそこの男も、適当に好きな物を拾うのである」

 

 プッチは背後で語られた説明で一体何が起きたのかを理解し、地面に転がった飲み物の缶の中からブラックコーヒーを拾う。水があればそれでもよかったが、なかったために次点で多少口にしたことのあるコーヒーを手に取ったのだ。他の物は甘ったるいジュースばかりで飲む気にならなかった。

 クマはアップルジュース、アンテナは私も見知らぬ缶の飲み物を手に取る。

 三人が各々の缶のふたをカシュッと開け、いざ飲もうと缶に口をつけたところで。

 

「……よお。ナユタの番頭じゃねえか」

 

 私たちが歩いて来た道の方から現れたのは、白い化粧に赤鼻を付けたピエロのメイクに黒いフード、紫色のスカーフを巻いた二人組の男。フードの隙間からチラチラと見える耳には黄色いわっかのイヤリングを付けている。……今夜は客が多いな。

 クマが手に持った缶を地面に落とし、男達の方を向いて身構えた。

 

「……フラットの連中か。他所のクランが、何の用だ?」

「大したことじゃねえよ。通りすがりの、ただのアイサツだよ」

 

 フラットの男達がへらへらと軽く笑いながら、煽るようにクマの方に向かって言葉を放っている。

 プッチも手に持っていたブラックコーヒーを地面に落とし、男たちの方を向いた。

 

「おいおい、女一人と男二人でデートか? しかも片方は随分とおっさんだしよ」

「デートっつう風には見えねえな。二人揃ってこれからその色気のねえガキでプライベートのお楽しみってか? ロリコンかよ」

「な―――! なんだとこら、お前ーー! 私は歴とした――」

 

 アンテナが逆上するが、それよりも更に勢いのある大きな怒声で、フラットの一人が叫んだ。

 

「最近ハネてんじゃねーか、あァ!?」

「アンテナ、下がれ! プッチ、ハルウリ前後の闇討ちだ!」

 

 男は自身の腰ポケットからバタフライナイフを取り出し、クルクルと回して鈍く光る刃を露出させた。

 クマがアンテナの服を引っ張り、自身の後ろに力づくで下がらせた。突然体にかかった力にわわっと声を上げ、体勢を崩して尻もちをつくアンテナ。手に持っていた缶が地面に落ち、中身を撒き散らしながら転がっていく。

 そんなことは露知らず、フラットの男はクマよりもわずかに近くに立っていたプッチの方に斬りかかってきた。

 

 プッチは、男の右から左へと水平に薙ぐように動き迫ってくるナイフへと視線を向ける。以前の壬生菊千代の刀捌きにまだ目が慣れているせいか、あまりにスローな動きに感じてしまった。

 咄嗟に身をかがめてナイフを回避し、タックル気味に男の腹へと突進しつつ、スタンドの殴打を二発みぞおちに決めた。スタンドパワーが格段に落ちたと言えど常人相手に放つには十分すぎる力だ、男は耐えきれず地面に背中から倒れ込んだ。ブクブクと泡を吹いているあたり、意識まで失ったらしい。

 もう一人、斬りかかってきた男の少し後ろに居た男が、ただのタックル一発でダウンしたかのように見えた仲間の姿に恐怖する。

 

「……ッ!? マジかよ! 道っぱたでアイサツしただけじゃねえか!」

「そうか」

 

 クマは懐から黒い拳銃を取り出し、ジャキッと音を立て、残ったフラットの男の方へと向けた。

 

「じゅ、銃……!?」

「挨拶を返すだけだ。合理的にな」

 

 そう言って、何のためらいもなく、トリガーを二回引いた。ダンダンと乾いた炸裂音が鳴り響き、男の足元の地面に二個の弾痕が生まれる。

 彼は汗を流し、咄嗟に弾痕のできた場所から飛び退く。そんな彼に向かって銃を構えたまま、クマは冷静に言葉を放った。

 

「今の亜総義市の状況で、そんなことを言って遊んでいる余裕があると思うか? その服、ちゃんと防弾性だろうな。どこに飛ぶかは保証しないぞ」

「あら、怖い怖い。今度からは防弾性にしないとね」

 

 クマの言葉の後にどこからともなく響いた、妙齢の女性の落ち着いた声。

 銃痕から飛び退いた男の更に背後の闇から静かに、紫白の髪を生やしたへそ出しファッションの女性が現れた。羽織った紫色の毛皮の上着がひとりでに揺らめき、彼女のファッションと共に、煽情的な雰囲気を纏っている。

 その女性の背後から、新たに五人のフラットが現れる。先ほどはスタンドをなるべく隠しながら攻撃したが、この人数差だ。多少バレることを覚悟した方がいいかもしれないと、プッチはホワイトスネイクを出す準備をした。

 

 紫白の女性を見たクマが目を見開き、銃を構えた姿勢を外す。

 だが銃口を上に向けただけで、銃は握ったままだ。

 

「ッ! ……フラットのシオンだったか。ハルウリ前後の襲撃は反則だと認識していたが」

「ふふ、そんなのあったかしら? 知らないわね。」

「……その二人じゃ腕が足りず脅しにならなかったから、裏で控えてた自分たちも出てきたということか? そちらも挨拶をするという気なら、相手にはなるが」

「あらあら、元気だこと。……この様子じゃ、貴方たちにいくら挨拶しても効きそうにないわね」

 

 シオンと呼ばれた女性は、クマの背後にいるアンテナに視線を向けた。

 自身を舐りまわすように観察するシオンの視線に、少女はヒッと小さな悲鳴を上げる。

 

「そっちの女の子に挨拶すれば、少しは元気も収まってくれるかしら。ね、ナユタの番頭さん?」

「…………」

 

 クマが無言で銃を構える。そしてトリガーを引いた。

 再び乾いた炸裂音と共に、タァンと地面が撃ち抜かれる。

 周囲に居たフラットの男たちに動揺が走るが、シオンは一切臆することもなく、微笑みを浮かべた。

 

「……嘘よ。挨拶はもう済んだみたいだしね。この間何人か下っ端が死んじゃったから、これ以上減らすわけにもいかないのよ。それに、厄介そうなボディーガードさんもいることだし」

 

 彼女は、身構えたまま自身を睨んでいたプッチの方にチラリと視線を向ける。

 そしてすぐに顔を背け、取り巻きの男にダウンした男を回収するように命じ、先ほど自分たちが現れた道の奥へと消えていった。月光の陰に隠れ、十数秒もすれば姿は見えなくなる。

 

 緊張状態が解け、真っ先に大きな息を吐いたのはアンテナであった。ぷはーっと息を吐き、こわばっていた体を動かして立ち上がる。

 

「二人とも、た、助かったのである。……それにしてもクマは、ズキューン!バキューン!と相手の足元を撃ち抜いて、まるで映画みたいだったのである!」

「……全部腕を狙っていたんだが」

「ふえ?」

 

 クマの小さなつぶやきを捉えたプッチは内心驚愕する。あの距離で腕を狙ったのに間違って地面を撃ってしまうなど、かなり洒落にならない命中精度だ。

 次にアンテナがプッチの方を向き、ぶんぶんと腕を振りながら興奮した様子で言葉を発した。

 

「プッチ……? と言ったか? ナイフの攻撃をサッと躱して、タックル一発で相手を倒してて、カンフー映画みたいだったのである!」

「……タックルで倒せるほど鍛えていない。みぞおちに二発入れただけだ……」

「ふえ??」

 

 彼の静かなつぶやきはクマの耳に入り、近づいた瞬間にスタンドでみぞおちを殴ったのかと納得させていた。

 アンテナの無邪気な声の聞き方に、男二人は自らがズルでもしてしまったかのようで、なぜか後ろめたく感じてしまった。実際には何も小狡いことはしていないのだが。

 

 とりあえず三人で再び飲み物を拾い飲み直してから、アンテナはすぐさま帰らせた。これ以上の夜歩きはあまりに危険であるためだ。

 ひと悶着あったものの、二人とも無事に、再びアジトへの帰路を歩み始める。

 そしてふと、プッチが何かを思い出したようにクマに話しかけた。

 

「そういえば、私に何か質問をしようとしていたが。アレは一体何だったのだ?」

「……いや。気にしないでくれ、また……いつか話す」

「……そうか」

 

 クマはタイミングをずらされたせいか、話すことができなかった。重要な話であるためになるべく早く聞かなければいけないのは分かっていたが、それでも自分の決心がついたタイミングで話したかったのだ。

 

 

 かくして、プッチとクマの重大な確執は先延ばしにされた。

 ただ、そう遠くに延ばせたわけでもない。

 もうすぐ、ナユタ全体を巻き込む二人の争いが巻き起こるのは、火を見るよりも明らかであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




凄く遅れました。
そしてすごく長いです。

最近モチベが上がらず筆が進まなかったのですが、メモ帳にプロットと細かい設定をエンディングまでしっかり書き記すことで、強制的にモチベを発生させました。

エタりだけはないように頑張っていきますので、よろしくお願いします。


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#21 悪の露呈

 

「…………」

「…………」

 

 ナユタ・アジト内部。

 珍しく全メンバーが居合わせるリビングの中、机の上に置かれたデジタル時計が「19:30」を表示させていた。

 しんと静まり返るリビングで、誰かが静かに息を呑む音が聞こえる。

 

 言葉も発せないほどの重い緊張状態を作り出しているのは、部屋の中心で向かい合っているクマとプッチであった。互いが互いを射殺さんとばかりに鋭い目つきで相手の顔を睨んでいる。

 ただ、いくら何でもナユタの面々……特にザッパは、二人が睨み合っているぐらいで動きを固めるほど柔なメンタルはしていない。しかしザッパですら止めに行こうと動けないのは、二人の間に挟まれたとある物が原因であった。

 

 クマが両手で握るそれは、プッチの眉間に向かって一直線に向けられている。

 室内光で鈍く、危険な香りを漂わせながら光っているそれは、クマがヒトカリで使用する()()

 

 プッチはクマの握る拳銃に一切物怖じせず、顔に怒りを浮かべて睨みつけている。

 それに相対するのは、相手が少しでも動けば本当に引き金すら引きかねないクマの据わった目つき。彼の瞳は覚悟を決めた風であるものの、何かを恐れているのか、頬から一筋の汗を垂らしていた。

 

 

 なぜこんな、一触即発の状況にまで至ってしまったのか。

 

 

 それは、クマがミストレスから一本の電話を受けたことが始まりであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――――――――19:00―――――――――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「………何の用なんだ……?」

 

 厚い闇が亜総義市を覆い始める頃。

 クマは背後にゆらゆらと揺らめく長い影を伸ばしながら、ミストレスの店『VILE/VAN』へと足を進めていた。

 

 

 彼がナユタのアジトでハルウリ用のデータを纏め終わり、一息ついていた時分に、突然ミストレスから自身のスマホへ電話が掛かってきたのだ。

 かなり昔、クマがナユタに入ったころに緊急連絡用として番号を交換したものの、今の今まで一度も連絡を取り合うことはなかった。クマ自身も彼女から電話が掛かってくるまで、番号を交換していたのを忘れていたほどだ。

 突然の電話にいぶかしみながらも応答ボタンを押し、耳に当てる。

 

『もしもし、クマくーん?』

「……一体何があった?」

『何があった~って訳でもないんだけど……いや、正確にはあったともいうのかな?』

「要領を得ないな。合理的に、簡潔に話してくれ」

『んもう、相変わらずすれちゃってるんだから~。

 ――――……今すぐ()()()お店に来てくれないかな?』

 

 クマはいつになく真面目な声を出したミストレスに内心驚きつつ、チラリと時計の方を見た。

 デジタル時計には「19:00」と表示されており、今から外に用事があると出ても、面倒くさがって誰も着いてきたりはしないだろう。……ミストレスの所となると虎太郎がついてくるかもしれないが、彼はギプスを付けたままの機械いじりで疲れ果てたのか、ソファーに突っ伏して就寝している。問題ない。

 クマは電話の向こうの人物に声を発した。

 

「わかった、今からそっちに向かう。一人で、だな?」

『そーそー。それじゃあ、待ってるからね~』

 

 ブツッと音を立てて、通話が切れる。

 すぐに外出の用意をし、適当な嘘を吐いて、アジトの外に出た。

 

 

 そんな会話があり、クマはミストレスの居場所へと向かっていた。

 幸いにもアジトとVILE/VANはそこまで距離があるわけではないので、十分も経たぬうちに目と鼻の先の距離までたどり着く。

 周囲には人気が僅かにあるがそれらを気にすることもなく、光の届かぬ薄暗い裏路地に入る。少年が一人裏路地に入っていったぐらいでシケイに通報するような奴はいないので、武器を取り出したりなど明らかに抗亜だと言い張るような行動をしない限り人目は気にするだけ無駄なのである。

 すいすいと見知った路地を進み、VILE/VANのあるマンションの中へと入っていった。

 

 電気のついていない廃マンションの中は外よりもいっそう薄暗い。

 ぼんやりと差し込む夕焼けの光を体に受けながら、四階廊下奥にあるVILE/VANの扉に手を掛けて開いた。

 チリンチリンと子気味よく響く鈴の音を頭に浴びつつ、店の奥にいるミストレスに向かって声を掛ける。

 

「ミストレス、一体何があったんだ?

「あ、クマ君。ちょーっと悪いけど、扉の鍵、閉めといてくれる?」

「……わかった」

 

 彼女の言葉にいぶかしみながらも、クマは扉の鍵をガチリと閉める。

 この部屋は特別な作りになっており、一旦扉を閉じて密室になると外に一切音が漏れない防音構造になっている。まさに抗亜が使う危険物を扱う店にうってつけの設備ということだ。

 余りの徹底ぶりに何か危険な香りを感じ、クマは懐に入れている拳銃を服の上からさすって位置を確認してから、ミストレスの立つカウンターに近づいた。

 

 彼女と彼がカウンター越しに向かい合うように立つ。

 どちらかが言葉を発する前に、ミストレスがゆっくりとカウンターの下から何かを取り出し、コトッと小さな音を立てて置いた。

 

 それは黒一色の、手で覆ってそのまま握りつぶせそうなほど小さなMp3プレイヤーだった。

 ミストレスが人差し指ですーっと近づけてくるので、クマはそれを手に取った。何度か手の中で回転させて観察しつつ、彼女に問いかける。

 

「これは?」

「Mp3プレイヤーだよ」

「……見ればわかる」

「ごめんごめん、冗談だって。まーそれ自体は市販の奴なんだけど、中に入ってる音声が問題でね~」

「一体何が入ってる?」

「…………」

 

 ミストレスはクマの問いかけに、一瞬だけ声を止める。

 そして静かに息を吐いて、低く落ち着いた声色で言った。

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()……かな」

「ッ!!」

 

 思わず息を呑む。

 Mp3プレイヤーを起動させると、ファイルの中にぽつんと一つだけ保存されている音声ファイルを発見した。

 小型プレイヤーには珍しくイヤホン不要のスピーカーモードで音を出せるようで、クマは迷いなく保存されていたそれを再生する。

 

 何かの無線だろうか、ザザザッと雑音が混じっている。

 音量ボタンを押して最大にまで音を引き上げると、雑音の中に入っていた声が鮮明に聞こえるようになった。

 

()()()()にて抗亜出現、抗亜出現。一応業務連絡したが……こんなもん必要あんのか? 上が何も言わない限り、俺たち市内の巡回組が援護に行くことはねえのに……』

 

 業務連絡らしき報告の後に、気の抜けた男の文句が続く。市内の巡回組……正直そこまで偉くも強くもない、街の片隅で市民を相手にいびっているだけの奴らだ。数だけは立派である。

 内容からして、仕山医院にナユタが侵入してすぐの無線だろう。

 目を閉じ、更なる集中を小型プレイヤーに傾ける。

 

『その抗亜の特徴は……わかるか?』

「………ッ」

 

 喉が鳴る。

 無線のザーザーと鳴り響く独特な雑音に紛れてはいるが、妙に落ち着き、それでいて相手を絡めとるような耳にすっと入ってくる声には非常に聞き覚えがあった。

 首のマフラーを指で軽く動かし、冷や汗がじわっとにじんだ首元に風を送る。

 初めに文句を言っていた男が何か不可思議なものを感じ取ったのか、『ん?』と小さく口から漏らし、話し始めた。

 

『特徴ォ? というかお前誰だ? こんな声の奴いたか?』

『今日から入った新人だ。先輩方は今出払っている。必要なら先輩の識別番号まですべて暗唱できるが……』

『ぐっ……あーあーすまなかった! 俺の業務連絡のチェックミスだな。さっき入った情報によると……仕山医院に侵入した抗亜は、少年少女の複合軍団……()()()との報告が入っている。』

 

 さも当然だと言わんばかりの堂々とした口調の物言いに、問い詰めていたはずの男の方が動揺し、会話を切り上げた。声の主は相手を言葉だけでひるませるような胆力の持ち主だと分かる。

 クマは更に冷や汗をかく。ミストレスが彼に視線を向けているが、そんなことなど一切気にもかからないほどに目の前の音声に集中していた。

 

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()という情報が入った。今すぐ仕山医院に警備を向かわせろ』

 

 

 クマが思わず、音声を止める。

 この声の主はもはや考えるまでもない。

 

 

 ――――間違いなく、『プッチ』だった。

 

 

 目の前のMp3プレイヤーを指さし、クマがミストレスに鋭い視線を向けて言った。

 

「この音声、いくらだ?」

「へ?」

「相当重要な物だろう。そちらの言い値でいい」

「いやいや、いいっていいって。クマ君にはいつもよくしてもらってるし、いつものサービスって言うことで。もし気になるなら、次に来た時に一杯買っていってくれると嬉しいな♪」

「…………そうか。なら、遠慮なく貰っていく」

 

 その言葉を尻に、ひったくるようにプレイヤーを掴み、荒々しい歩み方でVILE/VANの扉を開けて外に出て行ったクマ。普段から冷静さを保ち続けるよう努める彼だが、今頭の中は不思議な動揺と怒りと焦りで渦巻いていた。

 だから、聡明な彼が気づかぬ仕方のないことであったのだろう。

 

 

 何故ミストレスが、こんな音声を彼に渡したのか。

 そもそも、彼女は一体どこでこれを手に入れてきたのか。

 

 

 クマの去った『VILE/VAN』の中。

 カウンターに体重をかけたミストレスは、壁の向こうの、どこか遠いところを見つめるように目を細め、静かにたたずんでいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ナユタのアジトで。

 メンバー各々が自由に時間を過ごす中、プッチは一つの椅子に座り、普段から持ち歩いている聖書に目を落としていた。この後のハルウリ業務のことを考えると憂鬱でしかないが、致し方のないことだろう。

 

 クマがどこかに出かけ、未だに帰ってきていないのが多少気になるが……。

 多少姿を消したところで、探しに行く必要のあるほど手間のかかる小僧でもない。問題ないだろう。

 プッチは思考を閉じて再び、聖書の一節を頭の中で暗唱する行為に戻ろうとしたところで――――。

 

 

 ――アジトの玄関扉が、まるで蹴破られるように勢いよく開いた。

 

 プッチが聖書から目を外し扉の方に視線を向けるが、そこに居たのはクマ。

 その音に襲撃を警戒したザッパや虎太郎たちもクマの姿を見るなり、口々に驚いたなどの感想を吐きながら視線を逸らそうと…………

 

 ……したのだが、どうにもクマの様子がおかしい。

 上着の右ポケットに手を突っ込み、額に汗を流し……そして何かの覚悟が決まったかのような据わった目つきをしていたのだ。

 

「ど、どうかしたのかクマ?」

 

 ザッパが声を掛けるが、彼はそれを無視し。

 物が散乱する地面をずんずんと一歩一歩踏みしめるかのような強い足取りで進み、椅子に座るプッチの前に立った。クマは椅子に座る彼を見下ろすように立っている。

 プッチはそんな態度にそこはかとないイラつきと、何かを掴んできたなという予感を感じる。そしてパタンと持っていた聖書を閉じ、目の前の男を睨みつけた。

 

「プッチっ…………!」

「人の名前を気安く呼ぶんじゃあない」

「……ナユタを、萬像を破壊した犯人に仕立て上げたのは……お前だな?」

 

 なるほど……掴んできたのはそれだったか。

 ただ、すぐに認めるのも癪だ。どこかにクマの論理を壊せる綻びがあるかもしれないと、わざと突っかかるような物言いで言葉を返す。

 

「その件については、しっかりと『違う』と明言したはずだが? 私はあくまで、ナユタへの恩を返しに来ただけだと言ったはずだがね」

「この期に及んでしらばってくれるなよ」

 

 クマが右ポケットに突っ込んでいた手を引き抜く。

 その手に握られていたのは、小さなMp3プレイヤーだった。中心の丸い再生ボタンをカチッと鳴らし、中に保存されていた音声を再生する。

 

 

 ――――『()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()という情報が入った。今すぐ仕山医院に警備を向かわせろ』

 

 

 

「……マジ?」

 

 一番に声を漏らしたのは、キラキラだった。

 その声に呼応し、全員がざわざわと騒ぎ始める……なんてことはなかったが、全員の視線がプッチに降り注いでいることだけは確かであった。しんと広がる静かな世界の中で、ナイフの如く鋭い視線がプッチの体を刺す音だけが聞こえたような気がした。

 そんな中で一人、プッチは椅子の上で音もなく足を組み替え、脳内で思考を回し続ける。

 

(……あの時の無線音声を掴んできたか。一体どこで手に入れてきたのかは分からないが……なるほど、確かに証拠としてはこの上ないほど有効なものだ)

 

 無線の音声という関係上、ザーザーと余計な雑音が混じっている。その雑音のせいで、偶々私の声に聞こえるだけだと言い張れなくもないが。

 ナユタの全員が私を疑ってかかっている以上、そのような木っ端に等しい言い訳では覆すどころか更に状況を悪化させるだけだろう。殆ど詰みの状況であった。

 実を言うと、クマが覚悟をもって私に突っかかってきた時点で覆せないような決定的な物を持ってきたというのは分かっていた。所謂、プッチなりの悪あがきという奴であった。

 

(詰みだな。…………まあ仕方ないか。別の抗亜クラン……フラット辺りにでも移る準備を始めるとしよう)

 

 ため息を吐き、プッチは椅子に座ったまま、目の前にいるクマ……引いては部屋の中にいるナユタの全員に声が響くよう、大きな声で話し始めた。

 

「ああ………その通りだ。私が、お前たち(ナユタ)に冤罪を着せた張本人だ」

「てめッ……プッチ!!」

「落ち着け虎太郎!」

 

 虎太郎が怒りに任せてプッチに攻撃をけしかけようとするが、ザッパが上から押さえつける。

 ザッパは静かにクマに目配せをする。クマも彼の合図に答えてMp3プレイヤーをポケットの中に入れ、プッチの目を強く見つめた。

 

「なぜそんなことをした」

「以前にも話しただろう? 『天国に到達する』ためだ」

「……意味が分からないな。合理的に頼む」

「天国に到達するにはな、亜総義重工本社の中に入る必要があるのだよ。だが今の私一人であの場所に入るには少し厳しい。ここまでは以前に話したことがあるはずだが」

 

 室内がしんと静まり返っている。

 プッチはそその静けさを肯定と受け取り、再び言葉を紡ぎ始めた。

 

「だからどこかの抗亜クランに入る必要があり、三つの抗亜の中で唯一ほんの少し関係があった『ナユタ』に入ろうと考えたのだ。しかし真正面から入れてくれと頼んでも、貴様らは私のような素性の分からない男を入れたりはしないだろう? だから、仕山医院での一計を打った。ただそれだけのことだ」

「……その口ぶりからして、萬像を破壊したのもお前か?」

「既に分かっていると思っていたがね。その音声の通り、偽の情報を流した後に私が破壊したよ」

 

 男がつらつらと言葉をつなげていくことで、近頃亜総義市内を取り巻いていた謎が解消されていく。

 クマは一時的にとはいえ、亜総義市を覆いつくすほどの巨悪の所業を平然と行ったプッチの本性に微かな恐怖を覚えるが、心の奥底にねじ込みプッチへ言葉を発した。

 

「これから……どうするつもりだ」

「無論、この場所から去る。そっちも私がいることなど望まないだろう」

「目的があってナユタに入ったと言っていたな。ここを切り捨てて他の抗亜にでも行くつもりか? 一応言っておくが、今はどこのクランも新しい奴を入れようなんて考えはしないと思うぞ」

「……だからどうした」

 

 プッチが目を細める。

 てっきり勢いそのままに私を追い出すと思っていたが、この期に及んで交渉を試みようとしているらしい。周囲のナユタメンバーは武装をする訳でもなく、ただじっとこちらを静観している。

 全員から襲い掛かられる可能性も考えていたが、いざそうなった時に全員を叩きのめすのは多少面倒だ。平穏にここから出られるならこの交渉ごっこに付き合うのもやぶさかじゃあない。息を口から吸いこみ、深く吐いてから、クマに話の続きを促す。

 

「――条件次第で、お前をナユタに残してもいい」

「ハァ!? クマッ、何考えてんだよお前!!」

 

 虎太郎が一瞬声を荒げるが、ザッパが手で口を閉じ、クマに静かに目配せをする。

 クマはザッパの方に小さく頷き、「大丈夫だ」と合図を送った。

 

「……条件とはなんだ?」

「お前のスタンドについて、何一つ隠さずこちらに教えることだ」

「……全て教えたはずだが? 目に見えないスタンドを操り、物を動かせると」

「まだ隠しているだろう。仕山医院でザッパを救助したときに、部屋の中のシケイを一気に気絶させたらしいな。それに類することの話をしている」

 

 「チッ」と小さく、誰にも聞こえぬよう口の中で舌打ちを鳴らすプッチ。まぁ、当然私のスタンド能力の一端を使用したときのことなど共有されているか……。

 

 奴は暗に、『()()()()()()』についての開示を行えと私に言っているのだ。

 スタンドの真の強みは各々が個別に持つ『スタンド能力』にある。それを開示しろというのは、自分が切ることのできる手札を全て相手に見せろと言われているのに等しい。

 正直、ディスク能力がバレた所で非スタンド使いごときに対処される訳はないが……。

 プッチは椅子から立ち上がり、クマを左手で押しのける。

 

「断らせていただく。ではな」

 

 こいつらにスタンド能力がバレた所で問題はない。が、それが巡り巡って、この街のどこかにいるスタンド使いに知られると非常にまずいことになる。

 天国に到達するためには非常に精密な計画と強大な慎重さが必要になる。前の世界から引き継いだDIOの記憶やケープ・カナベラルに相当する箇所の情報が揃っている分、以前よりも早く計画を進められるだろうが……これらの記憶があってやっと、徐倫がGd.s.t刑務所に来た頃と同じレベルなのだ。

 失敗する要因はなるべく潰しておかなければならない。スタンド能力がスタンド使いにバレることなど、もってのほかだ。

 そう考えながら、出口に向かって進もうとして―――。

 

 

「待て」

 

 

 クマがすれ違いざまに、私に声を掛けた。

 

「……何だ?」

 

 足を止め、彼の方に体を向ける。

 プッチとクマの身長差は小さくはなく、椅子に座っていたプッチを見下ろしていたのとは打って変わり、クマがプッチを見上げるような形になっていた。

 

「散々相手のことをかき回しておいて、気に食わなければそのまま次の場所へ向かう……か? 好き勝手に物を食い荒らしていく蝗害と代わりないな」

「5ドル程度の安い煽りだな。私に対するせめてものの嫌がらせか?」

「ああ。フラットと東雲派に危険人物が向かうと連絡しておこう。単純だが、今のお前には一番効くだろう」

「やってみるといい。石を投げた愚か者たちでさえ自らを振り返ることはできたが、それさえできない貴様らに何ができるか甚だ疑問だがな。貴様らは自らの行為を顧みるということをしない、どうして私をチームに入れたのか覚えていないのか?」

 

 クマが目の前の男を睨み、剣呑な雰囲気を放ち始める。

 対してプッチは、まるで自身の行いが天に赦されていると言わんばかりに堂々と、気丈な振る舞いで立っていた。

 

「また、どこかの抗亜クランにマッチポンプを行うつもりか?」

「次は何人死ぬか分からないがな。しかし……天国に到達するためには致し方のない犠牲だ」

「……そんな、()()()()()()()を免罪符にしているのか? とんだ狂人だな」

 

 

「何だと?」

 

 

 突然、アジトの中の温度が低下する。

 しかし、実際の温度計を見ても1℃足りとも下がってはいない。それどころか、部屋の中にいる数人が過呼吸気味に息を吐くことで部屋の温度が多少上がったほどだ。

 世界が絶対零度に変化したように錯覚してしまったのは、プッチから突然放たれ始めた殺気によるものである。うすら寒い冷気の塊が体を這いまわるような感覚に、今まで感じていた恐怖という存在を上から塗りつぶされたようだった。それほどまでに、絶対的だった。

 プッチは聞くものが聞けば身震いするほどの威圧が籠った声で、目の前のクマに問いかける。

 

「今。私の、何を、くだらぬことと言ったのだ?」

「お前が語る天国論のことだ。もう一度言ってやる。誰が聞いても陳腐な戯曲の設定にしか聞こえないようなことを馬鹿真面目に信じ、それを免罪符に人を殺すことに躊躇いのないお前を狂人と言ったんだ」

「私とDIOの崇高なる天国を侮辱するんじゃあないッ!! 天国とは、人々が幸せになるための唯一の手段なのだッ!!」

「誰かが頼んだ覚えがあるか? お前の言う天国なんて物を…………」

「…………」

 

 プッチがクマの言葉を聞いた途端に口を閉じて黙りこくり、何かを呼び出すように、腰の横に置いていた右手の指を微かに動かす。

 その動きを見た瞬間にクマが一歩半飛び下がり、懐にしまっていた拳銃を相手の眉間に構えた。トリガーを引くのに一切躊躇をしない……と自分では思っているクマだが、プッチの眉間に銃を構えた時点で体が全く動かなくなってしまった。

 何もプッチを撃つことを躊躇って、トリガーを引けない訳ではなかった。ただ銃を構えるのが遅すぎただけなのだ。

 

 非スタンド使いのクマでも、プッチの怒気に満ちた目を見れば分かる。

 今相手の眉間に銃を向けて生殺与奪兼を握っているように、自身の生殺与奪兼もプッチによって握られているのだと。

 

 実際彼の予感は正しかった。

 ホワイトスネイクがクマの額に、手刀を数センチのところまで近づけて、動きを止めていたのだから。あと少し銃を構えるのが遅ければ、記憶ディスクを引き抜かれて物言わぬ廃人になっていただろう。

 

 

「…………」

「…………」

 

 

 プッチの弱ったホワイトスネイクには、この距離で構えられた拳銃の弾を弾けるほどのスピードがない。だが発砲するためにトリガーを引くその瞬間に、クマの手首を弾いて弾道を逸らし致命傷を防ぐことはできる。そうやって攻撃を防いだ後にクマのディスクを抜き出せばいい、という算段を立てていた。所謂カウンター戦法に徹していたのだ。

 対するクマは銃を既に構えているので、ただトリガーを引けばいい話なのだが。彼は絶望的なまでに銃の腕が悪く、彼我のわずかな距離ですら狙い通りに当てる自信がなかった。命を握られているとなればなおさら、自身のトリガーを引く指に躊躇いを感じてしまっていた。その判断が幸か不幸か、プッチのカウンターを防いでいた。

 

 お互いの思考が錯綜し、異様な雰囲気の硬直状態を築き上げる。

 二人を見つめる何者かが、緊張から喉の音を鳴らす。

 

 机の上に転がるデジタル時計には、『19:30』の文字がぼんやりと浮かび上がっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 





プッチさん、煽り耐性低すぎないか…….?


遅れに遅れを重ね、いつの間にか前回投稿日と今回投稿日に9日もの開きをあけるという大失態を犯してしまいました。
気合を入れて書いていたとはいえ、三回も書き直したのは流石にやりすぎたと猛省しております。
申し訳ございません、次はもう少し早く投稿できるようにします……。


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#22 ムラサキ色のロベリア

 

 

 

 

 プッチとクマが睨み合う最中。

 ソファーの上でザッパに頭から押さえつけられていた虎太郎が、プッチの今までの言動に憤慨しこめかみに血管を浮かばせる。怒りから来た、全身に火事場の馬鹿力とでも言うべき強い力を漲らせ、自身を拘束している手を勢いよく振り払った。

 

「なッ、待て虎太郎!」

「プッチィイイイイイイイッッ!!!」

 

 まさか不利な体勢で押さえつけられていた虎太郎に拘束を解かれるとは思わず、ザッパが驚愕の声を上げる。

 すぐに肩を掴んで引き戻そうとするが手が届かず、虎太郎は左足に着けたギプスを物ともせず器用にプッチの元へと走っていった。距離を詰めながら右手を弓の様に引き絞り、怒りのダッシュパンチを男の頬に叩き込むべく雄たけびを上げる。

 

「チッ――――」

 

 プッチがホワイトスネイクを動かし、目の前にいるクマの右手を蹴り上げる。

 彼が怯んで銃のトリガーから指を離したのを横目に虎太郎の方に体を向けた。単純で動きが読みやすい一直線のパンチをスタンドの左手で弾き飛ばし、右手で彼の顎に強力なアッパーカットを決める。

 

「ゴブッふ………――――」

 

 虎太郎の体が浮き上がり、後方に吹っ飛んだ。

 しばらく立ち上がれぬよう空中で追い打ちをかけようとしたところで、ヂュン!と足元から鋭い音が響く。プッチが首を動かしてクマの方に視線を向けると、彼が銃口から硝煙を流しながら鋭い目つきでこちらを睨んでいるのが見えた。

 

(太ももを狙ったのに外したか……クソっ)

 

 クマは彼の足を撃ち抜き行動不能にする算段だったが、絶望的なまでの命中精度のせいで足元を誤射するという結果を巻き起こしていた。

 だが重要な状況での誤射といえど、取り返しのつかない失敗ということにはならない。理想は命中させることだが、トリガーを引いただけで状況はほんの少しだけ好転したのだ。

 

「―――おォラッ!! 

 お前ら二人ともいい加減に落ち着け! ヒートアップしすぎだ!!」

「よっ……と! ポルノ、クマのこと縛っちゃって!」

「了解」

 

 プッチがほんの一瞬、クマの銃と足元の銃痕に気を取られたことで。

 ザッパがプッチの背後に回り込み、後ろからわきの下に両腕を通す拘束技、いわゆる羽交い締めを完璧な状態で決めた。プッチは腕を全く動かすことができず、ズリズリと背後へ引きずられるようにクマから強制的に距離を取らされる。

 

 クマはキラキラに銃を持った手を強制的に上空に向けられ、膝の裏にキックを入れられて背中から無理やり地面に引きずり倒される。こけた衝撃でクマは思わず銃を離してしまい、キラキラは素早い動きで転がった銃を手の届かない場所まで蹴り飛ばした。その後はヒトカリ用の白ベルトをどこからともなく持ち出したポルノによって、身動きができぬよう簀巻きにされてしまう。

 

「グッ……! これやりすぎだろ……!」

「あったり前でしょ! 銃まで撃ったんだから!」

 

 キラキラとクマの騒ぎを横に、プッチはザッパの拘束をスタンドで無理やり外し、数歩飛び下がる。

 ザッパはそんな彼をサングラス越しに静かに見つめ、言葉を発した。

 

「プッチ……。マジで行っちまうのか?」

「……ああ」

「そっか……。じゃあ、またどっかで会えたらよろしくな」

「…………」

 

 彼の言葉に何かを返すでもなく。

 プッチは簀巻きにされたクマを避け、ナユタのアジトから去っていった。

 

 先ほどまで漂っていた殺気が瞬時に霧散し、リビングの空気が弛緩する。

 アッパーカットでダウンしていた虎太郎が顎をさすりながらよろよろと立ち上がり、辺りを見回してから、吐き捨てるように言った。

 

「……けっ。せいせいしたぜ、出て行ってくれてよ」

「ちょっ、虎太郎……。そんな言い方って……」

「アイツが俺達を嵌めたのは紛れもない事実だろ? アイツのせいで、危うく全滅しかけたんだぞ」

「それは…………」

 

 虎太郎に反論していたキラキラが、言い返せずに言葉を詰まらせる。

 確かにプッチの所業のせいで、ナユタが仕山医院で全滅しかけたのは事実だ。ただキラキラには、プッチを心の底から唾棄するということがどうしても出来なかった。マッチポンプとはいえザッパを助けてもらった恩というのが心に深く染みついているのか、極小とはいえ人となりを知ってしまったせいで多少の情が湧いてしまったのか……。

 

 しかし、虎太郎は仕山医院の一件で左足と左腕を骨折するという大怪我を負っている。

 自分が想定できる範囲よりもはるかに深い恨みを持っているのだろうと察し、言い返すことができなかったのだ。彼がナユタのことを大切に思っているのを知っているから、尚更プッチが破壊しかけたのをよく思っていないのも分かった。

 

 そんなキラキラの思考をぶった切るように、地面に転がされたクマが声を上げる。

 

「……すまなかった。もう落ち着いたから、この簀巻きを解いてくれないか?」

「どうするザッパ、ほどく?」

「ああ。……なーんだか、冷えたピザみたいな空気になっちまったな」

「いや、どんな空気だよ」

 

 虎太郎の突っ込みは空しく空中に霧散した。

 クマは服に付着した埃を払いながら、ザッパに話しかける。

 

「奴の、人の命を何とも思っていないような言い方に、頭に血が上ってしまった。合理的じゃあなかったな……すまなかった」

「亜総義の奴らみたいな考え方にキレた、ってことか?」

「……そういう、ことだ」

「そんじゃあ別に、謝るようなことじゃねーだろ。正直、クマがキレなかったら俺がキレてたかもしれないしな」

 

 クマは、プッチの『自身の目的のために軽々しく人の命を奪う』言動が頭に来たそうだ。

 そんな感じのザッパとクマの会話を折に、シーンとした空気がリビングの中に広がった。

 自由気質で楽観主義なナユタらしくない重く暗い空気に、全員が気まずそうに口を閉ざす。各自解散の雰囲気が漂い始めたころに、再び空気をぶった切るような鶴の一声が上がった。

 

 

 

「――――あ、あの!!」

 

 

 

 ナユタのメンバー全員が、声のした方に顔を向けた。

 そこに居たのは、ナユタアジト内に半ば家政婦のような形で住み着いている『大相寺皆子』だった。おどおどした様子で、全員に問いかけるような語り掛けで言葉を発する。

 

「プッチさんは、このままナユタから居なくなっちゃうんですか……?」

「はぁ? そんなの当然だろーが、さっきまでの流れ見てなかったのかよ?」

「そ、そんな!! 困ります、私……私………!」

 

 彼女が目に見えて焦るので、クマは頭の中で考えを巡らせる。

 特に苦労することもなく一つの考えに当たりついたので、答え合わせをするために口に出した。

 

「父親の手がかりを知っているのが、今のところプッチだけだから……か?」

「……は、はい……その通りです……」

 

 プッチが語っていた言葉を思い出す。

 『大相寺博』なる少女の父親らしき人物が、とある建物の地下らしき場所に入っていくのを知っている……と。

 

 確かに、彼女からすればこの上なく重要なことなんだろう。亜総義市に来た理由も、抗亜という組織に身をやつしているのも、ひとえに『父親を探す』という目的を果たすための行動なのだから。しかし…………。

 クマが腕を組み、力強い声で言葉を返した。

 

「悪いがこちらの知ったことじゃあない。プッチは去ったんだ、アンタが奴を追いかけて出ていくならこちらも止めはしない。

 ……だが一応助言しておくと東雲派はともかく……奴が行くであろうフラットは、女には相当『厳しい』ぞ」

「―――………ッッ」

 

 少女は性知識に乏しい方ではあるが、しばらく抗亜という組織に身を浸していたことが影響したのか。クマのハルウリという仕事と、「厳しい」という言葉が、容易に性犯罪の類のそれと結びついた。

 端的に言えば、フラットにいけば春を売るような羽目になると言われているのだ。

 

 そんな事実を知って。

 彼女は唇を強くかみしめた後、何かの迷いを払うように首を何度か振ってから――アジトの外へと飛び出して行った。

 

「あっ!」

 

 キラキラが声を上げる。

 が、虎太郎は飛び出して行った大相寺の姿を横目に、興味がなさそうなのを装ってぶっきらぼうに言った。

 

「ほっとけよ、アイツが選んだことだろ。第一、この亜総義市を嗅ぎ回った奴が生きてるわけねえのに……よくやるぜ」

 

 

「―――――へーえ、今のはお前らん所から抜けた奴か何かか?

 なんならうちが貰ってやってもいいぜ? かなりの上玉だったしな」

 

 虎太郎の言葉に続けるように乱入してきた、高いとも低いとも取れない、どっちつかずの声。

 飄々と相手を小ばかにしているような声色で、いやに聞き取りやすい不思議な声。

 

「突然悪いな。……邪魔するぜ?」

「……ムラサキ」

 

 ザッパが警戒心を隠しもせず、男に向かって言葉を発した。

 黄色いベストに黄色いネクタイ、紫と白の縦じま模様のズボンを履き、サスペンダーを付けているその男。赤手袋を付けた左手は腰に置き、黒手袋を付けた右手は相手を挑発するかのようにゆっくりと赤が数本混じった銀髪をかき分けている。

 そして何より特徴的なのは、化粧で真っ白に塗りたくられたその顔。整った目鼻立ちに口からのぞく長い牙は悪党という概念を体現しているかのようだ。

 

 彼の名は『ムラサキ』。

 亜総義市に蔓延る三つの抗亜クランの内の一つ、『()()()()』の『()()()()』である。

 アジトの扉付近の壁に寄り掛かるように立ち、ナユタのメンバーを観察するように見回した。

 そしてニヤリと悪趣味に口角を上げ、自身の白い牙を覗かせる。

 

「空気が悪いな。揉め事の真っ最中だったか?」

「わざわざ人のアジトにまで来て、まず気にすることが空気か?」

「ザッパ、お前はそういうとこに無頓着だからな。空気の澱みは肌荒れの原因だって知ってっか?」

「……煽ってんのか。その気ならいくらでも乗ってやるぞ」

「おいおい、酷い言い草だな。正真正銘、善意からのアドバイスだってのによ?」

 

 ザッパとムラサキが互いの目を睨み合う。

 数秒ほどそうしていたところで、ムラサキが「あ”ー」と低い声を漏らしながら、自身の体の前で右手をぷらぷらと力なく揺らす。

 

「そうかっかすんなって。今日は喧嘩を売りに来た訳じゃねーんだ」

「なら挨拶か? フラット式ので対応するが」

 

 クマがいつの間にか拾い直していた銃のトリガーに指をかけ、銃口をムラサキに向けながら話しかけた。キラキラは自身のチェーンソーを右手に持ち、ポルノは白ベルトをふらふらと手元で揺らしながら構えている。虎太郎は自身の近くに置いてあった松葉杖を棍代わりに持っていた。

 ムラサキが笑みを崩さずに、右手で自身の後頭部をさするように髪を弄りながら言葉を発する。

 

「おいおい。珍しくリーダーが刺々しいと思えば、お仲間さんも全員刺々しいじゃねえか」

「…………マジで何の用だ。下らないことを言いに来ただけなら、本気で事を構える羽目になるぞ」

「わーったわーった。この間、うちの紫苑がお前らん所に……今俺がやられてるような、『()()』をしに来ただろ? その件でわざわざ詫び入れにここまで来たんだよ」

 

 彼の言葉に、ザッパが眉間に深いしわを刻んだ。

 それを気にする様子もなく、ムラサキは話し続ける。

 

「いやーー、ああいう事すんなって常日頃から言ってあんだけどな。悪かった悪かった、こいつは手違いだ」

「手違いで闇討ちをされちゃーな。俺だって手違いを起こすぜ? いつだって今だっていい」

「待て待て待て待てって、落ち着けよ。お前らに怪我人が出てねえどころか、こっちに軽い負傷者が出たぐらいなんだぜ? そもそも先に銃をぶっ放してきたのはソッチだろ?」

「最初に吹っ掛けてきたのはそっちだろ。なあクマ」

「ああ」

 

 ザッパの言葉にクマが短い言葉で賛同する。

 状況が不利になったのを一瞬で察知し、ムラサキは自身と相手の状況が平坦な場所まで無理やり話を進める。

 

「まーまー、やったやらねぇは水掛け論の平行線だ。不毛じゃねえか、なあ? 俺たちが潰し合っても亜総義が喜ぶだけだ、そんなことでお互いすり減るなんてバカバカしいぜ」

「俺もお前のバカバカしい面を見続けるのにいい加減うんざりしてきたところだ。いつまでお前の面を見てりゃいい?」

「そう邪険にすんなって。俺としては今まで通り、持ちつ持たれつの関係を保っていきてーのよ。亜総義市が最悪な方向に振り切ってる今だからこそ、な。

 ―――詫びに情報を持ってきた。()()()()()ネタだ」

 

 彼の言葉に、クマが少しだけ反応する。

 プッチがナユタから抜けた今、ハルウリのジンザイをメンタルケアする時間と費用が必要になってしまった。ただでさえ始めたばかりで僅かな稼ぎが更に少なくなってしまうのは厳しいが、事情が事情ゆえに仕方ない。

 だがナユタの資金不足は依然として大きな課題として立ちはだかっている。なのでカネになる情報というのは、クマ的には一聞しておきたいところであった。

 

「『()()()()()()』だ。今、あそこの警備が薄くなってるぜ」

「……亜総義美術館? 上流階級向けの施設だぞ。警備のレベルも普通の施設とは比べ物にならない場所だろう。いくら薄くなったとはいえ……」

 

 クマが疑問を口にする。

 それを見越していたかのように、ムラサキは流ちょうな言葉で返した。

 

「例の生誕祭で街中の警備を再編する話だったらしいが……萬像がぶっ壊されて全部パァ!だ。誰がやったかもわかんねえ萬像の件で上流階級の奴らは完全にビビっちまって、自身の居住区付近を警備でガチガチに固めるようシケイに圧力をかけてる。

 普通はそんな利己的な指示がまかり通るわけねえが、通っちまうのがこの街だ。シケイは今、亜総義本社から命じられたより一層厳重な街の警備に加えて、居住区警備の指示にも対応しなくちゃならねえ。

 そんなこったで両方の条件に適合するよう無茶苦茶な警備の再編が行われて、下流階級の使う施設や重要性の低い施設の警備にあちこち穴ができ始めてる。そのうちの一つが『亜総義美術館』ってこった」

 

「…………」

 

 亜総義市での上流階級とは、とどのつまり、亜総義重工本社での役職持ちや役員本人またはその親族のことを指す。シケイはこいつらからの命令に逆らうことはできない。

 上流階級と亜総義本社からの指示に板挟みにされ、シケイが混乱状態になり、警備に穴ができている……。何度か頭の中で咀嚼してみたが、特段齟齬や違和感があったりする場所はないように感じる。

 だがまだどこか信じられないクマは、ムラサキを質問で突っつく。

 

「上流階級が怯えて閉じこもっている以上、ハルウリ用のジンザイ確保は期待できそうにないが。カネになるような物はあるのか?」

「ま、偉ぶってる上流階級だからって馬鹿な野郎や変わり者がいないってことはねえ。警備が薄いところを出歩いてる奴はいるぜ。…………つーか、いざとなったら展示されてるもんかっぱらって売り払えばいいだろーが」

「……合理的だな。腹が立つが」

 

 よどみなく答えてきたところを見るに、美術館の警備が薄くなっているのは真実なのだろう。

 ……一体、裏に何が隠されているかは分からないが。

 

「とにかく、しばらくあそこはボーナスステージだ。アガリは悪くないと思うぜ。……話はそんだけだ、手打ちの金代わりと思ってくれよ。じゃあな」

 

 ムラサキがそう言って、扉を開けて帰ろうとし始めた瞬間。

 ピタっと動きを止め、ゆっくりと振り返った。

 

「そうだったそうだった。そういや、紫苑が挨拶をしたのは『二人』だって言っててな。そこのナユタの参謀殿の他にもう一人、黒い肌の奴がいたらしいじゃねえか。そいつにもきちーっと詫びを入れときてーんだが」

「…………」

 

 彼の言葉に、アジトの中にピリついた空気が流れ始めた。

 ムラサキの言うもう一人とは、十中八九『プッチ』のことだろう。だが先ほど最悪な方向に振れ切った別れ方をしたせいで、主に虎太郎あたりが、過敏に反応して敵意をむき出しにする。

 そんな雰囲気を察しとったのか、飄々とした態度で肩をすくめるムラサキ。

 

「おっと、こりゃ地雷を踏み抜いちまったかな。じゃ、俺の代わりに謝っといてくれよ。じゃあな」

 

 そう言って、ムラサキは今度こそ確かに扉から外に出て行った。

 突然のクマとプッチの喧嘩に、ムラサキの来襲。次々起きる厄介ごとに、ナユタのメンバー全員が運動をしたわけでもないのに体に多大な疲労感を感じ、各自の個室へと就寝するために戻っていくのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 月夜が道を薄く照らす中、コツコツと革靴がコンクリートを叩く音が響く。

 ナユタのアジトから出たムラサキが、曲がりくねった裏路地を出て大通りに抜ける。ナユタ前の大通りは元々夜中になると人気が急激に少なくなるポイントであり、まだ20時半ごろなのに、人の姿は一切と言っていいほど見当たらなかった。

 

 そんな人気のない大通りはやけに不気味で、ピエロの相貌に似たムラサキが一人で歩いていると、もはや不気味を通り越して狂気を感じてしまうような絵面に早変わりする。

 数十メートルは歩いたところで、彼が通りの道のわきに止められていた一台の黒塗りの高級車に近づいていく。窓には濃いスモークフィルムが貼られ、中の様子をうかがうことは一切できない。

 ムラサキはそんな怪しげな車の後部座席の窓に手を近づけ、曲げた中指で三回叩いた。

 

「あら、無事なのね。てっきり一発は殴られてくるものかと思ったけど」

 

 ガーッと音を立てて開いた窓から顔をのぞかせたのは、フラットの副リーダー『紫苑』。

 腕と足を組んだ状態で、不敵に扉の外に立つムラサキを見つめる。

 扉のロックが解除された音が響き、ムラサキが車の中に入り、バタンと閉めた。

 

「若干ヤバかったが許容範囲内だ。だが問題は……『あの男』に会えなかったことだな」

「……貴方、何しに行ったの?」

「うるせえ。美術館のことはちゃんと伝えてきたからそこまで問題はねえよ。……おい」

「はい。どうぞ、ムラサキさん」

 

 ムラサキの声に反応して運転席から顔をのぞかせたのは、フラットの構成員。

 ピエロの化粧に赤鼻を付けている異様な相貌をした彼は、後部座席にいる二人に一台のタブレットを渡した。

 

 ブルル、とエンジンから唸り声が響き、ゆっくりと車が進み始める。

 その音を横にムラサキは慣れた手つきでタブレットを操作し、一つの動画を選択、再生ボタンを押した。

 

「紫苑、お前が見たのは例の男で間違いないんだよな?」

「何度も言ってるでしょう。あんな特徴的な男、忘れるわけないわ」

 

 彼らが再生したのは、萬像が破壊された瞬間の監視カメラの映像。

 何か特殊なルートで入手したりしたものではなく、テレビで報道されていたのを録画したものだ。二人はこの映像を既に何回も見ているため、自身らが求める映像が流れる瞬間は知り尽くしている。

 

 求める映像の直前までシークバーを動かした後、再生速度を最低まで落とす。

 そして、『それ』が映った瞬間に動画の停止ボタンを押した。

 ムラサキは映像を眺めながら、くつくつと笑みを浮かべ、話し始める。

 

「萬像の破壊方法は亜総義ですら未だにわかってねえ。わかってたら上の奴らがあんなにビビってる訳がないからな。もしこいつを判明出来れば、そしてその破壊方法を俺たちが利用できりゃあ…………莫大な利益になる。敵の重要施設の破壊、不都合な奴の暗殺……なんでもできちまう」

「何度も聞いたわ、それ」

「何度も話したくなる内容ってことだ。極上の獲物の匂いを嗅ぎつけたんだぜ、ついつい自慢したくもなっちまうだろ?」

 

 二人がタブレットの映像に目を落とす。

 

 萬像が破壊された瞬間、パニック状態になりもみくちゃになっている人々の波の中で。

 一人だけやけに落ち着き払った様子で、人々の暴動を治めるシケイから一定距離を取りつつ、人ごみを抜けるルートを目指す……『()()()()()』が映っていた。

 

 プッチの顔をこの映像から目ざとく見つけたのは、『挨拶』を行った時に紫苑の周りに取り巻きとして立っていた構成員の一人である。挨拶後にたまたま映像を見返していたところにふと映ったプッチの顔を発見、紫苑に報告し、それがムラサキへと伝わった。彼は十分な価値がある情報を見つけたとして、ムラサキからしばらく遊びには困らないほどの金と下っ端からリーダー・副リーダーの車の運転手という大きな昇進を貰って歓喜していた。

 

 だがムラサキからすれば、発見した部下に与えた報酬などはした物に思えるほどの価値がこの映像には確かにあったのだ。思わず口から笑みが零れてしまうほどの価値が。

 

「この男、こんだけのパニック状態の中で一人だけ妙に落ち着いてやがる。そんでこのすぐ後にナユタの冤罪事件、こいつが新入りとしてメンバーに入り込んだ……。

 ――――きなくせえ。一見バラバラに思えるが、確かなつながりがある。ミステリー小説の筋書きみてえにな」

 

 電源ボタンを押し、タブレットの画面が暗くなる。

 濃いスモークフィルム越しに眺める月は、きらめくような明るさを失い、ほの黒い色へと変貌していた。

 

「萬像が破壊されるのは誰にも予期出来なかった……犯人以外はな。そして、さっきの筋書きを書けるとすりゃあ……それも、犯人だけだ。

 ―――ククッ、怪しすぎるよなあ。さっきの筋書きも、萬像の破壊が目的なんかじゃあなくただの過程だとして、ナユタに潜入するっていうのを最終目標に据えてると考えりゃあ……不思議と街一番の大事件が目的達成のためのピースとして上手くはまっちまう。そして、最近ナユタに入った奴で辿っていくと…………」

 

 その先を、ムラサキは口には出さなかった。言う必要がないから。

 彼の予想が合っていようとなかろうと、プッチがナユタに加入したタイミングは客観的に見て怪しすぎる。何らかの情報を持っているのは確実だろう。

 

 彼は、件の事件に関する少ない情報と自身の勘混じりにこれらの推測を立てた。

 自身の勘という不確定な物を交えて推測を立てるなど頭脳派であるムラサキらしくもないが、今回感じた勘……『匂い』と言ってもいいそれは、粗雑な理論を吹き飛ばすほどの確信を持つことができるほどに強大だった。

 

 とどのつまり……同じ香りを感じ取ったのだ。

 ムラサキは、映像に映るプッチが自分と同じで。有事の際には冷静で冷徹に、甘さや優しさなんて物を捨てた、どこまでも利己的な考え方ができる男だと。

 ナユタのなまっちょろい参謀(クマ)とは違う、『()()()()()()()』なのだと。

 

 

 ムラサキの目がフロントガラスの向こう側を見つめる。

 そんな彼の瞳には、只人の思考形態では決して辿り着かぬ…………確かな『()』が宿っていた。

 

 三つの抗亜クランの中で最も残忍で残虐なことから『最悪』と呼称される『フラット』。

 そのフラットをまとめ上げる総大将・ムラサキは……その呼び名に恥じぬ、プッチに負けず劣らずの『悪』に位置する男であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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#23 試練

 

 

 プッチは月夜の下を歩いていた。

 

 下弦の月は眼下の世界に向け、何とも心もとない光を垂れ流している。

 5メートル先に何かが潜んでいても、視認することが不可能なほどの暗闇が辺りに立ち込めていた。そんな時間に、非常事態の街の中、それも人気がない道を歩く者好きは流石におらず……プッチのブーツの足音だけがカツカツと静かに響いていた。

 

「…………」

 

 頬に流れる夜風を感じながら無言で歩いていると。

 いつぞや、この世界に流れ着いたばかりのころに訪れた覚えのある公園にたどり着いた。

 

 何かに導かれるようにプッチは公園に入り……その中心で、ピタリと立ち止まる。

 草屋根とその下にあるいくつかのベンチ、赤と青の自動販売機、明かりを感知して自動でオンオフする照明が点いている公衆トイレ……。そんな何の変哲もない公園の中心に一人、男がポツンと立っている。

 常人であればその異常な絵面を警戒して近づかず、実際に近づかぬのが一番賢き選択と言えるだろう。

 

 夜空に煌めく星すら見えない空を見上げながら、プッチは静かに考えた。

 

 

(……私は、一体どうしてしまったんだ……?

 ―――クマの奴に、天国を、DIOとの尊き思い出を汚され貶されたのだ。驕り高ぶった言葉に見合った、しかるべき罰を与えてやるはずだったのに―――)

 

 なのに、だ。

 彼の頭の中で、クマの言葉がリフレインする。

 

『誰かが頼んだ覚えがあるか? お前の言う天国なんて物を…………』

 

 私を天国に行こうと誘ってくれたのは、神と同等の愛を注いでいる友人のDIOだ。私は彼の魅力に惹かれ、死後の意思を受け継ぎ、天国を目指していた。

 

 だが…………。

 前の世界で数多くの人間に、天国と言う物を語ってきたが……。

 返ってきた反応はいつも無関心、あるいは拒絶。心の底から賛同してくれたものなど一人もいなかった。死体を蘇らせるスタンド『リンプ・ビズキット』の使い手『スポーツ・マックス』は私に比較的従順であったが……さりとて、奴も天国に心の底から賛同していたわけではない。

 つまりは。

 誰かから応援された訳でもない、頼まれた訳でもなかったのだ。

 

 

 それでも私は。

 DIOの死した後、私はジョースターの一族に邪魔されながらも天国を目指し続けた。

 友の意思を継ぎ、十数年の間、たった一人で。

 一人、たったの独りでだ。

 

 孤独に天国を目指し続けることが運命に導かれていた、というのならばまだいい。

 だが、私は天国を完成させる今わの際にエンポリオに殺害された。私の運命の線路は死によって終着点を迎えた。今まで数多くの試練に立ち向かい乗り越えてきたというのに、あの場所あの時間で運命が途絶えてしまっていたのだ。

 

 ただひたすらに、やるせない感情がプッチの中を暴れ回る。

 

(私の運命が天国を成就させる直前で途絶えることが決まっていたならば、今まで一体何のために、私は―――)

 

 

 そこまで考えた、考えてしまったところで。

 プッチはギリリッと歯を食いしばり、自身の背中からホワイトスネイクを顕現させた。

 

 

「クソッッッ!!」

 

 

 プッチ自身の口から漏れ出した、怒気のこもった叫び声。

 それと共に、ホワイトスネイクが手刀を振り上げ―――最も近くにあった木製のベンチに手を振り下ろし、中心から真っ二つに叩き割った。

 

 それだけでは止まらず、拳を固く握った白蛇は地面に転がるベンチの残骸にマシンガンのような密度と速度でラッシュを仕掛ける。

 木を叩き砕き割る甲高い音から次第にアスファルトの地面を殴る鈍い音に変化し始めた所で、プッチが荒く肩で呼吸をしながら、ホワイトスネイクの動きを止めた。

 

 

 十数秒前までベンチだったものは、ウッドチップとしてそのまま転用できそうなほどに粉々に砕かれていた。さぁ……っと、風で木片が流れていく様にプッチは見向きもせず、自身の服の胸辺りをぎゅうっと強く握る。

 

「私は……ッ! 誰かから認めてもらうために天国を目指していたわけではないだろうッ!! DIOの意思を継ぎ、人々を真なる幸福に導くため……天国を目指していたのだ!! 下らん名誉欲や承認欲求に突き動かされていたわけでは断じてないッッ!!!」

 

 自身の意思を再確認するように、誰もいない暗闇に向かって叫ぶ。

 冷や汗を額から流しながら、プッチは目を強くつむる。そして、再び瞼を開いた瞳には、おどろおどろしいほどの怒りが詰まっていた。

 

(こんな風に、余計な方向に思考が逸れるようになったのは……スタンドが弱体化した原因でもある、エンポリオに殺された記憶に違いないッ! 心に深く刻まれた死のトラウマが私の考えを鈍らせているのだ……ッ!!)

 

 彼が瞳に宿らせた怒りは、他ならぬ自身を殺したクソガキ……エンポリオに向けての物であった。そもそもこの世界にいるかどうかすら分からない奴に向かって、プッチは殺意をたぎらせる。

 

 ……だが、いつまでも煮えたぎるような殺意と怒りを垂れ流しにし、冷静な思考を奪い続けることはできない。

 頭の中で静かに素数を数え、深く息を吸い込むと、ある程度ではあるが冷静さを取り戻すことができた。

 

 

 静かになった頭の中で、今後のことをプッチは思案し始める。

 

(…79…83…89……よし。一先ずは……これからの身の振り方を考えなければな。とりあえず、どこかの抗亜クランに所属するのが大前提だ。

 ナユタと、壬生菊千代に品須のいる東雲派を除くと消去法的に……フラットか。しかしナユタとは異なり、先日襲撃してきたフラットの一員を殴り飛ばしたことで私への印象は最悪と言えるほどに低下しているだろう。次はどうやって取り入るべきか……)

 

 光のないどす黒い目で一点を見つめながら、思考を広げていると。

 公園の、自動車の進入禁止ポールが立っている入り口に向かってタッタッタッと誰かが走り寄ってくる音が聞こえた。首だけを動かし、音のした方向に視線を向ける。

 

 

「……っ、はぁ……はぁ……プッチ、ひゃん………」

 

 ポールにもたれかかるように手で膝を突き、前傾姿勢のままぜーぜーと荒い呼吸をしている少女がいた。後頭部から左肩に向けて流れる黄色のリボンで束ねられた緑髪に、汗で滑ったのかぼとりと地面に落ちる黒ぶちの大きな眼鏡。

 彼女は眼鏡を拾い、ぐしぐしと砂のついたレンズをぬぐってから体を起こし、眼鏡をかけ直す。

 つい先ほどまで同じ部屋に居たのだから、当然誰か分からないなどとのたまうこともない。ナユタに現在進行形的に居候をしている『大相寺皆子』、その人であった。

 

「…………」

 

 こひゅーこひゅーと息を整えながらのろまな動きで近づいてくる彼女に、プッチは体を向ける。足を肩幅程度まで開き、顎を軽く上げると、身長差も相まって遥かに格下の生物を見下しているような様相になった。

 右手を前に出し、彼女に冷たく言葉を放つ。

 

「そこで止まれ。一体何の用だ?」

 

 ビクッと肩を跳ねさせ、大相寺皆子が足を止める。

 彼我の距離は約5メートルほど。例え拳銃を隠し持っていても、銃弾の軌道を致命傷の部位から逸らすくらいはこの距離であれば十分に可能だ。

 少女が両手を胸の前で弄びながら、目をキョロキョロとせわしなく泳がせている。頬に汗をツツーッと一滴垂らし、明らかに恐怖し動揺しながらも必死に言葉を選んでいるのが分かる。

 

「ぷ、プッチさん……その……」

「私を追いかけてきたのは何故だ? 早く答えろ」

「ひ、ひぁいっ! そ、それは……」

 

 そう言った後にまた言葉を詰まらせてしまった。

 正直な話、いつまでもこの少女に構っていられる暇はない。ホワイトスネイクを元の強さまで戻す、フラットに入る準備をする、謎のスタンド使いに関する情報を収集する、亜総義本社に入り天国へ到達するための作戦を立てるなど……やることはいくらでもあるのだ。全て可及的速やかに済ませなければならないことばかりである。

 いっそのこと、私に関する記憶を抜いてナユタの前に捨てて置いてもいい。というか、それをした方が一番手っ取り早く余計な禍根も残らないような気がする。しかし、記憶がない状態で少女が放置されていることから、私のスタンド能力の一端がバレてしまう可能性もある。

 一体どちらにするべきか……?

 

 

 

 ――――プッチがそう考えている最中。

 緑髪の少女・大相寺皆子は死の間際でもないというのに、頭の中で走馬灯が駆けまわっていた。

 ナユタのアジトを出る際には『プッチにナユタへ戻ってもらって、父への手がかりを離さないようにしないと……!』と心の中で息巻いていたのに、いざプッチを目の前にすれば、この身のすくみ様である。だが、仕方のないことなのかもしれない。

 

 元は、この独裁国家のような狂った街の外で暮らしていた平凡な一般人である彼女。今まで抗亜というオブラートに包んで不良集団、率直に言って犯罪シンジケートという環境で平然と家政婦の真似事を行っていたが…………それは一種の感覚麻痺のようなものである。

 興奮時にはアドレナリンが分泌されて痛みを感じないという。アドレナリンが分泌されなくなれば至極当然のことではあるが、痛みを感じるようになる。

 

 再度言うが、少女は極めて平凡な一般人である。

 今までは日常で触れたことのない異常事態に精神が酔っぱらっていたのだ。

 先ほどプッチを追いかけるために行った全力疾走で身体に程よい疲労がかかり、また火照った体が夜風で適度に冷え、プッチを説得するための言葉選びに頭の中で思考を行った結果……。

 

(なんとかプッチさんを説得してナユタに戻ってもらわないと、お父さんの――――

 ………………え……あ、れ? 私、一人でプッチさんの前で……。今、何をしていて…………)

 

 心の奥底で眠りこけていた正常な思考が、夢から醒めてしまった。

 ぼやけていた思考のもやが一気にほどけ、今まで自分が何をしていたか、何をしようとしているかをすべて理解してしまう。

 

 正常な思考になった彼女は、先ほど激怒していたプッチの前に立っている今の状況がどれだけ危険なのかを朧気ながらに理解し、顔が青ざめていく。

 カエルがヘビに睨まれているどころの騒ぎではない。カエルがヘビの前に立ち自ら喧嘩を売っているような物なのだ。後者の方が質が悪いが、どちらも待っているのは絶対強者による死である。

 

(あ、あ……私、な、なんてこと…………)

 

 頭の中が恐怖で満杯になり、立つのも難しいほどに体が震えだしたとき。

 まず真っ先に頭に浮かんだのは『今すぐこの場から逃げ出す』であった。目の前の男が握る微かな父親の手がかりなどあってもなくても殆ど変わらないはずだから、今は逃げ出すべきだ……と。

 そんな考えを彼女は唇をかみしめ、かき消す。

 

(ダメ……駄目! せっかくお父さんの手がかりが見つかったのに、手放して逃げ出すなんて、そんな、そんな…………)

 

 再び、プッチの顔を見つめる。

 酷く酷く、冷徹な顔と瞳をしていた。私には到底想像もつかない恐ろしいことを、平然とやってのけそうな目を彼はしていて。

 

 

「あ……」

 

 膝からその場に崩れ落ちる。

 

 私には、この人を止めるなんて、無理だ。

 

 理性よりも深い深いところにある、『本能』がそう察してしまった。

 

 

 

「…………これは善意からの言葉だが」

 

 プッチが静かに息を吸い、生気を失った目で崩れ落ちた少女に向かって語り掛ける。

 低く落ち着いたバリトンの声が静寂の空気を、そっと震わせるのを、少女に防ぐ術はなかった。

 

「この街は、短期間滞在しただけの私でも分かるほどに酷い場所だ。君の消えた父親を探すという行為は、独裁者に支配されたこの街の暗部に触れることを意味する」

 

 そこで言葉を区切り、崩れたままの彼女の横を歩き、公園の出口へと歩みを進める。

 カタカタと肩を震わせる少女に何の感傷も抱くことなく、足を止めることすらなく、言葉を吐き捨てた。

 

「……私を前に怯えて言葉も発せないようなら……もう、この街を出た方がいい。その程度の精神では到底、この街で父親を見つけることなど不可能だ。無駄死にする」

 

 今の彼女は、プッチをしても哀れに思い同情してしまうほど、どうしようもないほどの意気地なしのスカタンであった。この程度の輩にわざわざホワイトスネイクの力を使ってディスクを抜く……など、手間なことをする価値もない。放っておいても、地べたを舐めずり這いまわる虫けらと変わらないだろう。

 侮蔑の視線を向けて去っていく彼を、大相寺皆子は。

 顔を上げて、見送ることすらできなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 人気もない夜道、とある少女が意気揚々と街灯の下を歩いていた。

 

 緑の髪に、ピンクのと黒の猫耳型ヘッドホンが映える。

 前から後ろへ流れる風に自身の歩む速度が加わり、横髪がふわぁっと空気を内部へ含ませるようにたなびいている。彼女はそんな髪を気にも留めず、ぽてぽてと小柄な体格から来る短い脚をせっせと動かしていた。

 

 夜道を歩いているのは、自称電子工学に精通した、電波収集癖のある少女『アンテナ』であった。以前フラットの襲撃に会ったばかりだというのに性懲りもなく夜道を歩いているのは、「夜だけどこの前危険な目にあった深夜帯じゃないからOK!」という彼女の独自な理論が原因である。なんともおかしな考え方だ。

 

 アンテナは今日も今日とて面白そうな電波を探すために街の中を歩いている。

 夜じゃあなく明るい時間に出かけろとも言いたくなるが、別に昼間に出歩いていない訳でなく、むしろ昼から夜の間までずっと街中を徘徊しているのだ。ここまで来ると、いくら美麗な少女と言えど「徘徊少女」などの名がついて奇人扱いされそうなものだが……亜総義市には彼女をぶっちぎりで凌ぐほどの変わり者が存在するので、全く問題にはならない。

 

 彼女は足を止め、街灯の真下で足を止める。

 ヘッドフォンについたアンテナマークをぱちぱちと明滅させながら、一人でつぶやく。

 

「うーむ。この辺りから、おもしろい電波が…………うん? あの男は……」

 

 アンテナがパッ、と顔を上げた先に居たのは。

 いつぞやフラットの襲撃を受けた時に、クマと共に自分を助けてくれた黒肌の男……『プッチ』であった。ここで会ったのも何かの縁と、手を振りながら彼の方に近づいていく。

 

「わははははは! また会ったな、プッチとやら!」

「……たしか、アンテナと言ったか? 貴様、また夜中に一人で出歩いているのか」

 

 少女の言葉に、プッチも言葉を返す。

 お互いに街灯の下で立って向かい合う中、アンテナがふんすと鼻息を拭きながら腰に両手を当て、自慢げに胸を張りながら言った。

 

「深夜ではないので問題ナッシング、である! それに、一人で出歩いている奴に一人で出歩くなと言われる筋合いもないのである!」

「私が言っているのは自衛手段の…………いや、そうだな。もういちいち言ってやる必要もない……」

「……んん?」

 

 プッチが言葉のしりすぼみを小さくしながら顔を背けたので、アンテナは以前クマと一緒に居た時とは何か違う雰囲気を彼が纏っているのを感じた。

 

「一体、どうかしたのであるか? 以前と様子が違う気がするぞ?」

「気にするな。少し込み入った事情があるだけだ、問題ない」

「なら気にしないのである!」

「……そんなにあっさり納得するのか? 根掘り葉掘り聞いてくるタイプだと思ったが……」

 

 その言葉を聞いて、アンテナは「わははは」と朗らかに笑いながら話す。

 

「私が聞いたところで、どうにかできそうな雰囲気じゃないのである!それに、人にはプライバシーという物があるゆえ」

「アンテナ……」

「ま、私の手に掛かればどんなプライバシーでさえ、セキュリティーをぶち破って丸裸にしてやれるのだがな! わははははは!」

「……調子に乗るんじゃあない」

「へぶっ!!」

 

 プッチは人差し指にスタンドを少しだけ浮かばせ、アンテナの額にデコピンをする。

 そんなことをした後に、なぜか後悔した。私はいつの間にこのような甘い欺瞞のやり取りに興じるまで弱っていたのかと。

 いくらアンテナと見知った間柄とはいえ一度話したことのある程度の関係、これ以上時間を割くことはできない。額を押さえ汚い声で痛みを吐き出す彼女の横を通り過ぎようとすると…………。

 

「ぐっ、ぐぐぐぐ……これはきょーれつな痛みなのであ……――――

 …………んん? おや? この電波は…………プッチ、ちょっと待ってほしいのである」

 

 呼び止められ、プッチが足を止める。

 鬱陶し気に眉間に僅かなしわを寄せながら振り返ると、少女がヘッドフォンの耳当て部を人差し指でトントンと叩きながら、うんうんと唸っていた。

 プッチは首をかしげながら不機嫌を隠しもせずに、彼女に向かって言葉を振る。

 

「私は用があるのだが」

「まーまー、そう邪険にしないでほしいのである。ちょーいと質問なのであるが、プッチは何かの機械を自作したりするのか?」

「……しない。そもそも、機械について自作できるほどの知識を持っていない」

「うむむ……じゃあ、何か特殊な機械でも持っているのであるか?」

「いや……。持っている機械類と言えば、この携帯電話だけだが」

 

 そう言うと、プッチは懐から携帯電話を取り出した。ハルウリ業務を行う際、業務連宅のためにクマから受け取ったまま返していない携帯電話だ。

 彼女が私の取り出したそれを一目見た後、頭から蒸気でも出そうな勢いで顔を真っ赤にし、腕を上下にぶんぶんと振り始めた。

 

「違うのであるーーー!! なんかこう……ブワーーッと揺れて、ピキーンと鋭い、変な感じの電波なのである!」

「……もう行っていいか? どう考えても私には関係がないだろう」

「この前フラットに襲撃された時も、今さっきもその電波をキャッチしたのである! 関係がないとは言わせないぞーーー!!」

「……『フラット襲撃時』に……『今、さっき』だと?」

 

 背筋に嫌な予感が走る。まさか……いや、普通はありえないが……。

 フラット襲撃時と今、この二つに共通していることは非常に少ない。

 深夜と夜、クマの有無、襲撃者の有無。これらを省くと……共通している事柄と言えば『私がいる』、ということぐらいになる。

 

 そんな中、電子工学に自称精通したと語る彼女が、見当もつかない謎の怪電波……。共通していることの中で、彼女の知覚が一切及ばないような事柄は一つしかない。

 しかし、まさか…………電波などという方法で感知をしたのか? ありえないと唾棄したいところだが……壬生菊千代の件がある以上、否定はできない。

 ……試すだけ、試してみるとしよう。もし私の予見が外れていたならばそれで済む話だ。

 

 

 彼女の動きを足先からてっぺんまで、一挙一動を一切見逃さぬよう注意深く観察しながら。

 自身のすぐ右隣に、『ホワイトスネイク』を顕現させた。

 

「ビビビーーッ!! プッチ、件の電波をキャッチしたのである!!」

「……どこに、だ?」

「プッチのすぐ隣であるぞ!!」

 

 

 よし、抜くとしよう。

 

 こいつは『()()()()』のことを面倒な方法で『()()()()()』している。

 今はまだ問題ないが……もし、この電波とやらから何らかの手順を踏んでスタンドという存在までたどり着き、それを街中に流布されたらと思うと……。厄介な事この上ない。

 

 いつか面倒事になる前に、この場で記憶ディスクを丸ごと抜いて廃人になってもらうとする。三日ほどで衰弱死するだろうが、苦しいと思う思考力がないので、安らかに死ねるだろう。

 そう思い、ホワイトスネイクの右腕を天に向かって大きく振り上げたところで。

 

「この電波、『()()()()()()()()()()()()』のだが……プッチ、お主が原因か?」

「――――至る所に……?」

 

 ピタリとスタンドの動きを止める。

 至る所に、とはどういうことだろうか。私もこの街を歩き回っている方だが……やたらめったらにスタンドを用いている訳ではない。

 例の電波がスタンドを感知するものだと断定すると、そうそう流れている物ではないはずだが。

 

 私が疑問を抱いたことで、アンテナは私が何か知っていることに感づいたのか、腰に両手を当てて質問してくる。

 

「やはり、何か知っているのであるか?」

「ああ。簡潔にまとめると……私が持っている、特殊な力のような物だ。超能力だと思ってくれた方が分かりやすいだろう。それが発する何かを電波という形でキャッチしているのだろうな」

「………? お、おおう……?」

 

 アンテナがきょとんとした顔をする。

 が、それに構っている暇はない。プッチは捲し立て気味に言葉を続けた。

 

「そんなことはどうでもいい。『至る所』とはどういうことだ」

「ど、どうでもよくない気がするのであるが…………ま、まあ後で問い詰めるのである。

 私は面白い電波を探すために、この街をよく歩いているのだが……。そうしていると、時折件のおかしな電波をキャッチするのである」

 

「どこで、どれくらいだ?」

「何処と言われても……街中に散らばりすぎてて断定できないのである。

 だが数は少ないゆえ、そっちは答えられるぞ! 街中にアンテナを広げて、同時にキャッチした数の最高が『()』だったのである!」

「一体いつの話だ、それは?」

「つい数日前の話である。場所は……海近くの、工場が密集してるところ……だったはずであるが」

 

 

 ――なんという少女だ。

 恐らく、この工場地帯の2つの電波というのは……『サンホー工業』に居た、私と謎のスタンド使いの物だろう。

 確かにあの場所では、私は殆どの間スタンドを出していた。謎のスタンド使いも恐らく、逃亡のためにスタンドを用いていたのだろう。

 

 最高の数が『2』ということから……この街には、二人しかスタンド使いがいない、ということになるのか?

 いや、それを決めつけるのはまだ時期尚早だろう。たまたま二人同時にしかスタンドを出していなかった、という場合もあるのだから。

 プッチは更に問い詰める。

 

「今は……私の横にも、電波があるだろう。もう一つの方の電波が今、街の何処かに流れていたりしないか?」

 

 これだ。今、もう一人のスタンド使いが何処にいるか調べられないか。

 もしこれが分かれば……非常に大きな情報となり、相手を出し抜ける可能性が高まる。

 

 だが私の頼みを聞いた瞬間、アンテナは唇を尖らせたのち、眉間にしわを寄せたそ。

 

「……今背負ってる受信機はあくまで持ち運べるタイプの小さな奴で、基本近くしか調べられないのである。出力を上げれば街全体に一瞬だけアンテナを張ることも、できないことはないのであるが……」

「あるが、何だと言うんだ?」

「ひっっじょーに面倒くさいのである。一度亜総義市の通信セキュリティを破った後に、受信機の出力を手動で上げて、キャッチした電波を選別してと……やることが多すぎるのである! こんなにやってただ働きは絶対にごめんなのである!!」

 

 つまりアンテナは、私にその電波を調べる代わりに、何か対価を出せと言っているらしい。

 ハァとため息を吐く。しかし、もしかすると相手のスタンド使いの居場所が分かるかもしれないのだ。聞いてやる他はない。

 

「そうか……。ならば、どうしたらやる気を出してくれるんだ?」

「わはははは! 話しが早くて助かるのである! ズバリ、その超能力とやらのことを詳しく聞きたいのである!」

 

 まあ、そこに行きつくか。

 しかし予測していた範囲だ。何も問題はない。

 プッチは落ち着き払った様子でうなずき、言葉を返す。

 

「……なら、もう一つの電波を探してくれた後にいくらでも話そう。それでいいか?」

「OKなのである! じゃあ、まずは亜総義のセキュリティを破るゆえ、少し待っていてほしいのである」

 

 

 そう言った後、アンテナはその場で腕を組み、目を閉じた。

 ふんふんと鼻息を鳴らしながら何かのリズムに合わせて頭を小さく振っている。何かをしているようには全く見えないが……本当に大丈夫なのだろうか。

 そもそも、街を一つ支配できるほどの大企業のセキュリティが個人に破れるほど甘くはない気がするのだが。たとえ破れるとしても、少しの時間で出来るような物ではないだろうに。

 

 ハッタリをかまされたか……? いや、しかし確かにスタンドの位置が分かっていたのだ。全てが全てハッタリではないだろう……。

 そんな風に考えていたところ。

 

「ん。破れたぞ」

「何ッ!?」

 

 彼女が突然、あっけからんとした声でそういうものだから、つい驚いてしまった。

 正確な秒数は数えていないが、1分も掛かっていないだろう。

 亜総義市のセキュリティが非常に脆弱なのか、はたまた彼女が異様にハッカーとして優れているのかは知らないが……とにかく、一歩目の手順は無事に進めたようだ。

 

 背中に背負った受信機のアンテナを伸ばし、ポチポチと何かのボタンを押す彼女の姿を眺める。

 やがて受信機の設定も終わったのか、自身のヘッドフォンの耳当て部の上に両手を押さえ、うんうんと唸り始めた。

 

「あ~~……違う、違う、これも違うのである…………こー、れも違うのであるな」

 

 怪しい電波の選別作業に入っているようだ。

 ……よくわからないが、電気通信というものはこういうものなのか? 彼女がさも当然のようにしているため私も口には出さないが、随分と奇想天外のことばかりやっているような……。

 そうこうしているうちに時が過ぎていき、約1分が経過したころ。

 

「違う違う違う違う、ち……いや、違わないのである!」

「……まさか、見つけたのか?!」

 

 彼女の言葉に、思わず私も声を荒げてしまう。

 

「うむ! 今は……美術館にいるようであるな!」

「……美術館?」

「仕山医院の近くにある川を渡ったところの奴である。まー私は行ったことないので、それ以上は知らないのであるが……」

 

 

 もしこれが真実だとして、スタンド使いが何故そんな場所にいるのか。そして、何故そんな場所でスタンドを使っているのか。

 まさか、一つの場所を根城に待ち構えるのが得意なタイプのスタンドなのだろうか? しかしそれではサンホー工業に出張ってまで殺人を犯した意味がない。

 もしかすると、私を含めた2人という数よりも、何名かのスタンド使いがいるのかもしれない。

 

 ……どちらにせよ、その『美術館』とやらには向かわなければいけないだろう。

 今夜はもう遅い。明日の朝から準備を整え、夜に突入すべきだ。フラットに取り入る算段を立てるのは、その美術館のことを調べてからでも遅くはない。

 そんな風に考えていたところで、アンテナが私にも聞こえるようにふんす!と大きく得意げに鼻息を鳴らした。

 

「さて! プッチ、約束通りその超能力とやらのことを詳しく話してもらうのである!」

「ん……ああ。そうだったか…………」

 

 思考を切り上げ、プッチは彼女の方に体を向ける。

 

「ここのところ退屈でちょうど暇してたところなゆえ、今日は朝まで付き合ってもらうのである!」

「その前に、アンテナよ。今背後にいるのは貴様の知り合いか?」

「ふえ?」

 

 プッチがアンテナの背後を指さしながらそう言うと、何の疑いもなく振り返った。

 その瞬間、ホワイトスネイクが右腕を大きく振り上げ、アンテナの後頭部に手刀を叩き落した。

 

「ぐひっ!?」

 

 汚い声を出し、目を白黒と点滅させながら、アンテナが顔面から地面に倒れ伏す。

 ホワイトスネイクの右手には、一枚のディスクが握られていた。プッチはそれを手に取り、懐にしまう。

 潰れたカエルの様にべちゃっと地面に転がる彼女の姿を見下ろしながら、静かに呟いた。

 

「今までの会話の内容を覚えていられると、ちと厄介なのでな……。『スタンド関連の記憶』だけを奪わせてもらった」

 

 元々は、全ての記憶を抜いて廃人にする予定だったが……。

 スタンド使いの居場所を、スタンドを出している間限定とはいえ一瞬で探れる彼女は非常に有用だ。ここで潰してしまうのは勿体ない。

 彼女が超能力……スタンドの詳細を教えることを対価に出した時点で、プッチは最初からこの策を実行するつもりだった。つまり、マトモに答える気は最初からなかったのだ。

 いくら天からの恵みと言っていいほどの電子工学の才能を持ったアンテナと言えど、プッチ相手に交渉ごとを行うにはあまりに若すぎた。『悪』に触れてきた年数が桁から違うのである。

 

 

 しかし、いくら記憶ディスクを抜いたと言えどたかだか数分程度の会話の記憶だ。今は気を失っているが、すぐに目も覚めるだろう。

 プッチは特に彼女の身の心配をすることもなく、踵を返し暗闇に向かって歩み始める。

 

 

「『美術館』か……。…………神よ、これは私への試練なのでしょうか……?」

 

 

 薄闇に溶けていくプッチの独り言は、誰にも聞こえることがなく、掻き消えて行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




めっちゃ投稿遅れた……。申し訳ございません。

プロット通りにこの一話をずーっと書いていたんですが、そのプロットに固執しすぎていたのか、全然筆が進まず……。
PV数なんかを見返してどこら辺が一番面白いと思ってもらえていたのかを見ていたところ、私の筆が滅茶苦茶進んだところがかなり読まれていたみたいでして……。

そんなわけで、プロットを気にせずに、一度自由気ままに書いてみようと思い立った結果。
1万文字超えの、当初の予定に全くないこの話が出来上がりました。えぇ……。

今話で出た設定の擦り合わせ等は未来の私がやってくれるだろうことを信じています。


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#24 ベリーハード 美術館

――――― 亜総義美術館  PM5:06 ―――――

 

 

 

 

 亜総義美術館。

 全市民及び外部からの旅行客が自由に展示物を鑑賞することのできる美術館……とは銘打ってはいるが。

 実の所、建造されている場所が亜総義市内で上流階級に組する者達の住処の近くであるため、一般市民の中で近寄る者は少ない。下手なことをして上の者に目を付けられた場合、シケイに逮捕される可能性もあるからだ。

 

 もし逮捕されると、「非正規市民」というランク付けがなされ……亜総義市内で職に就けなかったり、公共サービスを受けられなくなったりする。簡単な話、中世の「奴隷」より多少マシ程度の扱いになるということだ。

 

 もっとも奴隷扱いを受けるのは亜総義市内だけなので、街の外に出ればいい話じゃないか、ということに普通はなるのだが……そんな考えに思い当たることすらできないのが、亜総義市民という亜総義に洗脳された人々の末路である。

 

 

 

 プッチにとって、それらの話は毛頭興味すら持てない、道端の小石程にどうでもいいことなのであるが。

 パンフレットを片手に美術館の入り口をくぐると、真っ先に出迎えたのは、美術館への入退出を管理する受付嬢の姿だった。そこを通らなければ中に入ることはできそうにないので、仕方なく受付嬢の元へと近づく。

 

「ご来館ありがとうございます。申し訳ありませんが、市民番号の提示をお願いいたします。」

「……私はこの街の外から来た者で、市民番号を持っていないのです」

「そうでしたか。ではこちらの書類にサインと、街に入られた際に配布されたカードの提示を……」

「…………」

 

 私は偶々元の世界からこの世界のこの街に流れ着いたため、当然ではあるが、街に入った際に配られるカードなど持っていない。紙切れ一枚で外から入ってきた人間の動きや金の動きまで監視しようとする、亜総義側の浅ましい考えが丸見えだ。

 だが、この街で亜総義相手に真正面から事を構える力がない以上、その排水溝にへばりつくヘドロのようなルールにもある程度は従わなければならない。

 

 服の中に手を入れ、懐をゴソゴソと探る仕草をしながら、周囲に配置されている監視カメラの位置を探る。

 背後に2つ、受付嬢の背中から私の顔を映している物が1つの計3つだ。私はこのような施設の警備事情にあまり詳しくはないが、たかだか一介の美術館の入り口に3つ監視カメラがあるというのは多い方ではないだろうか? 下らぬことに金を懸けるものだと、内心で息を吐く。

 

 ……しかし、カメラの数が多いというのはやはり厄介なものである。

 監視カメラ越しにこちらを覗く人物がただのシケイならばまだいい。

 問題は『この美術館を謎のスタンド使いが拠点とし、監視カメラで常に館内を見張っている。もしくは、スタンド能力で館内を見張っていた』場合だ。

 

 人を躊躇なく殺すようなスタンド使いのことである。私がスタンド使いだと分かると、館内にいる一般人ごと私を攻撃しかねない。

 

 ただこれは最悪の場合であって、敵のスタンド使いが昨夜フラッとこの美術館を訪れただけの可能性もある。…………どちらにせよ、監視カメラを警戒するに越したことはない。

 私は懐から何かを取り出そうとするも、何かが引っかかって上手く取り出せないような演技をしつつ、受付嬢に向かって言葉を発する。

 

「すみません。少し、カードが服に引っかかってしまったようで……」

「大丈夫でしょうか? ほんの少し見せていただければ問題ありませんので、完全に取り出す必要はありませんよ」

 

 彼女がカウンターに手を突き、上半身を乗り出してくる。

 私も紫色のコートの、十字架を縦に割るように走るファスナーをジジジッ……と開く。私がコートを軽く開くことで、背後からの監視カメラからは僅かな死角が生まれ……受付嬢の背後にあるカメラは、身を乗り出した彼女自身の背中で死角が生まれている。

 

 つまり、私と受付嬢の間に、誰からも見えない僅かな死角が生まれたことになる。

 コートの内側を眺めながら怪訝な表情を浮かべる彼女。

 

「……? すみません、どちらにカードが、おがッ――――」

 

 彼女の言葉が突然乱れる。

 ホワイトスネイクの腕がプッチの腹から一瞬のうちに顕現し、彼女の額に正面から突き刺さったのだ。

 彼のホワイトスネイクには、ディスク能力の他に、直接手を頭に突き刺すことで記憶を弄ることのできる能力を持っている。至近距離まで近寄らなければいけないため普段は使うことがないが……スピードだけを見るならばこの方法は最も手っ取り早いのだ。

 

 指を突きさしていた時間は一秒にも満たず。

 ズルリ……と嫌な音を立てながら、スタンドの指を引き抜く。彼女がカウンターから手を離し、頭を押さえながら背後によろめいた。

 

「うッ……。今、私は何を…………?」

 

 背後にあった黒革の椅子に倒れるように座り込みながら、頭を押さえてそう呟く受付嬢。

 私はコートのファスナーを閉め直しながら、彼女に向かって優しい声色で言葉を返した。

 

「……大丈夫ですか? 『私の受付を済ませた』あとに、突然よろめかれたのですよ」

「あ、ああ……そうでした、か。申し訳ございません、どうぞご入館ください」

 

 彼女が左手を動かし、美術館の入り口を超えた先にある、展示エリアへの入り口を指した。

 特にその指示に反抗することもなく、促された通りの場所へと歩みを進めた。

 

 受付嬢に、私の受付を済ませたという記憶をホワイトスネイクで植え付けたのだ。少しだけうまく行かず、記憶の混濁が発生したため私が言葉で多少促したが……。

 前の世界では記憶の混濁など発生したことがない。これもホワイトスネイクが弱っているためだろうか? スタンドが弱った原因は分かるが、戻す方法が分からない。早く戻したいものだ。

 

 

 ただの受付嬢相手に、やたらと時間をかけてしまった。慎重を期すのは悪いことじゃあないが、かといって時間を取りすぎるのも問題だ。

 仮にもここは敵地。一般人として忍び込んではいるが、必要なことさえ済ませてしまえばとっとと出ていくのが吉の場所だ。もう少しだけ早く動かなければならないなと、自身に戒めを課した。

 

 

 受付を超え、白の大理石が敷かれた荘厳あらたかなロビーを通っていき。

 白革張りの椅子が大量に置かれた淡い光の灯るラウンジをも通り過ぎると、ようやく館内に設置されているガラスケースに包まれた展示物が見えてきた。

 

「……気味の悪い物ばかりだな……」

 

 コツ、コツと心地よい足音を静かに響かせながら、周囲を見渡す。。

 ガラス越しに飾られている、萬の家が使っていたゴザや座椅子、挙句の果てにはコップなど……。

 一体誰がこんなものに興味がある? と思ってしまうほど下らない物ばかりが展示されていた。

 

 この街に訪れた時からずっと持ち歩いていたため、すっかりヨレヨレになってしまったパンフレットを開き、この場所の説明についての文に改めて目を通す。この美術館は亜総義グループを立ち上げ、一代で世界に股を掛ける巨大グループまで成長させた『山本萬(やまもとよろず)』にゆかりのある物が展示されているらしい。

 『山本萬』とはつまり……私が破壊した『萬像』のモチーフになった人物である。身一つの状態から一代で巨大グループを作り上げたのだ、その商才は相当なものだったのだろうと伺えた。

 よくそのような才人から、街一つに独裁制を敷き支配しようと考える子孫が生まれる物だと感心してしまう。もちろん皮肉だ。

 

 

(しかし、一個人に由来のある物ばかり展示されているのなら……美術館ではなく、記念館の間違いじゃあないのか? 気にしたところで何かが変化するわけでもないが……)

 

 そんなくだらないことを考えながら、コツコツと歩みを進めていく。

 依然としてスタンド使いの影はない。それどころか、人の気配自体が少ない。

 時折展示物を熱心に眺める、気品漂う男もしくは女が立っているだけだ。プッチはそんな彼らに侮蔑の視線を思わず向けてしまいながら、周囲に警戒を張り巡らせる。

 が、待てど暮らせどスタンド使いの気配は感じない。十数分ほどそうしていたところで、バカバカしくなったのか、はたまた意識を張り巡らせていたことで疲労が溜まったのか、プッチが息を吐きながら肩の力を抜く。

 

(ただ歩き、周囲を警戒しているだけでは埒が明かないな……。監視室に入り、監視カメラの記録でも漁るか……? いや、性急すぎるな……)

 

 思案を巡らせるも、少しだけ気が立ってしまっているのか、思考が飛び飛びになってしまう。

 いくら何でも、敵性スタンド使いがいるかもしれない場所に突貫したのは無茶だったのかもしれない。私自身の、本能に近い無意識の部分がざわざわとわめきたっているのが分かる。

 

「……フーッ……」

 

 ゆっくりと、その場で立ち止まって深呼吸をする。

 元々私自身ですら気づかなかったような僅かな怒りだ、素数の勇気を借り受けるまでもない。

 

 

 ……しかし、美術館内をしばらく歩いてきたが、一切合切何も起きる気配がなかった。

 周囲に人気はほとんどなく、すれ違う人間は私に対して何の警戒心も抱いていない。謎のスタンド使いはサンホー工業で、東雲派とナユタが合流した時点で即座に逃亡をしたところを見るに、相当に警戒心が強く臆病な人物のはずだ。その上スタンドパワーも人体を貫くほど強力なのでかなり厄介な人物である。

 

 とにかく、そんな特徴的な人物が歩いていれば流石に勘付く。周囲に警戒心をまき散らすような奴なら尚更だ。

 そんなスタンド使いの気配が一片も感じ取れないと言うことは……『敵スタンド使いは今はこの美術館にはいない』と断定しても問題ないだろう。ここが敵の拠点という線も考えていたが、普通に運営されている美術館を一片の気配も残さず根城にするというのは流石に難しいはずだ。そういうスタンド能力ならば話は別だが。

 

(……撤退するか……)

 

 もし敵スタンド使いの痕跡が一欠けらもないというのなら、これ以上ここに滞在する意味もない。

 監視カメラの記録映像だけ奪い、この場所から引くのも手だ。一体敵がここに何をしに来ていたのかはちと気になる所ではあるが……記録映像を見ればその謎も分かるだろう。

 

 心の中でそう決断し、踵を返し、引き返そうとしたところ。

 

 

 

「―――――!! ―――――ッ!」

「――――――や!!」

 

 先ほど通りすぎたラウンジの方から、幾十人の騒ぎ声と共にドタドタと走り、暴れ回るような音が響いてくる。男性の野太い悲鳴に女性の甲高い悲鳴、阿鼻叫喚とも言っていい声も聞こえ始め、プッチの周囲にいた数人の人々がざわざわと冷や汗を垂らし焦り始めた。

 プッチは腰に手を当て、瞳をまっすぐに据え、声の方向を見つめる。

 亜総義市が運営する公営施設に、幾十人かで乗り込み、テロ紛いの行為を行う……。かなり聞き覚えのある状況である。一体どこの抗亜クランだ?

 

 フラットならば万々歳、もともと潜入するつもりだった組織だ、一つこの場所で混乱を起こし上手く入り込むのもいいかもしれない。

 東雲派ならば……壬生菊千代とさえ会わなければどうでもいい。品須という男も中々のやり手に見えるが、あの女が居なければ他は有象無象、撤退は比較的容易である。

 

 ……もし、ナユタだったならば……。

 

 …………いや、ナユタがこんな大人数で来るはずがない。考えるだけ無駄だ。そもそも今更出会ったところで敵同士、対応は攻撃か撤退の二択にすぎない。

 

 

 

 

 件の抗亜クランが入り口の方から突入して来たため何処からも出られないという問題が発生し、逃げようにも逃げられないため、仕方なくその場でガラスケースに背を預けながら館内マップを眺める。

 両手に抱えた銃をカシャカシャと揺らしながら走ってくるシケイに道を明け渡し、館内マップを眺めながら監視室の場所を探りつつ、およそ三分が経過した頃。

 

 野太い声と肩に担いだ赤鞘の長ドス、般若の面を付けた男が革靴のかかとを鳴らしながら歩いてきた。周囲には白和服の刀を携えた般若面の男たちを何人も侍らせ、いかにも大物と言ったオーラを纏わせている。

 プッチはマップに注いでいた視線を外し、近づいて来た男の方に向け、思わず眉間にしわを寄せた。

 自身に向かって顔を向けたプッチに、般若の男が重低音の声を発する。

 

「――――……あ? お前は…………」

「貴様……。ということは、攻め込んできたのは……『東雲派』か。」

 

 後頭部で長髪を一本にまとめた厳つい様相の男、東雲派のナンバー2『品須(しなず)』がそこに立っていた。

 この男のせいで『壬生菊千代』を仕留め損ねた経験のあるプッチは、目を細め、彼に対する敵意を隠すことなく睨みつける。

 品須も負けずとプッチを鋭い眼光で睨み返す。周囲に身震いするような冷気に近い殺気を漏らしながら話し始めた。

 

「なんでお前がこんなところにおるんや。ナユタも来とんのか?」

「ナユタからは少し前に抜けた。今日はただの観光だ……」

「観光やと? ただの観光なんざする玉やないやろ」

「さも私のことを何もかも知った風な口を聞くんじゃあない。私を理解してくれているのは我が友だけだ」

 

 言葉の応酬が静かに繰り広げられる。

 品須の周りにいる東雲派の若衆たちは刀に手を掛けたまま、じっとその場にたたずんでいた。プッチはそんな彼らの姿を見ながらも、一切怯えることなく堂々と品須を見据える。

 

「……プッチ、やったか? お前の身なりの感じからして、元々外から来た人間なんやろ?」

「ああ」

「提案やが、お前。『この街から出ていく気はないか?』」

「? …………」

 

 突拍子のない提案に、プッチが一瞬言葉を止めてしまう。

 が、すぐに思考を持ち直し、ハッキリとした意思を言葉に込めて品須に発した。

 

「断る。この街でやり遂げなければいけない事がある以上、出ていくつもりは毛頭ない」

「ほーん…………じゃあ言い方変えたるわ。『()()()()()()()()()』っちゅーとるねん。お前はあんまりに危険すぎる、一体この先どんだけの影響を街に与えるかわからん。ワシら東雲派の動きにまで影響が及んだらたまったもんじゃない」

「それでも断らせていただく。私は私だけのために動いているのではないのでな」

「……なら、分かっとんのやろな?」

 

 品須が肩に担いでいた赤ドスを離し、柄と鞘を両手で掴む。

 ガチリとかすかな音を鳴らし、鞘が抜かれていく。水で濡れているかのような美しい刀身が次第に姿を現す様に、プッチもすぐに身構えスタンドを顕現させようとするが……すぐに構えを解いた。

 彼の行動に不可解さを抱き、品須が怪訝な声を漏らす。

 

「あ? 何してんねん……ああ」

 

 プッチが構えを解き、じっと見つめる先にあったのは、廊下を見下ろすように映す一台の監視カメラ。

 スタンド使いが監視カメラの映像を密かに見ているかもしれない以上、カメラの前でスタンドを出すわけにはいかなかった。プッチがスタンド使いだと敵にバレれば、街中で襲撃に会う可能性は格段に跳ねあがる。まして相手は強力な力を持ったスタンドの持ち主だ、背後からの襲撃=死という図式が簡単にできあがってしまう。

 

 ただ、監視カメラの前に敵スタンド使いがいない可能性もある。寧ろそちらの方が高い。だが少しでも『いる』という可能性がある以上、決してそれは無視することができない。

 

 

 取れる手は二つ。

 ①監視室に敵がいるかいないかの賭けを行う。

 ②スタンドを出さずにこの場から逃亡する。

 

 

 どちらを取るべきか、悩んでいる時間はあまりないな……と思っていると――――

 

 

「――――シッッ!!!」

 

 

 品須が刀身から引き抜いた赤の鞘を、鋭い息と共に監視カメラに向かって放り投げた。

 バチン!!と金属が叩き折れる音が響き、カメラ本体がぶちぶちと配線をちぎりながら地面に落下する。

 

「何をしている?」

「何って……構えを解いた理由、監視カメラやろ? サンホー工業で見せたお前の『アレ(スタンド)』、あんまりバレたくなさそうやしな」

「……その通りだが。しかし、なぜわざわざ私に有利なことをした?」

 

 プッチが疑問げに、品須に向かって問いかける。

 その問いに向かって、実に楽しそうな笑みを口に浮かべ答えた。

 

「そりゃまあ、普通に考えれば壊さん方が有利やが……。お嬢がやられかけるほどの相手と戦える機会や、どうせならお互い全力でやりたいやろ?」

「……分からんな。だが、まあいい。スタンドが使えれば壬生菊千代以外はどうとにでもなる」

「舐めんなや。……お前ら! 手出すんやないで!!」

 

 野太い怒声に、品須の周りにいた東雲派の若衆は焦ったような声を出す。

 

「し、しかし品須さん。こんなことをしている暇は……」

「問題ないやろ。どうせそんなに長引かん、それに別動隊もおるしな」

「そうです、か……。なら、どうかご無事で…………」

 

 東雲派の若衆たちは、全員が剣の道を歩む武士道精神を持った者達。

 一対一の勝負に水を差すのがどれほど無粋なのか理解しているからなのか、すごすごと引き下がり、二人から5メートルは離れた場所に立つ。

 

 

 静かな、底冷えするような殺気が廊下に広がる。

 そんな恐ろしい気配が満ち満ちる中、プッチが腕を組んだ。まるで、『もう全てに片が付いた』かと言わんばかりに。

 品須は赤ドスを顔の横に構えつつ、彼の意味不明な様子にいぶかし気な表情をする。

 

 プッチがため息混じりに、つぶやくように言った。

 

「……貴様、やはり壬生菊千代ほどには強くないようだな」

「あ?」

「あの小娘が異常と言うべきか。私のスタンドを感知できるのがそもそも異常なのだ、スタンド使いと非スタンド使いは普通は相手にならないのだからな……」

「おい、何の話をしてんのや――――ッ!」

 

 

 

 品須が察知したのは、空虚な意思。

 人形か何かが背後から迫り来て、自身の頭をかち割らんと攻撃して来ようとするその様が、第六感のように頭の中に浮かんだ。咄嗟に振り向き、ドスで背後からの攻撃を受け止める。

 

「なッ?! お前何して――――グッ!?」

 

 彼が驚いたのも無理はない。

 背後から斬りかかってきた人物は、今まで苦楽を共にしてきた仲間である――先ほど下がらせた、東雲派の若衆であったからだ。

 

 困惑、動揺。そんな感情が頭の中を埋め尽くし、品須は――――。

 攻撃を受け止めた若衆の下からもう一人、刀を手に斬りかかってくる若衆の攻撃を受け止めることができなかった。

 

 左わき腹から右わき腹。腹部に横一文字の紅い線が入り、プシシッと勢いよく鮮血が舞う。

 焼けるような痛みに顔を歪めながらも二人の若衆を力任せに吹き飛ばし、その場に膝をつく品須。息を乱しながら、脳内で今の状況を必死に整理する。

 

(ワシへの裏切り……!? いや、んなことありえるかい! 何年間も一緒におんのに今のタイミングで裏切る訳ないやろが……!

 じゃあなんでワシに攻撃したんや?! こんな不可解なこと、あいつらがする訳…………『()()()』やと? …………今目の前に、全くもってでたらめで不可解な力を使う奴がおるやろが……!!)

 

「プッチィ……ッ!!」

「だから言ったのだ。壬生菊千代以外は相手にならんとな」

 

 品須が膝をついた状態で、プッチの方を睨みつける。

 そんな彼の様子を見て、実に堂々威風とした恰好で、プッチは品須を見下していた。

 

 

 プッチの行動は、実に単純明快である。

 ホワイトスネイクの射程範囲内にいる東雲派の若衆たちに『品須を攻撃しろ』という命令を書き込んだディスクを挿入しただけ。たったのそれだけだ。

 非スタンド使い数人にディスクを叩き込むなど、5秒もあれば充分である。

 

 プッチは一仕事終えたホワイトスネイクを傍に侍らせながら、品須にゆっくりと歩み寄る。

 そんな彼の姿に、自身のドスを杖代わりに、ぐぐぐっと足に力を籠めて立ち上がる品須。

 

 

 品須VS若衆4人&プッチ。

 

 

 勝敗など、火を見るよりも明らかであった。

 

 

 

 

 

 何もかもが終わったその廊下で。

 純悪に染まった一人の男が、静かに息を吐いていた。

 

 

 

 

 

 





何日にもわたって書いたせいで文章がおかしい……おかしくない?

ここまで更新が遅れた理由としましては、特に深い理由があった訳ではなく、単純にやる気が極限まで落ちてました。過去に頂いた感想を読み返してやる気を充てんさせて書くを繰り返すうちに、前回投稿日から10日以上経つという結果に……。
コロナの関係でかなり家にいる時間が増え、何もかもに対する気力が削げて行っているんですかね……。

かといって、更新が遅れた言い訳にはなりません。
投稿が非常に遅れて大変申し訳ございませんでした。

これからは3日に1回投稿ができるように努力します。


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#25 ベリーハード 美術館2

―――――――亜総義美術館 PM5:40(プッチ突入から34分後)―――――――

 

 

 

「……クマ。ちょっと入口の方が騒がしくないか?」

「確かに……そうだな。どうするザッパ、元々信用できないムラサキからの情報だ。大事を取って撤退もできるが」

「はぁ!? 今来たばっかで撤退とか絶対嫌だっつーの! こちとら久々に体を動かせる機会だってのによーー!」

「わははは! 虎太郎の言う通りだ、ムラサキの罠なら罠で真っ向から踏みつぶすべし!」

 

 

 亜総義美術館の最深部。

 受付から最も離れた場所にあるレストルーム。トイレや休憩用の座椅子などが設置されており、展示物を鑑賞する人々が少しだけ足を休めることのできる憩いの場だ。

 

 そのレストルームに設置されたトイレの前に、三人の男が立っていた。

 その三人の内の一人。棍をぶんぶんと振りまわす虎太郎が、ザッパとクマに向かって興奮した様子でがなり立てている。レストルームには彼ら以外に誰もいないから良かったものの、もし誰かいた場合は武器を振り回す危険人物として即刻シケイに通報されていたであろう。

 

 クマは組んでいた両腕を解き、虎太郎に声を潜めるようにハンドサインを送った。

 それを見て、声は抑えたものの、身の内に猛り狂う興奮を抑えきれぬように鼻息荒く呼吸をする虎太郎。ザッパはそんな彼を見て、口角を上げながら言葉を発する。

 

「それにしても、随分と気合が入ってるじゃないか()()()。一人だけ先にヒトカリ衣装を着ててよ」

「あったりめーだぜ!! こちとら数週間左腕と左足にギプスつけてて殆ど動けなかったんだ、存分に体を動かせるこの日をどれだけ心待ちにしてたかッ…………分かってんのかクマぁ!!」

「こっちに振るな…………。そもそも、そんなに楽しみにしていたなら寝坊なんかするんじゃない。お前のせいで数分遅れたんだぞ」

「そッ、それは……興奮して眠れなかっただよ!」

「子供か……」

 

 虎太郎のやたらと響く大声に、頭痛がするクマ。

 ザッパはそんな二人のやり取りを見て大笑いしながらも、不穏な気配の漂う入口方面に注意を向けていた。

 

 

 

 さて。

 何故こんなやり取りを交わしながらも、男三人衆がトイレの前で待機しているかというと。

 

「はーい。おっまたせ~~~」

 

 女子トイレの中から、いつものヒトカリ衣装を着たキラキラとポルノがひょっこりと姿を現す。もうすっかり慣れたものだが、改めて見るととんでもない恰好をしている物だ……と、クマはひそかに思いをはせた。

 

 Q.なぜトイレの中で着替えていたのか?

 ナユタのアジトから亜総義美術館までは相当な距離がある。そんな距離をヒトカリ衣装で移動するわけにもいかない。しかも亜総義美術館の周辺は上流階級の人間が住む場所に近く、シケイの監視が隅々まで行き届いているため、身を潜めて着替えられるような公園等が存在しない。

 

 ヒトカリをする際には正体を隠す派手な衣装を着ていないと、日常生活を送る際に多大な支障が出るため、どこかでヒトカリ衣装を着なければならない。一体どこで着替えるかと頭を悩ませていた時、キラキラが上げた案が、

『いっそのこと美術館の中で着替えちゃえば?』

 というものであった。妙案である。

 

 

 

 ということで、ナユタは亜総義美術館の裏手にあるレストルームのトイレの窓から館内に潜入し。

 女性陣はトイレの中で衣装に着替え、男性陣がその間トイレの前に立って中に入ろうとする人物を阻止する策を取ったのだが……そもそもレストルーム内に人がいないため、クマ達はただただだべっているだけになってしまっていたのだ。

 

 

「……もう一人は?」

「そっちもばっちり、よっけよっけ。ほら、おいでって! そんなこと考えるのは虎太郎だけだって、ね!」

 

 クマが腕を組みなおし、キラキラに話しかける。

 その問いに彼女は片目を閉じてサムズアップをし、女子トイレの壁に隠れていた少女を中から引きずり出した。

 

「………っ……!?」

 

 思わずクマが組んでいた両腕を外し、狼狽してしまう。

 トイレの影から出てきたのは、大相寺皆子……なのだが、私服とは全く異なる派手な『ヒトカリ衣装』に身を包んでいた。

 

 どことなくナースを連想させるそのヒトカリ衣装。透き通るような緑髪の上にちょこんと乗せられたナースキャップには薄紫色の十字架のワッペンが点いている。髪の毛は普段のポニーテールから根元が花形にくくられたツインテールになっており、いつものどこか陰気臭さを感じさせる見た目から、幼さを感じさせるような容貌へと変化していた。

 

 そして一番注目すべき……並びに、真っ先にクマが目を逸らした場所が、彼女の胸である。

 普段着である、少しだぼついているピンク色の制服からでも多大な質量を感じさせるほどに大きかった彼女の胸。そんな彼女がヒトカリ衣装に着替えたことによって、もはや隠れている場所の方が少ないほどにさらけ出されたその巨乳は、彼女自身の美白と相まって巨乳に対して興味のないクマでも一瞬心臓が跳ねるほどには煽情的な物であった。

 

 顔から視線を逸らすという意味では、これ以上ないほどに効果的であろう。シケイの九割九分が男性である以上、彼女の胸から視線を外すのは……相当に難しいのではないだろうか。

 

 

 クマは視線を逸らしつつ、口に人差し指を当てながらも、何か言わなければと喉の奥から言葉を絞り出す。

 

「…………えーと。眼鏡、伊達だったのか?」

「い、いえ、コンタクトは一応、持ち歩いてて……」

 

 普段つけている黒ぶちの眼鏡を付けていない事。それぐらいしかクマには突っ込める場所がなかった。

 キラキラが右手に下げたチェーンソーを肩に担ぎ、楽し気な声で答える。

 

「スタイリッシュっしょ? 何事もハデに可愛くいかないとね♪」

「わ、私、やっぱり元の服でいいです……!」

「変装もせずにヒトカリしてたら、街、歩けなくなるよ?」

「街……あ、そっか………そういうこと…………」

 

 

 

 

 そんなキラキラと大相寺のやり取りを眺めながら、クマはつい今朝のことを思い出す。

 

『わ、私を――――ひッ、ヒトカリに参加させてくださぁい!!』

 

 朝、目覚めたばかりの時のこと。大相寺皆子から、突然土下座をせんばかりの勢いでそう頼み込まれたのだ。

 昨夜のプッチの件の疲れがまだ抜けきっておらず、その上起きたばかりで脳がまだ完全に働いていない時間帯のことだ。あまりに唐突すぎる展開に、大した反論が思いつかず、彼女が頭を下げたまま言葉を捲し立てていく。

 

『私、お父さんを探さなきゃいけないのに、ここでずっと燻って――怯えていたばかりで! こんなんじゃ、何もできていないのと同じだって…………!!』

『あ、ああ…………うん』

『だから、お願いします!! お父さんを探すために、プッチさんに今度こそ立ち向かえるように――ヒトカリに、参加させてください!』

『…………わ、わかった……』

 

 と、まあ。

 こんな風に、彼女に無理やり押し切られてしまった。

 後々頭が動き始めた時に、先ほどの発言は失策だったと気づき、すぐに訂正しようとしたのだが。どこかからその会話を聞いていたポルノがキラキラと結託し、既に彼女のヒトカリ衣装の準備を超特急で始めていたので、止めるに止められず……。結果、今日のヒトカリが彼女のデビュー日となってしまったわけだ。

 

 非合理的で、わりと取り返しのつかないレベルの大ミスをしてしまった気もする。

 しかし、今朝必死の形相で頼み込んできた彼女の目には深い隈ができていた。きっと昨日、プッチを追いかけた際に何かあり、アジトに帰ってきてから一晩中必死に悩んで出した結果なのだろう。そこまで覚悟して出した結論なら、こちらからアレコレと口出しするのは野暮なのかもしれない。

 

 

 

 

「……クマ、おいクマ」

「ん……」

 

 虎太郎が肘で脇腹を小突いてくる衝撃により、思考の渦から現実へと引き戻される。

 一体何の用だと彼の方を見ると、虎太郎は下卑た笑みを浮かべながら大相寺皆子の胸を見つつ、こそこそと話しかけてくる。

 

「すっげー巨乳だぜ……。いや、俺はお姉さんにしか興味はないけどな! それでも……ゴクッ」

「ヒッ」

 

 彼のいやらしい視線を感じ取ったのか、彼女が胸を両手で隠す。

 キラキラとポルノは虎太郎に軽蔑の視線を向けながら、心底冷たい声で言い放った。

 

「ちょっと、虎太郎……。あんた年上好きでしょ? お姉さんにしか興味ないんじゃないの?」

「いや、そうだけどよ……。べッ、別にちょっとぐらいはいいじゃねーか。胸くれー見られて減るもんじゃねーんだしよ!」

「ん。確かに、胸は見てもなくなることはない」

「だよなぁポルノ! やっぱお前は分かってくれると思ってたんだよな~!」

「ただ、虎太郎への信頼がゴリゴリ減っていっているのには気付いてほしい。誰からのとは言わないけれど」

「もう0だよ」

「それはちょっと酷すぎませんか!?」

 

 キラキラのあまりに冷酷すぎる言葉に虎太郎が声を荒げた。

 これで少しは落ち着いてくれればいいが、虎太郎はきっと終生の時までこんな調子だろうなので諦めることにする。

 

「まあまあ、虎太郎のことはほっといてさ。超超急ピッチだったけど、ウデによりをかけた改造ナース。どうよ~これ? ミストレスに頼む時間もなかったから殆ど手仕上げなんだよ?」

「そ、そういえば! なんで病院でもないのにナースの衣装なんですか?!」

「え~? でも看護師なんでしょ?」

「看護学校に通ってただけで、まだ本職ってわけじゃ………」

 

(……そもそも、これはナースなのか? いやナースをモチーフにしているのは何となくわかるが……)

 

 クマの素朴な疑問は心中に留められた。

 

 

「ナース……メディック……メディコ! メディ―――ッコ!!

 ついにナユタにも衛生兵が動員されたか! よーし、今日からお前の名前は『()()()()』だッッ!!」

 

 ザッパが腰に両手を当て、高笑いでもするようにそう叫んだ。

 大相寺皆子が両頬に手を当て、驚愕の表情を浮かべる。

 

「え、え、ええーーーーっ! だ、だから私は医者でも衛生兵でも看護師でもなくて……!」

「嫌か? それなら元の見た目から、地味子かメガネ子辺りになるが……」

「それもちょっと……というか、なんで私のあだ名を知ってるんですか? しかも二つとも……」

「使用済みなら『()()()()』だ。決まり!」

「は、はあ……わ、わかりました……」

 

 少しだけ不満げな顔をしながらも、その名前を受け入れた大相寺皆子……改め『()()()()』。

 前線で戦闘する柄ではなさそうなため、役割的にも一番その名前が似合っているのではないかと思う。

 

 会話が区切れたところで。

 クマとザッパが一瞬のうちにヒトカリ衣装に着替え、ザッパは右肩を一度二度回し、クマは銃に弾が籠っているかを確認する。

 

「さーて。長くなっちまったが、そろそろヒトカリを始めるか!」

 

 ザッパの号令に合わせ、新メンバー『メディコ』を加えたナユタが、様々な風が吹き荒れる亜総義美術館を進軍し始めた。

 

 

 

 

 

 

 

「……やっぱ、シケイが騒がしいな、ッと!」

「ちょっとザッパ前出すぎだって!」

「それは虎太郎にも言ってやれ!!」

 

 ザッパがライオットシールドを構えた大柄なシケイを殴りつけ、盾ごとシケイを吹き飛ばす。

 盾持ちのシケイの背後にゴム弾の自動小銃を持ったシケイがいるため、確かにザッパは少々前に出すぎである。だがザッパは普段から一番前に踊り出て戦っているのでこれぐらいならばまだ許容範囲なのだが……今日は隊列も何もかもを無視して暴れ回る男が一人いた。

 

 地面に棍の先を突き、棒高跳びの要領で空中を大きく飛翔しながら銃を持ったシケイに迫っていく虎太郎。

 

「ッ……らよっと!!」

 

 棍を体を軸に水平回転させ、シケイのヘルメットの左側頭部を叩く。バキョ!!と何かがへし折れるような音が響き、シケイの体が勢いよく右に吹っ飛ばされ、展示物を守るガラスケースにヒビを入れた。

 一撃で動かなくなるシケイを前に、地面に着地した虎太郎は興奮した様子で棍をぐるぐると回し始める。

 

「よーっし! ざーっとこんなもんよ!!」

「あまり調子に乗りすぎるな、虎太郎」

「仕山医院の時に比べりゃこんなもん屁でもないってーの。」

 

 確かに、クマが手を出す必要もないほどに今日の虎太郎は調子がいい。動きのキレも普段のヒトカリより数段増している。

 だが今回のヒトカリは明らかに状況がおかしい。シケイの警備が少ないのはムラサキの情報通りだが、遭遇時から装備をガッチリと準備した……いわゆる臨戦態勢を取っている。これがヒトカリを初めて十数分経ったときの話ならばともかく、今回のヒトカリで初めて遭遇したシケイが臨戦態勢なのは少し引っかかる。

 

(亜総義市の警戒レベルが引きあがって、シケイの意識も変わったか……? いや、アレで意識が変わるのは亜総義本社何かを守るようなエリート組だけだ、ほとんどのシケイは突然の激務の重なりでストレスが溜まり警備が粗雑になっているはず…………)

 

 

 ナユタは特別展示エリアから尽未来際図という亜総義の永遠繁栄を謳う気味の悪い図が展示されたエリアを通り、萬世の図という物が展示されている場所にたどり着く。

 亜総義グループを立ち上げた『山本萬』が、今後亜総義グループがどのような影響を世界に与えていくのかを記した図……らしい。内容はよく知らないし知る気もない。

 

 萬世の図エリアには亜総義市民が何人かいたらしく、突然現れたナユタの面々に対して非常に焦った様子で入り口の方へと逃げようとしている。

 キラキラが気分よさそうに腰につけていた発煙弾を取り出し、ぽいぽいと市民に対して投げている。

 

「そーらガス撒くよー! ふははははー!」

「こっ、抗亜だ! 逃げろ!」

「け、携帯電話が……」

「どけっ、私が先だ! 私を誰だと……ええい、警備は何をしている!」

 

 この部屋にいた市民は全員が男……どう見てもハルウリ用のジンザイとして使うことはできない。

 キラキラにあまりガスを無駄遣いしすぎないようにたしなめつつ、逃げていく男たちを眺めていると――――。

 

「私はお前らより価値の高い命だッ! 私が先ッ――――」

 

 この部屋の中に居た亜総義市民の中でもひときわ階級が高いと思われる言動の男が、煙幕の中から突然現れた何かに側頭部を殴られて吹っ飛んだ。壁際までその勢いのまま転がっていき、そのままピクリとも動かなくなってしまう。

 人々は煙幕の中に突っ込むのを恐れ、踵を返し、別の通路へと一斉に逃げて行ってしまった。

 

 クマが銃を煙幕の方に構えた。それを皮切りに、他のメンバーも各々の武器を構える。メディコだけはへっぴり腰であった。

 

 

「ゴホッ、ゴホ…………ぬ」

「……! 東雲派か……」

 

 煙幕を手で切り裂きながら現れたのは、鞘付きの刀を持ちながら咳を漏らしている東雲派の般若面であった。天井に向かって伸びる二本の角をギラギラと輝かせながら、ナユタの面々の方に目を向ける。

 そんな東雲派の背後から、更に2人の般若面の男が現れる。

 

「さっきから、やけにシケイの反応がおかしいと思っていたが……先に他の抗亜が来ていたなら納得できる」

「これは……ムラサキの奴に仕組まれたかぁ?」

「十中八九そうだろう。抗亜同士のダブルブッキングでの潰し合いを狙う、合理的な方法だ」

 

 ザッパとクマが東雲派の若衆たちの方を見ながら、冷静に話し合う。

 ムラサキの罠が仕組まれているのは分かっていたが……流石に東雲派との抗争はまずい。東雲派は全員が余すことなく日本刀の使い手という生粋の戦闘集団、幹部の品須と当主の壬生菊千代に至ってはまさに別次元の強さだ。

 

 それゆえに、荒事を楽しむ性格であるザッパでさえ、仲間や新しく加わったメディコのことを考え警戒に徹していたのだが。

 虎太郎が棍を東雲派に向かって構え、今にも踏み込まんと前傾姿勢を取る。

 

「東雲派が何だってんだよ! 全然怖くねぇよ!!」

「何……? ッまずい、ポルノ! ハイになってる虎太郎を止めてくれ!」

 

 クマがあまりに調子に乗りすぎて、すっかり冷静さを失ってしまった虎太郎を止めるようポルノに頼む。

 ポルノがその声に反応し、手から垂らした白いベルトからパシンと心地よい音を鳴らしながら、飛び上がった虎太郎を縛り上げようとして――。

 

「合点承知の助――――と、え?」

 

 ポルノが一度虎太郎に白ベルトを絡めたはいいものの、なぜかすんなりと虎太郎にベルトを外されてしまった。

 彼女自身、なぜ縛れなかったのか不思議そうな顔できょとんとしている。

 

 

「食らえやぁぁああああああ!!」

「ッ! 虎太郎やめろ!」

 

 クマがポルノから視線を外し、虎太郎の方に目を向ける。

 東雲派の頭上に踊り出て、棍を器用に体を軸にしてぶん回しながら、天から地に向かって一直線に振り下ろした。東雲派の若衆も日本刀を抜いて応戦しようとする。

 

 

 が、それよりも早く。

 虎太郎に突進するように煙幕の中から出てきた白い塊が、カチャッと何か金属を擦れ合わせるような音を鳴らした瞬間。

 白く輝く一本の線が虎太郎を袈裟切りにする様に走り、まるで車と車同士が衝突したような恐ろしいほどの轟音が響いた。

 

「うおッ――――」

「と、虎太郎さぁん!!」

「虎太郎ッ!!」

 

 轟音と共に虎太郎が吹き飛ばされたのを、メディコとクマが衝撃で後ろに倒れ込みながらも二人で受け止める。

 メディコが彼の体に傷がないかを確認しようとするが、その前に虎太郎がむくりと体を起こし、二つに別れた自身の棍を眺めて顔を青ざめる。どうやら先ほどまでの謎のハイテンション状態はすっかり冷めたようだ。

 

「あ、危ねー……。棍が、ヌンチャクになるようにしてなかったら…………」

 

 彼がそう呟く。

 どうやらあの謎の攻撃を偶々棍で受け止めた上、棍が二つに別れてヌンチャクとして使えるように改造していたので衝撃がある程度緩和され、何とか無傷だったらしい。

 クマが東雲派がいる方に顔を向ける。

 

 

「…………」

 

 東雲派の若衆たちの前に、左手で赤鞘の刀を持ち、堂々と立っていたのは。

 白狐の面を顔に装着した東雲派の当主『()()()()()』であった。

 

「げぇっ、マジかよ…………」

 

 ザッパの漏らした独り言が、静かに響いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 




~前回後書き~
三日に一回投稿します!


投稿日
2021/09/15 23:37 #24投稿日

↓ 4日後

2021/09/19 23:00 #25投稿日



これはほんとによくないと思います
申し訳ございませんでした


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#26 ベリーハード 美術館3

 

「貴様ら……確か、ナユタとか言う童子共だったか」

 

 東雲派の若衆たちの前に立ち、左手で刀のつばを撫でながらナユタを人睨みする壬生菊千代。

 一気に張り詰めた空気の中、ザッパが困り果てたような表情をして口をとがらせた。

 

「おいおい……虎太郎の回復祝いにしちゃ随分と豪勢な相手が出てきたじゃないか」

「貴様は、サンホー工業でプッチと一緒に居た男だな。此度はあの時の様に一時的な協力関係を結ぶ気はない。このまま私達の邪魔立てをするようなら……斬る」

 

 そう言って、彼女が鞘から鈍く輝く刃を数センチ露出させる。

 クマが銃のスライドをガチリと鳴らすのを視線で制しつつ、ザッパは話し続ける。

 

「邪魔立ても何も、まだここに来たばっかなんだけどな。品須の旦那は?」

「知らぬ。……貴様らの方こそ、あのプッチなる男はどうした? どこかに潜ませておいて、こちらを不意打ちでもする気か」

「ん、プッチか? この間ナユタから抜けたぜ。今何をしてるかはマジで知らねえ」

 

 彼がそう言うと、壬生菊千代は仮面の中に隠された目を思わず見開き驚愕の表情を浮かべる。

 

「……何だと? そ、そうなのか……それは不躾な事を聞いたな。だが奴がいなければ尚更、貴様らを一蹴するのにそう手間はかからぬ。ここで引け」

 

 壬生菊千代はほんの少し抜いていた刀を鞘の中に戻し、柄から手を離す。

 

 今ここでナユタを切り飛ばすのは容易いが、それを行わないのは一重に彼女の良心が働いた結果だろう。もしくは、生涯を剣に捧げるうちに形成された武士道精神が、余りに実力の釣り合わない相手を一方的に切り飛ばすことを咎めたのか。

 両腕を隙なく、しかしだらりと脱力させて下ろす彼女。ここは敵地、楽な姿勢を取りはすれど気を抜くつもりなど壬生菊千代には毛頭ない。

 しかしそのあまりにリラックスした姿は、目の前にいる敵に自分たちを舐め腐っていると取られてしまってもおかしくはなかった。

 

 

「なんだとこのヤロー。その言い方じゃあ、プッチの奴一人の方が俺たち全員より強いって言ってるみたいじゃねえか」

 

 食いついたのは、二つに分裂していた棍を一つに繋げ直し、立ち上がった虎太郎であった。

 眉間に深くしわを刻み、壬生菊千代を激しい敵意を込めて睨みつける。周囲に先ほどとは明らかに毛色の違う空気が張り詰め、東雲派とナユタの両陣営が自身の武器に手を掛け始める。

 壬生菊千代は落ち着き払った様子で瞼を閉じ、済ました顔で虎太郎の質問に言葉を返す。

 

「ああ。少なくとも私は、貴様ら全員を相手にするより奴の方を相手にする方がよっぽど厄介だ」

「舐めてんじゃねーぞ!! さっきは不意打ち気味に斬られけどよ、今度はこっちがお前をぶっ叩いてやるからな!!」

 

 額に血管を浮かべ、ナユタの最前線で棍を構える虎太郎。

 それに合わせて東雲派の若衆たちが一斉に刀を引き抜き、ナユタも各々の武器を思い思いに構えた。

 キラキラがブルンブルンとけたたましいエンジン音をチェーンソーから響かせながら、髪の毛を弄りつつ言葉を放つ。そんな彼女の言葉にナユタの面々が反応していく。

 

「あーあー、虎太郎めっちゃ興奮してんじゃん」

「それも、虎太郎が虎太郎である所以って奴だ! それに、どうせここで撤退する気なんてさらさらないだろ?」

「ムラサキの掌の上で踊っている気がして気に食わないが……まあ、その通りだ」

「…………えっ、えっ!? い、今ここで本当に戦うんですか!? あの人たち、に、日本刀とか持ってるんですよ?!」

「大丈夫。避ければ怪我しないから」

「そんなの暴論じゃないですかぁ!」

 

 

 東雲派の若衆の一人が壬生菊千代に近づき、心配そうな声色で話しかける。

 

「大丈夫でしょうか? 私達だけでもやれますが」

「問題ない。それに、品須達ともうすぐ合流する手はずだ。品須が来れば前線を交代する」

「そうですか……なら、お怪我だけはせぬように」

「無論だ」

 

 そう言い放ち、壬生菊千代は左腰に携えた刀の柄に右手を撫でるような優しい手つきで握る。全身から力を抜く所謂脱力状態になり、相手が間合いに入った瞬間に力を籠め、一気に刀を抜き斬る。壬生菊千代が最も得意とする居合術の基本であり極意であり真理でもある動作だ。

 

 そんな風に構えつつ、彼女は頭の中でとあることを思案する。

 

(それにしても、品須が合流予定の時間から遅れるなど珍しいな……。まあ、奴のことだ。何かあったとしても問題なく切り抜けられるだろう)

 

 思考をそこで切り上げる壬生菊千代。瞼を少し閉じ、目の前にいるナユタの面々をじっと睨みつけた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ナユタと壬生菊千代がいるエリアから少し離れた、とある通路で。

 地面に膝と手を突き苦しそうな表情を浮かべる品須と、感情のこもっていない冷徹な瞳で彼を見下ろすプッチがいた。

 

 ホワイトスネイクを傍に侍らせながら、プッチは品須から2メートルほど離れた場所で口を開く。

 

「ところで……あの小娘は来ているのか?」

「な、何のこっちゃ……!」

「壬生菊千代と言ったかな。あの娘のことだよ……」

 

 赤ん坊にでも語り掛けるような口調で、地面に這いつくばる品須に問い続けるプッチ。口調こそ柔らかいものの、視線にこもる侮蔑と憐みの感情はまるで車に轢かれ今にも死にそうな獣畜生にでも向けるような物であり、決して人に向けていいものではなかった。

 品須は呼吸を乱しながらも、口の端から恨み言の様に言葉を吐き出す。

 

「そんなもん知るかッ……!」

「……答える気がないのならまあいい。それに貴様の反応で大体わかった。来ているのだろう? ここに」

「…………ッ!」

 

 通常の品須ならばもう少しうまく言葉を選べたものであろう。

 ただプッチという男の余りに特異すぎる力(スタンド)と、腹を仲間である東雲派に斬られるという異常な状況により、頭の中が若干ながら混乱してしまっていたのだ。

 

 

 展示物が飾られているガラスケースに右肩をもたらかからせつつ、プッチは思案する。

 

(壬生菊千代に、スタンドが使うのを少しでも躊躇う状況で襲われるのはまずいな。……館内の監視カメラを破壊しておくか、それでスタンドを見られる可能性も減るだろう)

 

 ホワイトスネイクを動かす。

 品須を攻撃した後、直立した状態で人形のように固まっている東雲派の若衆たちに新たな命令『館内の監視カメラを全て破壊する』を命じる。彼らはすぐに人間味が感じられない奇妙な、がくがくとした動きで館内の監視カメラを破壊するために何処かへと去って行ってしまった。

 

 

 プッチは彼らが去っていくのを無感情に眺めていると、這いつくばる品須が絞り出すような声を出した。

 

「……おい……プッチ……」

「何だ?」

「お前……何が目的でこんな街に来たんや……」

 

 息も絶え絶えと言った様子で話し続ける品須の姿に、プッチは少しだけ考える。

 どうせこの男は始末してしまう予定なのだ。スタンド能力である『ディスク』の一端を見せてしまったのだから、口止めとして殺さなければならない。

 

 そんな、もうすぐ死ぬ運命を辿る男に対して語ることなどないのだが。

 前の世界では殆ど訪れることのなかった『自身の勝利がほぼ確定した状況』。そんな状況に、プッチの口がつい緩んでしまうのも仕方ないのかもしれない。

 

「品須……君は天国についてどう思う?」

「あ? 天国、やと……? ワシは無宗教や、勧誘ならよそでやれや……」

「貴様はカタツムリとナメクジの区別がつかないタイプなのか? 私が言っているのはクソが浅知恵をひけらかすように語るそれではない。世界にはな、真に全ての人間が幸福になれる天国が実在するのだよ……」

「……は……?」

「私はそれに到達し人々を真なる幸福に導くためにこの街に居るのだ。ジョースター一族ほどではないが邪魔立てをする奴らが多いので、少し面倒ではあるがね……」

 

 品須は心底、プッチという男が理解できなかった。

 空虚な瞳をした男が語るその言葉は、どこか人の姿をしながら人を辞めたような者を思わせる、人ならざる魔性の気配を放っていた。意志の弱い者、あるいは彼と何かしらの深いつながりがある人物はこの言葉に惑わされてもおかしくないほどにだ。

 

 だが品須は意思が弱いわけでもあるまいし、プッチと何かしらの深いつながりを持っているわけでもない。

 冷静に、何かの熱に浮かされたりせず、彼の言葉を真正面から捉えることができた。彼の発言の端々に迸る、プッチの異常性を感じ取ることができた。

 そして思ったのだ。

 

 

 プッチは自身が理解することすら及ばない『途轍もなくどす黒い邪悪』だと。

 

 

 まるで亜総義市という生け簀にぶち込まれた、何もかもを食らいつくす特定外来種のような男である。

 この男だけは放ってはおけない。

 野放しにしておくと、亜総義市……いや、世界にだって影響を及ぼしかねない男だ。何かの意思に突き動かされるように品須の体がかぁっと熱くなり、体に力が籠り始める。

 

「プッチっ、お前は、お前だけはこの街には居ちゃいかんわなぁ……ッ!」

「ッ、何…………?!」

 

 プッチが驚愕の表情を浮かべる。

 腹を大きく斬られ、血も致死量ではないと言えど相当量流していたのだ。もはや動くことすら敵わないほどに体は弱っているはず。

 

 なのに、品須は。

 自身の武器であるドスを右手にぎらつかせながら、血で濡れた腹部を晒しながら、仁王立ちしてプッチのことを睨んでいた。

 

「天国だか、幸福だか知らんが……もう一度言ったる、『この街から出て行けや』。何なら東雲派から何らかの援助を出したってもええで」

「『だが断る』。天国とは自己利益を追求したものではないのだ」

「なら……力づくでもこの街から連れ出したるわ」

「どうやって、だ? 死に体の貴様が、もはやマトモに動けるとは思えないが」

 

 プッチはもたれかかっていた壁から離れ、ホワイトスネイクを自身の前に顕現させる。

 品須は壬生菊千代の様にスタンドの気配が察知できるわけでもない。ただ、プッチの雰囲気から何となく、あの摩訶不思議な力が奴の前に鎮座しているのを感じ取った。

 彼が息を吸い込み、長ドスを頭の横で構え、喉の奥から絞るような声で叫んだ。

 

 

「ワシは"()()()"の品須や!! こんぐらいの傷で止まるかい!!!」

 

 

 品須が地面を踏み砕かんほどの力を足に籠め、矢のごときダッシュスタートを決めた。

 狙いは勿論、プッチの首である。長ドスの柄頭に左手を当て、鋭い突きでプッチの首を突きささんとする。

 

 プッチは手を下ろしたまま、品須のドスが迫ってくるのを冷静に見つめていて――――

 

 ――――瞬間、ガゴォン!!という重く激しい金属音と共にドスの刃が品須の腕ごと弾かれた。

 

(やっぱり弾いてくるか――――ッ!)

 

 品須は舌打ちをしながらも、自身の背後に隠すように携えている小刀を抜き、プッチの腹部に突き刺した。

 が、これも何らかの力により、服を切り裂くことすら敵わずに止められてしまう。

 

「現代社会に住む人間と、未開拓地に住む人間。どちらの方が強いか知っているか?」

 

 プッチはそんな独白を語りながら、品須の腕ごと掴んだ小刀をあらぬ方向に投げ飛ばす。

 そうすることでがら空きになる彼の腹部に、バネの様に曲げた足からの鋭い蹴りを放った。品須が仮面の上からでも分かるほどに苦悶の表情で顔を歪め、口と腹部の傷から鮮血をまき散らす。

 

「正解は『銃を持った現代社会に住む人間』だ。私と貴様は、自動拳銃と手製の木の槍ほどの差があるのだよ」

「……ッ、グ、いちいち下らんこと抜かすなや!!」

 

 プッチからバックステップで距離を取った品須が、長ドスの刃の切っ先を地面に突き刺した。

 刃の切っ先は館内に敷かれた柔らかいカーペットを容易に切り裂くことができる。品須は下段にドスを構えたまま、プッチに走り寄っていく。

 

 赤いカーペットに一本の切り裂かれた筋が入っていくのを眺めながら、プッチは『そろそろ終わりにする』と、ホワイトスネイクの右手を手刀の形にした。

 これ以上児戯に付き合う余裕はない。よって次の一撃で頭に手刀を叩き込み、そのまま記憶ディスクを根こそぎ引き抜くのだ。『ホワイトスネイク』の能力は一撃必殺、戦いを早く終わらせるのにこれ以上のスタンドはなかった。

 

 

 プッチが構える中、品須は敵に駆け寄りながらお嬢(壬生菊千代)の言葉を思い出していた―――。

 

『――――人型、ですか』

『そうだ。私の感じた気配では、恐らく…………プッチの見えない力とやらは、人の姿をしている』

『……どうして、そんな風に分かるんで?』

『私の感覚だ、一体なぜ人型なのかは分からないがな……。

 そして、関節の可動域も人とおおよそ同じだ。人体構造的にあり得ない動きをすることはまずない。いつ役立つかは分からないが、きっと、覚えておいて損はないからな――――』

 

 

(お嬢…………)

 

 品須は東雲派の当主が壬生菊千代でない、つまり先代の当主の頃から東雲派に在籍していた。

 

 自分はプッチに勝つことはできない。もし今後があるならば分からないが、現段階では確実に勝てない。謎の力に対する情報が少なすぎるのである。

 

 だが、お嬢ならばきっとこの男を討つことも可能だ。

 もしかすると亜総義よりも大変なことをしでかすかもしれないこの男を、だ。

 

 死なずの品須はここで終わるかもしれないが、東雲派が、お嬢が続いていくのならば。

 ここでプッチに一矢を報い、何かの糧となるならば、本望である。

 

 

「プッチィィィイッッ!!」

「教えて貰えぬツバメも不幸だが、学ばぬ者は更に不幸だな。サンホー工業で一度、私の力について学んだはずだろうに……」

 

 品須が下段に構えていたドスに力を籠め、プッチの股下から頭上まで一気に斬り上げる。

 が、余りに一直線すぎた。複雑な軌道もしくは圧倒的なスピード、またはパワーを持った攻撃でもない限り、スタンドという物は簡単に抜けるものではない。

 

 ホワイトスネイクの左拳が、品須の長ドスを思いきり弾いた。彼の体が衝撃に見舞われ、背後にのけぞる。

 プッチは勝利を確信し、天に掲げるように構えた手刀を彼の頭部へと振り下ろした。

 

 

「まッ、まだや……ぁァァッ!!」

「ッ……!?」

 

 品須が口の端から血を流しながらも、咆哮を上げる。

 プッチは余りの気迫に少しだけ目を見開きながらも、すぐに冷静さを取り戻した。いくら吠えた所でこの状況から何かできる訳でもないからだ。

 

 ホワイトスネイクの手刀が十数センチ、数センチと段階を踏んで迫っていく。

 スタンドを持つ者と持たぬ者の勝負など、基本的に銃火器などの強力な遠距離武器が絡まない以上はこのような幕引きになることが殆どであり当然である。スタンド使いは無傷、非スタンド使いは重症もしくは死亡だ。

 

 よって、プッチが油断していたのも仕方のないことなのかもしれない。

 勝敗が決まり切った勝負に、何もかもを投げ捨てて挑んでくる者がいるなどと思いもしなかったのだから。

 ジョースターの一族とそれに連なる者以外がまさか、そんなことをしでかすなどと思わなかったのだから。

 

 

「ッ、ぐッあァッッ!!」

「何ッ!? 貴様一体何を……ッ!!」

 

 

 品須が、その場で一回転したのだ。しかしただ回ったのではない。

 背後に弾かれた衝撃を生かし、体の左側面を地面に向けるように倒れ込みながら、横回転したのだ。言葉だけでは想像するのが難しいほどに無茶な体勢である。

 

 そんなおかしな体の動かし方を、腹に一筋の傷が入った状態で行えばどうなるだろうか。

 骨と筋肉の捻りにより、傷口がさらに広がっていくのである。刀による綺麗な断面の傷ではなく、肉がぶちぶちと千切れていくような傷なので、その痛みは想像を絶するものである。

 

 自分の傷を自ら広げるような行為はプッチですら想像できず。

 ホワイトスネイクの攻撃は品須の頭部があった場所に穿たれるが、品須は回っているため上手く狙いが定まらず――――彼の耳を少しだけかすめた程度で終わってしまった。

 今のホワイトスネイクの速度では即座に攻撃地点を変えることなどできるはずもなく、また、攻撃態勢からすぐに防御態勢に移すこともできない。

 絶好の好機であった。

 

 品須は腹部からの痛みを噛み殺しつつ、先ほどの小刀を背後から左手で引き抜く。

 そして回転の勢いをつけたまま、ホワイトスネイクを攻撃態勢にしたままのプッチを小刀で斬り裂いた。

 鮮血が、舞う。

 

 

「ちッ………!」

 

 プッチが舌打ちをする。この戦闘で彼が初めて見せた苛立ちであった。

 彼の左の掌には、赤い一筋の線が一本。たったそれだけであった。

 

 もし小刀がもう少し長ければ、プッチの左手を飛ばすことができたかもしれない。

 プッチが咄嗟に左手で防いでいなければ、もっと別の場所に傷を負わすことができたかもしれない。

 

 だが左手に走った一本の傷が現実であり、品須の決死の攻撃の結果である。

 最後に一矢報いたその傷と、プッチの悔しそうな顔を見つめた後、品須は地面に沈んだ。

 

 

 

 

 

 

「クソっ、クソっ、クソっ! あの状態から、私が傷を付けられるなど……!!」

 

 プッチの前には、地面に沈んだ品須の体があった。

 死んでいるか生きているかを確認する気などない。もはやディスクを抜く気すらもない。どうせすぐ死ぬのだ、むしろ死にゆくこの男をこのまま一人で死なせていく方が溜飲が下がると言う物である。

 

 プッチが傷を付けられた理由は、ひとえに油断。

 あまりに相手を舐めすぎていたのだ。

 

「いや、違う。人は恥のために死ぬ……これは恥ではなく、試練なのだ。傷を負ったことを恥じるのではなく、これを乗り越えることこそが試練なのだ」

 

 ぶつぶつと呟きながら、自身の心を静めていく。

 しかし、恥はないが、苛立ちが自覚できるほどに溜まっているのが分かる。

 

 品須という障害を一先ずは始末できたのだ。今日はこの辺りで引くべきだろう。

 これ以上この状態のまま行動していると、冷静な判断を下さねばならぬ時に感情に任せて行動してしまいそうである。

 

 そろそろ監視カメラを破壊させに行った奴らも仕事を終えていることだろう。監視の目を気にする必要はもうない。

 どこかから抜け出し、この場から立ち去ることにしよう。

 そう思い、踵を返したところで――――。

 

 

 

 バガッアァァアアアアアン!!!

 

 

 

 轟音。

 一瞬大地が爆ぜたのかと思うほどの音と衝撃が走り、プッチはその場で立ち止まる。

 何が起きたのかと辺りを見回すと、通路の壁の一部……ちょうど展示物がない地点の壁から、もくもくと土煙が上がっていた。

 

「混沌……」

 

 低く低く、地の底から響くような声が響く。

 ガラッ、ガラと瓦礫を踏みしめるような音が聞こえ、プッチはホワイトスネイクを土煙の方に顕現させた。

 

 警戒状態のプッチが目にした、土煙の中から出てきた存在は。

 身長は優に2メートルを達するであろう、筋骨隆々としたその体躯。フード付きのひざ下まで伸びるコートは非常に年季が入っているのか、はたまた恐ろしく荒い使い方をしているのか、生地の端が恐ろしいほどにボロボロになっていた。

 上半身はダウンコートの上からベルトやボルト、鉄網などできつく締めつけられており、まるで溢れんばかりに猛り狂う中身を押さえているようにも見える。また、ベルトには三本のナイフが下げられていた。

 そして最も奇妙なのはフードから覗かせる気味の悪い顔。恐らくは何かしらの仮面を被っているのだろう、歯を前歯から奥歯まで露出させ、目は赤いリングのようなものがいくつも浮かんだ複眼仕様となっている。

 

 簡潔に言えば……怪物としか形容しようがない存在がそこに立っていた。

 

「二人だけ、か……? だが、どこよりも濃い混沌の気配がした……」

 

 謎の男が、地面に転がる品須の方を見た後に、プッチの方に視線を向けた。

 気色の悪い歯の隙間から、フーッ、フーッと大きな息を漏らす男。

 プッチはスタンドを出して警戒しながらも、彼に向かって問いかける。

 

「誰だ、貴様……」

「なら…………示せ、俺に…………!」

 

 明らかに人の話を聞いていない。

 ただ、我がホワイトスネイクの姿は認識できていないようだ。非スタンド使いならばまだやりようはある。

 

 謎の男が右の拳を、弓の弦を引くように力を籠める。だが、奴と私の距離はまだ4メートル前後はあった。どう頑張っても拳が届く距離ではない。

 一体何をしているのか分からず、ホワイトスネイクを防御から攻撃に回すか思案していた瞬間――――

 

 

 ――――謎の男のいた場所が爆ぜた。

 実際は轟音と強力な衝撃によりそう錯覚しただけなのだが、そこのところは問題じゃあない。

 問題は、その音と衝撃が奴の仕業によるもの、ということだ。

 

 奴は今。プッチから1メートルもない場所に立ち、空気を切る音をがなり立てながら溜めた力を解放させた拳を彼に振りかぶっている。

 身長約2m、推定体重100キロ越えの男が3~4mの距離を一度の跳躍で詰めた。それだけで恐ろしい身体能力であることが分かるが、もっと注目すべきは、彼が胸元に下げているナイフ三本以外の武装を持っていないということだ。

 美術館、というより展示物が飾られる類の建物の壁という物はかなり頑丈に作られている。爆弾でもなければ壊せぬような壁だが……謎の男は『何一つとして武器を持っていない』。つまり……分厚いコンクリート製の壁を、己の拳と身体能力だけに物を言わせてぶち破ったのだ。

 

 

 

「ッ、ホワイトスネイクッッッ!!」

 

 プッチは男の振りかぶる拳に合わせるように、ホワイトスネイクの拳を放った。

 ホワイトスネイクの拳よりも二回り以上は大きい拳、それ等二つが空中で衝突しあう。お互いに人を超えた力、辺りの塵芥を揺らめき浮かせるような衝撃波がバリリッと走った。

 

「――――!」

「ハァアアアアッッッ!!」

 

 謎の男と拳を突き合わせたホワイトスネイクが苦悶げに表情を歪める。

 男の拳の勢いが止まるどころか、更に増し始めているのだ。

 

 プッチは全身からスタンドパワーを絞り出し何とか押し返そうとするが、まるで蒸気機関車が腹の底から叫ぶような咆哮を上げる男。

 人の域を超えた肺活量から放たれる咆哮と、それに乗せられたように進む一撃は、ホワイトスネイクの徐々に押し返していき。

 

 ついには、白蛇(ホワイトスネイク)の拳を彼の体ごと弾き飛ばしてしまったのである。

 吹き飛ばされたスタンドは驚愕の表情を浮かべながらも、空気の中へ溶けていくように霧散した。

 

 いくら弱体化していると言えどホワイトスネイクは決して弱いスタンドじゃあない。

 今までこんな経験をしたことがないプッチは目を大きく見開き、驚愕の表情を浮かべた。明らかに今まで出会ってきた亜総義市に住まう連中とは毛色が違う。人の範疇に収まりきれる身体能力じゃあない。

 

 

「あ、ありえんッ! こんなッ――――」

 

 興奮した様子で気味の悪い仮面の歯をぎらつかせる男に、思わず狼狽してしまうプッチ。

 冷や汗を垂らしながら咄嗟に自身の顔の前で両腕を交差させる。

 瞬間訪れる、鋼鉄製のハンマーで思いきり殴られたかのような凄まじい衝撃。骨にひびが入っているかどうかを確認する間もなく、プッチは背後に数メートル吹っ飛ばされた。

 

 地面に数秒体を付けることなく、空を吹っ飛ばされる。70キロ近い体重を持つプッチにとって初めての体験だった。

 だがそんな初めてを楽しむ余裕もなく、彼は展示物が飾られているガラスケースの一つへと突っ込んだ。

 

 ガシャァン!!と館内中に轟くような音を鳴り響かせる。

 おびただしい量のガラス片に体が包まれ、丁重に保管されるはずの展示物がケースの外へと飛び出してしまっている。プッチは妙な熱さを覚え、額の辺りを指でこすると、ガラス片で切ったのかドクドクとかなりの勢いで血が頭から流れ出ているのに気が付いた。

 だがそんな血の量をはるかに上回るほどの冷や汗をかきながら、プッチは体を起こした。口の中を切ったのか、口内に溜まっていた血をペッと地面に吐き捨てる。

 口の端から垂れる血を右手の甲で拭いながら、男の方を見た。

 

(い、威力だけなら……ストーン・フリー……いや、スタープラチナすら彷彿とさせるほど……グッ! どこか、骨がやられてしまったか……?)

 

 体の節々から来る痛みに苦悶の表情を浮かべながら、突っ込んだガラスケースの中から出る。

 すると、件の謎の男がズンズンと一歩一歩を踏みしめるように、こちらにゆっくりと歩み寄ってきていた。

 プッチがホワイトスネイクを出して先ほどよりも強い防御態勢を取ると、男は低い声でしゃべり始めた

 

「貴様……今の違和感は何だ…………? 

 いや、違和感ではない。貴様、今……『()()()()()()』な……? ――――いいぞ、もっと俺に混沌を示してみろ…………!」

「…………ッ」

 

 

 プッチは歯を強く噛みしめる。

 考えられうる限りの中で最悪の展開だ。

 まさかこんな奴はもういないだろうと高を括っていたが……この亜総義市という場所は中々の魔境であるらしい。

 

 どうやらこの男も『()()()()()()()()()()()()()()()()()』類の人物らしい。

 相手取るにはあまりに厄介すぎる。壬生菊千代がいい例だ。

 

 逃げるにしても、先ほどのダメージが大きすぎて体が上手く動かない。そもそも4メートルを一瞬で詰めるような男から簡単に逃げられるとは思えなかった。

 フードの奥からのぞかす複眼が、ギョロギョロと気味わるく震える。

 だがその全てがプッチの方に意識を向けているのを見て、今逃げるのも勝つのも無理だと悟った。今のスタンドパワーでどうにか出来る相手ではないと。

 

 

 かなり厳しい案だが……東雲派が来ているのだ、恐らく応援のシケイがここにやって来るだろう。そいつらを操り、あの男に仕向けている間に逃げればいい。

 問題は、それまで私があの男を相手に逃げられるほどの体力と四肢の骨を残していられるかだが……。

 

 これは天国への試練だとプッチは無理やり納得し、男の方に構えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 




好きなキャラをついついえこひいきしちゃって、出番を増やしてしまいます。

私がドーナドーナ原作で好きなキャラランキングは
1位 〇〇 〇〇(本作未登場)
2位 品須
3位 メディコ
です。

そのキャラが好きであればあるほど出番が増えて、怪我を負う機会も増やしてしまうというこのジレンマ……。辛いですね。


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#27 ベリーハード 美術館4

 

 

 

 プッチが品須の連れていた東雲派の若衆を、監視カメラの破壊に向かわせた頃。

 壬生菊千代率いる別隊の東雲派たちがナユタと交戦を初めていた。

 

 雑多な足音と数多の呼吸音が交差する中、クマが拳銃にマガジンを込める音が心地よく響く。

 両手で構えた銃の筒先が向かう場所にいるのは勿論東雲派である。彼は何のためらいもなくトリガーを引いて発砲を数度行うが、直後に眉間にしわをよせ不満げに呟いた。

 

「……当たらん」

「そんなのいつものことでしょ! それより、あのきくちよ……?って子をホントに止めないとまずいって!」

 

 さらりとクマの心に刺さる言葉を言い放ったのは、ピンク色の髪を振り乱しながら冷や汗を垂らし焦った様子のキラキラ。普段は快活にチェーンソーを振り回す彼女だが、今は腕に鈍りでもついているかのように動きが鈍重だ。

 

 それもそのはずである。

 抗亜きっての武闘派である東雲派の頭領という称号は決して伊達ではなく、ナユタが東雲派の若衆たちと同時に対応しきれる相手ではない。

 よって壬生菊千代一人を相手に『ザッパ、虎太郎、ポルノ』が当たり、残りの東雲派の四人には『クマ、キラキラ、メディコ』の三人が当たっているのだ。

 

 メディコは今日ヒトカリに加わったばかりの非戦闘員に近い存在であるし、刀よりもリーチが圧倒的に長い銃を持つクマも刀の間合いにまで近づかないと銃弾が命中しないという極端っぷりだ。

 なのでガスグレネードとチェーンソーを用いた遠距離と近距離攻撃の両方をこなせるキラキラに、実質的に東雲派2人の相手をするというとてつもない労力がかかっているのである。

 そんな中でもクマと協力しながら4人の内、2人を倒すことには成功したのだが……。

 

「ハァー……ハァー……マッジ、ホントにきついんだけど……!」

「キラキラ、無理そうなら下がっても……」

「いやいやいや、全然大丈夫だから…………!」

 

 2人倒すだけでもかなりの体力を削ったのに、まだ2人も残っているという絶望感が背中に重くのしかかった。

 膝を突きかける彼女にクマが気づかわしげな声を掛ける。

 が、そんな彼に右手でサムズアップを返すキラキラ。地面に垂れ水たまりのようになった汗の量から、一目で無茶をしていることがわかると言うのに。

 

「仕山医院の時、クマがシケイの波に突っ込んでったことあったでしょ?」

「……確かにあったが……」

 

 キラキラの質問に、クマは過去の記憶を脳裏に浮かばせる。

 おそらく彼女が言っているのは、階段でシケイの進行を食い止めるために、無理やり突っ込んだ時の話だろう。確かに自分でもかなりの無茶をした自覚はあるが…………。

 

「あの時もそうだけどさ。これからも、クマにもしってことがあったら、私……。だから、ちょこーっと辛いし危ない状況だけど、クマのためにもここは踏ん張り時かな~?って」

「…………そう、か………。まあ……合理的、だな」

「うん、合理的っしょ? えへへ」

「うおおおおおおおおおい!! んなことやってる場合かお前らーーーー!!」

 

 キラキラとクマの間に流れ始めたほんのり甘酸っぱい空気を切り裂くように、ザッパが悲鳴にも近い絶叫を上げる。

 

 疲労が著しく溜まるのはキラキラの方であるが、命の危険が著しく高いのは壬生菊千代の相手をするザッパ達の方であった。

 何せ一撃一撃が目視すら困難なレベルの居合斬り、当たり所によっては大怪我では済まない事態になる可能性もある。おまけに本人の足も異常なまでに早いので、ほぼほぼ逃げることは不可能である。

 虎太郎が壬生菊千代の斬撃に髪を1、2本持っていかれながら、棍を片手に叫ぶ。

 

「うおおッッ!? ざ、ザッパ! 真剣白刃取りで止めてくれ!!」

「できるか、そんなもーーーーーん!!」

「ザッパ、がんばって」

「無茶言うなァーーーーーッ!!」

 

 壬生菊千代の必中必殺の攻撃を前にザッパと虎太郎が騒々しくわめきながらも無事でいられるのは、白ベルトによる緊縛を何よりも得意とするポルノの存在が理由であった。

 ベルトを用いた足首や手首を狙う設置型のトラップを作ったり、力を籠めれば籠めるほど強く締め付けられる縛り方をされたりなど、壬生菊千代があまり得意ではない絡め手ばかりをポルノは使うのだ。

 体にダメージこそ入らないものの、相手を仕留める決定的な一撃が後少しの所で届かなかったりするなど、菊千代に大きなフラストレーションがたまり始めていた。

 

(……くッ、小癪な……ッ!)

 

 壬生菊千代は苛立ちげに歯噛みをする。

 自身の身に触れたベルトはすぐに斬り飛ばし、その全長は確実に短くなっていっているはずだが、ポルノが攻撃の手を緩めることはない。まるで流れ落ちる滝をひたすらに斬り続けるかのような感覚に彼女の苛立ちはさらに加速していった。

 

 苛立ちは頭から冷静さを欠かせ、体の動きから正確さを奪う。

 

 重心移動に失敗したのか、わずかに体勢を崩す壬生菊千代の動きをポルノが見逃すわけもなく。瞬く間に刀を持つ右手を背後に回して縛り上げ、右の肩から下を1ミリ足りとも動かせないほど完璧に固定してしまった。

 まさかの失態に壬生菊千代が狼狽する。

 

「なっ、しまッ――」

「虎太郎! 今いって!」

「おうよ! 最近全然いいとこなかったからな、ここでガツンと決めてやるぜ!」

 

 達人もかくやと言わんばかりの棒捌きで、六尺ほどの棍を自身を中心に素早く回転させながら菊千代に走り寄っていく虎太郎。棒を何度も回すことにより遠心力を加算させ、強烈な一撃を放とうという魂胆だ。

 

 十分に加速させた棍は和弓で射られた矢のように、残像を描きながら壬生菊千代の頭部へと向かっていく。

 空を斬る音を響かせ迫る棍の切っ先を目の前にして、彼女は。

 

 

 右足で棍の切っ先を思いきり()()()()()

 

 カァン!! と甲高い音があたりに響く。自慢の一撃を防がれるどころか、カウンター気味に弾かれるなど想定外だった虎太郎は思わず後ろに体をのけぞらせた。

 

 

「はあ!? どんな体勢から蹴り上げてんだ、ちょっと待ッごげッ――――」

「――――ッ、舐めるなッッ!!」

 

 狼狽する虎太郎の顔面をフリーの左手で掴み、剣の傍らに習っていた武術の動きを思い出しながら、勢いよく投げ飛ばした。

 吹っ飛ばされた彼はザッパの手元の中にすっぽりと吸い込まれる。

 

 所謂お姫様だっこの形でザッパに抱かれた虎太郎は、ポルノからの強烈な視線に冷や汗を流した。

 

「何やってるの、虎太郎」

「いやこれはッ……その……。…………ほんと、ごめんなさい」

「そッれにしても……あの状態から虎太郎の攻撃を弾き飛ばすとなると、ホントに打つ手なしじゃないか?」

「じゃあどうするの? ザッパ」

「さあな……俺にもさっぱりわからん。ただ、そっちの方が面白そうじゃないか? ちょうど内にも衛生兵が出来たことだし、多少の切り傷はバッチコイってな!」

「多少の切り傷で済む相手じゃねーだろ、どう考えても……」

 

 虎太郎が地面に降り、ザッパが前腕に巻いた鎖を再び締め直す。刃物を腕で防ぐために巻いている鎖だ、といっても殆ど気休めのようなものではあるが。

 拳の音をパキポキと鳴らしつつ、ザッパを含む三人が構えを取った瞬間――――。

 

 

バガッアァァアアアアアン!!!

 

 

 美術館に鳴り響いた、床から天井まで全てを震わせるような轟音。天井からつるされたライトに積もっていたであろうホコリがパラパラと落ちるのを横目に、ザッパは周囲を見回した。

 その場に居合わせた全員が戦闘行動を中断し、彼と同じように周囲を見回している。

 

「い、今の音はなんですか……?」

 

 見回した全員の中、一番不安げな表情をしていたメディコが呟く。

 その小さな問いに答えを返す言葉はどこからも上がらなかった。

 

 

「音の方に向かうぞ」

 

 背後に縛られた右手の日本刀を左手に移し、右腕を拘束するベルトを器用に斬り落とす菊千代。

 クマ達と交戦していた2人が、既に倒された2人を無理やり叩き起こす。

 隊列を組みなおした菊千代含む東雲派の5人は、先ほどまで交戦していたナユタを置き去りに、音のした方向へと去っていった。

 

 

「……どうする。もし無事に撤退するなら、ここが最後のチャンスだと思うが」

 

 クマが銃のスライドを引き、銃弾の有無を確認しながらそう言った。

 音の正体を看破しに進む……それは消耗した今の状態で更なる危険に身を晒す行為に他ならない。安全に撤退をすることを考えるなら、体力が残っていて尚且つ敵のいない今が、正真正銘最後のチャンスなのだ。

 

 

 『()()()()()()()()()()()調()()()()()』か、『()()()()()()()()()()()』か。

 

 

 その選択に、全員が頭をひねらせた。

 

「多分、今の音って()()()だろ。別に行く必要ねえんじゃねえの? 導火線に火が点いてる爆弾に近づくようなもんだぜ」

「私はどっちでもいいかな、まだガスは余ってるし。体力の方は……ちょっとアレだけど」

「嫌な感じがする……ここに長居したくないけど、音が気になるのも本音」

 

 虎太郎、キラキラ、ポルノが口々に喋っていく。

 言い方に差はあれど、全員が『まだ迷っている』状態のようだ。クマも同じらしく、何も口を出すことはない。

 そして、撤退か進軍かの最終ジャッジは、ナユタのリーダーである『ザッパ』に託された。

 

 ザッパが腕を組み、「うーん」とわざとらしく唸り声をあげてから、にかりと歯を見せて笑った。

 

「よし、行くか!! あそこまで東雲派の頭領に無茶苦茶やられたんだ、品須の旦那に文句の一つも言ってやらないとな」

「おいおい……マジかザッパ?」

「マジもマジ、大マジだ。幸い衛生兵もいるし、多少の危険はどんとこいってな!」

「だから私は衛生兵でもナースでもなくて、ただの看護学生……というより、そこまで期待されても困ります!」

「やっぱザッパはこうだよね! 虎太郎はちょっと怖がっちゃってるみたいだけど~?」

「はあ!? 全然怖がってねえし!! なんなら先陣切って突っ込んでやるよ!!」

 

 リーダーの言葉により、全員の意思が一つの方向に固まったようだ。

 クマも拳銃に弾が入っているのを確認し、ホルスターに収める。そして、全員で東雲派が先に向かった音の方向へと進み始めた。

 

 ……そんなナユタの後方で、一人。ポルノが目に影を静かに宿らせていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…………」

 

 荒れる美術館内、轟音が鳴り響き、地面が揺れるような衝撃が鳴り響いている。

 そんな中、東雲派の若衆と思わしき人物が四人、虚ろな表情をしてふらふらと歩いていた。

 右手には機械のコードと思わしき物が絡まった刀を力なく握っている。彼らはみな、先ほどの轟音が鳴り響いた音源へと進んでいた。

 

「……? あの者達は……」

「アイツらは……品須さんについて行った四人ですね。一体何をしてんだ……?」

 

 四人の背後から近づいてきたのは、同じく音源に向かう壬生菊千代率いる東雲派たち。

 姿を現さない品須、そして品須についていったはずの仲間たちが虚ろな表情で歩いているのだ。不思議に思わないはずがなく、一人が彼らの元へと駆け寄り、肩を掴む。

 

「おい、お前ら何をして…………話を聞いているのか?」

 

 肩を掴むが、それを振り払う様子もなく、ただただ進み続けようとする彼ら。誰がどう見たって、明らかに正常ではない。

 無理やり体の向きを変え、自分の方に向かせる。そして見えた仮面越しの双眸には光がともっていなかった。

 

「大丈夫か? おい、話を……」

「……薬か何かでやられてしまっているのかもしれぬ。だが今は一刻を争う状況だ、一発気つけをしてやれ。私が許す」

「お嬢……わかりました。嫌なら防げよ……ッ!」

 

 壬生菊千代の言葉通り、握り固めた拳を一発、相手の頬に思い切り命中させる若衆。

 バキョッ!! と乾いた音が鳴り響き、殴られた若衆が力なく地面に倒れた。

 

 受け身を取ることもなく背中から倒れた男。

 倒れたままピクリとも動かず、まさか打ちどころが悪かったか……?と殴った若衆が冷や汗を一筋垂らした瞬間。

 

 

 男の側頭部から、一センチほどの厚みがある透明なディスクらしき物が、ずぶずぶと飛び出してきた。

 異様な物体が頭部から飛び出してくるという異常現象に誰も反応できず。そのディスクが完全に飛び出して、コロコロと地面を転がり……。

 

「うッ……」

「ッ!? お、おい、大丈夫かお前!」

 

 倒れた男が目を覚まして動き始めた瞬間、全員が電池を入れたロボットの様にきびきびと動き始めた。

 

「俺……俺、品須さんに、なんてことを……!」

「待て、落ち着け! お前さっきまで様子が変だったんだぞ、それに何だ今の……!」

 

 体を震わせ今にも暴れだしそうな男を若衆の一人が取り押さえる。

 それの背後で壬生菊千代が、地面に転がった怪しげなディスクを指でつまむように拾い上げた。感触は市販のCDとは全く異なり、まるでゴムの様に弾力のある柔らかさをしていた。

 不快感極まりない触感に彼女が顔を歪める中、男が震えた声で何かの弁明を始める。

 

「違う、違うんだ……! 品須さんが黒い肌をした、『()()()』とか言う男と戦うのを後ろから見てたら、突然体が……ッ!!」

「何ッ!?」

 

 彼女が『プッチ』の名を聞き、勢いよく振り返る。

 右手を刀の柄に当てながら男の方に素早く詰め寄り、まるで掴みかからんかの如き勢いで問い詰め始める。

 

「プッチが、品須が一体どうしたと言うんだ!」

「あの男が品須さんと向き合った瞬間、俺達が品須さんのことを、う、後ろから……」

「くッ……他の者達のことも頼む! 私は先に向かうぞ!」

 

 

 恐ろしいほどの急加速で他の東雲派を置き去りにして進んでいく菊千代。

 バイク程度ならば追いつけそうなほどの速度で駆けていく彼女は、すぐにも目的の人物を発見することができた。

 

 

 

 

 

 ショーケースを突き破ったのか、頭部から血を流しながら、肩に乗った細かなガラス片を払うプッチ。

 薄めた瞳で真正面を力強く睨みつけていたが、自身の右側から聞こえる騒然たる足音に気付き、そちらに目を向ける。

 

「……何ッ!? 壬生菊千代……!」

「プッチィッッ!! 貴様ぁァッッッ!!」

 

 菊千代が咆哮を上げながら走りざまに刀を抜き放つ。

 煌めく白銀の刀身で風を切り裂きつつ、プッチの立っている場所に向けて光の線が残るほどの鋭い一閃を放った。

 

「ぐッ……」

 

 突然現れた彼女の、それも走り際の一閃を避けることなど流石のプッチにもできるはずもなく。

 すぐさまホワイトスネイクで自身の体を引っ張ったものの、胸部の薄皮がパックリと避け、紅い鮮血がパパッと咲き乱れる花びらのように舞い散った。

 

 踵を返して、すぐさま止めの二撃目を穿とうとする菊千代の刀をスタンドで弾き飛ばす。

 自身の胸の傷を右手で押さえながら、ぜーぜーと肩を大きく揺らして呼吸し、ぶつぶつと小さな声でつぶやき続ける。

 

「素数だ……素数は私に勇気を与えてくれる数字……素数を数えて落ち着くんだ……」

「相も変わらず気味の悪い癖だ……! その頭ごと二度と喋れぬよう叩き斬ってくれる!」

 

 壬生菊千代は激高した様子で刀の切っ先を彼に向けるが、ふと自身の体に突き刺すような敵意が向けられているのを感じた。

 咄嗟に飛び退いた瞬間、彼女がいた場所に土煙を上げながら突き刺さった巨大な黒の塊。地面を膂力のみで叩き割ったのか、ピシリと地面にひびが入るような音が微かに耳に入る。

 

 土煙を豪快に左手で払い、現れた黒塊の正体は。

 

「『()()』か……!」

 

 亜総義市に徘徊する最も謎多き人物であり、抗亜クランの中では関わることこそ自体がデメリットでしかない、と言われている『()()』であった。

 マスクのゴテゴテと露出している歯の隙間から息を漏らしながら、呂布が歓喜にも似た声を漏らす。

 

「いい混沌だ…………」

「うげっ! やっぱりさっきの音は呂布の奴じゃねーか……って、プッチぃ!?」

 

 呂布の見据える先に、騒々しい声と共に現れたのは『ナユタ』であった。

 ヒトカリで幾度も相まみえたことのある呂布の姿と、なぜか呂布と一緒に居るプッチの方に目を向け、全員が驚愕の表情を浮かべる。

 ザッパが頭をぼりぼりとかきながら、クマの方に顔を向ける。

 

「おいおいおいおい。一体どーなってんだこりゃ?」

「……とにかく、呂布と戦ることが非合理的すぎるのは確かだ。撤収できるなら撤収したいところだが……」

「そりゃ無理じゃねえか? 元々突っ込むって決めて背水の陣切って来たんだし、それによ……」

 

 ザッパが呂布の方に目を向けた。

 

「多分、(やっこ)さんもその気になっちまったみたいだ。逃がす気はないみたいだぜ?」

 

 息を荒くし、やけに興奮した様子で体を震わせる呂布。

 赤き瞳を更に紅く染め、周囲にいる者全員に向けて無差別的に殺意をまき散らした。握り固めた拳からギチギチと筋肉の擦れ合う音を響かせながら、口を開く。 

 

 

「混沌……! いいぞ、この強者が入り乱れる混沌こそが俺を更に強くする……! さあ、示してみろ!!」

 

 

 プッチ、壬生菊千代、ナユタの三勢力を前にして怯むどころか、更に戦意を高め始める男。

 菊千代は鞘に納められた刀に手を掛けながら、一瞬プッチの方に視線を向けた後、呂布の後方に視線を向ける。

 

(呂布の背後に倒れているのは……品須か! しかもかなりの出血をしていると見える、いくら奴が並外れて頑丈と言えどこれ以上の放置は些か不味い……。品須を連れての撤退が最善手か……)

 

 自身の近辺で呂布に意識を向けているプッチを仕留めることもできるが……今はそんなことをしている場合ではない。奴はこの先も幾度となく立ちはだかり、斬るチャンスはいくらでもあるが、品須の命はこれ限りだ。

 総毛立つような白刃の光を室内光の下へわずかに晒しながら、菊千代は今自らがすべきことへ意識を一辺倒に捧げた。

 

 

「……プッチ」

「…………」

 

 クマが銃を構えたまま足を前に進め、プッチの背後から彼に話しかける。

 スタンドを前方に顕現させたまま呂布の方を睨む彼は振り返ることもしない。

 

「色々ありはしたが、今だけは協力関係を結び直すのが一番合理的だ。呂布の厄介さが並外れているのは分かっただろう」

「……仮初の関係を結ぶ必要はもうない。私は貴様らを生贄に捧げてでも離脱するからな」

「撤退できるチャンスがあれば俺達だって逃げる。協力関係とは名ばかりの、利害が一致しただけの敵同士だからな。変に気を使ってもらう必要もない」

 

 そこまでクマが言ったところで、プッチが肩越しに彼の顔を一瞥し。

 眉間にしわを寄せ、イラつきげに前方に視線を戻した後、静かに舌打ちを鳴らした。

 

「…………勝手にしておけ」

「ああ」

 

 返答したクマの短い声を遮るように、呂布の野太い咆哮が鳴り響いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 





「ただ、私に情けを掛けたいつもりなら、処刑までに三日間の日限を与えて下さい。
私は自身の家に帰り、『亜総義市 in プッチ』の次話を書き上げ投稿しなければならないのです。
三日の内に、私は次話を投稿し、必ずここへ帰ってきます。」

「ばかな。とんでもない嘘を言うわい。逃がした小鳥が帰って来るというのか。」暴君はしわがれた声で低く笑った。

「そうです。帰ってくるのです。」メロスは言い放った。

「私は約束を守ります。私を、三日間だけ許して下さい。
 そんなに私を信じられないのであれば、よろしい、この市にセリヌンティウスという男がいます。私の無二の友人だ。私が逃げてしまって、三日目の日暮まで、ここに帰ってこなかったら、あの友人を絞め殺してください。たのむ、そうして下さい」

王は残虐な気持で、そっとほくそ笑んだ。

「願いを、聞いた。その身代わりを呼ぶがよい。3日目には日没までに王城に来い。おくれたら、その身代りを、きっと殺すぞ。」


2021/09/23

――12日経過――

2021/10/5


「セリヌンティウス……」使い古したキーボードを胸に抱き、メロスは静かに涙を流した。






本当にすみませんでした。
投稿がまさかここまで遅れるとは……。
次はもっと、もっと早く投稿します。この宣言は一体何度目だろう……?





追記
現在の各キャラの心情
プッチ→逃げたい
壬生菊池代→品須を回収して逃げたい
ナユタ→逃げたい
呂布→全員と戦いたい


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#28 ベリーハード 美術館5

 

 

 

 

 

 展示物用が保管されるガラスのショーケースに、幾多の人影が写る。

 誰もが身の内から猛り溢れるような、興奮や渇望の感情を瞳に宿らせていた。それはただ戦うという行為に対する興奮なのか、極限状態から来る生への渇望なのか、はたまたその両方なのか。

 

 少なくとも、皆が異様な状況に自らを呑まれかけていたのは確かだ。

 幾多の人影の中でもひときわ大きく、そして暴れ狂う影。自らの正面に居た人物に鋭い右フックを仕掛けるが、不可視の何かに弾かれたかの如く拳の向きを急転換させ、横手にあったショーケースをぶち破った。

 

 甲高い音が響き、室内灯を目いっぱいに反射させる細かなガラス片が時雨の如く降り注ぐ。

 拳を引き抜いた呂布は、時雨の中で、興奮に満ちた紅き双眸をらんらんと輝かせた。

 

「不可視でありながらも、俺の拳を弾く確かなパワー……! いいぞ、お前のような奴に出会ったのは初めてだ……!!」

 

 彼の目線の先に居たのは、当然プッチであった。

 スタンド使い本人の疲労を表すかの如く何とも弱々しい立ち方をするホワイトスネイクを傍らに、冷や汗を流している。

 呂布の拳を弾くのは決して容易ではない。ギリギリまで引き寄せタイミングを見極めた上で、ホワイトスネイクの全身を駆動させた全力の回し蹴りで弾き飛ばしているのだ。タイミングを見極めなければ彼奴の攻撃が命中し瀕死、威力が足りず弾け飛ばせなくても瀕死、一度のミスが生死に直結する脳髄をすり減らすほどに集中力が必要な作業である。

 

 一歩飛び下がりながら、プッチは口端に垂れる血を拭いながら思考を加速させた。

 

(呂布の注目が私に向いているこの状況はまずいな……。壬生菊千代は当然、私にターゲットが移っている間は手出しをする気もなさそうだ。ナユタは先ほどから背後でチョロチョロしているが、俄然として何かをする気配がないッッ……――――チッ!!)

 

 思考を中断し、距離を詰めて来た呂布の攻撃を再び弾き飛ばした。

 スタンドの原理上、スタンドパワーが絡まない攻撃であるならば私にダメージは一切入らないというのに、内臓がシェイクされ血反吐を床にまき散らす幻覚が脳裏にちらついてしまう。それほどまでに強力な一撃だ。

 こんなものを生身の人間が放っているというのはにわかに信じ難いが、実際目の当たりにしている以上信じる他はない。

 

「プッチ、頭下げろッ!」

 

 背後から聞こえた何者か――男の声に、私は指示通り咄嗟に身をかがめる。

 鳴る、乾いた炸裂音。頭皮を掠めるほどの至近距離を銃弾が通っていったかと思った瞬間、両隣から二つの人影が素早く駆けていった。

 

 背後から銃を発砲したのはクマ。相変わらずの致命的な射撃技術により、目の前の呂布に当てるはずが天井の方に弾痕が出来ている。恐らくは気逸らしか、威嚇の類に発砲したのだろう。

 そして両隣を駆けていった二つの人影の正体は、虎太郎とザッパの二人であった。

 

「プッチィッ、正直お前のことはまだ気に食わねーけど、よッッ!! ザッパがどーしてもって言うからやってるだけだ、まだ仕山医院の事を許したわけじゃねーからな、勘違いすんなよ!!」

「とまあ、こんな風に一番最後までごねてた虎太郎の説得に時間がかかって動けなかった訳だ! すまんな!!」

「ごねてなんかねーっつの!!」

 

 やかましい会話をしながら駆けていく2人。

 虎太郎が棍の先を地面に滑らせるように持ち、呂布が射程距離内に入った瞬間、直角に棍先を跳ね上げ呂布の顎を真上に弾いた。ガクンと、呂布の頭が背後にのけぞる。

 それに続き、ザッパが奴の心臓にめがけて大ぶりの右ストレートを放った。ナユタ随一の力自慢であるその膂力は決して伊達ではなく、呂布の身体が大きく揺れる。

 

 2人の攻撃は十分に威力も乗っており、実戦経験豊富な一撃は人体の急所を的確に捉えている。普通のシケイならばこれだけで終わっていただろう。

 が、此度の相手はシケイなど物ともしない、亜総義市内を暴れ回る怪物であった。

 

「――――フン!!」

 

 口から漏れ出した鋭い呼気と共に、虎太郎の側頭部に拳が突き刺さる。呂布の剛腕から放たれる左フックであった。当然彼の体重と筋力で耐えられるはずもなく、横にあった展示用のショーケースに弾丸のごときスピードで吹き飛び、突っ込んでしまう。

 

「虎太郎ッ!」

「ザッパ、よそ見をするんじゃあない!」

 

 吹き飛ばされた虎太郎に気を取られ、目を逸らしたザッパに呂布が弓の様に引き絞った右拳を放つ。

 せめてもの援護とホワイトスネイクが咄嗟に前に出るが、今のスタンドパワーで防げる訳もなく、大砲でも食らったかのように体ごと弾かれてしまった。奴の拳は勢いをそのままにザッパの顔面を貫く。

 

「グッごぉ!!」

「ザッパ!」

 

 顔面を歪めるほどの一撃を貰った彼の身体がゴム毬のように跳ね、吹っ飛んでいき、後方に居たクマの足元まで転がっていった。

 

(本当に人間か、この男……ッ!)

 

 

 顔をしかめるプッチがザッパの方に一瞬気を取られつつも、呂布の方に向き直った瞬間。

 一陣の白光が彼の横を走り抜けていった。プッチの紫のローブが僅かにはためく。

 

 その光は壁を反射するかの如く一度、二度と跳ね駆けていき――――天井を這うように呂布の上部を抜けようとしたが、奴の左腕による上から下への叩きつけにより阻止されてしまった。

 

「くッ!」

 

 地面に回転しながら着地し、刹那の内に飛び下がったその光の正体は、壬生菊千代。

 苛立ちか焦りか分からぬ感情を抑えきれぬように、刀の柄を握る手に力が籠っているのが見えた。

 

「超えられぬか……! クソ、早くせねば品須が……ッ!」

 

 壬生菊千代の視線の先にあるのは、プッチが仕留めた出血多量で息絶え絶えの品須の姿。

 菊千代と品須の間にはちょうど立ちふさがる様に呂布が立っており、品須の救助には呂布の壁を超える他ない。

 最も、そう簡単に超えられないからこその『()』なのだが。

 

 

「ならば傍観せず手を貸せッ! ここから撤退するにも、奴を超えるにも、呂布を無力化する他に方法はない!」

「貴様のような男に手を貸すなど二度もありはせぬ!!」

「生後一歳半の赤ん坊のような御託をべらべらと言っている場合かッ!!」

 

 プッチと壬生菊千代が言い合いする間に割り込むように、呂布が攻撃を仕掛けてくる。

 二人で咄嗟に飛び退き避けるが、追撃の一撃が思いのほか早く、プッチの鼻先を掠める。先ほどよりもスピードが若干上がっているようだ。

 

 こうも急速に速度を上げられると弾くことすら危険すぎてままならない。

 ホワイトスネイクを足に纏わせ、呂布の攻撃を避け続ける。が、弾くよりも確実性がなく非常に危なっかしい。

 

「貴様は正に特別だな……! いいぞ、貴様のような男がいるほど俺は強くッ――!」

 

「うっッッらああああぁぁぁぁああああ!!!!」

 

 呂布の気が私に向き切っている、拳を振りかぶったその瞬間。

 先ほどショーケースに吹き飛ばされ伸びていたはずの虎太郎が、咆哮を上げながら奴の後頭部めがけて棍を振り下ろした。

 風を斬る轟音響く最中、呂布が肩越しに彼の姿を捉え、顔を愉悦そうに歪ませる。

 

「くッ、ハハハ、いいぞ!!」

 

 呂布は振りかぶった右拳を引くことなく、寧ろ勢いよく前に振り切った。

 地面を拳で叩き、下半身を思いきり浮き上がらせ、左足で棍ごと彼の身体を蹴り上げる。

 突然全身に走った鋭く重い衝撃に若干意識が飛びかけるものの、唇を出血するほど強く噛みしめ、吠える虎太郎。

 

「ッ空中で防がれんのはなあ、さっきあの女で体験したばっかなんだよ!」

 

 棍を一瞬で二つに分解、ヌンチャクに変化させ、呂布の足に鎖を巻き付ける。

 ヌンチャクの筒先を呂布の足に当て、ガチリと怪しげな音を鳴らした。

 

「『龍双截(りゅうそうせん)』ッッ!!」

 

 刹那。

 虎太郎の持つヌンチャクの筒先から、閃光と共に何もかもを焼き焦がすような業火が吹き荒れた。

 彼の持つ棍に隠された仕込み機構の一つ、『龍双截』。ヌンチャク状態の時にのみ使用可能な、業火を相手に浴びせる技である。

 

 

「むッ……!」

 

 まさかの手痛い反撃に、呂布は先ほどの余裕が感じられないうめき声を漏らす。

 足に巻かれたヌンチャクを一秒で外し、虎太郎の首に巻き付け、ヌンチャクごと彼を地面に叩きつけた。地震のような振動が走る周辺。

 頭ではなく背中から着地したのは不幸中の幸いだが、それでも非常に強力な攻撃であったことには変わらない。虎太郎は地面に倒れ伏し、動かなくなってしまう。

 

「と、虎太郎さぁん!!」

「まずいな、今のは……! ポルノとキラキラはザッパを頼む!!」

「えっ、私は」

「メディコはこっちだ! 衛生兵だろう!!」

 

 狭い通路ゆえに大人数での戦闘を避けていたクマだったが、虎太郎の容態を見て流石に足を動かし始めた。

 呂布と言う化け物に近寄るのを嫌がるメディコを無理に引っ張り、死地へと足を進めるクマ。

 

 銃を呂布の頭部にめがけ構えつつ、クマは横のプッチに叫ぶ。

 

「プッチ、すまないが虎太郎に近寄る隙を作るのを頼む!」

「なぜ私がそんなこと……そっちのは誰だ?」

「わ、私ですプッチさん……」

「……貴様ッ、まさか大相寺ッ……!」

「今はメディコだ」

 

 ポルノやキラキラに負けず劣らずのインパクトを誇る衣装を纏う少女にプッチは目を丸くするが、すぐに目を逸らす。そのような物を見続けるのは彼の好むところではないからだ。

 しかし、あの臆病だった少女がまさかヒトカリに……とは思ったが、その思考すらも瞬時に切り上げる。

 

 クマが銃のトリガーを引こうとした瞬間、パラパラパラパラ……と軽く空を切る、間抜けな音が周囲に響き始めた。

 殆どの者がその音の正体に気づき顔をしかめたが、プッチは何の音か分からず辺りを目だけできょろきょろと見回す。

 

「タイミングが悪い……いや、良いとも言えるか……」

「一体何が来た?」

「『()()()』だ」

 

 クマがそう呟いた。

 呂布の背後にある廊下の角から軽い音を響かせながら現れたのは、プロペラを回し空中に留まり続ける機械であった。電子レンジ程度の大きさがあるその機械は全身に白い塗装が施され、数本の青いラインが前方から後方に向けて走っている。

 まさに公的機関、清廉潔白とやらをその身で表しているかのようなデザインだ。実の所、シケイの中身など黒すぎてどんな獣でも食えたものではないのだが。

 

「あの……プロペラで飛んでいる機械も使うのか? シケイは」

「プロペラって……アレは『()()()()』だろ。知らないのか?」

「聞いたことはある。過去に一度、軍事用語としてチラリとだが……。一般的に使われる言葉でもなかっただろう」

「……?」

 

 実の所、ドローンと言う言葉が現代で定着し始めたのは2015年以降の事である。プッチが元居た世界の時代は2012年、この世界では2020年。多少のギャップ差があってもおかしくはない。

 尤も、それを気にしている状況でもないのだが。

 このロボットを一台作り運用するよりも、人間十人に銃を持たせて歩かせた方が遥かにコストが安く済みそうな物だが……そこのところを気にしないほどに亜総義の資金は潤沢なのだろう。

 

 現れたドローン、合わせて十数匹はいるであろう。

 それらのロボットはみな、不思議と地面に倒れ伏したまま動かない品須には攻撃をしなかった。しかしまあ腹の傷から出血をし瀕死の状態だ、物言わぬ肉塊同然の男よりも、目の前の呂布の方が攻撃優先度的に高く設定されているのかもしれない。

 もし人間のシケイが来たならば、品須はあっさりと止めを刺されるだろう。まあ私には関係のないことだ。

 

 

「…………」

 

 プッチの左背後にいる、壬生菊千代が静かに冷や汗を垂らす。

 呂布の他にシケイまで現れたとなっては、品須の救助は絶望的と言っていいだろう。今すぐ見捨てた後、館内に居る東雲派の若衆たちと共に撤退するのが一番正しい手だ。

 

 だが少女にとって、いくら合理的……といえど、その手を取ることだけは許せなかった。

 しかし一人では品須の救助はほぼ不可能、館内に居る東雲派の仲間をかき集めたところで呂布の前では雀の涙に等しい。であるならば、この場で『品須を助ける』という無茶を通すのに、一番の最善手は……。

 

「――……ッ…………プッチ。それにナユタ、とか言った者達……」

「……何だ?」

「私も、呂布の奴を抑えるのに協力する…………いや、させてほしい……」

 

 自らのプライドを限界まで押し込み、『憎々しい相手(プッチ)』と『敵グループ(ナユタ)』に頭を下げ、協力を乞うことであった。

 目元を伏せ、明け透けな憤りを隠しもしない菊千代だが……それでもプライドが非常に高そうな彼女が自身の意思で協力を申し出てきたことに、クマとプッチは一瞬息を呑むほどに驚愕した。だがこれを断る利点はなく、両者は短く「ああ」とだけ了承の意を返した。

 

 クマが拳銃のトリガーで額を擦りながら、即興で考えたであろう計画を皆に話し始めた。

 

「なら……俺とプッチと東雲派の頭領(壬生菊千代)で呂布をシケイの方に誘導し、シケイと俺達で挟撃する。そこで仕留められれば御の字、最低でもこちらを追ってこられないぐらいまでにはダメージを与える。その隙にメディコは虎太郎の回収だ」

「わ、私が虎太郎さんの回収ですか? そ、それにあの品須さん?っていう男の人は……」

「そっちは俺達が気にする必要はない。呂布を片付けた後、東雲派がどうにでもすればいい話だからな。そっちもそれでいいか?」

「…………ああ。元より、呂布の追っ払うという一点のみで協力するだけだからな」

 

 壬生菊千代がクマの提案に同意する。

 それと同時に呂布がこちらを向き、私たちを視界に捉え、熱と興奮の籠る息を吐いた。どうやらこちらの作戦会議が終わるまで待っていたようだ。

 

「ひっ……」

 

 奴の余りの眼力に、背後に居るメディコが小さく悲鳴を漏らす。

 恐怖を顔を青ざめる彼女だが……此度の作戦、私にとってメディコがどう働こうが関係がない。地面に倒れ伏した虎太郎の生きようと死のうと私には何の問題もないからだ。寧ろ動かないでいてくれた方が邪魔にならず助かるほどである。

 いっそのこと、メディコに命令ディスクでも打ち込み、呂布に突っ込ませ逃亡の隙を作るか……? いや、数秒も持たないだろう。

 

 そして不意打ちで記憶を消せるクマはともかく、ちょこまかと鬱陶しい壬生菊千代にスタンド能力を完璧に見せてしまうことになる。費用対効果があまりに釣り合っていない……やはりここは、この作戦に乗りつつ一人抜けするタイミングを見計らうのが最善だろう。

 

 

「来るぞッ!」

 

 

 クマの掛け声と共に、呂布が地面を這うかの如く低い突進をしてきた。奴の化け物染みた脚力から放たれた踏み込みのせいか、地面へ深いヒビが蜘蛛の巣状に走る。

 

(受け止めるのは不可能、回避するしかない――ッ!)

 

 脚部にスタンドを纏わせ、天井近くまで飛び上がり呂布の突進を避ける。菊千代も同じく跳躍による回避を選択したようだ。

 私たちと違い空高く跳躍する術を持たないクマとメディコの二人。ただクマの咄嗟の判断により、クマがメディコに半ばラリアットを決めるように、虎太郎によって割られたままのショーケースの中に二人で飛び込み回避をする。

 

 奴の突進を全員が回避できたかと思った瞬間――呂布が右足で粉塵を舞わせながらギギギッと急ブレーキをかけ、飛び上がった私達の方に顔を向けた。

 再び、呂布が化け物染みた脚力で地面を叩き、飛び上がる。鳴り響く大砲の如き轟音と共に、奴が攻撃したのは――空中に飛び上がり逃げ場のない私達であった。

 

 そこまで来てプッチは、呂布の罠に気づく。

 

(わざと低い体勢で突っ込み、逃げ場のない空中に誘き寄せたか……! こんな小賢しい策に……ッ!)

 

 なまじ、空中に逃げられるほどの力があったからこそ引っかかった策であろう。

 彼は強く歯噛みし、弾くことも敵わないので、ホワイトスネイクで自身のガードを出来る限り固める。

 

 そして同じく呂布の策に引っかかった菊千代は、若干眉をひそめたものの、大した動揺もなく刀の柄に手を伸ばす。

 焦るプッチとは対照的に、冷静な面持ちで刀を引き放ち、呂布の拳を弾き飛ばした。

 

「何ッ!?」

「ほう……ッ!」

 

 プッチが驚嘆の声を上げ、呂布が嬉しさの籠った声を漏らす。

 そのまま呂布は、二人とすれ違うように飛んでいき、菊千代達の背後へと着地する。

 

「東雲派の頭領…………なるほど、良い腕だ」

「貴様に褒められても嬉しくはない」

 

 菊千代とプッチも遅れて着地し、ショーケースに突っ込んだクマとメディコも起き上がる。

 再び構え直す五人の中、プッチだけがどこか集中しきれない様子で構えていた。

 

(壬生菊千代が、あのタイミングでの呂布の攻撃を弾いた……? 私のホワイトスネイクと殆ど同じ力しかないはずの女が…………。

 何故だ、奴が依然戦った時よりも強くなったのか? ……いや、短期間でそこまで成長できるわけがない。ならば、攻撃を弾いた壬生菊千代と防御した私の差は、一体……?)

 

 疑問についてあれこれと考えるが、答えがそう簡単に出るはずもなく。

 呂布が動き始めたことにより、プッチの意識は強制的に現実へと引き戻された。

 

 

 奴が動き始めようとしたその時、シケイのドローンが物々しい銃を呂布の背中に向けて構えた。

 パパパパパパ!と十数台にも及ぶドローンが一斉発砲する。この一直線の廊下で狙いを外すわけもなく、全弾が呂布に命中した。

 

「シケイの狙いが呂布に向いた。このまま一気に落とし、たいところ、だが……」

「効いているのか、あの一斉掃射は? 」

「い、いくら頑丈でも、あそこまで撃たれたら流石に…………」

「あ奴は人間の範疇で考えていい相手ではない」

 

 当初の計画では、シケイと挟撃し呂布を無力化するという算段だったが……誤算が生じた。シケイ側の攻撃力が余りにも足りず、奴の耐久力を貫けない。

 奴にとってドローンから放たれる豆鉄砲ほどのゴム弾など、蚊が何匹か背中で集っている程度の感覚なのだ。クマも、呂布の規格外のタフさを計算内には入れていなかった。

 

 しかし、いくら効かぬと言えども鬱陶しく思ったのか、一瞬で背後に浮かぶドローン群に接近し、その体を掴む。

 

「フン……。完璧に統率された集団もつまらぬが、思考や感情が介在しない機械相手では更につまらぬ……。だが、」

 

 手に持ったドローンを振りかぶる。

 そのまま、大リーガーのような風を割く大ぶりの腕の振り方で――鉄塊(ドローン)を投げつけて来た。

 

「くッ――!」

 

 規格外の肉体から放たれる十数キロの鉄塊。

 時速130キロはくだらないだろう速度で放たれたそれは、ゴム弾など比にならぬ圧倒的な殺傷力を持つ。

 

 拳銃を収め、メディコと共に頭を下げるクマ。剛速球の鉄塊など銃弾ではどうにもならぬのである。

 尤も、ホワイトスネイクですら防ぐのが精いっぱいの物理攻撃だ。受け止め、投げ返して反撃……など、今の弱ったスタンドでは叶うはずもない。

 

「場を掻き回し、混沌をもたらすにはちょうどいい……」

 

 そう呟いた直後、呂布が新たな鉄塊を投げて来た。

 投げた瞬間に新たなドローンを掴み、投げ、掴み、投げ――。

 

 いくつかのドローンは空中で分解する。

 ネジや電子基板などの細かな部品が散弾の如く散らばりプッチの皮膚を削っていたが、そのような些細な傷には構っていられない。形を保ったままのドローンは十数キロの鉄塊、そちらに意識を削がなければ致命傷になる。

 菊千代も鉄塊を防ごうとしていたが、そもそも彼女の武器が重量物相手には折れやすい日本刀だ。2、3個軌道を逸らした時点で刀にガタが来てしまい、殆ど役に立ちはしなかった。

 

 シケイを利用し挟撃するつもりが、まさか攻撃方法に利用されるとは。

 頭が良いだとか洞察力があるだとかそういう強さじゃあない。どこまでも純粋な、何もかもをねじ伏せる暴力的な強さ――。

 

(このままではまずい……! 奴の投げる弾数に限りはあると言えど、いずれ押し切られる。そもそもシケイとの挟撃が失敗した時点でこの作戦は失敗だ、『()退()』しなければッ……!)

 

 

 ――撤退。

 

 

 今のこの状況で、一体…………どこに、どうやって?

 

 ふと、極限状態の最中だというのに背後を振り返る。

 地面を這うメディコが、同じく地面に倒れ伏す虎太郎の方へと近寄っていた。

 

 顔を青くし、冷や汗を流し、体を震わせ。

 いかにも恐怖に飲まれているという体風なのに、作戦通り、自身の使命を必死に果たそうとしていた。

 

 

(私がここで逃げるというのは、戦略的撤退に含まれるものか……?

 いや、違う。これは……『()()』なのだ。

 

 引き際を見誤り、超えるべきではないレッドラインを超え、呂布と言う化け物と相まみえてしまったのはミスではない……。

 『()()()()()()()』なのだ……)

 

 プッチは覚悟を決める。

 自身が成長するために、運命から半ば必然的に用意された試練――というのならば、彼がそれから逃げるということはありえない。妹の死ですらも逃げず、乗り越えてきたのだから。

 

 

「――――!!」

 

 

 呂布が、プッチの毛色が明らかに変化したことに気づいた。

 どこかやる気がない様子だった男が、ついに本気を出そうとしていることを察したのだ。

 

 仮面の奥に潜ませる口角を愉悦気に吊り上げ、自身の手に握っていたドローンを地面に落とす。

 そして周囲に飛び回る蠅のようなドローン群を全て叩き落した。

 まるで、「邪魔な相手は必要ない」と言わんばかりに。

 

「いいぞ、やっと本気になったな……!!」

 

 自身の両拳を叩き合わせ、興奮を隠しきれない様子を全身で表す。

 

 呂布がプッチに向かって右拳を振りかぶりながら駆け寄る。

 クマが発砲で迎え撃つが、当たりもしない銃弾ではほんの少ししか勢いは弱まらず――そしてそのほんの少しが、大きな命運を分けた。

 

 僅かに速度が下がった右ストレートを、ホワイトスネイクが真下に向かって弾き飛ばした。

 地面に突き刺さる、杭打ち機を連想させるかのような威力の拳と轟音。

 ……そして、それらとはまた異なる、異質な音が周囲に響いた。

 

 

 

 此度のヒトカリと呂布との戦闘で、館内はかなり荒れ果ててしまったと言えるだろう。

 壁についた大きな傷、粉々に砕け散った展示用のガラスショーケース、そして対して価値もないがさらに価値が下がったボコボコの展示物……。

 そして、規格外の呂布の踏み込みやパンチを何度も受け続けた『()』。

 ダメージが溜まれば壊れるのは、どんな物体にも共通する絶対の法則であり、当然――――。

 

 

 

 異質な音ともに走る、呂布の拳を起点とした蜘蛛の巣状の巨大なヒビ。

 ビキッ!とコンクリートに致命的な傷が入る音も聞こえ、ガクンと視界が下がり……。

 

 廊下の床が、割れた。

 

 そしてそのまま、床が暗い暗い、更なる地下へと落下していく。

 

「何ッ!?」

「いい、いいぞ!! これこそ、俺が求めた混沌……!!」

「ひ、ひえええぇぇええっ!!?? どうなってるんですかぁこれぇ!!」

「クソっ、どれだけ化物なんだ……ッ!!」

「……!」

 

 呂布、プッチ、クマ、メディコ、壬生菊千代の五人が崩落に巻き込まれる。

 

 が、壬生菊千代だけは自慢の反応速度と身体能力に物を言わせ、崩落していない箇所の床へと飛び移る。

 ゆっくりと振り返り、落下していくプッチを見下すその顔には、少し得意げな笑みを浮かべていた。

 

「『()()()()()()()』……。確かに、追っ払いはしたぞ。『()()()』ごとだがな」

「貴様、壬生菊千代ッ!」

「ではな」

 

 憎々しいプッチをほんのちょびっとでも出し抜けたことが嬉しかったのか、プッチが瓦礫の波にのまれ姿が見えなくなるその間際まで、得意げな表情で彼を見下ろし続けていた。

 

 

 

 

 

――――――

 

 

 

 

 

 

 5、6メートルは落下しただろうか。

 スタンドで足を纏い着地したので、かなり足が痺れる程度で大したダメージはなかったが……。

 

「一体ここはどこだ……?」

 

 前方と背後に伸びていく、一直線の長い道。天井の右端と左端には寿色のライトが等間隔で並べられている。

 横幅と高さはかなり広い。そして足元にあるのは、鉄製の線路……。

 

「地下鉄か……?」

「いや、ここには線路は通っていないはずだ」

「……クマ」

 

 同じく落下して来たクマが、辺りを見回していた私に近づいてくる。

 

「線路が通っていないとはどういうことだ?」

「……恐らく、建設中の地下鉄なんだろう。もし通っていればヒトカリの逃亡用に使っている。……ここまで完成形に近づいているのに、建設中の情報すら入ってきていないのは少し異常だが……」

 

 少なくともあまり公表されている線路ではないようだ。

 

「く、クマさん、プッチさん……」

 

 メディコもどこからともなく現れる。

 彼女は上手く着地できなかったのか、少しだけ足を引きずっていた。

 

「メディコ、足は大丈夫か? それと……虎太郎はどうなった?」

「はい。上手く着地できなくて、少し足首を捻ったみたいで……。虎太郎さんは、キラキラさんに落ちる間際に何とか預けました」

「そうか……よくやった」

 

 二人がそう会話する中、プッチは上の方に視線を向ける。

 先ほど自分たちが落ちて来た大穴が見え、穴の端からひょこっと、キラキラと目を覚ましたであろうザッパが顔を出した。

 

「おぉぉおおおおーーーーい!! 大丈夫かお前らーーーー!!」

「三人ともーーーー!! 今助けるからねーーーー!!」

 

 直後、大穴の方から銃声が聞こえ始めた。

 ザッパとキラキラが顔を上げ、穴の向こう側を睨んでいる。

 

 ホワイトスネイクで状況を伺う。

 どうやらロボットではない、人間のシケイがやってきたようだ。

 品須と菊千代の姿はとっくにない。

 

「向こうにシケイの援軍がやってきたようだな」

「……そうか……。いや、気にしている場合じゃないな」

「ああ。寧ろこっちの方が厄介だ」

 

 

 ガラガラと音を立て、瓦礫の山の中から何かが立ち上がる。

 紅い双眸を更に攻撃的に血走らせた、傷一つない呂布であった。

 

「メディコ、一旦下がれ!」

「えっ!? でも――」

「ここは建設中の地下鉄だ、呂布を無力化できる大型機械があるかもしれない! それを探してきてくれ、その方が合理的だ!」

「……はっ、はい!」

 

 そう返事すると、たどたどしい足取りで、メディコが私たちの背後の道を走っていった。

 

 クマが呂布に向かって銃を構える。

 プッチもホワイトスネイクを目の前に顕現させるが……。

 

「限りなく勝ち目は薄いぞ」

「そうだな、もしかしたらここで終わりかもしれない。本当に来るところまで来ちまった……全く合理的じゃない」

「ああ……」

 

 戦力的に重要なファクターを占めていた壬生菊千代が抜け。

 残っているのは弱体化したスタンド使いのプッチと、呂布相手に効いているのか分からない銃弾を更に外しまくる拳銃持ちのクマ。あまりに絶望的だ。

 

 確かに、このままでは限りなく勝ち目は薄い。

 だが……。

 

「……クマ」

「どうした?」

 

 プッチが周囲を見回す。

 建設中ということもあってか、美術館内とは違い、監視カメラ等の類は一切設置されていない。

 『誰かがここで戦い、どんなことをしようとも、記録には残らない』と言うことだ。

 

 ホワイトスネイクの性能……パワーやスピードに頼るだけのごり押し戦法ではもはや通用しない。

 勝つためには、やはり、『アレ』を使う必要があった。

 

 

「私の『()()()()()()』を教える。何度も説明する暇はないから一度で理解しろ」

 

 クマは一瞬、彼の言葉を理解するために動きを止める。

 それから、驚愕の表情でプッチの方にバッと顔を向けた。

 

「……ッ! そういう特別な力、やっぱりあったんだろ……!」

「ガタガタ抜かすんじゃあない! この力のことを流布すれば容赦なく貴様を始末する、覚えていろ!!」

「……あ、ああ……」

 

 プッチの余りの気迫にクマが少し引きつつも、彼の言葉に耳を傾ける。

 

 たった2人による、死力を尽くした呂布への反撃が始まろうとしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 





すみませんでした
少しリアルの方で用事が立て込んでいて、いつの間にか20日も投稿期間が空いてしまうという結果になってしまいました。
この謝罪芸も何度目だよって感じですけど、今回ばかりは本当に反省しています。

物語のプロットを全部固めている以上、エタることはありませんので、どうか生暖かい目で見守ってください……なにとぞ、なにとぞ……。




(……戦闘パート長すぎじゃない?)


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#29 ベリーハード 美術館6

 亜総義美術館にて、未だ呂布とナユタが対峙している最中。

 

 想定外の床抜けにより、いち早く戦場を脱した壬生菊千代率いる東雲派。

 瀕死の品須を回収し、増援に訪れたシケイの目を上手くかいくぐって、自らの拠点に続く月明りだけが頼りの夜道を進んでいた。

 

「品須さん、しっかりしてください!」

 

 東雲派の若衆の一人が、自身の背中に担ぐ品須に向かって言う。

 しかし背中に居る彼はその声に反応することもできず、ただ血色の悪い表情で目を閉じていた。

 

 

 『死なず』の名を冠するほどに生命力の強い品須。

 だが、腹を大きく裂かれ、長時間気を失っていた彼からは、致死量に近いレベルの血液が流れ出てしまっていた。

 縫合による止血は行ったものの、輸血など即興の道具で出来るはずもない。今生きているのが不思議なほどに、品須は弱っていたのだ。

 

「品須、あと数分で拠点に着く! それまで持ち堪えろ……ッ!」

 

 壬生菊千代が意識のない品須を、仲間たちを鼓舞するようにそう言い放った。

 しかし現実は非常である。

 この場にいる全員が、拠点まで彼の命が持つはずがないと理解していた。

 

 それでもなお、辛い現実に全員が見て見ぬふりをし、僅かな希望を求めて走り続ける。

 

 走って。

 

 走って。

 

 走って――――。

 

 

 

 

 

 

 

 ――――ピタリと、足を止めた。

 

 

 壬生菊千代が真っ先に足を止め、背後に居る若衆に何を言うでもなく、刀を抜き放つ。

 そうして、自身の視線の先にある、月光の届かない路地裏に鋭い切っ先を向けた。

 

 ……路地裏に、誰かがいる。

 

 

「―――……ッ」

 

 菊千代は声も出せなかった。

 緊張で喉の奥が乾燥し、張り付く。全身にじとっとした嫌な冷や汗をかき始める。呼吸すらも無意識のうちに小さくなり、その様はまるで、肉食動物に見つかるまいと息をひそめる小動物のようだ。

 

 辺りに漂い東雲派を覆い尽くす、今にもその場で跪いてしまいそうなほどの重圧。

 身に纏う服が全て鉛にでもなったかのようだ。

 そのただならぬ圧の発生源は他でもない、その路地裏からであった。

 

 

 月明りの届かぬ路地にいる、その人物は。

 そこからすぅっと、滑るように、東雲派相手に臆することなく姿を現す。

 

 菊千代は姿を現したその男を見て、第六感めいた物で、二つの事柄を確信した。

 

 

 

 

 この男は『()()()()使()()』で―――。

 

 ―――あの『()()()()()()()()()()()()』、と。

 

 

 

 

 

「………そ―――死――――人、―――あ―――――か?」

「何……ッ!?」

 

 菊千代が男の言葉を聞いて、驚愕の表情を浮かばせる。

 しかし一体それがどんな内容なのかは、風の音にかき消されてしまい、少女の背後で待機する若衆達には上手く聞き取ることができなかった。

 

「――条件―――、――東雲派―――て―――――。一番―――――――――」

「……何故だ。一体何が目的でそんなこと…………」

 

 彼女は男の考えが一切読めず、困惑の汗を流す。

 が、十数秒ほど黙りこくった後、菊千代は何かを決意したかのような表情で刀を鞘の中に収めた。

 

「…………わかった。東雲派は……その条件を飲むことにする」

 

 

 

 

 

 亜総義市に、月の光に照らされた風が、少々強く吹き始めていた。

 一体どこまで強くなるのかは、今は誰にもわからない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 時を同じくして、亜総義美術館。

 美術館の正面玄関には何台かの車と、十数人のシケイが集まっていた。

 

 先行隊として警備ドローン十数機と精鋭シケイが数人、抗亜を捕まえに突入している。

 

 しかし念には念を入れなければ、抗亜という亜総義市のガンとも言うべき存在は捕まえられない。

 残り5分で亜総義市を巡回するシケイの大半が美術館前に集合する手はずになっている。おおよそ、100人程度だろうか。

 

 いくら個々が優秀な抗亜クランと言えど、単純な人海戦術の前には成す術もない。

 仕山医院では人海戦術の攻撃に一度失敗したが、アレは急に編成した小隊の連携不足と、指揮者の力量不足が原因……のはずだ。しかし今回はそのような抜かりはなく、失敗する可能性は万に一つもない。

 

 ……亜総義美術館内に潜むナユタの、実質的なタイムリミットが刻一刻と迫り始めていた。

 

 

 

 

「はーッ……はーッ…………!」

 

 雫となり、口から地に垂れる血液。

 口の中が切れたのか? 歯が折れたのか? それとも別の場所から口に伝って来たのか?

 どれかは分からない。しかし気にしている暇もない。

 

「終わりか?」

 

 血みどろ、埃まみれ、傷だらけ、地面に這いつくばる私。

 それに対比するように私の前に立つ、全くもって無傷の呂布。手の甲から滴る真紅の液体はきっと私の物だろう。

 

 このまま這いつくばっていては殺される。無理やりにでも立ち上がらなければならない。

 

 地面に突いた手。

 細かな石が皮膚を突き破り、血がにじむ。

 普段なら顔をしかめてしまうような痛みだが、今の状況ならばいい目覚ましだ。足腰に力を込めつつ、首ごと上に引っ張られるように、上半身を一気に持ち上げた。

 

 

「……舐め、るな……!」

 

 顔を上げたことで周囲の状況が一気に頭の中に流れ込んでくる。

 と、言っても……私の視界に入る景色などほんのわずかだが。

 

 

 

 ――呂布とプッチが死闘を繰り広げ始めて数分――。

 

 攻撃を繰り出す呂布。

 それをプッチが回避するか、ホワイトスネイクで弾くか、それとも防御しきれず体で受けてしまうか。それぞれの比率は凡そ2:3:5と言ったところだ。

 

 ホワイトスネイクの攻撃は呂布に当たることはない。

 まるで目に見えているかのように、体を捻って回避されてしまう。

 

 そんな状況が数分も続けば、プッチの身体が傷だらけの血みどろになり、呂布が無傷のまま立っている状況になるのはそう不思議ではなかった。

 

 

 両者が激しく動き回るせいで、細かな砂がぶわっと舞い上がり、砂煙となりて漂っている。

 その煙の密度は自身の足元すら満足に見えないほどだ。

 

 

 血が瞳に入り込むのも厭わず、目を見開き、呂布を睨みつける。

 敵意を向けるプッチに対し、呂布は、憐憫の視線を向けた。

 

「強いな。その奇怪な力に踊らされず、完全に使いこなしている。文句のつけようがない。

 …………しかし、貴様は弱い。実に惜しい男だ……」

 

 戦いを始めた頃は実に楽しそうな笑みを浮かべていた彼であったが、今は子どもが遊び飽きた玩具をゴミ箱に捨てる時のような顔をしていた。

 手を払い、甲に付着した血液をプッチの前に飛ばす。

 それは奴なりの挑発か。それとも、もっと複雑な感情を込めた動きなのか。私には分からなかった。

 

 ホワイトスネイクを顕現させて緊張を解かず、呂布に言葉を返す。

 

「ッ、私を貴様のような、理性のない獣の基準で測るな……」

「……俺の目が間違っていたか。もろく崩れやすい、砂の城に興味を抱いてしまうとはな」

 

 私と呂布の会話はどこか嚙み合わない。

 いやそもそも、呂布がこちらの話を聞いてすらいないのかもしれない。

 しかし、奴に私の根本的で、起源的なところを侮辱されていることだけは理解できた。

 

 

 噴き上がる怒りに身を任せ、思わず呂布へと突っ込みそうになる。

 だが、抑えた。

 私の根本を侮辱するなど『()()()()()()』ではあるが、それだけで全てを台無しにするわけにはいかない。

 

(私だってわかっている。呂布と真正面から打ち合っていては、勝ちの目など訪れる筈もない。

 ……だからこそ、私ではなく()()()に託したのだ、唯一の勝ちの目を。)

 

 プッチは辺りに漂う砂煙に視線を走らせる。

 勿論、その先に何も見えることはないが。

 『()()』がそこにいることは分かっていた。

 

 

 

 

 

 時は、呂布との戦闘前に遡る。

 焦るプッチが、クマに向けて早口で語り始めた。

 

『私のスタンド能力は――DISC(ディスク)だ』

『……ディスク?』

『そうだ。そして、これから話すことは貴様にとって一切馴染がない物だろうが、そういう物として受け入れろ。細かく質問に答える時間はない』

 

 プッチが右手の人差し指と中指をクマに向かって突き出す。

 そして突然、不自然な隙間が空いた2本の指の間に、ブゥンと1枚のディスクが出現した。

 

『我がスタンド能力で出来ることは、大きく()()ある。相手からディスクを抜き出したり、挿入したりすることと……こうして、命令を書き込んだディスクを生み出すことだ。受け取れ』

 

 クマがディスクを受け取る。

 CDよりも随分と厚みがあるそのディスク。

 厚さは凡そ5mm……CDが3~4枚重なったぐらいの厚みだ。

 ギラギラと光り、クマの表情を映し出す金属光沢もある。

 

 だが、指に力を込めれば、ぐにゃぐにゃっと容易に形を変えることができた。

 普通のディスクならば折れるような形までしならせることができる。

 まるでゴムのようだ。

 

『このディスクを奴の頭に挿す。すると中に書き込まれた命令の『5秒の間、行動不能』が実行される』

『……何故5秒なんだ?』

『貴様にこれ以上強い命令のディスクを渡したくないからだ。……それはいい。

 私が砂煙を作った上で、呂布の注意を引いておく。貴様は煙の中に潜み、奴の隙を突いてこれを挿し込め』

 

 プッチはクマに「砂煙を上げるまで物陰に身を隠せ」と促す。

 が、彼は動こうとしない。手の中にあるディスクを一瞥し、私の顔に視線を向けた。

 

()()()()()

『……何がだ?』

『…………いや……、何でもない』

 

 何かを言いかけ、しかしその言葉を飲みこみ。

 クマは私に背中を向け、自身の役目を全うするために動き始めた。

 

 

 

 

 

 

「私が負けることなどありえない……。運命は私に、人々を天国に導けと言っているのだ。

 ここであの男に殺されることなど、万に一つもありえないのだッ!!

 あのクソガキ(エンポリオ)がいない以上、私に負けの目は存在しないッッ!!」

 

 プッチは自身を鼓舞する。ホワイトスネイクは相変わらず無表情だ。

 私は一歩前に出て、呂布の間合いへと足を踏み入れる。

 

(クマがディスクを挿し込めれば、私のスタンドで()()()()()()を抜ける。そうすれば勝ちだ。

 だがそのためには隙を作らなければならない。

 体勢を崩すのが最上だが、今のホワイトスネイクでできるか……!? ……いや、やらなければならないのだッ!)

 

 

「―――ホワイトスネイクッッ!!!」

 

 

 

 弱体化し、崩れかけの白蛇が走る。

 衰弱した蛇、しかし世の中には手負いの獣が最も怖いという言葉があるのだ。

 

 

「まだ来るか……」

 

 呂布は自身の間合いに踏み込んできた蛇を冷たい視線で一瞥した。

 

 そうして、今まで通り、プッチに対して拳を振るうのではなく。

 地面に向かって、ロケット砲のような拳を叩きつけた。

 

 

「ッ!?」

 

 恐ろしい馬鹿力、という言葉で済ませられるものなのか。

 奴が地面に拳を叩きつけた瞬間、周囲に転がっていた瓦礫片が一斉に宙へとぶっ飛んだ。

 その瓦礫は当然、プッチの方向にも飛んでくる。彼の表情には確かな焦りが浮かんでいた。

 

「生身の人間が、こんな力を…………。

 ……くッ、ホワイトスネイク! 瓦礫を防げ!!」

 

『ウシャアアアアアアアアッッッッ!!!』

 

 

 ホワイトスネイクのラッシュ。飛んでくる瓦礫を防ぐならば今の白蛇でも容易い。

 そのまま呂布にも攻撃を加えようと、先ほどまで奴がいた場所に連打を浴びせるが、何かを殴った感触がない。

 

 

「――――遅い。」

 

 困惑が頭をよぎるよりも早く、背後から低い死神の声が聞こえる。

 

 脊髄反射。

 人体で最も速い反応で咄嗟に後ろを振り返った瞬間。

 

 顔面へと突き刺さる鉄塊。……いや、これは奴の拳だ。

 火を押し付けられたような熱い感触と共に、鮮血がパパッと走る。

 

 

(は、速すぎるッ! いつの間に後ろへ、この男――ッ!!)

 

 首から上が跳ね飛ばされるような衝撃。頭が千切れ飛んでいないのが不思議なくらいだ。

 

 プッチ本体は体勢を崩す。

 だがホワイトスネイクにはスタンド使いの姿勢など関係ない。

 右拳を出したままの呂布へと向かって、白蛇が殴りかかる。

 

「…………」

 

 が、呂布にはそのホワイトスネイクの動きすら遅かったようで、簡単に回避される。

 右拳を突き出したまま左足を踏み出し、全身の体重を乗せて、プッチへと突進を決めた。

 

 

 まさかの反撃に、完全に油断していたプッチは攻撃をモロに食らってしまう。

 呂布の体重は100キロをくだらない。しかもその全てがはちきれんばかりの筋肉だ。

 

 全体重に速さが加わった一撃は、下手なパンチよりも威力が大きい。

 骨が軋む音が体内に響く。気が遠くなりそうな痛みが神経を走る。

 

 

「ぐごォァ……ッ!!」

 

 数メートルは吹き飛ばされ、背中から地面に墜落した。

 打ち付けられた衝撃で肺から空気が飛び出し、呼吸が瞬きの間止まる。やすりのような地面で服がこすれ、一張羅だったはずの神父服は既にズタボロの布切れのようになっていた。

 

 ゴホゴホとせき込むように呼吸をすると血が飛び出す。

 

 もはや、心臓が未だに動いているのが奇跡なぐらいの怪我だ。

 

 すぐに立ち上がらなければ、呂布に殺される。

 立ち上がる、立ち上がる、立って構えなければ――――。

 

 

「私が、私が、負けるはずが……」

「…………自分の()を見てみろ」

 

 目の前に歩いて来た呂布。

 私に止めを刺すでもなく、攻撃を加えるでもなく、ただただ冷たい言葉を吐き捨てた。

 

「……足……」

 

 私は、自分の足に目を向ける。

 

 天国に到達する。

 私にはその使命があり、運命というレールで天国までの道が一直線に敷かれている。

 敷かれている。

 敷かれている、はず、なのに。

 

 

「な、っ……。こ、れは……」

 

 

 私の足は。

 初めてホラー映画を見た子供だとか、強大な権力者を前にした一般人だとか、強力な肉食獣を前にした小鹿だとかのように。

 

 なんとも情けなく、小刻みに震えていた。

 

 

(―――な、な、なぜ私の足が震えている……!? さっきまで私の足は正常に動いていたはずだ!

 動け、動けッ!! 

 立ってあの憎たらしい呂布に奇襲を喰らわせてやるのだッッ!!!)

 

 

 プッチは自身の足に力を込める。

 ――立てない。

 

 腕に力を込め、上半身と同時に震える下半身を持ち上げようとする。

 ――立てない。

 

 苛立ちを隠せぬように、右拳で地面をドン!と叩く。

 ――立てない。

 

 

「なぜだっ、なぜだっ、何故だ!! どうして立てないッ!!

 私が、この私が!! 

 ―――この私がこの場所で死ぬなんてことはありえないッ!!」

 

 

 

「ありえるに決まっている」

 

 プッチの、耳が痛くなるほどの慟哭。

 それに対比するかのように、静かに、低く重く、呂布は言葉を返した。

 

 

「貴様は確かに強い。

 ――――だが、どこか、()()()()()()()()のだ。」

 

「どこかおかしいと思わなかったのか?

 致命傷に近い傷を負いながらも、更に俺の攻撃を受け続け、何故自分は生きているのか?と。」

 

「俺の攻撃を受ける瞬間、貴様は自分でも気づかぬうちに――――

 ――()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()のだ。幾度も幾度もな。」

 

 

 呂布の言葉に、私は、血のにじむ右手で額を抑える。

 

「……何度も腰を抜かした、だと?

 そんなもの、私の体のことだ、私自身が気づかないはずが…………」

 

 気づいていなかった。

 私がなぜ呂布の攻撃を相手に生き続けられていたのかも、それで合点が行く。

 

 

「格下相手では、貴様は本来の調子が出せるのだろう。

 だが私のような同格、あるいは格上と戦い戦況が悪くなれば……まるで砂で出来た城のように、足元から崩れ落ちる。たちの悪いことに、それを自分でも気づいていない。

 

 ―――実に無様で、滑稽だ」

 

「……ッ、ぁ…………」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ……何か、何かが崩れる音がする。

 

 何が崩れている?

 

 ホワイトスネイク。周囲を確認しろ。

 

 ホワイトスネイク? なぜ、動かない。

 

 

 なぜ、お前が崩れている。

 

 ホワイトスネイク、ホワイトスネイク、私のスタンドよ。

 

 

 

 

 ……ホワイト、スネイク……。

 

 ……応えろ、応えろ、お前まで動かなくなったら、私は一体…………。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「―――プッチィィイイいいいッッッ!!!」

 

 

 

 

 

 砂煙。

 視界を遮るそれをかき分け、飛び出し、喉が千切れんばかりの声を出し。

 

「! もう一人の方が出て来たか……!」

 

 振り向いた呂布の額に。

 

 銃を構えながら突進してくるクマの姿があった。

 

 

 

 迷わず銃のトリガーを引くクマ。互いの距離は一メートル少しだ。

 この近さならば狙いは外さない。炸裂音と共に飛来する銃弾。

 

 だが「そんな攻撃は見切っていた」と言わんばかりに、頭を傾けて回避する呂布。

 突進してくるクマの頭部へカウンターの右拳を合わせようとする。

 

「まあ、それぐらいはするだろうな……!」

 

 クマもクマで、銃弾が避けられるくらいは予見していたのか。

 手元で器用に銃を回し、呂布の腹部に筒先を向け発砲した。

 

 二度の炸裂音。

 腹部に銃弾が当たったものの、呂布から血が噴き出すことはない。

 恐らく防弾チョッキ、それに近い物を纏っているのだろう。

 

「む……っ」

 

 だがいくら貫通はせずとも、銃弾の衝撃は効いたのか。

 少しうめき声をあげ、追撃を喰らわぬように、クマから距離を取る呂布。

 

 

 

「プッチ、立てッ! 呂布の隙を突くのは無理だ! 二人で行く!」

 

 距離を取る呂布に、クマは銃を向ける。

 しかしクマは壊滅的なほど銃の腕が悪い。三メートルも離れてしまえば当たる保証はなくなる。

 

 それゆえに、もう一人の協力者であるプッチを起こそうとしたのだが。

 

「……なぜ、私を助けた。」

「何……?」

「先ほど私と呂布が話していた時、背後からなら、十分ディスクを挿し込める隙はあったはずだ。なぜやらなかった」

 

 

 プッチは上半身を起こし、だが立ち上がりもせず、その場であぐらをかくようにして座る。クマに視線を向けることはない。

 

「そんなことを話している場合か? そんな隙は無かった!」

「あった。貴様が見逃すはずがない…………」

「……ッ、いい加減にしろ!!」

 

 クマがプッチの胸倉をつかむ。

 

「ああ、あったよ。ほんのわずかにだけど隙はあった。

 ……だが、余りにリスクが高すぎる。あのままだとお前は死ぬ可能性が高かった上、俺はこのスタンド能力とやらを全く知らない。

 お前が死んでこのディスクが消えたら、それこそ勝ち目がなくなる。そもそも、5秒間呂布の動きが止まったとして俺に止めがさせるのかもわからない。

 ――――そんな不明瞭なことばかりで、非合理的だから選択しなかった、それだけだ!」

 

 苛立ちの混じった怒声。

 プッチは、その声に隠れるように、小さな声でつぶやき続けた。

 

「なぜだ、一体私に何が…………。私は、あの呂布と言う男に怯え、動けなくなるはずが……」

 

 うじうじと、頭の中で同じ思考が回り続ける。

 その場で足踏みし、その先から進もうとしない。自分の根本的なところに目を向けたくない、だから向けようとしない。

 

 

 そんな風に悩み続けるプッチを見て、クマは、怒りよりも困惑が強く感じるようになり始めた。

 

(ディスクを受け取った時から、言葉にできない不思議な危うさはあった。

 しかしあそこからここまで、精神がズタボロにやられてしまうとは……一体この男に何があった? 呂布に何を言われた?

 ――――クソっ、どっちにしろこの様子じゃプッチは戦えない。俺一人でやるしか――――)

 

 

 

 と考えたクマが、呂布に銃を向け直した瞬間。

 

ギギッ……

 

 何か、錆びた鉄が軋むような、嫌な音がトンネル内に響いた。

 もちろんクマでも、プッチでも、呂布が鳴らしたわけでもない。

 

(トンネルが崩れる兆しか? いや、そんな音じゃない……)

 

ギギ、ギギィッ……

 

 

 呂布はその音の正体を探ろうと、周囲に気を張り巡らせていたが。

 やがて「気にしていても仕方がない」と悟ったのか、クマの方へ体を向け、足を一歩踏み出した。

 

 クマも、奇怪な音より呂布の相手をする方が先決だと、そちらに注意を向ける。

 

 

 そうして互いの意識から音の事が消え去り、呂布が一歩一歩足を進め。

 

 奴の身体が、地下鉄内に敷かれた、線路の中へと入ったその時。

 

 

 

 ギャリギャリギャキキキキキィイイイイイイイッ!!!!!

 

 

 

 一際大きな、耳をつんざくような音がトンネル内に反響した。

 そうして、クマは気づく。ここまで巨大な音になって、ようやく、この音の正体が分かった。

 

「電車のタイヤか……!」

 

 

 鉄製のタイヤと線路がこすれ合う音。

 彼がそうだと気づいた瞬間に、トンネルの向こう側からその音が急激な速度で近づき始める。

 

 しかもその音が響いてくる方向は、他でもない『メディコ』が向かった方であった。

 

 

 キィィィイイイイイイイイッ!!!!!

 

 

 トンネルの曲がり角を勢いよく進んでくる音。

 クマの目に入った音の正体は、電車ではなく。トンネルを掘る際に取れた石を運ぶための、高さ三メートルほどのトロッコのような物であった。

 

 

 時速150キロはくだらない速度で進む鉄製のトロッコ。

 余りの速度に、呂布は線路内から脱出することすら敵わず、トロッコに真正面から衝突した。

 

 

「――なっ、ば、化け物か……!?」

 

 荷が何も乗っていない空のトロッコと言えど、重量はトンをくだらない。

 そんな物が時速100キロ以上の速度でぶつかってきたのだ、流石の呂布ですら即死だろうと思ったのだが。

 

 

「む、ぐっ、ごぁぁああああああっ………!!」

 

 隆起する埒外の筋肉。浮き上がる血管。

 人を超えた膂力を持つ呂布は、クマの想像を遥かに超えて――迫りくるトロッコを、真正面から受け止めていた。

 

 しかしいくら呂布と言えど、完璧に抑えている訳ではないのか、ズリズリと足が後ろに下がっていっている。

 だが奴の身体能力ならば、一瞬の隙を突いて横に飛び出すことなどそう難しくはないはずだ。もしかすると、トロッコを丸ごと横に倒すことすらできるかもしれない。

 

 地獄に垂れた蜘蛛の糸の如き、千載一遇のチャンス。これを逃す手はない。

 クマが銃で呂布を狙い打とうとした時、トロッコの中からひょこりと、緑髪の少女が顔を出した。

 

「く、くっくく、クマさぁあん!!」

「……メディコ!? 何でそのトロッコの上に乗ってるんだ!!」

「な、中にあったボタンを押したら急に走り出しちゃって、ど、どうしたらいいですか!?」

「どうするも何も、早く飛び降りろ! 死ぬぞ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

「……メディ、コ?」

 

 プッチが顔を上げた。

 

 呂布がトロッコに押され、今にも負けそうなほどの劣勢に陥っている。

 恐らくこの状況を作ったのは、トロッコの上で涙目になっている『()()()()』だろう。

 

 メディコは、大道寺皆子。

 私が臆病者だと吐き捨てたあの少女だ。

 

 だというのに、今はどうだ。

 

 地に伏し項垂れた私と、あの怪物に大きな一撃を与えた少女。

 

 私に彼女を罵倒するほどの、権利があったのだろうか?

 

 

 いや、彼女は人に輪をかけて臆病な性格だったはずだ。

 

 ならば……その臆病を乗り越えたというのか?

 呂布という男を相手に、その臆病さを抑え込んだのか?

 

 私は、自身の怯えを抑えるどころか、それに気づくことすらできなかった。

 一体どうやったのだ。一体、どうやって……。

 

 

「立、て……私の足、よ。

 ここで立たなければ、私はきっと、天国に到達するどころか……

 ――――この震えを取り除くことすらできやしないッ!!」

 

 

 私は、足に力を込め。

 震える両足で、確かに、大地の上に立った。

 

「クマ、大道寺……いや、メディコのことを受け止めてやってくれ」

「!? プッチ、動けるようになったのか?!」

「満足には動けん。だが、呂布はここで仕留める!!」

 

 

 私の精神が疲弊しているのか、スタンドパワーが切れたのかわからないが、ホワイトスネイクは出すことすらできない。

 だがそれでも出来ることはある。

 

 

 クマが手に持つ銃をかすめ取り、呂布の身体を照準に収めた。

 

「この距離ならば、クマよりも私が撃った方が当たる。尤も、私も下手だがな……」

 

 おおよそ距離は三メートル。

 呂布は必死にトロッコをどうにかしようとしているが、流石に私の方が早い。

 

「メディコ、飛べ!」

「えっ、えっ…………もッ、もうどうにでもならんとねッ!!」

 

 三メートルはあるトロッコの上から、クマの腕の中へと一直線に飛び降りるメディコ。

 

 それを視界に収めた瞬間、プッチは迷いなく引き金を引く。

 

 

 

 ――銃弾は呂布の脚部へと、深々と突き刺さった。

 

 

「ぐッ………!!」

 

 

 足を撃たれたことでバランスが大きく崩れた呂布は、体勢を立て直すことができなかった。

 エンジンが温まり、次第に加速していくトロッコを相手に、呂布は耐えることが出来なかった。

 

 

「……ぐぉぉおおおおおおおおおおおおおお!!!!」

 

 

 咆哮を上げたまま、トロッコの力を抑えきれず。

 そのまま遠い遠いトンネルの向こう側へと、トロッコに引きずられるように、一緒に運ばれていった。

 

 願わくば、あのままタイヤの下敷きになり死んでくれることをを祈るばかりである。

 

 

 

「……メディコ、無事か?」

「は、はい……何とか……」

「助かった。お前が居なければ俺達は呂布に殺されていた」

 

 クマが、お姫様抱っこの状態で抱えていたメディコを地面に降ろす。

 

「プッチ。……銃を返してくれ。」

「ああ」

 

 私は手に持った銃を彼に返した。

 

 

「……おーーーい!! クマ、メディコ、プッチ! 無事か!?」

 

 天上に開いた大穴から、男の声が聞こえる。

 上を見上げると、ザッパが穴からこちらを覗いていた。

 

「こっちは無事だ! ザッパ、そっちは大丈夫なのか!?」

「おう! ちょーっとばかし厄介なシケイだったが、ばっちり片付けたぜ!

 ロープか何かで引き上げるから、『()()()()』早く登って来いよ!!」

 

 そう言って、ザッパは大穴の向こうへと顔を引っ込めた。

 

 

「……()()、ですか……」

 

 メディコはそう、静かに呟いた。

 呂布との死闘という正念場が終わったばかりのはずなのに、先ほどとはまた別種の緊張感が張り詰め始めた。

 その原因はもちろん、クマとプッチの二人である。

 

 

「これからどうするつもりだ?」

 

 クマが言う。

 その言葉に対し、憔悴した様子のプッチは、目を逸らした。

 

「……どうするもないだろう。私は私の目的を果たすだけだ」

「呂布のような化け物はこの街に一人しかいないが……別の意味で厄介な奴は他にも大量にいる。ムラサキとかな」

「だから、どうした…………」

「ここから先は一人では無理、という意味だ。」

 

「そ、そうですよ!」

 

 プッチとクマの会話に、無理やりに言葉をねじ込むメディコ。

 

「ザッパさんはプッチさんに今でも戻ってほしいと思ってくれてますし、虎太郎さんは、その……いやでも、クマさんは、プッチさんに戻ってきてほしいと、思って……ます、よね?」

 

 言葉がしりすぼみになっていく少女。考えなしに矛盾だらけの事を言っているとこうなる。

 彼女の言葉に続くように、クマが口を開いた。

 

「俺は……仕山医院の件で俺達に罪を擦り付けたことをまだ許していない。虎太郎もな。」

 

 プッチは何も言わない。

 それを確認したうえで、クマは言葉を紡いでいく。

 

「だが、今回の戦いで確信した。亜総義を倒すためには……多少の毒を飲み込む危険すら冒す必要があるとな。呂布というイレギュラーと渡り合うには、特に」

 

 彼が口を結ぶ。

 そして、プッチが続くように言葉を発し始めた。

 

「私は……私は、今のままでは、きっと天国に到達することなどできやしない。何もかもが足りない。何が足りないのかもよく分かりはしない」

 

 バレぬようにメディコの方へと視線を向け、すぐに逸らすプッチ。

 

(この世界に来て、運命が私をこの者達と引き合わせたのならば……きっと、何か意味があるはずだ)

 

「その足りない物を満たすまでなら、私は、再度協力関係を結ぶことは厭わない。尤も、そちらがどう思うかは別だがな」

「ザッパが許可を出すだろう」

「虎太郎はどうする?」

「あいつも心の底では戦力が必要なことぐらいわかってるはずだ。説得する」

「……そうか」

 

 プッチはぶっきらぼうに答えた。

 仲良しこよしな関係ならば、ここで握手でもするのだろうが……お互い、そこまで相手と仲が良くないことは分かっていた。ので、しようともしない。

 

「ってことは、つまり、プッチさんは……」

 

「……ああ。私は……

 

 ナユタと再び協力関係を結ぶ。」 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――無事に引き上げられた三人。

 「プッチがナユタと再び協力関係を結ぶ」と聞いたメンバーの反応は……そう、悪い物でもなかったらしい。

 

 ……虎太郎を除いて。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――抗亜クラン・ナユタ。

 亜総義美術館を包囲したシケイを欺くように、全員無事に脱出完了。

 

 なお、美術館周囲には、記憶が混濁したシケイが多数倒れていたという。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 





本当にすみませんでした。
前回投稿日から何十日経ってんだ本当に……休んでる間にジョジョ六部が放送し終わったし……。


遅れた理由としましては、呂布の戦闘シーンを書く気力がぷっつりと途切れてしまったからです。三回ほど書き直しても上手くいかなかったので。

そしてやる気が湧かぬまま一か月、二か月と後伸ばしになるつれ、どんどん投稿期間が開き……大変なことになってしまいました。

数か月ぶりに続きを書いたので、かなり滅茶苦茶な文体でキャラの動きもハチャメチャになってしまっていますが、どうかご容赦ください。昔書いたメモ通りに話を進めてるからこれで合ってるはずなんだ……。


これからも自分のペースで、ぼちぼちちびちびと進めてまいりたいと思います。
どうかよろしくお願いします。

プッチさんはボロボロになっているのが美しい。


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#30 とびきり悪いヤツ

 朝4時。日の光が夜の闇と緩やかに混じり始める時間。

 亜総義美術館で二つの抗亜クランが起こした騒ぎの熱もようやく冷め始めた。

 

 

 相当な人数を動員したにも関わらず、ただの一人として抗亜を捉えられなかったシケイ。

 彼らの落胆ぶりは相当な物だった。

 ……それもそうだろう。

 最近のシケイは萬像破壊、仕山医院でナユタを取り逃がす等の失態続きだ。絶好の名誉挽回チャンスであった今回の件でさえ成果なし。

 成果が出ず、亜総義の上層部から突っつかれて焦るも、また成果なし。士気が下がるのも仕方ない。

 

 まあ、意地の悪い亜総義のことだ。

 「抗亜を捕まえられませんでした」なんて自身に都合の悪いニュースは一切流しはしないだろう。

 

 

 ……それでも、今まで散々苦汁を飲まされてきた亜総義とシケイの失態続きは、見ていて実に面白い物である。

 朝一番のニュースで、今日のシケイの騒ぎをどう言い訳するのかが楽しみだ。

 

 

 

「ククッ……」

 

 悪どい笑みを浮かべる男。

 革張りのソファーに腰かける男は、足を組み変え、顎に頬を乗せる。

 

 男がいるのは、恐らく地下であろう。

 窓はなく、外の時間も気温も分からず、紫色のライトがぼんやりと部屋の中を照らしている。

 

 ともすれば、落ち着いた雰囲気のバーとも取れなくはない部屋の中。

 

 しかし、男の前にある、シックな色合いのテーブル。

 その上にある山積みの現金が、この部屋の主が異常……正常な道を歩いて生きている者ではないことを表していた。まさに悪の組織のアジト、と表現するのが正しい部屋である。

 

 

「随分と上機嫌ね、『村崎(ムラサキ)』。」

 

 部屋にある螺旋階段からコツコツと踵を鳴らし、降りてくる、蠱惑的な格好の女性。

 名前を呼ばれた男、ムラサキは顔に浮かべた笑みを崩さす彼女の方に振り返った。

 

「そりゃそうだ。手間こそ掛かったが、もとに想定してた以上のリターンが返ってきたからな。呂布さえ出なければ完璧だったが……唯一画竜点睛を欠いた。」

 

「想定してた以上のリターン……まあそうね。

 クランふたつを潰し合わせて、混乱の隙にヒトカリをするって話だったけど……。

 まさかシケイの殆どが美術館の方に流れていくなんてね。そのせいで警備はどこもスカスカ、おかげでやりやすかったわ」

 

 そう言うと、シオンはムラサキの前の机に紙束を投げた。

 ヒトカリで捉えた人間の情報か何かだろうか? 少なくともあまり良い物ではないのは確実である。

 

 ムラサキはその紙束を一瞥した後、顔を横に一度振る。

 そして懐からスッと、1枚の写真を取り出した。 

 

「ヒトカリの方もそうだが……もっとデカい成果がある。これだ」

 

「何この写真? …………これは……」

 

 受け取った写真を見て、シオンは目を見開き、言葉を失う。

 

 その写真に写っていたのは。

 腹から大量の血を流し、息絶え絶えの状態で東雲派の若衆に担がれている『品須』の姿だった。

 

 

「東雲派の品須が死にかけてるって報告が上がった。その出血量だと今頃死んでるかもな。」

 

「確かに、これは……『想定以上のリターン』ね。」

 

「ああ。その傷と出血量じゃあ九割九分品須は死んでる。例え助かったとしても、しばらくの間は動けはしない。頭領の嬢ちゃん(菊千代)だけなら、東雲派なんざ烏合の衆にすぎねえ……。

 

 ――………ククッ、ハハハハ!! 東雲派は敵じゃあなくなった、ナユタなんざザッパだけ気を付けてりゃそう怖い相手じゃねえ!! 街の勢力図が一気に変わりやがった!!」

 

 心の底から笑いを抑えられないと言った風なムラサキ。

 一方、シオンは冷静な面持ちで写真を眺め続けている。唇の下に指を当て、熟慮したのち、口を開いた。

 

 

「……まあ、上手く行っているのはいいのだけれど。こうも街のバランスが崩れると、少し不安ではあるわね」

 

「ククッ……。たしかに、亜総義が今まで以上にしゃしゃり出てくる可能性はあるな。ハルウリは分散して規模を縮小、ヒトカリもしばらくは控えめにする。」

 

「あら。せっかくの機会なのに、活動は抑えめで行くの?」

 

 パサリと、シオンは手に持っていた写真を机の上に放る。

 

 

「今は事を進める時期じゃあない。今必要なのは…………揺れる盤面の上を歩ける『駒』だ。」

 

 身体を沈み込ませる茶革の椅子はよく磨き込まれており、天井から吊るされた照明の光が白くまばらに反射している。

 両者の静かな息遣いが、部屋の何処かから微かに響く通気口の音に紛れて聞こえる。

 

 

 ――ムラサキは分かっていた。

 今まで散々と手間を掛けさせられた、死なずの品須。

 抗亜きっての武闘派である東雲派の大幹部は、シケイはおろか、ナユタにだって引けを取らない。たとえ相手が複数人だったとしてもだ。

 

 そんな男が致命傷を負わされるとすれば。

 今までにはいなかった……想定外としか言いようがない『何か』に殺られたとしか考えるほかない。

 

 そして、その想定外の『何か』を、ムラサキは知っていた。

 

 

 

 萬像が破壊された時。シケイが仕山医院に総動員したにも関わらず、ナユタが逃げ延びた時。そして恐らく、今回の亜総義美術館にも。

 

 

 不可解な現象が起きた時、いつもその場にいる人物。

 

 

 神父服を身に纏った黒肌の男。『見えない何か』を操る男。

 

 

 ――――『()()()』。

 

 

 

 

(…………駒としてこっちに引き込むことが出来れば、文句もねえ。

 だが一番ヤバいのは、『ナユタ』か『東雲派』のどっちかに完全に取られちまうことだ。)

 

 

 現在、プッチはナユタの下にいる。しかし、ナユタの活動へ積極的に協力しているわけではない。

 つまり本気を出していないのだ。

 

 ……だが、もしプッチが気を変えて、どこかの勢力へ完全に協力する気になったら?

 他の抗亜クランを、想像もつかないような()()()()()方法で潰しにかかるだろう。

 

 

(核兵器みてーな奴だ、アイツの存在で戦力比が傾いちまう。

 『1:1:5』って具合にな。

 その5が俺達『フラット』ならいい。だがもし、ナユタか東雲派が『5』の座に座るってんなら………………。

 

 

 ――――『1:1:1』に戻すために、プッチを()()しかねえな)

 

 

 

 ムラサキがそう、思い至った所で。

 

 騒々しい足音と共に、フラットアジトの唯一の出入り口である、螺旋階段を登った先にある扉が勢いよく開かれた。

 

 そこから顔をのぞかせたのは、フラットの一般構成員であるフードにピエロの化粧をした男。

 しかし、化粧が醜く崩れていることから、何か大量に汗をかかざるをえない事件が起こったことが伺えた。

 

 

「どうした? 何があった」

 

「む、ムラサキさん……! 表に変な男がいて、しかもムラサキさんに会わせろって……ッ!」

 

「今は駄目だ。追い返せ」

 

 階上の男を静かな表情で見つめつつ、そう答えたムラサキ。

 彼は口から漏れる生暖かい息を呑み込み、呼吸を整えながらも、焦った様子で話し続ける。

 

「俺達もそう思って追い返そうとしたんです! けどそいつは無理やり進んできて、止めようとしたら十人以上が一瞬でやられて……!!」

 

「十人以上が一瞬……。まさか、呂布でも来たか?」

 

「ちがいッ……うっ…………ッッ!!」

 

 

 そこまで話したところで、突然。

 

 男が首を抑え、苦しそうにもだえ始めた。

 口の端から白い泡を吹き、『()()()()』首を両手で必死に引っ搔いている。

 

 次第に、彼の身体は宙に浮き始める。

 長い間空気を据えていなかったからか、首と共に頸動脈まで絞まっていたのか。男は気絶し、紐の切れた操り人形のように手足をだらんと下げた。

 

「………ッ!!」

 

 ぼとり。

 彼の身体が無様に地面へ落ちる。

 

 それと同時に、キキィと、蝶番がこすれる音と共に扉が動いた。

 

 

「話がある」

 

 その声は、男と言うにはやや高く、女と言うにはやや低く……恐らく青年の声と表現するのが一番適切だ。

 扉の向こうから現れた彼の姿は、プッチよりも身長が幾分ほど小さい。体格も特別優れていいとは言えない。とても、何かしらの武器があったとしても、十人以上を一瞬で叩きのめせるような体ではない。

 

 そんな体でも、フラットのアジトまで無傷でたどり着いた、ということは……やはりそれ相応の理由があるのだろう。

 

 先ほど報告に来た男の首を、『目に見えない何か』で絞め上げたように。

 

 

「……なるほど。一体どういう要件かは知らねえが……その『()()』を持ってるなら、こっちにも話したいことがある」

 

 

 ムラサキは階上にいる男を見据え、口角を吊り上げる。

 その表情はまさに、『()』そのものであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ギャハハハハハ!! たっちゃんマジやべーッてそれ!!!」

 

「ハハハハハ!! おめー限度ってもんがあんだろ限度がよ!!」

 

「うるせえ!! お前らしっかり見とけよ!!」

 

 日の光も刺さぬ路地裏。

 室外機の唸り声が響く狭い道の中に、16~17ほどの青年が3人集まっていた。

 

 

 『たっちゃん』と呼ばれた青年は、やけに慣れた手つきで、ドブネズミの身体に爆竹を括り付ける。

 そしてライターで爆竹の導火線に火をつけ、ネズミを地面に放った。

 

 ネズミは素早い動きで三人から逃げていき……数秒後、「ヂッ」という声と共に、血液と肉片を散らして死亡した。

 

 

 三人はその、ネズミの生き汚い姿と惨めな最期を見て大笑いをする。

 

 彼らの周りにはいくつもの鼠の死体が転がっていた。

 カッターで尻尾と四肢を切り落とされそのまま失血死したネズミや、全身を裁縫用の針で刺され、まるでハリネズミのようになって死んでいるネズミもいる。

 

 

 顔がぽーっと赤くなっていることから、三人には微量のアルコールが入っているようだ。

 そして未成年にも関わらず、全てが徹底的な管理下にある亜総義市で酒を飲むことができると言うことは、亜総義内でも上流な立場にある人物の息子たちということである。

 

 

 三人は酒で理性のブレーキを壊し、自身の残虐性に物を言わせ。

 誰が最も面白くネズミを殺せるかと言う競争をしているようだった。

 

 

「あー、面白かった…………これたっちゃんの優勝じゃね?」

 

「だろッ!? んじゃ酒の代金はお前ら持ち……」

 

「おい待て待て待て! 最後俺にやらせてくれよ!!」

 

「は? まっつん、まだなんかあんのかよ」

 

 

 室外機の上に座っていた、まっつんと呼ばれた男が、室外機から降りる。

 そして、糞尿まみれの虫かごの中に入っていたネズミのしっぽを掴み、持ち上げた。

 

「最後の一匹が残ってんだろー? たっちゃんのは確かにすごかったけどよ、俺の方がもっとすげーぜ!!」

 

 そうして、まっつんは自身のリュックサックの中を漁る。

 中から取り出したのは、桐製のやや細長い木箱。

 

「んだよ、その木箱?」

 

 まっつんはその言葉に答えるように、パカリと箱を開ける。

 そうして中から取り出したのは。

 

 

 

 『()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()』だった。

 

 

 

 

「……矢? そんなもんどっから手に入れたんだよ」

 

 三人の中の最後の一人、とっさんがそう問いかける。

 

 

「この前よ、街中ブラブラブラブラ歩いてたら、突然目の前に降ってきたんだよ」

 

「はあ? 降ってくるわけねーだろ矢なんかよ」

 

「まあ見間違えかもしんねー。酒入って酔ってたからな。それよりも、だ」

 

 

 まっつんが矢を握り、ネズミの胴体へと矢先を向ける。

 

「この矢、マジですげーんだぜ。何度かネズミをぶっ刺してみたんだけどよ、一瞬でグズグズの腐った肉みたいになんだ」

 

「おいおい、それマジ!?」

 

 たっちゃんが大声で反応する。

 とっさんも興味ありげに、矢の切っ先にいるネズミへと視線を向けた。

 

 

「ほら、いくぞ。せーの!!」

 

 ネズミの胴体へと、矢の切っ先が勢いよく向かっていく。

 

 矢を握っているまっつんの思惑では、ネズミの身体を矢が貫通し、一瞬でグズグズの腐肉もどきに変貌するはずだった。

 

 

 

 

 

 

「…………え?」

 

 

 

 

 

 

 矢が自分で意志をもって動いたかのように、吸い込まれるように、ネズミの首元へと深く突き刺さった。

 

 普通なら即死。だが、鼠は「ヂヂッ……」と汚い声を漏らしながらも、頭をピクピクと震わせている。

 

「ま、まっつん。なんかその鼠、おかしくね……?」

 

 青ざめたたっちゃんが鼠を指さす。

 鼠の首にある傷からの出血は既に止まっていた。

 やがてまっつんの矢を握る手が震えてしまうほど、鼠は全身を痙攣させ始める。

 

 

「何かヤバいってまっつん!! 速くそいつ放せよ!!!」

 

 

 すっかり酔いの冷めたとっさんが焦った様子で叫ぶ。

 その言葉に触発され、ハッと息を呑み、手の内に居る得体のしれない何か(ネズミ)を離そうとする。

 

 

 

 

「ヂヂ―――――ッッッ!!!」

 

 

 

 その瞬間。つんざくような絶叫を合図にネズミが痙攣を止めた。

 

 そして、自身の尻尾を掴むまっつんの方を、血走った眼で睨みつけ。

 

 

 

 

 彼の頭部に、『()()()()()()』を突きつけた。

 

 

 

 

 

 

 




遅くなって申し訳ありません。
リアルの方でずっと忙しい状態が続いており、中々投稿する速度を上げられずにいます。

これからは投稿する速度を上げるため、一話ごとの分量を約1万文字から5~7千文字程度に落とそうと思います。

一話当たりの文量がごっそりと減ってしまいますが、何卒ご容赦ください。


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#31 GO! GO! HUNTING!!

 美術館からナユタのアジトまで帰還し、一晩が明けた。

 昨日、最も働いたと言っても過言ではない、と自分の中で思い込んでいる虎太郎は大きなあくびと共に目を覚ます。時計の短針は既に12時を指していた。

 普段ならばもうとっくに起きている時間だが、昨日あれだけ働いたのだ。少しくらい寝過ごしたってバチは当たらないだろう。

 

 寝癖で跳ねるピョコピョコと跳ねる後ろ髪を手で押さえながら、自室の扉を開ける。

 

 扉を開けて真っ先に目に入ったのは、階下で既に揃い踏みしているナユタのメンバー。

 その中に当然と言わんばかりの態度と座り方で、異様な威圧感を放っているプッチ。その男の姿を見て、虎太郎は顔をしかめた。

 

(ザッパもクマも、他の奴らだって考えが甘いぜ。アイツがつえーのは認めるけど、仲間に引き入れるメリットより、何かやらかすかもしれないってデメリットの方が圧倒的にデカイじゃねーか)

 

 あの男のことは気に食わない。気に食わないが、自分以外のメンバーがプッチを仲間に入れることを肯定するなら、虎太郎もそれを認めざると得なかった。

 鉄の階段をカツカツと踏み鳴らしながら降りて行き、プッチから最も離れた場所にある椅子へ座り込む。

 

 

「・・・・・・揃ったか。まぁ急ぎの用でもないんだがな」

 

 と、虎太郎が椅子に座った瞬間、クマが口を開いた。

 

「早朝。と言っても5時ぐらいだが、もう一度昨日の美術館へ行ってきた」

 

「………えぇ!?」

 

 キラキラが驚きの声を上げる。声こそ出さなかったものの、虎太郎とポルノも少しだけ驚いたような表情をしていた。

 ヒトカリを行った場所に、そう時間も空けずもう一度行くなど普通ならありえない行動である。ヒトカリを行った場所には少しの間、シケイが多めに配置される。正に自分から敵地へと突っ込んでいく自殺行為のようなものだ。

 

 だが、ザッパとプッチ、それにメディコはクマの行動の理由を知っているようで、静かに会話の行先を伺っていた。

 

「ザッパと、偶然早起きしていたメディコにも説明はしているが・・・・・・。昨日の一件でどうしても確認したいことがあると、プッチが言ってきたんだ。それを二人で見に行っていた」

 

「……確認したい物って?」

 

「監視カメラだ」

 

 ポルノの問いかけに、プッチが答える。

 

「私のスタンド……超能力が監視カメラに映ったかもしれなくてな。その映像を残しておくのは非常に不味い。よって、それの映像データを抜き取りに行ったのだ」

 

「……まぁ、理屈は分からなくもないけどよ。それを今報告する必要があんのかよ?」

 

 虎太郎が口を尖らせ、プッチに噛み付くように言葉を放った。それに反応するでもなく、つらつらと彼は言葉を続ける。

 

「監視カメラの映像が残されているのは警備員室だ。そこまで入るのは実に容易かった。しかし……警備員室の、監視カメラの映像を記録する機械が、粉々に破壊されていたのだ。明らかに人間技ではない力でな」

 

 タイミングを見計らったように、クマは己のスマホを取り出して、皆の前に置く。

 画面に映っていたのは、鉄球のような物で何十発も叩かれたかのような、見るも無惨な姿になった機械だった。部品や基盤は散らばり、内部の配線はズタズタに千切られ、どんな名エンジニアでも内部のデータを復旧することは叶わないだろう。

 重機でもなければ、鉄の塊である機械をここまで痛めつけることはできない。だがこの写真が撮られたのは明らかに室内、重機が入り込めるような場所でもない。

 

「呂布なら出来るかもしれない。だが呂布はずっと俺達と戦っていたし、こんなことをする理由がない。もっと別の何者かの仕業と考えるのが合理的だ」

 

「だ、第三者って?」

 

「スタンド使いだ。恐らく私達の敵であり、サンホー工業での殺人騒ぎを起こした犯人だろう。ここまでの力を持つスタンド使いはそういないからな」

 

 静かに言い放たれた言葉に、ピリッと張り詰めた空気が走る。

 スタンドという物をナユタの面々はよく知らないが、非常に厄介で面倒な物だということは知っている。使いようによっては、そこらの武器よりもよっぽど恐ろしい物であるということも。

 

 敵のスタンド使い、それも人間など軽々と破壊できる力を持ったスタンドが敵だというのだ。怯えて動けなくなることはなくとも、恐れを感じ緊張をしてしまうのは当然のことである。

 

 しかし、あまりに張り詰めすぎた空気を和らげるために、プッチが言葉を放つ。

 

「……まぁ、そこまで身構えなくてもいいだろう。狙われているのは恐らく私だ。それに直接攻めてこないところを見るに、向こうも今はこちらに攻撃する気はないようだからな」

 

「いや、全然安心できないって……」

 

「話はそれだけだ。時間を取ってすまなかった」

 

 プッチがそう締めくくり、唐突に始まった会議は終了を迎えた。

 とりあえず今日すべき用事は終えた、昨日の疲れを癒すために部屋へ戻ろうとするプッチにクマが話しかける。

 

「プッチ。悪いが、ハルウリの準備をしにいって欲しい。ジンザイの様子確認と食事の配膳、あとは備品の欠品がないかどうかを確かめておいてくれ」

 

「……分かった」

 

 彼にとってハルウリとはなるべく関わりたくない物であり、疲弊した今の状態では尚更気の進まない事ではあるが……仕方ない。大人しく彼からハルウリの施設のマスターキーを受け取り、外出の準備を始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 アジトを出てから20分ほどだろう。

 太陽が真上にある真っ昼間ということもあり、空からの熱気とコンクリートに反射した熱気の両側から体を焼かれ、額には何粒もの汗が噴き出ていた。

 おまけに今日は日曜日と言うこともあり、街の中の人通りが多い。人が多ければ多いほど、スタンド使いが紛れている可能性があり、それが無意識のうちにプッチの精神へと負荷をかけていた。

 

 ため息ばかり漏れる口を抑え、ようやくハルウリの施設へと辿り着いた。ここまで来れば人通りは先程よりも幾分かマシになる。

 マスターキーで玄関口を開け中に入ると、全身がひんやりとした空気に包まれた。外から入ってくる日光を遮断するために窓を防いでいるお陰だろう。

 

 ジンザイの様子確認と備品確認・・・・・・まずはジンザイの様子を確認して、ついでに備品の欠品を確認し、足りない物を後で持って行くとしよう。

 

 コツコツと階段を登り、三階への階段を登らずに右へ曲がり、ジンザイ達のいる部屋へと向かう。

 201は誰もいない。202の扉の前に立つ。

 

 私はハルウリという物自体に深く関わらないようにしていたが、この202にいる人物とだけは、多少話をする仲ではあった。まあこれからやるべき事もあるし、そう長くはできないが、少しくらいなら話をしても問題はないだろう。

 

 

 

 ノックをする。

 返事はない。

 

「入るぞ」と声をかける。

 返事はない。

 

 

 ……寝ているのか?

 昨日は美術館でヒトカリをしていたため、ハルウリは行っていないはずだ。夜遅くまで起きていなければいけない理由はない。

 

 しかし、まあ、正午の時分まで眠る事もあるにはあるだろう。私はしないが。

 

 

 マスターキーを鍵穴に差し込み、ドアノブを回し、扉を開けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 扉の隙間から異臭が噴き上がる。

 私が嫌いな、男と女の生々しいぶつかり合いを想起させる生理的な匂いではない。

 

 鼻がひん曲がるような、腐った肉の臭いだ。

 

「――――ッッ!!」

 

 

 途端に嫌な予感が走り、扉を一気に押し開ける。

 全身に覆いかぶさる悪臭。前日の食べ残しがゴミ箱の中で腐っていたというレベルではない。

 

 部屋の中の物をひっくり返すまでもなく、悪臭の原因はプッチの視界に映っていた。

 この部屋の主目的、中央に位置するピンク色のシーツと布団が敷かれたキングサイズのベット。

 

 そのベッドの上で仰向けに寝転がる部屋の主の女性。

 

 

 彼女の頭部は、グチャグチャに掻き回された赤黒いゼリーのようになっていた。

 

 

 どんな表情をしていたのかすらも全く読み取れない。

 さんさんと降り注ぐ日光が窓から入ってきている。エアコンも何も点けていない室内の温度は30℃近い。

 うだるような暑さで肉はただれ、腐り、黒い汁が床のカーペットをじわじわと汚していっていた。

 

「こ、これは……スタンド能力かッ!! ホワイトスネイクッ!!」

 

 冷や汗を垂らしつつ、プッチはそう叫んだ。

 一般人であるならば突然の腐乱死体と悪臭を前に、嘔吐をしてもおかしくはない。プッチが嘔吐もせず、取り乱したりもしないのは、それをしても仕方がないと言うことを嫌と言うほど知っているからだ。

 

 

 ホワイトスネイクを顕現させ、周囲の警戒をしつつ、女性に近づく。

 彼女の手首をそっと掴む。

 高い気温のせいか体温は僅かながらあるものの脈はない。分かってはいたが、既に死んでいるようだ。

 

「……やはり死んでいる、か。しかし、これは……見たことがないスタンド能力だ。この街に来てからも……」

 

 彼が元の世界で出会ったスタンド使い、この街に散見するスタンド使いの痕跡。

 だが、そのどれらとも異なる異質なスタンド能力。

 人を溶かしゼリー状にするスタンド能力など聞いたこと…………は…………。

 

 

「違う、このスタンド能力はッ! 承太郎の記憶で見たぞッ!!」

 

 

 プッチは、承太郎の記憶ディスクを覗いた時のことを思い出した。

 

 天国へ到達するための言葉を探すため、承太郎の記憶をざっくばらんに探りまわっていた時のことだ。

 ハンバーグ頭の青年と二人で、丘のような場所で戦っていた記憶だ。承太郎は右半身をドロドロに溶かされ、行動不能になっていた。いい気味だったのを覚えている。

 

 

 このスタンド使いの正体は確か、ドブネズミ。

 体躯の小ささには承太郎たちも苦労していた。ある程度視界が開けた丘、でさえだ。

 

 

 亜総義市。

 狭い土地に限界まで栄えたこの街は、地下に蔓延る下水道の数も半端ではない。

 下水道とはネズミの温床。程よい熱と暗さはネズミが繁殖するにはこれ以上ない環境!

 

 

「まずいぞ! もし承太郎の記憶通り、ドブネズミがスタンド使いだったとしたら……!

 

 スタンド使いのドブネズミが無数に増え、亜総義市は滅亡するッ!!

 

 部屋の中から勢いよく飛び出した。

 正直な話、プッチにとってこの街の人間が何人、何十人死のうがどうってことはない。

 

 だが、プッチが天国に到達できないのは非常にまずい。

 プッチが天国に到達することで、全世界の人々が救われる。そして天国に到達するためには、きっと、この街で何かをやり遂げることが必要なのだ。

 

 彼は懐から携帯電話を取り出し、不慣れな手つきで素早く操作を行い、クマに電話を掛ける。

 プルルル、プルルル、プルルル――3コールでクマは電話に出た。

 

 

『――どうした』

 

『ハルウリの営業場所がスタンド使いに襲撃されたッ! まだ確認はしていないが、この分だと全員殺されている!』

 

『……何ッ!? どういう事ッ………今すぐそっちに向かう!』

 

『逆だ、アジトから出るなッ! 誰も出すんじゃあないッ!! 全ての窓と扉を塞いでおけッ!』

 

 

 クマの戸惑う声が微かに聞こえたが、これ以上話す時間はない。

 プッ、と電話を切る。

 

 ここからが本番だ。

 記憶通りならネズミは非常に小さく、すばしっこく、ずる賢い。コンクリートジャングルたる亜総義市では明らかに地理の面で相手に軍配が上がる。

 それにスタンドで攻撃を受けただけでもアウトの厄介なスタンド能力だ。油断はできない。

 

「……ッ」

 

 202から移動し、203の扉を開ける。

 中は似たようなものだった。悪臭が広がり、頭を崩された死体が転がっている。頭の他に胸部も溶かされていた。

 だが、202よりも遺体の腐乱度は低い。

 

 204の扉を開ける。

 ベッドの上に死体がある。頭部、胸部に続き、両足までもグズグズに溶かされていた。

 そして、203よりも遺体の腐乱度は下がっていた。殆ど腐っていないと言ってもいい。

 

(……部屋を進むごとに死体の損壊度が増え、腐乱度が減っている。この死体に限っては、まだ死んでからそう時間も経っていない……)

 

 

 次の部屋の番号は205。

 この階の最後の部屋だ。恐らくネズミがまだいるとしたら、この部屋。

 

 承太郎たちが持っていたような遠距離武器はない。

 だがここが都市部である以上、40mも50mも離れられることはそうないだろう。

 

 問題は、()()()()()()()()()()()()()

 ホワイトスネイクではネズミが通る排気口などの小さい通路は到底追い切れない。

 狭いところに入られれば負け、入る前に仕留めればこちらの勝ち。簡単な話だ。

 

 

 205のドアノブに手を掛ける。

 自然と息が深くなる。自身の姿と重ね合わせるようにホワイトスネイクを顕現させる。

 

 扉を数センチ開け、向こうの景色を少し伺ってから、一気に開け放った。

 

 ぐあっとプッチの視界が広がる。

 ベッドの上に広がるのはグズグズの死体。全身が煮凝りのように固まっており、もはや人としての形を保っている部位はない。

 

 悪臭の中、鼻を抑えることもせず、目だけをギョロギョロと動かして部屋中に敵がいないかを確認した。

 

 ベッドの上には居ない。

 

 シャワー室の中にも居ない。

 

 服を入れておくためのタンスの側にも居ない。

 

 ここに敵は見当たらな―――――

 

 

 

「……―――ホワイトスネイクッ!!」

 

 

 脳裏に走る直観。プッチは迷わずそれに従った。

 スタンドの力を足に合わせ、3mはある天井に背中が着くほど高く飛び上がる。

 

 

 瞬間。

 先ほどまでプッチの右足があった場所に突き刺さった一発の凶弾。

 

 ベッドの側面を蹴り、壁際まで吹き飛ばす。

 

 黒い血と肉片が花びらのように舞い散る中。

 ベッドの下に隠れていた『()()』が姿を現した。

 

 

 

「フシ”ャァァ―――――ッ!!!」

 

「やはり、スタンド使いの正体はネズミか……ッ!」

 

 

 ベッドの下に潜み、プッチを襲撃したスタンド使いの正体は――やはり『()()()()()』だった。

 亜総義市という都会で育っているからか、承太郎の記憶で見たネズミよりも少しふくよかな体形をしている。

 そして、奴の耳に、虫に食われた跡のような小さな欠けはない。

 

 奴のスタンドは、正に機械仕掛けの砲台。

 中央にスコープがついており、前方に一回転することで、裏に隠れていた砲身が現れる仕組みだ。

 砲台からはスタンドすらも溶かす『毒』の弾が発射される。

 シンプルながらも殺傷力の高い厄介なスタンドである。

 

 

 承太郎とハンバーグ頭の青年の言葉を引用し、『虫食い』と『虫食いでない』から――――『()()()()()()』と呼称すべきだろう。

 

 

 プッチが着地と同時にホワイトスネイクでネズミを踏みつける。

 が、ネズミは素早い横っ飛びで足を回避し、彼にスタンドの筒先を向けた。

 

 咄嗟に身をかがめ、頭部に向けて発射された弾を回避する。

 避けられないほどの速度じゃあない。ホワイトスネイクの力を借りればギリギリ回避できる。

 

 この分なら、すぐにでも仕留められる……そう思ったところで、プッチは自身の思い違いに気づいた。

 

 

(―――待て。()()()()()()()だと!?)

 

 

 承太郎の記憶では。

 時間を止めなければ、奴のスタンド『スタープラチナ』でさえ回避するのが難しいほどの弾速だったはずだ。

 

 スタープラチナは非常に腹立たしいことに、全スタンドの中でも『最速』と言っていいほどの速さである。……メイドインヘヴンを除いてだが。

 

 そんな最速のスタンドを持つ承太郎でさえ回避できない。

 しかし、こいつの弾は『弱ったホワイトスネイク』の本体である私でも回避できる。

 

 辻褄が合わない。

 何かヤバい。

 

 

(何かがヤバいッ!!)

 

 

 『こいつ』は、『()()()()()()()()()()()()』じゃあないッッッ!!

 

 『()()()()()()()()()()()』んだッッッ!!

 

 

 

 ――――ガコンッ!!

 

 

 ネズミのスタンドが再び回転する。

 一息つく間もなく次弾が発射され、プッチは思考の海から強制的に現実へ引き戻された。

 

 左側へ転がるように回避。

 そしてホワイトスネイクでネズミの居た場所にラッシュを仕掛ける。

 しかしそこには既に虫食いもどきの姿はない。

 

 

 咄嗟に顔を上げる。

 ネズミの尻尾がエアコン用の排気口へ揺れながら入っていくのが見えた。掴もうとするが、指が届く前にネズミの姿が完全に壁の向こうに消える。

 

「逃がすわけにはいかない! 貴様が繁殖すればこの亜総義市は終わる! 今、この日、この時に確実に始末するッ!!」

 

 ホワイトスネイクと共に窓をぶち破る。

 ジンザイが脱出するのを防ぐために鉄格子が付いていたが、関係なくぶち破った。

 

 建物の外壁には何本ものパイプが張り巡っている。どれが排気口からつながるパイプかは分からない。

 

「チッ!」

 

 先ほどぶち破った鉄格子をスタンドで掴み、横薙ぎに振り払った。

 全てのパイプが横一文字に引き裂かれ、中の様子が丸見えになる。ネズミの姿はない。

 

 落下しながらもやたらめったらに鉄格子を振り回し、パイプをズタズタに裂いていく。

 

 地面から3メートル辺りの高さにあるパイプを引き裂いたところで、ようやく虫食いもどきが姿を現した。

 バッとパイプの中から身を翻し、少し離れたパイプの取っ掛かりに足を引っかける。

 

「逃がさんッ!」

 

 鉄格子を虫食いもどきに投げつける。

 ネズミは少し下りることで鉄格子を回避し、目標をそれた格子はパイプに突き刺さる。パシュッ!!と水が噴き出した。

 

 どうやら奴の乗ったパイプは水道管だったようだ。

 プッチの方向に勢いよく吹き出してくる水。

 勢いは強いもののただの水、腕で払いのけようとしたところで、虫食いもどきのスタンドがいつの間にか姿を出しているのに気が付いた。

 

 壁を蹴り、身をよじらせ、水流を無理やり回避する。

 顔の前を勢いよく飛んでいく真水には、先ほどから幾度も見ている毒の弾が何発も泳いでいた。

 

 

(こいつ……水に弾を流して私に当てるつもりだったのか! 今腕で水を受けていれば確実に殺られていたッ!!)

 

 

 ドブネズミにあるまじき知能。厄介なスタンド毒。そして、未だ不明なスタンドの詳細。

 

 虫食いもどきはプッチより先に地面に着地し、人通りの多い大通りへと駆けていく。

 

 あんな生物を生かしていてはこの街は本当に滅んでしまう。

 虫食いもどきが走り際に放っていた弾を避けつつ、プッチは大通りの方へとネズミを追いかけていった。

 

 

 

 

 

 

 




いつかの後書きで、オリジナルスタンドは出さないと言っていました……

ですが今回、ドブネズミのスタンド使い戦を書く際に、私が初めから終わりまでの大まかなストーリーを書いたプロット表を見た所、

「何かかっこいいスタンドバトル!」

とだけ書かれていました。



    (゜д゜)



ということで急遽、一から十までスタンドバトルの設定を練り上げたのですが。

本家虫食いのスタンドをそのまま使っての戦いは、作者の頭では書けませんでした。(展開が難しすぎる……)


よってスタンド「ラット」の一部を、本編オリジナルの物に変更しております。


一度オリジナルスタンドは出さないと言ったのに、此度の話でその言葉を違えてしまったことについて、深くお詫び申し上げます。


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#32 GO! GO! HUNTING!! ~その2~

 ネズミが走った時の平均時速は10km/h。

 対して人間が走った時の平均時速は16km/h。プッチは並の人間よりも身体能力が優れているため、これより僅かに速い。

 

 故に、こういった直線の追いかけっこでは、人間のプッチに軍門が上がるはずなのだが。

 

 

 

「キャッ!! ねッ、ネズ――――」

 

 私の2、3メートル前方を走っている虫食いもどき。

 偶々歩いていた見知らぬ女性の頭部を撃ち抜き、続けざまに脚部を撃つ。ガクンとよろめき崩れ落ちた彼女の亡骸は、プッチが今まさに走ってきている方向へと倒れ込んだ。

 

「くッ!!」

 

 全力で駆けていたプッチは女性の身体と正面衝突し、体の動きを止めてしまう。

 その隙に虫食いもどきは走り出し、ぐいぐいとお互いの距離を伸ばしていく。近くの建物の壁に向かって弾を撃ち、跳弾でプッチを狙うことも忘れない。

 

「何人殺す気だ……!」

 

 跳弾を避けつつ、プッチは再び駆けだす。

 

 ネズミが人間を殺害することに躊躇いを持つか? 答えはNOだ。

 

 

 あの糞ネズミは道行く人々を殺害し、障害物としてプッチの動きを阻害することを覚えた。

 ナユタのハルウリ所を出てから既に三人は殺されている。

 哀れな通行人の人生は、頭部をグズグズの煮凝りにされるというあっけない終わりを迎えた。

 

 何度もあんな死に方を見ていると、流石に私も腹に溜まる物がある。

 

 人がグズグズの煮凝り状になる殺され方など、神が御身をかたどって作られた人間という存在を侮辱する行為に他ならない。

 薄汚い、用水路を這いまわるのがせいぜいのドブネズミ如きがしていい行いではないのだ。

 

 虫食いもどきの乱射。

 咄嗟に左側へ飛び退き、弾を回避する。

 

 虫食いもどきは小さく素早く、そしてあの毒弾のせいで近づくことすら困難だ。

 私のホワイトスネイクとは少々相性が悪い。

 

(……しかし、あのネズミを殺す方法がないわけではない、だがこの方法は余りにも………――違う!)

 

「クソッ!」

 

 吐き出す呼気と共に悪態が漏れる。

 

 何故私は躊躇をする。

 久しぶりに残酷な死体を見たせいで知らずの内に動揺しているのか?

 

 戦闘の最中にこんな……躊躇を覚えるほど、私は甘い人間だっただろうか。

 

 完璧な人間ではなかった。完璧とはDIOの為にある言葉だ。

 しかし完璧ではないにしろ、天国へ到達する切符を持つだけの資格はあったはずだ。

 少数の犠牲をやむなしとし、人々を幸福へ導く覚悟を持っていたはずなのだ。

 

 それを高々、数人の死体を見たぐらいで思考を乱されるとは……。

 

 私の横を延々と付いてくるホワイトスネイクをチラリと見る。

 顔に二本のヒビが走る白蛇。彼は、手の届かない場所をそっと眺めているような、そんな目をしていた。

 

 

 顔を逸らし、正面に視線を固定する。

 息を大きく吸った。

 

「……2、3、5、7…………素数だ、素数は私に勇気を与え迷いを消してくれる……」

 

 ドブネズミは更に道を駆けていく。

 道路の脇にある側溝へ入り込もうとするたびに、側溝の入り口を破壊することで防いでいるが、それもどこまで出来るか……。

 

 

 

 プッチがいつか、虫食いもどきが自分では追い切れない側溝へ逃げるのではないかと焦っていたが。

 その実、虫食いもどきも彼と同様に焦っていた。

 

 側溝の入り口はネズミの彼にとってもやや狭い。

 その上、入ろうとすると後ろから追ってくる男が執拗に邪魔をしてくる。

 少しでもつっかえてしまえば、すぐに仕留められるのは目に見えていた。

 

 しかしこのまま追っかけっこを続けていても、先に体力が尽きてしまうのはネズミの自分。

 体の大きさがまず違うのだ。何より人間は哺乳類の中でも随一の持久走力を持っている。追いつかれるのも目に見えていた。

 

 いちかばちかで側溝に飛び込むべきか?

 それともこのまま逃げ続けて、他の手段を見つけるべきか?

 

 二つの選択肢が浮かび上がる。

 長く走っていたせいで疲労が溜まり、腹の減っていた虫食いもどきが選んだ答えは。

 今浮かんだ二つのどちらでもない、最悪の三つ目であった。

 

 

 ドブネズミが突然方向転換をする。

 人がある程度通っている通りではなく、人が一人だけギリギリ通れるような狭い裏路地の中へと入っていった。

 

「狭い裏路地に……私の事を仕留める気か……!」

 

 細く長い一本道。横に回避することもできない。奴の砲台型スタンドが生きる絶好の場所だ。

 罠と言ってもいい。だが、ここから回り道をして奴を追いかけるなど不可能だ。

 

 例え罠と分かっていても入るしかない。

 足を踏み入れ、ネズミを追いかける。

 

 室外機とパイプの入り組んだ路地は非常に進みづらく、走ることすらままならない。

 心は急ぐものの、物理的な障壁が多く必然的にスピードが遅くなる。

 だが虫食いもどきはパイプの下をすいすいと潜り抜け、路地の向こう側へと楽に走っていく。

 

 

 ……おかしい。

 この場所は奴のスタンドにとって絶好の攻撃スポットのはず。

 なのに奴は攻撃をするどころか、前へ前へと行きたがっているように見える。

 

 私を殺すことを諦め、逃げに徹することにしたのか?

 

 何を企んでいるかは分からないが、奴を見失うことが不味いのは分かった。

 ホワイトスネイクの手刀で前方にある邪魔なパイプを全て叩き折る。

 断面からは熱い煙が噴き出すが、気にも留めず足を進める。

 

 日の差さない路地裏から日の当たる大通りに出るせいか、視界が一瞬真っ白に染まる。

 強い日光に目を細めながらも足を進める。

 

 真っ先にプッチに入ってきた情報は、音だった。

 大勢の人が歩き、会話をする、喧騒の音。

 次いで目に飛び込んでくるのは、いつか見た道の景色。

 

 

 私がこの亜総義市に来た時に座り込んでいた『()()()()()』だった。

 

 

「ッ……ここは!?」

 

 

 めぐみ通り。

 駅前から伸びる商店街で、平静以前は活気に満ちていた……と紹介されていたのを何処かで見た記憶がある。

 この文面から、普段は閑散とした商店街であろうことが伺える、のだが。

 

 なぜか今日、それも今、めぐみ通りには大勢の人が歩いていた。

 理由は分からない。だが、恐らく何かのイベントが行われていたりするのだろう。

 

 しかしここまで人通りが多いと、虫食いもどきにとってはかなり危険なはずだ。

 人間の体重はどれだけ軽くても40キロはあるだろう。

 そんな物が大量に歩いている場所を、するすると器用に進んでいける物だろうか? もし間違って踏まれでもすれば、ネズミの足や腕程度は簡単に折れる。

 

 それに何より。

 

 

「イヤ―――――ッ!! ネズミがいるわァァ――――ッ!!!」

 

 

 これだ。

 足元をするすると這っていく汚らしいドブネズミ。

 そしてこれだけの人間が居るのだ、一人ぐらい無駄にヒステリックで過剰な反応をする女性が居たっておかしくはない。

 彼女の声に呼応するように、ネズミの周りに居た人間が「おおっ」と声を漏らしながら距離を開ける。

 

 四十キロ以上の重りが無数に上から降ってくる上に、自分のおおよその位置が常にバレてしまう。

 無論、私も人ごみを掻き分けて進まねばならないというデメリットはあるが……それを加味しても不利になっているのは奴の方だ。

 

 ネズミが考えなしに逃げ込んだだけなのか、もしかすると、もっとおぞましい何かか……。

 

 

 奴が逃げるのを人ごみを掻き分けながら追いかけ、十数メートル進んだ頃だろうか。

 

「あれ? プッチじゃん。何だ、案外こういうの好きなの?」

 

 突然、背後から声を掛けられた。

 すぐに後ろへ振り替えると、そこに居たのは。

 

「――キラキラッ!! 貴様一体何をしているッ!?」

 

「え? いや、今日限定のスイーツがここで売られるっていうから買いに来ただけだけど…………」

 

 ピンク色の髪をツインテールにしているキラキラ。黄色の肩だし服にこれまたピンク色の上着を羽織っている。そして右手には茶色の紙袋。

 困惑した表情を見るに、本当に偶々ここへ訪れていただけのようだ。

 

 そのキラキラの後ろからすっと顔を出す、彼女よりもう一回り小さな少女。

 緑色の髪に特徴的なヘッドホン、そしてどことなく頬がやつれているように見える。生気がない、と言うべきか。どこかに毒を喰らったのか。

 

「おおプッチ、久しぶりであるな……。キラキラに付いて来たのはいいものの、物凄い人の数で目が回って、私は少しナイーブである……」

 

 ただ人酔いしているだけのようだ。

 そんなことはどうでもいい。

 

 少々強めにキラキラの肩を掴む。

 彼女は動揺した表情を見せるが、そんなことお構いなしに言葉を放った。

 

「今すぐアジトに帰るんだ。詳しいことは説明している暇がないが、とにかく―――」

 

 

 そこまで言ったところで、虫食いもどきが怪しげな動きをしていることに気づいた。

 足元を這うネズミに皆が気づいたのか。人々は汚らしいドブネズミから2歩下がり、人ごみの中に綺麗な穴が出来ていた。

 

「何あれ……ネズミ?」

 

 スタンドを持っていないキラキラにはただのドブネズミにしか見えないだろう。

 だが私には、今奴が何をしようとしているのかが、くっきりと見えた。

 

 

 

 ――――ガコンッ!

 

 

 

 虫食いもどきがスタンドの砲台を一回転させ、発射体勢へと変える。

 だが奴が撃てるのは一発ずつ。

 この人の壁で阻まれている以上、私たちに当たる訳が――――。

 

 

 

 ――――――ガコンッ!!

 

 

 

 虫食いもどきのスタンドの砲台が、両サイドから銃身を挟み込むように『()()()()()』変形した。

 先ほどのスナイパーライフルのような、一本の長い銃身ではない。

 

 緑がかった何本もの銃身が輪状に並んでいる。その姿はまるで『()()()()()()』だ。

 やがてそれは、『()()()()()()』と嫌な音を立てて回転し始め―――。

 

 

 

 バコンッ!と近くに会ったレストランのテラス席用のテーブルを蹴り倒す。

 

「こっちだッ!!」

 

 キラキラとアンテナの腕を掴み、倒したテーブルの影に飛び込むように身を隠す。

 周囲の人間に冷ややかな視線を向けられるが、どうでもいい。

 自身より小さなキラキラとアンテナを纏めて抱きしめるように三人で身を縮こまらせ、テーブルに背中をぴったりとつける。

 

 突然の行動に、腕の中の二人が抗議の声を上げる前に。

 

 

 

 

 ―――ガガガガガガガがガガッガガガガッガガガガ!!!

 

 

 

 機関銃の音が鳴り響いた。

 恐らく、スタンド使いでないキラキラとアンテナには聞こえなかったろうが――その次に聞こえてきた人々の阿鼻叫喚の声で、すぐに異常事態を察したようだ。

 

 辺りに血の匂いが充満し始める。

 無数のうめき声も一緒に聞こえることから、ほとんど人間は死に至るほどの怪我は負っていないようだ。

 尤も、体の一部をグズグズに溶かされながらも生きるというのは、痛みも精神的なショックも計り知れないだろうが。

 

「今のって……も、もしかしてスタンド……? ひ、人が死……」

 

 キラキラが顔を青ざめながら言う。

 アンテナも先ほどの生気のなさから更に顔色を悪くし、まるで病人のようだ。

 

「スタンド使いだ。今の攻撃で人が死んだかは分からないが……少なくとも5人は既に殺されている」

 

「ぷ、プッチ……? キラキラ……? す、スタンドって……?」

 

「これ以上守っている余裕はない。早くここから去るんだ」

 

 アンテナが白い顔で疑問の声を上げるが、一から説明している余裕はない。

 腕の中から二人を離し、早く逃げろと手で促す。

 

 しかしキラキラは逃げようとせず、右手に持っていた紙袋をひっくり返した。

 中に入っていた色とりどりのスイーツが地面に散らばり、血液と絡み合う。

 そうして、茶色の紙袋を私に差し出してきた。

 

「これ、顔隠し用の袋……。多分、私、これぐらいしかできないから……」

 

「……十分だ。」

 

 紙袋を受け取ると、キラキラが腰の抜けたアンテナの腕を掴んで持ち上げる。

 悲鳴を上げて逃げる人の塊に上手く混じり、足早にこの場から去っていった。

 

 意を決し、テーブルの影から顔を出して辺りの様子を伺う。

 辺りは見るも無残な状況になっていた。

 十数人の負傷者がうめき声をあげながら地面に倒れ、グズグズの負傷した部分を手で抑えている。だが手で擦る度に肉が崩れ、そこから血が溢れ出してしまっていた。

 負傷者はすぐに気絶してしまった。まあ無理もない。

 死人もいる。

 運悪く頭に弾が当たってしまったのだろう。いや、運がいいと言うべきか。脳が一瞬で溶け、痛みは全く感じず死ねたのだから。

 

 その死人の近くに、虫食いもどきはいた。

 ドロリと地面に溶け出した脳漿を、口元を真っ赤に染めながら、ずるずると啜っていた。

 

 ネズミは、十数時間、何も食べなければ餓死すると聞く。

 つまり、常に何かを食べていなければならないのだ。

 だからネズミは何でも食べる。例えどんなに不味いゴミであろうと栄養があり腹に溜まるのならば。

 

 しかし、この少し太ったドブネズミは。

 人間を喰って笑っていた。

 散らばる脳漿を鼻でかき分け、中身を引き摺り出し、ネズミらしからな残虐な笑みを浮かべていた。

 

 思えばナユタのハルウリ所でも妙な殺し方をしていたのを思い出す。

 頭を潰し、そこから足、腕、胸を順にグズグズにして殺すような……。

 あの時は拷問でもして楽しんでいたのか?と考えていたが、そうではない。

 

 奴は…………

 人間の『最も美味い場所』を探していたのだ。

 

 

 そして今、人間で最も美味いと奴が判断したのだろう脳漿を啜り、笑みを浮かべている。

 

 ……ダメだ、こいつは。

 

 スタンド使いのネズミだからとか、そう言う問題じゃあない。

 

『自分の欲さえ満たせればいいという考え方をする生き物なぞ、この世に存在してはいけない。』

 

 

 

(………………私、のこと…………)

 

 

 

 脳裏によぎった余計な考えを踏みにじり、消し去る。

 ふざけたことばかりが頭に浮かんで仕方ない。今の考えの一体どこが……クソ。ふざけた考えだ。

 

 虫食いもどきが食事を終える前に、先ほど隠れていたテーブルを手に持つ。

 

 

 ともかく、奴のスタンドのおおよその種は割れた。

 

 あの二段階目の変形機構……『ガトリング砲』が奴のスタンドの正体だろう。

 

 詳しくは分からないが、秒間50発はくだらないだろう連射力。

 そして、その全ての弾には勿論毒が含まれている。

 

 人、生き物の密集しやすい栄えた街では無類の強さを誇るスタンドだ。

 

 しかし、一発一発の威力はそう高くはないらしい。

 この大理石でもない安っぽそうなプラスチックテーブルですら十数発の弾を受けても、ヒビすら入っていない。

 

「つまり、回避するか物で弾を受け止めれば問題ない……か。クソ、結局対処方法は変わっていないじゃあないか……!」

 

 

 余りに強力すぎる連射力に歯噛みする。が、そうも言ってられないようだ。

 虫食いもどきが食事を終え、口元から「ジジッ」と声を漏らしながらこちらを向いた。

 

(あの糞ネズミを殺すのに、もはや手段は選んでいられない、か……!)

 

 奴の連射力はホワイトスネイクには対処不可能、反則技に近い。

 ならばこちらも、多くの犠牲者が出るが……『()()()』を使うほかない。

 尤も、人が軒並み逃げてしまった今では使えない方法ではあるが……。あの間抜けどもが来るまで待つしかあるまい。それまでに倒せるのが一番いいのだが。

 

 

 虫食いもどきがガトリング砲を構える。

 それと同時にテーブルを盾代わりに前に持ち直し、奴の背後に回るように大きく円をかいて走り始めた。

 

 瞬間、走る轟音。

 すさまじい勢いでテーブルに突き刺さる毒弾。防げないほどの衝撃ではない。

 そのまま円を描くように走り続ける。

 私の後を追いかけてくる毒弾の嵐。連射力だけは大した物だが砲身の旋回速度はそうでもないらしい。

 

 ネズミの後ろに回り、ホワイトスネイクで殴り殺そうと襲い掛かる。

 

 白蛇でラット本体を叩こうとした瞬間、あらぬ方向に向かって放たれる毒弾の嵐。

 悪あがきと無視しようとしたが、すぐに上半身を引く。

 私の身体が先ほどまで会った場所に降り注ぐ毒弾。こいつの弾は跳弾をするのだった。

 

 一歩二歩後ろへ引くと共に、ガトリングの先をこちらへ向ける虫食いもどき。

 テーブルで弾を受けようと前へ構えたその時。

 

 弾が発射されると共に、奴がスタンドの砲身を勢いよく振り始めた。上下左右、滅茶苦茶にだ。

 

「何をしている……違う、跳弾狙いかッ!」

 

 無茶苦茶に振られた砲身から放たれる弾は勿論、無茶苦茶な方向に飛んでいき。

 100は楽に超える毒弾の全てが地面、建物の壁、あるいは重力に負けて自由落下をしてくるなど、360度あらゆる方向から迫ってくる。

 まるで鳥かごの様だ。

 虫食いもどき自身は小さい体を生かし、人間の死体の影へと隠れている。

 

「運命と神は時に人へ試練を与えるッ! そして私がこれを突破できない道理はないッ!! 分かったかこの糞便にも劣るドブネズミがァ―――ッッ!!!」

 

 

 手に持っていたテーブルの足をへし折る。

 机の部分を本体の私が上に構え、更に二つに割った足をホワイトスネイクが両手で持つ。

 

 全力で射程距離外の後方へ跳ね飛びながら、上から迫る弾は机で防ぎ、それ以外から迫る弾は足で弾く。

 100発以上と言っても大半は私と関係のない場所へ放たれた弾だ。

 私に向かってくるのはせいぜい30~40発、それが数秒以内に迫って来るだけだ。ギリギリ弾けないほどではないッ!

 

『ウシャァァアアアアァアアアアアアアアアアッ!!!!』

 

 ホワイトスネイクが雄たけびを上げる。

 だが弾ききれなかった毒弾が左腕を掠め、一瞬で肉が服ごとグズグズの肉塊になってしまった。

 

「ぐぅあっ……」

 

 コンクリートの地面に背中から叩きつけられる。

 左腕が火で炙られているかのように熱い。右手で軽く触れるとボロッと肉が崩れ、血がしとやかに流れ出る。

 左手が動かせるので、骨までは達してはいないようだが……。

 

「この……ネズミ如きが……!」

 

 先の一斉放射で、気絶して地面に倒れていただけの人々も全て死んだようだ。

 虫食いもどきは汚らしい笑みを顔に浮かべ、ガトリング砲をプッチに向ける。

 痛みに耐えながらも回避行動を取ろうとした瞬間。

 

 

 すさまじい勢いで突っ込んでくる、何台もの黒塗りの装甲車。

 そして中から飛び出してくるのは、銃を構えたシケイ達。

 

「シケイだ! 一体何が起こった!!」

 

 すぐに近くで倒れている、紙袋を被ったプッチに近づいてくる一人のシケイ。

 虫食いもどきはまだ笑みを浮かべている。所詮装備を固めた所で人間は人間。目の前の男と同じ、自分の前に這いつくばる生き物でしかない、と考えているのだろう。

 

「ここで何が起こったたか、だと……?」

 

 プッチは、近づいて手を差し伸べてくるシケイの手を掴み。

 ぐいっ、と自分の方へ引き寄せた。

 

「違うな。今から『()()()』んだ……」

 

 ホワイトスネイクの右手にいつの間にか握られていたのは、空のディスク。

 『それ』が、シケイの頭部へと差し込まれた。

 

 一度、大きく体を痙攣させるシケイ。

 明らかに様子は普通ではない。両手で構えていた銃はだらんと下げた右手だけで持ち、しかしトリガーに指は掛けている。

 

「!? おいお前、一体そいつに何をッご――」

 

 続いて二人目。ホワイトスネイクによって空ディスクが差し込まれた。

 

 三人目。

 四人目。

 五人目。

 

 虚ろな目をして、だらんと銃を持つシケイが次々と増えていく。

 

 虫食いもどきは背筋をつーっと這い上るような悪寒を感じ始めた。

 

 すぐさま余裕を解き、プッチに止めを刺そうとするが――いつの間にか、彼の姿は忽然と消えていた。

 

 

「ネズミ如きに私の言葉が理解できるとは思えないが――念のため説明しておこう。

 私の能力には、空ディスクに命令を書き込み、対象に差し込むことで、その命令通りに相手を動かせるというものがある」

 

 

 どこからか声だけが聞こえてくる。

 

 全てのシケイにディスクが差し込まれた。

 おおよそ30人程度だ。

 

 

 最後の一人が痙攣を終えた瞬間、ネズミの居る場所に向けて、銃の一斉放射が行われた。

 いくらゴム弾と言えど、30人以上の一斉放射だ。

 虫食いもどきが隠れていた崩れかけの死体など一瞬で吹き飛び、彼は慌ててその場から飛び出し逃げ始める。

 

 近くの金網が張られた用水路の中へ逃げ込もうとするが、何処からかテーブルの足が投げられ突き刺さった。

 間一髪で回避したネズミ。

 

 

「私が書き込んだ命令は『痛みを感じず、何も考えず、ネズミを殺せ』だ。これ以上なくシンプルな命令だが……

 貴様にとってはこれ以上なく厄介だろう」

 

 

 シケイの銃弾が切れた。

 彼らはマガジンを変えるでもなく、かといって新しい銃に持ち帰ることもなく。

 その場に銃を投げ捨て、虫食いもどきに向かって一斉に駆け始めた。

 

「ヂッ!?」

 

「貴様のスタンドの弱点はもう一つあったな。それは……連射力にスタンドパワーを裂きすぎたが故の、一発一発の威力の低さだ。

 今まで殺してきた人間は全て、最初に頭を溶かして即死させていたな。しかしそれは裏を返せば……即死させないと反撃される程度には威力が低い、ということでもある」

 

 

 虫食いもどきがガトリング砲をシケイに向かって放った。

 シケイの持つ装備がいくら頑強と言えど、防げない箇所はある。腕と首と足だ。

 腕と首に毒弾が突き刺さり、肉が一瞬で溶けていく。

 

 だが、プッチが書き込んだ命令は『痛みを感じず、何も考えず、ネズミを殺せ』だ。

 彼のディスクは五感の一部である痛覚すらも遮断できる。

 

 そして痛覚がないシケイは特にうろたえることもなく、自身の怪我がまるでない物のように、ネズミに向かって突進し続けてきた。

 

 焦る虫食いもどき。

 咄嗟に足を潰し、動きを止めさせる。

 スライディングの要領で突っ込んでくるシケイを横っ飛びで回避し、上を見上げた。

 

 今と同じ、痛みを感じず突っ込んでくるシケイが、まだ30人以上――――。

 

 

「ヂッ、ヂィィィイィィイイイアアアアアアッ!!!!」

 

 

 ガトリング砲で先頭のシケイの足を潰す。

 しかし、そいつは腕で這ってでもこちらに近づいてくる。頭を撃つがヘルメットで弾かれて仕留められない。諦める。

 

 次は二人突進してくる。

 全身をくまなく掃射して人の形をした肉塊に変貌させ、動きを止める。

 が、彼らが倒れ切る前に、次の者たちが突っ込んできた。

 

 図らずとも彼らの死体を盾のように構え、突進してくるシケイ達。

 

 虫食いもどきは走り回り、シケイを翻弄するように、弾を発射し続ける。

 足を潰される者。腕を潰される者。首を潰される者。はたまたその全てを潰される者。

 

 しかしシケイ達は死を迎えるまで、どこを攻撃されようが止まらない。

 圧倒的な数の暴力。

 先ほどプッチと一対一で追いかけっこをしていたのとは訳が違う。

 

 それに、用水路の中へ逃げ込もうとすると、何処かからテーブルの脚や金属片が投げつけられる。逃げることはできない。

 

 

 そうして何度も何度も逃げ回りつつシケイを撃っているうちに。

 先ほど自分が殺した人間の肉片で、後ろ脚を滑らせてしまった。

 滑らせると言うことは、自身の回避行動が1、もしくは2秒ほど遅れてしまうと言う事。そして、この場での1、2秒とは、生死を左右するには十分すぎる時間だった。

 

 ネズミの脇腹に、足の甲が叩きこまれる。

 体重差数十倍以上の生き物から放たれる蹴り。本体はただのドブネズミである虫食いもどきに耐えられるはずがない。

 

 あばらが折れ、壁に叩きつけられる。

 奴が血をぼたぼたと吐くも、シケイ達は一切止まらない。傷だらけの身体を引きずり、全員が虫食いもどきに飛び掛かった。

 

 虫食いもどきの最後は、案外とあっけない物で。

 シケイ達のひたすら殴り、蹴り続ける音に紛れ、悲鳴すら聞こえなかった。

 

 

 さて。

 負傷したシケイ達はみな、何処かしらの体の重大な器官に傷を受けている。

 腕と太ももに走る大動脈、首の何処かだ。そしてそれらの器官に傷を受けるということは、簡単な話、致命傷という訳で。

 

 数分も経たぬうちに。

 命令を遂行し動きを止めたシケイ達は、失血の余り地面に倒れ、そのまま永遠に動かなくなった。

 

 

 

 

 

 

 

「…………ッ……はぁ……はぁ……」

 

 虫食いもどきとプッチが戦っていたすぐ真横にあったレストラン。

 その裏に置かれていた青いプラスチック製のゴミ箱の中に、プッチは隠れていた。

 

 ホワイトスネイクの視線越しにすべてが終わったことを確認し、ずるずると、ゴミ箱の中から這い出る。

 

「私が、ゴミ箱の中に、入る羽目になるとは……ぐぅッ……!」

 

 ホワイトスネイクがシケイ達にディスクを差し込んでいる時。

 虫食いもどきの視線が一瞬逸れたことをプッチは見逃さず、咄嗟に近くに会ったゴミ箱の中に隠れたのだ。

 

 私は隠れ、ホワイトスネイクはネズミの上空に配置。

 そうして、先ほどのシケイと虫食いもどきの戦いを全て見守っていた。ちなみにだが、戦闘中に声を出していたのはホワイトスネイクだ。

 

「クソ……。ホワイトスネイクが本来の状態であれば、こんな力押しで倒す必要などなかったものを……!」

 

 今回プッチがやったことは、結局、数の暴力に物を言わせた力技だ。しかも非スタンド使いを使った、死を前提とする作戦の。

 

 結果として50人以上の死人を出したこの戦いは、亜総義市全体に少なからずの影響を与えるだろう。

 

 それがどんな影響なのかは分からないが……。

 

 

「今は、ここを去るか……」

 

 

 どんな影響を与えるかを考えるのは、腕に包帯を巻いてからでもいいだろう。

 負傷した左腕を抑えながら、プッチは、ゆっくりとその場を後にするのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




攻略方法がゴリ押しすぎんだろ……
スタンドバトル3話続けるつもりだったけど2話で終わったし……



虫食いもどき――
人間に捕まる程度なので、本家虫食いより知能は低い。
普通のドブネズミより少しふとっちょなネズミ。都会である亜総義市で暮らし、レストランなどの廃棄などを漁って食べていたため、舌がかなり肥えている。
相当なグルメであり、人間の一番おいしい部分を調査するため、グズグズの肉にする部位を次々増やしていくという残忍な殺し方をしていた。腐った肉は勿論、腐りかけた肉も口につけない。
スタンド使いになったことで思考が変質したのか、自分より弱い人間は自分の腹に美味しく収まって当然というクソの塊のような考えをしている。
生態系を全て破壊しつくしかねないネズミであり、自分さえよければ他は全てどうでもいいと考えている。この世に存在する生き物がしていい考え方ではない。
食べる時に抵抗されると面倒なので、特別な理由がない限り最初に人間の頭を溶かして殺す。(一発で行動不能にできるほど毒の威力が高くないため)

スタンド ラットもどき――
【破壊力-C/スピード-C/射程距離-D/持続力-B/精密動作性- E/成長性 - C】
本家虫食いのスタンドよりも銃身が短い。射程距離も短い。銃の旋回速度も低い。一発ごとの毒の威力も若干低い(原作虫食いは数発で左半身全てを溶かせるが、本スタンドは数発打ち込んでも左腕を全て溶かすのが精々)。
だがガトリング形態にスタンドを変化させることで、弾の連射が可能である。
その速度は凡そ秒間50発。ミニガンと呼ばれる機関銃とほぼ同じ弾速だ。
そしてスタープラチナなら、真正面から完封できる速度でもある。
結局のところ、このスタンドに対してはゴリ押しが一番の正攻法なのかもしれない。
このスタンドが原作虫食いと違った形で発現したのは、きっと、タチの悪い人間の三人組に捕まったからだろう。
「この三人を纏めてぶち殺してやりたい」という強い気持ちが、異様な連射力を持つスタンドを発現させた理由かもしれない。






~お知らせ~
8月に大切な予定があり、最近はそれに向けての準備で忙しく、本作品を書く時間が中々取れない状況にあります。
このまま時間が取れなければ、段々と投稿期間が空いていき、文章の質もより低下していってしまいます。
ですので、一度8月まで完全に更新をストップし、その予定の方へと全力を注ぎたいと思います。
予定が終わり次第すぐに更新を再開しますので、今から3か月ほどの更新停止を、どうかご容赦くださいますようお願い申し上げます。


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#33 暗躍する影

 

 

 

 

 

 亜総義市内のニュースは全て、虫食いもどきの件で持ちきりだった。

 

 ――死者の総数は、56人。

 怪我人を含めると被害者は60人程度。……つまり、あの場で被害に遭った者の殆どは死亡してしまったわけだ。

 

 

 これだけの人が見るも無残な死に方をしてしまった。

 しかも真昼間の往来で。

 

 いくら亜総義工業と言えど、ここまでの大事件を完全に統制するのは無理だったらしい。

 ……ならばいっそのこと、抗亜クランのせいにしてしまえと考えたようだ。

 

 

 

『本日昼頃、めぐみ通りで、紙袋を被った1人の抗亜が新種の毒ガスを散布しました。透明で無臭、触れるだけで肉が溶けるという非常に危険な物であり、現在シケイはめぐみ通り一帯を封鎖しています。』

 

 

 

 そこまで聞いたところで、クマはスマホをスリープモードにした。

 憎たらしい顔をした七三分けのニュースキャスターの顔と声が消える。

 

「どうやら、素顔はバレていないらしい。よかったな」

「ああ」

 

 短く答えるプッチ。

 2人はナユタのハルウリ所の前にいた。

 

 虫食いもどきを倒したからと言って、全てが丸く収まる訳ではない。

 かの糞ネズミによって、ナユタのジンザイは全て虐殺されてしまっている。死体をそのままに放置しておくわけもいかないので、それを回収する必要があったのだ。

 

 

 ……とは言っても。

 件の事件の影響で、今夜の亜総義市の人通りは皆無と言ってもいい。多少怪しい動きをしたり、スタンドを使おうとも誰にも見られる心配はない。

 ザッパや虎太郎も加えた男4人、スタンドも使えば、女性の遺体をいくつか運び出すことなど造作もなかった。

 

 

 

 ミストレスが運転席に座る、2tトラックが道の端でエンジンを吹かす。

 荷台にブルーシートに包まれた女性の遺体を全て載せ終える。

 

「…………」

 

 プッチはその荷台の扉を閉める前に、一つのブルーシートをじっと見ていた。

 それは202に住んでいた、幾度か話したことのある彼女が入った包みだった。

 

 何も思う所がないわけではない。だが顔に出すほど何かを思う訳でもない。

 

 胸の前で十字を切り、扉を閉めて鍵をかける。

 

 

「どう? 積み終わった?」

「ああ。これで全部だ」

 

 ミストレスが運転席の窓から顔を出し、クマに話しかけた。

 彼の近くには虎太郎もいたが、流石に遺体がすぐ側にある重苦しい雰囲気の中で絡みに行く気はなかったようだ。

 

「どう処分するつもりだ? この数の遺体となると、相当難しいはずだが」

「ま、ちょっとした伝手って奴? まぁこれはうちの企業秘密だからね。流石のクマくんでも教えられないかな」

 

 彼女が人差し指を顔の前で振りながらチッチッチッと舌を鳴らす。

 その様子にクマは目を瞑り、腕を組みながら答えた。

 

「いや、問題ないならいい。失敗されるとこちらにも影響が出るから聞いただけだ」

「そうやっていけずな態度ばっか取って……もう」

 

 そのやり取りを遠くから聞いているプッチ。

 彼のいた刑務所でも死体騒ぎは偶に起きていた。その原因は囚人同士の殺し合いだったり、プッチがスタンド能力と記憶を奪った結果だったりするのだが……。

 

 ともかく。

 人間の死体、言い換えれば凡そ50kg以上の肉塊というのは楽に処理できる物ではない。

 それが複数人ともなれば、当然その難易度は跳ね上がる。この閉鎖的な亜総義市であれば尚更だ。

 

 ならば、どうやってあのミストレスという女は死体を処理するつもりなのか。

 

 

「プッチ」

 

 そんな風に考えていると、ザッパが話しかけてきた。

 

「大丈夫か? その……遺体を初めに見たのもお前だし、左腕も……」

 

 彼がプッチの左腕に視線を向ける。

 あの虫食いもどきの毒付きの弾がかすったせいで、腕の肉が少しだけ溶けてしまった。

 そのまま放置しておくと肉が腐り、他の部位にまで影響を及ぼしかねないので、ナイフで削ったのだ。

 

 幸運なことに、腕の動きに支障が出るほど削る必要はなかった。2週間もすれば元通りになるだろう。

 左腕の痛覚だけをホワイトスネイクで抜き取ることで、本来なら悶絶しそうな痛みも感じない。

 

「腕は大丈夫だ。遺体も……偶に見るからな。あそこまで酷いのは稀だが、気に病むほどではない」

「……神父ってのが何をするのかはよく知らないけど、結構大変なんだな」

「遺体を見たのは刑務所での話だ。神父はそこまで関係ない」

 

 「そっか」と小さく言うザッパ。

 それから何を言うでもなく、じっとプッチの近くで同じ方向を眺めているので、鬱陶しそうにプッチが言った。

 

「何の用だ?」

「いや、何か悩んでた風に見えたからよ」

「……悩んでいたと言えば悩んでいたが……別に話すほどではない」

 

 あのミストレスという女は明らかに怪しい。

 この街であれだけの死体を処理できるコネクションなど、考えられるのは……この街を支配している亜総義くらいだ。

 

 だが、何も言わない。心の中で留めておくだけにする。

 もしザッパからミストレスに怪しんでいることがバレれば、余計に厄介なことになるからだ。可能性は潰しておくに越したことはない。

 

 

 

(――――むしろ今、それよりも問題なのは……)

 

 ザッパの肩を掴むプッチ。

 

「少しこっちに来い」

「ん? 何だ?」

 

 ミストレスの乗るトラックには絶対に声が届かない距離まで離れる2人。

 プッチは眉間にしわを寄せながら、辺りを見回しながら言う。

 

「今日の事件を起こしたネズミ……虫食いもどきはスタンド使いだった。だがスタンドを使うネズミは、この街では一匹だけしか発生していない。」

「どういうことだ?」

「……そうか、話していなかったな。スタンド使いに血の繋がる者がいる場合、その者達もスタンドに目覚めるのだ。それはネズミでも例外ではない」

 

 少し小首をかしげ、顎を抑えながら考えるザッパ。

 自身の常識を遥かに超えた事象に少しだけ頭が追い付かなかったが、数秒もすれば理解することができた。

 

「……つまり、その虫食いもどきが一匹だけだったってのは、まだ子供がいなかったって事か。

 ネズミはすぐに子供が生まれる。だから、1匹だけしかスタンドに目覚めてないっていうのは……スタンド使いになったばっかだから……って感じか?」

「話が早くて助かる」

 

 見た目によらず頭の回るザッパ。わざわざ解説する手間が省けて助かる。

 

 

「このネズミがスタンド使いになった方法に、私は心当たりがある。

 

 ――――『()()()()()()

 資質のある者にスタンドを、資質のない者には死を与える矢だ」

 

 プッチは眉間にしわを寄せながら言った。

 その言葉を聞いてザッパは、警戒の表情をする。

 

「それって……かなり、まずくないか?」

「まずいな。その矢を知らない者が持つならいいが……もし知っている者が持てば、最悪だ」

 

 今回のような、無差別に攻撃しまくるスタンド使いを量産されたら最悪だ。

 眉唾だが、スタンド使いに矢を刺すことで一段階上の領域に至れるらしいが……私は試した事がないので分からない。

 

 とにかく、あの矢の有効活用の仕方を知っている者に渡れば、この街は更に地獄へ近づくだろう。

 

 

 胸の前で十字を切り、祈りを捧げるプッチ。

 あのスタンドの矢が何も知らない人間の手に収まるのを、願うばかりだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…………」

 

 とある路地裏。

 一人の青年がコツコツと静かな足音を鳴らしながら歩いていた。

 

「チッ」

 

 青年が顔をかしめる。

 肉と血の腐敗した悪臭が漂っていたからだ。常人なら吐き気を催し、吐しゃ物をぶちまけていてもおかしくない。

 

 だが彼は腕を鼻に押し付けながら、異臭が漂う元へずんずんと歩いて行った。

 

 やがて視界に入る、3人の成人男性らしき腐肉の塊。

 靴に汚汁が付着したことに激しく苛立ちながら辺りを見回していると、とある一本の矢が目に入った。

 

「……! 見つけたぜ……!!」

 

 彼がその矢を掴み上げ、にぃっと笑う。

 金色に輝く矢じりには彼のあくどい笑みが写っていた。

 

 

 

 ――――とうおるるるるるるるるん!

 

 

 鳴り響く、電話のコール音。

 

「電話か……アレ? 俺電話何処にやったっけ?」

 

 青年が尻ポケットに手を伸ばすが、肝心の電話がない。

 だがコール音は近くから鳴っている。絶対にこの辺りにあるはずだ。

 

 キョロキョロと見回す青年。

 コール音が近くから聞こえるのも当然だ。

 

 

 その甲高い音は、()()()()()()()()()()()()のだから。

 

 

 

「とうおるるるるるるるん!

 ……おっ! なんでこんな所に落としちまったかなァ~? ま、いいや」

 

 腐肉の近くにあったフィルターだけのタバコを掴み上げ、まるで電話のように耳に押し当てる青年。

 

「もしもし、ボス。ええ、例の矢を見つけました」

 

 まるで電話の向こうに誰かがいるように、静寂の広がる路地裏に声を響かせる青年。

 電話の向こうに誰かがいるどころか、手に持っている物は、電話ですらないのに。

 

「はい……はい。分かりました。一度持ち帰ります」

 

 足元に転がっていた桐製の箱を取り、その中に矢を入れる。

 これで不意に手を切る心配はない。

 

「ええ。この街の支配権を亜総義から奪い、パッショーネを復活させ、帝王になるため……。

 ……俺は何でもやりますよ、ボス」

 

 

 矢の入った箱を絶対に落とさないように、ギュッと抱きしめる青年。

 

 彼の名は……『()()()()』と言った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




長らく休憩して申し訳ありません。
これからちびちびと更新していきます。


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#34 ベリーハード 芽生寮

 

 

 

 

 襲撃事件の翌日。

 太陽が真上に昇る正午の頃。

 

 ナユタのアジトに、プッチを含むメンバー全員が顔を揃えていた。

 クマが一枚の紙を手の甲で叩きながら、皆に向かって言う。

 

「知っての通りだが、昨日の襲撃騒ぎでジンザイが全滅した。……せっかく育てたジンザイが居なくなったのは資金面に相当な痛手だ。その上、金をよく落としていく常連客が東雲派やフラットに盗られてしまう可能性がある。

 ……よって、常連客が盗られないように、質の良いジンザイを急ピッチで狩りに行く必要がある。そこで目を付けたのが、『()()』だ。」

 

 彼が、アジトの中央に置かれた机に持っていた紙を広げる。

 それは亜総義市の全域が記された地図だった。そしてその地図の一部分、南の辺りにある建物が赤い丸で囲まれていた。

 

「ここは……もしかして、芽生寮か?」

「芽生寮?」

 

 ザッパの言葉にメディコが反応する。彼女は元々亜総義市の住民ではないのだ、知らないのも無理はない。

 

「アソウギ桜女子学院っつー……いわゆる、お嬢様学校の女子寮だ。その学校に通えるのはまさに、才色兼備っつー言葉が似合う女性だけ……って有名だな」

「へぇ~……」

 

 通う女子生徒の大半は、親が亜総義工業もしくはそれに連なる下請け会社の役員の者だ。

 親がそれ以外の生徒もいるにはいるが、理不尽と言えるほどの難易度をした試験を突破しないと入学することができない。

 

 

 亜総義市内でもトップクラスの教育機関。

 ……勿論、警備システムの質も、今まで侵入した施設のどれよりも厳しいだろう。

 クマが机に置いた地図を回収し、クルクルと丸めながら言う。

 

「今夜、その芽生寮にヒトカリしに向かう。各自準備を……―――」

「―――その事だが」

 

 彼の声を遮るように、プッチが言葉を放った。

 一人用の赤いソファーにどっしりと座り込み、頬杖を突きながら話を聞いていたプッチ。こちらをじとっと見つめてくるクマに、何の物怖じもせず声を出した。

 

 

「――……私は、()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 

「はあ!?」

 

 ドン!と近くにあった机を叩き、真っ先に反応した虎太郎。

 冷静に虎太郎の顔を見つめるプッチ。それに更に苛立ったのか、人差し指をプッチの顔に指して言葉を荒げる。

 

「なんで参加しねえんだよ! その左腕の怪我のせいか!?」

「いいや、それではない。

 ……私はナユタと協力関係を結んだが、何でも協力するとは言っていない。亜総義にダメージを与えるついでにヒトカリを行うならともかく、最初からジンザイ確保を目的にした活動に手を貸す気はないということだ」

「んだと!? 殆ど屁理屈じゃねえか!!」

 

 勢いよく立ち上がった虎太郎に呼応し、ゆっくりと立ち上がるプッチ。

 左腕が怪我で上手く動かない。とはいえ、スタンドの動きに支障は一切ない。真正面からの殴り合いなら、虎太郎には絶対に負けないだろう。

 

 お互いの射程範囲内で睨み合う。

 そして虎太郎が拳を振りかぶった所で、視界の外から現れた白いベルトが一瞬で彼の体を縛り上げた。

 

「なッ!?」

「熱くなりすぎ」

 

 白いベルトを手から離すポルノ。虎太郎を縛ったのは彼女のようだ。

 プッチですらも肉眼では認識できない速度だった。人を縛る技だけは彼女に敵いそうにない。

 

「……いや、なんで亀甲縛りなんだよ!!」

「亀甲縛りは、芸術だから。しかたない」

 

 ギャーギャーと叫びながら地面でうごめく虎太郎を横目に、クマの方を向くプッチ。

 

「そういう事だ。いいな?」

「……ああ。参加してほしい所だが……()()()()()なら仕方ない」

「! ――チッ」

 

 舌打ちをするプッチ。同時に、ザッパの方に顔を向ける。

 ザッパはニコニコと笑みを浮かべ、小さく手を振っていた。……どうやら昨日話したスタンドの矢の件を、早々にクマに伝えていたらしい。

 口が軽い男に話したのが間違いだったかもしれない。プッチはそう、自身の軽率な行動を少しだけ後悔した。

 

 

 

 

 

 ――今回、単独行動をしてでもプッチには確かめねばならないことがある。

 それは、件のスタンドの矢についてであった。

 

 ポイントは2つ。

 

 ①本当にスタンドの矢がこの世界に流れ着いているのか?

 ②流れ着いていたとして、今、その矢はどこにあるのか?

 

 

 ①は、本当にあの虫食いもどきが、スタンドの矢によってスタンド使いになったのかを調べるだけだ。

 しかし、これに関しては……調べる必要はあまりないだろう。

 この世界のこの街でスタンド使いになる方法など非常に限られている。偶々流れ着いたスタンドの矢、ぐらいしか可能性はない。

 

 

 

 ……問題は②の方だ。

 一体このスタンドの矢が今、どこにあるのか?

 

 今朝、3人の男が裏路地で腐った肉塊になっているのが発見されたと報道された。

 遺体の損傷度からして、死亡したのは虫食いもどきが暴れまくった時間よりも少し前……つまり、彼らが最初の被害者である。

 

 このアジトに集まる前に、事件現場の近くにいたシケイの記憶を奪い、捜査状況を盗み見た。

 すると……『外部から訪れた1人の足跡と、長方形の箱型の物体が奪い去られた痕跡を発見』という情報が手に入った。

 

 しかもこの長方形の箱型の物体。

 被害者の1人が持ち主であり、使用人であるメイドに見せびらかしていたようで、彼女の言では『桐製の箱に矢が1本入っていた』……らしい。

 

 

 

 ――つまり。

 何者かが、箱に入った怪しい矢を奪い去った。

 3人の変死体を通報をすることもなく、だ。

 

 

(……状況からして十中八九、この怪しい矢というのは『スタンドの矢』で間違いないだろう。

 誰がこの矢を奪い去ったのか、調べなければならない。早急にだ)

 

 

 プッチはアジトの外へ出た。

 とにかく手がかりが欲しい。今から事件現場の裏路地へ行き、再度シケイの記憶を見るのもいいが……あそこからはもう、大した情報は取れないだろう。

 

 となれば今、頼りになりそうな人物は1人。

 

「……あの『アンテナ』という少女を探してみるとしよう……」

 

 自動販売機をハッキングしたあの技術。

 この街の監視カメラの映像にハッキングし、矢を持ち去った人物の手がかりを掴めるかもしれない。

 

 そう考えながら、左腕の包帯を服の中へ隠し、日光がらんらんと降り注ぐ亜総義市を歩き始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 夜も更けた頃。

 今日はあのアンテナという少女を見つけることが出来なかった。

 

 よくよく考えれば、偶に遭遇はするものの、普段どこで何をしているか全く知らなかったのだ。

 1日中歩き尽くしで重くなった足を奮い立たせ、アジトの中に入る。

 

 ドアの開いた音に、1階部分で座っていた3人がこちらを向いた。

 

「……なんだ、プッチか」

「あ、おかえり~」

「ん? おお! 久しぶりであるな!」

 

 大きめのソファーに座るクマとキラキラ、その対面にある椅子へ座るアンテナ。

 日中、暑さを我慢して探し回っていたアンテナが、ストローでグレープジュースを啜りながらこちらを振り返って見ていた。

 

「……ここにいたのか……。ところで、ヒトカリの方はどうした?」

 

 プッチは時計を見た。

 今の時刻は9時になったばかり。ヒトカリを終わらせ、アジトに帰って来るにはまだ少し早い時間だ。

 

「芽生寮に電子ロックの扉があってな。解除できずに撤退して来た」

「壊せなかったのか?」

「鋼鉄製だったからな。1時間もかければ壊せるだろうが、非現実的だ」

 

 クマの横で、キラキラがむっと唇を尖らせる。彼女のチェーンソーならばもっと早く……30分で壊せるだろうと思ったからだ。しかしそれでも、シケイが大量に集まってくることを考えれば、余り現実的ではない時間である。

 3人をキョロキョロと見回したアンテナが、胸を張りながら言う。

 

「ともかく、その電子ロックの件で私が呼ばれたのである!」

「そうか」

「は、反応が薄すぎるのである!!」

 

 余りに軽すぎるプッチの反応に、アンテナが突っ込みを入れた。

 電子ロックだとかの話はクマが気にする話であって、プッチが気にする話ではない。寧ろ、今重要なのは。

 プッチはアンテナの肩を叩き、クマの方に視線を向けた。

 

「クマ。少しの間、彼女を借りてもいいか?」

「……ああ。大体話も済んだ」

「ちょっとプッチ~? アンテナと2人でやらし……ちょ、ゴメンって! 冗談だからそんな睨まないでよ!」

 

 

 「用事がある」と言ったプッチ。

 「うむ」と小さく返事をしたアンテナと共に階段を登り、2階のプッチの自室へ入った。

 

 

 プッチの部屋は、簡素な棚とベッド、きちんと折りたたまれたヒトカリ用の衣装が置かれているだけだった。

 彼女は棚の上に置かれた物を指さして、小さく言う。

 

「……なんだか、生活感のない部屋であるな。それに、あの分厚いディスクは……?」

 

 あのディスクは確か……。

 仕山医院でシケイを率いていたリーダー格の記憶ディスクだ。バタバタ暴れまくっていて、まだ見れていなかった。また今度確認しなければ。

 

「気にするな」

「そう言われるともっと気になる物であるが……まあ、いいのである。それで、私に何の用か?」

「この裏路地付近の監視カメラの映像を見せてほしい」

 

 プッチは地図を開き、事件が発生した裏路地を指した。

 彼女は鞄から、プッチには何か分からない……様々なアンテナが付いたコンピューターを取り出し、素早い手さばきで操作し始める。

 

 

 アンテナが時折小首をかしげながら操作するのを待つ事、1分。

 コンピューターの画面にパッ!と深夜の道路を照らした映像が映し出された。

 

「これがそうか?」

「うむ……。でも、あまり当てにならないかもしれないのである」

 

 映像の右上には時間が表示されている。

 アンテナが早送りボタンを押すことで、時間が急速に進んでいく。

 

 そうして、時刻が2時30分になった瞬間。

 

 

 ―――プッ!

 

 

 映像が突然消えてしまった。

 真っ暗な画面にプッチとアンテナの顔が映っている。再び映像を流し始める様子はなく、プッチはアンテナの方に顔を向けた。

 

「どういうことだ?」

「外部からハッキングされた痕跡はなし、内部でデータを削除された形跡もなし。つまり……物理的に監視カメラを破壊されたのである」

 

 プッチは眉間にしわを寄せ、映像を巻き戻し、もう一度監視カメラが破壊された瞬間を見た。

 どこを見ても、何も映っていない。突然映像が途切れるだけだ。

 

「他に、カメラが破壊された場所はないのか?」

「ん~……少し待つのである」

 

 アンテナが多数の映像をコンピューターに表示させていく。

 それらは全て、不自然に映像が途切れる……監視カメラが破壊された瞬間の映像だ。

 

「2時32分、2時35分……」

 

 プッチはコンピューターの画面と床に開いた地図を交互に見て、破壊された監視カメラの場所と破壊された時間を書き込んでいく。

 

 

「何をしているのであるか?」

「……通った場所と時間さえ分かっていれば、一体どういう動きをしていたのかが分かるはずだ」

 

 

 全ての場所と時間を地図に書き終え、2人で見渡してみた。

 ……南の方で破壊されたと思えば、次は北の方で監視カメラが破壊されている。東で破壊されたかと思えば、次は西の方で破壊されている。

 

 とどのつまり。

 情報がグチャグチャすぎて何も分からなかった。

 

 

「…………」

 

 

 ただ……1つ分かったことはある。

 こんな馬鹿みたいなしっちゃかめっちゃかさは偶然出来るものではない。明らかに故意的に行われたものだ。

 

 誰かに追われる時、どうすれば自分に辿り着かせないかを分かっていないと、こんな行動は出来ない。 

 

 

 とりあえず、余りにか細いが、これも貴重な情報だ。

 明日からはこの地図を持って探るしかない。

 

 地図を丸め、アンテナの方を向くプッチ。

 

「ありがとう。感謝する」

「い……いやぁ~? それほどでもないのである~」

 

 ニヨニヨと口を緩めながら、謙虚と虚栄心が混じったなんとも言えない表情をするアンテナ。

 表情を隠すのが下手すぎるところから、どことなくコミュニケーションが苦手な印象が感じられる。……どうでもいいが。

 

 

 アンテナを一階にいるクマの元まで連れていき、再び部屋の中へ戻る。

 シャワーを浴びることもなくベッドに寝転がって、頭を手で抑えた。余りに分からないことが多すぎるからだ。

 

 他にスタンド使いがいるのはほぼ確定。

 だが、そいつがこちらの情報をどれだけ掴んでいるか分からない。もしかすると、ある日突然背後から攻撃……なんて可能性もある。

 

 か細い情報でも追い続ける他はない。でないと、私が死ぬのだから。

 

 全身の疲労を癒すために、闇の底から這いだしたまどろみに身を任せ、意識を落とした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




3か月の休止期間で思ってたより色々忘れてる……。
ドーナドーナを一周やり直してきます。


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#35 ベリーハード 芽生寮2

 

 

 ―――日が落ち、空が紫色に染まる頃。

 さらさらと肌を撫でるような霧雨のせいか、人通りは少ない。

 

 そんな、只人なら避けるような空模様の中。

 芽生寮付近の裏路地にて、ナユタが各々の道具の準備をしている。

 

 前回芽生寮に来た時、物理的に破壊するのが難しい電子ロックの扉に撤退を余儀なくされた。

 だが今回はそういうシステムに詳しい人物……アンテナがいる。

 

 クマは、専用に新しくこしらえたヒトカリ衣装に身を包むアンテナの肩を叩いた。

 

「アンテナ、今回は頼んだぞ」

「わはははは! 泥船に乗ったつもりでドンと任せるのである!」

「……それだと沈むが……」

 

 彼女の衣装は一言で表すなら、サイバーチックだ。

 テカテカと光る緑色を基調としたへそ出しファッション。目を保護するためのゴーグル、腕部にタッチパネル式のハードウェアをつけ、ローラーシューズを履いている。

 小柄な彼女のイメージに相応しい身軽な動きをすることが出来るだろう。

 

 

 弾の満ちた弾倉がカチャリと軽い音を鳴らして銃に籠められる。

 その音を合図に、ザッパが後ろのメンバーの方に振り返って言った。

 

「よし、行くか」

 

 芽生寮の入り口付近の窓を開け、中に忍び込む。

 警備員の姿はない。監視カメラも入り口に幾つかあるだけで、そこさえ気を付ければ中に入り込むのはそう難しくないのだ。

 

 杜撰な管理体制……。しかし、今までこの寮がヒトカリの被害に遭ったことはない。

 その理由は単純明快、ナユタも撤退を余儀なくされた電子ロックの扉である。

 

 

 途中、トイレに来ていた警備員1人と遭遇するアクシデントはあったものの、無事に件の扉まで辿り着く。

 

「アンテナ」

「む……そこまで難しいロックでもないであるな。ここをちょちょいと……」

 

 アンテナが腕部のタッチパネル式のハードウェアと扉の電子ロック錠を繋ぐ。

 傍目から見れば、何をどうやったのか全く分からない。だが彼女はトトッと指で腕の機械を何度か操作するだけで、扉を開けた。

 

「ん、開いたのである」

「すっげ……マジモンのハッカーかよ」

 

 全員で、開いた扉の先を覗き見る。

 天井に等間隔に並んだ白のシャンデリア、その光を浴びて浅紅の絨毯がキラキラと輝いていた。

 左右にシンプルな装飾の施された扉が奥の方までいくつも連なっていて、余計な装飾品もないのに、品のある雰囲気が漂っている。

 

「大したもんだ。これならだいたいどこでもフリーパスだな」

「……な、なんだか嫌な予感しませんかぁ……? 何がどうって、具体的には言えないんですけど……」

 

 ザッパの声に被せるように、メディコが言った。

 扉の向こうを見る限り、警備員であるシケイの姿は見えない。特別な監視カメラも警備ロボも見当たらない。

 

「けど何も居なくない? ちょっとガス投げてみる?」

「……いや、下手に刺激するのは良くないな。だがすぐに撤退できるよう、退避ルートだけは常に確保して進む」

 

 クマの言葉のそれはつまり、普段よりも慎重に進もうという意味である。

 今目の前にあるのは宝物庫への道なのか、それとも化け物がぽっかりと開いた口の中へ進む道なのか。だがどちらにせよ、何もせず撤退という文字はナユタにはない。

 

 周囲に気を張り巡らせながら、彼らは電子ロック扉の先へ進み始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……っあ! んっ、ぅ…………」

 

 芽生寮の最奥、寮長室。

 そこでは2人の女性が情事に励んでいた。

 1人はこの部屋の主である寮長。寮長という割には若々しい見た目をしており、陰で色々と努力をしていることが伺える。

 そしてもう1人は、妖艶な雰囲気を放つ紫色の髪の女性。寮長も常人よりは確実に上と言える美貌を持っているが、彼女のそれは寮長を遥かに超えている。道ですれ違えば、男女問わず多くの人が振り返ってしまうだろう。

 

 

 

「――チッ」

 

 寮長室、黒革張りの長椅子で情事に励む2人。

 それを鬱陶し気に見ている青年が1人、部屋の中に居た。

 

「出て行ってもいいですか? 僕、この部屋に居る意味がないと思うんですけど」

「あらそう? 別に見ていてくれてもいいのよ、私はともかく彼女は喜んでるようだし」

「……そういう問題じゃねえんだよこのアマ……」

 

 寮長の体が大きく跳ねたかと思うと、そのままぐったりと、糸の切れた操り人形のように動かなくなってしまった。

 紫髪の女性はハンカチで濡れそぼった手を拭いつつ、別の椅子の上に座り込み、足を組む。

 

 

「もう、悪かったわよ。彼女はここの寮長。裏切らないようにしているとはいえ、偶には相手してあげないと……わかるでしょう?」

 

 微笑でそう言う女性。

 彼女の名前は『シオン』。ナユタと同じ抗亜クランの1つ、『フラット』のNo.2である。

 

「…………」

 

 相対する、シオンより少し明るめの紫髪を生やし、腹が出ているセーターを着た青年。

 彼の名は『ヴィネガー・ドッピオ』。ドッピオと呼ばれることが多い。

 

 

 ドッピオは眉間にしわを寄せつつ、シオンに向かって悪態を吐く。

 

「そういう気分じゃない時に、こういう臭いを嗅がされるほど不快な事はないでしょう」

「あら、これぐらいは慣れてもらわないと困るわ。貴方にああいう事をやってもらう機会もあるかもしれないし」

「っ――…………」

 

 こめかみに浮かぶ血管を、そっと手で覆うドッピオ。

 内心では『ふざけた事抜かしてんじゃァねぇぞこの糞アマッ』と叫んでいるが、そんな風に怒りを何度も何度も吐露しては話が進まない。

 息を深めに吸って吐くことで怒りを排出し、シオンの方を向く。

 

「それで……ここが例の養殖場ですか」

「酷い言い方。……選別場、と言った方が正しいかしら?」

 

 シオンが微笑を保ったままそう言った。

 

 

 

 ――芽生寮。

 寮長がシオンに手籠めにされていたことから分かるように、ここの実質的な支配権はフラットにある。

 

 アソウギ桜女学院の生徒が住むこの寮は、麗しい見た目の持ち主が多い。

 この学院に通う生徒の親は上流階級が多く、悲しいことに、上流階級の者には美男美女が多い。

 

 フラットは、ここの生徒を自身のハルウリのジンザイに用いている。

 特に見た目が良い者やハルウリに適正がある者を選別し、誘拐しているのだ。

 例え生徒がいなくなっても、ここの長である寮長が味方である限り、いくらでもやりようがある。

 

 無論こんな方法、普通は通用しない。この狂った街、亜総義市だから通用する方法とも言える。

 

 

 

「亜総義市で一番稼げるのはこのハルウリ。だからどこの抗亜クランもジンザイ確保には必死なのよ」

「…………」

 

 ドッピオは少しだけ顔を背け、何かを考えていたが、すぐに視線を戻した。

 

「そこでムラサキからの通達。――この間、ナユタのジンザイが全滅したらしくてね。この芽生寮にナユタがジンザイ確保に来るから、それを撃退してスタンドの力を証明しろ――だって」

「どうして、そのナユタがここに来るって分かるんですか」

「だって、昨日来てたもの。それにハルウリの収入が0の向こう側は、何としても良質なジンザイを手っ取り早く確保したいはず。この寮を狙う理由は充分」

 

 心の中で、シオンの言葉を反芻するドッピオ。

 確かに彼女の語った事には一本筋が通っているように思える。

 

 収入が0と言うのは組織として動く以上、絶対に避けなければいけない事態。

 何にでも通用する話だが、人を一から教育するには時間も費用も掛かる。ならば最初から素質のある者を調達するというのは極めて自然な話だ。

 

 と、そんな所まで考えた瞬間。

 

 

 寮長室の扉が、バンッ!と勢いよく開かれた。

 

「シオンさん! ナユタの奴らが侵入(はい)ってきました!」

「噂をすれば何とやら……ね」

 

 そう言うと、シオンはバサリと机の上に何かを置き、愛用の武器である鞭を携えて部屋の外へ出た。

 ドッピオも立ち上がり、机に置かれた物を拾い上げる。

 

 それは強盗犯が使うような、チープな黒い目出し帽だった。

 顔を隠してもいいという向こう側の配慮なのだろうが、あまりのダサさに思わず顔をしかめるドッピオ。

 

 

 

「――とうるるるるるん! とうるるるるるるん!」

 

 突然、コール音が響いた。ボスからの電話だ。

 周囲を見渡し……寮長が使う、事務机の上に置いてあった万年筆を耳に当てる。

 

「もしもし、ドッピオです」

『ドッピオよ。今は正体がバレるのも、フラットという組織から離れるのもまずい……。その目出し帽を被り、ある程度、ナユタという奴らの相手をしてやるのだ』

「……いやでも、これは流石に……」

『ドッピオ。今は耐え忍ぶ時、いずれ掴む帝王の座のため、今は我慢しろ……』

 

 ボスにそう言われると、何も言い返せない。

 本気で嫌そうな顔をしながら、その目出し帽を被った。鼻の部分が開いてないため若干呼吸しづらい。

 

『帝王の座を、もう一度掴むのだ。そのためなら……』

「ええ、分かってますボス。今度は誰かに邪魔されることのない、完璧な物を」

『………………ああ』

 

 かぼそい声でボスがそう答えると、電話は切れた。

 今の今までボスがドッピオの前に姿を現したことはない。それどころか、以前よりも更に姿を現すことを避ける……怯えているような気がする。

 

 だがその程度でボスへの忠誠は揺るがない。

 ボスが動けないと言うのなら、忠実な部下である自分が動くだけだ。

 

 彼から借り受けたスタンド――『キングクリムゾン』の両腕を顕現させつつ、例のナユタの下へと向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 




キーボード新調したいです


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#36 ベリーハード 芽生寮3

 

 

 

 

 

 ナユタが芽生寮に侵入している頃。

 人目に付きにくい格好をしたプッチは、薄暗い路地裏にて、シケイの記憶を抜き取っていた。

 

 調べているのはもちろん、スタンドの矢を持ち去った謎の人物についてだ。

 

「……まぁ。期待はしていなかったが……」

 

 シケイから抜き取ったディスクを覗き見るも、大した情報はない。

 ディスクを元に戻し、『今起きたことをすべて忘れる』という命令を植え付けた。

 

 

 ゆらゆらと揺れるように歩きながら大通りへ戻る男の背中を見送る。

 辺りから人の気配が消えたことを確認したプッチは、頭の中で今までの情報をまとめだした。

 

 

(……確たる証拠はまだ見つかっていない。だが確信できる。

 スタンドの矢を持ち去ったのは、十中八九『スタンド使い』だ……)

 

 一般人とスタンド使い。

 まともにやり合えばスタンド使いが勝つのは明白だ。

 

 だが唯一、他を圧する強力なスタンド使いでも恐れるものがある。

 それが『()()』だ。

 

(故に、スタンド使いはスタンド使いである事を隠す。私も正体をなるべく隠しているのはそのためだ)

 

 

 目を開き、月光がほのかに降り注ぐ路地を再び歩き始めた。

 私の正体は他の抗亜クランの幹部に知られ始めている。今のところ、刀一本で戦う東雲派よりも、ダーティープレイ上等のフラットの方が恐ろしい。

 

 そして何より、最も危険な件のスタンド使いも、依然として正体が掴めていない。

 

 この街で起きたスタンド使いによって起きた、もしくは疑惑のある事件は……。

 

 ①萬像の破壊。……これは私だ。

 ②サンホー工業でのフラット、シケイの大量殺人。……件のスタンド使い、仮称『A』がやった物とする。

 ③美術館の警備員室にあった監視記録の破壊。……おそらくAがやった物だ。

 ④めぐみ通りでの大量殺人。……あのネズミがやった。Aが関与している可能性もある。

 

 他に私が察知できていない細々とした事件はあるかもしれない。

 だが、今までの傾向を見るに、スタンド使いは大きな事件を起こす傾向にある。

 

「地道な調査よりも、相手が何かを待つ方が確実、か」

 

 件のスタンド使い、Aにも何か思惑があって動いているように見える。

 ならば絶対、この先、何かアクションを起こすはず。その時に正体を突き止め、追い詰める。

 

 タイムリミットは……私が何らかの要因で命を落とすまで、だ。

 最悪なことに、リミットまではそう長くない。ぐずぐずしていると、私の首へ死神の鎌が振り下ろされるだろう。

 

 

 覚悟だ。この混沌極まる亜総義市を生ききるには、命を賭して事を成し遂げる覚悟が必要だ。

 

 芯から湧く天国への渇望の熱を覚悟に製錬するため、深く息を吸い込み。

 吐き切る前に、面倒な相手が路地の出口に立っているのに気が付いた。

 

 

「この間は世話になったな」

 

 

 薄暗い路地には似つかわしくない、純白のブレザーに似た制服。背中には菊の模様が入った橙色の竹刀袋を背負っている。

 

 裏路地の出口、プッチの行く先を阻むように立っていたのは―――東雲派の頭領『()()()()()』であった。

 

「何の用だ」

 

 ホワイトスネイクを顕現させ、警戒を最大限に引き上げながらそう言う。

 壬生菊千代は大通りの街灯を逆光に、表情を伺わせないように顔を俯けた。

 

「そう警戒するな。今日は話をしに来ただけだ。

 東雲派の誰も、私がここに居ることは知らない」

 

 暗闇に光る、壬生菊千代の瞳。

 目いっぱいに開かれた瞳孔から放たれる視線は、まるで心の奥底をじっと見透かされているようだ。心地が悪い。

 

「一つ聞きたいことがある。一つだけだ。」

 

 彼女が背中に手を回し、背後に背負った竹刀袋の口を開く。

 中にある刀の柄を右手で握り、いつでも振り抜くことができるようにしながら言った。

 

 

「―――()()()()()()()スタンド使いを知っているか?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 時を同じくして、芽生寮。

 堅牢な電子扉を突破したナユタは、当初の目的通りにヒトカリを済ませつつ、寮の奥へと進んでいた。

 

 秋の通路と称されるこの通りは、赤と黄が混じった紅葉の美しい色が壁一面に広がっていた。両側に等間隔に並ぶ、生徒が住む寮室の扉は紅葉になじむ大人しい色合いの木で出来ており、叩くとコツッ!と中身の詰まった音が返ってくる。

 一歩間違えれば汚らしい印象を抱かせそうな色合いの装飾だ。この通路の装飾を行った者の技量と、亜総義がどれだけの金をつぎ込んだのかがありありと伺える。

 

 尤も、ナユタの面々にとって壁の色がどうだこうだというのはどーでもいい事であった。

 

「最初はどうかと思ったが……順調だな」

 

 クマは銃をホルスターに収め、そう呟いた。

 確かに、他の施設よりはシケイの質が高い。だがそれは、仕山医院や美術館のようなドが3つ付くほどの修羅場に比べれば楽な物であった。

 

 初参加のアンテナも特段問題なく動けている。

 このまま何事もなく、ヒトカリが終わればこの上ないが……。

 

 

「こんばんは」

 

 

 鈴が鳴るような声が響いた。

 それと同時に、廊下の曲がり角から、むせ返るような花の匂いと共に姿を現す、紫色の髪をなびかせる豊満の肢体を持った女性。

 

「――ッ!」

 

 ナユタが一気に警戒の姿勢を取る。

 彼らの前に現れた女性は、敵対抗亜クランの幹部――フラットのシオンだったからだ。

 

「へへへ……」

「ヒヒ……」

 

 彼女の背後から、フラットの下っ端――ピエロのメイクをし、フードを被った男が3人、にやけながら姿を現した。

 

「……この寮をフラットが取り仕切っているという噂は本当だったか」

 

 前々から芽生寮にフラットが出入りしているという情報はあった。まさか、幹部のシオンが直々に出入りしているとは思わなかったが……。

 シオンの肢体に鼻を伸ばす虎太郎。キラキラが彼の脇腹を肘で突き、無理矢理正気に戻す。

 

「ってッ! ……おうコラ、ちょっと綺麗でおっぱいデカくて年上のいい匂いがするお姉様だからって、手加減すると思ったら大間違いだぞ!」

「あら、ありがとう」

「……ほんとバカ……」

 

 敵と相対しているのにいまいち雰囲気が締まらない。それは虎太郎が唐突に下心を露呈させたからか、はたまた相手を油断させることに長けたシオンの妙技からか。

 注意深いクマですらその緩んだ空気に呑まれ、警戒を怠ってしまった瞬間。

 

 

 ナユタのすぐ背後にある寮室の扉が1つ。

 音もなく、静かに開いた。

 

 

 サングラス越しに、シオンの口角がほんの少し上がったのを見逃さなかったザッパ。

 

 

 「――――後ろだァッ!!」

 

 

 咄嗟に背後に振り返り、開きかけた扉ごと相手をぶちのめそうと、拳を振りかぶる。

 堅い木の扉を破壊することは出来ないが、殴った衝撃で扉を閉じ、相手を部屋の中に押し戻すことは出来る。

 

 そして拳が扉に触れる―――その直前。

 

 

 ――――――――バキャァッ!!

 

 

 突然扉から破壊音が響き、拳一つ分の穴が空く。

 そしてナユタで随一の腕力を持つザッパの拳が、空中で()()()()()()()()()()ように、動きを止めていた。

 

「ッ!」

 

 ナユタの面々は即座に理解した。

 今まで生きて学んできた常識では通用しない、超常的な光景――スタンド使いがそこにいる! と。

 

 ザッパの拳の骨がメリメリと悲鳴を上げる。

 咄嗟に扉を思い切り蹴り飛ばし、拳を掴む何かを無理矢理振り払った。

 

 

 扉から距離を取ったザッパにメディコが駆け寄る。

 

「大丈夫ですか!?」

「クソ、なんて力だ……もう少し遅かったら、拳がパンケーキみたいになってたぜ」

 

 その言葉は決して冗談ではないのだろう。

 無理にひっぺはがしたからか、手の甲の皮と肉が少々えぐれ、そこから栓を切ったように血がドバッと流れだしていた。

 

 

 謎のスタンド使いは、扉を蝶番ごと壁から外し、盾のように構える。

 拳一つ分の穴からこちらの様子を伺っているようだ。チラチラと見える目出し帽の人間……頭の位置の高さから、かろうじて男であろうことは分かる。

 

 咄嗟にシオンの方に銃を構えたクマは、冷や汗を流していた。

 

 

(最悪の状況だ……!

 前方にはシオンとフラットの兵隊3人、後方にはスタンド使い……逃げ場がない! しかも、俺の油断でザッパが負傷してしまった……!!)

 

 

「さてと、全員始末しなさい。……あそこのヘッドフォンをした女の子だけは残しておくように。芽生寮の電子ロックを解除できるなんて、色々と面白い事に使えそうだもの」

 

 シオンはアンテナの方を指さした後、数歩後ずさった。代わりにフラットの兵隊3人が前に出る。

 彼女は此度の戦闘に加わる気がないらしい。不幸中の幸い、という奴か。

 

 

 フラットの兵隊3人とシオン、それか扉を盾代わりに構えたスタンド使い。

 一直線の通路ゆえ前と後ろにしか進めない。

 両側には寮室の扉があり、鍵はかかっているが、ぶち破ることは出来るだろう。だが外への窓は人が通れるほど大きいとは限らないし、向こうも逃げ道がそれくらいしかないことぐらい分かっている。対策はされているだろう。

 

 死神に心臓を撫でまわされている感覚がする。

 頭を回し、状況を脱さないと、ナユタは確実に全滅する。

 

 

 トリガーに手汗にじむ指を掛け、絶体絶命の状況の中、生き残るための闘いが始まった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




あけましておめでとうございます。
遅れてすみません。


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#37 ベリーハード 芽生寮4

 

 

 

 

 前方からはフラットの兵隊3人と幹部であるシオン。後方からはスタンド使いが1人。

 一本道であり、撤退するにはどちらか一方を越えなければならない―――。

 

 歯噛みするクマ。

 典型的な待ち伏せからの挟み撃ち――罠に嵌められたのだ。実に単純だが効果的で、抜け出す方法が思いつかない。

 

 じりじりと前方と後方から距離を詰められる。

 どんな選択をするか、そう悩んでいる時間はなさそうだ。

 

「ど、どうするのある!?」

「…………ッ!」

 

 クマが背後に振り返り、スタンド使いの構える木製の扉に発砲した。

 鉛玉がバスッ!と木に突き刺さるものの、貫通する様子はない。穴からこちらを覗く目出し帽の男、その目に焦りは感じられなかった。

 

(フラットが芽生寮に出入りしている噂はあったのに、迂闊に奥へと進みすぎた……! この罠に掛かったのは俺のミスだ。どうする、どうする……!)

 

 拳銃を握る手から汗がにじみ出るのを止められない。動揺で思考が上手く纏まらない。

 

 

 

 ――その瞬間、手の止血を終えたザッパが勢いよく立ち上がった。

 

「こうなった以上、仕方ねえ! クマ、こっちの3人は俺と虎太郎に任せな!」

 

 そのまま、フラットの兵隊3人とシオン達の前へと移動し、両拳を構えた。

 吃驚した表情を浮かべた虎太郎だったが、すぐに棍を下段に構え、3人の兵隊を見据える。

 

「……ああ」

 

 ザッパの空元気な声で幾分落ち着きを取り戻したクマ。

 短く返事を返し、スタンド使いに銃を構えた。

 

 

 背後は虎太郎とザッパに託す。

 こっちは残りのメンバーであるポルノ、キラキラ、メディコ、アンテナを引き連れ、スタンド使いを相手しなければいけない。

 

 

「ど、どーすんの!? チェーンソーでやっちゃう?!」

 

 少し焦った様子のキラキラが、手に持つピンクのチェーンソーのエンジンを吹かしながらそう言った。

 

「いや、ガスを投げろ!」

「え、あ、うん! オッケー!!」

 

 拳銃の弾を受け止めるほどゴツイ木の扉に拳1つ分の穴をぶち抜ける怪物だ。おまけにザッパの拳も受け止めてる。近づいて攻撃するのは得策とは言えない。

 

 ピンッ!と金属製の円筒からピンが抜かれ、スタンド使いの構える扉を放物線を描いて上から超えるように放り投げられた。

 普段なら地面に着地してから1秒も経たぬうちに、特製の催涙ガスが噴出されるはずが―――。

 

 

 

――――バガァン!!

 

 

 

 空中で見えない何かに受け止められ、そのまま壁へと叩きつけられた催涙ガス弾。

 規格外の腕力によって叩きつけられたそれは、コンクリート製の壁の中へ30cm以上埋め込まれ、ガスの噴出口をピッタリと塞いでいた。口が防がれているので、もちろん、催涙ガスは一片たりとも漏れ出ない。

 

「うっそ!! そんなのアリ!?」

「マジか……ッ!」

 

 再び発砲するも、分厚い扉を貫通できる気配はない。

 扉を利用してあんな御大層な盾を用意するくらいだ。力は強いが、防御力はそう高くないのかもしれない。

 

 奴とこちらの距離は残り4m弱。

 同じスタンド使いであるプッチなら、既に攻撃してきてもおかしくない距離だ。やはり慎重に距離を詰め、一撃でこちらを葬る気なのか?

 

「ポルノ、バリケードを張ってくれ。ないよりマシだ」

「ん」

 

 白いベルトを振り回し、両側の壁にある壁掛けの燭台型ランプにベルトを引っ掛け、通路に幾重ものベルトのバリケードを作り出す。

 が、そのバリケードを蜘蛛の糸でも引きちぎるみたいに、一瞬で断ち切るスタンド使い。もちろん、見えない何かの力によってだ。

 

 その様子を観察しながら、クマは拳銃の引き金を引きつつ、考える。

 

(……やはりあの盾から姿を出さない、か)

 

 

 身近なスタンド使い……プッチで考える。

 奴ならば『自分は部屋の中に隠れ、盾を持ったスタンド使いを猛牛のように突っ込ませる』なんて事をやりそうだ。あんなゴツくて重い扉がもし突進してきたら、ザッパはともかく、普通は止められないからな。

 

 強行突破を行わない。こちらを早く追い詰めれば追い詰めるほど、奴らが有利になるのは分かり切っているのに。

 しない理由はスタンドの性能差か? 他に罠を張っているのか?

 

 

 チラリと背後を伺い見る。

 ザッパと虎太郎が戦っている向こう側で、シオンがじっと、こちらの様子を観察していた。

 

(そもそもシオンは何故観察している? 何故手を貸さない?)

 

 奴は女とはいえフラットのNo.2。荒事にも多少は強いはずだ。戦いに加わらない道理がない。

 ()()()()()()()()()()()()()使()()とシオンが一緒になれば、ナユタは負…………。

 

 

 

「――――そうか」

 

 下がらせていたアンテナに近づき、耳打ちする。

 

「アンテナ、この付近の監視カメラを探ってくれ。隠しカメラも、ボイスレコーダーでもいい、記録媒体全てだ」

「わ……分かったのである!」

 

 ……考えれば単純な事だ。

 基本的に来るもの拒まずのスタンスを取るナユタでさえ、スタンド使いのプッチが加入する際にはかなりの確執があった。今もある。

 

 そして用心深いムラサキが、スタンド使いなんて一歩間違えれば爆弾より危険な存在を簡単にフラットに加えるわけがない。いくら利用価値があると言ってもだ。

 

 今俺たちナユタは罠にハメられている。

 だがこれは決して、ナユタVSフラットではない。ナユタVSフラットVS謎のスタンド使いの三すくみなのだ。

 

(そう考えれば、あの馬鹿みたいにデカい木の扉を持って慎重に動いているのにも説明がつく。

 ……なるべくスタンドの詳細を知られたくないんだな。ナユタにも、フラットにも。)

 

 プッチも、『スタンド能力を出来る限り人に教えたくない』と言っていた。それはスタンド使いとしての生命線であり切り札であるから、と。

 だから木の扉で全身を丸ごと隠し、スタンドの詳細を『この場に居る誰にも』気取られないように、慎重に近づいてきているのだ。

 

 

 アンテナが焦った様子で腕に付けたディスプレイから目を離し、クマに小声で話しかける。

 

「く、クマ。この辺りの監視カメラは全て壊されていて、隠しカメラなんて物は1つもないのである……」

「…………そうか。よし、アンテナ。少し、話を合わせてくれ」

 

 本当に記録媒体が1つでもあれば良かったが、無ければしょうがない。

 銃をホルスターにしまい、アンテナの肩を掴んで、スタンド使いによく見えるようにぐいっと前に突き出した。

 

 

 ピタリと、じわじわと動いていた木の扉が止まる。

 穴の向こうから鈍く光る瞳がこちらを見つめているのを確認し、クマは声を出した。

 

「名前が分からないからこう呼ばせてもらう……スタンド使い。一つ取引がしたい。」

「…………」

 

 反応はナシ。予測はしていた。

 クマは言葉を続ける。

 

「このアンテナという少女は凄腕のハッカーだ。そしてこの芽生寮には多くの隠しカメラが取り付けられている。……亜総義の上流階級民の、()()()()()()を満たすためのものだ。

 今彼女にこの辺りの隠しカメラをハッキングさせ、直近数時間分の映像を全て入手させた」

 

 暗に話を合わせろという意味を込めて、アンテナの肩を叩く。

 アンテナは一瞬舌を詰まらせたものの、聡明な頭脳と豊富な知識を使って軽快に嘘を紡ぎ続けた。

 

「ええっと……う、む! こ、この辺りの隠しカメラは極秘の回線経由で、亜総義のサーバーに保存された映像が送られているのである! 私の手に掛かればそのサーバーから映像を抜き出すなんて、朝飯前なのだ!」

 

 再び彼女の肩を叩く。これ以上は変なボロが出そうだ。暗に口を閉じろと伝える。

 クマは毅然とした表情を作り、スタンド使いの方を見た。

 

 

「お前が寮室に隠れていた時、そして今この廊下にいる瞬間……どちらも映っているだろう。

 そして……お前がそれ以上、一歩でも進むなら。

 

 

 ―――今、お前の姿が映った映像を()()()()()()()()()

 

 

 

 

 ピクッ!と、扉の向こうにいるスタンド使いの目が揺れたのが見えた。

 

 奴が今最もやられたくない行為は、スタンドの詳細と……それを扱う自分の情報がバレる事だ。

 それを逆手に取り、『今ここで俺たちを逃がさないなら、お前の一番嫌がる事をするぞ』と脅したのだ。

 だがこんな即興で思いついた策は当然、確実性のある合理的な物じゃない。

 

 

 ガガッピピ!と無線機の繋がる音がした。

 その直後、扉の向こう――スタンド使いが持っているであろう無線機から、冷淡な女性の声が聞こえる。

 

『その隠しカメラの件、全部ブラフよ。早く始末しなさい』

 

 シオンの声だった。俺たちの会話を全て聞いていた上で、口を出してきたのだろう。

 

 

 そして、彼女が喋っている事は当然―――真実である。

 

(亜総義の上流の奴らは隠しカメラなんて仕掛けない。奴らは気に入った女子生徒なんか、家出だと適当な理由をつけていつでも誘拐できるからだ。隠しカメラを仕掛ける必要なんてさらさらない)

 

 ……しかしその実、今この状況において、本当に隠しカメラがあるかはどうでもいいのだ。

 問題は、クマが放った一言によって、スタンド使いの心に『本当に隠しカメラが存在するんじゃないか?』と杭が刺さったことである。

 

 フラットの奴らは自分を密かに監視するため、隠しカメラをわざと隠しているんじゃないか?

 だがナユタが助かりたい一心に、ブラフを言っているんじゃないか?

 

 その戸惑いを発生させることこそ、クマの目的だったのだ。

 

 

(だが、これは博打―――しかもかなり分の悪い、非合理的な物だ。相手がフラットを信じて攻撃してきたら、俺たちは全滅だ。

 ここまで来たら……祈るしかない。相手が俺の脅しにビビるような小心者である事を)

 

 クマは心の中でどこに居るかもわからない、神様に手を合わせた。

 

 

 

 そして、扉の向こうの男が動きを固めたまま、10秒ほど経過した瞬間。

 

 

 

 ―――ドドドドドドドドドド!!

 

 

 

 木製の分厚い扉に、突然、マシンガンでも放ったような音と共に大量の穴が空き始めた。1つ1つの穴は人差し指の太さ程度の大きさである。

 『何かの攻撃か!?』と焦ったクマだったが、その大量に空いた穴が、何かの文字を型取っていることに気づく。

 

 

「『DELETE』と『EVIDENCE』……消去、証拠か」

 

 

 消去に、証拠。これは条件だ。

 ナユタを逃がす代わりに、アンテナが持つ映像を消去し―――その消した証拠を出せと言っているのだ。

 

「アンテナ、すまん」

「なぬっ!? な、なにを―――」

 

 ブチッと、アンテナの腕に付いていた機械を無理矢理外す。

 抗議の表情を浮かべる彼女をメディコに押し付け、クマは口を開いた。

 

「これが映像の入っている装置だ。これ以外に映像が入っているものはない。そして、これを逃げる際にここへ置いていく。処理はそっちでしてくれ」

 

 当然、クマは適当を言っているだけだ。この機械の中に映像は1バイトたりとも入っていない。

 ただ相手が出した条件を満たすように、必死でブラフをかましているだけである。

 

 

 扉の向こうのスタンド使いはクマの手にある機械を見て、二度瞬きし。

 

 

 ―――盾代わりにしていた木の扉を、真っ二つに折った。

 

 

「なッ!?」

「クマ、危ない!!」

 

 真っ二つに折った扉をクマに投げつけるスタンド使い。

 咄嗟にチェーンソーを構えたキラキラが彼の前に躍り出て、分厚い木片を受け止め、引き裂いた。

 

「キラキラ、大丈夫か!?」

「うん、そんなに速くなかったから大丈夫」

 

 彼女のことを気遣いながらも、クマはバッと前に視線を向ける。

 スタンド使いの姿はどこにもない。恐らく、今の木片を目くらましにし、どこかの寮室へ一瞬で入ったのだろう。

 だがどの部屋に入ったのかを知る気はない。約束通り、何も入っていない機械を地面に置く。

 

 

 クマは背後に振り返り、フラットの兵隊相手に戦い続けるザッパと虎太郎に声を張り上げた。

 

「ザッパ、道が開けた!! 撤退するぞ!!」

 

「ん、おう! お~らよっと!!」

 

 ザッパがピエロのメイクをした男を壁に叩きつけ、すぐさま振り返り、走り始めた。

 それに続くように虎太郎も走り始め、ナユタ全員で、来た道を全力で戻っていく。

 

 

「…………」

 

 そんな彼らの背中を、シオンは追いかけることもなく、じっと静かに見つめていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――――結果的には、ナユタはザッパが手の甲を負傷した以外、損害もなく芽生寮を後にした。

 

 だが一手間違えれば、危険な状況であったことに変わりはない。

 

 

 クマはスタンド使いが敵に回った時の厄介さと恐ろしさを、深く身に刻むのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




ちょっと強引な展開になってしまったかも……
プッチさんがいないとスタンド使い相手は強すぎる


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#38 会議、スタンド能力

 

 

 

 

 芽生寮をナユタが襲撃した、その翌日。

 傾いた陽が長い影法師を伸ばし、空が寿色に染まる時頃。

 

 一部の者が机に広げたスナック菓子を中心に、ナユタの面々が顔を突き合わせていた。 

 キラキラが余りメジャーでない菓子を手に掴み、ぽいと口の中に放り込む。

 

「……ん! これ初めて買ったけど、結構行けるじゃん! クマも食べる?」

「今はいい。……それより、話し始めていいか?」

 

 彼女は口の中に菓子を放り込み、口を閉じたまま、手でどうぞと促す。

 それを見て、クマはザッパの方を軽く一瞥してから、言葉を発し始めた。

 

 

「とりあえずだが、当初の目的であるジンザイの確保には成功した。ポルノ、調教の様子はどうだ?」

 

 彼から声を掛けられたポルノは、口を尖らせ、不満げな表情をする。

 

「クマから3日以内に仕上げろって言われた。私の方が上司なのに……鬼畜。ブラック。変態」

「……最後のは関係ないだろ。それで、様子は?」

「今のところ順調。問題ナシ」

 

 ハルウリ……特にジンザイの育成に関しては、クマよりもポルノの方が長けている。

 調教は普段、クマが行っているが……今回は色々と用事が重なったため、彼女に任せたのだ。実の話、彼女に任せた方がクマがやるより早いから……という理由もある。

 

 ともかく、ハルウリの再開の目途が立った。これでナユタの資金面は何とかなる。

 それよりも大きな問題は……。

 

 

「芽生寮に居たスタンド使いについて、話し合いたい」

 

 

 キラキラやメディコ、ザッパやアンテナの菓子をつまむ手が止まる。

 張り詰めた空気が流れるが、それを気にすることなく、クマが言葉を紡ぐ。

 

「正直、今回のヒトカリはかなりヤバかった。ザッパが後ろのスタンド使いに気付かなければ、そのままお陀仏だった可能性もある」

「た~またま、シオンの話を聞いてなかったから気づいたんだけどな。ま、運も実力のうちって奴?」

 

 ザッパが負傷した手の甲を撫でながらそう言った。

 それを見たクマは一瞬目を伏せた後、話し続ける。

 

「俺達がザッパ以外無傷で脱出できたのも、かなり運が良かったからだ。だが次もそう上手く行くとは限らない」

「じゃあどうすんだよ? 二度と出会わないようにってのも無理な話だろ。フラットと一緒に居たんだぜ?」

 

 虎太郎の言葉は最もである。

 スタンド使いが他の抗亜クランと一緒に居た以上、次も何処かでヒトカリしている時にである可能性が高い。

 

 

「それに関してだが、もっと悪い情報がある」

 

 

 突然、黙りこくっていたプッチが顔を上げ、言葉を発した。

 何事かと、全員が彼の方に視線を向ける。

 

「お前達がヒトカリをしている間、私の所へ壬生菊千代が来た。そして『あるスタンド使いを知っているか?』と訪ねて来たのだ」

「……えっと、それはつまり……どういうことなんですか?」

 

 メディコの怯えたような声色の問いに、プッチは顔を向けることもなく答えた。

 

「つい最近までスタンドの事を知らなかった人間が、特定のスタンド使いを探そうなどとは考えない。

 ならば……『東雲派にもスタンド使いがいて、そいつを探している』。そう考えるのが妥当だ」

 

 誰かの息を呑む音だけが、静かに響いた。

 超常の力を操る人間が味方に居るならともかく、敵に回った時のことなど、余り考えたくはない。その脅威を知っているならより強くそう思うだろう。

 

 プッチの言葉を腕を組みながら脳内で反芻させるザッパ。

 目を開き、彼の方に視線を向けてから言葉を発した。

 

「……プッチ。お前はその『あるスタンド使い』に、心当たりがあったりするのか?」

 

 

「―――――ないな」

 

 

 あっけなく答えたプッチの言葉の真偽は不明だ。それを見分ける目をザッパは持っていない。

 だが彼の事を信じ、それ以上は問い詰めないことにした。

 

 クマがプッチの言葉を聞き終わり、腕を組む。

 

「……フラット、東雲派、ナユタにそれぞれスタンド使いがいる、か。一周回って平等になったのか?」

「スタンドにも性能差がある。完全な平等とは言い難い」

「そうか……」

 

 

 平等。

 スタンド使いはよっぽどおかしな能力でない限り、非スタンド使いがどれだけ強くとも、大抵は一方的に始末する事が出来る。呂布は別ケースだ。

 

 そして、ナユタは少数精鋭の形を取っている抗亜クランである。

 スタンド使いに最も有効な人海戦術も使えず、超常の力が相手では、一方的にやられてしまう。

 

 故に、全ての抗亜クランにスタンド使いが在籍するこの状況は、数の少ないナユタにとって非常に不味いものであった。

 

 

「お世辞にも、今のホワイトスネイクは他のスタンドより圧倒的に強い……とは言えない。だがスタンド使いを倒さなければ、この先この街で生きていくのは不可能。

 

 だから、私と敵スタンド使いが戦う際、少しでもこちらが有利になるように――――

 

 

 ――――今から、私のホワイトスネイクの『()()()()()()()()()()』」

 

 

 

 目を見開くクマ。

 彼は既に、プッチの操るホワイトスネイクの能力を知っている。だが誰かに広めた事はないし、広めないと約束もした。破った場合、どんな事が起こるのかは目に見えていたからだ。

 

 一番知られたくないと言っていた事を、ナユタの全員に話すとは、どういう心つもりだろうか。

 クマは静観を決め込むことにした。

 

 

 

「スタンド能力ぅ? なんだよそれ?」

 

 虎太郎が眉をひそめながらそう言った。

 ちょうどいいと、プッチは手元に空のディスクを生み出す。非スタンド使いにもディスクは見えるようで、全員が食い入るようにそれを見つめていた。

 

 

「質問があるなら答えよう。私のスタンド能力―――スタンドがそれぞれ持つ固有の能力は、大きく分けて2種類。

 『相手の記憶とスタンドを抜き取る能力』と、『ディスクに書き込んだ命令を相手に従わせる能力』だ」

 

 

 手の中のディスクをホワイトスネイクに持たせ、虎太郎の額に無理やりぶち込んだ。

 瞬間、ずぶずぶと頭の中に抵抗もなく入り込んでいくディスク。

 

「うお……な、なにひゅんだぷっひ!!」

 

 舌ったらず、実に喋りにくそうにプッチへの怒りを伝える虎太郎。

 だが傍目からは全く怒っているようには見えない。舌ったらずな喋り方もそうだが、それ以前に。

 

 虎太郎の顔が、これでもかと言うほど、人間の限界と言ってもいいレベルの笑顔を浮かべていたからだ。

 

 

「うわ。ちょっと怖いを通り越して気持ち悪いよ、虎太郎」

「そんなに楽しそうな表情をされても、こっちは笑えないのである……」

 

「おれがじふんでやってんひゃねーーーーー!!!」

 

 

 怒る虎太郎を横目に、ザッパが尋ねる。

 

「あれいつまで続くんだ?」

「特に時間指定しなければ、死ぬまでだ。ディスクを抜けば治る」

「おー、こわ」

 

 暴れ始める前に、虎太郎から差し込んだディスクを抜き取る。

 すると直ぐに、彼の顔は笑顔から怒りの表情へと変貌した。

 

 何か吠えまくる虎太郎をガン無視し、プッチは解説を続ける。

 

「今実践したのが、相手に命令を従わせる方だ。

 そしてもう一つの、記憶を抜き取る能力。これは決まれば絶対に相手を倒せる、必殺の一撃だ」

 

「絶対に倒せるんですか?」

 

「すぐに死にはしないが、行動不能にはなる。そのまま記憶ディスクを戻さなければ衰弱死だ」

 

 

 誰かが思った。

 まるでゲームに出てくるチートキャラみたいな性能してないか……?と。

 

 聞いただけでは、一体何がどうなったら不利な状況になるのか?というぐらい強い能力だ。

 

「だが、当たらなければ意味がない。今のホワイトスネイクにはスピードが足りないのだ」

 

 そんな問いに答えるように、プッチが言葉を補足する。

 全員が今聞いた能力を理解して受け止めようと、脳内で反芻する中。

 

 

 ポルノが何かに気付いたように、ハッと顔を上げた。

 

「その命令の能力は、なんでもできるの?」

「基本的にはな。普通の人間に出来る範囲なら何でもだが、例えば、『10m垂直にジャンプしろ』というのは踏み込む力で足を砕いてしまうから無理だ」

「ん……すごい。

 その能力を使えば、完璧な()()を作れる」

 

「…………は?」

 

 唐突なポルノの言葉に、プッチが思わず目を見開く。

 だがプッチの動揺など知ったことではないと、彼女は言葉を紡ぎ続けた。

 

「どんな清楚な子にでもエロエロな行動を取らせることができる。どんなに枯れた老人でも■■できる薬にもなる。脳の特定の一部を刺激すればいっぱい興奮できる。

 

 ……これはすごい。ハルウリに革命がおきる。今すぐつくって」

 

「ちょっと待て。貴様……私のスタンド能力の話を聞いて、すぐに思いついたのがそれなのか?」

「うん」

 

 

 信じられないと言った様子のプッチが、思わず額を手で抑えた。

 それを見て、ナユタの面々がこらえきれないと言った様子で笑い始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 会議の終了から数時間が立った頃。

 ポルノにそういう命令を書き込んだディスクを何度もせがまれたが、プッチは断固拒否。

 

 彼女を無理矢理追い返し、椅子の上で座っていたところ、彼の元へクマが近づいてきた。

 

「驚いた。まさか、あれだけ隠していたスタンド能力を自分から話すとは」

「ああ……クソ、ナユタ以外の人間に広めない様に釘を刺すのを忘れた。……最後のあれのせいだ」

「ポルノは昔からああいう奴だ、仕方ない。……俺の方から、口外しないよう全員に伝えておこう」

 

 2人は目も合わせず、会話を続ける。

 

「どうして、今このタイミングで言ったんだ?」

「……この先、スタンド使いとの戦闘は避けられない。だから少しでも勝率を上げるため、咄嗟に連携ができるようにと、教えたのだ」

「…………」

 

 少し黙るクマ。

 納得がいかない表情と声色で、言葉を発する。

 

「それだけで、あんなに隠していたスタンド能力を話すとは思えない。……別に答える気がないなら、答えなくてもいいが、一つ聞いていいか」

「何だ」

 

 

「………お前、本当に壬生菊千代の言っていた『()()()()()()使()()』に心当たりがないのか?」

 

 

 プッチはクマの方を向かず、ぶっきらぼうに。

 

「ない」

 

 とだけ言い放った。

 

 クマは目をつむり、立ち上がる。

 そのまま何も発することなく、階段を上り、自分の部屋へと入って行った。

 

 

 

 彼が部屋に入るのを見届けた後、プッチは深めの息を吐く。

 そして、壬生菊千代の言葉を頭の中で思い返した。

 

()()()()()()()スタンド使いを知っているか?』

 

 ああ。もちろん知っている。

 

 それは――私のことだからだ。

 

 彼女には「知らない」と答えたが、果たしてそれがどれだけ信用されたものか。

 

 

 時を加速させるスタンド使いを探す人物……。

 いったい誰なのか見当もつかない。あの時私と戦っていたうちの誰かか? それとも全く別の人間なのか?

 

 だが。

 

 あの時の状況を見て『時を加速させている』という事を理解できる―――。

 そんな事は、一度『時間』という概念を操るスタンドに出会ったことがなければ、思いつかないだろう。

 もしくはその人物こそが、時間を操るスタンドを持っているかだ。

 

 時に関係するスタンドは運命と密接に関わっているからか、非常に強力なスタンドが多い。

 そんなスタンド使いを探し回るスタンド使いもまた、恐ろしく強いのだろう。

 

 

 プッチには分かる。

 東雲派にいるスタンド使いは―――間違いなく今の私より強い、と。

 

 

 これがもし空条承太郎クラスのスタンド使いだったなら、今の私では、出会った瞬間に終わりだ。

 せめて逃げる確率が1%でも上がるように、ナユタの面々と連携するため能力を伝えたが、あの様子では何処までしっかりと伝わった物か。

 

 

 未知のスタンド使いの正体に思いをはせながら、もたれかかった椅子の背中に体重を預け、そのまま夢の世界へと落ちて行ってしまうのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 




よく考えなくてもホワイトスネイクの性能やっぱおかしい


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#39 アンテナのごきげん

 

 

 

 時刻は午前12時。

 照りつける太陽の光の下、プッチは小腹が空いたなどと考えながら、亜総義のとある大通りを歩いていた。

 そんな彼の右手には『亜総義BOOK』と書かれたレジ袋が握られていた。

 

 プッチはよく暇つぶし代わりに本を読む。そして今持っている本を全て読み終わってしまったので、書店に赴き、新たな本を数冊購入してきたという訳である。

 

 

 他のスタンド使いも抗亜クランも、まだ真昼間から攻撃してくるほど過激な方法は取らないだろうと、周囲への警戒もそこそこに道を歩いていた時。

 

「あん? プッチじゃねーか」

「……虎太郎。クマ」

 

 道の向こう側から歩いてきた、クマと虎太郎の2人と遭遇した。

 クマが悩ましい表情で組んでいた腕を解き、プッチに話しかける。

 

「ちょうど良かった。少し、選ぶのを手伝ってくれ」

「? 何をだ」

「アンテナのご機嫌取りのプレゼントだよ。こいつ、この前のヒトカリでアンテナのコンピューターを捨てちまったからな」

 

 それを聞いて、プッチは心の中で納得する。

 芽生寮で一体どんな事があったのかは、当然プッチもクマから聞いた。そしてその際に、スタンド使いから逃げるために、アンテナの腕に付けていた機械を奪ってそこに置いてきたとも。

 プッチは少しだけ考えた後、クマに言う。

 

「……私はそういう事に詳しくはないが。以前と同じ物を買って渡せばいいんじゃあないか?」

「それはもうやった。だが、俺が捨てた前の物には、アンテナの個人的な趣味のデータが色々と入っていたそうでな。まだ許してもらっていない」

 

 悩まし気にそう言ったクマ。

 状況が状況であったから仕方ないとはいえ、アンテナは年齢も精神面もまだ子供、それだけで溜飲が下がる物ではないだろう。プレゼントで怒りを鎮めるのは妥当な策と言える。

 虎太郎が腰に手を当て、プッチに言葉を放つ。

 

「神父ならそういう、人の怒りを鎮める方法とか知ってるんじゃねーの?」

「神父とは人の悩みを解く助言をし、神の教えを広く人々に広める神職。怒りを鎮めるのは副次的効果だ。アンテナが私の前で1時間ほど、落ち着いて座っていられるなら神の教えを説いてもいいが」

「無理だな。絶対に途中で飽きる」

 

 だろうな。今のはプッチもそう分かっていて言った。そもそも彼女は自分に罪など感じない性格、いくら説いても無駄だろう。

 となると、彼女の怒りを解くために、プレゼントの内容を考える事になる訳だが……。

 

 

「……とは言うがな。私に相談されても、女性にプレゼントなど贈った事もない。余り力にはなれないぞ」

「女にプレゼントを贈った事もねーのか? これだから童■はッぐぉ―――」

 

 にやけ面の虎太郎のみぞおちにホワイトスネイクのパンチを打ち込み、地面に沈ませた。

 クマが内心で『今のは虎太郎が悪い』と腕を組み、頭を悩ませる。

 

「今は一人でも多くの意見が欲しい。悪いが、付き合ってくれないか?」

「……まあ、いいだろう」

 

 

 顔を青白く染めて倒れ伏す虎太郎を無理やり持ち上げ、プッチはクマの後ろに続く。

 この大通りには小物を売っている店も多かった。少し歩くが、大きなショッピングモールもある。大抵の物は買い揃える事が出来るだろう。

 

 まぁ問題は、無数にある品の中から、アンテナの怒りを鎮める品を選べるかどうかだが。

 3人は女性の怒りという古来から続く解決策のない問題を解決するため、歩いて行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 昼食も取らずに歩き回った男3人組は、結局、『これだ!』というプレゼントを決める事が出来なかった。

 

 そこでプッチが代案を上げる。

 

 『それぞれが貰って嬉しい物を、3つ全て贈るのはどうか?』と。

 

 プッチ自身、プレゼントの極意は自分が貰ってうれしい物……という怪しい本からの受け売りを言っただけなのだが。

 

 アンテナの怒りを鎮めるためなのに自分が欲しい物を贈ってどうするんだ、という葛藤はあった。

 しかしこのままでは埒が明かないと、クマはその意見に同意するのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 そして現在―――空も寿色に染まり、カラスも寂しそうに鳴く、午後5時の頃。

 ナユタのアジトのすぐ外で、虎太郎とプッチはこそこそと動いていた。

 

「で、中はどーなってんだ?」

「待て……上手く声が聞こえるところを探している」

 

 ホワイトスネイクは感覚共有型のスタンド。

 壁の外からスタンドを飛ばし、クマがアンテナにプレゼントを贈っているところを隠れて観察しようとしているのだ。

 

 スタンドから声と視界がプッチに伝わる。

 

 

『アンテナ。その……少し、いいか』

『……………ぷいっ』

 

 彼女はクマのことを見るなり、わざとらしく、プイッと顔を背けた。

 たまに虎太郎に叫ぶように怒っているところを見るに、どちらかというと、怒っているより拗ねていると言った感じだが……。

 

『この間のヒトカリで、無理矢理コンピューターを奪ったのは……本当にすまなかった』

 

 そう言って、クマが包装された3つの箱を彼女に差し出した。

 アンテナはチラリと彼の方を向き、その箱に視線を落とす。

 

 彼女は3つの箱を受け取り、クマの顔の方をチラッと見やると、A4用紙ほどのずっしりとした重みのある箱のリボンをしゅるるっと解いた。

 

 

 壁の外で、プッチから中の状況を聞いている虎太郎が尋ねる。

 

「誰のを一番最初に開けたんだ?」

「あの箱は……私が選んだものだな」

 

 

 ペリペリと箱を開けた中に入っていたのは。

 赤や緑などの色とりどりの装飾が美しい、クッキーの詰め合わせだった。20枚以上は入っており、これを全て食べきるのには一苦労かかるだろう。

 

「クッキーか……。ド定番って感じだな」

 

「貰って嬉しくない物ではないだろう。いくらでも使い道はある」

 

 小腹が空いたときに自分で食べる、来客用に出す。食べ物なだけに賞味期限が心配だが、それも大して問題はあるまい。

 

 

 アンテナは箱の中身に少しだけ目を輝かせた後、ぶんぶんと首を横に振り、再びツンとした表情で顔を背けた。

 好感触だった気はするが、どこかお気に召さなかったらしい。

 

 次に彼女が手に取った箱は、12~14センチほどの縦長の箱だった。

 虎太郎は静かに顔を横に振っているため、どうやらアレはクマが選んだプレゼントのようだ。私も中身は知らないため、ホワイトスネイクを近づけて注視する。

 

 リボンが解かれ、パカリと開けた中に入っていたのは。

 シックな黒の色が美しい、細身のボールペンであった。見た目の美しさでなく、使いやすさを優先させた一種の機能美を感じさせるそれは、クマらしいプレゼントとも思えた。

 

 アンテナはそのボールペンを見て、少し眉間にしわを寄せ、ギュッと口をすぼめた。

 

『…………むむ』

『気に入らなかったか?』

『そういう……訳じゃないのである……』

 

 彼女は少しだけ気まずそうに顔をそらしたが、やがて決心したような表情で、クマの方に向き直り。

 

『ご、ごめんなさい!!』

 

 と頭を下げたのだった。

 

 

 

 

 突然の謝罪により困惑しているクマに、アンテナは説明を始めた。

 

 曰く。

 コンピューターを奪われた事に、最初は本当に怒っていたこと。

 

 でもクマから謝られた時に怒りは消え、そのあとは自分の感情に振り回される彼の姿が面白くて、わざと怒り続けているフリをしていたこと。

 

 しかしそんな演技を続けるうちに罪悪感と、騙している事がバレたら怒られんじゃないかという不安が芽生え、演技の辞め時が分からなくなっていたこと。

 

 

 それらの事を説明し終わった後、アンテナは再びクマに向かって、少しオーバー気味に頭を下げた。

 

『……そういう事だったのか。』

『申し訳ないのである……』

『いや、あの時は非常事態とはいえ、一言断るべきだったのは確かだ。――――こちらこそ、すまなかった』

 

 

 

 両者の間に和解の空気が流れ始めたのを確認し、意識をホワイトスネイクから本体の方に戻すプッチ。

 横にいる虎太郎が少し呆れた様子で首を振りながら、愚痴をこぼした。

 

「何時間も選びまくって、結局オチがこれかよ。これじゃあ歩き損だぜ」

「……そういえば、虎太郎。お前は一体、プレゼントに何を選んだんだ?」

 

 プッチがふと思い出したように、彼に尋ねた。

 アンテナが持つプレゼントの箱は3つ。そしてプッチと、クマの分は既に開封された。自ずと、中身不明の最後の1つは虎太郎の物になる訳だが……。

 

「俺の奴? そりゃあ、俺が貰って嬉しいもんだよ」

「だからそれが何だと聞いている」

 

 虎太郎がやけににやけ面で話すので、プッチは少し、嫌な予感がした。

 アジトの中ではクマとアンテナが和気あいあいと話し、最後のプレゼントの封を開けようとしている。

 

 

「おいおいプッチ、男が貰って嬉しい物なんて1つしかねーだろ? 『淫乱年上お姉さんの■■■■■■■』っつービデオ―――――」

 

 

 

 

「―――――ホワイトスネイクァァ―――ッ!!!」

 

 

 

 

 ホワイトスネイクの手刀が、一瞬でアンテナの持つ長方形のプレゼントをバラバラに叩き折った。

 

 

 

 

 

 

 




特に伏線もないコミュ回。
虎太郎は暫く下ネタを口にするのが憚られるほど酷い目に合わされました。


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#40 祭りの景品は蠱惑な謎

 

 

 

 

 

 

 

 

 満月から降り注ぐ青白い光。

 それのお陰か、今宵は室内であろうと、灯りを付けずとも足元が見えるほどに明るかった。

 

 そして音もなく、木の板の上を足で滑らせながら歩く娘が1人。

 ここは抗亜クランが一つ、東雲派の本拠地である邸宅だ。

 

「…………」

 

 歩みを進める彼女の名は壬生菊千代。

 息をそっと潜め、この先の和室に居る件の男の下へと近づいていく。

 

 和室と廊下を隔てる襖まで後数歩と言う所で。

 中から、男2人の話し声が聞こえてくるのに気付いた。

 

 

「申し訳ありませんが、こちらはこちらの都合で動きます」

「お前……ワシが言えた義理やないが、自分で付けた条件を忘れたんやないやろな?」

「勿論です。ただ、まだこの()()()街の状況で、私の姿を晒す……それは得策ではないでしょう」

「フン。今の亜総義市がぬるい、か……」

 

 

 中で話しているのは、品須と件の男……そう、『スタンド使い』。

 私はこのスタンド使いが心底苦手だ。一体何を考えて、何を感じ、何処を見ているのか、気持ち悪いくらいに感じ取れない。ナユタの所のプッチの方がまだ幾分かマシだ。

 

 この男からは様々な事を聞いた。

 スタンド。パワーやスピード、精密動作性が人の個性の様にそれぞれ異なっている事。

 そしてスタンドはスタンド能力なる、特異な力を持っていることも。

 

 

 壬生菊千代は襖の向こうの声に耳を傾ける。

 

 奴には恩がある。それは返そう。だが、私は……奴に一刻も早く東雲派から出て行って欲しい。アイツが同じ屋敷に居るというだけで、ひと時も心が休まらないのだ。

 故に、奴が東雲派に入って成し遂げたい事が知りたい。その成し遂げたい事さえ手伝えば、恩を返したことにはなるはずだ。屋敷から叩き出すことに何の躊躇も要らなくなる。

 

 

 扉の向こうの品須が、スタンド使いに言葉を掛ける。

 

「そもそもお前、何を探ってるんや? 屋敷から出て何やらコソコソやっとるのは知っとるんやぞ」

「……とあるスタンド使いを探しています。見た目も名前も分かりませんが……スタンド能力だけは分かる。

 

 ―――そのスタンド使いは、『()()()()』させる。」

 

 

 ……時を、加速……?

 スタンドという物について造詣が浅い菊千代には、一体全体それがどういう能力なのか見当も付かなかった。ぼんやりと、『速く動けるのか……?』と思ったくらいだ。

 

 品須も『時を加速』というのにはピンと来なかったようで、あえてその部分には深く触れず、話を続ける。

 

 

「……その『時を加速させる』スタンド使いを見つけることが、お前の目的なんか?」

「ええ」

「もし見つけたらどうするんや?」

 

「殺します」

 

 

 何でもないように言い放ったその一言。

 菊千代は今まで『殺す』だ『殺される』だと、そういった言葉は耳にタコができるほど聞いて来た。その言葉の重みを理解しているつもりではあるし、その上で、その言葉を口にする事もされる事にも今更恐れない。

 

 だが、今のスタンド使いの言葉は。

 まるで息を吸ったり歩くときに足を前に出したり、それくらいに当たり前のように、感情の籠っていない声だった。

 

 菊千代は背筋が凍り付くような恐れを感じる。

 だがすぐに剣を振る者として心を落ち着け、足音のしないように、来た廊下の道を戻り始めた。

 

 

(あの男が誰を探しているのかは分かった。ならばそれを探すだけだ。

 幸い、スタンド使いを相手にしても、私ならある程度は戦える。……まずはプッチの奴から、当たってみるか)

 

 

 

 

 

 

 そうして、菊千代が和室からずっと離れていった後で。

 傍に居る品須にも聞こえないくらい小さく、スタンド使いの男が呟く。

 

「盗み聞きはよくありませんよ……お嬢」

 

 未だ慣れない、東雲派の頭領である少女への『お嬢』呼び。いつか慣れる日が来るのだろうかと、男は誰にも見られないように空へと微かに苦笑した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……『()()』?」

 

 キラキラの買い物に付き合わされ、疲れ気味にアジトに帰ってきたプッチは、騒ぎ立てるアンテナとザッパがしきりに叫んでいる言葉を耳にした。

 

「最近、シケイの間で噂になっている物だ。それの情報をアンテナが突き止めたらしい、……肝心なお宝の中身以外はな」

「一言余計なのである!」

 

 クマがプッチの呟きに言葉を補足した。

 『お宝』という蠱惑的なワードに少しは興味が湧いたのか、プッチはすぐに自室に戻らず、そこらの椅子に腰を落ち着ける。

 そんな彼の様子を見たザッパがにやけ面で言った。

 

「お、やる気になったかプッチ?

 それでだな、このお宝は外から運び込まれて、今は『亜総義化学研究所』にあるらしい」

「化学……? 薬か何かでしょうか」

 

 如何せん、化学という言葉が指す学問の幅が広すぎるため、お宝の内容も絞り切れない。

 

「最近、研究所の周囲をシケイが厳重に警備してるし、間違いないと思うぜ」

「シケイの記憶を抜くか? 一人くらいはお宝の中身を知ってそうなものだ」

「せっかく危険を冒してお宝を取りに行くんだ! 先にネタバレなんて興ざめしちまうだろ?」

 

 そういう物か? と辺りを見回すと、プッチの意見に賛同したそうな顔のクマと虎太郎とメディコが見えた。どうやらそう考えているのは私だけではなさそうだ。

 

「ちなみに、東雲派とフラットも、そのお宝を奪いに行く気なのは判明しているのである!」

「つまり、全抗亜クランとシケイ総出のお祭りってわけだ!」

 

 クマが眉間にしわを寄せながら、実に楽しそうにしているザッパに言う。

 

「確かに、亜総義にダメージを与えられるのなら、そのお宝争奪戦に加わることもやむなしだが…………本気か?」

「本気も本気、マジのマジだ!」

 

 ナユタ、東雲派、フラット、シケイ。

 この四者が入り混じるような無茶苦茶な戦場だ。こんな混沌とした場所には、ほぼ確実に『()()』が出張ってくるだろう。それぞれの抗亜クランのスタンド使いも出てくるかもしれない。

 

 クマがポンと、プッチの肩を叩く。

 

「プッチ。今回は強制参加だ」 

「……ザッパを止められないのか?」

「リーダーがあそこまで興奮して、止められた試しがない」

 

 ……プッチが仕方ない、と言った風にうなずく。

 もし他の抗亜クランのスタンド使いが出てきた場合、プッチという対抗スタンド使いが居なければ、今度こそナユタが全滅させられるかもしれない。

 しかも今回はジンザイ集めではなく、亜総義にダメージを与えるのが目的。元より断るつもりはなかった。

 

 

「む。そういえば言い忘れていたのである」

 

 

 アンテナが突然、人差し指をピンと上げる。

 

「お宝の中身は依然として分からないままであるが……。実は、お宝は『2つ』あるのである」

「何だって? そんな事初めて聞いたぞ」

「ザッパに伝えた直後に判明したのである。まぁ、どうせ中身は分からぬのだし、大差はないのであるが」

 

 虎太郎がガチャガチャと弄っていた機械を置き、アンテナに言う。

 

「そのもう一つのお宝って、なんか情報ねーのかよ?」

「うむ。さっきザッパが語ったお宝は、外から運び込まれた物である。

 しかし、こっちのお宝は……どうやら、『()』から運び込まれた物のようであるな」

「『中』だぁ? なんで街の中からお宝が運ばれてくんだよ?」

「そんな事、私に聞かれても困るのである!」

 

 確かに、虎太郎の言葉は最もだ。

 街の外から運び込まれたお宝というのならば、理解できる。

 

 だが街の中から運び込まれたというのはどういうことか? 『お宝』と呼称されるほど大事な物ならば、わざわざ移動させずに、その場で保管しておけばいい話だ。

 よしんば化学研究所に運ぶ必要がある物だとする。だが、長らく亜総義市で過ごすナユタ、他の抗亜クランすらも街の中にあった『お宝』に今まで気付かなかったとは考えにくい。

 

 

 とすると。

 そのお宝はごくごく最近、街の中で発見された物、という事か……?

 

 

「ま、実際にお宝を奪ってみりゃあ分かんだろ!」

 

 ザッパがパン!と手を叩き、その言葉で話し合いを締めくくった。

 先にシケイからお宝の情報を探ってもいいが、ナユタの協力なしにそれをやるのは、今のこの街の状況では少し不安だ。仕方ない、ぶっつけ本番で謎のお宝の中身を拝むとしよう。

 

 

 初めての四勢力揃った激戦に備え、プッチは早々に体を休めるのだった。

 

 

 

 

 

 

 




せ、盛大に何も始まらない……!



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