傲慢な天才トレーナーと一番星のアタシ (渡邊ユンカース)
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一番のアタシは片付けと料理をする

本作を執筆する作者は土佐出身ではないので土佐弁警察は許してください。できれば修正してくれると嬉しいです。
あと不定期更新です。


 アタシのトレーナーは天才だ。

 恐ろしいほど秀でた観察眼と集中力でコースやウマ娘の足を瞬時に解析し、それをアタシに教える。そのおかげでアタシはレースでライバルであるウオッカを抑え、何度も一着を獲ったことがある。

 コーナーで体力を回復させるための技術、坂路での上り下り、先行で相手を抜かす技術、今があるのはすべてアイツのおかげだって豪語できる。

 

 けどトレーナーは重大な欠点を抱えていた。

 それは自身のトレーナーとしての才能にかまけすぎて、傲慢になりすぎたのだ。事あるごとに才能を誇示して吠えて慢心する。勝気な性格が災いして大事に発展しかけることもあった。アタシも気性難なところはあるけどアイツはそれ以上に面倒。

 

 最初に出会ったのは選抜レースでだった。そこでウオッカと競い合い、そして負けた。レース前、アタシに多くのトレーナーが期待していたけど、彼らはウオッカの走りに魅せられてしまった。ほとんどのトレーナーがウオッカをスカウトしようと躍起になって、アタシは悲しみと悔しさを胸に茫然と立ち尽くしていた。

 けど、そんなアタシに声をかけた人がいた。

 

「おまん、何じゃ今の走りゃ」

 

 季節外れの橙色の首巻を着けて、よれよれのシャツを着た男だった。ぼさぼさの髪を後ろで結わき、顔には無精ひげが生えている。そう、それがアタシのトレーナーだった。

 トレセン学園にいるトレーナーはどれもスーツといった清潔感のある服装だった。それなのにアイツはだらしのない格好だったから、不審者かと疑ってしまった。けどよれよれのシャツにはトレーナーバッチが付けられていた。

 

「なっちょらんな、走りが。特に最後の直線、ありゃあもうちょい粘ればどうにかなっちょったなぁ」

「…」

「道中で諦めよったか。情けないのう」

 

 アタシはグチグチと指摘されるのに苛立ちを覚え、適当な受け答えをした後その場を立ち去ったのを覚えている。だけどそれは痛いところをつかれていたからだって後から理解した。情けない話、アイツはアタシを見透かしていたのだ。

 次の日、アイツはアタシのところに来た。

 

「おまん、わしの担当になれ」

「……はあ?」

「わしの天才的実力ならおまんを伸ばしてやれる。ほれ、さっさと契約書にサインを―――――」

「お言葉ですが、受け取れません。では失礼します」

 

 態度が気にくわなかった。自分の才能を誇示する態度がやけに腹が立った。一番になるための努力をしてきたアタシと天才だからと鼻にかけたトレーナとの相性は抜群に悪かったんだと思う。

 とっととこの場を去ろうとしたら、アイツは去り際にとんでもない爆弾発言をぶつけてきた。

 

「おまんには悔しさがないんか。つまらん女子じゃ、一生負ければえい」

「……ッ!!」

 

 その言葉にカチンときた。すぐさま反転して怒気のこもった目でアイツを睨んだ。するとアイツはニタリとニヒルな笑みを浮かべて、口角を怪しく上げた。

 

「おん、その目じゃ。おうおう悔しいのう、ウオッカに負けんのは」

「アンタに何がわかんのよ……! アタシは一着にならないといけないの!」

「じゃが、今のおまんにウオッカに勝つ算段はあるんか?」

「そ、それは……」

「ならわしと契約せい。そうすりゃ、おまんはウオッカに勝てるぜよ」

「簡単に言ってくれるじゃない!アンタにそれだけの才能が、技術があるっていうの!!」

 

 普段の優等生というお面を剥してまでアタシは本心を暴露した。アイツはただ端的に答えてくれた。

 

「ある」

「……じゃあアタシをウオッカに勝たせてみせなさい。勝てたらアタシのトレーナーとして認めてあげる」

「えいじゃろう。まっ、結果はわかっちょるが」

 

 こうしてアイツとの付き合いが始まった。最初の目標は打倒ウオッカ、アイツは過去のレース記録や練習光景を分析して適正距離や脚質を求めた。そして差されぬようにどう立ち向かえばいいかを教えてくれた。

 

「はあっ!? 終始逃げってどういうことよ!」

「ウオッカの脚は鋭いきに、先行と差しの距離じゃあ詰められる」

「だからって逃げまくるのってすごい体力使うのよ!」

「なら体力を上げればえいじゃろ。明日からこんメニューこなせ」

「……スピードとかはどうすんのよ」

「スピードはそのままじゃ。優先事項は体力の底上げ、差される前に逃げきれれば問題は無いからのう」

「……もし勝てなかったら」

「はっ、わしの目に狂いはない。もっとも負けを見越すおまんじゃなかろうて」

「……わかったわよ。全力でウオッカに勝ちに行くわよ」

 

 それから特訓が始まった。水泳を重点に置いたトレーニングはきつかったけど、こなすたびに体力が増していることを知った。自然と自信もついてきて、ウオッカとのレースの時には絶好調の気分だった。

 レース当日、アイツはアタシにこう言ってきた。

 

「こん期間でやれることは全部やった。あとはおまん次第じゃ」

「アタシが負けるとでも」

「はっ、わしは思ちょらん」

「いってくるわね。必ず勝つわ」

「やってきいや」

 

 アタシはウオッカとのレースで勝ちとることができた。作戦は逃げ、終始ウオッカの先を行くことで差し切れないほどに距離をあけた。走っている時、ひどく足が痛んで息が苦しかったけどトレーニングのかいがあったと実感できた。

 このレース以降、アイツを専属トレーナーとして迎えることになった。

 

 アタシとアイツは勝気でいじっぱり同士だから何度もケンカや意見の食い違いが起きた。けど時が経つにつれてお互いに扱い方がわかってきたのか今ではある程度アイツの思考を読めるようになった。アイツは特に自分を馬鹿にされたり、上から物を言われたりするとすぐに反発するから注意が必要。

 子供っぽく祭りで騒いだり、卑屈だけど素朴な優しさを持つところはアイツに好感を持てるところだった。この間なんて迷子になった子をあやしながらその子の両親捜しに尽力していたとウオッカから聞いた。

 ホント、面倒ごとが嫌いなくせにこういうことは最後までやるんだから。アタシを呼んでくれたら手伝ったのに……。

 

 月日が経ち交流を深めていくにつれて、いつしかアタシはアイツに惹かれていくようになった。だらしのない態度やレースで優勝するたびに一喜一憂する姿が愛くるしく見えるほどに。トレーナーと担当ウマ娘の恋愛は珍しくない、現にミホノブルボン先輩の両親がそうであるように。

 

 アタシはこの悶々とする恋心を胸にしながら日々を過ごしていた。そしたら昨日、アタシが外出して学園に帰っている時に見慣れた後ろ姿が見えた。

 ぼさぼさの髪の毛とよれよれのシャツを着て首巻を巻いた男性、そうアタシのトレーナーだ。アイツの両手にはコンビニ袋があって、こっそり近づいて中を見るとお弁当やカップラーメン、そして酒類が入れられていた。

 完璧を目指すアタシに見合うようトレーナーも完璧でなければいけない。アイツがこんな食事ばかりしたらアタシは真に完璧と言えなくなってしまう。それだけは避けたいし、ただでさえも粗雑なアイツが不健康にでもなったらたまったもんじゃない。

 

 

 だから今日私は、食材と機材、そしてエプロンを持ってトレーナー寮へ出向いた。本来、ウマ娘の寮にトレーナーが入ってきてはいけないのだが、逆なら特に言及されていない。むしろ多くのウマ娘がトレーナー寮に足を運んでいるという。現にエアグルーヴ先輩やトウカイテイオーもその一人。

 私はアイツの部屋の前に立ち、備え付けのチャイムを鳴らした。軽快な音が家の中から響き、十秒後ガチャリと扉が開いた。

 相変わらずだらしのない姿のアイツが現れた。ただ目を丸くして珍しい来客に驚いていて、まるで子供のようで可愛かった。

 

「な、何じゃいきなり!」

「ふん、アンタのためにご飯作ってあげるわ」

「飯じゃと? どうしておまんが」

「決まってるじゃない。アタシのトレーナーなら完璧になってもらわないと私が困るんだから」

「ぬかせ、さっさと去ね。女子が男ん部屋入っちゃいかんぜよ」

「嫌よ。ご飯作るまで帰らないわ」

「はよう帰れ。寮長呼ぶぞ」

「許可は得てるから。ほら早く入れなさい。じゃないと痴漢されるって叫ぶわよ」

「わしを脅そうにゃあ百年早いぜよ! ほな!」

 

 そう言ってアイツは扉を閉めようとする。アタシは手首に食材の入った袋を掛けたままドアノブを抑える。

 

「抑えたわよ。さっさと観念しなさい」

「はっ、わしは地元じゃケンカ番長じゃ。いくらウマ娘だが女子のおまんに負けるはずが―――――」

「あら簡単に開くわね」

「なんじゃああああああッ!?」

 

 バカね、ウマ娘に勝てるわけないじゃない。

 最後までドアノブを握っていたせいで、アイツはずるずると外に引きずられた。その隙にアタシは室内に入室した。靴を脱いで部屋にあがると、粗雑さが顕在したようにゴミが大量に置かれていた。弁当の空き箱や空き缶、机やベッドの上には書類や衣服が散乱している。キッチンを覗くと、やけに綺麗で暫く料理をしていなかったのがわかる。ちなみに周辺には冷蔵庫と電子レンジが最低限揃えられていた。

 ……やっぱりそうだと思ってゴミ袋を用意したかいがあったわね。料理を作る前に掃除をしないと。

 

「あんま部屋を見ゆうなや」

「汚いわね。アタシじゃなかったらドン引きよ」

「けっ」

「今から掃除するからアンタはゴミ出しにいきなさい。明日は燃えるゴミの日よ」

「わしはこれから予定があるんじゃが」

「無いってアンタの後輩である桐生院トレーナから聞いたわよ。嘘をつかないで」

「ちいっ!手伝えばええんじゃろ!」

 

 渋々といった感じでアイツは私が詰めたゴミ袋を運んでいく。一応、必要か不必要かを確認しているから間違えて捨ててしまったということはないはず。

 アイツがゴミ捨てに行っている間、アタシはこっそりベッドの下を覗いた。そこには数枚のDVDと雑誌があり、それらを取り出した。

 

「……へー、こういうのが好きなんだ」

 

 ペラペラと雑誌を捲り、雑誌の内容を確認する。本には裸の女性と男性が熱烈に体を絡ませている写真や漫画が載せられている。俗にいう成人雑誌、ちなみにDVDの方も同じだ。

 どの女性も魅力的な体と顔立ちで、中にはウマ娘のものも存在している。どれも共通して豊満な胸を持つ女性が載っていた。それだけでアイツの嗜好がわかった。

 アタシはそっと自分の胸と比べ、勝ち誇ったように笑みを浮かべる。

 

「アタシの方が大きいんだから」

 

 満足気に笑っているとドアノブを回す音が聞こえた。アタシは急いで雑誌などを元の位置に戻して、燃えないゴミを部屋の隅に置くフリをする。

 アイツは違和感には気づいていないようで安心した。バレたらアイツの男としての面目が保てないし、何よりもキレ散らかすことが目に見えている。

 

「終えたがか?」

「えぇ、本当はもっと綺麗にしたかったけどこの辺にしてあげる。さっ、ご飯作っちゃうから待ってなさい」

「おん。わしが食うたら去ねよ」

「わかってるわよ」

 

 アタシはエプロンを巻いてキッチンに立つ。袋から食材と調理器具を取り出して、テキパキと調理をこなす。小さいころから母親に負担をかけないよう料理を手伝っていたかいがあったものね。

 調理実習ではトウカイテイオーが暴走して苦労したけど、なんとかウオッカとアタシでカバーした。意外とウオッカも料理がうまいのよね、兄弟がいるからかしら。

 ちらりとリビングに居るアイツを見ると、書類を片手にPCへ何かを打ち込んでいた。おそらくアタシの練習メニューについてだって想像がつく。ホント、真剣になっている時の顔は凛々しいんだから。ズルい人。そういうところが惹かれちゃたんだと思う。

 

 一時間程度で料理ができた。メニューは味噌汁、豚肉の生姜焼き、サラダ、ご飯でありきたりなものを作ってみた。一応、二日前の調理実習で作ったのと同じものだから上手くできたと思う。まっ、本当は新鮮な野菜や炊き立てのお米を使いたかったけど、ゴミ出しや炊飯器の有無を考慮した。必ずレースで優勝したボーナスで炊飯器を買わせてあげるんだから。

 美味しそうな匂いを嗅ぎつけてアイツがこっちを覗いてきた。

 

「ほにほに、生姜焼きか」

「そうよ。不健康なものばかり食べてきたんだからきちんと食べなさい」

「えいじゃろう、わしが何を食おうが勝手じゃ」

「それでもだめなの! ……アンタに倒れられるとアタシが困るんだから」

「ははーん、まあわしは天才トレーナーじゃき。そう思われちょっても仕方がなか!」

「そういうことじゃないわよ!バカ!」

 

 アタシは二人分の料理を運び、机に並べた。うん、我ながら美味しそうね、流石アタシ。アイツはてくてくと歩き、冷蔵庫から缶ビールを持ってきた。プシュッと爽快な音が漏れる。

 

「担当ウマ娘の前でお酒だなんて、遠慮がないのね」

「別にえいじゃろ。わしの家じゃ」

「そうね、さっさと食べましょ。ちょっと早い夕飯ね」

「そうじゃのう。食うか」

 

 アタシとアイツでいただきますを言って食事を始めた。ガツガツと豪快に食べる様子はアタシの心を満腹にしてくれた。それほどアタシのご飯が美味しいってことになるから。時折、ビールを口にしながらアタシたちは会話を交わす。どのレースで不安なポイントはどこか、どんなトレーニングを希望か、今の靴はあっているのかとどれもレースに関することばかりだった。それだけレースに真摯なのは良いんだけど、ちょっとだけ距離があいているようでむず痒かった。だからレース以外のことを切り出した。

 

「アンタ、いつも学園に居るわよね。マヤノとライスシャワー先輩が深夜徘徊するアンタを見たって聞いたわ」

「わしは基本学園におる。ほんで、過去のレース記録やウマ娘の情報を漁っちょる」

「家はいつ帰るのよ」

「基本、寝るんと飯食う時だけじゃ」

「だからあんなに部屋が汚かったのね。休日はどうしてんのよ」

「他のレース場見学か、パチンコと競艇ぜよ。いつもんいまひとつ勝てんが、こん前は競艇で勝ってこじゃんと貰ったじゃき。今度高級寿司を奢っちゃる」

「……人の趣味に口出しするわけじゃないけど、まさか収入を全てつぎ込んでるとかはないわよね」

「何を言うかが。遊びは派手にやらんと面白うないきに!」

 

 典型的なダメ人間ぷりね。お金があったら貯金しないタイプでいつか破滅しそう。だらしがないったらありゃしない、アタシがストッパーになる必要があるわね。それに完璧を目指すアタシにとってお金の管理の練習にもなるし。まずは理事長に分割払いをしてもらう必要があるわね、手元にあったらすぐ使うんだから。

 

「おまん、何か企んどるな」

「別に何でもないわよ。ほら食べちゃいましょ」

「……まあえい。まずは飯じゃ」

 

 そうこうしているうちにアタシたちはご飯を食べ終えた。食器を洗いながら時刻を確認すると七時を回っている。そろそろ帰らないと優等生のレッテルが剝がれてしまう。手早く食器洗いを済ませ、袋に調理器具をしまいながら声をかける。

 

「そろそろアタシ帰らないといけないから。冷蔵庫の中に生姜焼きの作り置きがあるから食べてよね」

「まあもったいないから食ってやるかのう」

「はいはい、美味しかったのね。あと、たまにアンタの家に訪問するからある程度綺麗にしておくこと。いいわね?」

「ほんなら気い向いたらやっちょくきのう」

「それと仕事もいいけどちゃんと帰宅して家で休養しなさい」

「おん」

「あとあとお金をすぐに使わないで貯めなさいね、万が一を見越した貯蓄が重要なのよ」

「おまんはわしの母親か!」

 

 アタシはドアノブを握って扉を開ける。外は暗く、街灯が点々と灯っている。靴を履いて、外に出たアタシは扉を閉めようとした。すると小さな声が奥から聞こえ、耳がピンとなった。

 

「……また来いや。飯、美味かったやき」

 

 扉を閉めて、思わず扉を背にもたれ掛かった。意地っ張りで傲慢で卑屈だけど、どこか素直で優しいアタシのトレーナー。今のセリフも恥ずかしながら言ってくれたと思うと外見に似合わず可愛らしくて愛らしい。まさにツンデレな野良犬ね。

 

「ホント、素直じゃない人」

 

 けどそれはアタシもなんだけど。

 アタシは薄暗い道を辿って学園に帰ることにした。その足取りは自然と軽やかだった。




この作品はFGOの岡田以蔵のようであって岡田以蔵ではない。外見と内面は完璧に同じですが、過去がやや違いますので悪しからず。


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一番のアタシは映画を見る

短編から連載に変えました。
それと絶対このトレーナーはダイワスカーレットのことダスカって言う。


「あれ。これって」

 

 今朝アタシのもとに届けられた一枚の茶封筒。茶封筒の表には件名と宛先が記載されており、きちんと私の名前がある。見覚えのある宛先にあることを思いだした。

 

「そういえばアタシ、前に懸賞を送っていたわね」

 

 一か月前にとある化粧品を購入した際、懸賞に送れるほどポイントが貯まった。懸賞の内容は映画の上映チケット、しかもその映画は多くの著名人から高評価を貰うほど有名な作品だった。

 ちなみにジャンルは恋愛映画で、不良の青年と恋愛経験なしの少女が恋に落ちる青春ロマンスものだ。

 

「ねぇ、ウオッカ。アンタこの映画一緒に見に行かない?」

「何だよそれ」

 

 寝ぼけ眼のままウオッカはこのチケットを見る。すると気まずそうにしながら告げてくる。

 

「わりぃ。テイオーと見ちまった」

「テイオーとなんて珍しいわね。恋愛作品は鼻血が出るから苦手なんじゃなかったの?」

「いやー、レースの罰ゲームで鑑賞することになっちまってな。鼻血が出そうになった展開は多かったけど良い映画だったぜ」

「あらそう。なら誰と見ようかしら」

 

 この映画は人気が高いから多くの友達が見てるらしいし、うーんどうしようかしら。マヤもオペラオーも見てそうだし……。

 あっ、そうだ。アイツが居るじゃない。

 

 

「ねぇ。今度の金曜日空いてる?」

「なんじゃ、いきなり」

 

 朝食を食べ終えてからアタシはアイツのもとへと向かった。広い校内で人を捜すにはかなりの労力が必要だけどアイツの居場所は基本限定される。コースの土手、トレーナー室、資料室の三つだ。

 そして案の定アイツはトレーナー室で新聞を読みながら缶コーヒーを飲んでいた。

 

「懸賞が当たったのよ。ほら」

「ほにほに『不良少年と純情乙女』か。そういや話題になっちょったなぁ」

「えぇ。上映したのが少し前だから映画館と上映時間が限定されちゃってるけど面白そうよ」

「はっ、なんでわしがこがな映画を見んといけんのじゃ。だいたいわしみたいな男が見る映画じゃなか」

「けどアタシの知り合い全員が見ちゃってるの。期限もそろそろ切れそうだし」

「……友達少ないんがか?」

「そんなことないじゃない!レースと練習で見る機会がなかったの!」

 

 ジュニアとクラシックはほぼレースと練習に明け暮れていて、大変だったけど有意義な期間だった。もちろん休憩期間も挟んでいたけど自分の休日が友達の休日に被ることは少なくて、独りでショッピングに回ることもしばしばあった。

 

「……ちぃと待てや」

 

 そう言うとアイツはノートパソコンを起動してカタカタと何かを調べ始めた。その時、デスクトップの背景がちらりと見える。高知出身のアイツらしい酒瓶とカツオの刺身を写したもので、高知出身者は酒好きが多いと聞くけど本当だったみたい。

 そろそろアイツの誕生日を迎えるそうだから食べ物のプレゼントもありかもしれないわね。流石にお酒は無理だけどカツオを使った食べ物なら調達しやすそうね。

 

「あー、ダスカ。近場の映画館じゃとナイトショーしかないのう」

「昼間に上映してるのはやっぱりないの?」

「ある分にゃあるが平日の正午じゃ。優等生のおまんが授業を抜け出すとは思えん」

「当たり前でしょ!ずる休みとバックレなんて評価に響くじゃない」

 

 常に一番を目指しているアタシが不良じみた行為をできるわけないじゃない。

 アイツは何かを考えたうえで、やれやれとこちらに視線を向けてきた。

 

「……しゃないのう。わしが一緒に行っちゃる。感謝せい」

「ホント!?この映画見たかったのよね!」

「寮長にもわしが申し込めば許可くれるじゃろ。夜に学生がちょろちょろするんは危ないからのう」

「そういやアンタはどういう学生だったのよ」

「わしか。おまんと違うてただの不良じゃ」

「そういやこの前ケンカには慣れてるって言ってたわね」

「おん。一応剣道部に居たが雑魚しかおらんくてのう、すぐ辞めてやったわ」

「アンタはそういうことしそうよね。想像できるわ」

「たいした才能も無いくせに威張り散らすやつが嫌いじゃ。まあ終いにゃあボコボコにしてやったがのう!」

 

 アイツはゲラゲラと大声をあげて笑う。なんかアイツが人を見下して己の才能を誇示する姿が安易に想像できる。

 最初こんな性格に怒りを通り越して呆れが来たけど、笑う姿はどこか悲しい。大人の体を持ちながら子供の器を持ってしまったような空虚さが垣間見えて、いつも胸がキュッとしまる。

 

「ダスカ、おまん何を考えちょる。そげな顔をして」

「……いいえ、何でもないわ。それでいつ行くの?」

「期限はいつじゃ」

「そうね、残りは……一週間!?どうして期限切れ間近のものを送ってきたのよ!」

「とんだ運営ぜよ。となると今週金曜の夜になるのう」

「ならそれでいきましょう。一応、私からも許可証を申請してみるわ」

 

 こうしてアタシとアイツとで映画を見る約束を交わした。気になっていた映画が見れることに昼間はウキウキで授業を受けたり練習に参加していたが、お風呂を上がり自室のベッドで横になっているとあることに気づいてしまった。

 これってもしかしてデートなのでは?

 

「そ、そんなことはないわよね。だってアイツよ、あんなずぼらで卑屈なアイツとデートだなんて!」

 

 自分の才能を鼻にかけて下卑た笑い声をあげる姿なんて悪役そのもので、アクション映画とかなら立派な小悪党(かませ犬)として主人公たちに襲うタイプ。人質とかで優勢になるけど慢心した隙をつかれてあえなく粉砕されるのが目に見えてるんだから!そしてネタキャラになるのがオチよ!

 ……でもどうしてここまで想像できるのかしら、普通に接してる人ならこんなこと考えないのに――――ッ!

 

「~~もうッ!」

 

 なんかすごい意識しちゃってるわ!てか、今思えばこれっていわゆるデートじゃない!映画館のデートだなんてありがちなシナリオだわ!

 

「おいスカーレット。ベッドの上でパタパタするなよな。ホコリが舞うだろ」

「仕方がないじゃない!こうでもしないと体が落ち着かないの!」

「情けない姿だなー、まったく」

「そういうアンタに言うけど、仮にアンタとトレーナーが映画館に行くことを考えなさいよ」

「別に何でもないんじゃないか?」

「よくよく考えなさいよ。男女が一緒に映画館に行くのよ!」

「……ウワー! そ、そそれってデートじゃんかよぉ!」

 

 ウオッカの顔は一瞬で赤面すると、鼻を抑えながら仰け反る。ウオッカにも担当トレーナーが居るから想像したのだろう。二人とも恋愛感情は持っていなさそうだけど、話を聞く限りいつの間にか恋愛関係へと発展しそうな感じなのよね。

 

「アタシが動揺するのもわかるでしょ」

「け、けどトレーナーとはそういう関係じゃないし……」

「はいはいそうね。休日一緒にバイクを乗り回す関係なのにね」

「ま、まさかオレとアイツはそういう関係だったのか!?ぐはっ!」

 

 初心なウオッカには恋愛というものはまだ早かったらしくて、興奮のあまりオーバーヒートを起こしてベッドの上で気絶した。念のため鼻血でシーツを汚してしまうかもしれないので鼻栓を突っ込んであげた。

 

「あまり日数もないから何を着るか考えないと」

 

 まだ数日はあるけど準備をするにこしたことはないわ。やっぱり清潔感を重視していくべきか、それとも可愛さを重視するのか非常に悩むわね。アイツはどういう服装が好きなのかしら、あーもう!全然わかんない!

 

 

 悶々とした思いを抱えながら約束の日がやってきた。学生である身分上、夜間の外出は本来一人なら許可が下りないのだが大人と同伴という制約で許可された。

 夜間に上映ということですでにお風呂とご飯を終えたアタシは待ち合わせ場所の正門前で待つ。服装は結局のところ普段の外出で着ているものとなってしまった。ウオッカはこういうとき役立たないので、エアグルーブ先輩やフジキセキ先輩に聞いてみたところあまり気にするのはよくないとのこと。

 

「先に来ちょったか」

「ッ!当然ね、アタシは常に一番に待ち合わせ場所に来るよう心掛けているんだから」

 

 数分待っているとトレーナー寮の方からアイツがやって来た。アタシはあんなに服装で熟考したのに、アイツは紺色のインバネスコートに身を包んでローファーを履いたいつものスタイルだ。先輩二人が気にしなくてもいいという指摘は間違いじゃなかった。流石は先輩たちだわ!

 

「げに冷えるのう。おまんもそん薄着じゃ寒いじゃろ。コート着ちょったらえいもんを」

「ふん、乙女心がわかってないわね。オシャレに我慢はつきものよ」

「……まあえい。すっと(すぐ)行くぞ、駄弁りすぎて映画が見れんかが笑い話になるきに」

「そうね。行きましょ。あとアタシの服を見て言うことってないかしら」

「なんじゃ、わしに褒めてもらいたいがか」

「違うわよ!ほ、ほら一番を目指すアタシが着るものに相応しいか判断してほしいの!」

「そやけんどわしに求めんのは間違いぞ。服のことなぞわからん」

「それでもいいの!率直な感想を言ってみて!」

 

 トレーナーと一緒に遊びに行くのはこのおでかけが初めてだったりする。遊びに行こうと誘うも毎回断られてしまうからだ。その時は仕方なしにウオッカたちと遊びに行くけど、その間アイツは何をしているのかというと呑気に昼寝をしていたりパチンコを打っているとのこと。担当ウマ娘と距離を一定に保とうとするトレーナーは少なくないけどそんな過ごし方を送るなら一緒に遊んだ方がいいじゃない。

 ちなみにソースはアイツの後輩である桐生院トレーナーとたづなさん。

 

「似合ちょるぞ」

 

 アイツは顔を首巻で隠しながら不愛想に告げる。けど赤面をしながら目をどこかへ向けるといった表情を浮かべていて、気恥ずかしさの裏返しなんだということがわかった。ホント、ツンデレなんだから。

 

「さあ行くわよ!」

「お、おう。そうじゃな」

 

 アタシらは道中でバスに乗り、十数分間車内で適当な話を交わすと映画館についた。そのまま中へ入りカウンターで店員にチケットを見せる。初上映から時間が経ったのとナイトショーということもあってか座席はほとんど空いていた。一番スクリーンが見やすくて迫力のある真ん中の座席を選び、入場時間が来るまでポップコーンとドリンクを買って待つことにした。

 自分が買ったものの料金を払おうと財布を取りだしたら代わりに払ってくれた。大人としての意地と男としての威厳を見せたかったのかも。まだまだ子供扱いされてるんじゃないかと思う反面、気を使ってくれて嬉しいと思っちゃった。

 

 入場時刻になりアタシたちは上映するシアターに入る。大きな空間をほぼアタシたちで独占できると考えるとすごい贅沢。

 

「見いや。デカいベッドじゃのう」

「さっき店員さんが言ってたでしょ、これカップルシートっていうの」

「こんぐらいデカいき、こっちの席にすればよかったのう」

「アタシとアンタがカップルだって言いたいの!? そ、そりゃあ付き合いは長いしさ……」

「冗談じゃ冗談。なんじゃ、優等生いうがは冗談の区別もつかんか」

「ッ!?もー!」

「なんじゃああああ!!」

 

 トレーナーからポップコーンなどを入れたトレイを奪ってから軽めに足を踏んずけてあげた。軽めとはいえウマ娘の脚力で踏まれればどうなるのか、それは言葉にするまでもない。屈んで痛みに悶えているアイツを尻目にアタシは座席に座る。後から痛みが落ち着いたのかひょこひょことやってきた。

 

「い、痛かったぜよ!」

「あっ、そう。蹄鉄付きのシューズじゃなくてよかったわね」

「けっ、おまんはデカ女だから一撃が痛かったのう」

「へぇー、今何か言いましたか?トレーナーさん?」

「痛いぜよ!手の甲抓るんの止めや!」

 

 デリカシーのなさはホントお墨付きね。見直したと思った途端にすぐこれなんだから。

 

「にしても映画なんぞ久しぶりじゃ」

「そうなの?」

「わしが最後に見ちょったは六年前じゃのう。ちょうど高校生の時」

「ちなみに何を見たの?」

「『幻のウマ娘』ちゅうもんじゃ」

「あー、それ知ってる!連戦連勝のウマ娘の話よね!アタシもあれを見て心が躍ったわ!」

「そうか!あれは名作じゃし、なんてったってわしに関わりのあるウマ娘じゃ。見ないわけにはいかんぜよ!」

「まさかそれでトレーナーを目指し始めたってわけ?」

「……昔からわしは目指しちょってた。そんトレーナーになるっちゅう想いが強くなったきのう」

 

 語られるトレーナーを志した経緯にアタシは意外だなって思った。トレーナーになるには様々な試験を受けないといけないので難関だ。だから絶対に諦めないという想いを持った人じゃないとなれない。その想いをちゃんとアイツも持っていたんだから嬉しいわね。

 そうこうしているうちにシアターの照明が落とされた。辺りは一面真っ暗になり、目の前に大型スクリーンに映像が流れる。もうじき上映するという合図だ。

 

「一応言うけど寝ないでよね」

「大丈夫じゃ、つまらん映画じゃのうなら起きちょる。酒も飲んでないきのう」

「そう、ならよかったわ。案外、そういうところきちんとしてるのね」

「賭け事じゃないしのう。遊びのマナーを守った方が楽しいからのう」

 

 人を見下す際に見せる下劣な笑みではなく、ただ純粋な笑みをアタシに向けてきた。無精ひげこそ生えているが童顔な顔立ちが見せる笑顔はアタシをときめかせるには十分だった。普段見せるものとは違う一面、いわゆるギャップはすごいって漫画やドラマでは言ってたけどホントにその通りなのね。

 

 

「映画、面白かったわね」

「そうじゃのう」

 

 一時間半の上映を終えてアタシたちはシアターを出た。シアターの出口に設置されたトレイ置き場とゴミ箱に容器を置いた。内容としてはかなり良作で、当初は渋々同行していたアイツもシアターに釘付けになっていた。前のめりになってまで見てくれたんだから誘ってよかったわ。

 

「恋愛ドラマとミステリーが合わさっている作品かと思ったら迫真の戦闘シーン!役者さんの演技も良かったわね」

「飽きさせない構成じゃった。久しぶりじゃが楽しめたぜよ」

「ホントにそうね!ほら、一緒にでかけるのもいいでしょ」

「まあ今度遊ぶんなら考えてやっても悪くはないきのう」

「素直じゃないわね。こういう時はそうだって一言言えばいいのよ」

「……おまんはまだ学生なんじゃ。ほんなら友達と遊べばえい。学生時代を楽しんじょれ」

 

 トレーナーはアタシのことを気にかけているのかあえて冷たい態度を取った。自分もまた遊びたいって思っているくせにアタシのことを気にする態度は嬉しくもありどこか寂しく感じる。……ホントに素直じゃないんだから。

 壁に寄りかかってやれやれと真意を伝える。

 

「大丈夫よ。アタシ、友達多いんだから」

「ほんなら増やすか親睦を深めちょれ」

「まだわからないの? アンタも関係を深めるべき仲間に入ってるんだからね」

「わしが、じゃと?」

「そうよ。アンタはたくさんアタシに尽くしてくれたんだから」

「……変わった女ぜよ」

「それがダイワスカーレットよ。覚えておいて」

 

 気だるそうに頭を掻きながら口元を首巻で隠した。待ち合わせ場所で見せたように顔に感情が表れやすいタイプなんだから、きっと笑っているのね。

 

「そういやダスカ、気になっていたことがあるんがはえいか?」

「何よ。言ってみなさい」

「どういても理解できのう仕草があってのう。今から試すぜよ」

「それってどういう――――ッ!?」

 

 一気に距離を詰めたアイツはアタシの顔の壁にドンと片手をついた。壁際に追い込まれたのとずいっと顔を近づけてきた衝撃で驚いたけど、驚きが一瞬にしてときめきに変わった。

 

 ギラギラとした目つきとくせっげな前髪で隠されたオレンジの瞳が僅かに見える。あのレースや他のウマ娘を分析する際に見せるあの真剣な顔でこっちの目を見つめる。

 アタシの顔が熱くなり、きっと誰にでもわかるぐらいに赤面しているのを感じる。胸もドキドキと鼓動が早くなり、やや息苦しさを感じる。レースの後みたいだけど苦痛に思わないし、むしろ心地が良かった。

 

「ダスカ」

「は、はぃ」

 

 空いた片手でアタシの顎を持ち上げる。緊張と鼓動がピークに達してうまく返事ができない。この展開はあの映画の終盤で主人公がヒロインにキスをするシーンそのものだ。アタシもあのヒロインみたいに激しいキスを交わすんだわ!そうじゃなかったらこういうことをしないんだから!

 アタシは目を閉じてやや唇を突き出した。ヒロインが劇中でしていたことをそのまま真似したけど、どうしてそうするのかわかった気がする。覚悟を決めてトレーナーのキスを待つ。……これがファーストキスになるなら悪くないわね。

 

 

「……ははは!効果てきめんじゃあ!」

「へっ?」

 

 暫く待ってもキスが来ない。目を開けてみるといつの間にか手を放していたトレーナーが腹を抱えてゲラゲラと笑っていた。緊迫した状況から一転した状況に何も考えることができなかった。

 

「わしがおまんとキスをするわけないじゃろ!第一、まだ中等部なんじゃから捕もうとしてまうわ!」

「~~ッ!!最低ッ!」

「何度でも言うがえい!映画ちゅうもんは有意義なもんじゃのう!」

「ふん!暫くアンタとの練習に付き合ってあげないし、このことをエアグルーブ先輩たちに言いつけちゃうんだから」

「ははは!エアグルーブが怖くてたまるか!所詮ただの小娘じゃ!」

 

 ホントに信じらんないッ!初体験かと思ったらこんなざまになるなんて!もう一人で帰る!

 アタシは純情を弄ばれたことに怒りながら映画館を出る。さっきみたいに足を踏む余裕すらない。後ろではアイツが付いてきているが、帰るところが一緒なんだから当然なんだけどね。

 

「おいダスカ」

「……何ですかトレーナーさん。まだ要件があるんでしょうか?」

「そん素っ気ない態度は初対面を思い出すのう」

「そろそろバスが来る時刻なんで。何なら暫く喋りかけないでくれますか?」

「次はいつ出掛けるか」

 

 さっきは否定的だったおでかけを肯定してきた。親睦を深めるべき仲間というアタシの言葉で心境が変化したのかも。後ろを振り向くとトレーナーは満足気に笑っていた。

 

「さあね、けど遠くはないわよ」

「ほんなら楽しみにするぜよ」

 

 バカね、その笑みを浮かべられたら冷たくなれないじゃない。ズルい人なんだから。

 




岡田以蔵と意外にウマが合うのはナリタブライアン。ちびちゅきで以蔵は葉っぱ咥えてたし、不良ポジションだし、肉食系(食への好み)だし。
あと土佐出身のハルウララが土佐弁を喋る様子とか結構気になる。


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一番のアタシはチョコを渡す

皆さまはバレンタインデーにいくつチョコを貰えたでしょうか。
私はゼロです。(まあゲームではたくさん貰いましたが)


強気になってないもん。


 今日のトレセン学園は以上に浮ついている。

 皆が頬を赤らめてソワソワしていたり、恋愛の話を発展させたりしている。

 そう、今日は世間一般に言われているバレンタインデーなのだ。専属トレーナーが付いているウマ娘はトレーナーに渡す用のチョコを用意している。一応、友チョコを用意している子もいるけどトレーナーに渡す子はドキドキした様子でプレゼントを持っていた。女の子がバレンタインデーにお熱なのは当然よね。

 

「にしし、このドッキリチョコで驚く顔が気になるなー!」

「トレーナーが喜ぶ様子が目に浮かぶわね」

「楽しみだ」

 

 ……まあチョコを用意しているのはアタシもなんだけど。渡す相手はうちのトレーナー、ああいうタイプの男性はチョコなんて貰えないから仕方がなくだけどあげることにしている。

 

 それと実は今日はバレンタインデーだけじゃなくてアイツの誕生日なのよね。本当ならプレゼントでも贈ってあげたいのだけど何が欲しいのかいまいちわからないのよね。未成年者の私がお酒をプレゼントしたら一大事だし。

 要するにこのチョコは義理チョコと誕生日プレゼントを兼ねているかわざわざ何度もリテイクをして作ってあげた。絶対にマズいだなんて言わせないんだから。

 

 放課後にアタシはアイツが大抵居座っている場所に足を運んだ。すると運よく一発目で見つけることができた。トレーナー室に置かれた椅子を使って即席のソファーを作り、そこで寝ていた。

 アタシは就寝している姿を見て引き返そうとしたら、気配で気づいたのかむくりと起き上がった。

 

「おう何じゃダスカ。今日は休息日じゃろ」

「アンタ、今日は何の日かわかっているの?」

「あぁ……?そうじゃのう、今日はふんどしの日じゃったか」

「もー!どうしてそういう答えが出てくるのよ!今日はバレンタインデーとアンタの誕生日でしょ!」

「お、おうわしの誕生日なんぞよう知っちょったのう」

 

 トレーナーはその存在を忘れていた様子で眠たげに頭を掻いていた。テレビとかに宣伝がいっぱい載っているはずなのにどうして存在を忘れているのかわからないわね。てか、どうしてふんどしの日は知っているのよ。

 

「ほん、ちゅうことはおまんがわしに何かをくれるんか」

「まあそういうことになるわね。はいこれ」

 

 アタシは赤い包装紙に包まれたプレゼントを渡した。トレーナーは物珍しそうにプレゼントを見ている。もしかしたら本当にチョコを貰った経験がないのかもしれない。

 

「バレンタインと誕生日おめでとう。私からのプレゼントよ」

「あ、ありがとうぜよ」

「何よ。そんなにチョコが物珍しいってわけ?」

「あぁ、わしはこういう日に貰った経験がのう(なく)てのう。縁もゆかりもないものじゃと思ちょったわ」

 

 つまりアタシがアイツの初めてを貰ったってわけね。ふふん、気分がいいわね。丹精込めて作った甲斐があったわね。

 

「ぬははは!おいダスカ、ちっくと今夜付き合えや」

「ど、どうしたのよ急に」

「そんいやおまんに飯を奢っちゃるって言うたしのう。今夜はわしの家で豪華な飯を食らうぜよ!」

「えっ!?けど外出許可証の申請してないし……」

「前にも言うたやろ。わしが言えば一発で通るんじゃ」

「わ、わかったわよ。けど準備だけはさせてほしいわ」

 

 も、もしかしたらそういう雰囲気(うまぴょい)になった時に備えないと恥ずかしいし……。下着を選んだりシャワーを浴びないと。な、なんなら雑誌にあるちょっとそういう話を見て予習しないと……!

 

「別にしなくてもえいじゃろう。どうせわしの部屋じゃし」

「それでもしないといけないの!アタシだってまだなんだから!」

「何がまだなんじゃ。この前家に来たじゃろう」

「それでもなの!」

「まあえい。ほんなら六時半にわしの家まで来いや」

「わかったわ!」

 

 アタシはその後、急いで部屋を立ち去った。すぐさまお風呂に入って体を清潔にして、身なりを整える。まだ学生だから大人びた服装は持っていないけど、映画館に行った時の服装で行くことにした。そして髪のセットをしているうちに約束の時刻は近づいていた。

 さあ行こうというところで突然ベッドでバイクのカタログを眺めていたウオッカが話しかけてきた。

 

「おいおい、何処に行くつもりなんだよ」

「うちのトレーナーのところよ、ウオッカ」

「この前も行かなかったか?」

「えぇ、行ったわよ。別にいいじゃない」

「いや行くのは勝手だけどよ、何してんだ?ゲームでもしてんのか?」

「バカねウオッカ、アタシがそんなことするわけないじゃない」

「じゃあ何してんだよ」

「そうね料理と掃除かしら」

「そ、それってまだ早すぎないか!?」

「別に早くないわよ。アンタもそろそろ行動しないとアンタが別の子にトレーナー盗られちゃうわよ」

「オレとトレーナーはそんなことしないしッ!」

「アンタも自分のトレーナーに渡す用のチョコ、こっそり作ってたじゃない」

「ウワー!?どうしてバレたんだー!?」

「ま、まあアタシはだらしないから世話をしているだけなんだからね。勘違いしないでよね」

「けどオレに失敗作くれたじゃん!」

「うっさいわね!じゃあ行ってくるから!」

 

 アタシは鼻血を出さぬよう鼻を抑えるウオッカを置いて部屋を出た。

 ちょうどトレーナーの家についた頃には約束の時刻を迎えていた。チャイムを鳴らして暫く待機すると、ガチャリと扉が開いた。

 

「おう、来よったか」

「時間を遅れずに来るのは優等生として当然よ。入ってもいい?」

「はよう入れ。わしは腹減ってるんじゃ」

 

 促されるままに中へと入る。この前掃除に来たから溜まってきている多少綺麗になっているけど、やっぱり汚れるものは汚れるし微妙にゴミも溜まってきている。小言を言われないようにか部屋の隅に衣服と書類を隠している。

 あんなに掃除をしときなさいよって言ったのにしてくれないだなんて、アタシがまたやらないとダメね。ホント、アタシが居ないと一気にだらしがなくなるんだから。

 

 ちゃぶ台の上には色々な店からデリバリーをしてきたと思われる料理でいっぱいだった。ピザ、フライドチキン、寿司が並べられている。しかも寿司に至ってはやや高めの値段のものらしく、ネタが豪華だった。

 

「ほれ、飯じゃ」

「アンタ、結構な出費だったでしょ。どれも美味しそうだけど」

「前に言うたじゃろ。いつか美味い寿司を食わせちゃるって」

「冗談だと思っていたわ。やるじゃない」

「ふん、わしはやる時はやる男じゃ」

 

 トレーナーは鼻を鳴らしてどや顔を披露している。アタシのためにここまで用意してくれたと考えると悪い気はしない、むしろとても嬉しい。しかもウマ娘の食べる量は人間と違って多いから、それを考慮してくれている。気遣いが下手なのか上手いのかわからない人ね。

 

「さっ、食べちゃいましょ。一応、九時が門限だからね」

「ほんなら食うとするかのう。おいにんじんジュースでえいがか?」

「構わないわ」

 

 アタシらが席に着くと、アイツはコップににんじんジュースを注いで手渡してくれた。その手元には缶ビールが置かれている。

 

「乾杯するぜよ」

「そうね。かんぱーい」

「乾杯」

 

 こつんと互いに持った容器がぶつかり、同タイミングで口をつける。一度に結構な量を飲んだアイツは幸せそうな唸り声をあげた。

 

「美味い!やっぱりキンキンに冷えちょるビールぜよ!」

「豪快な飲みっぷりね。流石は土佐出身者ね」

「土佐の人間は酒ば好いとるからのう。今日はビール以外に土佐の酒もあるぜよ」

「飲み過ぎて体壊さないでよね」

「ははは!わしはそう簡単にゃあくたばらん」

 

 そう言ってグビグビとビールを飲み、あっという間に一缶空いてしまった。予備の缶ビールを足元から取り出してプルタブを開ける。

 

「にしてもこのお寿司美味しいわね」

「特注じゃ特注。おまんがために用意したんじゃ」

「和洋が揃ってるって豪勢な食事ね。寿司だけでもよかったんじゃない?」

「宴はバーとやらんと面白うないきに。祭りも博打も一緒じゃ一緒」

「博打はどうかと思うけどね。ほら小皿にのせてあげるからどれが欲しいか教えなさい」

「おっ、こりゃあえい。ならカツオとチキンじゃのう」

「わかったわ」

 

 前回の食事同様アタシたちは特にどうでもいい雑談を交わしていった。レースの話題はもちろん、最近流行りものについてや友達のこと。アイツは時々茶々を入れたり噛みついてきたりするのを適当に返していく。

 ホントに記憶にも残らなそうな会話だったけど楽しくて、時間はすぐに経過していく。

 

「おい、ダスカ。わしの杯に酒を注げい」

「はいはい。それアルハラになるんだからアタシ以外にしないでよね」

「ははは、知らんぜよ!」

「もう」

 

 一言で言うなら完全にトレーナーは出来上がっていた。顔と耳を真っ赤に染めて、とろんと眼の焦点が合っていない。時折しゃっくりを鳴らしアルコールのにおいを散らす。

 ……まさか教え子の前なら泥酔しないと考えていたけどそんなことなかったわね。傍から見ればアルハラを受ける可哀想な子よ。まあいいんだけどね。

 お酒を注いであげるとアイツは一口飲んだ。そして勝手に自身の武勇伝を語り始めてくれた。

 

「わしがあっちに居た頃な、道中でおやじ狩りに会ってるおっさんがおってのう。わしゃあ気分がえいかったから助けてやったんじゃ」

「偉いじゃない」

「へっ、アイツら雑魚だったからのう。そいたらそんおっさんが『君は人を殴るのを楽しんじゃいけない。今後は改めたほうがいい』とか抜かしよるきに」

「そりゃあそうよね。暴力はいけないことだわ」

「けんどわしは言ってやったがじゃ『ほじゃけんど、今わしが殴らなんだらおまんは痛い目を見ていたぜよ』ちゅうたらこれには目を丸うしてな。そん時の顔は傑作じゃったぜよ」

 

 アイツはニコニコと自分が言い負かしたことを自慢する。人を守るために暴力を振るったんだから、相手もなるほどと思っちゃったのかしら。反論できる箇所はいくつかあるけどその場にトレーナーが居なかったら病院送りだし。

 まっ、アタシがトレーナーに守られることはないわね。だってウマ娘は人間よりも力が強いんだから。……でも男の人に身をていして守られたいわね。お姫様を守るのはいつだって王子様だし。

 

「な、何考えているのかしらアタシ」

「あぁん?なんじゃ、おまんも酒を飲んだか?顔が赤いのう」

「ち、違うわ!気にしなくていいから!」

「ほんならえい。教え子に飲酒させたらクビがなくなるきに」

「アタシも優等生のメンツが保てなくなるから注意が必要ね!うん!」

 

 あんなだらしがなくて粗雑なアイツが王子様?全然違う、全世界の女子はそういう王子様を望んではいないんだから!あ、アタシ的にはありだとは思うけどさ……。もー!何考えているんだろアタシ。

 

「……おいおまん、杯が止まちょうぞ」

「も、もちろん用意してくれたんだから飲むわ!」

「飲め飲め!今日は天下のバレンタインぜよ!」

 

 トレーナーはアタシがあげたチョコレートをつまみに日本酒を飲む。本人曰く、辛いものと甘いものを合わせるのは美味しいらしい。パクパクと丹精込めて作ったチョコレートがアイツの喜びになる、気分が悪くなるわけないじゃない。とても誇らしいわ。いつでも見てられる。

 

「……なんじゃあ?それともわしの杯が飲めんゆうがか?」

「そんなことないんだから!一気に飲み干しちゃうんだから!」

「うっはははは!ほんにいい気分じゃ!バレンタイン様様ぜよ!」

 

 執拗な絡み酒をされるも楽しかった。アイツが突然芸を見せると言って故郷のよさこい踊りを踊ってくれた。祭り好きなアイツだから泥酔したままでもキレのある動きを披露し、ちょっと感心しちゃった。

 そうこうしているうちに八時半を過ぎた。土佐人は酒に強いと豪語していたアイツも何本も缶ビールと瓶を開けてしまえばどうもこうもない。酔いつぶれたアイツは空きコップ片手に寝っ転がっていた。

 

「……飲め、どんどん飲め」

「もういっぱい飲んだんだからいいでしょ。こんなところで寝たら風邪ひくからベッドまで運んであげる」

 

 ウマ娘の力なら大の大人ぐらい軽々と運ぶことができる。この前、ウオッカも溝にハマった軽トラを持ち上げたぐらいにウマ娘はパワーがある。アルコール臭を口から零すトレーナーをベッドに寝かしつけた。寝ている最中に嘔吐されると最悪窒息死するとテレビで知ったので、横向けに寝かす。ほどなくしてアイツはすやすや寝息を立てて寝始めた。

 ホント、騒ぐだけ騒いだらすぐ寝ちゃうんだから。子供みたいね。

 アタシはせっかくだから綺麗にしてしまおうと食器の片づけを始めた。片付けの最中、アイツがぽつりと寝言を呟いた。ウマ娘の耳は些細な音をも拾ってしまうほど敏感だった。

 

「……なんでじゃ、先生」

 

 普段の横暴な態度とは打って変わった悲壮感。つい食器を洗う手を止めて、トレーナーの傍に寄り添った。顔を見ると二つの涙が零れ、鼻をぐすんぐすんと鳴らす。

 こんな姿、見たことなかった。

 

「……なんでわしを置いて逝きよったがじゃ」

 

 心が痛い。トレーナーはあんなに自分を強く見せようと威張っていたのに、その心の底では悲しみに満ちている。ある意味アタシと同じだけど度合いが違う。親元から突き放された子供のようにすすり泣くアイツを見ていると胸がギュッと締め付けられる。

 手を伸ばしてくせっけのある頭を撫でようとしたけど、そんなことしても意味はないと察してしまった。寝ている人間に何をしても現実では何も変わらないのだ。ただ自分のエゴが満たされるだけ。

 何もできない無力感に顔を顰める。何もできない自分が悔しいし苛立たしい。

 

「なんで……、なんでじゃ……」

 

 悲痛に問うアイツに毛布を掛けてあげてアタシは部屋を出た。毛布を掛けることしかできない今の自分を恨んだ。悔し涙が目尻にたまり、流れる。




多少ここでFGOの岡田以蔵と本作のトレーナーとの差異が出ます。
よかったね、嘔吐するシーンを担当に見られなくて!


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一番のアタシは悪い子になる

フジキセキのあの格好はセーフなのに、どうしてヒシアマ姐さんだけ二度も修正されるんだ。
大変サイゲには遺憾の意を表明する。(馬主のことも考えないといけないけど)


 あの日からトレーナーは変わってしまった。それもわかりやすく。

 いつもなら傲慢でありながらも自分に絶対の自信を持って指導してくれるのに、あの日以降目に見えて自信が喪失していた。

 トレーニングの最中、トレーナーはどこか虚ろな目で呆けていたり稀に何かに嫌悪したのか顔を顰めることが多くなった。アタシが自己ベストを更新した時も自分の手柄にしないで「先生の教えを真似した」「わしは何もしていない」と言って寂しい顔で謙遜するのだ。

通常なら「自分は天才だから当然の結果」とか言うのに。

 日に日にやつれていくアイツの姿にアタシは口を出せずにいた。アイツを受け止める覚悟がなかった。

 

 ある日、トレーナーがトレーニングに来なくなった。最初は風邪か二日酔いで寝込んでいるのだと考えたけど、一週間もの間来なかった。一応、トレーニング表を事前に渡されていたからよかったけどこんな日が続けば支障が出る。

 まずは絡みが多いたづなさんと桐生院トレーナーにアイツが今何をしているのか聞いてみた。アタシのトレーニングをサボって遊んでいたら怒るつもりだった。

 

「すみません。最近先輩を見ていないです」

「そういえば見ませんね。どうしたんでしょうか?」

 

 二人から返ってきたのは目撃していないという情報だけ。

 アタシはトレーナーに会いに行くためにたづなさんからマスターキーを借りた。たづなさんもトレーナーのことを気にかけていたらしく、代わりに会ってほしいと快く承諾してくれた。飲み仲間というわりにはそういうことを言うのでちょっと不思議に思ったけど、ひとまずはアイツの部屋に行くことにした。

 

「ちょっと。居るのかしら」

 

 アタシは取り付けられたチャイムを押すも出てこない。室内からチャイムの音が聞こえるので故障はしていない。アタシは何度もチャイムを連打して鳴らすが、一向に出る気配がない。

 仕方なしにマスターキーを使って開錠した。幸いなことにドアチェーンが掛けられていない。もし掛けられていたらチェーンをウマ娘のパワーで破壊しようとしていたからよかった。

 

「……散らかりすぎでしょ」

 

 室内は泥棒でも入ったかのように荒れに荒れていた。至る所に空き瓶や空き缶が転がり、カップ麺やコンビニ弁当の容器が散乱していた。ゴミ箱も最近まで捨てられていないのか、ゴミの山ができている。せっかく掃除したのに台無しになってしまった。

 

 この薄暗くてやや悪臭が漂う部屋から逃げ出したい。でもトレーナーが此処にいるかもしれないという可能性を無視できない。

 

「何処に居るのよトレーナー……!」

 

 アタシはハンカチで鼻を抑えながら暗中で捜す。寝室やリビングにもいない、となると台所に居るのかもと視線を移した。すると台所の壁際で座ったまま俯いた状態のアイツの姿があった。

 よかった。此処に居たのね。

 

「ほら、起きなさい」

「……」

「いつまで寝ているつもり。早く起きないと次のレースに間に合わないんだから」

「……」

「ねぇ。聞いてるの」

「……」

「ちょっと!」

 

 声を掛けても反応を示さない。揺さぶってみても頭がガクガク揺れるだけ。

 その時、最悪の予想が脳裏を横切る。

 

「ちょっと起きなさいってば!お願いだから起きてよ!」

 

 それは孤独死というもの。以前テレビで独身男性は自宅で発作を起こして倒れ、そのまま息を引き取るという例が多いと聞いた。アタシは急いでアイツの脈を測る。まだトクトクと脈が動いているから発作が起きて間もないかもしれない。それなら助かる見込みがある。

 

「死なないでトレーナー!私を一番にするって言ったじゃない!」

 

 声を掛けながらアタシは携帯電話で緊急電話を掛けようとした。保健体育で心臓マッサージや人工呼吸のやり方は習ったばかり。授業通りにこなせば持ちこたえられる!だから生きてよトレーナー!

 

「……騒がしいのう」

「トレーナー!」

「どういて抱き着くんじゃ?何ぞこん部屋におる?」

 

 必死の声掛けにようやく応じたのかトレーナーは気怠そうに眼を覚ます。目覚めてくれたことに安堵したアタシはつい抱き着いてしまった。お風呂に暫く入っていないのかアルコールとタバコの臭いがしたけどそれでも抱き着き続けた。

 よかった生きていたんだ……!心配かけさせてホントにもう……ッ!

 

「ダスカ退け、立てんやろ」

「ご、ごめんなさい。そうよね、邪魔だったよね。すぐに離れるわ」

「ふん、わし抜きでもできるようメニュー渡したじゃろ。それでやればえい」

 

 そうボサボサになった頭を掻いて近場にあった缶ビールを開けようとする。トレーナーの手に渡る前にひょいとそれを取り上げた。

 

「駄目よ。まだ日も沈んでないわよ」

「返せや。酒を飲むは自由じゃ」

「それでもよ。ほら、早くトレーニングしましょう。アンタが残したメニューだけじゃ一番になれないんだから」

「嫌じゃ。わしはもうトレーニングを見んぞ」

「はあっ!?」

 

 唐突に明かされたトレーナーの思いにアタシは驚きを隠せなかった。自分が得意とするトレーニングの指導を投げ捨てるだなんて想定外だった。二週間前まではあんなに才能を鼻にかけていたのにここまでの変わりようは異常だった。

 

「どうしたのよ!面倒くさそうにしてたけど真剣だったじゃない!」

「わしはもうトレーニングを見とうない」

「何よいきなり!アタシの走りが嫌なの!?それともアタシがわがままだから!?」

(ちが)うとる。おまんの走りはえい走りじゃ。これはわしの問題やき、気にすんなや」

「一緒にここまでやってきたじゃない!ウオッカと競り合えるのはアンタのおかげでしょ!」

「違うぜよ!」

 

 声を張り上げてトレーナーは否定した。アイツは日常的に大きな声を出していたが、それ以上に大きく断固とした意志を持っていた。わなわなと体が震え、視線を落とす。顔こそ見ないけど口をギュッと結んでいるのはわかった。

 

「……じゃき、わしはトレーナーを辞める」

「そ、それって本気で言ってるの?」

「あぁ。ダスカが来る前に辞職届をこんまい(小さい)理事長に送った」

「じょ、冗談よね……?笑えないわよ」

 

 衝撃の展開にアタシはこれが現実化わからなくなった。これが夢だったらどれほどよかったことか。

 

「本気じゃ。手続きも終えたし、おまんを引き取ってくれるトレーナーも決めたぜよ。確かな経歴と腕があるトレーナーじゃ、よかったのう」

「あ、アンタはアタシを捨てるの……?」

「そんことは言うてない」

「じゃあ何よ!何か事情があるなら言ってちょうだい!」

「……」

 

 トレーナーは何も言わない。あんなに一心同体となってレースやトレーニングに打ち込んだのに、どうしてそんな非情なことが言えるんだろう。改善しようにもアイツは教えてくれないからわからない。何が正解なのかホントにわからない。

 ……だったら聞くまでアタシはトレーナーに聞き出すことにする。

 

「もう話はえいじゃろ。ほれ、帰れや」

「まだ終わってなんてないから」

「抜かせ。わしのことなんぞ忘れちゃればえい、わしはそん程度のトレーナーじゃ」

「嫌よ。アンタはアタシが一番になるまでトレーナーを務めてもらうんだから」

 

 ガサガサになったアイツの手を掴んだ。今にも崩れ落ちそうなトレーナーとは違い、ゴツゴツしていて自分より大きい手は頼もしさを与える。

 

「今からアタシは悪い子になるわ」

「何を言うとるんじゃ。おまんの願いば優等生じゃろ」

「今はいいの。じゃあ外に行くわよ」

「嫌じゃ。何ぞ外に出ないとならんのじゃ」

「そうね。今のアンタは浮浪者だから先にシャワーを浴びなさい」

「話を聞けや!」

 

 ずるずるとトレーナーを引きずって脱衣所まで連れていく。そしてウマ娘のパワーで強引に衣服を剝ぎ取った。使い込んでいた寝間着であったため、易々と引き千切ることに成功した。後で代わりのやつ買えばいいよね、ボロボロだったしいい機会ね。

 

「何じゃあああああ!?」

「前は見ないから先に入ってなさい。なんなら頭でも洗ってあげようかしら」

「お、おい!自分で洗えるわボケ!」

「なら入っちゃいなさい」

 

 トレーナーの裸体をあまり見ないようにお風呂場に押し込んだ。

 衣服越しからでもガッシリした体格だったけどやっぱり生で見るとすごいわね。胸筋と腹筋がバキバキに割れててときめいちゃった。あんな不健康な生活しているのにいつ鍛えているのかしら。……今度触らせてもらおう。

 

「服はアタシが適当に選んで置いとくから」

「……何なんじゃ。別にわしの勝手じゃろ」

「ほーら、ぐだぐだ言ってると扉開けちゃうわよ」

「わかったわ。じゃき開けんなや!」

「きちんと頭と体を洗うのよ。引きこもってたんだから臭いが染みついてるのよ」

 

 トレーナーが入浴している合間に服を選ぶ。タンス代わりに使っている衣装ケースにはヨレヨレのシャツやしわだらけのズボン、穴あき靴下がたくさんあった。その中から比較的マシな物を選別して、ダサくない程度のコーディネートをしてあげた。

 いつもヨレヨレなシャツばかり着ていると思ったらまったくアイロンをかけてないじゃない。ローファーばかり履いているからわからなかったけどこんなに靴下に穴開けちゃって。爪を切りなさい爪を、なんなら切ってあげようかしら。

 

「おい、あがったぞ」

「そう。なら服置いてあるから着ちゃって」

「で、おまんは今何しとる?」

「何ってゴミの分別よ。見てない間にこんなに溜めちゃって」

「構わんじゃろ。此処を去る前に片付けようとしただけぜよ」

「まあいいわ。それとアンタってタバコ吸うのね。前はタバコの臭いが薄かったからわかんなかったわ」

「昔から吸うとる。ただウマ娘は鼻がえいからのう、気ぃ散らさんよう消臭しとっただけじゃき」

「あら。気配りしてくれたのね」

「ほざけ、トレーニング教本に則っただけじゃ」

「タバコは体に良くないから制限してよね。一日一箱は辞めて」

「ふんっ、知るか」

 

 不貞腐れた顔で脱衣所の扉を開ける。お湯で血色が良くなって赤みがかった肌は若干の色気を感じる。やっぱりヒモの才能あるわね。アタシはそのまま寝室で寝ようとするトレーナーの腕を掴み、玄関に引きずる。

 

「さあ遊ぶわよ!ショッピングモール巡りよ!」

「はあっ!?」

「この前、リニューアルオープンしたから楽しみなのよね」

「お、おまん外出許可証は貰おうたか……?」

「言ったじゃない。悪い子になるって」

「はあっ!?おまんが目指しとうていた優等生はどうすんがか!」

「明日から元に戻せばいいの。今日だけ悪い子でいるわ」

「い、嫌じゃ!わしはこん場所におる!」

「駄々こねないの。無理やりにでも行かせるわ」

「何じゃあああああ!?」

 

 いつも身に着けている首巻とローファーを着けてあげて、アタシたちは外に出た。道中で寮長のフジキセキ先輩が通り過ぎたけど、何も言わずに見過ごしてくれた。頭が良くてセンスが良い先輩だからこっちの事情を察してくれたんだろう。

 

 アタシらはできたてのショッピングモールに到着した。無理やり連れて来られたので終始ムスッとした顔を浮かべるトレーナー、その機嫌を直すためにアタシはテイオーがよく飲みに行っているドリンク屋に行った。

 

「タピオカ飲みましょうよ!」

「タピオカじゃと?どういてわしが女子の飲み物飲まならんのじゃ」

「いいじゃない、スイーツを食べるのに男女も無いわよ」

「けっ、わしは土佐の男じゃき。飲まんぞ。それにカエルの卵みたいじゃのう」

「そんなこと言わない。すみませーん、タピオカ二個くださーい」

「おい勝手に決めんなや」

 

 文句垂れるトレーナーを放置してアタシはタピオカを注文した。アタシはいつもテイオーが頼んでいるハチミー多め固め、アイツには初心者にも優しいアッサムミルクティーを注文する。

 財布を開いてアタシの分も払おうとするアイツに静止させて先に払う。

 やっぱり飲み物ということあってか調理する速度が速い、待ちぼうけが苦手な人にも優しいわね。

 

「お待たせしました。タピオカです」

「ありがとうございます。ほらトレーナー」

「わしが出しちゃろうと思ったんじゃが」

「いいのいいの。ママからお小遣い貰ってるし、レースの賞金があるわ」

「そんでもわしは大人の男ぜよ。年下の女子に払わすなんぞ恥じゃ恥」

「人の厚意ぐらいいただきなさい。いいから受け取って」

「……おん」

 

 変なところだけしっかりしているトレーナーを言いくるめてタピオカを渡す。初めて飲むタピオカに苦戦しながらも、スポポポポと音を立ててタピオカを吸う。ただただ無心にタピオカを吸っている姿がシュールで笑っちゃう。

 人に笑われるのを嫌うトレーナーはすぐこちらに気づき、眼光を光らせた。

 

「おい、わしを笑うたか」

「だってアンタがひたすらにタピオカを吸うのがシュールなのよ。顔色ひとつ変えないし」

「仕方ないじゃろ。どう飲めばえいかわからん」

「どう飲めばいいかなんて無いわよ。けど一つ言うならタピオカばかり吸っているとミルクティーがアンバランスに残るわよ」

「ほうか」

 

 素直に忠告を受け入れたトレーナーはタピオカとミルクティーのバランスを考えながら飲んでいく。タピオカとは本来飲み歩きをするための食べ物、アタシはトレーナーの腕を引いてショッピングモールに入っていく。リニューアルオープンしたてということで混雑していた。

 

「ダスカ、おまんは何がしたいんじゃ。こん場所にわしを連れ込んで」

「いいじゃない。ぶらぶら歩くのも面白いでしょ」

「わしと絡んでもつまらんだけじゃき。ウオッカかテイオーたちと行けばえいがじゃ。とぎ(友人)は大事にせえ」

「ならアンタと行ってもいいわよね」

「ダスカとわしが友達じゃと?抜かせ、そん関係なんぞ知らんわ」

「一緒にご飯を食べたり、映画館に行ってもそんなこと言うの?」

「……ありゃあ(ちご)うとる。大人の責務を果たしただけじゃき」

 

 トレーナーは今までアタシがトレーナー、もしくはトレーナーがアタシにしたことに言い訳をする。苦し紛れな言い訳は次第にトレーナーの顔に影が差してくる。見ているこっちがつらくなってくる。

 

「あっ、あれアンタに似合いそうなマフラーがあるわよ。ねぇ、見ましょう!」

 

 耐えきれずにすぐ話題を逸らす。ちょうど目の前に服屋があって、棚には複数のマフラーが陳列されていた。

 ……アタシってバカね、自分がトレーナーをそんな顔にさせたのに逃げるだなんて。

 

「これアンタに似合うんじゃないの?この紫色とか」

「おん、そうか」

「あとはこれとかも良いわね。黒色とか」

「おん、そうか」

「やっぱこの色もいいかも」

「おん」

「……アタシのセンス悪いかしら?」

 

 生返事ばかり返すトレーナーに少し不安になった。どれも良いと思って選んだんだけど、アイツが良いと思わなかったら無意味なのよね……。

 

「そういうことじゃなか。わしはこん首巻しか着けん」

「……どういうこと?」

「……これはわしの大切な物なんじゃ。よく使われちょってボロボロじゃがの」

「アタシのティアラみたいなものなのね。それって」

「そうじゃ。やき(だから)、これは譲れんがじゃ」

 

 アイツはギュッと自身の首巻を握りしめる。愛おしそうに、絶対に手放さないという意思を持って。

 本当に大切な人から貰ったのね、アタシもティアラがあるからその気持ちがわかる。ママからこのティアラを貰ったけどアイツは誰から貰ったのかしら。たぶんだけど度々漏らしていた先生かも。

 

「なら大事にしないとね」

「まっこと大切な宝物ぜと」

「それじゃあ散策続行ね。外にも店舗はあるから行きましょうよ!」

「そうじゃのう」

 

 少しだけ心に余裕が生まれてきたのかトレーナーの表情も柔らかくなってきた。アタシは大口を開けてゲラゲラ笑うアイツの姿の方が大好き。だからもっと楽しませないといけない。頑張って心変わりをさせて、アタシの担当トレーナーを続けてもらわないと!

 

――――そうしてくれないとすごく困っちゃうんだから。




タピオカを吸う岡田以蔵は実際にlack大先生がお書きになられています。
トレーナーがタピオカを吸う光景はその絵の通りとなっていますので是非ともご覧ください。

ちなみにテイオーが頼むハチミーは値段が高い。


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一番のアタシはカラオケに行く

流石に一万文字オーバーだと読むのがきついと思って前後に分けました。
後編は明日投稿します。


 アタシたちはショッピングモールを一時間程度ぶらぶらした後、繁華街の方へ進んだ。この時間帯になると学生だけでそこらをうろつく人なんていない、だからアタシたちが浮いて見える。

 そのせいで警察官に職質されて大変だったわ。一緒に並んで歩く姿が援助交際しているだの悪質なスカウトに遭っているだの思われてたみたい。実際、トレーナーは人相がよさそうな顔つきじゃないし粗暴だしね。

 トレーナーもトレーナーで噛みつこうとして大変だった。散歩中に吠え掛かる犬の飼い主の気持ちだわ。

 

「ねぇ、今度はあそこ行きましょうよ」

「……カラオケじゃと?」

「そうよ。アタシも友達とまあまあ行ってるし」

 

 道中でアタシたちはカラオケを見つけた。さっき職質されたからトレーナーの機嫌が悪い、ちょっとそこらで落ち着かせる必要があった。次、職質されたら揉め事に発展しそう。

 アイツはボリボリと面倒くさそうに頭を掻いた。

 

「どうしたのよ」

「わしはあんまし歌を知らん。つまらんだけじゃき」

「それでもいいの。アンタはアタシの歌を聴いているだけで構わないわ」

「ふん、物好きじゃのう。まあ、足休め目にゃあはなるか」

「さっさと行きましょ。アンタにアタシの歌、いっぱい聴いてもらうんだから」

「手ェ引くな!独りで行けるわ!」

 

 ―――――だって手を繋げる理由ができるじゃない。まっ、そんなこと口には出せないけどね。

 アタシたちはカラオケに入り、ロビーで部屋を案内された。時間は二時間でドリンクバー付き、ワンドリンクだと歌ってる側はすぐ飲み干しちゃうから。

 慣れた手つきで選曲用のリモコンをいじるけど、トレーナーは6畳程度の部屋でソワソワとしている様子で落ち着きがなかった。

 

「何よ、落ち着きが無いわね」

「……普段通りじゃ」

「へー、いつもの乱暴な態度が嘘みたいね」

「あぁ?」

「もしかしてアンタ、カラオケ初めてなんでしょ」

「はあっ!?なわけあるかァ!」

 

 アイツは図星を当てられて動揺を隠しきれていなかった。そういや桐生院トレーナーがよく独りで行動していたって言ってたわね。あんな気性難な性格しているから友達が少なかったのかもね、あまり面識がない人に煽られるとすぐ怒るし。

 それならどうして桐生院トレーナーはアイツに懐いているのかしら。名家出身の箱入り娘だからああいう人が新鮮だったのかしら。うーん、不思議だわ。

 

「おい、次は何じゃ。こっちをジロジロ見よって」

「……些細なことよ。気にしないでちょうだい」

「ほうか。ならえい、はよう歌えや」

「急かさないで。ちゃんと歌ってあげるから」

 

 それからいくつかの歌を歌った。最近流行している人気曲や人気歌手の歌、やっぱり恋の歌が多くなっちゃったけどトレーナーは黙って相槌を打ちながら聞き入ってくれた。アタシの想いを乗せた歌がトレーナーを魅了していると考えるとすごく嬉しい。もっと聞かせてあげたくなっちゃう。

 とある歌を歌い終えたアタシはマイクを差し出す。

 

「下手でもいいから何か歌ってみない?」

「外で言うたじゃろ、見てるだけでえいって」

「そうなんだけどさ、どうしてもアンタが歌っている姿が見たいなって」

「……しょうがないのう。おんしリモコン貸せ、あれなら歌えるかも知れん」

 

 落ち着きを取り戻したトレーナーはポチポチと選曲リモコンを押して目当ての歌を探す。アタシの操作を傍で見て学んだんだろう。ホント、観察力だけはずば抜けているんだから。

 そして目当ての歌が流れた。聞き覚えがあって懐かしみを覚えるメロディー、まさかと思ってスクリーンを見るとアタシが初めてG1レースでライブをした曲だった。最近、ウマ娘のライブで使われた曲がカラオケ入りしている。

 予想外の選曲に混乱しているとトレーナーは立ち上がってマイクを構える。

 

「おまんとトレーニングした曲じゃ。忘れるわけがないき」

「ッ!」

 

 微笑を浮かべながら流し目でこちらを見つめてくる。急に捻くれた子供からクールな大人らしさを含んだ表情に変わるのでそのギャップで胸がキュンとときめいた。

 ホントにいけない人、そんなこと言われたら惚れちゃうじゃない。てかアタシと一緒に指導したから覚えているって自分色に染めている感じがするわね……案外いいかも。

 

「あ、アンタもしかして踊れたりもするの?」

「当たり前ぜよ。全て覚えたわ。なんなら踊っちゃろか?」

「そ、それはいいわ!見たいけど部屋が狭いしね!」

「ほうか。んじゃ、始めるぞ」

 

 トレーナーは完璧に歌の特徴を抑えており、声のトーンを上げたりこぶしを効かせたりして器用に歌う。訛りも極限まで抑えて歌うので一瞬別人のように見えた。よく通る声が居心地を良くさせた。

 何よ、つまらないって言った割には面白いじゃない。しかも上手いし、アタシと一緒にライブで歌ってほしいわ。トレーナーと担当ウマ娘がデュエットを組んで歌うだなんて前代未聞で一番目立ちそうね。

 

「おう、どうじゃダスカ。上手く歌えたかのう」

「すっごく上手に歌えたじゃない!いつもの自信で歌えばもっと良くなるわよ」

「わしの歌なんぞ誰も聴きとうないじゃろ。てか誰がわしの歌を聴きたいんじゃ」

「まずは一番はアタシね。その次にたづなさんか桐生院トレーナーが聴きたいんじゃないかしら」

「たづなと葵がわしの歌を、じゃと?」

「そうよ。アンタはいっつも飲み会で騒ぐくせにカラオケ行くことになるとすぐ帰るって二人が」

「……二人は期待しとるんか?わしをバカにする腹じゃないがか?」

「全然っ違うわよ。アンタの実力ならきっと大喜びだわ」

「ほうか、ほうか……」

 

 自分に純粋な期待が寄せられていると知ったトレーナーはしみじみとした顔で呟いた。

 

「喉休めも終わったしアタシも歌ってあげるわ。うまぴょい伝説でも歌おうかしら」

「あぁ!?あんの頭おかしゅうなる歌を歌うんか!?」

「別にいいじゃない。アンタもイベントで歌ったんでしょ」

「なっ!?どういて知っちょるんがか!?」

「そりゃあうちらの間でその動画が回されたからね」

「……ウマッターとウマスタか」

「そうね」

「くっ……!?」

 

 恥じらいながら歌い踊る姿は見てて飽きないものだった、なんて言ったら怒るわよね。実際、大の大人が頭に手を当てて飛び跳ねる様は話題になったのよね。トレーナーは知らないけど他のウマ娘たちからの好感度が上がってたりするのよね。最初、アイツの担当になった時に弱みを握られて脅されているのかって同級生に訊かれたことあるし。

 

「じゃあ歌うから見てなさい。ランキング一位を目指して頑張るんだから」

「ふん、出せるもんなら出せや」

「言ったわね。練習して高得点取れてるんだから」

 

 鼻で笑うトレーナーを横目にアタシはうまぴょい伝説を歌う。聴き始めた頃はどうしてこの歌がウマ娘を魅了する歌になったのかわからなかったけど、聴いているうちにその良さがわかってきた。ウマ娘とトレーナーの双方が真剣にトレーニングに打ち込み、それを賞賛する歌であるのを心で理解できた。一部ではコールの時に『俺の愛バが!』と言う者もいるらしい。うちのトレーナーは言ってくれるかしら。

 

 うまぴょい伝説を歌い終えるとかなり喉が渇いてきた。ランキングでは上位層に食い込めたけど一位は残念ながら取れなかった。悔しいけど精一杯歌えたからよしとするわ。そろそろ飲み物でも取りに行こうかしら。

 

「ダスカもドリンクバー行くんか。わしも行く」

「そうね。今度は何を飲もうかしら」

「そうじゃのう。酒は頼めんからオレンジジュースにしとくか」

「お酒飲み放題ならたくさん飲みそうね」

「当たり前ぜよ。飲まんやつは損しとるわ」

「前々から気になってたんだけどお酒ってそんなに美味しいの?」

「わしは大抵の酒を美味いと感じるからようわからん。そういうのはたづなに訊け」

「たづなさんそんなに飲むの?」

「アイツは涼しい顔してよう飲む。いっつもわしが酔いつぶれて介抱される」

「……うん?ちょっと待って、たづなさんに介抱されたことあるの?それも毎回」

「おん、酔いつぶれたわしを背負ってアイツの部屋に寝かされちょる」

 

 唐突に明かされた事実に慌てふためいた。アルコールで理性を失った大人二人が密室ですることといえばアレしかない。そんな肉体関係にまで発展していると考えると顔が赤くなって心が落ち着かなくなる。

 ドラマや漫画とかで酔った女性に惹かれて男の人が狼になって襲うっていうシーンがあるし、きっとそうなっちゃうに違いないわ!

 

「ちょ、ちょっと!ハレンチよ淫らよ!」

「お、おいどういてそんな慌てちょる」

「そ、そりゃあアレしちゃってんでしょ。二人はあんなに仲が良いし」

「アレじゃと?……あぁセックスのことか」

「そんな堂々と言わないでよ!まだ中等部なのよ!」

「……はははッ!するわけないぜよ!」

 

 ゲラゲラとトレーナーは笑う。捧腹絶倒という四字熟語が相応しいほどに笑い、勘違いしたこっちはやってしまったと顔を両手で抑える。邪推してしまったのを記憶から消したい。

 アタシってホントにそういうところあるんだから……ッ!もー!

 

「はぁー、久しゅう笑わんかったから疲れたわ」

「へ、変な誤解させないでよ!」

「知るか。てか、おまんも割とむっつりなんじゃのう」

「は、はあっ!?」

「たづなはわしのことそんな目で見とらん。ただの男友達として見てるんじゃろ」

「こ、根拠は何よ!」

「わしと毎度食いに行くときあの緑の事務服じゃぞ。意中の相手じゃったら服変えちょるだろうし、なんなら毎度ラーメン屋なんぞに行かんわ」

「ら、ラーメン食べてるの?」

「おん、アイツは餃子とチャーハンとラーメンとビールをよく頼んどる。どれも大盛じゃぞ」

「そんなに食べるんだ、たづなさん……」

 

 あんなにスタイルが良くて綺麗なたづなさんがそういうところに行くのね、意外だわ。どうやったらその体型をキープできるのかしら?そういやたづなさんが校門を駆け抜けたスペシャルウィーク先輩に追いついたって聞いたわ、もしかしたらたづなさんも……。

 

「ちなみに葵は酒飲めん。低いアルコールの酒で酔いつぶれるからのう」

「……まあ想像できるわね」

「前回の飲み会でわしの背中に吐きおって大変だったぜよ」

「そ、それは災難だったわね。……うん?背中?」

「わしが背負って寮まで運ぼうとしての」

「アンタ、女性の部屋に入りすぎよ!プライバシーを守りなさい!」

「流石に放置はマズいじゃろ。それにわしは何もしちょらん」

「本当でしょうね」

「わしが強姦紛いなことしゆうと思うか?」

「……一見そう見えるけどそんなことしないわ」

「気に食わんがまあえい。翌日、葵が謝りおってアイツの実家からお詫び品が送られたぜよ」

「まあ服汚した上に介抱されたからね。で、中身は?」

「最高級の日本酒じゃ! 贅沢にこじゃん(たくさん)と飲んでやったわ!」

 

 幸せな時間を思い出したトレーナーは満面の笑みを見せる。よほど気にいったのね。そういや桐生院トレーナーは代々トレーナー業をしている名家だし最高級の日本酒が送られてもおかしくはないわ。

 

「気にするなと言ったんじゃが葵は未だにそんこと引きずってのう。誘っても一緒に飯食いに行かんきに」

「そりゃあ人に向けて吐いちゃったんだから罪悪感とか羞恥心で行けなくなるでしょ」

「そうかのう。わざとじゃのうならえい」

「少し時間を空けて誘った方がいいわね」

「ほうじゃのう」

「それじゃあドリンクバーに行きましょう。喉が渇いたわ」

「おん」

 

 一通り話し終えたアタシたちはドリンクバーに向かうためドアを開ける。ドリンクバーの位置とアタシたちの部屋は結構近くて便利だ。なのでちょうどドリンクバーで飲み物を注ぎながら雑談をしている二人の男性を見ることができた。

 ちょうど近辺の部屋に使用者がいないのか音漏れが少なく、自然とその二人の会話を盗み聞きすることができた。

 

「なあなあ去年の秋華賞見たか?」

「当たり前だぜ。めっちゃくちゃ熾烈な一位争いだったな!」

「そうそう。ウオッカとダイワスカーレッとの接戦は名レースにふさわしいぜ」

「マジでマジで」

 

 嬉しいこと去年の十月にあった秋華賞について話していた。そのレースではライバルであるウオッカやG2とG3で好成績を出したウマ娘が出走して、どの娘も強かった。

 最後の直線で逃げと先行の娘を追い抜いて一位になった。その後ろでウオッカの気迫がこっちに迫ってきているのを肌身で感じ、ひどく焦った。肺と足と喉がつらくてうまく息も吸えない、またあの時みたいに負けちゃうんじゃないかって思った。

 だけど、だけどトレーナーの応援が無数の歓声の中から聞こえた。

 

『スカーレット!行けェ!』

 

 その言葉で魂を震えて、気力が湧いた。苦しかったけどもう少しだけ頑張ってみようって粘ることができた。必死に懸命に走って一着を獲ることができた。後からトレーナーのもとに向かってありがとうって伝えたら顔を首巻で隠して忘れろって言った。応援するのは恥ずかしい事じゃないのに。

 ―――――絶対に忘れないんだから。

 

「そうそう、映画館で今『幻のウマ娘』が再上映されてるんだって」

「おおっ!もう一度あの大画面で見たいな」

「だろだろ。でさチケット二枚貰ったから一緒に行こうぜ」

「いいのか!助かる!」

「レースを全勝して、ケガを負っても勝利。トキノミノルは名ウマ娘だよな!」

「だよなぁ。いやー、しかし早々に引退しちまったのが悔やまれる」

「ホントホント。もう少しトレーナーが優秀だったらなぁ……」

「彼女の才能を活かしきれたのに。残念だ」

 

 そんな他愛のない会話だった。別段アタシはなんの感情と想いも抱かないでただただ聞いていた。

 けど突然、背中がゾクリと冷えた。レース中の他ウマ娘の気迫と圧力に似ているが、そんな闘志からくるものじゃない。不気味で恐ろしくて嫌だった。

 

「ト、トレーナー……?」

「……ッ!」

 

 この不快にさせたものの正体はトレーナーだった。

 丸めた紙を開いたかのように顔には無数のしわが寄り、目を鋭くさせて犬歯を剥き出している。くせっけの髪も逆立っていて、とにかく近寄りがたい雰囲気を醸し出していた。ピリピリと空気が揺れる。

 過去に大声を出して怒る様子は何度も見たけど、こんな激情するトレーナーの姿は初めてだった。

 

「ど、どうしたのよ?アンタらしくないわよ」

「……」

「ねぇてば!」

「……殺しちゃる」

「ッ!?」

 

 やっと口を開いたと思ったら物騒な言葉を吐き捨てた。言葉の端々から本気なのがわかった。

 アタシを押しのけてトレーナーはあの二人のもとへ向かう。一歩、また一歩と離れていくのに対し体が動かなかった。

 今すぐにでも止めないときっと後悔する。でも体が気圧されて動かないし、止めたとしても何をされるかわからず怖かった。もしかしたら取り返しのつかないことになるかもしれない。

 

 嫌だ、いやだ。こんな終わりを迎えたくはない。あんな顔のトレーナーを見たくもない。

 あの時、一緒に一番になるって決めたんだ!

 

「来なさいッ」

「ッ!?」

 

 勇気を振り絞ってトレーナーの腕を掴んだ。血眼がこちらを睨みつけてすぐ振りほどこうとする。やられっぱなしだった時とは違って、こちらが気を抜いてしまえば手放してしまうほど強かった。

 でも放してしまえば終わり、そんなのは避けないといけなかった。




帝都聖杯奇譚の漫画で激怒する岡田以蔵のシーンがあるんでぜひ買いましょう。

それとトレーナーのうまぴょい動画が流行する前は「うわっ、柄悪すぎ。あの子弱みでも握られてんのかな可哀想」から「へー、意外とキレキレに踊るんだ。面白い人なんだ」という印象に変わってます。

まあ人相が悪いといえばトレセン学園には堂島の龍もいるし……
黒沼トレーナー「……」


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一番のアタシはハグをする

嘘をついてもすぐばれるのがこのトレーナーです。
それと面倒くさいのがこのトレーナーです。まあ原作の岡田以蔵も面倒くさい性分だし……。
あとこのトレーナーは真剣になると「おまん」「ダスカ」とか言わないで「スカーレット」とか言いそう。


 アタシたちはグイっと引っ張って元の部屋へと戻ると、トレーナーをソファーに投げ飛ばした。背中をソファーの背もたれの部分にぶつけて悶絶するトレーナー、その隙に扉の隙間からあの男性らを見る。二人は特に気づいた様子もなく話をしていた。

 

「よかった。バレて――――ッ!?」

「ダスカァ!何しゆうがか!!」

「あうっ!?」

 

 安心したのもつかの間、トレーナーが首元を掴んで壁に打ち付ける。気道が抑えられていて苦しい、そして何よりも激情したトレーナーの顔が間近にあって怖かった。興奮して怒鳴り散らすので何を言っているかわからない。徐々に息ができなくなって意識が朦朧としてきた頃、パッとその手を放した。

 

「ゲホッ、ゲホゲホ!」

「わしは、わしはぁ……!」

 

 嗚咽しながらなんとか空気を吸って意識を取り戻していると、トレーナーは力が抜けたようにソファーにへたり込んだ。そして自分がしてしまった事の重大さに気づき、ボサボサの頭をがむしゃらに掻いてから俯いてしまった。もしもこの状態が続けばトレーナーを辞退することになってしまう、根源を解決しなければ事態は進展しないよね。

 先程と正反対の態度に狼狽するも、どうして激情したのか聞き出すことにした。 

 

「ね、ねぇ。どうしてあんなに怒ったのよ?アンタをバカにしていたわけじゃないのよ」

「……」

「ゆっくりでいいから教えて。誰にも言わないから」

「わしは…わしはとんでもないことを……おんしに」

「ほら大丈夫よ。制服にしわが寄っちゃっただけで元気だから」

「すまん、すまんのうスカーレット……」

 

 意気消沈したトレーナーは俯いたまま何も語らない。どのくらい待っても、ぶつぶつと謝罪するだけで何も進展はない。気分を落ち着かせようと飲み物を注いであげたり、優しく声をかけてあげた。それでもトレーナーは何も言わない。

 このままでは埒が明かないなのでこっちから打って出ることにした。あの二人の会話から出たワードに反応したからヒントはその中にあるはず。単語をひとつずつ出して訊いてみる。

 

「幻のウマ娘」

「……」

「トキノミノル」

「……」

「トキノミノルのトレーナー」

「……ッ」

 

 トキノミノルのトレーナーにぴくりと反応した。トキノミノルのトレーナーとうちのトレーナーにはどんな関係があったのか見当もつかない。だけどあの怒りようなら普通の関係でもないことは明白だった。

 

「教えて。トキノミノルのトレーナーとアンタはどういう関係なの?」

「……」

「黙っていてもわからないわ。アタシはアンタの力になりたいの」

「……」

「だから、教えて」

「……わしは先生の弟子じゃ」

 

 誕生日やそれ以降で言っていた先生っていうのがトキノミノルのトレーナーのことだろう。弱々しい口調でトレーナーは自分の経歴を話し始めた。

 

「わしは幼い時に事故で両親を亡くしてのう。そっから転々と世話をたらい回しにされちょった。みーんなわしをのけ者じゃの邪魔者にしてつまらんかった」

「それは、悲しいわね」

「けんどガキの頃、土佐のウマ娘のトレセン学園に忍び込んで先生に出逢った。先生はわしの才能を見抜き、トレーナーになるための手伝いをしてくれよった。先生がおらんかったらわしはトレーナーにもなれんでチンピラになっとった」

「いい先生じゃない」

「……でもわしがトレーナー育成校に入学した時にゃあ先生は死んでしもうた。自室で首を吊りおった」

「そ、そんな……」

「なんで死んでしもうたんじゃ。なんでわしを置いて逝きよったんじゃ」

 

 トレーナーは今にも泣きそうな顔で不満と疑問を零す。その理由を問うも誰も答えてはくれない、死人に口なしとはまさにこのことでいたたまれない気持ちになる。

 

「……そっからわしは先生の教えと己の才能でトレーナー試験を突破したぜよ。のうのうとトレーナー業を学ぶ奴らを嘲笑ってわしはトレーナーになった。友や先生以外の先生も要らんかった」

「でも友達として慕ってくれた桐生院トレーナーが居るじゃない」

「あの女子(おなご)は嫌われ者のわしに付き纏ってきよった。どういてなのかは知らんが、アイツを一度も友として見とらん。ボンボンの家の子じゃ、物珍しさじゃろう」

「卑屈に捉えすぎよ。きっとアンタの良いところに気づいたから――――」

「わしの良いところ、じゃと?んなもんあるわけないきに。おまんが一番知っちゃるじゃろ」

「何をよ」

「傲慢でわがままで不潔でだらしがのうブ男、それがわしじゃ。いっつも強がっておるのも劣等感を隠すためぜよ」

 

 トレーナーは自分で思っているほどバカじゃなかった。きちんと自分を客観的に見て分析できるほど賢かった。だからこそ重荷を背負い続けてしまったのだろう。

 

「もうわかったじゃろう。わしはトレーナーにゃあ向いてなかったんじゃ。一番を望むおまんが眩しすぎた」

「でもアタシには!」

「そういうのはえい。一流のトレーナーがおまんの指導をしてくれるきに安心せい」

 

 すべてを諦めきった笑みをこちらに向けてきた。

 やめてよ、そんな顔見たくもない。どうしてそんな顔ができるのよ。アタシはそんな笑顔じゃなくて不遜に笑うアンタが好きなの。

 

「もうえいがか?さっきの行いで去る大義名分も付いた」

「やめて」

「理事長や寮長にでも言えばえい。もう出来損ないのわしに会わんで済む」

「違う」

「一番、頑張れや」

「違う!」

 

 パシンとトレーナーの頬をビンタした。手がヒリヒリして痛いけど、何よりも相手に暴力を振るってしまったことで胸が痛んだ。一方でトレーナーはポカンと腑抜けた様子で頬を擦る。何をされたのか気づいていない様子だった。

 アタシは一気に詰め寄ってソファーに押し倒した。何かしらの抵抗をすることはなかった。押し倒してからアタシは募らせていた想いを全部全部ぶちまけた。

 

「アタシは!アタシはアンタと一番になりたいのよ!経歴が長くて成果を挙げたトレーナーより怒りっぽくて傲慢だけど、実は優しくて義理堅いアンタが良いの!」

「……でもわしは」

「何が出来損ないよ!何がブ男よ!アンタはそれ以上に良い才能と人格を持ち合わせてるじゃない!これ以上アタシが好きな人を侮辱しないでッ!」

「……」

「アタシは、アタシはアンタじゃなきゃダメなのよぉ。このおたんこにんじん……!」

「スカーレット……」

 

 言いたいことをすべて告げるとせき止めていた感情のダムが決壊して涙をボロボロと零してしまった。抑えようにも抑えきれない感情に流されて、アタシはみっともなくトレーナーの胸元で泣いてしまった。タバコとお酒の匂いと体臭がもう嗅げなくなってしまうかもしれないと思うとより悲しくなって涙が溢れ出してきた。

 

「スカーレット、わしはトレーナーを続けてもえいがか?」

「何言っているのよぉ!そんなの当然じゃない!」

「だらしがのうて劣等感しかない男じゃがそれでもえいのか?」

「それがアンタなの!悪いところ全部受け止めてあげるから!」

「わしゃあ、おまんと一番を目指してえいのか」

「一番はアンタとじゃなきゃダメなんだからね!」

「そうか、そうか……ッ!」

 

 トレーナーの声が震えていた。アタシ以外に鼻をすする音がした。

 アタシの背中に手を回してギュッと抱きしめられる。きつくもなく緩くもないちょうどいい塩梅、ドクンドクンと鼓動が聞こえる。アタシもトレーナーに抱き着いた。

 お互いに抱きしめた状態でフリータイムが経過した。受話器のコール音が夢から現実へと引き戻す。もう少しだけ温もりを感じたかったなと思っているとトレーナーもそうだったらしく物欲しそうな様子でこちらを見る。

 子犬のような視線にそそられて腕を広げてあげた。

 

「部屋を出る前に、最後しちゃいましょ」

「……おん」

 

 シメとして最後にハグを交わした。寝っ転がっていた時とは違って立ちながらのハグは違った感覚で心地が良かった。また味わいたい欲求に駆られた。いろんなことがあったけど最終的には最高の一日になって幸せな日だった。

 

 

 後日、アタシとトレーナーは一緒になって理事長のもとへと向かった。

 要件はトレーナーが先日出した辞職届とアタシの転属届を取り消すためだ。高級感のある扉を開けて中へ入ると、小柄な風貌で帽子の上に子猫を乗せた秋川やよい理事長と緑の事務服を纏った駿川たづなさんが待ち構えていた。

 

「し、失礼します」

「理事長、実は先日出した書類らを取り消しとうて此処に来たのですが」

「あ、あのお願いします!どうか取り消してくれませんか!」

「あー、あれですね」

「把握!この二つの書類のことだな」

 

 紙化された辞職届と転属届を取り出してこちらに提示してきた。どうしてデータを紙化したのかわからない。

 

「最初見た時、私と理事長は驚いたんですよ。忘年会と新年会でダイワスカーレットさんを一番にするって豪語していたのに辞めると知って」

「飲み会でそんなこと言ってたの!?」

「お、覚えとらんぞ!?」

「事実!録画しているから見るといい!」

「な、なんで録画しちょるんじゃ!」

「だって願掛けは録画でやった方が良いって決まったじゃないですか。そうですよね理事長」

「うむ。映像で残った方がなんかいいからな」

「は、恥ずいのう……」

 

 ポリポリと頬を掻いているトレーナー、でも一番恥ずかしいのはアタシなのよ。だって学園中のトレーナーにアタシの目標がバレちゃってるんだからね!

 

「それでこの書類、どうしましょうか」

「決まっている!こうしてしまうのだ!」

「あぁ!?」

「なんて豪快な!」

 

 目の前でビリビリと二枚の紙を破いて見せた。いとも簡単にそれらの書類を破棄するなんてアタシら思っていなかったわ……。でもこれで問題は解決したしオッケーよね!

 

「解決!二人の要件はこれで済んだな!はっはっは!」

「ま、まあそりゃあそうですけんど」

「不満が無いならそれでいい」

「……そうじゃのう」

「ではアタシらはこれで失礼します」

「あっ、ちょっと待ってくださいダイワスカーレットさん」

「はい?」

 

 アタシだけ呼び止められてたづなさんの方へ振り向いた。たづなさんはニコニコと笑みを絶やさずにとあることを伝えてきた。

 

「外出許可証を出さずに外出しましたよね?」

「あー、それはその……」

「日頃ダイワスカーレットさんは優秀な成績を修めて素行も良いものですから特に問題はありません」

「ほっ、よかった」

「ただしフジキセキさんからプール掃除を手伝うようにと」

「そ、そんなぁ!」

 

 ま、まあ無断で外出しちゃったのがマズかったわね。もうしないようにしないと。

 

「それともう一つ伝えたいことが」

「はい?」

 

 そう言ってたづなさんはこちらに近寄ってきて、こちらの耳元で囁いてきた。

 

「彼、案外可愛いでしょ」

「ッ!?」

 

 ドキリとなってたづなさんの方を見ると艶めかしい表情を浮かべていた。まだアタシにはできない大人な笑みを浮かべているのでちょっとした危機感を覚えた。当の本人であるトレーナーは不思議そうに首を傾げている。聞こえていない様子だ。

 

「早めに捕まえないと盗られちゃいますよ」

「と、盗られるって誰に!?」

「ふふっ、もしかしたら桐生院トレーナーかもしれません。それか――――」

 

 

「私かもしれませんよ」

「ふぇ!?」

 

 あんな人(トレーナー)を狙っているのはアタシだけかと思ったら以外にも二人の女性から狙われていたことを知り驚いてしまった。た、確かに顔は童顔で整っている方だから内面の良さに気づけば人気になるわね。てか、今まで好意を向けられていたのになんで気づいていないのよアイツは!

 ……ま、まあ気づいていなかったから助かったけどね。

 

 こうして契約が継続することになったトレーナーとアタシ。この日からは新たな恋敵に危機感を募らせながらも、どのように恋のレースをリードすればいいか考えることになった。

 絶対にトレーナーの一番は譲らないんだから!




たづなさんとこのトレーナーはお互いに先生(トレーナー)が共通していることを知りません。そうなるとだづなさんは何歳(ry


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一番のアタシは感謝祭を楽しむ

久しぶりに日間ランキングに浮上しました!
増えていく評価とお気に入り数は今後のモチベを保つのに役立ちます!

それと今回も分割で後日投稿です。どうして初めに一万文字以上も書いたんだろう……。


 ひらりひらりと桜が舞い散る。長くて過酷な冬を耐えきってようやく咲いたのにすぐ散ってしまうだなんてもったいない。

 だけどその儚く散っていく様子はとても綺麗で見惚れてしまう。そこら辺の兼ね合いがあるからこそ桜の美しさは映えるのでしょうね。

 そしてトレセン学園には春の恒例行事があって、今日がその日だった。

 

「かき氷はいりませんかー!」

「フランクフルト売ってまーす!」

「いらっしゃーいいらっしゃーい!ゴルシ焼きそばいらねぇかー!」

「ちょっとゴールドシップさん!変なもの入れないでくださいまし!」

「別にいいじゃんかよ。今日は無礼講だぁ!」

 

 普段騒がしいトレセン学園が一層騒がしくなる日、ファン感謝祭だ。

 その名の通り今までレースを応援してくれたファンに向けてのお祭りで、シニアを迎えて人気の高いウマ娘は出し物やレースで彼らにお礼をするというもの。全国からファンはもちろん、入学を考えるウマ娘も来る。アタシもこの時に見学したのを覚えている。

 

「うーん、まだあれに出る時間はあるわね……」

 

 私服姿で中央広場をぶらついて出店を眺めていた。ホントはスポーツ系のイベントに出演したかったけど、実行委員の友達に泣きつかれてミストレセンコンテストに出場することになっちゃった。

 別に問題はないのだけどウオッカらはスポーツ系のイベントに参加するから時間の関係上ひとりぼっちになってしまった。ひとりだとできることが限られるし暇ね。

 

「なんじゃあこん的はッ!?落ちんぞ!」

「そりゃあゴルシ星由来の射的だぜ?大の男はダーティーハリーや次元レベルの腕がなきゃ落とせないぞ」

「超人とわしを一緒にすんな!」

「ちぇっ、しょうがねぇなぁ。ほれ一発サービスしてやんよ」

「ちっ。まあ奇跡が起きりゃあ……無理じゃああああ!」

 

 聞きなれた声が聞こえて後ろを振り向く。そこではゴールドシップ先輩が出店した射的で騒ぎまくるうちのトレーナーが居た。ちょうどよかった、アイツとなら暇つぶしにはもってこいね。

 

「アンタ、何してんのよ」

「おうダスカ。こん射的はやんない方がえいぞ。落ちん」

「おいおい心外だぜ。ほれスカーレットもやってみな」

「えっ。いいんですか?」

「ふおっふおっふおっ、サービスじゃよ。その代わり焼きそば買っていけよな!」

「そのぐらいなら構いませんけど」

「ほらパチスロトレーナー、とっとと銃をスカーレットに寄越すぜよー」

「けっ」

 

 ずいっと渡された銃を受け取ってコルクの弾を装填した。一見して変わったところはないけど何をトレーナーは騒いでいたのかしら。ゴールドシップ先輩が携帯電話をいじっているけどとにかく撃ってみることにした。

 

「えいっ」

「おっ、落とせたじゃねぇか。報酬のお菓子をまず一個」

「……わしも狙ったが落とせんかったぞ」

「難易度に負けるな!頑張れ!」

 

 アタシが放った二発の弾丸は細長いチョコのお菓子に当たって落ちた。トレーナーが騒ぐほど難しくはなく、むしろ簡単だった。この流れにトレーナーはムッとした面持ちで腕を組んでいた。

 

「残りは一発、しっかりデケーの狙っていけよな!」

「大きいのってあのクマのぬいぐるみですよね。難しそう」

「かのダビデも小石で巨人をぶったおしたっていうぜ。さあ君の引き金に全宇宙の未来が賭かっている!」

「えっ、えっと……」

「ダスカ、身体貸せ」

「ちょっ!?」

 

 変にプレッシャーを掛けられて緊張していると、いきなりトレーナーが体に密着して一緒に銃を構えた。抱き着かれるような形で銃を構えているので違った緊張が鼓動を早くする。横に向けば愛嬌があってカッコいい顔があるので目の前にある的に照準を合わせるしかない。

 

「構えが悪うてデカブツは落とせん。じゃきわしが手伝っちゃる」

「へ、変なとこ触んないでよね」

「はっ、抜かせ」

「まあこういう展開も悪くねぇな。二人の手で未来を掴めやおらぁ!」

「―――いくぞ」

「うん」

 

 真剣みを帯びた声は決心させた。引き金を引くと陽気な音を立ててコルクは発射された。コルクはそのまま直進してクマの人形にぶつかった。重量があって難易度が高そうなクマの人形だったが、あろうことかズルズルと滑るように落ちた。

 ゴールドシップ先輩は携帯電話をいじるのをやめて手にしたベルをガラガラ鳴らす。

 

「大当たりー!」

「噓でしょ?やったわよトレーナー!」

「お、おう。じゃが人前で抱き着くなや、恥ずいじゃろ」

「うっひょー、お熱いぜ。ほれ景品の人形を受け取れドロボー!」

 

 うぅ、喜びのあまり人前で抱き着いてしまったわ……。そ、そうよねよくよく考えれば中等部の生徒が大人に抱き着いてるのって傍から見れば犯罪よね。けどこういう時だけ社会は許してくれるわよね。

 

「可愛い人形ですね。メーカーは何ですか?」

「そりゃあクマの人形ってなら某ドイツのメーカーしかねーだろ」

「ええっ!?」

「疎いから知らんが高いんか?」

「だって本場よ!?一種の工芸品だし、この大きさなら数万はするかも!」

「なんじゃと!?つまりそれを売れば金になるんがか!」

「おい、その発想はゴルシちゃん的にも人間的にもどうかと思うぞ」

 

 奇人変人と呼ばれていたゴールドシップ先輩もこの発言に呆れた様子。変にお金に目敏いんだから。

 

「そ、そんな高級品受け取れませんよ!」

「お、おい返さんでえいぞッ!」

「心配は要らねーよ。だってかのメジロ家のお下がりらしいしな」

「さ、流石メジロ家ね……」

「ゴルシ、おまんメジロ家と繋がりあったんか?」

「これは所謂知らない方が良いてやつだ。真相を知ったらお前は遠心分離機でチーズにしてバターとして売ってやんよ」

「……そんいやトレセン学園の生徒は名家出身が多いきに。婿入りすりゃあ人生を遊べるんか?」

「どうしてそんな愚策を企てるのよ!このおたんこにんじん!」

「じょ、冗談ぜよ」

 

 縁起でもないこと言わないでほしいわ。てかアンタが名家に付け入る隙間なんて存在しない……そういや桐生院家があったわね。トレーナー歴が短いのにG1ウマ娘を輩出した天才を婿入りさせたいはず。たづなさんが言う通り強力なライバルだわ……。

 

「それで次は何処に行こうかしら」

「ほうじゃのう。てか、どういて私服なんじゃ。制服はどういた?」

「ふふん、ミストレに出るのよ」

「……ファッションショーか」

「そういう事よ。友達に頼まれて出場することになっちゃったの」

「ふん、まあ期待はしといちゃる」

「バカね、こういう時に照れ隠しは要らないのよ」

「わしは照れとらんぞ」

「はいはい、そういうことにしといてあげる」

 

 二人で出店を楽しみながら待機時間を過ごした。フジキセキ先輩のマジックショーを見たり、執事喫茶に行ったり、のんびりカフェでコーヒーを嗜んだりして過ごした。少女漫画でよく見る校内デートそのものを体験して嬉しかった。

 にしてもマジックショーでフジキセキ先輩がトレーナーの一万円をビリビリにしたマジックをされた時、すごく狼狽えてたわね。慌てふためくトレーナーにフジキセキ先輩は苦笑いで返してくれたけど、ちょっと恥ずかしかったわ。大の大人なんだから余裕を持った振る舞いを……そういや鼻にかけた態度は取れてたわね。

 

『ミストレセンコンテスト開演三十分前となりました』

「あら、もうこんな時間なのね」

「せいぜい頑張れや」

「さっきも言ったでしょ。きちんと本音で」

「……応援しとる」

「ふふん、一番になっちゃうんだから!」

「あ、あと実はわし――――」

「ん?何よ」

「……秘密にしとくのもえいか。コンテスト見ちゃるきに、じゃから優勝しろよ」

 

 トレーナーからレース以外で本音の応援を貰えたのは初めてで高揚するわね。いつもはすかした態度で言うんだから。せっかくの応援を無下にするのは一番のアタシらしくないし、絶対に優勝してやるんだから!

 けど秘密ってなんだろう。あの様子から見て不穏なモノじゃないみたいだし、まあ大丈夫よね。

 

 アタシはその後ミストレセンコンテストに出場した。実行委員の友達が直々に募集をかけていたから参加人数は少なかったけど、どの子も煌びやかで美しい衣装を着ていた。その中にゴールドシチー先輩も居て、ちょっと不安だったけど無事優勝を収めることができた。

 そのきっかけとなったインタビューはちょっと意地悪な質問もあったけど、普段あの気性難なトレーナーと付き合っていたから難なく答えることができた。変なところで役に立ったわね、感謝だわ。

 

「おかしいわね。舞台でアイツを見たのに居ないだなんて……」

「ダイワスカーレットさん!」

「あっ、同じクラスの。どうしたんですか?」

「ちょっと貴女を呼んでほしいと言われまして」

「誰ですか?」

「それは内緒だと。けど悪い人じゃないのでレースの待合室に来いと」

「ま、まあいいですけど」

「そうですか。ならこちらへ」

 

 クラスの子に誘われてアタシはレースの待合室に誘導された。レースとレースの待合室は一本の通路で繋がっていて外からの歓声がよく聞こえる。今の種目は借り物レースをやっていてエアグルーヴ先輩が出走していた。次の種目はグラスワンダー先輩の演舞だけど何かあるのかしら。

 

「ここです。ではごゆっくり」

「は、はあ……」

 

 すたこらとクラスの子は去っていった。ぽつんとひとり残されたアタシは目の前の扉を開いた。室内は特に変哲もない様子で、特に変わっていることといえば衣装ケースが置かれていることだろう。

 せっかくだしソファーにでも座ろうと扉を閉めて進む。すると首元に硬く冷たい物がピタリと当たり、小さな悲鳴を零してしまった。いくら怪力のウマ娘といえど刃物や銃器には弱い、下手に抵抗すれば命を落としてしまう。恐怖で後ろを振り向くことすらできずにいた。

 

「だ、誰ですか……」

「……」

「な、何が要件なんですか。け、警察に言いますよ」

「……こっちを見ぃ、ダスカ」

「えっ」

 

 くぐもった声に指摘されて振り向いた。そこには穴が空いた笠を被り、ボロボロの和服に灰と藍色の和服を着ていた。眼と手と長髪が真っ赤になっていて、顔の下半分がタイツのような布で隠されていた。

 一見して誰かわからなかったけど、どこか聞き覚えのある声と愛称に察することができた。

 

「もしかしてトレーナー!?」

「おう。気づくのが遅かったのう」

「~ッ!よくも、アタシを!怖がらせてくれたわね!」

「ゆ、許しとうせ。そんなつもりはなかったんじゃ」

「ふん!今度スイーツを奢ってくれないと許さないんだから」

「わ、わかった。今度な」

「……それでアンタがなんでそんな物騒なコスプレしてるのよ」

「実はわしもイベントちゅうもんに出ることになったぜよ」

「はあっ!?」

 

 衝撃の告白に驚嘆を隠し切れなかった。基本的にはウマ娘が主役となるイベントにトレーナーが関与することはなかった。スタッフとして裏方で仕事をするならまだしも、こうもコスプレをして表舞台に出るつもりだとは思ってもみなかった。

 驚いているアタシをよそに笠の隙間から目が歪んだのがわかった。意地悪なトレーナーは明らかにニヤニヤしている。

 

「まあわしは剣の才能もあるからのう!」

「ちょ、ちょっと待って。剣ってアンタもしかして!?」

「グラスワンダーの演舞に出演じゃあ!」

「えー!?」

「ははは!久しぶりの試合じゃあ!腕が鳴るぜよ!」

「えー!?」

 

 怒涛の告白に驚きっぽなしで喉が痛い。ウマ娘と人間がまさか試合をするだなんて思わないでしょ。てかどうしてこんな企画が生まれたのか全然掴めないわ!

 

「ど、どどどうしてアンタが出るのよ!」

「そんがな、一度グラスワンダーが日本の文化を知りとうと声をかけよってのう。試しに竹刀振り回してやったら薙刀持って手合わせを願われたんじゃ」

「う、嘘よ!あんな大和撫子がそんな武士みたいなこと言うわけないじゃない!」

「おまんと同じくありゃあ中身が武士じゃ。じゃけどレースも控えちょったし気が乗らんかった。そん時は断ったが、まさかこうなるとはのう」

「……そ、そろそろね」

「まっ、せっかくの晴れ舞台を用意されたんじゃ。わしも本気でやらせてもらおうかのう」

 

 刀の鯉口って言うところをキンと鳴らすと雰囲気が変わった。レースの分析で見せるあのカッコいい姿だ。気迫もだらけていたものから一転して闘志に燃えるものになった。カラオケで見せたものとは断然違う。

 

「そんじゃ、行ってくるわ」

「互いに気を付けてよね。どっちも怪我したらいけないんだから!」

「抜かせ、わしを誰じゃと思っちょる」

 

 扉から出る前にトレーナーはこちらに笠を上げて顔の上部を見せる。凛とした表情で自信満々に言い放った。

 

「わしは天才じゃ」

 

 不遜に大胆に余裕を持って笑ってみせた。普段から聞きなれている言葉がすごく信頼できてかっこよかった。

 ……なによ、余裕を持った態度できるじゃない。こういう時だけ見せないで、バカ。




ゴルシのキャラがアレすぎて書くのに苦労しますね。
それとトレーナーの出場時の姿はFGOの岡田以蔵の第二再臨だと思ってください。


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一番のアタシは応援する

注意、これはウマ娘プリティーダービーの二次創作です。
決してウマ娘は剣が交差する戦闘を行いません。


 アタシが観客席に着いた時にはすでに盛り上がっていた。適当なところを探そうとうろついていると放送が流れる。

 

『次の演目はグラスワンダーによる演舞です!』

「うおー!あのグラスワンダーが演舞をするのか!」

「これは楽しみだ!」

「外国出身なのに演舞は渋いな」

「あぁ、大和撫子は海外にも居たってことだ」

 

 やっぱり演舞という演目上珍しいのね。基本的に出し物はレースとかダンスとかだもんね。だけど配布されたスケジュールには演舞って書かれているけど試合とは書いていない。つまり皆をびっくりさせるための仕掛けなのね。

 そうこうしているうちにグラスワンダー先輩がステージの裾から現れる。この出現により観客がさらに沸いた。グラスワンダー先輩は沸く観客に向かって一礼すると手にした薙刀を構える。

 

『さあ今からグラスワンダーの演舞が……おっとステージの照明が落ちたぞ』

「なんだなんだ?」

「どうしたんだろう」

「機材の故障か?」

 

 眩い光を放っていたスポットライトの照明が切れる。アクシデントだと観客一同騒めくも、グラスワンダー先輩だけは笑みを絶やさずに目を細めていた。アナウンサーの驚きぶりからしてトレーナーの存在を知る人は僅かなのだろう。

 

「せえっ!」

「ッ」

『おっと!?ステージの裾から怪しげな男が出てきて刀を振るう!』

「はああっ!!」

『グラスワンダーが繰り出される剣戟を薙刀で捌く!すごいぞ!しかしこの男は何者だ!?』

「わしは剣の天才、サムライクリムゾンじゃああああ!」

 

 トレーナーはサムライクリムゾンと名乗ると観客一同に見せびらかすよう大袈裟にアピールをする。まさかの乱入者の出現に観客はさらに興奮して歓声をあげる。まさかヒーローショーが見れるとは思わなかったのね。

 にしてもネーミングセンスはいまいちだけど掴みは完璧よ。なかなかやるじゃない!

 

『も、目的は何なんだいったい!?』

「今からこんウマ娘を叩き伏せちゃる!そうすりゃあ依頼完遂で金がたんまり手に入るきに!」

『すごい利己的な理由だ!依頼した組織の名前は何なんだ!?」

「お、おうちぃと待てや……そう、サカモトドラゴンぜよ!」

『さ、サカモトドラゴン……!いったいどういう組織なんだー!?』

 

 絶対今考えたわね。どうしてサカモトドラゴンっていうワードが出たのよ。……もしかしてサムライクリムゾンってかなり考えて作られた名前なの!?

 

「ま、まあえい!とにかくおまんと三本勝負じゃあ!」

『さあ三本勝負の試合を挑まれた!グラスワンダーの応えは……』

「その勝負受けます」

『受諾したー!これより演舞から三本勝負に移行します!前代未聞です!』

 

 刀でポンポンと肩を叩きながらトレーナーは構えるグラスワンダー先輩と対峙する。何故か審判が居るという用意周到具合には驚いたわ。

 一通り準備運動を済ませたトレーナーはようやく刀を構える。レースでする眼差しでグラスワンダー先輩はトレーナーを見つめ、トレーナーは切っ先を相手の首元に向ける。

 

「試合開始!」

「ッ」

「せいッ!」

 

 審判の号令とともにグラスワンダー先輩がトレーナーを攻める。物腰柔らかな風貌とは違い、ガンガン攻めていく様は圧巻だった。ガキンガキンと刃がぶつかり、薙刀のリーチを利用した攻撃を繰り出す。対してトレーナーは防戦を行って全ての攻撃を捌く。アタシなんて眼で追うだけでやっとなのにすごいわ!

 

『熾烈な攻防戦が繰り広げられている!』

「薙刀と刀、よく剣道と薙刀はどちらが強いと言われたら多くの者が薙刀と答える。そのわけは長いリーチによる攻撃で懐に入れないからだ」

「どうした急に」

「さらに懐に入ろうとしても刃がついていない方の先端、石突で足払いなどの攻撃を受ける。それを捌きまくるなんてアイツ何者だ!?」

 

 眼鏡を掛けた人が解説してるけど、その興奮具合からよほどのことなのね。あんな実力があるなら不良なんてやめて剣道を続ければよかったのに。すごくもったいないわ。

 あんまり格闘技とか見ても盛り上がらないけど知り合いが戦っているとなれば別ね。普段よくしてもらっているグラスワンダー先輩も応援したいけどやっぱアタシはアイツを応援したい。

 

「なかなか、粘りますね……!」

「はっ、わしは粘りにゃあ自信があるからのう。もう少しだけ粘るか」

「ッ!そこです!」

「おっ」

 

 石突の部分で刀を弾くと、くるりと薙刀を回して刃の部分をトレーナーのお腹に当てた。寸止めだったらしく痛がる様子もなくて安心した。

 

「一本!」

『グラスワンダー、まずは一本!』

「ふう、流石の実力です」

「はっ、抜かせ。わしはまだ半分しか出しちょらん。それに――――」

「それに?」

「その動き、覚えたぞ」

「なっ!?」

『おーとッ!?試合間もなくしてまさかの見切りの宣言だ!』

「バカな!?たった一度の打ち合いで見切っただと!?」

「す、すげぇ。眼で追うだけでもいっぱいなのに……!」

 

 ……やっぱりアイツの分析能力おかしいわね。文献とか読んでる時は難しい顔でにらめっこしてるくせに、レース映像だとスラスラそのウマ娘の特徴を書いていくんだから。あれは完全に見て覚える感覚派ね。

 

「……これが天才なんですね」

「当然じゃ。とっとと掛かってきいや!」

「いきます」

「開始!」

「チェェェェェェストォ!!」

「いっ!?」

「うっ!?」

 

 審判の合図と共にとてつもない絶叫をあげて刀を振り下ろす。ただでさえも通る声なのにこうも叫ばれるとウマ娘以前に人的にもきつい。鼓膜が破れそうでつらい。

 そんななか、グラスワンダー先輩は苦痛で顔を歪めながらもトレーナーの全力の一撃をなんとか薙刀で防いだ。

 

「いけないッ!あれは示現流だから受け止めてはッ!」

「くぅ……!?」

「キェェェェェェイ!!」

『サムライクリムゾン!ここにきて怒涛の面打ちを始めたァ!!』

「ど、どうして示現流は受け止めちゃダメなんだ?」

「示現流とは攻めの剣術。つまりは一撃必殺で、かの近藤勇も示現流の初撃は避けろというまでだ」

「な、なるほど……」

 

 休む暇さえ与えずガンガン攻めていくのでウマ娘の腕力でも次第に厳しくなっていく。それに薙刀の柄でガードしているので負担も大きく真っ二つに折れる可能性もある。とかいって動きたくてもなかなか動けないのでグラスワンダー先輩は防ぎ続けるしかない。

 

「はぁはぁはぁ……」

「これで、しまいじゃああああ!!」

「あうっ!?」

『ここでサムライクリムゾン!グラスワンダーのお腹を蹴って怯ませたァ!』

「ほい、突きじゃ」

「一本!」

「うわっ!?アイツなんてことを!」

「卑怯だわ!」

 

 防御に注意しすぎたグラスワンダー先輩はトレーナーにお腹を蹴られてバランスを崩して尻もちをついた。その隙にトレーナーは相手の首元に切っ先を寸止めして一本入った。

 あまりに強引に一本取ったのでトレーナーが非難される。罵声やブーイングが観客席に溢れ出して、純粋な気持ちで応援していたアタシは複雑な気持ちになった。だってあんな形で一本取ろうものなら誰しも不満が溜まっちゃうし、あくまでこの演目はグラスワンダーが主役じゃないといけない。非難されても当然とも言える。

 

「やめちまえ!」

「とっとと失せろ卑怯者ー!」

「卑怯?はっ、おまんらは何もわかっとらんのう」

『おーとっ!?ここにきてサムライクリムゾンが観客を挑発する!』

「こん試合は道場剣法の綺麗なものと誰が決めたかのう。ルールの規定は特になかったやき、足と手使うて跳ねてもえいじゃろ」

「後付けはやめろー!」

「そうだそうだ!」

「抜かせ!こんもレースと一緒じゃ一緒。規定内で策を巡らして持ちうる力全部使うて勝つ、なんも悪うなかろう」

「うぐっ……!」

「く、悔しいけどそうだ……」

 

 トレーナーは騒ぐ観客たちに向けて忘れられていたレースの本質を思い出させた。ただ足が速いだけじゃレースで一着を獲るのは難しい。だって他のウマ娘も実力を補うために負けじと作戦を立てて戦うから。

 トレーナーは座り込んだグラスワンダー先輩に視線を向ける。

 

「どういた?再戦じゃ再戦。それともなんじゃ、今の試合で日和おったか?」

「……いえ、生半可な覚悟であったと気づかせてくださり感謝します」

「御託はえい。やるんかやらないんか」

「やります」

『ここで再戦を受け取ったぞ、グラスワンダー!まだ闘志は潰えてない!』

「本気で来いや。ウマ娘じゃからって加減は要らん」

「では全身全霊、不退転の心で挑ませてもらいます」

「開始!」

 

 武器を構えた両者は開始の合図がされても動かない。けど確実に相手の隙を探していて、これが俗にいう間合いの取り合いなのね。二人の気迫がこちらにも届く。

 

「す、すげぇ。俺だったら下手に動いて二撃、いや三撃喰らう……!」

「こ、これは追い込みと差しでいう様子見か」

「長丁場になりそうだ」

 

 永遠とも体感できるほど二人は見合う。見てるこっちも緊張して汗が垂れる。不意に一枚の枯れ葉がステージに侵入して二人の間に入り込んだ。それが開始の合図の如く、激しい打ち合いが展開された。

 グラスワンダー先輩のウマ娘の腕力とリーチによる熾烈な攻撃を技と経験で受け流しカウンターを決める機会を窺うトレーナー。

 

『おおっ!?薙刀の軌道を鍔でずらしたァ!そして前転してグラスワンダーの懐に入る!』

「はあっ!」

「ふっ!」

『だが石突の部分を振って距離を取らせたァ!』

「ではこれを!」

「ぬるいわッ!」

『ここで薙刀による足払いをサムライクリムゾンが跳んで躱す!』

「まずい!空中で防御は難しいぞ!」

「これは決まったか!」

「こんなん余裕じゃ!」

『なんていうことでしょう!空中での防御に成功して、その勢いで後退する!改めてハイレベルな戦いだぁ!』

 

 お互いの全力を尽くした戦いはすごいという言葉しか出なかった。汗が飛び散り、火花が散る試合にアタシは魅了された。レースのように燃えてライブのように美しい、見惚れてしまうのも無理はなかった。

 皆がグラスワンダーを応援する。今この場でサムライクリムゾンであるトレーナーを応援する者はいない。一年前の世間体を気にしていたアタシだったら何も言わなかった。けど今は違う。好きな人を応援するのにそんなもの捨てて全力で応援しないと!

 

「頑張って!サムライクリムゾン!」

「ッ!?」

「……そ、そうだ!サムライクリムゾン頑張れ!」

「お前の剣法見せやがれー!」

「グラスワンダーも頑張れ!サムライクリムゾンも頑張れ!」

「人間の実力でウマ娘を凌駕できることを教えてくれー!」

「「「「クリムゾン!クリムゾン!」」」」

 

 アタシの声援を皮切りに他の観客たちも次々に声援を送りだした。きっと心のどこかでアタシ同様に魅了されていたのだろう。まさか悪役に徹している自分が多くの人から声援をもらうことになるとは想定していなかったのかトレーナーの動きが一瞬だけ鈍くなる。

 その隙にグラスワンダー先輩が剣を上に弾いた。

 

「今です!」

「へあっ!!」

「くっ!」

『サムライクリムゾン、弾かれた刀を背中に回して突きを繰り出した!』

「あ、あれは背車刀だ!」

「知っているのか!みなみ!」

「あぁ、刀を背中で持ち替えて相手の意表をつく刺突をする技だ。とても難易度の高い技だ」

「マジでサムライクリムゾン何者なんだ!」

 

 その人うちのトレーナーなんですよってすごく言いたい。

 

『両者とも大立ち回りを演じまくる!剣を上半身だけで躱したり、刀の切っ先を相手の切っ先に合わせたりと映画さながらだ!』

「なかなかやるのう。ウマ娘とは幾度もやったがおんしみたいなやつはおらんかった」

「あらあら。それは恐縮です~」

「……涼しい顔して鋭い突きじゃ。せっかくじゃし二刀流でも見せちゃる」

『ここでサムライクリムゾンが二刀流になる!』

「ここにきて二刀流、攻防を分けて手数で攻める気か」

「あくまで一度だけ有効打を決めれば一本だからな」

 

 片手に持った脇差で攻撃を受け流して、刀を振るう。手数で押されるのは流石に厳しいらしく、グラスワンダー先輩は徐々に押されていく。完全に間合いに入られてしまっている。

 

「これでしまいじゃああああ!!」

「くうっ!」

 

 しかし思わぬアクシデントが起きた。ウマ娘の腕力による剣戟を喰らいすぎたためかトレーナーの刀が根元からパキリと折れる。これにはトレーナーも動じてしまう。

 

「ここで決めます!」

「く、くそが……ッ!!」

「一本!」

 

 薙刀の刃がトレーナーのお腹に当てられた。勝ちを確信していたからこそ思わぬアクシデントで敗北してしまったので相当悔しがっている様子が伺えた。グラスワンダー先輩が二本取ったため勝負が決まり、歓声が沸き上がった。

 

『グラスワンダーがサムライクリムゾンに勝利しました!』

「流石だグラス―!」

「これからも応援するからなー!」

「流石俺の推しだぜ!」

 

 トレーナーはあんな負け方をしてやりきれないと思うのにきちんと礼をしてステージから静かに出ようとした。相手と試合に敬意を払う様子は立派だった。だったら、こっちも敬意を払わないとね。

 

「サムライクリムゾンありがとうー!」

「ッ!?」

「あと少しだったなー!」

「今度も出てくれよな!」

「お前がいなかったらここまでならなかったんだぜー!」

 

 温かい感謝の声がトレーナーを包む。大勢の人から声援と期待をもらえたことに当初は困惑していたものの改めて応援される気持ちを味わえたトレーナーはこちらを一瞥すると、サービスなのか脇差を抜いて空中に放り投げる。そして着地点に予測して鞘を構える。抜き身となった脇差はそのまま落ちてカチャンと納まった。

 このパフォーマンスに再度観客は沸いた。

 

「やれやれ調子乗っちゃって」

 

 ――――けどよかったわね、アンタも大勢の人から応援されて。

 サムライクリムゾンは大勢の拍手と歓声を背中に浴びて堂々と退場していった。その拍手と歓声は校外から聞くことができたらしい。

 




なんだろう、ギャグマンガが何故か変なシリアスになってバトルものになる気分を味わったぞ。(世紀末リーダー伝たけし!とか銀魂がその例)


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一番のアタシは子供になる

今回は珍しく三人称視点です。
それとダスカトレーナーに基本名前は無いものだと思ってください。


「おい、葵。何かおもろいことないんか?」

「……ふえっ!?突然なんですか!」

「暇じゃ。面白うことするんは後輩の仕事じゃき、はよ先輩のわしを喜ばせい」

「えぇ……」

 

 夕日が窓から零れだす頃、とあるレクリエーションルームにてダイワスカーレットのトレーナーとハッピーミークのトレーナーである桐生院葵が情報交換を行っていた。

 といっても桐生院により半ば強制的に参加させられているのでやる気がない。一応は情報は渡してくれるものの、隙を見つけては競艇やパチスロの雑誌を読んでいた。きちんとノートにまとめている桐生院とは大違いだ。

 

「で、では渾身のギャグをやります!」

「おう、やれやれ」

「ふ、布団が吹っ飛んだ!」

「……」

「アルミ缶の上にあるみかん!」

「……」

「そのイカのバッグ、いかしてるね!」

「……期待しちょったわしがバカじゃったわ」

「ひどいです!」

 

 なお某生徒会長レベルのギャグに失望している様子だった。桐生院はプンスカと頬を膨らませてこっちを睨むも、育ちの良さが出てしまってまったく怖さを感じない。それどころか愛嬌があった。

 

「先輩はいつも私に無茶ぶりばっかして!」

「えいじゃろう。なんせわしは天才で先輩じゃ」

「今度のレース絶対に勝ってみせますから!」

「おうやってみい。どうせわしのダスカが勝つに決まっちょる」

 

 宣戦布告を交わして闘志を露わにする二人、案外この二人でチームを運営したら強いのかもしれない。

 この様子で和気あいあいと過ごしていると彼に電話が掛かってきた。宛先を確認してみると担当のダイワスカーレットからであった。今日はアグネスタキオンとお茶会をするという理由で練習は休みのはずだった。

 

「何か用かダスカ?」

『これはこれはスカーレット君のトレーナー君』

「おまんはアグネスタキオンか。どういてダスカの携帯電話を使っちょる」

『ちょっとまずいことになってね。とにかく私の研究室に来てほしい』

「それはどういう……」

 

 トレーナーが話を訊く前にプツリと電話が切られた。怪訝そうな様子で桐生院が問う。

 

「どうしたんですか先輩」

「アグネスタキオンがわしを呼んどった」

「……まさか被検体に!?いくら高額でも治験は危ないですよ!」

「体が発光するくすり作るやつじゃぞ!二度とせんわ!」

「そうですよね。……経験済みなんですか」

「どうじゃ、おまんも来るか」

「そうですね。万が一のことがあったら困りますし」

 

 こうしてアグネスタキオンの研究室に二人は向かうことになった。

 アグネスタキオンの研究室は使われていない空き教室を不当に占領して作られたものであり、基本的に人気が無い。日頃から研究室に籠って実験に勤しむ彼女のことを一般生徒はマッドサイエンティストとして怖がっている。まあ変なことばかりするから当然だろう。

 でも何故かダイワスカーレットは彼女のことを尊敬していた。どうやら親しみやすいとのこと、不思議である。

 

「此処があの研究室ですか……。でも立ち退きとか言われないんですかね?」

「生徒会からの立ち退きを賭けたレースに毎度勝ちよるから、なんてタチが悪いウマ娘じゃ」

「なるほど実力で黙らされるんですね。まるで先輩みたい」

「……今回ばかしは何も言えん」

 

 ガラガラと扉を開けると話題の人物アグネスタキオンが紅茶を飲んでいた。部屋は意外にも清潔感を保っているが、自主的にダイワスカーレットが掃除をしているからだ。

 

「やあやあスカーレットのトレーナー君、久しぶりだねぇ。おやっ、珍しい客も来たものだ。初めまして桐生院トレーナー」

「初めまして」

「で、どういてわしを呼んだ。もう治験はやらんぞ」

「そういうことじゃないよ。あれを見てほしい」

「あれ?」

 

 二人はアグネスタキオンが指差す先に視線を向ける。すると物陰でゴソゴソとしている物体があった。疑問を抱きながら近くによるとそこには小さくなったダイワスカーレットの姿があった。

 

「ダスカァ!?」

「えっ!?」

「ど、どういてこんなちんちくりんに!」

「これは私の落ち度だ」

「何じゃと」

 

 トレーナーは諸悪の根源だと自供するアグネスタキオンを射殺さんばかりに睨みつける。あれほど可愛がっていた愛バがこんな姿にされて怒らない者はいない。

 緊迫した雰囲気の中でアグネスタキオンは耳と尾をシュンと垂らし、桐生院は手を出すんじゃないかと心配していた。

 

「……睨まれても仕方がないことをした。本当に申し訳ない」

「御託はえい。さっさと言え」

「あぁ、実は手違いでテーブルの上にあった薬入りのクッキーを食べてしまったんだ」

「危険物取扱試験受けた方がいいですよ」

「なんでそんなもんを置くんじゃ!」

「本当はこっちのクッキーをあげるつもりだったんだ。薬入りクッキーはカフェにでも食べさせようかなと」

「……やっぱりマッドサイエンティストなんですね」

「効果は何じゃ」

「効果は幼児化だよ。といっても半日しか持たないがね」

 

 アグネスタキオンは一見冷静に話しているが、その話の傍らで白衣を引っ張って遊んでいるダイワスカーレット。眼を凝らしてみると白衣がヨレヨレになっていて、髪の毛もボサボサになっていた。相当引っ張られたのだろう。

 

「本来なら最後まで面倒を見るつもりなのだが、生徒会から今までの説教を受けないといけなくてね。やはりここはトレーナーである君に一任しようかと」

「このわしが子守りを!?」

「先輩にできると思いますか?心配なので私がやりますよ」

 

 そう言って桐生院がダイワスカーレットを抱えようとしたら、ゴツンと脛を蹴られる。子供といえどもウマ娘、脛を抑えて悶絶していた。

 

「……そんいや気性難じゃった」

「私はどうにかなるんだが。試しに君が持ってくれたまえよ」

「あの情けのう葵を見ろや!あの二の舞にはなりとうない!」

「ト、トレーナー?」

「な、なんじゃダスカ。どういて近くに来るんじゃ」

「大好き!」

「なっ!?」

「えっ!?」

「ほう!」

 

 暴れるのではないかと慄いていたトレーナーであったが、予想に反してギュッと抱き着かれた。好意的に反応するダイワスカーレットにアグネスタキオンは興味深いと言わんばかりに観察を始める。

 

「タキオン!何じゃこれは!?」

「ふぅン、どうやら記憶は持ち越したままだけど自制などが子供になったんだね」

「つまりどういうことじゃ」

「要するに今まで抱えていた想いと感情の抑えが無くなる」

「すごく心配です。先輩が子供の世話をするだなんて」

「じゃかしいぞ!……けんどこうなったら仕方ないきに、わしが半日世話をするぜよ。どうせ朝には戻るじゃろ」

「非常に助かるよ」

「……タキオン、じゃけど条件がある」

「なんだい?」

「今後、スカーレットに何かやってみろや。絶対に許さんからな」

「わかった。肝に銘じる」

 

 今回やってしまったことに罪悪感を覚えていたアグネスタキオンは快諾した。人を平気で実験に使う彼女だが外道ではなかった。

 トレーナーはグイっと持ち上げてダイワスカーレットを肩車する。

 

「まだ六時じゃが飯に行くぜよ」

「ご飯!?」

「何が食いたい」

「ハンバーグ!」

「ほうか、ならファミレスに行くか」

「ホント!?やったー!」

「葵はこんことをフジキセキに言っとけ。ダスカはわしの家に泊める」

「わ、わかりました」

「ほんじゃ、明日」

 

 キャッキャッと騒ぐダイワスカーレットを乗せてトレーナーはその場を立ち去った。校内にはまだ生徒がおり、スーパークリークとタマモクロスから飴やお菓子を貰ってご満悦で食べるダイワスカーレット、そして珍しく頭に降りかかる食べかすにトレーナーは怒らないでいた。

 それどころか夕飯が食えなくなるからほどほどにしとけと言う始末で、多くの者から親子や兄妹みたいだと思われていた。

 

「トレーナー!」

「なんじゃ」

「アンタのスカーフ、肌触りが良いわね!」

「木綿じゃからのう。これはやれんぞ」

「アタシも欲しいわ!赤とか!」

「……考えちゃる」

 

 そんなこんなでファミレスにやってきた二人、時間帯的に混み始めたばかりなので待ち時間なしにテーブルに着くことができた。オーダー用に用意されたタブレットを押して注文していく。

 

「このハンバーグでえいか?」

「けどお子様セットもいいわ……」

「どっちかひとつにしとけや。残したら怒るぜよ」

「ならお子様セットがいい!」

「ドリンクバーも付けか。それでえいか?」

「うん!」

「流石に酒はやめとくか。わしはハンバーグとドリンクバーでえいか」

「決定ボタン押してもいい?」

「えいぞ」

 

 嬉々としてボタンが押し、ダイワスカーレットはドリンクバーを取りに行った。携帯電話でレースの予定を確認しているとガチャンとコップが置かれた。机の上には二個のコップがあり、オレンジジュースがたっぷり注がれていた。

 

「どう偉いでしょ!アンタの分も持ってきたのよ!」

「わしの分までやるとは偉いのう」

「ふふん、当然でしょ!」

「そうじゃのう」

「……」

「どういてこっちを見る?」

「アタシは良い子?」

「お、おう」

「だったらナデナデしてよ」

「あ、あぁ」

 

 こんなにも積極的になるとは思っておらず困惑するトレーナーだったが、言われるがまま頭を撫でてあげた。撫でられると耳が嬉しそうにピンと立ち、あからさまに機嫌がよくなった。

 注文が届くまでの間、二人は会話を交わす。といってもダイワスカーレットが話し続け、それに相槌を打っていただけなのだが。

 

「お待たせしました。ご注文のお子様セットとハンバーグです」

「うわぁ!美味しそう!」

「美味そうじゃ。食うか」

「うん。いただきます!」

 

 トレーナーは豪華に盛られたお子様セットをパクパクと食べていくダイワスカーレットの姿をパシャリと撮る。元々これをネタにからかってやろうと企てていたトレーナーであったが、あまりの愛くるしさに無意識に撮ってしまった。

 

「美味いか」

「うん!」

「ほうか、ならこれも食え」

「けどこれアンタのハンバーグでしょ」

「えいから。これ食ってとっとと一番になれや」

「しょうがないわね!なら食べるわ!」

 

 ダイワスカーレットはトレーナーから譲りうけたハンバーグを半分貰って食べ続ける。トレーナーは幸せそうに頬張る彼女を頬杖をついて眺めているうちに、自然と頬が緩んだ。

 

「結構食ったな。帰るか」

「……ねぇ、パフェも食べたいわ」

「まだ食えるんか」

「う、うん。ダメかな」

「好きにしろ」

「やったー!」

「おまん、このイチゴのやつ好きじゃろ」

「わかってるじゃない!アタシに相応しい色してるから大好き!」

「そうか」

「もちろんアンタも大好きよ!」

「お、おう。なんじゃ、照れるのう」

 

 ダイレクトに好意をぶつけられてポリポリと頬を掻くトレーナーだった。

 その後、注文したパフェが届いたがボタンを押し間違えて特大サイズが来てしまった。意気揚々とひとりで食べるダイワスカーレットだったが、流石に無理だった。残してしまったため怒られると怯えていた彼女だったが、トレーナーは黙って残りを食べてあげた。

 

「ご、ごめんなさい。残しちゃって」

「何を謝る。事故でデカいのを頼んだんじゃろ」

「うん…‥」

「それにわしもちょうど甘いもんが食いたかった。わしもわしで好きにしただけじゃ」

「ホント?」

「じゃき泣くなよ」

「うん!やっぱり大好き!」

 

 会計後に謝る彼女だったがトレーナーは言って気に留めていなかった。

 ファミレスで夕飯を食べた後はトレーナーの部屋に行って、風呂に入れた。当初はひとりで入れと言ったのだが「怖くて入れない」と言うので仕方なしに一緒に入浴した。入浴後は髪の毛や尾をブラッシングをしたり乾かしてあげたりしていた。

 十時までテレビを見て過ごし、二人は一緒に就寝した。

 

 だがここで事件が起きた。

 朝方には元の体に戻るということは今着ている服が合わないということだ。まだタマモクロスやメジロマックイーンのような貧相な体付きならよかったものの、ダイワスカーレットは色々と大きい。そのため服が弾けた。

 

「な、何よこれ!?」

「どういたんじゃダスカぁ。まだ朝じゃ……あっ」

「こっちを見ないでちょうだい!ケダモノ!」

「なんじゃああああ!?」

 

 つい条件反射で振り向いてあられもない姿を見てしまったトレーナーは当然の如く蹴られた。そしてそのままテレビにめり込んでピクピクと痙攣していた。

 

「あ、あの時から記憶がないのはどうして!?」

「おんし覚えちょらんか?」

「何をよ!……あっ!!」

 

 徐々に思い出していくその後の記憶にダイワスカーレットは悶絶した。楽しそうに肩車された記憶、ファミレスで一緒に食べていた記憶、テレビで笑い合っていた記憶。そして何より彼女を辱めたのは入浴の記憶だった。

 

「アンタ、アタシの裸を見たわね!」

「なるべく見んようにはしたわ!アホ!」

「なるべくって何よ!結局見てるじゃない!」

「仕方がないじゃろ!おまんがわしと入りたいって言うからじゃ!」

「あー、もう最悪!まだこういう展開は早いのに!」

「おまんもわしの裸見たじゃろうが」

「ご丁寧に腰に布巻いてたわね!不公平だから今見せなさい!」

「掛かるなや!」

 

 二人がギャーギャー騒いでいるとガチャリと玄関の鍵が開いた。ダイワスカーレットが振り向いて確認してみるとそこには寝間着姿の桐生院が居た。おそらく騒音についてクレームを言いに来たのだろう。

 

「せ、先輩とダイワスカーレットさん?」

「き、桐生院トレーナー!?そのこれにはわけが……」

「あ、あの……」

 

 テレビに頭を突っ込んだままのトレーナーと全裸でトレーナーのズボンを下ろそうとするダイワスカーレット。絵面が絶望的にマズかった。

 

「ご、ごごごゆっくり!」

「待ってください!」

「葵ィ!わしを助けろォ!」

 

 その後、二人は必死に事情を説明してなんとか桐生院に把握してもらえた。いつまでも全裸のままではいかないということでフジキセキに連絡してトレーナーがダイワスカーレットの衣服を取りに行った。その間、彼女は彼女で布団やシャツなどのにおいをこっそり嗅いでいた。

 

 ちなみにトレーナーが肩車していた話は多くの生徒に知られて、学級新聞には「驚愕、まさかの子連れ狼!?」という見出しで貼られていた。

 これにより変な誤解をしたたづなや理事長がトレーナーを追及したのは別の話。




なんだろう、ひぐらしの鉄平を書いている気分になる。
まあ史実における岡田以蔵も長男なので子供の扱いには慣れていると考え、この設定でいきました。けどいつからダスカはあんな恵まれた体格になったんだろう。


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一番のアタシは遊園地へ行く

運営はメイショウドトウとエイシンフラッシュを連続で実装させることで全国の童貞に金を出させようとしている運営を許すな!
なおタマはまだ土に埋まっている模様。救いはないんですかー?


「やっと着いたわね!遊園地!」

「おう、そうじゃのう……」

 

 地方のレースが終わった翌週にアタシとトレーナーとで遊園地で遊ぶことになった。どうしてそうなったのかというと、ある時にトレーナーがパチンコで期限間近のチケットを獲得したらしく無駄にしないためにアタシにくれた。

 いつもなら「友達と行ってこい」とか言うはずなのに今回は珍しく乗り気だった。当然断る理由もないから快諾したんだけど、何か裏がありそうなのよね。まっ、大丈夫だとは思うけど。

 

「うぅ、頭が痛いぜよ……」

「どうして前日にたくさんお酒飲むのよ」

「昔に頼んじょった酒が届いたきに、飲まんわけにはいかん」

「このアル中、ほらシャキッとしなさい。情けないわよ」

 

 なお二日酔いのままバスに乗って乗り物酔いを起こしたトレーナー、当然の如くグロッキーな状態だった。顔色は真っ青で足取りが覚束なかった。

 この調子だと初手から激しめのアトラクションには乗れないわね。まったく、人気があるジェットコースターには混む前に乗りたかったけど仕方がないわね。

 

「そんなに苦しいなら荷物持ってあげるわよ。普段手ぶらなくせにバッグなんて持っちゃって」

「いいや、これはわしが持つ」

「あっそ。体調が悪化しそうなら言いなさいね」

「おん」

「じゃあゲートに行きましょう。今日は楽しむわよ!」

 

 久しぶりに遊園地で遊ぶとなるとワクワクするわ!最後に行ったのは小学生の頃かしら。ママはいつも忙しいのにこの日のために予定を空けてくれたのよね、懐かしいわ。

 ゲートにチケットを通して入場すると、目の前に大きなマスコットのオブジェクトが存在していた。犬なのか猫なのかいまいちわからないモノだけど、記念として撮るには悪くないわね。

 

「トレーナー、写真撮りましょうよ」

「おうえいぞ。ほれ、スマホを出せ」

「えっ、何言ってるのよ」

「あぁ?じゃからおまんを撮っちゃるからおまんのスマホを」

「そういうことじゃないの。はぁ、アンタって鈍感ね」

「わしをバカにしてんのか。天才のわしが鈍感なわけなかろうて」

「……だからこういうこと!」

 

 意図に気づけないでいるトレーナーに痺れを切らして、アタシは片手にスマホを握りもう片方の手でアイツを引き寄せる。そして密着させた状態でカメラを起動させ、背景にオブジェクトが入るようにした。

 呆気にとられるトレーナーを写したままパシャリとシャッターを切った。

 

「これでわかったかしら」

「……お、おう」

「ならいいわ。じゃあ進みましょう」

 

 アトラクションがある方へ進もうとしたらポツンとトレーナーが立ち尽くして不思議そうに言ってきた。

 

「おまんはそれでえいがか?」

「何が?」

「わしと写っても恥ずかしくはないんか」

「はあ?インタビューとかで写る機会あったじゃない、今更すぎるわ」

「あれは仕事じゃからのう。けんどわしが言いたいのは、そのなんじゃ……」

「プライベートで撮ること?」

「……わしなんかと撮ってもえいことなんぞない」

「ホントにバカね、アンタ。好きじゃない奴だったらしないでしょ」

 

 カラオケでの一件や映画へ一緒に行ったことを鑑みてもアンタを好いているからこそってわからないのかしら。だから鈍感って言われるのよ。まったく、けどそういうところがトレーナーの愛嬌として受け入れられているのかも。

 

「……ほうか。ほんならえい」

「それじゃあ行きましょうか!モタモタしていると置いてくから!」

「おい、待てや!」

 

 せっかく楽しむために来たのにもったいないんだから!

 最初に目を付けたアトラクションはゴーカートでちょうど並んでいる人も少なかった。速度は出るけど、さほど揺れないから大丈夫よね。

 

「ゴーカートか。わしはこう見えて普通免許を持っていてな。車の運転はバッチリじゃ」

「それあんまり自慢になってないわよ。ランクは?」

「グリーン」

「そこはゴールドにしなさいよ!」

「ポリ公のネズミ捕りが悪いぜよ。あんなとこに隠れよって……!」

「悪気があってやったわけじゃないんだから」

「そのせいでその日のパチンコ代が消えたんじゃ!」

「まっ、運転を改めなさいってことね」

「ぐぬぬ」

 

 列は進み、アタシたちの番になった。ゴーカートの運転方法って簡単でブレーキとアクセルとハンドルしかない。だからどんな人でも操れるようになっている。

 ゴーカートに乗るのは初めてだけどこれなら楽しめそうね。トレーナーはどんな感じなのかしら。

 

「どういてクラクションが無いんじゃ。どう鳴らせばえい」

「……悪質ドライバーみたいね」

「事故は起こしとらんわ」

「ねぇ、レースをしない?」

「それはえい。運動でウマ娘が人間に負けるはずはないがこいつ(ゴーカート)なら変わるな」

「でしょ。アンタとは一度レースをしてみたかったの」

「どうせわしが勝つがな」

「言ったわね。一番はアタシよ!」

 

 前にある信号機が赤に点灯する。従来のカーレースみたいに緑になったらスタートだ。いつでもスタートができるようアクセルに足を乗せて待っていると、ゲートを出る瞬間みたいで緊張してきた。

 隣ではトレーナーがアクセルを踏んで吹かしている。

 ―――――そして赤から緑に変わった。

 

 

「おかしいじゃろ!」

「まあ運が悪かったわね」

「どういてこうなるんじゃ!」

 

 不満を漏らすトレーナーをどうどうと嗜める。結果から言うとアタシが勝った。いや、勝たない方がおかしかった。

 実はゴール直前のカーブまではお互い接戦を繰り広げていた。抜かれ抜きつつの展開を繰り返しながらカーブへと差し掛かった時だった。どうやらトレーナーが運転するゴーカートのハンドルとブレーキが利かなくなる故障が発生して曲がることができず、防御壁だったスポンジに突っ込んでしまった。幸いにも怪我はなかった。

 

「けどいいレースだったじゃない」

「じゃから嫌なんじゃ。あと少しでおまんに勝てたのに……ッ!」

「だけど故障してしまったお詫びに次回の来園チケットくれたからその時に再戦しましょう」

「ふん、ちゃんとしたレースならわしが勝つがのう」

「吠え面かかないでよね」

「にしても暑いのう」

「確かに五月とはいえ暑いわね」

「ほんならあそこで涼むか」

 

 そう言ってトレーナーが指を指した。その先には鬱蒼とした不気味な廃病院が存在している。当然、遊園地に病院があるわけないからアトラクションなんだろうけど自ら進んで行きたいとは思えなかった。

 てか幽霊とかが苦手なの。

 

「絶叫廃病院じゃと。面白そうじゃのう」

「はああああ!?なんでお化け屋敷なのよ!」

「おう何じゃ不満か」

「だって涼むからって行く場所じゃないわ!」

「……ほーん、怖いんか」

「なっ!?」

 

 ニタリと悪趣味な笑みを浮かべてきて、癪に障った。誤魔化そうとそっぽを向いて胸を張る。

 

「べ、別に幽霊とか非現実的なこと信じるわけないじゃない!」

「おう、ほんなら入れるよな」

「……入るわよ」

「聞こえんぞ。はっきり言えや」

「入るって言ってるでしょ!」

「言質は取ったぞ。とっとと行くぜよ」

「くぅ~!!」

 

 ついカッとなってウオッカと張り合うみたいに見栄を張ってしまった。その結果、アタシを怖がらせたいトレーナーの思惑通りの展開になってしまった。とても悔しいわ。

 

「うぅ、ちょっと離れないでよね」

「離れるも何もわしの腕に掴まりおって」

「これはあれよ、アンタが迷子にならないようにね!」

「抜かせ。本当は怖いんじゃろ」

「こ、怖くないんだから!」

 

 廃病院に入った途端、やけに冷たい室内と不気味な雰囲気が体を冷やしてくる。室内にはライトがあるけど、チカチカ点灯していて不気味さに拍車をかけている。ちょっと進んでみるとフロントがあって、書類やボロボロになったベンチが散乱している。

 

「な、何も起こらないわね」

「まだ序盤じゃからのう」

「こ、こっちね」

「そっちはルート外じゃ。何処へ行く」

「知ってたわよ!」

 

 ルート通りに進んで行くと診察室に出た、どうしても出口に行くためには此処を抜けないといけない。震える足をなんとか前に出していくと、ベッドの上にシーツを被ったまま横たわった人が居た。お約束の展開だけどそれがとても怖かった。

 

「あ、あれ絶対動くわよ……!」

「ほうかのう」

「と、とぼけたフリ下手くそね!さっさとこんなところ出ましょう!」

「あっ、動いた」

「ひいっ!?」

「はっ、冗談ぜよ」

「~ッ!!」

「わしの足を踏みつけるな!痛いきに!」

 

 ホントにこういうところでバカをするんだから!このオタンコニンジン!で、でもシーツの人を横切ったけど何もなかったから安心――――

 

「ウガアアアアア!!」

「ぎゃあああああ!?」

「ま、待てダスカ!わしを引きずるなあああああッ!!」

 

 安心したのもつかの間、後ろに置かれていたロッカーが突然開いて医者の姿をしたお化けが驚かしてきた。意地を張るのも忘れて叫びながら出口に向けて走る。

 やっと出口を出たらトレーナーがアタシの腕にしがみ付いていた。やっぱりトレーナーも怖かったのね。

 

「ふ、ふざけんなやダスカァ!どういてわしの腕を離さんのじゃ!」

「え?アンタがアタシの腕を掴んでいたのよ」

「逆じゃ逆!おまんが走るからわしも引きずられるんじゃ!」

「……あー、そういうわけね」

「おかげでウマ娘のスピードを再確認したぜよ……」

「これでトレーニングに活かせる、はず!」

「なわけあるかァ!!」

 

 ……流石に今回ばかりはアタシに非があるわ。今度は気を付けないと。

 そんなこんなで軽く昼食を食べてから向かったのは遊園地の目玉アトラクションであるジェットコースターで、近づくにつれて乗っている人の悲鳴が聞こえてきた。

 

「まっことデカいぜよ……」

「富士山の某遊園地と同じよ。すごいわね」

「にしてもげにカップルが多いのお」

「そうね」

 

 確かに周りにいる人たちは友達と来た人よりもカップルが多い。結構この遊園地はデートスポットとして人気でメディアからの取材をよく受けていた。そのおかげでジェットコースターも改造に改造を重ねて今に至った。

 

「それがどうかしたの?」

「いや、なんちゅうか……」

「居づらいのね」

「まあそうなるきに」

「別にいいじゃない。教え子と一緒に遊園地だなんてカップルそのものよ」

「……それってトレーナーとウマ娘の関係的にええんかのう」

「今更すぎるわね。てかトレーナーとウマ娘が結婚することもあるのよ」

 

 実際、ミホノブルボン先輩のお父さんもトレーナーでお母さんが当時担当していたウマ娘なのよね。とあるトレセン学園の二つ名では婚活会場とか言われてたわね。まあそれほどトレーナーと関係を持つのが多いってことか。

 

「……結婚か」

「あら。トレーナーって意外と興味あるの?」

「そうわけじゃないきに。ただのう……」

「ただ?」

「わしには結婚なんてできんと思ちょってな」

 

 トレーナーは目元を暗くして悲しそうに言う。トレーナーは先生という人からしか愛情を貰わなかったから結婚した自分や家庭がわからないでいる。それと自分が脆いことを勘づいていたからそれを隠すように才能を誇示していた。それらが相まって結婚、いやそれどころか交際という未来が見えずにいる。

 環境が悪かったと言えばそれだけだけど、それではあまりに救われないと思った。

 

「だったらアタシが教えてあげるわよ」

「あぁ?」

 

 咄嗟に出てしまった一言だった。虚を突かれてあどけない顔になるトレーナー、そしてアタシは今自分がなんて言ってしまったかを思い出し全身の血液が沸騰した。顔が一気に熱くなって恥ずかしさが込み上げてきた。

 

「い、いやその……他意はないのよ!えぇうん、そのね!」

「おまんがわしに色恋をじゃと?」

「は、はあ!?そ、そこまでは言ってないんですけど!」

「くははははは!!」

「笑わないでちょうだい!」

「おまんみたいな生娘が教えよると思うとげに腹が(いと)うて……!」

「もー!心配して損した!」

 

 腹を抑えてゲラ笑いをするトレーナーにそっぽを向く。

 いっつもからかってきてホントに嫌になるわ!アタシが失言したのが発端とはいえそこまで笑わなくたっていいじゃない!

 ……まっ、やっぱトレーナーに暗い顔は似合わないからいいけど。

 

 

「……きついGと浮遊感だったぜよ」

「……うん。一日一回だけでいいわ」

 

 結構な時間並んだ末にようやくジェットコースターに乗れたアタシたち。たかがジェットコースターだと高を括っていたけど、実際はかなり激しいもので大変だった。まずは体を潰してくるGに耐えると、次に体がフワッとするあの不快感が襲ってきた。左右にも揺らされるのでバーが外れてしまわないか心配でたまらなかった。

 ようやくスピードが落ちたと思えば一日に三回しかない逆走が起きてもみくちゃにされて、戻ってきた時には二人ともグロッキー状態だった。友達の誰かが行くってなったらこのこと注意しなきゃ……。

 

「どういて逆走するんじゃ」

「それがこのアトラクションの目玉だからよ……。ゆったりとしたものに乗りたいわ」

「もう夕暮れか。となると乗れる乗り物もアレしかないのお」

「どれ?」

「アレじゃ」

 

 そう言われてトレーナーが指差した方へ向く。目線の先には大きな輪を持つ観覧車があって、輪の端々にはゴンドラがぶら下がっている。ちょうどオレンジ色の夕焼けが観覧車を照らして赤く見える。

 

「別にいいわよ。最後の締めにはピッタリね」

「ならえい。ほれ、乗れんくなる前に乗るぞ」

「……なんか乗り気ね」

「そんなこたぁない」

「だってさっきのアンタと違うし」

「そんなんえいから。乗るぜよ」

 

 強引に手を引かれて観覧車へ向かった。やっぱりアタシたちと同様に最後の締めは観覧車だと考える人が多くて、結構な時間並ぶハメになった。その間トレーナーはずっとソワソワしていて落ち着かない様子で、話しかけてもトンチンカンな返事をすることがあった。

 違和感に気づきながらもそれを指摘したら激情することを知っていたアタシは気づいていないフリを続ける。一応、長年の付き合いだしある程度のことはわかる。

 

「ふぅ、立ちっぱなしは疲れるわね」

「やっと乗れたな」

「ホントね。やっぱり人気あるわね、観覧車って」

「そうじゃのう」

 

 ようやく乗れるようになったのは三十分後だった。夕日はもう沈みかけていて辺りが暗くなり始めている。ゆっくりとゴンドラが上昇して遊園地の全貌が丸見えになる。もう時間帯も時間帯だから運行を停止しているアトラクションがほとんどだった。

 ちらりとトレーナーを見るとバッグを膝に置いた状態で貧乏ゆすりをしている。高所恐怖症なのかって思ったけど自分から観覧車に乗ろうと提案したしジェットコースターにも乗ったからその線は薄いはず。ならどうしてかしら?

 

「……おい、スカーレット」

「な、何よ」

 

 黙りっぱなしだったトレーナーがついに口を開いた。ちょうどその頃になるとゴンドラは頂点へと至っていて、市街の様子が確認できた。ぽつぽつと家庭の明かりが灯されていくのがわかる。

 にしてもトレーナーは意を決した様子でこっちを見てくるわね。何をしでかすのかわからないからすごく緊張するわ……。

 

「これをおまんに」

「えっ。何よこれ」

「えいから。さっさと開けてみいや」

 

 トレーナーはバッグからひとつの紙の包装がされた小包を渡してきた。オシャレなデザインでなおかつ丁寧に包装がされていてからお店でやってもらったものだとわかる。テープを剥して綺麗に包装を解いていくと、中には赤色の木綿でできた首巻があった。

 

「これって……」

「おまんの誕生日プレゼントだと思えばえい」

「けどアタシの誕生日は明日なんだけど」

「知っとるわ」

「じゃあなんで」

「……プレゼントを連続で貰えたら嬉しいじゃろ」

「あら、別にそんなのしなくても喜ぶわよ」

「ほうか。ならえいわ」

「にしても首巻だなんてオシャレね。どうして選んだの?」

「おまんがわしと同じもんが欲しいとねだっとったじゃろ」

「……あっ」

 

 指摘されて思い返してみると確かにそんなことを子供になった時に言っていたわね。うぅ、いくら子供になったからとはいえ一緒にお風呂に入ったのが忘れられないわ……!完全に黒歴史!

 けどよく考えてみるとトレーナーと同じものなのよね、これ。わざわざ自分が大事にしている物と似たものをくれたと考えるとすっごく感慨深いわ。アタシを想ってくれてるのが伝わってくる。

 

「ふん、わしは服にゃあ興味がないきに。おまんが着けんのも勝手じゃ、気に食わんかったら捨ててもええぞ」

「せっかくのプレゼントよ。大事にするわ」

「……ほうか」

 

 トレーナーは柔らかい笑みを零した。普段はゲラゲラと笑うけど、今回の笑顔は安堵と喜びが一緒になったからだと一目でわかる。

 アクセサリーのプレゼントを貰ったらすることはひとつしかない。アタシは赤い首巻を巻く。木綿の肌触りが心地がいい。席から立って夕日を背にした状態で見せつける。トレーナーの目が赤色に染まる。

 

「どうよトレーナー、似合ってるかしら」

「あぁ、まっこと似合ってるぜよ」

「当然ね。だってアタシたちは一番のパートナーなんだから」

 




えっ?なんかトレーナーの方がヒロインをしているだって?
そりゃあダスカだしねぇ……。(説明不足)

あとエイシンフラッシュを引くためにたくさんガチャを回した結果、ナリタタイシン、ウェディングマヤノトップガン、ゴールドシチーが出ました。
二回の理事長演出が来たからエイシンフラッシュかと期待したら必ずナリタタイシンが竹藪からやってきました。おかしいですねぇ……。
ちなみに無償石でガチャを天井まで回してエイシンフラッシュを出しました。ごめん、タマ……。(タマモ貯金散財)


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一番のアタシはバスに乗る

九月になった途端に雨が降って寒くなりましたので風邪をひかないよう気を付けてくださいね。
にしても樫本理事長代理がポンコツで可愛いですね。


 早朝、シニア及びクラシックを走るウマ娘が校庭で待機している。その中のメンツにはウオッカやメジロマックイーンさん、そしてサトノとキタサンがいる。

 

 どうして集まっているのかというと今日が夏合宿初日で海辺でトレーニングをする。基本的には団体や担当トレーナーの付き添いのもとトレーニングをするといった感じで平常と変わらないけど、休憩時間に海で遊べるのが大きかったりする。

 だから皆は楽しみにして浮足だっていた。正直、アタシもそのひとりなのよね。

 

「にしし!楽しみだねー!」

「そうですわね。けどこれはトレーニングの一環ということを忘れないでくださいまし」

「あぁん?そんなこと言ってマックちゃんのカバンにビーチボールがあるの知ってんだからな」

「勝手に中身を見ないでください!」

「なーんだマックイーンも楽しみなんじゃん」

「……まさかアレも見たんですの?」

「アレって可愛い水着のことか。見たぜ」

「もー!最悪ですわー!」

「担当トレーナーに見せたい気持ちすごくわかるよ!ボクも持ってきちゃたんだー!」

 

 そして担当トレーナーがいるウマ娘の多くが学校指定の水着ではない個人の水着を持ってきていた。理由はただひとつ、自分のトレーナーに見せつけて魅了するため。

 苦楽を共にしてきた担当トレーナーは良き理解者であるので恋愛感情を抱くことがある。実際にトレーナーとウマ娘が結ばれるケースも少なくはないとか。

 

「ったく、せっかくのトレーニングに専念できるのにダラシないぜ」

「結局は合宿でたくさんトレーニングするからいいじゃない」

「仕事と私情を分けてこそだろ。クールじゃねぇな」

「そう言うウオッカだって前日持っていこうか悩んでたじゃない」

「お、オレのこと見てたのか!?」

「アンタ的には平然を装っていたみたいだけど傍から見ればそうじゃないから」

「ウワー!なんてこったー!」

 

 まったく、あの水着似合ってたのにもったいないわね。普段のカッコいい感じとのギャップがよかったのに。

 

「スカーレットだってあのトレーナーに見せるつもりなんだろ!」

「ま、まあ夏だし……」

「かー!優等生なのに浮かれて情けねーぜ!」

「うるさいわね!いいじゃない遊んでも!」

 

 かくいうアタシもバブリーパークで買った時の水着を持ってきている。仕方ないじゃない、サイズが大きくなって着れなくなる前にたくさん着ておきたいんだから。この前も採寸が終わった一か月後に胸元がきつくなったし、成長期も考えものね。

 ……なんかそれをマックイーンさんに伝えたら末裔まで呪ってきそうな目で睨んできたけど。

 

「にしても遅いわね。出発時間の十分前よ」

「そうだな。もうバスも校門前に停まってるし。誰かが寝坊でもしてんじゃねーのか?」

「きっとそうね。こんな大人数を待たせるだなんて迷惑よ」

「今頃誰かが起こしに行っているか慌てて支度してるんじゃね?」

「ホントきちんとしてほしいわ。同室の子も気を利かせて起こしてあげなさいよ」

「スカーレットさん!」

「あ、あの!」

 

 ウオッカと話していると桐生院トレーナーがこっちに来た。二人はすごく慌てていて尋常じゃない様子だった。

 

「ど、どうしたんですか?」

「せ、先輩って此処に来てましたか?」

「アタシのトレーナーですよね。今日はまだ見てませんが」

「えぇ!?あの時に声掛けしてればよかった……!」

「トレーナーに何があったんですか!?」

「多分だけど先輩まだ寝てます!」

「……はあっ!?」

 

 きちんとすべきだったのはアタシとトレーナーだった。やってしまったと言わんばかりに頭を押さえる桐生院トレーナーの気持ちがすごくわかる。

 今から寮に行けば出発時刻ギリギリか少し遅れた程度で済むはず。急いで行かないと!

 

「アタシが起こしに行ってきます!」

「スカーレットさんこれを!」

「……合鍵を何故持っているんですか」

「たづなさんから世話をするよう渡されてたんです!どうせ鍵掛かってないと思うけど一応!」

「わかりました!」

 

 通りでアタシが子供になった時に桐生院トレーナーが入ってこれたのね。あの感じだとアイツとそういう(・・・・)仲じゃなさそうだし安心したわ。思わず身構えちゃった。

 

 アタシは急いでトレーナー寮に行き、アイツの部屋の前に立つ。そしてドアノブに手を掛けて回すと桐生院トレーナーの予想は二つの意味で的中した。

 鍵を使わないで中に入ると室内から人気がある。寝室に行くと布団の上でスヤスヤと心地よさそうに寝息を立てるトレーナーの姿があった。本当だったらその顔を堪能してから起こすつもりだったけど、そういう状況じゃない。

 

「起きなさい!バカ!」

「なんじゃああああ!?」

 

 布団をテーブルクロス引きみたいに引っ張ってトレーナーを起こす。安眠を妨害されてなおかつ地面に転がされるトレーナー、寝起きにこんなことされれば驚くけどあいにく同情している余地はないの。

 

「どういてわしの睡眠を妨害したァ?」

「今日は何の日だと思ってんのよ!」

「今日は日曜じゃ、休みじゃ休み」

「バカ!今日は合宿初日よ!」

「そんなことないきに。カレンダーを見いや」

「去年のを変えなさいよ!待ってるんだからね、皆!」

「……」

 

 寝起きの頭では状況の整理ができていないのか暫く静止するトレーナー、しかし事の重大さが理解できたのかサーと顔が青ざめていきダラダラと嫌な汗を流し始めた。

 

「マズいぜよダスカ!遅刻ぜよ!」

「さっさと荷物持っていくわよ」

「わし何も準備しとらんぞ!」

「はあっ!?まさかだけど今日しようとしてたの!?」

「当たり前じゃろ!」

「もー!今からさっさと支度するわよ!」

 

 押し入れからスーツケースを取り出してせっせと適当な衣服を詰め込む。詰め込む前にズボンとシャツをトレーナーに渡す。もはやパンツとかで赤面する状況じゃないんだから!

 

「わ、わしは何をすればえい!」

「こっちはやっとくからアンタはそれに着替えて洗面用具とか持ってきなさい!」

「わ、わかった!」

「それと暇があったら髭を整えなさい!仮にも人前に出るんだからね!」

「お、おう!」

 

 ドタバタと足音を立てて用意を始めるトレーナー、よしこれなら時間に間に合うかも……!

 

「わしの水着どこ置いたかのう」

「もう水着は入れたわ!」

「携帯シャンプーが見つからん」

「だったら諦めて他から貰って!」

「お、おう」

 

 足りないところは現地で購入するとして最低限の荷物を支度し終えたわ。去年持ってきていた服とかも入れたから十分よね。

 

「とっとと行くわよ!」

「うし、万全じゃ!」

「アタシのおかげなんだからね!ダイワスカーレット、出るわ!」

「おんし全力で走るなや!」

「きちんと鍵掛けなさいよ!」

「わかっとるわ!」

 

 先に荷物を持ってダッシュする。ウマ娘のパワーと速さならいち早く着けるし、トレーナーはただ後ろから追いかけるだけで済む。

 

「ふぅ、間に合った」

「あっ、スカーレット」

「先輩はどんな感じでしたか?」

「案の定寝てましたが起こしました」

「あー、よかった。本当にありがとうございます。ちなみに準備とかは間に合ってましたか?」

「全ッッッ然やってませんだした」

「昔から先輩はドジやらかしますからね」

 

 過去の経験を振り返り、桐生院トレーナーは呆れ気味になっている。元気ハツラツな桐生院トレーナーにしては珍しい様子だった。

 少ししてからトレーナーが息を切らした状態でやって来た。全速力で走ってきたこともあって全身汗だくで血眼になっている。もし朝食食べてたら吐いてそうね。

 

「はぁはぁ、遅れました……」

「あっ、トレーナー」

「先輩はきちんとしてくださいね!」

「カレンダー替えてね!」

「す、すまん……」

「安心ッ!これで合宿に行けるな」

「あっ、理事長」

 

 奥の方から扇子を扇ぎながら理事長がわざわざ来てくれた。隣には秘書のたづなさんがいて、彼女も皆がそろったことに安心している。

 

「見送りに行こうと思ったらこれとはな」

「まったく、次は遅れちゃダメですよ」

「曜日を間違えちょったわ」

「こんなに汗だくになって。合宿はまだ始まってないのに」

「おん」

 

 そう言ってたづなさんはハンカチを取り出してトレーナーな汗を拭ってあげていた。トレーナーは抵抗せずにそのまま受け入れている。

 ……流石たづなさん、大人びたの行動で一歩リードされた感覚になるわね。てか何なのよトレーナーは!もー、当たり前のように受け入れちゃって!

 

「注目ッ!全員が揃ったのでバスに乗るように!」

「時間ギリギリだけどこれで行けるわね」

「そうじゃのう。バスで疲れをとるか」

「どうせ昨日はお酒飲んでダラダラしてたのに疲れなんてないでしょ」

「久しぶりの全力疾走はキツイぜよ」

 

 バスに乗ったアタシたちはトレーナーの隣に座る。トレーナーは後ろに人がいないのを確認して全開でリクライニングを使って仰向けになっている。

 

「早速リクライニング全開で寝るって、車外の景色を楽しみなさいよ」

「えいじゃろう、別に。誰にも迷惑なんぞかけてらんし、山の景色はすぐ飽きるきに」

「そういうのを楽しむのよ。風情ってわかる?」

「知っとるわ」

「なんか面白そうなもの見れるかも知れないから起きてましょうよ。話のネタならたくさんあるんだから」

「……ダスカ、ひとつ言ってもえいか?」

「? 別に構わないけど」

「そこはトレーナー専用席じゃ」

「へっ?」

 

 辺りを見渡してみると各ウマ娘のトレーナーが座っていて、桐生院がこっちを申し訳なさそうに見ていた。一瞬、頭が真っ白になったけど状況がわかって顔が熱くなった。

 

「し、失礼しましたー!」

 

 すぐにウマ娘が座るところまで撤退した。ウオッカがアタシのために席を空けてくれていたらしく、そこに座ることにした。座ってすぐに顔を押さえてさっきの行為を恥じた。

 

「うぅ、すっごく恥ずかしいわ……」

「気にすんなよスカーレット。ほら、あれを見ろよ」

「アタシ以外にそんなことしてないわよ……」

「そんなことねーって」

 

 ウオッカの視線の先にはアタシ同様に突っ伏したマックイーンさんやテイオーがいる。他にもチラホラと同じ格好になっているウマ娘もいる。

 どうやらアタシと同じことをしたらしくて多少気が楽になった。やっぱり皆、思っているところは同じなのね。

 

 こうして各ウマ娘にとって最悪の出始めを迎えた。

 




ウマ娘のアオハルをやって気づいたのはかなりココンとグラッセが強いってことですね。ガチで強くて初見は負けました。


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一番のアタシは合宿に行く

ヒシアケボノがデカすぎて笑うしかない。
てか、この子もエイシンフラッシュ同様に結婚RTA目指してない?
あとアグネスデジタル実装おめでとうございます。

それとツイッターで絵を投稿し始めました。投稿した時に通知を飛ばしたりします。
https://twitter.com/watanabeJu87


 燦々と輝く太陽の下、漣を豪快に立てる海、陽の光で熱された浜辺が此処が海なんだなって実感させてくれる。ウォッカやテイオーといった同期や先輩たちと一緒に絶賛トレーニングをする。

 トレセン学園の合宿トレーニングは基本的には大人数でやることになっている。別に専属トレーナーと個別でやっても問題はないのだけど、せっかく大人数でやれる機会だからと言っている。当然、大人数でのトレーニングメニューは複数のトレーナーが会議して作られているので効率的に鍛えられる。

 

「へへっ、どうしたんだよスカーレット。もうバテたのか?」

「はあっ!?そんなわけないし!」

「ふっ、次のレースは貰ったぜー!」

「あぁもう!負けないんだから!」

「にしし、すごい盛り上がってるねマックイーン!」

「そうですわね。やはり合宿は熱が入りますわね」

「秋の天皇賞はボクのものだ!」

「そうはいきませんわ。私が優勝してメジロの名を轟かせますわ!」

「いい覚悟じゃねーか!マックイーン!」

「ゴ、ゴールドシップさん!背中を指で小突かないでくださいまし!」

 

 浜辺でのランニングが終わり、休憩タイムになる。

 合宿にはいくつかの目玉イベントがあって、バーベキューや夏祭りや花火がある。けど意外と盛り上がるイベントがあって――――

 

「おっ、出てきた出てきた。よお、トレーナー!」

「やっほー!トレーナー!」

「トレーナーさん!」

「おう、皆元気だな」

「そうですね。まだ元気ですね」

「テイオー、無理はしないでな」

 

 そう、それは各ウマ娘のトレーナーのバカンス衣装を見ること。実は専属トレーナーが合宿で大人数トレーニングを好む理由としてバカンスができるのがある。今トレーニングを担当しているのはウオッカのトレーナーで、担当トレーナーは日替わり制になっている。

 テイオーのトレーナーとマックイーンのトレーナーは水着と薄手のジャケットを羽織り、ゴールドシップのトレーナーはウェットスーツを着ていた。ちなみにウオッカのトレーナーはトレーニングを担当しているからって普段の格好をしている。

 好意を持っている人の普段見ることができない姿に皆が興奮して喜んでいるけど、その中にアタシのトレーナーは居なかった。

 

「にへへ、カッコいいなぁトレーナー」

「以前にあげたメジロの家紋入り水着、着てくださったのですね。嬉しいですわ」

「けどどうしてゴールドシップのトレーナーはウェットスーツなんだ?まあカッコいいけどよ」

「……あちゃー、ちょっとやりすぎたな」

「どういうことですの?」

「いやー、ちょっと合宿前に蹴り技と掴み技を連発しちまったから痕が残ったんだろうな」

 

 やっちまったぜ、とゴールドシップは舌を出してとぼける。だけどアタシは気づいてしまった。ゴールドシップの瞳にはこいつはアタシのもの(・・・・・・・・・・)と主張しているみたいだった。やっぱり天真爛漫で奇想天外に振る舞っても乙女なのね。

 にしてもうちのトレーナーは何処に行ったのかしら。あそこにいるトレーナーたちとは仲が良かったはずなんだけど……。

 

「あー、あれってスカーレットのトレーナーじゃね?」

「どれよ」

「ほら、あれ」

「……うちのトレーナーだわ」

 

 ようやくアタシのトレーナーが現れた。どこからか仕入れてきた赤いアロハシャツとグレーの水着、流石に首巻こそしてはないものの代わりに大きめのグラサンを掛けている。普通の人がやっても似合わないはずなのに、何故かうちのトレーナーは似合っていた。

 

「なんだか様になってんな」

「えぇ、映画の悪役に居そうですわ」

「あはは、ヤクザみたーい!」

「なんだかあのグラサン割りたくなってきたな。いっちょ割ってやっか」

「……スーツケースにはなかったのに、どうしてなのよ」

 

 実はトレーナーは去年もアロハシャツを持参していて、同級生や先輩たちの前で恥をかいたことがあった。あの苦い記憶から、今年は着ないようにと注意したり今朝持ってこなかったのに、どうしてなのよー!

 てか、絶対にアロハシャツを着るっていう意思はなんなのよー!いつもなら服装なんて適当なくせにー!

 

「おいダスカ、真面目にやらんといかんぜよ」

「うっさいわね!いつも真面目でしょー!」

「わしらは他所で呑気に遊んでくるきに。昼はバーベキューじゃ」

 

 ガハハと豪快に笑いながらトレーナーは他のトレーナーと肩を回してどこかへ去ってしまう。アタシのトレーナーは普段から粗暴で傲慢な態度を振る舞っているから仲が良いトレーナーが少ない。けど何故だかあそこに居たトレーナーたちとは仲が良い。どうしてなのかしら、不思議だわ。

 

「むー、ずるいずるい!ボクだってもっと遊びたい!」

「私だって遊びたいですわ!」

「おう、後でマックちゃんは一緒に屋台開こうな」

「えっ!?そんなの聞いてないですわ!」

「今言ったから当然だろ。さあ一緒にB級フードの覇権を獲るぞ!」

「あんまりですわー!」

「けどよ、何して遊ぶんだろうな。ビーチバレーとかビーチフラッグか?」

 

 バカねウォッカ、そんなことないじゃない。いい歳した顔の良い男たちがすることと言えば――――

 

「……ナンパね」

「ええっ!?」

「ナンパ!?」

「は、ハレンチな妄想すんなよ!」

「けど漫画とかでそういう展開あったわよ。現にうちのトレーナーって、ほらアレだし」

「た、確かにスカーレットのトレーナーは遊び人だからしなくもないけど……」

「わ、私のトレーナーさんは誠実だからしませんわ!」

「相棒も明日そんなことしねぇよ!」

「……街中で待ち合わせをした時、トレーナーが逆ナンパされていたのを見た経験は?」

「……ありますわね」

「……うん」

「顔と性格はアタシのトレーナーを除いて良い。これでナンパされたら相手はコロリといくわ」

「オ、オレは相棒がそんなことしないって信じてるから!」

「……後でトレーナーに問いたださないと。大切なのはボクなんだってわからせるんだ」

「メジロ家で裏工作をしなくては」

「まあうちのトレピッピはアタシ以外の女と楽しめねーからな、安心安心」

 

 ……皆、トレーナーが本当に好きなのね。メジロ家の裏工作という物騒なワードを聞いたけど関わらないようにしよう。

 まっ、うちのトレーナーは顔は良くても気性難だから安心ね。

 

「あっ、スカーレットのトレーナーがナンパに女性に声かけられてる」

「すごいモデル体型で顔もいいね」

「お、オレらのトレーナーを置いて連れていこうとしてるぞ!」

「ちょっと離れるけどすぐ戻るから」

「まあ程々にな」

 

 盗られることはないから安心だと高を括っていたら、トレーナーが誘惑されて連れていかれそうになっていた。すぐさまトレーナーのもとへ向かうしかなかった。

 どうしてアタシという担当ウマ娘が居ながらホイホイ連れてかれちゃうのよー!

 

「へぇー、此処に来たのは初めてか。だったらわしが案内してやるぜよ」

「ホントですか!楽しみです!」

「トレーナー」

「おん、どうした。あぁ、こいつはわしの担当ウマ娘で」

「あー、見たことあります!ダイワスカーレットさんですよね、いつも応援してます!」

「ありがとうございます。けど、すみませんが火急の要件があって今すぐ連れてかないといけないです」

「あぁ?そんなの聞いてないぞ」

「ということなんで、では失礼します」

「お、おいわしを引っ張るなあああ!」

 

 アタシはアロハシャツの背広を掴んで引っ張ってトレーナーを連れていく。トレーナーは抵抗するもウマ娘の力には勝てず、ズルズルと引きずられて人気の少ない岩陰に着いた。

 バカンスの邪魔をされたトレーナーは機嫌が悪かった。

 

「わしの休暇の邪魔をすんなや!」

「はあっ!?アンタがああやって遊んでるとトレーニングに身が入らないじゃない!」

「どういうことじゃ!第一、休暇で何しちょっても自由じゃろ!」

「うっさいわね!とにかく、そういうことは一切やらないでよね!」

「ふん、知るか」

 

 トレーナーは苛立ちながらそっぽを向く。その何気ない仕草がアタシを全否定されたようでツラくて、悲しかった。今までだったら気にもしなかったのに。

 

「ッ!もういいもん、今までの付き合いはアンタにとって遊びだったのね!」

「何じゃ人聞きの悪う言い方しよって!」

「このバカ!アタシが一番って言ってたのに!」

「おまんが一番ぜよ!そこは変わらん!」

「どうせ嘘なんでしょ!」

「嘘なんか吐かん!信じろや!」

「ほ、ホント?」

「本当じゃ!」

「じゃあ証明、してよ」

「証明せんといかんのか!?」

 

 つい真意を確かめるために無茶ぶりを振ってしまった。無理難題を押し付けられたトレーナーは動揺してオドオドしている。ちょっと悪いことしたけど、担当ウマ娘を不安にさせたバツなんだから証明してもらわないと。

 

「な、何をすればえいんじゃ……」

「た、例えばキス……とか」

「キスぅ!?おい、此処でするんか!?」

「……人目がないんだからいいじゃない」

 

 普段は横柄で傲慢な態度を取るトレーナーが珍しく赤面してアタフタしている。ざまぁみなさいと言いたい。

 

「目を閉じてあげるから早くして」

「こ、この関係がバレたらどうするんじゃ!」

「カラオケであんなに抱き合ったのに今更何よ」

「ぐぬぬ……」

 

 まっ、もっとも他の子たちだってトレーナーと関係持ってるけどね。それこそG1に出場している子なんてほぼ全員がそうだし。なんならアタシとの関係だってバレてると思うんだけどね。

 アタシからの難題に苦悩したトレーナー、だけど覚悟を決めたのか真っすぐした目でこっちを見つめてくる。芯がある目は毎回慣れてなくてドキリとする。

 

「おい、スカーレット」

「ひゃ、ひゃい」

「……いくぜよ」

「う、うん」

 

 トレーナーが両肩に手を置いてきてビクリと体が反応する。服越しならそれほど驚かないのに素肌に触られるとビックリする。目を閉じて何も見えないけどトレーナーが近づいているのは気配でわかる。抱き合ったことはあるけどキスはしたことなかったから、すごくドキドキする。

 これがファーストキッスになるんだって思うとより緊張してソワソワする。

 

「おーい!スカーレット、そろそろ再開だぜー!」

「ッ!?」

「いっ!?」

 

 近くからウオッカの声が聞こえたからすぐに距離を取った。仲が良くてルームメイトのウオッカでもキスシーンを見られたくはない。流石にトレーナーも同じ感性を持っていた。

 

「スカーレット、何処に行ったんだよー!」

「……おい呼んでるぞ。そろそろいけ」

「う、うん。わかってるわ」

「キスこそできんかったが、わしはおまんを一番だと思っちょる」

「……そうよね。アンタがアタシを裏切ることなんてないわよね」

「あぁ、信じとくれ」

「うん、わかってる」

 

 そうよね、嘘をつかれるのが嫌いなトレーナーが嘘を吐くはずないわよね。変に疑ってしまって申し訳ないわ。

 そろそろトレーニングを再開する時間だからウオッカと合流しようとしたらトレーナーに手を掴まれた。ふと振り向くとトレーナーの顔が近くにあってビクッとなる。

 

「な、何よ」

「キスはできんかったが、これで許してくれ」

「ひゃっ!?」

 

 そう言ってトレーナーはアタシの額にキスをした。アタシの額に柔らかい触感を感じて耳をピンと立てるぐらい驚いた。トレーナーは顎に手を置いてしてやったり顔をしていて、普通なら蹴飛ばしてやろうと思うのだけど今はそんな気にならなかった。

 てか、恥ずかしくてまともに顔を見ることができなかった。

 

「はっ、フジキセキのトレーナーが教えてくれてのう。どうじゃ」

「……」

「おい、聞いてんのか」

「……はっ、うん!聞いてたわよ!次のレース場のクセについてよね!」

「そんなこと言っとらんぞ」

「じゃ、じゃあねトレーナー!トレーニング頑張るから!」

「お、おう。気ぃつけてな」

 

 真っ赤になった顔を見られないように顔を逸らしてウオッカのもとへ行く。

 

「ごめんウオッカ、遅くなっちゃった」

「おっ、そこに居たか。てか、顔メチャクチャ赤いぜ」

「う、うん!日焼けしちゃったかもしれないわね!」

「まだ初日なのに皮膚弱すぎんだろ。きちんと日焼け止め塗っとけよな、貸してやるから」

「ありがとうねウオッカ」

「いいてことよ」

 

 よかった、キスされたから赤くなったとは思われなかったわ。

 

「ったく、テイオーたちもスカーレットみたいに去っちまうしよ」

「へっ、皆も?」

「自分らのトレーナーを見るなり別れてな。休憩中、独りで暇だったんだ」

「……あー、なるほどね」

 

 どうやらテイオーたちもアタシみたいな心配をしていたみたいね。てか、マックイーンさんやテイオーならまだしも意外にゴールドシップも気にするのね。体に蹴り痕を残すぐらい独占欲強そうだし。

 

「アンタはそのままでいてよね」

「それってどういうことだ?」

「別に知らなくていいわ」

「まっ、いいか。んじゃ、とっととトレーニングに戻ろうぜ」

 

 テイオーたちと合流してトレーニングが再開する。テイオーたちはなんだかスッキリした感じになっていて、各自で何か(・・)をしたんだなってわかるわね。

 自分のトレーナーは盗られないって思っていても、心の底では盗られるかもしれないって不安なのよね。まっ、今回の件でトレーナーはそんなことしないってわかってよかったわ。

 

 こうしてトレーニングは再開した。

 




ゴルシ「おい、お前はゴルシちゃんが居るからナンパなんてしないよな?」
ゴルシトレーナー「……はい」

トウカイテイオー「トレーナーはボク以外の女の人見ないよね?」
テイオートレーナー「……もちろん」

マックイーン「トレーナーさんはメジロ家のためにしないですわよね?」
マックイーントレーナー「……当然」

実は女の子を口説こうとしていたトレーナーたち、無事ウマ娘に阻止される。
なおウオッカトレーナーはすごく純粋なのでナンパをしない模様。


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一番のアタシは夏祭りを楽しむ

ハロウィンイベントのライスシャワー可愛いですね。スキルもスタミナ吸収系のスタミナスキルで良いと強そう。
あとクリークは刺激が強すぎるよ……。そして地中から短期間だけ復活するタマモクロス。


 夏合宿も終盤に差し迫って来た頃、定番のイベントがやってきた。

 これまでにバーベキューや肝試しといったイベントがあったけど、今日行われるイベントの夏祭りには及ばない。

 この夏祭りは代々トレセン学園の合宿の恒例イベントであり、毎年トレーナーとウマ娘が交流や愛情を深めるには絶好のチャンスで、多くの子が気合を入れていて着物を着ていたりする。

 ちなみにわざわざマックイーンさんが全員用の浴衣やトレーナーのジンベエなどを用意してくれたわ。だから下駄の鼻緒が切れてしまうというアクシデントは起きないはず。

 

「見てくださいましトレーナーさん。メジロ家がわざわざ仕入れてきましたのよ」

「それはすごいなマックイーン、とても可愛いぞ」

「うふふ、髪色に合うよう薄めの色にしましたの。トレーナーさんもカッコいいですわよ」

「わざわざ用意してくれたんだから着ないとな」

「見てよトレーナー、似合ってるでしょ!」

「うん。とてもよく似合ってるよ。赤い浴衣が映えるね」

「にしし!そういうトレーナーも普段見せない姿でカッコいいからね!」

「ありがとうテイオー、じゃあ行こうか」

「うん!」

「おいおいトレーナー、どうよゴルシ様の着物は」

「……黙っていれば完璧だ」

「あぁ!?それどういう意味だよ!」

「……外見は綺麗なのに言動がなぁ」

「へっ、ただの美人じゃつまらねぇだろうよ。まっ、さっさと行くぜトレーナー!」

「うわー!襟を掴むな!はだけるから!」

 

 各トレーナーとウマ娘は浴衣やジンベエを着て夏祭りに向かう。ウオッカとそのトレーナーは道中でカブトムシ狩りをしたいがために着物を着ずに先に行ってしまった。どうしてこういう時にも昆虫採集をするのかしら、不思議を通りこして呆れるわね。

 にしてもうちのトレーナー遅いわね。待つことには慣れてるけど、一緒に楽しめる時間が減っちゃうじゃない。流石にパチスロやナンパには行ってないみたいだけど、ホントに時間にルーズなんだから。

 

「おいダスカ」

「遅いじゃないトレーナー!」

「ははっ、どうせ遊べるんじゃ。急いても関係ないきに」

「まったく、いつもそうなんだから」

 

 のこのことトレーナーが宿舎から出てきた。やっぱり紺色のジンベエを着ていつもの首巻を巻いている。普段着と色合いが同じだから違和感こそ覚えないし新鮮味がない。だけどやたらと似合っていてカッコよくて、そのことを言ったら図に乗りそうだから言わないでいた。

 

「ふん、ジンベエだったらすぐ着替えられるでしょ」

「わしに合う服がなかなか見つからんくてのう」

「へぇ、アンタが服選びねぇ」

「こういう時に適当な服を着ちょったらおまんに怒られるぜよ」

「あら、よくわかってるじゃない」

「こんな時まで蹴られとうないわい」

「で、どう?」

「ん?わしのか」

「そうじゃないわよ!アタシの浴衣のこと!」

 

 本当に変なところで察しが悪いんだから!

 アタシは勝負服と同じ色合いじゃなくて、髪色に合った浴衣を着ている。ところどころに朝顔が描かれていてすごく可愛い。胸元を少し締めているから違和感はあるけど支障はない。

 トレーナーはジッとアタシを見ると頭をボリボリ搔いた。

 

「まあ、似合っとるぞ」

「……それだけ?」

「おまんのカラーに合っていてえいぞ」

「もっと」

「あ、朝顔がえいな」

「もっと」

「……帯を青くするのはえい塩梅じゃ」

「もっと」

「わしにそんな求めんなや!あー、綺麗じゃ綺麗!」

「ふふん、当然でしょ!」

「図に乗りおって、面倒じゃのう」

「何が面倒なのよ!」

「下駄でわしを踏むな!サンダルなんじゃ!」

 

 気の利いた人ならネイルしたんだねとか下駄が可愛いねとか言うのに、本当にこのトレーナーは!……まあ綺麗って言ってくれたからいいけどね。

 

「ほれ、祭りじゃ祭り。とっとと行くぜよ」

「そのまま行くつもり?」

「あぁ?」

「他の子はちゃんと手を繋いで行ってたわよ」

「おまんもやりたいんか」

「今日は特別なんだから。ほら、ねっ?」

「しょうがないのう」

 

 やれやれといった感じに手を差し伸ばすトレーナーだけど満更でもない様子だった。素直に嬉しいとか言えばいいじゃない、気性難って面倒ね。

 アタシはそのゴツゴツした手を取った。普段だったら周りの目があって公には繋げないけど今日は無礼講、だからしても許してくれるよね。

 

「うわー、すごいわねトレーナー!」

「あぁ、わしの故郷と負けず劣らずの規模じゃ」

「たくさん出店があって飽きないわね!」

「どれから回るか」

 

 手を繋いで夏祭りの会場に来たアタシたちはその規模の大きさに驚いた。地方で行われているから前回の夏祭りは小規模だったけど、今年は百二十年の記念祭だったらしくて規模が大きくなっていた。

 たくさんの出店と人混みでごった返していて一度離れ離れになったら再開するのは大変そうね。よくトレーナーがブラブラ何処かへ行ってしまうから手をしっかり握らないとね。

 

「ダスカ、なんじゃ離れるのが怖いんか」

「はあっ!?どうしてそうなるのよ!」

「力強く握りよるから」

「これはアタシの親切心よ。アンタが迷子にならないため!」

「はっ、抜かせ。去年の肝試しで迷子になって泣きべそ掻いとったのはどこの誰だったかのう」

「もー!そんなことないんだから!」

 

 実はトレーナーが言う通り、謎の心霊現象(ニセフクキタル)で肝試しのパートナーだったウオッカとフクキタルさんと離れてしまって森の中を遭難してしまった。ひとりぼっちで暗くて不気味な森はとても怖くて座り込んでしまった。もう誰も見つけにきてくれないって諦めていた矢先、聞き覚えのある声が聞こえた。

 荒々しくて怒声交じりの声だけど安心感がある声、すぐに声の主の方へ走っていくとそこにはアタシのトレーナーが居た。安堵と感動のあまり抱き着いてしまい大泣きしてしまったのが今となっては恥ずかしいわね。

 

「今度も足踏むわよ!」

「これ以上、ウマ娘の力で踏まれとうないわ。行くきに」

「ふんだ。ちゃんと楽しませてくれないと踏むからね」

「わしは遊び人ぜよ。楽しめるんにゃあ長けてるきに、安心せい」

 

 そう言ってトレーナーは自信満々に笑ってみせた。本来だったら遊び人なんて信用ならない言葉だけどこういう時は別ね。

 最初に向かったのは金魚すくいだった。プラスチックの大きな箱には赤や黒の金魚が泳いでいて周りの人はポイ片手に金魚を獲っていた。

 

「金魚すくいよ、アタシこれやりたいわ」

「ほう金魚すくいか。まあ獲った金魚を川に流せばえいか」

「おバカ!どうしてそんな考えになるのよ!トレーナー室かアンタの部屋で飼えばいいでしょ!」

「じゃがのう、面倒じゃし」

「アタシも手伝うからいいでしょ。ねっ」

「……それならえいか。親父、二本くれ」

「あいよ、六百円ね」

 

 トレーナーはお金を払ってポイを手に入れるとうち一本を渡してくれた。しゃがんでどれを獲ろうかと悩んでいるとトレーナーは器用にポイを使って早速一匹ゲットしていた。

 

「へぇー、やるじゃない。もう一匹」

「ふん、こういうのは慣れてるからのう。まあ天才じゃし」

「うわっ、でた天才アピール」

「才能がある奴が誇示して何が悪いんじゃ」

「アタシも捕まえなきゃ」

 

 ポイを金魚の下に合わせて持ち上げる。だけど金魚は上げる前に逃げてしまい、悲しくも空振ってしまった。ちらりと横を見るとトレーナーがニタニタ笑っていて腹が立った。

 

「何よ!」

「まだまだじゃのう」

「いいじゃない!そんなにやったことないんだから!」

「ほれ見ろ。もうわしは五匹も獲ったぞ」

「マウント取らないでよ!アタシだって一匹ぐらいは!」

「あっ、外しよったし破れた」

「ッ!!」

 

 あー、ムカつくわね!ポイが貧弱なのと金魚が元気すぎるのよ!

 

「しゃあないのう、親父一本くれ」

「あいよ」

「ダスカ、これ持て」

「何よ、また痴態を晒させようっての?」

「違うわ。えいから持て」

「こう」

「それでえい」

「ひゃっ!?」

 

 トレーナーの言う通りにポイを持つと、トレーナーはアタシの背後に回って抱きしめるように手を持った。このシチュエーションは感謝祭で体験しているけど吐息や体温を間近で感じるから落ち着かない。ゲートに居るみたいにドキドキする。

 ドキドキするアタシをよそにトレーナーは耳元で囁いてくる。

 

「そもそもポイを水平にするなや。斜めにして水を逃がせ」

「う、うん」

「なるべく器を近くにして金魚を移せるようにするんじゃ」

「うん」

「そうすりゃ、ほれ獲れた」

 

 ……マズい、トレーナーがアドバイスしてくれてんのにドキドキして何もわからないわ。うぅ、卑怯よ。

 

「ほれ、もう一匹獲るぞ。やってみろや」

「こ、こうね」

「違うわ。じゃからな、ポイを傾けるんじゃ」

「こうね」

「あぁ、それ持ち上げろ」

「と、獲れたわ!」

「まあポイも破れたか。次回はこれで獲れるようになったのう」

「あ、ありがとうねトレーナー」

「別にえい。親父、わしの金魚は返すからこいつの分だけくれ」

「あいよ」

 

 店主からビニール袋に入れられた金魚を受け取った。中では二匹の金魚が狭い空間をすいすい泳いでいて可愛かった。なんか夏祭りって感じがするわね。

 

「次はあれがいいわ」

「わたあめか」

「久しぶりに食べるのよね。お祭りとかでしか食べれないし」

「……ただの砂糖で四百円か、ボッタクリもいいところじゃ」

「そんなこと言わないでよ。興が覚めるわ」

「まあ好きに買えばえい」

「すみませーん、ピンク色のください」

「はーい、どうぞ」

「ありがとうございます」

 

 受け取ったピンク色のわたあめを早速頬張る。口にした途端にふわふわのわたあめがシュワシュワ消えていく不思議な感覚がたまらない。あとには甘さが残ってとてもいいのよね。

 

「トレーナーにもあげるわ。千切ってちょうだい」

「いやわしはリンゴ飴があるからえいぞ」

「いつの間に買っていたのね。てか普通のリンゴサイズね」

「なんかミニゲームでこのサイズ当ててしもうた」

「珍しく運がいいわね」

「……飽きた」

「早すぎよ!」

「中のリンゴ美味しくないきに、やる」

「ったく仕方ないわね。アタシはリンゴ飴好きよ」

 

 トレーナーからリン貰って早速齧る。普通に切り分けた方が実がシャキシャキして美味しんだけど、リンゴ飴の実はボロボロしてるのよね。鮮度の問題かしら。まあコーティングされた飴と合って美味しいんだけど。

 ……あれ、これって間接キスになるんじゃないの。しかも強めのやつ。

 

「どういた。リンゴ飴のように真っ赤じゃ」

「完全に間接キスしちゃったじゃない!」

「……そうなるんかのう」

「エッチ!スケベ!」

「脛を蹴るな!この前はいっちょ前にキスねだっとったくせにのう」

「うっさいわね!」

「イテッ!?」

「……見なさいあれ」

「な、なんじゃ。ありゃマックイーンか?」

 

 アタシたちの視線の先にはマックイーンとそのトレーナーが居た。二人はベビーカステラを持っているけど、マックイーンさんの手元には大量のベビーカステラがある。それをパクパクと器用に片手で食べて量を減らしていく。

 

「流石、マックイーンさんね。あんなに器用に食べるだなんて」

「……食べすぎじゃろ」

「ウマ娘ならこのぐらいの……はず」

「翌週にトレーナーに太ったか聞いてやるか」

「やめなさいよ……拉致されるわよ」

「物騒じゃのう」

「あっ、スペ先輩たちもたくさん食べてる……」

「屋台潰しじゃ、店主が泣いとる」

 

 別のところではスペ先輩とそのトレーナーが目の前にあったお好み焼きさんを食べあさっていた。店主はせっせとお好み焼きを作るけど消費の量に追いついていなくて半泣きで作っていた。ちゃんとお金を貰っているから損はないけど苦労するわよね……。

 あれ?なんか見覚えのある姿があそこの出店にいるわね。

 

「ゴールドシップさんが何故か浴衣姿でケバブ作ってる……」

「なんでじゃ……」

「……しかもエプロンしないで作ってるのに一切汚れてないわ」

「器用じゃのう。わしには無理じゃ」

「そういや二日前にカレー食べた時、アンタ服を汚したでしょ。きちんと洗濯した?」

「あぁ、忘れとったわ」

「おバカ!汚いからあとで洗濯しなさいよね!」

「まったくもう。……あっ、テイオーたちだ」

 

 今度はテイオーたちがヨーヨー釣りに釣りに興じていた。やっぱり天才肌のテイオーはすぐにコツを掴んだのかポイポイ取っていく。テイオーのトレーナーはニコニコしながらその様子を見守っている。

 

「すごい上手わねテイオー」

「ふん、あれくらいわしにもできるわ」

「あら、それって焼きもちかしら」

「あぁ!?わしが焼きもちなんてするわけないじゃろ!」

「ちょっと怒鳴らないでよ、アンタの声は喧騒でもよく聞こえるんだから」

「知るか」

「まったくテイオーのトレーナーを見習いなさいよ。……あっ、テイオーの顔にヨーヨーが当たった」

「テイオーのリアクションは好きぜよ」

 

 ……リアクション、か。いつも優等生を演じていたからどんなリアクションをすればいいのかわからなくなちゃった。

 

「……ああいうリアクションが好きなの?」

「面白いからのう。なんじゃ、気にしてんのか」

「べ、別に。そんなことはないけどね」

「おまんは今のままでえい。気にするこたぁない」

「……なら安心したわ、ありがとうね」

「ふん、感謝されるまでもないわ」

 

 そう言ってトレーナーは口元まで首巻を上げてそっぽを向いた。よくトレーナーがやる照れた時の仕草だからクスリと笑ってしまった。すぐギャーギャー噛みついてきたけど怒りもないから怖くもない。きっと照れ隠しね。

 こうやっているとドンドンと上空から爆音が轟いてピカピカ辺りが光る。

 

「花火よ!」

「おおっ、派手に上げちょるなぁ。こりゃあえいのう」

「すごい綺麗……」

「花火は派手にやらんと楽しくないきに!ハハハ!」

「アンタの地元も花火はすごいの?」

「土佐人は祭りが大好きじゃ!酒も飯がバンバン出るからのう!」

「あー、そういうの好きそう」

 

 空中では火薬玉が破裂して多種多様な色や形の花火が咲いた。

 隣でゲラゲラ笑って花火を楽しんでいるトレーナー、その横顔はどこか幼くて可愛げあってずっと見ていたい。

 

「おん。なんじゃダスカ」

「ッ!?」

 

 ふとトレーナーと目が合ってしまい、アタシはとっさに顔を逸らす。

 だって今のアタシの顔は誰にも見せられないほど真っ赤になっていた。どうせバカにしてくるのは目に見えてるからね。

 

「けっ、変じゃのう」

「うるさいわね。でも綺麗ね」

「あぁ、まっこと綺麗ぜよ」

「……今度はアンタの地元の花火、見せてよ」

「えいぞ。じゃが先にURAに優勝せんとな」

「そうね。絶対に優勝したら行こうね、トレーナー」

「あぁ、約束じゃ」

 

 そう言ってアタシとトレーナーで約束を交わす。一度でもいいからトレーナーが産まれ育った地元に行ってみたかったから花火という動機付けをした。

 そうでもしないと恥ずかしくて言えなかったから。




サポカのスキルを上げるための結晶集めが大変そうですね……各イベントごとに取れても七か月は必要なんですよね。
とりあえずは頑張ってみようと思います。

それとヴァルゴ杯は決勝まで行ったのに出場し忘れてました。悔しい。


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トレセン学園トレーナー祭

今回は三人称視点です。
各ウマ娘のトレーナーが出てきますが特定のメンツ以外はオリキャラなのでご注意を。


「あー、頭が痛いきに……」

「貴方、いつも二日酔いじゃないですか」

「少しは加減というものを知れ」

「流石に一升瓶開けたんが悪かったぜよ」

「やっぱり土佐の人は酒豪だ」

「うむっ!よくぞ来てくれた!」

 

 九月の始めのある日、理事長室にはG1で活躍しているウマ娘のトレーナーが集められた。小さい少女であるがトレセン学園の理事長を務める秋川理事長は手にした扇子をパタパタと扇ぎ堂々たる態度を見せる。隣ではその補佐を務めるたづながニコニコと笑みを浮かべていた。

 

「多くのトレーナーが招集されたのは飲み会以来ですね」

「何か用件でも?」

「報告ッ!実は君たちにはとあるイベントに出てもらう!」

「イベント?各々の担当ウマ娘でもなく、私たちが?」

「肯定ッ!今回のイベントの主役は君たちだ!」

「はあっ!?」

「私たちがですか!?」

「何ですかそれ!」

 

 普段なら自分の担当ウマ娘を主役にするためサポートする側のトレーナーが、今回は代わって自分たちが主役になるのだと知って辺りに動揺が走る。普段から自由奔放なゴールドシップの手綱を握ろうとしているゴールドシップトレーナーもこれには驚いた様子だった。

 ガヤガヤと騒めく中、理事長は事の発端を説明する。

 

「説明ッ!いつものイベントは主に観客に向けるものであることは重々承知のはず」

「まあファン感謝祭やハロウィンがありますからね」

「ウィニングライブも該当するか」

「普段から頑張るウマ娘の生徒に向けて、今回はその趣向をウマ娘を対象にイベントを開こうと思ったのだ!」

「ちなみに僕らは何をすればいいのですか?」

「うむっ!君たちには担当ウマ娘の勝負服を着てレースに出てもらう!」

「ええっ!?」

「嘘だろ!?」

「なんじゃとおおおお!?」

 

 再度トレーナーたちの間で動揺が走る。担当ウマ娘をサポートしてレースで勝たせる側の者が自力でレースを走って勝たないといけない。しかも自分が受け持つウマ娘の勝負服を着てでだ。むしろ驚かないわけがなかった。

 誰から見てもわかりやすく驚いていたダイワスカーレットのトレーナーが理事長に言及する。

 

「お、おい待ってや!わしらが担当の服なんか着れるわけないじゃろ!」

「否定ッ!君たちの服はきちんと寸法を測って作るぞ!」

「じゃけど何故に担当と同じ格好なんじゃ!」

「それは担当ウマ娘とトレーナーの結束を深めるためだ!より強固になった絆は強いウマ娘を育てるからだ!」

「理屈は合っとるが限度はあるじゃろ!」

「そうですよ!」

「確かに桐生院家の教えにも絆を深めろとありますが……」

「てか俺の担当の服を着てしまうと色々とマズいんですが!」

「お、俺もヤバいんですよ!」

 

 勝負服の問題、それは露出の面があった。ウマ娘は自分に合った勝負服を着てレースをするわけで布地の面積がそれぞれに異なる。担当するウマ娘の中で極端に布面積が少ないタイキシャトルを受け持つタイキシャトルのトレーナーとナリタタイシンのトレーナーが抗議する。

 タイキシャトルはまるで水着のような格好で走っているため、それを男が着てしまうとそれはもう酷いことになる。またガタイが良いナリタタイシンのトレーナ―も同様だった。

 

「そこは安心してほしい!際どい箇所を隠せるよう努力する!」

「男がビキニみたいな服着て走るのか……」

「タイシンのトレーナーなんて下手したら股間見えるぞ……」

「ひ、酷すぎる」

「かー、やってられんきに!わしは辞退するぜよ!」

 

 あまりの内容に業を煮やしたのかダイワスカーレットのトレーナーが辞退しようとした。プライドが高くて気性難な彼なら妥当とも言え、苛立ちながら部屋から出ようとした。しかし、ある一声がそれを静止する。

 

「……残念だ。優勝すればボーナスを弾もうと思ったのに」

「ボーナスじゃと!?」

「優勝や入着はもちろん、出走さえできればボーナスをあげようと思って用意してある」

「ち、ちなみにどのくらいなんじゃ」

「たづな、見せてやってくれ」

「はい。だいたいこのぐらいです」

 

 ダイワスカーレットのトレーナーはたづなに呼ばれてとある書類を裏で見せられた。するとご立腹だった彼も満足がいく金額だったのか若干の機嫌がよくなった。

 

「……ほにほに、悪くはないぜよ。しゃーないのう、出ちゃるか」

「すごい現金な人だ……」

「辞退する者に対する対処がやけに手慣れてるぞ」

「てかまた博打負けたんですね。それで素寒貧だと」

「あり得るな。まだ月初めなのにな」

「うっさいわ!これを元手に勝てばえいだけじゃ!」

「せ、先輩……」

「本当にトレーナーなのか疑うぞ……」

「ギャンブラーとして生計立てろよ」

「いや負け続けるギャンブラーなんてダメだろ」

 

 この場に居る全員が彼のギャンブル癖を知っていたため呆れた眼差しで見つめていた。実際、担当のダイワスカーレットがレースで勝った時のボーナスをギャンブルにつぎ込んでいるため正真正銘のギャンブラーと言えた。流石に担当から金を借りようとはしないものの、万年金欠であることは確かだった。

 ちなみにダイワスカーレットはそろそろ彼の通帳や財布を握ろうと画策している様子。

 

「告知ッ!開催は二週間後だ!それまでにきちんと体を仕上げてくるように!」

「わ、わかりましたよ」

「絶対に勝ってやるぜよ!」

「先輩が息巻くぐらいだからいくら貰えるんですかね……」

「では解散だ!」

 

 こうして後にトレセン学園史上最大の奇祭トレーナー祭りが開催されることとなった。トレーナーたちは一応、ウマ娘に向けたイベントであるため生半可な走りはできないとしてトレーナー業の合間に体を鍛えた。

 担当ウマ娘と一緒にトレーニングをしていたため、その体験は新たな発見を生み出したりと有意義なものであった。そしてウマ娘側も自分が好意にしているトレーナーとトレーニングができるということで熱が入り効率的に鍛えることができた。

 

 

 そしてついに約束の日がやってきた。

 開催場所である中山競馬場にはトレセン学園の生徒やその関係者、そしてそのファンが押し寄せていて満席だった。また何故かテレビ中継もされており、それほどまでにこのイベントが注目されていたことが窺えた。

 アナウンサーにはいつものアナウンサーたちがレースを実況する。

 

『さあやってまいりました!秋の新イベントであるトレーナー祭り!』

『いやー、とても楽しみなイベントですね。だってサポートする側のトレーナーさんたちが走るわけですから』

『そうですね。どんな好走を見せてくれるか期待です』

『では出走者を紹介していきましょう』

 

 パッとカメラがゲートに向けられてスクリーンにはトレーナーたちが映し出された。

 

『一番人気はダイワスカーレットのトレーナー』

『以前の感謝祭ではサムライクリムゾンとして匿名で参加していましたが方言と言動で速攻バレましたね』

『ウマ娘と対等にやり合うほど運動神経が良いですからね。納得の順位だと思います』

『にしても大の大人が担当と同じ勝負服を着ているとなると違和感を覚えますね』

『まったくですね。素足を出す服も多いわけですから、ムダ毛処理をしている方がほとんどです。けどこの人は何もしてませんね』

『無精ひげと太腿のムダ毛がちょっと嫌ですね』

「トレーナー!絶対に優勝しなさいよね!」

「おう!任せちょれ!」

 

『では二番人気はゴールドシップのトレーナー』

『普段から連れまわされているため体力ありそうですね』

『元々ゴールドシップの背が高いため違和感はさほどありませんね』

『そうですね。そういえばこの前何故か私の家の前で屋台を開いていたのは偶然でしょうか』

『彼女の行動は予測できませんからわかりません』

「トレピッピ!せめて入着しねぇと鼻の穴にスティックのり挿すからな!」

「せめてイチゴの匂いがするやつにしてくれ!」

 

『三番人気はハッピーミークのトレーナー、桐生院葵さんです』

『やはり桐生院の名前は伊達じゃありませんね』

『トレーナー育成学校では主席で空手の有段者です。まさに文武両道ですね」

『はい。一時期はハッピーミークとのすれ違いが危惧されていましたが大丈夫そうですね』

「ミーク見てますかー!」

「……トレーナー頑張れ」

 

『四番人気はサイレンスズカのトレーナー』

『普段は飴を咥えていて無自覚なセクハラをするといった評価を受けてますね』

『けど脚質を見抜く才能は確かです』

『にしても、あの失礼ながらトレーナーの方が胸辺りきつそうですね』

「トレーナーさん、頑張って!」

「スズカ見てくれよな!」

 

『五番人気はウオッカのトレーナー』

『バイクが好きでカッコいい物が好きという典型的な男の子を表している人ですね。おかげでトレーナーにファンがいるとか』

『性格もウオッカと似ていることから仲は良好だそうです』

『二人は兄妹を彷彿とさせる距離感ですからね』

「トレーナー!エンジンをフルスロットルで駆けるんだぜ!」

「あぁ!」

 

『六番人気はアグネスタキオンのトレーナー』

『一時期は授業とレースに出ずに実験ばかりしていたため退学が危ぶまれていたアグネスタキオン、彼女をどう変わらせたのかよくわかりません』

『どうやらアグネスタキオンは自分のトレーナーをモルモットとして治験しているらしいですよ』

『それって倫理的に大丈夫なんでしょうか。それと免許などは』

『わかりません。時折、ピカピカ光ったりチョコの匂いを体から発生させるそうです』

『なおさらアウトですね』

「トレーナー君!実験の成果を見せる時だぞ!」

「タキオン任せてくれ」

 

『七番人気はトウカイテイオーのトレーナー』

『華奢な体格が相まって勝負服が似合ってますね』

『そうですね。トウカイテイオーにトラブルがあった時は必死に治療法を模索して実践している姿が確認できています』

『テイオーを復活させた立役者とも言えますね』

『また一人称が同じという共通点もあります』

「トレーナー!このテイオー様が応援しちゃうんだからね!」

「頑張るから僕から目を離さないでね」

 

『八番人気はスペシャルウィークのトレーナー』

『色合い的に男性でも着れる服でよかったですね』

『そうですね。そういえば何故か水着で出走していた時期もありますがそちらは採用されませんでしたね』

『……アレで走る男性なんて見たいですか?」

『流石に嫌ですね』

「トレーナーさん!頑張ってくださいね!」

「スペありがとう!」

 

『九番人気はメジロマックイーンのトレーナー』

『よくスイーツ巡りに街中を一緒に歩く姿が目撃されていますね』

『はい。トレセン学園に来た頃と比べてやや太っていますが好走に期待です』

『おっと新情報です。どうやらメジロ家総出で応援している様子です』

『一気に重圧が増しましたね』

「トレーナーさん!頑張ってくださいまし!」

「メジロの誇りに傷がつかないよう頑張るぞ!」

 

『十番人気はフジキセキのトレーナー』

『これは……すごいですね』

『はい。担当と同じく胸元がはだけていますからね』

『……胸毛は剃っているはずなのになんでしょうか』

『分厚い胸筋のおかげでセクシーに見えます』

『このトレーナー、スケベ過ぎますね」

「ポニーちゃんと私に奇跡を見せておくれ!」

「にしても胸元開けなくてもよかったのでは……?」

 

『十一番人気はナイスネイチャのトレーナー』

『商店街の方々からお似合いだと囃し立てられていますね。仲が良くて何よりです』

『はい。若いながらも手腕は確かです』

『にしても経歴書を拝見させてもらいましたが、どこか違和感を覚えるんですよね……』

『追っていた記者の方も記憶喪失になったらしいですからね。深く詮索しないでおきましょう』

「トレーナーさん、アタシみたいに三着取らなくていいからね」

「いつかネイチャさんにも三着以外を取らせますからね」

「トレーナー……」

 

『十二番人気はミホノブルボンのトレーナー』

『これは酷いの一言ですね』

『はい。普段でも上半身を露呈しているのにこれはちょっと…‥」

『グラサンと帽子からは哀愁が漂っていますね』

「頑張ってくださいマスター」

「……俺やっぱ走りたくねぇな」

 

『十三番人気はナリタタイシンのトレーナー』

『この人もかなり際どいですね』

『はい。結構、ズボンの位置が低いのでずれてしまわないか不安です』

『にしてもナリタタイシンとそのトレーナーではガタイの差が激しいですね』

『巨漢と小柄な少女の組み合わせが良いですよね。好走に期待です』

「タイシーン見てるかー!」

「叫ばないでよ。ちゃんと見てんだからさ」

 

『十四番人気はタイキシャトルのトレーナー』

『いやー、男性でその恰好はきついですね』

『やはり女性用を男性に着せるのはよくないですね』

『まさにその通りです。流石に靴も統一しようというしたらしいですが、それは却下されたみたいですが』

『ヒールで走る方もいますからね。それを考慮したのでしょう』

「トレーナー!ファイトですよー!」

「……この姿で真冬走らせてたのか」

 

『十五番人気はオグリキャップのトレーナー』

『最近になって中央のライセンスを貰いやってきたトレーナーです。そしてオグリキャップを地方から発掘した立役者です』

『年齢もこの中では高くて体力には不安を覚えますね』

『おそらく賞金はオグリキャップの食費に当てるのでしょうか』

『彼女の食費はすごいですからね。頑張ってほしいです』

「トレーナー、この焼きそば美味しいぞ。応援するから頑張ってくれ」

「……あぁ!頑張るぞ!」

 

『以上で出走者の紹介は終わりです』

『個性的なトレーナーが多いですね。今回初のイベントなんで成功するといいですね』

『さあ出走準備が整いました。……今、ゲートが開かれました』

『出遅れは勝負服が際どいトレーナーたちですね。羞恥心で遅れたか』

『しょうがないと思います』

 

 ちゃくちゃくとレースは進んで行く。不慣れを服を着て第一コーナー、第二コーナーを続けて曲がる。そして最終コーナーを曲がろうとした時、事件が起きた。

 

『さあ最終コーナーを通過しました』

『……あれ、全員バテてませんか?』

『えっ』

『ちなみにこのレースは何メートルですか』

『2200メートルですね』

『ウマ娘なら耐えれたでしょう。けどトレーナーは全員が人間です。運営側が見誤りましたね』

『もはや全員ヘロヘロです。中山の直線は短いのですが耐えきれるのでしょうか』

「き、きついぜよ……」

「ま、マジで勘弁してほしい」

「息をつかせてくれぇ」

『さあ最後の直線だ!』

『もはや全員が歩いてますね。競歩です』

『これはひどい』

 

「わ、わしは天才じゃあああああ!」

『おっとここでダイワスカーレットのトレーナーが抜け出した!』

『やはり愛バの期待を応えようとしているのですかね』

「勝ってボーナス貰うんじゃああああ!!」

『これもひどい』

『パチンコ店での目撃が多いですからね。観客のダイワスカーレットも呆れ気味です』

『お金の力は偉大ですね。最後の気力を振り絞ってます』

「ここです!」

『おっとナイスネイチャのトレーナーも抜けてきた!』

『今まで機会を窺っていましたね。若手同士なんで体力には自信がある様子です』

『年齢のあるオグリキャップとミホノブルボンのトレーナーはなんとか立ててます。年齢差が顕著に出ましたね』

『桐生院も前に出ようとしているが人混みからの脱出に手間取っている!』

『周りがバテているとそれに釣られますからね』

『さあ決着だ!ダイワスカーレットとナイスネイチャの競り合い!おっとここでサイレンスズカのトレーナーも出てきた!』

『タイシンのトレーナーも追い込んできました』

『さあどうなるか!……一着はダイワスカーレットのトレーナー!二着はナイスネイチャのトレーナー!三着はサイレンスズカのトレーナーです!』

 

「やったぜよー!賞金はわしのもんじゃあああ!!」

「トレーナー!よくやったわ!」

「わしは天才じゃああああ!」

「けど賞金の管理はアタシにやらせなさい!金遣いが荒いと今後大変なんだから」

「何故じゃああああ!!」

「トレーナーさん、すっごくよかった。見ててやる気が湧いた」

「ははっ、ネイチャさんならさらに上へいけますよ」

「……昨日さ肉じゃが作ったからあとで届けるね」

「ふふっ、楽しみです」

「トレーナーさん」

「お、おうスズカか。いやー、最初はお前みたいに逃げてやろうと思ったけど体力的にきついわ」

「もう、ウマ娘じゃないんだから当然ですよ」

「やっぱりスズカはすごいよ。流石だ」

「ト、トレーナーさんたら……ッ」

『いやー、各トレーナーの担当が会いに行く光景はいいですね』

『絆の深さを感じます』

『おおっと、何故かゴールドシップの跳び蹴りをそのトレーナーが受ける!』

『立場が変わってもそこは変わらないんですね』

『面白いですね』

『さて次の午後の部のレースが終わったら最後はウィニングライブです』

「「「えっ」」」」

『どんなライブになるか楽しみです』

『どうやらウマぴょい伝説を踊るみたいですよ』

「「「えっ」」」

 

 トレーナーたちはすっかり忘れていた。レースの後には必ずライブがあるということに誰も気づいていなかったのだ。踊るはめになったトレーナーたちは理事長に抗議をしに行こうとしたが、愛バの期待の眼差しに折れて結局踊ることとなった。

 午後の部ではエアグルーヴのトレーナー、エイシンフラッシュのトレーナー、グラスワンダーのトレーナーが入着した。以降の六人でライブを踊ることとなり、そのライブはエンタメ的には大成功の成果を収めた。以降、トレセン学園のイベントのひとつとなりウマ娘界隈を大きく盛り上げさせた。

 




ここで踊っている者は全員男です。振付やらは日頃のダンス練習で鍛えていたため問題なく行えた模様。流石は中央のトレーナーたち。
あと樫本代理はこのイベントを全力で潰そうとしてウマ娘側から非難されてそう。樫本代理は自分が走るかもしれないと考えたからね仕方ないね(体育の成績が2)


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一番のアタシは本を選ぶ

今回のガチャで待望のマンハッタンカフェが追加されましたね。
私は122回ガチャをしてマンハッタンカフェとおまけでトウカイテイオーとミホノブルボンを当てることができました。前回のエイシンフラッシュみたいに天井行かなくてよかったです。

それと途中から三人称視点に入ります。


 イチョウの木が葉を黄色にしてパラパラと落ちて、金木犀の香りが漂う季節になった。秋は残暑も過ぎて体感的にちょうどいい気候で過ごしやすい。

 秋と言えばスポーツ、食べ物、読書が代表的なものでトレセン学園では秋の恒例行事として読書週間が行われる。読書が好きな子なら問題はないのだけど、トウカイテイオーやマヤノみたいなタイプにはつらい期間ね。

 もちろんアタシは読書が好き、だって色々な筆者が自分の思い描く世界を一冊の本にしてくれる。様々な世界観が展開されていてとても面白い。

 

「流石は図書委員のロブロイね。こんなに読んでるなんて」

 

 それと読書週間にはどれぐらい本を読んだかランキング付けされるから、どのランキングでも一位になりたいアタシは頑張らないといけない。ちなみに一位との差は五冊、彼女的には別に競い合っているつもりはなさそうだけど一位は獲らせてもらうわ。

 

「次はどんな本を読もうかしら。うーん、オススメされたものは結構読んじゃったし……」

 

 次はどんな本を読もうか悩みながらトレーナー室に入る。中ではいつもはソファーの上で寝ているトレーナーが珍しく起きていた。ソファーの上でスマホをいじり、頭を掻いていた。

 

「あら起きてるだなんて珍しいじゃない」

「むっ、ダスカか。別にわしだって毎日寝とるわけじゃないきに」

「だっていっつも寝てんじゃない」

「そんなん知らん」

「ったく、ちゃんとしてよね」

 

 そんなに暇ならトレーニングの研究でもやってほしいわね。けど真面目にやれって口に出したらトレーナーは怒ってどっかに行っちゃうから言わないけど。

 にしても机の上が汚いわね、煎餅のカスでいっぱいじゃない。ちゃんと片付けてほしい……あれ、これって。

 

「ねぇ、どうしたのよこの本」

「あぁ、わしの私物じゃ私物」

「えぇ!?アンタって読書が趣味だったの!?」

「何ぞ問題か」

「いやそういうことじゃないのよ。ただ珍しいなって」

「わしだって本ぐらい読むわ」

 

 そう言ってトレーナーは心外そうにそっぽを向いた。明らかにアタシのせいでへそを曲げてしまったようだ。このままだといつかキレてくるので機嫌を取らないと。

 

「今のトレセン学園の期間って知ってる?」

「あぁ?読書週間じゃろ、知っとるわ」

「うん。だからアンタがアタシにオススメの本を教えてよ」

「……わしがおまんに?」

「そうよ。読書ランキングで一位を獲りたいの」

「はっ、くだらん。わしには関係ないぜよ」

「お願いよ。アタシはアンタと同じ本を共有したいの!」

 

 ソファーに近づいて覗き込むような形でトレーナーを見る。ちらりとトレーナーはこっちを見るとやれやれといった感じでスマホをしまう。

 

「……ちっ、しょうがないのう。わかったわかった、紹介すればえいんじゃろ」

「ホント!?ありがとうトレーナー!」

「とっとと図書室行くぜよ。わしもそっから拝借しとる」

「えっ、生徒じゃなくても図書室使えたの」

「当たり前じゃ、立ち入れんのは寮だけじゃ。まっ、生徒に混じって使おうとする(もん)は少ないがのう」

 

 確かに生徒に混じって読書をするトレーナーは見たことなかったわね。てか今更なんだけどどうしてトレーナー寮には生徒が入れるのにその逆はダメなのかしらね。盗撮や盗難防止なのはわかるけど、種族的な面で見ればウマ娘の方が強いから制圧は簡単なのに。

 カツカツと夕焼けに染まった廊下を歩いて図書室へと向かう。一応、時間的にまだ開館しているから焦らなくてもいいわね。ゆっくり選んでもらおうっと。

 

 扉を開けて中に入ると出入口付近でロブロイが本の貸出を確認するという図書委員の仕事をしている。アタシらと目が合うとニコリと笑顔で挨拶をしてくれた。

 

「あっ、こんにちはダイワスカーレットさんとそのトレーナーさん」

「こんにちはロブロイ」

「おい、この本返却じゃ」

「昨日借りてくれたやつですね。返却ありがとうございます」

「ええっ!?もう読んだの!?」

「まっこと面白い本ですぐ読み終えたきに」

「ダイワスカーレットのトレーナーさんは日頃から図書室を使ってくれてるんですよ。この貸出記録とか」

 

 ロブロイはそう言って机の中にあった貸出カードを見せてくれた。貸出カードにはここ一週間に借りた人の名前が連なっていて、その中にぽつぽつとトレーナーの名前があった。

 

「……本当だ。アタシたちが授業中に借りてるわ」

「はい。主に時代小説や古文書を読んでくださっているんです」

「えっ、アンタって漢文や古典読めんの!?今度教えてちょうだい!」

「ああいうのはセンスじゃ。教えを乞われても教えれん」

「マヤノやテイオーみたいな天才肌の人はこれだから……」

「要はわしが天才すぎるのがいけんがのう!すまんのう、わし天才じゃから!」

「ぐぬぬ、すっごく苛立つわね……!」

「ま、まあ落ち着いてください二人とも。どうぞご自分に合う本を探してください」

「そうするわ。行きましょう、トレーナー」

「そうじゃな」

「ごゆっくりどうぞ」

 

 ペコリとロブロイは会釈した。その言葉には本を今以上に好きになってもらいたいという願いが込められていた。

 彼女と別れたアタシたちはトレーナーに連れられるがまま蔵書のコーナーに案内される。トレセン学園の図書室は案外広くて様々な本がある。古典小説や現代小説はもちろん、かつて存在していたレースの記録もある。一応、細かいウマ娘やレースの資料は資料室に保管されているけどトレセンに在籍しているトレーナーしか入れないようになっている。

 

「このコーナーぜよ」

「時代小説ね、けど今まで読んだことなかったから読みやすいのがいいわ」

「そのつもりじゃ。とりあえず映画化されよったもんを見ればえい」

「『名バ松風と前田慶次』と『オリンピック、ウラヌスの戦い』は見たことあるわね」

「どっちも完成度は高いきに、読んどけ」

「うん、ありがとう」

 

 『名バ松風と前田慶次』は戦国時代に活躍した松風というウマ娘と前田家の嫡男の前田慶次が日本中を旅して悪党を成敗するっていった内容で、『オリンピック、ウラヌスの戦い』はオリンピックの大障害飛越競技で金メダルを獲ったウラヌスとそのトレーナーの西中尉の物語。アタシが生まれる前に作られた作品だけど色褪せない名作で、お母さんと一緒に見たことがあった。

 特にウラヌスと西中尉が戦争が激化してまた会いましょうって言うシーンが感動ポイントなのよね。だって西中尉は戦争で命を落としてしまって彼女は意気消沈するけど、戦後の日本を復興させるために頑張るのが健気で立派だったわ。

 

「それでトレーナーが読んでいたのはどれ?」

「わしのは司馬遼太郎の作品の『人斬り以蔵』じゃ」

「以蔵……?作者は知ってるけど誰の物語なのかしら?」

「幕末に活躍した人斬り岡田以蔵の話じゃ」

「人斬りってなんだか怖い響きね」

「えいように先生から使われて最後に捨てられる奴の物語でのう」

「それはなんとも言えない内容ね……」

「博打と酒が好きで乱暴な以蔵じゃが、どういてかわしに通ずるもんがあって読み進めてしもうた」

「それだけ聞くと似ているわね」

「最後は捕まって牢屋の中でその先生に毒殺されかけるも生きよって、首を刎ねられて処刑された。はっ、ざまあない男ぜよ」

 

 ふとトレーナーの方を見ると目元に影を落として瞳には生気がなかった。多分だけど境遇が自分と以蔵は同じだって見てしまったのね。自分を嘲笑している様は哀愁が漂っていて見ているこっちがつらかった。何かできないかって必死に模索する。

 

「トレーナーはその以蔵となんて似ていないわよ」

「……どういてそんなことを言える」

「だってアタシはアンタのことを見捨てないし裏切らないんだから」

「っ!」

 

 アタシはトレーナーの腕に抱きついた。絶対に裏切らないし離れないという意味合いも込めてギュッと強く抱きしめてあげた。トレーナーは驚いた様子でこっちを見つめたけど、どこか安心した顔に戻ってくれた。

 

「……あぁ、わしにはおまんが居たぜよ」

「そうでしょ。だから安心してアタシをサポートしなさい」

「そうするか、ありがとうなスカーレット」

「何よムズムズする言い方ね。当然のことだって受け止めなさい」

「ふんっ、抜かせ。図に乗りおって」

「ちょっとやめなさいって!もー、髪がボサボサになるじゃない!」

 

 トレーナーはガジガシとアタシの頭を揉みくちゃに撫でてくる。毎日時間をかけてセットしている髪型だから抵抗するけど、不思議と嫌な気分にはならなかった。むしろもっとしてほしかった。

 

「あの、此処は図書館ですよ」

「ひっ!?」

「うおっ!?」

 

 こんなやり取りを続けていると突然部屋の片隅から声が聞こえた。トーンが低くてどこか冷たさを有する声はアタシたちを驚かせるには十分だった。声の出所に視線を移すと夕焼けで影が濃くなっているところに薄っすらと人影が浮かんでいた。

 

「お、お化け!?」

「じ、実在しとったか!」

「いや違いますよ。私です」

 

 そう言って声の主は光の方に歩みだした。そしてお化けだとアタシたちが誤認していた正体はタキオンさんと仲が良いマンハッタンカフェ先輩だった。

 カフェ先輩の黒くて色白な肌は生気がなくて一見幽霊にも見える。

 

「お、驚かせよって」

「ご、ごめんなさいカフェ先輩。迷惑をかけてしまいまして……」

「いいえ、別に慣れっこなので」

「今日はタキオンと一緒じゃないのか」

「何も常にあの人といるわけじゃありませんよ。てか、あちらから絡んでくるんです」

「あー、厄介じゃしな。金目当てで治験にゃあ参加しとったが、それ以外は関わりとうない」

「わかります。私はタキオンさんのお目付け役として任されましたから付き合わざるをえないんですが」

「だけどタキオンさんは良い人ですよ。この間は紅茶分けてくれましたし!」

「何故かおまんにだけ態度が違うのが不思議ぜよ」

「同感です。全員等しく被検体として見るくせにスカーレットさんだけは例外なんですよね」

 

 うーん、どうしてアタシが持ってるタキオンさんの印象と全員が持っている印象が違うのかしら。会うたびに紅茶やお菓子を分けてくれたり、勉強も教えてくれたりするのに……。

 

「で、カフェは何の本を借りるんじゃ」

「私はこれです」

「『恐怖の館』ってホラー小説か」

「そうですね。ある日主人公の家に招待状が届いてこの館に行き怪奇現象に巻き込まれるという内容です」

「な、なんか怖そうですね」

「最近は本を読んでいませんでしたから良い機会だと思いまして。オカルトは面白いので」

「ふん、幽霊か。わしはそんな子供騙し信じとらんがな」

「ちょっとトレーナー!」

 

 トレーナーが幽霊の存在を小馬鹿にすると、カフェ先輩は顔を顰める。思わず肘で小突いてトレーナーを謝らせようとするも、気づいていない様子だった。

 

「幽霊なんぞ死ねばなれるのなら、原始人の幽霊だっているはずじゃ。そうなりゃ街中幽霊で溢れかえっとるわ」

「……」

「よしなさいってトレーナー!」

「まあわしにかかれば幽霊なんぞ相手にならんぜよ!」

「あのー」

 

 トレーナーが幽霊なんて相手にならないと豪語したらカフェ先輩が気まずそうに何かを告げようとした。その瞬間、ガタンと近くの本棚から一冊本が落ちる。誰かが取り損ねたのだろうと振り返るとそこには誰もいなかった。

 

「あぁ?なんぞいきなり」

「け、気配がなかったのに本が……!」

「たまたまじゃろ。気にするこたぁ―――」

「あっ」

 

 ドサドサとその棚にあった本が床に落ちる。確かに誰もいないのにも関わらず不自然に落ちていく光景を見てしまったアタシとトレーナーは騒然とした面持ちで固まってしまった。

 何かマズいものを刺激してしまったのではないかと冷や汗が止まらなくて鳥肌が立ってきた。

 

「えっ、今のは何なのよ……」

「た、立て付けじゃ。棚の留め具が外れただけじゃ!」

「けどそれなら棚ごと落ちるはずじゃ……」

「たまたまじゃ!」

「あのー、それ以上すると……」

「ぐおっ!?」

「トレーナー!?」

 

 怪奇現象を偶然だと言い張るトレーナー、けどいきなり仰け反ってそのまま尻もちをつく。ゴホゴホと咳き込みながら首巻を緩めていた。

 

「い、今誰かが首巻を引っ張りおった!」

「当たり前のこと言いますけどカフェ先輩はやってませんよね!」

「流石にやりませんよ。それとそろそろ此処を立ち去った方がいいかと」

「どういうことじゃ!」

「……私のお友達以外の子が集まってきています」

「ひっ!?」

「し、知らん。わしは知らんぞッ」

 

 周りに幽霊がたくさん来ていることに狼狽しながらトレーナーは立ち上がり棚に手を付く。するとトレーナーの頭上にあった棚から辞書が一冊落ちた。ゴツンと頭をぶつけたトレーナーは呻き声を漏らしながら蹲る。落ちてきた辞書はページが開かれていて、「存在」という単語があった。

 

「な、なんじゃあああああ!?」

「ちょっとトレーナー!」

「認めん!わしは認めんぞおおおお!!」

「スカーレットさんのトレーナーさん!走らないでくださーい!」

「ごめんなさいカフェ先輩!あとで謝らせますから!」

 

 トレーナーは大声を出して図書室から逃げ出してしまった。

 あー、もう!どうしてアタシのトレーナーはこうもうるさいのよ!変なことばっか起こすんだからー!

 

「トレーナー!待ちなさーい!」

 

 私は急いでトレーナーを捕まえに行く。本当は廊下を走っちゃいけないけどこれ以上逃げられてしまうと被害が拡大するのは目に見えているから急いで捕まえないと!

 私は夕焼けで赤くなった廊下でトレーナーを追いかける。レッドカーペットが敷かれているようで綺麗だった。

 

 

 

「やれやれ、片付ける側にもなってほしいですよ。まったく、皆は騒いだらすぐにどこかに行ってしまうんだから」

「……」

「おや、貴方はここら辺で見ない方ですね」

「……」

「なるほど。教え子の成長を見に来たんですか」

「……」

「うまくやっているとは思いますよ。仲も良好でしたし、その担当の成績も良いですから」

「……」

「そんなに見守ってあげなくてもきっと大丈夫ですよ。だってあの人はもう独りじゃないんですから」

「……」

「そろそろ会ってあげては?夢や鏡などを使えば短時間だけ再会できますよ」

「……」

「あっ、消えてしまいました。まったく、師弟関係というのは難しいものですね」

 




今月はハロウィンイベントとカフェ実装があったのでややホラーチックな展開にしました。
ちなみにこのトレーナーは勉強をしなくても古典や現代文などの点が高いタイプです。もっともセンスで解いているので数学や化学や歴史が苦手な人間です。


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一番のアタシは風邪をひく

リアルが忙しくて更新できなくてごめんなさい。
まさか今回のウマ娘のイベントで流鏑馬をするとは思いませんでした。
走りながら弓を射ると弓道警察が出動しますが、まあウマ娘だから問題はないと思います(適当)


「うぅ、体がだるいわ……」

「おいスカーレット大丈夫か?」

「なんとかね……」

 

 ある日の朝、いつも通りに起きて身支度を整えようとしたら体が重かった。一緒に起きたウオッカが心配そうにこっちを見ていて、引き出しから体温計を渡してくれた。

 

「ほらよ、これで計ってみろよ」

「うん。……37.5度だから微熱ね」

「なら今日は休んで保健室で寝てろよ」

「ダメよ、優等生のアタシは微熱で欠席するわけいかないんだから」

「あのなぁ、そりゃ無茶だぜ。オレがノート貸してやっから」

「でも」

「ごちゃごちゃ言うじゃねーよ。病人は安静にすんのが一番なんだよ」

「……わかったわウオッカ。じゃあ後で貸してね」

「おう、当たり前だろ」

 

 ウオッカに言われてアタシは朝から保健室に行くはめになった。確かにウオッカの言うことは正しくて、アタシがアイツの立場ならきっと同じことをするだろうし。

 ……はぁ、学校を休むのは憂鬱ね。なんだか罪悪感があって落ち着かないわ。

 ため息を吐きながら歩いて保健室まで辿り着いた。ちょっと運動しただけなのに軽めのランニングをした感覚がある。ちょうど保険医さんが室内に居て、こっちに気づいた。

 

「あら、スカーレットさん。どうしたのかしら」

「保険医さん、実は体がだるくて……」

「熱は計ったの?」

「はい。37.5度でした」

「微熱ね。悪化するかもしれないから今日は休んで寝てようか」

「……わかりました」

 

 保健室にあるベッドに横たわり暫くしていると、保険医さんがゼリーとスポーツ飲料を持ってきてくれた。飲みやすいようにゼリーは封が切られていて、スポーツ飲料にはストローが刺さっている。

 そして保険医さんはアタシの額に冷却シールを貼ってくれた。

 

「まだご飯は食べてないわよね。これ食べてね」

「ありがとうございます。てかちょっと高いやつですよね、このゼリー」

「いいのよ。若くて元気な貴女たちを守るためなんだから」

「そうですか、じゃあいただきます」

 

 スプーンでゼリーをすくって口にする。このゼリーはちょっと高価な分美味しいと評判なのに味や風味を感じれなかった。体調不良だから仕方が無いって割り切っているのに、堪能できないことにガッカリした。

 一応、全部食べ切って少しボーっとしていると徐々に眠気が襲ってきた。まだ朝方なのと体調不良が原因なのかもしれないわ。することもないしそろそろ寝よう。

 アタシは睡魔の誘惑に負けて、夢の世界に落ちることにした。

 

 

「……今、何時かしら」

 

 どのくらい寝ていたのかしら。チラリと壁に掛けられた時計を見ると時刻は十一時を回っていた。保健室に来たのが七時ぐらいだから四時間は寝ていたことになるわね。

 けど寝起きなのと体調不良が相まって体が尋常じゃないほどに重くて熱い。頭痛もガンガンしてきてきつくて悪寒も走ってきた。ウオッカの言うことを聞いていなかったらきっと大変なことになっていたわね。アイツには感謝しなきゃ。

 

「うぅ、つらい」

 

 保険医さんが離席していて人気がない中、なんとか体を起こして顔でも洗おうと立ち上がった。けど足元がおぼつかなくて立つことすら難しい。フラフラしながら洗面台まで寄って鏡を見る。頬が真っ赤に染まっていて目がとろんと溶けていて、人前には見せられないわね。

 再びベッドで寝て天井を見る。普段だったら何の変哲もない天井のシミが人の顔に見てきた。不気味に笑う顔、目を釣りあげて怒っている顔、苦悶に満ちた顔、ひどく泣いている顔、どの顔も怖くて不安になってきたから毛布を被る。

 

「……あれはただのシミよ。何でもないんだから」

 

 毛布を被って何も見えていないはずなのに、彼らが天井から見下ろしてくるのを感じる。もしも体調がよくならなかったらアタシはずっと彼らに覗かれてしまうって考えると怖くて不安になってきた。

 それと保健室だから人もそうそう来ないから誰とも会えないんじゃないかって感じて孤独感がアタシを覆う。

 

「……ママ」

 

 ママに会いたいっていう思いが次第に強くなってきた。無理なのはわかってるけど誰かと話したいし、誰かと居たい。けど今は授業中だから誰も来ない。少し時間が経てば保険医さんが帰ってくるはずなのに、一分がとても長く感じる。

 

「ママに会いたいよぉ……」

 

 もう三年もトレセン学園で過ごしているからホームシックはないと思ってたのにそうはならなかったらしい。

 寂しさのあまり涙が零れてきて、自分の幼さに呆れるしかないわね。本当にホント、情けない。

 

「おう、何じゃ縮こまりおって」

「ト、トレーナー……?」

 

 ママに会いたいという思いが高ぶって毛布を被ってすすり泣いていると、その毛布が突然剥がれた。剥いだ毛布の先にいたのはアタシのトレーナーだった。

 

「ど、どうしてアンタが……」

「ウオッカから聞いたぜよ。体調不良で寝込んどるから見舞いに行ってやれやと」

「……そうだったんだ」

「なんじゃおまん目を赤く腫らしおって、泣いとったんか」

「うるさいわね。別に泣いてなんかないわよ」

「おうおう強がんなや、わしにゃあバレとるわ」

 

 手近なパイプ椅子に座って、ニヤニヤと憎たらしく笑うトレーナー。普段だったら反抗したりするんだけどそんな元気もないから何もできない。それとアタシのトレーナーが来てくれたから独りじゃないって思えるようになったから、ほんの少しだけ余裕が生まれた。

 ホントにうちのトレーナーはイラつくけどちょっとだけ元気になれるわね。

 

「ほれ、大人しゅうしとけよ。顔拭いちゃる」

「……冷たくて気持ちいわ」

「まあ今まで多忙じゃったからのう。えい休暇じゃ」

「休暇って言わないでよ。アタシだって休みたくて休んだんじゃないから」

 

 長い付き合いでわかってるくせにアタシのトレーナーは意地悪なのよね。感性が小学生で止まってるわ。

 

「そろそろ飯時か」

「……まだ正午に回ってないじゃないのよ」

「わしはいつもこん時に食っとる」

「お腹空かないでしょ」

「朝飯と昼飯をまとめて食うから平気じゃ」

「……きちんと朝食食べなさい。てか早寝早起きしなさいよ」

「へっ、わしみたいな天才トレーナーが早う起きる義理はないきに。学生は朝から勉学に励んどって大変じゃなあ」

「なら朝練に無理やり参加させてあげるわ……!」

 

 うん、決めた。絶対に朝練に付き合わせてやるんだから。どんなに二日酔いでグロッキーな状態でもたたき起こして朝ごはんも一緒に食べて朝練に付き合わせてやるわ!

 

「おまん朝飯はどういた」

「ここで食べたゼリーだけ」

「そこでおとなしく寝ちょれよ」

「ちょっと、どこ行くのよ」

「あぁ?冷蔵庫物色して食えるもん探すだけじゃ」

「勝手に冷蔵庫を漁っちゃダメじゃない……」

「非常時じゃき、許されるやろ」

 

 そう言ってトレーナーは冷蔵庫まで進むとガサゴソと冷蔵庫を物色し始めた。傍から見れば強盗にしか見えない。これで警察呼ばれて騒ぎになったらトレーナーのせいなんだからね。

 トレーナーは何かお眼鏡にかなうものを見つけたのかこちらに持ってきた。

 

「ほれ、これなら食えるやろ」

「……リンゴ、剥けるの?」

「わしを舐めとるんか?こんなん楽勝じゃ楽勝」

 

 トレーナーは意気揚々とリンゴに果物ナイフを当てる。粗雑で短気なトレーナーが間違えて指を切ってしまうのではないかと心配したけど、意外にも手先は器用でリンゴの皮をスルスルと剥いていく。下手したらアタシやママよりも上手に切れていた。

 トレーナーは皮を剥いで食べやすいサイズに切ったリンゴを皿に載せ、最後につまようじを一本刺した。

 

「こんなことできるんだ」

「ふん、言うたやろが。こんサイズならおまんでも食いやすいやろ」

「っ!?」

 

 ずいっと皿を出されたから受け取ろうとする。だけど体が思ったより上手く動かず、危うく落としかけた。

 

「あ、危なかった……」

「……ちっ、しゃあないのう」

 

 トレーナーは仕方がなさそうにつまようじに刺したリンゴを私に向ける。俗にいうあーんだ。子供扱いされているみたいでちょっとだけイラっとした。だけど後から厚意でしてくれるのだとわかって嬉しかった。

 

「ちょ、ちょっと。アタシは子供じゃないわよ」

「おまんはバカか。そもそも学生やろうが。ん、とっとと食え」

「……仕方ないわね」

 

 アタシは差し出されたリンゴに被りついた。シャキシャキしていて甘みがあって食べやすかった。口をモゴモゴ動かしていると間髪入れずにリンゴを差し出してくる。それも食べると再度リンゴを差し出してくる。

 

「わんこそばみたいに出さないでよ」

「あぁ、なんじゃ不満か」

「不満じゃないけど、なんかこう嫌なの」

「ほう、そうなんか」

「アンタってもしかして風邪になったことってないの?」

「あるわ。ただ独りで寝とったら治っとったわ」

「……」

 

 アタシは思わずトレーナーの理由に黙ってしまった。孤児院でトレーナーはどんな生活を送っていたかは知らない。さっきのアタシみたいに心が弱っている時に独りはつらかったはず、だけどトレーナーは独りで耐えていた。それは肝心な時に支えてくれている人がいないことを意味していた。

 

「どういた。リンゴ、マズかったか」

「ううん、美味しいわ。……ねぇ、トレーナー」

「何じゃ」

「今度さ、アンタが風邪ひいたらアタシが看病してあげる」

「あぁ?んなもんいらんわ、それこそわしはガキじゃないきに」

「けど弱ってる時に独りはツラいでしょ」

「そりゃあそうじゃが」

「だからアタシが看病してあげる。お礼を兼ねてね」

 

 だったらアタシがトレーナーを支えてあげればいい。すごく単純な答えね。トレーナーは問題ばかり起こすから看病ぐらいどうってことないんだから。

 トレーナーは頭をガシガシ掻いて特に考えなしに言った。

 

「まあ、そういうことにしちょいちゃる」

「約束よ」

「もっともわしは風邪をひかんがな」

「バカは風邪をひかないのよ」

「誰がバカじゃ」

「少なくても博打狂いでだらしない人のことよ。お腹もいっぱいになったし、アタシは寝るわね」

「おう、寝とけ寝とけ。……いや、ちっくと待て」

「何よ?」

「汗、拭いちゃる」

「顔拭いてもらったじゃない」

「汗で体ベタついとると余計悪うなる。上半身拭いちゃる」

「うぇっ!?」

 

 まさかの提案に驚いてしまった。いやだって異性の上半身を拭くってことは素肌を大きくさらすことになるのよ!驚かないはずないわよ!

 

「とっとと着とる服脱げ」

「デ、デリカシーがないわよ!変態!」

「誰が変態じゃ!おまんのことを気にかけてただけじゃ!」

「それでもよ!エッチ!」

「あー、勝手にせい!濡れタオルと洗面器は用意しちゃる。見んから拭いとけ」

 

 トレーナーはムスッとした様子で濡れタオルと水の入った洗面器とシャツを用意して机の上に置いた。そしてベッドを囲むように掛けられていたカーテンをピシャリと閉めた。

 ったく、確かに抱き合ったりキス()したり裸で寝た《幼児化解除》りしたけどそれは進み過ぎよ。もうちょっと手順を踏んでからじゃないとダメなんだから。……アタシだって卒業までは我慢してるのに。

 

 やれやれと上半身の服を脱いで汗を拭く。トレーナーが言うように汗でびちゃびちゃでこのままだったら悪化していたかもしれないわね。流石、観察眼は優れているだけはあるわ。

 

「……どうしよう」

 

 順調に体を拭いているとあることに気づいてしまった。

 

「届かないわ……」

 

 そう、背中に手を回せないせいで背中側を拭けない。どんなに頑張って伸ばそうにもできない。別にこのまま寝てもいいんだけど不快感は残ってしまうのを考えると拭いた方が良い。

 

「うぅ、こうなったらしょうがないわね」

 

 暫くの間、頑張ってチャレンジしたけど拭けなかった。だからアタシは苦肉の策を用いることにした。

 

「トレーナー、そこに居る?」

「わしはペン回しで忙しいんじゃ」

「その、お願いがあるの」

「願い?」

「うん、アンタにしか頼めないの」

「……ちっ、何じゃ」

 

 照明でカーテンにトレーナーの影が映っている。この薄布が無くなってしまえばアタシは初めて異性に裸をさらすことになるから、胸がドキドキした。

 アタシはなんとか勇気を振り絞って用件を言う。

 

「背中、拭いてちょうだい」

「……言わんこっちゃない。開けるぞ」

「ちょ、ちょっと待って!アタシが合図するまで開けないで!」

「早うしろよ」

 

 うぅ、ホントにデリカシーの欠片がない人ね。こっちは乙女なのよ。

 文句をぶつぶつ言いながら服を脱いで背中をカーテンに向ける。

 

「……いいわよ」

「おう、入るぞ」

「……変なことしようとしたら怒るから」

「あぁ?教え子に手を出したら先生に怒られるわ。拭くぞ」

「えっ、うん……ひゃっ!?」

 

 ピタリと背中に冷たい感覚を感じ、つい変な声を漏らしてしまった。火照った体に濡れたタオルが気持ちいい。しかも体が綺麗になっていく感じがあってとても良い。

 

「はっ、所詮は生娘じゃな」

「生娘って、そりゃあ不純な行為なんてしたことないんだから当然でしょ」

「それもほうか」

「だいたいアンタだってその、童貞なんでしょ」

「わしがか?なわけあるか、とうの昔に卒業しとるわ」

「……ふーん、そう」

 

 ……そうよね。トレーナーは大人なんだから恋人とかの親しい人としちゃってるわよね。ホント、何聞いてんだろアタシ。聞いても自分が傷つくだけなのに。

 

「どういて落ち込んでる?」

「別に、気にしないで」

「……ほにほに読めたわ。一応言うとくが風俗じゃ。わしは恋人やらと交えたことがないきに、素人童貞ちゅうわけじゃ」

「……何言ってんのよ変態」

 

 変なところで察しがいいのはイラつくわね。でも、なんか安心しちゃった。じゃあ私とトレーナーは初めて同士ってことになるのかしら。ふふっ、初めては夜景が綺麗なホテルの一室で……。

 

「ほれ、終わったぜよ」

「……へっ!?そ、そうなんだ。ありがとうね、トレーナー」

「何の考えごとじゃ?」

「べ、別に考えてなんかないわよ!うん、そうよ!」

「……なんぞ違和感があったがまあえい。ほれ、さっさと服でも着とけ。今、出てやるから――――」

「ん?どうしたのよ黙っちゃって―――」

 

 時計が止まったかのように後ろでトレーナーの声が途切れる。突拍子もなく止まったからどうしたのかと思って後ろを振り返った。

 

「わ、わわわ……!?」

 

 ベッドを覗き込むようにウオッカが居た。顔を真っ赤に染めて耳と尻尾をぶんぶん振り回していて、一目で気が動転しているのがわかる。多分だけどお見舞いに来てくれたんだろう。

 そして一瞬の間を置いた後に、自分とトレーナーがウオッカから見てどういう状況に見ええていたかを悟ってしまった。急いで弁解をする。

 

「ち、違うのよウオッカ!?これには訳があるの!」

「ト、トレーナーとスカーレットが裸で……!」

「いや待てや。わしは脱いどらん」

「ならスカーレットが自分から脱いで……ッ!」

「そうじゃ、それで合っとる」

「ちょっとトレーナー!話をややこしくしないでよ!」

「うわー!スカーレットのスケベ娘-ッ!」

「ウオッカ!?ちょっとどこに行くのよー!」

「驚異の末脚じゃのう」

「何もしてないから秘密にしてよねー!」

 

 思わぬハプニングに見舞われながらも、夕方には元気になって普段よりも少なめの夕飯を食べることができた。トレーナーは体調を案じて三日も休日をくれた。休日の期間を使ってウオッカと一緒にお出掛けしたけど、やけによそよそしくて気まずかった。




会長の子供をあやすときのウサギポーズ好き。私もぴょんぴょんしたいッ!


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一番のアタシはパーティーに行く

更新遅れました申し訳ございません。
てか見てくださいよFGOの岡田以蔵のスーツ姿を!!メチャクチャにカッコよくてマジで良いですよね!あー、もうマジでカッコいい(語彙喪失)
まあ私はFGOイベントに参加できないので衣装はゲットできませんがね。


 十二月を迎えて冬が本格的に到来した頃、アタシとトレーナーは理事長室に呼ばれていた。一応、廊下に暖房が設置されているから多少は暖かかったけど室内に入るだけでかなり楽になる。

 ちなみにだけどアタシたちが使っているトレーナー室にはわざわざコタツが置かれていて、大抵そこで作戦の話やトレーニング内容の確認を行っている。契約一年目だった頃はダラダラとしているトレーナーに渇を入れていたのだけど、今となっては一緒になってぬくぬくしてるわね。他の子に見られないようにしなくちゃ。

 

「うむ、よくぞ来てくれたな」

「なんぞわしらを呼んだ。とやかくつけて経費で物を買おうとしとらん」

「あら、以前買っていた無関係な雑誌は経費で落ちませんからね」

「それは初耳だぞ!」

「ちっ、バレとったか」

「何してんのよ……」

「ま、まあ今は不問にしよう。ごほん、君たちが有馬記念に出場することが今日決まった」

「えっ!?アタシ、有馬に出れるんですか!?」

 

 有馬記念、それはクラシックやシニア戦線で活躍したウマ娘が観客からの投票によって出走できるレースのこと。多くのレースで勝てば有馬記念に出れる率は上がるけど、中には確かな戦績を残したけど投票数で出れない子もいる。

 そして何よりもこのレースは強豪ぞろいで、今までにないレースになるのは目に見えていた。

 

「左様ッ!おめでとう!」

「おめでとうございます」

「つ、ついにアタシ有馬に出れるのね!」

「ふん、当たり前じゃ」

「反応が薄いな。もっと喜んでもいいんだぞ」

「わしが専門で担当したウマ娘じゃし、そんくらいいってもらわんと困るわ」

 

 当然だと言うようにトレーナーは腕を組んでそっぽを向いた。

 以前、トレーナーが寝ている際にクシャクシャに丸められた書類を見つけた。そこにはクラシックの時に有馬を出走させる予定が書かれていた。けどアタシたちは有馬に出ることができなかった。自分の担当ウマ娘を晴れ舞台に送ることができなかった無念と悔しさからクシャクシャにしたんだって察しがついた。

 けれどようやく出走(願い)が叶った。口ではああ言っているつもりだけど、内心ではウキウキなんでしょうね。独りになったら歓喜のあまり叫びだしそう。

 

「それで君たちには明後日開催されるパーティーに出席してもらうが大丈夫か?」

「はい!もちろんです!」

「酒をただで飲めるっちゅうのはえいのう」

「ちなみにインタビューも行われますので準備もお願いしますね」

「ふふん、ドレスって着てもいいんですか!」

「当然ッ!どうせならこちらで出費してあげよう!」

「いいえ、母親が見繕ってくれたものを着るので大丈夫です」

「そうか。良い母親を持ったのだな」

「えへへ……」

「……おい、どういてもスーツじゃなきゃあかんか?」

「そうだ。記事にもなるからな、身なりを正してもらわないと困る」

「わし、スーツ持っとらんぞ」

 

―――――ピキッ

 あんなに和やかだった空間が一瞬で凍り付いた。

 

「えええええ!?」

「そ、そんなことが!?」

「驚愕ッ!?どうして持っていないんだ!君だって社会人なんだし、赴任した際には着てたじゃないか!」

「とうに質屋に納めたわ。もともと中古だったきに、二束三文だったがのう」

「な、何のために使ったんだー!?」

「ま、まさか……」

「ギャンブルのためにとか……」

「正解じゃ。もっとも結局は負けてしもうたが」

 

 トレーナーの答えに一同は頭を抱える。そんなこと気に留めていないトレーナーは呑気に頭を掻いた。

 

「ど、どうして貴方はそういうことを……」

「あ、唖然ッ!徹底的なダメ人間!」

「このおたんこにんじん!」

「おう何じゃ、好き勝手言いよるからに!えいじゃろうが、わしが何しようが!」

「どうしましょうか理事長」

「う、うむ。こうなったら仕方がない、レンタルで済ませるしかない」

「そ、そうですね」

「それは経費で落ちるんか?金ないぜよ」

「経費で落ちるんで今すぐレンタルしてくださいね!」

「おう、そうか。ほんなら金を倍にして返してやるきに、期待しとれよ」

「バカ!経費でギャンブルしようとしないで!」

「……私が同伴します。監視と彼に合うスーツを探してきます」

「頼むぞたづな」

「ご、ごめんなさいたづなさん。面倒かけちゃって」

「大丈夫ですよスカーレットさん。それに彼をかっこよく仕上げてあげますからね」

 

 そう小声で言うと、たづなさんはアタシにウインクをする。たづなさんみたいにしっかり者で服のセンスも良さそうな女性なら大丈夫ね。

 たづなさんにズルズルと引きずられて退室するトレーナーを眺めながらアタシは明後日のパーティーに期待した。

 

 

 そしてパーティー当日、アタシとトレーナーはたづなさんの以降により現地で集合することになっていた。パーティーの会場は言わずと知れた一等地で、よくテレビで映されていた高層ビル。暗闇の中でキラキラと光る様子は美しかった。

 アタシは受付を済ませて中に入ってからエントランスでトレーナーを待つ。一時間前にたづなさんがトレーナーをタクシーで送ったと連絡があったから、遅刻したり欠席することはないはず。……いやでも途中下車してるかもしれないわね。

 

「うぅ、二重の意味で緊張するわ」

 

 トレーナーが遅れずに来ることとパーティー初参加による緊張で気持ちが落ち着かない。あっちこっち動いたりソファーでスマホをいじって気を紛らわせているけど。

 そんな感じで待っていると出入口の自動ドアが開き、そっちに視線を向けた。

 

「おう、ダスカ」

「ちょっと遅いじゃない……ふぇっ!?」

「あぁ!?なんぞ固まりよる」

 

 登場してきたトレーナーを見て、つい固まってしまった。怪訝そうにトレーナーは首を傾げる。

 

「な、何よその恰好!!」

「たづなに買ってもろうたきに、どうじゃ似合うじゃろ」

 

 トレーナーはにししと満足げに笑いながら胸を張る。

 トレーナーの格好は当然礼服姿で、灰色のワイシャツの上にベストを羽織って上着であるスーツを右手に持っている。堅苦しい格好は好きじゃないのかネクタイを外して首元のボタンを外して胸元を開けていて、袖をまくっていた。

 

 正直に言うとバカみたいにカッコいい!なによその胸元は!筋肉質な胸筋がすっごくセクシーじゃない!しかも筋肉質な腕がスーツと合ってカッコいいわね!

 

「結構良い感じじゃない!」

「ぬはは、そうじゃろうそうじゃろう」

「何処で買ったのかしら?」

「銀座の一番えいとこじゃ。こんだけで三百万も消えたわ、服の価値なんぞようわからん」

「さ、三百万もしたの!?」

「あぁ、まあたづなが無理にでも経費で落とすと豪語したんじゃから気にしないぜよ」

「あ、ありがとうたづなさん……!」

「そんでどうじゃ、えろうイケちょるやろ」

「……えぇ、ちょっとエロいね」

「ん、なんか言ったかの?」

「いいや言ってないわよ!でさ、どうアタシのその、ドレスは」

 

 アタシは自分が着てきたドレスをくるりと回転して見せつける。勝負服の色と同じ青を基調としたドレスで優雅さを出すために両肩を出している。流石はママだわ、こんなに綺麗なドレスを見繕ってくれたなんて。本当にアタシは幸せ者だわ。

 

「まあえいんじゃないかのう」

「何よ素っ気ないわね。そこは褒めるのが常識でしょ」

「……一番のスカーレットの姿は着飾ることじゃのうて笑う姿じゃき。じゃが今のおまんの姿もその、なんというか綺麗ぜよ」

「ふふん!そうやって褒めればいいのよ!素直になってね」

「おまんがそれを言うがか」

「それとそんな風に褒めるのはアタシだけにしてよね。……アタシ以外にされると、その妬いちゃうから」

「ふん、抜かせ。わしが他の女子を褒めるのは滅多におらんきに。心配はいらん」

「や、やめなふぁいよ。メイクが崩れちゃうでひょ」

 

 トレーナーは笑いながらグニグニとアタシの両頬を引っ張ってきた。せっかくメイクもして髪の毛を整えて来たんだから本当はやめてほしいけど、やっぱりやめてほしくない。その手を振りほどくことなく満足がいくまで触らせてあげた。

 

「メイクは崩れてないわね。それじゃあ行きましょうか」

「おん」

「あれ、そういやいつも身に着けている首巻はどうしたのよ」

「あぁ、あれか」

 

 そう、今日のトレーナーは自分のトレードマークであり宝物であった首巻をしていない。きっと並々ならぬ理由があるのね。

 

「ホンマはつけるつもりじゃったき」

「そうなの」

「けんど昼寝しとったら夢で先生に会うたんじゃ」

「アンタの恩師が夢に」

「そいてな、先生は『お前はお前だ。もう何事にも縛られずに生きてくれ』と言いよったがよ」

 

 トレーナーが大事に持っていた思い出の首巻は生き方と自分を禁じる首輪で、先生が善意でくれた贈り物がいつしか愛情と敬意と懐古で繋がれてしまった。それは今後を捕縛してしまう。

 だけどトレーナーは首巻を付けなかったことで介入はあれど自らの決断で取った。どれほどの想いで取ったのかは想像し難くない。

 

「頑張ったのね。トレーナー」

「少し寂しいが肩が軽くなったきに。もう先生とは会えん気がするけんど、わしにゃあもうあん思い出だけで十分じゃ」

 

 屈託のない笑顔を浮かべたトレーナー、表情には後悔や悲しみといったものがなく満足した様子だった。

 

「ほれ、とく行くぜよ。飯と酒がわしらを待ってるき」

「はいはい、アンタはそんな感じに生きなさいね」

 

 相変わらずの態度にくすりと笑ってしまった。それでいい、傲慢に笑い奔放に振る舞うのがアンタなんだから。

 大広間に続く通路を歩いて、部屋を繋ぐ大きなドアに手を掛けて開いた。

 

「ほにほに、どれも美味そうじゃ」

「そうね。それと節度を弁えた行動をしなさいよね」

「散々たづなに言われたわ。やき平気じゃ平気」

「ったくもう、本当にわかっているのかしら」

「すまんが一つ貰うぜよ」

「かしこまりました。どうぞ」

「あぁ、シャンパンは美味いのう!もう一杯!」

 

 入室以降、真っ先に手を付けたのはお酒。ウェイターから一つグラスを貰って一気に飲み干した。土佐の人だからお酒の耐性はあるはずなんだけどへべれけにならないかが心配だわ。いつも飲んでいるお酒よりも断然高級だからタガが外れなきゃいいんだけど……。

 

「おおっ、ダイワスカーレットさん。お待ちしておりましたよ」

「えっと貴方は」

「これは失礼、私はこういうものです」

 

 大人げなくシャンパンを飲んでいくトレーナーを後ろから見ていると、突然声を掛けられた。後ろを振り向くと紺色のスーツを着て眼鏡を掛けた男性がいた。その人は名刺入れから名刺を取り出して渡してきた。

 

「記者の方ですか」

「はい。少しばかしインタビューをしてもよろしいでしょうか」

「えぇ、まあ」

「ありがとうございます。では、有馬記念を出走することが決まった時はどのような心境でしたか?」

「一昨日決まったことなのと長年の夢を叶えることができたので未だに信じられないでいます。ですが、嬉しさが胸を込み上げました」

「なるほど。やはり一着を狙うつもりで」

「そうです。自分が皆さまの人気を得たからこそ出走することができました。皆さんの想いに応えられるレースをしたいです」

「新規に開催されるURAも期待されていますが、やはり花形ともいえる有馬ですからね」

「もちろんURAも優勝して初代URAチャンピオンになりたいです」

「当然ですがウオッカさんも台頭することは間違いなしですよね」

「ライバルとしてまた激戦を繰り広げられることができて良かったです」

 

 今回の有馬記念は出走距離が長距離、だからマイルと中距離に適性があるウオッカは出場ができなかった。けど新しく開催されるURAのおかげでまた戦うことができる。悪いけど勝ち続けさせてもらうわ。

 

「良い意気込みをありがとうございます」

「おっ、何じゃ取材か」

「トレーナー。……それ何杯目?」

「四杯目」

「飛ばしてるわね……」

「ちょうどよかった。トレーナーさんにも取材をしたかったんですよ」

「えいぞ、どんときぃや」

「ダイワスカーレットさんのトレーニングでは何を重視しました?」

「速さとパワーじゃ。こいつのえいところはスタミナと根性じゃし、もえい。やき実践とレース鑑賞で技を学ばせるは楽だったぜよ」

「なるほど。確かに位置取り争いでは優位に立っている時が多いですもんね」

「けんどこいつは気性が……あー、過度な頑張り屋じゃから負担をかけ過ぎのうよう気ぃつけてたわ」

「トレーナー……」

「よく見ているのですね」

「当たり前じゃ、担当ウマ娘を把握するがは。もっともわしは天才トレーナーじゃからなぁ!」

「……トレーナー」

 

 図に乗らずにはいられないのがダメなところなのよ、まったくもう。けど選抜レースでアタシの本性や適性を見抜いていた実力は確かだから言葉通りなのよね。

 

「あの伝説のウマ娘も貴方が担当していたらケガで引退はなかったのに……」

「ッ!?」

 

 やれやれと呆れていると、記者から衝撃の言葉が漏れてギョッとなった。

 伝説のウマ娘はきっとトキノミノルを指す言葉でそのトレーナーは例の恩師にあたる人だ。以前もカラオケ店内で自分の恩師をバカにされたトレーナーは激怒して殺そうとしていた。つまりこの発言はトレーナーにとっての逆鱗、暴力を振るおうとした瞬間に取り押さえられるよう身構えた。

 けど沈黙があるだけで暴力を振るう兆しがなかった。それどころか敵意や怒気を感じず、トレーナーの方へ振り向く。トレーナーは悠然とグラスを傾けていた。

 

「……トレーナー?」

「わしにゃああんときの状況がようわからん。けんどケガをきっかけに二度と立てんウマ娘になるがは幾分かマシぜよ」

 

 ウマ娘は時速六十キロの速度で走ることができる。それ故に負担が大きく足が耐えられないケースがあって事故が起きる。運が悪くて転倒時に死亡してしまったというケースも存在したし、二度と治らないケガに絶望して自殺するケースもある。

 それほどまでにウマ娘のレースには危険が伴っていた。

 

「最後のレースもトレーナーに骨折を隠して走りよった。幸いにゃあ一着じゃが、下手を打てばえろうことになっとったがよ」

「なるほど。当然の帰結ということですな」

「おまんらのような人気者ばかり追いかけとる記者にゃあわからんが、年頃の時代を使うて走ることに打ち込む女子の生きがいが突然奪われるちゅうことをわしは見てきたがきに。やきトレーナーは担当を悲しませんためにケガと健康に気ぃ付こうとる」

 

 トレーナーはいつもアタシが予定されていた練習以外をこなそうとすると激怒していた。何度か歯向かってみるとさらに激怒して怒鳴りつけていた。自分が思い通りにコントロールして自分の経歴のために優勝させようとしているって考えていた時期があったけど、いつしか信頼が生まれて全てを信じられるようになった。

 元々アタシを大事にしてくれていることはわかっていたけど、その根拠を提示されるとこの人はウマ娘が大好きなんだなっていうのがよくわかった。

 

「おまん、今から言うこれを絶対に記事に載せろや」

「な、何でしょうか」

「トレーナーとして責務を全うできん奴はわしが直々に殴りに行くとな」

「わ、わかりました。では私はこれで……」

 

 ギロリと睨むようにトレーナーは記者に向けて圧を掛ける。圧に気圧されたトレーナーはズズズっと後退してそそくさと何処かへ行ってしまった。トレーナーはその情けない後ろ姿を見て鼻を鳴らす。

 

「……ふん、三流が。好きでウマ娘を引退させているわけがないやろが」

「ト、トレーナー」

「なんじゃ」

「その、いつもありがとうね。見守ってくれて」

「今更か。まあ、感謝されるがは悪うない。ダスカ、有馬で優勝を獲るぜよ」

「そうね。ああも啖呵を切っちゃったんだからしないとね」

「あぁ、ほんなら明日からまたトレーニングぜよ。じゃけど、そん前にすることがある」

「それって何よ」

「今日を楽しめ。ただそれだけじゃ」

 

 近くのテーブルに置かれていた料理を取ってこちらに渡してきた。

 

「そうね、存分に楽しみましょう!」

 

 差し出された料理を手に取ってアタシは笑い、トレーナーも笑う。

 この会場から見える街の夜景は宝石箱のようで綺麗で、一生忘れられない思い出になるのは確かだった。




ちなみにあと一話ぐらいで完結です。
元々二十話程度の物語を展開しようとしてたんで当然ですね。

https://twitter.com/watanabeJu87
それと私は絵を描き始めたんでよかったらフォローお願いします。まだ上手くはないけど頑張ってるんで……!


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一番のアタシは願う

お久しぶりです。
この三か月程度、滅茶苦茶にスランプになったり多忙になったりと大変でした。
そしてこのシリーズ最終回です。楽しんでください。


 URAが終わった。

 かつて激動を演じたウオッカやシニアで数々の功績を挙げた先輩たちと熾烈を極めたレースを超えて、アタシは夢の一番を獲ることができた。

 いつもよりもキラキラと輝いて多くの歓声に包まれたレース場、アタシはゴールをした後にすぐあの人を捜す。そしたら、やたらとギャーギャーと騒いでガッツポーズを組んでいるアタシのトレーナーがすぐに見つかった。

 アタシはトレーナーに駆け寄ってフフンと自慢してやった。トレーナーはよくやったと言わんばかりに頬を上げてゲラ笑いをしながら言ってくれた。

 

―――――流石わしのウマ娘じゃ!

 

 

 それから少しだけ時が流れた。

 URAを終えた先のトゥインクルシリーズの話題がちらほら出始めた頃、アタシとトレーナーはいつもトレーニングで使っている神社に行くことにした。ちょうど時期的にお祭りがやっていたから賑わっていた。

 

「うぅ、どうしていつも遅れてくるのよ……!」

 

 ママが特別にくれた着物を羽織って待ち合わせ場所で待つ。ざわざわと喧騒の中、多くのカップルやクラスメイトが通り過ぎているのを傍目にスマホを見る。三分前に送ったメールは一応既読になっているけど、すでに待ち合わせ時間から十分も遅れている。

 もー!トレーナーったらこういう時ぐらい遅刻しないでほしいわ!

 

「おん、すまんすまん。遅れてしもうたわ」

「アンタ!遅いのよ!」

「ちっくとばかし仕事を任されてのう。そう怒んなや」

「……まっ、今日は許してあげる」

 

 のうのうと寒そうに安物じゃないダウンとズボンを身に着けたトレーナーがやってきた。今トレーナーが着ている服はアタシが選んだもので、もし昨年着けていた服を着ていたら本気で怒っていたわ。よし、きちんとアタシが選んであげたマフラーも巻いているわね。

 

「……怒りよると思うたら機嫌が良くなりよって、気色悪いぜよ」

「何?なんか言ったかしら……?」

「おう睨むなや、ありのまま言うて何が悪いんじゃ」

「察しなさいよまったく。で、どうかしらこの着物」

「おん?まあえいんじゃないかのう」

「何よその淡白な返事は」

「今日は正月でも無いきに、気ぃ入れすぎじゃ」

「蹴るわよ、その生意気な顔面に」

「おうやってみろや。ほじゃけんど、その着物じゃ足が上がんなじゃろうがなァ!」

「……絶対後で覚えておきなさいよ」

「知らん知らん。ほれ、さっさと行くぜよ」

「きゃっ!?」

 

 誤魔化すようにアタシの手を繋いで前へ引っ張る。いつもより強引な手引きにちょこっとだけドキッとした。斜め後ろから見えるトレーナーの顔がいつもよりカッコよく見える。

 人混みを押しのけてアタシたちは神社のあの長い階段を上る。着物に下駄を履いていたから上るのに一苦労だったけど、トレーナーが素知らぬふりして補助してくれた。階段が急になると絶対に離さないというぐらい握ってくれて嬉しかった。

 最後の階段を上り終えてまず身を清めるために手水舎に向かった。

 

「つ、冷たいわね」

「真冬に外で手を洗うんじゃし当然じゃ」

「えーと、確か酌から口に水を入れるのよね」

「何しよるんじゃバカかおまんは」

「な、何よ!」

「酌に口を付けんなや。えいか、左手で水を受けて口をゆすぐぜよ」

「そ、そうよね。だってそんなことしたら……あっ」

 

 間接キス、そんな単語が頭に浮かんでカーっと頭が熱くなってきた。

 

「おん、どうした。タコのように真っ赤じゃぞ」

「べ、べ別にどうもしないわ!うん、大丈夫じゃよ!」

「なんじゃそのエセ土佐弁は。なめとるんか」

「そ。そそそういうことじゃないわ!さあ口をゆすがなきゃね!」

 

 いち早く終わらせてトレーナーに酌を渡す。キョトンとしながらも手早く作法通りに終わらせてお賽銭へと向かう。お賽銭となると少しだけ集団ができていた。

 

「混んどるわ」

「まあ仕方ないわね。待ちましょうか」

「……よし」

「ちょっと待って、何を投げかしらとしているのかしら」

「あぁ?んなもん、銭じゃ銭」

「やめなさい!神様に失礼よ!」

「じゃけど神っちゅうもんはな銭を与えたら喜ぶもんじゃぞ」

「ふざけたこと言わないで!没収します!」

「あぁ!?わしの財布!」

 

 ったくそういうことしているから金運が著しく低いのよ。あーあー、こんなボロボロなお財布使っちゃって、てかやたら軽いわね。中身はどのくらいあるのかしら。

 

「……どうして千円と五十円しかないのかしらね!」

「そ、それはのう……」

「何よ、言ってみなさいよ」

「パチンコで負けたんじゃ」

「いくら負けたのかしら……!」

「さ、三千円じゃ」

「嘘つかないで。もっと使ってるわよね」

「……四万じゃ」

「よ、四万円ってアンタ……!?」

「勝てば取り返せると思うたんじゃ。ほんで最後の希望の競艇で負けて九百円消えよった」

 

 もういやこのトレーナー、貰った分のお金すぐ使うじゃない。このとりあえず千円あればどうにかなるだろうっていう精神持ってるのがなおさらタチが悪いわ。

 もー、小学生じゃないんだから!

 

「もう貯金とお財布はアタシが管理します。ほら、帰ったらさっさと出しなさいよ」

「は、はあっ!?と、トータルで見りゃ勝っとるわ!」

「そういうこと言う人はだいたい負けるのよ!このおたんこにんじん!」

「ぐぬぬぬぬ」

「ったく、勘弁してほしいわね。あっ、そろそろ順番よ」

「けっ」

 

 悪態をつきながら前に進み出る。一緒にチャリンと五円を入れて鈴を鳴らす。こういう時にしか鈴を鳴らせないからすごく新鮮ね。そして作法通りにお参りをこなす。

 アタシが願いはトゥインクルシリーズで一番になること。トゥインクルシリーズでは今まで以上に苛烈を極める展開が予想できる。それを乗り越えるためにまずは願掛けをしないと。

 

「ねぇ、アンタはどんな願いをしたの?」

「んあ?知りたいんか」

 

 一通り終わったアタシたちは速やかに列を抜けて、大きな神木の近くにあるベンチに座った。当然、話題になるのは願いのことだ。

 

「アタシはもちろんトゥインクルシリーズで一番になることよ!」

「はー、相変わらずじゃのう。飽きんか」

「飽きるわけないじゃない。一番はアタシの存在意義なんだから」

「ほーん」

「で、アンタの願いは?」

 

 グッと肩を掴んでトレーナーに牽制をかける。自分が不利になると逃げだそうとするからこうでもしないとね。トレーナーはため息をついた後に渋々自分の願いを言う。

 

「おまんが活躍できよるよう願っただけぜよ」

「ふふん、これでギャンブルのことだったら怒ってたんだからね」

「? 当然それも願ったんじゃが」

「ホント強欲ね!」

「抜かせ。どうせタダなんじゃから、神様なんぞ願ったもん勝ちじゃ」

「いつか罰当たるわよ……」

「ははは!ほんなら、やりゃあえいきのう!」

 

 高笑いをするトレーナーをよそにスマホを開く。SNSには見知った友達の投稿がされていて、その中にくじ引きで相性チェックをした結果があった。

 

「そうだわ!せっかくだからおみくじしましょうよ!」

「あぁ?元旦にしたからわしはせん」

「何よ。別に一年に一回しかしちゃいけないだなんて決められてないわよ」

「てか第一、金が素寒貧じゃ」

「百円あればできるでしょ。ほら」

「わしの財布から百円を取るな。ちっ、最後の小銭が消えてしもうた」

「自業自得よ。さっ、やりましょうか」

 

 舌打ちを打って不機嫌そうなトレーナーを無理やりおみくじの所まで連れていく。そして二人の分のお金を投入して一枚ずつ取り出した。

 もちろんアタシが狙うわ大吉!元旦の時は小吉だったけど今度は大吉なんだから!

 

「うぅ、中吉……」

「えいやろが。わしなんぞ三年連続で大凶だったぞ」

「それはある意味幸運じゃないかしら」

「けっ、末吉じゃ。元旦よりも悪うなっとる」

「ちなみに元旦は何よ?」

「大吉じゃ」

「あー、だからギャンブルでお金を……」

「ふん、これだから神様っちゅうもんは」

「自分の情けなさを神様のせいにしないの」

 

 ぴらりと折りたたまれた紙を伸ばして内容を確認する。学業は努力をすればなんとかなるか、まあ問題は無いわね。それで待ち人はずっと近くにいないと成就しないんだ。……これも手放す気はないから問題はないわね。

 

「おい、何勝ち誇ったような顔しとるんじゃ」

「えっ?別に何でもないわよ。それよりアンタのやつ見せなさいよ」

「結ぶの面倒じゃからやるわ」

「もうだらしないんだから」

 

 どれどれ、待ち人は来ず……はあ!?待ち人が来ないってどういうことよ!トレーナーにとっての待ち人ってアタシじゃないの!?信じらんない!

 

「……どういてわしを睨む。意味が分からん」

「ねぇ、アンタって好きな人いないの?」

「知らん。そういう感情は一切抱いたこたぁないきに」

「アンタにとってアタシは何よ」

「信頼できよる担当ウマ娘じゃが」

「あんなことをしてそんな評価なの!?安く見られたものねアタシも!」

「お、おいキレんなや!」

 

 ……はっ!そ、そうよね。所詮は占いなんだから絶対そうなるとは限らないわよね。アタシとしたことが思わず取り乱しちゃったわ。

 

「ったく、しゃんとしろやアホ」

「うるさいわね。はい、二つ結んであげたわよ」

「おん、ほんなら帰るか」

「せっかくなんだし、出店まわりましょうよ」

「あぁ?わしの財布知っとるやろ」

「今日は特別にアタシが奢ってあげる。まあ高い物やお酒はダメだけどね」

「ふん、存分に喰らってやるかのう。イカ飯にタコ焼きに甘酒に……」

「けどこの借りはいつか返してよね」

「おう。いつか返してやるわ」

「約束なんだから。はい、指出して」

 

 アタシは指切りのために小指を差し出す。指切りだなんて子供っぽいかもしれないけど、案外トレーナーには利く。目に見えない繋がりよりも見える繋がりは相手に意識させるから。

 トレーナーはずいッと考えなしに小指を結ぶ。絶対に約束を果たしてもらうんだから、当然利子付きでね。

 

「指切りげんまん嘘ついたら針千本飲ーます」

 

 

 

――――指切った!

 

 

 

 

 

 とある夕暮れ時の河川敷に二人がキャッチボールをしていた。ひとりは小学生ぐらいの少年、もうひとりは五十は過ぎている男だ。男は髪をひとつに束ねて無精ひげを生やしているが顔つきは精悍で若々しさを保っていた。

 パシンパシンと互いにボールを投げては獲っていると少年から男に話しかけた。

 

「ねぇ父さん。どうして毎日忙しいのにキャッチボールに付き合ってくれるの?」

「あぁ?んなもん長年の夢だったからに決まっとる」

「夢?」

「おまんは待望の息子じゃ。昔から息子とキャッチボールをするちゅうのは定石やろ」

「うーん、そうなのかなぁ」

「そうじゃ。わしも父親代わりの先生とたまにやったわ」

「そっか。父さんにとって特別なんだね」

「おうよ」

「そういやさ、俺決めたんだ」

「将来の夢か」

「うん。将来は父さんと同じトレーナーになろうと思うんだ」

「ッ!トレーナーか!」

「姉ちゃん全員がウマ娘だからもあるんだけどさ、やっぱり一番の影響は父さんの姿かな」

「……わしの姿か」

「だって父さんカッコいいんだもん」

「わしが、カッコえいのか」

「うん。教え子のためなら何でもやる姿はとってもカッコいいよ」

「ふん、そう褒められたんわアイツ以来いなかったわ」

「母さんのこと?」

「おん。まあおまんの夢なら叶えてみいや。ただトレーナーになったらわしの敵ちゅうことになるが」

「そうなったらお互い死力を尽くそうね、父さん」

「あぁ。じゃがな、ひとつウマ娘を指導する上で重要なことがあるぜよ」

「何それ?」

「えいか。アイツらはえろう勢いで外堀を埋めてくるきに」

「……なんか父さんの時もそうらしいね」

「おん。それに人間と違うてアイツらは色々欲が倍じゃから気ぃつけろよ」

「強欲なんだね」

「あぁ。特に―――」

 

 男が告げようとした瞬間、二人を呼ぶ声が聞こえた。振り向いてみるとそこには緋色の長髪を持ったウマ娘がいた。

 

「アンタら、そろそろご飯にするわよ」

「母さん。で、ウマ娘の何がすごいのさ」

「……ここで言うたら殺されるきに。まっ、付き合ってみりゃあわかるぜよ」

「何話してんのよ。今日はにんじんハンバーグよ。早く帰りましょ」

「わかった! じゃあ先に帰ってるね!」

 

 少年は目をきらめかして自宅まで走っていく。ウマ娘ではないとはいえかなりの俊足で二人を引き離す。

 

「ご飯の前に宿題終わらせなさいね! ったく、食い意地だけは一人前なんだから」

「誰に似たんじゃろうなぁ」

「誰でしょうね」

「……おまんじゃろ」

「いやいやアンタでしょ」

「……アイツが将来トレーナーになりたいんじゃと」

「あら、よかったじゃない。二世トレーナーの誕生ね」

「抜かせ。わしが二世ぜよ」

「そうだったわね。楽しみね、あの子が大成するの」

「いつか姉たちの子供を指導することになりゃあ面白うことになるのう」

「十人の姉がいるからね。チーム組めるわよ」

「はははっ!血縁者だらけのチームなんぞ全体未聞じゃな!」

「チームをもっと一番にしたいからメンバー、増やしちゃう?今はあの子しかいないし」

「ふざけんなや。もうわしにそんな精根残っとらんわ」

「ふふっ、冗談よ冗談。もう十分よ」

「十一人もいりゃあ十二分すぎるやろが……」

 

 白髪混ざりの頭を掻きながらため息を吐く男、しかし不思議なことに嬉しそうであった。

 

「じゃあアタシたちも帰りましょうか」

「そうじゃな。腹ば減ったわ」

「じゃあここから競走しましょうか。約千メートルのコースよ」

「あぁ!?力が落ちとるとはいえオヤジのわしが勝てると思うか!」

「やってみなきゃわからないでしょ。ほら位置についてよーい」

「あぁクッソ!どうにでもなれ!」

 

 

――――ドンッ!

 

 妻の号令でレースが始まった。二人は華麗にスタートを切り、家路を走る。

 夕日が走る二人を照らし、影が伸びる。そしてその影が交差してひとつになった。合体した影はもう離れないと言わんばかりに再度離れることはなかった。

 




 くぅ~、疲れましたこれにて終了です!
 半年間の応援ありがとうございました!
 最後にこのトレーナーがダイワスカーレットに逢っていなかったらについて記します。

 気性難で粗野なトレーナーは一応は担当を持つことができますが意見の不一致でケンカ別れを繰り返して、やがて校外で事件を起こしてトレセン学園を去ります。
ノウハウを記した本を出版しようにも天才気質だったが故に書けず、ギャンブルで遊ぶ日々を過ごします。
 そして金欠になったトレーナーは友人から金を借りていき、交友関係が崩壊してしまいます。あまりの惨状に心を痛めたたづなさんがトレーナーを引き取り、トレーナーはヒモになっていきます。ここでトレーナーの恩師がたづなさんが現役時代のトレーナーと知り、親交を深めていきやがて結婚します。
 しかし一向にヒモをのままで金を無作為に浪費するトレーナーを諭すことができず、たづなさんは体を壊してしまい、これを問題視した理事長によって離婚してしまう運命でした。

 一方でダイワスカーレットと逢えたトレーナーは学園を卒業した後に結婚して、郊外に大きな豪邸を作りそこで十一人の子供と暮らしています。また、後任の育成やゲーム内でモブ娘と称される何人ものウマ娘に重賞を勝たすという快挙も成し遂げています。
 これほどまでにダイワスカーレットという存在がトレーナーの人生を変える分岐点になります。

 以上で本作品を終わりにしたいと思います。ありがとうございました。


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