ちょっと散歩してたら光と融合することになった件について (ほっか飯倉)
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ちょっと散歩してたら光と融合することになった件について

ちょっとあやかし退治したり星の海に飛び出したり馬主になったりしてたので、リハビリついでに書いてみた


 目の当たりにしている現実が信じられない。だというのに、意識と感覚はその出来事を肯定していて……目の前の怪獣の存在が現実だと否応なしに突きつけてくる。──―今日はいい日だと思ったんだけどなぁ。

 

 俺……寺島頼人は巨人となって襲い来る脅威と戦おうとしているのだ。

 

 

 

 

 

 朝、俺はカーテンの隙間から漏れる朝日を感じて目を覚ました。大きくあくびとのびをしてから枕元のスマホで時間を確認すると午前8時。ゴールデンウィークの真っ最中、つまり休日にしては早起きしてるんじゃないだろうか。

 

 天気もいいようだし、なんだかいい気分になって、いつもなら二度寝して昼前に起きだすところを少し早めに起きることにした。

 

 

「……腹減ったな」

 

 

 健康的な時間に起き出してきたからなのか、なんだか小腹が空いてきた。休日はいつも昼ご飯になるところだが、俺は久々に朝ご飯を作るべく冷蔵庫の中を確認する。

 

 その中から卵を一つとソーセージを一袋取り出し、棚から引っ張り出したフライパンに油をひいてからそれらを一緒くたにぶちまけて、IHヒーターをつけて加熱している間に冷凍ごはんをレンジを解凍、然る後に焼きあがった目玉焼きとソーセージとともに頂く。

 

 手抜きといえば手抜きだが、これだけあればゴキゲンな朝ご飯だ。強いて言うなら野菜が足りない気がするが。

 

 朝ご飯を美味しく完食した後、俺はしばらくスマホを見ながら今日一日をどう過ごすかを考えていた。ずっと引きこもってゲームしているのもいいが、せっかく天気がいい日なのだから外に出て散歩でもしようか。たまにはなんの目的もない外出もいいだろう。ついでにどこかで昼ご飯も食べてしまおうかな? 

 

 そう決めてスマホをポケットに仕舞い、ゆっくりと外出の準備をし始める。普段休みの日のこの時間は寝ていることもあって、なんだかとても新鮮な気持ちがして、気分がいい。後から考えると、まさかこの選択のせい、またはおかげで戦いの日々に身を投じることになるとは思わなかったのだけど……。

 

 

 

 

 

 

 さて、散歩と言っても本当になんの目的もなくぶらぶら歩き回るだけだ。懐かしいな、小さいころはこうやって何も考えずに歩き回ったり、下校中に寄り道して友達と遊んだものだったのだけど、もうずっとそんなことはしていない。あのころの友達はいま何をしているのだろうか……。

 

 そんなことを考えていたからなのか、角を曲がってきた人に思いっきりぶつかってしまった。結構な勢いだったが、相手は大丈夫だろうか? 

 

 

「うわっ! ……大丈夫ですか?」

 

「いたたた……。あっゴメンね、ボク急いでるんだ!」

 

 

 俺とぶつかった人はそう言って、慌ただしく走り去ってしまった。よほど急いでいたのだろう、ぶつかった際にポケットから何か落としたのも気づかないままだった。

 

 しゃがみこんでよく見てみれば、それは青い石──光の反射の具合だろうか、赤い光を放っているようにも見える──がはめられた腕輪のようだ。

 

 流石にアクセサリーの類いの落とし物を放置する訳にはいかないので、それを背負っていたショルダーバックにしまい込み、先程の人が走っていった方を振り返ってみたものの。

 

 

「もう見えねぇし……」

 

 

 どうやらあの人は余程の健脚らしく、既に姿は見えなくなってしまっていた。このあたりには交番もないことだし、こっちから探しに行かないとかもなぁ、などと思い悩んでいた、その時だった。

 

 

 

 

 空が、割れた。

 

 

 

 

 その異常な光景を目にした人々がざわめく中、割れた空から黒い結晶塊が落下、直下の町に墜落した。それだけで十分に非現実的な光景。それに畳み掛けるようにさらに非現実的な出来事が起こった。

 

 落下した結晶塊から、巨大な生物が出現したのだ。その生物は頭部に一本角、腕部は鎌、太く長い尻尾を持ち、総じて現在確認されている地球上の生物とは似ても似つかない特徴だと言える。

 

 まさに宇宙怪獣といった容貌だった。

 

 

「何だ、アレ……!?」

 

 

 当たり前だが、ドラマや映画の撮影にしたって本当にあのサイズのスーツを使うわけがない。怪獣は間違いなく本物で、その威容に圧倒されて凍りつく者、SNSでも利用しているのかスマホをいじる者、カメラで撮影しようとする者、そいつに対する居合わせた人々の反応は様々だったが、その怪獣の起こした行動はたった一つ。

 

 やつは大きく咆哮すると、大暴れして町を破壊し始めたのだ。叩き壊され崩れる建物、崩落に巻き込まれる人たち。事ここに至ってようやく人々は悲鳴を上げて逃げ出し始めた。

 

 俺はやつから少し離れた場所にいたのだが、相手のサイズ感からしてこちらに来るのにはそう時間はかからないだろう。そう判断して逃げ出したが、その途中、自分のショルダーバック──―ではなくその中身、先程拾った腕輪が光を放っていることに気づいた。

 

 暖かな赤い光を放つそれに触れたとき、何か大いなる意思を感じた。何か……守らねばならないという使命のようなものを。──―俺に呼びかけている……? 

 

 

「まさか、俺に戦えっていうのか……?」

 

 

 当然俺は迷った。仮に光が力を貸してくれるとしても、俺自身そういうキャラではない。どんな形であれ、巨大なバケモノに立ち向かうなんてこと、正直やりたくはなかった。

 

 しかし、迷っていられたのはそこまでだった。やつが破壊したホテルの破片がこちらまで飛んできたのだ。それは近くのマンションに直撃、崩れたガレキが俺の上に降ってくる。幸い下敷きにはならなかったが、このままではいずれそうなってしまうのは間違いない。

 

 どうせ走って逃げたところでガレキが飛んできてしまえばお終い。直接飛んできても避けられるわけがないし、建物に当たって崩れてしまえば絶望だ。

 

 恐い。恐ろしさに足が竦みそうになるが、それでも身を守るため、光に身を任せるしかないのなら……。

 

 

「クソッ、やるしかないのかよ……。うおぉぉぉぉッ!」

 

 

 込み上げる恐怖を抑えるため雄叫びをあげながら、俺は腕輪をはめた腕を空に突き出すのだった。

 

 

 

 

 

 

 こうして俺は巨人となったのだが、どうやら想定した中で最も遠慮したい形、直接殴り合うことで戦え、ということらしい。残念ながら俺に喧嘩の経験は殆ど無い。

 

 ちょっとした拳法と剣道の経験ならあるが、それらの経験がどれほど殺し合いで役立つというのだろうか。

 

 救いがあるとすれば、巨人になってから力が漲っているということだ。具体的にどうなっているかはわからないが、これがあの光の力なのだと思う。

 

 俺は湧き出る力で拳を固め、目の前の怪獣に殴り掛かった。やつが破壊行動にのめり込んでいたためか拳はクリーンヒットし、転倒。ようやくやつは町の破壊をやめた。

 

 先制攻撃は成功したが、それは敵の意識がこちらに向いたということだ。

 

 やつのなんとも例えられない目が俺を捉える。その顔面に表情は窺えなかったが、自分に殴り掛かってきた不届き者に対して怒りを覚えていることがなんとなくわかった。

 

 相手の態勢が整う前に攻勢をかけようとした俺は、しかし予想外の反撃を食らうことになる。

 

 まだ立ち上がれない怪獣に向かって飛びかかろうとした俺に浴びせられたのは、やつが頭部から放った光弾だった。

 

 弾ける火花、撃ち落とされる俺。

 

 

「ぐあぁぁぁッ!」

 

 

 痛い! 普通に生活しているだけなら味わうことのない痛みが顔面に広がる。けれど怯んでいられない、早く立ち上がらないと……。

 

 そう考えながらに起き上がろうとしたが、その前に怪獣にマウントポジションを取られてしまう。

 

 これが普通の人間相手ならパウンドなりなんなりするところなのだが、やつのそれは拳ではなくその鋭利な鎌による刺突となる。

 

 勢い良く振り降ろされる刃を首の動きで必死に回避し続ける。ここでとっさに防御ではなく回避を選べたのが功を奏したのだろう、何度目かでその鎌は俺の頭の横、地面に突き刺さる。

 

 続いて襲ってくる反対の鎌を内側から殴って逸らし、その腕でやつの首を抱えて下半身を浮かせる。その隙間に膝を差し込み、蹴り上げることでやつをどかすことに成功した。マウントポジションからの脱出なんぞ初めてやったぞ……。

 

 今度こそやつが立ち上がる前に態勢を整える。先程俺が反撃を食らったのは、形勢有利かに見えて調子に乗り、隙だらけだったためだろう。

 

 もっとピリッと集中して挑まねば、身を守るために戦っているのにまた傷つけられることになる。そんなのはもうお断りだ。

 

 今度は飛びかかるようなことはせず、最速でやつの背中に馬乗りになる。そしてそのまま全力で拳を連続で叩き降ろす! 

 

 

「オラァァァァァッ!」

 

 

 叫んで自らを鼓舞しつつ、こいつが俺を振り落とそうとする動作を見逃さないようにしっかりと観察する。

 

 それにしても、このまま殴り合うだけでこいつを倒すことができるのだろうか? そう考えた瞬間、俺の脳裏に一つのビジョンが浮かび上がる。

 

 そのビジョンのなかでは、俺──―ではなく、おそらく誰かが変身した、もしくはこの巨人そのものが、光を使った技を使っていた。

 

 その中でも一際威力が高そうな技に俺は注目した。腕を揃えて額にかざしてかがみ込みながら力を溜め、そこから立ち上がりつつチャージした光を刃の形で放つその技は、このバケモノを倒すのに十分な威力を備えているように見えた。

 

 しかしこの技を使うには時間がかかる。その隙を作るため、こいつを怯ませる必要があるだろう。

 

 そこまで考えたところでやつが大きく体を振ったので、その勢いに逆らわず転がって距離を取る。

 

 距離を取った分やつは距離を詰め、鎌での接近戦を仕掛けてくる。その鎌を避け、弾き、どうにか作り出した隙に左ジャブ・左ジャブ・右ストレートのコンビネーションをボディに叩き込む。そうするとボディを防御したので──―

 

 

「でやあぁぁッ!」

 

 

 ──―顔面に後ろ回し蹴りをブチ当てる。この一連の攻撃の相手が人間にクリーンヒットしたなら、昏倒では済まされないもの。如何な怪獣でも目眩がしたらしい、無防備な姿を晒している。

 

 ──―ここだ! 

 

 直感的ここしかないと感じた俺は、バク転でいくらか距離を取り、必殺技──―光の刃を放つことから名付けてフォトンエッジを撃つチャージを開始する。

 

 先程ビジョンで見た通りの動き。体のそこから湧き出るような、もはや熱いとまで言える力を溜め込み、そして刃として放出する。

 

 

「これで……トドメだぁぁぁッ!」

 

 

 額から放つその刃は狙い過たず怪獣の胴体に直撃、その全身を斬り刻んで木っ端微塵に爆散させた。──―これで……終わりか……。

 

 怪獣を倒し、一気に脱力した俺は、その場に跪く。そしてそのまま、元の体に戻っていくのだった。

 

 

 

 

 

 

 まさか開けた場所、しかも怪獣と巨人が争っていた場所で座り込んでいるのはマズいだろう。誰かが見ているとは思えないが……。そう思っていたものだから、声をかけられた俺は激しく動揺してしまった。

 

 

「キミ、ボクが落としちゃった『ガイアの光』を使ったんだね?」

 

 

 ……いや、動揺したのは声をかけられたことそのものというより、その内容だろう。なぜ目の前の人物──―よく見たらぶつかった人じゃないか──―にバレているのか、まさか変身するところまで見ていたわけではあるまいし。

 

 

「……いったいなんのことですか」

 

「ごまかさなくてもボクにはわかるよ。キミから『光』を感じるから」

 

「光……?」

 

「その右腕の腕輪、その中には地球の守護者、ウルトラマンガイアの光が宿っているんだ。……キミはガイアに選ばれた。そんなキミに頼みたいことがあるんだ」

 

「頼み事って……まさか」

 

 

 そこまで言われて察しがつかないほど俺はバカじゃない。多分、この人の頼みとは──―

 

 

「そう、キミに戦ってほしいんだ。これから訪れる脅威から、この星を守ってほしい」

 

「そ、それは……」

 

 

 正直、冗談じゃない。自分が世界を守る守護者? そんな柄じゃない。ただ、そんなことを人に頼まざるを得ない理由もあるのだろう。そんな雰囲気が、目の前の人物からは感じられた。

 

 

「お願いだよ、ボクには……ボクはまだ、戦えないから……。それでも、悲劇を繰り返したくないんだ」

 

「まるで、見てきたみたいに言うんですね」

 

「そう。ボクの星はあいつ……根源的破滅招来体に滅ぼされたんだ」

 

 

 なんとなく察していたが、やはりこの人はいわゆる宇宙人というやつらしい。その姿は、俺が想像していたよりもずっと地球人に似ていたが。

 

 そしてどうやら、自らの星を滅ぼしたやつが次に襲うのは地球だと、何らかの方法で知ってここまで来たようだ。

 

 

「キミにしか頼めないんだ! ガイアが選ぶのは、その星で彼の……大地の力を使うのに適した人。きっとそれがキミなんだよ! ……本当に、戦うこと以外なら何でもするから」

 

 

 この人とは初対面だ。どこまで信用できるかなんてわからない。それでも、「何でもする」とまで言い切ったこの人のことは、信じたいし報いたい、そう思った。

 

 それに……もしかしたら、自分はこのために生まれてきたのではないか、そんな予感がするから。

 

 

「……わかりました。本当に俺しかいないなら。俺がやらなきゃピンチの連続だって言うのなら、やります」

 

「ホントに!? ありがとう! じゃあ、自己紹介。ボクはトーカっていうんだ、よろしくね」

 

「俺は頼人。寺島 頼人です、よろしく」

 

 

 こうして、俺は戦いの日々に身を投じることとなったのだ。長く辛い、それでも誰かがやらなければならない戦いに。

 

 

 

 




「ところで失礼ですけど、あなたってどっちなんですか?」

「どっちって、なにが?」

「性別」

「なっ、ホントに失礼だな!見たらわかるでしょ、ボクは女だよ!」

「すいませんでした……」


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いわゆる説明回

「……で、なんで部屋までついてきてんの?」

 

「いろいろ聞きたいこと、あるんじゃないかな?って」

 

「まあ、そりゃそうだけど……」

 

巨人となってバケモノと戦うという、空前の――そして多分、絶後ではない――体験をした俺は、そのきっかけの1つだった女性とともに部屋まで帰ってきていた。

 

帰りの道中、

 

「敬語はいらないよ」

 

なんて言うからタメ口なわけだが。やたら同じ道を通ると思ったら、まさかいきなり家に上がり込まれるとは。定期的に掃除と片付けはしているから、お客様を上げて見苦しいような部屋はしていない、はず。

 

閑話休題。

 

確かに聞きたいことはいくつかあったし、よく考えたら協力体制を築くことになったというのに連絡方法もわからない。地球の人間ではない彼女がスマホなんか持ってるわけもなし、まずそのへんを相談するべきだろうか。

 

「まずさ、連絡方法どうする?スマホなんか持ってないだろ」

 

「連絡?ああ、確かに。ここに住む訳にもいかないだろうし、……キミのそのスマホ、貸して」

 

言われるがままスマホを差し出すと、彼女はそれを受け取って、腰のポーチから取り出した機械をかざす。そしてその機械から放たれた光が俺のスマホを照らして、しばらくしたあとに彼女は1つ頷いて俺に言った。

 

「うん、これなら大丈夫かな。後でボクに連絡先教えてよ、ボクのも教えるから」

 

ホントはこんなことしなくても予備があるんだけどね、とつぶやく彼女に質問を重ねる。

 

「今ので大丈夫なのか?……まあいいや。次に、なんで言葉が通じてるんだ?」

 

「えっとね、それはこのマルチパーパスデバイス、ボクらは大体デバイスって呼んでるんだけど、これに言語翻訳機能とかの機能がついてるんだ。……どうなってるのかはよくわかんないんだけど」

 

よくわかんないって……。そんなことある?と思わないでもないが、まあ俺も身の回りの機械がどういう動きをしているかなんぞしらないので、そういうものだろう。

 

さらに聞けば、何をどうやっているのか、互いの言語で上手く翻訳できないとき、概ね理解できるような近い意味の言葉になるとか。

 

なるほど確かに、さっき連絡先の話をしたとき、彼女は迷わずスマホがどのようなものかをわかっていたようだったし、何なら「スマホ」という名称まで把握していた。マルチパーパスデバイス(多用途機器)なんてのもその結果で、なんとなく俺がわかりやすい言葉に変換されたのだろう。統一言語もびっくり、バラルの呪詛など何するものぞ、てなものだ。

 

「じゃあ、次。俺が使ってたこの……腕輪?これ何なんだ」

 

「それはね、ボクらが開発した『光』を保存するための道具で、『エスプレンダー』って言うんだ」

 

「その『光』ってのは?」

 

「う〜ん……ボクもそっちの分野の人じゃないから、そういうのあんまり上手く説明できないんだけど、そうだな……」

 

聞くところによると。

 

『光』とは、その惑星に宿る生命の力、その意思を持つ集合体のようなものなのだそうだ。その『光』の力を扱うために惑星の意思に力を借りる必要があり、力を借りて『光』を扱う為の姿があの巨人……らしい。その巨人のことを彼女らは『ウルトラマン』とよび、特に俺の変身した赤い巨人のことを『ウルトラマンガイア』と呼んでいたのだとか。

 

「あ~、結局のとこ、俺がこの腕輪……エスプレンダーをつかってあのガイアに変身して、光の力で戦えばいい、そういうこと?」

 

「……まあ、そういうことかな。うん」

 

そういうことらしい。なんかはっきりわかった気はしないけど、そういうことならいいだろ。いいよな?

 

それにしても話を聞くうちに次つぎと聞きたいことが出てくる。例えば、

 

「さっきから自分はそっちの分野の人じゃないとか言ってるけど、あ~、トーカさんはどういう分野の人なわけ?」

 

「ボク?ボクはねぇ……」

 

彼女がそう言いながら立ち上がったかと思うと―――

 

―――シュッ、と風を切る音。瞬きの間に、俺の側頭部に蹴りが寸止めされていた。

俺のように少々かじったような人間のものではない、しっかりと修練を積んだものの技だった。

 

「ボクの専門はコレだよ。まあ、今はもうウルトラマンとして戦うことはできないんだけどね」

 

残心しながらそうつぶやいた彼女の表情は、悲しみ、後悔、多分そのあたりの感情にあふれていた。俺は特別人の表情を読むのに長けているわけじゃない。そんな俺が見てそこまでわかる顔をしているっていうのに、わざわざ深入りするわけにいかないよな、流石に。

 

「……聞かないんだ?」

 

「聞かないよ。聞かれたくないだろ?」

 

「顔にでてたかな?そんなにわかりやすいつもり、なかったんだけど。確かにまだ話したくないかな、ちょっと……受け入れられてないんだ」

 

「わかった。話せるようになったら、話してくれよ」

 

「ん、ありがと」

 

それはさておき、つらい経験を思い起こさせておいて申し訳ないけど、こればっかりは聞いておかずにはいられない。この質問の本題、すなわち俺たちの敵……彼女の言う、確か『根源的破滅招来体』だったか。

 

「じゃあ、本題。俺たちの敵は、根源的破滅招来体ってやつのことでいいんだよな?そいつについて聞きたい」

 

「……ッ。そうだよ、やつのことをボクらはそう呼んでた。さっきキミが戦ったのもやつらの尖兵の一体で―――ボクらはコッヴと呼んでいたんだけど―――あんなのがまだいっぱいいるんだ。ほかにも星に眠ってた原住生物たちを刺激して狂暴化させたりして、とにかく文明を破滅させようとしてくる。だからボクらはあいつのことを根源的破滅招来体って呼んでたんだ。といっても、あいつ本体がどういうものなのかは全くわかってないんだけどね」

 

「わかってない?つまり?」

 

「あいつの本体はまだ観測されていないんだ。だからあいつが単一の存在なのか、それともそういう種族なのか、それすらもよくわかってない」

 

観測されていない?ということはまだ敵の全貌はわかっていないということか。……これ、俺だけで戦力足りるのか?もっと他にも戦力はないのか?目の前の彼女は戦えないようだし。護身術としての拳法をかじったのと剣道を中学三年間やったくらいの俺では、自分でいうのもなんだけど心許ない。

 

「ほかにも、そのウルトラマンになれるやつとかいないのか?これ俺一人で戦ってどうにかなる話じゃないと思うんだけど」

 

「それが……ほんとはもう一つ、『ウルトラマンアグル』の海の光があるはずなんだけど、そっちは光を受け取れなくて。多分もうほかに選ばれた人がいるんじゃないかな?どうにかその人の所在が分かればいいんだけど」

 

もう一人の味方(予定)も行方は知れず、と。そいつが選ばれた以上戦わないタイプの人間じゃないとは思うんだけども、どこにいるのかわからないってんなら勘定に入れることはできないだろう。どっかで出てきてくれればひっじょ~に助かるけども。

 

「ま、いないやつのこと考えてもしょうがないな。それでこれからのことだけど、あんたはどこで暮らすんだ?住むところだけじゃない、生活費とかどうすんのさ」

 

そう、彼女が宇宙人だとすれば、この地球に生活基盤なぞあるわけがないのだ。といっても俺と一緒に住むわけにもいかないし、どう答えられたとしても俺にはどうしようもないのだが。

 

「ああ、それに関しては心配しないで。いろいろ用意はあるから、しばらくは大丈夫」

 

「……それならいいけど。なんか困ったらいってくれよ、いろいろ教えてくれたお礼にできることがあれば手伝うぜ」

 

「ううん、ボクと一緒に戦ってくれるだけで十分だよ。気にしないで」

 

彼女はにこりと微笑みながらそう言った。その顔はさっきのような沈痛なものではなく、きっと本心からの感謝に満ちていたように思えた。その笑顔はとてもやさしく、穏やかで―――少し、見とれてしまった。

 

というか、よく見れば彼女は非常に整った容姿をしていて、数十分前の俺はなぜに彼女の性別を疑ったのか、不思議に思うほどだ。いや多分一人称と見た目のせいだけど。

肩口にかからない程度の短髪、

整っているが中性的と言って差し支えない顔立ち、

長袖シャツにジーンズ。

それだけでははっきりと性別が分かりづらい出で立ちと言っていい、と思う。

 

ともかく、そんだけじっと見つめているのがバレないはずがなく。

 

「……なに?」

 

「い、いやなんでもないよ」

 

となるわけだ。恥ずかし。

 

ちょっと恥ずかしい方向に逸れた思考を修整するため、俺は手元にあったスマホを手にとり、怪獣について検索した。戦いからしばらく経っているし、町に巨大生物が現われて大暴れしたなんて大ニュースだ。何らかの動きがあってもおかしくない、そう考えた。

 

果たして、その思惑は当たっていた。しかも、想像よりも都合のいい形で。

 

「怪獣」と検索をかけただけで、出るわ出るわSNS上での怪獣騒ぎ。流石に嘘だと断ずるものもあったが、あのコッヴとやらから逃げ切れた人数はかなりの数のようで、怪獣や巨人を見た!という発言が散見された。

 

それらを見比べてみると、景色からして俺がさっきまで戦っていた町とは別の町での怪獣、または巨人の目撃情報があることがわかる。その巨人の色は、青。

 

「あのさ、もう一人のウルトラマンってこいつで間違いない?確か俺、というかガイアは赤だったよな」

 

「間違いないよ!まさかこんなに早く見つかるなんて……」

 

スマホの画面を見せながら尋ねると、やはり彼、あるいは彼女こそがもう一人のウルトラマン、ウルトラマンアグルのようだ。しかし、SNSの投稿のいくつかにばっちり記載されていた地名を調べたところ―――

 

「と、遠い……」

 

「そんなに遠いの?」

 

「ここからだと電車使っても二時間ちょいかかるかな……。電車もそんなに多くないしなぁ、大学のことも考えると、あんま期間が開くとなかなか探しに行くのも難しいな」

 

―――というわけである。ウルトラマンとして戦うとは言え、学業をないがしろにするわけにもいかない。

ゴールデンウィークも真ん中のこの時期、逃してしまえば探しに行くことすら難しいだろう。

 

「そうだな、今からだとちょっと電車がないから、探すのは明日になってからの方がいいかもね」

 

「そうなの?じゃあ明日の朝、8時くらいに来るから、駅まで案内してくれない?」

 

「わかった。じゃあ、また明日」

 

そう言って俺は彼女を玄関まで見送り、別れる。なにやらとんでもなく大変な一日となってしまった今日だったが、「人を救うために戦う巨人」というワードには、大学生となった今でも心惹かれるものがあった。

 

恐怖はある。

命を懸けて殺し合うのは恐ろしい。

それでも―――

 

―――ようやく俺は俺自身に、価値を見出すことができるかもしれない。

 

 

 



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光を探して



これの一話を書いてたのが去年のゴールデンウィーク。もう一年たったんですねぇ

何やってんの俺。もう書き方覚えてないんだけど


翌朝、準備を済ませて玄関で待っていると、昨日とは少し違う服装のトーカが現れた。いろいろ用意はある、とは彼女自身の談だが、生活するにあたっての荷物などは本当にあったらしい。

ここから駅まで徒歩数十分、さらに電車で二時間かかる予定であるから、動きやすい服装の方がいいかも、とは言っておいたが、そういう条件のうちから選んで着られるほどにあるとは、思っていなかったが。

 

「忘れ物はないかな……」

「ボクは大丈夫だよ」

 

俺の独り言にトーカが答える。それに続けて俺は言った。

 

「とりあえず向こうについたら早めに昼ごはんにして、それからアグルの人を探す、ってことでいいよな?」

「そうだね、探すと言ってもただ目撃されたあたりを歩き回る感じになっちゃうけど」

 

まあそれも仕方ない。変身者が何処のどなたか分からない以上、心当たりの場所を回るしかないのだ。

 

「まあ、トーカのおかげで近くにいればわかるってだけでだいぶマシだよ。まさかすれ違う人全員に『あなたは巨人に変身できますか?』なんて聞くわけにもいかないしな」

「ふふっ、確かにそれは言えないね。まぁ、ボクに感謝しなよ」

「ああ、ありがとう」

 

素直に感謝を伝えると、本当に礼を言われるとは思わなかったのか、彼女は照れたようにはにかんだ。

 

 

 

 

 

そうして俺たちは駅へ向かった。

駅のホームに着く頃にはちょうど電車が来る頃だった。俺たちは一番前の車両に乗り込む。席はほとんど埋まっていたが、運良く空いているところがあったのでそこに座る。

 

「さて、こっから二時間か」

 

そう俺が言うとトーカは言った。

「ねぇ、せっかくだし何か話さないかい? キミのこととか聞きたいんだよね」

 

俺は少し考えた後、答えた。

 

「じゃあ……そうだな。俺の話でもするか。といっても特に話すようなことは無いんだけど……」

 

そう前置きをして、俺は自分のことを話しはじめた。

家族のこと。趣味。卒業後の目標など。思いついたことをつらつらと口に出していく。すると、意外と会話の種は眠っているもので、気づけば目的地まで到着していた。

 

「おっと、降りる準備しないと」

「あ、うん」

 

ホームに降り立った俺たちはとりあえず改札へ向かう。しかし、ここで問題が発生した。

 

「うわ、すげぇ人混み」

 

改札口付近にたどり着くと、そこにはかなりの数の人がいた。みんな一様にスマホを見ながら歩いている。おそらくSNSで話題の巨人についての情報を確認しているんだろう。

 

「これじゃあアグルを探すどころじゃないね」

「そうだな……どうする?」

「う〜ん……こうなったら手分けして探そうか」

 

なるほど、確かにそれも悪くはないと思うけど……。

 

「聞きたいんだけど、トーカの……デバイス? って、この辺の地図って出せる?」

「え? ……ああ、出せないね。だったら下手に別れるのは良くないかも」

「というか、俺だけじゃアグルかどうか判別できないしな」

 

……ということで、俺達は連れ立ってアグルの人を探すことになった。それからしばらく、俺たちは駅の周辺から捜索していたが、有力な情報は得られず仕舞い。一旦休憩することになった。

近くにあった喫茶店に入り、適当に飲み物と軽食を注文して席に着く。そこでふと思ったことを口に出す。

 

「思ったんだけどさぁ、アグルの人ってどんな奴なんだろうな?」

「どんな、とは?」

「いや、だからさ、性別とか、年齢とか……。というか、適性ある人が選ばれるっていうけど、そのへんどうなるんだ? 例えば、適性高いけどめっちゃ年食ってる人だったりさ」

「えっ……と……どうなるんだろ?」

 

悩みだすトーカ。実際のところ、個人的には年上の相手は少々苦手なので、同年代あるいは年下、できれば男性だと嬉しいのだが。

 

などとしばらく考えていたとき、注文していたサンドイッチとアイスコーヒーが届く。同時にトーカの注文したストロベリーパフェも届いた。

 

俺は備え付けのスティックシュガーを数本抜き取り、まとめてザバーッとコーヒーに注ぐ。ついでにミルクもいくつか投入。それを見たトーカが、引いた様子で言う。

 

「ねぇ、よくそんな甘そうなの飲めるね……」

「まあな。でも、これくらい入れないと甘さが足りないんだよ。というか、これがどういうもんか分かんの?」

「一応、ね。ボクの国にも似たようなものがあったんだよ」

「ああ、なるほどね」

 

トーカはパフェをつつきながらさらに言う。

 

「絶対それ体に悪いよ。病気になるんじゃない?」

「うるさいよ。というか、トーカのパフェも健康的な食べ物じゃないだろ」

「いや、それはそうだけどさぁ……」

 

うまく言い返す方法が思いつかなかったのが悔しいのか、彼女はそれきりむすっと黙ってパフェをつつく作業に戻った。味が気に入ったのか、そのうちニコニコし始めたが。かわいいなオイ。

 

「さて、と。そろそろ行こうぜ。早く見つけないとな」

俺はサンドイッチの欠片を口に入れ、コーヒー*1を飲み干して立ち上がると、トーカもそれに続いて完食する。そして会計を済ませ、店を出た。

それからも俺たちは町中を駆け回り、時には声をかけてアグルのことを尋ねたが、成果は無かった。そして日が傾き始めてきた頃。

 

「もうそろそろ電車の時間だし、そろそろ帰ろうぜ」

「そうだね。今日はこれ以上探しても無駄っぽいし」

 

トーカの言葉に俺はため息をつく。

 

「はぁ……。結局収穫なし、か……。というか、どうせまだ休みだし、どっかで泊まって連日探した方が良かったかもな……」

「あぁ、そういうことなら。ついて来て!」

 

そう言って、俺の手を引いて歩き出すトーカ。俺は慌てて引き留める。

 

「ちょ、ちょっと待った! どこに行くんだ!?」

「いいからついてきてってば」

 

結局、俺は手を引かれるがまま、きょろきょろとなにかを探す彼女の後について行った。

そうしてたどり着いた先は、建物と建物の間、ちょっとした空き地だった。少し歩いたら駅前の街が広がっているというのに、がらんとした空間がそこには存在していた。

 

「ここなら都合がいいかな」

 

そう呟いて、彼女は腰のポーチをごそごそ探って、一つのカプセルのようなものを取り出した。そして、カチリとそれの上半分を回し、空き地に放り投げる。

 

すると、ぽん、と音を立てて、白い煙が立ち上る。

 

「……なんだこれ?」

「まあ、見てて」

 

そう言われて向き直ると、さっきまで空き地だったところには1Kほどのサイズの家……のようなものが鎮座していた。いやこれは宇宙船?

 

「えぇ……。ホイ○イカプセルかよ……」

「ホ○ポイカプセル? ……まぁ、だいたいそんな感じかな」

 

「とりあえず入ってみて」と言われ、仕方なく俺も中に足を踏み入れる。案内された部屋はSFじみた内装だったが、本当に一人暮らしの部屋といった作りだった。きちんと整理整頓されていて、しかしいくらか生活感を感じる。

 

「えーと、それで、これは一体なんなの?」

「これはボクの拠点だよ。ここで寝泊まりしてる」

「……マジ?」

「うん、まじ」

 

俺はしばらく呆然としていたが、気を取り直す。こんなことをしている場合ではない。

 

「というか、なんでわざわざここに?」

「ん? ああ、だってさ、他の人には見られたくないじゃない?」

「そりゃそうだけど……。でも、不法侵入とかにならないのか、これ」

「大丈夫だと思うけど……後でステルスつけて宇宙まで上がっとこ」

 

不安げな表情を浮かべて何事か呟くトーカだが、俺は構わず通された部屋の探索を始める。

 

「おぉ……。風呂もあるじゃん。トイレも綺麗だな。ベッドもふかふかすべすべしてる。テレビもゲームも完備か。快適だな」

「ちょっと! 一応女の子の部屋なんだから、あんまり見ないでよね!」

「いや、でもさぁ」

 

「文句あるの?」という風に睨まれ、思わず謝って俺は部屋の隅っこに移動する。しばらく待っていると、トーカは部屋の片隅の機械を操作したあと、何かを手に持って部屋に戻ってきた。

 

「はい、これあげる」

 

そう言って差し出されたのは、小さなUSBメモリのようなものだった。

 

「なにこれ?」

「それ、このシップのアクセスキー。それさえあれば、いつでも来れるよ」

「へぇ……。すごいな、こんなものがあるなんて」

「あ、でも、他の人に教えちゃダメだからね。それから、来るときはできれば事前に連絡入れて欲しいな」

「わかってるって。俺もこんなのを悪用する趣味はないし、後半は当然だよ」

 

そう言うと、トーカはほっと胸を撫で下ろす。

 

「あと、悪いけど寝るときは上の部屋でマットとか使ってね。お客様用の布団とかないから」

「おう。分かった」

 

それから俺はトーカに連れられ、その上の部屋へと移動した。そこはなにもない空間になっていて、壁際にいくつか棚があるくらいだった。トーカはそこにあった毛布とマットを一組取り出し、それを床に置いてくれる。

 

「はい。じゃあ、寝るところも確保できたことだし、ごはん食べよ? ボクが作ったげる」

「えっ!? お前料理できるのか!?」

「失礼な。こう見えても自炊歴長いんだぞ」

 

そう言いながら、トーカは部屋を出て下のキッチンへと向かった。俺は手持ち無沙汰になり、なんとなく窓の外を見る。空はまだ夕焼け色に染まっていて、町中の喧騒が遠くから聞こえてくる。その景色を見て俺はため息をつく。

 

「……なんか、こういうの久しぶりかもなぁ……」

 

一人暮らしをしていると、当然人の手料理なんて食べられる機会は限られる。俺は、少しワクワクしながらトーカの晩ごはんを待つことにした。

と、そこで外の異変に気づく。どうにも外が騒々しいのだ。ただ騒々しいのではなく、悲鳴が聞こえてくる。それも、一つではなく複数。

 

「なんだ……? もしかして!」

 

俺は慌てて立ち上がり、一応エスプレンダーを持って外へ飛び出した。なんと、遠くの山が崩れ、そこから岩のような外殻に包まれた巨大生物が這い出て来ているではないか。

 

「うわああああ!!」

「きゃああああ!」

「逃げろ! 化け物だ!! 殺されるぅ!」

 

人々が我先にと逃げ出している中、怪獣が街を破壊していく。ビルは崩れ、人々は倒れ伏している。そんな阿鼻叫喚の地獄絵図の中で、そいつは悠々と闊歩していた。

 

「前のとは違う……!?」

 

思わず声が出る。昨日戦った……トーカはコッヴとか呼んでたやつは両手が鎌状になっていたり発光体があったり怪物じみた見た目だったが、今回の相手は四足歩行のやや獣のような印象を受ける。

 

「見たことないやつだ。多分、この星特有の怪獣なんじゃないかな」

 

後ろを見ると、トーカも外に出てこちらに来ていた。俺は少し驚いたが、それよりもあの怪獣の方に興味があったので気にせず話を続ける。

 

「というと?」

「昨日のやつはボクたちの星にも似たようなのが出たんだけど、アレは見たことないんだ。つまり、対策がわかんない」

「なるほどね。……ま、なんとかするよ。念の為にエスプレンダー持ってきて正解だったな」

「気をつけてね」

「おう。晩ごはん、楽しみにしとく」

 

言いながら俺はエスプレンダーを腕に嵌めた。胸に手を当てることで意識して心拍を落ち着かせる。

 

「よし、行くぜ──」

 

続けて恐怖を抑え、気合いを入れるために腕を高く掲げ、叫ぶ! 

 

「──ガイアァァァッ!」

 

 

 

*1
誰がなんと言おうとこれはコーヒー



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光を探して 後



二話連続投稿。いい感じに分割したとも言う


 

「ガイアァァァッ!」

 

瞬間、俺の姿は光に包まれ、巨大化していく! 

着地すると、目の前には巨大な四足歩行の化け物が立っていた。そいつは急に現れて立ちふさがった俺に向かって威嚇するように咆哮する。

 

「キシャアア!」

「でぇい! ハァ!」

 

俺はその巨体に向かって拳を振るう。だが、奴はまるで効いていないかのように吠えると、そのまま俺に突進してきた。

体当たりをモロに食らって吹き飛ばされる。どうにか受け身を取り、すぐに構えるが、その間にも怪獣は次々と攻撃を繰り出してくる。

 

「クッソ!」

「ギィイイッ」

「ぐああっ!?」

 

捌き切れずに鋭い爪に切り裂かれ、火花が散る。俺は一旦距離を取るべく、その場から飛び退いた。

 

「いってぇ……」

「グゥウ……。シャアッ」

「こっちだって負けるかぁ!」

 

俺は反撃に転じようと、今度は自分から走り出す。そして、その勢いのまま跳び蹴りを食らわせた。

 

「ガウッ!」

「くっ、硬いな」

 

それでも、やはりダメージはあまり通っていないようだ。ただ、殴るよりはまだ手応えがあった気がする。やつは姿勢が低い。だから、拳では殴りにくいのだ。

 

しかしこれではラチがあかない。どうにかもっと有効な攻撃ができないか……。蹴りの反動で再度距離を取りながら考える。そこで脳裏に閃く映像。そこでは、巨人が多彩な光の技を使って敵を圧倒していた。

 

「光……こうかッ!」

 

俺は体に巡る力を手先に集中させ、投擲するイメージで腕を振るう。すると、赤く光る刃が飛翔して、狙い通り怪獣の眉間に突き刺さった。

怯んでのけぞった怪獣に向かって、俺は更に連続で同じ動作を繰り返す。赤い光が尾を引きながら飛ぶ斬撃は、確実にその体を傷つけていく。

 

「グルルルル……!」

「よし、効いてるみたいだな」

 

怪獣は苦悶の声をあげ、その場で身を捩っている。チャンス! 駆け寄った俺は、今度は光を足に集中させ、飛ばさずに蹴りを放つ。

 

「オラァ!」

「ギャウン!!」

 

やはり、先程と同じような位置に攻撃しても威力が違うように見える。痛みに怒ったのか、やつは猛攻を仕掛けてくる。俺はそれをなんとか避けながら、隙を見て今度は顎を蹴り上げる。

 

「ギュオォオオオッ!!」

 

怪獣が仰け反り、大きな悲鳴をあげる。俺はそれに追い打ちをかけるように、何度も比較的柔そうな腹に連打を浴びせた。

 

「うおおおぉぉ!」

「グッ、ゴフッ……!」

 

段々怪獣の動きが悪くなっていく。このままトドメまで持っていけるかと思ったそのとき、ガパッと怪獣の腹が開いた。そして、赤熱した腹部からマグマの塊のようなものを発射したのだ。

完全に攻撃に集中していた俺は避けることができず直撃を受け、吹き飛ばされてしまう。

 

「ぐうぅ……!」

「キュオオオン!!」

「げほっ」

 

全身が焼けるように熱い。だが、ここで倒れるわけにはいかない。俺は立ち上がって拳を握り締め、もう一度気合いを入れた。

 

「俺は、負けない! 負ける、ものかぁぁぁ!」

 

構えを取りながら思い出す。頭に閃いた映像では、光は様々な形で使われていた。細かく放っていたり、放出して剣のようにしたり。その中には、盾として使っていたものもあった。

 

俺は自分の体をカバーするような光の壁をイメージする。そして、腕を突き出すと、イメージ通りの壁が出現した。

 

「これでどうだ!」

「……!」

 

怪獣は驚きに目を見開きながら、再びマグマを発射するが、壁はそれを阻む。俺はそのまま走り出して、次は光を巨大な剣のような形に収束させる。

 

「そこだぁッ!」

 

叫び、剣を開放された腹部に突き刺す。想像した通り、そこが弱点だったらしく、怪獣は苦痛の雄叫びをあげた。

 

「ガァァアアッ!」

「はあああッ!」

 

更に、俺は剣を引き抜き、大上段に構えて全力で振り下ろす。光の剣は怪獣の体を真っ二つに引き裂いていった。やがて、両断された怪獣の体は地面に倒れ伏し、爆散した。

 

 

 

 

戦闘が終わると同時に俺の姿も元に戻り、エスプレンダーを外す。

 

「ふう……」

「お疲れ様」

「おう。ちょっと苦戦したが、なんとかなったぜ」

「うん。カッコよかったよ」

「そう? あ、ありがとう」

 

元いた場所まで戻ると、トーカが待っていた。そして、可愛らしい笑顔でそんなことを言うものだから、ちょっと照れてしまう。

 

「でも、やっぱりすごいね。あんな怪獣と戦って勝っちゃうなんて。訓練してたわけじゃないんでしょ?」

「いやぁ、正直危なかったけどな。あの技がなかったら負けてたかもしんねぇ」

「そう! ボクまだ教えてないのに、光の技使ってたよね!?」

「んー、なんつったらいいか……。頭の中にイメージが浮かんできたんだ。こうすればいいって感じに」

「あ、それボクのときもあったよ」

「そうなのか?」

 

俺が聞き返すと、トーカはコクリとうなずいて言った。なんでも、最初に変身したとき、俺と同じように頭の中に浮かんできたそうだ。そのあと、実際に使いこなすまでに大層練習したらしいが……。それにしても、光を使った技のイメージが湧くというのはどういうことだろう。やはり、俺たちの前にガイアだった人の経験だった、とか。

 

俺は思考を中断して空を見る。日はすっかり落ちていて、夜になっていた。

 

「結局、アグルの人は見つからなかったな」

「そうだね……。いや、ちょっと待って」

 

トーカが何事か考え込むように腕を組む。

しばらく黙っていたが、やがて顔を上げると、口を開いた。

 

「ちょっと遠いけど……アグルの光、感じるよ!」

「なにぃ!」

「行こう! 多分こっち!」

 

トーカが駆け出して行く。俺は慌ててその後を追う。彼女の後を追って走ると、すぐにその人を見つけることができた。男性だ。俺よりやや年上くらいの、眼鏡をかけた生真面目そうな人だ。

 

「あの、貴方が青い巨人になってた人ですよね!」

 

トーカが勢い込んで尋ねる。が、しかし、男性は驚いたように目を丸くしたあと、首を横に振った。

 

「私は違います。別の方です」

「えっ、そうなんですか……?」

「そうです。人違いです。それでは」

「あっ、はい……失礼しました……」

 

人違い? いや、待てよ……おかしくないか? そのまま男性は去って行こうとしたが、俺は彼を引き止めた。気になることがあったのだ。

 

「ちょっと待って下さい。なんで『人違い』なんですか?」

「……いや、私じゃないんですから、人違いとしか……」

「だから、なんで人が巨人になっていることに疑問を抱かないんですか?」

 

気になったのはそこだ。シルエットだけならかなり人間に近いとはいえ、人間が巨人に変身しているとは思わないだろう、普通。やや無理筋な理由だが、どうだろうか。

 

俺の問いに、男性は困惑したように眉根を寄せた。そして、少し迷うような仕草を見せたあと、ゆっくりと語り始めた。

 

「……そうです。あの青い巨人は、私が変身しました。それで、どうするんですか? マスコミにでも駆け込む? 無理ですね。証拠もないし荒唐無稽だ」

「違います! ボクはいろいろ事情を知ってて、こっちの人はさっきの赤い巨人に変身しました! ボクたちといっしょに戦ってほしいんです!」

 

男性の言葉を遮り、トーカが言う。すると、彼は呆れたような顔をしてため息をついた。

 

「お断りです。私はもう二度とあんなことはしない」

「そんな……貴方は選ばれたんですよ! せっかく戦えるのに……!」

「それが間違いです。私は自分の身を危険に晒すつもりはないんです。そんな義務はない。……そっちの君も、さっきの話が本当なら、ヒーローごっこはすぐにやめた方がいい。あんなことは自衛隊にでも任せればいいんですよ」

 

そう言って、男性はその場から立ち去ろうとする。が、そこで俺はあることに気づいた。彼の左手、その薬指には指輪が輝いていた。この人、既婚者か……。なら、自分の命は自分だけのものではないだろう。なおも説得しようとしていたトーカを止める。

 

「……ッ、なんで止めるの!?」

「まぁ、落ち着け。あの人は戦う意思がないみたいだし、俺たちも諦めよう」

「でも、このままじゃ……」

「いいんだ。……ま、俺が一人でなんとかすればいいだろ」

「うぅ……わかったよ」

「わかってくれたようですね。それでは」

 

俺の言葉に、男性はホッとした表情を浮かべて去って行った。

その後、俺とトーカは宇宙船まで戻って一泊することにした。作ってくれていた晩ごはんの途中でも、終始トーカは何か言いたげな様子だったが、結局何も言わなかった。

 

 

 

翌朝。

俺たちは宇宙船を回収し、電車で帰ることにした。宇宙船でかえればいいんじゃないの? とは聞いてみたものの、座標設定が細かすぎて事故になりそう、とのことだった。帰り道は昨日と違い、特に何事もなく進んだ。トーカは途中で眠ってしまったので、俺がおんぶしてやったくらいか。寝ている時の彼女もとても可愛らしく、つい頬が緩んでしまった。

家に着いてからもトーカはまだ起きなかったので、俺はトーカを俺の部屋まで運び、クッションマットに寝かせておく。

しばらくして、トーカがようやく目覚めた。

 

「あー……よくねた。あれ、ボクなんでこんなとこに……」

「おはよう。ぐっすりだったな」

「あれ……? あっ! もしかしてここまで運んでくれたの? ごめんね」

 

トーカは体を起こすと、恥ずかしそうに謝った。別に謝ることじゃないと思うけどな。俺はトーカに気にしないように伝えてから聞いてみた。なんで電車で寝てたのか、ということを。トーカは一瞬キョトンとしたが、すぐに合点がいったようで、答えてくれた。

 

「昨日、アグルの人の説得しようとしたとき、ボクを止めたでしょ? なんでかなって考えてたら、寝れなくて」

「あぁ、アレな。あの人、結婚してたっぽいし。ただでさえ命張ってくれって頼むのに、既婚者には言い難いよなぁ、と思って」

「でもさ、そうだったとしても、自分が戦わなきゃ奥さんだって守れないのに……」

 

トーカが呟くように言う。確かにその通りかもしれない。でも、今の一応平和な世の中に生きる人には難しいだろう。

俺だって、自分の身が一番可愛い。ウルトラマンとして戦うのもできれば避けたかった。俺がそうしなかったのは、自分の身を守るためだし、戦い続けることを決めたのだって自分のためでもある。誰かのためじゃない。

でも、トーカの気持ちもわかる。俺も、父さん母さんの身に危険が迫っていたら、やっぱり戦うだろうから。そう、あの人なら絶対にそうする。だから、彼女の言葉には何も返さなかった。

 

「ねぇ、頼人。君は一緒に戦ってくれるよね?」

「もちろん。俺は戦いから降りたりしないよ」

 

少し不安げな彼女を励ますため、俺ははっきりと口に出しておく。トーカはそれに笑顔を返すと、俺の方を見て右手を差し出す。

その手をしっかりと握り返しながら、俺も笑いかけた。

──―アグルを探して協力を求めるのは上手くいかなかったが、ヒーローは一人でも戦い抜くものだろう。俺はあの人からそう学んだ。

 

 

あの人のような立派な人間にならなければ。

それが、ずっと昔から、俺が自身に定めた生きる理由だから。



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戦い抜くために

 

 

さて、無事に部屋まで帰ってくることができた俺たちだったが、結局「アグルに協力を仰いで戦力増強」という本来の目的は果たせていないままだった。つまり、俺個人の戦力を高めなければならなくなったのだ。

 

「……と、いうわけで、これからボクが君にいろいろ教えたげる」

「あぁ……よろしく頼むよ」

 

なんでも、ウルトラマンの変身者が肉体と技術を鍛えれば、ウルトラマンとして出せる力もだんだん強くなっていくらしい。俺は早速、トーカから教えを受けることにした。

 

まず最初に行ったことは、体力作りだった。基礎的な体力をつけないと、いざって時に戦えないんだとか。まぁ納得できる、当然の話だ。ただ、彼女は別にトレーナーとかそう言うわけではない。一応経験から多分このくらいがちょうど良いんじゃない? くらいのものらしい。そこでそれは明日から行うことにして、彼女から教わったのは、実戦での動き……つまり組手主体のトレーニングだった。

 

「じゃあ、いくよ! せーの……」

「うおっ!?」

 

俺は今、彼女の宇宙船の二階部分……先日俺が寝泊まりした部屋でトーカと組み手をやっているのだが……これがまためちゃくちゃ強かった。パンチもキックも俺より速くて重い。その上護身術や剣道をかじっただけの俺と違って、彼女の戦い方は実に合理的かつ洗練されていた。一つ一つの動きに意味があり、それらが連動している。

 

「どうしたの? もうへばっちゃった?」

「……まだまだァ!」

 

正直かなりギリギリだ。どれだけ挑みかかっても往なされ、打ち落とされ、反撃されるのは精神的にクるものがある。だが、ここで諦めたらそれこそ終わりだ。そして、しばらくボコボコにされ、ボロ雑巾のように床に転がされたところで、トーカからのストップがかかった。

 

「よし、今日はこのくらいにしとこっか」

「……お疲れっした」

「いやー、キミなかなか筋いいね! ボクもけっこう楽しかったよ♪」

「……サディストかよ」

「何か言った?」

「いえっ、何も!」

 

組み手が終わったあと、俺は汗まみれになって地面に倒れ伏していた。一方トーカは、そんな俺を見て楽しそうに笑っている。……この人、意外とSかもしれない。そして、耳がいい。

 

なんとか身体を起こして壁にもたれかかる。持ってきたタオルで汗を拭っていると、ストンという音が聞こえた。そちらを見ると、トーカが隣に座ってこちらの様子を窺っている。なんだろう? そう思って問いかけると、

 

「ねぇ、なんでキミはいっしょに戦おうとしてくれるの?」

 

という質問が返ってきた。

 

「なんで……とは?」

「ほら、昨日のさ。アグルに選ばれた人、『戦う義務はない』とか『他の人に任せればいい』とか言ってたよね? そしてキミはそれを否定しなかった。てことは、あの意見はおかしい考え方じゃないって思ってるんでしょ? じゃあ、キミはどういう考え方で戦ってくれるのかな、って」

 

……どうして、か。少し考える。俺が戦う理由、それは……。

そうだ、彼女には話したはず。

 

「俺さ、目標にしてる人がいるんだよ。昨日、電車の中で話したよな?」

「うん、聞いてたよ。確か、近所の兄貴分……だっけ?」

 

頷く。俺はあの人に、ずっと憧れていた。小さい頃から面倒見が良くて、優しくて、勉強もスポーツもよくできた人だった。いつも周りには人がいて、笑顔で溢れていて……本当に素敵な人だったんだ。

 

「あの人なら絶対に君に協力するだろうな、と思ったからさ。だから戦うんだ」

「ふぅん……そっか」

 

それからしばらくの間、沈黙が続いた。彼女は黙ってどこか遠くを見つめている。そのまましばらくぼーっとしていたが、不意に彼女が口を開いた。

 

「キミはどうしたいの?」

「えっ? だからさ……」

「……あ、いや、ごめんね、変なこと言っちゃって。なんでもないよ」

「……そっか。わかった。なら気にしないことにする」

 

彼女は何を思ったのか、突然妙なことを聞いてきた。一体何が言いたかったのだろうか? まぁいいか、今はそれよりもっと大事なことがあることだし。

 

「よし……休憩、おしまい! もっかいやるよ!」

「あ、ああ……」

 

そうして、再び組み手が始まった。今度は、さっきよりもちょっとだけ長く続いたが、終わる頃には帰宅するのもしんどいほど疲れていたし、結局宇宙船で一夜を過ごすことになった。

 

 

 

 

夜中。ふと目が覚めて起き上がる。周囲を見ても、特に寝る前とは変わりない状況で、不審な点は存在しない。水でも飲んで寝直そうと一階部分に降りると、トーカも目を覚ましていた。

 

「あれ、トーカも起きたのか」

「うん。なんか目が覚めちゃった」

「ふーん……地震でもあったかな」

「地震、ね……。なんかイヤな予感するなあ……」

 

トーカはなにか気になることがあるようだったが、俺は水を飲んでからすぐに寝に戻った。かなり遅い時間に目が覚めたからか、とても眠い。明日からランニングもすることだし、早いこと寝とかないと……。

 

 

 

 

 

次の日の朝、俺はランニングをするべく外に出た。少し遅れてトーカも出てくる。彼女と俺はともにジャージに着替えているが、俺のものはトーカにもらったものだった。曰く、

 

「持ってきたけど、サイズおっきくて着てないんだよね

 

とのこと。

軽く準備体操をしてから、2人で走り始める。最初はゆっくり、徐々にペースを上げていく。しばらく走っていると、見知った顔を見つけた。

 

「あ、おはよう」

「おはよーございます、先輩! 朝から精が出ますね」

 

そこには、俺の大学の後輩である湊がいた。彼女も俺たちと同じようにジョギングをしているようだ。

三船湊。彼女は一年ながら陸上部のエースであり、全国大会でも結果を残しているほどの実力者だ。彼女の兄ともども三年やそこらの関わりだが、良好な関係を築けている……はず。

 

「ところで先輩、そちらの人は?」

「あぁ、彼女は……」

 

俺はトーカを紹介しようと、俺の後ろに隠れていた彼女を押し出してやる。俺が紹介する前に自分で自己紹介し始めたが。

 

「はじめまして、ボクはトーカ。よろしく」

「あ、はい、こちらこそよろしくお願いします」

「ところで、お前はなんでこんな時間に走ってんの? 俺らは……まぁ、自主トレみたいなもんだけど」

「私も似たような感じです。最近体が鈍ってきてる気がするので、こうして早朝に走るようにしてるんです。本当は毎日やりたいところなんですけどね……大会が近いので、あんまり走ると怒られちゃうので」

 

俺が聞くと、湊はそう答えた。

なにげに結構ハードな生活送ってるんだな、この子。

彼女はちらりとこちらを見ると、今度は向こうが質問してきた。

 

「……で、先輩とこの人、どういう関係なんですか?」

「え? えっと……こないだ知り合ったんだ」

 

俺はそう答えた。嘘ではない。

 

「ふぅん、そうなんですか。こないだ知り合ったばっかりの人と朝ジョギングなんてするんですね?」

 

「いや、そういうわけじゃ……」

「ボクたち、ほんとにこないだ知り合ってさ。今は同じところに寝泊まりする仲だけどね」

「ちょっ!?」

 

いきなり爆弾発言された俺は思わず焦ってしまう。しかしトーカはそんなことお構いなしに話を続けた。

 

「昨日は一緒のお風呂入ったし、同じ屋根の下で寝たし、これからもいろいろする予定なんだ~」

「へぇ……そうなんですか」

 

やばい。湊さんの目が怖い。

 

「先輩最低です。破廉恥です。そんな、行きずりの人と一夜を共にするなんて……ぐすん」

「おまっ、人聞きの悪い! トーカも誤解されるような言い方……って、あれ?」

 

慌てて誤解を解こうと必死に説得しかけたが、二人がクスクス笑っているのに気付く。……嵌められた? 二人はこちらを見て笑っている。イラッ。

 

「おい、からかっただけかよ!」

「あはは、ごめんごめん。キミが慌てるのが面白くてさー」

「そうですよ、先輩リアクション面白すぎ……!」

「悪趣味な奴らめ……!」

「「あははははははは!」」

 

腹を抱えて笑う二人を見ていると、なんだか怒るのも馬鹿らしくなってきた。まぁ、楽しそうだしいいか、もう。というか仲良くなるの一瞬かよお前ら……。

 

そのまま三人で談笑していたその時、グラグラと地面が揺れる。地震か? かなり強い。バランスを崩して転びそうになった湊を支えながら俺は言う。

 

「うお……これは、ちょっと大きいな」

「わわわっ……うん、確かに」

「きゃっ! 先輩、ありがとうございます」

「おう、気にするなって」

「なんか、昨夜も揺れてましたよね……?」

 

湊が不安そうな顔で言った。スマホで確認してみると、確かに昨夜地震が確認されている。……やっぱり地震か。多分、夜中に目が覚めたのもそのせいだろう。

不安げな湊を励まそうとしたとき、さらに強い揺れが俺たちを襲った。今度はすぐに収まることなく、しかもだんだん揺れが大きくなっていく。まるで、地面が割れそうになっているかのように……。

 

そして、それは現れた。全身は茶褐色、頭に三日月のような角と鼻先に一本角、胴体には鱗を持つ。その尻尾は太く長大だった。凶悪な風貌の口元から覗く牙は鋭く、恐竜を思わせる。

その怪獣は雄叫びを上げ、街の方に向かっていく。

 

「まずい、このままだと街に出るぞ! トーカ、俺行ってくる!」

「わかった! 頼人、お願い! 湊ちゃんはここから離れて!」

「え、えっ?」

 

混乱して右往左往している湊を尻目に、俺はトーカに別れを告げてエスプレンダーを取り出すと腕に装着し、叫んだ。

 

「ガイアァッ!」

 

俺は光に包まれて、ウルトラマンへと姿を変える。街を守るように立ちふさがった俺は、構えを取ると突進してきた相手を受け止めた。衝撃で足元に亀裂が入る。

 

──通すものか、ここから先へは行かせない! 

 

「でぇあッ!」

 

反撃の蹴りを食らってよろめいた怪獣は怒ったのか、再び咆哮すると今度はこちらに掴みかかってきた。俺はそれをいなすと、逆に相手の首筋に手刀を叩き込む。だが、表皮の強靭さ故か怪獣のタフネス故か、さほど効いた様子がない。怪獣は唸るとこちらを睨みつけてくる。ダメージはあまりなかったようだが、まずは注意をこちらに向けることは出来た。

今度は、と俺がパンチを繰り出そうとしたとき、激しい衝撃が俺を襲った。吹き飛ばされてゴロゴロと転がりながらその正体を見る。

 

尻尾だ。俺を打ち据えた怪獣の尻尾は鞭のようにしなりながら再びこちらに迫って来る。咄嵯にガードしたおかげで直撃は免れたが、それでもかなりのダメージを負ってしまった。なんとか立ち上がり、今度はキックを繰り出す。しかし、やはり効果は薄い。

ならば、と連続で拳打を浴びせるが、ダメージはあるものの決定打にはなっていないようだ。

 

怪獣の反撃の尻尾を距離を取って躱し、次は光刃を撃ち放ち攻撃する。こちらは明確に怪獣の強靭な皮膚を切り裂き、傷口から血が流れ出た。

 

やはり光の技はただ殴る、蹴るよりも効果的な攻撃ができるらしい。飛び道具として使えるというのもまた助かる。しかし、その有利も長くは続かなかった。怪獣は再び突撃してくると、鋭い爪を振りかざしてきたのだ。俺は両腕でそれを防ぐが、強烈な一撃を受けて吹き飛ばされてしまう。そのパワーはこれまでの戦いで経験したものとは段違いだった。

 

「ぐあぁっ!?」

 

何とか受け身をとったものの、そこに追い打ちをかけるようにして振り下ろされた足の踏みつけを避けきれず、地面に叩きつけられてしまった。

 

「がっ……」

 

どうにか起き上がろうとするが、怪獣の追撃の方が早い。またもや踏みつけられそうになるが、ギリギリのところで回避に成功する。しかし、さらなる追撃の尻尾による痛烈な打撃を受けてしまい、地面を転がることになった。

 

怪獣は立ち上がる暇すら与えてくれず、何度も俺を踏みつけては引き裂こうとする。痛みに耐えながらも必死に転がって躱し、光刃で応戦するが、徐々に追い詰められていく。そして、ついに限界が来た。

 

なんとか立ち上がった一瞬の隙を突かれて組み付かれると、そのまま押し倒され、馬乗りにされてしまった。そのまま首を絞められる。

朦朧とする意識の中、必死に抵抗を試みるが怪獣の力は強く、逃れることができない。やばい、このままだと……。

 

怪獣の顔面に向けて光刃──良い加減になんか名前つけよう、ガイアスラッシュとでも呼ぼうか──を連射して怯ませ、なんとか拘束から抜け出す。両足で蹴り飛ばした怪獣が少し後退した。

 

──よし、今のうちに……! 俺は飛び起きると、一気に駆け出して距離を詰める。迎撃しようと振るってきた右腕を、俺はしゃがみ込んで攻撃をやり過ごすと、低い姿勢からの体当たりを食らわせた。鱗が刺さって若干俺も痛かったが敵にはそれ以上のダメージが入ったらしくよろめく。その頭部にパンチを何度も叩きこみ、最後に全力のパンチを浴びせてやる。

 

「おらァッ!」

 

バキッ!という音が鳴り響く。

渾身の力だけでなくガイアの光も込めた拳はその特徴的な角を叩き折ることに成功したのだ。頭蓋骨の延長であろう角を砕かれた怪獣は苦悶の叫び声を上げ、激しく暴れまわった。

 

このときの俺は知らなかったことだが、この頭部の三日月の角は超振動波を放って大地を掘り進むという重要な役割を持つものだった。それが破壊されたことで、もはやこの怪獣は主な移動手段を失い、目の前の敵を倒さねばならなくなったのだ。

 

「グオォオッ!!」

 

怒り狂った怪獣は猛然と突進してきて、その巨大な前足でなぎ払おうとする。

俺はその攻撃を受け止めると、両手を使って怪獣の身体を持ち上げた。そのまま勢いよく投げ飛ばす。怪獣は背中から倒れ込み、大きなダメージを受けたようだ。

 

続けて、仰向けからうつ伏せになりながら尻尾を振るってくる。俺はそれを脇に抱えて受け止めると、振り回して再び投げ飛ばし、倒れたところにさらに追い打ちをかけた。

 

「これで決める!」

 

俺はいつかイメージの中で見たガイアの第二の必殺技―――クァンタムストリームを怪獣に対して撃ち放った。十字に組んだ腕からあふれ出す赤い閃光は一直線に飛んでいき、倒れている怪獣の折れた角を灼いて致命的なダメージを与える。怪獣は断末魔の声を上げつつゆっくり動きを止め、絶命し、爆散した。──俺の勝ちだ。

 

 

 

「頼人ー!」

「先輩!」

「トーカ、湊! 大丈夫だった?」

 

変身を解いた俺を見つけたのだろう、遠くの方で見ていた二人がこちらに走ってくるのが見える。

 

「うん、湊ちゃんはちょっとコケて肘すりむいちゃったけど、それ以外は問題ないよ」

「そっか、よかった……」

 

ほっと一息つくと、トーカの後ろにいた湊が俺の服を引っ張ってきた。

 

「先輩、さっきのどういうことなんですか……?」

 

さっきの、というのは、俺の変身のことだろう。まさか噂の巨人の正体が自分の知り合いだったなんて、考えもしなかっただはずだ。俺は眉をひそめて不安げな顔をしている彼女に説明することにした。

 

「それは、まあ……話せば長くなるんだけど、とりあえず家に帰ろうぜ。話はそこでするから……トーカ、いいよな?」

「キミがいいならいいけど……」

「え、いいんですか? だって、秘密にしてたんじゃ……」

 

確かに、普通は黙っていたかもしれない。変にバレたらめんどくさいことになりそうだから。だけど、もう隠し通せる段階じゃない。目の前で変身したし。それに、あの人ならきっと変に誤魔化さずに話してくれるだろうから。

もちろんそれだけじゃない。俺のような愚か者とは違って、彼女は信じられる。信じている。

 

「湊なら、下手に言いふらしたりしないって信じてるからな」

 

そう言うと、彼女は少し驚いたような顔をしたが、すぐに笑顔になった。

 

「はい、もちろんです!」

「……よし、そういうことで、一回俺の部屋戻ろうか。それともトーカんとこにするか?」

「あ、先輩のお部屋、行ってみたいです!」

「あ、そう?」

「じゃあ、ボクもついてくね」

 

そんなこんなで、俺たちは三人で一緒に帰宅することになったのだった。



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敵か味方か、謎の組織

 

 

 

数十分後、俺は湊を連れて住んでいる部屋に帰ってきていた。ちなみに、トーカは一旦着替えるために宇宙船に戻っていったのでいない。

 

「へぇ~、ここが先輩のおうちですかぁ……」

 

キョロキョロと見回す彼女の姿はとても新鮮だった。今までは大学の後輩として、あるいは友人の妹としてしか見ていなかったので、こうして女の子として見るとなかなか可愛い。

 

妙なことを考えていたせいか、いつの間にか俺は湊のことをじっと見つめていた。すると、俺の視線に気づいたのか彼女が俺の顔を見上げてくる。やべ、ぼーっとしてたな、と俺が自覚するかどうかのタイミング。

 

「先輩、どうしたんですか? そんなに見つめられると、ちょっと照れちゃいますよ……」

 

などと頬を赤らめて言った。

 

正直、めちゃくちゃ動揺した。今更ながら自分が美少女と二人きりでいるということを意識してドキドキしてくる。しかも、自宅で、だ。

 

落ち着け!相手は後輩で、友達の妹だぞ。冷静になれ、俺! 

 

「……あ、ああ、悪い。それよりほら、早く座れよ。なんか飲み物持ってくるから」

「はーい♪」

 

かろうじて冷静になった俺の言葉に返事をして、湊はクッションマットの上にちょこんと腰を下ろした。俺はキッチンの冷蔵庫から麦茶を取り出して紙コップに注ぎ、彼女のもとへ戻る。

 

「お待たせ」

「いえ、全然待ってませんよ。ありがとうございます!」

 

湊が嬉しそうな顔で紙コップを受け取る。そしてトーカを待つ間、二人でしばらく他愛のない話をした。といっても、俺は大体聞き手に回って、湊が一方的に喋っているだけなのだが、それでも楽しかった。こういう平和な時間がいつまでも続けばいいのに……。

 

だが、現実は残酷で。その願いは叶わないことを俺は知っている。なぜなら、この世界には奴らが潜んでいるからだ。怪獣のような凶悪な生命体。そして、根源的破滅招来体。それらが人類を襲おうとしている。

だから、俺は戦わねばならない。たとえそれがどんなにつらい戦いであっても、逃げるわけにはいかない。そうだ、あの約束のために……。

 

「──! 先輩!? 聞いてますか?」

「え、あ、ごめん。なんだっけ?」

「もう、さっきからどうしたんですか? トーカちゃん遅いなって言ってたんですよ!」

「あ、あぁ、そういえばそうだな。確かにそろそろ戻ってきてもおかしくないんだけど」

「先輩がそう思うならやっぱり遅いんですね……」

 

湊は心配そうに窓の外を見た。俺もつられて外を見る。しかし、特に変わった様子はない。強いて言えば、空が曇り始めたぐらいだろうか。

 

「……ちょっと心配だな。雨降るかもだし、迎えに行ってくる。ここで待っててくれ」

「わかりました、いってらっしゃい」

「行ってきます」

 

俺はそう言い残して、傘を取りつつ部屋を出た。階段で一階まで降り、アパートを出る。そのままトーカの宇宙船まで行こうとして、ふと立ち止まった。──何か、嫌な予感がする。 俺は辺りを見回してみるが、それらしいものは見当たらない。しかし気のせいにして片付けることはできず、焦燥感に駆られた俺は地面を蹴って走り出した。──急がないと、トーカのところに! 

 

 

 

 

 

走ること十分ほど、ようやく目的地が見えてきた。宇宙船のすぐ近くまで来た俺は、見たことのない制服を着た二人の男に絡まれているトーカを見つけた。

 

「だから、なんども言ってるじゃないですか! ボクが宇宙人とか、訳わかんないです!」

「しつこいぞ! こっちはもうお前の正体に気づいているんだ!」

「そうだ、俺達はお前を連行する義務がある!」

「ほんとに……やめて下さい!」

 

あまりのしつこさに苛立ったのか、トーカが掴みかかってきた男の片割れを突き飛ばしてしまう。それを見たもう片方の男が、

 

「抵抗したな!」

 

と叫んでトーカに近未来的な意匠の拳銃のようなものを向ける。駆け寄った俺は咄嗟に二人の間に割って入り、両手を広げて庇うような姿勢をとった。

 

「あんたら何やってんだよ! 彼女が何をしたっていうんだ!」

 

俺の声を聞いた男たちは一瞬驚いた表情を浮かべたが、すぐに元の態度に戻った。

 

「ふん、貴様は関係ないはずだ。どけ」

「どかない。トーカは俺の友達だ。手荒なことはさせない」

「邪魔をするなら容赦はしないぞ。いいか、これは我々に与えられた任務なのだ。そこを退け!」

「任務!? 人にしつこく絡んで、しまいには道具で脅して連れてくような任務受けてるやつのことなんか信用できるかよ!」

「うるさい! 妨害するなら貴様も危険分子として連行するぞ」

「やってみろよ」

 

俺と男たちが睨み合う。緊迫する空気の中、先に動いたのは相手側だった。

 

男の拳が俺の顔面を狙う。俺はそれを左手で打ち払った。反撃として傘を叩きつけようとするも、その前に足を払われる。俺は体勢を崩し、地面に倒れた。転がって距離を取るも、即座に追撃の爪先が飛んでくる。

 

「ぐえっ……」

 

かろうじて腕を差し込んだが、それでも衝撃に思わず声が漏れた。だが、痛みに耐えながら立ち上がる。この程度の痛み、堪えられなければこの先やっていけない。

 

「ほう、一般人にしてはなかなかやるようだな。いや、お前も一般人ではないのか?」

「知るかよッ!」

「威勢だけはいいな。だが、それもいつまで続くかな?」

 

男は余裕の笑みを見せる。その視線は、俺ではなく、今のゴタゴタの隙にもう片方の男を蹴り倒した後ろのトーカに向けられていた。

 

「動くな! 少しでも妙な動きをしてみろ、この宇宙人の命はないぞ!」

 

銃口がトーカに向けられた。彼女は再び射線が自らを貫いているのがわかったのか、唇を強く噛み締めてじっとしている。

 

「やめろッ!」

「動くなと言っただろう。今度こそ撃つぞ。まあ、殺しはしないが」

 

そう脅してくる男。クソ、こういうときに変身できれば……! そう思ったが、一度帰ったときにエスプレンダーを外して置いてきてしまい、今手元にない。それに、ガイアになっても巨人の姿ではトーカを守ることはできない。手詰まりか……? 

 

俺がなにか手がないかと模索している間に、トーカが倒した男が立ち上がり、手にした銃? のグリップでトーカの頭を殴りつけた。彼女もまたどうやってこの場を脱するか考えていたのか、咄嗟に反応することができずに殴られ、倒れ込んでしまう。

 

「これで貴様だけになったが、どうする?」

 

勝ち誇ったような顔で、男は俺を見つめる。いや、実際勝ち誇っているのだろう。しかしその目からは油断のようなものは見えない、おそらくだが。

 

「…………どうするも何も、選択肢なんてないじゃないか……わかったよ」

 

俺は観念したように肩を落とし、両手を上げる。それを見た男は不敵な笑みを浮かべると、俺に近づいてきたかと思うと、腹に思い切り拳を突き立てた。遠のいていく意識のなかで、持ち上げられたような感覚がしたような、気が……。

 

 

 

 

──どれくらい時間が経っただろうか。目を覚ますと、そこはどこかの個室だった。俺はベッドに寝かされていて、それ以外には便器が一つ。他には特になにもない。窓もなく、ドアの覗き穴からの光が外との繋がりを感じさせた。──独房、というやつだろうか。俺は身体を起こし、壁の方に寄って座る。そのとき、ちょうどドアの向こうから足音が聞こえてきた。誰かが来たようだ。俺は身構えつつ、扉を見据える。すると、そこに現れたのは、一人の警察官のような姿の男性だった。

 

「大丈夫かい? すまないね、こんなところに寝かせてしまって。今医務室はちょっと行かない方がよかったから、君は」

 

彼は優しく微笑むと、手を差し伸べてきた。俺は警戒しつつも、彼の手を握る。

 

「ありがとうございます。あの、ここはどこなんですか?」

「その前に、気絶する前のことを覚えているかい、君は?」

「はい、覚えています」

「そうか……。まずは僕からも謝罪を。彼の暴走に巻き込んでしまってすまなかった。悪いやつではないんだが、少し思い込みが激しいところがあってね、あいつは……」

「いえ、いいんです。そんなことより、トーカは!?」

「安心してくれ。今は司令と直接話しているはずだよ。もともと彼女には穏便に話を聞きたかっただけなんだ」

 

よかった。とりあえずは無事のようだ。……いや、よく考えれば、俺だって穏便に済んだとは言い難いか。

でも、少なくとも命の危険はなくなったわけだし、それは喜ぶべきことだ。

とにかく、トーカのことが心配だ。

早くここを出て、彼女と会わなければ。

 

「あの、トーカに会わせてくれませんか? というか、帰らせてほしいんですけど」

「ああ、もちろんだとも。だけど、その前に君に用があるんだよ。ついて来てくれるかな?」

 

そう言って男性は歩き出す。俺もその後を追った。

長い廊下の先、そこにあったエレベーターに乗り込む。

俺は黙ってついていく。エレベーターはさらに下へ向かい、やがて着いたのはかなり深い階層だった。さっきの階が高層階でなければ、だけど。

 

「こっちだ。この先の司令官室で話しているはずだよ」

「はい」

 

そう言いながら、彼はドアをノックして入室の許可を求める。すると、低い男性の声で返答があった。

 

「失礼します。連れて参りました」

「ご苦労。下がってくれ」

「はっ」

 

男性が部屋から出ていき、俺だけが中に通される。

中は広く、大きなデスクがあり、その向こうに背の高い男性が座っていた。

 

見たところ年齢は40から50代、黒々とした髪はやや焼けて見え、彫りの深い顔は体格も相まって岩山のような印象を受ける。服装は例の見慣れない制服だが、少し開けた襟元からはワインレッドのシャツが覗いている。

 

「よく来たな。私はこの基地、ひいてはここを拠点とする対巨大生物部隊であるXIGの司令官をやっている風室という者だ。よろしく頼む」

「よろしくおねがいします。ところで、トーカは?」

「ああ、彼女なら先程部屋を出ていったよ。すぐ戻って来るのではないかな」

「……なるほど」

 

俺はひとまず安堵する。しかし、風室の方はなにか考える素振りを見せた後、俺に向き直ってデスクの正面にあるソファを指し、座るよう促した。俺は促されるまま、立派な革張りのソファに腰掛ける。そして、向かい合う形で座った風室に問いかけた。

 

「それで、俺を呼んだ理由というのは……?」

「ああ、それなのだが、実は君にも聞きたいことがあってね……。まず、トーカさん、彼女が宇宙人だということは知っているかね?」

「はい。知っています。彼女から聞いたので。それがどうかしたんですか?」

「いや……、まぁいい。では次に、君は地球人類で間違いないんだね?」

「はい、そうです」

 

その質問に加えて幾つか質問をし、俺の回答を聞いた風室は、顎に手を当て、ふむ……と呟く。それからしばらく何かを考えていたようだったが、やがて俺の方を向いて言った。

 

「……なるほど。最後に一つ。──あの巨人、ウルトラマンについてなにか知っているか?」

 

内心ゾッとした。彼らは俺があの巨人になっていることにも気づいているのか? それとも本当に知らない? どちらにしても、今すぐ真実を彼らに教える気にはなれなかった。

 

「ウルトラマン? いや、知りませんね……」

「……わかった。時間をとらせて悪かったな。もう帰ってもいいぞ」

 

俺は一礼し、退出する。扉が閉まる直前、俺はちらりと振り返り、風室の顔を見た。──どこか悲しげな表情をしているように見えた。

 

「そうだ、最後に。私の部下がすまなかった。彼らに対しては然るべき処分を下した」

「……そうですか」

 

俺はそれだけ言うと、司令室を後にする。部屋を出ると、そこにはトーカが立っていた。彼女は俺を見ると、パァっと顔を輝かせ、駆け寄ってくる。

 

「頼人? ……よかった、無事だったんだね!」

「ああ。そっちこそ大丈夫か?」

「うん! ボクは平気だよ」

「そっか、よかった」

 

どうやら本当に無体な扱いはされていないらしい。少なくとも見える範囲には傷はないし……。そこまで確認してふと気付く。彼女と出会ってまだ数日なのに、俺はこの子に相当入れ込んでるらしい。彼女のことが心配になって仕方がない。

 

「こっちこそ、キミが無事でよかった!」

「どうも。……さて、とりあえず帰るか。湊も待ってるしな」

「そうだね、じゃあ急がないと」

 

俺は彼女に手を差し出す。その手を握り返してくる彼女と一緒に、俺は歩き出した。

 

「あっそうだ、ねえ頼人」

「なに?」

「さっきは庇ってくれてありがとね」

 

そう言って笑うトーカはとても嬉しげで。

そんな表情が俺に向けられていると思うと、なにかむず痒いような、そんなふうに感じた。

──俺にそんな表情を向けられる価値はないのに、俺に好意を向けてくれている、そう勘違いしそうになる。

 

 

 

 

 

 

現在地を教えてもらったところ、なんとこの基地は俺の住む町の近くにあることがわかった。これなら歩いてでも帰ることができる、という位に。

そして現在、俺たちはその帰り道を歩いている。雲の晴れ間から覗く朝日はすっかり昇っていて、拉致されてから少し時間が経っていることがわかる。

 

「湊も部屋で待ってると思うし、ちょっと急ごうか」

「うん」

「……そういえば、トーカはなに聞かれたんだ?」

「ん? えっとね……、ボクがほんとに宇宙人なのか、とか。あとは技術の提供を頼めないか、とかだったかな。まぁボクも詳しくないから技術の提供なんてできないんだけどね」

 

苦笑いを浮かべるトーカ。それはよかったというのかそうじゃないのか……。今考えてわかることじゃないか。

 

「そうかぁ。まぁ、無理に答える必要もないんじゃないか?」

「それもそうだね」

 

そして歩くことしばし。ようやく俺の住むアパートが見えてきた。

 

部屋に戻ると、俺が出ていったときと同じところに座ってスマホを見ている湊の姿があった。明らかにそわそわしていた彼女はこちらに気づくと、立ち上がり駆け寄ってくる。そして、そのままの勢いで俺に抱きついた。

 

「うわっ、ちょ……」

「先輩! トーカさんも、二人でなにやってたんですか! 心配したじゃないですか、もう!」

 

なんとか受け止めた彼女を咄嗟に引き離そうとして、やめた。──泣いてる。

よく見ると小刻みに肩が震えていた。

俺は黙って彼女の頭を撫でる。すると、徐々に嗚咽を漏らし始めた。

 

「せんぱいっ、ほんとにしんぱいしたんですよ……」

「わ、悪かった。もうなんとかなったから」

「うぅ……ばか……」

 

俺にしがみついたまま泣き続ける彼女の頭を、ゆっくりと撫でてやる。しばらくそうしていると落ち着いたのか、顔を上げて俺から離れた。

 

「すいません、取り乱しました」

「いやいいよ。それより、早く飯作ろうぜ。腹減っちゃったし」

「はい、わかりました。トーカさんは?」

「ボクもお腹減ったな。準備手伝うよ」

 

そうして作った遅めの朝食を食べ終え、俺たちは本題について話し合う。すなわち、俺が巨人──ウルトラマンだったこと。

 

トーカに関しては、彼女が宇宙人であることも含めて全て話してしまった方がいいだろうな。そう思った俺はまずトーカの方を見る。

 

「トーカ、全部話すか?」

「……うん、いいよ」

「わかった。じゃあ、まずは俺があの巨人になったところからだな──」

 

俺は、あの日の出来事を話し始めた。

 

「──そんなことがあったんですか」

「信じられないかもしれないけど、事実なんだ」

 

俺があの巨人になった経緯を話すと、湊は案外すんなりと信じてくれた。いや、俺が変身するとことか見たし、そもそも疑ってはいなかったみたいだけど。

 

「いや、信じますよ。だって先輩が嘘つくわけありませんし」

「ありがとう。そう言ってくれて嬉しいよ」

 

俺は思わず笑みをこぼしてしまう。本当に後輩に恵まれてるな、俺は。

 

「それで? これからどうするんです?」

「どうする、とは」

「それは、怪獣とか、例のXIGとかいう人たちとか……」

「ああ、それな。でもなぁ、怪獣は向こうから来ないとどうしようもないし、XIGの方はぶっちゃけ関わりたくないしな……」

 

正直、あの人たちはイマイチ信用できていない。第一印象が悪かったこともあるが、彼らの目的が未だにわからないというのが大きい。対巨大生物部隊とか言ってたし、多分敵対するほど目的に差はないとは思うんだけどな……。というか聞いておけばよかったな、あの場で。

 

「ということで、俺たちの方針としては、変わらず専守防衛ってことで」

「ボクに異論はないよ。地球の怪獣にしろ根源的破滅招来体の手先にしろ、待ってれば来るだろうしね」

「了解です」

 

こうして方針は決まったが……。問題は山積みだよな、これ。例えば完全に敵のタイミングでしか戦えないあたりとか。それでもそうするしかないというのが辛いところだ。

現状、戦えるのは俺だけ。さらに、敵を探し出す方法もないのではどうしようもない。なんとか索敵だけでも出来ればいいんだけど……。

 

 

 



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