【完結】僕のリュウソウアドベンチャー (たあたん)
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1.竜装!スリーナイツ 1/3

ヒロアカ×リュウソウジャー
よくある中世欧州風ファンタジー世界でございます。もうこれヒロアカじゃなくても良くね?とか言ってはいけない(戒め)



 

 パチパチと、篝火の爆ぜる音が響く。

 

 村の中心にある丘の頂にはただ今、夜にもかかわらず大勢の村人たちが集っていた。橙に照らされた表情は、いずれも厳粛そのもので。

 

 その輪の中心に立つ老人は長老であるソラヒコだった。そして彼と向かい合うようにして、三人の若者が直立している。

 

「オチャコ、テンヤ、エイジロウ。以上三名を、竜装騎士に任ずる」

 

 ソラヒコ長老の言葉に、両隣に立つテンヤとオチャコがごくりと唾を呑むのがエイジロウにはわかった。尤も自覚がないだけで、彼自身も緊張のあまり同じ反応を示していたのだが。

 

「おまえたちに"リュウソウケン"を授ける。──マスター、」

 

 応の返答とともに、マスターと呼ばれた三名の男女がエイジロウたちに歩み寄る。うち二名がテンヤ、オチャコとよく似ているのは偶然の一致ではない。ただ、この儀式は血縁よりも濃い契りを結ぶ場である。彼らもエイジロウも、置かれた立場は一分も変わりはしない。

 実際、長老の言葉を受けて真っ先に飛び出してきたのは、真紅の外套を纏った男だった。まだ少年のエイジロウに比べ、頭ひとつぶんも背丈が大きい。体格もまた然りであった。

 

「おめでとさん、エイジロウ。今日からキミも俺らレッドソルジャーズの仲間や!」

「!、タイシロウさん……じゃなかった、マスターレッド!よろしくお願いしますッ!!」

 

 それに続き、

 

「テンヤ、おまえは我々ブルーパラディンズの所属になる。頼りにしてるぞ」

「テンセイ兄さ……ではなかった、マスターブルー!このテンヤ、誠心誠意、騎士の使命を果たすことを誓いますッ!!」

「オチャコ。ピンクソーサラーズに入ったからには、魔法の練習がんばらないとあかんねぇ」

「う……が、がんばるよお母ちゃん!」

「マスターピンク!」

「あ、そうやった……」

 

 見知った者どうしの会話に張り詰めた空気がほぐれるが、儀式は未だ終わっていない。"マスター"と呼ばれる騎士団の各団長たちから、新任の騎士たちに剣が下賜される。それは鍔が竜の頭部を模した形状になっている、特別な剣だ。──名を"リュウソウケン"。

 

「今日このときより、おまえたちは正義に仕える勇者だ。我ら"リュウソウ族"の名と歴史に恥じぬよう、その剣を振るうのだぞ」

 

 長老の言葉に頷きつつ。エイジロウは改めて、彼らリュウソウ族の使命に思いを馳せた。

 

 

 *

 

 

 

「エイちゃーん!騎士就任おめでとー!」

「タイシロウさんのとこに入れて良かったなぁ」

 

 儀式が終わるなりそう言って肩を組んできたのは、エイジロウの親友であるトモナリとケントだった。彼らは騎士ではないが、トモナリは村の食糧を獲ってくる狩人として自分に負けないくらい鍛えているし、ケントは武器職人の家のひとり息子だ。幼い頃より一緒に野山を駆けずり回り、自分たちの将来について熱く語りあってきた。

 

「おまえのためにでっかいイノシシ捕まえてきたんだ。今日は好きなだけ肉食わせてやんべ」

「マジか、サンキューなぁ!」

「見たらビビるデカさだぜ。あ、テンヤとオチャコも来るか?」

「気持ちは嬉しいが、今日は自宅で家族が祝賀会をしてくれることになっている。すまないが遠慮させてもらう」

「うちもなんよ。せっかく誘ってくれたのに、ごめんっ!」

「そっかぁ、ふたりんとこはマスターが兄貴とおふくろさんだもんなー」

「でも肉が余っちまうなぁ、どうする?」

 

 そのときだった。三人に、大柄な影が覆いかぶさったのは。

 

「だったら俺も混ぜてくれや〜」

「うおッ、マスターレッド!?」

「今はタイシロウでええよ。それより肉、あるんやろ?楽しみやなぁ!」

「ええ〜……。タイシロウさんいたら逆に足りないっすよー」

 

 なんのかんのと言いながら、連れ立って歩き出す四人。峡谷の合間に拓かれたこの村では、皆がこうして互いを慈しみながら生活を営んでいる。それは、彼らリュウソウ族が単なる一部族ではない、特別な存在であることにも起因していた。

 

 

 *

 

 

 

 少年は、走っていた。夜の冷えた空気の中であるにもかかわらず、玉のような汗を頬に流して。

 

「はぁ……っ、はぁ……っ」

 

 息はとうにあがり、脚の筋肉は悲鳴をあげている。それでも立ち止まることはできない。どこまでも追いかけてくる無数の足音がやまない限りは。

 

──どうして、どうしてこんなことに。

 

 齢十歳にして、少年は己の運命を呪うことしかできなかった。

 

 

 *

 

 

 

 翌朝。エイジロウ、テンヤ、オチャコは連れ立ってとある場所へ向かっていた。

 

「ふたりとも、これが俺たちの初任務だ!くれぐれも不手際のないよう、気を引き締めて臨もう!」

 

 テンヤのよく通る大声は今に始まったことではないけれど、エイジロウとオチャコは顔を見合わせて苦笑した。

 

「不手際っつっても、神殿にお供えものしてくるだけだぜ?……あ!オチャコ、メシはちゃんと食ってきたよな?」

「うん、食べて……──!それって私が空腹に堪えかねて途中で食べてまうかもしれへんってこと!?」

 

 「なんでやねん!」と軽く掌を突きだすオチャコ。やべ、と思ったときにはもう遅い。

 次の瞬間エイジロウは、十数メートルも吹き飛ばされていた。

 

「ああっ!やっちゃった……」

「こら!そういうところだぞ!」

 

 眼鏡の奥の負けじと四角張った目は、大柄な体躯と相まって迫力がある。オチャコはしゅんと縮こまるしかなかった。一方、崖の壁面に叩きつけられて痙攣していたエイジロウは程なく、何事もなかったかのように復帰してきたのだが。

 

「痛てて……。さっすが、村一番!」

「褒めてくれてるんやろうけど、嬉しくないから!」

 

 むしろこの怪力、オチャコにはコンプレックスそのもので。魔導士の長たるマスターピンクを母にもつ彼女がそのような特徴をもっているのは、村一番の大工である父の影響だろうと考えられている。生来無邪気で能天気な性質のオチャコはそれで父を恨んだりはしていないが、悩みの種であることに違いはないのだった。

 ともあれ、今は任務のことである。厳粛な表情を浮かべ、テンヤは続けた。

 

「油断は禁物だぞ。ゆうべ兄さんに聞いたんだが、村のすぐ外にまで"ドルイドン"の兵が進出しつつあるらしい。もしかすると、村のことを嗅ぎつけたのかもしれないと」

「けど、結界があるだろ?」

 

 村の周辺は結界で覆われていて、魔力の込められた御符をもつ者以外出入りができない。そればかりか、村の存在を感知することさえかなわないのだ。

 ただ、守りも絶対ではない。その、"出入り"が問題だった。

 

「騎士団の遠征が年に一度あるだろう。その動きを追えば、俺たちがどこを本拠としているか探るのは難しいことではない」

「じゃあ、ドルイドンが私たちを潰そうとしてるかも……ってこと?」

「俺たちリュウソウ族は、奴らにとって最大の障害だからな」

「………」

 

 ドルイドン。村から出たことのないエイジロウにとって、それは御伽話に出てくる悪者と同じ、現実感のない(ヴィラン)だった。

 ただ現実に、彼らは"マイナソー"と呼ばれる怪物を生み出し世界中を脅かしている。

 

「……あいつら、宇宙から戻ってきたんだよな」

 

 確認するようにつぶやくと、テンヤが頷いた。

 

「うむ。かつて恐竜が栄えた時代、ドルイドンは俺たちの祖先と相争っていた。だが今から6,500万年前、巨大隕石によってこの星が氷河期に突入したのをきっかけに、奴らは宇宙へと逃げたんだ」

 

 見てきたようにすらすらと諳んじるテンヤは、叡智を重んじるブルーパラディンズへの入団が許されるだけの知識を備えている。それでいて、鍛えられた身体の仕上がりにおいてもエイジロウを凌いでいて。村の少年たちの中でも、テンヤは頭ひとつ抜きんでた存在だった。

 

「奴らを退治して、侵略を阻止する!──それが、私たちの使命ってことやね!」

「うむ!だから今回の任務は、その使命を果たすための重要な第一歩ということだ。わかってくれたか?」

「……おうよ!」

 

 当然、自分も彼に負けてはいられない。未熟なところは多分にあるといえど、騎士と認められた以上自分は一人前の働きを期待されている。ふんすと鼻息を荒くしながら、先頭に立って歩き出す。

 

 程なく、目的の建造物が見えてきた。建造物と言っても、断崖を掘削して造られた人工の磐屋だ。

 ここには、リュウソウ族の神が祀られている。幼い頃から何度もそう聞かされ、特別な神事の際を除いては近づくことを禁じられてきた。

 

「神さまかぁ……どんなんなんやろねぇ」

「そうだなぁ……」

 

 その正体について知るのは、村でも長老とマスターたちだけだ。エイジロウもマスターレッドことタイシロウに聞いてみたことはあるが、掟につき話せないのだとすげなくされてしまった。

 とはいえ、きょうは神殿の中に入るのだ。たとえば石像であるとか、絵であるとか、その一端に迫る手がかりくらいはあるかもしれない。

 

「っし、行こうぜ!」

 

 そんな期待を抱きつつ、エイジロウは仲間たちにそう声をかけた──刹那、

 

「……!」

 

 生ぬるい風が、頬を撫でる。──客観的にはそれだけのことだったのだけれど。

 

「どうした、エイジロウくん?」

「感じる……イヤな気配だ。結界の、すぐ外……」

「えっ?それって──」

 

 オチャコが訊き終わらないうちに、エイジロウは走り出していた。

 

「エイジロウくんっ!?」

「様子見てくる!先入っててくれ!!」

 

 そう叫びながら遠ざかっていくエイジロウの懐には、供物の入った麻袋がしっかりと抱えられている。

 

「先に入ったところで、供物がなければ任務は果たせないんだぞ!?」

「あー……だったら、追うの一択ちゃう?」

「やむをえないか……!よし行こうっ!」

 

 こういうとき、即座に方針を切り替えられるのがテンヤの美点である。とはいえ彼に全速力で走られてしまうと、オチャコはついていけないのだが。

 

 

 *

 

 

 

 森の中、少年はひっそりと息を潜めていた。正確には、限界まで荒ぶった息を必死になって抑えていると言うべきか。

 そうせざるをえない理由は、たった今すぐ傍を通った影の存在に起因する。シルエットこそ人型だが、()()がヒトでないことは既に知られている。

 

 ドルン兵。ドルイドンの怪人たちに使役される、無慈悲なる尖兵。現に今も、いたいけな少年の命を狙って辺りをうろついているのだ。

 しかし、どうして自分が執拗に狙われているのか。少年には見当がつかない。そしてその理不尽に対する想いは恐怖だけではない、弱冠十歳の少年に似つかわしくない憎悪につながりうるものでもあって。

 いずれにせよ、今は奴らをやり過ごして、隙を見て逃げるしかない。そう心を決めたとき、不意に頭上に翳が差した。

 

「あ──」

「………」

 

 ドルン兵だった。繁葉を分けるようにして、頭を覗かせている。

 

「!、うわぁああああ──ッ!!」

 

 絶叫。聞き届ける人間がいなければ、それは少年の断末魔となっていたかもしれない。

 しかし。この森には、彼らがいた。

 

 

「うぉおおおおおおッ──!!」

 

 負けぬ雄叫びとともに、エイジロウは()()()()()

 完全に虚を突かれたドルン兵は、脳天にリュウソウケンを叩きつけられて昏倒する。

 

「!?」

 

 突然の闖入者に驚き慌てるドルン兵たち。しかも臨戦態勢をとるより先んじて、テンヤ、遅れてオチャコも参戦してきた。

 

「ドルイドン……!エイジロウくんの言った通りだったか!」

「はぁ、はぁ……──きみ、大丈夫!?」

 

 少年は答えず、呆気にとられたような表情を浮かべている。未だ状況の変転が呑み込めていないとしても無理はない。

 見たところ目立った怪我もないため、三人の意識は自ずからドルン兵の群れへと向いた。

 

「っし……行くぜー!!」

 

 獰猛な笑みを浮かべ、吶喊するエイジロウ。

 

 果たして、そこからは一瞬だった。彼らの人間離れした所作と剣捌きに、所詮は烏合の衆でしかないドルン兵の群れは圧倒された。せめて彼らを分断し、数を恃んで袋叩きにできればこの少年騎士たちを屈服させられたかもしれないが。

 

「エイジロウくん、オチャコくん!」

「おうよ!」

「おけ!」

 

 呼びかけられたふたりは間髪入れずに地面を蹴ると、テンヤの肩を介してさらに高く跳躍。ドルン兵の頭上から、勢いよく刃を振り下ろした。

 

「ドルゥッ!?」

 

 うめき声とともに、標的とされたドルン兵が一刀両断に処される。それを目の当たりにした生き残りたちは、

 

「ド……ドル……ドルゥゥゥッ!!?」

 

──逃げていった。それはもう一目散に、である。

 

「っしゃあ、勝ったぁ!!」

「うむ、初陣かつ初勝利だな!とはいえ油断は禁物、勝って兜の緒を締めよ、だ!」

「あはは……結局剣で戦っちゃったよぅ」

 

 三者三様の反応ながら、彼らは揃ってほっと胸を撫でおろしていた。新米である三人だけで迎えた初陣、本来であれば危険と隣合わせだったのだから。

 とはいえ、連中を蹴散らして終わりではない。次の瞬間には、彼らは揃って追われていた少年のもとへ駆け寄っていた。

 

「きみ、怪我はないか?」

「……はい。あなたたちは、"勇者(ヒーロー)"ですか?」

 

 どこか冷めた問いに、三人は一瞬返答に窮した。──ドルイドンを始めとした悪党と戦い人々を守ることを生業とする者たちのことを称して"勇者"と呼ぶ。とはいえそれは()()()()()()話であり、彼らリュウソウ族には当てはまらない。

 

「そんなような……モンかな」

 

 結局、そう当たり障りのない返答をしたのはエイジロウだった。外の人間に対し、リュウソウ族のことは秘密にしなければならない以上は、奥歯にものが詰まったような答え方をするしかない。

 その後ろめたい心情を察知したのか、少年は胡乱な目をエイジロウたちに向けた。奇妙な沈黙に息苦しくなる。三人揃って、嘘や隠しごとは不得手なので。

 

「……そうですか。救けていただき、ありがとうございました」

「へ?」

 

 予想に反して、少年の反応は慇懃ながら淡白なものだった。それだけならまだしも、踵を返して立ち去ろうとしているではないか。

 

「ちょ、ちょっと待てよ!この辺、まだ危ねえかもしれねーだろ。近くの村か街まで送ってくよ」

「結構、です。僕のことは……放って、おい……」

 

 語尾が消える。あ、と思った瞬間、少年の身体はぐらりと揺らめいていた。

 

「ッ!」

 

 前のめりに倒れる身体を、エイジロウが咄嗟に抱きかかえる。──熱い。

 

「すげえ熱……。──オチャコ、」

「えっ私?」

 

 「むりムリ無理!」とぶんぶん両手を振るオチャコ。魔導士ならば回復魔法のひとつやふたつ使えて然るべきなのだが、彼女はそのあたりどうも不得手なのだった。

 

「……しょうがねえ。村に運ぼうぜ」

「!、しかし、外の人間を入れるのは……」

 

 ドルイドンに限らず、外の人間にも感知されないための結界である。その意味を無に帰すような行動はどうかと生真面目なテンヤが主張するのは、エイジロウにとっても予想しえたことであった。だからといって、引き下がるつもりもない。

 

「村に引き返すのが、この子にとって一番安全だろ。違うか?」

「それは……」

「テンヤくん。こういうとき、テンセイさんならどうすると思う?」

「!」

 

 目を見開いたテンヤは、ややあって深々とため息をついた。

 

「……兄さんなら、困っている人を最優先に考えるだろうな」

「そゆこと!」

 

 

 然して、彼らは少年を連れて村へ戻ったのだった。

 

 

 




レッドソルジャーズ:竜装騎士団その1。勇猛果敢な熱血漢が多く、戦場では切り込み役を務める。団長はタイシロウ。
ブルーパラディンズ:竜装騎士団その2。冷静沈着かつ叡智に長けた騎士が選ばれる。その傾向ゆえ代々騎士を務める家格の高い者が多い。団長はテンセイ。
ピンクソーサラーズ:竜装騎士団その3。魔導士=魔法使いが所属する。魔法と一口に言っても色々あるので、実はいちばんバラエティ豊かなチーム。団長はオチャコの母。

あまり意味のないオリ設定ですが、一応こんな感じ。
ご存知かと思いますがタイシロウは原作のファットガムです。


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1.竜装!スリーナイツ 2/3

 タンクジョウはドルイドン族の戦士のひとりである。

 いや、戦士という肩書は適当でないかもしれない。彼らドルイドンは皆、この世に生まれついたそのときから、戦い続けることを宿命付けられている。そして彼らにとっての戦いとはつまり、この星の侵略のことであって。

 

「リュウソウ族の小僧どもめ。まんまと炙り出されてくれたわ」

 

 目論みが成就したことを悟り、卑しく嗤う。と、背後からどろどろと澱みが流れるような音が聞こえはじめた。むろんタンクジョウは、その正体を知っている。

 

「待ちくたびれたぞ、クレオン」

「どーもサーセンしたっ!」

 

 軽薄な謝罪の言葉とともに、どろりとした液体が蠢きながら固形化していく。緑色の全身に毒々しい模様が浮かび、頭部は巨大なキノコの傘に覆われている。血管の色がそのまま浮き出たような赤い瞳は、つぶらでありながら陰湿な光を放っていて。

 

「リュウソウ族の村、見つかったんですかぁ?」

「ああ。頼んでおいたマイナソーは?」

「ウェヒヒ、バッチリですよ!」

「そうか。くくくく、ふははは……!」

「フハハハ!」

「おまえは笑うな」

「!?」

 

 

──ふたつの異形の背後。霧の中に、いっとう巨大な影が浮かび上がった……。

 

 

 *

 

 

 

 額に氷嚢を当てられた少年が、寝台に横たえられている。その頬は未だ赤いが、ここに運び込んできたときに比べれば顔色は明らかに良くなっている。

 

「どっと疲れが出たんだろうね」

 

 先代マスターピンクであるチヨの言葉に、エイジロウたちはほっと胸を撫でおろした。

 

「この子は何時間も、ドルイドンの連中から逃げ回っていたんだろうさ。一晩中気ィ張りっぱなしだったなら、助かった途端糸が切れちまうのも無理はないさね」

「ひと晩中……。ドルイドンはなぜ、そうまでしてこの子を?」

「治療ついでに身体を調べてみたけど、私らリュウソウ族とは違うふつうの人間。私に言えるのはそれくらいさね」

 

 「それより」と、加齢による瞼の弛みで細くなった目が鋭く光った。

 

「あんたたち、これから大目玉食らう覚悟はできてるんだろうね?」

「う……」

 

 揃って肩を落とす三人。半ば強引に人間を連れ込んでしまったばかりか、肝心の任務も果たせていない。神殿に供えるはずだった供物に至っては、戦闘のどさくさでエイジロウがどこかに放ってしまった。

 マスター三人はともかく、その上に立つ長老ソラヒコがなんと言うか。今でこそ彼は惚けた──耳が遠いふりをして都合の悪い話を聞き流すような──老人だが、若い頃はマスターのひとりとして勇名を馳せていた。その眼光鋭さは、今でも時折覗くことがある。

 

「勝負に勝って試合に負けたとは、まさにこのこと……!」

「ああー長老怖い!怖いよお!」

「………」

 

 悔しがるテンヤ、怯えるオチャコ。一方でエイジロウは、あどけない寝顔を見せる少年に意識を向けていた。──冷たく昏い、切れ長の瞳。それは疲労ではない、もっと根深くてどうしようもない感情からくるもののように、エイジロウには思われたのだった。

 

 

 *

 

 

 

「あいつら、大物になるかも知れへんなぁ」

 

 隣を歩くレッドソルジャーズ団長(マスター)ののんびりとした言葉に、ブルーパラディンズ団長は苦笑しつつも眉をひそめた。

 

「たしかに騎士の大義に沿った行動だが、結果だけ見ればお遣いに失敗したんだ。これでは次に与える任務を見繕わなければならない、きみはともかくウチとマスターピンクのところは」

 

 血縁というのは難儀なもので、実質の面では多くに役立っても形式の面で障害となることがある。幸いにしてテンヤもオチャコも真っ直ぐに育ったとはいえ。

 

「私は気にせんよ。オチャコは正しいことをしたんやもん、うふふふ」

 

 一方、マスターピンクはそういった問題を深刻には捉えていないようだ。オチャコの実母である彼女はマスターレッド(タイシロウ)マスターブルー(テンセイ)よりひと回り年上で、子育てとマスターとしての職務を両立してきた才女である。気楽に構えているのはその才能ゆえか、それとも母は強し、ということか。あるいはその両方かもしれないとテンセイは思った。

 

「俺らだって、その場に居合わせてりゃ同じことしとったやろ」

「転送魔法で近くの街に送るって手もあるけどねぇ」

「仮定の話にそないなチャチャ入れんといてーな、姐さん」

 

 今はもうない西方の集落出身のリュウソウ族を先祖にもつふたりの会話は、代々騎士を務め、マスターを何人も輩出した由緒正しい家柄のテンセイからすると珍奇極まりない。ただ不愉快であるかといえばそんなことはなく、軽妙な掛け合いは可笑しみすら覚えるから不思議だった。

 

「それに、いつまでも堅苦しいこと言ってられる状況でもないやろ?」

 

 漫才の流れで発せられたひと言が何を示唆しているか、瞬時に理解できないほどテンセイは昼行灯ではなかった。そもそもテンヤにドルイドンの侵食について語ったのは、他ならぬ彼自身なのだから。

 

「……そうだな。マスターピンク、仮に侵攻があったとして、結界はどれくらい保ちますか?」

「ドルン兵の群れやふつうのマイナソーなら大丈夫やけどねぇ。"でかぶつ"に来られたら、流石にひとたまりもないわ」

 

 迫りくる脅威から如何にして村を守るか。彼らが今長老のもとへ向かっているのは、つまりそういうことだった。間違っても、部下の"失態"について申し開きをするためではない。

 

 しかし、時の流れは彼らリュウソウ族にとってはあまりに速いものだった。

 

「ガアァ、ガアァッ!」

「!」

 

 濁った囀りとともに飛来した漆黒の翼が、それを告知した。

 

「あれは……姐さんのとこで飼っとる呪鴉(まじないがらす)やないか?」

「──まさか……!」

 

 ピンクソーサラーズの団長は、これまでとは一転険しい表情で頷いた。

 

「間に合わんかった……か」

 

 

 *

 

 

 

 そう──同じ頃まさしく、村に侵略の手が伸びようとしていた。

 

「グォオオオオ──ッ!!」

 

 巌のような身体に、鋭く尖った角と牙。濁った目から理性は伺えず、もはや目の前のものを破壊することしか頭にないことは明らかで。

 彼──あるいは彼女かもしれないが──は主の命令のままに、一見すると何もない空間へ突撃を仕掛ける。と、ある地点に達した途端に激しく景色がゆがむ。リュウソウ族の魔導士たちによって張られた結界が、侵入者を寄せつけまいと抵抗しているのだ。

 並みのモンスターによる試みなら、結界は難攻不落の障害となりえただろう。しかしこのドラゴンに似た怪物は、人間が豆粒にしか見えないほどに巨大だった。その見上げんばかりの巨躯は、強引に結界を押しやっていく。

 

「ヘッヘッヘ……やっべ、ゴホンゴホン!……このクレオン様ヒゾウのドラゴンマイナソーにかかりゃ、そんな結界屁みたいなモンなんだよ!ざまぁー!」

 

 その光景を見守りながら、嗤うクレオン。そうしている間にも、"マイナソー"と呼ばれたドラゴンはがむしゃらに突進を仕掛けている。

 そうしてついに、結界にヒビが入り──

 

──砕け散った。

 

「イェーイ!タンクジョウさま見てるゥ?やりましたよー!!」

 

 はしゃぐ主を尻目に、ドラゴンマイナソーはいよいよ村の領内に足を踏み入れた。

 

 

 *

 

 

 

 村内は恐慌状態となっていた。

 何せ村に攻撃を受けるなど、少なくとも現在の住民たちが生まれてからはなかったことなのだ。取るものも取らず出動した騎士団の面々が村民を後方へと避難させていく。

 

 その中にあって、三人の新米騎士は前線へ向かって走っていた。とはいえ、それは彼らの統一方針ではなく。

 

「待つんだエイジロウくん!」先を行く仲間を制止するテンヤ。「俺たちはまだなんの命令も受けていない!状況もわからないのに、迂闊に動くべきではないだろう!?」

「ッ、わかってる!!……でも!」

 

 「おぉい!!」と呼び声が響いたのは、エイジロウが反駁しようとしたときだった。

 

「お前らぁ!」

「!、マスター……」

 

 駆け寄ってきたのは他でもない、三騎士団の団長たちだった。一様に険しい表情を浮かべているさまは、エイジロウたちも初めて見るもので。ただ今が緊急時であることを、改めて突きつけられた。

 

「何をしているんだ、お前たち!」

「他のみんなと一緒に避難にあたりなさい!」

「ッ、でも……でも、ドルイドンに村の場所がバレたのは俺らのせいなんだろ!?だったら責任とって戦わねえと──」

 

 最後まで言い切らないうちに、エイジロウの頬をタイシロウの大きな手が掴んでいた。

 

「んぶ!?」

「アホなこと言うてこの子は!責任なんて百年早いで!」

「そうねぇ。巡り合わせでそうなっちゃっただけで、もうぼちぼち隠しきれなくなってたんよ」

 

 そもそもエイジロウたちが村の外に出たのは、ドルイドンが既に間近に迫っていたから。放っておいても早晩村は見つかっていたし、責任と言うならその対処を考えるべき自分たちにある。マスターたちの意志は一致していた。

 

「そういうことだ。だから──」

 

 この先は任せて退けと、テンセイが言おうとしたときだった。

 無数の足音とともに、峡谷の境から大軍が押し寄せたのは。

 

「ドルン兵……!?」

「ッ、もうここまで!」

 

 その数の多さは、裏で糸を引く幹部級の本気を彼らに思い知らせた。とはいえ、ドルン兵だけでは束になろうが結界は破れまい。

 と──不意にエイジロウが、誰より早くリュウソウケンを抜いた。

 

「エイジロウくん!?」

「すんません、マスター。確かに責任なんて、俺ら新米には大それた言葉かもしれねえ。──でも騎士になった以上、この村を守る使命はある!」

「──!」

 

 それは決然とした言葉だった。エイジロウはただ、罪悪感から戦場に立とうしているわけではない。この手で守りたいモノがあるから、彼は剣をとるのだ。

 

「だからマスターレッド、俺も一緒に戦わせてくれ!」

「……そうか、そやった。キミはそういう子やったな……」

 

 ほんの一瞬瞑目したタイシロウは、次の瞬間、不敵な笑みを浮かべていた。

 

「一緒に漢ンなるか、エイジロウ!」

「!、──ウスっ!!」

「おい、マスターレッド……」

 

 テンセイが慌てて窘めようとするが、似た者同士の師弟はこうなると止まらない。それに、こうしている間にもドルン兵の群れは目前まで迫っている。

 

「テンヤ、おまえはどうする?」

「オチャコ、あなたが決めなさい」

 

 規則だとか命令ではなく、自分の意志で。──そうであるならば、彼らの答もまた決まっていた。

 

「俺も……兄さんと一緒に戦いたい!」

「私も!最ッ高の騎士に、なるんだから!」

「ふ、そうか──」

 

 

「──なら、行くぞっ!!」

「「「おうッ!!」

 

 

 若き騎士たちの血が今、燃え滾る。

 

 



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1.竜装!スリーナイツ 3/3

 これほど大勢の敵と戦うのは、百戦錬磨のマスターたちにとっても初めてのことだった。何せ遠征では、こちらから標的を探し出して攻撃を仕掛けていたので。

 それでも、ドルン兵を相手に尻込みするような彼らではない。まして今は、新米の部下たちがすぐ横にいる。

 

「うぉらぁッ!!」

 

 一見すると力まかせにも見える、マスターレッドの戦いぶり。しかしその所作には隙がない。真正面はおろか、横、さらには背後から迫るドルン兵に対しても、余裕綽々で対処してみせている。

 

「ヘヘっ、どっからでもかかってこいやぁ!」

 

 悪戯を仕掛ける少年のような笑みを浮かべ、叫ぶ。その鮮やかな戦いぶりに、エイジロウは目を奪われていた。

 

「す、げぇ……」

「何見とれてんねんヒナっ、漢になるんやろ!?」

「!、そうでしたっ!」

 

 守られていては本当に雛でしかない。師と同じ構えをとったエイジロウは、自らドルン兵の群れに斬り込んでいく。その勢いに、敵は明らかに圧されていた。

 

「攻めてきといて怖気づくなんて、おめェら漢じゃねえぜ!!」

 

 

「──テンヤ、背中をおまえに任せる」

「了解しました、兄さ……マスターブルー!」

「はは、今はどちらでも良いさ」

 

 全身鎧の兄弟は背中合わせになり、来る敵を迎え撃っていた。青みがかった頭髪が共通している彼らは、外見からは伺い辛いがかなり年齢差がある。それでも兄は弟をひとりの人間として対等に扱っていたし、弟は兄を立派な騎士として尊敬していた。ただ、生真面目な弟に比べて兄は折り目正しくも柔軟な振る舞いをするのだけれど。

 ともあれふたりの連携は、実戦で披露するのは初めてのことであるにもかかわらず完成されていた。テンセイが攻撃に集中すればテンヤが守りを固め、テンヤが突撃すればテンセイが一歩引いて支援する。戦闘スタイルが同じだからこそ、彼らは互いの役割を滑らかに入れ替えながら戦うことができるのだった。

 

 

 一方で、親子でありながらまったく異なる役割を演じる者たちもいる。

 

「お母ちゃんは、私が守る!」

 

 決然と声をあげて、前衛に立つのはうら若きオチャコだ。魔導士見習いとはいえ騎士である以上、彼女も剣の腕は磨いている。女性かつ最も小柄な彼女が、新米三人の中で最もパワフルな戦いをするのは不条理の極みであったが。

 一方の母は、容姿に違わず後方で構えていた。

 

「無理はせんといてね、オチャコ」

 

 戦闘の真っ只中とは思えぬおっとりした言葉とは裏腹に、彼女の全身には膨大な魔力が溢れつつある。限界まで神経を研ぎ澄ませ、それを思い描いたかたち、あるいは事象として現世に顕現させる。常人であれリュウソウ族であれ変わらない、魔導士の戦い方である。

 

「──はぁッ!!」

 

 そして力強い発声とともに放たれたのは、無数の巨大な巌であった。空気中の元素から生成されたそれは右往左往するドルン兵の群れを呑み込んでいく。

 

「ふふ、カイ……カン」

「何それ?」

 

 この戦場において、彼女こそ最も恐るべきアタッカーには違いなかった。

 

 

 *

 

 

 

「さーて、ぼちぼち本気で行こうや」

 

 マスターレッド・タイシロウの言葉に、倒しても倒しても減る気配のないドルン兵を抑えていたエイジロウは驚愕した。これほどの剣捌きを見せつけておいて、まだ様子見をしていたというのか?

 

 むろん、リュウソウケンを振るうことにおいては皆、全力を発揮していた。そこまでは──才能の有無はあるにせよ──常人にも可能なこと。

 彼らの言う本気とは、リュウソウ族特有の力を使うことだ。

 

「──プクプクソウル!」

 

 タイシロウが取り出したのは、ユーモラスな顔立ちの竜があしらわれたなんとも形容しがたいアイテムだった。それを軽く指で弾くと、桃色の竜頭が白銀の騎士へと様変わりする。

 そしてリュウソウケンの鍔──竜の口の意匠の中には、それを填め込むスロットが存在していた。

 

『ムックムク〜!』

 

 気の抜けるような声だった。やや甲高い成人男性のそれだが、当然この場にいる誰のものでもない。リュウソウケンの声、としか言いようがなかった。

 問題は、その効果である。剣が発せられた光が、タイシロウの大柄なボディを包み込んでいく。

 

 と、驚くべきことが起きた。分厚い筋肉に覆われた身体が、たちまち風船のように膨らんでいくのだ。彼は数秒と経たずして、ボールのような丸々膨れた姿に変わってしまった。

 

「いっくでぇー!」

 

 ボヨンボヨンと跳ね回りながら、敵陣に吶喊していく風船男。戦場らしからぬ間の抜けた光景ではあるが、これは彼の立派な戦術であった。何せ硬い地面をトランポリンのように弾んでいると、動きがまったく読めないのだ。しかも、風船といっても肉の詰まった身体はマシュマロのように柔らかくなっているから、ドルン兵の槍による攻撃はまったく通用しない。

 

 そしてテンセイもまた、同輩の行動に触発されたらしい。

 

「ハヤソウル!」

『ビューン!』

 

 今度は黄金の竜だった。その秘めたる力が身体に染み込んでいくのを感じ、彼は走り出す──疾風のごとく。

 

「追えるものなら、追ってみろ!」

 

 翻弄され、一閃を浴びて倒れるドルン兵の群れには、どだい無理な話だ。

 

 

「──うわぁ、あれが……」

「そ。"リュウソウル"やね」

 

 激しい魔法攻撃を放ちながら、対照的なおっとりした口調でオチャコの母がつぶやく。──"リュウソウル"。エイジロウの友人・ケントの家を始めとした武器職人らがつくる不思議なアイテムで、リュウソウケンに装填すると種類に応じて様々な能力を肉体に付与することができる。その材料や製造法は秘伝であり、エイジロウたちも詳しくはわかっていない。それでも、その力を使いこなすことは一人前の騎士になる必要条件だ。

 

 当然にそれを為したマスターたちは、程なくしてドルン兵の群れを全滅へと追い込んだ。同時にリュウソウルの効果が切れ、タイシロウは元の筋骨隆々の大男に戻り、テンセイはその疾走を止めた。

 

「コミット!」

「ふぅ……」

 

(……すげぇ、)

 

 軽やかに汗を拭う彼らに、少年たちはただただ驚嘆するしかなかった。マスターが騎士団の中でも最上級の強さを誇ることは知っているけれど、本気で戦う姿を見るのはこれが初めてだった。

 憧れが、胸の中で大きく膨らんでいくのを自覚する。いつかは自分たちも、彼らのように──

 

 そのときだった。地震かと一瞬誤認するほどの強烈な揺れが、彼らに襲いかかったのは。

 

「うぉっ、な、なんだ!?」

「……来よったか、本丸が」

「え……?」

 

 地響きとともに、頭上に大きな翳が差す。顔を上げたエイジロウは……刹那、言葉を失った。

 

 見上げんばかりの巨体、巌のような皮膚。

 自分たちの数十倍もあろうかという体躯の怪物が、姿を現したのだ。

 

「な、なんだ……これは……」

「──マイナソーだ」

 

 テンセイの発したひと言に、少年たちはぎょっとした。ドルイドンが生み出す怪物、ドルン兵とは異なり個体ごとに様々な個性をもちながら、その狂暴性でもって人々を苦しめている──それがマイナソー。

 その存在自体は知っていたけれど……これほど巨大とは。尤も、圧倒されているのはマスターたちも同じで。

 

「ここまででかいのは、私たちも初めてや……」

「……うそ、」

 

 刹那、ドラゴンマイナソーが雄叫びを発した。耳を劈くような叫びに、皮膚が総毛立ち、筋肉が硬直する。それを狙い澄ましたかのように、この妖獣は火球を放ってきた。

 

「あかんっ!」

「──ッ!?」

 

 とっさにタイシロウが飛びかかってきて、エイジロウの身体はいとも容易く宙を舞う。そしてそのまま、地面に叩きつけられた。

 

「ッ、てぇ……!」

「すまん……大丈夫か、ヒナ!?」

「ッ、はい……あざすっ」

 

 頑丈が取り柄のエイジロウなので、この程度は許容範囲。あのまま火球を浴びていたら、今ごろ骨も残っていなかっただろうから。

 

「兄さん……!こんな敵、どうすれば……」

「……そうだな、」

 

 弟たちの手前、弱音は吐くまい──マスターたちは努めてそうしているが、逆に言えば倒す手立てはないということでもあった。村から追い払うだけなら搦め手でいけば可能かもしれないが、それで人間の村や街が危険に晒されるのでは意味がない。

 

「ッ、」

 

 いずれにせよ、無抵抗ではいられない。苦しいながらも剣を構えた彼らだったが、刹那、白い弾丸のようなものがマイナソーの頭部を捉えた。

 

「ギャオォッ!?」

 

 明らかな不意打ちだった。直撃を受けたマイナソーがよろけ、後退する。同時に、白い影がエイジロウたちの眼前に降り立った。

 

「!?、長老……!」

 

 タイシロウたちはおろか、それほど長身というわけでないエイジロウと比べても半分ほどの背丈しかない老人。その手にはリュウソウケンが握られているけれど、見た目にはどちらが主かわからない。

 彼は振り返りもせず、ぶっきらぼうな声をあげた。

 

「神殿へ行け」

「え?」

「──!、我々に大いなる力を甦らせろと……?」

「そうだ、それしかない」

 

 マスターたちは逡巡する様子を見せている。よくわからないが、神殿にあるという"大いなる力"とはリュウソウ族の神のことを指すのだろうか。とするならば、畏れ多く思うのも無理はない。

 

「何しとる、行け!ここは()()()で抑える!」

 

 俺"たち"──長老に続いて、騎士たちが次々と前線にやってくる。エイジロウたちは、あっという間に後方へと押しやられてしまった。

 

「ッ、行くしかあらへんか……。──ヒナ、護衛は任せるで!」

「う、うっす!」

 

 ブルーとピンク、両マスターも同じ判断に至ったらしい。新米騎士たちを護衛に付け、彼らは神殿へと向かう。

 それを見送りつつ、長老ソラヒコは不敵に笑った。

 

「くくっ、久々に腕が鳴るわい。──全員、俺に続けぇ!!」

 

 応!と威勢の良い声が返ってくる。自らがマスターだった頃を思い起こして、なおさら血が滾る。尤も当時は、騎士団と言えるほど大仰な組織はできていなかったのだけれど。

 

 

 *

 

 

 

 本当なら朝に一度足を踏み入れていたはずの神殿は、そのときよりずっと荘厳かつ重々しいものに見えた。

 

「この奥や」

 

 タイシロウの言葉に、エイジロウははっと我に返った。護衛を仰せつかったとはいえ、ここまででその役目を果たすような出来事は起きていない。それともこの先に、何かあると言うのだろうか?

 薄暗い洞穴の中をまっすぐに進んでいく。と、奥に行くにつれ細くなっていた通路が、突然に拓けた。

 

「……!」

 

 そこは大広間のような場所だった。割れた岩肌の天井からわずかな光が差している。その輝きに照らされた祭壇には、何かが填め込まれていて。

 

「あれは……?」

 

 具体性に欠ける問いに、応答はなかった。マスターたちは緊張した面持ちでそれを見つめている。

 ややあって彼らは、意を決したように一歩を踏み出した。祭壇に埋め込まれた竜の頭部のような形をした"それ"に、手をかける。

 

「ッ、……!」

 

──取れない。

 

「あ、あかん……!硬いわ……」

「やはり、一筋縄では行かないか……」

 

 それは年月をかけ、岩盤と完全に一体化してしまっているようだった。大の男が力いっぱい引っ張っても、びくともしない。

 

「わ、腕力がいるなら私が……!」

 

 焦れたオチャコが、ふんすと鼻息を荒くしてつぶやく。流石にそれはどうかとテンヤが窘めようとするが、

 

「ふぅ……そやね、やってみる?」

 

 この中では最も非力ということもあり早々にあきらめたのだろう、マスターピンクが苦笑混じりに首肯く。大役を任された娘は緊張した面持ちで歩み寄り、そのオブジェクトに手をかけた。

 そして、

 

「ふん……──えっ?」

 

 オチャコが、場にそぐわぬ素っ頓狂な声をあげる。彼女より背後に立つエイジロウたちは何がどうしたのかわからず、怪訝な表情を浮かべるほかなかった。

 

「……どうした、オチャコ?」

「その……」

 

 ぎこちない笑みを浮かべて振り向くオチャコ。その手には──かの、竜の意匠が握られていて。

 

「取れ……ちゃった」

「何!?」

「おめェ……怪力にも程があるぜ」

「ちゃうもん!まだ全然力入れてなかったし!!」

 

 オチャコの主張になんとも言えない表情を浮かべるエイジロウとテンヤだったが、マスターたちは違っていた。

 

「──エイジロウ、キミもやってみぃ」

「え?」

「テンヤ、おまえも」

「……兄さん?」

 

 ふたりの表情は真剣そのものだった。戸惑う少年たちだったが、次の瞬間大きな揺れが神殿を襲う。よろけるエイジロウは、隣のテンヤに掴まりながら自分の鍛え方がまだまだ足りないことを自覚する。尤も、そんな状況でもないのだけれど。

 

「マイナソーの攻撃か……!」

「あのでかぶつ相手じゃ、長老たちでも抑えきれないんや……!──早よ!」

「!」

 

 もはや、躊躇っている場合ではない。エイジロウとテンヤもまた、埋め込まれた残るふたつに手をかける。

 

──刹那、再び激しい揺れが襲う。元々亀裂の入っていた天井の巌が、ところどころ砕けて落ちてくる。

 

「あかん……!──エイジロウ!」

「テンヤっ!」

「──ッ!」

 

 "それ"を手にした瞬間、エイジロウは無意識に願っていた。姿かたちも知らないリュウソウ族の守護神に。

 

(俺たちに……力をくれ!!)

 

──守るための、力を。

 

 

 そして眩い光が、彼らを包み込んだ。

 

 

 *

 

 

 

 見上げんばかりのドラゴンマイナソーに、大勢の騎士たちが躍りかかっていく。

 

「ガァオォォォ──ッ!!」

 

 対して、咆哮とともに放たれる火球が彼らの進撃を阻む。頼みはピンクソーサラーズの魔導士たちによる魔法攻撃だったが、スケールの違いすぎる相手には焼け石に水と言うほかなく。

 

「ッ、流石に、老体には堪えるわ……」

 

 そうこぼしながらも、騎士たちの先頭に立つ老人。テンセイのそれに勝るとも劣らぬスピードで、彼は果敢に攻撃を仕掛けていた。

 それでも無差別にばら撒かれる火球が、時折神殿のある断崖にまで着弾する。その光景に、ソラヒコはいよいよ危機感を覚えた。

 

「こいつ、神殿を……!」

「グォアァァァァッ!!」

「!」

 

 ドラゴンマイナソーの爪が、目の前に迫る。咄嗟に飛びのくソラヒコだが、若い騎士たちの一部には逃げ遅れた者も出た。──まずい!

 

 そのとき、だった。──背にした断崖が一挙に崩落し、そこから大きな光の球が飛び出してきたのは。

 

 "それ"はドラゴンマイナソーに激突し、その巨体をいとも容易く弾き飛ばす。騎士たちの危機は救われたが、あれは。

 

「"大いなる力"……目覚めたか」

 

 光が伸びやかな四肢を形作っていく。真紅の身体に、左腕をピンク、右腕をブルーの鎧で覆った巨人。その胸には、ドラゴンマイナソーにも劣らぬ迫力の竜頭がそびえている。

 巨人はまずその場にしゃがみ込むと、右手をおもむろに接地させた。何か掴んでいたものを地面に下ろすようなしぐさ。

 果たしてそれは、神殿にいたはずのマスターたちだった。

 

「お前ら……無事だったか」

「!、長老……」

 

 ほっと胸を撫でおろしたソラヒコだったが、程なく怪訝な表情を浮かべた。──エイジロウたちの姿が、ない。

 

「小僧どもはどうした?」

「………」

 

「あの巨人の、中です」

「何!?」

 

 彼らの言葉に反して──巨人の体内に、エイジロウたちの姿はなかった。

 

「なんだ、これ……どうなってんだ?」

 

 姿がないのは、存在がないこととイコールではない。確かにあったのだ。赤き戦衣を全身に纏った、竜騎士の姿が。

 エイジロウだけではない。テンヤとオチャコもそれぞれ青、そして桃色の竜騎士へと姿を変えていたのだ。

 

「なんか、パワーが漲ってくる感じや……」

「!、そうだ……聞いたことがある!守護神に選ばれし者は、"竜装者"と呼ばれる伝説の騎士となる資格を得られると」

「リュウ、ソウジャー……?」

 

 つまり、この姿が?

 

「──グォオオオオオオッ!!」

「!」

 

 怒り狂ったドラゴンマイナソーが、早速火球による攻撃を仕掛けてくる。背後には長老やマスターをはじめとする仲間たち。ならば、逃げるわけにはいかない。

 

「考えるのはあとだ。──突っ込むぞ!」

 

 エイジロウの意志に合わせるように、守護神たる巨人は動いた。爆炎に呑み込まれるのも厭わず、前進を開始する。やがてその重厚なボディに見合わぬ軽快な動作で走り出し……そして、跳躍した。

 

「お、らぁッ!!」

 

 右腕の剣が一閃、マイナソーの皮膚をいとも容易く切り裂く。

 

「ガァアッ!?」

 

 苦悶の声をあげながらも、さらに激昂し長大な尻尾を振り回すマイナソー。巨人は左腕でそれを掴むと、軽々と巨体を持ち上げ、ジャイアントスイングの要領で投げ飛ばしてみせた。

 

「す、すごい……。私より怪力かもしれへん」

「流石は守護神……!勝てるぞ、僕たち!」

 

 テンヤの一人称が変わっていることにエイジロウたちは気づいたが、あえて言及はしなかった。ストイックな性格の彼は、名門出身の"お坊ちゃん"ゆえの甘えを払拭すべく努めて一人称を変えているそうなので。

 

 と、巨人が再びダイナミックに動いた。跳び上がると同時に両肩のドリルが分離、膝に装着される。その状態で、マイナソーの顔面にニードロップをぶつける。あまりに容赦のない攻撃に、マイナソーはふらつきながら断崖に激突した。

 

「っし……!とどめだっ!!」

 

 右腕が熱を発する。その意味を本能的に察知した三人は、力いっぱいリュウソウケンを振り下ろす。

 その動きにシンクロするように──巨人も、右腕の刃を一閃した。

 

「ガァアアアア──ッ!!?」

 

 その一撃に、紙のように吹き飛ばされていくドラゴンマイナソーの巨体。それはやがて大爆発を起こし、紅蓮とともに粉々に砕け散っていく──

 

 

 そんな一連の光景に、人々は呼吸も忘れて見入っていた。マスターたちも。唯一の例外は、長老くらいなものだった。

 

「長老、あれが──」

「うむ、──"騎士竜"だ」

 

 巨人の姿が輝き、やがて三匹の竜に分かたれる。その姿こそ、騎士竜。

 

 

 そして騎士竜に選ばれし騎士たちこそ、リュウソウジャーだ。

 

 

 つづく

 

 




「なぜ、僕らが選ばれたんだ?」
「私、魔導士にならなくてええんかな……」

次回「涙の旅発」

「頼んだぜ、エイジロウ……」
「ケントーーーッ!!」


ソウルをひとつに!行け、騎士竜道‹バトルロード›!


今日の敵‹ヴィラン›

ドラゴンマイナソー

分類/ドラゴン属ドラゴン
身長/51.5m
体重/771.8t
経験値/453
シークレット/伝説上の生き物、ドラゴンに似たマイナソー。全身が強力な矛であり、また盾でもある。口から放つ邪悪な火球は、この世のすべてを焼き尽くすと言われているぞ!
ひと言メモbyクレオン:チョー強いマイナソー、破壊活動にはもってこい!こんなにすくすく育って、今ならチョーお買い得でっす!……実はちょーっとバカだから、てへっ。


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2.涙の旅発 1/3

今作は週末(金~日)で1話完成するようにアップしていきます…間に合えば


 

 リュウソウ族の守護神、騎士竜を甦らせたエイジロウたち。騎士竜に選ばれた彼らは、リュウソウジャーと呼ばれる伝説の騎士の力を手に、村を襲った邪竜を打ち破ったのだった──

 

──だった、けれど。

 

 

「そもそも、騎士竜(こいつら)って本当はなんなんスか?」

 

 率直にすぎるエイジロウの問いは、まさにその守護神たるものを背にしては不躾に過ぎるものだった。案の定、隣のテンヤが顔を顰めている。

 ただ、当の騎士竜たちは極めて鷹揚なものだった。中心たる赤い騎士竜などは、「ティラ〜♪」と上機嫌な声を発しながら村の子供たちの遊具になっているありさまだった。

 

 ゴホンと咳払いをしつつ、長老が口を開く。

 

「ひと言で言えば、進化した恐竜だな」

「進化、ですか?」

「6500万年前、我らリュウソウ族の祖先とドルイドンが相争っとったのは知っとるだろう。奴らの強大なパワーに対抗するためには、我らだけでは力不足だった。そこで恐竜たちの力を、借り受けることにした」

 

 リュウソウ族と恐竜の連合軍はドルイドン相手に勝利を続けたが、そんな折なんの前触れもない巨大隕石の襲来によりこの星は氷河期を迎えた。ドルイドンの生き残りたちはあっさり星を捨てて宇宙へ逃げ、戦いは終わった。しかし激変する環境に耐えられず、恐竜たちもあえなく絶滅した……と、されている。

 

「実際にゃ、一部が生き残っとったんだ。そいつらは環境に対応すべく進化し、どんな荒れ果てた世界でも生き抜けるだけの強靭な肉体を手に入れた」

「それが……騎士竜?」

「そういうことだ。尤も我らの先祖は、こいつらを封印しちまったんだがな……」

「何故、そんなことを……?」

「わからん。てっきりそのでけぇ力を恐れて無理やり祀り上げたんだと思ってたが……」

 

 ティラノサウルスに似た赤の騎士竜は、凶暴そうな容姿に似合わず子供たちと楽しげに戯れていて。無理に封印されたのだとしたら、リュウソウ族に恨みをもっていてもおかしくないだろう。

 彼らはいったい何を思い、6500万年の眠りに甘んじたのだろう。翠に輝く瞳を、エイジロウはじっと見つめていた。──そして、

 

「……ティラミーゴ」

「ん?」

「え?」

「ああ……こいつの名前。ずーっと西の国の言葉で、友だちのこと"アミーゴ"って言うだろ?こいつの姿見てたら、思い出したんだ。──どうだ?」

 

 赤の騎士竜はエイジロウをじっと見下ろしたあと、「ティラ〜!」と嬉しそうに鳴いた。

 

「っし、決まりだな!」

「名前、名前かぁ……考えとらんかった」

「エイジロウくんは案外センスがあるのだな!残念ながら俺にはないから……兄さんに相談してみようか……」

 

 騎士竜の名付けというささやかな課題に悩む新米かつ伝説の騎士たち。微笑ましい光景には違いないのだが。

 

「後にせい。これから忙しくなるぞ」

「?」

 

 結界は壊れ、村は今無防備な状態にある。ドルイドンがあきらめて回れ右してくれるとは、とても思えないのだった。

 

 

 *

 

 

 

 その危惧は的中していた。

 侵略者たるドルイドン・タンクジョウは、予想だにしない敗北に怒りを露にしていたのだ。

 

「おのれリュウソウ族め、まさか騎士竜を甦らせ、マイナソーを倒すとは……!──クレオン!」

「なんすか、タンクジョウさまぁ?」

 

 そろばん片手に帳簿を付けているクレオンの姿は、流石にマイナソーの"製造"から販売までを一手に担う商人なだけのことはあった。ただそんな態度までも、今はタンクジョウの心を逆撫でする。

 

「金勘定なんぞ後にしろ!」

「なぬ!?なんぞとはなんぞ!!」

 

「カネは商人の命なんだぞ!」と怒鳴り返すクレオンであったが、

 

「相場の倍払ってやる……。あの村を攻略できるマイナソーを連れてこいっ、今すぐにだ!!」

「倍!?」

 

 その言葉に、クレオンは思わずそろばんを放り出して立ち上がった。次の瞬間には慌ててそれを拾い上げたのだが。

 

「すぐ見繕ってきやす、毎度ありっ!」

 

 意気揚々とシャウトしたと思えば、ビシャリと肉体を液状化させ大地の隙間に消えるクレオン。タンクジョウはとうに彼を見てはいない。

 

「待っていろ、リュウソウ族……!」

 

 憎悪に滾る瞳は、眼下の村を睨みすえていた──

 

 

 *

 

 

 

 エイジロウたちの叙任から二度目の夜を迎えた村では、昨夜以上に慌ただしい時が過ぎていた。騎士たちが村中を慌ただしく駆けずり回り、一般の村民たちは固く戸締まりをして家にこもっている。傍から見ても、非常時であることが明らかな状況。

 その中にあって、三人のマスターは今後の対応を協議していた。

 

「マスターピンク、結界の状況は?」

「皆で張り直している最中よ。でも元の通りにするには、最低でも三日はかかる」

「……その気があるなら、それまでに攻めてくるやろな」

 

 タイシロウの言葉は、苦しいが真実に他ならなかった。結界がだめなら、他の防備に頼らざるをえない。

 

「村の境界は、復活した騎士竜たちが守ってくれている。それが救いか」

「そやな。ま、エイジロウたちもリュウソウジャーになったしなぁ」

 

 「あいつらがなぁ」と感慨深げな表情を浮かべるタイシロウである。もはや伝説でしかなかった鮮やかなる鎧騎士たちの姿を目の当たりにしたとき、その心は少年のように躍った。無論、マスターとして露骨にはしなかったが。

 

「でも……どうしてあの子たちだったんやろねぇ」

 

 不服ではない、純然たる疑問だった。今はエイジロウたちの手首にある"リュウソウブレス"──祭壇から引き抜けたのが自分たちマスターでなく新米の彼らであったというのはつまり、そういうことだ。

 

「こればっかりは騎士竜に聞いてみないとなぁ。っつっても彼ら、喋られへんのやけど」

「いずれにせよ、継承はなされたんだ。今しばらくは、見守るしかないさ」

「……なんかニヨニヨしとらん、テンセイはん?」

「し、してないぞ」

 

 否定しつつ、頬が弛んでいるのを誤魔化しきれていない。この男が親馬鹿ならぬ兄馬鹿であることは公然の秘密である。非の打ちどころのない立派な騎士であるのに、数少ない非までが微笑ましいものとは。なんというか、あざといのではないかとタイシロウは密かに思うのだった。

 

 

 *

 

 

 

 一方のエイジロウたちは、何かできることはないかと村中を歩き回っていた。とはいえ初任務を終えた──失敗したが──ばかりの新米騎士たちに割り当てがあるはずもなく、先輩たちにはむしろリュウソウジャーになったのだからいざというときのために休んでおけと仰せつかる始末。

 とはいえ三人とも興奮さめやらぬ中、おとなしく帰宅などできようもない。ましてうち二名は、家族に騎士団長がいるので。

 

 というわけで彼らが訪れたのは、昼間にも足を運んだ医療所だった。先の戦いでは騎士の中に少なからず負傷者が出ており、今ごろは彼らの看病のためにとりわけ慌ただしい時間が過ぎているはずだった。

 

「あれ、おめェ──」

 

 早々に首を傾げたエイジロウに対し、桶を抱えた少年はもとより鋭い目を眇めて応えた。お世辞にも好意的でないことは、よほど鈍い人間でなければ明らかで。

 エイジロウが鼻白んでいると、彼の背後から同じくらいの背丈の老婆がひょこりと顔を出した。

 

「村がこんな状況で行き場もないだろうからね、仕事を手伝わせてるんだよ」

「!、チヨばあ「あ?」……チヨさん」

 

 普段は温和な彼女も、婆さん呼ばわりには敏感なのだった。その辺りの機微はまだよくわからない若者たちである。

 閑話休題。

 

「でも、その子だって体調崩してるのに──」

「──僕ならもう大丈夫です」

 

 オチャコの気遣いを遮るように言い放ったのは、他でもないかの少年だった。その瞳は冷たく、エイジロウたちを見ているようで見ていない。もとより怜悧な顔立ちであるから、それが余計に強調される。

 

「きみ、その態度はないだろう。彼女はきみを心配してだな……」

「それが余計なお世話だと言ってるんです」

「な!?」

 

 流石に看過できなかったのだろうテンヤが咎めようとするのも、少年はまったく動揺することなく切り捨てる。村にこういう子供はいないものだから、彼らには太刀打ちできようもなかった。そもそも元マスターピンクの老婦人にしてみれば、どちらも子供であるのだけれど。

 

「はぁ、あんたたちがいても仕事の邪魔になるだけさね。おとなしく帰りな」

「ッ、しかし──」

 

 意地になったテンヤが食い下がろうとしたときだった。きゅるるるる、という、殺伐とした現場に似合わぬ気の抜けた音が響いたのは。

 

「え」

「……!」

 

 呆気にとられたような表情を浮かべていた少年が、みるみる顔を赤くしていく。そうして腹を押さえるのを目の当たりにして、エイジロウたちはその意味に気づいた。

 

「もしかして、何も食わせてないんスか?」

「あぁ……それどころじゃなかったからねぇ」

 

 「気が回らなくてごめんよ」と殊勝に謝るチヨに対し、少年は「べっ別に大丈夫です」とぶんぶんかぶりを振っている。確かに、怪我人を抱えた医療所の状況では子供ひとりの空腹を慮ってなどいられなかろう。

 ならばとエイジロウは、少年にひょこりと歩み寄った。

 

「じゃあ、ウチでメシ食おうぜ!」

「は?……あなたの家で?」

「おう!」

 

 人好きする笑みを浮かべるエイジロウに対し、もう一度お腹を鳴らした少年の中では強烈な葛藤がせめぎ合っているようだった。口がへの字にひん曲がり、目玉をぎょろりと見開いたとんでもない表情を浮かべている。元が端正な顔立ちだけに、余計にとんでもない形相に成り下がっているのだった。

 

「お……オコトワリ、シマス」

「!?、おまっ……どんだけ意地っ張りだよ!」

「勇者様の施しなんかいりません!」

 

 これにはエイジロウもカッとなった。そういうとき、彼は相手を突き放すよりむしろ強引に懐に入ってしまうタイプである。今回も例外ではなく。

 

「勇者様じゃねえ、騎士だ!」

 

 言うが早いか、ひょいと少年を担ぎ上げてしまう。その身体は見かけの体躯に比して軽くて、暫く何も体内に入れていないのではないかと伺わせるものだった。

 

「な、ちょっ……降ろせよ!」

「いいから、行くぞっ!」

「降ろせったらぁ!」

 

 足掻く少年の抗議を完全に無視し、「じゃあな!」と去っていくエイジロウなのであった。

 

「おやすみー!……やるなぁエイジロウくん」

「うむ!彼ならあの子と打ち解けられるかもしれないな!」

 

 呑気なやりとりをかわすふたりだが、背後からじとりとした視線を感じて振り返る。そう、ここはある意味戦場の真っ只中だった。

 

「ここは井戸端じゃないよ」

「……はい」

 

 彼らもまた、程なく帰宅の途につくことになったのだった。

 

 

 *

 

 

 

「く、来るな……来るなあっ」

 

 深夜の街道にて、旅人は恐怖を露に後ずさっていた。彼の目の前には、キノコの意匠を纏った異形の怪人が迫っていて。

 

「だいじょーぶダイジョウブ!ちょーっと苦いだけで終わるからさ〜」

「ヒッ!」

「あぁもうっ、おとなしくしとけよ急いでんだから!──おいお前らぁ!」

 

 パチンと指を鳴らす怪人。と、どこからともなく現れたドルン兵たちが旅人の両腕を押さえ拘束する。さらには強引に口を開かされ、

 

「はぁい、ごっくんして〜」

「んぐぅ!?」

 

 怪人の指から垂らされた粘性の液体が、口腔を伝って喉に落ちていく。途端、彼は焼けつくような熱とともに身体から何かが抜け出ていくような錯覚を味わった。

 

──否、それは錯覚などではなかった。

 

「レディースエーンジェントルメ〜ン!──マイナソーのぉ、誕・生!でっす!!」

 

 旅人の血肉を分けるようにして、新たな怪物が誕生する。しかし彼はもう、その悍ましい姿に怯えることも悲鳴をあげることもない。力なく座り込んだその姿は、まるで糸の切れた人形のようだった。

 

「ミィ、ロォ……!」

「えっ、何ナニ?ふんふん……なるほどぉ、こりゃタンクジョウ様に褒められてしまうなァ!」

 

 無邪気に、それでいて酷薄に嘲笑う怪人──クレオン。彼は何をしたのか、その真の目的はいったいなんなのか。

 

 

 ただひとつ言えるのは、エイジロウたちの村に再び危機が迫っているということだ。

 

 



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2.涙の旅発 2/3

 

 ともに切磋琢磨しあい、エイジロウたち三人は騎士になった。とはいえ幼少期から親しかったかといえば必ずしもそうではない。何せ住んでいる場所も離れていたし、性格も環境もそれぞれ異なるのだ。むろん小さな村の中なので、いちおう友人関係と言える程度の交流はあったが。

 

 つまり今のように、テンヤとオチャコが帰路を同道するというのは自然なことではないのだ。

 

「あのさーテンヤくん、送ってもらわんくても大丈夫だよ?私だって騎士やし、そもそも他の騎士さんたちがその辺おるし……」

「俺の個人的な信条に基づく行動だ、気にしないでくれ!迷惑だったら申し訳ないが!」

 

 迷惑なんてことはない、オチャコとしても話し相手がいるほうがありがたいので。ただなんというか、兄に比べて彼は杓子定規というか、有り体に言って融通がきかないなあと思うのだった。

 

「今日はなんか、すごい一日やったねえ。騎士になっていきなりドルイドンと戦って、今度は、伝説のリュウソウジャーになって……」

「そうだな、正直まだ現実感がないくらいだ。だが──」

 

 そこで言葉を切ったテンヤ。オチャコより頭ひとつぶん高いところにあるその顔は、複雑な感情に支配されていた。

 

「なぜ、僕らが選ばれたんだ?」

「……テンヤくん?」

「光栄なこととわかってはいるんだ。しかしそうであればこそ、兄さんたちが選ばれるべきだったのではないかと……そう思えてならない」

「………」

「オチャコくん、きみはどう思う?」

 

 回答を求められたオチャコだったが、それを果たすより先に自邸が見えてきてしまった。もとより帰宅に付随した会話であって、テンヤとしても引き止めてまで返答させるつもりはなかった。

 

「すまない、別れ際に妙なことを聞いてしまった。ではゆっくり休んでくれ、おやすみ!」

「う、うん……おやすみ」

 

 一転して爽やかな笑みを浮かべると、踵を返して去っていく。生真面目、中には偏屈だ石頭だと陰口を叩かれることもある少年だが、騎士に必要不可欠な慈悲の心は人一倍強くもっている。それゆえに、思い悩むことも多いのだ。

 

 むろんそれは、オチャコも同じなのだが。

 

 

「──おっ、おかえりオチャコ!」

 

 玄関に入るなり、生まれつきの大きな声で出迎えてくれたのは他でもない父だった。"村一番の大工"の称号にふさわしいがっちりした体躯に、よく日焼けした顔に朗らかな笑みを張りつけている。どちらかというと母親似のオチャコであるが、ふとした瞬間に自分と同じ血が流れていることを感じさせられる。まさしく今がそうだった。

 

「ただいま、父ちゃん。帰ってたんや」

「まあ、長老から家にこもってろって言われてしもうたからな。戦いで壊れた家があるわけでもないから、すぐやらなあかん仕事もないし」

 

 「それより聞いたで」と、父が目を輝かせる。

 

「オチャコ、伝説の騎士竜に選ばれたんやろ?確か──」

「リュウソウジャー?」

「そう!すごいやないか。奥さんがマスターで娘がリュウソウジャーなんて、父ちゃん鼻が高いわ!」

「……そう、かな」

「?、オチャコ?」

 

 意図した以上に沈んだ声になってしまった。父に要らぬ気遣いをさせてはと、オチャコは努めて笑顔を浮かべた。

 

「ううんなんでもない!それよりお腹すいたなぁ」

「おう。きょうは父ちゃん、腕にヨリかけてごちそう作ったからな!オチャコの大好きなお餅も焼いたで」

「ホンマ!?ありがとう父ちゃん!」

 

 

 *

 

 

 

「着いたぜ、ここが俺んち」

 

 エイジロウの申告に、少年はさしたる感慨を抱くこともなかった。彼が自宅と言った建物はここまで来る最中、何度も見たつくりの古い平屋だったので。

 それより当面の問題は、己の足が久しく地面に付着していないことだった。

 

「……あの、もう降ろしてもらえませんか……」

「……逃げねえ?」

「ここまで来て逃げるほど馬鹿じゃないです……」

 

 正直言って疑わしい気持ちはあったものの、エイジロウは少年を降ろした。ほう、と息をついた少年は、しきりに胸のあたりをさすっている。腕が食い込んで痛かったのだろう、少しばかり申し訳ない気持ちになる。

 

「ほら、入れよ。大したもんはねえけど」

「……おじゃまします」

 

 果たして玄関に足を踏み入れるふたり。真っ暗な室内はひんやりした空気で彼らを出迎えた。エイジロウはすっかり慣れた様子で松明に火をくべると、そのまま部屋の片隅にある小さな祭壇に目を向けた。

 

「ただいま親父、おふくろ」

「!」

 

 少年は息を呑んだ。そこにおよそ彼の両親と呼べるものが存在しようはずもない。ただ、冷たい石の塊がふたつ、そこにあった。人の名と思しき文字列が刻まれたそれらが何かわからないほど、少年は無知でも愚昧でもない。

 

「あの……ご両親は……」

「あぁ……悪ィ、話してなかったな」

 

 「ふたりとも、死んでんだ」と、あっけらかんとした表情で告げるエイジロウ。何事でもないかのようなその表情を目の当たりにして、少年は思わず息を呑んだ。

 

「……どうして、」

「なんで死んだかって?おふくろは俺を産んで……親父は、やっぱり騎士でさ。遠征に出て、ドルイドンにやられた」

 

 父は生前、常々言っていた。「漢は背中に傷を受けてはならん。唯一例外があるとすれば、それは守るべきものを腕に抱いたときだ」と。

 果たしてその言葉通り、彼は子供を抱え込んで守り、背中を斬られて死んだ。

 

「それからは、ずっと独りで暮らしてるんですか……?」

「おう。っつっても狭ぇ村だし、周りの人に色々助けてもらってるけどな。騎士に……それも伝説のリュウソウジャーになったからには、その恩返しができたらって思ってる」

「……そんなの、」

「ん?」

 

「そんなの、ただの自己満足だ……!」

 

 少年の拳に、力がこもる。エイジロウは困惑した。己の雄心を自己満足と切って捨てられたことより、その声音に表情に。

 

勇者(ヒーロー)もあんたたちも同じだ……。きれいごとを唱えて名前も知らない誰かのために命を捨てて、結局大事なひとを不幸にする!そんなやつら、ぼくは嫌いだ……!大っ嫌いだ!!」

 

 それは怒りというにはあまりに佗しく、嘆きというにはあまりに烈しい言の葉だった。変声期も迎えていないような少年が、おそらくはその痩せた腹のうちに抱え込んでいたであろうもの。

 

「おめェ……」

 

 二の句が継げなくなったエイジロウ。ややあって、彼はようやく口を開き──

 

「──名前は?」

「……は?」

 

 つい今までやりきれない表情を浮かべた少年の目が、点になるのをエイジロウは見た。唐突にも程があることは自覚している。

 

「それ……今訊くこと?」

「いやぁ、自分の名前も知らねー相手にどうのこうの言われたくねえかなーって思ってよ。今さらだけど」

「………」

 

 毒気を抜かれた様子の少年は、ため息混じりに「コタロウです」と名乗った。

 

「コタロウか。俺、エイジロウってんだ。ちょっと似てるな、へへっ。あ、ちなみにマスターレッドもタイシロウさんって言うんだぜ!なんか三兄弟みてぇだよな!」

「……順番があべこべじゃないですか?」

 

 渋々突っ込みを入れると、「確かにな!」とエイジロウは笑う。──同じ顔をしていると、思った。

 

「コタロウも、親を亡くしたのか?」

「……ええ。母が、勇者だったので」

 

 名ある勇者だった母はコタロウを故郷の親戚に預けて、一年のほとんどを戦いの旅に費やしていた。彼女は人々を守るために戦い、そして死んだ。偉大な英雄だったと、母を知る者はみな褒めたたえてくれる。

 でも、それがどうしたというのだ。世界は何も変わらない。コタロウは独りぼっちになった。それが死した勇者がもたらしたモノだ。

 

「そう、か。おふくろさんが亡くなったあとは、どうしてたんだ?」

「親戚のところにいました。でも……誰も、僕の気持ちなんてわかってくれないから……」

 

 母を名誉ある英雄だと称え浮かれる彼らは、コタロウ少年の心を理解するどころか察することさえなかった。嫌気が差し、彼は家どころか街を飛び出したのだ。そこでドルイドンに目をつけられてしまい、今に至るのだけれど。

 

「……ご心配なく。この辺りのドルイドンがいなくなったら、帰りますから」

「コタロウ……、──そうだな。そうしたほうがいい」肯きつつ、「でも、それまではここにいろよ。そんで、言いたいこと好きなだけ吐き出せ。俺、気の利いたことは言えねえけど……ハナシ聞くくらいなら、できるから」

「どうして、そんなこと……」

「俺も、そういう気持ちがなかったわけじゃないから。なんて……結局親父の背中追っかけて騎士になったヤツが言っても、説得力ねえかもしれねーけどさ」

 

 困ったように微笑むエイジロウを、コタロウは注意深く観察した。輝きに満ちた緋色の瞳には、かすかな哀しみが顔を覗かせている。──少なくともむやみな共感でないことは、確信できた。

 

「さてと!」ぱんと手を叩き、「メシにしようぜ。何が良い……ってまあ、パンと干し肉しかねえんだけどな」

 

 男やもめの哀しい宿命である。──と、不意に玄関の戸が外から開け放たれた。

 

「よーっす、エイちゃん!」

「トモナリ、ケント!どうしたんだよ、こんな時間に?」

「おまえが伝説のリュウソウジャーになって怪物を倒したって聞いて、お祝いに来たんだよ。メシも持ってきたぜ」

「マジか、サンキューなぁ!あっ、紹介するぜコタロウ。こいつら俺のダチで、トモナリとケント」

 

 小柄だががっちりした体格の少年と、ひょろりと背の高い少年。対照的なふたりだが、浮かべた人懐こい笑顔は兄弟のようによく似ている。あるいは、エイジロウとも。

 

「おまえがエイジロウの拾ってきたっていう人間の子供かぁ」

「長老たちは掟がどーこーでうるさいけど、気にせずゆっくりしてけよ」

「あ、ありがとうございます……」

 

 遠慮がちに礼を述べるコタロウだが、既に友人たちは馬鹿騒ぎの態勢になっていた。主を迎える者のいない冷たい部屋は、あっという間にそのボルテージを上げていく。──エイジロウがコタロウの無念を共有しながらも騎士を志した理由は、きっとそこにあった。

 

 

 *

 

 

 

 父のつくったごちそうを完食したあと、オチャコは自室の露台で涼んでいた。

 

「はぁ……また食べすぎちゃった」

 

 この少女らしからぬ大食いもまた、オチャコの抱えるコンプレックスのひとつであった。とはいえ結局食欲が勝ってしまうあたり、悩みの程度も知れるというものだが。

 

 彼女が今、真に思い悩んでいるのはそんなことではなかった。ぐるぐる考え、結論が出ないまま終わってはまた悩む。その繰り返し。つまるところ、考えれば解決するというものではないということだった。

 

「はー……」

 

 もう一度深々と、ため息を吐き出したときだった。

 

「オチャコ〜」

「!?」

 

 頭上から響く声に慌てて顔を上げる。と、そこには箒に跨った魔女の姿があった。

 

「お、お母ちゃん……!?」

「ただいま」

 

 そう言って、母はにっこりと笑った。

 

 

「──お仕事、ええの?うちの団の人たち、みんな結界の張り直しがんばってるんじゃ……」

「そうやねぇ。ちょっと休憩したら私も行くわ」

 

 そう返す母の視線は、オチャコの左手首あたりに注がれている。そこにリュウソウブレス──リュウソウジャーたる証が巻かれているのを思い出して、オチャコは慌てて左手を引っ込めた。

 

「どうして隠すん?もっと見せてよ」

「………」

「オチャコ?」

 

「私、魔導士にならなくてええんかな……?」

 

 それは選ばれてよりずっと、胸のうちで燻っていた感情だった。偉大な魔導士であるマスターピンクを母にもちながら、魔法より腕力に秀でた自分。それでも魔法の腕を磨いてピンクソーサラーズの一員に選ばれたけれど、運命は自分を別の道へ進ませようとしている。

 

「オチャコは、どうしたいん?」

「私は……」

 

 自らの中に、模糊とした回答はある。しかしそれが進むべき道と確信できないから、オチャコは悩み続けているのだ。

 

「じゃあ、お母ちゃんの考えを言っていい?」

「……うん」

 

 一瞬の沈黙があって、

 

「お母ちゃんね、オチャコは無理に魔導士になることないと思う」

「え……」

「もちろん、オチャコがなりたい言うんなら応援するし、マスターとしてできることは全部やるけどね。でもオチャコはお父ちゃんに似て力持ちやし、剣の腕も良いし、エイジロウくんたちと一緒にリュウソウジャーやったらえらい化けると思うんよ」

「お母ちゃん……」

 

「だから、オチャコの本当にやりたいことをしなさい」──母の言葉は即座に結論を導き出すものではなかったけれども、間違いなくオチャコの心に楔を打ったのだった。

 

 

 *

 

 

 

 オチャコとは形が違えど、同じくリュウソウジャーに選ばれたことについて思い悩むテンヤ。彼は独り、リュウソウケンを一心不乱に振り続けていた。

 

(迷っている場合ではない……!自身の器がどうあれ、僕は選ばれたんだ!)

 

「ならば、死力を尽くさなければッ!!」

 

 そのために鍛え上げてきた身体は、既に兄にも負けぬくらい逞しいものとなっている。同年代はおろか年長の騎士たちからも時折憧憬の目を向けられるテンヤ少年だが、とうの本人にはその自覚がない。

 

 

 *

 

 

 

 そうして夜が深まりつつあった頃、クレオンは依頼主であるドルイドンのもとへ舞い戻っていた。"依頼のブツ"を引き連れて。

 

「お待たせしやした、タンクジョウさまぁ」

「やっと来たか。……それが次のタマか?」

 

 雛のように、と形容するにはあまりに禍々しい姿でクレオンに付き随う怪物を、タンクジョウは胡乱な目で見た。結果的に尖兵となってしまったドラゴンマイナソーと比べてあまりに小さい。と言っても、人間と同等程度がスタンダードであるのだが。

 

「生まれたてホヤホヤのゴーゴンマイナソーちゃんでっす!こいつのチカラなら、リュウソウジャーだってイチコロでっす!!」

「……まあ良い。報酬だ、納めろ」

 

 約束通り相場の倍の金貨を受け取り、「毎度ありっ!!」と小躍りするクレオン。そんな彼の姿を……タンクジョウはもう、目に入れてはいなかった。

 

「滅びの時だ……リュウソウ族!」

 

 

 秒読みが、終わろうとしていた。

 

 



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2.涙の旅発 3/3

詰め込みスギチャッタ


 

「みろ……みろ、みろ………」

 

 木に寄りかかったまま、壊れた玩具のように同じ言葉を紡ぎ続ける男。薄く開いた瞳には光がなく、規則的な音しか発さなくなった口元からは時折唾液すらこぼれ落ちている。

 その姿を、真正面から見下ろす人影があった。──ふたつ。

 

「間違いない、マイナソーの依り代にされてる」

「だろうな。それも、生まれてンな経ってねえ」

 

 深い夜の闇に包まれた森の片隅ゆえ、その姿は窺い知ることができない。ただ、いずれの声も少年のそれではあるようだった。

 

「……東の方角に向かったみたいだね。この人を近くの街に連れていってから、あとを追おう」

「放っときゃ良いだろ、とっととマイナソーブッ殺しゃ済むんだからよ」

「そうだけど、そういうわけにいかないだろ」

 

 暗闇の中でも、彼らは互いはおろか周囲一円に至るまでがしっかりと見えているようだった。闇の中に光る二対の目は、それぞれ翠に緋色と対照的な色をしている。同じく、その気性も。

 

──共通しているのは、彼らもまたマイナソーを狩る者であるということだった。

 

 

 *

 

 

 

 住民の多くが眠りにつきかけた頃、村は再びの奇襲を受けた。マイナソーとドルン兵の軍団が村の東側──青とピンクの騎士竜が守っているはずの山腹から、侵入を果たしたのだ。

 

「……ッ!」

 

 いち早くそれを聞きつけたテンヤは、リュウソウケンを手に走り出した。村じゅう既に避難する村民で半ばパニックになっている。彼らを守ることにも騎士を割かねばならないが、如何せん状況は混乱していた。

 

「──テンヤく〜んっ!!」

「!」

 

 と、呼び声とともにオチャコが追いついてきた。俊足のテンヤについてくるのは骨が折れたのだろう、既に息が上がっている。

 

「オチャコくん……!──エイジロウくんは?」

「わかんない、けど……まだ家だと思う……!迎えに、行く!?」

「いや、とにかく敵の侵攻を食い止めるべきだ!──俺たちは、リュウソウジャーなのだから!」

「!、……うん!」首肯きつつ、「でも……アンキローゼたち、食い止められへんかったんかな……!?」

「アンキ……?」

「ピンクの騎士竜の名前!さっき、考えた!」

「そうか!俺も青の騎士竜の名前は考えたぞ、"トリケーン"なんてどうだろう!?」

「そのまんま、やね!」

 

 そんなやりとりで気合を入れつつ、彼らは東へ向かって走り続けた。

 そして、

 

「な……!?」

「うそ……」

 

 境付近にまでたどり着いた彼らは、そこに広がる光景に言葉を失った。

 

──そこには、無数の石像が転がっていたのだ。いずれも見覚えのある顔。何より、

 

「アンキローゼと、トリケーンが……!」

 

 騎士竜たちまでもが、モノ言わぬ石の塊と化していたのだ。ぴくりとも動かない。いったい、何が起こったというのか。

 

「テンヤ、オチャコ……っ」

「!」

 

 息も絶え絶えの呼び声に振り向くと、そこにはまだ石になっていない騎士の姿があった。服装からして、レッドソルジャーズの団員か。

 

「大丈夫ですか!?何が──」

「マイナソーに……やられた……っ」

「何……!」

 

 反射的に周囲を窺おうとするテンヤの肩に掴むようにして、彼は何事かを言おうとする。しかし上手く言葉が出てこない。──体内から、石化が始まっているのだ。

 ややあってようやく、絞り出すように告げた。

 

「ヤツの第三の眼を、見るな……っ」

「第三の……?」

 

 様々な疑問が湧くが、それ以上のやりとりは不可能だった。かの騎士が糸の切れた人形のように倒れ伏し、直後に体表までもが石へと変わる。この場に無事で残されたのは、テンヤたちだけになってしまった。

 

「ッ、……気をつけろオチャコくん。まだ近くに潜んでいるかもしれない」

「うん……!」

 

 立ち上がり、背中合わせに構えるふたり。程なくそれは、篝火の光が届かぬ暗闇の中から姿を現した。

 

「ミィ、ロォ……!」

「!」

 

 とぐろを巻いた蛇が何匹も全身に巻きついたかのような、毒々しい異形。ただ昼間のそれとは異なり、スケールは然程自分たちと変わらない。これなら騎士竜たちの力を借りずとも倒せる──いや、倒さなければ。

 

「オチャコくん、変身だ!」

「うん!」

 

 並び立つと同時に、ふたりは神殿で手に入れたリュウソウルを指で弾き、騎士の姿へと変形させる。それぞれブルーとピンクに彩られたそれらは、トリケーンとアンキローゼの力を顕現させる力をもつ。

 

「「リュウソウチェンジ!!」」

『ケ・ボーン!!』

 

『リュウSO COOL!!』──リュウソウブレスにソウルを装填し、顎をスライドさせて鎧兜へと様変わりさせる。その一連の動作により、ふたりの全身を伝説の鎧が包み込む。

 

 即ち、リュウソウジャー。

 

 変身を完了、それぞれリュウソウブルー・リュウソウピンクとなったふたりは、リュウソウケンを手に目前の怪物と睨みあった。怪物、ゴーゴンマイナソーの顔面には眼が一対あるだけで、"第三の眼"と断定できるものは存在しない。

 

「ミィ、ロォ!!」

 

 と、マイナソーが先に動いた。身体を覆う蛇を触手のように伸ばし、猛烈な勢いで向かわせてきたのだ。

 

「ッ!」

 

 横に跳んで回避する。なおも迫る触手は、リュウソウケンで弾いていく。それでもマイナソーは攻撃をやめる気配を見せない。かの騎士の忠告を聞いていなければ、この触手にかかりきりになっていただろう。

 

「オチャコくん、どうにか奴の背後に回り込んで動きを押さえてくれないか!?"第三の眼"を使わせたい!!」

「使わせるって……私たちも石にされてまうよ!?」

 

 彼女の言うようなリスクも当然ある。しかし"第三の眼"がどこに隠されているのかを判別しなければ、対抗のしようがない。

 叡智の騎士の趣意を聞くと、剛健の騎士は一転して躊躇なく動いた。その思い切りの良さと勇敢は、確かに魔導士より前衛に立って戦うほうが似合っているかもしれない。

 

「ムキムキソウル!」

 

 触手の相手をブルーに委ね、彼女は手持ちのリュウソウルを剣の竜頭に突き立てた。

 そして、

 

『リュウ!』

 

 一回、

 

『ソウ!』

 

 二回、

 

『そう!』

 

 三回、

 

『そう!』

 

 四回!

 

『この感じィ!!』

 

 剣の鳴らす音にしてはいやに鮮烈な声に面食らったが、それは兆しにすぎない。『ムッキムキィ!』とシャウトが響くと同時に、彼女の右腕に黄金の鎧が装着される。

 

「うわっ!?こんなんなるんや……」

「急いでくれっ、オチャコくん!」

「オーケー、行くよっ!」

 

 勢いよく跳躍し、頭上を越えてマイナソーの背後に回り込む。そして、後ろから襲いかかった。

 

「!?、ミィロォ!!」

「ッ、おとなしくしろぉっ!」

 

 マイナソーを羽交い締めにする……如何にリュウソウ族の騎士といえど、肉体の能力差を考えればありえないことである、本来。

 しかし布の衣服のように柔らかいものでありながら鋼鉄より遥かに頑丈な"リュウソウメイル"、そしてムキムキソウルによる筋力増強が、彼女にそれを可能とさせていた。

 

「よくやった、オチャコくん!」

 

 リュウソウケンを振り上げ、走り出すブルー。進退窮まったとなれば、マイナソーは確実に切り札を切る。使わないならそれでも構わない、このまま刃を突き立てるだけだ。

 

「うおおおお──ッ!!」

 

 テンヤ少年の俊足で、あとわずかというところまで肉薄したときだった。

 

「ミィ……ロォ!!」

 

 ゴーゴンマイナソーの胸元がぐにゃりと蠢き──肉を搔き分けるように、"それ"が現れた。

 

「ッ!」

 

 咄嗟に目を背けつつ、横に転がるブルー。──"第三の眼"が、姿を現したのだ。

 

「あれか……!──オチャコくんありがとう!」

「ううっ、もう限界……!」

 

 一時的に人外にも勝るほどにまで筋力を増強するぶん、疲弊するのも早い。拘束を解くと同時に、ピンクは大きく飛びのいた。長らく自由を奪われていたマイナソーは、鬱憤からかひときわ響く絶叫をあげている。ここからは、さらに激戦となるだろう。

 

「第三の眼は見つけた……。あれを見ないように戦えと……!」

 

 と言っても、真正面だ。包囲するような形で、誰かが囮になって戦うしかない。しかしそれをするには、ふたりだけではあまりに心もとない。

 ともかくはエイジロウが一刻も早く到着してくれればと思うのは当然だったが──彼は今、とてもそれができる状況にはなかった。

 

 

 *

 

 

 

 悪夢を見ているのだと思った。

 

 多くの村の仲間たちが生活を営む集落が、泥だらけになって遊び回った広場が……燃えている。

 

「なん、だよ……これ……」

 

 マイナソー侵攻の報は確かに聞いた。でも……でも、騎士たちがそれを阻みに行ったはずなのだ。なのに何故、村境から離れているこの場所が?

 

「エーちゃん!」

「エイジロウ!」

 

 友人たち、そしてコタロウがあとを追ってくる。そして彼らもまた、一様に絶句していた。

 

「これ……こんな、ことって……」

「なぁ……ウチは、母ちゃんたちはどうなったんだよ……エーちゃん!!」

「………」

 

「──ほう、まだ生き残りがいたか」

 

 燃えさかる劫火とは対照的な、どこまでも静謐な声だった。

 

「おまえ、は……」

「タンクジョウ。貴様らリュウソウ族が、最期に聞く名前だ」

 

 城壁のような分厚い鎧で全身を覆った"それ"は、モンスターというより魔人と呼ぶにふさわしい姿をしていた。──ドルイドン。それも、幹部級だ。

 

「てめェが、これをやったのか……!?」

「ふん……だったらどうする?」

 

 そんなの、答は決まっていた。

 

「許さねえ……ッ、リュウソウチェンジ!!」

 

 走り出すエイジロウ。同時にリュウソウメイルが全身を覆い尽くし、彼を勇猛の騎士へと変身させる。

 

「ぉおおおおおおッ!!」

「リュウソウジャーだったか……好都合だ!」

 

 リュウソウレッドを前に、歓喜を露に迎え撃つタンクジョウ。一歩も動こうとしないその巨体めがけて、力いっぱいリュウソウケンを振り下ろす──

 

「──ッ!?」

 

 刃はあっさりと弾かれ、レッドは後退を余儀なくされた。

 

(こいつ……硬ぇ!)

 

 外見に違わぬ、あまりに堅牢なボディ。通常の攻撃では通用しない。

 

「ッ、なら……!」

 

 リュウソウルの力を使おうとするレッド。しかし太古よりリュウソウ族と戦ってきた彼らドルイドンは、その戦い方をも熟知していた。

 

「そうは、させるかぁ!」

 

 長さ、太さともにリュウソウケンの数倍はあろうかという大剣。──"ルークレイモア"を手に、タンクジョウはレッドに斬りかかった。

 

「ッ!?」

 

 咄嗟にリュウソウケンで受け止めようとするレッドだが、態勢を整えきれていない状態でタンクジョウのパワーに対抗できるはずがない。次の瞬間にはリュウソウケンを弾き飛ばされ、

 

 そして、リュウソウメイルを切り裂かれていた。

 

「がぁあああッ!!?」

 

 そのまま弾丸のような体当たりを受け、後方へ弾き飛ばされるレッド。地面を転がったところで竜装が解け、エイジロウの生身が露になる。

 

「ッ、ぐうぅ……っ」

 

 拳を握りしめながら、エイジロウは思い知った。──こいつ、強い。

 

「ふはは……この程度か。リュウソウジャーともあろう者が、随分腑抜けたようだな」

「……ッ、」

「まあ良い、芽は早く摘んでおくに限る」

 

「死ね」──感情のない声でそう告げて、タンクジョウはルークレイモアを振り下ろした。

 

「──!」

 

 そのとき、だった。──エイジロウの眼前に、ひとつの影が飛び込んできたのは。

 

──ケント?

 

 気づいたときにはもう、長大な刃が彼の肉体を破壊していた。

 どさりとくずおれる細い身体。呆けていたエイジロウの顔から、血の気が引いていく。

 

「ケントっ!!?」

 

 それはほとんど悲鳴のような声だった。痛みなど忘れて起き上がり、咄嗟にその身体を抱きかかえる。──べっとりと腕を濡らす、血潮の感触。

 一方のタンクジョウは、思わぬ邪魔に憤っていた。

 

「おのれ、無意味な時間稼ぎを!」

 

 そう、時間稼ぎにすぎない。彼がもう一度ルークレイモアを振るえば、今度こそエイジロウも斃れる。

 

「──そうはさせへんでッ!!」

「!?」

 

 刹那横から疾走ってきた巨大な赤が、タンクジョウを吹っ飛ばしていた。

 

「ティラ〜!!」

「サンキューな、えっと……ティラミーゴ?おまえのおかげでドルン兵どもは抑えられたわ」

 

 ティラミーゴに乗って駆けつけたのは、マスターレッド──タイシロウだった。彼は未だ、足下の凶事に気づいていない。

 

「タイシロウさんっ!!」

「?──!!」

 

 トモナリ少年の悲鳴のような呼び声を聞いて、彼はようやく事を悟った。躊躇なくティラミーゴの背中から飛び降り、駆け寄ってくる。

 

「ケント……!あのドルイドンにやられたんか!?」

「エイちゃんが、あいつにやられて……!それでケント、エイちゃんを庇って──」

 

 つかえながらも経緯を説明したのは、トモナリだった。タイシロウの弟子で伝説の騎士となった少年は、恐慌状態にあってそれどころではない。血塗れになりながら、ひたすらにケントの名を呼んでいる。

 

「ケント、ケント……っ!」

「エイ、ジロウ……」

「……!」

 

 かすれた声と同時に、口からごぽりと血が溢れる。傷が臓腑に達していることは明らかだ。そういう人間の末路はひとつしかないと、経験則上タイシロウは知っていた。

 

「ごほっ……。おまえが、無事で……良かった……」

「馬鹿、しゃべんな……!そうだ、すぐチヨばあさんのとこ連れてってやるから……!だから!」

「………」

 

 ケントは無言でかぶりを振ると、震える手で何かを差し出した。──宝石のような紺碧と黄金に彩られた、リュウソウル。

 

「"カタソウル"……おれが、打ったんだ……。おまえに、使って……ほしくて、」

「ケント、が?」

 

 武器職人のひとり息子であるケントが、既に自らも金槌を持つ身となっていることは親友のエイジロウも知っていた。職人としてのケントが造りあげた最初で最後の武器が、このカタソウル。

 

「おまえ、なら……立派な騎士に、なれるよ……」

「ケント、いやだ……!」

「だから……世界の、平和……頼んだぜ……」

 

 エイジロウ、と。声にならない声でその名を呼んで──ケントは、静かに瞼を閉じた。

 

「ケント……?」

 

 呼びかけても、反応はない。くたりと投げ出された四肢は、青ざめて体温を失っていく。

 

「ケント……起きろよ、おい……!」

「………」

「ケント……っ、ケン──」

 

 そのときだった。タイシロウの大きな手が、エイジロウからケントだったものを強引に引き剥がしたのは。

 

「止せ、エイジロウ」

「タイシロウ、さん……?」

「ケントはもう、死んだんや」

 

 深手を負い、手の施しようがなく死んでいった者たちをタイシロウは何人も見た。その中には友人と呼べる関係の者だっていた。それを悼みながらも、受け入れ前に進まなければ騎士は務まらない。

 そのことを頭では理解しているのだろう、エイジロウは力なく立ち上がる。──そう、今の彼に立ち止まっている時間はない。

 

「ミイィロォォ!!!」

 

 彼方で、ゴーゴンマイナソーが巨大化したのだ。

 

「ッ、育ちよったか……!──行くで、みんな来い!」

「えっ、オレたちも!?」トモナリが慌てる。

「ここにいたらドルイドンが戻ってくるで!もう動ける騎士も殆どいないんや、早よ!」

 

 同じ危険なら、まだ自分たちと一緒に行動しているほうが安全だということだろう。竜装したエイジロウを一瞬にして打ち倒したタンクジョウのことを思い、トモナリはコタロウの手を引いて騎士たちに従った。

 

「いこう、コタロウ」

「……はい」

 

 沈んだ声で応じるコタロウ少年。もちろん明るい気持ちではないけれど、頭は冷えていた。もしかすると、タイシロウ以上に。

 

 

 だって人は死ぬのだ、いとも簡単に。どんなに願おうと愛そうと、それだけは変わらぬこの世の理だった。

 

 

 *

 

 

 

 巨大化したマイナソーを前に、テンヤとオチャコは少なからず動揺していた。"第三の眼"による石化を避け、ようやく有利に事を運ぼうとしはじめていたところだったのだ。

 

「マイナソーが巨大化するとは……!」

「アンキローゼもトリケーンも、石になったままなのに……!」

 

 かの"巨人"でなければ、巨大マイナソーは倒せない。

 

「ミィロォ!!」

 

 触手が地上めがけて襲いかかってくる。「危ない!」と咄嗟にピンクを庇い、地面を転がるブルー。しかし攻撃は止まない。急成長を遂げたことで、マイナソーは興奮しているようだった。

 

「ッ、まずい……!このままでは──」

 

 テンヤが危機感を露にしたときだった。「ティラァァ!!」と既に聞き親しんだ咆哮とともに、赤竜がマイナソーに突撃したのは。

 

「ティラミーゴ……!」

 

 来てくれたか、と喜んだのもつかの間だった。

 ティラミーゴから飛び降りてきたエイジロウたちの表情は一様に暗かった。最後に現れたタイシロウのおぶっているモノを目の当たりにすれば、何事かを問うまでもなくて。

 

「ケント……くん……?」

「……ドルイドンに、やられた」

「……!」

 

「俺を、庇ったんだ」──感情の抜け落ちたような声で、エイジロウはそう言った。そのせいでケントはモノ言わぬ骸となったのだと、言外に己を責めるかのように。

 

「………」

 

 沈黙が響く中、カァ、と場に不似合いな囀りとともに漆黒の翼が飛来した。魔導士たちが使役している、呪鴉。彼女らの五感は、使役する者と共有できる。

 それを見たタイシロウは、務めて声を張り上げた。

 

「姐さん、全員揃った。──頼むで!」

 

 直後だった。その場にいた全員、ティラミーゴと石化したトリケーンとアンキローゼまでもが、眩いばかりの光に包まれたのは。

 

 

 *

 

 

 

 エイジロウたちがおずおずと目を開けると、そこには昨晩儀式で見たのと同じ景色が広がっていた。

 

「広場……?」

 

 なぜ、ここに。転送魔法にかけられたのだと程なく彼らが察したのは、マスターピンクの姿があったからだ。いや彼女だけではない、マスターブルーに長老、さらには怪我人を看ているはずのチヨの姿まで。

 

「呪鴉を通じて状況は見た。……ケントのこと、あとでしっかり弔ってやんねえとな」

「………」

「……あの、我々をなぜここに?」

 

 まだマイナソーは暴れているし、吹っ飛ばされただけでタンクジョウも健在だ。早くなんとかしなければ、村の被害は取り返しのつかないことになる。テンヤが疑問を呈するのも当然だった。

 

「このままじゃ、村は滅ぶ」

「……!」

「またあのマイナソー倒しても同じだ、次が来る。今のお前らじゃ、ドルイドンは倒せねえ」

「そんな……っ」

 

 突きつけられた現実は、あまりに重い。それゆえに大人たちは、最後の手札を切るつもりでいた。

 

「だから、村そのものを封印する」

「……え?」

 

 いきなり何を言っているのだ、この老人は?

 少年たちが呆気にとられるのを予期していたかのように、マスターピンクが説明を引き継いだ。

 

「代々のマスターピンクだけに伝わる、禁断の大魔法なんよ。外に知られたら事やから、ずっと秘匿してたんやけどね」

「ある意味最高級の結界さね。もっとも使ったが最後、自分たちでは戻れなくなるけど」

 

 チヨの言葉に、少年たちは絶句した。ドルイドンに狙われないために村を隠す──そのための方策であることは理解したけれど、戻れないと言うのでは滅びたも同然ではないか。

 

「もとに戻す方法はある。──天空に浮かぶ"始まりの神殿"に封じられたと言われている、伝説の剣ならば」

「伝説の……剣?」

「そこで、キミらや」

 

 タイシロウが、三人を指差す。

 

「キミらには世界を巡って、始まりの神殿を見つけ出してほしいんや」

「……!」

 

 世界を巡る──外の世界へ、旅に出る。それはドルイドンの侵略に、真っ向から立ち向かうことを意味していた。

 

「お前たちは三人だけではない。ずっと昔、村を出た仲間もいる」

「リュウソウジャーが五人揃えば、ドルイドンにだってきっと勝てる」

「ちょっと待ってくれ!兄さんたちは残るつもりなのか?」

「マスターとして、この村には責任があるからな」

「でも……!」

 

 突然のことでもあり、兄に詰め寄るテンヤからはそれ以上言葉が出てこない。

 そんな弟の肩に、テンセイはそっと手を置いた。

 

「大丈夫だ、テンヤ。おまえはもう、立派に騎士の務めを果たせる」

「にい、さん……」

 

 兄弟と同じように、母子もまた。

 

「オチャコ……決めたんやね、リュウソウジャーとして頑張るって」

「……うん!」

 

 娘が己と異なる道を進むことが、寂しいと思わないかと言えば嘘になる。だがオチャコは彼女ひとりの子供ではない、愛する夫との間に築いた唯一無二の結晶だ。ならば道を違えたとしても、何も訝しむことなどない。

 

──惜別。しかしこれは、今生の別れではない。旅路の果てにいつか再び相まみえるのだと、決意するための時間。

 

 ゆえに水を差す無作法な化け物の到来に、目を向けることは厭わなかった。

 

「ミィロォォ……!!」

「!、来たか……!──エイジロウ、キミとティラミーゴでヤツを止めてくれ。その間にマスターピンクが封印の魔法を、チヨさんが転送魔法を詠唱する手はずになっとる」

「タイシロウさん……!」

 

 「ンな表情(かお)するなや」と、タイシロウは困ったような笑みを浮かべた。

 

「"漢が背中に傷を作ってええのは、誰かを守るときだけ"──キミの親父さんの教えを、キミのダチは果たしたんや。だったらキミも、それを為せるだけの漢になって帰ってこい!」

「……!」

「さあヤツが来るで、行け!」

 

 ゴーゴンマイナソーは眼前にまで迫っている。──それ即ち、決断の時が来たことを示していた。

 

「……っス!」

 

 リュウソウブレスを構え、飛び出すエイジロウ。ティラミーゴもまた、彼の背後に陣取る。

 

「──リュウソウチェンジ!!」

 

『ケ・ボーン!──リュウ SO COOL!!』

 

 "勇猛の騎士"──リュウソウレッド。赤の騎士に選ばれし伝説の騎士に、エイジロウは竜装した。

 

「来いッ、ティラミーゴ!!」

「ティラァァ!!」

 

 走り出すティラミーゴ。跳躍したレッドの身体が、その体内に吸い込まれていく。

 そして、

 

「ソウルを……ひとつに!」

 

 ティラミーゴが、その姿を変えていく。頭部と逞しい脚はそのままに、騎士たる姿へ。

 "神"と称されたその姿についても、エイジロウは既に名を考えていた。

 

「いくぜ……!──キシリュウオー!!」

 

 紅蓮を纏い、駆け抜ける巨人。放たれる触手をものともせず、彼はゴーゴンマイナソーに肉薄していく──

 

 その背姿を見届けつつ、長老は改めて若者たちに向き直った。

 

「さて……トモナリ、おまえはどうする?」

「え?」

「望むなら、こいつらと同行するなり、近くの人間の村に行くなりしても構わん」

 

 問われたトモナリ少年は、一瞬考え込むようなそぶりを見せたが、

 

「……いや、俺も残ります。じゃないとケント、一人ぼっちになっちゃうかもしれないから……」

「……そうか。──コタロウと言ったか、おまえは行くだろ?」

「……ええ。僕に皆さんと心中する義理はないので」

 

 その物言いにテンヤとオチャコは眉を顰めたが、長老たちは「それもそうだ」と笑うだけだった。

 

「行く面子は決まったな。──始めてくれ」

「あいよ」

「はい!」

 

 チヨが転移魔法を、マスターピンクが封印魔法の詠唱を開始する。それが終わるまで、マイナソーを食い止める──あるいは、倒す。その責は今すべて、エイジロウとキシリュウオーにのしかかっていた。

 

 

「うおおおお──ッ!!」

 

 体内に宿ったリュウソウレッドが剣を振るうにあわせ、爪で、脚で猛攻を仕掛けるキシリュウオー。そのスピードにマイナソーは手も足も出ない。

 

「ミィロォ!」

 

 業を煮やし、"第三の眼"による石化を仕掛けようとするが、

 

「させるかっ!」

 

 その兆候を認めた途端、跳び上がって背後に回り込む。さらに一撃。

 

「ガァアア……ッ」

「行くぜッ、ジョイントチェンジ!」

 

 胸元に残るティラミーゴの頭部が分離し、右腕に合体する。意志を保ったそれは、容赦なくマイナソーに齧りついた。

 

「グアァァァ……!?ミィ、ロォ……!」

「これで──」

 

──終わりだ。

 

 

「ティラ、ダイナバイトッ!!」

 

 キシリュウオー必殺の一撃が炸裂する。──ふたつの魔法の詠唱が完了したのは、それと時を同じくしてのこと。

 

 

 そうして世界は、閃光に覆い尽くされた。

 

 

 つづく

 

 

 






「貴様らを消せば、奴らの希望も潰える!」
「タンクジョウ、てめェを倒す!」

次回「セカンド・インパクト」

「もう大丈夫、僕らが来た!!」

「俺たち以外の、リュウソウジャー……?」



ソウルをひとつに!行け、騎士竜道‹バトルロード›!


今日の敵‹ヴィラン›

ゴーゴンマイナソー

分類/レプタイル属ゴーゴン
身長/183cm〜44.8m
体重/275kg〜673.8t
経験値/304
シークレット/その瞳に睨まれたものは石になると言われた魔獣、ゴーゴンに似たマイナソー。胸元に隠された第三の眼を見てしまった者はどれほどの力を持っていようと石像と化してしまうのだ!
ひと言メモbyクレオン:タンクジョウさまのためにオーダーメイドしてきましたっ!どうやって作ってるかって?……それは企業秘密☆でっす!


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3.セカンド・インパクト 1/3

 

 すべてが光に包まれ、そして、消えていく。

 その真っ只中にあって、エイジロウは胸にぽっかりと穴が開いたような喪失感を味わっていた。

 

 友のひとりが死に、故郷は封じられた。ならば唯一、彼に……彼らに残されたものは。

 

 

 *

 

 

 

「……くん、エイジロウくん!」

「……ッ、」

 

 どうやら、気を失っていたらしい。

 目を開けるとそこには、こちらを気遣わしげに見下ろすテンヤとオチャコの姿があった。すぐさま身を起こせば、少し離れたところにコタロウ少年、そして騎士竜たちも。

 

「マイナソーは……村は、どうなった?」

「安心してくれ、マイナソーはきみとティラミーゴが倒した。村は──」

 

 村は、と……そこでテンヤは、口ごもった。

 ややあって、見かねたオチャコがおずおずと口を開く。

 

「……見る?」

 

 おう、と小さく頷くエイジロウ。覚悟はできている。

 

──それでも、実際に見た光景は言葉にならないものだった。

 

「こんなことに……なっちまうのか」

「……ああ」

 

 そこに広がっていたのは、まるで隕石が落ちた跡のような巨大な空洞。それは遥か地の底にまで続いており、絶えずうつろな風が吹きつけている。生まれ育った村の痕跡は、一片たりとも残されてはいない。

 

(消えちまったんだな……本当に)

 

 拳に力がこもる。──自分たちがもっと強ければ、封印などさせずに済んだのだろうか。

 悔やんでも遅いし……早い。ようやく騎士になった彼らには、まだ何もかも足りなかった。

 

 そして──感傷に浸っている暇も、彼らにはない。

 

 

「リュウソウ族め……小癪な真似を」

「!」

 

 森の中から姿を現したのは、ティラミーゴによって吹っ飛ばされたこの事態の元凶だった。その城壁のような姿かたちも、紅く光る瞳も、今はすべてが恨めしい。

 

「だがリュウソウジャー……貴様らを消せば、奴らの希望も潰える!」

「そうはさせるか……!」

 

 テンヤが反駁する。そして、オチャコも。

 

「お母ちゃんたちの希望を、あんたなんかに奪わせたりしない!」

「────、」

 

「タンクジョウ、てめェを倒す!!」

 

 それが如何に困難であるかわかっていても、エイジロウは、叫ばずにはいられなかった。

 

 

「「「リュウソウチェンジ!!」」」

『ケ・ボーン!!』

 

 竜の咆哮とともに、三人の周囲を小さな騎士たちが取り囲む。──踊りだす。

 

『ワッセイワッセイ!そう!そう!そう!ワッセイワッセイ!ソレソレソレソレ!!』

 

『リュウ SO COOL!!』──騎士たちが一斉に、三人の身体に飛びつく。寄り集まる。そのひとつひとつがリュウソウメイルとなって、少年たちを伝説の騎士へと変身させた。

 

「勇猛の騎士!リュウソウレッド!!」

「叡智の騎士ッ、リュウソウブルー!!」

「剛健の騎士!リュウソウピンク!」

 

──正義に仕える三本の剣、

 

「「「騎士竜戦隊、リュウソウジャー!!」」」

 

 その"結成"を、少年たちは高らかに謳いあげた。今このときより、竜装騎士団は彼ら三人が受け継ぐのだ。

 

「俺たちの騎士道……見せてやる!!」

 

 ゆえにもう、畏れない。三人では倒せないと言われたドルイドンの幹部、その理を打ち破る気概で彼らはリュウソウケンを振り上げた。

 

 

「うおぉぉぉぉぉ──ッ!!」

 

 三人がかりでの吶喊。対するタンクジョウはドルン兵の群れを召喚、自らを守る防壁とした。

 

「ドルゥゥッ!!」

 

 独特の唸り声をあげ、彼らも一斉に動き出す。もとより両陣に距離はないから、衝突までは数秒と要らなかった。

 

「邪魔だぁぁッ!!」

 

 本能のままに叫びながら、がむしゃらに剣を振るうリュウソウレッド。変身せずとも打ち倒してきた相手だ、今さら手を煩わされることはない。本丸に対するリベンジが待っているのだ。

 その想いは、ブルーとピンクもまた同じだった。

 

「一気に片付けるぞ、オチャコくん!」

「おー!」

 

 襲いくるドルン兵を斬り伏せつつ、リュウソウルを手にするふたり。隙を突いてリュウソウケンに装填し、

 

『リュウ!ソウ!そう!そう!──この感じィ!!』

「「──ツヨソウルっ!!」」

『オラオラァ!!』

 

 "ツヨソウル"──文字通り、斬撃の威力を強化するソウルである。それは白銀の鎧となってリュウソウジャーの右腕に顕現し、力を与えてくれる。

 

「──はあッ!!」

 

 肚から発せられた声と同時に、黄金に煌めく刃が群れを両断する。それを為したブルーと背中合わせに、ピンクもまた剣を振るった。刹那、彼らを中心点として円形の爆炎が立ち上る。

 

「ヌゥ、」

「──タンクジョオォォォ!!!」

「!」

 

 その威力に鼻白んでいたタンクジョウの頭上に、紅蓮の影が飛び込んできた。咄嗟にルークレイモアを振り上げ、彼の刃と肉薄させる。

 

「フン……やはり来たか、リュウソウレッド!」

「てめェは、俺が斬る!!」

「あの小僧の仇討ちか。──できるものか、貴様如きにッ!!」

 

 同じくツヨソウルを使用していてなお、パワーは互角……否、タンクジョウに軍配が上がっている。

 それでもエイジロウは、一歩も退かない。ケントを殺し、村を封印に追い込んだこの怪人。放っておくわけにはいかないのは、個人的感情のためだけではない。

 

「てめェを生かしておいたら、大勢の人たちが苦しむ……!」

 

 ケントのように命を散らす者を、自身のように悲嘆に暮れる者を生み出さない。父より、また師匠より受け継いだ騎士の矜持だ。

 

 そしてそれは、仲間たちも同じだった。

 

「うおおおおお──ッ!!」

「りゃああああ!!」

 

 ドルン兵の掃討を終えたブルーとピンクが、レッドの後ろから突撃してくる。彼らのリュウソウケンがルークレイモアと接触した途端、タンクジョウは後方へ弾き飛ばされていた。

 

「ぬうぅ……ッ!」

 

──この俺が、後退させられただと?

 

 その事実に、タンクジョウから憤怒の炎が吹き上がった。

 

「貴様ら……殺す!!」

「……!」

 

 文字通り、であった。発せられる紅蓮は、やや距離の開いた現状であっても熱を伝えてくる。

 

「ッ、すごい圧……!」

「やはり、ひと筋縄ではいかないか……」

 

 背後で騎士竜たちが唸り声をあげている。とりわけトリケーンとアンキローゼは石化させられていたゆえに鬱憤が溜まっていて、元凶であるタンクジョウを相手に意気軒昂になっていた。

 だが肉体と精神は必ずしも一致するものではない。ティラミーゴはキシリュウオーとして行った先の戦闘で消耗しているし、残る二体も石化の影響が残っている。まだ、その力に頼るわけにはいかないのだ。

 

「大丈夫だティラミーゴ、皆!」エイジロウが声を張り上げる。「こいつに、思い知らせてやる……!」

 

 リュウソウジャーの──リュウソウ族の、底力を。

 そのために。

 

「……ケント、力ぁ貸してくれ!」

 

 彼がその手に掴んだのは、今際の際のケントより譲り受けたカタソウル。紺碧に煌めくそれをリュウソウケンに装填し、

 

『リュウ!』

 

 一回、

 

『ソウ!』

 

 二回、

 

『そう!』

 

 三回、

 

『そう!』

 

 四回。

 

『この感じィ!!』

 

『カタソウル!──ガッチーン!!』

 

 レッドの右腕を、宝石の塊のごとき鎧が覆った。カタソウル──文字通り、使用者の身体を巌のごとく硬質化させるリュウソウルだ。

 

「………」

 

 その鎧を"竜装"した瞬間、何かが自分の中に流れ込んでくるのをエイジロウは感じた。具体的な形を伴わないそれは、しかしヒトの思念であることはわかった。

 

──ケントだ。ケントの魂が、ソウルを通じて自分に宿っている。守護(まも)って、くれている。

 

 その不思議な感覚とともに、彼は一歩を踏み出す。後退した敵に、再び肉薄するために。

 

「小癪な……!──喰らえッ!!」

 

 怒れるタンクジョウは、ルークレイモアを振りかぶるや否や力いっぱい投げ飛ばした。それはブーメランのごとく飛翔し、レッドに向かってくる。

 

「エイジロウくん……っ!」

 

 かわすそぶりを見せない仲間を心配し、テンヤとオチャコはその名を呼んだ。大丈夫なのか、本当に。

 

(大丈夫、)

 

──大丈夫だよ、エイジロウ。

 

 ケントの声が、聞こえた気がした。

 

 

 次の瞬間には、ルークレイモアがエイジロウの身体()()()()()()()()()()

 

「なんだと……!?」

「………」

 

 エイジロウはもう、何も言わなかった。発するべき言葉は既に、すべて吐き出しているからだ。

 言葉の代わりに、再び剣の鍔に手をかける。

 

『それ!』

 

 一回、

 

『それ!』

 

 二回、

 

『それ!』

 

 三回、

 

『それ!』

 

 四回。

 

『その調子ィ!!』

 

 刃と右腕の鎧とが、連動するかのように水晶の輝きを放つ。──刹那、リュウソウレッドは走り出した。そして高く跳躍し、満月を背に剣を振り上げる。

 

「──アンブレイカブルッ、ディーノスラァッシュ!!」

 

 (岩を)も砕く鋼の剣が、タンクジョウを斬り裂いた。

 

「ぐがぁあッ!!?」

 

 苦痛に塗れた叫びとともに、タンクジョウは今度こそ取り繕うこともできず吹き飛ばされた。その巨体が地面を転がり、わずかな震動をエイジロウたちの足元にまで伝える。

 

「──やったな、エイジロウくん!」

 

 駆け寄ってきたテンヤが、エイジロウの背中を叩く。彼らしからぬ喜びの所作は、やはり亡き友を思い起こさせた。それゆえに、と言うべきか。いつもはまっすぐに感情を表すエイジロウは静かに、噛みしめるように己の剣を見つめていた。

 

「ぐうう……ッ、おのれ……!」

「!」

 

 しかし、彼らは一矢報いたにすぎなかった。その身を傷つけられたタンクジョウは、血を流しながらも立ち上がってみせたのだ。紅一色の鋭い瞳が、憤懣に濁っている。

 

「あの渾身の一撃でも、倒せないのか……!」

「……ッ、」

 

 長老やマスターたちが、二度と戻れなくなるリスクを冒してまで村を封印したのは、つまりそういうことだ。今の自分たちの力では、ドルイドンの幹部級を討滅するには至らない──

 

「──ティラアァ!!」

 

 と、辛抱堪らなくなった騎士竜たちがついに飛び出してきた。今度は自分たちの番、とでも言っているつもりなのだろうか。

 しかしスケールの圧倒的に違う複数の敵を前に、タンクジョウは気後れなど微塵もなく戦う気概でいる。この死闘の勝敗は、未だどう転がるか予想のつかないものであった。

 

──つまり、まったく唐突な中断がなされることも。

 

「ッ!?」

 

 それは足下から突き上げられるような、強烈な震動から始まった。なんの前兆もない、尋常でない事態。──何かが、地の底から這い上がってくる。ただ、それだけはわかった。

 そして、

 

「────!!」

 

 膨大な砂塵を巻き上げながら、"それ"が姿を現した。

 

「何、こいつ……!?」

 

 その姿は、有り体に言えばミミズによく似ていた。だが、正真正銘のミミズでないことはティラミーゴたちをも凌ぐ巨大な体長から明らかで。

 

 その口ががばりと開く。身構えるリュウソウジャーだが、そこから姿を現したのは慮外のものだった。

 

「タンクジョウさま、まだ生きてますかぁ〜!?」

「クレオン……!」

「なっ……タンクジョウの仲間か!?」

 

 問いとも言えぬ投げかけは、当たらずしも遠からずというほかないものだった。

 それに直接は応えず、クレオンはぬるついた指を対敵に突きつけた。

 

「やいリュウソウジャー!ウチの大事なお客さま傷モノにしやがってぇ、このクレオン様のかわいいペット・ワームマイナソーたんの餌にされてぇのかぁ!!?」

「ハァ!?いきなり出てきてなんなん、あんた!」

「クレオンだっつってんだろ著しく物覚えが悪いのか」

 

 口汚く敵を罵りつつ、クレオンはペットだというワームマイナソーを抜け目なく動かした。タンクジョウの足下がぼこりと盛り上がったかと思うと、もうひとつ頭が飛び出してきて彼を呑み込んでしまったのだ。

 

「なんのつもりだ、クレオン!?」

「サービスの一環でっす!」

「求めていないっ、放せ!!」

「万全の状態でボコしたほうが楽しくないっスか!?」

 

 文句としては微妙なところだったが、少なからず手傷を負ったタンクジョウには響いたらしい。黙り込む……つまり、了承ということで。

 

「ッ、逃がすかよ!!」

「ティラアァ!!」

 

 当然、黙って見送る義理はない。今度こそとばかりに騎士竜たちが飛びかかろうとするが、それはまたしても現れた"三本目"により阻まれてしまった。

 

「まだあるのか!?」

 

 思わず叫ぶテンヤ。確かに、いったい幾つ頭があるのか。しかもそれぞれが自在に動いているときた。こちらの頭数を超えるのであれば、状況は再び不利に傾いたと言わざるをえない。

 しかしワームマイナソー、と言うより主人だというクレオンは、もとよりタンクジョウの回収のみを目的としていた。彼を口のひとつに収容すると、その巨体がずるずると地面に這い戻っていく。

 

「覚えていろ、リュウソウジャー……。次に相まみえたときには必ず!」

 

 去り際、そんな捨て台詞を吐くタンクジョウ。エイジロウが「てめェこそ、俺らが来るのを地下で震えて待ってろ!!」とやり返したのが、戦闘の(おわり)を告げる号笛代わりとなったのだった。

 

 



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3.セカンド・インパクト 2/3

 

 タンクジョウがクレオンともども地中から()()()()()()のは、代わり映えしない景色を半刻ほど眺め続けた頃だった。

 

「さんきゅうワームたん、ステイな!ステイ!あとでおやつあげるから」

 

 主の命令を受け、巨大ミミズが土の中に潜っていく。わずかな痕跡のみを地上に残して、その姿はすっかり消えてしまった。

 

「いや〜危なかったすねえ。ボクが救けに行かなかったらどうなっていたことか!」

「……クレオン貴様、俺が奴らごときに敗北すると思っているのか?」

 

 低い声で凄むと、クレオンは「いやいやそんなぁ」と大して怯えた様子もなくかぶりを振った。

 

「勝ててもケガはするかもしれないじゃないですかー。そしたら困るでしょ?タンクジョウさまの目標は、リュウソウジャー倒すことじゃないんだからさあ」

 

 その言葉に、タンクジョウは憮然と黙り込んだ。彼は気位の高い性格ではあるが偏屈ではない。クレオンの説教めいた言葉を自分の中で噛み砕くだけの器量はあった。それが純粋に自分を想っての発言でなく、損得勘定が多分に含まれていることも併せて。

 

「……で、貴様は俺からさらに財を搾り取ろうというわけか」

「え、エヘヘヘ」

「笑って誤魔化しおって」

 

 しかし、もとよりこの男はそうして自らの基盤をドルイドンという種族の中で築いている。生まれながらの戦士であるタンクジョウとは根本的に異なる生き方。

 異なるからこそ、敵対することもない。

 

 

「良いだろう。貴様の狗になってでも、俺はこの星を手中に収めてやる──必ず」

 

 その宣言に、クレオンは手を叩いて喜んだ。

 

 

 *

 

 

 

「もしかしなくてもそれ、人喰いミミズだと思いますよ」

 

 後方に下がっていたとはいえ、エイジロウたちの戦闘中堂々と読書に興じていた──しかも彼らが駆けつけたとき、「終わりました?」などとのたまった──コタロウ少年の言葉に、エイジロウたちは瞠目していた。

 

「人喰い……ミミズ?」

 

 あのワームマイナソーとやらを指すことは自明の理ではあるが。名称の如何と言うより、そう呼ばれることになった経緯について若き騎士たちは気にかかった。

 

「ええ、この辺りを往来する旅人の間で頻りに噂されています。夜起きていると人喰いミミズに襲われる、って」

 

 聡明なコタロウは、そのあたりを察するのに具体的な問いを必要とはしなかった。エイジロウたちの知りたい内容について、ぶっきらぼうながらかいつまんで説明してくれる。

 

「夜、起きていると……奴も夜行性ということか?」

「さあ、僕は噂を聞いただけなので」

 

 コタロウの返答はすげないものだったが、テンヤの意識は既に思考へと振り向けられていた。噂の内容を吟味して、事実を整理していくのは叡智の騎士の本分である。次に彼が引っ掛かったのは、"起きていると"の部分だった。

 

「逆を言えば、寝ていれば襲われない……つまり、動かなければ標的にされないと考えられるな」

「なんか、カマキリみたいやね。ミミズなのに」

「ミミズと言っても、マイナソーだからな」

 

 あまり意味のないやりとりが挟まったが、その間にエイジロウが結論を出していた。

 

「なら、すぐにでもあと追おうぜ。逃げる途中で、奴が人を襲うかもしれねえんだ」

「!、せやね」

「ム、俺は構わないが……」

 

 テンヤの視線が、やや下に落ちる。その先にはコタロウ少年の姿があった。切れ長の瞳は、修羅場に次ぐ修羅場にもかかわらず怜悧な輝きを放っている。

 

「僕は昼間、たくさん寝たので」

「お、おぉ……そういえばそうだったな」

「………」

 

 なぜか難しい顔をしているオチャコ。何か引っ掛かることでもあったのだろうか?

 

「コタロウくんやっけ、きみ……」

「……何か?」

 

 胡乱な目つきになるコタロウ少年。エイジロウやその友人たちとの対話によって昼間ほど頑なでなくなったとはいえ、まだ完全に心を開いたわけではない。まして、腰を据えた話は一度もしていないテンヤとオチャコに対しては。

 しかしこのふたり、エイジロウに負けず劣らず純朴な少年少女であった。

 

「実は、めっちゃええ子なんやね!」

「は……!?」

 

 いきなりストレートなお褒めの言葉を与ったかと思えば、黒髪をわしわしと撫でられる。コタロウは一瞬、とりうるべき行動の指針を見失った。ほんとうに一瞬であったが。

 

「ちょっ……やめろ!」

「えー、なんで?褒めとるやん!」

「子供扱いするな、自分たちだって子供のくせに!」

「ぼ、俺たちはもう子供ではないぞ!成人の儀は済ませているからな!」

「そういえばテンヤくん、幾つになったんやっけ?」

「156歳だ!」

「そっかぁ、なかなか追いつかんなぁ……」

「いや年齢は追いつかないだろう、常識的に考えて」

 

 コタロウ少年にとってはどうでもいい会話が始まってしまったので聞き流していたのだが、ふと違和感を覚えた。──ひゃく?

 

「ああ、言ってなかったっけか。俺らリュウソウ族は人間より寿命が長ぇんだよ」

 

 「ちなみに俺は154歳な!」と笑うエイジロウ。──ひょっとして担がれているのだろうか。10歳のコタロウがそう思うのも無理からぬことだった。

 

 

 *

 

 

 

「かっちゃん、」

 

 長らくともに旅をしてきた相棒の呼び声に、微睡んでいた少年は素早く身を起こす。もとより短い仮眠になることはわかっていた。

 

「タイガランスとミルニードルが、マイナソーの気配を探知したみたい」

 

 相棒たる翠眼の少年の言葉に、彼は喉に溜まった空気を呻るように吐き出した。追いかけてきたものを、ようやく捉えただけのこと。そこになんの感慨もない。

 しかし相棒の発したそれ以降の言葉は、必ずしもそうではなかった。

 

「土の中を北西に移動してる。かなり育ってるみたいだ」

「……あ?どういうことだ」

 

 少年が緋色の瞳を眇める。説明を求められていることを相棒たる少年は察したが、生憎と答は持ち合わせていない。

 

「詳しくはわからない。あの人から生まれたのと、別のマイナソーかもしれない。──ただ、」

「まだあんのか?」

「神殿の騎士竜たちが、覚醒(めざめ)たらしい」

 

 それに対しては、少年は鼻を鳴らすのみだった。些か拍子抜けの反応。

 

「そっちは驚かないんだね」

「村の連中もいい加減ままごとは止めたっつーことだろ。遅すぎるくれぇだわ」

「またそんな言い方して……」

 

 ここには自分たちしかいないから良いが、彼には建前というものが存在しない。そのうえ他人への評価が非常に厳しいときている。相手がよほどの聖人君子でない限り、初対面でのトラブルが頻発するのである。

 今回もきっと例に洩れないだろうと内心ため息をつきつつ、少年は出立の準備を始めた。

 

 

 *

 

 

 

 ふぁ、と欠伸がこぼれる。

 

 夜も更けて久しく、タンクジョウとの交戦時には天高く輝いていた満月もいずこかへ隠れてしまった。そんな中で歩き続けるコタロウ少年は、時間が進むにつれ眠気が襲ってくるのを感じていた。昼間ゆっくり休んだのだから眠くならないだろうと高を括っていたのだが、あてが外れた形だ。そもそもあれは疲れきった身体を標準の状態に引き上げるための休息であり、それを済ませたからと徹夜で動いて良いというものではないのだ。

 とはいえ今さら、やはり休んでいくとは言えない。ここで別れるというのは認められないだろうから、コタロウは暫し眠気を堪えることにしたのだった。

 

 一方の新米騎士たちはというと、連戦に次ぐ連戦のあとにもかかわらず疲労した様子もなく、歩き進みながら何事かを話しあっていた。

 

「今のうちに、これから俺たちがすべきことを整理しておこう」

 

 重い鎧をものともせず背筋を伸ばして歩くテンヤに、エイジロウとオチャコも自ずと厳粛な顔つきになる。

 

「まず、村をもとに戻すこと。そのためには始まりの神殿を見つけ出して、そこにあるという伝説の剣を手に入れる必要がある」

 

 それは長老やマスターたちから託されたこと。しかし、落とし物を捜し回るのとわけが違うのは言うまでもない。

 

「神殿が天空にあると言うからには、一朝一夕では発見できないと思っておいたほうが良い。また、発見したとて入る手段がなければ意味がない」

「空じゃ、歩いてってワケにいかんもんね……」

 

 「私も箒で飛べればなぁ」とオチャコ。彼女が習得している魔法には偏りがあって、その中に飛行能力はない。尤も習得したとて、届く高さであるかもわからないのだが。

 

「旅が長く続くということは、それだけ回らなければならない場所も増えるということだ。──つまり、」

「それだけ大勢のドルイドンやマイナソーと、戦わなきゃなんねえってことだよな」

「うむ」

 

 凄まじい破壊力、あるいは厄介な特殊能力をもつマイナソー。そしてマイナソーを操り、自らも強大な力をもつ──古代のリュウソウ族を大いに苦しめた──戦闘民族ドルイドン。彼らとの死闘の火蓋は、既に切って落とされている。

 

「俺たちがしなければならないことは、長老たちの言う村を出ていった他のリュウソウジャーと合流すること──」

「あと、私たち自身がもっともっと強くなること!やね!」

 

 道は長く、険しい。しかしやり遂げねばならない。そうしなければエイジロウたちは永遠に根無し草のままだし、そもそもそれがリュウソウ族に生まれた者の使命。使命を果たすために、自分たちは騎士となったのだ。

 

「………」

 

 展望を語る齢ひゃくごじゅう某という少年たち。その表情は厳粛だけれども、そこに表れているのは絶望ではなく決意や覚悟と言ったものの類いだ。彼らは自分たちの未来というものを信じて疑っていない。

 はっきり言って、甘いとコタロウは思った。マイナソー一匹の侵攻で騎士たちの半数近くが傷つき、二匹目とその元締め(という言葉が実情に即しているかはわからないが)の襲来によって封印を余儀なくされた。仮にその決断がなく、ずるずる戦いを続けていたら村は討滅されていただろう。リュウソウジャー三人では、マイナソーを倒せてドルイドンに一矢報いることができたとしてもその両方には太刀打ちできないのだ。

 ならばテンヤが言ったように、彼ら以外のリュウソウジャーと合流が成ればどうか。なるほどこの危険な世界で旅において先達と言うなら、その実力もこの三人組より上回っているだろう。だが、それでも五人だ。五人とその相棒たる騎士竜。陣容は色鮮やかなものとなるのかもしれないが、たった五人プラスアルファが世界の大勢をひっくり返すことができようか。日々着々とドルイドンの影響下にある土地──ドルイドンはまともな統治などしないためこのような言い回しになるが、事実上の領土である──が増えていく、この世界の現実を。

 

 とはいえ、いちいちそんなことを喋って水を差すつもりはコタロウにはなかった。彼らとは自分の身を守るために同道しているのであって、都市や人間の集落に居場所が見つかりさえすれば彼らとはそれまでである。その後三人組がどのような末路を迎えようと、自分には関係のないこと。

 そんな子供らしからぬことを思料していると、不意に三人が足を止めた。いや、不意にと言うのは語弊がある。この辺りでいったん停止するのは、コタロウ自身の言から決まったことだ。

 

「この辺りなんだよな、人喰いミミズが出るのって?」

 

 振り向いたエイジロウの問いに、コタロウは黙って頷く。人喰いミミズの噂はあちこちで聞いたが、それらを総合してコタロウはその出現範囲の推測を立てていた。ワームマイナソーは比較的地面の柔らかい平地の草原に現れることが多い。今彼らが立っている場所の、すぐ目と鼻の先は鬱蒼と生い茂った森である。

 

「でも、ここまで歩き回ってきたのに全然襲ってこんねぇ」

 

 しゃがみ込み、つんつんと地面をつつくオチャコ。噂が本当なら、真っ先に飛びついてきてもおかしくないのだが。

 

「……考えられる可能性はふたつある。人喰いミミズに見かけによらない高い知性があって、俺たちをリュウソウジャーと看破して敬遠しているか……あるいは、あのクレオンというドルイドンの命令を受けているか」

「ペットっつってたもんな、あいつ……」

 

 難しい表情を浮かべ、腕組みして考え込むエイジロウ。容貌に違わず直情径行型の彼だが、決して頭の回転が鈍いわけではないし、考えることが嫌いなわけでもなかった。

 ややあって、彼は左の掌に右拳を叩きつけた。

 

「っし、わかった!──きっと、動きが足りねえんだ」

「ムッ、どういうことだ?」

 

 質すテンヤに対し、エイジロウは揚々と応じた。篝火に照らされた紅玉のような瞳が、ぎらぎらと光っている。

 

「ヤツは動くものに目をつけるんだろ?だったら動いて動いて動きまくれば、ガマンできなくなって飛び出してくるんじゃねーか?」

「なるほど!で、動きまくるって具体的にどーするの?」

 

 へへ、と尖った歯を見せて笑うエイジロウ。──その手が、腰の剣にかかった。

 

 

 そして、数分後。

 

 

「──うぉらあぁッ!!」

「むぅッ!」

 

 跳躍からの降下、そして刃を振り下ろすエイジロウ。その一撃を同じリュウソウケンで受け止めたテンヤは、力いっぱい彼を振り払った。

 

「ッ!」

 

 歯を食いしばりつつ、後退──そうしたエイジロウのもとに、今度は小さな影が駆け寄ってきた。

 

「とぉりゃぁッ!」

 

 オチャコだった。彼女が放つは、その可憐な容姿からは想像もつかない腕力のこもった斬撃。回避が間に合わないと判断したエイジロウはやむなくそれを受け止めにかかる。が、

 

「う、ぐぐ……っ」

 

 腕が軋み、食いしばった歯の奥から意図しない声が洩れる。立っていられず、片膝をつく。

 

「やっぱ、すげぇ腕力……っ。流石オチャコだぜ……!」

「複雑……!」

 

 そうして力比べをしているところに、再びテンヤが割り込み……乱戦。

 

 

「……なにはじめてるんですか、一体」

 

 呆気にとられたコタロウ少年がそう訊くのも、無理からぬことだった。

 喧嘩、仲間割れという雰囲気ではない。ニヤリと笑ったエイジロウがリュウソウケンを構えると、テンヤとオチャコも合点がいったという風に頷いた。そうして、言葉もないままこの剣戟が始まったのである。

 

「見りゃわかる、だろ……っ。稽古だ稽古!」

「互いに腕を磨きつつッ、人喰いミミズを、誘き寄せるッ!……これを、一石二鳥と言わずしてなんと言おうッ!!」

「はぁ……そうですか」

 

 リュウソウ族、ひょっとして結構な蛮族なのだろうか。失礼だと知りながら内心そんなことを思うコタロウである。もっともらしい理由を拵えているが、実際は斬り結びたいだけではないか。

 それにしても、よくもまあ連戦続きでそんな体力が残っているものだ──呆れながら眺めていること数分、

 

 

 地面が、揺れた。

 

 

「!!」

 

 すぐさま剣戟を中断し──続けていられる状況でもないが──、転ばぬよう身構える三人。程なくぼこり、ぼこりと地面が隆起していく。

 

 そして彼らの眼前に姿を現したのは、狙い通りのミミズ頭の群れだった。

 

「出た……!人喰いミミズ!」

「こうして見ると、やはりでかいな!」

 

 食欲を極限まで刺激されたワームマイナソーは、猛獣のごとく襲いかかってくる。だがこの怪物にはもう、何ひとつ喰わせない。

 

「やい人喰いミミズ!これがおめェの、最後の晩餐だ!」

「エイジロウくん、それでは俺たち食べられてしまうぞ!」

「大丈夫、味わうのは敗北!だぜ!」

「おー、えぇこと言う!」

 

 

「──いくぜッ、リュウソウチェンジ!!」

 

 さあ、人喰いミミズ退治だ。

 

 



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3.セカンド・インパクト 3/3

 

「「「リュウソウチェンジ!!」」」

『ケ・ボーン!!──リュウ SO COOL!!』

 

 小さな騎士たちが鎧の欠片となり、そしてリュウソウメイルへと変わる。エイジロウたちを、リュウソウジャーに変身させるのだ。

 

「俺たちの騎士道、見せてやる……!──ティラミーゴっ!!」

「トリケーン!」

「アンキローゼ!」

 

 「ティラアァァ!!」と咆哮が響く。赤き騎士竜が、仲間を引き連れ駆けつける。その鮮烈なる姿は、夜の暗闇にあってもなお燦然と煌めいていた。

 

「では、手筈通りに頼むぞ!」

「おう、任せとけっ!」

 

 テンヤ──リュウソウブルーの言葉に頷き、跳躍するエイジロウ──レッド。その身がティラミーゴの体内に吸い込まれていく。

 

 そしてティラミーゴは、再び麗しき巨人へと姿を変えた。

 

「いくぜティラミーゴ……いや、キシリュウオー!」

 

 走り出すキシリュウオー。同時にその尾が分離し、左腕に装着される。

 

「うぉらぁッ!」

 

 地上に飛び出した頭部はすべて、キシリュウオーを狙って襲いかかってくる。素早くかわしつつしなるテイルウィップを振るい、それらに叩きつける。そうして痛めつけ、本体を地中から引きずり出すことが第一目標。

 

 だが旺盛すぎる食欲に支配されたワームマイナソーとて、本体ごと飛び出してしまえばそれまでだと判断する程度の知能はある。そして、目の前の獲物を狩るために策を弄することも。

 

──刹那、キシリュウオーの背後からまたひとつ、ワームマイナソーの頭部が飛び出した。

 

「!!」

 

 如何に小回りのきくキシリュウオーといえども、目の前の敵に専心している状況では後方にまで対処はできない。

 むろん、キシリュウオーとシンクロしているエイジロウはそのことを理解している。もとより、彼はひとりで戦っているのではないのだ。

 

 そう──キシリュウオーの背を庇うように、トリケーンとアンキローゼが立ち塞がる。

 トリケーンの双角がミミズの頭部に突き刺さり、アンキローゼの尾を構成するナイトハンマーが叩きつけられる。堪らず地面に潜ってゆこうとする頭部だが、そうはいかない。

 

「ノビソウル!」

『リュウ!ソウ!そう!そう!──この感じィ!!』

 

『ノビソウル!ビロ〜ン!!』

 

 ピンクの右腕に空色の鎧が装着されたかと思うと、その手中にあるリュウソウケンが──伸びた。柔らかくしなる刃はワームマイナソーの頭部に巻きつき、それ以上の潜降を阻む。

 

「う、ぐぐぐ……っ」

 

 しかしその巨体を保たせておくことは、如何に剛健の騎士たるリュウソウルピンクでも困難なことだった。身体の質量が数千、数万倍も違う相手だ。本来なら、力比べにすらならない。

 ならばどうするか。相手を、軽くしてしまえば良いだけの話だ。

 

「カルソウルッ!」

 

 すかさず真紅のリュウソウルを装填するブルー。『フワフワ〜!』と気の抜けた音声とともにリュウソウケンの切っ先から波動が放たれ、ワームマイナソーを包み込んでいく。

 すると、オチャコの腕にかかる負担が一気に軽減された。カルソウル、文字通り対象の重量を軽くするリュウソウルである。

 

「よ〜し、このまま……──うわぁ、それでも重っ!」

 

 軽減されたといえど、人間もといリュウソウ族が引きずり出すにはワームマイナソーはあまりに大きい。咄嗟にテンヤが支えようと手を伸ばし……引っ込めた。

 

「ちょっ……テンヤくん!なんで手伝ってくれないん!?」

「い、いや俺たちは妙齢の男女であるからして……気安く身体に触れるわけには……」

「そんなこと言ってる場合ちゃうでしょ!」

 

 オチャコが気にせずとも、テンヤにとっては切実な問題である。

 尤も彼が恥を忍んで助けに入ったところで、ワームマイナソーのスケールを前には焼け石に水と言うよりほかにない。彼よりも適任の存在が、この戦場には居た。

 

「よ〜しッ、俺らに任せとけ!」

 

 頭部の群れが戦闘どころでなくなったのを良いことに、キシリュウオーも引きずり出しに加勢した。両腕で根本を掴み、懸命に引っ張り上げる。トリケーンとアンキローゼもまた、牙を使ってそれに加勢してくれる。

 

「お、おお……ありがとうトリケーン!しかし……くっ、俺にもノビソウルがあれば……!」

「テンヤくん、やることないなら応援して!」

「応援!?……よ〜し任せろっ!」

 

 こういうとき、とにかくノリが良いのがテンヤの特徴である。「オーエスオーエス!」と拳を振り上げシャウトを開始する。

 さらに、

 

「!、そうだ!コタロウくん、きみも一緒に応援してくれ!!」

「は!?なんで僕が……」

 

 半ば観客と化していたコタロウ少年。当然応援などしてやる義理はないのだが、目の前の常軌を逸した光景にたかだか十を過ぎた少年が呑まれるのも時間の問題で。

 

「……お、お〜えす。おーえす……」

 

 蚊の鳴くような声であるのが、彼の最後の理性を象徴していたが。

 

 ともあれリュウソウ族ふたりと騎士竜三体による実働、そしてリュウソウ族ひとり・人間ひとりによる応援により、ワームマイナソーは着実に地上へと引きずり出されていく。

 

「う、おおおおお〜ッ!!」

「オーエスオーエス!!」

「出て、こいや〜!!」

「おーえすおー……何やってんだ僕」

 

 そして、

 

「グォオオオオオオオ──ッ!!」

「!!」

 

 大地を裂くようにして、ワームマイナソーの巨体が引きずり出された──

 

「ッ!」

 

 危うく巻き込まれそうになり、咄嗟に飛びのくキシリュウオーたち。そう、前後を頭に囲まれているということはつまり、彼らの足下にワームマイナソーはいたということだ。

 そしてその本体を目の当たりにして、エイジロウたちは言葉を失った。

 

 無数のミミズ頭が、キシリュウオーを呑み込めるほどの一本の太い胴体に繋がっている。そしてその果てに……竜の、頭部があった。

 

「グァアアアアッ!!」

 

 怒りの雄叫びをあげる竜頭。それを目の当たりにして、テンヤが声をあげる。

 

「!、そうか……!俺たちが頭だと思っていたのは尻尾だったんだ!」

「えっ……じゃああいつ、お尻からヒト食べてたってこと?」

「そういうことになる!」

 

 「うげ」と蛙の潰れたような声を発するオチャコ。そんな食われ方は御免である。いや食われること自体受け入れられることではないのだが。

 

 ワームマイナソーは敵に背?を向けたまま、尾部のミミズ頭で喰らいついてくる。テイルウィップでそれらを牽制させつつ、エイジロウは叫んだ。

 

「テンヤ、オチャコ!──合体だ!」

「合体……!」

「よし来たっ!」

 

 トリケーンとアンキローゼも意気軒昂である。──ここからが、騎士竜戦隊の本領発揮だ。

 

 

「──竜装合体!!」

 

 その言葉が合図となった。トリケーンがキシリュウオーの右腕に、アンキローゼが左腕に喰らいつく。一見するとフレンドリーファイアのような一撃だが、それは新たなる騎士を生み出すための行為であった。

 二体の騎士竜が、その形態を変えていく。──キシリュウオーを包み込む、鮮烈な鎧となる。

 

 そして自らが選んだ騎士たちを体内に取り込むことで、キシリュウオーはその真なる力を解放するのだ。

 名付けて、

 

「「「キシリュウオー、スリーナイツ!!」」」

 

 スリーナイツ──神殿から甦ったときの姿となったキシリュウオーは、トリケーンの頭部が変形したナイトソードを構えて敵と対峙する。敵──ワームマイナソーはミミズ頭を触手のようにして、差し向けてきた。

 

「ンなモン……!」

 

 ナイトソードを振るい、それらを切り飛ばす。後ろを向いた竜頭が悲鳴をあげるが、手加減などしていられない。ミミズ頭を着実に減らしていけば、それ即ちワームマイナソーの戦力を削ぐことに繋がるのだ。

 

「行儀の悪ィミミズ頭、全部切り落としちまえ!キシリュウオー!」

「全部切り落としたら本体を叩く!やね!」

「そういうことだ!」

 

 トリケーンとアンキローゼという新たな鎧を纏ったスリーナイツだが、その身のこなしは損なわれていない。むしろ出力が上がっているだけあり、単純なスピードであればさらに上昇しているともいえる。

 当然ながら、その破壊力も。

 

「っし、ジョイントチェンジだキシリュウオー!!」

 

 エイジロウの求めに応え、ナイトソードが右腕から分離──脚に移される。

 そしてその刃が、回し蹴りの形で一挙に振るわれた。

 

「ガアァァッ!!?」

 

 複数の尾を一気に切り取られ、竜頭がいよいよ絶叫する。刹那、慌てて地面へ齧りつき、地中へと逃げ込もうとする。その時点で勝負はついたようなものだったが、

 

「そうは、いかないっちゅーの!」

 

 残った尾の付け根を掴み、強引に引きずり出す。そうして逃亡を阻むと、今度はその胴体めがけてアンキローゼのテイルハンマーを叩きつけた。

 その一撃が効いてか、ぐったりと力が抜ける。エイジロウたちはいよいよ勝利を確信した。あとは、とどめを刺すだけだと。

 

「っし、行くぜ──!!」

 

 再びソードを腕に戻し、跳躍するキシリュウオー"スリーナイツ"。剣を振り上げ──振り下ろす。その一瞬で、すべてが決まる。彼らはそう信じて疑わなかった。

 

──彼らはわかっていなかったのだ。マイナソーという自然の摂理からは外れた生命体が、それゆえに他のどんな生き物よりも生に執着するのだということを。

 

 果たしてそれは、失われたミミズ頭の尾ががばりと姿を現すことで顕在となった。

 

「!?」

 

 突然のことに、空中から降下の真っ最中だったキシリュウオーは対処できない。新たに生えてきた複数のミミズ頭に全身を絡め取られ、拘束されてしまう。

 

「んな……っ、なんだよこれ!?」

「ッ、こいつの尾は切っても元に戻るんだ……!トカゲのように!」

「……!」

 

 その結果が今──決したはずの趨勢をひっくり返されたと言うほかないこの状況か。三人はそれぞれ己の慢心を後悔したが、何もかもが遅い。幾重にも巻きついたミミズ頭はキシリュウオーの四肢や胴体を完全に縛りつけており、如何なる武装をも振るうことを許さない。

 

 もがくキシリュウオーを嘲笑うかのように、竜頭がぐりんと反転してこちらを向いた。逆さになった血のいろの眼が、復讐の炎を揺らめかせている。開かれた口には歯のひとつもないが、それが却ってこのあとのことを否が応でも予測させた。

 

「こいつ、キシリュウオーごと俺らを丸呑みにする気か……!?」

「うわああっ、嫌やぁこんなヤツに!」

「どんな奴でも嫌だ!ッ、なんとかしなければ……!」

 

 なんとかしなければと言っても、そこに具体的な方策があるわけではない。叡智の騎士といえども、まだ若く未熟なテンヤには限界があった。

 

「くっそぉ……!」

 

──万事、休すか。

 

 絶望的な状況にエイジロウが拳を握りしめた、そのときだった。

 

 

「──もう大丈夫、」

 

 

「僕らが来た!!」

 

 その声は柔らかく、それでいて鮮烈に響いた。

 ゆえにそれは、突破口を求めるあまり生み出した幻聴などではない。──現れたのだ、救世主が。

 

「見て、あれ!」

 

 真っ先にそれを認めたのは、オチャコだった。

 草木を拓き、夜を駆けるふたつのシルエット。一方は深緑の猛虎に似た姿を、もう一方は夜に溶けそうなほど漆黒の、鋭い針を背負った剣竜の姿をしている。

 

 だが、エイジロウたちにはひと目でわかった。──彼らもまた、騎士竜なのだと。

 

「行こう、タイガランス!」

「ミルニードル、ブッ殺せ」

 

 それは、彼ら新たな騎士竜の体内から響いたものだった。

 その内なる声に応じ、タイガランスと呼ばれた緑の騎士竜がワームマイナソーの尾に齧りつく。同時にミルニードルと称された黒の騎士竜が背中から無数の針を放ち、マイナソーの胴体に突き立てた。

 

「グァアアッ!!?」

 

 突然の、かつ容赦のない猛攻撃に、悲鳴をあげるワームマイナソー。そのためにキシリュウオーを拘束していたミミズ頭たちの力が一瞬、大きく弛んだ。

 

「ッ!」

 

 その隙を逃さず、全身全霊でぬるついた触手の群れを振り払う。果たしてキシリュウオーは解放され、再び大地を踏みしめることができた。

 

「今だ、リュウソウジャー!」

 

 再び、声が響く。わずかな余裕ができた今、二度目ということもあって、もしやという思いがよぎる。いや……騎士竜の体内に入る資格を有していて、自分たちをリュウソウジャーと知っているのだ。間違いない。

 ならば尚更、彼らのつくってくれたチャンスを無駄にするわけにはいかないのだ。

 

「キシリュウオー、今度こそとどめだ!」

 

 キシリュウオーになったティラミーゴは、恐竜形態のときのように「ティラ!」とは叫んでくれない。しかし問題はない。その体内に宿ることで、返答がなくともその意志は感じとることができるのだ。

 

「テンヤ、オチャコ、いくぞ!」

「うむ!」

「おう!」

 

 三人の呼吸を合わせ、

 

「「「──キシリュウオー、ファイナルブレードッ!!」」」

 

 リュウソウケンを、一挙に振るう。その所作に同調し、キシリュウオーもまたナイトソードを振り下ろした。

 

「!!!!!」

 

 刃が胴体にめり込む。声にならない声とともに抵抗しようとのたうつワームマイナソーだがもう遅い。光を纏った剣は一瞬のうちに体内へ入り込み、断ち切っていく。

 そして遂に、頭と尾とが完全に分かたれた。

 

──刹那、紅蓮の炎が辺り一面を照らし出した。

 

「ッ、ふぅ……」

 

 倒した。──勝った。

 再びドルイドンの脅威を打ち破ったリュウソウジャー。しかし彼らだけの力でなしえた勝利ではない。

 

 

 新たな二体の騎士竜たちが、じっとこちらを見つめている。

 

 

 *

 

 

 

 夜明けが訪れ、草原に光と覚醒(めざめ)がもたらされた。

 

 エイジロウたち三人は相棒の騎士竜を離れ、その上に降り立つ。果たして向かい合う先には、タイガランス、そしてミルニードルと呼ばれた二体の騎士竜の姿があって。──その体内からも、ふたつの人影が飛び出してきた。

 

「俺たち以外の、リュウソウジャー……?」

「………」

 

「疾風の騎士、リュウソウグリーン」

「……威風の騎士、リュウソウブラック」

 

 

 風が吹く。涼やかで、烈しい風が。

 

 

 つづく

 

 






「てめェらとつるむ気はねえよ」
「早くマイナソーを倒さなければ、あの人が……!」

次回「トラ・トラ・トラ!」

「人の想いは、そんな浅いものじゃない……!」


ソウルをひとつに!行け、騎士竜道‹バトルロード›!


今日の敵‹ヴィラン›

ワームマイナソー

分類/ドラゴン属ワーム
身長/72.8m
体重/942t
経験値/451
シークレット/巷で"人喰いミミズ"と噂されていた怪物の正体。普段は地下に潜伏しているが、獲物を見つけるとミミズに似た無数の頭が地上に飛び出し一挙に喰らいつくのだ!
実はミミズ頭は尻尾であり、真の姿はヘビに似た手足のない竜である。その姿は伝説上の生物ワーム、そして日本神話に登場するヤマタノオロチにも似通っているぞ!
ひと言メモbyクレオン:ボクのかわいいペット……でした……。うがぁああああ覚えてろリュウソウジャアァァァ!!!


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4.トラ・トラ・トラ! 1/3

 

 巨大マイナソーとの激戦のさなか、危機に陥ったリュウソウジャーを救った謎の二大騎士竜。

 

 戦い終わり、ふたりの騎士が地上へと降り立った──

 

 

「疾風の騎士、リュウソウグリーン」

「……威風の騎士、リュウソウブラック」

 

 ふたりが称した名前、そしてその姿かたち。──まぎれもなく、同じリュウソウジャーのもの。

 

「おめェらが、ずっと昔に村を出たっていうリュウソウジャー……」

「村を?……う〜ん、そうなるのかな」

「………」

 

 リュウソウブレスからソウルを排出し──疾風の騎士と威風の騎士は、竜装を解いた。露になったのは、エイジロウたちと変わらぬ年代の少年たちの姿。ただ、その風体は対照的だった。

 

 まず、リュウソウグリーンに変身していた少年。彼はホワイトシャツの上からグリーンのベストを身に着け、下半身は柔らかい素材でできた濃紺の下穿きという大都市の中産階級の子息のような服装である。足元だけは竜の血で彩ったと見まごうような鮮烈な赤に覆われているが、他にとりたてて特徴があるわけではない。強いて言うなら、丸みの残るそばかすの散った頬と大きな楕円形の翠眼が、随分と幼い印象を与えるくらいか。

 一方のブラックたる少年は、とかく派手な風貌だった。分厚い毛皮の付いた真っ赤なマントを羽織りながら、逞しい上半身を惜しげもなく晒している。黄金色の髪に吊り上がった緋色の瞳は、尋常でない意思の強さを露としていて。竜人というのは正しくこういう男を指すのだと、同じリュウソウ族であるエイジロウたちでさえ認めざるをえない姿かたちだ。

 

「ほんとにおったんや……」

「うむ……だがこれで、リュウソウジャーが五人揃ったということになるな。心強い仲間ができた!」

 

 喜ぶテンヤの声が、いつにも増して鮮明に響く。しかしそれを耳にしたブラックの眦が、みるみるうちに吊り上がっていく。

 

「仲間ぁ?誰がてめェらみてぇな雑魚なんかと」

「な!?」

「!」

「ちょっと、かっちゃん……!」

 

 グリーンの少年が小声で窘めようとするが、彼は止まらない。むしろ少年を押しのけ、じろりとエイジロウの顔を睨みつけた。

 

「な……なんだよ」

「……はっ、ガキじゃねえか。そっちのクソメガネも、丸顔も」

「クソメガネ!?」

「丸顔!!?」

 

 やはりと言うべきか、こういうとき真っ先に当惑から憤激に感情が移行するのはテンヤである。「クソとはなんだ!」と詰め寄ろうとするが、

 

「……!」

 

 刹那、その足が止まった。──リュウソウケンの切っ先を、差し向けられたのだ。

 

「寄るなや、端役が」

「……ッ!」

「ちょっ、もう!何やってんだよ、洒落にならないだろ!?」

 

 緑髪の少年が割り込み、剣を引かせる。少なくとも彼は友好的な態度をとろうとしているようだけれども、既に場の雰囲気は取り返しがつかないほどに冷却化している。それはこの"威風の騎士"が望んだことでもあった。

 

「チッ」舌打ちとともに踵を返し、「こいつらに用はねえ、いくぞデク」

「いや僕は用あるよ!?ちょっ……かっちゃん!」

 

 歩き出す相棒をそれ以上制止できない少年は、やむなくといった様子でエイジロウたちのほうを振り返った。

 

「僕たち、この先のオルデラン村に行くので……よかったら来てください、話したいこともあるので。では!」

「あ、おい──」

 

 「早よ来いやデク!!」と怒号が響く。少年はデクという名前らしいが、この場で得られた情報はそれだけだった。彼らはおろか、二体の騎士竜もあっという間に山々の間へ走り去ってしまったので。

 

「い、行っちまった……」

「リュウソウブラック、なんという奴だ!あんな男が俺たちと同じ騎士などと!」

「……ダイエットしたほうがええんかな……?」

 

 三者三様の反応を見せるエイジロウたち。彼らを色めき立たせるだけの存在であることには間違いない。そして"デク"ことリュウソウグリーンのほうは、彼らとの交流を望んでいるということも。

 

「……とりあえず、オルデラン村ってとこに行ってみようぜ」

「ムッ……そうだな、グリーンの彼とは話をする価値もありそうだ」

 

 少年ふたりの会話はそのまま彼ら騎士竜戦隊の方針となる。オチャコが異論を挟まなければ、の話だが。

 異論ではなく、懸念がひとつ。

 

「行くのはええけど……場所、わかるん?」

「あっ」

「!!」

 

 硬直、そして沈黙。即ち答えを言っているようなものだった。

 冷や汗を流しつつ、ぎこちない所作で背後に向き直るエイジロウ。彼らの頼みの綱は、"彼"をおいて他にはいないのだ。

 

「……コタロウ、知ってる?」

「………」

 

 ため息をつくコタロウ。知っているが、教えない──そんな意地悪を言わないくらいには、彼が大人びていることが不幸中の幸いなのだった。

 

 

 *

 

 

 

 同じ頃、テンヤ少年が可愛く見えるほどに激昂している男?がいた。

 

「オレの、オレの可愛いワームマイナソーたんが……。リュウソウジャー……よくも、よくもおぉぉぉ!!!」

 

 ワームマイナソーを"ペット"と称し使役していた、死の商人クレオン。せっかく育てたマイナソーを灰燼に帰された彼の怒りは、尋常なものではなかった。

 

「かくなるうえは!……あーでも大丈夫かなぁタンクジョウさまのヤツぅ。三人に敗けて五人に勝てるわけないっしょ!?」

 

 新たな騎士竜と竜装騎士が現れたことは、当然彼も認識している。リュウソウジャーになったばかりの小僧三人より、新たに出現したふたりのほうが明らかに上手だ。タンクジョウの力が五人と五匹を上回っているといえるか、どうか。

 

「やっぱルークじゃダメかぁ。ビショップ以上のヤツ連れてくるしかねーのかなぁ、う〜ん……」

 

 各地でマイナソーをつくり出しては売りさばいているクレオン。彼にとってタンクジョウはいち顧客にすぎず、ゆえに忠誠心などというものは微塵も存在しないのだった。

 

 

 *

 

 

 

 深い森の中を進むこと二時間、頭上の太陽が南の頂へと昇りはじめた頃、エイジロウたちは目的の場所へたどり着いた。

 

「ここがオルデラン村かぁ……」

 

 故郷のほかに訪れる初めての人里を前に、感慨深いものを抱くエイジロウたち。木々に身を隠すように存在している集落は、リュウソウ族の村よりずっとこじんまりとしている。それでも確かに、ここに生きる人々の息づかいが感じられた。

 

「コタロウくんはここ、来たことあるん?」

 

 オチャコの問いに、コタロウは小さくかぶりを振った。

 

「いえ。村や街の位置関係は、地図を見なくとも頭に叩き込んでおくのが旅人の常識です」

「そ、そうなんや……」

「なるほど……。きみは幼いながら、周到に学んで行動しているんだな!」

 

 「叡智の騎士として、俺もあやからなくては」と、鼻息を荒くするテンヤ。外の世界と隔絶された環境で育ったゆえ、彼らリュウソウ族の少年たちはまだまだ知らないことも多い。始まって未だ一日足らずの旅、既に何もかもが新鮮だった。

 

(ケント、トモナリ。おめェらにも、見せてやりたかったな……)

 

 掌を濡らした血の感触は、すっかり洗い流した今でもはっきりと残っている。当然だ、まだあれから一日も経っていないのだから。

 きっとこの感触は、一生消えてなくなることはないのだろう。今はせめて、一刻も早く村を再び解放し、トモナリと一緒に、ケントを弔ってやりたい。

 

「おや、あんたたちも勇者様かい?」

「!」

 

 と、声をかけてきたのは羊を連れた年かさの男だった。体格の良さはテンヤに負けず劣らずだが、どちらかというとずんぐりした身体つきをしている。

 

「こんな辺鄙な村に勇者様ご一行がふたつも来るなんて、珍しいや。この通り、何もない村なんだけどねえ」

「いえ、そのようなことはありません!我々としては新鮮なものばかりです!それと我々、厳密には勇者ではなくリュウソウジャーでして──」

「……テンヤくん、とりあえずお口チャック」

 

 村人の話に興味はあるが、第一に訊かねばならないことがあるのである。

 

「スンマセン。もう一個の勇者一行に、"デク"ってヤツいますか?こう、緑のモジャモジャした髪で、俺らと同い年くらいのヤツなんスけど……」

「ああ、その子なら仲間と一緒にすぐそこの宿にいるよ。知り合いなのかい?」

「うす!俺ら、そいつらに会いに来たんス」

 

 知り合いと言っても、今朝がた初めて遭遇したばかりなのだが。ただ同じリュウソウ族、リュウソウジャーであるがゆえに、エイジロウが親近感を抱くのも無理からぬことだった。

 

「そうかぁ。あの勇者様には一度世話になってるからねぇ。知り合いだって言うならこれ、あげるよ」

 

 そう言って羊飼いの男が差し出してきたのは、竹の水筒だった。中は白い液体で満たされている。

 

「ヤギの乳さ。栄養たっぷりだぞ」

「!、もらっていいんスか?あざす!」

 

 エイジロウたちは、ヤギの乳を手に入れた!

 

 

──………、

 

 ヤギの乳で道中小腹を満たしつつ、エイジロウたちは宿屋に向かった。深い森に覆われた村内は、白昼にもかかわらず薄暗い。とはいえそれは気持ちを沈めるより、癒やすものだった。枝葉の隙間から差す木漏れ日が、より拍車をかける。

 

「なんか、平和やねぇ……」

「うむ……こうしていると、先程までの激戦が嘘のようだ」

 

 彼らは、知らなかった。こんな辺境の小さな村であっても、ドルイドンの魔の手は伸びつつあるということを。

 

 

「──うわぁあああああん!!!」

「!」

 

 静穏を切り裂くような金切り声に、エイジロウたちは瞬時に身を硬くした。一拍置いて、走り出す。リュウソウケンを抜く用意もできていた。

 しかし彼らが目の当たりにしたのは、ある意味日常的に見られる光景だった。

 

「うぁあああ、いたいよぉぉ……!」

 

 地べたに尻餅をつき、泣き叫んでいる小さな子供。膝の皮膚が破れ、出血している……などと表現すると大事だが、要するに転んで擦りむいてしまったのだろう。エイジロウたちは顔を見合わせて苦笑した。ただ無視できるほど冷淡ではなく、助け起こそうかと一歩を踏み出そうとした。

 そのとき、

 

「大丈夫?」

「!」

 

 駆け寄ってきた少年の姿は、まさしくエイジロウたちが捜していたものだった。

 

「擦りむいちゃったんだね。大丈夫、すぐ痛いのどっか行っちゃうよ」

「うぇ……ほんとぉ?」

「ほんとさ。僕にまかせて」

 

 水筒に入った水で患部を洗ったあと、少年が取り出したのは薄緑色の粉末が入った瓶だった。それを傷に振りかけると、こぼれ落ちないように布巾を当てて縛る。言葉にすれば単純な作業だったが、それにしても非常に手際かよかった。

 暫くして痛みが引いてきたのか、泣きやんだ少年が立ち上がった。

 

「もう痛くない?」

「うん!ありがとー、おにいちゃん!」

 

 そう言って、子供はとたたっと走っていく。見送る少年は、そばかすの散ったまろい頬を弛めながら手を振っていた。

 そして、

 

「──あ、」

 

 目が合う。──"疾風の騎士"との、二度目の邂逅だった。

 

 

 *

 

 

 

「俺、エイジロウってんだ。こっちは仲間のテンヤとオチャコ。で、この子はコタロウっつって……訳あって一緒に行動してる、人間の子供」

「そうでしたか。僕はイズクって言います、よろしく」

 

 かのリュウソウ族の少年は、自らをイズクと名乗った。友好的に終始するセカンドコンタクトだが、エイジロウたちにはいくつか疑問もあって。

 

「あれ?でもきみ、"デク"って呼ばれてなかった?」

 

 その中では比較的重要度の低いものを、まずもってオチャコが訊いた。よもや偽名というわけでもないだろうが。

 と、イズクあるいはデク少年が苦笑を浮かべる。

 

「"デク"はあだ名なんだ。僕の名前、文字にするとそうとも読めて……どこかの言葉で、何もできない無能、みたいな意味があるらしいんだけど」

「何っ?ではあの男は、仲間であるきみをそんなふうに呼んでいるのか!?」

 

 「許せん!」と憤るテンヤ。彼の反応は"らしい"ものとして、エイジロウたちもなんとも言えない気分だった。

 

「まあ、かっちゃん……カツキは昔からそうだから。──それより、」童顔がわずかに引き締まる。「きみたち、リュウソウジャーになったばかりだよね?村で何かあったの?」

 

 永く続いていた封印を解くのは、尋常な事態ではないはずだ。イズクの推測は当たっていた。

 時折表情を歪めつつ、エイジロウが事の経緯を説明する。──親友が、死んだことも。

 

 話し終わるのを待って、イズクは沈痛な面持ちでつぶやいた。

 

「……そう。じゃあ僕たち、間に合わなかったんだ」

「間に合わなかった……とは?」

「僕たち、マイナソーを追ってこの辺りまで来たんだ。きみたちの村の方角へ向かったところまではわかったけど、途中で反応が消えて……。そうか、きみたちが倒したからだったんだね」

 

 不意に、エイジロウたちのほうに向き直る。──そして、やおら頭を垂れた。

 

「力になれなくて、ごめん」

「イズク……」

 

 謝罪の言葉には、それまでのどちらかというとおっとりした語り口とは打って変わって真に迫るものがあった。エイジロウたちが一瞬、何も返せなくなるほどに。

 暫くしてようやく、イズクは顔を上げた。

 

「せめて、その神殿のことがわかればいいんだけど……僕らも存在くらいしか聞いたことがないんだ。本当にごめんね」

「……気にしねえでくれ、俺らが未熟だったんだ」

 

 そう──自分たちがもっと強ければ。タンクジョウを軽く斃してしまうだけの力があれば。きっとケントは守れたし、村を封印に追い込むこともなかった。

 それももう、すべて過去のことだ。過去は取り返せない。失ったものは未来で埋め合わせるしかない。そのために今を、精一杯生きている。そうして全身全霊を尽くしてもなお、決して戻らないものもあるのだけど。

 

「マスターが言ってた。リュウソウジャーが五人揃えば、ドルイドンにだって勝てるって」

「………」

「だからこれからは、おめェらと一緒に戦いてえ」

 

 ゆえに今、それが唯一エイジロウの望むことだった。エイジロウだけではない、テンヤ、オチャコもまた。

 対する、イズクは──

 

「僕も……きみたちと共闘できたら、嬉しいと思う」

「じゃあ──」

「でも、ダメなんだ。かっちゃ……カツキはそれを望まない」

「どうして……?」

「彼は、他人を信用しないから」

 

 いつも、いつでもそうだった。彼はイズク以外の他人と触れ合うことを良しとしない。どんなに親しくされようと、その裏に悪意を見出そうとする。

 昔は、そうではなかった。──しかし今、同じリュウソウ族の仲間に対してさえ、そうなってしまったのだ。その明確な理由を、相棒にさえ見せようとしない。

 

「……わかった」

 

 頷くエイジロウ。しかしそれは、諦めと同義ではない。

 

「なら、あいつに会わせてくれ。直接話がしたい」

 

 それだけで容易く、相手の気持ちが変わるとはエイジロウも思っていない。しかし変えたいと思うなら、動かなければ駄目なのだ。

 元々大きな目をさらに見開いたイズクは、ややあって柔らかく微笑んだ。

 

「……そうだね。そう言ってくれて、ありがとう」

「礼には及ばねえよ。それで、あいつ……カツキはどこにいるんだ?」

「………」再び険しい表情に戻り、「実は別行動中なんだ。──かっちゃんは今、マイナソーを追ってる」

「何っ?ならば今すぐ、俺たちも打って出るべきではないのか!?」

 

 逸るテンヤを手で制し、イズクは続ける。

 

「勿論そのつもりだよ、僕はきみたちを待っていたんだ。……ただ、その前に会ってほしい人がいる」

「会ってほしい、人?」

 

 

「マイナソーの、宿主さ」

 

 



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4.トラ・トラ・トラ! 2/3

 イズクの案内でエイジロウたちがたどり着いたのは、村はずれにある小さな家だった。古びた外壁はあちこち剥がれ、住人がそれを修繕できる状況にないことが察せられる。

 果たしてそれは事実であった──経済力の面でも、人力の面においても。

 

「ほしい……ほしい、ほしい………」

 

 粗末なベッドに横たわる男が、譫言のように……否、まさしく譫言を繰り返している。"欲しい"と、ただそれだけを四六時中、延々と。

 

「この人、どうしてもうたん……?」

「生み出したマイナソーに、身体を支配されてるんだ」

「生み出した……?マイナソーは、自然発生するのではないのか?」

 

 未知の真実に、テンヤの声がわずかに上擦る。

 

「確かにマイナソーは自然にも発生する。でも、こうして人間を宿主に誕生する個体もいるんだ。僕らはクレオンってドルイドンの仕業だと当たりをつけてる」

「クレオン……あっ、あいつか!」

 

 エイジロウたちの脳裏に、ワームマイナソーを駆ってタンクジョウを助けに来た毒々しいドルイドンの姿がよぎる。そういえばあの小僧めいた怪人は、タンクジョウを指して「お客さま」などと呼称していたか。

 

「そうか……!奴はマイナソーを生み出し、他のドルイドンに売っているんだ」

「!」

 

 場に、重苦しい静寂が降りる。響くのはただ、宿主となった男性の妻子がすすり泣く声のみ。

 

「……マイナソーの宿主にされた人は、どうなるん?」

 

 恐る恐る、オチャコが問う。その明確な答を知るのはやはり、イズクだけだった。

 

「マイナソーは宿主の生命エネルギーを吸収し成長する。やがて完全体に至ったとき……宿主は、死ぬ」

「ッ、」

 

 エイジロウは拳を握りしめた。ドルイドンは人間をなんだと思っているのか。この星もそこに生けるものもすべて、奴らの玩具などではないというのに。

 

「この人を救けるには、どうすれば良い?」

「マイナソーを倒すんだ、完全体になる前に」

 

 「それしかない」と、イズクは言う。そのためにリュウソウジャーはいるのだと。

 

「この人は昨夜、ここから北に行ったところにある鉱山近くで倒れていたらしい。もしかすると、もう時間がないかもしれない。──行こう」

 

 

 *

 

 

 

 威風の騎士ことカツキ少年はひとり、山腹を軽々と駆け登っていた。鋭い緋色の瞳は、真っ直ぐ頭上を睨みすえている。

 そうして暫くすると、あれほど生い茂っていた木々が点在するようになり、ついにはまったく生えぬ荒涼とした大地が広がる。

 

 その先に、目標たる洞穴があった。

 

「……これか」

 

 既に廃鉱となった鉱山跡への入り口。──この奥に、マイナソーが潜伏している。

 カツキは一瞬、背後に気をやるようなしぐさを見せた。そこに何もいないことを確認すると、小さなため息をつく。

 

(デクの野郎、あんな連中放っときゃいいものを)

 

 エイジロウたちの到来を待つことに、そもそも彼は反対だったのだ。リュウソウジャーとはいえ見るからに未熟な連中、手を組んだところで足手まといになるだけだ。……それに、土壇場で裏切らないとも限らない。同じリュウソウ族であろうとも。

 

「……ッ、」

 

 脳裏に過去の忌まわしい記憶が甦り、カツキはぎりりと奥歯を噛んだ。

 気を取り直し、立ち上がる。もう待ってはいられない。自分ひとりでこの漆黒の闇に突き進むことに、彼はなんの躊躇いもなかった。

 

 しかし彼の幼なじみは、昔からとにかく間が悪いのである。

 

「──かっちゃん!!」

 

 幼少の頃から変わらない呼び名に、カツキは苛立ちを覚えながら振り向いた。

 駆け寄ってくるのは幼なじみ、そして──彼が招き寄せた、新米連中。

 

「よかった……まだいた」

「……デクてめェ、なんでこいつら連れてきた?」

 

 その物言いに、エイジロウたちは揃って顔を顰めた。予想しえた言葉とはいえ、やはり愉快なものではなかったからだ。

 

「俺たちだって、騎士竜に選ばれた騎士だ。苦しんでいる人々を救うために、マイナソーと戦う──それが俺たちの使命だ!」

 

 そう主張して憚らないテンヤに対し、

 

「は……おめでてーアタマしてんなァ、クソメガネ」

「……なんだと?」

「人間どもがどうなろうが、俺には関係ねえ」

 

 緋色の瞳が、彼らを冷たく睨めつける。その淀んだ光に一瞬呑まれかけながらも、エイジロウは訊いた。

 

「だったら、おめェはなんで戦ってんだ?」

「……それこそ、てめェらに答える義理はねえな」

 

 すげなくそう言い放って、カツキはついに踵を返した。そうして、洞穴の中へ歩き出そうとする。

 その手を、エイジロウが掴んだ。

 

「待ってくれよ!」

「ア゛ァ!?触んなや!!」

「触る!!……おめェが言うこともわかる、俺らはまだ騎士になったばっかで、マイナソー一匹倒すのがやっとの未熟モンだ」

「わかってンなら──」

「だからこそ、黙って見てるわけにはいかねえんだ!戦って戦って戦って、俺らはもっと強くならなきゃいけねえ!!ドルイドンを滅ぼせるくらいにっ、守りてぇもん守れるくらいに!!!」

「ッ、」

 

 迫る紅に、カツキは一瞬言葉に詰まった。ルビーのようなそれは、真摯だとか誠実だとか言うにはあまりに幼稚な、それでいて純粋な光を放っていたから。

 

「……おめェの過去に何があったかは知らねえ。だから仲間だなんだとはもう言わねえ。でも敵が同じ以上……一緒に、戦わせてほしい」

「……ッ、」

 

 それでもと手を振り払おうとしたカツキだったけれど、

 

「──かっちゃん。彼らだって、村を……故郷を失ってるんだ」

「!、は……?」

 

 イズクの言葉に、エイジロウたち三人の表情が翳る。その真偽がわからないほど、カツキも鈍くはない。

 

「少なくとも彼らには戦う理由がある、もしかすると僕ら以上に大きな理由が。……見極めてみるのも、良いんじゃないかな?」

 

 柔らかな物腰の相棒の言葉は、少なくともエイジロウたちのそれより響いたらしい。カツキは一瞬目を伏せたあと、ひとつ舌打ちを洩らした。

 

「……勝手にしろ。足引っ張ったら殺す」

 

 それだけ吐き捨てて、再び踵を返して歩き出す。その姿勢が拒絶でなくなった以上、エイジロウたちはそのあとをついてゆくだけだった。

 

 

 *

 

 

 

 剥き出しの岩肌に覆われた坑道は、果たして人の手が入った痕跡が多分に残されていた。足下には運搬用の荷車を走らせるための線路が敷かれ、その隅には暗闇の中で光るという夜光草が点々と植えられている。陽光の入らない作業場なのだから、当然の措置だろう。尤も彼らリュウソウ族は常人よりずっと夜目がきくので、その恩恵はあまり実感できていないが。

 

「それにしても、よくここにマイナソーが逃げ込んだってわかったな」

 

 雑談代わりに発せられたエイジロウの言葉に、彼らの存在を黙殺するつもりでいたカツキは早くも訝しげな表情を浮かべた。

 

「あ?てめェら、探索用のソウル持ってねえのかよ」

「ミエソウルなら持ってっけど」

「私ら、まだ任命されたばっかりやったし……」

 

 本来なら経験を積み、それに合わせて様々なリュウソウルが支給されるはずだった。それでも三人合わせればそれなりの数が手元にあるが、不足がないとは言えない。

 と、イズクが三人の持っていないソウルを懐から取り出した。

 

「──じゃあ、良かったらあげるよ。キケソウルとクンクンソウル」

「!、良いのか?」

「うん、余ってるのがあるから。素材さえあれば、かっちゃんが造れるしね」

「なんと、きみはリュウソウルを打てるのか?」

「るせー、喋りかけんな」

「なッッッッッッ!!」

 

 会話のキャッチボールを突然打ち切られ、テンヤは憤慨した。というか彼でなくともする。

 

「かっちゃん、才能マンだから。大概のことはできちゃうんだ」

 

 「ごめんね」とテンヤに両手を合わせつつ、イズクがそう続ける。確かにこの性格の苛烈さでは、能力の高さを伴わなければやっていけないだろう。いくらこの、温厚な相棒の助けがあるとはいえ。

 

「余計なこと言うなデク、つーか施しもすんな」

「良いだろ。足手まといになるって言うなら、少しでも戦力をたくわえてもらったほうが」

「………」

 

 少なからず首肯くところがあるのか、憮然と黙り込むカツキ。心なしか早足になるのは、半ば意地のようなものなのだろう。彼に見られていないのをいいことに、エイジロウは苦笑した。

 

「すげぇな、おめェ。あいつのツボ、よくわかってる」

 

 小声で話しかけると、イズクは苦笑いともなんともいえない表情を浮かべた。

 

「うーん、どうなんだろう……」

「へ?」

「あ、いや。……ずっと一緒に旅してるから、習慣とか癖とか、色々見てきてはいるけど。そうすると案外、知らないことのほうが多いんだなぁって思い知らされるよ」

 

 それはとても寂しいことなのだと、イズクの顔が、声が伝えてくる。エイジロウは何も言えなかった。生まれてこのかた百五十余年、他人の好意だけを信じて生きてきたエイジロウには。

 

 そうして五人、線路の上を進み続けた。時折、吹き抜ける風の呻る音が聞こえる。テンヤと並んで最後尾を歩くオチャコが、堪らず身を震わせた。

 

「な、なんか……人が叫んでるみたいな音……」

「怖いことを言うなオチャコくん!──そういえば、ここはなぜ廃鉱になってしまったんだ?」

 

 怖いと言う割には嫌なことを躊躇なく訊くテンヤである。オチャコなどはそれこそ幽霊を見るような目をテンヤに向けている。

 答えたのは、やはりイズクだった。

 

「最近まではここでカーバンクル・ルビーっていう珍しい宝石が採掘できて、オルデラン村はじめ近隣の人里から鉱夫が集まって栄えていたそうだけど。多分、獲り尽くしてしまったんだろうね」

「な、なんだそうなんや……」

 

 露骨にほっとするオチャコである。鉱山といえば落盤事故の危険と隣合わせで、それで亡くなった鉱夫などが亡霊となって彷徨っている。そんな怪談を子供の頃に聞いたものだから、五人いるとはいえ少なからず恐怖があったのだ。

 

「……あの男の人も、ここの鉱夫だったそうなんだ」

 

 イズクの声が、わずかに低くなるのがわかった。

 

「では……マイナソーがここに逃げ込んだのは、偶然ではないということか?」

「うん。マイナソーの行動は、宿主のもつ最も大きな欲求に支配されるから」

 

 あの男性は、うつろな目で天井を見つめたまま「ほしい、ほしい」とつぶやき続けていた。何が欲しいのか、それは考えるまでもないだろう。

 そうして歩き続けた五人を、採掘場のひとつだったのだろう広場が迎えた。鉄骨で支えられた足場や、朽ちかけたトロッコがそのまま放置されている。そんな、背筋が寒くなるようながらんどうの空間だけれども、カツキにはすぐわかった。

 

「デク、」

「うん。──キケソウル」

 

 リュウソウケンを構え、ソウルを装填するイズク。その所作はエイジロウたちと寸分たがわない。

 

『キケソウル!キ〜ン!!』

 

 坑内に甲高い声が響き、使用者の肉体にソウルに宿った能力を作用させる。キケソウルの場合は言うに及ばず、聴力強化だ。

 

「………」

 

 目を瞑り、"何か"を捉えようと耳を澄ませるイズク。その"何か"が明白である以上、口を出そうとするものはこの場にはいない。ただいよいよここが戦場になるのだと、エイジロウたちは少なからず緊張を強いられてはいたが。

 そして永遠とも思える刹那のあと、イズクが翠眼を見開いた。

 

「──来る!」

 

 身構える間もなく次の瞬間、視界が真っ白になった。

 

「!?」

 

 突然のことに、エイジロウたちは身動きがとれなくなる。何もできない。閃光につぶれた視力の中で、何かが迫ってくるのを感じとってもなお。

 

 だが、彼らは違った。

 

「──死ィねぇッ!!」

 

 罵声とともに、カツキがリュウソウケンを振るう。彼は目を瞑っていて、当然視界は確保されていない。

 だが、そんなことはさしたる問題ではなくて。

 

「ガアァッ!?」

 

 肉の断たれる音と、獣のうめき声が同時に響く。それを聞いて、イズクも動いた。目を閉じたまま地面を蹴り、そのまま気配のある方向めがけて回し蹴りを放つ。重みのある物体が、遥か後方にまで吹き飛ばされていく。

 

 そうして程なく閃光は収まり、エイジロウたちの視界も回復した。

 

「!!」

 

 「マイナソー」と、誰かがわかりきったことを口にする。

 果たして薄緑色の皮膚をもった獣は、自然の動物のそれではなかった。額では真紅の宝石が野生的な光を放っている。

 

「見つけた……!い「退いてろ」──!?」

 

 カツキの手が、エイジロウたちを後方へと強引に押しやる。「なんのつもりだ」と、当然のごとくテンヤが抗議するが、彼の意識はもう前方の敵にのみ向けられていた。

 

「かっちゃん……もうっ。──仕方ない、僕らであいつの能力を見極めるってことで!」

「お、おい──」

 

 納得はしがたいが、承諾せざるをえなかった。──イズクのこぼれ落ちそうな瞳も既に、猛禽類のごとき光をたたえていたから。

 

「デク、チェンジだ」

「うん!────、」

 

 

「「リュウソウチェンジ!!」」

『ケ・ボーン!!』

 

『ワッセイワッセイ!そう!そう!そう!ワッセイワッセイ!ソレソレソレソレ!!』

 

 リュウソウチェンジャーから飛び出した無数の小さな騎士たち。音声に合わせて踊り狂う彼らは、

 

『リュウ SO COOL!!』

 

 その叫びとともに、リュウソウメイルへと姿を変えた。

 

 翠緑、そして漆黒の鎧を纏う騎士たち。彼らは、

 

「──疾風の騎士!リュウソウグリーン!!」

「威風の騎士……!リュウソウブラァック!!」

 

 エイジロウたちは思わず息を呑んだ。竜装の前には抑制されていた歴戦の闘気が、彼らからは溢れ出している。

 

「はっ……ブッ殺ォす!!!」

 

 それ以上の言葉はもう、必要なかった。

 

 



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4.トラ・トラ・トラ! 3/3

 

「はっ……ブッ殺ォす!!!」

 

 カツキ──リュウソウブラックの苛烈なひと声により、戦いの火蓋は切って落とされた。

 並んで走り出す、グリーンとブラック。相対するマイナソーもまた、「ホシイィィィ!!」と叫びながら地面を蹴った。

 その接触まで、コンマ数秒。

 

「はっ!」

「オラァ!!」

 

 その瞬間、ふたりは同時にリュウソウケンを振るっていた。目にも止まらぬ速さ。マイナソーもまた、鋭い爪を振り下ろしたのだけど。

 

 ブラックの刃がそれを弾き返し、がら空きになった胴体をグリーンが切り裂いた。

 

「グアァァッ!?」

 

 太い悲鳴とともに、吹き飛ばされるマイナソー。しかし彼、あるいは彼女は空中で姿勢を整えると、四肢を使って着地してみせた。

 しかしその間に、ふたりの騎士は次なる攻撃の用意を整えていた。

 

「ハヤソウル!」

『リュウ!ソウ!そう!そう!──この感じィ!!』

 

 ビューン、と気の抜けるような音声とともに、グリーンの右腕に黄金の鎧が装着される。

 

「──ふっ!」

 

 駆ける、疾風の騎士。その姿が一瞬視界から消え、代わって一陣の風だけを場に残していく。

 次の瞬間、グリーンはマイナソーに肉薄していた。

 

「グアァッ!?」

 

 防御もできず斬られるマイナソー。しかし一撃では終わらない、グリーンは坑内を縦横無尽に駆け抜け、砂塵を巻き上げ、ハヤソウルの効果が切れるまで攻撃を繰り返していく。

 そんなグリーンが"疾風"であるなら──彼はまさしく、"威風"だった。

 

「ブットバソウル……!」

『リュウ!』

 

 一回、

 

『ソウ!』

 

 二回、

 

『そう!』

 

 三回、

 

『そう!』

 

 四回。

 

『この感じィ!!』

 

『ブットバソウル!ボムボム〜!!』

 

 ブラックの右腕に"竜装"したのは、漆黒に炎のようなオレンジの意匠があしらわれた鎧。質実に豪奢が調和したようなデザインは、生身のカツキと通ずるところがあった。

 

「はっ……オラァ!!」

 

 跳躍するブラック。彼の手にする刀身が赤熱するのを、エイジロウたちは見た。

 そしてそれが振り下ろされた瞬間、

 

──BOOOOM!!

 

 爆炎が、マイナソーを呑み込んだ。

 

「すごい……。ハヤソウルを、僕以上に使いこなしている……!」

「それにカツキ……くんが使ってるリュウソウル、見たことないやつや……」

「………」

 

 珍しいリュウソウルすら、自分自身の手指と変わらず自在に扱っている。──年齢はそう変わらなくとも、経験が違う。彼らは間違いなく、場数を踏んできている。

 

「……ッ、」

 

 だからこそ、負けたくない。彼らと肩を並べたい。そんな欲求が、エイジロウの心を占めようとしている。

 

「けっ、雑魚が」

「まだ成長してないからね……。──決めよう!」

 

 鍔に手をかけるふたり。それが必殺技の発動シークエンスであることは初見でも察知したのだろう、マイナソーは抵抗手段に打って出た。

 

「ホシィ……ッ、ホォシィィィッ!!!」

 

 咆哮と同時に、額のルビーが閃光を放つ。暗い坑内が再び純白に染まり、視界が失われるのはもはや、既定路線と言うほかなくて。

 しかし風を纏う騎士たちは、まったく動揺してはいなかった。

 

「かっちゃん、正面。一時の方向!」

「はっ、──ノビソウル!」

『ノビソウル!ビロ〜ン!!』

 

 ブラックのリュウソウケン、その刀身がしなり、伸びる。それはグリーンの指定した通りの方向へ叩きつけられ、

 

 マイナソーに、直撃した。

 

「ホシィイッ!?」

 

 倒れ込むマイナソー。ルビーが再び輝きを失い、視界が戻ってくる。

 

「は、馬鹿のひとつ覚えが。──死ねぇぇッ!!」

 

 地を蹴り、駆け出すリュウソウブラック。その刃が、いよいよマイナソーを両断しようとする──

 

──そのとき刃とマイナソーとの間に、巨大なオブジェクトが割り込んだ。

 

「!?、ぐっ!」

「かっちゃん!?」

 

 呻きながら後退するブラックを、咄嗟に受け止めるグリーン。いったい何が起きたのか──それは推量するまでもなく、彼らの目を引きつけた。

 

「他人様の陣地で勝手をするとは、躾のなっていない騎士どもだ」

「!、おまえは……」

 

 

「──タンクジョオォォォッ!!!」

 

 振り向いたタンクジョウが見たのは、鬼神のごとき勢いで斬りかかる勇猛の騎士の姿だった。

 

「ふんっ」

 

 振り下ろされるリュウソウケンは、当然のごとくルークレイモアによって受け止められた。

 

「リュウソウレッド……ちょうどいい、この傷の礼、しなければならないと思っていたところだ……!」

「黙れ!!てめェらドルイドンのつくったマイナソーのせいで、また人が苦しんでるんだぞ!何も感じねえのかよ!?」

「感じるさ。──このうえない喜びと満足をな!!」

 

 激昂するリュウソウレッド。しかしリュウソウルもなしの状態でのパワーは、タンクジョウに分がある。

 次の瞬間、押し負けたレッドも後方へ弾き飛ばされていた。

 

「エイジロウくんっ!」

「大丈夫か!?」

「ッ、くそ……!」

 

 さほどのダメージはない。だからこそ悔しかった。このドルイドンを相手に、自分ひとりの力はまだ及んでいない──

 

「人間が苦しんでいる?──元はと言えば自業自得だろう、マイナソーは連中の浅ましい欲望から生み出されるのだからな」

「浅ましい、だと……!?」

 

 怒りを含んだ声で訊き返したのはブルーだった。それに対し、タンクジョウは意外なものを見聞きしたかのように肩をすくめてみせる。

 

「このカーバンクルマイナソーが"ホシイ、ホシイ"と五月蝿いのは、生贄の人間がこの鉱山から生み出される富に執着しているからだ!違うか?」

「……!」

「金が欲しい、もっと食いたい、女と寝たい……。人間の欲望など、所詮そんなモノ。そしてそんな浅ましい連中だから、我々の喰い物にされるのだ!はははは、ははははは──」

 

「──うるせえ……!」

「!」

 

 唸るようにそう言い放ったのはエイジロウでも、カツキでもなかった。

 騎士たちの視線が、その声の主に集中する。変声期を越えてもなお、子供のような甘さを残した柔らかな声色。さありながら、誰より烈しい言葉を発した疾風の騎士。

 

「人の想いは、そんな浅いものじゃない……!」

「イズク……?」

「あの人が富を、金を求めるのは、家族に少しでも良い暮らしをさせてやりたいと願っていたからだ!それを踏みにじって、あまつさえ浅ましいと嘲う資格は……誰にもない!!」

 

「浅ましいのはドルイドン……自分の力を誇示することしか考えられない、お前たちのほうだっ!!」

 

 それはリュウソウグリーンの、イズクの魂がこもった叫びだった。その颶風のような咆哮が、仲間たちの心を打った。

 

「おめェの言う通りだ、イズク!」

 

 人間という生き物を、リュウソウ族の村に生まれ育ったエイジロウたちは知らない。それでも彼らは文明を作りあげ、隣人とともに暮らし、家族を慈しんで生きている。それを守りたいと、今は心から想うのだ。

 

「馬鹿な」それを嘲笑うタンクジョウ。「貴様とて卑しい欲望の持ち主のひとりだろう、リュウソウレッド。同胞を殺した俺への憎悪、所詮そんな動機で戦っているのだろうが。格好つけるな!」

 

 まだ取り繕う余裕があるなら、今度はここにいる貴様の仲間全員無惨に殺してやる──そんな言葉を吐いて、エイジロウを挑発する。正義ぶった仮面を、剥ぎ取るために。

 

 タンクジョウはひとつ、思い違いをしていた。エイジロウたちリュウソウ族の騎士は常に、守護者たることを第一に生きるよう教えられて育ってきたのだ。

 

「確かにてめェは憎い。……けど、今はみんなを守ることのほうが大事だ!どっちにしろてめェは倒す、そうすりゃ仇討ちもできるんだからな!!」

「ッ、舐めた口を……!──同胞のところへ行くがいい!!」

 

 余裕を失ったのはタンクジョウのほうだった。ルークレイモアを振り上げ──投擲する。巨大な大剣がまるで意志をもっているかのように喰らいついてくるのだけれども、もはやそれを脅威には感じない。

 

「カタソウル!!」

『リュウ!ソウ!そう!そう!──この感じィ!!』

 

『カタソウル!ガッチーン!!』

 

 再び煌めく、友の形見。その力を得たリュウソウケンは、ルークレイモアを容易く弾き飛ばした。

 

「何……!?」

「もう一度、叩き切ってやる!!」

 

 "アンブレイカブルディーノスラッシュ"──タンクジョウに深傷を負わせた一撃を、再び放たんとするリュウソウレッド。その構えを目の当たりにしたタンクジョウは……認めたくはないが、焦燥に駆られた。

 

「ッ、同じ手を喰うか!──カーバンクルマイナソー!!」

「ホシィイッ!!」

 

 タンクジョウを庇うように前に出たカーバンクルマイナソーが、再び眩い閃光を放つ。視力を奪われる。

 

「同じ手はどっちだよ」

 

 それをあざ笑ったのは、威風の騎士だった。

 

「マイナソーを先に片付ける……!──ツヨソウル!!」

『リュウ!』

 

 一回、

 

『ソウ!』

 

 二回、

 

『そう!』

 

 三回、

 

『そう!』

 

 四回。

 

『この感じィ!!』

 

『ツヨソウル!オラオラ〜!!』

 

 白銀の鎧を纏い、

 

『それ!』

 

 一回、

 

『それ!』

 

 二回、

 

『それ!』

 

 三回、

 

『それ!』

 

 四回。

 

『その調子ィ!!』

 

「デク、──上だァ!!」

「────、」

 

 今度はカツキが、"それ"を指し示してくれた。

 

「──マイティ、ディーノスラァッシュ!!」

 

 白一色の空間の中で──グリーンの振るった必殺の一撃が、頭上から飛びかからんとしていたカーバンクルマイナソーを直撃した。

 

「グガァアアアッ!!?」

 

 ひときわ大きな悲鳴をあげ、吹き飛ばされるカーバンクルマイナソー。その身体が傍に転がり落ちてくるのを認めて、タンクジョウは絶句した。

 

「何……!?」

「──次は貴様だ!」

「!」

 

 叡智の騎士と剛健の騎士が、次は自分たちが仕掛けるのだとばかりに剣を構える。彼らの攻撃を耐えぬいたとしても、敵は五人だ。──やられる?自分が?

 

 その可能性を実感して愕然とするタンクジョウ。認められない、誇り高きドルイドンであるこの俺がリュウソウ族の小僧ごときに敗けるなど!

 

 そのときだった。致命傷を負って斃れたはずのカーバンクルマイナソーが、唐突に起き上がったのは。

 

「!?」

「ホ……シィ……、ホシイ……!」

 

「ホシィイイイイイ──ッ!!!」

 

 宿主のエネルギーが、一気に注ぎ込まれた。

 そのために膨れ上がっていく器──カーバンクルマイナソーの肉体は洞穴の天井をも突き破り、見上げんばかりに巨大化した。

 

「ッ、育ったか……。──覚えていろリュウソウジャー、次こそは必ずッ!!」

「!」

 

 瓦礫の向こうへ消えていくタンクジョウ。追う……わけにはいかなかった。物理的にも、精神的にも。

 

「巨大化……村を襲ったマイナソーと同じか!」

「成長したんだ……エネルギーを吸って!」

「じゃあまさか、宿主の人は……!」

「うるせえ丸顔、アレはまだ完全体じゃねえ!」

「丸顔やめぃ!!」

 

 まだ間に合う──そう信じ、彼らは騎士竜たちの名を呼ぶ。

 

「ティラミーゴ!!」

「トリケーン!!」

「アンキローゼっ!」

「タイガランス!!」

「ミルニードルっ!!」

 

 山中深くにいた鋼鉄の竜神たちが、待ってましたとばかりに駆けつける。彼らは体内に、相棒たるリュウソウジャーを格納することができる。

 

 そのスペースに乗り込み、巨大マイナソーと戦闘開始だ。

 

 

 *

 

 

 

「俺たちスリーナイツの力、見せてやる!」

「ふたりは援護して!」

「ア゛ァ!?俺らに指図すんな!!」

 

 当然のごとくブチ切れるカツキであったが、

 

「スリーナイツ……そうか、キシリュウオー!──かっちゃん、彼らの言う通りにしてみよう!」

「てめェまでナニ言ってやがるデク!!」

「伝説のキシリュウオーの力、見たいんだ!お願いっ!!」

「〜〜ッ!」

 

 幼なじみに「お願い」とまで言われてしまうと、どうにも弱いカツキである。それに彼自身、キシリュウオーを見てみたい気持ちがないではなかった。

 結局タイガランスとミルニードルが一歩引き、スリーナイツを構成する三体の騎士竜が飛び出した。

 

「あんがとよイズク、カツキ!一気に竜装合体だッ!!」

「「おう!!」」

 

 「気安く名前で呼ぶな」という罵声──どちらのものか言うまでもない──を聞き流しつつ、エイジロウはティラミーゴたちに合体を指令した。

──それぞれのリュウソウルが騎士竜たちに装填される。駆けるティラミーゴがキシリュウオーとなり、並走するトリケーンとアンキローゼが変形してキシリュウオーの両腕に喰らいつく。

 

「完成、」

「「「──キシリュウオー、スリーナイツ!!」」

 

「いくぜぇッ!!」

 

 勢いにまかせ斬りかかるキシリュウオー。しかしカーバンクルマイナソーはすんでのところでその一撃をかわすと、再び額の宝石から光を放った。

 

「ッ!──?」

 

 身構えるエイジロウたちだったが、光ったのは一瞬のこと。怪訝に思ったのもつかの間、

 

 マイナソーの姿が、忽然と消えうせていた。

 

「何!?奴は、どこへ──」

「──リュウソウジャー、上だ!!」

「え!?」

 

 顔を上げたキシリュウオーの眼前に、その獣めいた姿が迫っていた。

 

「ッ、ンの──!」

 

 咄嗟にナイトソードを振り上げ、爪の一撃を受け止める。それは存外に重く、キシリュウオーは半ば吹き飛ばされるように後退を強いられた。

 

「テンヤ、オチャコ、大丈夫か!?」

「あ、ああ。しかし、こいつは──」

 

 態勢を整えきらないキシリュウオーに対し、着地を遂げたカーバンクルマイナソーは再び閃光を放った。咄嗟に顔を背けるも、再びその姿が消えている。

 

「また消えてもうた!?」

「やはり、速いんだ!閃光で目眩ましをして、その間に移動している……!」

 

 それがカーバンクルマイナソー本来の力なのだろう。執着していた坑内から外に飛び出したことで奇しくも、その真価が発揮されている──

 

「ッ、次はどっから来るんだ……!?」

 

 当然、先ほどのように頭上にはいない。後方はタイガランスとミルニードルが守ってくれている。ならば、どこから──

 

「あ──」

 

 その可能性に思い至ったのは、残念ながら寸分遅かった。

 

 地中から飛び出した前肢が、キシリュウオーの脚を捕えたのだ。

 

「なッ!?」

「うそ……!」

「やっぱり、下か……ぐうぅぅッ!」

 

 ただ捕えているだけではない。鋭い爪が脚部に食い込み、キシリュウオーを少しずつしかし確実に蝕んでいる。

 

「おのれ……!早くマイナソーを倒さなければ、あの人が……!」

 

 焦るが、どうにもならない。それどころか、このままでは穿たれる──そんな危機感に晒されたときだった。

 

「ガォオオオッ」

 

 咆哮とともに、翠の虎がマイナソーに齧りついた。

 

「!!」

 

 慌てて前肢が離れて地中に引っ込み、かと思えばカーバンクルマイナソー本体が少し離れた場所に飛び出した。梃のようだ、と思いつつ。

 

「大丈夫、みんな?」

「イズク……サンキュー、助かったぜ」

 

 そのときだった。タイガランスが、何かを乞うような唸り声をあげたのは。

 

「タイガランス……?──そうか、わかったよ!」

「?、どうしたん?」

「僕らも、合体させてほしいんだ!」

 

 その要請に、エイジロウたちが驚くのも無理はなかった。

 

「なんと、スリーナイツ以上になれるのか!?」

「同じ騎士竜なんだ、できるよ。──やろう!」

 

 できると言うなら、やらない手はない。エイジロウは「おうよ!」と声をあげた。

 

「ありがとう。じゃあ行くよ、タイガランス!」

「ガォオオオッ!」

 

 咆るタイガランス。同時に装填されたグリーンリュウソウルが、彼とキシリュウオーとを絆ぐストリングスとなった。

 

「竜装合体!!」

 

 グリーンの声とともに、タイガランスが変形する。同時にキシリュウオーの頭部が椎ごと外れ、その翠を迎え入れた。──そう、翠の鎧がキシリュウオーの半身を覆い尽くしたのだ。

 名付けて、

 

「キシリュウオー、タイガランス!!」

 

「おおっ、なんかますます力が増した感じや!」

「うむ、すごいぞ!ありがとうイズクくん!」

「お礼なんて良いよ。──仲間、なんだから」

「!、イズク……」

 

 獲物を狙う猛獣のように、姿勢を低くし身構えるキシリュウオータイガランス。その姿に恐れをなしたらしいカーバンクルマイナソーは、再び従来の戦法──つまり、閃光を発してその隙に姿を晦ます──に打って出ようとする。

 しかしタイガランスの力を加えたキシリュウオーに対して、そんなものはもう通用しない。

 

「舐めんなよ」

 

 唸るようなイズクの声とともに、数少ない脚部の追加部位が蒸気を吐き出した。世界が白に染まるのが、それと同時。

 しかし次の瞬間にはもう、キシリュウオーはマイナソーの目前にまで迫っていた。

 

「!?」

「はぁ──ッ!」

 

 タイガランスの尾が変形したナイトランスを、一気呵成に突き出す──!

 

「ホシィイイッ!!?」

 

 その一撃をまともに浴び、吹き飛ばされたカーバンクルマイナソーは岩肌に激突した。

 

「おお、すごい……!マイナソーより速く動いたぞ!」

 

 タイガランスの最大の武器は、スピードだ。視界を潰されたとしても、敵が逃げる前に仕掛けることができる。

 速攻、あるのみ。

 

「一気にとどめだ!──タイガランスっ!」

 

 再び、ジェット噴射。磔にされたマイナソーは動けない。──終わりだ。

 

「「「「タイガーソニック、ランサー!!」」」」

 

 肉薄と同時に、ランスを──振り下ろす!

 

「ホ……シィイイイイ──ッ!!?」

 

 それが、カーバンクルマイナソーの断末魔となった。

 

 劫火が魔物の身体を粉々に吹き飛ばし、体内に溜め込んだエネルギーが解放される。

 それが風に漂いながらもオルデラン村のほうへ向かっていくのを認めて、四人はほっと胸を撫でおろした。

 

──そう、四人は。

 

「時間かかりすぎだわ、シロウトども」

「な!?」

 

 背後から響いたもうひとりの騎士の声に、少年たちは鼻白むほかなくて。

 

「〜〜ッ、だから援護してって言うたやん!」

「してやるとは言ってねえ。帰んぞミルニードル」

「ちょっ、かっちゃん……!──ごめんね皆っ!」

 

 さっさと山を降りていくミルニードルを、慌てて分離したタイガランスが追いかけていく。その光景を、呆然と見送るスリーナイツという光景。

 

「あ、あの男は……!信じられん!!」

「は、はは……」

 

 ぷりぷり怒る仲間たちを両隣に、これは先が思いやられると苦笑するほかないエイジロウなのだった。

 

 

 *

 

 

 

「おのれ、リュウソウジャー……!」

 

 せっかく手に入れたマイナソー、そして橋頭堡を棄ててまで逃げ延びたタンクジョウは、怒りと屈辱に震えていた。──敗北したのだ。彼は、二度も。

 

「駄目なのか、ルークのオレでは……!あんな小僧の騎士どもにすら、かなわぬと云うのかぁッ!!」

 

 激昂し、むやみに剣を振るうタンクジョウ。しかし次の瞬間、何もなかったはずの空間をぬるりとしたものがよぎった。

 

「!?」

 

 勢いのままに斬りつけてしまい、緑色の液体が弾け飛ぶ。ぎょっとするタンクジョウだったが、彼の行動には良くも悪くもなんの意味もなかった。

 

「荒れてますねぇ、タンクジョウさまァ」

 

 少年のような声が響く。弾けた液体が寄り集まり、菌類に似た魔人となった。

 

「連中にやり返したいですか?悔しがる顔、見たいですよねぇ?」

「……当たり前のことを言うな、クレオン」

「へへへっ。そう言うと思ってぇ、チョベリグ〜な作戦考えてきましたァ!」

 

「あいつらのタイセツなオトモダチ、使っちゃいましょう」──嘲るような声で言い放つクレオンの目は、オルデラン村の方角へ向けられていて。

 

 そこには静かにリュウソウジャーの帰りを待つ、コタロウ少年の姿があったのだ──

 

 

 つづく

 

 






「カエセ……!」
「宿主が死ねば、マイナソーは消える……!」
「……大切なんだな、あいつのこと」

次回「命の価値」

「俺たちは、目の前の命をあきらめたりしない!!」


今日の敵‹ヴィラン›

カーバンクルマイナソー

分類/フェアリー属カーバンクル
身長/157cm〜39.8m
体重/175kg〜463t
経験値/305
シークレット/富をもたらすという伝説の霊獣・カーバンクルに似たマイナソー。額のルビーの輝きで敵を翻弄しつつ、小柄な体躯を活かして鋭い爪による攻撃を仕掛けるぞ!
実は額のルビーこそが本体という説もあり、動物系を総称したビースト属でなくフェアリー属に分類されているのもそれが原因と思われる。
ひと言メモbyクレオン:コイツがいるだけでめっちゃ儲かるんだって!なのにタンクジョウさまってば、戦わせるコトしか頭にないんだもんなァ〜。マイナソーは用法用量を守って正しくお使いください!



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5.命の価値 1/3

飯テロというのをやってみたかった


 

 緑の草原が橙に混じりあい、なんとも形容しがたい色に染まりつつある。

 来た途を振り返ればかの橙の源たる夕陽が、先ほどまで彼らの居た野山のむこうに沈みゆくところだった。

 

「あー、つっかれた……身体、バッキバキだぜ……」

 

 しっかりとした足取りで進みつつも、表情はこれ以上ないくらいに蕩けてしまっているエイジロウである。尤もそれを咎めだてできる者はいない。

 

「私はお腹ぺっこぺこや……。考えてみたらまともなごはん、ゆうべから食べてないやん!」

「そんな暇もない一日だったからな。うむ、オルデラン村で何か食事にありつけることを期待しよう!」

 

 なぜか胸を張るテンヤに苦笑しつつ、エイジロウは改めて背後を振り返った。ティラミーゴたち騎士竜は山に残り、ドルイドンの残党がいないかを確かめている。そういえば、鋼鉄の身体をもつ彼らは食事をするのだろうか。村に戻ったら、より付き合いの長いイズクたちに聞いてみようかと思った。

 

 と、噂をすれば……もとい、思いを致せばと言うべきか。

 

「おーい、みんなー!」

 

 オルデラン村の入り口で、こちらに手を振る少年の姿。トレードマークのグリーンのベストが目に入り、エイジロウたちは疲労も忘れて駆け寄った。

 

「イズク!」

 

 イズク──疾風の騎士・リュウソウグリーン。言われなければ騎士とはわからない、小柄な童顔の少年である。丸みのある頬に浮いたそばかすなど彼がまだ子供だと言っているようなものだが、実は三人組の中では最年長であるテンヤより年上であることが既に判明している。と言っても一歳、人間に換算すればひと月程度の違いなのだが。

 

「おかえり、みんな」

「うむ、ただいま……と返すのは正しいのだろうか?」

「細かいことはええんちゃう?それよりデクくん、わざわざ待っててくれたん?」

「デッ……う、うん、まあ」

 

 カツキ以外に"デク"と呼ばれるのは複雑なものがあるのか、口ごもるイズク。それを見かねたテンヤが「蔑称で呼ぶのはいけないぞ!」と窘めるのだが、

 

「でも"デク"って……"頑張れ"って感じでなんか好きだ、私!」

「!、デクです!」

「いや軽ィな!?」

 

 突っ込みを入れるエイジロウに対し「えへへ」とはにかみつつ。ともあれ彼らは、オルデラン村へ戻るのだった。

 

 

 *

 

 

 

 さて、食事にありつければとテンヤは言った。オルデラン村は貧しいとは言わずとも質素な村なので、とった宿で多少の賄いが供されるか程度に思っていたのであるが。

 

「おお……」

「なんと……」

「うわぁ……」

 

 イズクに案内されるままに村の中心へやってきたエイジロウたちは、言葉を失っていた。そこはリュウソウ族の村にもあったような、集会や儀式に使われる広場となっていた。中心では焚き火が煌々と燃えており、彼方に落日の最後の揺らめきが見えるばかりとなった全景を明るく照らしている。

 

「勇者さま方、此度はわが村の村人ジンを救けていただき本当にありがとうございました」

 

 オルデラン村の長を務める老人が、皆を代表して感謝の辞を述べる。──ジン?

 エイジロウたちが首を傾げていると、横からイズクが補足してくれた。

 

「マイナソーの宿主だった人だよ。まだ体調が戻ってないからここには来てないけど、あとでお礼がしたいって」

「ああ……お礼なんていいのに」

 

 人々をドルイドンから守るのは、リュウソウ族の騎士として当然のことなのだから。

 とはいえここまで大掛かりな催しを用意されて無碍にするわけにはいかないし、何より悪い気はしない。そういえばカツキとコタロウはどこにいるのだろうと視線を滑らせると……いた。端っこのほうで、なぜかふたり並んで出されたものを頬張っている。

 そちらに行こうとしたエイジロウだったが、仲間たちともども屈強な村人に押されて中心に据えられてしまった。

 

「──村を守ってくださった勇者さま方に、神の祝福があらんことを!」

 

 村長の祝詞に続き、「あらんことを!」と村人たちが斉唱する。儀式そのものはリュウソウ族の村にもあったが、それともまた異なる雰囲気にエイジロウたち三人はとまどう。彼らの村は外からの客人を迎えるということが──コタロウのような緊急避難的な例を除いて──なく、遠征に出たこともないため、遇される立場というのを想像したこともなかったのだ。

 

「大丈夫だよ。おとなしく座っていて、飲み食いしたり話しかけてくる人とおしゃべりしていればあっという間に終わるから」

「!」

 

 そんなことを小声で耳打ちしてくるイズク。流石に自分たちより長く旅をしているせいか、こういった場には慣れているようである。女の子慣れはしていないくせに……と、内心思ってしまうのは致し方あるまい。

 

 促されるままに席につくと、そこには村でとれた果物を搾った飲み物と薄く切ったパンに見たことのない白い固形物がいくつか乗った皿が置かれていた。

 

「なんだ、これ?」

 

 思わず声に出すと、答えてくれたのは見覚えのあるずんぐりした体躯の男性だった。

 

「これはチーズと言って、ヤギの乳を発酵させて固めて、塩を振ったものだよ。パンに乗せて食べると美味いんだ」

「!」

 

 そうかと合点がいった。この男性、昼間に搾ったヤギの乳をくれた村人だ。チーズという食べ物も、彼の飼うヤギからとれたものだろう。

 

「ん、美味しい」

 

 イズクなどは食べ慣れているのか、早速言われた通りに食べて舌鼓を打っている。エイジロウたちも負けじとそれに続き、

 

「!、美味ぇ!」

 

 初めての味わいに、思ったより大きな声が出た。同じようにしたテンヤとオチャコも、揃って目を丸くしている。咀嚼の度に、硬いパンの生地の中にとろけていくような感触が楽しい。

 少年たちの反応に、羊飼いをはじめとした村人たちも満足したようだった。ただ、同時に質問も飛んできて。

 

「それは良かった。でも、食べたことはなかったのかい?」

「ああ……我々の出身地は他所との往来が少ないうえに、狩猟と少々の農作が主でして。羊や牛といった家畜は、知識としてしか知りませんでした」

 

 リュウソウ族云々については伏せつつ、淀みなくテンヤが答える。こういうとき、村ではいちばんの育ちの良さは大きな武器になる。ただ今は、物腰が柔らかいだけでなく経験も豊富なイズクがすぐ隣にいるのだが。

 

「こんな美味しいもの、いつも食べてるんですか?」

 

 対照的に、少々不躾ともいえる質問をオチャコがする。マスターピンクを母にもつ彼女も育ちは悪くないはずなので、これは天真爛漫な性格ゆえだろう。

 

「祝いごとのときだけだ」目つきが鋭くて、身体もテンヤ並みにがっしりしている男が言う。「毎日ぜいたく品が食えるほど、うちの村は裕福じゃない」

 

 彼は村を守る戦士だろうと、エイジロウたちにはすぐ合点がいった。こういう森に隠れたのどかな村であっても、ドルイドンの魔の手というのは身近な脅威として認識されている。実際、ジンという元鉱夫の村人がその想いにつけ込まれてマイナソーの生みの親となってしまったばかりなのだから。

 と、空気を和らげるように五十がらみの壮年の男が続けた。

 

「と言っても、この辺りは気候が安定していますからなあ。山脈の向こう側の北の大地、それに西の海のずっと向こうは大変厳しい環境だと聞きます。そういうところに暮らしている人たちの生活は、想像もつきませんな」

 

 エイジロウたちが神妙に頷いていると、新たな料理が運ばれてきた。丸一日、ほとんど何も口に入れず戦っていた少年たちである、パンとチーズだけでは腹の足しにならない。

 供されたのは羊の肉をそぎ落として、強い火でこんがりと焼いたものだ。香草がまぶしてあるのか、食欲をそそられつつもどこか上品にも思える、不思議な香りがする。

 

 肉を誰よりも好んでいると自負のあるエイジロウは、あふれ出そうになる唾液を押さえつつ真っ先にかぶりついた。柔らかい質感からじゅわりと肉汁があふれ出たかと思えば、なんともいえない独特の味わいが舌を痺れさせる。リュウソウ族の村ではもっぱら狩りで捕れた鹿や猪、たまに雉といった鳥類を食べるくらいだったので、それを"美味"と脳が処理するには時間がかかった。都市の富裕な美食家の中にはこれを臭いと忌み嫌う者もいることは、当然知らなかったが。

 

「仔羊を丸焼きにしたんだ。育った羊は肉が硬くなる。ま、それはそれで美味いがね」

「へー……」

 

 しきりに頷くオチャコは、当初エイジロウと同じように素手でかぶりつこうとしていたが、横にいるテンヤが揃ってナイフとフォークを上手に扱っているのを見て、それを真似ることにしたようだった。意外やさらにその隣にいるイズクは、エイジロウに劣らず豪快な食いっぷりを披露しているが。

 

 一方で、相変わらず端のほうでマイペースに食べ続けているカツキとコタロウはというと、テンヤに近い食べ方をしていた。コタロウはともかく、見るからに乱暴者のカツキが。食事を続けながらも、エイジロウはふたりから目が離せなくなった。

 ふたりは話しかけてくる村人を適当に──極端に邪険にすることはなく──あしらいながら、時折何か話をしているようだった。気になったエイジロウは席を立って、彼らのもとに歩み寄っていった。

 

「よう、なに話してんだ?」

「!、いや別に……」

「話しかけんじゃねー、ウゼェ」

 

 これもコタロウはともかく、である。カツキはとことん可愛げがない。尤も人当たりのいいエイジロウは、そんな態度に早くも慣れつつあったが。

 

「ンなこと言うなって!せっかく美味いメシご馳走になってんだからさ。あ、そうだ、おめェらマイナソーを追いかけてきたんだろ?これからどうすんだ?」

「ンでてめェに言わなきゃなんねえんだよ」

「あー……ほら、俺らまだ騎士になったばっかだし。先輩を参考にさせてもらう、的な?」

 

 カツキはまだ、自分たちを仲間とは認めていない。ゆえにことさらそれを強調しなかったエイジロウだが、彼の自尊心をくすぐるような言葉はそれなりに効果があったらしい。舌打ち混じりにヒント……というより、ヒントに繋がる問いをぶつけてきた。

 

「……この辺りは世界の端っこと言われとる。なんでだと思う?」

「へ?え、えーと……」

 

 考え込むエイジロウだったが、程なく先ほどの村人との会話を思い返した。

 

「……北の山脈はすげえ険しくて普通にはとても越えらんねえし、西と直接行き来するには海が広すぎる。行き止まりみたいな場所だから、だろ?」

「はっ、そんくらいは知ってンだな」嘲いつつ、「なら、来た道戻るしかねえんだわ」

 

 つまりずっと東に行って……そのあとは、南か。南の雨林地帯に行くにもやはり、海を渡る必要はあるのだが。

 

「そういや、コタロウの出身はその辺のどっかにあるのか?」

 

 時折旅人の一行に紛れつつ、リュウソウ族の村にまで流れ着いたコタロウ。いくらなんでも、彼が海を渡ってやって来たとは考えにくい。

 

「……ええ、まあ。でも、僕はもうそこに帰るつもりはないので」

 

 どこか都市にでももぐり込めば、子供といえども働き口はある。それまでエイジロウたちリュウソウジャーに同行して、というのがコタロウの考えだったが、それを披瀝したのは初めてだった。

 

「……そっか」

 

 コタロウの予想に反して、エイジロウはどこか沈んだ声でそう言っただけだった。そういえば……彼らは昨日、生まれ故郷を失ったばかりだったのだ。

 

 肉親も亡く、親友を目の前で喪い、そうして何も守れずあてどない旅に出た。それでも笑顔でいられる心中は如何ほどのものか、コタロウには想像がつかない。きっとエイジロウは否定するのだろうが、彼らに比べて自分があまりに小さい人間に思えてみじめな気分になる。

 そしてそんなふたりを、カツキは何も言わずに見つめていた。

 

 

 ぱちぱちと爆ぜる篝火に郷愁めいた感情を呼び起こされながらも、晩餐は月が見えなくなるまで賑やかに続いた。彼らのすぐ足下を、悪意の指先がゆっくりと侵しつつあることには気づきもしないで。

 

 



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5.命の価値 2/3

 

 饗宴が終わり、村人たちも解散したあと、エイジロウたちは宿に戻った。二人部屋がちょうど三つという小さな宿屋なので、そのうち既にひとつを借りているイズクとカツキはそのままとして、エイジロウとテンヤ、オチャコとコタロウという組み合わせで部屋をとった。寿命の長さゆえ思春期であっても性別の意識が薄いリュウソウ族だが、外の世界で適齢期の男女が同室になったらあらぬことを勘ぐられることくらいは想像がつく。

 

 宿を営む老夫婦の厚意から用意してもらった湯で身体を清めると、彼らは早々にベッドに潜り込んだ。色々あった──そう、怒涛のごとくあらゆることが押し寄せてきた一日。最後に美味い食事で腹を満たしたこともあって、皆、夢の世界へ旅立つのはあっという間だった。

 

 ひとりを除いて。

 

「………」

 

 昼間、村に居残っている間に睡魔に負けていたコタロウは、ベッドに入ってもなかなか寝つけずにいた。まして彼は、思考するということにおいては人並み以上の頭で人並み以上にしてきた少年である。眠ろうと目を瞑るたび晩餐会でのエイジロウの顔が脳裏をよぎり、ますます頭が冴えてしまうのだった。

 

 寝返りを十回は繰り返した頃、己の心身に根負けしたコタロウはベッドから起き上がった。そのまま部屋を出ていくのだが、熟睡しているオチャコは気がつかない。

 外に出たコタロウは、どこへ行くでもなく宿屋の壁に寄りかかり、ため息をこぼした。

 

(……何をやってんだろう、僕は)

 

 自分の気持ちを誰も理解してくれない場所から逃げ出し、独りで生きていこうと思った。しかしドルイドンの脅威に晒されたこの世界では自分のような境遇の人間は大勢いて、まっすぐに生きている者もたくさんいる。その最たる少年に、出逢ってしまった。

 彼は立ち直れとも母を許せとも言わない。ただ、苦しければいつでも思いを吐き出していいと言ってくれた。そう言える強さを自分は羨んでいるのか、恨んでいるのか。

 

 息子より世界を優先した母。息子になどなんの関心もない女だったら、いっそ気が楽だったのに。

 

──ああ、だめだ。考えがまとまらない。いっそもう、無理を言ってでもこの村に残ったほうがいいのかもしれない。一刻も早く彼らと別れなければと思うくらいには、エイジロウたちはコタロウの心をかき乱す存在になりつつあった。

 

 不意に声がかけられた。

 

「おぼっちゃん、真夜中に子供のひとり歩きは危ないですよ」

 

 おぼろげに記憶のある声だった。コタロウを子供と言いつつ、生意気な少年のような。

 顔を上げたコタロウは刹那、顔から血の毛が引いていく音を聴いたように錯覚した。

 

「こんばんはァ、クレオンちゃんでぇぇすっ!」

「あ──」

 

 タンクジョウと行動をともにしていたドルイドン!こみ上げてくる恐怖のままに逃げ出そうとするも、足がもつれて尻餅をついてしまう。

 その隙を逃すことなく、クレオンの手が伸びてきた。

 

「うぐっ」

「優秀なマイナソーを生んで、せいぜいリュウソウジャーを苦しめてネ!」

 

 口を強引にこじ開けられ、細く尖った指にかき回される。その直後に喉の奥を粘り気のある液体が満たして、コタロウは気を失った。

 

 

 *

 

 

 

 夢も見ないほど深い眠りの中にいたエイジロウとテンヤを叩き起こしたのは、村中に鳴り響く半鐘の音ではなく隣の部屋からやって来たイズクだった。

 ともあれ騎士として即応訓練を受けている彼らなので、尋常でない事態であることを察知してすぐに飛び起きた。向かい隣からはローブも羽織らないでオチャコがやってくる、それだけ焦った表情を浮かべて。

 

「コタロウくんがおらん!」

 

 その言葉は、少年たち三人をも焦らせるに十分だった。

 カツキが独断()()しているというので、"リュウソウ"と名のつくすべての武器だけは揃えて宿を飛び出す。果たして狭い村である、一歩踏み出せばもう大騒ぎになっていた。

 既に顔見知り同然となった羊飼いが駆け寄ってくる。

 

「ああ、勇者様!」

「何があったんスか!?」

「化け物です!皆さんのお連れの子供が人質に──」

「!!」

 

 最後まで聞き終わらないうちに、四人は避難する村人たちの流れに逆らって走り出していた。

 繰り返すようだが狭い村であるので、全速力で走れば端から端まで十分とかからない。

 しかしどこまでも皮肉なことに、騒擾の中心にあったのは数時間前に饗宴の開かれた広場だった。

 

「ぐへへへ……!」

「……ッ、」

「クソが……!」

 

 ドルイドン──クレオンと、既に対峙しているふたり。村の戦士と、カツキだ。揃って剣を構えながら、一歩も踏み込めないでいる。

 

「カツキ!!」

 

 背後から響く呼び声と複数の足音に、カツキは眦を吊り上げながらも振り返ることもしなかった。敵から目を離すなどありえないし、彼らがそろそろ来ることなど予測できていたからだ。

 そしてエイジロウたちは、クレオンが抱えているものを認めて剣を握る手を震わせた。──コタロウが、その腕に抱え込まれている。

 

「こんばんちゃ〜っす!リュウソウジャーの諸君!」

「てめェ、クレオン……!」

「どうやってこの村に侵入した!?」

「コタロウくんに何しとるん!?」

「人質にしてんだよ見てわかんねーのかぁ!?あと侵入方法はノーコメントでっす!」

 

 相変わらず業腹な物言い。クレオンの手中にいるコタロウは意識がないのか、わずかでも抵抗する様子がみられない。

 

「わかったら五人揃って剣を捨てなァ!」

「てんめェ……!」

 

 欠けてしまうのではないかというほどに強く歯軋りをするカツキ。しかしエイジロウたちの目配せを受けて、クレオンの命令に従うそぶりを見せた。──そう、奇しくも頭数は揃っているため敵は気づいていないが、この場にはひとり欠けているのだ。

 

 その"欠けたひとり"の到来は、クレオンがいよいよ油断しきった瞬間を狙ってのものだった。

 

『──ハヤソウル!ビューン!!』

「へ?」

 

 唐突に背後から響く賑々しい声。振り向いたときにはもう、少年の残像が目前にまで迫っていて。

 

「はぁああ──ッ!」

 

 少年──イズクの手がコタロウの小さな身体を奪い去る。クレオンは呆けたままだ。やった!

 

──喜びもつかの間、肩口のあたりに鋭い痛みが走った。

 

「ッ!?」

 

 何が起きたかわからないまま、コタロウを抱えて仲間のもとへ駆け戻る。ほっと胸を撫でおろしたのもつかの間、狼に似た異形がクレオンの隣に控えているのが見えた。

 

「マイナソー……!いつの間に……っ」

「イズク、大丈夫か!?」

 

 純粋に気遣いの言葉を発するエイジロウたちに対し、

 

「デクてめェ、人質ひとり救けんのにケガしてんじゃねえ!シロウトか!」

 

 長年連れ添った相棒はこの調子である。イズクは苦笑した。彼の真意はわかっているつもりだが、この調子では付き合いの浅い面々には誤解されてしまうだろう。

 

「大丈夫。大した傷じゃないよ」

「チッ……!」

 

 それより問題は、マイナソーだ。犬の顔面、大きく開いた口から顔が飛び出し、その口からまた……という具合に、頭が幾つもある。不気味な姿だが、生まれたてだ。宿主はどこだ?

 

「……カ、ェセ……」

「!」

 

 イズクの抱きとめている少年が、譫言のような声を洩らす。そういった人間を昼間見たばかりのリュウソウジャーは、愕然とした。まさか、という思いを裏切るように、マイナソーが「カエセ」と唸る。

 

「クレオン貴様、コタロウくんからマイナソーをつくったのか!?」

「へへへっ、御名答〜」

 

 これみよがしに拍手するクレオン。人質を奪還されたことはまったく堪えていないようであった。

 

「このケルちゃん……ケルベロスマイナソーはぁ、そこのぼっちゃんからデキちゃいました、てへっ」

「てんめェ……!──リュウソウチェンジっ!!」

 

 真っ先に突撃したのは意外にもカツキだった。一瞬のうちに竜装し、マイナソーに斬りかかる。

 

「ケルルゥッ!?」

 

 猛火のごとき勢いに圧されてか、回避が間に合わない。腕を深々と切り裂かれ、ケルベロスマイナソーは悲鳴をあげながら逃げ出した。

 

「あっ、こらケルちゃん!……まあ良いや目的は達した!おさらばなのだっ!」

 

 クレオンもまた、躊躇なく踵を返して森の中に消えていく。頭に血が上っているカツキはその言を読むこともせず「待てやゴラァ!!」とがなりたてた。しかし、彼がクレオンたちを追おうとすることはなかった。

 

「カツキっ!!」

「ア゛ァ!?──!」

 

 呼び止める声に憤然と振り向いたカツキは次の瞬間、言葉を失った。

 

「う、うぅ、ぐ……っ」

「デクくん、大丈夫!?」

 

 エイジロウとテンヤに身体を支えられたイズクは、噛まれた肩を押さえて苦しんでいる。リュウソウ族の夜目がきくとはいえ、その頬からみるみると血の気が引いていくのが見えるほどだった。

 

「デク、どうした!?」

 

 噛まれた傷は浅いようだったのに。

 

「ッ、たぶん……毒だ」

「毒……!?」

 

 すぐに合点がいった。ケルベロスマイナソーの牙から、毒が分泌されていたのだろう。この短時間でイズクが体調を崩すほどだ、尋常のものではない。

 

「ヤツの狙いは、それか……!」

「ッ、いったん宿に戻ろう。イズクくんもコタロウくんも、このままにはしておけまい」

 

 マイナソーの宿主と、その毒に侵された少年。リュウソウ族の騎士たちも、この状況を前にしてはあまりに無力だった。

 

 

 *

 

 

 

 イズクがマイナソーの毒に倒れた隙を突いてまんまと森の奥深くへ逃げおおせたクレオンは、そこでタンクジョウと合流していた。

 

「首尾はどうだ、クレオン?」

「上手くいきましたよぉ、ぐへへへ……あっ」

 

 笑うなと言われていたことを思い出し、慌てて口を噤む。実際のところタンクジョウはこれみよがしな追従を嫌っただけで、クレオンが笑うこと自体を禁じたわけではないのだが。

 

「ケルベロスマイナソーの毒にかかればどんな大男でも二日ともちません!しかもコイツの毒は……グフフフ、あっ」

「カエセっ!」

 

 宿主から吸い取った感情を表す言葉。自らを突き動かすものの意味を理解しないマイナソーという生き物は哀れだとタンクジョウは思う。現金なようだが、そんなことを考える余裕が今の彼には生まれていた。

 

「……呆気ないものだな。リュウソウジャーも、これで終わりか」

 

 ただ、それに満足してもいられない。以前にクレオンも言っていた通り、自分の目的はリュウソウジャー撃滅の先にあるのだから。

 

 

「この星は、俺が獲る……!」

 

 

 *

 

 

 

 宿に運び込まれる頃には、自力で歩けないほどにイズクの体調は悪化していた。彼の荷物の中にあった毒消しをすぐさま飲ませたが、いっこうに効く様子はない。オルデラン村のような小さな集落では宿屋が病院を兼ねていることもあって、具えの薬もあったのだけれど。

 

「ダメだ、これも効かねえ……!」

 

 結果は変わらず、エイジロウたちはますます焦燥に駆られるばかりだった。

 

「オチャコくん、魔法でどうにかできないのか!?」

「……初歩的なやつなら。でも、薬が効かないんじゃ──」

 

 そのときだった。薄目を開けたイズクが、「無理だよ」とかすれた声で告げたのは。

 

「……マイナソーの毒は、マイナソーにしか、消せない……」

「え、それって──」

「──こういうこったろ」

「!」

 

 振り向いた三人は、ぎょっとした。もうひとつのベッドに横たわったコタロウの喉元に、カツキがリュウソウケンを突きつけていたから。

 

「おまっ……何してんだ!?」

 

 慌てて飛びかかり、引き剥がそうとする。目を血走らせたカツキは背丈も体格もエイジロウとほとんど変わらないのに、その場からびくともしない。

 

「やめろよ!!どうしてそんなこと……」

「……宿主が死ねば、マイナソーも消える……!」

「……!」

 

 エイジロウたちはぞっとした。コタロウを殺すことで、カツキは相棒を救おうとしているのだ。

 

「きみは……!俺たちの使命を忘れたのか!?俺たちの使命は──」

「使命なんざ知ったことか!!」

 

 血反吐を吐くような反駁に、テンヤまでもが言葉を失う。そうしてできた一瞬の静寂が差し響いたのか、カツキの声音がわずかに落ちた。

 

「……使命っつーなら、星を守ることだ。リュウソウジャーひとりと孤児(みなしご)のガキひとりの命、天秤に掛けるまでもねえだろうが……!」

「カツキ、おめェ──」

 

「違うよ、かっちゃん」

 

 幻聴かと誤認するほど、水を打ったような声だった。

 一同の視線が、そこに集中する。──毒に侵されたイズクが、半身を起こしていた。

 

「……デク、」

「命に、重いも軽いもない……。僕らは、そのひとつとして見捨てちゃいけないんだ……!」

 

 柔和な瞳の奥底で、イズクは固く信じていた。命を価値という概念で推し量ってはいけない。比べてはいけない。それが偉大な騎士竜に選ばれた騎士であれ明日をも知れぬ身の孤児であれひとつの命として平等であり、守らねばならないものなのだと。

 

「デクくん……。大丈夫、大丈夫だから……」

 

 絞り出すような声はまさしく身を削ってのもので、これ以上負担をかけるわけにはいかないとオチャコがイズクをベッドに横たえた。華奢な容姿に見合わずそれなりに厚みのある胸元だが、今は力なく上下をしている。体力の消耗が激しいことは素人にでもわかった。

 

「……ッ、」

 

 果たして彼の言葉はカツキに効いた。ぎりりと奥歯を噛んだ彼は、剣を引くと同時に部屋を出ていってしまう。その後姿が、コタロウやイズクと同じくらいエイジロウには気にかかった。

 

 

「ッ、クソが……」

 

 傍らの外壁を殴りつけたくなるほどに、カツキは苛立っていた。何にと言われれば、すべてに、である。世界を回す歯車はどれもこれもずれていて、結果がこのありさまだ。何ひとつ、思い通りになどならない。

 

「カツキ、待てよ!!」

 

 追ってくる赤髪の男も、カツキの業腹を助長させる一因に違いなかった。

 

「何しに来やがった、クソ髪」

「……おめェ、ほんとに口悪ィな」

 

 眉をハの字にして、エイジロウは呆れた様子である。この少年のころころ変わる表情が、カツキには理解できない。自分のアイデンティティにかかわるものを、ひと晩のうちに殆ど失ったばかりだというのに。

 

「おめェとイズクって、どれくらい一緒に旅してるんだ?」

 

 不意の質問だったが、予想だにしないというほどの内容ではなかった。

 

「……五十年」

 

 それがどうしたとばかりに答えると、エイジロウが「長ぇな」と微笑む。それは同意するところである。人間の感覚でいえば赤ん坊が壮年になり、その子も立派な大人になるくらいの年月だ。旅をして外の世界で過ごしてきたぶん、こいつらより常人の感覚に触れているという自負がカツキにはあった。

 

「それでも、あいつと考えが合わねえんだな」

「………」

「あいつの言うことが、綺麗事だからか?」

 

 ニュアンスはともかく、綺麗事、という単語がエイジロウの口から飛び出したことに驚いた。彼の仲間などは、それを当然の義務として語っていたというのに。

 

「イズクの言うことは正しいよ。俺たちリュウソウ族の騎士は命を懸けてもそれをやらなくちゃならねえ。……でも、力及ばないことだってある」

 

 そう、エイジロウはそれが身に染みたばかりだった。守るべき友人。実際には守るどころか守られ、ケントはその瑞々しい命を血潮とともに散らした。

 自分にとってのケントがカツキにとってのイズクなのではないかと、今ならそう思えてしまう。

 

「……デクの言うことが正しいっつったな」

「ああ」

「確かにそうだわ、俺もそれは否定しねえ。でもあいつにとって平等なンは、自分以外の人間だけだ」

「……どういうことだ?」

 

 一拍置いて、カツキは告げた。

 

「あいつは、自分の命なんざどうでもいいと思ってる」

 

 言葉もなかった。まして嘘だ、とは言えなかった。──カツキの目が、本気だったから。

 

「もちろんデクはこの世で唯一、タイガランスに選ばれたリュウソウジャーだ。その意味がわからねえほど馬鹿じゃねえ。だからそれ以前の問題なんだよ。あいつにとっちゃ自分の命は懸けるモンですらねえ、簡単に捨てちまえるモンだ。それが僕の騎士道だからだとかなんだとか、言い訳並べてな」

「なんで……そんな、」ようやく搾り出した問いだったけれど。

「知るか、根っからそういうヤツなんだ。……だから俺が、見張ってなきゃならねえ」

 

 心底忌々しげな、それでいてどこか傷ついたような表情だった。

 

「……大切なんだな、あいつのこと」

「酸素みてぇなモンだわ」

「じゃあ、絶対に救けなきゃだな」

 

 それほどまでに自らの人生に溶け込んだ相棒が理解の及ばない存在だというのは、エイジロウには想像もつかない。ただ今は、カツキの気持ちが少しでも報われれば良いと思った。

 

 彼は知らない。酸素は生きていくうえで確かに必要不可欠なものだが、濃度を誤ればたちまち猛毒になるということを。

 

 



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5.命の価値 3/3

 オルデラン村と東の草原地帯の境目には、大地を潤す長大な流れが広がっている。北部の山脈から南海にまで流れ込むそれは、周辺地域の人々にとって重要な水源、生活用水であった。

 

 ゆえに魔物たちは、この川に目をつけたのだ。

 

「この川に毒を流せば、あの村の人間どもは一気に全滅!そうなりゃリュウソウジャーは絶望ってねぇ!」

「オルルルゥ、カエセェ!!」

 

 村の上流にて、クレオンとケルベロスマイナソーはそんな企みを露にしていた。自らのペットを粉々にされた怨念は、必ず晴らす。そのために彼は今、死の商人の領分を超えて自ら動いているのだ。

 

「よーし、やっちゃえケルちゃん!!」

 

 指示を受けたマイナソーが、川に迫っていく。その牙が水に浸かれば、そこから猛毒が浸透していく。明日の今ごろ、オルデラン村には死体の山が築かれているはずだ。リュウソウジャーの連中がそれを見ることになるかどうかは、彼らの体力次第だが。

 

「ぐふ、ぐふふふ……!」

 

 噛み殺しきれない笑いを、クレオンが洩らしたときだった。

 

「──ノビソウルっ!!」

「!?」

 

 紅く輝く刃が鞭のようにケルベロスマイナソーに巻きつき、そのまま投げ飛ばした。肉厚な身体がそのまま、創造主に衝突する。

 

「うぎゃあ!?」

 

 見事に下敷きになり、蛙の潰れたような声を発するクレオン。何が起きたかを考えるまでもなく、複数の足音が迫ってくる。

 

「見つけたぜクレオン……!」

「あ、お前ら……リュウソウジャー!?」

 

 "勇猛の騎士"リュウソウレッドと、"威風の騎士"リュウソウブラック。ふたりしかいないようだが、いずれにせよ今のクレオンには脅威だった。

 

「ど、どうしてここが……ってか早くどけよケルベロスマイナソー!!」

「オルルゥ……!」

 

 マイナソーを退かし、慌てて立ち上がるクレオンに対し、エイジロウはニヤリと獰猛な笑みを浮かべた。尤も今は兜に隠れているので、それを知覚する者はないが。

 

「へん、こっちにゃキケソウルとクンクンソウルがあるんだよ!」

「貰いモンだろうが、威張んな」

「いっ、いいだろ別に!」

 

 エイジロウがクンクンソウルで嗅覚を、カツキがキケソウルで聴覚を強化し、マイナソーの行方を辿った。そしてここに行き着いたわけである。

 

「お、おのれ厄介な〜……!こうなったらケルちゃん、やっちまえィ!!」

「カエセェエエッ!!」

 

 号令を受け、ケルベロスマイナソーが大口を開けて向かってくる。その牙から猛毒が滲み出すことは無論、わかっている。それでもエイジロウ──リュウソウレッドは、あえてその場に踏みとどまった。

 

「ンな齧りつきたきゃ、齧らせてやる!──ただしっ!」

『リュウ!ソウ!そう!そう!──この感じィ!!』

 

『ガッチーン!!』

「──この、カタソウルをな!!」

「グワアァッ!!?」

 

 ダイヤモンドのような鎧の前には、ケルベロスマイナソーの牙も無力だった。むしろ牙にヒビが入り、悶え苦しんでいるありさまだ。

 

「オ、オルルルゥ……!」

「えっ、おっ、どうした?大丈夫か!?」

 

 表向きこそマイナソーを慮るような言葉を吐くクレオンだが、すっかり腰が引けてしまっている。その少年じみた言動に違わず、彼は荒事に対した経験が少ないのだ。

 

「てめェも死ねぇ!!」

「!?」

 

 すかさずリュウソウブラックがクレオンに迫る。慌てて後退するクレオンの鼻先三寸を、刃が掠めた。尤も彼に人間のような鼻の意匠は存在しないのだが。

 

「逃げんなゴラァ!!」

「や、やべェ……クレオンピーンチ!」

 

 この危機を乗り切る方法は、ひとつ。

 

「タンクジョウさま、ヘル〜プ!タンクジョウさまァ〜〜!!」

 

 クレオンとマイナソーしかいないので妙だと思ったら、タンクジョウも近くにいるのか?身構えるふたりだったが、かのドルイドンは彼らの予想だにしない形で姿を現した。

 

「ウオオオオ……!!」

「なっ……でけぇ!?」

 

 エイジロウが洩らした通りだった。──見上げんばかりに巨大化しているのだ、タンクジョウが。

 

「来たなリュウソウジャー……!どうせ短い命の貴様らだが、邪魔立てするなら容赦はせん。今ここで葬り去ってやろう……!」

「ッ、てめェの思い通りになんかさせるか……!──カツキ、あいつは俺に任せてマイナソーを!」

「指図すんなクソが!元々そうするつもりだわ!」

 

 吼えるカツキだが、ふたりの方向性が一致しているなら問題はない。巨大タンクジョウめがけて走り出すエイジロウを見送ることもなく、カツキは再び目の前の敵へと斬りかかっていった。

 

 

 *

 

 

 

「ティラミーゴ、頼むっ!!」

「ティラアァ!!」

 

 山中に身を潜めていたティラミーゴが、即座に駆けつける。彼は騎士竜の中でも図抜けた戦闘能力をもっていて、単騎でもマイナソーを撃滅することができる。しかし相手はタンクジョウだ、どこまで通用するか。

 

(それでも、やるしかねえ……!)

 

 ティラミーゴの体内に呑み込まれると同時に、そのボディが人型へと変化する。戦うための姿、キシリュウオー。

 

「俺とキシリュウオーの力で、噛みちぎってやる!──いくぜっ!!」

 

 胸部の竜頭が分離し、右腕に装着される。その噛みつきはキシリュウオーの必殺技でもある。エイジロウの言葉は大袈裟ではない。ないけれど。

 

「……無駄だ。俺がこの姿となった以上、貴様には一歩も近づかせん!」

 

 タンクジョウの発言もまた、大袈裟ではなかった。

 

──その胸元から、大砲が現れたのだ。

 

「な……!?」

 

 思わぬ武装にエイジロウが面食らうと同時に、砲弾が解き放たれ、キシリュウオーに嵐となって降りそそぐ。

 そう、獄炎の嵐として。

 

「ぐうううう……!」

 

 凄まじい衝撃に、歯を食いしばって耐えるほかない。幸いにして直撃は避けられたものの、鋼鉄の身体とはいえキシリュウオーも生身だ。その灼熱だけで、ダメージは免れない。

 

「俺は大地のエネルギーを得てこの姿たりえている……!今までの俺とは思わないことだ」

「ッ、それがてめェの本気ってわけかよ……!」

「そういうコト、だッ!!」

 

 先ほどの砲撃は挨拶代わりにすぎなかった。吸い上げた地力から生成した砲弾は、弾切れを起こすこともなく連続で放出される。

 

「ッ!」

 

 素早く跳躍、宙返りを駆使しながら砲弾の群れをかわしていく。直撃を浴びればその時点で危うい。絶対に命中をとらせるわけにはいかないのだった。

 しかし止まぬ鉄屑の雨を前にしては、攻勢に転じることもかなわない。

 

「流石に独りじゃきちィか、キシリュウオー……」

 

 キシリュウオー、つまりティラミーゴの威勢良い声は返ってこない。しかし直接戦っている彼のほうが、状況はよほど正確に把握しているだろうと考えられる。いずれにせよ、このままではジリ貧だと。

 ならばいちかばちかで打って出るべきか、それとも──

 

 そのときだった。タンクジョウの背後から、青と桃とが躍りかかったのは。

 

「ヌゥッ!」

 

 その不意打ちを受けながら、タンクジョウは腕力のみで彼らを投げ飛ばしてみせた。空中で態勢を整え、キシリュウオーの両翼に着地する。

 

「トリケーン、アンキローゼ……!」

「すまない、待たせたエイジロウくん!」

 

 原理はわからないが、騎士竜の体内にいる者同士は声が通じあう。頼もしいテンヤの声が届き、エイジロウの胸は弾んだ。

 

「ってか、私らに何も言わないで行っちゃうんやもん!気づくの遅れるに決まっとるやん!」

「それは……悪ィ、イズクとコタロウを看てるヤツが要ると思って」

 

 それに、カツキが良い顔をしなかった。彼の機嫌を損ねて独りで先行されるよりはと思ったのだが、ふたりが来てくれなければ追い詰められていただろう。

 

「フン、三匹揃ったところで同じことだ!」

「そいつぁどうかな?──皆いくぜ、竜装合体だ!!」

「「応っ!」」

 

 "竜装合体"──トリケーンとアンキローゼがキシリュウオーの両腕を覆う鎧と化し、出力を何倍にも増幅させる。

 その名も、

 

「「「キシリュウオー、スリーナイツ!!」」」

 

「俺たちの騎士道……見せてやるッ!!」

「小僧どもが……!調子に乗るな!!」

 

 死闘は、ここからが本番だ。

 

 

 *

 

 

 

 一方のカツキ──リュウソウブラックも、クレオンとマイナソーの二体を相手に揺らがぬ優勢を保っていた。尤もクレオンは逃げ回ってばかりいるので、実質的には一対一も同然なのだが。

 

「おらァ、どうしたァイヌ野郎がァ!!」

「オルルルッ!?」

 

 振り下ろされる刃をいなしつつ、懸命に噛みつこうとするケルベロスマイナソーであるが、様々なリュウソウルを駆使するブラックを前にしてはかなわない。毒に侵されるとわかっていてそれを許すほど、彼は甘くも未熟でもないのだ。

 

「雑魚が、育つ前にブッ殺してやる……!」

「いやクチ悪ィな、おまえ!?」

 

 自分のことを棚に上げて叫ぶクレオンだが、もはや彼にできることはない。攻めるにしろケルベロスマイナソーを庇うにしろ、痛い目に遭うのは自分なのだから。

 

「ブットバソウル……!」

 

 切り札たるリュウソウルを鍔に装填し、

 

『リュウ!』

 

 一回、

 

『ソウ!』

 

 二回、

 

『そう!』

 

 三回、

 

『そう!』

 

 四回。

 

『──この感じィ!!』

 

『ブットバソウル!ボムボムー!!』

 

 漆黒に劫火の意匠をあしらった鎧が、リュウソウブラックの右腕に装着された。

 

「カ……カエセェエエッ!!」

 

 自棄になったのか、いちかばちかのつもりなのか、人間じみた叫びとともに真正面から向かってくるケルベロスマイナソー。

 ならばこちらも、真正面から叩き斬るだけだった。

 

「はあぁぁぁ、──ダイナマイトォ、ディーノスラァァァッシュ!!!」

 

 赤熱する刃が振り下ろされると同時に、

 

──BOOOOOOOOM!!!

 

 ひときわ大きな爆発が、ケルベロスマイナソーを呑み込んだ。

 

「け、け、ケルちゃああああん!!?」

 

 色をなくすクレオンだが、リュウソウブラックのダイナマイトディーノスラッシュを受けて無事だったものはいない。

 爆炎が晴れて黒煙を残すばかりとなったとき、そこに立っていたのはリュウソウブラックただひとりだった。

 

「……てめェこそ返せや、コタロウの魂」

 

 吹きすさぶ風に、呑まれてしまうほどのか細い声だった。

 

「さあ、次はてめェだ」

「く、くっそぉぉぉ……!──こうなったら!」

「こうなったら?」

 

「──逃げる!」

 

 言うが早いか、クレオンの身体がどろりと融けた。

 

「!?」

 

 呆気にとられるカツキの前で、液状化したボディがどんどん地面に吸い込まれていく。いや、自ら侵しているというべきか。

 それで合点がいった。クレオンは身体を液体にして地下に潜ることで、夜警に気づかれることなく村への侵入を果たしたのだ。

 

「待てや粘菌ヤロォォ!!」

 

 がなりたてながら、クレオンが消えた大地めがけて刃を叩きつける。BOOOM、と再び爆炎が発せられ地表を灼くが、クレオンの悲鳴らしき声は聞こえてこない。既に熱の届かない地中深くにまで潜ってしまったか。

 

「ッ、クソが……!」

 

 あのドルイドンは少なくとも、マイナソーを生み出す元凶のひとりであったはずなのだ。仕留めていれば、と悔恨が心を支配する。

 しかし逃げられてしまった以上かかずらっても仕方がない。──戦いはまだ、終わっていないのだ。

 

 

 *

 

 

 

 キシリュウオースリーナイツとタンクジョウのシングルマッチは、両者一歩も引かずに推移していた。

 

「ヌウゥゥッ」

「うおおおっ!」

 

 ナイトソードとルークレイモアの剣戟においてはまさしく互角、どちらが勝るとも劣らない激戦である。ゆえに決着は見えないのだけれど、しかしリュウソウジャーは攻めあぐねていた。

 

「フンっ」

 

 力の入った唸り声とともに火を噴く砲頭。至近距離でもお構いなしにぶっ放されるそれは、キシリュウオーの大いなる脅威となっていた。斬り結んでいる途中でも回避に移らねばならず、そのために姿勢も大きく崩れるのだから。

 

「ッ、厄介な……!」

「こっちにも飛び道具があれば、対抗できるのに……!」

 

 三人揃って歯を食いしばる。オチャコの使用できる攻撃魔法なら遠距離でも通用するが、相手のスケールが違いすぎる。これほどの"でか物"が相手になるほど強力な魔法は、リュウソウ族でいえばマスターやそれに準ずる高位の者でなければ扱えない。

 

 結局彼らは、騎士としての戦い方を継続するほかない。そしてそれは、今度こそジリ貧に追い込まれることを意味してもいた。

 

「所詮は小僧と騎士竜三匹……。貴様らの力では、何も守れはせん!」

「ざけんな!俺たちは、目の前の命をあきらめたりしない!!」

 

 だから、最後の最後まで喰らいつく。それだけだ。

 

「──突っ込むぞ!」

 

 スリーナイツのスピードをもって、一気呵成に。いちかばちかですらない無謀な賭けだが、もうそれしかない──!

 

「百万年早ぇわ、カス!!」

 

 そのとき響いたのは、既に耳慣れてしまった少年の罵声だった。

 

 同時に無数の長大な針が飛来し、ことごとくタンクジョウに突き立てられる。ぐうう、とうめき声をあげて後退する巨躯。

 それをもたらしたのは、夜の闇に黄色い瞳だけを光らせた漆黒の騎士竜だった。

 

「ミルニードル……!──カツキ!」

 

 マイナソーは倒したのか、なんて聞くことはない。今は彼らが援軍に来てくれたという事実を受け止めるのみだ。

 

「おいてめェら、キシリュウオーの指揮を俺に寄越せ」

「なんだと!?」

「ちょっ……救けに来てくれたのは嬉しいけど、横から出てきて……!」

 

 これがイズクのように「一緒に戦おう」と言ったなら、テンヤもオチャコも諸手を挙げて歓迎しただろう。しかしカツキはそういうことを言えない少年である。

 救いはわずかながらも一対一で言葉をかわしたエイジロウが、彼の意図を汲んだことだった。彼が了承すれば、「エイジロウくんが言うなら」という空気も生まれるのだ。

 

「……竜装合体!」

 

 キシリュウオーの頭部が椎ごと剥がれていく。そこに、ブラックリュウソウルを媒介にしたミルニードルがするりと滑り込む。むろん彼の夜に溶け込むボディは、キシリュウオーの胴体を上から包み込んだ。──たちまちキシリュウオーは、英雄然とした姿を失い刺々しいダークヒーローへと早変わりを遂げたのである。

 名付けて、

 

「キシリュウオー、ミルニードル!」

 

 名より実をとる傾向は、数少ない幼なじみふたりの共通点だった。

 

 

「また合体か……!鎧一枚被ったところで、付け焼き刃だと思い知れ!!」

 

 白みはじめた戦場で、タンクジョウは気炎を吐いた。言葉だけではなくて、実際に砲弾を撃ち出しながら。

 

「それしか言えねえンか、てめェは!」

 

 せせら笑うように言い返すと、カツキはキシリュウオーミルニードルを前進させた。砲弾を浴びることも厭わない態度に、同じく体内にいるエイジロウたちは少なからず慄く。

 

「おまっ……ヒトにあんなこと言っといて、自分もそのまま突っ込む気かよ!?」

「うるせェ黙っとれ!!──これが俺とミルニードルの戦い方だ!」

 

 そのままと言っても、まさか砲弾を身体で受けるようなまねはカツキもしなかった。キシリュウオーミルニードルは両肩から無数の針を飛ばし、迎撃を試みているのだ。

 長大な針とぶつかりあった砲弾は誘爆させられ、無数の紅蓮を有明にばら撒く。とはいえその衝撃は、キシリュウオーのボディを通してエイジロウたちにも伝播するのだが。

 

「ッ、マジで無茶すんな、おめェ……!」

「………」

 

 返答はない。無茶とも思っていないのだろう。──イズクが彼の言う通りの少年だとしても、自分だって大概ではないか。

 

 それでも現実、決定的なダメージを受けることはなく、キシリュウオーは再びタンクジョウに肉薄した。

 

「それで勝ったつもりか!」

 

 もとよりタンクジョウ自身は近接戦闘に長けているのだ。間合いを詰められたなら、ルークレイモアを振るうだけだ。

 だが、それこそカツキの望むところだった。両腕に掴んだナイトメイス、それをがむしゃらに振るう、振るう、振るう。

 

「グゥ、これは……!?」

 

 そこでタンクジョウは初めて気づいた。──パワー負けしている、自分が。

 

「はっ、スリーナイツで互角だったんだ。俺のミルニードルが付いて敵うワケねえだろうがぁ!!」

「ぐおお!?」

 

 間もなく、ルークレイモアが弾き飛ばされた。胴体にメイスが掠り、火花を散らしながら後退する。細かくも鋭い刃のついたメイスの一撃は、タンクジョウの堅牢なボディをも穿ってみせたのだ。

 

「馬鹿な「おらあ!!」──ガアァッ!?」

 

 たじろぐタンクジョウが態勢を立て直すより先んじて、タックルが浴びせられる。これを為したのはカツキではなく、エイジロウだった。

 

「てめェクソ髪、何勝手に──」

「ミルニードルなら、こういうこともできるだろ?」

「ッ、」

 

 カツキは思わず言葉に詰まった。エイジロウのそれは、やや乱暴な形ではあるが、自分の想定していたものと共通していたからだ。

 

「チッ……二度と手も口も出させねえ。──ミルニードル!!」

 

 漆黒の鎧騎士が、漆黒のメイスを振り上げる。それはタンクジョウにとってギロチンにも等しいものであった。

 

「死ねぇぇッ、ニードルクラッシャー!!!」

 

 目にも止まらぬ勢いで叩きつけられるメイス。もはやタンクジョウに防ぐ手立てはない。鎧が爆ぜ、大きく弾き飛ばされる。

 

──そしてそのまま、崖を転がり落ちた。

 

「ぐおおおおおッ、おのれェェリュウソウジャアァァァ──!!」

 

 奈落の底へと消えていくタンクジョウ。その姿を見送ることもなく、朝日を背に佇むキシリュウオーミルニードルだった。

 

 

 *

 

 

 

 ケルベロスマイナソーを討ち、タンクジョウをも下した。確かな勝利を得て村へ戻った四人だったが、待ち受けていた現実は非情だった。

 

「なんで……元に戻ってねえんだよ……?」

 

 呆気にとられたような、目の前の光景を受け入れられないエイジロウの言葉がすべてだった。

 

「カエセ、カエ……セ……」

「ッ、うぅ、あ……っ」

 

 コタロウは呪詛と化した言葉を吐き続けていて、イズクはマイナソーの毒に苦しみ続けている。

 

「ま、マイナソーは倒したんだよね?ねえ!?」

 

 オチャコの問いは、もはやカツキの耳には入っていない。──彼の目にはもう、苦しむ相棒しか映っていなかったのだ。

 

「デク……っ、ンな顔して寝てんじゃねえッ、デク!!」

「う゛、うう……っ。か、……ちゃ………」

 

 イズクの顔色は最後に見た夜よりも明らかに悪くなっている。かすれた声で呼ばれる名前に、カツキの心臓がどくりと跳ねる。

 

「ご……めん………」

「……!」

 

 そして──イズクの手が、力なく床に投げ出された。

 

 

「デク────ッ!!!」

 

 

 つづく

 

 

 




「まだ、終わってねえんだよ……!」
「ここで決着をつけるか、リュウソウジャー!!」
「この星を守るために、おまえを倒す!!」

次回「決戦!タンクジョウ」

「――コタロウ、大好きだよ」


今日の敵‹ヴィラン›

ケルベロスマイナソー

分類/ビースト属ケルベロス
身長/181cm
体重/272kg
経験値/109
シークレット/三つ首の幻獣"ケルベロス"に似たマイナソー。通称"地獄の番犬"。その牙は猛毒を宿しており、噛みつかれたら最後、どんな屈強な戦士でも二日ともたないと言われているぞ!
ひと言メモbyクレオン:せっかくイイ作戦立案したのに、リュウソウジャーのガキどもにやられちゃったねぇ〜。でもなんで元に戻らないんだろうねぇ〜?ぐふ、ぐふふふふ!



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6.決戦!タンクジョウ 1/3

 

「おーい、タンクジョウさまァ。タンクジョウさま〜?」

 

 崖下の峻険な大地を、死の商人クレオンがひょこひょこと歩いていた。上客の名を絶えず呼ぶ姿はいっそ献身的とも言えるだろうが、それにしては声色にやる気がない。

 

「あ〜あ、くたばっちまったかなァ?ったく所詮ルークか、使えねぇなァ。オレでも勝てっぞマジで!」

 

 誰も聞いていないと思って、潜めることもなく罵声を発したときだった。

 

「……なら、試してみるか?」

「!!」

 

 クレオンはぎょっとした。巌の影から、今まさに捜し求めていて、なおかつ罵倒した相手が姿を現したからだ。

 

「げぇっ、タンクジョウさま……!ご、御無事で何よりでクレオン感謝感激雨あられでございやす!あっ、生きててくれたお祝いに1万ポイント進呈しちゃいまぁす!!」

「そのポイントで何ができる?」

「ドラゴンマイナソー百体はお譲りできますっ!」

 

 タンクジョウとは持ちつ持たれつの関係とはいえ、その糸が切れることがないとはいえない。まして彼はプライドの高い男なので。

 しかしクレオンの予想に反し、タンクジョウは静かに「そうか」と応じただけだった。

 

「……タンクジョウさま?」

「それを使うときが来るかは、奴らとの決戦次第だ」

「!」

 

 その意味がわからないクレオンではなかった。──リュウソウジャーを命を懸けて討ち果たすべき敵と見定めたのだ、この男は。でなければ、決戦などという言葉は出てこないのだから。

 

 

 *

 

 

 

 コタロウは、夢を見ていた。

 

 まだ母が生きていて、幸せだった頃の夢だ。そう、幸せ。勇者として日夜侵されゆく世界を守ろうと飛び回る母はめったに帰らなくて、寂しいと思わなかったことはないけれども、コタロウはそれを不幸だと思ったことはなかった。たとえ遠く離れていても、母はたしかに生きていて、帰ってくれば頭を撫でてくれる。

 それだけで良かった、十分だったのに。

 

「──大好きだよ、コタロウ」

 

 

 だったら何故、僕を置いていったの?

 

 

 *

 

 

 

 ケルベロスマイナソーの毒は、イズクの身体を蝕み続けていた。

 

「ご……めん………」

「……!」

 

 駆け寄る幼なじみに謝罪の言葉を発し、イズクは──意識を失った。

 

 

「謝ってんじゃねえぇぇッ、クソデクがぁあああああッ!!!」

 

 対するカツキの絶叫は、こじんまりとした宿全体を振動させるほどのものだった。平時だったら建物内はおろか、隣近所に至るまで何事かと飛び起きていただろう。

 

 病臥する相棒に掴みかかろうとする少年を、エイジロウは慌てて羽交い締めにした。

 

「放せやクソ髪ィ!!!」

「落ち着けって、カツキ!今は寝てるだけだ!!」

 

 そんなこと、いくら冷静さを欠いているカツキでもわかっている。彼が怒りを禁じえないのは、必死の足掻きを無に帰すかのように恥も外聞もなくあきらめを表明できるその根性に対してだ。

 

「どうすりゃ良い、どうすりゃ……!」

 

 拘束を抜け出すことを忘れるくらい、カツキは必死に思考を巡らせている。悩んでいる。それが自分たちに助力を求めることには繋がらないのだと思うと、わかっていても寂しくなるエイジロウである。

 だが彼が求めずとも、力になることはできる。

 

「──カツキくん!ならば我々全員で、クレオンを捜そう!」

「……あ?」

 

 声を張ったのはテンヤだった。彼とて、イズクを救けたいのだ。

 

「先ほどのきみたちも、そうして奴とマイナソーを捜し出したんだろう。奴がまだ何かするつもりなら、村の傍を離れてはいないはずだ!」

「いーや、仮に逃げとったとしても絶対捕まえたる!こっちにはデクくんから貰ったソウルもあるんやから!」

「……てめェら、」

 

 気づけばエイジロウの手の力も弛んでいた。ふたりの体調を慮りながらも、彼はカツキに微笑みかけてみせる。

 

「この状況なら、手は多いほうが良い。……だろ?」

「……チィっ」

 

 舌打ちは、事実上の了承に他ならなかった。

 

 

 *

 

 

 

 エイジロウたちの推測は当たっていた。クレオンは未だ、オルデラン村付近にとどまっていたのである。

 

「タンクジョウさま、ナニ考えてんだろうなァ……」

 

 そんなことをつぶやき、黄昏る。一応ドルン兵を護衛に付けてはいるが、何か作戦を遂行しているというわけでもなかった。

 

──強いて言うなら、時間が経つのを待っていたのだ。彼は。

 

「なあお前らさァ、タンクジョウさまは勝てると思う?」

「ドルッ?」

 

 問われたドルン兵たちは、困惑した様子で顔を見合わせる。言葉は話せない彼らだが、知能は人並みにある。そんなことを俺たちに訊かれても、と言いたいところではあった。

 むろんそんなことはクレオンもわかっている。所詮、答などは求めていなかった。

 

「ホントだったらさァ……今ごろ、あいつ放って他のヤツ勧誘に行ってる頃だったわけよ。でもタンクジョウさま、思った以上に熱心で……ハァ、もし敗けちゃったらオレ独りぼっちじゃねえ?なのになんか放っておけないんだよなァ……」

 

 単なる商売相手とはいえ、一対一で、時には作戦行動にまで手を貸すクレオンである。相手の言動に対する好悪の感情は当然生まれるし、今のように共通の敵がいればそれは共感へと繋がる。

 

──クレオンは、ドルイドンではない。たまたま宇宙を彷徨っているところを彼らと遭遇し、マイナソーを生み出せるという能力もあって行動をともにしているだけだ。

 

 その出自ゆえに生まれる感情というものがある。ただ彼はまだそういったものに疎かったし、深く考える暇もなかった。

 たとえば、今も。

 

「──死ねぇ粘菌ヤロォ!!」

「!!?」

 

 いきなり罵声が飛んできたかと思えば、護衛のドルン兵たちがその役目を果たすことなく吹っ飛ばされていた。爆炎によって。

 

「ぎゃああ!?」

 

 当然、それを間近で受けたクレオンもただでは済まない。熱風に煽られて転がったところを、力いっぱい踏みつけられたのだ。

 そうして刃までもを突きつけてきたのは、漆黒の竜騎士だった。

 

「うげぇッ、ざ、残虐ファイト……!?」

「余計なこたぁ喋んな、滅多刺しにすんぞ……!」

「ヒィッ!?」

 

 兜に隠れた顔が般若のごときものと化している様相を、クレオンは幻視した。たかだか数秒前まで黄昏れていたのに、なんでこんなことに。

 

「おい粘菌野郎……マイナソーの毒はどうやったら消える?」

「ハァ?……まさかグリーン、まだ死んでないの?見かけによらずしぶと……うぎゃああッ!?」

 

 ブスリと、肩口を刺し貫かれる。そこはイズクがケルベロスマイナソーに齧りつかれたのと寸分たがわぬ部位だった。

 

「聞こえなかったか?あ?」

「い、痛てて……けっ、教えるわけねーだろ!ブァァカ!!」

 

 元々液状化が可能な身体だ、貫かれたところで肉体的なダメージは小さい。痛いものは痛いが。

 それを察したのだろう、威風の騎士はフンと鼻を鳴らす。激昂するかと思ったクレオンは、あてが外れた形になった。

 

「答えたくねえなら結構。──クソ髪、出番だ」

「はぇ?」

 

「任せろ、カツキっ!」

 

 岩陰から揚々と飛び出してきたのは、真紅の鎧を纏った勇猛の騎士だった。いや──右腕だけは、黄土色の鎧で覆っている。

 

『コタエソウル!ペラペ〜ラ!』

 

 リュウソウケンから発せられた波動が、クレオンを包み込む。途端に彼の意識は茫洋としたものとなり、身体からは力が抜けた。

 

「おら、答えろや」

「……ケルベロスマイナソーは生きています……」

「!」

 

 いきなり信じられない言葉が飛び出した。ケルベロスマイナソーは確かに、ダイナマイトディーノスラッシュの直撃を受けて粉微塵となったのだ。しかし現実に、コタロウももとには戻っていなくて──

 

 クレオンの回答には続きがあった。

 

「ケルベロスマイナソーは双子として生まれたのです……。原因はわかりませんが、まれに起こります……。兎にも角にもリュウソウグリーンを噛んだのは兄貴のほうで、おまえが倒したのは弟のほうです……」

「じゃあ、兄貴を倒せば良いってことだな!?どこにいる?」

「それは……」

「それは?」

 

 そのときだった。うつらうつらしていたクレオンの瞳が、突如かっと見開かれたのは。

 

「な、ナニ言わせてくれてんだおめェらぁ!?」

「ッ!」

 

 突然クレオンが暴れ出したために、ブラックは後退を余儀なくされた。

 

「っぶねー。色んな能力持ちすぎだろ、お前ら!」

「ちくしょう……あと少しだったのに!」

「喋らねえなら用はねえ。今度こそてめェをブッ殺す!」

 

 再び実力行使に出ようとするブラック。しかし次の瞬間、異変が起きた。

 

「!?、う、ぐ……っ」

 

 突然、苦しみ出して倒れかかるブラック。咄嗟にレッドが身体を支えるが、程なく竜装も解けてしまった。尋常な事態ではない。

 

「カツキ!?どうしたっ、カツキ!!」

「──ハハハっ、や〜っと効いてきたぁ!」

「!」

 

 いつの間にか立ち上がり、勝ち誇っているクレオン。こうなることを予期していたかのように。

 

「も〜ひとつだけ教えてやるよ。ケルちゃんの毒はァ……なんとっ、感染しまぁ〜〜す!」

「な……!?」

 

 つまりイズクを介して、カツキもまたケルベロスマイナソーの毒を受けてしまったということか?いやカツキだけではない、彼を看ているテンヤとオチャコ……いや、エイジロウ自身も。

 

「い〜気味だ、お前らまとめて毒にやられて死んじまえ!そうすりゃタンクジョウさまの野望も叶うんだからな!」

「ッ、ふざけんな!!」

 

 口ではそう叫びつつも、倒れたカツキを介抱している状況ではまともな攻撃など望むべくもない。その隙に乗じ、クレオンは身体を液体へ変えて逃亡を謀ったのだった。

 

 

 *

 

 

 

 率直に言って、手詰まりと言うほかない状況だろう。

 

 宿に戻ったエイジロウとカツキを待っていたのは、やはりベッドに寝かされたオチャコだったのだから。

 

「オチャコまさか、おめェも……?」

「……う、ん………感染った、みたい……」

 

 か細い声で答えるオチャコに、往時の元気の良さは窺えない。相当苦しいのだろうことは、イズクやカツキを見ていればわかる。

 

「エイジロウくん、きみはまだ大丈夫そうだな」

 

 「とはいえ俺たちも時間の問題だ」とテンヤが言う。カツキとオチャコが感染していて、自分たちが無事だとも思えない。毒が回るまでに個人差があるというだけだ。

 

「……俺らまで倒れちまったら、奴らを止められなくなる」

「うむ。それまでに再びマイナソーを捕捉しなければ……」

 

 話しつつ、もうひとつの部屋へ入る。──イズクもそうだが、宿主となっているコタロウもかなり衰弱している。いずれにせよ、時間がない。

 と、そのときだった。もはや意識もないと思われていたイズクが、不意に身を起こしたのは。

 

「ッ、ふたり……とも、」

「イズクくん……!?駄目だ、寝ていなければ!」

 

 強引に横たえようと歩み寄るテンヤを手で制し、イズクは声を搾り出した。

 

「マイナソーを、倒しても……毒が消えるとは、限らない………」

「え……!?」

「な、ならばどうしろと……──そうか!」

 

 「毒をもって毒を制す、と言うことだな!」と、テンヤ。何がなんだかわからないエイジロウは戸惑うほかないが。

 

「マイナソーの毒を含んだ体組織からなら、薬を作ることができる。世の毒消しは、そうやって生み出されているんだ」

「!、なるほど……。でも、薬なんて……」

 

 未知の毒から薬を調合できる人間は、おそらくこのオルデラン村には居ないだろう。机上の空論では意味がないのだ。

 

「──僕が、作る」

「……!」

 

 イズクの瞳は……落ち窪んではいても、真剣そのもの。──そういえばエイジロウたちが村を訪れたとき、彼は転んだ子供に薬を分け与えていた。あれも、自ら調合したものだったのだろう。

 

「僕もかっちゃんも、旅をしながら色んなことを学んできた……。信じて……まかせてほしい」

「……わかった。なら俺たちも、全力で獲りに行く!」

 

 互いに、互いを信じる。それしかないからいっそ、彼らは躊躇なく走り出すことができるのだった。

 

 



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6.決戦!タンクジョウ 2/3

 

 クレオンは果敢にも、ケルベロスマイナソー(兄)を連れて再び河川の上流に姿を見せていた。

 

「さァて、いい加減リュウソウジャーのガキどもも全滅した頃だし……。ケルちゃん兄、今度こそ毒ブチ込んじまえ!」

「ケルルルゥッ!!」

 

 意気軒昂、河川に顔を突っ込もうとするマイナソー。その牙から毒が染み渡れば、オルデラン村だけでなくこの東の大地にある街を全滅させることも夢ではない。そしてそれは、タンクジョウにとって殊勲級の功績となる筈だった。

 しかし、

 

「やはりここだったかッ、クレオン!!」

「!?」

 

 まさか!?慌てて顔を上げたクレオンの前に、ふたりの少年が現れた。

 

「げえぇっ、リュウソウレッドにリュウソウブルー!?まだ動けたのかよ!!」

「ああ動けたよ!」

「俺たちの間で感染させただけでは満足しまいと思っていたが、その通りだったな!」

 

「毒でやられねえうちに……俺らの目的、果たさせてもらうぜ!──リュウソウチェンジ!!」

「リュウソウチェンジ!!」

『ケ・ボーン!──リュウSO COOL!』

 

 竜装を遂げると同時に、突撃する──レッドのみ。

 

「うおおおおおおッ!!」

「エイジロウくん、俺のところへ追い込んでくれ!オモソウルで動きを止めて捕える、倒してはダメだぞ!」

「わかってるってッ!」 

 

 カタソウルを竜装し、ケルベロスマイナソーの牙を防ぎつつ攻めたてる。そうして敵愾心を高めさせたところで、今度はテンヤから借りたハヤソウルを装填した。

 

『ハヤソウル!ビューン!!』

「っしゃあ!いくぜぇぇ──!!」

 

 勢いのままに走り出す。とはいえハヤソウルを使い慣れていないエイジロウでは、テンヤやイズクのように全力全開というわけにはいかない。普通に走っているだけで弾丸のように流れていく景色は、頭ではわかっていても心がついていかない。実戦で使うには不十分なのだ、普通なら。

 しかし今回、ハヤソウルを利用して攻撃することではなく、ハヤソウルを使うことそのものに意味があった。

 

「ほらほらっ、どしたぁッ!?」

「ケルルルゥ……ッ、──グガァアアアッ!!」

 

 目の前で高速反復横跳びを目の前でかまされ、ケルベロスマイナソーはついに暴発した。唸りながら齧りつきにかかるも、当然のように逃げられる。

 

「──犬は速く動くモノを追わずにはいられない。その習性は……マイナソーでも変わらない!」

 

 すべて、騎士になるにあたって教え込まれたこと。その知識をフルに活用して戦ってこそ、ブルーパラディンズ──叡智の騎士の真髄なのだ。

 

 ついにレッドが、ケルベロスマイナソーを目の前にまで連れて来ていた。

 

「テンヤ、頼む!」

「うむッ、オモソウ──」

 

 オモソウルを装填しようとしたときだった。なんの前触れもなく、衝き上げるような苦痛が体内から襲いかかったのは。

 

「ぐ、がぁ……ッ!?」

「テンヤ!?」

 

 たちまち竜装が解け、テンヤはその場に蹲った。とてもではないが、再び立ち上がって戦えるような状態ではない。

 

「フヘヘヘヘっ、おまえの症状のほうがオモソウル〜!」

「クソっ、舐めやがって……!」

 

 作戦は、破綻した。しかしあとがない以上、撤退という選択肢はありえない。いつ毒が文字通り牙を剥くかもわからない中、エイジロウは剣を振るい続けるしかなかった。

 

(イズクが、信じて待ってんだ……!絶対に、獲る!!)

 

 

 *

 

 

 

 そう──満身創痍の状態で、それでもイズクは意識を保って作業を続けていた。

 

「よし……あとは、マイナソーの一部が揃えば……!」

 

 既に薬をつくる準備は完了している。あとは、エイジロウたちの帰還を待つだけ──

 

「かえ、せ………」

「!」

 

 そうなると、気にかかるのは昏々と眠り続けるコタロウ少年のこと。薄く見開かれたままの瞳から光る雫がこぼれるのを、イズクは見た。

 

「……コタロウくん、」

 

 彼の事情については、エイジロウたちから聞いていた。

 

 マイナソーによって精神を支配されたこの少年は、"返せ"のひと言でしか己の抱えているものを吐き出すことができない。その奥底には、10歳の子供としては甚だ深い哀惜と憤懣が存在するのだろう。

 

「きみは──」

 

 そのときだった。にわかに扉が開いて、筋骨逞しい上半身を晒した少年が入ってきたのは。

 

「!、かっちゃん……?」

 

 名を呼ぶ幼なじみを忌々しげに睨みつけつつも、カツキはベッドの傍にどかりと座り込んだ。その視線が、コタロウに向けられる。

 

「………」

 

 カツキは何も言わない。イズクに背を向けたまま、眠る少年をじっと見下ろしている。──そういえば彼が昨夜、コタロウとふたりで何か話していたことを思い出した。一度はリュウソウケンの鋒を向けてはいても、少なからず思うところはあるのだろう。そういう、不器用な少年なのだ。

 

「……信じよう、かっちゃん。エイジロウくんたちはきっと、やってくれるよ」

 

 返答は無かったし、必要とも思わなかった。

 

 

 *

 

 

 

 独りになったエイジロウは、それでも懸命にケルベロスマイナソーと戦い続けていた。

 

「カエセェェッ!!」

「ッ、ぐぅ……!」

 

 倒してはいけない相手とはいえ、苦戦を強いられている。双子として生まれたことといい、それだけ宿主……つまりコタロウの想いが強いのだろうか。彼は聡明な少年で、だからこそ懊悩を抱え込んでしまっているように、エイジロウには思われたのだ。

 だから、吐き出せと言った。思うままを、自分にぶつけて良いと。

 

 でもこんな発露のしかたは、コタロウだって望んでいないはずだ。

 

「俺が、必ず──ッ!?」

 

 救うと公言することすらも許さず、猛毒は無慈悲に牙を剥いた。

 

「ぐぅ、あぁ……ッ」

 

 耐えがたい苦痛に、例に洩れず竜装が解ける。その場に片膝をついたエイジロウを見下ろし、クレオンがげらげらと嗤った。

 

「やっと効いた!これで全滅だなァ、リュウソウジャー!」

「くっ……エイジロウ、くん……!」

 

 見かねたテンヤが立ち上がろうとするが、すぐに態勢が崩れる。毒が回るのが遅かったぶん、その症状の進行が劇的なのだ。エイジロウもきっと、立てなくなるまでに時間はかからないだろう。

 

「まだ、終わってねえんだよ……!──遊んでねえでかかってこいッ、マイナソー!!」

「こいつうっっっっぜ!とどめ刺しちゃえ、ケルちゃん!!」

「ケルルルッ!!」

 

 クレオンもマイナソーも、エイジロウの挑発にあっさりと引っ掛かってくれた。前者が相変わらず指示を出すだけで自分が引導を渡そうという意欲がないのも幸いする。

 

「カァエーセェェェ!!」

 

 向かってくるケルベロスマイナソーに対し──エイジロウは、躊躇うことなくリュウソウケンをその場に捨てた。一見すると、自棄になったとしかとれない行動。

 当然の帰結として、マイナソーの牙がエイジロウの左腕に突き立てられた。

 

「ぐ、う……ッ!」

 

 駆け上る鋭い痛みに、顔を歪めるエイジロウ。しかしこの瞬間こそ、彼の狙い通りでもあった。

 

 突き刺さっていないもう一方の牙の根元を、右手で掴んだのだ。

 

「ケル……!?」

「う、おぉぉぉぉ──ッ!」

 

 掌に力が込められ、牙からぐぐぐと嫌な音がたつ。慌てたマイナソーは退こうとするが、喰らいついた手の筋肉が硬直して牙が抜けない。ならばと爪を振り下ろそうとするが、

 

「させ……るかぁッ!」

「!?」

 

 余力を振り絞ったテンヤが背後から組みつき、マイナソーの動きを封じる。その屈強な身体は、じたばた暴れてもびくともしない。テンヤは日頃からの自己鍛錬に感謝を捧げた。

 そして、

 

「うお、りゃぁああああ──ッ!!」

 

 牙が──抜けた!

 

「グァアアアア!?」

 

 激痛にもがくケルベロスマイナソー。その際の瞬間的なパワーによってふたりとも弾かれてしまうが、構わなかった。もはや目的は達せられたのだ。

 

「てめェの牙、貰ったぜ……!」

「ふ、ふん!そんなんでケルちゃん弱体化させたつもりか?歯なんてまた生えてくるんだよ!」

 

 強がるクレオンだったが、自分がまったく的外れなことを言っているとは思ってもみなかった。いわば毒の塊である牙から、毒消しをつくり出すことができるなどと。

 そして彼にとっての想定外が、さらに襲いかかった。

 

「う、ウウウ……、アオォォォンッ!!」

 

 ひときわ情けない声を発したかと思うと、ケルベロスマイナソーは口を押さえて逃げ出してしまったのだ。

 

「え、ちょっ待てよ!?川に毒ブッ込むチャンスなのに……ああっ!」

 

 「タンクジョウさまに怒られちゃうよ〜!」と叫びながら、慌ててケルベロスマイナソーを追いかけていくクレオン。怯えたマイナソーの操縦方法まで、彼は習得していなかった。マイナソーは基本的にオーダーメイドであり、つくった傍から注文者のドルイドンに預けているのだ。今回のようなケースは特例だった。

 

 クレオンとマイナソーが逃げ出したことは、エイジロウたちにとって幸いだった。もしも彼らがこのまま毒の混入を強行しようとしたら、今の彼らでは止めきれなかっただろう。

 

「これで……みんなを……うぅっ」

 

 だが、それまでだった。意識せずとも張り詰めた心が弛む。それと同時に身体から力が抜け、ふたりはその場に倒れ込んだ。

 

「エイ、ジロウ、く……っ」

「……ッ、」

 

 もう、まともに声も出ない。這ってでもと思うが、ここから村まで辿り着けるわけがない。

 

(せっかく……手に入れたのに……!)

 

 痛恨の念ともども、意識が混濁していく。眠るまいという努力も虚しく、これ以上はないくらいに重くなった瞼は閉じていった。

 

 

──懐かしい景色だった。

 

 ああ、ここは麗しき生まれ故郷だ。未だ離れて数日と経っていないのに、この地で無邪気に暮らしていたことが遠い過去のように感じる。

 

 そうだ、幼いころ、ケントやトモナリたちと遊んでいたときに足を挫いてしまったことがあった。まだひ弱だったエイジロウは立ち上がることもできなくて、でも周りも同年代の子供ばかりだったからどうしようもなくて。

 そんなとき、ケントが大人を呼んできてくれたのだ。その背におぶられ、エイジロウは家へ帰ることができた。

 あれは誰だったのだろう。親父?マスターレッド……タイシロウさんだったような気もする。どちらにしても貴重な記憶であるはずなのに、思い出せないのがもどかしい。

 

 ああでも、ひとつだけ覚えていることがある。逞しくて、大きな背中。そこから伝わってくるささやかなぬくもりと揺らぎが、幼いエイジロウを安心させたのだ。ちょうど、今のように──

 

 

 わいわいがやがやと、大勢の騒ぐ声が耳に入ってくる。

 そうした外からの刺激に触発され、深みにはまりかけていたエイジロウの意識は再び浮上へと至った。背中のざらついた感触と、その奥から響く「ティラァ」という声。

 

(……ティラミーゴ?)

 

 身体が重く心臓は早鐘のように打っているが、それでもエイジロウは頭を働かせて状況の把握に努めた。まず自分、そしてテンヤが横たえられているのは、相棒ティラミーゴの背の上のようだった。そして眼下にはぽつぽつと点在する建物と、群がる数十人の村人たちの姿。──オルデラン村だ。

 

「ティラミーゴ……おめェが、連れてきてくれたのか……?」

「ティラっ!」

 

 ティラミーゴは元気よく返事をすると、身体を屈めてエイジロウたちを宿の中へ滑り落とした。村人たちは相変わらず興味半分、警戒半分という様子でティラミーゴのことを観察している。とりあえず、外敵とは思われていないようで安心した。本当は自分の相棒と紹介したいが、のちの機会に回すほかない。

 

「ま……待ってたよ、ふたりとも……!」

 

 息も絶え絶えの様子で、イズクがにじり寄ってくる。自分たち以上に顔色が悪い。それでも立ち上がれるというのは、見かけによらず凄まじいバイタリティだとふたりは思った。

 

「こ、これを」

 

 そう言って、裸のままの牙を差し出す。もう皆毒に感染しているのだから危険も何もないのだが、イズクはそれを一応手巾で包むようにして受け取ると、早速調剤に取りかかった。

 

「おいてめェら、立て」

「へ……?」

 

 傍らにいたカツキがしっかりした声で言い放つものだから、エイジロウたちは一瞬呆気にとられてしまった。

 

「コイツの邪魔になンだよ、早よしろ」

 

 流石にか細いが、毒に侵されているとは思えないしっかりとした声だ。感心していたら、立ち上がったカツキはなんとコタロウをひょいと肩に担ぎ上げてしまった。いや、だからバイタリティ!

 

「わ、悪ィ……」

「あ?」

「俺ら、立てねえから……這っていくわ……」

 

 息も絶え絶えにエイジロウがそう言うと、カツキは目を丸くしたあとで盛大に鼻を鳴らした。とことん見下されても、今度ばかりは反論できなかった。

 

 

 果たしてカツキに続いて隣の部屋に移動したあと──それなりに上背のある少年ふたりが揃って床を這う様はこれ以上ないほどに滑稽であった──、彼らには薬の完成を待つよりほかになかった。

 

「うぅ……ごめん、わたしだけなんもできんくて………」

 

 ベッドから起き上がらないまま、オチャコがかすれた懺悔の言葉を発する。彼女は純粋な腕力だけでいえばエイジロウたち以上で、ひと晩じゅう野駈をしてもからから笑っていられるタフさの持ち主なのだが、体格は女性らしく小柄である。毒の効き目も強く出てしまっているだろうことは想像に難くなかった。

 

「は、てめェが起きてようが死んでようが、大勢に影響ねーわ」

 

 対するカツキがこんなことをのたまう。「本当に口が悪いなきみは」とテンヤが怒るが、床に寝そべったままでは格好もつかない。

 そんな中、どうにか壁に背中をつけて座ったエイジロウは、コタロウのことを気遣わしげに見守っていた。

 

「……コタロウはさ、」

 

 そのつぶやきに、皆の視線が集中する。

 

「ただ、お母さんを世界に奪られたくなかっただけなんだよな」

 

 だって、彼は子供だったのだ。何かに依らねば生きてゆけない子供。その唯一無二の対象である母が世界のもので、そのためなら自分を置いて消えてしまえるというのは、アイデンティティを揺るがすことであってもおかしくはない。世界のために、大切なものを不幸にする──その理不尽を許せないとしても、仕方のないことなのだ。

 その果てに、子供を卒業して独りで生きていくという結論に達したコタロウは、健気だが立派な心根をもっているとエイジロウは思う。亡母と相通ずる勇者の性といったら彼には不本意なのだろうけれど。

 

「……コイツは、自分だけがかわいそうなんじゃないとわかっとる」

「!」

 

 カツキのつぶやきは、彼なりにコタロウという少年を見ているのだと感じさせるものだった。

 

「俺ぁデクみてーに命は平等だなんて綺麗事は言わねえ。……コイツの命には価値がある。だから斬らなかった」

「……今は、それでも良いよ」

 

 その選別をする権利が自分たちにあるとは思わない。けれどカツキは、それ以上に絶対的な救済の権化と五十年以上も行動をともにしていて、自分を曲げなかったのだ。ここで言い争ったところで、考えが変わるはずもない。

 けれど同時に、その強固な意志のもとに戦ってきた少年の姿は、とてもまぶしくも思えたのだ。

 

 

 毒が身体を着々と蝕んでいくのを感じながら、過ぎてゆく時間に苛まれる四人。勢いよく扉が開かれたのは、それから暫くしてのことだった。

 

「みんな、完成したよ……!」

 

 イズクだった。薬瓶を手にもっている。その赤ん坊のように大きな瞳は喜色に輝いていて、先ほどまでの憔悴が嘘のようだった。

 

「待たせてごめん。万一のことを考えて、自分で効き目を確かめてたんだ」

「なんと……自分を実験台にしたのか……!?」

「安全かわからないものを、他人に使わせるわけにはいかないからね」

 

 理屈としては間違っていない。間違っていないのだけれど──

 エイジロウはカツキのほうを見遣った。彼は渋い表情を浮かべているが、何も言わない。イズクに明らかな大義名分がある状況では、何を言っても意味がない、いや逆効果なのだ。かっちゃんを言い負かしたのだから、自分が正しい──そう思わせてしまったら。

 

「さあみんな、飲んで!あ、自分で飲める?」

 

 カツキは当然、自分でそれを飲み下した。エイジロウとテンヤも。オチャコだけは自力で動けそうもないので、真っ赤になりながらもイズクが飲ませてやった。

 そうして、効果が出るまで数分。会話もなく時を過ごしているうちに、気づけばみんな、うつらうつらしてしまっていたらしい。

 

 はっと目が覚めたときには、全身を覆う苦痛と倦怠感が嘘のように消えていた。

 

「おはよう。体調、どう?」

 

 覗き込むようにして、イズクが訊いてくる。

 

「お、おう……スゲーすっきりした」

「うむ……!これほどの薬をつくるとは、きみは薬師としてもやっていけるな!」

「デクくん、ありがとう!やっぱり"頑張れって感じ"やね!」

 

 三人、とりわけオチャコの言葉にデクは破顔した。まろい頬をほのかに染めて「えへへ」と照れ笑いを浮かべている。当然、カツキがそれを見咎めないはずもなくて。

 

「コイツをつけあがらせんじゃねえ!特に丸顔、コイツは"なんもできねー木偶の坊"だ、間違えんな」

「はああ?自分もデクくんの薬もらったくせに!だったらてめーで助かればええやん」

「ア゛ァ!!?」

 

 オチャコの容赦ない言葉に眦を吊り上げて怒るカツキ。一触即発というところで、

 

「かえ……う、ううっ」

「!」

 

 ひときわ大きく響く、コタロウの声。皆の視線がそちらに集中する。──彼だけは、マイナソーを倒さない限り救うことはできないのだ。

 

「……俺、コタロウの笑った顔が見てぇ」

「!」

「だから……救けようぜ、みんな」

 

 「けっ」と、カツキの冷たい声が響く。

 

「御託はいらねえ。騎士は剣を振るうだけだ」

「……そうだな!」

 

 

 彼らはそれでしか、人を──世界を守れないのだから。

 

 



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6.決戦!タンクジョウ 3/3

 

「カエセ……カァエェェセェェェ──ッ!!」

 

 ついに、ケルベロスマイナソーが巨大化を遂げた。見上げんばかりの巨体、その咆哮は山をも震わせる。

 そして、

 

「時は、来た……!」

 

 大地のエネルギーを吸収することによって、タンクジョウもまたケルベロスマイナソーと同等にまでその身を膨らませた。彼らの目的は、ただひとつ。

 

「ケルベロスマイナソー、貴様の毒をこの地に散布する……!人間どもは容易く死に絶える!」

「ケル!」

「そして地球を、我が物とするのだぁッ!!」

「カエセェ!!」

 

 手始めにとばかりに、オルデラン村に向かって進軍するタンクジョウたち。しかしその行く手には、"彼ら"が立ち塞がった。

 

「"時は来た"は、こっちのセリフだ!!」

「!?」

 

 五人の少年少女たち。今のタンクジョウから見れば豆粒ほどの背丈しかないにもかかわらず、その目にひとつとして怯懦のいろはない。

 

「リュウソウジャー……。貴様ら全員、毒にやられたと聞いたが?」

「残念だったな。奪ったそいつの牙から、イズクが毒消しを作ってくれたんだ!」

 

 勝ち誇った表情で言い放つエイジロウ。カツキが「てめェが威張んな」と毒づくのは、既に慣れたものである。

 

「タンクジョウ……!貴様にやられっ放しの俺たちではないぞ!」

「私らまだまだ未熟やけど、火事場のクソ力だけは誰にも負けないんやから!」

 

 テンヤが、オチャコが宣べる。

 そして、イズクとカツキも。

 

「これ以上、誰も傷つけさせない……!」

「──ブッ殺す!!」

 

 それ以上、言葉は要らない。──いや、あえて言うなればひとつだけ。

 

 

「「「「「──リュウソウチェンジ!!」」」」」

 

『ケ・ボーン!!』──チェンジャーに装填されたリュウソウルが叫び、五色に分かれた小さな騎士たちが少年たちを取り囲む。

 

『ワッセイ!ワッセイ!そう!そう!そう!ワッセイ!ワッセイ!それそれそれそれ!!』

 

『──リュウ SO COOL!!』

 

 小さな騎士たちが鎧に、兜へと姿を変える。竜の力を纏いし、五色の騎士たち。

 

──勇猛の騎士、

 

「リュウソウレッド!!」

 

──叡智の騎士、

 

「リュウソウブルー!!」

 

──剛健の騎士、

 

「リュウソウピンク!」

 

──疾風の騎士、

 

「リュウソウグリーンっ!」

 

──威風の騎士、

 

「リュウソウブラック……!!」

 

 

「「「「「正義に仕える五本の剣!騎士竜戦隊──」」」」」

 

「「「「「──リュウソウジャー!!」」」」」

 

 五色の騎士たちが、並び立った。

 

 

「ティイィラアァァッ!!」

 

 そして、彼らを選んだ騎士竜たち。その咆哮もまた、大地を震わせたのだった。

 

「フン……マイナソーの毒ごときでくたばってもらってはつまらんと思っていたところだ。──ここで決着をつけるか、リュウソウジャー!!」

 

 ケルベロスマイナソーを下げ、自ら突出する巨大タンクジョウ。大剣ルークレイモアを構え、果敢にも彼は騎士竜の群れの中へ飛び込んでいく。

 最も巨大かつ頑丈な身体をもつティラミーゴが盾となり、その隙間からトリケーンが剣鼻、アンキローゼがハンマーを叩きつける。

 遠距離からはミルニードルが針を飛ばし、タイガランスが跳躍して尾を突き立てる。息もつかせぬ連続攻撃。

 しかし、

 

「そんなモノで、この俺を倒せると思っているのかぁッ!!」

 

 タンクジョウの堅牢なボディを前にしては、騎士竜たちは火力不足と言わざるをえない。むしろ、彼をより滾らせるだけだった。

 

「五体の騎士竜でも、不足なのか……!」

「……いや、違う」

 

 五人と、五体──揃えばドルイドンにだって打ち勝てると、マスターは言った。

 

「バラバラに戦うんじゃ駄目だ。──みんなの力を、合わせようぜ!」

「!、そうか……!──かっちゃん!」

「うるせえ、てめェに言われんでもわーっとるわ!」

 

 イズクは知らないが、カツキは既に一度ミルニードルをキシリュウオーと合体させているのだ。今さら拒否するのも理に合わない。

 

「ティラミーゴ!」

「トリケーン!」

「アンキローゼ!」

「タイガランス!」

「ミルニードル!」

 

──竜装合体だ!

 

 それぞれのリュウソウメイルを司るリュウソウル。それらを一体化させることによって、騎士竜たちは鋼鉄の巨人のパーツへと姿を変える。

 ティラミーゴがキシリュウオーとなり、トリケーンとアンキローゼが両肩を覆う。右手と前掛け、そして頸に纏う装備をタイガランスが占め、ミルニードルは胴体に。分離したティラミーゴの頭部は、左手に重ねられて"ファング"となる。

 

「「「「「完成、キシリュウオーファイブナイツ!!」」」」」

 

 これまでのキシリュウオーとは大きく異なる、重武装の騎士が誕生したのだ。

 

「ファイブナイツ、それが貴様らの最強形態というわけか……。──だとしても、打ち破るのみ!!」

 

 ある種それは、悲壮な決意ともいえるものだった。キシリュウオーミルニードルとの戦いにおいて、彼は敗北を喫しているのだから。

 既にリュウソウジャーは、侮り排除するだけの存在ではない。命をかけて戦う好敵手だった。ならば退くことなどありえない。そうして彼らを倒せてようやく、世界征服への展望が開ける。

 

「ぬぅおおおお──ッ!!」

 

 雄叫びをあげ、タンクジョウはルークレイモアを振り下ろした。重厚になったぶん鈍重でもあるファイブナイツは、迫る刃をかわそうとはしない。

 それに、その必要もなかった。

 

「ヌゥ……!?」

 

──ルークレイモアを、ティラノファングが受け止めていた。牙ががっちりと組みつき、決して放さない。

 そして、

 

「ティラノ、バーストッ!!」

 

 ティラノファングから放たれる衝撃波が、剣もろともタンクジョウを吹き飛ばす。それでも踏ん張って十数メートルほどでとどまったのは流石と言うべきなのだが、態勢が崩れただけで十分だった。

 

「タイガースラッシュ!」

「トリケーンカッター!」

 

 イズクとテンヤが、同時に仕掛ける。右腕を占めるタイガランスの剣、そしてトリケーンの刃がタンクジョウに襲いかかった。

 

「グウゥ……!」

 

 うめくタンクジョウだが、まだ終わらない。

 

「アンキローゼショット!」

 

 アンキローゼ部分からは光線が放たれる。ファイブナイツの一部となることで解放された能力である。そしてそれは、分厚い装甲をも融かすほどの高熱を発するのだ。

 

「ぐ、オォォォ……!」

「まだ終わりじゃねーけどなァ」

「!」

 

「ニードルアタックゥ!!」

 

 胴体から突き出したミルニードルの角が、タンクジョウを穿った。

 

「グアァァァ!!」

 

 ついに踏みとどまることもできなくなったタンクジョウは、その場に片膝をついた。流れ出した青い血が、大地を穢していく。

 それを目の当たりにして──クレオンは、ぎりりと歯を食いしばった。

 

「タンクジョウさまが殺られる……!──ッ、ケルベロスマイナソー!!」

 

 タンクジョウが望まないだろうことはわかったうえで、クレオンはマイナソーに前線へ出るよう指示を出した。生き残ったタンクジョウにあとで叱られるぶんには仕方がない。

 

「カエセェェッ!!」

 

 背後から飛びかかり、齧りつこうとするマイナソー。しかし大声を発してしまう性質は、不意討ちには向いていないことは明らかで。

 

「──邪魔だ!」

 

 誰ともない叫びと同時に──ナイトランスが一閃!

 

「!!!!!」

 

──ケルベロスマイナソーの身体が、串刺しにされていた。

 

 やおら引き抜かれる刃。身体の芯を失い、ケルベロスマイナソーは力なく地面に倒れ落ちた。

 そして、爆発。

 

「え、え……うそだろ、そんな一瞬でぇぇぇ──!?」

 

 爆炎に巻き込まれ、あえなく吹き飛ばされるクレオンなのだった。

 

 

 これで、邪魔者もいなくなった。

 

「あとはてめェだけだ……タンクジョウ!」

「フン……この決闘、最初からマイナソーを使うつもりなどなかったわ!」

 

 そう、クレオンの余計な手回しである。ただタンクジョウは、あとで彼を叱責するなどということは考えていなかった。そもそも、先のことなど考えていなかったのだ。あるいは、世界征服のことさえも。

 今はただ、この決戦に勝利することのみ。

 

「俺にはまだ切札がある……!大地のエネルギーという切札がなぁ!」

 

 胸の砲口が、光を蓄積していく。対するファイブナイツは、じっと姿勢を低くしてそれを待ち構えた。

 

「大地は……この星は、てめェのモノじゃねえ!!」

「ぬかせェ!!」

 

 そして、マグマのような砲弾の嵐が襲いかかった。

 

「ぐぅうううう……!」

 

 衝撃が少なからず、騎士たちにも襲いかかった。ファイブナイツが後方へ押しやられていく。

 しかし──それも、程なくして止まった。

 

「何!?」

「うぅ、うぉおおおおおお──ッ!!」

 

──押し返す。

 

「ば、馬鹿な……ぐおぉあぁぁッ!!?」

 

 放ったエネルギーはそのまま、ファイブナイツごと返ってきた。爆発が起き、吹き飛ばされる。砲口は……砕け散っていた。

 

「切札は破った……!終わらせよう、エイジロウくん!」

「おうよ!」

 

「──この星を守るために、おまえを倒す!!タンクジョウっ!」

 

 ナイトランスにエネルギーを込め──振り下ろす!

 

「「「「「ファイブナイツ、アルティメットスラァッシュ!!」」」」」

 

「グアァ」と短い悲鳴とともに、一刀両断にされたタンクジョウが爆発する。これまでのマイナソーと同じ、いやそれ以上の威力に、エイジロウたちは遂にかのドルイドンが四散したのだと確信する。つまり、勝利を獲ったのだと。

 

 しかしタンクジョウは、しぶとくも最後の足掻きを見せたのだ。

 

「くくくく……っ、フハハハハ……!」

「な……!?」

 

 全身の装甲が剥がれ落ち、痛々しい姿を晒しながら、それでもタンクジョウは立ち上がっていたのだ。

 

「アルティメットスラッシュでも倒せないのか……!?」

「て、敵ながらあっぱれや!」

「言うとる場合か!次で殺す!!」

 

 ファイブナイツにはまだ次の手がある。ゆえにリュウソウジャーの勝利は揺らがない。──タンクジョウもそれを理解していて、だからこそ嗤っていた。

 

「……俺の敗けだ、煮るなり焼くなり好きにするが良い。だが俺が死ねば、大地のエネルギーが一挙に噴出する!この周囲一帯は跡形もなく消し飛ぶぞ……!」

「な……!?」

 

 オルデラン村が瓦礫すら残らぬ荒野となるさまが脳裏に浮かび、エイジロウたちは拳を握りしめた。

 

「貴様……!卑怯だぞ!」

「なんとでも言え、俺にも止められぬことだ……!──さあ、どうするリュウソウジャー!?」

 

 当惑の隙を突いて、キシリュウオーに反撃しようなどという意図はタンクジョウにはない。そんな体力も残されていなかった。

 ただ、問うたのだ。この文字通り爆弾と化した身体を、如何にして処理するつもりなのか。それすら決断できぬのなら、この先の戦いで生き残ることなどできないだろう。

 

 ただ、タンクジョウはただひとつ知らぬことがあった。人間もリュウソウ族も、他者とのつながり、絆によって生き、そして心の刃を磨いているのだということを。

 

「!、そうだ!」

 

 エイジロウが咄嗟に思い起こしたのは、敬愛するタイシロウ──マスターレッドの戦う姿だった。

 

「みんな、俺に任せてくれ!」

「!、エイジロウくん、何か策があるの?」イズクが訊く。

「おうよ!──カツキも、良いよな?」

「失敗したら殺す」

「大丈夫、殺させねえし死なせねえ!──プクプクソウル!」

 

 自分ではタイシロウのように上手く扱えないと思っていたプクプクソウル。しかし何も、彼とまったく同じ使い方をする必要はない。

 

『プクプクソウル!ムックムク〜!』

 

 リュウソウケンを振り上げ──目前へ、突き出す!

 

「ヌゥ……!?」

 

 放たれた波動は、タンクジョウを呑み込んだ。──襤褸切れのようになった身体が、たちまち風船のように膨らんでいく。そして風に吹かれるようにして、彼はついに浮かび上がった。

 

「な、なんだ……これは!?」

 

 もがくタンクジョウだが、動けば動くほどに上昇は早まっていく。プクプクソウルの効果が失せるまで、彼は自らの意志で地に足をつけることはかなわないのだ。

 そしてリュウソウジャーは、彼に二度と大地を踏ませるつもりはなかった。

 

「「「「「キシリュウオー、ファイナルキャノン!!!」」」」」

 

 空の彼方へ消えかかるタンクジョウめがけ、胸部のキャノンからエネルギーを放出する。それらは様々なキシリュウオーの姿をとり、天空の階段を駆け上っていく。単体のキシリュウオー、スリーナイツ、そしてトリケーンとアンキローゼを主とした姿──

 

 それらがエネルギーの塊として、タンクジョウを呑み込んでいった。

 

「ッ、……見事だ……リュウソウジャー」

 

 力及ばず。その敗北を認めながら、タンクジョウは光の粒となって飛散した。彼の遺したエネルギーの束は、近郊のオルデラン村はおろか西や北の大地でも観測されたのだという。

 

「か、勝ったん……?私たち──」

「うむ……勝った。──勝ったぞ!!」

 

「俺たち、ドルイドンに勝ったんだ!!」

 

 静かに佇むファイブナイツの中で、歓喜が伝播していく。ドルイドンを、ケントたちの仇を倒した──それは彼らにとって、歴史的な一歩に他ならないのだ。

 

「やったね、かっちゃん」

「……けっ」

 

 長らく旅を続けてきた疾風の騎士と威風の騎士にとっても、それは同じであった。

 

 

 *

 

 

 

──コタロウ、

 

 優しい声だった。

 目を開けたコタロウの前に、焦がれて、けれど怒りの矛先でもある最愛の母の姿があった。自分を愛していながら、それでも世界を選んだ母。

 

──コタロウ、ごめんね。お母さん、コタロウとは一緒にいられないの。

 

 僕より、世界が大事なの?

 

──そうじゃない……選べないの。こんなどうしようもない、お母さんのわがままに付き合わせて本当にごめんね。

 

 選べないから彼女は母を精一杯まっとうし、また勇者であり続けた。

 なんて残酷なのだろう。だったら愛情など要らなかった。あれは勇者であって母でないと、そう思わせてくれれば良かったのに。

 

 ……違う。

 

 本当は、ずっと傍にいてほしかった。その愛を自分にだけ向けてほしかった。それだって結局は、コタロウのわがままだ。

 

──コタロウ、

 

 もう一度、名を呼ばれ。その両の手が伸び、己の身体を包み込む。コタロウはそれを拒絶しなかった。これが最後だと知っていたから。

 

──いやだ。

 

 不意に、母の手が震えた。

 

──死にたくなかった!もっとコタロウと一緒にいたかった……!コタロウがりっぱな大人になって、りっぱに仕事して、お嫁さんを連れてくるのを見たかった……!

 

 母が、泣いている。恥も外聞も、今の彼女にはないのだ。死んですべてから解放されたから、死にたくないと息子の前で喚きたてることができる。癖になっている皮肉を思って、コタロウは笑った。

 

「許さないよ」

 

 母が顔を上げる。その目に映る息子の微笑は麗しく、残酷だった。

 

「僕は一生、あんたを許さない。あんたの望み通り僕はりっぱな大人になって、好きなひとと結婚して、子供を可愛がって育てるよ。あんたは子供の僕しか知らないまま、天国にでも行けばいい」

 

 だからもう、返ってこない愛を求めることはしない。これからは愛を紡ぎ、与える側になるのだ。それが勝手に自分の前からいなくなった母への、最高の復讐だと知れたから。

 

「じゃあさよなら、お母さん」

 

 いつか、自らが死者の列に加わるその日まで──

 

 

 ふたたび目を開けると、こちらを心配そうに覗き込む少年たちの姿があった。

 

「……コタロウ、大丈夫か?」

「みな、さん」

 

 成り行きで同道することになった、リュウソウジャーの面々。皆、疲労困憊の様子ながら、それでも安堵の笑みを浮かべている。何があったのだろう──コタロウには、クレオンと遭遇したところから記憶がなかった。

 

「調子はどうだ?起きられるか?」

「………」

「……コタロウ?」

 

 黙っていればいるほどに、エイジロウの口角が不安げに落ちていく。ぼんやりとそれを眺めつつ、コタロウはいつしかへらりと笑っていた。

 

 

「おなか、空きました」

 

 

 つづく

 

 

 




「耳揃えて払えや」
「すっからかんです!」
「仕事をください!!」

次回「働け!スリーナイツ」

「働くことは、生きることなんです」


今日の敵‹ヴィラン›

ケルベロスマイナソー(兄)

分類/ビースト属ケルベロス
身長/181cm〜44.3m
体重/272kg〜666.4t
経験値/259
シークレット/(弟と重複につき前略)実は双子だったのだ!


タンクジョウ
分類/ドルイドン族ルーク級
身長/199cm〜48.8m
体重/299kg〜732.6t
経験値/609
シークレット/怪力を誇るドルイドンのルーク級幹部。巨剣ルークレイモアを武器とし、好敵手と認めた相手には大地から吸い上げたエネルギーを砲弾にしてプレゼントしたり、終いには巨大化を披露してくれやがるぞ!誇り高い武人だが、高潔になりきれないのが密かな悩みだ!


※ひと言メモbyクレオンは、喪中につきおやすみします。




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7.働け!スリーナイツ 1/3

でっくんはっぴーばーすで~(一日遅れ)


 五人と五体の力を合わせ、エイジロウたちリュウソウジャーの面々はついにドルイドンの幹部・タンクジョウを討ち果たした。

 世界を救い、生まれ故郷を取り戻すための大きな一歩。エイジロウにとっては親友の仇討ちの成就でもある。その喜びは言葉では言い尽くせない。

 

 しかし彼らの旅は、未だ始まったばかり。そしてエイジロウたちリュウソウ族の村出身の三人には、小さな村社会で育ったがゆえの試練が待ち構えていたのである──

 

 

「あ、あ、あかーーーーーん!!!」

 

 少女の切実すぎる叫びが、夜の宿屋に響いた。

 

「うおっ、いきなりどうしたよオチャコ?」

「何があかんなんだ?」

 

 仲間ふたりの問いに、剛健の騎士の称号に不似合いなまろい頬をぷくっと膨らませるオチャコ。その手に握ったがま口を、彼女は床に向かって何度も振り下ろしてみせた。

 

「この通り、すっからかんです!」

「すっからかん?」

「見てわからんの、お金やお金!」

 

 そう言われても察しの悪い男ふたりは、顔を見合わせたあとようやく「ああ!」と声をあげた。

 

「そっか、ここ泊まるのって金かかってんだよな……」

「それにしても、二日ぶんの宿代で尽きてしまったのか?」

「当たり前やん!宝石代わりにプレゼントで貰ったやつ、持ち歩いとっただけなんやから」

 

 人口数百人のリュウソウ族の村では基本的に自給自足、役割分担による生活が行われていた。遠征に出る騎士たちによって貨幣が持ち込まれてはいたが、もっぱら子供たちや女性への贈り物として扱われ、本来の用途はほとんど知られてもいなかった。

 

「どうしよぉ〜……先行き不安や」

「別になんとかなるだろ?メシは最悪虫でも魚でも獲りゃいいし、宿なんかなくても」

「なるかぁ!!」

 

 紅一点の思わぬ大声に、少年たちがたじろいだときだった。

 

「るせーな、ナニ騒いでやがんだ」

「!」

 

 血潮色の瞳を眇めつつ、踏み込んできたのはカツキだった。その後ろから、遠慮がちにイズクも。

 

「どうかしたの?」

「うむ、実は……」

 

 かくかくしかじか、テンヤが事の経緯を伝える。

 

「なるほど……それはオチャコさんの言う通りだね」

「えっ、そうなのか!?」

「人里離れた場所ならエイジロウくんの言うことも間違いじゃないよ。でも、街や村に入った旅人はきちんと寝泊まりする拠点を確保すべきだし、食事もお金を出してするものだ……ゆうべみたいな祝いごとの席は別としてもね。それができない客人は嫌われるし、最悪曲者として牢屋につながれても文句は言えないんだよ」

 

 イズクの説明は人里を知らない三人に鋭く突き刺さった。決して責めるような口調でなく、純然たる説諭であるから、余計に。

 

「そういうモンか……。でも、どうすりゃ金って稼げるんだ?」

「大きい街なら、役場に行けば旅人向けに単発の仕事を紹介してくれるよ。酒場の用心棒とか、中には怪しい荷物を運んでくれなんてのもあるけど」

 

 幼なじみふたりがそろってなんともいえない表情を浮かべる。長い旅の中で色々とあったのだろうことは、想像に難くない。エイジロウたちだってたった数日の間に、これまでの価値観が激変するような思いを味わっているのだから。

 

「この村から東におおよそ三日行ったところに、カサギヤって街がある。この辺りなら一番賑わっているし、それなりに仕事もあるんじゃないかな」

「よ〜し!そうと決まれば、目指すはカサギヤの街やね!」

 

 意気込むオチャコであったが、

 

「ンなことよりこれ、どう落とし前つける気だ?」

「へ?」

 

 言うが早いか、カツキから投げ渡されたのは一枚の紙切れだった。そこには文字と数字の羅列が綴られている。それがなんであるか、悲しいかなエイジロウたちにはすぐ理解できないのだった。

 

「……何これ?」

「請求書、てめェらに使ってやった薬代の」

「な!?」

「え!?」

 

 イズクまで素っ頓狂な声を発している。相棒かつ薬の作り主である彼でさえ寝耳に水の行動らしい。

 

「金とんのかよ!?」

「たりめーだろ、こちとら慈善事業やってんじゃねえんだ」

「薬をつくったのはイズクくんだろう!?」

「そうだよかっちゃん!彼らからお金せびりとろうなんて、僕は──」

「黙れデク、てめェがつくろうが俺がつくろうが金勘定は俺がやるって決めたろうが。口出すなや、部屋戻って寝てろ」

 

 その決定がなされたのは単なるカツキの横暴とも言い切れない。実際イズクは困っている人には無償で手を貸してしまうことがあった。リュウソウジャー本来の使命に関することならやむをえないが、旅を続けるにあたっては収入源の確保も重要であって。

 結局、綺麗事では飯は食えないのだ。

 

「いいか、俺らとてめェらはチームでもなんでもねえ」

 

 噛んで含めるように言い放つカツキに、エイジロウたち三人は悄然とするほかない。

 ただ、かの少年の言葉には続きがあった。

 

「とはいえ、てめェらと徒党組んでドルイドン一匹始末したンも事実だ」

「……何が言いたい?」

「俺も鬼じゃねえ。びた一文まけちゃやんねぇが、猶予はしてやってもいいっつーことだ」

「………」

 

 「いや十分鬼だよ」とでも言いたげなじとりとした視線を向けるイズクだったが、それはひとまず置いておくとして。

 

「三日だ」

「み、三日!?」

「三日で仕事を見つけて、お金を稼げというのか!?」

「無茶言わんといてよ、カサギヤの街まで三日かかるんやろ!?」

 

 到着したその日のうちに仕事を見つけて、給金を貰うところまで成し遂げるのなんて無理に決まっている!ましてエイジロウたちは当然、イズクの言うような形で仕事を探したことなどないのだから。

 

「ンなこと知るか、ボケ」

 

 カツキはにべもなかった。

 

「期限は三日、七十二時間きっかり。耳揃えて払えや。つーわけで俺は寝る、おやすみ」

 

 もはや言葉もない一同を置いて、隣室に戻っていくカツキなのだった。

 それからややあって、イズクがすまなそうに口を開く。

 

「……ごめんね。もう少し、かっちゃんを説得してみるから──」

「……いや、いいよ。カツキの言うことにも一理ある」

「エイジロウくん!?」

 

 オチャコが愛らしいまんまるな目を見開いて威嚇してくる。彼女がシビアな金銭感覚をもっていることなど村を出るまでは知らなかったし、本人も自覚はなかっただろう。

 

「仲間だと認めてくれなくて良いっつったのは、俺だしさ。……それに、悔しいじゃねえか。あいつに言われっぱなしで、ンなこともできねーのかって嘲われるのは」

「エイジロウくん……」

 

「ごめん、ふたりとも。これは俺の勝手な理屈だ、納得できないなら俺ひとりでなんとかするよ」

「……何を言うんだ、エイジロウくん」

 

 押し殺した声でつぶやいたテンヤが、ずい、と迫ってくる。厚みのある体格、顔つきも意外に鋭いゆえに、そうすると凄まじい威圧感がある。村ではいたずらをした子供は下手な大人より、彼に見つかるのを恐れていたものだ。

 

「俺たち、仲間じゃないか。一蓮托生、きみひとりに苦労を背負わせるわけがないだろう!」

「!、テンヤ……」

「エイジロウくん……!」

「テンヤ!」

「エイジロウくん!!」

 

 がしっと抱き合うエイジロウとテンヤ。さして広くもない部屋で、平均より体格の良い男ふたりがとるべき行動ではない。

 

「なんやコレ……」

「すごい!これが男の友情か……!」

 

 何故か感動しているイズクを横目で見つつ、オチャコはため息をついた。優しく博識で、頼りになる少年なのだが、その琴線はよくわからない。相棒があまりに気難しい男なので、良くも悪くもストレートな関係性にそこはかとない憧れがあるのかもしれないが。

 

 

 *

 

 

 

 そして、翌日。

 

「じゃあ、僕らは先に行くけど……みんな、道中気をつけてね」

「おう。おめェらもな!」

 

 申し訳なさげに手を振るイズクを、数歩先を行くカツキが「くっちゃべってんじゃねえ」と怒鳴りつける。村にとどまって仕事探しをすることにしたエイジロウたちを置いて先にカサギヤの街へ向かうことにしたのも、元はと言えばカツキなのだ。既にドルイドンも倒したのに、こんな辺鄙な村に何日もいられるか……失礼極まりない物言いである。

 

 ともあれふたりを見送ったあと、エイジロウたちは早速行動に出た。まずは宿屋に戻り、

 

「お願いしますッ!なんか仕事手伝わせてください!!」

 

 がばりと頭を下げる三人を、老夫婦は困り顔で見下ろした。

 

「そう言われてもねえ……ウチはそうそうお客も来ないし、手は余ってるんだよ」

「そこをなんとか……!皿洗いでも、雑草取りでもなんでもいいんで!」

 

 なんでもいいと言われても、客がいない以上本当にないのである。宿屋だって村として旅人を迎えるためにないと困るから続けているだけで、老夫婦としては仕事とも思っていないのだ。

 

「そもそも大きい街と違って、みんな仕事は自分でするし、どうしても手が足りなきゃお互い様で手伝うのが普通なのよ。手伝ってもらって、お金を払う……とはならないんじゃないかしらねえ」

「な、なるほど……我々の村と同じなのですね、それは」

 

 リュウソウ族の村でもそうだった。小さな村は自給自足に物々交換、手が足りなければ共助が基本で、そこに貨幣は介在しないのだった。

 

 

「やっぱ無理あったかなぁ……オルデラン村(ここ)で仕事探すなんて」

 

 遊びまわる子供たちを眺めつつ、エイジロウはため息をこぼした。通りがかる村人たちにも訊いてみたが、皆そもそも仕事を手伝ってもらって代価を支払うという発想自体がないようだった。

 

「貨幣が流通しているのは大きい都市や、そうでなくとも人の出入りが多い人里に限られるようだな。外から来た商人と交易はしているようだから……売れるものがあれば良いんだが」

「売れるもの……あっ」

 

 オチャコが皆のリュウソウケンに一瞬視線をやるのを、テンヤは見逃さなかった。

 

「リュウソウケンは駄目だぞ!?」

「!、い、いやわかっとるけど……私らの持ち物ってそれくらいやなぁって」

「イズクの薬だったら売れたかも……ああでも本末転倒だよなぁ」

 

 そのイズクの薬代を支払うために、仕事を探しているのだから。

 

「──あの、」

「!」

 

 三人が顔を上げると、そこに立っていたのはコタロウ少年だった。

 

「コタロウ……身体、もう良いのか?」

 

 頷く。──マイナソーからエネルギーを吸われていたこともあり、快復するまではと宿で休ませてもらっていたのだ。それも老夫婦の好意である。代価を払うという発想がない代わりに、他人に好意をかけることを厭わない。ましてエイジロウたちは、村を守ってくれた"勇者さま"であるから。

 

「話は聞きました。──僕が立て替えましょうか?」

「えっ?コタロウくん、そんなにお金持っとるん!?」

「まあ……困らない程度には」

 

 エイジロウたちと違ってコタロウは旅に出るまでに準備に時間をかけられたし、居候していた親戚の家ではそれなりにお小遣いも貰っていた。英雄の子として良くしてもらっていたわけだが、それが許せなかったのは言うまでもない。

 その結果として、マイナソーを生み出してしまった。

 

「……皆さんには、迷惑、かけてしまいましたから」

「コタロウ……」

「借りはきちんと返したいんです。甘ったれの子供のままでは、いたくない」

 

 それはコタロウが新たに身に着けた矜持だった。勇者(ヒーロー)嫌いは変わらない。けれど夢の中で再会した母に、啖呵を切ってしまったのだ。自分はりっぱな大人になってみせる、だから死人は指をくわえて見ていろと。

 母に甘えたい子供は卒業して、前を見て歩いていかなければならないのだ。

 

「ありがとな、コタロウ。……でも、できれば借りを返すのはまたの機会にしてほしい」

「またの機会って……そんなの、もう来ないかもしれませんよ」

「それならそれで良いけどさ。カツキに認められるには、安易に誰かに頼るんじゃダメだと思うんだ。せっかくあいつが俺らにくれたチャンスなんだから」

 

 実際にカツキがどう捉えるかはわからない。仲間ともいえない同行者を巧く使ったことを評価する可能性だってあるのだけれど、それはエイジロウのやり方ではないのだ。馬鹿正直だとしてもきちんと自分たちで稼いで、一点の曇りもなくカツキに報酬を突きつけてやりたい。

 

「……俺、間違ってっかな?」

 

 自分では正しいと思っていても、仲間たちにとってそうとは限らない。

 

「いや、俺も同意見だ。状況は厳しいが、自分たちの力で頑張ろう!」

「ハァ、男の子やなぁ……。でもキライやないよ、そういうの!」

「へへ……」

 

 はにかむエイジロウ。と、そこに駆け寄ってくる人物がいた。

 

「おぉぉーい、皆さぁーん!」

「あ!あなたは、羊飼いの……」

 

 声をかけてくれたのは羊飼いの男性だった。村に来て早々、羊の乳をくれたり、宴会では羊の肉やチーズを提供もしてくれた。なんだかんだ、宿屋と並んで世話になっている人である。

 そして今回も、彼が助け舟を出してくれた。

 

「仕事を探してるって聞いてね。実はウチに羊毛を買いつけに来た商人が、カサギヤの街へ行くのに新しい用心棒を雇いたいそうなんだ」

「!、ホントっスか!?」

 

 仕事のついでに目的地へ行けるとは、一石二鳥ではないか。

 

「では、その商人の方と会わせていただけますでしょうか!」

「はいよ。ウチで待ってもらってるから、ついておいで」

 

 喜び勇み、彼についていくエイジロウたち。その無邪気な背中を見つつ、コタロウは静かに苦笑を浮かべた。目が覚めてから、彼らへの複雑な思いが幾分か和らいでいる。勇者であろうとリュウソウ族の騎士であろうと、彼らは人間で、世間知らずの少年なのだ。

 

 

 果たして雇い主となる男は、牧場と隣接した羊飼いの自宅にいた。商人というイメージとはかけ離れた、長身痩躯の知的な青年である。エイジロウたちより若干成熟しているか。年長年少とはいえないのがリュウソウ族のややこしいところであった。

 それよりも、彼は──

 

「ケイ、タ……?」

「!、……コタロウ?」

 

 コタロウと青年は、互いの顔を見て言葉を失っている。知り合いなのかとエイジロウが問うと、

 

「……従兄です」

「!」

 

 

──つまりはコタロウが預けられていた家の、ひとり息子なのだった。

 

 



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7.働け!スリーナイツ 2/3

 

 クレオンは鬱蒼とした森の中を歩いていた。護衛のドルン兵を率いる姿は一軍の将のようだが、俯き加減の顔ととぼとぼとした足取りに威厳はまったくない。奇妙な形をした木々が湿った大地から生え、陽光を覆い隠している状況もそれに拍車をかけているのかもしれない。

 

「ハアァ……おいたわしや、タンクジョウさま……」

 

 タンクジョウの敗死を目の当たりにし、クレオンは気落ちしていた。横暴なところもあったが生真面目な性格で、クレオンの立場を理解してくれるタンクジョウはそれなりに有益なパートナーであった。一応商人であるからには損得勘定ももちろんあるが、商売相手は結局ドルイドンしか居ないのだからその中でどう動くかは個人的感情も大きい。

 それでも現実にパートナーが死んだからには、後釜を探すしかない。当たりをつけた彼は、得意の液状化を駆使して地下を渡り、南の大地にやって来ていた。やり手の、かつ身軽に動いてくれるドルイドンが、この地にはいるのだ。

 

「え〜っと、確かこのあたりに……あっ」

 

 かのドルイドンの拠点が見えてきた。暗い森の中に立つ、おどろおどろしい外観の館……なのだが、当のドルイドンの趣味か、その上から妙にパーティチックな装飾がふんだんになされている。まったくミスマッチなのだが、そういうことを気にする男ではないのだ。クレオンは少し不安になった。

 ともあれ今さら退くわけにもいかないので、玄関扉を無遠慮に叩く。

 

「毎度ありがとうゴザイマ〜ス、クレオンで〜す。ワイズルーさま、いますかぁ〜?」

 

 ごんごん。返事はない。出かけているのだろうか?約束をしているわけではないので無理もないが、クレオンはじれったい思いに駆られた。

 試しに扉を押してみるとあっさり開いたので、中に足を踏み入れてみる。

 

「ワイズルーさま、いないんですかぁ〜?」

 

 そのときだった。ゴゴゴゴと唸るような音とともに、地面が揺れたのは。

 

「え、地震?」

 

 と、思いきや。暗がりの中に迫ってくるものがある。よくよく目を凝らしてみればそれは、クレオンの倍ほどの直径がある巨大な鉄球だった。

 

「ぎゃああああああああ!!!」

 

 クレオンは恐慌状態に陥った。

 

 

 *

 

 

 

「元気そうだね、コタロウ。まさかこんな片田舎で会うとは思わなかった」

 

 従兄のケイタ青年の言葉に、コタロウは神妙な表情で頷く。それ以外にはからからと荷車の車輪の廻る音が響くばかりで、エイジロウたちにも口を挟む余地はなかった。

 

 オルデラン村を発った彼らは、一路カサギヤの街へ向かっていた。なだらかな丘陵に青々とした草原が広がっていて、彼方には小さな森が幾つも続いている。それらを越えてようやく、目的地に到着となる。

 

「家出したって聞いたときは驚いた。……まあ、気持ちはわかるけどね」

「………」

「でも、父さんたちの気持ちもわかってやってくれ。現実から目を逸らしたいんだ、あの人たちも」

 

 ドルイドンは日に日に勢力圏を広げている。それすなわち人間の敗北が続いているということだ。そんな中で、果敢にドルイドンに立ち向かっていた自慢の妹の死。それを名誉の戦死と結論付け、忘れ形見の息子を引き取って大事に大事に育てなければと思うのは、大人の論理として間違ったものではない。

 

「あ、あの」ようやくエイジロウが声をあげる。「ケイタ……さんは、コタロウと一緒に住んでたんスか?」

「ええ。と言っても一年の三分の二はこうして行商に出ているので、一緒にいた時間はそう多くはないんですけどね」

 

 こともなげに言うケイタ青年。遠征に出る騎士たちの他に外との交流はなかったリュウソウ族の村だが、人間の集落はどんなに辺鄙であろうとそうではない。商人がやって来て遠方の品を売ったり、彼のように特産品を仕入れたりもする。ただ街道を行き来するのは様々な危険が付き物なので、こうして護衛が必要なのだ。

 

「皆さんとコタロウは、どこで出会われたんですか?」

「実は数日前、我々の村近くでドルイドンの兵士に襲われているところを見つけまして。ドルイドンを倒して、保護させていただいたのです」

「そうでしたか……ありがとうございます、本当に」

 

 わざわざ荷車を引く足を止め、頭を下げる。エイジロウたちは慌てた。

 

「か、顔上げてください!俺ら、当然のことしたまでっスから!」

「私たち、騎士なので!」

 

 えへんと胸を張るオチャコだったが、ケイタは怪訝な表情を浮かべた。

 

「騎士?勇者じゃなくてですか?」

「あ、え、えーと……似たようなもんです!」

「そうですか……。──コタロウ、」

「!」

 

 再び声をかけられて、コタロウがごくりと喉を鳴らした。ケイタは昔から穏やかで優しい兄貴分だが、コタロウと同じくらい頭が良くて、他人を容赦なく見透かすところがある。嫌いではないが、苦手に思うこともあった。

 

「今からでも遅くない。うちに戻ったほうが良いよ」

「!」

「ここまで旅をしてきたなら、もう十分わかったはずだ。この世界は、子供が独りで生きていくには厳しすぎる」

 

 それは──残念だが、エイジロウたちも同意するところである。誰にも依らないなら、己の身を守るだけの力が必要になる。剣の腕を磨くなり、魔法を学ぶなり──

 落ち着いた環境で生活していれば、コタロウもそういう機会に恵まれただろう。彼はまだ子供で、あてどない旅の身では生きることさえ危ういのだ。

 

「おまえは頭が良いし身体も丈夫だから、望めばなんでも習得できる。どういう生き方をするか選ぶのは、それからでも遅くないだろう」

「……僕は、」

 

 俯くコタロウは、明確な答を発さない。──迷って、いる。

 堪らず口を出そうとしたエイジロウとオチャコだったが、声になるより前にテンヤに止められた。これはコタロウ自身の問題であり、もっと広げても彼の血族──つまりケイタ青年に関わることである。数日同行しているだけのエイジロウたちは明らかに、部外者でしかないのだった。

 

 そのときだった。妙な気配がちり、と肌を灼いたかと思えば、下卑た風貌の男たちが行く手に立ちはだかったのは。

 

「おい、その荷と有り金全部よこしな」

「……こいつらは?」

「野盗です」

 

 慌てるでもなく、ケイタが答える。街道付近にはこういう連中がたむろしているもので、商人にとっては今さら驚くようなことでもない。エイジロウたちには新鮮だったが。

 

「では、下がっていてください!我々が追い払いますので!」

「っし、腕が鳴るぜ!」

 

 こういうときのための護衛である。エイジロウとテンヤはリュウソウケンを抜いて前線に出たが、オチャコはケイタたちのすぐ脇にとどまった。臆したわけではない。

 

「相手人間やし、久々に魔法使ったる!」

 

 忘れられがちだが一応彼女、魔導士である。リュウソウジャーとして戦うときは必死なので剣を振るうばかりになってしまうが、邪魔者を追い払う程度の戦いなら彼女の生兵法ならぬ生魔法も十分役に立つ。というより、こういうときにでも使わないと腕がさらに鈍ってしまうのだ。

 

「かかってこい、野盗ども!!」

「ガキどもが舐めやがって!やっちまえー!」

 

 

──ガキと思って舐めているのは、野盗たちのほうであることは言うまでもない。

 

「がぁ!」

「ぐぎゃ!?」

「ごはぁ!!」

 

 精巧なリュウソウケンの前に野盗たちの粗悪な武器は一瞬にして叩き折られ、怯んだところに柄を突き入れられる。胴体を強かに打たれ、一応は屈強の部類に入る男たちは容易く昏倒した。

 

「へへっ、リュウソウルを使うまでもねえぜ!」

「油断は禁物だぞ、エイジロウくん!」叱りつつ、「オチャコくん、きみの魔法でとどめを!」

「オーケー!はぁあああああああ──!!」

 

 「どりゃあああああ!」と力まかせな声で叫んだ次の瞬間、不定形の球体がエイジロウたちの頭上に現れた。半透明なそれは、中にたっぷりと流水を内包していて──

 

「……ヤな予感」

 

 エイジロウのつぶやきが次の瞬間、的中した。

 

 球体が弾け、中身が一挙に解放される。それらは奔流となって、地上にいた者たちに襲いかかった。

 

「うわぁあああああ──」

 

 悲鳴をあげ、流されていく野盗の群れ。やがて彼らの姿が見えなくなったあと……その場に残されたのは、ずぶ濡れになったエイジロウとテンヤだった。

 

「……おい、オチャコ……」

「え、えへへへ……ちょっと加減間違っちゃったかも」

「かもではない!鎧の中までびしょ濡れじゃないか!!」

 

 水も滴る良い男、と言えば聞こえは良いが。

 

「……もう陽も暮れますし、今日はこの辺りで野営にしましょうか?」

 

 苦笑するケイタの提案に、三人はなんともいえない表情で頷くのだった。

 

 

 *

 

 

 

 ばらばらに行動していても、過ごす時は同じである。

 宵闇の中、ぱちぱちと爆ぜる焚き火が辺りをほのかに照らす。そこに獲ってきた魚を浸しながら、イズクは声をあげた。

 

「ねえ、かっちゃん」

「………」

「かっちゃんてば!」

 

 しつこく呼びかけると、ごろりと横になっていたカツキがようやく気怠げに身を起こした。

 

「チッ……ンだよ」

「どうするのさ、エイジロウくんたちのこと」

「どうするって、何が」

「彼らがきっちりお金用意してきたら。そのままハイさようならってわけにはいかないだろ」

「けっ、知るかよ。あいつらがナニ考えてようが、俺らは関わんねえし関わらせるつもりもねえ」

「でも僕らふたりだけじゃ、ドルイドンは倒せなかったじゃないか」

「ッ!」

 

 カツキはその表情に憤懣を滲ませたが、反論はしなかった。五十年、旅をしてきて、彼らはマイナソー退治という対処療法しかとれなかったのだ。尤も旅を始めた当初は今ほど世界も荒れておらず、都市に潜り込んではのんびりと勉強したり仕事をしたりもしていた。カツキとは幾度となく喧嘩もしたが、それも含めて穏やかで楽しい日々だったとイズクは回想する。

 

「かっちゃん。彼らは同じリュウソウ族で、騎士竜に選ばれた騎士たちなんだ。信じても、良いんじゃないかな?」

「………」

 

 カツキの顔から感情が抜け落ちた。眦を吊り上げていないと、彼の顔立ちは本当に整っていて美しいとイズクは思う。何より意思の強さを体現したかのような緋色の瞳には、怒りの中に静かな憂いが浮かんでいて、目が離せない。

 そしてその唇から発せられた言葉は、

 

「ひとは、裏切るモンだ」

「え……?」

「裏切られるなら、信じない。──自分が、強くなるしかねえんだよ」

 

 言い捨てると、カツキは再びごろりと横たわった。そのままこちらに背を向けてしまう。こういうとき──イズクは、何も声をかけられない。

 

「……かっちゃん、」

 

 だったら僕は、どうなるの?──いつか訊かなければと思いつつも、その先にある答がこわかった。

 

 

 *

 

 

 

 コタロウもまた、悩んでいた。

 座り込む彼の目の前には、東の大地を潤す長大な流れのごく一部。自分が生み出したマイナソーが、これを毒で侵していたかもしれない。その事実を思うと、手が震える。

 

「コタロウ?」

「!」

 

 隣に座ったのは、エイジロウだった。

 

「どうしたよ、黄昏れて。眠くなっちまったか?」

「ッ、子供扱いして……──いや……」

「?」

 

 実際、自分は子供でしかない。知識はあっても、自分の身も自分で守れないのだから。

 

「……皆さんの助けがなかったら、僕はきっと、自分ごと大勢の人たちを死なせていた」

「だから……ケイタさんの言う通りにしようと思ってるのか?」

「今の僕は……他人に迷惑をかけるだけですから」

「そう、思うか?」

「だって──」

 

「俺は助かったけどな。コタロウが色々教えてくれて」

「!」

 

 思わぬ言葉に顔を上げる。果たしてエイジロウの表情は、夜の帳の中にあって判然としない。ただその声色は、亡母のように優しかった。

 

「ほら!俺ら、外の世界のことはほとんど知らねえしさ」

「……緑と黒の人たちがいるでしょう」

「いやあいつらは……ずっと一緒にいるわけじゃねえし……今もだけど。それに、リュウソウ族じゃねえヤツの意見をいつでもどこでも聞ける!これって、俺らにしてみりゃスゲーことなんだぜ」

 

 目を輝かせて、エイジロウは言う。この男はなんだって、こうも子供っぽさを隠さないのだろうとコタロウは思った。リュウソウ族という長命種族に共通した性質なのかもしれないが、大人ぶったところがない彼にはいつも絆されそうになってしまう。

 

「ま、決めるのはおめェだ。でも……もし帰らねえなら、これからも一緒に旅してえな」

「エイジロウ……さん」

 

 にかりと笑うと、エイジロウは立ち上がった。そして野営場に戻るべく歩き出す。結局、すぐに立ち止まったが。

 

「戻ろうぜ、コタロウ。メシの時間だ!」

「……そうですね。お腹、すきました」

「へへっ、だよな!」

 

 いや──きっともう、手遅れなのだ。彼らと出逢い、母に自ら別れを告げてしまった時点で。

 

 



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7.働け!スリーナイツ 3/3

予約日まちごうてました


 二日目は幸いにして何事もなく過ぎた。強いて言うなら、猛獣の群れと遭遇して一触即発になったくらいか。そこにすかさずティラミーゴが駆けつけてくれて、恐れをなした猛獣たちが逃げ出さなければ、エイジロウたちは彼らを皆殺しにしなければならなかっただろう。食糧を確保するための狩猟ならともかく、ただ殺すというのはできるだけ避けたいエイジロウたちである。

 

 そうして、三日目。時々休憩は挟みつつ、この日も朝から歩き通しだった。温暖湿潤な過ごしやすい気候とはいえ、そうしていると流石に熱気もこもってくる。

 

「ふぅ……汗が止まらへん。ローブ脱いでも暑いわぁ」

「ははは、オチャコくんは暑がりだな!」

「そういうテンヤくんも汗すごいで!?」

 

 汗をだばだばと流しながら、爽やかに笑うテンヤ。傍目には強がっているようにしか見えないのだが、鎧を脱ごうともしないあたり素でこうなのだ。ちょっとばかり引いてしまうオチャコであった。

 

「はは、このぶんだと夕方にはカサギヤの街に到着できますよ。頑張りましょう」

 

 同じくなんでもないように笑うケイタ青年。羊毛のぎっしり詰め込まれた荷車を引いて、彼はこの道を何往復もしているのだ。あるいは、カサギヤの街よりさらに遠方まで。一見すると痩せていると思われた体躯は、エイジロウなどに負けず劣らず鍛えられていた。

 

「そういやケイタさんは、どうしてこの仕事を始めたんスか?」

 

 エイジロウの問いかけに、ケイタは笑みを浮かべて答えた。

 

「儲かるからです」

「あ、ああ……そういう」

 

 わかりきってはいるが、なかなか反応に困る答である。エイジロウがなんと言おうか迷っていると、

 

「……というのも商売なのでもちろんありますけど、一番は、生きているという感じがするからですね」

「生きてる……っスか?」

「そう!こうやって重たい荷車を引いて何日も歩いて、商品を仕入れて、また歩いて売って……こうまとめると単純なことの繰り返しのようですけど、実際にはどの工程でも何が起こるかわからないんです。今回だって、オルデラン村と往復する契約で連れてきた護衛が怪我で途中離脱する羽目になって、村に着くまで生きた心地がしませんでしたよ」

 

 語っているうちに、ケイタの切れ長の目が輝いていく。心の底から今を楽しんでいる、そういう人間だけができる瞳だった。

 

「僕にとって働くことは、生きることなんです。だったら何が起こるかわからない、そして何が起こっても自分の力で切り拓いていけることを、生業にしたいじゃないですか」

「……そうか……なんか良いっスね、その考え方!」

「はは、どうもありがとう。──あ、カサギヤの街が見えてきましたよ」

 

 ケイタが指差した先、遥か地平線の彼方に、城壁で覆われた街のシルエットが見える。まだとても到着とはいえない距離だが、それでもエイジロウたちの心に達成感めいたものが湧きあがった。

 

「や、やった……!これならカツキくんの言ってた期限に間に合うかな!?」

「この様子なら二時間もあれば到着するだろう。ぎりぎりではあるが、きっと間に合うさ!」

 

 テンヤとオチャコが喜びを露にする一方で、コタロウが複雑そうな表情を浮かべたのをエイジロウは見逃さなかった。街に到着するということは、エイジロウたち一行とケイタが別れるということ。──つまりコタロウも、そのどちらについていくか、決断しなければならない時が近づいているということなのだ。

 

(……コタロウ、)

 

 彼はまだ、迷っている。声をかけたい気持ちは山々だったけれど、エイジロウはそれを心のうちにとどめた。彼に対し、言うべきことは言った。それ以上はお節介になるだけだろう。コタロウはもう、他人に甘えようとはしていないのだから。

 

 そのときだった。前方に立つ、不審な影を一行が目撃したのは。

 

「……何、あれ。また野盗?」

「だが、独りだぞ。それに鎧を纏っている──」

 

 そう、そこに立っているのは全身を銀と紫で塗り固めた鎧騎士だった。顔、というより頭部まで完全に覆い隠しているから、性別さえも判然としない。ただ、その視線がこちらへ向けられているだろうことはわかった。

 

「……いったん止まってください。俺らで様子を見てきます」

 

 なんの意図があって待ち構えているのか、ともかく戦わずに済むに越したことはない。そう考えて一歩を踏み出したエイジロウたちの前で、鎧騎士は地面に剣を突き立てた。

 

 そして──稲妻が地を奔った。

 

「ッ!?」

 

 咄嗟にリュウソウケンを構え、その衝撃を受け流す。とはいえ勢いを殺しきれず、重武装のテンヤを除くふたりは地面に転がされた。

 

「痛ッ……!」

「大丈夫かっ、ふたりとも!?」

「う、うん……。でも──」

 

「なんなんだ、こいつは」──無音の疑問に答えるように、鎧騎士は初めて声を発した。

 

「……我が名は、ガイソーグ」

「ガイ、ソーグ……?」

「貴様、人間か……!?気配が普通ではないぞ!!」

 

 だが、ドルイドンとも違う──理屈でないところで、三人はそう感じた。いずれにせよ、醸しているのは強烈な負の情念。攻撃されたことも相俟って、快い相手でないことに間違いはない。

 そして鎧騎士──ガイソーグは、彼らの問いに答えるつもりはなかった。

 

「おまえたちの力、試してやる──リュウソウジャー」

「!」

 

──こいつは、俺たちのことを知っている!

 

「どうやら、退いてはもらえないらしいな……!」

「しょうがねえ、いくぜふたりともっ!」

 

 レッド、ブルー、ピンク。それぞれのカラードリュウソウルを、ブレスに装填する。

 

「「「──リュウソウチェンジ!!」」」

『ケ・ボーン!!──ワッセイ!ワッセイ!そう!そう!そう!ワッセイ!ワッセイ!それそれそれそれ!!』

 

 三人の周囲を取り囲み、踊る小さな騎士の群れ。彼らが寄り集まって鎧となり、騎士竜に見出されし少年たちを竜装の騎士へと変える。

 

『リュウ SO COOL!!』

「──正義に仕える三本の剣ッ!」

 

「「「騎士竜戦隊、リュウソウジャー!!」」」

 

 構える三人を前に──ガイソーグは、肩を揺らして笑ったようだった。

 

「来い。おまえたちの騎士道、見せてみろ」

「ッ、言われなくても!」

 

 リュウソウケンを携え、真っ先に斬り込んだのはエイジロウ──リュウソウレッドだった。ブルーとピンクがそれに続く。明確な役割分担があるわけではないが、先陣を切るのはエイジロウの役目に固まりつつあった。

 

 いずれにせよ、三つの刃をひとりで受け止めることになるガイソーグ。しかしそのうちどれひとつとっても、彼を穿つことはできない。

 素早く身を翻しつつ、彼もまた剣を構えたのだ。

 

「!、おめェその剣……」

「──!」

 

「貴様が何故、リュウソウケンを持っている!?」

 

 そう──ガイソーグの持つ剣は、リュウソウケンに酷似していた。リュウソウルを装填するための竜頭の鍔まで存在している。違うのは、色だけだ。

 

「………」

 

 ガイソーグは、答えない。──姿勢を低くしたかと思えば次の瞬間、その姿がかき消えていた。

 

「な……どこに──」

「──ここだ」

「!?、ぐあぁっ!」

 

 衝撃とともに、エイジロウは前方へと弾き飛ばされていた。背後から、斬りつけられたのだ。

 

「エイジロウくん!?ッ、なんて速さだ……!」

「ぜ、全然見えへんかった……!」

 

 三人もいて、姿を捉えられないとは。しかしスピードなら負けるわけにはいかないと、ブルーがハヤソウルを構える。

 

『ハヤソウル!ビューーーン!!』

 

 たちまちブルーの脚力が強化される。目にも止まらぬ速さで、走り出す。

 相対したガイソーグは、

 

「……くくっ」

 

 喉を鳴らすと同時に、自らも地を蹴った。

 

『ビューン!』

「………」

『ビューーン!!』

「………──ふんっ!」

 

「ぐあっ!?」

 

 押し負けたのは、ブルーだった。

 

「そんな、テンヤくん……!」

「ッ、オチャコ!」立ち上がるレッド。「こいつ、俺らより強ぇ……!ひとりじゃ駄目だ、連携を!」

「わ、わかった!──ノビソウル!」

 

 リュウソウケンが鞭のようにしなり、意志があるかのように獲物に喰らいつく。やはりと言うべきか、ガイソーグはこともなげにそれをかわしていってしまう。だが、少しでもそちらに意識をとられてくれていれば──!

 

「カタソウル……!」

『リュウ!ソウ!そう!そう!──この感じィ!!』

 

 リュウソウレッドの右腕に、結晶の鎧が装着される。──のんびりはしていられない。

 

「とぅッ!」

 

 素早く跳躍し、ガイソーグの頭上をとる。差す翳に気づいた相手が、咄嗟に剣を突き上げる。直撃──しかし、

 

「ッ、効かねえ、よっ!!」

 

 今度は、こちらの番だ!

 

「アンブレイカブル、ディーノスラァァッシュ!!」

 

 必殺の剣が、ガイソーグの肩口に触れ──

 

 

──袈裟懸けに、斬り裂いた。

 

「ぐぅ……ッ!」

 

 うめき声をあげ、ガイソーグが後退する。必殺技を直撃させたのだ、これで──!

 

「……くくく、ははははっ。今ので、勝ったつもりか?」

「!、こいつ……効いてねえのか!?」

 

 切札が通用しなかった──というのは、エイジロウたちに少なからず衝撃を与えた。見るからに堅牢な鎧を纏っているとはいえ、その防御力はあのタンクジョウを上回っているということになる。

 

「次は、こちらの番だ……!」

 

 剣の鍔──つまり竜の顎に手をかけ、閉じ、再び開く。その動作は、エイジロウたちがリュウソウルの力を発動させるのとなんら変わりのないもので。

 

「まずい……!オチャコ、俺の後ろに!」

「う、うん!」

 

 オチャコが背中にしがみついてくるのと、ガイソーグが剣を振り上げるのが同時だった。

 

「エンシェント……ブレイクエッジ──!」

 

 闇を塗り固めたような毒々しい剣波が──放たれた。

 

「──ッ!」

 

 リュウソウケンとカタソウルの力で、それを受け止めようと踏みとどまるレッド。しかしその衝撃は、想像を遥かに上回るもので。

 

「ぐぅうううう……ッ、あああああ──ッ!!」

 

 そして──爆炎が、ふたりを呑み込んだ。

 

「ぐ、あぁ……っ」

「うう……っ」

 

 炎の中から放り出されるように、地を転がるふたり。竜装こそ解けてはいないが、鎧はあちこちが黒く焦げ、元の鮮やかな色が台無しにされていた。

 

「……ここまでだな、リュウソウジャー」

「く、そぉ……っ」

 

 この鎧騎士が何者かはわからない。──ただ、強い。あまりにも。

 

 

 そして雇い主の商人とその従弟の少年は、リュウソウジャーが追い詰められていくのを固唾を呑んで見守ることしかできなかった。

 

「なんなんだ、あれは……?」

「………」

 

 沈黙するコタロウは、その実血が滲むほどに拳を握りしめていた。自分には、なんの力もない。エイジロウたちが絶体絶命の状況に陥っている中にあって、ただ見ていることしかできないのか──

 

──俺は助かったけどな。

 

 エイジロウの言葉が、不意に思い起こされて。

 

(あきらめるな、考えろ!何かあるはずだ、僕にもできることが……!)

 

 ずっとずっと、考えてきた。母にとって自分はなんだったのか、なぜ母は自分でなく世界のために身をささげたのか、遺された自分はどうやって生きていけばいいのか──

 

 今この瞬間、何ができるか。その答を出さなければ、この先どんな大口を叩こうが、りっぱな大人になどなれないとコタロウは思っていた。

 ガイソーグが一歩、また一歩とリュウソウジャーに迫っていく。もう、猶予はない──!

 

 そのときだった。二日前の記憶とともに、閃きが脳裏に降り立ったのは。

 

「そうだ……!──ケイタ!羊毛ひと袋、僕に買い取らせて!」

「は!?いきなり何を……」

「頼む……!みんなを、救けたいんだ!」

 

 コタロウの瞳に、言葉に、尋常でない覚悟を感じとったのだろう。ケイタは何かを悟ったような表情で、大きく頷いた。

 

 荷車から羊毛の入った麻袋をひとつ受け取り、それを抱えて前線へ飛び出す。その行動には当然、エイジロウたちも目を剥いた。

 

「コタロウ!?おめェ何して──」

「黙ってて!──オチャコさん、一昨日の水魔法を使うんだ!」

「え……う、うん!」

「エイジロウさんはこの袋をあいつの頭上にぶん投げて!」

「お、おう!」

 

 意図まで説明している時間はない。エイジロウたちもそのことを理解し、即座に行動へと移った。コタロウを、信じて。

 

「お、らぁッ!!」

 

 パンパンに膨れた麻袋を、指示通りガイソーグの頭上に投げる。当然、相手が反応しないはずもない。剣が一閃、刹那の停滞のあとに袋はすっぱりと両断された。

 

 ガイソーグは当然、麻袋の中身が何かなど知らなかった。それゆえ見事に割れた麻袋の中から、ぶわあっと大量の羊毛が降りそそいだのには面食らった。

 しかし羊毛ひとつひとつは綿毛のように軽い。そのままでは目眩ましにもならないだろうが、だからこそコタロウはオチャコにも声をかけていたのだ。

 

「──今だ!」

 

 コタロウが号令を発すると同時に、オチャコが魔法を放った。空気中の水分が寄り集められ、ぐにゃぐにゃと蠢く球体へと変わる。

 それが弾け──ガイソーグと羊毛を、まとめて呑み込んだ。

 

「ッ!?」

 

 羊毛は吸水性に優れる。そして水を吸えば当然、重くなる。ばらばらと空気中を舞っていたそれらは一気に質量を増し、ガイソーグの周囲に積み上がったのだ。

 

「やった……!」

 

 作戦成功。あとは、エイジロウたちの手に託された。

 

「テンヤ、オチャコ!一斉攻撃だ!」

「うむ……!」

「よーし……!」

 

 カラードリュウソウルを装填──ティラミーゴが、トリケーンが、アンキローゼが、彼らに力をくれる。

 

「はぁああああああ──!!」

 

 

「「「トリプル、ディーノスラァッシュ!!!」」」

『剣・ボーーーン!!!』

 

 纏わりつく羊毛をガイソーグがようやく振り払ったときには、三つの力が目前にまで迫っていて──

 

──刹那、爆発。

 

「やったか……!?」

 

 三人同時の攻撃だ、今度こそ──

 

「……ッ、」

「な……!?」

 

 黒煙が晴れたとき……果たしてガイソーグの姿は、健在だった。ただ、先程までは影も形もなかった大盾を構えている。

 

「……俺に、盾を使わせるとは」

「ッ、こいつ……!」

 

 盾を持ち出したということはリュウソウジャーの攻撃に危機感を抱いたことに相違なかろうが、三人併せての必殺技までもが破られた事実は変わらない。もはやエイジロウたちに逃げる以外の打開策はないのだが、この拓けた草原でどこへ逃げ込めというのか?いずれにせよ、コタロウとケイタを置いてはいけない。

 

 しかしガイソーグに、なんとしてもリュウソウジャーを葬り去るのだという意志はもとよりなかった。

 

「今日は、こんなところか」

「何……!?」

「また会おう、リュウソウジャー」

 

 地面に剣を突き立てる。と、まるで地雷でも埋まっているかのように辺り一面から爆発が起きる。エイジロウたちは爆風から身を守ることに精一杯で、とてもではないがガイソーグに喰らいつくことはできなかった。

 そして炎が収まったとき、彼の姿は消え──

 

──代わりに、黒いキシリュウオースリーナイツの巨躯があらわれていた。

 

「なんだ、あれは……!?」

「き、キシリュウオーのパチもんやん!?」

 

 キシリュウオー、それもスリーナイツの偽物まで創り出すとは……ガイソーグ、いったい何者なのか。

 

「ッ、考えるのはあとだ……!──ティラミーゴ、来てくれ!!」

 

 程なく「ティラアァ!」と雄叫びをあげ、真紅の騎士竜が山岳を駆け下りてくる。傍らには青、そしてピンクの騎士竜の姿も。

 

「いくぜ、──竜装合体!」

 

 リュウソウルを装填し、ティラミーゴがキシリュウオーへと変身を遂げる。そしてその両腕に、トリケーンとアンキローゼが喰らいつき──

 

「「「キシリュウオー、スリーナイツ!!」」」

 

「ニセモノ野郎、ブッ飛ばしてやる!」

 

 意気軒昂、目の前の敵に向かっていくキシリュウオースリーナイツ。対する偽スリーナイツもまた、同様に前進を開始する。

 3、2、1、あっという間に距離は詰まり、瓜二つの姿をした鋼鉄の騎士が激突する。その衝撃で、地の草花が大きく揺れた。

 

「喰らえぇいッ、スピニングニー!!」

 

 オチャコの叫びとともに、アンキローゼのドリルを装着した膝が突き立てられる。火花をあげて後退する偽スリーナイツ──しかし、

 

「!?、きゃあっ!」

 

 相手もまた、すかさずスピニングニーを打ち込んでくる。その揺れがダイレクトに伝わり、エイジロウたちは挿し込んだリュウソウケンにしがみついた。

 

「ッ、ならば!──キックスラァッシュ!!」

 

 ナイトソードを右脚に装着し、回し蹴りを放つ。しかしその動作もまた、完全に模倣されてしまっていて。

 

「ぐっ!?駄目か……!」

「くそっ、ニセモノのくせに互角かよ……!」

 

 このままでは、埒が明かない。いやこちらは生身である以上、ジリ貧としか言いようがないだろう。

 

(やっぱり、あいつらがいてくれれば……)

 

 一方的に恃むようなことはあってはならないと己を戒めながらも、別れた同輩たちの顔を思い浮かべたときだった。前ぶれもなく無数の針が偽スリーナイツに襲いかかったかと思えば、緑の影がその巨体を突き飛ばしたのだ。

 

「──もう大丈夫、僕らが来た!!」

「!、イズク、カツキ……!」

 

 待ち望んでいたけれど、来るはずもないとあきらめていた援軍だった。

 

「チッ、債権回収に来ただけだわ」

「さ、さい……?」

「ああもう、難しい言葉で意地悪言わないのかっちゃん!──それにしてもあいつ、キシリュウオーのニセモノ……?マイナソーじゃない、よね」

「おう……多分。とにかく、説明はあとだ。ファイブナイツで一気に決めようぜ!」

「うん!」

「仕切んな!」

 

 再び、竜装合体。タイガランスとミルニードルを迎えることによって、キシリュウオーはひとつの完成形へと至る。

 

 偽スリーナイツがようやく態勢を立て直したときには、既に重武装の騎士が目の前に立ちはだかっていた。

 

「……!」

 

 それでも、意思をもたぬ彼は怯まない。唸り声めいた音を発しながら、剣を振り上げ迫る。それが必殺、ファイナルブレードの構えであることは、こちらが本家なのだから当然判る。

 スリーナイツ同士なら焦っただろうが、こちらは既にファイブナイツだ。そのエネルギーごと、叩き斬る。

 

「「「「「ファイブナイツ、アルティメットスラァァッシュ!!!」」」」」

 

 時が止まったかのような静寂が一瞬、場を支配して。

 次の瞬間、偽スリーナイツのナイトソードが根本から切り落とされる。そして、偽スリーナイツ自身も。

 定形が保てず、ばらばらに崩れ落ちていく黒い塊。それは接地もままならないまま、跡形もなく消滅するのだった。

 

 偽物のスリーナイツと、本物のファイブナイツ。勝つのはどちらか、火を見るより明らかということだった。

 

 

 *

 

 

 

「色々ありましたが無事たどり着けました。護衛、感謝します」

 

 ケイタ青年の謝辞に、エイジロウたちは頬を赤らめて応じた。あれからは何事もなく、日没早々にカサギヤの街に到着することができたのだ。

 

「では、こちらが報酬になります。ご確認を──」

「あ、ケイタ……ひと袋のぶんは僕が」

 

 "買い取る"と啖呵を切ったことを忘れていないコタロウだったが、ケイタは小さくかぶりを振った。

 

「いいよ。あれは俺からの化粧料代わりだ」

「えっ……」

「だってもう、決めたんだろう?この人たちと一緒に行くって」

 

 「あのときの顔を見てればわかる」と、ケイタは笑う。図星だった。コタロウはもう、エイジロウたちの旅に同行すると決心していたのだ。

 

「皆さん、コタロウのこと……どうか、よろしくお願いします」

 

 再び、深々と頭を垂れる。そこに込められた想いは、先ほどのそれとは比べ物にならない。ともに暮らした時間はそう長くなくとも、彼はコタロウの兄に等しい存在だった。エイジロウたちも覚悟をもって、それを受け止めた。

 

「じゃあ、元気でな」

「……うん。今までありがとう、ケイタ」

 

 最後に握手をかわして、ケイタは街の雑踏へと消えていく。その姿が完全に見えなくなるまで、コタロウは見送り続けていたのだった。

 

 一方で、

 

「じゃあカツキ、約束のぶん」

 

 受け取った報酬の大部分を、そのままカツキに渡す。眉を顰めて請求書と見比べたあと、彼は「確かに」とつぶやいて銅貨を懐にしまい込んだ。

 

「用は済んだ。いくぞ、デク」

「……はいはい」

 

 何を言っても無駄だとあきらめたのだろう、エイジロウたちに申し訳なさそうに両手を合わせてカツキについていくイズク。彼らふたりとの距離を埋めるのは、やはり容易ではないようだ。

 

「ま、地道に頑張るしかねえよな。……な、コタロウ?」

「え……──まぁ、そうですね」

 

 それでもコタロウという、リュウソウジャーではないけれど余人をもって替えがたい仲間を得ることができた。この先の展望は明るいと、エイジロウたちは信じているのだ。

 

 

 *

 

 

 

「はー……はー……」

 

 荒ぶる呼吸を他人事のように聞きながら、クレオンは床に横たわっていた。周囲は彼の身体から噴き出した粘性の体液でどろどろに汚れている。無数の罠にかけられ、普通の生物ならとうに死んでいるところだ。実際、彼の付き人ならぬ付きドルイドンだったドルン兵たちは全滅している。

 

「いないなら、いないって言えよぉ……ワイズルーのバカヤロー……」

 

 館の主に向かって、届かぬ罵詈雑言を投げかけたときだった。

 

「ハハハハ!私を探していたのか〜い、クレオン?」

「!」

 

 と思いきや、ぬうっと視界を占拠した青白い顔。クレオンはがばりと身を起こした。

 

「わ、わ、わ、わ──」

 

「──ワイズルーさま……!」

 

 

 新たなるドルイドン・ワイズルー。その魔の手がいよいよ、リュウソウジャーに迫ろうとしていた──

 

 

 つづく

 

 




「イッツ・ショーーーータァイム!!」
「どすこいどすこいどすこいどすこい!!」

次回「フルスロットル・スモウキング」

「人々を守るために、晒せない恥などない!」


今日の敵‹ヴィラン›

偽キシリュウオースリーナイツ

分類/???
身長/50.0m
体重/2600t
経験値/1
シークレット/謎の鎧騎士ガイソーグの手により生み出された、キシリュウオースリーナイツの偽物。その能力は本物とまったく互角だ!
ひと言メモbyクレオン:えっ、何これ?



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8.フルスロットル・スモウキング 1/3

現行作品に影響を受けやすい性質につき、今年の作者はゼンカイ脳になりつつあります


 

 草木も眠る深夜。街の片隅に、くぐもった悲鳴が響いていた。

 

「う、うわぁあああああ………」

 

 小柄な影がどさりと地面に倒れ込み、ぴくりとも動かなくなる。その唇から漏れ出す言葉を聞いて、クレオンが「うげぇ」と蛙の潰れたような声を発した。

 

「こいつ、やべぇ……。変態っすよ、ワイズルーさま」

「ハハハハハ!愚民どもよ、イッツ・ショ──ータァイム!!」

「……聞いてねえなこの人」

 

 まあ、喜んでいるようだし良いか。生み落とされたマイナソーを目の前にして、クレオンはため息をついた。

 

 

 *

 

 

 

 カサギヤの街は大陸東部の草原地帯では最大の都市である。南海への玄関口であるコランの港街のすぐ北方に位置するために、多種多様な人々が行きかい小国並みともいわれる隆盛を実現している。

 

 そのメインストリートにて、エイジロウたちはなかなか前に進めずにいた。目に映るものすべてに、心を奪われてしまっていたのだ。

 

「すげえ……」

 

 思わず感嘆の声が漏れる。

 

「僕らの村やオルデラン村とも、比べ物にならない人の多さだ」

 

 同じく平常心でないためか、一人称が素に戻ってしまっているテンヤ。と、「どいたどいた!」と背後から金切り声が響く。慌てて隅に避けると、浅黒い肌の女性が荷車を引いて駆け抜けていくところだった。

 

「ケイタさんのような商人も、そこかしこにいるようだな……」

「おう……」

「……お上り丸出しですよ、皆さん」コタロウが呆れたような声を出す。「目的地を決めないで歩いていたら、あっという間に日が暮れてしまう」

「目的地、っつってもなぁ……」

 

 心細げな声を発するエイジロウ。とりあえずイズクとカツキを追ってこの街を訪れてみたわけだが、いざ街に着いたら何をすればいいのか、皆目見当がつかないのだ。それでひとまずはイズクたちを探してみようと思ったのだが、

 

「この中から、探せってのかぁ……」

 

 メインストリートには露店が立ち並び、人々があふれんばかりとなっている。朝早くにさっさと宿を出ていってしまったイズクやカツキの姿など当然、影も形も見当たりはしない。

 

「!、そうだ、こういうときは!」

 

 何かを閃いた様子のエイジロウは、唐突にリュウソウケンを鞘から抜こうとする。コタロウが慌ててそれを押しとどめた。

 

「うおっ、何すんだよ!?」

「それはこっちのセリフだ!何いきなり抜剣しようとしてるんですか!?」

「そりゃ、ソウルを使おうと思って……」

 

 ミエソウルかキケソウルを使えば、イズクたちの気配を感知することもできると思ったのだが。

 

「こんな人だかりの中で剣を抜いたら、大騒ぎになるに決まってるでしょう!……少しは考えてください」

「そ、そうか。悪ィ……」

「ふむ……では地道に探すほかないか。──そういえば、オチャコくんは?」

「あっ」

 

 いつの間にか、隣から消えている!慌てて周囲に目をやった三人は程なく、彼女の姿を発見した。

 

「う〜ん、おいひぃ!」

 

 出店で早速食べ物を購入し、がっつり咀嚼していたのだった。

 

 

「……さて、腹ごしらえも済んだところで今後のことだが」

 

 結局自分たちも旨そうなものに──実際旨かった──ありついてから、真面目な声でテンヤが言った。皆、自ずと背筋が伸びる。

 

「ひとまず、役場に向かってみないか?」

「役場?」

 

 首を傾げるエイジロウに対し、

 

「大きな街の役場なら旅人向けの仕事も紹介してもらえると、イズクくんが言っていただろう。俺たち……その、また金欠ではないか?」

「……ぶっちゃけ」

 

 いちおう金庫番であるオチャコがため息をつく。ケイタからの報酬は相場からみて破格といえるものだったが、その大部分はカツキの手に渡ってしまった。今の彼らの懐には、宿代三日ぶんほどしか残っていない。食事代や諸々を引けばさらに減ってしまう。

 

「ともかく金欠を解消しないことには、旅を続けることもままならない。ここは労働に勤しみ、懐を整えよう!……どうだ?」

「……だな!ケイタさんも言ってたもんな、働くことは生きることだって。な、コタロウ?」

「まぁ、あいつはちょっと変わってるんであれですけど……。でも、役場に行くのは賛成です。あそこは情報も集まりますから。もしかするとイズクさんとカツキさんも、そこにいるかもしれない」

「じゃ、決まりやね!」

 

 かくして役場へ向かうことにした四人。──しかしまあ、繰り返すようだが街並みというのは百五十年以上も田舎にこもっていた少年たちにはカルチャーショックを与えるものである。立ち並ぶ様々な店、市井の人々の一挙一動に目を奪われ、その足は牛歩の如き進みしか見せない。

 

「み、見ろよコレ……!(つるぎ)だ!」

 

 宝飾店の店頭に飾られた剣型の飾り紐に心を奪われるエイジロウ。そのすぐ傍では、テンヤが武具屋の鎧を品定めしていて。

 

「「ほ、欲しい……!」」

「ダメに決まっとるやろ!!」

 

 ぴしゃり。当然である。

 

「……だから、お上りさん丸出し」

 

 この調子では本当に丸一日無駄になるかもしれない──コタロウが切実にそう思ったときだった。

 

「イヤァアアアアア!!」

 

 女性の悲鳴が、往来の彼方から響く。聞き間違いなどではない、行きかう人々もみな立ち止まり、何事かと視線を向けているのだから。

 

「ッ!」

 

 そうなれば、何をおいても駆け出すのが騎士たちである。たとえ悲鳴の原因がなんであれ、人々を守ることが彼らの身に刻まれた使命なのだから。

 

 

 しかしその場へ駆けつけたエイジロウたちの前に広がっていたのは、ある意味目に毒すぎる光景だった。

 

「う、うぅ……」

「いやあぁ……っ」

「ッッッッッ!!?」

 

 蹲り、すすり泣く女性たち。皆──何も、身につけていなかった。

 

「な、な、な、なな、何が……!」

 

 男性陣は揃って顔を真っ赤にしている。もとより性欲の薄いエイジロウとテンヤだが、流石にこのシチュエーションに何も感じないわけではない。そういう意味では、オチャコも。

 

「見るな!」

「アッハイ」

「い、いったいなぜこんなことに……!?」

 

 決まっている。こんな異常事態を引き起こしうるのは、彼らリュウソウジャーの宿敵しかいないのだから。

 

「ダツィ〜!!」

「!」

 

 路地裏からおもむろに姿を現したのは、お世辞にも引き締まっているとはいえない裸体を晒しておきながら、頭に王冠を被った中年男だった。いや、その皮膚は大理石のような灰色をしており、目は隅々まで真っ赤に染まっている。明らかに常人ではない。

 

「ッ、まさかこいつ、マイナソー……!?」

「ダツイィ……!ダツイ〜!」

「間違いないよ、なんか同じ言葉連呼しとるし!」

 

 それに、マイナソーには様々な分類階級があることは騎士になるにあたって学んでいる。その中には人間に酷似したタイプもあって。

 ならば、尻込みなどしていられない。

 

「「「リュウソウチェンジ!!」」」

『リュウSO COOL!!』

 

 鎧を纏うと同時にリュウソウケンを抜き、斬りかかる。対する王冠裸男マイナソー?はベルトのホルダーからサーベルを抜いて迎え撃つ。裸のくせに帯剣はしているのかよ、と内心思ったが、口には出さない。

 

「うぉらぁッ!」

 

 代わりに飛び出したのは威勢の良い吶喊の声だった。先陣を切ったエイジロウ──リュウソウレッドの刃は、サーベルに受け止められてしまう。しかし彼がそうして鍔迫り合いを演じている間に、左右から仲間たちが襲いかかった。

 

「はぁっ!」

「どりゃあ!」

「!!」

 

 慌てて飛び退くマイナソー。ブルーとピンクがすかさず追撃する。何も身につけていないだけあってか、敵はなかなかすばしこい。

 

「その程度のスピードで……!──ハヤソウル!!」

『ハヤソウル!ビューーーン!!』

 

 右腕に鎧が重ねられると同時に、ブルーは走り出していた。残像を残して一瞬、その姿が消える。

 

「ふっ、──はあっ!」

 

 そして一気に近づき、一閃。マイナソーの剣を弾き飛ばし、さらに胴体を袈裟懸けに斬り裂くことに成功した。

 

「グワアァッ!?」

 

 くぐもった悲鳴とともに、地面を転がるマイナソー。流石に怪物なだけあってそれなりに頑丈ではあるようだが、戦闘能力はさほど高くはない。このまま、一気に!

 

「だ……ダツイィ!!」

 

 雄叫びをあげたマイナソーの王冠から、前触れもなく光の束が放出される。それはリュウソウピンクただひとりを狙っていて──

 

「──オチャコ、危ねえっ!」

 

 いち早く動いたのは、次なる攻撃に移ろうとしていたレッドだった。呼びかけただけでは間に合わないと、咄嗟に間に割り込むことでピンクを庇う。

 結果として、彼は光線を浴びた。

 

「ぐぁああああッ!!?」

「エイジロウくん!?」

 

 悲鳴をあげるエイジロウだったが、程なくあれ?と思った。光線を浴びた衝撃はあったものの、熱や苦痛の類いはまったく襲ってこないのだ。

 もしや、リュウソウメイルを穿くには及ばない程度の攻撃だったのか?そんな楽観的なことまで考えてしまうのだが、次の瞬間、()()は起こった。

 

 エイジロウの意志とは無関係に竜装が解ける。そして何事かと身構える暇もなく、ばさあ、と音をたてて布が飛んでいった。

 

「え、」

「なっ」

「あっ」

 

 それはどう見ても、エイジロウが身につけていた衣服だった。仲間たちは彼方へ消えていくしれからゆっくりと視線を下げていく。果たしてそこには、小麦色に日焼けしたエイジロウの生の肢体が丸見えになっていて──当然、大事なところも。

 

「う、」

 

 

「うぉあぁぁぁぁぁぁ!!?」

 

 少年の、色っぽくもなんともない絶叫が響いた。

 

 

「ギャハハハハ!!リュウソウレッドのヤツ、見事に引っかかってやんの!ダッセ、マジダッセ!!」

 

 あたふたする仇敵を眼下に、クレオンは哄笑していた。タンクジョウを殺した憎らしいガキどものひとり、それが今仲間たちの前で、文字通りの醜態を晒して顔を真っ赤にしている。これほど胸がすく光景も今の彼にはなかった。

 

「──どうっすかワイズルーさま、ネイキッドキングマイナソーの仕事ぶりは!」

 

 そして彼は独りではなかった。その背後には、青白いを通り越して真っ青な顔をした異形の男の姿があったのだ。タンクジョウとは対照的なひょろい身体をマントで包み、ステッキで申し訳程度に武装している。

 

「う〜ん、最高オブ最高!……まであと一歩、だな!」

「あと一歩っすか……じゃあもっと暴れさせちゃいましょう!」

 

 とにかく"面白いモノ"を追い求めるのがワイズルーという男である。人々の服を剥いで恥辱を与えるという、他のドルイドンにとっては失敗作としかいえないようなマイナソーも、彼にかかれば愉快なショーの道具として成り立ってしまう。そのような相手を前に、良くも悪くもまっすぐなリュウソウジャーは盛大に振り回されてくれることだろう。

 

 

 実際に今も、エイジロウは敵の面前にもかかわらず真っ赤になってしゃがみこんでいるのだから。

 

「〜〜ッ!」

「え、エイジロウくん大丈夫か!?何か隠すものは……」

「葉っぱなら落ちてますけど……」枯れ葉を手に答えるコタロウ。

「駄目だそれでは足りない!!」

 

 やってしまった、とテンヤは内心後悔していた。エイジロウではなく、自分が、である。文字通り身ぐるみ剥がされた人々、ダツイ、ダツイ……つまり"脱衣"と鳴き続けているマイナソー。少し考えれば、敵の能力で強制的に服を剥ぎ取られるのだと警戒できたのに。

 

「ッ、とにかくっ、タネがわかったんだからちゃっちゃと倒す!!」

 

 リュウソウケンを突きつけようとするピンクだが、マイナソーの様子がおかしいことに気がついた。自分でエイジロウを丸裸にしておきながら、明らかに狼狽している様子なのだ。

 

「だ、ダツイ……ダツイィィィ!!?」

 

 そして──逃げ出した。

 

「あっ、逃げた!?」

「ッ、待て!!」

 

 オチャコはともかく、ハヤソウルで走力の増している自分なら!あきらめず喰らいつこうとするテンヤだったが次の瞬間、マイナソーから再び脱衣光線が放たれた。

 

「ッ!」

 

 構わず突っ込んでいけば捕らえきれたかもしれないが、テンヤは反射的に飛びのいてしまった。結果、マイナソーは路地裏へ消えてしまう。我に返って再び追うが、その姿はもう忽然とかき消えていて。

 

「ッ、逃げられてしまった……!」

 

 悔しがりながら振り向くと、膝を抱えて蹲るエイジロウに竜装を解いたオチャコがローブを被せてやっているところだった。

 

「もうおムコにいけねえ……」

「だ、大丈夫。どこに出しても恥ずかしくない身体しとるよ!」

 

 実に気の抜けた会話だが、異性もいる中でいきなり全裸にされたのだ、エイジロウや他の女性たちの精神的ショックは大きいだろう。──自分も同じ目に遭うことを想像したら、一瞬足が竦んでしまった。その結果として、マイナソーを取り逃がしたのだ。

 

「僕は、なんて薄情者なんだ……!」

 

 テンヤは拳を握りしめた。

 

 



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8.フルスロットル・スモウキング 2/3

 

「服を引っ剥がすマイナソーだぁ?」

 

 何言ってんだこいつら、とでもいいたげなカツキの声に、どうにか衣服を回収したエイジロウは耳まで赤くして頷いた。

 

「で、てめェは見事に素っ裸にされたっつーワケか?」

「う……そ、そうだよ!ほんと、顔から火ィ出るかと思ったぜ……」

「それは……災難だったね」慰めつつ、「実は僕ら、この街の領主さまの様子を見に行ってたんだ」

「領主?」

「あ、うん。元々この街を中心とした一帯はミネタ男爵家の領地なんだ。といっても伝統的に皇都で役人を務めていて、街のまつりごとにはほとんど関与していないようだけど」

 

 難しい言葉がポンポンとイズクから飛び出したものだから、エイジロウとオチャコは揃って首を傾げる羽目になった。要は偉い人には違いないが、村長のように人々を指導する立場ではないということなのだろう。

 

 そういう微妙な立場の人間が街に居続けているのは、ドルイドンの侵略によって国という大きなまとまりが破壊されているためだ。奴らは地上に舞い降りてまず、マイナソーを使って皇都をめちゃくちゃにした。尤も他と隔絶された村に育ったエイジロウたちは、それがどれほどの惨禍であったか肌身に染みてはいないのだけど。

 

 ともあれ、今はそのミネタ男爵とかいう領主さまの話だ。その御方がどうしたというのか?

 

「昨夜、道端に倒れているところを発見されて、そのまま屋敷に担ぎ込まれたらしい。しかも、譫言のように同じ言葉を繰り返していたって」

「!」

 

 そう──マイナソーの宿主にされた人間は、その者のもついちばん大きな欲望にまつわる言葉を繰り返し続けるのだ。命尽きるか、マイナソーが倒されるまで。

 

「その欲望ってのが……」

「……脱衣?」

「とんだスケベ野郎っつーことだろ」

 

 吐き捨てるカツキは、苦虫を数十匹も噛みつぶしたような表情を浮かべていて。

 

「ま、まあ、本当のところはわからないけど!……とにかく、馬鹿みたいな能力のマイナソーでも、放ってはおけない」

「マイナソーを完全体にさせちまうわけにはいかねえもんな!」

「そういうこと!──そういえばテンヤくん、ひとりで捜索に出てるって言ってたけど、何かあったの?」

 

 テンヤはどちらかというとこのふたりのまとめ役であり、またブレーキ役でもあると思っていたのだが。

 エイジロウとオチャコは顔を見合わせた。イズクの分析は間違いではないが、同時に彼は、生真面目で責任感が強い男でもあった。ときに、独りで突っ走ってしまうほどに。

 

 

 *

 

 

 

(どこだ、マイナソー……!どこだ!?)

 

 そう、テンヤは一刻も早くマイナソーを見つけ出さなければと焦っていた。人目も憚らず、鎧を鳴らしながら往来を駆けめぐる。

 そうでなければ彼は、自分のことが許せなかった。あのとき意図せず躊躇してしまったために、マイナソーを取り逃がしてしまった自分のことを。

 

 しかしあてもなく探し回ったところで、雑然とした街並みの中にマイナソーの姿を見出すことはかなわない。息が上がっていることに気づき、いつしかテンヤは足を止めていた。

 

(……いつもそうだ。僕は、体面を気にしてしまう)

 

 一人称を分けているのも、そのためだ。──兄にも指摘されてきたのに、ついぞそれが直ることはなかった。

 その点、兄はりっぱで非の打ち所のない男だった。テンヤと同じく生真面目だが、同時に豪放磊落、他人を受け入れる度量があったし、人を助けるためなら恥を搔くことも厭わなかった。ただ家柄や、剣の腕だけでマスターになったのではない。

 

「僕は……未熟だ……!」

 

 再び拳を握りしめたときだった。どこからか、男たちの不思議なかけ声が聞こえてきたのは。

 

「ム……この声は?」

 

 耳を澄ませてみるが、判然としない……と言うより意味のよくわからない言葉がループしている。思考の袋小路に入っていたこともあって、テンヤの足は自ずとそちらに誘われていた。

 

 それは平屋の長細い建物だった。住居という雰囲気ではない。そっと扉を開けて中を覗いてみると、

 

 

「どすこい!」

「のこった!」

「どすこいどすこい!」

「のこったのこった!」

「どすこいどすこいどすこいどすこい!!」

「のこったのこったのこったのこった!!」

 

 勇ましい声とともに、テンヤより体格の良い男ふたりががっぷり組み合っている。裸で!何も身につけていないのかと一瞬ぎょっとしたが、よく見れば股周りは肌と色の変わらない布で覆っていた。

 

(何をしているんだ、これは?)

 

 無論、ただ取っ組み合っているという風ではない。しかし鍛錬であれば、こんなふうにほとんど赤裸になっている理由もよくわからない。

 考えてもわからないことは、知りに行くしかない。立ち上る熱気に些か気圧されながらも、テンヤは意を決して足を踏み入れた。

 

「失礼いたします!!」

「!」

 

 いつなんどきでもよく通る大声に、組み合っていた男たち、それに周囲の面々も一斉にこちらを見た。皆、筋肉も脂肪も一緒くたになったような体格で押し出しもいい。彼らに押し飛ばされれば、あっという間に外に追い出されてしまうだろうとテンヤは思った。

 

「突然の訪問、申し訳ありません!自分はテンヤという旅の者です!こちらから不思議なかけ声が聞こえましたので、気になって様子を見に参りました!!」

 

 折り目正しく一礼して、闖入の経緯を率直に語る。そういう姿勢が良い方向に作用するかは時と場合にもよるのだが、少なくとも今回は暑苦しい雰囲気に合致していたらしい。彼らは皆、テンヤを歓迎してくれた。

 

「それで、皆さんはいったい何をしてらっしゃるのですか?」

「"スモウ"さ!」

「スモウ??」

 

 曰く、遥か海の彼方にあったという東の島国発祥の伝統競技である。マワシと呼ばれる腰や局部を覆う布のみを身につけ、ドヒョウという枠の中で組み合って戦うのだという。

 

「そんな競技があるのですか……」

 

 テンヤは素直に感嘆した。リュウソウ族の村でも遠征帰りの騎士たちが外界の娯楽やスポーツを子供たちに教え、流行が起きたりすることはままあった。その中には一対一で殴り合うという身も蓋もないものもあったが、スモウはそれとも少し異なるようだ。伝統と言うだけあって、もっと神聖で荘厳なものとテンヤには感じられた。

 

「しかし、なぜ裸なのですか?」

「スモウは神事……神様に捧げるものだからさ」いちばん体格の良い男が答える。「ほとんど何も身につけないことにより、何もやましいモノは持っていないと神様に証明するんだ」

「なるほど……!」

 

 興味深い、実に興味深い。テンヤは己の知識欲がむくむくと頭をもたげていくのを感じていた。百聞は一見に如かず、今に限ってはその逆か。

 百聞も一見も上回る方法があるとしたら、ひとつしかない。

 

「──もし可能でしたら、自分も参加してよろしいでしょうか!?」

「きみが?」

「はい!普段はこの通り剣技に親しむ身ですが……己が体躯ひとつで相手とぶつかり合う高邁な精神、感服いたしました!!是非、自分にもご教授ください!!」

 

 テンヤは心の底から、この暑苦しくも崇高な神事に浸りたいと考えていた。無論、マイナソー退治を忘れたわけではない。人々の衣服を吹き飛ばし、多大な羞恥を与えることでその心に傷をつける怪人。だがここに居る人々は、最低限の腰布をおいてはその素肌こそが戦衣であり正装なのだ。その心にふれ、自らのものとすることが、ネイキッドキングマイナソーに打ち勝つための端緒になるという確信があった。

 

「……タカヤス、予備のマワシを持ってきてくれ」

「押忍!」

 

 男のひとりが奥へと走っていく。それを見送りつつ、

 

「テンヤと言ったな。その物々しい鎧、脱ぐ覚悟はあるとみて良いな?」

「もちろんです!」

 

 言葉より行動。テンヤはごくりと唾を呑み込み、いよいよ鎧に手をかけるのだった。

 

 

 *

 

 

 

 テンヤがスモウレスラーの道に足を踏み入れようとしている頃、仲間たちもマイナソー捜索を開始していた。とはいえ、カサギヤの街はくどくどしく説明するまでもなく広範である。コタロウを除く四人ひと塊で捜していては効率が悪いということで、二手に分かれるという流れになったのだが──

 

「……チィッ」

「………」

 

 不機嫌の極みとしか言いようのない表情で舌打ちをこぼすカツキを横目で見つつ、オチャコは密かにため息をついた。二手に分かれるのは良いが、なぜこんな組み合わせになったのか。誰だったかがグーパーでチーム分けをしようと言い出して、嫌がるカツキを無理やり巻き込んで──

 

(私やん言い出しっぺ!!)

 

 つまり、全部オチャコのせい。カツキが苛々しているのも。

 

「そ、それにしてもアレやね……!今日は良いお天気で……えへへ」

「………」

 

 無視。まあ、こんな雑談に付き合ってくれるような少年でないことは流石にわかっているけれど。

 

「エイジロウくんとデクくん、どうしたかなぁ……?──それにしてもデクくん、すごいね。なんだかんだキミに言うこと聞かせちゃうんやもん」

「……あ゛ぁ?」

 

 カツキがようやくこちらを見た。尤もその視線は、より冷たく険しいものとなっていたが。

 

「な、何」

「これだけは覚えとけ。──俺が上であいつが下だ!わかったな丸顔!?」

「え、えぇ……。なんなんそのこだわり」

「こだわりじゃねえ、真実だ」

 

 フンと鼻を鳴らして足を速めるカツキ。もうそれに並ぶ気にもなれず、オチャコは再びため息をついた。

 

 

「あいつら、上手くやってっかなあ」

 

 街の中心にそびえ立つ鉄塔の屋上にて、エイジロウは誰にともなくつぶやいた。尤もオチャコと違い、彼が一緒にいる相手はささやかな独り言にでも応えてくれるのだが。

 

「上手くやってるかはわからないけど……かっちゃんああ見えて女性には多少気ィ遣うから、大丈夫だよ」

「え、あれで……?」

 

 気を遣ったうえで"丸顔"呼ばわりするとは、げに恐ろしき男である。オチャコはその辺の男よりよほど漢気のある少女だが、普通の女の子を相手にあの言動は泣かれても文句は言えまい。

 

「それにしてもテンヤくん、独りで背負い込んでないといいけど……」

 

 ミエソウルで地上に目を光らせつつ、イズク。彼とは未だに連絡がとれていないのだ、心配するのも無理はなかった。

 

「……テンヤは良いヤツだし漢気もあるんだけど、思い込んだら一直線だからなあ。背負い込むなっつーのは無理な相談かもしれねえ」

「そう……。大丈夫、かな?」

「………」

 

「大丈夫だよ」

 

 何かを確信した口調で、エイジロウは断言した。

 

「あいつはひとりで思い込んで暴走すっけど、最終的に誰も思いつかないようなアイデアを思いつくこともあるからさ。今回も、きっと」

 

 それは彼の兄にもない、テンヤ独自の強みだとエイジロウは考えていた。それは単なる知識を超えた、正しく"叡智"と言えるものなのだ。

 

「信じてるんだね、テンヤくんのこと」

「おうよ!おめェとカツキほどじゃねーけど、一緒に頑張ってきたダチだからな!」

 

 含むところのないエイジロウの言葉に、イズクもつられて笑みを浮かべた。ただ、

 

「……ダチ、か」

 

 

 思い浮かぶのは、言い知れぬ何かを背負った相棒の背中だった。

 

 

 *

 

 

 

 マワシを締め、テンヤはドヒョウの上に立っていた。騎士となるべく幼少の頃から厳しい鍛錬を続けてきた彼は、少年の身でありながら既に完璧に近い体躯を誇っている。元々骨太で肉厚な体格であることも手伝い、彼は"リキシ"と呼ばれるスモウレスラーたちにも見劣りしなかった。

 

「テンヤ、基本の動作は覚えたな?」

「はい!」

「では……──蹲踞!」

 

 号令に応じて腰を落とす。ただしゃがむだけでなく、折った膝を開き、まっすぐに背筋を伸ばす独特の座り方だ。その状態で取組相手と向かい合う。

 

「次!四股!」

「はいっ!!」

 

 脚を開いたまま立ち上がり、曲げたままの両膝に手を置く。そして一方を限界まで持ち上げ、力いっぱい地面に下ろす。続いて、もう一方。何度か繰り返すと、それだけで脚に心地よい痺れが走るのがわかる。

 

「この動作……ひょっとして下半身を鍛えられるのでしょうか!?」

「ああ」

「では、日々の鍛錬に組み込みたいと思います!!」

 

 そんなやりとりもありつつ、

 

「では、取組を始める。ショウダイ、相手をしてやれ」

 

 ショウダイと呼ばれた力士のひとりが土俵入りする。これから戦う相手。しかし命の奪い合いをするのではない。ゆえにまっすぐ見据えながらも、一連の動作、そして礼を欠かしてはならないのだ。

 

「はっけよい──」

「………」

「………」

 

 張り詰めた静寂が場を支配する。

 そして、

 

 

「のこった!!」

 

 地が、ゆれる。

 

「────ッ!!?」

 

 ぶつかりあった瞬間、走ってきた猪と正面衝突したかと錯覚した。慌てて踏みとどまろうとしたときにはもう、テンヤは土俵の外で仰向けに倒れていた。

 

「……すごい、力だ……」

 

 オチャコにも匹敵、いやそれにも勝るのではないかと思う。常人の十倍長く生きて、そのぶん長く鍛錬を積んできているリュウソウ族より上を行っているというのは、人間について殆ど伝聞でしか知らなかったテンヤにとって大きなカルチャーショックだった。

 ただ、それで終わらないのがこの少年の美点でもあって。

 

「もう一度、お願いできますでしょうか!?」

 

 煤を払いながら立ち上がると、リキシたちがほのかに笑った。

 

 

「はっけよい……──のこった!!」

 

 二度目。今度はぎりぎり踏みとどまるも、そこからあっさり押し出されて負け。

 

「のこったのこった!!」

 

 三度目。二度目の決め手に倣って相手を押し出そうとするもぴくりとも動かず、上手投げで負け。四度目、五度目──

 

「見合って見合って──」

「………」

 

 合図の瞬間を待ちながら、テンヤは懸命に頭脳を働かせていた。既に息は上がっている。

 

(この方と僕とでは身体の出来が違う、長期戦になればなるほど不利だ……!一瞬で決めるしかない、だがどうやって……)

 

 考えて考えて考えて、体感では永遠ともいえる時間が流れたとき──テンヤの脳裏に浮かんだのは、敬愛する兄の姿だった。

 

──テンヤ、相手を全力で受け止めるのは悪いことじゃない。

 

──だが、勝負は先に勢いを得た者に傾く。オレがハヤソウルを軸に戦法を組み立てているのは、つまりそういうことなんだ。

 

──"考えるより先に身体が動く"……騎士にとって、ときにそれも大事な資質なんだ。たとえ、"叡智"の称号をもつ者であってもな。

 

 

(……兄さん、僕に力を貸してくれ)

 

 兄の教えを胸に──テンヤは、そのときを待つ。

 そして、

 

「はっけよい──のこった!!!」

「────!!」

 

 号令がなされた瞬間、テンヤは半ば跳ぶようにして地を蹴っていた。目をみひらいた相手が動き出すより早く、姿勢を低くして懐に潜り込み、マワシに手をかけた。

 

「ぬうぅぅ──ッ、ぬぉおおおおおおお!!!」

 

 雄叫びとともに全身の筋肉が隆起し、相手リキシの身体は宙を舞っていた。

 

 

 *

 

 

 

「見事な一本背負いだったぞ、テンヤ」

 

 稽古を終え、道場の隅で座り込んでいたテンヤに声をかけたのは、このスモウ部屋の主であるハクオウ親方だった。慌てて立ち上がろうとするが、そのままでいいと押しとどめられてしまう。礼を省略してもやむをえないと思われるほど、今のテンヤは精魂尽き果てていたのだ。

 

「ありがとう、ございます……」

「いや。それは、こちらの台詞だな」

「……?」

 

 隣に座るハクオウ。その切れ長の瞳が、慈しむようにテンヤを見つめた。

 

「この街ではいろいろと格闘技も流行しているが、その中でスモウの門戸を叩く若者など皆無に等しい。こんな恰好をしなければならんし、身体も大きくなりすぎて女にはもてない。そもそもこの街の人間は、堅苦しいのが嫌いだからな」

 

 だから、旅の人間とはいえ若いテンヤが自ら惹かれてやってきたのは、ハクオウ以下リキシたちにとって祝杯をあげたくなるような出来事といっても過言ではなかったのだ。

 

「……自分は、故あって旅を続けなければならない身です。それでもスモウのことは、これからも深く学びたいと思っています」

 

 騎士を本分とするテンヤの、それが精一杯の気持ちだった。──世が平和になれば、時間はたっぷりある。そのときは再びこの街を訪れようという気持ちはあったが、それがいつになるかはわからない。数十年も先になってしまえば、今ここにいる面々は生きていないだろう。ゆえに、安易な約束はできない。

 

「そう言ってくれるだけで嬉しい。あと、スモウの精神をこれからも忘れずにいてくれれば」

「……もちろんです!」

 

 それだけは、確信をもって約束できる。誠実さを絵に描いたようなテンヤの言動に、ハクオウは笑った。

 

──不意に、戸が開いた。

 

「失礼します。……うわっ」

「ムッ、コタロウくん!何故ここに?」

 

 普段は鎧を着込んでいる仲間の奇特な姿に訝しげな表情を浮かべつつ、コタロウは歩み寄ってくる。

 

「探してたんですよ、街の人に聞いたらここに入っていくのを見たって。それにしても、皆さんすごい恰好ですね……」

「これはスモウの由緒正しい姿なんだ!良ければきみもどうだい?」

「……そ、それはまた追々。そんなことより、マイナソーが出ました。皆さん、もう戦いに向かってます」

「なんだって!?──よしッ!!」

 

 敢然と立ち上がったテンヤは、ハクオウ以下リキシたちに向かって深々と頭を下げた。

 

「親方、皆さんも、本当にありがとうございました!恩返しと言ってはなんですが、これから街の平和を乱す不届き者を退治してまいります!!」

 

 それが騎士としての本懐。そして今の自分は、騎士の上にリがついてリキシとなった。新たに身につけたものがある以上、何ものにも負けはしない。

 

 



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8.フルスロットル・スモウキング 3/3

 

 「ダツイィ!!」と、欲望剥き出しの叫びが響く。ネイキッドキングマイナソーが手当り次第に脱衣光線を発射し、市民を襲っているのだ。

 

「きゃあああああ!!」

「いやあああああ!!!」

 

 光線を浴びた人々の甲高い悲鳴が響く。皆、衣服を吹き飛ばされて恥辱を晒されている。物理的な破壊力はゼロに等しいにもかかわらず、彼は市街地を阿鼻叫喚の地獄絵図に陥れていた。

 

「ダツイ……ダツイィィッ」

 

 満たされゆく欲望に、嗤う裸の王様。如何に人間に似た姿をしていようと、その性質は他の魔獣じみたマイナソーたちとなんら変わりはしない。

 ゆえに彼らも躊躇なく、剣を差し向けるのだ。

 

「──いい加減にしろよ、てめェっ!!」

 

 そう──怒りとともに。

 

「ダツイッ!?」

 

 不意打ちで剣戟を浴び、火花を散らしながら吹き飛ぶマイナソー。彼が元々立っていた場所に、赤と緑、ふたりの騎士が着地する。

 

「勇猛の騎士ッ、リュウソウレッド!!」

「疾風の騎士、リュウソウグリーン!!」

「〜〜ッ、ダツイィィィッ!!」

 

 怒りを露に、サーベルを振り上げるマイナソー。しかし敵は彼らだけではなかった。

 

「死ィねぇぇぇぇッ!!」

 

──BOOOOOM!!!

 

 飛び出してきた漆黒の影が刃を振り下ろした瞬間、ひときわ大きな爆炎が辺りを紅蓮に染め上げたのだ。

 

「威風の騎士……!リュウソウブラック!!」

「剛健の騎士、リュウソウピンク!……ってか、死ねって」

 

 彼らも、駆けつけた。四対一。包囲され逃げ場を失ったネイキッドキングマイナソーには、戦う以外の選択肢はなくなった。

 その目が、ピンクを捉えた。

 

「ダツイ──シロォォォッ!!」

 

 王冠からまた光線が放たれる。半ば予想はついていた彼女は難なくかわせたが、通常の攻撃以上にある種の戦慄を覚えさせられた。

 

「もうっ、なんなんコイツ……!さっきから私ばっか狙って!」

「!」

 

 それを聞いたイズクが、「やっぱりそうか!」と声をあげた。

 

「こいつが服を脱がそうとしてるのは女性だけなんだ!」

「!、つーことは……」

「僕らは……狙われないっ!!」

 

 言うが早いか、ふたりは同時に突撃した。敵の最大の能力が使われないなら、怖いものなどない──!

 

「ダツイィィィ──ッ!!」

「!!?」

 

 マイナソーは容赦なく脱衣光線を放ってきた。エイジロウたちめがけて。

 慌てて地に伏せることで間一髪、直撃を避けることはできた。そうでなければふたりとも、全身肌色を晒すことになっていただろう。

 

「バリバリ狙ってきたじゃねえか!?」

「ごごごごめん!!でも、たしかに──」

 

「──そいつぁ理解っとんだ、服引っ剝がしゃまともに戦えなくなるってな!」

「!」

 

 おそらくカツキの言う通りだった。脱衣ビームを浴びたエイジロウが行動不能に陥ったことを、マイナソーは記憶し学習しているのだ。

 

「でも、なんかめっちゃ嫌そうな顔しとる!」

 

 趣味と実益は別、というところだろうか。

 いずれにせよ、このままでは迂闊に突撃できない。精神的苦痛を無視するにしても、リュウソウメイルその他装備を失うのは致命的である。

 

「ッ、この状況……打開できるとしたら……!」

 

「あいつしかいない」──誰にともない言葉が、エイジロウの口からこぼれたときだった。

 

「待たせたな、皆!!」

「!」

 

 戦場においてもよく通る、朗々とした声。それをもたらした少年に、皆の視線が注がれる。

 

「……!?」

 

 その姿を目の当たりにした途端、エイジロウたちはぎょっとした。少年は筋骨逞しい身体の大部分を惜しげもなく晒した姿で、そこに仁王立ちしていたのだ。

 

「て、テンヤ、その恰好……」

「驚くのもわかる!──だがこれは、スモウをとるときの由緒正しい装いなんだ!!」

「す、スモウ?」

「……テンヤさん、皆ついていけてないみたいですよ」

 

 リュウソウケンを運んできたコタロウが、呆れたような視線をこの少年に向ける。そんなことも気にならないほど、今の彼は暴走していた。

 

「説明はあとだ!こいつの相手は俺がする!!」

 

 往来で居るには際どい恰好のまま、敵に迫っていくテンヤ。敵──ネイキッドキングマイナソーはというと、

 

「だ、だ、ダツイィ……!?」

 

 振り払うようなしぐさを見せながら、懸命に目を逸らそうとしている。相手は竜装どころか、マワシ一枚しか身に着けていないような小僧である。彼が畏れる理由など、ひとつもないはずだった。

 

「……あのマイナソー、男の裸は目にも入れたくねえらしいな」

 

 表向きなんでもないような口調で、カツキが言う。それがすべてだった。

 だからこそ、身も心もリキシになったテンヤは勢いを──勝利への切符を得ていた。

 

「──ぬんっ!!」

 

 その場に腰を落とし、四股を踏む。筋肉の詰まった身体の重量が地面を揺らし、音をたてた。

 

「今の俺に、晒せない恥などない!──いくぞ、マイナソー!!」

 

 はっけよい、のこった。

 

 幻の号令を聴きながら、テンヤは地を蹴った。そうして一気に距離を詰めると、平手を勢いよく叩きつけていく。

 

「どすこいどすこいどすこいどすこいどすこい!!」

「だ、ダツィ〜……!?」

 

 左、右、左、右、左──間断なく放たれる張り手に、ネイキッドキングマイナソーは身体を丸めて耐えることしかできない。想像だにしない攻撃に翻弄されているのだ。

 

「うわぁ……痛そう、あれ」

 

 オチャコの率直な感想がすべてだった。テンヤの逞しい腕が弾丸のごとき速度で突き出され、掌から衝撃が伝わるのだ。そのたびに破裂とも思しき音が響いている。

 

「あれは……"突っ張り"だ」

「!、イズク……知ってんのか?」

 

 テンヤに負けず劣らず知識欲の強いイズクには、さらに五十年分の漂泊の集積があった。

 

「極東の島の伝統競技、"スモウ"の技のひとつだよ。この街にも伝わっているのは知っていたけど……テンヤくん、あの恰好はやっぱりスモウを学んでいたのか……」

 

 途中から半ば独り言のようになっていたが、ともかくもイズクの言いたいことはわかった。マイナソー探しがスモウの習得とは脱線にも程があるが、その結果として今、テンヤは新たな伎倆と矜持を手に入れている。

 

「──どすこいッ!!」

「ダツイィ……!」

 

 ひときわ強力な一発で張り飛ばされたマイナソーだが、皮肉にもそれで距離を稼ぐことができた。

 

「ダァ……ダァツイィィッ!!」

 

 物凄く嫌そうな表情を浮かべつつ、王冠から脱衣光線を放つ。真正面にいたテンヤは──直撃を受けた。

 

「テンヤっ!!」

 

 テンヤの身に着けている数少ない布地が!オチャコなどは咄嗟に目を背けている。

 しかし、

 

「この……程度で……!」

 

 そう、この程度で。

 

「幾重にも締めたリキシの魂はッ、解けはしないんだぁぁぁ──ッ!!!」

 

 光線を浴びながらも、テンヤは走り出した。腰をわずかに落とし、相手の懐に潜り込む。──先の稽古と、遜色ない戦法。

 

「はあぁぁぁぁぁ……!!」

「だ、ダツッ──」

 

 そのまま相手の腰をがっちりと掴み、

 

「ぬうぅおぉぉぉぉ──ッ!!!」

 

 力いっぱい、背負い投げた。

 

「ダツイィィィィッッ!!?」

 

 宙を舞う中年ボディ。そのまま重力に従って墜落し、地面に叩き落される。それは致命的なダメージをネイキッドキングマイナソーに与えた。

 

「よしっ……今だ!──リュウソウチェンジ!!」

『ケ・ボーン!──リュウ SO COOL!!』

 

 持ち主が分厚い鎧を着込んでいようとほとんど全裸であろうと関係なく、リュウソウメイルは一瞬にして全身を覆う。青の騎士竜トリケーンの守護を得た、柔らかくも頑丈な鎧。

 

「叡智の騎士……!リュウソウブルー!!」

「──テンヤさん、これを!」

 

 流石にコタロウは時勢を読む能力に長けていた。すかさずリュウソウケンを投げ渡す。それをしっかりと受け取り、

 

「ありがとうコタロウくん!──ハヤソウル!!」

『リュウ!ソウ!そう!そう!この感じィ!!』

 

 ハヤソウルが有形化した鎧が、右腕に装着される。マイナソーはふらつきながらも立ち上がろうとしている。最後はやはり、リュウソウの力で。

 

『それ!それ!それ!それ!──その調子ィ!!』

「はあぁぁぁぁ──とうッ!!」

 

 走り出した瞬間、その姿が消え去る。いや……いかなる動体視力をもってしても、捉えきれない速度で彼は駆けていたのだ。

 

「だ、ダツ「遅いッ!!」──!?」

 

 気づいたときにはもう、叡智の騎士の姿は目前にあって。

 

「フルスロットルっ、ディーノスラァァァッシュ!!!」

 

 目にも止まらぬ速度で振り下ろされたリュウソウケンが、ネイキッドキングマイナソーを一刀両断した。

 

──刹那、爆発。

 

 

 エネルギーの暴発により、マイナソーは粉々に砕け散った……そう思われた矢先、

 

「ダ・ツ・イィィィィ〜〜〜ッ!!!」

「!?」

 

 ネイキッドキングマイナソーが、巨大化を遂げた。垂れ下がった腹の上から、いろのない眼が睨みつけてくる。

 

「ッ、ひと足遅かったか……!」

「テンヤくん!街中じゃ戦えない、向こうの広場へ誘い込むんだ!」

「うむ、わかった!」

 

 皆で歩調を合わせ、広場に向かって走り出す。その際に、マイナソーを挑発しておくことも忘れない。

 

「やーいこっちだマイナソー!もっぺん俺のケツが見てぇか!?」

「だ、ダツイィ!!」

 

 尻を叩きながら言い放つレッドに対し、露骨にいきりたつ巨大ネイキッドキングマイナソー。「見たいわけあるか!」──間違いなくそう言っている。マイナソーの言いたいことというか意志を明確に理解できたのは、これが初めてだった。

 とはいえ誘引の目的は果たせた。五人は全速力で街路を駆け抜け、広場へと向かった。

 

 

「ダツイィ……」

 

 リュウソウジャーに誘われて広場に足を踏み入れたとき、マイナソーは既に彼らの姿を見失ってしまっていた。歯噛みしつつ、四方をぐるりと睨めつける。

 

「──おい、どこ見てる?」

「!」

 

 唐突に響いた声は、頭上からのものだった。

 

「僕らはここだ、マイナソー!!」

 

 そして目前に降り立つ、巨大な機人。赤に彩られたボディを、青、桃、緑、黒の装甲で覆っている。

 

「イキって巨大化しやがって……とっとと死ねやァ!!」

 

 イキってはお互い様なのではないか──皆そう思ったが、口には出さなかった。ナイトランスを構え、進撃を開始する。

 それに対し、

 

「ダァツイィィィッ!!」

 

 王冠から、脱衣光線が放たれた。

 

「──!!?」

 

 直撃だった。ファイブナイツは頑丈であると同時に鈍重ゆえ、敵の攻撃を咄嗟にかわすことが困難なのだ。

 結果として、光線は効果を発揮した。キシリュウオーの身体から四体の騎士竜が弾かれたのだ。

 

「ッ、みんな!?」

「し、しまった……!」

「キシリュウオーにも通用するなんて……!」

 

 人間ほど致命的な話でないとはいえ、武装を剥ぎ取られてしまったことには変わりない。

 

「ッ、なんとか俺らだけで戦うしかねえか……!」

「──いや待て、エイジロウくん!要するに、あれを喰らわなければいいんだ!」

「そっか、スリーナイツなら……!」

 

 スリーナイツはスピードに長けている。脱衣光線も難なくかわすことができるだろう。

 

「よぉし……なら、ファイブナイツの必殺技のとき出てきた、アレでいこうぜ!」

「アレとは?」

「トリケーンがメインの合体だよ。今日はおめェが主役だぜ、テンヤ!」

「!、エイジロウくん……ありがとう!」

 

 そうと決まれば、即座に動くのが彼らの流儀であった。サーベルを手に襲いくるマイナソーをいなしつつ、キシリュウオーは跳躍した。

 そして、

 

「──竜装合体!!」

 

 キシリュウオーの文字通り根幹をなすレッドリュウソウルが飛び出し、入れ替わるようにブルーリュウソウルが挿入される。左腕をトリケーンカッター、右腕をアンキローゼショットで武装するところは同じだ。それでも頭部から胸にかけてはトリケーンの姿かたちになるので、その印象は大きく異なる。

 

「キシリュウオー、トリケーン!!」

「やっぱそのまんまや!」

 

 オチャコの突っ込みが勢いよくこだました。

 

 

「ダツイ〜〜ッ!!」

 

 再び脱衣光線を放つネイキッドキングマイナソー。しかし二度目はない。キシリュウオートリケーンは姿勢を低くすると、その場に残像を残して横に滑走した。

 それも二次元でなく、三次元機動だ。光線をかわしながら、敵との距離を詰めていくキシリュウオー。

 そして、

 

「喰らえッ!!」

「グアァッ!?」

 

 ナイトソードの一撃がサーベルを弾き飛ばし、胸元を斬り裂く。うめきながら後退するマイナソー。それに、彼の敵はキシリュウオーだけではない。

 無数の針がキシリュウオーの傍らを縫うように飛んできて、マイナソーに突き刺さる。さらに悲鳴をあげる間もなく飛び込んできた緑の影が、尻尾の刃を一閃した。

 

「カツキ、イズク!」

「てめェらだけに良いカッコさせっかよ」

「合体しなくても強いよ、僕らのタイガランスとミルニードル!」

 

 そう、彼らは五十年に渡ってこの二体の騎士竜とともに戦ってきたのだ。竜装合体もなしに。個々の能力は、ティラミーゴたち以上に磨かれているだろう。

 

「だとしても負けてらんねえぜ……だよなティラミーゴ、みんな!」

 

 キシリュウオーは声を発しないが、そもそも必要がない。その身と一体化しているために、心も通じあっているのだから。

 

「うむ……!土俵際の一撃、いくぞ!!」

「「おう!!」」

 

 一気呵成に距離を詰め、

 

「「「トリケーン、ストライクっ!!」」」

 

 そのメーターがゼロになると同時に右腕のナイトソードが、胸部のトリケーンホーンが、ネイキッドキングマイナソーに突き立てられていた。

 

「ガ、アァ、ガ……」

 

 キシリュウオーがゆっくりと離れる。同時にマイナソーが崩折れていく。そしてその身体が完全に地に伏せた瞬間、ひときわ大きな爆炎がはじけて、消えたのだった。

 

 

 イズクたちは既に地上で待っていた。傍らにコタロウの姿もある。駆け寄っていくレッドたちも、途中で竜装を解いた。コタロウが微妙な表情を浮かべるのはしかたない、ひとりだけ肌色の面積がやたら多いのだ。

 

「みんな、ありがとう!コタロウくんも──」

 

 それでいてやたら機嫌のいいテンヤ少年だったが、悲劇は間もなく起こった。

 

──しゅるり、

 

「えっ」

「おっ」

「うわ」

「げ」

「あぁ……」

 

 肌とそう変わらない色の布地が、テンヤの足下に落ちてくる。マワシ──つまりはその、テンヤの股間を包んでいた布なわけで……。

 

 

「ぬぅおぉぉぉぉぉ──ッ!!?」

 

 ネイキッドキングマイナソー、最後まで侮れない敵だった。

 

 

 *

 

 

 

「あーあ、やられちゃいましたねぇ……」

 

 一部始終を見届けたクレオンは、口調に反してさほど残念そうにも見えない様子で肩をすくめた。能力はユニークだったが、如何せん戦闘に不向きすぎた。リュウソウジャーに囲まれてしまえばこうなることは予想できたのだ。

 しかし、

 

「う〜ん、グレイテストアクタァ〜ズ!」

「は?」

「あの能力にどう対処するのかと思ったら、なかなかどうして愉快なことをしてくれたじゃないか。これから彼らと踊るのが……愉しみだよ」

 

 喜び、笑いながら去っていくワイズルー。新たなる刺客によるショーは、まだ序の口にすぎないのだ。

 

 

 *

 

 

 

 戦いの事後処理──テンヤのことも含めて──が済んだ頃には、辺りはすっかり暗くなっていた。

 

「はぁ……今日はいろいろと衝撃的な一日やったわぁ。まさか男の子のアレふたつも見ることになるなんて」

 

 当人らがいる前でここまで言ってしまうオチャコは、カツキですら引いてしまうほどに残酷だった。悪気がないからこそ性質が悪い。慌てたイズクがフォローする。

 

「で、でもテンヤくん、鎧もいいけどマワシ姿も似合ってたよ!ガタイが良いとどんな恰好でも決まるよね、僕憧れちゃうなあ!」

「ム、そ、そうか?実はこの街に滞在している間だけでも部屋に通おうと思っているんだが……どうだい、みんなも」

「おう、俺はいくぜ!」

 

 即座に応じたのはエイジロウだけだった。カツキとコタロウはまったく興味がない様子で、イズクは少し逡巡している。そしてオチャコはというと、

 

「……それもええけど、まず仕事見つけなあかんのちゃう?」

 

 極めて現実的な言葉に、エイジロウとテンヤはうっと唸った。すっかり忘れていたが、懐の寒さは何も変わっていないのだ。

 

「こんな調子で大丈夫なんかなあ、私ら……」

 

 思わず天を仰ぐ三人。──彼らの前にひとりの老紳士が立ちふさがったのは、その直後だった。

 

「失敬。先ほど怪物を討ったのは、あなた方ですね?」

「……ンだ、あんた」

 

 先頭を歩いていたカツキが低い声で問いただす。素人目にはわからないだろうが、何かあれば即座に剣を抜ける態勢だ。

 大袈裟ではないかとエイジロウたちは思ったが、疑り深いだけあってカツキの目に狂いはない。仕立ての良い黒服に隠されてはいるが、その身のこなしは年齢に見合わぬほど洗練されていた。

 

 少年の──実際にはカツキのほうが圧倒的に年上とはいえ──非礼な態度に顔を顰めることもなく、老紳士は丁寧に応じた。

 

「わたくしはシエン。このカサギヤの街一帯の領主、ミネタ男爵家に仕える者です」

「!、領主さまに?」

「そのような方が、我々に何用なのですか?」

「………」

 

「主からの仰せつけです。皆さまを、客人としてご招待したいと」

 

 

 事態は、思わぬ方向へと転がりはじめていた──

 

 

 つづく

 

 





「どうせオイラは領主失格さ!」
「イッツジ・エンド、リュウソウジャーーーーー!!」

次回「ガンバレふんばれ領主さま」

「おめェの領主道、見せてやれ!!」


今日の敵‹ヴィラン›

ネイキッドキングマイナソー

分類/メルヘン属ネイキッドキング
身長/184cm
体重/99kg
経験値/108
シークレット/童話「裸の王様」をモチーフにしたマイナソー。王冠と帯剣用のホルダー以外何も身につけていない男の姿をしているが、"とある部分"がないので全年齢対象だ!でも王冠から放つ脱衣光線を浴びた人間は強制的に全裸にされてしまう!やっぱり十八禁だ!?
ひと言メモbyクレオン:ワイズルーさま以外買ってくれないよこんなマイナソー!やっぱり好きモノなんすねぇ!


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9.ガンバレふんばれ領主さま 1/3

 苦難?の末に"裸の王様"マイナソーを倒し、宿への帰路についたリュウソウジャー。

 その行く手に現れたのは、ミネタ男爵家に仕える老紳士シエンだった──

 

 

「主からの仰せつけです。皆さまを、客人としてご招待したいと」

 

 その言葉にカツキは露骨に目を眇め、イズクは困ったような表情を浮かべた。一見すると魅力的な誘いだが、領主から、と言うのは何かと面倒ごとに巻き込まれる端緒になる場合が多い。カツキがいかに他人との接触を忌む傾向にあるといえど、五十年も旅をしていれば様々な職業・階級の人々とのつながりも生まれる。ミネタ男爵家のことは間接的にしか知らなかったが。

 

「領主さまから……?マジっすか!?」

「助かりま……じゃなかった、光栄ですっ!」

 

 エイジロウたちはそんなこととも露知らず、無邪気に喜んでいる。無理もないことだが、オルデラン村の宴会と同じように考えているのだろう。

 そんな彼らに事実を伝え、この老紳士の誘いをすげなく断ることができるならそうしたい。しかしそれで領主の機嫌を損ねれば、最悪の場合二度とこの街の一帯に足を踏み入れることができなくなりかねない。

 

「どうぞこちらへ、館までご案内いたします」

「………」

 

 であれば結局、このシエンという男についていくよりほかにないのだ。これだから街中で目立つ戦いはしたくないのだけれど、そんな事情をドルイドンが慮ってくれるはずもなかった。

 

 

 *

 

 

 

 そう、ファーストステージの幕を下ろしたドルイドン・ワイズルーは、昂る心のままに早くもニの矢を放とうとしていた。

 

「ワイズルーさまぁ、新しいマイナソーができましたよぉー!」

「おぉ、待っていたぞクレオン!で、最高のショータイムを演出できる逸材なんだろうな?ナ?NA!?」

「うわ、顔近っ!」

 

 新たなビジネスパートナーに気圧されながらも、クレオンはもちろんですと頷いた。

 

「リュウソウジャーみたいな正義(笑)のヤツらは、人間を守るために戦ってるワケっすよね?」

「うんうん!」

「人間を守りたいってことは、人間に手ぇ出せないってコトっすよね!?」

「うんうん!それで?」

「それで!」

 

 一瞬の溜めのあと、

 

「人間のガキどもを操って、手駒にしちゃおうのコ〜ナ〜!!──来い、パイドパイパーマイナソー!!」

「……オイデ……」

 

 蚊の鳴くような声とともに現れたのは、やはりヒトに近い姿をしたマイナソーだった。色とりどりの服を身に纏い、背丈の3分の2ほどもある角笛を手にしている。

 

「コイツを使えば、人間のガキどもを簡単に釣ることができまっす!どうっスか、ワイズルーさま!?」

「う〜〜〜〜〜〜ん………」

 

 ぽく、ぽく、ぽく、ぽく。

 

「──最高オブ最高!!早速ショーの用意を進めるのだ、クレオンくん!」

「よっしゃあ!じゃ、いってきや〜す!」

「晩ごはんまでには帰るんだよぉ!」

「了解っス!!」

 

 褒められるとわかりやすくやる気を出すのがクレオンである。時たまわけのわからないことを言うのが玉に瑕とはいえ、ワイズルーは彼を巧みに動かしていた。そこにどの程度計算があるのかは、未だ未知数であるが──

 

 

 *

 

 

 

 ミネタ男爵の館は、街の最北端にあたる湖を背に立地している。厳重な垣牆の内側には街の広場とも遜色ない大きさの庭園が広がり、不思議な形をした木々が幾つも植えられている。人工の森とでも言うべきその空間を抜けると、見上げんばかりの巨大な屋敷が聳えていて。

 

 初めて見る貴族の館に圧倒されながら、エイジロウたちは屋敷に入った。庭園の木々や豪奢な調度の数々についてシエン執事が説明してくれるが、残念ながらほとんど頭に入らない。コタロウやカツキなどは理解できているのかもしれないが、彼らはそもそも貴族の自慢話などに興味はなかった。

 

 結局、彼ら若者がいちばん興味を惹かれるものといえば、ひとつしかない。

 

「こ、これは……」

「なんなん、これ……」

「う、う……」

 

「美味そう……!」

 

 そう──大きなテーブルの上に並べられた、手の込んだ料理たち。六人分合わせれば数えきれないほどのそれらは、ことごとくが食欲をそそる香りを発していた。

 

「これはわが主から、街を守ってくださった皆さまへのせめてもの心尽くしです」

「ンな大したことはしてねえっスよ!でも腹減ってるし……お言葉に甘えていただきま──」

 

 早速料理に食指を伸ばそうとするエイジロウだったが、その手は隣に座るカツキにぴしゃりと跳ね除けられた。

 

「痛でっ!?いきなり何すんだよ!」

「黙れゴミ。てめェもそこの丸顔も、ほんと何も知らねえな」

「ぎくっ!」

 

 同じく料理に手を伸ばそうとしていたオチャコが、露骨に肩を跳ねさせた。テンヤは流石に落ち着いているため、カツキの言うところのゴミにはあたらずに済んだ。

 

「食事に手をつけるのは主人が来てからだよ。……ゴミは言い過ぎだけどね」

「お、おう……わかった」

 

 消沈するエイジロウとオチャコ。テーブルマナーなど、リュウソウ族の村では知る機会もないのだから仕方がない。幸いにして、彼らには学ぼうという意欲はあった。

 

「間もなく主が参ります、それまでお待ちを……──おや、噂をすれば」

 

 部屋の外から響く靴音。シエンの口ぶりから察するに、主人──つまりミネタ男爵が来たのだろう。

 

「どんな人なんやろ、領主さま。やっぱり白馬の王子様!って感じなんかなぁ……!」

「どうだろう、俺としては立派な方だと嬉しいな。兄さんのように!」

 

 ふたりの妄想に対する答は、程なく出る。シエンが扉を開き、いよいよ主人が姿を現す──

 

「よく来てくれた、旅の勇者たち。オイ……我輩がミネタ男爵家当主、ミノルである!」

「えっ……」

 

 皆が目を丸くし、次いで怪訝な表情を浮かべるのも無理からぬことだった。

 濃い紫を基調とした仕立ての良いロングコート──服装や振る舞いは如何にも貴族然としていて、なんなら傲岸不遜にすら思える。しかしその体躯は立派とも傲慢とも程遠い、ささやかにも程があるもので。

 

 何せ、10歳のコタロウより明らかに小柄なのだ。少年、いや幼児のような姿。頭髪は紫色の珠が幾つも連なったようなかたちをしており、少なくとも普通の美的感覚では受け入れがたい。

 

「当主って……子供やん」

 

 思わず口に出してしまうオチャコである、流石に声はひそめているが。

 だが、そんなことはないはずなのだ。イズクたちが調査した限り、当主は若いとは聞こえたが幼少であるという話はなかったはずだ。だいたい見かけ通りの子供なら、そこからあんな性欲丸出しのマイナソーが生まれるのも……まあありえないことではないかもしれないが、不自然な話だった。

 

 ともあれ、指摘できるはずもなく。もやもやしたものを皆抱えながら、当主の着席を待った。

 

「怪物退治、ご苦労であった。きょうは好きなだけ食べていかれるが良い。特にそちらのお嬢さんは」

「え、私?ど、どうも……」

 

 実際、胃袋の大きさなら育ちざかりの少年たちにも負けないという自負はあるけれど。

 なんとも厭らしい流し目に不快感を覚えながらも、表向き和やかに晩餐は開始された。

 

 残念ながら、と言うべきか、エイジロウたちにテーブルマナーも何もあったものではない。食べたいものから手をつけ、むしゃぶりつく。一応ナイフとフォークは扱っているが、手つきもおぼつかない。テンヤだけはそれなりに形になっているし、注意すべきことを隣のイズクに尋ねたりする程度の理性は残っているようだが。

 

「チッ……」

 

 思わず舌打ちをこぼすカツキだが、主人とその執事は気にした風もない。年端もいかない旅の勇者など、礼節も何もあったものではないと考えているのだろうか。それはそれで間違いではないが、その一味に数えられていると思うと、有り体に言ってむかつく。落ち着いた所作で食事を続けながらも、カツキの機嫌は急降下していた。

 

 何より彼を苛立たせたのは、延々と続くミネタ男爵の自慢話だった。男爵家は何代も前から国王の信任を受けて役職を得ているだの、先祖の誰々がこんな勲章を貰っただの。

 エイジロウたちにとっては縁遠く新鮮な話であることに変わりはなく、いちおう興味深く聞いてはいたのだが……ふと、違和感が芽生えた。客人たちが怪訝な表情を浮かべたことに、小さな主は気がつかない。フォークを握ることも忘れて、滑るような男爵家の歴史についての話を続けている──

 

「であるからして、わがミネタ男爵家は国王陛下から与えられた領地を見事に繁栄させ──」

 

 そのときだった。金属製のフォークとナイフが、かあんと胸のすくような音を打ち鳴らしたのは。

 部屋じゅうに響きわたるその音は、あれほど間断なく続いていたミネタ男爵の自慢話を止めるのにひと役買った。代償として、全員の視線が音の出処に集中する。

 

「……ご高説十ッ分に拝聴しました、バロン・ミネタ」

 

 慇懃だが冷ややかな口調で言い放ったのは他でもない、フォークとナイフを皿に叩きつけたカツキだった。

 

「で、あなたは今なにをしてらっしゃるんですか?」

「え……」

「それだけご立派な家柄をお持ちの領主サマなんだから、さぞ街のために身を粉にして働いてらっしゃるんでしょうねえ?」

「ちょっ、かっちゃん……!」

 

 止めようとしたのは案の定イズクだったが、彼の気持ちもわからないではなかった。ミネタ男爵の話は過去の栄光に終始していて、そこに彼自身の為したことは何もない。──エイジロウたちが覚えた違和感も、そこにあった。

 

「りょ、りょ、領主というのは、君臨すれども統治せずというのが原則であって……」

「あっそ。で、夜な夜な街で遊び歩いた結果、怪物の苗床になったっつーわけですか」

「!?、どうしてそれを……」

「俺らがあの怪物──マイナソー退治の専門家だからですよ。で、街は怪物のせいでとんだパニックでした。辱めを受けた市民も大勢いる。責任もとらずに自慢話してる場合じゃ、ないと思いますけどね」

 

 同輩であるエイジロウたちに対するように、猛火のような烈しさはない。しかし落ち着いた丁寧な口調は、かえってそこに滲む侮蔑を際立たせていた。彼の多くを知るイズクを除いては、誰も、何も言えない。──男爵自身も。

 

「………」

「だんまりかよ。なんとか言ったらどうなんですか、領主サマ?」

「かっちゃん、もういい加減に──」

 

 招待された身で流石に言い過ぎだと、イズクが咎めようとしたときだった。

 

「う、うぁあああああああ!!」

「!?」

 

 絶叫にも近いわめき声をあげたのは他でもない──ミネタ男爵、その人だった。楕円形の目は潤み、今にも涙がこぼれ落ちそうだった。

 

「何も知らないよそ者のくせに、わかったようなこと言いやがって!!ああそうだよっ、どうせオイラは領主失格さ!!領主のくせに何もしないで威張ってるだけだよっ、しょうがないだろそれしか能がないんだから!!」

「ミノルさま、落ち着いてください」

「黙れよシエン、だいたいおまえが──」

 

 興奮した男爵が、執事にもその矛先を向けようとしたときだった。

 

──すぱんと、鋭い音が部屋に響き渡ったのは。

 

「……!?」

 

 その光景を前にエイジロウたち、なんなら元凶ともいえるカツキでさえも目を見開いて、固まっている。

 

 ミネタ男爵の丸い頬に、真っ赤な花が咲いている。──シエンが、主の頬を張ったのだ。

 

「……常々申し上げているでしょう、何があっても客人の前で取り乱してはならないと」

「……ッ、」

 

 いよいよ、少年の目から涙がこぼれる。そしてその口からは、

 

「……でてけよ……」

「………」

「出てけよ、みんな出てけっ!!」

 

 招待されて一時間足らずで、客人たちは館を追い出されることになった。

 

 

「なんであんなこと言ったんだよ、かっちゃん!?領主さまを侮辱するなんて、殺されても文句は言えないって、きみならわかってるだろ!?」

 

 逃げるように館を出て早々、カツキに対して怒りを露にしたのは彼の幼なじみだった。エイジロウたち三人にしてみれば何がなんだかわからないうちに状況が移ろってしまったというところだが、彼の行動がまずかったことはわかる。

 しかし幼なじみの剣幕に対して、カツキは鼻を鳴らしただけだった。

 

「はっ、確かに文句は言えねえな。で、あの領主にンな力があるか?」

「……そういう問題じゃないだろ!」

 

 否定は、イズクにもできなかった。昼間ふたりで調べていたのだから、街でミネタ男爵がどのように思われているか、どう扱われているかは理解しているのだ。君臨すれども統治せず、とかの領主は言っていたが、要するに彼には行政権も裁判権もない。誇るべき家柄も、国というかたちを失った現代にあってはさしたる意味をもたないものであった。

 

「あのチビは街でも鼻つまみもん扱いされとる。何もしねえくせに税金で養われて、毎晩夜遊びしに出てくる放蕩モンだってな」

「だが、なぜそのような存在が認められているんだ?」

 

 純然たるテンヤの疑問に応じたのは、コタロウだった。

 

「そういうもの、だからです」

「……そういうもの、とは?」

「国があって、国王がいて、国王を代理して実務を担う貴族たちがいる……僕ら人間の社会は長年、そういう形で成り立っていました。ドルイドンが現れるまでは」

 

 リュウソウ族に独自の歴史があるように、人間にも人間の歴史がある。絶対数が多いだけに、それに対する捉え方は様々あるのだが。

 

「今となっては、テンヤさんが言ったような疑問をもつ人は人間にも大勢います。正直、僕もそうですし」

「それなのにあんな贅沢してて……大丈夫なんかな?」

 

 リュウソウ族の村では見たことのないような大きな屋敷に、豪勢な食事。しかしそれらすべて、伝統という霞のような概念によって与えられたものなのだ。時を追うごとにそれは薄く朧気になって、このままでは遠くないうちに消えてしまうに違いない。

 

「そういう生き方しかできないんだとしたら、あいつもつらいだろうな」

「どうしてですか?」

「だってあいつ、泣いてた。たとえ周りになんでもあって、毎日贅沢できたって……自分の意志でできることが何もなかったら、きっと苦しい」

 

 エイジロウの言葉が、夜の帳にしんと染み入る。マイナソーを、ドルイドンを倒し、世界の平和を取り戻す──それが自分たちに課せられた使命だ。同時にエイジロウは、そこに生きる人々の笑顔が見たかった。

 

 



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9.ガンバレふんばれ領主さま 2/3

「さぁてと……作戦開始だッ、パイドパイパーマイナソー!!」

「……オイデ……」

 

 夜陰に乗じて街に侵入したクレオンとマイナソーは、いよいよ動き出そうとしていた。かの魔物がもつ巨大な角笛が、街中に音色を響き渡らせる──

 

 それを聴いた人々のほとんどは、怪訝な表情を浮かべて音の出処を探すばかりだった。どこか不思議なしらべではあるが、心を動かされるには至らない。──そう、ほとんどは。

 

 宿に帰り着こうとしていたエイジロウたちもまた、その音を耳にしていた。

 

「なんだ、この音……?笛?」

「こんな時間にか?はた迷惑な!」

 

 「子供たちは既に寝ている時間なのに!」と憤るテンヤ。寝ている、と決めつけるにはいま少し早い時間帯なのだが、テンヤの基準に合わせればそうなるのだった。

 

 コタロウが不意に宿とは異なる方向へ歩き出したのは、そのときだった。

 

「コタロウ?どうし──」

 

 コタロウの顔を見て、エイジロウはぎょっとした。暗がりに浮かぶ彼の目つきは、尋常ではなかった。茫洋として、目線が宙をさまよっている。

 

「コタロウ!?」

 

 そしてコタロウは、猛烈な勢いで走り出した。そのスピードときたら一瞬呆けてしまうほどだったが、慌てて追いかける。

 

「待てよっ、どうしたんだコタロウ!?」

 

 返事はないし、立ち止まるそぶりも見せない。何事かと思っていたら、先々に同じようにいずこかを目指す子供たちの姿があった。

 

「!、もしかしたら、この笛の音が関係してるのかも!!」

「じゃあ、まさかまた……!」

 

 いや、マイナソーと決まったわけではない。しかし子供たちがおそらく一種の催眠状態になって、どこかへ誘い出されているのだ。

 

「ッ、にしても速くねえか……!?」

 

 五人は騎士として鍛錬を積んでいるから、当然脚力だって人並み以上にある。にもかかわらず、コタロウや他の子供たちに追いつくどころか距離が開いていく一方で。こんなこと、やはり普通ではありえない。

 そうこうしているうちに、子供たちが曲がり角に消えていった。

 

「テンヤくん、そこの角に入ったらハヤソウルを使うんだ!」

「うむ!」

 

 流石にハヤソウルを使えば追いつける。その扱いに習熟したイズクとテンヤで彼らを追い越し、先回りする──そういう作戦だったわけだが。

 

「!、いない……!?」

 

 角を曲がった先の街路に、子供たちの姿はなかった。──忽然と、消えてしまったのだ。

 

「みんな、どこ行ってもうたん……?」

「………」

 

 妙に張り詰めた空気、そして視線を感じるのは神経が尖っているせいか。彼らはいったん足を止め、周囲を窺いながら慎重に歩を進めていく。

 

 

 そのときだった。再び、あの角笛の音が聴こえてきたのは。

 

「!、またこの音……」

「今度は近いぞ!」

 

 音の出処を見つけなければ!──その意識が強まったうえに、周囲に張り巡らされた緊迫した空気に対する注意は散漫になっていく。無理からぬことだが、それゆえに彼らには命取りとなった。

 建物はじめ諸々の陰から、無数の石が投擲されたのだ。

 

「ッ!?」

 

 咄嗟にかわし、間に合わないものはリュウソウケンで叩き落とす。それでも幾つかは彼らの身体を掠めた。エイジロウに至っては額に一撃を受け、痛みに表情を歪める。

 

「エイジロウくん、大丈夫!?」

「ッ、かすり傷だ!」

 

 それより、何者からの攻撃なのか。顔を上げたエイジロウは、ぎょっとした。

 隠れていた子供たちが、四方八方から姿を現す。十、二十──いやもっと。五人は彼らによって、あっという間に包囲されてしまった。

 

「この子たち、なんで……!?」

「ッ、おい、コタロウ!!」

 

 その中に混ざったコタロウに呼びかけるが、反応はない。目も濁っていて、操られているのは明白だった。

 

「クソがっ、出てこいやカス!!」

 

 焦れたカツキが叫ぶと同時に笛の音が止み、入れ替わりに少年めいた声の高笑いが響いた。

 

「ハーッハッハッハッハ!!出てこいと言われて出てこないと見せかけて出てくるのが真のアマノジャク!!」

「ッ、クレオン……!やっぱりてめェか!」

 

 クレオン、そして隣に立つ角笛を持った男。夜の闇の中、しかも昼間のマイナソーと違って衣服を身につけているために判別しづらいが、双眸が赤く光っている。こいつもマイナソーだろうと五人は即座に結論づけた。

 幸いというべきか、クレオンがはっきりさせてくれたが。

 

「このパイドパイパーマイナソーが角笛を吹けば、ガキどもみぃんなたちまち虜になっちまうんだZE!あんなことやそんなことも思いのままなんだZE!!」

「オイデ……!」

 

 歌うように言い放つクレオンに対し、マイナソーが合いの手を──自身にそんな意識はないだろうが──入れる。ならば、角笛を壊せば!

 

「ッ、この状況でどうやって……」

 

 彼らは操られた子供たちに取り囲まれている。この壁を突破できなければ、マイナソーに近づくこともできない。

 

「さぁ良い子の諸君!リュウソウジャーを……やっちまいな!」

 

 クレオンの号令と同時に、再び角笛を吹くパイドパイパーマイナソー。すると子供たちの目にかっと敵意が宿り、一斉に襲いかかってきた。

 

「くっ……やめろみんな!!」

「やめろっつってやめンなら世話ねえわ、クソが!!」

 

 そんなことわかってはいるが、怪我をさせるわけにはいかない。迂闊に手が出せず、防戦を強いられるエイジロウたち。カツキなどは急所に手刀を叩き込んで気絶させようと試みているようだったが、相手を傷つけずにそれを為すには動きを読み切っていなければならない。

 彼らの動きは五人と同等、いやそれ以上に俊敏で、とても捉えきれそうになかった。

 

「どうなってるん、普通の子供がこんな強いなんて……!」

「多分、マイナソーの力で身体のリミッターが外れてるんだ……!でも、こんな動きを続けていたら──」

 

 子供たちが、壊れてしまう!

 

「ッ、こうなったら、これで!!」

 

 咄嗟にリュウソウルを手に取り、リュウソウケンに装填する──強化系のソウルは自ら仕掛けなければ効果が発揮されないので、子供たちを傷つけることもない。打開策になるか無意味に終わるか、ふたつにひとつ。

 

「頼む!!」

 

 鍔が閉じられ、

 

『──クサソウル!モワッモワ!!』

 

 刹那、エイジロウのリュウソウケンを中心に、薄茶色をしたガスが広がった。

 

「これは──ッ!?」

「く、」

「く──」

 

「──臭っせぇぇぇぇぇ!!?」

 

 クサソウル──文字通り、放屁を何十倍にも濃縮したような強烈な臭気ガスを放つリュウソウルであった。

 それはリュウソウ族五人の心身に甚大なダメージを与えたが、操られた子供たちにおいても同じだった。皆、白目を剥いてばたばたと昏倒していく。

 

「ある意味殴るよりあかんやん、これ……」

「エイジロウくんっ、きみはよりによってなんてソウルを使ったんだ!?」

「わ、忘れてたんだよこんなソウルあるって!」

 

 ともあれ、壁は崩せた──子供たちの体調は気がかりだが──。

 

「チッ……いくぞデク!!」

「!、う、うん!」

 

 早くも自らを立ち直らせた幼なじみふたりが、同時に動いた。

 

「死ィねぇぇッ!!」

 

 カツキがマイナソーに、イズクがクレオンに斬りかかる。彼らの人間離れした身のこなしに、状況の変転についていけない彼らは呆けている。

 

 鋒が、いよいよその喉元に届く──その瞬間、

 

 横から割り込んだ棒状のオブジェクトが、ふたりの刃を弾き返した。

 

「ッ!?」

 

 反射的に後退するふたり。その判断は正しかった。得体の知れない旅人姿の男が、クレオンとマイナソーを庇うように立ちふさがったのだから。

 

「ンだ、てめェは!?」

「……私か?ふふっ、私はな──」

 

 含み笑いを洩らしつつ、男はばさあと外套を脱ぎ捨てた。

 そうして露になった()()姿()は、明らかに人間のそれではなかったのだ。

 

「最高オブ最高のエンターティナー、ドルイドン・クラスビショップのワイズルー!」

「よっ、ワイズルーさま!!」

 

 傍らのクレオンから惜しみのない拍手を送られ、青白い仮面の怪人──ワイズルーは堂々と胸を張ってみせた。

 

「ワイズルー……!?」

「南方で猛威を振るっていたドルイドン……!どうしてここに!?」

 

 イズクとカツキは、旅の道中相まみえることはなくともその名を知っていた。

 土地を侵略して我がものとすることを好むドルイドンの中で、最低限の拠点のほかには領土欲をもたない変わり者。しかしその代わり、神出鬼没に人里に現れては"ショー"と称してマイナソーの特殊能力を用い、人々を大いに苦しめているのだと。拠点のある南方の湿地帯ではワイズルーの悪名が轟いていたのだ。

 

 その"悪夢のエンターティナー"が、海を渡ってこの場に現れている。

 

「ごきげんようリュウソウジャー。喜びたまえ、キミたちは栄えある我がステージのアクター&アクトレスに選ばれた。これからともに最高オブ最高のショーを演じようじゃないか!」

「ッ、ざけんなクソが!!」

「おおぅいきなり暴言とは!矯正しがいがありそうだ!」

 

 ぐるると唸りつつ、カツキが冷や汗を流すのをエイジロウたちは見逃さなかった。彼らにしても、飄々とした態度とは裏腹の強烈な威圧感をワイズルーから感じていた。おそらくはタンクジョウのそれを、遥かに上回っている──

 

「それではパイドパイパーマイナソーくん、今一度奏でてやりたまえ!」

「オイ、デ……!」

 

 ワイズルーに守られながら、マイナソーは再び堂々と角笛を吹きはじめた。奇妙な音色が響き渡ると同時に、悶絶していた子供たちが何事もなかったかのように起き上がりはじめる。──前方のドルイドン、後方の操られた子供たち。

 

 この状況でマイナソーを倒す策を、リュウソウジャーは持ち合わせていなかった。

 

「ッ、ミストソウル!!」

「!?」

 

 咄嗟にイズクがリュウソウルを装填する。仲間たちさえも予想しなかった瞬時の行動と同時に、

 

『ミストソウル!うるおう〜!』

 

 彼らの周囲を、濃霧が包み込んだ。

 

「イズクくん!?これは一体──」

「いったん退くんだ!ビショップクラスのドルイドン相手に、無策で挑むのは危険すぎる……!」

「び、びしょっぷ?」

「でも、コタロウたちが……っ、くそっ!!」

 

 コタロウを、子供たちを今ここで救えない──その現実を誰より正確に把握し、それゆえ口惜しく思っているのはイズクなのだ。彼の判断を、尊重しないわけにはいかなかった。何よりあのカツキですら、羅刹のような表情を浮かべながらも後退を始めている。

 

 

 結局濃霧が晴れたとき、五人の姿はそこになかった。

 

「あっ、あいつら逃げやがった!!」

「フハハハ、好都合!」

「好都合なんスか!?」

 

 驚くクレオンに対し、不必要にぐっと顔を近づけるワイズルー。この男から強烈な圧を感じるのは、何も敵ばかりではないのだ。

 

「ち、近いっス、近い……」

「早速セカンドステージの用意だ。私の描いた筋書きの上で、斃れるまで踊ってもらおう。イッツ・ジ・エンド、リュウソウジャーーーーー!!ふはははははは!!」

「フハハハハ!!……あっ」

「?、どうしたクレオン?ともに、盛大に!笑おうじゃないか!」

「いいんスか、笑っても……!?」

「オフコォォス!」

 

 このドルイドン(ひと)、ひょっとしてタンクジョウより良いパートナーかもしれない!喜びとともに、クレオンは彼とともに盛大に笑った。

 

 そうして天を仰いでいる間に、子供の数がひとり増えていることには気がつかなかった。

 

 

 *

 

 

 

 それからおよそ半刻後。

 

「なんで俺ら、街の人に追われてんだぁ!!?」

 

 深夜にもかかわらず街を徘徊していた人々が、エイジロウたち五人の姿を見るなり襲いかかってきたのだ。

 

「まさか、この人たちも操られて……!?」

「しかしマイナソーの笛の音は聞こえなかったぞ!?」

 

 それに、マイナソーがあの場で操っていたのは子供だけだった。自分たちも笛の音を聴いたが、なんともなかったのだ。人間とリュウソウ族の違いという可能性もないではないが。

 

「逃げるな、おとなしく捕まれぇぇ!!」

「あんたたちを捕まえないと、子供たちが!!」

「!?」

 

 なんだって!?一瞬足を止めかけるエイジロウたちだったが、

 

「訊くな走れ!!」カツキが怒鳴る。

「ッ、でもよ……!」

「捕まっちまったらどうにもならんだろうが!!」

 

 むろん、今の言葉を黙殺するわけではない。彼らは操られている子供たちの親で、子供を人質にとられている状況なのだ。

 

 

──そう、ワイズルーは先ほど、子供を探し回っている人々の前に現れてこう言ったのだ。

 

「子供を返してほしかったら、リュウソウジャーを捕まえてきまショータァイム!!」

 

 剣で武装した少年たち五人組。それだけでも限定される。まして、この深夜に緊迫した様子で駆けずり回っているとなれば。

 

「ならば、一刻も早くマイナソーを倒さなければ……!」

「でも傍にワイズルーもいるし、そもそもまだ街中にいるかもわからんやん!」

 

 それに子供たちを取り戻さない限り、五人は街の人々に追い回され続ける羽目になる。捕まれば奴らのもとへ行けるのでは、という考えも一瞬脳裏をよぎったが、その場で殺されないという保証もなかった。

 

「ちくしょうっ、どうすりゃいいんだよ……!どうすりゃ……!」

 

 そのとき、正面からも追っ手が現れた。前後を挟まれれば、あとは左右しかない。彼らは咄嗟に右へ曲がったのだが、

 

「しまった……!」

 

 そこには、分厚い煉瓦の壁が広がっていて。──五人は、袋小路に追い込まれてしまった。

 

「……ッ、」

 

 いよいよ、逃げられない。おとなしく捕まるか説得を試みるか抵抗するか、どれも困難な選択だった。まさか、四つ目があるとは思いもよらない。

 

「皆さま、そのまま突っ込んできてください」

「!?」

 

 突然、前方の()()()から声が響く。予想外すぎる事態に、エイジロウとテンヤなどは盛大に目を剥いた。

 一方で、

 

「!、かっちゃん、この壁もしかして……」

「……おー」

 

 彼らには思い当たるところがあるらしい。──いずれにせよ、追っ手はもうすぐそこまで迫っている。ここはいちか、ばちか。

 

「行くぞてめェら!」

「お、おう!」

 

 カツキの声に背中を押される形で、一行は全速力で壁めがけて突進した。衝撃と痛みが──ない。

 

「うぉッ!?」

 

 つんのめったエイジロウは、そのまま盛大に転けてしまった。煉瓦の床が、彼を全力で受け止めてくれる。

 

「何やっとんだ、クソ髪」

「い、痛ててて……だってよお」

「それより、ここは一体……」

 

 そこは外観よろしく煉瓦でできた部屋だった。室内に調度という調度はなく、扉のない穴は地下へと階段が続いている。

 その暗がりの中から、"彼"は姿を現した。

 

「ご無事で何よりです、皆さん」

「!、あんたは……男爵の」

 

 ミネタ男爵に仕える老執事──シエン。数時間前の自分たち──主にカツキによるものだが──の不行状のために、助かったのだという確信をもてないリュウソウジャーだった。

 

 



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9.ガンバレふんばれ領主さま 3/3

仕事が急激に忙しくなっているため、暫く隔週更新になるかもしれません…


 

 ミノル・バロン=ミネタは、生まれながらにしてこのカサギヤ一帯の領主であった。逆に言えば、それしかなかった。

 物心ついた頃から、欲しいものはなんでも与えられる。しかし街に、そこに生きる民のために働きたいという想いだけは、決して叶えられることがない。本来は皇都で役職をもつ下級貴族は、税収だけもらっておとなしくふんぞり返っているのが役目なのだ。

 成長するにつれ己の置かれた立場を思い知ったミノルは、いつしかそんな夢ともいえないささやかな情熱を封印することにした。生まれつき小柄な体躯を誤魔化すように尊大な態度を振りまきながら、夜な夜な溜め込んだ鬱屈を解放する日々。

 

 けれどその欲望をドルイドンに利用され、その侵略を食い止めた旅の勇者を口止めも兼ねて招き寄せたら、容赦のない言葉の刃が飛んできて。──ミノルの心の蓋は、その瞬間に壊れてしまった。

 

(もういい。どうせオイラは、領主失格だ)

 

(何もしない領主なんか、街に必要ないんだ)

 

(だから、)

 

(だから、オイラは──)

 

 

 *

 

 

 

 夜の街道を馬車が走り抜ける。標的(リュウソウジャー)を探して彷徨いていた人々も、その激しい疾走には道を開けざるをえない。しかし馬車の側面にミネタ家の家紋が刻まれているのを認めた彼らの表情は、一様に冷たい怒りを露にしていた。

 

「オレたちの子供がドルイドンに拐われたってのに、領主サマはきょうも呑気に夜遊びかよ……!」

「このクソ葡萄っ、いい加減にしろ!!」

「あんたなんかいらないのよ!!」

 

 罵声を口々に浴びせる。それにとどまらず、石を投げつける者も中にはいた。領主に対する攻撃は有形無形にかかわらず重罪とされているのだが、カツキの言った通り実効性は皆無に等しい。そんなものは抑止にならぬほど彼らの怒りは凄まじかったのだ。

 しかし彼らの想像に反して、馬車の中に領主の姿はなかった。

 

「クソ葡萄て……おめェと気が合いそうなヤツがいるぜ、カツキ」

「ア゛ァ!?一緒にすんなや、クソ髪」

「いやまっっっっったく一緒やん……」

「皆、静粛に!状況をわきまえたまえ!!」

 

 ある意味いちばん静かでないテンヤの大声に皆が押し黙ったところで、イズクが老執事に話しかけた。

 

「あんな魔法も使えるなんて、さすが貴族に仕える執事さんですね。でも、どうして隠れ家なんて?」

「有事の際の備えです」

 

 なんでもないことのように答えるシエン。その有事というのがドルイドンの襲撃を指しているのか、それとも別の何かなのか、この状況ではわからない。

 

「しかし、なぜ我々を助けてくださったのですか?貴方の主に無体を働いたというのに……そこの彼が」

「……チッ」

 

 舌打ちするカツキだったが、まごうことなき事実であるという自覚はあった。

 

「皆さんは、ドルイドンの使役するあの怪物を退治する専門家だと仰せでした。事実ならば、その力をお借りすべきでしょうから……ミノル様のためにも」

「は、利用価値はまだあるっつーわけか。で、そのミノル様は今どこで何してんだよ?」

 

 また夜遊びでもしているのか、それなら街の人々に石を投げられても仕方がない──嘲笑混じりに訊くカツキだが、シエンの答は予想だにしないものだった。

 

「ミノル様は……主はおそらく、ドルイドンのもとに潜入しています」

「は?」

「え……」

 

 一瞬、言葉の意味が理解できなかった。領主が自ら?何故?

 

「……ミノル様は生まれたときから、あの館に押し込められるようにして育ちました。既に皇都はなく、残ったものは名目上の領主の権利だけ。もとよりあの御方は、求めることは許されても求められることは許されない立場なのです」

 

 そんな立場、エイジロウたちは想像したこともなかった。村では人々がそれぞれの生業に励むことで、共同体の生活というものを成り立たせていた。中には怠ける者もいないではなかったが、それは自らの意志による行動だ。

 やはり、エイジロウの所感は的中していたのだ。ミノルは好きで、領主の椅子にふんぞり返っているわけではなかった。

 

 だって彼は──勇者(ヒーロー)に、憧れていたのだから。

 

「勇者に……」

「ええ。しかし当然、そんな夢が認められるはずもありません。──それでも誰かに求められたかったミノル様は、成長されてからは女性との交遊に走るようになりました。もとより当主の最大の務めは子孫を残すことですから、それだけは目こぼししてきたのです」

「な、なんか生々しい……」

「こら!……しかしそれがどうして、御当人がドルイドンのもとに潜入など?」

「皆様にお会いしたからです」

 

 シエンの答は端的だった。

 

「元々、皆様をお迎えしたのは……──ミノル様から怪物が生まれたことについて皆様に口外しないでいただくためというのもありましたが、何よりあの御方にとって良い刺激になればと思ったのです」

 

 情熱をかけられるものを──女体以外に──もてなくなってしまったミノルだが、実際に戦っている者たちとの出逢いが彼を心を奮わせてくれる、シエンはそう思ったのだ。それは間違いではなかった、けれど。

 

「貴方の叱咤激励は、予想以上に主の心に刺さったようです」

「……激励したつもりはねえ」

 

 ただ問題は、ミノルの行動が蛮勇に終わるだろうということだった。それに、万が一命を奪われたら。

 

「……あの人なりに、街を守ろうと頑張ってんだ。みすみす、死なせるわけにはいかねえ」

 

 好悪など関係なく、すべての人々を守ることがリュウソウジャーの使命であるとエイジロウたちは信じている。しかしそれでも、己の信念をもって戦う人間は好きだし、絶対に死なせたくないとも思うのだ。

 

「それで、男爵……いや、ドルイドンの奴らの行き先はわかるんですか?」

「はい。当家で飼育している呪鴉(まじないがらす)に追跡させていますので」

「おおぅ、呪鴉まで……」

 

 羨望の眼差しを向けるオチャコ。呪鴉を飼いならせるのは魔導士の中でも一流に属する者だけだ。本職ではない目の前の執事にそれだけの実力があるというのは、なんとも末恐ろしいものを感じるのだった。

 

 

 *

 

 

 

 子供たちを率いて街を出たワイズルーらは、市外の山腹にある巨大な洞穴に潜り込み、陣を敷いていた。

 

「でもワイズルーさま、わざわざこんな飾りつけする必要あるんすかぁ?」

 

 暗い洞穴を彩るきらびやかな装飾を前に、当然の疑問を呈するクレオン。わざわざドルン兵に手持ちの装飾品の数々を持ち込ませ、飾りつけまでやらせている。ここを前線基地にして最終的にカサギヤの街を攻略するつもりならともかく、彼は一陣の嵐を残したいだけなのだから。

 

「ンンンンン〜……」

「?」

「……オフコォォス!!」

「!?」

 

 考え込んだかと思うと、いきなり顔を近づけてきて大声で叫ばれた。アメーバ型の心臓が体内で跳ね回るのをクレオンは自覚した。

 

「ココは共演者(生贄)踊らせる(嬲る)特設ステージなのだよクレオンくん。最高オブ最高のモノにしなくては!……失礼にあたるというものだろう?」

「な、なるほど……」

 

 表向き頷きつつ、クレオンは思った。こういう有り体に言って面倒くさいところは、タンクジョウにはなかった。どちらがより良いパートナーかは、もう暫く検討の余地があるかもしれない──

 

「……オイデ……」

 

 一方、静寂を保つパイドパイパーマイナソーは操った子供たちを率いるようにして立ち尽くしていた。とある西方の伝説を背負って生まれた彼は、子供たちを拐かし、意のままに操ることを至上の喜びとする。彼の宿主となった人間も、俗に"人拐い"と呼ばれる罪人だった。

 

 そんな彼らだが、子供たちの中に自発的についてきた者がいるだなどとは思いもよらなかった。

 

「………」

 

 "彼"は人形のように佇む子供たちの間をすり抜け、少しずつマイナソーに近づいていく。傍らではワイズルーとクレオンが騒いでいるから、足音も響かない。そうしていよいよ、その背中が目前にまで迫り──

 

「!!」

 

 ようやく気配に気づいたマイナソーが振り向いたけれど、それこそが彼の狙いだった。

 

「おりゃあッ!」

「オイデッ!?」

 

 顔面に向かって石を投げつけ、怯んだ隙に角笛を強奪する。それは彼の体躯よりも大きな代物だったが、手放すことなくしっかりと抱え込んだ。

 

「も、らった、ぜ……!」

 

 よろけそうになりながらも、ニヤリと笑って走り出す。──パイドパイパーマイナソーが悲鳴のような声をあげたことで、その主たちもようやく異変に気づいた。

 

「ワイズルーさま、ガキが笛盗んで逃げていきます!」

「見ればわかる!しかしナレーションは演劇に必要不可欠!」

「そうっすね!それはともかく……逃がすな、追えぇー!!」

 

 ドルン兵たちがあとを追っていく。マイナソーも子供たちに指示を出そうとして……角笛を奪われたことを思い出した。一度操った子供たちは"あること"をしない限り催眠状態のままだが、笛の音色をインプットしてやらねば新たに行動を起こさせることはできないのだ。

 

 

(やった……!オイラ、やったぜ……!)

 

 怪物退治など夢のまた夢だけれど、子供たちを操る角笛を奪うことはできた。自分も、街の守るために為すことができるのだ。

 巨大な角笛を引きずる身体は重いが、ミノルの心は軽かった。あるいは、生涯でいちばん。天にも昇る気持ちとは、こういうことを言うのだろうか──

 

「本当に天に昇らせてあげまショータァイム!!」

「!?」

 

 元々小さな身体に巨大なオブジェクトを抱きかかえては、まともに走れるはずがない。洞穴を出たところで、ミノルはワイズルー以下魔物たちに取り囲まれた。

 

「さあ坊や、どうして紛れ込んだか知らないが笛を返しナサ〜イ」

「ッ、ヤなこった!だいたいオイラは坊やじゃねえ、女体とエロが大好きな立派な大人だ!!」

「何威張ってんだバァカ!!ってかその背丈でオトナって……」

 

 この魔物たちが信じるか否かは、この際どうでもいい。ミノルの命は風前の灯、助かるすべがあるとすれば、角笛を返して許しを乞うことだけ。当然、そんな気はさらさらない──

 

「──おやぁ?脚が震えているぞぉ坊や?」

「ッ、」

 

 そんなはずがなかった。ミノルは箱入り息子ゆえ荒事に慣れていないばかりか、人並み以上に臆病なのだ。自らを害そうとしている魔物に囲まれ、怯えないはずがなかった。

 それでも退けないほどに、彼は変わりたかったのだ。何もできない自分から、何かを成しえる自分に。その想いが今この瞬間、命への執着さえも上回っている。

 

「オイデェ……!」

「わかったわかったパイドパイパーマイナソー。──ワイズルーさま、コイツ笛返す気ないみたいだし、やっちゃいましょう!」

「ウ〜〜ン、美しくないが………是非もナシ!!」

 

 剣を構え、徐々に包囲網を狭めていくドルン兵。そのうちひとつでも振り下ろされれば、ミノルの小さな身体は容易く両断されるだろう。

 

「ッ、うぅ……!」

 

 笛を抱え込むようにして、ミノルはぎゅっと目を瞑った。こぼれた涙が頬を流れる。

 

(ごめんなさい、ご先祖さま……父上、母上……!)

 

 唯一与えられた責務、ミネタ男爵家の血脈を保つことさえ果たせずに彼らのもとへ逝く。しかし恐怖と絶望の中で、それを後悔できない自分がいるのも確かだった。

 

「では坊や、イッツジエンドゥ!!」

 

 ワイズルーの宣言により、いよいよその瞬間が現実のもとなる──と、思われたそのとき。

 

 馬の嘶きが、響き渡った。

 

「ドル……?──ド、ドルゥゥッ!!?」

 

 猛烈な速度で迫ってきた巨大なオブジェクトにより、ドルン兵の一角が撥ね飛ばされる。

 そうして包囲を崩したのは、二頭立ての豪奢な馬車だった。それはミノルの目前にまでやってきて、停まった。

 

「な、なんだ?」

「あらきれいな馬車」

 

 一瞬の静寂のあと、開かれた扉から次々と飛び出してくる武装した少年たち。その姿を、ミノルはしっかりと記憶していた。

 

「あ!お、お前ら……」

「──ミノル様!」

 

 さらに、自分が生まれる前から家に仕えていた老執事も。

 

「ご無事で何よりです、ミノル様」

「シエン……どうして?」

 

 夜の街に繰り出すときと同じように、こっそり屋敷を出てきたというのに。

 

「ミノル様のことで、私の知らないことなどありません。貴方様が毎夜どのような女性とお楽しみかも含め、余すことなく確認しております」

「ひぇっ……」

 

 青ざめるミノル。シエンは何も言わないから、せいぜい街で遊んでいることくらいしか知らないと思っていたのだ。

 ふたりの様子を見て、エイジロウたちは思わず苦笑した。一見物静かな老紳士なのだが、シエンの秘めたる愛は実に重い。ミネタ家に対しても、ミノル個人に対しても。道中の馬車の中、それを延々と聞かされたのだから堪ったものではない。カツキなどは突っ込むこともできず、露骨に辟易した表情を浮かべていた。

 

「そ、そうだ。この笛……!」

「!、その笛、マイナソーの……──よぉし!」

 

 差し出された角笛にリュウソウケンを叩きつけ──破壊する。

 

「オイデェ!?」

「ああぁっ、笛が!?せっかくそこの洞穴に捕まえておいた子供たちが──」

「そこの洞窟にいるんだな!?──ハヤソウル!!」

 

 すかさずハヤソウルを発動させたテンヤが、凄まじい速度で洞穴の中へ飛び込んでいく。そうして程なく、解放された子供たちが彼とともに出てきた。

 

「ではコタロウくん、みんなを頼む!」

「了解です。──みんな、こっちだ」

 

 安全な場所まで避難していく子供たち。その前に立ちふさがるリュウソウジャー。もはや彼らに対する楔は、なくなってしまった。

 

「しまったぁ、ついうっかり!」

「バカなんスか、ワイズルーさま!?」

「オイデェ!?」

 

 魔物たちが滑稽なやりとりを繰り広げる一方で、

 

「あんがとなミノルさま、あんたのおかげでみんなを助けられたぜ!」

「!、え……」

 

 "ありがとう""自分のおかげで"──生まれてこのかた、一度も他人に言われたことのなかったその言葉。ミノルははじめて、己の想いが成就したのだと思い知った。

 

「う、う゛ぅ、オイラ……オイラぁ……!」

「チッ……泣くなや、ウゼェ」

「かっちゃん……っ」

 

 咎めようとするイズクだったが、カツキの言葉には続きがあった。

 

「……まぁ、あんたの心意気だけは買ってやる」

「!」

 

 らしからぬか細い声でつぶやかれた言葉。それが彼なりの精一杯の、そして最大限の賛辞であることは、幼なじみ以外の面々にもわかった。

 

「ったくおめェは……そこは素直に褒めてやろうぜ」

「でも意外とええトコあるんやね、カツキくん」

「ア゛ァ!?仲間ヅラして勝手なこと言ってんじゃねえぞ、クソども!」

「かっちゃん……威圧するならあっち」

 

 イズクのもっともな指摘に、舌打ちしつつもカツキの鋭い視線が別の箇所に向けられる。

 

「あ、やっとこっち見た」

「チェッ、やっちまえお前ら!」

「オイデ……!」

「ドルゥゥ!」

 

 大量の魔物たちと、五人の少年少女。いっそ絶望的ですらある構図。しかし既に、ミノルはわかっていた。

 勝利は既に、彼らの手にあるのだと。

 

「やれるもんならやってみやがれ!──いくぜ!!」

 

 

「「「「「リュウソウチェンジ!!」」」」」

『ケ・ボーン!!』

 

『ワッセイワッセイ!そう!そう!そう!ワッセイワッセイ!ソレソレソレソレ!!』

 

『リュウ SO COOL!!』──踊り狂っていた小さな騎士たちが、色鮮やかな竜装の鎧へと変わる。

 そうして少年たちは、魔を屠る竜装の騎士となるのだ。

 

「──勇猛の騎士、リュウソウレッド!!」

「叡智の騎士ッ、リュウソウブルー!!」

「剛健の騎士、リュウソウピンク!」

「疾風の騎士!リュウソウグリーン!!」

「威風の騎士……!リュウソウブラァック!!」

 

──正義に仕える五本の剣。彼らの名は、

 

「「「「「騎士竜戦隊、リュウソウジャー!!!」」」」」

 

「俺たちの騎士道、見せてやるッ!」

 

 戦闘開始の狼煙。しかしその役割は自分のものとばかりに、ワイズルーもまた声を張り上げた。

 

「ンンンンン〜……──開演ッ!!」

 

 いよいよ、ドルン兵の群れが襲いかかってくる。気圧されることなく、リュウソウジャーもまた走り出した。

 

「おらぁああああッ」

 

 剣と槍のぶつかり合い。後者は盾まで装備している。しかしそれゆえに動きが鈍い。頑丈だが柔らかい、古今東西の戦士たちが垂涎するような鎧を纏った少年たちは素早く懐に潜り込み、リュウソウケンを一閃する。

 さらに、

 

「ツヨソウル!!」

『ツヨソウル!オラオラー!!』

 

 リュウソウルの力を借り、さらなる竜装を遂げる。奮い立つ剣は、いよいよドルン兵を盾ごと両断した。

 そして、仲間たちも。

 

「ハヤソウルッ!!」

「カルソウル!」

「ムキムキソウル!!」

「カタソウル……!」

 

 一斉に鎧を纏い、それぞれの能力をもって、ときに連携しながらドルン兵を駆逐していく。

 

「す、げぇ……」

 

 彼らの背中を遠くで見守りながら、ミノルは感嘆の声を洩らしていた。彼らは普通の勇者(ヒーロー)とはまったく違う。しかしこれこそミノルが憧れ、なりたいと願った姿に他ならなかった。

 

「ミノル様も、なれますよ。街を守る勇者にならば」

「!、シエン……」

 

 シエンの言葉には、比喩では片付けえない響きがあった。

 

 

「うぉおおおおおッ!!」

「オ、オイデ……!」

 

 ドルン兵をあらかた片付けたところで、リュウソウジャーはいよいよパイドパイパーマイナソーへの攻撃に取りかかった。動きの鈍らない彼らに対し、角笛を失った彼には身を守るものが何ひとつとしてない。身体ひとつで懸命に応戦しているが、どちらに趨勢が傾いているかは一目瞭然だった。

 

「素手で騎士に勝てると思ってンのかよ、カスがぁ!!」

 

 珍しくカタソウルで竜装したブラックが、その拳をあえて避けずに受け止める。身体が硬質化しているために、ダメージを受けたのはマイナソーのほうだった。「グアァ!?」と悲鳴をあげ、何歩も後退する。

 

「よし……!一気に決着をつけよう、みんなの力を合わせるんだ!」

「おうよ!なら、これだ!」

 

 あえて竜装を解き、代わって構えたのはブレスから排出されたカラードリュウソウル。それらをリュウソウケンに装填し、

 

『レッド!』

『ブルー!』

『ピンク!』

『グリーン!』

「………」

「……かっちゃん」

「チッ……わーっとるわ」

『ブラック!』

 

『それ!それ!それ!それ!──その調子ィ!!』

 

 竜装に使われるのと同等のエネルギーが、リュウソウケンの鋒へと充満していく。

 そして、

 

「「「「「クインティプル、ディーノスラァァッシュ!!!」」」」」

 

 息を合わせた五人が、息もつかせぬ斬撃を次々と繰り出していく。1、2、3、4、5──

 

「オ、イデェェェ……!?」

 

 五つめの斬撃を胸に受けた瞬間、耐えきれなくなったマイナソーはついに爆散した。紅蓮の炎がその身を焦がし、残滓すらもこの世界に遺さない。

 完全なる、リュウソウジャーの勝利だ。

 

「マイナソーは倒した、次はおめェらの番だ。ワイズルー、クレオン!!」

「うげぇっ……ど、どうしますワイズルーさま!?」

「ンンンンン……」

 

 問われたワイズルーの答は、

 

「ヤぁダ!」

「は!?」

「え!?」

「ア゛ァ!?」

「真打ち登場はここぞのときと相場が決まっているのだよ。私と踊りたければそれにふさわしい実力を身につけることだ。そうしたら最高の舞台を用意してあげよう。──クレオン、帰りまショータァイム!」

「う、うっす!覚えてろよ、リュウソウジャー!!」

 

 そうしてワイズルーがマントを翻すと、二体は姿を消した。追いかけようとする間もない、一瞬の出来事だった。

 

「あいつら……言いたい放題言って逃げやがった」

「……今は、仕方ないよ。子供たちを全員無事で助けられた、僕らの勝ちだ。ね、かっちゃん?」

「……次は殺す」

 

 カツキはあの巫山戯たドルイドンのことが殊更嫌いなようだと、イズクは悟った。彼は根が真面目で、敵に対しても彼なりに真摯に接している。にもかかわらずさんざん虚仮にされ、いたく立腹なのだ。

 それはそれとして──此度の勝利は、自分たちの力だけで勝ち得たものではなかった。

 

 

 *

 

 

 

 救出された子供たちが、待ち受ける家族のもとへ駆け寄っていく。

 カサギヤの街に戻ったエイジロウたちは、その光景を前にほっと胸を撫でおろした。親子の抱擁というのは、いつなんどき見ても心が温かくなる。

 

「勇者さま方、ほんとうにありがとうございました」

 

 彼らが口々に感謝の意を表す。それを素直に受け取りつつも、カツキが言った。

 

「礼なら、あの人にも言ってやれや」

「……あの人?」

 

 疑問を抱く一同の前に出てきたのは他でもない、ミノルだ。より訝しげな表情を浮かべる市民に対しては、エイジロウが説明した。

 

「ミノル……領主さまが、怪物から笛を奪ってくれたんス。おかげで子供たちを救け出せて、俺らは心置きなく戦えたんス」

「……本当なのですか、領主さま?」

 

 頷きつつ──ミノルは、しっかりと領民たちを見つめた。幼児のような小さな体躯、しかしその眼力は、今となっては誰より強い。

 

「……みんな、今まですまなかった」

 

 その声は、静かな夜の街にはっきりと響いた。

 

「オイラ、今までみんなに甘えてた。どうせオイラには何も求められてないからって、あきらめて、あぐらをかいてたんだ。……でもこれからは違う。オイラ、街のために精一杯がんばるから。困ってる人の力になれるような領主になってみせるから……だからオイラを、――見ていてほしい」

 

 皆にとって、本当にふさわしい領主になれるか、どうか。

 

 

──対する人々の反応は、皆の想像にまかせる。ただひとつ言うならミノルは、カツキが判断したほどには忌み嫌われているわけではなかった。憎めないが女遊びばかりしていて頼りない、困った領主さまだというのが大勢の評価だ。しかし今回、彼はその小さな身体で街の子供たちを救ってみせた。ならば人々の見る目は、見る目は──

 

 

「勇者のお嬢さん、せっかくのご縁ですしオイラと今夜ひと晩鍛錬に励んでみませんか?今夜のオイラはひと皮剥けてますよ、いろんな意味で」

 

 ……オチャコに対してこんな誘いをかけてしまうあたり、残念ながら困った領主さまではあるようだった。

 

 

 その後ミノルはシエンの指導のもと正しく鍛錬に励み、見違えるようにりっぱな領主となったのだが……その性癖だけは、生涯変わらなかったと言われている。

 

 

 つづく

 

 

 





「行けぇ、無敵のマイナソー!!」
「俺の命なんてどうなったっていいんだ」
「キミが死んだら、その子が悲しむ!」

次回「猿(ましら)の門」

「その澄ました顔、泣きっ面に変えてやる!」


今日の敵‹ヴィラン›

パイドパイパーマイナソー

分類/メルヘン属パイドパイパー
身長/195cm
体重/95kg
経験値/130
シークレット/「ハーメルンの笛吹き男」の伝承を受け継いだマイナソー。その笛の音は子供のみを催眠状態にし、思うままに操ることができる。笛を破壊しない限り、子供たちをもとに戻すことはできないのだ!
ひと言メモbyクレオン:裸ビームの次は児童誘拐って……変態ばっかだなこの街!あ、ハーメルンさんにはいつもお世話になってまっす!



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10.猿の門 1/3

クウガでもルパパトでもできなかったA組コンプ、今作では出来るだろうか…


 

 カサギヤの街を訪れてはや一週間。

 エイジロウたち一行は、各々紹介された仕事に励んでいた。

 

「おーい赤毛、次はこれ運んでくれ!」

「うぃーす!」

 

 指定された荷物を肩に担ぎ、建設現場を駆けずり回るエイジロウ。こうした肉体労働は体力を使うが鍛錬にもなるし、彼自身の気質と相性も良い。何より頑張ったぶんだけ報酬もたんまり貰えるのだ。

 

「ふぃ〜……」

 

 陽光のもと、溢れ出す汗を拭うために立ち止まる。気づけばもう何時間も休みなく働いているから、それくらいは許されるはずだ。

 数秒で再び動き出そうとしたとき、エイジロウより体格の良い大工に声をかけられた。

 

「兄ちゃん頑張ってんな、水分はしっかりとれよ」

「うす、あざす!」

「へへ……でもあっちの嬢ちゃんにはかなわねえみてぇだな」

「へ?」

 

 嬢ちゃん……といえば、この現場にはひとりしかいない。

 

「ほ、本当に大丈夫か嬢ちゃん?そんなまとめて……」

「全然ですよ〜」

 

 屈強でめったなことでは動じる様子もない大工たちがはらはらした表情で見守る中、オチャコはひとつひとつが幼子ほどの重さもある土嚢をひょいひょいと担ぎ上げた。そのままなんでもないかのように歩いていく。

 

「うおぉ……やっぱスゲーな、オチャコ」

 

 エイジロウは素直に感動した。村いちばんと言われた怪力は、旅に出ても健在なようだ。そしてそんな余裕もないからか、苦手意識も消えている。

 

「っし。漢として、俺も負けてらんねえぜ!」

 

 奮起したエイジロウは、オチャコに負けじと荷物を担ぎに行った。もっとも彼女の半分以下の量がせいぜいなのだが、それは仕方のないことだった。

 

 

 *

 

 

 

 そんなこんなで、あっという間に夕方である。無事仕事を終え、棟梁から日当の銅貨を貰ったときにはエイジロウはもう疲労困憊だった。

 

「ふぃー、もうくたくただぜ……。宿帰ったら身体洗って、がっつり寝てぇ」

「寝る前にごはん食べないと、明日もたんよ!」

「それもそっか。……ってかまだまだ余裕だな、オチャコ」

 

 鍛え方は同じ……むしろ性差があるぶん、自分のほうがハードなはずなのだが。

 

「スゲーなぁ、おめェは。魔法も使えて、ガッツもパワーもあって。俺も見習わなきゃな!」

「もう、そんな……褒めてもなんも出んよ!」

「うごっ!?」

 

 オチャコの()()肘打ちが脇腹に直撃し、エイジロウは悶絶した。

 

「ああっ、ご、ごめん!うっかり……」

「お、おめェなぁ……褒めてるそばから……」

 

 少年としてはかなり鍛え上げられた部類のエイジロウだからこの程度で済むが、これがたとえばコタロウだったら笑い事では済まないだろう。オチャコは反省した。

 

「……俺ちょっと休んでくから、先戻ってて」

「は、はーい……」

 

 

(そういえばこの街に来て一週間かぁ……あっという間だなあ)

 

 現状、自分たちの旅にはあてがない。目的地である"はじまりの神殿"はどこにあるか手がかりもないし、世界に巣食うドルイドンやマイナソーはそこら中にいる。現状、まずは自分たちを狙ってくるワイズルーやクレオンをどうにかするしかないのだが、後者はともかく前者が問題だった。

 

──数日前に遡る。

 

「イズクくん、きみもあのワイズルーというドルイドンも、ビショップのクラス云々と言っていたが……どういうことなんだ?」

 

 その問いに、離れて壁に凭れていたカツキが「ハァ!?」と声をあげた。

 

「てめェら、ドルイドンに階層があることも知らねえンかよ。村でナニ教わってきたんだ」

「う……ま、マイナソーのことはひと通り学んできたが、ドルイドンについては謎が多く……」

 

 そのあたりは遠征という形で決まった場所を行き来する騎士団が持ってくる情報より、五十年以上世界各地を旅してきたイズクとカツキのほうが詳しいのも当然だろう。ドルイドンは神出鬼没、それも非常に強力ゆえ竜装の力なしではマスターたちでさえ厳しい戦いを強いられたのだ。

 

「かっちゃんが今言った通り、ドルイドンには階層があるんだ。──まずいちばん下がポーン、クレオンがよく率いているドルン兵がこれにあたる」

 

 ドルン兵といえば、ドルドルと鳴き声しか発さないしさほど強力ともいえない。それでもドルイドンに分類される存在ではあるのだ。

 

「それで、その上がルーク。ここからが一般的にドルイドンとして知られている魔人たちだ。僕らの調べた限りだと、この前倒したタンクジョウはこの階級みたいだ」

「えっ……あいつ、下から二番目なん?」

 

 村を封印に追い込み、五人とキシリュウオーファイブナイツの力でようやく打ち倒した相手。それが、下層のドルイドン?エイジロウたち三人は呆気にとられ、次いで背筋に冷たいものが走るのを感じた。

 

「……じゃあ、ワイズルーはそれより上なんだな?」

「うん。ビショップはルークのひとつ上……僕らが知ってる中では最上位のドルイドンだ。あいつ、飄々としてるけど……タンクジョウより強大な力をもっているのは、間違いないと思う」

「………」

 

 沈黙が、場を支配する。それを打ち破ったのは、やはりと言うべきかこの少年だった。

 

「怖気づいたんか?」

 

 そのひと言に、場の空気が緊張したものとなる。

 

「それならそれで、これ以上連中の目に留まらねえようにこそこそ動きゃいい。マイナソー狩りなら俺らふたりで事足りる」

「……それは、ドルイドンそのものは野放しにするということか?」

 

 五人でようやく下位の者を倒したのだ、ふたりで倒せるわけがない。そういう言い方はカツキの逆鱗に触れることになると、流石にエイジロウたちも学習しているが。

 

「封印されとる騎士竜を見つけ出して、一緒に戦わせる」

「そんなことが可能なのか?」

「てめェらにできて、俺らにできねーことはねえ」

「………」

 

 しかし彼らも五十年、成果を挙げられていないのだ。村の神殿のようにそうとわかっていなければ、その発見は途方もないことなのではないか。はじまりの神殿もまた、同じ。

 

「……俺は、戦う」

 

 その言葉は自然に、エイジロウの口を突いて出た。

 

「世界を、みんなを守るために俺たちは騎士になったんだ。ドルイドンに苦しめられてる人たちを見捨てるなんてこと、できるわけがない」

「……そうだ」テンヤも首肯する。「兄さんに誓ったんだ。騎士の使命を果たすと。それは俺自身への誓いでもある」

 

 最初から、彼らの答は決まっていた。ドルイドンと戦い、奴らの脅威から人々を守る。その果てにしか、自分たちの故郷を取り戻す道はないのだ。

 

 五人のリュウソウ族、そしてひとりの人間の少年による旅はこれからも続く。望むと望まざると、既に定まった運命だった。

 

 

(頑張らなきゃ。私の力で、どこまでやれるかわかんないけど……)

 

 オチャコもまた、決意を新たにする。とはいえ己の力にまだ自負というか、自信と呼べるほどのものがあるわけではない。エイジロウとテンヤという、異なるベクトルである種のカリスマ性をもつふたりにここまでついて来たというだけ──少なくとも自分ではそう思っている。早く一人前になって、母のような騎士にならなくては。そのためには魔法ももっと使えるようになって──

 

 

 あれこれ考え込んでいたオチャコは、下卑た目つきの男たちが後をついてくることに気づけなかった。

 

「よう、オネーチャン!」

「!」

 

 そうやって絡まれたときにはもう、彼女は前後を取り囲まれていた。

 

「オネーチャン、かわいいね。どこ行くの?」

「……宿に帰るだけですけど」

「おっ!じゃあさじゃあさ、オレらとお酒でも飲みいかない?」

「料理もおいしくて安いよ!」

「つーかメシ奢るよぉ!」

 

 こういう類いの男どもに遭遇するのは百五十年余年生きてきて初めてのことだったが、知識としてはあった。ナンパ。十中八九が女の子に対して不埒な欲望を抱き、甘言を弄して連れ去ろうとするろくでもない行為だ。

 

 仲間が待っているのでとすげなく断るオチャコだが、男たちはしつこくつきまとってくる。肩でも掴まれたら投げ飛ばしてやろうと思うくらいには業腹なオチャコだったが、次の瞬間、意外なところから意外な助け舟が出された。

 

「おい、お前ら」

「!」

 

 振り向くと、そこに立っていたのは軽装の少年だった。背丈はそれほど高くなく、塩顔というのだろうか、顔立ちはかなり淡白だ。そんな地味な容姿の中で目をひくのは、尻の付け根から生えた長大な尻尾だった。

 

(尻尾?なんで?)

 

 装備品……にしては質感が生々しい。救けてくれたという感謝より、疑念が勝るのも無理からぬことだった。

 しかし彼は、"それ以外"の容貌にたがわず純朴な正義感の持ち主で。

 

「やめろよ。嫌がってるだろう、その娘」

「あぁ!?なんだァ尻尾野郎、おまえに関係ねーだろぉ!」

 

 一方で、ナンパ師どもは同性に対してどこまでも血の気が多かった。がなりたてながら、このほうが話も早いとばかりに殴りかかる。

 

──オチャコは見抜いていた。現れた少年が、衣服の下にみっちり鍛えられた体躯をもっていることを。

 

「!?、痛ででででででッ!!」

 

 悲鳴めいた声をあげたのは、殴りかかった男だった。二の腕を掴まれ、捻りあげられている。少年はさほど力を込めているふうでなく、最小限の労力で相手の動きを封じているのだ。

 

「てめえ何しやがる!」

 

 仲間の男が背後から襲いかかるが、これも少年の想定の範疇だった。片手で男その1の腕を固めたまま、もう一方の掌を開いたまま男その2の鳩尾に叩き込む。

 

「うごっ……」

 

 声にならない声とともに、男はふらふらと後退し、そのまま蹲った。

 

「大丈夫?」

「う、うん。ありがと──」

 

 そのときだった。蹲っていた男が道に落ちていた何かの破片のようなものを拾って、立ち上がったのは。

 

「このヤロォォッ!!」

「!」

 

 少年が振り向いたときには、男は眼前にまで迫っていて──

 

「──ッ、」

 

 それを見たオチャコが、間に割って入った。破片を持った男の手首を掴むと、もう一方を脇のあたりに添え──

 

──力いっぱい、投げ飛ばした。

 

「ぐはぁ……っ」

 

 ため息のようなうめき声のあと、男は薄目を開けながら脱力した。失神してしまったのだろう。

 

「ふぃ〜……」

 

 手をぱんぱんとはたきながら、もうひとりを見やるオチャコ。別に睨んだつもりはなかったのだが、彼はかわいそうなくらい怯えて逃げ去っていったのだった。

 

「……きみ、強いな」

 

 感心した様子でつぶやく少年。我に返ったオチャコは慌てて取り繕おうとするのだが、もう後の祭りと言うほかなかった。エイジロウたちにならともかく、見も知らぬ同年代──厳密には違うが──の少年に対してはか弱さもアピールしたい年頃である。

 

「い、いやそのえっとぉ、たまたまというか、火事場のなんとやらというか……」

「恥ずかしがることないよ、すごいじゃないか」

「あ、ありがとう……」

 

 そんなふうに真正面から褒めてもらったことはあまりないので、オチャコは頬を赤らめた。いや仲間たちだって彼女のパワーを頼りにしているのだが、それ以上にその拳骨が飛んでくるのを恐れてもいるのだ。

 

「この辺はごろつきもいるから、気をつけて。じゃあ」

「!、あ、待って」

 

 立ち去ろうとする少年を、咄嗟に呼び止める。

 

「私、オチャコ!──あなたは?」

「……マシラオ。一応、格闘家をやってる」

「格闘家?」

 

 耳慣れぬ職業に、オチャコが首を傾げたときだった。

 

「──ウオオオオオッ!!」

 

 にわかに雄叫びが響いたかと思うと、ふたりの眼前に金色の影が着地する。それは全身に黄金の毛を逆立てた、猿に似た怪物だった。

 

「な……マイナソー!?──下がってて!」

「………」

 

 格闘家──つまり戦うことを生業にしている少年。先ほどの身のこなしを見ても実力はあるだろうが、それでもマイナソーが相手となれば守るべき対象だ。

 そういう気持ちで前面に飛び出したオチャコは、マシラオ少年が怪物に驚きもせずにいることに気がつかなかった。

 

「リュウソウチェンジ!」

『ケ・ボーン!──リュウ SO COOL!!』

 

 賑々しい音声とともに、リュウソウメイルが一挙にオチャコの身体を包み込む。

 

「はぁああああ──!」

「!、きみは……」

 

 こちらには少年も驚いたようだったが、既にオチャコ──リュウソウピンクの意識にはない。リュウソウケンを抜き、まっすぐに斬りかかる──

 

「……!?」

 

 彼女は、唖然とした。剣をかわされた。それも寸前の寸前まで、敵は回避行動をとろうとはしていなかったというのに。

 

「ッ、この!」

 

 見た目はお世辞にも頑丈とはいえないようなマイナソー、一撃当てれば──そんな思いのもとがむしゃらに剣を振るうが、当たらない。ごくわずかな身じろぎひとつで、マイナソーは彼女の斬撃を避け続けている。

 

(うそ……なんで!?)

 

 からくりはわからない。ただ、敵がひと筋縄でいかないことはわかる。すかさず飛び退いたピンクは、リュウソウルを使って再挑戦することにした。

 

「ツヨソウルっ!」

 

 身体機能全体を強化する、リュウソウジャー全員が所持しているリュウソウル。それを鍔に装填し、

 

『リュウ!ソウ!そう!そう!──この感「タオォスッ!!」──!?』

 

 竜装の直前、猿人マイナソーが跳躍とともに襲いかかってきた。いちばん無防備な状態を、狙い打ちにされたのだ。

 

「う゛あぁっ!?」

 

 がら空きの胴体に拳を叩き込まれ、悲鳴とともにピンクは後方へ弾き飛ばされた。そのまま壁に叩きつけられ、ずるずるとへたり込む。

 

「……タオス、」

「う、うう……っ」

 

 拳の衝撃は、リュウソウメイルがほとんど吸収してくれるはずだ。にもかかわらず動けない、立ち上がれない。──マイナソーの一撃は、人体の急所を正確に捉えていたのだ。

 タオス──"倒す"とつぶやきつつ、やおら迫りくるマイナソー。動けない状態でもう一撃浴びれば、竜装解除では済まない。やられる──!

 

「やめろ!」

 

 そう叫んで割って入ったのは他でもない、マシラオ少年だった。

 

「ぁ……っ、だめ、逃げて……!」

 

 いくら鍛えていたとしても、あんな一撃、生身で受けたらひと溜まりもない──!

 

 しかしマイナソーの行動は、彼女の想像に反していた。

 

「ッ!、………」

 

 マシラオの姿を目の当たりにした途端、露骨に躊躇した様子を見せたのだ。そのまま拳を下ろしてしまう。

 

(どうして?)──オチャコが疑問を抱くのも無理からぬことだった。マイナソーが人間に従う、あるいは手心を加えるなんて聞いたことがない。

 そのときだった。マシラオが苦しそうに胸を押さえたかと思うと、その身体から緑色をしたエネルギー体のようなものがマイナソーへ吸収されていったのだ。

 

(まさか、この人……!?)

「……いくぞ、怪物」

「タオス……!」

 

 マシラオは怪物を連れ、いずこかへ去っていく。なんで、どうして。疑問だらけの中で「待って」と声を張り上げるが、彼らの耳には届かない。

 ようやく身体が動くようになったときには、少年と怪物の姿は夏の幻のように消え去っていた。

 

 



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10.猿の門 2/3

 

 マイナソーを連れたマシラオ少年は、街のはずれにある廃屋へと足を踏み入れていた。そこは家主が死んだか他の街の親類のところに身を寄せただかで無人になったと言われていて、前者の関係から幽霊屋敷などと周囲では呼ばれている。ゆえに、誰も近づかない忌み地となっているのだった。

 

 そこに、先客がいた。しかしそれは人間ではない、ある意味このような場所にふさわしい悪魔たちで。

 

「おおっ、待っていたよ宿主の坊や。マイナソーは……くくくっ、順調に育っているようだな」

 

 怪人による坊や呼ばわりに、十代も後半に差し掛かるマシラオは顔を顰めた。尤もドルイドンは人間はおろかリュウソウ族をも遥かに超える長命であり、6500万年前とほとんど顔ぶれが変わっていない。無論そんなことは知るよしもないのだが。

 

「にしてもやるなぁおまえ、こんな強いマイナソー生んだうえ普通に動けるなんて!リュウソウ族のヤツらくらいだぜ?」

 

 毒々しい緑色をしたキノコの怪人が、声変わりもしていない少年の声でのたまう。彼の言葉をこれまでのものも含め解釈するに、このマイナソーとかいう怪物を生み出した人間はふつう意識を乗っ取られて人事不省の状態に陥ってしまうらしいのだ。こいつに襲われたあと、なぜ自分がそうならなかったのか──それはわからないが、今のマシラオにとっては僥倖と言うほかないことだった。

 

「……そんなことより、こいつを自由に使って良いって話、嘘じゃないんだよな?」

「フフフフ……オフコォォス!ワイズルー、ウソつかない!その代わり、見物には行かせてもらうがね」

「好きにしろ」

 

 ぶっきらぼうに言い放ち、踵を返す。それさえ確認できたら、ドルイドンになど用はない。去りゆく途中、マシラオ少年はふと己の拳を見下ろした。

 

(俺が……臆病者だったせいで)

 

 

「本当に良いんスかぁ、ワイズルーさま?ハヌマーンマイナソー、せっかくクソ強いんスよ?それを宿主とはいえ人間ごときに貸してやるなんて」

 

 マシラオが去ったあと、クレオンは半ば悪態をつくような態度でそう言い放った。人間を虐め苦しめるためにマイナソーを生み出しているというのに、それを人間の良いようにさせるのではまったく本末転倒ではないか。

 しかし彼が実質仕える身となった主は、およそ突飛な思考の持ち主であって。

 

「そのリザルトとして、ファニーな見世物が見られるならノープロブレム!なのだよ、クレオンくん!」

「アァ……ソッスカ」

 

 呆れを隠そうともしないクレオンに対し、ワイズルーは再びぐいっと詰め寄った。

 

「ところで……キミの口の利き方、些か矯正の余地があるように見受けられるな」

「ッ!!?」

 

 

 *

 

 

 

「マイナソーを操る人間……だと?」

 

 信じられないと言いたげなテンヤの言葉に、オチャコはおずおずと頷く。

 宿に戻ったあと、オチャコは仲間を集めて事の顛末を報告したのだ。カツキだけは相変わらず、皆の輪に入らず距離をとっているが。

 

「……うん。しかも、マイナソーにエネルギー吸われてたし……宿主なんやと思う」

「でも宿主って、廃人同然になっちまうはずだよな?」

 

 まだ何人でもないが、エイジロウたちが見てきた宿主は皆そうだったし、イズクたちもそれを当然として受け止めていたのだ。

 しかし、

 

「言ってなかったけど、そうとも限らないんだよ」

「なんだって!?」

 

 マイナソーに寄生された人間たちを、イズクとカツキはもう数えきれないほど目の当たりにしてきた。その大多数がエイジロウの言うような状態になるのはその通りだが、そうでない例もあったのだ。

 

「かなり身体を鍛えていたり、強い精神をもっている人間は、マイナソーに意識を乗っ取られずに耐える場合があるんだ。そのマシラオって人は格闘家って名乗ったんだよね?それなら可能性は十分にあると思うよ」

「……だとしても、マイナソーが人間に従うなんざありえねえ」

 

 カツキが口を開く。ぼそっと毒づくようでも、やたら通る声だった。

 確かに、その疑問点は解消されていない。マイナソーが従っていることも──マシラオが、従えていることも。

 

 そんな気がかりを抱えて、このまま夜を迎えられるわけがなかった。

 

「……私、マシラオくん探してくる!」

「え──」

 

 即断即決、程度の差はあるがエイジロウたち三人組に共通した性質である。叡智の騎士なだけあってテンヤは考え込むときもあるが、どちらかというとそのときのために事前に思考を整理しておくタイプだ。そしてオチャコは、三人の中でもとにかく身体が動いてしまう性質だった。そう、仲間たちの反応さえも間に合わないほどには。

 

「いつもながら電光石火だぜ……」

「とりあえず、僕が同行するよ。みんなは働いて疲れてるだろ?少し休養をとったほうがいい」

 

「僕はミノルくんの書斎にこもってたからね」と自虐気味に言うと──ちゃっかり男爵と友人関係になったのだ──、イズクは彼女のあとを追った。

 

 

(マシラオくん……っ)

 

 あの塩顔の少年は騙されているのではないか、おそらくはあのワイズルーに。そうとしか思えないほどに彼は穏やかで、芯の強さをもっている人間に見えたのだ。

 

「オチャコさん!」

「!」

 

 宿から数百メートル離れたところで、イズクが追いついてきた。マシラオとは対照的に、顔の上半分をほとんど占めている大きな翠眼。ただマシラオに下した評価は、そのまま彼への評価でもあった。

 

「デクくん……ついて来てくれたん?」

「うん。いくら騎士でも、女の子に夜道をひとり歩きさせるわけにはいかないからね」

 

 イズクの言葉に、思わず頬を赤らめる。彼はどちらかというと初心な少年だから、これは心底からオチャコを気遣ってのものだろう。彼とは出逢ってまだ日も浅いが、親近感でいえばエイジロウやテンヤに負けないものを覚えつつあった。

 

「効率は悪いかもしれないけど、ふたりで一緒に探そう。その人の特徴って何かある?」

「尻尾!」

「尻尾!?」

 

 イズクの大きな目がさらに見開かれたのだった。

 

 

 *

 

 

 

 不幸中の幸い、その特徴的すぎる特徴のおかげでマシラオの情報はすぐ手に入った。彼は早くに両親を亡くし、今は街の中心部から少しはずれにある集合住宅で独り暮らしをしているのだという。

 

「とりあえず、まだ帰ってきてないみたいだね」

 

 ミエソウルで部屋の様子を探りつつ、イズクがつぶやく。対するオチャコは、そわそわした様子で街路の左右を見やった。

 

「心配だよね、マシラオくんのこと」

「……わかってくれる?」

「もちろん。きっと何か事情があるんだ、まずはそれを聞いてみよう」

 

 イズクはいつも物腰が柔らかくて、優しい。彼の幼なじみとは対照的で、でも似通ったところもないではない。それはふたりだけの長い長い旅の間に、互いに影響を与えあった結果なのだろうとオチャコは思う。

 

「デクくんとカツキくんって、良いコンビやね」

「えっ、どうしたのいきなり?」

「いや、デクくん見てたらなんとなく」

「そ、そう。……かっちゃんもそう思ってくれてたら、嬉しいなぁ」

 

 まろい頬を掻きつつ、はにかむイズク。彼の想いは単なる幼なじみ、あるいは相棒としても甚だ深いところにあるのだけど、オチャコはまだそれを知らなかった。

 そうして互いのことをぽつぽつと話しながら、待つこと数十分。

 

「!、来た!」

 

 イズクが声をあげる。彼らの視線の先には、重い足取りでこちらへやって来るマシラオ少年の姿があった。どこか消耗しているようにも見える、マイナソーに相当な量のエネルギーを吸われてしまっているのだろうか。

 居てもたってもいられず、オチャコは彼の前に飛び出していた。

 

「マシラオくんっ!」

「!、きみは……なんでここに?」

「街の人に聞いたんよ。ねえ……なんでマイナソーと行動しとったん?あなた、あいつの宿主なんでしょ?」

「………」

 

 沈黙、すなわち是であった。後ろめたさがありありと現れた表情は、暗がりの中にあってもよくわかる。

 

「事情があるなら、教えてもらえないかな?」イズクも追随する。「知らないかもしれないけど、マイナソーは宿主……つまりきみの生命エネルギーを吸い続けるんだ。このままだと──」

「……死ぬ、だろ?」

 

 さも当然のように言い放たれ、ふたりは二の句が継げなくなった。

 

「ワイズルーってドルイドンから、全部聞いてる。そのうえで俺は、俺から生まれたあの怪物を利用することに決めたんだ。今の俺には……敵をみんな倒せるだけの力が、必要だから」

「敵って……」

「………」

 

「──"煉獄(インフェルノ)"って、知ってるかな」

 

 またしても耳慣れぬ言葉だった──オチャコにとっては。一方で彼女にしてみれば知らないことなどないのではないかと言うほど世事に詳しいイズクは、「それって」と、半ば唖然としたような声を発したのだ。

 

「聞いたことがある……。この街の裏社会で行われているなんでもありの格闘大会──"煉獄"」

「なんでもありって……?」

「なんでもはなんでもだよ。格闘大会というのは表向き、どんな武器を使おうが、卑怯な手を使おうが構わない。その結果として出場者が命を落とすようなことがあっても、すべて闇に葬られる……」

「……!」

 

 オチャコは思わず息を呑んだ。格闘家であるマシラオがその名を出す理由など、ひとつしかない。

 

「俺は、その煉獄に出場していたんだ」

「なんで……なんできみが、そんな大会に!?」

 

 暴漢に絡まれている自分を救けてくれたマシラオ。その際、拳を握らず暴漢を傷つけることもなかった優しい彼が、殺人拳を振るうなんて。とても想像できなかったし、したくもなかった。

 

「──俺には、幼なじみがいるんだ」

 

 幼なじみ、という単語に、イズクはひときわ大きく反応した。

 

 

 マシラオ少年にとって人生最初の不幸は、尻尾などというおよそ人間ではありえないものを持って生まれてきてしまったことだった。

 そのような子供は当然、周囲から奇異の目で見られることは免れない。それでも精一杯愛情を注いでくれた両親を早くに亡くし、マシラオは独りぼっちになってしまった。尻尾の生えた子供を慈しんでくれる他人が、どれほどいるか。

 

 それでもマシラオが己の人生を悲観しなかったのは、その幼なじみの存在が大きかった。

 

「あいつは……トオルは、いつも俺に明るく笑いかけてくれた。あいつがいれば、俺は世界じゅうすべてが敵になっても生きていける……そう思っていたんだ」

 

 それなのに、

 

「トオルは突然、身体が透明になっていくという奇病に罹った。……今じゃもう、どんな姿かたちをしているのかもわからない。服を着ていなければ、そこにいるさえも」

 

 それだけだ、命を落とすわけではない。しかし透明人間になって、他人様の見る目が変わらないわけがない。トオルは気にしたふうもないが、マシラオと同じように憐れまれ忌避される立場に落ちてしまったのだ。

 そんなのは、嫌だった。

 

「俺はまた、あいつのまぶしい笑顔が見たいんだ。そのためならどんなことでもする、名医に診せるために金を稼ぐんだって……格闘技を習って、煉獄に足を踏み入れた。それなのに──」

 

 幸か不幸か、マシラオには才能があった。鍛えれば鍛えるだけめきめきと実力がついていったし、マシラオ自身も身体を動かすことは好きだった。

 しかし──その才能が、仇になった。

 

「それなのに……俺は、拳を振るえなくなった。煉獄での初試合、武器をもって襲いかかってきた対戦相手に無我夢中で拳を叩き込んだ。それが急所に入ったようで、そいつは倒れて動かなくなった。そのままどこかへ運ばれていって、今どうしてるのかもわからない」

 

 たまたま瞬間のダメージが大きかったというだけで、なんということはなかったのかもしれない。──その一方で、もうこの世にはいない可能性だって否定はできない。

 自分の拳が、他人を殺めたかもしれない……その事実にマシラオは打ちのめされ、他人に相対したとき拳を握ることができなくなった。だからオチャコを助けるときも、掌を開いたまま相手に立ち向かったのだ。

 

「……まさかきみ、マイナソーを自分の代わりに出場させるつもりなのか?」

「あいつなら……俺の代わりに頂点に立てる。賞金は好きにすればいい、そういう契約になってるんだ」

 

「だから、邪魔しないでくれ」──そう言い残すと、マシラオは自宅へと入っていった。今度はもう、引き留める言葉が出てこないふたりである。どんなに彼を説得したところで、マイナソーは既に生まれてしまった。

 

「……とりあえず、帰ってかっちゃんたちに相談してみよう」

「あっ……うん」

 

 名残惜しい思いはあった。守るべき人間に邪魔をするなと、距離をとられることがオチャコは悲しかった。まして悪人ではない、大切な人のために悩み足掻いている少年に。

 

「……彼の気持ち、僕にもわかるんだ」

 

 こちらに背を向けたまま、イズクが言った。

 

「僕は生まれつき身体が弱くて、騎士にはなれないって言われた。かっちゃんからもずっと、あきらめろって言われ続けてたんだ。ときには殴られたりもした」

「えっ……」

 

 あのカツキが、そんなことを?

 

「でもそのかっちゃんが傍にいたから、僕は夢をあきらめきれなかった。そんな僕をタイガランスは選んでくれて、騎士になることができた。今となってはもう、昔の話だけど……」

 

 だから幼なじみを太陽のように思う気持ちはイズクにも理解できるし、それを失いかねないことがあるならどんな手を使ってでもという思考にだってなる。

 

「僕と彼は同じだ。だとしても、彼の願いをかなえさせるわけにはいかない。──それが、騎士の務めだから……」

 

 自分に言い聞かせるようにつぶやいて、イズクは再び歩き出す。彼にどんな言葉をかければいいのか、もはやオチャコにはわからなかった。

 



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10.猿の門 3/3

 その闘技場は、文字通り地下に存在した。

 日頃から日の当たらない場所で生きるならず者たちが自ずと集まり、鬱憤を晴らすべくわあわあと奇声歓声をあげている。

 

 むさ苦しい人混みから離れたVIP席を、変装もしていないワイズルーとクレオンが占拠していた。ここがアンダーグラウンドである以上、彼らがドルイドンであることは──暴れでもしない限り──なんの問題にもならない。まして彼らは今回、唯一無二の出場者を連れてきた"上客"なのだ。

 

「楽しみスねぇ、ワイズルーさま」

「イッツ・ショータァァイム!ハハハハ、ハッハハハ、ハハー!」

 

 リングの上に、見るからに屈強な男が足を踏み入れる。鍛え上げられた上半身を惜しげもなく晒し、丸太のような腕には絶えず力こぶが現れる。しかしながらその顔立ちは悪辣で下卑ていて、良心などというものを欠片も感じさせない。それゆえ彼はこの煉獄の真っ只中で、獲物を縊り殺しにやって来たのだ。

 

 しかし彼が対する獲物は、人間ではなかった。

 

「……タオス!」

 

 黄金の被毛に全身を覆われた、猿に似た怪物──ハヌマーンマイナソー。その身体は男よりよほど細く小柄で、それゆえ得体の知れない怪物であろうと男は勝利を確信していた。

 

 対峙するひとりと一匹。試合開始まで彼らは動いてはならないが、観衆は既にエキサイトしている。彼らが品性のかけらもない言葉を次々に浴びせる中で、この場には不似合いな少年が固唾を呑んで状況を見守っていた。

 

──そして、

 

「オルアァァァッ!!」

 

 ゴングが鳴ると同時に、男はマイナソーに襲いかかった。その拳には鋭い棘が幾つも生え出たメリケンサックが塡められている。掠るだけでも皮膚は裂け、相手は耐え難い苦痛を味わうことになる。そうして相手の動きが鈍ったところで、何度も何度も殴りつけ嬲るのが彼の戦い方なのだ。

 一方のハヌマーンマイナソーはリュウソウピンクと戦ったときよろしく、自分からは動こうとしない。じっとその場に構え、男を待ち受けている。

 

「ハハハァッ!!」

 

 下卑た高笑いとともに振り下ろされた拳を──マイナソーは、身体をわずかに逸らして避けてみせた。

 

「何ィ!?」

「………」

 

 そのまま懐に潜り込み、

 

 己の拳を、男の分厚い腹に突き立てた。

 

「う、がぁ……ッ!?」

 

 男が目を見開き、次いで苦悶の表情を浮かべる。鍛えた腹筋に脂肪で壁をつくり、並大抵の殴打ならびくともしない自負があった。にもかかわらず、内臓ごと潰されたかのように錯覚してしまうほどの一撃だった。

 

「ぐ、ごぉぉぉ……ッ」

 

 ふらつきながらも、かろうじて男は耐えた。これだけで倒れるようでは、煉獄で名を馳せることなど到底できはしないのだ。もっともそうして再起不能になって、消えていく有象無象も大勢いるのだが。

 しかしマイナソーは、男の忍耐になんの敬意も払いはしなかった。一瞬屈み込んだかと思うと、その腕が()()()

 

「────ッ、」

 

 いや……正確には、消えたように見えたのだ。そうと誤認してしまうほどの速さで放たれた一撃は、男の顎を正確に穿いていた。白目を剥き、仰向けに倒れ伏す男。彼の脳は蕩けそうなほどに頭蓋の中でシェイクされ、もはや痛みを感じることもない。

 既に、勝負はついた。敗者が気絶した以上、勝者がそれを宣言すればこの試合は終わる。しかしハヌマーンマイナソーは未だ、己の欲望を遂げたとは思っていなかった。

 

「……タオス!」

 

 マイナソーは手始めとばかりに大の字にのびた男の首を掴むと、軽々と持ち上げてみせた。浮き上がっていく巨体をそのまま投げ飛ばし、リングの壁に叩きつけた。

 それを皮切りに彼は、無抵抗の相手に対して暴力の嵐を見舞った。彼自身に興奮した様子はなく、ただただ機械的に。それが己のアイデンティティであるから、やっているまでだとでも言いたげに。

 しかし観衆たちは違った。おぞましい光景に沈黙、あるいは悲鳴をあげるでもなく、むしろ尋常でない目つきでもっとやれと野次を飛ばし続けている。当然だ、この光景、煉獄では日常茶飯事なのだ。圧倒的強者が獲物をいたぶる姿は、彼らの何より切望する見世物に他ならなかった。

 

 そんな中で唯一、青ざめて言葉もないのがハヌマーンマイナソーの生みの親、マシラオだった。自らがリングに上がっていたときは無我夢中で気がつかなかった。こんな……こんなのは、格闘技でもなんでもない。俺は、こんなことをしたかったわけじゃ──

 

「これがキミの望みだろう、少年?」

「……!」

 

 VIP席にいたはずのワイズルーが、いつの間にか耳元まで近寄ってきていた。脇腹に手を添えられ、逃げ出すこともできない。

 

「キミは自分を蔑ろにし遠ざけてきた人間どもが許せなかった、本当はずうっと復讐の機会を伺っていたんだ」

「!、ち、違う……俺は、」

「大丈夫……なぁんにも心配することはないさ。あの男がボロ雑巾のように殺されたとしても、キミが気に病む必要なんてどこにもない。アレが死んだところで、悲しむ人間なんて」

 

 囁かれる優しげな声が、麻薬のようにマシラオの頭を痺れさせていく。

 半ば夢うつつのようにその言葉を受け入れかけた彼は──しかし、次の瞬間現実に引き戻された。

 

「でも……それはキミも同じだろう?」

「!、え……」

「キミだって、誰にも必要となんかされてない。キミが死んでこの世に遺せるのは、あの醜悪な怪物だけでショ〜タイム!」

 

 家族も亡く、人々からは疎まれ。──幼なじみだってきっと、自分のことなんて必要とはしていない。いつか病気を治して、別の誰かと幸せになるのだろう。

 ワイズルーに言われなくともずっと昔から、心のどこかで考えていたことだった。だからこそマシラオは侵食されていく。絶望という、不治の病に。

 

「──うぁあああああ……ッ!!」

 

 慟哭と同時にその生命エネルギーが吸い出され、マイナソーに注ぎ込まれていく。身体にあふれる力を発散するように、彼は咆哮した。そして息も絶え絶えの獲物に向かっていく。

 

「──タオォスッ!!」

 

 倒す……命も何もかもを奪い尽くそうと、ハヌマーンマイナソーが拳を振り上げ──

 

「──そこまでやっ!!」

 

 すんでのところでリングに飛び込んできたのは、桃色の鎧騎士だった。小柄で丸みを帯びた身体が、彼女が女性であることを示している。

 

「……ッ、タオス……!」

「………」

 

「──剛健の騎士、リュウソウピンク……!」

 

「ワァオ、リュウソウジャー!乱入とは小粋なことを!でもこちらには人質というものがおりまして!」

「ッ、あんた、ホントに最低……!」

「最低!?そんなの、そんなの……」一瞬項垂れたと思いきや、「──最高オブ、最高じゃないかぁ!!」

「ええっ!?」

 

 驚いたのは駆け寄ってきたクレオンだった。それにワイズルーは目ざとく反応する。

 

「人間にとって最低なら、ドルイドンとして最高オブ最高ということになるじゃないか!そうは思わんかね?」

「え〜……いやまぁ、そうっスけどぉ……」

 

 だとしても最低と詰られるのは良い気がしないクレオンであった。

 閑話休題。

 

「まあそういうわけで……この少年を大事に想うなら、身の処し方を弁えることだ」

「ッ、……!」

 

 そんなことを言われて、リュウソウケンを振るえるオチャコではなかった。

 立ち尽くす彼女に、ハヌマーンマイナソーが襲いかかる。せめてもの抵抗に防御姿勢をとるリュウソウピンクだが、

 

「タオス……!」

「うぅ……っ!」

「タオスッ!!」

「うあぁッ!?」

 

 二発の連打で態勢が崩れ、壁際まで吹き飛ばされる。マシラオから膨大なエネルギーを供給されたマイナソーは攻撃の手を緩めない。即座に迫り、もう一発。かは、と、声にならない声が洩れる。

 観衆の興奮は、いよいよ最高潮に達しているようだった。怪物の相手が裸體の大男から全身鎧の小柄な女騎士に変わったのだ。しかも後者のほうが攻撃に耐え続けている。その強靭な心身が叩き折られ、泣いて許しを乞うようになるさまを彼らは見たがっていた。

 

「や、めろ……!」

 

 マシラオだけがただひとり、そう言った。今まで宿主である自分に従っていたのだ、今回もその言葉が届くのではないかという一縷の望みにかけて。

 いや──本当は、わかっていた。マイナソーが自分に従っているのは隣にいるドルイドンの意向によるものであって、既にもう手遅れなのだと。

 

「いいぞハヌマーンマイナソー、やっちまえぇー!!」

 

 その証拠に、命令ともいえないクレオンの歓声により、マイナソーはいよいよその動きを大ぶりなものにした。ここまで身体を丸めて踏ん張ってきた剛健の騎士も、本気の一撃には耐えきれないだろう。マシラオの頬から、血の気が引いた。

 

「いやだ……──やめてくれぇええええッ!!!」

「タオス──ッ!!」

 

 声が重なりあった刹那、

 

『ブットバソウル!ボムボム〜ッ!!』

 

 気の抜けるような音声とともに、天井近くを漆黒の影が舞った。

 

「死ィ、ねぇぇぇぇッ!!」

 

──BOOOOOM!!

 

 剣が振り下ろされると同時に凄まじい炸裂音が響き、爆風がマイナソーに襲いかかった。体重の軽い身体は、物理法則の猛威を前にして容易く吹き飛ばされてしまう。

 さらに、

 

『ハヤソウル!ビューーン!!』

 

 緑の影がワイズルーらに迫ったかと思うと、その手中からマシラオを奪い取ったのだった。

 

「チッ……くたばっちゃいねえだろうな、丸顔」

「!、カツキ……くん。デクくんも……」

「マシラオくんは奪還したよ、オチャコさん!」

 

 サムズアップをしてみせるイズク──疾風の騎士・リュウソウグリーン。彼らを置いて独り先行してしまった自分だが、彼らはここぞというタイミングで助けに来てくれた。エイジロウとテンヤの姿はないようだが──

 

「まさかの乱入パート2、パート3!?」

「ッ、ワイズルー……!」

 

 意識が朦朧としはじめているマシラオを抱えつつ、二体のドルイドン──うち一体は厳密には異なるが──と対峙するグリーン。対するブラックはリングに入り込み、ハヌマーンマイナソーとの対決姿勢を鮮明にしていたのだが、

 

「……私にやらせて、カツキくん」

「!、……できんのか?」

 

 問いかけるカツキの声は、いつになく気遣わしげに感じる。彼が少なくとも情のない人間、もといリュウソウ族でないことを知っているオチャコは、はっきりと頷いた。

 

「できる!私の一発、ブチ込んだる……!」

 

 それは彼女の矜持、そのものだった。自分が傷つけられたことなど取るに足らない、マシラオ少年の優しさゆえの懊悩につけ込んだこの怪物は、自らの手で屠らねば騎士としての面目が立たない。

 

「なら、オモソウルを使え。てめェ持ってんだろ」

 

「その間、時間は稼いでやる」──そう告げて、威風の騎士は前面に出た。爆風によるダメージから立ち直ったハヌマーンマイナソーが、怒りのまま彼に襲いかかる。

 

「タオス……!」

「やれるもんならやってみろやぁ、猿野郎!!」

 

 目にも止まらぬ拳を剣でいなし、すかさず回し蹴りを放って強制的に距離をとらせる。その余裕ある所作、やはり彼は数段上の実力の持ち主なのだとオチャコは思い知らされた。

 

(それでも……!)

 

 いつか、必ず追いつく。今日をその、第一歩とするのだ。

 

「──オモソウルっ!」

 

 黄金と紺碧に彩られたリュウソウルを鍔に装填し、

 

『リュウ!ソウ!そう!そう!──この感じィ!!』

 

『オモソウル!ドーーーン!!』

 

 右腕に鎧を纏ったリュウソウピンクはそのまま、リュウソウケンをリングの床に突き立てた。それを敏く察知したブラックが、リングから飛び降りる。

 

 刹那、異変が起こった。

 

「タオ、ス……!?」

 

 あれほど機敏に動いていたハヌマーンマイナソーが、まるで巌でも背負わされたかのように全身を強張らせている。

 

「おいっ、どうしたハヌマーンマイナソー!?」

 

 慌てた様子で訊くクレオンに対し、答えたのは疾風の騎士だった。

 

「オモソウル、指定の範囲内に超重力をかけるリュウソウルだよ。──これでもう、あのマイナソーはまともに動けない!」

「ワット!?」

 

 そして、オモソウルにはもうひとつの能力がある。使用者の右手を覆う金色の籠手、その先に鉄球を装備しているのだ。直径はさほどでないながらみっちりと鋼鉄の詰まったそれは、超重力によってさらに何倍、何十倍にも重量を増している。

 オチャコはそれを、軽々と振り上げた。

 

「グラビティ──」

 

「──ディーノ、スラーッシュ!!」

 

──振り下ろした。

 

「グァアアアアッ!!?」

 

 鉄球と刃、ふたつを同時に浴びたハヌマーンマイナソー。悲鳴をあげた彼は、次の瞬間爆炎に呑み込まれた。余剰エネルギーが高熱を発し、その場にとどまることができずに拡散されたのだ。

 

「ハヌマーンマイナソーが……──マンマミーア!」

「次はおまえや……ワイズルー!!」

「!」

 

 グリーンとブラック、そしてピンク。波を打ったように静けさを取り戻した闘技場の中で、三人の竜騎士が邪悪な怪人たちに剣を突きつける。

 

「その澄ました顔……泣きっ面に変えてやる!!」

 

 その瞬間、ワイズルーは背中にぞぞぞ、と冷たいものが走ったように錯覚した。これは……怖気?自分は、リュウソウピンクに怯えているのか?

 

「へんっ、お前らごときワイズルーさまにかかりゃ一瞬だぞ一瞬!そうっスよね、ワイズルーさま!?」

「………」

「え……ちょっ、ワイズルーさま?」

 

 固まっているワイズルーの傍ら、クレオンは焦った。頼みのマイナソーもドルイドンの力も借りられないとなれば、彼には己の身を守る手段がないのだ。

 

 しかし、ハヌマーンマイナソーはまだ生きていた。

 

「……タオ、ス……!」

「!、こいつ……!」

 

 今度こそとどめを……なんて、身構えている猶予もなかった。

 

「──タオォォォスッ!!」

 

 再びマシラオから大量のエネルギーを吸収し、ついにハヌマーンマイナソーの肉体は限界を迎えた。器ごと膨れ上がる──つまり、巨大化するのである。

 その光景に、さんざんエキサイトしていたろくでもない観衆たちはようやく我に返ったらしい。悲鳴をあげながら我先にと闘技場を飛び出していく。もっとも次の瞬間、巨大化の余波で崩壊した天井が瓦礫となって崩れ落ちてきたのだから、彼らは機を見るに敏ともいえるのだが。

 

「チッ、街中でホイホイでかくなりやがって」

「とにかく手はず通りにいこう、かっちゃん!──オチャコさんも」

「……うん!」

 

 ぐったりしたマシラオを背負い、仲間とともに離脱する。──だが、これだけは。

 

「ワイズルー、クレオン……!──次は必ず倒す!」

「!!」

 

 そのまま外へ消えていくリュウソウジャー。彼らの姿が見えなくなってようやく、クレオンは「うっせぇバーカバーカ!!」と罵声を返したのだった。

 一方で、

 

「……く、くくくっ。ふはは、ふはははは!!」

「わ、ワイズルーさま!?」

「ハハハハ……面白いじゃないかリュウソウピンク!この私に恐怖を感じさせるとは!これからが……楽しみだよ!!」

 

 崩壊していく闘技場に、ワイズルーの高笑いがいつまでも響き渡っていた──

 

 

「タオォス……!」

 

 巨大化したハヌマーンマイナソーは、標的をリュウソウジャー三人に見定めて追撃を続けていた。圧倒的な質量差ゆえか、彼女らは先程とは打って変わってひたすら逃げ続けている。それがますます、怪物の嗜虐心を煽った。

 それが彼らの作戦の一環であるとは、思いもよらなかった。

 

「──待ってたぜ、マイナソー!!」

「!?」

 

 広場のような場所に入った途端、そこに赤い竜騎士と青、桃の騎士竜が待ち構えていたのだ。キシリュウオーにトリケーン、そしてアンキローゼ。

 

「みんな……!」

「すまなかったオチャコくん、助けに行けなくて!」トリケーンの中からテンヤの声が響く。「ミネタ男爵にキシリュウオーが戦える場所を確保してもらっていたんだ。そちらをイズクくんたちに任せて、俺たちは用意をして待っていたというわけだ!」

「ここなら心置きなく戦える。来いよオチャコ、おめェの底力見せてやれ!」

「──うん!」

 

 この戦場の主役は彼女だ。ならば戦い方は、ひとつ。

 

 

「「「──竜装合体!!」」」

 

 変形したトリケーンとアンキローゼがキシリュウオーに合体する。スリーナイツ……ではなく、アンキローゼを中心とした竜装形態だ。桃色の頭部は、その可憐な色合いと裏腹にごつい鉄仮面で覆われている。

 名付けて、

 

「「「キシリュウオー、アンキローゼ!!」」」

 

 

「──タオォスッ!!」

 

 ハヌマーンマイナソーは巨大化しても変わらぬ敏捷さで襲いくる。対するキシリュウオーアンキローゼはその場から動かず、じっと待ち構えている。

 

「どうする気だ、オチャコくん?」

「まぁ見てて!」

 

 マイナソーの拳が機体を穿つ──と思われた刹那、

 

「お、りゃあッ!!」

 

 右腕のテイルウィップでマイナソーの勢いを削ぎつつ、左腕のハンマーを叩きつける。

 

「グアァッ!?」

 

 マイナソーがうめき声をあげ、よろける。それを見たレッドが「おぉ」と声をあげた。

 

「当たったな、オチャコ!」

「うん。でも、直撃ちゃうかった……!」

 

 その証拠に、ハヌマーンマイナソーはすぐに態勢を立て直そうとしている。キシリュウオーアンキローゼは頑丈かつインファイトを得意とする形態だが、この敵を捉えきれるほどのスピードはない。

 もう同じ手は通用しないだろう。オチャコが必死に勝ち筋を見出そうと思考を巡らせていたらば、眼下をエメラルドグリーンの騎士が走り抜けていくのが見えた。

 

(……デクくん?)

 

 

「──かっちゃん、こっちは準備オーケーだ!3、2、1でいこう」

「仕切んなや、クソデク」

 

 彼らの足元にあるのは、地面に埋め込まれら何かのレバーらしきものだった。そこに足をかけ、3カウント。そのすぐ傍では、ハヌマーンマイナソーが再びキシリュウオーに襲いかかろうとしていて。

 

「「──せーのぉッ!!」」

 

 カウントを終えた瞬間、ふたりは同時にレバーを踏みつけた。刹那、

 

「!?、グォアァッ!!?」

 

 マイナソーの足下から、巨大な柱が突き出てきたのだ。予想だにしないオブジェクトに腹部を打たれ、身体を丸めた姿勢のまま天に打ち上げられる。

 そこに今度は壁面から柱が飛び出してきて、彼を反対側の壁に叩きつけた。

 

「よしっ、うまくいった!」

「ふん、たりめーだわ」

 

 イズクとカツキが喜びを露にする一方で、

 

「え……何?何が起きたん?」

「ここはミネタ家の所有する……なんだっけ?」

「アスレチック。大掛かりな仕掛けのある遊び場なんだそうだ!」

 

 それを利用して、マイナソーの思いもよらぬ攻撃を仕掛けたのだ。奴らの敵は人間そのものだけではない、人間の知恵と創り出した道具をも相手にしているのだ。

 地面に叩きつけられ、うめくハヌマーンマイナソー。それでもなお彼が立ち上がろうとしたところに、キシリュウオーは迫った。

 

「とどめや……!」

 

 

「──アンキローゼっ、ボンバー!!」

 

 ナイトハンマーからあふれ出したエネルギーが、巨大な槌を形成する。

 その一撃を、マイナソーの脳天に叩きつけた。

 

「タオ……ォ──ッ!!?」

 

 断末魔の声すら最後まで発しきれぬまま、ハヌマーンマイナソーは終わった。紅蓮の大輪だけを、その場に遺して。

 

 

 *

 

 

 

「……ごめん。きみには本当に、申し訳ないことをした」

 

 マシラオ少年が深々と頭を下げる。それを見て「きみ"たち"だろが」と毒づくカツキを、「かっちゃん……!」と密やかに諌めるイズクというひと幕もありつつ。

 

「これから、どうするん?」

 

 過去のことなどオチャコにとっては詮無いこと。マシラオがこれから、どうやって生きていくのか。──ままならない現実と罪の意識に、押しつぶされはしないか。

 オチャコの心配に反して、彼は静かに拳を握ってみせた。

 

「……俺、もう一度イチから頑張ってみるよ。こんな俺でも、入門させてくれるって道場が見つかったんだ。今度はそこで、人を喜ばせられるような格闘術を磨くよ」

「!、……そっか。うん、それが良いよ!」

 

 この少年なら、きっとできる。オチャコはそう信じた──イズクも。

 

「でも、私も一回会ってみたかったかも。トオルくん!」

「……くん?」

「?」

 

 そのときだった。いずこからか、「マシラオく〜ん!」と呼ぶ声が響いたのは。

 振り向くマシラオ。オチャコたちの視線もつられてそちらを向く──驚いた。

 

 駆け寄ってきたのは、浮遊する衣服の幽霊だったのだ。しかしよくよく見ればそれは、人間の──それもあるべきところにしっかりと膨らみのある──ボディラインを映していて。

 

「トオル!?どうしてここに……」

「えっ、この人が……!?」

 

(ってかトオルって、女の子やったん!?)

 

 どちらかといえば男性的な名前だったから、男だとばかり思っていたのだ。幼なじみといえばイズクとカツキがいるから、というのもある。実際イズクも驚いているようだった。

 それにしても、近い。年頃の異性との距離感ではない。──マシラオの顔は、これでもかというくらいに赤くなっていた。

 

「だって、マシラオくんが怪物騒ぎに巻き込まれたって聞いたんだもん。心配したんだよ、本当に!」

「わ、わかった!わかったから離れて……!」

 

 逞しい腕を掴んで放さない透明少女により、マシラオ少年はいずこかへ連行されていく。会話を聞く限り、今日はうちで一緒にごはん食べようだとか、そんな話をしている。いずれにせよ、湿っぽい別れではなくなってしまった。

 

「……トオルさん、女の子だったんだね」

「……うん」

 

 どうしてか、オチャコの心にはもやもやしたものがあった。マシラオに対して抱いていた、仲間たちに対するそれとは似て非なる感情。それに付ける名前を、彼女は知らなかった。

 

「……ま、いっか!」

 

 お幸せにね、マシラオくん。

 

 ちいさな胸の痛みを抱えながら、彼女は仲間たちの輪に帰っていくのだった。

 

 

 つづく

 

 




「新たな騎士竜……!」
「この、愚か者めがぁあああああ!!」

次回「そもさん、汝に問う」


「一緒に戦おう、ディメボルケーノ!!」


今日の敵‹ヴィラン›

ハヌマーンマイナソー

分類/ビースト属ハヌマーン
身長/175cm
体重/80kg
経験値/528
シークレット/インドの神猿「ハヌマーン」に似たマイナソー。黄金の被毛に覆われた身体は痩せているが筋肉質であり、その格闘術は他の追随を許さない。
ひと言メモbyクレオン:あんまり生まれない武闘派マイナソーだったんだけどなぁ……どっちかというとタンクジョウさまのほうが相性良かったかも?


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11.そもさん、汝に問う 1/3

 

 彼らがもう幾度目かもわからない出立を決めたのは、やや蒸し暑いある晩のことだった。

 

「明日の昼にはここを出るって……すいぶん急だな!?」

 

 エイジロウの言葉に、イズクは苦笑混じりに頷いた。

 

「僕もそう思うけどね、かっちゃんは大体いつもそんなだし」

「……苦労するな、きみも……」

 

 同情ぎみなテンヤだが、エイジロウ、そしてこの前の一件で少し彼と距離を縮めたオチャコは知っている。イズクはむしろそれを誇らしくすら思っているふしがあるのだと。

 

「それに、今回ばかりはしょうがないよ」

「?、どういうこと?」

 

 時は数時間前に遡る。カツキはこの夜、街の酒場に足を伸ばしていた。彼はリュウソウ族としても立派な成人だし、そもそもこの世界に飲酒制限は──明確な法としては──ない。まあ、あまり小さい子供に飲ませるのは良くないという暗黙の了解があるくらいだ。

 と言っても、カツキ自身酒を飲むことが好きなわけではない。酒場というのは皆、だいたい気兼ねない仲間とお喋りを楽しむ場である。酒が入って口も軽くなるというおまけ付きで。

 

 つまり、情報収集には最適というわけだ。

 そういうわけで酔いすぎないようちびちび酒を飲みつつ、耳をそばだてていたカツキは、ついに重大な情報に接することとなったのだ。

 

──街の北東にある火山、通称"賢者の釜"に最近、恐竜に似た怪物が現れるようになった。

 

 

「恐竜って……もしかして、」

「うん。かっちゃんが聞いた特徴からみるに、これ──」手持ちの書を開いてみせるイズク。「この騎士竜、"ディメボルケーノ"の可能性が高い」

 

 そこに描かれていたのは、鮮やかなオレンジ色のボディをもつ騎士竜だった。背中からは燃え盛る炎のような突起が突き出しており、目つきと相まって気性の荒い印象を受ける。

 

「新たな騎士竜が、そんな近くにいたとは……」

「正直、僕も驚いたよ。騎士竜たちはみな封印されていて、それを見つけ出すのも一筋縄ではいかなかったんだけど……おそらく、何かの拍子で封印が解けてしまったんだね」

「なんにしても、仲間を増やすチャンスってわけだな!」

 

 明るい表情で言うエイジロウ。実際、これが明るいニュースであることに違いはない。まだまだ終わりの見えない戦旅、新たな騎士竜の参入はそのままこの星を護る力となるのだから。

 ただ、

 

「……大丈夫かなぁ……」

「ん?」

「あ、いやちょっとね」

 

 イズクが言葉を濁した理由は、よくわからなかった。

 

 

 *

 

 

 

 翌日の出立は忙しないものだった。

 まずとっていた宿を引き払い、なんだかんだで顔見知り以上の関係にはなったミネタ男爵に辞去の挨拶をしに行った。そして旅の間で必要となる食糧を買い込んでいると、昼などとうに過ぎてしまう。

 

「チッ、時間かかりすぎだわてめェら」

 

 ようやく街を出たところで、カツキからそんな文句が飛び出すのもむべなるかな、である。ただ、当然抗弁はあって。

 

「い、いくらなんでもさ……!半日は強行軍すぎん!?」

「ア゛ァ?何甘ったれたこと言っとんだ」

 

 カツキの返答はにべもないものだった。

 

「だいたい、誰もてめェらについて来いとは頼んでねえ」

「ッ、この期に及んでそんなことを……」

「たりめーだろが、戦場で足引っ張り合うのなんざごめんだから手ぇ組んでたまでだわ。わーったら距離をとれ」

「……はぁ」

 

 イズクがこめかみのあたりを押さえている。こうなるとカツキは基本的に、何を言っても無駄なのだ。

 

「頼まれちゃいねえけど、ついてくるなとは言われてねえぜ!」エイジロウが食い下がる。「俺らも新しい騎士竜に会いてえんだ。このまま同行させてもらうぜ」

「……勝手にしろや」

 

 そう言わせただけで、少なくともエイジロウは満足だった。自分たちを仲間と認めてくれるまで果てしない道のりかもしれないが、千里の道も一歩からと言うではないか。

 

(……ブレないな、この人)

 

 戦力ではないがしっかりエイジロウ一行には組み入れられたコタロウは、彼を観察しながらそんなことを思っていた。彼らが如何にして出逢い、そして距離を縮めていくのか。その記録をつけてみるのも面白いかもしれない。そんなことを最近の彼はつらつら考えていたが、なかなか実行には移せずにいた。

 

 

 *

 

 

 

 さて、それからひと晩を野営して過ごし、翌朝。

 リュウソウジャー(+1)一行は賢者の釜の麓へと足を踏み入れたのだが。

 

「なんだこれは……酷いところだな」

 

 思わずテンヤがそうこぼすのも無理からぬことだった。辺りには草木がほとんど生えず、鼻をつくような硫黄の匂いがぷんぷんと漂っている。生命の息吹というものが、この地からはまったく感じられなかった。

 

「こんなとこにほんとにおるん?その……ディメボルケーノ?」

「元々ディメボルケーノは活火山帯を好んでいた騎士竜だそうだから、間違いないと思うよ」

「騎士竜は荒れ地だろうがなんだろうが生きていけんだよ、てめェら軟弱モンと違ってな」

 

 相変わらず余計なひと言を言わずにはいられない男である。激発しかかるテンヤをエイジロウが慌てて押し留める。こんな臭いのひどいところで喧嘩をして、立ち止まっている場合ではない。

 

「と、とにかく先を急ごうぜ!イズク、ディメボルケーノはどの辺にいるんだ?」

「え、えっと……そうだね、旅人が目撃してるくらいだしそんな奥ではないはず──」

 

 そのときだった。やまびこのようにいずこからか野太い声が響いてきたのは。

 

「!、今のは!?」

「チッ、だぁってろ。──キケソウル!」

 

 素早くキケソウルを発動し、耳を澄ますカツキ。彼の顔から険がとれて、静謐なものとなる。その表情からはプライドだとか鬱屈だとか、そういった"灰汁"を取り払った彼の心の核を感じることができる。昔からイズクはそう思っていて、つい目が離せなくなってしまうのだ。気づかれると「きめェからやめろ」と罵倒されてしまうのだが。

 

 ややあって静聴をやめたカツキは、何も言わずにずんずんと歩き出した。

 

「あ、おいカツキ!?」

「とにかく行ってみよう!」

 

 彼が何かを捉えたのだ、そのことは付き合いの浅いエイジロウたちにでもわかった。

 

 

 *

 

 

 

「そもさん、汝に問う!」

 

 頭上から降り注ぐいかめしい声に、ワイズルーとクレオンは揃って居住まいを正した。

 

 状況を追って整理してみよう。まず彼ら──前者は擬態能力によって堂々とカサギヤの街に侵入しており、後者は液状化能力によってまた然り、である。彼らもまたそのようにして、リュウソウジャーの面々のように堂々とではなくとも情報収集を行っていたのである。

 そうして接したのが、やはりあの噂──賢者の釜に恐竜の怪物が出るという話である。それが騎士竜であるとこれまたやはりワイズルーは当たりをつけた。そうしてリュウソウジャーたちに一歩先んじて、この賢者の釜に足を踏み入れた。

 

──そして、見つけたのだ。オレンジ色に輝く、マグマのようなボディをもつ騎士竜を。

 

 そしてかの騎士竜は、上述の台詞のあとにこう続けたのだ。

 

「パンはパンでも、食べられるパンは!?」

「な、な……」

「なぞなぞ!?」

 

 衝突を織り込み済みで来たゆえに、彼らは驚愕と拍子抜けを同時に味わった。これがタンクジョウなら「ふざけるな」と自分から攻撃を仕掛けていたかもしれないが、幸か不幸かワイズルーは自分自身が真剣にふざけ倒す男であって。

 

「フハハハハ!そのような謎かけなど片腹痛し、このワイズルーに解けない謎はなァい!」

「おおっ、カッコいいッスワイズルーさま!」

「というわけでクレオンくん、回答したまえ!」

「お安い御用で……なんで!?」

「グレイテストエンターティナーはここぞというときに活躍するものなのさ」

 

 要するに美味しいところだけ掻っ攫っていくと言っているようなものである。まあ、謎かけなど適当にあしらえば良いのだとクレオンは前に進み出た。

 

「……そんなモン決まってる!食べられないパンといえば……鉄板!!」

「………」

 

 この世界にまだフライパンはないので、これが定番の答になる。閑話休題。

 

「……こ、」

「こ?」

 

「この、愚か者めがァアアア!!!」

 

 怒りの咆哮と同時に、ディメボルケーノが口から火炎を吐き出した。

 

「うぎゃあああああ!?」

 

 炎に巻かれ、悶え踊るクレオン。ワイズルー、そして護衛のドルン兵部隊はというと、

 

「おぉ……アンビリーバボー」

 

 ちゃっかり炎の拡散範囲外まで逃げていたのだった。

 

「な、なんで、なんでェ!?」

「質問をちゃんと聞かんヤツは、グレイテスト愚か者だァ!!」

「ちゃんとって……あっ」

 

 そこでようやくクレオンは気がついた。──ディメボルケーノは、"食べられるパン"と言ったのだ。先入観に囚われ、クレオンは質問から聞き違えていたのだった。

 

「フッ……やはりまだまだだな。──次は私に出題してもらおう、炎の騎士竜よ!」

「!、……ヨッ、ワイズルーさま!」

 

 満を持しての真打登場、内心唾を吐きたい気持ちのクレオンも太鼓持ちに徹した。もういっぺん回答してこいと言われても困るのである。

 

「その意気や良し!」応じる炎の騎士竜ことディメボルケーノ。「そもさん、汝に問う!」

「ドンと来い超常問題!」

 

「──ひざを十回言ってみよ!」

 

(それは問いなのか?)──クレオンは心中で突っ込んだ。

 

「ひざ、ひざ、ひざ、ひざひざひざひざひざひざひざ!!」

 

 素直に言い切るワイズルー。そして、

 

「──それで、どうだ!?」

「ンン〜……」

 

「意味がわからん!」

「愚か者めがぁああーー!!」

 

 素直すぎる返答が災いして、ワイズルーもまた紅蓮の焔に呑み込まれてしまうのだった。

 

 

「何しとんだ、あいつら」

 

 その光景を岩陰から眺めつつ、カツキは冷たい声、瞳でごちた。今回ばかりは仲間たちも、諸手を挙げてうんうんと頷いている。

 

「ディメボルケーノ……ドルイドン相手に遊んでるのか?いやでも、それにしては……」

「つーかディメボルケーノ、喋れんのか?騎士竜なのに──」

「騎士竜は俺とてめェらの中間くらいには賢ぇ。喋るヤツは喋んだよ」

「!、じゃあティラミーゴも!?」

「俺のトリケーンはどうなんだ!?」

「アンキローゼは!?」

「知るかボケ!寄んな距離をとれ!!」

「あ、ドルイドンが逃げていきますよ」

 

 またひと騒ぎ起きそうなところで、コタロウがそう声を張り上げて言った。

 

「こ、ここは仕切り直しでショ〜タイム!!」

 

 炎に巻かれながら脱兎のごとく逃げていく二体とプラスアルファを、ディメボルケーノはことさら追いかけたりはしなかった。ただじっと、その背中を睨みつけている。

 

「あいつ、どういうつもりなんだ……?」

 

 相手がドルイドンだからといって、特別に敵意を抱いてはいないのだろうか?人語を解しているにもかかわらず、ティラミーゴたちよりその思考が読めなかった。

 

「とにかく今がチャンスだ、行ってみようぜ」

「しかし、我々にも謎かけが飛んできたらどうする?」

「そこは頼むぜ、叡智の騎士!」

「俺なのか!?ど、努力はするが……」

「あ、僕も手伝うよ!」

 

 頭脳労働といえばこのふたりの領分だ。いやカツキも負けないくらいに賢いのだが、彼は如何せんこの性格である。ディメボルケーノと血みどろの争いになるさまが容易に想像できた。

 

 というわけでイズクとテンヤが先行して岩陰から飛び出し、残る四人が数歩あとに続いた──後方組にされたことにカツキは憤慨していたが──。

 

「ディメボルケーノ!」

「!」

 

 オレンジの身体の中で目立って輝く翠の瞳が、ぎょろりとこちらに向けられる。騎士竜はみなそうだが、思わず身がすくみそうな迫力があった。

 

「なんだ、おまえたちは?」

「はじめまして!我々はリュウソウジャー、リュウソウ族の騎士です!私はテンヤと申します!!」

「同じく、イズクです」

「リュウソウ族……これはご丁寧に!」

 

 意外な返事だった。礼節を重視するタイプなのかもしれない。なおさらカツキを前に出さなくて良かったと思う。

 

「先ほどの連中……ドルイドンを倒すため、お力添え願いたく参りました!どうか、我々と協力して戦っていただけないでしょうかッ!?」

 

 ティラミーゴたちに比べて堅苦しいにも程がある対応だが、彼らと違ってまだ明確に味方と断じることのできない状態である。下手で出て機嫌を伺う作戦でいこうと、テンヤとイズクが相談して決めたのだ。

 それについては功を奏したらしく、ディメボルケーノはいきなり攻撃を仕掛けてきたりはしなかった。しかし、

 

「礼儀がなっているのはよろしい。だが願いを聞き届けてほしいというなら、俺の謎かけを解いてみせよ!」

「ッ、」

 

 やはり、そうきたか。ふたりは身を硬くした。

 

「……受けて立ちます!」

 

 イズクが思い切ってそう叫ぶ。──決戦の火蓋が、切って落とされた。

 

「そもさん、汝に問う!──上は洪水、」

 

 聞いたことのあるフレーズだった。そのあと下は大火事と続けば、答は風呂である。そこはこの世界でも変わらないのだった。

 しかしそこはディメボルケーノ、そうは問屋が卸さない。

 

「──下も洪水!なーんだ!?」

「な……!?」

「!!」

 

 それってただの洪水じゃん!と突っ込みたくなるのを、後方の四人はかろうじてこらえた。ここは叡智の騎士、そして彼に負けじと知識を蓄えている疾風の騎士に任せるほかない。

 しかし肝心の彼らはというと、

 

「」

「上も下も洪水……?二層構造?地下水路があふれている状態ならそう言えるのか?でもそんなの謎かけとは言わないし………」

 

 テンヤは完全に固まってしまい、イズクはブツブツと思考を垂れ流しながら考え込んでいる。しかし明確な答が出る様子はない。考えすぎて深みに嵌っているという状況だった。

 そうして数十秒が経過した頃、ディメボルケーノが我慢の限界を迎えた。

 

「──愚か者めがぁああああ!!!」

 

 問答無用とばかりに劫火が吐き出される。リュウソウ族といえど素の頑丈さはドルイドンに及ぶべくもない。まともに呑まれれば命はないのだ。

 

「「ッ、ハヤソウル!!」」

 

 覚悟はしていたふたりは咄嗟にハヤソウルを発動、その場から離脱する。果たして紅蓮の壁が双方に溝をつくった。

 

「うわっ、私ら相手でも容赦ナシなん!?」

「このクソ騎士竜がァ……下手に出てりゃいい気になりやがって!!」

 

 燃え盛る炎のような少年はこちらにもいる。激昂するカツキを慌ててエイジロウが羽交い締めにして引き留めた。

 

「放せやクソ髪ィ!!」

「落ち着けって!反撃したらそれこそ全面戦争になっちまうだろ!?」

 

 リュウソウ族と騎士竜の争いなど笑い事ではない。彼らの助力なしに、ドルイドンと戦っていくことは到底できないのだから。

 ただ、エイジロウの心配は少なくともこの場では杞憂に終わった。炎が収まりはじめたときにはもう、その向こう側にディメボルケーノの姿はなかったのだから。

 



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11.そもさん、汝に問う 2/3

 

「おぉぉーい、ディメボルケーノ〜!!」

 

 大声で名を呼べば、程なくやまびことして返ってくる。こんな生命を燃やし尽くしてしまいそうな火山の真っ只中でもそこは変わらないのかと、いっそテンヤは感心すらしていた。

 

「ディメボルケーノー!!」オチャコも追随しつつ、「はぁ……あかんわ。ミエソウルとかキケソウル使っても見つかんないなんて、どこに隠れたんやろ?」

「この"賢者の釜"のことは、彼がいちばんよく知っているからな。巧く隠れたんだろうとしか、言いようがないが……」

 

──ディメボルケーノを取り逃がした彼らは、三手に分かれてその追跡を開始した。相手が謎かけに拘る理由はわからないが、それでも共闘をあきらめるわけにはいかない。上述したように、彼らは対ドルイドンにおいて貴重な戦力となるのだから。

 

「……あのクソ騎士竜、ぜってー思い知らせてやる」

 

 それでもなおこんなことを言っている、カツキという少年もいるのだが。

 

「駄目だよかっちゃん……エイジロウくんも言ってたじゃないか、全面戦争になりかねないって。タイガランスたちまで敵に回ったらどうするのさ」

「そんときゃ全員まとめてぶちのめす」

「……それができれば苦労してないと思うけどなあ」

 

 思わず毒づくイズク。と、先を歩く幼なじみは転がる小石を踏みつけるように足を止めた。

 

「てめェ……最近生意気になったな、クソデク」

「え……いや、今に始まったことじゃないだろ……」

「悪化してンだよ、クソが」

 

 舌打ちして、カツキは再び歩き出した……早足で。

 

「ちょっ、待ってよかっちゃん!……もう、」

 

 ため息をつきつつ、追うイズク。──変わったのは、お互い様だろうと彼は思った。

 エイジロウたちのことを、カツキは仲間として認めない、信用などしないという。しかしそれでも、これまでの五十年には考えられないくらいエイジロウたちを懐の中に入れているようにみえるのだ。"正義に仕える五本の剣"──そんなフレーズを、当然のように受け入れるくらいには。

 

 カツキは幼い頃、快活な少年だった。才能の豊かさゆえ傲岸不遜なところはあったけれど、惹かれて寄ってくる子供を鷹揚に迎え子分にするくらいには。それがいつからか……彼のマスター、つまりマスターブラックが行方をくらましてからというもの、人が変わったように他者を寄せつけない疑り深いところを見せるようになった。

 何がきっかけでそうなったのか、カツキはとうとう五十年もの間語ってくれなかった。そのために彼の変化は、それが喜ばしい方向であっても置いていかれたような気持ちになってしまうのだ。

 

 そんな自分に、ほんのわずかな自己嫌悪を覚えるイズクだった。

 

 

 *

 

 

 

 残るエイジロウとコタロウ少年は、手をつないで霧の中を進んでいた。

 

「あの、手……」

「あぁ……はぐれたら怖ぇしさ、このまま行こうぜ」

 

 エイジロウの言い分はわかる、わかるのだが。

 多感な時期に他の子供よりひと足早く突入しているコタロウとしては、この状況は非常にこそばゆい。まして幼少の頃に母を喪い、生きていた頃にしても家を空けられることが多かったのだ。どうすれば良いか、よくわからない気持ちになるのである。

 

 ただエイジロウという少年は、意識してか天然なのかわからないが、自分のような年少者に「子供扱いされている」と思わせないことには天賦の才能があるようだった。今も"はぐれたら怖い"と、自分の感情ゆえの行動だと答えている。そのおかげでコタロウも、無理やり振りほどくまでする気にはならなかった。そのほうが子供っぽいから、というのもある。

 

「あの騎士竜、ずいぶん気性が荒いですね」

 

 気紛れというわけでもないが、そうコタロウはつぶやいた。自分は直接見ていないが、ティラミーゴたちは復活当初からエイジロウたちに協力してくれたし、村の子供たちにもフレンドリーだったという。タイガランスとミルニードルはイズクたちとあえて一定の距離を保っているようだが、それでも彼らとの協働という意味においては徹底しているようだった。

 その中でディメボルケーノだけは、仲間であるはずのリュウソウ族に対しても攻撃を仕掛けたのだ。その理由が"謎かけに答えられなかったから"では、気性が荒いとしか形容のしようがなかった。

 

「そう、かなあ」

 

 しかしエイジロウは、別の所感をもっているようだった。

 

「あいつ……まあ気ィ荒いのはその通りかもしんねーけどさ、ある意味公平にモノを見ようとしてるんじゃねーのかな」

「どういう意味ですか?」

「俺らにもワイズルーたちにも、同じように謎かけをして、答えられなかったら同じように攻撃したろ?それって、見た目や種族だけで敵味方を分けてないってことだと思わねえか?」

「!、………」

 

 考えすぎ、と切り捨てるのは簡単だった。しかしこの自分の十数倍も生きている少年は自分よりよほど純粋な感性をもっていて、それゆえ他人の心というものを深く思いやることができてしまう。自分もその、おそらく優しさと呼べるものに絡め取られて、気がつけば一緒に旅をしている。

 

「……もしそうなら、彼はきっとエイジロウさんを好きになってくれますよ」

「えっ、そ、そうか?……へへっ、なんか照れちまうな」

「まぁ、僕は別に好きでも嫌いでもないですけど」

「うぇっ!?」

 

 照れ隠しの言葉にショックを受けるエイジロウ。笑いを噛み殺していたコタロウの足下が……刹那、崩れた。

 

「ッ!?」

 

 宙に投げ出される身体。手をつないでいたエイジロウは咄嗟にそれを引き上げようとするが、崩れかかった足場では踏ん張ることができない。その場にうつ伏せになることで、かろうじて手を放さずにいるだけだった。

 

「ッ、コタロウ……!」

「〜〜ッ、熱い……!」

 

 腕一本で墜落せずにいる不安定さより、はるか足下から感じる熱への恐怖が勝った。霧のために見えていないが、そこにはマグマの滞留が広がっている。落ちれば骨も残らない。

 

「大丈夫……!今、引き上げてやるから!」

 

 言葉とは裏腹に、亀裂がどんどん広がっていることが肌身に染みてわかる。このままではどうなるか、聡明なコタロウでなくとも火を見るより明らかだった。

 

「放せ……っ、あんたまで墜ちる……!」

「ッ、ぐ……!」

「エイジロウさんっ!!」

 

 逆の立場ならエイジロウは、無理に振り払ってでも相手を救おうとしただろう。しかし言うまでもなく年長で、鍛えた身体をもっているエイジロウ相手では自分の力などひよこほどにもならない。

 しかしエイジロウが力を入れれば入れるほど、足場のヒビは広がっていき──

 

「──ッ、」

 

 エイジロウもついに、宙へと投げ出された。

 

(ッ、やべェ……でも、どうする……!?)

 

 このまま手を放して、リュウソウルを使う──自分は助かるかもしれないが、先に墜ちているコタロウは助からない。

 両方助かる選択肢があるなら即座にそれを選びとっていたけれど、その性格ゆえにエイジロウの判断は遅れた。そうして気づけば、底の見えぬマグマの海が目前に迫っている。

 

「ち、くしょおぉぉぉ……ッ!」

 

 こんなところで、何も成し遂げられないまま死ぬのか!後悔と絶望に叫ばずをえなかったエイジロウは刹那、熱せられオレンジに光る巌の塊を見た。

 マグマから飛び出してきたそれは、よくよく見れば特徴的な棘や牙をもっていて。──あぁ、そうだ。これは巌ではなく。

 

 その正体に気づいたところで、ふたりの視界は暗闇に染まった。

 

 

 *

 

 

 

 そもさん、汝に問う。

 その言葉をもう、幾人に投げかけただろう。次こそは、次こそはと思いながら、望む答えを返してくれた者は数えるほどしかいない。そうして答えられなかった者ほど決まってこう言うのだ。ヤツは意地悪く、凶暴な騎士竜だと。

 

 そんなことが積み重なって、彼は焦熱のマグマの中に封じられた。まあ、そんなことはいい。

 

 彼──ディメボルケーノが望む答えは、たったひとつだ。

 

 

 *

 

 

 

「……ロウさん、エイジロウさん!」

「ッ、ん……」

 

 絶えず名を呼ばれ、エイジロウの意識は急速に覚醒へと引っ張られた。

 

「……コタ、ロウ……」

「……はぁ」

 

 安堵のため息をつくコタロウの姿が、視界に入る。俺は……と考え込んだところで、記憶が濁流のように押し寄せてきた。

 

「!、俺ら、マグマの中に呑み込まれ……いやでも、あのとき──」

「──俺が救けた」

「!!」

 

 いかめしい第三者の声が響く。ぎょっと顔を上げたエイジロウが見たのは、オレンジ色に輝く、巨躯の騎士竜だった。

 

「ディメ、ボルケーノ……!」

 

 あのときマグマの中から飛び出してきたのは、ディメボルケーノだったのだ。灼熱の力を宿した彼は、マグマの焦熱の中でも活動できる。そこにとどまられては、ミエソウルなどを使っても易々とは見つからないわけだった。

 

「ふん、あんなところで死にかけるとは情けないヤツだ」

「う゛〜、そう言われると返す言葉がねえぜ……。でもありがとな、救けてくれて!」

 

 一点の曇りもない笑みを浮かべて礼を述べると、ディメボルケーノは一瞬息を詰めたようだった。コタロウがそれに目ざとく気づけたのは、エイジロウに対して抱いた感情がおそらく自分と同種のものだとわかったためで。

 

「──騎士竜ディメボルケーノ、あなたはどうして謎かけなんてするんです?」

 

 すっぱりと切り込むコタロウ。共感ゆえに、彼は今少し大胆になっていた。実際ディメボルケーノの目つきが鋭くなっても、怯えは湧いてこない。

 

「そんなことを訊いて、なんとする?」

「どうもしません、知りたいだけです。ダメですか?」

 

 ひとりと一体が睨みあう。そんな、永遠とも思える緊迫した時間が過ぎたあと、不意にディメボルケーノの纏う雰囲気が柔らかくなった。

 

「小僧、俺を恐れていないな!そんなヤツはリュウソウ族にいなかった!」

「僕は人間です」

「人間!人間か、そうか。ふははは!」ひとしきり笑ったあと、「そっちの赤髪小僧、おまえも人間か?」

「いや、俺はリュウソウ族だぜ!」

 

 コタロウに負けてはいられないと、心なしか胸を張って答えるエイジロウ。すると、

 

「そもさん、汝に問う!」

「うおっ!?……よ、よ〜し来いッ!」

 

「俺はなぜ謎かけ勝負を挑むと思う!?」

 

 謎かけですらなかった。コタロウを気に入りはしても、素直に答えるつもりはないということか。

 

「………」

 

 案の定、エイジロウは回答に迷っているようだった。もとよりその答はディメボルケーノの中にしかない。正解を導き出すことなど、困難に決まっているのだ。

 

(……エイジロウさん)

 

 しかしコタロウは、エイジロウなら大丈夫だと信じていた。根拠ならある。彼は自分のようなひねくれ者ですら、懐に入れてしまった。

 そして、

 

「──相手と、仲良くなりてェから!!」

「!」

「………」

 

 エイジロウらしい答だった。それを一点の曇りもない笑顔で言ってのける。このうえない彼らしさだけれど、対するディメボルケーノの沈黙から感情は伺えない。

 

「……不正解だ」

「ッ、………」

 

 駄目だったか。エイジロウの笑顔が萎み、しょげたものとなる。

 

「そっか……はぁ」

「何故、そう思った?」

「……そうだと良いなって、思ったんだ。おめェはきっと、良いヤツだから」

「良いヤツ?この俺が?」

「だっておめェ、俺らのこと救けてくれたろ」

「……それに、ドルイドンだろうとリュウソウ族だろうと公平に扱ってる。──でしょ?」

 

 コタロウも追随する。無論これは先のエイジロウの受け売りだが、だからこそ彼の所感を余すことなくディメボルケーノに伝えたかった。

 

「そうだ!だから絶対、おめェは良いヤツだ!」

 

 断言。彼もまた、めったなことでは他人をこうだとは決めつけない。それをしているのは、よほどの確信があるから。

 ディメボルケーノはその翠眼を眇めて、じっとエイジロウを見下ろしていた。「この愚か者がぁああああ!!」──そう怒鳴られて炎を浴びせられる覚悟はできている。それでも逃げるつもりはない、とも(流石に炎自体は避けるが)。

 しかしかの騎士竜の反応は、エイジロウの覚悟をある意味超えたものだった。

 

「……は、ははは。フハハハハハハ!!」

「!?」

 

 山じゅうに響きわたるのではないかと思うほどの激しい高笑いが、耳を劈く。聴覚に攻撃を受けるとは思っていなかったエイジロウである。慌てて耳元を押さえるが、既に手遅れ、頭がきんきんと痛んだ。

 

「──みな、俺の姿かたちを恐れ本質を見失う。そうしておまえたちリュウソウ族は、俺をこの焦熱の中に封じた」

「……ッ、」

 

 所在なさげな表情を浮かべるエイジロウを見て、ディメボルケーノはまた笑った。

 

「案ずるな、恨んでいるわけではない。ただ数千万年もの時の中で、おまえたちとドルイドン、双方がどれほど変わったのかを知りたかった。だから試したのだ」

「そう……だったのか」

 

 やはりディメボルケーノは、ただ理不尽で荒々しいだけの騎士竜ではなかった。他者を精一杯理解しようと、人語を話し、問いを投げかける。そういう、不器用な男なのだ。

 

「正解を導き出すことがすべてではない。おまえは俺を恐れず、感じたままを素直に答えた。──それで良い」

「!」

「おまえは、愚か者ではない……ということだ」

 

 その言葉は、ディメボルケーノがエイジロウを認めたことに他ならなかった。思わずエイジロウは彼に歩み寄り、その身にふれる。オレンジ色のつるりとした皮膚は、見た目どおり火傷しそうなほどに熱かった。

 

「なぁ、ディメボルケーノ。俺と……たちと──」

 

 願ってやまないその言葉を、エイジロウが発しようとしたときだった。

 

 

「シャアァァァァッ!!」

「!?」

 

 突如マグマから飛び出してきた怪物が、背後からディメボルケーノに襲いかかった。

 

「ぐううッ!」

「ディメボルケーノっ!?」

 

 皮膚を切り裂かれ、ディメボルケーノがうめく。彼は咄嗟に振り向き、すかさず火炎を吐きつけた。

 しかし、

 

「シャアァッ!」

「!?」

 

 炎をものともせず突き進む、暗褐色の皮膚の怪物。そのもうひと太刀が喉元に浴びせられる……というところで、エイジロウが飛び出した。

 

「ッ、カタソウル!!」

『ガッチーン!!』

 

 己の身体を硬化させ、爪を受け止める。それでも灼熱がエイジロウの顔を歪ませた。ディメボルケーノにも劣らぬ凄まじい体温だった。

 

「エイジロウ、大丈夫か!?」

「大したことねえ……!でも、こいつ!」

 

「──うわぁあっ!?」

「!?」

 

 今度はなんだ!?振り返った彼らは……自らの血の気が引く音を、聞いたように思った。

 

「ハロー、リュウソウジャー?」

「挨拶なんてすることないっスよ、ワイズルーさまぁ!」

 

 ワイズルー、それにクレオン。怪物──マイナソーにまぎれて忍び寄っていた彼らは、コタロウを手中に収めていた。

 

「コタロウ……!」

「グォオオオオッ!!」

 

 エイジロウに負けじと敵を威嚇するディメボルケーノを、ワイズルーはせせら笑った。

 

「おぉ、コワイコワイ。だが貴様の炎は、この山のマグマから生まれたサラマンダーマイナソーには効かないのでショータァイム!」

「オレのエキスはマイナソーの自然発生を促進することもできるんだ!どうだすげぇだろー!?」

「ッ!」

 

 新たな事実それ以上に、コタロウを人質にとられている今の状況が恨めしい。リュウソウケンを構えながらも、迂闊に手が出せないのだ。

 

「エイジロウさんっ、僕のことはいいから──!」

「シャラップ!」

「ぅぐっ!?」

 

 ワイズルーの拳が鳩尾にめり込み、コタロウはぐったりと脱力した。

 

「コタロウっ!!──てめぇらぁ!!」

 

 怒りを露にするエイジロウだったが、その激情はこの場に限ればなんの意味ももたない。ワイズルーとクレオン、そしてサラマンダーマイナソーはコタロウともども忽然と姿を消してしまった。「この坊やを救けたくば、灼熱の頂に来たまえ」と言い残して──

 

「グ、ウゥゥゥ……ッ!」

 

 口惜しげに唸るディメボルケーノ。頼みの火炎が通用せず、結果として何もできなかったのだ。

 対するエイジロウは、

 

「……ディメボルケーノ、」

「!」

 

 ひどく静かな声だった。仲間を、友を敵に拐われたのだという動揺は感じられない。

 いや……そうではないのだ。表に出たものがすべてではないと、ディメボルケーノはよく知っている。

 

「一緒に、戦ってくれ……!」

 

 その燃えたぎるような瞳。ならばディメボルケーノの答も、決まっていた。

 

 



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11.そもさん、汝に問う 3/3

忙しい合間を縫ってようやく劇場版を観てきました。
なんというか、もう…よかった(語彙力喪失)

ロディはデクが珍しく呼び捨てしたり(実際には英語で会話してるからかもしれませんが)、別れ際にハグしたりと、飯田くんや轟くんたち以上に距離感近い感じがしましたね。いつかロディが登場する話も描きたいですね。


 

 賢者の釜、その頂上に"灼熱の頂"と呼ばれる露地があった。

 草木のひとつも生えぬ、がらんどうの地。ワイズルーたちは、宣言通りそこで宿敵リュウソウジャーを待ち構えていた。

 

「ゼェハァ……ワイズルーさま、なんでわざわざてっぺんまで登ったんスか?」

 

 「疲れたんスけど」とクレオン。無論既に登ってしまったのだから、今さら言っても詮無いことなのだが。

 そしてワイズルーの答もまた、既にわかりきったもので。

 

「ここがステージとして最高オブ最高だからにィ、決まってるじゃないかぁぁ〜〜!!」

「うるさっ……やっぱそうっスか」

「……今うるさいって言った?」

 

 耳ざとく聞き咎めつつ、引きずらない性質であるワイズルーはくるりと背後を振り返った。そこにはサラマンダーマイナソー、そして鎖で縛られ寝かされたコタロウ少年の姿があった。そして彼の周囲に埋め込まれた、漆黒の半円の数々。そのおぞましい正体を知るワイズルーは、くつくつと笑った。

 

「お姫様役が坊やでは、少々色気が足りないが……ふふふ、それでも騎士様たちは最高のアクトを見せてくれるのだろうな」

 

 そして、その果てに──そんな、やはりおぞましい未来を予見していると、陽炎の向こうに複数の人影が見えた。

 

「お、来た!」クレオンが喜びの声をあげる。

 

 やって来たのは、目論見通り五人の少年少女だ。ほとんど上裸に近い服装の者から鎧を着込んだ者まで、その恰好は千差万別である。唯一共通しているのは腰に差した剣と、左腕の竜をかたどったブレスレット。

 

「ようこそリュウソウジャー!きちんと全員揃えてきたナ、良い心がけだ!」

「……御託はいい、コタロウを返せ」

 

 唸るようにエイジロウが言う。無論、言葉で状況を覆せるなどとは彼も思っていない。

 

「返すともさ、ここまでたどり着けたらNA!」

 

 言うが早いか、ワイズルーたちの前方にドルン兵たちが集結してくる。それらは分厚い障壁だ。しかし、打ち破れないものではない。

 

「──ブッ飛ばす!!」

 

 リュウソウチェンジャーが、ぎらりと光った。

 

 

「「「「「リュウソウチェンジ!!」」」」」

『ケ・ボーン!!』

 

 ブレスが勇ましい声を発すると同時に、五人は一分一秒も惜しむように走り出した。同時にリュウソウケンを抜き、ドルン兵に斬りかかる。

 

「おらぁ!!」

「ドルゥ!!」

 

 ワッセイワッセイと賑やかな音声が流れる中、若き騎士たちは異形と斬り結ぶ。相手の得物のほうが遥かに巨大で重量もあるが、そんなことは関係ない。彼らが百年以上に渡って磨き上げてきた剣術は、最下層(ポーン)のドルイドンになど破れるものではなかった。

 

 そうして目の前の敵を倒しつつ、隙を突く形でブレスの意匠を転回させる。『リュウ SO COOL!』と声が響き、

 

 五人の身体を、竜装の鎧が包み込んだ。

 

「勇猛の騎士……!リュウソウレッド!!」

 

 エイジロウ──レッドが、

 

「叡智の騎士ッ!!リュウソウブルー!!」

 

 テンヤ──ブルーが、

 

「剛健の騎士!リュウソウピンクっ!」

 

 オチャコ──ピンクが、

 

「疾風の騎士!リュウソウグリーン!!」

 

 イズク──グリーンが、

 

「威風の騎士……!リュウソウブラックゥ!!」

 

 カツキ──ブラックが、

 

 

 正義に仕える五本の剣が、ドルン兵を屠り尽くす。

 

「「「「「騎士竜戦隊、リュウソウジャー!!」」」」」

 

 彼らの背後が、紅蓮に包まれる。あふれ出したエネルギーがドルン兵の骸を爆散させたのだ。地下すぐそばまであふれているマグマと相まって、この地をさらなる焦熱地獄へと変えてしまう。

 

「俺たちの騎士道、見せてやる……!」

「こちらも見せてあげよう、──サラマンダーマイナソー!!」

「シャアァッ!!」

 

 蜥蜴に似たマイナソーが、唸り声とともに飛び出してくる。彼は口腔から長細い舌を突き出すと、その隙間から火炎を吐いて攻撃してきた。

 

「ッ!」

 

 咄嗟にかわしつつ、じわりと皮膚に汗がにじむのを感じる。ここはただでさえ外気温が高いのに、先ほどからそれを押し上げるような現象が起きている。

 

「ッ、迂闊に近づけない……!」

「そんな炎、私の魔法で消したる!」

 

 以前、謎の鎧騎士ガイソーグとの対決で利用したように、オチャコは水属性の魔法を扱うことができる。水は炎を包み消し止める。サラマンダーマイナソーには有効なのではないかと考えるのは当然だし、仲間たちもそれを支持した。

 

「頼むぞ、オチャコくん!」

「任せて!──はあぁぁぁぁ……!!」

 

 詠唱を開始するオチャコ。その間、少年たちが前面に出て彼女への攻撃を阻む。魔法を放つには膨大な精神力と集中力を必要とする。妨害されれば、いちからやり直しだ。

 

「邪魔はさせねえ!」

「つーかその前に死ねやぁ!!」

 

 空気を読まないブラックが突撃する。爆破効果を剣に付与するブットバソウルを愛用するだけあって、彼は熱に強いのだ。むろん限度はあるが。

 

「おらァ!!」

 

 そのうえで彼は、火炎に直接触れない位置を絶妙にすり抜けて攻撃を仕掛けていた。荒々しくも精緻な攻撃。

 

「流石かっちゃん、──僕だって!!」

 

 負けてはいないとばかりに、ハヤソウルを発動させるグリーン。疾風のごとく飛び回って敵を撹乱しつつ、背後をとり──斬りつける。

 

「ガアァッ!」

「ッ、硬い……!」

 

 サラマンダーマイナソーの皮膚は冷えた溶岩でできている。ゆえに並の剣では刃のほうが折れてしまうだろうほどの堅牢さを誇っていた。むろん選ばれし騎士にのみ与えられるリュウソウケンは無事だが、ダメージが通らないことに変わりはない。

 

「グォアァァッ!!」

 

 それでも猛り狂ったマイナソーが、再び激しい火炎放射を敢行せんとする。それと同時に、剛健の騎士の魔法が発動した。

 

「とぉりゃあぁッ!!」

 

 出来上がった巨大な水球が、ばしゃあと音をたててサラマンダーマイナソーの頭上で破裂した。あふれ出した奔流が、その頭から呑み込んでいく。

 

「!?、グガアァァァ……!!」

 

 悶え苦しむマイナソー。やった──そう思ったのもつかの間のこと、

 

 刹那その身から、噴火のごとき炎が弾け飛んだのだ。

 

「な──うわぁああああっ!!?」

 

 それは爆発としか言いようがないものであった。わけもわからぬまま吹き飛ばされる五人の騎士。ワイズルーは拍手喝采した。

 

「ハハハハ!火には水、なんの面白みもないくらいセオリー通りだ!しかし私はどんでん返しが何より大好きなのでショ〜タァイム!」

 

 回りくどいことしか言わないワイズルーに代わって、クレオンが親切にも(?)具体的なことを説明した。曰く、サラマンダーマイナソーの皮膚は揮発性の高い油が常に染み出しているから、水を浴びせると反発しあって弾けるのだと。

 とはいえ水が弱点のマイナソーであることに変わりはない。全身から白煙をあげ、悶え苦しんでいる。同時に、致命傷を負ったというわけでもない。

 

「勝負は文字通り痛み分け。だが、おまえたちが真なる痛みを味わうのはここからでショ〜〜〜〜〜タァイム!!!」

「何……!?」

 

 見たまえ、とコタロウを指し示すワイズルー。目を凝らしたリュウソウジャーの面々は……刹那、愕然とした。

 

「!、おまえ、それはまさか……」

「イグザクトリー!ば・く・だ・ん♪」

「──!!」

 

 それも、時限の。間もなく爆発し、コタロウは跡形もなく消え去るだろう。そんなワイズルーの揚々とした言葉を聞いて、エイジロウは──

 

「……はは、はははっ!」

 

──笑っていた。

 

「何がおかしい?」

「やっぱりな、卑怯なてめえのことだ。人質にしといて何もねえわけねえよな」

 

 この前の一件では、マイナソーの宿主を人質にしてオチャコ──リュウソウピンクの抵抗を封じてみせたのだ。今回だって同じことができたはずなのに、それをしなかった。

 尤もそれは二番煎じは面白くないというワイズルーの美学によるものでもあるのだが、エイジロウたちにしてみれば詮無いこと。

 

 今重要なのは、彼らもまたこの状況を予測して動いていたということだった。

 

「どんでん返しが好きっつったな、ワイズルー」

「言いましたとも!」

「な、なんか雲行き怪しいっスよ、ワイズルーさま……!」

 

 生業ゆえか、クレオンはこう見えて察しが良かった。エイジロウたちが何かを企んでいることに、気がつきつつあったのだ。

 そのうえで改めて、相手の意図を探ってみる。五人全員、目の前に揃っている。騎士竜たちは峻険なこの山の中では満足に活動できないだろう。──騎士竜?

 

「そういや、ディメボルケーノって……」

 

 クレオンがその可能性に気づきはじめたのも、遅きに失したと言わざるをえなかった。

 

「ディイメェェェェッ!!!」

 

 咆哮とともに彼らの背後から飛び出してきたのは他でもない、そのディメボルケーノだった。その巨体の勢いにまかせてワイズルーとクレオンを弾き飛ばすと、彼は意識のないコタロウに迫り、

 

 そのまま、全身を咥え込んだ。

 

「た、食べた!?」

 

 彼との対話が少ない仲間たちはその挙動に驚きを隠せない。が、エイジロウは違った。その意図はもう、手にとるようにわかっているのだ。

 刹那、仕掛けられていた爆弾が破裂する。次々と火柱が上がり、ディメボルケーノがその中に呑み込まれていく。

 

「ハハハハッ!ジ・エンドオブ、ディメボルケーノ!!」

 

 巨躯の突進をまともに受けたにもかかわらず、早速立ち直ったワイズルーがそう言って高笑いをする。──そもそもディメボルケーノはマグマの中でも活動できる騎士竜なのだということを、彼は忘れていた。

 

「──そもさん、汝に問う!」

「!?」

 

 炎の向こうから、いかめしい声が響く。次の瞬間、飛び出してきたオレンジ色の身体。翠の瞳が、ぎらりと輝く。

 

「俺は俺の責務を果たした。──おまえも、覚悟は良いな?」

「!、ああ……もちろんだぜ!!」

 

 ディメボルケーノは約束通り、コタロウを救けてくれた。あとは、この場にいる敵をすべて、屠るだけだ。

 

「さすれば受け取るがよい!」

 

 ディメボルケーノの身体が光り輝く。その光が小さな球体へと変わって、エイジロウの手の中に収まった。

 

「!、これは……」

 

 ディメボルケーノと同じ、オレンジ色のリュウソウル。彼が認めた者にだけ与えられる、新たなる刃。

 

「メラメラソウルだ、使ってみせろ」

「──おうよ!」

 

「メラメラソウル!」と唱え、ナイトモードに変形させたそれをリュウソウケンに装填する。柄に手をかけ──齧らせる。

 

『強!』

 

 一回、

 

『リュウ!』

 

 二回、

 

『ソウ!』

 

 三回、

 

『そう!』

 

 四回。

 

 

『──この感じィ!!』

 

 リュウソウケンが唸りをあげると同時に、鮮やかな橙の鎧がリュウソウレッドに装着される。それも右腕だけではない。左腕、そして胴体をも包み込んだのだ。

 

「エイジロウくん、あの姿は……!?」

「──"強竜装"だ」

「強竜装……?」

 

 通常の竜装より強力な鎧を纏った姿。そしてその鎧には、元となった騎士竜のエレメントが宿っている。

 

「──いくぜっ!!」

 

 灼熱の力が己の身に染み渡っていくのを感じながら、勇猛の騎士は走り出した。狙うはドルイドンの首、ふたつ。

 

「シャアァァァッ!!」

 

 否、もうひとつ。大きな威嚇の声をあげ、サラマンダーマイナソーが向かってくる。その口角が大きく開き、火炎が放たれるのをすべての者が見た。

 

「エイジロウくん、避け──」

「──必要ない」

「!」

 

 断言するディメボルケーノ。メラメラソウルは、彼の特性をそのまま備えている。──ゆえに、マイナソーの吐く炎など。

 

「効か、ねぇッ!!」

 

 それどころか、炎熱を吸収して己のエネルギーへと変えていく。そのエネルギーを、鎧を介してリュウソウケンへと流し込む。赤熱する刃。

 レッドは死の大地を駆けながら、鍔に再び手をかけた。

 

『超!』

 

 一回、

 

『超!』

 

 二回、

 

『超!』

 

 三回、

 

『超!』

 

 四回。

 

『──イイ感じィ!!』

 

 

「ボルカニック、ディーノスラァァッシュ!!!」

 

 紅蓮、一閃。

 

「グォ、オォォォォ……!!?」

 

 サラマンダーマイナソーの体表が発熱し、火の手があがる。劫火に包まれ悶えながら、本来熱に耐性があるはずの彼は塵となって消えたのだった。

 

「な、何ィ!?」驚愕するクレオン。「サラマンダーマイナソーが、炎に負けるわけが──」

「──あるんだよ」

 

「俺たちに、限界はねえッ!!」

 

 

 故郷を取り戻すために、勝利するために──この世界に平和を、もたらすために。俺たちはどこまででも強くなる。

 

「フハハハハハハ!!グレイト、リュウソウレッド!」

「………」

「私自ら舞台に上がるだけの価値は、あるようだな!」

 

 そう言って、ワイズルーはついに一歩を踏み出した。ステッキを構え、リュウソウレッドと対峙する。──しずかな、張り詰めた空気が流れる。誰も手出しはおろか、声を発することすらできない。

 

 そして、それほどの時が流れたか。風に吹かれ、断崖の際にあった小石がマグマの中へと流れ落ちた瞬間、ふたりは動いていた。

 

「────、」

 

 互いの咆哮は風に呑み込まれ、かき消される。響くのはただ、ふたりの名優が風を薙いで駆ける足音のみ。

 そして……交錯した。

 

「………」

「………」

 

 炎を纏ったリュウソウケンが、ワイズルーのステッキが、その穂先を主の進行方向へと向けている。その状態のまま、後者がやおら振り返った。

 

「リュウソウ、レッド」

「………」

 

 つう、と、青い血が垂れて地面を濡らす。

 

「お、見事ォ……!」

 

 刹那、レッドもまた振り返った。

 

「どう、もォッ!!」

 

 今度は力いっぱい、袈裟懸けに斬りつける。

 

「GU☆HA☆A☆A!」

 

 うめき声をあげながら吹き飛ぶワイズルー。浮き上がったその身は断崖絶壁をも越え、そのままマグマの海の中へ──

 

「わ、ワイズルーさまあああ!!?」

 

 慌てて駆け寄り下を覗き込むクレオンだが、既にワイズルーの姿はどこにもな……いや、あった。溶岩の中へ、ずぶずぶと沈んでいく。

 

「ワイズルーさま!!」

「あ、ア……」

 

「アイルビー……バック!」

 

 その言葉を最後に頭が沈み、伸ばした手、立てた親指が残される。やがてそれすらもマグマに呑み込まれると、ワイズルーの痕跡は完全にかき消えたのだった。

 

「わ、ワイズルー……さま……」

 

 まさか、ビショップクラスのドルイドンがリュウソウジャーごときに敗れるなんて!へたり込むクレオンに、"彼ら"は容赦なく鋒を向けた。

 

「あとはおめェだけだ、クレオン!!」

 

 強竜装を手に入れたリュウソウレッド、残る四人。そして騎士竜ディメボルケーノ。明らかに多勢に無勢の状況。クレオンのとりうる選択肢は、ひとつしかない。

 

「く、くっそー!!覚えてろよリュウソウジャー!!!」

「!」

 

 身体がどろどろと溶け、地面に染み込んでいく。その光景は既に、何度も目撃したものだった。

 

「また液状化して逃げる気か……!」

「させるかッ!!」

「ブッ殺ォす!!」

 

 イズクがハヤソウルを、カツキがブットバソウル使い、既に定形をとどめないクレオンに迫る。もはやほとんど地面に溶けてしまったところに刃を突き立てるが、「うぎゃあ」という短い悲鳴を聞いたほかはなんの手応えもなかった。

 

「うぎゃあじゃねえ声も出さずに死ねや!!」

「うわっ……──仕留め、きれなかったね……」

 

 それでも高位のドルイドンを倒し、コタロウも取り戻すことができた。何より騎士竜ディメボルケーノを新たな仲間に加えることができたのだ。勝利には、違いなかった。

 

 

「コタロウ!」

「ぅ、ん……」

 

 ディメボルケーノが吐き出したコタロウに駆け寄り、抱き起こす。意識を失っていた彼は、それでようやく薄目を開けた。

 

「……えいじろ、さん」

「大丈夫か?起きられるか?」

 

 頷く代わりに、コタロウはゆるゆると身を起こした。

 

「ぼく、は……」

「大丈夫、マイナソーは倒したぜ。ワイズルーも」

「……それより、」

「ん?」

「なんかすごい、べたべたします」

「!?」

 

 ディメボルケーノの口内にいたコタロウは、全身唾液まみれになっていたのだった。

 

「ゆ、許せ、少年……」

 

 所在なさげにするディメボルケーノを見て、エイジロウは笑った。つられてテンヤとオチャコも。コタロウだけはやはり何がなんだかわからない様子でいたが。

 

「……杞憂だったな」

 

 その姿を見て、イズクはそうつぶやいた。──気難しい騎士竜と若き騎士たち。決裂を心配していたが、彼ら……とりわけエイジロウはその心を掴んでみせた。

 

「きっと彼らは良い騎士になるよ、かっちゃん」

「……フン」

 

 鼻を鳴らしつつ──カツキもまた、その可能性を否定することはついぞなかった。

 

 

 つづく

 

 





「ティラァ、ティラアァァ!!」

次回「アジれティラミーゴ!?」

「ティラアァァァァ!!!」
「わかった!わかったから落ち着けって!」


今日の敵‹ヴィラン›

サラマンダーマイナソー

分類/レプタイル属サラマンダー
身長/211cm
体重/174kg
経験値/442
シークレット/火の精たる怪物をモチーフにしたマイナソー。灼熱のマグマから生まれ、体温が異常に高いばかりか体内で火炎を生成することもできる。水が弱点……ではあるが体表を覆う油脂によって水を弾くためとんでもない大事故が起こりかねないぞ!
ひと言メモbyクレオン:アイェェェワイズルー、ワイズルーナンデシヌ!?(混乱しているため以下略)


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12.アジれティラミーゴ!? 1/3

 草原の片隅に、少年たちの威勢良い声が響いていた。

 

「うおぉぉぉぉッ!!」

 

 分厚い鎧を纏って突撃する眼鏡の少年を、緑髪の小柄な少年が迎え撃つ。──テンヤと、イズク。こうみえて齢150を超えた、リュウソウ族の騎士たちである。

 

「はあッ!!」

 

 いつでもどこでも発音のはっきりした声をあげつつ、斬りかかるテンヤ。それを同じリュウソウケンで受け止めるそぶりを見せつつ、イズクは素早く背後に引いた。

 

「ムッ、逃げるのか!?」

「きみは僕よりずっと体格が良いからね。まともに受け止めたら、パワーじゃ競り負ける」

 

 だから攻撃は、全力では受け止めない。巧く受け流し、素早く次のチャンスにつなげるのだ。

 

「こんなふうに、ねっ!」

 

 力いっぱい地面を蹴り、再び一気呵成、距離を詰める。目にも止まらぬ速さに、テンヤは思わず目を回しそうになる。

 

「ッ、流石は、疾風の騎士……!」

 

 一方──威風の騎士はというと。

 

「おらァ、どしたァ!?」

 

──BOOOOM!!!

 

「うおぉっ!?」

「ひいい!?」

 

 刃が一閃するたびに起きる爆発。隠しようもなくビビり倒す少年少女を、彼はサディスティックな表情で追い詰めていた。

 

「逃げてんじゃねーーーよ、クソ髪丸顔ォ!!」

「ッ、そこまで言われて!」踏みとどまり、「立ち向かわなきゃ、漢じゃねえ!!」

 

「カタソウル!」──リュウソウケンにソウルを装填し、鍔を噛み合わせることによって発動させる。

 刹那、エイジロウの露出した部位の皮膚が巌のように硬質化する。そこにカツキの刃が容赦なく振り下ろされ、

 

──BOOOOM!!!

 

 再び起きる、ひときわ大きな爆発。しかし爆風の中から覗くエイジロウは、尖った歯を剥き出しにして笑っていた。

 

「それじゃ、俺を吹っ飛ばすなんてできねえぜ……!?」

「……上等ォ!!」

 

 カツキもまた、凄絶な笑みを浮かべる。男同士、半ば意地の張り合いともいえる戦い。

 

「……私、置いてけぼりやん」

 

 チーム紅一点ながら、剛健の騎士などというメンバー一ごつい称号を与えられた少女は、その戦いの一部始終を呆然と見つめているのだった。

 

 

──戦いを見守っている者は、他にもいた。

 

「ティラァ……」

 

 エイジロウの相棒である騎士竜、ティラミーゴ。そしてテンヤの相棒トリケーンと、オチャコの相棒アンキローゼ。身体の大きさゆえ一行と常に寄り添っていることはなかなかできない彼らだが、戦闘時以外でも時折こうして様子を見守っているのだ。

 幾千万年の眠りから覚めて、彼らは初めて相まみえたリュウソウ族の少年たちだ。そして良くも悪くも"騎士竜"でしかない自分たちに、名まで付けてくれた。リュウソウ族と騎士竜はあくまで同盟関係であって、対ドルイドンのためにリュウソウジャーとしての力を与えているのだが、それでも信頼や親愛というものは厳然として存在するのだ。

 

(エ、イジロウ)

 

 上手く発音こそできないが、記憶に刻んだ相棒の名を心中で呼ぶ。きっとトリケーンとアンキローゼも、同じようにしていることだろう。腕を磨くために日々努力する相棒の姿は頼もしいし、美しい。

 

 しかし、気がかりなこともある。

 

「次はこいつでいくぜ!」

 

 そう言ってエイジロウが取り出したのは、メラメラソウルだった。

 

「!?、ティラ……!」

 

 駄目だ、それは。

 慌てて駆け出そうとするティラミーゴだったが、その頭越しにエイジロウの前に飛び出す者があった。

 

「この、愚か者めがぁぁ!!!」

「!?」

 

 突然目の前に現れたオレンジ色の巨体に、エイジロウ……否、その場にいたリュウソウジャー全員がぎょっとして動きを止めた。

 

「でぃ、ディメボルケーノ!?いきなりなんだよ……?」

「なんだよではない!生身でメラメラソウルを使おうだなどと!」

「??」

 

 首を傾げるエイジロウに対し、猛りながらもディメボルケーノは滔々と説明してくれた。曰く、"強竜装"用のリュウソウルは強力なだけに負担が大きく、リュウソウメイルを媒介にしなければ暴走したうえ、肉体を傷つけるおそれがあるのだと。

 

「──わかったか、この愚か者がぁ!!」

 

 もう一発、容赦のない罵倒。エイジロウは思わず首をすくめて「スンマセン!」と謝罪したが、程なくその童顔に笑みを貼りつけてみせた。

 

「でもあんがとなぁ、ディメボルケーノ。心配してくれて!」

「ムッ……」

 

 愚か者とまで罵った相手に素直に感謝を伝えるエイジロウは、あまりに人間……もといリュウソウ族ができすぎている。ディメボルケーノは赤面したが、もとより赤に近い色合いの肌なので幸いに気取られることはなかった。

 

「……ティラ……」

 

 いつの間にかディメボルケーノを中心として、少年少女たちの輪が出来上がっている。ただでさえ巨体が岩場の大部分を占拠しているのだ、自分たちまでが入っていったらエイジロウたちが窒息してしまう。

 ティラミーゴと仲間の騎士竜たちは結局、相棒に顔を見せることないままその場をあとにした。エイジロウたちが彼らに気づくことは、ついぞなかった。

 

 

 *

 

 

 

 "賢者の釜"で騎士竜ディメボルケーノを仲間に加えたリュウソウジャー一行は、次の目的地を南にあるコランの港町と定めていた。そこから出る定航船に乗って、南の大地へ行く──この東方の大地に"始まりの神殿"の痕跡がない以上、新天地を目指すのは必定だった。

 

「南の大地かぁ……どんなとこなんだろうな」

 

 夕餉の干し肉を齧りながら、思いを寄せるようにつぶやくエイジロウ。彼にとってリュウソウ族の村から一歩でも離れたすべての場所は、等しく新天地である。とりわけ海峡を隔てた南方となれば。

 

「そうだな。俺が兄さんたちから聞いた限りでは、昼夜問わず温暖で見たことのないような木々がたくさん生えた森がそこかしこにあるそうだぞ!」

「へ〜、なんか珍しい木の実がとれそう!」

 

 色気より食い気のオチャコが目を輝かせて言う。狩猟や採集、多少の農耕で生活してきた彼女らにしてみれば、木の実も貴重な食糧なのだ。

 

「コタロウくんは何か知らんの?南の大地のコト」

 

 140歳以上も若い(?)ながら、旅については先達になるコタロウに訊く。本を片手にやはり干し肉を齧りながら、彼は困り顔を浮かべた。

 

「と言っても、僕も自分で行ったわけでは……ああでも、小さい頃母と一緒に海沿いの街に旅行したことがあった気がします。海がきれいでした」

「食べ物は!?」

「……そこまで覚えてないですよ」

 

 まだまだ子供のコタロウが言う"小さい頃"なのだから、まだ言葉をやっと話せるかどうか、という年齢のときの話なのだ。

 

「じゃあデクくんカツキくん!ふたりなら知っとるんちゃう!?」

 

 オチャコのたまごのような目が、ぎゅんと彼方を向く。いや実質的には十数メートルなのだが、そこには心理的障壁が存在していた。

 自分たちと同じく火を焚き、やはり同じように食事をしているイズクとカツキ。前者はこちらに気づくと笑顔で手を振ってくるのだが、後者は中指を立てて絶対に近寄るなと無言で主張してくる。

 

「……あかんわ、近づけん」

「まったく……彼はいつまで俺たちと距離をおくつもりなんだ。しかもそれにイズクくんを巻き込むとは!」

 

 イズクとは馬が合うらしいテンヤである。どうせなら道中色々と話をしたいし、経験豊富な彼に叡智の騎士として教えを乞いたいこともたくさんあるというのに、カツキが殊更距離をとりたがるせいでコミュニケーションがとれないのだ。

 

「建前はともかく、実際我々は五人で戦っているんだ。ひと纏まりになって、フォーメーションを組むなり作戦を考えるになり、すべきことはたくさんあるはずなんだ!そうは思わないか!?」

「まぁ、そりゃそうなんだけど……な」

 

 テンヤの気持ちは、長い付き合いなだけあってよくわかる。エイジロウとて彼らともっと親しくなって、くだらない話をして笑い合ったり、切磋琢磨をしたいのだ。

 しかしカツキには何か事情があって、イズク以外の他者を警戒しているようにエイジロウは感じていた。それでも、ともに戦う同志としての関係が少しずつ構築されていることも。

 

「……みんながみんな、すぐに上手くいくわけじゃねえさ。あいつとはもう少し時間が必要なんだ、きっと」

「カツキくん、意地っ張りやもんねぇ」

「そうそう、そういうこと!」

 

 橙の炎に照らされて、快活に笑うエイジロウ。

 

──そんな彼をやはり遠くから見つめる、ティラミーゴの姿。

 

「ティラ……」

 

 やはり自分の相棒は麗しく、愛らしい。ティラミーゴはそんなことを思っていた。自分たちより圧倒的にちいさな身体で、全身全霊、情熱をかけて生きているリュウソウ族。種族の違いはあっても、彼ともっと親しくしたい。エイジロウたちがイズクとカツキに対して向けているのと、まったく同じ感情がそこにはあった。

 

 しかしそれと同じように、ティラミーゴたち騎士竜と彼らにも絶対的な障壁があった。無論カツキのように、拒絶されているわけではない。

 

「ティラ──!」

 

 そのとき、炎色の騎士竜が巨体を揺らしてエイジロウたちに迫るのが見えた。

 

「そもさん、汝らに問う!」

「お、おう……いきなりだな、ディメボルケーノ」

「肉と魚、どちらが好きだ!?」

 

 謎かけもとい単なる質問に、一同が揃って破顔する。

 

「俺は肉!でも魚も食うぜ!」

「俺は……どちらかといえば、魚だな」

「お肉!」

「……まぁ、魚のほうが」

「よし!ならば明日は魚を獲ってやろう!」

「おっ、良かったなコタロウ!おめェディメボルケーノに愛されてるぜ!」

「あ、あい……?」

 

 その言葉が適切かはともかく、ディメボルケーノはとりわけエイジロウとコタロウに心を預けている。それは遠くから見ていてもよくわかることだった。

 

「へへっ。おめェはほんと頼りになるなぁ、ディメボルケーノ!」

「!!」

 

 エイジロウのそのひと言は、ティラミーゴの心の柔らかいところを抉った。それが黒い感情に育つまで、時間はかからなかった。

 

 

 *

 

 

 

 一方その頃、である。

 

「ああおいたわしや、ワイズルーさま……」

 

 ぽくぽく、ちんと木でできた小楽器を棒で叩きながら、クレオンはぐすぐすと鼻──それらしいパーツは見当たらないのだが──を啜っている。その眼前には、祭壇に祀られたワイズルーの遺影。無論この世界に写真はないので、肖像画である。誰が描いたかを追及してはいけない。

 

「まさかタンクジョウさまに続いて、この人まで……し、死んでしまうなんてぇ」

「──まだ生きてまっす!」

「!」

 

 棺桶を突き破り、ワイズルーが起き上がる。一瞬びくっと肩を揺らしたクレオンだったが、すぐに深々とため息をついた。

 

「……この寸劇にいったいなんの意味があるんスか、ワイズルーさま?」

「ナンセンス、芝居に意味を求めてはいけないのだよクレオンくん……グハッ!!」

 

 前触れもなく吐血したワイズルーは、そのまま棺桶の中に倒れ込んだ。

 

「ちょっ……やっぱりこうなる!!」

「ハハ、ハ……ハ。弱っているのは事実……すまないが私は暫く休む……降板は、しないけど……」

 

 そんなことをつぶやいたきり、静かになる。一瞬本当に死んだのかと思ったが、どうやら眠ってしまっただけのようだ。

 

──リュウソウレッドとの一騎打ちに敗れ、マグマの中に墜落したワイズルーはそれでも生きていて、どうにか自力で這い上がってきた。無論まったくの無事ではなく、身体がところどころ黒く焼け爛れたようになっているが。人間なら骨も残っていなかっただろう。

 そんな状況からの生還なので、彼は弱っていた。暫くはエンターティナーとしての活動も休止となれば、クレオンとしては次のビジネスパートナーを捜すしかない。

 

「……とりあえず、ヤツらの動き見て考えるかぁ」

 

 憎きリュウソウジャー。その進路によっては、侵略の食指を伸ばしているドルイドンを当てることができる。──実際、彼らが向かう南海でも、ワイズルーにも負けぬ邪悪が牙を研ぎ続けていた。

 

 



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12.アジれティラミーゴ!? 2/3

 

 翌日。コランの港町に向けて南下を続けていたリュウソウジャー一行だが、途中、イズクとカツキの意向で南東の最端にあるダイノ古代遺跡群に立ち寄ることとなったのだった。

 

「古代遺跡ってことは……ひょっとして、そこにも騎士竜が!?」

 

 目を輝かせて質すエイジロウだったが、対するカツキの答はにべもないものだった。

 

「ンなホイホイ見つかんなら五十年も苦労してねえわ、アホ」

「アホ……!」

「まったくきみという男は本当に……ハァ、ならばどんな目的があるというんだ?」

 

 もはやいちいち突っかかるのも疲れたらしいテンヤが訊く。と、やはりきちんと答えてくれるのはもう一方の片割れのほうで。

 

「リュウソウルの素材集めと、マイナソー退治だよ」

「!、リュウソウルとマイナソー……ちょ、ちょっと整理させてくれないか」

 

 直接は繋がらないふたつの目的である、テンヤが混乱するのも無理はなかった。

 

「まず……そこはリュウソウルの素材がとれるのか?」

「うん。どうも前の戦いの頃に騎士竜たちの住処があったらしくて、その身体の一部が化石になって残ってるんだ」

「化石ってことは……元の騎士竜たちはもう死んじまったのか?」

 

 その問いに、イズクはほんの少し寂しげな表情を浮かべて頷いた。鋼鉄の肉体をもつ騎士竜たちだが、生き物であることに変わりはなく、寿命も当然ある。あるいは、ドルイドンとの激しい争いの中で戦死したものも。

 

「元々みんなが持っているリュウソウルも、そのほとんどが化石、つまり騎士竜の遺体の一部から造られたものなんだ……って、これは知ってるよね」

「うむ、それは習っているぞ!」

「威張んな。……あそこにはまだ見つかってねえ騎士竜の化石がある」

 

 つまり、新たな種類のリュウソウルを手に入れられるかもしれないということ。

 

「それはわかったけど……マイナソー退治ってのは?」

「──ダイノ古代遺跡群には、たくさんの腕を持つ巨大化したマイナソーがいるんだ。それもおそらく、既に完全体の」

「!!」

 

 完全体──つまり、宿主を憑り殺して独立したかもしれないマイナソー。

 無論、自然発生したということも考えられる。しかしそうでない可能性にまず思い至って、エイジロウたちは戦慄すると同時に拳を握りしめた。

 

「あのマイナソー、すごく強かった。僕らとタイガランス、ミルニードルだけじゃ……とても倒せないようなヤツなんだ」

 

 表向き冷静にそう言うイズクもまた、その表情を険しくしていた。隣のカツキが眉間に皺を寄せているのはいつものことだが。

 

「でも今は違う、──きみたちがいる」

 

 キシリュウオー"ファイブナイツ"を構成する五大騎士竜に、ディメボルケーノ。その戦力をもって、彼らは既に二体のドルイドンを倒したのだ──うち一体は生存しているが──。

 今なら、勝てる。イズクはそう確信していた。

 

「よ〜しっ、そう言われると俄然やる気が湧いてきたぜっ!!」

「うむ!俺たち五人……いや全員、力を合わせて頑張ろう!」

「……別にいいですよ、頭数に入れてもらわなくても」

「なに言うとんの、コタロウくんだって立派な私らの仲間なんやから!」

 

 実際、頭脳労働では少なくともエイジロウとオチャコの先を行っているのだ、コタロウは。

 

「それに騎士竜のみんなもいる。──しまっていこう!」

「「「おー!!」」」

「……おー」

「……けっ」

 

 カツキだけは相変わらずの反応だったが、この場にいる面々の心はひとまずは一致した。

 

 ……そう、この場にいる面々だけは。

 

 

──それからおよそ、一刻後。

 

「うわぁああああああ──ッ!!?」

 

 

 リュウソウジャーは、大ピンチを迎えていた。

 

「グオォアァァァッッッッ!!!」

 

 複腕と言うのだろうか、ひとつの肩口から幾つも枝分かれした逞しい腕を振り上げ、暴れまわる巨人。──ヘカトンケイルマイナソーという大仰な名前もあるのだが、エイジロウたちは当然それを知らない。

 いずれにせよその暴力の嵐を前に、彼ら竜装の騎士たちは防戦どころかほとんど逃げまどうばかりに等しい状況に陥っていた。なぜか。

 

「なんで……!なんで来てくれねえんだ、ティラミーゴっ!?」

 

 そう──ティラミーゴ、ついでにトリケーンとアンキローゼが戦場に現れないのだ。いつもなら相棒であるエイジロウたちが呼べば、数十秒と経たずに駆けつけてくれるというのに。

 

「ッ、やっぱりタイガランスたちだけじゃ……!」

 

 今はリュウソウジャーが五人いて、さらにディメボルケーノも加わっている──とはいえ、やはり巨大な敵に対する要はキシリュウオーだ。ファイブナイツ、あるいはそれに匹敵するだけの力がなければ、この敵に勝つことはできない。

 

「来ねえなら知恵絞って戦るしかねえんだよ!──ブットバソウル!!」

 

 ブットバソウルを剣に装填し、鎧を纏うと同時に跳躍するカツキ──リュウソウブラック。ミルニードルの唯一滑らかな部分のある頭に乗り上げると、彼は突撃を命じた。

 

「彼は何をする気なんだ……!?」

「わかんねえけどッ、俺もいくぜ!──メラメラソウル!!」

 

 燃えさかる炎のリュウソウルを剣に装填し、

 

『強!』

 

 一回、

 

『リュウ!』

 

 二回、

 

『ソウ!』

 

 三回、

 

『そう!』

 

 四回。

 

『──この感じィ!!』

 

 リュウソウレッドの身体が、炎を纏う。──文字通りめらめらと燃える、メラメラソウルの顕現した鎧。生きた騎士竜のそれは、通常のものより遥かに強大なパワーを発揮するのだ。

 

「ディメボルケーノ、あいつらみたいに俺も乗せてくれ!」

「生意気を言う!」

 

 表向きそう腐しつつ、ディメボルケーノは願いを聞いてくれた。その頭頂に飛び乗り、ミルニードルに乗ったブラックに並ぶ。

 

「ンだてめェ、マネしてんじゃねえ!!」

「言ってる場合かよ!おめェと俺、炎の力を合わせるんだ!」

「……チィっ!」

 

 戦いで足を引っ張り合うのは御免と、そう言ったのは他ならぬカツキ自身である。自らの言葉を違えるわけにはいかなかった。

 

 そうしてヘカトンケイルマイナソーの複腕による攻撃を掻い潜り、距離を詰めるふたりと二体。一定の箇所にまで達した瞬間、彼らはリュウソウケンを振り上げた。

 

「ボルカニック──」

「ダイナマイトォ──」

 

「「──ディーノ、スラァァッシュ!!!」

 

 噴火と、爆破。よく似たふたつの炎の力が同時に振るわれ、マイナソーが劫火の中に呑み込まれる。

 

「っしゃあ!」

 

 上手くいった!スケールの差ゆえ倒すまでは難しくとも、ダメージは確実に与えられたはずだ。

 エイジロウの分析は、普通ならなんら間違いのないものだ。メラメラソウルもブットバソウルも、火のエレメントを宿しているだけあって破壊力なら他の追随を許さない。並みのマイナソーなら、たとえ巨大化まで及んでいてもなお十分な威力となったことだろう。

 

 しかし相手はそもそも、並みのマイナソーなどではなかったのだ。

 

「グガアァァァッ!!!」

「!?」

 

 炎を掻い潜るようにして、ヘカトンケイルマイナソーが姿を現す。傷ひとつない巨躯から繰り出される拳は、その風圧だけで二体の騎士竜を吹き飛ばした。

 

「うわぁあああっ!!?」

「ッ、クソが!」

 

 レッドがそのまま地面に叩きつけられる一方で、ブラックはブットバソウルによる爆破機能をうまく使って着地してみせた。実戦経験の差が明らかに出たが、それで勝利につながるわけではない。

 

「ぬううっ……なんたる不覚!」

 

 そして、ディメボルケーノはじめ騎士竜たちも消耗している。──このまま戦い続けたところで、勝利は見えない。

 

「……潮時だ。いったん退いて、態勢を立て直そう」

「ッ、それしかないか……!」

 

 しかし、マイナソーは侵入者を許さないとばかりに迫ってくる。そこですかさずディメボルケーノが火炎を吐き出した。火柱によって、一時的に空間が寸断される。

 その間隙を突いて、彼らは撤退を果たしたのだった。

 

 

 *

 

 

 

「さて……撤退できたは良いものの、」

「何も良かねえわ」

 

 問題は何も解決していない。というかここから直視することになるのである。あてにしていたティラミーゴたちが、ついぞ戦場に現れなかったという事実。

 

「!、もしや、何かあったのでは……ドルイドンの罠にかかったとか、」

「でもこの一帯にはもう、ドルイドンはいないんちゃう?ワイズルーは倒したし……ああ、クレオンがいたっけ」

 

 今思い出したように、オチャコ。クレオンも厄介な敵には変わりないのだが、彼はマイナソーを誕生させ他のドルイドンを動かすことが主であり、自力で何かをすることはあまりない。ゆえにそういう評価になるのだった。

 

「ッ、どうしちまったんだよ……ティラミーゴ、みんな……!」

 

 エイジロウがくしゃりと顔を歪めたときだった。傍らの森が、がさりと動いたのは。

 

「!、ティラミ……」

 

 この気配は間違いない!一転表情を輝かせ、振り向くエイジロウ。テンヤとオチャコもまた同様だった。

 果たしてその感知はまったく正しかった。そこには確かに、彼らの相棒たる三体の騎士竜の姿があった。

 しかし、

 

「……おめェらそれ、何やってんだ?」

 

 彼らが固まるのも無理はなかった。

 

 そこにいた騎士竜たちは皆、一様に鉢巻やたすきを掛け、背中から看板を生やしていたのだ。

 

「ティラァ、ティラアァ!!」

「な、なんなん……?」

「何か書いてあるが……読めん!」

 

 それでもかなり熱のこもった書きぶりであることは伝わってくる。一同が困惑のままに首を傾げていると、

 

「あれ……多分、古代文字だ」

 

 イズクのつぶやきに、皆の視線が集中する。

 

「古代文字……ってことは、昔のリュウソウ族が使っていたものですか?」

「うん。だから、騎士竜たちが覚えていてもおかしくない……よね?」

「ンで俺に訊く。つーかとっとと解読しろや、クソナード」

「人にものを頼む態度かそれが!?」

 

 テンヤがしっかり聞き咎めるが、当のイズクはもう慣れたものである。大きいにも程がある瞳を凝らし──そうしているとカツキにも負けず人相が悪くなるから不思議である──、書かれている文字を読み取りはじめた。

 

「……ス、ト、けっ、こ、う、ちゅう」

「すと?」

「おまえ、たちは……われわれ、の、きもちを、わかって、いない」

「すととは?」

「……正しくはストライキと言って、賃金で雇われた労働者が、雇った側への不満を表すために仕事を放棄する行為ですよ」

「おぉ流石コタロウくん、デクくんテンヤくんに負けず劣らず物知りや!」

「問題はそこじゃねえだろ」

 

 「ナニ考えてんだ」とカツキ。騎士竜が労働争議にかまけてマイナソーとの戦いを放棄するなど、前代未聞である。

 

「ティラアァァァァ!!!」

「わ、わかったから落ち着けって!……いやわかってねえけど!」

「いったい何が不満だというんだ、トリケーン!?」

「言いたいことあるならちゃんと言うてよ、アンキローゼ!」

「──!!」

 

 もののたとえで放ったひと言は、人語を話すことのできないティラミーゴたちに深々と突き刺さった。脳裏に浮かぶのは、エイジロウたちと楽しそうに(?)おしゃべりをするディメボルケーノの姿。

 

「ティイィラァァァァ!!!」

 

 結果──彼らは、激怒した。

 

 

 *

 

 

 

「………」

 

 再び、旅中の夜である。前日と異なるのは、焚き火に照らされた辺り一帯が重苦しい沈黙に陥っていることか。

 

「……余計、怒らせちまった、な」

「……うむ」

「や、やっぱり私のせい!?……だよね」

 

 「おめェだけのせいじゃねえよ」と、力なく微笑むエイジロウ。決定的な言葉を発したのはオチャコかもしれないが、皆、冷静な言動ができていなかったのだ。

 

「ティラミーゴたちは、喋れないことを気にしている……ということでしょうか」

 

 推測を口にしつつ、コタロウはちらりと傍らを見遣った。そこには焚き火の橙に照らされて、じっと佇むディメボルケーノの姿があって。

 

「もしやヤツら、俺の存在を疎んでいるのか?」

「ッ、そんなこと!」

 

 そんなことはない──そう言い切れるだけの交流が、今まであっただろうか。村を出て以降、彼らとは戦いの中でのつながりしかない。──現代に甦った直後、村の子供たちと楽しそうに遊んでいたティラミーゴの姿が思い起こされる。

 

「……もしかして、あいつら──」

 

 そのとき、傍らの茂みががさりと動いた。

 

「ティラミーゴ!?」

 

 反射的に立ち上がりかけたエイジロウだったが、そこから姿を現したのはイズクとカツキだった。

 

「!、イズクくん……カツキくん」

「……どうやった?アンキローゼたち……」

 

 ふたりは相棒の騎士竜たちとともに、三匹の説得に赴いてくれていたのだ。尤も彼らも騎士竜と会話ができるわけではないので、実質的には相棒の付き添いなのだが。

 

「……正直、かなり意地になってるみたいだ。タイガランスが粘ってくれてるけど──」

「けっ」

 

 ちなみにミルニードルのほうは、そもそもやる気がなかったのか早々に役割を放棄している。基本的に戦いにしかその姿を見せないので知られることもなかったが、彼は相棒以上に辛辣なところがあるのだった。

 

「てめェら、」

 

 そのカツキが、彼にしては静かな声をあげた。

 

「連中とそこにいる火山野郎、どちらか選べっつわれたらどうする?」

「!、そんな話になっているのか!?」

「なるかも知んねぇな」

 

 皮肉めいた物言い。しかしそれは現実の可能性として、少年たちの心に刺さった。実際、ティラミーゴたちの怒りと不満はそれほどまでに根が深いのだ。

 

「そんなの……選べるわけねえよ。どっちも大切な仲間で、相棒だ」

「甘ぇなクソ髪。選ばなきゃなんねえときっつーのは、必ずあンだよ」

 

「──それでも、」

 

 声をあげたのは、イズクだった。

 

「どちらにも手を伸ばすことを、あきらめちゃいけないときだってある。──大丈夫、ティラミーゴたちは必ずわかってくれるよ」

「……イズク、──そうだよな」

 

 そして──今度こそエイジロウは、堂々たる様で立ち上がってみせた。

 

「タイガランスだけに任せておくわけにはいかねえ。俺、自分でティラミーゴと話すよ」

「うむ……!俺も、俺を選んでくれたトリケーンをこのまま放ってはおけない!」

「やったろ、──説得や!!」

 

 そう──彼らは、こういう少年たちだ。普通の人間の倍近くも既に生きていながら、恐れというものを知らない。物事を深く考えない代わりに、どんなときでも相手でも、その心のままに突っ込んでゆける。

 愚かだと嘲うのは簡単だ。しかし何かと理屈をつけて、結局一歩も踏み出さないより余程マシなのではないか。

 

(そのおかげで、僕は今、こうして生きている)

 

「イズク、ティラミーゴたちのところに案内してくれ」

「わかっ──」

 

 イズクが頷きかけたときだった。突如として地面が、轟音とともに揺れたのは。

 

「ッ、なんだ!?」

「地震……か?」

「違ぇ!この揺れ方は……」

 

 地下からくるものではない。地上から、踏み鳴らしたような──

 

 

「──ウォオオオオオッ!!!」

 

 

 森を薙ぎ倒すようにして、複腕の巨人が姿を現した。

 

 



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12.アジれティラミーゴ!? 3/3

 タイガランスは苦渋を極めていた。目の前には、スト決行中云々のたすきやのぼりを一向に手放そうとしない石頭の騎士竜仲間たち。同じ任務を与えられたはずのミルニードルは、とっくに匙を投げて置物と化している。

 

 そもそも騎士竜同士だからといって、皆が皆格別に固い絆で結ばれているわけではない。タイガランスにしてみると、長らく行動をともにしたミルニードルは友だちだが、他の騎士竜たちは協力関係にある、くらいの認識なのだ。ティラミーゴたちとは合体したこともあるが、それで劇的に心理的距離が縮むというものではない。

 にもかかわらず説得などという信頼関係を必要とする役割を任されたうえ、相手は何を言っても(?)意志を曲げないへそ曲がりたちなのである。元々真面目な性格の彼も、いい加減辟易しはじめていた。

 

 そのときだった。タイガランス!と、相棒の呼ぶ声が彼方から聞こえたのは。

 

「!!」

 

 身体ごと振り向いてみれば、すっかり夜の闇に溶け込んでいたミルニードルも黄色い眼を光らせて動き出そうとしているところだった。──相棒たちの身に何かあった。十中八九、昼間のマイナソーが現れたのだ。

 

 今度は首だけを傾けて、再びティラミーゴたちのほうを見る。彼らはまだそっぽを向いていて──ああ、これは駄目だとひと目でわかった。彼がもし言葉を話せたならこう言っただろう、「勝手にしろ」と。

 

「……ティラ、」

 

 彼らが去ったあと、ティラミーゴは一転してしゅんと項垂れた。それを認めたトリケーンとアンキローゼが本当にこれで良いのかと問いかけてくる。彼らも内心、迷っているのだ。

 しかし迷っているだけでは、ここから一歩は踏み出せない。そして今さら引けないという思いが、ティラミーゴにはあった。

 

 

 *

 

 

 

「ディ、メェェェ〜〜!!」

 

 勇ましい咆哮とともに、ディメボルケーノが火炎を吐き出す。もう何度目になるかわからない攻撃、彼の体温は近づくだけで火傷してしまいそうなほどに上昇しているが、それでも難なく行動できるタフさである。

 しかしそれでもなお、ヘカトンケイルマイナソーは進撃を続けていた。炎に灼かれた皮膚も、短時間で元通りに戻ってしまう。

 

「ッ、これが完全体のマイナソーなのか……!」

 

 完全体といえば、リュウソウ族の村に攻め入ってきたドラゴンマイナソーを思い浮かべるエイジロウたち。このヘカトンケイルマイナソーは、それに輪をかけて強力だった。ディメボルケーノだけでは当然もたない、五人の騎士も積極的に攻撃を仕掛けていくが、焼け石に水なのは昼間と変わりなかった。

 

 そこに、タイガランスとミルニードルが駆けつけた。一瞬、兜に隠れた顔に喜色を貼りつけるエイジロウだったが、そのあとにティラミーゴたちの姿はない。

 

「やっぱり……来ちゃくれねえか……」

 

 仕方がない、自分たちが行動を起こすのが遅かったのだ。今は全力で、このマイナソーに立ち向かうしかない。

 

「いけッ、タイガランス!!」

「ブチ砕け、ミルニードル!!」

 

 相棒たちの指示に従い、緑と黒、二体の騎士竜がディメボルケーノと入れ替わるようにして突撃していく。そして、

 

「テンヤくん、ハヤソウルで左右から同時攻撃だ!」

「わかった!──オチャコくん、きみはオモソウルでヤツの動きを鈍らせてくれ!」

「オッケー、任せて!」

 

 まずピンクがオモソウルを発動し、マイナソーを重力の渦に捕らえる。動きが鈍ったところで正面から騎士竜たちが相手を引きつけ、そこに──

 

「「ダブル、フルスロットルディーノスラァッシュ!!」」」

 

 相手がぎりぎりまで気づかないほどの超高速で迫り──ふたり同時に、剣を振り下ろす!

 

「グオォ……!」

 

 うめき声をあげるヘカトンケイルマイナソー。怒りのままに複腕を振り回すが、

 

『カタソウル!ガッチーン!!』

 

 すかさずカタソウルで竜装したレッドが前面に出、その腕のうちいくつかを真正面で受け止める。

 

「──ッ!」

 

 それでも衝撃を殺しきることはできず、大きく後方へ吹き飛ばされる。幸いにしてその身体は、とどまっていたピンクが受け止めてくれた。

 

「エイジロウくん、大丈夫!?」

「ッ、おうよ!流石オチャコ、漢らしいぜ!」

「それ褒めてないっちゅーの!」

 

 軽く胸をどつきつつ(エイジロウはごふっと呻いた)、今度は彼女が前に出た。カツキ──リュウソウブラックの隣に、並び立つ。

 

「カツキくん、私がきみをカルソウルでめっちゃ浮かせるから、爆破で急降下して攻撃してみて!」

「ア゛ァ!?命令すんな丸顔!」

「命令じゃなくて提案!……ああ、カツキくんには無茶だったかな〜?」

「てんめェ……良い度胸じゃねえか……!」

 

 しかし、煽られるとつい乗っかってしまうのがカツキ少年の悪癖であった。イズクに聞いたというわけでもない、女の嗅覚とでもいうべきものか。剛健の騎士オチャコもまた例外ではなかった。

 

「──カルソウル!」

「ブットバソウル……!」

 

 同時にリュウソウルを装填し、

 

『フワフワ〜!』

 

 ブラックの身体が重力から解放され、空中へ浮き上がっていく。それに気づいたマイナソーが腕を突き出してくるが、邪魔はさせるかとばかりにミルニードルが針を飛ばして主を守った。タイガランスも攻撃に加わり、マイナソーを牽制する。

 その間に、ブラックは豆粒ほどにも見えないほどに上昇を遂げていた。

 

「よ〜し……──解除っ!」

 

 その瞬間を見計らって、カルソウルのエフェクトを"解除"する。途端、再び重力に引っ張られるようになったブラックの身体は墜落を始めた。凄まじい風圧が、リュウソウメイル越しにも彼の身体に襲いかかる。

 

「は……こんなモン!」

 

 そんなもの、威風の騎士たる彼にとっては取るに足らない。ブットバソウルの力でリュウソウケンから爆破を起こし、むしろ速度をあげていく。そうして、数秒としないうちにマイナソーの頭上に迫った。

 

「死ィねぇぇぇぇッ!!」

 

──BOOOOM!!!

 

 ひときわ激しい劫火がヘカトンケイルマイナソーを呑み込む。その際の衝撃で落下速度を相殺することで、ブラックは態勢を崩すこともなく華麗に着地してみせた。

 

「流石、かっちゃん……!でもそこは死ねじゃなくて技名を……せっかく合体技なんだし"ゼログラビティ=ダイナマイトディーノスラッシュ"とかそんな感じの……」

「うるっっっせえぞクソナード」

 

 いずれにせよ、この攻撃はかなり効き目があった。ヘカトンケイルマイナソーの腕のあちこちが焦げ、まともに動かなくなっている。騎士たちは勢いに乗ろうとしていた。

 

 しかし彼はまだ、戦意を失ってはいなかったのだ。

 

「──ウオォォォォォッッッ!!!」

「!!」

 

 身体から白煙を上らせながらも雄叫びを発したマイナソーは、野山を劈くようなそれとともにすべての腕を力いっぱい地面に叩きつけた。大地が激しく軋み、幾つもの亀裂が生まれる。それは蜘蛛の巣状に拡がって、瞬く間に迫ってくる。

 

「────、」

 

 騎士竜たちでさえ抗えないほどの衝撃、少年たちなどひとたまりもない。ただリュウソウメイルのおかげで消し炭にはならずに済んだ彼らも、たちまち紙のように吹き飛ばされていた。

 

「……ッ、」

「ぐ、うぅ……っ」

 

 何が起きた?いや、それは一目瞭然だった。では一体、あれほどのパワーがどうやって湧き出てくるというのか。

 リュウソウメイルは装着者を守る代わりに限界を迎え、エイジロウたちの生身は剥き出しになっている。それでもテンヤなどは鋼鉄の鎧を纏っているが、ヘカトンケイルマイナソーの規格外の腕力を前にしては裸でいるのとなんら変わりがないだろう。

 

 そしてスケールの面でマイナソー相手に太刀打ちできるタイガランスたちもまた、襤褸切れのようになって地面に横たわっていた。かろうじて動けるのはディメボルケーノだけだ。

 

「まず、い……。このままでは……!」

「……ッ、」

 

(ティラミーゴ……っ)

 

 これほどの危機を前にしても見て見ぬふりをするほど、俺たちに愛想を尽かしてしまったのか。

 エイジロウは拳を握りしめた。浮沈する怒りは、誰に向けてのものか。ただひとつ、間違いなく言えることは。

 

「このままこいつらの好きにさせて、本当に良いのかよ……!」

 

 6,500万年の昔、この麗しき故郷をこいつらに荒らされ、数えきれない仲間を失った。だから騎士竜たちは、リュウソウ族と手を携えてでも戦う道を選んだのではなかったのか。

 

「おめェらが選んだ俺らを見捨てて……仲間の騎士竜たちを見捨てて……!そうまでして通さなきゃいけない意地なのかよ、それは!?」

「エイジロウくん……っ」

 

 テンヤとオチャコもまた、それぞれの相棒たる騎士竜の顔を思い浮かべる。生身とはいえない身体をもっていながら、彼らは間違いなく心に血の通う存在だった。

 

「何がおめェらをそこまで駆り立ててんのかはわかんねえ!でも、俺らは絶対逃げねえ!わかんねえならわかるまでぶつかるから!」

 

「──だから、おめェらも逃げんな!俺らと一緒に……戦え──ッ!!!」

 

 宵闇を切り裂くような叫びが一帯に響き渡る──それと同時に、ヘカトンケイルマイナソーが拳を振り上げていた。

 

「──ッ、」

 

 やられる──!

 

 

「ティイィィラァァァァァ!!!」

 

 エイジロウのそれに負けぬ咆哮とともに、紅蓮の鋼竜がマイナソーに突進した。

 

「グオアァ!?」

 

 不意打ちだったためか、マイナソーは初めてまともに吹き飛ばされた。木々を薙ぎ倒し、森の深くまで雪崩れ込む。

 そんなことよりも今は、彼らが駆けつけてくれたことだ。

 

「……待ってたぜ!」

「ティラ……」

 

 ティラミーゴが何かを口ごもっている。エイジロウにはその気持ちがちゃんと伝わった。言葉にしなくとも、通じ合うことはできるのだ。

 

「ティラミーゴ!」

「!」

 

 そこに歩み寄ったのが、他でもないディメボルケーノだった。

 

「奴は絶大な腕力を誇っている。しかしタイガランスたちはもう動けん、ここは貴様と俺で合体するのだ!」

「!、ティラ……」

 

 事の元凶(?)ともいえるディメボルケーノとの協力には、今少し躊躇いのあるティラミーゴである。彼がまず見たのは、同じ神殿に封印されていた仲間の騎士竜たち。彼らは、黙って頷いてくれた。スピードに長けたスリーナイツより、そのほうが適していることは彼らもわかっているのだ。

 でも、それでも──

 

「──ティラミーゴ、頼む」

「!」

 

 エイジロウの言葉が、ティラミーゴの心を動かす。他でもない彼にその名を呼ばれることには、特別な意味がある──名付け親は、エイジロウその人なのだから。

 

「グガアァァッ!!」

 

 怒り狂ったマイナソーが、森をかき分けるようにして再び姿を現す。もう猶予はない、ティラミーゴは腹をくくった。

 

「──ティラァ!!」

 

 そのひと鳴きが合図となり、並び立つ二体。エイジロウも同時に、再びレッドリュウソウルを構えた。

 

「──リュウソウチェンジ!!」

『ケ・ボーン!』

 

『ワッセイ!ワッセイ!そう!そう!そう!ワッセイ!ワッセイ!それそれそれそれ!!』

 

『リュウ SO COOL!!』──真紅のリュウソウメイルが、再び少年の身体を包み込む。あれだけ傷つけられても、装着者にその意志ある限り何度でも修復されるのが竜装の鎧なのだ。

 

「いくぜティラミーゴ、ディメボルケーノ!──竜装合体!!」

「ティラアァァッ!!」

 

 雄叫びとともに、ティラミーゴが竜神キシリュウオーへと姿を変える。同時にディメボルケーノが幾つもパーツに身体を分割され──そうなっても生命維持にまったく影響がないのが騎士竜の強みである──、鎧兜や剣、さらには肩に担ぐ形の砲へと姿を変えた。

 そして最後に胸元──ティラミーゴの頭部が突き出していたそこに、ディメボルケーノのそれが取って代わる。その棘々しさは、ファイブナイツをも凌駕していた。

 名付けて、

 

「キシリュウオー、ディメボルケーノ!!」

 

 

「ウオォォォォッッ!!!」

 

 同等の背丈をもつ鋼鉄の騎士を前に、ヘカトンケイルマイナソーはますますいきりたった。複腕を一見むちゃくちゃに、その実絡み合わぬよう巧みに振り回しながら、こちらに迫ってくる。

 

「そう簡単に、近づけさせるかっての!」

 

 パイロットが言うが早いか、キシリュウオーディメボルケーノは早速固有能力を発揮した。肩の砲口が火を……もとい火砲を噴いたのだ。

 

「グオォッ!?」

 

 うめくマイナソー。その巨躯に比べれば豆粒ほどとはいえ、高温でもって勢いよく発射される炎の弾は手痛い攻撃には変わりないのだ。

 そうして一度は停滞しかかったマイナソーだが、次第に熱に慣れてきたのか、複腕で身体を庇いながら再び進撃を開始した。構わず撃ち続けるが、徐々に距離が詰まっていく。

 

 そこに、青と桃、二体の巨獣が割り込んだ。

 

「ナイトソードっ!!」

「ナイトハンマー!」

 

 同時攻撃を受け、再びマイナソーの速度が鈍る。

 

「援護は俺たちに任せてくれ!」

「合体しなくたって、できることはある!」

 

 テンヤとトリケーン、オチャコとアンキローゼ。エイジロウ&ティラミーゴのコンビと同じように、彼らも選び選ばれたのだという特別な絆がある。

 

「よ〜しッ、メラメラいこうぜキシリュウオー!」

 

 調子を上げたリュウソウレッドは、自らの意思でキシリュウオーディメボルケーノを前進させた。

 

「うおぉぉぉぉッ!!」

 

 雄叫びをあげながら燃えさかる鉄扇"ナイトファン"を振るい、灼熱の旋風をマイナソーに浴びせかける。それで怯んだところに、炎刃"ナイトメラメラソード"を袈裟懸けに振り下ろした。

 

「グワァァッ」

 

 右腕数本をすっぱり斬り落とされ、マイナソーはくぐもったうめき声をあげる。斬ると同時に傷口から炎が侵入し、体内で渦を巻くのだ。その苦痛は筆舌に尽くしがたい。

 

「っし、燃えるぜぇ!!」

 

 凄い力だ。破壊力だけならファイブナイツにも匹敵するのではないか。

 ならばこの強敵を──焼き尽くす。

 

「エイジロウくん、僕らと同時攻撃だ!」

「!」

 

 地上からイズク──グリーンが声を張り上げる。彼とその幼なじみの攻撃もまた、スケールの違いを加味しても侮れない。

 

「おうよ!──メラメラソウル!!」

『強!リュウ!ソウ!そう!──この感じィ!!』

 

 燃えさかる炎を模した鎧を装着すると同時に、レッドはリュウソウケンを振り上げた。

 

「はあぁぁぁぁぁ──!」

 

 主の意志に従い、前進を開始するキシリュウオー。合わせて地上のグリーンとブラックが、必殺の構えをとる。

 

「いくよ、かっちゃん!」

「命令すんなやクソデクゥ!!」

 

 五十年もののテンプレートな台詞を吐きつつ──ふたりは跳んだ。力いっぱいのジャンプは、等身大でありながらキシリュウオーの肩のあたりまで到達する。

 

「とどめだ──!」

 

 

「キシリュウオー、バーニングスラァッシュ!!」

「「ダブルディーノスラァァッシュ!!」」

 

 騎士竜と騎士たちの斬撃が炸裂、

 

「!!!!!!!!」

 

 声にならない断末魔とともに、ヘカトンケイルマイナソーの残る腕がすべて斬り落とされる。そのエネルギーの余波は、彼に苦悶すら与えずに爆発を起こしたのだった。

 

「っしゃあ、完全勝利!!」

 

 タイガランスとミルニードルは傷ついてしまったが、誰も死なせず強力なマイナソーを葬り去ることができた。ワイズルーに続き、快進撃と言えるだけの成果を挙げられたのだ。

 

 

 *

 

 

 

「エイジロウくん、オチャコさん。そっちをお願い!」

「おうよ!」

「は〜い!」

「イズクくん、これはどうすれば良い?」

「ああ、それはね……」

 

 すっかり平穏を取り戻したダイノ古代遺跡群において、リュウソウジャーの面々は化石の発掘作業を行っていた。

 

「かっちゃん、これここに置いとくね」

「ん、」

 

 皆が掘り出した化石をカツキが受け取り、専用の道具を使って精錬していく。手慣れた様子は、エイジロウが村で見た友人の実家での作業にも劣らぬものだった。

 

「あいつ、マジでなんでもできちまうんだな……」

「天は二物も三物も与えるとは、このことかもしれないな!」

「あの性格じゃなければ完璧やったのにね……」

 

 そんなおしゃべりをしていたらば、案の定カツキに睨まれてしまった。慌てて作業に戻る一同。

 

 そこに、ティラミーゴたちがやってきた。

 

「ティラ……」

「おう、ティラミーゴ。どした?」

 

 屈託のない笑顔を向けるエイジロウに対し、ティラミーゴはどこかそわそわした様子だった。すぐ後ろについてきたトリケーンとアンキローゼが、彼の背中もとい尻尾を後押しするようなしぐさを見せる。

 

「ティ、ラ……」

「?」

 

 ティラミーゴの大きな口が、ゆっくりと開閉する。

 

「グォ……メ……ン、ティラ……」

「!」

 

──ごめん、ティラ。

 

「おめェ……喋れるようになったのか!?」

「ティラ、」

「スゲーな、流石だティラミーゴ!」

 

 その言葉が仮に謝罪でなくとも、エイジロウの反応は変わらなかった。ティラミーゴが言葉を話せるようになったことに喜び、無邪気に飛び跳ねる。そういう少年を、ティラミーゴは相棒に選んだのだ。

 

「おい、クソ髪」

「ん?──うぉっ」

 

 カツキから唐突に投げ渡されたのは、金の縁取りにオレンジの──ディメボルケーノとはすこし色合いの異なる──リュウソウル。見たことのないものだった。

 

「これ、今造ったばかりの?」

「おー。てめェの騎士竜に使ってみろや」

 

 ニヤリと悪戯っぽく笑うカツキ。いったいどんなソウルなのか。不安はあったが、エイジロウはその言に従うことにした。

 

「とりゃっ」

 

 いつも通りリュウソウケンに装填し、

 

『チーサソウル!ミニミニっ!』

 

 新たなリュウソウル──チーサソウルの力がティラミーゴの全身に染み渡っていく。するとその巨体が、みるみるうちに縮みはじめたではないか。

 

「てぃ、ティラミーゴ!?」

「ティラァ!」

 

 すっかり可愛らしい声、姿かたちになったティラミーゴ。手乗りサイズ……というには今少し大きい彼は、ぴょんとエイジロウの肩に乗ってきた。

 

「ティラ、ティラァ!」

「ひゃははっ、くすぐったいぜティラミーゴ!」

「おおっ、かわええ!」

「このソウルがあれば、騎士竜たちも街に入れるな!」

「!」

 

 もしや、カツキの狙いはそれだったのか。ならば彼は、自分たちのために便宜を図ってくれたことになる。尤も彼は再び作業に集中しはじめ、こちらを見てすらいなかったが。

 

「……ありがとな、カツキ」

 

 今回の遺跡探訪、成果は新たなリュウソウルだけではなかった。絆というかけがえのないものを、改めて得ることができた──エイジロウは、そう確信していたのだった。

 

 

 *

 

 

 

 その頃クレオン一行もまた、リュウソウジャーを追って南下を続けていた。

 

「ワッセイワッセイ!」

「ドルゥゥ……!」

「そうそうそう……ホラ右舷弾幕薄いよ、何やってんの!?」

 

 クレオンの指揮のもと、ワイズルーの入った棺を運ぶドルン兵たち。しかし数体がかりとはいえ、あまりといえばあまりの重さである。彼らは無駄に疲弊させられていた。

 

「……これのどこがエンターテインメントだよ」

 

 自身は口を出すばかりで楽をしつつ、ごちるクレオン。──そんな彼の前に、突如として紫電のごとき影が姿を現した。

 

「……ビショップクラスのドルイドンがそのざまか、情けない」

「うわっ、なんだおまえ!?」

 

 当惑するクレオン。その一方で、

 

「ドーーーン!!」

「ドルゥ!?」

 

 棺桶を蹴破るようにして飛び出すワイズルー。その衝撃で何体かドルン兵が吹き飛ばされるが、そんなことを気にする男ではなかった。

 

「いきなり現れてその物言い!相変わらず無作法なguyだな!」

「………」

「だんまり!?……ゴホ、オホン!それで、なんの用かな?」

 

 紫電の鎧騎士は、ため息のような声で応じた。

 

「……リュウソウジャーは、南の大地へ向かおうとしている」

「!」

「このままでは、"ヤツ"に手柄をとられるぞ」

 

「それだけだ」──そう告げて、鎧騎士は靄のように姿を消した。

 

「消えた……!?なんだったんだ、アイツ……」

「……彷徨う鎧、ガイソーグだ」

 

「ヤツまで動き出したとなれば……くくくっ、面白いショウが、見られそうだよ」

 

 ただし、最後に中心で踊るのは自分だ。譲れぬ矜持とともに、ワイズルーは再び棺桶に横たわった。

 

 

 つづく

 

 




「幽霊船が来たぞぉ!」
「俺たちが、この町の平和を取り戻します!」

次回「出航!南へ」

「海の上にも、人間は生きているんだな」


今日の敵‹ヴィラン›

ヘカトンケイルマイナソー

分類/ジャイアント属ヘカトンケイル
身長/57.2m
体重/899t
経験値/554
シークレット/ギリシア神話に登場する巨人、ヘカトンケイルに似たマイナソー。屈強な体躯を誇るがその最大の特徴は肩口から無数に分かれた複腕である。それらを巧みに操って敵を叩き潰し、あらゆるものを打ち壊すぞ!
ひと言メモbyクレオン:完全体にまで育った貴重なマイナソー……なんだけど、ここまで育てるのはマジひと苦労……。野良に限ってよく育つんだよなぁ。



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13.出航!南へ 1/3

「旅立ち・東の大地」編、最終回になります。


 

 抜けるような青空、白波の寄せては返す紺碧の海原。黄金を散りばめたかのように輝く砂浜。

 

「これが……!」

「これが!」

「これが!!」

 

「「「海だぁ──っ!!」」」

 

 少年たちの歓喜の声が響き渡ったのは、間もなくのことだった。

 

 

 ダイノ古代遺跡群で目的を果たしたリュウソウジャー一行は再び南下を続け、いよいよ南方との玄関口であるコランの港町近郊にまで迫っていた。

 

「すごいな、これは……。絵では見たことがあったが、こんなに雄大とは」

「先が見えへん……。ここ、世界の果てちゃうの?」

「ははは」イズクが笑う。「そう思うのも無理はないけど……これ、見て」

 

 そう言ってイズクが取り出したのは、この国の領域──今となっては旧王国領と呼称すべきだろうか──を表した地図だった。

 

「僕らが今いるのはこの辺」

「うんうん」

「それで、渡ろうとしてるのがここね」

「うんう……えぇっ!?」

 

 オチャコが驚くのも無理はなかった。地図上でのその距離は、爪の先ほどしかないのだ。そして東西南北、天然の要害を挟みながらも緩く繋がった大陸の周囲は、それとは比べ物にならないほど広大な海に囲まれているのだ。

 

「ぜ、全然広くないやん……」

「まあ、船で二日もあれば渡れる距離だからね」

「なんと……。──もしや、この地図の外側にスモウの発祥地でもある東の国もあるのか!?」

 

「もっと広い地図はないのか!?」と詰め寄るテンヤ。そのスモウレスラーもといリキシたちと遜色ない押し出しの良い体格でそんなことをすると、当然凄まじい威圧感である。イズクが思わず半歩下がるほどには。

 

「ご、ごめん……。世界地図はその、高いから……」

「ムム……そうなのか。ならば南の大地でもたくさん働いて、いつか自分の力で入手してみせるぞ!」

「その意気や〜!」

 

 おー、と拳を突き上げる三人。付き合いがまだ浅い割に、この面子は妙に波長が合っている。まあ、それは悪いことではないのだが。

 

「……おい、てめェら──」

 

 ここは目的地でない、あくまでその途上である。そのことを指摘しようとしたカツキだったが、

 

 

「ぃいやっっっっほーーーー!!!」

「ティラァァァァ!!」

 

 上着を脱ぎ捨てたエイジロウと彼にくっついているミニティラミーゴが、勢いよく海にダイブする。水飛沫が跳ね、陽光を反射してきらきらと輝いた。

 

「うわこれしょっぺえ!でも気持ちいいぜー!!」

「ティ〜ラァ♪」

 

 海水濡れになりながら戯れるエイジロウとミニティラミーゴ。その姿は竜装の騎士と相棒の騎士竜というより、ただの主人とペットのようである。

 

「エイジロウくん、いつもながら全力全開……ムッ?」

 

 足下を引っ張るような感覚。見下ろしてみると、ミニトリケーンが必死に裾を引っ張っていた。オチャコにも同様に、ミニアンキローゼが引っ付いている。

 

「どうしたんだ、トリケーン?」

「ひょっとして、海で遊びたいん?」

 

 その問いに、ピィ、ピィと可愛らしい鳴き声を発して訴えかける二体。──彼ら、そしてティラミーゴもまた、カツキが新たに製作したチーサソウルでミニミニ状態(オチャコ命名)となっている。

 

「ふむ……鎧を脱ぐのは大変だから、浅瀬で少しだけだぞ!」

「私も……流石にエイジロウくんばりに脱ぐわけにいかんもんねぇ」

 

 それでもと海に入っていくふたりと二匹。ここ数日は鬱蒼とした森の中にいたために、開放感から彼らも少しばかり羽目を外したかったのだ。

 きゃいきゃいはしゃぐ合計年齢数百+数億歳の面々を目の当たりにして、カツキは呆れた。

 

「……カスどもが。おいデク、行くぞ──デク?」

 

 デクことイズクが、いつの間にか隣から消えている。再び前方に目をやれば、緑のもさもさが視界を横切っていくのが見えた。

 

「おっ、イズクも来るか!?」

「えへへ、みんなで遊ぶなんて数十年ぶりだから……ちょっとだけね!」

 

 言い訳をしながら馬鹿どもに混じるイズクであった。

 

「ごぉらぁクソデクゥゥゥ!!!」

 

 

「………」

 

 その光景を見つつ、コタロウ少年は木陰で何か書きものをしていた。ペンをつらつらと動かし、白いページを埋めていく。

 

「そもさん、汝に問う!」

「ッ!?」

 

 いきなり背後から声をかけられ、コタロウはびくっと肩を跳ねさせた。振り向けば、森の中からオレンジの巨大な顔が覗いている。

 

「いったい、何をしている?」

「あぁ……ちょっと、記録を」

「記録とな……フム、人間は面白いことを考える。それよりせっかくの海なのに、遊ばなくて良いのか?」

「気分じゃないから。きみこそ良いの、チーサソウル使ってもらわなくて?」

「あんな大きさになるのは性に合わん!」

 

 ふふ、とコタロウは笑った。見かけによらず寂しがり屋なディメボルケーノだが、そういう騎士竜のプライドめいたものは大事にしているようだ。騎士竜たちも千差万別、個性豊かだ。ただ戦うときは皆、勇猛果敢になるのは共通しているけれど。

 いったん手を止めて、再び皆のほうを見やる。楽しそうに水辺ではしゃぐ少年たち──約一名はブチ切れているが──。彼らは常人の倍ほども生きている竜騎士たちなのだけれど、そうしている姿は外見年齢相応の少年たちにしか見えない。

 

 この人たちが、ほんとうに世界を救えるのだろうか──正直なところ、コタロウは未だ半信半疑である。それでも自分を含め、彼らの純粋さとひたむきさに救われた人間がいるのはまぎれもない事実だった。

 そのひとりとして、彼らのたどる結末を見届ける──それが己の義務であり、また権利でもあると、コタロウは信じているのだ。

 

 

 彼が不意に奇妙なモノを見たのは、その直後だった。

 

「あれは……──みんな!!」

 

 急に声を張り上げたものだから、一同の視線が彼のほうに集中する。尤もコタロウが見てほしいのは、その逆方向だったのだが。

 

「見てください、海のほう──」

「?」

 

 皆が再び海原を見やる。と、先ほどは影かたちもなかったシルエットが見えた。──船だ。見ると、コランの港町のほうへ向かっているようだ。

 船が海を行き、港へ入ろうとしていることはなんら不思議ではない。問題はその挙動だった。帆がまるで生き物のようにぐにゃぐにゃと蠢いている。

 

「……ミエソウル!」

 

 カツキがミエソウルを発動する。ただでさえ吊り上がった瞳をさらに眇め、じっと目を凝らす。──刹那、彼の纏う空気がひりついたものになった。

 

「おい、急ぐぞ」

「え、なんで?」

「いいから早よしろや!!」

 

 いつもの脊髄反射的なそれとも異なる剣幕に、エイジロウたちも尋常な事態でないことを理解した。慌てて海から上がり、既に走り出してしまったカツキのあとを追うのだった。

 

 

 *

 

 

 

 コランの港町。南方の湿地帯への玄関口でもあるこの町は、海に面しているという利点を活かして漁業や交易で栄えていた。市場には豊富な魚介類、さらには南方の湿地帯のさらに向こう側、熱帯林でとれた珍しい果実などが並んでいる。そんな環境から、こんな時代にあってもこの町は飢えや貧困とはほとんど無縁だったのだ。

 

──つい、最近までは。

 

「き、来た!来たぁ!」

 

 

「幽霊船が来たぞぉ!!」

 

 半鐘の音がけたたましく鳴り響く中、がらんどうの港に着岸する一隻の帆船。漆黒に染め抜かれた船体は、まるで冥界の海から流れ着いたかのようだ。

 "幽霊船"と明確に呼称していることからわかるように、町の人々はその存在を認知していた。むろん交易の相手などではなく、恐怖の象徴として。

 

 人々が蜘蛛の子を散らしたように逃げまどう中、船から漆黒の外套を纏った者たちが降りてくる。彼らは一様に深々とフードを被っていて、その容姿を窺い知ることはできない。

 彼らは町に足を踏み入れるや、恐れられている通り次々と破壊活動を始めた。手近な建物を殴りつけては外壁にヒビを入れ、市場を滅多矢鱈に荒らしていく。

 そして逃げ遅れた人々に対しても、彼らは牙を剥いたのだ。

 

「ヒィ……っ」

「………」

 

 顔を引きつらせた青年に対し、黒い外套の男は短剣を振り上げる。そこには躊躇はおろか、愉悦すら存在しない。まるでそうするのが当然かとでも言うような、機械的な行為。

 しかしそれゆえに祈りの暇も与えられぬまま、青年は死を賜る──そう思われた矢先だった。

 

『ハヤソウル!ビューーン!!』

 

 涼やかな緑風が青年の頬を撫ぜると同時に、外套の男は斬り飛ばされていた。

 

「大丈夫ですか?」

「えっ、あ……」

 

 彼を庇うように立っていたのは、翠の全身鎧を纏った騎士。続いて色の異なる、それ以外はよく似た姿の者たちも駆けつけてくる。

 

「ここは我々にお任せを!」

「早く逃げてください!」

 

 青と桃、ふたりの騎士の促しに、青年はようやく身体の自由を取り戻して逃げていく。

 

「これで邪魔モンは消えた」

「邪魔って……それはないだろ、かっちゃん」

「ッ、それよりおめェら、一体何モンだ!?」

 

 それに対する答は……ない。外套の群れはこちらを敵とだけ認識し、短剣を構えている。そういう反応なら、こちらも遠慮する必要はない。

 

「ドルイドンと関係あるか知んねえけど……なんの罪もない人や町を襲うんだったら黙ってらんねえ。俺らがブッ飛ばしてやる!」

 

 彼ら──騎士竜戦隊リュウソウジャーが。

 

「──いくぜっ!!」

 

 その掛け声とともに、戦闘が始まった。黒衣の男たちは短剣を携え、無感情に迫ってくる。対するリュウソウジャーの得物は、言うまでもなくリュウソウケンという長剣だ。どちらに利があるかは明らかであった。

 

「ぅおらぁッ!!」

 

 勇猛の騎士・リュウソウレッドの刃が一閃し、短剣を弾き飛ばす。その際の風圧でフードが外れ、中身の顔が露となる。──皆、ぎょっとした。

 そこには皮も肉もない……髑髏が踊っていたのである。

 

「が、ががががガイコツ……!?」

「こいつら、やっぱり人間じゃない……!」

 

「人間じゃねえなら遠慮はしねえ!」

 

 むしろ愉しそうな声をあげたのはカツキ──威風の騎士・リュウソウブラックだった。愛用しているブットバソウルをリュウソウケンに装填し、

 

『ブットバソウル!ボムボム〜!』

「おらァ死ねぇぇぇッ!!」

 

 仲間たちが引くほどの勢いで敵に突撃し、刃を振り下ろす。──刹那、爆発。

 劫火に呑み込まれた黒衣の骸骨たちは、ことごとく黒焦げになって倒れ伏した。ややあって、その身体が空気に融けるようにして消えていく。

 

「せっかくだ、僕らは新しいソウルを使ってみよう!」

「うむ!──ならば、これだ!」

 

「マブシソウル!」

『リュウ!ソウ!そう!そう!──この感じィ!!』

 

『マブシソウル!ピッカリーン!!』

 

 刃先が眩い光を放ち、辺り一帯を純白の世界へと変えてしまう。それ即ち視界を失うことと同義である。

 そしてリュウソウ族の面々は、夜目もきくが、同時に五感が常人より遥かに鋭いのである。たとえ光ですべてが覆われようと、敵の位置を見失うことはありえない。

 

「フエソウル!」

 

 今度はイズク──疾風の騎士・リュウソウグリーンが新たなソウルを装填し、

 

『リュウ!ソウ!そう!そう!──この感じィ!!』

 

『ブットバソウル!ポン!』

 

 ひとりがふたりに、

 

『ポンポン!』

 

 ふたりが四人に、

 

『ポンッ!』

 

 そして、五人にまで増えた。

 

「うわぁ、デクくんがいっぱい!?」

「クソきめェ」

「失敬な!──行くぞぉっ!!」

「「「「うおぉぉ──ッ!!」」」」

 

 疾風のように駆ける五人のリュウソウグリーンが、骸骨どもを次々に斬り伏せていく。分身してもなお、それぞれのスピードが衰えることはない。彼らの意識は独立しているが、同時に同じ心のもとに動いている。ゆえに鈍ることもばらけることもなく統一された行動をとることができた。

 

「うおぉ……!俺らも負けてらんねえぜ、オチャコ!!」

「よ〜しっ!ここは久々に魔導士の意地、見せたる!」

 

 具体的なことを言わなくとも、ふたりの意志は通じていた。リュウソウピンクが詠唱を開始すると同時に、レッドは切り札たるメラメラソウルをリュウソウケンに装填する。

 

『キョウ!リュウ!ソウ!そう!──この感じィィ!!』

 

『メラメラソウル!メラメラッ!!』

「っしゃあ、燃えるぜぇ!!」

 

 炎の鎧を纏い、突撃するリュウソウレッド。それと同時に、詠唱も終わった。

 

「とりゃーっ!」

 

 気の抜けるような掛け声とは裏腹に、ピンクの手の中から灼熱の火炎球が放たれる。それはレッドと並走するようにして、骸骨の群れへと迫った。

 

「──ぅおらぁぁぁぁぁッ!!!」

 

 一閃、そして爆発。

 港が紅蓮へと染まり、そしてそれが収まったときにはもう、骸骨の群れの姿はどこにもなかった。

 

「!?、熱っちぃ!」

 

 それで心が落ち着いてようやく気づいたのだけれど、リュウソウメイル自体が熱されて相当な高温になっていた。このままでは蒸し焼きになってしまうと、エイジロウは慌てて竜装を解いたのだった。

 

「わわっ、ごめん!火傷しとらん!?」

「だ、大丈夫……メラメラソウルは火に強ぇからな!」

「でも気をつけないと、中身だけ丸焦げになりかねませんよ」

「こ、怖ぇこと言うなコタロウ……」

 

「油断すんな!」

 

 そう声を張り上げたのは、リュウソウブラックことカツキだった。

 

「まだ本丸がいンだよ」

「!」

 

 そう──骸骨の群れを解き放った、漆黒の帆船が、不気味な姿で海上に佇んでいる。

 

「あの骸骨たちは魔法かなにかで操られていただけだ。きっと、操者が船の中にいる」

 

 大規模な海賊団などには専属魔導士がいて、邪悪な魔法の力で海に沈んだ死者の魂をあのような亡霊へと変えて使役する──直接見たことはないが、そういう話を聞いたことがイズクたちにはあった。

 

「ならば船へ踏み込み、中の海賊たちを引きずり出す!」

 

 即断即決で動くテンヤこと叡智の騎士・リュウソウブルー。その意気は間違いではなかったが、それでもなお遅かった。

 漆黒の船は動力部から黒煙を大量に吐き出し、文字通り彼らを煙に巻いたのだ。

 

「ッ、なんだこれは……ゴホッ!ゴホッ!」

「!、テンヤくん下がって!これを吸うのは危険だ!」

 

 もしかすると、有毒ガスかもしれない。その憂慮が正しいか否かは兎にも角にも、分厚い黒煙はあっという間に帆船を覆い隠してしまった。

 

「あのヤロ……逃げる気か!」

 

 捕らえようにも、相手は海の上。歯噛みしているうちに黒煙が辺りを覆い尽くし、それが晴れる頃には、帆船の姿は忽然と消えていたのだった。

 

 



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13.出航!南へ 2/3

転弧オリジンからの抱き枕にされるショタコタロウくんをご堪能ください


 

 結論から言えば、往来は酷い有様だった。

 美しく整備されていたはずの街路はあちこちに穴が開き、立ち並ぶ民家や商店にも大小様々な破損がある。何よりそこには、かつて活気を振りまいていたはずの人々の姿がない。

 

「たった数ヶ月前には、こんなじゃなかったのに……」

 

 半ば呆然とイズクがつぶやくのも無理はなかった。あまりといえばあまりの変容である。

 そしてその原因は、明白だった。

 

「おふたりが発たれて間もなくのことでした……あの幽霊船が現れるようになったのは」

 

 リュウソウジャーの面々を招いた町の代表──イズクたちとは面識があった──が告げる。

 幽霊船は昼夜を問わず来襲し、あの黒い骸骨のような尖兵たちを放っては強盗や破壊行為……果ては、殺人までもを繰り返しているのだという。

 

「その結果、町はこの通り見る影もない状況です。交易はもちろんのこと、今では漁にも出られません。あの海賊たちがどこから現れたのか、せめてそれがわかれば……とも思うのですが」

 

 交易で運ばれてくるのは物品だけではない。情報もまた然り、なのだが今はそれすらも満足に入ってこない状況だ。町の閉塞感は日に日に増している。飢餓という、現実の危機も。

 

「そういえば、この町には専属の勇者(ヒーロー)がいたはずじゃ?退治はできなかったんですか?」

 

 数ヶ月前の記憶を辿りつつ、イズクが訊く。それに対して代表の顔に滲んだのは、色濃い諦念と絶望だった。

 

「……当初はそれである程度、町への攻撃を防ぐことはできていました。しかし奴らの襲来はいっこうに収まらない。そこで、勇者さま方が幽霊船へ乗り込むことになったのです」

 

 幽霊船へ突入し、黒幕を叩く──先ほど彼らがしようとしたのと同じことを、既に勇者たちも実行していたのだ。

 

「しかし……彼らはそのまま、戻ってきませんでした」

「!!」

 

 幽霊船の討伐に失敗したどころか、町の守護者たる戦士たちを失ってしまった──コランの港町は今、それこそ滅亡の危機に瀕しているのだ。王都をはじめとした、数えきれないほどの都市と同じように。

 

「──なら、」

 

 不意に声をあげたのはカツキだった。

 

「あの幽霊船、俺らが討伐してやる」

「!、あなた方が……ですか?」

 

 男の顔に当惑が浮かぶ。その理由は明白だった。

 

「失礼ですが……お二方は、まだ駆け出しの勇者さまでしょう?年格好から言って、そちらの方々も」

「え……いや、俺らはともかくこいつらは──うごっ」

 

 軽く鳩尾のあたりを殴られ、エイジロウはうめいた。手を出したのも言うまでもない、カツキである。

 

「な、何すんだよぉ……」

「余計なこと言うなボケナス。オッサンの言う通り年格好で見たら駆け出しに決まってンだよ」

 

 リュウソウ族の存在は公に知られていない。実はコタロウを除く全員がこの男より百歳以上も年長で、イズクとカツキなどは騎士歴五十年の大ベテランで──などと言っても、一笑に付されるのがおちだ。

 それでも彼ら町の人々を安心させるために、言えることはある。

 

「この街を発ったあと、僕たちは東の大地に侵略の手を伸ばしていた、タンクジョウというドルイドンを倒しました」

「あと、ワイズルーってヤツも!……多分」

「!、ドルイドンを……!?」

 

 まさか、とでも言いたげな表情だ。実際、ドルイドンを倒せる人間などそうはいない。熟達した勇者であれば自分の身くらいは守りきれるかもしれないが、それは到底勝利とはいえないだろう。

 

 しかし皆の瞳は、イズクの言葉が嘘でないことを如実に示していて。

 

「……本当、なのですか?」

 

 探る……否、縋るように訊く町の代表に対し、一同ははっきりと頷いた。

 

「約束します。──俺たちが、この町の平和を取り戻します!」

 

 エイジロウの言葉が、そのままリュウソウジャーの次なる行動を決めた。

 

 

 *

 

 

 

 そして、その夜。

 

「イズクくん、そろそろ見張りを変わろう。きみも少しは休まないと、身体がもたないだろう」

「うん、ありがとうテンヤくん。でもきみたちのほうが長めに休むべきだよ、まだ旅慣れしてないんだから」

 

 論理的にそう言って、イズクはテンヤの申し出を流した。物腰が柔らかいため一見そうとは思われないが、実はこの少年もカツキ並みに意固地なのでは……と思われることが増えてきたように思う。旅の道中数えきれないほど喧嘩、それも掴み合い殴り合いを繰り返してきたというのも、どちらに責任があるとは一概には言えない。まあ、第三者とのトラブルに関してなら、明らかに威風の騎士殿に原因があるだろうが。

 

 

 彼らは今、港の片隅にある監視所を宿代わりに使わせてもらっていた。見た目は古びた小屋だが宿舎としても利用されており、最低限の設備は整っている。カサギヤを出てから昨日まで野宿の日々だったので、屋根があるというだけでも十分ありがたいのだ。

 

「くかぁ〜……」

「うぅん……パンが一斤、パンが二斤……」

「うぅ……あ、あつぃ……」

 

 疲れが出たのか、エイジロウとオチャコ、それに挟まれたコタロウはすっかり熟睡している。半ば抱き枕にされているせいか、コタロウが時折苦悶の表情を浮かべてはいるが。

 

「……海賊か。海の上にも、人間は生きているんだな」

「うん。人間は僕らより圧倒的に寿命が短いけど、どんな場所ででも生きていこうっていう地力がすごいんだ」

 

 そうしてリュウソウ族より後発の種族であるにもかかわらず彼らは繁栄し、文明を、時代を築いていく。目まぐるしく変化するそれらはリュウソウ族にはやや性急に映らなくもないけれど、少なくともイズクはそんな彼らが好きだった。

 

「……だから僕は、そこに生きる人たちの笑顔を守りたい。それが、世界を守るってことなんじゃないかと思うんだ」

「イズクくん……」

 

「僕は、きみが羨ましい」

 

 飛び出したのは、自分でも思ってもみないような言葉だった。

 

「僕は叡智の騎士だが……村を出てみて、まだまだ何も知らないのだと思い知らされた。その点きみは色々なことを知っていて……何よりそれに、驕ることがない」

「そ、そそそそんなことないよ!?驕らないっていうのはほら、僕はまだまだ未熟だからってだけで……それに、」

 

 「テンヤくんだってそうじゃないか」と、イズクは笑った。

 

「出逢ったときからきみは、知る努力も腕を磨く努力も、人一倍できる人だった。もしきみが僕の立場なら、僕なんかよりずっと頼りになる騎士になっていたと思うよ」

「そんなこと!きみだって人一倍努力家だ、それに才能もある!」

「いやそんな、僕は──」

 

 「きみのほうが」「いやいやきみのほうが」──そんなやりとりを何度か繰り返したあと、ふたりはぷっと噴き出した。

 

「ははは……きみは案外、面白いやつでもあるんだな」

「あはは……腰を据えた話って、なかなかできなかったもんね」

「そうだな。まったく、カツキくんが必要以上に距離をとろうとするから!」

 

 日常的に距離をとれと言い続けながら、戦いにおいては五人でリュウソウジャーを名乗って戦っているのだ。もうそろそろ信用してくれても良い頃合いではないか。

 そんなことを愚痴ると、イズクは苦笑した。

 

「かっちゃんのあれは、もう癖みたいなものだから……大丈夫、皆がまっすぐでひたむきな人たちだってことはちゃんと理解してくれてるよ」

「そうだと良いんだが……。──そういえばきみたち、子供の頃からふたりで旅をしていたと言っていたが。マスターは居ないのか?」

「あぁ……僕のマスター、つまりマスターグリーンになるのかな、その人は僕が生まれるより前に亡くなったらしいんだ。それで僕もかっちゃんも、先代のリュウソウブラックに師事していたんだよ」

「そうなのか……。先代のブラック、なんというか……想像がつかないな」

 

 マスターレッド──タイシロウとエイジロウはその明るく陽気な性格やころころと変わる表情は兄弟のようによく似ていたし、マスターブルーとピンクに至っては実際に肉親なのだ。似たような特性、性格をもっていても不思議ではない。

 

「マスターブラックは正直、かっちゃんとは全然違うタイプだよ。ストイックで用心深いところは似ていたけどね」

「そうか、その方は今どこに?」

 

 不意にイズクの顔が曇る。

 

「それが……僕らが旅を始める少し前に、突然失踪してしまったんだ」

 

 いったい何があったのか──当時タイガランスと一緒にカツキやマスターブラックとは別の場所で修行をしていたイズクは、残念ながらその事情を知らない。

 

(それからだった。かっちゃんが……人を信じなくなったのは)

 

 快活さが鳴りを潜め、疑り深くなったカツキ。──マスターブラックが行方を晦ましたことと関係しているのは、想像に難くない。

 

 

 そのカツキはというと、宿舎の外──その屋根の上で身を横たえていた。マントを布団代わりにして身体を包んでいるのは、お世辞にも寝心地が良い状態とはいえない。しかしひとつ屋根の下、それも手を伸ばせば触れられるような距離でイズクを除く他人と眠るのは、どうしても受け入れられない。エイジロウたちに対する好悪とは関係なく、神経が逆立って眠れなくなるのだ。この五十年間、ずっとそうだった。

 

 そして浅い眠りの中にいると、いつも夢を見る。去っていく、黒衣の背中。伸ばしても届かない手。

 

──………を、守護(まも)らなければ。

 

 その言葉が、今も耳の奥に焼きついて離れないでいる。

 

「………」

 

 そこで夢は終わり、いつも目が覚める。カツキは黙って身を起こした。夜の港はひどく静かで、寄せては返す波音だけが耳に入ってくる。

 それを聴きながら──カツキは思った。

 

(マスターブラック……。あんたは、俺が──)

 

 

 そのときだった。流れては淀むだけの水音に、かすかに別の音が混ざったのは。

 

「……来やがったか」

 

 水平線に浮かぶ漆黒のシルエットを認めて、つぶやく。日も変わらないうちに再訪とは、撃退されたことが随分と腹に据えかねたとみえる。ただ、こちらとしても早く決着がつくのは好都合だ。

 

 好戦的な笑みを浮かべたカツキは、軽々と屋根の上から飛び降りた。鮮紅のマントがふわりとはためき、彼の抜けるように白い肌を闇夜に晒す。それでも今の彼から儚さを感じとるのは、到底不可能なのだが。

 

「──おいてめェらぁ!!」

「!?」

 

 怒声とともに勢いよく戸を開けると、ぐっすり眠っていたエイジロウたちが慌てて飛び起きた。なんなら起きていたイズクとテンヤですら一瞬固まるのだから、無理もない反応だ。

 

「クソ幽霊船のお出ましだ、三秒で仕度しろ」

「!、わかった」

「う、うおぉ〜……」

「え、なに朝ごはん……?」

「違うぞ目を覚ますんだオチャコくん!」

「ぼくは町に知らせに行きます……ふあぁ」

 

 コタロウと別れ、剣を携え走り出す五人──まだ寝ぼけている者もいるにはいるが──。

 埠頭へ出ると、先ほどは彼方にいた幽霊船がかなり接近してきていた。なるほどこれは、常に警戒していても対処が追いつかないだろう。

 

「っし、見てろ海賊ども。今度こそブチのめしてやる!」

 

 そうしてこの町の平和を取り戻す。そうでなければ自分たちは、南の大地へ渡ることができないのだ。

 

「てめェら……──殺んぞオラァ!!」

「「「「おう!!」」」」

 

 

「「「「「──リュウソウチェンジ!!」」」」」

『ケ・ボーン!!』

 

『ワッセイ!ワッセイ!そう!そう!そう!ワッセイ!ワッセイ!それそれそれそれ!!』

 

『リュウ SO COOL!!』

 

 五人を囲むように踊っていた小さな騎士たちが、リュウソウメイルのパーツへと姿を変える。それらが寄り集まってひとつの鎧へ。そう──まるで柔らかな衣服のように見えても、それはまぎれもない鎧なのだ。

 

「……正義に仕える、五本の剣ッ!!」

 

──騎士竜戦隊、リュウソウジャー!!

 

「俺たちの騎士道、見せてやるッ!!──行くぜぇッ!!」

 

 五色の竜装の騎士たちが、海の怪退治をなすべく走り出した。

 

 

 



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13.出航!南へ 3/3

 

 ナイトレイダーとなった幽霊船は、接岸するや再び黒衣の骸骨の群れを地上へ解き放った。今度は短剣を持つ者のほか、弓矢で遠距離攻撃を仕掛けてくる個体もいる。リュウソウメイルに守られている以上、単なる矢など脅威にはならないが。

 

「馬鹿のひとつ覚えかよ、──まァこっちもそうだけどなァ!!」

 

 珍しく卑下めいた台詞を吐きながら、カツキ──リュウソウブラックはブットバソウルで攻撃を仕掛けた。ほうぼうで爆発が起き、骸骨たちが塵となって消えていく。

 

「──アンブレイカブル、ディーノスラァァッシュ!!!」

 

 そしてレッドの必殺奥義が炸裂する。その他の面々も次々と容赦のない攻撃を繰り出し、敵の数を着実に減らしていった。

 

「こいつら、マイナソーに比べりゃ大したことねえぜ!」

「そうだな!しかし油断は禁物だ!」

 

 敵は二の矢、三の矢を繰り出してくる可能性もある。同時に、慎重になりすぎれば停滞を招く。

 

「とっとと本丸潰しゃ良いんだよ!──デク、いくぞ!!」

 

 言うが早いか、ブラックは爆破の勢いを利用して飛翔し、船中へ飛び込んでいく。

 

「ちょっ……しょうがないなもう!──ツヨソウル!」

『ツヨソウル!オラオラー!!』

 

 ツヨソウルによって身体能力を強化し、グリーンもまた跳躍する。彼はハヤソウルを使用する頻度が最も高いのだが、それに次ぐのがツヨソウルである。スピードを重視しながら、それ一辺倒に偏らない。カツキという攻撃的な少年の相方を長年務めているがゆえに、彼の戦い方には柔軟性があった。

 

「あっ、先越されてもうた!」

「ム……!?まずい、また船が離れていくぞ!」

 

 見れば幽霊船は再び岸から距離をとりつつある。このままでは、既に甲板へ着地したイズクたちと分断されかねない。

 

「遅れるわけにはいかねえ、俺たちもいくぜ!」

 

 竜装をツヨソウルのそれに切り替え、三人もまた跳ぶ。幸い、まだ大して距離は開いていない。だからいける、そう思ったのだが──

 

「あれっ、思ったより遠おぉぉぉぉ──ッ!!?」

 

 跳んでみてからわかった。陸から見ていた以上の距離が、既に開いていたのだ。

 

「みんな!!?」

 

 慌ててグリーンが駆け寄ってくる。手を伸ばす。いや駄目だ、届かない──!

 

「ッ、プクプクソウル!!」

 

 海上への墜落が始まった瞬間、レッドは咄嗟にプクプクソウルで竜装した。その身体が文字通りぷくーっと膨れ上がり、風船のように浮かび上がる。同時に、

 

「カルソウル!!」

 

 ピンクがカルソウルを発動する。己の身体にかかる負荷をゼロにした状態で、レッドの身体にしがみつく。さらにその脚を、ブルーが掴んだ。

 

「すまないオチャコくん、女性であるきみにこのようなことを!!」

「いいからそんなん!それよりエイジロウくん、ちゃんと船に向かって!」

「や、やってるっての!」

 

 遮るものがない海上では、吹きつける風に晒される。重量はそのままに膨れあがった身体は、どんなに舵取りをしようと試みても流されてしまうのだ。そして船上にたどり着けないままリュウソウルの効果が切れれば、海へ真っ逆さまであることは言うまでもない。

 

「あのアホども、何遊んでやがる」

 

 隣で毒づく幼なじみの声に、イズクは苦笑した。

 

「──ノビソウル!」

『ノビソウル!ビロ〜〜ン!!』

 

 リュウソウケンの先がしなり、如意棒のごとく伸びていく。それはレッドの身体にしゅるりと巻きついた。

 

「!、イズク──」

「引っ張るよ!──せーのっ!!」

 

 イズクの腕に力がこもるのと、レッドとピンク、ふたりのリュウソウルの効果が切れるのが同時。

 

「──うおぉあぁぁぁぁッ!!?」

 

 結果、重力に従うどころか力いっぱい引っ張り込まれた三人は、甲板を破壊する勢いで突っ込む羽目になったのだった。

 

「わわっ、ごめん!大丈夫!?」

「こ、腰に……来たぜ……」

 

 些か乱暴すぎたのは否めない。が、兎にも角にも、誰も海に落ちず船への侵入に成功した。

 問題は、ここからだ。

 

「町の勇者たちが帰ってこなかったっていう船だ。何か仕掛けがあるかもしれない」

「痛たた……やっぱ油断禁物、やね!」

「…………」

 

 ブラックを先頭として、五人は船室に侵入した。ここまで妨害はない。あの黒衣の骸骨集団の姿も、どこにも見当たらなかった。

 

「……どうなっているんだ?こうして俺たちが入り込んでいるのに、邪魔をしようともしないなんて」

 

 やはり、何か罠が。そういえばと、はたと気づく。侵入時から覚えていた、奇妙な違和感の正体。

 

 人の気配が無いのだ。それどころか、生活用品のひとつさえ船内に存在していない。無人の船、まさしく幽霊船。

 

(──まさか)

 

「……おい、今すぐこっから出るぞ」

「えっ、なんで?」

 

 こういうとき、経験の差が明らかに出る。鈍い応答に苛立ちを露にしようとしたカツキだったが、事態はそれより早く動いていた。

 

「こういう、こったよ!!」

 

 そのことに気づいたカツキ──リュウソウブラックは、レッドたちの方向めがけて剣を振るった。

 

──BOOOM!!

 

 ブットバソウルを竜装したままだから、当然、大きな爆発が起きる。身構えてもいなかった三人はそのままほうぼうに吹っ飛ばされる羽目になった。

 

「い゛ッ、でぇ……!」

「な、なんてことをするんだきみは!?」

「そんな乱暴せんでもええやん!」

「ウルセェ!!」一喝し、「てめェらの立ってたとこの壁、見てみろや」

「え?──!」

 

 振り向いた三人は、愕然とした。なんの変哲もない木製の壁。その一部がぐにゃりと歪み、触手らしきものが蠢いているのだ。幾つも。

 

「な、なんだよこれ……」

「──生きてるんだ、この船は」

 

 カツキと同じ結論に達していたイズクが言う。──生きている?船が?

 

 

「この船は──マイナソーだ!」

 

 

 *

 

 

 

 付喪神、という呼称がある。

 もとは単なる道具にすぎなかったモノが長い年月を経るうちに精霊を宿し、モノでありながら意志を宿した形態のことを指す。付喪神と化した道具は見かけから怪物と化したり、見かけは変わらずとも大きな霊力を行使し超常現象を引き起こすと言われている。

 

 それが現実に引き起こされるか否かはともかく、この幽霊船もまた、海底に打ち捨てられた古びた帆船から生み出されたものだった。壊れて役割を果たせなくなり、主から捨てられた。この幽霊船──"ゴーストシップマイナソー"は、そんな怨念の塊としてこの世に産み落とされたのだ。

 

「──ッ、どうすりゃ良いんだよ、この状況!?」

 

 必死に駆けずり回りながら、レッドがそう叫ぶのも無理からぬことだった。何せ彼ら全員、マイナソーの掌もとい身体の上で踊らされている状態なのだ。逃げても逃げても敵のテリトリーにいることには変わりがない。

 

「いくら!斬っても!キリがないぞ!!」

「わーっとるわクソメガネ!!」

 

 怒鳴りながら、カツキは考える。表層できりきりまいしてもきりがない。倒すならコアを叩くか、それごと何もかもを一撃で粉砕するしかないのだ。

 しかし言葉にするほど簡単ではない。このテのマイナソーのコアがどこにあるかは形態によってまちまちだし、そう容易く捉えられる場所にはない。後者にしても同等のスケールをもつキシリュウオーなら可能かもしれないが、ここは既に海の上だ。

 

「ッ、こうなったら、僕が……!」

 

 皆と同じように逃げていたグリーンが唐突に立ち止まり、振り返る。

 そのときだった。ブラックの拳が、彼を強かに殴りつけたのは。

 

「……ッ!?」

「な、何やってんだカツキ!?」

 

 よりにもよってこんなときに──

 しかしエイジロウたちの声は、彼の耳には入っていないようだった。

 

「……てめェ今、わざと呑まれようとしたな?」

「……それしかないじゃないか。コアはふつう内部にある、取り込まれるしか見つける方法はない」

「だったらそれは俺の仕事だ。しゃしゃってくんじゃねえ!」

「そんな危険、かっちゃんに冒させられないよ!!」

「ア゛ァ!?クソデクの分際で、舐めたこと言うな!!」

「誰も舐めてなんかないだろ!!?」

 

 怒鳴りあい、終いには胸ぐらの掴み合いにまで発展するふたり。しかし迫りくる触手はすかさず斬り飛ばすのだから大したものである。

 

「やめないかきみたち、今のは見事だったが!!」

「褒めてる場合ちゃうて!なんか別の作戦、考えないと……」

「か、考えるったってよぉ……」

 

 そのテの頭脳労働はあまり得意でないエイジロウ。オチャコにしても補助系のリュウソウルの扱いはうまいが、自ら作戦を立てるというのは右に同じく、である。

 そうなると矛先が向くのは、ひとりしかいないわけで。

 

「テンヤ、頼む!」

「テンヤくんならできる!」

「他力本願だな!?ッ、だが、これは叡智の騎士の力の見せ所……!」

 

 打開策を考え出すべく、自慢の頭脳をフル回転させるテンヤ。しかし彼は彼で、落ち着いてじっくり思考することにかけて本領を発揮するタイプである。逆に言えば、緊急時のスピード感には欠けるわけで。

 

「うぅぅん……この場合はこれがセオリーだが、いやしかしそうなると──」

 

 考え込むテンヤ──リュウソウブルーに、触手が殺到する。咄嗟にレッドとピンクが庇いに入り、リュウソウケンを振り下ろした。

 

「テンヤの邪魔はさせねえ!」

「そや!いつも試験は完璧な人なんやから!」

 

 しかし現実の戦場は試験とは違う。邪魔は入るし、明確な正解など導けない。セオリー通りを選んでも、大失敗することだってある──テンヤもそれがわかっているから、尚更動きがとれないのだ。

 

(俺は……僕は、どうすれば良いんだ……!?)

 

 思考の泥沼に嵌りかけたときだった。

 

「──おいクソメガネ!!」

「!?」

 

 幼なじみとヒートアップしていたはずのカツキが、唐突に声を張り上げた。

 

「な、なんなん!?邪魔せんといて!」

「だぁってろ丸顔!──クソメガネ、てめェ算術苦手か!?」

「い、いや……そんなことはないが」

「だったらそいつを応用しろや!手札はどうせ限られてんだ、そン中から何をどう組み合わせるかだけ考えりゃ良いんだよ!!」

「!」

 

 乱暴なのは相変わらずだが、明確に助言といえるその言葉。彼と言い争っていたはずのイズクを見れば、こちらに視線を向けてはっきりと頷いている。

 頷き返し、テンヤは改めて思考に戻った。先ほどまでとは違い、今度は具体的なかたちが脳内に浮かんでいる。自分たちの手札といえばこのリュウソウメイルとリュウソウケン、そしてリュウソウル、騎士竜たち──

 

──そして、テンヤの脳裏に稲妻が奔った。

 

「そうか……!()()組み合わせなら!」

「!、テンヤ、何か思いついたのか!?」

「うむ!先ほど船に乗り込んだときと、同じ方法を使うんだ!」

「同じ方法って……プクプクソウルとカルソウル?」

 

 しかし、今さら浮遊してどんな意味が?当然の疑問をふたりは抱いたが、テンヤの意図はそこにはなかった。

 

「俺たちに使うのではない、この船に対してだ!」

 

 船を海から離す。ヨコ──地上には引き揚げられないなら、タテ──空中へ。

 

「ふたつのソウルを重ねがけすれば、この巨体相手でも通用するはずだ!」

「よっしゃ、なんとなくわかったぜ!──プクプクソウル!!」

 

 プクプクソウルを発動すると同時に、刃を甲板に突き刺す。そこから流入するエネルギーによって、船体が膨らんでいく。

 突然の事態に驚いたのか、ゴーストシップマイナソーは奇妙な咆哮めいた音をたてて蠢き出す。あちこちから触手が飛び出し、レッドに殺到した。

 

「させん!!」

 

 今度はブルーが彼を守った。ブルーだけではない、グリーンとブラックも。作戦の要を守るのは、ともに戦う仲間として当然の行動だ。

 そして唯一、その輪に参加していないピンク。彼女にも作戦の要としての役割があった。

 

「カルソウルっ!」

 

 今度はカルソウルの力を、マイナソーに作用させる。──ふたつの力の相乗効果により、何千トンもある巨体でさえ海から離れて浮遊を開始した。

 

「っし、上手くいったぜ!」

「今のうちに飛び降りよう!ふたりは泳げるな!?」

「もちろん!」

「誰に訊いてんだクソが!!」

 

 もはや躊躇する理由はない。混乱をきたして無造作に蠢く触手をかき分け、五人は海へと飛び込んだ。

 

「ぷはあっ!」

「やっぱしょっぺえ!」

「少しの辛抱だ!──来てくれトリケーン……いや」

 

「──ファイブナイツ!!」

 

 数秒と経たず港に姿を現したのは、五色の鎧を纏った巨大なる重騎士。騎士竜たちが融合せしその巨人こそが、キシリュウオーファイブナイツである。

 その目がちらりとこちらを見る。視線をかわしあって、テンヤははっきりと頷いた。彼方にいる敵を撃ち抜けるのは、ファイブナイツをおいて他にいないのだ。

 

 頷き返したファイブナイツが、上空へ目を向ける。浮き上がった船は、膨れあがった状態で絶えず蠢いている。何ひとつままならない状況に焦り、海へ戻ろうと藻掻いているのだ。

 そんなことをせずとも、リュウソウルの効果が切れれば戻ることはできる。──尤も二度と海へ還さないために、キシリュウオーを呼んだのだが。

 

「決めろ、キシリュウオー!!」

 

 

──キシリュウオー、ファイナルキャノン!!

 

 波の音とともに、五人の勇ましい声が揃って響く。

 キシリュウオーの胸部砲口から濃縮したエネルギーの塊が放たれたのは、その直後。膨大な熱量が空間を歪めながら、ゴーストシップマイナソーへと向かっていく。

 

 そこでようやくリュウソウルの効果が切れた。元の姿かたち、重量に戻ったマイナソーが落下を始めるがもう遅い。次の瞬間、それは全身を砲に呑み込まれた。

 

「!!!!!!!」

 

 ゴーストシップマイナソーが断末魔の悲鳴めいた音を打ち鳴らす。その身が加速度的に削られていく。もはやその運命は定まっていた。

 

 そして──紅蓮の華が、夜空に咲いた。

 

「や、やった……!」

「上手くいったな、テンヤ!」

「うむ……良かった!──カツキくん、先ほどは助言をありがとう!きみのおかげだ!」

「……けっ、次からは自分でなんとかしろや」

「もう……素直じゃないなぁ」

 

 まあ、今に始まったことではないのだが。

 とはいえいつまでも漆黒の海に浸かっているわけにもいかない。南方に繋がる海域なので比較的水温は高いが、それを差し引いても身体が冷えてしまう。

 

「さあ皆、速やかに陸上へ戻ろう!」

「だぁからてめェが仕切んな!」

「かっちゃん……!」

 

 なんやかんやと泳ぎ出そうとしたリュウソウジャーたちだったが、その必要はなかった。

 

「おーーーい、皆さぁーん!」

「!」

 

 闇夜の中に響く、聞き慣れた呼び声。それと同時に、篝火の光がこちらに近づいてくる。

 目を凝らしてみれば、それはそこそこの大きさがある漕船だった。漕ぎ手の男たちのほか──船首にあるのは、コタロウの姿。

 

「コタロウ!?おめェ──」

「町の人に頼んで、船を出してもらったんです。さあ、これに掴まって!」

 

 そう言ってコタロウが差し出したのは、どこぞで拾ってきたのだろう木の棒で。

 

「……いや、それはちょっと心もとないんじゃないかな?」

 

 それからなんだかんだ……少し時間はかかったが、五人とも船に上がることができたのだった。

 

 

 *

 

 

 

「幽霊船を退治していただき、本当にありがとうございました……!」

 

 町に戻った五人は、真夜中にもかかわらず大勢の町民たちから歓迎を受けた。皆、表情に安堵と喜色をたたえている。エイジロウたちはなんともこそばゆい気分になった。人々を守るのは竜装の騎士として当然のことで、喜んでもらえるのはこちらも嬉しいけれど、頭を下げられるのはなんだか申し訳ない気持ちにさえなる。

 そのうち慣れていくかと思っていたけれど、イズクに言わせればこういうのはいつまで経ってもむず痒いものらしい。無論それには個人差があって、カツキは他人の感謝など屁とも思っていないようだったが。

 

「これで町を元に戻せる……!」

「明日から漁にも出られる!」

「パンも魚も、たらふく食べられるぞぉ!」

 

 無邪気に喜ぶ人々の姿を前に、コタロウも頬を緩めていた。エイジロウたちの活躍でこうしてまた、救われた人たちがいる。それを繰り返していけば、いつかきっと──

 

「甘ぇな」

 

 静かだがよく通る、冷たい声だった。

 水を打ったように静まり返る人々。そのひと言を発したのは言うまでもなくカツキだった。しかし、同じリュウソウジャーの面々は彼の言葉に驚かない。いきなりその物言いはどうかと非難めいた視線を向ける者はいるが。

 

「アレは海賊なんかじゃなかった。マイナソーだったんだ」

「マイナ、ソー?」

「ドルイドンの生み出した、怪物の名前です」

 

 イズクの説明に、訝しみながら沈黙していた人々がにわかにどよめき出す。しかし、幽霊船がマイナソーだったことの真の意味を理解している者はまだいない。

 珍しく落ち着いた口調で、カツキが続けた。

 

「マイナソーがいるっつーことは、海、あるいは対岸にドルイドンが現れたかもしれねえっつーことだ」

「……!!」

 

 もしも、そうだとしたら。マイナソー一匹倒したところで、再び新たなマイナソーが襲い来るだけだ。そしてそんな日々がこれ以上続くなら、この町は取り返しのつかない状態に陥ってしまう──

 

「大丈夫!」

 

 一転、明るい声音を発したのはエイジロウだった。

 

「言ったでしょ、俺たちはドルイドンを倒したことがあるんだって!」

「我々がこの海を荒らしているドルイドンを見つけ出し、必ず倒してみせます!」

「皆さんの暮らしと命は、私たちリュウソウジャーが守ります!」

 

 少年少女たちの──年齢を加味してもなお、純朴にも程がある言葉の連なり。しかしコランの港町の人々は、どうしてかそれを信じることができた。実績があるから……無論そうだが、それだけではない。

 たとえ故郷の村から出たことのない世間知らずでも、彼らは人間の寿命よりずっと長い年月、世界を想って生きてきた。リュウソウ族が長命であることは、決して無意味ではないのだ。

 

 

 *

 

 

 

 それから、三日後。

 

「ご所望の船です。船頭も付けられず、申し訳ありませんが……」

「問題ねえ。操舵はできる」

「こちらこそありがとうございます。無償で貸していただいたうえ、食糧まで」

 

 ──定航船が運航していないため、リュウソウジャーの面々は町で船を借りて海を渡ることになった。当然、南海を侵しつつあるドルイドンを討伐するという条件付きで。

 

「どうか、皆さんがこの町を……いえ、世界を救ってくださいますよう。町民一同、心より願っております」

「っス、任せてください!」

 

 ドンと己の胸を叩き、エイジロウは太陽のような笑みを浮かべてみせた。

 

 

「じゃあ皆、準備は良いね?」

「おうよ!」

「うむ!」

「出発しんこーう!ってね!」

「ウゼェ」

 

 皆が船に乗り込む。リュウソウジャーの面々とコタロウ、そしてチーサソウルで小さくなったミニミニ騎士竜たちも一緒だ。前にイズクたちがこちらに渡ってきたとき、タイガランスとミルニードルは数日かけて泳いでついてきたのだ。今回は同行することができて、密かに安堵している彼らである。

 

 閑話休題。──いよいよ彼らは、大海原へと漕ぎ出したのだ。

 この世界を、救うために。

 

 

「頼みましたよ、勇者さま方……いや、リュウソウジャーの皆さん」

 

 見送るコランの町の人々。そして、

 

「……南へ向かったか、リュウソウジャー」

 

 謎の鎧騎士、ガイソーグ。その刃が再びエイジロウたちに差し向けられる日は少しずつ、しかし確実に迫りつつあった。

 

 

 つづく

 

 





「海のリュウソウ族?」
「陸のヤツらとなれあう気はねえな」
「奴らは、俺が絶滅させる……!」

次回「黄昏の騎士」

「俺との出会いを、後悔しろ」


今日の敵‹ヴィラン›

ゴーストシップマイナソー

分類/ツクモガミ属ゴーストシップ
全長/63.5m
体重/2150t
経験値/483
シークレット/幽霊船(ゴーストシップ)の伝説を司るマイナソー。外見上は漆黒の帆船だが生きており、乗り込んだ者を触手で絡め取り捕食してしまう。そればかりか海で死んだ人間をアンデッドとして召喚することで、地上に対して攻撃を仕掛けることもできるのだ!
ひと言メモbyクレオン:自分が某氏のために創ってあげたマイナソーでっす!……アイツにまた会わなきゃいけないと思うと、胃がぁ……。



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14.黄昏の王子 1/3

ここに来て新作たぁ、やるじゃねーかヨホホイ


 太陽の光も届かぬ、暗く冷たい海の底。

 地上でも知られているようなうろくずたちの姿はそこにはなく、それこそリュウソウ族や騎士竜たちと同じように遥か古代から生きる者たちがひっそりと暮らしている。

 

 そんな時が止まったような世界にも、確かに息づく霊長たちがいた。

 

「……来る……!禍が!」

 

 音すら呑み込む深海に、鮮明に響くいかめしい言葉。そう、言葉だ。それは知的生命であって、さありながら海中で一、ニを争うほど巨大な姿かたちをしていて──

 

「禍?」

 

 それに応じる声は、まだ少年のものだった。低く険のある声だが、もとは甲高いのをあえてそのように絞り出しているような。

 その顔立ちは非常によく整っていて──にもかかわらず、左半分だけを仮面で覆い隠している。服装も仕立てが良く貴公子のようだから、なおさらそれだけが悪目立ちするのだ。

 

「禍、か」

 

 晒されたアッシュグレーの右目が、冷たく光った。

 

 

 *

 

 

 

 海水をかき分け、船は進んでいく。

 エイジロウたちリュウソウジャーの面々(コタロウ含む)がコランの港町を出航して、間もなく丸一日が経過しようとしていた。今のところは大きなトラブルもなく、安定した航海を続けることができている。

 

 ……まあ、些細なものはあるのだが。例えば、

 

「おろろろろろろ……」

 

 身を乗り出し、海に向かって黄金の何かを吐き出すオチャコ。それがなんなのかは言うまでもない。エイジロウが横で気遣わしげに背中をさすってやっている。

 

「み、みんといて……」

「いや、見んといてって言われても……。もう四回、いや五回目だろ。ほんとに大丈夫か?」

「ら、らいじょうぶやから……」

 

 だいたい、大丈夫じゃないと言ったところでどうにかできるわけではないのだ。ここは四方八方海しかないのだから。

 

「けっ、船酔いとかダッセェ。紅一点が聞いて呆れるわ」

「や、やめろよかっちゃん。そういうこと言うの……」

 

 いつもながら幼なじみを叱りつつ、「あと一日の辛抱だから」とオチャコを励ますイズク。コランの港町から南の大地にあるオウスの街までは海路で丸二日、ただしそれは最短ルートでの話だ。

 

「しかし、我々は海を荒らしているドルイドンを見つけ出し、退治しなければならないだろう。このままその、オウスの街に直行して良いのか?」

 

 テンヤが呈した疑問は当然のものであった。ただ約束したというだけでなく、それを条件に船を無償で借り、食糧まで貰ったのだ。

 それに対しては、イズクが答えた。

 

「コランの港町にあれだけ攻撃を仕掛けているなら、対岸も同様の被害を受けている……あるいはもう陥落していて、奴らの根城になっているかもしれない。いずれにしても、情報は手に入ると思うんだ」

 

 イズクはそこまで言わなかったが、情報もなしにこの海を彷徨うなど、自殺行為も良いところである。食糧は限られているし──オチャコが食べるそばから無駄にしているというのは禁句である──、どんなトラブルがあって船が難破、最悪沈没してしまうかもわからないのだから。

 

「なるほど……。確かに、オチャコくんもこの状態だしな」

 

 納得顔で頷くテンヤ。リュウソウ族は大抵三半規管も強く、それゆえ初めて船に乗るエイジロウとテンヤも体調を崩してはいないのだが──やはり、個人差はあるということだ。

 一方、リュウソウ族でなくても、平気な顔をしている者もいて。

 

「コタロ、ウは、なに、してる、ティラ?」

「!、あぁ、ティラミーゴ……」

 

 読書中のコタロウに声をかけたのは、今では彼の膝下くらいまでの背丈しかないティラミーゴである。トリケーンとアンキローゼもぞろぞろついてくるあたり、彼らはとことん三匹でワンセットであった。

 

「言葉、随分上手になったね」

「エイジロウ、と、でぃ、でぃ……あいつに、おそわってる、ティラ」

 

 コタロウは心底から感心した。たどたどしいながらも、誤りのない言葉を話すことができている。カツキの言ではないが、彼らが人間以上の知能の持ち主であるというのも強ち嘘ではないかもしれない。

 ちなみにティラミーゴが名前を上手く発音できなかったディメボルケーノはというと、船の隅っこで何やら自問自答している。彼は自他問わず問いを投げかけ、答を見出すのが好きなようだ。封印されていた"賢者の釜"の名は、彼にちなんで付けられたのかもしれない。

 

「トリケーンとアンキローゼは、喋らないの?」

「ふたりは、まだ、ティラ」

 

 ピィ、と小さく鳴き、恥ずかしそうにする二匹。その姿に微笑ましさを覚えたコタロウは、本から手を放しそっと頭を撫でてやった。子供らしからぬつれなさのある彼だが、意外や動物、とりわけ犬などのことは好きだった。人間と違って嘘偽りがなく、いつも全力でぶつかってきてくれる。そのくせ、こちらの感情を敏感に察して寄り添ってもくれるのだ。

 そういえば、誰かさんが──犬ではないくせに──そんなやつだったなと気づいたらば、何度目かの激しい揺さぶりが襲ってきた。

 

「うぉっ!?」

「また大波か……この辺りは激しいな」

「い、いまこれはあか──おぼろろろろろ」

「しっかりするんだ、オチャコくん!」

 

 オチャコが海に落ちないよう、その身体を支えてやる──胸などには触れないよう配慮しつつ──。カツキの見事な操舵もあって、幸いにして転覆の危機を迎えたことはこれまで一度もない。今回だって、少し我慢していればおさまる──そう思っていたのだけれど。

 

「──てめェら、構えろ!!」

「え──」

 

 カツキは他人より勘が鋭くその有形化も速いのだけれど、事態は往々にしてそれすらも上回る動きを見せた。

 一瞬揺れがおさまったかと思うと、次に襲ってきたのは足下から突き上げられるような感覚。

 

──否、本当に突き上げられたのだ。

 

「うわぁあああああああ──ッ!!?」

 

 船自体が叩き上げられ、そこにいた面々はなんの抵抗もなく空中へ投げ出される。先日のゴーストシップマイナソーに対する決め手のしっぺ返しのようだったが、異なるのは船底……つまり海中からの圧力によるものであるということだった。

 

 重力すら打ち負かすほどの力で打ち上げられた少年たちは、程なく海面に浮かぶ巨大なシルエットを目の当たりにした。

 あっと思う間もなく、ざばあと海水を巻き上げながら"それ"は浮上してきた。

 

(──島?)

 

 一瞬そう思うのも無理はなかった。その表面には藻が生い茂り、緑に覆われていたから。

 しかしそれは、深緑の大地などではなくて。

 

「ギィエェェェェェェッ!!!」

 

 耳を劈く悲鳴のような雄叫び。──海から現れたその正体は、巨大な亀だった。島と誤認したのは、その甲羅にすぎなかったのだ。

 

「で、でけぇ……!」

「海にはこんな巨大な亀が生息しているのか!?」

「ンなワケあるかボケメガネ!!こいつもマイナソーだわ!!」

「ボケメガ……マイナソーだと!?」

 

 まさか、自分たちを狙って?──ゆっくり考えている暇はなかった。上昇の勢いが削がれた果てに、自由落下が始まったのだ。

 

「ッ、ティラミーゴ!!」

「ティラァ!!」

 

 ティラミーゴの身体が膨れ上がり、一挙に通常サイズに戻る。そうして真っ先に着水した彼の背中に落ちることで、エイジロウたちはかろうじて海に呑み込まれずに済んだ。

 

「ふぅ……サンキュー、ティラミーゴ」

「ひと息つくのは早ぇぞ」

 

 こればかりはカツキの言う通りだった。もとの──見上げんばかりの巨躯である──ティラミーゴが赤子に見えるほど、対峙するマイナソーは大きい。ましてここは海──リュウソウジャーにとって、未知数の戦場なのだ。

 

「……それでも、やるしかねえ!」

 

 歯を食いしばりながら、リュウソウチェンジャーを構える。どのみちマイナソーを放って逃げるという選択肢はないのだ、迷いはなかった。

 

「リュウソウチェン「ギァアアアアアアア──ッ!!」!?」

 

 少年たちの声に被せるように、マイナソーが再び咆哮する。──その瞬間、恐るべきことが起きた。

 マイナソーの周囲で海水が回転を始める。やがてそれは巨大な渦巻きと化し、ティラミーゴ……つまりエイジロウたちに迫ってきた。

 

「な、なんだ!?」

「あ、れは、ヤバい、ティラ〜!」

「言っとる場合かッ!!」

 

 あんなものに取り込まれれば、海の底まで真っ逆さまだ。どう取り繕おうと、逃げるしかない!

 

「急げ、ティラミーゴ!」

「ティ、ティラ〜!!」

 

 慌てて反転するティラミーゴだが、巨体ゆえにそれだけでも時間を要してしまう。何より彼は、泳ぎが得意というわけでもない。

 そうこうしているうちに、亀に似たマイナソーがつくり出した渦が迫ってくる。周囲の海水を巻き込みさらに勢いを増すそれは、程なくティラミーゴの尾を捉えた。

 

「!?」

 

 途端、ティラミーゴの身体は凄まじい力によって後方へ引きずり込まれる。抵抗しようにも文字通り浮足立った状態では力が入らない。大きく態勢が崩れる。そうなれば当然、

 

「うわぁああああ────」

 

 今度こそエイジロウたちは、海水のほか何ものにも受け止められることなく落ちていく。ばしゃん、ばしゃんと幾つもの水飛沫が上がるが、そんなものは序の口にすぎなかった。

 もはやブラックホールのごとく深淵にまで広がった渦が、彼らを海中へ引きずり込んだのだ。

 

「ぐっ……もがっ………!」

 

 呼吸ができない、苦しい。少しでも酸素を取り込もうとすれば、代わりに大量の海水が流入してくる。精一杯藻掻いて浮上を試みても、渦の圧力によってエイジロウたちは海底へと引き込まれていくばかりだった。

 

(やべ、ぇ……死ぬ……っ)

 

 全身が悲鳴をあげ、小刻みに震える。手に力が入らなくなったかと思うと、視界が端から霞み、黒へと染まっていった。

 

(……ぁ、)

 

 川遊び程度しかしたことのないリュウソウ族の少年は、仲間たちともども漆黒の水底へと沈んでいく──

 

 

 ゆえに、黄金のシルエットが接近しつつあることに、気づく者は誰もいなかった。

 

 

 *

 

 

 

「──い。……い、……きろ……」

「………」

 

 聞き慣れた声が途切れ途切れに耳に飛び込んでくる。ただ、未だ意識を沈めているエイジロウはその声に抗った。うぅ、ん、と、むずかる幼児のような音が喉から洩れる。

 しかし声の主は、我が子を起こす母のように優しくはなかった。

 

「──起きろっつってンだろうが、クソ髪ィ!!」

「うおっ!?」

 

 怒鳴り声とともに何かが頬を薙ぎ、エイジロウは強制的に覚醒へと導かれたのだった。

 

「な、なん……あ、カツキ?」

「チッ……寝坊助が」

 

 舌打ちするカツキ。彼だけではない──ともども海に引きずり込まれた、仲間たちの姿もある。

 

「!、そうだ……マイナソーは!?」

「……わからない。僕らもさっき目が覚めたばかりだから」

 

 かぶりを振るイズク。そこで改めて周囲を見やると、ここはどうやら石造りの建物の一室のようだった。部屋といってもとても広く、ベッドが複数並べられている。全員、ここに寝かされていたようだ。

 

(ここ……どこなんだ?)

 

 どう見ても死後の世界などではない。あのあとたまたま船が通りかかって、救助されたのか?しかし自分たちは皆、海中深くまで引きずり込まれてしまっていた。ならばあるいは、ティラミーゴが──

 

「!、そうだ!ティラミーゴたちは──」

 

 姿の見えない相棒たちを案じ、エイジロウが声を張り上げたときだった。部屋の扉が、にわかに開かれたのは。

 

「!?」

 

 身構える一同。そこに立っていたのは、兵士のような恰好をした二人組の男だった。眼光鋭く、こちらを睨めつけている。

 

「目が覚めたようだな、()()リュウソウ族たちよ」

「!?」

 

 この男たち、リュウソウ族の存在を知っている?そもそも陸の、とはどういうことか。

 しかし、彼らに対して問いをぶつけることは許されなかった。

 

「おまえたちが目覚め次第お会いになると女王陛下が仰せだ。ついてこい」

「じょ、おう……?」

 

 女王──女の王様。エイジロウたちもその程度のことは知っている。しかしこの大陸では、王国は滅びたのではなかったか。

 

「……とりあえず、ついていくしかなさそうだね」

 

 現状は、イズクの言葉がすべてだった。

 

 

 果たして一行は石造りの廊下を半ば連行されるように進んだ。途中に窓のひとつもないここはまるで牢獄のように薄暗い。カツキやコタロウなどものを知る面々は、もしやここは本当に牢獄で、自分たちは罪人扱いされているのではないかとさえ思った。少なくとも、この兵士らしき男たちは自分たちを歓迎していないようなのだ。

 それでも下手に暴れたりしたら、罪人扱いどころかまごうことなき罪人だ。しかもリュウソウケン、リュウソウチェンジャーに至るまで武具といえるものは取り上げられてしまっている。リュウソウルはあるが、そのふたつがなければ発動できないのだから玩具同然だ。

 

(……最悪でも、コタロウだけは逃してやらねえと)

 

 仮にリュウソウ族である自分たちに敵対する相手なら、人間のコタロウを巻き込むわけにはいかないのだから。

 

 

 そうこうしているうちと、不意に吹き抜けとなった大広間に出た。唐突な変化に戸惑い、周囲を見遣る──と、さらに驚くべき光景が一同の前に現れた。

 

「さ、魚が泳いでる……!?」

 

 魚が泳ぐのは自明の理である、オチャコは何を言っているのか。

 

──いや、そうではない。魚たちは目の前の空間を浮遊、否、泳ぎ回っているのだ。

 

「なぜ、魚が空中を……?」

 

「それは、ここが海の底だからです」

「!」

 

 広間に朗々と響く、鈴のような女性の声。同時に、かつかつと響くハイヒールの足音。

 

「海の王国へようこそ、陸のリュウソウ族の皆さん」

 

 

──白銀の髪を靡かせた美女が、エイジロウたちの前に姿を現した。

 

 



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14.黄昏の王子 2/3

 

「海の王国へようこそ、陸のリュウソウ族の皆さん」

 

 現れた美女は、髪色と同じ白銀のドレスを纏っていた。柔和な笑みとは裏腹に、涼やかを通り越して凍えるような冷たさすら感じさせる姿かたち。まるで、童話で見た氷の女王のようだとコタロウなどは思った。

 

──女王?

 

「おまえたち、女王陛下の御前であるぞ!」

「頭が高い、平伏せよ!」

「!」

 

 やはり、この女性が。約一名を除いて衛兵たちの言に従おうとするエイジロウたちであったが、かの女王がそれを制した。

 

「そのようなことをなさらず結構です。──貴方たち、」

「はっ!」

「"あの子"を連れてきてちょうだい」

 

 命令を受け、衛兵たちが慌ただしく退室していく。広間に一瞬、静寂が戻る。

 

「用心が足りねえンじゃねえの」

 

 そこに不穏の火を灯したのは、やはりカツキだった。

 

「なんのことかしら?」

「女王サマひとりンなって、俺らが殺る気だったらどうする?武器なんかなくたって、あんたを絞め殺すくらいはできんだぜ」

「ッ、かっちゃん……!」

 

 流石のイズクも顔面蒼白になっている。当然だ、相手は女王を名乗っている。海の王国というのがどれほどの国家なのかはまだわからないが、少なくともミネタ卿など比にならない貴種であろうことは疑いようがないのだ。

 

「貴方たちはそんなこと、しないわ」

 

 しかし女王は、一切の動揺もなく断言した。

 

「だって貴方たち、リュウソウジャーでしょう」

「……!」

 

 カツキの表情から笑みが消えた。この女は……否、海の王国とやらは、自分たちのことをどこまで知っている?

 

「リュウソウジャーはこの星を守る騎士……。邪悪でないものに害をなすとは、思っていません」

「──失敬!質問をお許しいただけますでしょうか!!?」

 

 逞しい腕をぴっと伸ばして、テンヤ。一国の王相手にはそれでも十分不敬なのだが、幸いにしてこの女王は許可をくれた。

 

「貴方がたはもしや、海のリュウソウ族……なのですか?」

 

 海のリュウソウ族──リュウソウ族の歴史を学ぶ中で、ほんの一、二箇所登場する名前だ。テンヤが覚えていたのはその博学ゆえで、エイジロウとオチャコの頭からは抜け落ちていた。

 

「ええ、その通りよ。そしてここは、海のリュウソウ族が暮らす国なのです」

「う、海の中で呼吸とか、できるんですか!?」

 

 今さらのことを訊くオチャコに、女王は頷いた。

 

「私たち海のリュウソウ族は、外見こそ貴方がたと同じですが、異なる進化を辿っています。水中でも、陸上でも同じように活動できるのよ」

「じゃあ、僕らは……?」

「陸からの客人には、魔法をかけさせていただいています。私たちと同様、水中でも活動できるように、ね」

 

 そう言って、女王はなんとウインクしてみせた。母親ほどの年齢の女性だが、衰えを感じさせない美貌は思春期の──人間より淡白とはいえ──少年たちには毒だった。やはり約一名を除いては、揃って顔を赤くしている。

 

「他には何かあるかしら?」

「あ……じゃ、じゃあ!」エイジロウが手を挙げ、「俺たち、亀みたいなデカいマイナソーに襲われて、海に落とされたんスけど……。他でもマイナソーが港町を襲ってて──この辺りにいるドルイドンに、心当たりはないっス……です、か?」

 

 その問いに、今まで浮かべられていた女王の笑みが消えた。アッシュグレーの瞳が伏せられ、何かを憂うかのような、そんな表情が浮かび上がる。

 

「あ、あれ……?」

「な、なんかまずかったんちゃう!?」

「へぁッ、す、スミマセン!!」

 

 反射的に頭を下げるエイジロウを見て、女王は我に返ったようだった。

 

「!、あぁ……ごめんなさいね、なんでもないの。そのマイナソーはおそらく──」

 

 

「──そいつは、ガチレウスの手勢だ」

「!!」

 

 にわかに背後から響いたのは、自分たちとそう変わらない少年の声だった。

 慌てて振り向いた先にいたのは、女王に負けじと仕立ての良い衣服を纏った少年。すらりとした体躯や整った顔立ちは見るからに貴公子のようだ。それと同時に、頭頂で綺麗に左右分かたれた紅白の髪、そして顔の左半分だけを覆う仮面が目をひく。

 

「女王陛下。第三王子ショート、お召しにより参上いたしました」

 

 片膝を床につき、胸に手をあてて一礼する。王子、ということは女王の子供のはずだ。それがこのように厳格な礼節をもって接するものなのか。リュウソウジャーの中では家柄の良いテンヤにしても、親に対してここまで恭しく接したことはなかった。

 

「ご苦労さま、ショート。忙しいところ、突然呼び出したりしてごめんなさいね」

「……いえ、」

 

 「紹介します」と、改めて向き直った女王が言った。

 

「彼は我が国の第三王子、ショート。歳は皆さんとそう変わらないでしょうから、仲良くしてあげてください」

 

 仲良くと言っても、相手は王族である。とはいえこのまま棒立ちというのも失礼にあたるので、比較的礼儀作法に長けたイズクとテンヤが代表して彼に歩み寄った。

 

「ど、どうぞお見知りおきを。ショート殿下」

「………」

 

 イズクが右手を差し出す。重ねて言うが相手は王族であるから、それに応えるという当然の儀礼が返ってくるものと彼らは思っていた。

 それが、

 

「……陸のヤツらとなれあう気はねえな」

「えっ……」

 

 困惑するイズクたちを尻目に、ショートは女王たる母を同じアッシュグレーの右目で見据えた。

 

「陛下。彼らが目を覚まし次第、退去させるべきだと申し上げたはずです。それが衛兵も付けずに謁見させるなんて」

「ショート……彼らは客人です。そもそも、連れてきたのはおまえでしょう」

「あのまま溺死させるのは忍びなかっただけです。ただでさえガチレウスと戦争中なのに、獅子身中の虫を抱えるわけにはいきません」

「ちょ、ちょ……ちょっと!」慌てて割り込み、「その"ガチレウス"ってのが……この辺で暴れてるドルイドンなんスか?」

 

 王族同士の会話に割り込むなど不敬にも程があるのだが、エイジロウはそうせずにはいられなかった。実際、問いに対する明確な答はまだもらっていないのだ。

 

「……ああ、そうだ」

 

 答えてくれたのは意外にもショート王子だった。

 

「ヤツが現れたのはここ半年ほどのことだ。この海域全体に食指を伸ばしている。当然我が国とも、戦争状態が続いている」

「!、俺たち、そいつを倒すってコランの港町の人たちと約束したんです!そいつの居場所がわかれば、俺たちリュウソウジャーが──」

 

「必要ねえな」

 

 撥ねつける声は、あまりにも躊躇がなかった。

 

「ガチレウスは俺が倒す。余所者の手を借りるつもりはねえ」

「余所者って……。私たち、同じリュウソウ族なのに──」

「言っただろ、おまえたちは獅子身中の虫だと。陸と海、そんなふうに分かれただけの歴史の積み重ねがある。そんなことも知らねえのか?」

「ッ、それは……全然知らねえ、けど!」

 

「俺たち、これでもドルイドンを倒したことがあるんだ。きっと役に立てるはずだ……です!」

「……おまえたちが?」

 

 隠れていない右眉をあげるショート。女王もまた、それほど露骨でなくとも訝しげな表情を浮かべている。信用されていないのは、一目瞭然だった。

 

「──だったらよォ、」

 

 案の定不穏な声を発したのは他でもない、カツキだった。

 

「試してみるかよ、半分王子サマ?」

 

 そう言い放って、拳をポキリと鳴らす。ついにイズクはショックのあまり意識を飛ばしかけた。テンヤが咄嗟に支えなければそのまま倒れていただろう。

 ただこのショート王子、幸か不幸か、淡白な口調よろしく礼儀というものにあまり関心がないようで。

 

「……確かに、それが手っ取り早いかもしれねえな」

「!」

「陛下。我々海のリュウソウ族の作法、この蛮族に教えてやろうと思います──よろしいですね?」

「……やむを得ませんね」

「はっ……その蛮族にボコられてしょんべん漏らすなよ、王子サマぁ!?」

 

 ふたりとも、風貌だけなら美少年ともいえる淡麗さである。それが瞳を吊り上げ睨みあい、激しい火花を散らしている。

 

「……なんか、とんでもないことになってませんか?」

 

 えも言われぬようなコタロウのつぶやきが、すべてを象徴していた。

 

 

 *

 

 

 

 果たして数十分後、一同は海底のコロシアムにいた。その中心でカツキとショート王子が睨みあっているのは言うまでもない。

 

「──制限時間は五分。相手の剣を弾き飛ばすか、急所に突き立てたほうの勝ちだ」

「はっ、単純なこって。海底に引きこもっとるような連中らしいわ」

「おまえのような蛮族には、ちょうどいいだろ?」

 

 バチバチバチバチ。そんな音とともに、火花が散っているように見えるのは幻だろうか?

 

「こ……これ流血沙汰になるんちゃう……?」

「どちらも模造剣だから、命の心配はないとは思うが……イズクくん、大丈夫か?」

「……ホントもう、今回ばかりは生きた心地がしないよ……」

 

 頭を抱えるイズク。五十年で何度、彼はこんな思いをしてきたのだろうか。リュウソウジャーではオチャコと並んで幼い外見の彼だが、苦労でいえば並みの大人を凌ぐところである。エイジロウは思わずその頭を撫でたくなったが、一応相手が年上であることを思い出して踏みとどまった。

 

 模造剣を構えるふたり。先は丸まっていて、敵に突き刺さらないようにはなっているが、思いきり急所を突けば致命的なダメージにならないとも限らない。ゆえに皆、固唾を呑んで見守っていた。

 そして、

 

「────ッ!」

 

 意外や声を出さず動いたのは、カツキだった。地を蹴り、持ち前のスピードで相手との距離を詰める。

 

「………」

 

 相手──ショートはその場から動かず、カツキを迎え撃つことにしたようだった。距離がゼロになり……衝突音が響く。

 鍔迫り合いは一瞬だった。カツキが素早く後退し、かと思うとまた突撃する。ショートは最低限の動作でそれをいなしているように見えるが、余裕があるわけではない。

 

「す……すげぇ」

 

 互いに一歩も退かぬ戦いぶりは、傍観者たちにこそ衝撃を与えるものだった。少なくとも一方のことはよく存じている、イズクにも。

 

「あの王子様……かっちゃんと互角だ」

 

 カツキはまだ少年だが、物心ついたときから騎士となるべく修行を積んできて、さらに五十年分の実戦経験がある。そのカツキと同等に戦う、海底の国の王子。彼もリュウソウ族だから最低でも150年は生きているのだろうが、それにしても、である。

 

「しかし、彼の剣はカツキくんとは対照的だな……」

 

 冷徹で、無駄がなくて──感情さえも、窺えない。確かに、そうみえる。

 

「……そうかな」

 

 しかしエイジロウは、それだけには思えなかった。確かに一切の揺らぎなく戦っているように見えるショートだが、時折攻めに転じようとしているように見える瞬間がある。そのときの目に、燃え滾るような何かを感じるのだ。

 

「チッ……口だけじゃあ、ねえみてぇだな」

 

 数分間ぶつかってみて、カツキも彼なりにショートの実力を評価したようだった。陸のヤツらとなれあうつもりはない、自分の手でガチレウスを倒す──淡々とそう言ってのけるだけのことは、確かにある。

 

「そろそろ五分……──決着、つけたらァ!!」

「………」

 

 わずかに後退したかと思えば、再び地を蹴るカツキ。一気呵成に距離を詰め、渾身の一撃を相手の胴体にブチ込もうという魂胆。──そう考えたから、ショートもまた剣を胸の前で構えて迎え撃ったのだ。

 しかしカツキは、そう読まれていることまで読んでいた。

 

「は、──」ニヤリと笑い、「オラァ!!」

 

 宙を舞うカツキは、振り上げた剣を──投げつけた。

 

「ッ!?」

 

 自ら武器を投擲するという予想だにしない行為。もとより防御態勢をとっていたこともあり直接的なダメージにはつながらなかったが、衝撃でショートの姿勢は大きく崩れた。

 そこに、

 

「くたばれッ、半分ヤロォ!!!」

「──!」

 

 カツキの蹴りが──がら空きになった顔面に、直撃した。

 

「あ……」

「やっちゃった、し……」

「……言ってしまった、な」

「うわぁああああ……!」

 

「何してくれてんだかっちゃんんん……!」──唸りながら、ついにイズクはその場に蹲った。

 

「は、ざまぁーみろ!」

 

 華麗に着地したカツキが、このうえない勝ち誇った笑みを浮かべている。対するショートは左目のあたりを押さえ、その場に片膝をついていた。

 

 からんと音をたて、彼の身につけていた仮面が転がった。

 

「……ッ、」

 

 顔の左半分を覆っていた手が、やおら剥がれていく。──そこに隠されていたものが露になって……エイジロウたちは、言葉を失った。

 右目とまったく色合いの異なる、宝石のような碧眼。オッドアイと言うのだろうか。

 

 しかしそれは……左の額から目の周囲までもを覆う、赤黒く変色した皮膚に比べれば詮無いものだった。

 

「え……何、あれ……」

「……火傷?」

 

 そう──重度の火傷を負って、治療の甲斐なく痕が残ってしまった……そんな状態。

 カツキでさえ唖然とする中、ショートはゆらりと立ち上がった。その整った顔立ちに怒りではなく、深い憂鬱が浮かぶ。隠されていた傷が露になったことに、屈辱を感じてはいないのだろうか。

 

 いずれも言葉はなく、気まずいどころではない沈黙が流れる。しかしそれは、程なく終焉のときを迎えた。

 

「ショート殿下、失礼致します!」

「!」

 

 飛び込んできた、兵士らしき鎧を纏った男。晒されたショートの顔を見て一瞬ぎょっとした様子を見せたものの、すぐに取り繕って跪いた。

 

「……どうした?」

「フカミ地区がマイナソーによる襲撃を受けています!守備隊が応戦していますが、既に被害は甚大で──」

「!」

 

 エイジロウたちが身構えたときにはもう、ショートは颯爽と走り出していた。

 

 

 



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14.黄昏の王子 3/3

今回短くまとまっちまいました…もうちょっと尺あっても良かったかも


「キイィッ、ィキイィィ!!」

 

 甲高い鳴き声とともに、海水を()()()()撥ねさせる怪物がいる。魚人とでも言うべき風貌、両手はなく、腕からは逞しいヒレが伸びている。それらを振動させることで、水を操っているのだ。

 

「ぐうぅぅ……っ、──うわぁああああっ!?」

 

 懸命に耐えようとする兵士たちだが、それは虚しい努力と言わざるをえなかった。あまりに激しい水流により、彼らは程なく彼方まで吹き飛ばされてしまうのだった。

 そうして空いた敵陣の穴に、ドルン兵たちが浸透していく。残る兵士たちが立ち向かうが、数も質も劣っているようでは勝ち目がない。

 

「だ、駄目だ……!このままでは!」

「ッ、あきらめるな!もうすぐショート殿下が来てくださる!」

 

 王国の民が後ろにいるのだ、彼らは文字通り背水の陣の最中にいた。そのためにひとり、またひとりと傷つき、倒れていく──

 

「キィ……」

 

 魚人──ウォーター・リーパーマイナソーが唸る。再び水流が兵士たちを襲うかと思われたそのとき、射撃音とともに黄金の塊がその身を貫いた。

 

「ィキィィィッ!?」

 

 マイナソーの身に電撃が奔り、岸壁に叩きつけられる。──彼ばかりでなく、ドルン兵たちにも黄金の塊……つまり砲弾は容赦なく襲いかかったのだ。

 

「待たせたな、皆」

「!、あぁ……」

 

「殿下……!」

「殿下!!」

 

 揺れる滑らかな紅白の髪は、国民にとって希望の象徴だった。彼は王子という貴き身分でありながら、この国において誰よりも大きな力をもつ存在。

 

「下がってろ。──陸の、おまえたちもな」

「!」

 

 あとを追ってきたエイジロウたちに対しても、抜け目なくそう言い放つ。いずれにせよ、彼らは今丸腰だった。

 

「我に力を──"モサレックス"」

 

 黄金と紺碧に彩られた銃身が、鋭い光を放つ。そしてもう一方の手に握られたのは、

 

「リュウソウル……!?──まさか、」

「………」

 

 

「リュウソウ、チェンジ」

『ケ・ボーン!!』

 

『ドンガラハッハ!ノッサモッサ!エッサホイサ!モッサッサッサ!』

 

 黄金のリュウソウルを装填すると同時に流れ出す、エイジロウたちのそれとは似て非なる音楽。しかし現れた騎士たちがショートの周囲で踊り狂っているところは、まったく同じだ。

 そして、

 

『リュウ SO COOL!!』

 

 騎士たちがその姿を変えて無数の欠片となり、ショートの全身を覆い尽くしていく。──銃と同じ、黄金に青が刻まれた鎧。

 

金色(こんじき)の──」

「──リュウソウジャー……?」

 

 その名も、

 

「……黄昏の騎士、リュウソウゴールド」

 

 

「ドルゥゥッ!!」

 

 姿を現した金色のリュウソウジャーに、ドルン兵たちは集団で囲むようにして襲いかかった。相手はひとり、数で圧倒できると思考したのだろう。

 言うまでもなくそれは、甘い考えと言わざるをえなかった。

 

 金色の騎士──ゴールドはその場から動かず、ただ銃を標的に向けたのだ。

 

「モサチェンジャー、発射(シュート)

 

 引鉄を引くと同時に銃口から複数の弾丸が放たれ、稲妻とともにドルン兵を貫いていく。そう──複数だ。それがほぼ同時に放たれているのだ。

 

「あ、あの武器……なんなんだ?」

 

 世にある武器が剣だけでないことはエイジロウたちも知っているが、それでもあのようなモノは見たことがなかった。

 

「おい、武器オタク」

「いや武器オタクではないから……」否定しつつ、「あれはここ最近普及しはじめた、銃って武器だ。弓矢より威力があって、扱いやすいのが特徴的だけど……」

 

 銃は銃でも、ゴールドのそれ──"モサチェンジャー"は、小型の弾丸を複数の砲口から連続発射することが可能なガトリングタイプの砲だ。この世界においては未だ、唯一無二の存在だった。

 

「あれはリュウソウケンと同じ……騎士竜の力が宿った武器なんだ」

 

 そこにリュウソウチェンジャーと同じ竜装機能も備わっている。一同の目は、ゴールドに釘付けになりつつあった。

 

「モサブレードッ!」

 

 そして幸運にも銃撃を掻い潜ってきたドルン兵に対し、ゴールドは剣に持ち替えて応戦した。剣といっても、リュウソウケンのように刀身のすらりと伸びた長剣ではない。どちらかというとダガーに近い形状だが、その刃は騎士竜の牙を模したかのようにギザギザと尖っている。そのことによって、決して劣らぬ切れ味をもつことができていた。

 

「ふっ」

 

 刃が一閃し、槍もろともドルン兵を一刀両断にする。そして振り向きざま、横薙ぎにもう一体。

 

「ドルッ!」

「!」

 

 そのまま三体目……とは、残念ながらいかなかった。ドルン兵の構えた盾に、刃が弾かれてしまったからだ。

 その隙を突かんとばかりに繰り出された槍をひらりとかわしつつ、ゴールドは柄と一体化したレバーに手をかけた。

 

 途端、刃が音をたてて震え出す。なおも盾を構えて防御姿勢をとる敵めがけ、大きく一歩を踏み込んだ。

 そして、

 

「ドルゥア゛ァッ!!?」

 

 盾ごと、斬り捨てた。

 

「うおぉっ、すげぇ……!」

「なるほど、あのレバーを引くことによって刃を高速振動させ、あの突起をズガガガガッと擦りつけることによって切れ味を高めているのか……!」

 

 子供のように目を輝かせるエイジロウと、刃に負けじと独り捲したてるイズク。カツキはその両方の頭を殴った。

 

「……こんなもんか?しっかりしろよ、ドルイドン」

「ど、ドルゥゥゥッ!!」

 

 冷たい挑発にいきり立った残存のドルン兵たちは、圧倒されていることも忘れて一斉に襲いかかった。それこそが、敵の狙いであるとも気づかずに。

 

「──ビリビリソウル」

 

 ゴールドが取り出したのは、黄金というよりむしろ鮮やかな黄色に彩られたリュウソウル。それをゴールドリュウソウルと入れ替えて装填し、

 

『ザッバァァァン!!』

 

 驚くほど大きな声に、エイジロウは一瞬ぎょっとした。

 

『ドンガラ!ノッサ!エッサ!モッサ!』

「………」

 

『めっさ!』

 

 一回、

 

『ノッサ!』

 

 二回、

 

『モッサ!』

 

 三回、

 

『ヨッシャ!!』

 

 四回。

 

『この、感じィ!!』

 

 ハンドグリップを往復させる動作を繰り返し──締めに、トリガーを引く!

 

『強・竜・装!!』

 

 リュウソウメイルの表面に稲妻が奔り、そのエネルギーが分子に、さらには微粒子状に顕現して寄り集まっていく。

 そうして一瞬で創り上げられたのは、色鮮やかな黄金の鎧。"強竜装"──メラメラソウルのそれと同じように、胴体から両二の腕までを守っている。

 

「喰らえ……!」

 

 雷光を纏った弾丸を、幾つも解き放つ。通常の弾より遥かに威力の向上したそれは、盾もろともドルン兵を粉砕してみせた。

 そうして一片の手傷すら負うことなく、黄昏の騎士は敵兵の殲滅に成功した。

 

 残るは、大将のみ。

 

「どうした?かかってこいよ」

「ィキィィィッ!!」

 

 唸るウォーター・リーパーマイナソー。そのヒレを激しくばたつかせることで、彼は強烈な水の奔流を生み出すことができる。

 

「ッ、」

 

 海のリュウソウ族ゆえ、彼が受ける水の抵抗は常人より圧倒的に少ない。にもかかわらずその身体は後方へ押しやられていく。このままでは、兵士たち同様吹き飛ばされる──!

 

「……少しはやるな。だが──そこまでだ」

 

 そう、押されるゴールドは屈み込むような姿勢をとると、モサブレードを地面に突き刺したのだ。地盤に入り込んだ刃が、抵抗に対する抵抗の役割を果たした。

 そうして後退速度が鈍ったところで、彼は銃口をマイナソーへ向けた。──再び、発射(シュート)

 

「ギアァァッ!?」

 

 水は電気をよく通す。稲妻が全身に奔り、ウォーター・リーパーマイナソーは激痛と痺れに悶えた。

 

「ギィ、イィィィ……ッ!」

「ハナシにならねえな」

 

 こんな怪物ごときに、これ以上海は荒らさせない!

 

「──モサブレイカー!」

 

 モサチェンジャーにブレードを合体させることで完成する必殺銃、モサブレイカー。ブレードのエネルギーを融通することによって、その火力はさらに強化されている。そしてこれこそが、リュウソウゴールドの切り札でもあった。

 

「おまえを──撃ち抜く」

「キイィ……アァァァッ!!」

 

 憤怒と焦燥にまみれた叫び声をあげ、ウォーター・リーパーマイナソーはこれまでにないほどの激しい水流波を放った。並みの人間が巻き込まれれば、吹き飛ばされるどころか全身をずたずたに砕かれてしまうであろうほどの勢いだ。

 

「………」

 

 しかし、ゴールドはまったく動じない。その場に立ち尽くしたまま、静かに、モサブレイカーの銃口を向けた。

 そして、

 

「──ファイナル、サンダーショット!!」

 

 雷を纏った一撃を……放った。

 水流はその勢いに圧され、激しい渦を起こして反転する。巨大な電光の塊となったそれは、マイナソーへと襲いかかり──

 

「!?、ギィアァァァァァ──ッ!!?」

 

 呑み込んだ。

 その破壊力を前に、常人より遥かに頑丈なはずのマイナソーの肉体すらも容易く削り取られていく。耐えるかどうかという次元ですらない。黄昏の騎士の銃口に捉えられた時点で、彼の運命は決していたのだ。

 

 海底に、紅蓮が爆ぜる。炎に灼かれ、ウォーター・リーパーマイナソーは跡形もなく消滅したのだった。

 

「俺との出会いを、後悔しろ」

 

 言葉とは裏腹の、まるで悼むような声だった。

 

 

「す、げぇ……」

「マイナソーを、あんな簡単に……」

 

 それも、たったひとりで。

 エイジロウたちがそれ以上の言葉もないまま立ち尽くしていると、臣下の兵士たちが彼に駆け寄っていった。

 

「殿下!……ありがとうございました……!」

「礼はいい。それより、早急に被害をまとめろ。報告はいつも通り姉上へ。俺はモサレックスのところへ行く」

「承知致しました!」

 

 慌ただしく動き出す兵士たち。邪魔になるわけにもいかないので、エイジロウたちは隅へ移動するほかなかった。

 

「みんな、慣れとるね……」

 

 オチャコの言葉は抽象的だが、皆の所感を表すものでもあった。リュウソウ村では襲撃のあと、あちらもこちらも天地がひっくり返ったような騒ぎになっていた。

 それがここでは、ショート殿下の性格もあるのだろうが、皆が事後処理までもを見据えて動いているように見える。──そう、慣れているのだ。

 

 それはこの海を支配しようと目論むドルイドン──ガチレウスと"戦争している"のだという彼の言葉によって、既に裏付けられた現実であった。

 

 

 *

 

 

 

 そして海の王国、ひいては周辺の港町に住む人々までもを苦しめている悪魔は──自らは鉄壁の移動要塞の中で、のうのうと顎髭を摩っていた。

 

「ふん……まだ抵抗するか、海底の豚ども」

 

 つぶやくと同時にすかさず振り向き、短剣ほどの長さと鋭さをもつ鉤爪を振りかざす。ヒエッと甲高い声をあげ、それは()()()

 

「誰がここに入って良いと言った?」

「い、いや〜スミマセン……」

 

 どろりと広がった粘性の液体が、再び形を取り戻していく。成人女性ほどの背丈になったところで、ようやく彼──クレオンは本来の姿を見せた。

 

「ご無沙汰してまっす、ガチレウスさま!」

「貴様が売りつけたマイナソーは役立たずだ」

 

 覚悟していたことだが、それでもクレオンは一瞬何を言われたかわからなかった。突然の来客に対して挨拶どころか、「なんの用だ」ですらなくこれである。

 

「ことごとくあの豚どもの王子にやられている。もっとマシなのが寄越せんのか」

「い、いやぁ……ウワサには聞いてましたけど強いみたいっすねぇ。海のリュウソウジャー!」

 

 そう、敵が厄介なのであって、マイナソーが弱いわけでは決してない。だいたい、それぞれのマイナソーの特性を活かした運用もろくにせず、ただ漫然とぶつけているこの男が悪いのだ!

 脳内で唾を吐きかけるクレオンだったが、表面上は必死になってこのドルイドン──ガチレウスの機嫌をとった。

 

「そんなやる気元気いわきに満ち溢れたガチレウスさまに、お願いしたいことがありましてこのクレオン、罷り越しましたでありますっ!」

「さっさと言え」

(だからそこは"お願いとはなんだ"とかさあ〜っ)

 

 無駄なやりとりを嫌うゆえに端折りすぎなのだが、今はこの男の流儀に従うほかないのだ。

 

「陸のリュウソウジャーを討伐してほしいのでありますっ!」

「陸のリュウソウジャー?──もしや、あのときの……」

 

 ガチレウスが思い起こすのは、たった数時間前の出来事。手勢のマイナソーに通りがかりの船を襲わせた──それ自体は有り体に言って彼のルーティーンのようなものだったが、船が転覆したあと現れた、巨大な赤い獣のことは気にかかっていた。

 

(あれは……騎士竜か)

 

「奴らは、騎士竜モサレックスによってかの国に連れていかれたようだ」

「えっ?ってことは今、リュウソウジャーが六人になっちゃってるってことっすか!?」

 

 五人でも鬱陶しい連中だった。そこへ来て、ビショップクラスのドルイドンであるワイズルーが暫く活動できなくなるほどの手傷を負わされたのだ。

 これは、ルーククラスのガチレウスには荷が重いかもしれない──そんな思考を読んだのか否か、彼はいきなりクレオンの顔面を掴んできた。

 

「ウグッ!?ふぁ、ふぁひを……」

「使えるマイナソーを生み出せ、クレオンよ」

 

 

「奴らは、俺が絶滅させる……!」

 

 ガチレウスの野望に燃える瞳が、妖しく光った──

 

 

 つづく

 

 






「海のリュウソウ族は、滅亡の危機に瀕しているのです」
「俺は、あの男を赦さない」

次回「沈む王国」

「みんなに笑顔でいてほしい。――そのために、戦ってるつもりです」


今日の敵‹ヴィラン›

ウォーター・リーパーマイナソー

分類/アクアン属ウォーター・リーパー
身長/168cm
体重/95kg
経験値/397
シークレット/水妖"ウォーター・リーパー"の伝説を象ったマイナソー。ヒレを振動させることによって放つ水流波は、クジラですら吹き飛ばしてしまうぞ!
溺死した人間の怨念がクレオンの体液で具現化した怪物であり、「ィキィィィ!」という甲高い鳴き声は「息(ができない)!」ともがき苦しむ声……かもしれない。
ひと言メモbyクレオン:確かにガチレウスに売ったマイナソーなんだけど……なんか当時のこと思い出そうとすると頭が……なんか、思い出さないほうがいい気が……。


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15.沈む王国 1/3

今週のカブタックが神回だったので初投稿です


 マイナソーの襲撃で海に落とされたエイジロウたちは、海底の王国に住む海のリュウソウ族によって救われた。彼らは海を支配しようとするドルイドン・ガチレウスと戦争を繰り広げているという。その王子であるショートは──エイジロウたちと同じ、リュウソウジャーだったのだ。

 

 エイジロウたちを陸のリュウソウ族と呼び、拒絶するショート。彼の言う"歴史"とは、果たして如何なるものなのであろうか──

 

 

 *

 

 

 

「御苦労であったな、ショートよ」

 

 頭上から響く厳かな声に、ショートはため息をもって応えた。その表情はエイジロウたちと対面していたとき、そしてマイナソーと対峙していたときと比較して随分弛い。本当に御苦労だったとでも言いたげだ。

 

「はぁ……いつもながら疲れる。戦うのは嫌いじゃねえが、皆にああだこうだ指示出すのは柄じゃねえ」

「おまえは王子だ。為政者の一員として、民を守る責務がある。自覚を強くもて」

「……わかってる。──なぁ、モサレックス」

 

 ぐたりと寄りかかっていた身体を起こし、ショートは立ち上がった。すらりと伸びた手足、一見細身だがしっかりと鍛えられた体躯が明らかとなる。整った顔立ちも相まって、世の貴公子というものを象徴しているかのようだ──騎士竜モサレックスは常々、そう思っている。

 しかしその身体に流れる血の半分は、彼にとっては認めがたいものなのだ。

 

「陸のリュウソウ族……あなたの言うような邪悪で狡猾なヤツらには、どうしても見えなかったんだが」

 

 約一名を除いて……とは、流石に口には出さなかった。

 

「本当にヤツらが、この国にとって禍になるのか?」

「──なる」

 

 即答だった。ショートが返す言葉に一瞬詰まるほどに。

 

「ショート、おまえは甘い。奴らに騙されてはならん」

「でも……」

「ガチレウスのためにただでさえこの国は疲弊している。そこに奴らが馬脚をあらわしたらどうなる?」

 

「この国は、滅びてしまうぞ」──冷たく最悪の未来を告げる言葉が、ショートの胸に突き刺さった。

 

「……わかった。あなたの言う通りにする」

「それで良い。──そろそろ行け。王子がいつまでもこんなところでサボっていては士気にかかわるぞ」

 

 頷き、ショートは踵を返した。そうして彼はひとりの少年・ショートからこの国の第三王子であり、守り手たる黄昏の騎士へと戻るのだ。どちらがあるべき姿なのか、当人もモサレックスもわからなくなりつつあったが。

 

 

 *

 

 

 

 さて、舞台は今や戦場痕となってしまった王国市街へ戻る。

 

 戦い終わって間もないうちから、兵士たちによる瓦礫の撤去や国民の救助作業が始められていた。オチャコがつぶやいたように、非常に迅速かつ慣熟した対応である。パニックが起こっている様子もない。

 その代わり──皆、どこか疲れたような表情を浮かべていた。無論、マイナソーによる襲撃から命からがら逃げ延びたばかりで、ニコニコ笑ってなどいられないのは当然だろう。それにしても皆、活力というものをすっかり失ってしまっているようだった。

 

「なんというか……俺たち、邪魔にしかなっていないな……」

 

 棒立ちのままテンヤがつぶやく。声をかけるにかけられない雰囲気であるし、皆明確に己の仕事をこなしているのだ。

 それでも手伝えることはないかと辺りを見回していると、不意に建物の陰に座り込む子供の姿が目に入った。

 

「!」

 

 すかさず駆け寄ったのはイズクだった。子供の目の前にしゃがみ込み、心なしかいつも以上にゆったりとした口調で声をかける。

 

「きみ……どうしたの?大丈夫?」

「………」

「お母さん、お父さんは?」

 

 子供の口がか細く動く。「はぐれちゃった」──そう聞こえて、イズクはほっと胸を撫でおろした。赤の他人であろうと、孤児になってしまう子供など見たくはない。

 

「それじゃ、僕たちが一緒に捜してあげる!」

「ほんと?」

「ほんとさ!でも僕たちここに来たばかりだから、道案内してくれる?」

 

 澱んでいた目に光が戻り、笑顔を浮かべて頷く。そんな変化を目の当たりにして、エイジロウたちも温かい気持ちになった。イズクの穏やかさ、優しさは、海の底であってもとりわけ子供にはきちんと通用するのだ。

 しかし、イズクが少年と手を繋ごうとしたときだった。

 

「貴様、そこで何をしている!?」

 

 それを目ざとく見つけた兵士が、激しい剣幕で駆け寄ってきたのだ。

 

「貴様、陸のリュウソウ族だな!その子をどうするつもりだ!?」

「どうするって……この子、迷子なんです。だから──」

「ッ、その手を放せ!!」

 

 詰問口調をとりながら、兵士はもとよりこちらの言葉に聞く耳をもっていなかった。いきなり剣を抜いたかと思うと、それを突きつけてくる。イズクは自らではなく、子供を庇うために前へ出ようとした。

 そこに、

 

「──うぐっ!?」

 

 すかさず割り込んだ影が鋭い蹴りを放ち、兵士の持つ剣を弾き飛ばした。強靭な意志を感じさせる紅い瞳が、これ以上はないほど吊り上がっている。

 

「何しやがる、クソモブが」

「か、かっちゃん……!」

「やべぇって、カツキ!」

 

 今回はイズクばかりでなく、エイジロウも止めに入った。先に剣を向けてきたのは相手とはいえ、ここはその相手のホームグラウンドなのだ。ただでさえ警戒されている身で!

 慄いた兵士は案の定、大声で仲間を呼んだ。次々と援軍が到着し、エイジロウたちはあっという間に取り囲まれてしまう。

 

「ッ、いくらカツキくんが手を出したとはいえ、このような……!」

 

 あまりにも敵意にあふれた仕打ちに、いつもは礼儀正しいテンヤまでもが怒りの表情を見せる。一触即発、そう言うほかない状況だった。こちらは丸腰だが、最悪の場合はやるしかない──!

 

「なんの騒ぎです、これは」

「!」

 

 物静かだが、芯の通った声だった。

 兵士たちが波を打ったように静まり返り、その方向を見る。

 現れたのは女王と同じ、白銀の髪を艷やかに伸ばした女性だった。一瞬当人かと錯覚したが、テンヤよろしく眼鏡をかけていて、そもそも随分と若い。また頭髪のあちこちからは、ひとかたまりになった赤毛が覗いていた。

 

「あなたたち、剣を下ろしなさい」

「フユミ王女殿下……しかし、この者たちは──」

「わかっています、陸のリュウソウ族たち……でしょう?」

 

 兵士たちに文字通り矛を収めさせると、女性は微笑とともに歩み寄ってきた。

 

「乱暴をしてごめんなさいね。皆、戦いのあとで気が立っているの」

「ア゛ァ?だからって剣向けといてうごっ」

「万年気が立ってる人は黙っててっ」

 

 オチャコの特技"どつき"はカツキ相手にも容赦なく炸裂する。当然彼は夜叉のような形相でキレ散らかすが、大柄なテンヤがそのさまを他から巧く隠す役割を果たした。

 

「あ、え、えーと……貴女は──」

「フユミ。ショートの姉です」

 

 ショートの姉──つまり、この国の王女たる女性だった。

 

「その子は兵たちにまかせて、皆さんは私と来てください。残念だけど……今は、非常時だから」

「……わかり、ました」

 

 承諾しつつ、イズクがしゅんと萎れている。非常時だからこそ、先走って手を差し伸べることが害悪にしかならないときもある。実際、あのまま衝突が起こればこの迷子や非戦闘員のコタロウの身も危なかった。

 この五十年で、とうに身をもって学んだこと。それでも目の前で困っている人は、放っておけない。──そんなイズクの肩に、エイジロウがそっと手を置いた。

 

 

 ともあれ一行は、フユミに従って歩き出した。

 

 

 *

 

 

 

 生ける要塞、動く島──巨大な騎士竜たちでさえも彼、あるいは彼女を前にしては赤子ほどでしかない。亀に似た巨獣は、名をアスピドケロンマイナソーと言った。

 そのアスピドケロンマイナソーの甲羅内に広がる空間にて、ガチレウスは"吉報"を待っていた。腕組みをしたままじっと動かず、ただコツコツと神経質な音をたてている。足を規則的に床──生身をそう形容すべきか否かは議論の余地もあるが──に叩きつけているのだ。

 

 永遠に続くのではないかとすら思えるその時間は、唐突に終わりを告げた。

 

「HAHAHAHA、苛立っているようだな。ガチレ〜ウスくん?」

「………」

 

 無駄に良い──だからこそ忌々しい声に渋々振り向くと、そこにはドルン兵たちの姿と彼らに担がれた棺桶があった。

 その扉がギギギと音をたてて開き、

 

「呼ばれなくてもジャジャジャジャ〜〜ン!!」

「何をしている?」

「棺桶に入っている!」

「何故そんなことをする必要がある?」

「気分だ!」

「馬鹿なのか?」

 

 情緒というものが一切ない言葉に、ワイズルーは一瞬鼻白んだ。

 

「おまえぇ……!そんなだから、皆に嫌われるんだ!」

「何故好感度を気にする必要がある?」

「だぁからその何故返しをヤメロォ!頭がヤンヤンするぅ!!」

 

 「もういい寝る!」とやけくそ気味に叫ぶと、ワイズルーは再び棺桶に横たわってしまった。ギギギと音をたて扉が閉まっていく。

 それを見届けるでもなく、ガチレウスは待機状態に戻った。王国を攻略し、いずれは世界をも支配する──彼の頭の中にあるのは、ただそれだけだった。

 

 

 *

 

 

 

 いったいなんだってこんなことになっているのだろう。

 百五十余年生きてきて一、ニを争うほど居心地の良い椅子に座りながら、エイジロウたちはそんなことを考えていた。

 

「フユミから聞きました。先ほどは不愉快な思いをさせてしまったそうで……ごめんなさいね」

「イ、イエ……ゼンゼン、ダイジョウブデス」

「お詫びと言ってはなんだけど、腕によりをかけて作ったから!みんな、好きなだけ食べていってね!」

 

 母以上に朗らかな笑顔を浮かべつつ、手ずから料理の数々をテーブルに並べていく第一王女・フユミ。肩書には不似合いすぎる生活感あふれる姿であるが、それとなく訊いたところによると専属の料理人などはいないらしい。

 

「それにしてもショート、遅いわね……。まだモサレックスのところにいるのかしら?」

「!、あ、そういやショート……でんか?も、リュウソウジャーだったんスね!リュウソウジャーは五人しかいないと思ってたんで、ビックリしたっス!」

 

 緊張を和らげる目的もあって、エイジロウはそう声をあげた。実際、六人目のリュウソウジャーの存在は寝耳に水だったのだ。エイジロウたちだけではない、イズクとカツキにとっても──

 

「ショートは海に生きる騎士竜、モサレックスに選ばれた騎士なの。私たち海のリュウソウ族が彼とともに海で暮らすようになったのは、以前の戦いのあとだから……」

 

 その言葉が正しいなら、もう6,500万年近くも昔の話になる。エイジロウたち陸のリュウソウ族にとって、忘れ去られたものとなっていても無理はないだろう。

 

「騎士竜といえば!私たちの騎士竜は……今、どこに?」

 

 恐る恐る訊くオチャコ。それに対して、

 

「宮殿の裏の厩舎で休んでもらってるわ。みんなおとなしくしてくれているそうよ」

 

「もう、ここにいるの、あきたティラ〜」

「暫しの辛抱だ。我々が暴れたりしたら、エイジロウたちが困るのだぞ」

「わかってる、ティラ〜……」

 

 それほど大きいとはいえない厩舎に、みちみちと詰め込まれた騎士竜たち。あまり良い扱いとはいえないが、他に長く置いておける場所もないのだ──

 

 閑話休題。

 

「ショートが貴方がたを疎むのも、モサレックスの助言ゆえなのです。どうか、ご容赦を」

「それは……仕方ないことですけど……」

 

 ティラミーゴなどの振る舞いを見ているとつい忘れがちだが、彼らはその"前の戦い"の頃から──封印されていた期間もあるとはいえ──生きている。こちらにいるディメボルケーノのように、しっかりとした言葉が話せるのなら、その言葉の重みというのは間違いなく生まれるだろう。

 

「陸と海のリュウソウ族……それだけの歴史があると、ショート殿下は仰っていましたね。その歴史というのは、具体的にどんなものなのですか?」

 

 知らないことには、納得などできようはずもない。陸であろうと海であろうと、それは変わらない。女王は頷き、口を開いた。

 

「6,500万年の昔、私たちは皆一丸となってドルイドンと戦いました。そうして多くの犠牲を出しながら、彼らを宇宙へと追いやることができた」

 

 それはエイジロウたちも習う、リュウソウ族の黎明史である。ただドルイドンがこの星の征服をあきらめたのは、隕石の落下と氷河期の到来という要因もあってのことなのだけれど。

 そしてその環境の変化は、勝ち残った者たちの間に争いをもたらした。

 

「かつてのリュウソウ族は、あまりに長い間、争いに身を置きすぎていたのです。だから何かにつけ、争うことをやめられなかった。ドルイドンがいなくなれば、次に目障りになるのは……違う世界でしか生きられない者たち」

「だから……我々の祖先は争ったと?」

「ええ。結局、その決着がつくことはありませんでしたが」

 

 環境の変化ゆえ互いの生き残りをかけて始まった争いは、それが極まったことにより終わりを迎えた。リュウソウ族は互いにその人口を減らし、戦争など続けていられる状況ではなくなったのだ。

 

「私たちにとって、それは遥か彼方の歴史でしかない。しかし、モサレックスにとっては自ら見聞きした記憶なのです。だから貴方がたを受け入れられないのでしょう」

 

 そしてショートは、その影響を強く受けている──

 

「おふたりは……違うんですか?」

 

 女王が微笑とともに頷く。何故、とまでは流石に訊きがたかったけれど、この母娘は少年たちの心を理解っていた。

 

「ええ。だって、私たちの父は──」

 

「──あいつの話はするな」

 

 場の気温を何度も押し下げるような声だった。

 ぎょっとしたエイジロウたちが振り返ると、そこにはまさしく今名の挙がった少年の姿があった。整った顔立ちの中で……醜く爛れた火傷痕の中心にある翠眼が、鋭い光を放っている。

 

「ショート……帰ったの」

「お父さんにあいつなんて言い方、許しません」

 

 毅然とした女王たる母の言葉に、ショートは押し黙った。しかしその視線は、エイジロウたちを強く睨めつけている。

 

「……何故そいつらを晩餐の席に招いているんです、陛下。早々に引き取らせるよう注進申し上げたはずですが」

「……ショート。陸と海の対立、いつまでも引きずるのは良くないわ。おまえの兄さんたちが陸へあがっているように、既に私たちは交わりはじめているの」

「またモサレックスの意志に逆らうつもりですか?彼の協力が得られなくなったら、この国は……──ッ、」

 

 陸のリュウソウ族らに弱みを見せることを嫌ってか、ショートは口を噤んだ。そうして、そのまま踵を返す。

 

「ショート!?ごはんは──」

「あとで食べる。食器は自分で片付けるから」

 

 すげなく言って、早足で立ち去る。その背中を、母と姉は悲しげに見つめていて。

 

「なんか……言うこと庶民的やなぁ」

「こらっ、オチャコくん!」

「………」

 

 不意に、コタロウが席を立った。

 

「コタロウ……?」

「……僕、彼と話をしてみたい。良いですか?」

 

 その言葉に、女王と王女は思わず顔を見合わせた。"リュウソウジャーの五人"には含まれない、不思議な同行者の少年。控えめに振る舞っていることから従者の類いかと思っていたけれど、独自の意思表示をすることに躊躇いはないようだった。

 

「やめとけや。ブッ飛ばされても知らねえぞ」

 

 吐き捨てるようにそう言ったのは……もはや言うまでもあるまい。

 

「かっちゃん!!」

「ごごごごめんなさいこういうコト誰彼構わず言っちゃう人なんです!……それはそれとして、大丈夫なんですか?」

「オチャコくん!?」

 

 狼狽を連鎖させていく少年たちを前に、女王はくすりと笑った。

 

「大丈夫よ。本当は優しい子なの、自分より小さな子に乱暴したりしないわ」

「そうっスよね!よっしゃ、行ってこいコタロウ!」

「はい!」

 

 折り目正しく女王陛下に一礼すると、コタロウは颯爽と退室したのだった。

 



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15.沈む王国 2/3

 

「……はぁ、」

 

 回廊をとぼとぼと歩きながら、ショートは小さなため息をこぼしていた。今この場には他に誰もいない。だからこそそういう形で、本音の一端が洩れてしまったのだ。

 

 モサレックスは陸のリュウソウ族を受け入れるなと言う。母と姉はその考えを否定している。ショート自身は……迷っていた。モサレックスにも打ち明けた通り、エイジロウたちが悪意ある存在にはどうしても思えなかったのだ。

 しかしモサレックスの意志とは別に、ショートの心には禍根があった。──先ほどフユミが口にしかけた、父親のこと。左半身に残された面影が日に日に大きくなっていく。奇妙な感覚だった。

 

「ショート殿下!」

「!」

 

 聞き慣れない高い声。高いと言っても女性のそれではなく、二次性徴前後の少年のものだ。この宮殿内でそんな声の持ち主に心当たりはなかったのだけれど、振り返ったところで良くも悪くも合点がいった。

 

「……おまえ、陸の」

「コタロウといいます。陸の、といってもリュウソウ族ではないので」

 

 いちおう礼儀作法を弁えてはいるが、切れ長の瞳が強い意志を主張してくる。ショートは反射的に「悪ィ」と返してしまった。

 

「リュウソウ族じゃねえってことは、人間か。……それがわざわざ追いかけてきてまで、俺になんの用だ?」

「質問があります。お許しいただけますか?」

「……回りくどい言い方されるのは好きじゃねえ。単刀直入に話せ」

 

 王族として生まれながらに敬意を払われる存在であるショートだが、格式ばった対応をされるのは好きでなかった。まして、この少年のように恐縮しているわけでもない相手には。

 

「エイジロウさんたちを遠ざけようとするのは、どうしてですか?」

「……言ったはずだが。それが騎士竜モサレックスの意志だからと」

「そのモサレックスは、過去の争いのために陸のリュウソウ族を嫌っていると聞きました。……何千万年も前と、今のリュウソウ族がまったく変わらないと、あなたは本気でそう思っているんですか?」

「……思ってると、言ったらどうする?」

 

 相手が思った以上に生意気……もとい確たる意志をもつ子供であったので、ショートは意地悪な答えを返した。しょせん子供だ、それで言葉に詰まるだろう、そう思って。

 しかし目をさらに鋭くしたコタロウは直後、意外な行動に出た。

 

「なら、これを読んでください」

「……?」

 

 そう言って差し出されたのは、一冊の手帳。複数枚の紙の連なりであるそれは、海の王国ではあまり見ないものだったが。

 ともあれ彼の言に従い、開いてみる。そこに記されていたのは、

 

「……日記?」

「まぁ、そうとも言います」

 

 まず日付があって、その日何をしただとか、そんなことが書かれている。他になんと称すれば良いのか。

 訝しんだショートだったが、存外素直な性質の彼は請われるままに読み進めていった。

 

 

『○月✕日

 

 今日は一日じゅう森の中を歩き通しだった。僕は同年代の中では体力があるほうだと思うけど、リュウソウジャーの皆にはとてもかなわない。意地でがんばろうとしたのだけど、案の定エイジロウさんにばれて、無理やりおんぶされてしまった。勇猛の騎士である彼は男らしくて豪快なんだけど、いちばん気遣いをしてくれて、たまにお節介になりすぎるときもある。なんだかお母さんみたいだなんて思ってしまうのはここだけの話だ』

 

『○月△日

 

 今日は朝から凄い雨が降っていたので、洞窟にこもっているしかなかった。寝たりおしゃべりをしたり、みんな好きなことをして過ごしていたけど、テンヤさんはなんとロウソクに火をつけて勉強していた。彼は叡智の騎士というだけあって、すごく真面目で勉強熱心なのだ。真面目すぎて融通がきかないときもあるけど、僕も見習わなくっちゃなあと思う』

 

『□月○日

 

 エイジロウさんがどうしても干し肉じゃない肉を食べたいと言うので、みんなでイノシシ狩りをすることになった。僕は罠の設置を手伝ったのだけど、驚くべきはオチャコさんだ。なんとイノシシの首を小脇にかかえて、シメてしまったのだ。流石は剛健の騎士!この人なんで魔法使いやってるんだろうと思うけど、気にしているらしいので胸にしまっておく』

 

『□月△日

 

 今日は不注意でケガをしてしまった。幸い大したことはなかったのだけど、イズクさんがすぐに飛んできて治療してくれた。薬草に詳しかったりだとか、彼はとても物知りで優しい人だ。見た目や態度とか、頼りなくもみえるけど、剣を握ると人が変わったように……なんていうか、鋭くなる。あと、たまに自己犠牲が過ぎるときがあって……そういうところ、お母さんを思い出して、正直苦手だ』

 

『✕月□日

 

 今日は特段何もない一日だった。変わったことといえば、カツキさんとふたりきりになる機会があったことだ。カツキさんはふだん乱暴者で声も大きいけど、ひとりきりになると嘘みたいに静かで、遠くを見て何か考えごとをしてることが多い。勇気を出して声をかけてみたら睨まれたけど、僕なんかのことも邪険にしたりはしない。エイジロウさんたちに対してもやっぱりそうだ。遠ざけようとするならもっと徹底的にやれば良いのにと思うけど、僕はカツキさんとの距離感が心地良いと思うから、彼がそうしないでくれて嬉しい』

 

 

「……これは、」

 

 困惑するショートに対し、「他人に見せるのはあなたが初めてです」とコタロウは告げた。

 

「こんなもの……俺に見せて、どうしようってんだ」

「それでわかりませんか、彼らがどういう人間……もとい、リュウソウ族なのか」

 

 端的に伝えるという意味では、コタロウの日記は確かにわかりやすい。しかし、それで納得してしまうわけにはいかなかった。

 

「……これが事実であるという証拠は?」

「僕がでたらめを書いていると?」

「そうじゃないとは言い切れないだろ」

 

 もはやそれは意地のようなものだった。そんなことに手間をかける意味を、ショート自身見出してはいない。

 しかし予想に反し、コタロウはうすく笑みを浮かべて言った──「そうですね」と。

 

「じゃあ……僕が書いたことが嘘かどうかは、ご自分で確かめるしかないんじゃないですか?」

「……!」

 

 

 *

 

 

 

「う〜ん、おいひぃ!」

 

 新鮮で豊富な魚介の数々に、オチャコはじめリュウソウジャーの面々は舌鼓を打っていた。

 

「ふふ、お口に合って良かったわ。質素な食事になってしまって申し訳ないけど」

「えっ……これが質素?」

 

 これほどとりどりの料理を一度に食べることなど早々ない。せいぜいミネタ男爵に招待されたときくらいなものだった。

 一方で、フユミ王女の言いたいこともわからないではなかった。まさしくその男爵家の食事と比較すると質素というか、材料さえあれば誰にでも作れそうな簡単な品目ばかりなのだ。無論それが悪いということではないが。

 

「今、この国は本当に人手不足で……。できることは自分たちでやるようにしているの」

「人手不足……。確かに、街に些か人が少なかったような」

 

「率直に言って、私たち海のリュウソウ族は絶滅の危機に瀕しているのです」

 

 女王の落ち着いた語り口で紡がれた言葉は、残酷ともいえる現実に他ならなかった。

 

「海底という閉ざされた世界の中では、繁殖にも限界がある……。それに血縁の近い海のリュウソウ族同士では、交配も難しくなっていく一方なのです」

 

 それはリュウソウ族の村にも起きうる問題だった。しかしエイジロウたちの住む村以外にも幾つか集落はあって、それぞれが嫁あるいは婿取りをすることで異なる血を入れている。西方の村出身の祖先をもつオチャコなどは、まさしくその象徴で。

 そして彼女たち海のリュウソウ族も、同じ手法を取り入れていた。

 

「私たち王族、そして民の中で希望する者は、貴方たちくらいの年齢になると一度陸に上がるの。配偶の相手を探すために」

「!、じゃあ、ショート殿下のお兄さんたちが陸に上がっているっていうのも……」

 

 そのためか。女王とフユミは揃って複雑な表情を浮かべたが、それに気づく者はなかった。

 

「私の夫……つまりフユミとショートの父も、陸の人間だったの」

 

 

 *

 

 

 

「お父上が……ですか?」

 

 同じ頃、コタロウもまたショートから同じ告白を受けていた。

 

「ああ。あの男は……父は、"火の部族"と呼ばれる、陸のリュウソウ族の血を引く人間の一族の戦士だった──母からそう聞いている」

「女王陛下から?」

 

 言外のコタロウの疑問を察して、ショートは皮肉げに片頬をゆがめた。同時に左手が、顔の火傷痕を独りでに撫ぜる。

 

「父は俺が生まれて間もなく、この海の王国を去った」

「!」

 

 

「夫は出逢ってから二百年以上、女王である私を支えてくれた。でも……ある頃から、故郷のことが気がかりになっていったようなの」

 

 故郷に残した両親のこと、友人のこと──望郷の念を抑えられなくなった彼は、ついに海の王国を出ることになった。妻より贈られた、ひとつの宝物とともに。

 

「それから、一度も帰ってきてないんですか……?」

「………」

 

「……この海の王国を訪れたまれびとにはふたつ、守っていただかねばならない掟があるのです」

 

 

「──ひとつ、俺たちの存在を口外しない。ふたつ……この国を去るとき贈られた宝箱を、決して開けてはならない」

「……贈っておいて、開けては駄目なんですか?」

 

 身も蓋もない──裏を返せば当然の──問いに、ショートは失笑した。確かに不合理極まりない掟かもしれない。しかしそれは、どうしても必要なことなのだ。

 

「"宝箱を開ければ、二度とこの地には戻ってこられない"──そう言い伝えられている。だから、ヤツが戻ってこないのは自分の意思か宝箱を開けちまったか、ふたつにひとつなんだ」

「……それは、」

 

 だから俺は、あの男を赦さない──火傷痕に覆われたショートの左目に、憎悪の焔が揺らめくのをコタロウは見た。そしてその瞳が、母とも姉とも異なるいろでできているのも。

 

「──わかります、その気持ち」

「何?」

 

 ショートの表情がよりきつくなる。確かに言葉だけなら、安易に同情しているとしか思われないだろう。

 

「僕も、母に捨てられましたから」

「!」

「母は勇者(ヒーロー)でした。世界の平和を取り戻すために、僕を置いて戦いに出、死んでいった。僕より勇者であることを優先したんです」

 

 そんな母が、赦せなかった。いや今でも赦してはいない。

 

「なら、どうして似たような連中と一緒に旅をしてるんだ?」

 

 私より世界を優先して、戦いに身を置いている者たち──陸のリュウソウ族が悪でないというなら、尚更コタロウにとっては受け入れがたい者たちではないのか。

 

「最初は成り行きでしたけど……でも、色々あって、ちゃんと見なきゃいけないと思うようになったんです。勇者ってなんなのか、彼らがなぜそうまで他人のために戦えるのか」

「………」

「でも……つまるところ、僕はあの人たちが嫌いじゃないから一緒にいるんだと思います」

「そう、か」

「ええ」

 

 ショートの双眸から、ふっと力が抜けた。先ほどまでとは打って変わって、穏やかな表情が浮かぶ。そうしていると同性なのに思わず見惚れてしまうほど美形で……だからこそ、火傷の痕が際立つ。

 

「あの……失礼なこと、訊いても良いですか?」

「……内容によるが。なんだ?」

「その火傷……お父上と、何か関係があるんですか?」

 

 "火の部族"の出身であるというショートの父。その名と火傷とが紐付くのは、無理もなかったけれど。

 

「ああ、これは──」

 

 障りなく明かされた事実に、コタロウは思わず言葉を失うことになる。

 

 

 *

 

 

 

「ふぃ〜、満腹やぁ……幸せ」

 

 ふにゃふにゃとベッドに溶けるオチャコを見て、エイジロウとテンヤは顔を見合わせて苦笑した。

 有意義なものとなった晩餐が終わり、エイジロウたちは当初目覚めた部屋に戻ってきた。ひとまずはここを居室として使わせてもらえるようだ。ショートには拒絶されるかもしれないが、やはりガチレウスとの戦いには自分たちも加わりたい──その思いを女王は受け入れてくれた。リュウソウケンとチェンジャーを返還してくれたことが、何より信頼の証だった。

 

「いっときはどうなることかと思ったが……あとは皆でガチレウスを倒すだけだ。がんばろう!」

「おうよ!」

 

 笑顔で頷くエイジロウだったが──ふと、何か考え込んでいる様子のイズクが気にかかった。

 

「どうかしたのか、イズク?」

「!、あぁ……うん。さっきの女王陛下のお話なんだけど、ひとつ引っかかることがあって」

 

「陛下の旦那さん……王配殿下は、リュウソウ族の血をひく"火の部族"出身だそうだよね。それが本当なら、妙なんだ」

「妙って……何がだよ?」

「陛下が仰ってたじゃないか。二百年、自分を支えてくれたって。──王配殿下は、人間だよ?」

「それは……リュウソウ族の血をひいているのだから、寿命も長いのではないか?」

 

「……血ィひいてるっつっても、何十世代も前に混血したってだけのハナシだ」カツキが独りごちるように言う。「寿命も何も、フツーの人間と変わりゃしねえよ」

「!、でも現に、生きてたんでしょ……?」

「そう……だから解せないんだ」

 

 この海の王国……あるいは海のリュウソウ族たちに、からくりがあるのではないか。考えたところで、その答が見いだせるはずもなかった。

 

 

 *

 

 

 

 既にもう眠る態勢に入りつつある客人たちに対し、女王の執務は続いていた。厳戒態勢が続いていて、ましてつい先ほど実際に襲撃があったばかりなのだ。被害状況の把握、今後の防衛体制の構築、国民の慰撫──ざっと数えても、これだけの職務を迅速にこなさねばならない。

 

 王女と第三王子の支えがあるとはいえ、女王の華奢な双肩にのしかかるにはあまりの重圧。──こんなとき彼がいてくれたらと、どうしても思ってしまう。

 

──レイ、

 

(……エンジさん)

 

 夫の呼び声を思い起こし、女王は静かに目を閉じた。

 

 

 エンジとの出逢いは、今から250年以上も前に遡る。重傷を負った状態で浜に流れ着いた彼を、ちょうどパートナー探しのために陸へ上がっていたレイが発見したのだ。

 レイは甲斐甲斐しくエンジの看病をし、三日三晩傍に寄り添った。美しい女性と、屈強な男。ふたりの若者が恋に落ちるのに、それだけの日数があれば十分で。

 

 果たしてレイは自らが海のリュウソウ族の王女であることを打ち明け、エンジはそれを受け入れた。昏い海の底で、四人の子宝に恵まれた。──幸せ、だった。それはエンジも同じだったと思うのだけれど、彼には未練があった。

 

──故郷へ一度戻りたい。独り残してきた母が、心配なんだ。

 

 そう打ち明けられて、レイは惑った。とある理由から、絶対に戻らないほうが良い。そう説得したのだけれど、その理由を言わない以上翻意させられるわけもなかった。

 結局、ふたつの掟のことを伝え……宝箱を持たせて、彼を送り出した。それが永遠の別れになるかもしれないと思いながら。

 

 それから百年以上が経つ。やはり、エンジは戻らない。摂理のうえで、それは当然のことなのだ。だって、エンジはもう──

 

「──!」

 

 不意にただならぬ気配を感じて、レイは俊敏に振り返った。しかし、そこには何もない。

 

「……はぁ」

 

 疲れているのだろうか……いや疲れているに決まっているのだが、ここで気を抜くわけにはいかない。最後の最後まで守護される女王という存在は、ゆえにこそ無血の戦場で血肉を費やさねばならないのだ。

 再び書類に目を落として……奇妙な影が、映し出されていることに気がついた。

 

「お疲れっすねぇ、女王サマ?」

「!?」

 

 声は頭上から響いた。ぎょっと顔を上げれば、天井でスライムのような粘液の塊が蠢いている。その一部がにゅっと飛び出し、キノコのような頭部を形作った。

 

「どうもォ、クレオンちゃんでっす!」

「ッ、ドルイドン……!」

 

 女王とて無力ではない。習得している魔法でもって己の身を守ろうと試みたが、やはり彼女は戦士ではなかった。

 

「──うぅっ!?」

 

 クレオンの身体から分泌された液体を浴びせかけられ、その一部を取り込んでしまう。それこそが、敵の狙いだったのだ。

 

「ハッピーバースデイ、マイナソー!!」

 

 ばさあ、と翼が広がる。飛び散り舞う純白の羽根を綺麗だと思うほどの審美眼は、クレオンにもあった。

 

 



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15.沈む王国 3/3

 

 美しい歌声が、宮殿じゅうに響いている。

 望んで聴けば惚れ惚れするような声は、しかし時機ゆえ毒でしかなかった。少なくとも、彼には。

 

「ッッるっっせぇな!!誰だこんな夜中に歌ってやがんのは!?」

 

 「眠れねえだろうが!!」と怒鳴り散らしながら、部屋を飛び出していこうとするカツキ。仲間たちは慌ててそのあとを追ったが、次の瞬間、彼らが目の当たりにしたのは予想だにしない光景だった。

 

「……どこだ、ここ……?」

 

 部屋の外には長い長い回廊が続いているはずだった。にもかかわらず、目の前に広がるのは抜けるような青空の下の花畑。当然、魚など泳いでおらず、小鳥がそこかしこで囀っているではないか。

 

「ど、どうなってんだ……?」

「……私たち、夢見てるん?」

「いや、これは──」

 

 花畑の中へ一歩を踏み出そうとしたときだった。突然視界がぐにゃりと歪み、脚からがくんと力が抜けたのは。

 

「ッ!?」

「イズクくん!?大丈、ぶ……うっ」

 

 その現象は、あっという間に全員に伝播していく。彼ら皆、堪らずその場に蹲った。

 

「なんだ、これ……?」

「頭、ぐらぐらする……っ」

 

 とはいえ以前のケルベロスマイナソーのときのような、毒に蝕まれている苦しさはない。五感を支配され、内側から揺さぶられている──そんな感覚だった。

 そうしている間にも、歌は絶えず響き続けている。

 

「ッ、このクソ歌の、せいか……!」

「なんとか、しねえと……──そうだ!」

 

 何かを思いついた様子のエイジロウは、不意にリュウソウルを取り出した。

 

「クサソウル!」

「クサソウル!?何をするつもりだエイジロウくん!?」

「モノは試しだ!」

 

 止めるべきか否か──仲間たちが逡巡しているうちに、エイジロウはリュウソウケンにクサソウルを装填していた。

 

『クサソウル!モワッモワ!!』

 

──そして、強烈な臭気ガスが広がった。

 

「う」

 

「うぉおぇぇぇぇぇ──ッ!!?」

 

 花畑がたちまち、誰彼構わず嘔吐(えず)く地獄絵図へと様変わりした。

 どう見ても自爆としかいえない姿……しかし、確かに意味はあった。歌など比較にならない刺激を嗅覚に受けたことによって、彼らの五感は支配から脱したのだ。

 

「っし……うまく、いったぜ……──ぐぶっ」

「よ、よくもまあこんな……」

「それはともかく、この歌はまさか……」

「まさかじゃねえわ、行くぞ」

 

 早くも立ち直ったカツキが颯爽と走り出す。皆、当然それに続こうとするのだが、吐き気を堪えるのと同時進行では全力でというわけにもいかない。

 それでもどうにか声の方向へ回廊を進んでいたらば、見覚えのある影がふたつ、蹲っているのが見えた。

 

「あ……コタロウ!ショート殿下!」

「………」

 

 ふたりから返事はなく、それぞれの両目はどろどろに濁っている。おそらくエイジロウたちと同じ、歌によって幻を見せられているのだろう。

 

「クソ髪、やれや」

「お、おう。……ってか、おめェら距離とりすぎじゃねーか?」

 

 テンヤたちはおろか、先行していたはずのカツキまでもが遥か後方に退いている。相当に釈然としないものを感じるエイジロウだったが、気を取り直して再びクサソウルを発動した。

 

「ッッッ!!」

 

 途端、茫洋としていたショートの表情が歪み、目に光が戻ってくる。彼はエイジロウと同じく、咄嗟に鼻をつまんだ。

 

「臭ぇ……──!これ、おまえの仕業か?」

「仕業て……まぁ、気付け薬みたいなもんス」

「そうか。コタロウは、気絶しちまってるけどな」

「!」

 

 しまった、忘れていた。常人、それも子供にはキャパオーバーの悪臭だったのだ。

 

「わ、悪ィ!大丈夫かコタロウ!?」

「う、うぅ……」

 

 幸い、息はあるようだ。

 コタロウをおぶりつつ、ショートにも手を差し伸べる……が、それをとることなく、彼は何事もなかったかのように立ち上がってみせた。

 

「……助かった。一応、礼を言う」

「!、え……う、ウス」

 

 謝辞が飛んでくるとは思わなかったエイジロウは面食らった──後方でカツキとイズクが「一応じゃねえ、全面的に感謝しろやぁ……!」「かっちゃん何もしてないんだから黙ってて……!」とやり合っているが──。とはいえ次の瞬間には、そのオッドアイが背けられた。

 

「この歌声……お母さんの部屋のほうからだ」

 

 つぶやくと同時に、走り出そうとする。しかしエイジロウたちが慌ててあとを追おうとするや、その足が止まった。

 

「……殿下?」

「……おまえたちは、何故そうまでして戦おうとする?」

 

 ガチレウスを倒す。そう約束したと、エイジロウは言った。だとしても、この国を守る理由にはならないではないか。──あるいは理由など建前にすぎなくて、戦いたいだけか。かつてのリュウソウ族と、同じように。

 

「そりゃ、使命だから……じゃ、カッコつかねえっスよね」

「………」

「やっぱ、誰かが傷つく姿は見たくねえんスよ。そんで、できることならみんなに笑顔でいてほしい。──そのために、戦ってるつもりです」

「けっ……俺ぁドルイドンが気に食わねーってだけだわ」

 

 カツキはそう述べたが、ショートの心にはコタロウの日記が甦った。彼らの個性はばらばらで、戦いに臨む姿勢も様々で……それでも、凍てついたコタロウの心を解きほぐすだけのものを持っている。

 

「そうか、よくわかった」

 

 そう告げて、踵を返す。背を向けるのではなくて。

 

「余所者の手ぇ借りるつもりはないと言ったのは、撤回する。……悪かった」

「!」

 

 彼らになら、背中を預けてみても良い──確かに、そう思ったのだ。

 

 

 *

 

 

 

「♪〜」

 

 女王の居室を乗っ取り、我が物顔で歌い続ける女の姿があった。顔かたちは女王本人と瓜二つ……しかしながらその背からは一対の翼が生え、下半身は鳥とも魚ともつかぬ不気味な様相を呈している。彼女が人間でもリュウソウ族でもないことは、その姿から明らかだった。

 

「いいぞぉ、歌えぇいセイレーンマイナソー!」

 

 横から囃し立てるクレオン。その傍らには、本来の部屋の主が虫の息ともいえる状態で転がっていた。

 

「へへへっ、どうっすか女王サマ?あんたの分身、なかなか良い声で歌うでしょぉ」

「ッ、うぅ……」

 

 女王もリュウソウ族なだけあって、エネルギーを吸われ続けながらもかろうじて意識を保っていた。自分とよく似た顔かたちの怪物。それが未練ともいうべき激しい感情によって生み出されたものであることを、彼女は知っている。

 

「こいつの歌でみんなバタンキュー……ぐへへ、今のうちに育ちまくっちまえ、マイナソー!!」

 

 しかし、そうクレオンの目論見通りにはいかないわけで。

 

『マブシソウル!ピッカリーン!!』

「!?」

 

 クレオンにとっては忌々しい声が響くと同時に、辺り一面が閃光に覆われた。なんだなんだと右往左往しているうちに、傍らを疾風が駆け抜けていく。

 

「こ、これはデジャブ!?」

「デジャブじゃない、現実だ!!」

 

 光が収まり、視界が戻ってくる──果たして、傍らに横たわっていた女王の姿がない。

 

「陛下は返してもらった、クレオン!」

「げぇッ、リュウソウジャー!?」

 

 立ちはだかるリュウソウジャー五人──そして、ショート王子。その腕の中に、女王は抱えられていた。

 

「お母さん、お母さん!」

「……ショート……」

 

 薄く目を開ける女王──レイ。その手が、ショートの頬に触れる。

 

「ごめん、なさ……あの、マイナソー……私が……」

「大丈夫だ、なんとかする。──みんな」エイジロウたちに呼びかけ、「少し、任せて良いか?お母さんとコタロウを、姉さんに預けてくる」

「!、もちろんス!」

「はっ、全面的に任せろや王子サマぁ!」

 

 「そういうわけにはいかねえ」と大真面目に返し、ショートはふたりを抱えて立ち上がった。細身に見えて、彼も騎士として鍛えあげられた肉体の持ち主であることがわかる。

 

「すまねえ、頼む」

 

 念を押すようにそう言って、颯爽と去るショート。その背中を横目で見送りつつ、五人は改めて面前の宿敵たちと対峙した。

 

「あっ、ゴールド行っちゃった……。結局この構図かよ!?」

「安心しろや、今日で最後にしてやっからよォ」

「これ以上、誰も傷つけさせねえ……!──皆、チェンジだ!!」

「「「おう!!」」」

 

 

「「「「「──リュウソウチェンジ!!」」」」」

『ケ・ボーン!!』

 

『ワッセイワッセイ!そう!そう!そう!ワッセイワッセイ!ソレソレソレソレ!!──リュウ SO COOL!!』

 

 踊る小さな騎士たちが、リュウソウメイルへと変わる。リュウソウ族の少年騎士たちが、正真正銘の英雄へと変身を遂げたのだ。

 

「勇猛の騎士!リュウソウレッド!!」

「叡智の騎士ッ、リュウソウブルー!!」

「剛健の騎士!リュウソウピンク!」

「疾風の騎士!リュウソウグリーン!!」

「威風の騎士……!リュウソウブラックゥ!!」

 

──正義に仕える、五本の剣。

 

「「「「「騎士竜戦隊、リュウソウジャー!!」」」」」

 

「俺たちの騎士道……見せてやる!!」

「もう見飽きたっつーの!オラ来いや、相手してやるよぉ!!」

 

 歌い続けるセイレーンマイナソーを庇うように、クレオンが前に出る。粘体化を利用して侵入したから、いつものように手駒となるドルン兵を引き連れてはいないのだ。

 ならば尚更、このマイナソー発生の元凶を叩き潰す千載一遇のチャンス。鬨の声をあげ、五人は吶喊した。

 

 

 *

 

 

 

「姉さん!」

 

 ちょうどその頃、ショートは姉であるフユミと合流するところだった。時折耳を押さえるようにしながらも、彼女はまっすぐ駆け寄ってくる。

 

「大丈夫か?」

「私はね、なんとか……咄嗟に耐性魔法をかけたから。お母さんとその子は──」

「……お母さんから、マイナソーが生まれた」

「えっ……」

「侵入してきたドルイドンの仕業だ。……大丈夫、すぐに倒してくる。それまでふたりを頼む」

 

 言うが早いか、立ち上がるショート。その背に、フユミが上ずった声をあげる。

 

「ショート!……マイナソーだけじゃなくて、ドルイドンもいるんでしょう?あなたこそ、独りで大丈夫なの?」

「………」

 

「独りじゃねえよ。あいつらも、戦ってる」

「!」

 

 それは母や姉にとって、朗報にほかならないだろう。モサレックスにとってはその逆か。──ならば、自分にとっては。

 

「……リュウソウチェンジ!」

『ケ・ボーン!──リュウ SO COOL!!』

 

 それだけは、ともに戦ってみなければわからない。黄金の鎧を纏い、第三王子は戦場に向かって走り出した。

 

 

 *

 

 

 

 リュウソウジャーとクレオンの激闘は、意外にも後者の健闘という形で停滞が続いていた。理由は単純である。

 

「とぉりゃあッ!!」

 

 斬りかかるリュウソウピンク。その刃を慌ててかわす……と見せかけ、クレオンは自らの身体をぐにゃりと歪ませた。

 

「ッ!」

 

 ずぶりと刃が吸い込まれるが、手応えはない。それもそのはず、クレオンは斬撃の瞬間に身体を粘液に変え、ダメージを殺しているのだ。それは誰がどのように攻めても変わらない現実だった。

 

「ッ、やはり駄目か……!」

「あ〜もうっ、腹立つ!」

 

 一斉に斬りかかったり、逆に時間差をつけて攻撃してみたり──色々と試したが、クレオンは危機回避能力においてだけは突出しているようだった。あとはマイナソーを守るくらいで、ほとんど自分からは仕掛けてもこない。

 

「や〜いや〜い!オレに傷ひとつつけらんないなんて、タンクジョウさまが草葉の陰でキレてんぞぉ〜!」

「クソが、舐めやがって……!」

 

 あえて言うなら、打開策はあった──ここが海の中でなければ。

 

「くそっ、メラメラソウルなら通用するかも知んねぇのに……!」

 

 エイジロウがディメボルケーノから与えられたメラメラソウルと、カツキが愛用するブットバソウル。火属性を司るそれらなら、液体化したクレオンにも通用するはずだった。しかし魔法で肉体に対する海水の影響が極限まで軽減されていると言っても、フィールドとエレメントの相性までは御しきれない。炎の力は、この戦場においては無に等しいものなのだ。

 

「それにしても……あいつ、妙だ。時間稼ぎしているような気がする……!」

「時間稼ぎ……だと?何故?」

「わからない……だけど、とにかく一刻も早くマイナソーを倒さないと!」

 

 構えるリュウソウグリーンをせせら笑うように、クレオンは大口を開けた。

 

「ひゃはははっ!そうはイカがぁ!イカが足に絡みついてくるよぉ!?……だよ!──セイレーンマイナソー、もぉっと腰入れて歌ぇえ!!」

 

 クレオンの熱いシャウトに応え、女王に瓜二つのマイナソーはますますボルテージを上げていく。甲高い声があぶくを生み出し、水を震わせる。

 

「ッ、ぐ……!?」

 

 それを間近で聴かざるをえない五人は、たちまち身体から力が抜ける感覚に苛まれた。クサソウルの効果を上回るほどのインパクト。

 

「ぬうぅ……っ、エイジロウくん、もう一度……!」

「ッ、おうよ……!──クサソウル……!!」

『クサソウル!』

 

 再びもわもわと臭気ガスが広がっていく。鼻を喰い破られそうな強烈な刺激に、エイジロウはうめいた。また、彼も。

 

「うぎゃああああ、臭っせぇぇぇ!!?おまえナニ考えてんだッ、バカじゃねーーーの!?」

「ウオェェェッ」

 

 喚くクレオンに、歌うどころでなく嘔吐くセイレーンマイナソー。敵味方問わず、ダメージは甚大──意図せず自爆攻撃のようになってしまったのだった。

 

「だぁーもうっ、こうなったら力技だ!いくぞセイレーンマイナソー!!」

「オェ……エ、エンジ、サァン……!!」

 

 臭気の影響で動きの鈍った今がチャンスと、クレオンとマイナソーが向かってくる。歌は止めることができた。しかしその攻撃をやり過ごせなければ、あとがない──!

 

「死ねぇぇぇ、リュウソウジャー!!!」

「────」

 

『──強・竜・装!!』

 

 刹那……電光が、二体に襲いかかった。

 

「ぐへぁ!?」

「キャアァ!?」

 

 悲鳴をあげ、後方に吹き飛ばされる二体。その光景を目の当たりにしたリュウソウジャーの面々は、ほとんど反射的に振り返った。そこには、黄金の鎧を纏う騎士の姿があって。

 

「──黄昏の騎士、リュウソウゴールド」

 

 「待たせたな、皆」と続けられ、威風の騎士が爆発した。

 

「待っとらんわッ、半分野郎!!」

「かっちゃんんん……!お願いだからタメ口とそのあだ名はやめて……!」

 

 暴走する彼を抑えるのはいつも疾風の騎士の役目である。相手は衰退したとはいえ一国の王子なのだ、ミネタ男爵に対しては一応──本ッ当に一応ではあるが──弁えていたコーテシーが何故ここでは見せられないのか。相手が同じリュウソウジャーだからというのも、あるかもしれないが。

 それに対するショートの反応は、さっぱりしたものだった。

 

「……半分野郎はあれだが、タメ口は別に良い。あまり恭しくされるの、ほんとは好きじゃねえ」

「えっ、そうなん!?」

「な、なんというか……掴みどころがないな……」

 

 いかにも貴公子らしいのは外見だけか。しかしそのざっくばらんな態度がマイナスになっていないのだから、大したものだと思う。

 

「よっしゃ!──じゃあ殿下……じゃなくてショート!同時攻撃といこうぜ!」

「わかった」

 

 首肯を受け、カタソウルを竜装するレッド。メラメラソウルが威力を発揮しない以上、やはりこれだ。

 

「いくぜ……!』

『それ!それ!それ!それ!』

『来る!来る!来る!来る!』

 

『その調子ィ!!』

『どんと来る!!』

 

「アンブレイカブル──」

「モサブレード……!モサ──」

 

「「──ディーノ、スラッシュ!!」」

 

 ふたりの刃がひとつとなりて、獲物めがけて喰らいつく。慌てて飛び退くクレオンだが、セイレーンマイナソーはその動きが一寸遅れた。

 そして……斬撃を、その身体に受けたのだ。

 

「ギャアァァァッ、エンジサァァァァン!!?」

 

 断末魔の悲鳴とともに、マイナソーはあえなく爆散する。女王の姿を模していながら、あまりにあっけない最期。

 

「……お母さんの姿かたちで、親父の名を呼ぶんじゃねえ」

 

 その事実はむしろ、ショートの怒りを煽るだけなのだった。

 

「さぁて……あとはおめェだけだ、クレオン!!」

「次は俺らで殺んぞ、デェク!!」

「俺たちもいくぞ、オチャコくん!」

 

 次々と刃を向ける騎士たちに、文字通り孤軍となってしまったクレオンは慄いた。

 

「や、やべぇ……クレオンピ〜ンチ!」

 

(でも、そろそろ……)

 

 クレオンは何かを待っていた。──そしてその到来を知らせるように、刹那、宮殿が大きく揺れたのだ。

 

「ッ!」

「なっなんだ!?」

「キタァ!」

 

 喜ぶクレオン。まさかと思ったそのとき、

 

『──ショートっ、緊急事態だ!』

「!、モサレックス……!?」

 

 ショートの脳裏に響く、モサレックスの声。彼らは水を通し、互いの念を共有することができるのだ。

 

「どうした、何があった?」

『弩級マイナソーが攻めてきた……!おそらく、中にガチレウスがいる!!』

「──何!?」

 

 

「クレオンめ、仕事が遅い。侵攻計画に遅れが生じてしまったではないか」

 

 顎髭を擦りつつ、酷薄な声でつぶやくガチレウス。──彼が基地とするアスピドケロンマイナソーがいよいよ、海の王国に姿を現していた。

 

 

 つづく

 

 





「玉座は、俺が貰う」
「もう、おまえたちを守護する理由はなくなった」
「モサレックス……俺は、」

次回「深き絆」

「ともに行こう、キシリュウネプチューン!」


今日の敵‹ヴィラン›

セイレーンマイナソー

分類/フェアリー属セイレーン
身長/168cm
体重/87kg
経験値/283
シークレット/美しい歌声で船人を惑わし、喰い殺すと言われる海の魔物"セイレーン"の名をもつマイナソー。人間の上半身は宿主たる海の王国の女王・レイに瓜二つだが、背中から翼が生え、下半身は鳥とも魚類ともつかぬ不気味なかたちをしている。伝説よろしく歌で人々の五感を支配し、幻覚を見せるぞ!また鳴き声の「エンジサン」は、レイ女王の夫の名だとか……。
ひと言メモbyクレオン:女王から生まれたマイナソーのわりにあんま強くなかった!でも良いもんね、その隙にガチレウスさまが侵攻してくる計画だったのさ!!ざまぁーみろリュウソウジャー!!!



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16.深き絆 1/3

本誌がしんどすぎて…(褒め言葉)


 海の王国に、最大の危機が訪れていた。

 弩級と形容するほかない巨躯の魔獣──アスピドケロンマイナソー。その影が、街を呑み込もうとしている……。

 

「なんという大きさだ……!私とさえこれほどの差があるとは──」

 

 真っ先に駆けつけた騎士竜、モサレックス。巨大マイナソーとの交戦経験はもちろんあったけれど、そんな彼が鼻白むほどのアスピドケロンマイナソーは、ガチレウスにより操られていた。──かの赤い瞳が、冷酷に歪む。

 

「騎士竜モサレックスか。アスピドケロンマイナソーの前には、恐るるに足らず!」

 

「進軍せよ!」──号令を受け、アスピドケロンマイナソーはいよいよ王国領内に侵入した。

 

「くっ……!たとえ埋められぬ差があろうともッ、首を噛み切ってしまえば!」

 

 小さな島ひとつほどの甲羅から飛び出す頭部めがけ、モサレックスは意を決して突撃する。海中における彼のスピードは、他の追随を許さない。

 

「ウオォォォォッ!!」

 

 雄叫びをあげ、一挙に距離を詰めていく。肉薄まで、あと少し──!

 

「無駄なことを」

 

 冷たく言い放つガチレウス。刹那、アスピドケロンマイナソーがくわっと大口を開け──

 

 周囲の海水を蒸発させるほどの熱球を、連続して放った。

 

「何!?──ッ、」

 

 思わぬ攻撃に焦るモサレックスだが、身体を魚のようにくねらせることでかろうじて直撃を避けた。しかし水中にあってもかき消されぬほどの高温の熱球は海流にまで影響を及ぼす。モサレックスの身体は、海底めがけて押し流されていく。

 

「なっ……どうなっているんだ、これは!?」

「攻撃の手を緩めるな、アスピドケロンマイナソー」

 

 ガチレウスの指示には容赦がなかった。モサレックスが海底に叩きつけられたところで、さらなる火球が襲いかかってくる。

 

「ぐ、おぉぉぉぉ……ッ!」

 

 尻尾を振り上げてボディへの直撃を懸命に防ぐモサレックスだが、それとて生身である。灼熱が身を焦がし、彼は苦痛に呻くほかない。

 そこに、

 

「モサレックス!!」

「!」

 

 海中に響く相棒のやや高い声。直接脳に語りかけるものではない、明確に空気を震わせたそれに、モサレックスは振り向いた。

 

「な……」

 

 果たして、そこには確かに相棒の姿があった。しかし駆け寄ってくるその背後に、色と鉄兜(ヘルム)の形状以外共通の鎧を纏った5人組の姿を、彼は認めてしまったのだ。

 

「ショート……!何故、陸のリュウソウ族とともにいる!?」

「ッ、今はそんなこと、言ってる場合じゃねえだろう!」

 

 アスピドケロンマイナソーが迫ってくるこの危機的状況、確かにショートの反論は正しかった。しかしモサレックスにとって、それだけはどうしても看過できないことだったのだ。

 

「言ったはずだ!!陸のリュウソウ族は敵なのだ……!今この瞬間、おまえの背に斬りつけるかもしれないんだぞ!何故それがわからない!?」

「俺は!!……こいつらと話をして、一緒に戦って、どうしてもそんなふうには思えねえ!だからモサレックス、今だけでも──!」

「断る!!」

「モサレックス!!」

 

 ショートにはわかった。わかってしまった。言葉を尽くしたところで、モサレックスの心は変わらない。150年と少ししか生きていない自分では、6,500万年の時の記憶に抗うことなどできはしないのだ。

 

「──ならよォ、」

 

 ショート──ゴールドを押しのけるようにして前に出たのは、漆黒の鎧を纏った騎士だった。

 

「てめェの背後にいなきゃ良いんだろ」

「!」

「元々嫌ぇなんだわ、他人の後ろにいンのは」

 

 そして、彼らも。

 

「そう言うと思ったぜ、カツキ!」

「珍しく意見が合うじゃないか、カツキくん!」

「私も!どうせあんなでかぶつに魔法、通じひんし!」

「ふふ……やっぱりかっちゃんは、そうでなくっちゃね」

 

 五人の竜装騎士たちが、前面に立つ。とはいえ相手は島と見まごうほどの超巨大マイナソー。彼らの剣が直接通用するはずもない。

 

「ティラミーゴ、皆!来られるか!?」

 

 ショートとモサレックスのように、いわゆるテレパシーのようなつながりはないけれど。リュウソウチェンジャーを通じ、その声は厩舎に閉じ込められた騎士竜たちに届いた。

 

「いま、むかう、ティラ〜!!」

 

 ぐぐぐっと全身に力を込めたティラミーゴたちが、彼らを繋ぐ鎖を引きちぎっていく。一応は拘束、という体なのだろうが、女王陛下があまり乗り気でなかったことが幸いした。

 

「ティラアァァ!!」

 

 そしてティラミーゴを筆頭に、六体の騎士竜の群れが外へ飛び出した。彼らの疾走が、海流を大きくかき乱す。

 

「っし……ファイブナイツでいくぞ!悪ィけどディメボルケーノはフォローしてくれ!!」

「良かろう、見せ場は譲ってやる!」

 

──竜装合体!!

 

 ティラミーゴがキシリュウオーへと姿を変えたかと思うと、赤一色のそのボディを他の騎士竜たちが覆っていく。あるものは鎧に、あるものは兜に、またあるものは矛となって。そして左手には、分離したティラミーゴの頭部がそのまま接続された。

 

「「「「「キシリュウオー、ファイブナイツ!!」」」」」

 

 その名と姿を得た鋼鉄の竜騎士は、勢いよく跳躍することでアスピドケロンマイナソーとの距離を詰めていく。無論黙ってそれを受け入れるような相手ではなく、歓迎代わりの火球が次々と襲いかかってきた。

 

「ッ!」

 

 ティラミーゴの頭部を盾代わりにして──構図でみれば凄まじく残酷な光景だが──防ぐが、コックピットともいえる体内には強烈な振動が襲ってくる。それでもファイブナイツの高い馬力にまかせ、彼らは吶喊を続けた。

 

「あの巨体相手にちまちまやっても駄目だ、ラッシュで決めよう!!」

 

 イズクの声が皆に共有される。穏和にみえる彼だが、カツキ以上にがさつというか、果断なときも多く見受けられる。とはいえ、今はそれしかないというのも道理だった。

 

「オーケーいくぜっ!!──キシリュウオー、」

 

──ファイナルキャノン!!

 

 胸の砲口から最大火力の砲を放つ。火球ひとつひとつなど目でないほどの膨大なエネルギーの珠がマイナソーの胸あたりに直撃し、ひときわ大きな爆発を起こした。

 

「やった!」

「まだ足んねえわ!!」

 

 同等のスケールの標的なら全身呑み込んでしまう火砲である。しかし砲どころか爆炎にもマイナソーは呑まれきっていない。それでも相手がダメージによって動きを鈍らせているうちに、もう一撃を叩き込めば!

 

「ファイブナイツ──」

 

「「「「「──アルティメット、スラァァッシュ!!!」」」」」

 

 ファイブナイツと並ぶようにして、四体のキシリュウオー──トリケーン、アンキローゼ、タイガランス、ミルニードルを主軸としたそれぞれの形態──の幻影が現れる。それらは幻でありながら幻でない、いわばエネルギーの塊である。

 それらが一斉に、刃を振り下ろした。

 

「ギィエェェェッ!!!」

 

 アスピドケロンマイナソーが耳を劈くような悲鳴をあげ、墜落していく。半ば遺跡のような古びた建造物を破壊し、大量の砂塵が巻き上がった。

 

「やったか……!?」

「──貴様ら、街を壊したな!?」

「ア゛ァ!!?なんか言ったかトカゲ野郎!!」

「かっちゃん抑えて本当に!」

「やめろモサレックス!それより、俺たちも──」

 

 モサレックスに端を発した小競り合いのために、彼らは"それ"に気づくのが遅れた。

 

──砂塵の中から無数の火球が飛び出してきて、一同はようやくマイナソーの健在を悟ったのだ。

 

「な……うわぁああああ!!?」

 

 鈍重なファイブナイツでは、攻撃が放たれてからでは回避が間に合うはずもなく。刹那、火球の直撃を受け、彼らは大きく吹き飛ばされた。

 

「皆!……くっ、モサレックス頼む!」

「………」

「どうした、モサレックス!?」

 

 モサレックスは既にダメージから立ち直っていた。それでも立ち上がろうとしないのは……ひとえに、彼自身の意志で。

 

「……ショートよ。おまえまで、こうも容易く絆されてしまうのだな」

「何を言って……」

 

 

「──もう、おまえたちを守護する理由はなくなった」

「……!?」

 

 刹那──ゴールドの竜装が、解かれた。

 生身を晒したショートは、困惑と焦燥に満ちたオッドアイをモサレックスに向けた。かの赤い瞳は冷たく光り、もはや相棒だった少年に向けられることはない。

 

「モサ、レックス……」

 

 長らくともに過ごしていたからこそわかる、モサレックスは本気だと。物心ついた頃から紡いできた絆は、今この瞬間に途切れてしまった──

 

「──この、愚か者めがぁあああ!!」

 

 そのとき響いたのは、他ならぬディメボルケーノの声だった。水をかき分けるようにして彼は走る、走る──己より遥かに巨躯の敵めがけて、躊躇なく。

 

「!、ディメボルケーノ……!」

「だから貴様は愚かだというのだ()兄弟!古き記憶に縛られ、今目の前にある現実を見ようともしない!!そんな貴様に、明るい未来は永遠に訪れんぞ!!」

「何を……!陸に与した貴様に、何がわかる!?」

 

 その激しいやりとり、二体は旧知の間柄であるようだった。しかし言葉の通り、彼らは道を違えてしまった。

 モサレックスの詰問には答えず、ディメボルケーノはついに接敵した。海中で炎が通じないことはわかっている、ならば直接急所を打つしかない──!

 

「無駄だ」

 

 無駄のない、ガチレウスの冷たい言葉が響く。それと同時にアスピドケロンマイナソーが旋回し、

 

「──ぐわぁああああッ!!?」

 

 太く長大な尻尾が、モサレックスの背に叩きつけられた。その威力の前では、彼の重量など綿毛のようなものにすぎない。彼もまた海底へ叩きつけられ、分厚い岩盤を大きく凹ませたのだった。

 

「ディメ、ボルケーノ……!」

 

 駄目だ、彼一体で通用するはずがない。やはりファイブナイツの力でなければ、アスピドケロンマイナソーを倒すことはできない……!

 

「ティラミーゴ、皆……もう一度だ……!」

 

 相棒たちを叱咤し、立ち上がらせる。もう一度ファイナルキャノンを撃てば、エネルギーをすべて失ってファイブナイツは瓦解するかもしれない。それでも倒せなければ、敗北は確定する。──すなわち、死。

 

 しかしガチレウスは、それさえも許さなかった。

 

「終わりだ」

 

 刹那──アスピドケロンマイナソーが、ひときわ巨大な火球を放った。

 

「──!」

 

 ファイブナイツにもはや、そこから退くだけの力は残されていなかった。彼ら……そしてショートもモサレックスも、純白の閃光に呑み込まれていく。

 

 そうして閃光が晴れたときにはもう、そこには瓦礫の山が広がるばかり。キシリュウオーもモサレックスも……当然ショートの姿も、そこにはなかった。

 

「これで邪魔なリュウソウジャーと騎士竜どもは、すべて始末した」

 

 ただ、事実を確認するかのような言葉。それとともに、アスピドケロンマイナソーは再び"進軍"を開始した。騎士竜たちが瓦礫の下に消えた以上、その巨躯を止めうる者など存在しない。

 そして、

 

「玉座は、俺が貰う」

 

 宣言とともに、ガチレウスはドルン兵を率いて宮殿に入った。わずかな近衛兵たちが最後の足掻きを試みるが、質・量ともに勝るドルイドンの軍団を止められるはずがない。ガチレウス自身が手を下すまでもなく蹴散らされ、奥深くへの侵入を許してしまう。

 

 そうして誰もいない謁見の間に到達したガチレウスは、なんの躊躇もなく玉座に腰掛けた。その両脇に、他と異なる蒼い体色のドルン兵が控える。残る者たちが一斉に跪いたところで、「ガチレウスさまぁ〜!」と少年のような声が響いた。

 

「リュウソウジャー討伐おめでとうございやすっ!流石はガチレウスさま、ユーアーナンバーワンっ!」

「貴様は何をしていた?」

「ふへっ?」

 

 なんの修飾もない問いに、ドルン兵たちよろしく跪こうとしていたクレオンは間抜けな声を発した。

 

「ここで何をしていたのかと訊いている」

「何ってそりゃあ、女王からマイナソー生み出して──」

「何故兵たちが健在だった?奴らからもマイナソーを生み出しておけば邪魔されることもなく、戦力も増やすことができたではないか」

「えっ……いやそりゃそうっスけど、マイナソー生み出すのって結構大変で──はっ!?」

 

 そのとき、クレオンの脳裏にある記憶が甦った。かつて自分やガチレウスがこの星に来る前、別の星の攻略を進めていたときのこと。

 

──三日以内にマイナソーを五百体生み出せ。

 

 その無体にも程がある発注……否、命令を、愚直にもクレオンはこなそうとした。結果体内の粘液が尽き、ミイラ同然の状態になってしまったのだ。あのときの苦しみ、思い出すだけでのたうち回りたくなる──ゆえに、封じていた記憶だった。

 

(あああああああああ!!!)

 

 このままではまた同じことをさせられる!なんとか話を逸らさねばと思い、クレオンは慌てて口を開いた。

 

「そっそうだ!その女王に、正式に降伏を宣言させなきゃですね!今連れてきや〜〜す!!」

 

 ドルン兵のうち自らの手勢を率い、謁見の間を飛び出していくクレオンなのだった。

 

 



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16.深き絆 2/3

 

「ぐ……うぅっ……」

 

 ほとんど真っ暗闇と化したファイブナイツの体内で、エイジロウは目を覚ました。いったい、自分たちの身に何が起きたのか──努力するまでもなく、記憶が甦ってくる。

 

「!、そうだ、マイナソー……。──皆!」

「ウルセェ!!てめェ待ちだったわクソ髪!」

「カツキ……!」

 

 いつもながらの響く罵声に、エイジロウはほっと胸を撫でおろした。ファイブナイツ──つまり、騎士竜たちの息遣いも伝わってくる。

 

「どうやら俺たち、瓦礫の中に埋もれてしまったらしい」今度はテンヤの声。「今、どうにか崩さず脱出できるよう、試みているところだ」

「崩さず……?なんで?」

 

 瓦礫は瓦礫なのだから、構うことはないではないか──そう言いかけて、はっとした。

 

「ショート殿下が……生身で埋もれてるんだ」

 

 イズクの声は、わずかに震えていた。

 

 

「ッ、う……」

 

 指一本たりとも動かせない中で、ショートはうめいていた。身体が瓦礫の隙間と隙間にちょうど嵌ってしまっている。潰されなかったのは幸いだが、このままでは窒息なり衰弱なりしてじわじわ死んでいくことになるだろう。

 

(ッ、せめて、竜装……できれば……)

 

 リュウソウメイルのパワーにモノを言わせて瓦礫をずらし、ビリビリソウルを装填して一挙に破壊する──そのプロセスを思い描いて……今となってはそれが、絵空事でしかないことを自覚した。

 

(俺は……見捨てられちまったのか)

 

 モサレックスはもとより、陸から嫁婿を迎えるという母の方針に猛反発していた。ゆえに母に賛同する姉や次兄、賛同どころか海を捨てた長兄ではなく、末弟である自分を相棒に選んだのだ。

 その自分までもが、陸の……よりによってリュウソウ族の面々に、接近しようとしている。酷く裏切られたように感じたのだろう。ちょうど自分が、父に対してそういう感情を抱いてきたように。

 

「モサ、レックス……」

 

 発声とともに、脳内でもまた呼びかける。しかし返事はない。あるいは契約が切れたから、聞こえてすらいないのかもしれないと気づいて、ショートは眉根を寄せた。

 

 

 *

 

 

 

「連れてきやしたよぉ〜っ、ガチレウスさま!」

 

 努めて陽気な声を発するクレオンの背後から、ドルン兵に半ば引きずられるような形で女王・レイとフユミ王女が現れた。マイナソーにエネルギーを吸われて弱ったレイはともかく、彼女を守ろうと抵抗を試みたフユミの顔には痛々しい青痣が浮かんでいる。女性の顔に、というのはヒトの考え方であって、ドルイドンに性の分別などはない。

 

「……ガチ、レウス……」

 

 レイがか細い声で名を呼ぶ。そのアッシュグレーの瞳にはまだ、力がこもっていた。

 

「オイ、今日からこの御方はお前らの支配者だぞ!"さま"を付けろよデコ助女ァ!」

「クレオン、黙れ」

「!?」

 

 思わぬガチレウスからの攻撃に絶句するクレオンだったが、ある意味これは彼が悪い。おもねりや媚びの類が一切通じないのだ、この男は。

 

「直接相まみえるのは初めてだな、女王よ」

「……ッ、」

「!!」

 

 その声に母娘は揃って反応した。前者は懊悩に満たされたかのように、後者はただただ驚愕を露にするかのように。

 

「その、声……お父さん……?」

 

 フユミの口から零れたのは、ショートなどが聞けば色を失いかねないような言葉だった。──ガチレウスは彼女らの父であり、レイの夫であるエンジとまったく同じ声をしていたのだ。

 

「"お父さん"?我らドルイドンに子はいない」

 

 そう──ドルイドンには性の分別どころか性別そのものがない。"男"と形容しているのも声や体格などから推定されるというだけの、便宜上の話だ。ならば彼らが何より出でた存在なのか……ガチレウスはそもそも、興味もなかった。

 

「……そうよ、フユミ。この者が、私の夫であるはずがない……!」

 

 偶然、声や口調が似ているというだけのこと。──後者にしても、夫は不器用ではあるが家族に対して深い情を持ち合わせていた。このドルイドンにはそれがない。まったくの、別物だ。

 

「そんなことはどうでもいい」

 

 女王の確信を裏付けるかのように、ガチレウスは無機質な声で言い放った。

 

「ここに引き立てられた理由はわかっているだろう。降伏を宣言しろ」

「……そんなことしなくても、その椅子に座れば十分ではなくて?」

 

 人間の国家同士の戦争ならいざ知らず、力のみを尊ぶドルイドンがそのような体面を気にする必要があるのか。

 実際、命ぜられた当初はクレオンでさえそう思ったのだ。しかし行きすぎた合理性が染みついているこの男にも、プライドとそれに伴う屈辱の記憶が残されていた。

 

「かつて貴様らごときのために、我らは一度この星を放棄せねばならなくなった。その怨讐をこのガチレウスこそが果たしたと示すのだ、貴様らの屈伏を以てしてな……!」

「……ッ、」

「今一度だけ言う。降伏を宣言しろ、さもなくばその小娘から始末する」

 

 ドルン兵たちが、刃をフユミに向ける。女王本人ではなく娘を害しようというあたり、肉親のないドルイドンもヒトの急所というものを心得てはいるらしい。

 それを無視して強硬姿勢を貫けるほど、レイは女王として据わっているわけではない。しかし同時に、唯々諾々と頭を垂れるほど甘い覚悟で玉座に座っていたわけでもなかった。

 

「いずれも、させません」

「何?──!」

 

 レイの足下が光り始めて、ガチレウスはようやく異変に気づいた。──この謁見の間には、床の模様に見せて巨大な魔法陣が描かれていた。いざこういった事態に直面したとき、国民だけでも守るために。

 

「エンジさん……──私に、力を!」

「貴様!!」

 

 ガチレウスが玉座を蹴り、迫ってくる。しかしもう遅い。

 

──レイの顕現させた魔力の束が、巨大な氷山となって宮殿を呑み込んだ。

 

 

 *

 

 

 

 宮殿で途轍もない転変が起きる一方で、瓦礫の中の彼らが置かれた状況もまた悪化の一途を辿っていた。

 

「はぁ、は……ッ、く……」

 

──息が、苦しい。

 

「瓦礫にみっちり埋まってるせいで……っ、酸素が、薄くなってきてるんだ……!早く、なんとかしないと……っ」

「ッ、クソが……!」

 

 何も考えず、ただ自分たちが助かろうと思えば脱出は不可能ではない。しかしそれは、身を守る鎧すらなく埋もれているショートを犠牲にする選択でもあるのだ。

 

「何か、何かあるはずだ……!叡智の騎士として、考えなければ……!」

「アンキローゼ、皆……大丈夫……?」

 

 騎士竜たちもまた生き物──同じ危機を迎えていることは、言うまでもなかった。

 

 

──そして、ショートも。

 

「ッ、は……はぁ、は……っ」

 

 彼もまた、喘ぐようにしながら懸命に酸欠と戦っていた。ここで自分がこのまま死ねば、家族の身柄も危うい。そしてその果てに、海の王国はガチレウスによって不可逆的に征服される──見るまでもなく、それは確信しうる現実だった。

 

 それを覆すには……自分を、この国を見捨てたモサレックスの力が、どうしても必要だった。

 

(モサレックス……俺は、)

 

 ショートは今一度、モサレックスの心を思った。物心ついたとき既に父がいなかった自分に、何かと目をかけてくれたこの国の守護神。幼かった自分を騎士に選び、厳しくも温かく鍛えてくれた。

 

(俺はあなたを、父のように思っていた。あなたと同じものを信じて、戦ってきたんだ)

 

 けれど今日……自分は初めて、彼の記憶とは異なるものを見てしまった。

 

(聞いてくれ、モサレックス……!)

 

 再び、力を込めて念を送る。もう届かないとしても、一縷の望みにかけて。ショートはあきらめなかった。

 

(あなたのつらい記憶を、否定するわけじゃない……。でも俺の見たあいつらは、戦うために戦うだけの蛮族じゃなかった……!あいつらはなんの縁もないこの海の王国を、そこに生きる俺たちを、命がけで守ろうとしてくれていた!俺は……俺は…信じてみたいんだ!自分の目で見たものを……あいつらの言葉を!!)

 

(もしそれが間違っていたら、俺は全力であいつらを止める……!だから一度、俺に……俺たちにチャンスをくれ!初めて出逢った未来への希望を、信じさせてくれ!!)

 

 それは声にならないものでありながら、文字通り血を吐くような叫びだった。酸素不足も手伝い、強烈な頭痛が襲ってくる。身体から急速に力が抜けていく。──なんとしても生きて脱出しなければと思うと同時に、言うだけのことを言ったのだという爽快感があった。あとはもう、モサレックスの心ひとつに身を任せるだけだ。

 そうして、どれほどの時間が経ったか。

 

『──愚かな』

「!!」

 

 朦朧とした意識の中にモサレックスの声が響いて、ショートは目を見開いた。

 

 

「は……っ、は……はっ」

 

 ファイブナイツの中に閉じ込められたも同然のエイジロウたちは、いよいよわずかな酸素を求めて喘ぐばかりとなっていた。そんな状態では、この危機を脱する良策を──叡智の騎士といえども──思いつけるはずがない。悪循環の中で、彼らはそれでも皆が助かる道を模索し続けていた。

 

(絶対、あきらめねえ……っ。俺たちも、ショートも……っ、たす、か……)

 

 そこで、エイジロウの意識がふっと落ちかける。もはや一刻の猶予もないとなった直後、()()()は響いた。

 

『──強・竜・装!!』

 

 刹那、電光が瓦礫の中までもを照らし出す。──分厚い瓦礫が、一瞬にして砕かれていた。

 

「皆、まだ生きてるか……!?」

「ッ、ショート……殿下?」

「無事、だったのか……!」

 

 無事──それだけではない。ショートは再び、リュウソウゴールドにその姿を変えていた。昏い海底にあってもきらびやかに輝く黄金と、高貴な青の入り混じった鎧。その背後には、同じ色の身体をもつ騎士竜モサレックスの姿もあって。

 

「瓦礫を完全に打ち砕く、少し衝撃があるかもしれないが耐えてくれ」

 

 そう言って、モサチェンジャーの銃口を向ける。いずれにせよ、今は動けない。彼を信じるほか、ない──

 

「──サンダー、ショット!」

 

 放たれた電光球が、瓦礫の束に吸い込まれていく。そのエネルギーが着弾箇所からヒビを広げていき、

 

 それが完全に消散する頃には、瓦礫のほとんどが塵と化していた。少なくとも、ファイブナイツの巨体の動作を制限できるほどのものはもう、ない。

 

 ファイブナイツがゆっくりとその身を起き上がらせていく。と同時に、それぞれの体内からリュウソウジャーの面々が飛び出してきた。このまま再戦に向かうなら必要なかろうが、やはり直接ショートやモサレックスと相対したかったのだ。

 

「……待たせちまってすまねえ。モサレックスに、認めてもらった」

「!、モサレックス……!」

 

 皆の視線が集中するや、モサレックスは「勘違いするな」と言い捨ててそっぽを向いた。

 

「おまえたちを認めたわけではない。……ただ私は、ショートに過去の昏い記憶を植えつけるばかりで、明るい未来というものを教えてやることができなかった。にもかかわらず、この子は自らそれを見出したのだ」

 

 それは与えられるばかりだった幼子の成長にほかならない。結果として道を違えたとしても、その独り立ちを喜び祝うべきなのだ……親代わりで、ある以上は。

 

「おまえたちのことは……まあ、保留だ」

「ほ、保留……」

「けっ、エラそーに」

「へへっ、良いじゃねーか。もう実質、認めてもらったようなモンだぜ!」

 

 ショートの希望を、自分たちが裏切ることは絶対にないのだから。

 

「っし、行こうぜ。この国を──守るために!」

「……ああ!」

 

 ただ、そのために。

 

──六人のリュウソウジャーと騎士竜たちが、ともに走り出した。

 

 

 *

 

 

 

 凍りついた宮殿の、その外郭。アスピドケロンマイナソーはすぐ傍までもを覆う氷山に見向きすることもなく、静かに佇んでいた。受けた命令に、この状況への対処は含まれていない。

 命令を忠実に執行する駒であること。ガチレウスが配下に求める条件であった。その切札たる彼、あるいは彼女は徹底的に教育され、結果として今、主人の異変に際しても微動だにしない。

 

 アスピドケロンマイナソーが命じられているのは、宮殿周辺の監視──そして、外敵の"処理"だけだ。

 

 その"外敵"が、姿を現した。

 

「うおおおおおッ、リベンジだティラミーゴぉ!!」

「ティラアァァ!!」

 

 急迫するキシリュウオーファイブナイツの姿を前にして、アスピドケロンマイナソーは甲羅から首を突き出し、浮上を開始した。

 

「ギイィエェアァァァァ!!!」

 

 そして威嚇するように、耳を劈くような咆哮を発する。大きく開いた口から超高温の炎弾が放たれることは学習済みである──そのうえで、真正面を突き進むのだ。

 

「トリケーンカッター!!」

 

 実際に放出された赤熱の塊を、トリケーンカッターで弾き返す。少なからず衝撃が、体内のレッドたちをも揺さぶった。

 

「ッ、やっぱきちィぜ……!」

「ファイブナイツも先程の戦いでかなりのダメージを受けている……。長くは保たないぞ!」

「大丈夫……!──今度は"彼ら"と、一緒に戦えるんだから!」

 

 そう──ファイブナイツの背後から、黄金の騎士竜が急接近しようとしていた。

 

「宮殿が、氷漬けに……」

「レイの魔法によるものだろう。ガチレウスの力を考えると、破られるまで猶予はないぞ」

「なら、その前に倒すしかねえな」

「………」

「モサレックス?」

 

「……ショート。今こそおまえに、我が真なる姿を見せるときかもしれん」

「!、……真なる、姿?まさか──」

 

 半ば伝説として、聞いたことはあった。モサレックスには七つの海の守護者たる、海神の姿があるのだと。

 

「──我がもとへ集え、騎士竜アンモナックルズ!」

 

 その勇ましき呼び声に呼応するようにして……海底が、揺れた。

 

「これは──」

「………」

 

 地を割るようにして、飛び出すふたつのシルエット。それらは見るからに硬い漆黒の殻に身を覆った、鏡写しの騎士竜たちだった。"竜"と形容するには、頭足類にしか見えない姿かたちをしてはいるが──

 

「ショートよ。我らの力、おまえの騎士たる源とひとつにするのだ!」

「……わかった!」

 

 ゴールドリュウソウルを手にとり──突き上げるようにして、掲げる。

 

 

「竜装……合体!!」

 

 

 巨大化したゴールドリュウソウルを呑み込み、モサレックスがその姿を変えていく。長く逞しい四肢をもつ、人型の巨人──キシリュウオーと似た姿。接近するアンモナックルズは、巨大な拳となって融合を遂げる。

 そしてモサレックスの頭部が大きく開き──内部から、巨人の顔が現れた。

 

「これが、モサレックスの真の姿……」

「──"キシリュウネプチューン"。それが我の名だ」

「……そうか」

 

「──ともに行こう、キシリュウネプチューン!」

 

 海の平和を守るため、今、海神が立ち上がった。

 



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16.深き絆 3/3

 キシリュウネプチューンとアスピドケロンマイナソーが今、激突の瞬間を迎えようとしていた。

 

「ギイィアァァァッ!!」

 

 咆哮とともに放たれる炎弾を、素早い身のこなしでかわしていくキシリュウネプチューン。ただ回避しているだけではない、着実に距離を詰めようとしていた。

 

「──ナイトトライデント!」

 

 モサレックスの尾が変形した三叉の矛──ナイトトライデントを、中距離から勢いよく突き出す。

 

「!!」

 

 首を狙っての攻撃だったが、それを悟ったアスピドケロンマイナソーは瞬時に首を甲羅の中へ引っ込めてしまった。

 

「ッ、」

「問題ない。そのままブチ込め!」

 

 モサレックス……否、キシリュウネプチューンがそう言うならば!

 

「うぉおおおお──ッ!!」

 

 鋭い矛を──突き出す!

 

「ギアァァァァァッ!!?」

 

 マイナソーが限界まで首を突き出し、絶叫する。その矛は、堅牢な甲羅さえも貫き、そのはらわたを抉っていたのだ。

 

「ガッ、アァァ!!」

 

 痛みに慄きながらも憤るマイナソーは、せめてもの反撃にと炎弾を吐きつけ反撃してきた。咄嗟にナイトトライデントを前面に構えて防ぐが、衝撃までは殺せない。

 

「ッ、ぐうぅ……!」

「怯むなショート!次は──」

「わかってるさ……!」

 

 後方に吹き飛ばされながらも、両腕を突き出すキシリュウネプチューン。──拳を形作っていたアンモナックルズが、弾かれるようにして放たれた。

 

「グアァァッ!!」

 

 その直撃に、今度はアスピドケロンマイナソーの側が大きく吹き飛ばされる結果となった。その巨体が海底に叩きつけられ、激しい揺れが一帯を襲う。

 

「今が好機だ、ショート!」

「ああ……!」

 

 再びトライデントを構え、肉薄する。しかし次の瞬間、動かなくなったと思われたマイナソーの眼がぎらりと光った。

 

「!?」

 

 太い尻尾がひとりでに動き、ネプチューンに差し向けられる。──駄目だ、かわせない!

 

「──ミルニードルアタックゥ!!」

 

 そのとき割り込んできたファイブナイツが、漆黒の刃で尻尾を弾き飛ばした。

 

「!、おまえたち……」

「けっ、てめェらばっか良いカッコさせっかよ!」

「ショート、キシリュウネプチューン、同時攻撃だ!!」

 

 並び立つ二大巨人。未だ起き上がれないアスピドケロンマイナソーは、せめてもの抵抗にと猛烈な勢いで炎弾を放ってくる。

 

 巨人たちはそれを、ふたつの武器でもって弾き返した。

 

最期(おわり)だ──マイナソー!!」

 

 跳躍するファイブナイツ。ナイトランスを振り上げ──振り下ろす!

 

「「「「「ファイブナイツ、ドロップストライク!!」」」」」

 

 その一撃は、倒すに至らないまでもマイナソーの甲羅を大きく切り裂くことに成功した。そしてまだ、これで終わりではない。

 

「キシリュウネプチューン……トルネードストライクっ!!」

 

 ナイトトライデントの穂先が高速回転し、甲羅の切り裂かれた箇所に突き当たる。大暴れするアスピドケロンマイナソー、しかしそれに伴い発生した海流に、キシリュウネプチューンはびくともしない。

 

「海で我に勝るものなどいない……!」

「ああ、──穿けぇ!!」

 

 そして──トライデントが、マイナソーの胴体を貫通した。

 

「!!!!!!!」

 

 声にならない声をあげ、アスピドケロンマイナソーはその身を崩壊させていく。やがて爆炎が骸を完全に焼き尽くし、彼、あるいは彼女は海の藻屑と消えたのだった。

 

「やった……!」

「ドデカマイナソー、倒したぜ!!」

 

 元はといえば、この海の王国に来るきっかけとなったマイナソーである。エイジロウたちには感慨深いものがあったが、言うまでもなくまだ終わりではない。

 

 宮殿を覆う氷が、突如として崩れはじめたのだ。

 

「!、ガチレウスが動き出した……!」

「……皆、行こう。ガチレウスを倒すんだ」

「わーっとるわ!」

 

 騎士竜たちと別れ、六人は宮殿へと向かった。いよいよ、ガチレウスと決着をつけるときだ。

 

 

 *

 

 

 

 時間はわずかに戻り、宮殿内部。

 氷山に覆い尽くされた謁見の間で、しかしガチレウスはついにそれを打ち砕こうとしていた。──その身を赤熱し、一挙に溶融させることで。

 

「……ッ、」

「うわ熱っち!?……って、氷融けた!!」

 

 「ガチレウスさま流石ぁ!」とはしゃぐクレオンの横で、ガチレウスはぬうぅ、と怒りの声を発した。

 

「よくもやってくれたな、リュウソウ族風情が……!」

「……ッ、」

 

「ふたりまとめて、八つ裂きにしてやる」──憤懣の目に睨みつけられ、フユミが「ひっ……」と怯え声を洩らす。そんな、良くも悪くも常人の精神をもつ娘を、母たる女王は背中に庇った。

 

 そのとき、宮殿に激震が走る。──アスピドケロンマイナソーが、撃沈せしめられたのだ。

 

「ああっ、ガチレウスさま!マイナソーが……!」

「なんだと!?」

 

「──ガチレウスっ!!」

「!」

 

 そして宿敵たる彼らが、謁見の間に飛び込んできた。

 

「リュウソウジャー……!」

「あのでかぶつは倒した……!あとはてめェを倒すだけだ!」

「──俺たち、六人でな」

「!、ショート……」

 

 振り返ったショート──ゴールドは、母や姉を安心させるように小さく頷いてみせた。

 

「モサレックスに認めてもらった。──もう、大丈夫だ」

「……そう。ならショート、あとは万事おまえに託します」

 

 彼を慈しみ、育んできたからこそわかる。エイジロウたちとの出逢いをきっかけにして、ショートはひと皮剥けたのだと。

 

「ろ、六人揃っちまった……!」焦るクレオン。「となると、まさか……」

「そのまさかさ!」

 

 全員揃ったとなれば、まずすることはひとつ。

 

「──勇猛の騎士ッ、リュウソウレッド!!」

「叡智の騎士!リュウソウブルー!!」

「剛健の騎士、リュウソウピンク!」

「疾風の騎士!リュウソウグリーン!!」

「威風の騎士……!リュウソウブラックゥ!!」

 

 そして、

 

「黄昏の騎し「待って、ショート!」──!?」

 

 ゴールドの勇ましき口上を止めたのは、意外にも彼の姉であって。

 

「……どうしたの、フユミ?」

「前から思ってたんだけど……"黄昏の騎士"って、縁起が良くないわ」

「!、まぁ……確かに」

 

 衰退を辿る海の王国、父への複雑な想い──そういった感情が入り混じった結果の自称である。確かにフユミの言う通りなのだが、今言うことか?エイジロウたちはおろか、ガチレウスやクレオンも呆気にとられている。

 

「だ、だったら!──"栄光の騎士"なんて、どうかな?」

 

 咄嗟の、イズクの提案だった。栄光──海の王国を背負って立つにふさわしい称号。少なくともでまかせではない。

 

「"栄光"……そうだな、悪くねえ」

 

 ならば、改めて。

 

「──栄光の騎士、リュウソウゴールド!」

 

「っし、じゃあこっちも改めて!正義に仕える──」

 

──気高き、魂!

 

「「「「「「騎士竜戦隊、リュウソウジャー!!」」」」」」

 

「陸と海……ふたつの騎士道、見せてやる!!」

 

「うわぉ、これは初見……」

「ええい、何故名乗り口上を聞く必要がある!──かかれ!!」

 

 自分も聞いていたことは棚に上げて、ガチレウスが怒号を発する。ドルン兵たちは慌てて戦支度を整え、攻撃にかかった。

 ただ、質はもちろんのこと物量でもリュウソウジャーとほぼ同等の数でしかない。ならば、時間稼ぎにすらなるはずがなく。

 

「一掃する……!──ハヤソウル!!」

 

 リュウソウグリーンがハヤソウルを発動する。文字通り一陣の疾風となった彼は、世界からその姿を消したかと思うと次の瞬間には明確な存在感を表した。斬撃という形で。

 

「オラァ!!」

 

 そうして空いた穴に、まずもってブラックが斬り込んだ。彼は既にツヨソウルで竜装している。

 

「行け、クレオン!」

「えっオレっすか!?いや無理ムリむり──」

「死ィねぇぇ!!」

「ぎゃあぁ!?こいつマジ怖ぇ!!?」

 

 ブラックの夜叉ぶりに、斬撃には耐性があるはずのクレオンはとことん慄いていた。もとより武器らしい武器はもたない以上、対抗するすべもない。逃げ回るのが精一杯だった。

 

「ええい、使えん……!」

「──貴様が使い方を心得ていないんだ!!」

「!」

 

 そう叫んだテンヤ──リュウソウブルーを筆頭に、スリーナイツがガチレウスめがけて突撃する。ブルーとピンクはやはりツヨソウルで武装している一方で、レッドは得意のカタソウルの鎧を身に着けている。両腕のスクリュークローから放たれる攻撃は、彼が身体を張って防ぐ役割を果たしていた。

 

「何故だ何故だ何故だッ、何故貴様らごときに阻まれる!?6,500万年もの雌伏を強いておきながら何故、俺の思い通りにならぬのだあっ!!?」

 

 6,500万年前の争いでも、この星を獲ることはできなかった。ドルイドン内部にあっても、下位のルークでしかない。──そして今、ようやく掴んだ好機さえも、たかだか百数十年しか生きていないような小僧どもによって泡沫と消えようとしている。

 

「当たり前、だろうがあッ!!」

「グオオッ!?」

 

 レッドの硬質化した刃に右手のクローを斬り飛ばされ、ガチレウスはうめき声をあげた。

 

「おめェらドルイドンは自分のことしか考えてねえッ、他人は全部都合の良い手駒だと思ってる……!そんな連中に好き勝手させるほど……この星は甘くねえッ!!」

「グワアアァッ!!?」

 

 スリーナイツの剣が横薙ぎに、袈裟懸けに、あるいは刺突するように、ガチレウスの胴体に炸裂した。

 

「グウゥゥゥ……!」

 

 後方に弾き飛ばされながらも、ガチレウスは倒れない。玉座に手をついて踏みとどまり、両肩の砲から魚雷を放った。半ば悪足掻きに近い攻撃だが、屋内ではそれなりの効果を発揮する。

 

──彼が、いなければ。

 

「サンダー、ショット……!」

 

 後方から放たれた光弾が魚雷を直撃し、誘爆させていく。それらはひとつとして標的に届くことなく、海の藻屑と消えたのだった。

 

「……ガチレウス、おまえの言動は王位継承者のひとりとして参考にさせてもらう。もちろん、反面教師としてな」

「ヌウゥ……!──ッ、クレオン何をしている!!」

「は!?」

「今すぐあの小僧からマイナソーを生み出せぇ!!この豚どもの国を粉々にするマイナソーを!!!」

 

 ガチレウスはもはや冷静さを失っていた。戦う力をもっている相手から、どうやってマイナソーを誕生させろというのか。だいたい生まれるマイナソーはある程度予測がつくといえどもランダムであって、ガチレウスが望むような能力で生まれてくるとは限らないというのに。

 

「無茶言わんでくださいよ!」

 

 そうした"不可"をひと言に集約して伝えたわけであるが、これが案の定ガチレウスの逆鱗に触れた。

 

「俺の言うことが聞けんのかッ、卑しい菌類の分際で!!」

 

 ガチレウスはよりにもよって、クレオンめがけて魚雷を放った。慌てて逃げ出すクレオンだが、当然追うもののほうが動きは速い。

 

「うぎゃああああああ!!?」

 

 結果、クレオンは爆炎に呑み込まれた。悲鳴が辺り一帯にこだまする。ガチレウスはほんの少しばかり溜飲を下げたが、その代償はあまりにも重いものだった。

 

「おまえぇッ、何やってんだ!!」

 

 怒声とともに、頭上に翳が差す。──よそ見をしている間に、グリーンとブラックが肉薄していた。

 

「グガアァッ!!?」

 

 ふたりの刃は、両肩の砲口を見事に斬り落としていた。ガチレウスはこれで、飛び道具さえも失ってしまったことになる。

 趨勢は、決した。

 

「……こいつ、救えないよ」

「どのみち救ってやる気なんざねえがな」

 

 エイジロウの言葉を聞いてもなお、ガチレウスはクレオンを道具扱いし、あまつさえ攻撃までした。クレオンに同情するつもりはなくとも、リュウソウジャーの怒りは頂点に達していたのだ。

 

「皆、息を合わせよう」ゴールドが声をあげる。「やってくれるか?」

「おうよ、もちろんだぜ!」

「わーっとるわ指図すんなや!」

 

 レッドとブラック、両極端の反応が返ってくるが、いずれもつまりは是である。当然、他の面々も承諾する。

 虫の息となったガチレウスの前で、六人の騎士が並び立った。

 

『レッド!』

『ブルー!』

『ピンク!』

『グリーン!』

『ブラック!』

 

 カラードリュウソウルをリュウソウケンに装填する五人。そして、

 

「モサブレイカー……──ファイナルサンダーショット!!」

 

 輝ける鏑矢を放ったのはゴールドだった。それに一瞬後れて、五人がクインティプル・ディーノスラッシュを放つ。

 

 放たれた剣のエネルギーが、オーラとなって後方から電光弾を包み込む。そうして光の珠はひと回り膨れ上がり、虹色に輝き出したのだ。

 

「ヌウゥ……オォォォォッ!!」

 

 もはや逃げる余力もないガチレウスは、せめてもの抵抗にと唯一残された左手のクローを振りかざした。──刹那、衝突したエネルギーが、彼の身体を大きく押しやっていく。

 

「こんな……!こんな、馬鹿な、ことが……!!」

「終わりだ……!ガチレウス!!」

 

 血塗られた歴史に、決着をつける。海のリュウソウ族にとって、今この瞬間がそのはじまりだ。

 

「俺は、まだ、終わ……!」

「うぜェ、とっとと死ねやクソゴミ野郎!!」

 

 言葉は悪いが、根本の感情はみなに共通するもの。──それゆえに、弾丸の威力はよりいっそう上昇した。

 

 ばき、と音をたて……クローが破壊されてしまえば、もう一瞬だった。

 

「おのれェ、リュウソウジャアァァァ──!!」

 

 それが、断末魔となった。

 

 紅蓮の劫火が爆ぜ、それが収まったときにはもうガチレウスの姿はどこにもない。──勝った。倒したのだ、六人のリュウソウジャーが。

 

「──俺()()との出会いを、後悔しろ」

 

 皆が喜びを噛みしめる中で、ゴールドが静かにつぶやいた。

 

「う、うぅぅ……」

「!」

 

──そうだ、まだ終わっていない。襤褸切れのようになったクレオンが、這々の体で逃げ出そうとしている。

 

「いい加減年貢の納めどきだ、クレオン!!」

「ひ、ヒィ……!」

「……なんか良心が痛むなぁ、アレ見たあとやと」

「同情してんじゃねーわ丸顔、コイツはコイツで自業自得だ」

 

 確かに──今は怯えるだけの子供のような姿を晒していても、この怪物はマイナソーを生み出して人々を苦しめている。今度こそ、終止符を打たなければ。

 

「ショート、もういっぺん同時攻撃だ!」

「ああ……──!」

 

 そのときだった。彼らの頭上をにわかに飛び越して、人影が割り込んできたのは。

 

「!、おまえ……兵士?」

 

 一般の兵士の姿かたちをした男。──それが何故、クレオンを庇うように立ちはだかっている?

 

「てめェ、まさか──」

「──HAHAHAHAHA、そのまさか☆SA!」

 

 兵士の姿がぱん、と弾け……その蒼い本性が露わになる。無駄に良い声の、エンターティナー。

 

「ワイズルーさま……!」

「ワイズルー!?」

「おまえ、生きてたのか……!?」

 

 驚く一方で──少なくともイズクとカツキには、その予感があった。ビショップクラスのドルイドンが、そう簡単に斃れるはずがないと。

 

「ガチレウスのおかげでどこもかしこもカオスだったからね、兵士に化けて潜入するのも簡単だったよ」

「次はおまえが相手ってわけか。この国を侵す者は、誰であろうと許さねえ」

 

 意気込むリュウソウゴールドであったが、

 

「ノンノンノン!今日は戦うつもりはないさ。だいたいこんな寂れたステージ、私の好むところではNothing!」

「だったらてめェ、何しに来やがった!?」

「決まっているだろう?相棒を救けに来たんだよ」

「!?」

 

 言うが早いかワイズルーは、クレオンをさらりと抱え上げてしまった。いわゆる、お姫様抱っこの状態。

 

「さあ……私と帰ろう、クレオン」

「わ、ワイズルーさま……!」

 

 クレオンの目に涙が浮かぶ。──先ほどとは打って変わって感動的な主従の光景だが、絆されてなどいられない。

 

「逃がすか……!ハヤソウル!!」

 

 グリーンが再びハヤソウルで竜装し、一気呵成に距離を詰めようとする。しかし相手は、ガチレウスより一枚も二枚も上手だった。

 

「ショータァイム!」

「ッ!?」

 

 勢いよくその身が翻されたかと思うと、ステッキが一閃する。リュウソウケンもろとも、グリーンは後方へ弾き飛ばされていた。

 そして態勢を立て直すより早く、彼らは忽然と姿を消していた──

 

「また南の大地で会おう!ハッハッハッハ、ハッハッハッハッハ──!」

「……ッ!」

「ハッハッハッハ、ハーッハッハッハァ!ハハハハハ、ハハハハハハハハ!!」

 

「ハハハハハハハ──」

「……いや、長いッ!」

 

 悔しがる以上に、突っ込まざるをえなかった。

 

 

 *

 

 

 

 それから休息と少しばかりの観光も兼ねて丸一日滞在したあと──途中、イズクに剣を向けた兵士から謝罪と感謝を述べられるひと幕もあった──、エイジロウたちは海の王国を発つことになった。

 

「皆さん、この国を守っていただき本当にありがとうございました。この御恩、子々孫々に至るまで語り継いでいきたいと思います」

「い、いやそんな……!僕たちこそ、とても良い体験ができました」

 

 海底の幻想的な風景に、豊富な魚介を使った料理の数々──何より、六人目のリュウソウジャーとの出逢い。

 

「あ、そういえば……あの掟って、どうなるんですか?」

 

 この国を訪れた者に課せられる、ふたつの掟──海のリュウソウ族について他人に口外しないことと、贈られた宝箱を決して開けてはならないこと。

 

「ひとつ目については、守っていただきたいわ。でも、ふたつ目は……少なくとも貴方がたには、意味がないものなのです」

「?」

 

 女王の隣に控えるフユミが、そっと宝箱を手にした。その鍵は既に開かれていて……何も、入ってはいなかった。

 

「この箱に閉じ込めているのは、この海の王国で過ごしたぶんの年月……つまり、その者の年齢なのです」

「えっ……?」

「私たち海のリュウソウ族と契った人間は、私たちと同じ時を生きるようになるの。本人も、知らないうちに……」

 

 そうして本人の身に降り積もるはずだった年月は、宝箱の中に封じられる──そこまで聞いて、イズクが「そうか!」と手を打った。

 

「人間である王配殿下が僕らと同じく長寿だったのは、その宝箱があったから……」

「じゃあ、宝箱を開けたら二度と戻れないっていうのは──」

 

 蓄積していた時が一気に流れ込み……あるいは、人間の寿命を超えてしまうから。

 

「……だから、貴方がた同じリュウソウ族には不要なのです。もとより、二日しか滞在なさっていないのだしね」

「………」

 

 言葉にできない。それほど恐ろしい掟だと、そう思った。陸に戻ったとき、何百年もの時が流れていて──宝箱を開けてしまえば、肉体は一気に老いていく。

 しかしそれで、この女王を責めることはできなかった。彼女自身、そのために幾度となく涙を呑んでいる──そう、想像がついたから。

 

「あ、そういや……ショートは?最後に挨拶、していきたいんスけど」

「──俺ならここだ」

「!」

 

 噂をすればというべきか、入室してきたのはショートだった。それ自体は驚くようなことではない。ただ、

 

「……その荷物は?」

「………」問いに直接は答えず、「親愛なる女王陛下。第三王子ショート、彼らの供として陸に上がりたいと思います」

「ええ、息災でね」

「え……え!?」

「ええ──ッ!?」

「ハァ!?」

 

 予想だにしない言葉に、ただただ口を開閉することしかできない一行。

 そんな彼らに、ショートはフッと笑いかける。

 

「ふつつか者だが、よろしく頼む」

 

 

──大禍去り、今度は黄金の嵐が吹き荒れようとしていた。

 

 

 つづく

 

 





「気安く名前呼ぶな半分ヤロォ!」
「そいつのことは気に食わん!!」

次回「賢者vs猛者」

「いい加減に……しろおぉぉッッッ!!!」


今日の敵‹ヴィラン›

アスピドケロンマイナソー

分類/レプタイル属アスピドケロン
全長/213.5m
体重/408t
経験値/888
シークレット/海に棲むといわれる巨獣"アスピドケロン"を象ったマイナソー。既に完全体に至っており、通常の巨大化マイナソーとは比較にならない巨体を誇っている。その内部は基地仕様に改造され、ガチレウスの拠点として利用されていたぞ!
ひと言メモbyクレオン:でかい!馬鹿でかい!クソでかい!!リュウソウジャーを海に沈めてやった!……までは良かったんだけどなあ。


ガチレウス

分類/ドルイドン族ルーク級
身長/191cm
体重/287kg
経験値/503
シークレット/冷酷無比なドルイドンのルーク級幹部。深海での活動を得意とし、海の王国を執拗に攻撃していたぞ!その容赦なさは敵以上にむしろクレオンを苦しめたとか……。
ひと言メモbyクレオン:ザマァーーーーーみろ!!!!!


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17.賢者vs猛者 1/3

今回は場面切り替えのたびに
キャラのデフォルメ顔がどたどた~と駆け抜ける感じの演出(鬼滅の蝶屋敷編のあれ)をイメージしてどうぞ


「ふつつか者だが、よろしく頼む」

 

 こうして海の王国の第三王子・ショートは、リュウソウジャー一行に加わることになったのだった──

 

 

「──って、ッッッンでだァ!!?」

 

 仄暗い海底に、噴火のような叫びが響き渡った。

 

「……どうしたんだカツキ、急に大声出して?」

「気安く名前呼ぶな半分ヤロォ!てめェとモサ公は海の守護者なんだろーがッ、それがなんで俺らについてくるなんて話になってンだ、ア゛ァン!?」

「……マジで声でけぇな」顔を顰めつつ、「俺は生まれてこのかた、海から上がったことがない。おまえたち陸のヤツらに初めて出逢って……なんつーか、すげぇビックリした」

「な、なんかざっくりした言い方やなぁ……」

「だがわかるぞ、その気持ち!」

 

 エイジロウたち三人にしても生まれて初めてリュウソウ族の村を飛び出して、何かと衝撃を受けることばかりだった。この海底はそれ以上に外界と隔絶されているから、尚更だろう。

 

「でも……ガチレウスは倒したとはいえ、またドルイドンが襲ってくる可能性はないとは言えないでしょ?きみとモサレックスが離れて、本当に大丈夫なの?」

「──それなら心配ない」

「!?」

 

 いきなりモサレックスが目前に現れたものだから、ショートを除いてはぎょっとするのも無理はなかった。

 

「この国の状況は、水を通じて逐一感じ取ることができる。何かあればすぐに飛んで戻るさ」

「戻るまでの間は十分保たせられる。この国の兵は数少ないが、そのぶん精強だ」

「そうか……。それなら、躊躇う理由はねェな!」

 

 ショートの仲間入りが嫌なわけではない。気懸かりさえ解消されるなら、むしろ。

 

「よろしくな、ショート!モサレックス!」

 

 力強く肩を組まれたショートは「お、」と声を洩らしたが、満更でもないようだった。

 

「ふむ……これでリュウソウジャーが六人になるわけか。しかもモサレックスは、キシリュウオーとは別に巨人形態になれると来た!」

「ショートくん、魚以外食べられるんかなあ……?」

「ショートくんの竜装するゴールド、僕らと違って遠距離攻撃が主体みたいだけどそれが正式に加わるとなると戦術の幅が増えるな、新しいフォーメーションを編み出さないと……あぁなんか燃えてきたぞ……!」

 

 三者三様の反応、しかしショートの加入を歓迎しているのはエイジロウと同じなのだ。──さらに言えば、彼も。

 

(良かった……。これでキシリュウネプチューンが見られる!)

 

 モサレックスがアンモナックルズと合体して誕生したキシリュウネプチューン。気を失っていたコタロウは、その勇姿を見ることができなかったのだ。彼としては、騎士竜やその巨人形態のこともきっちり記録しておきたいところなのだった。

 

(……とはいえ、)

 

「〜〜ッ、ッンでだクソがァ……!!」

「………」

 

 眦をこれでもかと吊り上げ、反対に形の良い唇を台無しなほどにへの字に曲げている少年が隣にいる。少年と言ってもこの面子の中では最年長者なのだが、リュウソウ族は数歳の違いを"年齢差"とは捉えないようなので誤差の範疇である。まあ、それはともかく。

 

("カツキさんは、ショートさんに蛮族呼ばわりされたことを相当根にもっているようだ”……と)

 

 本日の出来事として、手帳に記す。水中でも陸上と同じように活動できる魔法の効果は、モノにも作用してくれているのが幸いした。そうでなければ執筆どころか、手帳じたいダメにしてしまうところだったので。

 

 ただ、コタロウは気づいていなかった。

 

 カツキのほかにも、ショート……というよりその相棒のことを、冷たい目で睨みつけている男?がいることに。

 

 

 *

 

 

 

「ワイズルー、それにクレオンなるドルイドンは、確かに南へ向かったようだ。この波の様子だと、既に上陸しているかもしれん」

 

 海水を通してこの海の状況を知り尽くしているモサレックスの発言で、エイジロウたちは南の大地へ向かうことを改めて確認した。そこはワイズルーが以前本拠にしていた地でもある。再びヤツの"ショウ"で、無辜の人々を苦しめさせるわけにはいかないのだ。

 

「私の背に乗れ。途中何事もなければ半日ほどで上陸できる」

「!、良いのか?ショートはともかく、俺たちまで」

 

 実際、モサレックスの存在は渡りに舟そのものである。ただ彼は、太古の記憶ゆえエイジロウたち陸のリュウソウ族には微妙な思いを抱いているはずだ。ショートが仲間になった今でも。

 

「……おまえたちを乗せなければ、ショートも乗らないだろう」

「な、なるほど……そういう」

「まぁ、そうだな」

 

 涼しい表情で頷くショート。彼は育ちゆえか存外に素直なところがあって、当初エイジロウたちに冷たい態度をとっていたのもモサレックスの影響をそのまま受けてのことだった。無論、モサレックスとの相棒関係を守るためという考慮もあってのことで、愚鈍ではない。騎士竜たちも含む大勢は、彼に対し好感を抱きつつある。

 ただ、集団の意志が百パーセント一致するなどそうはありえない。それは人間に限らず、騎士竜の世界においても同じことだった。

 

「俺は乗らん!!」

 

 声高にそう言い放ったのは──海とは最も縁遠かろう炎の騎士竜・ディメボルケーノ。皆の視線が、自ずとその巨体に集中する。

 

「な、なんでだよ。ディメボルケーノ?」

「いくら仲間に加わったといっても、モサレックス(そいつ)のことは気に食わん!背に乗るなどまっぴらごめんだ!!」

「なんだと!?」これにモサレックスも反応する。「貴様、まさか6,500万年前の喧嘩をまだ根にもっているのか?器が小さいぞ!」

「貴様に言われたくないわ!!」

 

 海中であるにもかかわらず、バチバチと熱い火花を散らす二大騎士竜。喧嘩というと微笑ましくも聞こえるが、この巨体同士が遠慮なしにぶつかったら周囲への被害は甚大ではない。

 

「ちょっ……やめろって!これからみんなで力ァ合わせて戦うんだぜ!?」

「そもさん、汝に問う!!」

「!?」

「貴様には男として譲れぬものはないのか!?」

「へ……い、いやそりゃあ、あるけど……」

「そういうことだ!!」

 

 いやそういうことだと言われても、既に手を握った相手を過去のことを持ち出して拒絶するというのはエイジロウの美学ではない。無論ディメボルケーノにはディメボルケーノの信念があるのだろうが、それでもこの星の守護者たる使命を何より優先すべきではないのか?

 仲間たちの力も借り、彼を説得しようと試みるエイジロウだが、それを実行に移すより先に思わぬ敵増援が現れた。

 

「ディメ公の言う通りだわ。いきなり借りつくって、あとで何要求されるかわかったモンじゃねえ」

「は!?」

「ちょっ……かっちゃん!何言ってんだよ、そんな──」

 

 イズクが慌てるが、こうなるとカツキも頑ななのである。その視線はモサレックスよりむしろ、同じリュウソウ族であるショートに向けられていた。

 

「……俺はむしろ、一緒に行動できて有難いと思ってる。見返りを要求するなんて、あるわけねえ」

「はっ、どうだかなァ。腹黒半分野郎?」

 

 モサレックスと異なり、ショートは整った眉をハの字にして困惑するばかりだった。それがますますカツキを苛立たせるのだと、文字通り一朝一夕の付き合いである彼に知るよしもない。

 

 

 *

 

 

 

 さて、不穏分子?を抱えたまま出発したリュウソウジャー一行。結局モサレックスの背は使えず、ひとまずは地道に歩いていくことになった。効率は当然あまりにも悪く、一時しのぎである。カツキとディメボルケーノの機嫌が上向いたところを見計らって、再度説得するということでメンバーの意見は一致していた。

 

 それまでは新メンバーと、のんびりおしゃべりタイムである。出会って日が浅いからこそ、コミュニケーションは肝要なのだ。

 

「細ぇから最初わかんなかったけど、おめェテンヤと同じくらいタッパあるんだな。羨ましいぜ!」

「本当にね……!やっぱり魚介食べ放題なのが大きいのかな、王国の人たち、みんな結構体格良かったし……」

「そうか。でもテンヤだったか、おまえこそ何食べたらそうなるんだ?ガタイ良すぎるだろ」

「なんでも良く食べ良く寝て良く鍛錬する!これに尽きるな!!」

「逆にオチャコはあんだけ食っててどこに消えてんだ?」

「……女性にそういうこと訊くものじゃないですよ」

「わぁ流石コタロウくん、誰かと違って紳士やわ〜」

「……スンマセンした」

 

 わいわいと盛り上がりながら歩く一行、続く騎士竜たちも一部を除いてはご機嫌である。

 一部を除いて……ヒューマン組にも当てはまる言葉であるのは、言うまでもあるまい。

 

「……けっ」

 

 先頭をずかずか歩きつつ、吐き捨てるカツキ。もとより四六時中不機嫌のような少年だが、とりわけ露骨な態度である。果たしてこれが上向くことがあるのかと、ショートとの雑談を楽しみながらも内心では皆、不安と戦っているような状況だった。

 そしてショート殿下、良くも悪くもそういった空気を読まない少年だった。

 

「なぁ、カツキ」

「!!」

 

 よりによって今話しかけるか!?皆の間に戦慄が走る。

 幸か不幸か、カツキはその呼びかけを黙殺した。しかしショートはあきらめない。

 

「カツキ」

「………」

「おいカツキって。……ひょっとして、大声出しすぎて耳イッちまってるのか?」

「ちょっ」

 

 いっそ称賛したくなるほどの挑発である。問題はショートの表情が、心底気遣わしげなものだということだ。

 

「アア゛ァ……!?」

 

 そしてカツキは煽りに弱い。不機嫌なんてモノではない、案の定般若の顔で振り返ったのだけれど、次の瞬間それどころではなくなった。

 

「──ッ!?」

 

 いきなり足下数センチが音をたてて爆ぜたかと思うと、大量の水が噴き出してきたのだ。いや……直接飛沫を浴びずとも感じるこの熱は。

 

「……だから言おうとしたのに。この辺りは間欠泉がそこらにあって危ねえ、って」

「〜〜ッ、こんなモン大したことねえわ!」

「間欠泉を舐めたら駄目だぞ。まともに浴びたら消えねえ痕になる、俺の顔みたいに」

「……んん?」

 

「ちょっと待って。つまりその火傷って……間欠泉(これ)にやられたの?」

「ああ。コタロウ、言ってなかったのか?」

「別に……言う機会もなかったですし」

 

 そう──ショートとの直談判の際、コタロウは思い切って火傷痕について訊いていたのだ。ただ彼も口数が多いほうではないので、自分から積極的に広めることはしなかった。

 

「50歳くらいのときだったか。この辺で遊んでいるとき、うっかり」

「う、うっかり……」

「そうだったのかぁ……てっきりなんか重い事情があるもんだと」

 

 "火の部族"だったという父親がかかわっているのでは──そこまでは口には出さないが、そんなふうに思っていたエイジロウである。やはり憶測であれこれ考えるモノではない。

 

「まあ、そういうわけだ。おまえ、ただでさえ裸同然の格好なんだから、気をつけろ」

「ア゛ァ!?人を露出狂みてぇに言いやがって……!」

 

 ギリギリと歯を食いしばったカツキは、一転不信にあふれた目でショートを睨みつけた。

 

「てめェ……ボケボケしてりゃ馴染めると思ったら、大間違いだからな」

「……どういう意味だ?」

「信用ならねーって言ってんだよ。他人サマを蛮族呼ばわりするようなスカした王子サマが、キャラ変にも程があらぁ」

「………」

 

 ショートの表情が曇る。初対面の彼と今の彼の振る舞いは、大きく異なる──それは事実である。

 しかしどちらが実際の性格なのかと言えば、間違いなく今だろう。太古の忌まわしき呪縛から解き放たれ、星を守る同志としてショートはリュウソウジャーを受け入れたのだ。そしてそれを、存外他人の機微に敏いカツキが理解していないはずがない。

 

 つまりカツキは、わかっていて意地悪を言っている──そう判断したイズク以下仲間たちは彼を咎めようとしたのだが、

 

「貴様、先ほどから黙って聞いていれば!ショートのことなど何も知らないくせに、中傷をするな!!」

 

 先に激したのはほかでもない、モサレックスだった。その紅い瞳が鋭くカツキを睨むが、負けじとカツキの赤目も睨み返した。

 

「陸のリュウソウ族……他の者たちはともかく、貴様は正しく蛮族のようだな!!」

「ア゛ァ!?」

 

 争いはこれにとどまらなかった。モサレックスがショートを援護するなら自分もとばかりに、オレンジ色の巨体がカツキの隣に並んだのである。

 

「黙れ元兄弟!汝に問う、貴様こそこの小僧の何を知っているというのだ!?」

「このような罵詈雑言しか吐けぬ者のことなど、知りたくもないわ!!」

「なんだと!!」

「やるか!!」

 

 衝突するモサレックスとディメボルケーノ……物理的に。お互いキロトンを超える巨体の持ち主である、ぶつかるたびに地面が大きく揺れ、せいぜい7、80キロしかない少年たちはひたすら翻弄される羽目になった。

 

「ちょっ……もおぉぉぉ!!」

「こんな出発早々争うのはやめよう!!本当に!!」

「オエッ……酔う……」

「だいさんじ、ティラアァ〜!!」

 

 そんなさなかでも、カツキとショートも揺れながら睨みあっている。リュウソウ族同士でも衝突が起こるとなれば、いよいよ収拾がつかない──!

 

 

「──いい加減に……しろおぉぉッッッ!!!」

 

 やや甲高い少年の怒声が響き渡ったのは、そんな折だった。

 



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17.賢者vs猛者 2/3

 

「──いい加減に……しろおぉぉッッッ!!!」

 

 響き渡る怒声に、ボルテージが最高潮に達しつつあった場がしいんと静まり返る。何故ならその声の主が怒鳴るのは、戦場を除いてはめったにないことだったから。

 

「い、」

「いず、」

「デクくん……」

「ティラァ……」

 

 デク──イズク。疾風の騎士・リュウソウグリーンであり、カツキの幼なじみでもある少年。コタロウを除けば最年少にも見える幼い容貌と穏和な振る舞いは、チームの清涼剤と言っても良い。

 

 そんな彼が今、楕円形の大きな翠眼を怒らせ騒擾の中心を睨みすえていた。

 

「……かっちゃん」

「ン……だよ」

「まずきみがいちばん悪い」

 

 端的にも程があるひと言に、うぐ、と唸るカツキ。イズクがこうまで怒鳴るのは臨界点を踏み越えてしまったときなのだと、付き合いが長い以上よく存じていた。それがどんなに恐ろしいことかも。

 

「ちょっと気に入らないことがあるからってさあ、きみはひとに突っかかりすぎなんだよ。それでどれだけ要らない災難に巻き込まれたと思ってんの?自分ひとりでケツ拭けるなら良いよ、でも散々僕やみんなに迷惑かけてるよね?しょっちゅう解決も押しつけてるよね?それでごめんもありがとうもないっていったいどういう神経してるの?木偶の坊なの??」

「……ッ、」

 

 たまに見せる独り言のようなマシンガントーク。しかしその言葉ひとつひとつが毒の塊である。カツキが反論せずに黙りこくっているのを目の当たりにして、エイジロウたちもこれはいよいよ大変なことになったのだと思い知った。

 

「それとショートくん」

「!」

「きみの責任は10のうち1くらいだけど……さっきから聞いてると、言葉選びがあまり良くないよ。普通の人ならまだしも、蛮族相手にはもっと考えて喋らないと」

「お、おう……悪ィ」

 

「──モサレックス、ディメボルケーノ」

「!!」

 

 豆粒のようなリュウソウ族相手に、激していた二体はぎくりと身体を揺らした。

 

「きみたち、かっちゃんとショートくんにかこつけて喧嘩してるけど……いったい、何があったの?」

 

 彼らに対してのそれは、叱責ではなく問いかけに近いものだった。カツキの感情は単に気に入らないというものだろうし、対するショートは良くも悪くも天然なのだろうことも察しがつく。しかしこの騎士竜たちの相剋については、多少の想像は及ぶにしても本当のところはわからないのだ。

 そういえばディメボルケーノは先ほど、モサレックスを"元兄弟"と呼称していた。

 

「きみたちは元々、親しい関係だったんじゃないの?」

「!、………」

 

「……ああ、その通りだ」

 

 一転、落ち着いた声で答えたのはモサレックスだった。

 

「かつての戦いの頃……私とこのディメボルケーノは肩を並べてドルイドンに立ち向かう中で、義兄弟の契りを結んだのだ」

 

 いずれも騎士竜の中ではとりわけ深い思考の持ち主であるだけあって、意気投合するに至った。それにしても義兄弟とは──なんというか、とりわけエイジロウの心に刺さるワードではあるが。

 

「しかし……おまえたちも聞いたかもしれないが、この星に隕石が落ち、ドルイドンが去り……残されたリュウソウ族たちは、互いに争いはじめた」

 

 確かにそれは、レイ女王から聞いた話だった。結果としてリュウソウ族は陸と海に分かれ、6,500万年もの間、交わることはなくなったと。

 

「私はおまえたち陸のリュウソウ族に失望し、海の側についた。だが此奴は……ディメボルケーノは、陸についたのだ!義兄弟であるはずの私に、何の相談もなく!!」

 

 声を昂らせるモサレックス。これにいったんは沈黙したディメボルケーノが噛みついた。

 

「なんの相談もなかったのは貴様が先だ!だいたい貴様は、陸と海の間を取り持とうともせず、一方的に海に肩入れをした……!陸の連中は争いを好むと言いながら、争いを助長するような真似をしたではないか!」

「貴様……!言うに事欠いて!」

「それはこちらの台詞だ、愚か者めがぁ!!」

 

 再びヒートアップする二匹の騎士竜。流石にまずいとティラミーゴたちが間に入ろうとするが、その必要はなかった。

 

「だから……いい加減にしろって言ってるだろっ!!!」

 

 イズクの怒りが再び爆発し、二大騎士竜も──当然、カツキとショートも──姿勢を正さざるをえなかった。

 

「……そんなに喧嘩したいなら、すればいいよ」

「何っ?」

「お、おいイズク!?それじゃあ──」

「──ただしッ!!」

 

 ビシィ、と効果音をつけたくなるような声だった。

 

「やるなら、ちゃんとしたルールで勝敗を決めること。そして勝ったほうが負けたほうになんでもひとつ命令できる!その代わり、どちらが勝ってもお互いを仲間と認めること!──良いね?」

「ア゛ァ!?ンなモンー「 良 い ね ? 」………」

 

 笑顔の圧に、ふたりと二匹は敗北したのだった。

 

 

 *

 

 

 

 と、いうわけで。

 

「東ィ、カツキ&ディメボルケーノチーーーム!!」

「そもさん、汝に問う……なんだこれは?」

「俺に訊くなや」

 

 あたふたしているディメボルケーノと死んだ魚のような目をしているカツキ。それに対して、

 

「西ィ、ショート&モサレックスチーーーム!!」

「本当になんだこれは?」

「わかんねえ」

 

 流石は元義兄弟と言うべきか、ディメボルケーノと同様の当惑を見せるモサレックス。ショートは相変わらず涼しい顔である、感情が見えない。

 

「実況はスリーナイツの皆さんとコタロウくんです!よろしくお願いしまーすッ!!」

「よ、よろしく」

「………」

「オレも、やるティラ〜!!」

 

 "騎士竜代表"と古代語で書かれたのぼりを背負って──どこから出してきたかは突っ込んではいけない──飛び出してきたティラミーゴ。彼も実況に加え、イズクは司会進行を続けた。

 

「それでは第一試合を始めたいと思います!種目は魚捕り!制限時間は十五分、多く獲ったほうの勝ちです!!」

「ハァ!?デスマッチじゃねえのかよ」

「それはもうやったでしょ」

 

 確かに邂逅の当初、早速反目しあったカツキとショートは模造剣を使った剣闘を行った。カツキが騙し討ちキックでショートの仮面を弾き飛ばしたところで水入りとなり、決着はついていないのだが。

 

「ただでさえ徒歩で南の大地へ向かわなきゃならないんだから、万が一にも怪我人が出るようなことは避けたいの!だから当然、相手陣営の妨害も禁止ね。あくまで自分たちの捕獲数を増やすことだけ考えて!」

「チッッッ!!」

「わかった」

 

 反応は対照的だが、もはややらざるを得ない流れ。幸いにしてここは海の中である、魚はそこらじゅうに泳いでいる。

 

「では位置について!用意……」

「……徒競走?」

 

「──ドン!!」

 

 そして、両陣営が動き出した。

 

「ディメ公てめェが追い込め、俺がまとめて分捕る!!」

「!、カツキ……」

「こうなりゃ絶ッ対勝つんだよ!!」

 

 カツキ少年の負けず嫌いは、剣戟以外でも常に発揮される。ディメボルケーノもまた、それにあてられた。

 そして対立陣営の殿下も、やはりそういった性質はきっちり持っていて。

 

「魚捕りなら昔から散々やってる。モサレックス、いつも通りいくぞ」

「うむ……!」

 

 敵陣への妨害が禁じられている以上、まずはお互い手当たり次第に数を稼ぐ手段に出た。東軍はカツキの言った通りディメボルケーノが魚群を捉え、カツキのもとへ追い込んでいく。そこに、

 

「オモソウル!!」

『オモソウル!ドーーン!!』

 

 次の瞬間、魚たちが海底に叩きつけられた。這いつくばるような状態になったまま、再び泳ぎだすことができない。

 

「ムッ、カツキくんはオモソウルを使って魚たちを縫い付けたか……!」

「流石やなぁ……」

「あ……でも、ショートさんたちも」

 

 コタロウが指差す先では、ショートとモサレックスも順調に数を稼いでいた。

 

「ヌゥン!!」

 

 力の入った掛け声とともに尾を振るうモサレックス。と、波がまるで旋風のように揺らいで泳いでいた魚たちを巻き込んでいく。彼らは逃げることかなわず、水流の檻に閉じ込められてしまった。

 

「──リュウソウチェンジ」

『ケ・ボーン!──リュウ SO COOL!!』

 

 すかさずショートがリュウソウゴールドに竜装し、

 

「ビリビリソウル、」

『ザッバァァァン!!──ドンガラ!ノッサ!エッサ!モッサ!』

 

『めっさ!ノッサ!モッサ!ヨッシャ!!──この感じィ!!』

 

 黄金の鎧が、リュウソウメイルをさらに上から包み込む──

 

「強竜装……!?いったい何をする気なんだ、彼は?」

 

 竜装のさらに上を行く力、この局面でどう使うつもりなのか。実況一同、まったく想像がつかない。

 そういう"特別な力"あるいは"仰々しいもの"と捉えているのだから、想像のしようがなかったのだ。

 

「──はっ!」

 

 モサレックスによってつくり出された渦潮めがけ──電光弾を発射する。途端に魚たちは感電し、やはり海底へ墜落してきたのだった。

 

「うわっ……」

「えげつねえ、ティラ〜!」

「安心しろ、峰打ちだ」

「峰打ち……?」

 

 ともあれ、

 

「──終〜了〜!!」

 

 十五分などあっという間に経過した。イズクの声が響き渡り、そこから開票……もとい捕えた魚の勘定作業が開始される。

 結果は、

 

「44対36で、ショート&モサレックスチームの勝利〜!!」

「……勝った」

「当然の結果だな」

 

 ショート&モサレックスチームがどや顔でハイタッチ──と言えるかは微妙だが──を決める一方で、

 

「ふ、不覚……っ」

「ク、ッッッソがぁぁぁぁ……!!」

 

 白目を剥き、これでもかと吊り上げるカツキ。こめかみに浮かんだ血管が今にも切れてしまうのではないかと、エイジロウなどは要らぬ心配をした。

 

「お、落ち着けってカツキ!まだ次があるだろ?」

「完ッ璧に勝ち殺さねえと意味ねえんだよッ、だぁってろクソ髪!!」

「……もうこの人の敗けでええんちゃう?」

「人格で大きく水を開けられているのは……確かだな」

 

 ともあれ、時局は第二試合へと移った。

 

「第二試合はぁ〜、料理!対決ゥ!!」

 

 テンションのおかしいイズクによって、試合内容が宣言された。

 

「両チームには先ほど獲った魚で今日の夕ごはんを作っていただきます!制限時間は三十分!審査員のつけた点数を合計して高かったほうの勝ちです!」

「審査員って……俺たち?」

「今度は僕も参加するよ!」

 

 夕食にありつきたいだけなのではないか。

 

「ってわけで、両チームとも位置について!」

「だから、徒競走?」

 

 いつの間にか用意されたおあつらえ向きの調理場にて──対決が、開始される。

 先に動いたのは、カツキだった。

 

「チーサソウル、」

『ミニミニっ!』

 

 彼がチーサソウルを使用したのは、ディメボルケーノに対してだった。その身が肩に乗るほどのサイズにまで縮小していく。

 

「ぬおっ、いきなり何をする!?」

「でけェままだと邪魔になンだよ、いーから手伝えや」

「……まったく。それで、何をすれば良い?」

「この魚ァ焼くんだよ。海ン中じゃ弱まるっつっても、出ねえことはねーだろ、火ィ」

 

 むしろ丁度いい塩梅になるのではないか──カツキはそう考えた。

 

「なるほど……。良かろう、任せろ!」

 

 カツキたちのプランが決まった一方で、

 

「……どうする?」

「何故……私に訊く?」

「だって……」

 

 料理など、ショートはしたことがなかった。カツキの見よう見真似でやろうにも、"焼く"という肝心要の調理法がこちらは使えない。結局彼らは少し相談して、モサレックスの切れ味を活かした刺身にすることにした。

 

「おお、ショートくんたちも始めたか!」

「カツキはカツキで、やっぱ手慣れてんな……流石、才能マンだぜ!」

 

 カツキは明確なプランを立てるだけでなく、きっちり持ち歩いていたらしい調理道具を活用して魚を捌いている。先ほどまでキレ散らかしていたとは思えない器用で落ち着いた手つきである。

 

「ショートさんたちは……豪快ですね」

 

 コタロウの物言いはかなりオブラートに包んだものだった。ショートが魚をぶん投げ、モサレックスが目にも止まらぬ尻尾の薙ぎでそれを切り裂いていく。ただその手腕?は見事なもので、切り刻まれた魚は綺麗な刺身に変わっていく。

 

「愚か者めがぁああああ!!」

 

 叫ぶミニディメボルケーノが火を吐くと、捌かれた魚の切り身がこんがりと焼ける。水中ゆえに威力が弱まっていることが、かえって幸いしているらしい。

 

「何が愚か者なんだよ」

「こう叫ぶと火を出しやすいのだ!」

「あっそ」

 

 鼻を鳴らしつつ──今度は荷物から、調味料を取り出す。どうせ食うならと、カツキは味にもきっちりこだわるタイプであった。

 

 

「どっちも、うまそうティラ〜!!」

 

 叫ぶティラミーゴ。彼の視線の先には──左に焼き魚、右にお造りの皿が並べられている。

 

「でもショートくんチームのやつ……め、めっちゃ豪華や……!」

「色とりどりの切り身が並んでいる……!こんな料理、見たことがない!」

「確かに……あっ、でも俺はシンプルな焼き魚も好きだぜ!」

「フン、そーかよ」

 

 鼻を鳴らしつつ……ニヤリと笑うカツキ。勝利を確信していたショート&モサレックスチームも、すぐにその意味を理解することになる。

 

 

「うまい、ティラ〜〜!!」

 

 刺身を食して喜ぶティラミーゴ以下騎士竜たちに対し、

 

「ムッ?これは……」

 

 揃って微妙な表情を浮かべる少年たち。見た目は抜群だし、風味は悪くない。総じて不味いわけではないのだが、

 

「なんつーか、魚まんまって感じだなぁ……」

「ちょっと生臭いね……」

「あかん、これ私あかんわ……」

「僕は好きですけど……何か調味料が欲しいですね」

 

 そう──何も加工をしてない以上、魚独特の臭みはそのまま発揮される。それを消すのが調味料なのだが、ショートたちは何も持っていなかった。海のリュウソウ族たちは魚介を生食する機会が多く、味付けを軽視していたのだ。

 

 結局、ショート&モサレックスチームに与えられた点数は28点──10点満点×6(騎士竜たちはティラミーゴが代表)なので60点満点中である──にとどまった。

 

 そしてカツキ&ディメボルケーノチームの焼き魚はというと。

 

「──美味いッ!!」

「もっとうまい、ティラ〜〜!!」

 

 皆の箸……もといカトラリーを持つ手が、震えた。

 

「外はホクホク、中はジューシー……!」

「味も絶妙に香ばしくて……」

「──最ッ高だぜ!!」

「シンプルイズ、ベスト……」

 

 皆の称賛に、カツキとディメボルケーノは顔を見合わせて……笑いあった。

 

 

──結果は、54点vs28点。カツキ&ディメボルケーノチームの、圧勝であった。

 

 

 *

 

 

 

 夕食を食べれば、あとは休んで翌日に備えるだけである。皆、岩肌の陰にて野営の準備を始めていた。

 

「てめェ魚捕りで勝ったからってチョーシ乗んなよ、次で完膚なきまでに叩きのめしてやる!!」

 

 ビシィ、と効果音をつけたくなるほどの勢いで宣言するカツキに対し、ショートは淡々と「敗けねえ」と応じる。温度差……と言うよりは、性格の問題だろう。その証拠に、料理対決のあとはショートもそれなりに落ち込む様子を見せていたので。

 

「つーかよイズク、第三試合は何やらせる予定なんだ?」

 

 問題はそこだろうと思い、訊くエイジロウ。しかしあれほど熱を入れて司会進行をやっていたイズクは、えへへと苦笑いを浮かべて頬を掻いた。

 

「実は、まだ考えてなくて……」

「ええっ!?」

「なんだかんだ、かっちゃんが完封するかなぁと思ってたんだけど……ショートくんとモサレックス、思った以上にすごかった」

「……やっぱカツキへの信頼がスゲェなぁ、おめェ」

 

 あれだけ怒ったりぞんざいに扱われたり、そもそも失礼極まりないあだ名で呼ばれ続けていたりしても、幼少期から行動をともにしているゆえの感情の重みというのは厳然と存在しているのだ。──エイジロウ自身にも、そういう存在はいた。

 

「ふむ……ならばちょうど寝るところでもあるし、熟睡対決というのはどうだ?」

 

 「平和的だぞ!」とテンヤ。それは否定しないが、平和的……というか牧歌的すぎて勝負にならないのではないか。

 

「じゃあじゃあ、寝たら起きない対決がええんんちゃう?寝てるふたりをくすぐったり、顔に落書きしたりして、起きなかったほうの勝ち!」

「……それ、あなたがやりたいだけじゃ?」

「ちょっとまつティラ!ディメとモサのこと、わすれてるティラァ!!」

 

 そういえばそうだ、これはあくまでチーム対抗戦なのだ。

 

「あはは……やっぱり、寝ながら考えるよ。皆が最終的に納得できる形じゃないと、意味ないもんね」

 

 いちばんの問題はディメボルケーノとモサレックスの対立である。6,500万年の積み重なった想いを、少しでも吐き出させてやらなければ。

 イズクはイズクなりに考えていた。ただ、怒りを爆発させたわけではないのだ。

 

 

──とはいえ皆、慣れない海での生活に疲れてか、いざ寝床に入るとあっという間に熟睡してしまっていた。

 

「くかあぁ……」

「うぅむ……」

「おもちがいっこ……おもちがにこ……」

「………」

 

 一方のショートは妙に目が冴えてしまい、眠れずにいた。旅立ち初日の夜、このように野宿?するのは初めてでもある。慣れない環境に神経を逆立てる程度の繊細さは、彼にもあった。

 

「……はぁ、」

 

 ため息をつきつつ、彼は結局寝床を抜け出した。──それに気づいた者がいたけれど、彼()から声がかかることはなく。

 

 向かった先は、同じように黄昏れている相棒のところだった。

 

「眠れぬのか、ショート?」

「ああ……。あなたもだろ、モサレックス」

 

 「まあな」と曖昧に頷くモサレックス。実際騎士竜にどの程度の睡眠が必要なのか、ショートにもよくわかっていない。食事にしてもそうだが、"できる"というだけで実際にはその必要もないのかもしれない。鋼鉄の身体である以上は。

 

「なあ、モサレックス。……まだ一日だけだけど、俺はあいつらと一緒に旅に出て良かったと思ってる」

「……あのカツキとかいう小僧に、邪険にされてもか?」

「ああ」即答だった。「あいつとは、もっと仲良くできればと思ってる。……でも、先に突き放したのはこっちだ。信頼してもらえるように、これから頑張るしかねえ」

「………」

 

「あなたも本当は、モサレックスと仲直りしたいんじゃねえのか?」

 

 モサレックスは沈黙したままだった。明確な肯定はないけれど、否定はしない。迷うところもあるのだろう。

 

「……6,500万年ぶんの溝を埋めるのは、容易いことではない。元々水魚の交わりをしていれば、尚更だ」

「……そうかもな」

 

「でも……時間がかかったとしても、いつかちゃんと、仲直りできると良いな」

 

 そう言って、ショートは微笑んだ。──ああ、やはりそうだ。この少年はズレたところもあるけれど、他人のために心を砕ける優しさをもっている。ただ自分の思想を吹き込みやすいからではない、そういう英雄の資質をもつ子供だと思ったから、相棒たる騎士(リュウソウゴールド)に選んだのだ。

 

 

「………」

 

 そんなひとりと一匹の様子を、岩陰から伺う少年と騎士竜がいた。今しがた名前を出された彼らは、揃って複雑な表情を浮かべている。

 

 相手の本音に、初めて明確に触れた。

 もとより冷徹な振る舞いはつくったものだとは薄々理解してはいたけれど、どうしても受け入れられなかった。その意地めいた感情が、ゆっくり融けていくのをカツキは感じていた。それはディメボルケーノも同じだろうと思う。"仲直り"という言葉をぽつりと復唱するのを、カツキは聞き逃さなかった。

 

 そうして暫く経った頃、不意にショートが踵を返した。

 

「そろそろ寝るか、明日は第三試合もあるしな」

「うむ……おやすみ、ショート」

「ああ、おやすみ」

 

 こちらへ向かってくる。となれば当然、カツキたちのいる岩陰も視界に入るわけで──

 

「お、」

「ッ!」

 

 視線がかち合い、カツキは縫い留められたかのようにその場から動けなくなった。

 

「……聞いてたのか?」

「ッ、てめェがどこ行く気かわかったもんじゃねーからな!!」

 

 今となっては心にもない発言だった。案の定、ショートの表情が寂しげに曇る。

 

「……俺のこと、そんなに信用ならねえのか?」

「………」

「最初におまえたちを疑っていたのは俺たちのほうだ。だからもちろん、文句を言う筋合いがないのはわかってる。でも──」

 

 信じて、ほしい。ゆれるオッドアイが、声にせずともそう主張している。

 

「……俺ぁ、簡単に他人を信用しねえことにしとる」

「……そうか」

 

「ま……てめェに限ったハナシじゃねーけどな」

「!」

 

 はっと俯いていた顔をあげるショート。この男は馬鹿ではないと、カツキは頭に刻み込んだ。

 

「戻んぞ、ディメ公。──それとも、モサ公と居てェか?」

「!」

 

 カツキのひと言で、義兄弟の契りを結んだ二大騎士竜が互いを意識しあう。彼らの本心は、既に互いを向いている。あとはきっかけひとつだった。

 

「……モサレックス、俺は──」

「………」

 

 心を燃やしたディメボルケーノが、何かを口にしようとしたときだった。

 

「────ッ!?」

「!、どうしたモサレックス?」

 

 突然モサレックスの様子が変わる。──彼が海水を通して異変を察知できる能力持ちであることは、皆すでに知るところだった。

 

「この気配……マイナソーだ!」

「何ッ?」

「イズクたちが危ないぞ、戻れ!」

 

 最後まで聞き終わらないうちに、彼らは走り出していた。

 



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17.賢者vs猛者 3/3

 平穏そのものだった夜の海底が、おどろおどろしい怪物のすみかに成り果てている。

 

「うあ、ああ……ッ」

「ぐうぅ──!」

 

「──皆……!?」

 

 野営地に戻ってきたふたりは、絶句した。大量の触手によって、エイジロウたちが絡め取られている。チーサソウルで小型化していることが災いして、騎士竜たちも同様の状態に陥っていた。

 そしてその触手たちの根元に、あまりに悍ましい魚人の姿があった。魚というのも形状から推測できるという程度の話で、具体的な種に比定できるわけでもない。

 

「ッ、おい!何があった!?」

「ぅ……かっ、ちゃ……。わから、ない……寝てたら、突然……!」

 

 不意打ちを受けたということか。実際モサレックスも、ぎりぎりまでその気配に気がつかなかったのだ。

 

「マド、ニ……マドニ……」

 

 意味のわからない言葉を呪文のようにつぶやきながら、マイナソーは皆を締めつけている。──その個体名を"ダゴンマイナソー"と言うのだが、カツキたちは当然そんなことは知らない。

 

「チッ……おい、半分野郎。マイナソーを先にブッ殺したほうの勝ちだ」

「これが第三試合ってことか?」

「クソデク風に言うならな」

 

 「わかった」と頷くショート。対決姿勢とは裏腹に──彼らは同時に、リュウソウルを構えた。

 

「「リュウソウチェンジ!!」」

『ケ・ボーン!!』

 

『ワッセイ!ワッセイ!そう!そう!そう!』『ドンガラハッハ!ノッサモッサ!』

 

『ワッセイ!ワッセイ!それそれそれそれ!!』『エッサホイサ!モッサッサッサ!!』

 

 ふたつの起動音声がかしましく重なり合い、黒と金のちいさな騎士たちが輪になって踊り狂う。

 そして、

 

『リュウ SO COOL!!』

 

 ふたりは一瞬にして、リュウソウメイルの装着を完了した。

 

「──いくぞおらァ!!」

 

 先手必勝とばかりに、カツキ──リュウソウブラックが走り出す。ツヨソウルで竜装し、ダゴンマイナソーとの距離を詰めていく。

 無論マイナソーも、ただ黙って見ているわけはない。残る触手をこれでもかとばかりに差し向けてくる。

 

「どんだけウネっとんだ、クソが!!」

 

 独特のワードセンスで吐き捨てつつ、触手を切り裂く。しかし本体は遠い。ブットバソウルなら、もっと強引に迫れるのだが。

 それでも地道に斬りつけていたらば、マイナソーはより卑劣な手段に出た。ブラックの面前に、よりによってイズクを突きつけたのだ。

 

「ッ、デク……!」

 

 これには流石のカツキも躊躇わざるをえなかった。そしてその隙に、背後から触手が迫る──!

 

 刹那、激しい破裂音が響き渡った。

 

「!」

「背後に気をつけろ、カツキ」

 

 振り向けば、冷静な声音で告げるゴールドがモサチェンジャーを構えていた。その勢いに乗じ、彼は正確無比な射撃で触手を撃ち貫いていく。

 

「チッ、そりゃあ裏切るヤツの台詞だクソが!!」

「そうか、悪ィ」脊髄反射のような謝罪をしつつ、「俺が援護する。構わず、本体に突っ込め」

「!、てめェ……」

 

「"倒したほうが勝ち"だろ?」──そう言って不敵に笑う栄光の騎士の姿に、カツキは腹の中がぐわっと熱くなるような錯覚を覚えた。それは常日頃渦巻く憤懣とは似て非なる感情だったけれど、ここは戦場だ。そのことに思いを致している暇はない。

 

「──なら、そのまま倒したらぁ!!」

 

 己を奮いたたせ、ブラックは再び前進を開始した。そのたび迫るダゴンマイナソーの触手は有言実行、ゴールドの射撃が防いでくれている。彼がたしかな実力の持ち主であることは、カツキも認めるところだった。

 と、触手が届かないことに焦ってか、マイナソーは再び卑劣な人質戦法をとってきた。今度はとりわけ念入りに拘束されたエイジロウが、目の前に突き出される。

 

「ッ、俺に構うな……!やれ、カツ「うぉらぁぁぁッッ!!」……えっ」

 

 確かに彼は構わなかった。それこそエイジロウを一刀両断にするつもりなのではないかという勢いで、刃を振り下ろす。同じく囚われた仲間たちも、まさかと思うような光景。

 

「ふッ!」

 

 しかしそこにゴールドの支援があるとなれば、話は変わってくる。彼はすかさず触手を撃ち抜き、エイジロウを拘束から解放したのだ。

 

「うお──ぐほッ!?」

「邪魔だクソ髪!!」

 

 地に伏せたエイジロウを容赦なく踏みつけ、跳躍するブラック。「あんまりだぜ……」とさめざめ泣くエイジロウは、今後暫く同情を集めることになる。

 

「死ねェ、キモ魚野郎!!」

「……!」

 

 リュウソウケンの柄に手をかけ、

 

『それ!それ!それ!それ!──その調子ィ!!』

 

「マイティ、ディーノスラァァッシュ!!」

 

 刃に込めたエネルギーを、薙ぐようにして飛ばす。

 

「マ、マドニィィッ!!?」

 

 直撃をとった。その衝撃で触手群から力が抜け、皆がばらばらと解き放たれていく。皆、程度の差はあれきつく締めつけられていたので、すぐに起き上がることはできなかったが。

 しかし──ダゴンマイナソーに致命傷を与えるには、至っていない。

 

「チッ……死ねっつったら死んどけや、クソが」

「──カツキ!」

 

 ゴールドが背後から駆け寄ってくる。その間の悪さ、カツキは余計に苛立ちを覚えた。どうせなら、これを好機と捉えて迅速にマイナソーにとどめを刺せば良いものを。

 

「あいつ、見かけより硬ぇ。もっと強い力……ディメボルケーノのソウルを使うんだ」

「あ゛?……アホか、海ン中じゃ火は弱まンだよ」

 

 だから今もブットバソウルを封印しているし、宮殿ではあのクレオン相手に苦戦を強いられたというのに。

 

「俺の雷の力と合わせれば、本来の……いや、それ以上の威力を出せる。前にモサレックスが教えてくれたんだ」

「!」

 

 モサレックスが。きっとかつての戦いで、ディメボルケーノとともに実践したことがあるのだろうとショートは考えていた。ならば、自分たちも。

 

 考え込む様子を見せるブラックに対し、傍らからまさしくそのメラメラソウルが投げ渡された。

 

「使え、カツキ……!」

「!、クソ髪……」

「おめェらの連携プレー、見せてくれよ!」

 

 "連携プレー"──その言葉に、意外にもさほどの反感は抱かなかった。カツキにとってショートは、業腹であると同時に、対抗意識をもつくらいには高い実力の持ち主と認めた存在でもあるのだ。

 

「ならそのまま這って見てろや。──メラメラソウル!!」

 

 燃える焔のリュウソウルが、初めてブラックの剣に迎え入れられる。

 そして、

 

『強!』

 

 一回、

 

『リュウ!』

 

 二回、

 

『ソウ!』

 

 三回、

 

『そう!』

 

 四回。

 

『──この感じィ!!』

 

 

『メラメラソウル!メラメラァァ!!』

 

 ブラックの胴体を覆うように、焔が巻き起こり……それがそのまま、燃えるオレンジの鎧へと変わる。

 

 さらに、栄光の騎士も。

 

『──強・竜・装!!』

 

 黄金の鎧を纏うと同時に、合身銃剣モサブレイカーを構える。

 

「は──行くぞオラァ!!」

 

 再び駆け出すブラック。その背にゴールドが──銃口を向ける。

 

「──ファイナル、サンダーショット……!」

 

 放たれる電光弾。先ほどの「背後に気をつけろ」という言葉と相まって、本格的な裏切りにも思える行動だが、当然そうではない。

 すわ背中に着弾かという瞬間、振り向いたブラックが刃でもって弾丸を受け止めたのだ。

 

 それは弾かれることも対象を弾き飛ばすこともなく、リュウソウケンそのものに吸収されていく。バチバチと火花が散り……刹那、驚くべきことが起こった。

 

 刀身が光をまとって赤熱し、周囲の水分を蒸発させはじめたのだ。水剋火の原理にさえ打ち勝つほどのエネルギー。

 

「マド、ニィ……!」

 

 業を煮やしたダゴンマイナソーが残る触手を差し向けてくるが、もはや趨勢は決している。光り輝くリュウソウケンは一閃とともにそれらを切り裂き、焼き尽くす。──残るは、本体のみ。

 

「──インディグナントォ、ディーノスラァァァッシュ!!!」

 

 光輝を纏いし焦熱の刃が、深淵の眷属に振り下ろされた。

 

「!!!!!!!」

 

 断末魔の悲鳴とともに、ダゴンマイナソーが真っ二つに切り裂かれる。マイナソーは所詮エネルギーの集合体なので、生物に見えても内臓などが飛び散ることもない。ただ爆発を起こし、跡形もなく消滅するだけだ。

 

「やったな、カツキ」

 

 寄ってきたゴールド──ショートが、事も無げな口調で喜びを表す。毒気を抜かれるとはまさにこのことか。

 しかし次の発言は、聞き捨てならないもので。

 

「でも……これで第三試合は、俺の敗けか。あまり無茶な命令はしないでもらえると助かる」

「ハァ!?」

 

 何を言っとるんだコイツはと思ったが、確かに直接とどめを刺したのはカツキに違いなかった。

 

「……完膚なきまでに叩きのめすっつったろうが。てめェに力借りてマイナソーブッ殺したとこで、勝ちとは言えねえんだよ」

「……つまり、引き分けっつーことか?」

「もうそれで良いわ」

 

 「そうか」とつぶやくショートは、鉄兜の下で笑っているようだった。ほんとうに、掴みどころのない男だ──

 

「……ぁ、いあ……くとぅるふ……ふたぐん……」

「!」

 

 不気味な声が地の底から響き出したのは、その直後だった。

 身構えたのもつかの間、黒い霧を噴出しながら蛸に似た巨大な怪物が姿を現す。ダゴンマイナソーに輪をかけて悍ましい、見ているだけで心を犯されるような姿かたちをしていた。

 

「もう一匹いたのか……!?」

「チッ、子分やられて、親玉が出てきたっつーわけかよ」

 

──クトゥルフマイナソー。確かにダゴンマイナソーを支配する存在であった。そして"子"を害するほどの獲物を感知して、闇の中より姿を現したのである。

 

「いあ……いあ……」

 

 やはり意味不明な鳴き声を発しながら迫るマイナソー。身構えたふたりだったが、そのとき背後から『ケ・ボーン!!』と声が響いた。

 

「選手交代だ。カツキ、ショート!」

「俺たちも使命を果たさなければ!」

 

 騎士竜たちも既に意気軒昂である。巨大な敵を相手にしては、彼らの存在抜きでは戦えない。

 

 

「──竜装合体!!」

 

 四人と四匹がひとつとなり、キシリュウオータイガランスが誕生する。彼()はそのスピードでもってクトゥルフマイナソーの背後に回り込み、斬撃を繰り出した。

 

「よし!この調子で……」

 

 相手は反応も、動きも鈍い。キシリュウオータイガランスのスピードでもって切り刻んでいけば、勝利はそう遠くない。

 しかしこの深淵の魔物に対して、それは甘い考えと言わざるをえなかった。

 

「ふんぐるい むぐるうなふ」

 

 不気味な声が響いたかと思うと、マイナソーの身体からまたあの黒い霧が発生した。それはあっという間にキシリュウオーを包み込んでしまう。

 

「なんだ……?」

「目くらましか、こんなもの──!」

 

 目くらましなどではなかった。

 

「ティラ、アァァ……!?」

「!、どうしたティラミーゴ!?」

 

 ティラミーゴだけではない。霧に直接触れた騎士竜たちは皆、一様に異常をきたしはじめたのだ。当然キシリュウオーは動けず、その場に膝を屈することとなった。

 

「うがふなぐる ふたぐん」

 

 巨人をその場に虜にして、クトゥルフマイナソーはゆっくりと触手を伸ばしはじめた。ダゴンマイナソーと同じ行為。しかし、

 

「あれに取り込まれたら、戻ってこれねえ……そんな感じがする」

「チッ、だったらやるこたぁひとつだろ」

 

 もとより傍観者でいるのは性に合わない。──それは、"彼ら"も同じだった。

 

「──ショートォ!!」

「!」

 

 来た!振り向いたふたりは、しかし驚愕を覚えさせられた。

 泳ぎくるモサレックスの隣に、駆けるディメボルケーノの姿があったのだ。

 

「おまえたちの協力する姿を見て、目が覚めた……!」

「我らは過去の怨讐を乗り越えなければならなかった……。──もう一度、()()と力を合わせて戦う!!」

「モサレックス……!」

「ディメ公……」

 

「「──我ら、心をひとつに!!」」

 

 刹那、さらに驚くべきことが起きた。モサレックスとディメボルケーノ、双方の身体がばらばらに分離したかと思うと、一ヶ所に寄り集まったのだ。そこに従者たるアンモナックルズも駆けつけ、ひとつとなる。──心だけでなく、身体も。

 

「これは……!」

「「騎士竜、スピノサンダーだ!!」」

 

 陸海の結合の象徴。合身騎士竜スピノサンダーは、果敢にも黒い霧の中に突き進んでいく。

 

「こんな闇……!」

「我らの力で、振り払ってくれる!」

 

 言うが早いか、スピノサンダーはモサレックスそのままの頭部から雷を放った。それは放出と同時に激しい閃光をばら撒き、闇を呑み込んでいく。──霧が、晴れていく。

 

「いあ いあ……!」

「「貴様もこの雷を受けてみよ!!」」

 

 今度は露になったクトゥルフマイナソーに対して、放つ。スパークする電撃はその高温でもって、海中にもかかわらず発火を促す。触手が燃え上がり、マイナソーは悲鳴じみた声をあげた。

 

「キシリュウオー、動けるか!?」

「ッ、」

 

 闇に蝕まれていたキシリュウオーが、ぎこちなくも立ち上がる。スピノサンダーの光が、それを消し去ってくれた以上は。

 

「僕らだって、負けてられない……!」

「ああ……!いくぜ!!」

 

 ナイトランスを振り上げ、キシリュウオータイガランスは跳び上がった。

 

「「「「タイガーソニック、ランサー!!!」」」」

 

 その鋒がクトゥルフマイナソーに突き立てられ──戦いは、終わった。無論、リュウソウジャーの勝利という形で。

 

 

 *

 

 

 

「では兄弟……改めて、よろしく頼む!」

「こちらこそ、兄弟。──では出発するぞ!!」

 

 泳ぎだすモサレックス。その背にはエイジロウたちリュウソウ族の面々、そしてディメボルケーノ以下ミニ騎士竜の姿がある。──二匹の和解により、当初の予定通りモサレックスに乗って移動することになったのだ。

 

「はぁ〜……いっときどうなるかと思ったけど、無事仲直りできてよかったねぇ」

「うむ、仲良きことは美しきかな!」

「……あの人たちもですか?」

 

 コタロウが指差した先では、

 

「おらデクゥ、とっとと次の対決考えろや。ン?」

「そうだぞイズク。このままじゃ俺たち、収まんねえ」

 

 カツキとショートが、イズクを左右から挟み込むようにしてねちっこく絡んでいた。当然イズクは困り顔である。

 

「ちょっ……なんだよきみたち、十分仲良くなってるじゃないかぁ!」

「なっとらんわ、アホか」

「イズク、頼む。早く」

「もおぉ!」

 

「へへ……また賑やかになりそうだな!」

 

 これからの前途を思って、エイジロウは笑みを浮かべるのだった。

 

 

「たいへんティラ!カツキにほっとかれて、ミルニードルがすねてるティラ〜!!」

「えぇっ?」

「ハァ!?」

 

 早速暗雲が立ち込めているのは……まあ、ご愛嬌である。

 

 

 つづく

 

 




「温泉!」
「この地を、私色に染め上げてやるでショータァイム!」
「姉さんを、救けて……!!」

次回「秘湯の死闘」

「僕たちの騎士道……見せてやるッ!!」


今日の敵‹ヴィラン›

ダゴンマイナソー

分類/アクアン属ダゴン
身長/205cm
体重/147kg
経験値/293
シークレット/深淵の魔物"ダゴン"に似たマイナソー。深海の暗闇にひそみ、近づいてきた獲物を捉えて引きずり込むと言われている。
実は後述のクトゥルフマイナソーの眷属にすぎない。

クトゥルフマイナソー

分類/アクアン属クトゥルフ

身長/46.8m
体重/732t
経験値/853
シークレット/深淵の魔物"クトゥルフ"に似たマイナソー。眷属であるダゴンマイナソーと同様、触手で獲物を絡め取る。またその身から放出される漆黒の霧に取り込まれた者は、心身に異常をきたしてしまうぞ!

ひと言メモbyクレオン:海底に体液をばら撒きまくったら生まれたヤツら……なんだけど、ガチレウスには制御できなくて放置されてたっぽい!実際けっこーヤベェヤツらなんだけどやられちゃったね!残念!!


クトゥルフネタはもっとガチな敵に使いたかったんですが、海系のマイナソーはここしかないと思って出しました。しょっぱい扱いですみません……(作者より)


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18.秘湯の死闘 1/3

 

 閑寂の中にあった"その場所"に──この日、ドルイドンの種族旗が掲げられた。

 

「HA☆HA☆HA☆HA!今日からここは、私の貸切……再びこの地を、私色に染め上げてやるでショータァイム!!」

「よっ、ワイズルーさま!」

 

 酷薄なるエンタティナー・ワイズルー、そしてすっかり彼のお供が板についた宇宙人?・クレオン。

 祝杯をあげる彼らは、その間隙を縫って逃げ出す少年の存在に気がつかなかった。

 

 

(誰か、誰か救けて……!──勇者さま……!)

 

 

 *

 

 

 

 騎士竜モサレックスの背に乗り、南に向かって海底航行を続けてきたリュウソウジャーの面々。

 ついに彼らは、南の大地へと上陸したのだった。

 

「うおぉッ、陸だぁーーッ!!」

「ティラ〜っ!!」

 

 黄金色に輝く砂浜から跳び上がるようにして、叫ぶエイジロウとティラミーゴ。続く仲間たちは一様に微笑ましげな表情を浮かべている。そうでない者もいるが。

 

「現金ですね。この前は"海だぁーーッ"ってはしゃいでたのに」

「まあ、気持ちはわかるよ。三日ぶりの太陽だもんね」

 

 海底にも太陽光は降りそそぐが、光量は地上と比べるべくもない。太陽の下で元気になる男エイジロウ、実に単純である。

 

「ショートくんはどうですかっ、初めて陸に来てみて?」

「……眩しい。あと、身体がやたら軽い感じがする」

 

「でも、悪くねえな」──そう言って微笑むショートの顔を目の前で見てしまった結果、オチャコは思わず胸を押さえた。

 

「ど、どうした?大丈夫か?」

「か、顔が……良すぎる……!」

「??」

 

 困惑するショートであった。

 

 

『──チーサソウル!ミニミニッ!!』

 

 気を取り直したオチャコが、モサレックスめがけてチーサソウルを発動させる。みるみる縮んでいく黄金の魚体。

 そして、

 

「からの〜……ほいっ!」

 

 ちょっとした魔法を使い、海水の一部を球状に変えてミニモサレックスの周囲を覆わせた。

 

「よし、これでオーケー!どう、モサレックス?」

「ふぅむ……悪くない」

「ありがとな、オチャコ」

「どーいたしましてっ!──じゃ、早速出発する感じ?」

「その前に、ここはどの辺りなんだ?見たところ、近くに街はないようだが……」

 

 テンヤの疑問を受けて、イズクが地図を広げる。彼らが上陸予定だったのはオウスという、南の大地における最大級の港湾都市なのだが。

 

「周辺の雰囲気から言って……たぶん、この辺りじゃないかな」

「ム……予定よりだいぶ、東に上陸してしまったようだな」

 

 海底では正確な方角も判然としないのだから、無理もない。それに、この周辺にも小さいが人里はある。住人たちがドルイドンの脅威に晒されていないか、見て回ることも大切な役割だ。

 

「そうそう!この辺りには、"良いトコロ"もあるんだ」

「良いトコロとは?」

「それは行ってみてのお楽しみ!ね、かっちゃん?」

「あ゛?……おー」

 

 エイジロウたちは瞠目した。あのカツキが、生返事とはいえ肯定を返すとは!

 

「じゃ、まずはそこに向かってみっか!イズク、カツキ、案内してくれるか?」

「もちろん!」

「知るか、勝手についてこいや」

 

 イズクとカツキを先頭にして、一行は歩き出す。カツキさえも認める"良いトコロ"、果たしてどんな場所なのだろう。皆、胸を躍らせていた。

 

──のだが、

 

「な、な……」

 

「なんなん、これぇぇ──!?」

 

 オチャコの悲鳴じみた声が、辺り一帯に響き渡る。

 

「地面が、柔けぇ!」

「あ、歩くたびに沈むんだが……!?」

 

 軽装のエイジロウなどはまだしも、元々の体重が重いうえ鎧を身につけたテンヤなどは完全に足が埋まってしまう。──そう、砂浜の先には湿地帯が広がっていたのだ。

 

「この辺りの土は……沼地の湿気を、含んでるから……っ!この通りっ、ドロドロ、なんだ……!」

 

 四苦八苦しながらのイズクの説明。原理はわかったが、正直なんの解決にもなっていない。

 

「……こんなんじゃ、街につくまで何ヶ月かかるやら」

「なぁ。リュウソウル使って、どうにかできねぇのか?」

「!、それだ!」

 

 「えーっと確か……」とつぶやきつつ、荷物を漁るエイジロウ。そして、

 

「あった!よし、こいつで……──カワキソウル!」

『カワキソウル!カッピカピ!』

 

 チャージしたソウルのエネルギーを、刃を通して地面に送り込む。──すると、周囲の地面が急速に水分を失って乾いていくではないか。

 

「おおっ、ダイノ古代遺跡群で見つけたリュウソウルか!」

「おうよ!へへっ、やっぱどんなソウルにも使いどきがあるもんだな」

「そうだね、流石エイジロウくん。僕も思いつかなかったよ」

「そ、それほどでもねえぜ……エヘヘ」

「赤くなんなや、きめェ」

 

 ともあれ、失われた水分もすぐに沼地から流れ込んでくる。元の木阿弥に戻ってしまう前にと、一行は再び歩き出した。

 

──のだが、今度は。

 

「お」

 

 いきなり気の抜けるような声を発したかと思うと、ショートがよりによってコタロウの背後に隠れるように飛び退いた。

 

「……何してるんですか?」

「変なのが」

「変なの?……ああ」

 

 ショートの言う"変なの"を地面から拾い上げて、コタロウは言った──「カエルじゃないですか」

 

「かえる……?」

「うむ、川や沼地などの水辺に生息する生き物だな。四肢があって、水中でも陸上でも活動できるのが特徴的だ!ただし幼体はオタマジャクシと言って、魚と同様水中でしか生活できないぞ!」

 

 叡智の騎士による解説に目を瞠りつつ、ショートは恐る恐るカエルなる生き物に手を差し伸べた。すると軽やかな跳躍とともに指にくっついてきて、またしても驚かされたのだが。

 

「おまえも水陸両用なのか。……仲間だな、俺たち」

「ぶっ」

 

 心底から同感を抱いたような口調でショートが言うものだから、エイジロウとオチャコ、そしてイズクは思わず噴き出しそうになった。カツキは相変わらずの仏頂面、コタロウは「なに言ってんだこの人」と言いたげな表情である。唯一テンヤだけは、

 

「おお、考えてみると確かにそうだな!」

 

 こんな調子である。王子と単なる名家──リュウソウ族基準で──の出という違いはあれ、お坊ちゃんコンビは揃って天然の騎士でもあった。

 

「こ、この辺はカエルがいっぱいいるから。湿地帯だし」取り繕うように、イズク。「これから行くところも──」

 

 微笑ましい時間はそこまでだった。カエルの合唱が響くばかりだった一帯に、響くかすかな声。五感の鋭いリュウソウ族の少年たちには、それが何と叫んでいるか捉えるのはわけもないことで。

 

 誰が指示を出すまでもなく、エイジロウたちは走り出した。ともに最後列にいたショートだけはコタロウを気遣ったが、それは不要だと押し返す。勇者だった母のことを吹っ切ろうとしている少年にとって、彼らの行動の支障になることだけは避けたかったのだ。

 

 

 少年といえば、救援を乞い走っているのもまた少年だった。イズクのそれより深い緑の滑らかな頭髪が揺れ、周囲に生息するカエルの遺伝子を引き継いだかのような顔立ちが疲労と戦慄に歪む。背後からは、「ドル、ドル」という耳障りな声が確実に迫ってくる。

 

「……ッ」

 

 息が上がる。このままでは早晩追いつかれ、再び捕らわれるか最悪その場で殺されるだろう。救けを求める声をあげたが、近くに人がいるかどうかすら怪しい。まして勇者でもなければ、我が身を重んじて聞こえぬふりを決め込むかもしれない。少年の心を、絶望の霧が覆いつつあった。

 そこに、

 

「ハヤソウル!!」

「ブットバソウルッ!!」

 

 例のごとくスピードには長けているイズクと、久々にブットバソウルが使えるということで張り切るカツキが先行した。一寸遅れて、スピードでは負けたくないというテンヤが続く。

 彼らがドルン兵たちに斬りかかったところで、呆気にとられた少年をエイジロウとオチャコが保護した。

 

「きみ、怪我ない!?」

「もう大丈夫だ、俺らにまかせろ!」

 

 笑顔を浮かべて励ますと、ふたりも前線に出ていく。「俺がこの子の傍にいるから」──飛び道具をもつショートがそう言ってくれたことで、彼らも遠慮する必要がなくなったのだ。

 

 彼らの鋭い身のこなしと剣を前に、子供を甚振るつもりでいたドルン兵たちはばたばたと薙ぎ倒されていく。エイジロウたちにしても、この程度の戦いなら竜装するまでもないものだった。もとより村の騎士たちは、物量の差もあるとはいえ、リュウソウケンとリュウソウルのみでドルン兵ばかりかマイナソーをも倒してきたのだから。

 

 敵の数が十に満たないこともあって、戦闘は五分とかからなかった。終わる頃にはコタロウも追いついてきて、状況を整理する余裕が生まれる。

 

「……大丈夫?」

 

 コタロウがおずおずと声をかけると、俯き加減でしゃがみこんでいた少年はやおら顔を上げた。それを見て、イズクが「あっ」と声をあげる。

 

「きみ……サミダレくんじゃないか!」

「ケロ……お久しぶりです。イズクさん、カツキさん」

「なんだ、知り合いなのか?」

 

 訊くエイジロウに対し、カツキから返ってきた答は「見りゃわかんだろ」。それはその通りだが、ものごとには順序というものがある。

 

「これから行こうとしてた場所の、息子さんなんだ」イズクが代わりに答え、「それで……どうしてドルイドンに追われていたの?」

 

 このサミダレという変わった名前の少年が何をどこまで知っているか、エイジロウたちにはわからない。ゆえに口出しせず様子を見守っていると、カエルに似た──やや人間離れしているが愛らしい──顔立ちが、一気に紅潮した。

 

「お願いしますッ、姉さんを……みんなを、救けて……!!」

 

 

 *

 

 

 

 順を追って説明しよう。

 

 まずイズクたちが"良いトコロ"と称した目的地は、沼地の奥深くにある温泉だった。サミダレ少年は、そこで宿を営む一家の長男である。数ヶ月前、この地を訪れたイズクとカツキはそこに宿泊し、知縁が生まれたのだという。

 

 そして彼がドルン兵に追われていたのは、たった半日ほど前の出来事に起因していた。

 

「昨夜のことでした。突然、ショータイムショータイム言ってる変なドルイドンが宿に押し入ってきて──」

(……ワイズルーか)

 

 わずかな時間対峙しただけのショートでさえ勘づくのだから、かのドルイドンの癖の強さも知れたものである。

 閑話休題。

 

「僕ら、精一杯抵抗したけど……敵わなかった。みんな捕まって、あいつらのために働かされて……姉さんは──」

「!、ツユちゃん、どうしたの?」

「ッ、ドルイドンにくっついてた、緑色のキノコみたいなヤツに、何か飲まされて……」

「──マイナソーが生まれたんだな?」

 

 先んじたカツキの言葉に、サミダレ少年は握り拳を震わせて頷いた。彼はその光景を目撃していたのだ、それでいて姉を救けることもできなかった。手を伸ばせば届く場所にいたのに、何もできなかった──その悔しさは、痛いほどよく伝わってくる。

 

「大丈夫だよ、サミダレくん」

 

 だからこそ穏やかな声で、イズクはそう告げた。

 

「ツユちゃんも他のみんなも、僕たちが必ず救け出してみせる」

「!、でも……相手はドルイドンで……」

 

 やはりサミダレ少年、リュウソウジャーのことを知らなかったらしい。だから救けを求めてはみたものの、冷静になってみるとそれが如何に困難なことか思い至ったのだろう。常人で、ドルイドンに正面切って挑んで生きて帰ったものはいないのだから。

 

「心配ねえって!そのドルイドンなら、一回マグマん中に突き落としてやったからな!」

「えっ……」

「うむ、俺たちの使命はドルイドン退治だ。任せてくれ!」

「実際、この前もガチレウスを倒したしな」

 

 この、姉と歳も変わらないだろう人たちが?サミダレが疑問を抱くのも無理はなかった。しかし宿泊したときの様子から、少なくともイズクやカツキが荒唐無稽なでまかせを言うような人間でないことは伝わっている。観察眼に優れているという自負がサミダレ少年にはあった、宿に出入りする様々な人間を物心ついてから見てきているので。

 そしてそういう意味では負けていない同年代の少年が、彼に手を差し伸べた。

 

「言ったことはほんとにやるから、この人たち」

「ケロ……」

 

 逡巡の果てに──サミダレは、コタロウの手をとった。

 

「よろしく、お願いします」

「うん!──さ、行こう。善は急げだ!」

 

 宿に向かい動き出す一行。──当然その流れに従いながらも、オチャコはある引っかかりを覚えていた。

 

(ツユ()()()って……)

 

 そんなことを考えている場合でないのはわかっているのだが、どうしても気になった。異性慣れしていなくて、未だ自分にも遠慮があるイズクが、少し逗留していた宿の娘を"ちゃん"付けで呼んでいるというのは。

 単純な興味という以上に、もやもやしたものが胸に広がるのをオチャコは感じた。その原因が何か気づくのに、彼女には()()()()経験が圧倒的に不足していたのだけれど。

 

 



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18.秘湯の死闘 2/3

蛙吹家CV案(コンセプト:アオちゃん恐縮!大先輩来たる)

サミダレ:渡辺久美子(ケロロ・七宝など)
サツキ:小桜エツ子(タママ・ジバニャンなど)
ベル:渡辺久美子(サミダレと二役・あたしんちのお母さんっぽい感じで)
ガンマ:青空球児(ゲロゲーロ)

サミダレくんは大本眞基子さんも良いかなと思いましたが、やはりカエル繋がりで
でも大本さんのクールな少年ボイスも捨てがたいのでこちらはコタロウくんのCVということにします



 サミダレ少年の一家が営む宿は"かえらずの沼"という名前らしい。響きだけ聞くとなんだか縁起が悪い感じもするが、宿泊したお客様が温泉を気に入るあまり帰らなくなってしまう──というコンセプトなんだとか。実際イズクがかなり気に入っている様子で、なおかつカツキがそれを否定しないというのはエイジロウたちにとって相当の価値になる。

 

 しかしその愉しみを共有できるかどうかは、これからの戦いにかかっている。犠牲を出さずにワイズルーたちを倒す、最低でも少年の姉から生まれたというマイナソーは。

 

「──敷地をドルン兵が巡回してる。ワイズルーのやつ、本格的にここを拠点にするつもりかも」

 

 外から様子をうかがうイズクが、そんな推察を洩らす。実際建物には、ドルイドンの紋章をあしらった旗が掲げられていた。侵略するだけして人間を苦しめるばかりの連中だが、いちおう領土意識というものはある。それはワイズルーとて例外ではないらしい。

 

「強行突破は不可能ではないだろうが、最悪人質をとられることも考えられるな」

「っつっても、潜入は難しいんじゃねえか。俺たちは目立ちすぎる」

 

 いちばん目立つ頭髪の持ち主が言う。それは置いておくにしても、皆でぞろぞろと忍び込んで、というのは確かに現実的ではない。

 

「かっちゃん。陽動、やってくれる?」

「ア゛?陽動ォ?」

 

 片眉を吊り上げるカツキだったが、それは拒絶ではなかった。

 

「連中まとめて、ブッ殺しゃ良いんだろ」

「あはは……そうだね」

「──なら俺も残ろう!この通り身体が大きいからな、隠密には向かない」

 

 自ら申し出るテンヤ。──彼とカツキのふたりで猪のごとく突っ込み、派手に戦って敵の目を引きつける。その隙に残りの面子が裏口から侵入し、サミダレの家族を救出するという作戦だ。

 そしてそのサミダレは、「僕も行きます」と主張した。

 

「宿の中のこと、わかってる人間がいたほうがいいでしょう」

「……わかった。でも、僕らの傍から離れないで」

「ケロ、もちろんです」

 

 

──こうしてコタロウと騎士竜たちを残し、リュウソウジャーは二手に分かれた。エイジロウたちが裏へ回っていくのを見届けて、カツキが立ち上がる。

 

「足引っ張んなよ、クソメガネ」

「言うと思った。任せてくれ、きみの背中はきっちりカバーしてみせる!」

 

 カバーしてもらう必要など感じていなかったが、カツキのほうももう彼の性格には慣れたものだった。敵は多数、こちらの目的は陽動だから、あっと驚くような戦術が立てられるわけでもない。どうせなら一応周囲に気を配りつつ、楽しく戦うのが正解ではないか?

 

「だったらせいぜいついてこいや、──ブットバソウルッ!!」

 

 BOOOOM!!と文字通りの爆音を響かせ、カツキは敵の面前に飛び出していった。

 

 

「──カクレソウル!」

『カクレソウル!ドロンッ!!』

 

 ダイノ古代遺跡群で入手した新たなリュウソウルのひとつ、カクレソウルをイズクが使用する。それによって彼自身、そして周囲に集った面々の姿が風景に完全に溶け込み、不可視となった。

 

「ケロ……完全に消えちゃった」

 

 リュウソウルの強力な効果に、サミダレはただただ呆気にとられているようだった。実際、魔導士の中にはこういった魔法を使うものもいるが、それを傍目には玩具にしか見えないような小道具で簡単に再現しているのだ。

 

「これで視覚から見つかる心配はない。ただ足音や触れた感触は誤魔化せないから、気をつけて」

「おう!」

「おっけ!」

「あと……この通り、僕ら同士でも姿が見えない。基本的にサミダレくんの指定したルートで進む、そこから外れる場合は合図してね」

 

 てきぱきと指示を行き渡らせると、イズクはサミダレ少年の──透明になった──手を握った。

 

「サミダレくんは手、放さないようにね」

「ケロ……わかりました」

 

 どことなく斜に構えたような容貌に反して、サミダレ少年はとても素直で聡明な子だとイズクは知っていた。そしてとても家族想いであるとも。

 

「──行こう!」

 

 表から爆発音が響いたのを合図に、彼らは裏口から侵入を果たした。

 

 

 *

 

 

 

「ハァ〜……良いお湯だあ、傷に沁みる……」

 

 その頃のワイズルーはといえば、呑気にひとり温泉に浸かっていた。

 

 突然だが、湯治という言葉がある。湧き出す温泉にはふつうの水とは異なる豊富な成分が内包されていて、それが傷や病気によく効くと言われている。

 実のところリュウソウレッドにやられた傷が未だ癒えていないワイズルーは、その効能に目をつけたのだ。

 

「世界初、温泉を愉しむドルイドン……んふふ、エクセレント」

「──ワイズルーさまあ!!」

 

 穏やかな(?)ひとときに水を差す大声と、どたどたという足音。正直気分を損ねたワイズルーだったが、緊急事態だろうと当たりをつけて鷹揚に振り返った。

 

「ン〜、どうしたんだいクレオン?」

 

 緑のキノコ男、クレオンがちょうど浴場内に飛び込んでくる──と思ったら、ややぬめった床に足をとられて盛大にすっ転んでしまった。

 

「痛でッ!?……た、大変ですッ!!」

「見ればわかる!」

「じゃなくて!リュウソウジャーのヤツらが、表で暴れてまっす!!」

「!」

 

 一瞬驚きを露にしたワイズルーは、次いで「Oh…」と肩をすくめた。この温泉は知る人ぞ知る秘湯であり、沼地の奥深くという立地ゆえ人間もドルイドンもめったに訪れない。そのため今まで脅威に晒されずに済んでいたというのもあるが。

 いずれにせよ、遅れて上陸したリュウソウジャーが気づくことはないと思っていたのだ。逃げ出した子供から聞いたのだろうが、運が良いことだ。こういう番狂わせがあるから、戦争というのは面白い。

 

「どうします、人質とって叩き潰しますか?」

「表にいるのは、何人だい?」

「へっ?確か、リュウソウブルーとブラックのふたり……あっ」

 

 クレオンもようやく察しがついたようだった。

 

「残りの坊やたちはそのスキに乗じてこの中に侵入しているだろう、今さら動いてもtoo late!」

「そ、そっか……サーセン」

 

 肩を落とすクレオンだったが、

 

「問題ナッシング!むしろここにいる()()()を餌に、誘き寄せてやるの☆DA!」

「!、ラジャー!!」

 

 生き生きと敬礼して、今度は転ばないよう気をつけながら走り去っていく。なかなか可愛くなったものだとワイズルーは思った。ガチレウスに苛められたのが、よほど堪えたのだろう。まあ、どうでも良いことだ。

 

「眠り姫から抜け出た悪霊が、キミたちを待っているよ……リュウソウジャー」

 

 濁った水中にひそむ肉の塊を感じながら、ワイズルーは嗤った。

 

 

 *

 

 

 

 サミダレの家族四人中三人は今、厨房に集められていた。集められたうえで、ワイズルーのために作業をさせられていたというほうが正しいか。

 

「………」

 

 暗い顔で材料の皮剥きをしているのは、サミダレの父にあたるガンマ。名前の通り、ガマガエルに似たふっくらとした容姿だが、今は殴られたのだろう青痣が痛々しい。この宿の主人でもあった。そしてその横で、彼の妻であるベルが盛りつけを行っている。

 

「サツキ、これをあっちに運んでちょうだい」

「う、うん」

 

 そして末の娘である少女、サツキ。兄と比べて半分ほどの背丈しかないが、一応もののわかる年齢には達している。無作法にも厨房に入り込んでいるドルン兵たちが、嗜虐心を剥き出しにして自分たちを監視している──その事実に、恐怖と緊張を感じるくらいには。

 

 

「……みんな、」

 

 その様子を透明になった身体で覗き見やりつつ、サミダレ少年は唇を噛んだ。皆が逃してくれたおかげで、こうして救けに来ることができている。しかしそのために、監視はよりきつくなっているのだろう。父が傷をつくっているのを見ると、忸怩たる思いに駆られる。

 

「ドルン兵が三、いや、四体か……」

「私たちといっしょの数やね。それなら、一気に──」

「!、待って。死角にひそんでるのがいるかもしれない、もしかしたらマイナソーも」

 

 イズクは流石に冷静だった。これ以上誰にも手出しさせることなく、迅速に救出しなければならない。迅速と拙速は似て非なるものだ。

 なるほどなとショートは感心していたのだが、それもサツキが転んで熱湯をドルン兵の足元にぶちまけるまでだった。

 

「ドルッ!?──ドルゥゥッ!!」

 

 人間より余程皮膚の厚いドルン兵にとって調理用に熱した湯くらいわけもないのだが、それでも侮辱されたととったらしい。年端もいかない少女の胸ぐらを掴み、吊り上げてしまう。

 

「ゲコッ!?や、やめてくれ!!」

 

 慌ててガンマが縋りつくが、突き飛ばされてしまう。彼とサツキ、そしておろおろしているベルにまで、ドルン兵の魔槍は突きつけられた。

 

「ッ、あいつら──!」

 

 なんて非道なことを。エイジロウが怒りを燃え立たせたときにはもう、つい今しがた「待って」と指示していた少年が飛び出していた。

 

「この野郎ッ!!」

 

 童顔を最も際立たせる大きな瞳が、憤怒に染まっている。それを認めたドルン兵は次の瞬間、一刀両断に斬り伏せられていた。

 

「ッ、相変わらず漢らしいぜイズク!!」

 

 こういうところは誰かにそっくりなのだと思いつつ、エイジロウたちも突撃した。剣を叩きつけ、斬り伏せる。唯一ショートは、後方からの銃撃で金星を挙げていた。

 

「他に敵は……いねえみたいだな」

「皆さん、大丈夫ですか!?」

 

 訊くイズクの顔は、主人たちも記憶していたらしい。「あなたは、」と声があがる。

 

「──父さん、母さん、サツキ!」

 

 我慢ならなくなったサミダレが飛び込んできて、父にぎゅうぎゅうとしがみついた。

 

「サミダレ!ゲコ……無事で良かった!」

「ケロ……イズクさんたちが救けてくれたんだ」

「!、そうでしたか……ありがとうございます、本当に」

 

 心から謝意を述べるガンマたちに対し、イズクは柔和な笑みを浮かべて応じた。

 

「当然のことをしただけです。それより、ツユちゃんは?」

「ゲコ……ツユは魂を抜かれたようになって、怪物に連れていかれました。たぶん、大浴場のほうです」

「……わかりました。ツユちゃんのことも、僕らが。皆さんは逃げてください、サミダレくんも」

「ケロ、でも──」

「大丈夫だよ。かっちゃんたちが暴れてるおかげで敵はほとんど外に出てるし、大浴場なら道はわかるから」

 

 そう言って、イズクはサミダレの頭を撫でた。その姿を見て、先ほどのある種狂暴ともいえる義憤の嵐は見間違いだったのだろうかとすらショートは思った。リュウソウジャーの中ではいちばん小柄な少年だが、誰より測り難いものを感じる。

 

「エイジロウくん、万が一があるといけないから、サミダレくんたちの護衛についてくれる?」

「おう。ワイズルーブチのめせねえのは残念だけど、まかせとけ!」

「ありがとう。オチャコさん、ショートくん、僕らは大浴場へ。きっとそこにマイナソーもいる」

「うん!」

「わかった」

 

 エイジロウとサミダレたちをその場に残し、三人は再び走り出した。今度は見つかってもかまわないので、カクレソウルは使わない。ただ、先ほど言葉にした通り、ドルン兵たちの姿はもう見当たらなかった。

 先行するイズク。その背中を見ながら、

 

「なぁ、」

「!」

 

 突然ショートに話しかけられて、オチャコはびっくりした。彼は割と自然体というか、こういうときでも落ち着いた表情を浮かべている。海の王国を守っていた期間はオチャコたちが旅に出てからの期間より長いし、ほとんど独りで戦っていたのだから、もう場慣れしているのかもと思った。

 

「あいつ、いつもああなのか」

「……デクくん?」

「ああ。この前のときもそうだけど、柔けぇのに芯は硬ぇっつーか……なんか、難しいな」

 

 確かに、振れ幅の大きい少年ではある。カツキもそれは一緒なのだが、彼のように気難しいわけではなくて、困っている人、苦しめられている人をなんとしてでも救けなければという意志の強さというのだろうか。オチャコだって、まだそう付き合いが長いわけではないのだ。

 だから、言えることはひとつだけ。

 

「でも……イヤな感じ、ちゃうでしょ?」

「!、……ああ。そうだな」

 

 そう応えて、ショートは微笑んだ。──やはり、顔が良い。異性としてどきりとするものは感じるが、イズクが"ツユちゃん"と呼んでいたときほど強い感情ではなかった。

 

(私、どうしたんだろ……)

 

 150年余り生きてきて初めて味わう不思議な感覚に、オチャコの心は確かにかき乱されていた。

 

 

 大浴場は男湯と女湯に分かれていた。キケソウルで敵の気配を感じ取り、前者に忍び込む。女性のオチャコも一緒だが、非常事態なので遠慮はしなかった。

 

「♪〜」

 

 小さな脱衣場に入ると、通常の聴覚でも呑気な鼻歌が聴こえてくる。それが誰の声かは、既に考えるまでもなくて。

 

「──チェンジだ」

 

 言われるまでもなかった。

 

「「「リュウソウチェンジ!!」」」

『ケ・ボーン!!』

 

『ワッセイ!ワッセイ!そう!そう!そう!』『ドンガラハッハ!ノッサモッサ!』

 

『ワッセイ!ワッセイ!それそれそれそれ!!』『エッサホイサ!モッサッサッサ!!』

 

 重なりあう音楽。踊る騎士たち。

 そして、

 

『リュウ SO COOL!!』

 

 三人の身体が、リュウソウメイルに覆われた。

 

「行こう!正義に仕える──」

「──三本の!!」

 

 口上を叫びながら、浴場に突入する──

 

「ツルぅ──ッ!?」

 

 ツルッ──そう、三人はぬめった床に足をとられ、雪崩を打つように転けてしまった。

 

「痛だあッ!?」

「ッ、なんなんコレ!?」

「……尻打った」

 

 皆が痛みに顔を──鉄兜に隠れているが──顰めていると、湯けむりの中から気取った笑い声が響いた。

 

「HAHAHAHA、なかなかの道化っぷりだな坊やたち。コメディアンへの転職をオススメしまショータァイム!!」

「ッ、その澄ました声は──!」

 

 ざばあ、と湯が横溢し、声の主が姿を現す。勿体ぶるまでもない、ワイズルーである。

 

「よく来たNA、リュウソウジャー!今ここの床はとってもヌメヌメなので、気をつけるがよろしい!」

「ッ、何してくれてんだ!」イズクが怒鳴る。「滑って頭打ったら大変なんだぞ!だからちゃんと掃除を行き届かせてるのに……!」

「心配ナッシング、今日からここは永遠に貸切だ!!」

 

 そんなこと、許さない。許すわけがない。

 

「この温泉はツユちゃんたちの……そして皆のものだ!絶対に取り戻すッ!!」

 

 ぬるつく床に耐えながら、グリーン、そして続くふたりも立ち上がった。

 

「騎士竜戦隊!」

「「「──リュウソウジャー!!」」」

 

 

「僕たちの騎士道……見せてやるッ!!」

 

 困っている人を救ける──そんな、騎士道を。

 

 



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18.秘湯の死闘 3/3

温泉でいちゃいちゃする少年少女…イイよね


 

「死ィねぇぇぇ──ッ!!」

 

──BOOOOM!!

 

 振り下ろされる刃。それと同時に爆ぜる炎によって、ドルン兵たちが悲鳴をあげて吹っ飛ばされる。

 一方で、

 

『ハヤソウル!ビューン!!ビューーーン!!!』

 

 目にも止まらぬ速さで戦場を駆ける青。鍛えあげられたその肉体と剣技は、やはり敵の物量を削るのにひと役買っていた。

 

「よし……!──カツキくん、同時に決めよう!!」

「命令すんなッ、元々そのつもりだわ!!」

 

 背中合わせになり、リュウソウケンの柄に手をかけるふたり。恐竜の強面が、鋭い牙を覗かせた。

 

「ダイナマイトォ、」「フルスロットル、」

 

「「──ディーノ、スラァッシュ!!」」

 

──そして、ドルン兵たちは跡形もなく消滅した。

 

「ふぅ、片付いたか……」

「チッ、ムダに頭数揃えやがって」

 

 陽動という目的は果たせただろうが、随分時間がかかってしまった。今頃、中へ侵入した面子はどうしているか──

 

「──おぉーい!テンヤ、カツキーー!!」

「!」

 

 と、そこにエイジロウが現れた。サミダレのほか、揃ってカエル顔の面々が続くのを見て、ひとりを除いた家族を救け出せたのだとすぐにわかった。

 

「エイジロウくん!作戦はうまく行ったようだな!」

「へへっ、まぁな!」

「ンなことより、クソデクどもは?」

「そのままツユちゃんを救けに行った!俺たちも行こうぜ!」

 

 そのまま踵を返そうとするエイジロウだったが、

 

「待てやクソ髪。それよかミルニードルたちと合流すんぞ」

「へっ?でも──」

 

 中にはマイナソーやワイズルー、おそらくクレオンもいるのに。

 

「マイナソーの巨大化に備えるということか?」

「おー。で、そン前にデクがヤツらを追い出す。外で待ち構えとるヤツがいたほうがいい」

 

 カツキにしては珍しく、丁寧で論理立った説明だった。いやいつだって彼は、理不尽なようでいてきっちり考えた戦い方をするのだが。

 

「……やっぱ幼なじみだな、おめェら」

「ア゛ァ?なに言ってやがる」

「ヘヘッ、ほら急ごうぜ!サミダレくんたちも連れ出さなきゃだしな!」

「うむ、急ごう!!」

 

 噛み合っていないようで、自然と上手く回っている──なんだか不思議なチームだと、傍観するサミダレ少年は思った。

 

 

 *

 

 

 

 浴場内での戦いは、滑る床を考慮した形で行われていた。

 

『ノビソウル!ビロ〜ン!!』

『オモソウル!ドーーン!!』

 

 リュウソウケンを鞭のようにしならせるグリーンに、オモソウルから顕現した鉄球を操るピンク。それらの同時攻撃を、ワイズルーはなんとかステッキひとつで受け流していた。

 

「Shit……!そんな戦い方もありとは!」

「まだ終わりじゃねえぞ」

「!」

 

 すかさずゴールドがモサチェンジャーの引き金を引く。放たれる電光の塊に驚きつつも、華麗なステップでかわしていくワイズルー。──しかし、

 

「あらぁッ!?」

 

 見事に足を滑らせた彼は、そのまま温泉の中にリダイブした。

 

「し、しまった……!私も滑る!」

「……馬鹿なのか、おまえ?」

 

 王子の毒舌がぐさりと突き刺さる。強靭な精神力ですぐさま立ち直ると、ニの矢を撃ち出した。

 

「そろそろスペシャルゲストにご登場いただきまショ〜タァイム!──ヴォジャノーイマイナソー!!」

「!」

 

 男女の湯を分ける垣根の上に、大ぶりな翳が差す。はっと顔を上げた瞬間にはもう、ぬるついた液体が三人に浴びせかけられていた。

 

「ッ!?」

「これは……!」

 

 しゅうぅ、とリュウソウメイルが音をたてながら白煙をあげる。同時に、全身に痺れが襲いかかってきた。膝をつきそうになるのを、かろうじて堪える。

 ワイズルーが嗤った。

 

「HAHAHAHA、大☆成☆功!ヴォジャノーイマイナソーの放つ毒液には、全身の神経を麻痺させる効果があるのだ!」

「何……!」

 

 カエルに似た姿のマイナソーが、ワイズルーの隣にやって来てゲコゲコと嗤っている。姿かたちからして、こいつがツユから生み出されたマイナソーであることは間違いないようだった。

 

「さあ、これで坊やたちは動けナッシング!ヴォジャノーイマイナソー、彼らをたーっぷり毒液の染み込んだ温泉に引きずり込んでやりナサ〜イ」

「ゲコ……!ハイ、ッテ!!」

 

「入って」──そんなふうに鳴くと同時に、マイナソーの肉厚な舌が勢いよく伸びてきて、三人もろともに巻き付いてしまった。

 

「ぐ、うう……!」

「ッ、このままじゃ……!」

 

 今のワイズルーの口ぶりからして、温泉はすっかり毒沼と化している。水中でも活動できるゴールドを含め、浸けられたら一巻の終わりだ。

 

(考えろ……!何か考えるんだ、イズク!!)

 

 いつでもそうだった。カツキとふたりで戦っていたとき、もっと幼かったからピンチなど容易く訪れた。そのたびにふたり智慧を出しあって、今日まで生き抜いてきたのだ。

 ましてこの"かえらずの湯"で、こんな奴を相手に、無様な敗北を晒すわけにはいかない──!

 

(……そうだ!)

 

 グリーンは一計を案じた。拘束されている腕を可動域限界まで動かし、リュウソウケンの柄に手をかける。一回、二回……三回、

 

「ッ、………」

 

 手に痺れが走り、力が抜けかかる。あと、あと一回──

 

『その、調子ィ!!』

 

──やった!

 

「スイングバイ……ディーノ、スラァッシュ!!」

 

 刃が蛇のようにうねり、獲物に喰らいつくがごとき勢いで敵に向かっていく。予想だにしない攻撃に、ワイズルーとマイナソーの反応は遅れた。

 

「ゲコォッ!?」

「アウチッ……あ」

 

 ずるりと滑り、温泉の中に揃って落下する二体。舌による拘束が外れ、皆、かろうじて自由の身となった。

 

「さ、さすが……デクくん」

「……やるな」

「ッ、それより、この痺れをなんとかしないと……!──オチャコさん、きみの水魔法でリュウソウメイルを洗うんだ!できるよね?」

「えっ……あぁうん、やってみる!」

「ショートくんはビリビリソウルを!今なら雷の攻撃がよく効くはずだ」

「わかった」

 

 海のリュウソウ族の体質ゆえか、彼の麻痺の度合いはイズクたちのそれよりは弱い。ビリビリソウルをモサチェンジャーに装填し、黄金の鎧を"強竜装"する。

 それとワイズルーたちが湯から飛び出すのが同時だった。

 

「『ザッバアァァン!!』……あれ?」

 

 口で擬音を表現してみたら、同じ音が聞こえたものだからワイズルーは間抜けな声を発した。そう、ゴールドがまさしくモサブレイカーの引き金を引こうというところだったのだ。

 

「サンダー……ショット!!」

 

 稲妻の塊が放たれ、水中に着弾する。そうなれば当然、逃げ場はない。

 

「あばばばばばばばばばば!?」

「ゲコオォォォォォォォ!!?」

 

 電流をもろに浴び、悶え苦しむ二体。同時に踏ん張りのきかなかったゴールドも盛大に転んで頭を打ってしまったのだが、それはご愛嬌である。

 

「ショートくん!?だ、大丈夫……?」

「……痛ぇ、けど、大丈夫だ」

 

 そんなやりとりをしていたらば、ピンクの魔法使いの詠唱が完了した。頭上に水の珠が現れ──弾ける。

 

──ばしゃあ、

 

 大量の水が降りそそぐ。リュウソウメイルを侵す毒液を清浄なるそれが洗い流していく。温泉を前にして、冷水を浴びるというのは皮肉ではあったが。

 

「よしッ……これで動きやすくなった!」

「オチャコさん、ありがとう。このまま一気に──」

 

 相手はまともに感電してどざえもんのようになっている。──と思ったら、うめくヴォジャノーイマイナソーが水中から顔を出した。

 

「ハイ……ッテ……!────ッ、」

 

 

「ハイ、ッテェェェェ!!!」

「──!」

 

 マイナソーの感情が、爆発した。垣根の向こう──つまり女湯のほうから、大量のエネルギーがかの怪物に注ぎ込まれていく。

 

「!、まずい、巨大化する!!」

 

 ここで巨大化されたら、宿が破壊されてしまう!焦るイズク。と、そのときピンクがさらなる働きを見せた。

 

「──カルソウルッ!!」

『カルソウル!フワフワ〜!!』

 

 カルソウルの力が作用する。強制的に水揚げされ、そのまま浮かんでいく二体の魔物。

 

「デクくん、今のうちにブン投げて!」

「!、そうか……ありがとう!」

 

 ノビソウルで伸びた刃を二体に巻きつけ──そのまま、投げ飛ばす!

 

「ノォオオオオオ──!!?」

 

 彼方へ消えていく二体。しかしワイズルーはともかく、ヴォジャノーイマイナソーは既に成長間近である。

 一寸の静寂のあと、巨大化したマイナソーの姿が竹垣の向こうに現れたのだ。

 

「ふー、危なかったぁ……」

「でも、これであとは倒すだけだな」

「そうだね……!」

 

 と、そんな会話をしていたら早速キシリュウオーがマイナソーに挑んでいくのが見えた。既に準備は万端だったらしい。

 

「やばっ、急ごう!」

 

 ともあれ、三人は竹垣を越えて外へ飛び出していった。

 

 

 *

 

 

 

「──竜装合体!!」

 

 赤き騎士竜の王のもとに、()()の騎士竜が矛、あるいは鎧として寄り集まっていく。漆黒を基調とした重厚かつ攻撃的な姿へと、生まれ変わる。

 その名も、

 

「「「「キシリュウオー、ミルニードル!!」」」」

 

 そして、

 

「待ちかねたぞショート!」

「ああ、行こう」

 

 騎士竜モサレックスと従騎士竜たるアンモナックルズが、キシリュウネプチューンとなって並び立った。

 

 

「──タイガランス、ディメボルケーノ。僕らは万一に備えて待機だ、ミルニードルのこともあるからね」

 

 前回の戦闘で蚊帳の外だったこと、そしてカツキとディメボルケーノが距離を縮めたこともあって、ミルニードルの機嫌は直らないままだった。ここは彼に華をもたせてやるのも、戦略上必要な対応である。

 

 

「ハイッテェェ!!」

 

 咆哮とともに、巨大化したヴォジャノーイマイナソーは毒液を噴出させた。鋼鉄の身体とはいえ、騎士竜たちも生物である。まともに浴びればどうなるかわからない。

 

「ナイトトライデント!!」

 

 すかさずキシリュウネプチューンが前に出、突き出したトライデントを高速回転させる。それが毒液を吹き飛ばした。

 

「前に出んな半分野郎!!」

「ミルニードルは攻撃重視なんだろ、なら俺たちがディフェンスに回ったほうが合理的だ」

 

 確かに理にはかなっている。カツキも舌打ちをしただけで、それ以上の口撃はしなかった。

 口撃より攻撃すべきときだと、彼もわかっているのだ。

 

「おら行くぞッ、クソキモガエルがあぁッ!!」

 

 前進を開始するキシリュウオーミルニードル。そのアーマーから鋭い針が射出され、マイナソーの周囲を覆い尽くしていく。

 

「ゲコッ!?」

「よ〜しッ、これでもう逃げらんねえぜ!!」

「あとはブチのめすだけや!やったれ!!」

「言われるまでもねえわ!!」

 

 ナイトメイスを構え、がむしゃらに振り下ろす。鋭い突起の生えた重厚な鈍器は、それだけで甚大なダメージを発生させる。ヴォジャノーイマイナソーが文字通り、蛙の潰れたような悲鳴を発した。

 

「ゲコォ……ッ、ハイ、ッテェェ!!」

「!」

 

 叫んだかと思うと、舌を勢いよく伸ばして巻きつけてくる。先ほどと同様、拘束して動きを封じようというのだろう。毒液で麻痺させていなくても。

 並みの相手なら、それで通用したかもしれない。しかしキシリュウオーミルニードルは、言うまでもなく並みの相手などではない。

 

「は……馬鹿がぁッ!!」

 

 キシリュウオーの全身に力がこもる。ミルニードルの部分がぐぐ、と音をたてて隆起し、

 

「──ギアァァァァァァッッッ!!??」

 

 舌が、引きちぎれた。

 

「ザマァミロ、クソキモガエル!!」

「うわぁ……えぐっ」

「だ、だが好機には違いない!──ショートくん!」

「ああ」

 

 ナイトトライデントを構え、ネプチューンが前進してくる。カツキはかなり高揚しているのか、下がれとも言わなかった。あとは獲物に喰らいつくだけなのだ。

 

「終わりだ、」

 

 

「「「「──ニードルクラッシャー!!」」」」「キシリュウネプチューン、トルネードストライクッ!!」

 

 メイスが振り下ろされ、トライデントが突き上げられる。

 

「ハイ……ッテェェェェ────!!??」

 

 頭を叩き潰され、串刺しにされれば、マイナソーはひとたまりもなかった。断末魔の悲鳴とともに、あえなく爆散する。

 

「っしゃあ、完全勝利!……だよな?」

「ンで俺に訊く」

「いやぁ……なんとなく?」

「──待って!」イズクの声が割り込む。「クレオンがまだ残ってるかもしれない、宿に戻ろう」

「あ、そうだった!」

 

 戦闘では身体をスライムにして逃げまわるくらいしか能のないクレオンだが、マイナソーをつくり出すという厄介極まりない力の持ち主である。一家の誰かがまた襲われて宿主にされては立つ瀬がないのだ。

 そういうわけで、もう一戦交える覚悟で一同再び地上に降り立ったのだった。

 

 

──結論から言えば、その心配は杞憂に終わった。

 

「皆さ〜ん!!」

「!」

 

 サミダレと、いつの間にか合流していたらしいコタロウが駆け寄ってくる。少し遅れて、サミダレの両親と母に抱かれた妹も。

 

──そして、もうひとり。

 

「お久しぶりね。イズクちゃん、カツキちゃん」

「!、ツユちゃん……」

 

 ようやくの再会。相変わらずのカツキはともかく、イズクはまろい頬を綻ばせてそれを喜んでいる。ツユも、また。

 

「救けてくれて、どうもありがとう」

「ううん……無事で良かった、ほんとうに」

 

 穏やかな雰囲気のふたり。その光景はどこか微笑ましいものである。──にもかかわらず、オチャコは胸のうちにあったもやもやが余計に拡がるのを感じていた。ツユの立ち振る舞いにけっして悪印象を抱く部分はないにもかかわらず。

 

「お礼と言ってはナンだけど、温泉、すぐに入れるようにするわ。よかったら泊まっていってちょうだい」

 

 ともあれ、彼女のひと言で当初の予定は遂げられそうだった。

 

 

 *

 

 

 

 一方、宿から早々に姿を消していたクレオン。沼のほとりにて、彼は護衛のドルン兵とともにワイズルーが戻るのを待っていた。体育座りで。

 

「あぁ……またやられちゃったなぁ、マイナソー」

「ドルッ」

「ワイズルーさま、せっかく湯治してたのに、また怪我増えたらたまったもんじゃねえよなぁ。そう思うだろ?」

「ドルドルッ」

 

 とはいえワイズルーのことだ、この程度であきらめはしないだろう。合流したら、早速次の作戦を相談しなければ。

 

 そんなことをつらつら考えていたら、背後でべしゃりと濡れた足音が響いた。

 

「あっ、ワイズルーさま!おかえりなさ──」

 

 意気揚々と振り向いたクレオン。──しかし、

 

「え゛ッ、あ、()()()は……!?」

「………」

 

 そこに立っていたのは、予想だにしない人物だった。

 

 

 *

 

 

 

「お、」

「お!」

 

 

「温泉、だぁーーーーッ!!」

 

 琥珀色の湯がざばあ、と音をたてる。水飛沫とともに、勢いのままに全身沈んだエイジロウが珍しく垂れた頭を出した。

 

「ぷはッ、きんもちイイぜっ!!」

「てめェクソ髪ィ、飛び込むんじゃねえ!!」

「悪ィつい勢いで!でもホント、サイコーだな!な、テンヤ?」

 

 やはり珍しく眼鏡をかけていないテンヤが、力強く頷く。

 

「うむ!心まで洗われるようだ……!」

「あ、今の良い表現ですね。いただきました」

「いただきました、ティラ〜♪」

 

 首まで浸かるコタロウの周囲で、ティラミーゴとディメボルケーノがはしゃいでいる。彼らもばしゃばしゃとお湯飛沫をあげているのだが、小さい身体で影響が少ないためか特に咎める者はいなかった。

 

「ふふ、喜んでもらえて良かった」

 

 そう言って微笑むイズク。肩に緑色のボディを赤らめたタイガランスがちょこんと乗っている。どうやらのぼせてしまったらしい。

 

「………」

 

 そんな彼だが、ふと背後から視線を感じて振り返った。湯に膝から下だけ浸けたショートが、岩べりに座ってじっとこちらを見下ろしていたのだ。

 

「な、何かなショートくん?」

「おまえ結構ボロボロ……傷だらけだなって思って」

「言い切ってから訂正してもダメだよ……」

 

 やんわり窘めつつ、イズクは苦笑した。確かに自分の素肌は、他人が見て気持ちの良いものではないだろう。特に右肩から肘のあたりにかけては、皮膚が引き攣れてショートの顔の火傷と同じような色になってしまっている。程度で言えば、彼よりよほど酷いかもしれない。

 

「僕の戦闘スタイル、速さを重視してるから……駆け出しの頃はどうしても防御がおろそかになっちゃって、気づいたらこんなだよ」

「結構、無茶してるんじゃねえのか」

「あはは、図星だ」

 

 困ったように笑うイズクは、その顔立ちから柔弱な印象を受けるのだけれど……そうでないことは、既にショートもよく知っている。特に、危機にある人を前にしたときの姿は。

 

「けっ、ドルイドン関係ねートラブルにまでホイホイ首突っ込みやがるからだ。付き合わされる身にもなれや」

「な!?」

 

 そしてカツキの罵詈雑言に対してだけは、やたら沸点が低いのである。

 

「自分でトラブル引き起こすヤツに言われたくないよ!」

「ア゛ァ!?ンだとコラ!!」

「ちょっ、癒やしの場でまで喧嘩すんなって!」

 

 こいつらよくふたり(+騎士竜)だけで五十年もやっていけたな、と内心思うエイジロウ。まぁ、幼なじみというのはそんなものかもしれない。自分もトモナリやケントとは、それなりにやりあっては仲直りを繰り返してきた。とはいえ成人──リュウソウ族の成人は150歳である──する頃にはもう、そういうこともほぼなくなっていたが。

 

 もう二度と逢えない親友と、使命を遂げるまでは逢えない親友。ふたりの顔を思い出してセンチメンタルな気分になるエイジロウとは裏腹に、幼なじみコンビはヒートアップしていく。それを見かねたテンヤが、勢いよく湯から立ち上がった。

 

「いい加減したまえきみたち!!貸切とはいえここは公共の場、過度な乱痴気騒ぎはご法度だぞ!!」

 

 スモウのときもそうだったが、メンバー一大柄な身体はむしろ何も身につけていないほうが迫力を発揮する。ただ、そのまま目の前に迫ってこられると別の問題が発生するわけで。

 

「て、テンヤくん前隠して、前……!」

「距離とれやマジで……!」

「……そういや、モサレックスどこ行った?」

 

 

「──向こうは賑やかやねぇ、アンキローゼ」

 

 オチャコがそうつぶやくほど、女湯は静かだった。彼女とアンキローゼしかいないのだから当然といえば当然である。四六時中ほとんど一緒にいるとはいえ、流石に異性である。こうして分けられてしまうのも無理からぬことだった。

 

「……はぁ、」

 

 しかし静寂の中にいると、昼間のことが思い起こされる。イズクとツユの様子を見ていて抱いた胸のもやもや。少し覚えがあると思ったら、カサギヤの街でマシラオとトオルを見送ったときだ。あのときも自分は、そんなもやもやと胸をちくりと刺されたような小さな痛みを感じていた。

 今となってはもう、ふたりが幸せであれと祈るだけだ。しかしイズクに対してはそうではない。あの優しい笑顔と、戦士としての勇敢な姿──

 

──と、がらがらと音をたてて浴場の戸が開いた。

 

「おまたせ、オチャコちゃん」

「!」

 

 入ってきたのはツユだった。オチャコもひとりでは寂しかろうということで、一緒に入浴をする約束をしていた。

 身体をささっと洗ってから──最初にそうするのが温泉でのエチケットらしい──湯に入ってくる彼女を、オチャコは笑顔で迎え入れた。繰り返すようだが、彼女自身に対して含むところはないのだ。

 

「何度も言うけれど……きょうは本当にありがとう、オチャコちゃん。貴方たちが来てくれなかったら、今ごろどうなっていたか」

「え、えへへ……いやそんな──」

 

 つい照れてしまうオチャコだが、騎士としては気にかけねばならないこともある。

 

「でも……その、私たちもずっとここにいられるわけちゃうし……。──またドルイドンが襲ってきたら、どうするん?」

「………」

 

「──"全滅は、避ける"」

「えっ……」

「皆、覚悟はしているわ。ドルイドンに襲われたら、誰かひとりでも逃げて、生き延びる。それが私たち家族の約束なの」

 

 今回サミダレが逃げたのも、その約定に従ってのこと。逃げた先に偶然オチャコたちがいて、家族も救けることができた──それだけのことだった。

 

「そんな顔、しないで」ツユは笑っていた。「私たち、この通りケロケロ家族なの。いざというときは沼の底に張りついてでもやり過ごすわ」

「ケロケロ……家族?」

「ケロ。"トード"っていうカエルの神さまと、人間のお母さんの間に生まれた子供が、私たちの先祖だと言い伝えられているの」

「……それ、ホンマなん?」

「ケロ、わからないわ。でも特殊な体質なのは確かよ。だから街で暮らすにも、周りの目が気になって」

「そう……なんや」

 

 ちいさな村で助け合って暮らしてきたオチャコにしてみれば、そういった差別というのは体験したことのないものだった。ツユたち家族の体質にせよマシラオの尻尾にせよ、立派な個性だと思うのだが。オチャコの怪力だって、怖がるそぶりを見せる街びとがいないではなかった。

 

「私は……素敵やと思うな。ツユちゃんたちの、個性」

「ふふ、ありがとう。お世辞だとしても嬉しいわ」

 

 そう言って微笑むツユは、柔和だが心の強い少女だと感じる。──そういうところ、イズクに通ずるものがある。

 

「イズクちゃんとカツキちゃん、本当に良い仲間に出逢ったのね。ふたりとも、前に来てくれたときよりずっと生き生きとしてる」

「……ツユちゃんはふたりのこと、どう思ってるん?」

「良いお客様で、お友だちよ」

「それだけ?……デクくんとは──」

「ケロ、イズクちゃんは初心で優しくて……同じ年ごろの男の子にこんなこと言うのは失礼だけど、とても可愛らしいと思うわ」

「ッ、せやね……」

 

 それは全面的に同意するところである、口惜しいが。

 

「ケロ、大丈夫。オチャコちゃんが心配しているようなことはないわ。──私、お友だちになりたい人には"ツユちゃんと呼んで"ってお願いしているの。イズクちゃんは律儀にそれを守ってくれているだけよ」

「わ、私それ気にしてるって言ったっけ……!?」

「色々なお客様を見ているもの、なんとなくわかるわ」

 

「あなたの恋、うまくいくと良いわね」──そう励まされて、オチャコはようやく自覚した。マシラオに対して芽生えかけ、イズクに対して明確に抱いたこの思いは、そのように名付けうるものなのだと。

 

「……うん。ありがとう、ツユちゃん」

「ケロ!」

 

 オチャコは嬉しかった。胸のもやもやを煌びやかなものに変えられたことが──そうして、ツユとの曇りなき友情を得られたことが。

 

 少女ふたりの温かな夜は、まだまだ終わりそうもなかった。

 

 

──直後、男湯から漂流してきたモサレックスが彼方へぶん投げられる事件が発生するのだが……それはまた、別の機会。

 

 

 *

 

 

 

 その頃、温泉を追い出されたワイズルーは生まれたての子鹿のような足取りで逃亡を続けていた。

 

「はわわわ……湯治のつもりが、プラマイゼロだぁ……」

 

 こうなったらかつての本拠に戻って、態勢を整えなければ。幸いリュウソウジャーは追いかけてきていないようだし、今なら。

 そう思っていたら、前方の木陰からひょこりと飛び出す影があった。

 

「わ、ワイズルーさまぁ……」

「!、おぉクレオン!このまま館に戻る、すまないが肩を貸してくれ」

「………」

「……どうした、クレオン?」

 

 そのときだった。クレオンの背後の暗がりからぬっと手が伸びて、その肩を掴んだのは。

 

「ヒィッ!?」

「な!?き、貴様は……!」

 

 

「キヒヒヒ、ヒヒヒ……」

 

 下卑た笑い声とともに、黄色い眼が奇しく光った──

 

 

 つづく

 

 





「夜こそオレの時間だ。たぁっぷり、愉しませてもらうよォ?」
「俺、ホンモノの勇者見んの初めてだぜ!」

次回「撃て!アンデッド」

「この一発は、外さねえ……!」


今日の敵‹ヴィラン›

ヴォジャノーイマイナソー

分類/アクアン属ヴォジャノーイ
身長/197cm〜47.5m
体重/211kg〜749t
経験値/395
シークレット/水場に棲むカエルに似た妖精"ヴォジャノーイ"の名を冠したマイナソー。毒液で麻痺させた獲物を長い舌で捕らえ、水中へ引きずり込む。気に入った獲物は奴隷に、気に入らなければ食糧にしてしまうと言われているぞ!
ひと言メモbyクレオン:カエルってなんか親近感湧くんスよね……。えっ、キモカワイイ仲間だからだって?オレはストレートにカワイイだルルォがァァァ!!



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19.撃て!アンデッド 1/3

今回からしばらくオリジナルドルイドンが登場します


「あっさぶろ、あっさぶろ〜♪」

 

 鼻歌を歌いつつ、エイジロウはおよそ十時間ぶりに露天風呂を訪れていた。まだ日の昇りきらない時間帯、朝霧のような湯けむり立つ温泉は夜とはまた異なる趣がある。仲良くなったサミダレ少年からそう聞いて、早起きして来てみたわけだが、正解だったようだ。

 

 早速身体を流し、温泉に浸かる。程よい温かさの湯が、芯から戦い疲れた身体をほぐしてくれるような感じがする。

 

(そういや、傷とか病気にもよく効くんだっけか)

 

 それでワイズルーにも狙われたという話だが、気持ちは正直わからないでもない。こんな気持ちのいいものに好きなだけ浸かれて、しかも身体にも良いとなれば、延々逗留したくなってしまう。とはいえエイジロウは皆で賑々しく入るほうが好きなので、自分だけのものにしたいとは思わないが。

 今にしても、そのうち起きてきた仲間もやって来るだろう。そう思ってぐでーっと溶けていると、がらりと出入口の戸が引かれる音がした。

 

「お、」

 

 仲間の誰かだと思って声をかけようとしたのだが、

 

「ふぁ……ねむ。まだ寝られたのに、朝風呂あるからってさあ」

「なに言ってんだよハンタ、せっかく泊まり代払ってんだぜ?入れるだけ入んなきゃ損っしょ!」

 

 現れたのは知らないふたり組だった。顔立ちや体格からみて、ふたりともエイジロウたちと同年代──というと語弊があるが──の少年のようである。どちらもエイジロウに比べると細身だが、鍛えられたしなやかな身体つきをしていた。

 と、向こうもこちらに気づいたらしい。目が合ったところで、エイジロウは笑顔で「おはようございます!!」と元気よく挨拶したのだった。

 

 

 *

 

 

 

 少し時を戻そう。

 かつての本拠めがけて逃亡の道中、ワイズルーの前に現れたのは思わぬ男だった。

 

「キヒヒヒ……久しぶりだネェ、ワイズルー」

「き、貴様は……ゾラ!!」

 

 漆黒の外套を纏い、目深に被ったフードの下から裂けた口を覗かせて嗤う男。"ゾラ"と呼ばれた彼はワイズルーと同じ、ドルイドンのひとりだった。

 

「こ、ここで何をしている?」

「へへへ……何って、ここから先はオレの領分だ。いくらオマエさんでも、断りナシに入ってもらっちゃあ、困るネェ」

「何ィ!?」

 

「この一帯は私が手に入れた場所だ!」と、息巻くワイズルー。率直に言ってクレオンは驚いていた。これほど余裕のない上司の姿は初めて見るのだ。

 

「そう言われてもネェ。オレが来たときには、ダァレもいなかったんだ……キヒヒヒッ」

「ッ、」

「ソレよりオマエさん、リュウソウジャーにやられチャッタんだろォ?」

「!!」

 

「何故それを」──言葉を失うワイズルーを、ゾラは黄色く濁った()で睨めつけた。

 

「ま、どうせヤツらはここを通る……。オレに任せときなヨ、キヒヒヒッ」

「ヒィッ」

 

 肩に回された手に力が込められ、クレオンは怯えた。

 

 

 *

 

 

 

 再び戻って、朝風呂のひと幕である。

 たまたま一緒になった少年たちと、エイジロウはすっかり意気投合していた。いずれも人懐っこい性格ゆえ当然の帰結だったが、開放的な環境も手伝っているのかもしれない。裸のつきあいと言うのは、いつなんどきでも効果覿面なのだ。

 

「へ〜!じゃあおめェら、勇者(ヒーロー)ってヤツなんだな!」

 

 エイジロウの言葉に、黄金色に稲妻のようなメッシュが入った少年が「まぁな〜」と鼻の頭を擦る。

 

「ハナシには聞いてたけど……俺、ホンモノの勇者見んの初めてだぜ!」

「ま、勇者っつっても旅のついでに賞金稼ぎやってるだけだけどね、俺らの場合」

 

 ひょろりとした体躯の黒髪の少年が、皮肉っぽい口調で補足する。賞金稼ぎ──要するに、街や村を渡り歩いてはお尋ね者を逮捕したり、トラブルを解決して報酬を貰い、生計を立てているということだ。ひと口に勇者と言っても様態や動機は様々なのだということは、これまでの旅でイズクやカツキから聞かされている。

 

「ってか、あんたらこそ勇者じゃないの?ゆうべ見かけたとき、剣持ち歩いてたし」

「あ、あー……俺ら、辺境の村の出身でさ。そこの"騎士"ってヤツなんだ。やることは勇者とあんま変わんないけど」

 

 完全な説明ではないものの、一応嘘はついていない。リュウソウジャーであることを隠しているわけではないが、あまり言いふらすなとカツキに釘を刺されてもいるのだ。正直、納得はしていないけれど。

 

「あ、っと……名前、言いそびれてたな。俺、エイジロウってんだ。よろしくな!」

「おー、俺はデンキ。で、こいつはハンタ」

「よろしく。──そういや、エイジロウたちはいつここを発つんだ?」

「このあとメシ食ったらだなぁ、残念だけど。とりあえずオウスの街ってとこ目指してんだ」

「おっ、奇遇じゃん!俺らもそこ行く予定だぜ」

「マジか!あ、じゃあさ──」

 

 人懐こいエイジロウが"それ"を提案するのは当然の帰結であったし、似たような性格の彼らが受諾するのもまた同じだった。

 

 

──と、いうわけで。

 

「つーわけで、デンキとハンタが同行してくれることになりましたっ!!」

 

 意気揚々と経緯を伝えるエイジロウの斜め後ろで、少年ふたりが「よろしく〜」とひらひら手を振る。

 それに対して、

 

「ッッッンでだァ!!?」

 

 案の定の反応を見せるカツキ。隣で「お、」と控えめに驚きを表したショートの声は、容易くかき消されてしまった。

 

「カツキくん〜……それ定番ネタにするつもりなん?」

「ネタじゃっねえわ丸顔!!──クソ髪てめェは、ワケわかんねえ馬の骨どもホイホイ引っ掛けやがって!!」

「馬の骨って……デンキとハンタだって言ったろ、カツキ」

「名前がわかりゃ良いってモンじゃねえんだよ!!」

 

 野良猫のように毛を逆立てて威嚇するカツキを前に、一同は肩をすくめた。本当にこんな調子で、よく五十年もあてどなく旅ができたものだ。

 

「……ひょっとして、俺らお邪魔な感じ?」

 

 とかくカツキがネガティブな反応を見せるものだから、存外配慮を知るデンキたちは引きはじめてしまっている。ショートの仲間入りを機にチームとしての壁がなくなったのは良いのだが、カツキひとりのために対外的な人間関係に問題が起きるのが悩みの種だった。

 もっとも押し出しの良さでいえば、カツキに負けない人材はいるのだが。

 

「そんなことはないぞ!デンキくん、ハンタくん、道中よろしく頼む!!」

 

 ずんずんと迫ったテンヤが笑顔で手を差し出す。これはこれで相手によっては余計に怯えさせかねないのだが、エイジロウと似たような性格のふたりであるので、一瞬戸惑った様子ながらもしっかりそれに応じてくれた。そして、カツキを抑える役目はきっちり()が果たしてくれる。

 

「そんなこと言ってかっちゃん……ちょっと目的地まで同道するくらい、ふたりで旅してた頃からあったことじゃないか」

「それで寝とる間に財布スられそうになったことあっただろーがッ!!」

「デンキくんたちはそんな人じゃないよ!……多分。とにかく、必要な用心はするし、だいたいそんなのお互い様なんだから!」

 

 イズクとしては、旅をする以上エイジロウたちにも色々な経験をしてもらいたかった。一期一会の同行者と親しくなるのも、危機管理をするのも、実践で学んで習得していくスキルだ。騎士は戦いだけに生きるものではない。

 

「まぁ……今さらなんじゃないですか。異分子なら、もう僕がいるわけですし」

 

 身も蓋もないコタロウのひと言で、カツキは舌打ちしながらも口を閉ざした。納得はしないが、多勢に無勢であるとは悟ったらしい。

 ともあれデンキとハンタが同道するのはもう、確定事項となっていた。

 

 

 *

 

 

 

『カワキソウル!──カッピカピ!!』

 

 宿を発った一行は、再び道を乾かしながら進むことになった。そうでもしないとずぶずぶ足が沈んで歩きにくいことこのうえないのは、上陸直後に学習済みである。

 

「ふぃ〜……」

「お〜、スッゲーな!何それ、魔法じゃないよね!?」

「その剣、どこで売ってんの?」

「いやいや、売りもんじゃねえよ。村で選ばれた騎士だけに与えられる、特別な剣なんだ」

「へぇ〜……」

 

 ふたりは当然、興味津々な様子である。とりわけハンタ少年は、剣のグリップに至るまでじっくりと観察しているようだった。

 

「へえ……その恐竜の頭みたいなアイテムを柄に挿入すると、力が使えるって感じか」

「え……あ、うん、まぁ──」

「ジロジロ見てんじゃねえ、しょうゆ顔」

「なぁ、ショートだっけ?おまえも銃使いなんだな。俺もほら、お揃い!」

「お、そうだな」

「てめェらもよろしくやってンじゃねえッ、アホ面半分野郎!!」

「かっちゃんあだ名やめて……!!」

「そうだよぉ、やめてかっちゃん〜」

「アホ面殺すぞてめェ!!」

 

──初っ端からこれである。なんだかなぁと呆れつつ、コタロウは手帳を取り出した。このデンキとハンタという少年たち、カツキに対しても物怖じしていない。彼らとの同行がチームにもたらす影響についても、記録しがいがありそうだと思った。

 

「それよりも!!……このような道、いつまで続くんだ?あまり短期間で使用しすぎると、カワキソウルが壊れてしまうぞ」

 

 騎士竜の化石……つまり遺骸の一部から創り出されるリュウソウルだが、リュウソウケンに挿入してエネルギーを吸い出せばそれだけボディに負担がかかる。無尽蔵に使えるわけではないのだ。

 

「あ……うん、この先の森に入れば多少は歩きやすくなると思うよ。近くに村もあるしね」

「あー、サルカマイ村な」デンキが割り込んでくる。「そこ通りかかる頃には日が暮れるだろうし、泊めてもらうほうが良いと思うぜ」

「温泉は無いけどね」これはハンタ。

「じゃあ今日は、そこ目指してがんばる感じやね!」

「うむ、頑張ろう!!」

 

 全体的に薄くじめりとはしているが、温暖な気候が彼らに活力を与えていた。再び歩き出す一行。──しかしその中にあって、エイジロウはふと神妙な表情を浮かべて手元を見遣った。

 

「エイジロウ、それは?」

「!」

 

 ショートに覗き込まれ、我に返る。

 

「これ、宿出るときツユちゃんに貰ったんだ。"お守り"っつってたけど……」

 

 それも、ただのお守りではなくて。これからの道中のことで、ツユには気がかりがあったようなのだ。

 

──この先の森から、不気味な気配を感じるの。それが日に日に強くなっている気がして……。

 

──これ、魔除けの御守りよ。邪悪なるものから、あなたたちの身体と心を守ってくれる。

 

──でも……どうか気をつけて、エイジロウちゃん。

 

「………」

「そうだな、モサレックスもさっきから妙な気配を感じてるようだ。この先、注意して進むに越したことはないかもしれねえ」

「……おう、」

 

 既に仲間たちは随分先まで進みつつある。今はまだ、誰もその気配に気づいてはいない。実際エイジロウだって、自分自身の感覚で何かを捉えているわけではないのだ。ツユの忠告がなければ、温泉にいたときの調子で呑気におしゃべりをしていたかもしれない。

 

 

 *

 

 

 

 ただ、警戒しながらの道中は拍子抜けするほど何事もないものだった。

 薄暗い森の中、奇怪な形をした木々がそこかしこから天に向かって伸びている。果たしてそれらは気候に合わせて繁茂しているようで、豊富な果実の恵みをもたらしてもいた。

 

「う〜ん、あまくておいひぃ!こんなんが穫り放題なんて、天国やわぁ」

 

 それをがっつり享受する少女はもう、このチームにおいて様式美のようなものである。その横で「そうだね」と微笑みながら、イズクも緑色の果実を齧っている。気持ちを自覚した今、彼と同じものを共有できるのが何より嬉しいオチャコであった。

 一方で、

 

「ところで、おふたりはどうして旅をなさってるんですか?」

 

 コタロウの問いに、同行者ふたりは思わず顔を見合わせた。

 

「なさって、って……いちばん小さいのにずいぶん綺麗な言葉使うねぇ、きみ」

「そんな尊敬語なんか使われるほど偉くないよ、俺ら。旅してんのだって、大して動機なんてないし」

「そ。元々俺、酒場で雇われ仕事してたんだけどさ、ハンタがそこの常連で。よく駄弁ってるうちに意気投合して、どうせなら一緒に世界回ってみねえ?なんてハナシになっちゃったわけ」

「しかし、それで勇者をやっているんだろう?もののついでだとしても、困っている人々の助けになろうという姿勢は素晴らしいと俺は思うぞ!」

 

 ストレートなテンヤの称賛に、ふたりは揃って頭を掻いた。あてもなくふたり旅をするくらい意気投合したというだけあって、彼らの所作は兄弟ではないかというくらいよく似ている。

 

「はは……そういや、ぼちぼち村の領内に入るぜ。あんまりギラギラしてっと追い出されちまうかもしれないから、頼むなかっちゃんくん」

「ンだその呼び方!!てめェらよりよっぽど長く旅してンだよこっちは、舐めんな」

 

 結局デンキの言うところのギラギラは収まらないまま、一行は村へ足を踏み入れた。

 

「なんか、オルデラン村とは雰囲気違うなぁ……」

 

 率直なつぶやきだった。同じく森の中にひっそりとたたずむ村落というだけあって、いちばん最初に訪れたオルデラン村をイメージしていたエイジロウたちスリーナイツである。ただ、木漏れ日に照らされのんびりとした空気に覆われていたかの村に比べ、ここはあちこちに小さな沼地ができていて、なんというか、じめりとした感じがする。時間の感覚を失わせる分厚い曇に覆われた空のせいもあるかもしれないが。

 

「まぁ、気候が違ければ雰囲気も変わるよ。この辺りは見ての通り湿地帯だから、水耕の農業が盛んなんだ。だから宿のごはんもそうだったけど、お米を使った料理が豊富だよ」

「ほんと!?超楽しみや……!」

「てめェはマジで食いもんのことしかねえな、丸顔」

「それがオチャコくんの力強さの所以でもあるからな!──そういえば少し気になったんだが、この村、なんだか妙な臭いがしないか?」

 

 くんくんと鼻を動かすテンヤ。言い出したのは彼だったが、それは皆大なり小なり感じているところだった。何日も放置された動物の死肉のような、腐った臭いだ。

 

「………」

 

 結果的に、それは第一の違和感と言うべきものとなった。鼻と口を手で覆いながら居住区近くにまで進んだのだが、村人がどこにも見当たらないのだ。

 

「どうしたんだろ、まだそんな遅い時間でもないのに……」

「つーか臭い、さっきよりきつくなってるような」

「………」

 

 エイジロウとショートは自ずと視線をかわしあった。出立直後の会話──ツユからの忠告が想起される。彼女の感じていた不気味な気配、その真っ只中にあるのがこの村だとしたら。

 

「──あ、あそこに人おるやん!」

 

 オチャコが指差した先、水田の中に農夫らしき姿があった。こちらに背を向け、一心不乱に鍬を振り下ろしている。

 

「あの人に訊いてみようよ!」

「そうだな!では──」テンヤが一歩踏み出し、「そこの御仁、お忙しいところ申し訳ありませんが少々よろしいでしょうか!?」

 

 相変わらず、地面を震わせるような大声である。それでいて言葉づかいは美しく、発音もはっきりしている。エイジロウたちは既に慣れっこなのだが、デンキたちは目を剥いているようだった。

 しかし一方で、男は反応を見せない。鍬を振り上げ、振り下ろす動きを規則的に続けている。

 

「──あの、スンマセン!!」

 

 今度はエイジロウが負けじと大声を出した。──やはり、反応はない。

 

「無視たァいい度胸じゃねえか、ア゛ァ!?」

「ちょっ……やめろってかっちゃん!」

 

 焦れたカツキを抑えるイズク。もはや様式美だが、村人に嫌われれば当然滞在はできなくなる。まあカツキにしてみれば、別に野宿でもかまわないというところなのだが。

 

 そのとき、不意に男の動作が止まった。鍬を両手で握ったまま、ゆらりと立ち上がる。不意に、ずっと漂っていた腐臭が鼻を刺すほどに強烈なものとなった。

 

「ッ!──なぁ、あの男……」

 

 ショートがその"予感"を口にしようとした瞬間、男がぐるんと()()()()振り返った。

 

 

──その眼は赤く濁り、泪のような血が滴り落ちていた。

 

 



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19.撃て!アンデッド 2/3

 

 サルカマイ村は、生命あるものにとって地獄としか言いようのない場所になり果てていた。

 

「なっなんだよ、なんなんだよこれえぇッ」

 

 恥も外聞もなく、情けない声をあげるデンキ。彼ほどではないにせよ、ともに全速力で走る同行者たちはみな一様に切羽詰まった表情を浮かべている。

 

「あ゛あ……あ゛、あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛……!」

「お゛おおおおお……」

 

 背後には、くぐもったうめき声をあげながら追いすがる老若男女。皆、一様に眼や身体のあちこちから血を流している。肌もあちこちがどす黒く変色していて、とてもこの世のものとは思えない姿である。

 

「いったいどうなっているんだ、この村は!?」

「わかんないけどッ、とにかくいったん村から出るんだ!!」

 

 そのために今、彼らは来た道をひた走っているのだが。

 

「──ウ゛オ゛オ゛オ゛オ゛ッ!!」

「──ッ!?」

 

 建物の陰から不意に飛び出してきた男が、いちばん近くにいたオチャコめがけて斧を振り下ろした。

 

「ッ、オチャコさんっ!!」

 

 咄嗟に割って入るイズク。当然彼とてこの程度の攻撃を受けるつもりはない。次の瞬間には、リュウソウケンのひと薙ぎによって斧は宙を舞っていた。

 

「ッ!!」

 

 顔を引き攣らせたデンキが男に銃口を向けるのを、彼の相棒が咄嗟に押しとどめた。

 

「よせ!!──こいつら、多分操られてるだけだ」

「操られて、って……そうだとしたって、無抵抗ってわけにいかないだろ!」

 

 背後からは、十人近い血塗れの人々が迫っている。一行は、確実に包囲されつつあった。

 

「傷つけなければ……!──ネムソウル!!」

『ネムソウル!──むにゃむにゃ〜……』

 

 瞼を閉じた青いリュウソウルの力が発動する。それは波のように人々を取り込み……そして、糸の切れた人形のように昏倒させた。

 

「おい、それ──」

「大丈夫、眠らせただけだよ」

「にしても、こいつらは一体……」

 

 服装は皆、特別なもののない……一般的な村人たちのものだ。ハンタの言う、"操られているだけ"という言葉も頷ける。

 しかし、誰がなんのために?ましてただ催眠にかけているのではない、肉体的な変化を伴っていることは彼らのおぞましい姿を見れば明らかで。

 

「……マイナソーか」

「また、ワイズルーの仕業……」

 

 

「──キヒヒヒヒッ!違うよォ、ヒヒヒヒ……!」

「!!」

 

 突如響き渡る、下卑た男の声。その出処を探すまでもなく、物見台の鐘が鳴らされる。

 

──そこに立っていたのは、黒い外套を纏った怪人だった。

 

「よく来たねェ……諸君。歓迎するよォ?」

「おまえ、ドルイドンか!?」

「──そのとーーり!!」

 

 その背後から顔を出したのは、その推測が正しいことを証明するもうひとりの怪人。

 

「クレオン……!」

「ここにおわすお方をどなたと心得る!ドルイドンでも指折りの実力者、"不死の王(キングオブアンデッド)"・ゾラさまであらせられるぞぉ!!」

「ヒヒヒ……階級(クラス)はビショップだけどねェ」

 

 裂けた口を覗かせ嗤うドルイドン──ゾラ。その姿はこれまでに遭遇したどのドルイドンとも異なる、生理的嫌悪感を覚えさせるものであった。

 

「ッ、今はてめェがこの辺仕切ってるっつーわけか……」

「そうそう。ワイズルーには文句言われたけどねェ、キヒヒヒッ」

「……安心しろ。おまえもワイズルーも、すぐにあの世へ送ってやる」

「あの世!良いねェ、行ってみたいねェ。キヒヒヒッ!」

 

 その声に恐怖と不快感がない混ぜになった感情を味わわされる。ただ竜装の騎士である以上、エイジロウたちに与えられた選択肢はひとつだけだった。

 

 

「「「「「「──リュウソウチェンジ!!」」」」」」

『ケ・ボーン!!』

 

『ワッセイ!ワッセイ!そう!そう!そう!』『ドンガラハッハ!ノッサモッサ!』

『ワッセイ!ワッセイ!それそれそれそれ!!』『エッサホイサ!モッサッサッサ!!』

 

『──リュウ SO COOL!!』

 

 六人の姿かたちが、竜の影を纏いし鎧騎士へと変わる。その瞬間を、デンキとハンタも目の当たりにすることになった。

 

「……!」

「正義に仕える、気高き魂!!」

 

──騎士竜戦隊、リュウソウジャー。

 

「リュウソウジャー、って……」

「噂になってた、東の大地でドルイドンを倒したっていう勇者チーム……だな」

 

 そう、その名声は既に旧王国に広まりつつあった。無論知られていようがいまいが、彼らの使命は変わらない。ドルイドンを倒し、いずれは平和な世界を取り戻す──

 

(……まさか、こんなところで出会えるなんてな)

 

 

「キヒヒヒッ!威勢が良いねェ、この村の誰よりも強い生命力を感じるよォ」手を叩いて喜びつつ、「精根尽き果てるまで、遊んでやるよォッ」

 

 言うが早いか、ゾラは両腕を奏者のごとく振り上げた。途端、その掌から稲妻が発せられる。

 

「ッ!?」

 

 咄嗟に飛びのく一同。そこにすかさず、今度は火炎。

 

「ぐうぅ……っ!」

「こいつッ、魔導士か……!」

「でも、詠唱なしで魔法が使えるなんて……!」

 

 身近なところでマスターピンクなどは、一般的な魔法は詠唱なしでも使うことができた。──逆を言えばこのゾラというドルイドン、魔法のスキルにおいてマスターと同等にあるということになる。魔導士としては駆け出しも良いところのオチャコには、悔しいと思うことさえ許されない隔絶だ。

 

「ほらほらァ、いつでもおいでよォ!!」

「ッ、」

 

 言葉とは裏腹に、ゾラは手を緩めない。絶えず降りそそぐ魔法から己が身を庇うだけで、皆、精一杯だった。リュウソウメイルだって、攻撃魔法の直撃を何発も受けて耐えられるわけではないのだ。

 

「これじゃ……攻めらんねえ!」

「どうにか、引きずり下ろさなければ……!」

 

 そのためにはやはり、攻めに転じなければ。距離を詰めがたい以上は──遠距離から。

 

「なら、俺が「俺もやるぜ!」──!」

 

 ゴールドと同時に名乗りをあげたのは、拳銃で武装したデンキだった。

 

「これでも銃には一家言あるんだ。ガンマン同士、どっちが先にあいつを撃ち落とせるか勝負しようぜ」

「……わかった」

 

 自分がガンマンという意識はあまりなかったが、承諾した。なんだかんだ先延ばしにされているカツキとの決着を内心気にしているくらいには、彼も負けず嫌いなのだ。

 

「っし、なら俺が盾になってやるぜ!──メラメラソウル!!」

『メラメラソウル!メラメラァ!!』

 

 レッドの胴体に炎が燃えあがり──それが燈火のごとき鎧へと姿を変える。

 次の瞬間襲い来た魔炎を、レッドはその鎧で受け止めてみせた。火の騎士竜の加護を受けている以上、その系統の力に耐性がつくのは自明の理である。炎に限らず、熱に関するすべてのものについても。

 

「今だショート、デンキ!」

「おう」

「よっしゃ!」

 

 頼もしい背中に守られながら、ふたりは物見台めがけて引鉄を引いた。エネルギー弾と鉛弾、いずれもがゾラに襲いかかる。無論ドルイドンに対して、それらは牽制程度にしかならない。しかし牽制になるということは、つまり間断なく魔法を放つ余裕はなくなるということだ。

 無論、ゼロではない。少しでも動きを鈍らせることができれば、()()()十分なのだ。

 

「化けの皮剥がしたらぁッ、──ブットバソウルッ!!」

 

──BOOOOM!!

 

 黒とオレンジの装甲を右腕に纏うと同時に、ブラックは爆炎にその身をまかせていた。一挙に飛翔し、獲物に迫る。

 

「──!」

 

 当然、魔法を集中させようとするゾラだったが、

 

「遅ぇんだよ、カスがぁ!!」

 

 再び、爆炎。次の瞬間にはゾラもクレオンも、あえなく物見台から墜落させられていた。

 

「うぎゃあッ、これだからブラック嫌いだぁぁ!?」

「………」

 

 べしゃりと液状化で跳ねたクレオンは、そのまま逃走を図った。最初(ハナ)から戦うつもりはないし、ゾラも戦わせるつもりがなかった。

 

「キヒヒヒッ、墜とされチャッタ……。やはり亡者(アンデッド)には地面がお似合いかねェ、ヒヒヒッ」

「てめェに似合うンは地獄だボケがぁ!!」

 

 そのまま降下し、突撃していくブラック。同じ目線にいるならもはや遠慮する必要もないと、皆、それに続いた。ゴールドもモサブレードに持ち替えたのは、多対一ではフレンドリーファイアを起こしかねないのと、魔法を使わせないためだ。詠唱なしと言っても、使用には集中力が必要になるのは言うまでもない。

 あるところの剣が引けば、また別方向から刃が突き立てられる。それを避けても……と、六人は言葉にしなくとも間断ない攻撃の連鎖を行うことができていた。相手もドルイドンなだけあってそれらをよくいなしているが、限界はある。

 

「グフッ……や、るねェ。流石、タンクジョウとガチレウス(ルークの連中)を倒したってだけある……」

 

 ゾラの体力は早くも限界に近いようだ。今名の挙がった二体のように、強力な兵器を内蔵しているわけでもない。これなら、一気に──

 

「──決めてやる!!」

 

 レッドが勝負に出た。

 

『超!超!超!超!──イイ感じィ!!』

「ボルカニック、ディーノスラァァッシュ!!」

 

 劫火を纏いし紅蓮の刃が──獲物を、真っ二つに切り裂いた。

 

「グァ──」

 

 うめき声をあげるゾラの全身を、炎が覆っていく。閉ざされたシルエットが徐々に削り取られ、かたちを失っていく。

 そうして鎮火したときには、炭化した残骸が地面に横たわるばかりとなっていた。

 

「ええっ、ぞ、ゾラさまぁ!?」

 

 クレオンが慄いている。まさか、こうも簡単にやられるなんて!そう思っているのだろう。

 それは、騎士たちとて同感であった。

 

「えっ、これで終わり……?」

「……呆気ねえな」

 

 一撃で終わりとは。自分たちが強くなったという自負はあったが、こんな楽々と終わらせられるものだろうか?

 

「──油断すんな!!」

「!」

 

 不意に背後から叫びたてられる。──声をあげたのは、一時的に同道しているふたり組の片割れ、カツキに言わせれば"しょうゆ顔"の少年だった。

 

「そいつは不死の王(キングオブアンデッド)だっつったんだぞ!これで終わるわけがねえ……!」

「ハンタおまえ、なに言って──」

 

 相棒のデンキが当惑を露にしようとしたときだった。

 

「キヒヒヒッ!そこのキミ、鋭いねェ……」

「……!」

 

 それはおよそありえない声だった。皆が信じられない思いで視線を向けると同時に、死体ともいえないような焼け焦げた肉塊がぐぐぐと起き上がっていく。

 ボロボロと炭が崩れ、まるで繭から羽化するかのように傷ひとつないゾラの姿が現れていく。禍々しくも一片の神々しさすら感じさせるその光景を、エイジロウたちは戦闘中であることも忘れて見守るほかなかった。

 

「おまえ……なんで……?」

 

 回復、などというような生易しいものではない。ゾラは明らかに燃やし尽くされていたというのに。

 

「なんでって言われてもねェ……オレは生まれつき不死身なんだ。だから"不死の王"だなんて言われてるのサ、キヒヒヒッ!」

「そ、それじゃコイツ、倒せないってこと!?」

「狼狽えんな丸顔!!どうせはったりだ!」

 

 気持ちで敗ければ勝負には勝てない。彼らは改めて武具を構え、余裕綽々のゾラに相向かうしかなかった。たとえ心のどこかで、このドルイドンの言葉は事実かもしれないと思っていても。

 

「キヒヒヒッ、良いねェ……揺らいでも弱くはならないその生命エネルギー……」

 

「でもォ、せっかく"あの世"を垣間見ることができたんだ……。オレはしばらく、そっちを味わいたいんだよォ」

「ッ、いつまでも世迷言を!!」

 

──その言葉に隠された真意を吟味しなかったことを、彼らは後悔することになる。

 

 

「うわぁあああっ」

「!?」

 

 後方から響く悲鳴。慌てて振り向くとそこには、異様な人物に取り付かれているコタロウの姿があった。

 

「コタロウ!!?」

「ッ、ハヤソウル!!」

 

 グリーンが咄嗟にハヤソウルを使い、一瞬のうちに飛びかかる。怪人は斬撃を浴びて吹き飛んだが、村人と見分けがつかなかったために深手は与えられなかった。

 

「コタロウくんッ、大丈夫!?」

「う、うぅ……っ」

 

 肩口から夥しい血が流れている。露になった肌には歯型が刻み込まれており、噛みつかれたであろうことはすぐにわかった。

 しかしそんなことは、事態の序の口にすぎない。

 

「────ッ!」

 

 かっと充血した目をみひらくコタロウ。あろうことか彼は、助け起こそうとするグリーンの首を締めようとしたのだ。

 無論、十歳の少年にそれがかなうはずもなく、すぐさま地面に縫いつけられる。しかしその抵抗する力は、細い身体からは想像もつかないほど凄まじかった。

 

「イズクっ、大丈夫か!?」

「僕は……──ッ、だけどコタロウくん、様子が変だ!」

 

 村人たち同様、コタロウも催眠状態に陥っているのか。ならば今、噛みつかれたことが原因としか思えない。

 

「……シヌ゛ゥ……」

「!」

 

 と、その元凶たる怪人がゆらりと立ち上がった。あちこちが腐り落ちた身体、とりわけその頭部の半分は髑髏が覗いている。とても生きた人間の姿ではない。

 

──つまり、

 

「キヒヒヒ……よくやった、ゾンビマイナソー」

「ッ!」

 

 やはり、マイナソー。皆がそれを思い知ったところで、意気揚々とクレオンが前に出てきた。

 

「このゾンビマイナソーに噛まれたヤツはなぁ、みぃんな知性のないゾンビになっちまうんだ☆YO!……やべ、ワイズルーさまのしゃべりが移った。ゲホンゴホン!」

 

「そんで、何よりビックリなのは……──おっ、ちょうどいいや。見ろ!」

 

 クレオンが丁重に指差したのは、黒幕たるドルイドン。次の瞬間、目を剥くような事態が起こった。

 ゾラの身体からエネルギーが緑色の球体となって抜け出し、マイナソーに注ぎ込まれたのだ。

 

「な……!?」

「まさかおまえ、自分自身からマイナソーを!?」

「キヒヒヒッ、そうだよォ。なにせ不死身の身体だ、いくらでもエネルギーを分け与えてやれるからねェ」

「へへへへっ、すごいだろぉ!ゾンビマイナソー、無限に成長しちゃうぜ!!」

 

 通常、マイナソーが完全体になると同時にエネルギーを吸い尽くされた宿主は死ぬ。逆説的に言えば、宿主が死ななければエネルギーの供給はやまないということだ。

 永遠に成長し続けるマイナソー……想像するだに恐ろしい存在が今、目の前にいる。

 

「ッ、だったらせめて、マイナソーだけでも……!」

 

 コタロウを押さえたまま、剣を構えるグリーン。宿主が不死身だからといって、マイナソーまでそうとは限らない。

 なるほどそれは間違いではなかった。──しかし彼らの刃は、ゾンビマイナソーには届かない。

 

 眠らせていたはずの村人たちが糸につながった人形のように起き上がり、防壁となって立ちふさがったのだ。

 

 

 

「キヒヒヒッ!そうは問屋が、卸さないねェ?」

「……ッ!」

 

 駄目だ。強引に突破しようとすれば、村人たちを傷つけてしまうかもしれない。彼らは操られていて、自分たちを本気で殺しにかかってくるのだ。

 

「──デク!!」

「!」

 

 呼び声に振り向くと、彼がちょうどミストソウルをリュウソウケンに装填しようとしているところだった。"退却"──今はそうするしかないことは、頭ではわかっている。

 

『ミストソウル!うるおう〜!!』

 

 剣先から大量の水蒸気が発せられ、それは霧となって周囲一帯を包み込む。敵も味方も、揃って視界を封じられることとなった。

 

「ハァ……──ッ!!」

 

 ゾラが放った炎魔法により、次の瞬間には霧は払われていたけれど。ただもう、そのときにはリュウソウジャーらの姿は忽然と消えていた。

 

「もういねえ!?逃げ足速ぇなあいつらも……」

「キヒヒッ……まァ、賢明な判断だねェ」

 

「でも──夜こそオレの時間だ。たぁっぷり、愉しませてもらうよォ?」

 

 濁った黄色い瞳が、剣呑な光をたたえていた。

 



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19.撃て!アンデッド 3/3

 

 村はずれの小屋に、獣めいた咆哮が響き渡っていた。

 

「ガアァッ、ア゛ァァァッ!!」

「頼む……からっ!暴れんなって、コタロウ!!」

 

 懸命な説得。しかしゾンビと化してしまったコタロウは、言葉の意味どころか目の前にいるのが何者であるかも理解できていない。結局エイジロウたちは彼を押さえつけ、柱に縛りつけた状態で噛まれ傷の応急処置をしてやるほかないのだった。

 

「く……っ!村の方々に、コタロウくんまでゾンビにするとは……許せん!」

「マイナソー倒せば、もとに戻る……よね?」

「うん……ただ、その村の人たちが問題なんだ。ネムソウルは一時的に効くけど、マイナソーの指令が優先されるみたいだし」

 

 リミッターが外れているのか常人離れした力を発揮する村人たちに対し、本気で剣を向けることなどできない。リュウソウルがだめなら力づくで押さえるしかないわけだが、そんな状況でゾラとゾンビマイナソーの挟撃を受ければ敗北は免れないだろう。

 

 希望のないやりとりを眺めつつ、デンキはため息をついた。

 

「ハァ……なんか、とんでもねーことになっちまたなぁ」

「デンキ……ごめんな。巻き込んじまって」

 

 つぶやきを聞きつけたエイジロウの謝罪に、デンキは「いやいや」と慌てて両手を振った。

 

「そういう意味じゃねーって!どのみち俺ら、ここに泊まる気でいたし……ふたりで襲われてたらとっくに死んでたかもしれねーよ。──それに噂のリュウソウジャーと一緒に戦えてんだ、いちおう勇者の端くれとしちゃ光栄なハナシなんだぜ」

「そ、そんな有名になってるのかぁ……俺たち」

 

 状況が状況なので控えめだが、頬を赤くして照れるエイジロウ。文字通り一朝一夕の関係だが、彼の機微はしっかり顔に出る。仲間であるテンヤとオチャコもそうなので、彼らの生まれ育った村は辺境であっても幸福な暮らしをしていたのだろう。イズクとカツキ、ショートは育ちが異なるようだが。

 そこへいくと、自分の相方はどうか。振り向けば彼は、一心不乱に何かを調合しているようだった。

 

「……さっきから何やってんだ、ハンタ?」

「わりィ、今話しかけねーでくれ。あとちょっとだから」

 

 そう言われてしまえば、じっと様子を伺うことくらいしかできない。

 ややあって、作業はつつがなく終了したようだった。

 

「ふぃー……。──エイジロウ、これ、コタロウくんに飲ませてみてくれ」

「へ?」

 

 ハンタから手渡されたのは、透き通った液体の入った小瓶だった。目視では水のようにしか見えないが、飲料水などに比べても遥かに透明で、不純物のかけらもない。

 戸惑いながらも言われるがままに立ち上がると、カツキが「おい」と鋭い声を発した。

 

「………」

 

 それ以上は何も言わず、ハンタを睨む。それを敏く察した彼は、貼りついたような苦笑を浮かべてみせた。

 

「信用しろって。ここで俺らがその子によからぬことして、どんな得がある?」

「………」

「たかが一日、されど一日だぜ。その子が苦しんでる姿……俺らだって、見たくないんだよ」

 

 その言葉には、真に迫るものがこもっていた。どこか芯を濁すような軽薄な振る舞いの中で、それだけはまぎれもない本心なのだと主張するかのように。

 

 それを聞いたエイジロウは居ても立っても居られなくなったが、カツキももう何も言わなかった。黙認。了承とはならないのは、彼の性格の問題だろう。

 

「ウ゛ア゛ァァ、ガアアアッ」

「……コタロウ、ごめん。ちょっとの辛抱だ」

 

 顎を掴んで強引に口を開けさせ、小瓶の液体を喉奥まで流し込む。激しく咳き込むコタロウの姿は哀れだったが、彼を守れなかった者として目を逸らすわけにはいかなかった。

 

「ア゛アア……あ゛、ああ……あ……っ」

 

 苦しむコタロウの声が、次第に澄んだものへと変わっていく。それから強張っていた身体が、くたりと脱力した。

 

「コタロウ……大丈夫?コタロウ、」

「う……んん、──えいじろ、さん……?」

「……!」

 

──良かった。

 

 意識が朦朧とはしているようだが、ゾンビ化は解けたようだ。青ざめていた肌にも、血色が戻りつつある。

 

「久々だったけど、上手くいって良かったぜ」

「すごい……!いったい、どんな薬をつくったの?」

 

 薬の心得がある者として血が騒いだのか、イズクが目を輝かせてハンタに詰め寄る。

 それに少したじろぎつつ、

 

「いや……薬ってほどのもんじゃない。"聖水"だよ」

「聖水?確か、呪詛魔法の解除に使うっていう……」

「そ。でも、アンデッドに呪われて眷属にされた人間にも効くんだぜ」

「それは……知らなかったな……」

 

 そもそも"アンデッド"とひと口に言うが、その殆どは伝説上の存在である。"不死の王(キングオブアンデッド)"を名乗るゾラは種族としてはドルイドンであり、ゾンビマイナソーはマイナソーの一種でしかない。つまり少なくとも現代において、実学的な知識ではないのだ。

 

「スゲーなハンタ、そんなことどこで知ったんだ?」

「どこでかは忘れたけど。ま、こう見えて俺は元々情報屋でね。色んな物事を(ココ)に入れて、欲しいってヤツに売りつけるのが仕事なワケ」

 

 そして正確な情報を取引するためには、ただ知り得たことをそのまま受け取れば良いというものではない。歴史、政治、宗教、物語──その情報にかかわる様々な要素を学び観察し、体系化することが求められる。ゆえにハンタ少年の脳内には、多種多様な知識が整理され詰め込まれているのだ。

 

「そして、アンデッド自体にも多大な効果を発揮する。──デンキ、」

「!、お、おう」

「俺はこれから聖水入りの弾丸を作る。おまえはそれを、あのゾンビの怪物に撃ち込んでくれ」

「!!」

 

「できるよね、相棒?」──悪戯っぽく問いかけられれば、デンキは一も二もなく頷くほかなかった。

 

「聖水入りの弾丸……それを不意打ちでマイナソーに撃ち込めれば!」

「倒せる!?」

「少なくとも、村の人たちを操る余裕はなくなる!」

 

 それが効果を発揮すれば、かなり戦いやすくなる。一挙に希望が見えてきたことで、皆の心は個人差はあれど湧いた。

 

──ぐう、

 

「お、」

「あ、」

 

 腹の虫を同時に鳴らしたのは、勇猛の騎士と栄光の騎士のふたりだった。

 

「……そういえば夕ごはん、食べてなかったもんね」

「い、言われると私もお腹ぺこぺこや……!」

 

 腹が減っては戦はできぬ、とも言う。未だ予断を許さぬ状況ではあるが、一行は腹ごしらえをすることにした。幸い、ツユ一家の厚意で乾魚などの保存食をたくさん貰っている。食糧には余裕があった。

 

「おめェらも食えよ。一緒に戦ってもらうんだから、力つけといてもらわねーとな!」

「お、サンキュー!ほら、ハンタも先食おうぜ」

「あー……俺はいーよ。あんま腹減ってないし」

 

 そう言うハンタは本当に空腹を覚えていないようだった。思い返すと道中も、ほとんど何も口にしていなかったのではないか。

 

「……しっかり食わねえと、テンヤみたいにガタイ良くなれねえぞ」

 

 ショートの言葉に「いや、目指してねーから」と苦笑しつつ、ハンタは奥へ移動した。本格的に作業に取りかかることにしたようだった。

 それを見計らって、エイジロウがデンキに耳打ちする。

 

「なぁ、ハンタのヤツ大丈夫なのか?昼間からほとんど水も飲んでなかったよな」

「あー……多分。あいつ、前からそうだったから。酒場に来るのも仕事のためって感じで、いちばん高い酒一杯だけ頼むのがお決まりだったし」

 

 勝手知ったるふうに言いつつ、その実デンキは相棒に気遣わしげな目を向けていた。──彼にとっても、ハンタは未だ謎の多い少年だった。いくら情報屋としてのスキルだと言っても、枝葉末節にまで及ぶ豊富な知識をもっていること。そして時々、同い年の少年としてはどこか世を見切ったような態度を見せることも。

 無論、相棒として信頼はしている。旅の中で幾度となく修羅場というものに直面したが、そのたび彼の的確な助言助力によって切り抜けてきたのだから。

 

──何か抱えているものがあるなら、打ち明けてほしい。そして、力になりたい。

 それがデンキの、偽らざる思いだった。

 

「じゃあ、私たちだけでも……。いただきま──」

「──大変ティラァ!!」

 

 魚に口をつけようとした瞬間、そんな叫びとともに見張りを買って出てくれていたミニティラミーゴが飛び込んできた。突然のことに、オチャコは乾魚を取り落としてしまう。

 

「ああっ、お魚……!」

「村人たちが、攻めてくるティラァ!!」

「ッ、見つかったか……!」

「おいしょうゆ顔、その弾丸つくんのにどんくらいかかる!?」

 

 詰問されたしょうゆ顔ことハンタは、困り顔を浮かべた。

 

「今手ぇつけたばっかだぜ!?……まぁ一発だけなら、三十分あれば」

「ならばその一発、急いでくれ!俺たちが足止めするから!」

「ティラミーゴ、ここを頼む!」

「わかったティラ!あ、ここに落ちてる魚、食べてあげるティラ!」

「いや、それ私の──」

「オチャコさん、急ごう!」

「あぁぁ……ハイ」

 

 むしゃむしゃという咀嚼音を聞きながら、六人は小屋を飛び出した。

 

 

 *

 

 

 

 果たして数十人単位の村人たちが、小屋に向けて進軍しつつあった。

 

「ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛……」

「ウ゛ウウウウ……!」

 

 皆、一様に肌が青白く、あちこちから血が流れている。──彼らの内臓はほとんどがその機能を停止していて、放っておけば肉体が崩壊してしまう。そうなれば、もとに戻ってももう遅い。

 

「ッ、これだけの数が一気に……!」

「──ネムソウル!!」

 

 再びネムソウルを試すが、この人数相手では全体にまで行き届かない。しかも、

 

「シ、ヌ゛ゥ……!」

 

 どこからかゾンビマイナソーの声が響き、眠らせたはずの村人たちが一瞬にして起き上がってしまう。

 

「やっぱりダメか……!」

「マイナソーのヤツ、どこに──」

 

 そこでついに、村人たちが武器を振り上げて襲いかかってきた。武器といっても剣や斧は少なく、大部分は包丁や鍬など日常の用具である。それがかえって、エイジロウたちの心に躊躇を与える。

 

「皆、傷つけないように!無理しないで、小屋に近づかせないことだけ考えよう!」

「ッ、わーっとるわ!!」

 

 あとは、小屋にいるふたり次第──彼らも勇者なのだ、きっと活路を切り開いてくれるという確信があった。

 

 

 *

 

 

 

 外では戦陣の喧騒が響き渡りはじめたが、小屋の中は静寂が保たれていた。

 

「コタロウ……だいじょうぶティラ?」

「……休めば、なんとか」

 

 一時的にでもゾンビ化したことで、まだ未成熟なコタロウは体力を大きく消耗している。寄り添うティラミーゴをなんの躊躇もなくぎゅっと抱きしめるくらいだから、精神的にもよほど参っているのだろう。

 

「ほら、飲めよ。これはふつうの水だから」

「……ありがとう、ございます」

 

 デンキから水筒を受け取り、ごく、ごくと飲み干す。乾きかけた身体に、潤いが染み渡っていくのが感じられた。

 

「災難だったな……。でも無事で良かったよ」

「……どうも。優しいんですね、見かけによらず」

「見かけによらずって何よー?俺ぁ老若男女問わず優しいぜ?」

 

 知っている。賞金稼ぎなどと謙遜しているが、彼らは彼らなりに困っている人を助けたいと思って戦ってきたのだろう。

 

(エイジロウさんと、気が合うわけだ)

 

 そんなことを考えていると、ハンタが「よっしゃ!」と声をあげた。

 

「お、できたティラ?」

「おう。……ってかしゃべる恐竜って、なんか現実感ねーな」

「恐竜じゃなくて、騎士竜ティラ!」

 

 まあ騎士竜も元は恐竜なのだが。

 それは置いておいて、デンキはその報告に目を剥いていた。だってまだ、どう考えても十五分ほどしか経過していない。

 そう指摘すると、ハンタは悪戯っぽく笑ってみせた。

 

「そりゃ、長めに見積もったに決まってるっしょ?あいつらがペース上げすぎて息切れしても困るし……そうそう無いけど、ミスってやり直しってことも考えられるしな」

「そういうことかよ……。おまえってほんと、読めねー……」

 

 その地味な風貌が、かえってミステリアスさを際立たせているようにさえ今は感じられる。そして、不意に真剣な表情になることも。

 

「でも、おまえのミスは想定してない」

「!」

 

 そんな言葉とともに、完成した弾丸を渡される。──たった、一発ぶん。

 

「必ず決めろよ、デンキ」

「……オーケー、任せとけ!」

 

 だからデンキは、自信たっぷりの笑顔で応えてみせた。

 

 

 小屋の勝手口からするりと抜け出し、弧を描くように森の中をひた走る。怒号と地響きが絶えず耳を打つ。リュウソウジャーは今も、村人たちを押しとどめるため血を流さない戦いを強いられている。終止符を打てるのは、自分だけだ。

 

 そうして、戦場の端にまでたどり着いたデンキは、そのまま巨木の陰に身を潜めた。髪色と同じ黄金色の眼を光らせ、標的の姿を探す。どこだ、どこだ──

 

(──いた!)

 

 村人たちの群れの後方、ひときわグロテスクな姿をした怪物が、耳障りなうめき声をあげながら佇んでいる。

 三つ数えて呼吸を整えると、デンキは銃を構えた。目を細め、慎重に照準を合わせる。既に陽は落ち、辺りは真っ暗だ。リュウソウ族同様夜目がきく性質とはいえ、環境としては険しい。

 それでも、相棒(ハンタ)は銃弾とともに信頼を託してくれたのだ。相棒だけではない、エイジロウたちもまた、自分を信じて必死に踏ん張っている。

 

 その信頼に、応えるために。

 

「この一発は、外さねえ……!」

 

 そして──銃声が、響いた。

 

 

 防戦一方のリュウソウジャーの耳にも、その音は届いていた。

 

「!、今の……デンキか!?」

「うむ……。だが──」

 

 ここからではマイナソーの姿が見えない。村人たちの攻撃はやまない。──失敗、したのか?

 

「ッ、あんのアホ面……!」

「──待って!」

 

 判断は時期尚早だった。前線で戦っていた村人たちが突然混乱を始め、次々に武器を取り落としていくではないか。

 

「デンキ……やったのか」

「そうだよ!……見えへんけど」

 

──見えずとも、ゾンビマイナソーは胸に銃弾を喰らって苦しんでいた。

 

「グァ、アァァ……!?」

「……やった……!」

 

 成し遂げたのだ、自分は。拳を握り、喜びを噛みしめるデンキ。

 しかしマイナソーは、これだけでは倒せない。あとはリュウソウジャーに任せて……と思っていたらば、毒々しいエネルギーの塊がどこからともなくマイナソーのもとに飛んできた。

 

「ガ、アァ……シ、ヌゥ……!──シィ、ヌ゛ゥゥゥ!!」

「……!」

 

 そして──ゾンビマイナソーが、巨大化を遂げた。

 

「──うわ、出た!!」

「一歩遅かったか……!」

 

 こうなれば、騎士竜の力を借りるほかない。

 

「時間はかけらんねえ、スリーナイツで行く!イズクとカツキは、村の人たち頼む!」

「えっ……あ、うん、気をつけて!」

「命令すんなクソ髪!!」

「俺も行く」

 

──ともあれ、

 

 

「──竜装合体!!」

 

 呼びかけに応じて小屋から飛び出してきたティラミーゴとトリケーン、アンキローゼがその身をひとつにする。さほど重武装にならず、それでいて機動性を増したその姿。

 

「「「キシリュウオー、スリーナイツ!!」」」

 

「なんか久々やね、スリーナイツ」

「へへっ、たまにゃ良いだろ?」

「ムッ?まさかきみ、やりたくてやっただけか!?」

「ソッコーでケリつけるってのもマジだって!──いくぜっ!!」

 

 有言実行。巨大化したゾンビマイナソーが動き出すより早く、スリーナイツは跳躍した。

 

「どりゃああっ」

 

 ドリルというえげつない得物付きの膝蹴り──スピニングニーが炸裂する。グワァア、とうめき声をあげ、吹き飛ぶマイナソー。

 しかし相手は、何事もなかったかのように再度前進してきた。

 

「ッ、キックスラァッシュ!!」

 

 着地したところで、もう一撃。ごとりと右腕が落ちたが、マイナソーは構わず突き進んでくる。

 

「こいつ、痛みを感じていないのか……!?」

「漢らし……くはねえな──って、うおっ!?」

 

 ついに、マイナソーに組み付かれた。そのまま肩口に噛みつかれる。

 

「ティラアァッ!?」

「ティラミーゴ!?」

「まずい、このままではキシリュウオーごとゾンビにされるぞ!」

「ッ、でもこいつ、離れねえ……っ」

 

 見かけによらない、凄まじい力だった。キシリュウオーの皮膚は鋼鉄であるから即座に噛みちぎられることはないが、それも時間の問題──

 

「──そうはさせねえ」

 

 淡々とした声が響いたかと思うと、四足の巨躯が物凄い速度でマイナソーに激突し突き飛ばした。

 

「シヌ゛ゥッ!?」

「!、ショート、スピノサンダー!」

 

「待たせたな、皆」

「仕事をさせろ、仕事を!」

「うむ、兄弟は勤勉だ!」

 

 今さらながら、単体の騎士竜の姿でふたつの声が別々に響くのは奇妙なものがある。元がディメボルケーノとモサレックス(+アンモナックルズ)という別個の存在なのだから、当然といえば当然だが。

 

「これ以上は村を損じかねない。協力するから、一気に決めるぞ」

「よし来たっ!」

 

 スピノサンダーが雷撃を放つ。スリーナイツがナイトソードでそれを受け止める。電光を纏い、刃が光り輝く──

 

「──いくぜ!」

 

「「「キシリュウオー、ライトニングブレードッ!!」」」

 

 雷刃が、ゾンビマイナソーを魂ごと断ち切った。

 

 マイナソーの死を示す紅蓮の炎に照らされ、スリーナイツとスピノサンダーは勝利の雄叫びをあげるのだった。

 

 

 *

 

 

 

「キヒヒヒッ……やるねェ、リュウソウジャー」

 

 わが子と言うべきマイナソーの死を見届けることとなったドルイドン・ゾラだが、その不気味な笑みはまったく崩れていなかった。小高い丘から見下ろす先にはリュウソウジャーの面々と、正気に戻った村人たち。

 

──そしてその輪の中に仲間として入っていく、デンキとハンタの姿。

 

「あの子、もしかして……だとしたら。──キヒヒヒッ!」

 

 その頭の中では、早くも次なる謀が始動しようとしていたのだ。

 

 

 つづく

 

 

 





「俺の身体が……デンキになっちまってる?」
「……ごめんなデンキ、今まで騙してて」

次回「二人のゴールド」

「勝手に終わらせようと、すんじゃねーよ……っ」


今日の敵‹ヴィラン›

ゾンビマイナソー

分類/アンデッド属ゾンビ
身長/190cm〜44.4m
体重/65kg〜399t
経験値/444
シークレット/死体がなんらかの力によりアンデッドとなった姿"ゾンビ"のマイナソー。既に腐敗が進行し、顔の肉は削げ落ちて頭蓋骨が露になっている。彼に齧りつかれた者は生きたまま眷属にされてしまうぞ!
ひと言メモbyクレオン:(ニチアサでは)みせられないよ!……それはともかくキングオブアンデッドのゾラさまが宿主ってことで、永遠に成長するってポテンシャルがあったんだけどなァ……。


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20.二人のゴールド 1/3

 

 リュウソウジャー一行、そして勇者デンキとハンタの同盟(アライアンス)により、サルカマイ村はゾンビの呪いから解放された。

 

 しかしそれは、村に平和が戻ったことと同義ではない。──彼らは未だ、ドルイドン・ゾラの脅威に晒され続けているのだ。

 

 

「──村人たちに聞き込みしてきた。あのドルイドン、ここ最近突然現れて勢力を拡げてるらしい」

 

 「俺らが通ってきた森はほとんどあいつの勢力下になってるって」と、ハンタ。彼らは確保した宿の広間に集まり、今後のことを相談している真っ最中であった。

 

「……ゾラか。あいつを倒さないことには、オウスの街へは行けないな……」

「でもあいつ、不死身だって……ホンマなんかな?」

「………」

 

 オチャコの疑問に対し、沈黙を保つカツキ。「どうせはったりだ」と戦場では叫んだが、それは士気を保つための行動だった。今となっては、それを否定する材料など何もないのだ。

 

「事実だよ、……多分な」

 

 確信のこもった声音に、皆の視線が集中する。──声の主は、報告に続けてのハンタ少年だった。

 

「アンデッドの王は何しても死なない。燃やして塵にしようが、地中深くに生き埋めにしようが、必ず甦ってくる。倒すっつーのは……まァ、まず無理だね」

「……やけにアンデッドに詳しいじゃねーかよ、しょうゆ顔」

 

 探るような目つきで睨むカツキに、ハンタはへらりと笑いかけてみせた。

 

「言ったろ、俺は情報屋だって。アンデッドのことに限らず、なんでも詳しいのよ?」

 

 水を打ったような回答に、カツキはやはり沈黙した。ハンタの言葉に否定できる要素は何ひとつ見当たらない──そういうとき、彼は口を閉ざすのだ。心から納得したわけでないことは、その表情を見れば一目瞭然にしても。

 ただゾンビマイナソー撃破にあたって、ハンタの功績は大きい。今は彼の"秘密"を追及するより、すべきことがある。

 

「倒せないなら……どうする?」

「!、そうだ、今ハンタくんが言った"生き埋めにする"ってのええんちゃう!?ものすっっっごぉい穴掘って埋めちゃえば、死ななくても出てこられないでしょ!」

「お!ティラミーゴのドリルならでけえ穴、掘れるぜ!!」

 

 ふたりで盛り上がるエイジロウとオチャコだが、

 

「根本的な解決にはならないよ、残念だけど。ドルイドンの攻撃が激しくなるのと前後して、世界中で地殻変動が頻繁に起きてるんだ。何かの弾みで飛び出してくるってことも考えられる」

「そ、そっか……」

「しかし、倒せない以上……根本的な解決方法があるのか?」

「………」

 

 今度は場そのものに、重苦しい沈黙の帳が降りる。不死の敵を、実質的に倒す──困難な課題に、彼らは直面していた。

 

「──命は無理でも、心を折ることはできるんじゃないですか?」

「!」

 

 末恐ろしい言葉を声変わり前の声で言い放ったのは他でもない、コタロウ少年だった。

 

「こ、心を折るって……たとえば?」

「方法は色々ありますけど……動けなくして捕まえて、生きたまま解剖するとか」

 

 「体内(なかみ)を見られれば弱点も探れますし」と、ニヤリ。わっるい笑みである。

 

「どこで覚えてきたの、そんなこと……」

「け、けどまあ、良いんじゃねえの!?解剖はともかく……ココロ折れるまで、ボッコボコにしてやろうぜ!!」

「は、蛮族かよ」

「……おまえにだけは言われたくねえんじゃねえか?」

「ア゛ァ!!?」

 

 無自覚に毒を吐くショートに、喰ってかかるカツキ。既に定番となった光景に、どこからともなく笑いが洩れる。奇しくもコタロウの過激な言葉が、場を明るいものへと変えてしまった。

 

「デンキ、ハンタ、もう暫く力ァ貸してくれるか?」

「トーゼンっしょ!な、ハンタ?」

「まァね。倒せねーまでもアイツにも効くだろーし……聖水入り弾丸、量産しとくよ」

 

 そう言うと、ハンタは軽やかに踵を返した。「今日は寝るわ、おやすみ〜」と手を振りながら。

 

「あ、ハンタ!……わりィ、また明日な!」

 

 デンキもあとを追っていく。まあ、今日のところはもうお開きという雰囲気ではあった。明確な打開策というわけではないが、いちおう方針は見いだせたのだ。

 

「じゃ、僕らも寝よっか」

「ふぁ……せやね」

「うむ。日の出には起床して、哨戒に出たいところだからな!」

 

 夜間はティラミーゴたちが町の周囲を監視してくれているが、彼らにも休養は必要だ。マイナソーが巨大化すれば、自分たち以上に激しい戦いを演じることになるのだから。

 そうしてばらばらと自身に割り当てられた部屋へ皆が戻っていく中で、

 

「──カツキ、ちょっと良いか」

「ア゛?」

 

 不意にショートに呼び止められ、カツキは不機嫌を隠そうともしない表情で振り返った。

 

「よかねえ!……ンだよ?」

「いや……。──ハンタのこと、何か疑ってるのか?」

 

 率直な問いに、カツキは顔を顰めた。やはりこの男の物言いはいちいち癇に障る。まぁ、今さら言っても詮無いことだが。

 

「言ったろーが。俺ぁ簡単に他人を信用しねえって」

「それはそうだが、疑念があるなら皆に共有したほうが良いだろ。チームなんだから」

「ッ、……チームになった覚えはねえ」

「え、どうしてだ?」

 

 切れ長のオッドアイをまんまるに見開くショート。だぁからその顔をやめろ!と叫びたくなる。

 

「うるっせえな!……てめェ明日アホ面とセットだろ、ちゃんと見張れよ」

「……わかった。別に俺は疑ってねえけど」

「ちったぁ俺を蛮族呼ばわりしとったときのカン取り戻せや!じゃあな!!」

 

 これ以上苛立つと眠れなくなりそうだったので、強引に話を打ち切った。納得はいっていないのだろうが、ショートももうあとを追ってはこない。彼も部屋に戻るからついてきても不自然ではないが、少し間を置いて……という気遣いはできるのだ、一応。それはそれで、なんとなく腹が立つカツキなのだった。

 

 

 *

 

 

 

 森の奥深くに佇む洋館。かつてワイズルーが本拠としていたそこは、今ではゾラに乗っ取られていた。

 その前の主が、館の中で怒りを露にしていた──しょうもない理由で。

 

「うぬ゛ぅぅぅ……!なんて、なんてッ!悪趣味な内装なんだッ!!」

 

 館じゅうを彩る血糊や魔術品の数々、果ては壁から吊り下げられた髑髏。自分が使っていたときのきらびやかな品々は欠片も残されていないではないか!

 

「キヒヒヒッ……悪いけど、ここはもうオレのものだからねェ。好きにさせてもらったよォ?」

「ぬぬぬぬぬ……!──痛ッ、あ、痛!腹が……腹の古傷が……!」

「わ、ワイズルーさま!?ああもう興奮するから……」

 

 傷が開いてしまったワイズルーを介抱するクレオンだったが、そのためにゾラの急接近に気づくことができなかった。

 

「クレオン?」

「えっ?──ヒッ!」

 

 目の前に濁った黄色い眼と裂けた口が迫り、クレオンは思わずワイズルーの背に隠れた。

 

「な、なんでしょう……?」

「オシゴトを頼みたい……ヒヒヒッ」

「お、オシゴト……マイナソーの創造っスか?ご希望は?」

 

 仕事となれば怯えている場合ではない。クレオンは自然と居住まいを正した。リュウソウジャー打倒がすっかり主目的になってしまっているが、本来のお役目はこちらである。

 

「ご希望、あるよォ。良いマイナソーを生んでくれそうな子、見つけたんだよねェ」

 

 「キヒヒヒ」と、ゾラは下卑た声で嗤った。

 

 

 *

 

 

 

 翌朝。まだ日が昇りきらないうちから、エイジロウたちは動き出した。

 

「サンキューな、ティラミーゴ。何かあるまでゆっくり休んでくれ!」

 

 エイジロウの労いの言葉に、ミニティラミーゴは「ティラァ!!」と応えて村の中に入っていく。流石に宿の部屋はとれなかったが、昨夜一時避難した小屋を休憩所代わりに使わせてもらえることになっている。沼にいるモサレックスを除く騎士竜たちには、何もなければそこで夜まで休息もらうことになっていた。

 

「っし、行こうぜ。テンヤ!」

「うむ!」

 

 エイジロウとテンヤ、ふたりがティラミーゴに代わって森の中へ分け入っていく。彼らは単独行動を選んだ──動くのが七人なのでどうしても余りが出るのだ──カツキを除いてツーマンセルに分かれ、それぞれ巡視する区域を決めていた。

 たとえば、このふたりも。

 

「あのドルイドン、次はどんな手で来るかわからない……。気をつけて回ろう」

「う、うん」

 

(で、デクくんとふたりきり〜〜っ)

 

 これまでだって、そういうシチュエーションはないではなかった。しかしイズクに対する気持ちを自覚してしまった今、これは些か刺激が強すぎる。

 オチャコが思わず赤面していると、

 

「オチャコさん、どうかした?顔赤いけど……」

「!?」

 

 イズクが心配そうに覗き込んでくるものだから、いよいよ彼女は慌てた。

 

「な、なななななんでもございませんことよ!とっても良いお天気やでしかし、オホホホホホ!!」

「本当どうしたの!!?」

 

 「なんか今日変だよ!?」と突っ込むイズクは、その理由を想像だにしていないのであった。

 

 

 そして、ショートとデンキ。彼らは村の中にとどまり、見回りを行っていた。といっても、小さな村なのですぐに一周できてしまうのだが。

 

「ハァ……今日も天気悪ィなぁ」

「そうだな」

「ただでさえ皆元気無ぇのに、これじゃ余計に気ィ滅入っちまうよな」

「ああ」

「………」

 

 デンキは思わず苦笑した。見目麗しいショートだが、会話のキャッチボールはあまり得意でないようだった。尤も、する気があるだけ黒鎧の爆発騎士よりはマシだが。

 

「かっちゃんもさー、ソロで動くなら自分が村にいりゃ良かったのに。危険度ダンチなんだから」

「あいつ、そういうヤツだからな。俺もまだ、大した付き合いじゃねえけど」

 

 大したどころかまだ五日ほどしか経っていない。そこへいくと、昨日会ったばかりで既に溶け込んでいるデンキは大したものだと思う。「見張れ」とカツキは言っていたが、彼にしてもデンキが懐に入ってくることは少なくとも不快ではないようなのだ。

 

──しかしデンキの相棒については、なんらかの不審というか、疑念がある。それがなんなのか、ショートにはわからない。

 

 ならばここはひとつ、思い切ってみるべきか。そう考えてショートは口を開いた。

 

「なぁ、ハンタのことなんだが」

「ん、あいつがどうかした?」

「カツキが何か気にしてるみたいなんだ。心当たり、あるか?」

「いや漠然としてんな……」

 

 呆れつつも、デンキにはカツキの気持ちが理解できた。

 

「……ハンタが何か隠してんのは、事実だと思う。あいつと出会ったのはここ一年くらいの話でさ、まァ意気投合して、なんでも相談しながら一緒にやってきたわけだけど……お互い、過去のこととかは探り合わないようにしてた」

 

 それは暗黙の了解のようなものだった。成人しているとはいえ、少年にして半ば無頼の身でふたりは出逢った。お互い過去に良からぬことのひとつやふたつは抱えていてもおかしくないし、それを知って傷の舐め合いのような関係にはなりたくない。ただお気楽な旅の仲間であってくれればと、そう思っていた。

 

「でも……最近、それで良いのかと思うこともある」

 

 過去が、今を蝕むことがあるとするなら。

 

「ハアァ……こんなことでウジウジ悩むの柄じゃねーんだけどなぁ、俺」

「悩むのは悪いことじゃねえと思うぞ。大事な友だちのことだろ」

「友だち?……友だちかぁ。へへっ、そうだな」

 

 照れくさそうに微笑むデンキを見て、ショートは彼が軽薄なのは表向きの態度だけなのだと思い知った。ただ放蕩するだけでなく勇者(ヒーロー)として人々を救けようと思える時点で、彼は情深い少年なのだ。

 尤も、評価を改めたのはお互い様のようだった。

 

「おまえも、良いヤツだな。腹立つほどイケメンだし、もっとスカしたヤツなんだと勝手に思ってた」

「……イケメンっつーのよくわかんねえけど。お互い、誤解があったみたいだな」

「早めに解消できて良かったぜ、へへっ」

 

「──宿に戻ったらさ、ハンタと話してみるよ。一生一緒にいても良いって思うくらい、俺……あいつのこと、信じてっから」

 

 そう言って、デンキは天を仰いだ。重苦しい鈍色の雲で覆われてはいるが、かすかに太陽の光が差し込んでいる。それを掴むように、手を伸ばした。

 

 

 *

 

 

 

「っし、こんなもんかな……っと」

 

 その頃、宿に残っていたハンタは聖水入り弾丸を完成させていた。昨夜とは異なり、十分な時間で十分な弾数を用意することができた。これだけあれば、あのドルイドン相手でも動きを止めるくらいの役には立つだろう。

 

「よりによって、アンデッドタイプと遭遇しちまうなんてなぁ……」

 

 つぶやきつつ、癖になっている皮肉めいた笑みを浮かべる。"不死の王(キングオブアンデッド)"──自称かもしれないが、その二つ名にふさわしいだけの脅威たる存在には違いない。そしてあの、すべてを見透かすような濁った黄色い眼。

 

(俺のことも、バレちまってるかもな……)

 

 だとしたら──潮時か。ハンタは弾丸(これ)が、デンキに渡してやれる最後の贈り物になるかもしれないと思っていた。それを望んでいるわけではないけれど、仕方がないのだ。ハンタがその身に抱える"秘密"を知れば、きっとデンキのほうから離れていくだろう。

 

「……もう少し、な……」

 

 郷愁に浸るハンタは、天井から少しずつ緑色の液体が滲み出していることに気がつかなかった。

 

 

 



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20.二人のゴールド 2/3

この前のゼンカイ入れ替えネタは秀逸でしたね。
個人的には声まで入れ替わらないほうが好きですが。


 鳴り響く半鐘の音が、村に緊急事態が起きたことを知らせている。

 

「怪物だあッ、怪物が出たぞ!!」

 

 叫びながら、逃げまどう村人。澱んだ空気の流れていた村は、このときばかりは烈しい突風に突き動かされていた。すべてを破壊(こわ)し、後々の退廃を深めるような嵐ではあるが。

 それを食い止めるために、彼らは村人たちと逆向きに走る。ショートとデンキ。ただ、ふたりの表情にも揃って当惑が浮かんでいた。

 

「どうなってんだよっ、村の周りみんなで警戒してたってのに!」

「……多分、クレオンだ。アイツは液状になって地中に潜り込める……らしい。それで侵入されたら、気づくのは難しい」

 

 だが、そういう事態を想定して自分たちが村に残っている。騒ぎが起こってから、そうまだ時間は経っていない。

 

(誰も、やらせねえ……!)

 

 静かに心を滾らせながら、彼らは村の広場へとたどり着いた。

 

「え……何コレ?」

 

 そして──当惑を、露にした。

 

「わんわん、わん!」

 

 吠えながら四足で走るのは、どう見ても人間の、いい歳をした男だった。そのあとを、後ろ足だけで立った犬がとてとてと追いすがっている。

 それだけではない。木の真似をして立ち尽くしている者や、やはりいい歳してしゃがみこんでわんわん泣いている女、それを懸命にあやそうとしている幼子──とにかく、混沌。

 

「これは……」

「な、何がどうなってんだ……?」

 

 彼らの身に何が起こったかはともかく、それがマイナソーの仕業であることに間違いはない。だが、その姿は見えない。いったいどこに──

 

「……ェ、テ……」

「──!」

 

 背後から響く、茫洋とした声。すかさず振り返ったふたりの腕に次の瞬間、白茶けたオブジェクトが絡みついた。

 

「うわぁッ!?」

「ッ!」

 

 それは煤まみれで汚れていたけれど、包帯のように見えた。長く伸びたその根は、また別の、灰色をした腕に繋がっている。

 

「カエ、テ……」

「ッ、マイナソー……!」

 

 全身を包帯で覆った男。昨夜のゾンビマイナソーに比べ人型を保ってはいるが、明らかに常人ではない。それに、繰り返される言葉。"カエテ"──変えて?

 

「──カエテ!!」

 

 刹那、巻きついた包帯が奇妙な光を放った。

 

「「──うっ!?」」

 

 その光に遮られるように、ふたりの視界がホワイトアウトする。ただそれも一瞬のことで、次の瞬間には何事もなかったようになっていたのだが。

 

「ッ、目ぇチカチカする……。──大丈夫か、ショート?」

「ああ。おまえこ、そ──」

 

 どことなく違和感を覚えながら、隣を見遣って……今度は、頭が真っ白になった。

 そこには、鏡写しになったかのように自分自身がいたのだ。ショートも、デンキも。当惑した表情で、自分が自分を見つめている──

 

「な、なんで俺がいるんだよぉ!?」

「俺……じゃない、おまえ、デンキか?俺の身体が……デンキになっちまってる?」

 

「──そのとーーーり!!」

「!」

 

 巫山戯た少年じみた声が響いたかと思うと、マイナソーの傍らの地面からどろりと液体が滲み出してきて。──それが、菌類の怪人を形作った。

 

「クレオン……!」

「ヘヘへっ、入れ替え大せいこーーッ!」

「入れ替えぇ!?」

「そのとーー……二回目だコレ。イグザクトリー!このマミーマイナソーの包帯は魂を絡め取って、別の肉体に移し替えることができるのだッ!これでまともに戦えまい、ギャハハハ!!」

「ッ、」

 

 得意げに胸を張るクレオン。なんと厄介な!──しかし彼らふたりなら、まだ。

 

「残念だが、そうでもねえ」

「ほぇ?」

「いくぞ、リュウソウチェ……」

 

 そこでモサチェンジャーを構えようとして──ショートは、自分がデンキの身体になってしまっていることを改めて自覚した。

 

「……この場合、どうなるんだ?」

 

 モサレックスとの契約は魂と肉体、どちらに適用されるのか。どちらでも良いのか、あるいは駄目か。

 当の騎士竜にテレパシーで訊いてみようとしたショートだったが、デンキの身体では繋がらない。そうこうしているうちに、彼の肉体を占めたデンキは揚々とチェンジャーを構えていた。

 

「わりィ、せっかくだから試してイイ?」

「!、……ああ、まぁ」

 

 端正な顔立ちが期待に染まっている。少なくともショート本人であれば、見難い表情。

 ただデンキが精神(なかみ)なら、試してみる価値はあると思った。

 

「いくぜ……!──リュウソウ、チェンジ!!」

 

 やや手間取りながらも、リュウソウルを装填し──

 

『ケ・ボーン!!──ドンガラハッハ!ノッサモッサ!エッサホイサ!モッサッサッサ!!』

 

 昨日しっかり見ていたのか身体が覚えているのか、それなりにサマになった構えをとり──引鉄を引く。

 

『リュウ SO COOL!!』

 

 ショート……もといデンキの身体にモサレックスのソウルが宿り、黄金の(メイル)となって全身を包み込む。それはまぎれもない、リュウソウゴールドの姿だ。

 

「よっしゃあ、変身できたぁ!!」

「竜装、だ」

「竜装な!わりィ!!」

 

 内心リュウソウジャーへの憧れもあったのだろう、竜装を遂げたデンキは興奮している。

 一方、それを見たクレオンは露骨な嘲笑を浮かべていた。

 

「ふんっ、中身シロウトがリュウソウジャーんなったからって、独りで何ができるんだよォ?──やっちまえ、マミーマイナソー!!」

「カェ、テ……!」

 

 包帯の先端が捻じれ、ドリルのように鋭く尖る。それを目にも止まらぬ勢いで差し向けてくる。直撃すれば、生身の人間など容易く穿たれてしまうだろう。

 

「ショート、サポート頼む!」

「ああ」

 

 ゴールドより一歩後ろに下がり、ショートは拳銃を構えた。ゴールド自身は既にモサチェンジャーの引鉄を引こうとしている──

 

「──おらッ!!」

 

 電光弾が放たれ、マミーマイナソーの腕を直撃した。

 

「ウギャアッ!?」

 

 悲鳴をあげ、もんどりうつ怪人。しかしそこに、さらなる弾丸が叩き込まれる。百発百中……とはいかないまでも、十分な命中率だった。

 

「ちょっ……ええ、何故!?」

「──決まってんだろ」

「!、ウギャッ!?」

 

 クレオンもまた、心臓部に弾丸を食らって悲鳴を発した。それを放ったのはゴールドではなく、デンキの姿をしたショートだったが。

 

「俺もデンキも、銃使いだ。戦闘スタイルはそんなに変わらねえ」

「な、なるほど……痛ててててッ!?」

 

 光弾と実弾が交錯し、まるで横薙ぎのシャワーのごとく二匹の怪物に襲いかかる。彼らは灼熱の塊に晒されてネコ踊りするしかない。一発一発は脅威でなくとも、痛いものは痛いのだ。

 

「うぇーいっ、スゲーなこの銃!!」

「リュウソウケンと同じ、モサレックスの加護を得た銃だからな。……こっちは威力は申し分ねえが、弾切れが早い」

「そりゃ、実弾だしなあっ」

 

 実弾でない銃といえば、この世界においては魔法力でつくったエネルギー弾を撃ち出す魔導銃(ウィザード・マスケット)が存在する。ただ世界に数丁しかないと言われているほど貴重な品であり、デンキは見たこともなかった。

 閑話休題。

 

「よっしゃ、このまま一気に──」

 

 そのときだった。敵の後方から、騒ぎを聞きつけたエイジロウたちが駆けつけてきたのは。

 

「クレオンっ!」

「ショートくんデンキくんご苦労!あとは俺たちが──」

「や、やべェ……!!」

 

 挟み撃ち。さらなる不利はむしろ、怪物を勢いづかせる契機となってしまった。

 

「カエ……テェェェ──ッ!!」

 

 絶叫とともに、マイナソーの身体を覆っていた包帯がぶわりと周囲に広がった。

 

「!!」

「危ねっ……ショートっ!」

 

 元の身体に比べると、ほんのわずかに反応が遅れた。そこにゴールドが飛び込んできて、すんでのところで包帯に取り込まれずに済んだ。強かに背中を打つ羽目にはなったが。

 

「大丈夫か!?」

「ッ、……ああ。でも──」

 

 クレオンとマイナソーを挟んだ向かい──駆けつけてきた仲間たちは、包帯の壁に完全に包まれてしまっている。まだマイナソーの能力がどんなものかも把握していなかったのだ、咄嗟にかわすのは困難な状況だった。

 

「ッ、こんの野郎!いい加減にしとけよ!!」

 

 ゴールドが再び弾丸を放ち、マイナソーの素肌に直撃させた。包帯越しよりダメージが大きかったのだろう、"それ"は悲鳴をあげてその場に倒れ込む。

 そうしてようやく、包帯は乱舞をやめた。

 

「エイジロウ、カツキ、皆──」

 

 

「──ハア゛ァァ!!?ンだコレ、どうなってんだア゛ァ!!?」

 

 慣れ親しんだ口調の、それでいて聞き慣れない声の罵声が響く。

 それと同時に、

 

「ぼ、俺がいる!?しかもカツキくんのような調子で怒鳴って──」

「俺ぁ正真正銘カツキだクソが!!つーかてめェクソメガネか!?」

 

 テンヤが鬼のような表情で怒鳴り散らし、カツキが当惑した様子で腕をカクカク振っている。言動を見れば、ひと目でわかる。──彼らも、入れ替えられてしまったのだ。

 しかし他と比較すれば、彼らはまだマシなほうで。

 

「ちゅんちゅん、ちゅん!」

「ほえぇ……何がどうなったんじゃあ……?」

「………」

 

 囀るエイジロウ、腰の曲がったオチャコ、膝を抱える形で微動だにしなくなったイズク。彼らの傍にはそれぞれ小鳥、老婆、そして誰かが落としていったのだろうおにぎりが転がっている。──ヒト同士どころか非生物とも、入れ替えられてしまうのだ。

 

「ピイ、ピイィ!?(俺、鳥になっちまってるぅ!?)」

「腰が……45°から上に持ち上がらへん……」

「………(なんでこんなところにおにぎりが!?)」

 

 もはや恐慌状態である。それを見たクレオンは、ただ嘲笑うだけでなくこれが好機であると踏んだ。

 

「よくやったマミーマイナソー、今だァ!!」

「カェ、テ……!」

「!!」

 

 身構えるショートたちとは裏腹に、苦しそうなマイナソーは包帯を再び乱舞させるとそれを繭にして自身とクレオンを包み込んでしまったのだ。

 

「え、何?逃げんの!?一網打尽にするチャンスなんだぞー!!」

「ッ!?──待て!!」

 

 咄嗟に射撃するショートとデンキ、しかし繭は外見以上に硬く弾丸をはじき返してしまう。そしてそれがしゅるりと中心へ収まると、まるで魔法のように敵の姿はかき消えていたのだ。

 

「……逃げられたか……」

「不幸中の幸い……?イヤでも、こんな状態でぇ……」

 

 いちおう気心の知れた者同士である自分たちなどはまだしも、動物や食物と入れ替えられてしまった者たちは。村のあちこちで騒ぎが聞こえてくるのを思えば、ここで倒しておくべきだったのだ。

 

「……どうする、これから?」

「……あいつらは宿に戻すとして、マイナソーの宿主を探す。人間から生まれたマイナソーはそいつの欲望に従って動く、何か攻略法を見つけるヒントになるかもしれねえ」

「ああ、ハンタがいつだったかそんなハナシしてたような……」

 

 情報屋を標榜するハンタは、当然ドルイドンやマイナソーについても詳しかったようで。

 噂をすれば、と言うべきか。

 

「──それなら、ここにいるぜ?」

「!」

 

 振り向いたふたり。──果たしてそこに立っていたのは、普段となんら変わりない、貼りついたような笑みを浮かべたハンタ少年だった。

 

 

 *

 

 

 

 一方逃走したクレオンとマミーマイナソーの姿は、村を一望する小高い丘の上にあった。無論、望んでここまで逃げてきたわけではないが。

 

「こんのバカチンがァ!!せっかく連中ブチのめすチャンスだったのに、ちょっとボコられたからって逃げ出してェ!」

「カエ……テェ……」

 

 クレオンに尻を蹴りつけられたマイナソーは、そのまま地面に倒れ込んでしまう。大抵頑丈なマイナソーにあるまじき貧弱!クレオンは目を剥いた。

 

「え、ちょっ……どうした!?ええ……」

「──キヒヒヒ……クレオン、」

「!?」

 

 そうだ、忘れていた。──"彼"と、合流するためにここに来たのだ。

 

「首尾はどうだい?キヒヒヒ……」

「ぞ、ゾラさま……。とりあえず、かくかくしかじかで──」

 

 リュウソウジャーの全員を──相手に個人差はあるが──入れ替えることには成功したが、反撃を受けたマイナソーが逃げ出してしまった。そのことを恐る恐る説明すると、

 

「ヒヒヒッ……よくやったねェ、クレオン」

「え……あ、良いんスか?リュウソウジャー、一網打尽にするチャンスだったのに……」

「良いサ、せっかくだから楽しんでもらわなきゃねェ。それに──」

 

「──そのマイナソー、宿主からエネルギーを吸えないだろォ?」

「!!、な、なんでそれを……」

 

 欠陥品を創ってしまった。そう思って、どう誤魔化したものか思案していたというのに。

 

「わかるよォ。最初からそうなると思ってたからねェ……キヒヒヒッ」

「??」

 

 くつくつ嗤う不死の王を前に、クレオンはやはりこの人の考えていることはわからないと憂鬱な気分になるのだった。

 

 

 *

 

 

 

「で、何があったか説明してもらおうか」

 

 テンヤ……の姿をしたカツキにずずいっと詰め寄られ、ハンタは引きつった笑みを浮かべた。

 

「こ、怖ぇって……。おまえでかいんだから」

「そうだぞカツキくんっ、俺の身体でそういうことをするのはやめたまえ!!」

 

 そう咎めるテンヤは、カツキの姿かたちでひょこひょこ腕を振っていて。案の定「その言葉そっくり返すわ!!」と怒鳴り返されている。

 そうこうしていると、今度は別のところで騒ぎが起こった。

 

「ちょっ……やめろってエイジロウ!!」

「ピィ、ピィ!」

「………(た、救けて食べられちゃう!!)」

 

 羽交い締めにされたエイジロウ……もとい小鳥。彼はイズクの魂が詰め込まれたおにぎりをついばもうとしていたのだ。そんな彼を押さえる中身デンキのショートに、腰の曲がったオチャコ……もといおばあちゃんが嬉々として声をかける。

 

「ヒョッヒョッヒョ……あんた、良い男だねぇ」

「うぇっ……そ、そぉ?」

「それ、中身おばあちゃんやで……」

 

──とにかく、カオス状態。比較的無事に近い四人でどうにかそれを鎮めてから、改めてハンタの回答を求めた。

 

「……何っつっても、俺もわけわかんねえくらい急だったんだよ。部屋でいきなり緑のヤツに襲われて、ヘンな液体飲まされて……」

 

 頭を掻きながら、ハンタはそう述懐した。実際、そうとしか言いようがないのだ。そうしたら自分の体内からマイナソーが飛び出してきて、人々を襲いはじめた──

 

「……ちょっと待て」ショートが口を挟む。「マイナソーの宿主にされた人間は大抵意識ごともっていかれるし、そうでなくともエネルギーを吸われ続けて衰弱する。おまえ、どうして普通にしてられるんだ?」

「……デンキの顔でンなクールに問いただされると、違和感あるなあ」

「はぐらかしてんじゃねえ、しょうゆ顔」

 

 相変わらず仲が良いとはいえないふたりだが、面々の多くが行動不能に等しい状態であることも手伝って、見事なコンビネーションを見せている。ましてショートは、カツキが何か疑っていることを見抜いていたのだから。

 

「……その表情(かお)。おまえはもう、薄々察してるみたいだな」

「………」

 

 自分(てめェ)の口から言わせようというのは、武士ならぬ騎士の情けか。ハンタは固唾を呑むデンキをちらりと見遣ると──口を開いた。

 

「俺が、あのドルイドンと同じ……アンデッドだからだよ」

「──!」

 

 デンキは、言葉を失った。

 

 



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20.二人のゴールド 3/3

上鳴くんの姿を思い起こそうとすると、一瞬マイキーが邪魔をしてくる……


 

「俺が、あのドルイドンと同じ……アンデッドだからだよ」

 

──それは少なくとも、カツキにとってだけは唐突な告白ではなかった。ハンタの言った通り、察していたからだ。尤もマイナソーの宿主でありながらなんともないという時点で、確信へと変わっていたのだが。

 

「アンデッドの知識、ひけらかしたのが仇になっちまったか。……まァ、しょうがねーけど」

「……どういうことだよ、ハンタ。おまえがアンデッド……あいつと同じって」

 

 隠しごとについては気づいていても、そこまでは予想だにしていなかったデンキである。目に見えて動揺するのも無理からぬことだった。

 そんな相棒を宥めるように、ハンタは続ける。

 

「もう何千年も前のハナシになるけど……西の大地じゃ、死んだ人間の肉体を腐らせず遺すことができれば、いつか魂が還って復活できるという言い伝えがあった」

 

 その言い伝えに従い、人々は自らの骸を保存するよう試みた。腐敗せぬよう、干からびさせてまで。

 

「……ンな迷信、」

「そうだな、迷信だ。でも……ンなくだらねえもんから生まれた死体が地殻変動で飛び出してきて、奇特(マッド)な魔導士に目ぇつけられた……なんてことも、あったりなんかして」

「それが、おまえか」

「まぁ、そゆこと。いわば俺は、魂が入ってるってだけの……ただの死体ってわけ」

「そん、な……だって、こんな元気に──」

「………」

 

 す、と表情を消したハンタは相棒のもとに歩み寄り──その手を、自らの胸元に当てさせた。

 

「あ……」

 

 デンキはもう一度、言葉を失った。──鼓動が、ない。

 

「この通り、生命活動はしてない。だからまぁ、メシもいらねえんだ。食えなくはないけど、消化できないし」

「……そういうこと、だったのか……」

 

 自分の前でほとんど飲食をしなかったのも、過度な接触を嫌ったのも。すべて、自分が魂をとどめただけの肉塊でしかないことを知られないために。

 

「そ。……ごめんなデンキ、今まで騙してて」

「ッ、」

 

 それ以上ハンタから、伝えるべきことは何もなかった。──それだけなのだ、泣いても笑っても。

 

「そうかよ。だったらもう、未練はねえな」

 

 言うが早いか──カツキは、リュウソウケンをハンタの喉元に突きつけた。

 

「!?、何すんだ、カツキ!!」

「──てめェも知ってンだろ、半分野郎。宿主が死ねば、マイナソーは消える」

「だからって──!」

 

 割って入ろうとするショートだったが、意外にもそれを押しとどめたのはテンヤだった。

 

「テンヤ!?おまえまで……!」

「違う!……カツキくんは以前、コタロウくんにも同じことをしようとした」

「だったら尚更──」

「しかしコタロウくんは生きている!……大丈夫、彼を信じよう」

 

 既にそう言えるだけの間、肩を並べて戦っているのだという自負がテンヤにはあった。テンヤだけではない──入れ替えられてまともに動けない、他の面々も。

 

「……未練、か」唇をゆがめ、「見ての通り、俺はガキのうちに死んじまったから。無いと言えば嘘になるけど……まァ、今となってはもう十分だとは思ってる」

「………」

「おまえのおかげだ、デンキ。……楽しかったよ、今まで。ありがとな」

「ハンタ……っ!」

 

 静かに目を閉じるハンタ。それを合図と見てとったのか、カツキは勢いよくリュウソウケンを振り上げた──

 

「………」

 

 薙ぎの威風を頬に感じたハンタだったが──しかし、刃はいっこうに自分の首を穫りにはこない。

 恐る恐る目を開けると、そこには相棒であって相棒でない、少年の背中があった。

 

「ショー……デンキ?」

「……ッ、」

 

 リュウソウケンの刃先が、彼の首もと数センチにまで迫っていた。──庇ったのだ、彼は。ハンタを。

 

「……ハンタは、誰にも殺らせねえ……!」

「……そいつはもう、死んでんだぞ」

「死んでねえ!!くだらねえハナシして笑いあったり、喧嘩したり……生きてるから、できることじゃねえか!!」

 

 難しいことはわからない。でも生きているから、ハンタと出逢うことができた。それだけは誰にも否定させないという強い意志が、デンキの瞳には宿っていた。

 

「デンキ……」

「おまえもおまえだよッ、バカヤロー!!」怒号とともに振り向き、「勝手に満足しやがって!!俺はまだ、おまえと一緒に旅してえ……。勝手に終わらせようと、すんじゃねーよ……っ」

 

 黒々とした自分の瞳に対して、灰と紺碧に分かたれたオッドアイのなんと美しいことか。そんなものが涙の膜に揺らめきながら、自分を射抜いている。無論これはショートの肉体だ。ただ、本来の姿かたちである飴色の瞳であったとしても、まったく同じ感想を抱いただろうとハンタは思った。

 

「けっ、おアツいこって」

 

 吐き捨てるように言い放ちつつ……カツキは、剣を下ろした。

 

「マイナソーブッ殺しゃ済む話だ。アホ面(てめェ)に免じて、見逃してやらぁ」

「カツキおまえ、最初からそのつもりで……」

 

 デンキの心を試したのだ、カツキは。それにしてもやり方が過激すぎると、半ば呆れもしたが。

 

──と、再び半鐘が鳴り響いた。非常事態を告げるけたたましい音。すなわち、出撃のときだ。

 

「ッ、もう再来したのか……!」

「チッ……おい鳥、ババア、握り飯!てめェらはここでおとなしくしてろ、良いな!?」

「ピィ、ピイィ!(すまねえ!)」

「ババアて……」

「………(早くなんとかして!!)」

 

 今動けるのはカツキ、テンヤ、ショートとデンキ。──そして、

 

「俺も行く」

「!」

「曲がりなりにも俺から生まれた化け物だ。落とし前は、自分でつける」

 

 心臓の動いていないハンタにも、滾る心はある。とうに消えているはずだった生命であれ、生きられるものなら生きたい。だがそのことで、他人を傷つけることだけは許せないのだ。──半ばデンキに引きずられる形とはいえ彼が勇者(ヒーロー)を志した理由も、きっとそこにあった。

 

 

 宿を飛び出し、五人はひた走った。人数だけならショート加入前のリュウソウジャーと同じではある。ただ万全と言えるのは宿主でありながらエネルギーを吸われていないハンタだけで、あとの面々は慣れない身体である。

 

「──そういや、どうしてハンタはエネルギーをもっていかれねえんだ?同じアンデッドでも、ゾラは吸われ続けてたのに」

「あ、あー……」

 

 ショートの純然たる疑問に対し、ハンタは自嘲ぎみに頭を掻いた。

 

「最上級のアンデッドは、生きた人間以上の生命エネルギーをもつと言われてる。俺のエネルギーがゼロなら、あいつは無限……ってな感じなんだと思う、多分」

「多分だァ?」

「いや万事知ってるわけじゃないからさ、俺も」

 

 それにドルイドンなどという連中は、自分が本来天寿をまっとうすべきだった数千年前には影も形もなかった。アンデッドといってもハンタは生前至って平凡な少年だったのだから、比較にならない規格外の存在なのだ。

 

(そんなヤツらと戦ってんだな、こいつら)

 

 とんでもない時代に甦ってしまったと最初は思ったものだが、案外悪くなかったかもしれない──今となっては、そう思えた。

 

 

 *

 

 

 

「オラオラ、しゃっきり働けマイナソー!!」

「カェ、テェ……!」

 

 クレオンに背中を蹴ら……もとい押され、マミーマイナソーは手当り次第に包帯をばらまいていた。

 

「ぎゃああぁ!!」

「うわあああ!!?」

「ニャ──ー!!」

 

 包帯に全身を覆い尽くされ、他と魂を入れ替えられる村人たち。人間同士ならまだ良いようで、動物、果ては頭を垂れる稲穂にされてしまう者もいる。

 

「ニャーーー!!(な、なんで私がネコになってるのぉ!?)」

「………(う、動けない……!救けてくれぇ!!)」

 

「カエテェ……!」

「おっ、元気出てきたな!その調子その調子ィ!!」

 

 鼓舞するクレオンだったが、彼らのやりたい放題は長くは続かなかった。

 

「そこまでだッ!!」

「!?」

 

 聞き覚えしかない大地を震わせるような怒声に、クレオンは反射的に肩をびくつかせた。何度「死ねェ!!」と爆破をかまされたかわからないのだ。

 

 ただ駆けつけてきた五人は、マイナソーの親である一名を除いては既に入れ替えられているわけで。

 

「叡智の騎士!リュウソウブルー……ではなくてブラック!!」

「めんどくせぇから名乗んじゃねえ!!」

「うぇっ!?名乗らせてくれよぉ!!」

 

 気の抜けるような会話。しかもリュウソウジャーでない生身の人間が混ざっていることに、クレオンは拍子抜けした。そういえば、残る三人は戦える状態にないのだ。

 

「いつものやんないならこっちからいくぜぇ!!マイナソー、ドルン兵、やっちまえぇ!!」

「カェテ……!」

「ドルドルッ!!」

 

 今度は堂々たる侵攻であるためか、ドルン兵を引き連れてきたクレオン。敵の頭数だけは多いことに、カツキは舌打ちした。

 

「俺の身体で舌打ちはやめてくれ、カツキくん!!」

「るせぇ!!……おい叡智の騎士さんよォ、どうするよこの状況?」

「!」

 

 カツキに献策を乞われた!嬉しくなるテンヤだったが、戦場で頬を緩めているわけにもいかない。コンマ数秒後には、頭脳をフルスロットルで働かせていた。

 そして、

 

「俺ときみはドルン兵の掃討を。マイナソーにはショートくんとデンキくん、ハンタくんの三人であたってもらおう!」

「そーかよ。──ブットバソウルよこせ、ハヤソウルと交換だ」

「うむ!」

 

 肉体と精神、どちらに合わせて戦うべきか──彼らは、後者を選んだ。

 

「おらァ、いくぜぇ!!」

 

──BOOOOM!!

 

 爆破とともに彼方まで跳び上がり、降下とともに爆破を浴びせかける。その派手な一撃に、防御などなんの意味もなくドルン兵の一部が吹き飛ばされる。

 

『ハヤソウル!──ビューーーン!!』

 

 そして爆炎に紛れるようにして、テンヤ……もといブラックは一陣の風になっていた。運良く紅蓮に呑まれず済んだ兵たちに肉薄し、一刀両断、斬り捨てる。そのスピードは、いかにすぐれた動体視力をもっていようとも捉えきれぬものだった。

 

「ふぅむ……!身体が思ったように動くッ!」

 

 テンヤより細身とはいえ、無駄なくみっちりと筋肉のついたカツキの身体である。瞬発力にも長け、ハヤソウルによるスピードアップにもまったく遅れをとっていない。ブットバソウルという人を選ぶソウルをメインで使っているだけある、やはり彼は才能マンなのだ。

 

「たりめーだ!!」

 

 反応しつつ、カツキも悪い気分ではなかった。テンヤの身体でも、ブットバソウルを問題なく操ることができている。リュウソウジャーの中でも群を抜いた体格は、見せかけだけではないのだ。性格は合わないが、身体の相性は悪くない──

 

 

 一方で、デンキたちとマミーマイナソーの戦闘も始まろうとしていた。

 

「カエテェ!!」

 

 マイナソーが両腕を突き出すと同時に、覆った包帯がひとりでに外れて標的へ襲いかかる。先端が収束してドリルのように鋭く尖っているから、入れ替えではなく明確に攻撃を志向したものだ。直撃すればリュウソウメイルでだって防ぎきれるかわからないし、生身であればひとたまりもない。

 にもかかわらず、ハンタは臆することなく前面に出た。

 

「いちいち、似てんじゃないっての!」

 

 言うが早いか、彼の袖の中から同じく包帯が飛び出した。前進するそれはマイナソーのものに接触すると、意志をもっているかのように絡みついて動きを阻害してしまう。

 

「カェ、テェ……!」

「……ッ、」

 

 あとは純粋な力比べだ。といっても華奢な──栄養をとっていないのだから無理もないが──ハンタでは、マイナソーの中では腕力のないアンデッド属が相手であろうと拮抗できるわけもない。彼が抑えていられる数秒の間に、文字通りの二の矢を放つつもりだった。

 

──そして、破裂音が響く。

 

「……!?」

 

 凄まじい衝撃に、マイナソーは半ば反射的に包帯を引っ込めてしまった。恐る恐る自分の身体を見下ろすと、胸元に小さな穴が開いている。

 

「……お前らの嫌いな聖水入りの弾丸だ。よく、味わえ」

 

 拳銃を構えたショートが、眉ひとつ動かさずに言い放つ。──刹那、

 

「グァ、ガ、アァ……!?」

 

 聖水が体内に浸透を開始し、悶え苦しみはじめるマイナソー。既にゾンビマイナソーという前例もあるが、やはり効果は覿面だった。

 

「………」

 

 あのときとは違い、ハンタは十分な数の弾薬を用意してくれている。さらに彼が敵の動きを封じているのを良いことに、ショートは二発目、三発目を次々と撃ち込んだ。

 

「グッ!ガアァ……エェテェェ!!!」

「!」

 

 身体を侵していく聖水はマイナソーをさらに苦しめたが、同時に怒り狂わせた。両腕に力を込めてハンタの包帯を引きちぎると、凄まじい勢いでショートめがけて突撃したのだ。

 言うまでもなく今のショートはデンキの身体で、生身である。マイナソーの怒りをその身に受ければ、生命など容易く吹き飛んでしまう──

 

「──やらせねえよ、俺の身体ッ!!」

 

 マイナソーの特攻は予想の範疇にある行動だった。それゆえにすかさず、リュウソウゴールドが割り込んだのだ。

 

「お、らぁ!!」

「カエテェ!!?」

 

 モサブレードを力いっぱい振り下ろす。一刀両断……とはいかなかったが、その刃はマイナソーの胴体を大きく斬り裂いていた。

 

「っし!」

「おまえ……剣も扱えるんだな」

「トーゼンっしょ!近づかれたら一巻の終わりなんて、銃使いとしてンな情けねえハナシはないからな」

 

 胸を張るデンキ……もといゴールド。モサブレードが短剣に近いつくりであることも幸いしていた。よほどの自信家を除いて、ガンマンはダガーやナイフなど、護身用の近接武器も形態しているので。

 

 いずれにせよ、マイナソーはかなり弱っている。──今がチャンスだ。

 

「ちょうどいい。デンキ、モサブレードをモサチェンジャーと合体させろ」

「へ?──えーっと……こうか?」

 

 言われるがままに、剣を銃と合身させる。"モサブレイカー"と呼ばれる形態なのだが、その名称をデンキが知ることはなかった。

 

「ビリビリソウルを装填するんだ」

「ビリビリ……これか!──ビリビリソウル!!」

『ザッバァァァン!!』

「ウェッ!?」

 

 威勢の良すぎる音声にのけぞるデンキだが、本番はここからだ。ドンガラノッサと声は続き、そして、

 

『──強・竜・装!!』

 

 リュウソウゴールドのボディに、黄金の鎧となって顕現した。

 

「うおー……かっけえ」

「……まあな。そのまま一気に、決めろ」

「オーケー、やってやるぜ!」

 

 すかさず踵を返す。宿主からエネルギーを供給できないため、マイナソーはダメージからなかなか立ち直ることができない。それでも回復されてしまえば、また振り出しだ。

 だからその前に、とどめを刺す──!

 

「いくぜ……!──ファイナル、サンダーショットォ!!」

 

 引鉄を引き、特大の電光弾を撃ち出す──身構えていなかったデンキは、その際の衝撃で大きく後方へ吹っ飛ばされた。

 

「デンキ!?」

「痛てて……っ、これ、やべぇ……」

 

 その"やばい"弾丸が、マイナソーを呑み込んでいく。

 

「カェテ……!カェ、テェェェ──!!」

 

 当然、ひとたまりもない。マイナソーはその身を一瞬にして削りとられ、跡形もなく消滅するのだった──

 

 

──マイナソーが消えれば、その奇術による効果も失われる。

 

「ッ!……戻った」

 

 正真正銘、リュウソウゴールドの姿かたちになった己の身体を見下ろし、つぶやくショート。彼らも。

 

「ムッ!戻れたか……。だが、きみの身体も悪くなかったぞ!」

「きっめェこと言うな!……あとで筋トレのやり方、教えろや」

 

 ともあれ、決着はついた。あとは──と思っていたらば、クレオンがいない。皆がマイナソーやドルン兵に集中している間に、形勢不利を悟って逃げ出していたらしい。

 

「マジかぁ……あんなもん生み出してくれちゃった礼、してやりたかったのに」

「ウェッ!?ハンタくん、こわぁ〜〜い」

「え〜?怒ると怖いんだぞぉ、ハンタくんはぁ」

 

 乳繰り合うふたり──片やアンデッドである──を「イチャついてんじゃねえ!!」と一喝づるブラック。単純に腹が立つというのももちろんあるが……何より、戦場独特のひりついた空気が未だ解けていなかったのだ。

 

 その予感は、的中した。

 

「キヒヒヒ……ヒヒヒ……」

「!」

 

 一度耳にこびりついたら離れない、不気味な笑い声。直後、森の彼方に巨大なシルエットが出現した。

 

「あれは、ゾラ!?」

「てめェが巨大化すんのかよ……!」

「ヒヒヒッ……余興も愉しまなくっちゃねェ」

 

 侵攻の継続……というより、遊んでやろうというつもりなのか。腹立たしいことこのうえないが、放っておくわけにはいかない。

 

「カツキくん、ショートくん、いこう!」

「仕切んな!」

「ああ。──デンキ、ハンタ、おまえたちは避難してくれ」

「わかった。いこうぜ、デンキ」

「名残惜しいけどぉ……頼んだっ!!」

 

 巨大化した"不死の王"相手に、聖水弾など焼け石に水にもならない。常人である彼らの出番は、ここまで。

 

──あとは、リュウソウジャーの為すべきことだ。

 

 

「モサレックス、頼む」

「うむ……ショートよ、もう二度と入れ替わってくれるなよ」

 

 ともあれ、

 

「竜装合体!!」

 

 変形したモサレックスにアンモナックルズが合体し、深海の王──キシリュウネプチューンが誕生する。

 

「いくぞ……!」

「キヒヒヒッ……良いねェ!」

 

 向かってくるネプチューンを、ゾラはあえて両手を広げて迎える。不死ゆえの無防備な姿に腹が立ったが、乗ってやらない理由もない。

 

「はっ!」

 

 ナイトトライデントを力いっぱい振り下ろすネプチューン。果たしてゾラのボディは斬り裂かれ、彼はそのまま糸の切れた人形のように仰向けに倒れ伏した。

 しかし、これで終わるはずがないことはわかっている。──ゾラは、死なないのだから。

 

「良い攻撃だねェ……!」

「ッ!」

 

 逆再生のように起き上がる。と、今度はトリケーンとミルニードルが前に出た。

 

「まだ終わりではないぞ!──ナイトソードッ!!」

 

 遠距離からミルニードルが針を飛ばして動きを鈍らせ、その隙にトリケーンが肉薄してナイトソードを振り下ろす。

 これも効き目はあったが、趨勢を決めるようなダメージではない。騎士竜単体では、どうしても火力に欠けるのだ。

 

「そろそろ、こっちからいくよォ」

「!!」

 

 ふざけるな、と反駁する暇も与えられず、ノーモーションの魔法が放たれる。最初に旋風、

 

「ぐ、うぅ……!」

「まだまだァ」

 

 そして炎。風に巻かれて、それは紅蓮の竜巻となってネプチューンや騎士竜たちに襲いかかった。

 

「あ、熱い……!」

「ッ、こんなもん……!」

「……ッ」

 

(まだなのか、エイジロウたち……!)

 

 彼らももとに戻っているはずだ。早く、その力を──!

 

 

 刹那、魔法を上回る勢いの劫火が、ゾラに襲いかかった。

 

「グォッ!?」

「!、これは……」

 

 考えるまでもない。

 

「待たせたな、皆!!」

「待ってねえわ!でも遅ぇ!!」

「いやどっちやねん!?」

「戻れたは良いけど、色々騒ぎが起こっちゃって……収めるのに時間かかったんだ。ごめん!」

 

 タイガランスとアンキローゼが攻撃を仕掛ける。動きを封じたところでキシリュウオーディメボルケーノが追撃を加えようとしたが、そこで予想だにしないことが起こった。

 

「!、なんだ……?ソウルが光って──」

 

 突如輝き出すレッドリュウソウル。──それだけではなかった。

 

「俺のもだ」

「ショートも?もしかして──」

「その通り!!」

「うおっ!?」

 

 いきなりディメボルケーノが大声を出したものだから、レッドは盛大に肩をびくつかせた。

 モサレックスが続ける。

 

「ショートよ、おまえはまた陸の者に心を寄せたようだな。複雑だが……やむを得ん。ソウルをひとつにするんだ!」

「ソウルを……ひとつに」

「ひとつに!」

「ティラアァ!!」

 

 ティラミーゴが吼えた瞬間、()()は始まった。

 キシリュウネプチューンがばらばらのパーツとなり、いったん分離したディメボルケーノともども新たなキシリュウオーの鎧へと変わる。右腕にはティラミーゴの、左腕にはモサレックスの頭部。

 その名も、

 

「「──ギガント、キシリュウオー!!」」

 

 陸と海、ふたつの力が混じりあった──竜神。

 

 

「キヒヒヒッ!!」

 

 新たな合体を前に相変わらず不気味な笑みを洩らすと、ゾラは魔法による攻撃を仕掛けてきた。

 しかし紅蓮の炎にも雷撃にも怯まず、ギガントキシリュウオーは進撃する。

 そして、

 

「「ギガントサンダーキィック!!」」

 

 電撃を纏った回し蹴りが、ゾラの胴体を打った。

 

「グァ……!」

「まだまだァ!!」

 

 キックとくれば、次はパンチ。拳と化した二体の頭部が「ティラァ!!」「モサァ!!」と雄叫びをあげながら、獲物に喰らいついていく。

 

「ッ、やってくれる、ねェ……!」

 

 後退したゾラは、再び魔法で炎を発生させた。紅蓮がギガントキシリュウオーに向かっていく。

 しかし、

 

「「ギガントファイヤーストーム!!」」

 

 炎には炎。容易く魔法のそれを呑み込むと、渦となってゾラを閉じ込めた。

 

「グアァァ!!?あ、熱い、ねェ……!」

「たりめーだ!なんたって、俺たちの情熱だからな!!」

「──俺たちとの出逢い、後悔させてやる」

 

 決着の時機(とき)。ギガントキシリュウオーは、その心の炎のままに跳躍した。

 

「ギガント──」

 

「「──ダブル、バイトォッ!!」」

 

 鋭い牙の群れが──獲物を、噛みちぎった。

 

「!!!!!!」

 

 身体を砕かれ、ゾラは炎とともに跡形もなく消滅していく。まぎれもない勝利だ──普通なら。

 

「………」

 

 しかしゾラが"不死身"を標榜している以上、手放しに喜ぶわけにはいかないのだった。

 

 

 *

 

 

 

「じゃ、俺らはお先に」

「わりィな……最後まで力になれなくて」

 

 デンキの詫び言に真っ先に反応したのは、意外にも(?)カツキだった。尤も内容は、「てめェらの力なんざいらねーわ」という彼らしさ極まったものであるが。

 

──如何にゾラが不死身のドルイドンといえど、このまま跋扈させて先へは進めない。リュウソウジャーの面々はサルカマイ村にとどまり、彼との戦争を続けることになった。

 

 竜装の使命に、彼らをいつまでも付き合わせるわけにはいかない。生命の危険もある。ゆえに彼らとは、ここで別れることにしたのだ。

 

「俺ら、必ずゾラを倒してみせる。そしたらまた、一緒に温泉入ろうぜ!」

「え〜、男と温泉入る約束してもなぁ」

「おまえなぁ……。──ま、アンデッドの俺が言うのもナンだけど……そう言うからには、死ぬなよな」

「誰に言ってんだしょうゆ顔」

「かっちゃん!……きみたちも、どうか気をつけて」

 

 惜別の時間は限られていた。最後に希望する者どうしで固い握手をかわし、踵を返す。それから彼らはもう、振り向くことはなかった。

 

「行ってしまったな……」

「せやね……。デンキくんはちょっとミネタ男爵みあってアレやったけど……でも、賑やかやったのになあ」

 

 軽薄だが陽気なふたりのおかげで、この陰鬱な村の中にあっても楽しく過ごすことができた。たとえ片方が、アンデッドであっても。

 

「……なぁ、ひとつ気になってることがあるんだが」

 

 不意に、ショートがそんなことを言う。

 

「なんだよ、ショート?」

「マイナソーは、宿主のいちばん強力な欲求に従って行動するんだろ。……ハンタは、何を"替えて"ほしかったんだろうな」

「あ、あー……」

 

 そういえば、考えてもみなかった。マイナソー退治と、ゾラの攻略法に気をとられていたので。

 

「決まってンだろ、あいつはアンデッドだぞ」

「!、まさか……でも、そんな──」

 

 亡者は生者になりたがる、それは本能のようなものだ。

 

 

──彼らの友情が永遠であることを、今となっては祈るしかないのだった。

 

 

 つづく

 

 






「生き返ったんだ!!死んだヤツらが!!」
「また、おめェに会えるなんて……!」
「騎士竜"シャドーラプター"は、おまえを認めたようだ」

次回「亡者の行進」

「もっぺん仇討ち頼むぜ、勇猛の騎士さん」


今日の敵‹ヴィラン›

マミーマイナソー

分類/アンデッド属マミー
身長/221cm
体重/105kg
経験値/319
シークレット/内臓を抜くなどして腐敗を抑え、乾燥させた死体ーー通称"ミイラ"のマイナソー。包帯を巻きつけた者同士の魂を入れ替えてしまう。人間同士に限らず、動植物、果ては非生物との入れ替えもできてしまうのだ!
ひと言メモbyクレオン:ワイズルーさまが喜びそうな能力だったのになァ、もったいない!でもゾラさまも楽しそうだったし……案外この人たち、似た者同士なのかも?


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21.亡者の行進 1/3

コラボもので描かれるのってデク・かっちゃん・轟くん・お茶子は固定で、プラス飯田くんor切島くんってな具合が多いんですよね

なんだろうこの、痒いところに手が届かない感じ…(リュウソウメンバー的な意味で)


 暗い地の底で、何かが蠢いている。

 

「………、…………」

 

 聞き取れないほどちいさな声。しかしかすかなそれは、確実に這い上がってこようとしている。

 這い上がる──地の底から。

 

 

「……エイジ、ロウ」

 

 

 *

 

 

 

 サルカマイ村にとどまること三日。エイジロウたちリュウソウジャーの面々は引き続き、騎士竜たちと連携して警戒を続けていた。

 

「──エイジロウくん、オチャコくん!そちらはどうだ?」

「特に異常ナシ、だぜ!」

「こっちも!あのゾラってヤツ……ほんとに生きてるのかなぁ?」

 

「──かっちゃん、ゾラはまた攻めてくると思う?」

「愚問だわ。ああいう手合いは執念深ぇ、ヘラヘラしながら俺らに怨み燃やしてやがるに決まっとる」

「……だよね。まだ倒す方法見つけられてないし……はぁ」

「けっ、なんのためにナードやってんだ」

「いやナードにも限界あるから……。──それはそうとショートくん、どこ行ったんだろ?」

 

 ショートとは本来、一緒に行動する予定だったのだが。

 

 

「──モサレックス、いないのか?モサレックス!」

 

 その頃イズクたちの前から姿を消していたショートは、モサレックスが仮の住処としている沼を訪れていた。モーニングコールのつもりか、いつも朝にテレパシーが飛んでくるのだが、今日はそれがなかったのだ。ただそれを素直に言ってしまうと「ガキかよ」とカツキに嘲笑われそうだったので、黙って来てしまった。もとよりそう長居をするつもりもない。

 

「モサレックス!!」

 

 返事がないことに不安を覚えて大声で叫ぶと、ばしゃあ、と激しい水飛沫が上がった。黄金の巨竜が、ショートの身体を空からすっぽり覆い隠してしまう。

 

「……良かった。連絡とれないから、心配したぞ」

「ムゥ……すまなかった。今朝は気が動転していてな……」

「何かあったのか?」

「うむ……沼に手をつけてみろ」

「?、ああ」

 

 言われるままにしゃがみ込み、水中に手を差し入れる。刹那──彼は、目を見開いていた。

 

「これは……」

 

 海のリュウソウ族は、水に身体を浸すことでその内部の様子を感じ取ることができる。それでわかった。

 

──生命の気配が、ない。無論、モサレックスを除いてだが。

 

「突然だ。昨日までは魚たちがたくさん泳いでいたというのに」

「寝ぼけて食べちまったんじゃねえのか?」

「な……!──海の王国の第三王子ともあろう者が、そのようなつまらない冗談を言うな!!」

「第三王子は関係なくねえか……?」

 

 それはそうと、いったい何が起こっているというのか。魚が消えたというだけでは皆目見当もつかないショートだが、モサレックスはそうではなかった。

 

「これはただごとではないぞ、ショート」

「!、まさか、マイナソー?」

 

 その問いに、モサレックスが答えようとしたときだった。もとより鬱々としていた空がいっとう暗くなり、漆黒の稲妻が落ちてきたのは。

 

「ッ!?、なんだ、今の……!」

「やはりかッ!──行けショート、"ヤツ"を放っておいてはいけない!」

 

 モサレックスの言う"ヤツ"が何者なのか、訊かぬままに駆け出したショート。──その先で、目の当たりにしたものは。

 

「……!」

 

 

 *

 

 

 

 村でまた、騒ぎが起きている。

 それを聞きつけたエイジロウたちスリーナイツは、哨戒を中断して駆け戻ってきたのだが。

 

「何これ……?お祭り?」

「ではないと思うが……襲撃という雰囲気でもないな」

 

 村人たちはとにかく混乱している様子だったが、恐慌して逃げまどっているわけではない。こんな様子、自分たちの村にいた頃も経験があった。

 

「!、せや。急に赤ちゃん生まれる〜ってなったとき、こんな感じちゃうかった?」

「あー……なるほど」

「我が家も俺が生まれるとき、父と兄が右往左往していたと聞いたことがあるな!」

「つまり………どういうことだってばよ?」

 

 雁首揃えて考え込んでいても仕方がない。たまたま傍を通りかかった男を捕まえ、何があったか尋ねてみる。

 

 と、返ってきたのは思いもよらない答だった。

 

「いきっ、生き返ったんだ!!死んだヤツらが!!」

「は!?」

「生き返ったとは!?」

「まんまの意味だよ!村長ンとこの早くに亡くなった娘さんとか、隣んちのばあちゃんとか……!ウチも去年病気で死んだ兄貴が帰ってきて大変なんだ!悪いけど、じゃあな!!」

 

 まくし立てて、走り去ってしまう。内容も内容なだけに、呆然と立ち尽くすほかないスリーナイツ。

 そこに間髪入れず、小さな赤い影が飛びついてきた。

 

「大変ティラァ!!」

「うおっ、ティラミーゴ!?おめェ、こんなとこまで出てきて……」

 

 ミニミニ化しているのと皆それどころではないので、村内を堂々と走り抜けても気に留められなかったのかもしれないが。

 

「コタロウが……!コタロウがぁ!」

「コタロウに何かあったのか!?」

 

 ティラミーゴは相当混乱しているようだ。もとより言葉も覚えたばかりだから、上手く説明できないのもむべなるかな、というところではあるが。

 彼が落ち着くのを待つより、自分の目で確かめるほうが早い。エイジロウたちはコタロウのいる宿へ向かった。

 

「──コタロウ!大丈夫か!?何が、あっ……」

 

 扉を勢いよく開け、部屋に飛び込んだ三人。無事を問う声は、途中で固まって、消えた。

 

──妙齢の女性に、コタロウが抱きしめられている。コタロウのほうはというと、まるで人形のように硬直してしまっていて。

 

「……確かに、大変ではあるな……」

 

 ある意味、ではあるが。

 

 

 *

 

 

 

 少し時を戻そう。森の中で哨戒を続けていたイズクとカツキもまた、漆黒の落雷を目撃していた。

 

「かっちゃん、今のって……」

「──行くぞ」

「ッ、うん!」

 

 駆け出そうとするふたり。──しかし次の瞬間、彼らは強烈なプレッシャーに襲われて。

 

「──デク!!」

「ッ!」

 

 同時に跳躍し、地面を転がる。身のこなし軽やかで、実に鮮やかな所作。しかし彼らの表情は、揃って危機感に歪んでいた。

 

「久しぶりだな、リュウソウジャー」

「!、てめェは……!?」

 

 夢か幻か。しかしビリビリと皮膚を粟立たせるようなこの威圧感は、現実の、実物でなければ説明がつかない。

 分厚い鎧に、光る一対の赤い目。まるで城壁のようなその姿は──まぎれもない、

 

「タンクジョウ……!」

 

 討ち果たしたはずの、過去の亡霊。

 

「ふ……、何故生きているとでも言いたげな表情(かお)だな」

「……ッ、」

「理由なぞ、早晩嫌でもわかるだろう。──今、貴様らがすべきことはひとつ!」

 

 そのようなこと、言われるまでもない。ふたりは揃ってリュウソウルを構えた。

 

「「──リュウソウチェンジ!!」」

『ケ・ボーン!──リュウ SO COOL!!』

 

 リュウソウメイルを纏うと同時に抜剣、左右に分かれて斬りかかる。しかし細身の刀剣であるリュウソウケンに対し、タンクジョウの持つルークレイモアは主の上背ほどもある。ばらばらの方向から振り下ろされた刃を、同時に受け止めることすらできてしまう。

 

「実体がある……やっぱり幻じゃない!」

「わーっとるわ!」

 

 この一帯を支配しているのは、"不死の王(キングオブアンデッド)"なのだ。死んだはずの者たちをこうして顕現させるすべをもっていたとしても、不思議ではない。

 

「ふ……、以前より剣捌きのキレが増したようだな。だがふたりでは、俺を倒すことはできんぞ」

「言ってろや!──ブットバソウルッ!!」

 

 『ボムボム〜!』と音声が流れ、ブラックの右腕に黒にオレンジをあしらった鎧が装着される。

 

「もっぺん死ねぇ!!」

 

 その勢いのままに肉薄し、刃を振り下ろす。果たして触れたところから爆発が起き、タンクジョウの重量感あるボディを"吹っ飛ぶ"と形容できるかどうか、というところまで後退させることに成功した。

 

「ふぅむ……その力、やはり侮れん。──ならば!」

 

 言うが早いか、タンクジョウは両肩の砲口からオレンジ色の塊を撃ち出した。弾丸というには巨大なそれは、威圧感こそあるが勢いはない。歴戦のふたりには、止まって見えるほどだった。

 

「こんなもの!」

 

 同時に刃を一閃し、真っ二つに斬り捨てる。果たして地面に転がったその残骸から、ふしゅうと音をたててガスが噴き出したのだが、ふたりはそれに気づかなかった。

 

「かっちゃん!」

「言われるまでもねーわ!!」

 

 グリーンリュウソウルとブラックリュウソウルを、リュウソウケンに装填──

 

『グリーン!』

『ブラック!』

 

「「ダブル、ディーノスラァァッシュ!!」」

 

 エネルギーを刃に込め、振り下ろす!

 

──刹那、ブットバソウルによるものでない爆発が、ふたりに襲いかかった。

 

「ぐあぁっ!?」

「ッ!?」

 

 森に広がる紅蓮の炎。自分たちがダメージを受けた以上に、このままでは大火になってしまう!村が森の中にある以上、それだけは避けねばならなかった。

 

「ッ、ミストソウル!!」

 

 咄嗟にミストソウルを発動させ、濃厚な水分を蓄えた霧を周囲に拡散させる。そんなグリーンを庇うように、ブラックが前面に立つ。霧で視界を奪われてしまう以上、危険は覚悟のうえ……だったのだが。

 攻撃が、来ない。それどころか、あれほど感じていたプレッシャーも忽然と消えてしまった。よもやと思い我武者羅に突撃したブラックだったが、やはりそこにタンクジョウの気配はなかった。

 

「かっちゃん、どうしたの!?」

「……あのヤロウ、消えやがった」

「消えたって……」

 

 迅速に撤退したのか、それとも今消し止めた火のように存在ごと消滅したのか。普通なら前者しかありえないところだが、相手は死人だ。

 

 

「──ヤツはまだ現世(こっち)に戻ってきたばかりだからな。存在が安定してないんだよ」

「!!」

 

 突然こだまする男の声。男というより、自分たちとそう変わらない少年のそれだ。

 身構えるふたりの前に、声から想起した通りの年若い少年が霧の中から姿を現した。ひょろりと背が高く、顔立ちはとりたてて特徴はないが整っている。村を去ったばかりのハンタを思い出させる容姿だが、彼に似ているというわけではない。

 

「お前ら()、リュウソウジャーだろ?」

「……誰だ、てめェ」

 

 警戒心を露に問いただすカツキ。人間の姿をしているからといって、油断はできない。それ自体はイズクも同じ考えだ。知らないヤツにおまえ呼ばわりされる筋合いはないなどと自分を棚に上げて毒づくのは、カツキの特権だろうが。

 相手の態度を気にしたふうもなく、少年は応じた。

 

「俺は……エイジロウの、幼なじみってヤツ」

「エイジロウくんの……?」

「そ。──あいつ、今どこにいる?」

 

 エイジロウの幼なじみが、こんな場所にいるはずがない……普通なら。しかし東の大地で斃れたはずのタンクジョウが姿を見せた以上、その意味するところは明らかだった。

 

 

 *

 

 

 

「ごめんなさいね、驚かせてしまって」

 

 美女の言葉に、エイジロウとテンヤは揃って顔を赤くしながらぶんぶんと首を振った。そんなふたりをオチャコが冷たく睨みつけている。

 

「……本当なのですか?あなたが、コタロウくんの御母上とは……」

 

 確かにその顔立ちは、どことなくコタロウと似通った部分もあるけれど。

 

「……ええ。この人は間違いなく僕の母親です、生物学上は」

「!」

 

 目を逸らし、素っ気ない物言い。母への執着を乗り越え、旅の中で笑顔を見せることも増えたコタロウだが、実物を前にして態度を決めかねているようだった。少なくとも、諸手を挙げて感動の再会というわけにはいかない。

 それは置いておくとして、

 

「いったいどうなってんだ……?こんな次々と、死んだはずの人たちが甦るなんて」

「ゾラの仕業なんかなぁ……アンデッドやし」

「ゾラというか、マイナソーによるものという可能性はあると思うが……。いつ、どこで誰が宿主になったのか、現状では見当がつかない」

 

 クレオンが密かに侵入して村人を襲ったにしても、異常をきたしている者は見当たらない。ただ、村内でこれだけの現象が起きている以上は、この近辺に原因があることは間違いないはずだ。

 

「………」

 

 ともあれ、エイジロウはコタロウの様子も気にかかっていた。彼が母との交流に迷っているなら、自分は何をしてやれるだろう、と。解決を最優先に考えることが騎士として在るべき姿なのかもしれないが、目の前で苦悩している子供を放っておけないのがエイジロウという少年である。

 

「……コタロウ。もしかしたらマイナソーの仕業かもしんねーけどさ、死んだ人に会えることなんて、多分これっきりだぜ」

「ッ、わかってます!そんなこと!」

 

 声を荒げるコタロウ。わかっているからこそ、葛藤している。赦せないのはもちろんのこと……再会を喜ぶ気持ちだって、自覚しているのだ。

 

「……コタロウ、」

 

 そんな我が子を、既にこの世のものでない母は悲しげに見つめている。

 

 しかしこの空間は、良くも悪くも彼らだけのものではなかった。

 

「──なに扉開けっぱなしにしとんだ、てめェら」

「!!」

 

 突然の声に振り向けば、そこには仏頂面のカツキと、なんともいえない表情のイズクの姿。彼らの視線がコタロウの母に向けられるのを認めて、エイジロウは咄嗟に声を張り上げようとした。

 

「聞いてくれよカツキ、イズク!このひと、コタロウの──」

「──エイジロウ!」

「!!」

 

 忘れられるはずがない、記憶に刻み込まれた呼び声。赤い瞳が見開かれ、おもむろに滑っていく。

 

「……ケン、ト」

 

 それはまぎれもない、故郷で死に別れたはずの幼なじみの姿で。

 

「────ッ、」

 

 彼が口を開くより先に、エイジロウは彼に飛びついていた。

 

「うわっ」

 

 エイジロウより上背があるにもかかわらず体重は軽いその身体は、遠慮なしの突進によってあっさりバランスを崩してしまう。尻餅をついたケントに、エイジロウはかまわずぎゅうぎゅうと抱きついた。──ケントが今、こうしてここにいる。それを証明するかのように、その細い身体は温かかった。

 

「ケント……ケントぉっ」

「おいおい……泣くなんて漢らしくねーぞ、エイジロウ」

「だって……っ、また、おめェに会えるなんて……!」

 

 今ばかりは、漢らしくないと言われてもかまわなかった。ケントと特別親しかったわけではないテンヤとオチャコもまた、揃って目を潤ませている。

 

 ケントの少しかさついた手が、赤髪をくしゃりと撫でた。

 

 



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21.亡者の行進 2/3

 

 森の奥深く、白昼にあっても光の届かぬ朽ちた洋館の中に、相変わらずの下卑た笑い声が響いていた。

 

「キヒヒヒッ……これはまた、面白いことになってるねェ」

 

 館の主──"不死の王(キングオブアンデッド)"の二つ名をもつドルイドン、ゾラ。彼もまた、死者の甦りには反応を示していた。

 

「よもや死者が甦るとは……。これも貴様の仕業か、ゾラ?」

 

 珍しくまじめな声色で訊くワイズルー。対するゾラの答は、「違うけど、こうなるとは思ってたよォ」という意味深なものだった。死と密接に結びついていながら、己に降りかかるそれは例外にしている男。何を考えているのか、自分自身ぶっ飛んだ思考の持ち主であるワイズルーでさえ読めていないところがあった。

 

 一方でクレオンは、どこかそわそわしている様子で。

 

「ン〜、どうしたクレオン?」

「!、あぁいやぁ……そのぅ」

「??」

 

 煮えきらないその態度に首を傾げていると、不意にガシャンと重たい足音が響いた。

 

「ムッ、何奴!」

 

 ビシィ、と効果音の付きそうな勢いで、ステッキを音の方向へ差し向けるワイズルー。ゾラに横取りされてしまったわけであるが、それでもこの館の主は自分であるという意識が消えないゆえの行動だった。

 それは置いておくとして──姿を現したのは、クレオンにとって待ち望んだ人物だった。

 

「まったく陰気な場所だ。俺の趣味ではないな」

「!!、た、た……タンクジョウさまぁ〜〜!!」

 

 だばぁと滝のような涙を流しながら、クレオンはタンクジョウに抱きついた。

 

「久しぶりだな、クレオン」

「お久しぶりでっす!!まさかタンクジョウさまが復活するなんて……!」

「不満か?」

「とんでもねーっす!!お祝いに百億兆ポイント進呈しちゃいまっっす!!!」

 

 同行していた頃、不満を抱いたこともないではなかった。しかしなんだかんだ言って、仇討ちを志向するくらいにはタンクジョウのことが好きだったのだ。甦ったその姿を見て、膨らんでいた懐古の感情が爆発していた。

 

「キヒヒヒッ……仲良きことは美しきかな、だねェ」

 

 感動の再会に、水を差すような声だった。

 

「……ゾラか。貴様のテリトリーを侵すつもりはないが、リュウソウジャーのことは俺の好きにやらせてもらう。良いな?」

「キヒヒヒッ……良いよォ。でも、一度敗けチャッタんだろォ?死人のオマエさんに、どうこうできるのかなァ?」

「ふん、貴様に心配される筋合いはないわ。──クレオン、」

「ういっす!どこまでもお供しやすっ!!」

 

 タンクジョウはリュウソウジャーとの再戦を望んでいる──それくらいしか察していないクレオンだが、今度こそ彼の勝利を見届けられると信じていた。階級(クラス)はルークだが、タンクジョウは強いのだ!

 

 去っていくふたりを見届けながら、ゾラは嗤った。

 

「キヒヒヒッ……お手並み拝見、だねェ」

「………」

「ワイズルー?」

 

 反応がないことを訝しんで目をやると、そこにはどこから取り出したのかハンカチを噛みしめるワイズルーの姿があった。

 

「じぇ、じぇじぇ、ジェラシィ〜……!!」

「……あんれまァ」

 

 ゾラは肩をすくめた。

 

 

 *

 

 

 

「てめェの知ってること、全部吐けや」

 

 恫喝にも等しいカツキの言葉に、ケント少年もまた肩をすくめていた。コタロウ親子に気を遣って外に出てきた途端、これである。

 

「……来る途中から思ってたけど、こいつホントに騎士?」

「う、疑うのも無理はないが……こう見えて良いところもあるんだ、一応は!」

「そうそう!一応、やけどね!」

 

 一応、を連呼する叡智剛健コンビを前に、威風の騎士はめきめきと青筋をたてていく。いつものことと言えばいつものことだが、騎士でないケントが被害を被ることを思えばよろしからざる状況である。

 

「ど、どうなんだケント?何がどうなって、こっちに戻ってこられたんだよ?」

 

 カツキがブチ切れる前にと、思い切って訊くエイジロウ。親友の自分が間に入ったほうが話しやすかろうという配慮もあったのだが、当のケントは所在なさげに頭を掻くばかりだった。

 

「そう言われてもなぁ……ゆうべ気づいたら森の中にいて、タンクジョウにやられた傷も治ってて。生き返ったのかと思いきやまた消えたり戻ったりなんかして……つまり、」

「つまり?」

「わっかんね!」

 

 あっけらかんと言い放った瞬間、案の定爆弾が跳ねた。

 

「ッッッてんめェもっぺん殺すぞコ゛ラァッ!!!」

「かっちゃんストップストップストップ!!エイジロウくんの友だちだから!!」

「知るかボケ!!だいたいコイツがホンモノって証拠もどこにもねーだろうがぁ!!」

「な……ケントがニセモノだっつーのかよ!?このテキトーでドライな感じ、再現できるヤツがいたら大したもんだぜ!?」

「……それ、褒め言葉ではねえよなぁ」

 

 ハハ、と冷めたふうに笑う表情は、子供の頃から変わらない。それにどのみち証明しようのない議論より、もっと考慮すべきことが他にあるのだ。

 

「も〜、そんな言いがかりつけてないでさ!タンクジョウも甦ったってほうがよっぽどヤバいやん!」

「その通りだ!既にゾラとワイズルーが周辺にいるんだ、手を組まれたら目も当てられないぞ!」

 

 ドルイドンは独立独歩の気風が強いとはいえ、敵の敵は味方という発想が彼らにないとは言い切れない。最悪の場合、三体のドルイドンと同時に戦わなければならなくなる──

 

「!、いや待て……。タンクジョウが甦ったということは、ガチレウスも、ということもありうるんじゃないか!?」

「!!」

「……遅ぇわ、気づくの」

 

 流石にカツキとイズクは、その可能性にも思い至っていたようだった。そうなれば、四体──数のアドバンテージをほぼ失うことになる。ましてこちらには、守るべきものがいくらでもあるというのに。

 

「がちれうす?」

「!、お、おう……海のリュウソウ族の国で暴れてたドルイドンなんだけど……」

「ふぅん……。そいつ、どんくらい前に倒したん?」

「てめェに関係ねえだろ」

「かっちゃん!……多分、十日くらい前だったと思うよ」

 

 イズクがそう答えると、ケントは「なんだぁ」と相好を崩した。

 

「なら心配することねーよ。死人の魂ってのは、死んでから49日はこの世に漂ってっから」

「は!?」

「そんなルールあるん!?」

「ルールっつーか……まぁとにかく今回、あの世に逝けてないヤツは甦ってないみてーだし」

「………」

 

 カツキがじとりと疑り深い視線を向ける。確かにケントが何故そこまで知っているのか。亡霊同士のことはある程度把握できるのか、それとも──こればかりは、鵜呑みにできないのも無理からぬことだった。

 

「そんなことよりさ、海のリュウソウ族って大昔に俺らと分かれたっつーアレだろ?そいつらのハナシ詳しく聞かせろよぉ、エイちゃん」

「お、おう。つーかそこの王子様が仲間になったんだけど……──そういやショートは?一緒じゃなかったのか?」

「それが、はぐれちゃったみたいで……」

「ムッ、大丈夫なのか!?」

「知るか。何かありゃモサ公が報せてくんだろ」

 

 フンと鼻を鳴らすカツキ。いつも通りご機嫌斜めな彼の姿は、ケントは引きつった笑みを浮かべていた。

 

「……あいつ、いつもあんななの?」

「い、良いトコもあんだぜ……一応」

 

 その"良いところ"をエイジロウ自身は最大限評価しているのだが、他人に説くときはどうしても"一応"がついてしまうのだった。

 

 

 *

 

 

 

 一方、宿に残ったコタロウ母子の間には、ぎこちない雰囲気が流れたままだった。

 それでも母は自分が亡くなってからのことを尋ね、子はぽつぽつとそれに答える。彼らの間にはか細いながらも、絆と呼びうる糸が繋がっていた。

 

「──それであの子たちと一緒に、旅してるんだね」

「……うん」

「そっか……」

「………」

 

 沈黙に堪えられなくて、コタロウはまだ大きいが切れ長の瞳を母に向けた。

 

「ていうかもう、話した」

「?」

「僕が、マイナソーの宿主にされたとき。……夢の中に、あなたが出てきた」

 

 コタロウの成長を傍で見届けたかったと嘆く母に、独りでも立派な大人になってやると啖呵を切った。あれは自分なりの惜別だったから、ただの夢でしかなくともかまわなかった。

 ただ──本物の母が目の前に現れてしまうとなると、複雑な思いが生まれるのも当然で。

 

「……そういえば、コタロウと話をした気がする……」

「は?」

 

 思いもよらないことを母が言うので、コタロウは目が点になった。

 

「死んじゃうとね、ずっと夢を見てるような状態なの。意識が朧気で、ついさっき何をしていたかも思い出せない。ただ……ひと目でいいからコタロウに逢いたいって、そのときは強く願っていたんだと思う」

 

 コタロウがマイナソーに心身を絡め取られ、死に瀕した状況に陥ったことで、皮肉にもその願いはかなえられたということだ。コタロウがなんと言ったかはよく覚えていないけれど、それでも満たされたような気持ちになったことだけは心に刻まれている。

 

「ねえコタロウ。──アップルパイ、一緒に作らない?」

「は?」

 

 唐突な提案だった。ただ、自分の好物を覚えてくれていたのかという驚きもある。幼い頃のコタロウは、母が作ってくれるアップルパイが何よりの大好物だったのだ。

 でももう、それを聞いて無邪気に喜んでいられるような子供でもなくて。

 

「……ここ、宿屋だよ。場所も材料も、どうするのさ」

「!、そう……だね、そうだったね……」

 

 そんな基本的なことを忘れて落胆している。母は勇者(ヒーロー)としては高名で活躍もしていたようなのだが、母親ないし主婦としてはどうにも抜けたところがあった。人間、全能(オールマイティ)とはいかないものなのだ。

 

「……材料ないか、宿の人に訊いてみるよ」

「!」

「言っとくけど、貸しだからね。タダでってわけにはいかないんだから」

 

 そう告げると、母は少女のように微笑む。どうにも照れくさくて頬を掻くコタロウだったけれど、それは親に対する思春期の少年の振る舞いとしては至って正常なものだった。

 

 

 *

 

 

 

 甦った死者たちと、人々が様々な形で過ごしている頃。

 

「あれが、リュウソウジャーのいる村か」

 

 確認がてらのタンクジョウのつぶやきに、クレオンは揚々と首肯してみせた。

 

「そうっす!さあさあ、ひと思いにやっちゃっってくださいよぉー!!」

「その前に、奴らを引きずり出してやる」

「えっ……」

 

 村の中で戦闘したほうが、連中は守勢にならざるをえず有利に戦えるのでは?そう意見しようとしたクレオンだったが、タンクジョウは既にルークレイモアを振り上げていた。

 

「──ヌウゥゥゥゥンッ!!!」

 

 

 刹那──数十本の木々を衝撃波が薙ぎ倒し、その一部はサルカマイ村内にまで及んだ。

 

「うわっ!!?」

 

 激震が村にいたエイジロウたちにも襲いかかる。彼らも既に歴戦の勇士であるから、これが自然現象などでないことは即座に理解していた。

 

「ッ、敵襲か!?」

「これは──」

「──タンクジョウ……か」

 

 狙いは自分たちか、この村か。いずれにせよ、出ていくしかない。

 

「行くぞ」

 

 紅蓮のマントを翻し、先陣切って走り出すカツキ。仲間たちがそれに続く──と言うのももう、様式美になりつつある。

 ただひとつ普段と異なるのは、勇猛の騎士たる少年が最後になるまで足を止めていたこと。無論、臆病風に吹かれたわけではない。

 

「……ケント、おめェは宿に戻っててくれ。タンクジョウは俺らで倒すから……だから、」

「わかってるよ、エイジロウ。お前ら一度、あいつを倒してるんだもんな」

 

 頷くケントは、エイジロウの脳裏にあの日の記憶──エイジロウを庇ったケントが、タンクジョウに斬り刻まれる──がフラッシュバックしていることを見抜いていた。口元だけは笑みを浮かべていても、素直な彼は本心を隠せない。

 

「もっぺん仇討ち頼むぜ、勇猛の騎士さん」

 

 冗談めかしてそう励ますと、ようやく力強い表情を浮かべて、エイジロウは駆け出していった。

 

 

 *

 

 

 

 再びドルイドンが迫っている。そうなれば村は再び警戒態勢に移行し、村人たちが避難を強いられることは言うまでもない。

 宿にいたコタロウたちも当然アップルパイどころでなくなり、取り急ぎ宿の地下蔵に身を隠すことになったのだが。

 

「………」

 

 母が足を止め、外へ険しい視線を向けていることにコタロウは気がついた。彼女が何を考えているのか、人々を救うことに人生を捧げた女傑であった以上そんなことは決まっている。わかっていても、表情が強張るのをコタロウは止められなかった。

 

「ドルイドンなら、エイジロウさんたちが倒しに行った」

「!」

「あなたが出て行ったところで、足手まといになるだけだよ」

 

 それは方便であると同時に、厳然たる事実でもあった。リュウソウ族とドルイドンの戦いに、人間が入り込む余地などない。この前例外はあったが、それは緊急避難、あるいは相手がアンデッドという特殊な存在だったからだ。

 

「……わかってる。コタロウを置いて、どこにも行ったりしないよ」

「………」

 

 母の言葉に欺瞞は窺えない。ないけれど──

 

(どの口が言うんだか)

 

 内心つぶやいた言葉は、何よりコタロウ自身の心の柔らかいところを抉った。

 

 

 *

 

 

 

「タンクジョウっ!!」

 

 待ち望んだ勇ましい呼び声に、タンクジョウは足を止めた。

 

「ようやく全員集合か、待ち侘びたぞリュウソウジャー」

「もう全員ちゃうけど……」

「?」

 

 オチャコの指摘はかろうじて届いたが、このときは無視された。

 

「よー言うわ、さっきはてめェで勝手に消えたくせに」

「村には、指一本たりとも手出しはさせない!!」

「フン……ならば、貴様らの手で止めてみせろぉ!!」

 

 ルークレイモアを振り下ろすタンクジョウ。衝撃が奔り、木々が薙ぎ倒される。天が落ちてくるような錯覚に堪えながら、騎士たちは剣に先立つ魂の装具を構えた。

 

「「「「「リュウソウチェンジ!!」」」」」

『ケ・ボーン!!──ワッセイワッセイ!そう!そう!そう!ワッセイワッセイ!ソレソレソレソレ!!』

 

 

「──勇猛の騎士ッ!!」

『カタソウル!』

 

「リュウソウレッド!!」

『ガッチーン!!』

 

 最後尾になったぶんの遅れを取り戻すかのように、真っ先に斬りかかるレッド。そして、

 

「叡智の騎士!!」

『ハヤソウル!』

 

「リュウソウブルー!!」

『ビューーーン!!』

 

「剛健の騎士……!」

『ムキムキソウル!』

 

「リュウソウピンク!」

『ムッキムキィ!!』

 

「疾風の騎士!」

『ツヨソウル!』

 

「リュウソウグリーン!!」

『オラオラァ!!』

 

「威風の騎士ィ!!」

『ブットバソウル!』

 

「リュウソウブラックゥ!!」

『ボムボム〜!!』

 

 皆が得意のリュウソウルの力を行使し、タンクジョウに猛攻を仕掛けていく。

 

「ヌゥ……っ」

 

 ルークレイモアと堅牢なボディを最大限に活かしてそれらを防いでいたタンクジョウだったが、リュウソウジャーの剣技は以前より遥かにキレを増している。ブラックの爆破を浴びたことで限界を迎え、彼は後方へと吹っ飛ばされた。

 

「──正義に仕える五本の剣ッ!!」

 

「「「「「騎士竜戦隊、リュウソウジャー!!」」」」」

『リュウ SO COOL!!』

 

 並び立つ五人。彼らと対峙するタンクジョウは、

 

「くくく……っ、フハハハハ……!」

 

──嗤っていた。

 

「流石は、俺を倒しただけのことはある。ならばこちらも、手段は択ばんッ!!」

 

 両肩の砲口が火を噴く。弾丸が発射される。またあの、巨大だが速度の出ないものだ。

 

「こんなモンっ!!」

 

 すかさずレッドがリュウソウケンを一閃する。真っ二つになった弾丸が地に落ち──しゅう、と音がたつ。

 

「……?」

 

 たまたまそれを耳にしたグリーンは、違和感を覚えた。先ほどの遭遇のときも、同じ音を聞いた気がする。これは──

 

「ドルン兵、かかれぇ──ッ!!」

 

 考えている暇はなかった。クレオンの号令がかかり、ドルン兵たちがけしかけられる。

 

「こんなヤツら……!」

 

 わざわざ遊ぶつもりかと、レッドなどは怒りに燃えた。手段は択ばないと言っても、ドルン兵を真正面からぶつけられたところで戦闘のフェイズが無駄に増えるだけ。こちらの体力を削ろうという魂胆なら、それこそ無駄な努力というものだ。

 

「ブッ飛ばしてやる!!」

 

 迎え撃つ時間も惜しいとばかりに、五人は走り出した。衝突の瞬間、竜装のエナジーに満ちた刃を一気呵成に振り下ろす──!

 

 そして──ブッ飛ばされたのは、彼らのほうだった。

 

「ぐあぁあっ!?」

 

 いったい、何が起きたのか。地面に倒れ込みながら、混乱した頭でレッドは考える。

 

「!、そうか、あの音……!」最初に気づいたのはグリーンだった。「最初にタンクジョウが放った弾、可燃性ガスが内包されてたんだ……!今の鍔迫り合いで、火花が散ったから……!」

「じゃ、じゃあ火花散らしたらあかんってこと……!?」

 

 それでは、剣戟など不可能ではないか。にもかかわらず、ガスをばらまいた黒幕には望むところなのだ。

 

「今さら気づいてももう遅い。俺がルークレイモアを地に突き立てれば、この森一帯を呑み込むほどの大爆発になる!貴様らもあの村も、跡形もなく消し飛ぶのだ、フハハハハッ!!」

「ふはははは!」

「おまえは笑うな」

「うおぉ懐かしっ!!」

 

 理不尽な命令にさえ喜びを見せるクレオンに対し、リュウソウジャーの面々は危機感に押しつぶされそうな思いだった。火気を一片も漏らさず、タンクジョウを止めなければならない。しかし、そんな方法は──

 

「──終わりだ!!」

 

 そしてタンクジョウが、刃を振り下ろす──刹那、

 

 風のように割り込んできた巨躯が、一閃とともにタンクジョウの右腕を()()()()()()

 

「グァアアアアアッ!!?」

 

 切断面から血を噴き出しながら、タンクジョウは絶叫に等しいうめき声をあげた。死に際に爆発四散こそしたが、このように一部位を切り離されるのは当然初めてのことだった。

 

「た、タンクジョウさまぁ!?」

「ぐ、うぅ……な、何奴……!」

 

 簡素なマントを纏い、頭巾で頭までを覆ったその姿。テンヤよりひと回り以上も大柄で筋骨逞しいことくらいしか、後姿からは判別できない。

 

 誰──奇しくも敵と同じ疑問をエイジロウたちが吐き出すより早く、その男は声を発した。

 

「──今だ、ショート」

「……!?」

 

(ガチレウス!?)──そう一瞬誤認するほどに、よく似た声だった。

 しかし彼はドルイドンではなく、リュウソウジャーを庇った。そして"彼"を、名前で呼んだ。

 

「ああ」

 

 戦場に姿を現す、黄金の騎士。──彼の手には、誰も見たことのない漆黒のリュウソウルが握られていた。

 

「──クラヤミソウル!」

 

 それをモサチェンジャーに装填し、

 

『ザッバァァァン!!──ドンガラ!ノッサ!エッサ!モッサ!』

 

『めっさ!』

 

 一回、

 

『ノッサ!』

 

 二回、

 

『モッサ!』

 

 三回、

 

『ヨッシャ!!』

 

 四回。

 

『この、感じィ!!』

 

『強・竜・装!!』──トリガーを引くと同時に、黒い靄がリュウソウゴールドの身体を覆っていく。それはたちまち夜空のような漆黒の鎧へと姿を変えた。右肩には、黒竜の頭部が意匠として在る。

 

 黒竜──そう、新たな騎士竜の力が、今ここにあらわれていた。

 

 

 



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21.亡者の行進 3/3

 

 時は、天より漆黒の落雷があった直後にまで遡る。

 それを目撃したショートは、稲妻のあった地点にまで走っていた。「"ヤツ"を野放しにしてはいけない」という、相棒の言葉に押される形で。

 

 "ヤツ"とはいったい何者か。ドルイドンやマイナソーを指しているのではないのか?疑問は色々あったが、ショートはあれこれ訊くより自分の目で見たほうが早いと考えるタイプである。ただ、とにかくモサレックスが焦るというか、逸っている様子なのが気にかかった。

 

 そして──たどり着いた先には、驚くべき光景が広がっていた。

 

「なんだ……これは」

 

 何もない。ぽっかりと、虚無としか言いようのない空間がそこには広がっていた。

 ただ落雷の衝撃で木々が薙ぎ倒されたなら、その残骸は残されていて然るべきだ。しかし、その痕跡すらないのはどういうことか。

 

(……モサレックス、ここに何が──)

 

 目で見てわからない以上、訊くしかない。テレパシーを通じて、相棒へ交信を試みるショート。

 しかし次の瞬間、背後から黒い影が迫っていた。

 

「ッ!!」

 

 その気配を感じ取った途端、ほとんど反射的にショートは飛び退いていた。同時に、オッドアイが自然と上滑りしていく。

 

──果たしてそこに在ったのは、見上げんばかりの黒竜の姿だった。

 

「!、おまえ……騎士竜……?」

「………」

 

 血に染まったような赤眼が、ぎらりと獰猛な光を放つ。──刹那、

 

「ガァアアアアッ!!」

 

 咆哮とともに、ショートへと襲いかかってきた。

 

「な……!?」

 

 何故、騎士竜が襲いかかってくる!?しかも相手は本気だ。今のだって、呆けていれば喰い殺されていたかもしれない。

 

 モサチェンジャーを構えつつ、距離をとるショート。しかしそれを狙い澄ましていたかのように、黒い騎士竜が口から漆黒のエネルギー塊を放出した。

 

「ッ!?」

 

 身構えていた以上、その直撃を避けるのは難しいことではなかった。しかしショートの身体すれすれを飛んだそれは、彼の背後でぶわあっと広がりを見せたのだ。

 

「ぐ────ッ!!?」

 

 凄まじい突風が、ショートに襲いかかる。──引きずり、込まれる。

 

「こんな、モンに……!」

 

 鍛えた体幹で踏ん張りながら、ショートはゴールドリュウソウルをチェンジャーに装填する。──リュウソウチェンジと唱える余裕すらないまま、彼はリュウソウゴールドへと姿を変えた。その勢いを駆って、突風の中から離脱する。

 

「よせ……!何故、俺たちが戦う必要がある!?」

 

 リュウソウゴールドの姿を見てもなお、騎士竜の戦意は揺らぐことがない。その禍々しい姿と相俟って、ショートは彼に疑念を持ちはじめていた。操られているのでは、いやそれ以前に、本当に騎士竜なのかとさえ──

 

「そいつを止めたくば、力を認めさせるしかない」

「!」

 

 にわかに響いた声。それは忌々しい記憶として、ショートの心に刻みつけられているものだった。

 

「その声……ガチレウスか!?」

 

 そんなはずはないと思いながら、振り向く。──果たしてそこにいたのは、マントと頭巾で姿かたちを隠してはいるけれど、まぎれもない人間だった。少なくとも、ガチレウスでないことは明らかで。

 

「……誰だ?」

「俺のことはいい。それより、本気で戦え。おまえの全力、そいつにぶつけてみせろ」

「………」

 

 確かに、躊躇っている場合ではない。だいたい巨大化したマイナソーを相手にしているだけあって、騎士竜は頑丈だ。

 

「俺との出逢い、後悔するなよ……!」

『──強・竜・装!!』

 

 黄金の鎧を纏い、モサチェンジャー改めモサブレイカーを構える。──全力を、ぶつける。

 

「ファイナル、サンダーショット!!」

 

 稲妻の塊が放たれ、漆黒の騎士竜に襲いかかる。口内にブラックホールを発生させて呑み込まんとした騎士竜だったが、それでも衝撃で大きく後方へ吹き飛ばされる結果となった。

 

──これで、どうだ。

 

「………」

 

 何事もなかったかのように起き上がった騎士竜が、再びショートを睨めつける。しかしその視線に、先ほどまでの敵意は感じられなかった。

 

「騎士竜"シャドーラプター"は、おまえを認めたようだ……ショートよ」

「………」

 

 竜装を解き、今度はショートが男を睨む。どうやら敵ではないようだが、どこの誰かもわからない人間に呼び捨てられる謂れはなかった。

 

「……で、おまえは誰だ。どうして俺のことを知ってる?」

「………」

 

 返答の代わりに、男は頭巾に手をかけた。露になっていく顔、頭髪──それを目の当たりにした瞬間、ショートの心は一瞬にして百年の昔に戻った。

 

「……久しぶりだな、ショート」

「────、」

 

 

「……親、父……」

 

 

 *

 

 

 

 戻って、現在。

 

 騎士竜シャドーラプターの力を得て、リュウソウゴールドは新たなる竜装の鎧を纏っていた。

 

「………」

「げぇっ、なんかヤバそうなフォルム……」

「ッ、そもそも、貴様は誰だ……!」

 

 東の大地で斃れたタンクジョウは、当然ながらリュウソウゴールドを知らなかった。

 

「海の王国第三王子、ショート。またの名を栄光の騎士、リュウソウゴールド」

「王子なら、宮殿でおとなしくしていろ!──ヌンッ!!」

 

 失った右腕の激痛を覚悟しながら、タンクジョウは再び巨砲を放った。のろのろとしたそれを撃ち落とそうとしたゴールドだったが、

 

「撃つなショート!!」

「!」

「それは可燃性ガスの塊なんだ、火気を与えると大爆発する……!」

 

「──問題ない」

 

 やはりガチレウスそっくりな声で、男が告げた。尤も、かのドルイドンより落ち着いた声音ではあるが。

 

「クラヤミソウルは狙ったものをすべて吸い込む。弾丸もろとも、ガスを吸い尽くせ!」

「……チッ」

 

 リュウソウ族の鋭い聴覚が、微かな舌打ちを捉えた。どう考えても距離的に不自然だと思いつつも、一同の視線が自ずと常習犯に向けられる。

 

「……俺じゃねえ」

 

 彼自身呆気にとられていたのか、珍しく小さな声音で否定の言葉を吐く容疑者。

 ともかく、ショートは不機嫌の極みにいた。思いがけぬ父との再会。しかしこの戦闘に馳せ参じることを優先したために、百年以上抱え込んできたものをぶつけることさえできていないのだ。彼の父への反感は、今となってはコタロウの母へのそれ以上に深刻なものがあった。

 それでも、第三王子であると同時に騎士として。その憤懣は、敵にぶつける──!

 

「──ファイナル、ブラックホールショット……!」

 

 モサブレイカーの引鉄が引かれ、漆黒の塊が音もなく発射される。塊……否、それはエネルギーの濃縮体ではなく、異空間への扉だ。黒々と蠢くのは、扉の向こうの虚無の世界の一部でしかない。

 シャドーラプターの力の一端であるそれは弾丸を呑み込み、さらには周囲一帯に漂っていた可燃性ガスをも吸収してしまった。

 

「なんだと!?」

「ウソぉ!?」

 

 予想だにしない状況の変転に、ドルイドンの二体は目に見えて狼狽する。

 そしてその好機を、二度目の仇討ちに燃える"彼"は逃がさなかった。

 

『それ!それ!それ!それ!──その調子ィ!!』

「!?」

 

 振り向いたタンクジョウの眼前に、勇猛の騎士が迫っていた。

 

「──アンブレイカブル、ディーノスラァァァッシュ!!!」

 

 巖のごとく硬度を高められた刃が、タンクジョウの右肩から左脇腹にかけてを袈裟斬りにした。

 

「グァアアアアアア──ッ!!?」

 

 堅牢を誇る鎧が裂け、鮮血が噴き出す。声を涸らすほどに叫んだタンクジョウは、その場にがくんと膝をついた。

 

「た、タンクジョウさまあぁぁッ!!?」

 

 タンクジョウのそれに負けぬほど声を震わせたクレオンは、半ば縋りつくように駆け寄った。右腕を失い、胴体から夥しい血を流すその姿は、一度目の死に際とは比べものにならないほど痛々しい。

 

「タンクジョウさまっ、し、しっかり!お気を確かに!!」

「ぐ、うぅぅ……ッ。よもや、ここまでとは……!」

 

 腕を斬り飛ばしたのも、可燃性ガスを奪ったのも計算外の連中であったとはいえ。

 今の一撃ひとつとっても、その腕に大きく磨きがかかっていることにタンクジョウは気づいてしまった。──彼自身、歴戦の猛者であるからこそわかるのだ。今の彼らは、()()()()()()()()()と。

 

「俺たちは生きてる。生きて、前に進み続けてる!死人のおめェに、俺たちは超えられねえッ!!」

 

 レッドの啖呵は、他ならぬ六人の総意でもあった。彼らは成長著しい少年の身で、ドルイドンやマイナソーと幾度となく刃を交えている。旅の中で、大いに実力をつけていた。

 一方で、タンクジョウにも譲れぬ想いがあった。

 

「死人だからこそ!!……たった一度のこの好機、易々とは手放せん!!」

「た、タンクジョウさま!ここはいったん退きましょう!オレから頼めば、ワイズルーさまもゾラさまも動いてくれますって!!」

「黙れ!」

「うぎゃ!?」

 

 タンクジョウの左手がクレオンを突き飛ばす。しかしその手つきは、クレオンに痛みを与えるものではなかった。

 

「……ポイントは、これで帳消しだな」

「!!、そ、そんなこと……」

「立ち去れ。貴様にもう用はない!」

「……ッ、」

 

 タンクジョウの覚悟を見てとったクレオンに、もはや命令に従う以外の選択肢は残されてはいなかった。

 ずるずると液状化して地面に沈み込んでいくその姿を見届けると、タンクジョウは傍らに転がったルークレイモアを拾い上げ──

 

──己の腹に、突き立てた。

 

「な……!?」

「自害──いや、違う!!」

 

 ルークレイモアはぐっさりと腹腔から背にかけてを貫いていた。人間であれば、確かに自害としか言いようのない暴挙。

 しかしタンクジョウは、その一撃によって体内に宿した大地のエネルギーを暴走させようとしていた。そのために、クレオンを遠ざけたのだ。

 

「ウォオオオオオオオオオオオ──ッ!!」

 

 咆哮。それは事実上の断末魔でもあった。

 本来の姿かたちを捨て、見上げんばかりに巨大化していくタンクジョウ。一度はそれを目の当たりにしているエイジロウたちも、その壮絶さに息を呑まざるをえないほどだった。

 

「狼狽えるな、リュウソウジャー!」

 

 それが場に染みつくより先んじて、ショートの父──エンジが声を張り上げた。

 

「気迫に呑まれれば勝てるものも勝てん。──貴様らは強い、己を信じろ!」

「う、ウス!」

 

 どこの誰かもよくわかっていない状態でも、不思議なほど説得力を感じさせる言葉。これでもかと歴戦の猛者であることを全身全霊で主張しているのだ、彼は。

 

「知らねーオヤジが偉そうに……!──いくぞてめェらぁ!!」

 

 タンクジョウにもあの男にも、呑まれてなるものか。カツキの意地を第一に、騎士たちは奮い立った。

 

「──ティラミーゴ、来てくれ!!」

「頼む、モサレックス。──シャドーラプター」

 

 ショートの呼びかけにより、彼を認めし新たな騎士竜が駆けつける。黒いボディ、真っ赤な眼。

 

「あれが、クラヤミソウルの騎士竜……?」

「ああ。その力、見せてやる」

 

 飛んできたモサレックスが変形し、巨人の姿かたち作っていく。そこに、

 

「ォオオオオオッ!!」

 

 雄叫びとともに、シャドーラプターがばらばらに分割される。通常の生物であればスプラッタ極まりない光景であるが、彼ら騎士竜にはあらかじめ備わっている機能である。

 彼、そしてアンモナックルズがモサレックスとひとつになり──そして、新たなる海神が誕生する。

 

「竜装合体──キシリュウネプチューン、シャドーラプター!!」

「俺たちもいくぜッ、竜装合体──」

 

「「「「「キシリュウオー、ファイブナイツ!!」」」」」

 

 並び立ち、タンクジョウと対峙する二大巨人。相手は身体の欠損までは癒しきれなかったのか、右腕は欠け、胴体には大きな傷が走っている。それでもその赤い眼には戦意が漲り、烈火のごとき激情が燃えさかっていた。

 

「ヌゥウウウウッ!!」

 

 左腕で血塗れたルークレイモアを振り上げ、向かってくるタンクジョウ。なるほど気迫にあふれた姿だが、馬鹿正直に受け止めてやるつもりはない。

 

「新入りの出る幕じゃねえッ、ニードルキャノン!!」

 

 意地では誰にも負けないブラックが叫び、ファイブナイツのミルニードル部分から無数の針が放たれる。

 それらはタンクジョウの全身に突き刺さり、彼の動きを鈍らせた。

 

 すかさずこちらから肉薄し、

 

「トリケーンカッター!!」

「タイガースラッシュ!!」

 

 ブルー、そしてグリーン。矢継ぎ早に放たれる斬撃。かつてタンクジョウを破ったファイブナイツの力だ、それは間違いなく通用した。傷ついたボディから、火花と血飛沫が散る。

 

「ッ、」

 

 それでも態勢を立て直そうとするタンクジョウだったが、

 

「悪いが、見てるだけのつもりはねえ」

 

 漕手の言葉とともに、キシリュウネプチューンシャドーラプターが銃撃を仕掛ける。咄嗟にルークレイモアでそれを防ぐが、その隙に相手は距離を詰めてきた。

 

「ふっ」

 

 至近距離から発砲しつつ、同時に格闘も仕掛ける。遠近両用……と言うより、遠も近も同時にこなすスタイル。バトルセンスに長けたショートでなければ、初戦から自在に操ることは困難だろう。

 

「うおお、やっぱスゲーぜショート……!」

「褒めてんじゃねえクソ髪!俺だってあんくれぇ余裕だわ!!」

「……まぁた張り合ってる」

「否定はしないが……」

 

 しかし、タンクジョウの執念も相当のものだった。満身創痍の身体で大地のエネルギーを吸い出すと、それをそのまま砲弾に錬成して撃ち出したのだ。一発二発ではなく。

 

「ッ!!」

 

 直撃をいなす二大巨人だが、熱と衝撃は容赦なく襲いかかる。その激しさは、ファイブナイツとネプチューンをもってしても後退を強いられるほどだった。

 

「……あいつ、強ぇな」

「でも、いっぺん倒したんだ……!今度だって!」

 

 言うが早いか、レッドはあるリュウソウルを構えた。それは、

 

『プクプクソウル!ムックムク〜!!』

 

 かつてタンクジョウを倒す決め手になったプクプクソウル。しかし忘れえぬそれを、タンクジョウはせせら笑った。

 

「舐めるな……!同じ手を二度も喰らうか!!」

 

 飛んでくるピンク色のエネルギー波を、タンクジョウは次々とかわしていく。それ自体ファイブナイツから直線で飛んでくるから、あらかじめわかっていれば先読みするのは容易かった。

 

「ふん、馬鹿のひとつ覚──」

 

 嘲笑の台詞は、最後の最後で途切れた。

 

「──ヌウゥ!?これは……」

「引っかかったな、タンクジョウ!」

 

 得意げに言い放つレッド。──タンクジョウは、膨れ上がった大木に四方を囲まれ身動きがとれなくなっていた。

 

「こ、んなもの……!」

 

 木を力ずくでへし折ろうとするタンクジョウ。隻腕では時間はかかるだろうが、彼のパワーをもってすれば不可能ではない。

 だからその前に──決着をつける!

 

「ショート、おめェが決めろ!」

「!、……良いのか?」

「あいつに迂闊に近づくのは危ねえし、ファイナルキャノンは延焼のおそれがあるからな!」

 

 なるほどエイジロウという少年、無鉄砲に見えて土壇場では思慮深い。ショートの鬱憤を少しでも晴らしてやろうという気遣いもあるのだろう。

 同時にシャドーラプターの力を見てみたいという少年らしい思いもあるのだが、お互いそれを口にするほど迂闊ではなかった。

 

「いくぞ、キシリュウネプチューンシャドーラプター」

 

 巨人の右腕がぐぐぐと持ち上がり、拳と一体になった銃──クラヤミガンの銃口が、タンクジョウに突きつけられる。

 

「──キシリュウネプチューン、ブラックホール……キャノン!!」

 

 果たして放たれた光線は、未だ木々の檻を脱せないタンクジョウを直撃した。

 

「ヌゥ……!?」

 

 衝撃はあったが、痛みはない。拍子抜けしかかったタンクジョウだが──己の運命が今この瞬間決したことを、寸分のちに思い知らされることとなった。

 

 背後に出現した巨大なブラックホール。それは凄まじい吸引力でもって、タンクジョウを吸い寄せていく。

 

「な、なんだこれは……!?」

「言ったはずだ、シャドーラプターはなんでも吸い込む。地獄よりよほど遠い、異次元にな」

 

 

「──俺たちとの出逢い、後悔しろ」

 

 もがきながら吸い込まれていくタンクジョウ。しかしいよいよ消えようかという瞬間、ふぅと鮮明な吐息とともに身体の力を抜いたように見えたのは気のせいだろうか。

 あるいは彼は、これでようやく力への妄執から解放されたのかもしれない。歓喜の中にほんのわずか苦いものの混じった、そんな勝利だった。

 

 

 *

 

 

 

 苦い、といえば、明確に省みるべきこともあった。

 

「森……だいぶ、荒れちまったな」

 

 看過できないほど荒廃した目の前の光景に、エイジロウが唸るようにしてつぶやく。

 なるほどタンクジョウの攻撃による爆発、極めつけに巨人同士の戦いによって相当量の木々が焼けたり、あるいは倒れてしまったのだ。作戦とはいえ、それを助長するようなこともしてしまった。

 

「この森で採れる果実は、サルカマイ村でも常食されてる。……荒れてしまった森をもとに戻すには相当な時間がかかるから、村の今後の食糧事情にも影響が出るかもしれない」

「ッ、我々の、力不足か……!」

 

 彼ら騎士の目的は、世界の平和を……そこに生きる人々の暮らしを守ることだ。それが為せなければ、どれほどドルイドンを屠ったとて騎士たるに値しない。

 

「………」

 

 漂う沈痛なる沈黙。──それを破るように、漆黒の竜が姿を現した。

 

「シャドー、ラプターか……」

 

 強力な騎士竜だ。心強いことは言うまでもない。──ただすべてを呑み込みこの世から消し去るその力は、危険ともいえた。

 しかし己の危険性を重々承知しているがゆえに、彼は独りではなくて。

 

 くわ、と開かれる口。吐き出されるブラックホール。思わず身構えたエイジロウたちだったが、今度のそれは吸収ではなく排出のためのものだった。

 

「!!」

「白い、騎士竜?」

 

 そう──シャドーラプターと対をなすような、純白の騎士竜が姿を現したのだ。

 

「ハアァァァ……」

 

 それは女性のため息のような声で鳴くと同時に、虹色の光線を森に向かって吐き出した。まばゆいそれに、思わず目を閉じる。

 

──そして再び目を開いたとき、驚くべき光景が広がっていた。

 

「!?、も、森が……」

「元に、戻ってる……?」

 

 言葉の通りだった。まるで最初から壊れてなどいなかったかのように、森はもとの瑞々しい姿を取り戻していたのだ。

 

「──あれはシャインラプター。光と再生を司る、シャドーラプターと対をなす騎士竜だ」

「!!」

 

「……親父、」

 

 白い騎士竜の正体を明かしながら再び現れた父を、ショートは睨みつけた。

 

 

 つづく

 

 





「マイナソーが死んだら甦った死者たちもみィんな消える」
「あの世で首ィ長くして待ってんぜ」

次回「光と闇のはざまで」

「これが、てめェの望んだ死だ」




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22.光と闇のはざまで 1/3

 

 突如起こった、死者たちの甦り。その原因もわからぬまま、リュウソウジャーは復活したタンクジョウを再び討ち果たした。

 同時に現れた、黒白、二体の騎士竜。──そして。

 

 

「……親父、」

 

 複雑極まりない感情の乗ったショートの呼びかけは、エイジロウたち五人を驚愕させるに十二分なるものだった。

 

「え、オヤ……お、親父!?」

「お父様、ということは──」

「──この方が、王配殿下……?」

 

 燃えるような赤髪に、テンヤのそれを凌駕するような屈強な身体つき。何より強靱な意志を感じさせる碧眼は、ショートの左眼とまったく同じ色をしていた。

 左、同じと言えば──顔の左半分に走る、爛れたような傷痕。まさか遺伝というわけでもあるまいに。

 

「……いかにも、かつてはそう呼ばれていた。尤も百年以上も昔に海の王国を去った俺を、そうと認める人間など残ってはいないだろうがな」

「……ッ、」

 

 ショートはぎりりと白い歯を食いしばった。この男はわかっていない。百年の間、女王たる母がどれほど焦がれながら、その細い双肩に国を背負ってきたか。

 

「……どうしてだ。どうして、国を捨てた」

「………」

「その挙げ句に、俺たちの知らないところで勝手にくたばったのか!!?」

 

 激昂し、父に掴みかかろうとするショートを、仲間たちは慌てて押しとどめた。

 

「ッ、放せ!こいつには山ほど言ってやりたいことが──」

「気持ちはわかるけどッ、落ち着けって!!」

「そうだよっ、冷静にならなきゃあかん、ってぇ!!」

 

──ぐきっ。

 

「ッ!?」

 

 オチャコが羽交い締めにした腕に力を込めた途端、嫌な音がした。

 

「い、痛ぇ……」

「ちょっ……おめェ何してんだオチャコ!?」

「つ、つい……」

「加減というものを知らないのか!?」

「だっ大丈夫、ショートくん!?」

 

 細身とはいえショートもかなり鍛えたプロポーションではあるのだが、オチャコの腕力はそれを容易く上回っていった。幸い頑丈なリュウソウ族の身体のおかげで骨に異常もなく、程なく立ち直ることはできたのだが。

 

「……捨てるつもりは、なかった」

 

 奇しくもオチャコのやらかしにより頭を冷やしたショートだったが、言い訳じみたその言葉に再び目を眇めた。

 

「なら、どうして戻ってこなかった?」

「……時が、経っていたからだ」

「時……?」

 

「──俺が十数年だと思っていた時の流れが、実は数百年だった。その意味が、リュウソウ族であるお前たちに理解できるか?」

「……!」

 

 父──エンジの碧眼に宿った昏い炎に、先ほどまで攻勢一辺倒だったショートは初めて言葉に詰まった。そうだ──この男は、ごくわずかにリュウソウ族の血を継いではいるけれど、ただの人間の戦士でしかなかったのだ。

 それが海のリュウソウ族の女王と契りをかわしたことで、同じ時の流れを生きることになった。一生海から出ることがなければ、なんの問題もなかったかもしれないけれど。

 

「故郷に帰った俺を待っていたのは、とうの昔に人間の住処ではなくなった村の残骸だった。案じていた母は、朽ちた墓標になっていたんだ」

「………」

「打ちひしがれた俺は……餞に与えられた宝箱に、救いを求めた」

 

 あるいは過去……本来の時の流れの中に、戻ることができるのではないかと。

 そんな期待とは裏腹に、抑えられていた時が流れ出し──エンジもまた、朽ち果てた。

 

「……知らな、かった」

 

 今度はショートの言葉が、いかにも言い訳がましく響く番だった。

 それが本当なら、母は……否、自分たち海のリュウソウ族は、エンジの正常な人生を奪ってしまったことになる。その一員である自分に、彼を責める資格などありはしないではないか。

 

「そんな表情(かお)をするな、ショート」

 

 ショートの自責とは裏腹に、エンジの声は穏やかだった。

 

「レイや、お前たちを恨んでいるわけではない。レイと出逢わなければ、俺は戦いに身を置くだけの人生だっただろうからな」

「……親父、」

「ところで……その火傷は、どうした?」

 

 不意にエンジの腕が、ショートの左目元に伸びる。今のやりとりで反感と罪悪感のない混ぜになった状態のショートは、それを拒否しなかった。

 

「……小さい頃、間欠泉にやられた。よくある事故だ」

「……そうか。なら良……くはないが」

 

 ぎこちないが、間違いなく親子のやりとり。──それを後押しするように、エイジロウはショートの肩に腕を回した。

 

「良かったじゃねえか、誤解が解けてさ!」

「!、エイジロウ……」

 

 誤解──そう、少なくとも"捨てられた"というのは誤解だったのだ。百数十年ぶんの蟠りはそれだけで消えはしないけれど、こうして父の手を受け入れるきっかけにはなった。

 

「……ンなことよりあんた、あの騎士竜どものこと知ってンのかよ」

「かっちゃん口調!王配殿下に失礼だよ……!」

 

 エンジはじろりとカツキを睨みつけたが、イズクの注意もあってかそれを咎めることはなかった。

 

「……まあ、良い。彼らのことは、レイから聞いたことがあったという程度だ。リュウソウ族による封印を免れ、宇宙に去った一対の騎士竜がいたと」

「じゃあ、それが戻ってきてくれた……?」

「再生と消滅、光と闇を司る騎士竜たちか……」

「!、もしかして、亡くなった人たちが甦っていることにも何か関係が?」

 

 二大騎士竜には確かに、それだけの強力なパワーがあるが。

 

「この世とあの世の境目が曖昧になったことは事実だろう。しかしそれだけで、死者が実体をもって甦るなどということはありえない」

 

「──これは、マイナソーの仕業だ」

「!!」

 

 予測しえた可能性とはいえ──皆が思わず、息を呑んだときだった。

 空中に、シャドーラプターのそれとは似て非なる、禍々しい空間の歪みが生じたのは。

 

「噂をすればか……──来るぞ!」

 

 エンジの言葉に身構える一同。──果たして次の瞬間、空間を突き破るようにして、"亡霊"が姿を現した。

 

「……バァ……」

「!、あいつ……」

「脅かしとるつもりか、クソがっ!」

 

 まさしく亡霊としか言いようのない姿をしたそれは、半透明の腕で手招きをしている。──憤激したカツキがリュウソウケンを抜こうとした瞬間、"それ"は起こった。

 

「────ッ!?」

 

 身体から急速に力が抜けたかと思うと、重力に逆らってふわあ、と浮き上がっていく。

 

 否、身体そのものは地上に残っていた。──魂が、抜き取られようとしているのだ。

 

「ッ、ンの──!」

 

 騎士たちの強靭な精神力が、半ば強引に魂を身体へと引き戻す。

 

「気を抜くな!奴は死者を復活させる代償に、生者の魂を黄泉へ引きずり込む……!」

「!」

 

 では、沼から魚たちが姿を消したのは。ショートがその事実に思い至ると同時に、マイナソーは再び手招きをした──村の方角めがけて。

 まさかと血の気が引くのもつかの間、朧気にヒトのかたちを保った魂が、次々と吸収されていく。

 

「……バァ、……」

 

 それらを懐に抱え、再び空間の歪みの内側へと消えていこうとするマイナソー。このままでは、人々の魂があの世へ引きずり込まれてしまう!

 

「させるかぁッ!!リュウソウチェンジ!!」

『ケ・ボーン!──リュウ SO COOL!!』

 

 からの、

 

「ノビソウル!!」

 

 『ビロ〜〜ン!!』と刃がしなって伸び、マイナソーを斬り払う。その衝撃で人々の魂は解放され、村のほうへ戻っていった。あの世へ引きずり込まれる前なら、肉体とのリンクは切れていないらしい。

 

「ッ、バァ……!」

 

 悔しがるそぶりを見せながら、単身あの世へ戻ろうとするマイナソー。そうはさせるかとばかり、レッドは刃をその脚に巻きつけた。

 

「おめェはここで、倒ぉぉぉぉ──ッ!?」

「なっ……エイジロウくん!?」

 

 マイナソーのパワーは見かけによらないものがあった。レッドはそのまま、あの世へと引き込まれていく──今度は、肉体もろとも。

 

「エイジロウくん!!」

「うそ……」

「ッ、親父!エイジロウは──」

「……肉体ごとなら、すぐには死と見做されないだろう。尤もマイナソーに魂を抜き取られれば、一巻の終わりだ」

「……ッ、」

 

 既にマイナソーのつくり出した時空の穴は閉じてしまった。彼らにはもう、エイジロウの無事を祈ることしかできない。

 

 

 位相のゆがんだ空間の中で、レッドはマイナソーに斬りつけていた。

 

「……バァ、………」

「ッ、ちょこまかと……!──なら!!」

 

 奇怪な引力に身をまかせながら、彼が構えたのは燃ゆる炎のリュウソウル。

 

『メラメラソウル!メラメラァ!!』

 

 強竜装。騎士竜ディメボルケーノの加護を宿した、橙の鎧が胴体に装着される。

 

「──燃えろぉッ!!」

 

 刃に渦巻く炎を纏い──振り下ろす!

 

「グアァ……!?」

 

 みすぼらしい襤褸布に炎が燃え移り、マイナソーはうめき悶えながら地面……というのも安定しない空間に転がり落ちた。

 

「っし……!」

 

 同じく着地し、柄に手をかける。魂を抜き取られるリスクは彼自身承知している。このまま一気に、終わらせれば──!

 

 そんな思惑とは裏腹に、メラメラソウルによるものでない火炎が思いがけず襲いかかってきた。

 

「ッ!?」

 

 メラメラソウルによる耐性付与で、火炎が直撃してもほとんどダメージはない。しかし突然の不意打ちは、少なからず彼を怯ませることになった。

 

「キヒヒヒ……こんなところまでご苦労だねェ」

「!、てめぇ……ゾラ!?」

 

 "不死の王(キングオブアンデッド)"を標榜するドルイドン。確かにアンデッドタイプのマイナソーばかりを操って攻撃してきたが、"不死"──つまり生者であるはずなのに、どうしてここに。

 

「アンデッドは生と死のはざまを漂泊するどっちつかずの存在……その王ともなれば、死後の世界にお邪魔するなんてお茶の子さいさいなのサ……キヒヒヒッ」

「だったら、永遠にここから出られねえようにしてやる!!」

 

 半ば反射的に叫び、走り出す。その間、ゾラの手からは詠唱なしの魔法が間断なく放たれ続ける。リュウソウケンで身を守りながらも、時折鋭い痛みが走った。

 

「ッ、」

 

 それでも立ち止まらない、走り続ける。"不屈(アンブレイカブル)"──カタソウルの必殺技にも名付けたその言葉は、彼の根にある哲学でもあった。

 

「うおおおお──ッ!!」

「!」

 

 ついに、刃の届く距離まで届いた。

 

「ボルカニック──ディーノ、スラァァッシュ!!」

 

 二度目の炎の一撃が、ゾラの上半身と下半身を真っ二つに両断した。

 

「グアァァ──!」

 

 切り離された上半身がゆっくりと崩れ落ち、発火する。それが下半身にも波及し、塵になっていく──以前の戦いでも目の当たりにした光景だが、だからこそこのあとのことは予想できた。

 

「キヒヒヒッ……相変わらず、大した力だねェ」

「……ッ、」

 

 程なくして復活を遂げられる。わかっていたことだ。レッドは再び刃を振り上げた──肉体的な死がありえないなら、不屈の精神で何度でも切り刻んで、その精神を折るまでだ。

 

 しかし──未だ少年のエイジロウより、ゾラは何枚も上手だった。

 

「オレより、まずマイナソーを倒したほうが良いんじゃないのかィ?……まァ、マイナソーが死んだら甦った死者たちもみィんな消える。愛する家族や友人が、泣いて抱き合った誰かのタイセツな人たちがねェ……キヒヒヒッ」

「──!」

 

 心臓が、どくんと跳ねる。──そんなこと、言われずともわかっていたはずだった。しかしはっきりと言葉にされた途端、思い出してしまったのだ。慌ただしく動き回りながらも、どこか喜色をたたえた村人たちの顔。何より……ケントと再会したときの、涙があふれるほどだった自分の気持ちを。

 

(俺の剣が……誰かを泣かせる?)

 

 今度はまぎれもない、悲しみの涙を。

 それは現実の時間にして、ほんの一瞬の躊躇にすぎなかった。しかしその一瞬を、ゾラは虎視眈々と狙っていたのだ。

 

──黒い靄が、レッドの身体を包み込んだ。

 

「な──ぐぁああああっ!!?」

 

 耐えがたい苦痛が襲いかかる。微細な靄の構成体はリュウソウメイルのわずかな網目から入り込み、エイジロウの身体を侵食していた。

 体内から焼けつくような感覚に耐えきれず、倒れ伏す。竜装が解け、生身を晒したエイジロウの胸元に、ゾラがゆっくりと足を乗せた。

 

「あ゛ッ!?ぐ、うぅぅ……ッ!」

「キヒヒヒッ……甘いねェ」

 

 徐々に力を込めながら、嗤うゾラ。そんな彼の傍らに、マイナソーが擦り寄る。

 

「騎士竜の加護も消えたことだしィ……レヴェナントマイナソー、この坊やの魂も奪っておやり」

「バァ……!」

 

 頭上に透けた手が翳される。──この黄泉の世界で魂を奪られたら、終わりだ。知らずともそれを予感して、エイジロウはぎりりと歯を食いしばった。

 

 しかし、その時は来なかった。

 

「──ッ!?」

 

 薄暗い世界に、突如眩い虹色の光が降りそそぐ。心地よい温かなそれが、芯からエイジロウの身体を癒していく。

 一方、ゾラやレヴェナントマイナソーにとってはそうではなくて。

 

「グウゥ!?こ、この光はァ……!?」

「バ、ア゛ァァァ……!?」

 

 苦悶する二体。もしや、この癒しの光はアンデッドには苦痛を与えるものなのか。

 ならばと立ち上がったエイジロウだったが、

 

「ッ、ここは退くよォ……!」

「……バァ……!」

 

 得体の知れない攻撃に対しては、不死身のゾラも警戒心を発揮したらしい。マイナソーに現世へのゲートをつくらせると、ともに消えていく──

 

「ッ、待て!!」

 

 追おうとするエイジロウ。しかし、ゲートは無慈悲にも閉じていく。手を伸ばすが、届かない。このまま取り残される──

 

 そう思われた矢先、眩い光はエイジロウを包み込んだ。

 

「──!」

 

 真白い空間。広さもわからないその中心に、エイジロウは立っていた。戸惑う彼の眼前に光が寄り集まり、明確な姿を形作っていく。

 

「!、おめェ……シャインラプター?」

 

 純白のボディに澄んだ碧い眼。どこか禍々しさを感じさせるシャドーラプターとは対照的なその姿で、じっとエイジロウを見つめている。

 

(──いるべき場所へ帰りなさい、勇猛の騎士よ)

 

 穏やかな女性の声だった。それとともに、エイジロウは森の中へと投げ出されていた。

 

 

「──エイジロウくんっ!!」

「!?」

 

 墜落したエイジロウを受け止めたのは、彼より幾分も小柄な少女──オチャコだった。つい先ほどはショートに思わぬダメージを与えてしまった腕力だが、これで面目を取り戻した形だ。

 

「エイジロウくんっ、大丈夫だったのか!?」

「も〜っ、心配したんやから!」

「お、おう……悪ィ。あんがとな、オチャコ」

 

 いつまでも女子に抱えられていては男の沽券にかかわる。もっと身体を大きくしなければと改めて決心しつつ、エイジロウは再び地に足をつけた。

 

「……向こうに、ゾラがいた」

「!!」

 

 不死の王たるドルイドンの名を聞いて、皆の表情が一様に険しくなる。

 

「やっぱり、あいつが絡んでるのか……」

「いい加減、決着つけてぇな」

「おう。……もしかしたら、なんとかなるかもしれねえ」

「!、何か手だてを思いついたのか!?」

 

 思いついたというか、与えられたというべきか。エイジロウは握っていた右の掌を開いた。

 

──シャインラプターを象った純白のリュウソウルが、そこにはあった。

 

 

 



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22.光と闇のはざまで 2/3

 

 森の奥深くに佇む館に、外まで洩れ出るほどの滂沱の声が響き渡っていた。

 

「あ゛ああああ……ッ!タンクジョウ……さまっ、タンクジョウさまぁぁぁぁ……!!」

 

 前にワイズルーに描いてもらった遺影を抱え、泣き崩れるクレオン。ガチレウスなどと違い、タンクジョウは自分に危険が及ばぬよう突き放して撤退を強いたのだと彼は理解していた。ゆえに一度目の死以上の哀しみが、彼を支配していたのだ。

 

「あ゛あ゛あ゛あ゛ッ、ああああーーー!!」

「………」

 

 そんなクレオンに背後から忍び寄り──ワイズルーは、そっと手巾を差し出した。

 

「わ、わいずるう、さまぁ……」

「その涙がヤツのためなのは妬けるが……今は許す!好きなだけ泣くがいい、クレオン」

「う、ううう、うああああ……!」

 

 手巾を受け取り、顔に押し当てるクレオン。そこまではワイズルーの意図した行動だったのだが、

 

──ずびびびびっ。

 

「!!?」

 

 お世辞にも愉快ではない音が響く。ややあって露になったクレオンの泣き腫らした顔には、鼻にあたる部分から垂れた体液が残っていて。

 

「あ、ありがとうございまじた……」

「え、えぇ……あげるよそれ……」

 

 タンクジョウを偲びつつも緊張感のないやりとりを繰り広げる二体だったが、そこにゾラが戻ってきた。

 

「キヒヒヒッ……相変わらず仲良しだねェ、おふたりさん」

「ゾラ、さま……」

「悪いけど感傷に浸っているヒマはないよォ。──連中との決着、そろそろ着けたくないかィ?」

「!」

 

「手を組もう」──言外にそう言っていることはワイズルーにもわかった。ただ、彼にもプライドというものがある。

 

「何をバカな。貴様の軍門に降るつもりはナッシング!」

「キヒヒヒッ……そんなこと言ってて良いのかィ?間もなく現世と彼世がひっくり返る、レヴェナントマイナソーの力でねェ。……まだ、死人になりたくはないだろォ?」

「わ、私を脅すのか!?」

 

 ステッキを構え臨戦態勢をとるワイズルーだが、ゾラは彼を相手にしていなかった。

 

「別に良いよォ、オマエさんの好きにすれば。思わぬ"同志"と、戻る途中出逢ったんでねェ」

「同志……?」

 

 ゾラが背後に目をやる。──刹那、暗がりから姿を現したのは、ワイズルーとクレオンも知る人物だった。

 

「き、貴様は!?」

「………」

 

 

 *

 

 

 

 愛する?者の死に泣く者あれば、復活に複雑な感情を抱く者もいる。

 

「コタロウ、本当に大丈夫?お母さんがやろうか?」

「馬鹿にしないでよ……ナイフくらい使えるっての」

 

 気遣わしげな母に見せつけるかのように、林檎の中にすいすいと刃を滑り込ませていく。それでも母はじいっとこちらを凝視したままなので、コタロウはこれみよがしにため息をついた。

 

「あのさぁ……自分の仕事してくれない?」

「あ、うん……ごめんね」

 

 ようやく作業に取りかかる母を横目で見つつ、また、ため息ひとつ。

 襲撃もあり、言ったきりに終わるかと思われたアップルパイ作りだが、母の強固な意向によって半ば強引に行われることになった。材料は宿の主に無理を言って、購入させてもらったのだが。コタロウのポケットマネーで。

 

「──コタロウ、覚えてる?」

「……何が?」

「昔もこうやって、一緒にアップルパイを作ったの。どうしても手伝いたいって言うから、粉の入った碗を運んでもらおうとしたら、コタロウってば転んじゃってさ。床もコタロウも真っ白になっちゃったの」

「知らないよ……そんな昔のこと」

「そうだよねぇ。でも、それが今じゃナイフまで扱えるようになって……ほんと、立派になったなあって」

「………」

 

 本当は、覚えていた。ただ母の郷愁を素直に受け止めるのが悔しくて、素っ気ない態度をとってしまう。……今の自分が、あのとき啖呵を切ったようなりっぱな大人といえるのか。

 ナイフの柄を密かに握りしめていると、にわかに宿の玄関先が騒がしくなった。

 

「……ちょっとごめん」

 

 よもやと思い、一応そう声をかけて台所から出る。やはりそこには、戦いに出ていた仲間たちの姿があって。

 

「あ、コタロウくん」

「おかえりなさい。エイジロウさんとショートさんは?」

 

 タンクジョウは倒したのだろうが、まだ動き回っているのだろうか。

 

「ショートくんは、お父さんと一緒にいるよ」

「お父さ……え、王配殿下……ですか?」

「うむ。彼も甦っていたらしい」

 

 というか、やはり亡くなっていたのか。予想しえたことではあるから驚きはないが、それよりも。

 

「……ショートさん、殿下のことあれだけ嫌ってたのに」

「お互い思うところはあっても、やっぱり親子だからね。それに、話してみて初めてわかったこともあるみたいだ」

「……そうですか。じゃあ、エイジロウさんは?」

「ケントくんが、ふたりで話したいことがあるからって、外に。私たちももっと話したいんやけどねぇ」

「仕方がないさ。彼ら、それにトモナリくんを入れた三人は、村でも格別に仲が良かったんだ」

 

 ふたりも、村人たちも、甦った者たちとの時間を許される限りともに過ごしている。本来ありえないはずの再会。であれば、それが永遠になって良いはずがない。

 

「すぐ、落とし前をつけに行く」

「!」

 

 冷徹にも聞こえる、カツキの言葉。

 

「だからてめェも、せいぜい後悔のねーようにしろや」

 

 しかしそれは、コタロウの背を強く後押しするものに他ならなかった。

 

「──おかえり、コタロウ。仲間の人たちと何話してたの?」

「……別に、大したことじゃないけど」

「そ、そう……」

 

 母がしゅんと項垂れるのがわかる。勇敢で知られた女勇者が、長らく離れていたとはいえ息子の一挙一動に一喜一憂とは。でもそれが、母──ナナという女性なのだ。

 

「ほら、まぁた手が止まってる。──早く作って、食べようよ。僕、お腹すいてんだ」

「!」

 

 コタロウは初めて、母に笑いかけた。

 

 

 *

 

 

 

「どうしたんだよ、ケント?ふたりだけで話したいなんて……」

「………」

 

 わざわざ仲間のもとから連れ出してまで。それが他愛のない話でないことは、ケントの深刻な様子から察していたエイジロウである。百年以上、一緒にいた親友なのだ。

 

「……エイジロウ。俺……生き返ってからずっと、黙ってたことがあるんだ」

「……なんだよ?」

 

 焦れて尋ねるが、ケントの心には逡巡があるようだった。彼は皮肉屋で口も軽いが、肝心なことは独りで抱え込んでしまう傾向にある。昔から。

 

「話してくれよ。俺らの間に、隠しごとはナシだろ?」

「………」

 

 小さく頷き──ケントは、虚空の彼方を睨みつけた。

 

「死人が甦ったのは、俺が原因なんだ」

「え……?」

「俺が……マイナソーを生み出しちまったんだ」

「……!?」

 

 息を呑んだエイジロウ。しかし相手の肩がわずかに震えていることに気づいて、とにかく沈黙は避けねばと思った。表の性格に反して、彼は他人の機微に敏い。

 

「……なんで、そんなことに?クレオンだって、あの世までは行けねえだろ?」

「……わかんねえ。いつの間にか、としか」かぶりを振りつつも、「でも、マイナソーは宿主の強烈な感情をもとに行動するんだろ?俺、自分なりに納得して死んだつもりだったけど……ほんとは未練、あったのかも」

「ケント……」

 

 「ごめんな」と、ケントは力なく笑った。

 

「俺さ……怖かったんだ。せっかくおまえを庇ってカッコよく死んだのに……今さらマイナソー生み出したりなんかして、おまえに愛想尽かされちまうんじゃないかって──」

「ッ、馬鹿野郎!!」

 

 図らず感情を露にしたエイジロウは、ケントの胸ぐらを掴んで引き寄せる。そうして、自分より上背はあるが幾分も細い身体を──抱きしめた。

 

「!」

「俺をなんだと思ってんだよ!!迷惑かけられたって……もし、おめェが自分の意志で悪ィことしたってっ、おめェと俺がダチなのは未来永劫変わんねえ!!間違ってンなら、正すだけだ!!」

「エイ、ジロウ……」

 

 ややあって、彼の手がおずおずと背中に回る。

 

「そうだった……おまえ、そういうヤツだよな」

「忘れんな、バカヤロー……っ」

「ごめんって。……じゃあ、今の()()も、正してくれるよな」

 

 "これ"──何を指しているかなんて、訊かなくともわかる。

 

「……ああ……。マイナソーもドルイドンも、必ず倒す」

「そんで、平和な世界にする。そしたら、」

「村取り戻して、トモナリと一緒に、おめェの墓参りする……っ」

「墓、まだできてないんじゃね?」

 

 性癖にも近い皮肉に、エイジロウは笑った。

 

「じゃあ、俺らで作る!!」

「ははっ……あの世で首ィ長くして待ってんぜ、エイちゃん?」

 

 こんなやりとりができるのも、もうこれが最後だ。それでも惜しむつもりはなかった。おもむろに離れたエイジロウは、そのまま踵を返して走り出す。

 

「──がんばれよ、エイジロウ」

 

 その言葉は、虚空に溶けて消えていった。

 

 

 エイジロウが宿の前に戻ったときには、既にショートを除く仲間たちが集合していた。

 

「遅ぇぞ、クソ髪」

「もう、良いの?」

 

 対照的な風コンビのリアクションに、くすりと笑みがこぼれる。同じ幼なじみなのに、どうして自分たちとこうも違うのだろうか。

 

「おう。ショートは?」

「まだ……」

「しかし、彼も早晩合流するさ」

「だな、………」

 

「──行こうぜ」

 

 

 歩き出す、五人。村を出、深い森の中を進んでいく。

 果たしてテンヤの言った通り、その中途でショートは合流した。怜悧な彼の美貌はすっきりした男の顔になっていて、彼が父とどのような惜別をしたのか、訊かなくともわかる。自分もそう見えていたら良いと、エイジロウは思った。

 

 森を分け入ること数十分──白昼にもかかわらず宵のごとく昏い奥地に、禍々しい空気に覆われた屋敷が見えてきた。

 

「あれか……」

「あそこに、ゾラが?」

「しょうゆ顔がパチこいてなきゃな」

 

 しょうゆ顔こと、ハンタ。既に相棒ともども旅立った彼だが、餞別代わりにと貴重な情報を置いていった。あれが、ゾラの本拠──

 

「………」

 

 覚悟を決め、一歩を踏み出す六人。──しかし水入りは、早々に行われた。

 

「ウェルカ〜ム、リュウソウジャ〜〜!!」

「!」

 

 庭園のど真ん中を塞ぐように現れたのは、

 

「ワイズルー……!」

「オレもいるっつーの!!」

 

 ワイズルー、そしてクレオン。後者はともかく、前者もゾラと行動をともにしていたとは。

 

「ゾラの言うことをきくつもりはないがぁ、お邪魔させてもらうでショ〜タァイム!断じてッ、ゾラの言うことに従ってるわけではないぞっ!!」

「もちろんス!ワイズルーさまイズ、唯我独尊!!」

「唯我独尊、大胆不敵!」

「唯我独尊、大胆不敵っス!!」

 

 きゃっきゃとはしゃぎ合う主従を前に、カツキがこめかみに青筋をたてる。

 

「乳繰り合ってんじゃねえッ、クソども!!」

 

 罵りつつ、ブラックリュウソウルを構える。しかしその手は、仲間のひとりによって制された。

 

「待てカツキくん。時間がもったいない、ここは俺が引き受けよう!」

「ア゛ァ?てめェひとりで?腐っても相手はビショップのドルイドンだぞ」

「──じゃあ、私も!」オチャコが名乗り出る。「今度こそ、あいつをぶちのめしたる……!」

 

 意気軒昂なふたり。それでもワイズルー相手には心もとない戦力なのだが、そうとは感じさせない気迫が漂っていた。

 

「テンヤの言う通りだ。いつあのマイナソーが動き出すかわからねえ」

「ここはふたりに任せよう、かっちゃん」

「チッ……好きにしろや!」

 

 吐き捨てる──実質的には了解するカツキ。その一方で、エイジロウが"あるもの"をテンヤに手渡した。

 

「これ、使ってくれ」

「!、メラメラソウル……良いのか?」

「おうよ!」

「……ありがとう!」

 

──感謝の言葉を述べて、テンヤは先陣を切った。すぐあとに続くオチャコ。

 

「うおぉぉッ!!」

「どりゃあぁ!!」

「えっ、いきなり!?」

「HAHAHAHA、元気があってよろしい!」

 

「今だ、行くぞ!!」

「命令すんな!!」

 

 ふたりが二体を抑えているうちにと、傍らをすり抜けて走り出す。途中、ドルン兵が妨害に現れるが、その程度は時間稼ぎにもならないのは言うまでもない。

 

「邪ァ魔だッ!!」

 

 リュウソウケンで斬り払い、モサチェンジャーで文字通り撃滅しながら突き進む。背後からは激しい戦闘の音が聞こえてくる。それでも四人は、振り向くことなく屋敷へ突入していった。

 

「行ったか……!──オチャコくんっ!!」

「オーケー!」

 

「「──リュウソウチェンジ!!」」

 

 流れ出す音楽、踊る小さな騎士たち。それらに助けられながら、少年少女は剣を振るう。

 そして、

 

「叡智の騎士ッ!リュウソウブルー!!」

「剛健の騎士!リュウソウピンク!」

『──リュウ SO COOL!!』

 

 青、そしてピンクの騎士へと、竜装を遂げた。

 

 

「クソみてぇな趣味しやがって」

 

 屋敷に入って早々、カツキがそうごちた。彼の言う"クソ"は実に幅広いのだが、今回ばかりは皆が同意しうるもので。不気味な内装は、明らかにゾラによって仕立て上げられたものだった。

 

「ンなことより、ゾラはどこだ?」

「待って、捜してみる」

 

 キケソウルの力を発動させ、耳を澄ますイズク。周囲を警戒しつつその様子を見ていると、十数秒ほどで彼は再び目を開けた。

 

「──二階だ。おそらく、いちばん奥の部屋……」

「そーかよ」

 

 幸い、大階段が目の前にある。迷いなくそこに足をかけようとする四人だったが、

 

「──避けろ!!」

「!」

 

 カツキが叫ぶ。飛び退く──と同時に、旋風が目の前を駆け抜け、爆ぜた。

 

「ッ、」

「……抜け目がないな、相変わらず」

 

 男とも女ともつかぬ声。それとともに踊り場に姿を見せたのは、

 

「おめェは……ガイソーグ!?」

 

 どこかリュウソウジャーにも似た、紫紺の鎧を纏った謎の騎士。

 

「ガイソーグって……前にカサギヤの街の近くで、きみたちが襲われたっていう」

「おう……!ッ、やっぱおめェ、ドルイドンだったのか!?」

「何?──カツキ、仲間(そいつら)に何も話していないのか?」

「!」

 

 名指しされたカツキが、目を見開く。仲間たちの視線もまた、彼に集中した。

 

「まあ良い。せっかくの()()、邪魔はしないでもらおうか」

「……てめェら、先に行け」

「!、カツキ……」

「ッ、僕も残る!」

「いらねえ!」

「残るったら残る!!」

 

 カツキが何かを隠している──そのことを悟ったイズクは、頑なだった。こうなると、彼はもう誰の言うこともきかない。

 

「てんめェ──!」

「内輪揉めをしている場合か?」

 

 まったくの正論を吐きながら、ガイソーグが跳躍する。リュウソウケンに似た剣が振り下ろされ、四人は臨戦態勢をとらざるをえなくなった。

 

「エイジロウくん、ショートくん!行って!!」

「ッ、おう!!」

「ああ!──イズク、これを!」

 

 咄嗟にショートが投げ渡したのは──ビリビリソウル。

 

「ありがとう!──かっちゃん!!」

「チィッ……!」

 

 確かに、揉めてなどいられない。──そんな甘い相手ではないのだ、この鎧は。

 

「「リュウソウチェンジ!!」」

『ケ・ボーン!──リュウ SO COOL!!』

 

「疾風の騎士!リュウソウグリーン!!」

「威風の騎士ィ……!リュウソウブラックゥ!!」

 

 ふたりがガイソーグを力ずくで抑えている隙にと、エイジロウとショートは数段飛ばしで階段を駆け上がっていく。

 

「あのガイソーグとかいう鎧、何者なんだろうな。カツキ、何か知ってる様子だったが」

「確かに……でも今は、ゾラとマイナソーだ!」

「そうだな……」

 

 こういうとき、エイジロウは実にさっぱりしている。情には篤いが、物事をきっちり割り切ることができる。そういうところを、カツキも憎からず思っている──表面的にはともかく──ことが日々伝わってくる。

 一方で、イズクのことはどうか。今彼らをふたりにして大丈夫かという懸念がショートにはあったけれど、引き返すわけにはいかない。

 

「この部屋か」

「……おう」

 

 長い廊下の突き当りにある、大きな扉。壁に背をつけ、内部を伺う──ひときわ漂う、禍々しい気配。

 間違いない──確信したふたりは互いに頷きあうと、扉を力いっぱい蹴り開けた。

 

 中には、すべてを呑み込む風穴のような暗闇が広がっていた。夜目のきくリュウソウ族でなければ、何も見えないであろうほどの。

 

「キヒヒヒッ……待ってたよォ、リュウソウジャー」

「!」

 

 頭上から響く、不気味な笑い声。──果たしてそこには、コウモリのように上下逆に天井からぶら下がるゾラの姿があって。

 

「しかし、ふたりだけで来るとはねェ……。戦力を分散させて、オレたちに勝てると思ってるのかィ?」

「当たり前だ」

「今日こそおめェを倒す……!そのための力が、今の俺たちにはあるんだからな!!」

「へぇ……それじゃあ、」不意に床へ降り立ち、「見せてもらおうかねェ……キヒヒヒッ」

 

 黄色い眼が妖しく光る。──それと同時に、ふたりのリュウソウルも煌めきを放っていた。

 

「「リュウソウチェンジ!!」」

『ケ・ボーン!』

 

『ワッセイ!ワッセイ!そう!そう!そう!』『ドンガラハッハ!ノッサモッサ!』

 

『ワッセイ!ワッセイ!それそれそれそれ!!』『エッサホイサ!モッサッサッサ!!』

 

『──リュウ SO COOL!!』

 

 ふたりの身体に、リュウソウメイルが装着され──

 

「──勇猛の騎士ッ!リュウソウレッド!!」

「栄光の騎士!リュウソウゴールド!」

 

「「正義に仕える気高き魂!騎士竜戦隊、リュウソウジャー!!」」

 

 いよいよゾラとの、最後の戦いだ。

 



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22.光と闇のはざまで 3/3

 それぞれの場所で、それぞれの戦いが続いていた。

 

「どぉりゃあぁぁぁッ!!」

『ムキムキソウル!ムッキムキィ!!』

 

 ムキムキソウルの力で筋力を極限までブーストさせたリュウソウピンクが、勢いのまま標的へ殴りかかる。

 

「そんな攻撃、当たらナッシング!!」

 

 一方、標的ことワイズルーは、マントを翻しながらその拳をかわしてしまう。ただ言動に反して、余裕綽々ともいえなかった。

 

「当たるまで、ブン殴る!!」

「オー……ディス、イズ、テラー……!」

 

 小柄な体躯からは想像もつかない彼女の腕力と執念に、少なからず恐れをなすワイズルー。こうなればと、彼はステッキを勢いよく振り上げた。

 

「喰らうがよろしい!──チェックメイト・デ・ショータァイム!!」

 

 ステッキの先端から、空めがけて光線が発射される。その光、鈍色の雲間に一瞬姿を隠したかと思うと──雨のように、無数に降り注いできた。

 

「ッ!?」

 

 避けようにも、攻撃の範囲が広すぎる!やむなく防御姿勢をとったピンクだったが、

 

「オチャコくん伏せろ!!」

「!」

 

『ハヤソウル!ビューーーン!!』

 

 彼女が指示に従うと同時に、ブルーが飛び込んでくる。ハヤソウルによる疾風迅雷の剣捌きで、彼は光の刃の雨を打ち払った。

 

「むうぅ……やるなスモウレスラーボーイ?」

「よく覚えているな!──今日はあのとき以上に、燃えさせてもらう!!」

 

 言うが早いか、彼はハヤソウルによる竜装を解いた。入れ替わりに構えたのは、

 

「メラメラソウル!!」

『強!』

 

 一回、

 

『リュウ!』

 

 二回、

 

『ソウ!』

 

 三回、

 

『そう!』

 

 四回。

 

『──この感じィ!!』

 

『メラメラソウル!──メラメラァ!!』

 

 ブルーのメイルの上に、対照的な色合いの、燃えさかる炎の鎧が装着される。

 

「うおおおおお──ッ!!俺は今、至極燃えているぞぉぉぉ……!!」

「燃えているって……物理的に!?」

「あ、暑苦しい……でも、キライやないよ!」

 

 メラメラソウルにはトラウマがあるせいか、明らかにたじろいでいるワイズルー。精神的に上手に立ったときが何よりの好機なのだと、彼らは既に学んでいた。

 

「同時に行くぞ、オチャコくん!」

「うん!」

 

 せーの、の勢いで走り出し──

 

「ボルカニック、」

「ストレングス、」

 

「「──ディーノ、スラァァッシュ!!」」

 

 劫火の一撃。腕力にあわせ、巨大化した刃の一撃。それらが同時に炸裂し、

 

「ンノォオオオオ──ッ!!?」

 

 防御のため構えたステッキを叩き折られ、ワイズルーは威力のままに吹っ飛ばされた。

 

「ワイズルーさま!?だ、大丈夫っスかぁ!!?」隠れて応援に回っていたクレオンが駆け寄ってくる。

「あああ、アウチ……っ。しまった、マイステッキが!」

「……前々から思ってましたケド、ワイズルーさまってあんま強くないっスよね」

「!!?、ガアァァァン!!」

 

 クレオンの心ない言葉にショックを受けたワイズルーは、次いで猛然と立ち上がった。身構えるふたりだったが、

 

「もういいたくさんだ!帰る!!」

「へ!?帰るって、ここが元本拠じゃあ……」

「言葉のアヤってヤツだよぉ!だいたい私は、誰かの下につくのはノーサンキューなのだっ!!」

 

 「グッバイ!」と叫ぶと、ワイズルーは物凄い勢いで走り去っていく。残されたクレオンは、

 

「……ドルイドンはみィんなそうじゃんか。なあ?」

「えっ……う、うむ。そうだな」

「ってか、私たちに同意求められても……」

「ま、まあそゆことで。じゃーな!」

 

 戸惑っていたふたりがはっと我に返る。しかし逃げ腰になったクレオンを捉えるのは至難の業で。

 結局ふたりの攻撃が届くより早く、クレオンは液状化して地面に潜っていってしまった──

 

 

 *

 

 

 

 時を同じくして、グリーン&ブラックと謎の鎧騎士・ガイソーグの剣闘も極まっていた。

 

「ッ、はぁ!」

「オラァ!!」

 

 疾風のような素早い斬撃と、威風のごとき力の乗った斬撃。それらを抜群のコンビネーションで高めあう、幼なじみふたり。

 しかしガイソーグの剣技は、そのコンビネーションさえも上回っていた。ことごとくを捌ききりながら、次の瞬間には攻撃に転じる余裕を見せる。

 

「……なるほど良い連携だ。昔のきみたちでは、こうはいかなかっただろうな」

「……!」

「ッ、黙れ!!」

 

 相棒が息を呑むのを察したブラックが、ブットバソウル片手に独り突撃した。

 

『ブットバソウル!ボムボム〜!!』

「死ィねぇぇぇ!!」

「かっちゃん!!」

 

 制止の声を無視し、赤熱した刃を振り下ろす──!

 

「ダイナマイトォ、ディーノスラァァァッシュ!!!」

「………」

 

「──エンシェント、ブレイクエッジ……!」

「……!」

 

 ふたつの力がぶつかり合う。競り勝ったのは──ガイソーグだった。

 

「があぁ……ッ!」

「かっちゃん!?──ッ、こうなったら……!」

 

「──ビリビリソウル!!」

 

 ショートから預かった、雷のリュウソウル。それをリュウソウケンに装填するのは、リュウソウ族の長い歴史上でも初めてのことだった。

 

『強!リュウ!ソウ!そう!──この感じィ!!』

 

『ビリビリソウル!ビリビリィ!!』

 

 黄金の鎧が、リュウソウグリーンに装着される。

 

「はあぁぁぁ──!!」

「!」

 

 床を蹴り、一気呵成に敵へ迫る。雷を纏った刃を──突き出す!

 ガイソーグは盾を顕現させ、それを防いだ。分厚く強靭なそれはあらゆる攻撃を受け止めるが、その大きさと重さゆえ持ち主の動作を大きく制限するという弱点がある。そのため、普段は手にしていないのだ。

 

(そこに、勝機がある!)

 

 ガイソーグが守勢に入っている今なら。──そして、その防御を崩せるだけの力なら!

 

『超!超!超!超!──イイ感じィ!!』

「モサ、ディーノスラァァッシュ!!」

 

 ひときわ激しい電撃がリュウソウケンに奔り、刃を、さらには周囲までもを閃光が覆う。

 

「!」

 

 危機感を覚えたのだろうガイソーグは剣を捨て、両手で盾を構える。それにも構わず、グリーンは刃を振り下ろし──

 

 気づけばガイソーグは、その場に片膝をついていた。

 

「ッ、流石……強竜装の力か……。だが──」

「く……っ」

 

 グリーンもまた、立っていられないほどのダメージを受けていた。あふれ出した電撃は、彼自身にも波及していたのだ。

 

「……どんなに強い力をもってしても、根底にあるのが蛮勇では木偶の坊と変わらない。肝に銘じておくことだ」

「……!」

「この続きは……またいつか」

 

 剣を拾い上げ──床に突き立てる。途端に激しい火花が散り、彼の姿を覆い尽くした。

 

「ッ、クソが!!」

 

 構わず吶喊したブラックだったが……ガイソーグの姿は、既にかき消えていて。

 

「……ッ、」

 

 この場での戦いは、終わった。興奮冷めやらぬまま、次のステージに進んでいただろう──本来なら。

 

「………」

「……かっちゃん、」

 

 黙って竜装を解いたカツキを、同様にしたイズクが押し殺した声で呼ぶ。無言の拒絶を背中で示しても、彼は重い足取りで歩み寄ってきた。

 

「ガイソーグは、きみの……いや、少なくともきみと僕のことを知っていた」

 

 「昔のきみたちでは、こうはいかなかっただろうな」──カツキとイズク、双方を知るからこその言葉。

 それだけではない。

 

「最後にあいつが吐いていった言葉……覚えてないとは言わせない」

 

「あれは昔、僕がマスターブラックに言われた言葉だ」

 

 思いがけずタイガランスに相棒と認められ、早く一人前の騎士にならねばと無理な鍛錬を積んでいた頃。それを見咎めたマスターブラックからの、厳しくも正しい助言だった。ちょうどそのときはカツキも居合わせていたというか、イズクのやり方を巡って口論している真っ最中だったのだ。

 

「……きみはずっと、僕がどんなに訊いても教えてくれなかったね。マスターブラックが、なぜ失踪したのか」

「………」

「ガイソーグは……あの鎧は、まさか──」

 

「──言うんじゃねえ!!」

 

 びりびりと、空気を震わせるような叫びだった。

 

「あの人は俺のマスターだ、てめェには関係ねえ!!」

「ッ、ふざけるなよ!!」

 

 激情のままに、イズクはカツキの胸ぐらを掴んだ。無論マントのほか衣服は身につけていないので、首もとを覆う宝飾を。

 

「なんでだよ……!なんできみはいつも、そうやって……!少しは、僕を頼れよ!!」

「──ッ!」

 

 次の瞬間、頬を凄まじい衝撃が襲って、イズクはその場に尻餅をついた。じんじんと熱い痛みが襲ってくる。離れる際に力が入ってしまったのだろう、首飾りがちぎれ、翡翠がばらばらと床に散る。

 

「……てめェ、俺と対等だと思ってんなよ」

 

 ぞっとするような、冷たい声だった。

 

「てめェはっ、黙って俺に守られてりゃ良いんだ!!」

「……ッ、」

 

 殴られた頬を庇いながら──イズクは、ぎりりと歯を食いしばった。

 

 

 *

 

 

 

『──強・竜・装!!』

『カガヤキソウル!カガヤキッ!!』

 

 リュウソウゴールドの胴体に漆黒の鎧が、レッドに聖騎士のような白金の鎧が装着される。それぞれシャドーラプターとシャインラプター、黒白一対の騎士竜の加護を得た力だった。

 

「キヒヒヒッ、カァッコイイねェ!」

 

 言葉とは裏腹に露骨な嘲笑を吐きながら、ゾラは奔流のごとく魔法攻撃を仕掛ける。炎に電撃、旋風に氷柱──多種多様なエレメントが次々と襲いくる。それらに対し通常のリュウソウル、あるいは同様に属性系の強リュウソウルで対抗しても翻弄されるばかりだ。

 上回るとするなら──光と闇。カガヤキソウルと、クラヤミソウル。

 

「ふ、」

 

 ゴールドが引鉄を引くたびにブラックホールが撃ち出され、発生した事象を呑み込んでいく。

 そうして防備を整えたところで、

 

「おらッ!!」

 

 レッドが剣を天めがけて突き出す。刃先は当然、ゾラにはまったく届いていない。しかしそれで良いのだ。

 刃から聖なる光が放たれ、昏い室内をかっと照らす。それは生きとし生けるものにとって麗しきもの──しかし、

 

「グ、ア゛ァァァ……!?」

 

 生きながらにしてアンデッドとなったゾラにとっては、その光は苦痛でしかなかった。苦悶の声をあげながら、のたうち回る。

 

「ガ、ァァァ……ィヒッ、キヒヒヒ……!」

 

──それでもなお、嗤っている。

 

「ッ、やっぱりこれじゃ、倒せねえか……」

「わかってたことだろう、このまま続けるんだ」

「おうよ!」

 

 光を放ちながら、徐々に接近していく。苦しみながらようやく放った魔法は、ゴールドとクラヤミソウルによってことごとく吸収されてしまう。

 

「おめェの攻撃はもう通用しねえ。おめェが不死身だろうと、勝ち目はもうねえんだ。いい加減、降参しろってんだ!」

「こう……さァん?土下座して、宇宙にでも戻れば良いのかィ……?」

 

 肯くレッド。"降参"と言っても、その後の処遇としてはそれくらいしか考えられない。無論リスクの大きい話であることは承知している。

 

「──そんなのッ、御免だねェ!!」

 

 ゾラがそう言うであろうことも、もとより織り込み済みだった。

 

「バァ……!」

 

 なんの前ぶれもなかった。空間を割り、レヴェナントマイナソーが姿を現したのは。

 

「ッ!」

 

 咄嗟にカガヤキソウルの光を浴びせかける。魂の捕獲を阻止するための行動だったが、もとよりマイナソーはゾラの救援に現れただけだった。

 

「悪いケド、オレはあの世へ逝かせてもらうよォ……!」

 

 言うが早いか跳躍し、空間の裂け目へ飛び込んでいくゾラ。それを認めたレヴェナントマイナソーもまた、ゆっくりと彼岸へと消えていく。

 レッドとゴールドは──あえて、あとを追おうとはしなかった。

 

「やっぱり、そう来たか」

 

 予想しえたこと。そしてそれに対する"必勝法"の啓示は、既に貰っていた。

 強竜装を解除するふたり。そしてゴールドは、モサチェンジャーから取り出したクラヤミソウルを相方へと手渡した。

 

「カガヤキと、クラヤミ……」

「光と、闇」

 

 それらは相反するものではない。夜空に星がまたたくように、太陽のもとに影が生まれるように、本来一体不可分なものなのだ。

 それを象徴する世界が、遥か天上にある。──宇宙。シャドーラプターとシャインラプターが居たという、未知の世界。

 

 今──その力を。

 

「──!」

 

 ふたつのソウルがひとつとなり、紫紺に輝く新たなリュウソウルが生まれる。その名も、

 

「コスモソウル!!」

『強!』

 

 一回、

 

『リュウ!』

 

 二回、

 

『ソウ!』

 

 三回、

 

『そう!』

 

 四回。

 

『──この感じィ!!』

 

 黒と白──シャドーラプターとシャインラプター。両肩に、二騎の頭部をあしらった鎧が、リュウソウレッドに装着された。

 

「じゃ、行ってくるぜ。ショート!」

「ああ、任せた」

 

 ガツンと、拳をぶつけ合う。ショートのほうはまだ遠慮がちだったが、長らくモサレックスのほかには仲間らしい仲間のいなかった彼にとって、大きな進歩だった。

 

「お、らぁッ!!」

 

 虚空めがけて、リュウソウケンを力いっぱい振り下ろす。

 果たしてなんの意味もない行為に思えるそれは、コスモソウルの力にかかれば大きな効果を発揮する。──レヴェナントマイナソーと同じように、次元の裂け目をその場につくり出したのだ。

 

「っし……!──ティラミーゴ!!」

「ティラァ!!」

 

 既に呼び寄せておいたミニティラミーゴが肩に飛び乗ってくる。愛すべき相棒とともに、レッドは再び彼世との狭間へと飛び込んでいくのだった。

 

 

 現世と彼世の境目。ねじれた位相に覆われた空間。そういえば、死後の世界へ逝くことを"三途の川を渡る"と表現するのだと、昔聞いたことがあった。確かにこの、奔流のような乱れた世界は、川に喩えられなくもない。

 

「ッ、連中……どこだ?」

 

 それより、今はゾラとマイナソーのこと。周囲には姿が見えない。云わばホームグラウンドともいえる世界だ。雲隠れしたのか、それとも──

 

「──エイジロウ、上ティラ!!」

「!」

 

 ティラミーゴの警告を聞くと同時に、レッドはリュウソウケンを一閃していた。肉薄せんとしていたエネルギーが、一瞬にして霧散する。

 

「キヒヒヒッ……やっぱり、やるねェ」

「バァ……!」

「!!」

 

 狙っていた標的の、これ以上逃げも隠れもしない登場。しかしながらレッドが動揺したのも無理はなかった。ゾラが、巨大化していたのだ。

 

「魔法がダメなら、握り潰してあげるよォ」

 

 そう言って、ぐわっと手を伸ばしてくる。こういう体躯にまかせた攻撃は、単純だがある意味最も厄介だ。強竜装していようと、内臓を潰されてはひとたまりもない。

 

 だからこそ、"彼"がいる。

 

「させない、ティラァ!!」

 

 ティラミーゴが巨大化もとい元の体格へ戻り、尾を振るってゾラを弾き飛ばす。その勢いのままキシリュウオーへと姿を変え、白兵戦を開始した。

 

「頼むぜ、キシリュウオー……!」

 

 彼がゾラを抑えてくれているうちにと、レッドはレヴェナントマイナソーを標的に駆け出した。

 

「ッ、バァ……!」

 

 迎え撃つレヴェナントマイナソーは、レッドから魂を抜こうと手を翳してきた。この彼岸の世界でそれを為されることは、すなわち死を意味する。

 しかしマイナソーの企みに反して、エイジロウの魂が肉体を抜け出ることはなかった。

 

「バァ……!?」

「コスモソウルに守られてる今の俺にッ、そんなモンは効かねえ!!」

 

 そのまま距離を詰め──薙ぐ!

 

「グァアア!!?」

 

 胴を切り裂かれ、吹き飛ぶレヴェナントマイナソー。幽霊といってもマイナソー、実体をもっていることは言うまでもない。

 

「バ、アァ……!」

 

 態勢を立て直した彼は、次元を超える能力を使って悪あがきを試みた。裂け目をつくり、その向こうに消えてしまう。

 

「!、………」

 

 相手の意図はわかっている、不意打ちによる一発逆転を狙っているつもりなのだろう。レッドはリュウソウケンを構え、唇を引き結んで感覚を研ぎ澄ました。

 

「………」

 

 キシリュウオーとゾラの戦闘の音が、聴覚をざわめかせる。その喧騒に、ほんのわずかに混じる音──

 

「──そこだ!」

 

 振り向きざま、一閃。その一撃は、レヴェナントマイナソーを見事に捉えていた。

 

「バ、アァァ……!?」

「………」

 

 身体から白煙をあげ、悶え苦しむマイナソー。コスモソウルにはカガヤキソウルの聖なる力が含まれている。それゆえ、その刃は触れただけでアンデッドに多大なダメージを与えるのだ。

 

 いよいよ敵を追い詰めたと悟ったレッドは、常のごとく柄に手をかけた。

 

『超!超!超!超!──イイ感じィ!!』

「……」

 

 脳裏をよぎる、村人たちの喜ぶ顔。コタロウと母の、ショートと父の再会。

 そして、

 

──あの世で首ィ長くして待ってんぜ、エイちゃん。

 

(……ケント、)

 

 

「──コズミック、ディーノスラッシュ」

 

 光と闇のシナジーを纏った刃が、マイナソーの首を()()()()飛ばした。

 

「バ、アァ……ィ」

「………」

 

 倒れ伏したマイナソーの身体が、あぶくのように消えていく。レッドは静かに背を向けた。怪物の死を、見届けてやる義理などなかった。

 

「バァ、イ……バァイ……」

「──!」

 

 思わず振り向いたときにはもう、レヴェナントマイナソ―の頸は消え去っていた。

 

「……バイバイ、ケント」

 

 幼き日、夕暮れの中で幾度となくかわしあった言葉。あの頃信じていた通り、自分たちの友情は永遠のものだった。

 

 

「──ティラアァ!!?」

 

 感傷に浸る時間はない。押し負けたキシリュウオーが、彼のすぐ傍に倒れ込んできたのだ。

 

「……せっかく愉しくなりそうだったのにィ……。よくも邪魔してくれたねェェ……!」

「……黙れ」

 

 自分でも信じられないくらい、冷たい声だった。ゾラの怒りなど、今のエイジロウに比べれば何というものではない。

 

「──来い。シャインラプター、シャドーラプター」

 

 魔力の炎を放とうとしたゾラだったが、ノーモーションにもかかわらずその行動は阻まれた。ほぼゼロ距離の空間の一部が砕け散り、二体の騎士竜が姿を現したのだ。

 

「!?」

 

 彼らの体当たりを受け、突き飛ばされるゾラ。──シャインラプターとシャドーラプター、レッドが呼びかけた通り、黒白一対の騎士竜たち。

 今、彼らのソウルはひとつになっている。──つまり、

 

「「オォォォォォ──!!」」

 

 雄叫び。二体の騎士竜がその身をひとつにする。どちらが真の姿というものでもない。融けていようと分かれていようと、彼らは彼ら。

 

『──我らは騎士竜、コスモラプター』

 

 それは直接脳内に響いた。性別さえも曖昧な声。──宇宙、そのもの。

 

「コスモラプター、竜装合体だ」

 

 コスモソウルを投げる。みるみる巨大化していくそれ、そしてキシリュウオーを交えて、さらにひとつの姿へと変わっていく。

 宇宙(コスモ)を纏った、竜騎士の姿。

 

「──キシリュウオー、コスモラプター!」

 

 ギギギ、と唸ったゾラは、今度こそとばかりにあらゆるエレメントの魔法を放って攻撃してくる。容赦なくそれらを浴びせかけられるキシリュウオー。

 しかし、

 

「き、効かないィ……!?」

 

 宇宙そのものを属性とするコスモラプターの前には、どんなエレメントであろうと魔法攻撃は通用しない。

 狼狽するゾラに一気呵成に肉薄すると、右腕にもったカガヤキソードで斬りつける。

 

「ガアァ!?」

「………」

 

 さらに、左のクラヤミガンを腹部に突きつけ──発射。

 

「グハアァッ!!?」

 

 腹に風穴を開けられたゾラは、そのまま吹き飛ばされた。普通なら、即死していてもおかしくないダメージだが。

 

「キ、ヒヒヒ……ッ!どんなに強かろうが、オレには勝てないィ……!オレは、不死身なんだからなァ!!」

「……関係ねえよ、そんなこと」

「何ィ?」

 

「──てめェは、この世から消えるんだからな」

「!?」

 

 クラヤミガンに闇のエネルギーが充填されていく。それを目の当たりにしたゾラは、身体の芯から冷えていくような錯覚を味わっていた。闇──シャドーラプターの必殺技を浴びた、タンクジョウがどうなったか。

 

「や、やめろォオオオオオ!!」

 

 "それ"を阻もうと迫るゾラ。──もう、遅い。

 

「──キシリュウオー、コズミックブレイカー」

 

 放たれた暗闇の塊が、カガヤキソードの光に反発するように急加速する。それはゾラの腹に開いた穴を貫通し、

 

 ──ブラックホールとなって、彼を吸い込みはじめた。

 

「ガアァァァァァ──!!?」

「これが、てめェの望んだ死だ」

「ち、がうゥ……!!これは死ではないィ、オレの味わいたかった、死、では──」

 

 どんなに喚こうが叫ぼうが、これが最期であることに変わりはない。

 抵抗するゾラを無慈悲に呑み込んだそれは、何事もなかったかのようにその姿を消した。もはやゾラが不死であろうと、彼は永遠に"こちら"側の住人に戻ることはないのだ。

 

「……戻ろう、みんな」

 

 キシリュウオーは……ティラミーゴもコスモラプターも、何も言わなかった。ただその指示通り、淡々と空間を切り裂いていく。

 彼らは、生きている。生者たちの世界で、これからも生きていくのだ。

 

 

 *

 

 

 

 ようやくできたアップルパイは、当初の想定よりずっと不格好になってしまった。ブランクのある人間と初心者のコンビでは、それもむべなるかな、ではあるが。

 それでも舌に染み渡るのは、優しく、懐かしい味であることに変わりはなくて。

 

──美味しい、コタロウ?

 

「うん……美味しいよ」

 

 微笑み、向かいの席を見やる。半分こにしたパイの片割れが置かれたそこにはもう、誰の姿もない。それでもコタロウは、微笑みを浮かべていた。

 

 

「……ごちそうさま、お母さん」

 

 

 *

 

 

 多くの別れを乗り越え、人は生きていく。いずれ自分自身が、亡者の行進に加わるその日まで。

 

 

──この日、サルカマイ村には光が戻った。

 

 

 つづく

 

 

 





「やはりここは学校だ!!」
「俺ら、完全に先生にされちまってるぞ」
「動物と話すのが、すき、です……」

次回「オウス初等学校いきもの係」

「きみの勇気に、心から感謝する!」


今日の敵<ヴィラン>

レヴェナントマイナソー

分類/アンデッド属レヴェナント
身長/186cm
体重/275kg
経験値/440
シークレット/(あの世から)帰ってきたもの=亡霊の名を冠するマイナソー。タンクジョウの攻撃からエイジロウを庇い、命を散らしたケント少年から生み出された。現世と彼世の境目を壊し、死者を次々と甦らせるが、その代償として生者の魂を彼世へ引きずり込んでいた。
ひと言メモbyクレオン:タンクジョウさまぁ……。……え?いやオレがつくったマイナソーじゃないよ!ホントだよ!


ゾラ

分類/ドルイドン族ビショップ級
身長/208cm~46.1m
体重/195kg~697.2t
経験値/243
シークレット/"不死の王(キングオブアンデッド)"の二つ名をもつビショップ級ドルイドン。高位の魔導士であり、あらゆる攻撃魔法を詠唱なしで放つことができる。しかし真に脅威なのは、二つ名に違わぬ不死身の身体である。たとえ切り刻もうと燃やして灰にしようとも、その身の残滓がこの世界にある限りすぐに復活してしまうのだ。
ひと言メモbyクレオン:不死身ってたいがいろくな死に方しねーよな、矛盾してっけど!



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23.オウス初等学校いきもの係 1/3

今回次回と世界観考証ユルユルですがご容赦ください



 南の大地いちばんの港街・オウスに、号哭の声が響き渡っていた。

 

 

「ワオォォォォン!!」

「待てやクソがぁああああ!!」

 

 建物と建物を飛び移りながら敏捷に逃げ回る"それ"に、罵声を浴びせながら追いすがる少年たち。聴覚のみでそれを捉えた者たちは、野犬の類いにおやつでも盗まれたかと失笑していた。

 確かに、第三者からすれば微笑ましい光景である──逃げる"イヌ"がほとんど人間と変わらない体躯で、なおかつ二足で駆けずっていなければ。

 

「くそっ、あいつ速ぇ……!」

「テンヤくんたちでも追いつけへんなんて!」

 

──騎士竜戦隊リュウソウジャー。彼らは今、白昼堂々街中に出現したマイナソーと盛大な追いかけっこを演じていた。

 

「……あのマイナソー、脚力自体が並外れてんだ。次から次に飛び移られたら、ハヤソウルじゃ分が悪い」

「ッ、なら、カツキに期待するっきゃねえか……!」

 

 実際、ブットバソウルの爆破の力を活かして滞空を続けるブラックだけは、巧みな我が身のコントロールによってマイナソーに喰らいつくことができていた。それでも当初は翻弄されていたが、徐々に戦場の主導権を握りつつある。

 

「いつまでも逃げられると思うなや、イヌ野郎!!」

 

 あと、少し。あと少しで、刃が届く──

 

「死ィねぇ「死ねって言うほうがダーーーイ!!」──!?」

 

 にわかに割り込んできた蒼い影が、ブラックを弾き飛ばした。

 

「かっちゃん!!?」

「カツキくん!!」

 

 墜落しかかる漆黒を、すぐ後方の地上を走っていたグリーンとブルーが受け止めようとする。しかし流石才能マンと言うべきか、彼は途中で態勢を立て直すと自力で着地してみせた。

 

「HAHAHAHA、オウスの街へウェルカム!リュウソウジャー!!」

「ッ、ワイズルー……!」

 

 既に因縁の宿敵となりつつあるドルイドン・ワイズルー。マイナソーともども鉄塔の上に立ち、我が物顔で胸を張っている。一度叩き折ったステッキは、補修したのか元通りになっていた。

 

「てめェの街じゃねーだろうが!!」

「これから我が物とするのだ!グレイテストエンターティナーこと私と、この"ワーウルフマイナソ―"の手でな!」

「アオォン、カワルゥ!!」

 

 吠えるマイナソー。カワル──変わる?まさかまた入れ替えではあるまいと、散々な目に遭った一同は鎧の下に冷や汗をかいた。

 

「これからがショウのはじまりだ。せいぜい踊りたまえ──ヌンッ!!」

 

 ステッキががしゃんと重々しい音をたてたかと思うと、その先端から光弾が連射される。不意打ちぎみに降り注ぐ猛威、騎士たちはその対処にかかりきりにさせられた。

 そしてその間に、ワイズルーとワーウルフマイナソーは忽然と姿を消していたのだった。

 

「ッ、逃げられたか……」

「探そうっ、すぐにでも──」

 

 そのときだった。遠巻きに様子を窺っていた野次馬の中から、少女を抱きかかえた男女が飛び出してきたのは。

 

「あ、あなっ、貴方がたはもしや、ドルイドンに連戦連勝と言われているリュウソウジャーの皆さんですか!?」

「へっ?ま、まぁそうっスけど……」

 

 連戦連勝とまでいえるかは、解釈の余地があるが。

 

「助けてください!娘が緑色のヘンなのに襲われて、こんなことに!」

「かわる……かわるぅ……」

 

 抱きかかえられた少女は、目を薄ぼんやりと開いたまま、マイナソーのそれと同じ言葉を繰り返していた。

 

「この子が、マイナソーの宿主か」

「宿主!?」

「マイナソー……あの怪物は、人間の欲求を具現化して生まれるんです。生み出した人間に寄生して、生命エネルギーを──」

 

 そのとき少女の身体から緑色のエネルギー体が絞り出されて、あらぬ方向へと飛んでいってしまった。

 

「……あんな感じで、吸い続けます」

「なっなっなっなんとかしてください!!!お金ならいくらでも払いますから!!!」

 

 三人家族の身なりは揃って大変よろしい。商業の栄えている街だから、裕福な商人なのだろうとイズクやカツキは当たりをつけていた。いくら我が子の危機とはいえ、取り乱しすぎだとも思ったが。

 

「落ち着いてください!今のでマイナソーがどの方角に逃げたかはわかりましたから……」

「とはいえ、街並みが入り組んでいるからな……。また三手に分かれて捜すか?」

 

 テンヤの提案に対して異論は出なかった。そうと決まると、あとは二人組をつくって解散、という流れになるわけであるが──

 

「チッ、行くぞ──クソ髪」

「!」

「えっ、お、俺?」

「早よしろや」

 

 断る理由はない。当然承諾したが……戸惑ったのも、事実だった。いつも彼は、長年行動をともにしてきたイズクと組むのが通例なので。

 

「………」

 

 イズクはというと、何も言わず俯いている。ぎゅっと引き結ばれた唇。──サルカマイ村を発つ直前から、彼らの間に不穏な空気が流れていることは周知の事実だった。

 

「デクくん……」

 

 そんな彼を慮る仲間たち──カツキに引きずられていってしまったエイジロウを除く──だったが、娘を宿主にされた商人一家は未だ周囲をうろうろしている。このままではまた絡まれかねないと思い、残る四人も早々に分かれて行動を開始したのだった。

 

 

 *

 

 

 

「しっかし、街に入った途端これとはなぁ」

 

 カツキとともに街路を歩きながら、エイジロウはごちた。不死身のドルイドン・ゾラを通常ではありえない方法で滅ぼし、平穏を取り戻したサルカマイ村を出てから数日。

 往来する旅人たちの目撃証言から、ワイズルーが先んじて街に侵入、潜伏している可能性があると判断し、強行軍でやってきたわけだが──よもや、いきなりマイナソーに遭遇するとは。

 

「ずりィよな、あいつ人間にも化けられんだもん」

「……ずりィこたぁねーだろ。面倒なだけだ」

「でもまったくの別人に変身すんのって、ちょっと憧れねえ?」

「憧れねえ。俺ぁ俺でいい、他のヤツになるなんざクソ喰らえだ」

 

 表面上はいつも通り自信に満ちた台詞だが、その声はすこし沈んでいた。

 

「……なぁカツキ。おめェとイズク、どうしたんだよ?」

「………」

「ゾラと……いや、ガイソーグと戦ったあとからだろ?あいつ、おめェらのこと知ってたみたいだもんな」

 

 ガイソーグのことで、カツキはイズクの知らないことを知っている。そしてそれを秘密にしていて──衝突の原因はそんなところだろうと、エイジロウは推測していた。こと人間関係に関しては、彼も敏いところがある。

 

「……関係ねーだろ」

「言うと思った……。仲……間ではないかもしんねーけど、ダチだろ俺ら!」

「ハァ?」呆気にとられたような表情で振り向き、「仲間よりダチのほうがハードル高ぇだろ、フツー」

「へ、そうか?」

「はー……もういいわ」

 

 呆れられてしまった。が、落ち着いて話せばカツキは案外優しいと、エイジロウは最近気づいた。

 

(言葉が足りねえんだよな……)

 

 カツキも、イズクも。

 

「おい、ボーっとしてンじゃねえ。連中、なんとしても俺らが見つけんぞ」

「お、おう!」

 

 

 *

 

 

 

「──クンクンソウル!」

「キケソウル、」

『クンクンっ!』

『モッサァ!!』

 

 感覚強化系のリュウソウルを使い、索敵するテンヤとショート。──ただ残念ながら、ここは街中だった。

 

「っくしゅん!!」

「!、大丈夫かテンヤ?」

「う、うむ……。しかし、色々な匂いが混ざっていて……」

「……そうだな。こっちも雑音が多すぎる」

 

 その中からワイズルーやマイナソーの気配を察知するのは至難の業だし、できたとしてもかなり神経をすり減らす羽目になるだろう。見つけて終わりではないのだから、無理せず慎重に動かねば。

 

「暫くは地道に捜索してみよう、痕跡程度は発見できるかもしれない」

「そうだな。──そういや、さっきから気になってたんだが」

「ん?」

 

 「あれ」とショートが指差した先には、ひときわ立派な建物があった。それでいて過度な装飾などは見受けられない。

 

「ふむ……なんだろうな」

「ああいう建物の中に、隠れてる可能性もあるんじゃねえか?」

「それもそうだな。よし、行ってみよう!」

 

 走り出すふたり。──ただ、それは彼らの想像とは異なる用途の建物だった。

 

 わあぁ、と響く歓声。柔らかなそれらは、どれもこれもまだ子供のものだ。そう、広々とした庭地で、大勢の子供たちが遊び回っている。

 

「すげぇな、子供ばっかりだ」

「ム、もしやここは──」

 

 そのときだった。境界付近に立つふたりを認めた子供が、大声をあげたのは。

 

「あっ、新しいセンセーだ!!」

「!?」

 

 遊んでいた子供たちの視線が、ぎゅんとこちらに集中する。先生?首を傾げるふたりのもとに、刹那、彼らは殺到した。

 

「ぬおおっ!?な、なんだ!?」

「お、すげぇな」

 

 あっという間に取り囲まれる。揉みくちゃにされる……にはふたりとも体格が良すぎたが、いずれにせよ身体的自由を奪われてしまったのは間違いなかった。

 

「わ、わかったぞ!やはりここは学校だ!!」

「学校?……子供たちを集めて読み書きの勉強させてるとこか?」

「うむ!海の王国にもあっただろう……ちょ、どこ触って──」

 

 目線の位置が災いしてか、あらぬところを突っついてくる子供──主に男子──に抗議しようとしたときだった。

 

「こらぁ、何やっとるかあ゛ぁ!!」

「!」

 

 校舎の中から怒鳴りながら飛び出してきたのは、テンヤたちよりも余程大柄な蓬髪の男だった。どこか猟犬を彷彿とさせる鋭い顔立ち、声もまるで咆哮のようだった。

 

「げぇっ、ケン先生……!」

 

 やんちゃな男子たちが顔を青ざめさせ、慌てて逃げ散っていく。テンヤたちもできるならそうしたいくらいには、威圧感があった。

 

「バウルッ、子供たちが失礼した!」

「い、いえ……」

「ところできみたちは何者だ!?」

「ああ、俺たちは──」

「──ネムリ先生の代わりのセンセーだよケン先生!」

「!?、いや、違──」

 

 違うと言いかけたときには、猟犬先生の手がふたりの肩をがっちり掴んでいた。

 

「なんだそうだったか!ふたりも頼んだ覚えはないが……まあ良い、来い!!」

「いや、ちょ、え──」

「………」

 

 有無を言わせぬ男の迫力に、哀れ少年たちは校舎へ引きずり込まれてしまうのだった。

 

 

「グルルッ、ようこそオウス初等学校へ!ハイクラスを担当していた先生が子供を生むということで暫く休みになってな、代用教員を探していたところだったんだ!」

 

 廊下を案内しながら、威勢の良い声を発する猟……ケン先生。強面で声も大きいとあってか、子供たちからは畏れられているらしい。わーわー騒いでいた子供たちがその姿を見た途端隅に寄り、道を譲ってくれる。

 

「そ、そうでしたか、………」

「……なぁ、テンヤ」ショートが耳打ちしてくる。「そろそろちゃんと話したほうが良いんじゃねえか。俺ら、完全に先生にされちまってるぞ」

「うぅむ……そう、だな……」

「?」

 

 何故か歯切れの悪いテンヤ。その表情が心なしかわくわくしているように見えるのは……穿ちすぎだろうか?

 

 

 ともあれ彼らは職員室で他の教師たちと顔合わせをしたあと、ふたりはハイクラスへ配属されることとなった。

 

「皆さん初めまして!今日から暫くの間、このクラスを受け持つことになったテンヤといいます、よろしくお願いします!!」

 

 いつもながら堂々とした声で名乗るテンヤ。やはり、半ば強引に連れてこられたとは思えない態度である。それどころか、

 

「ほらショートくん、きみも!」

「あ、ああ。……副担任のショートだ、よろしく」

 

 女子たちの羨望の眼差しが注がれる。彼の非常に整った容姿は、こと平和な社会においては大きな武器になる。尤も、同性においてはそれに嫉妬する向きもあるのだが──

 

 それはそうと、20人程度のハイクラス。コタロウと同年代の子供たちの顔が並んでいる。中にはコタロウとまったく同じ顔の子供も──

 

「……って、コタロウくん!!?」

 

 本物だった。

 

「……どうも」

「どうもではなくて!きみが何故ここに!?」

「そりゃこっちの台詞ですけど……。皆さんがマイナソーを追いかけていっちゃったので、仕方なく街をぶらついてたら、ケン先生に見つかって──」

「──"子供が昼間から繁華街ぶらついてんじゃない!!バウル!!"って吠えられちまったんだよなー?」

 

 やんちゃそうな少年がにやにや笑いながらそう続ける。はは、と力なく笑うコタロウ。どうやら彼、既にこのクラスに馴染んでいるらしい。

 

「な、なるほど……。うむ、確かに子供は勉学や運動に励むべきだ!では早速、授業を──」

「その前に、みんなにも自己紹介してもらったほうが良いんじゃねえか?誰が誰だかわからねえぞ」

「ム、それもそうだ!では皆、すまないがそうしてもらえるだろうか!?」

 

 ショートの発言は率直すぎたが、確かに子供たちのことを知るのは大切なことである。席順にひとりひとり起立し、名前と趣味・特技などを簡単に話してもらう。果たしてみな個性豊かで、ひとり数十秒程度の時間でも印象に残る。たまにショートが天然ぎみのずれたコメントを返したりして、雰囲気も随分とほぐれていく。

 

 そうして、ようやく最後の子供の番になった。

 

「……こ、コウジ、です。……ど、動物と話すのが、すき、です……」

 

 クラス一大柄な体躯の持ち主でありながら、いかにも自信なさげな、小さな声だった。リュウソウ族の図抜けた聴力でなければ、聞き逃してしまっていたことだろう。

 

「動物と話せるのか、すげぇな」

 

 ショートが目を丸くして、そう応じる。しかし教室全体の空気はどういうわけか冷ややかなものだった。無論、今日はじめてこの場に座ることになったコタロウは除いてだが。

 

「まァた言ってるよ、コウジのヤツ」

「動物と話せるわけねーじゃん、ウソつき!」

 

 ひそひそと聞こえる陰口。コウジ少年は大きな身体を縮こまらせ、おずおずと着席する。その寂しげな表情が、テンヤの頭に焼きつけられた──

 

 

 

 



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23.オウス初等学校いきもの係 2/3

 

 初日の授業はつつがなく終わった。尤も受け持っていたのはテンヤで、ショートは躓いている子供に声かけをしてやるくらいだったのだが。

 そして"こちら"は、つつがなくとはいかないわけで──

 

「……で?てめェらはマイナソー捜しサボって、ガキどもと戯れてたって?」

 

 ところは適当に見繕った安宿。唸るような声で質すカツキを前に、ふたりは正座を強いられていた。生まれて初めてこれを体験したショートなどは、既に足先が震えている。

 

「あ、足が……崩しちゃダメか?」

「殺すぞ」

「いや殺したらあかんやろ……」

「ま、まあ学校で先生の代わりなんて流石だとは思うけど……珍しいね、テンヤくんが横道に逸れるのは」

 

 確かにイズクの言う通り、テンヤは皆がそうなりかけるのを窘め制止する立場に回ることが多い。まあ、それでも遊興の類にうつつを抜かすどころか、教師という聖職に熱を入れてしまうのが彼の特色なのだが。

 彼との付き合いが長いエイジロウは、その理由を知っていた。

 

「テンヤ、昔から人に教えるの得意だったもんな。村の子供たちにもよく読み書き教えてたし」

「そうなの?」

「う、うむ……勉学に励む子供たちを見るのは好きだ。村では学校といっても小さなものだったが……あんな立派な校舎で、大勢の子供たちを相手に先生をやれると思ったら、こう……引けなくなってしまった」

 

 「すまない」と頭を垂れるテンヤ。地面に膝をついている状態だから、もう少し角度を下げれば土下座である。

 

「そういうことだったか。納得した」

「……ショートくん、理由も知らないで付き合ってたん?」

「まぁ、テンヤが楽しそうなのはわかったから。──でも、明日からはどうすんだ?」

「……そのことなんだが、本物の代わりの先生が来るまでは、引き続き務めさせてもらえないだろうか?まだまだ、教えたいことがたくさんあるんだ」

 

 「頼む!」と再び頭を下げる。今度はもう完全に土下座である。エイジロウたちとしては、彼の望みをかなえてやりたかったが──

 

 皆の視線を浴びたカツキは、険しい表情で──いつものことだが──舌打ちをこぼした。

 

「チッ……どうせマイナソー見つけンのは俺だ。最初っから、てめェらの出る幕じゃねえ」

「!、それでは──」

「好きにしろっつってんだ。てめェも、半分野郎も」

 

 そう吐き捨てると、カツキは颯爽と踵を返して部屋に引っ込んでいく。あとを追うエイジロウ──チーム分けと同じく、今回は彼が同室だ。イズクの表情にまた翳が差す。きょう一日行動をともにしていたオチャコは、気遣わしげな視線を送るばかりだったけれど。

 

「……イズク、大丈夫か?」

「へ?あ、う、うん。平気だよ、いつものことだし……」

「いつもの喧嘩とは、毛色が異なるようにも思えるが」

「そ、そうかな。ごめんね、心配させちゃって。今日はもう寝るよ。ショートくん、今回は僕と同室だよね。僕には気ィ遣わなくて良いからね。じゃあ、おやすみ!」

 

 言葉の内容こそ穏やかだが、その実相手のリアクションを封じるようなまくし立てぶりである。そのまま急いで去っていく背中は冷戦中の幼なじみにそっくりだ、良くも悪くも。

 

「……あいつらのことは、暫く様子見するしかないんじゃねえか」

「そう……だな」

 

 ふたりの関係がそう生易しいものでないことは仲間たちも理解している。今は、見守るしかない──

 

「にしても良かったねえテンヤくん、先生続けられて!」

「うむ……迷惑をかけるが、よろしく頼む」

「ええってええって!でも、ショートくんもやるん?」

「まぁ、学校からはふたりセットだと思われてるしな。それに、案外悪くなかった。子供のこと嫌いじゃないみてぇだ、俺」

「そうか!では明日も、一緒にがんばろう!!」

「おう」

 

 そのとき、不意にコタロウが顔を覗かせた。

 

「どうした、コタロウ?」

「宿題でちょっとわからないところがあって……教えてもらえませんか?」

「ム、もちろんだ!いこう、ショートくん!!」

「ま、待ってくれ……足が、痺れて……」

 

 コタロウと一緒に出ていくふたり──約一名ふらついているが──。残されたオチャコは、独り肩をすくめていた。

 

「どいつもこいつも、男の子やなぁ……」

 

 

 *

 

 

 

 草木も眠る時間となっても、騎士竜戦隊は完全休業とはならない。無論少年たちは昼間の疲れを癒すべくぐっすり眠っているが、その間は相棒たる騎士竜たちが密かに動き回っているのである。

 

「そもさん、汝らに問う!マイナソーは見つかったか?」

「まだティラ!みんな、もっと捜すティラ!!」

 

「海岸線、異常ナァシ!」

 

 ミニ化したティラミーゴたちは地上から、モサレックスは海中から街を哨戒している。Wラプターは、

 

「あいつら、昔からワガハイたちとは一緒に行動しないティラ!」

「異空間がヤツらの住処だからな……やむをえまい」

「困ったもんティラ!!」

 

 と、いうわけである。

 

 ともあれ駆けずり回る騎士竜たちだが、残念ながら彼らもマイナソーを発見することはできなかった。

 

「……カワルウ゛ゥ、」

 

 窓から夜景を見下ろす狼男。果たしてその建物の玄関口には、"オウス初等学校"の看板が掲げられていた──

 

 

 *

 

 

 

 翌朝。テンヤとショート、そしてコタロウは、学校までの道を歩いていた。

 

「今日も頑張ろうショートくん、コタロウくん!」

「おう。……正直寝不足だけどな。コタロウの宿題、遅くまでかかっちまったし」

「ふあぁ……難しすぎですよあれ。ブーイング食らっても知りませんからね」

 

 いっぱしのオトナとして必要な知識は蓄えているはずのコタロウですらこれなのだ。街でぬくぬく育っている坊っちゃんたちが苦戦を強いられたことは想像に難くない。

 

「勉学は結果がすべてではない。課題に突き当たったとき、どうしたら正解を導き出せるかを様々な角度から考えてもらうことが重要なんだ。そうして身につけた思考力は、大人になってから必ず役に立つ!」

「……なるほど、そこまで考えてたのか」

 

 「すげぇな、テンヤは」と、微笑むショート。飾らない言葉遣いをする──ともすればカツキとは別ベクトルで誤解を受けそうな──少年ではあるが、それゆえに賛辞の言葉もまっすぐに刺さる。テンヤは思わず頬を赤らめた。

 

「そ、そんなことは……はははは、はははっ!」

「あ、照れてますね」

「うるさいな!?」

 

 がなるテンヤ、笑うふたり。──そんな和やかな雰囲気は、程なく切り裂かれた。

 

「いい加減にしろよ!!」

 

 コタロウと同年代の少年の、罵声。テンヤたちに向けられたものではない。ないけれど、それは学校のほうから聞こえた。

 ぱっと表情を切り替え、騎士たちふたりは走り出す。これだから"ヒーロー"はと半ば呆れつつ、コタロウもそのあとを追った。

 

 果たして校庭に飛び入った彼らが目の当たりにしたのは、ひとりの少年が複数の子供たちに袋にされている姿だった。

 

「──きみたち何をやっているんだ!!?」

「!」

 

 大柄な身体で、しかも物凄い速度で走り込んでくるテンヤの姿は、子供たちにとってケン先生並みに威圧的である。中には逃げ出す子もいたが、特に詰め寄っていた面々は、意地を張りつけた顔をしてその場にとどまっていた。

 

「ムッ……コウジくん?」

 

 囲まれていたのは、テンヤが受け持つクラスの──動物と話すのが好きと言った、身体の大きな男の子だった。

 

「大勢でひとりを攻撃するなんて、感心しねえな」

「……それ、自分たちに返ってきません?」

 

 コタロウのつぶやきに──ショートは、呆気にとられたような表情を浮かべていた。まったくそんなこと、考えもしていなかったという顔である。

 

 幸か不幸か、テンヤにはそれが聞こえなかったようだ。コウジを庇うように割って入っていく。

 

「何故、こんなことをするんだ?」

「ッ、だってっ!」少年が反駁する。「こいつが、ウソつくから……」

「嘘?」

 

 コウジがぎゅっと唇を引き結ぶのがわかる。一計を案じたテンヤは、努めてゆっくりとその場に腰を下ろした。

 

「何を言ったんだい?」

「ッ、ぼ、ぼく、見たんだ……!さっき、お、狼男!」

「狼男?──!」

 

 テンヤとショートの脳裏に刹那、同じものの姿かたちがよぎった。

 そんなこととはつゆ知らず、少年たちは怒りの形相を浮かべている。

 

「おまえなぁ!」

「ホントだよ!!」

「どうせケン先生と見間違えたんだろ!?」

「ぜ、全然違った!」

 

 業を煮やしてか、コウジのほうも喧嘩腰になってきている。このままでは衝突は免れないと危惧して、テンヤは「やめたまえ!!」と校庭じゅうに響き渡るような大声を発した。

 

「コウジくんの話は俺が詳しく聞こう!皆は教室へ行きたまえ!!」

「あ、俺が連れてく」

「では頼む、ショートくん!」

 

 細身とはいえショートも上背はある。彼に押しやられ、子供たちはぶつぶつ言いながらも教室へ連行されていった──コタロウ以外は。

 

「きみは行かないのか?」

「いいでしょ、ここにいても。どうせテンヤさんが行かなきゃ、授業も始められないんだし」

「まぁ……きみがいるぶんには構わないが。──コウジくん、話、聞かせてもらえるかい?」

「あ……はい。で、でも、その……」

「?」

 

 再び覗かせる引っ込み思案な態度。急かすことはせず、テンヤは彼の言葉を待った。

 ややあって、

 

「……ぼく、いきもの係なんです。お世話、いかないと……」

「わかった!では、そこに行ってから話そう」

 

 テンヤが頷くと、コウジはようやく笑ってくれた。

 

 

「しかし、この学校は動物まで飼っているのか。本当に色々やっているんだな……」

「はい、裏庭に小屋がいくつかあって。そこに鶏とか、うさぎとか……」

「ねえ、犬はいるの?」コタロウが訊く。

「え、あ、うん……一匹だけだけど……」

「そういえば、コタロウくんは犬好きだったな!」

「まぁ、飼ったことはないんですけどね……」

 

 いずれ大人になり、それなりの仕事をして、一人前に家を持つようになればそれもかなうのだろうか。そのときには聡明で美しい妻と、かわいい子供たちもいて……とまで妄想してしまう程度には、彼もふつうの子供であった。

 

「あ……ここ、です」

「おお……」

 

 テンヤは感嘆の声を洩らしていた。そこには人ひとりくらいなら寝泊まりできそうな小屋が幾つもあって、動物たちがのんびりと過ごしている様子が伺える。

 

「ここまで立派なのか……大したものだな」

「はい……先生たちもみんな、動物が好きだから……」

「でも世話してるのは、きみだけなの?」

「せ、先生たちもしてくれるよ!……子供は、僕だけだけど……」

 

 寂しそうな表情でつぶやくコウジ。そんな少年に声をかけようとしたテンヤだったが、不意に小屋の裏の繁みが、がさりと動いた。

 

「!」

 

 怯えるコウジを咄嗟に背中に庇う。冷静なコタロウもちゃっかり背後に回っている。まあ子供ふたりくらいはすっぽり守れる身体であるから、問題はない。

 ともあれ身構えていたテンヤだったが、姿を現したのはれっきとした人間だった。

 

「あ……用務員さん」

「ム、知り合いなのか?」

「学校の、色々手入れをしてくれてる人、です……」

 

 四十がらみの小柄な男性だった。帽子を被っているので表情はよく見えないが、挨拶をすると一礼を返してそそくさと去っていく。あまり愛想はよくないらしい。

 犬の遠吠えが、小屋のほうから響いた。

 

「あ……呼んでる。餌、用意するので……それからでもいいですか?」

「うむ。というか、手伝おう!俺も一時とはいえ、この学校に世話になっている身だからな!」

「あー……じゃあ、僕も」

 

 ふたりがそう申し出ると、コウジはまた嬉しそうにはにかむ。引っ込み思案な少年だが、優しい心根をもっている。それが如実に伝わってくるような表情だった。

 

 

「──では狼男のことについて、詳しく聞かせてくれるかい?」

 

 餌やりがひと段落したところで、テンヤが切り出す。

 

「は、はい。……ぼ、僕、いつも早めに登校してるんです。この子たちのお世話が、あるので……」

 

 寄ってくる兎たちを抱っこしながら、回想するコウジ。登校して、いったん荷物を教室に置こうと玄関口へ入ったときだった。廊下を、唸り声とともに大きな影が通り過ぎていったのは。

 

「それが、狼男だったと?」

「は、はい……一瞬だったけど、間違いないです……!この子たちも、今日はなんだか怯えてるみたいだし……」

 

 確かによくよく見れば、少年が抱きしめている兎たちはぶるぶる震えているように見えた。念のため付け加えると、海水浴でもしたいくらいの気候のさなかである。

 

「──わかった」立ち上がり、「他の先生たちにもこのことを伝え、校内の警備を強化してもらおう」

「!、信じて……くれるの?」

「もちろんだ!教えてくれたきみの勇気に、心から感謝する!」

「……!」

 

 少年の見開かれた目が、秒を経るごとに潤んでいく。──テンヤの言う通り、とても勇気が要る行動だったのだ。ただでさえ、友人たちにウソつきと思われている中で。

 

「では早速、行くとしよう!」

「あ……まだ、お世話終わってなくて……」

「ムッ、そうか……。しかし、そういう状況でひとりにするわけには──」

「僕がついてます。万一のことがあっても、逃げ隠れくらいはできますから」

「……わかった。くれぐれも気をつけてくれ、それでは!」

 

 コタロウを信頼して任せてくれる気になったのだろう、校舎に向かって走っていくテンヤ。そんな彼を見送りつつ、ふたりは作業を再開した。

 

「あ、こ、コタロウ……くん」

「ん?」

「えっと……あ、ありがとう。コタロウくんも、信じてくれて……」

「あぁ……まあ、そういう怪物はいっぱい見てきたし。それよりさ、動物と話せるっていうのは具体的にどんな感じなの?」

「ぐ、具体的に?えっとぉ……」

 

 雑談しながら親交を深めていると、不意に「わん、わん!」と甲高い鳴き声が響いた。

 

「あ、ヤマト……どうしたの?」

 

 先ほど餌をあげたばかりの犬──ヤマトと言うらしい──が、とてとて駆け寄ってきて顔を擦りつけてくる。コウジ曰くとても頭がよくて優しい、もしかすると人間の友人以上に親身な存在だという。コタロウとしては、羨ましいことこのうえない話だった。

 

「くぅん」

 

 何か言いたげに喉を鳴らし、じっと顔を見てくる。「どうしたの?」ともう一度尋ねると、彼はくるりと踵を返して歩き出した。

 

「……あれは、なんて言ってるの?」

「"ついてこい"、って……」

「………」

 

 何故、どこに?話せると言ってもテレパシーが使えるわけではないので、そこまで詳らかにわかるというものではない。

 

 顔を見合わせたふたりだったが、ややあってヤマトに従って歩き出した。裏庭から校舎に沿うように進んでいく。そちらには学校の備品を置いておく倉庫があった。子供たちにとっては用のない場所、怪我の危険があるからと立ち入ることも禁じられているのだが。

 

「まぁ、しょうがないでしょ。あとで一緒に叱られよう」

 

 コウジの心配に対して、コタロウはあっけらかんとそう言った。幼い頃から優等生で、親類の家ではむしろ余計に大事にされてきた彼は、悪さをして叱られるという経験がほとんどなかった。それでいてこの歳で独り立ちしようと試みるような胆力がある。未知の体験ができるかもと、むしろわくわくしているようなところがあるのだった。

 

 そうして歩くこと幾星霜、ヤマトは案の定倉庫の前で立ち止まった。こちらを振り向き、もういっぺん「わん!」と吠える。

 

「……開けろ、って」

「………」

 

 緊張しないと言えば嘘になる。しかし逡巡していても何も始まらないと、意を決したふたりは異種の友人を信じて扉に手をかけた。

 ががが、と音をたて、重い引き戸が開いていく。暗い倉庫の中に、日差しが差し込み──

 

「──!」

 

 刹那ふたりは、予想だにしないものを目の当たりにしたのだった。

 

 

 



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23.オウス初等学校いきもの係 3/3

今回プロットでは「学園探偵K」というタイトルでした
いざ書き起こしてみたら思ったより探偵要素が薄まってしまったのでこういうタイトルに
どちらもドラマのパロディだったりします


 

 狼男について他の教員たちに伝えるべく駆け戻ったテンヤだったが、既に事態は動き出していた。

 

 狼男を目撃したという子供が、コウジのほかに複数人現れたのだ。

 

「コウジの言ってたこと、ほんとだったんだ……」

「ねえ聞いた?狼男が人間の姿になるの、見た子がいるって……」

「どうしよう、食べられちゃったらどうしよう!?」

 

 右往左往する子供たち。ひとりでもパニックを起こせばそれは伝播し、大人数人くらいでは手のつけようがない状態に陥りかねない。子供のエネルギーというのは、大人が考える以上に無尽蔵かつ暴走しがちなものなのだ。

 

「ッ、どこにいるんだマイナソー!いや、マイナソーと決まったわけではないが……!」

「……そこはもう確定で良いんじゃねえか?」やんわり反駁しつつ、「噂が本当なら、ヤツは誰かに化けてるかもしれねえ。もしかしたら、子供たちの中に」

 

 その可能性は、テンヤも考えていた。"カワル"──ワーウルフマイナソーの、宿主の欲求を反映した啼き声。入れ替えではなく、"変身"を意味しているとしたら。

 

──ばらばらでいては子供たちを守りにくいということで、全校がただ今講堂に集められていた。そのため不安そうにきょろきょろするばかりのロークラスやミドルクラスの子供たちと異なり、ハイクラスには怯えながらも下級生を守らなければという責任感めいたものが浮かんでいる。

 

 と、皆の前に、子供たちとあまり背丈の変わらない小男が立った。その体格や顔立ちは鼠を想起させる──実際子供たちの間では、密かにそれにちなんだ愛称で呼ばれていた──。

 

「え〜、校長です。校内に不審者が侵入した可能性があるということで、みんなには集まってもらいました。現在、街の憲兵隊が向かってくれてます。皆はそれまで先生たちが守るから、心配ナッシ……ないよ!」

 

──とのこと。当たり障りない内容としか評価のしようがないが、子供たちの不安を収めるのが第一義だ。いざとなれば、自分たちリュウソウジャーもいる。

 

「……ショートくん、すまないがここを任せても良いか?コタロウくんとコウジくんを迎えに行かなければ。用務員さんも近くにいたから、大丈夫だとは思うが……」

「わかった。にしてもあの校長、今──」

 

 ふと覚えた違和感を、ショートが口にしようとしたときだった。

 

「──皆、そいつに騙されないで!!」

 

 ひときわ大きな声が講堂に響き渡る。皆の視線が、出入口に集中する。

 果たしてそこに立っていたのは、二人組の少年──そして、一匹の犬だった。

 

「こ、コタロウくん、コウジくん!?」

「おまえたち、一体何してたガルルゥ!!?」

 

 案の定というか、ケン先生が唸りながら怒っている。一瞬怯えた目をしたコウジだったが、コタロウに軽く背中を叩かれて自分を取り戻した。決然と顔を上げると同時に、犬──ヤマトが校長に向かって吠えた。

 

「わんわん、わん!!」

「そいつは本物の校長じゃない!みんな、離れて!!」

「な……何を証拠にそんなこと?」

 

 空とぼける校長。教師陣もコウジに疑りの目を向けるが、彼は動かぬ証拠を握っていた。

 

「証拠は僕さ!」

 

 ふたりの背後から現れたのは、

 

「こ、校長!?」

「校長がふたり!?」

「──倉庫に閉じ込められていたのを、ヤマトが見つけてくれたんです!」

 

 コタロウの言葉、何より校長自身の姿に、にわかにざわめき出す講堂。ぐぎぎ、と先に居た校長が唸るのを、ショートは見逃さなかった。

 

──刹那、彼の顔面を、モサチェンジャーから放たれた弾丸が掠めていった。

 

「おまえがニセモノか。正体見せろ、──ワイズルー」

「ッ、そこまでばれていてはやむをえナッシング!!」

 

 言うが早いか、校長──否、ワイズルーは上着を脱ぎ捨て、己の姿を晒した。突如目の前に現れたドルイドン、怯える子供たちを庇うようにすかさず騎士たちは割り込んだ。

 

「ふぅ……なぜ私だとわかった、リュウソウゴールド?」

「さっきおまえ、ナッシングって言いかけたろ。おまえも変身能力をもってるってことは聞いてる、ニセモノならもしかしてと思っただけだ」

 

「ンなことより、マイナソーはどこだ」──銃を向けたまま質すショートに対し、ワイズルーはハンズアップの状態で応じてみせた。

 

「ここにいるさ。──カモン、ワーウルフマイナソー!!」

 

 呼び声と同時に──ショートの背後、カーテンの隙間で、光を放つものがあった。

 

「ショートさん、後ろだっ!!」

「──!」

 

 ショートが振り向くより早く、テンヤが割って入る。それと同時に飛び出してきたのは、

 

「──用務員さん!?」

 

 一瞬虚を突かれたテンヤは、リュウソウケンを抜くのが遅れた。──振り上げられた手に光る、鋭く尖った爪。

 

「ッ!」

 

 剣で防ぐのは今さら間に合わないと判断したテンヤは、ショートを抱きかかえるような形でそのまま飛び退いたのだった。

 

「ッ、すまないショートくん……っ」

「……いや、」

 

 救われたのは事実だ。ただその隙に、ワイズルーが動いていた。

 

「人質、ゲットでショータァイム!!」

「!」

 

 狙われたのは最前列のロークラスの子供。他の教師たちが割って入ろうとするが、間に合わない──!

 

 そのとき、コウジの足下から()()が飛翔した。

 

「ガルルルゥ!!」

「!?、痛だだだだだッ!!」

 

 はしる鋭い痛みに、その場をのたうち回るワイズルー。──果たして犬のヤマトが、彼の臀部に齧りついていた。

 それを目の当たりにしたショートが、すかさず引鉄を引く。光弾が胴体に直撃し、ワイズルーはもんどり打って倒れた。

 

 その隙に、ヤマトがコウジのもとへ駆け戻っていく。

 

「ヤマトっ!む、無茶しすぎだよ……!」

「わぅんっ」

 

 だが、ファインプレーであることに間違いはなかった。コウジがその身を抱き上げると、褒めて褒めてとばかりに尻尾をぶんぶん振っている。

 

「お、おのれ〜……っ!──ワーウルフマイナソー何してる、とっとと暴れておやりナサァイ!!」

「!」

 

 ようやくリュウソウケンを構えることができたテンヤ。それと同時に用務員の身体が膨れあがり、異形の狼獣人の姿を形作っていく。

 

「カワルゥ、ガルルゥ!!」

「ッ、マイナソーは用務員さんに化けていたのか……!」

 

 コタロウたちが連れてきたのは校長だけだった。別の場所に囚われているのか、あるいは──

 

──今は考えても仕方がない。テンヤとショート、ふたりは背中合わせの状態で、同時にリュウソウルを構えた。

 

「「リュウソウチェンジ!!」」

『ケ・ボーン!!』

 

『リュウ SO COOL!!』──青、そして黄金のリュウソウメイルが装着される。避難途中の子供たちから、息を呑む声が聞こえてきた。

 

「ショートくん、きみはワイズルーを!マイナソーは俺が抑える!」

「無理はするなよ」

 

 斬りかかるリュウソウブルー。剣戟の音を背に、ゴールドもまた射撃をしながら走り出した。

 

「Oh……今度の相手は貴様かゴールド?」

「ああ。今度は逃さねえ」

 

 正面から撃ち込んでもすべて弾かれてしまう。相手は伊達にビショップクラスのドルイドンではないのだ。

 だからこれは牽制にすぎない。肉薄してからが、本番。

 

 一方でブルーとワーウルフマイナソーは、四肢を操り全力でぶつかりあっていた。

 

「カ゛ワ゛ルゥゥッ!!」

「ぬおぉぉ……!マイナソー、表へ出ろぉぉ!!」

 

 このまま講堂で戦っていては子供たちを巻き込んでしまう。彼らの戦場が屋外へ移っていくのは当然の帰結であった。

 

「テンヤ先生とショート先生が……あれって、もしかして──」

「──リュウソウジャー。ドルイドンと戦ってこの星の平和を守るのが使命だとか言ってる、キトクな人たち」

 

 皮肉めいた物言いと裏腹に、コタロウの顔には笑みが浮かんでいた。

 

 

 *

 

 

 

 校庭に戦場を移し、二対二の激戦は燃えあがっていた。

 

「チェックメイト・デ・ショータァイム!!」

 

 ワイズルーの気障ったらしい発声とともに、無数の光の矢が降りそそぐ。標的にされたゴールドはモサチェンジャーでそれらを撃ち落としつつ、それで賄いきれないとみて素早く身を翻した。尖い鏃が身体すれすれを突き抜けていくのが、鎧越しにもわかる。

 

「HAHAHAHA、殿下はすばしこくていらっしゃる!しかしそれがいつまで続くかNA!?」

「……それはこっちの台詞だ!──ビリビリソウル!!」

 

 あわや、を何度も体感しながら、ゴールドは強竜装を遂げた。この姿なら、多少を喰らったところで!

 

「おまえは、ここで討つ──!」

 

 

「──ハヤソウル!!」

『ハヤソウル!ビューーーン!!』

 

 黄金の鎧を右腕に纏い、目にも止まらぬ速度で走り出す叡智の騎士。敵を圧倒し、薙ぎの刃で一挙に攻めたてて趨勢を決する──それが彼の得意とする戦法だったが、今回は相手が悪いとしか言いようがなかった。

 

「カワ゛ルゥゥ!!」

 

 昨日の遭遇戦で既に見せていた通り、ワーウルフマイナソーはハヤソウルを使用した彼らリュウソウジャーと同等以上の脚力をもっている。単にスピードだけでなく、跳躍力や瞬発力においても。それゆえ、せいぜい互角──否、ブルーが猛追しているという状況なのだった。

 

「ッ、速い……!」

 

 カツキのみが持つブットバソウルなら、あるいは──そんな考えがよぎったが、即座に振り払った。今彼はここにいないし、借りたところで同じように使いこなせるかはわからない。一度入れ替わったときにテンヤの身体では使われているが、そのときの精神(なかみ)はカツキだったのだから。

 

(ッ、スピード頼みでは駄目だ!僕は"叡智の騎士"──臨機応変、目の前の敵に最も有効な戦い方を……!)

 

 ブルーは慌ただしく動かしていた足を一転、ぴたりとその場に止めてしまった。

 

「テンヤ……!?」

 

 仲間の"異常"に何事かと質そうとしたゴールドだったが、

 

「よそ見なんて、グレイテストエンターティナーに対して最大級の侮辱でショータァイム!!」

「ッ!」

 

 侮辱と言う割には大して気にしているふうでもない調子で、ワイズルーが攻撃を仕掛けてくる。相手の主張はともかく、確かに他を気にかけていて戦いが成立するほど、ドルイドンは甘い相手ではないのだ。

 

 そうこうしているうちに、ブルーはマイナソーの攻撃を浴び続けていた。当然無防備ではなく、リュウソウケンを巧みに振るって可能な限り受け流してはいる。ただ身体のあちこちに小さな傷はつくし、それらが積み重なればメイルの下──素肌に達するほどの損傷になりかねない。

 わかっていても、テンヤ少年はワイズルーの言うところの"よそ見"をしていた。思考に、全力を傾けていたのだ。

 

──どうする?図抜けた脚力をもつ相手を、どう捉える?

 

 そのとき不意に、先ほどのコタロウの声が脳裏に甦ってきた。

 

『倉庫に閉じ込められていたのを、ヤマトが見つけてくれたんです』

 

(──そうだ!)

 

 刹那、竜装を解除したブルーは、新たなリュウソウルを構えていた。

 

「ミガケソウル!」

『リュウ!ソウ!そう!そう──』

 

 ここでワーウルフマイナソーが再び仕掛けてくる。鋭い爪が、装甲ごと頸動脈を貫こうとする──すんでのところで、身を逸らして避けた。鎖骨のあたりにわずかな痛みがはしったが、今さら大したダメージではない。

 

『──この感じィ!!』

 

 同時にソウルの力が発動し、右腕が新たな竜装の鎧に包まれる。クリアブルーのそれは、陽光を反射してきらきらと輝いていた。

 

『ミガケソウル!ツルツルッ!!』

「はっ!」

 

 その刃を──地面めがけて、振るう。一瞬身構えたマイナソーだったが、自分の身に何も起きないとみるや再び向かってきた。

 

「──!!?」

 

 刹那、砂利に覆われているはずの足下がつるんと滑り、マイナソーは仰向けに転倒してしたたかに頭を打った。

 

「カ、カワルウゥ……!?」

「やった……!」

 

 ブルーは喜びを込めて拳を握りしめた。──己の肉体を駆使するばかりが戦い方ではない。

 かつて、兄より与えられた助言でもあったそれを、コタロウの言葉で思い出した。彼とコウジ少年は、動物の力を借りることで事態打開の糸口を開いたのだ。

 

「な、何を転んどるかねマイナソー!?」

「──サンダーショット!!」

「!?、あばばばばばばば!!!」

 

 一瞬の隙を突かれて電光の塊を浴び、ワイズルーは悶えた。

 

「さっきの言葉、そのまま返すぞ」

「ぐ、ぐぬぬ……!」

 

「「──さあ、とどめだ!」」

 

 この場の戦いも因縁も、まとめて終わらせようとしたときだった。

 

「グルルルル……!──カワ゛ァ、ルウゥゥゥゥッ!!!」

 

 彼方の宿主からエネルギーを一気に吸収し、ワーウルフマイナソーが巨大化を遂げたのだ。

 

「ッ!」

「ナイス!今のうちに、シーユーアゲイン!!」

「なっ……待て!!」

 

 暴れ出した巨大マイナソーに乗じて、逃げ去っていくワイズルー。彼はとりわけ逃げ足が速いのだ。この状況で、追跡できるものではない。

 

「ショートくん、今はマイナソーを!」

「ッ、仕方ねえか……。──モサレックス!!」

 

 海から飛び出してくるモサレックス。そのままの形態では陸上で活動しにくいため、彼は即座に竜装合体へと移った。従者たるアンモナックルズと合体し、海神キシリュウネプチューンへと姿を変える。

 その体内に飛び込み、黄金の戦騎たちは戦闘態勢を確立した。

 傍らに、青い騎士竜が従う。

 

「トリケーンと俺で牽制する、きみたちは大技を叩き込んで一気に決めてくれ!」

「わかった」

 

 その言葉通り、先んじて突撃していくトリケーン。持ち前の脚力で空に退避しようとするマイナソーだが、

 

「そうはいかん!!」

 

 トリケーンの持ち味は身体の三分の二ほどの長さを誇る、剣状の角だ。その接近を許した時点で、どこに逃げようとその尖端からは逃れられない。

 

「ガウゥッ!?」

 

 強烈な突きを浴びて墜落するマイナソー。しかし傷が浅かったのか、すぐに態勢を立て直して爪を振り下ろしてきた。角で受け止めるトリケーンだが、ウェイトの差が仇となって大きく吹き飛ばされる。あわや、校舎に激突するところだった。

 

「テンヤ、トリケーン、大丈夫か!?」

「ッ、うむ……。だが──」

 

 数十人の子供たちが一斉に遊ぶに十分な広さを備えている校庭だが、校舎の何倍もの体躯があるような巨人たちが戦闘を繰り広げるにはスペースが足りない。とはいえ周辺一帯は市街地なので、移動するというのも困難なのだった。

 そうこうしているうちに、マイナソーは次の手を打ってきた。──その姿がぐにゃりと歪んだかと思うと、狼男の原型もない形状へと一瞬にして変わったのだ。

 

「な……!?」

「キシリュウ、ネプチューン……!?」

 

 そう──寸分違わないキシリュウネプチューンの姿に。ワーウルフマイナソーの、見事な"変身"だった。

 そこに、

 

「ティラァァァ!!」

「悪ィ、遅くなった!!」

「まさか学校に潜んでたなん……──え!?」

 

 よりによってのタイミングで駆けつけてくれた仲間たちは、案の定二体のネプチューンを前に固まっている。

 

「みんな惑わされるな!本物は俺た──」

 

 ショートの声があれば、真贋の区別はつくはず──そう考えた矢先、偽ネプチューンは本物めがけて飛びかかってきた。

 

「ッ!?」

 

 迂闊に突き飛ばすこともできず、受け止める本物。そのままがっぷり組み合うような態勢になり、位置を変えながら格闘する羽目になれば、仲間たちにはもうどちらが本物かわからない。

 

「な、なんなんコレ!?」

「そもさん、汝らに問う!どちらが偽物だ!?」

「知るか!まどろっこしいッ、この機にまとめてブッ潰す!!」

「いや普通にダメだろカツキ!!?」

 

 手が出せない。どちらがどう相手を追い詰めているかもわからない。──こんな混沌が続けば、学校を含め周囲一帯に被害が及んでしまう!

 

「──ショートくん!!」

 

 自信に満ちた声をあげたのは、やはりブルーだった。

 

「合体だ!!」

「!?、この状態でか……!?」

「こちらの姿をコピーするだけならいざ知らず、マイナソーは合体までは再現できまい!真贋がはっきりした瞬間に、一斉攻撃だ!」

「ッ、……──わかった!」

 

 どうにか力を振り絞り、偽物を突き放す。その一瞬の隙を突き、ブルーリュウソウルを天高く放り投げた。

 

「「──竜装合体!!」」

 

 トリケーンの身体が複数のパーツに分離し、ネプチューンのボディを上から覆っていく。胴は鎧に、剣角をもつ頭部は左腕に。そしてブルーリュウソウルは、新たな騎士の顔へと変わる。

 

「「キシリュウネプチューン、トリケーン!!」」

 

 叡智と栄光の、高貴なる騎士。

 

「うおお……!」

「モサレックスとトリケーンが、合体したティラ!」

「陸と海、新たな合同か……」

 

 主に騎士竜たちが感慨に浸っているが、テンヤのプランではそれどころでない。

 

「みんな今だ!ただのネプチューンに攻撃を!!」

「お、おうよ!」

 

 困惑する偽ネプチューンに対し、騎士竜たちは一斉攻撃を開始した。ディメボルケーノが火炎を吐き、ミルニードルが針を飛ばし、アンキローゼが槌尾を叩きつける。

 そしてタイガランスとティラミーゴの爪と牙が炸裂すれば、堪らず偽ネプチューンは倒れて本来の姿を晒した。

 

「よし今だ、ショートくん!」

「──ああ!」

 

「「キシリュウネプチューン、ツインホーンストライクっ!!」」

 

 ナイトトライデントとナイトソードの刺突が、嵐のように降りそそぐ。その渦中にとらわれればもう、耐えきるよりほかに生き残るすべはない。

 ワーウルフマイナソーに、そんな耐久力は残されていなかった。

 

「グアァァァァァ──!!?」

 

 全身を蜂の巣にされた狼男は、哀れ粉々に爆発四散するのだった。

 

 

 *

 

 

「ふぅ、ここはこんなもんか」

 

 袖で汗を拭いつつ、ショートはため息をついた。

 幸いにして、校舎や学校周辺に被害が及ぶことはなかった。ただ戦闘の影響で随分校庭が荒れてしまったということで、リュウソウジャーの面々は整地作業を買って出ていたのだ。

 

「けっ、ンで俺らがこんなこと……」

「いいじゃねえか、カツキ。結局俺ら、ほとんど何もしてねえんだし──な、ティラミーゴ?」

「はたらく、ティラァ!!」

 

 はしゃぐミニ騎士竜たち。手伝っているつもりの彼らの行動はほとんど逆効果なのだが……それはまあ、ご愛嬌の範疇である。

 ふと、テンヤは顔を上げた。その視線が、校舎を捉える。

 

「残念でしたね。本当の代わりの先生、来てしまって」

 

 目ざとく声をかけてきたコタロウに、テンヤは苦笑を向けた。蓋を開けてみれば、自分とショートが代用教員だと誤解されたのは学校側が日を一日間違えていたというだけのことだった。

 今となっては誤解も解け、茂みの中で気絶していた本物の用務員さんの代わりにこうやって働いているというわけである。この学校にとって自分たちは、どこまで言っても代わりなのだ。仕方がない。結果的に騙す形になってしまったことを咎められなかっただけでも十分だろう。

 

──それに、

 

「コウジ、動物と話せるってホントだったんだな!」

「ウソつきなんて言ってごめんな」

「今日からあたしもお世話手伝うよ!」

 

 クラスメイトたちに囲まれ、嬉しそうに頬を染めるコウジ。心優しい少年のそんな笑顔を見ることができた──ただそれだけで、テンヤにはこれ以上ない僥倖なのだった。

 

 

 つづく

 

 





「実は今日ね、かっちゃんの誕生日なんだ」
「おめェらってさ、言葉が足りなさすぎるんじゃねえかな」

次回「デクからかっちゃんへ」

「お誕生日おめでとう、かっちゃん」


今日の敵<ヴィラン>

ワーウルフマイナソー

分類/ビースト属ワーウルフ
身長/220cm
体重/195kg
経験値/339
シークレット/"人狼"の名を冠したマイナソー。狼らしく図抜けた脚力で跳び、駆け回るだけでなく、すぐれた擬態能力ももっている。満月の夜には手がつけられなくなるという噂?もあるぞ!
ひと言メモbyクレオン:変身ってイイよな~オレも高身長イケメンになってみたい……。ってか今回、オレの出番ここだけ?



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24.デクからかっちゃんへ 1/3

窓ガラスは一応中世後半には存在したそうです。日本でも江戸時代には一応あったとか……


 

「うおぉぉ……!」

 

 南国独特の色鮮やかな草木に彩られた庭園を窓越しに見下ろしながら、エイジロウ少年は感嘆の声を洩らしていた。

 

「来たときもだけど、こっから見るとスゲーよ!──な、コタロウ!?」

「そうですね……。こんなところに泊まるの、僕も初めてです」

 

 カサギヤの街では彼らをお上りさん丸出しと馬鹿にしていたコタロウも、今度ばかりは心底同意している様子だった。興奮を鎮めるべく振り向いてみれば、今度は大きな寝台を二つ戴いてなお広々とした室内が視界に入る。

 

──リュウソウジャーの面々はこの日、オウスの街一番の高級旅館に宿泊していた。というのも、ワーウルフマイナソーの宿主にされた少女の父親が街でも有数の資産家であり、娘を助けてくれたお礼にと半ば強引に手配してくれたのだ。滞在中の酒食費用についてはすべてもってくれるというおまけ付きで。

 

「うりゃっ、はあぁぁぁ~」ふかふかのベッドにダイブしつつ、「サイコーだけど……なんか申し訳ねえなあ。マイナソー倒したってだけでこんな」

「だけ、って……僕ら普通の人間にしたら、超のつく快挙なんですからね」

「そうだけどさあ」

「それに娘を助けてもらったのに何もお礼しなかったなんて知れたら、商売人として信用にかかわるんですよ。だから報酬を支払おうとしたのに、皆さんが頑なに拒否するからせめてこういう形にしたんでしょう。向こうの都合だと思って、享受したらどうですか?」

「そういうモンかぁ……小さいのにホントなんでもよく知ってんな、コタロウは」

「小さいのには余計です」

 

 人間社会はよくわからないことが多い。感謝の意を伝える手段は色々あるし、受けとる側が納得できればそれで良いのではないかと思うのだが。

 まあ難しいことを考えるのは苦手なエイジロウなので、コタロウの言う通りにしようとごろごろ転がっていたら、不意に扉が外からゴンゴンと叩かれた。

 

「はーい……あ、オチャコさん」

 

 廊下に立っていたのは、なぜか唇をとがらせたオチャコだった。

 

「……やっぱりや」

「?」

 

 訝しむふたりに構わず、ずんずん部屋に侵入してくる。そのままなんと、コタロウのベッドにダイブしてしまった。

 

「ちょ、それ僕のベッド……」

「どーしたよ、ここ男部屋だぜ?」

「見りゃわかる!」なぜかキレ気味である。「男どもはええよ、二人ひと組だからっていちばん広い部屋もらってさ!私なんか、紅一点だからってここの半分くらいの広さの一人部屋なんやから!」

「……自分で言うんだ、紅一点……」

 

 「どーせなら広い部屋に泊まりたかった~!」と枕に顔をうずめて足をばたばたさせるオチャコ。どうでもいいが、そのまましゃべるのはやめてほしい。異性とはいえ他人の唾液を後頭部にくっつけて寝る趣味は、コタロウにはなかった。

 

「……じゃあ俺が代わろうか?ショートが来るまではコタロウと同じ部屋にしてたんだし」

「まあ僕は別に、どっちでも良いですけど」

「いやええよ、もう……。ちょっと愚痴りたかっただけ」

 

 そうごちて立ち上がると、オチャコは打って変わって笑顔で歩み寄ってきた。よく見るとその懐に、一枚の皮紙が仕舞われている。取り出されたそれには、見たことのないような豪華かつ豊富な料理の数々が描かれていた。

 

「見て見て!これね、ここのレストランのメニュー!」

「おぉ、スゲー……。こりゃなに食うか迷っちまうな」

「ふふん、そう思うでしょ?──実はこれ、"こーす"料理なんだって!」

「こーす?」

「平たく言うと、色々な料理が順番に出てくるってことですよ」コタロウが補足する。

「!、じゃあこれ全部、いっぺんに食えるってことか!?」

 

 エイジロウは目を瞠った。オチャコもそれを知った当初はまったく同じ顔をしていたのだが、この場にそれを知る者は──当人も含めて──ない。

 

「な、なんか豪勢すぎて、ついてけねえぜ……」

「さっきテンヤくんもそんなこと言っとったよ。まあそういうわけで、明日はみんなでこれ食べよ!もう人数分予約しといたから!」

「さっすがオチャコ、食いもんのことになると最強だな!」

「そんな、褒めてもなんも出ぇへんよっ」

「ごふっ」

 

 肘打ちは出た。多大なダメージを受けたエイジロウは、もっと腹筋を鍛えなければと心に誓うのであった。

 

 

 *

 

 

 

 最大限羽根を伸ばした夜を終えて、翌朝。さわやかな青空のもと、リュウソウジャー一行は行動を開始した。

 行動といっても、その実はほとんど物見遊山である。潜伏しているであろうワイズルーやクレオンの影がどこかにないかと目を光らせてはいるが、繁華街の人混みの中で見つかるものでもない。

 

「この賑わい、カサギヤの街以上だな……」

 

 厚みのある身体をできるだけ縮めながら、しみじみとつぶやくテンヤ。ショートなどは何もかも珍しいのか、視線がきょろきょろと定まっていないありさまだ。

 

「なあ、なあ。せっかくだしなんか買ってかねえか?昨日リュウソウケンの倍くらいあるでかい剣見かけてさあ──」

「だぁから無駄遣いしない!宿代は浮いたけど、懐に余裕あるわけちゃうんやから!」

「いちおう学校から報酬はもらったが、二日分だからな……。また仕事を探さねば」

「仕事か……。そういや昨日、絵のモデルになってほしいって声かけられたんだが、それも仕事に入るのか?」

「うわ、さすが美形」

 

 そんな、とりとめもない会話を続けながら歩を進めていると、不意に前方に見知った姿を見かけた。

 

「あれ、イズクさんじゃないですか?」

 

 コタロウが指差した先には、立ち並ぶ店舗のひとつに入っていこうとしているイズクの姿があった。彼とカツキはエイジロウたちより先に宿を出ていたのだが、後者の姿は見当たらない。

 

「………」

 

 イズクとカツキの間に隙間風が吹いていることは、既に皆の共有するところとなっている。どこか意を決したような表情に見えたことも相まって、彼らの意見はもれなく一致した。

 

 

 *

 

 

 

「おぅ、いらっしゃ……って、イズクじゃねーか!一年ぶりだな!!」

 

 入店するなり目を丸くしている巨漢の店員に、イズクは親しげな笑みを向けた。

 

「久しぶり、リキドウくん。また体格良くなったね、すごいや」

「ははは、まあ鍛えてねえと太っちまうからさ。そういうおまえは、昨日も会ったかってくらい変わってないな!」

「そ、そうかな……」

 

 リュウソウ族にとっての一年は人間換算でひと月程度なので、変わっていないのも当然──と、思いたいイズクである。いずれにせよ、人間の15、6歳にも見てもらえないことも自覚はしているが。

 ともあれこのリキドウという、テンヤに輪をかけて大柄で筋骨逞しい少年とは、ぴったり一年ぶりの再会だった。ちょうど昨年の今日も、イズクはとある目的からこの店を訪れていたのである。

 

「そうか、もう一年か。たしか甘さ控えめの、ミントの風味が効いてるやつだったよな。今年も同じでいいか?」

「うん。あ、ただ、サイズを大きくしてもらえるかな。いっしょに食べたい人がたくさんいるんだ、今年は」

「おうよ、任せときな。──それってもしかして、外で覗いてるヤツらのこと?」

「へ?」

 

 振り返ったイズクは──仰天した。宿で別れたはずの仲間たちが、ガラスに顔をくっつけるようにしてじっとこちらを見つめていたのだから。

 

 

「ま、何かの縁だ。お茶でもしてけよ」

 

 店の奥にある客間に通された一同に紅茶と見たこともないような菓子を供しながら、リキドウ少年はそう言った。「菓子は試作品だから、お代はタダでいいぜ」との注釈付きで。

 

「リキドウくんはこのパティスリーのお菓子職人なんだ。僕らと同じくらいの歳で、この街では二番目に腕がいい職人さんだって評判が立ってるんだよ」

「へえ、スゲーな!」

「よ、よせやい。照れるだろ」

 

 分厚い唇と同じくらい顔を赤くしながら、リキドウは鼻頭を指で擦った。イズクとは逆のベクトルで年齢不相応な容姿だが、その仕草には少年らしさが伺える。

 

「うむ、確かに美味しいな!頭がすっきり冴えわたるような感じだ!」

「いちいち表現が良いですね……。でも、ほんとに美味しいです」

 

 皆、ひとしきり舌鼓を打ちつつ──同時にイズクの説明には、示唆的な言葉が含まれていた。

 

「でも二番目ってことは、これより美味いお菓子を作る人がいるのか?」

「へへっ、まぁな。その人にはまだまだ敵わねえ」

「誰なん、それ?」

 

 「ここのオーナーさ」と、リキドウはどこか誇らしげに笑った。

 

「チビの頃から、この店で修行させてもらってんだ。まぁ散々扱かれて、15の誕生日に、自作のバースデーケーキでお祝いをさせてもらって。そっからやっと、店任せてもらえるようになったんだ」

 

 しみじみと言うリキドウの声に、エイジロウたちもしみじみと聞き入っていた。修行に幼年期を費やしたという意味では、自分たち騎士と通じるものを感じたのだ。

 

「そういえば、店長さんは?今日はお休み?」

「あぁ……実は最近、体調崩しがちでよ。もう歳だから〜なんて言いながらフツーに仕事してっけど、やっぱ心配だから、休めるときは休んでもらってる。まァ心配してんのはお互い様だろうけどな、俺なんてまだまだ半人前だし」

 

 師匠が安心して悠々自適の隠居暮らしができるように、もっと腕を磨いて、一日でも早く一人前にならなければ──リキドウの言葉の端々には、そんな気概が窺えた。

 

「あ……悪ィ、お客さんだ。ゆっくりしてってくれ、そんじゃな!」

 

 ドアベルの音を聞き、慌ただしく表へ戻っていくリキドウ少年。その逞しい背中を見送るイズクの瞳には、憧憬の輝きが宿っていた。

 

「リキドウくん、すごいんだ。小さいときにはもうパティシエになるって決めてて、一心不乱に修行して、あの若さでもう夢を叶えてる。僕も、見習わなくちゃって思うよ」

「見習わなくちゃ、なぁ」

「?」

 

 首を傾げるイズクに対して、エイジロウはにししと笑った。

 

「その心意気は大事だけどさ、おめェだって同じだろ。ぱてぃ……しえ?を騎士に挿げ替えりゃ、まんまおめェのことじゃねーか」

「せやね!私らだってデクくんを見習っとるよ!」

「ぼ、僕を?いやいやそんなことないよっ、僕なんてまだまだ半人前だし!……かっちゃんにだって、認めてもらえてないし……」

 

 後半は、ほとんど消え入りそうな声だった。

 

「……実は今日ね、かっちゃんの誕生日なんだ」

「何っ、そうなのか!?」

 

 唐突に明かされた事実に、一同思わず目を瞠った。今さら誕生日という歳ではないというのもあるかもしれないが、そんなそぶりはまったくなかったのだ。カツキにも、イズクにも。

 

「かっちゃんにはいらないって怒られちゃうんだけど、毎年何かしらの形でお祝いしてるんだ。去年も今年もたまたまこの街にいるから、バースデーケーキを買いに来たんだよ」

「ばーすでー、けーき?」

「うん。この街では、子供の誕生日をお祝いするのに大きなケーキを買って食べるのが風習になってるんだ」

 

 尤も一年に一度の特別とはいえ、そんな風習を実施できるのは中産階級以上に限られるのだが。

 

「……僕らが今うまくいってないのは、みんなも気づいてる、よね」

「あぁ……そりゃ、な」

 

 今となってはほぼ四六時中行動をともにしているのだ。よほど気にしない人間だって、何かあったのかくらいは思うだろう。

 

「要らない心配、かけちゃってごめんね。でも今日で終わらせるから、もう大丈夫」

「終わらせるって、どうする気なん?」

 

 スリーナイツ組などは、とりわけ喜怒哀楽が顔に出るタイプ揃いだ。皆の不安がまざまざと表れるのを認めて、イズクは両手を振った。

 

「ご、誤解しないで!仲直りするってことだよ。ちゃんと謝れば、かっちゃんも許してくれると思うし……」

「謝るって、おめェが一方的にか?」

「それはおかしくねえか?おまえが一方的にあいつを攻撃したならともかく、お互い譲れないところがあって喧嘩になったんだろ」

「……かっちゃんは、自分からは絶対に折れないもん。僕から謝らなきゃ、ずっとこのままなんだ。そんなの……駄目だよ」

「……イズクくん」

 

「ええやん、このままでも」

「!?」

 

 イズクが呆気にとられるようなことを言い放つと、オチャコはぐい、と紅茶を飲み干した。

 

「仲間なんやから、気ィ済むまで喧嘩したらええんよ!デクくんもカツキくんもなんでも言い合ってるように見えて、肝心なところに限ってお互い尻込みしてる、違う?」

「……それは、」

「おめェらってさ、言葉が足りなさすぎるんじゃねえかな」エイジロウも追随する。「まずはさ、ちゃんと冷静に話し合ってみろよ。そうじゃねえと多分、また同じことの繰り返しだぜ?」

 

 ぶつかりあうのは悪いことじゃない。でもお茶を濁して終わらせたら、せっかくぶつかりあった意味がなくなるではないか。エイジロウの言葉、オチャコの言葉、そしてテンヤもショートもコタロウも、彼らに同感のようだった。

 

「……みんな、ありがとう。僕、もう一回かっちゃんにぶつかってみるよ」

「うむ、それがいい!俺たちも必要ならば手を貸そう!」

 

 その直後、僕いい仲間に出逢えたなぁとこぼしながら目を潤ませるイズクを戻ってきたリキドウに見られてしまい、あらぬ誤解を受けそうになるひと幕もあるのだった。

 

 

 *

 

 

 

 同じころカツキは、街路から少し入り組んだところに並ぶ住宅地を歩いていた。このあたりにも店はあるが、観光客や旅人向けではない。紅蓮のマントを翻し如何にも戦士然とした男の居場所はここにはなかった。

 にもかかわらずこの通り迷うことなく突き進んでいたのは、とある目的があったからだ。それは誰に打ち明けるようなものでもなかった。

 

「……変わんねえな」

 

 ぽつりとつぶやく。果たしてそこは、煉瓦造りの古びた民家だった。こじんまりとしているが庭は綺麗に整えられていて、家主の嗜好がカツキと重なる部分があることを示している。──ただそれだけを、確認したいがために来た。

 

 もとより顔を合わせようというつもりもない。センチメンタルとは無縁と思っていた自分にこんな一面があることを唇の片端を吊り上げて嘲いながら、踵を返したときだった。かすかな悲鳴と、建物が崩れる音が聞こえてきたのは。

 

「ッ!」

 

 表情まで戦士のそれに変えたカツキは、全速力で駆け出した。

 

 

 *

 

 

 

「コオォォォスッ!!」

 

 跡形もなく破壊された建物の瓦礫の中で、化け物が奇声をあげている。ずんぐりとした巨躯に、頭の両側面から生え出た長大な二本角。──そして彼は、瓦礫に混じった生魚を器用に引き出しては丸呑みにしていた。

 

「おほぉっ、美味そうに喰うなぁおまえ!その調子でこの街の食いモン、ぜ〜んぶ食い尽くしちまえっ!!」

「コオォォ〜〜ス!!」

 

 かの怪物──マイナソーに激励の声をかけつつ、そのためには重大な障害があることをクレオンは理解してもいた。街中で騒ぎを起こせば、遅かれ早かれ向こうからやってくることも──

 

「──死ィねぇぇぇぇ!!!」

 

 いちばん嫌なのが、爆発音とともに来た。

 "それ"に既に身体が馴染んでしまっているクレオンは素早く避けたが、マイナソーはそうではなかった。爆ぜる紅蓮の炎に呑み込まれ、「グァアアア!?」と悲鳴をあげながら吹っ飛ばされる。

 

「げぇっ、りゅ、リュウソウブラック……!」

「白昼堂々押し込み強盗たぁ、良い度胸してンじゃねえか……。今度は何する気だ、ア゛ァ!!?」

「へ、へん!それはコイツに聞けよ。な、ベヒーモスマイナソー?」

「コオォォォス!!」

 

 早くも立ち直ったマイナソーが、がりがりと地面に爪痕を残しながら突進してくる。粉塵が舞い上がり、その猛威を如実に示していた。

 それを馬鹿正直に喰らってやるブラックではない。BOOOM、と爆破を起こし、その勢いで天高く跳躍する。

 

「は、──オラアァ!!」

 

 重力に従って落下しながら、リュウソウケンを振り下ろす。再び爆炎がベヒーモスマイナソーを襲うが、二度目ということもあるのだろう、その巨体はぐっと踏みとどまってみせていた。

 

「ブモォオオオオ──!!」

「ッ!」

 

 それどころか身体のあちこちを焦がしながら、構わず突進を仕掛けてくる。虚を突かれたブラックは咄嗟にリュウソウケンで防ぐが、衝撃は殺しきれず大きく吹っ飛ばされた。

 

「ッ、クソが……!」

「ヘヘッ、いいぞぉベヒーモスマイナソー!ボムボム野郎に目にもの見せてやれ〜!!」

 

 いい気になるクレオンだったが、街中での戦闘ともなれば当然騒ぎになる。騒ぎになれば、彼らも駆けつけてくるわけで──

 

「──カツキ!!」

「!」

 

 片膝をついたブラックの背後から、カラフルな五人組がやってくる。合わせて六人。リュウソウジャー、勢揃いだ。

 

「あーもう来んの早ぇよ暇人ども!おいマイナソー、ヤツらもやっちまえ!!」

「ブモォオッ、コオォォォォス!!」

 

 言い捨てると、ちゃっかり液状化して逃げるクレオン。それを尻目に彼らの態勢が整っていないうちにと、ベヒーモスマイナソーはさらなる突進を敢行した。「てめェら避けろ!!」とブラックが声を張り上げる。皆わけもわからずそれに従ったが、当然間に合わない者も出てくる。

 

「オチャコっ!」

「〜〜ッ、こうなったら!」

 

 腕力に定評のある彼女は、いっそのこととばかりに腰を落として両腕を突き出す。衝突の瞬間は、コンマ数秒後に訪れた。

 

「ぎゃんっ!?」

「オチャコくん──っ!!?」

 

 声をあげたのはブルーばかりではなかった。オチャコ──ピンクは一瞬拮抗したものの敵の勢いを殺しきれず、紙のように吹っ飛ばされてしまったのだ。

 

「コオォォォス──!!」

 

 そして肝心のベヒーモスマイナソーは、足を止めるこ

となきままいずこかへ走り去ってしまうのだった──

 

 



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24.デクからかっちゃんへ 2/3

 

 ベヒーモスマイナソーの目的はすぐにわかった。あの怪物は食料品のある店を手当り次第に襲っては飽くなき食欲を満たしていたのだ。その際巨体による全速力の突進で店を瓦礫の山に変えてしまうから、彼の通った跡がよくわかるというありさまだった。

 

「なんてヤツだ……!なんの罪もない人たちを、ここまで踏んだり蹴ったりな目に遭わせるとは!」

 

 店舗の残骸を前に、憤るテンヤ。言葉選びを間違えてしまっているが、それだけ彼の怒りは大きいということだ。

 

「ヤツは食いものばかりを狙ってるってことか。その割に、コオス?だとかなんだとか言ってたが」

 

 マイナソーは宿主の欲求を行動原理にすると同時に、そのまま鳴き声として口に出す。今回なら、"タベル"だとか"クウ"なら得心もいくのだが。

 

「うー、なんやろ、なんかここまで出かかってる感じ……痛ててて」

「大丈夫か、オチャコ?」

 

 突進のダメージが残っているオチャコは、何か勘付きかけているものの痛みで思考がまとまらないようだ。ならば今は、マイナソーの足取りを追わなければ。

 

「そういや、リキドウの店もこの先だったよな──」

 

 エイジロウが言いかけたときにはもう、イズクは走り出していた。怪訝な様子のカツキも含め、彼らはそのあとを追ったのだった。

 

 

 結論から言うと、イズクの心配は杞憂だった。周りの食料品関係の店が色々な被害を受けている中で、彼のパティスリーだけは無事だったのだ。流石に営業はとりやめているようだったが。

 

「襲われてはねえ、みたいだな……」

 

 ただマイナソーが嵐のように過ぎ去ったのだから、店は無事でも人がそうとは限らない。イズクはリキドウの名を呼びながら戸を叩いた。

 程なく、戸が開く。

 

「お……イズク?」

「リキドウくん……!良かった、無事だったんだね!」

 

 リキドウは戸惑いがちに頷いた。奥に身をひそめて、マイナソーが通過するのをやり過ごしていたらしい。幸いにして、そのまま襲われずに済んだのだが。

 

「情けねえ……ほかの店がやりたい放題されてたのに、震えて隠れてたなんてよ」

「いいんだ、奴らに立ち向かうのは僕らの仕事だよ。きみは僕らには真似できない方法で、みんなを笑顔にしてるんだから」

 

 ほんとうに悔しい思いもあったのだろうが、イズクの言葉にリキドウは笑顔を浮かべた。彼が心の底からそう思っていることは、痛いほどよく伝わっている。

 

「でも、どうしてリキドウの店だけ襲われなかったんだろうな……。肉魚その他諸々は、ことごとくやられてるってのに」

「マイナソーの好みじゃないんじゃねえか?」

 

 ショートの悪意のないひと言は、しかしリキドウの胸にぐさりと突き刺さったらしかった。

 

「なんか、それはそれで複雑だな……」

「あ……悪ィ。菓子はすげえ美味かったぞ」

「ふむ……宿主が判明すれば、そこからヒントも得られそうなものだが」

「あいつの鳴き声の意味がわかりゃあな〜……」

 

 オチャコの喉まで来ているものが出てくるのに期待するしかないかと思われた矢先、リキドウが「鳴き声って?」と尋ねてきた。

 

「人間の宿主がいる場合、マイナソーはその最も大きな欲求を鳴き声として発するんだ。今暴れてるヤツは、"コオス"って鳴いてるんだけど……」

「コオス……?──!」

 

 リキドウは何かに気づいたようだった。「もしかして」とつぶやくのを、イズクたちは聞き逃さなかった。

 

「!、何か心当たりがあるの?」

「おう。──ついてきてくれ」

 

 いずこかへ走り出すリキドウに皆、従う。無論イズクも──というところで、背後から「おい」と声がかかった。

 

「……どうかした、かっちゃん?」

「てめェ、この店に何しに来た?」

 

 そういえば、去年は一緒にケーキを選びに来たのだ。と言ってもカツキは終始乗り気でなく、甘いものは嫌いだと駄々をこねるので甘さを控えめにした特注品を作ってもらうに至ったのだが。

 

「言わなきゃわからない?」

 

 わざと挑発的な口調で言い放つと、相手の眉間にますます皺が寄るのがわかる。でもそれは副産物であって、本懐は自分自身を奮い立たせることだった。

 

「お誕生日おめでとう、かっちゃん」

「……デク、」

「行こう。()()、マイナソーを倒さないと」

 

 今、自分は上手く笑えているだろうか。本当は、怖かった。カツキを怒らせることがではない、いつかのように、()()()()()()と彼に思わせてしまうことに。

 

「……あァ、そうだな」

 

 カツキが素直に頷いたことが、うれしくて、恐ろしかった。

 

 

 *

 

 

 

「こぉす……こーす………」

 

 同じ言葉を繰り返しながら昏睡する、ふっくらとした体型の青年。その姿を見下ろしながら、ショートが「間違いねえな」と口にした。

 

「……やっぱりか……」

「おいパティシエ、どういうことか説明しろや」

「えっそれあだ名?職業やん……」

 

 いやクソ髪だの丸顔だのよりはマシかもしれないが。

 

「お、おう……。こいつ昔、俺と一緒に修行してたヤツなんだ。でも……その、つまみ食いばっかしててよ、終いには破門になっちまった」

「えぇ……」

「………」

「ちょっ、なんでみんな私を見るん!?」

 

 なぜって、前科があるからである。村でも、旅の中でも。

 それはともかく、

 

「まあ根は悪いヤツじゃないから、そのあとも友だち付き合いしてたんだが……こいつ、最近いつも言ってたんだ」

 

 「一度で良いから、コース料理というものを食べてみたい」と。

 

「コース……!」

 

 つまり──ベヒーモスマイナソーは、コース料理を食べるという欲求を満たすために行動している。

 

「でも、レストランとかやなくて手当り次第にいろんなお店襲うなんて……」

「そんなもんを出す店、いくらこの街でも数がねえ。おおかた順番に食って、再現しとるつもりなんだろ」

「そうか……!つまりリキドウくんの店を襲わなかったのは、後回しにしていたから!」

 

 菓子などのデザートを食べるのは、最後──オチャコの貰ってきたメニューでも、当然そうなっている。

 

「──それなら、俺に考えがあるぜ」

「!」

 

 そう告げて、リキドウは四角ばった目を光らせた。

 

 

 *

 

 

 

 およそ四半刻後、コース料理……に出てくる食材をあらかた食い尽くしたベヒーモスマイナソーは、人のいなくなった街を堂々と闊歩していた。

 

「ブモォオ……」

「よく食ったなあ、おまえ!あとは……デザート?」

 

 どこぞで入手したメニュー表片手に、クレオンがつぶやく。マイナソーが何を志向しているかは、創造主である以上当然理解している。魚や肉などを食べて満足したら、最後は甘いものと相場は決まっているらしい。

 

「チェッ、人間どもいい暮らししてんじゃん……。せっかくマイナソーつくってやってんだから、もっと働けよドルイドン……──ん?」

 

 路地のど真ん中に、何かが落ちている。近づいてみるとそれは、皿に乗った白と薄黄色の、甘い匂いのする物体で──

 

「これ……ケーキってヤツじゃね?」

 

 メニュー表にも載っている。まさしくデザート、ど真ん中の食べものだ。

 しかし、なぜそんなものが道に落ちているのか?怪訝に思ったクレオンだったが、マイナソーにそんなことを考える知能はない。己のすべてともいえる欲求を満たす、ただそれだけに突き動かされている。そのために必要なものが目の前にあるとなれば、とる行動は決まっていた。

 

「コオォォォスゥッ!!」

 

 一目散にケーキに飛びつこうとするマイナソー。しかしその手が届こうかという瞬間、()()()()()

 

「!?」

「え、生きてる?ナマモノなの、ケーキって?」

 

 当然、そんなわけはない。しかしベヒーモスマイナソーが飛びつこうとするたび、ケーキはするりと避けてしまう。「ブモォオオ!」と憤りの声をあげた彼は、どんどんと移動していくそれを本能のままに追いかけた。クレオンが止めても止まるわけがない。

 

 それを繰り返すこと幾星霜、気づけば彼は砂浜にいた。ケーキの乗った皿は波打ち際にまで追い込まれている。

 

「ブモォ……──コオォォォォス〜〜ッ!!!」

 

 ここまで引っ張ってこられて、彼はもう我慢の限界だった。勢いよくケーキに飛びつこうとした瞬間、いずこからか『ビューーーン!!』と烈しい声が響いた。

 そして、

 

「ブモォオオッ!!?」

 

 凄まじい衝撃が奔ったかと思うと、マイナソーはその場から撥ね飛ばされていた。同時に頭部を、鋭い痛みが襲ってくる。

 

──自慢の角が、二本とも刈り取られていた。

 

「は、キレーに引っかかってくれたな、ブタ野郎が」

「ブ、モォオ……!」

 

 嘲笑とともに現れたのは、リュウソウブラック──以下、竜装の騎士たち。うちブルーとグリーンがハヤソウルの鎧を纏っていて、彼らがマイナソーの角を斬り飛ばしたことが示される。

 そして唯一生身のままのこの場でいちばん体格の良い男が、ケーキを皿ごと拾い上げた。

 

「美味そうだったかい、俺の力作。ま、金も払わねーヤツに食わせる気はねーけどな」

 

 冷たく言い放ち、ぱくりと丸ごと口に含む。当然だろうが、自分は例外らしい。あとは試作品に限定すれば、親しい面々も。

 

「リキドウくんありがとう、あとは僕らに任せて!」

「もぐもぐ、ごくん……おうよ。頼んだぜ!」

 

 離れていくリキドウを背中で見送りつつ、リュウソウジャー六人は並び立った。

 

「──正義に仕える気高き魂!」

 

「「「「「「騎士竜戦隊、リュウソウジャー!!」」」」」」

 

 六人の声が揃ったのは、久しぶりのことだった。

 

 

「コオォォォォスッ!!!」

 

 憤るベヒーモスマイナソーが、再び突進を仕掛けてくる。角を失ったとはいえ、その巨体だけで十分脅威だ。にもかかわらず、一度弾き飛ばされた少女は懲りずに矢面に立った。

 

「今度こそ受け止めたる……!──ムキムキソウル!」

『ムキムキソウル!ムッキムキィ!!』

 

 右腕に装着される鎧。そのエネルギーを受けてピンクは、両腕両足に力を込めた。

 そして、

 

「ブモォオオオ……!!」

「……ッ!」

 

 筋力強化の甲斐もあり、今度は拮抗している。しかし打ち勝つには、まだ──

 そのとき、彼女の腰をレッドの手が掴んだ。さらにその背を、ゴールドが。

 

「!、ふたりとも……」

「絵面はあれだけど、手伝うぜオチャコ……!」

「一気に、押し返す……!」

 

 オチャコに比べれば非力とはいえ、鍛えた男ふたりの体重が乗れば趨勢は変わる。ずりずりと後退しはじめたのは、ベヒーモスマイナソーのほうだった。

 

「ブモォオ……!?」

「押し返すだけじゃ、足りないィ……!」

 

 乙女を容赦なく撥ね飛ばしてくれたうえ、大事な食糧を街から奪っていったこいつには、

 

「──ブッ飛ばぁす!!」

 

 その腰をがっちりと掴み──腕力にモノを言わせて、持ち上げた。

 

「どぉりゃあぁぁぁぁ!!」

「ブモオォォォ──ッ!?」

 

 そして、投げ飛ばす。空中に浮かびあがった巨体が、重力に従って落下を始めるまで数秒。

 その先に、角を切り取ったふたりが待ち構えていた。

 

「いこう、テンヤくん!」

「うむ!」

 

「「ダブルフルスロットル、ディーノスラァッシュ!!」」

 

 目にもとまらぬ斬撃が鎌鼬のごとく炸裂し、ベヒーモスマイナソーを切り刻んでいく。苦悶の声をあげさらに吹き飛ばされるマイナソーだが、彼にとってはさらなる死神が待ち構えていた。

 

『──メラメラソウル!メラメラァ!!』

「熱ィのくれてやらァ、ブタ野郎!」

 

「──ボルカニック、ディーノスラァァッシュ!!」

 

 紅蓮の炎を纏った一撃が、とどめとなった。

 

「ブモオォォォ──!!?」

 

 ひときわ爆発が起き、マイナソーの身体が表皮から弾け飛んでいく。もはや消滅は定まったかと思われたとき──マイナソーにとっては、奇蹟が起きた。

 断末魔の寸前に宿主から飛んできたエネルギーが、そのボディを巨大化へと導いたのだ。

 

「ブモオォォォッ、コオォォォス!!」

「な……もうっ、あとちょっとやったのに!?」

 

 悔しがっていても仕方がない、往生際の悪い延長戦などさっさと終わらせるだけだ。

 

「──ティラミーゴっ、頼む!!」

 

「ティラアァァ!!」

 

 ティラミーゴを筆頭に、駆けつけてくる騎士竜たち。モサレックスだけは海から姿を現す。

 

「っし、竜装がった──」

「エイジロウ!今日はワガハイたちにまかせてもらうティラ!!」

「へっ?」

 

 キシリュウオーに変形しようとしているティラミーゴにそんな主張をされて混乱していると、普段スリーナイツを構成しているトリケーンとアンキローゼが後退し、代わりにタイガランスとミルニードルが組み付いてくるではないか。

 たちまち紅蓮のボディは緑と黒に覆われ、新たな?巨人がここに誕生した。

 

「名付けて、キシリュウオースリーナイツゲイル、ティラァ〜〜!!」

「えっ、おめェが考えたのか!?」

「この前コタロウと一緒に考えたティラ!」

 

 そういえば最近、ティラミーゴやディメボルケーノとくっついてはこそこそ話をしているようだったが、まさか色々な合体パターンのネーミングを考案していたとは。

 

「チッ、ファイブナイツにすりゃいいだろーが」

「そういうわけにいかないティラ!ふたりがケンカしてるの、タイガランスもミルニードルも気にしてたんだティラ!!」

「!」

 

 余計なお世話だ、とは、イズクはもちろんカツキにも言えなかった。彼らにまで、心配をかけていたとは。

 

「なるほどな……。ならバツグンのコンビネーション、見せてやろうぜ!」

「……足引っ張んなよ、クソ髪!!」

 

 スリーナイツゲイル、オン・ステージ。

 

「コオォォォス!!」

 

 向かってくるベヒーモスマイナソーに対し、(ニードル)で迎撃する。白銀の群れはしかし、硬い皮膚に弾かれてしまった。

 

「ッ!」

 

 勢いを殺せなければインファイトに持ち込む難易度も上がる。歯噛みするブラックだったが、

 

「ナイトハンマー!」

「ナイトソードっ!!」

 

 すかさず割り込んだ二大騎士竜の攻撃は、それが主要武器であることもあって通用した。火花を散らし、後退する巨体。

 さらに、

 

「愚か者、」「めがぁあああ──!!」

 

 モサレックスとディメボルケーノが合体したスピノサンダーが、電撃を容赦なく浴びせる。

 

「ブモオォォ……!?」

「!、みんな……」

「──良いじゃねえか、スリーナイツゲイル」

「ちょっと色合い地味やけどね!」

「いや、俺は渋くて格好良いと思うぞ!」

 

 口々に放たれる三人の言葉に、「好き勝手言いやがって」とカツキが呆れている。

 

「ありがとう皆!今だ──」

「──いくぞオラァ!!」

 

 まだ喧嘩は終わっていないはずだが、疾風威風のふたりの息はぴったり合っていた。足引っ張るなという後者の言葉が、エイジロウに改めて突き刺さった。

 

「はぁああああ──」

 

 怯んでいるベヒーモスマイナソーの懐に潜り込んだ瞬間、実質的に勝負は決していた。左腕のナイトメイスを叩きつけ、右腕のナイトランスを突き立てる。

 

「ブモォオオ……!?」

「ッ、ついていけてるうちに終わらせてやるぜ!──キシリュウオー!!」

 

 レッドの声に応じて──キシリュウオーは、跳躍した。

 

「うおぉぉぉぉ──!!?」

 

 なんて身軽さとパワー!"大風(ゲイル)"と名付けたコタロウは、前々から思っていたがやはりセンスがあると思った。エイジロウはその辺からっきしだ。まあケントの形見となったカタソウルの必殺技に、前々からどこかで使おうと考えていた"不屈(アンブレイカブル)"を配したことだけは自分を褒めて良いと思っているが。

 

 ともあれ伸びやかに空へ上がった鋼鉄の騎士は、風を浴びながら降下を開始した。緑と黒、左右のバランスが良いとはいえないが、決めるに不自由はなし。

 

「「「──キシリュウオー、ゲイルブレイクスラッシャー!!」」」

 

 ランスとメイス、同時にエネルギーを込め──同時に振り下ろす!

 

「コオォォォス──ッ!!?」

 

 結局、己の欲望を果たしきることなきまま、ベヒーモスマイナソーは今度こそ爆散するのだった──

 

 

 



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24.デクからかっちゃんへ 3/3

料理が現代風なのはファンタジーだからです(断言)


 

「では、我々のこれまでの無事への祝福と!」

「これからの活躍を祈って!かんぱ〜い!」

 

 いつでも元気な赤青ふたりの音頭により、一同はかつんとグラスを打ち鳴らす。仏頂面ながらカツキもきちんと参加したのは意外だったが。

 せっかくだから風景の見える席をとオチャコがこだわって予約したテーブルからは、果たして窓越しに水平線へと沈む夕日が見えた。精神的にはともかく肉体はれっきとした子供のコタロウを除いては皆、成人しているので、それぞれ食前酒を注文したところである。ただ成人を迎えてまだ間もないというショートなどは、その祝賀の儀でしか飲酒をしたことがないということだった。

 

「これ、辛ぇ」

「たりめーだろ、酒なんだから」

「色はこんな綺麗なのにな。……なんか、おまえみたいだな」

「ア゛ァ!?ワケわかんねーこと抜かしてんじゃねー!」

「乾杯早々ケンカしないの!ショートくん、これ甘くて飲みやすいよ!」

「なあなあ、肉食おうぜ!肉!」

「肉も良いですけど、コース全体を考えないと。ここは海の街ですし、せっかく新鮮な魚介類が食べられるんだから」

「じゃあ、オードブルを色んな魚介の盛り合わせにしたらどうかな。コタロウくんの言ったように今日獲れたのをそのまま捌いてるらしいから、焼いたのとか燻製とかだけじゃなくて、生でもおいしく食べられるみたいだよ」

 

 酒と突き出しの小魚を交互につまみつつ、わいわい騒ぎながらメニューを決めていく。誰にとっても例外でなく、楽しい作業だった。戦闘でエネルギーを消費したから、お腹もぐうぐうと鳴っている。そうしていると辺りが暗くなってきて、いよいよ日没が近づいてきたことがわかった。するりとウェイターが近づいてきて、魔法で灯りをつけてくれる。温かな光のもとで彼らはもうほとんどしゃべらずに貪り食べ、飲んだ。

 メインディッシュは結局、肉組と魚組に綺麗に分かれた。オルデラン村での宴を忘れられないエイジロウはこんがり焼けた子羊のローストに香草と岩塩をまぶしたもの、オチャコは対照的に、羊があまり得意でないとわかったので、食べなれた猪肉とパスタのラグーソース和え、イズクとカツキなどは前者が牛肉のリブロースステーキを、後者が香辛料のきいた鮭のオレンジソース煮を注文しつつ、小皿を持ってこさせてシェアしていた。幼なじみらしさを感じさせる行動だが、まだ喧嘩は終わっていないはずなのだが。

 まぁシェアというのは良い発想かもと、やはり魚料理を注文したテンヤやコタロウ、ショートと少しだけ交換してもらった。みな好みはあるが、肉、魚という大雑把な括りにおいては特に問題はない。

 

「う、っめぇ!!」

 

 半ばうめくように舌鼓を打つ。エイジロウの語彙では美味いとしか表現できなかったが、プロの味付けというのはやはり違っていた。これを体験したらもう、旅の道中で世話になる干し肉などは食べつけなくなってしまうのではないかと要らぬ心配をしてしまう。他にも、

 

「なんかティラミーゴたちに悪いなぁ〜……あいつらもがんばってくれてんのに」

「むぅ、流石にここには連れてこられなかったからな」

 

 騎士竜たちは雑食だが、ああいう身体なので特別何か食べないと生きていけないというわけでもない。しかし食事を共有するというのは親睦を深めるうえで非常に有効だし、自分たちだけこんな食事をしていると知れたらティラミーゴなどは拗ねるだろう。

 

「埋め合わせ、すりゃ良いだろ」

「!」

 

 思わぬ言葉が思わぬ口から出た。皆の視線を浴びながら、イズクから分けてもらったステーキを口に運ぶカツキ。

 

「そうだね、彼らにも色々心配かけちゃったし。なんか買ってきてあげようよ」

 

 鮭を食べながら、イズク。皆、顔を見合わせたあと、生温かい視線を彼らに向けた。「なに見とんだカス!!」とカツキが怒鳴り散らすのも、無理からぬことだった。

 

 

「ふぃ〜、食った食ったぁ」

 

 メインディッシュを食べ尽くし、腹をさするエイジロウ。彼を筆頭に皆、幸せそうにとろけていた。美食は既に身体の隅々まで染み込んでいる。

 ただ、百パーセントの満足かというとそうではない。ベヒーモスマイナソーがそうであったように、メインディッシュのあとにはデザートが控えているものなのだ。

 

「では……」す、と息を吸い込み、「カツキくん、誕生日おめでとう!!」

 

 テンヤを筆頭に、一同が声を揃えて「おめでとう!」と祝う。それを合図として、ウェイターが抱えんばかりのホールケーキを運んできてくれた。昼間注文した、リキドウ力作のケーキだ。ふつうレストランは持ち込み禁止──当たり前だが──なのだが、誕生日のお祝いということと、リキドウの店がこのレストランのデザートを卸していることが幸いした。

 

 ケーキを切り分け、特別大きめのピースをカツキの前に置く。果たして彼はふんと鼻を鳴らしたが、満更でもなさそうな顔をしている。

 

「美味そう!」

「そういやカツキくん、いくつになったん?」

「あ?……160」

「そんなんなるのか!」

「俺が151だから……ほぼひと回り違うんだな」

「は、なら敬語使えやクソガキ」

「……それ言い出したら、年齢以前に相手は王子殿下ですからね」

 

 コタロウの尤もな突っ込みに、皆またひとしきり笑いつつ。

 不意にイズクが、懐から小箱を取り出した。

 

「──あの……かっちゃん、これ」

「あ?」

 

 おずおずと差し出される"それ"の意味がわからないほど、カツキは鈍感ではない。だが、ケーキでさえ過分というか、なんなら余計なお世話とさえ思っていたのに。

 

「開けてみて」

「………」

 

 有無を言わせぬイズクの態度を渋々受け入れ、小箱を開ける。そこに入っていたのは、

 

「……こいつは、」

 

 紺碧色に輝く、翡翠のネックレス。ついこの前まで身につけていたものと、寸分たがわないものだった。

 

「前のちぎれちゃったというか、ちぎっちゃったというか……。これはプレゼントというか、とにかくそのままにしときたくなかっただけだから──」

「デク……」

 

 眉をハの字にして、瞳に逡巡と不安をくゆらせながら、それでも口角だけは懸命に上げようとしているイズク。騎士竜タイガランスに相棒として選ばれる前の、もういないと思っていた懐かしい幼なじみの顔がそこにはあった。

 

「……どんなに強くなっても、大人ンなっても、変わんねえモンもあるんじゃねえかな」

「!」

 

 はっと顔を上げると、こちらを覗き込むエイジロウの顔。浮かべた笑みは、普段の彼からは想像もつかない閑寂なもので。

 ああ、そうだ。この世の不幸など何も知らないような明るい彼も多くのものを失っていて──幼なじみとも、永久の別れを告げたばかりなのだ。二度も。

 

 エイジロウはきっと、少年のまま時間が止まった幼なじみを置いて大人になっていく。そうであってもあの頃の友情は不変なのだと、彼は信じているのだ。

 その気持ちが、今なら少しだけわかる気がした。

 

 手にとった飾りを、躊躇うことなく首に通す。──しっくりくる。足りなかったものが、ようやく埋め合わせられた気がした。

 

「……デク、聞いてくれるか」

「!」

 

 160年に数度しかないだろう懇願するような口調に、イズクは思わず居住まいを正す。

 

「ガイソーグのことは、もしかしたら、と思っただけだ。俺もあいつのことは、マスターから聞いたことがあるっつーだけだから」

「………」

「マスターのことは……まだ、俺ン中で消化しきれてねえ。だからもう少し、待っていてほしい」

「かっちゃん……」

 

 マスターブラックがなぜ失踪したのか、カツキがなぜ他人を信じられなくなったのか──ガイソーグの正体に疑念が湧いた今、勘の鋭いイズクの中では、真実のピースが填りつつあった。

 それでも今は、カツキの言葉を尊重しようと、そう思えた。"待っていてほしい"──決して嘘はつかない彼の言葉。ならばいつか、真実が語られる日は必ず来る。

 

(僕らはもう、ふたりぼっちじゃない)

 

 その日をともに待っていてくれる仲間たちがここにいる。ならばもう大丈夫だと、胸を張って言えるのだ。

 

 

 *

 

 

 

 "大仕事"を終えた翌日、リキドウ少年はいつも通り店で作業をしていた。彼にとって菓子作りは仕事ではあると同時に、趣味でもある。店の定休日も試作をしていることが多く、丸々休むことなどめったにないのだった。

 

──からんと、不意にドアベルが鳴る。店頭に出た見習いパティシエが迎えたのは、見知った客だった。

 

「!、あぁ……あんたか。いらっしゃい」

「……おー」

 

 彫刻のような整った白皙に険しい表情を張りつけ、山奥に棲む蛮族の王のような恰好をした少年。昨日、街を守った彼のために、リキドウはバースデーケーキを作ったのだ。

 

「昨日はご苦労さんだったな。あと誕生日おめでとさん、ケーキどうだった?」

「まァ、食えんことはなかった」

「……あー、そうかい。で、今日は何か?」

 

 分厚い唇を尖らせて訊くと、カツキの眉間から険がとれた。並べられたリキドウの"作品"たちを、文字通り品定めをしている。感情のない、だからこそ平等な目だ。職人魂を揺さぶられ、リキドウは居住まいを正した。

 

「こン中でいちばん甘ぇの、どれだ」

「へ?」

 

 意外な問い合わせに一瞬硬直してしまうが、商売人として内心の動揺を即座に押し込めた。

 

「甘さにも種類はあるが……わりと万人受けすんのは、このショコラのヤツかな。っつっても甘さだけ追求しすぎると下品な味になっちまうから、ご期待に沿えるかはわかんねえけど」

「あっそ。じゃ、これ」

「あいよ、ちょっと待ってな」

 

 ショーケースの中からブラウン主体のケーキを取り出し、箱詰めする。それを渡して、代金を貰う──昨日の戦いぶりといい、服装や態度といい、正直尋常でないものを感じていたリキドウだが、こうしてやりとりをしていると案外ふつうの少年だ。歳は同じくらいだろうが、機微をうまく言い表せない子供にすら見えていじらしくもなる。

 

「どうも。──にしてもお返しなんて、あんたも案外殊勝なことすんだな」

「ア゛ァ?詮索すんなや」毒づきつつ、「……俺ぁ、世話かけっぱなしはキレーなんだよ」

「そっか。喜んでくれるといいな」

「……おー」

 

 箱を抱えて、踵を返して去っていく少年。その整った口元が、ほのかに緩んだように見えたのは気のせいだろうか。

 

「──リキドウ、」

「!」

 

 不意に声をかけられて振り向くと、彼と同じくコックコートを着た、五十がらみの女性が顔を覗かせていた。「お師匠」と、リキドウは彼女を呼ぶ。

 

「さっきの子は?」

「ああ、去年も今年もウチでバースデーケーキを買っていってくれたヤツっすよ。まあ注文してったのは仲間で、今日はそのお返しを買いに来たみたいっすけど」

「お客さんを"ヤツ"呼ばわりしない!」

「痛でっ!す、スンマセン……」

 

 軽く叩かれた頭を押さえつつ──リキドウは、師匠の様子がいつもと違うことに気がついた。

 

「どうかしたんすか、お師匠?」

「……笑わない?」

「笑わないっすよ!……多分」

「多分……まぁ良いわ」

 

 誰かに打ち明けたかったのだろう、彼女は不満げながらも口を開いた。

 

「よく似てるのよ、あの子。──私の初恋の人に」

「ええっ」

「もう四十年も昔だけどね」

 

 そう──あれはまだ、自分が少女だった頃。偶然街でぶつかって、愛想もなく「気ィつけろ」と吐き捨てて去っていった少年。しかしその美しい姿かたちに、あどけない心は稲妻に打たれたように惹かれたのだ。

 それからは毎日のように街に出て、彼の姿を探した。ただ偶然再会できたときも、彼はカーバンクル・ルビーのような紅い瞳に警戒心と敵愾心とを宿らせていた。けれど恋は盲目、まして怖いもの知らずの少女だったからあきらめきれなかったのだ。少しでも心象を良くしようと、何度手づくりのお菓子を持って彼のもとへ走ったか。

 

 結論として、彼女は報われた。今までは彼女のほうが待ち伏せしていた場所で、少年は彼女を待っていてくれるようになった。

 

「──それでも彼は、自分からはめったに話さなかったし、たぶん心から気を許してはくれてなかったと思う。でも……たった一度だけ見た笑顔が、忘れられないくらい綺麗だったの」

 

 そう語る師匠の顔は、普段とはまるで別人のようだと思った。

 

「その人とは、どうなったんすか」

「……ある日突然、旅に出てしまった。家に手紙が届いたの。"菓子、食えんことはなかった"ですって。失礼しちゃうわよね、まったく」

「!」

 

 そのフレーズはつい今しがた、リキドウも耳にしたものだった。もしやその少年は──その可能性を伝えると、師匠も一瞬目を見開きはしたけれど、

 

「……でも、違うわ。どう見てもあの子、あんたくらいの歳でしょう」

「そう、っすね……」

「それに、ね。彼はもっと孤独で、寂しそうな目をしていた。あの子は、そうじゃなかったもの……」

 

 自分と同じく壮年に差し掛かっているだろう彼は今ごろ、どこで何をしているのだろう。もしも無事でいるならば、どうかあの子のようにあってほしい。

 そう、願わずにはいられなかった。

 

 つづく

 

 





「ワイズルーさまのおたんこなす!!」
「……マイナソーって、なんなんだろうな」
「私を、あなたの妻にしてほしい」

次回「クレオンの結婚!?」


「オレの居場所は、ここにしかないんだ」

今日の敵‹ヴィラン›

ベヒーモスマイナソー

分類/ビースト属ベヒーモス
身長/240cm
体重/318kg
経験値/299
シークレット/貪食の魔獣ベヒーモスに似たマイナソー。コース料理を食べたいという欲望から生まれたものの、知能の低さゆえか高級レストランなどではなく食料品店を順々に襲って食品を喰らうという行為に及んだ。しかしその巨体から放たれる全力の突進は、店舗を一撃で瓦礫の山に変えてしまうなど傍迷惑では済まない威力だぞ!
ひと言メモbyクレオン:オレも食ってみたいなあ、コース料理……。


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25.クレオンの結婚!? 1/3

 

「飽きた!」

「ハァアアアアアア!!?」

 

 相棒兼上司の恥も外聞もないひと言に、クレオンは思わず怒声に等しい叫び声をあげていた。

 

「い、今なんて言ったんスか、ワイズルーさまァ!?」

「だ〜か〜ら〜、飽きたのだ!」

「ヘェエエエエエエ!!??」

 

 聞き間違いではなかった。クレオンは再び奇声をあげた。

 

──事の発端は、ワイズルーがオウスの街攻略をとりやめて西方へ向かおうと言い出したことだった。

 クレオンとしては本来、得意先であるドルイドンがどういう方針をとろうと構わなかった。自分の役割は彼らのオーダー通りにマイナソーを生み出し、金子と引き換えに売却することなので。

 

 ただワイズルーとは今、恨み重なるリュウソウジャーを潰すという目的のために専属契約を結んでいる。連中が滞在しているオウスの街を離れて西方へ向かうということはつまり、それをあきらめたも同然ではないか。

 ゆえにその真意を質したわけだが──それに対してワイズルーが放った答が、上記だったわけである。そんなの、到底承服できるわけがないではないか。

 

「ふざけねーでくださいよ!あんたがリュウソウジャー倒してくれるって言うから、タダで協力してやってんのに!」

「ふん、私は私の気の向くまま、風の吹くままに踊りたいのでショータァイム!だいたいキミのつくるマイナソーは、いまいち役に立たナッシング!」

「な……!?──言ったな、このヤロー!!」

 

 子供じみた性格のクレオンだが、彼は彼なりに己の仕事にプライドをもっていた。確かにリュウソウジャーには勝てていないが、生み出したマイナソーはみな強力で厄介な能力をもっているし、それをどう活かすかはドルイドン幹部の指揮能力の問題だ。

 

「あんたが使いこなせてないってか、使いこなす気ないんでしょーがっ!!いつもショータイムショータイム言って、場当たり的なことばっかしてるくせによぉ!!」

「なんだとォ!?クレオン貴様、私のことをそんなふうにシンキングしていたのかァ!!?」

「その喋り方鬱陶しいんじゃぁ!!」

 

 売り言葉に買い言葉。方針の違いから始まった喧嘩は、互いへの激しい人格否定にまで発展した。

 そしてついに、

 

「ワイズルーさまのおたんこなす!!もういい契約解消だあぁぁ〜〜ッ!!」

 

 罵り叫び、クレオンはいずこかへ走り去っていく。あとに退けないワイズルーは、フンと顔を背けるだけなのだった。

 

 

──さて、勢いで飛び出したは良いものの。

 

「ハァ……これからど〜しよっかなぁ……」

 

 夜の裏路地をさまよいながら、クレオンは文字通り路頭に迷っていた。彼自身でも多少マイナソーへの指揮命令はできるが、戦闘力の心もとなさもあって、独りで活動するというのは心細い。しかし手近で頼れるドルイドンはワイズルーのほかにいないのだ。宇宙に逃げていたドルイドンは、未だすべてがこの星に戻ってきたわけではないので。

 

「とりあえず、今日の寝床探すかぁ……」

 

 俯き加減に歩いていた彼は、正面から人影がやってくることに気付けなかった。

 

 

 同時刻。リュウソウジャーの面々のうち半数が、ああだこうだ喋りながら並び歩いていた。

 

「ありがとなカツキ、おかげで助かった」

「ンで俺が絵のモデルなんざ……」

 

 ショートのお礼も意に介さず、不機嫌を隠そうともしないカツキ。剣呑に見えなくもないが、彼らに関して言えば極めてスタンダードな光景である。

 

「文句言わない!ふたりセットで報酬三倍になったんやから!」

 

 そんなカツキを嗜めるオチャコ。思いがけず結構な金子が手に入ったということで、ほくほく顔である。

 

「けっ、こーいうあぶく銭はすぐなくなっちまうんだよ。よーく覚えとけ丸顔」

「むぅ、ちゃんと管理するし!──あっ、こんばんはー」

「……ばんわ〜」

 

 向かいから来た相手と互いに会釈をして、すれ違う。一歩、二歩、三歩──

 

「──ん?」

 

 怪訝な表情を浮かべ、立ち止まる。カツキやショートもまた、右に同じく。

 

「……今すれ違ったのって、クレオンじゃねえか?」

「あ?」

 

 振り返る。夜目がきくリュウソウ族にははっきりわかる、異形のシルエット。なぜ一度スルーしてしまったのだろう、覇気がまったく感じられなかったせいか。

 いずれにせよ、クレオンもまたこちらを見た。視線が交錯すること一秒、

 

「………」

『ブットバソウル!ボムボム〜!!』

 

──BOOOOM!!

 

 宣戦布告もなきまま、カツキが爆炎を吹かして跳躍する。果たして我に返ったクレオンは逃げ出そうと液状化を試みるが、謎の硬直タイムゆえに遅きに失したと言うほかない。

 

「死ねぇえクソ菌類!!」

「うぎゃああああああ!!?」

 

 爆炎に呑まれ、ぷすぷすと黒煙をあげながら転がるクレオンらしきもの。その間に、残るふたりもすっかり戦闘態勢を整えていた。

 

「夜とはいえ、こんなところをのこのこ歩いてるなんてな」

「ワイズルーいないみたいやし……ちょうどいい、ここで倒すっ!」

 

 こういうとき、リュウソウ族の面々は容赦がない。カツキを筆頭にとりわけ血の気の多い面子が揃っているから、尚更である。

 

『ケ・ボーン!──リュウ SO COOL!!』

 

 竜装を遂げる三人。闇夜にあっても鮮やかに光る鎧を前に、クレオンはこれはやばいと這々の体で逃げ出そうとする。しかし彼らリュウソウジャーが、それを許すはずがない。

 

「オモソウル!」

『オモソウル!ドーーーン!!』

「うげぇっ!?」

 

 重力の輪に囚われ、地面に押しつけられるクレオン。指一本たりともまともに動かせない状況では、液状化して逃げることもできない。

 

「は、──殺ォす!!」

『強・竜・装!!』

 

「──ファイナル、サンダーショット!!」

 

 リュウソウゴールドの手の中でモサブレイカーが火を……もとい雷を噴く。立ち上がろうともがくクレオンの背中にそれは直撃し、

 

「あがががあがあがあががががが!!?」

 

 全身を襲う高圧電流。そして、

 

「ダイナマイトォ、ディーノスラァァッシュ!!」

 

 爆炎を纏った一撃が、クレオンの身体を吹っ飛ばした。

 

「────、」

 

 もはや声もなく、クレオンはざぶんと水路に落下した。その身がぶくぶくと沈んでいく。それで終わったと思うほど、リュウソウ族は甘くはないけれど。

 

「追撃するか?」

「やめとけ、あのキショイ汁が滲み出してんぞ。ンなもん吸ってマイナソー生むなんて、笑い話にもなりゃしねえ」

「キショイ汁……」

 

 いずれにせよ、この場はいったん矛を収めるしかなさそうだった。

 

 

 *

 

 

 

 それから幾ばくかの時が経ち、空が白みはじめた頃。

 

「──、────………」

 

 明けの空よりも真白いドレスを纏い、海辺をさまよい歩く少女の姿があった。か細い声で口ずさむ歌は、歌詞はわからないけれど、どこか寂しい響きをもっている。亡霊とも妖精ともつかない、とにかく浮世離れした姿だった。

 

 茫洋としていた彼女の黒々とした瞳が、ふいに波打ち際にうずもれた"何か"を捉えた。

 

「………」

 

 果たしてそれは、リュウソウジャーの攻撃で気を失い、水路に墜落したクレオンだった。水路は海に繋がっている。彼はそのまま数時間かけて、ここに漂着したのだ。

 その姿は愛らしさもまったくないではないが、菌類を想起させるなど禍々しさのほうが多分にある。少なくとも一般人の少女ならば、顔面蒼白になって逃げ出す場面であるはずだった。

 

 少女はしかし、この場を立ち去ることはなかった。それどころか嫋やかな微笑を浮かべ、ゆっくりと一歩を踏み出す。差し伸べられた手はクレオンにとって救いか、それとも──

 

 

 *

 

 

 

「見つかったか?」

「いや……それらしい姿はないな」

 

 水路の周りをうろつきながら、そんなやりとりをかわす少年たち。朝霧の中で真剣に水路を覗き込んでいるのは、リュウソウジャーの面々くらいしかいない。

 

「俺かモサレックスが飛び込んで探せば早いんだが、その……クレオン汁?が水に混ざってる可能性があるんだよな」

「クレオン汁……」

「うむ……。とりわけリュウソウ族からは、強力なマイナソーが生まれやすいと聞いたことがあるからな。残念だが──」

 

 テンヤの言葉に、エイジロウは亡き親友のことを思い返した。彼が死後、彼世で生み出してしまったというマイナソー、生者の魂を引き換えに死者を現世に甦らせる──しかも亡霊としてではなく受肉までさせて──という世の理をひっくり返すような力の持ち主だった。

 ケントは死後の世界でマイナソーを生み出した。そこにクレオンが介在していないことは、その証言からも明らかとなっている。

 

「……マイナソーって、なんなんだろうな」

 

 不意に洩れ出たつぶやきに、テンヤが真っ先に反応した。

 

「いやそれは、人間や我々リュウソウ族をはじめとする生物の強烈な感情をエネルギーに発生する怪物で──」

「そりゃわかってっけどよ!なんでそんなヤツらが生まれるのか、クレオンが生み出せるのか……考えても、答が出ねえんだよ」

「そういえばクレオンって、前にマグマからもマイナソー生み出してたよね」

 

 ディメボルケーノを仲間に加えた、賢者の釜での一連のできごとをショートを除く面々は思い出す。あのとき現れたマイナソーについてクレオンは、マグマからの自然発生を促進させたのだと語っていた。しかし自分たちが学んできたこととは矛盾するではないか。マグマにも実は生命があって、感情があるというならば整合性はとれるが。

 

「そもそもなんだが、マイナソーは本当に自然発生するのか?」

「……どういうことだ、ショートくん?」

 

 皆の視線がショートに集中する。そのオッドアイの輝きには、彼なりに積み重ねた思考のあとが滲んでいた。

 

「俺たちの遭遇してるマイナソー、ほとんどクレオンがつくったモンだろ。海にいたときのはどうかわかんねえが、ガチレウスのとこにもあいつは出入りしてたようだし、ヤツが関与してたとみて良いんじゃねえかと思う。イズク、カツキ、お前らは旅して長いんだろ。どうなんだ?」

「いや……まったくないわけじゃないよ、これも確実ではないけど。ただ、明らかにクレオンがかかわってない個体となると、かなり絞れてしまうとは思う」

 

 現状いえることはふたつ。マイナソーの自然発生は相当なレアケースであること。そのうちひとつが、ケントから生まれたレヴェナントマイナソーだということ。

 そこからはある事実が顔を覗かせるのだが、"それ"に気づくにはあまりにサンプルが少なすぎた。エイジロウはもちろん一行の誰もが、クレオンという特異な存在に意識を奪われているのもあって。

 

「アイツをブッ殺せば、マイナソーはほぼ生まれなくなる」

「まあ、言葉は悪いが……そういうことだな。奴がなぜマイナソーを生み出せるのかも、気になるところではあるが」

 

 それについては考えていてもはじまらない。消えたクレオンをひっ捕まえ、とどめを刺す前に聞き出せば良いことだ。あの軽い性格だから、難しいことではないだろう。

 そうして再び捜索に集中する一行だったが、ターゲットはすでに捕捉不可能な場所に()()()()()()()()()()

 

 

 *

 

 

 

 ほの温かい朝の日差しが窓から入り込み、やわらかく覚醒を促している。

 とろとろとした眠気がくゆっているのを感じながら、クレオンはゆっくりと目を開けた。木目調の天井に、小さなシャンデリアがぶら下がっている。

 

(ここ、は?)

 

 屋内、それも作り込まれたであろう屋敷の中であることがひと目でわかる。そんな場所に自然と来られるはずがない、人為的に連れてこられたのだと気づくまでに時間はかからなかった。──しかし、何故?

 

「あぁ……やっと起きたのね」

「!」

 

 部屋の中央にでんと置かれたテーブルとチェア。そこに、少女が座っていた。抜けるような白い肌は、暖色系の風景からは極めて浮いていた。にこりと微笑まれ、クレオンはとまどう。

 

「あんなところで寝ているんだもの、心配したのよ」

「は、ハァ……?」

「どうしたの、変な顔して?」

 

 人間から見たらそりゃヘンな顔だろうと言ってやりたくなったが、そういうことではないらしい。立ち上がり、歩み寄ってくる少女の振る舞いに喜び以外の感情は微塵も窺えなかった。

 

「おまえ……オレが怖くないのかよ?」

「怖い?どうして?」

「どうしてって……」

 

 こてんと首を傾げる少女を前にクレオンが硬直していると、コンコンと部屋の扉がノックされた。

 

「お嬢様、お薬をお持ちいたしました」

 

 入室してきたのは六十から七十がらみの小柄な老婆だった。「そこに置いておいてちょうだい」という少女の指示を受け、薬の入った小箱をテーブルに置く。彼女もやはり、クレオンに怯えている様子はみられない。

 とりあえず身体を起こそうとすると、あちこちがずきずきと痛んだ。

 

「い、痛ててて……」

「まだ無理しちゃだめよ、あなた怪我してるんだから」

 

 身体に手を添えられ、半ば強引にベッドに寝かされる。しょせん少女の細腕だ、跳ねのけることもできただろうが、こんなふうに献身的に扱われるのは初めてのことだった。それに身を委ねてみたいと思ってしまうのは、ワイズルーと喧嘩別れをして内心心細かったせいか。

 

「起きたら、旅のお話たくさん聞かせてね。──アラン、」

(……アラン……?)

 

 聞き慣れない呼び名を疑問に思いながらも、クレオンは再びとろとろとした眠りに落ちていった。

 



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25.クレオンの結婚!? 2/3

 クレオンが再び目を覚ましたときには、陽は南の頂近くにまで昇っていた。

 

「お粥、食べられそう?」

「う、うん」

 

 少女から差し出される匙を、当惑しながらもクレオンは受け入れた。先をぱくりと銜え、柔らかい粥を嚥下する。味は薄かったが、温かい。ぬくもりのある食事などしたことのない彼は、不思議な気持ちを同時に味わうことになった。

 

「良かった。この調子ならアラン、すぐ元気になるわね」

「アラン……」

 

 やはり聞き違いでなく、自分のことをそう呼んでいる。他人の空似……ということはないだろう、クレオンの外見はこの星においては唯一無二なのだから。

 

「あ、あのさぁ……」

「どうしたの?」

「さっきからアラン、アランって言ってるケド……オレ、クレオンなんだけど」

「クレオン?」

 

 大きな目をゆっくり瞬かせる少女。どうしたものかとクレオンが思案していると、彼女は唐突に花のような笑みを浮かべた。

 

「ふふ、偽名遊び?故郷の国からとったのね」

「は?国?」

「ええ、"クレイド"からとったんでしょう」

「いや、じゃなくて……」

「可愛らしい響きだけれど、あなたはアランのほうがよく似合っているわ」

 

 可愛らしいと言われると、満更でもないクレオンである。と、再びあの老婆が扉から顔を覗かせた。思わずびくっと肩を揺らしてしまうのは、落ち着いた生活というものにおよそ無縁だった反動ゆえか。

 

「お嬢様、そろそろお勉強のお時間です」

「まぁ……でもまだ、アランが食べ終わっていないわ」

「わたくしが交代いたします。ご自分の本分をおろそかにされては、アラン様も悲しみますわ」

 

 柔らかいが有無を言わせぬ言葉に圧され、少女は渋々匙を置いて立ち上がった。「またあとでね」と、切なげな瞳で言い残して去っていく。思わずその背に手を伸ばそうとして──クレオンははっとした。悪意でなく人間に自ら触れようとしたのは、初めてのことだった。しかし悪意でないならどのような感情からそんな行動をとってしまったのか。

 

 少女と入れ替わりに、老婆がベッドの傍らに腰掛ける。先ほどまで柔和な微笑みを少女に向けていたのが、突然す、と表情が消える。せっかく温かい粥が冷えていくかのようだった。

 

「ご自分でお食べなさい」

「アッハイ」

 

 食べさせてくれる気は毛頭ないようなので、クレオンは渋々匙を手にとった。ただそういう態度に、かえって安堵する部分もある。良くも悪くも、ドルイドンに対する人間の反応だ。

 そのうえで一応、訊いてみる。

 

「……あんたも、オレがアランってヤツだと思ってんのか?」

「何を馬鹿なことを」

 

 にべもなく切り捨てられる。

 

「……あっそ。じゃあ誰なんだよ、そいつ」

「お嬢様の恋人──」

 

「──だった、方です」

「へ……?」

 

 老婆の瞳が、悲しげに細められた。

 

 

 *

 

 

 

 その頃──"彼"もまた、クレオンを捜して界隈をさまよっていた。

 

「あの坊やめ、本当にワンナイト帰ってこないとは……」

 

 人間に変装できる──実際、今もどこにでもいそうな若者の姿をとっている──自分ならともかく、クレオンに街中で居場所はないはずだ。無論カサギヤの街と同じくここにも裏社会というものはあって、そういう場所ならドルイドンが出入りしていても溶け込めてしまうのだが、クレオンのいた痕跡は確認できなかった。

 

「まったく、見つけたらお仕置きがひつよ……ん?」

 

 青年に化けたワイズルーの双眸が捉えたのはクレオン……ではなく、喧嘩の原因をつくった因縁の子供たちだった。

 

 

「あ゛〜、お腹すいた……ってかもう、夕方やん」

「結局見つかんなかったなぁ、クレオンのヤツ……」

 

 海水をばしゃばしゃやりながら、エイジロウとオチャコが並んでごちる。彼らはほぼ一日クレオン捜索に費やしたわけだが──その成否は推して知るべし、であった。

 

「ショートくん、そちらはどうだ!?」

 

 テンヤが声を張り上げる。と、海の中から鮮烈な紅白頭が勢いよく飛び出してきた。

 

「ぷはっ……ダメだ。クレオン汁も見当たんねえな」

「クレオン汁……」

「ずっと水路を流されてきたなら、この辺りに漂着しててもおかしくないんだけどな……」

「自力で脱出したか、回収されたか……」

「うそぉ、一日中走り回って、こんな汗だくになってぇ……」

 

 今さら言うまでもないが、ここは常夏の南国である。オチャコなどはせめて恰好だけでも魔導士らしくしようとローブを羽織っているから、普通にしているだけでも暑いのだ。普段鎧を着込んでいるテンヤなどは輪をかけて大変なことになるので、今日はさすがに薄着である。

 

「ええなぁショートくん、気持ちよさそう……」

「!、だな!よーし──」

 

 ピコン、と頭の上に電灯を光らせたエイジロウは、何を思ったか上着を脱ぎ出した。そうしてあっという間に下着一枚になると、海原めがけて全力疾走、跳躍する。

 

「うおぉぉぉ──」

 

──ばしゃん。

 

 勢いよく着水し、水飛沫が散る。ショートが「お、」と声をあげた。

 

「なァにやっとんだ、クソ髪」

「あはは……相変わらず豪快だね」

「あーあ、私も男の子やったらなぁ……」

 

 性別ゆえ服を脱いで飛び込むなんてことのできないオチャコには悪いと思ったが、エイジロウはひんやりと冷たい海水を全身で楽しんだ。仰向けに寝そべり、顔が沈まないよう器用に足をばたつかせる。

 

「はー、きんもちイイなぁ……」

「そういうもんか。あんまり考えたことなかったな」

「ずっと海ン中いたらそうだよなぁ……でももったいねーぜ、楽しまねえと!」

「……そうだな」

 

 ショートの含み笑いをBGMに、エイジロウは夕空を眺めた。──旅の()()()()()()目的、天空に浮かぶ"始まりの神殿"を見つけ出すこと。

 

(ここでも、手がかりナシか……)

 

 目を細めても、その影すら見当たらない。村をもとに戻す日はいつ来るのか。それを一日でも早めるためには、いつまでもこの居心地の良い街にとどまってはいられない──そんな思いが、頭をもたげつつあった。

 

「──おぶっ!?」

 

 つらつらそんなことを考えていると、水飛沫が顔面めがけて飛んできた。もろに浴びた塩分が視神経を攻撃し、目を開けていられなくなる。

 

「ちょ、かっちゃん何やってんの!?」

「クソ髪がマヌケ面晒しとんのが悪い」

「いや悪いのはきみだろう!?」

 

 悪びれずニヤリと笑うカツキ。対するエイジロウも、お人好しであると同時に負けず嫌いである。目の痛みというハンディキャップを抱えながらも素早く姿勢を整え、

 

「やりやがったな、──おらっ!!」

「ッ!?」

 

 手から水鉄砲を発射する。持ち前の敏さで顔面への直撃は避けたカツキだったが、肩口を掠めたためにマントの毛皮が濡れてしまった。

 

「ちぇっ、次は外さねえぜ!」

「……てんめェ、上等だオ゛ラァァ!!」

 

 マントを脱ぎ捨てて半裸になると、カツキもずんずんと海に入っていく。仲間たちもそれを追いかけて──と、夕暮の浜辺はたちまち賑々しい場所に成り果てたのだった。

 

 

──その一部始終を目の当たりにして、ワイズルーは憤慨していた。

 

「ヤツらめ、こちらの苦労も知らないで呑気にフィーバーしおって……!うらやまけしからん!クレオン、こっそりヤツらに近づいてマイナソーを生ませてしま、え……」

 

 いつもの癖で命令しようとして、言い切ったところでようやく気づく。その"苦労"というのがそもそも、クレオンと喧嘩別れしてしまったことに端を発しているのだと。

 

「………」

 

 暫しその場にとどまったワイズルーは、結局踵を返して立ち去った。力をつけつつあるリュウソウジャーは確かに脅威だが、単独で戦おうと思って不可能な相手ではない。今はただただ、戦意が萎えているとしか言いようのない状態なのだった。

 

 

 *

 

 

 

 翌日。すっかり快復したクレオンは、少女とともに屋敷の庭先に顔を出していた。

 

「ほら見て、アラン。これ、あなたと一緒に植えたお花よ。綺麗に咲いたでしょう?」

「……あ、ああ。そうだな」

「うふふ……。あとほら、こっちも──」

 

 手入れの行き届いた庭先には、色とりどりの花が咲き誇っている。クレオンは花になど興味はなかったが、"アラン"はそうではなかったのだろう。ならば今は、彼女の説明に相槌を打ち続けるしかない。

 ふと視線を感じ、振り返る。南国の明るい色合いの木でつくられたバルコニーから、使用人の老婆が気遣わしげにこちらを見ている。視線が交錯したとき、クレオンは昨日、彼女から聞かされた事実を思い起こした。

 

 

──少女の恋人()()()という、アランという男。彼は遥か西の彼方にある、クレイド王国から海を渡ってやって来た"勇者(ヒーロー)"だった。

 戦いで傷つき、海に流れ着いていた彼を見つけたのが少女だった。少女は彼を屋敷で甲斐甲斐しく看病し続け、ふたりは傷の治りと反比例するかのようにその仲を深めていったのだという。

 

 親を早くに亡くした少女と、遥か海外から来た青年。ふたりをわかつものなど、何もなかった──"死"を除いては。

 

『リハビリも兼ねて街の外へ散策に出たおふたりは、ドルイドンの使役する怪物に襲われたのです。アラン様はお嬢様を逃がすため独りその場にとどまり──』

 

 アランは確かに少女の生命を守った。しかし恋人の死を目前にしてしまったいたいけな心は、現実を受け入れられずに壊れてしまったのだ。ゆえに、彼女は──

 

『あなた、ドルイドンの一味でしょう。……わたくしはあなた方を絶対に許しません。でも──今はあなただけが、お嬢様の心の安らぎを取り戻すことができるのです』

 

 

「──ラン……アラン!」

「!」

 

 クレオンが昨日の回想から覚めると、少女が心配そうな顔でこちらを覗き込んでいた。

 

「あ、ああ……何?」

「何か、考えごとしてたみたいだったから……」

「………」

 

 何も言えずにいると──少女の瞳が、不意に曇っていく。

 

「アラン……私、ときどき夢を見るの。あなたが、死んでしまう夢……」

「!、………」

「アランが遠くに行っている間、私はそれが現実になってしまうんじゃないかっていつも怯えてた。だから……無事に帰ってきてくれて、本当に良かった……っ」

 

 涙ぐむ少女は、これまでずっと不安に苛まれてきたのだろう。目の前に恋人がいる事実に安堵し、口元には笑みをたたえている。

 しかしそれは、幻でしかなくて──現実にここにいるのはアランなどではない、その"怪物"を生み出した仇であろうドルイドンの協力者・クレオンなのだ。

 

「……もう、行かないよ。どこにも」

「!」

 

 そう囁いて──彼女を抱き寄せたのは、いかなる感情ゆえか。自分自身、わからなかった。

 

「……ねえ、アラン。それならお願いがあるの」

「ん……何?」

 

 少女と目が合う。空と同じ色をした大きな双眸は、陽光を反射して透き通るように輝いていて。

 

「私を、あなたの妻にしてほしい」

「………」

 

 壊れているとは思えないほどに凛とした表情で、決然とした言葉だった。それが自分に向けられたものだと、思わず錯覚してしまうほどに。

 ここでそれはできないと断って、去るべきだったのだろう。人間などマイナソーを生み出す苗床、クレオンにとってそれ以上でもそれ以下でもないのだから。

 

「……わかった」

 

 しかしクレオンは、己のうちに湧きたつものを収めることができなかった。

 

 

 *

 

 

 

 少女の想いの強さゆえ、結婚式はその日のうちに執り行われることとなった。場所は屋敷の大広間、誓いの言葉を聞き届けるのは使用人の老婆ひとり。参列者はいない。少女にとっては大事な恋人・アランでも、世界にとってはドルイドンの仲間、醜悪な化け物なのだから。

 

「──あなたは健やかなるときも、病めるときも、喜びのときも、悲しみのときも、富めるときも、貧しいときも、これを愛し、これを敬い、これを慰め、これを助け、その命ある限り、真心を尽くすことを誓いますか?」

「誓います」

 

 花嫁衣装を纏った少女が、頬を染めて頷く。隣に立つクレオンも、今だけは白いタキシードを着せられていた。首から下は人間の男とそう変わらない体格なのが、こんな形で幸いするとは思ってもみなかったけれど。

 

「新郎アラン、────」

「……誓い、ます」

 

 同じ文面、同じ返答。人間というのは、つくづく非合理的な生き物だと思う。こんな儀式も、誓いの言葉も、何かあれば簡単に無に帰せるものばかりだ。

 けれど今なら、その気持ちもわかる気がする。実際に言葉にして吐き出してみると、それだけで背筋が伸びるような気さえしてくるのだ。いかに無意味で、欺瞞に満ちあふれていたとしても。

 

「では、誓いのキスを」

「………」

 

 向き合うふたり。背丈は当然クレオンのほうがあるから、ベールに包まれた表情はよく見えない。それをひらくのは新郎の役割だと、先ほど教わったばかりだった。

 果たして現れた表情は、クレオンの想像していたどんなものとも異なっていた。微笑をたたえ、赤みが差した頬。瞳は幸福そうにに細められ、愛するひとを映し出している。これほど間近に迫っても、彼女にとってクレオンがアラン以外の何ものであることはなかった。

 

──そのキスが何をもたらすのか、クレオンは悟っていた。自分の身体のことは誰より理解している、商売道具でもあるのだから。

 

 それでも今、自分はアランなのだ。

 

 近づいていく互いの顔。クレオンはそっと少女の背中に手を回した。力強く引き寄せられ、少女が驚き目を見開く。

 

 

──口づけた。

 

「………!」

 

 少女の身体に一瞬力がこもり、反動のようにくたりと抜けていく。倒れかかる身体を、クレオンはそっと抱きとめた。

 

「!、何を──」

 

 異常に気づいた老婆の声は、言葉にならぬまま途切れた。少女の身体が鈍い光を放ち、屋敷じゅうを覆い尽くす。

 

 そして、

 

 

「──アイ、シテェェェ……!!」

 

 悲鳴のような産声とともに、禍の女神が街に降臨した。

 

 

 



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25.クレオンの結婚!? 3/3

 

 夜のオウスの街は、たちまち混沌と恐慌とに覆われていた。

 数十メートルにも及ぶ巨躯を誇る、妖艶な美女の姿。その顔かたちは生みの親、別の言い方をすれば苗床となった少女によく似ていた。数年もすれば、まったく瓜二つになるだろう。

 

「アイ、シテェ……」

 

 そんな彼女──そう形容できるのかさえ不明瞭だが──は、未だ灯りがともり、人の往来が多い繁華街に目をつけた。そちらめがけて進軍を開始する。標的にされたと悟った人々が慌てて逃げ出すが、彼女の目的は彼らを踏みつぶすことではない。

 

「アアアアアア────ッ!!!」

 

 もはや言葉でもなんでもない奇声を発すると、彼女──リリスマイナソーはその掌から光の触手を放った。巨大なそれは先端が次々と枝分かれし、地上にいた人々を貫いていく。うっと声をあげて、貫かれた人々が硬直した。

 

──ぐちゅっ、ぶちゅ、じゅる、ぐちゅん。

 

 不気味な音をたてて、触手が体内で蠢き、何かを絡め取っていく。やがて背中から抜けた触手が持っていたのは、心臓の形をした光るオブジェクトだった。

 それらを自らの体内に収め、リリスマイナソーは恍惚の表情を浮かべる。月を背に佇むその姿は、行為にさえ目を瞑れば愛と美の女神の降臨した姿だと信じられていたことだろう。

 

 光る珠を抜き取られた人々は、まるで糸の切れた人形のようにその場に倒れていく。薄く開いたままの双眸からは、ことごとく輝きというものが失われていて──

 

「──あれは……!」

 

 巨大マイナソーが街中に出現したとあっては、当然彼ら(リュウソウジャー)が気づかないはずがない。駆けつけた六人は、その女神のような姿と倒れ伏したおびただしい人々の群れに一瞬、呆気にとられてしまった。

 

「ッ、いきなり巨大化してくるなんて……!」

「いったいこの人たちに、何をしたんだッ!?」

 

 その詰問にマイナソーは応えない。反応すらしない。ただ無数の光る珠に囲まれて、うっとりとし続けている──

 

 

「……あい、して……」

 

 同じ頃、宿主となった少女もまたマイナソーと同じ言葉をつぶやき続けていた。その傍らに、やはりあれを抜かれたのだろう老婆も倒れている。

 その元凶となったクレオンだけは、庭に出ていた。街からははずれた場所にあるこの屋敷からは、マイナソーの姿は夜空に投影された幻としか思われない。

 

「……愛して、か」

 

 だから人間たちのもつ"愛"を、ああいうかたちで奪い取っている。しかし愛は、それがどんな形であれヒトの根幹をなすもの。失えば心そのものが崩れ、立っていることすらできなくなる。そのまま時が経てば、生命そのものまで──

 

「やっぱりニンゲンって……どーしようもねえな」

 

 言葉とは裏腹に、クレオンは己の胸にそっと手を当てていた。

 

 

──再び、リュウソウジャー。マイナソーが現れ、人々を危機に追い込んでいる以上、彼らの行動は決まっている。

 

「──てめェら、いくぞオラァ!!」

 

 カツキが烈しい号令を飛ばし、皆がチェンジの構えをとる。それぞれのリュウソウルが、宵闇の中で鮮烈な輝きを放った。

 

「「「「「「リュウソウチェンジ!!」」」」」」

『ケ・ボーン!』

 

 チェンジャーからそれぞれの色を纏った小さな騎士たちが飛び出す。踊る。

 

『ワッセイ!ワッセイ!そう!そう!そう!』『ドンガラハッハ!ノッサモッサ!』

 

『ワッセイ!ワッセイ!それそれそれそれ!!』『エッサホイサ!モッサッサッサ!!』

 

『──リュウ SO COOL!!』

 

 周囲で踊り回っていた騎士たちが勢いよく飛びついてくる。その身が鎧──リュウソウメイルへと変わり、少年たちの全身を覆い尽くした。

 

「──正義に仕える、気高き魂!!」

 

「「「「「「騎士竜戦隊、リュウソウジャー!!」」」」」」

 

「──ワガハイたちもいるティラアァァ!!」

 

 敵が巨大である以上、自分たちの出番とばかりに、鮮紅の騎士竜、そしてその仲間たちが駆けつける。こうなってしまった以上、一刻も早くマイナソーを倒して宿主を含めた人々を、そして街を守らなければ。

 

「頼むぜティラミーゴ、──竜装合体だッ!!」

「ティラァ!!」

 

 ティラミーゴがキシリュウオーへと姿を変え、トリケーンとアンキローゼと──次いで、タイガランス、ミルニードルが鎧や矛となって装着されていく。鮮烈な赤が色とりどりに変わり、重装の竜騎士が誕生する。

 

「「「「「キシリュウオー、ファイブナイツ!!」」」」」

「──ティラァ!!」

 

 そして、

 

「──ショート!」

「ああ、──竜装合体!」

 

 海から飛び出してきたモサレックス、その従者たるアンモナックルズが合体を遂げ、

 

「キシリュウネプチューン──」

「──モッサァ!!」

 

 

 並び立つ二大巨人。目前にそんな存在が現れてなお、リリスマイナソーは歯牙にかける様子もなかった。相変わらず四方八方に光の触手をばらまき、人々の"愛する心"を吸い上げ続けている。

 

「あいつ、俺らに気づいてねえのか……!?」

「えぇっ、まさか……」

「眼中にねえってかクソが!!」

「──だったら一気に攻めたてる……!アンモナックル、ゴー!!」

 

 アンモナックルズが衝撃によって分離……否、射出される。同時にファイブナイツも、

 

「後れをとんな丸顔ォ!!」

「わかってるから怒鳴らんといて!──アンキローゼショット!!」

 

 カツキの対抗心ゆえに即座に桃色の弾丸を放つが、結果的にそれが連携を成立させた。巨大な拳魚雷より弾丸のほうが速い。そちらが先に着弾し、コンマ数秒おいて拳が炸裂する。劫火が爆ぜ、リリスマイナソーの姿が覆い隠された。

 

「やったか……!?」

 

 いや──

 

「アイ……シテェ……」

「ッ!?」

 

 炎が風に巻かれて消え去ったとき、マイナソーはその場に健在だった。その前面に半透明な光の盾が張られ、竜神たちの攻撃を防ぎきっていたのだ。

 しかも、それがマイナソーの意志で能動的に行われたのかどうかさえ判然としない。彼女は相変わらず心臓のような珠を吸収し続け、愉しんでいる。

 

「ッ、効いてないのか……!?」

「だったらッ!」

 

 前進を開始するファイブナイツ。とにかくここでは、あれ以上火力のある攻撃はブッ放せない。海岸にまで追い込まなければ。

 

「うおぉぉぉッ!!」

「オラアァァッ!!」

 

 トリケーンカッター、タイガースラッシュ、ミルニードルアタック──全身に備えたあらゆる武器から放つ攻撃で、次々攻めたてていく。平凡なマイナソー相手なら一撃一撃が牽制以上の意味をもつスキルだ。相手の反撃を許さず、追い詰める──

 

 しかしそれらは、光のバリアーによってことごとく弾かれてしまった。

 

「こいつ、硬いティラァ……!?」

「ッ、ビビんなティラミーゴ!まだまだァ、いくぜティラノバーストッ!!」

 

 バリアーに左腕──ティラミーゴの頭部を接触させ、ゼロ距離で炎撃を放つ!

 

「!」

 

 結論から言えば、この攻撃も通用はしなかった。しかしバリアー越しにも衝撃は伝わったのか、マイナソーがわずかに後方へ押しやられる。

 

「よっしゃ、これなら……!」

 

 喜びを覚えたのもつかの間だった。初めてこちらに意識を向けたリリスマイナソーの目が、キッと憤怒に染まったのだ。

 

「アイ……シテェェ!!」

 

 発される単調な台詞は、「邪魔をするな」と言っているようだった。光の触手がぶわあと広がり、ファイブナイツめがけて向かってくる。当然のようにバリアーを透過して。

 

「ッ!」

 

 今度はファイブナイツが慌てて後退する羽目になった。ナイトランスで迫る鞭を弾く。しかし触手は切り裂けず、一瞬その輪郭が歪むばかりだ。

 

「く……っ、ショートくん、援護を──」

「──悪ィ、こっちも精一杯だ……!」

 

 ネプチューンも同量の触手を捌いていた。二騎を相手にリリスマイナソーは一歩もその場を動かず、ただ付随する能力のみで圧倒している。

 

「ファイブナイツじゃかえって不利だ……!ここはスピードに長けたスリーナイツに!」

「えっ……お、おう、わかった!」

 

 イズクの提案──実質的には指示だが──が間違っているとは思わないが、それは彼と彼の気難しい幼なじみをメインファイトから切り離すということでもある。

 正直躊躇はあったが、その幼なじみも何か文句を言う様子はないから、合理的だとは思っているのだろう……舌打ちは聞こえたような気がしたが。

 

 果たしてタイガランスとミルニードルが分離してもとの騎士竜の姿に戻り、左腕にあったティラミーゴの頭部が胴体に戻ってくる。たったそれだけで、ファイブナイツからスリーナイツへのシフトが完了した。

 出力が減退する代わりにスピードの面では大きく改善された三色のキシリュウオーは、先ほどまでとは打って変わって苦もなく触手をかわしていく。そして出力──つまり全体的な技の威力が落ちたことも、今ならかえって功を奏するかもしれない。

 

「ファイナルブレードであのバリアーを破壊する……!援護してくれ!」

「わかった!タイガランス、いくよ!」

 

 タイガランス自身も図抜けたスピードの持ち主である。それも巨人の形態であるキシリュウオーと異なり、虎に似た姿をしているから小回りもきく。触手の群れを細やかにかわしつつ、その連続によって敵の注意を引きつけていく。

 ただそうなれば当然、襲ってくる触手の量も増える。タイガランス一体では捌ききれない。

 

 そこに、漆黒の影がよぎった。

 

「ミルニードルゥ!!」

 

 夜に溶けるような黒々としたボディに黄色い眼を光らせ、ミルニードルが背中の針を飛ばして攻撃する。それらが突き刺さることで、触手は一瞬なりとも動きを鈍らせる。地味な働きだがそれはタイガランスを、そしてキシリュウオーを救うことにも直結した。

 

 地味──思っても、カツキに対してだけは絶対に言ってはいけない言葉ではあるが。

 

「サンキューふたりとも、タイガランスとミルニードルも!」

 

 三人と三体をエイジロウが代表して述べつつ、キシリュウオーはいよいよリリスマイナソーに肉薄していた。光のバリアーが行く手を阻む。これさえ破れば──!

 

「「「キシリュウオー、ファイナルブレードっ!!」」」

 

 膨大なエネルギーを刃に纏わせ──振り下ろす!

 果たして、

 

「──ッ!」

 

 即座には、破ることはできなかった。剣先にバリアーが食い込み、バチバチと反発してくる。

 

「ぐ、うぅ……!」

「絶ッ対、ブチ破る……っ!」

 

 バリアーさえ破ってしまえばと、闘志を燃え上がらせる三人と三体。しかしリリスマイナソーは、その姿を前に妖艶な笑みを浮かべてみせた。

 

「ッ!──貴様ら、離れろ!!」

「え──」

 

 ネプチューン──もとい、モサレックスの焦ったような声。その言葉に彼らが従うより先に、バリアーがかたちを変え、

 

──鋭い槍のごとく変形したそれが、キシリュウオーを貫いていた。

 

「……!?」

「ティ、ラァ……」

 

──ぐちゅっ、ぶちゅ、じゅる、ぐちゅん。

 

 キシリュウオーの体内で槍が柔らかく"何か"を絡みとり、抜け出ていく。やはりというべきかそれは、光り輝く心臓のような珠だった。

 たちまちキシリュウオーは瞳から光を失い──ゆっくりと、その場に倒れ伏す。意志がなければ巨人の姿は維持できない。果たしてキシリュウオーはティラミーゴの姿に戻り、ぴくりとも動かなくなった。当然、トリケーンとアンキローゼも放り出されてしまう。

 

「い、痛ったぁぁ……!」

「ッ、みんな大丈夫か!?」

 

 テンヤの声が響き渡る。果たしてエイジロウはそれに応えたけれど。

 

「ティラミーゴが……!」

 

 ティラミーゴは愛する心──魂の一部を損じ、モノ言わぬ人形となって倒れ伏している。リリスマイナソーはそれを貪り、身を震わせて悦んでいる。およそ許しがたい、おぞましい姿だった。

 

「ッ、ディメボルケーノ、来てくれ!!」

「──もう到達したわぁ!!」

 

 相変わらずの大声とともに、橙の鮮やかなボディが勇躍した。その巨大な口から火炎が放たれ、リリスマイナソーに襲いかかる。尤もマイナソーは咄嗟に槍を球状へと戻し、それをも防いでみせたのだが。

 

「くっ……なんだあのマイナソーは!?これまでにない邪悪な気配だ……!」

「貴様も感じるか、兄弟!」モサレックスも同調する。「奴は、普通とは違う……!」

 

「アイ、シテェェ……!!」

 

 リリスマイナソーを構成する欲求──愛欲は、その根深さゆえに強大なエネルギーたりえていた。そしてそれは、永遠に満たされるものではなくて──

 

「ティラミーゴがやられてしまうとは……!」

 

 騎士竜たちはまだ残っている。しかしキシリュウオーとなる要のティラミーゴを失ってしまったことは、間違いなく痛手だった。

 

「ッ、海岸まで追い込むのは無理だ……。これじゃあ──」

「──でも、動けない人たちがこんなにたくさんいる!」イズクが反駁する。「彼らに万が一にも何かあったらいけない!」

 

 それに、ネプチューンのトルネードストライクでもバリアーを破りきれるかどうか。道中多少なりとも実験した感触だが、威力はファイナルブレードと同等かやや上回る程度だ。ほぼ単騎でそれほどの威力を発揮できるだけ、モサレックスは強力な騎士竜ともいえる。

 

「チッ……──クソ髪ッ、コスモラプターを呼べ!!」

「!、そうか、あいつらなら──」

 

 単なる破壊ではない、他と一線を画した()()の、宇宙の力なら。

 

 暗闇に陥ったティラミーゴの中、勇猛の騎士はコスモソウルを握りしめた。

 

「シャドーラプター、シャインラプター……頼む。もう一度、俺たちに力を貸してくれ!」

 

 祈りを込め──コスモソウルを頭上に掲げる。

 闇に溶け込むような濃い紫の中で、星のような煌めきが無数に瞬くのがわかった。

 刹那、

 

『そなたの願い、聞き届けよう』

 

 男女の声が折り重なったような、凛とした声が響き渡る。そして──空間を裂いて、一対の騎士竜たちが姿を現した。

 黒き闇の騎士竜シャドーラプターと、白き光の騎士竜シャインラプター。対称の動きを見せる彼らは、現実と鏡面とが溶けあうようにひとつの騎士竜へと回帰する。その名も騎士竜、コスモラプター。

 

 その到来を認めたレッドは、自らティラミーゴの体内から外に飛び出した。

 

「っし……あんがとなコスモラプター!──ショート、あとはおめェに任せたっ!!」

 

 そして言うが早いか、コスモソウルをキシリュウネプチューンめがけて投げ渡す。たちまちソウルは巨大化し、ネプチューンの新たなる頭部へと姿を変えた。

 

「任せろ、──竜装合体!」

 

 そしてコスモラプターが身体の一部となる。右手にカガヤキソード、左手にクラヤミガン──そして目には見えない、宇宙(コスモ)の加護。

 その名も、

 

「キシリュウネプチューン、コスモラプター!」

 

 降臨した海神。その勇姿めがけて、リリスマイナソーは構わず光の触手による攻撃を再開した。彼女にしてみれば、攻守一体の光波バリアーがある限り、相手がどんな形態をとろうと戦法を変える必要などないのだ。

 だが、コスモラプターは他の騎士竜たちとはひと味違う。

 

「──はっ!」

 

 カガヤキソードが光を纏い、一閃。洩れ出した光輝は直接刃を当てずとも触手を弾き返すだけのエネルギーをもっていた。それでいて、リュウソウゴールドとモサレックスの息の合ったアクション。

 触手の猛攻が緩んだところで、ネプチューンはすかさず右腕の暗闇銃(クラヤミガン)を構え──発射した。

 

「アイシテェ……」

 

 その声はほくそ笑んでいるかのようだった。実際、キシリュウオースリーナイツの必殺技でも破りきることはできなかったのだ。普通の弾丸が通用するはずがないと思うのも、無理からぬこと。

 

 しかし放たれた漆黒の弾丸がバリアーに接触した瞬間、彼女にとっては驚くべきことが起きた。

 弾丸はあっさりバリアーを透過し、彼女自身に迫ったのだ。

 

「アイシテェッ!?」

 

 エネルギーの塊に貫かれ、悲鳴とともに後退を強いられる。いったい何が起こったというのか、まったく理解が及んでいなかった。

 

「──シャドーラプターのタマは暗黒物質(ダークマター)……ってヤツらしい。暗黒物質には空間をねじ曲げる力がある。どんな強固なバリアーだろうと、空間と空間をすり抜けちまえば無意味……らしい」

「伝聞かよ」

「悪ィ、モサレックスに聞いた」

「教えた!」

 

 心なしか胸を張るキシリュウネプチューン。兎にも角にも、この好機を逃さない。

 

「いくぞ──」

 

「──キシリュウネプチューン、コズミックブレイカー!!」

 

 クラヤミガンに最大限のエネルギーを込め──最大級の暗黒物質弾を発射。その瞬間、同時にカガヤキソードを十字に振り下ろす。

 

 闇に光をぶつける。一見すると相反する力が相殺され、消えてしまいそうな行為。

 しかしながら、コスモラプターに限ってはそうではない。光と闇が共存し、ひとつの世界を創り上げている──その象徴のような存在なのだから。

 

「ァ、アイシテェ……!」

 

 バリアーが無意味と悟ったリリスマイナソーは、光の触手を群がらせて己の身を守ろうとしていた。大元の構成要素が同じである以上、かたちを変えたところで同じことなのだが。

 果たしてマイナソーは、触手もろともその身を貫かれ──

 

「アイ、シ、テェ──!!?」

 

 ただ貫かれるだけに終わらない。その先で弾丸は空間の歪みを、空間の歪みはブラックホール──異世界との通気孔を生み出す。

 そしてそれは、死の宣告と同義でもあった。抵抗など無意味だ。なすすべなく、彼女はブラックホールの向こう側へ吸い込まれていき、

 

 そして──閉じた。マイナソーは、斃れたのだ。

 

「……俺たちとの出逢い、後悔しろ」

「──ティラァ!!」

「おっ、ティラミーゴ!もとに戻ったか、良かったぁ……」

 

 ティラミーゴが戻ったということは、街の人たちもだ。ひとまずはこれで一件落着だと、騎士たちは胸を撫でおろしたのだった。

 

 

 *

 

 

 

「敗けちまった、か……」

 

 リリスマイナソーの最期を見届けて、クレオンはため息をついた。思わぬ強力なマイナソーだったが、そんなことはどうでも良いことだった。

 

 とぼとぼと屋敷に戻ると、宿主だった少女が目を覚まそうとしているところだった。駆け寄ろうとして──思いとどまる。このあとに何が起こるか、彼は薄々予感していたのだ。

 

「ん……、私、何を──」

 

 怪訝そうに辺りを見回していた少女の目が、程なくして立ち尽くすクレオンを捉えた。視線が交錯する。

 

「あ──」

 

 それでもと、一歩を踏み出そうとしたときだった。

 

 

「嫌ぁああっ、化け物──ッ!!」

 

 恐怖に満ちた少女の叫び。それと同時に、彼女の抱えていたブーケが投げつけられる。祝福でなく、排除のために。

 

「アランが……!あなたたちがアランを……!──消えて!早く、消えてよぉ……っ!」

 

 憎しみより、哀惜のあまり泣き出す少女は、この世界においてあまりにか弱い存在だった。きっと自分の腕ひとつで、その細い首をへし折ることなどわけないだろう。

 

「………」

 

 しかしクレオンは、黙って踵を返した。──マイナソーに一度魅入られたことで、彼女は狂気の中から抜け出してしまったのだ。それが彼女にとって僥倖であったか否か、クレオンが知ることはない。もはや彼女に、会うことは二度とないのだから。

 

 独り立ち去ったクレオンだったが、その行く先に待ち受けている者がいた。

 

「!、……ワイズルー、さま」

「………」

 

 何も言わず、彼はそっと手を差し伸べてくる。彼の想いを感じとったクレオンは、昨夜のことを水に流してその手をとった。自分は結局、彼らドルイドンとともに歩むしかないのだ。一度、それをよしとしてしまった以上は。

 

(オレの居場所は、()()にしかないんだ)

 

 涙をこらえ、怪物たちは去ってゆく。

 

 

 つづく

 

 





「Nice to see you、デク」
「きみとこんなところで再会えるなんて……!」
「飛んでいる!僕ら、飛んでいるぞ!!」

次回「天空のロディ」

「俺だって……っ、ーー俺の騎士道、見せてやる!!」


今日の敵<ヴィラン>

リリスマイナソー

分類/アンノウン
身長/49.9m
体重/644t
経験値/606
シークレット/いずれの属性にも分類不可能な、謎のマイナソー。宿主となった少女が成長したような姿、つまり人間の女性の形態をとっているが、その戦闘能力はマイナソーの中でも上位にある。光の触手で人々の愛する心を奪い取ったほか、光をバリアーに変えてあらゆる攻撃を防いだぞ!
ひと言メモbyクレオン:………。


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26.天空のロディ 1/3

単発ゲストにもかかわらず十傑入りのソウルくん
作者も大好きソウルくん
内通者ショックと同時に来てどういう気持ちでいればいいかわからない月曜日でした

どうでもいいですが人?名入りサブタイが3話連続で続いてしまいました


 オウスの街の西方に広がるステップ地帯で、巨人と巨獣とが死戦を繰り広げていた。

 

「ッ、ショート、モサレックス!合体だ!」

「──ああ!」

 

 "竜装合体"──キシリュウオーディメボルケーノとキシリュウネプチューンがひとつとなり、より巨大かつ重厚なる竜神が誕生する。

 

「いくぜ、ギガントキシリュウオー!」

 

 ティラミーゴとモサレックスとディメボルケーノ、それぞれ単騎でも絶大な力を誇る騎士竜たちの集合体である。並のマイナソーに対抗できるはずがない。攻撃をすべて弾き返され、その何倍にも及ぶ猛攻に追い込まれていく。

 そして、

 

「とどめだ──」

 

「「ギガント、ダブルバイトォ!!」」

 

 両腕のティラミーゴヘッド、モサレックスヘッドを交互に叩き込む。紅蓮の炎と黄金の雷を併せた力に、マイナソーは耐えきれず爆散したのだった──

 

「っしゃあ、勝った!」

「たりめーだ、喜んでねーでとっとと行軍再開すっぞ」

「……もうちっと労ってくれよなぁ。なぁ?」

「ティラァ!!」

 

 

 *

 

 

 

 ワイズルーとクレオンが、西方へ向かった。

 旅人等からの目撃情報を総合してそう判断したリュウソウジャー一行がオウスの街を出立して、既に三日が経っていた。その間彼らが行きずりにつくったのだろうマイナソーと遭遇戦を演じること、幾度目かにもなる。

 

「目指すは、西!」

「西!お母ちゃんお父ちゃんの故郷があったところやぁ……」

「マスターレッドもな!」

 

 そういうわけで、特にエイジロウとオチャコはわくわくしていた。無論これまでとは異なる、険しい化外の地であることは承知している。砂嵐が吹き荒れ、照りつける太陽を妨げるものもろくにない灼熱の世界だと。そういった環境もあり、リュウソウ族の多くは東方の村に移住してきたわけだが、大勢いる人間たちはそうではない。未だあちこちに集落や街を築き、生活を営んでいる。

 無論、メリットもある。激しい熱波と砂嵐を嫌ってか、ドルイドンもあまり寄りつかないのだ。厳しい環境ゆえに、安寧が約束された地。しかしそこに、ワイズルーは食指を伸ばそうとしている。

 

 平和を破らせはしない。そのために、エイジロウたちは新天地へ向かい歩を進める──

 

──のだが、

 

「な、なんだよこれ……!?」

「………」

 

 行く手に立ちふさがる光景を前に、一行は言葉を失っていた。──断崖絶壁。ひと言で言い表すならそんなところだが、その先に続く大地もあちこちが隆起して歪な峡谷を形作っている。

 

「西への道は、かくも厳しいものなのか……!」

「……いや、違うよ。前はこんなじゃなかった」

「前にも言ったろ、大陸のあちこちで地殻変動が起きとる。ここもたぶん、そう以前のことじゃねえはずだ」

「……ワイズルーたちは、本当にここを渡ったんでしょうか」

「まあ、連中はドルイドンだからな。どうにでもするだろう」

 

 しかし自分たちはそうではない。人間より平均して身体能力の高いリュウソウ族、その中でも選びぬかれた騎士たちとはいえ、ここを越えていくには相当難渋するだろう。誤解されたくないので口にはしないが、普通の人間の子供であるコタロウだっているのだ。

 

「何か渡る方法を考えなければな……」

「………」

「──デクくん、どうかした?」

 

 なんともいえぬ表情を浮かべていたイズクは、それに気づいたオチャコの問いにはっと笑顔を浮かべた。

 

「い、いやぁ……空を飛んでいけたらな、って思っただけ」

「空!」

 

 その瞬間オチャコの脳裏に浮かんだのは、自分を先頭にした長箒に皆で跨りびゅんと飛んでいく姿。

 

「……ごめぇん、私がいつまでも魔法覚えないばっかりに」

「!、い、いや違っ、そういうことじゃなくて……!」

 

 オチャコのコンプレックスを無自覚につついてしまったことに気づき、慌てて弁解するイズク。その一挙一動を嘲るように鼻を鳴らしつつ、カツキは峡谷の遥か向こうに目をやった。

 

「……空、なァ」

「カツキ?」

「………」

 

 と思ったら、あっさり踵を返す。長年一緒にいるイズク以外は、まだまだ彼の行動を読みきれない。

 

「おい、どこ行くんだ?」

「ここでウダウダやってるより、地元の連中にハナシ聞いたほうが早ぇだろうが。別について来たくねえなら来んでいいぞ」

「そんなこと言ってねえだろ〜?まったくもー、すぐそうやっておめェは……」

 

 その独断専行にはなんだかんだついていく一行だが、当然訊くべきことは訊いておきたい。まあカツキも最近どこまで本気で突き放そうとしているか、というところなのだが。

 

 

 *

 

 

 

 ステップ地帯を南に二時間も歩いたところに、ヤービン村という小さな集落がある。南国情緒あふれるオウスの街と異なり、イモの栽培や家畜の飼育によって生計を立てている質素な村だった。

 

「なんか、私たちの村思い出すなぁ……」

 

 オチャコのつぶやきに、エイジロウとテンヤも同意を示す。旅に出て数ヶ月──リュウソウ族の時間感覚ではさほどの期間ではないはずだが、村でのことは既に懐かしい記憶になりつつある。郷愁に駆られるスリーナイツにショートが無邪気に話しかけた。

 

「お前らの村か。もとに戻ったら、俺も行ってみてぇな」

「!、お、おうもちろん!大したもんはねえけど、ウチにも遊び来いよ!」

「うちにも是非来てくれ!皆、喜ぶと思う!」

「うちのごはんめっちゃ美味しいよ!」

「そうか、楽しみだな」

 

 そのときはコタロウや、仲間になった騎士竜たち皆で──村の人々、とりわけ騎士団の面々は大いに驚くだろう。その日が楽しみだ、だからこそ──

 

 決意を新たにするスリーナイツを尻目に、風を冠する幼なじみふたりは村人からかの峡谷について聞き出すことに成功していた。

 

「じゃあやっぱり、あの峡谷は最近になってできたものなんですね」

「ああ。元々西のほうとはそれほど交流もなかったし、あれのおかげで砂が飛んでくることも減ったから、ウチの村としちゃかえって有り難いんだけどねぇ」

「あんたらはそうかもしれねーが、俺らはいい迷惑しとるんだ」

「かっちゃん、言い方……」

 

 イズクがやんわり注意するが、幸いにして村人の男に気を悪くした様子はなかった。

 

「西へ行きたいのかい?だったら、"運び屋"に頼むといいよ」

「運び屋?」

「少し前にウチの村に住み着いた、あんたたちくらいの男さ。でかい鳥を手懐けてて、そいつに人や荷物を乗せて空を飛ぶんだ。オレも乗せてもらったが、速いし怪物に襲われる心配もないし、何よりすごく気持ちいいぜ」

 

 「ちっと怖いけどな」とからから笑いながら、頭上を見上げる村人。──と、その目がまさしくそのものを捉えた。

 

「ウワサをすれば、戻ってきたよ」

「!」

 

 つられて上空を見やるふたり。──果たして彼らの対照的な色をした瞳は、揃って見開かれていた。

 

「あれ、まさか──」

「デク、行くぞ」

「うん……!──ありがとうございました!」

 

 村人にお礼だけ言って、戻ってきた大鳥を追って駆け出す。突然のことに戸惑うエイジロウたちも、彼らを追って走るほかなかった。

 

 

 怪鳥と言うべき巨大な鳥は、そのまま村の片隅にある川の傍に着陸した。背中から、するりと複数の人影が降り立つ。

 

「ふぃ〜、お仕事終了!おつかれさん、ピノ」

「Pi!」

「ロディおにいちゃん、わたしたちは〜?」

「へいへい、お前らもおつかれさん。ロロ、ララ」

「へへ、にいちゃんもおつかれさま!」

 

 それは三人の少年少女だった。うちひとりは青年と呼んでも差し支えない年齢で、上背もある。皆共通して、この辺りでは見かけないような彫りの深い顔立ちをしている。そして"にいちゃん"という呼称から、彼らはきょうだいであるようだった。

 

「きょうも稼いだことだし、ぼちぼち食材恵んでもらいにいきますかね。なに食いたい?」

「僕、ハンバーグ!」

「わたしも!」

「オーケーオーケー。じゃあピノ、ここで待ってな「!、Pi!Pii!!」──うおっ、どした!?」

 

 急に鳥が翼をばたつかせて騒ぎ出したものだから、少年たちは当然びっくりした。いつもなら、こんな喚き方はしないのだが。

 そのとき、

 

「──ロディ!!」

「!」

 

 同じ男にしては甲高い、柔らかな声音。かつて聞いたのと然程も変わらないそれに、ロディと呼ばれた少年は弾かれるように振り返った。

 そこに立っていたのは、

 

「──デク……?」

「ロディ……!」

 

 彼──イズクはそのまま、躊躇なく川に入って駆け寄ってくる。浅い清流だが、脛あたりまでは水に浸かってしまうだろうに。尤もそれを気遣う余裕は、ロディにもなかった。

 

 川を飛び越えてきたイズクは──その勢いやまず、ロディに飛びついた。

 

「うおっとぅ!?……おいおい、いきなり熱烈だな、勇者サマ?」

「だって、きみとこんなところで再会()えるなんて……!」

「……ああ。Nice to see you(久しぶり)、デク」

 

 ロディだけではない。ロロもララも、ピノと呼ばれた大鳥も皆、イズクの傍に群がっている。その光景を目の当たりにして、追いかけてきたエイジロウたちは当然ながら戸惑った。

 

「あ、あのデクくんが自分から飛びついていくなんて……!」

「しかも呼び捨てとは……」

「カツキ。あいつとおまえたち、どういう知り合いなんだ?」

「ア゛ー?どういうも何も、ただの知り合いだわ」

「なるほどな、ダチか!」

「ンなこと言ってねーだろうがクソ髪ィ!!」

 

 キレるカツキへの対処に困っていた一同だったが、向岸のイズクは早くこっちにおいでと手招きをしている。幸いすぐ傍に小さな橋がかかっていたので、皆そちらから川を渡ったのだった。

 

 

 ロディの自宅までの帰途を歩きながら、イズクは彼らのことを紹介した。

 

「彼はロディ。で、この子たちが弟妹のロロくんとララちゃん。それと──」

「──ピノ。俺の相棒さ」

 

 ロディが引き継いで言う。「Pi!」と、ピンク色の大鳥が鳴いた。

 

「やっぱりこの子、ピノなんだ……。随分でっかくなったね」

「懐に余裕できたから、一緒にメシ食わせてたらどんどん成長して、コレよ。おかげで()も叶えられたってワケさ、肩に乗せてやれねえのが玉に瑕だけどな」ピノの翼を撫でつつ、「にしても、カッチャンも久しぶりだなぁ。ロロとララはデクよりカッチャンのほうが好きかぁ?」

「カッチャン言うな!」

 

 マントにひっつく子供たちを、カツキは鬱陶しげに振り払っている。しかしその仕草すら、どこか親しげで──

 

「ロディとは、昔オセオンっていうここからずーっと西にある国で出逢ったんだ。そこで大きな事件に巻き込まれて──」

「──この勇者サマふたりに救けてもらったってワケ。あ、ひょっとして、こいつらもリュウソウ族のお仲間?」

「!?」

「うん、そうだよ!同じリュウソウジャーなんだ」

「!!?」

 

 エイジロウたちは当然ながら驚いた。このロディという少年、リュウソウジャーならまだしも、リュウソウ族のことを知っている?

 

「リュウソウ族のことまで、彼に話しているのか?」

「ア゛ァ?なに言ってやがる」

「だって、あんまり言いふらしたらあかんって言うとったやん……!」

 

 昔の話とはいえ、それを自ら──昔?

 

「昔って、いつ?」

「ああ……昔って言っても、そんな前じゃないよ。七、八年くらい前かな」

 

 確かにリュウソウ族基準の七、八年は昔というには最近だが、問題はそこではなかった。

 

「それだとロディさん、まだ子供だったんじゃないですか?」

 

 コタロウの言葉が真理だった。さらに五、六歳くらいにみえる末の妹のララなどは、生まれてすらいなかったのではないか。しかしイズクもカツキも、当然のようにロディを対等に扱っていて、ララのことも知っている──

 

「まさか、おまえたち……」

「──そ、」

 

 不意に立ち止まったロディが、悪戯っぽく笑って告げた。

 

「俺たちも、リュウソウ族ってワケ♪」

「………」

 

「えぇぇ────ッ!!?」

 

 本日二度目の驚愕だった。

 



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26.天空のロディ 2/3

ロディを仮面ライダーメテオに変身させたい


 

「それにしても、ほんとに驚いたよ。いつオセオンからこっちに来たの?」

 

 ロディの自宅に場所を移して、旧交を温めるやりとりは続いていた。イズクたちの旧友というだけで興味津々だったエイジロウたちだが、相手がリュウソウ族ともなればその感情は天元突破しかかっている。それにあてられて、ロディは苦笑気味に応じた。

 

「半年くらい前だな。っつってもオセオンの中であちこち移動はしてたけど。──で、お前らは未だにドルイドンと戦ってんの?」

「もちろん!かっちゃんも僕もあれからさらに腕を磨いたし……まあ僕はまだまだだけど……何より、リュウソウジャーが六人になったんだ。遠くない将来、必ずこの世界に平和を取り戻してみせるよ!」

 

 イズクが自信に満ちた笑みを浮かべてそう告げる後ろで、ロロとララにくっつかれているカツキがけ、と毒づくのがわかった。ふたりとも確かに成長はしたようだが、中身は相変わらずのようだ。尤も自分も、偉そうに人を品評できるほどできた人間ではないが。

 

「で、その一環として西へ行きたいって?」

「一環……ま、まぁそうだね。それで、きみたちの力をまた借りたいんだ。お願いできないかな?」

「そりゃもちろん大歓迎だぜ、なんたって運び屋だからな。とはいえあの峡谷を越えるとなるとお代はそれなりにいただくことになるけど」

「いくら?」

「10万ユール」

 

 ユール?エイジロウたちが首を傾げるのに対し、イズクはというと、

 

「……高すぎる……!」

「……」

「………」

「……ふっ、はは。はははは!」

「ふふふふ……っ」

 

 睨みあったかと思うと急にふたりして笑い出したので、皆は尚更戸惑った。そのやりとりの意味がわかるのは、当人らを除けばカツキくらいなもので。

 

「はは、まァ実際には……こんくらいだな」

 

 さらさらと紙に計算を記しつつ、提示する。それでもなかなかの金額に、イズクは顔を顰めた。

 

「……もう少し安くならない?」

「おいおい、こっちは速さと安心安全の保証付きでこのお値段なんだぜ?いくらトモダチでも、これ以上はまけらんねえよ」

「……だよね、はぁ」

 

 懐に余裕があるわけではない一行である。というか旅するにあたって大量の金子など持ち歩けないので、どうしても宵越しの金は持たない主義になってしまうのだ。

 そのあたりの事情は、自分たちも流浪していた身であるから一応把握しているロディである。一応は旅人向けの商いであるから、金額もぎりぎりの線を攻めているつもりだ。

 

「どけや、クソデク」

「!」

 

 と、ここで難敵が現れた。ロロララ兄妹を振り切ってテーブルについたカツキは、見積メモを睨むなり即座にこう言った。

 

「安心安全は要らねえし、てめェにゃ期待してねえ。どうせろくでもねーことが起こるに決まっとる。だから三割まけろ」

「おいおい、そりゃあんまりだぜカッチャン……」

「か、かっちゃん!いくらなんでも三割は……ロディだって商売なんだし──」

「原価考えたらぼったくりも良いとこだろーが」

 

 そこを突かれると弱いロディである。まあ元々、彼らと本気の価格交渉をしようなどという気はない。一応、こちらのやり方というものを見せただけだ。

 

「……オーケーそれでいこう。ただし出発は明日な、ピノも休ませてやらにゃならん」

「ま、しょうがねえ。明日の日の出にまた来る」

 

 そう言って立ち上がると、カツキはさっさと家を出ていく。旧交を温めると上述したが、彼に対してはおよそ通じない言葉である。ロロたちの「泊まっていけばいいのに」という投げかけにもまったく後ろ髪引かれる様子はなかった。

 

「あ、僕は泊まっていっていいかな?話したいことがまだまだあるんだ」

「良いぜ。ただし宿泊代、追加な」

「抜け目ないな……わかったよ」

 

 苦笑するイズク。一方、ここまで置いてけぼりのエイジロウたち。

 

「お生憎、お客さん用のベッドはひとつしかないもんでね。あんたらも用が無いなら帰りな、ここの宿屋はそこそこのもんだぜ」

「お、おう……。じゃあまた明日……」

 

 入り込む余地もない。イズクを除く五人は結局、カツキのあとについて辞去するしかないのだった。

 

 

「にしても、まさかこんなとこで仲間に出逢うとはなぁ」

 

 ロディの教えてくれた宿屋への道すがら、エイジロウはそんなつぶやきをこぼした。リュウソウ族は人間とは比べるべくもないほど人口が少ない。まあ異なるのは寿命の長さと身体能力くらいで、外見は一緒だし、ショートを見ればわかるように交配も可能なのだ。案外その辺の旅人が実は、ということもあるのかもしれないけれど。

 

「でもロディさんたち、見るからに西方の国の人って外見でしたね。リュウソウ族にも人種とか、あるんですか?」

「えー、どうなんだろ……なぁ?」

「どうなんやろ……なぁ?」

「ムッ!?……ぼ、俺は特に聞いたことはないが、混血の関係でそうなることはあるんじゃないか?たとえば髪色ひとつとっても、ショートくんは紅白に分かれているし、カツキくんは白金色だろう」

 

 リュウソウ族と人間の違いといえば、血統の濃さも挙げられる。だからリュウソウ族の母と人間──数十分の一はリュウソウ族の血も入っているが──の父の間に生まれたショートはリュウソウ族の特徴を完全に有している。そのため血縁が濃くなりすぎることを嫌い、人間の里で暮らし、人間と結ばれる者もいた。ロディの先祖もそうだったのだろう。

 

「そういやカツキ、オセオンで巻き込まれたっつー大きな事件って、どんなんだったんだ?」

「あ゛ー?」立ち止まりつつ、「別に。病巣取り除いてやっただけだわ」

「病巣?ロディくん、病気やったん?」

「違っげえわアホ、ボケ、カス」

「言い過ぎちゃう!?」

「まったくきみというヤツは……。──しかし、きみにもああいう友人がいて安心したぞ!」

「ロロとララだったか、あのチビたちにも懐かれてるみたいだしな」

「ッッざっけんな!!ダチじゃねーし懐かれてもねーわ!!」

「イイじゃねーか。おめェの漢らしさは万国共通、わかるヤツにはわかるってもんだぜ!」

 

 エイジロウに無理矢理肩を組まれ憤慨するカツキ、その姿を前に微笑む仲間たち。新天地へ向かおうという前夜でも変わらぬ、ささやかな日常の光景だった。

 

 

 *

 

 

 

 そして、すっかり日が暮れた頃。

 

「はぁっ!」

「ッ、おっと……!」

 

 静かな川辺に、剣戟の音が響いていた。リュウソウケンを構えるイズクと、それには劣るが立派な長剣を振るうロディ。いずれも素早く柔軟な身のこなしで、一歩も譲ることがない。

 

「おにいちゃん、まけないでー!」

「デクさんもがんばれー!」

「Pi〜!」

 

 無邪気な応援の声が響く。既に勝負は佳境だった。イズクが一気に距離を詰めようとする。

 そこに、

 

「ようこそ、──喰らいな!」

「うわっ!?」

 

 鋒がかっと光を放つ。不意打ちに思わず目を瞑るイズク。それこそ、ロディが待ち望んだ瞬間だった。

 

「おらぁッ!!」

「──!」

 

 獲物の脳天めがけて、刃を振り下ろす──!

 

──しかし、

 

「……ッ!?」

 

 息を呑んだのは、ロディのほうだった。

 目を閉じたまま振るわれた一撃が、彼の剣を弾き飛ばしてしまったのだ。

 飛翔した剣が、そのまま川面に突き刺さる。目を丸くしたロディは……ややあって、両手を挙げて降参の意を示した。

 

「……俺の負け。あーあ、相変わらずベイビーみたいなツラしてクソ強いな、デクは」

「まだまだだよ、僕なんて。それにロディもさらに動きが良くなったじゃないか。身体も前よりがっちりしてるし」

「へへっ。おかげさまで食糧事情も改善したしな。今ならカッチャンのカッコしてもサマになると思うぜ?」袖を捲って力こぶを見せつつ、「……ほんと、今の俺らがあるのはおまえとカッチャンのおかげだよ」

 

 そう──イズクたちと出逢うまで、ロディたちきょうだいは流浪に流浪を重ね、とにかく死なないためだけに生きてきた。ロディに至っては、弟妹を養うためにと非合法の仕事にまで手を出していたのだ。そのために、()()事件にも巻き込まれてしまった。

 

「確かにあのとき、僕らはきみたちを救けた。でもそれからのことは、間違いなくきみたちが自分の手で掴んだものだ。誇って良いんだよ、ロディ」

 

 はにかみながらもそう断言するイズクは、年下で、口にもした通り赤ん坊のような顔をしているくせに、随分と大人びて見える。胸が詰まるような気持ちを誤魔化すために、ロディは努めて戯けた笑顔をつくった。

 

「わーってるっての。別に全部が全部お前らの手柄だとは言ってねぇしぃ〜」

「うぐっ、相変わらず辛辣……」

 

 辛辣なのは幼なじみで慣れているはずなのだが、彼とはまた方向性が違うので、これはこれで刺さるのだった。

 

「さぁて、腹ごなしも済んだし、とっとと風呂沸かしますかね。ロロ、ララ、手伝え」

「「はぁーい!」」

「あ、僕も手伝うよ!」

 

 小柄とはいえ、並みの男よりは腕力のあるイズクである。川からの水汲みなどは十八番だった。尤も手先はあまり器用ではないので、その他の仕事はロディたちきょうだいの領分だったが。

 

 

 *

 

 

 

 翌朝。エイジロウたちが再び訪れた頃には、既に出立の準備が完了していた。

 

「お待ちシテオリマシタ、お客サマ。ピノ航空が快適な空の旅をお約束イタシマ〜ス」

「「イタシマ〜ス!」」

「Pi!Pi!」

「いいから早よしろや、ひと晩待ってやったんだ」

 

 カツキの容赦ないひと言に唇を尖らせるロディ一家。ピノも怒って威嚇しているが、彼の背にはしっかり固定された座席が複数設置されている。

 

「俺たち、背中に乗るのか」

「そりゃそーだろ。まさか足にぶら下がって飛ぶと思った?」

「いやそうではないが……我々全員が乗ったらかなりの重さになるが、大丈夫なのか?」

「大丈夫!」ロロが自信満々に言う。「ピノは力持ちだし、積載可能重量はちゃんと計算して試行もしてるからね」

「せ、セキサイカノー……?」

「ガキにアタマ負けてんぞ、丸顔」

「ロロくんは賢いからね。……あぁいやオチャコさんが賢くないって意味じゃなくてっ!」

「……いいもん、どうせ私は脳筋の騎士だもん……」

 

 いじけてしまったオチャコにイズクが平謝りするひと幕もありつつ、一同はピノの背に乗り込んだ。ロディが一番先頭のシートに座る。船の舵輪のようなものが首のあたりにくっつけられていて、どうやらそれでピノの進行方向を制御するらしかった。

 

「ピノの体調、よし!」

「進行方向の天候、よ〜し!」

「障害物、ナシ!」

 

「お客サマがた、Are you ready(覚悟はいいかい)?」

「え──」

「──Go!」

 

 それは形式的な問いでしかなかったらしい。ピンク色の翼を広げ、ピノが地を蹴る。羽ばたきとともに身体が地上から離れ、ぐんぐんと上昇していく。

 

「うおぉぉぉぉ──ッ!?」

「飛んでいる!僕ら、飛んでいるぞ!!」

「み、耳がキーンってするぅぅぅ──」

 

 さらには強烈な突風までもが襲いくる。一行の身はベルトで椅子に固定されているのだが、それでも放り出されてしまうのではないかという本能的な恐怖は免れない。

 結局、ピノが上昇をやめて姿勢を水平にしたのは、村の家々が豆粒のようになってからだった。

 

「すげぇ、やべえな」

「……王子と思えない語彙力になってますよ」

 

 呆れるコタロウの傍らで、膨らんだ荷物入れがぶくぶくと動く。それを見つけたロロが訊いた。

 

「そういえばこれ、何が入ってるの?動いてるけど」

「ああ、それは──」

 

 そのときだった。がま口を強引にこじ開けて、恐竜ヘッドが飛び出してきたのは。

 

「ティラァッ!!」

「うわぁ!?」

 

 ロロがのけぞるのも無理はなかった。小さくとも迫力満点のティラミーゴである。まあ座席に固定されているおかげで、落ちたりする危険はないが。

 

「高いティラ!みんな見るティラ!!」

「どれどれ……ムゥッ、こ、これは!?……俺は好かん!!」

 

 顔を出したかと思うと即座に引っ込むディメボルケーノ。他の騎士竜たちの反応も様々で。

 

「騎士竜か、まァた一段と賑やかになったな。でもなんか小さくねえ?」

「リュウソウルの力で小さくしてるんだ。ずっとってわけにはいかないけど、こういう必要なときには一緒に行動できるし」

「なるほどなァ。ピノ、おまえもあとで小さくしてもらうか?たまには肩乗りたいだろ?」

「Pi!」

 

 嬉しそうに鳴くピノ。身体が大きくなっても、その性質は変わらないらしい。一方ティラミーゴたちはティラミーゴたちで、早速ロロやララに可愛がられている。空の上ということで、少なからず皆はしゃいでいるのだった。

 空、といえば。エイジロウはふと、さらに上空を見上げた。雲や紺碧の空が、いつもよりずっと近い。

 

「なぁロディ、おめェらっていつも空飛んでんだよな?」

「まァ、そうやって人やモノを運ぶのがオシゴトなもんでね」

「じゃあ、空に浮いてる神殿、見たことねえか?」

「神殿?」

 

 首を傾げるロディ。訝しげなその表情は、既に答を言っているようなものだった。

 

「そいつは雲の遥か上にあるんだろーが、この高さじゃ地上から見んのと変わりゃしねーわ」

「そっかぁ……そうだよな」

「よくわかんねえけど、そんな重要なもんなのか?」

「おう。魔法で異次元に封じられちまった俺らの村を、もとに戻すために必要なんだ」

「!、……なるほど、そりゃ重要だなァ。悪ィな、力になれなくて」

「いや謝られることじゃねえって!……大丈夫、必ず俺らの力で見つけ出してみせる!」

 

 この先の旅もきっと厳しいものになるだろうが、きっと乗り越えてゆける。幾多の戦いと、出逢いと別れとを繰り返し、エイジロウはそう確信を深めていた。今もこうして、地と地の繋がりを断つ無限の亀裂の上を飛翔しているのだ。

 

「あんがとよロディ、なんかおめェのおかげで自信増したぜ!」

「へ?あ、あー、そりゃどうも……なんか暑苦しいな、コイツ。いつもこうなの?」

「最初っからだわ」

「ふふ、それがエイジロウくんの良いところだよ」

「あぁそう……。──ま、上も良いけど下もすげぇぜ。それこそ恐竜が眠ってそうだろ?」

「ほんまや、あの下どうなっとるんやろ……」

「すげぇな……」

「ききききみたち、よく覗き込めるな……。ぼ、俺はもう……」

 

 そんなこんなで皆が賑やかに過ごしている中、最後尾にいるロディの妹・ララは舟を漕ぎはじめていた。まだ幼い中でがんばっているから、じっとしているとすぐに眠たくなってしまう。これは仕方のないことだった。

 そんな妹を微笑ましげに見つめると、ロロは反対方向を見遣った。そこに座っているのは、外見上は自分と同じくらいの年齢の少年で。

 

「ね、さっきからそれ、何書いてるの?」

「!、あー……記録」

「へー!面白いことするね、きみ。名前なんだっけ?」

「コタロウ、です」

「コタロウ、よろしく!ところでなんで敬語なのさ。僕ら同い年くらいだろ?」

「……おいくつで?」

「僕の歳?108!」

 

 コタロウは嘆息した。まあ肉体の成熟度でいえば確かに同等なのだろうが、人間の108歳は人生の先輩というにもおこがましい皺くちゃのおじいさんである。

 

「僕、リュウソウ族じゃないから……まぁタメ口でいいならそうするけど」

「へっ、リュウソウ族じゃないの?じゃあ人間?どうしてリュウソウ族の旅に同行してるの?イズクさんたちとどこでどう知り合ったの?ところで記録ってどういうこと?」

「ちょっ……いきなり質問攻めかよ」

 

 このロロという少年、自分と少し似た匂いを感じていたらこれである。賢いというのは、周囲や世界のことに強い関心を払えるということでもある。それは標的にされた者にとって傍迷惑な場合もあるのだが、彼はそれを知らないか、忘れてしまっているようだった。

 ひとつひとつ答えてやるか適当にやり過ごすか、コタロウが思案していると、眠っていたララが不意にむずかるような声をあげた。

 

「ん、んんぅ……」

「!、ララ、どうした?」

 

 ロロの注意が再びそちらに向く。これ幸いと思ったコタロウだったが──残念ながら、事態はより災厄というほかない状況へと転がりつつあったのだ。

 

「あ……」ララが目を見開き、「なんか、くる……こわいのが……!」

「え──」

「──にいちゃん!」

「……ああ」

 

 何がなんだかわからないうちに──ロディの頬に、冷や汗が伝っていた。

 

「わりィな、カッチャン。あんたの言った通りになっちまったみたいだ」

「あ?」

 

「──来るぞ」

 

 陽光を遮るように現れる、巨大な影。思わず天を仰いだ一同が目の当たりにしたのは、

 

「ガアァァァァ────ッ!!」

 

 ピノよりひと回り以上も巨大な、悍ましい怪鳥だった。

 



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26.天空のロディ 3/3

旧ハンターOVA G.I.編ED「もしもこの世界で君と僕が出会えなかったら」
映画アフターのロディの心情にこれでもかとマッチしている曲です。ぜひお聞きあれ


「ガアァァァァ────ッ!!」

 

 耳を劈くような烈しい叫び声。猛禽類であることを示す鋭い眼光。それらすべてが、ピノとその上に乗る少年たちに向けられている。

 

「ちょっ……私ら標的にされとる!?」

「この辺りにはあのような巨大な鳥が──」

「いねぇよ、あんなの!」ロディが反駁する。「あんなんいたら商売あがったりだっての!」

 

 そう──あの怪鳥は、自然に存在するものではない。ならば答は、自ずと出た。

 

「かっちゃん、あの鳥──」

「わーっとるわ。あのクソ道化師どもだな」

 

 クソ道化師ことワイズルー、そしてクレオンが、通りがかりに放っていった置き土産。──つまり、マイナソーだ。

 

「ッ、ティラミーゴ、みんな!あいつと戦えるか!?」

「ここじゃ無理ティラ!」

「いったん地上に降りるしかないか……!」

「でも飛んでる相手じゃ、キシリュウオーは──」

 

 遠距離攻撃の手段がないわけではない。しかし高空を自在に飛び回る敵が相手では、不利は免れない──

 しかし怪鳥──ロックマイナソーは、そんな少年たちの葛藤に対しなんの容赦も加えはしなかった。態勢を地上と垂直に変えると、翼を激しく羽ばたかせはじめたのだ。その動作は空気を薙ぎ、奔流を巻き起こす。それはやがて旋風へと変わり──そして、ピノの身体を呑み込んだ。

 

「うわ──」

「Pi……Piii……!」

 

 吹き飛ばされぬよう、懸命に姿勢を保とうとするピノ。ベルトで固定されているロディたち乗り手だが、それとてこの暴風を前には千切れてしまう危険があった。

 

「ッ、これは……やべぇかも……!」ならば選択肢はひとつ、「──離脱する!」

「離脱ったって──」

「任せろって!」

 

 翻弄されながらも、ピノは巧みに緩急をつけながらマイナソーと距離をとっていく。そして風の勢いがわずかに緩んだところで、ロディは一気に彼を降下させた。半ば墜落するような勢いに、皆、内臓が口から飛び出してしまうのではないかという激しいゲージ圧を味わった。

 

「ッ、いぎぎぎぎ……っ」

「耐えろよ、リュウソウジャー……っ」

 

 コタロウや弟妹だけは気がかりだったが、今さらとりやめるわけにもいかない。急降下を続けたピノは、そのまま峡谷の裂け目に身を潜り込ませる。

 

「グァアアアアッッ!!」

 

 咆哮を響き渡らせる怪鳥はあとを追ってこようとするが、巨体が災いして裂け目に翼が引っかかってしまうようだった。旋風も届かず……暫くして彼あるいは彼女は、再び高度を上げて飛び去っていく。遠ざかっていく姿を認めて、ロディはほうと息をついた。

 

「っぶねー……助かったぜ。ピノ、大丈夫か?」

「Pi!」

 

 なんだかんだともに修羅場をくぐり抜けてきたおかげで、ピノのほうは問題ない。──ただ、ロディの背後に座っている連中のほとんどはグロッキーのようだが。

 

 ひとまずは皆地面に降り、休憩することにした。空の上では水も飲みにくい。喉は渇いていたし──何より、吐き気を紛らわす必要もあった。

 

「まさかマイナソーが、空の上にまで出るとはな」

 

 海底で生まれ育ったおかげか、そういった特殊なダメージとは無縁なショートがつぶやく。それに鼻を鳴らしながらも応じたのは、彼と仲が良いのか悪いのかいまいち判然としない威風の騎士で。

 

「海ン中にもいんだ、どこにだって出るわ。あのキノコ野郎、たぶん鳥かなんかからマイナソーつくりやがったんだろ」

「ひたすら叫ぶだけだったものな……。しかし、どうする?」

 

 「ゾラのときと同様、ヤツを倒さなければ先へ進めないぞ」と、テンヤ。どうするって、既に答は決まっていて、彼自身もそれはわかっていた。

 

「もちろん、倒すしかない。あんなのが空を跋扈してたら、ロディのこれからの仕事にもかかわる」

「いや、俺は別に……」

「きみのためだけじゃないよ。あいつが周辺の人里を襲わないとも限らないし……マイナソーが完全体に育つ前に、ケリをつけなきゃならないんだ」

 

 決然としたイズクの言葉に、ロディは目を丸くし──時を置いて、皮肉めいた笑みを浮かべた。ああそうだ、コイツはこういうヤツだ。そしてそんな男と、肩を並べて戦う同じ称号の持ち主たち。

 

「──わわっ、ピノどうしたの?」

「!」

 

 はっと我に返ると、ピノがその巨体をイズクに擦りつけていた。彼と目が合い、苦笑を向けられる。その意味を知っているロロとララ、そしてカツキ……は、半ば嘲りに近い笑みだったが。他の初対面の面々は、ただただ当惑している。

 

 頬を赤らめたロディは、彼らの間に強引に割り込んだ。

 

「やーめーろって、ピノ……。──まったくさぁ、あんたらの正義感には脱帽するよ。で、具体的にどうすんだい?キシリュウオーがどうとか言ってたケド」

「そうなんだよなぁ……」

 

 陸と空では、後者が明らかに有利──先ほどもそれが引っかかって、即応できなかった。究極的にはそれでも、不利を承知で戦うしかないのだが。

 

「なら、同じフィールドで戦うかい?」

「!」

 

 如何にも簡単そうに言うロディに、皆の視線が集まる。

 

「ピノがあんたらの足になってやる、振り落とさねえって保証はできねーけど」

「でも、それは──」

 

 ピノやロディを、危険に晒すことになる。当然の憂慮だったし、ロディもそれは承知していた。

 だとしても、

 

「俺だってリュウソウ族の端くれだ。この世界をヤツらから守る使命がある……なーんて、大それたことは言わねえけどさ。カッコいいと思える自分で、あり続けたいんだよ」

「……ロディ、」

 

 それは()()()、ロディが身につけてしまった矜持だった。選ばれし騎士ではないけれど、騎士のようでありたいと──イズクやカツキと、肩を並べられる人間でありたいと。

 

「俺らの使命はヒーローごっこじゃねえ」

 

 冷厳な言葉が、地の底に響く。眉を顰める者もいたけれど──彼の言葉には、続きがあった。

 

「そこまで言ったからには、てめェも本気でやれ」

「ははっ……言われるまでもねぇよ、──カツキ」

 

 口の端を上げて笑うロディのアッシュグレイの瞳には、静かなる炎が揺らめいていた。

 

 

 *

 

 

 

「じゃあ行ってくるな。とっとと片付けて迎えに来っから、ここから動くんじゃないぞ」

「……わかった」

「おにいちゃん、気をつけてね……」

 

 非戦闘員であるコタロウとロロララ兄妹をいったん谷底に置き、ピノは再び飛翔した。あっという間に四方が開放され、風がビュンと音をたてて吹きつけてくる。

 

「マイナソーのやつ、いねぇな」

「どこかへ飛び去ったのか……」

 

 皆、今回は安全帯を付けていない。それどころか座席にも座らず、立ち上がって周囲を窺っている。言うまでもなく、こんなのは序の口にすぎない。マイナソーが現れたら、この不安定な足場で剣を振るわなければならなくなる。厳しい戦いになるだろう。それでも、騎士たちの目には戦意が漲っていた。

 

「任せて、今日は私が捜しちゃる!」

 

「キケソウル!」──聴力を強化するリュウソウルを使用し、オチャコは目を閉じた。風の音、ピノの羽ばたきの音、普通の鳥たちの翼の音──それらを排し、徐々に音の世界がクリアになっていく。

 

 そして……聴こえてきたのは、それらよりひときわ烈しく猛々しく邪悪な音。

 

「いた……!北北西!」

「ロディ!」

「Roger!」

 

 ロディの"操縦"により、ピノが勢いよく方向転換する。そして全速力で、飛行を開始した。

 その姿は程なく、肉眼で捉えることができた。

 

「いた……!」

「みんな、チェンジだ!」

「てめェが仕切んなクソデクゥ!──いくぞてめェらァ!!」

「仕切りたがりだなきみは!?」

「おかげで迷わず突っ走れるってもんよ、いくぜ!!」

 

──リュウソウチェンジ!!『ケ・ボーン!リュウ SO COOL!!』

 

 少年たちの身体が、一瞬にして色鮮やかな鎧に覆われる。さらに、

 

『リュウ!ソウ!そう!そう!』『強!リュウ!ソウ!そう!』『ドンガラノッサ!エッサモッサ!めっさ!ノッサ!モッサ!ヨッシャ!!』

 

『──この感じィ!!』

 

 どちらかというと戦衣と呼ぶにふさわしいリュウソウメイルの上から、正真正銘の鋼の鎧が装着される。レッドとゴールドのそれは胴体に、残る四人のそれは右腕に。

 

「クァア゛アアアアア──ッ!!」

 

 こちらの突撃に気づいたマイナソーが、旋回して向かってくる。翼がぐわっと広がる。先ほどと違って結ぶものなしでピノの上に立っているのだ、あんな大風を巻き起こされたら一瞬で吹き飛ばされてしまう。

 

「その手を喰うかよォ!!」

 

 言うが早いか、爆炎とともにブラックが跳躍する。そのまま断続的に爆発を引き起こすことで、彼は実質的に飛行能力を獲得しているのだった。

 

「オラァア!!」

 

──BOOOOM!!

 

 リュウソウケンが振り下ろされ、劫火が片翼を呑み込んだ。

 

「グァアアアア!!?」

 

 悲鳴とともに、ロックマイナソーの羽ばたきが停滞する。これで風は起こせなくなったが、とはいえ墜落するほどのダメージではない。

 

「今だ、接近を!」

「オーライ!」

 

 ロディの応じる声とともに、ピノが一挙に標的へ肉薄する。大風はブラックが妨害してくれているとはいえ、それでマイナソーの戦闘能力が完全に封じられたわけではない。鋭く巨大な嘴も鉤爪も、そこで出番を待ちわび光っているのだ。

 しかし、

 

「そいつも、使わせねえ」

 

 冷静なゴールドの声。と同時に、モサチェンジャーから電光弾が連射される。それらは射手の才により、上記のような武器になる部位に確実に着弾した。

 とはいえ、ロックマイナソーはピノを遥かに凌ぐ巨躯である。直撃も牽制程度のダメージにしかならない。動きを鈍らせることしかできないのは、もとよりゴールド自身も承知のうえではあったが。

 

「わかっていたとはいえ、不愉快だな」

「大丈夫、きみのバトンは受け取った!」

「ようしいっくよぉー!」

 

 可愛らしい声とは裏腹に──ピンクのもつリュウソウケンが、みるみると膨れあがっていく。彼女の竜装した鎧は、ムキムキソウル。筋力を強化し、パワーを飛躍的に上昇させる。そしてその必殺技として、リュウソウケンが筋力ぶんだけ巨大化するのだ。

 

「ストレングス、ディーノスラァッシュ!!」

 

 巨大化するということは、つまりリーチも長くなるということ。未だ一定の距離を保ったまま、リュウソウジャーは第二撃に成功したのだ。

 

「グワア゛ァ──グオォォォォ!!」

 

 "必殺技"は確かにマイナソーを傷つけた。しかし倒すにはまだ足りず、むしろ怒りを昂らせる。その巨体が無茶苦茶に暴れ出すだけで、不安定な戦場に立つリュウソウジャーには十分な脅威になる。

 

「暴れんなや、クソ鳥がぁ!!」

 

 それを抑えるべくマイナソーの眼前で刃を振るい、爆破を起こし続けるブラック。彼に至っては足場もない、体力に恃んで滞空を続けているような状況。いつまでも彼を空気の上に置いておくわけにはいかない。隙を突き、ピノはさらに接近を試みた。

 

「テンヤくん!」

「うむ!──はぁッ!!」

 

 翼が擦れるほどに距離を詰めたところで──ツヨソウルを纏ったブルーとグリーンが、強化された刃を振るう。果たしてそれはマイナソーの表皮を傷つけたが、致命傷を与えるには至らない。反撃を受けぬようにそのまま離脱──つまり、ヒットアンドアウェイで仕掛けるしかないのだ。

 

「むぅ、深く斬り込めん……!」

「あきらめちゃ駄目だ、もう一度!」

「今度は俺もやるぜ!」

「俺が支援する。ロディ、もう一度頼む」

「ったく、無茶させる……!」

 

 口を尖らせつつ──次の瞬間にはもう、ピノが急旋回する。ゴールドの射撃、ブラックの爆破でマイナソーの動きを封じつつ、再び肉薄──

 

「お、らぁッ!!」

 

 今度は四人がかりで同時に仕掛けた。手数が増えればそれだけつける傷は増える。そしてそれにあわせて、マイナソーの動きも乱れて激しくなる。

 

「グワ゛アァッ!ア゛ァァァッ!!」

「チッ……オイ!いつまでかかっとんだてめェら!!」

「……流石に精度が下がってきた、そろそろ──」

 

 ふたりのサポート役に、疲れが見えはじめたときだった。猛り狂っているように見えながら、いやだからこそロックマイナソーは、その瞬間を待ち受けていたのだ。

 

「グアァアアア゛──ッ!!」

「!?」

 

 鉤爪が振り下ろされる。咄嗟に妨害を仕掛けるブラックとゴールドだが、その勢いは防ぎきれない。

 

「ッ、Shit……!」

 

 ロディは慌てず舵を切った。それに呼応したピノも素早く身を翻したが、

 

「Pi……!」

 

 刹那、彼は痛々しいうめき声をあげていた。鉤爪の先端が、わずかに翼に掠ったのだ。

 

「ピノっ!?──ッ!」

 

 ピノの身体がぐらりと傾く。しまったと思ったときにはもう、グリーン──イズクの身体がピノの背中から離れていて。

 

「あ──」

「ッ、デク!!」

 

 彼は自分の一番近くにいる。ベルトさえなければ、手が届く。

 ならばと、ロディは躊躇しなかった。安全帯を外し、身を乗り出してまでグリーンの手をとった。

 

「!、ロディ、無茶だ「言うなよヒーロー!!」──!」

 

 無茶なんて百も承知だ。しかしそれを押し通し、勝って救けて、救けて勝った連中をロディは目の当たりにした。その勇姿が、彼の心に消えない火をつけたのだ。

 

「俺だって……っ、──俺の騎士道、見せてやる!!」

「────ッ!」

 

 限界まで身を乗り出したロディが──ついに、離れかかる友を引き戻した。

 

「……ッ、──ありがとう、ロディ……」

「へへっ……ドーイタシマシテ。勇者サマ?」

 

「──うおぉッ、おめェら熱いぜ……!っし、それなら!」

 

 レッドはすかさず思いもかけぬ行動に出た。自らの強竜装を解除すると、メラメラソウルをグリーンに投げ渡したのだ。

 

「使え、イズク!そんで翔べ!」

「え、エイジロウくん!?」

「ハァ!?おまえ何言って──」

 

 グリーンはもちろんロディも困惑する。無理はない、せっかく危険を冒してまで彼の墜落を防いだのだ。

 もちろん、レッドにはレッドなりの考えがあった。

 

「墜ちるのと自分の意志で翔ぶのは全然違ぇだろ。カツキと一緒に決めて、カツキと一緒に戻ってくりゃいい!──できるよなー、カツキ!?」

「ア゛ァ!?デクひとりくれぇ軽ィわ、クソがっ!!」

 

 なぜキレ気味なのかは推考の余地があるが、とにかく可の返答があった。ならばあとは、やるかやらないかだ。

 

「……エイジロウくんは、たまに僕やテンヤくんでも思いつかないようなことをやってのけるもんね」

 

 顔を上げたグリーン。──彼はそのまま、握りしめたメラメラソウルをリュウソウケンに装填した。

 

「ふ──ッ!」

『強!リュウ!ソウ!そう!──この感じィ!!』

 

『メラメラソウル!メラメラァ!!』──燃えさかる橙の鎧が、グリーンリュウソウメイルの胸部を覆ってみせた。

 

「熱っち!?……ったく、そんなんで近くに居られても邪魔だしな。行ってこい、ヒーロー!」

「うん──!」

 

 躊躇うことなく、グリーンは勇躍した。

 同時に、

 

「これ以上、爪一本振るわせねえ……!──モサブレイカー!」

 

 モサチェンジャーとブレードの合身銃──モサブレイカーを構えるゴールド。風を切る幼なじみふたりの負担を少しでも軽くするために、彼は引き金を引く──!

 

「ファイナル、サンダーショット!!」

 

 稲光の塊が放たれ、ゴールドの身体がわずかに後退する。そのままバランスを崩して投げ出される、ぎりぎりの線だった。

 いずれにせよ放出されたエネルギーの塊は、ロックマイナソーの胴体を直撃した。体長に比して小さな弾丸でも、それが電撃である以上全身に奔った。

 

「ガァアアッ、グア゛ァァァ──ッ!?」

「──今だイズク、カツキっ!!」

「言われんでも……わーっとるわぁぁッ!!」

 

 疾風と威風、ふたりの騎士が太陽を背に刃を振り上げて。

 

「ボルカニック──」

「ダイナマイトォ──」

 

「「──ディーノ、スラァァァッシュ!!!」」

 

 劫火と、劫火。渦巻くそれと爆ぜるそれが混ざりあい、刃と溶けあってマイナソーの首筋に斬り込む。

 

「グガア゛アアアア──!!」

「……ッ、」

「ン、の……!」

 

 凄まじい高火力の攻撃。にもかかわらず、マイナソーは耐えている。分厚い毛皮に、硬い皮膚、そして強靭な筋肉──ふたつの焔の力をもってしても、それらは直ぐに破れるものでは決してなかった。

 

──そんなことは、わかっている。

 

「行けイズクっ、カツキ!!」

「負けるなふたりとも!」

「がんばれぇ──ッ!」

 

 スリーナイツの声援。そして、

 

「ブッ飛ばせ、ヒーロー!!!」

 

 喉を震わせるようなロディの叫びが、ふたりの背中を押した。

 

「「死ィねえぇぇぇぇぇ────ッ!!」」

 

 喰い込んだ刃がついに、幾つもの厚い防壁を突破した。皮膚や筋肉、その下の骨までもを、超高温の烈火が灼いていく。ロックマイナソーは全身を無茶苦茶にわななかせて抵抗するが、既にもう手遅れだ。手遅れなのだ。

 

 ついに、首と胴とが泣き別れた。

 

「!!!!!!!」

 

 断末魔のわななきが響き、司令塔を失った身体が力なく墜落していく。程なくそれは粉々に爆ぜ飛び……残った頸もまた、跡形もなく消滅するのだった。

 

「やっ、た……」

 

 身体から力が抜ける。そういえばここは、足場のない空の上だった。グリーンの身体もまた、風に煽られながら地上へと墜ちていく。

 無論そんなことは、天地神明に賭けても彼が赦さないのだけど。

 

──BOOOM!!

 

 爆発音が響き、漆黒の騎士が彼の身体を俵抱きにする。そして何度も爆破を繰り返しながら、高度を下げたピノの背中へ着地することに成功したのだった。

 

「はぁ、はぁ……あ、りがとう、かっちゃん」

「チッ、気ィ抜くなやボケカスが」

 

 毒づきつつ、軽く肘打ちを叩き込まれる。疲れた身体には軽視できないダメージだったが、それが彼なりの労いと知っているイズクは苦笑するだけだった。

 

「よくやったな、ふたりとも!」

「流石だぜ!へへっ、まだまだ敵わねえな」

 

 彼らがとどめを決めた。マイナソーを倒した。喜びと同時に、わずかばかり悔しい気持ちもあるスリーナイツである。

 それで良いのだ。既に歴戦の騎士であるこの少年たちに追いつき、追い越す。それもまた、目標のひとつなのだから。

 

「ロディも……本当にありがとう」

「ふん……俺だって、騎士だからな」

「……そうだったね」

 

 ロディと拳をぶつけ合う。──戦いは終わった。彼とピノの尽力があって、勝利を掴むことができたのだ。

 

 しかしその余韻に浸っていられる時間は、程なく終わった。

 

「Pi……i……、」

「ピノ!?」

 

 苦しげな声をあげたと思うと、ピノの身体がゆっくりと降下していく。墜落を堪えてそうしているのは明白で、ロディにしても高度を保たせようとはできなかった。

 やがて地上、といえるのかも怪しい隔絶された断崖の上に降り立つと、ピノはそのまま身を沈めた。

 

「ピノっ!!」

 

 すぐさま背中から降りるロディ、当然皆もそれに続く。

 

「翼が傷ついた状態で、無理をさせてしまったか……」

「待ってろ、今カガヤキソウルで──」

 

 治癒、再生を掌るシャインラプターのソウルを使おうとしたときだった。

 

「!、なぁ……ピノ、なんか小さくなってきてねえか?」

「え?──!」

 

 ショートの言う通りだった。ヒト数名を乗せても余裕のあるピノの身体がみるみるうちに縮んで、いつの間にか自分たちと同等くらいにまで小さくなっている。

 

「ピノ!?どうした、ピノっ!」

 

 ロディの必死の呼びかけにも反応はない。そうして最終的に、彼はロディのてのひらに収まるほどの大きさに縮んでしまった。

 

「ピノ……なんで……?」

 

 くたりと横たわるその身を掬い上げながら、困惑ロディ──そして、リュウソウジャー一行。

 何もかも理解しがたい状況下で、言えることはふたつ。ピノがもとに戻らない限り西の大地へたどり着くのは困難になってしまったこと、そしてそれ以前に、地の裂け目に置いてきてしまった少年たちを、迎えにさえ行けないということだった。

 

 

 つづく

 

 

 




「人か獣か、自分は果たしてどちらなのか」
「どんな姿をしていようが、同じ人間なのに」

次回「地の底に棲むもの」

「僕は行くよ。僕なりにできることを、見つけるために」


今日の敵‹ヴィラン›

ロックマイナソー

分類/バード属ロック
全長/34.6m
体重/422t
経験値/609
シークレット/ゾウを丸呑みにするという伝説の怪鳥"ロック鳥"を模したマイナソー。天上を猛スピードで飛び回り、その羽ばたきは大風を巻き起こす。その鉤爪で捉えられ、嘴で責めたてられたらひとたまりもないぞ!
ひと言メモbyクレオン:リュウソウジャー対策に置いていってやったんだZE!……向こうも空飛んでくるとは思わなかったけど。



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27.地の底に棲むもの 1/3

スピンオフ「Tri-gale's Chronicle」鋭意制作中!
デク&カツキとロディ一家の出逢いとそれにまつわる事件を描いた番外編となります。剣と魔法と戦隊の世界における彼らの邂逅、乞うご期待!



本当は27話直後から投稿したかったが間に合いそうにないのだ…


 

 翼を傷つけながらもロックマイナソー撃破にひと役買った、ロディの相棒・ピノ。しかし勝利に喜ぶ間もなく、彼はかつてほどの大きさにまで縮んでしまった──

 

 

『──カガヤキソウル!』

 

 騎士竜シャインラプターの力を宿したソウルを発動させるエイジロウ。温かな光がピノに降りそそぎ、その身体を覆っていく。

 果たして翼の傷は簡単に治った。寝顔も穏やかなものになる……が、目を覚ます様子も、もとの大きさに戻る様子もない。

 

「どうして目を覚まさないんだろう、ピノ……」

「……わからねえ。こんなこと、今までなかった」

 

 ロディですらそうなのだから、原因に思い至るはずもない。単なる疲労……なら、取り越し苦労で済むのだが。

 

「ど、どうしよぉ……!これじゃコタロウくんたち、迎えに行けないよ〜っ」

 

 西へ行けないこともそうだが──何より目先の懸案はそのことだった。断崖の下に置き去りになっているコタロウたち。自分たちの足で彼らのもとに戻るにしても、距離も相当開いてしまっている。

 

「……今はピノも眠ってるみたいだし、少し様子を見よう。ね、ロディ?」

「!、……あぁ」

 

「悪ィな、みんな」──彼にしては珍しい殊勝な物言いが、力ない笑みとともに放たれたのだった。

 

 

 *

 

 

 

 一方、取り残されたコタロウたちはというと。

 

「……遅い……!」

 

 暗くなってゆく空を見上げながら、ロロが苛々と貧乏揺すりを続けていた。その隣で、コタロウはこくこくと舟を漕ぎ、ララに至っては妙ちきりんな踊りを踊っていた。三者三様の行動だが、手持ち無沙汰が極まった結果であることは共通している。

 

「──あぁぁぁもうッッッ!!」

「ッ!?」

 

 ついにロロが癇癪めいた声を響き渡らせたために、コタロウはびくっと身体を揺らして目を覚ました。

 

「……びっくりした」

「も〜、おっきい声出さないでよロロにいちゃん!」

「出したくもなるよっ、もう何時間待ってると思ってんだよ!いい加減日ィ暮れちゃうよ!」

「……確かに、遅いね」

 

 マイナソーを見つけられないのか、見つけても倒すのに手間取っているのか、さもなくば──

 

「………」

 

 考えたくない最悪の可能性にまで思い至って、コタロウは顔を顰めた。

 一方で、妹と軽い痴話喧嘩を始めたロロはというと、苛立ってはいてもそういった不安を抱いている様子は一切ない。彼の兄は、リュウソウ族というだけの普通の少年でしかないのに。

 

「……心配じゃないの?お兄さんのこと」

「え?」

「だって、戦いに行ったんだよ。あんなでかいマイナソー相手に」

「あぁ……まあ、そうだね」

 

 少し考え込む様子を見せたロロだったが……ややあって、ニィと悪戯っぽい笑みを浮かべた。

 

「っつっても、兄ちゃんだし。殺しても死なないよ」

「……そう思ってたって、死ぬときは死ぬよ」

「知ってる。そういうの、僕らもたくさん見てきたし」

 

 あっけらかんと答えるロロ。……あぁ、そうだった。同じ未成熟の少年とはいえ、彼は百年以上もの時を生きている。それゆえ同じ場所に定住し続けることができず、世界中を彷徨いながら、彼は数えきれないほどの死を見てきたのだろう。

 だからこそ、ロロは断言するのだ。

 

「でも兄ちゃんの傍にはデクさんとカツキさんがいて、デクさんとカツキさんにも頼もしい仲間がいる。──あの人たち、ドルイドンも倒せるだろ?だったらあんな怪物ごときに、絶対に敗けやしないよ」

「………」

 

 コタロウはふぅ、と溜息をついた。自分ばかり悪い可能性を想像してしまうのが、なんだか馬鹿らしくなる。

 

「……ま、じゃあおとなしく待ってるしかないね」

「あ゛あぁっ、それはもうしんどい……!」

「もーっ、ロロにいちゃんうるさい!きらい!」

「ええっ!?」

 

 ショックを受けるロロを尻目に、ララはなぜか目をきらきらさせてコタロウに歩み寄ってきた。

 

「コタロウくん、たよりにしてるね!」

「えっ、あぁうん……ご随意に」

「ッッッ!」

 

 ぐぎぎ、と唸りながら睨みつけてくるロロ。実に不毛な空間にいるものだと辟易していたらば、良くも悪くもそれをかき乱す事象が起きた。

 

 急に頭上からごろごろ不穏な音が響きだしたかと思うと、ぴかぴかぴかぴかと絶えず宵闇の空が光ったのだ。

 

「……かみなり?」

「うわ……ヤな予感」

 

 予想に反して、リュウソウゴールドことショートが駆けつけてくれた!……なんてことがあったら良かったのだが。

 案の定と言うべきか、雷鳴が轟きだしてから雨粒が降りはじめるまでは五分とかからなかった。それが押し流されそうな土砂降りへと変わるまでに至っては、三分もない。

 

「うわあぁっ」

 

 ロロが悲鳴じみた声をあげる。地溝の中にいる彼らだが空は厳然とそこにあるので、雨は容赦なく降りそそいでくる。しかも雨宿りのできる場所も傍にはないのだった。

 

「この辺り、西と南の緩衝地帯だから基本乾いてるんだけどっ、たまに思い出したようにスコールが降るんだ……!」

「解説どうも……!とりあえず、移動しよう!」

 

 こんな雨に打たれていては風邪をひいてしまう。三人は必死になって大地の亀裂の中を駆け抜けた。しかしいつまで経っても変わり映えのしない風景が続くばかりである。

 これは本格的にまずいかもしれない。そう思いはじめた矢先のことだった。

 

「──あ、あれ!」

 

 ララが指差した先に、崖に開いた裂け目があった。細身の子供ひとりなら十分潜り込めるほどの大きさだ。試しにコタロウが覗き込んでみると、ひゅう、と冷たい風が頬を撫でる。

 

「この穴、かなり奥まで続いてる。──ロロ、中がどうなってるか、見てくれる?」

 

 リュウソウ族は夜目がきく。つまりこういった光の届かない洞窟の内部を確認するなら、コタロウがするよりロロに任せるほうが良いという判断だった。

 じっと目を細め、ロロが中を見遣る。程なく振り向いた彼は、ニィと笑って親指を立ててみせた。

 

「この中、ちゃんと道が続いてる。入っても大丈夫そうだよ」

「良かった。じゃ、ロロ、先入って」

「えぇ、僕ぅ?」

「……わざわざ位置を入れ替えるほうが面倒だろ。次、ララちゃんね」

「!、コタロウさん、やさし〜ね!」

 

 「ありがとぉ」と微笑むララは、幼いながらコタロウの目にもなかなか可愛らしく映った。尤も彼女、リュウソウ族である以上はコタロウどころかコタロウの亡母よりも年長なのだが。

 

「………」

 

 そんなふたりを、人間だったら老衰でとうに亡くなっていてもおかしくない年齢のロロは複雑そうに見つめていた。子供とはいえ彼も成人に備えるくらいの年頃には至っているので、長いリュウソウ族生活の中で恋のひとつやふたつ、したことはある。同族か兄と妹しかいない環境の中であるから、相手は当然人間である。しかし背が伸びた伸びないの話をしている間に彼女らは成熟し、年老いていく。それが自然の摂理である以上、仕方のないことだった。

 

 兄よろしく唇を尖らせつつ、ロロは穴からするりと坂を滑り降りた。なだらかになったところで立ち上がり、振り返る。

 

「ララ、おいで」

「はぁーい」

 

 すぐあとを降りてくるララを受け止める。そのまま一緒に横に退くと、コタロウがえっと素っ頓狂な声を洩らした。

 

「僕は?」

「……いや自分で来なさいよ」

 

 呆れぎみに返すと、コタロウは涼しい顔ですいすいと降りてきた。とはいえ彼の目にはほとんど周囲の風景が見えていないので、自力のみに恃むのは度胸が要ったのだ。

 

「これで暫くは、雨風凌げそうだね」

「うん。それにしても──」

 

 ロロが先を睨む。この風穴の中、規則正しい通路が彼方まで続いている。自然に削られてできたとは思えない。あるいは人工的に掘られたのかもしれない。

 

「これ、どこにつながってるんだろう?」

 

 ララもまた、この不思議な洞穴の行く先に関心をもっているようだった。風が吹いているということは、どこか外へ出られるのかもしれない。外と言っても、別の地溝の中という可能性が濃厚ではあるが。

 

「……どうせだから、探検してみる?」

「!」

「──たんけん!?」

 

 コタロウの"提案"に、兄妹は目を輝かせた。10歳だろうと108歳だろうと、子供の好奇心というのは旺盛なものなのだ。

 

 

「じゃ、しゅっぱーつ!しんこー!」

「おー!」

「……おー」

 

 穴の奥深くへ向け、ロロララコタロウ探検隊(ロロ命名)は進軍を開始した。視力というハンデを抱えたコタロウは、真ん中を歩くララと手を繋いでいる。舌打ちしかけるのを堪えたロロは、半ば強引にふたりの間に割り込んだ。

 

「ぅわっ」

「ちょっと、なにすんのロロにいちゃん!」

「妙齢の男女が軽々しく手なんてつなぐもんじゃありません!入り用なら、僕のをどーぞ!」

「妙齢て……まぁ僕は別に、どっちでもいいけど」

「どっちでもいい、だぁ!?ララはこんなに可愛いんだぞ!!」

「えぇ……どうしろってんだよ……」

 

 ロディはどうか知らないが、長らく三人きょうだいだけで放浪していたせいか、ロロは些か……こう、妹愛が暴走しがちなようだ。まぁそれでいて差し出される手はそのままなので、コタロウは呆れながらもそれを取った。

 再び歩き出す。風と三人の足音、そして時折、滴り落ちる水滴の音。

 

「ねえ、コタロウ」

 

 不意に、ロロが話しかけてきた。

 

「なに?」

「コタロウはさ、どうしてイズクさんたちの旅に同行してるの?」

 

 リュウソウ族のロロにしてみれば、当然の疑問だった。理由は、人間との間に恋愛することの不毛さと同じだ。もちろん、そういったことを気にしている様子のないコタロウに純然たる興味を抱いたというのもある。奇しくも先ほどとは、逆の構図である。

 そういう質問はいずれあるだろうと想定していたコタロウは、淀みなくその経緯を語った。勇者だった母を失ったこと、預けられた親類の家を飛び出したこと。放浪の途中ドルイドンに襲われたところを、エイジロウたちに救けられたこと──

 

「……そっか。コタロウも、親がいないんだ……」

「やっぱり、ロロたちも?」

 

 三人で助け合いながら生きてきたというのは、つまりそういうことだ。そして彼らもまた、"親"には複雑な思いを抱いていた。

 

「僕らの母さんは、ララが生まれてすぐに病気で死んじゃったんだ。それからは父さんが僕らを育ててくれた。でも──」

 

 ある日突然、父は自分たちの前から姿を消した。リュウソウ族である以上は人里に定住もできず、さりとて山奥でひっそりと暮らしていくのも子供だけでは難しく……彼らは、数十年にわたって放浪しながら居場所を探し続けていたのだ。

 

「お父さんは、どうしていなくなったの?」

「……ドルイドンに狙われてたんだ、父さんは。事情は詳しく知らされてないけど、奴らに対する切札を見つけてしまったらしくて。それで、僕らを巻き込まないために……」

「切札?」ロロたちの境遇も当然気にかかるが、一応は騎士竜戦隊に同行する身として聞き捨てならないワードだった。「それ、カツキさんたちは知ってるの?」

「知ってると思うよ。父さんのおかげで、"あいつ"にも勝てたって言ってたし」

「あいつ?」

 

 彼らの父を狙っていたというドルイドンのことだろうか。人間換算15歳前後の少年ふたりがドルイドンを撃破したとなれば当然人々の口端にも上るはずだが、遥か西方の神聖オセオン国での出来事であるし、当時コタロウはまだ物心つかない幼子だった。

 

「……父さんは、僕らを捨てたわけじゃなかった。それを知って、兄ちゃん、すごく嬉しそうだったんだ」

「そう、だろうね」

 

 父母の違いはあれど、彼らきょうだいと自分は同じだとコタロウは思った。愛憎相半ばする感情。一生付き合っていくものだと思っていたそれは、しかしエイジロウたちと出逢ってからの劇的な出来事の数々によって少しずつ氷解していった。マイナソーの力で一時的に還ってきた母との再会を経て、今は純粋な気持ちで彼女を悼むことができるようになったと思っている。きっとロディも、そうだったのだろう。

 しかし兄が嬉しそうだったと語るロロの表情は、どうしてか苦々しげで──

 

「……だからって、割り切れないよな」

「……うん」

 

 兄が喜んでいる手前、水を差すようなことはしたくない。けれど父が自分たちに何も言わず、勝手に姿を消した事実は変わらないじゃないか。そんなふうに思ってしまう自分が、ロロは嫌いだった。自分を嫌いになってでも、割り切れないものはある──

 

「……!」

 

 今まで黙ってふたりの会話を聞いていたララが、声にならない声をあげて不意に立ち止まった。

 

「……ララ?」

 

 怪訝に思った少年ふたりが振り返る。──彼女の表情が、恐怖に引きつっている。

 

「ここ、だめ……!」

「え──」

「!、コタロウ走って!!」

 

 何かを察したロロの指示が飛ぶ。コタロウも修羅場はそれなりにくぐっているので、何かが起きようとしているのだということはわかった。

 少年たちがその場を離れようとした瞬間、果たしてララの感知したものが姿を現した。

 

「ドッチィ……!!」

「────!」

 

 地面を突き破り、飛び出してくる。コタロウはその姿をシルエット程度にしか認識できなかったけれど、それでも異様な姿をしていることはわかった。

 そしてはっきり視認できたロロとララは、「ひっ」と怯えた声を発した。その頭部から胴体までは、黄金の被毛に覆われた獣──獅子の形をしている。しかしそれだけなら、"異様"とまで形容されることはない。

 

 問題は、腹部から下だった。黒い球状の塊が蠢き、そこから細い四本の脚が生えている。そこだけ切り取れば、そしてスケールを無視すれば、日常の中で何気なく目にしている姿かたち。無視、ムシ──虫。蟻の、腹部だ。

 

「ドッチィ……!」

 

 ライオンの上半身と蟻の下半身を繋ぎ合わせたような歪な怪物は、言語めいた鳴き声を発しながら少年たちを睨みつけた。そういう存在を、コタロウはよく知っている。

 

「……マイナソー……!」

 

 空だけでなく、地の底にまでいたとは。ワイズルーとクレオンは、どうやら徹底的に自分たちを西へ来られないようにするつもりらしかった。

 エイジロウたちにしてみれば、そんなもの足止め程度でしかなかっただろう。しかしマイナソーに対抗できる力の持ち主は、ここにはいない。

 

──彼らのすべきことはひとつしかなかった。マイナソーが飛び出してくる直前、ロロが指示した通りだ。

 

 誰ともなく、三人は走り出した。逃げるしかないのだ、彼らは。不幸中の幸い、頬に風が吹きつけてくる。この先は間違いなく、どこかに続いているはずだ。

 しかしマイナソーの規格外の能力の前に、逃避ですら無力に他ならなかった。

 

「ドッチィ!!」

 

 ひときわ大きなマイナソーの声が、背後から響く。構わず足を前へ進めようとしたコタロウは刹那、文字通り足場が崩れるような感覚を味わった。

 

「え──」

 

 一瞬の浮遊感の直後、コタロウの身体は砂の渦の中に呑み込まれていた。

 

「コタロウっ!!」

「コタロウくん!」

 

 同時に手を伸ばしてくる兄妹。幼いララは流石に無理だったが、ロロのそれはかろうじて間に合った。しかしコタロウの下半身はもう、完全に流砂の中に埋まってしまっている。

 

「ッ、く、ぅ……!」

 

 引っ張り上げようとする力に合わせ、上へ登ろうとするが果たせない。砂に摩擦がなく、足に力を込めても滑るばかりなのだ。

 四苦八苦しながらもがいているうちに、コタロウは気づいた。砂の渦が、少しずつ広がっている。

 

「駄目だ逃げろ!呑み込まれるぞ!!」

 

 しかし、ロロもララもいっこうに離れようとしない。コタロウは焦れて叫んだ。

 

「早く!」

「「イヤだ!!」」

「!?」

 

 コタロウは少なからず驚愕した。幼少のララはまだしも、ロロにまでそこまで、なんの葛藤もなく拒否されるとは思っていなかったのだ。

 

「なんで……!きみらがいなくなったら──」

「──兄ちゃんが悲しむ、だろ……!わかってる、そんなことっ!!」

「……!」

 

 ロロの剣幕に、コタロウは思わず息を呑んだ。

 

「でも……っ、きみを見捨てたりしたら……!僕らを救けてくれた、イズクさんとカツキさんに、顔向けができない……!」

 

 リュウソウジャーでなくたって、リュウソウ族ですらなくたって──コタロウは彼らに、立派に仲間として扱われていた。彼らの悲しむ顔は、見たくない──!

 少年たちの健気な想いを嘲笑うかのように、マイナソーが鳴いた。

 

「ドッ、チ」

「────!」

 

 ロロたちの足元が、溶けるように柔らかな砂へと変わる。無数の流砂の中に、彼らもまた呑み込まれた。

 

「う、うわあぁぁぁ──」

「きゃあぁぁぁ──!」

 

 流砂の獄に、ふたりが落ちてくる。巻き込まれる形となったコタロウともども、彼らは穴の奥深くへ吸い込まれていく。もがく手を掴む者は、もはや誰ひとりとしてこの場にいない──

 

「ドッチィ……」

 

 閉じていく流砂の穴を見下ろしながら、ミルメコレオマイナソーは嗤った。

 



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27.地の底に棲むもの 2/3

 

 朦朧としていた意識が、次第に鮮明になっていく。温かな感覚が肌を撫でる感覚とともに、コタロウはゆるゆると目を開けた。橙色に照らされた、峻険な岩肌が視界に入る。

 上半身だけを起こすと、足元にぱちぱちと火が焚かれているのが見えた。勢いが衰えないよう薪が下に敷かれており、明らかに人為的なものであることが伺える。

 

「ん、うぅ……」

「!」

 

 傍らから、むずかるような声がする。そちらを見遣ると、ロロとララが、自分と同じように寝かされている。

 

「ロロ、ララちゃん、起きて」

「ん〜……」

「起き、ろって!」

 

 まだ本調子でない喉を精一杯振り絞ってがなると、ふたりがまったく同時にぱちりと目を開けた。

 

「にいちゃんごめん寝坊し、た……って、アレ?」

「コタロウくんだぁ……」

「……そうですよ、はぁ」

 

 ふたりがあっさり覚醒したことで、ひとまず胸を撫でおろす。そうして頭が冷えたところで、今に至るまでの顛末に考えを巡らせた。

 

──マイナソーの襲撃を受け、流砂の穴へと落とされた。改めて考えると、アリジゴクのようなやり口だ。ならばそのまま食べられてしまうということもありえたと思うのだが、現実にはそうなっていない。

 そして何者かが灯したであろう、火。いったい、誰が?

 

 そのときだった。彼らの背後でがさりと何かが動き、小石がからからと転がってきたのは。

 

「ッ!」

 

 咄嗟に立ち上がり、身構える。危機管理にはコタロウ以上に慣れているロロとララもまた、同様だった。

 

「目が覚めたようだな、坊やたち」

 

 そう声をかけてきたのは、当然ながらマイナソーではなかった。

 全身をすっぽり覆うような厚手のマントを纏い、フードを被った大男。その口元はマスクで覆われていて、鋭い眼光を放つ三白眼だけがかろうじて布と布の隙間から露になっていた。

 

「……あなたは……?」

 

 コタロウが尋ねる。敵意は感じない相手だったが、ロロたちは未だ警戒を解いていないようだった。

 

「俺はメゾウ。もう長いこと、この地下迷宮に棲んでいる」

「ちか、めいきゅう?」

「そう。ここはその一部だ」

 

 コタロウたちは思わず天を仰いだ。と言ってもそこには一片の欠損もない、分厚い岩壁の天井が広がっているばかりだが。

 

「あの怪物に襲われて、ここに落とされたんだろう。災難だったな」

「!、マイナ……あの怪物のこと、ご存知なんですか?」

「ああ。──俺の仲間が気を揉んでいる。詳しく説明するから、ついてきてくれ」

 

 そう指示して、メゾウと名乗った男は踵を返した。コタロウはそれに従うことやぶさかではなかったが、ロロは未だ警戒を解ききっていないようだった。結局彼は、ララが特に悪意を感じとっていない様子であることを認めて、それでも渋々という形でついてきたのだけど。

 

「あの、貴方がたはなぜ、こんな場所に住んでるんですか?」

 

 移動の途中、コタロウが訊く。それに対し、

 

「それも、着いたら話す。いや……自ずとわかるだろう」

「……?」

 

 何か事情がありそうだった。それに比べれば詮無いことだが、このメゾウという男、体格に比してもやけに肩幅が広い。マントに覆われているせいで見えないが、何か大きな装飾品でも身につけているのだろうか。

 そうこうしているうちに、燈火によってあかるく照らされた、大きな空間に出た。

 

──そこに佇む複数の人影に、少年たちは思わず息を呑んだ。

 

 彼らは皆、人間であって人間でない──異形の怪人とでも言うべき姿をしていた。それも、根本から人間とはまったく異なる姿かたちをしている、ドルイドンたちとも違う。動物やあるいは得体の知れない化け物が人間になり損なった、あるいは人間に動物などの因子を組み込んだのか。そんなふうに、コタロウには思えた。

 

「驚くのも無理はない」

 

 少年たちの驚愕と不安を見透かしたように、メゾウが言う。

 

「そしてきみたちの反応が、我々がこの地下迷宮に潜む理由そのものだ」

「……あなたたちは、人間、なんですね」

 

 確認するように問うと、「おそらくはな」という返答が返ってきた。

 

「我々は皆、ヒトの血筋でありながら、ヒトでない部分をもって生まれてきてしまった人間だ。彼のように、虎の顔と毛皮をもつ者、彼女のように、名状しがたい姿かたちをしている者……──そして、」

 

 不意にメゾウが、マントを脱いだ。そこに隠されていたものに、コタロウたちは息を呑んだ。

 やけに広いと思っていた肩幅、その正体が明らかにされた。

 コウモリの翼だと思ったそれは、皮膜に覆われた筋肉組織だった。本来なら左右に一本ずつしか存在しないはずの腕が、肩口からもう二本ずつ伸びている。皮膜を通じて、それらがつながっているのだ。

 

「俺もまた、そんな化け物のひとりだ」

 

 その言葉を、コタロウは否定できなかった。

 

 

 *

 

 

 

 一方、空の下でほとんど身動きがとれずにいたリュウソウ族の若者たちはというと。

 

「……不愉快……」

 

 目を眇めながら、ロディがぼやく。彼に限ったことでなく、一行は皆びしょ濡れになっている。コタロウたちのように避難場所もなく、彼らはスコールを浴び続ける羽目になったのだ。

 

「と、とりあえず、乾かすぜ!」

 

 エイジロウがカワキソウルを使用し、皆の身体を乾かしていく。濡れっぱなしよりはマシだが、釈然としない気持ちは変わらない。

 

「チィッ……!いつまでもこんなところにいられるか!」

 

 案の定癇癪というか、フラストレーションを盛大に爆発させたのはカツキである。とはいえ、彼がそういうことを言い出すのは彼なりに打開策を見出した場合だけだ。尤も、それが無理を押し通すものである場合も多いのだが──

 

「飛び降りんぞ」

「は!?」

 

 当たり前のように言い放つカツキに、ロディは阿呆を見る目を向けた。

 

「あんたさあ……いくらリュウソウジャーだからって、この高さから落ちたら潰れたトマトみてーになるのがおちだぜ?落ちだけに、ってな」

「殺すぞ」

「うわ怖っ!……なんか手立てがあんのかよ、デク?」

「なぜ僕に振るの……」訝しげな表情を浮かべつつ、「ヤワラカソウルを使う、とか?」

「ハイ正解、ナードくん」

 

 ニィ、と、カツキは悪戯っぽく笑った。

 

 

 皆で崖っぷちぎりぎりに立ち、改めてその下を見下ろす。隙間風が音をたてて吹いている。かろうじて、視認できる程度の地面。

 

「ほ、本当に大丈夫かこれ……?」

 

 ロディが引きつった笑みを浮かべる。普段空を飛んでいるといっても、空中に身を投げ出すような自殺行為はしない。当たり前の話だ。

 

「大丈夫、そのまま飛び降りるわけじゃないんだ。オチャコさんのカルソウルで、少しでも地面に接近する」

 

 尤もカルソウル、放っておくとふわふわ浮いていってしまうため、降下の度合いはたかが知れている。あくまで気休め程度だ。

 

「じゃ、いっくよー!──カルソウルっ!」

 

 オチャコのリュウソウケンが光を放ち、リュウソウルの効果を範囲内に浸透させていく。少年たちの身体が、不随意にふわりと浮き上がった。

 

「うわっ、なんだこれ」

「身体にかかる重力を軽減したんだ。さあ、今のうちに──」

 

「泳げ、泳げぇ!!」

 

 次の瞬間には皆、谷底に向かって泳ぎ出していた。空中で手足をばたつかせながら進むわけだが、上昇しようとする力に抵抗する形なので大変効率はよろしくない。わかっていたことではあったが、カツキなどはぐぎぎと歯を食いしばっている。

 

「そろそろっ!効果がっ、切れるんじゃないかっ!?」

「うん……!──ヤワラカ、ソウル!」

 水色のぷにぷにした表皮に覆われたリュウソウルが、リュウソウケンに装填される。

『ヤワラカソウル!スルスルッ!』

 

 カルソウルの効果が切れると同時に、今度は彼らの全身が骨を失ったかのようにぐにゃぐにゃになった。同時に硬い岩肌そのものだった地面も、変化にあわせて波打っているのがわかった。

 

「うおぉぉぉぉ──!?」

 

 墜落の勢いが増す。ロディは雄叫びをあげ、反射的に瞼をぎゅっと閉じた。

 

──ばいぃん、

 

「……!?」

 

 痛みはほとんどなかった。柔らかくなった身体が柔らかくなった地面に接触し、ぼよんと跳ねる。そんなことを何度か繰り返し、彼らはようやく定着した。

 

「ふいぃ……みんな、怪我ねえか?」

「うむ、問題ない!」

「ロディも大丈夫?」

「んん……まぁ、肉体的には」

 

 ぽりぽりと頬を掻きつつ、ロディは立ち上がった。尤もカツキのほうが先んじていたが。

 

「おら、とっとと行くぞ」

「あ、待ってくれよ!」

 

 コタロウたちのもとへ向かうべく、一行は走り出した。彼らは当然、地下迷宮の存在を知りはしなかったが。

 

 

 *

 

 

 

「これ、よかったら食べて」

「これも食べな、まだまだたくさんあるよ!」

 

 怪人たちの里から動けずにいるコタロウたちはというと、次々勧められる食べ物を「もうお腹いっぱいです」と丁重に断っている真っ最中だった。

 

「遠慮しないで、自分たちのぶんはちゃんと残してあるから」

「いや、遠慮じゃなくて、ほんとうに……」

「うぷっ……ララ、あと食べて」

「えぇー、ララふとっちゃう……」

 

 一番小さいはずのララが地味に一番食べているのはこの際置いておくとして、コタロウは母が死んでから親類の家に預けられていた頃を思い出した。これから成長期だからと、毎食これでもかというほどの量を食べさせられた。この人たち実はカニバリストか何かで、自分を太らせて食べるつもりなのではないかとか要らぬ心配をしていたものだ。幸い体格はさほど変わらず、上背が伸びる方向に作用したので結果的にはありがたかったのだが。

 

「皆、その辺にしておけ。彼らが困っている」

 

 両肩から腕を三本ずつぶら下げたメゾウの言葉に、皆ははっとした様子で遠ざかっていく。

 

「すまん。皆、外部の人間、それもこちらに敵対的でないものと接触するのは久しぶりなのでな。浮かれているんだ」

 

 そう言うメゾウはこの集落において、リーダー的な役割を果たしているようだった。とはいえ偉ぶっているわけでなく、こまめに動き回っては小さな困りごとなどへの手助けを行っているようだった。

 そして、ここに棲む人々もまた、容姿にさえ目を瞑れば善良な者ばかりだというのに。

 

「皆、生まれもここに流れついた事情も完全にではないが、おおむね同じようなものだ」

「!」

 

 コタロウの思考を見透かしたように、メゾウが告げる。

 

「迫害、ですか?」

「難しい言葉を知っているな」

「子供扱いしないでください、おじさん」

「おじっ……!?」

 

 冷静だったメゾウが初めて動揺を見せた。聞き耳を立てていた者たちがなぜかくすくす笑っている。悪意のある呼称ではなかった──実際にそれくらいの年齢だと思ったのだ──のだが、おじさんと言うにはまだ若いのだろうか?

 

「ゴホン!……ともかくそういうことだ、程度の差はあるがな」

 

 程度──それがとりわけ顕著なものであったのだろう、メゾウの鋭い瞳が憂いを帯びる。グロテスクにも見える枝分かれした腕に、先ほど食事の際だけ露出させていたぐわっと裂けた口。なるほど姿かたちだけ見ればドルイドン以上に恐れられても仕方がないかもしれない。しれない、けれど。

 

「どんな姿をしていようが、同じ人間なのに」

「……そう思ってくれる人ばかりだったら、僕らも──」

 

 コタロウのつぶやきに反応したロロは、途中ではっとしたように口をつぐんだ。そんな兄の顔を、ララは心配そうに見上げていた。

 

『きみらにも、何かあるのか?』

「!」

 

 副腕の先端からぬっと口が飛び出してきて、ロロに訊いた。ただ腕が複数あるだけでなく、副腕には手がない代わりにこのように身体の器官を再現できる能力があるらしい。便利だが使いこなすのは難しそうだなぁというのが、フラットなコタロウの見立てであった。

 

「僕と妹、あとここにいないけど兄は、見た目は普通だけど……やっぱり、事情があって。ずっと放浪の旅を続けてるんです。同じ場所に、長くいられないから」

 

 詳細は伏せて、ロロはそう答えた。実際、十年経っても少ししか成長しない子供など人間には気味が悪いだけだ。ひとつの地に留まれるのはせいぜい二、三年だった。

 

「そうか。誰しも皆、当人にしかわからない辛苦や懊悩はある。似たような境遇でも、皆、捉え方や反応は様々だ。きみたちのように、それでも俗世の中で力強く生きていくというのもひとつの在り方ではある。しかし──」メゾウの目に力がこもる。「──そんな選択をせずとも自由に生きてゆける世界が良いと、俺は思う」

 

 しん、と場が静まりかえった。少なくともそれだけは、この場にいる皆の願いだった。彼らはそんな世界を夢見ながら、この暗く寒々しい地の底でひっそりと暮らしている。

 

「……すまない、あの怪物の話がまだだったな」

 

 確かに今、喫緊の課題はそれだった。

 

「アレはドルイドンの一味によるなんらかの行為によって、我々の仲間の身体から生み出されたようだ」

 

 やはりクレオン、ここにも来ていたのか。身体を液状化させて地下だろうと建物だろうと潜り込める彼の能力は、戦闘向きでないながらリュウソウジャー、いや、世界にとって大いなる脅威にほかならない。

 

「その仲間の方は、今どうしてますか?」

「……意識が判然としない。ただ、延々とうわごとを発している」

「"どっち"──ですよね」

「!、よくわかったな」

「あの怪物……マイナソーと言いますが、宿主となった人間の最も激しい欲求や執着を鳴き声として表します。あの姿も──」

 

 思い出される、ライオンの上半身と、アリの下半身をそのまま繋げたような姿。何も手を加えていないからこそ、かえってグロテスクに感じられた。

 

「彼は、まだここに流れついたばかりだった。その容姿ゆえか、早くに親に捨てられた彼は、己のルーツがわからないと常々言っていた。人か獣か、自分は果たしてどちらなのか──」

「………」

 

 この地底世界においてそれは共通する懊悩で、互いに心を開陳しあうことで皆、その隘路から脱出しようとしていた。しかし新入りの彼には、まだそれがなくて──

 

「でも……このままマイナソーにエネルギーを吸われ続けたら、その人は死んでしまいます」

「……やはりそうか、確かに衰弱が続いている。なんとかしなければと思っていたが……やむをえんな」

 

 そう言うと、メゾウは立ち上がった。人々に目配せをすると、そのうちの数人が頷き立ち上がる。皆男女の別なく、メゾウに負けず劣らずの屈強な体格をしていた。

 

「これより怪物──マイナソーの、討伐に赴く!」

 



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27.地の底に棲むもの 3/3

 結成されたマイナソー討伐部隊は集落を発ち、地下迷宮の内部を進軍していた。

 

「きみら、本当についてくるつもりなのか?」

 

 確認するような──できれば心変わりしていてほしそうな──メゾウの問いに、コタロウは躊躇なく頷いた。それに後れて、ロロララ兄妹も。

 

「マイナソーは勇者(ヒーロー)でも難渋するような相手です。僕は多少なりとも、マイナソー退治を傍で見てきていますから……何かアドバイスできることが、あるかもしれない」

 

 言うまでもなく、マイナソーは千差万別の能力の持ち主である。豊富な実戦経験をもつイズクとカツキなどに比べれば、思考面でもできることは限られているだろうが。

 それでも同じ人間が戦うのに、安全な場所で待っているだけというのは嫌だった。人間には誰しも有形無形問わず役割があって、それは状況によって変化する。少なくとも今は、守られるだけではいられないと思った。

 

「コタロウが行くなら、僕らだって……!」

「コタロウくんは、わたしたちがまもる!」

 

 そう言うロロはダガーを、ララは銃、と見せて水鉄砲を握っている。あくまで護身用の武器、前線に出て戦おうなんて言うのではなく、コタロウの護衛役を務めてくれるつもりのようだった。

 

「……わかった。何かあれば遠慮なく指示してくれ」

 

 頷き、ひたすら歩を進める。闇雲に歩いているわけではない、一行の中には犬獣人に似た姿よろしく嗅覚にすぐれた者がいて、マイナソーの発する独自のフェロモンを追っているのだ。

 

 そうして進むこと小一時間──犬獣人の青年が、鋭い声をあげた。

 

「匂いが強くなりゃしたっ、もう近いですッ!!」

「!、皆構えろ!」

 

 一斉に武器を構える戦士たち。直後、岩べりの隙間をこじ開けるようにして、真なる化け物が姿を現した。

 

「ドッチィ!!」

 

 アリの腹部を揺らしながら、獅子のごとく咆哮する──ミルメコレオマイナソー。獲物を狙う光る眼は、相手がどんな姿をしていようが関係ない。ある意味では平等な、捕食者たる存在だった。

 

「攻撃開始!」

 

 部隊のうち弓をとった者たちが矢をつがえる。複数が横薙ぎの雨のように放たれ、マイナソーの視界を封じた。

 しかし、有り合わせの弓矢が通用するのなら、そもそもリュウソウジャーの出る幕などない。矢はかわすまでもなく弾かれ、その武具が無意味と気づくや、躊躇なく突撃してきた。

 

「ッ、」

 

 布に隠れた口を引き結んだメゾウは、一瞬コタロウに目配せをした。頷くコタロウ。ここまで来るより前に、既に彼らに伝えてはある。

 

──マイナソーに通常の武器は効かないと思ってください。規格外の力で、打ちのめすしかありません。

 

「ぬうぅおおおおおッ!!」

 

 半ば巨人のような体躯の大男が、常人では持ち上げることもかなわないような大斧を振り下ろす。その重量から放たれる一撃に怯んでか、前進一本だったマイナソーが咄嗟に後退した。

 

(規格外の力……!怪物の、力!)

 

 人々から疎まれ恐れられたこの肉体で、真なる化け物を討つ!

 メゾウが拳を握りしめると同時に、皮膜で繋がった副腕の先がぼこりと盛り上がる。主の腕と同じように拳が現れるが、それは人間としては並外れた大きさのものだった。

 

「喰らえ──怪物ッ!!」

 

 大斧とは逆方向から、振り下ろされる六つの拳。逃げ場を失い混乱するマイナソーは、腕もしくは前脚によってそれを防ごうとする。

 それらが接触した刹那、

 

「────ッ!?」

 

 凄まじい地揺れが、コタロウたちを襲った。

 立っていられないほどの衝撃に、岩壁に手をついて耐える。ロロもまた同様にしつつ、自分の身体に妹をしがみつかせていた。

 砂塵に苦しみつつも、かろうじて目を開ける。そこには驚くべき光景があった。メゾウが殴りつけた場所から周囲に、大きなクレーターが広がっていたのだ。

 

(なんてパワーだ……)

 

 ムキムキソウルを使ったオチャコ並かもしれない。いや彼女は見た目には普通の女の子なので、本来比較対象に挙がってくるのもどうかという話なのだが。

 拳は残念ながら直撃とはならなかった。しかしミルメコレオマイナソーの片足は隆起した地面に挟み込まれ、身動きがとれない状態に陥っている。おそらく数秒の隙だが、メゾウはそこで一気に勝負をかけるつもりだった。

 

「──終わりだ!」

 

 手の先が鋭く尖っていく。爪……なのだろうが、もはやそれは鎌のようだった。それが横薙ぎに一閃され、

 

 マイナソーの身体を、両断した。

 

「!!!!!」

 

 獅子の顔が驚いたように目を見開きながら岩壁まで吹っ飛ばされ、べしゃりと地面に崩れ落ちる。残ったアリの下半身は、司令塔を失ったことで力なくその場に崩れ落ちた。

 

「……すご、」

 

 思わずそんな声を洩らしてしまったコタロウである。リュウソウジャーたちでさえ撃退にはそれなりに時間をかけているというのに、一瞬で勝負を決めてしまうとは。

 

「──この怪物は獅子とアリの半身をそのまま合成したような姿をしている。その繋ぎ目なら、脆いだろうと考えたんだ」

 

 読みが当たってか、心なしか弾んだメゾウの言葉。コタロウが半ば呆気にとられていると、後ろからぽんぽんと肩を叩かれた。

 

「ドンマイ、コタロウ」

「いやドンマイって……」

 

 思った以上にメゾウの洞察力が優れていたために、コタロウがここに来た意味は薄れてしまったのは確かだった。まあ、それならそれで喜ばしいことである。

 むしろコタロウは、心身ともにマイナソーと渡り合える人間が、こうして地下に逼塞していなければならない現状を憂えた。"普通の"人々が彼らを受け入れさえすれば、彼らは己の望むまま活躍できるのだ。メゾウなら勇者になれる、地底に棲むものたちのリーダーを立派に務めていることを思えば為政者にだってなれるだろう。それなのに。

 

 コタロウはペンを取り、手帳に書き記した。彼らの奮戦を、そうした己の想いを──

 

──しかしそれを書き終えようとしたとき、異変が起こった。

 

「ドッチィ……」

「!」

 

 死んだと思ったはずのマイナソーが身じろぎしたかと思うと──泣き別れた半身双方から、失われた部位が再生しはじめたのだ。

 獅子の上半身からは、アリの下半身が。アリの下半身からは、獅子の上半身が。

 再生を終え、怪物()()は同時に立ち上がる。──ミルメコレオマイナソーが、二体に増えてしまった。

 

「馬鹿な……っ」

 

 これにはメゾウ以下戦士たちも動揺を隠せない。怪物を倒したどころか、その数を増やしてしまった。誰も予想しえない結果だった。

 

「「ドッチィ!!」」

 

 双生児と化したマイナソーが同時に襲ってくる。分裂しても、その能力までもが分割されたわけではない。さらに少なからず浮足立った戦士団は、敵の攻撃にあっという間に総崩れになって追い込まれていく。

 

「そんな……」

 

 呆然とするコタロウたちに──標的をあらかた狩り尽くしたマイナソーの片割れが、じろりと視線を向けた。

 

「「「ドッチィ……?」

「──!」

 

 ロロとララが、咄嗟にコタロウの前に飛び出す。

 

「こ、こないでぇ!」

「こ、ここここコタロウにはっ、指一本触れさせないからな……!」

「ロロ……!ララちゃん……っ」

 

 駄目だ、彼らではどうにもならない。死ぬ順番が入れ替わるだけだ。コタロウは己の無力を呪った。一度は守り手たちを否定しておきながら、自分の力では何も守れない──!

 

(お母さん……!僕はいい、このふたりを──)

 

 別れを告げた母に、それだけはと願いをかけた刹那、

 

『モッサァ!!』

『ボムボム〜!!』

『ビューーーン!!』

 

 地底の闇を光の塊が通り抜けたかと思うと、続いて疾風のような影が複数飛び込んできて、ミルメコレオマイナソーに激突した。

 

「「ドッチィィ!?」」

 

 同時に撥ね飛ばされるマイナソー。前兆のない状況の変転だったが、何が起こったのかコタロウはすぐに察知した。

 

「──良かった、間に合った……!」

「ア゛ァ?ンで同じマイナソーが二匹もいやがる」

 

 疾風と威風の、緑と黒の騎士。そして、

 

「コタロウ、ロロ、ララ、無事か!?」

「!、エイジロウさん、みんな……」

 

 わずかに後れて、また別々の色の持ち主たちが駆けつけてくる。合わせて六人。いや、今日は生身を晒している少年がもうひとりいる。

 

「ロロ、ララ!」

「にいちゃん……!」

「ロディおにいちゃあん!」

 

 兄に飛びつくふたり。そんな彼らをぎゅっと抱きしめ、ロディはほっと息を吐いた。弟妹は大丈夫と信じる気持ちも真実だが、だからといって心配でないなんてことはない。今だって、リュウソウジャーの手が届かなければどうなっていたか。

 一方、そのリュウソウジャーたちはというと、躊躇うことなく前面に飛び出していた。

 

「皆さん、どうしてここが──」

「ロディくんから聞いたんだ、この地溝帯の下には迷宮のような空間が広がっていると!」

「キケソウルにクンクンソウルを使いまくってやっと見つけ出したんだぜ。にしても──」

 

 彼らの視線がメゾウたちに向く。はっとしたコタロウは、慌てて声を張り上げた。

 

「皆さん、その人たちは──」

「──大丈夫、わかっとるよ!」リュウソウピンクが応じる。「マシラオくんとかツユちゃんみたいな人たち、ってことでしょ?」

 

 そうだ。彼ら……というか自分も含めて、既にそういう人々には出逢っていた。ここにいる人たちほど露骨に怪物然としていないからかろうじて表の世界に踏みとどまっていた彼ら。しかしそこにも懊悩はあって、このリュウソウ族の少年たちはそれにふれてきたのだ。

 

「コタロウたちを救けてくれてあんがとな!」

「僕らはマイナソー……あの怪物退治の専門家です。あとは任せて!」

「!、……了解した。こちらこそ、感謝する」

 

 そう言って、メゾウたちは後退していく。──ここからは、リュウソウ族の騎士たちの独擅場だ。

 

「勇猛の騎士!リュウソウレッド!!」

「叡智の騎士ッ!リュウソウブルー!!」

「剛健の騎士!リュウソウピンク!」

「疾風の騎士ッ、リュウソウグリーン!!」

「威風の騎士……!リュウソウブラックゥ!!」

「栄光の騎士、リュウソウゴールド!」

 

「……風塵の騎士、リュウソウブラウン」

「えっ」

 

 つぶやくような声。皆の視線が集中した先は、ロディ少年だった。はっとした様子の彼はぶわっと一気に顔を赤らめ、口元を押さえている。

 

「な、ななななんでもねえ!……続けてくれ」

「お、おう。じゃあ……──正義に仕える気高き魂!」

 

「「「「「「騎士竜戦隊、リュウソウジャー!!」」」」」」

 

「俺たちの騎士道、見せてやるッ!!」

 

 口上の締めとともに、リュウソウケンを突きつける。実に惚れ惚れするような封切りだとは常日頃思っているが、今日はそのまま戦わせるわけにはいかない。

 

「そいつを迂闊に斬らないで!分裂する!」

「は!?」

「……なるほど、二体いるのはそういうことか」

 

 「だったら俺の出番だ」と、ゴールドがクラヤミソウルを構える。と同時に、二体のミルメコレオマイナソーが飛びかかってきた。

 

「「ドッチィイ!!」」

 

 先ほどの遠距離攻撃をゴールドの仕業と看破しているようだ。そのうえでそれが一番の脅威になるとも気づいている。見かけに反して、なかなかに頭の回るマイナソーではないか。

 しかしゴールド単独ならいざ知らず、彼には柔軟に動ける仲間がいる。

 

「カツキ!」

「わぁってンよォ!──カタソウル!!」

 

 『ガッチーン!!』と声が重なり、レッドとブラックの右腕に水晶のような硬質の鎧が装着される。こちらから斬るのが駄目なら、

 

「「ドッチィ!?」」

 

 弾いてしまえばいいだけのこと。

 

『──強・竜・装!』

 

 そしてその隙に、ゴールドは漆黒の鎧を纏うことに成功していた。

 

「ふっ!」

「ドッチ!?」

「ドッチィイ!!?」

 

 暗黒物質弾の直撃を受け、二体まとめて問答無用で弾き飛ばされる。

 

「よし、このまま一気に決める」

 

 そう、一気に──分裂などしようもないやり方で。

 

「ファイナル、ブラックホールショット──!」

 

 ひときわ濃密なエネルギー弾が放出され、マイナソーの片割れを貫く。刹那その背後にエネルギーが拡散、巨大なブラックホールを形成した。

 

「「ドッチィイ!!?」」

 

 外のものを吸い込まんと吹く風に、マイナソーは確実に引き込まれていく。二体とも。とりわけ撃ち抜かれた片割れは、既に捕らわれたも同然の状態で。

 結局抵抗もむなしく、その姿は闇の彼方へ消えていった。残る一体も、あと少しで──

 

──刹那、緑色をした塊がいくつも飛来した。

 

「!?」

「ドッ、チ……──ドッチィイイイイッ!!」

 

 リュウソウジャーの面々は経験則上、何が起きるかを知っていた。──あと一歩、遅かったのだ。

 

 分厚い岩盤をぶち破り、巨大化していくミルメコレオマイナソー。見上げんばかりのおぞましい姿が、夜空を背景にこちらを見下ろしていた。

 降りそそぐ瓦礫を避け、あるいはコタロウやロディたちを守りながら、彼らは叫んだ。

 

「ティラミーゴ、みんな、頼む!!」

 

「──待ってたティラアァ!!」

 

 戦場に駆けつける巨大な鋼鉄の恐竜たち。こういう事態に備えて、同行せず迷宮の外で待機してもらっていたのだ。昼間のように空飛ぶ敵というわけでもない。同じ巨大戦力で、一気に決着をつける──!

 

「竜装合体!」

 

 ティラミーゴと、四体の騎士竜。そしてモサレックスが従騎士竜アンモナックルズとひとつとなり、二体の竜神が誕生する──

 

「「「「「キシリュウオー、ファイブナイツ!!」」」」」

「キシリュウネプチューン!」

 

 地溝に半ば埋もれながら、対峙する竜神と怪物。先んじて動いたのは、後者だった。

 

「ドッチイィ!!」

 

 重たいアリの下半身を四本の脚で支えながら、飛びかかってくる。無論上半身には、獅子の前脚が発達した腕がそびえているのだ。

 

「そんなモンで!」

 

 ナイトランスを構え、敵の一撃を受け流す。そのまま反撃に転じようとして、はっとした。

 

「ッ、斬撃は駄目だ。また分裂させてしまうかも……!」

「だぁっ、とことん騎士泣かせなヤツ……!」

「──問題ねえ」

 

 後方に回り込んだネプチューンが、アンモナックルを放つ。巻貝が変形した巨大な拳が直撃し、マイナソーは悲鳴をあげながら吹き飛んだ。

 

「そうか、打撃なら!」

「ああ。……任せろ」

「任せるか!」

「かっちゃん!?」

 

 恒例、威風の騎士の独断専行が始まった。──ジョイントチェンジ。キシリュウオーの纏う騎士竜の鎧や武器がその配置を変えていく。そして最後に、頭部がブラックリュウソウルに差し替わった。

 

「これは──」

「キシリュウオー、ファイブナイツブラックだァ!!」

 

 黒主体となったファイブナイツが、当惑するネプチューンとゴールドを置き去りにして再び戦闘に入る。ナイトメイスを振り上げ、叩きつける。たったそれだけの、シンプルだが容赦ないにも程がある戦い方。

 

「……なぁ、あれ誰の主導だと思う?」

 

 地上、というか岩盤の割れ目から戦闘を見守っていたロディが、弟妹とコタロウに訊く。

 

「誰ってそんなの……」

「……ねぇ?」

「うん!」

 

 皆、イメージは一致していた。何がなんだかという様子のメゾウたちを置いて、彼らは苦笑するほかないのだった。

 

──そうこうしている間にも、戦闘はいよいよ佳境に入っていた。

 

「終わりにしてやんよ、ライオン……アリ……アリライオン野郎!!」

「えー……そのまんまやん」

「きみをもってしてもネーミングが難しかったか」

「ウルセェ!!」

 

 ともあれ、グロッキー状態の標的に肉薄し、

 

「「「「「ファイブナイツブラック、アルティメットブレイク!!」」」」」

 

 ファイブナイツ全体のエネルギーを注ぎ込まれ、破裂寸前にまで膨れ上がったメイスを──叩きつける!

 

「!!!!!!」

 

 獅子もアリも引っくるめて叩き潰され、ミルメコレオマイナソーは哀れ爆散したのだった──

 

「おー、お見事。しかしすげぇな、騎士竜たちがあんな姿になるなんて」

 

 タイガランスとミルニードルしか、実物としては知らなかったロディたちきょうだいである。カツキの戦い方には引いたが、キシリュウオーやネプチューンの勇姿に釘付けになっていた。

 

(……良い仲間ができたんだな、あんたらも)

 

 良いチームだ、そう思った。先ほど"風塵の騎士"なんて名乗ったが、それが本当になったら。そんなふうに考えて、小さく笑った。自分はこれからも弟妹と助け合いながら生きていく。足るを知り、空を飛べる。そしてこの先世界を救ってくれるであろう騎士たちの手助けができたのだと胸のうちで誇ることができれば、それで十分だった。

 

「Pi……」

「!」

 

 ポケットの中で休ませていたピノが、不意に鳴いた。

 

「ピノ、目ぇ覚めたか?」

「PiPi!」

 

 ひとまずはそれだけでもと安堵するロディたちだったが、プルス・ウルトラ、ポケットから飛び出したピノはその容積をむくむくと増していく。そしてあっという間に、人数人を背に乗せて飛べるだけのサイズに戻ったのだった。

 

 

 *

 

 

 

「──我々のようなものを守っていただいて、感謝の言葉もない。本当なら、心尽くしの礼をしたいところだが……」

 

 心底惜しげなメゾウの言葉に、エイジロウたちはいやいやとかぶりを振った。自分たちはただ駆けつけて、マイナソーを倒したというだけ。この場の主役ではない。

 それにタイムロスを取り戻すべく、彼らはすぐにでも再出立するつもりでいた。

 

「皆さんは、これからどうするんですか?」

 

 コタロウの問いに、メゾウは「同じさ」と即答した。これからも自分たちは、この地下迷宮で生き続けると。

 その生き方を否定するつもりは毛頭ない。表の世界はまだ、彼らを受け入れる土壌を備えていないのだから。

 でも、だからこそ──

 

「僕、皆さんのことを大勢の人たちに伝えます。姿かたちが普通でなくても、普通の人以上の正義と優しさをもって、生きている人たちがいると」

「……コタロウくん」

「それがうまくいったら、また会いましょう。今度は、日の当たる場所で」

 

 そう言って、コタロウは右手を差し出した。メゾウのそれに比べ、なんと小さく、汚れていない手か。しかし今は、包み込むような大きさに見えた。

 

「……喜んで」

 

 ピンクの巨鳥に乗り、少年と仮面の騎士たちは飛び立っていく。メゾウはいつまでも、その姿を見送っていた。

 

 

 果たして第二の別れも間近に迫っていた。夜通し飛び続けたピノのおかげで、夜明けに一行は西の玄関口である砂丘に到着することができたのだ。

 人里の近くで降ろしてもらい、代金を支払う。それをロディが確認して了とすれば、契約は満了となる。

 

「毎度あり。じゃーな、リュウソウジャー。なかなかスリリングな旅、楽しませてもらったぜ」

「うん……ありがとう、ロディ。またきみに逢えて良かった」

 

 踵を返したロディが立ち止まる。

 

「……そーかい、そーかい。ま、俺らは暫くこの辺りを行ったり来たりしてる。また会うことも、あるかもしんねえな」

「……うん。いや、また会おう。必ず」

「………」

 

 ロディはもう何も言わなかった。ただ、待ち受ける先でピノが涙をこらえて震えている。イズクには、それだけで十分だった。

 一方で、

 

「カツキさん、かっこ良かったよぉ!」

「また救けてくれてありがとう!」

「だあぁっ、ひっつくなガキども!」

 

 やはりカツキに懐いているロロララ兄妹。しかし彼らは彼らで、再会までとは異なる、新たな友誼を結んだことは言うまでもない。

 

「ロロ、ララちゃん」

「!」

 

 カツキに振り落とされる勢いも手伝って、ふたりはコタロウのもとに駆け寄った。

 

「……僕を守ってくれようとして、ありがとう」

「え、あ、あー……ふふん!子供を守るのは年長者の務めだからね!」

 

 良くも悪くも兄の影響を強く受けているロロに対して、ララの物言いは率直だった。

 

「コタロウくん、おわかれ?」

「……うん、僕は行くよ。僕なりにできることを、見つけるために」

「………」

「ロロ。ララちゃんのこと、ちゃんと守ってやれよ」

「!、当たり前だろ!誰にモノ言ってんだ!」ぷりぷり怒りつつ、「……コタロウ。きみはきっと僕よりずっと早く大人になっちゃうんだろう。それでも僕ら……友だち、だよね?」

「!、………」

 

「──もちろん」

 

 ふたりは約束をした。いつかロロが成人を迎えたら、ともに酒を飲み交わそうと。そのときにはコタロウも、随分いい歳になってしまっているだろうけれど──

 

 

 絆を深め、新たな友を得──惜別を胸に秘めながら、彼らはそれぞれの旅路へつくのだった。

 

 

 つづく

 

 




「眩しすぎる、きみ……!」
「失ってしまったのは……おそらく、"勇気"だ」
「俺、リュウソウジャー失格だ……!」

次回「レッド・ライオット」

「逃げるな、使命を果たせ。それがきみの責務だろう」
「自分で決めたこの生き方だけは、絶ッ対曲げねえ!!」


今日の敵‹ヴィラン›

ミルメコレオマイナソー

分類/ビースト属ミルメコレオ
身長/222cm
体重/175kg
経験値/406
シークレット/獅子の上半身とアリの下半身をもつ合成怪獣"ミルメコレオ"のマイナソー。原典のミルメコレオはその肉体ゆえ、食事でまともな栄養がとれず餓死してしまうと言われているが、マイナソーなのでその弱点は克服しているぞ!しかも上半身と下半身を切り分けられても、死ぬどころか分裂してしまうのだ!
ひと言メモbyクレオン:ぶっちゃけキショい!あとアリジゴクみたいな能力使えるのはまさか、ダジャレ?
※アリジゴク=アントライオン



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28.レッド・ライオット 1/3

リュウソウジャー、西へ


 

 地殻変動によりつくられた大峡谷を紆余曲折を経ながらも渡り、砂塵舞う西の大地にたどり着いたリュウソウジャー一行。この地で何かが始まり、何かが終わる──そんな予感を抱えながら、彼らは歩を進めていく……。

 

 

「──暑っちぃなぁ〜……」

 

 エイジロウがそうぼやくこともう、数回目。全員(主にスリーナイツ組)の放った回数を合計すれば、両の手では溢れてしまうほどだった。

 

「南も暑かったが、なんというかここは……」

「日差しがギラギラしとるよね……」

 

 遮るものもなく、容赦なく照りつける太陽。その光を浴びてきらきら輝く、宝石のような白い砂。この辺りはまだ時折南方で見られるような椰子の木が生育していたり、海が近いのが救いか。ここからさらに北上すると、そこにはひたすらに黄砂に覆われただけの無限砂漠が広がっているとはゲイル組?の言だった。

 

「チッ、あのきしめん、人里に降ろしゃあいいものを」

「きしめんて……。しょうがないだろ、ぎりぎりまでまけてもらったんだし、ピノだって本調子とはいえなかったんだから。まあムスタフの町はもうすぐ近くだし、辛坊だよ」

 

 西の大地はこういう環境なだけあって、人里という人里はあまり多くはない。著名なのが南部にある海沿いのムスタフと、中央部のオアシス群を囲むロザリウ。そして北端の山脈を背にした、旧王都だ。

 

「ここは海があるからまだ良いが……」

 

 胸元をぱたぱた扇ぎながら、口ごもるショート。確かに海のリュウソウ族である彼、そして相棒のモサレックスには厳しい環境になるかもしれない。ただ先のことに目を瞑れば、ここの海は今まで見てきたものよりずっと綺麗だ。蒼玉のように透き通っていて、魚たちの一挙一動がくっきりと見える。彼らと一緒になってここで泳いだら、本当に気持ちよさそうだと思った。

 とはいえ、泳ぐならムスタフに着いてからだ。先行しているワイズルーとクレオンが、どんな悪さをしているかもわからない。町が無事であるという保証など、どこにもなかった。

 

(今度こそ、必ず……!)

 

 奴らとの決着をつけ、村をもとに戻してみせる!意気込みながら、心なしか大股に一歩を進めたときだった。

 

「──うおッ!?」

 

 転けた。白い砂浜に顔面からダイブ。まるで乳白色の海に溺れたかのような絵面である。

 

「なっ……エイジロウくん、大丈夫か!?」

「なんもねーとこでナニ転んでやがんだ、クソ髪」

 

 「騎士引退かァ?」と嘲笑を浮かべるカツキ。こいつのこういうところはホント汚水のようだと青筋立てつつ、エイジロウは反論した。

 

「なんもなくねえッ、何かに躓いたんだよ!」

「でもこの辺、特に何も──キャアアアア!!?」

「!」

 

 にわかにオチャコが悲鳴をあげたことで、皆、瞬間的に臨戦態勢をとった。人のそういった尋常でない声音には、職業?柄敏感な彼らは、しかし戦闘を伴う非常事態において彼女が自分たち以上に勇敢であることを忘れていた。

 

「手が!手がぁ!!」

「手?──!」

 

 オチャコの指差す先を見て、一同ぎょっとした。白い砂がわずかに捲りあげられ、その中から覗いているもの──確かに手だった。人間の。

 

「し、死体……!?」

「桜の木の下には死体が埋まっていると言いますが、こんな砂浜に……」

「冷静だなコタロウくん!?」

 

 そのときだった。細く筋張った指先が、ぴくりと動いたのは。

 

──生きている、あるいは。そう悟った彼らの行動は素早かった。砂を掘り返し、手の持ち主の身体を露にしていく。果たして彼は俯せになり、白い外套ですっぽりと身を包んでいる。フードを目深に被っているせいで顔も見えない。"彼"と形容したのは、女性にしてはかなり上背があったからだ。

 

「大丈夫っスか!?」

「しっかりして!」

「我々の声は聞こえていますでしょうか!!?」

 

 見たところ外傷はないが、急病の可能性もある。呼びかけつつ、男を仰向けにひっくり返す。

 

 刹那、イズクとカツキの表情が変わった。

 

「あ──」

「こいつ……」

「……まさかまた知り合いなのか?」

 

 質すショートを睨みつけるカツキ。彼のぶんまで、イズクがはっきりと頷いた。

 

「……うん。彼は昔──」

 

 そのときだった。青年──エイジロウたちと同年代か若干上に見えた──が身じろぎするとともに、「みず……」とつぶやいたのは。

 

「!」

 

 彼を抱きかかえるエイジロウがすぐに反応し、瓶を口につけてやる。飲料水が舌を伝っていくたびに、彼はごくごくと喉を鳴らしてそれらを飲み下していった。

 

「行き倒れていたようだな……」

「で、結局どういう知り合いなん?」

「あ……えっと──」

 

 イズクの説明はまたしても水入りとなった。青年がぱちりと目を開けたのだ。茫洋としたその瞳が、ぐるりと一同を見渡す。

 

「おっ、良かった、目が覚め──」

 

 覚めたな、と言い切らないうちに、エイジロウは突き飛ばされていた。

 

「な……!ちょ、何すんだよ!?」

「ま、」

「ま?」

 

「眩しすぎる、きみ……!」

「……ハァ?」

 

 「うわあぁぁ……」と呻きながら、青年は顔を押さえて自ら視界を封じている。なんなんだ、この人?突き飛ばされたことはひとまず置いておくにしても、出会ったことのないタイプの人種にエイジロウたちは困惑していた。

 

「あ、ははは……相変わらずですね」

「!、その声……イズク?」

「声?あんた、目ぇ見えてないのか?」

 

 率直に訊くショートだったが、それが事実だとするなら"眩しい"という言葉とは矛盾していた。

 

「そうじゃねえ。こいつの悪ィ癖だ」

「か、カツキもいるの……か?」

「ずっといたわ、クソ陰キャが」

「……さっきから、一体どういうことなんですか?わけわかんなくて正直怖いです、この人」

 

 コタロウの言葉に、カツキはこめかみを押さえながら応じた。尤もその答は、彼自身頭が痛くなるようなものだったが。

 

「自己暗示をかけてンだよ、コイツ。他人がジャガイモに見えるようにな」

「じゃがいもおぉ??」

 

 熱い白砂とは裏腹に、場の空気は冷えていくばかりだった。

 

 

「……先ほどはす、すまなかった。そこの赤毛の子を筆頭に、きみらがあまりにキラキラしていたものだから、つい」

「は、はぁ……」

 

 いまいち釈然としない謝罪が発せられる。いちおう町への行軍を再開した一同だったが、その当惑はむしろ深まる一方だった。

 

「え、えっと、紹介するね……ようやくだけど。彼はタマキさんって言って、昔、僕らと一緒に修行していた騎士なんだ」

「!、ってことは、リュウソウ族の……」

「驚いたな。ロディくんに続いて、またリュウソウ族……それも同じ騎士に相まみえるとは!」

 

 「よろしくお願いします、先輩!」と礼儀正しく一礼するテンヤ。それに対するタマキ青年の応答は、蚊の鳴くような「……よ、よろしく」のひと言のみだった。しかも、目を逸らしたまま。

 

「さっきから目ぇ合わへんなぁ、この人……」

「ま、まぁしゃーねえよ!それよかタマキセンパイも、ドルイドンと戦ってるんスか?」

「!、いや、その、俺は……」

「──ンなわけねーだろ。リュウソウジャーに選ばれなかったからって早々に集落出てったんだぞ、こいつ()は」

「ッ!」

 

 俯くばかりだったタマキが、初めてカツキを睨みつけた。もとより鋭い顔立ちをしていることも手伝い、そうしているとなかなかに迫力がある。

 

「お、俺のことはいい……。でも、ミリオを悪く言うな……っ!」

「………」

「!、そ、そうだ。ミリオ先輩は?一緒じゃないんですか?」

 

 また新しい名前──しかし双方の口ぶりから、どういう存在かは窺える。タマキの盟友、少なくとも同輩で、イズクたちの知る限りではともに行動していたのだろう。

 しかしその問いをぶつけられた瞬間、タマキの表情はこれまでで最も陰鬱なものになった。

 

「ミリオは……死んだ」

「えっ……」

「!」

 

 苦い記憶であることなど、言うまでもない。沈黙するタマキを前に、一同言葉もなかった。

 ややあって、

 

「……救けてくれたことには、礼を言う。有難う。じゃあ、俺はこれで……」

「え、ちょっ──」

 

 踵を返し、一行とは反対方向に去っていこうとするタマキ。どこが目的地なのかはまだ聞き出せていないが、いずれにせよ体調も万全でないのだから、いったん町で休むべきではないか。

 そう訴えかけようとして、腕を掴もうとするエイジロウ。しかし手が身体に触れるより寸分早く、タマキは弾かれたように振り返った。

 

「うおっ!?」

「悲鳴……!」

「へ?」

「町の方からだ」

 

 独りでそんなことをつぶやくと、今度は町の方角へ向かって走り出す。何がなんだかわからないエイジロウたちだったが、"悲鳴""町の方から"というダブルワードによっていちおうの解は導き出せた。

 

「ッ、とにかく行くぞてめェら!!」

「お、おう!」

 

 見かけによらない脚力をもつタマキに追いつくべく、一行も走り出した。

 

 

 *

 

 

 

 ムスタフの町。西海に面し、かつては海の向こうの諸外国との貿易で栄えたこの港町は、ドルイドンの跋扈によって貿易船の往来が激減。今となっては、地場産業である漁業と牧畜を中心に生活する田舎町に戻りつつある。

 とはいえこれまでリュウソウジャー一行が訪れた都市や村落に比べれば、長らく平穏を享受していたことも確かだった。ドルイドンが特に活発に活動している旧王国北部からは遠く、南部とも峡谷によって隔てられている──過日の地殻変動によりさらに顕著となった──。そして、どこまでも続く砂地と豊富な海産物資源を除いては何もないような場所である。海外に出ていこうというドルイドンがほとんどいない中、戦略的価値も薄い。

 

 しかしそういう事実とは別に、とかく暴れたいというか、己の存在を知らしめたいというどうしようもないヤツもいるのである。そう、ここに。

 

「イッツ・ショータァァイム!!」

「Fooo〜!」

 

 青い痩身のドルイドン・ワイズルー。きらびやかなステージの上で声を張り上げる彼のその傍らで、クレオンとドルン兵たちがさかんに声援を送っている。

 記しておくとこのステージ、彼らの設置したものではない。たまたまこの町を訪れていた旅の一座がショーを始めようとしていたところに彼らが現れ、座員や聴衆を拘束して乗っ取ったのだ。

 

「それではではデハ、この場にお集まりのレディース&ジェントルメ〜ンに、わたくしワイズルーによるスペシャルショーをご覧に入れまショータァ〜イム!」

「ショータァ〜イム!おらお前ら、声が小せぇぞぉ!?」

 

 クレオンが恫喝するが、それで人々が盛り上がるわけもない。彼らの表情は総じて恐怖に引き攣っている。今の自分たちがまな板の上の魚そのものなのだと、理解していないものはこの場にはいなかった。

 

「……あーあ、ダメみたいっすよワイズルーさま。全然盛り上がんねーっす!」

「う〜ん、最高オブ最高!」

「あ、自分の世界に入ってら……」

 

 久々にスポットライトを浴びたことでワイズルーは独りエキサイトしていた。聴衆が盛り上がるかどうかは二の次、人々が怯えようがパートナーに冷たい目で睨まれようが、そんなのは彼の知ったことではないのだった。

 

「──いい加減にしてっ!」

「!」

 

 それに水を差すような少女の声に、ワイズルーはぱっと振り向いた。ドルン兵に抑えられながら、ピンク色の肌の少女が鋭く睨みつけてくる。

 

「ここはあたしたちのステージだよ!みんなだって、あたしたちのショーが見たくて集まってきてくれたのに……!」

「ミナ、よせ!」

 

 仲間の制止にも、ミナと呼ばれた少女は耳を貸さない。ステージを返せという彼女の要求は、当然ながらワイズルーにはまったく響かなかった。

 

「Oh、これはまた勇ましいお嬢さんだこと。さぞかし良いマイナソーが生まれそうだぁ……」

「!」

 

 その言葉を実質的な指示として受け取ったクレオンは、揚々と少女のもとに歩み寄った。

 

「そんなショーがやりたいなら、おまえを主役にしてやるってよぉ!」

「な、何、やめて──」

「ミナっ!!」

 

 一座の面々の制止もむなしく、クレオンの体液が少女の体内に流し込まれ──

 

 

 刹那、人々を拘束しているドルン兵たちが、疾走する影によって斬り捨てられた。

 

「ドルゥ!?」

「………」

 

 なんだ、何事だ?状況を即座には把握できず困惑する兵たちは、次々に無残な骸になっていく。解放された人々も暫く呆けていたが、

 

「……早く、逃げて」

「!!」

 

 年若い剣士の言葉に我に返り、慌てて逃げ去っていった。

 

「ドルン兵を一刀のもとに斬り捨てるとは……なかなかやるな貴様!名をヒアリングしようか!?」

「………」

「えっ、なんで無視するの……?」

 

 相手方の反応のなさに、素で困惑するワイズルー。しかも目も合わせてもらえないとなれば、とにかく注目を集めたい性質の彼にはなかなか辛いものがあった。

 と、幸か不幸か、そこに馴染みの宿敵たちが追いついてきた。

 

「タマキセンパイ!──あ、ワイズルー……!」

「ムッ、リュウソウジャー……!来てくれて良かっ……じゃなかった、お久しぶりでショータァイム!」

「た、確かに久しぶりかも……」

 

 直接相まみえたのはオウスの街に入った直後以来であるから、そういえばそうである。無論、交戦中の相手ということでずっと意識はしていたが。

 

「フム……ということはそちらのミステリアスガイ、新しいお仲間かな?」

「そんなんじゃねえわ」

「いやそんなんだろ!……たぶん」

 

 断言するには、タマキの距離のとり方が過激すぎて珍しく自信をもてないエイジロウであった。

 閑話休題。

 

「ヘッヘッヘ、一歩遅かったなリュウソウジャー!」

「!、クレオン……!」

「たった今、マイナソーができちまったのです!──行けっ、セルケトマイナソー!」

 

 クレオンの背後から、サソリに似た怪物がゆらりと飛び出してくる。その足下には、苦しそうにうめきながら倒れ伏すピンク色の少女の姿。

 

「生まれたてなら、とっとと倒すまでだ!──いくぜっ!!」

 

「「「「「「リュウソウチェンジ!!」」」」」」

『ケ・ボーン!』

 

『ワッセイ!ワッセイ!そう!そう!そう!』『ドンガラハッハ!ノッサモッサ!』

 

『ワッセイ!ワッセイ!それそれそれそれ!!』『エッサホイサ!モッサッサッサ!!』

 

『──リュウ SO COOL!!』

 

 六人の身体が色鮮やかなリュウソウメイルに覆われる。赤、青、桃、緑、黒──そして黄金。

 

「っし……!──センパイ、あとは俺らに任せて!」

「……わかってる。俺、リュウソウジャーじゃないから……」

「え、あっ、えぇ〜……?」

 

 落ち込ませてしまった、らしい。戸惑うレッドだったが、事ここに至っては彼にかかずらっているわけにもいかない。

 

「放っとけ!!」

 

 ブラックの容赦ない台詞と同時に、彼らは一斉にステージへと跳び上がった。

 

「お相手してあげまショータイム!」

「オレはしてあげねえ!ドルン兵〜!」

「ドルドルッ!」

 

 ワイズルーとドルン兵、そしてセルケトマイナソーが迎撃のために前進してくる。一方のリュウソウジャーは皆、言葉にするまでもなく、自然と役割を分け合うことができている。ドルン兵を掃討する者、ワイズルーを抑える者──

 

「──ショート、援護してくれ!」

「ああ」

 

 レッドとゴールドのふたりが、マイナソーに仕掛ける。ゴールドがモサチェンジャーの弾丸で牽制し、その隙を突いて懐に潜り込む。

 

「うおりゃあッ!」

 

 力いっぱいリュウソウケンを叩きつける。しかし、

 

「ッ!?」

 

──弾かれた。腕がびりびり痺れるのを感じながら、レッドは一歩後退する。

 

「こいつ、硬ぇ……!」

「サソリは硬い甲殻を持っていると聞いたことがある!そいつもその特徴を有しているんだ!」

 

 ワイズルーと斬り結びながら、ブルーが声を張り上げる。流石の知識だが、もっと早くに教えてほしかった。

 まあ、良い。それがわかれば、手立てはある。

 

「──カタソウル!」

『リュウ!ソウ!そう!そう!──この感じィ!!』

 

『カタソウル!ガッチーン!!』

 

 リュウソウレッドの右腕に、水晶のような硬質の鎧が装着される。それと同時に、彼は再び前進した。

 

「これなら、どうだぁッ!!」

 

 もう一度リュウソウケンを振り下ろす。外装こそ変わっていないが、カタソウルのエネルギーによってその刃の硬度は大きく上昇している。

 

「グアァッ!?」

 

 結果、セルケトマイナソーは甲殻を大きく切り裂かれ、よろよろと後退した。

 

「よっしゃ、いける!」

 

 このまま一気に──攻勢に乗ろうとしたレッドだったが、マイナソーは見かけによらず知能犯だった。

 近くに倒れていた少女を掴み上げると、そのまま自分の前に突き出したのだ。

 

「な……っ!?」

 

 予想だにしない敵の行動に、レッドもゴールドも攻撃の手を止めるほかない。一方で、クレオンはぱちぱちと両手を叩いていた。

 

「おぉっ、やるじゃんマイナソー!……そんならオマエの本領、そいつに味わわせてやれ!」

「………」

 

「……ユウキィ」

 

 セルケトマイナソーの腰に隠されていた尾が、飛び出してきた。

 

「な──」

「ショート、危ねえっ!」

 

 狙われたゴールドを庇い、割って入るレッド。刹那その胸に、鋭く尖った尻尾の先端が突き刺さった。

 

「うっ」

「エイジロウ!?」

 

 ずるりと何か重たいモノを引き出すように、尻尾が抜けていく。レッドの身体ががくんと脱力し、ゴールドに凭れかかってきた。

 

「エイジロウっ!しっかりしろ、エイジロウ!」

「………」

 

 ぴくりと、身じろぎが返ってくる。良かった──そう安堵したのもつかの間、

 

「──触んなッ!!」

「!?」

 

 唐突の剣幕とともに突き飛ばされ、なんの警戒もしていなかったゴールドは尻餅をついた。

 

「な……エイジロウ……?」

「……ッ、」

 

 ずり、とリュウソウケンを引きずる。ステージの床が傷つくのも構わず。よく見ればその手は、ぶるぶる震えているようだった。

 

 そんなものは、序の口にすぎなかった。

 

「──うぉおあぁぁぁあッ!!」

 

 悲鳴に近い雄叫びをあげたかと思うと、リュウソウケンを振り上げたのだ。人質を抱えたままの、マイナソーめがけて。

 

「ッ!?」

 

 咄嗟にハヤソウルを使用したグリーンが、間に割り込む。硬化した剣は重量も増しており、受け止めた同じくリュウソウケンからずしりと重みが伝わってきた。

 

「〜〜ッ、何、やってんだ……っ!」

「……うるせぇ、うるせぇうるせぇうるせぇっ!!」

 

 ヒステリックな声をあげてそのまま飛び退くと、レッドはよりにもよってメラメラソウルを手にした。──本気か!?皆が驚愕する中で、彼は強竜装を遂げてしまった。

 

「ッ、まずい!」

 

 皆が制止に動こうとするのもむなしく、レッドは剣を振るった。凄まじい劫火が巻き起こり、周囲のものを無差別に巻き込んでゆく。敵も味方もあったものではない。

 

「仲間割れ!?それにしても……怖っ!」

「いやアレやべぇっすよワイズルーさま!いったん退きません?」

「ウ〜ム、オーディエンスもいなくなってしまったしな……。そうしよう☆」

 

 暴れ狂う紅蓮に乗じて逃げ出すワイズルーとクレオン。そしてセルケトマイナソーも、宿主の少女を人質としたままそれに追随する。

 

「ッ、待──」

 

 追おうとする一同だが、レッドの暴走は止まらない。放たれる炎のために、彼らの挙動は著しく制限されていた。

 

「ンの……クソボケがぁぁッ!!」

 

──BOOOOM!!

 

 一瞬の隙を突いて放たれた爆炎が、レッドの身体を吹っ飛ばした。

 

「う、うぅぅ……っ」

「どういうつもりか知らねえが、てめェ覚悟はできてんだろうなァ……?」

 

 地の底を這うような声を発するブラック。兜に隠れて見えないが、その表情は悪鬼羅刹そのもので。

 しかしレッドの竜装が解けた途端、彼はぎょっとした。いや彼だけではない、すべての面々が。

 

 ガチガチに固めて逆立てた髪が、水浴びをしたときのように完全に垂れ下がっている。それだけならいざ知らず──リュウソウレッドの称号にふさわしい真紅が、墨に浸けたような漆黒に染まってしまっている。

 

「エイジロウくん、それ──」

「ッ!」

 

 隠しようのない怯懦を顔に張りつけたエイジロウは、慌てて立ち上がると脱兎のごとくその場から逃げ出した。

 

「エイジロウ!!」

「エイジロウくん!?」

 

 追おうとするリュウソウジャーだったが、この場にはまだワイズルーたちの被害者がいる。彼らを放っておくわけには、いかなかった。

 



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28.レッド・ライオット 2/3

 

 マイナソーの宿主となった少女は、ミナというらしい。彼女は旅の芸人一座に踊り子として所属しており、看板娘でもあったと。

 

「どうかミナを、あの娘を救けてやってください……!」

 

 座長の懇願は当然、無条件に受け入れるとして。ただ今は、様子のおかしくなったエイジロウのことも気にかかっていた。

 

「エイジロウくん、なんであんなことを……」

 

 珍しく苦々しげな表情を隠そうともせず、イズクがつぶやく。カツキでさえしないような狂暴性を露にしたばかりか、人質ごとマイナソーを攻撃しようとした。普段のエイジロウなら、絶対にありえない行動。以前のカツキのような、自分なりの信念があったとも思えない。

 

「あいつ、俺を庇って、マイナソーの尻尾に刺されたんだ。異常はそのせいに違いねえ」

「刺した相手を狂暴化させる毒……でしょうか」

「………」

 

「──いや、おそらく違うと思う」

「!」

 

 推測という形ながら明確な否定の言葉を発したのは、テンヤだった。

 

「エイジロウくんは、黒髪に()()()()()。騎士になる前の、生まれたままの色に」

「えっ……エイジロウくん、髪、染めてたの?」

「うむ、騎士見習いに選ばれた直後だった」

 

 リュウソウ族にも色々な髪色があるので、特段気にもしていなかったのだが──よもやの新事実に、幼なじみコンビはここまでの鬱屈を一瞬忘れかけた。

 

「エイジロウくんが失ってしまったのは……おそらく、"勇気"だ」

「ア゛ァ?染めたンが色落ちしたからって、ンでそう言い切れんだよ」

 

 エイジロウは我を忘れて暴れまわったのだ。狂暴性を解放されたとか、優しさや理性などを奪われたというほうが理にかなっているのに。

 

「あの赤い髪は、エイジロウくんの勇気の象徴だから」

 

 オチャコが、そう続けた。

 

 

 騎士になるべく修行を始めるまで、テンヤとオチャコは彼とそれほど親しい関係ではなかった。むろん同じ村の、歳の近い子供同士だ。交流はあったが、一緒に遊んだりするわけではない。

──今となっては信じられないことだが、ふたりはエイジロウに対してあまり良い印象をもっていなかった。エイジロウがどこそこの誰を殴った、喧嘩して怪我をさせた……そんな話ばかりを、耳にしたからだ。

 

 いったいどうして、そんな悪さばかりをするのか。きみのお父上は立派な騎士だというのに!見かねたテンヤが問いただすと、幼いエイジロウは赤い目をぎょろぎょろと泳がせながら言ったのだ。「こわいんだ」と。

 エイジロウは父に憧れていた。しかし父のように勇敢な性情をもつことはできなかった。だから巌のように尖っては、触るものみな傷つけていたのだ。

 

「でも、エイジロウくんはただ臆病なだけやなかった。あの友だち想いなところとか、昔から変わらんくて……トモナリくんとケントくんのことは、すごく大事にして、守ろうとしてたんよ」

「変わりたい、変わろうと、エイジロウくんはもがいていた。……そんな矢先、お父上が戦死されて──」

 

 エイジロウが変わったのは、皮肉にもそれが契機となったのだろうと思う。エイジロウは父に倣って明るく振る舞い、剣の腕を磨き、髪を染めた。そして、"勇猛の騎士"となった。

 

「……今のエイジロウは、親父さんから受け継いだもの、なくしちまったんだな」

 

 ショートの淡々とした言葉が、かえって事実を重く受け止めさせる。そうして騎士としての矜持を失ってしまった彼は、果たしてどこへ消えたのか。

 

「……あの、」

「!」

 

 不意に一行の誰のものでもない声がかかって、皆の視線がそちらに集中する。

 

「ンだよ、タマキセンパイよぉ?」

「ひっ……」

 

 カツキに凄まれて、タマキは怯えたような表情を見せる。思えば先ほどのエイジロウも、そんな顔をしていた。

 ただそれでも、彼は逃げ出しまではしなかったけれど。

 

「俺が……えっと、あの子のこと、捜すよ。きみたちは、マイナソー退治を優先すべきだ……と、思う……」

「………」

「も、もちろん無理にとは……言わないけど……」

 

 消え入りそうな声。決しておかしなことは言っていないのだから、もっと堂々としていればいいのに。そう思ってしまうのは、選ばれるだけの資質をもつ者の傲慢だろうか。

 ならば、せめて。

 

「おっしゃる通りです。エイジロウくんのこと、どうかよろしくお願いします!」

「!、おいクソメガネ──」

「──かっちゃん、ここはテンヤくんの言う通りにしよう?」

「僕も行きますから。戦いではお役に立てないですし」

 

 同じくタマキを知るイズク、そしてコタロウにそう言われ、カツキは憮然と沈黙した。優先すべきは何か、むしろ彼が一番よくわかっている。

 

 タマキにエイジロウを託し、彼らはワイズルーたちの追跡を開始した。

 

 

 *

 

 

 

 その頃、逃げ出したエイジロウは白い砂浜に覆われた港でじっと座り込んでいた。その紅い瞳は力を失い、茫洋と透き通った海を見つめている。

 

(何、やってんだ、俺)

 

 マイナソーになんらかの精神干渉を受けたことくらいは、彼自身認識している。それでも危うく仲間を傷つけ、人質となった少女を殺してしまうところだったのは厳然たる事実で。

 昔、自分はそういうことを平気でやってしまう人間だった。怯懦に塗れて、その原因を排除するために無我夢中で暴力を振るう、騎士にも漢にも程遠い弱い人間。でもそのたびに、傷を負うのも厭わず自分を止めてくれる親友たちの存在、そして自分を見捨てず見守ってくれた父の死──それらを経て、自分は変われたと思っていたのに。

 

「なんにも変わってねえ……。俺、リュウソウジャー失格だ……!」

「──そんな情けない言葉、あなたから聞きたくないですよ」

「!」

 

 声変わりもしていない、にもかかわらず自分などよりよほど理知的で冷静な声が背後から聞こえてきて、エイジロウは弾かれるように振り返った。

 

「コタロウ、と……」

 

 声の主であるコタロウ。そしてタマキと──ミニティラミーゴの姿が、そこにはあった。

 

「……彼が、騎士竜を連れてきたほうが良いって言うから……」

「呼ばれて来てみたティラ!」ぴょんとコタロウの肩から飛び降り、「エイジロウ、オマエはワガハイが選んだ相棒ティラ!勝手に失格とか、言わないでほしいティラァ!」

「ティラミーゴが選んだあなたに、救われた人が大勢いるんです。その人たちのことまで、あなたは否定する気ですか?」

「ティラミーゴ、コタロウ……」

 

 ふたりの言葉は対照的な響きをもっていたけれど、エイジロウを真摯に勇気づけようとしていることに違いはなかった。リュウソウジャーになって……守れなかったものもあったけれど、守ってきたものも間違いなくあった。とりわけその象徴でもあるコタロウが、そうしてくれている。

 でも、でも──

 

「……おめェらには、わかんねえよ……っ。親父やタイシロウさんのマネして、明るく見せてただけの俺しか知らねぇおめェらには……っ」

「見せてたんじゃない、身につけたんでしょう」

「マイナソーにやられたくらいでなくしちまうなら、見せてたのと一緒だ……!」

 

「ごめん……コタロウ、ティラミーゴ……。ほんとはおれ、こういう情けねえヤツなんだよ……」

「………」

 

 顔を顰めるコタロウは、なおも反駁しようとしたが──ふと、隣に立っていたはずの男が姿を消していることに気がついた。

 

「──!」

 

 視線を彷徨わせると──見つかった。彼はなぜかこちらに背を向け、波打ち際で三角座りをしている。マイナソーの影響を受けているエイジロウ以上に、なぜか陰鬱な雰囲気を醸し出している。

 

「タマキ……センパイ?」

「……俺も騎士失格だ……。俺だって、見習うべき人は周りに大勢いたのに……見かけを取り繕うことさえ、できないままなんだ……!」

「え、えぇ……」

 

 コタロウは唖然とした。励ましに来た側が、なぜ励まされる側より落ち込んでいるのか。エイジロウもすっかりあわあわしているではないか。

 

「……俺には、一緒に修行をしていた幼なじみがいたんだ」

(え、このタイミングで自分語り……?)

 

 おどおどしている割には強引に主導権を握りすぎではないかとコタロウは思ったが、口には出さなかった。それにリュウソウ族の、それも騎士だというタマキの遍歴には興味もあったのだ。

 

「彼はいつも明るくて、前向きで、誰かが困っていたら手を差し伸べずにはいられない……そういう、太陽のようなやつだった。いや……」

 

「俺にとっては、太陽そのものだったんだ」──大仰にも聞こえる言葉。しかしエイジロウには、"だった"という語尾のほうが気にかかった。

 

「その人が、ミリオさん……?」

「……ああ」頷きつつ、「俺と違って……ミリオは、誰より騎士にふさわしい男だった。タイガランスかミルニードルか……いずれにせよ騎士竜に選ばれるのは彼だと、俺は信じて疑わなかった」

 

 実際にはカツキがミルニードルに選ばれ、後れてタイガランスはイズクを選んだのだけど。

 その後、タマキはミリオに誘われてともに集落を出た。リュウソウジャーになれずとも、騎士の使命は変わらない。それを果たすためには、より見聞を広め、腕を磨かなければならない。目を輝かせてそう主張するミリオは、タマキにとって暗闇を吹き飛ばしてくれる光そのものだった。

 

「でも……ミリオは死んだ……。俺の、せいで……」

「……センパイ、の?」

 

 その日タマキは、珍しくミリオと喧嘩をした。いや実際には喧嘩というほどでもない、意見の相違にすぎなかった。ただいつもならミリオに従うタマキが珍しく自己主張をした結果、少々ぎくしゃくしてしまったというだけのこと。

 

「よりによってそんなときに、俺たちはドルイドンに遭遇してしまった」

 

 今でも鮮明に覚えている。全身を覆う漆黒の鎧に、ぎょろりと光る緑色の一つ目──そしてまだ未熟な自分たちとは異なる、熟達した剣技。

 その刃がタマキを両断しようとしたそのとき、タマキを抱きしめるようにして守った、ミリオの姿──

 

「……俺があのとき言うことを聞いてさえいれば、ドルイドンと遭遇することはなかった。ミリオは、死なずに済んだんだ……」

「センパイ……」

 

 尊敬する唯一の友を死なせてしまった自責の念に駆られ、タマキはあてどなく彷徨い続けた。そうして今日のように行き倒れていたところを、ある人に拾われた。

 

「……マスターレッドも、眩しい人だよね……。強引にも程があったけど……」

「え……タイシロウさんのこと、知ってんスか!?」

「俺を拾ったの、遠征中の彼だったから……」

 

 タイシロウ──マスターレッド、エイジロウの師匠。遠征の間だけではあったが、彼はタマキを弟子として迎え、鍛えてくれた。タマキの鬱々としたところを頭ごなしに叩き直そうとしてくるものだから、彼の騎士団に入ろうという気になれずそれきりになってしまったけれど。

 

「……マスターレッドは、臆病な俺にこんな話をしたことがあった……」

 

──ええか、タマキ。剣の腕を磨くこと、強くあること、これは騎士たる者の基本中の基本や。

 

──けど、腕っぷしが強いだけならそいつはただの剣客でしかないんや。

 

 ならば、騎士には何が必要なのか。おずおずと質すタマキに、マスターレッドは答えた。

 

──勇気や。どんな強敵が立ちはだかったとしても、決して挫けず立ち向かっていく強い心。もちろん無闇矢鱈に突撃すりゃええってわけやないで、そんなんただの蛮勇や。

 

──その勇気の上に、優しさっちゅーもんが生まれる。この世界に生きとし生けるもんを愛し、守りたいと願う心や。それが揃って初めて、俺たちは騎士なんや。

 

 

「……きみはマスターレッドによく似てる……。わかる気がするよ、その騎士竜がきみを選んだ理由……」

「ティラミーゴ、ティラ!」

「あ……すみません」

 

 マスターレッドの言葉というのは、事実だろう。形は違えど、彼がそういう信念をもち、団員と共有していたことは間違いない。そしてエイジロウが、その想いを継ぐものと認められたということも。

 でも──

 

「でも俺はッ!……その勇気を、奪われちまった……」

「………」

「勇気がねえから、優しさももてねえ……。平気で他人を傷つけちまう……!結局俺は、マスターやティラミーゴの思うような人間じゃなかったん──」

 

 そのときだった。いつの間にか歩み寄ってきていたタマキに、胸ぐらを引っ掴まれたのは。

 

「甘ったれるな、リュウソウレッド」

「……!」

 

 決して大声ではない。しかし先ほどまでの消え入りそうなそれとは、まったく異なるもので。

 

「どんな泣き言を言おうが、きみはもう選ばれたんだ。逃げるな、使命を果たせ。それがきみの責務だろう」

「セン、パイ……」

 

 エイジロウが呆気にとられていると、す、と手が離れた。手だけではない、タマキ自身踵を返して、海に足を踏み入れていく。濡れちゃいますよ、なんて、声はかけられない雰囲気だった。

 

「……きみは勇気を、努力して手に入れたんだろう。だったら、また掴めば良い。……それがきみの強さなんじゃないのか。きみが騎士に、リュウソウレッドに選ばれた理由、なんじゃないのか?」

「……!」

 

 それきりもう、タマキは何も言わなかった。ざざん、ざざんと波の打ち寄せる音ばかりが、暫し響く。

 ややあって──エイジロウは、口を開いた。

 

「……コタロウ。みんなは今、どうしてる?」

「ワイズルーたちを追ってます。宿主の人も、拐われたままですから」

 

 エイジロウは立ち上がった。そして垂れた黒髪を振り乱し、走り出す。コタロウとティラミーゴはその背中を、黙って見送った。彼にかける言葉は、もうないだろう。

 言葉がないと言えば、こちらも。

 

「……説教、してしまった……。偉そうなこと言う資格なんて、俺にはないのに……」

「………」

 

 ふらふらと彷徨いながら、いずこかへ去っていくタマキ。陰鬱なオーラが背中から溢れ出している。あれは僕らの手には負えないと、コタロウはティラミーゴと顔を見合わせて苦笑した。

 



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28.レッド・ライオット 3/3

 

「──もう逃がさんぞ、ワイズルー!!」

 

 町の片隅にある廃屋に潜んでいたワイズルーたちを発見したエイジロウを除くリュウソウジャーは、そのまま戦闘に突入しようとしていた……のだが。

 

「ふん!こちらには人質がいること、忘れていないか〜い?」

「ほら見ろよぉ。この女、宿主になったクセに意識あんだぜ!すごくね!?」

 

 クレオンに拘束された踊り子の少女・ミナ。彼女は苦しそうに浅い呼吸を繰り返しながらも、拘束から逃れようともがいている。ステージを乗っ取ったワイズルーに臆さず食ってかかる心の強さ、そして踊りで鍛えた身体──それらが、彼女を支えているのだろう。

 

「ッ、卑怯な……!」

「!、待ったデクくん!」

 

 "卑怯"という言葉にワイズルーが喜ぶことを知っているピンクは、グリーンを咄嗟に制止した。

 

「耳、貸して」

「えっ……あ、あぁうん」

 

 ごにょごにょごにょ。耳打ちを受け、「……なるほど」と頷く。なんだなんだと歩み寄ってきた他の三人にもふたりがかりでそれを行う。

 

「なんだ、何をひそひそと……」

「おぉぉーーい、こそこそ作戦会議なんて騎士らしくねぇぞぉー!」

「……ユウキィ」

 

 野次るクレオン。しかし宿敵の打って出た行動は、彼らの予想だにしないものだった。

 

「黙れよ腰巾着、自分ひとりじゃ何もできないくせに!」

「なぁ……っ!?」

 

 ただの罵詈雑言ではない、あまりに的を射た反撃に、クレオンは思わず絶句してしまう。「Oh……」と肩をすくめるワイズルーにも、その火の矢は降りかかった。

 

「何回人質をとれば気が済むんだっ、いい加減食傷気味だぞー!!」

「!?」

 

 演出家もといエンターティナーには痛いひと言。さらに、

 

「このド三流ー!!」

「駄作量産機!!」

「アホボケカス、死ねぇぇ!!」

「おまえのショー、単純に面白くねえ」

 

 約一名ちょっと方向性は異なるが、とにかくワイズルーの痛いところをつく罵倒が続く。立ち直りかけたクレオンがフォローしようとすると、再びそちらにも。

 そんなことを幾度となく繰り返された結果──彼らは、立ったまま真っ白な灰と化してしまっていた。

 

「……やられた……。言葉の刃に、斬られてしまった……」

「腰巾着……ひとりじゃ何もできない……」

「ゆ、ユウキィ!?」

 

 マイナソーが慌てている。奴にしてもこちらから注意を外したのは僥倖だ。──チャンスは、今しかない。

 

「デクくん今や!」

「うん!──ノビソウル!!」

『ノビソウル!ビロ〜ン!』

 

 ドルイドンコンビがはっと我に返ったときには、伸びた刀身がミナの身体に巻きついていた。

 

「獲った!」

「ああっ、やっべぇ!」

 

 クレオンが焦燥に駆られた声を発するが、時既に遅し。絡め取ったミナの身体は、ピンクがしっかりと確保していた。

 

「人質奪還、成功!」

「よもやあのような悪口が効くとは……」

「は、クソ雑魚メンタルどもが」

「言葉は刃物だって姉さんが言っていたが、本当だな」

 

 言われたい放題である。普段はめったに開閉しない口でぐぬぬとハンカチを噛み締めながら、ワイズルーは猛然と立ち上がった。

 

「よくも……よくもコケにしてくれたなぁ!絶対に許さないのでショータァイム!!」

 

 結局ショータイムと言ってしまうものだから迫力も何もあったものではなかったが、ワイズルーは本気だった。ステッキを掲げ、天にめがけて光線を放つ。その動作が何を意味するか、リュウソウジャーの面々も経験済みだった。

 

「ッ!」

 

 光の刃の雨が降りそそぐ。リュウソウケンで防御の構えをとりつつ、最悪の場合は己の身を犠牲にしてでもミナを護らなければと覚悟を決める。大局より先に、目の前の命──以前マイナソーの宿主となったコタロウに刃を向けたカツキでさえ、言葉にはせずともそれを前提に行動している。

 ならば、"彼"は。

 

「────ッ、」

 

 『ガッチーン!!』という聞き慣れた音声とともに、その姿が割り込んでくる。彼は硬質化した肉体と剣を最大限に駆使して、ワイズルーの放つ刃の雨をほぼひとりで防ぎきった。

 

「!、エイジロウくん……」

「………」

 

 髪は黒く、べったりと垂れたままだ。しかし仲間たちにはわかった。その背中が、漢の覚悟と矜持を纏っていると。

 

「おやおや、誰かと思えば弱虫レッドくんじゃアーリマセンカ〜?」

「セルケトマイナソーに勇気を吸われたおまえに、今さら何かできると思ってんのかよぉ!?バァカ、バーーーカ!!」

 

 先ほどの意趣返しも込めて最大限の嘲笑をぶつけるワイズルーとクレオン。対するエイジロウは、

 

「……は、」

 

 笑って、いた。

 

「……確かに俺は弱ぇよ。俺みてーなヤツが本当にリュウソウジャーにふさわしかったのか、正直わかんねえ」

 

「──でもな、」

 

「一度決めたら、貫き通す!自分で決めたこの生き方だけは、絶ッ対曲げねえ!!」

 

 レッドリュウソウルが輝きを放つ。その光を、エイジロウはなんの躊躇もなくリュウソウチェンジャーに喰らわせた。

 

「リュウソウ……チェンジ!!」

『ケ・ボーン!──リュウ SO COOL!!』

 

 リュウソウチェンジャーから無数のパーツが飛び出し、エイジロウの身体を覆っていく。手足、胴体──そして、頸。血より鮮やかな、勇猛の証たる真紅の鎧。

 さらに、

 

『強!リュウ!ソウ!そう!──この感じィ!!』

 

 赤いリュウソウメイルの上に、きらきらと星屑のようなエナジーが生成される。それらが寄り集まってひとつとなり、宇宙の象徴たる鎧へと姿を変えるのだ。

 

『コスモソウル!!』

「勇猛の騎士──リュウソウレッド!!」

 

 名乗りをあげると同時に、走り出す。その猛烈な勢いに圧されたワイズルーは、ヒステリックな声で叫んだ。

 

「でえぇぇぇいッ、何をしているセルケトマイナソー!ワンモア、ヤツから勇気を奪ってしまいナサ〜〜イ!!」

「ユウキィ!」

 

 マイナソーが前面に出てくる。と同時にその尻尾が勢いよく伸び、レッドの真正面に迫ってきた。

 恐怖を覚える。剣を持つ腕がわずかに震える。それでも彼は、足を止めることだけはしなかった。

 

(俺はもう逃げねえ、)

 

「必ず──使命を果たすッ!!」

 

 宇宙のエナジーを纏った刃が一閃し──尾を、切断していた。

 

「ユウキイ゛ィ……ッ!?」

「やべっ、尻尾が……!」

「えぇぇいっ、何をやっている!こうなれば──」

 

 再びジョーカーたるフィニッシュブローを放たんとするワイズルー。しかし彼は失念していた。敵はレッドだけではないのだ。

 

『ハヤソウル!ビューーーン!!』

「でぃやぁッ!!」

「G☆WA☆A☆A!!?」

 

 疾風のごとく肉薄する緑の騎士に斬りつけられ、ワイズルーは悲鳴をあげた。

 

「お前らの相手は、」「──俺たちだァ!!」

 

 BOOOOM!!と文字通りの爆音を響かせ、漆黒の騎士がやはり文字通り飛んでくる。彼だけではない、叡智の騎士と剛健の騎士。彼らもまた次々と標的に攻撃を仕掛けていく。ステッキ一本でどうにか対抗しているワイズルーだが、人数差もあって明らかに不利だ。少なくとも、レッドの行動を妨害するような余裕はない。

 

「うわ、これまた大ピーンチ……。目ぇつけられないうちに退いとこ……」

 

 抜き足差し足忍び足。戦場からこっそり遠ざかろうとするクレオンであったが、

 

「──うぎゃあ!!?」

 

 背中から強烈な痺れと衝撃が奔り、クレオンは悲鳴とともにもんどりうって倒れた。

 

「逃げられると思ってんのか?」

「げぇ、ご、ゴールド……」

 

 淡々とした中に感情を滲ませた声音が、ブラックに対するのとはまた異なる恐怖をクレオンに味わわせる。

 ともあれ幹部二体は完全に抑えた。あとはレッドがマイナソーと決着をつけるだけ。

 

「うおぉぉぉぉ──ッ!!」

 

 獣のように雄叫びをあげながら、その実彼は思考を巡らせていた。セルケトマイナソーの硬い甲殻は、生半可な斬撃を通さない。ならば最大火力の一撃で、一気に決着をつける──!

 

「ふ──」

 

 (そら)を背に跳躍し、

 

「コズミック、ディーノスラァァァッシュ!!」

 

 光と闇のシナジーを宇宙(そら)のエナジーに変えて、叩きつける!

 

「おぉぉぉぉ──ッ!!」

「ユ、ウ゛、キィ……ッ!」

 

 耐えている。やはり、硬い。

 しかし甲殻には確実にヒビが入りつつある。あと少し、あと少し踏ん張れば、倒せる──!

 

 

「──エンシェント、ブレイクエッジ」

 

 はっと顔を上げたときには、闇の刃が目前に迫っていた。咄嗟に受け身をとるも、大きく吹き飛ばされるレッド。

 

「ぐうぅ……ッ!?」

「エイジロウ!?」

「エイジロウくんっ!」

 

 ドルイドンへの牽制を中断し、仲間たちが駆け寄ってくる。とはいえ追撃しようなどという余裕はワイズルーたちにしてもなかったが。

 

「今の攻撃──」

「!、あれ……」

 

 陽炎の向こうから重々しく現れる、紫苑色の鎧騎士。二度にわたってリュウソウジャーの前に立ちはだかったその姿は、それをきっかけに波乱が巻き起こったこともあっただけにはっきりと記憶に刻み込まれていた。

 

「ガイ、ソーグ……!」

 

 リュウソウメイルに似た鎧。リュウソウケンに似た刃。それらを身に纏っていながら、彼(彼女?)は、

 

「……その強さ、喰らい尽くす……!」

 

 くぐもった声でそう言い放ち、斬りかかってきた。

 

「ッ!」

 

 六人がかりで応戦するリュウソウジャー。ワイズルーたちは呆然としていて、ガイソーグと共闘する様子もない。人数のアドバンテージは確保できているにもかかわらず、彼らは攻めあぐねていた。

 

「ッ、こいつ、やっぱり……!」

 

──強い。

 

 目にも止まらぬ鎌鼬のような剣技は、疾風の騎士であるリュウソウグリーン以上。それでいて一撃の重さは、腕力に秀でたピンクさえ上回っているようだった。

 そんな中、コスモソウルのもつ宇宙の力を引き出すことでレッドは目の前の敵に喰らいついていた。

 

「……怯懦を捨て去ったか。見事だ、リュウソウレッド……」

「ッ、おめェは……」

 

 いったい、なんなんだ。ドルイドンの味方なのか?しかしワイズルーたちに助太刀しようという意図は窺えないし、彼らもそう受け取っている風ではない。そうだとすれば、連携して攻めてくるところだろう。

 

「ッ、てめェいい加減にしろや!!」

 

 ブチ切れたブラックが、猛然とリュウソウルを剣に装填する。一番の矢面に立つレッドを除く面々も、それに追随した。

 

『ブラック!』

『グリーン!』

『ピンク!』

『ブルー!』

『イタダキモッサァ!!』

 

「「「「クアドラプル、ディーノスラァァッシュ!!」」」」

「ファイナルサンダーショット!!」

 

 ファイブナイツを構成する四大騎士竜、そしてモサレックスのエネルギーがひとつとなり、ガイソーグに襲いかかる。それは見事に直撃し、ひときわ大きな爆発を引き起こした。

 

「ッ、今度こそ……!」

 

 半ば祈るような気持ちだったが、それは届かない。

 

「………」

 

 盾を前面に構えることで、ガイソーグは己へのダメージを極限まで軽減していた。これまでと変わらない結果だった。

 

「……以前より力が増している。そうでなくては──」

 

 声は相変わらず淡々としたものだったが、端々に悦びが滲んでいる。リュウソウジャーの面々が、長期戦を覚悟したときだった。

 

「──う、ぐ……ッ」

 

 突如頭を押さえ、苦しみだすガイソーグ。手放された盾が落下し、ごとりと重々しい音をたてる。

 

「なんだ……?」

「!、見て、兜が!」

 

 しゅうう、と音をたてながら、兜が粒子状になって消滅していく。それは皆、とりわけブラックの剣を握る手に力を漲らせた。そこに隠されているものが、思い描いた通りなのか、否か──

 

「ッ!」

 

 しかし兜が完全に消え去ろうという寸前、ガイソーグはリュウソウルらしきものを剣に装填、可視の強大な竜巻を生み出した。襲いくる暴風。衰弱しているミナを守るためにも、彼らはその場に踏ん張る以上のことができない。「どさくさ紛れにセイグッバイ!」という、ワイズルーの巫山戯た声が聞こえてなお。

 果たして竜巻が消え失せ、空気が凪に戻ったときにはもう、ガイソーグの姿もワイズルーたちの姿ももうどこにもなかった。

 

 

 *

 

 

 

 その後暫くを捜索に費やしたものの、町の中にワイズルーやクレオン、マイナソーの影を発見することはできなかった。

 

「奴らめ、どこへ行ったんだ……!」

 

 悔しげに拳を握りしめるテンヤ。皆も同じ気持ちではあったが──間もなく日が沈もうとしている。

 

「……今日はここまでだ。明日にすんぞ」

「え、でも──」

 

 カツキの思わぬ言葉に反論しようとするスリーナイツ組だったが、

 

「町ン中は探し尽くした。あとは町の外しかねえが、夜の砂丘に出ンのはリスクが大きすぎる」

「昼間が嘘みたいに寒くなるし、目印らしい目印もないからね……。方角がわからなくなって彷徨った挙げ句、凍え死になんてことにもなりかねない」

 

 ただでさえ皆、行軍からの戦闘で消耗しているのだ。ワイズルーたちの行動原理──リュウソウジャーとの死闘(ダンス)──を鑑みても、今は追跡より体力の回復を優先させようという判断だった。

 

「……わかった。おめェらがそう言うなら」

 

 是非もないと頷くエイジロウの髪は、ふたたび赤く染まっていて。それは彼が、勇気を取り戻したことの証左だった。

 

「そういやテンヤ、オチャコ。昔の俺のこと、皆に話したんだろ?タマキセンパイから聞いたぜ」

「!、う、うむ……すまない、勝手なことを……」

「ホンマごめん……!お詫びといっちゃアレやけど、私たちの黒歴史も暴露してええから!たとえばほら、見習い騎士だった頃、テンヤくんが合宿所でおねしょしてもうた話とか──」

「オチャコくん!!?」

 

 慌てて右往左往するテンヤを見て、皆ひとしきり笑った。その尾を引いたまま、エイジロウが言う。

 

「いいよ、俺が弱虫だったことも、それがスタートだったことも事実だからさ。でもひとつだけ、訂正させてほしい」

「な、なんだろうか?」

 

 事実でない部分があったとしたら、それは単なる悪口だ。ふたりの顔に不安が浮かぶが、エイジロウの表情は朗らかなままだった。

 

「俺が憧れたのは、親父やタイシロウさんだけじゃねえ。──おめェらもだよ」

「え、私たち……?」

 

 首を傾げるふたり。彼らは無自覚なのだろうが、幼少期、何事にも一生懸命に取り組み、困っている仲間に手を差し伸べることを知っていた彼らの姿は、エイジロウの心に火をつけたのだ。

 

「歳の近いおめェらに負けてらんねえ、追いつきたい、追い越したい!そう思ったのが、俺が変わった最初のきっかけなんだ」

「エイジロウくん……」

 

──騎士になるまでの日々、苦楽をともにしてきたスリーナイツ。六人のチームワークというものを前に主張しない、する必要がないくらい、彼らの絆は固く結ばれたものにほかならなかった。

 

「さ、急ごうぜ。コタロウたちが首ながーくして待ってっからな!」

 

 駆け出す六人。その姿を密やかに見つめる影には、誰も気づくことはなかった。

 

「……彼らなら、あるいは」

 

 つぶやくと同時に、手元に目を落とす。古びた羊皮紙に描かれた地図、その中心に打たれた赤い目印。

 

 竜の咆哮が、タマキの耳に届いた。

 

 

 つづく

 

 






「ここに騎士竜パキガルーがいる」
「会いたい、父ちゃん!」
「俺たちを信じろ、チビガルー!」

次回「うなれ鉄拳」

「「「キシリュウオー、パキガルー!!」」」


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29.うなれ鉄拳 1/3

揺るぎのないことし最後の投稿どぇす


 

 マイナソーの宿主となった少女の健康観察も兼ね、リュウソウジャー一行は旅の一座が逗留する宿を借りることになった。

 夕食も平らげ、夜も深まった頃合い。休みたいのはやまやまというか、そのためもあってマイナソー追跡も断念したわけだが、こういう状況なので即座に就寝というわけにはいかない。皆、ひとつの部屋にすし詰めになって、明日以降の方針を改めて確認する場を設けていたのだが。

 

「騎士竜の、封印?」

 

 その報せをもたらしたのはリュウソウジャーのメンバーではないけれど、エイジロウの基準に照らせば既に仲間も同然の青年だった。

 

「……ああ。これを見てもらって、い、いいかな」

 

 先輩格であるというのに、やたら遠慮した物言い。原因として、彼がそういう性格なのが九分、カツキが彼を睨んでいることが一分というところか。

 

「これは……地図、ですか?」

「この周辺の……かな?」

 

 イズクが疑問形で言ったのは、地図がかなり古いものなのか、町などの表記が一切ないためだ。しかも海岸線を中心に、ところどころ地形が現在と異なっている。海面上昇や地殻変動などの影響もあり、昔より海際が陸地に迫っているのだ。このムスタフの町もいずれ海に呑まれてしまうかもと言われているのだが、そこまではエイジロウたちの知るところではなかった。

 その中でも「ここ」とタマキが指差した部分は、陸地がそこだけ歪に出っ張ったような形をしていた。さらにその上から、赤く印が付けられている。

 

「ここに騎士竜"パキガルー"がいる……はず」

「"はず"だァ?」

「ヒッ!い、いる!……きっと、おそらく……」

 

 結局推定を外せないタマキに対し、カツキは表情に侮蔑を張りつけた。イズクが注意してもどこ吹く風なのは、今さらの話である。

 

「……今、この岬は海面上昇で孤島になってる……。──ショート、くん。きみとモサレックスの力、借りてもいいかな……?」

「もちろん。つーか、ンな遠慮しないでください。こっちがいたたまれないんで」

「……すいません……」

 

 消え入りそうな謝罪の言葉。苦笑する者が大勢だが、カツキなどは露骨に苛立ちを深めている。

 

「じゃあ明日、早速……」

「──あ、ちょ、ちょっと待ってください!」エイジロウが声をあげる。「俺ら、まだ昼間のマイナソーを倒せてないんス。先にそいつ見つけ出して倒さねえと、あのミナって娘が……」

 

 ガイソーグの妨害は、間違いなく痛手だった。マイナソーごとワイズルーたちを取り逃がしてしまい、その行方は杳として知れない。彼らの性格上、このまま隠れっぱなしということはなさそうなのが不幸中の幸いというくらいか。

 主張するエイジロウに対し、タマキは眩しいものを見るかのように目を背けた。何か言いたげな様子であることはありありと伝わってくる。ただ彼は過去のトラウマゆえ、相手と意見を戦わせることに極めて臆病になっているのだ。安心させるように、エイジロウは鋭い歯を見せてにかっと笑ってみせた。

 

「言いたいことは言ってくださいよ、タマキセンパイ。俺ら、ちゃんと受け止めますから!」

「!、……ッ」

 

 ぎゅっと唇を引き結ぶタマキ。しかしエイジロウに「センパイ!」とにじり寄られ、彼はあっさりと観念した。

 

「……ワイズルーより強いドルイドンが北方、それに宇宙にも存在している……。そいつらがいつきみたちのことを聞きつけて襲ってくるかわからない、だからっ!……だからきみたちは、一刻も早く、もっと強くならなければ駄目なんだ……そう、思って……」

「センパイ……」

「……俺は、リュウソウジャーじゃない。決めるのはきみたちだ、それでいいと思う……」

 

 やはり、遠慮が先に立つ。タマキの言い分は決して間違っていない。しかしリュウソウジャーとして、優先すべきは目の前の人命である。明日すぐにでもマイナソーを倒し、そのうえで騎士竜パキガルーに会いにいく、それしかないとエイジロウは思ったのだが。

 

「──では、こうするのはどうだろう!?」

 

 不意にテンヤが、いつも通り張りのある声をあげる。ただここはそう広くはない宿屋の中である。イズクが「しぃー」と唇に手を当てる。「すまない」と頬を赤らめて謝罪しつつ、テンヤは続ける。

 

「奴らの第一の狙いは我々リュウソウジャーだ。移動する我々を発見すれば、あとを追ってこずにはいられないだろう。つまりだな──」

 

 道中、とにかく目立つようにしながら、ワイズルーたちを誘き出す。奴らが追いついてきたところで戦闘し、最低でもマイナソーだけは必ず倒す。それがテンヤのプランだった。

 

「なるほどな。それなら両取りできるかもしれねえ」

「うん、僕も良いと思う。テンヤくんのプランをもとに、具体的なアクションを詰めていくのでいいんじゃないかな。ね、かっちゃん?」

「けっ、叡智の騎士サマの面目躍如ってワケかよ」

 

 コタロウも含め、頭脳明晰組が集まって作戦会議を始める。一行七人のうち五人までもが頭の回転が速いというのは、リュウソウジャーの大きなアドバンテージだとエイジロウは思う。尤も自分は残るふたりの片割れなのだが、人には向き不向きというものがある。

 そしてもう一方の片割れはというと、にやにやしながらタマキの脇腹を肘でつついている。

 

「!、な、何……?」

「なかなかやるでしょ、ウチのブルー!まあ実践じゃ、まだまだデクくんたちには敵わないんだけどねぇ〜」

「なんでおめェが偉そうなんだよ、オチャコ?」

「だってぇ〜」

「……仲良いんだな、きみたち……。俺にはそういう仲間、ミリオ以外には……」

 

 なんでかまた陰鬱な雰囲気を纏い出すタマキだったが、それも長くは続かなかった。慌てた様子で、男が部屋に飛び込んできたのだ。

 

「!、あなたは、一座の──」

「ミナが……ミナが、いなくなった!」

「え!?」

 

 和やかな雰囲気は雲散霧消した。

 

 

 眠っているはずのミナが姿を消したのは、見守っていた座長が小用に立った三分ほどの間だったという。ならばそう遠くへは行っていないはずだと考え、エイジロウたちは足を動かす前に感覚強化系のリュウソウルを使用した。

 結果、ミナはすぐに見つかった。彼女は公演が行われるはずだったステージの上にいたのだ。スポットライトも聴衆もないその場所で、彼女は軽快なステップを踏み、身体をくるりと回転させる。──その美麗なダンスにエイジロウなどは、一瞬魅了されかかったのだけど。

 

「ミナっ、何やってるんだ!?」

 

 座長がステージに駆け上っていく。エイジロウたちも慌ててそれに続いた。

 果たして彼女は動きを止めたが、それが随意によるものかはわからなかった。上司に駆け寄られた途端、彼女はふっと脱力して寄りかかる形になってしまったので。

 

「なんて無茶するんだ……!おまえは消耗してるんだぞ!?」

「だって……っ、皆にアタシの踊り、見てもらいたいから……!そのために、この町に来たんだから……っ」

「ミナ……」

 

 ミナは疲れ果てていたが、しかしその黒目がちな瞳には力がこもっていた。しなやかな身体に漲る気迫に、思わず息を呑む。

 しかし、圧倒されてばかりはいられない。覚悟を決めたエイジロウは、彼女に歩み寄っていった。

 

「明日!」

「!」

「明日には、あの化け物を倒す。そうすりゃあんたも解放される。だからそれまで、ちょっとだけ待っててくれねえか?」

 

 「頼む」と、エイジロウは小さく頭を下げた。騎士として、彼女の命も矜持も守る。そのためなら何をするにもまったく躊躇いはなかった。

 ややあって、不意にミナが口を開いた。

 

「……アタシね、こんな肌の色してるせいで、親に捨てられて……この一座に拾ってもらうまで、独りで生きてきたんだ」不意の告白だった。確かにそのピンク色の肌は、常人離れしていて。「だからアタシには、踊りしかない……ううん、踊りと出逢って、初めて生きてて良かったって思ったの」

「……そう、だったのか」

「信じて、いいよね。あんたたちのこと──」

 

 ミナの瞳が、初めて不安に揺れる。勇気と心の強さを持ち合わせた彼女が、弱みを晒してくれている。その信頼に応えないわけにはいかない。

 

「もちろん。俺たちリュウソウジャーに、任せとけ!」

 

 そう言って、エイジロウは己の胸を叩いた。

 

 

 *

 

 

 

 翌朝。

 

「じゃあコタロウ、行ってくるな!」

「タイガランスとミルニードルを近くに残していくから、何かあったら頼ってね」

「はい。皆さんも、お気をつけて」

 

 コタロウには町で留守番をしてもらい、一行は出立した。岬──もといかの孤島に行くには、ここの港からでは遠回りになってしまう。最短ルートで移動するための入り江を、タマキが知っていた。

 

「流石っスね、タマキセンパイ!」

 

 エイジロウの手放しの称賛に、タマキが顔を赤らめながらも何故か距離をとるひと幕もありつつ。

 さて、その道中である。隠密ではなく、むしろその逆。ワイズルーたちの目をひくため、徹底的に目立つ必要がある──とは、テンヤの提案であるが。結果、彼らはこんな行動をとっていた。

 

「うおおーーッ!!この先の孤島にいる騎士竜パキガルーに会いに行くぜ〜〜っ!!」

「ティラア!ティラアァ〜!!」

「新たな騎士竜に会えるとは、超超超超イイ感じだなあーーッ!!!」

「ホンマやねえーーッ!!」

 

 そのままの大きさの騎士竜たちを率い、大声で叫びながら練り歩く。もはや奇人変人の集団である。スリーナイツ、そしてイズクはがんばっていたが、ショートはどうにも声が小さく、カツキに至っては歩きながらリュウソウルを磨いている有様。タマキは……言うまでもないだろう。

 カツキに言わせれば馬鹿みたいな取り組みであったが、彼らの意図は達成していた。遥か潜伏地点から、ワイズルーが遠眼鏡を使って彼らを監視していたのだ。

 

「ヤツら……新たな騎士竜の封印を解きに行くつもりか……?」

「──どーします、ワイズルーさま?このままマイナソーにエネルギー吸わせときゃ、完全体にできますけど……」

 

 クレオンの問いに対し、振り向いたワイズルーはチッチッチと人差し指を振ってみせた。

 

「そんなの、芸がナッシングにも程がある!即座に出撃するのでショータァイム!!もちろん、セルケトマイナソーも連れてな」

「……ハイハイ、そっすね。そう言うと思ってました」

 

 ワイズルーは卑怯だが、自分なりの美学をもって戦争(ステージ)に臨んでいる。馬鹿らしいと思いつつ、それでこそという気持ちもクレオンにはあるのだった。

 

 

 *

 

 

 

 入江に到着したところで騎士竜たちをチーサソウルで小型化し、待ち合わせていたモサレックスと合流する。そしてショートが使える数少ない魔法をかけてもらい、水中に適応した身体となったところで、彼らは潜航を開始した。

 透明度の高い、明るい日差しの差し込む海中を進んでいく。色とりどりの海藻や珊瑚礁、その周囲を泳ぎ回る大小様々な魚たち。見目に心地よい光景だったが、見惚れているゆとりはない。

 

「奴ら、我々を発見したようだ。まだ遠いが、確実にあとを追ってきているぞ」

「そうか……テンヤの作戦、大成功だな」

「海ではおそらく仕掛けてこないだろうけど……孤島に着いたら、いつでも戦えるようにしておかないとね」

 

 そう──騎士竜の発見と同時に、この先では戦闘も待っている。そうでなくては困るのだ。今日必ずマイナソーを倒すと、ミナに約束したのだから。

 

 

 孤島に到着したのは、それからおよそ半刻後のことだった。

 

 

 

 



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29.うなれ鉄拳 2/3

あけましておめでとうございます
今年最初の初投稿です




 

 元々は陸地の繋がっている岬だったためか、その孤島にはムスタフ周辺の砂丘とほぼ変わらぬ光景が広がっていた。

 

「匂うティラ……パイセンのニオイ!」

「ぱ、パイセン?」

「誰だ、ティラミーゴにンな言葉教えたの?」

 

 エイジロウはオチャコあたりが怪しいと踏んだのだが、彼女は全面的に否認していて。

 ともあれティラミーゴの嗅覚に従って砂丘を進み、洞窟を通り抜け、さらにもう半刻かけて切り立った崖に囲まれた広場のような場所にたどり着いた。

 

「ここティラ!」

「……そうなん、タマキセンパイ?」

「……いや、ごめん、俺も具体的な場所までは……」

 

 タマキがぼそぼそと答える間にも、ティラミーゴはずんずんと崖際に近づいていく。そして、

 

「オラァ、ティラァ!!」

 

 威勢の良い掛け声とともに、尻尾を一閃!ボロボロと巌が崩れていく。そんなことを何度か繰り返していくと、他とは明らかに異なるつるりとした球体が、岩の中から姿を現した。

 

「見つけた、ティラァ!!」

「!、あれが……」

 

 騎士竜パキガルーの、少なくともその頭部。ただ瞼は閉じられていて、彼は眠りの中にいるようだった。

 

「パイセン!パキガルーパイセン、起きるティラ!!」

「…………」

「パイセ〜〜ン!!」

 

 パキガルーの瞼が開き、碧眼が露になる。ウゥ、という唸り声を皮切りに、彼はティラミーゴに対して何かを訴えているようだった。

 

「なるほどなるほど、わかったティラ!そこにいるリュウソウジャーにも相談してみるティラ!」

「ティラミーゴ、パキガルーはなんて?」

 

 振り向いたティラミーゴが、こちらを見下ろして言う。

 

「パキガルーパイセンには、チビガルーっていう子供がいるティラ!」

「こ、子供?」

 

 騎士竜にも血縁者がいるのか、などと驚いてしまうエイジロウたちである。騎士竜たちはみな唯一無二の姿をしていて、元となった恐竜の種も異なるのだ。ただ、パキガルーはその例外にあたるらしかった。

 

「ただの子供じゃないティラ、パキガルーパイセンとチビガルーはふたりでひとりの騎士竜、チビガルーがいないとパイセンは身動きがとれないティラ!」

「そうなのか……。それで、そのチビガルーはどこに?」

「迷子らしいティラ!だからワガハイたちに探してきてほしいと、パイセンはそう言ってるティラ〜!」

 

 皆、顔を見合わせた。無論パキガルーの頼みは聞いてやりたいが、チビガルーの居場所に心当たりはあるのか。ない、あるいは遠方だと言われたら、これはもう途方も無い話である。

 その点については、身内にも厳格なディメボルケーノがきっちり問い質してくれた。──それに対する回答は、この島のどこかであることは間違いないというもので。

 

「なら、地道に探すしかねえか……」

「とはいえワイズルーたちが接近している今、戦力を分散させるのは危険だ。パキガルーもこの状態である以上、護衛も必要になるだろうし……」

「なら、僕とかっちゃんでここに待機するよ。きみたちはタマキ先輩と一緒に、チビガルーを探しに行くといい」

 

 イズクの提案はそのまま了承された。彼らといったん別れ、エイジロウたちはUターンして歩き出す。とはいえやみくもに探していては日が暮れてしまうので、再びティラミーゴの嗅覚が頼みになった。

 

「チビガルーの匂い、感じ取れそうか?」

「ウ〜ン……まだなんとなく、ティラ」

「そうなんや……結構離れたところにいっちゃったんかなぁ、チビガルー」

「ごめんティラァ……」

「きみが謝ることはないさ!だいたいの方向がわかるだけでも十分だ。それに、距離が縮まれば匂いも強まってくるだろう」

「だな!この調子でパキガルー仲間にして、ワイズルーたちもぎゃふんと言わせてやるぜ!」

 

 朗らかな笑みを向け合うスリーナイツ。一歩後れて歩きながら、ショートもまた彼らの姿に微笑を浮かべている。──と、不意にもうひとつ背後から視線を感じた。

 

「……どうかしたんですか、タマキ先輩?」

「!、いや……別に……なんというか、」

「?」

「……ショートくん、だったっけ。騎士竜モサレックスの相棒ってことは、きみ、海のリュウソウ族……なんだろう?」

「ええ」

 

 それがどうして、かつて対立の歴史がある陸のリュウソウ族とともに旅をしているのか。タマキの疑問は、事情を知らないリュウソウ族のひとりとしては妥当なものだった。

 対するショートの答は、明快なものだった。

 

「あいつらのひたむきさに、救われちまったから。あいつらと一緒に、もっと広い世界を見たい──その先に俺たち海のリュウソウ族の未来があるって、今はそう思えるんです」

 

 過去に囚われ、深い水底に沈みゆくばかりだった海のリュウソウ族の──明るい未来が。

 

「明るい未来、か……。ミリオもよく言ってたよ、そんなこと」

 

 実際、彼にはその意志も力もあった。困っている人、苦しんでいる人に手を差し伸べ、いつの間にかそういう人たちを笑顔に変えてしまう。自分はいつだって、その助けになれたかどうか、という程度のものだった。

 

「ホントに好きなんスね、ミリオセンパイのこと!」

 

 いつの間にか聞き耳を立てていたエイジロウが、話に入ってくる。

 

「す、好き?」

「あぁいや、ヘンな意味じゃなくて!センパイにとって、そんだけ大事な人だったんだなぁって」

「…………」

「俺ら、もちろん代わりになんてなれねぇっスけど……ミリオセンパイに負けねえように頑張りますんで!これからも色々教えてください、タマキセンパイ!」

 

 表情の硬いタマキに対しても、朗らかに笑いかけてくる。振り向きざまのその顔がミリオと重なって、タマキは思わず目を見開いていた。

 

「……エイジロウくん、きみは──」

「──匂うティラア!!」

 

 不意にティラミーゴが大声をあげる。皆の意識は自ずとそちらに集中した。

 

「こっちティラ!急ぐティラ!!」

「あ、ちょっ……待てよティラミーゴ!」

 

 猛烈な勢いで走り出すティラミーゴ。そんな彼をどうにか見失わないよう追いすがっていると、ややあってたどり着いたのはなんの変哲もない砂丘の片隅で。

 

「……ここ?」

「それらしいものは何も見受けられないが……」

「間違いないティラ、ちょっと待つティラ!」

 

 くんくんと地面を嗅ぎまわるティラミーゴを、呆気にとられながらも見守るしかない五人。ややあって、急にティラミーゴが飛び跳ねだした。

 

「ここ掘れティラ、ティラ!!」

「ほ、掘るのか?」

「早くするティラ!」

 

 有言実行とばかり、ティラミーゴは尻尾を振るって砂を排除している。やむなく五人も、共同作業という形で地道に手伝うことにした。柔らかい砂を掻き出し掻き出し、そんなことをひたすら続けても出てくるのは変わらない白砂ばかりである。本当にここで合ってるのか、と問い質そうとしたときだった。コツンと、指先に硬いものが当たったのは。

 

「!」

 

 触感だけではなんともわからない。しかしティラミーゴが言う以上チビガルーの安否にかかわりがあるのだろうと思い直し、採掘を再開する。

 と、そこから現れたのは古びた井戸だった。自然の岩石でできたそれは年季を感じさせないが、人里からは遠く離れた場所になぜ?

 

「……昔、大陸と繋がってた頃、この辺りには少数のリュウソウ族たちが住み着いていた。その、名残だ」

「なるほど……。しかし、深いな……」

 

 覗き込んだテンヤがつぶやく。ティラミーゴ曰く、この底からチビガルーの匂いがするという。

 

「っし、じゃあ早速──」

 

 古井戸に飛び込もうとするエイジロウ。いつも通りのことだったが、何故かタマキは目を見開いていた。

 

「どうかしました?」

「!、……いや、やっぱりきみもそういうタイプかと思って」

 

 タマキが思い浮かべているのはミリオか、それともタイシロウか。あるいはその両方なのかもしれない。

 

「ま、俺は"勇猛の騎士"っスから!」

 

 にかりと笑って、エイジロウは皆に向かって親指を立てた。そして躊躇なく、井戸の中に飛び降りていく。ぽっかりと開いた漆黒の闇が、魔物の口のように彼の身体を呑み込んでいく。その果てには深淵に叩きつけられ、彼は肉塊となり果てるだろう──普通なら。

 

「ヤワラカソウル!!」

『スルッスルッ!』

 

 岩肌そのままの底が柔らかく弾み、エイジロウを迎える。先日の断崖ほどの高さではないので、彼はそのまますんなりと着地することができた。

 

「ふぅ……。さぁて、チビガルーは──」

「──だれ?」

 

 幼い少年のような声音。はっと振り向いた先にあったのは人間ではなく、パキガルーをそのまま小さくしたような愛らしくも勇ましい竜の姿だった。

 

「おめェが……チビガルー?」

「アァン〜?」

 

 見た目と声に反して、態度が悪い。苦笑をこらえつつ、エイジロウは自己紹介をした。

 

「へぇ〜……」

 

 とてとてと近づいてくるチビガルー。可愛らしいが、思ったより大きい。子供と言ってもやはり騎士竜だしなぁなんて呑気に構えていると、彼はいきなり拳を突き出してきた。

 

「うおッ!?」

「ていっ!てりゃ!」

「ちょっ、やめ……何すんだよ!?」

 

 慌てながらもすべて受け流すエイジロウを認めて、チビガルーはふぅんと鼻を鳴らした。

 

「へぇ、やるじゃん。リュウソウ族ってのはホントみたいだな〜」

「お、おう……って、こんなことしてる場合じゃねえんだ。パキガルーがおめェのこと探してる」

「父ちゃん!?会いたい、父ちゃん!」

 

 チビガルーの声が一瞬弾むが、その気分はすぐに下降してしまった。

 

「……でも、ここからは出られないよ……」

「大丈夫、任せとけ!」

 

 言うが早いか、エイジロウはチーサソウルを取り出した。この古井戸を見つけ出した直後に、チビガルーを掬い上げる方法は考えついていた。

 

 

「エイジロウくん、無事チビガルーと接触できたようだな……」

「あとはパキガルーのとこに連れてくだけ、やね!」

「…………」

 

 エイジロウが登り上がってくるまでは見守っているだけか。手持ち無沙汰だが、仕方がない。

 しかしそう順風満帆にはいかなかった。

 

『──ショート、聞こえるか?』

「!」

 

 モサレックスからのテレパシー。その声が緊迫を孕んでいるように聞こえて、ショートは表情を引き締めた。

 

(どうした?)

『ワイズルーたちが島に侵入したようだ。すまない、水際で捕捉しようと警戒していたんだが、すり抜けられてしまった』

 

 まあ、向こうもモサレックスの存在くらいは織り込み済みだろう。やむをえない。モサレックスに労いを伝えてから、ショートは改めて仲間たちに声をかけた。

 

「どうしたん、ショートくん?」

「ワイズルーたちが迫ってるらしい。モサレックスから連絡があった」

「!、ならば警戒を厳にしなければな……。──タマキ先輩、いざというときはエイジロウくんとチビガルーの護衛をお願いしてもよろしいでしょうか!?」

「え、あぁ……俺に護衛が務まるかは、わかんないけど……」

 

 タマキの自信のなさは、この際黙殺するほかない。確かに迫る異形の気配を感じながら、彼らは剣柄に手をかけた。

 

 

 *

 

 

 

 一方、イズクとカツキはパキガルーの様子を見守っていた。とはいえ彼は至って静かなもので、岩肌の中でおとなしくしている。チビガルーが来ない限り、封印が完全には解けないのだから当然かもしれないが。

 

「エイジロウくんたち、チビガルーは見つかったかな……」

「知るかよ。まァティラミーゴがいンだから、なんとかなってんじゃねーの」

「それもそうだね」

 

 彼らのことはあまり心配していない。しかし戦いの気配は確実に近づいているという予感があった。

 

「……かっちゃん。次の戦い、あいつはまた現れると思う?」

「……ガイソーグか」

「うん」

 

 昨日の戦闘でも、突如として現れた謎の鎧騎士──彼あるいは彼女のためにふたりの間でも色々あったわけだが、そのことを蒸し返すつもりはない。

 

「結局あいつは、何が目的なんだろう……。ワイズルーたちに与してるにしては動き方が不規則すぎるし、ワイズルーたちもあてにしてる感じではないし……それに、僕らに対して助言めいた言葉を残したこともあった……。そういえば昨日、突然頭を押さえて苦しみだして、兜が消えかかって……誰かが装着してるんだとしたら、やっぱり──」

 

 ブツブツブツブツ。基本的にこのナードくんは、沈思黙考というのができない。全部声に出てしまうというのはとんでもない弱点だが、それゆえ隠しごとができないという美点の裏返しともなっていた。

 

「……アレは、マスターじゃねえ」

「えっ」

 

 思索を遮る幼なじみの言葉に、イズクは目を見開いた。

 

「……どうして?」

「根拠はねえ、現状は」

 

 ただのカンと言いきるのも微妙な肌合いの違いというか、違和感だった。ただカツキはその尖った神経ゆえに物事を鋭く見抜くことが多くて、その感触は決して侮れない。

 

「なら……今度こそ、あの兜を剥ぎ取らないとね」

「……おー」

 

 それさえ為せれば、そこからどう動くべきかも見えてくる。カツキの懊悩の一部を解決することもできるだろう。衝突することがあれど、イズクはいつだって彼のためになりたかった。

 そんな幼なじみを前にえも言われぬような表情を浮かべるカツキだったが、不意にその眉間に皺が寄った。

 

「……その前に、まずはてめェを片付けなきゃなァ?──クソ道化師」

「ンン?それは私のことか〜い?」

 

 堂々と姿を現したのは、群青の道化師──

 

「!、ワイズルー……!」

「フッフッフ。騎士竜がいるというのは、真実だったようだ☆NA!」

 

 やはり、来たか。しかしクレオンやマイナソーの姿が見えない。連れてこなかったのか、エイジロウたちのほうへ行っているのか。前者だとすれば計算違いとしか言いようがないのだが、とにかく今は目の前の敵に対処するしかない。

 

「行くぞデクゥ!!」

「うん!」

 

──リュウソウチェンジ!!

 

 ふたりの少年が、風を纏う騎士へと姿を変えた。

 

 

 *

 

 

 

『カルソウル!フワフワ〜!』

 

 エイジロウの身体が紙のように軽くなり、地面から浮かび上がる。それには飽き足らず、彼は岩肌を伝ってひょいひょいと上へ登りはじめた。

 

「おお、やるじゃんおまえ〜」

 

 懐から顔を出したチビガルーが感心したように言う。まあリュウソウルのおかげなのだがと内心苦笑しつつ、エイジロウは「サンキュー」と返した。

 

「でもチビガルー、なんでこんなとこに落ちちまったんだ?」

「え?えっと、それはぁ──」

 

 チビガルーが言いよどんだときだった。

 

「──うわっ!?」

 

 突然震動が襲ってくる。カルソウルの効果で手を放しても問題はなかったが、エイジロウは反射的に岩肌にしがみついた。

 

「な、なんだよぉ!?」

「!、連中か……!」

 

 頭上を見遣るエイジロウ。そこからは陽光が射し込んでくるだけだ。しかし、何が起こっているかは明らかだった。

 

 

「──やっちまえぇ、お前らぁ!!」

 

 クレオンの濁った声援に合わせて、異形の騎兵が襲いくる。それらを迎え撃つ、竜の鎧を纏った騎士たち。

 

「はっ!」

「とりゃ!」

 

 数的不利は否めないリュウソウジャーたちだったが、相手がドルン兵であればそれはあってないようなものだ。リュウソウルを使用するまでもなく、一撃で敵の長槍を叩き折り、胴体を薙ぎ払う。あるいはリュウソウゴールドは、モサチェンジャーとモサブレードを使い分けて遠近両用で対応していた。

 

「……皆、凄いな……」

 

 思わず感心の言葉を吐くのは、唯一リュウソウジャーでないタマキである。しかしだからといって、彼が戦力にならないこととイコールではない。リュウソウ族の腕力に応えるよう打ち直した長剣で、古井戸に接近する敵を次々と斬り払う。護衛という役割を心得てそれ以上出しゃばることはなかったが、だからこそ手堅い戦いぶりだった。

 

「流石は先輩だ……!」

「私たちも負けてられへん、ねっ!」

 

 リュウソウジャー……騎士竜に相棒として認められた者として。

 しかし敵は、ドルン兵だけではなかった。

 

「フン……ドルン兵片付けたくらいでなぁ、調子に乗んなよぉ!!」

 

 クレオンの負け惜しみじみたシャウトと裏腹に、タマキの足下近くの白砂がぼこりと盛り上がる。

 

「──ユウキィ!!」

「!」

 

 飛び出してきたのは、蠍に似た怪物──セルケトマイナソー。タマキが咄嗟に剣を振るうが、

 

「ッ!?」

 

 弾かれた。反撃とばかりに太い腕が飛んできて、タマキはかわしきれずに吹っ飛ばされる。

 

「タマキ先輩!──ッ、ハヤソウル!!」

『ビューーーン!!』

 

 一迅、割って入り、目にも止まらぬ斬撃を繰り出すブルー。果たしてセルケトマイナソーはさほどスピードがあるわけではないので、簡単に命中をとることができた。

 しかし、そこまでだった。リュウソウケンによる速度の乗った刃ですら、その硬い甲殻を前に簡単に弾き返されてしまったのだ。

 

「ッ、なんという硬さだ……!」

 

 わかってはいたことだけれど。このマイナソーは昨日、途中でガイソーグの乱入があったとはいえコズミックディーノスラッシュをかろうじて耐え抜いたのだ。

 

「ならこいつはどうだ、サンダーショット!!」

「オモソウル!どりゃああっ」

 

 ゴールドの電光弾、ピンクの鉄球が同時に放たれる。

 

「ギュワアァ!!?」

 

 彼らの連携は効果を発揮した。うめき声とともに砂礫を転がるセルケトマイナソー。しかし一方で、それが彼あるいは彼女を激昂させた。

 

「ユウキィィィ──ッ!!」

 

 絶叫に近い声をあげたマイナソーは、地面にその大きな手を突き立てた。

 刹那襲い来たのは、ひときわ激しい震動だった。

 

「ッ!?」

 

 立っているのもやっとの揺れに、剣を地面に突き立てて耐えるしかない一同。それでも彼らはそういうことができるだけマシだった。

 

「これじゃ、エイジロウくんが──!」

 

 ピンク──オチャコの懸念は、的中していた。

 

「ぐ、ううっ!?」

 

 カルソウルの効果は持続しているから、揺れに耐えるだけならばそう難しいことではなかった。しかしこの古井戸の中は、長年放置されたために岩肌に海水が染み込み、構造的に脆くなっていた。

 ゆえにセルケトマイナソーの与えた衝撃により──それらは、容易く崩壊する。

 

「──ッ!?」

 

 降りそそぐ大小の巌。咄嗟に身体を浮かせて避けるエイジロウだったが、その数があまりに多かった。

 

「ぐあああッ!?」

 

 岩のひとつが身体を直撃し、巻き込まれる形で墜落する。その勢いに押される形で、カルソウルも意味をなさない。このままでは、奈落に叩きつけられる──!

 あわやというところで、エイジロウは踏みとどまった。自然にではない、途中でリュウソウケンを岩肌に突き刺し、そこにぶら下がったのだ。

 

「ッ、はぁ……っぶねぇ」

「あぶねぇってか、まだ大ピンチじゃん!」

 

 懐で騒ぐチビガルー。それはまったくその通りだが、ここでとどまれたことは能動的にも受動的にもチャンスになる。

 まず、前者。

 

「チビガルー、どうにかここ登って地上に出ろ。そんで、父ちゃんと合流するんだ」

「えぇっ!?でも、上に敵がいるんだろぉ!?」

「大丈夫、俺の仲間がいる。そいつらがおめェを守ってくれる」

「…………」

「俺たちを信じろ、チビガルー!」

 

 チビガルーの碧眼が逡巡を断ち切る瞬間を、エイジロウは見た。

 

「──わかった!」

「っし、じゃあ──」

 

 片手でチビガルーをむんずと掴み出すエイジロウ。「え?え?」と再び困惑するチビガルーを、

 

「行ってこーーーい!!」

「にゃああああああ!!?」

 

 ぶん投げた。

 その衝撃に耐えきれなかったのか、リュウソウケンを刺した岩べりが崩れ、エイジロウは再び宙に投げ出されてしまった。

 

「頼んだぜっ、チビガルー!!」

 

 放り投げられたチビガルーはというと、ままよとばかりに落ちてくる岩を器用に伝って跳躍を繰り返していた。元々身軽な身体であることが功を奏し、地上の光と戦闘の音が流れ込んでくる。怖い、でもあと少し。行くしかない──!

 

 わずかに気が緩んでしまったのだろう。落ちてきた岩がチビガルーを直撃した。

 

「ぎゃっ!?」

 

 幼体とはいえ騎士竜の頑丈なボディである、ダメージというほどではないが巻き込まれる形で墜落してしまう。絶望的な気持ちに囚われかかったところで、『ビロ〜ン!』という気の抜けた声が頭上から聞こえてきた。

 刹那、柔らかくしなるものが巻きつき、チビガルーを地上まで引き上げたのだ。

 

「あ、おまえ──」

「話は聞いていた。ここからは俺が運ぼう!」

 

 テンヤ──リュウソウブルー。リュウソウメイルの上からでもわかる逞しい身体は、エイジロウ以上に安心感を覚えさせた。

 

「ハヤソウル!」

 

 再度ハヤソウルを使用し、パキガルーの封印された地点めがけて一目散に走り出す。それを見逃さなかったクレオンだったが、

 

「行かせねえ」

「あんたらの相手は、私たちや!」

 

 立ちはだかるピンクとゴールド。揃って厄介な敵ではあるが、ふたりにまで数を削った。これぞ好機とクレオンは嗤う。

 

「ヘン、そっちにはワイズルーさまが行ってんだ。お前らの思い通りにはなんねーよ!──さあセルケトマイナソー、とっととレッドを生き埋めにしちまえ!」

「ユウキィ……!」

「させるか!」

 

 剛健と栄光、ふたりの騎士が仲間を救うべく死闘に臨む。その光景を、タマキ青年はもはや見ていることしかできなかった。

 



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29.うなれ鉄拳 3/3

 疾風の騎士と威風の騎士、対する群青の道化師の激闘は、双方一歩も引くことなく互角に推移していた。

 

「──かっちゃん!」

「オラアァ!!」

 

 撹乱するグリーンの影から飛び出し、爆破剣撃という独自の秘技を浴びせかけるブラック。それをステッキから放つビームで妨害しつつ、攻め手がなく逃げ回るワイズルー。そんな状況が、もう一時間近くも続いている。

 

「てめェいい加減死ねや!!」

「ノーセンキュー!ハッハッハッハ、ハッハッハッハッハ!ハハハハハハ──」

「だから、長いっ!!」

 

 こんな調子で、いまいち緊張感がないのが困りものであるが。

 

(くそっ、せめてここから引き離したいのに……!)

 

 イズクが臍を噛んだときだった。『ビューーーン!!』という聞き慣れた音声とともに、ワイズルーよりほの明るい蒼碧の影が飛び込んできたのは。

 

「ぬぅおぉぉぉぉぉ──ッ!!」

「何?何?何事ぉ!?」

「テンヤくん!?」

 

 少年たちは見た。仲間の手の中に、パキガルーによく似たちいさな竜が収まっているのを。

 

「あれは……!」

「なんだか頭がオットセイだが、行かせるわけにいかナッシング!!」

 

 ステッキの先端がぎらりと光る。それを認めたブラックが、咄嗟に跳んだ。

 

「させるかよォ、ダイナマイトディーノスラッシュゥ!!」

 

──BOOOOM!!

 

 ひときわ大きな爆炎がワイズルーを呑み込み、吹き飛ばす。テンヤにその様子を確認する余裕があれば、「ナイスアシスト!」と賛辞を贈っていただろう。

 ともあれ彼、そして彼の抱えたチビガルーは、ついにパキガルーとの接触に成功した。

 

「とうちゃあん!!」

 

 父子の歓喜の声が重なりあう。ブルーはチビガルーの身体を両手で掲げた。

 

「さあ、お父上のもとへ帰るといい!」

「ありがとな、リュウソウブルー!」

 

 みるみる巨大化したチビガルーが、パキガルーの体内にすっぽりと入り込む。彼はれっきとした子であると同時に、パキガルーのコアとしての役割も果たしていた。

 

「チビガルー、オン!──パキガルー(父ちゃん)再起動(リブート)だぁ!!」

 

 封印が解けた。岩壁をぶち破り、その翠のボディが躍動する。

 その行く手を、ワイズルーが阻んだ。

 

「ふん!貴様のようなジミ〜な騎士竜、この私の敵ではナッシングゥゥゥ────!!?」

 

 その巨大な拳が直撃し、哀れワイズルー、白昼の星屑と消えたのだった。

 

「馬鹿が自爆しやがった」

「あ、はは……──あっ、それよりテンヤくん、ひょっとしてそっちにマイナソーが?」

「うむ、エイジロウくんがチビガルーのいた古井戸の底に生き埋めになりかけているんだ!」

「なんだって!?」

 

 一大事だ。マイナソーもいつ成長するかわからないし、急がねば。

 走り出そうとした折、ブルーの手の中にパキガルーから"あるもの"が贈られた。

 

「!、これは──」

「………」

 

 こちらを見下ろす碧眼。チビガルーももはや何も言わない。お互い、言葉など要らないということでもあった。

 

「……ありがとう!」

 

 それでも、感謝の意は言葉にして伝えたかった。

 

 

 *

 

 

 

 セルケトマイナソーは未だ猛威を奮っていた。その硬い甲殻もさることながら、今となってはあの震動を起こすほどのパワーを体得している。自分たちだけならまだしも、エイジロウが生き埋めになりかけている状況。それを止めることに全力を挙げねばならなかった。

 

「くそっ、決め手がねえな……」

「うん。ってか──」

 

 セルケトマイナソーは拳を叩きつけるまねをして、こちらが身構えるのを見ては喜んでいる。ひょうきんなのか性格が悪いのか、少年たちには後者としか捉えようがなかったが。

 

「げへへへ、いいぞぉセルケトマイナソー!その調子でそこのハンサムとちんちくりんをまとめてボロ雑巾にしちまえぇ!」

「はんさむ?」

「ち、ちんちくりんって……こいつぅ!!」

 

 「ってか、あんたに言われたくないってのこの三等身!」とピンク。なんというかもう、罵詈雑言合戦の様相である。

 しかし、セルケトマイナソーにそれは通用しない。ふたりが長期戦を覚悟したそのとき、マイナソーが放ったものではない地響きが聞こえてきた。

 

「な、なに!?」

「!、オチャコ、あれだ」

 

 ゴールドが指さした先──深緑の巨体が、やおら迫ってくる。その足下には、見慣れた蒼碧の竜騎士の姿。

 

「皆、待たせた……!あとはこのリュウソウブルーに任せてくれ!」

 

 その手の中には、今まで見たことのない深緑のリュウソウルが握られていて。──それがパキガルーを模したものであることは明らかだった。

 

「パキガルーがこの力を託してくれた……──ドッシンソウルッ!」

『ドッシンッ!ソウル!!』

 

 リュウソウケンに装填し、

 

『強!』

 

 一回、

 

『リュウ!』

 

 二回、

 

『ソウ!』

 

 三回、

 

『そう!』

 

 四回。

 

『──この感じィ!!』

 

 無数の巌がブルーの胴体を包み込む。それらが削れ磨き上げられ、融けてひとつとなる。

──パキガルーを模した鎧。右肩でその頭部が睨みを効かせている。

 そして他の強竜装と大きく異なるのは、両拳に巨大な手甲(ガントレット)が装着されていることだ。剣ではなく、拳を武器とする形態とすぐにわかった。

 騎士として違和感がないかといえば嘘になる。しかし今、いちばん有効かつ強力な姿であることも理解していた。

 

「行くぞ……!」

 

 ゆえに、躊躇はない。ブルーは意を決して勢いよく跳躍し、セルケトマイナソーめがけて巨拳を振り下ろした。

 

「ユウキィ……!」

 

 甲殻を丸め、防御姿勢をとるマイナソー。小細工はしない。そのド真ん中に叩き込む──!

 

『──ドッシィン!!』

 

 刹那、マイナソーは大きく吹っ飛ばされていた。

 

「ユウ、キィ……!?」

「まだまだぁ!!」

 

 叩き込まれる拳は、甲殻の硬さなどものともしない。むしろ炸裂するたび、そこに亀裂を刻み込んでいった。

 

「……すげぇな、ドッシンソウル」

「フツーのパンチ、やのに……」

「──だからこそだ」

「!」

 

 不意にタマキが割って入ってくる。先ほどまでひっそり一線を退いていたというのに──無論それで構わないのだが──、いつの間に戻ってきたのか。

 

「一点に集中する衝撃(インパクト)は、あらゆるものを叩きつぶす。それが騎士竜パキガルーの、ドッシンソウルの力なんだ」

「……なんか今のタマキ先輩、誰かを思い出すなぁ」

 

 その頃こちらに向かう真っ最中だったイズクは思いきりくしゃみをしていたのだが、取るに足らないことである。

 閑話休題。ブルーが満身創痍のセルケトマイナソーにとどめを刺そうとしたところで、割って入ってくる者があった。

 

「フン、騎士が剣捨てるたぁヤキが回ったナァ!!」

「!、クレオン……!」

 

 マイナソーを庇うように立ちふさがるクレオン。極めて珍しい行動だが、理由はあった。身体をスライム化させた彼は、ブルーの鉄拳を見下すように嗤った。

 

「貫けるモンなら貫いてみろよ、叡智の騎士サンよぉ!!」

「……言ったな!」

 

 腰を落とし、拳を引くブルー。それ以外の動作は自他ともに一切ない、緊迫の静寂がよぎる瞬間だった。

 そして、

 

「奥義、」

 

──ディーノ、ソニックブロー!!

 

 拳を突きだす、と同時に周囲の白砂が巻き上がる。風、ではない。拳圧によって衝撃波が広がっているのだ。

 

「え、なんか思ってたのと違ぁぁぁ──!!?」

 

 そのことに気づいて逃げ出そうとするも時既に遅し。衝撃波は軟体と化したクレオンの体内をも激しく揺さぶり、

 

 内臓を、崩壊させた。

 

「グハアァァァ………ッ」

 

 ゴロゴロ地面を転がるクレオン。一度は起き上がろうとするも、体内を損傷したというのは想像以上のダメージだった。

 

「クレオン……K.O.……」

 

 がくっと項垂れたかと思うと、その身がどろどろと溶けて白砂の中へ消えていく。完全に倒せたわけではなかったようだ、残念ながら。

 しかし、あとはマイナソーだけだ──そう考え構え直したところで、

 

「ユウ、キィ……──ユウキ゛ィィィィ!!」

「!!」

 

 彼方から到達したエネルギーの塊を吸収し、セルケトマイナソーはたちまち巨大化してしまったのだ。

 

「ッ、しまった……!」

「──大丈夫、オイラたちに任せとけ!」

 

 すかさずパキガルーがマイナソーの前に立ちはだかる。頼もしいが、巨大戦の震動だけでも古井戸の中で崩落が酷くなるかもしれない。そうなる前に、

 

「エイジロウくんを……救けるッ!!」

 

 声を張り上げると同時に、地面に拳を叩きつける。何度も、何度も。

 

「ちょっ、テンヤくん何して──」

「ッ、これでエイジロウを救えるんですか、先輩?」

「……ああ」

 

 それが、ドッシンソウルの力だから。

 

「……?」

 

 その震動を受けて、エイジロウは目を覚ました。地面から突き上げられるような感触がある。

 

「これ、は……」

 

 セルケトマイナソーのそれとは違う。直感だがそう思った。そしてその直後、地面が隆起を始めたのだ。

 

「うおッ!?」

 

 完全に頭が冴えた。地面がどんどんと上昇していく。外へ繋がる光が近づいていくのはきっと必然だ。ならば、

 

「──リュウソウチェンジ!!」

 

『ケ・ボーン!!』──愉快な音声とともに、古井戸から赤い閃光が飛び出してくる。見事に着地したそれは、

 

「勇猛の騎士、リュウソウレッド!!──遅ればせながら参上ッ!!」

 

 勇ましくも朗らかな名乗りを挙げ、己の無事を誇示したのだった。

 

「エイジロウくん、オチャコくん!俺たちの手でヤツを討ち果たすんだ!」

「おうよ!」

「よ〜しやったるっ!」

 

 パキガルーはその拳をもって、単騎ながらセルケトマイナソーと互角に戦りあっている。その力を借りれば、必ず。

 

「「「──竜装合体!!」」」

 

 騎士竜ティラミーゴがキシリュウオーに変形し、トリケーンとアンキローゼが併走しながらそのパーツへと姿を変える。封印が解けたときの、ある意味現代における基礎たる姿、スリーナイツ。

 三色の竜騎士が戦場へ駆ける。その体内にあって、レッドが声をあげた。

 

「パキガルー、合体だ!!」

「!、──待ってましたっ!」

 

 可愛らしい声をあげるチビガルー。彼の誘導を受け、パキガルーがこちらへ向かってくる。

 その身がチビガルーもろとも二つに割れ、姿を変えながらキシリュウオーの両手に接続される。それは──ドッシンソウルの鎧と同じ、巨大な鉄拳の形をしていた。

 そして頭部をなすリュウソウルが入れ代わり、新たなる巨人が完成した。その名も、

 

「「「キシリュウオー、パキガルー!!」」」

 

 

「──見てかっちゃん、新しい合体だよ!しかもあの姿、パンチングスタイルを主軸とするわけか。武器をあえて使わないというのは一見すると心もとないように思えるけど打突の破壊力というのは侮れないわけで……」

「うっせ、クソデク。見りゃわかんだわ」

 

 イズクたちがひとまず観察を決め込む中、新生キシリュウオーのガチンコファイトが始まった。つまり、純粋な殴り合いである。

 いずれも拳には自信があり、互いに堅固な鎧をもっている。

 

「オラオラオラオラァ!!」

「ユウキ゛ィィィ──ッ!!」

 

 どちらも一歩も引かない戦い。しかしあくまで身体能力の一環としての腕力しかないセルケトマイナソーに対し、キシリュウオーパキガルーは打撃に全振りしたような形態である。その威力も、勢いも、目の前の怪物の比ではない。

 やがて完全に競り負けたマイナソーは、相手の勢いによって徐々に地上から離され、浮き上がっていく。そうなればもはや、勝負は決したも同然だった。

 

「ユウギイィィ……!」

 

 そのとき、不意に気がついた。

 

「このマイナソー、もしや"勇気"ではなく"遊戯"と言っているのか?」

「ゆうぎ……遊び?」

 

 道理で妙に戯れめいた行動が多いと思ったら。宿主であるミナの性格を反映しているのか、あるいはその生い立ちからして、もっと子供らしく遊びたかったという想いを抱えていたのか。

 いずれにせよ──今ここで、マイナソーを倒すということだけは変わらない。ミナは今、立派に踊り子として生きているのだから。

 

「終わりだ──!」

 

──ブースト、ブレイクブロー!!

 

 エネルギーを右腕──さらに言えばチビガルーへと集中させ、噴射する。高揚した彼はその勢いのまま、マイナソーめがけて百烈拳を叩き込んだ。

 

「ユウギイイイイイイ……イ゛ィッ!!?」

 

 甲殻が、砕ける。次の瞬間にはボディを完全に打ち抜かれ、セルケトマイナソーは哀れ爆散したのだった。

 

「ウィナー、キシリュウオーパキガルー!!」

「よっしゃあ!!……ふぅ〜」

 

 どっと疲れが襲ってきて、キシリュウオーともども座り込むレッドとブルー。腕の筋肉がじくじくと痛む。まだまだ鍛え方が甘いなと、ふたりは顔を見合わせて苦笑しあった。

 

 

 *

 

 

 

 凱旋の夜。ムスタフの町では当初の予定通り、一座による公演が行われていた。

 様々な芸がステージの上で披露される中、その中央で華麗なステップを踏み、踊るミナの姿。ピンク色の肌を差し引いても可愛らしい少女だとエイジロウは思っていたが、踊り子としての彼女はただただ美しかった。

 見惚れていると、不意に目が合う。黒目がちなそれがウインクを飛ばしてきて、エイジロウの心臓はどくんと跳ねた。

 

「おいコラ、発情してんじゃねーぞクソ髪」

「は、はつじょ……っ!?」

「ちょ……っ、なんてこと言ってんだよかっちゃん!?」

 

 あまりにもデリカシーのないことをのたまうカツキを皆で叱るひと幕もありつつ、賑やかな夜は過ぎていく──

 

「……そういや、タマキ先輩いねぇな」

 

 ふとそのことに気づいたショートだったが、このときは特段気にとめなかった。性格上、こういう場は苦手なのだろうと合点して。実際タマキを知るイズクとカツキもそう思っていて、だから何も言わなかったのだ。

 

──後から思えば、これが大いなる綻びのはじまりだったのだ。

 

 

 *

 

 

 

 リュウソウジャーたちが楽しい宴の夜を過ごしている一方で、その宿敵たるワイズルーとクレオンは惨憺たるものだった。

 

「ハァ……ハァ……、ベリー酷い目に遭った……」

「もうオレ……一歩も動けねーす……」

 

 砂丘の片隅でボロ雑巾のように半ば埋もれる二体。前者はまだしも後者など、内臓をやられているのだ。尤も文字通り骨の髄まで軟体なので、それだけで致命傷とはならないのが不幸中の幸いではあるのだが──

 

 そんな彼らも、不意に響いた重い足音には鋭く反応した。目を眇め、迫る紫の鎧を睨む。

 

「……やはりおまえたちでは、リュウソウジャーは倒せないようだな」

「ッ、ガイソーグ……!──黙らっシャラップ!!私が本気になればあんな品のない蛮族どもなど……!だいたい、貴様はなんだ!?その鎧を剥いで、正体見たり枯れ尾花と洒落込もうか!?」

「ワイズルーさま、いつも以上に意味わかんねーす……」

 

 クレオンの突っ込みを無視して、ガイソーグはため息をつく。それは深淵を覆うような憂鬱を感じさせるもので。

 

「やれるものなら、やってみろ。……この鎧は、脱ぎたくても脱げないんだ」

「……What's?」

 

 応酬はそれまでだった。町の方角へ去っていくガイソーグ。その背中を、ワイズルーは憎々しげに見つめていた。

 

 

 つづく

 

 




「マイナソー!?どうやってオチャコの体内に……」
「ミリオなら、絶対にあきらめたりなんかしなかった」
「私の命、デクくんに預けるから……!」

次回「その胸の高鳴りを」

「きみは……僕が救ける!!」


今日の敵‹ヴィラン›

セルケトマイナソー

分類/ヴァーミン属セルケト
全長/218cm〜47.8m
体重/285kg〜803t
経験値/342
シークレット/サソリの姿をした女神"セルケト"の名を冠したマイナソー。硬い甲殻と強力な腕っぷしを誇るほか、尻尾を突き刺した相手から"勇気"を奪うことができる。でも実は基になっている欲望は"遊戯"、つまりもっと遊びたいというものだったぞ!
ひと言メモbyクレオン:尻尾斬られたのが痛かったなぁ……。レッド以外の勇気も奪ってやれたのによう!


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30.その胸の高鳴りを 1/3

 

 リュウソウジャー一行は北へと針路をとり、旅を続けていた。

 柔らかな白砂とターコイズブルーの海はすっかり姿を消し、今ではまったく水分を含まない小麦色の砂粒ばかりが地平線の先までもを覆っている。時折風に吹かれてそれらが舞い上がり、目や耳、鼻といった体外に露出した器官を大いに苦しめてくれていた。

 

「こちらは砂漠地帯のオチャコ……。もう五日、こんな風景が続いとります……」

「誰に向けての実況だ、そりゃあ」

 

 オチャコのつぶやきに対し、耳ざとく聞きつけたカツキが突っ込みを入れる。いずれの声にも瑞々しさがないのはもう、この環境のせいであるとしか言いようがない。

 

「まったく進んでいる実感がないが……このまま順調に行けば、あと三日ほどでロザリウの街に到着できるんだったな」

 

 ロザリウは大オアシス群を囲むようにつくられた街である。ゆえに砂漠のど真ん中であるにもかかわらず豊富な水資源があり、商業でたいへん栄えているという。少なくとも、渇きと戦うのはあと少しの辛抱といえる。

 

「モサレックスもいい加減しんどそうだし、早く水に入れてやりてぇな。……にしても、」不意に振り向くショート。「あの人……いくらなんでも距離とりすぎじゃねえか?」

 

 一行の背後およそ十メートル。まるでストーカーのように着いてくる青年、タマキ。騎士竜パキガルーの封印の場所を一行に教えるという功績を挙げた彼だが、得意になる様子はまったくなく、出逢った当初と変わらず一枚も二枚も壁を作っている。それでもなし崩し的に仲間に加わったのは、今も彼の傍であれこれ話しかけている勇猛の騎士たる少年の粉骨によるもので。

 

「エイジロウさん、ブレないですね……」

「ったく、あんなのに思い入れやがって」

「そんな言い方はないぞカツキくん!……まぁ、確かにタマキ先輩はこう、我々に対するスタンスが読めないところはあるが……」

 

 テンヤですら言葉尻がそうなってしまうのだから、タマキという青年はなかなかに難敵であった。

 ともあれ彼らは間もなく休息をとることになったのだが、

 

「──オチャコさん、ちょっといい?」

 

 貴重な水分を補給してひと息ついたオチャコにそう声をかけたのは、他でもないイズクだった。

 ちょっといいかと彼に言われれば、全然いいというのがオチャコの正直な想いである。イズクは夢にも思っていないかもしれないが、彼に対してオチャコはもう暫くの間懸想し続けているので。

 

「ちょっと見せたいものがあるんだ。休んでるところ本当に申し訳ないんだけど……一緒に来てくれる?」

「う、うん、もちろん!」

 

 ひょっとしてデートのお誘い!?そんなふうに思い上がってしまうほどには、彼女も夢見がちな乙女で。ふたりは仲間たちに断り、一時的に一行を離れたのだった。

 

 

「ところで、どこまで行くん?」

「うん、もうそろそろだよ」

「?」

 

 もうそろそろと言う割には、相変わらず砂塵のせいで視界の悪い、無限の砂漠が広がっているばかりである。ただイズクの言うことなので、オチャコも疑っているわけではないが。

 

「──あ……」

 

 ややあって彼とともに足を止めたオチャコは、小さな声とともに目を見開いていた。

 

 水場も何もない乾ききった砂漠のど真ん中に、深緑のかたまりが生い茂っていたのだ。そしてその片隅に咲く、鮮やかな一輪の花。

 

「これって……」

「この砂漠を通行する魔導士たちが、魔法で植林をしていく風習があるそうなんだ。砂漠はなかなか植物が根づかないんだけど、粘り強く続ければ、こうやって花も咲くんだね」

「魔導士……」

 

 オチャコも一応、その端くれである。尤も最近魔法を使ったのは、モサレックスが入るための水珠をつくったときくらいなものなのだが。

 

「オチャコさんも魔導士でしょ。だからそういうの、知っておいたほうが良いんじゃないかって思って……余計なお世話だったらごめんね」

「デクくん……」

 

 それでもイズクは、自分がただ手慰みで魔法を使っているわけではないと、きちんと認識してくれていた。

 

「……ありがと、デクくん。私、魔導士としては見習いも見習いで、初歩的な魔法しか使えへんけど……がんばってみるよ!」

「うん、その意気だよ!」

 

 ガッツポーズをしてみせるイズク。童顔も相まって、歴戦の勇士とは思えない幼さを醸し出す。可愛らしい、とすら言えるかもしれない。

 そんな彼の期待に応えたいと思い、オチャコは騎士としてではなく魔導士として決意を新たにしたのだった。

 

 

 休息の時間ももう終わるということで、ふたりは来た道を引き返して歩き出した。旅の中では数えるほどしかない、ふたりきりの時間である。オチャコはめいっぱい、彼との会話を楽しんでいた。

 

(ずっとこんな時間が続けばイイのになぁ……)

 

 かなわぬ想いと知りつつも、そう願わずにはいられない。

 

 

「なんだぁ、いちゃいちゃしやがって!いっちょまえにデートかちんちくりんコンビ!!」

 

──しかし何も、願った途端に現れることはないではないか。

 

「!、クレオン……!?」

「またちんちくりんって言った!!……ってか、あんたひとり?」

 

 見たところワイズルーもマイナソーも傍にはいない。いや地中に潜んで不意打ちしてくるという可能性だってあるのだ、警戒は怠れなかった。

 そんなふたりの心に反して、クレオンの態度はとことん戯けていた。

 

「いやぁ、アツアツなおふたりさんを祝福しようと思ってぇ〜」

「は?」

「熱々って……」

 

 呆気にとられるふたりに対して、クレオンはいきなり何かを突きつけた。身構えたところで、耳を劈くような破裂音が響く。

 しまった、と思ったのもつかの間、浴びせかけられたのは色とりどりの小さな紙吹雪の群れで。

 

「なっ、なんだ?」

「!」

 

 風に煽られたそれはふたりの全身に引っついてくる。直後、オチャコに異変が起こった。

 

「あ、あかん、鼻に入った……!」

「えっ!?」

「ふぁ……は……は──っ」

 

 イズクは慌てた。くしゃみのチャージがやたら長い。これはでかぶつが飛び出しそうだと思ったが、距離をとるのも失礼な話である。どうしたものかと右往左往していると。

 

「はっ……はぅ……あれ?収まってもうた……」

「……ふぅ」

 

 ひとまず安堵するイズク。しかし彼らの気が散りに散っている隙に、クレオンは再び逃げ出していた。

 

「じゃ〜な〜、ちんちくりんカップル!」

「あっ、待て!」

「ちんちくりんってまた言うた!」

 

 逃げ足だけは尋常なものでないクレオンである。砂粒の中に溶けられたらもう、剣を突き立てたところで意味がない。オチャコなどはちんちくりんと都合三度も言われたせいか、「おのれぇ……」と麗らかでない顔で悔しがっていた。

 

「とっ、とりあえず、みんなのところに戻ろう!ヤツが何か企んでるのは間違いないし、たぶんワイズルーも近くにいる」

「……せやね」

 

 敵が二の矢を放ってくる可能性は十分にある。その前に一行総出で警戒態勢をとらなければと考えるのは、普通の思考として間違いではなかった。

 

 

 *

 

 

 

 そしてイズクの言うところの"企み"の端緒をなしたクレオンは、意気揚々とパートナーのもとに帰投していた。

 

「グヘヘヘ、やーってやりましたよワイズルーさまぁ!あのちんちくりん、まんまと引っかかってくれちゃいやした!」

「フッ、よくやったクレオン。これでファーストステージはクリアでショータァイム!」

「うわっ、唾飛んだ!」

 

 咄嗟に距離をとりながらも、クレオンはワイズルーと喜びを共有した。忌々しいリュウソウジャーの一角を、ようやく突き崩すことができる──先日彼らの戦力強化を許してしまったことを思えば、ようやく大戦果が目の前に吊り下げられたのだった。

 

 

 *

 

 

 

 仲間のもとに駆け戻ったオチャコとイズクは、すぐさまクレオンとの遭遇について報告した。クラッカーから紙吹雪を浴びせて去るという、不審にも程がある行動についても。

 

「──どう思う、かっちゃん?」

 

 こういうとき、イズクが真っ先に意見を求めるのはやはりカツキである。五十年もの間ふたりで旅をしてきたという時間と経験の重みは、やはりそう簡単に突き崩せるものではない。今となってはカツキよりひと回り歳を重ねた最年長者が一行の末席に加わっているのだが、彼は出しゃばるどころか自ら隅で縮こまっていた。

 

「……連中が何企んでんのかは知らねえが、近くにいるってンならこっちから出向いて潰す。それが一番手っ取り早ぇ」

「なるほど、奇襲作戦か」

「そーいうのは大得意だぜ!」

 

 鋭い歯を剥き出しにして笑うエイジロウ。彼が真っ先に突撃していって、というのは容易に想像できるのだが、実際にはカツキとイズク、テンヤという機動力の高い面々がそれを担っているため実際の行動としてはそうならない場合が多いのだった。

 

「確かに、連中の目論みを聞き出さねえことにはな」

 

 皆、一斉に立ち上がる。そんな中にあってタマキは何か言いたげにしていたが、結局はその流れに従った。

 

「クソデク、クレオンはどっから現れた?」

「えっと、確か──」

 

 そんなやりとりから、進撃の指針をとろうとしたときだった。オチャコが突然、身体をくの字に曲げたのは。

 

「ううっ、うあ゛ぁ……!」

「オチャコ!?」

「どうしたっ、オチャコくん!?」

 

 苦しみだすオチャコ。それは加速度的に激しくなり、砂塵の中に倒れ込むまでに時間はかからない。

 

「オチャコさん……そんな、」

 

 皆がオチャコに駆け寄る中で、イズクは呆然と立ち尽くしていた。クレオンの謎の行動。原因はそこにあるとしか考えられない。とすればあのとき、一緒にいた自分は何をしていたのか。

 

「──どけカスども!!」

 

 乱暴な口調とともに皆の輪に割り込んだのは、言うまでもなくカツキである。彼がリュウソウケンを構えるのを見てぎょっとする一同だったが、同時に使用されたのはミエソウルだった。

 良くも悪くも遠慮も恥じらいもないカツキが、オチャコの身体を──変な意味でなく──じっくりと観察する。そしてついに、あるモノを発見した。

 

「……コイツの肺ン中、何かいる」

「何かとは!?」

 

 カツキがじっと目を凝らす。徐々に見えてくるその全貌。それはクレオンではないが、頭のやけに大きい三等身の子供のような姿をしていた。

 

「人間のガキみてぇだが間違いねえ、──マイナソーだ」

「マイナソー!?どうやってオチャコの体内に……」

「……あの紙吹雪に紛れてたんだ……!」

 

 イズクは拳を握りしめた。その表情は今まで誰も見たことがないほど、深い自責と憤りに染まっていて。

 

「──手立てはある」

 

 彼を慰めるつもりなど毛頭ないのだろうが、カツキがそう言い切った。

 

「クソ髪、クソメガネ、半分野郎。てめェらにチーサソウルを使う」

「チーサソウルを?」

「!、そうか、オチャコくんの肺の中に入ってマイナソーを倒すんだな?」

「それしかねえか。急がねえとな」

 

 マイナソーがいつ生み出されたのかすら定かではない。成長によりほんのわずかでも巨大化したら、オチャコの肺はおろか、肉体そのものが四散するかもしれない。──いずれにせよ、死。

 

 なれば細かい作戦など練ってはいられない。即行動あるのみだ。

 

「いくぞ、」

「かっちゃん僕も──」

「今のてめェは信用できねえ」

「!!」

 

 悔しげに幼なじみを睨みつけるイズクだったが、彼の言いたいことは理解していた──いつも言葉の足りない彼がわざわざ"今の"と但書を付けてくれたのだ──。平静でない人間は、どんなミスを誘発するかわからない。

 

 

『チーサソウル!ミニミニッ!』

 

 結局イズクを除き、リュウソウレッド、ブルー、ゴールドの身体が縮小していく。そして掌に全員まとめて乗せられる程度のサイズになったところで、彼らはオチャコの口腔から気道へと侵入した。

 

「ここが……オチャコの中……」

「………」

 

 そんな状況でないことはわかっているのだが、エイジロウたちはやはり気恥ずかしさのようなものを感じずにはいられなかった。普段あまり意識していないとはいえ、同じ年頃の異性の体内にいるという特異な状況。

 

「エイジロウ、テンヤ、何してる」

「!」

 

 尤も冷静なショートの言葉で、彼らは一応心を鎮めることができたのだが。

 ともあれ気道を降り、肺に入り込む。

 

「どこだ、マイナソー……?」

「!、あれだ!」

 

 マイナソーはすぐに見つかった。小さな茶碗のようなものに入り、己の上半身ほどの長さの針をもった男の子──見た目からでは、そうとはわからない姿である。

 

「チッチェーナ……チッチェーナ……」

 

 しかし、ひとつの言葉を繰り返すだけのそれは、まぎれもないマイナソーの特徴だ。リュウソウケン、そしてモサブレードを構え、三人は突撃を敢行する──

 

『は、走らないでぇ……!震動が、き、きつい……』

「!?」

 

 辺り一面に響く声はまぎれもないオチャコのものだった。ここは彼女の体内であるから、発した声がそのまま反響しているのだろう。

 いずれにせよ、彼女の身体を傷つけるわけにはいかない。彼らはそーっと抜き足差し足で進みながら、マイナソーに接近した。

 幸いにして、マイナソーは逃げ出したりはしなかった。手にもった巨大な針一本で、三つの刃に対抗する。針といってもその先端は鋭く尖っていて、これが肺を傷つけたことでオチャコを苦しめているのだろうことが容易に想像できる。

 でも周囲に致命的な損傷はないようだし、今ならまだ。

 

「絶ッ対、倒す!!──カタソウルッ!!」

 

 『ガッチーン!!』と威勢の良い声が響き、レッドの右腕に水晶の鎧が装着される。鎧部分だけでなく全身、ひいてはリュウソウケンをもより硬質化させ、攻防ともに高める彼の一の切札だ。

 

「よし来たッ、ショートくん!」

「ああ!」

 

 ブルーとゴールドが、左右からマイナソーを抑えにかかる。迫るレッドから逃げようにも身動きがとれず、彼は困惑していた。その脳天に容赦なく、巌のごとき刃を振り下ろす──!

 

「アンブレイカブル、ディーノスラァァァッシュ!!!」

 

──斬、

 

「チッチェーナァァァ……!?」

 

 吹き飛ばされ、肺の中を転がるマイナソー。やった……そう思うには、手応えが足りなかった。マイナソーはぎりぎりのところで身体を逸らし、致命傷を避けたのだ。

 

「ッ、こいつ、ちょこまかと……!」

「だが今のでダメージは与えられたはずだ、次で一気に──」

 

 屈託のない言葉を発したゴールドだったが、次の瞬間、誰も予想しえなかった事態が起きた。

 

『う゛ぅッ、あ゛、あ゛あああああ!!』

「!?」

 

 耳を劈くような絶叫が響き渡る。それがオチャコの苦痛にまみれた声であることは考えるまでもない。

 しかし、何故?組織を傷つけないよう気をつけていたというのに。

 

「あ゛あッ、あ゛────ッ!!」

「ッ、ネムソウル!!」

 

 もがき苦しむオチャコを見かね、イズクがネムソウルを発動する。脂汗に濡れたオチャコの表情が安らかなものとなり、身体から力が抜ける。無論、問題が解決したわけではないが──

 

「チィッ……ミエソウル!」

 

 カツキが再びミエソウルを発動し──"それ"を、発見した。

 

「……マイナソーの尻尾が、こいつの心臓に巻きついてやがる……」

「──!?」

 

 オチャコが苦しみ出した理由は、その尻尾の締め付けによるものだった。マイナソーに攻撃を加えると、その反動で尻尾に力が入ってしまうのだ。

 

「ッ、ならあの尻尾を斬れば……!」

「いや駄目だ!」押しとどめるブルー。「斬りとばす瞬間に、尾に力が入ったりしたら──」

 

──ぐしゃり。その音を幻聴して、レッドはぞっとした。

 

「……いったん退くしかねえ。態勢を立て直すんだ」

「ッ、ちくしょう……!」

 

 万一にもオチャコの心臓に影響を与えるわけにはいかない。ブルーがミストソウルを発動し、霧に紛れて撤退する。

 しかし目眩ましなどせずとも、マイナソーはもとより彼らを追撃する気などはなかった。

 

「ヒヒヒヒ……チッチェーナ!」

 

 そう、一寸の時さえじっとしていれば、リュウソウジャーのひとりを内側から食い破ることができる。それこそが彼、イッスンボウシマイナソーに課せられた使命だった。

 



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30.その胸の高鳴りを 2/3

 オチャコの体内から退いたエイジロウたちは、いったん彼女の様子を見守ることしかできなかった。無論分析、そして対策についてはそれぞれ思考を巡らせているが。

 

「コイツを確実に救けるには、マイナソーの前にまず尻尾を心臓から分離させるしかねえ」

 

 カツキの言葉はまったく妥当といえるものだった、その難易度等を鑑みなければ。

 ゆえに皆、あっさりと頷くことはできない。

 

「でも、どうすりゃあ……。マイナソーと尻尾を先に切り離すのは危険なんだろ?」

「つまりマイナソーが自発的に尻尾を離すよう仕向けるか、あるいは──」

「………」

 

 そのとき不意に、会話に割り込んでくる者があった。

 

「……ドッシンソウルなら、なんとかできるかもしれない……」

「!」

 

 その控えめな声は、他でもないタマキのものだった。

 

「ドッシンソウル?あれをどうやって──」

「!、そうか。あのソウルには震動のみを伝播させる能力がある、それでマイナソーの尻尾だけに衝撃を与えることができれば心臓に影響を与えず破壊も可能──と、いうことですね」

 

 納得しつつも、難しい表情のテンヤ。それも言うだけならいかにも簡単そうだが、心臓に密着している尻尾それだけを破壊するというのは、緻密なコントロールが必要になることは言うまでもない。少し力加減を間違えれば、心臓を傷つけるどころか粉々に打ち砕いてしまうことだってありうるのだ。

 

「……それしかねえならやるしかねーだろ」

「……そうだな。よし、ここは使用経験のある俺が──」

「──待って!」

 

 テンヤの言葉を途中で遮ったのは、イズクだった。

 

「今度こそ、僕にやらせてほしい」

「おいデク──」

 

 カツキが彼を咎めようとするが、イズクの意志は固い。普段とはまるで逆転してしまったかのようである。

 

「わかってる!……でもあのとき、傍にいたのは僕だけだった。僕がもっと注意を払っていればって、そう思ってしまう気持ちは消せないんだ……!」

「イズク……」

「イズク。そいつは、おめェがオチャコを救けることで乗り越えられるモンなのか?」

 

 エイジロウの問いに──イズクは彼の目を見返して、はっきりと頷いた。瞳がこぼれ落ちそうなほど大きいだけに──顔立ちだけならオチャコと双子のようですらある──、その感情の機微がよくわかる。自責の念に駆られてはいるが、彼は冷静だ。我を忘れているのでなければ、彼の適応力はリュウソウジャーの中でも飛び抜けているといえるのだ。

 

「いいんじゃねえかな、カツキ。イズクならやってくれるよ」

「………」

 

 少なからず同じものを感じ取ったのか、カツキはもう何も言わなかった。そしてテンヤも、躊躇うことなく彼にドッシンソウルを手渡す。

 

「ではイズクくん、頼んだぞ」

「うん」

 

 手にした竜の欠片を握りしめつつ、イズクはタマキに向き直った。当然、ぶっつけ本番とはいかない。マイナソーの尻尾のみを弾き飛ばすコツを、短時間で掴まねばならない。そのためにできることは、すべてやるつもりだった。

 

 

 *

 

 

 

 それから程なく、"特訓"が開始される運びとなった。

 タマキが用意したのは、水風船を網で包み、それを木箱に入れたものだった。それぞれが何を表しているかは、説明されるまでもない。

 

「……わかってると思うけど、箱と風船を壊さず、網だけを消し飛ばす……。成功とみなすのは、それだけだ」

「………」

 

 こくりと頷き、イズクはグリーンリュウソウルを構えた。鮮やかな緑の輝きをチェンジャーに装填し、

 

「……リュウソウチェンジ」

『ケ・ボーン!リュウ SO COOL!!』

 

 リュウソウグリーンへと竜装し、

 

『──ドッシンソウル!ドッシンッ!!』

 

 リュウソウメイルの上から、さらにアーマーを纏う。分厚いグローブに覆われ、ただ殴るための武器へと変わった巨大な拳を、彼は静かに構えた。

 

「………」

 

 静かに水風船の入った木箱へと迫り、

 

「ふ────ッ!!」

 

 詰めた息を吐き出すと同時に、力いっぱい殴りつけた。

 果たしてビリビリとした振動とは裏腹に、木箱はびくともしない。

 

「やっ──」

 

 やった、そう言いかけた瞬間だった。木箱の中でばしゃあ、と音がして、水風船が弾け飛んだのは。

 

「……!?」

 

 呆気にとられるグリーンの傍らで、タマキが小さく息を吐いた。そして何かをブツブツつぶやきはじめる。もはやそれすら、疾風の騎士の耳には入っていなかったけれど。

 果たしてそれは魔法の詠唱だったらしい。弾けた水風船に魔力が作用し、まるで時が巻き戻るかのようにもとの姿を取り戻していく。

 

「……ギャクソウルと同じ効果をもつ補助魔法だ……。非生物は修復できるけど、生物は直せない……」

「……ッ、」

 

 そのひと言だけは、はっきりと認識した。もし、この水風船がオチャコの心臓だったら──

 それでも、

 

「……もう一回だ!」

 

 拳を叩きつける。水風船が割れる。それを直し、また拳を。割れる。拳、水風船、拳、水風船──

 

「──うぉおおおおおおおッッ!!」

 

 雄叫びをあげながら、もう何十度目かもわからない鉄拳を木箱めがけて叩きつける。衝撃が伝播し、風船の中に伝っていく……割れない?

 

「やっ……」

 

 やった、と思ったのもつかの間──木箱ごと、すべてが粉々に砕け散った。

 

「あ……」

 

 その光景は、イズクの心にまでも楔を突き立てた。身体から力が抜け、その場にへたり込む。膝をつくと同時に竜装も解け、露になった顔はじっとりと汗に濡れていた。

 

「はぁ、はぁ……はぁ……」

 

 身体が重い。けれどそれ以上に引き裂かれるような想いだった。オチャコは今も、マイナソーに身体を食い破られるかもしれない状況に置かれているというのに。

 

「……あきらめるのか?」

 

 頭上に影が差す。表情のないタマキがこちらを見下ろしている。明確な感情を露にしないからこそ、恐ろしいということはあるものだった。

 

「それでもきみは、騎士竜タイガランスに選ばれた騎士なのか?」

「……ッ、」

「……ミリオなら、絶対にあきらめたりなんかしなかった」

 

 吐き捨てるようにそう言って──タマキは、その場を立ち去っていく。"ミリオなら"、その言葉が既に突き刺さった楔をより深く埋めていく。

 

(ミリオ先輩、なら)

 

 それは自分がタイガランスに選ばれる前から、ずっと心のどこかにあった感情だった。騎士としての揺らがぬ使命感と頑健な肉体を兼ね備え、誰にでも分け隔てなく明るく優しかったミリオ。彼がもしリュウソウジャーの一員となっていたなら、今頃は皆を導き、尊敬を集めるリーダーとなっていただろう──カツキだけは反発するかもしれないが──。彼に比べて自分は、果たしてこの五十年でどれだけのことができたというのか。

 

「──デク、」

 

 項垂れていると、不意に背後から声がかかった。振り向くとそこにはカツキとコタロウの姿、と──

 

「オチャコ、さん……?」

「やぁ、デクくん……」

 

 苦しげに眉根を寄せながらも、オチャコは微笑を浮かべてみせた。

 

 

 *

 

 

 

 同じ頃、砂漠の片隅に祭祀のような朗々とした歌声が響き渡っていた。

 

「ちっちぇ〜なー、ちっちぇ〜なー♪身体も器もちっちぇ〜なぁ♪」

「Yo!」

「商売の規模もちっちぇえなぁ〜♪」

「Yo!Yeah!」

 

 歌いながら踊るクレオンと、相の手を入れながら追随するワイズルー。彼らは輪を描くようにステップを踏んでいて、その中心には少年のような小男の姿があった。

 

「ち、ちっちゃくない……!俺はちっちゃくなんてないんやああああ!!」

 

 絶叫する小男から緑色のエネルギー体が抜け出ていく。引き続き歌い踊りながら、クレオンはワイズルーと顔を見合わせてほくそ笑んだ。いつも通りこの調子でマイナソーを巨大化にまでもっていくだけで、作戦は成功なのだ。

 

「あソレ、ソレソレその調子ィ「見つけたぜワイズルー、クレオン!!」──!?」

 

 ぎょっとする二体の前に、三人の竜装騎士たちが現れる。

 

「げぇっ、リュウソウジャーどうしてココが……」

「ンな大声で歌いくさってりゃ、イヤでも聞こえてくるっての!」

「我々にはすぐれた五感と、リュウソウルがある!」

「いい加減、学習したらどうだ」

「ヌウウウウ、セイしてくれる……!──クレオン、アタック!」

「ラジャー!……ドルン兵、アタック!」

「ドルドルッ!!」

 

 孫請けの形で、ドルン兵たちが襲いかかってくる。対するレッド、ブルー、ゴールドの三人は、もはや搦め手を使うつもりなどない。この程度の連中が相手なら、いくら数がいるとしても正面突破が最善手にほかならなかった。

 

「その方は奪還させてもらう!」

「──いくぜぇぇッ!!」

 

 

 *

 

 

 

「うっ!う゛ぅ、ぐ……っ」

 

 目の前で、オチャコが再び苦しみだす。身体を支える……というか、服の裾を掴んで倒れるのを伏せカツキ。あんまりといえばあんまりな扱いだが、それが彼の精一杯であることは言うまでもなかった。

 

「オチャコさん、どうしたのッ!?」

「……マイナソーが、成長、したみたい……っ」

「そんな……!」

 

 もう猶予がないことは明らかだった。そして現状オチャコを救う方法は、ただひとつ──

 

「デク、」

「わかってるっ!……とにかく、全力を尽くす……!」

 

 心臓が跳ね、息が荒くなる。それが緊張なのか怯懦なのかわからないまま、イズクはリュウソウグリーンへと姿を変えた。

 そして、

 

『ドッシンッ!!』

 

 ドッシンソウルのエナジーが鎧を覆う。あとはこの拳を、オチャコの心臓へ叩きつけるだけだ。

 

(やるしかないんだ……僕が──!)

 

──今のてめェは、信用できねえ。

 

「……!」

 

 はっとしてカツキのほうを見るが、彼はじっとこちらを見据えているだけだった。

 拳が震える。さらに、

 

──それでもきみは、騎士竜タイガランスに選ばれた騎士なのか?

 

 今度は、タマキの冷たい声。イズクの動揺はますます深まっていく。

 

「イズク、さん……?」

「……ッ、」

 

 そんな彼を気づかわしげに見るコタロウ、感情の見えない瞳で見据えるカツキ。──そして、影からじっと観察するタマキ。

 

(イズク、きみがリュウソウグリーンであることをあきらめるというなら、)

 

「あきらめるというなら、そのときは……──俺が、」

 

 そのつぶやきは、半ば無意識に放たれたものだった。

 

 

 イズクは未だ、オチャコを救えるという確信をもてずにいた。

 

「……デクてめェ、成功しなかったんだな」

「ッ、」

 

 カツキの言葉は、普段が嘘のように静謐そのものだった。そこにはなんの感情も含まれていない、ただ事実を指摘しているだけだ。

 だからこそそれは、イズクの心を折った。

 

「……そうだよ……。結局、僕にはできなかった……っ」

 

 パキガルーの加護を受けた鉄拳が、力なく垂れ下がる。

 

「ごめん、オチャコさん……。僕の力じゃ、きみを救えない……」

「………」

「かっちゃん、頼む。僕の代わりに、彼女を──」

 

 そのときだった。ピンク色の影が、半ば胸ぐらを掴むようにして飛びついてきたのは。

 それがカツキでないことは、彼が一歩も動いていないことから明らかで。

 

「何、迷ってんの……。私の知っとるデクくんは、誰かを救けるためなら誰が止めても止まらずに突っ走ってく人だよ……!」

 

 震えるその手は、しかしいつもと変わらずとても力強いものだった。

 

「救けてくれるのが、デクくんじゃなくたって構わない……。カツキくんでも、テンヤくんでも、エイジロウくんでもショートくんでも……!──だけど私、デクくんを信じてる……っ。私の命、デクくんに預けるから……!」

「オチャコ、さん……」

 

 信じている、命を預ける──救護対象にそう断言されて心動かないほど、イズクの精神は凍りついてしまったわけではなかった。

 

「……ごめん、かっちゃん。僕の代わりにってお願いしたの、撤回する」

 

 対するカツキは、仏頂面のままフンと鼻を鳴らした。

 

「てめェの代わりなんざ、最初(ハナ)っから引き受けるわきゃねーだろうが」

「はは……そうだよね」

 

 再び拳に力がこもる。それを認めたオチャコは、何も言わずイズクに背を向けた。その身体が強張るのも、目をぎゅっと瞑ってしまうのも、生理的な反応であってやむをえないことだった。彼女の言葉にこもった気迫を、イズクは決して疑っていない。

 

「────、」

 

 拳をぐっと引き、呼吸を整える。──オチャコの言う通り、自分である必要などどこにもないのかもしれない。

 けれど、それでも。

 

(きみは……僕が救ける!!)

 

 その決意とともに、拳を突き出す。

 

「──!」

 

 

 ぱん、と何かが弾ける音とともに、オチャコの身体が地に倒れ伏した。

 



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30.その胸の高鳴りを 3/3

「おらぁあああああッ!!」

 

 勇猛、叡智、栄光の三騎士と、群青の道化師の激闘が続いていた。

 それぞれメラメラソウル、コスモソウル、ビリビリソウルと強竜装を取り揃えての猛攻。いかにビショップクラスのドルイドン相手といえども趨勢は明らかだったが、それでも決着がつかないのは相手が逃げの一手に徹しているからだった。

 

「てめっ……マジでいい加減にしろ!!」

「たまには正々堂々と戦ったらどうなんだ!?」

「イヤでございます!イヤでございまぁす!」

「ッ、とことん舐め腐ったヤツだ……!」

 

 しかしその性格こそがワイズルーの粘り強さの所以にほかならない。ドルイドンとしては腕力のないワイズルーだが、これまでにリュウソウジャーが倒したタンクジョウやガチレウス、ゾラと異なるのは遊びに徹し、むやみに決戦を挑もうとしない点だった。

 

 そうしてレッドたちが攻めあぐねている間にも、クレオンは"促成栽培"を続けていた。

 

「ちっちぇーちっちぇーちっちぇーわぁ♪あなたが思うよりミジンコでぇす!!」

「ちっちぇえ、ミジンコ……うわぁあああああ!!」

 

 意識が判然としない中でも、その悪口はしっかり聞き取っていたらしい。宿主が絶叫し、そのエネルギーがさらに吸い取られていく。

 

「まずいぞ、このままじゃ……!」

「オチャコくんはどうなったんだ……っ」

 

 まだ無事なのか、それさえもわからない。不安と焦燥に駆られながら、少年たちは剣を振るい続けるほかないのだった。

 

 

 *

 

 

 

 イズクにとって、それは悪夢のような光景だった。

 倒れたまま、微動だにしないオチャコ。彼女の心臓がどうなってしまったのか、裸眼ではわからない。ゆえに彼は、絶望に囚われつつあった。

 

「オチャコ、さん……」

 

 その場にがくんと膝をつく。竜装が解け、光を失った翠眼があらわになった。

 

「冗談、だよね……?ねえ、そうだって言ってよ……起きてよ、オチャコさん……っ」

「………」

 

 カツキとコタロウは何も言えず、その光景を黙って見おろすことしかできない。ミエソウルやキケソウルを使えば彼女の様子は確認できるのだが、そんなことも一瞬頭から抜け落ちるほど彼らも内心動揺していたのだ。

 

「いやだ……っ、こんなの、やだよぉ──ッ!!」

 

 イズクが慟哭の声をあげたときだった。

 

「ふぁっ」

「!」

 

 気の抜けたような声に、一瞬時が止まる。イズクも嗚咽をやめて、その声のした方向を見下ろした。

 

「は……ふあ……」

「オチャコ……さん?」

 

 ゆるく開いたオチャコの口がわなないている。口だけではない、その控えめな鼻の穴もぴくぴくと。

 目配せしあったカツキとコタロウは、揃ってさりげなく耳を塞いだ。呆気にとられたイズクだけはその波に乗り遅れてしまい、

 

「は、は、は──」

 

──ぶぅえっっっくしょおぉぉぉん!!!

 

 耳を劈くようなくしゃみが、辺り一面に響き渡った。

 

 同時に、彼女の口の中から何かが飛び出していく。そちらに目を遣ることもできず、至近距離で浴びた凄まじい衝撃にイズクは目を回していた。

 

「イズクさん、大丈夫ですか!?」

「う、うぅ〜〜ん……」

 

 答えるように声をあげたのは、イズクではなく渦中の少女で。

 

「あれ、私いったい……?」

「いったい、じゃねえわ丸顔。クソデク今ので死んだぞ」

「えっ、うそ!?ごごごごごめんデクくん!!」

 

 無論死んだというのは誇張である。よろよろと身を起こしたイズクは、オチャコの無事な姿を見るなりこれでもかと目に涙を溜めた。

 

「お、オチャコさん゛……っ!よがっだあ゛……!」

「うわっ、何コレ洪水!?」

 

 号泣するイズクは、少なくともオチャコは初めて見るものだったが。

 

「そう簡単に治んねえわな、泣き虫」

「……あれ、元からなんですね」

「おー」

 

 幼少期など、何かあるとすぐ体内の水分が涸れるんじゃないかという勢いでだばだば泣いていたものである。尤もその原因の八割はカツキの仕業だったのだが。

 

「……ありがとね、デクくん。救けてくれて」

「うん、うん……!」

 

 ただ、その泪が喜びからくるものであること。それだけはまあ、良いかと思えるのだった。

 

「チ、チッチェー……ナァ……!」

「!」

 

 そうだ、感動に浸っている場合ではなかった。オチャコの体内から排出されたイッスンボウシマイナソーが、唸るように声をあげながら動き出そうとしている。その身体には次々とエネルギーが注ぎ込まれ、みるみるうちに巨大化を続けていた。

 

「いつもより成長のスピードが速い……!」

「クソ道化師どもが何かしてやがるな。──コタロウ、下がってろ」

「……お気をつけて」

 

 素直に後退しつつ、コタロウはなんともいえないような視線をオチャコのほうに向けていた。つられてそちらに目をやり──イズクは絶句した。

 

「あんにゃろ、ぶちのめしたる……!」

「お、オチャコさん……!?」

 

 そういえば、西方の村出身のリュウソウ族は陽気だが、ひとたび怒らせると気性の荒さが浮き彫りになる傾向がある──朗らかな彼女も決して例外ではなかったらしい。

 

(こ、怖えぇ〜〜……)

 

 救いを求めるようにカツキを見遣るイズクだったが、彼は思いきり目を逸らすばかりだった。ひとつ言えるのは、彼も人の子だということであろうか。

 

 

 同じ頃、赤青金のトリオはようやくワイズルーに喰らいつくことに成功していた。

 

「コズミックディーノスラァァッシュ!!」

「ファイナルサンダーショット!!」

 

 ふたりの連携攻撃が見事に直撃し、ワイズルーは防御に使ったステッキもろとも吹き飛ばされた。

 

「ノォオオオオオ!!」

「げぇっ、ワイズルーさままたやられてる!?」

『ハヤソウル!──ビューーーン!!』

「──ッ!?」

 

 クレオンの気が散った一瞬の隙を突き、ブルーが宿主の奪還に成功した。

 

「ああっ、しまったぁ!」

「これ以上、貴様の薄汚い罵詈雑言を聞かせはしない!」

「いやおまえも結構ヒドくね!?」

 

 前々回の衝突の際、さんざん罵倒されたこともくっきり記憶に刻み込んでいるクレオンである。地味に繊細な彼らの心は、あれで結構傷ついた。

 

「ヌヌヌヌヌ……!しかし、もはやtoo lateというもの!」

「何?──!」

 

 刹那、地響きとともに、彼方に巨大な少年めいた姿が現れた。

 

「チッチェーナァァァ!!」

「ッ、巨大化したか……!──オチャコくんは!?」

 

 よもやという最悪の想像がよぎった瞬間、ピンク色の騎士竜がマイナソーに突撃していった。

 

「あ、アンキローゼ!」

 

 と、いうことは。

 

「そこの三人ー、早く騎士竜呼んでぇ!!」

 

 オチャコの元気な声。彼女の無事が確たるものとなって、彼らは心の底から安堵した。

 

「よかった……!」

「っし、今いくぜオチャコ〜!」

「あ、でもワイズルーとクレオンは──」

 

 振り向いたゴールドだったが、彼らの姿は既に彼方まで遠ざかりつつあって。

 

「スタコラサッサー!」

「アラホラサッサー!」

 

 相変わらず、逃げ足だけは尋常でなく速い連中である。まあ今はとにかく、巨大化したマイナソーを処理しなければ。オチャコが助かったことで安心しそうになるが、宿主も救えるかどうかはまだこれからなのだ。

 

「っし、出番だティラミーゴ!」

「頼むぞトリケーン!」

「モサレックス、水はねえがいけるか?」

 

 騎士竜たちの咆哮プラス、モサレックスの「問題ない!」との応答。それらを受け、彼らは走り出す──

 

──竜装合体!

 

「「「キシリュウオー、スリーナイツ!!」」」

「キシリュウネプチューン!」

 

 二大巨人と、元小人が対峙する。──先制をとったのは、後者だった。

 

「チッチェー、ナァ!!」

 

 次の瞬間、彼の持っていた針が物凄い勢いで乱打される。その光景ときたら、まるで針が幾重にも分裂したかのようだった。

 

「ッ、なんてスピードだ……!」

「ティラミーゴ、大丈夫かっ!?」

「だいぶチクチクするティラァ!!」

 

 ……とりあえず大丈夫そうだが、いつまでもこんなヤツに付き合ってはいられない。

 

「しつけぇ……!──アンモナックル!!」

 

 ネプチューンが拳を飛ばすとようやく攻撃がやみ、マイナソーは守勢に回った。

 

「ッ、たく……」

「──ショートくん!」

「!」

 

 振り返ると、こちらに接近する騎士竜タイガランスとミルニードルの姿。イズクたちもいい加減、居ても立っても居られなくなったのだ。

 その姿を見て、ゴールドはあることを思いついた。

 

「そうだ……──イズク、タイガランス、合体だ!」

「え!?」

「ア゛ァ!?ンだ半分ヤロォ、俺らは無視か!!?」

「そうじゃねえ。あいつのスピードを打ち破るには、タイガランスの力が必要なんだ」

 

 スピードにはスピード──そう言われれば、ブラックとて渋々ながら納得せざるをえない。もとよりキシリュウネプチューンは、キシリュウオーというもう一体の"素体"なしに二体以上と同時に合体することには慣れていないのだ。

 

「チィッ……とっとと行けやクソナード!!」

「わ、わかってるよ!」

 

 タイガランスが飛びついてくる。──竜装合体、ワンモア。

 

「「キシリュウネプチューン、タイガランス!!」」

 

 緑の頭部と胸部装甲、そして両手に刃と爪を携えた海神が、砂礫の中で産声をあげた。

 

「チッチェーナァ!!」

 

 イッスンボウシマイナソーが再びあの針斬舞を放ってくる。しかし騎士竜タイガランスそのものを鎧とし矛とした今のネプチューンには、そんな攻撃は通用しない。疾風のごとく砂地を駆け、一気にマイナソーへ肉薄する。

 

「「──はぁッ!」」

 

 そして、刃を一閃。

 

「チッチェエ!!?」

 

 これにはイッスンボウシマイナソーの守備も間に合わなかった。両断された針が蒼天に舞う。呆然としているマイナソーに対して、さらに爪による一撃を見舞った。

 

「やった!」

「よし、このまま──」

「──ちょーっと待ったぁ!!」

 

 痛烈ともいえるような少女の声が、彼らの間に楔となって割り込んできた。

 

「こいつは私がぶちのめしたる言うたやん……!──だからデクくん、ドッシンソウルちょうだい!」

「え、あ、はい!」

 

 有無を言わせぬ剛健の騎士の気迫に圧され、グリーンはドッシンソウルを彼女に投げ渡す。

 

「いくよ、パキガルー!」

「──へへっ、呼ばれると思って待ってたぜ〜!」

 

 無邪気なチビガルーの声とともに、騎士竜パキガルーが駆けつける。彼らの力を借りて、三度目の竜装合体だ。そして、

 

『強・リュウ・ソウ・そう!──この感じィ!!』

 

 キシリュウオーにパキガルーが合身するのと、リュウソウピンクの身体を彼らの加護を受けた鎧と鉄拳が覆うのが同時。

 

「「「──キシリュウオーパキガルー!!」」」

『ドッシンソウル!ドッシンッ!!』

 

「針のないアンタなんて、爪と牙を抜かれた虎も同然やぁ……──いくでぇぇぇっ!!」

(虎!?)

 

 イズクとタイガランスがぶるっと背筋を震わせたのはこの際、見なかったことにするとして。

 

「だりゃりゃりゃりゃりゃりゃりゃりゃりゃりゃあああああ────ッ!!」

 

 鉄拳の乱打、乱打、乱打。乱打!!

 もはやマイナソーは声も出せず、身体を丸めて耐えるしかない。しかしそれとて限界はある。くぐもった声をあげながら後退していく彼は、やがて下半身と融合した茶碗もろとも撥ね飛ばされた。

 

「見たか!剛健の騎士の力!」

「オイラたちのパゥワーもな!」

 

 意気軒昂なピンクについていけているのはパキガルーとチビガルー親子だけだった。同じキシリュウオーの中にいるふたりすら、これには唖然としているありさまだ。

 そして、"彼"も。

 

「ウゥ……」

「……やめとけミルニードル。女がああなったらもうどーしようもねえ」

 

 あのリュウソウブラック──カツキでさえそんなことを言うのだ。尤もそれは彼なりの人生経験に根差した思想でもあるのだが。

 ともあれそこに割り込めるのは、マイペースな海の王子くらいのもので。

 

「オチャコ、同時に決めるぞ」

「……ショートくん、きみって人はさあ〜〜。はぁ……ま、いいけどねっ!」

 

 確実にマイナソーを討ち果たす。それこそが最も重要なことなのだ。並び立った二大巨人は、満身創痍のイッスンボーシマイナソーめがけて走り出した。

 

「「「終わりだ──」」」

 

「「キシリュウネプチューン、ゲイルアンカーストライク!!」」

 

 左腕のクローが射出され、それ単体が意志をもっているかのように振り下ろされる。

 

「ギャアァァッ!!?」

 

 悲鳴をあげるマイナソーだが、まだ終わりではない。仰け反っている間に、本丸が攻め込んできていた。

 

「「「ブースト、ブレイククロー!!」」」

「オラオラオラオラァ!!」

 

 射出されたチビガルーがこれでもかと拳を叩き込んでいく。もはや防備を整えることもできず、マイナソーは天高く吹き飛ばされ、

 

「チッチェエェェェ────!!?」

 

 粉々に、爆発四散した。

 

「よっしゃあ!ウィナー、私たちぃ!」

「へへっ……燃え尽きちまったゼ」

 

 座り込むキシリュウオーパキガルー。がむしゃらなインファイトは、騎士竜たちをもってしても疲労を味わわせるほどなのだ。ただし少なくとも今は、とても心地よいものなのだけど。

 

 

 *

 

 

 

「いやぁ救けていただきほんままいどまいどぉ〜。お礼といっちゃナンですケド、サービスしときまっせ〜!」

 

 イッスンボーシマイナソーの宿主だった小男は、商人だったらしい。様々な商品を広げた風呂敷の上に並べて披露してくるのだが、

 

「……しょっぺぇにも程があんだろ」

「かっちゃんっ!」

 

 カツキの暴言は幸い男には聞こえていないようだった。しかもサービスと言いつつ、びた一文まける様子もない。……なるほど確かに、クレオンの歌は的を射ていたようだ。

 とはいえ必需品もそれなりに品揃えがあるからと皆で物色していると、オチャコが「あっ」と声をあげた。

 

「これ、呪文書やん!」

「おぉ、お目が高いでんなぁ!こいつはどんな枯れた砂漠にも草木を宿らせる、強力な呪文の書でっせ。今ならおトクにしときやす〜」

「買った!」

「……良いんですか、そんな即決して?」

 

 コタロウの問いに、彼女は躊躇うことなく頷いた。

 

「デクくんが教えてくれたショクリン、やっけ?それ、私もやってみたいから……」

「!、オチャコさん……」

 

 微笑むオチャコ。イズクもまた目を潤ませながら、それに応えてみせる。よく似たふたりの纏う雰囲気、それが以前とはどこか様相を異としているように、仲間たちには思われるのだった。

 

「……けっ」そんな彼らを渋い表情で睨みつつ、「………」

 

 カツキはふと、いっこうに姿を現さない兄弟子のことを思った。またどこかへ行方を眩ましてしまったのだろうか。それならそれで構わないのだが──何か言い知れぬ違和感のようなものが、彼の心に根付きつつあった。

 

 

──やはりタマキは、少し離れたところから一行の様子を窺っていた。

 

(乗り越えたのか、イズク……)

 

 やはり、リュウソウジャーに選ばれた者は違う。どんな苦難を前にしても歯を食いしばって立ち向かい、乗り越えていく。そしてそれが終われば、何事もなかったかのように朗らかに笑いあっているのだ。

 

(わかってる。俺は器じゃないんだ、最初から……)

 

 そう、わかっている。わかっているはずなのに──どうしてかその心は、不穏なざわめきに支配されていた。

 

 

 つづく

 

 




「匿っていただけませんこと?」
「今日という今日は、一緒に帰っていただきます」

次回「美しき逃亡者」

「自分が本当になりてぇモンを見られねえヤツに、大事は成せない」

今日の敵‹ヴィラン›

イッスンボウシマイナソー

分類/メルへン属イッスンボーシ
身長/0.303mm〜43.1m
体重/0.9mg〜472t
経験値/303
シークレット/説話上の小さな勇者に由来するマイナソー。お椀に乗って移動し、針を突き刺して攻撃してくる。実際の一寸より遥かに小さい体躯を活かして標的の体内に侵入し、内側から攻撃して死に至らしめる、見かけによらずコワ〜イマイナソーだ!
ひと言メモbyクレオン:小さいのが取り柄なのに巨大化したら意味ねーじゃん!そのことに気づいたのは文字通りボコボコにされたあとだったとさ……。


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31.美しき逃亡者 1/3

最近ダイノフューリーのモーフィン集がクセになってループしてます
寝そべりシーン?はややシュールですが、BGMがいいんですよね



 

 砂漠を縦断する旅が続く。幸いマイナソーの宿主が──ちっちぇえ──行商人だったこともあり、彼らは水不足に悩まされずに済んだ。

 まあそれも渇きを癒やすという生存にかかわるレベルの話であって、"もう一段階上"に関しては非常に困ったところだったのだが。

 

 しかし彼らの苦心は、オアシスの街にたどり着いたことにより無事報われることになった。

 

「み、水だぁ──!!」

 

 頭上から降りそそぐシャワーを全身で浴びながら、エイジロウは歓喜の声をあげた。その足下では、ミニティラミーゴもまた水溜りの中を跳ね回っている。

 

「うむ……!オアシスの街とはいえ、砂漠の街にこのような設備があるとは!」

 

 ブースで仕切られた隣からテンヤの弾んだ声が聞こえてくる。「だな!」とエイジロウは、相手から見えていないにもかかわらず頷いてみせた。

 

 ロザリウの街には、旅人や砂礫の中で肉体労働をする者向けに格安の入浴設備を提供していた。温泉のようにしっかり湯船に浸かれるというわけではないが、オアシスの中核たる湖群から汲み上げた水が蛇管を通して細かい水粒となり、蛇口を捻れば無尽蔵に降りそそぐ。砂漠で晒される砂粒はそれよりさらに細かいくらいなので、下手に水浴びするよりもずっと身体が綺麗になるのだ。

 

「は〜、最高やぁ……。しかもこっちはほぼ貸し切りやし……ねぇ、アンキローゼ?」

 

 アンキローゼが水粒の中をピィピィ鳴きながら跳ね回る。こういうときに限っては、紅一点も案外悪くないものだと思ったりもする。

 そのうち良い気分になって、オチャコは記憶の中にある歌を口ずさみはじめた。

 男性用と女性用はいちおう壁で分けられてはいるが、それは薄い仕切りのようなものであって、しかも床を覆う水によって通常よりも大きく反響する。

 

「オチャコ……歌、うめぇな」

 

 ショートの天然じみた台詞に、エイジロウとテンヤは苦笑した。今はそこではないと思うのだが、彼のものの捉え方は常人とは少し異なるところがある。それは生い立ちなどを思えば、無理もないことでもあって。

 

「まあ、こっちは俺らしかいねーしなぁ……向こうも貸切状態なんだろ」

「うむ……。しかしそろそろ出ないと、先に出たカツキくんに遅いと怒られてしまうな!」

 

 無意識なのか声を張り上げてそう言うと、テンヤは水を止めてブースを出た。エイジロウとしてももう十分だったのでそれに続いたのだが、

 

「あれ、ショート出ねぇのか?」

「……ああ。モサレックスがもう少しここにいたいみたいだからな」

「わかった、カツキくんにはうまく言っておこう!」

「悪ィな、頼む」

 

 先に出ていくふたりを見送りつつ、ショートは視線を下におろした。そこに置かれた桶の中で、モサレックスがくつろぎとぐったりの中間のような状態で水に浸かっていた。

 

「大丈夫か、モサレックス?」

「……うむ。しかし、砂漠というのは予想以上に堪えたようだ」

(まあ、そりゃそうか)

 

 言うまでもなくモサレックスは、本来水中を活動領域とする騎士竜である。陸で生きられないわけではないし、キシリュウネプチューンの姿をとれば砂礫の中で戦闘を行うこともできるのはこの旅程においても見せた通りである。

 しかしそこが乾いた場所であればあるほど、彼の身体には大きな負担がかかる。まあわざわざこんな小さな水桶の中でなくて、外に出て湖に放してやるほうが広いし合理的だとも思うのだが、心底リラックスしている相棒兼師匠の姿を見ているとなかなか出る踏ん切りがつかないのだった。

 

 

 結局ショートがそこを出たのは、四半刻近くも経った頃だった。身体を拭き、更衣室に入る。案の定というべきか、もう誰の姿もそこにはない。もしかしたら外で待ってくれているのかもしれないが、独りになる──モサレックスはいるが──というのはそれはそれで気の詰まるものではなかった。元々海の王国では、同年代の仲間が傍にいるなんていうことはなかった。第三王子という身分、減少の一途を辿る人口──ショート自身の性格の問題もあるかもしれないが。

 

「……俺も花嫁探し、するべきなんだろうか」

 

 籠から衣服を取り出しつつ、そんなことを考える。長兄はともかく、次兄はそのために陸へ出た。今どこで何をしているのかは知らないが、無事に目的を遂げれば遠からず故郷へ帰ってくるのだろう。同じ王族である以上自分にもそういう責務はあるのだろうが、ショートは未だ色恋だとかには極めて疎い少年だった。以前誤ってオチャコの着替え途中を見てしまったときも、ばつの悪さは感じたが、それだけだった。顔を赤らめもしなかったら、それはそれでムカつくと彼女に怒られたものだが。

 

「どう思う、モサレックス?」

 

 訊くと、肩の上で寝そべるモサレックスはフンと鼻を鳴らした。

 

「そもそも、私は陸の者どもと結ばれることには反対だ。忘れるな」

「あ……そうだったな、悪ィ」

「……それに、おまえは二兎を追えるほど器用ではあるまい。陸も含めた全世界を守ろうというなら、おなごに目移りしている暇はないはずだ」

 

 確かに、それもそうだ。王族である以上に、自分はリュウソウジャーの一員なのだ。世界を守るために戦う、それを何より優先するべきなのだ。いかに海のリュウソウ族がふたたび繁栄しようとも、この星がドルイドンの手に落ちては元も子もないのだから。

 

「ありがとな、おかげですっきりした」

「……構わん。俺はおまえの相棒なんだ、気になることがあればいつでも言うといい」

「ああ」

 

 もう一度礼を言いつつ、ショートは下着に足を通そうとした──そのときだった。

 勢いよく更衣室の戸が開かれ、人影が半ば転がるように飛び込んできたのは。

 

「あ──」

「お、」

 

 時が止まったようだった。そこにいたのは、滑らかな黒髪を結い上げ、豊かな肢体を惜しげもなく晒した──どう見ても男ではない、つまり、女性であって。

 年齢の割にそういったことに疎いというのは上述した通りだが、異性に裸を見られて咄嗟に局部を隠そうとする程度の分別はあった。

 しかし彼の努力とは裏腹に、女は慌てて立ち去るどころか部屋にそのまま入ってくるではないか。しかも、どこか覚悟を決めた表情で。

 

「お、おいあんた──」

「申し訳ございません、匿っていただけませんこと?」

「匿うって……」

 

 真意を問いただすまでもなく、今度は戸がノックされる。身を硬くする少女。少し悩んだショートは、「……ああ」と小声で返事をした。

 戸の向こう側に立つ小柄な影は、びくっと肩を揺らしたようだった。

 

「……すいません。ここに誰か入ってきませんでしたか?」

 

 予想に反してというべきか、やはりまだ少女のもの。遠慮がちなそれに罪悪感を覚えないといえば嘘になるが、顔を知った人間を売ることにはそれ以上に胸が痛んだ。

 

「いや……ここには俺ひとりだけだ」

「そう、ですか。……失礼しました」

 

 一礼すると同時に、少女らしき影が去っていく。足音が遠ざかり、やがて聞こえなくなったところで、ふたり揃って息をついた。

 

「……ふぅ」

「ありがとう、ございました。ご協力いただいて……わたくしは──」

「いい、事情はあとで聞く。……それより、着替えるからあっち向いててくれねえか」

 

 居た堪れない気分でそう告げると、少女はショートの頭から爪先までをひととおり見渡したあと、ぶわっと顔を赤くした。

 

「もっ、申し訳ございません……!」

 

 こちらに背を向ける少女。ようやく服を着はじめることができて、ショートはほっとした。籠の中に隠れていたモサレックスがするりと裾に入り込んでくる。騎士竜について説明するには、今は状況が混沌としすぎていた。

 

 

 万一を考え、ふたりは裏口から外へ出た。人気がないそこを忍び足で進みつつ、往来へ出る。と、少女は「あそこへ入りましょう」ととある建物を指さしてきた。中にはいくつもテーブルセットが置かれていて、人々が談笑している。確かにあの中なら紛れ込みやすいだろう。

 

 奥の席を選んで着席し、やってきたウェイターにこの地方の特産品だという甘茶を注文する。それを待ちつつ、少女は口を開いた。

 

「──申し遅れましたわ。わたくし、モモと申します。一応、勇者(ヒーロー)として旅をしておりますの……まだ駆け出しですけれど」

「そうか。俺はショート……まぁ俺も、勇者、みたいなもんだ」

 

 厳密には違うのかもしれないが、仲間たちもよくそう自己紹介しているのを思い出し、それに倣った。

 

「それで、なんで──」

 

 なんで追われていたのか。そう尋ねようとしたタイミングで、甘茶が運ばれてきてしまう。一瞬の気まずい沈黙のあと、喉が渇いていたこともあって、ひとまずは揃ってカップに口をつけることにした。

 

「んっ」

 

 途端、思わず声が洩れる。瞠目しつつ、口を離した。

 

「お口に合いませんでした?」

「いや……。思ってたより甘ぇから、驚いただけだ」

「あら、この辺りでお茶を飲むのは初めてですの?」

「この街には今日来たばかりだ」

「まあ、そうでしたの」

 

 「でしたら、」と続けて、モモは片手を挙げた。ウェイターが再びやってくる。彼女が聞き慣れない単語を次々に提示していく。何やら注文しているらしかった。

 

「何を頼んだんだ?」

「お菓子ですわ。この辺りではあまりお酒が飲まれなくて、皆さん昼下がりにお菓子と甘い紅茶を楽しみながらおしゃべりをするのが定番ですのよ」

「そうなのか。地域によって色々な文化があるもんだな……」

 

 そういう地域ごとの様々な文化というものを、ショートはようやく学びはじめたところだった。海の底で育ち、地上を知らずに生きてきた。このような乾いた砂礫の中にさえ生命が息づいている、それどころか生きることを楽しむために様々な文化を編み出しているのだと知って、ショートは新鮮な驚きと喜びに満たされていた。

 

「ショートさんのご出身はどちらですの?」

「!、俺は……その、海……?」

「海?港町ですか?」

「いやまぁ……──そんなことより、なんで追われてたんだ?相手に正当な理由があるなら、今からでも俺はあんたを捕らえて突き出さなきゃならねえ」

「!、………」

 

 モモは回答に逡巡しているようだった。しかし口ではああ言ったが、モモが何か悪事を働くような人間には思えなかった。とすれば、追う側が悪人ということも考えられる。たとえば、彼女が何か悪事の証拠を握ってしまったとか──

 ややあって、モモは意を決したように顔を上げた。

 

「……巻き込んでしまい申し訳ありません。実は、わたくし──」

 

──そのときだった。

 

「見つけた……!」

「!」

 

 店に飛び込んできたのは、目つきの鋭い少女だった。小柄でボブカットの青みがかった黒髪は、モモのそれとは対照的なもので。しかし彼女こそが追手であることは、一心不乱にこちらへ迫ってくる様子からも明らかであって。

 ふたりは咄嗟に立ち上がり、他の客席を飛び越えて窓枠から飛び出した。その際にモモが振り返り、

 

「お釣りは結構ですわ!」

 

 そう言って、金貨一枚を投げ渡した。

 

「ッ、なんて逃げ足の速い……!」

 

 舌打ちしつつ、少女はふたりのあとを追って駆け出した。

 

 

 *

 

 

 

 同じ頃、街の心臓ともいえるオアシスの真っ只中に、花束を持った男の姿があった。色とりどりの鮮やかな花々とは裏腹に、頬はこけ、瞳は昏く濁っている。

 その視線は一心に、美しい泉に注がれていた。

 

「……涸れちまえばいいんだ、こんなもん」

 

 唸るような声でつぶやかれた言葉は、その恩恵を享受する街の人々にはおよそ聞かせられないものだった。

 男は暫し立ち尽くしていたが、程なくして花束を湖に投げ捨てた。そして踵を返そうとして、

 

「バァ〜〜ッ!!」

「うわあぁっ!?」

 

 いきなり視界が化け物の顔面いっぱいになって、男は驚きのあまり足を滑らせそうになった。そんな彼を咄嗟に引き留めたのは、その化け物当人であって。

 

「ビックリさせてメンゴメンゴ!」

「な、なんなんだ……おまえ!?まさかドルイドン──」

「しーっ!そんなことよりおまえ、この湖涸らしたいんだろぉ?聞いちった♪」

「………」

 

 男の目に憎悪の光が宿る。ぽつぽつと語られる理由を聞いて、彼──クレオンはますます邪悪な笑みを深めた。

 

「オーケーオーケー。だったら手ぇ貸してやるからさ、おまえも身体ぁ貸してくれよぉ」

「身体を……?」

 

 どろりと粘液の垂れた指が近づいてくる。ごくりと唾を呑み込みながらも、男はそれを受け入れた。

 

 



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31.美しき逃亡者 2/3

 

 モモを連れたショートは、街の中で決死の逃避行を演じる羽目になっていた。追手は少女だけではなかったのだ。黒衣を纒った見るからに威圧感のある男たちがふたりを取り囲むように迫ってくる。

 

「ッ、まさか、こんな……」

「……しょうがねえ、強行突破すんぞ」

 

 言うが早いか、ショートは地を蹴って跳んだ。一瞬天高く消えるほどの跳躍力に、男たちもモモも一瞬呆けてしまっていた。

 刹那、地上に帰ってきた彼は、すらっと長い脚を勢いよく振り下ろした。

 

「ぐべぁっ!!?」

 

 強烈な踵落としを顔面に浴び、男が見るも無残な顔面になって昏倒する。慌てた相棒の男が素手のまま襲いかかってくる。ショートは内心違和感を覚えたが、それに囚われるほど未熟ではない。あえて身動きをとらず、ぎりぎりまで男を引きつけてから──

 

「──ッ!?」

 

 思いきり、しゃがみこんだ。男は驚きのあまりつんのめってしまう。それを支えるように、男の胸と脇の下に手を差し入れ、

 

 そのまま、投げ飛ばした。

 

「ぐはぁ……ッ!?」

 

 地面に強かに叩きつけられ、男はひゅうひゅう荒い呼吸を繰り返す。これで暫くは動けないだろう。

 

「……ふぅ」

「お、お強いのですね……」

「これくらい当然だ。それより、行くぞ」

 

 そう答えて、彼女の手を引いて走り出す。異性のエスコートに慣れているのだろう、自然な所作。見るからに貴公子然とした容姿と相俟って、彼()実は高貴な家柄の出身であったりするのだろうか。

 けれど、それ以上に──

 

「………」

 

 モモは目の当たりにしてしまったのだ。半ば事故のようなものとはいえ、彼の細身ながら抜け目なく鍛え上げられた裸身を。そしてその体躯に違わず図抜けた身体能力を発揮した彼に、今、手を引かれている。顔に熱が集まるのを、モモは止めることができなかった。

 

 

 *

 

 

 

 その一方、幾つか向こうの路地でそんな騒動が起きているとは思いもよらないリュウソウジャーの仲間たち。うち先頭を歩く一名は、鬼のような形相を浮かべていた。

 

「あンの紅白頭ァ……!人を散々待たせといてなんの断りもなく消えやがってクソがぁぁ!!」

 

 すれ違う人々が怯えた表情で道を開けていく。これから暫しこの街に滞在する可能性を思うと、市民からの心象はできるだけ悪くしたくはない。隣を歩くイズクがどうどうと懸命に宥めるのを、スリーナイツ組が後ろから眺めながら苦笑していた。

 

「色々爆発してますね、カツキさん……」

「うむ……しかし今回ばかりは彼の怒りも尤もだ!入口で待っていた我々に何も言わず、どこかへ行方を眩ませてしまうとは!!」

「言ってることカツキくんと一緒やん」

「はは……でもほんと、どこ行っちまったのかなぁ。あそこ裏口あるみてーだし、抜け出すのは可能っちゃ可能だけどさ。俺らに黙って消える意味もねえんだし」

 

 別行動したいのなら、そう言えば良い話だ。ならば何か事件に巻き込まれたか。無論リュウソウゴールドである彼が誘拐されたりだとかは考えにくいが、いずれにせよ早く見つけ出すに越したことはないと、彼らは街の中を絶賛捜索中であった。

 

「タマキセンパイも街に入った途端ふらふらどっか行ってもうたし……ハァ、ほんとロディくんに仲間になってほしかったわ〜」

「?、どうしてロディに?いやいたら楽しそうだけどよ」

「だってロディくんお兄ちゃんでしっかり者やし!ボケボケ組の面倒見てくれたんちゃうかな〜って」

「あーそういう……。いくらなんでも酷じゃねえか?ロロたちもいんのに」

 

 「勘弁してくれ」と引きつった笑みを浮かべるロディの顔が皆の脳裏に浮かぶ。彼は相変わらず自由に大空を飛んでいるだろうか。今のところ南の大地に新たなドルイドンが現れたという噂も聞かないので、元気にやっているとは思うが。

 

「るせぇ!!」いきなり怒鳴るカツキ。「居ねーきしめんのハナシしてんじゃねー!!つーか半分野郎もクソ陰キャも知ったこっちゃねーんだわ、クソが!!」

「か、かっちゃん……」

「マジで気ィ立ってんな、おめェ……」

 

 テンヤではないが、まあ今回ばかりは無理もないかとエイジロウも思ったそのときだった。

 

「────!」

 

 彼らの耳に届いたのは──悲鳴。その瞬間、彼らは戦士の……否、騎士の顔になって走り出す。流石にこのときばかりはコタロウは並んで走れない。肉体の成熟度としても鍛え方としても──そもそも、人間とリュウソウ族の身体能力の差としても。

 

「……さて、今回はどんなことになるやら」

 

 とりあえず手帳とペンを取り出し、マイペースにあとを追うことにするコタロウなのだった。

 

 

 *

 

 

 

 湖周辺に群生した草木が今、ことごとく燃え上がっていた。乾いた砂礫の中で天に聳える紅蓮の炎は、地獄の劫火そのものだった。

 

 その中心に、ふたつの影があった。一方はぬめり気のある緑の菌類怪人──クレオン。そしてもう一方は、全身が燃え上がった不定形のオブジェクト。球体の形をとっていたかと思えば、次の瞬間には人間のシルエットへと変わっている。ただ、全身を炎に覆われたままであることは変わらない。

 

「へへっ、いいぞぉマイナソー!その調子でまとめて()らしちまえぇイ!!」

「カレ、ロォ……!」

 

 マイナソーが唸ると同時に、彼らの背後から群青の異形がやってくる。

 

「なかなかパワフルなマイナソーが生まれたじゃないか、マイスウィートエンジェルクレオ〜ン?」

「わぉ、これはこれはワイズルーさま!」

 

 「ご苦労さまでぇす!」とお互いになぜか敬礼しあったあと、揃ってぐふふと嗤う。

 

「このマイナソーの炎、オアシス全体に拡がれば──」

「──この街はジ・エンドゥ!と、いうワケだ☆NA!」

「イグザクトリー、その通りでございまぁす!」

 

 二体の怪人がきゃっきゃとはしゃぎ合っていると、逃げる人々とは反対に複数の足音が接近してきた。

 

「ワイズルー、クレオンっ!!」

「てめェら性懲りもなく街中に出てきやがって!!」

 

 駆けつけたリュウソウジャーの面々。「それはこちらの台詞!」とすかさず返したワイズルーだったが、ふとあることに気づいた。

 

「ン?1、2、3、4、5……ひとり足りないナ〜?」

「あ、ゴールドがいねーみたいっスよワイズルーさま!」

「ナルホド五人に戻ってしまったワケか。金色坊やは海に帰ったのかNA??」

「ッ、街に来りゃ別行動するときもあらぁ!!──みんないくぜッ!!」

 

「おう!」という返事が三つ、「命令すんな!!」という罵声がひとつ──誰によるものかは言うまでもない──。いずれにせよ彼らは、リュウソウルをチェンジャーに装填すると同時に走り出した。

 

「Go、ドルン兵!」

「ドルドルッ!」

 

 主らを守護するようにドルン兵の群れが現れ、向かってくる。彼らとの衝突が、戦端の火口となった。

 

「うぉらぁッ!!」リュウソウケンを振るいつつ、「リュウソウチェンジ!!」

 

 ワッセイワッセイと、戦場には不釣り合いな賑々しい音声が流れ出す。とはいえ彼らの剣技は、それと相俟って踊るようでもある。流麗に舞いながら敵の長槍を弾き飛ばし、斬りつける。

 さて、そろそろいいだろう。彼らは示し合わせたようにリュウソウケンを敵に突き刺し、同時にチェンジャーに手をかけた。

 

『ケ・ボーン!──リュウ SO COOL!!』

 

 五人の全身を竜装の鎧兜が覆っていく。刹那彼らは、突き刺した剣を勢いよく引き抜いた。倒れたドルン兵の群れが次々に爆発していく。

 

「むぅ……時間稼ぎにもならナッシング!」

「しゃーない、行けぇマイナソー!!」

「カレロ……!」

 

 マイナソーはその全身の様相に違わず、高温の炎を発して攻撃を開始する。それらは直接触れずとも、一定の距離にあったものをことごとく炎上させながら迫ってきた。

 

「ッ!」

 

 咄嗟に散開し、回避する五人。リュウソウメイル越しにも肌がちりつくような熱を感じる。これの直撃を受ければ、火傷では済まないかもしれない。

 

「この乾燥した環境では、火の威力が高められてしまう……!」

「ッ、ミストソウルを使う!かっちゃん、良いね?」

「チィッ!!」

 

 返ってきた舌打ちは、カツキの言動パターンに照らし合わせれば承諾にほかならない。イズク──グリーンは躊躇なくそれをリュウソウケンに装填した。

 

『ミストソウル!うるおう〜!』

 

 右腕がリュウソウメイルよりやや薄い緑色の装甲に覆われる。と同時にたっぷりと水分を含んだ霧が噴射され、辺り一帯を包み込んだ。

 

「よし、これで……!」

 

 敵の火力は弱まる。こちらも条件としては同じだが、もとより炎に包まれている相手にブットバソウルやメラメラソウルを使っても意味がない。ブラックが渋々了承したのも、つまりはそういうことだった。

 

「よし、今のうちに一気に攻めるぞ!──ハヤソウル!!」

「オモソウル!」

「カタソウル!」

「ツヨソウルゥ!」

 

 グリーンが水霧を噴射し続ける中で、四人は攻勢に出た。それぞれの得意とするソウルで竜装し、一気呵成に走り出す。

 

『ビューーーン!!』

『ドォーーン!!』

『ガッチーン!!』

『オラオラァ!!』

 

 次々に斬撃、及び鉄球の一撃を炸裂させていく。すべて直撃をとった、はずだった。

 

「────!?」

 

 違和感は、即座に襲ってきた。燃え盛る身体に確かに刃が喰い込んだはずなのだ。にもかかわらず、まったく手応えがない。

 

「カレロォ!!」

 

 刹那、激昂するかのように劫火を噴き出したマイナソーによって、四人は噴霧もろとも吹き飛ばされていた。

 

「ぐああっ!?」

「みんな、大丈夫!?」駆け寄るグリーン。「どうなって──」

「ッ、あいつ実体がねえ……!中まであの炎だけだ!!」

 

 ブラックの叫びに、ワイズルーがくつくつと笑いながら反応する。

 

「イグザクトリー!このウィル・オー・ウィスプマイナソーは炎の塊、それ以上でもそれ以下でもナッシング!」

「斬っても叩いても意味ねーんだよ、わかったかブァーーーカ!!」

「──だったら、これだ!」

 

 グリーンが手に取ったのは、

 

「──ドッシンソウルッ!!」

『強!リュウ!ソウ!そう!──この感じィ!!』

 

 どしんと揺れるような音声とともに、リュウソウグリーンの胴体を騎士竜パキガルーを模した装甲が覆っていく。

 

「うおぉぉぉぉ──ッ!!」

 

 反撃を許す間もなく一気に距離を詰め、これでもかと殴りつける。打撃も通用しないとクレオンは言ったが、ドッシンソウルには衝撃を伝播させる能力がある。その威力にモノを言わせて、ブッ飛ばす!

 

「ディーノ、ソニックブロー!!」

 

 果たしてその烈破に押され、マイナソーは吹き飛び湖の中に墜落していった。火でできた身体は、膨大な水を前には吹けば飛ぶようなもの。無論ただの火ではなくマイナソーであるからそれだけで倒せたとは思わないが、だとしても──

 

 そのときだった。どこからともなく男性がふらふらと歩いてきて、ワイズルーたちの傍らに立ったのは。

 

「!、あの人──」

「ちょっ……危ねえっスよ、そっから離れて!」

 

 レッドが退避を促すが、男は従わない。それどころか、やつれた表情に醜悪な笑みを張りつけ、言い放った。

 

「俺の、怨みの炎は……こんなものじゃ消えない……!」

「!、てめェまさか──」

 

 ブラックが"それ"を口にしようとした瞬間──先んじて確証を示すかのように、男の身体から緑色のエネルギーの塊が抜け出ていく。

 それらは水中のウィル・オー・ウィスプマイナソーの身体に吸い寄せられていき、

 

「!、カレロォォ!!」

 

 咆哮とともに──さらに、その火力を増幅させた。

 

「あ……見て!湖が──」

 

 ピンクが指差した先で、ボコボコとあぶくが浮き上がる。それだけではない──白い水蒸気までもが、湖じゅうから立ち上りはじめているではないか。

 

「な、何が起きてんだ……?」

「!、そうか!」ブルーが声を張る。「マイナソーの発する炎のために、湖中の水温が急上昇しているんだ……!このままでは生態系が死滅するばかりか、湖そのものが干上がってしまう!!」

 

 そんなことになれば、この街は生命線であるオアシスの一部を失うことになる!咄嗟に動いたブラックがノビソウルで攻撃を仕掛けたが、実体のない相手には通用しなかった。

 

「クソが……!」

 

 そのとき、ちょうどコタロウが追いついてきたことにレッドが気づいた。すかさず彼に対して声を張り上げる。

 

「コタロウ悪ィ、ショート捜してきてくれ!!」

「えっ、捜せって……街じゅう全部ですか!?」

「ごめんだけど、今はそうしてもらうしかないんだ!」

 

 この街がどれだけ広いかわかってるのかと叫びたくなったが、実際不可能だと言い切れるかといえばそうではない。それを要請してくる彼らは、比でない困難を幾つも乗り越えてここにいるのだ。

 

「〜〜ッ、ああもうっ、あとでごちそう奢ってくださいよ!」

 

 半ばやけくそでそう叫ぶと、踵を返してコタロウは走り出した。ここに来るのに全力疾走せず、マイペースを保っていたのが不幸中の幸いか。

 

「頼むぜ、コタロウ……!」

 

 彼に命運を託しつつも、五人の騎士たちは懸命にマイナソーを引きずり出す算段をする。しかしそれを邪魔するように、ワイズルーが襲いかかってくる。

 

「フフン、ゴールドが来るのと湖が干上がるの、どちらが早いか☆NA〜!?」

「ッ!」

 

 こうしている間にも、湖の水温は上がり続けている。それを止めるためには──

 

「ッ、とりあえず、これなら……!──ギャクソウル!」

『ギャクソウル!クルリンパっ!』

 

 なんらかの状態変化を起こしたものを元の形態に戻すギャクソウル──その力で、湖を通常の水温に戻すことに成功する。しかしそれは一時的な効果であって、ウィル・オー・ウィスプマイナソーが湖中にいる限りいたちごっこになるだけだ。

 

「ショートくんが来るまで、これでなんとかするしかない……!──みんな、ワイズルーを抑えてくれ!」

「わーっとるわァ!!」

 

 

 *

 

 

 

 その頃ショートは、ようやく逃避にひと区切りをつけて路地裏に隠れることに成功していた。

 

「ふぅ……戦闘中以外でこんなに走ったのは久しぶりだ」

 

 そう言いつつも、息ひとつほとんどあがっていない。対するモモは、肩で呼吸をしているありさまで──同年代の少年であるにもかかわらず、彼の鍛え方や経験は自分の比ではないのだと思い知らされた。

 

「ショートさんは随分、場数を踏んでらっしゃるのね……」

「別にそうでもねえ、実戦に出たのはここ半年とかそれくらいの話だ。……あぁでも、小さい頃からそのための鍛錬は積んできたが」

「やはり……そうですのね……」

 

 モモの瞳に愁いが宿る。

 

「……わたくしも、物心ついた頃から勇者(ヒーロー)に憧れていましたの。今この国は統治体制が崩壊し、富める者と貧ずる者の間を取り持つことができなくなっている。そこにドルイドンの脅威があって、どうしようもなくなり悪の道に走る方々も、大勢いらっしゃいますわ」

「そう、みたいだな」

 

 これまで旅してきた街や集落でもそうだった。表向きはみな後ろめたいことなどあってなきがごとく明るく生きているけれど、路地ひとつ挟めばそこには貧民たちがいる。集落と集落をつなぐ街道に至っては、堂々と山賊が闊歩しているありさまだ。ショートたちにとってはなんの障りもないけれど、無辜の人々にとってはドルイドンと変わらぬ脅威だったろう。

 

「ですから、せめて困っている人が悪に堕ちることのないよう、手を差し伸べられたら……そう思って、勇者を目指しました」

「立派じゃねえか。それで本当になったんだろう、勇者に」

 

 確認ほどの意味もない言葉だったが、モモの反応は曖昧なものだった。

 

「……わたくしの生家は、いわゆる豪商というものでして。親類縁者の中からは複数の代議員を出しているような家柄ですの」

 

 ダイギイン、というのが何かはショートにはわからなかったが、とにかく富裕で立派な一族の出身であることは理解できた。同時に、それをひけらかすつもりで告白したのではないことも。

 

「わたくしは、当主のひとり娘でして……物心ついた頃から、後継者として周囲から期待されていました。勇者になると伝えたときには、断固として反対されました。それを振り切って、家を飛び出してきた……つもりだったのですけど──」

 

 そのときだった。たたたっと軽やかな足音が迫ってくるとともに、小柄ながら鋭い顔立ちの少女が眼前に立ちふさがったのは。

 

「!」

「……やはりあなたのお耳からは逃れられませんのね、キョウカさん」

「……戯けている場合じゃありませんよ、お嬢様……。今日という今日は、一緒に帰っていただきます」

 

 キョウカと呼ばれた少女は肩で息をしている。彼女らのやりとりから、追手は少なくともモモの生命を害する存在ではないのだとショートは理解した。

 

「わたくしは帰りませんわ……!跡取りとして家を栄えさせるより、今目の前で困っている方々のお力になりたい。その想いだけは、幼い頃から何ひとつ変わっていませんもの」

「ッ、だからって、家族を……そこに仕える大勢の人たちを見捨てるんですか!?」

「……ッ、」

 

 その言葉には、モモも怯んだようだった。キョウカがなおも続ける。

 

「いいですかお嬢様、この国には勇者を名乗って戦う人たちなんて数えきれないくらいいます!お嬢様がそこに加わるまいと、大勢にはなんの影響もありません。でもお嬢様が家を継がなければ、要らぬ苦しみを味わう人たちが大勢いるんです!」

「………」

「これは──あなたの使命なんです!!」

 

 使命──その言葉にはっとしたのは、モモだけではなかった。幾度となくその言葉を聞き、また自らも使用している少年がすぐ隣にいたのだ。

 

「わたくし、は……」

 

 他ならぬ"仕える者"のひとりであるキョウカの言葉に、モモはひどく揺らいでいた。その果ての結論は、自分自身で出すべきだ。ショートもそれはわかっている、けれど。

 

「──確かに、使命は大事だ」

「!」

 

 淡々とした言葉に、ふたりの視線が集中する。

 

「俺も、海……故郷を守る、そのために戦うことが使命だと聞かされて育った。それ自体、今でも間違っちゃいねえと思う。……でもそれだけしか見えねえままだったら、俺は今、ここにいない」

 

 ショートは顔を上げ、そのオッドアイでふたりを見回して、告げた。

 

「自分が本当になりてぇモンを見られねえヤツに、大事は成せない」

「──!」

 

 目を見開いた少女たちに、沈黙が訪れる。明確にモモの肩を持つわけではない、ただそれが現実なのだと指摘するだけの言葉だった。その渦中にあって、ショートは凪いだ瞳のまま立ち尽くしている。

 そこに、第四の足音が迫ってきた。

 

「はぁ、はぁ……やっと見つけましたよ、ショートさん」

「……コタロウ?」

 

 肩で息をしているコタロウは、何やらブツブツと独りごちているようだった。「騒ぎなんか起こして」だとか「でもそのおかげで」だとか……とにかく自分を捜し回っていたことだけは確かだった。

 

「どうしたんだ?」

「どうしたじゃありません、マイナソーが出たんです。全身火でできてるヤツで、湖に飛び込んで……湖の水が蒸発しそうなんです」

「!、わかった。すぐに行く」

 

 戦士の顔になったショートは、なんのつもりかコタロウをひょいと担ぎ上げた。

 

「ちょっ……何すんですか!?」

「疲れたろ。それに、このほうが早ぇ」

「〜〜ッ、あーもう、どいつもこいつもっ!」

 

 少年ながら合理的思考をもつコタロウであるから怒鳴りながらも渋々受け入れたが、どいつもこいつも微妙な年頃の子供に対する配慮がなさすぎる。ただショートの場合、むしろ身体が小さいだけの同輩としてコタロウを扱っていて、だから配慮など考えてもいないというところでもあるのだが。

 いずれにせよ走り出そうとしたショートだったが、「あ」と声を洩らして立ち止まった。

 

「モモ。……その娘、大事な友だちなんじゃねえのか」

「!」

 

 今までの会話で、どうしてわかったのだろう。瞠目するモモに対して、彼は微笑みかけた。

 

「受け入れてほしいなら、今のおまえをちゃんと見せてやれ。それだけはせめて、果たすべき責務なんだと思うぞ」

 

 それだけ告げて、今度こそ戦場へと出撃するのだった。

 



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31.美しき逃亡者 3/3

ダイノフューリー、本家のトワよりここのイズクより女性であるはずのイジーのほうが強そうなビジュアルなのが流石アメリカだな〜と思います


 中途半端な時間帯を迎えて人気のなくなった水浴施設。その中に、ただひとりタマキの姿があった。

 彼は俯きがちに降りそそぐ水を浴びながら、ぼうっと立ち尽くしている。虚空を見つめる瞳に力はなく、心の奥底にある仄暗いものが漏れ出しているかのようだった。

 放っておけば永遠にそうしていそうなタマキだったが、唐突にそれは終わりを告げた。

 

「!?、熱っ……」

 

 突然、水が熱湯へと変わったのだ。湖の水を技術上精一杯の濾過をして汲み上げているだけで、温度調節機能などはないはずなのに──外で起こっていることを知らないタマキが疑問に思ったときにはもう、シャワーはただの水に戻っていた。

 

「……?」

 

 呆気にとられながらも、現実に引き戻されたタマキは水を止めた。

 

 

 布で頭を拭きながら、備え付けの鏡を見る。そこに映っている顔は陰鬱で冷たくて、とてもリュウソウ族の騎士のそれではない。一瞬よぎった"勇猛の騎士"の称号を継いだ少年の朗らかな笑顔に、タマキは腹の奥底で滞留し続ける澱みが蠢いたような錯覚を覚えた。

 否、それは錯覚などではなかったのだ。

 

(ごめんミリオ、みんな)

 

(俺は……)

 

 項垂れたタマキが顔を上げる。──その瞳は、紫色に光っていた。

 

 

 *

 

 

 

「アンブレイカブル、」

「フルスロットル、」

 

「「──ディーノ、スラァァッシュ!!」」

 

 赤と青、ふたりの騎士による渾身の斬撃が、群青の道化師めがけて炸裂した。ステッキを構えたまま、その痩せたボディが大きく後退した。

 

「Ouch……と見せかけて耐えぬく!」

「ワァオ、さっすがワイズルーさまぁ!」

 

 クレオンが横で囃し立て、満更でもない様子で胸を張るワイズルー。余裕たっぷりのドルイドン側に対して、リュウソウジャーは非常に厳しい状況にいると認識していた。

 

「あーもうっ、いつもながらのらりくらりと……!」

「イズクくんっ、まだ保たせられそうか!?」

 

 ギャクソウルで温度変化に対抗し続けているグリーンが応じる。

 

「正直、そろそろきつい……っ。マイナソーの火力がどんどん強くなってる……!」

「あの宿主のおっさんのせいだわ、クソが!!」

 

 ワイズルーたちに守られるように立っている、人間の男。その身体からエネルギーが抜け出し、湖中のマイナソーに注ぎ込まれている。そのたびに男はどんどんやつれていくが、表情は凄絶な笑みに染まったままだ。

 

「いいぞ、涸らせ……!この湖の水ぜんぶ、まとめて涸らしちまえ……!」

「ッ、どうしてそこまで……!この湖の水が涸れちまったら、大勢の人たちが苦しむんだぞ!?」

 

 我慢できなくなって、レッドがそう声を張り上げた。ドルイドンであるワイズルーたちがそう言うなら、業腹であっても理解はできる。しかし同じ人間であるこの男が、何故己の命をかけてまでそれを望むのか。

 男の血走った目が、騎士たちを鋭く睨めつけた。

 

「知ったことか……!オレの娘はなぁ、この湖に喰い殺されたんだ!ちょっと足を滑らせただけで、浮き上がってきたときにはもうモノ言わぬ骸になっていた……!その気持ちがお前らなんかにわかってたまるかぁ!!」

「……ッ、」

 

 愛する我が子をこの湖で失った──なるほどそれは確かに、その原因となったものを、たとえそれがただ存在しているというだけでも恨んでしまうのは当然かもしれない。

 

「でも……だからって……!」

 

「──だからって、大勢の人たちを苦しませて良いわけがねえ」

「!」

 

 皆が振り向けばそこには、水の底で生まれ育った、黄金の騎士の姿があった。何故かコタロウを横抱きにしている。

 

「ショート……!」

「ショートくん!」

「遅ぇんだよ、半分野郎!!」

「……ってか、もういい加減降ろしてもらえませんか」

「悪ィ」

 

 コタロウを地面に降ろしつつ、改めてワイズルーたちと対峙する。とりわけ視線が交錯するのは、かの宿主の男だった。

 

「なんだ、おまえは……!」

「栄光の騎士、リュウソウゴールド。あんたの想いを否定するつもりはねえ、でもやってることは間違ってる。だから、止めに来た」

「お前らに何がわかるッ、どいつもこいつも詭弁を弄しやがって……!──おい怪物ゥ!!」

 

 男が叫ぶと同時に、水中からボコリとあぶくが飛び出す。

 

「オレの全部をくれてやる!だからこいつらも湖もこの街も、全部まとめて燃やし尽くせぇぇぇぇ!!!」

 

 刹那──男の身体から、ひときわ大きなエネルギーの塊が抜け出した。

 

「うっ」

 

 うめき声とともに、男の身体が地面に倒れ伏す。そしてまるでシーソーゲームのように活性化したウィル・オー・ウィスプマイナソーが、ついに臨界点を超えた。

 

「カレロォォォォォ──ッ!!!」

 

 つまり、巨大化。同時に灼熱波が周囲一帯を襲い、リュウソウジャーもドルイドンも無差別に吹き飛ばされた。

 

「ぐぅ……ッ」

「ッ、コタロウ大丈夫か……!?」

「ええ……あなたが庇ってくれたおかげで、なんとか」

 

 この中では唯一生身のコタロウである、庇護してやらねば今ので大怪我をしていたかもしれなかった。

 ともあれ巨大化したウィル・オー・ウィスプマイナソーはさらにその火力を増し、接触している水分は次々蒸発してその容積を減らしている。このままでは本当に、遠からずして湖が干上がってしまう!

 

「ショート、水に浸かっての戦いなら我々の専売特許だぞ」

「わかってる。みんな、あとはまかせろ」

「ッ、ああ……!でも気をつけろ、あいつ普通の攻撃を通さねえ!」

 

 言うが早いか、レッドの手からクラヤミソウルとカガヤキソウルが投げ渡される。それらを受け取り、ゴールドとモサレックスは改めて戦いに臨んだ。

 

「──竜装合体!!」

 

 モサレックスが従者アンモナックルズとひとつとなり、海神キシリュウネプチューンへと姿を変える。

 

「行くぞ、キシリュウネプチューン」

 

 水中での戦いなら、こちらが有利……と言いたいところだが、浸かっているのは大腿部のあたりまでである。それに相手は火炎そのものの姿かたちでありながら、その高温でもって水分を気化させ続けているような怪物だ。

 手始めにとばかりに、ゴールドはネプチューンにアンモナックルを射出させた。超高速で敵に肉薄するそれは標的の血肉を弾けさせ、骨を砕くだけの威力を誇る。

 しかしそれほどの拳は、むなしくマイナソーのボディを素通りしてしまった。

 

「なるほどな、エイジロウが言ってたのはこういうことか」

『わざわざ遊ぶな』

 

 すかさずモサレックスの叱責が飛んでくる。

 

「遊んだんじゃない、自分の目で確かめたかったんだ。──なら、」

 

 コスモソウルを構えるゴールド。宇宙エネルギーを纒った弾丸による攻撃なら通用すると考えたわけだが、それを試行するより前にマイナソーが動いた。

 

「カレロ、カレロォォ!!」

「────!」

 

 マイナソーのボディがかっと赤熱する。よもやと瞠目した瞬間、凄まじい衝撃が襲いかかった。

 

「ぐぁ──!?」

 

 なすすべなく吹っ飛ばされるネプチューン。何が起こったのか一瞬わけがわからなかった。衝撃でコスモソウルが落下し、本来のふたつのソウルに分離してしまう。

 

「ッ、何が……」

 

 良くも悪くも正面切って敵を見据えることになる騎士竜の体内からでは、何が起きたのかすぐに把握できないのも無理はない。

 一方で傍らから見守っていた面々は、その光景をはっきりと捉えていた。

 

「なんだ……?あいつの身体が光った途端、水が爆発した……」

「水素爆発だ」

「すいそばくはつ?」

「水分が常軌を逸した高温の物質と接触することで、瞬間的な蒸発により体積の飛躍的な増大が起こり、まるで爆発を起こしたように一気に弾ける現象のことだよ」

「クソナード。つーかクソでも魔法使いならそんくれぇ知っとけや、丸顔」

「わ、忘れてただけやもん!」

 

 言い訳になっていない。それより、

 

「HAHAHA、流石はオニビでできたマイナソー!この調子で、ネプチューンをねぶってやりまショータァイム!!」

「ワイズルーさま、それを言うならなぶってやれっす」

「……てめェら、いつまで居座ってやがる?」

 

 ブラックがひと睨みとともにリュウソウケンを構えると、彼らは「やべっ」と声を揃えて脱兎のごとく逃げ出した。

 一方で、ワイズルーのひと言に引っかかりを覚えている者がいた。

 

「オニビ……?火だけでできている身体……──もしかして」

 

 はっとした表情で前に出ていこうとする"彼女"の腕を、あとから追ってきたもうひとりの少女が掴む。

 

「ちょっ……何やってんですか、お嬢様!?まさか、あんなのに立ち向かう気じゃ──」

「……キョウカさん。少しだけ見ていてください。わたくしの推測が正しければ、彼らの助けになれるはずです」

「……?」

 

 訝るキョウカの前で、モモは呪文の詠唱を開始した。どこかで聴いたことのある、麗しい言葉の数々。これは──神官が唱える祝詞ではないか?キョウカは物心ついた頃にモモの遊び相手兼将来の腹心として彼女の生家に雇われ、そういった神聖なる儀式に参加することもあったのだ。

 

「………」

 

 暫し考え込んだ末、キョウカは彼女を見守ることにした。確かにモモは、幼い頃から()()だったのだ。ただ意志が強いというだけではない、物事の心理を鋭く見抜く力がある。

 一方、パワーを増したウィル・オー・ウィスプマイナソーは、嬉々としてネプチューンに火炎攻撃を繰り出していた。態勢を崩した海神にそのすべてをかわす芸当はできない。ともに致命傷を覚悟するショートとモサレックスだったが、

 

「ヌゥンッ!!」

 

 彼らの間に割り込み、ネプチューンを庇う者があった。ウィル・オー・ウィスプマイナソーに負けない、鮮やかなオレンジ色のボディは、

 

「……ディメボルケーノ……!」

「そもさん、汝に問う……!下は大火事、上も大火事……つまり、なんだ!?」

「……貴様の出番だ、我が兄弟」

 

 モサレックスが応じる。するとディメボルケーノは満足げに「正解だ!」と告げた。──確かに、マグマの中で永きを過ごしたその身体なら、火を受け止めることは容易いだろう。

 とはいえ、今この状況で彼にできるのは防御のみだ。得意の火吐きは、マイナソーをかえって活気づかせてしまうので。

 

(ただ守られてるだけじゃ勝てねえ……!いちかばちか、今度こそコスモソウルで──)

 

 そのときだった。光の矢が地上から放たれ、マイナソーを貫いたのは。

 

「──!」

 

 視線をおろすゴールド。そこに立っていたのは、

 

「モモ……!?」

 

 かの少女は、確りとこちらを見上げて声を張り上げた。

 

「見てくださいショートさん、その"鬼火"の反応を!」

「オニビ……?──!」

 

 再び正面の敵に目を向け、ぎょっとした。

 

「グァ、ア゛ァァ……!!?」

 

 あらゆる攻撃をやり過ごしていたウィル・オー・ウィスプマイナソーが、悶え苦しんでいる。まさか、あの光の矢を受けたために?

 

「その怪物は、邪なる不死生物です!ですから聖なる力には極めて弱いのですわ!」

「!、そうか……!──ショートくん、カガヤキソウルを使うんだ!」テンヤが叫ぶ。ついでに、「ところで、貴女はどちら様ですか!?」

「モモと申します、以後お見知りおきを」

「はっ!?ひょっとしてショートくんの駆け落ち相手……!?」

「そ、それはちょっと早計じゃないかな……?」

「なにトチ狂ってやがんだ、丸顔」

 

 実際、女の勘は侮れないというべきか、当たらずしも遠からずではあったのだが。

 ともあれ最適解は出た。ゴールドはすかさずカガヤキソウルを拾い上げ、モサチェンジャーに装填する。

 

『ドンガラ!ノッサ!エッサ!モッサ!──めっさ!ノッサ!モッサ!ヨッシャ!!』

 

『──強・竜・装!!』

 

 ゴールドのボディに、純白の鎧が装着される。カガヤキソウル──騎士竜シャインラプターの加護を得た、聖騎士の鎧。

 

「おまえの力を借りるぞ……シャインラプター!」

 

 カガヤキソウルを投げる。と同時に亜空間から純白の騎士竜が姿を現す。ふたたび、竜装合体だ。

 

「キシリュウネプチューン、シャインラプター!」

 

 麗しき純白の頭部と、右手に聖剣。今海神は、新たな姿へと生まれ変わった。

 

「突撃する。ディメボルケーノ、悪ィがこのまま盾になってくれ」

「その物言いは気に喰わんが……我が兄弟の誼だ、良かろう!」

 

 ディメボルケーノを前面に、彼らは走り出した。ウィル・オー・ウィスプマイナソーが烈しい火炎攻撃を仕掛けてくるが、炎の騎士竜の身体がことごとくそれを受け止める。そうして肉薄し、

 

「今だッ!」

 

 ディメボルケーノが跳躍する。と同時に、ネプチューンはカガヤキソードを横薙ぎに振るった。

 

「グァァァ……!?」

 

 マイナソーがうめきながら身体を折る。激しく揺らめく火炎は、それだけ苦しみが大きいことを示してもいた。

 

「ショート、決めるぞ」

「ああ、────」

 

 

「キシリュウネプチューン、ディヴァインコンセントレーション!」

 

 カガヤキソードが円月を徐に描き──頂点に到達した瞬間、垂直に振り下ろされる。

 聖なる煌めきを纒った刃は一瞬にしてウィル・オー・ウィスプマイナソーを両断する。炎でできた身体に本来剣など通用しないはずだが……もはや言うまでもあるまい、上述の通りである。

 

「カ、レ……──ユノォ……っ」

 

 それはおそらく、宿主の男の亡き娘の名だったのだろう。その言葉を最期に──マイナソーは、火花が弾けるようにして消滅したのだった。

 

「……せめて、栄光の輝きの中で眠れ」

 

 悼むように、ショートはつぶやいた。

 

 

 *

 

 

 

「この方は、わたくしが然るべきところへお連れします」

 

 ぐったりした男性に肩を貸す形で、モモが言う。仲間たちからの妙に生温かい視線に居心地の悪さを感じながらも、ショートはそれに応じた。

 

「悪ィな、任せちまって」

「いえ、これも勇者(ヒーロー)の務めのひとつですので」

 

 傍らのキョウカが複雑そうな表情を浮かべるが、彼女はもう何も言わなかった。未だ完全に受け入れられたわけではないのだろうが、それでも無理に連れ戻そうとしないだけ、彼女の勇者としての技量を認めたということだろう。これからのことは──彼女たち次第だ。

 

「俺たちも暫くこの街にいるつもりだ、何かあったらいつでも呼んでくれ」

「……ありがとうございます。では、また」

「ああ」

 

 去っていく少女たち。それをどこか微笑ましい想いで見送っていると、にやにや笑う仲間たちが歩み寄ってきた。

 

「なんかイイ感じじゃねーか、ショート?」

「きみ、ひょっとして逢引のためにあそこ抜け出したん?いけずやわぁ〜」

「まったく、そうならそうときちんと言ってくれれば良いものを!」

「……なんの話だ?」

 

 ショートは本気で首を傾げている。恋愛事に……というわけではなくとも、人の機微にはそれなりに敏い幼なじみコンビとコタロウは、呆れた様子でその光景を眺めていた。

 

「……アホかあいつら。あのボケボケ王子にンな甲斐性あるわきゃねーだろうが」

「い、いやそれは……ん〜、どうなんだろうね?」

「まあ確かに、そういう雰囲気でもなかったとは思いますけど……」

 

 そんなことより、そろそろ宿探しに行かねば日が暮れてしまう。鼻を鳴らしつつ、カツキが踵を返したその直後だった。

 

「!?、──てめェら伏せろ!!」

「え、」

 

 にわかに襲いくる衝撃が、彼らを紙のように吹き飛ばす。頑丈なリュウソウ族の少年たちはまだしも、コタロウのちいさな身体が耐えられるものではなかった。

 

「う、うぅ……っ」

「ッ、コタロウ!大丈夫か……!?」

「いったい、何が──!」

 

 砂塵の中から現れたのは、ワイズルーたちに次いで因縁の相手となりつつある存在だった。

 

「てめェ、ガイソーグ……!」

「………」

 

「その"強さ"……俺によこせぇぇッ!!」

 

 そのくぐもった声は、もはや正常なものではなかった。リュウソウケンに似た剣を構え、襲いかかってくる。

 

「チィッ……行くぞてめェら!!」

「ッ、ああ!」

 

 立ち上がると同時に、リュウソウチェンジ。皆で一斉に、ガイソーグに躍りかかる。

 果たしてガイソーグは強力だ。その剣技も、分厚い盾も、ことごとくがリュウソウジャーの攻守を上回っていく。

 

「やっぱこいつ、強ぇ……!」

「気圧されてんじゃねえ!!」声を張り上げるブラック。「こいつの剣筋は単調だ、破れねえようなモンじゃねえわ!!」

「!、カツキ……!」

 

 その言葉はカツキからエイジロウたちスリーナイツへの評価の裏返しでもあった。ならば必ず、今日ここで打ち勝ってみせる!

 

「いくぜテンヤ、オチャコ!」

「うむ!──メラメラソウル!!」

「オーケー!──ドッシンソウル!」

「コスモソウル!!」

 

 三つの強竜装。まず先陣を切ったのは、巨拳を携えた剛健の騎士だった。

 

「どりゃあああああっ!!」

「……ッ、」

 

 盾を構えて防御しようとするガイソーグに対し、とかく拳を叩きつけまくる。如何に直接の殴打は防いだところで盾越しに衝撃は伝播するのだ、最初は耐えていたガイソーグも徐々に態勢を崩していった。

 そしてそれが明らかな状態にまで達したところで、レッドとブルーが同時に肉薄する。

 

「おらぁッ!!」

「はぁっ!!」

 

 宇宙のエナジーと、火炎。いずれにせよ強力な力のオーラを纒った刃が、次々に炸裂していく。盾を構え直す間もないガイソーグはせめて剣で受け止めようとしているようだが、強竜装の前に正面切るには些か力不足と言うほかない。

 

「……ッ!」

 

 ずりずりと後退したガイソーグは、我武者羅に必殺の剣撃を放った。

 

「エンシェント、ブレイクエッジ……!」

「!」

 

 来た!──予想はできていたことだ。三人は頷きあい、同時に迎え撃った。

 

「コズミック、」「ボルカニック、」

「「──ディーノスラッシュ!!」」

「ディーノソニックブロー!!」

 

 膨大なエネルギー同士がぶつかりあう。湖周辺の木々が根こそぎちぎれ飛びそうなほどの衝撃が奔り、コタロウなどはショートに守られながら蹲っているほかない。

 

「ぬぅおぉぉぉ……!」

「私たち、もう──」

「──絶ッ対、退かねえ!!」

 

 勝負を分けたのは、その気概だった。

 エンシェントブレイクエッジの剣波を、スリーナイツの放ったトライ・アタックが打ち破る。ガイソーグはその結末に一瞬呆然としたようで、そのために回避が遅れた。

 

 刹那、小規模な爆発が起きる。ガイソーグの姿がその向こうに消えた。

 

「はぁ、はぁ、はぁ……」

 

 肩で息をしながらも、前面を見据え続ける。奴は……どうなった?

 やがて、ごとりという重たい音とともに、鋼鉄の兜が地面に落下する。直後、粉塵の中から現れたのは──

 

「え……?」

「な……っ!」

「うそ……」

「………」

 

 

「タマキ、センパイ……?」

 

 深いやみいろの三白眼が、少年たちを睨みつけた。

 

 

 つづく

 




「タマキ先輩が……ガイソーグ……?」
「それでもっ、俺はタマキセンパイを信じてえ!」
「甘ぇんだよ……っ、てめェは!!」

次回「日蝕」

「やっぱりきみは、太陽なんだな……」


今日の敵‹ヴィラン›

ウィル・オー・ウィスプマイナソー

分類/アンデッド属ウィル・オー・ウィスプ
全長/不定形(人型の場合は211cm〜44.4m)
体重/7.2kg〜3.5t
経験値/414
シークレット/人魂が火の玉の形状をとった通称"鬼火"のマイナソー。全身が炎でできているため通常の攻撃が通用しないほか、水中に潜っても消えることなく周囲の水分を蒸発させてしまう高温の持ち主だ。一見弱点などないかのように思われたが、アンデッド属の宿命か聖なる力にはめっぽう弱かったぞ!
ひと言メモbyクレオン:うらめしやーーーってか!!


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32.日蝕 1/3

 

 思い浮かぶその表情はいつも、朗らかな笑顔に彩られていた。

 

──タマキ!

 

 いつも後ろをとぼとぼ歩く自分の名を、彼は何度も明るい声で呼んでくれた。差し伸べられる、少年にしては大きく逞しい手。自分の骨ばったそれと比較するといつも気後れしてしまうのだけれど、それ以上に温かなそれが大好きだった。

 

 あるとき、こんな質問をぶつけたことがあった。

 

──もし俺が死んでしまったら……俺のこと、わ、忘れないでいてくれる……?

 

 するとミリオは珍しく怒り顔になり、

 

──縁起でもないこと、言うもんじゃないよね!

 

 怒らせてしまったと、タマキは慌てた。自分には彼しかいないのだ。お願い、俺に失望しないで。見捨てないで。

 そんな尋常でない想いを知ってか知らずか、ミリオはへらりと相好を崩した。

 

──それに、そんなのお互い様だよね。タマキももし俺に何かあったら、忘れないでくれると嬉しいな!

 

 忘れない、忘れられるわけがない。だってミリオは、タマキにとって太陽そのものなのだ。いつだって世界を明るく照らし、その輝きで行くべき道を指し示してくれる。

 ならば、太陽が失われることがあったら?ミリオが死ぬかもしれないという仮定の話をしていてなお、タマキにはそんな日がくるとは思いもよらなかったのだ。

 

 

 *

 

 

 

 エイジロウは一瞬、言葉を失っていた。

 目の前の光景が、現実とは思えなかった。

 

「タマキ、センパイ……?」

 

 ガイソーグの兜の下から現れたのが、タマキの顔であるなどと。

 

「タマキ先輩が……ガイソーグ……?」

「………」

 

 スリーナイツだけではない、イズクもショートも、もちろんコタロウも事態が呑み込めていなかった。ただカツキだけは、ほんの一瞬目を見開きはしたものの、すぐに何かを悟ったような表情を浮かべて唇を引き結んでいたのだが。

 

「……やっぱり、きみたちはすごいよ」

「!」

 

 つぶやかれた声音は、まぎれもなくタマキその人のものだった。

 

「でも──それだけだ」

 

 不意にガイソーグ──タマキの手に握られたのは、黄金のリュウソウルだった。それを鍔に噛ませ、

 

『ビュービューソウル……!──ガイソー斬!』

 

 刃が振り下ろされ、それと同時に無数の鎌鼬がリュウソウジャーに襲いかかる。砂塵を巻き上げたそれらは彼らの視界を完全に塞いでしまった。

 しかし、追撃は来ない。砂塵が晴れたときにはもう、タマキの姿はどこにもなかったのだ。

 

「タマキ……センパイ……」

 

 

 *

 

 

 

 冷たく鋭い真実が奔流のように襲い来てなお、時は経ち、事態は望むと望まざると前へ進んでいく。

 

 エイジロウたちは至急とった宿の一室に集い、今後のことを協議していた。といっても、その話題がタマキひとりのことに集約されるのも必然であったのだが。

 

「なんで……どうして、タマキセンパイが……?」

 

 エイジロウの独白めいた疑念の声に答える者はいない。それは皆に共通した感情であるからだ。

 

「彼は我々と同行していながら、裏ではガイソーグとして攻撃を仕掛けてきていたということか……」

「でも、ドルイドンの仲間ってワケでもなかったでしょ?何がしたかったんやろ……」

 

 目的はわからない。ただひとつ言えるのは、タマキは少なくとも味方ではないということ。仲間ではないにしても時に手を組み、こちらに刃を向けてきた。そう、ゾラとの決戦時にも──

 

(!、もしかして、ゾラと結託してたのは──)

 

 "ある事実"に行き着いたイズクだったが、それを彼が口にするより早く場を纏める言葉を発する者がいた。

 

「野郎がナニ企んでようが関係ねえ。重要なンはあいつが俺らに襲いかかってきて、うち二度もマイナソー退治を邪魔したっつー事実だ」

「!、カツキ……」

 

「ヤツは、俺が殺す」──カツキは明確にそう言い切った。そこに迷いはないし、もっと言えば"殺す"という言葉もいつも仲間に対して発しているような口癖のそれとは異なる。彼は本気で、リュウソウ族の裏切者の血で己の手を穢すつもりなのだ。それも、特段親しいわけではないといえど兄弟子の命を──

 

「待ってくれ、カツキ!!」

 

 わかるけど、それでも受け入れられないとばかりにエイジロウが真っ向から反駁した。

 

「あの人が俺らの味方じゃねえっつーのは、おめェの言う通りかもしれねえ。……でも、それでもっ、俺はタマキセンパイを信じてえ!」

「!、エイジロウくん……」

 

 カツキがそうであるように、これもまたエイジロウらしい言葉であることは間違いない。しかしそれは、あまりに──

 

「──ッ!」

 

 次の瞬間にはエイジロウは胸ぐらを掴まれ、壁に押しつけられていた。それをするのは言うまでもない、エイジロウのそれより純度の濃い赤い瞳をもつ少年で。

 

「甘ぇんだよ……っ、てめェは!!アイツがこれから先、ドルイドンにつかねえ保証なんてどこにもねえんだぞ!!」

「……それは、確かにそうかもしれねえな」ふたりを分けようとしつつ、同調するショート。「あの人が何を考えて俺たちと一緒にいて、騎士竜のことまで教えてくれて……それなのにガイソーグとして襲ってきたのか、俺には皆目見当もつかねえ」

 

 そう、わからないのだ。だから最悪の可能性を考え、彼を討つ──他ならぬ無辜の人々を犠牲にしないためにも。

 カツキのそれもまた、騎士としてのあり方のひとつだ。尊敬できる先達として、また友人(ダチ)として、エイジロウはそういう彼のシビアだがまっすぐな姿勢を尊重している。今だってそれは変わらない。

 

「わかってる……そんなの俺のエゴだってことは」

「だったら──」

「でもショートの言ったように、俺らの力になったこともあった!パキガルーのこともそうだし、初めて会った日……俺がマイナソーの毒のせいで折れそうになったときも、あの人の叱咤があったからもう一度立ち上がれたんだ!そういうのが全部、嘘っぱちだったなんて思えねえ!」

 

「俺は勇猛の騎士……リュウソウレッドだ。その使命は必ず果たす。……どっちも、あきらめねえ」

「ッ、………」

 

 カツキの手からわずかに力が抜ける。それを見計らって、エイジロウはそこに己の手を添えた。互いの高い体温を感じながら、ゆっくりとそれを身体から離す。

 

「──かっちゃん、」

 

 仲間うちでカツキをそう呼ぶ者は──戯けているときは別にしても──ひとりしかいない。

 

「信じるに足るかどうか、確かめるチャンスはあるんじゃないかな。……ううん、僕も確かめたい。"どっちも獲る"──それは、僕らがロディに伝えたことでもあったはずだ」

「………」

 

「いずれにせよ、ここでじっとしていても始まらない。──捜そう、タマキ先輩を!」

「せやね。まずは行動、あるのみ!」

 

 彼らの言葉で、リュウソウジャーは動き出した。たとえ何も解決しなくとも、とにかく動くことで見えてくるものもあるのだから。

 

 

 *

 

 

 

 一方、そのタマキ青年は、薄暗い路地裏に身を潜めていた。エイジロウたちから逃げているというよりは、そういう場所に居ざるをえないというある種の強迫観念からくる行動。長じるにつれ慣れはしたが、元来タマキは明るい場所が苦手なのだ。

 

「ッ、はぁ……は……は、」

 

 リュウソウケンに瓜二つのガイソーグの剣──名をそのまま"ガイソーケン"という──を地面に突き立て、片膝を立てて座り込む。その身は鎧から解放されているが、心はそうではない。彼は今、境界の苦しみの中にいるのだ。

 

(結局、駄目だった……俺は)

 

 澱んだ瞳の中に、焦がれてやまない少年の姿を幻視する。しかしその顔をまともに見ることができず、タマキはぎゅっと目を瞑った。

 

「ミリオ……おまえが世界を照らしてくれたから、俺は──」

 

 濁る意識の中で、二度とは戻らない日々の記憶が甦ってきた。

 

 

 物心ついた頃から、自分は暗い人間だった──タマキの認識が客観的かどうかはさておき、引っ込み思案で口下手であったことは間違いないだろう。とりわけ喜怒哀楽が明確で身体も頑丈なリュウソウ族の子供たちは、遊びも喧嘩もとかく激しくなることが多い。タマキのような子供が自ずから孤立してしまうのは、これはもうやむをえないことでもあった。

 

 そんなタマキに手を差し伸べてくれたのが、ミリオだった。彼はいつもタマキの手を引き、閉じた世界から連れ出してくれた。そんな彼がリュウソウ族でも栄誉をもって称えられる"騎士"を現実の目標として語っていたのは当然のことだったし、いつしか自分もその背中に憧れるようになった。

 果たしてタマキは剣の才においては、ミリオと同等のものがあった。それゆえ年少にしてミリオとともにリュウソウジャー候補にまで挙げられたのだ──師匠である、マスターブラックによって。

 

「タマキ、俺たち一緒にリュウソウジャーになれるかもしれないね!」

 

 ミリオが無邪気にそんなことをのたまうものだから、タマキは恐縮した。

 

「そんな……むりだよ、ミリオはともかく俺は……」

「そんなことないさ!タマキは腕も立つし、努力家だし、クールなように見えて熱いハートを持ってるんだよね!だからタイガランスかミルニードル……ミルニードルは物静かなヤツが好きらしいからそっちかな、に選ばれると思うよ!」

「………」

「それで俺がタイガランスに選ばれれば、完璧なんだよね!」

 

 夢見るミリオの笑顔は、いつだってあまりに眩しかった。

 

 

 結局、程なくミルニードルに選ばれたのはカツキだった。タマキもこれには納得した。彼は兄弟子である自分たちと比べても図抜けた能力をもち、"神童"と持て囃されていた。マスターブラックとの稽古で堂々とした戦いぶりを見せていたこともタマキの記憶に残っていた。ただ彼はリュウソウ族としても極めて苛烈な性格であったので、その点は少々意外ともいえたが。

 このぶんだと次代のリュウソウジャーとして、ミリオとカツキがコンビを組むことになるだろう。寂しい気持ちはあったが、それでいい。太陽のような眩い輝きを放つ者こそ、リュウソウジャーになるべきなのだから。

 

──しかしタイガランスに選ばれたのはミリオではなく、騎士見習いの中ではいちばんひ弱で力もない、周りから馬鹿にされているような少年だったのだ。

 

(どうして、あいつが)

 

 その少年が与えられたリュウソウチェンジャーを愛おしそうに撫でているのを目の当たりにして、腸が煮えくり返りそうになったときもある。しかしちょうどそこにミリオが現れて、

 

「イズク、良かったな。おめでとう!」

 

 なんら含むことのない祝福の言葉と笑顔に、タマキはますます自分のことが嫌いになった。

 

 

 その夜。日課の鍛錬を終え、ふたりで夕食の干し肉を齧っているときのことだった。

 

「タマキ、なんか元気ないね?」

「!、そんな……ことは」

「あるよ!俺はタマキのこと、大体なんでもわかっちゃうんだよね」

 

 恥ずかしげもなくそう断言するミリオが、今は少しだけ憎らしい。

 

「……ミリオは、どうして素直にあいつを讃えられるんだ?」

「イズクのこと?」

「だって、ミリオのほうが騎士として実力がある」

 

 ミリオが笑みを消し、真剣な表情を浮かべる。

 

「力だけじゃ、騎士は務まらない。マスターが常日頃俺たちに言っていることだろう」

「わかってる……!もちろん力だけじゃない、英雄としての資質だって!」

「………」

「悔しくないのか、ミリオ!?……俺は悔しい。ミリオなら、先代にも負けない立派なリュウソウジャーになれたはずなのに……っ」

 

 ミリオは自分だけじゃない、世界そのものの太陽になれたはずなのに。その可能性を摘まれてしまった、横から掠め取られてしまった。

 ふたたび仄暗い思考に囚われかかるタマキの隣で、不意にミリオが立ち上がった。

 

「悔しいよ」

 

 静かな声だった。普段の彼からは、想像もつかないくらい。

 

「でもイズクなら、俺と同じくらい……ううん、俺以上に素晴らしいリュウソウジャーになれると信じてる。彼がそのために血の滲むような努力をしてきた姿を、俺は知っているから」

「……知っていても、納得できないことはある……」

 

 「そうだね」と、簡素な返答。そして振り向いて、思いもかけぬことを言った。

 

「タマキ、俺と一緒に旅に出ないか?」

「え……」

 

 篝火に照らされたミリオのつぶらな瞳は、希望に満ちた煌めきに満たされていた。

 

「俺はもっと広い世界が見たい。想像したこともないような場所とかモノとか、人も、この世界にはたくさんあるんだ。タマキと一緒にそういうのと出逢えたら、きっとすごく楽しい」

「ミリオ……」

「それに、各地に封印された騎士竜たちを見つけ出して復活させれば、新たなリュウソウジャーになれるかもしれないしね!」

 

 冗談めかして笑うミリオの姿に、タマキは胸のうちがぽかぽかと温かくなるような錯覚を覚える。それは初めてのことではなかった。

 

(いつだってそうだった、ミリオがそばにいると)

 

 だからミリオは太陽なのだ。闇が心を占めようとすることがあっても、そのまぶしい光で吹き飛ばしてくれる。彼がいれば自分も、騎士として正しく在れる──

 

 

(でも──太陽はもう、失われてしまった)

 

 だから自分は、正しい道を進めない。騎士として在ることもできない。

 

 だから──この呪われた鎧とともに、奈落の底へと堕ちていくしかないのだ。

 

 

 



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32.日蝕 2/3

 

 

 

 リュウソウジャーの面々は、手分けしてタマキの捜索にあたっていた。

 

 ひたすら駆けずり回り、ときには街ゆく人々に聞き込みをしながら、手がかりを求めていく。

 しかしタマキは、あの人を忍び世を忍ぶ言動のせいか、どこにもほとんど痕跡を残していない。

 

(どこ行っちまったんだよ、センパイ……っ)

 

 早く、早く見つけ出さなければ。何か取り返しのつかないことになってしまうのではないかという漠然とした不安が、エイジロウの中に渦巻いていた。

 

「──エイジロウくん〜!!」

「!」

 

 ちょうど広場に出たところで、スリーナイツの息がぴったり合ったらしい。どたどたと駆け寄ってくるテンヤに続き、オチャコも別の通りからやってくる。

 

「なんか手がかりあったか!?」

「いや……それらしい姿を見たという程度は聞けたのだが……」

「見ただけで、気づいたらいなくなってたって……」

「ッ、やっぱりか……」

 

 考えたくはないが、街の外へ去ってしまったという可能性もある。しかしヒトや建物のかたまりがない外部なら、感覚強化系のリュウソウルが効果を発揮する。

 

「いったん、街の外を捜してみねえか?」

「ム、そうだな。中はイズクくんたちに任せるというのも──」

 

 それを新たな指針としようとしたときだった。

 先ほど自分が駆け抜けてきた路地から、人々の尋常でない狂騒が聞こえてきたのは。

 

「──!」

 

 タマキが関係しているか否かはわからない。そんなことには関係なく、三人は走り出していた。

 

 

 果たして、答は後者だった。そこにはドルン兵の群れがいて、人々を襲っていたのだ。

 

「ドルン兵……!?またワイズルーたちの仕業か!」

「とりあえず、当人らはおらんみたいやけど……」

「とにかく、ブッ飛ばす!!」

 

 獰猛な笑みを浮かべて、エイジロウが先陣を切る。流石、勇猛の騎士というべきか。顔を見合わせて感情を共有しつつも、叡智と剛健の両騎士もそれに続いた。

 リュウソウケンを素早く振り回し、ドルン兵の囲みに突入していく。相手の長槍とはリーチの差があるが、そんなものは関係ない。武器の精度も、鍛え方も違うのだ。

 

 そうして質で数を圧倒しながら──彼らはさらに己を強化する、魔法のアイテムを構えた。

 

「「「リュウソウチェンジ!!」」」

『ケ・ボーン!──リュウ SO COOL!!』

 

 戦う少年たちの身体を竜の影を纒う鎧が覆い、正真正銘の竜騎士へと変えた。

 

 エイジロウの"竜装"した赤い騎士が、

 

「勇猛の騎士ッ、リュウソウレッド!!」

 

 テンヤが姿を変えた蒼い騎士が、

 

「叡智の騎士ッ!リュウソウブルー!!」

 

 オチャコの変身を遂げた桃色の騎士が、

 

「剛健の騎士、リュウソウピンク!」

 

 切り裂かれたドルン兵たちが一瞬直立したまま硬直すると同時に、三人は声を揃えた。

 

「「「正義に仕える三本の剣──」」」

 

──騎士竜戦隊、リュウソウジャー!!

 

 同時に、ドルン兵たちがばたばたと倒れ伏す。街を震撼させた異相の兵士たちは、竜の加護を得た三人の騎士たちによって一分と経たずに殲滅されたのだった。

 

「っしゃあキマった!誰も俺らの名乗り聞いてねえけど……」

「それは残念だが……そんなことより、いったいドルン兵だけで何をしていたんだ?」

 

 最近もこんなことがあった。と言ってもそのときはクレオンが単独で出てきたのだが、いずれにせよ死ぬような思いをする羽目になったことには間違いない。

 その当事者となったピンクはとりわけ周囲を警戒し、目を光らせていたのだが──

 

「……何、あれ?」

 

 地面に何か落ちている。よくよく目を凝らしてみればそれは、豪奢な紋様の描かれたランプと呼ばれる照明器具だった。

 

「あかん、めっちゃ綺麗や……」

「誰かが落としていったのか?」

 

 目的は別にしてランプに歩み寄っていくふたり。ブルーが慌ててとどめようとしたときには、時すでに遅し。

 ランプの蓋がひとりでに開いたかと思うと──中から、筋骨隆々の大男が飛び出してきたのだ。

 

「!!?」

「ネガイマシテーハ!!」

 

 片言めいた言葉を発すると、大男は拳を振り上げた。そして次の瞬間、

 

「ぐあぁッ!?」

「きゃああっ!?」

 

 その巨大な拳に叩きのめされ、ふたりはブルーの足下に戻ってきた。情けなく地面を転がって、だが。

 

「い、痛たた……」

「まったく、少しは学習したまえ!!」それにしても、である。「あれもマイナソーか……。ということは──」

 

 「Exactly!」と聞き慣れた声が響き、いかにも一般市民といった風貌の男が路地に出てくる。その足下からどろりと粘体が染み出すのと同時に、男はその正体を露にした。

 

「イッツ・ショータァァイム!!」

「Oh,Yeah!」

「ッ、ワイズルーにクレオン……!」

 

 彼らが現れると同時に、大男がしゅるしゅるとガスのようにランプに引っ込んでいった。しかし完全には姿を消さず、小石ほどの大きさに縮小した頭部をそこから覗かせていた。

 

「フハハ、見事に引っ掛かってくれた☆NA!」

「ッ、なんなんだそいつ、それもマイナソーなのか!?」

「おうともよォ!コイツは"ジンマイナソー"っつってヨ、普段はランプに住んでんだけど主人である俺らの願いを聞いてなんでもしてくれるんだ☆YO!」

 

 ヨーヨーと相変わらずノリノリな二体。つい数時間前までも散々やりたい放題やっていたとは思えない体力オバケどもだが、まったく感心はしない。ただただ憎らしいばかりだ。

 

「今はおめェらと遊んでる場合じゃねえんだッ、一気にブッ倒す!!──テンヤ、オチャコ!!」

「うむ!」

「おっけ!」

 

 それぞれのカラードリュウソウルを鍔に装填し、

 

『レッド!』

『ブルー!』

『ピンク!』

 

「はあぁぁぁぁぁ────」

 

「「「トリプル、ディーノスラァァァッシュ!!!」」」

『剣・ボーン!!』

 

 ティラミーゴとトリケーン、アンキローゼのエナジーが混ざり合ってひとつとなり、標的めがけて喰らいつく。

 

「ノォン、そんないきなり!?」

「チッ、行けジンマイナソー!」

「ネガイマシテーハ!」

 

 再びランプから大男が飛び出してくる。それと同時に剣波が到達し、ひときわ大きな爆発が起こる。

 紅蓮に染まる光景を前に、レッドが思わず「やったか……?」とつぶやく。ある意味魔法の言葉なのだが、彼らがそういう"お約束"を知るはずもなく。

 

 次の瞬間、爆炎の中から飛び出してきた魔人の拳が、ブルーを直撃していた。

 

「ぐあぁぁッ!?」

「テンヤっ!?」

 

 それはあまりに痛烈な一撃だったらしい。地面を転がったブルーは俯せに倒れ伏し、そのまま動かなくなってしまった。

 

「ちょっ……テンヤくん!?テンヤくんっ!!」

「息してるかっ!?」

「しとる、けど……──そうだ、カガヤキソウルで癒せば!」

「それだ!カガヤキソ……」構えようとしたところではたと気づく。「しまった、ショートが持ってんだった……!」

「えぇ〜っ、何やっとんねんもうーっ!!」

 

 こういうとき、別行動だと不便極まりない。ともあれワイズルーとジンマイナソーを相手に、手負いのテンヤを抱えてふたりだけでは厳しいものがある。

 

「……しょうがねえ。オチャコ、テンヤ連れて退け。そんで皆を呼んできてくれ」

「え゛っ、ひとりでここもたせる気なん!?」

「防御に徹すりゃなんとかなる!連中放っておくわけにゃいかねえし、このままじゃテンヤも危ねえ!」

「だけど──」

「頼む、オチャコ!」

 

 有無を言わせぬ彼の言葉──最善ではなくとも、瞬時の判断としてオチャコはそれに従わざるをえなかった。

 

「〜〜ッ、すぐ戻るから!」

 

 ハヤソウルを使用した彼女は、自分より圧倒的に体重のあるテンヤを肩に担いで疾風迅雷のごとく駆け抜けていった。「すげぇ」と感心したようにつぶやくのはエイジロウではなくクレオンである。彼らも彼らでオチャコのパワーは何度も目の当たりにしているはずなのだが。

 

「フン、頼りになるガールフレンドはRun awayしてしまった☆NA!独りで我々を相手にするつもりか〜い?」

「……まぁ、勝つのは正直厳しいかもしんねえけどな」

 

 そこは素直に認める。無理に口だけ強がる必要性を、今に限っては認めていないエイジロウである。何故なら、

 

「俺は、そう簡単に倒れねえぜ……!」

 

 こと"耐える"ことに関しては、絶大な自信がある。赤竜の鎧兜の下で、勇猛の騎士は鋭い歯を剥き出しにして笑っていた。

 

 

 *

 

 

 

 路地裏に、くぐもった苦悶の声が響いている。それは他でもない、隠れ潜んでいたタマキ青年のもので。

 

「ぐっ!?……うぅぅ、ぐ、あぁ……っ」

 

 胸を押さえて蹲るタマキ。その周囲に、像のゆがんだ鎧のパーツが無数に浮かび上がる。それはガイソーグの鎧の欠片に他ならなかった。

 

「ッ、」

 

 それらを強引に振り払う。苦しみながらもそんないたちごっこを続けていると、ようやくあきらめたのか鎧の欠片たちがひとつずつ消えていく。苦痛が消えて、タマキは深々と息をついた。

 

「……もう、時間もないか……。俺は──」

 

 不意に、その三白眼がじろりと通りのほうへ向けられた。

 

「……こそこそ隠れているなんて、騎士竜に選ばれたリュウソウジャーらしくないよ」

「………」

 

 姿を現したのは、イズクだった。その右手にはリュウソウケンが握られている。ただ、その瞳に警戒の色は宿っていても、明確な敵意……あるいは殺意ではなかった。イズクは良くも悪くも己の感情を隠すことが不得手な少年だから、他人の顔色を窺いがちなタマキにはすぐにわかった。

 

「……俺を、斬りに来たわけじゃなさそうだな」

「ええ、僕は。でもかっちゃんは、そのつもりでいると思います」

(そう、だろうな)

 

 イズクがこうであるように、カツキもまたそういう少年だろう。タマキは皮肉めいた笑みを浮かべた。

 

「タマキ先輩……ガイソーグとしては僕らを攻撃していたあなたが、どうして僕らに力を貸してくれたんですか?その矛盾の訳が、どうしてもわからない。知りたいんです」

「………」

「タマキ先輩!」

 

 歩み寄ってこようとするイズクを、タマキは手で制して立ち上がった。その澱んだ瞳をじろりと向けられ、イズクは思わずごくりと唾を呑み込んだ。

 

「……見極めたかったんだ、きみたちリュウソウジャーを。特に──マスターレッドによく似た、あの子のことを」

「エイジロウくん、ですか?」

「……ああ。俺は彼らが旅を始めて間もない頃から、密かにその動向を見張っていた。彼は特別な才能があるわけでもない、しかしその明るさとひたむきさで、不思議と皆の心をひとつにまとめていた。きみとカツキ、そして海の王国の王子のこともだ」

 

 それはイズクとしても全面的に同意するところである。ハリネズミのように他人を威嚇し近づけようとしないカツキでさえ、今では──口ではともかく──エイジロウとふたりで行動をともにすることもあるくらいには気を許している。そこから拡がって、リュウソウジャーはコタロウも含めたチームを形成することができているのだ。

 

「彼は、見込んだ通りの男だった……。彼の放つ輝きは、あまりに──」

「………」

「……きみとカツキが気にかけているのは、ガイソーグの鎧のことだろう?」

 

 すべてを見透かしたように、タマキは言った。そして、

 

「今から、二百年近くも昔の話だ」

 

 その頃には既に、ドルイドンの一部がこの星に帰還し、世界を我がものにしようと暴虐の限りを尽くしていた。リュウソウ族の騎士たちはその使命に殉じ、彼らとの激しい戦いに挑んでいった。

 

「その中でもとりわけ活躍したのが、当時まだ少年ながら神童と持て囃されたマスターブラック、そして既にリュウソウ族一の英雄として名高かったマスターグリーンだった。しかしマスターグリーンは、その戦いで命を落とした──」

 

 それは、イズクもカツキも幼い頃に習ったリュウソウ族の歴史である。しかも当時にしてたった数十年前、リュウソウ族の感覚でいえばついこの間の出来事。しかしひとつだけ、不自然なことがあった。マスターブラックも他の大人たちも、英雄としてマスターグリーンの事績を語る一方でそれ以上のことには口が重かった。

 その理由を、タマキは知っていた。

 

「それは、表向き語られたことだ」

「えっ……」

「死んだとされたマスターグリーンは、実は生きていたんだ」

「……!」

 

 そんな、ことが。驚きのあまり一瞬言葉を失うイズクであったが、すぐにひとつ疑念が湧いた。タマキはいったい、どこでどうやってその事実を知ったのか。

 

「ガイソーグの鎧を纏うと、歴代の装着者たちの記憶が見える」

「!、それって──」

「……ああ」

 

──マスターグリーンは、ガイソーグの鎧でドルイドンと戦っていた。

 

「でも……どうしてそれが、死んだことにするって──」

「……ガイソーグの鎧を長く身に纏った者は、心の弱い部分に付け入られて鎧に支配される」

「!」

「ドルイドンを撃退したあと、マスターグリーンは鎧に精神を支配された。そしてそのまま、リュウソウ族の村のひとつを跡形もなく破壊したんだ」

 

 イズクは目を見開きながら、もはや声も出せなかった。自分の先代にあたる人物が、英雄と呼ばれていた人が、そんなことを──

 

「自らの破壊衝動を抑えきれなくなったマスターグリーンは、ドルイドンと同じように宇宙へと姿を消した。そこで彷徨い続け、やがてひっそりと死んでいった……。その苦悩を、絶望を、確かに俺は見たんだ」

「そん、な……でも、どうして……その鎧をあなたが?」

「……ミリオへの、罪滅ぼしのつもりだったんだ。俺のせいで、何も為せないうちに彼は死んでしまった。だからせめて、俺が力を得て、戦わなくちゃいけない……たとえそれが禁断の力であっても……。だから探して、探してっ、宇宙の果てまで探し続けて!!……ようやく見つけたんだ、償うための力……!」

 

 タマキの眼がかっと見開かれる。その瞳孔が毒々しい紫に染まっているのを目の当たりにして、イズクは息を呑んだ。

 

「……でも、マスターグリーンが制御できなかったものを、俺なんかが扱えるわけがなかった……。俺は強い相手を求めて、それを打ち負かすことしか考えられなくなってしまった……!俺は償うどころか、ミリオを……俺を信じてくれたあいつの思いを、ますます踏みにじって……だから──!」

「………」

 

 タマキが深々と息を吐き出す。その長い独白はこれで終わりのようだった。

 ならば、イズクにも言うべきことはある。

 

「まだ、間に合います」

「……?」

 

 タマキが澱んだ目を向けてくる。イズクはまっすぐにそれを見つめ返した。

 

「あなたが、それを悔やむ気持ちがあるなら。……やっぱり、あなたを信じたいと言ったエイジロウくんの気持ちは間違ってなかったんだ」

「……彼が、俺を?」

「はい。彼はまず相手を信じて、受け入れようとする……そういう人だから。タマキ先輩も、そういうエイジロウくんを見てきたんでしょう?」

「………」

 

 タマキは答えない。そのまま踵を返す彼の背中に向かって、イズクはひときわ声を張り上げた。

 

「タマキ先輩!僕もあなたを信じますっ!だからもう一度立ち上がってください、絶対に!絶対にっ!」

 

 返事はない。それでもイズクの気持ちは、欠片も揺らぐことはなかった。



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32.日蝕 3/3

 リュウソウレッドの"持久戦"は、いつ終わるとも知れずに続けられていた。

 

「オラオラァ、いけジンマイナソー!!」

「ネガイマシマシテテテーハハハ!!」

「……ッ、」

 

 叩き込まれる拳をリュウソウケンと己の身で受け流し、時には受け止める。カタソウルを使用しているので、直接的なダメージはほとんどない。しかし衝撃まで完全に殺しきれるわけではないし、短時間で連続攻撃を浴びれば耐久力も減退してくる。だからといって迂闊に攻勢に出ようとすれば、ワイズルーの放つ"チェックメイト・デ・ショータイム"の餌食になりかねないのだ。

 

「ッ、はぁ……はぁ……はぁ」

「HAHAHA、お疲れか☆NA?リュウソウレ〜ッド」

「もう降参しちまえよ、ギャハハハ!!」

 

 邪悪な哄笑がいやに耳に響く。直接的なダメージはともかく、度重なる衝撃と防戦による疲労が蓄積しつつあることは間違いないようだ。

 

(降参……降参、か)

 

 こいつらは具体的に何をどうすれば降参と認めるのだろうなどと、とりとめもない思考が浮沈する。無論そんなものは、いつ終わるとも知れないこの苦しい戦いの中での気紛れにすぎない。

 終わりが見えない──つまり、彼自身に終わらせるつもりは微塵もないということだ。

 

「は……言っとくけどな、俺ぁ退かねえし倒れねえんだよ……。硬ぇのは、身体だけじゃねえんだ!」

「フン!ならばこの私が、直々にとどめを刺してやろうっ!!」

 

 ステッキを振り上げるワイズルー。その先端が鈍色に光るのを目の当たりにして、レッドはいよいよ覚悟を決めた。

 

 そのときだった。

 

──BOOOOM!!

 

 にわかに烈しい爆発音が響き、後れて紅蓮の劫火が悪しき魂たちを呑み込んだのは。

 

「「グワァアアアアア──ッ!!?」」

 

 ワイズルーとクレオン、二体の悲鳴が重なる。唖然とするレッドの傍らに、漆黒の騎士が着地したのは程なくのことだった。

 

「まだ死んでねえみてーだなァ、クソ髪ィ」

「!、カツキ……!」

 

 待ちわびた援軍、ただ予想外ではあった。オチャコと回復したテンヤ、そしてショートが先にくるとは思っていたので。

 

「おめェ、どうして……」

「近く通りがかりゃ、騒ぎが起きてることくれぇわかるっつーの」

「そっか……へへ、あんがとな!おかげで助かったぜ!」

 

 「けっ」と鼻を鳴らすブラック。それが満更でもないときの反応であることを、レッドは既に知っている。

 

「一番メンドクセーのが来た……!じ、ジンマイナソーあいつからブチのめしちまえぇ!!」

「ネガイマシテーハ!」

 

 ランプの蓋から再び飛び出してくるジンマイナソー。その巨大な拳が、ブラックめがけて振り下ろされる。

 

「ッ!」

 

 彼は咄嗟に前方めがけて爆破を起こし、勢いよく後方へ飛び退く。流石の彼にとっても、今のは不意打ちのようだった。

 

「ンだコイツ……!」

「そいつ、ランプの中に潜んでやがんだ!あんな巨体どうやって詰め込んでんのか知らねえけど……」

「けっ、鬼火の次はランプの精ってワケかよ。──そのガラクタごとぶち壊してやらぁ!!」

 

 「クソ髪ィ!!」と呼びかけられ、レッドの心は弾んだ。それは防戦一方だった戦いが攻勢へと移り変わる契機となる声だったからだ。

 

「っしゃあ、いくぜ!──メラメラソウル!!」

 

 メラメラァ、と焔が燃え上がり、リュウソウレッドの胴体を包み込んでいく。騎士竜ディメボルケーノの加護を受けたその鎧は、ブットバソウルの装甲に輪をかけて鮮やかに発色していた。

 

「頼むぜカツキ!!」

「命令すんじゃねえ、てめェがついてこいッ!!」

 

 跳躍するブラック、寸分後れて駆けるレッド。俊敏性では前者に分があるが、威力なら負けていない。強竜装なのだから当然といえば当然だが。

 

「げぇっ……!──ジンマイナソー、とりあえず厄介なブラックからぶちのめせ!!」

「ネガイマシテーハァ!!」

 

 飛び出してきたジンマイナソーが、命令通りブラックめがけて拳を乱打する。どれが本体かもわからないほどの残像を発生させる超高速の殴打。生身で直撃を受ければ原型をとどめぬ肉塊となることは避けられないような攻撃だ。

 それを、

 

「ハッ、遅ぇんだよォ!!」

 

 爆破、爆破、また爆破。小規模なそれらを繰り返すことにより素早く距離をとり、かと思えば一気に肉薄する。威風の騎士である彼の、本来最も得意とする戦い方だ。

 

「ええぃ、ならば今度こそ喰らいまショータァイム!!」

 

 業を煮やしたワイズルーが、先ほどは妨害により未遂に終わった必殺技を放つ。光の刃の雨が、マイナソーの拳の間隙を縫うようにして降りそそいだ。

 

「チィッ!!」

 

 上下から隙間なく攻めたてられ、流石に余裕を失う。それでも彼は独りで切り抜けるという自負の持ち主であったが、それを実現させない仲間が今は傍にいた。

 

「おめェの相手は俺だろうがぁッ!!」

 

 今だけはカツキにも負けない粗野な口調で、レッドが炎を纒った刃をワイズルーに見舞う。飛び退くのも間に合わず、彼のマントに火が燃え移った。

 

「Ouch……アチ、アチ、アチチチチチ!!?」

「ちょっ、ワイズルーさま!?負けないでもう少し!」

「でぇぇぇい、わかっているともさ!とにかく小生意気なブラックを墜とォす!!」

 

 以前クレオンに"あまり強くない"と揶揄されたワイズルーだが、腐ってもドルイドン、それもビショップクラスである。レッドの剣をいなしながら、思い出したようにステッキから放つ光の矢で攻撃を仕掛けていく。そこにジンマイナソーの乱打も加わるものだから、ブラックはなかなかチャンスをモノにできずにいた。

 

「クソ道化師がぁ……!おいクソ髪ィ、とっととそいつ抑えろやぁ!!」

「ッ、わかってっけどさぁ……!」

 

 カツキが来てくれたおかげで圧倒的に楽にはなったが、形勢をひっくり返すにはまだ及ばないか──そう思いはじめたとき、三の矢が()()()()放たれた。

 

「サンダー、ショット!」

「え──ぐぎゃあああああ!!?」

 

 いきなり超高速で飛んできた電光弾が直撃し、クレオンは全身をがくがくと痙攣させながら倒れ落ちた。

 

「く、クレオン!?こ……これはひょっとして──」

「──ひょっとしなくても、俺たちが来た」

「!!」

 

 そこに立っていたのは、"栄光の騎士"リュウソウゴールド。そして彼の所持するカガヤキソウルにより傷を癒やしたリュウソウブルーと、ピンクだった。

 

「ごめんお待たせ、エイジロウくん!」

「ショートくんにばっちり回復させてもらった、あとは任せてくれ!」

「誰が任せるか、クソメガネェ!!」

 

 流石のリュウソウブラックである、息もあがってさえいない。ますます意気軒昂になるのは、九分九厘対抗心からくるものではあるだろう。残りの一厘は……。

 

「クレオン、ゲラップ!ゲラップ!」

「ンンンン〜〜………ム・リ!グハッ……」

 

 蛙のようにうつ伏せに倒れたまま、クレオンは動かなくなってしまった。ランプがからんと音をたてて地面を転がる。

 

「Hmmm、ワイズルーピ〜ンチ……。こうなれば──エスケープあるのみッ!!」

 

 素早くクレオンを抱え上げると、ワイズルーは踵を返して逃走を試みようとする。当然追跡の構えをとる五人のリュウソウジャーだったが、その必要もなかった。

 

『ハヤソウル!ビューーーン!!』

「!?」

 

 エイジロウたちにとっては福音、ワイズルーにとってはその真逆だった。逃げ出そうとしたのもつかの間、彼はその身を颯のごとき刃に斬り裂かれていた。

 

「ノオォォォォン!!?」

 

 咄嗟に身を捩らせ致命傷を防ぐ程度の意地は見せながらも、ワイズルーはクレオンと同じく地面を転がった。その退路を、翠嵐の影が塞いでいる。

 

「ごめん、遅くなった!」

「イズク!」

 

 これでリュウソウジャー、六人勢揃いだ。彼らは誰が言い出すでもなく円形に布陣し、ドルイドンの群れを完全に包囲していた。

 

「よくも好き勝手やってくれたな、おめェら……」

「今度という今度は……ブッ殺ォす!!」

「ムムム……」

 

 唸りつつ、ワイズルーは周囲を見回した。取り囲まれている中で逃げ道はない。上に跳んで逃げるという手はあるが、クレオンを抱えた状態だし、それをした途端に爆破による滞空が可能なブラックと飛び道具を持っているゴールドが同時に仕掛けてくるだろう。

 ならば、戦うか。しかし相手は四種の強竜装を既に手にしていて、その力を同時にぶつけられたら──

 

(……ひょっとして、詰んでる?)

 

 ワイズルーは頭を抱えたくなった。しかしクレオンを抱えているのでそれもかなわない。ジンマイナソー一匹、六人がかりで攻めたてられたらひとたまりもない。

 

「よし皆、一気にとどめだ!」

「だァから命令すんなッ!」

 

 一斉に渾身の一撃を仕掛けようとする六人。進退窮まったワイズルーがふたたび「ノオォォォォン!!」と絶望の声をあげた瞬間、前触れもなく輪の中心に新たな影が舞い降りた。

 

「──!」

「ガイ……ソーグ」

「タマキセンパイ……」

 

 呪われた紫の鎧で全身を覆った、リュウソウ族の騎士としての先達がそこにいる。エイジロウたちリュウソウジャーと、対峙するかのように。

 

「………」

 

 こんなときに!リュウソウジャーの面々が一部を除いて歯噛みする一方で、ワイズルーは今までの微妙な関係が嘘のように彼を全身全霊でもって歓迎してくれた。

 

「Oh、Myガイソーグ!!来てくれると思っていたよ、やはり貴様は我がTrue Blue Friend!!」

「……俺は、」

 

 ガイソーケンを握る手に力がこもるのを、その"一部"は見逃さなかった。

 

「俺は……っ」

 

 死にぎわのミリオの表情が浮かぶ。志半ばで斃れた無念を押し殺したまま、ただタマキの幸福を祈っていたあのまぶしい笑顔。

 自分は彼のようにはなれない。決してなれないけれど、それでも──

 

「俺は──」

 

 ガイソーケンが、振り上げられた。

 

 

「リュウソウ族の、騎士だ──!!」

 

 その刃が、ワイズルーを一閃する。

 

「グガアァァァァッッッ!!?」

 

 こればかりは完全な不意打ちだったのだろう、ワイズルーはボディをまともに斬り裂かれ、緑色をした血を大量に噴出させた。その苦悶の声も、先ほどまでとは比にならないほど真に迫ったもので。

 

「な、何を……する、貴様ァ……っ」

「………」

 

 これ以上、ガイソーグ──タマキには語るべき言葉はなかった。先ほど声を張り上げて叫んだことで、理由としてはすべてだ。それ以上でもそれ以下でもない。

 

「リュウソウジャー、今だ……!」

「──ありがとうッ、センパイ!!」

 

 今度こそとばかりに紅蓮を纒った刃を振り上げるレッド。──しかし、

 

「ネガイマシテェェェハァァァァ──!!」

「!?」

 

 地面に投げ出され、ワイズルーもろとも消し去られる運命にあったランプの中から、みるみると巨大化したジンマイナソーが飛び出してきたのだ。見上げんばかりの巨躯となった彼は、その余勢をかって拳を振り下ろす。

 

「ッ!?」

 

 粉砕された煉瓦が粉塵となって辺り一面を舞う。たちまち混沌へと落とされた戦場は、今まさに追い詰められていたワイズルーたちにとっては僥倖といえるものだった。

 

「ええい、覚えていろガイソーグ……!この恨み、晴らさでおくべきかあぁ〜〜!!」

「!、てめっ、待てやァ!!」

 

 持ち前のスピードで追跡しようとするグリーンとブラックだったが、意図的なのかそうでないのか、マイナソーの拳が中間に叩き込まれて妨害される。そんなことをしている間にも逃亡を許してしまうというのは、彼らの逃げ足の速さを前にしては何度もあったパターンだ。

 

「クッソがあぁぁぁぁ!!」

「ッ、しょうがねえ、今はマイナソーだ!──ティラミーゴ、パキガルー!!」

「モサレックス、頼む!」

 

 騎士竜たちが集う。文字通りひとつとなって、あるいは変形をして、竜神として戦場に顕現するのだ。

 

「「「キシリュウオー、パキガルー!」」」

 

 そして、

 

「モサ公貸せや半分野郎!」

「な!?おい貴様、俺はモノではないぞ!」

「モサレックスの言う通りだ。せっかく初めて合体すんだから、仲良くやらねえか?」

「きっめェこと言うな!!」

 

 ちぐはぐなやりとりをしながらも、実際には円滑に合体シークエンスが進められていく。黄金のボディに刺々しい漆黒の鎧と兜を纏い、海神もまた砂礫の中に降り立った。

 

「「キシリュウネプチューン、ミルニードル!」」

 

 

 巨大化マイナソーとの激闘が始まる。市街のど真ん中ということもあり、中遠距離での戦闘は避けたい。何より、拳には拳(あるいは打擲)──二大巨人のカスタムには、そのような意図もあった。

 

「カツキくん、ここは左右から挟み込もう!」

「わーっとるわ!俺らは左、てめェらは右だ!」

 

 拳を構えて待ち伏せるジンマイナソーに対し、果敢に突撃していく二大巨人。ゼロ距離になるまでほとんど一瞬だった。

 

「「うぉらあぁぁぁぁ──ッ!!」」

 

 乱打、乱打、乱打!常人では目で追うことすらかなわないほどの拳の応酬が繰り広げられる。手数だけの勝負ではどう考えても不利なはずのジンマイナソーだが、意外にもキシリュウオーパキガルーとネプチューンミルニードルの両雄に抗している。

 

「こいつ〜っ、オイラと父ちゃんの拳に対抗してくるなんて!」

 

 チビガルーの口惜しげな声が響く。すかさずレッドが「大丈夫だ!」と応じてみせた。

 

「体力も馬力も気力も、全部こっちが勝ってんだ!こんなヤツに、絶ッ対負けねえ!!」

 

 そう──こちらは二体にしか見えないけれど、その本質は騎士竜と竜騎士たちの集合体なのだ。純粋な力比べが延々と続けば、自ずと勝負は見えてくる。

 

「ネガィ……グギ、ギ、グギギギッ!?」

 

 突然、マイナソーが耳障りなうめき声を発する。──ミルニードルの針が、腕のあちこちに刺さりはじめたのだ。その激痛は確実に彼の動きを鈍らせていく。

 そして、

 

「チャ〜ンス!」

「よし来たッ、うぉらあぁぁぁっ!!」

 

 チビガルーが見極めたその瞬間を逃さず、分厚い拳を振り上げる──!

 

「────ッ!!?」

 

 その一撃はマイナソーの顎を打ち貫き、骨を粉砕した。その衝撃でマイナソーの身体は天高く打ち上げられてしまう。

 

「っし、とどめ「とどめだ半分ヤロォ!!……ちょっ」

「……わかった」

 

 ひと足先に跳躍するキシリュウネプチューン。両腕に装着された地獄の鉄槌が、冷酷に黒光りする。その妖しい煌めきは、ジンマイナソーにとって死刑宣告にほかならないものだった。

 

「いくぞショート、地上の!」

 

「「キシリュウネプチューン、ゲイルスパイクストライク!!」」

 

 ジンマイナソーが目の前に墜落してきた瞬間、勢いよく針に覆われた装甲を叩きつける。それはマイナソーの全身を刺し貫きながら地面に叩きつけ、ぺしゃんこに挟み潰す。

 

「!!!!!!!」

 

 生物ならばグロテスクな光景が広がるだろうが、相手はマイナソーだ。肉体維持の限界を迎えた瞬間、その肉体を構成するマイナスエネルギーが弾け、跡形もなく爆散する。

 

「あ〜っ、とどめ取られちまったぁ!?」

「ふん。これが先達の実力だ!」

 

 得意になるモサレックス。確かに現代の騎士竜戦隊においてはその通りなのだが、ティラミーゴがパキガルーを"パイセン"と呼んでいることを考えると実に複雑なことになってしまうのだった。

 

 

 *

 

 

 

「タマキセンパ〜〜イ!!」

 

 立ち去ろうとしていたタマキを真っ先に呼び止めたのは、キシリュウオーから飛び降りてきたエイジロウだった。当然、仲間たちもそのあとに続いてくる。

 

「さっきのひと振り、お見事でした!」

「……いや、そんなの」

「なぁにが見事だ」被せるように唸るカツキ。「そいつが割り込んでこなきゃ、あのクソ道化師どもまとめてブッ殺せたんだわ!」

「かっちゃん、今は抑えて……!」

「とりあえず、アイツに吠え面かかせたんやし、結果オーライってことでええんちゃう?」

 

 そんな不毛なやりとりを仲間たちが繰り広げている間にも、エイジロウは朗らかな笑みを浮かべてタマキに迫っていく。

 

「センパイ、俺信じてました!タマキセンパイなら、きっと乗り越えてくれるって」

「ッ、どうしてきみはそう、飼い犬みたいに懐いてこられるんだ……。俺はガイソーグとして、きみたちの前に何度も立ち塞がった。ドルイドンの策動に、手を貸したこともあったんだぞ」

 

 その事実を思い出させてやるように、はっきりと提示する。しかしエイジロウの表情は、欠片も曇ることがなかった。

 

「センパイ、さっき自分ではっきり言ってたじゃないスか。"俺はリュウソウ族の騎士だ"って」

「!、言った……けど……」

「あれはガイソーグじゃない、センパイのホントの想いなんでしょ?だったらやっぱり、センパイは俺たちの……えーと、なんつーんだっけ、"仲間"でもいいんだけど……」

「同志、か?」

「そう、それそれ!さっすが、テンヤだな!」

 

 尖った白い歯を剥き出しにして笑うエイジロウ。そんな彼を目の当たりにして、どちらかというとタマキに険しい表情を向けていたテンヤも思わずつられて笑っている。

 そう──彼の存在はいつだって、場を明るくし、仲間たちの心を和らげている。

 

「……エイジロウくん。やっぱりきみは、太陽なんだな……」

「へ?た、太陽!?そ、そんな、大袈裟っスよ……」

 

 「えへへへ」と照れくさそうにはにかみながら、エイジロウは仲間たちのほうに向き直った。「太陽!太陽だって!」とはしゃぐ彼を半ば呆れ顔で見ていたカツキだったが、そのとき、不意に気づいた。

 

──エイジロウの背中を見つめるタマキの瞳が、徐に昏く澱んでいくことに。

 

 気の所為などではない。──そこに宿るは、明確な悪意。

 

「ッ、そいつから離れろエイジロウ!!」

「へ──」

 

 このときカツキは、ひとつ致命的なミスを犯した。いつものように"クソ髪"ではなく、つい名前が口を突いて出てしまった。平時でないからこそ洩れ出た仲間としての信頼の発露なのだが、このときばかりはそれが災いしてしまった。

 

 一瞬呆け、次いでぱあっと嬉しそうな笑みを浮かべるエイジロウ。その背後で、

 

 

 タマキは、ガイソーケンを振り下ろした。

 

「え……」

「な──」

「ッ!!?」

 

 皆が呆然とする中で、肉が裂ける生々しい音が響きわたる。

 鮮血が飛び散ったのは、まぎれもなくエイジロウの背中からで。何が起こったのかわからないと言いたげな表情を浮かべて、彼はゆっくりと地面に倒れ込んだ。

 

(でも、)

 

 

「太陽は、ふたつも要らない……!」

 

 脳裏に浮かぶミリオの笑顔が、真っ黒に塗りつぶされていった。

 

 

 つづく

 

 

 

 

 

 





「エイジロウはあんたを信じてたんだ……!」
「ものすごくうるさくてありえないほどエグい音楽を奏でるのだ!!」
「あれは昔、キョウカさんが作曲した歌ですの」

次回「旋律の砂塵」

「夢に向かって飛びましょうーーふたりで、一緒に」


今日の敵‹ヴィラン›

ジンマイナソー

分類/メルヘン属ジン
身長/222cm〜48.2m
体重/256kg〜601t
経験値/443
シークレット/なんでも願いを叶えてくれるというランプの精の姿を模したマイナソー。筋骨隆々の大男の姿をしており、通常はランプの中に隠れているが、有事には飛び出して巨大な拳で殴りつけてくるぞ!
ひと言メモbyクレオン:リュウソウジャーをぶちのめせ!ってお願いしたら頑張ってくれた!でももっと色々お願いしときゃ良かったぜ!


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33.旋律の砂塵 1/3

 

「太陽は、ふたつも要らない……!」

 

 血に染まった背中を晒して倒れ込むエイジロウに向かって、タマキが吐き捨てた言葉はあまりにも昏く冷酷なものだった。先ほどの決然とした宣言と相俟って、この光景は悪夢かワイズルーの策略による幻術の類いなのではないかと一瞬疑ったほどだ。

 

 いや──リュウソウジャーの面々にとって、そうであってほしかったという願望にすぎなかったのだ。それは。

 

「エイジロウくんっ!!」

 

 叫んで駆け寄りながら、イズクはタマキの語ったある言葉を思い起こしていた。

 

──ガイソーグの鎧を長く身に纏った者は、心の弱い部分に付け入られて鎧に支配される。

 

「エイジロウくん……!」

「しっかりするんだ、エイジロウくん!!」

「う……っ、うぅ、ぐ……っ」

 

 幸い、傷は肉が裂ける段階で収まっているようだった。呻きながらも意識ははっきりしている。

 だからといって、なんだ良かったと胸を撫でおろしていられるわけもない。「てめェ!!」と怒鳴りたてながら、激昂したカツキがタマキに斬りかかっていく。

 

「死ィねぇぇぇ!!」

「ッ!」

 

 精神面はともかく、剣の腕においてはミリオと並んでリュウソウジャーの後継候補に挙げられただけの実力をもつタマキである。怒りにまかせた斬撃を受け止め、容赦なく反撃に打って出る。──その瞳は、イズクの想起を裏付けるかのように毒々しい紫に染まっていた。

 

「……ッ、──ガァアアアアアッ!!」

 

 獣のような雄叫びだった。少なくとも一瞬、あれだけ激情に駆られたカツキが動揺するほどには。

 その一瞬の間に、タマキの全身は鎧に覆われていた。絶大なる闇の力が、カツキの身体をいとも簡単に吹き飛ばす。

 

「ぐぁ……ッ!?」

「かっちゃん!?」

 

 カツキと入れ替わるように、鋭い目をして前に進み出たのはショートだった。

 

「エイジロウはあんたを信じてたんだ……!それをよくも──!!」

 

 リュウソウルを構える。しかしそれをモサチェンジャーに装填しようとした瞬間、背後から制止された。手を伸ばしたのは、テンヤだった。

 

「待て!今はエイジロウくんの治療が先だ!」

「ッ、だが!」

 

 ガイソーグは明確にこちらへの害意をもって迫っている。相手が破壊力の高い攻撃技をもっている以上、エイジロウを守りながら戦うというのは得策ではなかった。

 

「ッ、いったん退こう。カクレソウル!」

 

 カクレソウルで姿を消し、そのまま撤退する。獲物を取り逃がした呪詛の鎧は、憤怒のまま装着者に雄叫びをあげさせた。

 その力は、確実にタマキの心を侵食していた。

 

 

 *

 

 

 

 同じ頃、それとはまったく関係ないところでため息をつく少女がいる。

 彼女の名はキョウカ。幼なじみであり、自らの仕える家の次期当主候補でもある娘を追ってはるばるこの街までやってきた少女である。

 

 暫くは主人であるモモとともにこの街に滞在することにした彼女は、買い出しに出かけていた。ただいまは紙袋を抱え、宿に戻る道中である。いつまで逗留することになるかはわからないが、その後のことはさらに闇の中だった。勇者(ヒーロー)として危険も顧みず勇敢に戦場へ駆け込み、怪物(マイナソー)の弱点を冷静に炙り出したモモ。その姿に感動し、彼女を応援したい気持ちが生まれたのは確かだった。しかし自分の一存で彼女を見逃してしまうかどうか、正直まだ踏ん切りがつかない。

 迷っていることはもうひとつある。──自分自身のこれからのことだ。

 

「………」

 

 楽器屋の店先に並ぶ弦楽器を前に立ち止まりながら、キョウカはとりとめもなく考える。主が自由に羽ばたいていこうというなら、従者である自分はどうなのかと。幼少時代、一度は夢見、しかし己の身上がゆえにあきらめ押し込めたもの。蓋をしたはずのそれが今、吹きこぼれようとしている──

 

「フゥム、これはエクセレントな楽器……」

「!」

 

 急に傍らから美声が響いたものだから、キョウカはぎょっとしてそちらを見た。果たして声の通りの細身の美青年がそこに立ち、楽器を品定めしている。

 

「これなら最高オブ最高のミュージックを奏でることができそうだ。……キミも、そう思うだろう?」

「え、ええ……。あの、あなたは?」

「私は名も無きエンターティナーさ。キミもそのクチかい?」

「いや、まさか……。音楽好きだし、ほんとはそれで食べていけたらとは思いますけどね。ウチは、やらなきゃいけないこともあるし──」

「ふぅん。──しかしキミの心は、既にアツいビートを奏でているようだが?」

「えっ……?」

 

 すべてを見透かしたような青年の瞳。どこか危険な"音"をその奥から感じとりながらも、惹かれていく自分をキョウカは止められずにいた。

 

 

 *

 

 

 

 宿に運び込まれたエイジロウは、ベッドに俯せに横たえられた状態で苦しげに呻いていた。いちおう止血はしたが、傷は決して小さなものでない。あと数ミリでも深く刻まれていたら、命さえ危うかったのではないかと思われるほどだ。

 

「ショートくん、カガヤキソウル貸して!」

「ああ」

 

 手渡されると同時に、白金色のリュウソウルを剣に装填するオチャコ。癒しの光がエイジロウを包み込む。刀傷などそれで一瞬のうちに治癒させられる──そう確信していたのだが、

 

「!?、ぐッ、あ゛ああああっ!!」

 

 果たして"それ"は気付けの効果はもたらしたものの、肝心の傷にはどういうわけかまったく作用しなかった。かえって痛みを鮮明に感じるようになってしまったことに、とりわけオチャコは焦った。

 

「えっ、な、なんで!?私なんか間違えた!?」

「いや……そんなことは──」

「──違うティラ!」

「!」

 

 そう言って窓の隙間から入り込んできたのは、エイジロウの相棒ティラミーゴ(ミニ)だった。

 

「シャインラプターは、リュウソウ族同士の争いでじぶんのソウルが使われないように制限をかけてるティラ!きっとそのせいティラ!」

「この傷が同じリュウソウ族によってつけられたものだから、効果がほとんど発動しねえってことか」

「そういうことティラ!」

 

 ならばシャインラプターに頼めば、とも思ったが、ソウルそのものはかの騎士竜の意識とは切り離されている。今すぐどうこうできる問題ではなかった。

 結局、イズクの持っている薬草で一般的な治療を施し、快癒を待つ──現状では、そうするよりほかないのだった。

 

 

 *

 

 

 

 長い長い白昼は終わり、砂塵の街にもようやく夜が訪れた。星も瞬かない漆黒の空の下で、街は死んだように眠りにつこうとしている。

 

「………」

 

 その光景を、イズクは宿のテラスから見上げていた。いつもは幼子のようにきらきら輝いている大いなる翠の瞳には、年頃の少年としても甚だ深い懊悩が浮かんでいた。

 

「なに黄昏れてんだ、クソナード」

「!」

 

 イズクに対してそんな呼び方をするのは、世界においてただひとりである。予想するまでもなく振り向けば、そこには生まれて百五十余年をともにした幼なじみの姿があった。

 

「かっちゃん……いや、ちょっとね」

「あのクソ陰キャのこったろ。誰でもわかることを勿体ぶんなや」

 

 はは、と空疎な笑みが洩れる。気遣いとは無縁のように思えるカツキの言葉が、今は清涼剤にすら思える。

 

「あいつに、同情でもしてンのか」

「……同情、なのかな」それも否定はできないけれど、「ううん、"共感"っていうほうが正しいかもしれない」

「どっちも同じだろ」

「全然違うよ。いや語源は似たようなものかもしれないけど、使われてる意味合いとしては」

「じゃあ、ナードくんはアレの何に共感したっつーんだよ」

 

 カツキの容赦ない尋問に対し、イズクは皮肉めいた笑み──仲間たちにもそう見せたことのない──を浮かべて応じた。

 

「僕にも、太陽と呼べる人はいるから。それを失うようなことが万が一にもあったら……そんなこと想像したら、さ」

「………」

「もちろん、エイジロウくんを斬ったことは許せないけどね」

 

 イズクにとっての"太陽"が誰を指しているのか、自惚れるまでもなく見当はついた。ただ、それを手放しに受け入れられるほどカツキは単純な性格をしていない。

 

「……てめェは主観でしか物事を見てねえ。だからアイツに共感したなんてぬかせんだ」

「僕、そんな見当外れなこと言ってるかな……?」

「てめェとアイツは違ぇ。──てめェは太陽がなくなろうが、世界が滅びようが、最期の一瞬まで他人を救けることしか頭にねえだろうが」

「!、………」

「……そういうてめェだから、タイガランスは自分(てめェ)の相棒に選んだんだ。クソムカつくことにな」

「……かっちゃん、」

 

 イズクが彼の言葉を咀嚼するのに時間を要していると、カツキは不意に身体をぶるりと震わせた。

 

「寒っみィ……風邪ひくわ、クソが」

「アハハ……もう寝ようか?」

「言われんでも寝るわ、じゃあな」

 

 マントで身を包みながら、部屋へ踵を返すカツキ。そのまま暗がりの中へ消えかけて──不意に立ち止まる。

 

「……俺ぁ絶ッ対てめェより先には死なねえ。てめェの太陽とやらが失われることはねえよ、良かったな?」

「!」

 

 首をわずかにこちらへ傾け、意地の悪い笑みを浮かべるカツキ。イズクは胸が温かくなるのを感じた。太陽は太陽でも砂漠の白昼のような灼熱を発し続けている彼だが、まれにこういう柔らかな日差しを降らせてくれることもある。そういうところが、どうしても憎めないのだ。

 

「……かっちゃん。やっぱり僕、タマキ先輩を救けたい……!」

「………」

 

 カツキはもう何も言わなかったけれど、今はそれで十分だった。

 

 

 *

 

 

 

 刹那の夜は一瞬にして過ぎゆき、朝日に照らされた世界が橙に染まりはじめる。

 

 眠りから醒めようとしている街を、蔑むように見下ろす複数の影があった。そのうちのひとつは──ドルイドンに付き従う死の商人、クレオンのもので。

 

「ワイズルーさま、いよいよ本気ってカンジだなァ……」

「……ビートォ……」

 

 彼の隣には、その1.5倍はあろうかという背丈と、屈強な体躯をもつ異形の怪人が立っていた。黒光りする光沢のあるボディに、特に目立つのは頭頂から伸びた巨大な一本角である。

 

「さぁてと……おシゴト開始だ、ヘラクレスマイナソー」

「ビートォ……!」

 

 その丸太のような腕の中に、武器……とも思えない巨大なオブジェクトが顕現する。瓢箪からマイナソー当人?よろしく一本角が突き出している。その表面には六本の糸が極限まで張り詰められた状態で装着されていて──

 

「ビー、トォ!!」

 

 ヘラクレスマイナソーの手がその糸を掻き鳴らしはじめると同時に、烈しいメロディが街に降りそそぐ。

 果たしてそれが何をもたらすのか──知るものは彼ら、悪しき魂しかいないのだった。

 

 

 *

 

 

 

 同じ頃、療養中のエイジロウを除くリュウソウジャーの面々は早くも行動を開始しようとしていた。

 

「正直、今のタマキ先輩は何をしでかすかわからないと思う……。彼がガイソーグの力に呑み込まれる前に見つけ出して、捕らえないと」

「捕らえて、その先はどうすんだ?」

 

 冷静にショートが問う。それに対する答を、問われたイズクもひと晩考え続けていた。

 

「どうするって、ガイソーグの剣とソウル?、没収しちゃえばええんちゃうの?」

「ンな簡単なハナシならとっくになんとかなっとるわ、ちったぁ考えろや丸顔」

「ッ、クソ煮込み……」

「ア゛ァ!!?」

 

 「ンだそのあだ名ァ!!?」「デンキくんが言っとったもん!」「あンのアホ面ァ!!」という不毛な争いは置いておくとして、

 

「……一応、考えついたことはある。ただ、いちかばちかの賭けになるかもしれない」

「いったい、何をするつもりなんだ?」

「それは──」

 

 イズクが"作戦"について説明しようとしたときだった。

 

「──ッ!?」

 

 急にいずこからか響いてきたのは、耳を劈くような凄まじい轟音だった。

 聴覚にまったくの不意打ちを受けた少年たちは、思わずその場に蹲る。頭の中で、不協和音としか言いようのない無軌道な鋭い音がぐるぐると回っていた。

 

「う、うぅ……ッ」

「皆、大丈夫か?」

 

 尋ねながら、誰からも返答がないことをショートは奇妙に思った。皆、参っているようではあるが意識はあるようだし、不愉快な音ではあるがただそれだけではないというのに。

 しかしそう思っていたのは、ショートだけだったようだ。顔を上げたカツキが、ギリギリと歯を食い縛りながら自身の耳を指差した。そして首を横に振る。普段惚けたところがあっても、戦時の洞察力についてはカツキと張り合うだけのものがあるショートである。その簡素な仕草で、すぐに意味を理解した。

 

「……まさか、耳が聞こえねえのか?」

 

 返答はない。それはつまりショートの推測を裏付けているといえた。

 

「ッ、マイナソーの仕業か……。この不快な音が、聴覚を妨げてるのか?」

 

 ならば何故ショートだけは無事なのか。それは、陸と海のリュウソウ族の体組織構造の違いによるものだった。水圧の高い深海で生活する海のリュウソウ族は、生まれつき鼓膜が頑丈かつ何重にもなっている。それゆえかろうじて、マイナソーの吐き出す音を不快に感じるだけで済んでいるのだ。

 

「ッ、とにかくマイナソーを捜す」

 

 そう独りごちつつ、皆に目配せをする。四六時中寝食をともにしてきた彼らだ、視線だけでも意思の疎通はできる。顔を顰めながらも、四人ははっきりと頷いた。

 

 



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33.旋律の砂塵 2/3

今日はでくの日
ふっふ〜♪


 

 昨日オニビ、もといウィル・オー・ウィスプマイナソーが蒸発させようとした湖のほとりで、今度はヘラクレスマイナソーが己の衝動に沿った行動に出ていた。

 

「ビート!ビートォ♪」

 

 ジャカジャカジャカジャカ。手に持った巨大な弦楽器を演奏し続ける。そのたびに発せられる狂騒のごとき激しい不協和音は街じゅうに響き渡り、人々を苦悶させるばかりか、その聴覚を破壊しているのだ。迷惑では済まないミュージシャンだが、それは人間たちにのみ適用されるものではなかった。

 

「いやうるっっっせぇぇぇ!!マジでうるっっっせぇなコイツ!!」

 

 耳を塞ぎながら、罵声を浴びせるクレオン。人間の耳を蹂躪するような音を間近で浴びせかけられている以上、人間とはまったく身体構造の異なる宇宙人であっても流石に堪えきれなかったのだ。

 

「ったく、こんなんじゃコッチが参っちまうよぉ……」

「──安心しろ、その前に倒してやる!!」

「!」

 

 はっと顔を上げると、街並みの中から因縁の少年少女が駆け込んでくる。尤もうち四人は、明らかに音のせいで疲弊しきっている様子だったが。

 

「来たなァ、リュウソウジャー!!ってか今、なんか言ったかぁー!!?」

「よく聞こえねえ、もう一回言ってくれ!!」

「え、なんだってェェ!!?」

 

 聴覚を失ったわけでない彼らだが、ヘラクレスマイナソーの演奏がうるさすぎてお互いの声が通らない。

 お互いが段々苛立ちはじめたところで、パチンと指を鳴らす音が響く。それだけはどういうわけか演奏にも負けず耳に入ってきて。

 途端、ヘラクレスマイナソーは演奏をやめた。静寂を取り戻した湖畔だが、悪しき魂たちの存在までもが泡沫のように消えたわけではない。

 

 むしろ本番はここからだとばかりに、痩身の青年が姿を現した。その懐に、小柄な少女を横抱きにして。

 

「!、あれは……」

 

 昨日逢ったばかりの少女、名は確かキョウカと言ったか。直接の会話はほとんどなかったけれど、とりわけショートなどはその容貌を忘れようはずがなかった。

 

「クククク……HAHAHAHA!!」

「その笑い方……おまえ、ワイズルーだな?」

 

 「Exactly!」という応答とともに、青年が邪悪な道化師の正体を表す。そしてそのまま、クレオンとマイナソーの傍に歩み寄っていった。

 

「このパンキッシュガールから生まれたヘラクレスマイナソーは、ものすごくうるさくてありえないほどエグい音楽を奏でるのだ!!そして聴いた者はすっかり魅了されて、その音色しか聞き取れなくなってしまうのでショータァイム!!」

「でもワイズルーさま、アイツ無事みたいっスよ?」

 

 クレオンに指を差され、ショートが顔を顰める。

 

「海のリュウソウ族は、鼓膜が三重なんだ」

「えぇっ、何そのしょーもねえ強みっ」

「しょーもなくねえ、海の底じゃ死活問題だ」

「死ねばよいのでショータァイム!──ドルン兵っ!!」

「ドルドルッ!!」

 

 あれだけ倒してきたのにまだ手勢がいるのか、ワイズルーたちを覆い隠すようにドルン兵たちが集結する。彼らは一様に長槍を構え、こちらに突撃してきた。

 

「みんな、行くぞ。──リュウソウチェンジ!」

 

 思わず声をかけてしまったが、聴覚で捉えるまでもなかったようだ。皆、一斉にリュウソウルを構え──装填する。

 

『ケ・ボーン!リュウ SO COOL!!』

 

 リュウソウメイルを纏うと同時に、跳躍する。数の上では劣る戦い、彼らの鮮やかな鎧は雑兵たちの群れに紛れてしまう。

 ただ、多少の数的不利など覆せる程度には質の差がある。ショートの竜装した"栄光の騎士"リュウソウゴールドなどはモサチェンジャーによる射撃を行いつつ、敵の懐に潜り込んで打ち倒す戦法で敵を圧倒していた。

 仲間たちも──と当然のように思っていたのだが、彼らは苦戦とはいかないまでも思うようには戦えていないようだった。

 

(あかん……なんかふらふらする……!)

(ッ、方向感覚が曖昧になっている……!脳内を渦巻くこの騒音のせいか……!)

 

 ヘラクレスマイナソーの演奏がやんだ今でも、一度耳孔に侵入した音楽は頭の中で鳴り響き続けている。それが神経系を攻撃し、聴覚以外にも影響を与えているのだ。

 

(この程度のことで──)

(──敗けっかよ、クソがぁ!!)

 

 内心だけでも息ぴったりな彼らである。互いが互いのフォローをしつつ、着実にドルン兵を打ち倒していく。──そうしてようやく、メインターゲットへの道が開けた。

 

(ハヤソウル!!)

(ブットバソウル!!)

 

 装填したリュウソウルが『ビューン!!』『ボムボム〜!!』と声をあげ──当人たちには聴こえないが──、右腕に鎧が装着される。次の瞬間には、リュウソウグリーンとブラックが同時にマイナソーへと迫っていた。

 

「はぁあああああッ!!」「オラァアアアアアッ!!」

 

 自らの声すら聴こえなくとも、雄叫びは自然と口を突いて出た。グリーンの刃が一閃すると同時に、ブラックの剣が激しい爆発を起こしてマイナソーを呑み込む。

 

(──どうだ!?)

 

 倒すには至らないまでも、確実にダメージは与えられたはず──そう思った刹那、爆炎の中から耳を劈くような爆音が返ってきた。

 

「がぁ────ッ!!?」

 

 何も聴こえない中で、その音だけはふたりの鼓膜を激しく揺さぶった。同時に発生した衝撃波によって、彼らは大きく後方へ吹き飛ばされる。

 

「イズクっ、カツキ!!」

 

 咄嗟に駆け寄る。もとよりステータスに異常があるためか、容易く竜装が解けてしまった。

 それと同時に劫火が収まり、ヘラクレスマイナソーが姿を現した。

 

「ビートォ……!」

「!」

 

 何事もないかのようだった。直接爆風に晒されたボディから白煙はあがっているものの、傷ひとつついた様子はない。

 

「ッ、ビリビリソウル!!」

 

 咄嗟に強竜装すると同時に、モサブレイカーの銃口を向ける。そして、

 

「ファイナルサンダーショット!!」

『イタダキモッサァ!!』

 

 膨大なエネルギーを濃縮した電光弾を発射する。マイナソーは動き自体は鈍いのか、さほど回避しようともせずにその直撃を受けた。

 

「ビートォ……」

「ッ、これでも倒せねえのか……!」

 

 尋常でない甲殻の硬さである。ゴールドが歯噛みする一方で、この怪物を生み出した側は当然のように上機嫌であった。

 

「HAHAHA、戦闘力もあるとはなかなかの上物でショータァイム!!」

「そのまま全員まとめて片付けちまえ、マイナソー!!」

「ビートォォ!!」

 

 揚々とけしかけるワイズルーとクレオン。ヘラクレスマイナソーが再び六弦をかき鳴らしはじめる。

 

「!?、ぐっ……!」

 

 よりいっそう激しい狂騒に思わず耳を塞ぐゴールドだが、そんな行動は焼け石に水にしかならない。そしてただでさえ限界寸前の状態で戦っていたブルーとピンクは、

 

「ぐぅッ、あ゛、あ゛あ……っ」

「うぅぅ……っ」

 

 神経系がついに限界を迎えたのだろう、低いうめき声とともに倒れ込み、竜装が解けてしまった。

 

「ッ、皆……!」

 

 イズクもカツキも当然動ける状態ではない。ショートとて、ノーダメージというわけではないのだ。そしてマイナソーは、ファイナルサンダーショットでさえ受け止めるほどの防御力を持っている──

 

「勝ちが見えてきましたねィ、ワイズルーさまぁ!!」

「YES!しかし油断イズパワフルエネミー!!ヘラクレスマイナソー、その調子でゴールドも倒してしまうのでショータァイム!!」

「ビートォォ!!」

 

 ヘラクレスマイナソーの演奏が激しくなる。苦悶するゴールドがいよいよ限界を迎えようとする──なんならワイズルーとクレオンも苦しんでいる──瞬間、

 

 不意に、柔らかな歌声が戦場に流れ込んできた。

 

「……?」

 

 ゴールドは思わず顔を上げた。ヘラクレスマイナソーの放つ轟音に比べれば、決して大きくはない、そよ風のような歌声である。にもかかわらずそれは、この場を支配しようとしていた。

 

「グゥッ!?ガッ、グァァァ……!!」

 

 それを耳にした途端、マイナソーはなぜか苦しみはじめた。こんなにも心地の良い歌だというのに──いや、だからか?

 

 振り向いたゴールドが目の当たりにしたのは、こちらへ歩いてくる意外な人物だった。

 

「!、モモ……?」

 

 昨日数奇な邂逅を果たした、美しき逃亡者。どうしてここに、と一瞬思ったが、彼女はマイナソーの宿主にされたキョウカの主筋にあたる女性なのだ。

 だからこの場に現れたことに理由を見出すことはできる。むしろこう言うべきだろう──"なぜ歌っているのか"。

 しかしモモの歌のおかげで、マイナソーは確実に苦しんでいるのも現実だった。

 

「Oh、ビューティフルヴォイス……」

「ちょっ、ウットリしてる場合じゃないですってワイズルーさま!」

「ハッ、そうだった……。ヘラクレスマイナソーよ、貴様のミューズィックを阻むあのレディをやってしまいナサ〜イ!!」

 

 その命令が果たされることはなかった。マイナソーはモモに遅いかかるどころか背を向け、砂塵を巻き上げながら一目散に逃げ出してしまったのだ。

 

「エ゛ェッ!?ちょっ……どこへ行くヘラクレスマイナソー!!ヘラクレスマイナソ〜〜!!?」

 

 逃げ出したマイナソーを追って、ワイズルーとクレオンも走り去っていく。一瞬にして静寂の戻った戦場跡に、ゴールドは暫し呆然としてしまった。

 

「ごきげんよう、ショートさん」

「……あ、ああ」

 

 少し考えてから、竜装を解く。昨日ぶりだなと、口にしないまでも思うショートである。暫く同じ街に滞在しているのだから、近日中の再会は十分ありうることではあったが。

 それにしても、である。

 

「おまえ、耳は大丈夫なのか?それに、さっきの歌……」

「咄嗟に加護魔法を使いましたの。歌については……少し長くなるので、場所を変えませんこと?」

「……そうだな」

 

 仲間たちは気力でかろうじて意識を保っているような状態だ。この場にいつまでもとどまっているのも安全上よろしくないということで、ショートは彼女の提案を応諾したのだった。

 

 

 *

 

 

 

 カガヤキソウルの輝きは今度こそ効いた。尤もネムソウルで強引に眠らせているエイジロウの傷ではなく、テンヤたち四人の麻痺した聴覚にではあるが。

 

「ふぅ……ようやく普通の感覚に戻ることができた」

「戻……れたんかな、これ?まだクラクラするんやけど……」

「神経を相当にかき乱されたからね……。いきなり普通に戻っても、身体が慣れるまでには時間がかかるよ」

「ンなこたぁどうでもいい」早くも立ち直ったカツキが吐き捨てる。「場所は整えたんだ。何か知ってンなら吐けや、ポニテ」

 

 ほぼ初対面の人間に対して相変わらず失礼極まりない男である。モモは困惑を表情に浮かべたが、元がおっとりした性分のおかげかそれが"不快"にまで至らなかったのが幸いだった。

 

「やめろ、カツキ。急かさなくても、話は俺がちゃんと聞く」

「けっ」

 

 カツキは何故かそう鼻を鳴らしただけだった。何故か、といえば、オチャコなどは終始にやにやしている。首を傾げるほかないところである。

 閑話休題。

 

「前提として……あの怪物は、キョウカさんから生み出されたもので間違いありませんのね?」

「ああ。マイナソー……あの怪物は、彼女からエネルギーを吸収している様子だったしな。それが歌と何か関係があるのか?」

「ええ。──あれは昔、キョウカさんご自身が作曲した歌ですの」

「!」

 

 皆、目を丸くした。歌舞音曲というのは閉じた村社会においても祭りや宴などで自然と慣れ親しむものだが、それらは先祖代々語り継がれるものである。自然界にある音を連ねて律し、人々の心を揺り動かす調べとなす──戦いばかりを学んで育ってきた少年少女には、想像もつかない偉業のように思われたのだ。

 

「……昨夜あのあと、買い出しにお出かけになったキョウカさんがいつまで経っても帰ってきませんでしたの。あのドルイドンのこともあって、胸騒ぎがして……ひと晩じゅう捜し回っていましたのよ」

「そうか。でも、どうしてマイナソーが彼女に関係しているとわかった?」

 

 それについては、昨日ウィル・オー・ウィスプマイナソーの宿主となった男を一時預かったおかげというべきか。彼から事情を聞く中で、マイナソーがあの菌類のようなドルイドンの体液を取り込んだ人間を宿主とし、誕生することをモモたちも知ったのだ。

 行方不明になったキョウカ、街に潜むドルイドン、音を武器とするマイナソー。モモが正解にたどり着くのは、そう難しいことではなかった。

 

「キョウカさんの秘めた想いに沿ってあの怪物が行動しているというなら、初めてお作りになった歌で、何か反応があるのではないかと」

「……なるほどな」

 

 それが功を奏し、マイナソーを撤退に追い込むことができた。新米の勇者(ヒーロー)としては最大級の功績を、彼女はさらりと成し遂げてみせたのだ。

 

「……あかん、同じ女として完全に負けとる……」

「女ァ?誰が?」

「……おいコラァ」

 

 バチバチと火花を散らす剛健の騎士と威風の騎士のことはいったん置いておくとして。

 

「なら、おまえの歌が切札になるかもしれねえな」

「!、わたくしが……」

「ああ。頼りにしてるぞ、モモ」

 

 ショートの率直な物言いは、時に単刀直入すぎて相手を怒らせてしまう──主にカツキ──が、その逆もありうる。今回がまさしくそうだった。

 

「せ、精一杯、力を尽くしますわ……」

 

 顔を赤らめるモモ。ショートはそれにすら気づいていないようだったが、仲間たちの気持ちは一致した。この男、もしや天然タラシというやつなのではないか、と──

 

 そのとき、不意に部屋の扉が開かれた。顔を覗かせたのは、姿を現したコタロウで。

 

「皆さん!エイジロウさんが──」

「!」

 

 意外にも、真っ先に駆け出したのはカツキだった。いったんモモにここで待っているよう言い含め、エイジロウが寝かされている部屋へ全員で向かう。

 刹那、がたんと重いものが床に落ちる音が響いて──

 

「──てめェ何やってる!?」

「!」

 

 街の人々の聴覚が麻痺していたことが幸いした。カツキの怒声はそれこそ、外まで響くほどのものだったので。

 しかし今回ばかりは仲間たちも彼の行為に理解を示した。ベッドから床に落ちたのは、エイジロウ自身だったのだ。傷口から走る痛みに顔を歪めながらも、彼は起き上がろうとしている。

 

「エイジロウてめェ、自分(てめェ)が今どんな状態かわかってンのか!?」

 

 "エイジロウ"呼びは続けるつもりなのかと仲間たちは内心思ったが、そんな状況でもないので口をつぐんだ。ともあれ皆で彼を助け起こし、ベッドに座らせてやる。

 

「……マイナソーが、出たんだろ……。タマキセンパイだってまだ、見つかってねえ……違うか?」

「それは……違わないけど……」

「だったらこんなときに、寝てなんて……いられねえよ……っ」

 

 カツキは思わず目を丸くした。カガヤキソウルで感覚の異常は治っているとはいえ、傷じたいはまだ完治していない。それが信じられないほど、押し返す力が強いのだ。

 

「エイジロウくん、どうか落ち着いてくれ。マイナソーのことは、我々五人でなんとかする。そのあとでタマキ先輩のことに本腰を入れる、その頃にはきみの傷も良くなっているだろうから」

「………」

「エイジロウくん。ね?たまには私らに任せて……」

 

 オチャコの優しい声音が決め手になってか、エイジロウは大人しくベッドに横になった。その紅い瞳がとろとろと虚ろになっていく。

 それを見届けたうえで、ショートが言った。

 

「すぐにでも作戦を実行に移そう」

 

 マイナソーを倒し、街に平穏を取り戻す。そして、タマキも──

 それぞれの決意を新たに、リュウソウジャーは動き出した。

 



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33.旋律の砂塵 3/3

 

 裏街の片隅にある地下酒場を乗っ取り、悪しき魂たちは潜伏していた。

 

「まったく、あんなソングごときで逃げ出すとは!情けなくて涙がでちゃうでショータァイム!!」

 

 ワイズルーにぷりぷり怒られ、「ビートォ……」と萎れるヘラクレスマイナソー。モモの美しい歌声にこれほどダメージを受けるというのは彼らにしても理解できないことだったが、マイナソーは宿主の欲望を拡大解釈したような特異な体質の持ち主ばかりである。弱点はその裏返しともいえた。

 

「まァ、そろそろ回復したみてーだし……。ワイズルーさま、ライブ再開といきやしょう!」

「YES!」

 

 サムズアップをかわしあって──ヘラクレスマイナソーも真似している──、揃って動き出そうとしたときだった。

 

『クサソウル!モワッモワ!!』

「!?」

 

 どこぞで聞き覚えのある音声が響いたかと思うと、反応する間もなく茶色いガスが室内を満たしはじめた。

 そして、

 

「「──臭っせぇぇぇぇぇぇぇ!!?」」

「ビートォォォ!!?」

 

 悶絶。そのひと言で言い表すほかなかった。倒れ込んで地面をのたうち回る三体の悪魔。果たして今度は『ビューーーン!!』というこれまた聞き慣れた音声が響き渡ったのだけど、もはや気づくことすらできなかった。

 

「ゲホッ、ゴホッ、オ゛エ゛ェェェェ……!!」

「うわ汚っ!ッ、こんなもの!こんなものォ!!」

 

 ブンブンとステッキを振るい、ガスを排除するワイズルー。果たして空間はようやく清浄なものに戻り──臭いはところどころこびりついているが──、視界もクリアになった。

 そこではたと気づいた。宿主兼人質として転がしておいた、少女の姿が消えている──

 

「What!?まさか──」

「──そのまさかさ!」

 

 雪崩込んでくる鎧の竜騎士たち。青、桃、黒、金──そして最後は、唯一彼らとは異なる生身の少女。

 

「りゅ、リュウソウジャー!?なぜここが……」

「あっ!きっとなんたらソウル使ったんスよ!」

「正解!」

 

 意気揚々とピンクが声を張り上げる。キケソウルはリスクがあるので今回は除き、ミエソウルとクンクンソウルで逃走経路を炙り出したのだ。

 そういえば、レッドは今さらにしても、グリーンもいない。と思ったら、疾風怒濤のごとく飛び込んできた。

 

「皆、キョウカさんは安全なところに預けてきたよ!」

「おおっ!」

「!、ありがとうございます、えっと……デクさん?」

「いや、イズ……デクでもいいです」

 

 複雑な気分ではあるが、今は肯定的な──"頑張れって感じ"──意味も含まれているのでよしとする。

 ともあれ、これで舞台は整った。

 

「ええい……!こうなればヘラクレスマイナソー、今度こそ貴様の死のライブを完遂させるの☆DA!」

「ビートォォ!!」

 

 マイナソーが六弦に手を伸ばす。ショート──リュウソウゴールドはすかさずモモに目配せをした。頷いた彼女が、マイナソーの演奏が開始されるとほぼ同時に歌を口ずさみはじめる。

 狂騒のごとき邪悪な演奏と、麗しく澄んだ歌声がぶつかり合う。単純な音の大きさでいえば、前者に明らかな軍配が上がるのは当然のこと。しかし先ほどもそうであったように、音が大きいほうが相手を呑み込むというような単純な勝負ではない。

 あらゆる攻撃に耐性をもつ不死生物が、神聖なる力には滅法弱いように──ヘラクレスマイナソーの演奏は、美しいしらべには力をもたないのだ。

 

 演奏は次第に歌声に押し返され、かき消されていく。やがてそれが到達した瞬間、ヘラクレスマイナソーは苦悶の声をあげはじめた。

 

「ビィ……トォォ……!?」

「ま、まずい!負けてるっスワイズルーさま!!」

「どうシンキングしてもあちらの歌声のほうが上等だから仕方ない!……と言いたいところだがライブは完遂するのだ!──ドルン兵、かからっしゃーい!!」

 

 店の奥やカウンターの中から次々にドルン兵が飛び出してきて、襲いかかってくる。標的はもちろん、美しい歌声を披露し続けているモモその人だ。

 

「そう来ることはわかっているんだ!」

 

 言うが早いか、リュウソウジャー五人もモモを守るための布陣を敷いた。この局面においては、彼女の歌声が何よりの武器になる。それを守るために、全力を尽くす──!

 

「いくぜてめェらぁ!!」

 

 相変わらず仕切りたがりのブラックの号令により、迎撃が開始された。まずゴールドの射撃で敵が遠距離にいるうちにできるだけ数を減らし、それをすり抜けてきた者をグリーンとブラックがノビソウルで打ち払う。それさえも乗り切れた幸運な者は、待ち構えていたブルー&ピンクと斬り結ぶことになるわけだが、リュウソウジャーとドルン兵のどちらに軍配が上がるかは目に見えていて。

 

「ノオォォォ〜!!押されている……!」

「ワイズルーさま、構わずやっちゃって!」

「やむをえまい……!──とうっ!」ステッキを振り上げ、「チェックメイト・デ・ショータァイム!!」

 

 光の矢が放たれ、天井を突き破って急上昇する。それもつかの間、今度はやはり天井を抜けて落ちてきた。リュウソウジャーの頭上めがけて。

 

「ッ!」

 

 軌道そのものは既に肌で知り尽くしている彼らは、リュウソウケンを咄嗟に構えて光の雨を防いだ。とはいえその威力は伊達ではなく、彼らは大きく後退を強いられる。

 

「ッ、クソが……!」

「こいつ、ドルン兵たちを巻き添えに……!?」

「──フン、尊い犠牲でショータァイム!!」

 

 鼻を鳴らしながら、当然のように言い放つ。ワイズルー自身は"尊い"と表現しているだけドルン兵に手厚いつもりでいるのかもしれないが、リュウソウジャーの面々にはどうしようもない下衆と映った。エイジロウたちと出逢う以前のカツキでさえ、自分の愉しみのためだけに敵ですらないものを手にかけたことなどないというのに。

 

「だったらてめェが犠牲になれや……!──メラメラソウル!!」

 

 メラメラっと紅蓮の鎧がリュウソウブラックに装着される。そして彼は刃に炎を纏わせ、ワイズルーに突撃した。

 

「オラアァァァ!!」

「ちょっ……ここ酒場DEATH!?」

「関係ねえんだよカスがぁ!!」

 

 酒に含まれたアルコールに引火させるほど短絡的ではない。猛り狂っているように見えて、威風の騎士の行動は殆ど冷徹な計算の上に成り立っている。

 そして明晰な頭脳が導き出した回答を、優秀な肉体が違えることはない。一見すると我武者羅に剣を振りかざしながら、備品の類を燃やしたり壊したりはしていない。けちをつけるなら、炎の余波で床を多少焦がしているくらいだろうか。それとて計算には入っていて、彼は許容範囲と認識しているというところなのだが。

 

「よし、今のうちに僕らはマイナソーを!」

「うむっ、ショートくんは引き続き彼女の護衛を!」

「ああ」

 

 疾風と叡智、剛健の騎士が同時に走り出す。そに行手に立ちはだかろうとするクレオン。

 しかし、

 

「……やっぱ無理ぃ!」

 

 猛威に恐れをなしてか、あっさり液状化して逃げ出してしまう。慌てるヘラクレスマイナソーのもとに、三人はなんの障害もなく到達することができた。

 

「うおぉぉぉぉ──ッ!!」

「どりゃあぁぁぁぁ──ッ!!」

「はあぁぁぁぁぁ──ッ!!」

「ビートォォッ!!?」

 

 歌に苦しめられるヘラクレスマイナソーは、三人の剣に翻弄される一方だ。今は硬い甲殻でかろうじてダメージを低減しているが、彼らにはドッシンソウルという切札たりうる武器もある。

 

「こ、これは……またしても大大大ピ〜ンチ!?」

「今度こそこのまま死ねやアァァァ!!」

 

 ブラックの怒声と烈火に、ワイズルーまでもがすっかり逃げ腰になっている。実は彼も、メラメラソウルの一撃で敗れ、マグマの中に墜落したことが密かなトラウマになっているのだ。あのときの相手はリュウソウレッドだったが、ブラックはそれ以上に迫力がある。

 

 守護者たちがそうして勝利へと向かっていることを、歌い続けながらモモは誇らしく思っていた。自分がドルイドンと、ドルイドンの生み出した怪物を退治するためのキーパーソンになることができている。それも、両日のうちに二度も。勇者(ヒーロー)としてこれ以上の誉れはないだろう。

 ゆえにその想いは、少々変化を兆してもいた。勇者であるために生家に反発するのではなく、むしろ──

 

 そのときだった。不意にぞっとするような気配が背後から襲ってきたかと思うと、ゴールドが咄嗟に割って入ったのだ。

 

「!、危ねえ──ぐあぁッ!?」

「ショートさんっ!?」

 

 モモを庇ったために、彼は直撃を浴びた。黄金のリュウソウメイルはそのダメージに耐えきれず瓦解し、苦悶に揺れるショートの表情が露わとなった。

 

(この攻撃は……!)

 

 まさか、と思った通りだった。陽炎の向こうから姿を現したのは、紫苑色の鎧を纏った狂戦士だったのだ。

 

「不快な歌だ……消し去ってやる……!」

「ッ、タマキ、先輩……っ」

 

 いや、あれはガイソーグだと思い直す。カツキのように冷徹に割り切ったとはいえないが、その声音も口調もタマキのそれとまったく異なっているのは明らかだった。

 

「ショートさんっ、だいじょ「俺に構うなっ、歌い続けろ!!」──!?」

 

 モモを慄かせるほど強い調子で言い放ったショートは、次いで唇の端を吊り上げて笑みを浮かべた。

 

「死力を尽くして、皆を守る……。そういう勇者に、なりたかったんだろ……?」

「──!」

 

 モモは目を見開き──次いで、はっきりと頷いた。再び歌いはじめた彼女と背中を向け合う形で、ショートはガイソーグを睨みつけた。その鉄仮面からは、いかなる感情も窺い知ることはできない。いや──憤怒や憎悪、怯懦、そして絶望といった、あらゆる負の感情があふれ出しているようにも見える。タマキ自身の心を構成するものというより、タマキの心がその一部として取り込まれてしまっているのだろう。

 それでも、

 

「あんたは、俺が止める……!」

 

 言うが早いか、ショートはモサブレードを構えて飛び出した。射撃で牽制を仕掛けてくると予想していたのだろう、ガイソーグは明らかに面食らっている。その隙に、懐へ飛び込む!

 

「ッ!」

 

 ガキン、と金属同士のぶつかる音が響く。高速振動するモサブレードの刃は、残念ながらガイソーケンに弾かれてしまった。しかし今さら銃に持ち替えようなどという気もない。自ら距離を詰めてしまった以上、このまま剣を振るうのみだ。

 

「ッ、いい加減目を覚ませ、タマキ先輩!あんたも、リュウソウ族の騎士だろう……!」

「………」

「今のあんたを見て、死んだミリオ先輩がどう思う!?あんたは今、彼のことも穢してんだぞ!!」

「──ッ、黙れ!!」

 

 ガイソーグの声が明らかに揺らいだ。しかしそれは致命的な隙とはならず、むしろショートは力まかせに押し破られた。

 

「ぐあぁ……ッ!?」

 

 俯せに地面に転がったところに、背中を踏みつけられる。痩せ型に見えるとはいえタマキは長身で、騎士としてみっちり鍛えた肉体をもっている。そこに鎧の重量が加われば、同じく鍛えているとはいえ少年の背骨を踏み砕くなどわけもないことだった。

 

「ぎッ、あ゛、あ゛あ……ッ」

「死ね……!死んでしまえ……!」

 

 苦悶するショートの声を聞き、仲間たちも助けに入りたいのは山々だった。しかしワイズルーもヘラクレスマイナソーも手強い敵であって、守勢に回りながらも離れる隙を与えてはくれない。そのことで焦れば、今度は攻勢をかけようと仕掛けてくる。

 

「ッ、ショートくん!くそっ……!」

「このままでは──!」

 

 ショートが、殺されてしまう──!

 そのときだった。小さな赤い影が飛来したかと思うと、ガイソーグの頭部に衝突したのは。

 

「ッ!」

 

 怯んだガイソーグの足が背中から離れる。その隙を逃さず、ショートは床を転がるようにして距離をとることに成功した。

 そして、見たものは。

 

「ティラアァッ!!」

「!、ティラミーゴ……?」

 

 小さなティラミーゴが、懸命に噛みついている。振り払おうとするガイソーグだが、そのスケールの差でかえって翻弄されているような状況だ。

 

「ッ、おのれ!」

 

 苛立ったガイソーグが剣から衝撃波を放ったことで、ようやくティラミーゴは吹き飛ばされた。尤もミニマライズされていても騎士竜は尋常でなく頑丈な肉体の持ち主なので、その程度では怯むだけだったが。

 それ以上に、ガイソーグの精神的な揺らぎのほうが大きかった。勇猛の王たる、赤き騎士竜。彼が現れた、ということは。

 

「そこまでだぜ……センパイ、」

「………!」

 

 自分より小柄な少年に肩を預け、ゆっくりと歩き来る赤髪の青年。「エイジロウ、」と、ショートはその名を呼んだ。

 

「おまえ……」

「悪ィなショート、出しゃばっちまって。でも、こっからは俺のターンだ」

「それはいいが、大丈夫なのか?」

「今のおめェと同じくらいにはな」

 

 ショートは思わず笑いを噛み殺した。ガイソーグに踏みつけられた背中がじくじくと痛む。エイジロウの怪我はそれより酷いがおそらく治りかけ、条件は同じようなものだ。

 

「コタロウ、ティラミーゴ、サンキューな。あとは任せてくれ」

「わかりました。……お気をつけて」

「がんばるティラ、相棒!」

 

 ふたりが下がっていく。それを穏やかな笑みとともに見送ると──彼は、一気に好戦的な表情を浮かべた。

 

「勝負だ……センパイ!」

「ッ!」

 

 羽織っていた上着を脱ぎ捨て、包帯を破り去る。──背中に残る塞がりかけた傷は、臆病者の烙印ではない。友を信じたという勲章だ。それが裏切られたとしても、決して後悔しない。

 

 ただ──もう一度友と呼ぶ、そのために。

 

「リュウソウチェンジ!!」

『ケ・ボーン!!』

 

『ワッセイワッセイ!そう!そう!そう!ワッセイワッセイそれそれそれそれ!!』

 

『リュウ SO COOL!!』──踊り狂う小さな騎士たちがひとつになり、エイジロウの身体をリュウソウメイルとなって覆い尽くす。それと同時に、

 

『カタソウル!ガッチーーン!!』

 

 右腕を水晶の鎧が覆い、その全身をダイヤモンドのように硬化させた。

 

「勇猛の騎士──リュウソウレッド!!」

 

 名乗りを挙げながら、走り出す。ガイソーケンの剣波が襲いくるが、硬度を上げた身体とリュウソウケンで弾き飛ばす。衝撃でじくじくと傷痕が痛むが、それだけだ。一気に肉薄し、斬り結んだ。

 

「……ッ!」

 

 バチバチと火花が散る。オチャコのことさえ頭から追いやれば腕力には自信のあるエイジロウだが、ガイソーグとは拮抗しているとしか言いようのない状況で。

 

「その強さ……喰らわせろぉぉっ!!」

「タマキ、センパイ……!」

 

 タマキの意識はガイソーグに乗っ取られているのか。しかし歴代の装着者の思念と記憶を内包したそれは、一方的に支配するだけでなくタマキからの影響も確実に受けているはずだ。──ショートがミリオの名を出したとき、明らかに動揺を見せたのがその証拠である。

 ならば必ず、手立てはある──!

 

「なあセンパイ……俺も、大切なダチを死なせちまったことがあるんだ……!」

「……!」

 

 ガイソーグがわずかに身じろぐ。それを認めて、レッドはさらに言葉を紡いだ。

 

「あいつらがいたから、俺は強くなれた……優しくなれた!あんたにとってのミリオセンパイと同じだ、俺はきっとひとりじゃ輝けなかった!」

 

「だから、俺は太陽なんかじゃねえ……!」

 

 でも、それがなんだというのか。自力で輝こうがそうでなかろうが、自分にはひとを救うための大いなる力があって、それを今振るっている。その矜持さえ失わないことが、すなわち騎士だ。

 

「タイシロウさん……マスターレッドだって、あんたにそう教えたんじゃねぇのか!?」

「……黙れ──ッ!!」

 

 その叫びがタマキによるものなのか、それともガイソーグによるものなのかはわからない。ただ、感情的になっているのは明らかだった。次の瞬間、鎧から放たれた闇の波動を浴び、レッドの身体は後方へ吹き飛ばされた。

 

「ぐぅ……ッ!」

 

 宙を舞いながら──エイジロウの脳裏には、鮮烈な光景が焼き付いていた。

 燃えさかる、おそらくは人の集落だったもの。それを目の前にしながら、記憶の持ち主が慟哭する。その激しい感情が、一瞬自分自身のものと誤認しかかるほどに、鮮明に流れ込んできたのだ。

 

(これがおめェの背負ってるもんなのか、ガイソーグ……!)

 

 自分やタマキだけではない──この呪われた鎧もまた、そうなるに至るまで惨たらしい過去を経てきている。タマキを救けるためには、その歴史に終止符を打つしかない。

 

「センパイもおめェ自身も、俺が解放するっ!!」

 

 そう叫び、地面を半ば滑走しながらも着地する。同時に、リュウソウケンの柄に手をかけた。

 

『それ!それ!それ!それ──』

「………」

 

 ガイソーグもまた、その動作に応える。静謐の中の対峙、刹那が永遠のようだった。

 それでも、時は動き出す。

 

『──その調子ィ!!』

「アンブレイカブル、ディーノスラァァッシュ!!」

「エンシェント、ブレイクエッジ──!!」

 

 ふたつの思念がぶつかり合い、弾けた。

 

 

『ドッシンソウル!ドッシンッ!!』

「でいやあぁぁぁぁ!!」

 

 騎士竜パキガルーの加護を得た拳を猛烈に叩きつけられ、ヘラクレスマイナソーは見るも無惨な状態で吹き飛ばされていた。

 そこに「ノォオオオオオ!!」と悲鳴をあげながらワイズルーも転がってくる。メラメラソウルの力を受けし焔の刃により、彼の身体もあちこちが焼け焦げていた。

 

「今度こそ、マイナソーが成長しないうちに──」

「──まとめてブッ殺したらぁ!!」

 

 並び立つグリーンとブラック。負けてはいられないとばかりに、ブルーとピンクも続く。

 

「いくぞ、オチャコくん!」

「オッケー!」

 

 リュウソウケンを振り上げ、

 

「「ダブルディーノスラァァッシュ!!」」

 

 そして、

 

「ボルカニックディーノスラッシュゥ!!」

「ディーノソニックブロー!!」

 

 力と力、また力。完全に調和したそれらが標的へ喰らいつく。ワイズルーとクレオンはというと、すかさずマイナソーを盾にして逃げ出した。

 

「ビートッ!?──ビ、ビートォォォォ……!!?」

 

 身内の裏切りを呑み込めないまま、ヘラクレスマイナソーは跡形もなく消滅していった──

 

 

 一方、リュウソウレッドとガイソーグの対決は痛み分けに終わっていた。

 

「ッ、う、ぐ……っ」

「……ッ、」

 

 竜装が解けてしまったエイジロウに対し、ガイソーグはその鎧を纏ったまま。先に立ち上がろうとしたのもそちらだった。

 しかし、

 

「!?、グゥ、ガ、ア゛ァァァ……!」

 

 頭を抱えて苦しみ出すガイソーグ。エイジロウがはっと顔を上げると同時に、その兜が崩れ落ちた。──窶れ果てたタマキの顔が、露になる。

 

「センパイ、元に戻っ「すまない……エイジロウ、くん……」──え……?」

 

 その瞳は、紫に染まったままだった。

 

「俺はもう、これ以上……──だから、」

「────!」

 

 そしてタマキは剣を振るい、妖霧の中へ消えていった。

 

 

 *

 

 

 

「……カさん、キョウカさん!」

「……ん……」

 

 耳慣れた声に薄目を開く。と、こちらを見下ろす少女の姿があった。

 

「お嬢……様……?」

「良かった……。お加減は、いかがですの?」

 

 「平気です」と言葉少なに応じつつ、キョウカは目を伏せる。マイナソーを生み出してしまったことは、意識が混濁しながらもはっきりと覚えている。モモや街の人々に迷惑をかけてしまったこと──そして、"夢"を露にしてしまったこと。

 

「──キョウカさん、」

 

 呼びかけられて、顔を上げる。その表情は、慈しむような笑みに彩られていて。

 

「一度、家へ戻りましょうか」

「え……?」

 

 それは予想だにしない言葉だった。二の句が継げないキョウカに対し、彼女は笑顔のまま続ける。

 

「そうすればあなたは任を遂げたことになる。命令を果たしたうえで……改めて、わたくしと一緒に旅に出ませんこと?」

「旅って、ウチはそんな──」

「キョウカさんもまだ知らない素敵な音楽が、世界にはたくさんあると思いますわ」

「!」

 

「夢に向かって飛びましょう──ふたりで、一緒に」

「お嬢様……」

「モモとお呼びくださいな、キョウカさん」

「……モモ、ありがと」

 

 二度と戻るまいと決めていた生家への帰還。それはきっと短いけれど、充実したものになるだろう。

 

 

 *

 

 

 

 死闘の爪痕残る戦場跡に、エイジロウは立ち尽くしていた。

 

「……タマキセンパイ……」

 

──俺はもう、これ以上……──だから、

 

「──救けよう、必ず」

「!」

 

 振り向けば、そこには仲間たちの姿があった。「救けよう」──そう言ったのはイズクだったが、テンヤとオチャコ、ショートははっきりと頷き……カツキもまた、渋い表情ながら沈黙を守っていた。

 

「……おう!」

 

 俺たちの、ソウルはひとつだ。

 そこにタマキが加わる日が来ると、エイジロウは信じていた。

 

 

 つづく

 

 





「あのバカは、俺がやる」
「もっと力を、強さを見せろぉぉぉ!!」
「俺たちのソウルは、ひとつなんだ!!」

次回「慟哭の夜をこえて」

「やっぱりきみたち、眩しすぎるよ……」


今日の敵‹ヴィラン›

ヘラクレスマイナソー

分類/ヴァーミン属ヘラクレス
全長/246cm〜49.7m
体重/298kg〜665t
経験値/338
シークレット/筋骨逞しい甲虫に似たマイナソー。何故か?弦楽器をぶら下げており、痛烈なビートを刻むことで聴いた者の脳に音を刻み込み、他の音を一切遮断してしまう。それは他の感覚にも影響を及ぼし、行動を著しく阻害してもしまうのだ!
ひと言メモbyクレオン:超絶うるっっっせ!!あのコの歌のほうが良かったなぁ……。



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34.慟哭の夜をこえて 1/3

 

 目に痛いほどの紅蓮は、地獄の光景そのものだった。

 

 燃えさかる焔が空までもを赤黒く染めあげる。足下の地面もまた、同じ色に染まっていた。

 それは、焔のためだけではなかった。

 

 倒れ伏す仲間たちの流した血、血、血。彼らは指先ひとつ動かさない。当然だ。もはや彼らは勇敢なる騎士たちではなく、ただのモノ言わぬ肉塊でしかないのだから。

 流れる血に乗って、絶望が這い上がってくる。目を背けたくて視線を上げれば、そこにはこの光景をもたらした菫色の鎧騎士の姿があって。

 

 憤怒のままに喉をふるわせて叫ぶ。しかし、どういうわけか声が出ない。ひゅうひゅうと洩れる空気の音に焦燥感を煽られながら、視界がすう、と狭まっていく。真っ暗に堕ちていく世界で、彼は藻掻いていた。

 

 

「────ッ!!?」

 

 薄い掛布を跳ね除けるようにして、カツキは飛び起きた。見慣れてはいないが、既に飽いた古びた壁が目に入る。

 

「ッ、………」

 

 手狭な二人部屋、視線をずらすとそこには生まれてこのかた──不本意ながら──行動をともにしてきた幼なじみが、あどけない寝顔を晒して眠っている。カツキはほうと息を吐いた。あの煉獄の光景が夢だったと理解して、安堵する自分を嗤いたくなる。

 びっしょりと汗を掻いた身体が、未だ熱をもっている。冷たい風を浴びれば少しは気も紛れるだろうと、カツキはイズクを起こさないよう部屋を出た。

 

 

 冷たい夜風に当たりながら、カツキは過去のことを思い起こしていた。マスターブラックのもとでともに学び、騎士を目指した日々。しかしカツキはタマキのことを歯牙にもかけていなかった。剣の腕はそこそこのものだが、あのメンタルの弱さとネガティブ思考では到底騎士など務まるまいと思っていた。タマキはタマキで自分に苦手意識を抱いていただろうことは明らかで、個人的な友誼など殆どなかった。

 しかし一度だけ、ふたりきりで話したことがある。──彼とミリオが旅立つ前夜のことだった。

 

「逃げんのかよ。自分(てめェ)がリュウソウジャーになれなかったからって」

 

 侮蔑を込めてそう言い放つと、タマキは珍しく目に怒りを浮かべてこう反論した。

 

「ミリオはそんなやつじゃない!」

 

 ミリオ"は"。あんたはどうなんだとカツキが突っ込むと、途端にいつもの調子に戻ってしまう。

 

「……俺は、きみの言う通りかもしれない……」

「ハァ?」

「俺はどうしようもないグズで、臆病者だから……。騎士になったって、独りでできることなんてたかが知れてるんだ……」

「………」

 

 この男にも少しはプライドがあるのかと思った自分が馬鹿だった。呆れ果てたカツキは、どこへでも行けや臆病もんと言い捨てて、あとはもうそれきりだった。

 タマキはあの頃と変わってしまったのか、それとも何も変わっていないのか。他人の機微などに今まで思いを巡らせたことなどないカツキには、正直量りかねていた。

 

「──眠れねーのか?」

「!」

 

 振り向くと、そこにはすっかりいつも通りのエイジロウの姿があって。

 

「……ゆうべと逆かよ、クソが……」

「え、逆?」

「こっちのハナシだわ」

 

 ゆうべ黄昏れているデクに絡んだのが、こんなことで返ってきたか。偶然に決まっているのだが、今は些細なことが勝手に結びついてしまう。悪い癖だと、いい加減自覚はしていた。

 

「タマキセンパイのこと、さ……なんだかんだ、おめェも気にかけてんだよな」

「見透かしたようなこと言うんじゃねえ、鎧を使ったンはあいつの自業自得だ。心が弱ぇからそうなる」

「なら、このまま死なせて後悔しねぇか?」

「ッ、」

「俺はイヤだ。センパイが、後悔を抱えたまま自分で自分を終わらせちまうなんて……」

 

 カツキは思わず目を見開いた。今のはさらりと流すには、あまりにも聞き捨てならない言葉だったので。

 

「あいつがそう言ったんか?」

「はっきりと言ったわけじゃねえ。でも、そんな気がした。あの人はたぶん、そうやって責任をとろうとしてんだと思う……」

「………」

 

 何かあれば、タマキに引導を渡すのは自分の役目だと思っていた。しかしイズクやエイジロウの強い想いにあてられたのか、カツキも迷っている。彼を斬って胸を張れると、自信をもって言い切ることなどできなくなっていた。

 だがもし、タマキが自裁を選ぶというなら。それが現実になったときのことを想像すれば、自ずと結論は出た。

 

「あのバカは、俺がやる」

「カツキ……おめェ、」

「文句は聞かねえ。……いっぺんボコボコにしてやらなきゃ、気が済まねえだろうが」

「!!」

 

 人の悪い笑みを浮かべて、拳を握りしめるカツキ。その意味するところを理解して、エイジロウはほぅと息を吐いた。

 

「おめェも素直じゃないよな、ホント」

「うっせ。クソ髪が」

「あーっ、またクソ髪に逆戻りかよ!名前で呼んでくれるんじゃねーのかよぉ?」

「てめェなんざクソ髪で十分だわクソ髪」

「ひっでー!」

 

 大袈裟に落ち込むしぐさを見せるエイジロウは、カツキがくすりと笑みを洩らしたことに気づかなかった。

 

 

 *

 

 

 

 その頃彼らの身も心も大いに掻き乱している青年はというと、湖のほとりに身を潜めていた。

 

「ッ、く……はぁ……っ」

 

 死を迎えようとしている者が懸命に酸素を取り込もうとしているかのような、浅く小刻みな呼吸を繰り返す。そのまま死ねたらどんなに良かっただろう──頸から下が完全にガイソーグの鎧と一体化してしまった今、自らではなく自らを除いた他者の生命を破壊する者になろうとしている。

 

(こんなことなら、もっと早く死ねばよかったのに)

 

 もはや自嘲する余裕さえ残されていない。タマキの脳裏には「死にたい」「消えたい」と、ネガティブを超越した言葉ばかりが奔流となって巡っている。自嘲の余裕はないけれど、ガイソーグの嘲う声が聞こえたような気がして、心はますます奈落の底へ沈んでいく。

 

「──ぅぐっ!?」

 

 突然、衝き上げるような胸の痛みが襲ってくる。ガイソーグの鎧からなんらかの身体的干渉を受けているのか、しかしこの感覚は今まででも初めてのことで──

 

──ぐにゅ、と、体内で何かが蠢く感触。

 

(ちがう、)

 

(これ、まさか)

 

 "それ"はどんどん大きく膨らんでいき、タマキの身体を内側から喰い破ろうとしているかのようで。

 

「いや、だ……!や、め……──やめろぉおおおおおお!!!」

 

 願いも、虚しく。

 

 

「シネェェェェェ────ッ!!!」

 

 それはヒトのようでありながらヒトのそれではない、魔獣の放つ怨嗟の咆哮だった。

 

 

 *

 

 

 

 此度の異変は、夜更けのうちに起きた。

 眠っていた街が──ヘラクレスマイナソーのそれとはまったく別種の──狂騒に覆われはじめる。

 

 それは人と人とが争い、傷つけ合うおぞましい光景だった。

 

「──何やってんだッ、やめろぉ!!」

 

 咄嗟に割り込み、その拳や武器をかわして地面に縫いつける。なおも彼らはじたばたともがいている。その目は血走り、明らかに尋常な様子ではなかった。

 

「放せぇッ、放せクソどもがぁぁ!!!」

「ア゛ァ!!?てめェもっぺん言ってみろやゴラアァァ!!」

「ちょっ、かっちゃん落ち着いて!!」

「そうだ!彼らは明らかに普通ではないっ!!」

 

 「わーっとるわクソがっ」と相手顔負けの口の悪さで吐き捨てるカツキ。瞬間湯沸かし器のような少年ではあるが、根っこまで怒りの色に染め抜かれることは実のところさほど多くはない。そうなったときの恐ろしさを身をもって知っているのは、リュウソウジャー一行の中でもイズクくらいなものだった。

 

「皆、憎しみに我を忘れちまってるみてぇだ……──ん?」

 

 何かに気づいた様子のショートが、不意にしゃがみこんだ。

 

「どしたん、ショートくん?」

「……水溜りがある。この辺は雨なんかほとんど降らねえはずなのに」

 

 それに少なくとも夜寝る前まで、星がはっきり見えるほどの天気だった。

 しかも、である。水溜りは暗闇の中にあって虹色の光をかすかに放っているようだった。これもまた、明らかに尋常ではない。

 

「大変ティラ〜〜!!」

「!」

 

 路地の向こうから特徴的な語尾とともに走ってくるのは、何を隠そうティラミーゴ──エイジロウの相棒である。

 彼はその相棒の目前で急ブレーキをかけると、その勢いを買ってぴょんと肩に飛び乗ってくる。

 

「どうした、ティラミーゴ?」

「急にキレイな虹色の雨が降ってきたと思ったら、それを浴びた人たちが暴れ出したティラァ!!」

「!、人々の狂暴化は、これが原因か……!」

 

 やはり、マイナソーの仕業か。その結論に至ったエイジロウたちがワイズルーたちを疑う、もとい首謀者だと確信し、なおかついくらなんでも毎日毎夜ハッスルしすぎだろうと辟易するのはやむをえないことだった。

 

 しかしこの事態にある意味最も驚愕しているのは、他でもないそのワイズルーたちで。

 

「クレオン、私にナイショでニューマイナソーを生み出したのか〜?ン〜〜??」

「痛でででで!?んもー、そんなことしないですってば!!」

「ならばいったい、アレは誰が?」

 

 クレオンの他にマイナソーを生み出せる存在がいるというのか?──あるいは、自然発生した?滅多にない事態を訝しむと同時に、ワイズルーは間違いなく興奮していた。

 

 

 *

 

 

 

『ケ・ボーン!リュウ SO COOL!!』

 

 リュウソウメイルを纏い、騎士たちは走る。それは即座に戦闘に入れるようにするためという目的と同時に、虹色の雨から身を守るための賭けでもあった。

 

「やっぱり、竜装していれば雨には侵されないみたいだ!」

 

 賭けは結果として的中した。同じく雨を浴びたはずのティラミーゴがなんともなかったことから、あるいはと考えたのだ。虹色の雨は屋根をも透過する、そうでなければ彼らも今頃は相争っているところだった。

 

「カツキ、マイナソーは?」

「っせぇ!居所は掴んだわ!!」

 

 言うが早いか、カツキ──ブラックはクンクンソウルをブットバソウルに換装、爆破とともに飛び出してしまった。ブルーとグリーン、そしてゴールドが慌ててハヤソウルでそれに続く。

 

「っし、俺も──」

 

 同じくハヤソウルを使おうとしたレッドだったが、ピンクから止められてしまった。

 

「な、なんだよオチャコ?」

「置いてかんといてっ!」

「置いてって……おめェもハヤソウル使えばいいだろ?」

「私がハヤソウルだめなん、知ってるでしょ!」

 

 そういえばそうだった。エイジロウもハヤソウルにしてもテンヤほど上手く扱えるわけではないが、オチャコはそれに輪をかけて酷いというか、まっすぐに走ることも困難なのだ。

 

「〜〜ッ、じゃあ気合で、全力ダッシュだ!!」

「おー!」

 

 それならば彼女も得意とするところである。ふたりは己の脚力とリュウソウメイルの補助のみで、仲間のあとを追ってひた走るのだった。

 

 

 *

 

 

 

 夜空をさらに染め抜いたような漆黒の雲が、湖の方角へ移動していく。

 やがてそれらは徐々に降下していき、やがてガス状にかたちを変えて"それ"に吸収されていった。

 

「……シネ………」

「──見つけたぜぇ、マイナソー!!」

 

 "それ"がはっと顔を上げたときには、爆発音とともに黒騎士が迫っていて。

 

──BOOOOM!!

 

 爆炎が"それ"を呑み込──まなかった。"それ"は素早く飛び退くと、爆破の効果範囲外ぎりぎりにまで逃げ延びたのだ。

 

「チィ……ッ!」

「──かっちゃん!!」

 

 背後から疾風と叡智、そして栄光の三騎士も追いついてくる。

 

「ハヤソウル、初めて使ったがなかなか悪くねぇな」

「え、あ、そう……」

「それは良かったが、そんな話をしている場合ではないだろう!!」

「……悪ィ」

 

「シネェ!!」

 

 彼らのやりとりに割り込むように、魔獣は襲いかかってくる。彼らは咄嗟に散開した。最も大柄なブルーが正面で引き付け、グリーンとゴールドが左右から、そしてブラックが頭上から同時に攻撃する。いかに超人もとい超獣たるマイナソーといえども、それらに同時に対応できるほどの処理能力は持ち合わせていない──

 

──普通なら。

 

「シ、」

「──ネェ!!」

「ッ!?」

 

 その頭部は、ひとつではなかった。正面にあった獣のそれだけではなくて、両腕や背中、脚にも様々な動物を模したと思しき頭が生え出でたのだ。

 

 それらは個別に意思をもっているかのように、ばらばらに四人を攻めたててきた。

 

「ぐぅッ!!」

 

 予想だにしない事態に、いったん後退を強いられる。ばらばらに、というのもさることながら、その反射神経も尋常でないものがあった。

 

「ッ、なんてヤツだ……!」

「それにしてもこいつ、"死ね"って……」

「俺じゃねーわ」

「いやわかってるけど!」

 

 そう、カツキが日常で言い放つようなそれとはまったく異なる。世界の何もかもを呪うような、怨嗟の声。先日戦ったウィル・オー・ウィスプマイナソーを想起させる。その宿主であった男は愛娘を奪った湖を憎み、"凅れろ"と繰り返していたわけだが、それ以上にストレートな"死ね"という言葉。いったいなぜ、何に向けたものなのか。

 

「おぉーい、みんなぁ〜〜!!」

 

 張り詰めた戦場の空気にそぐわない能天気な声が背後から迫ってくる。視線だけ向ければ、赤系統のふたりがようやく追いついてくるところだった。

 

「遅ぇ!!」

「ッ、だってオチャコがよぉ……──!」一瞬言葉に詰まり、「あれが……虹色の雨を降らせていたマイナソー?」

「ああ……そうだ」

「今までのマイナソーの中でも、特に禍々しい気を感じる──」

 

 それはエイジロウとしても同感だった。いや──それだけではない。

 

(あのマイナソー、まさか……)

 

 一瞬重なったのは、俯きがちなタマキの姿。何故そう思ったのかはわからない。ただの錯覚かもしれない。

 それでもエイジロウは、嫌な胸騒ぎを覚えずにはいられなかった。

 

 

 同刻、湖のほとり。

 

「……強いヤツは、どこだ……!」

 

 タマキの肉体という器を得て、呪われた鎧騎士が動き出そうとしていた。

 

 



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34.慟哭の夜をこえて 2/3

 

 怪物──キマイラマイナソーとの激戦は、六人のリュウソウジャーが揃ってなお拮抗した形で続いていた。

 

「──メラメラソウル!!」

 

 騎士竜ディメボルケーノの加護を得た鎧を纏い、斬りかかるリュウソウレッド。しかしキマイラマイナソーは全身に浮き出た顔と目玉でその挙動を正確に察知し、最小限の動作で攻撃を回避してしまう。

 それだけにはとどまらない。

 

「シネ……シィネェェェッッ!!!」

 

 マイナソーの肉体から黒い靄が滲み出すようにして現れると、それがリュウソウジャーの面々を取り囲んだのだ。

 

「な……──ぐあああッ!!?」

 

 リュウソウメイルから激しく火花が散り、彼らは弾かれるようにして吹き飛ばされていた。

 

「ッ、なんだ……今の……!?」

 

 単純な破壊力ではない。触れた途端、悪意や怨念、妄執──見た目通りのどす黒い感情が、頭の中に流れ込んできたのだ。それは昨日、ガイソーグと斬り結んだときとよく似ていた。

 

(やっぱり、コイツは……)

 

「──HAHAHAHAHAHA!!」

「!」

 

 にわかに響く場に不似合いな高笑い。いい加減聞き飽きたそれは、やはりかの"群青の道化師"のもので。

 

「ボンソワ〜レ、リュウソウジャー!!」

「ぼんそわ……?」

「ッ、ワイズルーおめェ、次から次へとマイナソー作りやがって!!」

「ええ加減にせんとボコるでホンマ!!」

「とっくにボコる基準超えとるわクソがぁ!!」

 

 次から次へと罵声を浴びせられ、ワイズルーはブルリと身を震わせた。

 

「そういうの好きぃ……もっと言ってもっと言って!」

「……三流エンターティナー」

「グハッ……それは傷つく!!」

 

 くだらないやりとりを遮るように、隣に立つクレオンが声を張り上げた。

 

「ちゅーかそのマイナソー、俺ら知らねえし!!」

「ア゛ァ!!?」

「だったら誰の仕業だというんだ!?」

 

「──俺だ」

「!?」

 

 重々しい足音を鳴らしながら現れる──毒々しい紫の、鎧騎士。

 

「いや……俺の生体パーツ、と言うべきだろうな」

「ッ、タマキ……センパイ……」

 

 いや、違う。この堂々とした狂戦士めいた口調、そして生体パーツという言葉。今の彼は、ガイソーグ──鎧に宿った意思そのものだ。

 

「まさか、タマキ先輩がこのマイナソーを……?」

 

 無論、ガイソーグや無論タマキにクレオンのようなマイナソーを創り出す能力があるわけはない。そうではなく、その身体を依代に誕生した──つまり、タマキがマイナソーの宿主となってしまったということ。

 

「だが、こんなヤツはどうでもいい。──貴様らの力は、俺がこの手で喰らってやる!!」

 

 言うが早いか、ガイソーグは地を蹴った。一挙に距離を詰め、斬りかかってくる。

 

「ッ!」

 

 ガイソーグは強い。そしてその標的はリュウソウジャー全員だった。いずれも彼に背を向けることは許されず、彼だけに注力して応戦するほかなくなってしまう。

 するとフリーになったキマイラマイナソーを、ワイズルーとクレオンが取り囲んだ。

 

「さぁさぁマイナソーくぅん、チームワイズルーにご招待〜」

「シネ?」

「キミの能力で、憎悪の雨をたぁっぷり降らせるのでショータァイム!!」

 

 連れていかれるマイナソー。「待て!!」とゴールドが叫び銃撃しようとするが、それをすかさず察知したガイソーグが目の前に割り込んできた。

 

「ひとりたりとも逃さん……!」

「ッ!」

 

 歯噛みしながら、立ち向かうしかない。しかしガイソーグはここで一気に王手をかけてきた。

 

『ビュービューソウル……!──ガイソー斬!!』

「!、カタソウル!!」

 

 ゴールドを庇うようにレッドが前に出て、ガッチーンと硬質化したリュウソウケンで受け止める。しかし単純な切れ味はともかくとしても、接触の瞬間に放たれる衝撃波には抗えない。六人まとめて吹き飛ばされ、その身体が湖の浅瀬に投げ出される。ばしゃあ、と、水飛沫が散った。

 

「ッ、ぐうぅ……!」

「その程度か……!もっと力を、強さを見せろぉぉぉ!!」

 

 咆哮するガイソーグ。その怨念のこもった声に、タマキの面影はもはや感じられなかった。

 

(──いや、違う)

 

 そうではない。そこに滲んだ慟哭のいろは、きっとミリオを失ったタマキの心から出でたものに違いない。

 ならば、まだ。そして、今しかない──!

 

「──ドッシンソウル!」

 

 それを構えたのは、リュウソウグリーンだった。

 

『強!リュウ!ソウ!そう!──この感じィ!!』

 

 エメラルドグリーンの鎧の上に、パキガルーの加護を得た装甲とグローブが装着される。

 

「僕が……行くっ!!」

 

 言うが早いか、彼はたったひとりで飛び出していった。今ばかりは幼なじみの「デク!!」という呼び声も聞こえていないかのようだった。

 駆ける彼は、もはや持ち前のスピードで敵の攻撃をかわそうという意志もなかった。ガイソーグの迎撃は、その拳をもって受け止め、強引に振り払う。

 反動がないはずがない。しかし今、そのたびに走る痛みなどイズクは気にもとめていなかった。タマキを救ける──そのためなら。

 

「──ッ、うおおおおおおおおおッッッ!!!」

 

 そしてついに、その拳がガイソーグに届いた。

 

「グハ……ッ!」

 

 そのうめき声は意思の問題ではなく、タマキの肉体が反射的にあげた悲鳴のようなものだった。その拳による一撃がただの殴打でないことは、これまでの戦いでも示してきた通りである。殴りつけた標的の内部に、激しい衝撃(インパクト)を伝播させて破壊する。相手がどんなに硬い甲殻や鎧を纏っていようが、関係ない。

 

 そんなものを何発も一気に叩き込まれ、ガイソーグはその場にがくんと膝をついた。

 

「ちょっ……デクくん、それ以上は──」

「それ以上やったら、タマキ先輩が死んでしまうぞ!!」

 

 タマキを救いたいという想いをエイジロウに並んで強く抱いていたのは、他ならぬイズクのはずなのだ。それなのに、何故。

 

「──いや、」

 

 しかし制止しようとする仲間たちを押しとどめたのも、そのエイジロウだった。

 

「イズクはたぶん、俺が考えてたのと同じ方法でセンパイを救けようとしてんだ」

「!、そういえば、思いついたことがあると昨日、イズクくんが──」

「イズクはいったい、何をするつもりなんだ?」

 

 エイジロウだけでなく、彼と長年の因縁めいた付き合いのあるカツキも薄々察してはいた。イズクが何をするつもりなのか……どうやって、タマキを救けようというのか。

 

この鎧(ガイソーグ)を引き剥がすには、これしかない)

 

 ガイソーグの鎧は、強さを求めて身体を乗り換えてきた。より自らを活かせる能力──すぐれた剣の腕と、頑健な肉体の持ち主。タマキは十分に、その基準をクリアしているといえた。

 ならば、強制的に装着者の状態を基準未満にまで下げたとしたら。

 

「──センパイの身体を弱らせれば、鎧は次の装着者を求めて離れる。そうすれば、」

「タマキ先輩とガイソーグの繋がりは、断ち切れる……!」

 

 それは深く考えるまでもなく、大きな賭けだった。先ほどテンヤとオチャコが懸念したように、弱らせるでは済まない可能性。そして仮にタマキから無事に引き剥がせたとして、ガイソーグの鎧はどこへ行くのか?また別の誰かに憑依するのではないか。

 

(どうするつもりなんだ、イズクくん……)

 

 叡智の騎士としても、ガイソーグを完全に御する方法は思い至らなかった。口惜しいことだが、今は見守るしかない。イズクに何か考えがあるならば、それを邪魔するわけにはいかないと思ったのだ。

 

「………ッ、」

 

 ガイソーグに支配されたタマキの意識が、強制的に遮断される。それとともに彼は、膝から崩れるように地面に倒れ伏した。

 途端に、鎧の隙間という隙間から黒い靄があふれ出してくる。それは彼を宿主として生まれたキマイラマイナソーが放出したものと酷似していた。

 

「あれってまさか、ガイソーグに宿っていた怨念……?」

 

 それが、形をなして現れたもの。

 

「あれがタマキ先輩に取り憑いて、心を呑み込んじまってるのか……」

「!、あれさえどうにかできれば──」

 

 しかし、形のないものをどうすれば晴らせるのだろう。そこまで思いつかない自分がもどかしい。

 それでもと一歩を踏み出そうとしたそのとき、先に動いた者がいた。

 

「────ッ!」

「エイジロウ!?」

「エイジロウくん!?」

 

 そのまま、グリーンを押しのけるようにして前に出た。当惑する彼を尻目に、ついには竜装まで解除してしまう。

 そして、両腕を大きく広げて叫んだ。

 

「ガイソーグっ!!おめェの大好きな強ぇ身体なら、ここにある!!」

「え!?」

「な──」

 

 その言葉にその場にいた全員が驚愕する。しかし予想だにしなかった者と、予想しえていてもエイジロウがそれを実行に移そうとしていることに驚いた者。そのふたつに分かれてはいたが。

 

「だっ、駄目だエイジロウくん!!そんな役目きみに押しつけるわけにはいかないっ、同じマスターブラックの愛弟子として僕が責任を──」

「デクてめェ、独りでンなこと──」

 

 激昂しかかるカツキだったが、途中で口をつぐんだ。振り向いたエイジロウの顔に、穏やかな笑みが浮かんでいたからだ。

 

「カツキの言う通りだぜ、イズク」

 

 エイジロウは続けた。マスターブラックの弟子がどうとかなんて、もう関係ない。

 

「俺らはもう、センパイも含めてチームなんだ。──俺ぁ俺の身体が、ガイソーグ抑え込むのにいちばん向いてるって信じてる。だからこれは、俺が引き受ける」

「エイジロウ、くん……」

 

 イズクが言葉を失っているうちに、エイジロウはふたたびガイソーグに向き合っていた。今度はその笑みを、獰猛なものへと変えて。

 

「どーしたよガイソーグ、ひょっとしてビビってんのか?怖ぇんだろ、俺に乗っ取り返されるのが!」

 

 倒れ伏したままのガイソーグの指が、ぴくりと動く。それが挑発に対する鎧の反応だと悟ったエイジロウは、気をよくして続けた。

 

「そんなに強さが欲しけりゃ、この勇猛の騎士のことも乗っ取ってみろや!!」

「────、」

 

 刹那──ガイソーグから噴き出した漆黒の靄が、エイジロウを呑み込んだ。

 

「うっ!?──ぐっ、あアアアアッ!!?」

 

 苦悶の悲鳴をあげるエイジロウ。その身体に靄が取り込まれ、染み込んでいく。そのまま彼も、地面に倒れ込んだ。

 

「エイジロウくんっ!!?」

「エイジロウ!!」

 

 駆け寄っていく仲間たち。抱き起こした彼に、果たして意識はあるようだった。しかしその瞳はガラス玉のように虚空を映している。彼の心は今、ガイソーグを占める怨嗟の声に埋め尽くされていた。

 そして次の瞬間、恐れていた事態が起きた。タマキの左腕から鎧が外れ、エイジロウのもとに飛来したのだ。

 

「ッ、エイジロウくんが──」

「ガイソーグに、呑み込まれる……!」

 

 どうすればいい、どうすれば。皆が必死になって考える。

 

「──そうだ!!」

 

 天啓を得たとばかりに声を張り上げたのは、叡智の騎士その人だった。

 

「どうした、テンヤ?」

「あのマイナソーだ!ヤツは憎しみを雨として降らせる。──雨を降らせる雨雲も、もとはといえば水や氷の粒の集合体なんだ!」

「え、えーと……つまり?」

「ヤツの降らせる憎悪の雨は、元々誰かの憎しみでできてるっつーんだろ」

「そうだ!しかしタマキ先輩のそれだけで事足りるとは思えん。あちこちから吸収している……可能性がある……!」

 

 断言はできない。相手はマイナソーなのだから、規格外の能力を持っていたっておかしくはないのだ。

 しかし叡智の騎士が思い至ったことを、仲間たちは言葉でやりとりせずとも尊重した。

 

「──騎士竜どもッ、マイナソー探せ!!」

 

 カツキの張り上げた声は、自分たちの出番を今か今かと待ち構えていた騎士竜たちにはっきりと届いた。

 

「任せるティラ〜!!」

「その口調は気に食わんが、水辺は任されてやる!」

「そもさん、汝に問う!雨が降ってきたので傘を差しました!──どうなる!?」

「その心はぁ〜、なんか安心する!」

 

 ティラミーゴ、モサレックス、ディメボルケーノ、パキガルー&チビガルー。そしてトリケーンにアンキローゼ、タイガランスにミルニードル。シャドーラプターとシャインラプターも異空間から飛び出してきてくれた。彼らが一斉にマイナソーの捜索を開始する。

 街はマイナソーの降らせた憎悪の雨により、酷い有様になっていた。人々が憎しみのままに相争い、そのためにさらに憎悪を募らせる。そしてそれを、マイナソーが吸収する。無限の連鎖は街を、いずれは世界をも呑み込んでいくだろう──

 

 一方、リュウソウ族の戦場では、勇猛の騎士が呪われた鎧に侵されようとしていた。

 

「──ッ!」

「おらぁッ!!」

 

 タマキの身を離れて飛来してくるパーツを、仲間たちが弾き返す。そうやって少しでも、時間を稼ごうという魂胆だった。

 

「いいかカスども、一部も通すんじゃねえぞ!!」

「わかってる」

「あえて言おう、カスではないと!!」

 

 五人でエイジロウの周囲をぐるりと囲み、意思をもったようにあちこち方向転換しながら迫る鎧を弾いていく。この調子なら、ある程度までもたせられるか。

 そう考えはじめた矢先──業を煮やしたのだろう鎧が、思念の残滓を黒い波動にして撃ち出した。

 

「ぐああっ!?」

 

 こればかりは完全なる不意打ちだった。一瞬にして蝕まれたリュウソウメイルが消失し、五人は生身を晒しながら倒れ込んでしまう。その間に、今度はエイジロウの右足が鎧に覆われてしまった。

 

「ッ、立つんだ皆!」声を張り上げるイズク。「これ以上、ガイソーグのいいようにはさせない……!」

「わーっとるわ!!」

「やったる……!」

 

 竜装が解けようが、すべきことは変わらない。鎧を剣で受け止め、弾き返す。当然鎧もその囲みを突破しようと様々な方法で仕掛けてくる。

 ギリギリと歯を食いしばりながら──カツキは、俯せたままのタマキの指が、ぴくりと動くのを認めていた。

 

「おいクソ陰キャ!!」

 

 彼にそう呼びかけたのは、ほとんど頭に血が上っての行動だった。

 

「てめェこれでいいンか、このままでいいンか!?騎士の使命からも現実からも逃げて!逃げて逃げて逃げ続けて!!エイジロウに全部押し付けてっ、いちばん苦しいのはてめェじゃねえンか!!?」

 

 カツキの言葉を挑発と捉えたのか、残る鎧の部位がまとめて彼に襲いかかってくる。いかに彼でも、到底ひとりでは抑え込めない凄まじい力。その身がずりずりと後退しはじめたとき、背後からそれ以上に強固な後押しが加わった。

 

「……!」

「ッ、かっちゃん……っ」

 

 イズクを筆頭に、テンヤ、オチャコ、ショート──そして、鎧に侵されつつあるエイジロウも。

 カツキは一瞬目を見開いたが、すぐにそれを受け入れた。前へ突き進むためには、時に背中を支えてくれる存在が必要になることだってある。今なら、わかる。

 だから、タマキを独りで沈めるわけにはいかないのだ。

 

「てめェもいい加減、真正面から向き合って……戦えや──タマキっ!!!」

 

 首から下をほとんど鎧に覆われてしまったエイジロウも、だからこそ紡げる言葉がある。

 

「この鎧から、センパイの記憶が流れ込んできた……。あんたも本当は、リュウソウジャーになりたかった……騎士の使命を、誰よりも果たしたいと思ってたんだよな?あんただって本当は、俺たちにもミリオセンパイにも負けねえ、気高き魂があるはずなんだ……!だから──俺たちのソウルは、ひとつなんだ!!」

「────、」

 

 後輩たちの思いを込めた叫びに──タマキはようやく、顔を上げた。もとより細い三白眼が、眩しいものを見るようにさらに細められている。

 否、それは比喩ではなくて。

 

「なんなんだよ……俺は裏切者なのに……。やっぱりきみたち、眩しすぎるよ……っ」

「タマキセンパイ……!」

 

 そのときだった。タマキの身体からエネルギー体が吸い出され、彼方へと飛んでいく。彼の目がどろりと蕩け、身体から力が抜けた。

 

 そして──マイナソーが、巨大化した。

 

「ヤッベー、大きくなっちゃったよ!?」

「むしろ好都合!」

「確かに!もってくドロボウティラ〜!!」

 

 巨大化した身体に適応するまでの一瞬を突いて、騎士竜たちが一斉に突進する。その身体をリュウソウジャーのいる湖のほうにまで弾き飛ばした。

 

「やったティラ!」

「ッ、シネ……──!」

 

 苛立ち即座に反撃に出ようとするキマイラマイナソーだったが、すぐに気づいたらしい。ガイソーグの内包する、凄まじい量の怨嗟の塊に。

 

「シネェエエッ!!」

 

 エイジロウに視線を釘付けにしたマイナソーは──刹那、蛇の尻尾から虹色の光線を放った。

 

「ぐぁ──!」

 

 それはエイジロウを貫き、刹那、漆黒の靄を一瞬にして凝固させてしまった。そして長い舌を伸ばし、それらを吸い取っていく。

 原動力を失ったガイソーグの鎧が、ブルブル震えている。最後の足掻きなのだろうか。しかし"それ"の意識がそちらに振り向けられはじめたところで、エイジロウは強引に鎧を振り払った。

 

「うぉ、らあぁぁぁ──ッ!!」

 

 鎧が完全に力を失い、ボロボロと崩れて消失する。同時に憎悪の塊を食したキマイラマイナソーは、"本体"の口からそれを再び黒雲へと変えて吐き出した。その量はあまりに膨大だった。それこそ、白みかけていた空をふたたび暗黒へと変えてしまうほどに。

 

「な、なんて量の雲……!」

「想像以上だ……!雨になる前にマイナソーを──エイジロウくん、動ける?」

「へへっ……ヨユーだっての!」

 

 そう言って鼻頭を擦るエイジロウ。予想通りの応答だった。一気に決着をつける。すべての因縁を、今ここで断ち切るのだ。

 

「さぁ──いくぜぇ!!」

 



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34.慟哭の夜をこえて 3/3

 

──竜装合体!!

 

「「「「「キシリュウオー、ファイブナイツ!!」」」」」

「キシリュウネプチューン、コスモラプター!」

 

 並び立つ二大巨人が、標的に迫っていく。対するキマイラマイナソーもまた、臆することなくそれに応戦する。

 

「トリケーンカッター!」

「アンキローゼショット!」

 

 ファイブナイツが連続で攻撃を繰り出し、その隙にネプチューンが距離を詰める。カガヤキソードで斬りつけながら、至近距離でクラヤミガンを発射する。

 

「〜〜ッ、シィネェッ!!」

 

 しかしそれらはマイナソーを圧倒するには至らず、むしろ余計に狂暴化させるに至った。キマイラは複数の顔を持ち、それぞれが戦闘能力をもっている。──そして、激しい憎悪をも。

 それを糧にして、マイナソーは動いた。目にも止まらぬ速度で戦場を駆けずりながら、黒い靄を纏った爪を炸裂させた。

 

「ぐあ……っ!?」

 

 ファイブナイツとネプチューンが、同時に攻撃を浴びる。いずれも攻撃力を重視した形態とはいえ、たった一撃で相当な衝撃が走った。

 

「やっぱこいつ、強ぇ……!」

「流石、センパイの出したマイナソーや……!」

「感心しとる場合かボケカス!!」

「──皆、見ろ!」

 

 ゴールドの声にはっとする。マイナソーはタマキからさらにエネルギーを吸い上げ、ますます巨大化していくではないか。

 

「どうなっているんだ……!?」

 

 

「──フハハハハ、アレがリュウソウ族から自然発生したマイナソーの底力というわけ☆DA!」

 

 戦況を見守るワイズルーは、その光景を前に興奮していた。タマキから自然発生したマイナソーは、その性質ゆえか成長も速く段階も細分化されている。完全体になる寸前には、それこそナイトロボたちが豆粒に見えるほど巨大化してしまうだろう。

 

「フフ、いつものマイナソーとは格が違う!同じリュウソウ族の手で!今度こそ!ジ・エンドオブ・リュウソウジャ〜〜〜〜!!!」

「………」

「どうしたクレオン?一緒に狂喜乱舞するのだ!ワンモア、ジ・エンドオブ・リュウソウジャ〜〜〜〜!!!」

 

(喜べるかよ……バカじゃねーの)

 

 遠回しに自分のつくったマイナソーが格落ちだと言われているようなものなのだ。ワイズルーにそんなつもりがないとしても、いい気がするわけがなかった。

 

 そんなクレオンのささやかな憤懣を踏み砕くかのように、先ほどの倍近くにまで巨大化したキマイラマイナソーは猛威を振るっていた。

 

「「「「「ファイブナイツ、アルティメットキャノン!!」」」」」

「キシリュウネプチューン、コズミックブレイカー!!」

 

 二大巨人が必殺の一撃を放つ。五大騎士竜のエネルギーを込めた砲弾と、コズミックエナジーの攻撃。

 しかし弩級キマイラマイナソーにとって、それは致命傷となりうるものではなかった。鋭い爪が一閃すると同時に、その膨大なエネルギーはあっさりと弾かれてしまった。

 

「なっ……!?」

「うそ──」

 

 茫然としている間は、なかった。

 

「シィネェェェ!!」

 

 ふたたび靄を纏った爪が振るわれる。長く伸びたそれは、弩級巨大化によって凄まじいリーチの長さを獲得している。

 回避が間に合わない──咄嗟に受け身をとった二大巨人だが、次の瞬間には大きく吹き飛ばされていた。

 

「ぐああああ──ッ!!?」

 

 吹き飛ばされた衝撃で、鎧となっている騎士竜たちが剥がされていく。やがてただのキシリュウオーとキシリュウネプチューンになってしまった彼らは、それすらも保てずにいち騎士竜の姿へと戻されてしまった。

 

「ッ、ティラミーゴ、大丈夫か!?」

「痛つつ……わ、ワガハイは、なんとか」

「モサレックス、おまえは!?」

「……問題ない、まだ戦える!」

 

「そもさん、汝らに問う!──ここはふたたび陸と海を結集すべきときではないか!?」

「ディメボルケーノ……──おう、やってやるぜ!!」

 

 ふたたび、竜装合体。今度はティラミーゴを中心にモサレックスとディメボルケーノが装甲となり、陸海が一体となった巨人が誕生する。

 

「──ギガントキシリュウオー、いくぜぇ!!」

 

 単独でナイトロボとなれる二大騎士竜が合体しているギガントキシリュウオーは、それだけに通常のキシリュウオーなどよりは遥かに巨大である。それでもなお、今のキマイラマイナソーには及ばない。

 

「及ばなくてもなぁ……迫ることはできんだよっ!!」

 

 雷を纏った回し蹴りを炸裂させる。「グアァァ!!」とうめき声をあげてマイナソーが後退する。間違いなく、効いている。やはりでかぶつには、同じ大出力のでかぶつが効果を発揮する。様々な動物が融合したような姿をしていても、相手が一匹のマイナソーであることに変わりはないのだから。

 

「ギガント、ファイヤーストームっ!!」

 

 両肩にボルケーノキャノンを連射しながら身体を高速回転させ、焔の竜巻を巻き起こす。高温の渦の中に巻き込まれ、キマイラマイナソーは身動きがとれなくなる。

 

「ウグウゥ……、シ、ネェェ……!」

「死ぬのは──てめェだぁ!!」

 

「「ギガント、ダブルバイトォ!!」」

 

 焔を纏うティラミーゴヘッドと、電光を纏うモサレックスヘッド。それらを同時に叩き込む、ギガントキシリュウオーの必殺技。

 しかし次の瞬間、驚くべきことが起こった。キマイラマイナソーもまた、両腕から生え出た頭部で見様見真似のカウンターを繰り出してきたのだ。

 

「なっ!?」

「猿真似か……!」

 

 異形の拳と、拳とがぶつかり合う。猿真似と形容してはいたが、その力はほとんど拮抗していた。

 

「ッ、」

「なんて、パワーだ……!!」

 

 真正面からのぶつかり合いでは、やはり分が悪いのか。それでも、ここで退くわけには──

 

「シネエェ……!!」

「!?、ぐあぁぁっ!!」

 

 噴き出した憎悪の瘴気が、ついに彼らを弾き飛ばした。

 

「ティラ、ァ……」

「ッ、皆……!」

「ギガントキシリュウオーでも……駄目なのか……!」

 

 不幸中の幸い、こちらはまだ合体解除にまでは至っていない。態勢を立て直せば……とも思うが、マイナソーは時間が経てば経つほどエネルギーを吸収して強くなる。宿主のタマキは反比例するように衰弱していく。時間との勝負、しかし決め手がない。どうすれば──

 

「あいつを上回るだけの大出力があれば──」

「!」

 

 つぶやかれたその言葉に、レッドははっとした。大出力を生み出す方法なら、あるではないか。シンプルで簡単な、たったひとつの方法が。

 

「なんとかなるかもしれねえ……!」

「どうしたんだ、エイジロウくん?」

「何か思いついたん?」

「おうよ!──皆、全合体だ!!」

 

 "全合体"──その言葉に皆、はっとしつつも目を剥いた。

 

「いや……無茶だ!竜装合体は騎士竜同士に負担がかかるんだ、いっぺんに大量の騎士竜を合体させたりしたら、何が起こるかわからない!」

「──いや、きっと大丈夫ティラ!」

「!?」

 

 断言したのは、他でもないティラミーゴだった。

 

「ワガハイもモサレックスも、色々な合体を試してきたティラ!ワガハイたちが中心になれば、ちょっとくらいなんとかなるティラ!」

「緊急事態だ……やむをえまい。いずれにせよ短期決戦だ」

 

 即座に決着をつけようというなら、なんとかなる。彼らだけでなく、騎士竜たちはみな意気軒昂だった。

 

「いちかばちか……やるしかねえか」

「おうよ!──いくぜぇ!!」

 

──竜装合体!!

 

 ギガントキシリュウオーのパーツが組み換えられていく。胴体にティラミーゴヘッドが戻り、あちこちにスペースともいえないスペースが生み出されていく。そこを狙ったように、パーツ形態となった各騎士竜たちが組み付いていく。

 どんどん積み上げられ、分厚くなっていくボディ。最後に駆けつけたパキガルーが拳となれば、ついに完成だ。

 

「合体完了!名付けて──」

 

──ギガントキシリュウオー・ナインナイツ!!

 

「な、なんじゃああの化け物ハアァァァ!!?」

「ちょっ……ワイズルーさま痛ぇっス!!」

 

 「ってかブーメランだし!」とぐいぐい揺さぶられながら叫ぶクレオンだが、パニック状態のワイズルーには聞こえていないようだった。

 まあ確かに、9体もの騎士竜が合体したその姿は、いちおう人型をしているというだけでほとんど怪獣そのものだった。少なくとも、騎士とはいえまい。

 それだけの変わり果てた姿であるから、当然騎士竜たちにも大きな負担がかかっていて。

 

「いけるか、ティラミーゴ?」

「なんとか……でも、やっぱり長時間は無理ティラ……っ」

「それに、ほとんど動けん……」モサレックスも追随する。「無理に動くと、瓦解してしまうぞ……!」

 

 しかし、微動だにしないというわけにはいかない。キマイラマイナソーは怯えた様子を見せながらも、こちらへ向かってくるのだから。

 マイナソーが肉薄してきた瞬間──動いたのは、拳を構成するパキガルーだった。正確には射出されたチビガルーが、その小さな体躯を活かして百烈拳を叩き込んだのだ。

 

「だりゃりゃりゃりゃりゃりゃりゃ!!」

「グアァァッ!!?」

 

 スケールに圧倒的な差があるとはいえ、殴打に特化した拳でボコボコに殴られれば多少のダメージになる。キマイラマイナソーは堪らず後退していた。

 

「分離できるオイラなら、いくら動いても問題ないだろ?」

「サンキュー、チビガルー!でもあぶねえから、いったん下がってくれ」

「わかってるって!決めるんだろ〜?」

 

 そう言うとチビガルーは、パキガルーのもとに戻ってきた。立っているだけでも、そのうち自重で倒壊しかねない。モサレックスの言う通り、短期決戦で決めるしかないのだ。

 

「そもさん、汝らに告げる!」

「総員、衝撃に備えるティラァ!!」

 

 これから起こることを想像し、レッドはリュウソウケンを足下に突き立てる。

 そして──叫んだ。

 

「ギガントキシリュウオー、マキシマムオーバーイラプション!!」

 

 全騎士竜たちが排出したエネルギーがひとつとなり、虹色の球体へと変わる。それを拳で、強引に撃ち出す──!

 

「シ……ネェェェッッ!!」

 

 焦燥に駆られながらも、マイナソーは最後まで己の意志を全うすることを選んだようだった。爪を振り上げ、エネルギー弾を弾き返そうとする。しかし九大騎士竜がともに放った一撃である──今までと一緒にされては堪らない。

 

 マイナソーは一瞬、それと拮抗した。しかし次の瞬間には、その爪が焼き尽くされていた。

 

「シッ……」

 

 高温は手に、腕に波及していく。もはやマイナソーには苦しむ猶予すら与えられなかった。

 

「シ……ヌ……」

 

 そのままマイナソーは焼失し──今にも憎しみの雨を降らせようとしていた黒雲が晴れていく。

 覗いたのは、目に痛いほどの紺碧の空だった。

 

「夜が明けていたのか……」

「なんか、長い夜やった気がする……」

 

「──でも、太陽は昇ったんだ」

 

(そうだろ、タマキセンパイ)

 

 湖のほとりの柔らかい砂の中に埋もれながら、タマキも目を細めていた。

 

「………ミリオ、俺は──」

 

 

 *

 

 

 

 街にすっかり平穏が戻った。ゆうべあれほど憎みあい、殴りあっていた人々も互いに自分が相手につけてしまった傷について謝罪し、はにかんだような笑顔で握手し水に流しあった。もとよりつくられた感情であるし、もしも抱えていた鬱憤があったとしても、思いきり爆発したことで晴れたことだろう。

 

「皆、なんかすっきりした顔しとる」

「雨降って地固まる、とはこのことだな!」

 

 窓から身を乗り出す叡智と剛健の両騎士を「危ないよ」と窘めつつ、疾風の騎士もまたまろい頬を綻ばせていた。

 

「──良かったな、イズク。タマキ先輩を救けられて」

「……うん。でもひとつだけ反省かな」

「?」

 

「僕は最初から、エイジロウくんたちのことを対等な仲間として見ているつもりだった。でも実際、どこかで一線を引いてたのかもしれない。タマキ先輩を救けるのも、自分ひとりでやろうとして……だから──」

 

 イズクはちら、と幼なじみのほうを見遣った。壁に凭れかかって皆と距離を置いているように見えるカツキは、しかし無邪気にはしゃぐテンヤとオチャコの背中を眺めている。その視線は、出逢ったころが嘘のように穏やかで優しい。エイジロウが斬られたとき誰より憤慨していたのも彼だった。

 口ぶりはともかく、カツキは変わっていっている。それに比べて自分はどうか。

 軽い自己嫌悪に陥っていたイズクだったが、その華奢に見える肩を叩かれて顔を上げた。

 

「おまえの自分のことでは後ろ向きになりやすいところ、確かに少しタマキ先輩に似てるかもな」

「うっ……はい、自覚はしてます……」

「でも、いいんじゃねえか。自覚できたところから反省して、少しずつ改めていけば。俺もずっとひとりで戦ってたから、おまえの気持ちは理解してるつもりだ」

「ショートくん……」

 

 そうだ──ショートも海のリュウソウ族唯一のリュウソウジャーとして、独りで戦い続けてきた。他人に背中を預け、ともに戦うということを、現在進行形で学んでいるところなのだ。

 同時に末っ子なせいか、存外に甘えん坊なところもあったりして──

 

(学ばなきゃいけないな、僕も……)

 

 密かに決意を固めるイズクを尻目に、「そういえば」とショートは視線を扉のほうへずらした。

 

「エイジロウたち、遅ぇな。先輩を連れてくると言ってたが……」

 

 そのときだった。扉が勢いよく開かれ──紫苑色の全身鎧が、姿を現したのは。

 

「!!」

 

 それは他でもない、ガイソーグだった。ガイソーケンを構えたまま室内に侵入してくる──場がにわかに緊迫した。

 

「タマキ先輩……だよな?」

「ッ、てめェまだ──!」

 

 鎧の呪いは解けたと思ったが、怨嗟の残滓が残っていなかったとも限らない。皆一斉にリュウソウルとリュウソウケンとを構えた。こんな狭い室内で戦いたくはないが、やるしかない──!

 

 そのときだった。鎧の背後から、ちらりと見慣れた赤毛が覗いたのは。

 

「──バァ!!」

「!?」

 

 それは言うまでもなくエイジロウだった。と思ったら、下半身の陰からコタロウも現れる。呆れぎみの後者に対し、前者は悪戯っぽい笑みを浮かべながら、徐にガイソーグの兜に手をかけた。露になったタマキの顔に色濃い影はなく、ただそわそわと落ち着かなさそうにしているだけだった。

 

「??、エイジロウくん、これはいったい──」

「ヘヘッ、ビックリしたろ?タマキセンパイ、自在にガイソーグを操れるようになったんだぜ!」

「だからってそんな、剣持って迫ってこなくてもええやん!」

「どうせならドッキリ仕掛けようと思ってさ。な、コタロウ?」

「……僕はやめたほうがいいって言いましたけどね。だって、ほら」

 

 コタロウが顎をしゃくった先には、凄まじい怒気を発する修羅、もといカツキの姿があって。

 

「クソくだらねえこと考えやがって……。覚悟はできてんだろうなァ、クソ髪にクソ陰キャ……!」

「い、いやその……俺はただ、エイジロウくんに言われて……!」

「なっ!?確かに言い出しっぺは俺っスけど、なんだかんだセンパイも乗り気だったじゃないスかぁ!?」

 

 仲間割れ?を始めるエイジロウとタマキだったが時既に遅し、爆ギレの騎士は今にも爆発しようとしていた。

 

「問答無用ォ、まとめて死ねぇぇぇ!!!」

 

──BOOOOM!!

 

 響き渡る爆裂音、怒号と悲鳴。終いにエイジロウとタマキが仲良く窓から放り出されたことでちょっとした騒動が巻き起こったのだった。

 

「いや悪戯はいかんぞ、悪戯は!」

 

 カツキを止めながらも一緒にぷりぷり怒っているテンヤがラストカットということで、兎にも角にも一件落着?である。

 

 

 つづく

 

 





「仲間ヅラして入ってこようとすんなよ、気持ち悪ィな」
「俺は要らない存在なんじゃないか?」
「誰にどう思われようが関係ねえ」

次回「絆」

「俺は俺の使命を果たす……!」


今日の敵‹ヴィラン›

キマイラマイナソー

分類/ビースト属キマイラ
身長/236cm〜48.8m
体重/288kg〜722t
経験値/666
シークレット/様々な怪物が合成された、ビースト属の中でも特に強力な"魔獣"に分類されるマイナソー。それぞれ意思をもつ頭部による隙のない戦闘スタイル、純粋な破壊力と自然発生した個体特有の進化の速さにより、これまででも最強クラスのマイナソーとなっている。また人々から憎悪の感情を吸収してそれを黒雲へ変え、雨を降らせることで広範囲に憎悪をばら撒くことができるぞ!
ひと言メモbyクレオン:俺が生んだマイナソーじゃねーもん、知らねーよバァーカ!!



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35.絆 1/3

 

 砂漠のど真ん中に、少年の揚々とした雄叫びが響いていた。

 

「うおぉぉぉぉ────ッ!!」

 

 竜装の剣片手に、対戦相手に躍りかかっていく赤毛の少年──名をエイジロウという。対する黒髪の、耳の尖った青年──タマキ。彼はエイジロウを真正面から迎え撃つと、その剣戟を最小限の動きでいなしはじめた。

 磨きに磨きあげられた硬質の金属同士がぶつかる音が響く。片や肉食獣のような派手で鋭い動きで攻撃を仕掛け続けるのに対し、もう一方はそれを弾きながら一歩また一歩と後退していくばかり。どちらが押されているように見えるかといえば、明らかに後者だろう。

 しかしながら、心情的に追い詰められているのは前者だった。有利に戦いを進めているはずなのに、いっこうに攻撃が通らない。タマキの表情がぴくりとも動かないのを目の当たりにして、エイジロウはますます焦燥に駆られていた。

 

(くそっ、なんで……!)

 

 動きがますます大ぶりになる。体力には自信のあるエイジロウだが、そんなことを続ければ自然と息も上がってくる。剣捌きも精彩を欠き、荒れていく。

 その隙ともいえない隙を、タマキは見逃さなかった。

 

「──はっ!」

「!?」

 

 タマキの一閃により、エイジロウは大きく態勢を崩した。幸いにして剣を手放したりはしなかったが、すかさず膝を身体の隙間に割り入れられ、腕を背中側で押さえつけられる。いわゆる、関節をキメられた状態である。

 

「い゛っ、痛てててて!!」

「………」

「こ、降参!降参だってばセンパイぃ〜!!」

 

 半べそをかいたようなエイジロウの声を聞いて、タマキは慌てて手を放した。

 

「ご、ごめん……痛かった?」

「ッス……ま、まあまあ。ハァ……なんで勝てねえのかなあ」

 

 胡座をかいたままため息をつくエイジロウを見下ろしながら、タマキは遠慮がちに応じる。

 

「……きみの派手で大胆な動きは、勢いに乗っているうちに相手を徹底的に叩ければ強力な武器になる。ただ一度見切られてしまうと、今みたいに遊ばれて、一方的に体力を浪費させられることにもなりかねない……」

「うっ……確かにそうかもしんねぇ、ス……」

 

 その点、タマキの戦闘スタイルは動きが小さく受け身に終始しているぶん、体力の消耗は最小限に抑えられているということか。それを口に出して確認すると、タマキは自嘲めいた笑みを浮かべた。

 

「俺は、基礎体力が足りないからこうしてるだけだよ……。きみはきみのスタイルを貫けばいいと思う……。ヘンに変えようとすると、チームのバランスが崩れてしまうこともあるから……」

「なるほど。じゃ、スタイルは維持しつつ微修正、って感じっスかね?」

「そうだね……それが良いと思う。……すまない、先輩面して生意気言って」

「何言ってんスか、タマキセンパイは先輩なんスから。どんどんアドバイスくださいよ、せっかく仲間になったんだし!」

 

 エイジロウの朗らかさに絆されてか、タマキの笑みもはにかむようなものに変わる。

 

「あのふたり、え〜感じに兄弟弟子っぽくなってきたねぇ、もぐもぐ」

 

 彼らの様子を見守りつつ、オチャコがつぶやく。

 

「兄弟弟子か……。先輩はマスターレッドに師事していた時期もあったんだものな。ふたりも師匠がいるというのは羨ましいことだ、もぐもぐ」

「そうだね。マスターブラックは弟子ともある程度距離を保つ人だったから、僕もマスターレッドみたいな人に師事してみたいや、もぐもぐ」

「マスターブラック……話を聞く限りだとなんとなく親近感を覚えます、もぐもぐ」

 

 もぐもぐもぐ。

 

「……てめェら、食うか喋るかどっちかにしろや」

「すー……すー……──ぐごっ!?」

 

 隣で居眠りしているショートの鼻を、カツキは思いきり摘んだ。

 

 

 ロザリウの街を出て数日、リュウソウジャー一行は北進を続けていた。

 先日のガイソーグ事件?から十日ほどは街に滞在していた彼らだが、あれでワイズルーも心が折れたのか飽きたのか、最初のラッシュが嘘のように何も仕掛けてこなくなったのだ。騎士竜たちも駆り出しての一斉捜索の結果、街周辺には影も形も見当たらなくなったため、旅を再開したというわけである。

 

「なんか俺ら、あいつらに振り回されてる気がするよなぁ……」

 

 最後尾を歩くエイジロウの言葉に、カツキを除く仲間たちはうんうんと頷いた。

 

「ドルイドンでは高位ながら、戦闘能力は然程という感じでもないが……」

「ほんっと逃げ足速いし、ヤらしー攻め方してくるし!ムカつく!」

「何よりあの根気強さだな。良いことに使ってくれりゃいいんだが」

「ドルイドンにそれ求めてもな〜……」

 

 彼らもいい加減、ワイズルーとのいたちごっこには飽き飽きしていた。そろそろ決着をつけたいというのはもうずっと以前から思っていたことだが、彼は危なくなるとすたこらと逃げてしまうのが厄介なのだ。単に真正面から力押しでくる相手なら、今の自分たちなら勝てるという自負があった。

 ただ、気懸かりなこともあって。

 

「そういやセンパイ、前に行ってましたよね。北とか宇宙には、ワイズルーより強いドルイドンがいるって」

「!、……ああ」小さく頷き、「……ワイズルーは確か、ビショップクラスだったよな。それより高位の……もっと強力で狡猾なドルイドンがいる」

「さらに上がいるのですか!?」

 

 イズクとカツキは、"自分たちが遭遇した中では"ビショップクラスが最高だと言っていた。しぶといワイズルーにしても不死身のゾラにしても、極めて厄介な敵であることに変わりはない。それ以上が、未だこの世界のどこかに存在しているというのだろうか。

 

「俺たちは、その北方に向かうんだ。……覚悟はしておいたほうがいい」

「………」

 

 雪と氷に閉ざされた北方の大地。彼らがそこへ乗り込むことは、もはや覆せない決断なのだ。

 めざす"はじまりの神殿"が、そこにある可能性が濃厚になったのだから。

 

──虹色のカーテンの向こう側に、天空島飛翔せり。

 

 タマキの知る、古来よりの言い伝え。

 

『虹色のカーテンとは、北の大地のさらに最北端で見られるオーロラのことを指している。その果てに飛翔する天空島──"はじまりの神殿"は、きっとそこにある』

 

 あくまで言い伝えだ、確証があるわけではない。しかし現状、それしか手がかりはないのだ。

 

(もうすぐだ、)

 

(きっともうすぐ、村をもとに戻せる)

 

 たとえそこで何が立ちはだかろうと、七人のリュウソウジャーと九大騎士竜の力で成し遂げてみせる──必ず。

 

 

 ただ砂礫の大地が未だ無限の様相を呈しているのも、現実に他ならなかった。

 

 

 *

 

 

 

 同じ頃、付近をとある勇者(ヒーロー)の一団が通行していた。

 

「よし、このあたりで休憩にしよう」

 

 リーダー格の青年の言葉に、仲間たちはほっとした表情を浮かべた。早く人里に辿り着いたほうがいいという彼の考えにあわせて、休息も最低限の強行軍が続いていたのだ。仲間たちもあからさまに不平は言わないが、そろそろ疲労が溜まっている頃合いだろう。

 

(流石に無茶をさせすぎたか。そろそろ皆の意見も聞いておかないとな)

 

 小用を済ませつつ、そんなことを考える。──そのとき、不意に首筋にちくりとした痛みを感じた。

 

「ッ!──……?」

 

 慌てて首筋を払うが、特に虫などがくっついている様子はない。一瞬違和感は覚えたものの、特に気にかけることなく彼は仲間のもとへ戻った。皆集まって、なにか話をしている様子で。

 

「すまない、待たせ『あいつ、何様のつもりなんだよ』──!?」

 

 耳に飛び込んできた悪態は、間違いなく仲間の声によるものだった。

 呆然としていると、さらに他の仲間たちも。

 

『偉そうにああだこうだ押しつけやがって、大した実力もねーくせに』

『ほんとよね、あんなヤツにリーダーを任せたのが間違いだったわ』

『まあ、適当な都市に着いたら解散して、僕らだけで再結成すればいいんじゃないですか?そのあとで新しいメンバーを探せば』

『それいいな、賛成!』

 

 はははは、と愉しそうな笑い声が響く。真っ白になった頭が、次第に怒りで茹だっていく。

 気づけば彼は、大声とともに仲間のひとりに掴みかかっていた。

 

「お前らぁぁ!!」

「うおっ!?どうしたんだ、急に!!?」

「俺のこと、そんなふうに思ってたのか!?ならお望み通り、ここで解散してやるよ!!」

「な、何を言ってるんですか!?」

「どうしたのよ、落ち着いてよ!!」

 

 何がなんだかわからないとでも言いたげな仲間たちの表情が、ますます彼の憤懣を助長した。あんな聞こえよがしに言っておいて──

 

「……HAHAHA、実験は成功でショータァイム」

 

──刹那、異形の兵士たちが彼らに襲いかかった。

 

「ドルドル、ドルッ!!」

「なっ……ドルイドン!?」

 

 突然の襲撃。流石に内輪揉めをやめて即応する勇者チームだったが、リーダーである青年の精神は大きく揺らいでいた。まともな指揮などとれるはずもなく、当然連携も乱れている。彼ら生身の人間たちにとって、たとえ相手がドルン兵でも強力な敵であることに違いはないのだ。まして、数的にも不利である。

 

「ぐあぁっ!!」

「きゃあ!?」

「ダイチ、マドカ!──うわあぁ!!」

 

 追い詰められ、次々と打ち倒されていく仲間たち。リーダーの青年の命ももはや、風前の灯火だった。

 

(こんな、はずじゃ──)

「ドルドルゥ!!」

「!!」

 

 ドルン兵の長槍が目の前に迫る。胴体を串刺しにされる──というところで、不意に耳を劈くような爆発音が響いた。

 

「死ィねぇぇぇぇッ!!」

 

 自分より幾分か小柄な影が割り込んできたかと思うと、剣の一閃とともに爆炎を顕現させた。その一撃をもって、ドルン兵たちを吹き飛ばしていく。

 さらに、

 

『ビューーーン!!』

 

 次いで場にそぐわない甲高い声とともに、もうふたり少年が割り込んでくる。小柄な緑毛の少年と、鎧を纏った大柄な少年。そして、

 

「大丈夫っスか!?」

「逃げてください、早く!」

 

 今度は逆立った赤毛の少年と、いかにも魔法使いらしい桃色のローブを纏った少女。ただ彼女も含めて全員、ばらばらの風体に反して同じ意匠の剣を手にしていた。最後に駆けつけてきた紅白頭の少年と耳の尖った青年だけは、それぞれやや異なってはいたが。

 

「ここは俺たちリュウソウジャーにまかせて!」

「!、リュウソウジャー……きみたちが?」

 

 聞いたことはあった。ドルイドン及びその使役する怪物たちと各地で死闘を繰り広げ、打ち破ってきた仮面の若き勇者が彗星のごとく現れたと。このどう見ても成人したかしていないかの少年たちがそうとは信じがたかったが、自分たちを庇いつつ慣れた様子で戦っているさまは只者ではなくて。

 ともあれ心身ともに戦える状態でないこともあり、彼らは少年たちの言に従うことを選んだ。

 

 彼らが離れていくのを横目で見つつ、リュウソウジャー一行は宿敵たちと対峙した。

 

「ドルン兵だけか?」

「……野良?」

「いや、ワイズルーがまた何か企んでるのかも……」

「とにかくとっとと片付けっぞ」

 

 ドルン兵たちが先手をとるように向かってくる。彼らはあまり知能が高くなく、特別な指揮がなければ猪武者のごとくまっすぐ向かってくるばかりだ。

 皆、それを迎え撃ちつつ、片手でリュウソウルを構えた。

 

「リュウソウチェンジ!!」

『ケ・ボーン!──リュウ SO COOL!!』

 

 エイジロウが、テンヤが、オチャコが、イズクが、カツキが、ショートが。次々に竜装の鎧兜を纏い、真にリュウソウジャーと呼ばれるべき姿へと変わっていく。

 そして、"七人目"の青年も。

 

「リュウソウ──………」

 

 ガイソーグの鎧を纏うためのリュウソウル──"ガイソウル"を構えたところで、タマキははっとした。今までは念じるだけで装着していたので、彼らのように掛け声をかけて……ということがなかった。果たしてなんと唱えるべきなのか?自分が変身するのは"ガイソーグ"なのだから、"リュウソウチェンジ"ではどうにも違和感を拭えないのだ。

 

(ああ、俺はなんて愚かなんだ……!土壇場になってそんなことに思い至るなんて!)

 

 ぐるぐると思い悩むタマキだったが、エイジロウもといリュウソウレッドの「センパイ何やってんスか!?」という声で我に返った。

 

「〜〜ッ、リュウソウガイソー!!」

 

 半ばやけくそで叫ぶと同時に、ソウルを柄に突き入れる。

 

『ガイソーチェンジ……!』

「あ……そっち」

 

 俯きがちのまま、タマキはその身に紫苑色の鎧を纏っていく。──かつて"呪われた鎧"と呼ばれ、幾度となくリュウソウジャーと刃を交えた姿。

 

「……ッ!」

 

 忌まわしき過去を振り払うように、彼もまた戦線に乗り込んだ。向かってくるドルン兵たちめがけてガイソーケンを振るう。精神面はともかく、純粋な剣の腕ではエイジロウたちを凌ぐだけのものがあるタマキである。がむしゃらに襲いくるドルン兵の攻撃を最小限の動作で受け流しつつ、胴体ど真ん中を一閃する。「ドルゥ!?」と断末魔の悲鳴をあげ、斬られたドルン兵は俯せに倒れ伏した。

 リュウソウジャーの倍以上もの頭数がいるドルン兵であるが、キルレシオでいえば圧倒的に前者に分がある。一体一体確実に倒していけば、数の差も次第に埋まってくる。

 

「ドルドル、ドルッ!!」

「……ビュービューソウル!」

 

 そろそろ潮時と判断したタマキ、もといガイソーグは、己のもつ唯一のリュウソウルを装填した。たちまちガイソーケンの刃にエネルギーが蓄積されていく。

 

「──ガイソー斬!!」

 

 疾風のエネルギーを纏った刃をぐるりと円を描くように振るう。周囲を取り囲もうとしていたドルン兵たちはこれで全滅した。

 それでも気は抜けないと息を詰めていたが、他の面々も確認できる限りの敵は殲滅したようだった。

 

「ふぅ……終わった?」

「チッ……マイナソーは?」

「いない……みたいだね」

 

 しかし、ワイズルーたちがこの近くに潜伏している可能性がある以上、ただの偶発的戦闘として片付けるのは些か早計とも思えた。

 

「………」

 

 皆のやりとりを聞いていたタマキは、不意に首筋にちくりとした痛みを感じた。慌てて振り向くも、そこには何もいない。首に虫の類いがくっついている様子もなかった。

 

(……気のせいか?)

 

「手分けして周辺を探ってみよう!ぐるっと回って、何もなければここに戻ってくるということで、どうだろう?」

「うん、いいと思うよ」

「けっ」

 

 皆があれこれ相談をしている。六人の輪に入るのは正直気が引けたが、今は自分もリュウソウジャーの端くれであるし、彼らより年長者なのである。

 よし、と意を決して歩み寄ろうとしたときだった。

 

『うわ……仲間ヅラして入ってこようとすんなよ、気持ち悪ィな』

「………!?」

 

 タマキは一瞬、それが現実のものだとは受け入れられなかった。だってそうだろう──カツキですら言わないような陰険な痛罵。それはまぎれもなく、エイジロウの声で発せられたのだから。

 エイジロウはこちらに背を向けて仲間と話している。自分の聞き間違いかもしれないし、そうでなければ仲間たちが聞き咎めるだろう。そう思った矢先だった。

 

『ほんとにね。何勘違いしてるのか知らないけど、鬱陶しいよね』

 

 今度はイズクの声。もはや幻聴でないことは明らかだった。硬直しているタマキの耳に、次々と仲間……だと思っていた後輩たちの冷たい言葉が飛び込んでくる。いずれも皆、タマキの存在すら全否定するもので。

 面と向かって実力や性格を批判されるなら許容できる。だが信頼していた相手にここまで悪し様に言われたのは長いリュウソウ族人生の中でも初めてのことで、まるで奈落の底に突き落とされたかのようだった。

 

 不意にエイジロウがこちらに顔を向ける。今度は何を言われるかと身を硬くしたタマキだったが、予想に反して彼はいつも通り朗らかな笑顔を見せてきた。

 

「センパイ、なんか意見あったらお願いします!」

「え……あ、その──」

 

 皆も揃って──カツキだけは相変わらずだが──タマキの参加を求めているような顔をしている。どちらが本音なのだろう、一瞬そう思ったが、よくよく考えればそんなものは決まっているのだ。タマキは頭を垂れていた。

 

「……俺、きみたちに仲間と認めてもらえたと思って調子に乗っていた……すまない」

「へ……?」

「俺に至らないところがあったら言ってくれ……!直すよう努力するから……だから……!」

「ど、どうしたんですか……?いきなりそんな──」

 

 これではっきり面と向かって痛罵してくれたなら、まだ救いようもあった。しかし皆戸惑ったような表情を浮かべるばかりで、何も指摘すらしてくれない。

 

「チッ、あんたの悪ィ癖に付き合っとる時間はねえんだよ。とっとと行くぞ、ゴミども」

「……ゴミはやめようね、かっちゃん」

 

 カツキの鶴の一声で、皆がばらけて動き出す。置き去りにされたタマキは、暫くの間その場から動くことができなかった。

 



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35.絆 2/3

 

 砂漠の片隅にある洞窟の中に、場に不似合いな豪奢な絨毯が敷かれていた。その上に設置された紺碧と金箔で彩られた椅子に、群青の道化師がふんぞり返っていて。

 

「フハハ、作戦第二幕も大成功でショータァイム!!」

「…………」

「やはりキミのつくるマイナソーは最高オブ最高!!キミは最高のパートナー☆DA!」

「…………」

「……だからそろそろ機嫌直してぇ、クレオンちゃ〜ん?」

 

 こちらに背を向けてごろ寝をしている相方に猫なで声をかけるワイズルー。他のドルイドンの誰かに見られたら嘲笑されること確実な光景であるが、彼は良くも悪くもそういうことを気にしないのである。

 

「……ホントにオレ、役に立ってます?」

「オフコース!リュウソウ族が自然発生させたマイナソーなどより、キミが品定めした宿主から生んだマイナソーのほうがマイステージには百万倍役に立つのでショータァイム!!」

「ハァ……そっすか」ようやく起き上がり、「でも上手くいきますかねぇ?流石におかしいって思うんじゃないっすか?」

「フン、あのガラスのメンタルだ。その前にハートはブロークン!!私の期待を裏切ったギルティ、その心で償ってもらおう!ハッハッハッハ、ハッハッハッハッハ──!!」

 

 洞窟内に響き渡る高笑い。その傍らには、新たなマイナソーが控えているのだった──

 

 

 *

 

 

 

「むぅ、やはり潜伏場所が何処かにあると考えるべきか……」

 

 砂漠のど真ん中に立ち尽くしつつ、黙考するテンヤ。一度思考に入ってしまうと、吹きつける砂嵐も気にならない様子である。

 

「……すごいな……きみは」

「!、おや、これはタマキ先輩。すごいとは?」

「いや……その集中力というか……。イズクやカツキみたいにぱっと閃けるのも才能だけど、環境によらずじっくり考えられるのもすごいことだと思う……」

「お、おぉ……ありがとうございます。はははは……」

 

 照れているのか、頬を赤らめながらこちらに背を向けるテンヤ。賢くとも賢しくはない、そういう純朴な青年であることは、出逢った当初から明らかだった。やはり先ほどの聞き間違いだったのかもしれない。そんな頭をもたげた矢先だった。

 

『そんな口先だけの褒め言葉で喜ぶと思っているのか、人を馬鹿にするのも大概にしてくれ』

「……!」

 

 普段の彼からは想像もつかないような冷たい声に、タマキは息を呑んだ。

 

「……すまない……俺、他を捜すよ」

「?、そうですか。ではお気をつけて」

 

 もうまともにテンヤの顔が見られない。踵を返して、タマキは走り出した。

 

 

「──クンクンソウル!」

『クンクンっ!』

 

 嗅覚を強化し、オチャコは敵の出方を探ろうとしていた。しかし、

 

「へっ……はっ……ぶぇっくしゅんっ!!」

 

 砂埃がこれでもかと鼻腔に侵入してきたために、くしゃみが出てしまう。この環境ではクンクンソウルやミエソウルはあまり使わないほうがいい──どうしたって砂塵の影響を受けるので──のだが、ついそういったことを忘れてしまう。良くも悪くも"剛健"な少女、オチャコであった。

 

「ってか、またお腹すいてきてもうた……。ふふん、こういうときのために──」

 

 密かに買い込んでおいた"非常食"。それをもぐっと齧った瞬間、唐突に背後から肩を叩かれた。

 

「ッ!?」

 

 驚きのあまり跳び上がってしまうオチャコ。それに伴い嚥下してしまった塊が気道へと侵入してしまい、今度は盛大に噎せた。

 

「ゴホゴホッ、ゲホッ!!」

「あっ……すまないっ、大丈夫!?」

 

 慌てて背中をさすったのは他でもない、タマキだった。暫くそうしているうちにようやく落ち着いてきたようで、オチャコは流れ出した生理的な涙を盛んに拭いている。

 

「もー、タマキセンパイ!びっくりさせんといてよ!」

「……すまない、本当に……」

 

 俯きがちに謝罪すると同時に、また冷たい声が響いた。

 

『まったくうじうじうじうじ、めんどくさい!そもそも気安く触らんといてよ気持ち悪い……!』

「……ッ、」

 

 もうまともに顔を見ることもできない。タマキがますます陰鬱になるのを知ってか知らずか、オチャコはつまみ食いしようとしていた乾パンを一切れ差し出してきた。

 

「ひょっとしてセンパイもお腹すいてるん?だったらこれあげる!」

「……いや、俺は……」

「遠慮しない、これで共犯なんやし!」

 

 有無を言わさずタマキにそれを押しつけると、オチャコはたたたっと走り出した。「またあとでね〜!」と言い残して。

 一分一秒でも、一緒にいたくはないのだろう。タマキは分けてもらった乾パンを口に放り込むと、踵を返して別の場所へ向かった。

 

 

「──タマキ先輩……先輩?」

「!!」

 

 はっと我に返ったときには、宝石のようなオッドアイが目の前にあった。

 思わず飛び退きそうになるが、実行すればただでさえ奈落の底の評価がさらに急降下してしまうだろう。つう、と冷や汗が流れるのを感じながら、表向き平静を保った。

 

「す、すまない……少しぼうっとしていた」

「そうですか……顔色も悪いみたいですけど、大丈夫ですか?」

「あ、ああ……」

 

 おずおずと頷くと、そこから暫し沈黙が流れる。タマキは言うに及ばず、ショートもショートで能動的なコミュニケーションは得意ではないのだ。

 

「何もなければ俺、行きますけど」

「ああ……」

 

 こちらに踵を返して、歩き去っていく。その際にも、背中越しに冷たい声が響く。

 

『下賤な裏切者と話していると、それだけで身が穢れちまう』

「…………」

 

 もう、心臓が跳ねることもない。ただ汚水のような絶望が、足下から這い上ってくるだけだった。

 

 

(……俺はいつから、あんなにも忌み嫌われていたのだろうか)

 

 ショートの言う通り、自分は裏切者だ。しかしそれを承知で、彼らは救いの手を差し伸べてくれたのではなかったのか。

 いや……救けてくれたからと言って、みな仲間として好意をもってくれているのだという考え方自体が浅はかだったのかもしれない。彼らは騎士として、目の前で苦しんでいる者を全身全霊をかけて救うという使命を果たしただけだ。内心どんなに侮蔑し嫌悪していようと、迷うことなくそれを成し遂げた。彼らは自分などより遥かに立派で、誠実なリュウソウ族の騎士であるというだけだ。

 それでもタマキは、目頭に溢れるものの存在を自覚せずにはいられなかった。

 

 

ー──それからどれだけ歩いただろう。進行方向の遥か先に、ひょこひょこと揺れる尖った赤毛が目に入った。

 

(あ……)

 

 思わず立ち止まってしまう。──と、

 

「エイジロウくん!」

「!」

 

 今度は緑髪の少年が、彼のもとに駆け寄っていく。合流した彼らは、こちらに背を向けたまま何事か話し合っている様子で。

 彼らとはかなり距離も開いているから、何を話しているのかなんて聞こえようはずもない。しかしタマキを救うことに最も心血を注いでくれた彼らでさえ、"気持ち悪い"、"鬱陶しい"、"仲間ヅラするな"──そんなふうに考えているのだ。今もタマキのことについて何か言っているのかもしれないと思うと、もう我慢ならなかった。

 

「……ッ!」

 

 ふたりに背を向け、逃げ出すタマキ。その際にようやく気配を感じたのか、エイジロウたちは揃って振り向いていた。

 

「今のって……タマキセンパイ、だよな?」

「あ、うん……そうだね」

 

 一体どうしたのだろう。先ほども妙に挙動不審だった──ふたりは揃って首を傾げたが、タマキはもとよりそういうところのある青年だ。すぐさま追って事情を聞こうと考えるには至らなかった。

 あとになってやはりそうしておくべきだったのだと、ふたりは揃って後悔する羽目になるのだが。

 

 

 *

 

 

 

 走って走って、足がもつれそうになっても走って、そうやってタマキは、気づけば自分が今どこにいるかもわからなくなっていた。

 

(ああ、やってしまった)

 

 砂嵐で視界が制限されるうえにほとんど景色の変わらない砂漠地帯では、これだから移動には細心の注意を払わなければならないというのに。そんな基本中の基本も忘れて、迷宮に入り込んでしまった。エイジロウたちからさらに呆れられ、見放されても仕方のない醜態である。

 

(……わかってる。俺が浅はかで、愚かだったんだ。彼らにはなんの罪もない)

 

(でも、)

 

(だけど、)

 

「仲間だって……認められたかったなあ……っ」

 

 その場に蹲り、タマキは泣いていた。もう、嗚咽を堪える気力もなかったのだ。年甲斐もないと頭の片隅で思ったが、そんなことはもうどうでもいい。どうせ自分は、この広い世界で一人ぼっちなのだ。

 どれだけそうしていただろうか。不意に「おい」と声がかかって、タマキはおずおずと顔を上げた。

 

「こんなとこで何しとんだ、クソ陰キャ」

「……カツキ……」

 

 眉間に皺が寄りに寄った端正な顔立ちを前にして、これほど安心感を覚えたことがあっただろうか。彼はいつだって堂々と罵倒してくる、それは裏表がないということでもあるのだ。

 

「……俺は何度もきみたちの前に立ち塞がった。結果として大勢の命を奪いかねないようなこともしでかした。その罪を償うには、戦うしかないと、そう思っていた……」

「……いきなりなんだよ、藪から棒に」

 

 カツキが怪訝な表情を浮かべている。と同時に、また頭上から罵声が降ってきた。

 

『うぜぇな、コイツ。死ねばいいのに』

 

 やはり、カツキの言葉だとさほどショックは受けない。タマキは徐にガイソウルを取り出した。

 

「……きみも薄々気づいてるんだろう。ガイソーグの鎧が今、どういう状態なのか」

「…………」

 

 沈黙、即ち是。呪縛から解放されたあとのガイソーグは、明らかに以前とは異なっている。エイジロウたちはそれを、鎧の意志にタマキの意志が打ち勝ったからだと思っていることだろう。

 それはある意味間違いではない。──そもそも鎧の意志などというものは、もはや存在すらしないのだから。

 

「蓄積していた怨念が消失して、ガイソーグはもうただの鎧でしかなくなった。きみたちリュウソウジャーと肩を並べて戦えるようなものじゃないんだ、本当は」

「……で?だからなんだってンだ」

「…………」

 

「きみたちリュウソウジャーにとって、俺は要らない存在なんじゃないか?」

 

 それは呪縛から解放されてからずっと、心の何処かに燻っていた懊悩だった。それでも必要とされたいと、自分にできることは精一杯やってきたつもりだったけれど、エイジロウたちはそんな自分を内心疎んでいたのだろう。

 ならば自分は、どうすれば──

 

「てめェは、ンな甘ったれた理由で騎士になったンかよ」

「ッ、」

 

 カツキの鋭い指摘が、容赦なく突き刺さる。

 

「俺ぁ誰にどう思われようが関係ねえ。ドルイドンのクソどもを一匹残らずブッ潰す。そんだけだ」

「……カツキ、」

『わぁったら消えろ、クズ』

 

 ふ、と笑みがこぼれる。立ち上がったカツキは「ありがとう」と伝えると、そのまま踵を返して走り出した。

 

「…………」

 

 そんな彼の背を、カツキはいつまでも見つめていた。

 

 

 *

 

 

 

 あらかた周辺を探ったエイジロウたちは、自ずと合流ポイントに集結しはじめていた。エイジロウとイズク、ショート、オチャコ、テンヤ──

 

「何か見つかったか?」

「いやぁ、もー全然!」

「こっちがひとりずつにばらければ、何か仕掛けてくるかもと思ったけど……」

 

 あるいは、あのドルン兵たちは野良、もとい独立した存在だったのか。彼らは雑兵扱いとはいえ"ポーン"という階級を与えられたドルイドンの一員であるので、そういう存在は相当数いる。これまでの旅の中で遭遇したことも一度や二度ではないのだ、実は。

 

「あとはカツキくんとタマキ先輩か……」

「…………」

 

 エイジロウが如何にも気懸かりがありますと言いたげな表情を浮かべる。

 

「どうかしたのか、エイジロウ?」

「いや……タマキセンパイ、なんか変じゃなかったか?」

「えー、あの人いつも変ちゃう?」

「こらっ、オチャコくん!」叱責しつつ、「先ほどもたまたますれ違ったが、特別いつもと変わったところは見受けられなかったな」

「ああ……でも、少し体調が悪いみてえだった」

「体調……だったのかな?」

 

 イズクもまた、エイジロウ同様タマキの様子に違和感を覚えていた。というより──長らく会っていなかったとはいえ、少年時代に寝食をともにしたことのある相手なのだ。その機微を読み取ることは、注意していれば難しいことではないのだ……本来は。

 

「センパイ、俺らの顔見た途端逃げちまうし……分かれる前だって、急に妙なこと言ってたろ」

「調子に乗ってたとか、そんなん?」

「ああいう方だから気にとめなかったが、よくよく考えれば確かに変だな」

 

 内省的で自罰的なタマキだが、空気を読む力は人並みにある。たとえば自身の戦い方に落ち度があってそれに思い至ったとしても、なんの脈絡もなく皆に謝罪して困惑させるような男ではない。あれはまるで、面と向かって皆に糾弾されたかのような──

 

「何かある」

「!」

 

 急に割り込んできた声に驚いて振り向いてみれば、そこにはタマキと対照的な少年の姿があった。

 

「カツキ!おめェもセンパイに会ったのか?」

「おー。自分(てめェ)がリュウソウジャーにとって要らねえ存在なんじゃねーかだなんだ、ぐだぐだ言っとったわ」

「!、なんだよそれ……」

「カツキくん、なんか余計なこと言ったんちゃうん!?」

「言っとらんわ死ね!だいたい、その前からおかしかったつーハナシだろうが」

「うぅむ……今すぐにでも先輩に合流すべきだろうか……」

「でも俺らが原因なら、かえって追い詰めちまうかもしれねえぞ」

 

 その可能性も十分に考えられる。とりわけエイジロウたちスリーナイツにしてみれば、タマキという青年はなかなかどうして難しい存在なのだ。

 

「──そうだ!」エイジロウが手を叩く。「()()()()()に、ハナシ聞いてみねえか?」

「あの人たち??」

 

 首を傾げる一同。ともあれタマキをなんとか立ち直らせたい気持ちは、皆同じだった。

 



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35.絆 3/3

男ピンクは誰しも考えるものですが
そこに33歳所帯持ち+やや冴えない系という属性をくっつける東映のセンスよ……
自分も一回やりましたが可愛い系ショタっ子というありきたりなキャラでした


 仲間たちと合流しようともせず、タマキは独り彷徨い続けていた。

 

「………」

 

 ただ、その瞳には先ほどまでと打って変わって、どこか決然としたものが宿っている。──実際、彼は覚悟を決めていた。ある意味で、だが。

 

 暫し歩き続け──不意に、彼は足を止めた。それと同時に、ガイソーケンの柄に手をかける。

 刹那、砂の中からドルン兵の群れが現れ、タマキの周囲を取り囲んだ。

 彼の瞳が鋭く剣呑なものとなる。長槍を構え、威圧するように動き回る異形の歩兵(ポーン)の群れとは対照的に、とかく彼は動かない。時が停まったかのように、じっと"そのとき"を待ち続けている。

 

──そして遂に、我慢がきかなくなった敵たちが動いた。

 

「ドルドルゥ!!」

 

 長槍が突き出される。それはタマキの痩せた身体をいとも容易く貫き、その真白い外套が血に染まっていく──かに、思われた。

 しかし現実には、彼らの長槍は鈍色に光る刃によって防ぎきられていた。

 

「ドル……!?」

「………」

 

 それは他でもない、タマキとガイソーケンによる防御だった。火花を散らしたところで素早く飛び退き、前方の敵と距離をとる。すかさず背後にいたドルン兵が仕掛けてくる。相手がそうくることはとうに予測済みだ。もとよりドルン兵はさほど知能が高くなく、タマキほどの剣士にかかれば動きを読むことなど容易い。

 

「ふっ」

 

 詰めた息を吐き出すような声とともに、タマキはガイソーケンを横薙ぎに振るう。その斬撃はドルン兵の急所をばっくりと切り裂き、昏倒させた。

 

「ド、ドルゥ……ッ」

「………」

 

 タマキの発する鋭い覇気に気圧され、ドルン兵たちは明らかに戦意を失い怯えている。戦場では腰の引けた者から斃れていく、騎士の心構えとして何度も何度も言い聞かせられてきたことだ。

 今度はこちらの番だとばかりに、タマキは一歩を踏み出そうとする──刹那、

 

 光の雨が降り注ぎ、彼の視界を覆った。

 

「────ッ!!?」

 

 咄嗟に身を翻したのが幸いし、直撃は避けた。しかし着弾と同時に発せられる衝撃波が、タマキの身体を容赦なく吹き飛ばしてしまう。

 彼は砂の海原に受け止められ、砂塵を撒き散らしながら倒れ込んだ。

 

「ッ、ぐ、うぅ……!」

 

 全身の関節が悲鳴をあげる。経験則から折れてはいないと判断して、タマキは鋒を地面に突き立てた。そのまま身を起こそうとしたところで、もはや彼も耳慣れてしまった高笑いが聞こえてきた。

 

「HAHAHAHA、いいザマだなロンリーボーイ?」

「!、……ワイズルーか」

「オレもいるっつーの!」

 

 ワイズルー、それにクレオン。付き従うピンク色の醜悪な怪物は、マイナソーか。背中から透明な翅が覗いている。

 

「ヘッヘッヘ……ワイズルーさまと一緒にあいつフクロにしちまえっ、ピクシーマイナソー!!」

「イタズラ〜」

 

 クレオンの指令を受けて、主のドルイドンともども襲いかかってくる。ふわふわと浮遊するような動きを見せたかと思うと、包み込むような両手の中から光の玉を撃ち出してくる。

 

「ッ!」

 

 飛び退いてそれをかわすと、今度はワイズルーが一気に距離を詰めてきた。鎧を纏う暇もない。タマキは生身のまま、ガイソーケンでステッキの一撃を受け止めるしかない。

 

「HAHAHA、この裏切者め!徹底的に懲らしめてやるでショータァイム!」

「ッ、誰が……!」

 

 ガイソーグの意志にしたって、ドルイドンを仲間としていたわけではない。少なくとも、ワイズルーとは。ゾラの策動に手を貸したことはあったが、あれはタマキにとって消し去りたい過去にほかならなかった。

 そんな彼の心情を、道化師は巧みに突いていた。

 

「ノンノンノン!我らだけではナ〜イ。リュウソウジャー、果てはリュウソウ族全体の裏切者だろう、貴様は!」

「……!」

 

 どく、と、心臓が跳ねる。

 

「貴様がリュウソウジャーの末席にいるのは、連中のO☆NA☆SA☆KE!そんなことにも気づかず正義ヅラして……貴様のようなヤツのことをこうセイするのだ!──"厚顔無恥"と☆NA!」

 

 ワイズルーの言葉が、彼の得意技以上の鋭さをもってタマキの心に突き刺さり抉っていく。彼の言葉を、何ひとつ否定できない自分がいた。

 優しくも強い心をもったリュウソウジャーの面々は、その騎士道のために汚辱にまみれた裏切者である自分を救った。だが本当は、それきりにすべきだったのかもしれない。優しい彼らに甘えて仲間ヅラして、彼らにあんなことを言わせるほど苛立たせている。今の自分は、彼らが清廉なる騎士であることを邪魔しているのだ。

 

「隙あり、──ピクシーマイナソー!」

「!」

 

 思考に囚われていたタマキがはっと我に返ると、マイナソーの放つ光の玉が目前に迫っていて。

 

「がっ──」

 

 もはや声らしい声も出せぬまま、タマキは身体をくの字に折った状態で岩壁に叩きつけられた。

 

「ッ、う、ぐ……」

 

 叩きつけられた背中、そして鳩尾のあたりに激痛が走る。その尋常でない痛み方からして、肋骨にヒビくらいは入ったかもしれない。

 立ち上がれず荒い呼吸を繰り返すタマキを嘲笑うかのように、ワイズルーは続けた。

 

「貴様は独りぼっちだ、誰も助けになど来ない。己の行いを悔いながら、独り寂しく死んでしまうでショータァイム!!」

「そのとーり!しーね、しーね!」

「イタズラァ〜」

 

「死ね、死ね」──奇しくも己が生み出してしまったマイナソーの鳴き声と同じ言葉。ワイズルーとクレオン(+ピクシーマイナソー)によるものだったそれらが、少しずつエイジロウたちの声に聞こえてくる。

 

「………」

 

 タマキは声も出さず、がくんと項垂れた。完全に心が折れたのだと確信して、ワイズルーはさらに笑みを深めた。ガイソーグに斬りつけられたときから、彼はこの瞬間を待ち望んでいたのだ。

 

(うわぁ、ワイズルーさま怖ぇ……)

 

 いつも愉快で抜けたところのあるパートナーだが、やはりビショップクラスのドルイドンである。その卑劣さと残忍さは、クレオンにとっても恐ろしいものと映った。

 

「安心するといい。そんな絶望も吹き飛んでしまうくらい、た〜っぷり苦痛を味わわせながら死なせてやるでショータァイム……」

 

 先端の尖ったステッキを構え、一歩を踏み出そうとするワイズルー。

 

──そのときだった。俯いたままのタマキが、くつくつと声を震わせはじめたのは。

 

「……!?」

 

 最初は、絶望のあまり嗚咽を洩らしているのかと思った。しかし徐々に大きくなるそれは、明らかに笑い声で。

 性格ゆえか哄笑とまではいかないところでそれを収めると、タマキはガイソーケンを地面に突き立て、支えにする形で立ち上がった。

 

「な、何がおかしい!?」

「……おまえの言う通り、俺は裏切者、リュウソウ族の面汚しだ」

 

 わかっている、そんなことは。それでもここまで歩き続けたのは、

 

──てめェもいい加減、真正面から向き合って……戦えや!!

 

──あんただって本当は、俺たちにもミリオセンパイにも負けねえ、気高き魂があるはずなんだ……!

 

──俺ぁ誰にどう思われようが関係ねえ。ドルイドンのクソどもを一匹残らずブッ潰す。

 

 エイジロウの、カツキの言葉。そしてともに行動する中で見てきた、後輩たちの騎士としての矜持。

 

──俺たちの、ソウルはひとつ。

 

「過去の罪は償いようがない……その重荷を背負いながら、前を向いて歩いていく……俺が俺自身を、唯一赦せる生き方がそれなんだ」

「??、何を言っている?」

 

 ワイズルーはタマキの言葉の意味を本気でわかっていないようだ。当然だろう、徹頭徹尾自分の愉しみのことしか考えていないドルイドンの道化師に、リュウソウ族の騎士の矜持が理解できるはずもない。

 

「誰にどう思われようが関係ない……俺は俺の使命を果たす……!みんなを、この世界を守るという使命を──!」

 

 ガイソーケンの鋒を、ワイズルーへと向ける。

 そして、

 

「俺はリュウソウジャー七人目、"不屈の騎士"ガイソーグだ──ッ!!」

 

 そう叫んだ刹那、ぷしゅりと音をたてて首から何かが抜け出る感覚があった。振り向いて見れば、小指の爪ほどの大きさのピンク色をした蟲がぼとりと落下していく。

 

「これは……」

「What!?蟲を寄生させて心の奥底にあるコンプレックスを親しい者からの悪口に変換するピクシーマイナソーの術が破られただとぉ!?」

「!、……じゃああれは、全部幻聴?」

「な、何故それを!?」

「今自分で言っちゃったじゃねーすか、ワイズルーさまのアホンダラ!!」

「ノォオオオオオン!!?」

 

 身悶えするワイズルーだったが、すぐに己を取り戻した。

 

「まァ良い!その立ち直ったハートごと、ミンチにしてやるでショータァイム!!」

 

 ステッキを振り上げると同時に、天空めがけて光の矢が放たれる。一度青空に呑み込まれたそれは光の雨となって降りそそぎ、標的を呑み込まんとするのだ。

 

「ッ、」

 

 ギリリと歯を食いしばりながら、タマキは防御姿勢をとった。心は取り戻しても肉体的なダメージはどうしようもない。いちかばちか、この身ひとつで防ぎきるしかない──!

 

「──センパイっ!!」

 

 そんな呼び声とともに、赤髪の少年がタマキに飛びついてきた。地面に押し倒され、覆い被さられる。巌のようになった身体が、光の雨を受け止めていた。

 

「エイジロウ……くん……?」

「へへ……間に合って良かったっス!」

 

 にかっと朗らかな笑みとともに見下される。下向きになっている関係上翳ってはいるが、それは物理的な話だ。含むところなど何ひとつありはしなかった。

 

「りゅ、リュウソウレッド!?……Shit!!」

「てめェがShitだクソ道化師ィ!!」

「!?」

 

──BOOOOM!!

 

 容赦ない爆破により、三匹が斬る……もとい吹き飛ばされる。

 

「チッ……エイジロウ、そいつは!?」

「無事……だけど、俺らが来る前にちょっとやられてるみてぇだ!」

「──なら俺に任せろ」ショートが駆けつけ、「カガヤキソウル!」

 

 モサチェンジャーから神聖なる光が放たれ、タマキの全身に染み込んでいく。軋んだ骨や打撲痕がたちまち癒され、万全の状態を取り戻していく。

 

「痛いところはございませんか、タマキ先輩!?」

「……あ、ああ……」

「まったく合流しないで独断専行しちゃうなんて、ちょっと前までの誰かさんちゃうねんから!」

「でも、仕方がないよ。皆に悪口言われてると思ったら、僕だって思い詰めちゃうもの」

 

 イズクの言葉に、タマキは思わず目を見開いていた。なぜ彼がそのことを知っている?実は本当に悪口を言っていたのかだなんて、どうしたって悪い想像をしてしまう。

 無論、そうではなくて。

 

「ドルン兵たち追っ払ったあとからセンパイの様子がおかしくなったんで、襲われてた勇者の人たちに話を聞きに行ったんス」

 

 そこで彼らは、悪口を言われたと主張するリーダーの青年、そんなことは断じて言っていないと主張するメンバーたちに遭遇したのである。平行線の諍いを解決すべく、間に入った彼らはリュウソウルに頼ることにした。

 

「コタエソウル。これのエフェクトをかけられた対象者はありのままを答えてしまうからね」

 

 そうすればチームメンバーたちが嘘をついていないことは明らかだった。さらにリーダーの青年にミエソウルを使い、体内に奇妙な"蟲"が寄生していることが明らかとなったのだ。

 

「急に先輩がおかしくなったのも、その蟲のせいで幻聴を聞かされてたから──考えた通りだった」

「みんな……」

 

 エイジロウの手がタマキの手を取り、彼を立ち上がらせる。分厚い掌に、そのままぎゅっと力がこもった。

 

「センパイ、俺らが何て言ったと思ったかは知りませんけど……俺ら、ウソなんてつきません。センパイは大切なダチで、リュウソウジャーの仲間っス!」

「エイジロウくん……」

 

 ああ、俺はなんて愚かなんだとタマキは思った。これほどまでに自分を慕い、まっすぐな好意を向けてくれる後輩の心を疑うなんて。ワイズルーの明かしたピクシーマイナソーの能力に鑑みれば、それだけ自身の裏切りに負い目を抱いているということでもあるのだが。

 

「……皆、すまない──いや、ありがとう」

「……っス!」

 

「お・の・れぇぇぇ〜……せっかくのパーフェクトオブパーフェクトな作戦ををを……!」

「何がパーフェクトオブパーフェクトだ!」

「あんたなんかパーの中のパーで十分や、べー!」

 

 並ぶ七人。その威容は圧巻を超えてある種の神々しさをも感じさせるものであった。コタロウもこの場にいれば、少なからず興奮を覚えただろうか。

 

「いくぜ皆、タマキセンパイ!!」

 

──リュウソウチェンジ!!

 

 そして、

 

「ガイソー、チェンジ!」

 

『ケ・ボーン!!』『ガイソーチェンジ……!』

 

『ワッセイワッセイ!そう!そう!そう!ワッセイワッセイそれそれそれそれ!!』

『ドンガラハッハ!ノッサモッサ!エッサホイサ!モッサッサッサ!』

 

『リュウ SO COOL!!』──エイジロウたち六人の身体をリュウソウメイルが、タマキをガイソーグの鎧が覆い尽くす。七色の竜装騎士たちが並び立つ。

 

「勇猛の騎士、リュウソウレッド!!」

「叡智の騎士、リュウソウブルー!!」

「剛健の騎士、リュウソウピンク!」

「疾風の騎士、リュウソウグリーン!」

「威風の騎士……!リュウソウブラックゥ!!」

「栄光の騎士、リュウソウゴールド!」

 

 そして、

 

「不屈の騎士──ガイソーグ!!」

 

 

「「「「「「「正義に仕える、七星の絆!!」」」」」」」

 

──騎士竜戦隊、リュウソウジャー!!

 

「俺たちの騎士道、見せてやる……!」

 

 タマキ──ガイソーグの口上とともに、七人は一斉に走り出した。

 

「こ、これやべぇ……!どうしますボス!?」

「ンンンン〜……ピクシーマイナソー、あとヨロシク!」

「イタズラっ!?」

 

 マイナソーをその場に置き去りに、そそくさと逃げ出すワイズルーとクレオン。相変わらずの逃げ足だが、今はマイナソーだ。ティラミーゴたちはこの前のナインナイツの後遺症でまだ動けない。成長する前に、一気に倒す──!

 

「〜〜ッ、イタズラ、イタズラァ!!」

 

 自棄になったマイナソーは、これでもかと光の玉を濫造して攻撃してくる。直撃すれば吹き飛ばされかねないが、単調な"質より量"の攻撃など今のリュウソウジャーには通用しない。

 

「そんなもん、俺たちの敵じゃねえ!──ビリビリソウル!!」

 

『強・竜・装』──それと同時にモサブレイカーを突きつけ、

 

「ファイナルサンダーショット!!」

 

 必殺の電光弾は、果たしてゴールドの言葉通りマイナソーのそれとはスケールを異にするものだ。一瞬にして光玉を呑み込み、標的に喰らいつく。

 

「イタズラァッ!?」

 

 身を捩って直撃を避けたマイナソーだが、わずかに触れただけでも電撃はその身を蝕む。

 さらに、

 

「テンヤくん!」

「うむ!」

「丸顔ォ!!」

「私も名前で呼んでよぉ!!」

 

 それぞれのリュウソウケンと(ソウル)の鎧が唸りをあげる。

 

「フルスロットル、」「マイティ、」

「ストレングス、」「ダイナマイトォ、」

 

──ディーノ、スラァァッシュ!!

 

 一斉に炸裂した騎士竜たちの咆哮が、紅蓮とともにピクシーマイナソーを呑み込む。グアァァ、と悲鳴をあげながら吹き飛ぶマイナソー。完全崩壊にまでは至らないものの、翅が千切れ、無惨な有様を晒している。

 

「よし、あとひと息──」

「!、あれ見ろ」

 

 はっと視線を上げれば、彼方から緑色のエネルギーの塊が飛来するのが見えた。どこかにいる宿主から、マイナソーが生命エネルギーを吸収しようとしているのだ。それが閾値を超えたとき、マイナソーは巨大化する──

 

「そうなる前に、倒す……!」

「おうよッ、一緒にやろうぜセンパイ!」

「……ああ!」

 

 ガイソーケンとリュウソウケンを交錯される。互いの心音が、血の流れる音が、こうすることで伝わってくる。絆を紡ぎあった騎士同士にしか理解できない事象だった。

 

「……ビュービューソウル!」

「カタソウル!!」

 

『それ!それ!それ!それ!──その調子ィ!!』

 

「アンブレイカブル、ディーノスラァァッシュ!!」

「エンシェント、ブレイクエッジ──!!」

 

 以前、相剋のままにぶつけ合ったふたつの剣技。その輝きが今度はひとつとなりて、邪念の塊へと向かっていく。

 

「イタ、ズ……イタズラァァァ────ッ!!?」

 

 あとわずかで巨大化にまで達する──というところで、ピクシーマイナソーは膨大な熱量をその身に受け、情け容赦なく破壊されていくのだった。

 

 

 *

 

 

 

「"七人での本格的な戦闘は初めてだったわけだが、マイナソーを巨大化前に倒すこともできた。何よりタマキ……さんは、またひと皮剥けたようだ"……と」

 

 今回の顛末を手帳に書き記しつつ、コタロウはため息をついた。「どうしたんだ?」なんて、傍にいたショートがすかさず訊いてくる。

 

「……どうしたもこうしたもないですよ。全部伝聞なんですもん」

「それはしょうがねえだろう、留守番だったんだから」

「街ならともかく、砂漠で留守番はもう嫌です……」

 

 騎士竜たちが護衛についていてくれるので安全は確保されているし、戦場についていくのは足手まといになるリスクも孕んでいるので仕方がないのはわかるのだが──やはり彼らの戦いを見届けると決めた以上、自分の目ですべてを捉えたいのだ。それが我儘でしかないと自覚しているだけ、コタロウは年不相応に成熟していた。

 

 一方で前方を歩くタマキはというと、相変わらず?陰鬱な表情を浮かべていて。

 

「エイジロウくん、すまない……本当に……」

「もう謝んねえでくださいって〜……俺らの声に聞こえたんじゃ、しょうがねえって……」

「そのことじゃなくて!……いや、それもあるけど……。きみの代名詞を、勝手に使ってしまって……」

「へ?代名詞??」

 

 頭の上にクエスチョンマークを浮かべるエイジロウ。代名詞と言われてもピンと来ない。

 ややあって合点がいった様子のテンヤが、彼に耳打ちした。

 

「ひょっとして、称号のことではないか?"不屈の騎士"と仰っていただろう」

「!、ああっ、それ!?」

 

 まったく気がつかなかった。"不屈"──アンブレイカブル。言われてみれば、確かにそうだが。

 

「いいっスよ、俺は"勇猛の騎士"っスもん。それにセンパイのもう二度と諦めたりしねえって覚悟、ちゃんと伝わってきました!」

「……エイジロウくん……」

 

「やっぱりきみは、眩しすぎる」──そう言って、タマキは目頭を押さえた。しかし以前とは違う。彼は今、横並びの仲間たちの輪の中にいる。エイジロウたちにもタマキにも不屈の魂があったからこそ、今この瞬間がある。

 

(紡いだ絆は、決して途切れることはない)

 

(俺たちのソウルは、いつまでもひとつだ)

 

 ──このときは誰もが、そう信じていた。

 

 

 つづく

 

 

 




「我が名は、ウデン。北方より参った」
「おまえ……っ、ミリオを、よくもーー!」
「信じようぜ、俺らの最高の仲間を!」

次回「拝啓、友よ」

「おまえは、最高のヒーローだよ」


今日の敵‹ヴィラン›

ピクシーマイナソー

分類/フェアリー属ピクシー
全長/156cm
体重/81kg
経験値/239
シークレット/いたずら好きな妖精"ピクシー"の名を冠したマイナソー。ピンク色の"蟲"を飼っており、それを人間に寄生することによって内なるコンプレックスを親しい友人・家族の声に変換して幻聴として聴かせる厄介な能力をもつ。悪戯では済まない不和を招きかねないぞ!
ひと言メモbyクレオン:近くの村の悪戯好きなガキから生み出してやったぜ!……でもガイソーグには勝てなかったよ……(色んな意味で)


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Ex. Tri-gale's Chronicle ①

ロディ・ソウル バースデー記念作品






……昨日だけど


 

 星のない夜空に、溶けるような漆黒の羽根が舞っている。

 

 ふわふわと雪のように漂うその群れをつくり出しているのは、風を切り裂いて飛翔するや

 はり漆黒の翼だった。"それ"は聳え立つ摩天楼を認めると、その頂点を止まり木とした。

 宝石のような碧い瞳が、じっと鄙びた街並みを見下ろす。

 

「間もなく、最後の扉が開く──」

 

 

 *

 

 

 

「ロロ、ララ、朝だぞ。起きろー」

 

 まだ陽の昇りきらない早朝、廃屋に最低限の改装を施した住居の片隅にて、ロディ少年は凪のような声をあげていた。性格もあるが、特段がなりたてずとも目的は達せられると彼は知っていた。

 

「んん、おはよう……」

「おはよー、おにいちゃん」

 

 果たして愛しい弟妹はするりと起きてきた。本当はもう少し寝かせてやりたいが、如何せん慌ただしい。ありもので作った朝食を食べさせ、さっと身支度を整える。"仕事"が待っているロディは、シャツの上からもう長いこと愛用しているチェスナットブラウンの外套を纏った。伸ばした髪をあえて乱雑に結い上げヘアバンドで纏めると、ぐっと大人の男っぽさが増す。

 相手に子供だと思われ侮られないこと、それが第一義となる世界に彼は生きている。

 

「今日は早く帰ってこられそう?」

 

 玄関口で弟のロロが尋ねてくる。まだ声変わりもしていない子供だが、そのあたりのならず者どもよりよほど賢く芯の通った男だと、兄の贔屓目も込みでロディは思っている。無論そこには合理的な理由もあって、彼ら一家が安住の地を得られないことと密接にかかわってもいるのだが。

 

「おー、晩飯までには。──でも、もし遅くなっちまったときは?」

「「歯をみがいて、先に寝てまーす!」」

「怪しいヤツが声かけてきたら?」

「「一目散に逃げまーす!!」」

 

 弟妹の声が唱和する。「よろしい」と、ロディは唇の片端を上げた。

 

「じゃ、いってくる」

 

 戸を閉めると同時に、Pi、とピンク色の羽根が舞う。澄み渡る空へ昇ろうともがき……程なく肩へ戻ってくる小鳥を、ロディは憂いを帯びた瞳で見遣った。

 

 

 *

 

 

 

「てんめェ、いい加減にしろよこのクソデクがぁぁぁぁぁ!!!」

 

 響き渡るまだ少年の怒声に、人々は何事かとそちらに視線を向けた。

 

 発信源はこのパブの片隅のテーブル、二人組の旅人が何事かを言い争っている。どちらもまだ少年だが、風貌は対照的だ。一方は緑がかったねじれた黒髪に、生まれたときからパーツの配分が変わっていないのではないかと思われる幼い顔立ち。服装もホワイトシャツに髪色と同じグリーンのベストという都市ではよく見かける平凡な若者のそれだ。しかしもう一方の少年ときたら、獣毛で飾られた真紅のマントとその他装飾品のほかには逞しい上半身を剥き出しにしていて、淡い金髪と真紅の瞳はまるで芸術品のようではないか。しかし若い生娘が放っておかないだろう美貌は形だけで、鬼人のような表情を浮かべて連れをにらみつけている。

 

「声が大きいっ、周りの迷惑だよ……!」

「関係ねえわカスが!どうしててめェは俺の言うことが聞けねえんだ、ア゛ァ!!?」

「聞けないようなことを言うからだろ!きみのやり方は過激すぎるんだっ、それで何度いらぬ騒動に巻き込まれたと思ってるんだよ!?」

「てめェのまどろっこしいやり方に付き合ってたら千年寿命があっても足りねーんだよ!!だいたい成人もまだのガキが、いっちょまえの口きいてんじゃねえ!!」

「大して変わんないだろ歳なんて!だいたいあと何日かで成人だよ僕だって!!」

 

「……おいおい、いつからここは動物園になったんだぁ?」

 

 ちょうど"出勤"したロディは、彼らの姿を認めてそう毒づいた。お世辞にも仲が良いとはいえない店主も、こればかりには心からの同意を示す。

 

「あいつら、ゆうべ来たときから継続でやりあってやがる。しかもいっぺんも進展してねえ」

「なしてつまみ出さねーワケ?」

「金払いが良いんだよ。きのうも迷惑料だっつって100ユール出していきやがった、こっちが請求するまでもなくな」

「……へえ、」

 

「どこぞの坊ちゃんか」と、ロディは口の中でつぶやいた。左肩に乗せたピンクの小鳥が、いらいらと落ち着かなげにしている。

 その間にも、ふたりの言い争いはヒートアップしていく一方だった。尤もここの客は荒事慣れしているので、もう皆じぶんの食事に戻っているが。

 

「シゴトのついでだ。ロディ、あいつら上手いこと連れ出せ」

「追加報酬は?」

「てめェの立場わきまえろ、ガキが。……デーツが余ってっから、チビどもに持ってってやれ」

「チッ、腐ってたらタダじゃおかねーからな」

 

 唇をとがらせて吐き捨てると、鞄を右肩に担いだロディはひょこひょこと迷惑客へ歩み寄っていった。

 

「Hey、お客さん盛り上がってんね」

「!」

「ア゛ァ!?ンだてめェ──」

 

 突然話しかけてきた男に凄もうと人を射殺せそうな視線を飛ばしてきた少年だったが、その程度でビビるほどロディは生ぬるい性格をしてはいない。くすんだグレーの瞳を片方閉じてウインクで応答してやると、蛮族のような美少年は鼻白んだようだった。

 

「せっかくイイ天気なんだ、どうせフィーバーするなら外でしたくねえ?なあ?」

 

 有無を言わせぬ質問形式に、今の今までフィーバーしていた坊ちゃんふたりはえも言われぬような顔を見合わせるのだった。

 

 

 *

 

 

 

「ようこそ、オセオンへ」

 

 ともに外へ出るなり発せられたロディの言葉に、少年たちはまたしても呆気にとられたようだった。

 

「ど、どうして僕らが最近渡航してきたばかりだってわかったの?」

「あー、やっぱそうなんだ」

「へ?」

 

 もう一度、ウインク。カマをかけられたのだと最初に理解したのは、良くも悪くも目立つほうの少年だった。

 

「引っかかりやがって、アホが」

「う……ごめん」

 

 しゅんとする緑髪の少年は、わりあい小柄な体躯も相まってロディの目には好ましく映った。とはいえ帯剣しているし、細身に見えてあらわになった首筋のあたりなどはしっかり鍛えられたあとがある。連れの蛮族?と相まって、油断は禁物だ。ロディは自分に言い聞かせた。

 

「外国人なのは顔見りゃわかるしな。それでも長くこの辺にいるヤツなら自然となじんでくモンだけど、あんたらにはそれがない。──ここには観光か何かで来た感じ?」

「いや、仕事……かな?でも時間があれば観光もしたいなって思ってるよ!この国は教会とか、古い宗教建築がたくさんあるんだもんね」

「まぁ、神聖オセオンなんて国号にしてるくらいだからな。首都(スカイミンスター)の中心街なんか、修道士のカッコした連中ばっかだぜ。そっちのかっこいいオニーサンはもちろん、あんたのカッコでも目立つかもな」

「そうなんだ……。でもこの辺りは、普通の人たちばかりだね」

「ははっ。棄民街うろつく物好きな修道士なんて、いねえよ」

 

 なんでもないことのように言い放つロディ。その肩にたたずむピンクの小鳥が俯くように身体を丸めたのは、誰にも気づかれることはなかった。

 

「おっと、自己紹介が遅れたな。俺はロディ、この鳥は相棒のピノ。さっきのパブでシゴトもらってる。あんたらは?」

「あ、僕たちは──」

「おい」

「!」

 

 ロディの言うところの"かっこいいオニーサン"が、険しい表情で首を横に振る。その意味を察したロディは、内心沸いた感情を抑えて苦笑いを浮かべた。

 

「なんだよ、警戒するにしたって名前くらい教えてくれてもいいだろ。俺らだって名乗ったんだし、なあ?」

「あぁ、うん、僕もそう思うけど……」

「聞かれてもねーのに勝手にしゃべったんだろ、クソモブ」

「かっちゃん!……あっ」

 

 自ら口を塞ぐ少年だが、手遅れに決まっていた。

 

「よろしく、カッチャン?」

「てんめェェ……!!」

 

 "カッチャン"呼ばわりされた少年が本日二度目の噴火をかまそうとしたときだった。

 陽の当たらない路地裏のあちこちから、見も知らぬ甲冑を着た異相の者たちが現れたのは。

 

「!」

「な、何……あんたら?」

 

 頬をひくつかせて尋ねるロディ。長槍を構えじりじりと迫ってくるその姿は、どう見ても友好的ではない。残念ながら恨まれる心当たりは嫌というほどあるのだった。

 

──その一方で、この外国人の少年たちは彼らの正体を知っていた。

 

「ロディくん、下がってて」

「へ?」

 

 するりと剣を抜くふたり。刃毀れの兆候すらない白銀の刃が、陽光を浴びてぎらりと煌めく。

 

「ドルドル、ドルッ!!」

 文字通り奇声をあげて、甲冑の兵士たちが襲いかかってきた。相手の数は六、こちらは三──いやロディは正面切って戦うつもりなどないので、実質は二だろう。武器のリーチにも差がある。

 

「おいあんたら、逃げ──「てめェは下がっとれ!!」!」

 

 質量両面の不利などあってなきかのごとく、ふたりは堂々と彼らを迎え撃った。双方とも姿勢を低くしたかと思うと、身体をぐっと伸ばして勇躍した。その動きはきっちりシンクロしているように、ロディには見えた。

 

「オラァ!!」

「はぁっ!!」

 

──ロディは目を瞠った。彼らの剣は長槍を受け止めるどころか、弾き飛ばし、さらにその持ち主どもを切り裂いていたのだ。

 

「デク、右!」

「了解!」

 

 指示に答えながら、緑の少年は既に跳んでいた。──鍛えられている、そう判断したロディの目は節穴ではなかったが、すべてを見抜いていたわけでもなかった。

 

 あっという間に数を減らしていく兵士たち。しかし業を煮やしたのか、残りのうちの一体が仲間を盾にしてまでこちらに迫ってきた。

 

「な、お、俺ぇ!?」

「!、ロディくん逃げて!!」

 

 言われなくてもと思ったが、長槍が届く距離には達している。背中を向けたところでぐさりとやられるのは、避けられないだろう。

 ならばと、あえてロディはその場に踏みとどまった。真正面にいるのだから、これで相手の動きはだいたい想像がつく。一秒後、相手は案の定穂先を突き立ててきた。

 ロディは、背骨をぐにゃりと折ってそれをかわした。

 

「ドルッ!?」

「へへ」

 

 ニヤリと笑ってみせるロディ。それを挑発ととらえた──実際そうなのだが──兵士は激昂し、さらなる攻撃を繰り出してくる。ロディはこまめに足を躍らせながら、余裕をもった動きでそれらをことごとく避けていく。己の身体を自在に操るこの感覚は、彼にとって不愉快なものではない。

 そして我を忘れた相手の動きが無駄に大ぶりになった瞬間、「PiPi!」と囀りながらピノが飛び立った。

 

「!?」

 

 顔面に飛んできたそれは、兵士の視界を一瞬塞いだ。ロディには、それだけで十分だった。

 

「──らぁ!!」

 

 猛禽類のように目を眇めると、ロディは頭の高さぎりぎりまで右脚を振り上げた。やや尖った靴先に力が集中し、重量のある長槍が宙を舞っていた。

 

「これでお互い丸腰だな、ヘンな鳴き声の兵士さん?」

「ドルウゥ……!」

 

 こんなガキに!怒りとともに、武器をもたない同士なら取っ組み合ってしまえば勝てるという慢心があった。この戦いが一対一でないことを、集団で挑んでおきながら彼は忘れていた。

 刹那、ザシュウという小気味よい音を背中に聞きながら、彼の意識は永遠に途絶えた。

 

「けっ、雑魚が」

 

 それをなした少年が、剣を片手に吐き捨てる。気づけば襲ってきた兵士たちはみな倒れ伏していて、向こうではいかにも人畜無害ですという顔をした少年がやはり剣を片手に袖で汗を拭っている。

 

「へえ、やるなァあんたら」

 

 いちおう義務かと思ってそう声をかけるが、目の前の少年は鋭い視線を飛ばしてくるだけだ。ストレートに反応してくれそうなほうは、距離もあって聞いていなかったようだ。

 

「ま、この通りこの辺はろくな治安じゃなくてねぇ、こんなカッコで金出せのひと言もなしに襲ってくる連中は初めて見たけど。そーいうわけだから、あんたらもとっとと観光地なり別荘地なりに行ったほうがいいぜ。腕は立つんだろーけど、いらぬ騒動に巻き込まれるとやっかいだからな」

 

 ぺらぺらと口を回しつつ、ロディは内心苛立っていた。わけのわからない連中に絡まれ、時間を浪費してしまった。早く"シゴト"を済ませなければ。遅れればよくても報酬が減るし、最悪は拳で済まないかもしれないのだから。

 だのに、

 

「──てめェ、こいつらに襲われる心当たりは?」

「ハァ?だから──」

 

 さっきの説明を聞いてなかったのか。そんな内心の愚痴とは裏腹に、次の瞬間、"カッチャン"の手が外套の襟を引っ掴んでいた。

 

「来い」

「は?ちょ、おい、何すんだ放せ!!」

 

 筋肉質とはいえまだ細い身体からは想像もつかない馬鹿力に、ロディはさっさとこの場を離れなかったことを後悔した。──何より、この男に比べれば比べようもないくらい穏健なはずの男の相方が注意のひとつもしない。どうやらいらぬ騒動に巻き込まれたのは自分なのだという予感が、早くも湧き上がっていた。

 

 



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Ex. Tri-gale's Chronicle ②

 

「連中はドルイドンだ」

 

 "カッチャン"ことカツキ──ようやく名乗った──の端的なひと言に、ロディは愕然としていた。というより、すぐには受け入れられなかったともいえる。

 

「ドルイドン?は?なんで連中がこの国に?」

 

 東の大陸では王国がひとつ瓦解するほどの猛威を振るっていることは承知しているが、オセオンには関係のない話だと思っていたのに。

 

「……理由はわからない。けど、ドルン兵──あの兵士たちの裏に、糸をひいてる幹部がいるのは間違いないはずだ。そいつが何かを狙ってこの国で暗躍してるってことも」

 

 デク、もといイズクの言葉に、ロディはこのふたりがオセオンにやって来た理由を推察した。彼らはこの若さでドルイドンと戦う勇者(ヒーロー)なのだと。

 

 同時に、よもや、という思いもあった。確率論的に考えればそんなことはありえないに等しいのだが、もしかすると彼らは──

 

「ロディくん、もう一度聞くよ。ヤツらに狙われる心当たりはない?」

「だから……無ぇって。そもそも連中は人類の敵なんだから、たまたま目について襲ってきたってとこじゃねーの」

「それこそ無ぇな」せせら笑うように、カツキ。「俺らとやりあいながら、連中の意識は全部てめェに向いとった。てめェ自身か、てめェの持ってる何かが狙いだったんだ」

「俺の持ってる……何か?」

 

 ドルイドンに狙われるようなものを、身につけている覚えは──そこまで考えたところで、あっと思った。視線が店で預かった鞄に向く。勇者の二人組も、同じ結論に至っていたようだった。

 

「おい、それ見せろ」

「い……いやいやいや!これはぁに、日用品しか入ってないぜぇ?こ、これから泊まりがけで出張でさあ。お、男の下着見ても嬉しくねえだろ?なっ?」

「Pi!Pi!」

 

 口を必死に動かすロディの肩で、ピノが翼でバツをつくっている。しかし彼らはもう、追い詰められた鼠も同然だった。

 

「デク、開けろ」

「うん」

「あっ、か、返せよ!!」

 

 相手に悪意がないことはわかっている。それでも過去の幾度とない体験がフラッシュバックして、ロディは耐えがたい屈辱と無力感に苛まれた。

 

「クソっ……!」

 

 結局呪詛も通じず、中をしっかり検めるまでもなくロディの嘘は暴かれた。鞄の中には宝石がぎっしり詰められていたのだ。

 

「ずいぶん洒落た下着だな、ええ?」

「………」

 

 あからさまな皮肉に憮然としていると、イズクがまじめな調子で切り込んでくる。

 

「これ、盗品だよね?どこから盗ってきたの?」

「は、知るかよ。俺はただ、これを指定の場所まで運べって命令されてるだけだ。それがおシゴトなもんでね」

「けっ、運び屋か。とんだゴミカスだな」

 

 侮蔑を隠そうともしないカツキをイズクは本気で咎めるが、ロディはもはやなんとも思わなかった。彼にだって事情はあるのだが、気持ちだけ憐憫を向けられるくらいならいっそ面と向かって罵られたほうが気も紛れるというものだ。

 

「ハイハイ、おっしゃる通り社会のゴミですよ。で、それが何?俺がなんかあんたらに迷惑かけた?それとも、正義感ってヤツ?」

「………」

「すばらしいねえ勇者サマは、すばらしすぎて反吐が出る。……まァ見つかっちまったモンは仕方がない、俺を官憲に突き出すかい?」

 

 そう言って両手をホールドアップするロディだが、カツキなどはますます眉を顰めただけだった。

 

「てめェがゴミだろうがクズだろうがどうでもいい。俺らが気にしてンのは、」

「ドルイドンが狙ってるのは、その荷物かもしれないってことだよ」

 

 イズクが引き継いで言う。でも、これだけの宝石だ。ドルイドンだって欲しがるヤツはいるのではないか?

 

「……だったらシゴト遂げさせてくんねーかな。受け渡しが終わってからなら好きにしてpくれていいからさ」

「そういうわけにはいかないよ」イズクはにべもない。「それが盗品っていうのもそうだし……何よりこのままだと、きみの身が危ない」

「お客に渡せなきゃどのみちアブねえっつーの。こいつの到着を待ちわびてんのがどんな連中だか、ちっと想像力働かせりゃわかるろ?」

「ならどのみち詰んでんな、てめェは」

 不意にカツキがリュウソウケンを抜く。思いがけぬ動作だったが、ロディは身に染みついた危機感知から即座に反応した。懐からナイフを抜き、相手の首筋に突きつける。

 

「悪ィけど、ただで死んでやるほど俺はお人好しじゃない」

「は、上等じゃねぇか……!」

「ッ、かっちゃん駄目だ!」

 

 イズクが自分の相棒を制止にかかっているが、ロディは相手の魂胆をわかっているつもりだった。一方があえて悪役を、もう一方が親切な善人を演じることで後者に心を開かせ、情報を吐かせたり金品を差し出させるという手法があるのはよく知っているから。

 

「それに──」

 

 ぴくりと、肩の上のかたまりが身じろいだ。

 

「──俺はまだ、死ぬわけにいかねえんだよ!!」

 

「PiPi!」と声をあげ、ピノが飛び立つ。眼前にくちばしを突き出してやれば、いかにも蛮勇を誇っていそうな少年も反射的に目を閉じてしまった。

 

「!、かっちゃ──」

 

 ああそうだ、こいつもいるんだった。まあ多対一には慣れている。腕が立つとはいえ相手は同い年くらいの子供ふたり、正面切ってやりあうのでなければ突破口はいくらでもあった。

 

「おぼっちゃんは、こっちのほうがお好みかい?」

「え、──!?」

 

 ナイフの刃がぽきりと折れ──中に隠されていた閃光弾が、ぱあっと爆ぜる。

 声にならない声をあげて、イズクはうずくまった。カツキも目を押さえてうめいている。

 

 ざまあみやがれ!

 

 鞄を担ぎ直し、ロディは地を蹴って走り出した。ほどなく背後から「待てやゴラァアアアア!!」とこのスラムでもなかなか耳にしないレベルの怒声が聞こえてくる。

 

「ほんっと蛮族だな、あいつ……!あっちのデクだかなんだかも苦労してんだろうな」

 

 ほんの少し同情的な気持ちも覚えつつ、空に向かって右腕を掲げる。──と、袖から極細のワイヤーが飛び出してきて、民家の軒端に巻き付いた。

 

「あらよっと!」

 

 身体を引っ張られる感触にまかせて、跳躍る。果たしてロディの身体は宙を舞い、そのまま屋根の上にまで巻き上げられた。そこでワイヤーを回収し、自由になった身体をくるりと躍らせる。

 そうして見事に足から着地すると、そのままロディは屋根の上を走った。この辺りはみっしりと家々が建っているから、あとは自分の肉体ひとつで飛び移っていける。

 

(ったく、ムダな時間だったぜ……。とっととこいつ渡して、連中ともドルイドンともおさらばだ)

 

 "ムダな時間"──自分にはおよそ似つかわしくない言葉に、自嘲がこぼれる。自分の人生の大部分は、おそらく世界の誰よりもムダなのだ。あくせく生きて、気づけば歳をとっているなんていうことが、自分にはない。長く定住がかなわないのと同じ理由から、ロディは常にその影に苛まれていた。

 

 ロディにとって唯一貴重と思えるのは、弟妹とすごす時間だった。一秒でも多くその時間を確保するために、ロディは終わりのみえない日々を浪費している。

 

 屋根から屋根を伝い、街の中心通りに出る。ここはスカイミンスターと行き来する馬車の駅もあって、とかく人通りが多い。ロディのようなちょっと背伸びをした子供には、大変紛れ込みやすい場所だった。

 少し遠回りにはなってしまうが、仕方がない。これ以上障害がなければ、まあ嫌みを言われる程度の遅れで済むだろう。

 

(しかし、ドルイドンなあ……。そろそろこの国ともおさらばかな)

 

 次はどこへいこう。そういえば()()人生において、ここオセオンのお隣クレイド王国にはまだ訪れたことがなかった。オセオンとの関係はお世辞にも良いとはいえないから入国には苦労しそうだが、まあその程度はこれまでいくらでも体験してきたことだ。

 

 久しぶりに同年代と──剣呑ではあったが──会話をしたという事実は、ロディの心を少なからず揺らがせていた。でなければそんな、遠くないとはいえ将来のことを考えたりはしなかったろう。まして周囲の雰囲気の変化に気づくのが遅れたりなど。

 

 はっと我に返ったときには、十数人の視線がロディを捉えていた。

 

「な……なんだよ」

「──その鞄を渡せ」

「!!」

 

 今度は少なくとも、見かけはれっきとした人間だ。しかしその冷たい双眸は、あの異相の兵士たち以上に背筋をぞっとさせるものだった。

 

「抵抗すれば、射殺する」

 

 この国ではまだ珍しい、拳銃が突きつけられる。思わず後ずさりするが、背後だって既に抑えられているのだ。助かるには、手段はひとつしかない。

 

「わ、わかったよ。……ほら、」

 

 こんなことならあの生意気なガキふたりに渡しちまえば良かったと思いつつ、おずおずと鞄を差し出す。

 

 ひとりが中身を検め、グループに了と示す。さて、隙を見て逃げ出さなければ。この機械的な振る舞い、おそらく変装した憲兵だろう。通報があって宝石を捜索していたか。いずれにせよそれらを持ち運んでいたとなれば、結局無罪放免とはいかないのだから。

 しかし現実は、彼の思慮を上回るほどに非情だった。

 

「フェーズ1終了、フェーズ2に移行する」

 

 隊長格らしき男の台詞が冷たく響いた直後、チャキ、と硬い音とともにふたたび銃口がロディに向けられた。

 

「は?お、おい……なんの真似だよ?逮捕すんならさっさと──」

「貴様は機密を握った可能性がある。宰相ガイセリック様より例外なく処分せよとの命令が出ている。このまま射殺する」

「は……ハァ?」

 

 何を言っているのか、すぐには理解できなかった。射殺?宰相が命令?──どうして、俺が?

 

「ちょ、ちょっと待ってくれよ……。お、俺、ただそれを運ぶように言われただけで……。中身だって、宝石なんだってことくらいしか知らねえよ!?」

「………」

「宰相サマって言ったら、この国のぜんぶを思いのままに動かせるんだろ……?こんなチンピラがなにか知ったところで、なんともないだろ?──なぁ頼むよ!!俺は帰らなくちゃならないんだ家にっ、弟と妹が腹すかせて待ってんだよ!!」

 

 銃口は──下りない。あぁそうだ。こんなチンピラがなにを言ったって、彼らに通じるはずがないのだ。神聖を標榜するこの国では、犯罪者は神の御心を理解できない、生きる価値のない人間と見なされるのだから。

 

「──撃て、」

 

 もはや逃げ出すこともできず、ロディは目と耳とを塞いだ。銃声も銃弾も感知したくない、死ぬなら何もわからずに死にたかった。

 しかし押さえつけた鼓膜を震わせたのは、銃声などよりよほど烈しい音だった。

 

──BOOOOOM!!!

 

 先ほどの怒声を想起させるような、炎の爆ぜる音。肌がちりちりと焦げるような熱を感じたロディは、思わず目を開けた。──便衣憲兵たちが、炎に巻かれて紙のように吹き飛んでいく。

 

「え、」

『ハヤソウル!ビューーーン!!』

 

 今度はやや間の抜けた声が響いた。かと思えば幾重にもぶれた人影らしきものが物凄い勢いで迫ってきて、ロディの身体をひょいと抱え上げてしまう。

 

「──かっちゃん、鞄を!」

「もう回収したわゴミ!!」

 

 この声……というか"カッチャン"という呼び名で一目瞭然だった。あの青臭い凹凸勇者コンビ、ここまでもう追いついてきたのだ。それがロディの命をすくい上げる結果になろうとは。

 

「に、逃がすな、撃てぇ!!」

 

 憲兵隊長が慌てて指示を出すが、先の爆破で多くはのびてしまっている。残る少数の放つ弾丸では、爆炎を自在に操って飛ぶカツキと、疾風のごとく駆け抜けるイズクを捉えることなどできないのだった。

 

 

 *

 

 

 

 逃げおおせた三人は、人気のない路地裏を縫うようにひた走っていた。いや正確には、ふたりか。ロディはイズクに俵抱きにされたままなのだから。

 

「やっぱり国ごと絡んでやがったか、」

「僕らの姿まではっきり視認されたとは思えないけどっ、このまま国内にはとどまれないね……!少なくとも、この子は脱出させないと!」

「な……!?」

 

 聞き捨てならない言葉に、ロディは思い切り身をよじった。「うわわ!?」と声をあげ、イズクは彼を落とさないよう足を止めた。

 

「ちょっ……危ないよ!?」

「うるせぇ!!おろせっ、俺は帰る、ロロとララが待ってんだ!!」

「!」

 

 イズクの腕からするりと力が抜け、ロディは再び地面に降り立つことができた。攻撃態勢をとっていたピノが、険をおさめて肩に戻ってくる。

 

「……家族が、いるの?」

「ッ、ああそうだよ。弟と妹だ……」

 

 オセオンを退去しようという考えは頭をもたげていたし、移動にはもう一家まるごと慣れている。自分の意志で実行するのであれば、明日にだって発つことはできただろうけれど。

 

「あいつらを置いてくなんて、できるわけねえだろ!」

「Pi!Pi!」

「………」

 

 剣士ふたりは顔を見合わせた。ロディの表情は真に迫っていて、少なくともその場しのぎの嘘などでないことは明らかだった。

 

「きみの想いはわかった。──それでも、きみは今すぐ国外に出るべきだ」

「……ッ、」

 

 ぎりり、と唇を噛むロディ。肩に乗るピノの身体が冷えていくのがわかる。

 ただ、イズクの言葉はそれで終わりではなかった。

 

「かっちゃん、その子たちを保護しよう。すぐにでも!」

「!」

 

 相棒がそう言い出すことは予想済みだったのだろう、カツキは深々とため息をついた。

 

「……そいつはがっつり顔を知られてる、もう家まで把握されとるかもしんねーぞ」

「だったら尚更だよ!彼は、大切な家族を置き去りにしてひとりで逃げられる人じゃない」

 

 断定的な物言いに、ロディは顔を顰めた。出逢って一刻も経たない相手の何がわかるというのか。

 

 一方で、胸が詰まるくらい図星を突かれたのも事実だった。弟妹はロディにとって自分の命より大事なもの。彼らのもとに帰るためなら地を這い相手の靴を舐めて命乞いできるし、それでしか守れないなら自分の命を投げ出すことだってできる。もとより、そのためだけの命だ。

 

「見張りがいる可能性がある。そいつを連れてくわけにはいかねえ」

 

「俺が行く」──迷いのない口調で、カツキはそう言い切った。

 

「てめェはそのチンピラと荷物担いで、先に脱出してろ。18時間以内にクレイド国境で合流すんぞ」

「わかった」

「ハァ!?おい、何勝手に決めて──「ロディくん!!」!?」

「僕たちを、信じてほしい」

「………」

 

 翡翠のようなこぼれんばかりの双眸に射貫かれ、ロディは反論を封じられた。ただ圧倒されたというだけではない。

 

 信じて、みたい。彼らの真摯な瞳に、言葉に、そんな気持ちが萌芽を覗かせようとしていたのだ。けれど信じるたびに、裏切られてきたではないかと嘲う冷めた自分もいて──

 

「……10万ユール」

「え?」

「10万ユール寄越すなら、言うこときいてやってもいい」

 

 大人びた葛藤とは裏腹の、拗ねた子供のような物言いだった。呆気にとられたままのイズクは置いておくとして、もう一方の蛮族の顔がみるみる鬼神めいていくのがわかる。

 

「てんめェ、くだんねえ意地張ってんじゃねえ……!てめェとてめェのきょうだいの命がかかってんだろうが!!」

「ッ、だから言ってんだよ!命かかってっから、口先だけで信用するわけにいかねえんだろうが!!」

 

 キレるカツキに負けじと言い返すロディ。このふたり実は似たもの同士なのではとイズクは自分を棚に上げて思ったが、今は一分一秒も惜しい。

 

「かっちゃんごめん、黙って!」

「ア゛ァ!!?」

 

 幼なじみにはあとで埋め合わせをするとして──10万ユールより高くつく可能性もあるが──、イズクは、ごくりと唾を呑んでロディと対峙した。

 

「……10万ユールは高すぎる、せめて3万、いや5万で」

「おいデク!!」

「イヤだね、10万は譲らねえ。先払いでな」

「7万、後払い」

「10万」

「7万5千!」

 

 じりじりとにらみ合う時間が続く。カツキの苛立ちが小刻みな貧乏ゆすりから伝わってくる。爆発まで時間の問題、というところで、ふたりは同時に声をあげた。

 

「「8万、うち2万先払い!」」

 

 すかさずイズクは財布から金貨2枚を取り出し、ロディの胸元に押しつけた。余談だが、ユールは神聖オセオン国で発行される貨幣の名称であり、1万ユールは概ね金貨一枚の価値がある。

 

「……端数足んねえよ、これじゃあ」

「まけてよ、それくらい」

 

 チッと舌打ちしつつ、ロディは懐に金貨をおさめた。それが承諾を意味する行為だとは当然理解したうえで。

 

「……この金貨に免じて、あんたらを信用する。ロロとララを……助けてくれ」

「もちろん!」

「けっ」

 

 冷たく鼻を鳴らしたほうが救出役というのは甚だ不安だったが、今は任せるしかない、そう思えた。



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Ex. Tri-gale's Chronicle ③

 イズクたちのいる街とクレイド王国は地図上は比較的近いといえるものの、人間の身ひとつではそれなりの距離がある。18時間以内というカツキの指定は無謀ではなかったが、かなりシビアな時間設定であるといえた。

 何より、ロディを捜索する官憲の目がある。まずは敵の目を欺くところからはじめなければ──

 

 と、いうわけで。

 

「なんで、俺がこんなカッコを……」

「よく似合ってるよ、ロディくん」

 

 おべっかでなく心底からそう思っているらしいイズクのために、ロディはさらに頬を赤らめた。彼は今乱雑に結んだ髪をおろし、紅蓮のマントとアクセサリーのほかには上半身に何も身につけない状態を晒している。

 即席の変装として、別行動となるカツキと衣装を交換したのだ。

 

「僕らときみに面識があることを知ってるのは、店の人くらいだろ?それにしたって敵が替え玉に気づくまで、時間は稼げるはずだ。きみとかっちゃんの体格が同じくらいで、助かったよ」

「体格同じって……ひょっとしてそれ、ギャグで言ってんの?」

 確かに上背は同じというかロディのほうが少し高いくらいだが、筋骨逞しいカツキとでは体つきに雲泥の差がある。ロディはマントでできるだけ身を隠そうと試みた。無駄な努力だったが。

 

「じゃあ、行こう!」

「行こうって、18時間以内にクレイドまでたどり着くのは容易じゃないぜ。まさかノープランとは言わねえよな?」

「う、……人目につかない場所まで行けば、きみを抱えてハヤソウルを使えば……」

 

 何やらごにょごにょ言っているが、やはりこの異邦人はそういう意味では信用ならないとロディは確信した。この国の地理や交通事情は、それなりの年数住んでいるだけあって自分のほうがよく知っている。

 

「徒歩は隣町までだ。そっからは馬車でできる限り移動する」

「馬車か……確かに速く移動はできるけど、他のお客さんの目もあるだろ?誰が乗ってくるかわからないんだし──」

「おいおい、勇者サマは邪道ってモンを知らないんだな。人生損してるぜ?」

「??」

 

 ニヤリと笑うロディの意図を、イズクは図りかねた。

 

 

 *

 

 

 

 螺旋状に設計された首都スカイミンスター。その渦巻きの中心に、空の一部が溶け落ちて飴細工になったかのような空色の宮殿が聳えている。

 建造物の頂近くにある自らの執務室にて、神聖オセオン国宰相・ガイセリックは部下の報告を受けていた。

 

「ふむ、それで子供を捕らえられなかったと?」

「は、申し訳ありません」

 

 謝罪の言葉を聞き流しながら、部下の言葉を反芻する。"標的"の包囲までは成功したものの、あと一歩のところで何者かによる攻撃を受け、取り逃がしてしまった──精鋭たる憲兵部隊が相手の姿を確認もできないで敗退するとは。

 不甲斐なさを嘆くより、その"何者か"の正体に興味をもった。

 

「その子供の素性はわかっておるのだろうな?」

「は。タブリスの街はずれのスラムに住む、ロディという少年です。一年ほど前に弟妹とともに住み着いたとか」

「流れ者か、国外に逃げられると厄介だな。弟妹を大至急確保しろ」

「荷物の流通路も含め、既に憲兵隊を差し向けております」

「よい。あとは任せる」

「はっ。……しかし、」

「?」

 

 部下の表情に、初めて感情が滲んだ。

 

「流れ者とはいえ、臣民です。まさか陛下が了承なさるとは──」

「畏れ多くも陛下より政の委任を受けた余が、陛下をないがしろにしているというのか?」

「!、いえ、そのような……。出過ぎたことを申しました」

 

 神聖オセオンの守護者たる神殿騎士出身の宰相のひと睨みに恐れをなしたのだろう、部下は頭をこすりつけて謝罪する。それを冷たく一瞥しつつ、

 

「よいか。彼らは我が国が手厚く施している教育も受けず、長じても納税の義務を果たさず、神を冒涜するような行為に手を染めている。──挙げ句に、我が国体を脅かすようなまねをしたのだ。もはや現世からの解放のほかに、彼らを救う手立てはない。そうであろう?」

「……はっ」

 

 心底から承服しているかどうか怪しいものだったが、いずれにせよどうでも良いことだった。述べたように、この国の政の全権は己にある。宰相の言葉は皇帝の言葉、皇帝の言葉は神の言葉だ。

 

 部下が退室したあと、独りになった部屋でガイセリックは手元に目を落とした。握られた漆黒の羽根は、背信の証。しかし彼は、それすらも恩寵へとつながるものと信じて疑っていなかった。

 

「"鍵"は、必ず取り戻さねばならん……」

「──拙者も出向こう」にわかに響く第三者の声。「かの少年を救ったのは、我らの宿敵……竜装の騎士たちかもしれぬからな」

「竜装の、騎士……」

 

 ガイセリックの顔が忌々しげに歪む。オセオンにおいて、竜はよこしまなるものの象徴とされていた。

 

「では万事そなたに任せよう、同志よ」

 

 頷き、暗闇から飛び立つ漆黒の翼。それはヒトでも天使でもない、生まれながらに禍をもたらす悪魔の姿をしていた。

 

 

 *

 

 

 

 ロディの住むタブリスの街から隣のサンダルフォンの街まで、徒歩にして一時間もかからなかった。しかしそれは彼らが彼らであるからであって、常人には当てはめることはできない。どういうことかというと、

 

「はぁ、はぁ……ちょっと、待って……ロディくん、はぁ……」

「おいおい、バッテバテじゃねえか勇者サマよぉ。そんなんで勇者務まんの?」

「うぅ、だってこんな、あっちこっちとんだりはねたり……!」

 

 なるだけ他人の目にふれない、なおかつ可能な限りの時間短縮をということで、ロディがとった経路はおよそ常識外れのものだった。建物から建物へ飛び移るくらいならまだしも、数メートルはある丘陵を飛び降りたりよじ登ったり……なんていうルートは普通の旅人はとらない。

 

「ま、しょうがねえか。まだお子ちゃまだもんなぁ?」

「ッ、そういうきみはいくつなのさ!?」

「俺ぇ?俺は……」しばらく思案顔になったあと、「16、くらい?」

「くらいって……」

「ッ、どうでもいいだろ俺みてぇなチンピラの歳なんて!それより行くぞ、もうすぐそこだから」

 

 言うが早いか、マントを翻し歩き出すロディ。チンピラと己を貶める割には、彼の立ち振る舞いは颯爽としていて下卑たところがない。それなりにきちんとした家庭で生まれ育ったか、誇り高い民族の出身なのだろう。

 だからこそ今彼がこのような境遇でいることを、受け入れたくないと思う自分がいる。それがロディのプライドを傷つける感情であるとわかっているから、イズクは口をつぐむほかなかったのだけれど。

 

 果たしてロディが訪ねたのは、ある程度の規模の街ならどこにでもあるなんでも屋のような店だった。店内には雑多な道具が並んでいるが、綺麗なものはひとつもない。中古の品か、下手をすればこれも盗品なのだろうか。

 すえた臭いも相まって顔を顰めるイズクだったが、ロディは眉ひとつ動かさず歩を進めていく。

 

「お~い、邪魔するぜー」

 

 気のない声をかけると、店の奥からがさごそと音がする。ややあって顔を覗かせたのは、三十がらみの金髪の女性だった。けだるげな表情に、咥えタバコが退廃的な雰囲気を醸し出している。

 

「なんだい、ここはおぼっちゃんとコスプレしたガキのくるような場所じゃないよ」

 

 どっちがどっちを指しているのか考えるまでもないし、コスプレも否定できない。

 

「こいつはおぼっちゃんで俺はガキかよ……まぁ良いけど。──"荷馬車"を出してもらいたくてさあ」

 

 女の目の色が変わった。化粧っけの濃い瞼がす、と細められ、瞳には鋭い光が宿る。

 

「……お客ってワケかい。で、どこまで?」

「希望はクレイド国境まで。今出せるのはこんだけ」

 

 そう答えてロディが取り出したのは、イズクから巻き上げた金貨二枚だった。

 

「ふぅん。これなら、スローネの街までが精々だね」

「チッ、足元見やがって」

「飛び込みのガキにサービスしてやる義理はないね、こっちだって危険がないわけじゃあないんだ」

「………」

 

 女を睨みつけるロディだったが、今は一分一秒も惜しい。ほどなくため息をつき、金貨を差し出した。

 

「……じゃ、スローネまで頼む」

「はいよ。契約成立」

 

 「来な」と、女は少年ふたりを奥へいざなった。

 

 

 *

 

 

 

 果たしてロディの依頼したもの──"荷馬車"──は比喩でもなんでもなかった。大量の荷物が積み込まれた幌のかかった荷台の中に、ふたりは押し込まれたのである。

 

「馬車って……こういうこと?」

「安心安全、だろ?」悪戯っぽく笑い、「居心地は再考の余地があるケドな」

 

 積み上げられた木箱に両脇を挟まれ、イズクとロディは向かい合うような姿勢で三角座りをしている。それでも爪先が触れあってしまうのだ、当然足は伸ばせない。ガタガタと道の凹凸のままに揺れても、身体がふらつかないのが利点といえば利点か。

 

「勇者サマも旅すんならこーいう邪道、知っといて損はないぜ?実際使うかは別にして、いざというときに切れるカードが増えるからな」

「ぼ、僕らだって荷台に入れてもらったことくらいはあるよ!あのときはまぁ、逃亡とかではなかったけど……」

 

 そのときは幌もかかっていなかったし、カツキと並んで座って、青空を眺めながら他愛のないおしゃべりをしていた。何気ない時間だったが、楽しかった。

 

「僕ら、こう見えて子供のときから旅してるんだよ。って言っても同じ街に一年くらいいて学校に通ったり、森の中ぐるぐるさまよったり、どうしても横道に逸れちゃうことが多いんだけどね……」

「……へえ、そりゃ楽しそうで」

 

 肩に乗るピノの足に力がこもるのが、素肌だからダイレクトに伝わってくる。「痛ぇって」とつぶやきつつ、ロディは彼(彼女?)に指でマッサージをしてやった。

 

「ロディくんは、ずっとオセオンに住んでるの?」

「……なんでもいいけど、そのロディ"くん"ってやめてくんねえ?なぁんか大人ぶった感じがして、腹立つんだけど」

「えぇっ、どこが!?」

 

 どちらかというと遠慮や、もとの性格の柔和さに起因するものなのだが、ロディのプライドにはかえってマイナスに作用したらしい。服装のせいで、カツキのややこしいパーソナリティが移ってしまったのだろうか。いや物怖じせず彼と言い合っていたくらいだから、やはり元々似たもの同士なのかもしれない。

 

「な、なんとお呼びすれば?」

「何その口調……フツーにロディでいいよ」

「ロディ……ロディ。へへ、なんか照れちゃうね」

 

 "相棒"──カツキのことではない──や敵を除いて、他人を呼び捨てにするのはいつ以来だろうか。まだリュウソウ族の集落にいた幼い頃、周囲に同年代の子供も何人かはいたが、彼らのことをどう呼んでいたかは記憶にない。もしかするとこれが初めてかもしれないと思うと、余計に心が躍った。

 

「……ヘンなヤツ」ロディは毒づきつつ、「俺たちもこの国に来たのは最近。ガキの頃親が死んでから、あっちこっち住みかを変えてきた。ちっと訳アリで、同じ場所に長くは居られないモンでね」

「そう……なんだ。じゃあロディは、弟妹をずっとひとりで守ってきたんだね」

「別に一方的に守られてるワケじゃねーよ。ロロ……弟はすげえ頭が良くてさあ、このナイフなんか、あいつが作ったんだぜ?にいちゃんの逃げ足を活かせるように~、なんつってな。ララは小せぇのに女の勘っての?がやたら鋭くて、何度も命拾いさせてもらったし。何より──」

「何より?」

「ふたりとも、チョーかわいい」

 

 冗談めかした言い方だったが、ロディの細められた瞳はここにはいない愛おしいものを見ているようだった。──ああ、わかった。ロディのアイデンティティを支えるものは、何よりその、血を分けた弟妹たちなのだと。

 

「そういうロディは、カッコイイよ」

「は?……俺がぁ?」

「うん」

 

 「急になに言ってんだか」と、唇を尖らせるロディ。イズクより浅黒い肌だからわかりにくいが、ほんのり頬が色づいているような気がする。と思ったら、彼の右肩でピノが真っ赤になりながら翼で顔を隠していた。まるで気持ちが連動しているみたいだ。

 

「勇者サマにそう言ってもらえるのは光栄だけどさあ、俺のどこがカッコイイってんだよ。ビジュアルには自信あるけど」

「そうじゃなくて……いやビジュアルもだけど!ロロくんとララちゃんのこと守りながら、ちゃんと一人前に扱ってる。そんなふうに、なかなかできないよ」

「別にそんなの……あいつらができた弟妹ってだけだ」

 

 そう、ロディにとっては命より大事な。その瞳に翳が差すのを、イズクは見逃さなかった。

 

「……あいつは、信用できんのか?」

「!」

 

 "あいつ"が誰を指すかは、訊くまでもなくわかった。

 

「人間なんざ、自分がいちばん可愛いんだ。今まで勇者だっつー連中にも会ってきたけど、そいつらも結局そうだった。普段綺麗事言ってるヤツほど、いざとなったら平気で自分も他人も裏切る。あいつは確かに強ぇだろうさ。でも万が一追い詰められたとき……ロロとララを売って自分だけ逃げねえとは、俺には思えねえ」

「………」

「怒った?ははっ、これでわかったろ。俺はカッコよくなんかねえ、いつでもどこでも他人様を疑ってかかってるようなヤローだからさ」

 

 イズクは難しい顔でじっと黙り込んでいる。相手は幼いとはいえ勇者である、逃げ足は速いロディだが、この閉鎖空間では明らかに不利だった。そうでなくても、やっぱりきみを守るのはやめると官憲に突き出されるかもしれないのだ。ロディとしては、後者のほうが心配だったが。

 一方で、この少年はそんなことはしないと断言する自分が心のどこかにいる。今日出逢ったばかりの相手に何をと笑い飛ばしても、そこにとどまり続けている。

 

 果たして彼は、勝利を得た。イズクは笑みを浮かべたのだ。柔和だが──どこか、挑戦的な笑みを。

 

「大丈夫。かっちゃんは、強いから」

「……上には上がいるモンだぜ」

「いないよ。かっちゃんは世界中の誰にも負けない。たとえ実力が上の相手にだって……ううん、そうであればあるほど、勝つまで喰らいついていくんだ」

 

「だから負けないし、まして裏切ることなど天地がひっくり返ったってありえない」──イズクの表情が、雄弁にそう語っている。

 

「かっちゃんは追ってくるヤツら全員まとめてブッ飛ばして、ちゃんとロロくんとララちゃんを連れてきてくれる」

「……信じてんだな、あいつのこと」

「そりゃ、百年以上も一緒にいるからね!」

「……ひゃく?」

「あ!」

 

 顔を赤くしたり青くしたりせわしない所作を一、二秒のうちに見せたイズクは、慌てて訂正した。

 

「そ、それくらい濃密だったってこと!実際にはまぁ……十年ちょっとかな?」

「ふぅん。ま、気持ちはわかるぜ。俺もララとは五十年、ロロにいたっては百年一緒にいる」

「あはは……長生きだね、僕もきみも」

「俺もおまえもロロもララも、とんだじーさんばーさんだな。あ、カッチャンもか。はははは」

 

 声をあげて笑うロディの表情は、取り繕ったものではなくて。これが本当の笑顔なのだと悟って、イズクは嬉しくなった。

 

 

 *

 

 

 

 その頃疑われたり揺るぎない信頼をぶつけられたりじーさんグループに入れられたりと忙しいカッチャンことカツキは、悪鬼羅刹のような表情を浮かべて追っ手をのしている真っ最中だった。

 

「オラァ、死ねぇえ!!」

 

──BOOOOM!!

 

「ぐわぁああああああ!!?」

 

 爆炎に巻かれ、あえなく吹っ飛ばされる憲兵たち。死屍累々──とどめは刺していない。あくまでもののたとえである──のさなかに着地しつつ、カツキはニヤリと悪辣な笑みを浮かべていた。

 

「は、わざわざてめェから追いかけてくるたァ、手間が省けらァ」

 

 今のカツキはロディの服を纏っている。その状態で堂々とロディの自宅付近を闊歩しているのだ、当人と誤認した憲兵たちが群がってくるのも当然であった。

 

 しかしロディの一張羅といったら、一見すると立派なものだがその実あちこちに不格好な補修のあとがある。肌触りもあまりよくないと、服装にはこだわりのある──ほとんど半裸のようなものだが──カツキは苛立っていたが、誘蛾灯となるついでに雑魚を吹っ飛ばして憂さ晴らしはできた。

 

「さァて、」

 

 舌なめずりをしつつ、ロディの家の扉を半ば蹴破るようにして開ける。誰よりも一番襲撃者チックなその姿、ロディが見たらやっぱりこいつに任すんじゃなかったと言い出していたことだろう。

 

 しかし幸か不幸か、カツキが目の当たりにしたのは荒らされた室内。そのどこにも、救出対象の子供たちの姿は見当たらなかった。

 

「チッ」

 

 村や街で彼らがよく逗留する宿、ひと部屋とそう変わらない広さの家だ。仮に身を隠していたとしても、気配でわかる。それすらないということは──

 

 舌打ちをこぼしたカツキは、再び外に出た。庭にのびている適当な憲兵を吊り上げ、もう一方の手で剣を突きつける。

 

「おいクソ兵士、ガキをどこにやった?」

「ひぎっ、し、知らな……ヒイィィ!?」

 

 首筋を切っ先でつついてやると、いっそ笑ってしまいたくなるような情けない声を発する。

 

「答えねえなら用はねえ。他のヤツに訊きゃすむ話だ」

「や、やめっ、し、しらないんだ、ほんとうに……!我々が来たときには、もぬけの殻でっ!」

 

 必死に弁解する様子に、欺瞞は窺えない。憲兵らが踏み込んでくる前に姿を消していた、

 それが真実だとするなら──

 

「あっそ、じゃあ死ね」

「ぐぶっ」

 

 死ねと言いつつ、剣の柄で鳩尾をしたたかに殴りつけて気絶させる。リュウソウ族の騎士にはそれ相応のプライドというものがある。その象徴たるリュウソウケンを、そう簡単に人間の血で汚すわけにはいかなかった。

 

「………」

 

 脱力したせいで余計に重くなった兵士の身体を地面に落とし、カツキは思考にリソースを回した。逃げた。どこに?この国じゅう、彼らの敵のようなものである。しかし子供ふたりが、未だ発見もされていない。──隠れている?どこに?

 

「──!」

 

 現実の時間にして七秒、カツキはひとつの結論にたどり着いた。可能性としては五分あるかどうか、というところ。無駄骨を嫌うカツキだったが、今はなりふり構ってなどいられない。

 

──BOOOM!!

 

 爆炎にまかせて勇躍し、彼は新たな"目的地"へ飛び立った。



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Ex. Tri-gale's Chronicle ④

 

 時は四半刻ほど前に遡る。

 

 ロロは兄が誕生日にプレゼントしてくれた本を読みながら、勉強を続けていた。まだ幼い彼だが、ロディの護身用の武器を製作するなど頭の回転の速さと手先の器用さでは兄に並ぶものがあった。しっかりとした環境で生育していれば、末は博士か大臣かと皆に将来を嘱望されていたかもしれない。

 

 現実には彼も彼の兄妹も、誰にも顧みられることのないスラムの流れ者である。ただロロ自身はそんなこと、どうでもよかった。兄やララと助け合いながら、三人一緒に暮らしていければ、それだけで。

 そう、助け合う──そのために今、できうる限りの知識を得ようと努力している。今はまだ、兄に助けてもらってばかりなのだから。

 

「──ロロにいちゃん、」

 

 不意の妹の呼びかけに、彼は意識を現実に引き戻した。そしてその声音から、他愛ないおしゃべりを仕掛けようというのでないことを即座に察する。彼女は幼いながら勘が鋭くて、そのおかげで九死に一生を得たことも一度や二度ではなかった。

 

「どうした?」

「こわい人たちが、くる」

「わかった」

 

 それを聞いたロロの行動は素早かった。いつでも持ち出せるようにしてある必要最低限の荷物を持ち、彼女の手を引いて裏口から飛び出す。今のところ、周辺に異常はない。ただ空気がいつもよりひりついていることに、ロロも気がついた。

 

「ロロにいちゃん、」

 

 妹のちいさな手に力がこもる。──不安。あたりまえだ。ロロだってそうなのだ。

 でも今、この愛しく幼い妹を守れるのは自分だけなのだ。念のためできるだけ人目につかない道を選びながら、ロロは"避難先"へと向かった。

 

「──スタンリークさん!ロロです、ロディの弟の!いますか!?」

 

 閉めきられた扉をガンガンと乱暴に叩く。そこはロディが運び屋として仕事をもらっているうらぶれたバーだった。営業中でないのは良いが、店主が出かけていたらどうしようもない。

 

「スタンリークさん!お願い、開けてっ!」

 

 半ば祈るような気持ちで呼びかけ続けていると、ガタンと扉に力の加わる音がした。

 

「なんだ、うるせぇな!」

「スタンリークさん……!」

 

 顔を覗かせた人相の悪い中年男が、今は救世主に思えた。「なんだお前らか」という、心底どうでも良さそうな声音さえも。

 

「お願いっ、かくまって!」

「かくまうだぁ?誰かに追われてんのか?」

「わかんないけど、ララが……。それに、家のまわりの空気もいつもと違うんだ」

「ハァ?」

 

 ガキの自意識過剰ではないかとスタンリークは呆れたが──彼らの兄貴に与えている仕事の性質上、厄介ごとが降りかかることは十分考えられる。何より彼ら一家の危機管理能力に関しては、ロディを見ていれば自ずとわかることだった。

 

 何より、ロディとの約定。万が一のときは、弟妹だけでも守ってほしいと。別に身を挺してくれと言われているのではない、ただ隠れ場所を提供してやるだけだ。

 

「……まァ、入んな」

「!、あ、ありがとう」

 

 妹とともにお礼を言い、店に入る。ここまで走ってきて息が若干あがっていることを慮ってか、スタンリークは水を出してくれた。尤もこれはサービスではない、あとでロディに渡す給金の中から差し引くのである。

 

「夕方まで何事もなかったら帰れよ」

 

 逆に言えば、夕方の営業再開までは居てもいいということである。ロロはほっと胸をなで下ろした。

 

「ふぅ……よかったな、ララ」

「………」

「……ララ?」

 

 そこでようやくロロは気づいた。ララの表情が晴れない──疲労のせいでないことは察しがついた。しかし、なぜ?

 

「ロロにいちゃん、ここ、だめ」

「え──」

 

 まさか、まだ追っ手が?ロロが立ち上がりかけた矢先、再び閉めきられた扉が外から乱暴にノックされた。幼いふたりの肩が強張る。

 

 店がクローズドであることは外から見ればわかるが、スラムには昼間から呑んだくれているような連中も多い。先ほどのように呼びかけがなければ気にとめない方針なのか、スタンリークは無視を決め込んでいたのだが。

 

「──こちらはタブリス憲兵隊である、開けろ。十秒以内に応対しなければ突入する」

「!」

 

 ララの表情が青ざめる。彼女が感じていた害意は、憲兵隊のものなのか?ロロにしても、彼らを頼れる正義の警察だなどと思ったことはないけれど。

 

「あ~、わかった!今出る!」やむなくそう応じつつ、「……お前ら、奥の酒蔵に隠れてろ。空いてる樽がいくつかある」

 

 それはスタンリークの厚意に他ならなかった。すぐさまララの手を引き、酒蔵に入る。まだ小さな身体を活かして樽の中に己を詰め込んでいると、表からやりとりが聞こえてきた。

 

「スタンリークだな」

「そうだが。なんの用だ?」

「ロディという少年がここで働いているな。どこにいる?」

「ああ、確かにそいつはここの従業員だが。おつかいに出たまま帰ってきやしねえ」

「そのおつかいで、何を運ばせた?」

「運ばせたぁ?買い出しに行かせたんだよ」

「貴様が持たせた荷物については確認している。しらばっくれても無駄だ」

「だから、なんの話だか──」

 

 ロロは妹を抱きしめる手に力を込めた。訳は知らないが、憲兵たちは兄を捜している。いや、兄だけではなく──

 

「では、彼の弟妹の所在は?」

「それこそ知らんよ、家にいるんじゃないか?学校にも行ってねえだろうしな」

「家にはいなかった。貴様が匿っているのではないか?」

「ハァ?なんで俺が……。ロディはウチの従業員だがよ、あいつの家族のことなんざ知ったことじゃねえ。他当たりな」

「……そうか、承知した」

 

 引き下がるのか?でも、スタンリークが持たせたという荷物云々の話は棚上げになっていた。憲兵隊がそんな中途半端なこと、するわけが──

 

「では、貴様にも死んでもらおう」

「────!!?」

 

 ロロはぎょっとした。樽を揺らしそうになるのを、かろうじて堪える。

 

「死ねだぁ?いくら憲兵サマでも、言っていいことと悪いことがあるぜ」

「あの荷物に接触した者はすべて排除する。宰相ガイセリック様の命だ」

「おいおい……本気かよ?ちょっと待ってくれよぉ、俺はただ横流ししてただけで……そうだ、憲兵サマともなると色々入り用でねえですかい?」

 

 己の不利を悟ってか、スタンリークは下手に出る作戦に変更したようだった。賄賂を贈り、不正や犯罪に目を瞑ってもらう──"神聖"と銘打たれたこの国でも、平然と行われていることだった。ましてこのような、辺境扱いの場所では。

 

 ロロとしては好ましいものではなかったが、生きていくためにはそういう智慧も必要なのだと理解してもいた。少なくとも今この瞬間は、それが成立してくれることを願っていた。

 しかし、

 

「──ぐがっ!?」

 

 鈍い打突音に少し後れて、スタンリークのうめき声が響く。悲鳴をあげそうになるララの口を、ロロは慌てて押さえた。外でいよいよ事態が急転したことは、見るまでもなくわかった。

 

「ガイセリック様の命であると言ったはずだ」

「う、ぐぐ……っ」

 

 チャキ、と、何かを構える音が響く。それはあてどない旅の中で、幾度かだが聞いたことのある死に神の来訪を告げる音。ロロは戦慄した。このままではスタンリークが、なんだかんだ言いながらも自分たちを庇ってくれている男が殺されてしまう!

 

 しかしララが反射的に飛び出そうとしたことで、はっと我に返った。彼女を押さえ込み、じっと息を殺す。飛び出していったってみんなまとめて殺されるだけだ。ならば何をおいても自分は、妹を守らなければ。

 

(ごめんなさい、スタンリークさん)

 

 憲兵の口ぶりから言って、仮にスタンリークが自分たちを受け入れていなくても同じことだったろう。それでロロは、謝らずにはいられなかった。何もしないことに、見捨ててしまうことに──

 

 数秒後、乾いた破裂音が響くことを知っている。それを聞きたくなくて、耳を塞ぐ──

 

──BOOOOM!!!

 

 果たして響いたのは、そんなものでも防ぎきれない途轍もない爆発音だった。音に飽き足らず、振動がびりびりと身体を揺らす。銃の発砲で、こんなことはありえない。

 直後、声が響いた。

 

「死ねぇ、クソ狗どもがぁ!!」

 

 怒声、というか罵声。本能的な恐怖を感じさせるものに違いはないが、冷たく機械的な憲兵たちのそれとはまったく異なる。それにまだ、兄とそう変わらない少年の声だ。

 

 暫し爆音と蛙の潰れたような悲鳴が聞こえたあと、打って変わって静寂が辺りを支配する。憲兵を倒してくれたなら、味方なのだろうか?でもそんな、無条件で、風のように自分たちを救けてくれるような存在が、この世界にいるはずがなくて──

 

「あんたがスタンリークか」

 

 先ほどの少年らしい声が響く。つっけんどんだが、敵意は窺えない声音だった。

 

「……そうだ。その服、ロディのだな。ヤツはどうした?」

「そのロディに頼まれて来た。あいつもこいつらに襲われて、今俺のツレとクレイドに向かって逃亡中。俺ぁあいつの弟妹を連れてく手はずになっとる」

「証拠は?」

「ンなモンあるか。ガキどもは奥だろ、酒蔵なら隠れ場所はいくらでもあるってヤツが言っとった」

「……そうか」

 

 スタンリークはそれ以上何も言わなかったし、抵抗する様子もなかった。信用したというよりは、手負いになった身で勝ち目はないと悟ったのだろう。何せ、憲兵たちを一瞬でのしてしまうような少年だ。

 

「………」

 

 ロロもまた、同じだった。スタンリークもこの樽も、これ以上自分たちを守ってくれはしない。そっと立ち上がり、顔を出す。と同時に、兄の服を着た、鋭い白皙の少年が酒蔵に足を踏み入れてきた。

 

「お前らか。……ったく、手間ァかけさせやがって」

「……ッ、」

 

 見目麗しい少年だとは思った。ただそれに輪をかけて、表情と口調がひどい。到底信用できる人物とは思えず、ロロは妹を背に庇った。

 

「信用するもしねえも勝手だ」見透かしたように言う。「だが時間がねえ、引きずってでもお前らを連れてく。抵抗すんなら寝てもらう」

 

 やはり悪役の台詞だ。飛びかかっていけば、その隙にララだけでも逃がせるか。けれど宰相の命令云々と言うからには、追っ手は外にまだまだいるだろう。どうすれば──

 

 思考が袋小路に陥りかけたそのとき、不意に後ろから裾を引かれた。ララが不安がっているのかと思ったが、そうではなかった。

 

「ロロにいちゃん。このひと、へいき」

「え……?」

 

 憲兵たちの悪意を感知してずっと怯えていたララが、笑顔すら浮かべてそう告げる。彼女の勘は、目の前の男から邪悪なものを感じとってはいない。本当に自分たちを救けようとしてくれているのだと、そう示していた。

 彼女が勘を外したことはない。ならば、信じてみる価値はあるのではないか。いや本当は、ロロだって信じたかったのだ。無条件に手を差し伸べてくれる、ヒーローの存在を。

 

「……わかった。行くよ、一緒に」

「おー。──あんたはどうする?」

 

 問われたスタンリークは、憮然としてかぶりを振った。

 

「ガキに命預けられるか。俺は俺でいざというときの退避ルートは持ってる。足手まといがいないなら好都合だ」

「そーかよ。ま、あんたのことは何も頼まれちゃいねえからな、好きにしろや」

 

 これがイズクなら、時間を費やしてでも説得するかもと思いつつ、カツキは突き放した。

 ロディから頼まれていないというのもそうだし、相手は裏社会を知る大人だ。生命力は並みの人間よりあるだろう。

 

「あの、スタンリークさん」

 

 一方で、救出対象にあがっていた少年たちは未だ純粋さを失っていなかった。

 

「迷惑、かけてごめんなさい。それと……ありがとう」

「……ふん、お前らの兄貴もそんくらい可愛げがありゃあな」口を尖らせつつ、「とっとと行け。もう二度と会うこともねえだろ」

 

 もう一度ぺこりとお辞儀して、兄妹はカツキとともに外へ飛び出していく。程なくして、BOOOMと爆発音が響いた。あの調子では見つかってしまうのではと思うが、それ以上のスピードで振り切る作戦か。

 

 まあいずれにせよ、もう自分の知ったことではない。増援が来る前に自分もさっさとずらからねばと、彼は金品を纏めはじめた。

 

 

 *

 

 

 

 一方、荷馬車に隠れて移動を続けていたイズクとロディ。かの女主人のアクションは慣れたものだった。避けられる警備所はすべて避け、それが不可能なら賄賂を渡して黙らせる。もとより暗黙の了解ができあがっているのか、憲兵たちはそれで拍子抜けするほどあっさりと通してくれる。

 

 こんなので、この国は大丈夫なのか──異邦人ながら、イズクは真剣に憂えた。ただ、間違いなくそのおかげで命拾いしているのだけど。

 

「──……ク、デク、起きろ」

「ん……」

 

 身体を揺すられ、散っていた意識が集合していく。どうやら眠ってしまっていたらしい。

 ぱちぱちと目を瞬かせると、ロディが皮肉めいた笑みを浮かべる。

 

「ぐっすりだったねえ、勇者サマ。こんな狭いわガタガタ揺れるわろくでもねえ環境でおねんねできるなんて、よっぽどの大物か無神経ヤローのどっちかだぜ?」

「うぅ……後者かも。かっちゃんにもよく言われるし──」それはともかく、「どうしたの?何かあった?」

「いや、時間的にもうぼちぼちスローネに着くからさ」

 

 用心して馭者と会話などはしない以上、それは体感で推測したものということになるのだろう。七、八時間ほどの道程だったが、慰みもない荷車の中で一睡もせずに起きていたのか。

 

「ロディ、」

「ん?」

「僕が守るから。安心してくれて良いからね」

 

 少しでも気を休めてほしいと思って念押しに放った言葉。しかし受け取ったロディの瞳が鋭くなるのをイズクは見た。もっともそれは一瞬のことで、すぐにへらりとした笑みを浮かべてみせたが。

 

「そりゃ頼もしいねぇ、勇者サマ。なら夜はぐっすり寝かせてもらおうかね」

「う、うん」

 

 ロディ自身の本音を、イズクは読み取ることができなかった。彼の相棒だというピノは落ち着かない様子で羽根を揺すっていて、この状況にストレスを感じていることが実にわかりやすいのだけど。

 

──と、不意に馬車が停まった。

 

「出な」

「!、………」

 

 声に従って荷馬車から降りる。果たしてそこは森の中だった。わずかに拓けた隙間から、ささやかな街並みが見える。

 

「この森を抜ければクレイドだ」

「!」

「あんたたち、何かでかいことをやらかそうとしてるんだろ?面白そうだからひと息ぶんサービスだ。頑張んなよ」

 

 正直、国境警備隊の駐屯地があるスローネをどうやり過ごすかはロディの悩みの種だったのだ。商いの範疇を超えてでもそれを突破してくれたのは、心底有難いと言うほかない。

 

「サンキューおねーさん、あんた最高にイイ女だよ。事が済んだら、俺が貰ってやってもいいぜ」

「はん、ガキが粋がるんじゃないよ。とっとと行きな、あたしも忙しいんだ」

「……あ、ありがとうございました!──行こう、ロディ」

 

 なんだかアダルトなやりとりに気後れしつつも、イズクはロディを促した。森を抜ければ、と言うといかにも簡単そうだが、天然の要害になりうる程度には広大かつ峻険な道のりが待ち受けている。休息の時間も鑑みれば、あと半日でたどり着けるかはまだまだ努力次第だった。

 

 女と別れ、歩き出す。鬱蒼と木々の生い茂る深い森。ふたりの足音のほかは、虫たちの合唱、鳥たちの翼のはためきが聞こえるばかりだ。

 

(……かっちゃんたち、今頃どのあたりかな)

 

 彼がロロたちの救出に失敗したとは微塵も思わない。ただ、自分たちのように移動手段を確保して、巧みに警戒網をすり抜けてこられるかどうか。小さな子供をふたりも連れているのだ。タイムロスは免れないのではないか。

 

 いやでも、ロディの言葉を信じるなら彼の弟妹は優秀だ。足を引っ張るどころかむしろ、カツキの助けになってくれるのではないか。カツキは意外と子供に好かれるから、なんだかんだ怒鳴りつけたりしながらもうまくやるだろう。

 そんなことを想像していると、不意にロディが口を尖らせた。

 

「……兄の贔屓目っつー言葉もあるんだぜ。なんでそう簡単に鵜呑みにできるかねぇ」

「……ロディ?」

「あんた、お人好しすぎるよ」

 

 呆れているのか怒っているのか、どちらともとれる口ぶりだった。前者はまあ仕方がないにしても、後者は解せない。でも人間の感情がそう単純に動くものでないことは、幼なじみと過ごす中でイズクも理解しているつもりだった。

 

「贔屓が入ってるとしても、嘘ではないでしょ?」

「!、……まぁな」

「だったら信じるよ。きみがそれだけ信頼を置いてる子たちなんだもの」

 

 曇りない表情で、よくもまあそう言い切れるものだ。ロディは彼を不気味だと思ったし、苛立ちもそれに起因していた。どちらかといえば、あのカツキという少年のほうがまだ一緒にいて楽だっただろう。彼の目には、他者に対する拭えぬ猜疑と警戒が宿っていたので。

 

 ただ──本気でそう言っているのだとわかるからこそ、ロディもまたイズクに信頼を置きつつあった。理解できないしなんなら腹立たしいが、それは自分がひねた子供だからだ。

 彼は自分を客観的に見ることができる少年だった。

 

「ま、一番ドジ踏みそうなのはあんた。それは間違いねえな」

「な!?そんなことないよっ、僕だってこう見えてもよんじゅ……」

「よんじゅ?」

「ゴホンっ!!結構長く旅、してるんだから!」

「カッチャンがさぞ優秀なんだろうなー」

「きみねえ……いや、否定はしないけど──」

 

 言い争いというには、あまりに軽やかなやりとり。彼らの心は、互いに少なからずほぐれつつあって──

 

──それが、油断へと繋がっていた。

 

「……見つけた」

 

 遙か上空から、彼らを見下ろす漆黒の双眸。全身が黒々としているから、それは闇に溶け込んでいるかのようだった。

 

 束ねた髪を下ろし、衣装をがらりと着替えても、その目を誤魔化すことはできない。弓を構え、矢をつがえる。──そして、射つ!

 矢が飛翔した以上、標的の命は残すところ一、二秒。彼はそう確信していた。──しかしその隣にいる少年は、風の流れの微かな変化を感じ取ることができた。

 

「!、──ロディ!!」

「へ──」

 

 咄嗟にロディを突き飛ばし、割って入るイズク。果たしてその胸元に、鏃が突き刺さり――

 

「ぐ……ッ!?」

「デクっ!?」

 

 イズクの身体がぐらりと傾く。ロディは呆然と、その一部始終を見ていることしかできなくて。

 それでも不幸中の幸い、イズクは倒れることなくその場に踏みとどまった。

 

「ッ、誰だ!!?」

 

 痛みを紛らわすように、声を荒げてがなりたてる。と、漆黒の射手がゆっくり上空から降下してきた。

 

「我が弓に咄嗟に反応するとは、お主、(わっぱ)(なり)をしてなかなかやるな」

「!、おまえは──ドルイドン……!」

 

 大鴉に似ていながら、人間の、立派な男の体格をもつ異形。そして流暢に発せられる時代がかった言葉──いずれも、この男が宿敵たる存在であることを示している。

 

「いかにも。拙者はドルイドン族がひとり、タカマルにござる。──お主らに恨みはないが、お命とその荷、頂戴いたす」

「……ッ、」

 

 再び矢をつがえるタカマルに対し、イズクはリュウソウケンを構えることで対抗した。しかし翼と遠隔武器を備えた相手に対し、剣一本では不利なのは言うまでもない。何より──矢の突き刺さった胸元から、じくじくと痛みが広がっている。

 イズクはすぐに結論を出した。

 

「……ロディ、僕につかまってて」

「え、」

「──ハヤソウル、」

 

 リュウソウケンの柄に、小さな騎士の意匠を装填する。迅速かつ最小限のアクションでの行動だったが、タカマルはそれをも見咎めた。──矢が、放たれる。

 

「ッ!」

 

 剣を振るってそれを弾き返す。と同時に、『ハヤソウル!ビュ──ーン!!』という誰のものでもない気の抜けたような声が響く。誰?と内心首を傾げたロディだったが、次の瞬間にはそれどころではなくなっていた。

 

「ふ────ッ!」

「へえぇ────!!?」

 

 俵抱きにされたロディは、凄まじい浮遊感と疾風をその身に受けることになった。──イズクが、疾走っている。その状況を理解したのは、暫く後れてのことだった。

 

「ふむ、人間にしてはすばしこい」

 

 森の奥深く、木々が生い茂って上空から視認しにくい地帯に逃げ込むあたり、智慧もあるようだ。しかしその程度のことで、狙った獲物は決して逃がさない──タカマルは翼を広げ、再び飛翔した。



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Ex. Tri-gale's Chronicle ⑤

 

 森の中を疾風迅雷のごとく駆け抜けたイズクは不幸中の幸い、岩肌にぽっかりと開いた洞穴を見つけることができた。

 至近にあのドルイドンの影がないことを確認しつつ、そこに潜り込む。と、肩に担いでいたものがタイミング良く暴れ出した。

 

「おまっ……いつまで抱えてんだ、いい加減おろせっての!」

「あ、ご、ごめん!」

 

 手負いの身にもかかわらず軽々と抱え上げられ、降ろされたロディのプライドはいたく傷ついていた。まして相手は、自分より小柄な少年であるにもかかわらず──

 

「ってか、矢……大丈夫なのかよ?胸に刺さってんのに──」

「あぁ……大丈夫、多分。そんなに深くない、から……っ」

 

 その見立ては間違っていなかったらしい。イズクが少し力を入れて引っ張ると、矢はあっさりと抜けた。じわりと、染み出した血が服を濡らす。

 

「はぁ……」

 

 左手で傷口を押さえつつ、右手で荷物を探る。ただ、片手だけでは難渋しているようだった。

 

「……止血だろ?手伝うよ」

「あ……助かるよ、ありがとう」

 

 怪我をしたことなんて数えきれないほどあるが、ひとりで処理するのは正直心許ないと思っていた。なんだかんだ文句を言いながら、カツキはいつも手伝ってくれる。逆の立場になったら当然自分も、と思うのだが、かの相棒はめったに怪我もしないのだ。

 

 そしてロディも、サポートとはいえ相当に手慣れている様子だった。傷口を灼いて殺菌しつつ塞ぎ、上から包帯を巻いていく。感心しつつ、やけに神妙な目つきで上半身をじろじろ見られるものだから、イズクは気後れしてしまった。

 

「あ、あの、ロディさん……?」

「なんだよ急に、ンな他人行儀な……まぁ他人だけど」ぼやきつつ、「顔面に似合わねー身体してんのな。っつーか、古傷多すぎ」

「あ……うん、ごめんね」

「いや別に、謝られることじゃねぇけど……」

 

 ロディはどうしてか不機嫌な様子だった。最初は傷だらけの身体に不快感を覚えたのかと思ったが、むしろ傷痕をじっと睨んでいる。

 

「ろ、ロディ……?」

「あんた、いつもあんな調子なのかよ」

「え……?」

「庇ってもらっといてこんなこと、言いたかねえけどさ。フツー自分の命のほうが大事だろ。他人は星の数ほどいるし、死んだところで自分の人生に影響はねえ。でも自分自身はこの世にひとりしかいなくて、死んだら終わりなんだぜ」

「………」

「そんな調子で他人ばっか守ってっと……あんた、死んじまうよ」

 

 突き放すような口調とは裏腹に──ロディの瞳は、今にも泣きそうなように見えるとイズクは思った。もし、それが錯覚でないとするならば。

 

「ありがとう、ロディ」

「は?」

 

 呆気にとられるロディ。自分の憎まれ口に対してそういう言葉が返ってくるとは、予想だにしていなかったのだ。

 

「僕のこと、心配してくれてるんだよね」

「なっ!?ば、っかやろう、都合よく捉えてんじゃねえ!!」

 

 ロディは吼えたが、イズクは笑みをたたえたままだった。自分でも認めていない本心が、嫌というほど伝わってしまっている。肩ではピノが羽根で顔を隠すしぐさをしているが、イズクが彼の秘密に気づいた様子はない。

 

「もちろん、自分の命は大事だよ。もっと強くなって騎士の使命を果たしたいし、単純にもっと色々な世界を見てみたいって思いもある。僕はわがままだし、欲張りだから」

「……あんたがわがままだったら、世界中の人間ぜんぶとんでもねーエゴイストだと思うけど?」

「でも、かっちゃんにはよくそう言われるし、僕自身それは正しいんだと思う。……わかってても、困ってる、苦しんでる人を放っておけない。救けたいって、思っちゃうんだ」

「なんだよ……それ」

 

 ロディは無意識に一歩、後ずさっていた。イズクの言葉を欺瞞とは思わない。しかし真実だからこそ恐ろしいと思う自分がいる。──恐ろしい?

 

 いったい、何を恐れているのか。自分とは永遠に交わらないだろうイズクの思考回路か……それとも、そのためにイズクが命を散らすことか。

 

(──あぁ、そうか)

 

 それらは決して矛盾した感情ではないのだと思い至って、ロディは小さく笑った。その場にどかりと座り込むと、イズクが目を丸くした。

 

「ど、どうしたのロディ?大丈夫?」

「いんや……降参、俺の負けだ」

「どうしたの、急に?」

 

 怪訝な表情。でもそれは猜疑ではなくて、純粋な気遣いから浮かべられたもので──

 

「いつの間にか勇者(ヒーロー)なんて名乗る連中がそこら中で幅利かせるようになって……それでも結局、世界はなんも変わらない。ドルイドンはあちこちで好き勝手やってるし、俺たちは明日をも知れないその日暮らしのまんまだ」

 

 だから、他人に期待するのはやめた。自分たちの身は自分たちで守る。代わりに他人のことなんて考えない。そう心に決めてしまえば、こんなに楽なことはなかったのに。

 

「あんたみたいなのが、俺の知らねえとこにいたんだな」

「ロディ……」

「あんたなら、世界を変えてくれるか?」

 

 その問いに、イズクは目を丸くし……次いで、えも言われぬような笑みを浮かべてみせた。

 

「僕は未熟で、支えてもらってばっかりで……そんな大それたこと、自信満々にできるなんて言えない。──でも、それがロディの願いなら。その日のために僕は、剣を振るい続けるよ」

「………」

「駄目、かな?」

 

 今度は、心細げな表情。こいつの中には、大人と子供が同居しているみたいだとロディは思った。頼もしいが、守ってやらねばとも感じる。客観的にみるまでもなく、守られているのは自分なのだろうが。

 

「俺は、あんたと違って欲張りじゃねえからなぁ。……十分だ」

「……そっか」

 

 再び頬を緩めるイズクだったが、先ほどまでと違ってふにゃりとしたものだった。弟妹のそういう表情を見ることの多いロディは、その意味をよく理解している。

 

「もうぼちぼちいい時間だよなぁ。俺が見張ってっから、寝ていいぜ」

「えっ、そんな、悪いよ。僕は馬車の中で寝たんだし……」

「怪我人がナマ言ってんな。いいから休め、じゃねえと傷の治りが遅くなるぞ」

 

 そうなって困るのはロディ自身なのだ。言外にそんな主張を込めると、イズクはふうぅと深いため息をついた。

 

「わかった……。じゃあ、お言葉に甘えさせてもらうね……」

「おー、そうしろそうしろ」

 

 トレードマークのグリーンのベストを枕代わりにして、イズクは横になった。すぅ、はぁという呼吸の音が、程なく規則正しい寝息に変わっていく。数十秒ともたなかった。

 

「……ま、そりゃそうだよな」

 

 慣れない土地で、今日会ったばかりの人間を守りながらの逃避行──疲労が蓄積していないわけがない。そしてそんな彼がいなければ、自分は今頃この世にいないだろう。

 

 ロディは"それ"を言葉にする代わりに、マントを脱ぎ、イズクにかけてやるのだった。

 

 

 *

 

 

 

 結局敵が接近してくる気配もなく、イズクとロディは交代しながら二時間ずつ眠って体力を回復させると、意を決して立ち上がった。

 

「あのドルイドン、今頃俺らのこと探し回りすぎてトンチンカンな場所に飛んでってたりしてなぁ」

 

 楽観的な軽口を叩くロディだったが、イズクはくすりともしなかった。

 

「そうだったらひとまずは助かるけど、油断は禁物だよ。もしかしたら、地上に降りて探し回る気なんて最初からないのかもしれない」

「……獲物が自分から出てくるのを、手ぐすね引いて待ってるってわけか?」

 

 一流の狩人は、狙い定めた獲物が通りがかるのを、何時間でも何日でも一歩も動かず待ち続けられるという。そしてあのドルイドンも、どこか超然とした口調ながら、獲物を狙う猛禽類の目をしていた。

 

「どうすんだ?わかってたって、空から来られたら逃げ場がないぜ」

「大丈夫、振り切るよ」

 

 そう答えて、イズクはハヤソウルを取り出した。竜の頭部のような形状をしていながら、指で弾くと騎士の姿へと変わる不思議なギミック──ただロディは、それを見たことがあるような気がしていた。

 

「………」

「どうかした、ロディ?」

「!、あぁいや、別に……。ところで俺、また担がれんの?」

 

 あれは腰がしんどいし、何より男の沽券にかかわるからやめてくれ。本当ははっきりそう言って拒絶してやりたかったが、かといってこのベビーフェイスのナチュラルボーンヒーローを困らせたいとも思わなかった。

 

「ごめん、心地は良くないかもだけど……しばらく我慢して」

「……ま、しゃーねえよな。振り落とさねーでくれよ、勇者サマ?」

「もちろん!」

 

『ハヤソウル!ビューーーン!!』

 

 マントで簀巻きになった細長い身体をひょいと抱え上げ、イズクは超速で洞窟を飛び出した。

 

「──!、出てきたか」

 

 タカマルは即座にその姿を発見した。イズクの見立て通り、彼は獲物が自ら姿を現すのを待ち構えていたのだ。洞穴などに身を隠していることは予想がついていたが、そういった閉鎖空間に立ち入って戦うことは彼の美学に反する。

 飛翔というアドバンテージが失われてしまう以前の問題だ。逃げたいなら好きなだけ地上を這いずり回ればいい。

 

「速い。しかし、拙者からは逃げられぬぞ」

 

 宵の空に一陣の風を残し、大鴉は飛び立った。

 

「──やっぱり、来た……!」

 

 イズクの言葉に、しがみついて耐えるばかりだったロディはぎょっとした。まさか、こんなに早く発見されてしまうなんて。

 

「くそっ、あいつ、速い……!」

「ッ、国境までまだかかるぞ!森ン中逃げ込め!」

 

 木々で上空とほとんど遮断された中なら、洞窟ほどでないにせよ身を隠す効果はあるはずだ。それは当然イズクも考えていて、次の瞬間にはそちらへ飛び込んでいた。

 

「うおおおおおお!!」

 

 雄叫びに近い悲鳴をあげたのはロディだった。木の葉や枝が顔にぶつかる。こそばゆいだけならまだしも鋭いものもあって、頬にいくつか小さな切り傷ができるのがわかった。

 

「ロディごめん、我慢できる!?」

「ッ、こんくらい、あいつを撒けるなら──」

 

 仕方がない、と続けようとしたときだった。

 

「ッ!?デク、危ね──」

「え──」

 

 視線が上向いていたために、先に"それ"に気がついたのはロディだった。枝葉を繁茂させていた巨木たち。その天辺近くが幹と切り離され、イズクたちめがけて落下してきたのだ。

 

「──ッ!?」

 

 目を見開きながらも足を止めず走り続けるイズクだが、進んだそばから真上の木が切り倒されていく。やがてひときわ大きい木が切り倒され、彼らの進路を塞いでしまった。

 

「よく走ったものだ、賞賛に値する……で、ござる」

「くっ……」

 

 タカマルがゆっくり地上に降りてくる。彼の片手には湾曲した片刃剣が握られていて、その刃をもって木々を両断したのだと推察された。

 

「だが、ここまでだ」

「……みたいだね」

 

 その同意は無論、断じて白旗ではなかった。逃げられないなら、戦うしかない。幸いにして、先ほどの傷はもう塞がりつつあった。

 

(逃げられないなら戦う。戦うなら……勝つ!)

 

 そのために、

 

「──リュウソウチェンジ!!」

 

 左腕の竜頭型ブレスレットに、緑色の騎士の形をしたツールを装填する。するとそこから、『ケ・ボーン!!』という、場の雰囲気に見合わぬ明朗な音声が流れた。

 

(なんだ?)

 

 訝しげに目を細めるロディだったが、次の瞬間驚くべきことが起こった。ブレスレットから緑色をした小さな騎士たちが何体も飛び出してきて、イズクの周囲を円形に囲ったのだ。しかも間髪入れず、陽気なリズムとともに踊り出すではないか。

 イズクはその中心で右腕を構え、空気を撫ぜるようにおろしていく。そしてその指先が首元あたりに達した瞬間、一転して素早くブレスレットに手をかけた。

 

『リュウ SO COOL!!』

 

 踊っていた騎士たちがイズクの全身に殺到していく。刹那、眩い光が放たれ、ロディは思わず目を瞑っていた。

 

 そして光が収まり、再び視界をひらいたとき──そこに、イズクの姿はなかった。

 イズクの立っていた場所に、鮮やかな緑の全身鎧を纏った騎士が立っていたのだ。

 

「え……?」

「……──、」

「──疾風の騎士、リュウソウグリーン!!」

 

 それはまぎれもない、イズク自身の声だった。

 

「リュウソウ……?デク、おまえもリュウソウ族だったのか……!?」

「!、え──」

 

 ロディの反応は、イズクにしても予想外のものだった。彼はリュウソウ族を知っている?

 

 一方でタカマルは、驚くこともなくくつくつ笑っていた。

 

「ククククっ、やはりそうでござったか。ただの人間の小僧では、狩るにも味気ないと思っていたが」

「………」

 

 そうだ。今はロディの言葉を気にしている場合ではない。イズク──リュウソウグリーンはリュウソウケンを構え、臨戦態勢をとった。相手は未だ、動かない。それは嵐の前の静けさであることは考えるまでもない。

 先に動いたほうが負け、とはよく言ったもの。しかし相手の出方をじっと待ち続けるというのは、実は気の長いほうではないイズクには向かないやり方だった。無論、猪突猛進というわけではない。攻めに出れば相手も自ずと手を打ってくる。その手を見て、分析して、戦いながら作戦を組み立てるのだ。

 

(僕が……行くっ!!)

 

 腰を落とすと同時に、一歩を踏み出したときだった。

 

 声も出さぬまま、タカマルが矢をつがえ、撃つ。それらはまっすぐにグリーンへと向かってきた。

 

「ッ!」

 

 すかさず立ち止まり、リュウソウケンでそれらを斬り弾いていく。

 

「ッ、牽制のつもりか!この距離で、こんなもの……!」

「牽制?違うな。それで終わるなら、我が刀の錆にするまでもない相手ということよ」

 

「おぬしは合格でござる」──尊大な口調で言い放たれて、イズクの頭に血が上った。ドルイドンに、そんな物言いをされる筋合いはない。

 

「──ツヨソウル!」

『ツヨソウル!オラオラァ!!』

 

 リュウソウグリーンの右腕がさらなる鎧に覆われる。リュウソウメイルを纏った状態でリュウソウルを使用する場合、ソウルのエネルギーがこのように鎧の形状をとって具現化するのだ。

 そのぶん生身で使用するより、安全かつ効率的に能力を発揮することができる。

 

「はぁあああああ──ッ!!」

 

 雄叫びをあげ、持ち前のスピードで斬りつける。一方のタカマルはというと、その場から動かぬまま素早く刀に持ち替えた。

 胸がすくような澄んだ音とともに、刃と刃が激突する。

 

「……ッ!」

「フム……」

 

 腕力、刃の切れ味は互角。しかし精神的には明らかに異形の怪物の側に余裕があった。それは決して慢心ではない。

 

「剣筋は良い、その速さも見事なものでござる。おぬし、相当な努力を積んできたな」

「ッ、だから……なんだッ!」

 

 均衡を破るべく──あえて一瞬、力を抜く。相手が文字通り傾いたところで、懐に入り込んで一閃──

 

 しかしタカマルもひとかどの剣客であった。グリーンの戦法を即座に看破し、己も力を抜いて均衡を保つ。そしてそのまま、素早く後退した。

 

「何ということはない、おぬしは称賛に値する地力の持ち主。ゆえに称賛したまでのこと。あえて不足を挙げるなら、その若さか」

「……ッ、」

 

 若さ、というのは、心身両面のことを指している。リュウソウ族における成人をようやく目前にしたところであるイズクは、鍛えているといってもまだまだ未発達なところがある。それに比べればある程度精神は成熟しているが、元々の性格もあり、青さが残っていないとはいえなかった。

 

「そしてその未熟な欠点を、補う仲間がいる。相違なかろう」

 

 確かに、そうだ。二つしか年齢の違わないカツキだが、彼は幼少時代からずっと自分の先を行っている。彼の真似から初めて、彼の師匠であるマスターブラックはじめ先輩たちの指導を受けて、ようやく自分なりの戦い方を見いだしたのが旅に出る直前だった。

 ロディに話したことは、謙遜でもなんでもない。自分はまだ、弱い。

 

(──それでも!)

『リュウ!ソウ!そう!そう!──この感じィ!!』

 

 剣の柄に手をかけ、装填したソウルに何度も囓りつかせる。それはソウルからエネルギーを吸い上げる行為に他ならない。吸い上げられたエネルギーは、すべてが切っ先に蓄えられていく。

 

「はあああああ──」

 

 跳躍。そして、

 

「マイティ、ディーノスラァァッシュ!!」

 

 切れ味や振るいやすさといった、剣の性能を純粋に強化するツヨソウルの一撃。それでも相手はドルイドンだ、一気に決着をつけるというのは難しかろう。狙うは──

 

「──片翼、か」

「!」

 

 狙った左翼が縮み、背の被毛に収納される。リュウソウケンが切り裂くことに成功したのは、わずかな羽根数枚だった。

 

(やはり未だ、青し)

 

 それゆえ、動きも読めるというもの。

 

「ヌン!」

「ッ!」

 

 刀を振りかざして相手を飛び退かせる。そうして距離をとったところで、タカマルはいよいよ攻めに出た。

 

「唸れ、我が愛刀"劫涅"よ──」

 

 タカマルの手にする刀が、漆黒からさらに深いやみいろに染まっていく。はっとしたグリーンは防御の態勢をとった。後ろにはロディがいるのだ、迂闊にはかわせない……!

 

「──"晦冥烈刃"!!」

 

 その闇が無数の刃へと分裂し、横薙ぎの猛雨のように襲いかかる。リュウソウケンで受け流そうと試みるグリーンだったが、それは先ほどの羽根手裏剣とは比較にならないもので。

 

「ぐあああああああ──ッ!!?」

 

 リュウソウメイルが蝕まれていく。火花が散り、激痛が走る。それでも踏みとどまろうとする努力は水泡に帰し、彼は呆気なく地面を転がった。

 そのまま耐久値の限界を超え、リュウソウグリーンはイズクの姿へと戻ってしまった。その時点で、実質的に趨勢は決したようなものだった。

 

「デクっ!!」

 

 ロディが駆け寄ってくる。──駄目だ。敵の狙いは。

 

「逃げっ……早く、逃げて、ロディ……!」

「逃げろったって……!」

「──賢明でござるな、少年」

「!」

 

 タカマルの声はどこまでも冷静だった。獲物を捉えたという高揚感も感じられない。ただ淡々と、ロディの荷物に目を向けていた。

 

「それを置いていけ。さすれば、どこへなりと立ち去って構わぬ」

「な……!?」

「……!?」

 

(このドルイドン、宰相と結託しているわけではないのか?)──そんな疑問が共通して浮かぶ。宰相ガイセリックの追っ手は、秘密を知った可能性があるとしてロディの命をも狙っていた。

 

「おぬしは戦士ではなかろう。戦う力も気概ももたぬ者を積極的に屠ることはしない」

 

 無論、必要なら殺したっていっこうに構わないだろうことは、先ほど不意打ちの矢を放ってきたことから疑いようもない。申し出を拒絶すれば、その瞬間にロディは心臓を貫かれるだろう。

 

「猶予は与えん。今すぐ選べ」

「……ッ、」

 

 ロディ……いや、イズクは彼以上に歯を食いしばっていた。胸の傷が開き、じくじくと痛むのも気にならない。自分が、自分にもっと力があれば、ロディを選択の矢面に立たせることなどなかったのに──

 

「……わかった」

「ロディ……!」

 

 名を呼んで……それ以上は、何も言えない。言えるはずがない。ロディ自身の命がかかっている、この状況で。

 だのにロディは、こう続けたのだ。

 

「ひとつだけ、条件を付けさせちゃくれねえか」

「申してみよ」

 

 タカマルは寛大にも聞く姿勢をとった。無論、矢はつがえたままだが。

 

「デク……そいつも一緒に、助命してほしい」

「!」

 

 ひゅ、と喉が鳴るのが自分でもわかった。

 

「その男はおぬしとは違う、先に挙げた双方を持っている。見逃せば、いずれ禍根となるでござろう」

「は、ははっ……用心深いねえ、ドルイドンさん。こいつくらい、あんたほどのヤツならいつでも殺せるだろ?なんなら土下座させて、もう二度と逆らいませんって誓わせようか?」

 

 高まっていく憤懣の一方で、身体が動かない。ロディが思ったままを口にしているなら、それはそれで仕方がない。でも密かに握りしめられた拳が、決してそうではないのだと示している。

 

 自分自身、そしてイズクの命を守るために、彼はあえて泥を被っている。守ると誓った少年に、そうまでして守られている──

 

「……ふむ」

 

 ロディの言葉に少なからず感じるものがあったのか、沈思するタカマル。とはいえイズクが満身創痍であり、彼の視界にとらわれたままである以上、それは隙でもなんでもない。

 この場のすべてはタカマルに掌握されてしまっている──

 

 そう、この場のものに限っては。

 

──BOOOOOOOM!!!

 

 にわかに響いた爆発音は、両陣営ともに寝耳に水のもので。はっと顔を上げた彼らが目の当たりにしたのは、紅蓮を背に飛翔する漆黒の竜騎士の姿だった。

 

「死ィねぇぇぇぇ──ッ!!」

 

 その重厚な外装とは裏腹の、烈しいにも程がある罵声が響き渡る。同時に爆炎が火柱となって漆黒のドルイドンを呑み込んだ。

 

「何やってやがる、クソナードっ!!」

「!、かっちゃん……!」

 

 かっちゃん、カツキ──威風の騎士、リュウソウブラック。騎士竜ミルニードルの加護を受けた漆黒の鎧の右腕だけは、さらに上から黒にオレンジの炎をあしらった鎧で覆っている。

 

「どうして……」

「国境に向かっとんのだから近く通るに決まってンだろーが!そしたら戦いの空気くらいわかるっつの」

「ロロとララは!?」

「国境際に隠れさせとる。わーったらとっとと行くぞ!」

 

 ブラックがロディをひょいと抱え上げ、俵抱きにする。「またこれかよ!?」というロディの抗議めいた声は完全に黙殺された。

 

「ッ、ハヤソウル……!」

 

 彼の稼いでくれた数秒のおかげで、イズクはなんとか己を叱咤して立ち上がることができた。ハヤソウルを発動させ、爆破によって飛翔するブラックのあとを追っていく。

 

「──ヌウゥッ!」

 

 いかに頑丈とはいえ、高温の炎に灼かれればドルイドンとてダメージは受ける。それに耐えぬいてタカマルが劫火の中から飛び出したときにはもう、彼らの姿はどこにもなかった。

 

「……ふむ。補っていたのはあの童でござったか」

 

 追跡をとりやめるつもりはない。しかし彼らはこのまま隣国まで逃げおおせるだろうという予感があった。あの鞄に秘められた秘密を知れば、戻ってくるだろうとも。

 

 そのときこそ互いに不退転の戦いができるだろう。そんな想像とともに、タカマルはくつくつと笑った。

 



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Ex. Tri-gale's Chronicle ⑥

 深い森を抜けると、そこはもうクレイド王国領内だった。森の中にいくつか関所が設けられ、周辺を巡回する警備兵たちが両国に存在するのだが、抜け穴はあるし、深夜ともなればそれは大きくなる。

 そこをくぐり抜け、五人は密入国を果たしたのだった。

 

 その数時間後、早朝。

 

「あのドルイドン、とりあえずは追ってきてねえみたいだな……」

 

 飛び込みで入った宿の窓から空を見上げつつ、つぶやくロディ。ひとまず屋根のある場所を確保できたというだけでも、彼は胸を撫でおろしていた。

 

「にしてもなァ、随分懐かせたモンじゃないのカッチャン?オニーチャン、嫉妬しちゃうんだけどぉ?」

「っるっせぇな、こいつらが勝手に引っ付いてきただけだわ……!」

 

 そう反駁する声は心なしか潜められている。何せベッドに腰掛けるカツキの両太腿には、それぞれロロとララが頭を乗せたままくうくう眠っているので。

 

 カツキ自身は額に青筋立ててキレかかっているが、それでも子供たちを振り落とそうとはしない。そういう非情になりきれないところ──優しさと言うにはいささか乱暴すぎるので──が、ロロとララには好かれたのだろう。実際、彼らも合流までに色々な難局に遭遇したはずだが、子供たちふたりは擦り傷ひとつ負ってはいない。

 喜ばしく、また微笑ましい光景であることに違いはないのだが、イズクの心は沈んでいた。

 

「──どーしたよ、デ~ク?」

「!」

 

 イズクの心情を知ってか知らずか、おどけた声をかけるロディ。それでもイズクの表情は晴れなかったが。

 

「……ごめん、ロディ。きみを守るって約束したのに……僕、勝てなかった……」

 

 ぎりぎりのところでカツキが間に合った。だからロディも荷物も無事だし、自分もこうして生き延びている。──ならば、カツキがあの場に現れなかったら?

 

 結局自分の力では、ロディを守りきることができなかった。約束を、果たせなかったのだ。

 

「ま、確かに大口叩くにはまだ早かったかもな」

 

 感情の乗らない、かわいた言葉だった。それが余計にイズクの胸に突き刺さる。

 ただ、ロディの言葉には続きがあって。

 

「でもあんた、こうも言ってたじゃん。自分はまだまだ未熟だ、って。俺より年下の、まだ成人も迎えてないようなヤツがドルイドン相手に完璧に立ち回れたら、そっちのほうが末恐ろしいっての。つーかいよいよ自信喪失しちまうね、俺は」

「ロディ……」

 

 成人を迎えていないといっても、リュウソウ族での話だ。人間のロディよりイズクは圧倒的に長く生きていて、だから──

 

 そのときふと、自分が竜装した際のロディの反応が思い起こされた。

 

──おまえ()、リュウソウ族だったのか?

 

「ロディ……きみは、リュウソウ族を知ってるの?」

「……やーっと訊いてきたか。あれからなんのリアクションもねーから、かえって不気味だったぜ」

 

 演技がかった仕草で肩をすくめつつ、ロディは応じた。

 

「知ってるも何も……俺たち一家はあんたらと同じ、リュウソウ族だよ」

 

 やはり、そうなのか。ならば同じ場所に長くとどまれず放浪を続けていたというのも、合点がいく。人間より古い歴史をもつ存在ながら、リュウソウ族は公には知られていない。

 人間の十分の一の速度でしか成長・老化しないリュウソウ族は、事情を知らない人間の輪の中に長くとどまることはできない。当然の理であった。

 

 先ほどまでの鬱積も一瞬忘れ、目を白黒させるばかりのイズクだったが、そこでふと、幼なじみがなんの反応も示さないことに気がついた。

 

「……かっちゃん、驚かないの?」

「俺ぁ道中聞いたんだよ、このガキどもからな」

 

 だからどうしたとばかりの表情と声音。カツキにしてみれば、彼らがリュウソウ族だったところでなんのプラスもマイナスもないのだろう。常人よりある程度頑健な肉体をもっていることが保証されているという意味では、まぁ悪いことではない、という程度か。いずれにせよ、保護対象は保護対象でしかないのだ。

 

「か弱い人間よか、自分の身くらい自分で守れ~って気分になるだろ?」

「そんなこと……」

「ま、いいや。俺らより、この荷の秘密のほうが今はよっぽど重要だしな。反省はあとにしろよ、な、カッチャン?」

「カッチャン言うな、きしめん頭」

「いやあんたのほうが酷くね……?」

 

 そんなやりとりもありつつ。ロディは思い切って、鞄の中身をベッドにひっくり返した。

 真白いリネンに、色とりどりの鮮やかな宝石が転がる。どこか倒錯的な光景に、カツキなどは顔を顰めている。

 

「ザッツ・オール。どれをとっても、ただの宝石にしか見えねえんだけど」

「……そうだね」

 

 ここにいる誰も、宝石に関して特別な目利きがあるわけではない。だから単なる透き通った煌めきを放つ輝石としか思われないのだが、そうまで狙い澄ますからには何か秘密があるはずだ、何か──

 

「チッ、連中に見せてみるか」

「……連中?」

 

 ロディは首を傾げた。近くにまだ仲間がいるのか?けれどそんなそぶりは今までなかったし──

 

「おら起きろ、ガキども。いつまでも他人様ァ枕にしてんじゃねーぞ」

「う、うぅん……」

 

 むずかる幼い兄妹を半ば無理矢理起こすカツキ。それ即ち、ここからまた移動することを意味していた。ロディたちが彼らと離れて行動することは安全上許されない。逆もまた然りであった。

 

 

 *

 

 

 

「ヤツらをクレイド領内に取り逃がしただと?」

「は……申し訳ありません」

 

 頭を垂れる補佐官を、宰相ガイセリックは鋭く睨みつけた。神聖騎士としてクレイド王国も含む周辺国において幾つもの功績を挙げ、実力で国の実質的なトップにまで上り詰めた男である。そのぎょろりとした瞳で睨みつけられ、怯えない部下は皆無に等しかった。

 

「クレイドに至急遣いを出し、手配を依頼いたします」

「無意味なことを。あの異教徒どもが我が国の言葉を聞くわけがないことはよくわかっているだろう。それより国境周辺の警備を強化しろ」

「了解いたしました」

「我らの失策は陛下の血で贖うことになる。忘れるな」

「!、ははっ……」

 

 神聖オセオン国の公に仕える者を、いかな命令より縛る言葉。補佐官は恐懼しながら平伏した。

 

(……やむをえん。不完全だが、実験も兼ねて発動するほかあるまいな)

 

「別件だが、A級囚人を5名、ラグナロクタワーに移送するように」

「囚人を、ですか?」

「急げ、大至急だ」

 

 理由を尋ねることを許さず、補佐官を退出させる。コツコツと肘掛けを指で打ち鳴らしつつ、ガイセリックは沈思する。

 

「エディ……。あなたは地獄に落ちてまで、我らを苦しめるのか……」

 

 そのつぶやきは、誰にも聞かれることなく闇に溶けていった。

 

 

 *

 

 

 

 その頃、少年たちはクレイド領内の山中に分け入っていた。木々深く、人里遠く離れた化外の地である。

 

「ふう、この辺ならいいかな」

 額に汗を拭いつつ、つぶやくイズク。カツキが頷くのを認めて、彼は声を張り上げた。

 

「タイガランス、ミルニードル~!!」

「??」

 

 人名にしては些か奇妙な名前である。首を傾げるロディとその弟たちであったが、次の瞬間、木々をかき分けるようにして現れた姿に目を瞠ることとなった。

 

「うおおッ!?」

 

 驚くと同時に、咄嗟にロロとララを背に庇う。流石の兄貴ぶりだと感心しつつ、イズクは「大丈夫だよ」と微笑んでみせた。

 

「彼らは騎士竜タイガランスとミルニードル。僕らをリュウソウジャーに選んでくれた、相棒なんだ」

「てめェらもリュウソウ族なら、聞いたことくらいはあんだろ」

「あぁ……まあ。でも、こいつらが──」

 

 外見だけ……というわけでもないが、とにかく騎士竜たちは巨大であるし、眼光鋭く迫力がある。味方とわかってもロディは怯えを捨てきれないようだが、ロロとララはむしろその様相が気に入ったのか、目をきらきらさせて積極的に飛びつこうとしていた。

 

「あ、ロロ、ララ!あぶ……なくはねえかもしんねーけどっ」

「は、兄貴が一番ビビりかよ。情けねーな」

「用心深いと言え!」

 

 ぷりぷり怒るロディとともに、肩口のピノがピィピィと抗議の声をあげている。逃亡中よりは余裕ができたこともあって、そういえば、とイズクは思った。ただの鳥にしては、ピノはやけにロディと感情表現がリンクしているような気がする。

 "やってもらいたいこと"についてはカツキに任せ、イズクは改めてそのことについて問うた。

 

「ロディ。ピノって、普通の鳥じゃないよね?」

「!」

「ひょっとして……魔法人形、とか?」

 

 読んで字のごとく、人形など物品の類いに魔法で人工的に魂を与えたもののことである。

 かなり高位の魔法であり、魔導士であっても使用できる者はごくわずかと言われている。

 

「まぁ、それに近ぇ……けど。どうしてそう思うんだよ?」

 

 疑り深い目つきで訊いてくるロディ。ピノが普通の鳥でないこと以上に隠しておきたいことでもあるのかと今さら思い至ったが、この旅路の中でイズクは良くも悪くも彼に対する遠慮をなくしていた。

 

「ロディとその子、動きというか……感情がリンクしているように見えたから」

「……はぁー」

 

 ロディは深々とため息をついた。イズクはそういうものごとのリアルを捉えることにかけては鋭いが、他人の機微に関しては鈍いというか、やや大胆になりすぎるきらいがあるように思われる。それは彼の幼なじみにも共通する事項かもしれないが。

 

「……せーかい。こいつは俺の感情、それも表面的なモンでなくて本心を表す。俺が怒ってれば怒りを露わにするし、泣きたいときには代わりに泣いてくれやがる。ま、可愛い相棒だが、同時に厄介なシロモノなのさ」

 

 イズクのように、聞き糾してくれるならいい。相手がピノの秘密を知っている人間とわかっているなら、どうしても本心を知られたくなければピノを隠せば済むからだ。

 しかし父がいなくなってからロディがかかわった連中は皆、そういったことを弱みと捉え利用してくるような連中ばかりだった。──そう、父が。

 

「こいつはさ、親父の置き土産なんだ」

「お父さんの……?」

 

 ロディは皮肉めいた笑みを浮かべた。

 

 物心ついたときには、ロディは両親とともに旅をしていた。自分がリュウソウ族という、人間に比べて遙かに長命な種族であることは早々に認識した。だから人里に長年とどまることはできないと理解したし、両親に守られての旅は楽しかった。

 そのうち弟が生まれ、そこから50年ほど開けて妹もできた。それと引き換えに母は亡くなってしまって、もちろん悲しかったけれど、優しく頼れる父がいてくれれば怖いものなんてなかった。

 

 ちょうど100歳の誕生日、父がプレゼントにとくれたのがピノだった。自分が喜べば一緒に喜び、怒れば怒り、悲しければぽろぽろと涙を流してくれるそれは、まだ無邪気なロディにとっては心から愛おしいものだったけれど。

 

「親父が蒸発してさ、俺たちは随分あの男のことを恨んだよ。ピノだって邪魔んなるだけだった。だったらいっそ捨てちまおうって、何度思ったかわからない」

 

 けれど今もまだ、ピノは彼の左肩を止まり木としている。──何度むんずと掴んで、スラムのごみ溜めに投げ込もうとしても、ピノは一度だって抵抗しなかった。ただじっと、悲しそうな目をしてロディを見上げていた。そのたび、結局ロディはこのちいさな相棒を赦してしまうのだ。

 

「馬鹿だよなぁ、さっさと捨てちまえばよかったのに」

「………」

 

「そんなこと、ないよ」

 

「ロディ、きみが自分の心を殺して生きてきたのは、悲しいけれど仕方のないことだったんだと思う。でもそうしていると、いつか本当に心が死んでしまうんだ。きみが今でも怒ったり悲しんだり、心からロロくんやララちゃんを愛することができるのはきっと、ピノのおかげなんだよ。ピノがきみの代わりに泣いたり怒ったりしてくれたから、きみは今でも優しい人でいてくれてるんだ」

 

 ロディよりずっと短い遍歴だけれども、イズクも長い間旅をしてきて、様々なものを見聞きしていた。苦しみの中で心を殺し、いつしか他人を傷つけることに何も感じなくなってしまう。そんな人間を数え切れないほど見てきた。

 リュウソウジャーという唯一無二に近い称号を得ていようと、できるのはドルイドンの脅威から人々を守るため、剣を振るうことだけだ。そのほかはまだ少年でしかないイズクに、殺されてしまった心を甦らせるすべはない。

 だから、

 

「ロディが、ロディの心が生きててくれて良かった。そういうきみと出会えて、ほんとう

 に良かったと思うんだ」

「デク……」

 

 イズクの真摯な視線と言動に射貫かれたロディは、暫し瞠目していたが……ややあって、そっと彼の手を握った。

 

「……あんがとな、デク」

「Pi!」

 

 肩でピノが鳴いている。ただ彼の様子を観察する必要もないくらい、ロディは今、この昨日出逢ったばかりの少年に本心からの表情を晒していた。

 

「おいてめェら、いつまでくっちゃべってやがる」

「!」

 

 カツキの鋭い声が飛んできて、ふたりは揃って我に返った。そうだ。今、騎士竜たちにあの宝石の群れの秘密を分析してもらっていたところだったのだ。

 

「何かわかったかい、カッチャン?」

「てんめェ爆ぜ殺すぞ!」

「いやどういう語彙……」

 

 兄を殺すと脅されているにもかかわらず「ボームボーム!!」とはしゃぐ弟妹を前にして、ロディはすこしだけ悲しい気持ちになった。無論それはカツキが彼らから勝ち得た信頼の証左でもあるのだが、兄としては複雑な心境であるのも無理からぬことで。

 

「こいつだ」

 

 そう言ってカツキがつまみ上げたのは、真紅に光る鉱石だった。一見すると、他の宝石となんら変わりないものだが。

 

「連中曰く、こいつは大量の魔力を内蔵しとるらしい。灯火に変換すりゃ、夜でも国じゅうを煌々と照らし出せるくらいの、な」

「なんでそんなもんが、スタンリークのおっちゃんの荷物の中に……?」

「見かけはフツーの宝石だかンな。あのオッサンのとこに荷が渡るまでの間に、どっかで紛れ込んだんだとしてもおかしかねえ。国自体あんだけ腐ってンだからな」

 

 確かに──もしもオセオンが国是のとおり清廉潔白そのものだったら、自分たちはあの街から出ることすらかなわなかっただろう。いやそもそも外道に手を染めることもなく、平穏な暮らしができていたかもしれないが。

 

「けどそんなもの、宰相は何に使うつもりなんだろう……?」

「さァな。だがドルイドンが一枚噛んでんだ、ろくなことじゃねえ。それに膨大な魔力を必要としてるっつーことは、巨大な装置か何かを動かそうとしてるっつーことだ」

「巨大な、装置……」

 

 ロディが口元に手を当てて復唱したときだった。

 

「あっ!それ、聞いたことあるよ」

「──!」

 

 にわかに声変わり前の声を発したのは、ロディの愛しい弟だった。

 

「スカイミンスターの中心にあるラグナロクタワーっていうでっかい塔に、最近何かよくわからないパーツが運ばれまくってるって」

「ろ、ロロ?そんな話、どこで──」

「僕だってずっとおうちでじっとしてるわけじゃないもん、色々と情報収集してるんだよ」

「そうそう!ロロにいちゃん、ミミドシマ?なの!」

 

 得意げな弟妹とは対照的に、ロディはひたすら百面相をしていた。ロロがその秘めたる能力を遺憾なく発揮することを喜びたい気持ちもある一方、自分の知らないところであのスラムで不特定多数の人間と接触するというリスクを冒していたことは誠に遺憾と言うほかないのだ。まあ、それを言ったところで頭の回転の速い弟は「兄ちゃんはどうなのさ」と臆さず反論してくるだろうが。

 

 ロロの横紙破りについてはともかく、その情報はカツキの推測に説得力を与えるものだった。

 

「決まりだな。──オセオンに戻んぞ、デク」

「うん」

「ちょっ、ちょ待てよ!?」

 

 早速とばかりに出立の準備を始めるふたりを、ロディは慌てて押しとどめた。

 

「せっかく国境越えてきたってのに、また戻んのかよ!?俺らと一緒に逃げてた以上、あんたらだって手配されてるかもしんねえ。首都までのんびり旅行ってわけにはいかねえんだぞ!?」

 

 ただ手配されているだけではない、"最重要反乱分子"とされているとすれば、行きで活用したような賄賂という手段はもう使えない。兵士たちも本気で襲いかかってくることだろう。

 

クレイド(こっち)まで退いたンはてめェらを逃がすためだ、俺らはあの国全部を敵に回しても、ドルイドンのクソどもをブッ殺す」

「……なんで、そこまで……」

「僕らが、騎士だからだよ」イズクが引き継いで言う。「目の前で困っている人と同じくらい、これから苦しめられるかもしれない人を放ってはおけない……見てられないんだ。みんなの笑顔のために、僕らは戦う。そして、」

「──勝つ。絶ッ対にな」

 

 ふたりの瞳に、一切の迷いも躊躇いもなかった。──無駄なのだ。彼らにとって、戦うべき理由の前にはどんな理屈も意味がない、とうにわかりきったことだった。

 

(なら、俺は)

 

 

──俺にできることは。

 

「………」

「……兄ちゃん?」

 

 決然とした表情を浮かべたロディは、ふたりの少年騎士に歩み寄っていった。

 

「……俺ぁクズだが、クズなりにプライドっつーもんはある。はいそーですか頑張ってねっつって、大手を振って送り出すわけにはいかねえよ」

「は、だったらどーするってンだ?」

 

 ポキリと拳を鳴らすカツキ。イズクが慌ててふたりの間に割って入ろうとする。──いずれにせよ彼らは、ロディの言葉の意味を取り違えていた。

 

「あのなぁ、誰も力づくで止めるなんつってねーだろ?だいたい、あんたら相手に俺が勝てるわけねーんだから」

 

 そう、制止ではない。むしろその逆だ。

 

「手伝ってやる。ただし、"コレ"は必要になるけどな」

 

 不敵な表情でそう告げると、ロディは親指と人差し指を使って輪っかを作ってみせた。出逢って間もないころ──といっても昨日の話であるが──とデジャブを起こし、ふたりは渋い表情を浮かべた。

 




執筆が間に合わないためここで中断とさせていただきます……
楽しみにしてくださっている方、もしいらっしゃいましたら申し訳ございません

本編は並行執筆しているため、2月25日金曜日から再開いたします。こちらの番外編については未定ですが、西部編の終わる38話のあとを目標として頑張ります……!


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36.拝啓、友よ 1/3

 

 砂漠の片隅にて、巨躯の竜人と怪物とが激戦を繰り広げていた。

 

「キシリュウネプチューン、トルネードストライクッ!!」

 

 竜人の片割れ──黄金の戦騎キシリュウネプチューンが、必殺の一撃を放つ。それは見事怪物──マイナソーに直撃し、その身を吹き飛ばした。

 

「まだ倒れねえか……」

「大丈夫、次で決めるぜ!──センパイ!」

「……ああ」

 

 ナイトソードを構えるキシリュウオースリーナイツの肩に飛び乗る、紫苑色の鎧騎士。

 

「ビュービューソウル……!」

 

 突風のエナジーを秘めたリュウソウル。それをガイソーケンに装填し、"不屈の騎士"ガイソーグはスリーナイツと呼吸を合わせた。

 そして、

 

「「「「キシリュウオー、テンペストブレードッ!!」」」」

 

 ナイトソードとガイソーケン、まったくスケールの異なるふたつの剣。それらもまったく同時に振るうことでひとつの膨大なエネルギーとなり、巨大な獲物をも喰らい尽くすのだ。

 

「────!!」

 

 宿主の欲求を表す言葉を断末魔として叫びながら、マイナソーは粉々に爆発四散するのだった──

 

 

「アァ、またヤラレチャッタ……」

 

 その一部始終を見届けていた、マイナソーの操者たるドルイドン──ワイズルー、そしてクレオン。彼らは並んで砂の上に三角座りをして、見るからにブルーな精神状態であることを示しているのだった。

 

「こうも毎回毎回敗退すると、いっそ清々しい気持ちになってしまうでショータァイム……」

「……ひょっとしてオレもワイズルーさまも、侵略向いてないんじゃねーすかね……」

「ぐぬぬ、悔しい……でも否定できん……!」

 

 そろそろ今後の身の振り方を考える必要があるかもと、クレオンは悩んでいた。ワイズルーと一緒に馬鹿をやったり悪だくみをするのは楽しいが、それがなんの成果にも繋がらない以上、人?生を無駄にしているのではないかという気持ちもあるのだ。数千万年生きているワイズルーにしてみれば、そんな考えは微塵もなかろうが。

 せめてリュウソウジャーのひとりくらい、首を獲りたいものだ──半ばかなわぬ夢想としてそんなことを思った直後、背後から強烈な威圧感が漂ってきた。

 

「ッ!?」

 

 二体揃ってばっと振り向けば、そこには黒づくめの異形の怪人が立っていた。橙色の唐松模様に彩られた頭部が、天高く突き出している。

 

「なっ……おま、あなたは、ウデンさま!?」

「………」

 

 慌てて飛びのく二体。同じドルイドンであるから敵ではないが、イコール仲間ではない。彼らは顔見知りではあるが、横の繋がりやまして信頼関係などないのだ。今だって、いきなり背後から一撃という可能性もなくはなかった。

 

「き、北の大地にいるはずの貴様が何故ここにいる、ウデン!?」

「………」

「我々になにか用か!?」

「………」

「いや何か言って!?」

 

 いっこうに喋らないウデン。元々そういう性格の男ではあるが──

 死の黒い大地に填め込まれた宝石のような翡翠色の一つ目が、今はただ不気味だった。

 

 

 *

 

 

 

 さて、無事にマイナソー討伐を終えたリュウソウジャー一行は既に西の大地の北端付近にまで至っていた。

 間もなくめざす北の大地──というところで、問題がひとつ発生した。正確には、発生することを予期した、と言うべきか。

 まどろっこしい言い方になってしまったが、何かと言うと被服である。鎧を着込んでいるテンヤなどはまだしもエイジロウは袖のない軽装であるし、カツキに至ってはマントを除けばほぼ半裸である。如何に環境変化にも強い頑丈なリュウソウ族といえど、今の恰好で氷雪に閉ざされた世界に踏み込めば凍死は免れない。

 

 どうしたものかと悩んでいたところに、彼らはバザールに遭遇した。バザールというのは、行商人たちが寄り集まって形成した市場の通称である。西方の砂漠の国から持ち込まれた商売方法だが、同じ砂漠地帯ゆえ容易に定着しているのだった。

 街ではなくこのような砂漠のいち地域に設営されているのは、住民ではなく勇者や同じ行商人など旅人向けだからである。──つまり、北方へ向かうために必要な商品も取り揃えられているということで。

 

「ふむ、これが北国の衣装か……」

 

 分厚い布で編まれた外套に身を包み、つぶやくテンヤ。全体がほぼ漆黒に塗り潰されている中で、首元と手袋だけは赤く染め抜かれている。実用性を重視する北国の民のささやかなお洒落なのだと、店主が解説してくれた。

 

「こういうの着るの久しぶりだね、かっちゃん」

「寒ィとこ行かんかったからな、ここ何十年か」

 

 そう言うイズクとカツキは揃って同じような恰好をしている。違いといえばイズクが着ているものは首周りからフードを毛皮に覆われていること、カツキはそれがない代わりに赤い襟巻きを身につけていることか。

 

「ショートくんとオチャコさんは、それにしたの?」

「ああ……つーか、違いがよくわからねえ。なんでもいいんじゃねえか?なぁ、オチャコ」

「はぁ……これだから天然美形は。オシャレさんはワンポイントファッションにこだわるもんなんよ!」

 

 ショートはイズクのそれより毛皮がやや多めの服、オチャコは魔女ルックというのだろうか。ワンポイントファッションにこだわるという割には彼女もたいがい大味なのだが、イズクにファッションセンスは皆無であったし、カツキも仲間たちの服装になど欠片も興味がなかった。

 

「あとはエイジロウさんですか……」

 

 いちおう自分なりにこだわったコタロウが、つぶやいたときだった。

 

「皆、待たせたな!」

 

 揚々とした声を聞き、皆が一斉に振り返る──そして、硬直した。

 

「え、エイジロウくん!?その恰好は……」

「へへっ、どうだ?似合うだろ?」

 

 自慢げに鼻頭を擦るエイジロウ。下半身こそ皆と同じように厚手の下穿きを履いている。それはいい。問題の上半身は、首元を覆っている以外その鍛え上げられた身体が剥き出しになっていて──

 

「てめェクソ髪、ふざけてんじゃねえ!!」

「同感だッ、真面目にやりたまえ!!」

 

 一行の中でもとりわけ強烈な威圧感を放つふたりに詰め寄られ、エイジロウは思わず後ずさった。

 

「だ、だってよぉー……しっくり来るのがなかったんだもんよ」

「……だからって、脱がなくてもいいんじゃねえか?」

 

 店主曰く、極寒の地でも裸に近い恰好で生活する部族はいるとかなんとか。しかし彼らは総じて寒さに強い体質を継承しているわけで、当然エイジロウには当てはまらないわけで──

 

「やり直し」

「……わーったよぉ」

 

 哀れエイジロウ、イチから選び直させられる羽目になったのだった。

 

 

 その頃、タマキは市場の中心部にある休憩スポットで座り込んでいた。例によって落ち込んでいる……というわけではなく、先ほど購入した紙に何かを書き込んでいる。時折難しい表情を浮かべて停滞しては、暫くしてふたたび再開──を繰り返して、ようやく佳境に入ったところだった。

 

「……ふぅ」

 

 一度大きく肩を上下させてから、紙を二つ折りにする。それを便箋に仕舞い込んだところで、背後から声がかかった。

 

「何書いてたんですか?」

「!」

 

 覗き込んでくる少年の目から、タマキは慌ててそれを隠した。

 

「……隠さなくても良くないですか?もう便箋に入れてるのに」

「……コタロウくんか……すまない、咄嗟で」

 

 見られて困るものではない──というか、いずれは見せるためにしたためたものなのだが。しかしタマキは未だ、そこに書いた内容を実行する踏ん切りがつかずにいた。

 

「それにしても、本当に良いんですか?北国用の衣装、買わなくて」

「……俺はもう十分厚着してるから。それに──」

 

 すぅ、はぁ、とひとつ深呼吸をして──タマキは思い切って、封をした便箋をコタロウに差し出した。

 

「これ、きみが預かっていてくれないか……?」

「え、え?結局、誰宛てなんですか……?」

「踏ん切りがついたら話す……皆にも。だから、それまでは……」

 

 いつになく真剣なタマキの表情を前に、コタロウは嫌だとは言えなくなってしまった。結局この便箋の中身は誰宛てで、何が書かれているのだろう──このときはまだ、皆目見当もつかなかった。

 

 

 *

 

 

 

「にしても、地上は本当に色々な環境があるんだな」

「そうだね。でも海の中だってそうじゃない?水域によって棲んでる魚たちも全然違うし」

「まあ……そうか。海っつっても、俺たちの国はあの辺りの海域一帯だけだからな」

 

 ひと足先に店を出たイズクとショートは、そんなおしゃべりをしながら物見遊山を楽しんでいた。商人たちが集まっただけと侮るなかれ、バザールの賑々しさは小規模な集落を遥かに凌ぐ。様々な地域から運ばれてきた商品の数々。中には遥か遠方の異国からやってきたものもある。

 しかし、

 

「昔はもっと賑わってたんだけどね。やっぱり、ドルイドンの影響は大きいや……」

「そうか……。海の中にまで手ぇ出してくるヤツがいたくらいだしな」

 

 思い起こされるガチレウスの姿。今まで出逢ったドルイドンの中でも特に救いようのない男だったが、どういうわけか亡父とそっくりな声をしていた。しかし"そうだった"という事実が記憶に残っているだけで、その声色も思い出せなくなりつつある。人生の百分の一にも満たない期間の旅の中で、ショートは今まで生きてきたより遥かに大勢の人々の、喜怒哀楽の声を耳にしてきた。

 

「けど、ワイズルーと北方にいるっていうドルイドンを倒せれば、随分状況も変わるんじゃねえか」

「うん。あとは異国に散った連中くらい──」

 

 そのときだった。平穏そのものだった市場の真っ只中の空気が、急に緊迫したものとなる。身体が咄嗟に反応しようとするより早く、その殺気は背後から迫ってきた。

 

「ッ!」

 

 剣をとるのも間に合わず、ふたりは振り向きながら同時に飛び退いた。刹那、彼らの脳天があった場所を閃刃がひと薙ぎする。

 

「………」

「!、おまえは……!」

「……見ねえ顔だな」

 

 ドルイドン──それは明らかだった。しかしその漆黒のボディに光る一つ目、そして静謐そのものの挙動は、かの群青の道化師にすっかり慣らされてしまった少年たちに緊張感を与えるもので。

 

「我が名は、ウデン。北方より参った」

「ウデン……!?」

「北方から……ってことは、タマキ先輩の言っていた──」

 

 会話──と言うほどのものでもないが──はそこまでだった。ウデンがふたたび剣を振り上げ、襲いかかってくる。ともあれドルイドン相手に生身では不利に決まっている。斬撃をかわしつつ、ふたりは咄嗟にリュウソウルを構えた。

 

「「リュウソウチェンジ!!」」

 

 ケボーンと陽気な声が響き、ふたりの全身をリュウソウメイルが覆う。どうしてか人気のなくなった市場のど真ん中で、剣闘が始まった。

 

「ハヤソウル!」

「ビリビリソウル、」

 

『ビューーン!!』『ザッバァン!!』とふたたび音声が響き、それぞれのボディに竜の魂の結晶が装着される。

 

「出し惜しみはしない……!──ショートくん!!」

「ああ……!」

 

 相手は凄まじい闘気を放つドルイドン。全身全霊の攻撃で、一気に勝負を制する──!

 

「フルスロットルディーノスラァァッシュ!!」

「ファイナルサンダーショット!!」

 

 グリーンが目にも止まらぬ斬撃で切り刻んだ直後、膨大なエネルギーを蓄えた電光弾がウデンに直撃した。

 

「当たった……!」

 

 相手はドルイドンだ、これだけで倒せるなどとは思っていない。しかし直撃すれば、その出鼻を挫くことはできるはず──

 

 そんな考えさえ甘いと文字通り斬り捨てるのが、このウデンというドルイドンだった。

 

「これが、貴様らの技か。効いたぞ」

「……!?」

 

 言葉とは裏腹に、ウデンの身体には傷ひとつついていない。動揺する少年騎士たちに対し、彼は目にも止まらぬ勢いで迫った。

 

「なっ、速──」

「──貰う」

 

 "それ"もまた、リュウソウ族の動体視力をもってしても一筋の光でしかなかった。

 

「貰った」

 

 次の瞬間にはもう、その場に疾風の騎士と栄光の騎士の姿はなく。ただ立ち尽くすウデンの脇腹を彩るバックルが、妖しい輝きを放っているばかりだった。

 

 

 



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36.拝啓、友よ 2/3

 騒擾を起こさぬまま静かに終焉を告げた戦闘は、他のリュウソウジャーの面々にも気取られることはなかった。

 つまり──それが"異常"と認識されていない以上、"彼"がおかんむりになるのがいつもの流れであるわけで。

 

「どこほっつき歩いてやがる、あのクソボケどもォ!!」

 

 また始まった、とスリーナイツ組はため息と苦笑とを入り混じらせた。彼は神経質であると同時にせっかちなので、ばらばらに行動しているときなど、集合時間に誰かが少しでも遅れると途端に機嫌を急降下させる。とりわけその要因となりやすいのがマイペースなショートなのはもう、是非もないことであった。

 

「でも、ショートさんひとりならともかくイズクさんも一緒でしょう?ふたりして戻ってこないのは変じゃないですか?」

「確かになぁ。イズクなら引きずってでも連れてくるだろ、おめェがどういう性格なのかよくわかってんだし」

「……何かに巻き込まれた可能性がある……かも、しれない」

 

 エイジロウとタマキの言葉を受けて、カツキは一転「……わーっとるわ」と小さくつぶやいた。イズクも何かに夢中になってしまうと大概なのだが、彼が暴走するときは逆にショートがしっかりする傾向にある。ふたり揃ってなんの音沙汰もないというのは、確かに異常な事態が起こっている可能性もある。

 

「……捜す、二手」

「二手に分かれるっつーことだな、りょーかい!」

「よ〜し、じゃあいつものアレで──」

 

──せーのっ!

 

 グーを出す者、三名。パーがふたり。俗に言うグーパーというやつである。

 

「おお、久々にスリーナイツが揃ったな!」

「なんか逆に新鮮やねぇ……」

「……チッ、クソ陰キャとかよ……」

「………」

「僕はそこの喫茶店で名物のキャラメルアーモンドミルクホイップクリームチョコレートソースモカチップトッピングトールサイズをいただいてますんで、よろしく」

「なんだそれ、新しい呪文?」

 

 ともあれ、イズクとショートを捜して彼らも動き出した。市場は広いが、正真正銘の街に比べればなんというものでもない。二手に分かれてぐるりと半周すれば、ものの数十分で捜索も済むだろう。

 このときは、そう思っていた。

 

 

「イズク〜!!」

「ショートくーん!!」

 

 市場を構成するテントとテントに挟まれた狭い路地を、三人並んで走り抜ける。呼び声がこだまするが、応答は返ってこない。それどころか──

 

「ね、ねえ……なんか変ちゃう?」

 

 オチャコが不安げな声をあげる。「きみも気づいていたか」と、テンヤが険しい声で応じた。

 

「先ほどから、人々の気配が感じられない。中心街はあれほど賑わっていたというのに」

「皆……どこに行っちまったんだ?」

 

 人気のない街というのは、もとより人里離れた山や森の中より余程不気味なものを感じさせられる。

 

 自ずと三人で背中合わせになり、警戒態勢をとろうとする。しかしそれすらも、"彼"は凌駕しようとしていた。

 

「……ファイナル、サンダーショット」

 

 電光が、その刃から奔る。エイジロウたちがそれに気づいた瞬間にはもう、彼らは光に呑み込まれていて──

 

「!、──………?」

 

 はっと気づいたときには、エイジロウは暗い洞窟の中らしき場所に立ち尽くしていた。

 

「ここは……?──テンヤ、オチャコーっ!!」

 

 傍から消えていた仲間たちに呼びかけるが、返事はない。転移させられたのか?それとも幻術か?やむなく思考を巡らせるエイジロウだったが、結論が出るより先に閃刃が降ってきた。

 

「ッ!?」

 

 咄嗟に地面を転がり、すんでのところで剣をかわす。刈り取られた髪の一部がはらりと宙を舞い、エイジロウは思わず息を詰めた。

 

「………」

「おめェ……ドルイドン!?」

「我が名はウデン。北方より参った」

 

「──おまえの技を、見せろ」

 

 淡々とした口調で言い放つと同時に、鋭く斬りかかってくる。言葉の意味が引っ掛かりはしたが、戦わないという選択肢はありえない。

 

「ッ、リュウソウチェンジ!!」

『ケ・ボーン!!』『メラメラソウル!!』

 

 リュウソウメイルとディメボルケーノの鎧を同時に纏い、火炎を放ちながら斬りかかる。今自分がどのような状況に置かれているのかも、わからないまま。

 

 

 *

 

 

 

 一方、カツキとタマキ。

 

 彼らの前にも、ウデンは姿を現していた。

 

「てめェは……」

「我が名はウデン。北方より参った……これで三度目だ」

「………!」

 

 その意味をカツキは即座に察した。イズクたち、そして分かれたスリーナイツの面々も、このウデンというドルイドンに遭遇して──

 

「てめェ、あいつらをどこに──」

 

 詰問しようとしたときだった。血相を変えたタマキが、いきなり斬りかかっていったのは。

 

「なッ、おい──」

「………」

 

 沈黙のまま、その剣を受け止めるウデン。動揺しているのはむしろカツキのほうだった。陰気なところはあるがそのぶん冷静なタマキが、あんな我を忘れたように敵へ特攻していくなんて。

 その理由は、即座に判明した。他ならぬタマキの口から飛び出した言葉によって。

 

「おまえ……っ、ミリオを、よくも──!」

「!!」

 

 カツキははっとした。ミリオを殺したのが、このウデンというドルイドン?

 タマキは怒りのままにぎりぎりと鍔迫り合いを続けている。しかしなんの反応も示さないウデンの一つ目が不意に光るのを、カツキは認めた。

 

「タマキ!!」

 

 カツキが叫ぶのと、

 

「……ボルカニック、ディーノスラッシュ」

 

 ウデンの刃が、紅蓮の炎を放つのが同時だった。

 

「ッ!」

 

 寸分の冷静さは残っていたようで、タマキはその軽やかな身のこなしで咄嗟に後退してきた。

 

「ったく、いきなり突撃すんなやどこぞのクソナードか!」

「……すまない、頭に血が上ってる」

「現在形かよクソが。……あいつが、ミリオを殺したんだな?」

「……ああ」

 

 タマキの瞳には未だ憎悪の炎が宿っている。しかしカツキとコミュニケーションをとろうという意識はあるようだ。ならばその激情を無理に抑えつけさせる必要もない。

 炎、といえば。

 

「今の技は、メラメラソウルの──」

 

──そう、"もう一体のウデン"と死闘を繰り広げるリュウソウレッドは、まさしくその技を放ったところだった。

 しかし目の前のウデンには、まったく攻撃が通用しない。それどころか、

 

「う……ぐぅ……っ」

 

 攻撃を放った途端に身体の力が抜ける。同時に竜装も解け、エイジロウはその場に片膝をついた。

 

「ッ、どう……なってんだ……?」

 

 その現象は、エイジロウ以外の"取り込まれた"面々も見舞われていた。テンヤもオチャコもイズクもショートも、皆、技を放つたび異常なまでに体力を消耗していた。

 

「もっと、技を見せろ」

 

 彼ら全員の前に、どういうわけかウデンが立ちふさがっていて──

 

 

「連中の居場所、吐かすぞ」

「……ああ!」

 

『ケ・ボーン!!』

「リュウソウチェンジ!!」

「ガイソーチェンジ……!」

 

 漆黒のリュウソウメイルに、紫苑色のガイソーグの鎧──それぞれがそれぞれの鎧を纏い、ふたたびウデンに斬りかかる。

 

「………」

 

 それらをいとも容易く受け流しつつ、ウデンもまた剣を振るう。無駄のないその挙動は、普段のタマキのそれと奇しくも似通っている。ただそのタマキ改めガイソーグはというと、ミリオの仇であるドルイドンを前に平静ではいられないのだが。

 

「落ち着けやっ、冷静なンがてめェの取り柄だろうが!!」

「ッ、わかってる……!」

 

 わかっていても、ミリオの最期の姿が頭に焼き付いて離れない。でもその顔が、時折エイジロウや、他の仲間のものに変わることがあって──

 

(あんなことは、もう繰り返させない……!)

 

 ようやく、かけがえのない仲間とふたたび出逢えたのだ。あの目の前の世界が崩れていくような想いを、もう二度と、味わってなるものか。

 そんな決意とは裏腹に、ウデンは派手さはないながら精錬された力を見せつけてきた。

 そして、

 

「スイングバイ……ディーノスラッシュ」

「──!」

 

 彼の持つ剣が柔らかくなり、刃がしなりながら伸長する。ブラックとガイソーグは驚きながらも、互いを庇いあいつつ、その一撃から身を守りきった。

 

「ッ、こいつ……!」

「皆の技を、コピーしている……っ」

 

「………」

 

 ウデンは相変わらず余裕綽々といった様子だった。極めて腹立たしいが、如何ともしがたい。唯一、できることがあるとすれば。

 

「ッ、ブットバソウル!!」

『ボムボム〜!!』

 

 右腕に黒とオレンジの外装を纏うと同時に、ブラックは跳躍した。BOOOM!!と爆発を起こし、その勢いでもってウデンの背後に回り込む。

 

「オラァ!!」

「!」

 

 剣を振るった瞬間巻き起こる爆炎に、ウデンが初めてわずかに圧される様子を見せた。そこでガイソーグもすかさず走り出す。背後から斬りつけようとするが、咄嗟に防がれてしまう。

 

「クソ陰キャなんざ放っとけやぁ!!」

 

 ふたたび、爆炎。しかしウデンを揺さぶることができたのもここまでだった。彼は疾風を纏うがごとき速度で彼らと距離をとってしまったので。

 

(今のはハヤソウルか……!)

 

 ギリリと歯を食いしばる間もなく、次の攻撃が放たれようとしていて。

 

「……ディーノ、ソニックブロー」

 

 ウデンが剣をもたない左の拳を突き出す。刹那辺り一帯を激しい衝撃波が呑み込む。咄嗟に地上で防御態勢をとったガイソーグはまだしも、不安定な空中にいるブラック──彼はその煽りをもろに受けた。

 

「がぁ──ぐッ、」

 

 内臓ごと全身がシェイクされるような感覚。骨が引きちぎれそうな痛みと嘔吐感に苛まれながらも、彼は態勢を立て直そうとする。

 しかしそれより早く、ウデンが目前まで跳躍してきていた。

 

「────、」

 

 刹那、ブラックはその刃の餌食になっていた。

 

「カツキ──っ!!」

 

 タマキの叫びも虚しく、ブラックの姿が粒子のようになっていく。そしてそのまま、ウデンのバックルの中に吸い込まれた。

 

 

 不幸中の幸いというべきか、カツキは斬殺されてはいなかった。その身は無事のまま、ウデンのバックルの中に存在する異空間に取り込まれたのだ。

 

「おまえの技を、見せろ」

「一つ目野郎……!──そういうことかよ、クソがっ」

 

 今さら言うまでもなく察しの良いカツキはこの場所も目の前のウデンも、どういったものなのか即座に理解した。無論それだけで状況が好転するわけではない。ただ、敵が何を目論んでいるかがわかればできることはある。

 

「ッ、趣味じゃねえ……けどなぁッ!!」

 

 吐き捨てると同時に──敵に背を向け、一目散に走り出す。

 そして、さらに叫んだ。

 

「聞こえてるかてめェらぁ!!──その一つ目野郎と戦うんじゃねえッ、技と力を吸い取られんぞ!!!」

 

 いちか、ばちか──その声は洞窟内を反響し、仲間たちに届いた。

 

「なら……逃げの一択!」

 

 それぞれ思い思いの方法でウデンと距離をとり、逃げ、隠れる。当然敵はあとを追ってくる。逃げることもまた、戦いだった。

 

 

 一方で、唯一残されたガイソーグの孤軍奮闘が続いていた。

 

「はぁッ!!」

「………」

 

 素早くガイソーケンを振り下ろす彼に対して、ウデンはそれ以上の勢いでもって受け止める。そしてすかさず、カウンターを叩き込んでくる。

 

「ッ、ぐ……!」

 

 迂闊に技は出せない。その一撃で倒せなければそのまま報復を受けるだけなのだ。やるなら、一撃で仕留めなければ。そのためには、自分ひとりでは不可能で──

 

(あの胸のバックルの中に、こいつは皆を閉じ込めている……!あれに傷をつけられれば……!)

 

 しかしウデンも、タマキがそれに気づいていることはわかっている。──率直に言って、剣の腕も身体能力も遥かに上回っているのだ。バックルをむざむざ攻撃に晒すような真似はしない。

 

「おまえは、死ぬか」

「……ッ、」

 

 冷酷な言葉が、明確な芯をもって心に突き立てられる。ウデンはしょせん抜け殻の鎧を纏っているだけの自分に、なんの価値も見出してはいない。技を見せようとしないなら、このままじわじわと嬲り殺しにするつもりなのだろう。実際ガイソーグの鎧はあちこち斬り裂かれ、中のタマキの心身に大きな負担をかけ続けている。

 

「がはっ……あ!」

 

 ついに鎧の一部が限界を迎え、ばらばらと崩れ落ちた。紫苑の鎧騎士が、その場に倒れ伏す。

 

(やっぱり、もう駄目なのか……この鎧も……)

 

 呪縛から解き放たれたこの鎧には、騎士竜の加護も何もない──ただ量産品よりは遥かに上質な鎧というだけでしかない。ドルイドンの激しい攻撃を受け続ければ、遅かれ早かれこうなる運命だったのだ。

 タマキは、己の運命を悟った。騎士竜の加護もなしにドルイドンと独りで戦えばどうなるか、親友が証明している。

 

(でも、)

 

(それでも、)

 

 ガイソーグ──タマキは、ふたたび立ち上がった。

 

「俺はもう、逃げない……!」

 

 これ以上、何も失わないためにも。

 

「不屈の騎士の真価、見せてやる……!──ビュービューソウル!!」

 

 肚を決めた彼は、その一撃にすべてを賭けた。

 

「エンシェント──ブレイクエッジ!!!」

 

 唯一持つリュウソウルのエネルギーを込め──放つ。それは閃光の刃となって、ウデンを紅蓮の中に呑み込んでいく──

 

「見たぞ、おまえの技」

 

 ウデンはあっさりとその技を我がものとした。そして、放とうとして──

 

「いない……!?」

 

 ガイソーグの姿が、その場からかき消えていた。ぐるりと周囲を見回すが、どこにもその姿が見当たらない。

 いったい、どこに──

 

「──上か!」

 

 その一つ目が、ぎょろりと上空を見る。果たしてそこに、標的の姿はあって。

 ウデンが剣を構えるのがスローモーションに見える。あのとき──ミリオを失ったときと奇しくもまったく同じ光景。唯一異なるのは自分が正真正銘の独りで、誰かに庇われる()()はないことか。

 いずれにせよもう逃げられないし、そんな気はタマキにも更々ない。ただ、ウデンに向かって渾身の一撃を放つだけだ。

 

(今度こそ、俺は──)

 

 

 そして、ウデンの剣が鎧を刺し貫いた。

 



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36.拝啓、友よ 3/3

さようなら
ありがとう
声の限り


 

 リュウソウジャーの面々はひたすらウデンから逃げ続けていた。

 

 しかし彼らの閉じ込められた異次元迷宮に出口はない。そしてウデンはどこまでも追ってくる。

 持ち前の健脚でようやく距離をとったテンヤだったが、その疲労は限界に達していた。

 

「ッ、くそ……ここまで、なのか……っ」

 

 ここで倒れるわけにはいかない。そう強く自分に言い聞かせても、ガクガクと笑う膝は言うことを聞いてくれない。力の抜けたそれががくんと折れ、倒れかかる──ところで、彼を支える者があった。

 

「テンヤ、大丈夫か!?」

「ッ、エイジロウ……くん……」

 

 無事で良かったと、荒い呼吸を繰り返しながらもエイジロウはにっかり笑った。その朗らかな笑みはいつだって、仲間たちに希望を与えてくれる。

 

「大丈夫、まだタマキセンパイがいる。──信じようぜ、俺らの最高の仲間を!」

 

 

 *

 

 

 

「がっ……は……っ」

 

 タマキの身体が、鎧もろとも串刺しにされている。鋭い剣に肉を裂かれ、彼は呼吸ができないとの思いに駆られた。

 ぼやける視界いっぱいに、親友の仇の顔がある。自分のことなど覚えていないだろう彼は、今ごろ勝利を確信しているに違いない。

 しかし──その無機質な態度が動揺へと変わるまでに、そう時間はかからなかった。

 

「ヌッ、ウ……!?」

 

 串刺しにした剣が、ぎちぎちに詰まった筋肉に挟み込まれて動かせない。

 

「捕まえ、た……!」

「……!」

 

 兜の中で、何かが鋭く光った気がした。

 しかしもう、遅い。次の瞬間、ガイソーグはウデンの胸部めがけて頭突きを炸裂させたのだ。そこに埋め込まれた、バックルめがけて。

 

 澄んだ破壊音とともに兜が砕け散り、不敵な笑みに染まったタマキの顔が露になる。その硬い装甲が粉々に砕けるほどの勢いだったのだ──ウデンのバックルにもまた、亀裂が走っていた。

 

──エイジロウたちの囚われた異空間に、光が差し込んだ。

 

「センパイ……!」

 

 やってくれたのだ、彼は。

 しかしウデンの分身体がもうすぐそこまで迫りつつある。追いつかれる──というところで、テンヤがエイジロウの背中を押した。

 

「エイジロウくん、きみが行くんだ!」

「!、テンヤ……!」

 

「きみと先輩に託した」──そう言って、テンヤは笑みを浮かべる。自己犠牲などでは決してない。彼らが必ず救け出してくれると、そう信じているから躊躇いなく送り出せるのだ。

 

「……ああ、任せろ!!」

 

 その想いをたがえず受け止めて、エイジロウは光の中へ飛び出していった──

 

 

「──お、らぁッ!!」

「グゥ!?」

 

 飛び出すと同時に力いっぱい炸裂した蹴りが、ウデンをよろけて後退させる。ぜえぜえと荒い呼吸を繰り返す、首から上だけを露にしたタマキの姿が目に入る。鎧ももう、あちこちボロボロだ。そんなになってまで、彼は自分たちを救けだそうとしてくれた──

 

「センパイ……あざっス!!ここからは一緒に──」

「………」

 

 返事はなかった。代わりにエイジロウが目にしたのは、かふっという弱々しい声とともに、赤黒い半固形物を口から吐き出すタマキの姿。

 

「え……?」

 

 呆然としている間に、その身体がゆっくりと膝から崩れ落ちる。それが何を意味しているのか──壁面の亀裂からゆっくりと水が滲み出すように、否が応なく理解らされていく。

 

「────センパイっ!!??」

 

 絶叫に近い呼び声とともに、エイジロウは倒れかかるその身体を抱きとめていた。同時に、掌を侵すべっとりと濡れた感触。それは生涯で二度目に味わうものだった。

 

「センパイ、センパイ!!」

「ッ、ごめ……ん……俺、には、これが、限界……だった……」

「そんな……っ、そうだ、カガヤキ──」

 

 カガヤキソウルを使おうとして手は、他ならぬタマキの手によって止められた。

 

「……もう、手遅れだ……っ」

「なに言ってんだよ、センパイ!!?」

「わか、るんだ……自分の、ことは……。俺のことより、早くあいつを……!じゃないと……皆の命が……!」

「でも……だけどっ!!」

 

 目の前のタマキの姿に、かつての親友が重なる。騎士ですらなかった彼は、タンクジョウの攻撃からエイジロウを庇ってその命を散らした。

 ああ、またなのか。また大切なものを守れず、こうして声を涸らすことしかできないのか。

 

(だったら、)

 

(だったら俺は、なんのために……!)

 

「──しっかりしろッ、リュウソウレッド!!」

 

 絶望に囚われかかるエイジロウを引き留めたのは、他ならぬタマキ自身だった。

 

「前を見ろ……!使命を果たせ……!俺が、できなかったことを、きみが……っ」

「……!」

 

 震えるタマキの手が、何かを差し出してくる。それは彼のもつ数少ないリュウソウルの片割れ──ガイソウルだった。逡巡は止められなかったが、それを受け取らないわけにはいかなかった。タマキの、(ソウル)を。

 

「後悔ばかりの、人生だったけど……最後にきみたちと旅ができて……俺は、本当に……」

 

 そのときだった。潤んだ瞳で自分を見下ろすエイジロウの背後──そこに、体格の良い少年が立っているのを、タマキは見た。

 

(あぁ、)

 

(ミリ、オ……?)

 

 ガイソーグになってからというもの、少しずつ靄がかかったように思い出せなくなっていった顔かたちが今、そこにある。彼が幻なのかそうではないのか──いずれにせよ今この瞬間に現れた意味を察して、タマキは心のうちでその問いをぶつけた。

 

(ミリオ……俺、何度も間違ってしまったけれど……)

 

(使命、果たせたかな……?やるべきことを、やれたかな……?)

 

 ずっとずっと、ミリオの影を追うばかりだった自分。半端者の騎士だった自分。そんな自分を天国でミリオがどう見ているか、想像するだけでこわくて眠れない夜を過ごしたこともある。

 でも、彼は──

 

(……ああ、)

 

(おまえは最高の騎士だよ、タマキ)

 

 ミリオは、確かに笑っていた。最期の瞬間までと同じ、頼もしくて、温かな笑みだった。

 

 タマキも、それに応えるように笑みを浮かべ──

 

 

 

 

 

「……セン、パイ……?」

 

 ほのかに口もとを弛めたまま、タマキは静かに目を閉じていた。幸せな夢を見ているような、安らかな眠り顔。でもそこに、彼の魂はもうなくて──

 

「……ッ、………」

 

 タマキの亡骸をその腕の中にかき抱いたまま、エイジロウは静かに肩を震わせた。まだ熱をもった身体──そして、リュウソウル。

 

「──おのれ……!」

 

 月並みな言葉とともに、ウデンが剣を振るった。ショートのそれをコピーした電撃が、逃げようともしないエイジロウに向かっていき──

 

──そして、爆炎となって呑み込んだ。

 

「………」

 

 ふう、ふうと呼吸を整えるウデン。これで二体始末した──などと、普段の彼ならば考えない。しかしリュウソウ族の小僧ふたりに──ひとりは命と引き換えだったとはいえ──出し抜かれたという事実は、彼を平常心ではいられなくさせていた。

 爆炎が晴れたとき、そこには真紅の騎士がこちらに背を向ける形で立っていた。タマキの骸は消滅──否、それに代わって、リュウソウレッドの手に巨大な鉤爪のような武装が握られていた。

 

「なんだ……それは?」

「………」

 

 勇猛の騎士は答えない。その代わりに、

 

「一緒に戦おう、タマキセンパイ」

 

──いつまでだって、俺たちのソウルはひとつだ。

 

『マックス、ケ・ボーン!!』

「マックス、リュウソウチェンジ……!」

 

 ガイソウルの変化した新たなリュウソウル──"マックスリュウソウル"が、魂の叫びをあげる。

 

 空気をかき鳴らすような音を響かせながら、鎧のパーツが次々と鉤爪から飛び出し、リュウソウレッドの周囲を覆っていく。それはガイソーグの装着シークエンスによく似ていた。

 しなやかなリュウソウメイルの上からパーツが取りつき、真紅のそれを変化させながらひとつになっていく。

 

 やがてそれはガイソーグとリュウソウレッド、双方の面影を残した分厚く強靭な鎧へと姿を変えたのだ。

 

『オォォォォ!!マァァァックス!!!』

「──勇猛の騎士。マックス、リュウソウレッド……!」

 

 タマキの魂が今、ひとつとなった勇姿。

 先ほどまでとは比較にならない強烈な威圧感に、ウデンはぞわりと巌のごとき外皮が粟立つのを感じていた。見れば、リュウソウ族の血に濡れた剣がぶるぶると震えているではないか。

 

(恐れている?俺が?)

 

 リュウソウジャーのひとりとはいえ、年端もいかぬような小僧を。

 

「ありえん……ありえん!!」

 

 感情を爆発させたウデンは、己の顔面に手をかけると、それを握りつぶす勢いで剥ぎ取った。その中から、害虫のような醜悪な顔面が露になる。一つ目だと思われていたものは、単なる仮面の紋様にすぎなかったのだ。

 

「ウゥオォォォォォ──ッ!!!」

 

 雄叫びとともに、ウデンはマックスリュウソウレッドに斬りかかっていく。かの赤騎士は、鉤爪を構えたままそこから動こうとしない。ただ──鎧兜に隠れたそのルビーのような瞳には、絶えず憤激の焔が燃えていた。

 

「ヌウゥゥン!!」

 

 肉薄と同時に、力いっぱい剣を振り下ろすウデン。果たして防御も回避もとろうとしないマックスリュウソウレッドは、その刃の直撃を受けた。激しい摩擦熱が発生し、火花を散らす。

 

「………」

「……!?」

 

 ウデンは動揺を得た。──マックスリュウソウレッドは、剣戟をまともに受けたにもかかわらず微動だにしていない。その分厚い装甲は斬り裂かれるどころか、衝撃さえも装着者の肉体に伝播していないのだ。

 焦燥のまま、ウデンは何度も何度も標的に斬りつける。傷ひとつつかない。いよいよ攻撃が大振りになり、胴体ががら空きになったところで、

 

「グハァ……ッ!?」

 

 胴体に、鉤爪を突き立てられた。

 よろよろと後退するウデンだったが、マックスリュウソウレッドの攻撃はむしろここからが本番だった。相手が一歩引けば二歩も三歩も踏み込み、不屈の騎士の肉体が変化した鉤爪を振り下ろし、薙ぎ、叩きつける。

 その猛攻に、ウデンは防戦一方……否、やられっ放しだった。捕らえたリュウソウジャーの面々からコピーした必殺技で反撃しようとするも、技を出す寸前のところで強烈な一撃を受けて妨害される。まるで最初から見切られているかのように──

 

 考えてみればそれも当然のことだった。エイジロウは幾度となく仲間と稽古を行い、彼らの技を身をもって体験してきている。所詮そこからなんの捻りもないコピーなど、くるとわかっていれば脅威でもなんでもないのだ。

 

(センパイも、もっと長く一緒にいられたなら)

 

 自分を卑下しがちなタマキではあったが、その剣才は明らかだった。さらに時間を経て、肩を並べて戦い、稽古ももっとできていたなら。彼はきっとこの模倣主義のドルイドン相手に命を縣けることもなかったのではないか。

 しかし、現実に"もしも"はない。タマキは命と引き換えに、この強大な力を遺してくれた。

 

「だから……俺はァ────!!」

 

 鋭い爪ががりがりとウデンの表皮を削る。彼がその醜い顔を歪めて仰け反ったところで、全力の回し蹴りを見舞った。

 

「グガアァッ!!?」

 

 堪えきれないうめき声とともに、漆黒のボディがごろごろと砂礫の上を転がる。流石にというべきか、ウデンはすぐさま剣を地面に突き立て、態勢を立て直した。

 しかし、

 

「──いない……!?」

 

 一瞬目を離した隙に、マックスリュウソウレッドは忽然と姿を消していた。五感の鋭さにおいては人間は言うに及ばず、リュウソウ族をも遥かに凌ぐドルイドンの面々。ウデンもその例に洩れないのだが、にもかかわらずかの大敵の気配すらも感じられないのだ。

 

「どこだ……どこへ行った……!?──おのれぇ、出てこいぃぃぃ!!!」

 

 刹那──かき消えていたはずのマックスリュウソウレッドの気配が、何倍増しもの威儀と殺気となってウデンを押しつぶさんとした。

 

「!!、上か!」

 

 ならば先制攻撃だとばかりに頭上めがけて剣を突き出す。串刺しにしてやる──そんな目論みとともに放った一撃は、むなしく空を切った。

 

「な──グハアァァッ!!?」

 

 渾身の一撃が剣を真っ二つに叩き折り、ウデン自身の身体をも大きく引き裂いた。

 

「ガッ……ハァ……ッ」

「………」

 

 ウデンはもはや満身創痍の状態だ。剣は折れ、身体も大きく傷ついている。しかし手を抜くつもりはない──むしろ、ここからが本番だ。

 

「……オモソウル、」

『リュウ!ソウル!!』

 

 マックスチェンジャーにオモソウルを装填する。まだだ。これで終わりではない。

 

「メラメラソウル……!」

『強!リュウ!!ソウル!!!』

 

 さらにメラメラソウルを装填する。『アメイジ〜ング!!』と、チェンジャーが唸りをあげた。

 そして、

 

「──うぉらあぁぁぁぁぁッッ!!!」

 

 雄叫びとともに、鉤爪を地面に深々と突き刺した。リュウソウルの力が砂塵を巻き上げながら地を奔り、ウデンに襲いかかった。

 

「グワアァァ──!!?」

 

 超重力で押しつぶされかかったところに、ウデンは燃えさかる烈火の竜巻に閉じ込められた。

 苦悶の声をあげ、もがいているつもりだろう。しかしウデンはもう指一本たりとも動かせない。重力と劫火の二重奏は、如何にドルイドンであっても満身創痍の者に破れるはずがない。

 

 そしてここに囚われた時点で、ウデンの運命は決しているのだ。

 

「おまえに……俺()()のソウルは砕けない……!」

 

 エイジロウの脳裏に、タマキとの想い出が甦る。そのすべてが柔らかなものでは決してない。呪われた鎧に心を囚われた彼に、背後から斬りつけられたこともあった。

 でも、それでも、大切な仲間だったのだ。これから彼と──いや七人で、ともに旅ができると思っていた。戦えると思っていた。明るい未来をつくってゆけると、無邪気に信じていたのだ。

 その想いを裏切られるのは、これで三度目だ。その清算は、今この場で果たす。でなければ、前には進めない。

 

『エ〜クセレントゥ!!』

 

 爪が唸りをあげると同時に、マックスリュウソウレッドの周囲を紫紺のオーラが包み込む。──その瞬間、彼は見た。隣で剣を構える、ガイソーグの幻を。

 

「……センパイ……」

 

 彼は、何も言わない。ただ視線をかわして、静かに頷いてくれた。

 その幻をも己の糧として──レッドは、エイジロウは、爪を振りかざした。

 

 

「──エバーラスティング、クロー!!!」

『イケイケソウゥゥゥル!!!』

 

 獣のように腰を落とし──跳ぶ。爪の放つ膨大なエネルギーが術者の身体をも吹き飛ばそうとする。

 

「……ッ、おォオオオオオ──!!」

 

 身体ごとドリルのように回転する。しかしそれさえも貫通力へと変えるべく、エイジロウは雄叫びをあげた。

 そして──彼はそのまま、ウデンの胴体に風穴を開けた。

 ずりずりと砂塵を巻き上げながら、マックスリュウソウレッドは着地を遂げた。ゆっくりと立ち上がる。しかしもう、背後になった仇敵を振り返ることはしない。

 

「ガッ……ァア、ア………」

「………」

「ア゛ァァァァァ────ッ!!」

 

 その全身に亀裂が広がっていき……ついに、爆ぜた。ウデン"だったもの"が、辺り一面に転がっていく。

 その中で唯一、レッドのもとに飛んできたものがあった。──バックルだ。

 

 手中に収まったそれがパキ、と音をたてる。タマキが入れてくれた亀裂がさらに広がり──ややあって、複数の人影がその中から飛び出してきた。

 

「ぬおぉぉっ!!?」

「きゃあぁぁっ!!」

 

 折り重なるようにして地面に倒れ落ちていくリュウソウジャーの面々。いちばん下になってしまったショートが「……重ぇ」とぼやく。

 ややあって態勢を立て直した彼らは、周囲を見回しながら状況を把握したようだった。自分たちが救出されたこと──ウデンが、倒されたこと。

 

「助かったぁ……!」

「エイジロウくん……!やってくれたんだな!流石だ!」

 

 エイジロウは答えない。目を見開いたまま俯いて、時が停まったかのように硬直している。

 

「……おい、あいつは」

 

 カツキの押し殺したような問いに、皆がはっとする。エイジロウはようやく顔を上げた。その表情がぐしゃぐしゃにゆがんでいく。

 

「……そんなのって、ないよ……」

 

 すべてを察したイズクのつぶやきが、彼らの心を象徴していた。

 

 

 *

 

 

 

 ふたたび賑わいが戻った市場も、夕刻を迎えて次々に店じまいを始めている。

 その中にあって、少年たちは置き去りにされたかのようにぼうっと佇んでいた。もはや言葉もない。ただ、時折オチャコが鼻を啜る音が響くばかりだ。

 

「………」

「……あの、皆さん」

 

 重苦しい雰囲気に気圧されながらも、コタロウがおずおずとあるものを差し出した。

 

「これ……手紙?」

「タマキさんからです。皆さん宛て……だと思います、たぶん」

 

 タマキもはっきりとそう言っていたわけではないが。

 もし彼ら宛てでなかったらとは思いつつも、コタロウは思いきってそれを開いた。「読みますよ」と断って、丁寧に書かれた文面を読み上げはじめる。

 

「──"親愛なる、リュウソウジャーの諸君"……」

 

──この手紙が読まれている頃、俺はもうきみたちのもとを離れているだろうか。

 ……こんなありきたりな書き出しであること、本当にすまない。思うところあって、俺は少し修行の旅に出ることにした。いや、勿体ぶる話でもないな。正直、今のままの俺ではこれから先、きみたちの足を引っ張るだけだと思う。ガイソーグの鎧の力に頼れなくなった今、自分自身の腕を磨かなければ、ドルイドンとの戦いにはついていけない。

 

「……当たり前のこと今さら言ってンなよ、クソが……っ」

 

 カツキの毒舌が力なく響く。朗読はなおも続く。

 

──これからぶつかるドルイドンは、今までより遥かに難敵になるだろう。でも今は、不思議と恐怖はないんだ。言い訳のようだけど、これは本当だ。きみたちが、いるから。

 

──ショートくんは、独りで戦っていた期間が長いだけあってそつがない。普段は少しずれたところもあるようだけど(俺が言えたことじゃないな、すまない)、時にはそれも強みになると思う。これからも独自の視点で、皆の支えになってほしい。

 

「……先輩、」

 

──カツキ、きみは変わった。口でなんと言っていようと、今の仲間をすごく大切にしていることが伝わってくる。でも実は責任感が強いところは相変わらずで……あまり独りで抱え込まないようにな。(これも俺が言えたことじゃないけど)

 

「実はってなんだ……クソ」

 

──イズクは昔から変わらず優しくて勇気もある。身体は小さくても、きみが人一倍努力してリュウソウジャーになったんだってこと、今なら納得がいく。実は頑固で独りで突っ走りがちなところは、カツキに似てしまったのかな。どうか無謀なことはせず、自分の身体も大事にしてほしい。

 

「……努力します、先輩……」

 

──オチャコさんはいつも元気いっぱいで、愛らしくて……そこにいるだけで、皆の癒しになっていると思う。もちろん、そのパワーが戦闘においても大いに役に立っているのは言うまでもないことだ。いつか、魔導士としても一流になれるといいね。

 

「褒めすぎやって……もう」

 

──テンヤくんはいつも生真面目で、第一印象としては正直、カツキ並に怖い人なのかと思っていた。でも本当のきみは鷹揚で、まっすぐで、いつもチームを縁の下から支えていた。この前も言ったけど、立ち止まって物事をじっくり考えられるのは、間違いなく貴重な才能だと思う。

 

「……う、ううううッ」

 

──そして、エイジロウくん。

 

「……!」

 

 思わず、手に力がこもる。

 

──きみは確かに漢らしくひたむきで、なんなら少し向こう見ずなところもある。でもそれ以上に、きみは誰より優しくて温かい。太陽のようなきみの眩さが、リュウソウジャーをひとつに紡いでいるんだと思う。……一度裏切った俺にこんなことを言う資格はないかもしれない。それでもあえて言う。その優しさを失わないでくれ。たとえその気持ちが何千、何万回裏切られようと。その優しさに救われる人が、この先もきっとたくさんいるはずだから。だから、どうか。

 

──長くなってしまった。要約ができないのは俺の文才のなさ……いや、やめておこう。とにかくきみたちは最高のチームだ。その中にわずかな間でもいられたこと、俺は誇りに思う。そしていつかまた、胸を張って戻ってこようと思う。皆でドルイドンを倒して、この星に平和を取り戻そう。そうしたら今度は、戦いと関係のない平和で賑やかな旅をしよう。コタロウくん、騎士竜の皆も、もちろん一緒に。

 

──……余白もなくなってきたので、これで最後にする。

 

──友よ、ありがとう。俺を騎士にしてくれて、本当にありがとう。

 

──またいつか、相まみえる日まで。 七人目のリュウソウジャー 不屈の騎士より

 

 

 つづく

 

 

 

 

 





「き、貴様はプリシャス……!」
「試練の断崖?」
「タマキセンパイの死、無駄にするわけにはいかねえもんよ」

次回「竜の試練」

「ボクはドルイドンを束ねる者、すべての強さを手に入れる者」

今日の敵<ヴィラン>

ウデン

分類/ドルイドン族ビショップ級
身長/189cm
体重/278kg
経験値/248
シークレット/魔法とも異なる不思議な術を会得したドルイドン。虚無僧のような被り物をしている以外は漆黒の装いで、剣の腕も立つ。しかしその真髄は左胸のバックルに標的を引きずりこみ、己の分身体と戦わせることでその技をコピーできるところにある。普段は冷徹で寡黙な振る舞いをするが、一つ目の仮面を外すとその悍ましい素顔とともに狂暴な本性を露にするぞ!
ひと言メモbyクレオン:リュウソウジャーのクビ獲るとか地味に快挙じゃね?でもコイツ、別のドルイドンの部下なんだってさ!ドルイドンがドルイドンに従うとか……変だよね〜。



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37.竜の試練 1/3

 

 砂漠の片隅に、無駄に良い美声による癇癪が響き渡っていた。

 

「ムッキイィィィィ!!よもやよもやよもやァァァァ!!!」

「ちょ、うるっっっさ!!落ち着いてくださいよワイズルーさまぁ!?」

「こ・れ・が!!どうして落ち着いていられようか!!?長らくリュウソウジャーと戦ってきたこの私がぶっちゃけ負け続きだというのに、ぽっと出のウデンなんぞに一匹掻っ攫われてしまうとはァァァ!!」

 

 舞い上がる砂塵にも構わずわめき立てる主──厳密な主従関係ではないのだが──に、クレオンはほとほと困り果てていた。主ことワイズルーは、ウデンがガイソーグことタマキを討ち果たしたことにいたくご立腹なのだ。理由は彼自身ががっつりシャウトした通りである。

 確かにウデンが首級を挙げたことは事実だが、彼はそれと引き換えに戦死している。クレオンとしては命あっての物種なのでその時点で勝ちも負けもあったものではないと思うのだが、ドルイドンは共通してプライドが高く己の美学というか主義主張を大事にする。あれこれ宥めたところで無意味なのだ、自然と落ち着くのを待たなければ。

 

(しかしまぁ、ガチでもうマンネリなんだよなぁ……)

 

 ワイズルーもいい加減ネタが枯渇気味のようだし、リュウソウジャーはどんどん実力を付けている。ウデンが現れる前にも思っていたことだが、やはり自分たちは侵略には向いていないのかもしれない──

 

 そのときだった。不意に、砂漠の乾いた空気がびり、と震えたのは。

 

「!?」

 

 あれほど喚いていたワイズルーが、ピシリと固まるほどの変容だった。いったい何が起こっているのか……いや、何が迫り来ようとしているのか。

 

 その答は、すぐに出た。他ならぬ"彼"が、姿を現したことによって。

 

「──当然だろう?ウデンはとっても優秀なボクの弟なんだからね」

「き、貴様は!?」

 

「──プリシャス……!」

 

 薄紫色の小柄で細身なボディからこぼれる、少年のような笑い声。しかし彼が自分より強大な力を秘めたドルイドンであることを──認めたくはないが──、ワイズルーは嫌というほど知っている。

 

「い、今さら地球に何しに来た……!?」

「今さらなんて。暫く宇宙でさがしものをしていてね、到着まで優秀なファミリーに侵攻を任せていただけだよ?」

「ふん、その優秀なブラザーはデェッド!!リュウソウジャーに倒されて☆NA!」

 

 先ほどまで妬んでいたことを忘れたかのようにウデンをこき下ろすワイズルーだが、このあとのことを思えばそれは藪蛇と言わざるをえなかった。

 

「ああ、そうらしいね。──大丈夫、後釜はいるから」

「フン、わざわざ貴様の傘下につくキトクなguyがまだいるというのか?そんなバナナ……ゴホン、バカな!」

「いるじゃないか、ここに」

「ここ?」

 

 プリシャスの細長い指が差したのは他でもない、ワイズルーだった。

 

「キミだよ、ワイズルー」

「What!?」

 

 呆気にとられるワイズルーに対し、プリシャスは何かを投げつけた。胸元に張り付いた"それ"は、符のような形状をしていて。

 プリシャスが掌に力を込める。途端、ワイズルーは苦悶の声をあげた。激しい痛みを覚えたのだ──まるで、胸に直接手を突っ込まれてかき回されているかのような……。

 

「グハッ、ア、アァァ……!!」

「わ、ワイズルーさま!?どうしたんスか、ワイズルーさま!!」

 

 幸いというべきか、苦悶の時間はすぐに終わった。胸に絡みついていた符が剥がれ、プリシャスの掌中に戻っていく。

 

「ふふふっ」

「き、貴様……何、を、した……!?」

 

 プリシャスが符をめくる。──そこには、心臓と思しきものが妙にリアルなタッチで描かれていて。

 

「貰ったよ、キミの心臓」

「な……っ!?何をバカな──」

「ウソだと思うかい?──それなら、ほら」

 

 符を力いっぱい握りしめるプリシャス。ぐしゃりとそのかたちが歪むと同時に、ワイズルーの胸を再び激痛が襲った。

 

「グァ、ガ、ア゛ァァァァ!!??」

「わ、ワイズルーさまぁ!!」

「わかったかい、ワイズルー?今日からキミも、ボクの手足となって働くんだ」

 

 同族を苦しめ嗤う悪魔の背後に、巨竜の影がよぎった──

 

 

 *

 

 

 

 旅を始めて以来、初めて明確な敗北と悲嘆を味わった騎士竜戦隊リュウソウジャー。それでも彼らは折れることなく北の大地をめざして旅を続けていた。

 

「ここから北へ渡るには、この海峡を抜けていく必要がある」

 

 眼下に広げた地図を睨みながら、確認するようにイズクが告げる。西と北の狭間は地上でも繋がっているが、そこには巨大な山脈が聳えている。この頂上付近から既に氷雪に閉ざされており、人力で越えるのは至難の業だ。それよりはいったん海上に出、渡航するほうが現実的ではある。

 それ"よりは"──つまり、その方法も容易いわけではないということ。

 

「この辺りから先は流氷があって、漕船は進入不可能だと言われてる。おそらく海中にも……──ショートくん、モサレックスなら突破できるかな?」

「流氷がある場所を通行したことはねえが、いけるとは思う。ネプチューンになれば分厚い流氷も破壊できるからな」

「しかしそうなると、時間がかかりそうだな。北方の様子も詳しく知りたいところだが……」

「………」

 

 今後のことをプランニングする叡智、疾風、威風、栄光の四騎士。頭の回る彼らが色々と話し合って策を練るのはいつものことだが、皆それぞれ隣にぽっかり穴が開いたかのような錯覚を覚えていた。

 

 ごく短い間だけだが、この輪の中には"不屈の騎士"がいたのだ。最年長者でありながら一行入りするまでに紆余曲折あったかの青年は──元々の性格もあって──遠慮を極めていたが、そんな彼の言葉少なな助言は極めて的確であり、彼らの旅に大いなる益をもたらしたことは衆目の一致するところである。

 

 その死を悼み、嘆き悲しむ夜はとうに過ぎ去った。今はこうして先々の話に集中しようと皆努めているのだが、どうしても間隙の沈黙は訪れてしまう。と、ちょうどその瞬間を縫うかのように、明るい声で輪に入ってくる者たちがいた。

 

「おまたせ~!アップルティーと──」

「──アップルパイです」

 

 それらを運んできたのはオチャコとコタロウだった。アップルづくし──取り返しのつかない喪失のあったバザールで買い込んでいたものだ。甘いおやつと甘いお茶。ひとりを除いては目を輝かせたことは言うまでもない。

 

「これはまた豪勢だな!」

「いや豪勢ではないですけど。カツキさんは食べませんか?」

「……食うわ、一応」

「一応て」

「美味そうだな、もう食っていいか?」

「相変わらずマイペースだね……──あっそうだ。エイジロウくんは……」

 

 イズクの視線の先、皆から少し離れたところにエイジロウはいた。遠くを見つめ、じっと何かを考え込んでいる。今まではまったく見たことのない姿に、仲間たちは声がけを躊躇った。

 

「……タマキ先輩のことがあってからずっとああだな、エイジロウ」

「無理もないだろう……今際の際に居合わせたのは、エイジロウくんだけだったんだ」

 

 もっと何か、できたことがあるのではないか。タマキを救えたのではないか──思いは皆同じだが、それがとりわけ強烈な悔恨となってしまっていても無理はない。何より彼が目の前で友を喪うのは、これで二度目だから。

 

「エイジロウさ──」

 

 居ても立ってもいられず、コタロウが声をかけようとしたときだった。

 

「ドルドル、ドルッ!!」

「!!」

 

 なんの前触れもなく響く、耳障りなかけ声。振り向いた彼らが見たのは、砂礫の彼方からこちらへ進撃してくるドルン兵の群れだった。

 いつでもどこでも即応できること、それもリュウソウ族の騎士たる資格のひとつである。エイジロウも含め、一斉に剣を抜いて立ち上がった。そのまま迎え撃ち、鍔迫り合う。相手は統一された挙動が見事な雑兵たちだが、逆にいえばその戦闘パターンは極めて限定されている。この程度の相手ならばもう、竜装するまでもないことだった。

 

「またこいつらだけか……!」

「どうせッ、あのクソ道化師が糸引いとるわ!!」

 

 その推測は的中していた……()()()

 皆の間に距離ができた瞬間を狙って、まさしくその"クソ道化師"が襲いかかってきたのである。

 

「ゼェェェット!!!」

「ッ!」

 

 彼のステッキの矛先は、エイジロウに向けられていた。はっと顔を上げた彼は、すんでのところでそれを避ける。とはいえまったくの空振りでは済まず、頬がわずかに切り裂かれてしまった。

 

「エイジロウくん!!」

「ッ、大丈夫だ!」

 

 それでも、ワイズルー自らによる攻撃である。救援に入ろうとする仲間たちだったが、押し寄せるドルン兵たちがその進路を阻む。

 

「こ、こいつら一体なんなん!?」

「俺たちとエイジロウくんを分断するのが目的か……!」

 

 ワイズルーらしい奸智だと思うと同時に、彼らしくなさも如実に感じた。自らの身ひとつで直接攻めてくるなんて。いや、マイナソーがまだ近くに潜んでいるかもしれない。油断するな……などとは、今さら言うまでもないだろう。そういう信頼が皆の間には築かれている。

 

「リュウソウレッドよ、聞くところによると新たな力を手に入れたらしいな。──ガイソーグのボウヤをいけにえにして☆NA!」

「………」

 

 ワイズルーの露骨な挑発にも、レッドは反応しない。その──少なくとも表向きの──平静は、触れれば切れそうな冷たさを孕んでいた。

 

「フッ、ノーリアクションとはまったくもって面白くナッシング……。──見せてもらおう、赤くて速い三倍なヤツの性能とやらを!」

 

 ワイズルーの望み通りに動いてやるのは癪だったが、拒否する理由はなかった。

 

「後悔するなよ……!」

『マックス!ケ・ボーン!!』

 

 右手に装着した巨大な鉤爪に、マックスリュウソウルを装填する。"いけにえ"──ワイズルーの言葉を、全面的に否定することなどできない。タマキの犠牲の上に、自分はこの力を得ている。

 

 でも、それが、どうした。

 

「──マックスリュウソウチェンジ!!」

 

 マックスリュウソウルから放出されたパーツの群れが、リュウソウメイルをさらにその上から覆っていく。衣服のごとき柔軟な鎧が、正真正銘の分厚い鋼へ。赤と金銀に彩られたそれは、砂漠に揺らめく陽炎のごとき灼熱を纏っていた。

 

「勝☆負ッ!!」

 

 ステッキ片手にワイズルーが襲いくる。対するマックスリュウソウレッドは、その場から動くことなく彼を邀撃した。鋭く巨大な爪が振り下ろされるステッキを受け止め、押し返す。もとよりドルイドンの中では非力なワイズルーのそれは、拍子抜けするほどあっさりとしたものだった。

 だが、決して手は緩めない。相手がわずかに後退したところで一挙に距離を詰め、攻めたてる。防戦一方だ。ビショップクラスのドルイドンが。

 

「あ、アメイズィングパゥワー……グハァッ!?」

 

 ついに弾き飛ばされるワイズルー。しかし彼もさるもの、マントを靡かせながら即座に態勢を立て直した。距離をとったところで、ステッキを天めがけて掲げる。

 

「ええいままよっ!──チェックメイト・デ・ショータァイム!!」

 

 光の矢が雲間へ放たれ、大気中の塵を融合させながら灼熱のシャワーとなって墜ちてくる。既に見慣れたワイズルーの必殺技。

 マックスリュウソウレッドは舞うようにそれらを回避しつつ、かわしきれないものは爪を振るって弾いていく。その捌きぶりは見事と言うほかなかった。今までのエイジロウが駄目だったというわけでは決してないが、見違えたようだ。

 

 そうして一撃も彼に痛みを与えることすらかなわぬまま、光の雨はやんだ。

 

「それで終わりか?」

「な、なんだとぅ!!?」

 

 切って捨てるような言葉に憤慨するワイズルーだが、かといって何ができるというわけでもない。ぐぎぎ、と歯を噛み鳴らしながら、その場に立ち尽くすことしかできないのだ。

 

「次はこっちの番だ」

 

 マックスリュウソウチェンジャーに手をかけるレッド。『エクセレント!!』という明朗な叫び声が響くと同時に、彼は肉食獣のごとく腰を落とす。

 そして、

 

「エバーラスティング、クロー!!」

『イケイケソウゥゥゥル!!!』

 

 爪の放つエネルギーの猛威に任せ、身体を錐揉み状に回転させながら超高速で突撃する。

 ワイズルーと同じビショップクラスのウデンをも葬り去った、マックスリュウソウレッドの必殺技。

 

(来たッ、気は乗らないが……!)

 

 本来であればさっさと逃げるところだが、今は命を懸けるしかない事情がある。ワイズルーはぎりぎりまで敵の攻撃を引きつけることに決めていた。

 コンマ数秒後、鉤爪の先が到達する。ワイズルーはようやく身を翻した。硬い表皮をいとも容易く削りとられ、激痛が襲ってくる。

 それでも、目的は果たした。

 

「グハッ、ア、ガァ……!」

「────、」

 

 ずりずりと砂礫を蹴飛ばしながら静止するマックスリュウソウレッド。その背後でワイズルーはぐらぐらと揺らめいていた。その身体からは血が滴っている。

 

「や、やったんちゃう!?」

「いや、浅ぇ」

 

 ブラックの反応が正しかった。笑い飛ばせない程度のダメージではあったものの、ワイズルーは致命傷を避けたのだ。

 

「ッ、クローズド……!」

「!」

 

 戦隊一行からみて、ワイズルーは驚くほどあっさりと撤退した。マントをくるりと翻し、忽然と姿を消したのだ。ドルン兵たちも同時に全滅させた以上、戦闘は終わりである。たとえ結果が不服であっても。

 

「やはり逃げおおせたか……」

「新しいレッドを見たいだけなら、代償は高くついたんじゃねえか」

「だけなら、な」

 

 ワイズルーのことだ、"それだけ"ということも十分考えられる。しかしそれでは済まない深慮遠謀があるという可能性もあって──考えはじめるときりがないので彼らは早々に剣を納めた。

 

 そしてあと一歩でウデンに続く金星を挙げられるところだった勇猛の騎士はというと、

 

「ふうぅ……はぁ」

 

 大きくため息をつき、竜装を解く。ぐうっと伸びをした彼は、ややあって皆ににぱっと笑顔を向けた。

 

「みんな、おつかれ!」

「え、」

「あ、う、うん……?」

 

 皆が戸惑うのも無理はなかった。先ほどまでのエイジロウは、まるで今までとは別人のような、タマキのそれをさらに鋭くしたような振る舞いを明らかにしていたので。

 

「え、エイジロウくん……?」

「ん、どうしたんだよみんな?ヘンな顔して……」

「いや、だってきみ……その、タマキ先輩のことで落胆していたのでは……?」

「へ?」

 

 暫し考え込んでいたエイジロウは、程なくして「ああ!」と声をあげて手を打った。

 

「悪ィ、そういうわけじゃねえんだ。ただ、タマキセンパイから貰ったこの力……確かにすげえ強力だけど、今までの俺のままで活かせるんのかって。だからずっと、考えてたんだ」

 

 自分自身が、どのように有るべきか──

 

「なぁんだ、そうやったんや……」

「紛らわしいんだわ、クソ髪」

「へへっ、悪ィ悪ィ!……タマキセンパイの死、無駄にするわけにはいかねえもんよ。落ち込んでなんかいられねえよ」

 

 その言葉には確かに、彼らしからぬ重みがある。──陽気な彼が消えてしまったわけではない。ただ、変わりゆくものもあるということだ。

 

 

 *

 

 

 

「グッ……ハァ、」

「!、ワイズルーさま、大丈夫っすか!!?」

 

 満身創痍の状態で帰還したワイズルーを、クレオンは慌てて迎え入れた。流れ出す血が、マックスリュウソウレッドが如何に強力な敵であったかを思い知らせる。

 

 尤もそんな同胞の姿を目の当たりにしてなお、動転することも労ることもない男がこの場にはいた。

 

「ふぅん。ま、それなりの相手ではあるみたいだね」

「ッ、プリシャス……!」

 

 向けられる憎々しげな視線をものともせず、「ん」と手を差し出すプリシャス。ギリギリと歯を食いしばりながらも、ワイズルーはその意に沿わざるをえない。

 彼が差し出したのは、プリシャスから預かった符だった。ブランクだったそこに、マックスリュウソウチェンジャーに似た鉤爪の紋様が描かれている。それを受け取り、プリシャスは満足げに頷いた。

 

「これで準備は整った。……次はボク自ら遊んであげるよ、リュウソウジャー」

 

 



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37.竜の試練 2/3

 

「──試練の断崖?」

 

 耳慣れぬ地名?が唐突にカツキの口から飛び出すのは、リュウソウジャー一行にとってもはや様式美のようなものだった。それをイズクが具体的に説明するのも。

 

 彼曰く、北端の海岸近くに聳える峻険な山岳のことがそう呼び称されているという。古来、リュウソウ族の騎士たちが己を高めるための鍛錬の場として使っていると。

 

「試練かぁ……確かに山登りって体力付きそうやね!」

「う、う~ん……それもあるけど」

「アホ、ンなもん試練でもなんでもねーわ。そもそも大して標高があるわけでもねえ」

「じゃあ、なんなんだ?」

 

 ため息混じりにカツキが続ける。

 

「試練っつーのは、登ってから始まンだよ」

「頂上で、何かがあるということか?」

「うん。頂上に魔力を宿した石碑があって、それが僕らを試練の間に送り込むんだ。試練っていうのも、人によって様々らしいんだけど……駆け出しの頃のマスターブラックが、まる一週間かかったって」

「一週間もか!?」

「お前らは、挑戦したことねえのか?」

「……ねーわ。試練に挑戦できンのは、それに耐えうる実力があるとみなされたヤツだけだ」

 

 かつてのイズクやカツキでは、その石碑に触れても何も反応が返ってこなかった。それは彼らにとって極めて口惜しい事実だったが──

 

「今の僕らなら、必ず挑戦できる。そして乗り越えられると思うんだ」

「……だな!なら早速行こうぜ「てめェらは残っとれ」──!?」

 

 思わぬ言葉に、一瞬反論も何も忘れてしまった。それも無理なきことだった。

 

「な、な、ど、どうし、なぜだ!?」

「いや動揺しすぎ……でもホンマ、なんで!?今さら距離とんないでよぉ~!」

「うるっせぇな!!定員オーバーなんだよ!!」

「!、あ……そ、そういう」

 

 そういう事情となると、流石にスリーナイツとショートも沈黙せざるをえない。「ったく」と毒づきつつ、カツキは指三本を掲げた。

 

「三日だ、三日で戻ってくる。てめェらはその間に、あのクソ道化師でもブッ殺しとけ」

「ドルイドンをそんな簡単に……いや確かに、今のエイジロウくんが一緒なら可能かもしれないが」

「いいじゃねえか。やってやろうぜテンヤ、オチャコ、ショート!」

 

 彼らが帰ってきたときにはワイズルーを倒していて、なんの後腐れもなく自分たちも試練の断崖に挑戦する──そんな未来を思い描く。そうすればきっと、北方で待ち受ける"真の"試練も乗り越えることができるだろう、と。

 

 しかし新たなる脅威は手ぐすね引くどころか、自ら音もなく迫りつつあるのだ。彼らはまだ、そのことに気づいていなかった。

 

 

 *

 

 

 

 のんびりはしていられない。方針が決まるとすぐ、イズクとカツキはエイジロウたちと別れて試練の断崖へ向かった。

 かたちとしては山岳ながら、"断崖"と呼び称されるだけのことはある。荒れた峻険な山道は、人間はおろかあらゆる生物が行き来することをよしとしてはいない。まるで陸の孤島のようにぽつんと聳えるこの地は、そうした条件の積み重なりによって何ものも立ち寄ることの滅多にないエリアとなっていた。

 

「よいしょ、っと」

 

 とはいえ、今ここを登っているふたりはリュウソウ族の中でも選ばれしいくさびと、騎士である。リュウソウルの助けなしにも、すいすいと登っていっている。

 

「かっちゃん、待ってよ!」

「久々に聞いたわソレ」

「僕も久々に言った……。──ところでさ、訊きたいことがあるんだけど」

「あー?」

「ここ、定員があるなんて教わったっけ?」

 

 ずんずん先を進んでいたカツキが、不意に歩みを止める。思わず笑みがこぼれそうになるのを、イズクは懸命にこらえた。

 

「……エイジロウは今、自信をなくしそうな自分(てめェ)と戦っとる。そんな状態でここに来させるわけにはいかねえ」

「……ここの試練は、僕らの心の脆い部分を突いてくるそうだもんね」

 

 精神的弱点を強引に引きずり出し、徹底的に叩く。そうして極限状態に追い込まれながら戦って戦って、ようやく乗り越えられるのがこの地の"試練"なのだ。

 

「あのクソ道化師ブッ殺しゃ、少しは気分も変わんだろ」

「そうだね。でもそれなら、エイジロウくんだけ残せば良かったのに」

 

 カツキが振り向く。向けられる眼差しは、心底から軽蔑するような冷たさを露にしていた。

 

「てめェ……本気でそう思うんか?今、あいつには──」

「──いちばん大きな負担がかかってる、でしょ?」

「!」

 

 目をみひらくカツキ。イズクの意図を察した彼は、次いで白い頬を紅潮させた。

 

「わかってるよ、エイジロウくんひとりに背負わせちゃいけないって。だからテンヤくんたちも残したんだよね」

 

 誰よりも突出した力をもつ者。自らがそうだったからこそ、それゆえの孤独というものをカツキはよく知っている。自らがそれを甘んじて受けるという心の強さはあっても、他人に同じ思いをさせたいとは微塵も考えない。

 

「けっ、俺ぁアイツがリュウソウジャー筆頭みてぇになるのが気に食わねーだけだわ」

「ふふ……」

 

 相変わらず素直じゃないなぁ、なんて思いながら、抜きつ抜かれつしつつ登頂する。標高の高いかの地には、砂塵も舞い上がってはこない。ただ荒涼とした空間が続いているだけだ。

 その中心に、薄ぼんやりと発光する石碑が打ち立てられている。いっそ無造作に置き去りにされているかのようだ。

 どちらともなく顔を見合わせたふたりは、意を決したようにそこへ歩み寄っていく。そして、石碑に手を伸ばし──

 

「──!」

 

 刹那、眩い光が石碑から放たれ、ふたりの視界は真っ白になった。

 

 

 はっと我に返ったとき、カツキは見知らぬ街中に立ち尽くしていた。往来を大勢の人々が行きかっている。

 訝しみながら周囲を見回すカツキだが、"試練"はすぐに開始された。頭上から降下してきた漆黒の鳥人が、目の前に立ちふさがったのだ。

 

「!、コイツ、昔オセオンで戦りあった──」

 

 名前は……なんといったか。記憶力も抜群に良いにもかかわらず、他者の名前だけはめったに覚えないのがカツキという少年である。そもそも覚える気がないのだから、能力を活かせないのも当然というものだが。

 それに──相手はもう、とうに死んだドルイドンである。亡霊の名前など、思い出しても詮無いことだった。

 

「クソナードもいねえしな……今度こそ俺がブッ殺してやらぁ!!」

 

 リュウソウケンを構え、そのまま走り出す。この"試練の間"では、竜装は不可能──己が身ひとつで、試練を乗り越えねばならないのだ。

 

「オラァ!!」

 

 剣と剣とが火花を散らしあう。その際の衝撃でまだ重さの足りないカツキが後ろに吹き飛ばされる。しかしもとより爆破を操る彼は、身体を力の作用にまかせる感覚に慣れている。素早く態勢を整え、ふたたび突撃を仕掛けようとする。

 

「もっぺん死ィねぇぇぇ──!!」

 

 昂る感情のままに叫んだそのときだった。漆黒のドルイドンが、()()したのは。

 

「な──がッ!?」

 

 完全なる不意打ちと言わざるをえなかった。片刃剣の柄で峰打ちされ、カツキは脳が揺れる感覚を味わいながら今度こそ地面に叩きつけられた。

 

「〜〜ッ、クソがぁ!!」

 

 ギリリと歯を食いしばってその感覚に耐えながら、ふたたび立ち向かおうとする。しかし今度は、周囲を歩く人々が平気で戦陣に割り込んでくる。カッと頭に血が上ったカツキは、「邪魔だどけモブども!!」と彼らに向かって罵声を浴びせた。

 すると、まるで人形のように規則正しい動作を繰り返していた人々に異変が起きた。ぐりんと折れ曲がるほどの勢いで首を傾けカツキを睨みつけたかと思うと、その姿がぐにゃりと歪んだのだ。

 

 彼らは、ドルン兵へと姿を変えた。

 

「ッ!?」

 

 彼らもまた、長槍を携えカツキに襲いかかってくる。それをいなしながらも、カツキは思考を巡らせていた。いったい、何が起きているのか。

 不意に、マスターブラックとの会話が思い起こされる。

 

──試練の断崖では、己の欠点と向き合うことになる。

 

──俺に欠点なんざねえ!

 

──そうか。……その敵も味方もない口汚さは、克服すべき課題だと思うがな。

 

 

「あんたの言う通りってわけかよ、マスター……!」

 

 襲いくる敵をいなしながら、カツキは自ずと笑みを浮かべていた。自分はまだ()()()師に甘えている。自嘲するしかないではないか。

 それでも、

 

「絶ッ対、あんたより早く終わらせたらぁ!!」

 

 発奮のために放った言葉。それを罵倒と見做すほど、試練の断崖も鬼ではなかった。

 

 

 一方、イズクもまた、試練の場に飛ばされていた。

 

「ここは……」

 

 なんの変哲もない草原である。いったいここで、自分には何が課されるのだろう。リュウソウケンを構え、ごくりと唾を呑み込んだときだった。

 

「──デェク、」

「!」

 

 耳慣れた声に振り向けば、そこにはカツキが立っていた。彼らしからぬ表面上穏やかだが妙に胸のざわつくような笑みを浮かべながら、ゆっくりと歩み寄ってくる。

 

「……かっちゃん……?」

「………」

 

 先ほどまで一緒にいたのだ、同じ試練の場に飛ばされていても不思議ではない。しかしその表情、立ち振舞い──どこか、違和感がある。

 不意に彼が、リュウソウケンを抜いた。

 

「────ッ!」

 

 咄嗟に剣を突きだすイズク。──互いの喉元に、刃が突きつけられた。

 

「ッ、どういうつもりだよ、かっちゃん!?」

「………」

 

 カツキは、答えない。それどころか、その透き通ったルビーのような瞳には温度というものがない。

 

(ニセモノ……?いや、幻を見せられてるのか……っ)

 

 何も確証はない。ただ、直感的にわかった。目の前の幻影を斬らなければ、試練は終わらない──

 

 

 *

 

 

 

 そして、残されたエイジロウたち。

 

「じゃ、行ってくるな」

「はい。……また留守番は癪ですけど、お気をつけて」

「ぐぬぬ……!これが噂に聞く"ジト目"というものか……!」

「……どこで聞いたん、そんなウワサ?」

「じとめ?ってなんだ?」

 

──ともあれ、彼らは出立した。感覚強化系のリュウソウルを使い、ワイズルーの居所を探りながら進む。

 

「くんくん……東の方角や、間違いナッシング!」

「こらオチャコくん、ワイズルーの口調が移っているぞ!」

「これはあかん!」

「──そんなことより、なんか妙な匂いが混ざってねえか?」

 

 オチャコと同じくクンクンソウルを使用したショートが、不意にそんなことをつぶやく。──ワイズルーとは別種の、不穏な気配。

 

「マイナソーではないのか?」

「……だったら良いんだが」

「ま、今から気にしてもしょうがねえよ」エイジロウが割り込む。「行こうぜ、皆」

「うむ……──いや、待て!」

 

 不意にテンヤの顔色が変わる。キケソウルを使用している彼は今、遥か遠方の口笛さえも聞き取れるだけの聴力を有した状態となっている。その耳が、何か奇妙な音を捉えたのだ。

 

「どうした、テンヤ?」

「何か近づいてくる……。風を薙ぐような音……羽音か?大きい……これは──エイジロウくん、上を見てくれ!」

「!、お、おう」

 

 テンヤの指示に従い、顔を上げるエイジロウ。その表情が、みるみるうちに危機感に染まっていく。

 

「──みんな、逃げろっ!!」

「!」

 

 皆がその場から走り出す。エイジロウのように直接見ずとも、頭上に差す影と空気の変わりように"迫りくるもの"の存在を感じない者はいなかった。

 そしてその影がいよいよ最大級にまで膨れ上がった瞬間、

 

 激しい揺れと膨大な砂塵が、四人に襲いかかった。

 

「──うわあぁぁぁぁッッ!!?」

 

 巻き上がる猛風が、四人の身体をいとも容易く吹き飛ばす。それが収まれば、今度は重力に従って地面に叩きつけられるだけだ。幸い頑丈な身体と、柔らかい砂に覆われた地面のおかげで大きな負傷に至ることはなかったが。

 

「ッ、てぇ……──みんな、大丈夫か……?」

「う、む……」

「もう……っ、なん、なん──」

 

 振り向いたオチャコは、目を見開いて言葉を失った。怪物など既に見慣れている彼女が、怪物を見たような顔をして固まっている。

 彼女だけではない。テンヤもショートも、もちろんエイジロウも、その姿を目の当たりにして呆然としていた。そうなるのも無理からぬことだった。

 

 砂礫を踏みつけ聳え立つは、見上げんばかりの巨竜。その分厚い脚も大雲のごとく拡げられた翼も、彼らの相棒たる騎士竜の比ではなくて。

 

「オオォォォォォォ────ッ!!!」

 

 その咆哮が、世界を震撼させた。

 



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37.竜の試練 3/3

 

「オオォォォォォォ────ッ!!!」

 

 空気を震わせ、蟲一匹に至るまでもを恐怖させる超弩級(ドラゴン)の咆哮。──それがこの星にもとより存在する生命でないことなど、海底で生まれ育ったショートにさえ明らかなことだった。

 で、あるならば。目の前の怪物を放置しておくわけにはいかない。騎士たちは相棒たる騎士竜たちの変形したナイトロボと融合し、その行く手に立ちふさがった。

 

「待ちやがれ、マイナソー!!」

 

 対峙してみると、そのスケールの差がさらに明らかとなる。しかし気後れしているわけにはいかない。この周辺にも、小さな集落がいくつか点在するのだ。

 

「頼むぞ、キシリュウオーパキガルー!」

「やってやるティラァ!!」

「がってん!」

 

 ステップを踏みながら、巨竜に向かっていくキシリュウオーパキガルー。相手は微動だにしないままそれを迎えた。どういうつもりか知らないが、舐められている。

 

「リュウソウ族の騎士と騎士竜、舐めんなよ!!」

 

 動かないならその間に決着をつけんとばかりに、がら空きの下腹部にこれでもかと拳を叩きつける。分厚い鉄板にすら一撃で風穴を開ける拳の乱打は、しかし巨竜の身体を凹ませることもかなわない。ただ不快ではあったのか、赤い瞳がぎろりとこちらを睨みおろした。

 

「!」

「下がれキシリュウオー!」

 

 キシリュウネプチューンシャドーラプターが参戦する。左手に融合したクラヤミガンがダークマターを生成し、放つ。単なる銃撃とは趣を異にする攻撃、スケールの違いはさほど問題にならない──

 

──はず、だった。

 

「グオォアァァァァァァ──ッ!!」

 

 にわかに巨竜が咆哮する。途端に発せられた衝撃波が透明な防壁と化し、暗黒物質の塊を消滅させてしまったのだ。

 

「うそ……!?」

「シャドーラプターの力さえ無力化するとは……!」

「ッ、まだ終わってねえ!!」

 

 通常攻撃で駄目ならいちかばちか、必殺の拳を叩き込むしかない──!

 

「「「ブーストブレイク、クロー!!!」」」

 

 突き出した拳から飛び出すチビガルー。パキガルー本体に比べればかなり小さいが、そのぶん敏捷性には大きく優れる。その拳から連続して放たれる殴打は文字通り百烈拳の様相を呈していて。

 

「グァァ……!」

 

 拳をその身で受け続ける巨竜が、うめき声をあげながら後退をはじめる。よし、効いている。勝利への糸口を掴めたと確信するリュウソウジャーだったが、それはあぶくのように儚く脆い夢想にすぎなかった。

 

「グゥ、オ、オオオオオオオ────ッ!!!」

 

 巨竜が憤懣を撒き散らすかのごとく咆哮する。それと同時に、額から突き出した一本角がスパークするのが見えた。

 

「!、モサレックス!」

「わかっている!」

 

 何が来るかを察知したゴールドが、キシリュウネプチューンを前面に出す。──それと一本角から激しい電撃の嵐が放たれるのが、同時だった。

 

「ぐぁ────、」

 

 悲鳴は、岩山が弾け飛ぶような凄まじい音の奔流によってかき消された。

 

 気づけば、四人はふたたび砂礫の中に投げ出されていた。

 

「ッ、ぐ……」

「何が……どうなって──」

 

 仰ぎ見れば、つい今の今まで自分たちと融合していた騎士竜たちが、もとの姿かたちを晒して倒れ伏している。雷撃に強い耐性のあるキシリュウネプチューンが庇いに入ってなお、皆、その暴威に耐えることができなかったのだ。

 巨竜はなおもそこに佇んでいる。──やおらその凶悪な顔がこちらに向けられるのを認めて、四人は戦慄した。

 しかしその直後、予想だにしないことが起こった。巨竜の身体が光の粒に覆われたかと思うと、まるで何かに吸い込まれるようにして忽然と消えてしまったのだ。

 

「え、何?何が起きたん!?」

「消えちまった、な」

「それはそうだが……」

 

 まるで夢でも見ていたかのような状況の変転に、呆気にとられる四人。しかし現実に巨竜の痕跡は色濃く残り、傷ついた騎士竜たちも倒れたままだ。

 

──何より、悪夢は未だ終わりではなかった。

 

 パチパチパチと、場に不似合いな軽妙な拍手が響き渡る。同時に襲いくる強烈なプレッシャーに、四人は全身が総毛立つのを自覚せざるをえない。

 

「あははは、お見事お見事。スペースドラゴンを怒らせるなんて、やるじゃないかリュウソウジャーくんたち」

「!、おまえは──」

 

 現れたのは、放つ威容にはまったく不釣り合いな小柄な怪人で。にもかかわらず、本能的な畏怖が身体を支配しようと蠢き出している。

 

「ボクはドルイドンを束ねる者、すべての強さを手に入れる者──」

 

「ドルイドン・ナイトクラスの──プリシャス」

「プリシャス……!?」

「ってか、ナイトって……」

 

 ナイト──騎士。ドルイドンにあるまじき称号だと感じる以前に、聞いたことのない階級だった。ドルン兵のみで構成されるポーン、タンクジョウやガチレウスのような火力に長けた生ける殺戮兵器たちの属するルーク、そしてワイズルーやゾラ、ウデンのように奸智と戦闘能力を兼ね備えたビショップ。──まさか、さらにその上?

 

「ボクのかわいいペット、スペースドラゴンはお気に召したかな?」

「スペースドラゴン……さっきの竜のことか!?」

「いったい、あれだけのもんをどこに消した?」

 

 その問いに対し、プリシャスはなんら隠しだてすることもなく応じた。手にした小さな瓶のようなものを空いた左手で指差す。

 

「ここにしまったんだよ。この子ってば、放っておくといつの間にか星を喰らいつくしてしまうからねぇ」

「……!」

「真に受けるな、どうせ大袈裟に言ってるだけだろ」

 

 そんなこけ脅しには怯まない──プライドの高いショートらしい表明だが、今回ばかりは分が悪いとしか言いようがなかった。

 

「信じるも信じないも勝手だけどねぇ……現にキミたちと仲良しの騎士竜ちゃんたち、あのザマじゃないか」

「ッ、」

 

 スペースドラゴンの前にはまったく歯が立たず、砂礫の中に沈んでいる騎士竜たち。その姿を認めれば、歯噛みせざるをえない。

 

「でも、スペースドラゴンをこれ以上暴れさせない方法がひとつだけある」

「……何だと?」

「な、なんなん、それ?」

 

「簡単なこと、──飼い主であるボクを倒せばいいのさ」

 

「できたらの話だけどね」──そう続けて、薙刀の刃先を向けてくる。応戦しないという選択肢は、当然リュウソウジャーの面々には存在しえなかった。

 しかし、

 

「ああ、ごめん。雑魚には興味ないんだ」

「なっ……!?」

「──リュウソウレッド、ボクと全力で戦う気はあるかな?」

 

 鼻白む他の面々を無視して、プリシャスは勇猛の騎士を指名した。

 

「ウデンを倒したっていうキミの力、見せてほしいんだ。──ああ、怖ければ全員でかかってきても、もちろん逃げても構わないよ?」

「……言うじゃねえか」

 

 初遭遇にもかかわらず、エイジロウという少年の心根を巧みに揺さぶってくる。──そんな挑発を受けて、乗らずにいられる男ではないのだ。

 一歩を踏み出そうとするリュウソウレッドの手を、旧くからの仲間が引き留めた。

 

「待てエイジロウくんっ、奴はこれまでのドルイドンとは違う!いくらマックスリュウソウルの力があるといっても、ひとりで挑むのは危険だ!」

「テンヤくんの言う通りだよ!あいつにバカにされるのはムカつくけど、ここはみんなで──」

「──いや、」

 

 エイジロウは存外に頑固で、そして冷静に仲間の申し出を撥ね退けた。

 

「あいつが強ぇのは間違いねえ。でも実際にやってみなきゃ、具体的にどう強ぇかはわかんねえだろ」

「あ……それは、そうだが──」

 

 エイジロウらしからぬ物言いに、幼なじみでもあるふたりは戸惑う。彼なりにこれからのことを考えている、というのは、本人の言もあって理解しているつもりだったけれど。

 

「エイジロウの言うことにも、一理あるかもしれねえな」

「!、ショートくん……」

「マックスリュウソウレッドなら、通常の竜装どころか強竜装より攻防秀でている。もしあいつが強大な力を秘めていたとしても……──だろ?」

 

 マックスリュウソウレッドの鎧ならば、いかなる攻撃に晒されたとて装着者を守ってくれる。──タマキの二の舞いには、ならない。

 

「………」

 

 結局テンヤもオチャコも、彼に一度すべてを託すしかないと悟った。今の彼と自分たちでは、戦闘力に大きな差が生まれてしまっている。それは厳然たる事実だった。

 

「……わかった。少しでも不利なようだったら、俺たちも参戦する。足手まといになるつもりはないからな」

「おうよ、頼りにしてるぜ!」

 

 兜で隠れていなければ、にかっと笑う彼の顔が見られたことだろう。いずれにせよ彼は踵を返し、プリシャスの面前に立ちはだかったのだが。

 

「勇敢だねぇ。称賛に値するよ、リュウソウレッド」

「………」その言葉には応えず、「マックスリュウソウ、チェンジ」

 

 マックスリュウソウルを装填──『マックスケ・ボーン!!』という発声とともに、リュウソウレッドのボディを堅牢の鎧が覆っていく。

 

『オォォォォ!!マァァァックス!!!』

 

 その姿かたちが大きく様変わりする。右手と完全に一体化した鉤爪を構え、マックスリュウソウレッドは一歩を踏み出した。びゅう、と風が吹き、砂塵が身体を撫ぜる。

 

「──うおぉぉぉぉぉぉッ!!」

 

 それと同時に、彼は勢い込んで吶喊した。プリシャスは薙刀を構え、それを悠然と迎え撃つ。鋭いものの相克により、ガキンと激しくも透明な音が響き渡る。

 

「うぉらぁッ!!」

「は……、」

 

 全身全霊を込めて爪を振るうマックスリュウソウレッドに対し、プリシャスは笑みめいた吐息を時折洩らすばかりだ。決して手を抜いているわけではないが、余裕をもって戦っている。ワイズルーなどまったく寄せつけず、ウデンをも討ち果たした赤の重騎士相手に。

 

(でも……規格外ってわけじゃねえ!)

 

 確かに敏捷で抜け目はないが、それだけだ。ならばビショップクラスの連中の上位互換でしかない。どんな敵にも必ず動作にパターンがある。その中に存在する隙を見つけ出して、ここぞというところで突けば──

 

「……ふぅん、確かに侮れない力だねぇ」

 

 不意にそうつぶやくと、プリシャスはこちらの攻撃を適当に受け流して後退してしまった。戦闘がヒートアップしていたことなど、まったくお構いなしという様相である。

 

「じゃ、試させてもらうとしようか」

「……?」

 

 訝しむレッドに対し、プリシャスは禍々しい紋様の描かれた符を掲げてみせた。それをくるりと裏返す。

 

「──!」

 

 そこに描かれているものを認めて、マックスリュウソウレッドは言葉を失った。──まるで吸い込まれ閉じ込められたかのような、マックスリュウソウチェンジャーがそこにはあった。

 それを己の身体にかざし、プリシャスは獣のように姿勢を低くした。──既視感だけではない、身体が覚えている態勢。まさか。

 

「──ははははっ!!」

 

 哄笑とともに、プリシャスは跳躍した。地面と水平になった身体が、手にした薙刀もろとも横回転を始める。それはやがて速度を上げ、プリシャス自身をそのまま旋爪へと変えた。

 

「ぐうぅぅ……!!」

 

 その速度を前に回避は間に合わない。マックスリュウソウレッドは通常形態に比べて全体的な能力の底上げが図られてはいるが、攻撃や防御に対してスピードの面では大きく変わっているわけではないのだ。逆に言えば、スピードと比して防御力は大きく強化されているということでもある。それを信じて、耐えるしかない──!

 

「ぐあぁぁっ!?」

 

 果たして耐えたと言えるかどうか、竜装解除にまでは追い込まれなかったもののマックスリュウソウレッドは大きく吹き飛ばされた。凄まじい衝撃に翻弄されながら、その身が地面を転がる。巻き上げられた砂塵に一瞬姿が覆い隠されるほどだった。

 

「エイジロウくん!?」

「エイジロウ!──ッ、今の攻撃は……」

 

 口にせずとも皆、わかっていた。──あれはマックスリュウソウレッドの必殺技、"エバーラスティングクロー"だ。

 

「ふふふふ、ボクの攻撃もなかなかのものだろう?」

「……ッ、」

 

 鎧から白煙が上がっている。全身が鈍い痛みとともにびりびりと痺れ、手足がうまく動かせない。

 

「もう一発浴びたら、どうなっちゃうのかなァ?」

 

 プリシャスは半ば勝利を確信した様子だった。どうなるか──そんなことは決まっている。鎧は耐えきれず、エイジロウの生身ごと串刺しにされるのだ。二度も目の当たりにした身近な者の死が、彼自身にも訪れようとしている──

 

「──させるものかぁッ!!」

 

 それだけは絶対に実現させないと、後衛に控えていた三騎士がプリシャスに飛びかかった。

 

「何熱くなってるの、雑魚くんたち?」

「熱くならないわけ、ないやろ……っ!」

「おまえなんぞに、エイジロウはやらせねえ!」

 

 三人がかりの息を合わせた猛攻のために、流石のプリシャスも守勢に回っている。しかし積極的な反撃に出ていないというだけで、彼の余裕たっぷりな態度は欠片も揺らいでいない。事実、彼に対して有為な攻撃はここまででひとつとしてなかった。

 

(やはり、俺たちでは駄目か……!口惜しいが……!)

 

「──エイジロウくんっ!!」

「!」

 

 故郷の村から行動をともにしてきた仲間の叫びに、レッドははっと顔を上げる。

 

「悔しいが今はきみに頼るしかない……!俺たちがこのまま押さえる、きみは一撃叩き込んでくれるだけでいい!」

 

──だから、頼む。

 

 カツキほど露骨でなくとも己の才能と努力に強固な信をおくかの少年が、そうまで自分を恃んでくれている。エイジロウの心は、間違いなく滾った。

 

「お、おぉぉぉぉぉ……!!」軋む身体を押して立ち上がり、「エバーラスティング……クロー!!」

 

 『エクセレント!』とマックスリュウソウチェンジャーが唸りをあげ、その力を最大解放する。それと同時に大きく跳躍し、先ほどのプリシャスと同様身体を錐揉み状に回転させながら獲物へと迫るのだ。

 

「ふぅん、そうくるか」

 

 そのプリシャスはというと、さして慌てる様子もなくそれを認めた。今まで適当に相手をしていた三騎士をいとも容易く振り払うと、自らもまたエバーラスティングクローの構えをとる。

 

『イケイケソウルッ!!』

「あはははははっ!!」

「……ッ!」

 

 ぶつかり合う力と力。それもまったく同じ構えから放たれた、まったく同じ技だ。であれば最後にモノを言うのは精神力なのだ。絶対に負けてなるものかと己を叱咤しつつ──そうすればするほど、不意によぎるのだ。今の自分に、この最上位のドルイドンが打ち破れるのかと。

 そしてその揺らぎは、どんなに抑えようとも肉体に伝播する。蟻のひと穴と化したそれが全体を蝕み、彼を敗退へと追い込んだ。

 

「ぐぁ、ああ……っ」

 

 地面を転がったのは──またしても、マックスリュウソウレッドのほうだった。

 

「……ッ、」

 

 一方で、プリシャスもまったくの無傷というわけではなかった。一瞬息を詰めたあと、ふうぅと吐き出す。身体から立ち上る白煙を鬱陶しげに払ったあと、彼は先ほどまでの戯けた調子に戻って笑った。

 

「ま、頑張りは認めるけど……それじゃあ到底及第点はあげられないねぇ」

「ッ、」

「このまま全滅させてあげるのはとっても簡単だけど、それじゃつまんないし……──そうだ、三日あげるよ。それまでせいぜい足掻いて、ボクとスペースドラゴンを倒す方法を考えておいてよね。死の恐怖に震えてた、なんて言うんじゃ、猶予をあげた意味がないんだからね」

 

 捨て台詞のようにそう告げて、プリシャスはその場から姿を消した。取り残された四騎士たち。彼らは皆、あとを追おうとする気概もなくすほど疲労困憊の状態だった。とりわけ、プリシャスと真正面からぶつかりあったエイジロウは──

 

「なんという、強さだ……っ」

「私たちもアンキローゼたちも、全然歯が立たんかった……」

「ッ、とりあえず、シャインラプターを呼ぶ」

 

 自分たち以上に、騎士竜たちのダメージが大きい。肉体的に言えば、それは誤りではなかった。

 しかし、

 

「──くそぉッ!!」

 

 エイジロウは傷ついた拳を地面に叩きつけた。柔らかい砂が粉塵となって舞い上がっていく。仲間たちは、その光景を唖然として見つめた。

 

「通用しなかった……!タマキセンパイが、命をかけて俺に受け継いだ力なのに……っ、俺が未熟なせいで、情けないせいでっ!ちくしょう、ちくしょう、ちくしょぉ……っ!」

 

 涙こそ出なくとも、それはまぎれもなく慟哭だった。少年の悔恨が、憤懣が、砂塵とともに虚空へと巻き上げられていく。

 

 

 少年たちは、試練に直面していた。

 

 

 つづく

 

 





「俺らがレベルアップするしかねえ」
「ひとりで先へ進もうとしないでくれ……っ」
「……わかったぜ、俺が克服すべきもの」

次回「オペレーション・リミットブレイク」

「限界は、超えるためにある」


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38.オペレーション・リミットブレイク 1/3

 にわかにリュウソウジャーの前に姿を現したドルイドンの騎士(ナイト)・プリシャス。彼と彼の操る宇宙恐竜(スペースドラゴン)の前に──リュウソウジャーは、紛れもない敗北を喫した。

 

 タマキの戦死と引き換えに新たな力を得たはずの彼らの前に、早くも分厚い壁が立ちはだかろうとしている──

 

 

「………」

 

 緊急避難先の洞穴の中にあって、一同の間には重苦しい沈黙が横たわっていた。ワイズルーを討ち果たすのだと揚々と出立したはずの四人が、戻ってきたときには打ちのめされたようだったのだ。迎えたコタロウが戸惑うのも無理からぬことで──無論、経緯を説明されて理解はしたが──。

 

 口火を切ったのは、テンヤだった。

 

「おそらくウデンのそれと同じだ。奴は、エイジロウくんの技をなんらかの方法でコピーした……」

「コピーって……でもあいつ、私たちと初対面だったやん。どうやって──あっ」

 

 オチャコも"その事実"に思い至ったようだった。テンヤが頷く。

 

「おそらく、ワイズルーだ。協力関係にあるのか、力ずくで従わせているのかはわからないが……とにかく奴を差し向けることで、エバーラスティングクローを引き出させたんだろう」

「だからって、リュウソウルもなしに同じ技を使えるなんて……」

「──技が同じなら、あとは個人の力量の問題だ」ショートが表向き淡々とした口調で告げる。「それが突破口になるはずだ」

「………」

 

 個人の、力量。ショートはそれを肯定的に捉えているようだが、エイジロウはそうではなかった。自ずと、拳に力がこもる。

 

「……エイジロウさん?」

 

 表情を曇らせたままのエイジロウの姿に、コタロウは不安を覚えた。今までの彼なら、こういう局面でむしろ闘志を燃やすところではないのか。

 タマキから受け継いだ力を活かせなかったというのは、それだけエイジロウの心に暗い影を落としていたのだ。

 

「………」

 

 仲間たちも当然、それをまざまざと感じとっている。──今は、彼が要なのだ。そしてだからこそ、皆が彼と肩を並べられるだけの強さを手にしなければ。

 

「やはり、俺たちも試練の断崖へ向かおう」

「!」

「……確かに、俺らがレベルアップするしかねえな」

 

 持ちうる力が、通用しない以上は。

 

「エイジロウく「──そうと決まったら、すぐに向かおうぜ」!?」

 

 有無を言わさず立ち上がろうとするエイジロウだったが、途端、その身体がぐらりと傾いた。

 

「ちょっ、エイジロウくん!?」

 

 傍にいたオチャコが慌ててその身体を支える。彼女の細腕に力がこもるのを見て、三人は別の意味ではらはらした。

 

「すぐには無理やって……!」

「カガヤキソウルで傷は癒したが、そのぶん体力を消耗してる。ひと晩は身体を休めねえと、試練の断崖にたどり着く前に倒れちまうぞ」

「ッ、だけど、プリシャスは三日後に来ちまう……っ。早く試練の断崖を突破しねえとっ、間に合わねえ……!」

「そうかもしれへんけど──」

 

 疲弊した身体で突破できるほど甘い試練ではないだろう。それに万にひとつ突破できたとて、満身創痍の状態でプリシャスと、スペースドラゴンとまともに戦えるはずがないではないか。

 それでも抵抗するエイジロウの肩に、テンヤの大きな手が置かれた。

 

「エイジロウくん、頼む。今はどうか、堪えてくれ。……俺たちを置いて、ひとりで先へ進もうとしないでくれ……っ」

「!、テンヤ……」

 

 忘れていたわけではない。しかし、改めて思い至った。俺たちスリーナイツ──同じ村に生まれ育ち、ともに騎士を目指して切磋琢磨してきた。実力の上では追い抜き、追い越されしてきたけれど……でも、彼らを置いてひとりで強くなろうとしたことは、なかったはずだ。

 

「……すまねえ。俺、まだ弱ぇや……」

「試練の断崖で、きっと乗り越える術が見つかるさ」

「ほんとは私たち、まだまだ駆け出しなんやもん。逆にこのペースなら、マスター越えも夢やないかも……なんてねっ!」

 

 戯けたオチャコの言葉に、ふたりの表情も解れる。その様子を認めたショートとコタロウは、顔を見合わせて笑いあった。

 

 

──そうしてひと晩を昏々と眠り続けたスリーナイツとショートは、陽がいちばん高く天に上る頃になってようやく出立した。

 

「う〜〜……寝過ぎちまったぁ」

「そうだな、完全に朝寝坊だ!」

「でもおかげで、体力完全回復!って感じちゃう?」

「それはそうとコタロウのやつ、また拗ねてたな」

 

 仮宿としている洞穴のほうを見遣るショート。一緒に行きたいと珍しく駄々をこねたコタロウだったが、試練云々を抜きにしても峻険な断崖を登るのに彼の運動能力では厳しいものがある。いやふつうの人間の子供としては十分なのだが、彼の供はリュウソウ族の騎士たちであるからして。

 

「わかってるけどさ……」

 

 見送りつつ、ため息をつくコタロウ。そんな彼の背後に、寄り添うようにして接近する巨大な影があった。

 

「そもさん、汝に問う!」

「!、ディメボルケーノ……」

「りんごとバナナが店先に売っています。だが今はブドウが食べたい気分です。──さあ、どうする!?」

「……難しい質問だね。意地でもブドウを食べるために他の店に行くか、仕方なくりんごかバナナを食べるか、いっそ何も食べないっていうのも考えられるかな?……僕はそうしちゃうかも、へそ曲がりだから」

「むむむ……!正解ではないが、これは愚か者と言いがたい……!」ひとしきり唸ったあと、「果物はどれも美味い。……だが、それぞれに食べごろというものがある」

「そうかもね。……待つよ、今は」

 

 今は自分の待つ場所が、彼らの帰りつくべきところになるのだから。

 

 

 *

 

 

 

 先行したイズクとカツキに与えられた試練は、佳境を迎えていた。

 

「──うぉらあッ!!」

 

 掛け声とともに目の前の鳥人型ドルイドンを斬り捨てるカツキ。「死ね」という言葉はすんでのところで呑み込んだ。

 代わりに、

 

「俺ぁ……勝つんだよ!!」

 

 残る一体に、渾身の斬撃を放つ。相手もまた、同じように刀を振るった。

 斬、と、肉を断つ音が響く。ぽたりと、血が滴る。

 

──頬から流れるそれを、カツキはぺろりと舐めあげた。

 

「グァ……ハッ……」

 

 ドルイドンが、か細いうめき声をあげながらくずおれる。そして、ひときわ大きな爆発を起こして──消えた。

 

「はぁ、はぁ……は、満足かよ、これで……」

 

 肩で息をしながらも、カツキは不敵に笑った。──試練は乗り越えた。時間の感覚などとうにないが、きっと三日もかかっていないだろう。

 

「見てろや、マスター……っ」

 

──俺は必ず、あんたより強くなる。

 

 

 一方のイズクは、輪をかけて過酷な試練を乗り越えている真っ只中にあった。

 

「〜〜ッ、うあぁっ!!」

 

 半ば悲鳴のような声をあげて、目の前の"敵"を袈裟斬りにする。甲高い断末魔の悲鳴をあげながら、()()は斃れた。

 

「ッ、は……は……はっ」

 

 息が上がる。心臓が早鐘のように鼓動を刻んでいる。それは何も肉体的疲労だけが原因ではなかった。

 

「ッ、みんな……っ」

 

 涙に滲む視界に映るのは……六人の──仲間たちの骸。彼らは一様に裂けた胴体から血を流し、苦悶の表情で絶命している。ドルイドンに敗れてこうなったのではない。ほかならぬイズク自身が、自分の意志で、斬りつけて殺したのだ。これは幻だ、これを為さねば試練は乗り越えられぬ。そう自分に言い聞かせて。

 

「これで……もう……っ」

 

 戻れる。カツキの、仲間たちの笑顔にまた逢える──そう思った矢先、目前の風景が急変した。

 

「……!」

 

 仲間たちの遺骸が忽然と消えうせ、現れたのは恐怖に顔を引き攣らせた友人と、その弟妹の姿だった。

 

「ロ、ディ……?」

 

 絶望に濁った目が、ぎょろりとこちらに向く。

 

「どうしてだよ、デク……。俺たち、おまえのことは信じてたのに……っ」

「ッ、」

 

 その言葉の意味を、否が応なく理解する。──ああ、この試練の地はどこまで残酷なのだ。イズクの世界でたったひとり、使命と関係のない親友までもを手にかけてみせろと言うなんて。

 

「これが、僕の弱さだっていうなら……っ」

 

 握りしめたリュウソウケンが、澄んだ音を鳴らす。目の前のロディが、弟妹の身体をぎゅっと抱きしめた。

 

「頼む、やめてくれデク……っ。せめて、せめてロロとララだけは……!」

「……ごめん、ロディ……」

 

 もう、後戻りはできないのだ。

 ひとすじの涙を流しながら、イズクは剣を振り下ろした。

 

 

「……ク、デク──おいデクっ!!」

「っ!」

 

 はっと目を覚ましたイズクが最初に見たのは、こちらを気遣わしげに見下ろす幼なじみの姿だった。

 

「かっちゃ……ほんもの……?」

「なに言っとんだ、ボケカス」罵りつつ、「起きろ、試練は終わったんだ。俺のも、てめェのも」

「……そっか……」

 

 どんな試練だったのか、とは、お互いあえて訊かない。あの苦しみはまず、自分の中で消化しなければならないものだ。それに、ただ"試練を乗り越えた"という事実を共有しているだけで、絆がさらに深まったような気がした。

 

「ここにもう用はねえ。とっとと降りんぞ」

「……うん」

 

 差し伸べられた手をとって、立ち上がる。汗ばんだそれは温かくて、彼がまぎれもなく今ここに生きているのだと実感させた。試練のための幻の世界で、その体温を奪ったのは自分だ。現実では、そんなこと誰にも為させない。そのために剣を振るうのだと、イズクは改めて決心するのだった。

 

 

 登頂が困難なら下山もまた然り──ふつうの人間にとってはそうなのだが、彼らリュウソウ族においては少し事情も異なる。急勾配の下り坂を彼らはひょいひょいと降っていく。地面とほぼ垂直な、絶壁といっても過言ではない断崖については流石にそうスムーズにもいかないが、そこはリュウソウルの補助があれば如何様にもなった。

 

「エイジロウくんたち、今ごろどうしてるかな……」

「さァな。……マジでクソ道化師、倒しちまってりゃいいけど」

 

 つぶやくような応答を聞いて、イズクはあれ、と思った。こうだったらいい、などという願望めいた台詞回しをする男ではないのだが。

 現実の時間では一日半程度、別れたところから起算すれば二日ほどか。あんな内容の試練だったせいか、エイジロウたちのことが妙に恋しい。早く皆の元気な顔が見たいと思った。

 

──とはいえ、断崖の入口付近で相まみえることになるとは思わないではないか。

 

「よっ、ふたりとも!」

「え、エイジロウくん!?みんなも……」

「よ、じゃねえわ。クソ道化師はどうした?」

「実は、それどころではなくてだな──」

 

 プリシャスのこと、スペースドラゴンのこと──にわかに立ちはだかった脅威について聞かされて、ふたりの表情が険しくなる。ただ、驚くようなことはない。新たなドルイドンの襲撃はいつだって当然だった。ワイズルーにしても、ウデンにしても。

 

「……わーった、俺らはここで待つ」

「すまねえ。あと二日……厳しいとは思うけど、なんとか乗り越えてみせるぜ!」

 

 自分たちでさえぎりぎりの日数だったのだ。独りで海の王国を守っていたショートはまだしも、経験値でいえばよほど未熟なスリーナイツにまで並ばれるのはカツキにしてみれば口惜しいはずなのだが、どうしてか今だけは不快な気持ちが湧かなかった。

 

 

 *

 

 

 

 さて、イズクたちと入れ替わるように試練の断崖を登るスリーナイツとショート。彼らも峻険な道なき道に四苦八苦しつつ、数時間かけて石碑の前までたどり着いた。

 

「あれが試練の空間へ通ずるという石碑か……」

「はぁー、いよいよかぁ。なんか緊張してきた……」

「?、緊張する要素はなくねえか?」

「あるの!天然くんにはわからないだろーけど!!」

 

 そんな緊張感のないやりとりは置いておくとして、エイジロウが一歩を踏み出した。それを認めた三人も、すぐさまあとに続く。

 石碑の前まで来たところで、エイジロウは立ち止まった。

 

「みんな、……いいか?」

「うむ、もちろんだ!」

「やったるでぇ……!」

「………」

 

 四人並び立ち──手を伸ばす。

 その指先が石碑に触れた瞬間、四人の姿は光に包まれ、忽然と消え失せたのだった。

 

 

 

 

 



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38.オペレーション・リミットブレイク 2/3

 

 光が収まったところで、テンヤは目を開けた。と同時に、それを文字通り目いっぱいにまで見開く。

 そこは奇々怪々なる空間だった。大小、形もさまざまな建造物が頭上から、あるいは左右から突き出している。およそ常識では測れない空間。

 

(ここで、いったい何をしろと言うんだ?)

 

 じっと考えてみるが、想像もつかない。かといって、何かが起きる様子もない。自分から動かないと、何も始まってはくれないということだろうか。

 

「……よし!」

 

 己を鼓舞して、テンヤは一歩を踏み出した。──刹那、

 

「ッ!?」

 

 視界がぐるんと回転する。突然のことに混乱しているうちに、彼は確かに前進していた。ただし、望んだのとは別の方向に。

 

「どうなっているんだ、これは……?」

 

 わからなければ、再度試すしかない。続いて右方向へ足を動かしてみる──と、今度は前方へ進んだ。

 

「そうか!ここは、方角が滅茶苦茶になっている世界……」

 

 そんな世界で、自分はいったい何をすればいいのか。と、不意に視線を上げたずっと先に、ふよふよと浮遊している扉があった。

 

「あそこにたどり着けということか……」

 

 跳躍しても届かない高さ。普通にはたどり着くことなんてできない。──だが、位相のゆがんだこの空間ならば方法はあるはずだ。

 

 意を決して、テンヤは歩を進めはじめた。

 

 

「……なんで私、座らされとるん?」

 

 思わず漏れ出した突っ込みの言葉通り、オチャコは椅子の上に着席させられていた。四本の脚は妙に細く、少し身体を動かすだけでぐらぐらと心もとない。どうしたものかと思っていると、目の前に分厚い本が落ちてきた。

 

「これ……読めってこと?」

 

 恐る恐る開いてみる──と、オチャコは目を剥いた。そこにびっしりと記されていたのは古代文字の羅列だったのだ。日常生活では使われない……しかしながら、魔導士であれば解読できて当然のもの。

 

(これが……試練……)

 

 未熟な魔導士であるというオチャコの特徴を、よく突いているではないか。眉間に皺を寄せてうららかでない表情を浮かべながらも、オチャコは書を手にとって読みはじめた。

 

 

 次にショート。彼はというと、無数の父によってすし詰め状態にされていた。

 

「ショート!」「ショート!!」「ショートォ!!」「ショートォォ!!」

「あ……暑苦しい……!」

 

 どうなっているんだこれは。まさかこの文字通りの焦熱地獄に耐えさせられることが試練だとでもいうのか。弱点を克服するどころか、死んだ父に対しての苦手意識がより歪な形で増長してしまいそうだった。

 そのときだった。悪夢のような父の群れの彼方に、異形の姿の片鱗が垣間見えたのは。

 

「フッ……ショート」

「!、あいつ……ガチレウス!」

 

 一瞬現れた冷酷非道なるドルイドンは、他と寸分たがわぬ父の姿に変身して紛れていく。そういうことか、とショートは合点した。

 

 この父の群れの中からガチレウスただひとりを探し出し、倒さねばならない──それが、自分にとっての試練なのだ。

 

 

 三人が次々と試練への挑戦を開始する中にあって──エイジロウだけは、何もない暗闇の中に立ち尽くしていた。

 

「なんだよ、ここ……?」

 

 既に試練は始まっているのか?しかし、いくら待っても何かが起きる様子はない。

 

(これが試練だってのか?いや、でも──)

 

 そのときだった。不意に、脳内に声が響いたのは。

 

──試練は、己で見つけ出すもの。

 

──たどり着いてみせろ、エイジロウ。

 

「!、この声は……?」

 

 間違いなく聞き覚えのある、壮年の男性の声。雄々しく熱く、それでいて包み込むような。

 これはいったい、誰の声だったろう。思い出せないことを口惜しく思いながらも、エイジロウは目を閉じた。

 

 

 *

 

 

 

 その頃、彼らの長らくの宿敵であったワイズルーはというと、

 

「ハァ〜……」

 

 砂漠のど真ん中に寝そべり、怠けていた。灼熱の陽光がその身に容赦なく照りつけている。尤もその程度の環境変化にやられるほど、ドルイドンは軟弱ではないのだが。

 とはいえ、

 

「ワイズルーさまぁ……その辺にしとかないと、黒焦げになっちゃいますよぉ?」

「フン!こんなもの、マグマに落とされたときに比べればどうってことないのでショータァイム!!」

 

 そういえば、そんなこともあった。あれから随分と時が経った気がする。少なくともワイズルーにとって、この星を去ってからの6,500万年の中で最も濃密な数ヶ月であった。

 

「それはそうと、これからどうすんすかぁ?あんな調子でプリシャス……さまにこき使われてたら、身体もたねえすよ?」

「ふん、従うのは私の気分次第だ!心臓を奪られたくらいで、なんでもかんでも言うこときくと思ったら大間違いでショータイムショータイムショータイム──」

「うわしつこっ!……まあ確かに、いつ心臓潰されるかわかんないって、それはそれでスリルあって楽しそうすもんねぇ」

「そ・ゆ・こ・と☆このスリリングな状況も楽しんじゃうグレイテストエンターティナー、それがワイズルー……!」

 

 むふふふふ、と笑いながら転げ回るワイズルーは、とても今後のことを考えているようには見えない。一応迎合めいた言葉をかけつつも、クレオンは密かに嘆息していた。元はと言えばペットとして可愛がっていたワームマイナソー、そしてタンクジョウの仇討ちのために始めた対リュウソウジャーの戦争。ワイズルーとはそのために専属で組んだわけだが、その力量はとうに通用しなくなっている。その点、プリシャスは──

 

(プリシャスさまと組めば、リュウソウジャーを倒せる……かも)

 

 見出した光明……のはずが、どうしてか気乗りしないクレオンなのだった。

 

 

 *

 

 

 

 スリーナイツとショートが試練へ挑戦して、丸二日が経過していた。

 

「はぁ、はぁ……たどり着いたぞ……っ」

 

 肩で息をしながらも、テンヤは笑みを浮かべていた。目の前には断崖と、その下に広がる海原が口を開けて彼を呑み込もうとしている。一見すると、目指すべき"天上の扉"とはまったく無関係な場所。しかし、位相の歪んだこの空間にあって、ここはゴールへの一本道にほかならない。幾度にもわたる試行と思考の果てに、彼はそう結論付けていた。

 

「俺は俺自身を信じる……。それが誤っていたとしても、後悔はしないっ!!」

 

 己を鼓舞するように声を張り上げたあと、テンヤは虚空に身を投げた。

 

 

 次に、オチャコ。

 

「はー……っ、やっと読み終わったぁ……!」

 

 半ば地面に崩れ落ちるようにしながら、オチャコはそう声をあげていた。不安定な椅子の上で、一字一字をじっくり解読しながらの読書。頭脳をここまでフル稼働させたのは、村を旅立ってから久しくないことだった。

 

「今なら私、お母ちゃん並みの魔導士になれちゃう気がする……!」

 

 

 そして、ショート。

 

「ショート、」「ショートォ!」「ショート!」「ショートォォ!!」

「………」

 

 無数の父に揉みくちゃにされながら、ショートはじっと目を閉じていた。この中に一体だけ紛れているガチレウス──どうせ姿かたちは父に化けているのだ、この場において視覚は無用の長物でしかない。頼りになるのは聴覚。ただ、父とガチレウスは同一人物かと思うほどに声がそっくりである。

 

(声は似ていても、人格は別)

 

(俺を呼ぶ声音に、それが出る……)

 

 それこそが、二日かけてたどり着いた答。体温の高い筋肉質な身体に四方八方を取り囲まれているせいで、じっとりと汗が滲む。呼吸も荒くなる。それでもショートの心は、冷たい水底のように凪いでいた。

 

「ショートォ!」「ショートォォ!!」

「………」

「ショートォォォ!!」

 

「……ショート」

「──!」

 

 ショートはかっとオッドアイを見開いた。それと同時に、モサチェンジャーの引鉄を天めがけて引く。

 放たれた電光弾は空を覆う見えない壁に弾かれて軌道を変え、

 

「──グオォアァァァァ!!?」

 

 父の姿をしたものたちのひとりに直撃した。

 苦悶の表情を浮かべた厳つい顔が崩れていき、異形のそれが露になる。ショートは笑みを浮かべた。

 

「な、何故ぇ……」

「おまえの声だけ、暑苦しくなかったからな」

 

 声が同じだろうとなんだろうと、人格は根本的に異なる。見かけに騙されず真実を見抜く──騎士にも王位継承者たる者にも、必要な力だ。

 

「今度こそ最後だ、ガチレウス」

「グウゥゥゥ……おの、れぇぇぇぇ────ッ!!」

 

 最期まで聞き苦しい断末魔とともに、ガチレウスは爆発四散──跡形もなく消えうせたのだった。

 時を同じくして、あれほど密集していた父たちも次々と姿を消していく。所詮幻だ、未練はない。ただ、

 

「見ていてくれ、親父」

 

 その言葉に、最後に消えたひとりが笑いかけてくれたような気がした。

 

 

──それから我に返った三人が立ち尽くしていたのは、あの石碑の前に他ならなかった。

 

「!、……達成か」

「うむ、そのようだ!」

「でも、エイジロウくんはまだみたい……やね」

 

 時間がかかっている──それだけなら良いが。

 漠然とした不安を抱えながら、三人は鎮座する石碑を見遣った。

 

 

 *

 

 

 

 その頃──エイジロウは未だ、暗闇の中に立ち尽くしていた。

 

「………」

 

 じっと瞑目し、考え続ける。己の、今の弱点は何か。何を乗り越えれば、さらに強くなれるのか。

 現実世界とは時の流れが異なるとはいえ、既に丸二日が経過している。それだけの時をかけて、エイジロウはようやくひとつの結論にたどり着いた。

 

「……わかったぜ、俺が克服すべきもの」

 

──それは、なんだ?

 

「それは……──こいつだっ!!」

 

 振り向くと同時に、ぱあっと視界がひらけた。広がる野原。それと同時に、エイジロウの身体から何かが赤い塊となって抜け出ていく。

 やはりな、とエイジロウは思った。──そこに立っていたのは他でもない、マックスリュウソウレッドだったのだ。

 

「………」

 

 マックスリュウソウレッドは沈黙を保ったまま、マックスリュウソウチェンジャーを構えた。鋭い鉤爪がぎらりと光を反射すると同時に、彼は猛獣のごとくエイジロウに襲いかかってきた。

 

「ッ!」

 

 予測はできていた。それでもなおリュウソウケンで受け止めたのはぎりぎりのタイミングだった。あと寸分遅れていたらば、エイジロウの喉笛は爪の尖端により貫き通されていただろう。

 

「ぐッ……ン、のっ!!」

 

 押し返す──それは不可能だと、すぐに考えを改める。ドルイドンをも単騎で叩き伏せるマックスリュウソウレッドの力に、生身のいちリュウソウ族が敵うわけもない。

 結局エイジロウはその猛威に従って後方へ飛び退きつつ、レッドリュウソウルを取り出した。イズクたちはそうではなかったようだが、自分にだけは竜装が許されているらしい。相手が相手だからなのかもしれないが、有効活用しなければ。

 

「──リュウソウチェンジ!!」

『ケ・ボーン!リュウ SO COOL!!』

 

 自らはリュウソウレッドとなり、今度こそ勇猛果敢に斬りかかっていく。しかし振り下ろした刃は、チェンジャーの装甲部ひとつで受け止められてしまう。ならばと力を入れて押し込もうとするが、マックスリュウソウレッドの身体はびくともしない。当然だ、この重厚なる鎧の塊は、通常のリュウソウメイルを遥かに凌ぐだけの性能を誇る。真正面からぶつかり合ってどうにかなる相手ではないのだ。

 

「わかってっけど……!退けねえんだよ!!」

 

 己に言い聞かせるように声を張り上げ、下半身に力を込める。石像のように動かない相手を動かそうと躍起になっていると、地面からずり、と音がした。

 

(やった!)

 

 マックスリュウソウレッドに、ついに力で押し勝った!そんな喜びに囚われたエイジロウは一瞬、最も重要なことを忘れていた。

 

「──ぐあぁっ!?」

 

 鉤爪が軽く一閃し、リュウソウレッドの身体は大きく吹き飛ばされる。──マックスリュウソウレッドはただその場を動こうとしなかったというだけで、攻撃はおろか守備の姿勢すらとっていなかったのだ。

 

「ッ、ぐ……」

『エ〜クセレントゥ!!』

「──!」

 

 この音声は──エイジロウが危機感を覚えるのと、マックスリュウソウレッドが跳躍するのがほぼ同時だった。

 

──エバーラスティング、クロー。

 

「ぐああああああッ!!?」

 

 凄まじい衝撃と痛み。吹き飛ぶ身体はまったく制御がきかず、何回転もする景色に翻弄されることしかできない。

 時間にしてほんの一、二秒。レッドは地面に叩きつけられていた。

 

「ぐうッ、あ……っ」

 

 不幸中の幸い、竜装は解除されていない。しかし圧倒的な力であることは確かで──エイジロウは、改めてマックスリュウソウレッドの力が規格外であることを思い知った。自身の扱う力としてではなく、対峙する者としての視点で、改めて。

 

「これが……俺に与えられた力……っ」

 

 未だ未熟なエイジロウという少年に、それを完全に己のものとしうるだけの器があるか。──今、それを試されている。

 

「だったら……──あきらめるわけにゃいかねえだろーがよぉ!!」

 

 痛む身体を叱咤して立ち上がり、目前に立つ真紅の鎧騎士めがけて斬りかかる。マックスリュウソウレッドはその場に仁王立ちしたまま、その斬撃を受け止める──さっきとなんら変わらぬ、有り体に言ってしまえば進歩のない構図。

 しかし刃が火花を散らした瞬間、目の前の鎧騎士が少なからず怯んだことにエイジロウは気づいた。

 

(!、今のは……)

 

 一瞬の違和感。マックスリュウソウレッド自身もそのことに気づいたのだろう、取り繕うように猛反撃を仕掛けてくる。

 それを必死にいなしながら、エイジロウは違和感の正体を突き止めるべく思考を巡らせていた。

 

 

 *

 

 

 

「もうすぐ三日だ」

 

 カツキの放った端的に過ぎるひと言に、イズクは緊張した面持ちを浮かべた。何から三日が経つのかなど、訊くまでもない。

 

「もし皆が間に合わなければ、僕らふたりで抑えるしかない……ね」

「抑えンじゃねえ、ブッ殺す」

「はは……そうだね、その意気じゃないとね」

 

 立ち上がり、歩を踏み出そうとする──と、ちょうどそこで背後から声がかかった。

 

「デクく〜ん!」

「カツキくん、待ちたまえー!!」

「!」

 

 振り返れば、下山して駆け寄ってくる三人の姿。──エイジロウは、いない。

 

「すごい……!きみたちも二日で達成できたんだね!」

「うむ!俺たちとてきみたちと肩を並べて戦ってきたからな!」

「あっそ。で、赤ぇのは?」

「赤ぇのってアンタ……」

「心配ねえんじゃねえか。──それより、」

 

 ショートの瞳がす、と細くなる。その理由を尋ねるまでもなく、びりびりと痺れるような強烈なプレッシャーが彼らに襲いかかってきた。

 

「やあ、こんなところに隠れていたのか。リュウソウジャー?」

「……あいつがプなんとかか?」

「プリシャス!」

「隠れていたわけではない!貴様を迎え撃つための用意をしていたんだ!!」

「へぇ、その割には大本命の彼がいないみたいだけど?」

 

 プリシャスにとっての大本命が誰かなど知ったことではないが、エイジロウ……というよりマックスリュウソウレッドのことを言っているのだとはわかる。

 

「エイジロウくんはすぐに来る……!それまで僕らが相手だ!」

「は、あいつが来る前にブッ殺ォす!!」

 

 言うが早いか、彼らは一斉にリュウソウルを構えた。それ以上言葉は要らない、すべきことはただひとつ。

 

「「「「「──リュウソウチェンジ!!」」」」」

『ケ・ボーン!!』

 

 ワッセイワッセイドンガラハッハとお祭り騒ぎのような陽気な音声が流れ出す。それらを聴きながら、五人は武具を携え走り出す。迎え撃つプリシャス。

──ドルイドンの騎士(ナイト)の進撃、ここで止めてみせる!

 

 

 *

 

 

 

 その頃、リュウソウレッドとマックスリュウソウレッドの死闘はいつ終わるとも知れず続いていた。

 鉤爪を振るってやむことなき猛攻を仕掛ける後者に対し、前者はカタソウルによる竜装でひたすら防衛に徹している。そのため急所への攻撃も大きなダメージにはならないが、エイジロウからの攻撃もほとんど通らない。遅延戦術、引き延ばし──そう捉えられても無理はなかろうが。

 

「へっ、どーしたよマックスリュウソウレッド!!そんな攻撃じゃ、俺の身体はブチ抜けねえぜ!?」

「!」

 

 挑発の言葉に、マックスリュウソウレッドはぴくりと反応を示した。意志のない幻影なのかと思ったが、少なからず自分と似たようなメンタリティはもっているらしい。

 明らかに攻撃が激しくなる。それでも捌かれ耐え抜かれてしまうのだと気づくと、彼は唐突に後方へ飛び退いた。

 

(──来た……!)

 

 何を仕掛けてくるつもりなのかは、火を見るより明らかだ。エイジロウはリュウソウケンを構え、ひたすらそのときを待った。

 そして、

 

「────、」

 

 ふたたびの、エバーラスティングクロー。まっすぐ向かってくるそれに、カタソウルによる守護をもってしてもどこまで通用するか。いや、なんとしてももたせるのだ。勝機は、その先にあるのだから。

 

 考えているうちに、ついに爪がレッドに接触した。ずりずりと肉を削るようなそれに、カタソウルでガチガチに固めた鎧と身ひとつで耐える。

 

「ぐううううう……ッ!!」

 

 凄まじい衝撃の奔流であることなど、言うまでもない。巌のような身体も、皮ひとつ剥けばただの人間、もといリュウソウ族だ。内臓を激しく揺さぶられる苦痛。それでもエイジロウは、耐えて耐えて耐え抜くのだと歯を食いしばった。ただの根性論では決してない。自分の考えが正しければ、必ず──

 

「ッ、ぐぅぅ……ぅおらぁッ!!」

「ッ!?」

 

 エバーラスティングクローの勢いがピークアウトを迎えた。その隙を突き、リュウソウレッドは剣を振るった。咄嗟に爪で防ぐマックスリュウソウレッド。強度の差から、その防御は完璧に成功しただろう──本来なら。

 しかし現実には、彼は攻撃を防ぎきれずに胴体に被撃してしまったのだった。

 

「へっ、やっぱりな……!」

 

 マックスリュウソウチェンジャーの力は、エバーラスティングクローの規格外の威力と引き換えに一時的に著しく低減してしまう。マックスリュウソウレッドの動作から、読んだ通りだ。

 自分で扱っていたときには気付けなかった。敵として対峙してみて、初めて見えたのだ。

 

 今はこれ以上後先考えない。先ほどまで守勢に徹していたぶん、攻めて攻めて攻めまくるのみ。

 

「うおぉぉぉぉぉぉ──ッ!!」

 

 そこからはもう、がむしゃらに刃を振り下ろした。そのために攻守は完全に入れ替わっているが、それも短い間だけのこと。マックスリュウソウメイルの性能はすぐに回復へ向かっていく。──回復しきる前に、決着を。

 

「──アンブレイカブルディーノスラァァッシュ!!」

 

 親友の顔を思い起こしながら、エイジロウは必殺の剣を振り下ろし──

 

 

 はっと我に返ったときには、マックスリュウソウレッドが俯せに倒れ伏していた。

 

「やっ、た……」

 

──勝った。遥かに力勝る、マックスリュウソウレッドに。

 

 その喜びを静かに噛み締めつつ、竜装を解く──と同時に、倒れたままのマックスリュウソウレッドの指先がぴくりと動いた。

 

「……見事だ、エイジロウ」

「!」

 

 喋った!?ぎょっとするエイジロウを意に介さず、立ち上がるマックスリュウソウレッド。まさか第2ラウンドかと身構えたのもつかの間、彼はマックスリュウソウルを引き抜いた。

 その身体から鎧が剥がれ、生身が露になる。──エイジロウは思わず目を見開き、言葉を失っていた。

 

「え……お、」

「………」

 

 

「親、父……?」

 

 エイジロウに輪をかけて尖った赤髪に、村いちばんの筋骨逞しい身体つき。幼少の頃ただひたすらに憧れていた、完璧な男ぶりがそこにはあった。

 

「久しぶりだな、エイジロウ」

「お、おう……じゃなくて、なんで親父がこんなとこに……」

「このマックスリュウソウチェンジャーに宿った騎士の魂が、俺を呼んだんだ。こんな場にしか現れられなかったがな!」

 

 がはは、と豪快に笑う姿は、記憶にある通りの父のそれで。感極まったエイジロウは、自分よりひと回りも大きな身体に抱きついた。

 

「親父……!俺、おれぇ……っ」

「はは、みなまで言うな。伝説のリュウソウジャーのひとりとして、ドルイドンと戦ってきたんだろ?」

「うん、うんっ」

 

 涙ながらにひたすらうなずく。幼子に戻ってしまったようだと自覚はしていたが、感情が抑えられない。大きくて温かい、誰より漢らしい父。"しびと還り"のときにも現れてはくれなかった、だからもう二度と逢えないと思っていた。それなのに。

 

「強くなった。立派になったな、エイジロウ!」

「……まだまだだよ、俺なんて……」

 

 強竜装、マックスリュウソウレッド──旅と戦いを重ねるごとに、強い力は確かに得た。だが、自分自身がそれに見合った腕を、器をもっているとはとてもではないがいえない。プリシャスへの敗北、そしてこの試練を通して、エイジロウははっきりとそのことを自覚した。

 

「それでいいんだ、エイジロウ」

 

 大きな手が、くしゃりと赤髪を撫でる。

 

「今の自分が最強だと思ってしまった時点で、戦士はそこから先へは進めなくなってしまう。おまえは自分が未熟だと自覚した、すなわち努力次第でさらなる高みへ昇れると知ったということだ」

「さらなる、高みへ……」

「そうだ。忘れるな、エイジロウ」

 

──限界は、超えるためにある。

 

 

 気づけば、エイジロウはもとの石碑の前に立ち尽くしていた。周囲を見渡すが、父の姿は当然のごとく消えうせていた。……否、最初から存在しないのだ、現世には。

 

「限界は、超えるためにある……」

 

 最後に遺してくれた言葉を復唱しつつ、背後を振り向く。先ほどからほんの僅かに漂ってくるいくさばの音。仲間たちが既に戦闘に突入しているのだとしたら、こんなところで立ち止まっている時間はない。

 

 躊躇うことなく、エイジロウは走り出した。

 

 

 



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38.オペレーション・リミットブレイク 3/3

つよしがリュウソウピンクにアバターチェンジするとき、ムキムキピンクになるのを期待した人いる……いない?


 プリシャス対リュウソウジャー五人の戦闘は、終始前者の優位に進んでいた。破壊力とスピードの両方に長けたプリシャスの容赦ない猛攻撃に、ひとり、またひとりと打ち倒されていく。とりわけ騎士たちを追い込んでいたのが、彼のコピーしたエバーラスティングクローの一撃だ。マックスリュウソウレッドの切札そのままの必殺技は、あらゆる強竜装の剣技をも遥かに凌ぐ。

 

「アハハハっ、もう終わりぃ?」

「舐めんじゃねえクソがっ、ボルカニックディーノスラァァッシュ!!」

 

 メラメラソウルの鎧を纏ったリュウソウブラックが、必殺の一撃を放とうとする。しかしそれもまた、エバーラスティングクローと正面からぶつかり合う運命にあった。

 

──その結果として、彼もまた砂礫を舐める運命に陥れられていた。

 

「あーあ、やっぱりこんなもんかぁ」

 

 肩をすくめつつ、言い放つプリシャス。前回の戦いよりは歯ごたえもあったが、やはり同等の力をもつ者相手でないとおもしろくない。カツキたちが相手では、腕は良くとも扱う力が物足りないのだ。

 

「リュウソウレッドは来ないみたいだし……キミたちももう用済みだ、さっさと消えちゃいな」

 

 双刀を振り上げるプリシャス。口惜しいながらここまでかと思われたそのとき、「待て!!」と大きな声が響いた。

 

「──!」

「あ──」

 

「エイジロウ、くん……!」

 

 太陽を背に堂々と立つ赤毛の少年。彼は生まれつき鋭く尖った歯を剥き出しにして、不敵な笑みを浮かべていた。

 

「みんな、遅れちまってすまねえ!俺も無事、試練クリアしたぜ!」

「そうか……!」

「んも〜っ、ハラハラさせてぇ……!」

「悪ィ悪ィ!──あとは、俺がコイツをブッ潰す!」

 

 名指しされたプリシャスは、露骨な嘲笑を浮かべて応じた。

 

「へぇ、この前完膚なきまでに叩き潰された割に、随分な自信じゃないか?」

「男子三日会わざればなんとやら、ってな。──試してみるか?」

「ははっ、いいよ。どこからでもかかってくるといい」

 

 エイジロウが獰猛な笑みを表情から消した。水を打ったような静謐。それを伴として、彼はマックスリュウソウチェンジャーを構えた。

 

「──マックスリュウソウ、チェンジ」

『マックス!ケ・ボーン!!』『ワッセイワッセイ!『オォォォォ!!マァァァックス!!!』──!?』

 

 元々の音声をも呑み込む勢いで叫ぶ声。エイジロウの姿が一瞬通常のリュウソウレッドを経由し、マックスリュウソウメイルが全身を覆い尽くしていく。

 

「………」

 

 互いの武器を構え、巌と化したかのように微塵も動かず対峙する騎士と騎士。蟲一匹も存在しえない死の大地に、ただ風の音ばかりが響く。

 ややあって、それがもがり笛のようにひときわ高い音をたてたときだった。

 

「──うおぉぉぉぉぉッ!!」

「ハハハハハ、ハアァァァ!!」

 

 互いに砂塵を巻き上げながら駆け出す。一気呵成に距離を詰め──ゼロ距離に至った瞬間、その武装を振り下ろした。

 

「ッ!」

 

 爪と刃が何度もぶつかり合い、火花を散らす。息を詰めながら、次の呼吸に移る間もなきまま衝突を繰り返す。

 どちらも一歩も引かぬ戦い。──いや、

 

「くっ、やはりエイジロウくんが押されている……!」

 

 態勢を整えようと藻掻きながら、テンヤが口惜しげにつぶやいた。腕力では互角であっても、プリシャスは明らかに余裕をもって双刀を振るっている──三日前と変わらぬ構図。

 

「……あの試練は弱点を浮き彫りにし、今後の成長を促すためのもの。乗り越えたからって、いきなり見違えるように強くなれるわけじゃないんだ」

 

 彼らが真に強くなれるかどうかは、今後の経験次第。ただ、今ここでプリシャスに二度目の敗北を喫すれば、今後などというものはなくなってしまう。

 エイジロウだってわかっているはず。しかし彼は、劣勢にもかかわらず動揺したり焦っている様子は微塵もなかった。

 

(何か考えがあるのか、エイジロウくん……?)

 

 エイジロウは勢い重視なところもあるが、考え無しの猪武者ではない。むしろ幼い頃から己の在り方について考え続けてきて、ああいうパーソナリティを会得するに至ったのだ。

 彼ならきっと、プリシャスの実力と奸智を打ち破ってくれる──そんな期待が、テンヤの胸に湧く。

 

「ぐぁ……っ」

 

 しかしついに踏ん張りきれなくなったマックスリュウソウレッドは、弾き飛ばされて地面に転がった。

 

「なぁんだ、何か秘策でもあるかと思ったのに。期待して損したよ」

「……ッ、」

「ま、いいや。遊んでくれたお礼に──今度こそ、自分の技で串刺しになるといいよ!」

 

 プリシャスが野獣のように姿勢を低くし、双刀を構える。──来る!ギリリと歯を食いしばりながらも、マックスリュウソウレッドは正面から迎え撃つ姿勢をとった。

 

「エバーラスティング……クロー!!」

 

 跳躍すると同時に、猛烈な勢いで錐揉み回転しながら迫ってくるプリシャス。──まだだ、まだ早い。

 

「エイジロウくん……っ」

「エイジロウ……!」

 

 仲間たちの憂慮の声が耳に飛び込んでくる。大丈夫、俺は死なない。

 

(限界は、超えるためにある)

 

 だから、

 

「──ふっ!」

「!?」

 

 プリシャスがトップスピードに到達し、目前にまで迫ったところで──マックスリュウソウレッドは、横に転がる形でその一撃を避けた。完全回避はかなわず、鎧の一部を損じる結果にはなってしまったが、致命的なダメージではない。動ける。そのたったひとつの事実こそが、勝利の糸口となる。

 

「うおぉぉぉぉぉぉ──ッ!!」

 

 仕留めそこねたプリシャスが着地すると同時に、彼は全力でもって攻勢に打って出た。無論相手もすぐさま態勢を整え、それを迎え撃とうとする。しかしそんな行動、意味はないのだ。

 

「──ぐぅッ!?」

 

 刹那響く、プリシャスのうめき声。マックスリュウソウレッドの猛攻を前に、彼は防戦すらままならない状況に追い込まれている──

 

「なんだ、一体どうなって──」

「!、そうかわかったぞ!エバーラスティングクローには弱点があったんだ」

「弱点?」

 

 テンヤ、それにイズクとカツキもその事実に気がついた。エバーラスティングクローの使用直後は、著しく鉾となる爪の強度が落ちると。

 プリシャスにもまた、同様の事態が起こっている。それを逆手にとり、マックスリュウソウレッドは猛攻撃を仕掛けているのだ。

 

「今なら、僕らも……!」

「わーってらぁ、立ててめェらぁ!!」

 

 痛む身体を押して、五人が一斉に立ち上がる。エイジロウひとりに任せてはおけない、同輩あるいは先達として、彼の起こした波を乗りこなさなければ、ともに戦う資格はないのだ。

 

『ブルー!』『ピンク!』『グリーン!』『ブラック!』

『イタダキモッサァ!!』

 

 

「「「「「モサ・クインティプル、ディーノスラァァッシュ!!」」」」」

 

 レッドを除く五人の刃が、剣波を生み出して標的に襲いかかる。マックスリュウソウレッド以外眼中になかったプリシャスにとって、これは完全なる不意打ちだった。

 

「ぐわあぁっ!?」

 

 結果として、まともにその合体奥義を浴びたドルイドンのナイトは吹き飛ばされた。6,500万年ぶりの地球の砂の味が、彼を蝕む。

 

「やった……!」

「エイジロウくん、今だ!!」

「!、おうよっ!!」

 

 実のところ、エイジロウは葛藤していた。相手にエバーラスティングクローを撃たせ、それを反撃の火口とするところまではいい。しかしこちらから同じように技を撃った際、追い込みきれずに躱されてしまえばふたたび形勢が逆転してしまう。

 しかし仲間たちが先んじて攻撃を当ててくれたことで、そのリスクはほぼなくなった。これで心おきなく、攻められる──!

 

「ッ、少しはやるようだね……。なら──遊びはここまでだっ!」

 

 しかしプリシャスは、早々に戦線放棄を選んだ。正確には、切札を投入してきたというべきか。

 

「ウ゛オ゛オオオオオオ────ッ!!」

「!?」

 

 彼が投げ捨てた小瓶から、天に頭がつかえるのではないかと錯覚するほどの巨竜が姿を現す。──"宇宙恐竜(スペースドラゴン)"。プリシャスがそう呼ぶそれは、主を守護するがごとくリュウソウジャーに襲いかかってきた。

 

「ッ、出やがった……!」

「──ハハハハっ、これでキミたちも終わり……いや、それともこの試練も乗り越えてみせるのかな?」

 

「楽しみにしているよ」──そう言い残して、プリシャスは忽然と姿を消した。

 主が去り、もはや宇宙恐竜を止める者はない。ここで獲物たちを喰らい尽くせば、今度は人里を蹂躪しはじめるのだろう。

 

 なんとしても、敗けられない。今度こそここで、必ず討ち滅ぼすのだ。

 

「っし、こうなりゃ騎士竜総進撃だ!!」

 

 スケールの圧倒的に異なる宇宙恐竜相手に、小細工は通用しない。──総力戦だ。

 

 

「ティラアァァァ!!」

 

 ティラミーゴ、トリケーン、アンキローゼ、タイガランス、ミルニードル、モサレックス。そしてディメボルケーノにシャドー&シャインラプター、パキガルー。十体の騎士竜が砂塵を巻き上げ駆けてくる姿は、これ以上ないほど頼もしく壮観な光景であった。

 

「どうするん、またナインナイツでいく?」

「アホか丸顔、この前どうなったか忘れたンか」

 

 ギガントキシリュウオー・ナインナイツ。成長に成長を重ねた弩級マイナソーをも打ち倒した強力な切札だが、無理な全合体となるため騎士竜たち、とりわけ合体の中心になるティラミーゴとモサレックスに大きな負担がかかるのだ。

 

「それで倒しきれなかったら、僕らには打つ手がなくなってしまう」

「〜〜ッ、じゃあどうするん?」

「──俺に考えがある」

「エイジロウくん?」

「とりあえず俺らはスリーナイツだ。あとモサレックス、おめェタイガランスとミルニードル両方と合体できるか?」

「何?──ムゥ……」

「やるだけやってみよう、モサレックス。イズクとカツキもいいか?」

「もちろん!」

「けっ」

 

──竜装合体!!

 

 ティラミーゴにトリケーンとアンキローゼが合体し、キシリュウオースリーナイツが誕生する。封印を解かれたときよりとっていた由緒正しき?形態である。

 それに対し"こちら"は、正真正銘初めての合体フォーメーションとなる。キシリュウネプチューンの右腕をタイガランスが、左腕をミルニードルが構成する。海と風、ふたつのエレメントの加護を受けたその姿。名付けて、

 

「「「キシリュウネプチューン、スリーナイツゲイル!!」」」

 

 

「──グオ゛ォォォォォッッ!!!」

 

 "獲物"の存在を認めた宇宙恐竜は、ひときわ恣意的な唸り声とともにその巨腕を振り下ろした。

 

「ッ!」

 

 二騎のスリーナイツは持ち前の身軽さにより、その攻撃を難なく躱してみせる。いずれもスピードに長けた形態、大人と子供ほどに体格差のある相手といえど……いやだからこそ、その攻撃の軌道を読んでしまえば、回避も容易い。

 

「っし、今だみんな!!」

 

 レッドの呼びかけに応じ攻撃に打って出たのは、"彼ら"だった。

 

「愚か者めがあぁぁぁぁ!!」

「オラオラァ!!」

 

 ディメボルケーノが火を噴き、パキガルーから射出されたチビガルーが連続パンチを放つ。さらにシャドーラプターが暗黒物質弾を発射し、宇宙恐竜を大きく後退させることに成功した。

 

「グウゥゥゥ、オ゛ォォォォッッ!!」

 

 怒った宇宙恐竜が彼らに標的を移そうとすると、

 

「てめェは俺らだけ見てろぉ!!」

 

 Wスリーナイツが前面に出、牽制する。──そう、二大ナイトロボの役割は囮。宇宙恐竜をある程度追い込むまでは、後衛にいる三体の騎士竜に攻撃を委ねるのだ。

 

「グオォアァァァ!!」

「ギャアギャアうるせえんだよ、恐竜もどきがァ!!」

 

 キシリュウネプチューンスリーナイツゲイルの左腕──ミルニードル部分が無数の針を発射し、宇宙恐竜を攻めたてる。ほとんどはその巌より硬い皮膚に弾かれてしまうが、何度も同じ箇所に命中すれば突き刺さるものもあった。

 

「よしっ、こっちに向いた!」

「今だ、遠慮しねえでどんどん攻めろ」

「遠慮などするものかー!!」

 

 三騎士竜による攻撃が続き、宇宙恐竜の動作が徐々に鈍ってくるのがわかる。あと少し、あと少しで一気に──

 

「!?──みんな、下がるティラァ!!」

「!、ティラミーゴ?」

 

 ティラミーゴの呼びかけに皆が反応したときには、宇宙恐竜の周囲を円形に砂塵が覆っていた。

 

 刹那、凄まじい衝撃。明滅する視界。一瞬意識が飛びかけたものの、エイジロウはマックスリュウソウメイルの加護によって己を保った。

 

「ッ、今の、は……」

 

 霞む視界が鮮明になっていく──と、彼は驚愕させられた。宇宙恐竜の周囲一帯、真白い巌が剥き出しになっている。おそらくは衝撃波か何かで砂がことごとく吹き飛ばされてしまったのだろう。言葉にすれば容易いが、砂漠というこの地の特性すらも無に帰すほどの攻撃だったということだ。

 

(だとしても……本当の戦いは、こっからだぜ……!)

 

 敗北は許されない。騎士として以前に──自分自身として。

 

 

 一方、怒り冷めやらずフウフウと荒い吐息を繰り返す宇宙恐竜。砂埃の向こうにうっすらと覗く倒れた騎士竜たちの姿を認めて、彼は舌舐めずりをした。遊びの時間は終わりだ、あとは九匹まとめて、中のリュウソウ族もろとも喰らい尽くすのみ──

 

「……!?」

 

 一歩を踏み出そうとしたとき、ふと気がついた。一、二、三、四、五、六、七──足りない、二体も。

 

 不意に、背後から殺気が迫る。振り向いた宇宙恐竜の視界に映ったのは、竜頭を突き出し迫る紅蓮の竜騎士の姿だった。

 

「ガアァアッ!?」

 

 すれ違いざまにその一撃を受け、後退を強いられる宇宙恐竜。直後、かの竜騎士は仲間たちを守護するように立ちふさがった。

 

「──っし、今だシャインラプター!」

 

 姿を隠していたシャインラプターが現れ、癒しの光を振りまく。それを浴びた騎士竜たちの傷が治癒し、たちまち体力を取り戻していった。

 

「なるほど……!ここまで見越しての陣形だったか」

「おうよ!そんで、本番はここからだぜ!」

 

 相手を出し抜いたところで満足していては本末転倒、敗北までの時間が延びるだけだ。

 この意表を突いた直後を最大限に活かし、これまでにない必殺の一撃を叩き込む!

 

「連携攻撃だ、まずは頼むぜシャインラプター!」

 

 言うが早いか、レッドと息を合わせたキシリュウオーが跳躍する。そしてシャインラプターの頭上から急降下したところで、彼女の後頭部の角によって思いきり弾き飛ばされた。

 勢いのまま向かうは、シャドーラプターのもと。やはり同じようにして弾き飛ばされる。次は、パキガルーのもとへ。

 

「遠慮なくブッ飛ばしちゃうぜ〜!──ディメボルケーノっ!」

 

 チビガルーのパンチが炸裂し、次はディメボルケーノ。

 

「うむ……!──兄弟、ショートっ!!」

「良かろう!」

「次は……カツキ、ミルニードル!」

「チッ、受けたらぁ!!──デクっ、タイガランス!!」

「了解!オチャコさん、アンキローゼ!」

 

 ショートとモサレックス、カツキとミルニードル、イズクとタイガランス。そうして次々とキシリュウオーは仲間たちのもとを経由していく。ただ押しやられているのではない、彼らのエネルギーを少しずつ分け与えてもらっているのだ。

 

「よ〜しっ!──テンヤくん、トリケーン、決めちゃって!!」

 

 いよいよ大トリ、テンヤとトリケーンのもとにキシリュウオーがやってくる。剣角を構えるトリケーン。そこに足をついたキシリュウオーを貫かぬように支え、そして、

 

「──Go!!」

 

 宇宙恐竜めがけて、力いっぱい押し出した。

 

「うおぉぉぉぉぉぉ────ッ!!」

「ティラアァァァァ────ッ!!」

 

 貰ったエネルギーを発露させながら、高速で突撃していくキシリュウオー。紅蓮のボディが炎を纏い、さらに赤く染まっていた。

 

「終わりだ──」

 

 

「──ダイノフューリー、メテオールインパクトォ!!」

 

 吶喊とともに──キシリュウオー自身が、宇宙恐竜のボディを貫いた。

 

「!!!!???」

 

 悲鳴をあげることもできず、目を白黒させる宇宙恐竜。その頭部がわずかに傾き、後方を見やる。そこには地面を滑走しながら着地するキシリュウオーの姿があって。

 そう──宇宙恐竜の胴体には、キシリュウオーと同じ大きさの風穴が開いていた。それは彼の命を奪うのに十分すぎるもので。

 

 "死"が訪れたことを最期に知覚しながら、宇宙恐竜はその場にゆっくりと崩れ落ちる。そして次の瞬間にはひときわ大きな爆発を巻き起こし、跡形もなく消滅するのだった。

 

「勝った勝ったティラ!!」

「おう!やったなティラミーゴ!!それに、」

 

「──皆も、ありがとな」

 

 間違いなく、全員の力で勝ち取った勝利だ。

 

 

 *

 

 

 

「まさか本当に宇宙恐竜を倒してしまうとはね……」

 

 一部始終を彼方から観察しつつ、プリシャスは独りごちた。背後に控えるワイズルーは露骨に溜飲が下がったような様子でいるが、かの上位者の視線がこちらに向くと慌てて口笛を吹いて誤魔化した。

 

「楽しい遊びができそうだ……──ワイズルー、」

「ホ、What?」

「彼らはこのあとどう動くと思う?長らく戦ってきたキミの見解を聞かせてよ」

 

 言葉尻は穏当だが、その手にはワイズルーの心臓を封じ込めた符が握られている。苦々しいものを感じながらも、彼はそれに応じた。

 

「……ヤツらはずっと北上を続けている。このまま北の地へ向かう可能性が高いだろう」

「北へ!そうかそうか、それは好都合!」

 

 北には配下のドルイドンたちが跋扈している。彼らと合流し、リュウソウジャーにさらなるゲームを挑む──それもまた、面白い。

 

「なら、ボクらも北へ向かうとしようか。──ついてきてくれるよね、ワイズルー?」

「……フン、言われなくてもそのつもりでショータァイム!!」

 

 リュウソウジャーとの戦いはもとより継続するつもりだったのだ、プリシャスの"お願い(命令)"に従わされてではない──そんなせめてもの意地だった。

 一方で、

 

「……オレは、無視かよ……」

 

 名前すら呼ばれなかったクレオンは、密かに鬱憤を溜めていたのだった。

 

 

 *

 

 

 

 戦い、おわって。

 帰りを待つコタロウのもとに合流したリュウソウジャー一行は、バザールで購入した寒冷地用の衣装に衣替えを行っていた。もっとも砂漠の真っ昼間にそんな恰好をしていたら熱中症を起こしてしまうので、夜の間に海沿いまで移動する手筈になっている。

 

「さて、皆準備は良いだろうか!?」

「は〜い」

「マスター、エイジロウくんがまだでーす」

「遅っせぇぞクソ髪ィ!!」

「ちょっ、待ってくれ……こーいうの着慣れてなくて……──っし!できた!」

 

 仲間たちにわずかに遅れて、エイジロウも着替えを完了した。バザールで当初選ぼうとしたような半裸の衣装ではもちろんない。茶褐色のボトムと前開きベスト。漆黒のアンダーウェアの大部分はベルトや鉄製の肩当てや腕当てで覆い、首元は粗縫いの赤いマフラーで覆っている。仲間たちよりは明らかに軽装だが、ところどころが毛皮に包まれ、断熱性は確保されていた。

 

「おまたせ、いいぜ!」

「よし……じゃあ、行こう!」

 

 いよいよ彼らは、氷雪に閉ざされた北の地へ向かう。跋扈するドルイドンからかの地を解放し──そしてはじまりの神殿に封じられた伝説の剣を手に入れ、故郷を取り戻すのだ。

 

(見ててくれ親父、ケント、タマキセンパイ)

 

 必ず、成し遂げてみせる。

 決意とともに、少年たちは一歩を踏み出した。

 

 

 つづく

 

 




「ぷてらあどん?」
「十番めの騎士竜ティラ!!」
「キミにヤツらの抹殺を頼みたいんだ」

次回「凍てつく翼」

「あれが騎士竜……。感動だなあ」


今日の敵<ヴィラン>

宇宙恐竜(スペースドラゴン)

分類/宇宙怪獣
身長/482.3m
体重/25000t
シークレット/プリシャスが宇宙の彼方にあるとある惑星にて発見し、従えたドラゴン型宇宙怪物。騎士竜たちさえ比較にならないほどの巨体をもち、彼が通った跡は草ひとつ生えぬ死の大地と化し、放っておくと星そのものを喰らってしまうと云われているぞ!
ひと言メモbyクレオン:こんなヤツいたらマイナソーいらなくね?オレの存在意義……。



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Ex. Tri-gale's Chronicle ⑦

 

 ロディに率いられる形でイズクたちが連れてこられたのは、街の中心通りにある市だった。大勢の人々が行き交い、商人たちの喚声が辺りにこだましている。オセオンのそれより賑やかなことは少なくとも確かだった。

 

「……僕らはどこに向かってるの、ロディ?」

「いい加減教えろや、ブッ殺すぞ」

 

 物腰は対照的ながら、ふたりは明らかに焦れている。オセオン領内にいたときとは対照的だと思いながら、ロディは密かに皮肉めいた笑みを浮かべた。

 

「もうすぐ着くっての。──ほら、あれ」

 

 ロディが指さした先には、ひときわ妖しいたたずまいの建物と"魔法生物の店"というシンプルだがおどろおどろしい看板が掲げられていた。「げ」とカツキが露骨に嫌な顔をす

 る。

 

「てめェ、あんなとこに俺ら連れ込んで何する気だ?」

「連れ込んでって……誤解招く言い方すんなよな。つーか、なんかトラウマでもあんの?」

「ンなもんねぇわ!!」

 

 額に青筋を浮かべて怒鳴りたてるカツキだったが、それは実質図星と言っているようなものだった。まだ駆け出しの頃、興味本位で入った同じような店で魔法植物に襲われ、ここでは到底書けないような酷い目に遭った──イズクは当然そのエピソードを知っているというか、そもそも当事者なのだが、流石にそれを暴露する気にはなれないのだった。

 

 そんなわけで尻込みしていたふたりであったが、ロディに煽られともに入店することになった。入り口付近には案の定ウネウネと蠢く触手やら、人面が浮き出ていて綺麗な声で歌を歌っているものやら、ヘンという言葉では片付けられない植物入りの鉢植えが大量に並んでいた。ただここはきちんと管理が行き届いているのか、ロディたちに襲いかかってくる様子は今のところ微塵もないが。

 

「たのもーっ」

 

 店の奥めがけて声を張り上げるロディ。と、如何にも魔女ですと言いたげな黒い外套を纏った老婆が顔を覗かせた。

 

「フェフェフェ……こりゃまた、随分かわいいお客さんたちだねえ」

「なんだこのいかにもなババア」

「ちょっ、かっちゃん!!」

 

 あまりといえばあまりの言い草である。ただでさえそれでトラブルを誘発しがちだというのに、それこそ"いかにも"な相手に喧嘩を売るとはどういう神経をしているのか。ロディの目論見を潰してしまうか、最悪昔の"トラウマ"と同じ目に遭うかもしれないのに。

 

 幸い、彼女に機嫌を損ねた様子はなかった。イズクとカツキを半ば強引に後ろに追いやり、ロディが前面に出たおかげもあるだろうか。

 

「それで、坊やたちは何をお求めかな?」

「"オオトリ"をレンタルしたい、期限は24時間」

「フェッフェッフェ……いいだろう。24時間なら……金額は諸経費込みで、こんなところかねぇ」

 

 魔女の傍らでペンがひとりでに動き、空中に数字を描いていく。すると今度はその文字を包むように小さな皮紙が浮かび上がり、ロディの手に落ちてきた。

 

「……オーライ。デク、カッチャン、よろしく」

「チッ、よこせや」

 

 紙をひったくったカツキだったが……程なくしてその白い頬が紅潮し、眦が鋭く吊り上がりはじめた。何事かと思いその手元をのぞき込んだイズクは、彼とは対照的に顔を真っ青にしていた。

 

「こ、この金額は……」

「ぼったくってんじゃねーぞババアァ!!」

「ぼったくりだってェ?そいつを一羽育てるのにどれだけ労力がかかるか、想像もつかないボウヤはおうちに帰ってママのおっぱいでも吸ってな」

「ボウヤじゃねえわてめェよりとしう「わーっ!!すみませんでしたっ、言い値で結構です!!」

 

 挑発に乗ったカツキがとんでもないことを口走りそうになったので、イズクは慌てて大声で遮った。代償として彼女の主張を丸呑みにする羽目になってしまったが、いずれにせよ値切り交渉をやっている時間はないのだ。彼らは血涙を呑んで銀貨数枚を支払うと、魔女店主に従って店の奥に描かれた魔方陣に乗った。

 

 途端に彼らの身体はふわりと浮かび上がり、次の瞬間には木の柵で仕切られた空間にいた。一瞬何が起きたのかと混乱したが、すぐに合点がいく。いわゆる転移魔法というものだ。移動可能な距離は術者の能力に左右されるが、一町ぶん移動が可能であればその時点で高位の魔導士であると断言できる、といわれている。そもそも転移魔法じたい、相当な魔力を消費するのだ。

 

「ここは……?」

「厩舎だよ。店に入りきらない魔法生物は全部ここに押し込んであるのさ」

 

 中に入ってみれば、なるほど見たこともないような巨大生物たちが蠢いている。ウネウネと触手を蠢かせる気味の悪い植物も……いた。覚悟はしていたことだが、身を硬くしつつ、なんなら即座に剣を抜けるようにして歩く。

 幸い彼女?らは至っておとなしいもので、彼らは無事に目的のものの前にたどり着くことができた。

 

「こいつだよ」

 

 おぉ、とイズクは思わず感嘆の声を発した。そこにいたのは漆黒の身体をもつ、成人を十人は背中に乗せられそうな鴻だった。

 

「ふーん、まあまあだな」

 

 シニカルな反応を見せるロディだが、イズクは気づいてしまった。彼の肩に止まったピノが、これでもかというくらいキラキラした視線を漆黒の鴻に向けていることに。

 指摘するとロディの機嫌を損ねてしまうことが明らかだったので、無論口には出さない。

 

 そうこうしているうちに代表してロディが店主とやりとりをし、無事成約となったようだ。彼は最後にこんなことを尋ねられていた。

 

「こいつは賢いし、速度も体力も折り紙付きだ、保証するよ。──でもね、こいつは生半可な操縦には絶対に従わない。あんたみたいな小僧に、制御できるかい?」

「………」

 

 瞼が垂れて細くなった老婆の目が、それでもなお鋭くロディを見据える。ロディは一瞬怯んだ様子を見せたが、すぐにへらりと相好を崩した。

 

「こう見えてもアンタより長く生きてるもんでね、腕に自信はあるぜ?」

 

 イズクは一瞬ぎょっとした。相手が世の中のすべてを知り尽くしていそうな魔女とはいえ、リュウソウ族の秘密をこうも簡単に。

 しかしロディの意図は別にあって──その目論見通り、老婆はフェッフェッフェと特徴的な笑い声を洩らすだけだった。

 

「そんだけ大口を叩くんだ、傷ひとつなく返してもらうよ?」

「善処はするよ」

 

 ロディの言葉は戯れ言と捉えられたのだろう。合意は成り、三人は空からオセオンに舞い

 戻ることとなった。

 

 

 *

 

 

 

 騎馬ならぬ騎鳥が漆黒の被毛の持ち主であることも手伝い、出立は逢魔ヶ時となった。

 

「じゃ、ロロ、ララ。ちょっくら兄ちゃん、この騎士サマ方を送り届けてくらぁ」

 

 遊びに来た友人を自宅まで送るような気軽さで言うロディに、弟妹たちは揃って不安げな表情を浮かべる。それを当然のごとく察して、ロディは彼らの頭を両の手で同時に撫でた。

 

「心配すんなって、別に剣もって戦おうってんじゃないんだ。こいつら降ろしたらとっとと戻ってくるさ」

「……約束だよ、兄ちゃん?」

「オフコース。ロディ、ウソつかない」

 

 おどけた口調で言う兄に、弟妹はようやく笑顔を見せた。しかしその意味するところは異なる。まだ幼い(リュウソウ族換算でだが)ララは兄の言葉を無条件に信頼しているが、ある程度もののわかる年齢であるロロはそうではない。腹をくくった兄は何をしでかすかわからないという不安を内心抱えながら、それでもあえて何も言わずに笑ってみせたのだ。だって──

 

「──じゃ、行ってくる!」

 

 大鴉に身を預け、彼らは飛び立っていった。

 

「………」

「ロロにいちゃん、どーしたの?」

「あ……なんでもないよ、ララ」

 

 宵の空に溶けていく大烏。その背に乗る兄は、ロロの知る百年近くの中でもっとも楽しそうで、輝いて見えた。

 

「……いってらっしゃい、兄ちゃん」

 

 

 *

 

 

 

 着々と暮れていく空を、漆黒の大烏が飛翔する。流石に雲の上まで高度はとれないが、逆に言えばそれに近い高さを飛び続けることができるのだ。

 

「うわ、高っ……」

 

 下を覗き込んでしまい、イズクは思わずごくりと唾を呑み込んだ。安全帯はついているから一応転落の心配はないが、騎鳥が墜落すれば一瞬でお陀仏だ。慌てて顔を背けると、後ろからフンと鼻を鳴らす音が聞こえてきた。

 

「ビビってんのか、ナードくん?」

「べ、別にそういうわけじゃ……。かっちゃんこそ、想像力が鈍いんじゃないの?」

「ンだとゴラァ!!?」

 

 互いに拳を握るが、届くか届かないか絶妙な距離である。ぺしぺしと殴り合いともいえない攻撃を繰り出しあうしかない。

 しかしそこで、思いもよらぬ怒声が割り込んできた。

 

「シャラップ!!!」

「!」

 

 ロディだった。背中越しにもよく通る声である。ふたりは思わず声を呑んでしまった。

 

「……頼むから静かにしててくれ。集中してーんだ」

「………」

 

 約160年のリュウソウ族人生であるが、自ら魔鳥を御する経験など皆無に等しい。彼は相当に緊張しているようだった。

 しかしそれで舐められてしまえば、気難しい魔鳥を操ることはできない。彼らは今、綱渡りにも等しい状況にいるのだ。

 

(それでも、ロディならきっと)

 

 心情的にはともかく、彼は見事に黒鳥を乗りこなしている。既に国境は越え、あとは首都スカイミンスターまで翔び続けるだけだ。

 

 

 そうして何時間か経過した頃、漆黒の闇が続いていた眼下に徐々に灯りがともりはじめた。

 

「もうすぐだぜ、花の都」

「豚の間違いだろ」

「……その悪口は高度すぎるよ、かっちゃん」

 

 "神聖"なる国家の"清浄"なる首都にのうのうと暮らす人々を皮肉っての発言なのだろうが。

 ともあれ、

 

「見えてきたぜ、アレがラグナロクタワーだ」

「!」

 

 ふたりは思わず息を呑んだ。高層の建物が多い首都のさらにその核の中にあっても、天をぶち抜くような摩天楼。純白に塗られた外壁は、夜の闇にあっても光り輝いているかのようだった。

 

「あそこに、何かが……」

「てっぺんから侵入すんぞ」

「うん!」

 

 言うが早いか、ふたりは安全帯を外して立ち上がった。無論、飛翔を続ける黒烏の上で、である。

 

「ちょっ、まさか飛び降りるつもりかよ!!?」

「たりめーだ。俺がこいつの手ぇ引いて爆破すりゃあヨユーだわ」

 

 確かに彼のよく使うリュウソウルなら滑空も可能なのかもしれないが、これだけの高度で、突風に煽られながらである。幾らなんでも無茶だ──ロディがそう言い募ろうとしたとき、不意に刺すような赤い光が瞬いた。

 

「ッ!?」

「やべっ……捕捉された!」

 

 同時に鳴り響きはじめる角笛の音。敵襲を知らせているのだろうか。

 

「ここまで来りゃ一緒だ、このまま突っ込めや!!」

「~~ッ、わかってるっての!」

 

 弓矢の届かない高度をとっているとはいえ、下から魔法攻撃の類いが襲ってこないとは限らない。そのまま飛翔を続けタワーに近づいていくロディだが、刹那、その屋上から飛び出してくる漆黒の影を認めた。

 

「!、あれは……」

「──やはり現れたか。待ち伏せていた甲斐があったというもの、でござる」

 

 空飛ぶドルイドン、タカマル。オセオン宰相と協力関係にはあっても傘下であるはずがない彼が国境を越えてまで追ってこないのは妙だとは思っていたが、まさか首都で待ち伏せていたとは。

 

「チィッ……おいきしめん、あいつ避けてギリギリまで塔に近づけ!!」

「ハァ!?……ったく、無茶言ってくれるよマジで!!」

 

 避けると言っても、微妙に左右に迂回するくらいでは相手の思うつぼだろう。一計を案じたロディは、次の瞬間声を張り上げていた。

 

「落ちんなよ、助けてやらねーぞ!!」

「え──」

 

 次の瞬間、ロディが勢いよく手綱を引く。途端に黒烏はなんの躊躇いもなく急降下を開始した。

 

「うわ──」

 

 身体がふわりと浮き上がるような感覚。それにもっていかれれば本当に顛落は免れなかっただろう。幸いにしてロディの警告もあり、彼らは黒烏の背中を足場として保つことに成功したが。

 

「────ッ!!」

 

 ロディはそのままガラス張りの天窓に向かっている。一計を案じたふたりは、そこへめがけて飛び降りた。

 ガシャンとクリアな音をたて、ガラス片が散らばっていく。落ち方によっては血まみれになっていたかもしれないが、幸い頑丈なリュウソウ族であったことと受け身を上手にとったことで傷ひとつなく着地することには成功した。

 

「っし──」

「ッ、ロディは──」

 

 そのときだった。彼らより長身だが痩せた身体が、跳躍ではなく墜落の形で迫ってきたのは。

 

「ロディ!!──ッ、ノビソウル!!」

『ビロ~ン!!』

 

 咄嗟にリュウソウルの効果で刃を柔らかく伸長させ、ロディの身体に巻き付ける。そのまま力いっぱい手繰り寄せ、横抱きにする形で回収することにかろうじて成功した。

 

「ロディ、怪我は!?」

「ねぇ、けど……またこれかよ……」

 

 自分より小柄なイズクにいわゆるお姫様抱っこをされている状況──二度目のそれに、ロディも諦念を抱いたようだった。とはいえ受け入れたわけでは当然なく、「早く下ろせ」と威圧したのだが。

 

「あのトリは?」

「俺ら放り出してどっか行っちまった。……まあ、途中で撃ち落とされたりしなきゃ、あのバアさんのとこに戻るだろ」

 

 あっけらかんと言うロディだが、ここから退くすべが失われたことは言うまでもない。リュウソウ族とはいえ闘士でない者を、戦場のど真ん中に引きずり込んでしまった──

 

「ロディ……ごめ「謝んなよ」!」

 

 揶揄めいたいろの失せた、真剣な声音だった。あっと思ったときにはもう、彼はへらりとした笑みを貼り付けていたのだが。

 

「お前らをどこで下ろすのも俺の匙加減だったんだ。それが結局ここまで来ちまった、その時点でこうなることも想定はできてたさ」

「ロディ……」

「過ぎたことよりこれからの話だ。──プロのあんたらからしたら、俺はどうするのがベスト?」

 

 確かに、こうなった以上はロディにどうしてもらうかを考えなければならない。どこか安全なところに隠れていてもらうのが一番ではあるが──

 

「チッ、うだうだ考え込んどる時間はねえぞ」

「!」

 

 カツキの言う通りだった。割れた天窓から、漆黒の影が飛び込んでくる。ふたりはすかさずリュウソウケンを抜いた。

 

「貴様にとってべすとな選択肢を示そう。──我らに協力せよ」

「……!」

 

 場の空気が一気にひりつく。無論タカマルがそんなことを気にするはずもなく、心なしか懐柔するような口調で続けた。

 

「貴様はそこのならず者どもとは違う。曲がりなりにもこの神聖オセオン国の臣民であろう。積極的な協力と恭順を自ら願い出れば罪は軽減、否、その功績によっては叙勲もありうるぞ……で、ござる」

「……へえ、そりゃ光栄なハナシだねえ」

 

 へらりとした笑みを浮かべ応じるロディ。彼のことをよく知らない段階であれば、寝返りを画策しているのではと疑ってしまうところだっただろう。

 

「で……それをドルイドンのアンタが言ったところで、なんの証明になる?」

「何?」

 

 表情を崩したまま──しかし瞳は鋭い──ロディは言い放つ。「約束なら、聖上陛下にしていただきたいね」と。この国の正式な官人ですらない異形の怪人の言葉など、信じるに値しない──ロディは明確にそう言明したのである。

 

「愚かな……まあ良い。貴様らをまとめて始末し、〝アレ〝を奪還するのみ」

 

 刀を抜くタカマル。どのみち、ドルイドンは倒さなければならない。戦いは、避けられない。

 

「かっちゃ「デク、そいつ連れて先に行け」──!?」

 

 先を制するように言われて、思わず鼻白む。

 

「こン中で戦るなら俺のブットバソウルがありゃ事足りる。地面でウロウロされたほうが邪魔だ、とっとと行け!!」

「……わかった。ロディ、行こう!」

「オーライ。……Be safe、カッチャン」

 

 最後に真剣な声音でそう告げると、ロディはイズクとともに回廊へと消えていった。

 

 それを背中で見送り、カツキは不敵な笑みとともに宿敵と対峙した。

 

「は、これで邪魔な木偶の坊どもはいなくなった。心おきなくてめェをブッ殺せらぁ」

「……強がりを。貴様のような小僧、たったひとりで拙者に勝てると思うてか」

「たりめーだ、──リュウソウチェンジ!!」

 

『ケ・ボーン!!』──場にそぐわぬ陽気な発声とともに、リュウソウチェンジャーを通してブラックリュウソウルに秘められた力があふれ出す。

 

『ワッセイワッセイ!そう!そう!そう!ワッセイワッセイ!それそれそれそれ!!』

 

『リュウ SO COOL!!』

 

 カツキを取り囲むように踊っていた小さな騎士たちが鎧のパーツへと姿を変え、彼の身体を覆っていく。漆黒のリュウソウメイルと、なる。

 

「威風の騎士ィ……!リュウソウブラック!!」

『ブットバソウル!ボムボム~!!』

 

 漆黒の竜装鎧の右腕部に、さらに黒と橙に彩られた鎧が装着される。剣を振るうたび爆破を巻き起こす、とりわけ貴重で強力なリュウソウル。

 

「いくぜ……カラス野郎!!」

 

 黒と黒。その激突が今、吹き込む風の中で為されようとしていた。



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Ex. Tri-gale's Chronicle ⑧

 

 遙か彼方まで続く無限の回廊を、イズクとロディは駆け抜けていた。

 

「ほんとに良かったのか、デク?あいつのこと、置いてきちまって……」

 

 走りながら尋ねる程度の余裕はまだ、ロディにもあった。

 対するイズクは、

 

「かっちゃんなら大丈夫。無茶はしても、無理なことはない人だから」

「……それがよくわかんね~んだよな……」

 

 人間がリュウソウ族並みの長寿にはなれないように、ドルイドンと正面切って戦って勝つことができないように。世の中には必ず無理なことは存在すると思うのだが。

 ただ彼らが口先だけでないことは、二手に分かれながらもロロとララを、そしてロディ自身を守り抜いたことからもとうにわかっていて。

 

 "限界"という世の中の道理をなんでもないように踏み越えていく連中は、確かに存在するのだ。そしてそれを可能とする心身の持ち主であるからこそ、リュウソウ族の中でも誉れ高い"騎士"が務まるのかもしれない。

 

「ロディこそ、僕についてきて良かったの?」

「ここに来ちまった時点で今さらだろ。それにカッチャンのとこに残ってたら、あのドルイドンに目ぇつけられねーわけがねえし」

「そうだけど……」

「それにあんたのほうが、俺のこと守ってくれそーだしな」

 

 冗談めかして言うロディだが、実際カツキは使命を果たすためなら人ひとりの命を秤にかけることなど躊躇なくやってのけるところがある。幼い頃の彼は今以上に我が儘なガキ大将だったけれど、そういう冷徹なところはなかったように思う。師であるマスターブラックの影響だろうか。でも彼が変わったのは、そのマスターブラックの失踪に起因していて──

 

「──おい、デク!!」

 

 走りながらも思考の海に囚われかかっていたところで、ロディの切羽詰まったような声が

 響いた。

 はっと我に返ったイズクが目の当たりにしたのは、前方を阻む憲兵たちの姿。皆一様に剣と盾を装備し、止まれ止まれとこちらに警告を繰り返している。

 

「ロディ、掴まって!」

「あーもうまたこのパターンかよっ!!」

 

 逃亡中に散々繰り返したからもう学習したのだろう、ロディはひょいとイズクにおぶさるようにした。彼より明らかに長身であるにもかかわらずこうも軽々と扱われるというのは彼のプライドをいたく傷つけているのだが、今は緊急時である。それを受け入れざるをえないという分別はあった。

 

「ハヤソウル!!」

『ビューーーン!!』

 

 そして自分より上背のある同年代の少年を背負っていてもなお、ハヤソウルを使用したイズクのスピードが衰えることはない。まだ小柄とはいえ大の男が猛獣もかくや、という勢いで突進してくる光景は、兵士たちを怯ませるに十分だった。

 

「ごめんなさい……っ、でも、通してくれ!!」

 

 彼らが国の命令に従うだけの兵なら、できるだけ傷つけたくはない。リュウソウ族の騎士が戦うべきはドルイドンやマイナソーであって、人間はこの星でともに生きる仲間なのだから。

 幸い、その速さに圧倒されてか、兵士たちはイズクとロディを見逃した……というか、見逃さざるをえないらしい。このまま──と思っていたら、背中のロディが不意に口を開いた。

 

「おいデク、あの指揮官っぽいの捕まえろ」

「え!?」

「塔の中の構造、知ってるかもしんねーだろ!このままやみくもに走り回るのは非効率だ

 ぜ」

「~~ッ、ああもう、合理的っ!!」

 

 ロディは案外かっちゃんと気が合うかもしれないなんて思いながら、イズクは最後列で指揮を出している重装の男に突撃を敢行した。驚いて硬直している一瞬の隙を突き──わずかに露出したその首元に、力いっぱいのラリアットをかます。「ぐえぇ」と蛙の潰れたような声を発して、相手は身動きしなくなった。

 その身を引き摺り、他の兵士たちが追いつけないくらいにまで引き離す。太い柱の影に引きずり込んだところで、イズクお手製の気付け薬を使って目を覚まさせた。

 

「きっ、貴様らぁ……!」

「なぁ、この塔にいったい何隠してんだい?俺の持ってたあの鉱石となんか関係あんのか?」

 

 へらりとした口調で問いかけるロディ。しかし、憲兵隊長は害虫でも見るような目で彼を睨みつけるだけだった。

 

「貴様のような薄汚いテロリストの小僧どもに割る口はない……!ひと思いに殺すがいい!」

「……だってさ。どーするよ、デク?」

 

 イズクのとるべき行動は既に決まっていた。彼が手にしたのは、萌葱色にマルバツが書かれたリュウソウル。

 

「──コタエソウル!」

『コタエソウル!ペラペ〜ラ!!』

 

 「うっ」と声をあげて、隊長が項垂れる。ややあって、その口がひとりでに動き出した。

 

「……このラグナロクタワーでは、我が国の国力を高めるための研究が日夜行われています……」

「………」

「その大部分は軍事研究ないしそれに準ずるものです……。中でも最近地下で行われているのは最先端の研究だそうで、宰相ガイセリック閣下のほか一部の高官しかその全容を知りません……」

「その研究には、巨大な装置とそれを作動させるための膨大なエネルギーが使われているんですね?」

「そのようです……。あ……そういえば、その地下施設内にA級囚人が移送されていったようです……」

「囚人が?」

 

 ふたりは顔を見合わせた。それがいったい何を意味しているのか、問い尋ねるが答は返ってこない。彼はそれ以上なにも知らないようだ。

 

「……ありがとう、──ネムソウル」

 

 リュウソウルを換装し、茫然としている憲兵隊長に作用させる。その身体が脱力し、ぐったりと床に倒れ落ちる。

 

「殺っちまった……ワケじゃ、なさそうだな」

「もちろん。眠らせただけだよ」

「オーライ。ひとまず向かうは地下、か」

 

 ふたりが視線を向けた先には、大きなチューブに繋がれた箱が鎮座していた。

 

 

 がたん、ごとんと重たい音が響き、大きな振動とわずかな浮遊感が絶えず襲ってくる。

 

「魔導昇降機……こんなものまであるなんて」

「ま、おかげでラクができて助かるけどな……にしても、」

「どうかしたの?」

 

 訊くも、ロディは暫く難しい表情で唸っている。ややあって、

 

「いや……どうでもいいことなんだけどさ」

「良いよ、ちょっとでも気になることがあったら共有しておこう」

「気になることっつーか……いや昔さ、こういうのに乗ったことがある気がすんだよな」

「そうなの?」

 

 こういった昇降機というのは世界にいくつもない、魔法で動いているとはいえ極めて先進的かつ科学的な代物である。それがいつ、どこでのことだったのか半ば純粋な興味から尋ねるも、ロディは首を傾げるばかりだった。

 

「……わっかんねぇ、それこそロロが生まれるより前だったんじゃねーかと思う。ただ……親父は一緒だった、気がする」

「そっか……」

「………」

 

 父親のこととなると、ロディも取り繕ってへらりと笑うことはできない。いやまったくの赤の他人が相手なら無理にでもそうするのだろうが、イズクに対してはそれだけ心を許してくれているのだろう。

 彼の肩でどこか泣きそうな顔をしているピノを、イズクはそっと撫でた。

 

「おわ……ちょ、何すんだよ」

「やっぱりこの子は、ロディの良い相棒だなと思って」

「……そーかい。あんたらの騎士竜には負けるよ」

 

 イズクの指にこちょこちょと撫でられ、ピノは気持ちよさそうに目を閉じている。──イズクはこの魔法人形が、ロディの心を生かし続けてくれたのだと言った。それは確かに事実かもしれない。

 父は、賢い人だった。ひょっとして自分がいなくなることをわかっていて、息子の心を守るためにピノを贈ったのだとしたら。

 

(……あるわけねーよな、そんなこと)

 

 どんなにかつて愛情を注いでくれていたのだとしても、それをすべて台無しにするようなことをしたのは他ならぬ彼自身なのだから。

 

 がたん、ごとん。

 

 不意に、昇降機が停止した。

 

「……着いた?」

「!、いや、これは──ロディ、下がって!!」

「え──」

 

 心のうえでは一瞬呆けてしまったが、身体は半ば反射的に動いた。イズクに守られるような態勢になると同時に、天井が外側から突き破られる。

 

「グオォォォォォッッッ!!!」

 

 ずしん、と地響きをたてて姿を現したのは、筋骨隆々の霊長類めいた怪人だった。

 

(マイナソー!?いや、違う……)

 

 それにしては人型のシルエットを色濃く残している。ただ瞳孔の溶けてなくなった単色の瞳は、知性を宿しているようにはとても見えなくて──

 

「グオアァァァァ!!」

「!!」

 

 怪人は体躯を加味しても規格外の拳を振り上げ、襲いかかってくる。ロディを守りながら咄嗟にかわすイズクだが、その一撃はいとも容易く壁を穿った。

 

「な、なんなんだよこいつ!?」

「わからない……けど……!」

 

 そのとき、不意に見えた。巨人の首筋のあたりに、数字が刻まれている。

 ただそれが何を意味するのか、考えている余裕はとてもではないが存在しなかった。だいたい、こんな閉鎖空間ではまともに戦えない。

 

「仕方ない……!──ロディ、飛び降りるよ!」

「そう来ると思った、よっ!!」

 

 ロディの手を掴み、怪人の開けた大穴から飛び降りる。眼下には真っ暗闇が口をぽっかり開けていて、このままでは真っ逆さまに呑み込まれる、死を待つだけだ。無論、そんな未来を迎える気は微塵もない。本来昇降機との出入口になるだろう扉が目に入ったところで、

 

「ノビソウル!!」

 

 口に咥えたリュウソウルを、片手で握った剣の柄に装填する。『ビロ〜ン!!』と愉快な声が響いて、伸長した刃が扉を貫き床に突き刺さった。

 そのままソウルの効果を解除すると、柔らかく伸びきっていた刃が一気にもとへ戻っていく。その勢いに引きずられ、ふたりは回廊へ躍り出た。

 

「はぁ、はぁ……ふぅ」

「ふぅ、じゃねーよ……ったく」

「ごめん。でも、咄嗟に思いついたのがあれだったんだ」

 

 あれこれ考えている時間はなかったのは確かだし、それで結果的に助かったのも事実だ。にしたってとんだ無茶をするものだとは思うが。

 

「それにしても、あの怪物はいったい……」

「ドルイドンじゃねーの?」

「ドルイドンにしては知性が感じられなかった。タカマルと組んでるっていうのも、奴らの習性には合致しないし」

 

 考え込むイズクだったが、ややあって「よし、」と声をあげて立ち上がった。

 

「とにかく進んでみよう!ロディ、きみは──」

「──ここまで来たら一蓮托生、だろ。デク?」

 

 一見軽薄ながらその実有無を言わせぬロディの言葉に、イズクは反論の言葉をもたなかった。彼の安全を志向するにしても、あんな怪物がどこに潜んでいるかわからないこの塔の中にひとりにはしておけないのだ。

 

 ふたたび動き出す。幸いあの怪物は追ってきたりはしていないようだ。そのまま走ると、程なくして大きな広間に出た。

 

「ここは……」

 

 人の手で作られたとはおよそ推量しがたい、不可思議な空間だった。見上げんばかりの天井には夜空を象ったのだろう、薄墨色に星々の描かれた絵が張り巡らされている。そして床──硬いものを踏みしめている感触こそあるものの、そこはやみいろ一色だ。踏みしめているものが見えないというだけで、まるで宇宙にふわふわと浮いているような覚束ない気分になる。

 

「なんなんだ、こりゃ……」

「ロディ、僕の傍から離れないで」

 

 とんでもないところにロディを連れ込んでしまったのではないか。そんな予感を覚えながらも、彼を背に率いて歩く。──と、不意に彼らの姿が強烈な光の中に照らし出された。

 

「ッ!?」

「──ようこそ、リュウソウ族の少年たちよ」

「!!」

 

 眩しさに目を細めながらも、ふたりは顔を上げた。そこに立っていたのは、黒衣を纏った壮年の男。その背丈はイズクはおろか、ロディよりも遥かに高く見える。かなりの長身であるだけでなく、筋骨も逞しいようだった。

 

「余はガイセリック。畏れ多くも聖上陛下より、神聖オセオン国宰相の任を仰せつかっている」

「ガイセリック……!あなたが──」

 

 ロディの命を狙っている、この国の実質的な首魁。ふつふつと血が滾るのを、イズクは自覚した。

 

「あなたはいったい、何を企んでるんだ……!さっきの化け物はなんだ!?」

「──"ドルイドン"」

「!!」

 

 ガイセリックはどこか得意げな口調で続けた。

 

「彼らは紛れもなくそう呼ばれる存在だ。いや……そう呼ばれる存在となった、と言うほうが正確だな」

「……どういう、意味だ?」

 

 嫌な予感に、どくりと心臓が跳ねる。まさか、でもそんなこと。

 

「わが神聖オセオン国はその建国以来、周辺の異教徒どもの侵略に悩まされてきた。衝突のたびに多くの臣民が傷つき、斃れる。その連鎖を断ち切るためには、さらなる強大な力が必要だったのだ」

 

「そのために得たのだ──人間を、ドルイドンへと変える術をな」

「!!?」

 

 イズクは一瞬、目の前の男が何を言っているのか理解できなかった。人間を、ドルイドンに?そんなことできるわけがないと声を張り上げるも、ガイセリックは密やかに嗤うばかりだった。

 

「不可能を可能にしたのだよ、わが神聖オセオン国の科学力は!」

「まさか、あの鉱石を必要としていたのは……!」

「装置を完全起動させるには膨大な魔力が必要でね。きみが持っていってしまった"アレ"は大事なエネルギー源なのだよ。──アレさえあれば、全臣民をドルイドンへと変えることもできる」

「ッ!!」

「なに、言ってんだ……こいつ……」

 

 イズクはおろか、ロディもこの宰相の言っていることをまったく理解できなかった。

 オセオンの国が民を第一に考えた政をしているなどとはもとより思っていない。しかし人間がそこで当たり前に暮らしていなければ国体も何もあったものではないではないか。

 この男は、国というものを根底から覆そうとしている。

 

「理解は求めていない。了承も必要とはしていない」

 

 同時に宰相という地位は──少なくとも秘密裡に動けば──、それを可能にするだけの権力をもっているのも確かだった。

 

「余がきみたちに求めるものは──屈服だ」

 

 刹那、天井を突き破るようにして、巨大なシルエットが落下してきた。激しい地響きとともに床を凹ませながら着地したのは、先ほど昇降機内で襲撃してきた巨躯の怪人──ガイセリックに言わせれば、ドルイドン。

 

 それだけではなかった。ガイセリックがす、と左手を掲げると同時に、彼の背後なら同様の怪物が四体も現れたのだ。通常の人型を保ったもの──体格からみて男女一対のようである──が二体、"細長い"と形容するほかないような背の高いものが一体、逆に二頭身半ほどしかない、ディフォルメした犬獣人のようなものが一体。

 

「ドルイドンが……五体も……」

 

 本当にドルイドンなのかはともかく、それに類する存在であることに間違いはない。ロディは戦慄した。だってこの連中は、リュウソウジャーであるイズクを一対一で圧倒するだけのパワーをもっているのだ。

 

 しかしイズクは、険しい表情を浮かべながらも一歩前に進み出た。

 

「下がってて、ロディ」

「ッ、無茶だろデク!連中がどれほどのモンなんかは知んねーけど、ドルイドンなんだろ!?……いったん退いてカッチャンと合流して、作戦を立てるなり──」

「……それだって簡単じゃないよ、ロディ」

「ッ、」

 

 イズクの言いたいことはわかる。このドルイドン軍団を振り払って最上階に戻って、カツキと合流して、今度はタカマルから逃げおおせて──仮にそこまで為せたとして、どこへ身を隠すのか。作戦を立てるというのは、吹きつける臆病風に対する方便でしかないのだ。ロディは唇を噛んだ。

 そんな彼を激励するかのように、イズクは歯を剥き出しにして笑う。

 

「大丈夫、今度こそ勝つよ。あんな紛いもののドルイドン相手に、リュウソウ族の騎士は打ち負かされたりしない!」

「……デク……」

 

 そう──既に賽は投げられている。己を叩き伏せてでも、立ち向かうよりほかに道はないのだ。

 だから、

 

「リュウソウチェンジ!!」

『ケ・ボーン!!──リュウ SO COOL!!』

『ハヤソウル!ビューーーン!!』

 

 イズクの全身がリュウソウメイルに覆い尽くされる。と同時にハヤソウルの力が発動し、彼は疾風怒濤のごとく攻勢に打って出た。

 

 

 



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Ex. Tri-gale's Chronicle ⑨

 

 ラグナロクタワーの頂にて、漆黒の剣士どうしが鍔迫り合いを続けていた。

 

「オラアァ!!」

「ムゥ……」

 

 守護者たる竜騎士──リュウソウブラック。彼は"ブットバソウル"と呼ばれるリュウソウルの力を纏い、紅蓮の発破を続けて攻めに攻めまくっていた。

 それに間一髪、巻き込まれずに飛び回る異形の大鴉──ドルイドンのタカマル。彼は一貫して沈着冷静であるが、優位な戦場へ出られずに鬱屈したものが溜まっていた。

 

(この小童……拙者が外に出られぬよう緩急をつけている。見事なものだ)

 

 やはり荒々しいだけではない。あの緑の小童よりは楽しめそうだ──そんなことを考えているうちに、ふたたび爆風が迫った。

 

「ッ、」

 

 衝撃に吹き飛ばされながらも空中でくるりと一回転し、態勢を立て直す。

 

「やるではないか……そろそろ本気でいくぞ、で、ござる」

「ア゛ァ!?本気じゃなかったってか舐めんな!!」

 

 激昂したブラックが鍔に手を何度も押し込みながら迫ってくる。目にも耳にも障りあるアクション、確か必殺技の構えだ。

 ならば、こちらも全力でぶつかるのみ。

 

「我が愛刀"劫涅"よ──吼えろ!」

 

 漆黒の片刃剣が唸りをあげる。爆炎とともに飛び来る標的と接触する。

 そして、

 

「──"晦冥烈斬"!!」

「ダイナマイトォ、ディーノスラァァッシュ!!」

 

 刹那、ひときわ激しい爆発が頂上部を呑み込んだ。

 

 

 *

 

 

 

「うおぉぉぉぉ────ッ!!」

 

 一方、地上を貫き通した果ての最下層においても、リュウソウ族の少年騎士と神聖オセオンの壮年宰相の戦いは始まっていた。

 雄叫びをあげ、突撃する前者。一方で後者はオカリナめいた小さな笛を吹くだけだ。

 

 たったそれだけのことで、"ドルイドン"たちは襲いかかってきた。

 

「グオォォォォォ!!」

「ガアァァァァァ!!」

 

 野獣の咆哮としか言いようのない唸り声。そこにやはり人間の面影は残されていない。ならば、容赦なく倒す──相棒ならあるいはそう割り切っていたかもしれないが。

 

(でも……本気でやらなきゃ、ロディを守れない!)

 

 今、守るべきものがある。彼は未来の自分に良心の呵責を託した。疾風怒濤のごとく敵陣に突撃し、全身全霊で剣を振るう。

 

(一体ずつ無効化するしかない……!ここは、一気に!)

 

「フルスロットル、ディーノスラァァッシュ!!」

 

 ハヤソウルの秘めたる力を最大限に引き出し、目にも止まらぬ閃刃を放つ。その標的は、細くも異様なまでに背の高い"ドルイドン"。

 

「グアァァ……!」

 

 うめきながら後退する"ドルイドン"。あと一撃、叩き込めば──!

 

 そのとき間に割って入ってきたのは、昇降機で襲ってきた巨躯の"ドルイドン"だった。焦るイズク──リュウソウグリーンだが、もう止まれない。である以上は!

 

「はあぁぁぁぁぁ────ッ!!」

 

 ずぶりと、刃が肉に沈み込む音が響く。

 

「グ、オォ……ッ」

「ッ、……!?」

 

 その一撃に巨躯の"ドルイドン"は苦悶の声をあげた。それは確かだった。

 しかし刃は分厚い筋肉によって途中で阻まれ、皮膚を裂くだけで終わったのだ。

 

「くっ……!」

 

 斬り込もうとすればするほど、収縮した筋肉に取り込まれていく。ならばといったん引き抜こうとしても、今述べた通りであるから簡単ではない。

 そうこうしているうちに、まだなんのダメージも受けていない三体が背後から迫ってくるのがわかる。このままではいいようにやられてしまうが、剣を捨てて逃げるのは愚の骨頂。自ら敗北を決定づけることになってしまう。

 

「ッ、ヤワラカソウル!!」

『スルッスル!!』

 

 刃が途端にスライムのごとく柔らかなものとなる。そうなったところで咄嗟に抜き取り、

 

「ノビソウル!!」

『ビロ〜〜ン!!』

 

 振り向きざま、鞭のようにしなる刃を叩きつける。三体の"ドルイドン"にとってそれは不意打ちで、直撃を受けた彼らはグアァ、とうめき声をあげながら吹き飛んだ。

 

(──すげぇ……)

 

 その戦いぶりを目の当たりにして、ロディは率直にそう思った。タカマル相手に苦戦していたときと明確に何が変わったというわけではない。しかし、何かが違う。彼の騎士としての矜持がまざまざと、より鮮明に表れていた。

 

 ロディは、拳を握りしめていた。彼は自分とは違う人間、もといリュウソウ族──そう片付けてしまうのは容易いことだ。

 でも一緒に逃避行をして、その心にふれて……。

 

「!、デク、後ろだ!」

「!」

 

 二頭身の小柄な犬獣人型"ドルイドン"が背後から襲いかかろうとしているのを認めて、ロディは声を張り上げた。それを受け止めたグリーンはすかさず振り向き、獣人の巨大手裏剣の一撃を受け止めた。

 

「ッ、ツヨソウル!!」

『オラオラァ!!』

 

 竜装形態を切り替え、

 

『それ!それ!それ!それ!──その調子ィ!!』

「マイティ、ディーノスラァァッシュ!!」

 

 必殺の斬撃で、目の前の敵を斬り裂く──

 

「──ッ!?」

 

 犬獣人もまた、彼の攻撃を避けていた。それも、剣先の上に乗るという形で。

 退かそうにも、その重量が枷となって剣が動かない。焦りを募らせるグリーンに、"ドルイドン"たちは次々と攻撃を仕掛けていった。

 

「ぐ……ッ、う、あ、あ゛あッ!!」

 

 剣を捉えられた状態では、回避もままならない。容赦ない蹂躪にリュウソウメイルが傷つき、次第に生身の肉体へとダメージが伝播していく。

 

「デク……っ」

 

 手に汗握るロディとは対照的に、ガイセリックは満足顔で笛を撫でていた。リュウソウ族の騎士をこれほどまでに圧倒する"ドルイドン"。──すべての臣民がこれほどの存在たりえれば、周辺国はおろか世界さえも征服しうるに違いない。

 

 

 *

 

 

 

 正真正銘のドルイドンたるタカマルもまた、威風の騎士を圧倒しつつあった。

 

「ふ……、」

「ッ、クソが……!」

 

 床に片膝をつき、肩で息をするリュウソウブラック。その鋭い視線の先には、夜空を背にして翼を広げるタカマルの姿があって。

 

「………」

 

 彼はとりわけ感慨を見せるまでもなく、弓を構え、矢をつがえた。次が、くる。わかっていても、脳の指令に身体がついていかない。完全に動かないわけではないが、反応が明らかに遅れている。

 そうこうしているうちに、矢が放たれた。舌打ちしつつ、ぎりぎりのところで床を転がってかわす。

 しかし、それでひと息というわけではない。一条放つと同時に、タカマルは既に次を用意している。それを避ければ、さらにもうひと撃ち──

 

「ッ、ぐ……!」

 

 右腕の鎧を矢が掠める。一部が破損し、わずかな痛みもはしる。リュウソウメイルも既に限界を迎えつつあるのだろう。

 しかし、ここで退くわけにはいかない。ぎりりと歯を食いしばりながら、カツキはふたたび爆破を起こして跳躍した。

 

 

 *

 

 

 

「がはッ……あ……!」

 

 地下大広間に、少年の苦悶の声が響いていた。未成年ながら疾風の騎士の名をいただく彼は今、複数の"ドルイドン"によって痛めつけられていた。

 激しい攻撃の奔流に、彼は必死に喰らいつき、反撃を繰り出している。しかし彼がひとりであるのに対し、"ドルイドン"は五体。手数もそもそもの耐久力も異なる以上、どちらに分があるかは一目瞭然だった。

 

「──そろそろ、楽にしてやれ」

 

 勝利を確信したガイセリックは、そう命じるとともに笛を吹き鳴らした。それを受けた巨躯の"ドルイドン"が、グリーンの胴体めがけて拳を叩きつける。

 

「うっ──が……っ」

 

 もはや回避もままならない彼は、その一撃をまともに受けた。リュウソウメイル越しにも痛烈なダメージとなり、彼はゆっくりと膝から崩れた。

 そのまま倒れ込むと同時に、竜装が解ける。苦悶にゆがむイズクの顔が露になり、ロディは思わず息を呑んだ。

 

「デ……っ」

 

 呼びかける声は途中で声なき悲鳴へと変わった。俯せに倒れたイズクの背中を、巨躯の"ドルイドン"の足が力いっぱい踏みつけたのだ。

 

「がぁッ!?あ゛、ああ……っ!」

 

 ミシミシと、背骨の軋む音が響く。如何に生まれつき頑丈なリュウソウ族といえど、これでは長くは保つまい。イズクが、死ぬ。今度こそ、殺されてしまう!

 

「さあ、ひと思いにやれ!」

 

 宰相の声が響き、次いで、笛の音が──

 

「──もうやめてくれっ!!」

 

 それをかき消すように、ロディの叫び声が響いた。

 

「ロ、ディ……」

「………」

 

「もう……いいだろ、もう……っ」

 

 身体を震わせ、ロディは同じ言葉を繰り返す。何度も。笛を手にしたまま、ガイセリックはそんなスラムの少年を冷たい目で見据えていた。

 ややあって、

 

「……降参する。あんたの言う通りにする、だから──」

「ッ、ロディ……!何、言って──」

「良い心がけだ」ガイセリックの声が表面上優しいものとなる。「流石、血は争えんな」

「!、……どういう、意味だ」

 

 訝るロディに、ガイセリックは告げた。過去の出来事を──すべてを。

 

「きみの父、エディもかつて、我が国の臣民だったからだ」

「……!?」

 

 ロディは一瞬、目の前の男の言っている意味が理解できなかった。イズクにしてもそうだ。ロディの父親が、ガイセリックの協力者?

 

「エディは遥かの昔、今のきみと同様この神聖オセオン国の臣民であった。尤も、その地位には雲泥の差があったがな……」

 

 スラムのごみために生きる息子とは異なり、かつての父は宮廷魔導士としてその名声を恣にしていた。今から百数十年も昔──ロディが生まれて間もない頃までは。

 それを聞いて、はたと思い至った。あの昇降機に覚えた既視感、あれは気の所為どころかまったく事実に合致したものだったのだ。

 

「彼はわが国の繁栄に大いに貢献してくれた。その発明によって小国にすぎなかった神聖オセオンはこの大陸に覇を唱える大帝国となったのだ。余と同じく宰相の地位にあった高祖父・ヴァンダルは彼を信頼し、この国の根幹にかかわる多くのことを彼にまかせていた……」

 

 そのときだった。ガイセリックの表情が、憤懣に染まったのは。

 

「──だが、エディは消えた!この国のあらゆる機密を肚に抱えたまま、貴様ら家族を連れて逃げ出したのだ!そのために我ら一族は長らく代々の聖上陛下の信任を失い、余の代に至るまで逼塞することになった……!」

 

「エディが"リュウソウ族"なる長命の種族であることを、高祖父ヴァンダルは知っていた。ゆえにエディの発見は、わが家代々の使命であったのだ。そして、今から五十年前──」

 

 ついにエディの行く手を掴んだ。三人の子供もろとも、その咎を受けさせねばならぬ──百年の恨みが一家に降りかかろうかというとき、エディは先手を打った。自らがたったひとり、オセオンに帰還するという形で。

 

「エディはふたたびわが国に取り入り、無期限の奉仕を命ぜらる代わり百年の罪を赦されたのだ。まったく、したたかな男よ……」

「親父……が……」

 

 知らなかった、何も。だって父は何も話してくれなかった。己の過去のことも、未来のことも。そうしてなんの前触れもなく、姿を消してしまったのだ。

 

「……あんたらも、俺らと同じってわけかよ……」

「ああ、そうだ。──だがきみは違うだろう、ロディ?」

 

「父親は要人から自ら罪人に成り下がった。しかしきみには、その逆を行く道が残されている。決断すれば、きみをスラムのゴミと嘲う者は誰もいなくなる。余が、それだけの地位に引き上げてやる」

「おれ、は……」

「ッ、ロディ!!聞いちゃ駄目だ……ぐあっ」

 

 ぐりぐりと踏みつけられ、イズクはそれ以上の句が継げなくなった。

 ややあって、ロディがポケットからあるものを取り出す。──それは他でもない、この事件の端緒となった紅い鉱石だった。

 

「なん……で……」

「……持ってきてたんだよ。万が一、こういうときのために」

「……!」

 

 皮肉めいた笑みを浮かべながら、ロディは一歩を踏み出した。ゆっくり、ゆっくりと踏みしめるように。"ドルイドン"たちが道を開け、彼を迎え入れる。

 

「駄目だ……ロディ……!それを渡したら……!」

「……二度目だよな、デク」

「……?」

 

「あんたは結局、俺を守れなかった」

「……あ……」

 

 一瞬背骨が折られかかっていることも忘れるほど、イズクは頭が真っ白になった。

 

「別に責めちゃいねえ。あんたは俺を繋ぎとめておけるだけの力を示せなかった。ガイセリック……閣下は、そんだけのもんを持ってた。それだけのことなんだよ」

「ロ……ディ………」

 

 所詮、世の中は力だ。腕力、それに権力。ガイセリックは今、森羅万象を凌駕するだけのものをいずれも手にしている。これまでロディは、その"力"にただ虐げられるだけの人生を送ってきた。

 でも、今この瞬間初めて、"力"が自分を取り込もうとしている。ようやく、ようやく報われるべきときが、来る──

 

「ロディ……!ぼ、くは、まだ……っ」

「……いい加減往生際が悪いぜ、勇者サマ」

 

 そう言い捨てて──ついにロディは、ガイセリックの面前に立った。

 

「良い子だ、ロディ」

「………」

 

 ロディの手が、ゆっくりと差し出される。イズクはその光景を、無力感を覚えながら見ていることしかできなくて──

 

 そのときイズクは、不意に違和感を覚えた。なんら変わりないロディの姿かたち、しかし何かが欠けているような、漠然とした感覚。

 その答を探そうと全身を見回して──はたと気がついた。

 

(ピノが、いない?)

 

 ずっと肩に乗せていたはずのピノが、いつの間にか姿を消している。いったいどこに、と思っていたら、ロディの襟元がもぞもぞと動いて、ピンク色の球体が顔を出した。

 

(ピノ!)──彼はイズクをじっと見つめながら、捻り出した片翼を必死にばたつかせて何かを訴えかけている。主の、ロディの本心を代弁するかのように。

 いや、"よう"ではない。ピノの行動はロディの本心そのものなのだ。彼は今、表向きの言動とは異なる何かを起こそうとしている。

 

 ガイセリックの手が、やおらロディの掌に伸びる。そこに置かれた美しい鉱石に、指が触れる──

 

──刹那、ロディがそれを指で弾くようにして頭上へ放り投げた。

 

「な……!?」

「悪ィね、宰相閣下。俺、口約束はキホン信用しねーことにしてんだわ」

 

「例外は、あるケドな」

 

 そのひと言を契機として、ピノが主の背中から飛び出した。面食らうガイセリックの手元から、あるものを奪う。──そう、"ドルイドン"たちに指示を出していた笛だ。

 

「よっと!」

 

 すかさず跳躍し、鉱石をふたたび手にとる。くるりと空中で一回転しながら、ロディは叫んだ。

 

「デク!!」

「ッ、うおぉぉぉぉ!!」

 

 硬直している獣人"ドルイドン"の足下から強引に抜け出すと同時に、ノビソウルの力で伸長した刃を叩きつける。"ドルイドン"たちはその一撃を誰ひとりとしてかわせず、直撃を浴びて吹き飛ばされてしまった。司令塔を失い、彼らも相当混乱しているようだった。

 

「よし、これなら……!」

 

 "ドルイドン"を倒せる。そしてガイセリックを捕縛すれば──

 

 そんな少年の想像は、耳を劈くような炸裂音によって弾け飛んだ。

 

「────!」

 

 咄嗟に振り向いた彼が目の当たりにしたのは、拳銃を構えるガイセリック。──そして、脇腹から血飛沫を飛ばしながらよろめくロディの姿。

 その痩せた身体が天を仰ぐように傾いていく瞬間が、永遠のように思えて。

 

「……ロディ……?」

 

 どさりと音をたてて、ロディが完全に崩れ落ちる。その瞬間イズクは、ようやく状況を理解し、

 

 

「ロディ──っ!!」

 

 

 絶叫、していた。

 

 

 



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Ex. Tri-gale's Chronicle ⑩

「ロディ────ッ!!」

 

 脇腹に風穴を開けられ倒れ伏した友人の名を叫びながら、少年騎士は走っていた。

 その細い身体を抱き起こし、「ロディ、ロディ」と必死に呼びかける。真白いグローブが、血で赤黒く染まっていくのがわかる。イズクは手持ちの薬と包帯で出血を止めようと試みたが、他ならぬロディ自身の手がそれを妨げた。

 

「ロディ……?」

「ッ、おお、げさだよ……デク……。こんなん、日常茶飯事、だって……」

 

 笑みを浮かべようとしてみせるロディだが、頬は青ざめ、身体は震えている。もしも……もしもその言葉が事実であったとしても、今この瞬間こんな状態にある者を放っておくわけにはいかないではないか。

 

「おまえ、は、医者じゃない……騎士、だろ……?」

「そうだけどっ!」

「だったら!……いちばんにすべきは、悪を斬ること、だろうが……っ」

「ロディ……っ」

「早く、あいつらを、倒せ……。そんで、この国を、正してくれよ……。お前らにしか、できねー……」

「ッ、」

 

 諭すようなロディの声音は、彼が兄──それも、弟妹の唯一の庇護者としての──であることをイズクに改めて思い起こさせた。それでも彼は、精一杯自分に甘えて、頼って、騎士の使命を忘れさせまいとしてくれている。

 

「愚かなことを」

 

 少年たちの健気な想いに銃口を向ける男が、ここにいる。

 

「この国を正す?笑わせるな、我ら一族こそこの神聖オセオンを立て直し、正しく導いてきたのだ!百数十年生きてなお青臭さの抜けないような小僧どもに、我が国の針路をねじ曲げられて堪るものかぁ!!」

 

 ガイセリックはまたしても躊躇なく引き金を引いた。今度はイズクめがけて、その弾丸が吸い込まれていく──

 

 イズクは激痛の到来を覚悟していた。しかし炸裂音のあとも、まったくその類いの感覚は

 

やってこない。

 

 代わりに、ピンクの羽根がいくつも舞った。

 

「──ピノっ!!?」

 

 イズクを庇ったのは、ピノだった。ひよこのような丸っこい小さな身体に大穴が開いて、イズクの懐に崩れ落ちる。つくりものの身体からは、主と違って血が流れ出すことはない。しかしその身を包むあたたかさは、ロディ本人と同じだけの"命"の重みをイズクに味わわせた。

 

「無駄なことを……!弾はまだ残っているのだよ!」

 

 ふたたび発砲しようとするガイセリック。しかしイズクが動くまでもなく、次の瞬間異変が起こった。

 

 イズクの手の中でぐったりと横たわるピノが、突然ぼうっと発光しはじめたのだ。

 

「!、なんだ……?」

「……?」

 

 意識が朦朧としているロディさえ、怪訝な表情を浮かべている。こんな現象は初めて見るものだったのだ。

 

 ややあって──ピノの身体に開いた風穴から漏洩するかのように、光の束が飛び出した。

 それはたちまち、ひとつのシルエットを形作っていく。

 

『──ロディ、』

「!!」

 

 光に包まれた人型が、静かにロディの名を呼ぶ。それは年かさの男性のもので──イズクには当然聞き覚えのないものだったけれど、ロディにとってはそうではなかった。

 

「その、こえ……親、父……?」

「えっ──」

「ッ、エディか!!」

 

 ガイセリックの銃口が光る人影に向く。しかし発砲したところで、それは実体を持つものではない。

 

『ロディ……ロディ』

「……!」

 

 ロディの顔がくしゃりと歪む。──今さら、なんだ。そんな反発心とは裏腹に、目の奥から熱いものがこみ上げてくる。

 父の声をもっと聞きたい。そう欲する自分をロディは否定できなかったが、父の亡霊──なのかどうかもよくわからない──は名を呼ぶ以上の言葉を発することはできないようだった。それを承知で今、エディは愛する我が子を救うためにここに立っていた。

 

『──ロディ、』

 

 エディが手を伸ばす。すると、ロディの握りしめた鉱石も呼応するように光を放ちはじめた。光は溶け合うようにひとつとなり、そして、

 

「……?」

「!、これは──」

 

 ピノの姿が消え、代わりに残されたのは竜の頭部を模した真白いオブジェクト。──リュウソウル?

 

「ピノが……」

「………」

 

 冷たくなったロディの手が、そっとイズクの肩に触れる。はっと見遣れば、彼は弱々しいながらもはっきりと頷いた。ピノがリュウソウルに変化してしまったことへの動揺に、イズクへの信頼が勝っている。

 今は、その想いを受け取るだけだった。

 

「……ありがとう、ロディ」

 

 その場にそっとロディを横たえ、イズクは立ち上がった。ガイセリックの銃口が再び向けられる。そこから引き金が引かれるまで数秒とかからない。しかし"疾風の騎士"の動きはそれよりずっと早かった。

 

「──リュウソウ、チェンジ」

 

 弾丸が到達するより早く、『ケ・ボーン!!』と声が響く。イズクの周囲を覆うパーツがそれをはじき返す。

 そして、

 

「疾風の騎士──」

『リュウ SO COOL!!』

 

「リュウソウグリーン!!」

 

 右手にリュウソウケンを──そして、左手に新たなるリュウソウルを構える。ピノの身体を、ロディの父・エディの魂を宿したこのソウルに、あるべき名は。

 

「──ハバタキソウル!!」

 

 純白の煌めきを鍔に装填し、

 

『強!』

 

 一回、

 

『リュウ!』

 

 二回、

 

『ソウ!』

 

 三回、

 

『そう!』

 

 四回。

 

『──この感じィ!!』

 

『ハバタキソウル!!ビュンビュン、ビューーン!!』

 

 リュウソウグリーンの胴体が、純白の鎧によって覆われる。肩口が鳥の頭を模したような装甲で覆われ、背部からは小さな翼の先端が覗いている。

 一対のそれが、一気に展開した。

 

「──!」

 

 跳躍は、即座に飛翔へと変わった。鼻白むガイセリックの頭上を飛び越し、"ドルイドン"たちに向かっていく。

 笛による指示がなければ細かな状況対応はできないとはいえ、向かってくる敵に対して棒立ちのままでいるほど彼らも文字通りの無能ではない。各々グリーンを捉えようと攻撃を繰り返すが、翼を得、自由自在に宙を舞う彼に対して通用することはない。

 

「はぁ──ッ!!」

 

 推力を加えて放たれた斬撃は、通常のそれを遙かに凌ぐほどのエネルギーを発する。その直撃を浴びた男女一対の"ドルイドン"は光に呑まれ──そして、消失した。

 

「な、何……!?」

 

 唖然とするガイセリック。この国の切り札たりうると確信していた"ドルイドン"が、こんな一瞬で。

 同時に、イズク自身もまたその力の激甚ぶりを痛感していた。

 

(なんて力だ……!騎士竜でもないピノが、こんなにも──)

 

 ピノの制作者であるエディ──ロディの父は、こういう局面を想定していたのだろうか。

 息子が危機に陥ったとき、傍にリュウソウ族の騎士がいて、あの鉱石をめぐる攻防が繰り広げられていて……という状況が訪れるのを。

 まるで予言者のようだと思った。むろんその真なるところはわからない。エディは既に亡く、その魂も安らかな眠りについているだろうから。

 

 ただひとつ、はっきりしていることがある。

 

「エディさんは、間違いなくロディを、ロロくんとララちゃんを愛していた……!だからこそ、二度と会えないことも告げられずに姿を消したんだ!」

 

 意識の消えかかっているロディに聞こえるようにと、イズクはあえて声を張り上げた。広い地下空間にそれは反響し、幾重にもこだまする。

 

「ロディ……きみはお父さんとよく似てる。大切なものを守るために、苦しいことつらいことをひとりで背負い込もうとしてる。でも、もういいんだ。これ以上、きみにそんな思いはさせない。そのために今、僕にできることを!」

 

──きみに仇なすものを、打ち払う力を。

 

 その願いに呼応するかのように、広がる白翼が光り輝きはじめる。それらが粒子となって空間にばらまかれ、見る者の目を幻惑する。

 

「唸れっ!!」

 

 全身を覆う旋風が、そのままエネルギーに変わる。それを剣先に集め、

 

「──ハリケーン、ディーノバーストッ!!」

 

 濃縮した風力を、一挙に解放する。それは竜巻の形状をとって残る"ドルイドン"の三体、そしてガイセリックを捉え、情け容赦なく巻き上げていく。

 天井にまで到達した竜巻はその分厚い壁すらも突き抜け、さらに上昇していく。グリーンは少し考えたあと、自らそこへ入っていった。吸い上げられる身体を翼を使って制御しながら、敵ともども上昇していく。彼はこのまま摩天楼をぶちぬいてゆくつもりであったし、実際竜巻は頭打ちになる気配もなかった。

 

 

 *

 

 

 

「ぬぅん!!」

「がぁ──ッ!!?」

 

 爆破を巧みに操りかろうじて戦線を保っていたリュウソウブラックだったが、ついにタカマルの斬撃をその身に浴びてしまった。墜落、直後に床に叩きつけられた身体は、一瞬にして竜装解除にまで追い込まれてしまう。

 

「……よくもまあここまで粘ったものだ。称賛に値する、でござる」

「……クソドルイドンなんぞに称賛されたって、うれしかねーわ……クソがっ」

「フッ、そうか。では、一刀のもとに斬り捨ててくれようぞ!」

 

 刃を突きつける動作。それを肉の奥深くまで押し込むべく、タカマルは急降下を開始した。足掻こうとするカツキだが、肉体はもう思ったようには動かない。視線だけで殺せるならまさにそうなるだろう強さで、彼は宿敵を睨みつけた。

 そうしていよいよタカマルの姿が彼の視界を覆い尽くさんとした、刹那。

 

 あらゆるものを巻き込んだ竜巻が、床を突き破ってタカマルに襲いかかった。

 

「ぐおおおおッ!!?」

 

 タカマルも巻き上げられ、吹き飛ばされる。空中での姿勢制御にすぐれた彼は翼をはためかせてその渦中から脱することができたが、カツキからは大きく引き剥がされてしまった。

 

「ッ、なんだというのだ!?」

「──!」

 

 投げ出されたガイセリックとドルイドンが、床に叩きつけられる。それを追うように飛び出してくる、純白の鎧を纏ったリュウソウグリーン。

 

「かっちゃん、大丈夫!?」

「デク!?てめェその竜装は……」

「説明はあとでする!今ここで……こいつら全員まとめて倒す……!!」

 

 イズクの声音は騎士というよりもはや戦士のそれになっていた。兜に隠れた幼い顔立ちも、今では凄まじい威圧感を発していることだろう。

 

「フン……新たな力を得たようでござるが、このような紛いものどもと一緒にされては困る。わが剣技の神髄、其方に見せてくれよう!」

 

 気圧されることなく、タカマルはグリーンに斬りかかった。グリーンもそれを受け止め、反撃を仕掛ける。空中で鍔迫り合い、火花を散らすふたりの剣士。どちらも一歩も譲らぬ、翼をもつ者同士の戦いだ。

 

「後付けで翼を得たからと調子に乗りおって……!同じ空での戦いなら、生まれ出でたときより翼をもつ拙者が有利に決まっておろう!」

「うるせぇッ!!」

 

 グリーンの応酬は激しかった。ロディが聞けば重ねて驚くだろう程度には。

 彼の心は鴉などものともしない、血に飢えた猛禽類そのものだった。友人を傷つけ、苦しめた諸悪の根源たるこのドルイドンを、今ここで必ず討ち滅ぼす。頭の中にあるのはそれだけだった。

 

「おまえを倒して……この国に平和を取り戻すッ!!」

「ふん、国を覆う暗雲が拙者ひとりの責に帰するものと思うてか、これだから単細胞だというのだ、其方らリュウソウ族は!」

 

「拙者ひとりが悪なのではない、ガイセリックのみが悪なのではない。積み重なった血の歴史がこの国をそうさせているのだ。拙者を討ち、ガイセリックを失脚させたとて、この国はあの童のような力なき者どもを虐げ続けるのでござるよ!」

「ッ、そうだと、しても──!」

 

 考えたことがないわけではない。ドルイドンの侵攻が激しい地域ほど、街や部族同士の関係は融和的だった。逆もまた然り──表立った脅威のないここオセオンやクレイドなどは常に緊張関係にあり、武力衝突に至ることも珍しくはない。そして正義の名のもとに、自国民すらも平気で傷つける。

 四十年余の旅の中で、幾度も見てきた光景。──だからこそ、

 

「──答は出てンだよ、とっくになァ!!」

「!?」

 

 怒声とともに、背後で爆発音が響く。しまったと振り向いたタカマルの視界いっぱいに映

 ったのは、獰猛な笑みを浮かべるカツキ少年の姿だった。

 

──BOOOM!!

 

「グハァッ!?」

 

 爆炎をまともに浴び、重力のままに墜落を強いられる。大きなダメージではないが、態勢を崩されてしまったことは事実だった。

 そこに、新翠の騎士が迫る。

 

「おぉぉぉぉぉ──ッ!!」

「ッ、この程度で討たれてなるものか!!」

 

 愛刀"劫涅"を構え、仇敵を迎え撃つ。もはや互いに小細工は通用しない、純粋な力勝負しかありえない。タカマルは己の身を削る禁断の剣技の使用を決断した。

 

「"劫涅"よ、己が主の命を糧に獲物を喰らい尽くせ!!」

「!」

「"晦冥無間斬"──!!」

 

 膨大な闇を吸い込んだ刃が、向かってくる標的めがけて振り下ろされる。それを認めたグリーンだが、回避を試みることすらせず、まっすぐに突撃していった。その時間すら惜しいと感じたのだ。

 無論、無抵抗で受けるというわけではない。必殺の一撃を返すべく、彼もまたリュウソウケンの鍔に手をかけた。

 

『超!超!超!超!──イイ感じィ!!』

「ソアリング──ディーノ、スラァァァッシュ!!!」

 

 最大限のエネルギーを纏った刃と刃がぶつかり合う。旋風が巻き起こり、閃光が辺り一面にばらまかれる。反射的に腕で顔を庇いながらも、カツキは片目を開けて一部始終を見守ることをやめなかった。手出ししえないなら、最後まで見届ける。それも騎士の役目だと心して。

 

「おぉぉぉぉぉぉ────ッ!!」

「ガァァァァァァ────ッ!!」

 

 ぶつかり合う矜持と矜持。精神は鋼でも、肉体はそうではない。身に纏う鎧は少しずつ剥がれていく。とりわけ全身を覆ったリュウソウグリーンなどは、それが顕著だった。

 まず、兜にヒビが入る。右半分を中心に広がっていくそれらは、ややあって明確に兜の前面を破片へと変えた。ばらばらと崩れ落ちた中から、イズクの大きな翠眼が露わになる。

 

 しかしそこにあどけなさはない。鋭く滾ったそれは、まさしく騎士たる者の瞳であった。

 

──あんたなら、世界を変えてくれるか?

 

(変えるよ、ロディ)

 

(そのために今、きみの力で──!)

 

「こいつを……倒す────ッ!!)

 

 悪鬼を滅する刃が、敵の勢いすら己に取り込んで猛威となっていく。タカマルは懸命に抗おうとしたが、そうすればするほどリュウソウケンの勢いが増していく。やがて彼は少しずつ地上へと押しやられていった。

 

「お、のれぇぇぇ────ッ!!」

「うおぉぉぉぉぉ────ッ!!」

「いけぇ、デクゥゥ!!」

 

 幼なじみの声援を浴びて──彼は、ついに最後の一撃を遂げた。

 

 タカマルの身体が床に叩きつけられ、巨大なクレーターが生まれる。床にヒビが入っていき、タカマルの身が崩れ出す。

 

「拙者が、このタカマルが、リュウソウ族の小童ごときに討たれるなど……!ありえん、絶対に、認めんぞぉぉぉぉ────!!!!」

 

 皮肉にも、それが最期の言葉となった。

 

 凄まじい閃光と突風とが、辺り一帯を支配する。吹き飛ばされそうになったカツキだが、リュウソウケンを突き立てて懸命に堪える。せめてこの戦場に立ち続けると誓ったのだ、最後の最後まで。

 

 そうして光が収まった頃、そこに立っていたのは疾風の騎士ただひとりだった。易々とは破壊されないはずのリュウソウメイルは既にあちこちボロボロ、兜はほとんど破損してその素顔を覗かせている。

 

「……デク、」

「………」

 

 わずかに振り向いた横顔に、喜色は微塵も窺えない。──その理由は、明白だった。

 

「ロディが……」

「──!」

 

 息を呑んだカツキは……ややあって、彼らしからぬ静かな言葉を発した。

 

「まだ飛べんのか?」

「多分……高度を保つくらいなら」

「俺があのクソ宰相を見張っとる。おまえは下に降りて、悔いを残さず戻ってこい」

 




次がエピローグ……なんですが執筆の遅れにつき再延期といたします、すみません汗

あとでまとめて移動させようかとも思うのですが、感想の話数とずれるのをクウガで体験してますので避けたいところ。いかがしたものか……


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39.凍てつく翼 1/3

最終クール

今さらですがエイジロウ以外の面子の北国衣装は新十傑より(オチャコは十傑入りしてないので魔女っ子っぽい感じってことで……)
エイジロウは検索すると出てくるアニメ風絵のヤツです


 旧王国の北限を構成する北の大地。隣接する東西地方とは山脈や分厚い流氷に覆われた海によって隔絶されたこの地域は、その大部分を氷雪に覆われた不毛の地である。ただでさえあらゆる生きとし生けるものが厳しい生活を強いられているところに、とりわけドルイドンの侵攻が激しくなっている状況下。どんよりとした曇り空が、陰鬱な空気を助長しているかのようだ。

 

 そこに晴れ間をもたらしうる少年たちが今、南端の海岸より上陸しようとしていた。

 

「うわっ、寒ィ……!」

 

 第一声がこれ、先行き不安である。

 

「やはりエイジロウくん、それは薄着すぎたのではないか?」

「お、おお漢はいつだって一張羅に身を委ねるってもんよ……!」

「仔猫のように震えとるやん……」

「ディメにあっためてもらったらどうですか?」

 

 コタロウの発言に「おっそりゃいいなー!」と反応した者がいた。無論、エイジロウ本人ではない。

 

「………」

 

 皆の白けた視線が、コタロウの懐に集中する。果たしてそこには水色をした卵型の物体が我が物顔で鎮座していた。よくよく見ればそれの表面からは鳥のような足と嘴が突き出していて、一対の赤い瞳が皆を見回している。

 

「なんだよ皆の衆、プテラノドンが豆食ったような顔してぇ」

「いやそれどんな顔……」

「ハァ……」

 

 いったいこやつ……もとい、彼は何者なのか?

 それを説明するには、少し時間を巻き戻す必要があろう。

 

 ──彼らがモサレックスに乗って海峡を潜航しているときのことだった。時折分厚い流氷に足止めを食らうのを除いては、至って順調な航海。それが中盤に差し掛かった頃、不意にモサレックスが声をあげた。

 

「!、この気配は……」

「どうした、モサレックス?」

 

 よもや敵の襲来か。警戒を露にしつつ訊く相棒に対して、モサレックスの応答は意外なもので。

 

「これは"プテラードン"だ!」

「ぷてらあどん?」

「十番めの騎士竜ティラ!!」ミニティラミーゴも追随する。

「騎士竜だって!?」

 

 突然の邂逅──まだ相まみえてはいないが──は、少年たちを色めき立たせるに十分だった。新たな騎士竜……つまり、新たな仲間。厳しい戦いが待ち受けているだろう北の大地への上陸を目前にして、これは最上級の吉報に相違ない。

 

「で、どこにいんだ?」

「今探している!」

「兄弟、俺も助力しよう!」

「オイラと父ちゃんも探すぜー!」

 

 最終的には騎士竜総出となってしまった。エイジロウたちも当然、リュウソウルによる感覚強化を使って背上で捜索に参加する。

 そうして、カツキが苛立ちはじめる程度の時間が経過した頃だった。

 

 ──たす……けて……くれぇ……。

 

「!」

 

 聴こえた、声が。

 果たしてそれは、分厚い流氷の中にいた。既にチーサソウルを使用したあとのような、小さな体躯。それはともかく、その姿は卵のようで、でも意思疎通は明確にできていて──

 

「と、いうわけだ!」

「いや知っているが……しかし本当なのか、プリシャスに封印されてそんな姿になってしまったというのは」

「本当さ!自由に空翔べないのが不便だぜ……ま、こうやって抱っこされるのも悪かないけどナ!」

「確かにかわえーもんねぇ。せや、プテラードンじゃ名前負けしとるし、"ピーたん"って呼んでええ?」

「名前負けしてない!……ケド、かわいいオレにふさわしい愛称だな!いいぜ!」

(自分でかわいいって言った……)

 

 かわいいのは結構だが、それでしかいられないとなると一行としては非常に困る。騎士竜たちは単なるペットではなくて、ともにドルイドンと戦う頼もしい仲間であってもらわねば。

 

「どうにか封印を解く方法、考えなければな……」

「俺の炎を浴びせてやろうか!?」

 

 ディメボルケーノの発言。やはりというべきか、冗談には聞こえない。しかも、数名それに同調する者もいて。

 

「確かに、なんかこう……溶けそうだな、封印だけに」

「いや雑……」

「雑でもなんでも試してやらぁ。死ぬ気でやってできねーこたぁねえんだよ」

「ヒイィッ!?何こいつら、野蛮!蛮族!!」

「ア゛ァン!!?」

「……いちおう、王族なんだが」

 

 プテラードン……もといピーたんがブルブル震えだすのを認めたコタロウは、彼をそっと懐の中へ仕舞い込んだ。

 

「いくらなんでも乱暴ですよ……。どうせあっためるなら、温泉とか」

「温泉ったって、こんな寒ィところに都合よくねえって……」

 

 肩をすくめるスリーナイツ。しかし彼らは気づいていなかった。いちおうこの地域に来訪経験のあるイズクとカツキが、えも言われぬような表情を見合わせていることに。

 

 

 ──……、

 

 ──………、

 

 ──…………。

 

 と、いうわけで。

 

「ふー……って、あるんか──ーい!!」

 

 湯に浸かったオチャコのシャウトが響き渡る。それを即席の仕切りの向こう側で聞きながら、エイジロウは苦笑を零した。

 

「こんなとこにも温泉あるんだな、ツユちゃんたちのとことは全然環境が違ぇのに」

「この辺りには活火山が豊富だからね」イズクが応じる。「火山から流れ出すマグマの熱で、地下水が温められて噴き出してきてるんだ。外気と雪の冷たさで中和されて、ちょうど気持ちいい温度になってるんだよ」

「物足んねえわ」

「熱ィの好きだもんな、カツキ」

 

 それにしても、激戦区であろう北の大地でのはじまりがこんなのんびりしたものになるとは思わなかった一同である。この辺りにはドルイドンはおろか人間も、他の生物の気配もない。ただ自分たちだけが存在する世界というのは、静かで落ち着いていて、それでいてどこか座り心地が悪い。不思議な感覚だった。

 

「ふー……」

「……封印、解けそう?」

「ぜーんぜん」

 

 温泉の中でもコタロウの懐に落ち着いているピーたん。まだ出逢って一日も経たないのだが、すっかりここが気に入ってしまったようだ。

 そんな彼をじっと見つめながら、テンヤは考えていた。

 

(プテラードン……もとは空を飛ぶ騎士竜だったそうだが、そうなると……)

 

 空飛ぶ天空島の中にあるという、はじまりの神殿。そこへ辿り着くことが一気に現実味を帯びる。であればプテラードンの封印、一刻も早く解かなくてはならない。何か良い方法はないものか。

 テンヤが独りで唸っていると、不意にピーたんが「キャーッ」と裏声めいた悲鳴をあげた。

 

「あいつ、さっきからオレのこと穴が開くほど見つめてる!エッチ、スケベ!」

「なっ!?失敬な、ぼ、俺はきみの封印を解く方法がないものか考えていただけだ!」

「テンヤはエッチ……ゴホンっ!……"叡智の騎士"だからな。じっくり考えるのは大得意なんだぜ」

「ふーん……。なんか思いついたぁ?」

「いやてめェも考えろや、てめェの問題だろうが」

 

 カツキが容赦のない正論をぶつけるも、ピーたんは「ふん」と鼻を鳴らしてそっぽを向くばかりだ。ぬくい湯から極寒の中へ戻る決心がつかないのと同じくらい、状況は膠着している。

 

「………」

 

 そんな中、マイペースにも湯の温かさを堪能していたショートであったが、不意に奇妙な気配を感じて振り返った。しかしそこには雪に覆われた大岩が並ぶばかりで、当然ヒトや動物の姿かたちは見当たらない。無論、ドルイドンも。

 

「どうかした、ショートくん?」

「……いや、なんでもねえ」

 

 気の所為か。慣れない環境で神経が過敏になっているのかもしれない。

 しかし視認できなかっただけで、"それ"は確かにそこにいたのだ。降り積もった真白い雪の中に、漆黒の影が熔けるようにして消えていった。

 

 

 *

 

 

 

 リュウソウジャー一行と時を同じくして、ドルイドンのナイトもまた北の大地に上陸していた。

 

「6,500万年前と変わらないなあ、ここは」

「………」

 

 心臓の描かれた符を弄びながら歩を進めるプリシャスのあとに続きながら、ワイズルーはギリギリと歯を噛み鳴らしていた。己の心臓が、あの符の中に閉じ込められている。それがぐしゃりと握りつぶされたとき、自分は死ぬのだ。それを盾に隷属させられている、グレイテストエンターティナーである自分が。

 

「おのれぇ、口惜しや……!」

「何か言ったかい、ワイズルー?」

「!、な、何も言っていないでショータァイム!!」

「あぁそう。──着いたよ」

 

 そこは大昔に造られたのだろう古城だった。氷雪に覆われ、その大部分が純白に覆われている。──主をとうに失い、朽ち果てるのを待つばかりとなった楼閣は今、世界に仇なす人外の怪によって占拠されている……。

 

 

 城に入ったプリシャス一行をまずもって出迎えたのは、大勢のドルン兵の群れだった。彼らは左右にずらりと並んで主のための道をつくり、ひとりとして例外なく敬礼している。その乱れのなさは自由人?の集まりのドルイドンらしさとは対極にあるもので、クレオンなどは一瞬雰囲気に呑まれかけた。一方、隣のワイズルーはハイタッチを仕掛けてドルン兵たちを困惑させるなどしていたのだが。

 

 そしてそのゴールに、白銀の鎧に全身を包んだ馬面の怪人の姿があった。面頬などで飾ってはいるが、馬面……というより馬そのものの顔立ち。彼もれっきとしたドルイドンであった。

 

「お帰りなさいませ、プリシャス様!」

「ただいま、シグルト。──サデンはいないのかい?」

「はっ!サデン殿はリュウソウジャー追討に出て戦死されたウデン殿の後を引き継ぎ、城塞都市セイン・カミイノ攻略の最中であります!」

「ふぅん、そう」さして興味もなさそうに頷きつつ、「そのリュウソウジャーたちだけど、ボクらと時を同じくして上陸してると思うんだ。キミにヤツらの抹殺を頼みたいんだけど、いいかな?」

 

 頼むと言いつつ、それが脅しを含んだ命令であることをワイズルーは身をもって知っている。ただこのシグルトという馬面のドルイドンは、心底からプリシャスに忠誠を誓っているようだった。「無論であります!」と敬礼する姿に、一点の心の揺らぎもない。

 

「プリシャス様より賜りしわが愛馬、スキンとフリンも血に飢えております。遠からず吉報をお持ちできるかと」

「フフ……頼もしいねえ。よろしく、シグルト?」

「ははっ!」

 

 恭しく敬礼すると、踵を返してこちらに歩いてくる。ワイズルーの横で一瞬立ち止まると、

 

「フン!」

「……!!」

 

 露骨に鼻を鳴らし、そのまま歩き去っていく。ワイズルーは憤慨したが、この場で意趣返しができるわけもない。ハンカチを口にくわえて、グギギギギと唸るばかりだった。

 一方のクレオンも、決して愉快な心持ちではなくて。

 

「……やっぱり、オレは無視かよ……」

 

 シグルトの視界には良くも悪くもワイズルーしか入っていないことに、彼は気づいていた。

 

 

 *

 

 

 

「ふぃー……いい湯だったぁ」

 

 結局一時間近くも長湯をして、しっかり温まったところで一行は温泉を出た。極寒の中で体温が急激に下がっていくのを感じつつ、そそくさと着替える。とはいえ皆厚着なので、終わりには時間がかかるのもやむないことであった。

 

「あれ?これ、どう着けんだっけ……?」

「見せてみろ……──これ、どうなってんだ……?」

「ムッ、ふたりとも仕方がないな!ところで俺の手袋はどこへ行ったか知らないだろうか!?」

「がぁあッ、めんどくせーなボケボケ三兄弟!!」

 

 一部でこんなやりとりが行われているのを、岩場に置かれたピーたんは冷めた目で見つめていた。人間にしろリュウソウ族にしろ、服で身を包まねば寒さに堪えられないし、そもそも猛暑だろうとなんだろうと裸でいるのは破廉恥だということになる、難儀な生き物だと思っていた。

 

(やれやれ……)

 

 暫くは唯一リュウソウ族ではないというお坊ちゃんの懐生活かとため息をつく彼の背後に、黒い影が忍び寄っていて──

 

「──わぁあああああっ!!?」

「!?」

 

 刹那、唐突に響くピーたんの悲鳴に、一行ははっとそちらを見遣った。漆黒の"何か"──そう形容するほかない謎の存在である──に絡め取られ、卵型の身体は為すすべもなく引き摺られていく。

 

「なっ、なんだ!?」

「ドルイドンか?」

「わかんないけどとにかくやばい!──ハヤソウル!!」

 

 着替え終わっていたイズクとカツキが咄嗟に追跡を開始する。後者がブットバソウルを使用した際の文字通り爆音によって、場所を隔てて着替えていたオチャコが慌ててやってきた。

 

「ちょっ、何?ケンカぁ?」

「違ぇ!ピーたんが盗まれたっ!!」

「えぇっ!?」

「とにかく俺たちも追うぞ。エイジロウ、テンヤ、いいか?」

「うむ、手袋は見つかった!」

「ちょっ、待って……あとこれだけ……っし、できた!」

「僕も行きます。ピーたんあっためてあげないと」

 

 ともあれ一同、ピーたんを追って吹雪の中を走り出した。

 

 

 



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39.凍てつく翼 2/3

 

 ピーたんを包み込むようにして攫った漆黒の影。それはずるずると縮んでいき、やがてその頭部が"主"のもとへと到達した。

 

『連レテ来タゾ、フミカゲ』

「ご苦労、"黒影(ダークシャドウ)"」

 

 鴉のような頭部をもった影を"ダークシャドウ"と呼ぶのは、やはり鴉を模したような仮面で頭を完全に覆い隠した小柄な男だった。声色は低く鋭いが、年若くも感じる。いずれにせよ、年齢不詳。

 そしてそこにはもうひとり、青年の姿があった。

 

「いやぁ、いつもながら大したもんだ」

 

 フミカゲと呼ばれた男とは対照的な軽薄な口調。後ろに流した金髪に薄い顎髭、何を考えているのか読みがたい三白眼と、フミカゲほどではないにせよこちらも年齢を推し量り難い容姿をしている。ただ彼の場合、漆黒の軍服めいた衣装の背中から生えた一対の赤い翼という、鮮烈にも程がある特徴にまず目がいくのだけれど。

 

「うぇぇん、なんなんだよお前らぁ!オレが封印された状態だからって舐めると痛い目遭うぞぉ!!」

「!、この球体……喋るのか」

「へぇ、こりゃ興味深い。ゾクゾクするねぇ……な〜んて──ん?」

 

 かの青年?が顔を上げる。と同時に、BOOOOM!!とお決まりとなった爆音が辺り一帯に響き渡った。

 

「てめェらかプテ公盗ったンはあああああ!!!」

「!!」

 

 一気呵成に襲いかかるカツキ。フミカゲも青年も咄嗟に飛びのいたことで難を逃れたが、彼の振るう刃の追撃はなおも続いた。

 

「ひぇっ……恐ろしかぁ」

「ッ、ここは俺たちが!」

 

 フミカゲの足下から"ダークシャドウ"が飛び出し、カツキに喰らいつかんとする。一瞬目を丸くした彼は、しかし剣を振るってそれに対抗した。ふたたび起きる爆発により、重苦しい曇天に閉ざされていた世界が一瞬白く染まった。

 

『ウギャアッ!?』

「黒影!?」

 

 慌てて引っ込む黒影は、明らかに光が苦手なようだった。勢いに乗ったカツキが突撃しようとしたところで、イズクたちも追いついてくる。

 

「かっちゃんっ!!……って、相手人間じゃないか!?」

「人間だろーがコソ泥だ!!」

「だからってダメだよ、殺す気!?」

 

 フゥ、と有翼の青年はため息を零した。積極的に殺しにかかってこようとしているほうも止めようとしているほうも、相当な手練とみえる。それでも同数の対決ならばと思っていたら、その後ろからさらに複数の少年たちが駆けつけてきてしまった。

 

「あんたらか、ピーたんを攫ったのは!?」

「ピーたん美味しくないで!……たぶん!」

「……食用目的ではないんじゃねえか?」

「食用はないとしても、何が目的だ!?」

 

 次々に問い詰められるが、青年はまったく意に介さなかった。いちいち答えようという気もなかったのだ。

 

「……隊長、どうする?」

「だからもう隊長じゃないって。──決まってるでしょ?」

 

「──逃げる、一択♪」

 

 言うが早いか、彼らは揃って飛翔した。大尉と呼ばれた青年は翼を広げ、フミカゲは"ダークシャドウ"を己が身にマントのように纏わせて。

 

「ッ、待てやゴラアァァァァ!!」

「ちょっ、かっちゃん!……もうっ!」

 

 ブチ切れて追跡を開始するカツキに、いちおう彼の制止を試みながらも本音では戦闘態勢をとりつつあるイズク。相変わらずの幼なじみコンビに気圧されながらも、エイジロウたちも積極的に続いた。悪党?の手からピーたんを取り返さねば。

 

「ノビソウル!」

「マワリソウル!」

「オモソウル!」

 

 追跡&攻撃に特化しているふたりに対して、スリーナイツは様々なリュウソウルを使って捕捉を試みる。しかし彼らの飛翔は速いばかりか縦横無尽で、なかなかその射程圏に捉えることができない。

 それどころか、

 

「しつ……こいなァっ!!」

 

 飛び続けながら首だけこちらに傾けた青年が、次の瞬間翼から羽根を分離、射出した。

 

「!!」

 

 手裏剣のように飛んでくるそれらは、先端が鋭い光を放っていた。咄嗟に剣で弾こうとするが、そのぶん足は止まる。牽制としてはこれ以上ない攻撃だった。

 

「ッ、クソが……!」

「あの羽、何なんだ?つくりものじゃなさそうだ」

「マシラオくんの尻尾と同じようなパターンかも……!」

 

 この世界には少数だがいるのだ、尻尾や翼、吸盤などといった、別の動物の特徴を有して生まれてきてしまう人々が。

 彼らは常人では得がたい能力と引き換えに、多かれ少なかれ人間社会との乖離に苦しむことになる。オチャコが挙げたマシラオ少年、それに地下に集落をつくって暮らしているメゾウという青年もいたか。

 

「人間が小細工弄したところでなァ、俺らには勝てねえんだよォ!!」

「いやそれ悪役の台詞!」

 

 仲間たちの突っ込みや叱責も構わず、カツキが爆刃を振るう。雪が弾け飛び、溶融して局地的な雨が降る。それを避けながら、青年たちは長期戦を覚悟した。

 

「きみと同年代だろうに、やるなぁこの子たち……」

「ッ、我々とて負けてはいない!──"黒影"!」

『アイヨっ!』

 

 くるりと踵を返すと同時に、マントのごとく背中に纏っていた"黒影"がぐにょりと腕を伸ばす。どこからどう見ても影のかたまりとしか言いようのない姿だが、その手の先端は鋭く尖っていて。

 

「ッ!」

 

 咄嗟に躱すカツキだが、頬をわずかに掠め、血が噴き出す。飛び散ったそれが真白い雪原に紅い彩りを与える瞬間は、たとえ軽傷だと明らかであっても大きな視覚効果をもたらした。

 

「かっちゃんっ!!」

「チィ……っ!──デク、マブシソウルだ!そいつは光に弱ぇ!!」

「わかった!──マブシソウル!!」

『ピッカリーン!!』

 

 リュウソウケンから眩い光が放たれ、辺り一帯を純白で覆い尽くす。先ほどとは比較にならない光量に、"ダークシャドウ"は逃げるすべもなく晒された。

 

『ギャアアアアァァァ………』

「"黒影"ッ!くっ、面妖な術を……!」

 

 影が無残にもしゅるしゅると萎んでいく。飛翔のすべを失ったフミカゲは、歯噛みしながら地上に降り立った。一方で"隊長"と呼ばれた青年は空中にとどまり、フラット極まりない表情で状況を観察していた。

 

(駆け出しの勇者かそこらなら何人いようが関係なかばってん……こいつら、普通じゃなか)

 

 ふと、ドルイドンと戦っているという六人組の鎧騎士たちの噂を思い起こす。ここより南方では、ドルイドンの起こす事件が彼らによって解決へ導かれ続け、徐々に平和が戻っていっていると。

 そしてその六人組──リュウソウジャーの正体は、未だ年若い少年たちであるとも云われていた。半信半疑だったが、もしかしたら──

 

 "隊長"の思考が極まりつつあったそのとき、不意にショートが声をあげた。

 

「!、皆、攻撃を中止しろ!」

「ア゛ァ!!?」

「どうした、ショート?」

 

 耳を澄ますショート。そして次の瞬間、鋭い表情を浮かべてこう言った。

 

「ドルン兵の……大群の足音だ」

「!」

 

 身構えると同時に、吹雪の中からショートが言った通りの者どもが姿を現した。一糸乱れぬ所作で行進してきた彼らはいきなり攻撃を仕掛けてくることもなく、ぐるりとリュウソウジャー一行とふたりの"ドロボウ"を包囲してしまった。

 

「ッ、囲まれた……!」

「こいつらだけなら大したことねーわ!行くぞてめェら!!」

「おうよ!」

 

 ドルイドンが相手なら、とるべき行動はひとつ。彼らもまた円形に背中を合わせて敵に対峙すると、一斉にリュウソウルを構えた。

 

「「「「「「リュウソウチェンジ!!」」」」」」

『ケ・ボーン!!』

 

『ワッセイワッセイ!そう!そう!そう!』『ドンガラハッハ!ノッサモッサ!』

『ワッセイワッセイ!それそれそれそれ!!』『エッサホイサ!モッサッサッサ!』

 

 逆円陣を組んだ六人を、さらに取り囲み踊り狂う小さな騎士たち。そして、

 

『──リュウ SO COOL!!』

 

 騎士たちが鎧のパーツへと姿を変え、六人を球状に取り囲み──覆い尽くす。

 そうして露になった姿を目の当たりにして、予想だにしなかったフミカゲはただただ驚愕していた。

 

「!、あれは……!」

「………」

 

「──勇猛の騎士!」

「叡智の騎士ッ!!」

「剛健の騎士!」

「疾風の騎士!!」

「威風の騎士……!」

「栄光の騎士、」

 

 一斉に散開する六人。リュウソウケンを振るい、ドルン兵たちと斬り結びながら、やあやあ我こそはと名乗りを継いだ。

 

「リュウソウレッド!!」

「リュウソウブルー!!」

「リュウソウピンクっ!」

「リュウソウグリーン!!」

「リュウソウブラックゥ!!」

「リュウソウ、ゴールド!」

 

──正義に仕える気高き魂、

 

「「「「「「騎士竜戦隊、リュウソウジャー!!」」」」」」

 

 斬り捨てられたドルン兵たちがばたばたと倒れ伏す。一面の銀世界に現れた色鮮やかな六色が、青年たちの目に焼き付けられた。

 

(やっぱそういうこつか……さあて、どうするかね)

 

 流石にドルイドンを"敵の敵は味方"とする選択肢はない。彼らに加勢して恩を売っておくべきか、この混乱に乗じて逃げるか。普通なら後者だが、彼らとは一度きりの邂逅では済まないような予感が彼にはあった。

 戦場の端でじっと考え込んでいた青年は、背後から接近する影の存在にぎりぎりまで気付けなかった。

 

──ざり、

 

「!」

 

 雪を思いきり踏みしめる足音に振り向いたときには、コタロウ少年が飛びかかってきていて──

 

「よっと」

「ッ!?」

 

 子供の襲撃など寝ていても躱せる。それどころか、すれ違いざまにひょいと首根っこを掴んで捕まえてしまった。

 

「ははっ、行儀の悪い坊やだなぁ。キミも彼らのお仲間?」

「〜〜ッ、行儀が悪いのはどっちだよ……」

 

 コタロウは歯噛みした。このまま雪の中に放り出すこともできるだろうに、それをしないのは優しさのつもりか。腹立たしい。

 しかし片手がコタロウに費やされたことで、ピーたんに対する拘束は間違いなく緩んだ。──紅い猛禽類のような瞳が、ぎらりと輝く。

 

「チュチュチュチュチュチュチュン!!」

「ッ!?」

 

 鋭い嘴が唐突に手をつつきまくり、痛みに備えていなかった青年は思わずピーたんを取り落としてしまった。その隙を突いてコタロウも身を捩り、自らの意志で雪の中にダイブした。

 

「コタロウ〜!」

「ふぅ……ナイス、ピーたん」

 

 今度こそ放さないよう、しっかりと抱きしめる。ピーたんは何故か「キャーッ」と照れていた。

 

「ッ、」

 

 反射的に動くフミカゲだったが、その動きを押し留めたのは意外にも青年だった。

 

「──いいよ。こんなこそ泥みたいなやり方、リュウソウジャー相手じゃ最初っから通用しなかったんだ」

「………」

「それに、俺たちもぼうっとしてはいられないようだ」

 

 飄々とする青年たちを、ドルン兵たちの一分隊が取り囲んだ。戦場に人間がいれば、彼らが目をつけないわけもない。

 

「坊や、俺たちから離れないように」

「!」

 

 事実上の守護宣言に目を丸くしているうちに、ふたりはなんら躊躇することなく戦闘を開始した。

 

 

 一方、リュウソウジャー六人の戦闘は、順調に推移……していなかった。

 

「ッ、オラァ!!」

 

 リュウソウケンを振るい、長槍ごとドルン兵を両断しようとする。しかしその刃が到達しようとした瞬間、別のドルン兵が二体、両脇から割り込んできた。

 

「!?」

 

 ドルン兵同士で、仲間を庇った?今までにない敵の行動に呆気にとられたのもつかの間、今度は三位一体、見事な連携攻撃を仕掛けてくる。

 

「こいつら……っ!」

「!、カツキっ!!」

 

 咄嗟にメラメラソウルで強竜装を遂げたレッドが援護に入る。凍てつくものを融かす炎の一撃は、そのパワーによってドルン兵たちを力づくで押し飛ばした。

 

「チッ、援護なんざ求めてねー!!それよりここじゃブットバソウルが弱ぇ、メラメラよこせや!!」

「横暴だなもぉ……ほらよ!」

 

 竜装を解除し、ブラックに差し出す。それ以上の戦力を、今の彼はもっている。

 

「マックスリュウソウチェンジ!!」

『メラメラソウル!メラメラァ!!』

『マックス、ケ・ボーン!!──オォォォ、マァァァックス!!』

 

「連携なら……こっちだって敗けちゃいねぇんだ!!」

 

 己を奮い立たせるように叫びつつ──このドルン兵の軍団が今までとは違うことははっきりしていた。明らかに統制がとれているし、個々の練度も高い。今までなら生身でも優位をとれるような相手だったのに、マックスリュウソウチェンジや強竜装に頼らざるをえないのが良い証拠だった。

 

「北方のドルイドンが、これほどまでに強力だとは……!」

「あぁもうっ、粘る……!」

「それにしても、彼ら……」

 

 銃撃を牽制代わりにしつつ、ゴールドが"そちら"に目を遣る。コタロウを守りつつ、ドルン兵と戦う有翼の青年と黒面の少年──年齢不詳だが、所作や小柄な体格からの推測である──。彼らは生身の人間でありながら、その翼や"ダークシャドウ"と呼ばれる影を操って巧みに戦っている。

 

「やるな、あいつら。あいつらも勇者(ヒーロー)なのか?」

「泥棒するような人たちを、勇者とは思いたくないけど……」

 

 ただ以前デンキたちが言っていたように、勇者といっても千差万別である。特別なライセンスがあるわけではないから、中には野盗崩れのような連中もいないわけではない。旅の経験が長いイズクなどはそういう人間と遭遇したことも多々あったが──あのふたりからは、それらとも違う相応の実力があるようだった。

 

(とにかく、こいつらを早く片付けないと)

 

 プテラードンはコタロウの手に取り戻した。場をリセットして、改めて彼らと対峙しなければ──

 

 しかし着実にドルン兵同士の連携を崩し、その数を減らしはじめたところで、何処からか馬のいななくような声が響いた。

 

「!」

 

 その音に反応したのはリュウソウジャーたちだけではなかった。攻撃をとりやめたドルン兵たちが一斉に後退していく。それと入れ替わるように、重厚さと軽快さを兼ね備えた足音が接近してくる。

 果たして現れたのは、白と黒、二頭の馬に似た魔物に率いられた馬車だった。騎乗するは、全身を銀鎧で覆ったやはり馬面の怪人。

 

「おまえは……!」

「てめェがこの辺りにシマ張ってるドルイドンか!」

「如何にも」騎乗したまま、怪人が応じる。「私はルーククラスのシグルト。プリシャス様の忠実なる部下である!ちなみにこれらはわが愛馬、スキンとフリン」

「プリシャスの……!?」

 

 プリシャス──突如として宇宙から降り立った悪魔のようなドルイドン。今までに相対した中でも群を抜く実力の持ち主であった彼は、他のドルイドンさえも従えているのだ。

 

「プリシャス様の命により、貴様らを殲滅してくれる!!」

「ッ、やれるもんならやってみろってんだ!!」

 

 真っ先に突撃したのはマックスリュウソウレッドだった。相手はルーク、タンクジョウやガチレウスと同等、ウデンより下。ならば策など弄さず、徹底的に叩きのめす!

 

──そんな思考は、この馬面のドルイドンにはお見通しだった。

 

「私をルークと知って侮ったな?貴様らがチームであるように、我らも心を通わせワンチームである!──愛馬たちよ、行くぞォ!!」

 

 黒白の双馬が嘶きをあげ、次の瞬間走り出す。雪原の上でありながらスリップなどまったく恐れぬ急加速。それに対してマックスリュウソウレッドは、慣れない雪に足をとられフルスピードが出せずにいる。

 

「ッ、このォ!!」

 

 それでもすれ違いざまに爪を振るうが、見事な方向転換により避けられてしまう。

 

「ハハハハハッ、ウデン殿を倒したのは貴様だったな!あとでゆっくり料理してやる、そこで指を咥えてみていろ!!」

「ッ!」

 

 マックスリュウソウレッドが振り向いたときにはもう、シグルトは彼の仲間たちに迫りつつあった。

 

「さあ、誰から処理されたい!?」

「そっちこそ、舐めとったら痛い目見るよ!!」

 

 あえて飛び出したのはリュウソウピンクだった。ドッシンソウルで竜装した巨拳を構えて馬車の前に立つ。

 

「はあぁぁぁぁ……──どりゃりゃりゃりゃりゃりゃりゃりゃりゃ!!!」

 

 肉薄と同時に拳を振るう、振るう、振るう!魔馬たちはそれを一身に受けながら、悲鳴ひとつあげずに突撃を継続している。

 

「スキンとフリンはどれほど痛めつけられようと、命ある限り命令を遂行する!貴様のような小娘に止められはせぬわぁ!!」

「──てめェの敵は小娘ひとりじゃねえんだよォ!!」

 

 右からブラックが、左からブルーとグリーンが迫っていた。狙いは騎手その者。なるほど悪くないと、シグルトは思った。

 悪くないだけで、予想しやすいにも程がある集団戦法だとも思ったが。

 

「フン!」

「!?」

 

 紅蓮を纏った刃が、シグルトの携えるスピアに受け止められる。そして反対方向から攻めたてるブルーとグリーンの斬撃は、もう一方の手中にある丸楯に弾かれてしまった。

 そして、

 

「きゃあぁっ!!?」

「オチャコっ!?」

 

 ついに押し負けたオチャコが吹っ飛ばされる。その勢いのまま十数メートルは前進したシグルトと馬たちだったが、スピードを落とさぬまま方向転換してふたたび襲いかかってきた。

 

「接近戦は不利だ、ここは俺が!」

『強・竜・装!!』

 

 ビリビリソウルの鎧を纏い、電光弾を乱射する。炸裂音をたてながら舞い散るそれらは時折降り積もった雪を飛沫へと変える。しかし肝心のシグルトには、一発も命中しない。

 

「ハハハハッ、下手な鉄砲数撃てど無駄弾だ!!」

「ッ、こいつ……!」

「──だったらでけぇ一発、お見舞いしてやらぁ!!」

 

 ついにマックスリュウソウレッドが再参戦した。進行方向に立ちふさがった彼は、手始めとばかりにマックスリュウソウチェンジャーにカルソウルを装填した。

 

『リュウ!ソウル!!』

「もう一丁!──コスモソウル!」

『強!リュウ!!ソウル!!!』

 

『アメイジィィング!!』──鉤爪が唸りをあげると同時に、マックスリュウソウレッドはその尖端を雪原へと突き刺した。途端、リュウソウルから発せられたエネルギー波が地を走り、シグルトへと襲いかかった。

 

「ヌゥ……ッ!?」

 

 それは直接的な攻撃などではなく、だからこそシグルトは避けきれなかった。小宇宙の力と無重力の力。ふたつが重なりあって、かのドルイドンをゼロ・グラビティの檻に捉えた。

 

「っし、今だ……!」腰を獣のごとく落とし、「エバーラスティングクロー!!」

 

 雪原を蹴ると同時に、激しい空気摩擦を起こしながら跳躍する。降りしきる雪を弾き飛ばすほどの錐揉み回転とともに、シグルトの首を狙う──!

 

「ムゥ、これがウデン殿を葬り去った技か……!」

 

 そればかりか、主プリシャスがわざわざ模倣を試みた必殺技。ルーククラスの自分が喰らえば、そのウデンと同じ運命を辿ることは必至だろう。

 一計を案じた彼は、思いもよらぬ強引な手段に打って出た。盾を構えて呪文を唱え──たちまち、巨大化へと至ったのだ。

 

「フン!」

「なっ──ぐほっ!!?」

 

 一瞬鼻白んだマックスリュウソウレッド、それが命取り?となった。同じく巨大化した丸楯を突き出され、なすすべなく弾き飛ばされてしまったのだ。

 

「エイジロウくん!?」

「エイジロウっ!!」

「ッ、痛てて……あのヤロー、なんつー無理矢理な」

 

 まあ、良い。相手がその気ならこちらも騎士竜たちを呼ぶまでだ。──しかしそう考えたのもつかの間、背後から伸びてきた影が一同を包み込んだ。

 

「うわぁ──!?」

「"黒影"、行くぞ」

『アイヨ!』

 

 吹雪のもたらす純白に融けるように、漆黒の影が消えていく。リュウソウジャーもろとも。

 

「ムゥ!?……妙な連中を味方につけおって!」

 

 誤解から憤激するシグルトだったが、すぐに気を取り直して馬車を走らせはじめる。この北の玄関口は、彼にとってホームグラウンド。身を隠しうる場所もすべて熟知している。

 

「首を洗って待っていろ、リュウソウジャー!」

 

 



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39.凍てつく翼 3/3

 

 北の大地の西端に、朽ち果てた古代遺跡が静かに佇んでいる。大部分が雪に埋もれたそこは、人間はおろか野生動物ですら入り込むこともない、忘れ去られた無間の地と化していた。

 しかし今、その最奥に人ひとりの影が蠢いていた。すらりとした長身に、雪にも劣らぬ真白い頭髪。目を瞠るような、完成された彫刻のような美しさがそこには宿っていて。

 

 そのアイスブルーの瞳は、壁面に刻まれた古代文字を熱心に追いかけているようだった。今現在も、そしてこの先も他者が訪うことなど考えられない独りぼっちの空間で、青年はふいに唇をゆがめていた。

 

「絶対零度の炎、か」

 

 

 *

 

 

 

「ふぅ、とりあえず撒けたか」

「とりあえず撒けたか、じゃねー!!」

 

 有翼の青年の言葉に、カツキは例によって爆ギレをかましていた。それを仲間たちがどうどうと宥めるのも恒例のシーンである。「こいつ怖ぇ〜」とピーたんがコタロウの懐で震えているところだけが新鮮か。

 

「こそ泥どもが、コイツ盗んだだけじゃ飽き足らず、俺らの邪魔ァしやがって!!」

「邪魔って……あんなでかいドルイドン、きみらにどうにかできるの?」

「できます!我々には騎士竜という頼もしい仲間がいるのですから!」

「!、騎士竜……ふぅん、なるほどねぇ」

 

 意味深に相槌を打つ青年は終始ミステリアスな雰囲気を醸し出していて──行動をともにする寡黙な鴉の面の少年と併せて、山賊崩れにはどうしても見えなかった。

 

「あの……あなたたちは一体?」

「ああ、これは失敬」

 

 青年は自らを"ケイゴ"と名乗った。聞けば彼は最近まで城塞都市セイン・カミイノ守備隊のいち隊長職を務めていたのだという。フミカゲ少年はその部下だったのだと。

 

「ま、今は守備隊を辞職して、彼と一緒に気ままな勇者稼業ってわけさ」

「そんな立派な経歴の人が、どうしてピーたんを盗もうとしたんです?」

 

 コタロウの物言いには明らかに棘があった。「そーだそーだ!」とピーたんも囃し立てている。短気な相手なら挑発と受け取りそうなものだが、ケイゴ青年は飄々としていた。

 

「最近知り合ったお仲間たっての願いでね。彼はどうしてもその子が欲しいそうなんだ」

「ええっ、オレをぉ?」

「騎士竜のことが欲しいなんて……いったいどういう人なんスか?」

「どういう、かぁ。難しいな、ヒトって生き物は明快な言葉で括れるほど単純な生き物じゃないからね」

「ッ、こいつ……!」

 

 またしても激発しそうになるカツキを、「かっちゃんダメだって……!」とイズクが必死に諌める。まだ出逢って間もない──出逢い方自体に問題もあったが──とはいえ、こういう飄々とした手合いと彼の相性が悪いことは明らかだった。

 

「ははっ。それよりきみたち、今までもああやってドルイドンと戦って、常勝してきたんだろう?凄いじゃないか、その若さで大したもんだ。なぁフミカゲ?」

「……ふん」

『オレタチトテ負ケテナイゾ!』

 

 フミカゲの影から飛び出してきた"黒影"が声高に主張する。彼が何者なのかも気になるところではあるが、それはともかく。

 

「……常勝、ではないっスよ。守れなかったもんは幾らでもある……仲間も」

 

 エイジロウのつぶやくような言葉に、一行の空気がしんと静まりかえる。皆それぞれが、自分の隣にひとりぶんの空白を感じていた。そこには本来、"不屈の騎士"が収まっているべきだったのだと。

 果たしてケイゴはいろのない瞳で彼らを見回していたが、ややあってへらりと笑みを浮かべた。

 

「ま、そんなもんだよね。俺たちは全能の神じゃない、どんなに守ろうとしたってこぼれ落ちてくもんはある」

「ッ、てめェ……わかったような口きくんじゃねえ!!」

 

 いよいよカツキが青筋を浮かべ、彼に詰め寄ろうとしたときだった。

 ぶわっと広がった"ダークシャドウ"が、その爪をカツキの喉元に突きつけたのだ。

 

「……貴様にこそ、何がわかる……!」

「!」

 

 仮面から覗く切れ長の瞳に憤懣を滾らせるフミカゲ。対するリュウソウジャーの面々も咄嗟に剣に手をかける。一触即発の空気の中で、フミカゲを押しとどめたのは他ならぬケイゴ自身だった。

 

「フミカゲくん、ストップ」

「!、しかし……」

「ドルイドンも出てきた以上、彼らと争ってる場合じゃない。少なくとも、()()()が戻ってくるまではね」

「あのドルイドン……シグルトについて何かご存知なのですか?」

 

 場の雰囲気を変える目的もあり、テンヤが質問する。そして受けるケイゴのほうも、そういう意図を察してか相棒に目配せをした。

 仕方なしといったふうに、フミカゲが口を開く。

 

「……ヤツはこの北の大地を支配する三魔人のひとりだ。占領地の警邏が主な任務のようだ。白と黒の魔馬に率いられた馬車を操り、人間を発見すると追跡して攻撃する。我々のように飛行でもできない限り、ヤツからは易々とは逃げられん」

「確かにあの馬車、めちゃくちゃ厄介やったもんねぇ……」

「それもだが……三魔人って言ったな。ウデンと、あとは誰だ?」

 

 プリシャスは宇宙から戻ってきたばかりだし、ワイズルーもここでは異邦人だ。この北の地の人々には認識されていないだろう。

 

「そいつについては、俺たちもよくは知らない」ケイゴが引き継ぐ。「ただ最近、そのウデンってヤツに代わってセイン・カミイノの攻略を担っているらしい。噂で聞いただけだけど、ウデンにそっくりな姿をしてるとか」

「………」

 

 ウデンにそっくりなドルイドン──実力も遜色ないなら、厄介な相手になることに間違いはない。ウデンはマックスリュウソウレッドの力で討ち果たしたが、相手も既にその存在を承知している。搦め手で来れば戦況など簡単に覆る。

 

「その、セイン・カミイノという街は、今どのような状況なのでしょうか?」

「まあ、これでもかってくらい高い城壁に囲まれた城塞都市だからね。今のところ持ちこたえてはいるけど、それだって時間の問題だ。現状、ドルイドンを倒せるような秘密兵器もないわけだから」

 

 ケイゴの目が何か言いたげな光を放ったのを、エイジロウは見逃さなかった。すかさずその意思に応じる。

 

「なりますよ、俺らが。その秘密兵器ってヤツに」

「……はは、それは頼もしい。ならまずは、あのお馬マンをなんとかしてもらわないとね」

 

 ケイゴがそう言うのと、地響きが迫ってくるのが同時だった。

 

「──そこにいるのはわかっている!出てこい……!」

「!」

 

──シグルトだ。この場所めがけてまっすぐ接近してきていることからも、言葉に嘘偽りがないのは明らかで。

 

 一瞬迷いはしたものの、エイジロウたちは洞穴から飛び出した。果たして巨大化した馬面が、こちらを豆粒のごとく見下している。

 

「もはやどこにも逃がしはせん。貴様ら全員、踏み潰してくれるわあっ!!」

 

 スキンとフリンの蹄が、彼らの頭上から降ってくる。その直撃を受ければ、頑強なリュウソウ族といえども間違いなくぺしゃんこにされてしまうだろう。

 

「ッ、リュウソウチェンジ!!」

 

 飛び退いてそれらを避けつつ、竜装を遂げる。無論それだけでは巨大化したドルイドンには対抗しえない。ならば、

 

「──ティラミーゴ、ディメボルケーノ、頼む!!」

 

「ティラアァァ!!」

 

 呼び声に応じて駆けつけた赤と橙、二大騎士竜。その焔のごとき色合いは、一面の銀世界にあってより鮮烈に輝いていて。

 

「竜装合体!!」

 

 ティラミーゴがキシリュウオーへと変形し、その身体を覆うようにディメボルケーノが覆いかぶさっていく。赤いボディの約半分が、灼熱を落とし込んだ橙に置き換えられていく。──キシリュウオーディメボルケーノの降臨だ。

 

「そもさん、汝に問う!この形態になるのはいつ以来でしょう!?」

「?、誰に問うてるティラ?」

「細かいことは良い!皆、いくぞぉぉ!!」

 

 久々の単独合体ということで、ディメボルケーノは文字通り気炎を吐いていた。氷雪降りそそぐフィールドだからこそ滾る焔と考え選んだ合体だが、正解だったようだ。そしてトリケーンたちパートナー騎士竜、そしてパキガルーも援護してくれる。

 

「へえ、あれが騎士竜……。感動だなあ」

「………」

「ところで、きみは参加しないのかい?」

 

 そうケイゴが問いかけたのは、ショート──リュウソウゴールドだった。いつものようにモサレックスを召喚することをせず、地上にとどまっている。その理由は明白だった。

 

「コタロウとピーたんの護衛だ。まだあんたたちを信用しきれねえからな」

「ふー……そっかぁ、仕方ないね」

 

 ケイゴは苦笑とともに肩を竦めただけだった。唯一『ナンダトコノ!』と怒りを露にしていたダークシャドウも、フミカゲによって抑えられている。

 

「すみません、ショートさん」

「おまえイケメンだけど良いヤツだな!」

「……いけめんは悪いヤツが多いのか?」

 

 そんなしょうもないやりとりが行われている間にも、戦闘が始まっていた。馬車を操り縦横無尽に動き回るシグルトに対し、キシリュウオーディメボルケーノも奇策に出た。騎士竜タイガランスに騎乗し、そのあとを追ったのだ。

 

「サンキューイズク、タイガランス!」

「どういたしまして、移動は僕らに任せてよ!」

 

 タイガランスは言うに及ばずスピードに最も長けた騎士竜である。かの馬車ほどの安定感はないかもしれないが、少なくとも遅れをとることはないはずだ。

 

「うおぉぉぉぉぉッ!!」

 

 すれ違いざま、ナイトメラメラソードを振りかざす。シグルトの剣とぶつかり、双方に衝撃を与えながら離れていく。振り向けば既にもう随分と距離が開いていたが、それも互いに踵を返すことで終った。

 

「私に倣って猛虎に手綱を掛けるか、考えたものだが所詮猿真似よ!」

「何!?」

「"騎虎の勢い"という言葉を知らないか、愚か者どもめ!」

「──それくらい知っているッ!」

 

 トリケーンとアンキローゼが左右から同時攻撃を仕掛ける。シグルトはそれらを避けてみせたが、わずかにスピードが落ち、軌道がずれたのは確かだった。

 

「てめェの駄馬よかよっぽど利口なんだよ、騎士竜(こいつら)はァ!!」

「それに、強ぇぞぉ!!」

 

 今度はミルニードルとパキガルー&チビガルー。針の乱舞と拳の乱打に、シグルトは防戦を強いられる。

 

「ぬううっ、スキンとフリンを駄馬呼ばわりとは……!貴様らだけは絶対に許さん!!」

「その言葉、そっくりそのまま返すッ!!」

 

 騎士竜タイガランスはイズクの頼もしい相棒で、騎士竜戦隊の一員だ。主に似て戦闘時は激しいが、基本的には穏やかな性格をしている。仲間との連携は十二分にとれる。

 現に今とて、重量のあるキシリュウオーディメボルケーノを背負いながら振り落とすことなく巧みに駆け抜けているではないか。乗用としてはむろん馬のほうが優秀かもしれないが、それを補って余りあるだけのものが彼らそれぞれに存在して、ピースを埋めているのだ。

 

「うぉらぁッ!!」

 

 ついに先んじて肉薄した騎士たちが、刃をシグルトに突き立てた。

 

「グォアッ!!?」

 

 盾で防ぎきれず、シグルトはうめき声をあげた。分厚い鎧を纏っているとはいえ、ナイトメラメラソードの高温の刃は北の極寒に慣れた彼には厳しい一撃だったのだ。

 

「っし、効いたぜ!」

「このままとどめだ、エイジロウくん!」

「おうよ!」

 

 ふたたび方向転換し、一挙シグルトに迫る。敵が態勢を立て直すより寸分早く、炎刃を振り上げる──!

 

「「──キシリュウオー、ブレイジングストームスラッシュ!!」」

「──ッ!」

 

 すんでのところで盾を構えたシグルトだったが、その威力を殺しきることはできなかった。

 

「グワアァッ!!?」

 

 ついにシグルトは落馬した。厳密にはふっ飛ばされたというべきか。巨大化したその身が雪原に叩きつけられ、激しい地響きを起こす。

 

「やったか!?」

「いや、まだティラ!」

「しぶとい……!だったら皆、ファイブナイツで──」

 

 リュウソウジャーにはまだまだ手数が残されている。無性に腹が立つと同時に、その底力をシグルトは理解した。プリシャスが執心するわけだ、とも。

 

「だが……此方とて、なんの手土産もなしにヴァルハラへは行けん!──スキン、フリン!!」

 

 制御を失ったはずの魔馬たちが、主の声に嘶きをもって応えた。

 彼らが蹄を鳴らして走り出した先には、リュウソウゴールドたちが待機している。──巨大化した身をもって、彼らを踏み潰すつもりなのだ!

 

「やべえ……!」

「ショートくんコタロウくんっ、逃げて!!」

「ッ、」

 

 言われるまでもなかった、このスケールの差あってはリュウソウジャーといえども抗しきれないのだから。

 同時に、ケイゴが翼を、フミカゲがダークシャドウを展開する。しかしスキンとフリンの足は彼らの見立てよりずっと速い。間に合うか──

 

「──逃げる必要、ねえよ」

 

 不意に響いた声は、ショートにとって聞き覚えのあるものだった。

 

 同時に、白銀を蹂躪するかのごとく蒼く揺らめく壁が異形の者たちに襲いかかる。それが焔だと認識したのは、離れていてもちりちりと皮膚を焦がすような灼熱と、周辺の氷雪が溶融してたちまち巨大な水泉へと変わり果てたためだった。

 

「ぐっ……な、なんだこれは!?」

「ヒヒイィィィ!!?」

「ッ、スキン、フリン!……やむをえん、撤退!!」

 

 愛馬らがこの熱に耐えきれないと判断したのだろう、シグルトはふたたび馬車に飛び乗ると、彼らを率いて高速で戦場を離脱していった。

 

「な、何が起きたんだ……?」

「!、あ、あそこ!」

 

 皆から少し距離を置いた丘の上に、男の姿があった。雪に覆われたかのような白髪が揺れている。碧色の双眸は、ショートの左眼と共通する色をしていた。

 

「あれ、は……」

「……ショートさん?」

 

 宝石のようなオッドアイが驚愕にみひらかれるのを、コタロウは見た。ただ見知っているのではない、鮮烈に記憶に刻みつけられているのだ。その声が、姿かたちが。長い年月を経て、幾分も成熟した様相を呈していたとしても。

 

「……トーヤ、兄ィ」

 

 数えるほどしか直接そう呼んだこともない第一王子が、今、第三王子の面前に姿を現していた。

 

 

 つづく

 

 





「俺は自分が海のリュウソウ族だとは思ってない」
「このままでは、引き下がれませぬう゛ぅ……!」
「……ありがとうよ、コタロウ」

次回「ゼロ度の炎」

「ヨクリュウオー、推参!!」


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40.ゼロ度の炎 1/3

 

「トーヤ、兄ィ……」

 

──北方のドルイドン・シグルトとの死闘のさなか現れた男は、ショートの長兄だった。

 

 唐突な再会に、ショートの脳は混乱していた。何故、トーヤがここに?地上にいるだろうとは、わかっていたけれど。

 

 彼は軽やかに丘から飛び降りると、こちらに歩み寄ってくる。身構えるゴールドとコタロウだったが、彼はふたりを素通りした。

 

「こんなとこで何遊んでんだよ、鳥ブラザーズ」

「遊んでるように見えたか?」先ほどまでへらへらと笑っていたケイゴが、露骨に眉を顰めてやり返す。「そっちこそ、解読は終わったんだろうな?」

「もちろん。で、例の騎士竜は?」

「……いるだろ、そこに」

 

 ケイゴが顎をしゃくった先には、言うまでもなくコタロウに抱きかかえられたピーたんの姿があって。

 

「ふぅん……じゃ、ありがたくいただこうかな」

「……!」

「な、なんだよぉ、オレはモノじゃないぞぉ!?」

 

 声高に主張するピーたんだが、トーヤはまったく意に介する様子を見せない。ずんずんと迫ってきて、すらりと長い腕を伸ばしてくる。コタロウは身を硬くした。

 すんでのところで、ゴールドが間に割り込む。

 

「よせ、トーヤ兄ィ」

「あ?──!、おまえ、もしかして……ナツくん?」

「ッ、違ぇ」

 

 深々とため息をつきつつ、彼は竜装を解いた。露になった紅白に分かたれた髪とどこか自分と似通った顔立ちを覗き込んで、トーヤが「あぁ!」と手を叩いた。

 

「なァんだ、ショートかよ。ニイチャンに向かって随分偉そうな口きくようになったじゃんか」

「………」

「で、そこ突っ立ってられると邪魔なんだけど?」

「……あんた、ピーたんが欲しいのか?」

「ピーたん?……あー、そう、そいつを貰いに来た。だから退けよ」

「嫌だっつったら?」

 

 す、とトーヤが手を掲げようとする。すかさずショートはモサチェンジャーを構えた。一触即発、張り詰めた空気がもとより凍てついた世界を支配する。

 そこに割り込んできたものがあった。

 

「!」

『兄弟喧嘩ハ犬モ喰ワナイゾ!』

 

 ダークシャドウ。その影は地面を通って、フミカゲの足下に繋がっている。「……それを言うなら夫婦喧嘩だ」と、彼は静かに突っ込みを入れた。

 

「ショート、コタロウ!」

 

 と、そこに騎士竜から降り立ったエイジロウたちも駆けつけてくる。数的不利を悟ってか、トーヤは驚くほど呆気なく引いた。

 

「いやぁ、喧嘩するほど仲が良いってヤツか。そんなエネルギーが有り余ってるなら、ドルイドン相手にとっとくほうが賢明ばい」

 

 どこまで本気かもわからないようなケイゴの台詞が、空々しく響いた。

 

 

 *

 

 

 

 根拠地たる古城に帰還したシグルトは、玉座を恣にする主の前で床に頭を擦りつけていた。

 

「大変申し訳ございません……!奴ら、想定よりずっと強力で……」

「………」

 

 プリシャスは何も言わない。ただ、す、と符を掲げるのを認めて、シグルトの顔はこれ以上ないほどに引き攣った。

 

「そ、それは……!どうか、御慈悲を──」

「……ふんだ♪」

 

 ぐしゃり。符がいとも容易くその形を歪められていく。途端、シグルトは悲鳴をあげてのたうち回った。ワイズルーのそれと同じく、彼の心臓もまた符の中に囚われているのだ。

 

「弁解なんてきみらしくもない。自分では力不足だったと、素直に認めたらどうだい?」

「う、が、あ゛ぁぁぁぁ……ッ!し、かしィ、このままでは、引き下がれませぬう゛ぅ……!」

「……ふぅん。そういう意地っ張りなところは好きだよ、シグルト?」

 

 プリシャスはあっさりと手から力を抜いた。激痛から解放され、シグルトは荒い息を繰り返しながらその場に跪く。

 

「ならゲームをしよう、シグルト」

「ゲーム……でございますか……?」

「そう。──クレオン、」

「!!」

 

 陰から様子を窺っていたクレオンは、唐突に名を呼ばれて跳び上がりそうになった。ひとまず待機中の身となったワイズルーからこっそり偵察してくるよう言いつけられこうしていたわけだが、プリシャスにはお見通しだったのだ。

 やむなく道化ぶって躍り出た彼に対し、プリシャスは思わぬ"お願い"を口にした。

 

「キミは確か、万物からマイナソーを生み出せるんだったね。──シグルトからも創れるのかい?」

「えっ!?い、いやそのぅ、でき……なくはないスけど……」

「じゃあ頼むよ。マイナソーがシグルトの命を吸い尽くす前にリュウソウジャーを倒せるかどうか、なかなかおもしろいゲームだろう?」

「ええ……」

 

 クレオンは引いた。自分に忠誠を誓っている臣下相手に、なんと冷酷な仕打ちをするのか。しかしシグルトはあっさり納得した様子で、クレオンを手招きした。

 

「じゃ、じゃあお口開けてくださいね……失礼しや〜す……」

 

 シグルトの口に指を挿し込み、体液を一滴垂らす。途端、彼は苦しみ悶え、その身からマイナソーを誕生させた。

 

「モットハヤク!モットォ!!」

 

 馬獣人とでも呼ぶべき怪物。その姿は宿主であるシグルト自身によく似ていた。強いて言うなら、より獣に近いか。

 

「出やした!スレイプニルマイナソー、でっす!!」

「カウントダウン、スタートだ。期待しているよ、シグルト?」

「ははっ……必ずや!」

 

 一礼して立ち上がり、シグルトは広間を出ていった。己の命を養分として成長し続ける、スレイプニルマイナソーを引き連れて。

 

「………」

「じゃ、じゃあボクはこれで……失礼しゃーす……」

 

 恐る恐る退室しようとするクレオンだったが、

 

「そういえば、キミの心臓はまだ貰ってなかったねぇ」

「!?」

 

 嫌な予感は的中した。逃げ出そうとするクレオンだったが、切札の液状化より先に符が飛んでくる。何かが吸い取られるような感覚のあと、それはプリシャスのもとへ戻っていった。

 

「これがキミの心臓かぁ……さて、試してみるか、なっ!」

「ぐはああっ!!?」

 

 符がぐしゃりと形を変える。先ほどのシグルトよろしく倒れ込み、のたうち回るクレオン。──しかし、

 

「……あれ?あ、スンマセン、なんともねっす……」

「?、おかしいな……」

 

 符を確認するプリシャス。しかしそこに描かれた緑色の心臓はどろりと液状に溶け、流れ出してしまう。今までに見たことのない現象だった。

 

「どういうことかな?」

「あー、っと……ボク、見てのとおり身体が溶けるもんで……。内臓もつくり直せるんスよね……」

 

 せめてもの抵抗というか、生存本能のうえでは仕方のないことだった。とはいえドルイドンが本気になれば痛い目に遭わされることに変わりはない。怯えるクレオンだったが、意外にもプリシャスは怒りより興味を露にした。

 

「へぇ、面白いねキミの身体。──気に入った、キミをボクの軍団の最高幹部にしてあげるよ」

「さ、最高幹部!?」

 

 怒られるどころか、思わぬ称号を与えられてしまった。ここに来てからというもの蔑ろにされっぱなしであったために、それはどこまでも甘美な響きを放っていて。

 ただ一瞬、脳裏にワイズルーの顔が浮かんだ。

 

「……か、考えさせてください。ボクにはその、身に余る光栄なもんで、エヘヘへ」

「ふぅん。ま、いいよ、ひとまずはボクに協力してくれれば」

「モチロンす!」

 

 どのみちリュウソウジャーの仇敵はワイズルーからこの少年のようなドルイドンに移りつつある。利害は一致しているのだ、少なくとも。

 

(リュウソウジャーさえ倒しちまえば……!)

 

 倒しちまえば……どうしよう。クレオンは初めて、戦い終った先のことを考えた。

 

 

 *

 

 

 

「でかくなったな、ショート。まァ百年近くも経つんだから当たり前か」

「………」

 

 へらへらとした兄の言動に、ショートはこれ以上はないほどに不機嫌な表情を浮かべていた。色々と思うところがあるのは言うまでもないが──

 

「うわ、怖っえぇ顔。ただでさえ火傷で酷ぇありさまなのに、せっかくのお母さん譲りの美形が台無しだぜ?」

「……お母さん譲りはお互い様だろ」

「あーそう?ソレハ光栄デスネー」

「あんた……本当にトーヤ兄ィか?」

「あぁん?」

 

 小首を傾げるトーヤ。大人になって頬のラインはシャープになったが、完成された顔立ちは幼い頃からほとんど変わっていない。唯一父親から明確に受け継いだのだろう碧い瞳には、幼いショートも愛着をもっていた。その頃は物語の世界の情景でしかなかった、青空と同じ色をしていたので。

 しかし、

 

「トーヤ兄ィはこんな巫山戯た、空っぽの人間じゃなかった。俺とはあまり遊んでくれなかったけど、第一王子としての責務は果たしていたはずだ。それを、いきなり海を捨てたりして──」

 

 本来なら第一王子たるトーヤが王位を継ぐ者であり、またリュウソウゴールドにもなるべきだったのだろうと思う。しかし彼は父・エンジのあとを追うようにして海を去った。「トーヤ兄ィはお父さんのことが大好きだったから」とは、フユミやナツオに言って聞かされたことだったか。いずれにせよ、幼いショートは父ともども彼らを裏切者だと思った。

 

「ははっ……随分買いかぶられたもんだ。──自分(てめェ)に見る目がねえのを、他人様のせいにすんなよな」

「何……!?」

「変わってねえよ俺は、昔も今も。薄っ暗い海ン中もぬめりくさった魚も、殻に閉じ籠もってばっかの民も……はっきり言って、反吐が出んだよ」

「〜〜ッ、あんたは……!」

 

 思わず拳を握りしめるショートだが……それを振り上げることは、かろうじて堪えた。相手が発したのがどんな誹謗であったとしても、言葉に対して暴力で制裁することがあってはならない。騎士という実力と、王族という権威。ふたつの力を兼ね備えているからこそ、それだけは守らねばならないと教え込まれてきた。

 

「そもそも、俺は自分が海のリュウソウ族だとは思ってないからな」

「……あんたがどう思ってようが、その血が身体に流れてることは否定できねえだろう」

「だったら"もう半分"はどうなる?」

「もう半分?」

「お父さんの……"火の部族"の血だよ」

「!、それは……」

 

 先ほど彼が現れたときの光景が、ショートの脳裏に浮かぶ。──蒼い炎。氷雪を一瞬にして大河へと変え、さらに蒸発させてしまうほどの高温の火炎だった。

 

「わかるだろ、ショート。俺は海のリュウソウ族ではなく火の部族として生まれた。……お前らとは違ぇんだ」

「……ッ、」

 

 

「──何話してんだろ、あいつら……」

 

 少し離れたところから様子を窺っていたエイジロウは、耳を澄ませながらもそうごちた。吹雪は止んで小康状態にあるが、冷たい北風がひゅうひゅうと虎落笛のような音をたてている。

 

「さあ?でも久しぶりの再会を祝して〜って感じじゃなさそうだよねー」

「そうっスよねー……」

 

 視界の端で揺れる赤翼に、もうすっかり慣れてしまったエイジロウである。そしてふたり仲良く並んでいる光景を前に、カツキが青筋をたてる。

 

「てめェらァ、打ち解けてんじゃねえぇ……!」

「……かっちゃん、どうどう」

 

 嗜めつつ、イズクは背後を見遣った。コタロウの懐に納まったままのピーたん。そんな彼をじっと見つめるフミカゲ。なんというか……なんともいえない雰囲気である。前者が警戒するのは当然だが、後者が何かよからぬことをしでかすというふうでもなかった。

 

「ヤダァ、こいつジロジロオレのこと見てるぅ!また攫う気なんだぁ!!」

「……誤解だ。少なくとも俺にそんなつもりはない」

「本当ですか?」

「嘘をつく必要を認めない。……そもそも俺は、最初からこんなやり方には反対だったんだ。おそらく、隊長も──」そこでいったん言葉を切り、「……いや、わからんな。隊長の真に思うところなど」

「?、どうしてです?」

 

 大鴉を模した覆面の下で、フミカゲは小さく笑った。皮肉めいたそれは、自嘲の類いなのだろうか。

 

「隊長は誰にも親身だしよく笑う、凡そ軍人のありようからは外れた方だ。……しかし我々部下だった者に対しても、心の奥底までもを曝け出したことはないように思う」

 

 思えばいつもそうだった。カツキが早速"ヘラ鳥"などとあだ名をつけているように、ケイゴは軽薄な笑みの裏で何を考えているのかわからないところがあった。無論フミカゲ自身や、付き随う部下に対して二心を抱くような、冷たい男ではないと信じている。いる、けれど──

 

「何考えてるかもわからないようなヤツと、なんで一緒にいるんだ〜?」

「……ピーたん、黙って」

 

 流石騎士竜と言うべきか、ひと筋縄でいかない人間の機微に関して理解が不足している。有り体に言えば、デリカシーが足りない。

 とはいえそういった疑問をもたれることについては織り込み済みだったのか、フミカゲは小さくため息をついただけだった。

 

「……何を考えているかわからないといっても、彼が自ら他人を裏切ることはない。それだけは信じられるからな」

 

 フミカゲにはそれが可能だった。長らく行動をともにしてきたから……それもあるけれど、それだけではない。

 

「……あなたもあの人も、そういう生い立ちだったから。そういうこと、ですね」

「??、どーゆーこと?」

 

 ピーたんはよくわかっていないようだが、コタロウの理解が早すぎるだけともいえる。むろん彼も母の死を契機に色々なものを見聞きして考えて、旅の中でケイゴやフミカゲのような人間とも出逢った。生まれつき常人とは異なるものを備えていて、そのために常人たちの世界には溶け込めなかった者たち。

 

「……彼にも俺にも、親も友人もない。だからなるたけ自力本願になる。入隊したばかりの頃はいつも先回りで助けてもらっていた」

『オイ、俺ガイルゾ!』

「そうだった。おまえは唯一の友だったな、"黒影"」

 

 光を吸収しないのだろう影でできた身体を、するりと撫でる。その存在が生まれながらの苦心の原因であることなど、もうとっくに受け入れて消化しているのだろう。ただそれは容易な旅路ではなかったに違いない。コタロウが母の死を、それに至るまでの生き方を理解するのに、およそ通常ではありえない出逢いと試練を必要としたように。

 

「拠るもののない我々にとって、街の防衛隊は唯一の居場所だった。しかし戦争中である以上、そんなものは容易く失われる……」

 

 彼らの部隊は壊滅し、その責任をとってケイゴは防衛隊を追われた。有翼の、他人に本音を見せない有能な若造──各所から疎まれないほうが不自然なほどだった。部隊の壊滅さえ、契機にすぎなかったのだ。

 目を閉じると、その後のことが思い起こされる。街を去るケイゴ、彼を呼び止める自分。

 

──隊長。俺はあなたについていくと決めた。既に暇乞いはしてある、後戻りはできない。

 

 

──……わかった。ならついてくるといい、命の保証はできないけど。

 

 そう言って了承したあと、ケイゴは困ったような笑みを浮かべてこう言った。

 

──馬鹿だな……きみも。

 

 それだけは恐らく、彼が自らの意志で覗かせた本心だったのだろう。

 

 



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40.ゼロ度の炎 2/3

 

「さあて、と」

 

 兄弟の相剋に区切りがついたところで、斥候に出ているテンヤとオチャコを除く全員が集っていた。まるで人々を集めて演説する政治家のように、トーヤが前方に立っている。

 

「感動の再会はもう終わった。──そろそろ渡してもらおうか、プテラードン」

「……!」

 

 ガラス玉のような碧眼に見据えられ、弛緩しかかっていた空気が一気に張り詰める。カツキなどは早速リュウソウケンに手をかけようとしているありさまだ。

 

「あんた、まだそんなことを……!」

「当たり前だろ、そのためにわざわざこんな辺境にまで足を伸ばしたんだ。よりによってオトウトとその家来どもに先越されちまうとは思ってなかったけどな」

「ア゛ァ!?だァれがこの半分ヤロウの家来だ、誰が!!」

 

 ついにカツキが剣を抜いた。その鋒が、隣にいたケイゴの首元に突きつけられる。

 

「!!」

「……てんめェ、いい加減にしねえと仲間ァブッ殺すぞ……!」

「……だってさ。おまえのせいで俺、殺されそうなんだけど」

 

 さして動揺したふうもなく両手を挙げるケイゴ、彼を救けようとダークシャドウをけしかけんとするフミカゲ、カツキを押しとどめようとするイズク。皆が皆各々の信条に沿った行動をとる中にあって、トーヤだけはただ冷たい笑みを浮かべてそこに立っている。その姿はまるで、氷の彫像だった。

 

「……よせ、カツキ。そんなことしても無駄だ」

「ア゛ァン!!?」

「こいつはその人がどうなろうと気にしない。だから、脅しにはならねえ」

「……ッ、チィッ!」

 

 実弟であり、今の今までふたりで話していたショートの言には説得力があった。舌打ちしつつ、カツキは剣を引いた。ふぅ、とケイゴが息をつく。

 

「どうして、ピーたんがそんなに欲しいんスか?」

 

 思い切ってエイジロウが訊く。と、ようやくトーヤの視線が彼を捉えた。ガラス玉のようなその目は、今の今まで何ものも映してはいなかった。弟さえも。

 

「どうしてって……おまえ、馬鹿?決まってんだろそんなの」

 

「騎士竜はドルイドンにさえ対抗できる唯一の戦力だ。つまり、この世界では最強の兵器ってわけ。……そんなもん、誰だって欲しいに決まってんだろ?」

「そんな理由で……」

「ッ、騎士竜たちは兵器じゃない!僕らリュウソウ族にとって、志を同じくして戦う大切な仲間です!」

 

 イズクが反駁するが、トーヤからすればそんなものは綺麗事にすぎない。再反論にすら及ばないものだった。

 

「御託はどうでもいいんだよ。……どのみち、お前らはそいつの封印を解く方法を知らねえんだろ?」

「……あんたは知ってるっていうのか?」

「もちろん。そのためにそいつらと別行動とってたんでね」

「………」

 

 確かに──プテラードンの封印を解く方法がわからない限り、彼は一丁前に喋るだけの無力な球体にすぎない。そして彼は今、コタロウの懐の中でぶるぶると震えている──

 

「……無理に封印を解く必要、ないんじゃありませんか」

「!」

 

 少年たちの視線が、コタロウに集中する。

 

「だってこの子、こんなに怯えてる。……本当は、戦いたくないんじゃないの?」

「そ、それは……」

「いいんだよ、素直に言って。騎士竜だから、戦わなきゃいけないなんてことはないはずだ。……ね、エイジロウさん?」

「!、コタロウ……」一瞬目を丸くしつつ、「……そうだな、おめェの言う通りだ。俺たちは自分の意志で戦場に立ってる。使命は、強制されて果たすもんじゃない」

「………」

「それに、おめェのカッコーなら小さい子に可愛がってもらえそうだしな!」

「お前ら……」

 

 ピーたんは目を潤ませてエイジロウとコタロウを交互に見た。彼の知っているリュウソウ族はもっと野蛮で、正義の旗のもと容赦のない行為に手を染めるような者たちだった。

 

(変わったんだな、リュウソウ族も……)

 

 無論、そうでない者もいるが。

 

「……甘ぇな、お前ら。そんなんであの連中と戦りあうつもりかよ」

「あんたに心配される謂れはねえ。無理強いするってんなら、こっちにも考えがある」

「へぇ……」

 

 鋭く睨みつけるショートの表情を目の当たりにして──どういうわけかトーヤは、得心したような表情を浮かべていて。

 

 この先、展開がどうなるか──彼を除く誰にも読めず場が膠着しかかったとき、不意に遠方から駆けつけてくる小さな影があった。それらは真っ先にエイジロウに飛びついてくる。

 

「うおっ!?トリケーンにアンキローゼ……!?」

「ピィ、ピイィ!!」

 

 頻りに何かを訴えかけてくる青と桃の騎士竜。相変わらずティラミーゴのようには喋れない彼らだが、テンヤたちが斥候に出ているのだ、主訴は読み取るまでもなくわかった。

 

「テンヤとオチャコがあの連中と戦ってんだな!?」

「ッ、やっぱり出てきたか……!──かっちゃん、ショートくん!」

「わーっとらぁ!!」

「………」

 

 リュウソウジャー一行、そしてピーたんを抱いたコタロウも一斉に走り出す。狙った魚もとい翼竜が離れていく中、トーヤは泡を食う様子もなかった。

 

「いいのか、捕まえなくて?」

「ま、漁夫の利っつー言葉もある。──それに、ちったぁ面白ぇもんも見られそうだしな……」

「……面白いもの?」

 

 直接は答えず、意味深に笑っている。そういうところが苦手だと思いつつ、だからケイゴと妙にうまが合うのだろうとフミカゲは推量した。互いに腹に一物抱えた者同士の、奇妙な非・信頼関係。信頼できないとわかりきっているからこそ、気安くいられるということも世の中にはあるのだろう。

 その点、自分は同行者として信頼はされている。しかしケイゴが本音を見せてくれることはそうないのだと思うと、決して愉快ではないフミカゲだった。

 

 

 *

 

 

 

 プリシャス配下のドルイドン・シグルトの軍団と遭遇したテンヤとオチャコは、大軍を相手に孤軍奮闘し続けていた。

 

「ッ、ハヤソウル!!」

『ビューーーン!!』

 

 テンヤ──リュウソウブルーが疾風のごとく駆け回り、ドルン兵たちに先制攻撃を仕掛けていく。さらに、

 

「ドッシンソウルっ!」

『ドッシンッ!!』

 

 ピンクの最も扱いに長けた強竜装──ドッシンソウル。胴体を覆う分厚い鎧と、巨大な手甲。その打擲は直接命中させずとも、地面に叩きつけた際の衝撃波によって敵を吹き飛ばすことも可能とする。

 いずれにせよ、ドルン兵では彼らに太刀打ちできない。体力を消耗させるだけのために兵力を費やすのは惜しいと見切りをつけ、"彼ら"が動いた。

 

「──ヌンっ!!」

「!、きゃあっ!?」

 

 突然背後から襲ってきた一撃を防ぎきることがかなわず、ピンクは吹き飛ばされた。

 

「オチャコくんっ!?」

「よそ見をするでないわぁっ!!」

「──!?」

 

 オチャコはシグルトの攻撃を受けた──吹雪で視界不良に陥っている中、そう認識したブルーにとってそれは予想外の声だった。

 刹那、彼もまた凄まじい衝撃に襲われ、ピンクの傍らに転がり伏せていた。

 

「フン、他愛もない。リュウソウジャーといえども、数に恃まねばこんなものか!」

 

 唸り声、蹄の音。馬獣人のシルエットの隣に、二頭立ての馬車が並んだ。

 

「えっ……し、シグルトがふたり……!?」

「ッ、いや似ているが違う!あれは、マイナソーか……!?」

「如何にも!」応じるシグルト。「これはスレイプニルマイナソー、我がボデーより生み出せし陰獣である!」

「モット……モットハヤク……!」

 

 テンヤたちは愕然とした。このドルイドン、自らの肉体からマイナソーを創らせたというのか?以前、ゾラも同じことをしていたが、あれは不死身の肉体ゆえマイナソーに生命エネルギーを吸いつくされるということがないからこそだった。

 

「貴様……!わかっているのか、マイナソーを生み出すということは──」

「──己の身を削る所業だというのだろう?そのようなことは百も承知である!」

 

「すべてはプリシャス様のもと、大業を成し遂げんがため……。その障害となるリュウソウジャー、貴様らは今日ここで屠ってくれるわあぁッ!!」

「ッ!」

 

 馬車がふたたび動き出す。身構えるふたりだが、パワーとスピードを兼ね備えた馬軍団の猛攻にどこまで対抗できるか。ましてスレイプニルマイナソーという新戦力も伴っているのだ。

 

「テンヤくん、さがっとって!今度こそ、私の拳でブチ砕く……!」

「!、しかし……──いや、そうだな。ここは任せよう!」

 

 ブルーが後方へ下がり、ピンクが前衛で拳を構える。体格や魔導士という立場からはミスマッチにも程がある行動だが、彼女の最大の武器は腕力であることは今さら言うまでもあるまい。

 

「ウオオオオオオ────ッ!!」

「はあぁぁぁぁぁ──ディーノソニックブロー!!!」

 

 前回の戦いと同じ、腕力と馬力──文字通りの──のぶつかり合い。しかしピンクは必殺技を放つほどの全力だ。後先はもう、考えない。

 

 乱打される拳を盾で防ぎながらも、シグルトはそれ以上進めずにいた。剛健の騎士の特性とそれにふさわしい強竜装の組み合わせを、ルーククラスのドルイドンでは破りきることはできない。

 

「ヌウゥ……!スレイプニルマイナソー、援護しろ!!」

「モットハヤクゥ!!」

 

 ここでマイナソーが高速で割り込んでくる。それも織り込み済みだ。なんたってこちらには、叡智の騎士もいる。

 

「オチャコくんの邪魔はさせんっ!!」

「!」

 

 ハヤソウルを使ったブルーがそこに攻撃を仕掛ける。スレイプニルマイナソーのスピードとは同等だが、それで良い。──相方のほうも、シグルトを押し返すことに成功したようだ。

 

「ふー、ふー……どや……!」

「ッ、それで勝ったつもりか!貴様は切札を切った、私は何度でも突撃できるのだあ!!」

「そりゃ、そうかもしれへんけど……!」

 

 ドルイドン相手に単騎で打ち勝とうという戦略は、少なくともオチャコの頭の中には存在していない。リュウソウ族の騎士たちは元々騎士団を結成し、集団で敵と戦っていたのだ。より少数精鋭にはなるが、リュウソウジャーとて同じこと。

 

「──サンダーショット!!」

『ザッバァァン!!』

 

 彼方から飛んできた光の塊が、シグルトとその馬車馬たちを容赦なく貫いた。

 

「グアァァァァ!!?」

 

 その熱と衝撃に、呆気なく落馬するシグルト。馬車を率いるスキンとフリンも、そのダメージに悶え苦しんでいる。

 そこに、さらなる脅威が襲いかかった。

 

「エバーラスティングクロー!!!」

『イケイケソウゥゥゥル!!!』

 

 閃紅が錐揉み状に高速回転しながら迫りくる。それはシグルトではなく、戦場のど真ん中で身動きがとれずにいるスキンとフリンを容赦なく──貫いた。

 

「!!!!!」

 

 馬たちが断末魔の悲鳴をあげる。開いた風穴から魔力の渦を噴き溢しながら、彼らは崩折れ、跡形もなく消散した。

 

「スキン!フリン!!」

「これでおめェの機動力は封じたぜ、シグルト!」

 

 着地しつつ、得意げに振り向くマックスリュウソウレッド。後れてサンダーショットを放ったゴールド、そしてグリーンとブラックも駆けつけてきて、シグルトとマイナソーは完全に包囲される形となる。

 

「リュウソウジャー六人、勢揃いや!」

「貴様の勝ち目はもうない……!観念しろ、シグルト!!」

「ッ、おのれぇ、調子に乗りおって……!──だが、まだだァ!!」

 

 シグルトは次の瞬間、何を思ったかマイナソーを己のもとへと引き寄せた。そして、何やら呪文を唱えはじめる。

 

「あいつ、また巨大化するつもりか……!?」

「させねえ、ファイナルサンダーショット!!」

 

 咄嗟にゴールドが必殺の一撃を放つ。先ほどより遥かに多くのエネルギーを濃縮した光弾が発射され、大量の雪を飛沫へと変える。

 しかしあと一歩のところで命中には及ばなかった。雪飛沫の中から飛び出すようにして、巨大化したシグルトが姿を現したのだ。

 

 いや──その姿はシグルトであって、シグルトではなかった。

 

「な、なんなんあれ……!?」

「下半身が馬になった……のか?」

 

 上半身はそのままに、腰から下がまさしく馬の胴体のように横長に伸び、そこから太く逞しい四本脚が伸びている。さながらケンタウロスのような姿。

 

「フハハハハ、先の私とはひと味違うぞ!!」

「だったら俺らも味変してやらぁ!──みんな、ファイブナイツでいくぜ!!」

「「「おう!」」」

「命令すんな!!」

「モサレックス、いくぞ」

 

 

 騎士竜たちが参戦し──竜装合体。今度は二大巨人が、前後から取り囲むような形で布陣した。

 

「いくぜ!!」

 

 早速動き出す二大ナイトロボ。まずキシリュウネプチューンがアンモナックルを飛ばし、それを丸楯で防いだシグルトの態勢が崩れたところでファイブナイツが一挙に肉薄する。

 

「ぅおらぁッ!!」

「ヌゥッ!」

 

 振り下ろされる刃を、咄嗟に剣で受け止める。極寒の中でも火花が散り、巨人同士の対決がいかに熱をもつものかを窺わせた。

 

「はっ、大層な合体しやがって!見かけ倒しが!」

 

 四足になったところで、馬車を操っていたときほどスピードが出せるわけではない。そもそも元が二足歩行なのだから、慣れない身体に変化してしまったのは悪手だったのではないかとさえ思われた。

 

「ふん……そう思っていられるのも今のうちである!」

 

 言うが早いか──シグルトは、踵を返してその場から離脱を開始した。

 

「奴め、逃げるつもりか……!?」

「やっぱ見かけ倒しやん!」

「とにかく、追おう!」

 

 追跡を開始する二大ナイトロボ。──その後ろ姿を、あとを追ってきたケイゴたちが目撃していた。

 

(あのドルイドン、彼らをどこかに誘い込もうとしている……?)

 

 東西南北一面の銀世界の中、その"どこか"を把握するには時間を要した。──そして気づいた途端、ケイゴの表情からはいつもの軽薄さが消え失せていた。

 

「!!、駄目だリュウソウジャー、そっちは……!」

 

 そのときにはもう、既にナイトロボたちとの距離は大きく開いていて。

 

「──フン!」

 

 逃げ続けていたシグルトが、不意に四足を使って跳躍する。一瞬戦闘中であることも忘れて見惚れてしまうような、見事なハイジャンプ。しかもそのまま空気を薙ぐように、空中を翔けているではないか。

 

「う、馬が翔んだ!!?」

「いや違ぇ。あいつ、雪を踏み台にして落ちずに走ってんだ」

 

 相手は長らく極北の地で生きてきたドルイドン。フィールドの特性を最大限に活かすことも容易なのだろう。前に倒したタンクジョウやガチレウスと実力的には同等といえど、彼は地形の援護を受けている。

 そのまま着地すると、ようやくシグルトは静止してこちらを振り向いた。

 

「ふん、悔しいか?こちらへ来てみろ!!」

「言われなくても行ったらぁ!!」

 

 駆け出すファイブナイツとキシリュウネプチューン。同時に、このシグルトの態度に違和感を覚えている者もいた。わざわざここまで逃げてきて、何故今さら挑発するような真似をするのか。まるで、誘い込もうとしているような──

 

「!、モサレックス止まれ!みんなも──」

 

 ゴールドが呼びかけようとしたときには、もはや手遅れで。

 

──刹那、彼らが踏みしめた足場が、一瞬にして崩落した。

 

「うわあぁぁぁぁぁぁ────ッ!!?」

 

 "それ"を覆い隠していた雪の束もろとも、ナイトロボたちは墜落していく。下が真っ暗で見えない。どれほどの断崖なのか。

 

「フハハハハ、ざまを見ろ!!」

 

 その暗闇の中へ吸い込まれていく竜の騎士たちを見送りながら、シグルトは嘲った。

 

 

 



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40.ゼロ度の炎 3/3

文字配分間違えた……気がするっ


 ざり、と、雪の撓る音がする。

 

 ファイブナイツの右腕──ナイトランスが雪に覆われた岩場に突き立てられ、それ以上の墜落をかろうじて堪えていた。

 そして左腕のティラミーゴヘッドは、伸ばされたネプチューンの腕に噛みつき支えている。

 

「ッ、大丈夫、か……ショート……?」

「……ああ。でも、これは──」

 

 そう長くは保たない。かといって、上に戻る手段があるわけでもない。彼らに待ち受ける運命は何も変わらないのだ。空を翔びでもしない限りは。

 

 

 *

 

 

 

「ああぁっ……!ティラミーゴたちがぁ……!」

 

 コタロウの懐の中で、ピーたんが嘆きの声をあげた。吹雪のほかには遮るもののない丘陵地帯、仲間たちが墜落していくさまを彼らははっきり視認していた。

 

「エイジロウさん……皆っ……」

 

 ピーたんを右腕で抱いたまま、コタロウは左手の爪を噛んだ。これまで彼らは、あらゆる難局を乗り越えてきた。今回だって──そう信じると同時に、その方法の思い浮かばない、何もできない自分がもどかしかった。安全地帯からお気楽なことを言っているのでは、ただの無責任と変わらない。

 

「──あーあ、せっかくケイゴが忠告したのになァ。蛮族どもは人のハナシを聞きやしねえ」

「!!」

 

 ざくざくと軽快に雪を踏み歩く音と、嘲るような言葉。本来やや幼く甘い地声、それを低く作っているような声色は、彼の弟と共通するものがあった。

 

「ありゃ詰んだな。なァ、ケイゴ?それとも、お前らが飛んで救けに行くか?」

「………」

 

 ケイゴは無言で首を振り、フミカゲも顔を逸らした。彼らはそれぞれ飛行を可能とする能力をもち、それを活かして滑落した人間を救助したこともある。しかしナイトロボたちはあまりに巨大すぎて、彼らの手には負えそうもなかった。

 

「あるぜ、救ける方法」

 

 トーヤの凍てつく視線がピーたんに突き刺さる。それが何を意味するかは、誰にだってわかる。

 

「……騎士竜プテラードンなら、"飛んで救けに行く(それ)"ができる……」

「……ッ、」

 

 懐の球体がぶるっと震えるのを、コタロウは感じた。宥めるようにそっと表面を撫でる。ただ、状況は何も進展しないかと思われたそのとき、彼は不意に口を開いた。

 

「……おまえなら、オレの封印を解けるんだな?」

「ピーたん……?」

 

 トーヤは初めて、はっきりと頷いた。

 

「解いてやるよ、封印。その代わり──」

「わかってる……おまえに、従う……」

「ピーたん!!」

 

 制止の声を発するコタロウの顔を、ピーたんは身体を上に傾けて見遣った。

 

「……ありがとうよ、コタロウ。リュウソウ族でもない、おまえみたいな子供がオレを守ろうとしてくれたこと、すげー嬉しかったぜ……」

「……ピーたん……あっ」

 

 ピーたんの身体が、すぽんと音をたててコタロウの懐から飛び出した。自ら雪原の上に降り立ち、トーヤを見上げる。

 

「さあ、ひと思いにやってくれ!」

「おいおい、ンな人が手荒な真似するみたいな……いやまぁ、手荒っちゃ手荒か」

「何をするつもりだ?」

 

 訝しむようにフミカゲが訊く。トーヤが古代遺跡から戻ってより、彼ら仲間も何も聞かされていないのだ。それどころではなかったから、というのもあるが。

 

「──"凍てつきし翼竜を呼び醒ますものは唯ひとつ、絶対零度の火焔なり"」

 

 棒読みのそれが何を表しているかは、上述の事実がある以上すぐにわかった。

 

「絶対零度の、火焔……?そんなものが──」

「──存在する。それもこの世でただひとつ、本来相容れることのないふたつの血を受け継いだこの俺にしか扱えない」

 

 あるいは弟や妹たちも、その才を眠らせてはいるかもしれない。しかし戦士でない者、またリュウソウジャーの力に頼る者に目覚めることは決してないだろう。

 

(これは誰より早く陸に上がって戦い続けてきた、俺だけの力だ)

 

「離れてろ。呑み込まれて、凍りついても知らねえぞ」

「………」

 

 ケイゴとフミカゲが──そして逡巡していたコタロウも、少しずつ距離をとっていく。と、それと入れ替わるようにして、四足の蹄の音が響いてきた。

 

「そこにいたか、人間ども!貴様らも私自らヴァルハラへ送ってやる、光栄に思うがいい!」

「……うるせえよ。こちとら集中してんだ」

 

 絶対零度の火焔。そう易々と出せるものではない。自分に"それ"ができると直感的にわかって、実際に扱えるようになるまで数十年もの月日を要した。その代償も小さくはなかった。

 ゆえに──ここというときにしか使わないと、決めていた。

 

(見ててよ、お父さん)

 

「──アブソリュート・インフェルノ」

 

 刹那、真蒼な焔が辺り一面を覆い尽くした。

 

「ッ、また火炎か、小癪な……──ムッ?」

 

 苛立つシグルトだったが、不意に違和感を覚えた。炎から、熱を感じない。それを裏付けるかのように、周囲の雪が融けることもない。むしろ柔らかい粉状だったそれらが硬直し、結晶となってせり上がっていく。

 

「なんだ、これは。何が起きている!?」

 

 訳がわからず、混乱する。当然だ、燃やし融かすことが摂理である炎が周囲のものを凍りつかせるなど、宇宙を旅してきたシグルトといえども聞いたことがない。

 そうして彼が右往左往しているうちに、天めがけて氷山が伸びていく。かと思えば──その根元から、音をたてて亀裂が奔った。

 そして、

 

 

「ウオオオオオオオ────ッ!!」

 

 雄叫びとともに現れたのは、半透明かつ紺碧の翼だった。鳥?いや、違う。

 

「刮目して見よ!騎士竜プテラードン、ここに復活ッ!!」

「……!」

 

「……ピーたん、」

 

 飛翔する雄大なその姿を見上げながら、コタロウは複雑な表情を浮かべていた。たった数時間の間だが、懐に包んだ温かくて丸い身体は馴染みつつあったのだ。あれほどまでに勇ましく雄々しい姿。心惹かれると同時に、雛が成鳥して巣立っていくかのようで寂しくもある。

 

 一方で、その結果をもたらしたトーヤはそれどころでない状況に陥っていた。

 

「ぐっ……あ……っ」

「トーヤ!?」

 

 突然苦しみだし、その場に蹲るトーヤに駆け寄るケイゴとフミカゲ。助け起こそうと顔を覗き込んで──ぎょっとした。

 

「トーヤ、おまえ……それ……」

 

──皮膚が、爛れていた。

 目元や上顎から首にかけて、特に痛々しい焼け跡が広がっている。

 ケイゴもフミカゲも、仲間といっても彼とは一定の距離感がある。しかしながら今ばかりは、ただ純粋に彼を慮っていた。当然だ。

 にもかかわらず、トーヤは──

 

「はは……はははは……っ。ははははは……!」

「……!?」

 

 痛みなどあってなきかのごとく、笑っている。爛れた皮膚と相俟って、元々美貌と呼ぶにふさわしかった顔が不気味に思えるほどに。

 

「これだ……これだよ……!オレのやりたかったことは!──お父さん見てる?6,500万年の間誰にもできなかったプテラードンの復活を、オレが成し遂げたんだぜ!最後の"火の部族"であるこのオレが!!」

 

 ひとしきり哄笑したあと、トーヤは顔を押さえたまま天を仰いだ。あとは、騎士竜最強と言われる伝説のプテラードンの力が如何ほどのものか。じっくり、見届けさせてもらうだけだ。

 

 

「ほら来いよ、かかってこいドルイドン!!」

 

 縦横無尽に空中を飛び回りながら、なんら繕うことのない挑発の言葉を吐きつけるプテラードン。シグルトもまたそれに乗った。

 

「舐めくさりおって……!こちらが地を離れられないと思ったら大間違いである!!」

 

 言うが早いか、シグルトは勢い込んで跳躍した。先ほどリュウソウジャーに対して見せたように、今の彼は舞う雪粒を踏みつけることで天空を翔けることができる。──コタロウたちの遥か頭上で、彼らは激突することになった。

 

「ヌゥン!!」

「おっと……!」

 

 振り下ろされるランスを、翼を傾けることで避ける。すかさず旋回し、今度はプテラードンの側から敵に肉薄した。

 

「今度はこっちの番だぜ!!」

 

 言うが早いか、その嘴から極冷の吐息を放つ。ガス状のそれを、シグルトは咄嗟に丸楯で受け止めた。

 率直に言って、それは悪手だった。

 

「!?、何……!」

 

 丸楯が、完全に凍りついている。それだけならまだしも、凍結は腕にまで及んでいた。関節も筋肉も、硬直してまともに動かせない。

 

「ヌウゥ……!」

「ハハハ、驚いたか?本番はまだまだこれからだぜ!」

 

 プテラードンは翼をいっぱいに広げて垂直に滞空する。そしてその身体から、彼自身を模した凍れる騎士の彫像を生み出した。

 

「いくぜ、──竜装変形ッ!!」

 

 翼竜そのものだったプテラードンが姿を変えていく。両翼から逞しい腕が飛び出し、胴体が形成され、長くがっしりとした脚が現れる。

 最後にプテラードンの背から展開されたのは、兜を纏った騎士の肖像だった。

 プテラードンの面影を残した麗しきナイトロボ。その名も、

 

「ヨクリュウオー、推参!!」

 

 その姿を明らかにした騎士王は、邪悪なる半人半馬に向けて勇敢にも突撃していく。対するシグルトは左腕が動かない中、懸命に剣を突き出して応戦する。

 

「遅い!!」

「!?」

 

 言葉以上のことは何もない。鋒が突き立てられる寸前、彼はひらりと身を翻して旋回したのだ。

 

「馬が翔んでも、翼竜王には勝てないのさぁ!!」

「何を……!」

 

 憤るシグルトだが、有効な次の一手があるわけではない。そうこうしているうちに、ヨクリュウオーはさらに天高く昇りあがった。

 

「……!」

「次はこっちの番だぜッ、喰らえヨクリュウオーブリザードストームゥ!!」

 

 胸部装甲へと変わったプテラードンの頭部から、濃縮された冷気ガスが放射される。頭上から放たれたそれを上手く躱すことができず、シグルトは身体の大部分を凍結させられた。

 

「グッ、オォォォォ……!!?」

 

 被害は脚にまで及んでいる。これでは翔び続けることなどできようはずもなく、シグルトは地上へと墜落していった。ややあって凄まじい量の雪飛沫が辺り一面に広がる。

 

「グウゥ……ッ」

「ははははっ、まだ終わりじゃないぜー!!」

 

 ヨクリュウオーは雪原に響き渡るほどの大声で嬉々として叫んでいる。戦いを嫌がり、ぶるぶる震えていたピーたんとはまるで別人……もとい別竜のようではないか。コタロウは複雑な気持ちだった。

 

「これがホントの、オレの必殺技──!!」

 

 

「ヨクリュウオー、ブリザードクローストライクッ!!!」

 

 右手に装着された鋭く長大な爪。"ヒエヒエクロー"というどこか戯けた名称とは裏腹に、それは触れただけであらゆるものを凍らせる一撃必殺の武器と化している。

 そこに体内のエネルギーを濃縮し、振り下ろすと同時に解き放つ──!

 

「グワアァァァ────ッ!!?」

 

 絶叫、それと同時に爆発が起き、シグルトの姿かたちを呑み込んでいく。ヨクリュウオーは地上に降り立ち、爪を天高く掲げた。

 

「ズバッとビシッと大勝利!……ってな!」

「──ピーたん!!」

「!」

 

 ヨクリュウオーの視線の先で、コタロウが訴えかけるような表情を浮かべている。

 

「エイジロウさんたちを……みんなを救けて!」

「あ……そうだったな、任せろ!」

 

 テンションに差異はあれど、人格そのものが変わってしまったわけではない。ヨクリュウオーははっきりと頷くと、彼らが墜落したクレバスめがけて飛んでいった。

 

 

 *

 

 

 

「ッ、時間……どれくらい経った……?」

「知るか、数えとらんわ……」

 

 キシリュウオーとキシリュウネプチューン──彼らは未だ墜ちることもなく、しかしなんら打開策も掴めぬままそこにとどまっていた。

 

「今、上はどうなってるんだ……。シグルトは──」

「コタロウくんたち、大丈夫かなぁ……」

 

 ここにいる以上は、何もわからない。ピーたんがプテラードンとして覚醒し、ヨクリュウオーとなって勝利したことも。

 

「シグルトもそうだが、トーヤ兄ィだ。あいつが、コタロウに何かしでかしたら……」

「ショートくん……きみの兄上は、本当にそんな人なのか?」

 

 テンヤの問いかけに、ショートは一瞬言葉に詰まった。

 

「……わかんねえ。昔はそんな人じゃなかった、と思う」

 

 自信をもって言い切ることができないのは、まだ物心つかなかった頃に接したトーヤの印象しか記憶にないからだ。それも百歳近く歳が離れていて、親しく育ったというわけでもない。母と長女、そして次兄の向う側にいる人、それがショートにとっての長兄だった。

 

「あいつは、"自分は海のリュウソウ族じゃない"と言い切った。親父の……火の部族こそが、自分のルーツだと」

 

 トーヤはいつからそう考えていたのだろうか。少なくとも海を捨てたときにはそれが彼のアイデンティティになっていたのだろう。ショートには理解できないことだった。しびと還りによって一度きり再会を果たした──先日の試練での幻は無かったこととする──父との交流は、ショートの彼に対する反発心を大きく和らげた。それでも自分の中に父の血が流れているという事実を意識したことはあまりなかった。海の底で、海のリュウソウ族の王子として生きてきた、人生の積み重ねの重みというものが間違いなく存在する。

 

「きみの兄上は、お父上に憧れていたのかもしれないな」

 

 だからそのあとを追って、地上へ出た。父と同じいろをした双眸に、同じ景色を映したいと願って。

 

「ショートくん、きみのお父上とはわずかな時間しか接していないが……俺の目から見る限り、戦士らしい立派な方だったと思う」

「……そうだな。でも、何が言いたい?」

 

 訝しむショートに、叡智の騎士はようやく回答を投げかけた。

 

「その父上の血をひくと自負するきみの兄上が、卑劣なことをするはずがない。そう、信じてみないか?」

「……テンヤ……」

 

 そういえば、テンヤにも歳の離れた兄がいるのだと思い出す。尤も青の騎士団のリーダー・マスターブルーだったという兄は彼と同じものを見てきただろう。自分とトーヤとは関係性がまったく異なる──そう思っていたけれど。

 

「兄は俺より鷹揚なひとだ。だから、説明してもらわなければ理解できないこともあった。たとえ血を分けた肉親でも、そうなることはある」

「……だから、とにかく信じてみる」

「うむ、そういうことだな!」

 

 テンヤの明るい首肯の声に、思わず頬が緩む。彼は自分が兄に比べてとっつきづらい性格だと思っているようだが──比較論でいえば実際そうなのかもしれないが──、ショートにしてみれば、十分明るくて親しみやすい少年だと感じる。エイジロウとオチャコというおおらかなふたりと一緒にいて浮いていないのだから、その感覚は正しいという自負もあった。

 

「……ショートよ、話をしているところ悪いがもう限界だ……!」

「!、モサレックス……」

 

 割り込んできたモサレックスの声に、にわかに緊張が高まる。──キシリュウネプチューンの手は、今にもファイブナイツから離れかかっていた。

 

「……ここまでか……」

 

 騎士竜たちは頑丈だ、墜落の深度がある程度でとどまれば命は助かるだろう。あきらめないと言っても、その可能性に身を任せることしかできない。

 程なく、その瞬間が訪れようというときだった。

 

「ちょ〜っと待ったぁ!!」

「!」

 

 声ばかりでない、姿ごと割り込んできたのはヨクリュウオーだった。当然、リュウソウジャーの面々はその姿も初めて目にするわけで。

 

「おまっ……誰?」

「あ、もしかしてピーたん!?」

「封印が解けたのか……!」

「Exactly、助けに来たぜ!」

 

 ヨクリュウオーの腕がネプチューンの身体を掴み、地上まで引き揚げていく。ショートもモサレックスも半ば呆然としたままそれを受け入れるほかなかった。

 

 

 それからファイブナイツも地上へと連れ戻され、彼らは地に足がつく安堵感を味わうことができた。この銀世界にひそむ危険についても十二分に理解させられたが。

 

 リュウソウジャーの面々が降り立った先には、ちょうどコタロウたちの姿があった。──全身に激しい火傷を負って蹲る、トーヤの姿も。

 

「トーヤ兄ィ!?」

 

 思わず駆け寄るショート。どうしたのかと訊くまでもなく、彼を介抱するケイゴが状況を説明してくれた。

 

「……一応回復魔法が使えるもんで、試してみたけど全然ダメだ。ちゃんとした医者に診せないと──」

「いや……なんとかなるかもしれねえ」

「?」

 

 言うが早いかショートは、カガヤキソウルをモサチェンジャーに装填した。癒し、再生の力。ただしそれは同じリュウソウ族から受けた傷には通じないことも判明している。どうなるか──

 

「………」

 

 光がトーヤを包んでいく。──果たしてその顔身体から火傷痕が消えていくのを、皆が認めることとなった。

 

「……良かった、効いた」

「ショート……おまえ、なんのつもりだ」

「なんのつもりでもない、人として当然のことをしたまでだ」

「………」

 

 トーヤの紺碧の瞳が疑惑の眼差しを投げかけてくる。それをまっすぐ受け止めるショート。このあとの展開は何人にも予想しがたいものだったが、さらに予想だにしない事態が起こった。

 

「ヌウゥゥ……!」

「!」

 

 後方から唸り声が響く。何事かと振り向けば、そこには身体の半ばを雪に覆われたシグルトの姿があった。

 

「あいつ、生きてたのか……」

 

 そう、スレイプニルマイナソーを犠牲に生き延びてはいた。しかしもはや彼に"速さ"をもたらすものは存在せず、その身体も満身創痍としか言いようのない状態に陥っている。それでも彼は、最後の意地を貫き通そうとしていた。

 

「このシグルト……一敗地に塗れたままおめおめと帰城するわけにはいかん……!──貴様らのうちひとりと、一騎打ちを所望する……!」

「一騎打ちだァ?ンなもん俺らになんの得があんだよ」

 

 カツキの応答はシビアだが、相変わらず真理を突いていた。それに対するシグルトの答えはシンプルだった。

 

「ない!!これは貴様らの騎士たる矜持に賭けての願いである!」

「ア゛ァ!!?ンなもん──「待て、カツキくん」!」

 

 不意にテンヤ──リュウソウブルーが前に進み出た。

 

「それが貴様の戦士としての最後の望みならば、受けないわけにはいかん!この叡智の騎士が承ろう!」

「フ……感謝する……!」

 

 互いに一歩進み出る。その気迫に、仲間たちはもう何も言い出せない──いや、ひとりもとい一匹だけ例外がいた。

 

「ならリュウソウブルー、こいつを使いな!」

「!」

 

 ヨクリュウオーの身体から何かがブルーの掌に放出される。見下ろしてみればそれは、彼と同じクリアブルーに彩られたリュウソウルで。

 

「ヒエヒエソウルだ、使え!」

「……有り難く受け取ろう!構わないな?」

「無論。新たな力、見せてもらうぞ……!」

 

 ランスを構え、右足を前に踏み出すシグルト。突撃姿勢をとる彼に対し、

 

「──ヒエヒエソウル!!」

 

 ブルーは、その魂の欠片をリュウソウケンに装填した。

 

『強!』

 

 一回、

 

『リュウ!』

 

 二回、

 

『ソウ!』

 

 三回、

 

『そう!』

 

 四回。

 

『──この感じィ!!』

 

 ブルーの胴体を、より透き通った紺碧の鎧が覆っていく。さらに背中には閉じた翼のような形状のマントがはためいた。

 

「では、いざ──」

「………」

 

「「──勝負ッ!!」」

 

 同時に走り出す両人。互いに脚力を速める支援はなくとも、あっという間に距離が詰まっていく。ただ、条件上どちらが有利かは火を見るより明らかであったが。

 

「ヌゥオォォォォ──ッ!!!」

 

 リュウソウケンよりわずかにリーチが長いことを利用してか、先にシグルトが仕掛けた。ランスの尖端がブルーの心臓部めがけて突き出される──

 

「テンヤく……」

 

 思わず声をあげそうになるピンクだったが、心配は無用だった。刹那、背中のマントが展開して翼そのものの形をとり、彼を天高く舞い上がらせたのだ。

 

「何ィ!?」

「────、」

 

「アブソリュート、ディーノスラァァッシュ!!」

 

 閃光、衝撃。思わず目を瞑ってしまうほどのそれらが収まったとき、リュウソウブルーとシグルトは互いに剣を突きだす姿勢のまま背中合わせに立ち尽くしていた。

 

「………」

 

 互いに、微動だにしない。これはどういう結末なのか。勝敗が決まったのかさえ判然としない──そう思われた直後、シグルトが動いた。

 

「私、の、オォォォォ……────!!?」

 

 その身体から激しい火花が散る。そしてそれらに体温を奪われたかのごとく凍りついていく。やがて完全に力を失った氷像が崩折れ、粉々に吹き飛んでいった──

 

 

「……あー、負けちゃったかぁ」

 

 古城にいながらにして、プリシャスはそれを悟っていた。手の中の符に力を込めると、いとも容易くボロボロと崩れ落ちていく。

 

「さて……次はどうやって遊ぼうかな」

 

 愉しそうなその声音に、戦死した配下を悼む様子は微塵もなかった。

 

 

 *

 

 

 

「さて、約束だ。プテラードンを貰おうか」

 

 トーヤの言葉に、リュウソウジャー一行は揃って苦虫を噛み潰したような表情を浮かべた。コタロウに抱かれたピーたん──自由に姿を変えられるそうである──はもう、それを受け入れているようであるが。

 

 と、不意にトーヤの纏う雰囲気が変わった。

 

「……と思ったけど、もういいや。飽きた」

「!?」

「ハアァ!!?」

 

 唐突すぎる心変わり。皆が唖然としていると、彼は肩をすくめて続ける。

 

「なんだよ、そのほうがお前らにとっても良いだろ?」

「そ、そりゃそうっスけど……」

「なんだよぉ〜〜!!オレすげー覚悟してたのに〜!!」

「おまえの力は見切ったからな、はははっ」

「トーヤ兄ィ、あんたは……」

 

 呆れてものも言えないという様子の弟を、彼はじろりと睨めつけた。

 

「……これで貸し借りはナシだぜ、わが弟?」

「!」

「いくぞ、鳥兄弟」

 

 踵を返して去っていくトーヤ。ケイゴとフミカゲは揃って呆れてものも言えない様子であったが、なんだかんだ、彼に同行するつもりのようであった。

 

「トーヤ兄ィ!!」

 

 呼び声に、足が止まる。

 

「たまには、海に帰ってこい。お母さんや姉さんのこと、安心させてやってくれ」

「……気が向いたらな」

 

 それだけを最後に、今度こそ立ち去っていく。と、今度は不意にケイゴが立ち止まって。

 

「あ、セイン・カミイノのこと、よろしくね」

 

──………。

 

 

「なんつーか……嵐みたいな人たちだったよなぁ」

「とはいえプテラードンも仲間になったし、ショートくんの兄上も悪人でないことはわかった。ひとまずは良かったじゃないか!」

「……かもな」

 

 プテラードンが仲間になった。ただその事実だけでも喜ばしいことだが、これで彼らの大願のひとつが現実的になった。

 

 

──はじまりの、神殿へ。

 

 

 つづく

 

 

 




「やっとここまで来たんだな……」
「リュウソウカリバーを手にしたくば、戦え」
「仲間か、使命か……」

次回「はじまりの神殿」

「魂を解き放て、リュウソウカリバー!!」


今日の敵<ヴィラン>

スレイプニルマイナソー

分類/ビースト属スレイプニル
身長/211cm
体重/245kg
経験値/390
シークレット/伝説上の八本脚の馬を模したマイナソー。マイナソーとしては八本どころか二足歩行であるが、そのスピードは侮れないぞ!
ひと言メモbyクレオン:ウマ息子ってヤツだな!


シグルト

分類/ドルイドン族ルーク級
身長/218cm~47.3m(通常時)
体重/265kg~711.1t
経験値/421
シークレット/プリシャスに仕える三魔人のひとり。双子の魔馬"スキンとフリン"をプリシャスより授けられており、彼らの率いる馬車を自在に操り驚異的なスピードで戦場を駆け回る。また補助魔法を会得しており、自在な巨大化やマイナソーとの融合などもお手のものだったぞ!
ひと言メモbyクレオン:心臓握り潰されそうになったのに忠誠誓えるとかヤバくね?ゾラとかガチレウスとはまた別の意味で怖ぇ……。


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41.はじまりの神殿 1/3

 

 北方の地を訪れて早々、紆余曲折はあれども騎士竜プテラードンを仲間とすることに成功したリュウソウジャー一行。プリシャス配下のひとり、シグルトを倒すことにも成功した彼らが、次に向かうのは。

 

 

「はじまりの神殿!!」「セイン・カミイノ!!」

 

 洞穴内に、少年ふたりの言い争う声が響く。片やプラチナブロンドと紅い吊り目が特徴的な少年で、もう一方は緑がかった黒髪に赤子のように大きな翠眼、頬のそばかすなど地味な印象の少年である。

 彼らは今、顔を突き合わせてバチバチと火花を散らしていた。

 

「だァから必要なもんはとっとと手に入れとかねえと何があるかわかんねーっつってんだろうがよォ昔から!!」

「だけどセイン・カミイノの街の人たちは今も苦しんでるんだよ!?一刻も早く街を解放すべきじゃないか!!」

「完膚なきまでにブッ潰さなきゃまた同じことの繰り返しになんだよ!!力ァいくらあっても足んねーだろうが!!」

「だからって──!」

 

 エンドレス口論。彼らはもうふたりきりではなく、すぐ傍に対等な仲間たちもいるのだが……とてもではないが、彼らが割り込めるような状態ではなかった。

 

「あぁ、始まっちまった……」

「こうなってしまうと、決着がつくまで見守るしかないな……」

「わ、私が強制終了させたろか!?」

「……流血沙汰になるんじゃねえか?」

 

 半目になりつつ、どうしてこうなったかを思い起こす。──このままセイン・カミイノに向かい街を包囲しているプリシャス配下の軍団を打ち払うか、はじまりの神殿を探すか。その衝突は皮肉にも騎士竜プテラードンを仲間にしたことで、彼らのとりうる選択肢が広がったことに起因していた。

 

「ナァ〜、どっちでもいいから早くしてくれよ。オレ、凍えちまうよ〜」

「だ、そうです」

「………」

 

 当のプテラードンとコタロウの声に、言い争いがいったん中断される。スケールの差もあってか、今の彼らは抱く者と抱かれる者の関係が逆転していた。具体的に言うと、コタロウがプテラードンの翼にすっぽりと包まれている状態である。

 

「……みんなは、どう思う?」

 

 今さらながら、少しばかり冷静になったイズクが訊く。とはいえふたりの口論によって彼らの考えていた意見は出し尽くされたも同然、あとはそれぞれ一長一短という事実だけが残る。

 

「……仕方ない。いつものアレで決めよう」

「望むとこだわ」

 

 イズクが銅貨を取り出す。彼が"表"、カツキが"裏"と宣言する。──コイントス。どうしても意見が折り合わないとき、彼らの指針を決する方法だ。尤もこれを使う前にヒートアップしてしまい、実力行使に移る場合も少なからずあるのだが。

 

「エイジロウ、てめェやれ」

「お、おう。……どっちも、恨みっこなしだぜ?」

 

 念押しするように告げ──受け取った銅貨を、ピンと弾く。薄い円状のオブジェクトが、くるくると回転しながら天に昇り……程なく、重力にとらわれて落下を開始した。

 

 からん、ころん、からん。

 

「………」

 

 面を露にしたのは──果たして、裏だった。

 

「カツキの勝ち、だな」

「はん!」

「ッ、……わかった。そうと決まればすぐに向かおう」

 

 イズクは悔しそうだったが、これも理である。一行はプテラードンの背に乗り、はじまりの神殿を探すべく鈍色の雲の向こう側へ飛び立った。

 

 

 *

 

 

 

「にしても、やっとここまで来たんだな……」

 

 エイジロウの言葉に、スリーナイツの同士であるテンヤとオチャコが力強く頷く。元はと言えば、異空間へ消えた故郷の村をもとに戻すために始めた旅だったのだ。それがぐるりと旧王国領を一周し、様々なドルイドンと戦っては打ち勝つことになろうとは。叙任を受けたばかりの自分たちが聞いたら、果たして信じられるだろうか。

 

「とはいえ、俺たちだけではどうにもならなかっただろう。イズクくんたち、そして騎士竜たちとの出逢いのおかげだな!」

「ショートくんも、最初はこんな感じやと思わなかったよ〜。イケメンなのは相変わらずやけど、なんか冷たい人なんかな〜って思ったし」

「こんな感じってのがどういうもんかわからねえが……まあ、王国を守るためにはそうしなきゃいけねえと思ってたからな」

 

 彼とモサレックスが仲間入りしたことは、単にリュウソウジャーの戦力強化にはとどまらない意味をもつ。陸と海、それぞれのリュウソウ族の6500万年越しの雪解け。それを象徴する出来事が現在進行形のこの旅路なのだ。

 

「……七人、揃っていればな……」

「………」

 

 テンヤがこぼしたつぶやきに、場がにわかに静まり返る。七人目の騎士──紆余曲折はありながらも、間違いなくそう呼べる存在がここにいるべきだった。

 

「センパイは、タイシロウさんの弟子でもあった。……村をもとに戻したら、ちゃんと話して、弔ってもらわねえとな」

「せやね……」

「うむ……」

 

 弔わねばならない者は、他にもいる。彼らの命を取りこぼしてしまったことは、生涯忘れ得ぬ悔恨となるだろう。

 それでも彼らは、前へ進んでいく。

 

「おい」

「!」

 

 最前方からのつっけんどんな呼びかけに、慌てて口を噤む。先ほど長年の付き合いの幼なじみと言い争っていた彼は、こういう湿っぽい回顧を非常に忌み嫌っている。怒鳴られるかと身構えたが、彼は一同をひと睨みしただけでふたたび前を向いてしまった。

 

「かっちゃんも自分なりに、思うところはあるんだよ」

 

 イズクが補足するように言う。口論の直後でも、その心情を的確に読み取ってフォローするのはさすが幼なじみというべきか。

 

「……おめェがいなかったら、カツキと上手くやるには時間がかかったかもなぁ」

「へ?ど、どうかな……エイジロウくん、結構かっちゃんに気に入られてるし……」

「ムッ?なんだか言葉に棘がある気がするぞ、イズクくん!」

「ふふっ、デクくんもやきもち焼くんやねぇ」

「!?、や、やきもちって……別にそういうんじゃなくてただなんというかその僕の百何十年にたった数ヶ月で追いついてきたっていうのは純粋に凄いしやっぱりそれだけの人格者だからってことでもちろんテンヤくんもオチャコさんもショートくんもコタロウくんも凄くいい人たちであるからして──」

「……長くなりそうか、それ?」

「もうなってます」

 

 結局こういうやりとりになるのが、彼らの強みであり。

 そうして小一時間に渡って飛び続けた一行であるが、そこで違和感が芽生えはじめた。

 

「妙だな……まったく影も形も見当たらない」

「もうかなり見て回った……よな?」

 

 プテラードンのスピードをもってすれば、短時間で極地上空をひと回りすることも可能──実際にそうしているはずなのだが、天空島と思しきものはいっこうに見えてこない。

 

「ほ、ほんとにこの辺にある……んだよね?」

「それは……タマキ先輩の情報が正しければ、ということにはなるが──」

 

 そのタマキにしても、自分自身が天空島を訪れたことがあるというわけではない。彼の伝え聞いた情報源じたいが間違っていたら……という可能性も、否定はしきれないわけで。

 

「いや、俺は信じるぜ!天空島は絶対この辺にある!」

「何か手がかりはあるんですか?」

「あーそりゃ……──テンヤ、なんかねえ?」

「俺頼みか!?いや叡智の騎士としては喜ばしくもあるが……うーむ……」

 

 考え込むテンヤ。もとより頭の回転は速くとも、柔軟な思考回路をもっているとは言いがたい彼だったが……先だっての試練によって、彼は"視点を変える"という能力を鍛えられていた。

 

「!、そうだ、見えないからといってそこに存在していないとは限らない。どこかに隠れているのかもしれないな!」

「隠れるって……どこに?」

 

 「雲の上にはな〜んもないで?」とオチャコ。確かに地上のようにあちこちに障害物があるわけではない。しかし決定的なものがひとつあるではないか、今まさにオチャコ自身も口にしたものが。

 

「まさか……雲の中に?」

 

 広がる雲海。そのどこかに天空島は存在する──

 

「でも、雲の中なんてどうやって探すんですか?」

「そりゃもう、突撃!!」

「アホかクソ髪、無謀なんてもんじゃねーわ」

 

 罵倒の二重奏を浴びてたじろぐエイジロウだが、カツキの言葉は的確だった。雲の中には乱気流が発生している箇所もあって、生身剥き出しでプテラードンの背中に乗っているエイジロウたちは容易く投げ出されてしまうだろうことは想像に難くない。とはいえ雲の外からでは、ミエソウルで地道に探すのも限界があって──

 

「それなら、なんとかなるかもしれないぜ!」

「!」

 

 不意に、プテラードンがそう口を挟んだ。

 

「オレとティラミーゴが合体すれば、背中にシールドを張れる。そうすりゃどんな乱気流に呑まれても振り落とされずに済むぜ!」

「おぉー……って、そんなことできんのか?」

「できるティラ!」エイジロウの懐から顔を出すティラミーゴ。

「先に言えや、つーかやれや」

「合体するとスピードが落ちるし、なんかキモいんだもんよ〜」

 

 プテラードンの言葉にティラミーゴは憤慨したが、ともあれ実行に移すこととなった。

 

「いくぜー、竜装合体!」

「竜装合体ティラァ!!」

 

 二体がそう掛け声を合わせたところで、はたと気がついた。竜装合体には騎士竜たちの大規模な変形を伴う。つまり、その、自分たちはプテラードンの背中で安穏としていられるのだろうか?

 

「ちょ、待──」

 

 慌てて押しとどめようとしたときにはもう遅かった。合体へ至るべく、両騎士竜が繋がりやすいように身体をぐりんぐりんと変形させはじめる。しがみつこうとするエイジロウたちだったがただでさえ向かい風の強い高空では通常の腕力でどうこうできるはずもなく、彼らはあっさりと投げ出された。

 

「うわあぁぁぁぁぁぁ────!!?」

 

 風に煽られて右に左に引っ張られながら、その実重力に拾われて墜落していく。この尋常でない高度では滞空能力をもつブットバソウルもヒエヒエソウルも通用しない。というか、一部の面子がそれをしたところで全員は助からないのだ。

 

「馬鹿ああああっ、私らふっとばしてどーすんのぉ──ッ!!??」

 

 オチャコのシャウトがすべてであったが、構わず合体が進んでいく。真紅のティラミーゴボディはほとんどそのままに、その胴体にクリアブルーのプテラードンが組み込まれたようなどこか歪な姿。しかし広がる巨大な翼はそのままに、重量の増した身体を支えている。

 その名も、

 

「「プティラミーゴ、完成ッ!!」ティラァ!!」

 

 合体を成すや否や、プティラミーゴは急降下を開始した。風に煽られ落下していくリュウソウ族の友たちを、ひとりひとり確実に回収していく。

 

「「フフッ、どうだ」ティラ!!」

「うん、さすが……」

 

 ともあれ状況は整った。プティラミーゴは背部にシールドを展開してエイジロウたちを包み込むと、そのまま躊躇なく積乱雲の中へと突入していく。

 

「ティラ〜!!」

 

 雲をかき分け、ひたすら翔び続ける。シールドの中にいるエイジロウたちは至って無風の状態だが、透明な壁の向こう側は相当な嵐となっているはずだ。それでもバランスを崩しさえしないのは、流石単騎でナイトロボを構成しうる二大騎士竜というところか。

 そうして程なく、テンヤの推測が的中していることが認められた。

 

「!!、あれだ……!」

 

 雲を構成する微粒子。それらを押し退けるようにして鎮座する、模型のような浮島がそこにはあった。美しい緑が生い茂り、透き通った海が断崖から滝のように流れ落ちては凍りついていく。

 

「あれが……天空島……」

「……なんか、小さくねえか?」

 

 ショートがそう言うのも無理はなかった。"模型のような"と形容した通り、天空島は明らかに小さかったのだ。少なくともプティラミーゴよりは。生い茂る木々も岩場も、地上にあるそれと比べてスケールダウンさせられたようなありさまである。

 

「どうなってんだ……?」

「!、もしかしたら……──ミエソウル!」

 

 イズクがミエソウルを発動させ、ミニチュアのような浮島を凝視する。視力をブーストすることで、ディテールを捉える──その結果、ひとつの事実が判明した。

 

「島の周辺、微妙に空間が歪んでる……もしかすると、位相が異なるのかもしれない」

「イソ?」

「見えとっても異空間にあるっつーことだ。わかったか丸顔」

「ひと言多い……!」

 

 しかしそうなると、問題がひとつ。目の前に浮かんでいる天空島は蜃気楼と似たようなものだ。果たしてそこに踏み入ることができるのか。

 

「フッ、このプティラミーゴを舐めるなよ!」

 

 得意げにそう言うと、プティラミーゴはそのまま突撃した。空間の歪みに接触した瞬間、激しい揺れが一行を襲う。シールドがなければ投げ出されてしまいそうだ。

 

「……ッ、」

 

 歯を食いしばりながらも、エイジロウは懸命に堪えた。この天空島のどこかにあるはじまりの神殿、そこに眠る伝説の剣を手に入れれば、恋焦がれた故郷の村を甦らせることができるのだ。

 

「ティ、ラァァァァ!!」

 

 ティラミーゴそのままの雄叫びが響く。プテラードンが喋ったりティラミーゴが喋ったり、あるいは同時だったりと、彼らの人格は別々に保たれている。それでもコントロールを損じることなく動けるのが騎士竜たちの不思議なところだ。

 ともあれプティラミーゴのよりいっそうの奮起により、ついに次元の壁は突破された。吸い込まれるようにして消えていく巨体──その姿を追って来たる者の存在には、気がつかないままに。

 



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41.はじまりの神殿 2/3

 

 位相が異なっているというのは確かだったようで、突入した天空島は雲の中にあるにもかかわらず快晴に彩られている。プティラミーゴより小さく見えたのも、やはり錯覚でしかなかったようだ。

 

「あったぞ、あれが神殿だ!」

 

 その声に応じ、眼下を覗き込む。大巌を削って創り上げたと思しき原始的な建築物、故郷の村にある、ティラミーゴたちが封印されていた神殿とそっくりではないか。

 

「あれも、原初のリュウソウ族たちが……」

「とりあえず降ろしてくれ、プティラミーゴ」

「ラジャー、ティラ!」

 

 翼をはためかせつつ、プティラミーゴが降下していく。距離が詰まると、その神殿の立派なさまが改めて目に焼きつくようだった。

 

「っし……行くか」

「プティラミーゴ、すまないがここで待っていてくれ」

「問題ない!」「ティラ!」

 

 全員で地に足をつけ、神殿へ向かって一歩を踏み出す。まだ伝説の剣の影すら掴めていないけれど、いよいよ秒読みが始まったような気がしてエイジロウはごくりと唾を呑み込んだ。

 しかしその直後、プティラミーゴが声をあげた。

 

「!、待つティラ!!」

「!?」

「ど、どしたん?」

「上からなんか来るぞ、気をつけろ!」

 

 何かとは──訊くまでもなく、それは上空から姿を現した。鳥?いや、違う。肩口から突き出した巨大な翼をはためかせ、大鷲の頭と三本の鋭い鉤爪を誇らしげに見せつけるその姿は。

 

「まさか、マイナソー……!?」

「ハッハッハッハッハ、Exactlyyyyyyy!!!」

 

 すっかり聞き慣れてしまった妙にイイ声とともに、群青の影が飛び降りてくる。

 

「ッ、ワイズルー……!」

「おっとぉ、オレもいるからな!!」

「クレオンもか……」

 

 ワイズルーにクレオン、なんだか懐かしささえ感じるコンビである。しかし当然ながら、喜ばしい気持ちは微塵もない。

 

「貴様らがここになんの用か知らんが、ストーキングしておいて大正解でショータァイム!!──フレスヴェルグマイナソー、その神殿をデストロイしてしまいナサ〜イ!!」

「ギィエェェェェェ!!」

 

 耳障りな叫び声とともに、フレスヴェルグマイナソーが動き出す。無論、そうはさせるかとばかりにプティラミーゴが立ちふさがった。

 

「エイジロウ、みんな、こっちはまかせるティラ!!」

「こんな鳥もどき、誇り高き翼竜たるオレには敵わないぜー!!」

 

 そんなシャウトとともに、鳥獣人とでも呼ぶべき怪物と空中でぐんずほぐれつともつれあう。あちらはひとまず、プティラミーゴにまかせておいてもよかろう。

 

「っし……俺たちもいくぜ!!」

「うむ!」

「クソ道化師、今日こそブッ殺ォす!!」

 

──リュウソウチェンジ!!

 

『ケ・ボーン!!』

 

『ワッセイワッセイ!そう、そう、そう!』『ドンガラハッハ!ノッサモッサ!』

『ワッセイワッセイ!ソレソレソレソレ!!』

『エッサホイサ!モッサッサッサ!!』

 

「──うおぉぉぉぉぉッ!!」

 

 竜装を完了すると同時に、全力全開で走り出す。マイナソーに乗ってきたためか、ワイズルーには手勢もなく単騎で応戦するつもりのようだった。クレオンは一応くっついてきているというだけで、特段戦力にはなりえない。

 

「フッハハ!かかってキナサーイ……うわっ壮観……」

 

 躍りかかってくる六人の攻撃を、ステッキを使って受け止める。しかしお互いの戦い方は既に知り尽くしている以上、実力を着実に伸ばしつつ、連携の精度も高めている側に分がある。

 

『ブットバソウル!ボムボム〜!!』

「吹っ飛び死ねやアァァ!!」

 

──BOOOOM!!

 

「Nooooo!!ッ、見慣れていなければ本当に吹っ飛んでいた……ッ」

「はっ!今さらてめェなんざお呼びじゃねーんだよ!!」

「今度こそおまえが倒される番だッ、ワイズルー!!」

「Mmmmmmm……!」

 

 口惜しさのあまり唸り散らすワイズルーだが、それでどうにかなるというわけでもない。率いて来たフレスヴェルグマイナソーは計らずも最初から巨大な姿で生まれてくる"珍種"だったために、プティラミーゴと空中戦を演じていてこちらには見向きもしないありさまだ。

 

「フレーッ!フレーッ!ワイズルーさまぁ、負けるなぁぁぁ!!」

 

 それでもクレオンは懸命にワイズルーを応援していた。最高幹部にしてやるというプリシャスの誘いにも、彼は未だ明確な返事を出していない。もはやワイズルー単騎では強くなったリュウソウジャーに勝ち目はなく、唯一それを為せるかもしれないのはプリシャスだと頭ではわかっているのに。

 

 しかしその大声とオーバーアクションが仇になったのかどうか、彼はスリーナイツに目をつけられてしまった。

 

『オモソウル!ドオォォン!!』

「!?、ぐぎゃっ!!」

 

 不意打ちぎみに振り下ろされた鉄球が、クレオンも頭頂に叩きつけられる。キノコの傘に似た頭部がさらに薄く押し広げられ、クレオンはぺしゃんこに叩き潰された。

 

「あんたともいい加減おさらばや、クレオン!」

「これ以上、人や世界からマイナソーを生み出させはしない!!」

「今日で最後だぜ、クレオンっ!!」

 

 最初の遭遇から文字通り月日しか経過していないにもかかわらず、彼らの威容は当時とは比べものにならないほどに深まっていた。成人と叙任を終えたばかりの若き少年騎士たちは、伸び盛りの時期に旅と実戦に次ぐ実戦の日々を過ごしている。その点、永遠にも等しい命をもつドルイドンは進歩に乏しかった。

 

「く、くっそぉ……お前らなんかにやられて堪るかよ、オレもワイズルーさまも!」

 

 早くもダメージから立ち直ったクレオンは、足元からドロドロと軟体化しはじめた。そのまま地面に染み込まれてしまえば、こちらも手出しできなくなってしまう。

 

「そうはさせんッ、今の我々には"これ"がある!」

 

 そう言ってブルーが取り出したのは、先日プテラードンから与えられたばかりのヒエヒエソウル。それを認めた途端、レッドが「あーっ!」と声をあげた。

 

「うわっ!?ど、どうしたエイジロウくん!?」

「それ使ってみてぇ!貸してくれ!」

「貸すというか……きみにはマックスリュウソウルがあるだろう!?」

「あるけど……飛んでみてぇ!」

「いや子供か!」

 

 突っ込むピンクだが、まあこういうところもエイジロウらしさなので仕方がない。ブルーは仕方なくヒエヒエソウルを彼に譲り渡した。

 

「サンキュー、ヒエヒエソウルっ!!」

『強!リュウ!ソウ!そう!──この感じィ!!』

 

 リュウソウレッドの(メイル)の上から、クリアブルーの装甲が纏わりつく。背中には折り畳まれた翼が生え出でた。

 

「っしゃあ、いくぜー!!」

 

 喜びを露にしたレッドは、早速願望を行動に移した。翼を展開し、空高く舞い上がったのだ。

 

「エイジロウくんっ、地面ごと奴を凍結させるんだ!」

「おうよっ!──おらぁ!!」

 

 今にも完全に溶けようとしているクレオンめがけ、刃を振り下ろす。途端に極温の冷気が拡散され、辺り一面を急速に凍りつかせていく。

 

「!?、う、うわあぁ、凍っちまって動けねえぇ〜……!!」

 

 液状化できなければ、逃げることも当然できない。無事な上半身だけを必死にばたつかせるクレオンめがけて、リュウソウレッドは急降下を開始した。

 

「終わりだ……クレオン!」

「!!」

 

「アブソリュート、ディーノスラァァッシュ!!」

 

 よりいっそうの冷気を纏い、必殺の一刃が放たれようとしている。クレオンの命運は、もはや尽きたかに思われた。

 

「──クレオンっ!!」

 

 そのときだった。相手取る疾風、威風、栄光の三騎士を振り払うようにして、ワイズルーが割り込んできたのは。

 

「グハアァッ!!?」

「あ……わ、ワイズルーさまぁ!!?」

 

 咄嗟にステッキを盾代わりにしたためか、刃が肉体に触れることはなかった。しかしその衝撃たるや凄まじく、彼は凍って粉々になった残骸ともどもクレオンのもとに吹き飛ばされてきたのだった。

 

「ぶ、無事かクレオン……ゴフッ」

「ワイズルーさま……何故……」

 

 ワイズルーが自分を庇うなんて。ノリの良い、ともに過ごしやすいパートナーだとは常々思っていたが、まさか。

 

「フッ……キミは最高のパートナーであり、観客だからな……。死なれては、困るのだ……!」

「……!」

 

 そのワイズルーの行動は、少なからずリュウソウジャーの面々にも動揺を与えた。

 

「なんとワイズルーがクレオンを庇うとは……」

「信じられへん……」

「チィッ、騙くらかされてんじゃねえ!どうせ気紛れだわ!」

「あいつらに大勢の人々が苦しめられてきたんだ……!とにかく、決着をつける!」

 

「………」

 

 そんな戦況をじっと見守っていたコタロウは、不意に背後の神殿から何者かの気配を感じた。

 振り向いた彼が見たのは、およそ信じがたいもので。──程なくして、彼の意識は光に包まれた。

 

 

「一気に終わらせてやる……!」

『マックス、ケ・ボーン!!』

 

 ヒエヒエソウルをブルーに返し、レッドはいよいよマックスリュウソウチェンジャーを構えた。ワイズルーとクレオンは抱き合ったまま怯えるしかなかった。ウデンを一方的に蹂躪し、プリシャスには苦戦しつつも最終的には互角に事を構えたマックスリュウソウレッド。フィジカルには劣るワイズルーではどうなるか、結果は見えているのだ。

 今度といえば今度こそ命運が尽きたかと思われたそのとき、彼らは奇妙なものを見ることとなった。

 

「んん?」

「あいつ……──お、おいお前ら!後ろのそいつ、なんかヘンだぞ!?」

 

 クレオンの指摘は苦し紛れとしか捉えられなかったが、それでも反射的に振り向く者はいた。そして彼らは、確かにコタロウの様子が尋常でないことに気づかされることとなる。

 

「……コタロウ?」

「………」

 

「……きみたちは、力が欲しいんだね」

 

「誰だ、てめェ」──カツキが反射的にそう言った。その口調は明らかにコタロウのそれではなかったのだ。

 

「その資格があるか、試してあげよう」

「!!」

 

 刹那、コタロウの身体から眩い光が放たれた。それはリュウソウジャーの面々を呑み込み、ワイズルーとクレオンの視界をも塞ぐ。

 ややあってそれが収まったとき──コタロウ、そしてリュウソウレッドとゴールドの姿もそこから消え失せていた。

 

「エイジロウくん、ショートくん!?」

「コタロウくんも……どうなっとるん!?」

「神殿に呑まれたのかもしれない……!ッ、とにかく僕らも──」

 

 真っ先に突入しようとするグリーンだったが、神殿との境界に足を踏み入れようとした途端、見えない何者かに押し出されるように弾き飛ばされてしまった。

 

「デクっ!!」

「ッ、大丈夫……だけど……っ」

 

 神殿に宿る何者かの意思に選ばれた者しか、進入できないのか。それがエイジロウとショートだったのは、あるいは無作為なのかもしれないが。

 

「HAHAHAHA、どうやら戦力ダウンしたようだ☆NA!こうなればこっちのモノ!」

 

 こちらが四人に減ったうえ、切札のマックスリュウソウチェンジャーをもつレッドがいなくなったことでワイズルーはすっかり調子に乗っているようだ。尤も、彼も武器であるステッキを失っているのだが──

 

「舐めんなカスが、クソ髪と半分野郎がいねーくれぇで今さらてめェごときにやられる俺たちじゃねーんだよ!!」

「僕らだって強くなってる……!お前らに見せてやる!」

 

 ここでワイズルーとクレオン、両方を殲滅するのだという意志は変わらない。そしてエイジロウとショートが不在であろうとも、それができるという確信が彼らにはあった。

 

 

 *

 

 

 

「ッ、ぅ……ここは……」

 

 目を覚ましたエイジロウは、山間の拓かれた荒野に転がっていた。旅の中で幾度も通りすがった、さほど珍しくもない光景だ。しかしながら辺りは逢魔ヶ時のように橙がかったモノクロームに染まっており、見る者に本能的な寂寥感を味わわせた。

 

(確か、コタロウがおかしくなって……ショートと一緒に、神殿の中に引っ張り込まれて……)

 

 ということは、ここは神殿の中か。どう見ても屋外の風景なのは、さんざん異空間などに飛ばされ慣れているから疑問はもたない。ただ見渡す限り、コタロウもショートも傍にはいない。

 と思いきや、唐突に前者が目の前に現れた。

 

「コタロウ、おめェ無事で──」

「ようこそ、"勇猛の騎士"」

「!!」

 

 違う、やはりコタロウではない!エイジロウも芯からそれを察知した。何者かがコタロウの身体を借りて言葉を紡いでいる、それは間違いなさそうだった。

 

「誰なんだ、おめェ……。コタロウの身体を返せ!!」

「……願いを叶えたければ、"資格"を示せ」

「……!」

 

「資格ある者にのみ、道は開かれる」──そう言ってコタロウは忽然と姿を消してしまった。戸惑う間もなく、見知った姿が入れ替わるように現れる。

 

「………」

「!、ティラミーゴ……?」

 

 自らが名付け親となった相棒の騎士竜、彼がなぜ今ここに?外でマイナソーと空中戦を演じていたはずだが。

 その疑問はすぐに氷解した。ティラミーゴはエイジロウを見るや否や、牙を剥き出しにして喰らいついてきたのだ。その動作にはまったく迷いがない、果たして獲物に対する獰猛な肉食獣そのものだった。

 

「ティラミーゴ!?何すんだっ、やめろ!!」

「……我は、大いなる力の化身……」

「!?」

 

 声もティラミーゴのものだったが、その内容が本物でないことを明確に報せた。

 

「先に進みたくば、我を倒せ──!」

 

 言うが早いか、ティラミーゴは口から烈火を吐き出して攻撃してくる。ディメボルケーノならともかく、彼単体にそんな能力はない。何者かに憑依されているらしいコタロウとは異なり、これは偽物かあるいは幻影の類だとエイジロウは判断した。

 

「だったら、遠慮はしねえッ!!」

 

 リュウソウケンを振り上げ、エイジロウは相棒の姿をした"大いなる力の化身"に躍りかかっていった。

 

 

 一方のショートもまた、騎士竜プテラードンの姿をした何者かと相対していた。

 

「クアァァァァ──!!」

 

 如何にも翼竜じみた咆哮とともに、"プテラードン"は冷気を吐き出す。懸命にそれを避け続けるショートだが、洞窟と思しき閉鎖空間の中である。辺り一面既に凍結が進行し、気温は氷点下にまで押し下げられていた。

 

(ッ、寒ィ……)

 

 吐息が白く濁る。衣装越しにも鳥肌が立っているのがわかる。体温が低下しつつあるのか、頭に靄がかかりつつあるのをショートは自覚した。

 そうしてほんの一瞬ぼんやりしてしまったともろに、プテラードンは広範囲にガスをばら撒いてきた。よほど機敏に動かねば躱しきれない攻撃、ショートが我に返ったときには遅かった。

 

「ぐ、ぅ……っ」

 

 冷気をまともに浴びたショートの身体は、足先から這い上がるようにして凍結していく。ぶるぶると震えるショートを見下ろしたまま、プテラードンの姿をした者は言い放った。

 

「これ以上やれば命はない。あきらめて立ち去れ!」

「………」

 

「あきらめられるわけ、ねえだろ……!」

 

 オッドアイを鋭く眇めて、ショートは"プテラードン"を睨みつけた。

 

「伝説の剣には、エイジロウたちの村の復活がかかってんだ……!俺は、あいつらの喜ぶ顔が見てぇ……!」

「……ならば、消えるがいい」

 

 知った声で、まったく合致しない言葉。そして冷気ガスがいっそう強くなる。いよいよ凍結が胴体にも及ぼうかというとき、ショートは賭けに出た。

 

「ッ、……ビリビリ……ソウル!!」

 

 萎縮する筋肉を振り絞って、モサチェンジャーにソウルを装填する。一瞬躊躇が生まれたが……ショートは歯を食いしばって、顎をクローズドした。

 刹那、

 

「ぐッ……あ、ああああ……ッ!!」

 

 電撃が、ショートの全身を打ち貫く。痺れと激痛が全身を襲い、彼は声も出せずに虚ろな叫びをあげ続けた。

 

「自裁に及ぶとは……気が狂ったか?」

「〜〜ッ、……!」

 

 そうではない、断じてない。声も出せないけれど、ショートは己の勝利を確信していた。だから気の遠くなるほどの衝撃を堪え、意識を保ち続けているのだ。

 そのうちに、ショートの望んだ通りのことが起こった。彼のしなやかな身体を蝕む氷が、少しずつ溶融しはじめたのだ。

 

「──これは……!」

 

 電撃の副産物たる高熱が、氷を溶かしている。プテラードンの姿をした者は即座にそう看破したが、それで止められるわけでもない。

 ややあって氷が溶けきると同時に、ショートはその場に膝をついた。

 

「ッ、はぁ……はぁ……」息を整えつつ、「電撃は、熱を生む……。おまえに、俺は止められねえ……!」

 

 肉体への負荷とは裏腹に、戦意漲るオッドアイに睨みつけられ──神殿に宿る意思は、その矜持を認めた。

 

「……良かろう、次の間に進むがいい」

 

 プテラードンの姿が忽然と消えうせ、ショートの視界は光に包まれた。

 

 

 一方で、エイジロウは偽ティラミーゴを相手に苦戦を強いられていた。咆哮とともに放たれる紅蓮の炎はプテラードンのそれと異なり、単純だが破壊力には長けている。浴びれば黒焦げになるのは免れない。

 

「ッ、ノビソウル!!」

 

 リュウソウケンを伸長(エクステンド)し、ティラミーゴの姿をしたものの脚に何度も叩きつける。グオォ、と唸り声をあげる"ティラミーゴ"だったが、そこまでだった。怒りを露にした彼は、むしろ余計に意気軒昂となって襲いかかってきたのだ。

 

「うわぁああッ!!?」

 

 牙の餌食になることは避けられたものの、エイジロウは大きく吹き飛ばされた。全身が軋むような痛みに眉根を寄せながら、改めてその姿を見上げる。

 

「改めて見ると……結構怖ぇな、ティラミーゴ」

 

 真紅のボディに宝石のような翠の瞳。どれも美しいが、やはり最強の肉食恐竜と恐れられたティラノサウルスの後裔なだけはある。

 しかし自分も、誇り高きリュウソウ族の騎士なのだ。相手が誰であれ、一歩も退くつもりはない!

 

「今度はこれだ!──カタソウル!!」

 

 親友の形見をリュウソウケンに装填すれば、『ガッチーン!!』というシャウトとともにエイジロウの全身が巌のように硬くなる。

 生まれつき鋭く尖った歯を剥き出しにして、エイジロウは不敵に笑った。

 

「こっからがホントの勝負だぜ、ティラミーゴっ!!」

「……グオォォォォッ!!」

 

 唸り声をあげ、突進してくるティラミーゴ。今度は避けることもなく、エイジロウは正面からの邀撃を選んだ。

 いや──それどころかむしろ、喜び勇んで自分から跳躍したのだ。ちょうどティラミーゴは喰らいつかんと頭を下げていたので、エイジロウはその額付近にまで到達する。

 

「俺の切札ッ、アンブレイカブル──」

 

「──ヘッドバットォ!!」

 

 そのシャウトは、誇張でもなんでもなかった。全身の皮膚が硬質化しているのをいいことに、エイジロウはティラミーゴめがけて頭突きを放ったのだ。言っておくが、騎士竜の表皮は鋼鉄より硬い。いくらリュウソウルで強化しているとはいえ、頭突きなぞ仕掛けるのは正気の沙汰ではない。

 

「ぐへぇっ……!」

 

 案の定エイジロウは、頭蓋骨が軋むほどのダメージを受けて背中から墜落した。地面が比較的柔らかい砂地だとはいえ、常人だったら背骨が砕けていてもおかしくはなかった。

 

「ッ、痛ぇ……」

 

 でも、と顔を上げる。果たしてエイジロウの狙い通り、ティラミーゴの姿をしたものはうめき声をあげながら崩れ落ちた。

 

「へへっ……石頭のエイジロウたぁ、俺のことよ!」

 

 幼い頃など、手の出る喧嘩になるたびに最後の最後は頭突きで〆ていたものだ。エイジロウの石頭によるそれは村の子供たちにこれでもかと恐れられていた。

 閑話休題。倒れ込んだティラミーゴの身体が、光の粒子となって消えていく。それと入れ替わるように、ふたたび声が響いた。

 

「見事だ……きみは先へ進む資格を得た」

「………」

 

 ティラミーゴだった光の束に包まれ、エイジロウは静かに目を閉じた。

 

 

 果たして彼が転送されたのは、鬱蒼と木々の生い茂る森の中だった。今までに通り過ぎてきた場所とは異なり、鳥や虫の声ひとつしない。ここも異空間であることは明らかだ。

 

(今度は、なんだってんだ?)

 

 身構えていると、地響きとともにガサガサと木の葉をかき分ける音が近づいてくる。はっと振り向いたエイジロウが見たのは、

 

「……ディメボルケーノ!?」

「そもさん、汝に問う!」

 

 ティラミーゴと異なり、当人(竜?)そのままの口調。先ほどのことがなければ、本物と誤認してしまいそうだった。

 

「使命と仲間、どちらか一方を捨てねばならぬとき、貴様はどちらを選ぶ?」

「は!?なんだよそれ、どっちかなんて選べるわけねえだろ!?」

 

 半ば反射的にそう叫ぶや否や、「愚か者めがぁああ!!」という決め台詞とともに火炎が吐きつけられる。先ほどの戦いで慣れてしまったエイジロウはあっさり躱したが、問題は何も解決していない。

 

「ッ、どっちもだ!!俺は……俺たちはどっちもあきらめねえ──」

「それでは駄目だ!」

「!!」

 

 心意気の話は、このディメボルケーノの姿をしたものには通用しない。歯噛みしつつも、エイジロウはその現実を受け入れて黙考するほかなかった。

 

「俺が……俺が、選ぶのは──」

 

 最後の瞬間まで、それでいいのかともうひとりの自分が叫ぶ。躊躇う自分を──エイジロウは、漢らしくないと振り払った。

 

「──仲間だ!俺は、仲間を選ぶ!」

 

 騎士にとって果たすべきは使命、幼少期より教え込まれてきたその矜持を捨てるわけではない。ただ苦難もあった旅の中で、仲間の存在が自分を支えてくれたとエイジロウは確信している。それが神殿の意思に受け入れられるかどうかは関係ない、自分の信ずるものを貫くだけだ。

 

「……フ、良いだろう」

「!」

「次が最後の間だ。そこで、己の答が正しいことを証明してみせろ」

 

 そう告げてディメボルケーノは姿を消し、エイジロウは神殿の最奥へと招待を受けたのだった。

 



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41.はじまりの神殿 3/3

 果たしてそこは、エイジロウたちが初めてリュウソウジャーとなった、村にある神殿の祭壇に酷似した場所だった。

 

(ここが、神殿の……)

 

 周囲を見渡すエイジロウ。──と、隅のほうに、壁に寄りかかるようにして項垂れている小柄な人影が目に入った。

 

「コタロウ!」

「………」

 

 駆け寄って身体を揺するが、反応はない。しかし規則正しい呼吸を繰り返しているところを見るに、よほど深く眠らされているだけのようだ。

 エイジロウがひとまず胸を撫でおろしていると、背後に突然見知った気配が現れた。よもやと振り返れば、そこにはショートの姿があって。

 

「ショート!無事だったんだな?」

「ああ、おまえたちも……ところで、そこにあるのが"伝説の剣"じゃねえのか?」

「!!」

 

 ショートの指摘通りだった。祭壇に深く突き刺さる、南国の果実のように色鮮やかな剣。その意匠は、リュウソウケンとよく似ているように思われた。

 

「これが……」

 

 これさえあれば、村をもとに戻せる。積年、と言うには短い間だったけれど、焦がれ続けた願いの成就がいよいよ目前に迫ったように思われた。

 しかし、

 

「ッ、……これ、抜けねえ」

 

 ショートが力いっぱい引き抜こうとするも、剣はびくともしない。代わってエイジロウも試してみるが、結果は変わらなかった。

 

「駄目か……」

 

 単に腕力の問題ではない、そんな直感があった。それを裏付けるかのように、眠っていたコタロウがゆらりと起き上がる。

 

「その剣の名は、リュウソウカリバー。騎士竜の力を極限まで解放する、リュウソウ族最強の剣だ」

「!、コタロウ……?」

 

 コタロウはまたしても何者かの意思に操られているようだった。その指が不意に、ショートとエイジロウを順々に差す。

 

「先の問いに対し、きみたちは対極の答を出した。"栄光の騎士"、きみは"使命"……"勇猛の騎士"、きみは"仲間"を」

「……!」

 

 思わず、互いに顔を見合わせる。その答に至った心情はお互い想像の及ぶものだった。ふたりがほぼ同じタイミングで最深部に至ったことが、それを裏付けている。

 しかし、

 

「リュウソウカリバーを手にしたくば、戦え」

「な……!?」

「──!」

 

 目をみひらく少年たちに対し、コタロウに取り憑いたものは慈しむような笑みを浮かべて続けた。

 

「使命と仲間……どちらを守るソウルが上か、戦って示せ。より優れたソウルをもつ者だけが、力を手にする資格を得る」

「………」

 

 ふたりが躊躇っていると、

 

「……戦わないならそれもよし。この少年のみ連れて、早々に立ち去れ」

 

 そう言われてあきらめるわけにいかないのは、言うまでもない。──すべては、宿願のために。

 

「エイジロウ、やるぞ」

「!、ショート……」

 

 ショートの目は本気だった。彼がモサブレイカーを構えるのを認めて──エイジロウもややあって、リュウソウケンを手にした。

 対峙するふたり。いつもの模擬戦とは異なる、張り詰めた空気が場を支配する。

 

 先に動いたのは、ショートだった。

 

「はっ!」

「ッ!」

 

 振り下ろされるモサブレードを、咄嗟にリュウソウケンを抜いて受け止める。そのまま力任せに押し込もうとするが、ショートは素早く後退してしまう。普段はイズクなどの影に隠れて目立たないが、彼の身のこなしも目を瞠るものがあって。

 いずれにせよ、事ここに至ってはもはや言葉など要らない。彼らは刃を交え、いずれかが勝利するまで戦い続ける運命にある──

 

──はず、だった。

 

「だあぁもうッ!!」

「!?」

 

 いきなり癇癪じみた声をあげたかと思うと、エイジロウはリュウソウケンを地面に突き立てた。

 

「……どうした、エイジロウ?」

 

 困惑するショートに対し、エイジロウはきっぱりと言い放った。

 

「だっておかしいだろ、こんなの!仲間を選んだ俺が、剣一本のために仲間と斬りあうなんて、どうかしてる!」

「まぁ、それはそうだが……」

「おいおめェ!」コタロウを指差し、「大いなる力の化身だがなんだか知らねえけど、何かってーと俺らを争わせようとすんなよな!そういう争ってばっかの歴史を乗り越えて、俺らは今一緒にリュウソウジャーやってんだぜ!?」

「!」

 

 コタロウの身体を借りて、神殿の意思は呆気にとられている。エイジロウの行動がよほど意外だったのだろうか。

 

「俺もショートも、選ばなかったほうがどうでもいいってわけじゃねえ。使命のために仲間がいて、仲間のために使命がある。俺たちの想いは、何も違っちゃいねえ!」

「……ああ、そうだ」頷くショート。「一緒に海で暮らしてきた仲間、リュウソウジャーとしてともに戦う仲間……。俺にはたくさんの仲間がいる。そいつらを守るために、使命を果たさなきゃならねえ。そう思ったから、使命を選んだまでだ」

 

──だから、彼らのソウルはひとつ。

 

「……そうか」

 

 それだけつぶやくと、コタロウは静かに目を閉じた。身体から力が抜け、こくんと頭が垂れる。

 刹那その背中から、見も知らぬ痩せた青年のシルエットが浮かび上がった。

 

『それが現代のリュウソウ族たる、きみたちの矜持なんだね。なら僕は、その想いを尊重しよう』

「あんたは……?」

『僕はヨイチ。今から6500万年以上も昔に生きた、古代のリュウソウ族さ』

 

『僕は魂のみの存在となってより永らく、この神殿を……リュウソウカリバーを守り続けてきた。そして今、ようやく大いなる力を受け継ぐ資格ある者に出逢えた』

「!、じゃあ……」

『託そう、きみたちリュウソウジャーに。さあ、ともに抜くといい──リュウソウカリバーを』

 

 ふたりは顔を見合わせ、今度こそはっきりと頷きあった。同時に柄に手をかけ、力いっぱい引き抜く。

 

 刹那、眩い光が辺りを覆い尽くした──

 

 

 神殿内から溢れ出した光は、天空島一帯に降り注いでいた。

 

「!、これは……」

「What's happening!?」

 

 外で戦っていたリュウソウジャーの面々、そしてちょこまか逃げ回ることで彼らを煙に巻いていたワイズルーとクレオンも、この変転に一様に驚き戦闘を停止していた。

 

 程なく神殿の屋根部分が粉塵とともに一部吹き飛び、中からふたつのシルエットが飛び出してくる。

 

 一方は、いつもと変わらぬリュウソウゴールド。しかしもう一方は、リュウソウレッドでありながら、今までに見たことのない黒い外套を纏っていた。

 その名も、

 

「高貴たる勇猛の騎士!ノブレス、リュウソウレッド!!」

 

 その手に握られた、リュウソウケンとは似て非なる剣。それが"伝説の剣"であることを、仲間たちはすぐに察知した。

 

「手に入れたのか、エイジロウくん……!」

「ええいっ、あの剣をゲットし一発逆転と洒落込むのだっ!──クレオン!!」

「ラジャー!おいマイナソー、そんなプなんとかは放っといてあいつ狙えぇ!!」

 

 フレスヴェルグマイナソーは急旋回すると、ノブレスリュウソウレッドめがけて襲いかかった。そのスケール差はいちいち比較するまでもない。翼のはためきだけで、吹き飛ばされてしまいそうだ。

 

「エイジロウくん、ショートくんっ!!」

「させない、ティラアァァ!!」

 

 プティラミーゴが慌てて追いかけてくるが、寸分間に合わない。マイナソーの鋭い爪が、彼らを粉々に磨り潰す──

 

──とは、ならなかった。

 

「……!?」

 

 ノブレスリュウソウレッドの手にした剣──リュウソウカリバーが、マイナソーの巨大な爪を受け止めている。刃から発せられた無形のエネルギーが、何ものも寄せつけようとはしないのだ。

 

「ギ、ギイィ……!?」

「………」

 

「おらァアッ!!」

 

 聖剣(カリバー)のひと振りが、マイナソーを弾き飛ばした。

 

(これが、伝説の剣の力……)

 

 強い、などとは言うまでもない。リュウソウカリバーのそれは、選ばれしリュウソウ族の騎士に与えられるリュウソウケンとでさえ比較にならない。──当然だ。リュウソウケンは元々、リュウソウカリバーを人工的に再現しようとして生み出されたものなのだから。

 つまり、リュウソウケンのもつ固有能力をリュウソウカリバーももっているということ。リュウソウルを装填し、騎士竜たちの力を引き出す。

 

「いくぜ……!」レッドリュウソウルを構え、『進撃の覇者!ティラミーゴ!!』

 

 リュウソウカリバーがソウルに宿った遺伝情報を読み取り、エネルギーへと変えて刃に伝播させていく。放たれるはただのディーノスラッシュではない。

 

「エクストリーム……ディーノ、スラァァッシュ!!」

 

 文字通り、極限の一撃。それを正面から浴びたものは、跡形もなく消滅するほかに道はない。たとえスケールに差があろうと、関係ないことだ。

 

「ガアァァァァ────ッ!!?」

 

 断末魔は、肉体ごと光の中に融けていく。あまりにも呆気ない巨大マイナソーの死に、操者たるワイズルーとクレオンはおろか他のリュウソウジャーの面々も絶句していた。

 

「あのサイズのマイナソーを、一瞬で……」

「なんて力だ……」

 

 一方で、

 

「や、やべぇっすよワイズルーさま……!あんなの勝てっこねえっす!」

「か、かかか勝てっこないことはない!……But!」

「ばっと?」

 

「ここは戦略的撤退ィィィ!!」

 

 踵を返し、脱兎のごとく逃げ出すワイズルー。クレオンも慌てて身体を蕩けさせ、それに続こうとする。

 

「逃がすかッ、──ショート!」

「ああ」

 

 選手交代、リュウソウカリバーがレッドからゴールドの手に渡る。今度はゴールドが、あの麗しき黒と金の外套を纏う番だった。

 

「高貴なる栄光の騎士……リュウソウ、ゴールド!」

 

 マントをはためかせながら、一歩を踏み出す。あとを追おうというのではない。そんな必要は微塵もないのだ。

 

「──ビリビリソウル!」

 

 いつものようにビリビリソウルを装填する。むろんモサブレイカーにではなく、リュウソウカリバーに。

 

『怒涛の雷撃!スピノサンダー!!』

「はあぁぁ……──アルティメットディーノスラッシュ!!」

 

 電光を纏った刃が、閃光の束となって地を走る。天空島は大きくふたつに裂かれ、平坦だった大地に断崖絶壁が生み出されていく。

 幸いにしてワイズルーとクレオンはその直撃こそ避けたものの、拠るべき足場を失い、底なしの断崖へと呑み込まれていった。

 

「「ぎゃああああああ、ヤな感じィィィ!!??」」

 

──………。

 

 

 *

 

 

 

「めちゃすごい力やね、リュウソウカリバー!」

 

 興奮した様子でつぶやくオチャコ。求めた伝説の剣の、想定以上の巨大な力。これならば異空間に閉じ込められた故郷の村も、なるほど取り戻すことができるだろう。

 

「……でも三人とも、一刻も早く村に帰りたいとは思うけど──」

 

 それ以上のことを、イズクは言いよどんだ。故郷を失ったままでいるのがどれほど辛いことか、その立場になってみなければわからない。

 彼の想いはまったく正しいもので、本来なら声高に主張してもいいものだ。しかしそういう仲間への思いやりが、イズクをイズクたらしめる所以なのだ。

 

「わかってるさ」

 

 だからエイジロウは、躊躇うことなくそう応じた。

 

「まずはセイン・カミイノを解放する」

「そこを襲ってるヤツと、できるならプリシャスも倒す!」

「村に帰るのは、そのあと!……やね!」

 

 スリーナイツの言葉に、イズクはほっと笑顔を浮かべた。──わかっていた。彼らは同じリュウソウジャーの仲間なのだから。

 

「御託はどうでもいい。──とっとと行くぞ」

「あっ、待ってくれよカツキ!」

 

 さっさと歩き出すカツキ。一見するとイズクと対照的な、仲間をなんとも思わない態度。むろんそうでないことを、仲間たちはもう知っている。

 

「『こうしてリュウソウジャー一行は、セイン・カミイノ救援へと向かうのだった』……と」

 

 皆の動向を記録しつつ、コタロウは考える。自分に取り憑いた、ヨイチという原初のリュウソウ族。彼は何故、自分の身体を借りたりしたのだろう。ティラミーゴたち騎士竜の姿と力をコピーできるなら、そんな必要はなかったはずだ。

 

──不思議だね、縁というものは。

 

 そんなつぶやきは、夢か現か。縁というのがいったい何を意味しているのかわからないながら、コタロウは己の中の何かが変わりつつあるのを感じていた。

 

 

 つづく

 

 

 





「Hey、待ちくたびれたぜリュウソウジャー」
「マスターブラックが……裏切者……?」
「マスターは、ドルイドン側に寝返った」

次回「セイン・カミイノ攻防戦」

「とっとと終わらせねえとなァ、こんな戦争は」


今日の敵<ヴィラン>

フレスヴェルグマイナソー

分類/バード属フレスヴェルグ
身長/43.5m
体重/4350t
経験値/283
シークレット/北欧神話に現れる大鷲"フレスヴェルグ"をモチーフにしたマイナソー。その翼は大風を巻き起こし、テリトリーに足を踏み入れた者を凍てつかせると言われている。誕生当初より巨大な身体をもつ、貴重なマイナソーだ!
ひと言メモbyクレオン:寒いとこのヤツらからつくるマイナソーはでかくなりやすい、これ豆な、豆じゃないけど!……ゴフッ。


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42.セイン・カミイノ攻防戦 1/3

 

 北の果てにある朽ちた古城に、悪魔たちが蠢いていた。

 

「祝杯をあげよう。ワイズルー、クレオン」

 

 思いもよらぬプリシャスの言葉に、名指しされた二体は顔を見合わせていた。

 

「どうかしたかい?」

「い、いやぁ……クレオン、訊いてみて……」

「えぇ、オレっすかぁ!?……お、恐れながらプリシャスさま、オレ、じゃなかった、ボクたち、リュウソウジャーにあのなんちゃらって剣とられちゃったんすけどぉ……」

 

 先立って彼らはプリシャスの命令(お願い)により、密かにリュウソウジャー一行を尾行し、伝説の剣"リュウソウカリバー"の眠る天空島の地に至った。そこで彼らと激闘を繰り広げるも、カリバーを手に入れたリュウソウジャーにはまったく太刀打ちできず……会心の一撃の余波で生まれた亀裂に呑み込まれるに乗じて、そのまま逃げおおせたのである。

 しかしワイズルーは、プリシャスに心臓を文字通り握られている。リュウソウジャーからは生き延びても、プリシャスの機嫌如何ではいつ葬り去られてもおかしくはない、のだが──

 

「構わないよ。元々、キミたちにそこまでは期待してないからね」

「Mmmmm……!」

「……()()()()()?」

 

 臍を噛むワイズルーに対し、クレオンはその言葉の不可解な部分を的確に捉えた。そのままとるなら、リュウソウカリバー奪取に次ぐだけの成果は挙げているかのようではないか。

 

「流石クレオン、死の商人なんてやってるだけのことはあるじゃないか」

「アァ……ドウモ……」

「そう、リュウソウカリバーを入手できれば言うことはなし。あの忌々しい遺跡から持ち去られたというだけでも、十分な意味があるのさ」

 

「何せあれは、ボクらに纏わる大いなる力を封印していたんだからね」

「大いなる力……──まさかッ!?」

 

 今度はワイズルーがプリシャスの真意を捉える番だった。杯を持つ手がぶるりと震え、溢れ出した飛沫がテーブルクロスを汚す。

 

「エラス様が、甦るというのか……?」

「えらす……?」

 

 ワイズルーが"様"を付けて呼称するような何者かの存在を、クレオンは初めて認識した。

 

「それはそうとワイズルー、あのリュウソウ族のナイトたちは城塞の街に向かったんだったね」

「!、うむ……そのようだが……」

 

 プリシャスがくつくつと嗤う。

 

「そう……なら、サデンのお手並み拝見かな」

 

 

 *

 

 

 

 リュウソウジャー一行は引き続き騎士竜プテラードンの力を借り、空路にてセイン・カミイノへ入ろうとしていた。

 

「あれがセイン・カミイノか……。えらい高ぇ城壁だな」

「それに見るからに堅固そうだ。騎士竜たちの攻撃でも、易々とは傷つけられないだろうな」

 

 あえて言えば、それだけの備えが必要な状況にあるということだ。もう少し接近すると、その事実が否が応でも理解できる光景が目に入ってきた。

 

「!、あれは──」

 

 真白い雪原を埋め尽くす、蟻のような黒い点々の群れ。上空からでは豆粒にしか見えないが。

 

「あれは……ドルン兵か?」

「ありったけのドルン兵……ドルイドン軍団、ってところか」

「よ〜し、そんなら早速ブッ飛ばしたる!」

 

 ポキリと拳を鳴らすオチャコ。自分が()()魔導士であることをすっかり忘れてしまったかのようである。

 それはそれとして、意気軒昂な剛健の騎士の首根っこを、威風の騎士が掴んだ。

 

「ぐぇっ!?……な、何すんねんバカツキぃ!!」

「誰がバカツキだノータリン!……よー見ろや、アレが全軍だと思うか?」

「え、えぇ?」

 

 じっと地上を睨むオチャコだが、結局は首を傾げた。こうして見るだけでも、かなりの軍勢である。今までの戦闘においてあれだけの数と一度に衝突した経験はない。自身の経験上の範疇で考えてしまうのが、悲しいかなオチャコの脳筋ぶりを表していた。

 

「多分、あれは示威行為のために残してある尖兵だよ。本隊は別にいる、たとえば……あの森の中とか」

 

 イズクが指さした先、街から半里ほど離れた区域には鬱蒼とした針葉樹林が広がっていた。上空からではその内部の様子は窺えない。姿を隠すにはうってつけだろう。

 

「街を解放するには、その本隊ごと壊滅させる必要があるということか……」

「っつっても連中の数がどんくらいかもわかんねぇし、とにかく街に入って情報収集が先決……だな!」

 

 エイジロウがそう言うと、仲間たちは揃いも揃って鳩が豆鉄砲を食ったような顔をした。なんなんだ?

 

「エイジロウくん……ひょっとして、賢くなった?」

「は?」

「い、いやぁ、的確な意見だと思うよ!」

「サブイボ立つわ」

 

 確かに頭脳労働においては仲間たちの後塵を拝しているエイジロウであるが、情報が戦闘に先立って重要な武器となることは経験則上理解している。この程度のことで"賢くなった"と言われるのも……なんだか複雑な気分になるエイジロウだった。

 

「オイ、皆の衆!」

「!」

 

 妙に気取った呼び声が足下から響く。プテラードンが何かを察知したようだった。

 

「この街、上空に結界が張られてるぞ。どこにも穴がねぇ〜!」

「ム……確かに、空から攻めてくることも考えられるものな」

 

 つい先日とて、空を飛ぶマイナソーが天空島にまで追跡してきたのだ。セイン・カミイノの街もその被害を受けたか、あらかじめ予測したか……ともかくその対策として、魔法で結界を張っているのだろう。

 

「しかし、これだと街に入りようがねえな。今の状況だと、正面から門を開けちゃくれねえだろう」

「は、だったらやるこたぁひとつしかねえわ。──このまま突っ込め、プテ公。てめェなら強引にでも突破できんだろ」

「ハァ!?」素っ頓狂な声をあげるプテラードン。「勘弁してくれよ、そんなの痛いだろぉ〜!?」

「騎士竜がナニ寝ぼけたこと言っとんだ、もっと痛ぇ目みてぇか?」

「ちょっ、かっちゃん!……ピーたん、お願いできないかな?」

「えぇ〜……」

 

 ストッパー役のイズクですらこれである。意見が一致した幼なじみコンビには誰も敵わない。意を決したプテラードンは急降下を開始した。その腹側が結界に接触した瞬間、凄まじい電撃が身体全体を迸る。

 

「グエェェェェ!!」

「ぐぁああああ!?」

「な、なんで俺らまでぇええええ!!?」

 

 プテラードンの背中に乗っているエイジロウたちにも当然、その被害は及ぶ。頑丈なリュウソウ族一同はともかく、心配なのはコタロウだった。

 

(早く!早く突破してくれ、ピーたん!!)

 

 でないとコタロウが!その様子も確認できぬまま歯を食いしばっていると、ようやくプテラードンの身体が結界を突破した。そのまま街のはずれに降り立つと、ぐったりと雪の中に沈み込む。

 

「はぁ……はぁ……やはり無茶だったな……」

「最初からわかりきってたやん……」

「ッ、コタロウ!大丈夫か……!?」

 

 自分たちですら息も絶え絶えなのだ、コタロウは──と思って振り向いたところで、彼は思わず目を丸くした。

 

「え、ええ……平気です、わりと」

 

 流石にしんどそうにはしているが、エイジロウたちと比べてもさほどダメージを受けた様子はない。生身の人間の、それも少年の身体が、である。

 

「コタロウ……おまえ、頑丈になったか?」

 

 デジャブを呼び起こすような質問をするショート。余計に「?」という雰囲気になる一行だが、数秒後にはそれどころではなくなっていた。

 ばたばたと複数の足音が迫ってきたかと思うと、プテラードンは大勢によってぐるりと包囲されてしまったのだ。

 

「!、この人たちは……」

「セイン・カミイノの守備隊だ……。テンヤくん、僕と一緒に顔を出してくれる?」

「ム……構わないが、なぜ俺なんだ?」

「こういう場は礼儀が肝心だからね!」

 

 さらっと他の仲間が微妙な気持ちになることを告げるイズク。ともあれ如何にも人畜無害そうなふたりがプテラードンの背中からひょこりと顔を出すと、守備隊の面々は一瞬呆気にとられた様子だった。プテラードンがマイナソーの類だと誤解していれば、驚くのも無理はないだろう。

 

「き、貴様ら一体何者だ!?」

 

 警戒は相変わらずだが、詰問がなされた時点で明らかなエネミーとしての扱いではなくなった。内心ほっと胸を撫でおろしつつ、努めて声を張り上げる。

 

「驚かせてしまって申し訳ありません!僕らは騎士竜戦隊リュウソウジャー、ドルイドンと戦うためにこの街に来ました!」

 

 "騎士竜戦隊リュウソウジャー"、その称号は既にこの街にも知れ渡っていた。「リュウソウジャー?」「こんな子供たちが?」「若年だとは聞いてたが……」「本当なのか?」──そんな言葉の数々があちこちから洩れる。

 

「……こちとらてめェらの誰よりも年上だっつの」

「カツキぃ……それ言ってもはじまんねーぜ」

「わーっとるわ!」

 

 そんなやりとりはともかくとして、

 

「おまえたちがリュウソウジャーだというなら、その証拠を示せ!」

 

 隊長格らしい男の反応。まあ、予想の範疇である。

 

「わかりました!テンヤくん、お願いしていい?」

「うむ!では……リュウソウチェンジ!」

 

 『ケ・ボーン!!』の発声とともに、プテラードンの上から飛び降りるテンヤ。地面に着地すると同時に、彼はリュウソウブルーへと姿を変えていた。

 

「叡智の騎士ッ、リュウソウブルー!!」

「………」

「これで、信じてもらえましたでしょうかッ!?」

 

 兵士たちの反応は……思ったより鈍い。あれ?とテンヤはじめリュウソウジャー一同は思ったが、よくよく考えれば彼らの誰もこの鎧姿を実際に見たことはないのだ。絵などで伝わっているとはいえ、今までエイジロウたちが旅してきた地域とは隔絶していて、しかも戦争状態につき街はほぼ封鎖されている。そのような状況での伝言ゲーム、正確な情報が伝わっているはずがないのだった。

 

「これ以上の証拠って、何かあるのか?」

「……ないんじゃないですか?」

「証拠言い出したヤツも阿呆だわ、俺らのことロクに知りもしねーで」

 

 これ以上ない正論に、誰も何も言わない。しかし完全に納得させられるだけの証拠を提示できない以上、あとは相手の匙加減ひとつである。にべもなく追い出されれば、その通りにせざるをえない。せめて食糧や水など、幾らかでも補給できれば良いのだが──

 

「──確認した。あんたたちを市長のところに案内する」

「!」

 

 そう言って隊列から突出したのは、藤色の髪を逆立てた青年だった。体躯は長身でなかなか立派だが、筋骨隆々というほどでもない。エイジロウたちと──成熟度合いでいえば──同年代であるようにも思われた。

 

「ヒトシ隊長、しかし……」

「何かあれば俺が責任を取ります。──あと、その大きいのだが……」

「大きいのじゃなくなるもーん!」

 

 天邪鬼な反応を示すや、プテラードンはしゅくしゅくと縮み、封印されていたときの丸々とした姿へと変わってしまった。そのままコタロウの懐に飛び込んでいくあたりが抜け目ない。

 

「どうも、ピーたんです!」

「………」

 

 なんともいえない空気が、互いの間に流れた。

 

 

 *

 

 

 

「俺はヒトシ。セイン・カミイノ市内Dブロック第三守備隊の隊長を務めている。まあ……よろしく」

「よ、よろしくっス!」

「それにしてもお若いですね……おいくつなのですか?」

「今年、16になった。だからタメ口でいいよ」

「16て!……私らでいえばほぼ赤ちゃんやん」

 

 オチャコのつぶやきは流石に小声だったが、すかさずピシャリとカツキに頭を叩かれた。リュウソウ族であることは絶対に隠しだてしなければならないようなことではないが、特にこういう緊迫した状況下においては注意しないと要らぬトラブルの原因になったりもする。エイジロウたちが当初コタロウにあっさり年齢を暴露したのも、今となっては浅薄な行為だったと言わざるをえないのだ。

 幸いヒトシ青年……もとい少年の耳には入らなかったようで、テンヤの言外に含まれる疑問に応えるように続けた。

 

「この街には人材を出し惜しみしている余裕がないからな、現場は完全な能力主義で回ってる」

「は、てめェにそんだけの能力があるって?」

「かっちゃん……!」

 

 なぜこの男はいちいち挑発めいた物言いをするのか。オチャコのそれよりよほどひと悶着起こしかねないところだが、幸いにしてこの若年の隊長は露ほども気にとめていないようで。背丈はショートやテンヤと同程度なのだが、纏う雰囲気は幾分も落ち着いている。目の下にくっきりと刻まれた隈は、連日の過労と重圧の証左か。

 

「俺自身はそう思って取り組んでる、それが評価されるかは別問題だけどな。──着いたぞ」

 

 彼らの面前に現れたドーム型の立派な建物。どうやらここが市庁舎であるらしい。カサギヤやオウスといった各地域の中核となる街と比較しても遜色ない、というかそれらを遥かに凌ぐほど立派な街のシンボルではないか。

 

「ここはいざってとき、市民全員が避難して立てこもることも想定して造られた。ここは逃げようにも北方は氷に閉ざされているからな、南側を埋められたら逃げ場がない」

「………」

 

 聞けば聞くほど厳しい環境である、戦場であることを抜きにしたとしても。絶対数の少ないリュウソウ族には、わざわざこういう地に根を張って住み続けるという発想がない。それならば旅をしながら住みよい場所を見つけて、そこに移住すればいいという考え方になる。

 

 蟻の巣のように各部署の執務室が配置された回廊を通り、螺旋階段を登っていく。なんとも不便でわかりづらく感じるつくりも、やはり上述の理由によるものだろうか。

 そうして辿りついた最奥に、市長執務室が存在していた。

 

「市長はあんたたちの到着を心待ちにしてた。どうもあんたたちと面識があるようなんだが、心当たりはあるか?」

「?」

 

 一行は顔を見合わせた。北の地に足を踏み入れたことのないスリーナイツ組とショートは当然思い当たる人物はいない。あとはイズクとカツキだが、彼らにしても北方を訪れるのはかなり久しぶりのことなのは以前語られた通りだ。

 まあ、あれこれ考え込んでいても仕方がない。会ってみればわかることだ。

 ヒトシがノックとともに入室の許可を求めると、「入れ」と男性の声が返ってきた。ややしゃがれているが若々しい、個性的なそれに、イズクとカツキはぴくりと反応した。尤もどこかで聞いたことがあるという程度のものだったが。

 

 扉が開かれ、正面奥にあるデスクがまず視界に入ってくる。こちらに向いた椅子の背もたれの頂から、ヒトシのそれに輪をかけて尖った金髪が覗いていて。

 

「リュウソウジャー御一行をお連れしました、市長──いや、」

 

「"ミスター・プレゼントマイク"」

 

 くるりと椅子が回転し、男の全貌が露になった。

 

「Hey、待ちくたびれたぜリュウソウジャー」

「!、あんたは……!」

「あなたは……!」

 

 カツキとイズクが揃っての声をあげる。そのうえ前者は敵愾心剥き出しの反応だ。タマキのときもそうだったとはいえ、今は相手の身分も状況も異なる。

 

「やっぱりお前らの知り合いか」

「一体、どういう関係なんだ?」

「……僕らとどういうっていうと、難しいけど」考え込みつつ、「彼は……マスターブラックの、親友だった人だ」

 

 イズクの端的な言葉にカツキを覗く面々が驚愕するなか、かの男はニヤリと笑みを浮かべてみせていた。

 

 

 



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42.セイン・カミイノ攻防戦 2/3

昨日は投稿時間ミスりました
……が、朝のほうが閲覧数が伸びるようなので
今しばらく実験として朝投稿にしてみます


 市庁舎の屋上に、市長ことプレゼント・マイクはひとり立ち尽くしていた。何度か咳払いをしたり声を発したりしてみたあと、彼はすぅ、と息を吸い込んだ。

 そして、

 

「──Hey、街のレディースエンジェントルメン、アーンドボーイズエンガァ〜〜ルズ!!毎度お馴染み市長のプレゼント・マイクだ。今日の街の情勢をお伝えするぜィ、耳の穴かっぽじってよぉく聴けよな!」

 

 その声は音を増幅する特殊魔法により、空気を幾重にも反響し街中に響き渡っている。家事をしていた主婦や外で遊んでいた子供たち、哨戒のために歩き回っていた軍人たちも皆、作業を中断してそれを聞いていた。

 

「今日は皆に最高にハッピーなニュースがある!なんとなんと、各地でドルイドンのbad guyどもと戦っては打ち勝ってきた今ホットなスーパーヒーロー、騎士竜戦隊リュウソウジャーがこの街に来てくれたゼ!皆にはシヴィーなくらしに耐えてきてもらったが、いよいよこの街にラブアンドピースが取り戻せる日も近い!あと少し、辛抱してくれよな!そんじゃ、シーユーアゲイン!!」

 

 原稿もなしにすらすらと言い切ると、彼はそのまま庁舎内に戻ってきた。

 

「お疲れ様でした」

「おう!どうだった、トゥデイズマイスピーチ!」

「……さぁ」

「Oh、シヴィー……!」

 

 おもねることをしないヒトシの返答に天を仰ぐプレゼントマイク。むろんこれは本名ではない。

 

「あの……ヒザシ、さん?」

「うぉい!プレゼント・マイクだっつったろぉ、イズク〜?」

 

 訂正しつつ、イズクの肩に手を回そうとするプレゼントマイクことヒザシ。しかしその瞬間、彼を押しのけるようにしてカツキが割り込んだ。

 

「馴れ馴れしくすんじゃねえ……!」

「うぉっ……顔怖ぇぞカツキ。どーしたよそんな警戒して……昔よく遊んでやったじゃねえか」

「忘れたわ……!」

「おいおい……随分疑り深くなっちまったなァ。ま、おまえの師匠も用心深いヤツだったしな。そーゆーリスペクト、キライじゃないぜ?」

「ッ!」

 

 かっと目を見開いたカツキは、次の瞬間思いもよらぬ行動に出た。リュウソウケンを抜刀し、ヒザシの喉元に突きつけようとしたのだ。ヒトシが慌てて庇いに入り、イズクとエイジロウがカツキを押さえる。

 

「ちょっ……何やってんだよ、かっちゃん!!」

「やべぇって!この人この街の偉い人なんだろ!?」

「うるせぇ!!何も知らねえくせにぬけぬけと……!あんな裏切者、誰が──!」

 

 それは意図しない、それでいて間違いなく本心からの叫びだったのかもしれない。皆が唖然としているのを見て、カツキは己の失態を悟ったような表情を浮かべたのだから。

 

「マスターブラックが……裏切者……?」

「どういうことなんだ、カツキ……?」

「………」

 

 沈黙したまま、拳を握りしめるカツキ。そんな様子を見たヒザシは、

 

「……ヒトシ。悪ィが外してくれるか?」

「!、いや、しかし──」

「大丈夫だ。なんたってこいつら、スーパーヒーローだからな」

 

 ニカッと笑みを浮かべ、その実意志の強固さを覗かせる市長に、ヒトシはため息混じりに頷いてやるほかなかった。せめてもの抵抗に「何かあったらお呼びください」と言い残して、部屋をあとにする。

 そのうえで改めて、ヒザシが口を開いた。

 

「あいつが裏切者っつーのは、どういう意味だ?」

「………」

 

 は、と、カツキは詰めた息を吐き出した。

 

「──マスターは、ドルイドン側に寝返った」

 

 

 カツキの脳裏に、二度とは戻らない過去が甦る。まだ無邪気だった幼き日々、騎士となるべくマスターブラックに心身両方を鍛えてもらったこと。その努力と才能を認められ、次代のリュウソウブラックに指名されたこと──

 

 それから程なくしての、ドルイドンの襲撃と、師の裏切り。

 

──ンでだよ、マスター……!なんで、あんたが……!

 

──………甘いな、おまえは。

 

 

 いずこかへ去りゆく背中。それが最後に見た、師の姿だった。

 

 

 *

 

 

 

 ヒザシの計らいにより、一行は守備隊宿舎の一角を使わせてもらえることとなった。一応は護衛という名目の監視が付けられていて、自由に出歩くことも認められなかったが、戦時下の街ではやむをえないことと皆理解している。エイジロウたちも旧王国をぐるりとほぼ一周して、色々な文化や風習について学んだのだ。

 とはいえ、である。

 

「こ、これだけ……?」

 

 オチャコの思わずのつぶやきに、テンヤが咄嗟に「しっ」と口に人差し指を当てた。

 

「こういう状況なんだ……致し方ないだろう」

「これ、ジャガイモっつーんだっけ?結構いけるぜ」

 

 もぐもぐと咀嚼しつつ、エイジロウ。もとより作物の殆ど育たぬ環境下にあるこの街は、他の地域からの輸入に食糧を頼る部分が大きい。それが途絶えて久しい現在、数少ない自給自足可能なイモ類などを中心にどうにか食いつないでいるのが現状なのだった。

 

「で、でも、それも私らがドルイドン退治すれば……!」

「解決には繋がるでしょうけど、すぐには無理ですよ」コタロウが言う。「本当に安全が確保されたのかどうか、他の街や村に情報が行き届いて、それからです。少しずつ良くはなるにしても、完全に戻るのに数ヶ月はかかるかと」

「そんなに……!?」

 

 解放すればすべてが薔薇色に進むなどというのは、夢物語にすぎない。険しい現実を改めて噛みしめる一同。

 一方で、今の彼らには別の問題も横たわっていた。

 

「なぁ、イズク。いいか?」

「どうしたの、ショートくん」

「おまえ、知ってたのか?マスターブラックが……ドルイドン側についた、って」

 

 空気がぴしりと音をたてる。とりわけどこか上の空で今の今まで食事をしていたカツキは、得体の知れないものに向けるかのような目でイズクを見た。

 皆の視線を集めたイズクはスプーンを皿に置き、顔を上げた。

 

「ドルイドンについたかどうかまではともかく……薄々察してはいたよ。マスターブラックがただ行方知れずになったのでないことは、ね」

 

 失踪のあと、他人に根強い不信感を抱くようになってしまったカツキ。そんな彼との間に起きた相剋を経て、彼はこう言った。

 

──マスターのことは……まだ、俺ン中で消化しきれてねえ。

 

「かっちゃんはあのとき、ガイソーグがマスターと同じ言葉を吐いたことに驚いていなかった。マスターが敵に回ったと知っていたなら、それも不自然なことじゃない」

「……確かにな」

 

 イズクとて、その可能性を信じたくなどなかった。先代のリュウソウブラックを自分たちと同じく少年時代から務め、勇敢にドルイドンと剣を交えてきた敬愛すべき師匠が。

 

「マスターブラックか……今どこで、何をやっているのだろうな」

「……どこで何をしていようが、あの男だけは許さねえ。もしまた立ちはだかるってんなら──」

 

 匙を握るカツキの手に力がこもる。その先を彼が続けようとした刹那、割り込むようにエイジロウが言った。

 

「──ブッ飛ばす!」

「……!」

「……で、いいんじゃねーか?とりあえずはさ」

 

 如何にも気軽にそう言って、夕餉の残りをかき込む。その勢いが激しすぎてか、次の瞬間には盛大に噎せてしまったのだが。

 その光景を見て、カツキもイズクもすっかり毒気を抜かれてしまった。──そうだった。こういう仲間たちとの出逢いを通して、カツキは他人を信じる心を取り戻していったのだ。

 

「そのためにも、必ずドルイドンに勝利しなければ、な」

 

 

 *

 

 

 

 執務室の椅子に身を預けながら、ヒザシはじっと考え込んでいた。市長として決裁が必要な書類は山のように積まれているが、それを片付ける気はいっこうに起きてこない。

 

「……フゥ」

 

 ため息の大元たる精神は、かつての弟分の語った親友の顛末によって憂いに染まっていた。ひとり旅の芸人として数年前にこの街に流れ着き、いつの間にか市長にまで祭り上げられてしまった近年のヒザシしか知らない人間は、今の彼の表情を信じられないだろう。ただ彼もかつてはリュウソウ族の騎士として、平和のために何ができるかを日々考えながら己を鍛えてきたのだ。その経験が、戦時下の街の為政者として生きているともいえる。

 

「ったく……。教え子にあんなカオさせて、何やってんだバッキャロー……」

 

 親友は本当に裏切ったのか、それとも。自分の知る少年時代から青年のころにかけて、絶対にそんなことをするヤツじゃないと断言できる。しかしヒザシが彼と別々の道を歩みはじめたのはもう百年近くも昔のことだ。些細なきっかけで固い信念すらも簡単に裏返る、それがヒトという生き物。リュウソウ族とて、何も変わらない。

 そこに、ドアノックの音が守備隊のいち隊長の来訪を告げた。「失礼します」と、折り目正しく一礼して入室してくるヒトシ少年。セイン・カミイノでは年齢と役職の相関関係がほぼないとはいえ、彼は役職のあるものとしては最年少である。しかし恵まれた体躯と頭の回転の速さ、冷静沈着な物腰の奥に情熱を秘めたるその性格をヒザシは評価して隊長職に引き上げた。──何より、彼はどこか似ているのだ。若かりし日の親友と。

 

「おう、どしたヒトシ。まだ休んでなかったのか?」

「お互い様でしょ。それよりどうしたんですか、黄昏れて」

「ヘン、大人にはなァ、黄昏れたくなるときもあるんだよ」

「………」

 

 ヒトシはなんともいえない表情を浮かべている。少年とはいえ立派に役職を勤め上げている人間に対し失言だったか。ただ、上述の通り親友のミニチュアのごとき──体格はさほど違わないが──少年であるから、どうしても兄貴風を吹かせたくなってしまうのだ。

 

「なあヒトシよォ。おめぇ、最近遊んだか?」

「遊び……ですか?」

「なんでもいいんだ。ダチとメシ食いながら駄弁るとかよ」

「……元々友人は多くないので。時間もありませんし」

 

 ぶっきらぼうな物言い。そういう不器用なところをヒザシは愛おしくも感じるのだが、なるほど個人的な交友が円滑に進まないのも頷けるところである。

 ただ──何にも脅かされることのない平和な世の中であったなら、彼の人生も少しは違ったものになるだろう。

 

「人生は短ぇんだ、楽しまなきゃソンだぜ?」

「はぁ……」

「そのためにもよ……とっとと終わらせねえとなァ、こんな戦争は」

 

 その想いを誰より強くもっているからこそ彼は市長に選ばれたのだけれど、当人にその自覚はなかった。

 

 

 *

 

 

 

 三日後。街には大々的に避難命令が発せられていた。市民は市庁舎内の地下壕に避難させられ、地上はほぼ無人のゴーストタウンと化している。

 とはいえ、完全に生物の気配が絶えたわけではない。総動員された守備隊、そして旅の"解放者"──エイジロウたちリュウソウジャーの面々も、ここを戦場と見定めて降り積もる雪の上に立っていた。

 

「いよいよ、か」

「ハァ〜……なんか緊張してきた……っ」

「いつもやっとることだろーが」

「でも気持ちはわかるよ。こんな大々的かつ緻密に作戦を立てて……なんて戦い方、初めてだもんね」

 

 今まで個々の勇者(ヒーロー)たちと協力して戦うということはあったが、街の守備隊まるごとと……というのはイズクとカツキにしても経験がない。むしろ海の王国で兵士たちを率いていたショートのほうが、状況そのものには適応できているか。

 

「なんにせよこの一戦、街の自由と平和がかかっている!必ず勝利しよう!」

 

 テンヤがはからずも総括となる激励の言葉を発したところで、一同は改めて今般の作戦について振り返っていた。

 

──オペレーション・デコイ。

 

 読んで字の如く、である。まず一部隊が街の外に出てドルイドンの軍勢に挑発を仕掛け、戦闘状態に入る。当然、人間とドルイドンが正面切って対決すれば後者に軍配が上がるのは言うまでもない。ある程度戦ったらあえて敗走し、部隊は街に引っ込む。その際城門の閉鎖が間に合わなかったように見せかけ、敵軍勢を街に引き入れる。そこでようやく、リュウソウジャーの出番というわけだ。

 

「エイジロウくん、きみの初撃でどれだけ敵を減らせるかがカギだ。頼りにしてるよ」

「おうよ。俺らと同じ年頃のヤツが囮になってんだ、絶対にやってみせるぜ!」

 

 

「──隊長、敵の本隊と思しき一党を発見しました」

 

 部下の報告の声に、彼らより年少の部隊長は意識を現実に引き戻した。いよいよ街の趨勢を決定する一戦がはじまる。その鏑矢となるのが自分たちだ。叩き折られれば、それでおしまい。

 

──人生は短ぇんだ、楽しまなきゃソンだぜ?

 

(わかってますよ、プレゼント・マイク)

 

 明るい未来にたどり着くために、今はどんな茨の道でも走り続ける。そう誓ったのだ。

 

「5秒後、左翼小隊から突撃開始。無理はしなくていい、むしろ積極的に退いて、西門まで誘い込め」

 

 念押しするように命じ、カウントダウンを開始する。5、4、3、2、1──

 

 刹那、雪原に鬨の声が響き渡った。

 

 

「!、接敵したか……」

 

 同刻、ヒザシの発した言葉に、帯同する護衛官は目を丸くしていた。彼らのいる庁舎からは距離も相当あるというのに、何故わかるのかとでも言いたげな表情だ。尤も私心を一切捨てて任務にあたっている彼らは、その疑問を口にすることはないのだが。

 

「頼むぜ、ヒトシ……」

 

 ──死ぬんじゃねえぞ。

 

 この任務を伝えるとき、あえて告げなかった言葉。目をかけた若者を死地に赴かせることに、少なからず罪悪感はある。しかし彼とその部隊ならやってくれると、ヒザシは信じていた。

 



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42.セイン・カミイノ攻防戦 3/3

 オォォォォ、と、兵たちの声が地鳴りのように響き渡る。

 

 ドルイドンの兵団より数さえも劣るセイン・カミイノ守備隊側は、あっという間に押し戻されつつあった。部隊長であるヒトシの、できるだけ人的被害を減らすことを主にした指揮により、幸いにして雪原が赤く染まることは最小限に抑えられている。ただ正面切っての鍔迫り合いであるからには傷つく者が出るのは避けられない。勇敢にも最前線に出た兵士たちの負傷が取り返しのつかないものにならないうちに、ヒトシは着実に部隊を後退させていた。

 

「逃げるなッ、なんとしても大将首を獲れ!!」

 

 敵に作戦を悟らせないために、あえて欺瞞の命令を声高に叫ぶヒトシ。沈着冷静、めったなことでは動じない彼も、今ばかりは声を裏返らせている──

 

 

「──ヒトシたちが退いてきたみたいだ。そろそろ出番だな」

 

 ショートの発した言葉に、一同改めて気を引き締めた。敵が街に入れば、あとは自分たちの仕事だ。まずは敵の数を一気に減らす。そうして軍勢に穴が開いたところで敵陣奥深くに突撃し、大将たるドルイドンに戦いを挑む。他の討ち漏らしは、街の守備隊に任せることになっている──だから尚更、初撃で一体でも多くの雑魚を減らさねばならないのだ。

 

「っし……いくぜ、みんな!!」

 

──リュウソウチェンジ!!

 

 その身に竜装の鎧を纏う少年たち。彼らは頷きあうと、それぞれの持ち場へと散開した。

 それから程なくして、開いたままの西門に囮部隊が逃げ込んでくる。それを追いかけるようにして、ドルン兵たちがいよいよ街に侵入してきた。防衛のために最低限の道幅に改装されたメインストリートを、異形の兵士たちが埋め尽くす。これでは軍勢の数は活かせないのだが、敵の指揮官は兎も角ドルン兵にそんなことを考える知能はない。

 そしてその先鋒が、最後尾の守備隊兵士らの背中をようやく捉えようかというときだった。

 

『オォォォォ!!マァァックス!!』

「!?」

 

 にわかに響き渡る喊声。ひとり分のそれにもかかわらず、兵士たちの鬨の声にも劣らぬ声量に、ドルン兵たちの進撃は一瞬、停滞した。

 そして、再開されることはなかった。

 

「うおぉぉぉぉぉッ、エバーラスティングクロー!!!」

 

 彼らが最期に見たのは、錐揉み回転しながら迫りくる真紅の弾丸。人間大のそれに胴体を貫かれれば、ドルイドンの端くれとてひとたまりもない。

 そして一、二体を貫通した程度で勢いは衰えず、"それ"は軍勢の中央に風穴を開けていく。ようやくその身が着地したときには、彼の周囲には爆炎によって融けた雪が水溜りをつくるばかりとなっていた。

 

「っし、穴ァ開けたぜ!──みんな!!」

 

 呼びかけに応じ、仲間たちが次々と持ち場から飛び出してくる。まずハヤソウルを操るブルーとグリーンが先行し、ピンクがヒエヒエソウルで滑空しながらあとに続く。その小脇にはゴールドが抱えられていた。

 

「せっかくやしばら撒いたれ、ショートくん!」

「本当にばら撒くだけになるぞ」

 

 捕まった猫のような態勢のまま、地上めがけてモサチェンジャーを連射する。狙いも何もあったものではない弾丸の殆どは雪に接触して飛沫を飛ばすだけに終わったが、それでも幾らかはドルン兵らを昏倒させることに成功した。

 

「………」

 

 そんな仲間たちの奮闘を最後尾でじっと見つつ、ゆっくり歩を進めていくのはブラックだ。──その左手には、リュウソウカリバーが握られている。

 実質的に彼専用となっているブットバソウルは、寒冷地にあってはその能力を大きく減退させる。むろん彼はその他のリュウソウルの扱いにも長けているものの、ショートがガンナー役を担うということで彼にしんがりの役目が回った形だ。

 

 仲間たちが道を切り拓いたところで、一気に敵陣の最奥へと突撃する。そこで、大将の首を獲る──仲間への信頼が、要となる重責。

 

 マスターブラックの親友だった男との再会は、少なからず少年の傷ついた心に楔を打っていた。ひとは、裏切るもの。どんなに信頼しあった友人であれ、親兄弟であれ、仲間であれ──子供が大人になり、老いていくように、その心は絶えず移ろいゆく。

 しかしそれが、かつての師の教えをすべて欺瞞と打ち捨てていい理由にはならない。あのころの師の高潔な精神を、今、カツキは受け継いでいる。漆黒の竜装鎧とともに。

 

(あんたが今、どこで何をしてようが関係ねえ)

 

(──"勝って救ける"。あんたの教えを、俺は為す)

 

 

 一方で、敵陣奥深くにまで浸透した騎士たちは最後尾のドルン兵たちを打ち倒したところだった。討ち漏らした少数については、付近に布陣する街の守備隊が駆けつけて対処している。大将を討てば、この戦闘は完膚なきまでの勝利で終わりだ──

 

──なのだが、

 

「ッ、そっち、いたか!?」

「いや……!右も左も、ドルン兵ばかりだ!」

 

 襲いくる者たちを露払いしつつ、ブルー。空中から索敵しているピンクからも、「どこにもおらん!」という返答が下りてくる。

 

「ドルイドンめ、どこ行きやがった……!?街には入ったんだよな!?」

「入ったふりをして、すぐに離脱したとか……」

「──それはない」

「!」

 

 聞き慣れた仲間たちのそれとは異なる声に、皆が咄嗟に剣を差し向ける。と、声の主を守るようにして兵士たちが布陣した。無骨な鈍色の鎧を纏った彼らは、ドルン兵ではなくれっきとした人間で。

 

「あ……ヒトシ!」

「……よう」

 

 囮部隊の指揮を立派に勤めあげた最年少の隊長。ただきっちり額にかからぬよう立てていた藤色の頭髪はかなり乱れていて、わずかにだが血も流れている。

 

「おめェ、それ……」

「ん?……あぁ、かすり傷だ。こんなもの、演習でだってしょっちゅうある」

 

 ごしごしと乱暴に血を拭うと、ヒトシは「それより、」と続けた。

 

「大将格のドルイドンが街に入ったのを確認したうえで、城門を閉鎖してる。そいつは間違いなく、この街のどこかにいるはずだ」

「そうか……」

「オチャコさん、もっと高度をとれるー!?」

「いやぁ……ごめん、無理そう……」

 

 ヒエヒエソウルは装着者に飛行能力を付与するが、基となった騎士竜プテラードンのように高高度を自在に飛び回れるかというとそうではない。浮遊と、滑空が精々だ。

 

「──そう遠くには行っていないはずだ。雑魚はあんたたちがだいぶ減らしてくれたところでもあるし、捜索に人員を割く」

「わかった。僕らも捜してみる!」

 

 ヒトシの言葉に応じつつ、グリーンは何か思い至ったように背後を振り返った。

 

「そうだ……かっちゃん!」

 

 カツキは今、単独でこちらに向かっている。何事もなければこのまま合流することになるだろうが──どういうわけか、名状しがたい胸騒ぎを覚えた。

 

 

 その頃カツキ──ブラックもまた、異様な気配を感じて立ち止まっていた。

 

「………」

 

 リュウソウケンとリュウソウカリバー、ふたつの剣を握る両の手に、自ずと力がこもる。敵が間違いなく近くにいるという状況下、それでいて明確にその姿が見えないというのは彼ほどの少年でも緊張を強いられるものだった。

 どこだ、どこにいる?──そうして気配を探るのに飽いた頃、ふいに視界の隅を漆黒の影がよぎった。

 

「!!」

 

 振り向くと同時に、右腕を振り下ろす。果たして使い慣れたリュウソウケンの刃が、澄んだ金属音を響き渡らせる。

 

「……ほう、少しはやるようだな」

「!、てめェは……」

 

 漆黒のボディに、縦長の唐松模様が特徴的な、ヒトツ目の怪人。その姿は、否が応でもカツキに限らずリュウソウジャーの記憶に刻みつけられたものだった。

 

(ウデン!?いや、違ぇ……)

 

 この北方の地に足を踏み入れて早々に出逢ったケイゴとフミカゲが話していた。セイン・カミイノ攻略は今、ウデンに瓜二つのドルイドンが指揮していると。

 

「我が名は、サデン」

「!」

 

 カツキの内心を見透かしたように、ドルイドン──サデンが告げる。くぐもった声は、本能的な部分に不快感を刻みつけるものに他ならなかった。

 

「渡してもらおう、リュウソウカリバーをッ!!」

「ッ!」

 

 サデンの剣捌きはウデンのそれとはまったく異なり、なおかつ巧みだった。プライドの高いブラックだが、無理はせずいったん飛びのく。

 

「は、そう言われてハイそーですかって渡せるほどなァ、コイツは安かねーんだよ!!」

 

 言うが早いか、リュウソウカリバーを掲げるブラック。その身を覆うように、濃紺と金に彩られたマントが装着される。

 

「──ノブレス、リュウソウブラック……!」

「ほう……それが」

 

 サデンが愉しげに喉を鳴らすのがわかる。姿はそっくりでも、ウデンとは随分性格も異なるようだ。ただ、能力のほうはわからない。今のところ使う素振りも見せないが、以前自分たちを閉じ込めた胴体のバックルは確認できる。一応、警戒したほうがよさそうだ。

 むろん、だからといって及び腰になるつもりはない。マントを翻し、ブラックはふたたび歩を踏み出した。

 

「オラアァァッ!!」

「!」

 

 "高貴(ノブレス)"の称号とは不似合いな烈しい雄叫びとともに、双剣を振り下ろす。サデンは流麗な剣捌きでそれを受け流し、カリバーを弾き飛ばそうと試みているようだ。当然そんなことを許すカツキではないが、一瞬たりとも気が抜けない。

 そんな彼を前に──サデンは、くつくつと笑いはじめた。

 

「!、てめェ……何笑ってやがる!?」

「フ……存外、臆病な戦い方をするものだと思ってな」

「ア゛ァ!!?」

 

 反射的に青筋を立てつつも、敵の挑発に乗せられるほど愚かではない。キレやすい性格なのは今さら言うまでもないが、彼の中には常に冷静な自分がいて、状況ととるべき行動を的確に分析している。しかしそれすらも殺してしまう事柄が幾つかあった。たとえば幼なじみのこと。──そして、

 

「そういえばかつて相まみえたな、おまえとよく似た黒衣の騎士に」

「……!」

 

 ブラックの肩がわずかに揺れる。竜装の兜に頭部を覆っていなければ、その鋭い赤目がみひらかれるさまもまざまざと見せていたことだろう。

 

「臆病なのは悪いことではない。……リュウソウ族は野蛮に過ぎる、おまえはその象徴のような男かと思ったが、見立てが違ったようだ」

「……黙れ」

「似ているというのが癪か?そういえば、奴は同胞を捨てて我らについた裏切者だったな。今ごろはどこで何をしているのかも知らんが……」

 

 そこでサデンが顔を上げた。妖しく光る一つ目が、ぎょろりと威風の騎士を見据える。

 

「ちょうどいい。おまえも奴のように、我らとともに来るか?」

「──黙れ!!」

 

 かっと頭に血を上らせたブラックは、激情のままにサデンに斬りかかった。ふたつの刃が仇敵を容赦なく切り刻もうとする。

 しかしそれこそがサデンの狙いだったのだ。マスターブラックにまつわることという、カツキの数少ない逆鱗を見事に狙い撃ってみせた。まるで先日の彼とヒザシとのやりとりを聞いていたかのように。

 

「あんなヤツと、俺を一緒にすんじゃねえ……!!」

「気に障ったか?だが事実、よく似ている。今はそんな気など微塵もなくとも、いずれおまえは奴と同じ道を辿る」

「うるせぇんだよクソがぁああ!!」

 

 彼はもはや完全に冷静さを欠いていた。師とよく似ている──幼いころは周囲にそう言われるのを誇らしく思っていたし、ただ能力が高いだけでない、厳しくともあらゆるヒトモノを公平にみられる彼にそこはかとない憧れを抱いてもいた。彼の教えがなければ、自分は粗野で偏った考えに支配された人間に育っていたかもしれない。誰に対しても打ち明けたことのない、秘めたるカツキの卑屈な部分であった。

 

 裏切者のマスターブラック。その事実が彼の心を蝕み、不信感を募らせている。"ひとは裏切るもの"──その想いは他者にのみ向けられたものではない。カツキはいつだって、いつか自分がそうなるのではないかという恐怖と戦ってきた。

 

「図星を突かれて激昂するか。まだまだ……甘いな」

 

 刹那、サデンの剣がぎらりと光る。はっと我に返ったときにはもう、ブラックは凄まじい衝撃とともに弾き飛ばされていた。

 

「ぐっ……がぁ……」

「刃の閃きが見えなかったか。冷静さを欠けば、そういうことになる」

「……ッ、」

「やはりおまえは、俺とともに来い。もっと、強くしてやる……」

 

 サデンが何故敵である自分に手を差し伸べるようなまねをするのか、このときのカツキは疑問に思いすらしなかった。敵に手心を加えられているという屈辱と、本質を見抜かれたという畏怖……こんな感情は初めてだった。ドルイドンの多くは己の武威を誇示することしか考えていない。しかしこのサデンという男は、もっと得体の知れない存在のように感じられた。

 

(俺、は……こんな、ヤツに……)

 

 勝てない──そう思ってしまう自分を、悔しいと感じる余裕もない。迫るサデンの足音を、処刑宣告のように聞いていた。

 

──刹那、

 

「バッカやろおぉぉぉ──ッ!!!あきらめるなんておめぇらしくねえぞおぉぉぉ────ッ!!!」

「──ッ!?」

 

 大袈裟でなく、街中に響き渡るほどの大喚声。ブラックもサデンも、思わず耳を塞いでしまうのは致し方のないことで。

 声の反響が収まったところで振り向き顔を上げれば、無人のはずの建屋の屋上に仁王立ちする人影があった。氷雪を多分に含んだ鈍色の雲の下でも、燦然と輝く金色の髪。

 

「!、おまえは──」

「オレはセイン・カミイノ市長、ヒザシもといプレゼント・マイクだ。お初にお目にかかるぜ、ドルイドンの大将さんよォ!」

 

 このときサデンがわずかに身じろぎしたことは、カツキにもヒザシにも気づかれることはなかった。もとよりドルイドンは異形の姿で表情の動きなどはないから、感情を動作や言葉で表す。ゆえにそれがないと、極めて無感動な態度にみえる。

 

「あんた馬鹿かッ、何最前線まで出てきとんだ!!あんたがくたばったら俺らやこの街の兵士連中のやってきたことがパァなんだぞ!!」

「わかってっけど、居ても立ってもいられなくてよォ!」カカカッと笑ったあと、「……なぁカツキ。オレはあれから三日三晩考えたんだが、やっぱ受け入れらんねーんだわ。アイツが裏切ったなんて」

「……は?」

 

 怒りを通り越して呆気にとられるカツキ。そんなことを言うためにわざわざここまでやって来たというのか?

 

「ヒトっつーのは、時の流れに揉まれるうち変わっちまう生き物だ。……それでもな、オレはアイツを信じるぜ。アイツは裏切ったりなんかしない」

「……ふざけんな……!だったらあんとき、マスターはどうして俺に剣を向けた!?」

「さあな。でも、そうしなきゃなんねえ事情があったってことなんだろうよ」

 

 "合理的虚偽"──親友の口癖のひとつを、ヒザシは思い起こしていた。ときには仲間さえも欺く、それが使命のために必要ならば。幼くして騎士になった親友は、そういう自分なりの固い信念をもっていた。

 

「だから、大丈夫。──おめぇも、誰かを裏切ったりなんてしねえよ」

「!、………」

 

 それまでの姦しいものとはまったく異なる、穏やかで、優しい声音。──遠い昔、ヒザシがまだ騎士として集落にあった頃、子供たちによく懐かれていたことを思い出した。そうだ、彼はただ喧しく、むやみに明るいだけの男では決してなかった。いつも周囲の人々に目配りをして、困っている者がいれば誰より寄り添っていたのだ。

 事実彼の言葉に、傷ついた心が癒やされるのをカツキは実感していた。悔しいが、師と同年代のこの男には、器においてまだまだ及ばない。それは認めざるをえない。

 

(だとしても、)

 

「実力は……俺が上だ……!」

 

 マントを翻して、威風の騎士は立ち上がった。鎧と兜に全身を覆っていても、その一挙一投足に覇気が漲っているのが伝わってくる。サデンは喉を鳴らした。

 

「ならばその力、試してやる。──来い」

「試すだけでてめェは終わる……!──メラメラソウル!!」

『紅蓮の劫火!ディメボルケーノ!!』

 

 リュウソウカリバーの刀身が赤熱する。それと同時に、ブラックは地を蹴って走り出した。

 

「────、」

 

 

「アルティメットォ、ディーノスラァァッシュ!!!」

 

 剣を構えて防御姿勢をとるサデンに対し、刃が振り下ろされた。刹那、凄まじい閃光が辺り一面に振りまかれる。そのあまりの眩さに、ヒザシは思わず目を細めた。

 程なくして、その場の全貌が明らかとなった。

 

「………」

「ッ、やるな……それが伝説の剣と、おまえ自身の力というわけか」

 

 巨大マイナソーすらも消滅させるほどの一撃を、サデンは耐えきった。むろん直撃をそのまま受けたわけではない。持ち前の剣捌きでエネルギーの流れを変えることで、自らへのダメージを最小限のものとしたのだ。

 

「見事だ。ならば、()()ならどうかな?」

「!」

 

 サデンが取り出した小瓶のような何か──それはプリシャスが宇宙恐竜を保管していたのと同じものだった。よもやと思ったのもつかの間、彼はそれを路地の彼方へと投げつける。

 がしゃんと何かが砕ける音。そして、

 

「ウオォォォォォ!!!」

 

 咆哮とともに現れたのは、アイスブルーの澄んだ皮膚をもつ巨人だった。筋骨隆々の身体に、白く濁った双眸が獣性を明らかにしている。

 

「ヨトゥンマイナソー。かつて古代のリュウソウ族の戦士が生み出したものだ、既に完全体に至っている」

「……!」

「おまえたちに、止められるかな」

 

 そう告げると、サデンはす、と後退して建物の陰の中へと入っていく。黒い体色はあっという間に闇に溶け込んでしまった。

 

「待てやクソが!!……ッ、」

 

 今まででいちばん不気味かつ腹立たしいドルイドン。できるならここで始末してしまいたかったが、あの巨大マイナソーは既にこちらを標的と見定めている。

 

「──かっちゃん!」

「カツキ!」

 

 と、そこにようやく仲間たちが駆けつけてきた。すかさず「遅ぇ!!」と威嚇してしまうのはもう、反射としか言いようがない。仲間たちもそんな反応には慣れっこである。一緒にくっついてきたヒトシだけは引いているが。

 

「……こいついつもこんななのか?」

「いつもこんなだ!」

「そうか……大変だな。──それにしても、」ヒトシの目がぎょろっと上司の中の上司に向けられる。「何やってんです、市長」

「へへへ、ちょいと兵士鼓舞にな。でもあんなん出てきちまったし、もう戻るわ。リュウソウジャー、あと任せていいか?」

「とっとと失せろや」

「かっちゃん!!……敵がまだどこかに身を潜めてるかもしれません、お気をつけて」

「わかってんよ。じゃ、頼むな」

「……はぁ、護衛します」

 

 彼らが後退していき、戦場に残るのは騎士と魔獣のみ。──いや、ここに新たな力持つ者たちが現れる。

 

「ピーたん、出番だ!」

「──もういるよォ!!」

 

 早速飛来したのは、騎士竜プテラードン……ではなく、彼がティラミーゴと合体した姿のプティラミーゴだった。

 

「皆、目を開き空を見よ!」「見るティラ!」

「久々にオイラたちも出番だぜ!」

 

 プティラミーゴの上に乗っていた騎士竜パキガルーが、躊躇なく地上へ飛び降りてくる。そこからさらにチビガルーが飛び出し、先手必勝とばかりにヨトゥンマイナソーを殴りつけた。

 

「パキガルー!」

「ってことは、もしかして──」

「おうよ!見せてやるぜ、オレたちのフュージョン!」

 

 まだ見ぬ合体──その可能性を確信し、スリーナイツがそれぞれの持つソウルを掲げた。

 

──竜装合体!

 

 プティラミーゴの身体が大胆にぐりんと回転し、ティラミーゴの頭部を覗く大部分をプテラードンによって構成された上半身を形作る。さらにその両拳にパキガルーが納まり、新たなるキシリュウオーが顕現した。

 その名も、

 

「キシリュウオー、ジェット!!」

 

 騎士たちを収容したキシリュウオージェットは、上空からヨトゥンマイナソーに襲いかかった。拳を叩きつけ、相手が悶えている隙に高速で離脱する。プテラードンのもつ飛行速度はまったく衰えていない。

 

「うおお速ぇぜ、キシリュウオージェット!」

「ハハハハッ、まだまだこんなもんじゃないぜぇ!!」

 

 プテラードンの──調子に乗りやすい──性格が色濃く出ているのか、ぐるんと旋回してはさらにスピードを上げ攻めかかるキシリュウオージェット。捉えようと右往左往するヨトゥンマイナソーだが、鈍重さゆえか掠りもしない。いくら完全体のマイナソーといえど、空の王者にはかなわないか。

 そう思われた矢先、ヨトゥンマイナソーは思いもよらぬ行動に出た。手近な家屋を巨大な手で掴むと、根元からごそっと抜き取ってしまったのだ。

 

「な……!?」

 

 呆気にとられるリュウソウジャーを尻目に、マイナソーは獲得した家屋を両手で捏ねはじめた。石造りの強靭な建造物が形を歪められていく。やがてそれは丸々として表面は滑らかな、球状のオブジェクトと化してしまった。

 

「ウヌゥ……ヌウゥゥゥゥン!!」

 

 そして──投げつけてきた。

 

「うわあぁっ!?」

 

 慌てて回避するキシリュウオージェットだが、大きく態勢を崩してしまう。そこを狙ってさらにもう一発。今度は翼を掠め、ジェットは大きく吹き飛ばされた。

 

「ッ、なんてヤツだ……!」

「あんなの、直撃受けまくったらあかんで……!」

「それもそうだけど、街が──!」

 

 ヨトゥンマイナソーの周囲には既に空洞ができつつある。ひとつ家を引き抜かれるたび、ひとつの家族が帰る家を失うのだ。戦後処理の中で行政がなんとかするのだろうが、ただでさえ疲弊しているこの街にこれ以上の負担はかけたくなかった。

 

「捨て身でいい、一気にブチ込め!」

「!、カツキ!」

 

 ブラックの叫びに、皆の気持ちがひとつに纏まっていく。戦い勝つだけが騎士ではない。たとえどんな無理であっても、それが人々を守ることに繋がるなら──

 

「──押し、通すッ!!」

 

 キシリュウオージェットは反転し、地面すれすれの低空飛行でヨトゥンマイナソーへの突撃を開始した。

 

「ヌウゥゥゥゥン!!」

 

 マイナソーはなおも建物から球体をつくっては投げつけてくる。とにかくスピード重視で駆け抜けている中、回避行動は最小限だ。時折翼や身体の一部を掠め、ティラミーゴたちのうめく声が体内に響く。

 

「うおぉぉぉぉぉ────ッ!!!」

 

 それでもと六人が、ティラミーゴが、プテラードンが、パキガルーが叫ぶ。すべては、守護者の使命を果たすために。

 そしてついに、竜神は巨人に肉薄した。

 

「────、」

 

「キシリュウオー、ブリザードインフェルノ!!!」

 

 右手に氷雪、左手に火炎を纏い──その両方を、一挙に突き出す!

 

「グガアァァッ!!?」

 

 苦悶の声をあげながら後方へ吹き飛ばされるマイナソー。しかしその頑丈な身体は未だ崩壊へは至っていない。まだ終わりではないのだ、お互いに。

 

「トドメだ!」

「行けぇチビ公!!」

「チビガルーだあぁ──ッ!!」

 

 叫びながら飛び出したチビガルーが、弾丸のごとく加速しながら拳を炸裂させた。

 

「!!!!!」

 

 心臓部にそれを浴びたヨトゥンマイナソーは、くぐもった断末魔とともに爆発四散したのだった──

 

 

 *

 

 

 

 果たして、街を包囲していた軍勢は壊滅した。ようやく取り戻した平和。しかしまだ、すべてが終わったわけではない。

 

 それでもこの勝利が、セイン・カミイノに希望の燈火を灯したことは確かだった。

 

「やっぱり、これほど達成感のあることはない。何十年旅をしていても、いつだってそう思うよ」

 

 喜びあう街の人々の姿を見つめながら、イズクがつぶやく。それはリュウソウジャーの誰しもが共有する想いだった。──"彼"とて、例外ではなくて。

 

「カ〜ツキ」

「!」

 

 ぼうっとしていたカツキの肩に、エイジロウが腕を回した。

 

「おめェのおかげで勝てたよ。あんがとな!」

「……けっ」鼻を鳴らしつつ、「たりめーだわ。てめェらまとめて、俺についてこいや」

「!、わぁお……」

 

 不遜なその言葉、不器用な彼らしい。仲間たちは皆、そう思った。

 

「……いい仲間ができたじゃねえか、カツキ」

 

 ヒザシもまた、それを感じとっていたのだった。

 

 

 つづく

 

 




「キミたちに是非、僕主催の劇団に参加してほしいんだ☆」
「お、俺たちが!?」
「どこかで途轍もないエンターテインメントがはじまろうとしている予感……!」

次回「キラキラ☆大怪獣バトル」

「これが本当のエンターテインメントだ!」


今日の敵<ヴィラン>

ヨトゥンマイナソー

分類/ジャイアント属ヨトゥン
身長/54.0m
体重/9900t
経験値/800
シークレット/北方の伝説上の巨人を模したと思われるマイナソー。外見通り凄まじい腕力を誇り、徒手空拳のほか投石などを武器にする。また建物などのオブジェクトを丸め込み、投げやすい球状に変えてしまう力まで持っているぞ!
ひと言メモbyクレオン:リュウソウ族から自然発生?したっていうマイナソーちゃん!完全体ってことは……うわぁお。


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43.キラキラ☆大怪獣バトル 1/3

鬼滅×ドンブラを考えはじめてたんですが、今週ラストのアレで大きく揺らいでいる自分がいます

敏鬼さあ……(褒め言葉)


 サデンとその軍勢の撤退を受けて、セイン・カミイノの街にはようやく平穏な日々が戻ろうとしている。とはいえ先日の街に敵を引き入れての邀撃戦による爪痕は少なからず残されており、まずはその復興が急務。

 

 と、いうわけで。

 

「よい、しょっと!」

 

 まるで鞄を背負うかのような手軽な動作で、大量の資材を担ぐオチャコ。彼女はそのまま長箒に跨がると、ふよふよと浮き上がってしまった。

 

「みてみて、浮けるようになった!」

「おぉー、さっすがオチャコ!腕っぷしで負けてんのは悔しいけど……」

 

 メンバー随一の腕力は相変わらず、地味にだが魔法の技術も磨いているようである。はたらきでは負けていられないと、エイジロウも資材を担ぎ上げた。

 

「しかし……サデンを撃退できたはいいが、倒すには至らなかったな」

「まだプリシャスも残ってるしね……。今度はこっちから攻めていくくらいじゃないと、本当の意味でこの街が平和になるのは遠いかもしれない」

 

 ただ、無尽蔵の気力と体力を誇るリュウソウジャーの面々も、連日雪の降りしきる極寒の気候と激しい戦いの連続に間違いなく疲弊していた。街を解放したところで、当面は休息としても良いのではないか。珍しくコタロウがそんなことを主張し、無茶したがりのイズクと弱みを見せたがらないカツキもさらに珍しく賛同したことから、彼らは今しばらくセイン・カミイノに滞在することになった。こういう状況であるから、軽い運動がてらの仕事は幸いいくらでもある。

 

「オラ、くっちゃべってんじゃねえ!働けや、馬車馬のように!」

「うわ出た……」

「活き活きしてんな、カツキ」

 

 まあ、それ自体は良いことである。彼の場合、活力と他者への攻撃力がニアイコールなのが困りものなのだが。

 ともあれリュウソウジャーの面々はちょっとした合間のおしゃべりを終了し、各々の作業に戻っていった。その際、自分たちを監視するかのような視線をショートは感じたのだが、一瞬のことだったので気のせいと流してしまった。彼は勘の鋭さと大雑把さが同居しているので、何かを感知しても気にしないことが多い。尤もそれが敵や悪意の存在であればその限りでないので、今のところは弱点になりえていないが。

 

 尤も、このときのショートの感覚は正しかった。彼らをじっと観察する者が、確かに存在したのだ。

 

 

 *

 

 

 

 一方、軍勢を壊滅させられたサデンは、根拠地である古城に戻っていた。

 

「此度の敗北、申し訳ございません。プリシャス様」

 

 跪き頭を垂れるサデンに対し、プリシャスの反応は実に淡白なものだった。

 

「敗北?ああ、あの街のことか。もうどうでもいいよ、エラス様の復活が近い今、人間どものかたまりひとつ、あとでどうにでもなる」

「……はっ」

「それよりどうだった、リュウソウカリバーの力は?」

「非常に強力なものでした。加えてリュウソウレッドには専用の強化装備があるようです。……リュウソウジャー、侮れないかと」

「そうだねぇ。エラス様が完全にお目覚めになるまでは、全面戦争は避けたほうがいいかな?」

「私はそう愚考します」

 

 プリシャスが満足げに頷く。

 

「わかったよ、ならワイズルーたちにでも行かせるかな」

「………」

「ありがとう、サデン。ボクの右……いや左腕として、頼りにしてるよ」

 

 感情の見えない所作で、サデンは恭しく一礼した。

 

 

 *

 

 

 

「いっただっきまーーーす!!」

 

 元気の良い大声とともに、リュウソウジャー一行は路地の片隅にて食事の時間を迎えた。

 

「ふー、うんめぇ!」

「なんでも美味ぇんじゃねーか、てめェはよ」

「へへっ、外で食うと尚更な!」

 

 好き嫌いなくなんでもよく食べるのがリュウソウジャー、とりわけスリーナイツ組の特徴だが、エイジロウはお世辞にも豪華とはいえない食事も楽しんでいるようだった。肉体労働従事者は優先的に穀物や肉類が振り分けられるので、そのせいでもあるだろうが。

 

「我々は客人であるからして、どんな食事でも不満はないが……この街の食糧事情、早く改善すると良いな」

「せやね……。子供たちがお腹いっぱいお肉食べられるようにせんと!」

「肉といえば、明日は狩猟の護衛についてくれないかってヒザシさんが。全員で行く必要はないと思うけど、どうかな?」

「いいんじゃねえか、………」

 

 もぐもぐと硬いパンを咀嚼していたショートが、ふいに黙り込んだ。その視線がわずかに後方へと向かう。

 

「どした、ショート?」

「……さっきから気になってたんだが、俺たちを監視してるヤツがいる」

「!」

 

 にわかに緊張が走る。市内はくまなく守備隊による捜索が行われているとはいえ、敵の残存兵の存在を真っ先に考えてしまう。

 

「出てこい。隠れてても良いことねえぞ」

「………」

 

 ざり、と雪を踏みしめる音とともに、気配の主が現れる。その姿を認めて、警戒はすぐに当惑へと変わった。

 

「フフフ!ボンジュール、リュウソウジャー☆」

 

 耳慣れない挨拶の辞とともに飛び出してきたのは、金髪の青年……いや少年だった。背丈はエイジロウと同じくらいだが、体格が細いせいかずいぶん小柄にみえる。尤もそんなことがどうでもよくなるくらい妙に洒落た髪型と服装をしているせいで、本物であるショート以上に王子様然としているのだが。

 

「……どちらさん?」

「失敬。僕はユウガ、この街ナンバーワンのエンターテイナーさ!」

 

 身体をくるりと一回転させつつ、少年が言い放つ。その大仰な所作もさることながら、"エンターテイナー"という自己紹介である。そう名乗る存在をワイズルーくらいしか知らないリュウソウジャーの面々としては、それだけでもう胡散臭く感じてしまうところである。

 

「お呼びじゃねえ、失せろ」

「かっちゃん!……それが、僕らになんのご用ですか?」

 

 カツキを窘めつつも、警戒を崩さず訊くイズク。それに対してユウガと名乗った少年は、

 

「フフフ、とっても大事な用さ☆」

「………」

 

 なんというか、やけにキラキラしていて。浮世離れしているともいえる。いずれにせよ、未だ陰鬱な雰囲気を拭いきれていないこの街においては、明らかに浮いた存在だった。

 

「キミたち、演劇に興味はないかい?」

「エンゲキ?」

「お芝居のことだよ」イズクが耳打ちする。

「なるほど。それなら幼い頃、村の子供全員でやったことがあるぞ!」

「私、木の役やった……」

 

 そういうわけで、興味がないと言えば嘘になる。しかし、それがどういう話に繋がるのか、勘の鋭い者以外は想像もできなかった。

 

「キミたちに是非、僕主催の劇団に参加してほしいんだ☆」

「お、俺たちが!?」

 

 思わず顔を見合わせる一同。「アホか」と一蹴したのは……誰かは言うまでもあるまい。

 

「街の復興にしろ敵をブッ叩きに行くにしろ、やることはいくらでもあんだ。ンな遊んでる時間あるかよ」

「まぁ、確かに……」

「……遊び?」ユウガの目の色が変わる。「それは聞き捨てならないよ!☆」

「!?」

 

 ずい、といきなり距離を詰められる。遊びと言った張本人であるカツキならまだしも何故かエイジロウに。パーソナルエリアが皆無に近い彼でも、これは流石に鼻白んだ。

 

「僕は真剣に、これを生業としてやっているんだ。この街のみんなを笑顔にするためにね☆」

「みんなの、笑顔……?」

「その通りさ☆だから街の英雄となったキミたちにぜひ出演してほしいんだ、頼むよ☆」

 

 頼むと言いつつお辞儀ひとつしないユウガだが、その独特のキャラクターが生み出すペースに彼らは巻き込まれつつあった。何より、みんなを笑顔にするという彼の言葉。何もかも掴みどころがない中で、そこだけは明確な信念を感じられる。

 

「いいんじゃねえか。やってみるのも」

「……だな!芝居なんてなんじゅ……ゴホン、久しぶりだから、御手柔らかに頼むぜ!」

「心配はいらないよ☆」

 

 こうして一行は──なんだかんだ強く拒否はしないカツキも含め──ユウガの劇団に参加することになったのであった。

 

──のだが、

 

「劇団て……」

「てめェひとりしかいねぇんじゃねえかぁ!!」

 

 怒声に耳を塞ぎつつ、「ソーリー☆」と心のこもらない謝罪を返すユウガ。劇団というからある程度設備や人員も揃っているのかと思いきや、彼がただひとり自称しているだけだったのだ。劇場?も、公共の広場の片隅を間借りしているだけというありさまである。

 

「こんなんでやってられっか、俺ぁ降りる!!」

「お、おいカツキ!」

「なんで降りるんだ?」

「決まってんだろーがボケボケ半分野郎。コイツひとりでどこまでお膳立てできるってんだ、ままごとにもなりゃしねえ」

「でもイチからやるのも面白そうじゃねえか?お膳立てがなきゃできねえってんなら別だが」

「……ア゛?」

 

 後半部分に、カツキはぴくんとこめかみを引き攣らせた。彼は不可能があると思われる&言われるのを実に嫌う。仲間たちはもうそういった性質を理解しているのだが、ショートは持ち前の天然を発揮してそこを突いたのだ。悪意がないことは、フラット極まりない表情からも明らかで。

 

「ご、ゴホン!……やろうよかっちゃん、やっぱりきみの音頭がないと色々心もとないしさ!」

「お、俺もそう思うぜ!」

 

 煽りすぎても逆効果ということで、すかさずイズクとエイジロウが持ち上げる。この天然と計算のコラボレーションにより、暴君はあっさりと陥落した。

 

「は、誰にモノ言ってんだァ!?とことん演じ殺してやっから俺について来いやァ!!!」

 

 空気がビリビリ震えるほどの怒声に、一同黙って耳を塞いだ。

 

 

 *

 

 

 

 と、いうわけで。

 

「お、おのれドルイドン。ゆりゅ、ゆるさんぞ〜〜……」

「かならずオレたちリュウソウじゃあぁ……なかった、リュウソウブラザーズがキサマらのやぼうをそししてやるぅ〜〜……」

「首洗って待ってろやァァァ!!!」

 

──ろやぁ……ろやぁ……ろやぁ………。

 

 ひゅうううう、と木枯らしが吹きつけ、寒さに慣れていない戦隊一同はぶるっと身体を震わせた。

 

「………」

 

 ところは上述の通り広場の片隅。明確な観客は……人間でいえば、コタロウただひとりである。

 

「……通しだとこんな感じか」

「ど、どうだったコタロウ?」

 

 わくわくした表情で訊くエイジロウ。しかしコタロウは実に冷めた顔をしていて、返答はもう明らかだった。

 

「まず……皆さん演技が酷すぎます」

「うっ……」

 

 いきなりぐさっと突き刺さる。カツキだけは何故か勝ち誇ったようにフンと鼻を鳴らしているが、

 

「いやあなたもですよ……。棒読みではないけど、がなってるだけじゃないですか」

「ぐっ……」

「それに、単純にストーリーが面白くないです」

「うぅっ☆」

 

 これはユウガに刺さった。演劇といっても大層なものではない、十五分程度の短いバトルものにすぎないのだが、コタロウくらいの年齢と賢さになると何も刺さらないのだった。

 

「あと……」

「ま、まだあるん……?」

「ええ。まあ、これは僕の目が肥えてるせいもあると思うんですが、いまいち迫力に欠けている気がして」

 

 確かに、コタロウは実際の戦いをこれでもかというほどに見てきている。リュウソウルのエフェクトに騎士竜、ナイトロボたち……"生の"ド派手な戦いぶりには、広場の片隅でやっているような小芝居は太刀打ちしようがない。

 

「──だったら、オレたちが代わってやろうか〜?」

 

 コタロウの懐でそう声をあげたのは、人間ではない第二の観客だった。

 

「ピーたん……口出さないの」

「だってよう、迫力が欲しいんだろ?だったらピッタリじゃんか〜」

 

 確かに迫力だけならそうだが、短絡的である。一同が苦笑する中、ひとりだけ目の色を変えたものがいた。

 

「それだ……☆」

「へ?ゆ、ユウガくん?」

 

 何を思ったがユウガは、今までの台本を上空に放り投げてしまった。程なく降ってきたそれが頭頂部に直撃し、悶え苦しむ羽目になるのだが。

 

「あ、アウチ……☆」

「……何やっとんだてめェ」

「うぅ……ゴホン!確かにこの前の巨人同士のバトル、大迫力だったね!路線変更といこう☆」

「つまり……?」

「主役はキミたちさ☆」

 

 ユウガの指がピーたんを指す。「やったー!」とぴょんぴょん飛び跳ねる姿は愛らしいが、実際にはこの街の庁舎以上に巨大な身体なのである。戦時でもないのに、そんな彼らに与えられるスペースがあるのか。

 

「……僕からヒザシさんにお願いしてみるよ」

 

 そうだ、彼とカツキに関しては、言い方は悪いがここの市長とコネがあるのだ。後者はそんなもの利用する気は微塵もないが、前者は騎士竜たちに任せられるならそれはそれで、という気持ちだった。他にやれることはたくさんあるのだ。

 

「Merci☆それじゃ、脚本を彼らにあわせて書き換えないと☆」

「あ、それなんですけど」不意にコタロウが挙手する。「僕にひとつ案があるんですけど、聞いてもらってもいいですか?」

「!、本当かい?嬉しいな、スタッフまで現れるなんて☆」

 

 両手を広げてくるりと一回転するユウガ。喜びを表しているのだろうが、大袈裟にすぎやしないだろうか。

 

「……で、俺たちはどうすりゃいいんだ?」

「知るか!」

 

 色々な意味で先行き不安になりつつ、本日は解散ということになったのだった。

 

 

 



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43.キラキラ☆大怪獣バトル 2/3

 

 さて、翌日。

 イズクとカツキが当初の依頼通り狩猟のお供に出るのと引き換えに、市街の北側にある市が管理する造成地の使用許可がプレゼント・マイク市長から下りた。地均しを終えたところで事業が停滞しているとのことだが、おかげで巨大な騎士竜にも十分なスペースを確保できている。

 

「できました、これが脚本の素案です」

 

 そう言って手帳を差し出してくるコタロウを前に、ユウガ少年は目を剥いた。

 

「まさかひと晩で書き上げたのかい!?」

「ええ、徹夜でしたけど」

 

 ぐっとサムズアップするコタロウ、目がギンギンである。

 それはともかく、

 

「まあ、一から考えたわけではないので」

「そうなのか?」

「ええ。"泣いた赤鬼"って知ってますか?」

「ないたあかおに……」

 

 テンヤとオチャコ、そしてショートの脳裏に、同じイメージ図が浮かぶ。立てた髪を角に見立てたエイジロウが、わんわんと泣き叫んでいる姿。

 

「……おめェら、なんか失礼なこと考えなかった?」

「「「いいえまったく」」」

 

 人間社会のあれこれにまだまだ疎い四人衆はともかく、ユウガは当然のようにそれを知っていた。

 

「もちろんさ☆人間と仲良くなりたい、でも怖がられてばっかりの赤鬼が、人間の村を襲った青鬼を退治することで願いをかなえるってお話だね☆」

「ほう、勧善懲悪か!」

「ええんちゃう、シンプルで!」

 

 勧善懲悪──そうと言えなくもないが。

 

「おっと失敬、それだけじゃないよ☆」

「?」

「実は青鬼は、赤鬼の友だちだったんだ☆」

「ええっ?」

 

 四人は混乱した。どういうことだ、いわゆるマッチポンプというやつなのか?

 

「まぁ、身も蓋もない言い方をすればそうなっちゃいますけど」一応首肯しつつ、「青鬼は赤鬼が人間と仲良くなれるよう、一計を案じたんです。だからわざと人里で暴れたりして、赤鬼に自分を追い払わせた」

「……イイ奴だったんだな」

「それで、青鬼はそのあとどうなったんだ?」

「………」

「コタロウ?」

 

「──いなくなったのさ」

 

 珍しくまじめな声でそう引き継いだのは、ユウガだった。

 

「その日から、青鬼は赤鬼の前に姿を現さなくなった。心配した赤鬼が青鬼の家へ行くと、そこはもぬけの殻になっていた──人間たちと仲良くするようにという言いつけと、いつまでも友だちだというメッセージを残して、ね」

「………」

 

 四人には言葉もなかった。青鬼の献身は、果たして赤鬼を幸せにしたのだろうか。人々と仲良くしたいという願いは叶ったかもしれない。しかしそれと引き換えに、彼はかけがえのない親友と別離しなければならなくなった。

 

「……それで、今回の話っていうのは」

「その"泣いた赤鬼"をモデルにしました。とにかく、練習してみましょう」

 

 コタロウがそう告げたところで──赤鬼と青鬼役が、地響きとはばたきの音のハーモニーとともにやって来た。

 

「「待たせたな!」ティラ〜!」

「そもさん、汝らに問う!」

「演劇というのはどうやればいいのだ?」

 

 プティラミーゴに、スピノサンダー。後者はなんだか久しぶりに見た気もする一行だったが、とにかく到着!……である。

 

「彼らが主役か……」

「ねぇ、私たちどうなるん?」

「キミたちは村人役さ☆」

「えぇー……」

 

 せっかく赤鬼っぽいビジュアルをしているのにと、自画自賛?とともに残念がるエイジロウ。まあその派手な赤髪は後天的なものであるし、彼らの外見は常人となんの変わりもない。騎士竜たちは違うどころではないのだが、異形の怪物が人間と仲良くしたがるという設定にはぴったりであるとも言えた。

 

「じゃ、早速練習を始めましょうか」

「い、いきなり大丈夫なのか?」

「ノープロブレム☆パッションさえあれば誰でも演じ手になれるのさ☆」

 

 ユウガの言葉は妙に説得力があった。ともあれやってみなければ何も始まらないということで、一同は早速練習を開始したのだった。

 

 

 *

 

 

 

「っくしゅん!!」

「うわ汚っ……大丈夫っスか、ワイズルーさま?」

 

 散った飛沫を心底嫌がりながらも、クレオンは上司というには些か緩い関係の相方にそう声をかけた。

 

「ふ、フン、問題ナッシング!」

「ホントっスかぁ?ってか、ドルイドンの皆さんも寒さには弱いんスねぇ」

「いや寒さのせいではなぁい!」

「!?」

 

 そんなに強く否定されるとは思わなかったので、つい肩をびくつかせてしまうクレオン。ドルイドンは総じてプライドが高いのでどんな些細なことでも弱点と思われるのを嫌がるのだが、ワイズルーの場合、プライドというよりこだわりの問題だった。

 

「これは……どこかで途轍もないエンターテインメントがはじまろうとしている予感……!」

「え、あ、アァ……ソッスカ」

「こうしてはおれん、セイン・カミイノの街へ急ぐぞクレオン!」

「あ、ちょっ……待ってくださいよワイズルーさまあ!」

 

 走り出すふたり。しかし彼らの行く先には、吹雪とそれらが降り積もった雪原が広がっている。どんなに走ろうともセイン・カミイノ領域にたどり着くまでに二日はかかるのだが、いつまでこんな調子でいられるか……という具合であった。

 

 

 *

 

 

 

 上述の通りなわけで、街は未だ平穏を甘受していた。

 

「おおっ、肉だ!!」

 

 目の前に供された切り身を前に、目を輝かせるエイジロウ。切り身といってもふた口三口で食べきってしまう大きさだが、それでも久方ぶりに目の当たりにする新鮮な肉であった。

 

「狩りでとれたのか?」

「うん!お手伝いしたぶん、僕らにもおすそ分けがあったんだ」

「腹の足しにもなりゃしねえ量だけどな」

 

 腹の足しにはならなくとも、心の足しにはなる。事実、特に肉を好むエイジロウとオチャコなどは、キラキラと幼子のように目を輝かせていた。

 

「さっそく、いっただきま~す!!」

 

 もぐもぐ、むしゃむしゃ。たちまちエイジロウの頬がとろけた。

 

「うんめぇ!!」

「どれどれ……ムッ、これは美味いな!」

 

 仲間たちも次々とむしゃぶりついては、舌鼓を打つ。こんがりと焼かれた肉は表面こそ香ばしくかりかりとした食感に覆われているが、中は豊富な脂肪分によりひと噛みでとろとろと溶けるようだった。

 

「なんか、ほかのとこで食べるお肉と全然ちゃう……なんでやろ?」

「寒冷地の動物は、寒さに対応するために脂肪を溜め込むんだよ」

「へぇ〜……」

「そういやデブったな、丸顔」

「どこがや!!!」

 

 怒りを露にしたオチャコは、カツキのまだ手をつけていない肉の切れ端を奪いとってしまった。当然、これには彼も黙っていない。

 

「てんめェ何しやがるこのデブ!!」

「どーせならとことんデブってやる!ホラ、イモもよこしな!!」

「賊かてめェは!!」

「ちょっ……やめろよふたりとも!」

 

 エイジロウとイズクが慌てて割って入る。旅の道中なら好きにやらせておけばいいが、一応ここは間借りしている守備隊宿舎の食堂なのである。同じく食事中の隊員たちが胡乱な目でこちらを見ている。如何に街を守った英雄とはいえ、自分たちへの評価が揺らぎかねない。

 

「まったくきみたちは……ところで、護衛にはいつまでつく予定なんだ?」

「あさってだよ」

「そうすると、発表には来られねえのか……」

 

 劇の発表もちょうどあさってである。もとより街の子供たちに向けたものであるが、イズクたちにも見てもらいたかったという気持ちはある。

 

「しょうがねえけど、残念だなぁ」

「そこまで言うからには、それなりのもん見せられるんだろうなァ?」

「!、あ、いやそれは……」

 

 途端に口ごもる一同。主演の二体……もとい四体は、演劇の経験どころか存在すら知らなかったのだ。あさってまでに台詞を覚えきるのはもちろんのこと、臨場感あふれる演技を身につけなければならない。今もユウガとコタロウがつきっきりで彼らをコーチングしている。

 

「──スピノサンダーくん、そこはもっと抑えて☆」

「お、抑えるとは?」

「感情を落ち着かせて、もっと静かに喋るんだよ。やってみて……──プティラミーゴ、寝ない!」

「「!?、ね、寝てない」ティラ!!」

 

 そもそも騎士竜たちは睡眠をとる必要もないのだ。対して子供のコタロウなどは本来たくさん寝ないといけない身体だ、二日連続で夜遅くまで起きているとなると、自ずと限界も近づいてくる。

 

「くぁ……」

 

 飛び出す欠伸を懸命に噛み殺す。注意したそばからこれでは立つ瀬がない。そう思ったのだが、ユウガには見られてしまっていたようだ。

 

「コタロウくん、今日はもう休みなよ。根詰めすぎると、本番まで保たないよ☆」

「ありがとうございます。でも、こう見えて身体は頑丈なほうなので」

 

 勇者(ヒーロー)だった母の血が遺伝したのだろうか。この旅を始めた頃には忌々しかった事実も、今ではコタロウのアイデンティティのひとつとなっている。

 

「でも騎士竜くんたちも疲れているみたいだし、少し休憩を入れようか☆」

「……そうですね」

 

 

 セイン・カミイノの夜は凍えるような寒さである。砂漠の夜も昼間との寒暖差は途轍もなかったが、この北の大地はもとより日照時間が非常に短い。ただでさえ快晴の日がひと月に数えるほどしかないにもかかわらず、だ。

 

「はぁ……」

 

 手と手を擦り合わせ、白い息を吐く。と、ユウガが湯気の立った飲み物を持ってきてくれた。

 

「おまたせ☆」

「どうも……あ、紅茶。この街にもあるんですね」

 

 物資が不足しているこの街では飲み水の確保が精一杯で、嗜好品の類いは流通していないはずなのだが。

 

「フフ……そうだよね、そう思うよね」

 

 ユウガの表情に自嘲めいたいろが浮かんだことに、コタロウは気がついた。

 

「……僕の家はもともと貴族の出でね。かつて王国が栄えていた頃は、非常に裕福な暮らしをしていたそうなんだ」

 

 セイン・カミイノ周辺も、当時はユウガの祖先たる貴族の領地であった。しかしドルイドンの侵攻がとりわけ激しかったこの地にあっては、到底いち貴族の権威で政が治まるものではなく。

 ユウガが生まれた頃には既に領主の地位は過去のものとなっており、生活は苦しくなっていた。

 

「そのこと自体に不満はないんだ。この街の民は皆大変な思いをしながら生きている、貴族といえど……いやそうであればこそ、自分たちだけが特別であって良いはずがない。ただ……それと同時に、決して貧窮している姿を見せてはならないのさ」

「それで、紅茶……ですか?」

「これが精一杯なのさ☆」

 

 貴族であったせめてもの痕跡が、この一杯の紅茶とは。そういった存在に特段の価値を見出していない現代っ子なコタロウだが、当事者の想いを直接聞いて何も感じないほど冷淡ではない。一般的に羨ましがられる立場、身分にある者であっても、当人にしかわからない苦しみや葛藤があることは、旅の中で十分に学んだつもりだ。

 

「……だから、この道楽もこれが最後かもしれないんだ」

「えっ……」

「没落貴族の子弟が、いつまでも遊んでいるわけにはいかない。これも当然の摂理さ☆」

 

 確かにそれは当然のことかもしれない。でも──

 

「道楽なんて、言わないでください」

 

 静かだが断固とした言葉の響きに、ユウガは目を見開いた。

 

「エンターテインメントは遊びじゃない。少なくともあなたは、この街の人たちを笑顔にしたいと思ってひとりで踏ん張ってる。違いますか?」

「……うん」

「だったら、それがあなたの使命なんです」

「僕の……使命……」

 

 使命のカタチは人それぞれ──それが直接的であれ間接的であれ誰かの笑顔に繋がるのなら、胸を張って続ければいい。そう思うのだ。

 コタロウの言葉に、ユウガは心底嬉しそうに頬を綻ばせた。

 

「……ありがとう、コタロウくん。僕らで最高のショーにしよう☆」

「はい!」

 

 絆を深めあったふたりは、意気揚々と演者もとい演騎士竜たちへの指導に戻っていくのだった。

 

 

 *

 

 

 

 それから二日間の短期集中練習を経て、披露の日はあっという間に訪れた。ステージ代わりの造成地、臨時で設置された客席には子供たちを中心に大勢の観客たちが詰めかけている。これまで娯楽が大幅に制限されていたということもあり、彼らは久しくなかった催し物を心底楽しみにしているようだった。

 

「うわ……めちゃくちゃ期待されとるやん……」

 

 舞台裏代わりの岩肌の裏から客席を覗き込み、オチャコは声を上擦らせた。ここまでの人が集まるとは思ってもみなかったのだ。むろん、それは悪いことでは決してないのだが……。

 

「緊張してんのか、オチャコ?」

「当たり前やん!ってかショートくんはいつもながら涼しいお顔ですことっ!」

「それはそうと、ユウガくんの姿が見えないが……」

「ああ、彼なら──」

 

 噂をすればというべきか、よろよろとした足取りで戻ってきたユウガ。心なしか顔色が青いばかりか、下腹部のあたりを手で押さえている。

 

「ど、どうしたユウガ……?」

「い、いや……緊張するとどうしてもね……」

「??」

 

 緊張するとお腹がゆるくなってしまう──というのは、内臓も強いリュウソウ族には想像もつかないことだった。

 そんな彼の背中を、コタロウの手がそっと叩く。

 

「大丈夫、絶対に上手くいきますよ」

「!、コタロウくん……ありがとう☆」

 

 プティラミーゴとスピノサンダーがやってくる。

 

「こっちも準備オーケーティラ!!」

「我らの名演技、見せてやろうではないか」

「……だな!そうだ、円陣組もうぜ円陣!」

「うむ、それがいい!」

 

 人間たちで互いに肩を組み、円形をつくる。肝心の騎士竜たちはスケールの差もあって直接は混ざれないが、こういうのは気分の問題である。ぐいっと顔を差し入れてきて、円陣の完成だ。

 

「ユウガ、音頭とってくれ!」

「ぼ、僕が?……よし☆」

 

「チーム・ブルーマウンテン、ファイトアンドゴー☆」

「……ブルーマウンテン?」

「僕の先祖の家名さ☆」

 

 ともあれ、いざ出陣!……である。

 



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43.キラキラ☆大怪獣バトル 3/3

 

 ざり、と雪を踏みしめる音が響く。

 

 純白に彩られた深い針葉樹林に、セイン・カミイノの街を出立した狩人の集団が踏み入っていく。

 その中には、イズクとカツキの姿もあった。

 

「………」

「かっちゃん、どうかした?」

 

 何やら考え込んでいる様子の幼なじみに、イズクが声をかける。彼はフゥと白い息を吐き出すと、「なんでもねえ」と素っ気なく応じた。

 しかしそれで引くようでは、彼の相棒などはやっていられない。もっとも踏み込みすぎて喧嘩になることもしょっちゅうなのだが、それはそれである。

 

「やっぱり、劇のほうが気になる?」

「なんでもねえっつってんだろ」

「だって僕は気になるもん。かっちゃんだってそうじゃないの?」

「………」

 

 沈黙は肯定である。苛烈さと冷徹さを併せ持ったカツキだが、その余白にはきちんと情が詰まっている……と、少なくともイズクは思う。そうでなければ駆け出しの頃の自分など、とうに捨て置かれていただろう。

 

「上手くいくよ、きっと。信じよう」

「……ふん」

 

 と、近くから歓声が聞こえてきた。獲物を仕留めたのだろう、「すごい」「でかいぞ」なんて声も聞こえてくる。興味のままにそちらへ足を向ければ、なるほど成人男性ふたりぶんほどの立派な体躯をもつ獣が、矢を浴びて横たわっていた。

 

「うわ、ほんとにすごい……!」

「今晩は肉食い放題だな」

 

 そんならしからぬことを言うくらいには、カツキも高揚していた。彼も育ち盛りの少年であるからして、肉は大好物なのだ。

 

 一方、少し離れた場所で、狩人のひとりが用を足しているところだった。

 

「ふぅ……ん、あっちはでかいの獲ったみたいだな」

 

 彼の今日の成果は、現時点では雪兎一羽でしかない。ここは自分も大きな獲物を捕らえねばと意気込んでいると、大樹の陰で何かが動くのが目に入った。

 獲物だと確信し、抜き足差し足で迫る。そして木陰から飛び出すようにして襲いかかろうとした瞬間、彼はその正体をようやく認識した。

 

「ジャジャジャジャーン!!」

「ッ!?」

 

 それは獲物などではなかった。むしろ人間を喰い物にし、この街を筆頭に世界そのものを脅かし続ける存在──

 

「ど、ドルイドン!?──うわっ」

 

 脇腹のあたりを押されてくるんと半回転させられる。混乱していると、彼はそのまま羽交い締めにされてしまった。

 

「な、なんだよ!?放せっ、誰かたすけ……あががががっ」

 

 口を強引に開けられ、ますます混乱する。顎が外れそうな内から外への強力な圧迫に涙を浮かべていると、目の前の地面からぬるぬると緑色をした粘液が滲み出してきた。それはたちまち具体的な姿を形作る。頭部に巨大な菌傘を持った、ドルイドンに輪をかけて不気味な怪人──

 

「う、ごごごごごぉッ!!?」

「クレオン、ヤッテシマイナサーイ」

「アイアイサー!ほぉら、ごっくんしてねぇ」

 

 指先から分泌された粘液が、男の喉奥に流れ落ちていく。それを嚥下した直後、彼の身に異変が起こり──

 

 

 それから数分後。狩猟団の面々は、仲間のひとりが用足しから戻ってこないことに気づきはじめていた。

 

「いくらなんでも遅くないか、あいつ?」

「でけぇほうだろ?」

「小便って言ってたぜ」

 

 皆、さほど危機感を抱いているわけではない。市長の計らいでリュウソウジャーを護衛につけているとはいえ、周辺の敵は駆逐されているというのが彼らの共通認識に相違なかった。もしもドルイドンが潜伏しているならば、狩人のひとりふたりを密かに襲うなどというみみっちいことはせず、ふたたび街に攻撃を仕掛けてくるだろう、と。

 

 一方で、イズクとカツキはドルイドン──とりわけ"群青の道化師"のやり方を熟知している。グレイテストエンターテイナーを自称する彼だが、わかりやすい大規模な破壊活動などはやらない。個々人の信条や懊悩などを踏み台にした、厭らしい罠を仕掛けてくることが多い。

 

「かっちゃん、もしかして──」

「……おー」

 

 ふたりが警戒を強めたそのとき、彼らの背後からガサガサと枝葉を分け入る音が近づいてきた。

 

「!」

 

 咄嗟にリュウソウケンに手をかけ、振り返る。果たして現れたのは──小用に立ったまま姿を消していた男で。あぁなんだと、皆の間に弛緩した空気が広がる。もとより警戒度はさほど上がっていなかったのだから、当然だ。

 しかしリュウソウ族のふたりは緊張の面持ちを崩すことはなかった。足取りは妙にふらついているし、半ば閉ざされかけた眼はどろりと濁っている。酩酊状態のようにも見えるが、寒冷地で狩人をする者が最中に酒を呑むなど自殺行為もいいところだ。そんなことをするはずがない。

 

「……え、もの……」

「!」

 

 何事かつぶやいたかと思うと──ばたんと倒れ伏す。そしてその背後から、ヒトとは似て非なる筋骨隆々のシルエットが飛び出してきた。

 

「エモノォ!!」

 

 赤と青がまだらになった皮膚に、頭部の前後から穿たれたように突き出す角。はっきり言って異様な姿だったが、現世の理の上にある生物でない以上は言ってもはじまらない。イズクたちは狩猟団の面々に後退を指示した。この怪物を討ち取らねば、せっかく仕留めた大物をもって街に凱旋することもできない。

 

「いくぞクソデクァ!!」

「わかってる!」

 

──リュウソウチェンジ!!

 

『ケ・ボーン!!』『リュウ SO COOL!!』

 

 小さな鎧騎士たちを身に纏いながら、ふたりは走り出す。次の瞬間には、彼らは竜装の騎士へと姿を変えていて。

 

「はぁッ!」

「オラァ!!」

 

 一挙に敵の懐に潜り込み、勢い込んで斬りかかる。鬼のような姿をしたマイナソーはそれを両腕で受け止め、彼らを弾き返した。

 

「ッ、やっぱり、一筋縄じゃいかないか……」

「ならよォ、──カタソウル!!」

 

 リュウソウケンにリュウソウルを装填するブラック。さらにグリーンもツヨソウルで続く。『ガッチーン!!』『オラオラァ!!』と音声が響き、ふたりの右腕にソウルを具現化した鎧が装着された。

 

「デク、右ィ!!」

「了解っ!」

 

 今度は散開し、別方向から攻めかかる。方法は異なるとはいえ、いずれも強化された斬撃である。同じように防ごうとしたマイナソーは、今度は自らが吹き飛ばされる羽目になった。

 

「グウゥ……!──グガアァァッ!!」

 

 怒りのままに拳を振り上げ、襲いくるマイナソー。すかさずグリーンを押しのけて、ブラックが前面に出た。

 

「ちょ、かっちゃ──」

「来いやァ!!」

 

 刹那、ドガァと激しい衝突音が響き渡る。およそ生物同士が発する音ではなく、それを受けた側はぺしゃんこに潰されてしまったのではないかという不安が聞く者によぎる。

 しかし現実は、ブラックの右腕が見事にマイナソーの拳を受け止めきっていた。

 

「は、……蚊ァ止まったんかと思ったわァ!!」

 

 そのまま鎧を纏った右腕で、強烈な肘打ちを見舞う。ガハァ、とうめき声をあげ、マイナソーは後退を強いられた。

 

「もうっ、無茶しすぎだよ!」

「けっ、てめェに言われる筋合いねーわ」

「そうかもしれないけどさあ……」

 

 と、ここでマイナソーが倒れたままの宿主からエネルギーを吸収しはじめた。何度かこれを繰り返されれば、あっという間にマイナソーは巨大化に至ってしまう。その先は完全体だ。

 

「そうなる前に倒すッ!」

 

 幼なじみに負けてられないとばかりに、疾風の騎士は剣の鍔に手をかけながら走り出した。『その調子ィ!!』と、ひときわ甲高いシステム音声が響く。

 

「──マイティ、ディーノスラァァッシュ!!」

 

──斬、

 

 その身を袈裟懸けに切断され、崩折れながらマイナソーが目を見開く。勝った──そう確信した、次の瞬間だった。

 

「エ──「モノォ!!」」

 

 ()()()断面からぬっと失われた部位が再生する。同時に皮膚の斑模様は消え失せ、それぞれが赤と青一色に変わった。

 

「!?、な──ぐあっ!」

「デクっ!!」

 

 騙し討ちをもろに受けて雪の上を転がるグリーンを、ブラックは咄嗟に助け起こした。半ば引きずるような形で、ではあるが。

 

「こいつら、分裂した……!」

「前にもいたな、そんなヤツ」

 

 確かロディたちと再会したときに遭遇した、上半身が獅子、下半身が蟻のマイナソーだったか。しかしそれとはどこか様子が異なるようにも思われた。

 

「──分裂ではナ〜ッシング!!」

「!」

 

 にわかに響く耳障りな美声。案の定というべきか、大樹の上から雪の塊とともに降ってきたのはあの男だった。

 

「ワイズルー……!」

「クソ道化師ィ、てめェ性懲りもなく!」

「クソ道化師て……今さらだけど。──そんなことよりこのマイナソーの正体、知りたくはないのか〜い?」

 

 知りたくないと言えば嘘になってしまう。しかし首肯するのもどうにも悔しくて黙っていると、ワイズルーはひとしきり笑いだした。

 

「ハハハハッ、反抗期のようだな!まあいい説明してやろう……──クレオン!」

「ええっ、結局オレっすかぁ?」

 

 と、今度は反対側……つまり雪の中から滲み出すようにして、クレオン。彼はマイナソーの一方の背中をバシッと叩くと、揚々と解説を始めた。

 

「コイツらはゼンキ・ゴキマイナソー、二匹で一匹の特殊なマイナソーなのさ!どうだまいったかぁ!!」

「………」

「あ、あれ?」

 

 思ったよりも薄い反応にたじろぐ。むろんイズクたちも感じるところがないわけではない。しかしこれまでの経験で、彼らもいい加減特殊なマイナソーには慣れていた。そもそもマイナソー自体が特異な存在であるともいえる。

 

「だったら二匹まとめてブッ殺しゃいいだけのハナシだ!いくぞデク!!」

「うん!──ハヤソウル!!」

 

 竜装を切り替え、グリーンが速攻に打って出る。ゼンキ・ゴキマイナソーはそれを囲んで撃ち落とそうとするが、疾風の騎士のスピードを捉えるのは容易いことではない。そしてようやく捕捉しようというときには、威風の騎士が攻撃に参加してくるのだ。

 

「うわ、マジ!?強ぉ……」

「ええい負けるなマイナソー!グレイテストエンターテインメントを見せてやるのでショータァイム!!」

 

 無責任な声援とは裏腹に、ゼンキ・ゴキマイナソーは苦戦を強いられている。二匹で一匹と形容されるだけあり、彼らの連携は決して杜撰なものではないのだが、長年行動をともにしている疾風・威風コンビのそれを上回るほどのものではない。

 

「ギギィ……ッ」

「エ、モノォ……!」

「狩られんのはてめェらだァ!!」

 

 名前の通り前面に立つ片割れに、いよいよブラックが大振りに斬りかかる。彼らはもはや勝利を確信していた。しかしマイナソーはその瞬間、宿主から一挙にエネルギーを吸い上げた。

 

「「エモノォォォォォ────ッ!!!」」

「ッ!?」

 

 みるみる巨大化していく身体。彼らはたちまち針葉樹林を突き抜けるほどにまで膨れ上がってしまった。

 

「もう巨大化するなんて……!」

「二匹いっぺんに吸収しやがったか……クソがっ」

 

 歯噛みするリュウソウジャーのふたりと対照的に、ワイズルーは「HAHAHAHA!」と高笑いの声をあげた。

 

「さあゼンキ・ゴキマイナソー、街へGoing!!」

「エモノがいっぱいいるぞぉ!」

「!、エモノ……!」

 

 クレオンの言葉に反応し、ゼンキ・ゴキマイナソーがセイン・カミイノの街に向かって猛烈な勢いで走り出した。

 

「まずい……!街に向かってる!」

「見りゃわかるわ!」

 

 分厚い城壁と空中をドーム状に覆う結界で守られている街だが、後者についてはひとまず当面の脅威は去ったということでなくしてはいないが弱めてある。油断と責めることはできない、フルの状態で保ち続けるのは魔導士たちの負担も大きいのだ。

 ともあれ、彼らにとりうる選択肢はひとつしかない。

 

「チッ、来いミルニードル!!」

「タイガランス、お願い!」

 

 彼らの相棒かつ力の根源たる騎士竜たちが駆けつける。その頭部にある空間に収容され、彼らはコントロールの権利を得た。マイナソーを追って、全身全霊で雪原を走り抜ける。

 

「止まれやクソどもォ!!」

 

 どちらが悪者かわからないブラックの罵声とともに、ミルニードルが無数の針を放ってマイナソーの行く手を阻む。その動きが鈍ったところで、スピードでは騎士竜随一のタイガランスが奇襲を仕掛けた。鋭い爪が後方にいたマイナソー(ゴキ)の背中に突き刺さる。

 

「よし……!」

「油断すんなクソデク!!」

 

 口が悪いことこのうえないが、ブラックの言葉は極めて的を射ていた。ゴキの頭上を飛び越えるようにして、ゼンキが襲いかかってきたのだ。

 

「ッ!」

 

 咄嗟に回避するタイガランスだが、わずかに爪先が掠ってしまう。ナイトロボの形態になっていれば押し切れるが、単体ではそうはゆかない。

 

(ティラミーゴもモサレックスもプテラードンも、みんな街の中だ……。僕らだけじゃ──)

 

 その迷いを見透かしたように、マイナソーがふたたび動き出す。横並びになるや否や、二体揃って地面めがけて拳を打ち下ろしはじめた。そのたびに大量の雪が舞い上がり、騎士竜たちめがけて降りそそぐ。

 

「な、こいつらまさか──」

 

 マイナソーの狙いを察知したときにはもう遅かった。タイガランスとミルニードルの身体はその大部分が雪に埋もれてしまっている。小さな粒の集積といえど、その総重量は侮れない。騎士竜たちの馬力をもってしても、そう簡単に撥ね退けることはできないのだ。

 そうして彼らが身動きを封じられているうちに、マイナソーたちはふたたび進軍を開始した。健脚によってあっという間に街へ迫り、壁をよじ登っていく。

 

「エモノ……!」

「エモノォ!!」

 

 その手がついに結界へと触れる。バチッと音をたてていったんは弾かれるものの、最大出力ですらプテラードンにかかれば突破できてしまった代物である。現在の弱まった状態では、巨大化したマイナソー二体を受け止めきれるはずもなく──

 

「ッ、はぁ……」

「手間ァかけさせやがって!!」

 

 ようやく積雪を振り払って飛び出したときにはもう、ゼンキ・ゴキマイナソーは街への侵入を果たしていた。

 

「やられた……!」

 

 

 *

 

 

 

 同じ頃、マイナソーの侵入など知るよしもないエイジロウたちは劇の上映を続けていた。親友のためにとスピノサンダーが人間の村を襲う局面、中盤から終盤にかけての山場である。

 

「人間どもォ、喰ってやるぞおぉぉぉ」

「うわあぁぁ、誰か助けてくれ〜!」

 

 逃げまどう、エイジロウたち四人の扮する村人たち。監督のユウガにしてみればもう少し数を揃えたかったものの、正式な劇団員は彼ひとりなのだから仕方がない。それでも見かけは巨大な怪物である騎士竜たちのおかげで、非常に臨場感のある絵に仕上がっている。子供を中心とした観客たちの反応も上々だ。

 

「そこまでだ!」「ティラァ!!」

 

 スピノサンダーがいよいよ村人を喰らおうかというところで、満を持して上空から見参する主役──プティラミーゴ。彼が間に割り込むことで、村人は命拾いすることとなった。

 

「なんだ、貴様は!同族のくせに、ニンゲンを庇うというのか!?」

「そうだ!」「人間はともだちティラ!食べるなんて、許さないティラァ!!」

「ならば貴様も喰ってやる!!」

 

 プティラミーゴとスピノサンダーが激突する。むろんこれは演技なのだが、凄まじい迫力だった。練習をともにしてきたエイジロウたちでさえ、思わず息を呑んでしまうほどには。

 そして、彼も。

 

「すごい……!まさしく僕の思い描いた通りだ……☆」

 

 この演劇を統括する立場のユウガまでもが、子供のように目を輝かせている。何かトラブルがあったときそれでは困るのだが、彼を補佐する形でスタッフを務めたコタロウは何も言わなかった。ユウガのしてきたことが道楽などではないと、これで明らかとなった。あとはこのまま、終幕へ向かって突き進むだけ──

 

 しかし真なる怪物たちは、このささやかなる慰みでさえ容赦なく踏みにじる。

 それを知らせたのは、街中に鳴り響く半鐘の音だった。

 

「!、なんだ!?」

「何かあったのか?」

 

 演技を中断して市街のほうへ目を向ける──と、守備隊員のひとりが会場に飛び込んできた。

 

「中止、中止!ドルイドンの怪物が街に侵入した、すぐに避難しろー!」

「!!」

 

 もはや演劇どころではない、場はたちまち狂騒に陥る。子供たちを大勢集めていたから尚更だ。それでも守備隊員と協力し彼らを統率しようとするエイジロウたちだったが、

 

「「エモノォ……」」

「!?」

 

 不幸にも、ゼンキ・ゴキマイナソーが侵入を果たした箇所は彼らのいる造成地の近隣にあたった。その体躯に比べれば小さな岩山を乗り越えるようにして、彼らは侵入を果たしたのだ。

 

「やばい……っ、──逃げろ!!」

 

 マイナソーがまず標的にしたのは、いちばん近くにいた守備隊員だった。前後に挟み込むようにして布陣すると、手を伸ばしてつまみ上げようとする。

 

「うわあぁぁっ!?」

「ッ、くそ!」

 

 助けようと走る四人だが、明らかに間に合わない。しかしマイナソーがその欲望を成就させようとした刹那、エイジロウたちの頭上を飛び越えるようにして巨大な影が躍りかかった。

 

「させん!──ぐあぁッ!!」

「スピノサンダー!!」

 

 拳をまともに受け、スピノサンダーが倒れ込む。追撃が来るというところでプティラミーゴが空中から割り込み、追い払った。

 

「大丈夫ティラ!?」

「ッ、問題ない」

「俺と兄弟にかかればこんなもの、かすり傷だ!」

 

 彼らはもはや役柄ではなく、悪鬼と戦う騎士竜として言葉をかわしている。当然のことなのだが、小さな子供たちの中には「スピノサンダー、わるいやつじゃなかったの?」などと反応する者もいる。

 それを聞いたユウガが、はっと何かを思いついた。

 

「みんな、そのまま演技を続けてくれ!☆」

「は!?」

「こんなときに何を言って──」

「子供たちを見てくれ!彼らは未だ演劇の世界の中にいる。彼らの夢を守るためにも、どうか!☆」

 

 ユウガの目は真剣だった。見守る子供たちも同じだ。竜装の騎士は、ただ人の命を守ればいいというものではない──そう胸に刻んだエイジロウたちにとっては、決して無視できない願いだった。

 ただ、

 

「でも、台本通りはもう無理やで!?」

「台本通りでなくていい!」コタロウが叫ぶ。「アドリブです!今までの展開を踏まえて、思いついた通りに喋りながら戦ってくれればいいんだ!」

「!、そうか……!」

 

 やることは簡単だ。どのみち騎士竜たちと巨大マイナソーとの戦いにおいて、エイジロウたちにできることは少ない。彼らを応援するつもりで、声を張り上げればいいのだ。

 

「スピノサンダーも、俺たちを守ってくれてる……!」

「もしや、彼も悪い恐竜ではなかったのか?」

「ほんとに悪いオニは、あいつらやったんや!」

 

 予定調和じみた台詞だが、彼らはその道のプロではないので仕方がない。しかし人々を守りながらの奮戦ぶりは、彼らが正義の存在であることを如実に示していた。

 

「がんばれ、プティラミーゴ!」

「スピノサンダー、Don't lose☆」

 

 コタロウとユウガも声を張り上げる。やがて子供たちからも声援が上がりはじめた。"芝居"ではなく、本心から。二(四?)体の竜は、悪鬼から人々を守護するべく戦い続けている──

 

「グォオオオオッ!!!」

「ッ、これでは埒が明かんぞ……!」

「なら、ナイトロボになって戦うティラ!──エイジロウ、みんな!」

「!、よぉし!!」

 

 ここからは声援だけではない、肩を並べて戦う番だ。

 

 

「──竜装合体!!」

 

 プティラミーゴが人型へ変形していくと同時に、「飛び入り参加するぜー!」と駆けつけたパキガルー親子が拳となって装着される。

 

「「「キシリュウオー、ジェット!!」」」

 

 そして、スピノサンダーも。構成体たるモサレックスがキシリュウネプチューンへと姿を変えると同時に、いったん分離したディメボルケーノが鎧や剣となって合身する。その名も、

 

「──キシリュウネプチューン、ディメボルケーノ!」

 

 

「俺たちが後ろの青いのをやる、おまえたちは赤いのを」

「了解ッ!」

 

 作戦というには至ってシンプルだが、あとは状況に応じて調整すればいい。いちいち言語化せずともそれができる程度には、彼らの絆は深まっている。

 

「おらぁ!!」「ティラァ!!」

 

 ショートの言うような分業を為すために、まずキシリュウオージェットが上空からゼンキに躍りかかった。そのまま拳のクローを角に引っ掛け、空中へと吊り上げていく。

 

「グオォ、エモノ、エモノォ!!」

「ッ、暴れんなっての……!」

「すぐに墜としてやん、よっ!」

 

 プテラードンの言葉とともに、ぱっとクローが離される。解放と同時に支えを失ったゼンキは、そのまま地面に墜落した。膨大な砂塵とともに、巨体が大地に溝をつくる。

 

「さあ、勝負はここからだ!」

 

 一度空中に持ち上げて落下させたことで、戦場は自ずと分離した。キシリュウオーとゼンキ、そしてネプチューンとゴキ。

 

「エモノォ!!」

 

 ゴキが金棒のような武器を生成して襲いかかる。ネプチューンはそれを、ナイトトライデントとナイトメラメラソードの二刀流で受け止めてみせた。

 

「……なるほど、腕力はあるってか」

 

 力が拮抗する中で、ロボの体内にいるショートはそれを感じ取っていた。にもかかわらず冷静でいられる理由はひとつ、

 

「それだけじゃ、俺たち(ネプチューン)は破れねえ」

 

 勝利を、確信しているからだ。

 

 トライデントが高速回転を始める。ゴキが驚愕に目を見開くのもつかの間、金棒はあっさりと弾き飛ばされてしまう。丸腰になったその身に、高温を纏ったメラメラソードが襲いかかる。

 

「グアァァッ!!」

 

 足元の雪にまで熱を伝え、溶融させる紅蓮の一刀。その直撃を受け、ゴキは悶え苦しんでいる。

 ゼンキも同様だった。上空を自在に飛び回り、ヒットアンドアウェイを徹底するキシリュウオージェットには到底敵わない。懸命に拳を突き出し攻めようとするが、

 

「そんなもん……届くわけねーだろぉ!!」

 

 急上昇して容易く回避し、相手の姿勢が崩れたところで急降下して拳を叩きつける。たちまち吹き飛ばされたゼンキは、そのままゴキの背中に激突、まとめて地面に倒れ込んだ。

 

「いいんじゃねえか、そろそろ」

「だな、一気に決めるぜ!!」

 

 もつれあうゼンキ・ゴキマイナソーを取り囲むようにして、両ナイトロボが布陣する。

 まず動いたのは、キシリュウオーだった。

 

「キシリュウオー、」

 

「「「──ブリザードインフェルノォ!!」」」

 

 焔と氷、相反するふたつの属性を纏った拳がゼンキを貫く。それと時を同じくして、ネプチューンも敵に肉薄していた。

 

「キシリュウネプチューン、ヒーティングペネトレーション!!」

 

 トライデントで貫くと同時に、高熱を発するメラメラソードで急所を切り刻む。

 

「「エ、モノォォ……!!」」

 

 ナイトロボ二体の渾身の同時攻撃に耐えることなどできず、ゼンキ・ゴキマイナソーは時をまったく同じくして爆発四散するのだった。

 

 

 *

 

 

 

 珍しく出た夕陽のもとに、二体の巨竜人が佇んでいる。その足下には彼らの同志リュウソウジャーと、守るべき街の子供たちの姿。

 

「皆、ごめんティラ!」

 

 謝罪するティラミーゴの声。むろん謝る理由など現実にはない、これは演劇の一環だ。

 

「ワガハイ、みんなと仲良くなりたくて……友だちのスピノサンダーに頼んで、わざと村を襲ってもらったティラ!本当に、ごめんティラ!」

「私からも謝罪する。どうか、プティラミーゴを許してやってくれ……!」

 

 彼ら揃って、実にアドリブが板についている。ならば村人役の面々も、それに応えるだけだ。

 

「いいってことよ!おめェら、村を本当に悪い鬼から守ってくれたんだしな!」

「こちらこそ、今まで疑ってすまなかった!」

「これからは仲良くしようね!」

「プティラミーゴも、スピノサンダーもな」

 

 ここでコタロウがユウガの背中を押した。〆は、やはりスターターが務めるべきだ。

 すう、はあ、と深呼吸を繰り返してから、ユウガは声を張り上げた。

 

「こうしてプティラミーゴとスピノサンダーは、村の守り神となって一生仲良く暮らすのでした。めでたし、めでたし☆」

 

──おしまい。

 

 

 演劇が成功かどうかは、観衆の割れんばかりの拍手を見れば明らかで。

 その中には、イズクとカツキの姿もあった。

 

「今回は僕ら、いいとこなかったね」

「……ま、あっちが上手くいきゃいいだろ」

「うわ、珍しいねそんなこと言うの……」

「うっせ!」

 

 軽く後頭部を叩かれて悶えつつ、イズクは彼方を見遣った。

 

(これが本当のエンターテインメントだ、ワイズルー)

 

 何かとエンターテイナーを気取る宿敵、ワイズルー。彼にこそこの光景を見せてやりたいと思った。

 

 

 つづく

 

 





「シャケが!シャケのバケモノが!」
「あっちもシャケ、こっちもシャケかよ!?」
「シャーッケッケッケッケ!!」

次回「大変!シャケが来た」

「自分の都合で他人の生き方を強制するなんてこと、あっちゃいけねえんだ」


今日の敵<ヴィラン>

ゼンキ・ゴキマイナソー

分類/ジャイアント属ゼンキ・ゴキ
身長/49.9m(ゼンキ)・49.8m(ゴキ)
体重/7200t(ゼンキ)・7350t(ゴキ)
経験値/608
シークレット/かつてとある高名な行者が使役したといわれる一対の鬼を模したマイナソー。単一の存在でありながら二柱に分かれており、見事な連携を見せる。合体していない通常状態の騎士竜であれば容易く吹き飛ばせるほどのパワーも秘めているぞ!
ひと言メモbyクレオン:負けちまったよ……本当のエンターテインメントに……。


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44.大変!シャケが来た 1/3

ルパパトではやらなかったくせにここでブッこむ

シャケキスタンチーン!!



※投稿時間戻しました。UAの伸びがよかったのはたまたま?だったようで……


 セイン・カミイノの夜は美しい。漆黒の夜空には虹色のカーテンが浮かび、見る者に天界の存在を確信させる。来訪者であるエイジロウたちなどは到底その光景を信じられず、初見のときは思わず何度も瞼を擦ってしまったほどだ。

 いずれにせよその下で人々は寝静まり、しんしんと降り積もる雪ばかりが世界に動きをもたらしている。

 平穏そのものの空に、いっとう輝く星斗があった。他と比べてもあまりに眩く、美しい光のかたまり。しかし少しでも天体に精通した者が見れば、すぐに違和感に気づくだろう。あんな位置に、あれほど目立つ星があっただろうか。そして何故、加速度的にその面積を増しているのか──

 

 その理由は至ってシンプルだった。──墜ちているのだ、星……否、隕石が。

 それはごおぉと音をたてて街の結界を突き抜けると、凍りついた北部の湖に落下した。セイン・カミイノ始まって以来の椿事、しかしこんなものは序の口にすぎなかった。

 

 

 *

 

 

 

 隕石の落下は夜警の守備隊員によって即座に察知された。発表があったのが翌朝、昼前には街中の話題を攫うことになっていた。

 それは来訪者たる"彼ら"においても例外ではなくて。

 

「隕石だってなぁ。正直伝説かと思ってたぜ」

「いやいや……恐竜たちが滅んだ原因のひとつだと習っただろう」

「そうは言っても6,500万年も昔の話やし!しかもちょーっと湖の氷が割れただけなんでしょ?」

「隕石っつっても、大きさは色々なんじゃねえか」

 

 そんなやりとりをしていると、隕石の落下した湖近辺に行っていたイズクとカツキが戻ってきた。

 

「あ、デクくん!偵察、お疲れさまでっす!」

「あ、お、お疲れさまです!」

「おい俺は」

 

 堅苦しく敬礼しあうオチャコとイズク──守備隊の挨拶を真似しているのだ──に、盛大に顔を顰めるカツキ。もとより説明役はイズクに一任されることになるので待遇に差が生まれるのもやむをえないのだが、オチャコがそこまで考えていないのは言うまでもあるまい。

 

「で、どうだったんです?」

「あぁ、うん……結論から言うと湖までの道は守備隊の人が封鎖してて、直接見には行けなかったんだけど」

「そっかぁ、残念……」

「最後まで聞けや」カツキが割り込む。「ミョーなことになってんぞ」

「ミョーなこと……?」

 

 カツキがン、と顎をしゃくる。彼はそれ以上具体的なことを言うつもりがないようで、結局説明はイズクが継続することになった。

 

「その、本当に奇妙な話で……からかってるわけじゃないから、信じてね!?」

「し、信じる!信じるとも!」

 

 仲間たちの態度を受けて──意を決して、イズクは続けた。

 

「増えたらしいんだ……シャケが」

「しゃけ??」

 

 みんな揃って首を斜めに傾げるのはもう、致し方のないことであった。

 

 

 *

 

 

 

 同じ頃、街は昼食どきを迎えつつあった。連日の狩猟によって十分な獣肉が供給され、人々は久方ぶりの肉料理を楽しめるようになっている。

 某家庭でもそれは決して例外ではない。両親と子供たち、目の前のローストに今にも涎が溢れんばかりである。それでもいただきますと両手を合わせて、いよいよ手をつけようとしたときだった。

 

「ドーーーーーーン!!!」

「!!?」

 

 大声とともにいきなり扉を開け放ち、侵入してくる者があった。明らかに人間のシルエットでないそれは、恐怖のあまり硬直している一家には目もくれず"あること"を施した。そしてそのまま嵐のごとく去っていくのであった。

 

 

 それから約半刻。街は隕石の話題など塗りつぶされるほどの大騒ぎになっていた。阿鼻叫喚といえばそうだが、その内容といえば、

 

「シャケが!シャケのバケモノが、肉をシャケに!!」

「シャケー!肉がシャケになっちまったあぁぁぁ!!」

 

──こんな具合である。

 

「あっちもシャケ、こっちもシャケかよ!」

 

 街中から響くシャケによる悲鳴に、エイジロウは思わず焦れたように叫ぶ。「こんな状況、習わなかったぞ!?」とはテンヤの言。実戦は往々にして事前に学んだ通りにはいかないものだが、これはあまりに常軌を逸している。

 

「シャケまみれになるなんて、海の中でもなかったぞ」

「たりめーだわアホ!!」

「誰かさっき、"シャケのバケモノ"って言ったよね?もしかして、またマイナソーが……」

 

 その可能性は十二分にある。竜装の騎士として、とにかくその影をひっ捕らえなければ。

 

「手分けして探そう!」

 

 そう言うと、イズクとカツキはそのまま走り出していた。「あっデクくん……」とつぶやいているうちに、隣りあっていたエイジロウとテンヤも反対方向へ駆け出していて。

 

「じゃあ俺たちも行くか。……オチャコ?」

「!、あ、あぁうん。……まあええか、イケメンやし」

「?」

 

 首を傾げるショート。顔も出自も良いくせにそんな天然めいた振る舞いをするところが侮れないのだ。とはいえオチャコが好意をもっている人物は他にいて、その彼は先陣切って幼なじみと一緒に飛び出していってしまったのだが。

 

 

──それにしても、である。

 

「本当に、どこもかしこもシャケだらけ……」

「すげぇな、これは」

 

 街中をビチビチと跳ね回るシャケの群れ。中にはしっかり切身にされたものもあるが、昼食どきであったせいかそれらはあらかた拾い食いされている。不衛生だが仕方がない、みな空腹には抗えないのだ。

 それはむろん、彼女も例外ではなくて。

 

「じゅるり……」

 

 彼女ら一行も、この騒動のせいで昼食にありつけていないのだ。洩れる涎と鳴き叫ぶ腹の虫は、もしかしなくても空腹の証。

 

「ど、どれ、味見してみようかな……」

「!、おい……」

 

 恐る恐るシャケを捕まえようとするオチャコを、ショートは慌てて押しとどめた。

 

「やめとけ。見た目はただのシャケでも、何が仕込まれてるかわからねえ」

「で、でもみんな普通に食べてて……なんともないし……」

「遅効性ってこともある。つーかオチャコ、おまえ生魚苦手じゃなかったか?」

「焼いたり煮たりできるでしょ!まったくもうっ、普段はぽやっとしてるのにどうしてこう……」

 

 むろんそうでもないと、王子など務まらないのだが。

 

「まあ食うのはともかく、分析は必要だな。一尾持っていって、モサレックスにみてもらおう」

 

 そう言って、ショートが跳ね回るシャケを両手で捕まえたときだった。

 

「うわぁあああ!!シャケのバケモノだぁぁぁ!!?」

「!!」

 

 それを聞いて、オチャコは真っ先に走り出す。ショートもあとを追おうとするが、つるんとすっぽ抜けたシャケが見事に顔面を直撃してしまった。

 

「お、──こいつ、活きが良いな……」

 

 

 *

 

 

 

 現場にたどり着いたオチャコが目の当たりにしたのは、長いリュウソウ族人生でも見たことのない、悪夢ともいえないような光景だった。

 

「う……うぅ……」

「うごけ、ないぃ……」

「たすけ、て……」

 

 苦しげな声。しかし彼らは苦痛を伴う何かに苛まれているわけではない。強いて言うなら、膨れた腹を抱えているだけだ。周囲には魚の骨らしきものが落ちている。

 

「ちょ……大丈夫!?何があったんですか!?」

「しゃ……シャケ……」

「またシャケ!?」

 

 しかしシャケがどうしたと言うのか。──まさか?

 

「シャーッケッケッケッケ!!」

「!?」

 

 妙に演技がかった笑い声が響き渡る。はっとオチャコが顔を上げると同時に、彼女の眼前に巨大な魚人のシルエットが降ってきた。

 

「あんたは……!」

「我が名はサモーン・シャケキスタンチン!どの世界でも獣肉なんぞを食べる愚かな人類どもよ、365日シャケを食えぇ〜!!」

 

 高らかにシャウトする、サモーン・シャケキスタンチンを名乗る謎の怪人。その胸元には、鈍色の直方体が埋もれている。形からして、金庫だろうか。

 

「何もんだ、おまえ。喋れるっつーことはマイナソーじゃねえな、ドルイドンか?」

 

 遅れて駆けつけたショートの問い。鳴き声ではない明確な言語能力をもつ異形の怪人は、ドルイドン──()()()()()()()()()、何も不自然ではない見解である。

 しかしサモーンなる怪人の返答は、予想だにしないものだった。

 

「ドルイドン?なんだそれはァ?」

「えっ!?」

「何?」

 

 サモーンは誇らしげに胴体の金庫を叩いた。その衝撃で胸元を覆う卵状の赤い物体がぼろぼろとこぼれ落ちる。「しまったイクラちゃんが!」と騒ぎながら、彼はそれを慌てて拾い集めた。

 

「これはあとでお裾分けしよう!」

「えっ……あ、アア、ドウモ……」

「ドルイドンでもねえならなんなんだ、とっとと答えろ……!」

 

 珍しくショートが焦れている。正体不明なうえに、煙に巻くような言動──彼にしても苛立つのは無理もないだろう。

 

「ふん、オレはギャングラーなのだ!」

「ぎゃんぐらー??」

 

 なんだ、それは?

 

「知らないのも無理はなァい!オレはこことは別の世界から隕石に乗ってやってきたのであーる!」

 

 ギャングラー、サモーン・シャケキスタンチンは語る。かつて彼はここより遥かに文明の進んだ別の世界において、クリスマスという行事にシャケを食べることを強制しようとしたのだと。しかしその企みをかの世界の英雄たちに阻まれ、討ち滅ぼされてしまった──はずだった。

 

「死んだはずのオレは、気づけば隕石に閉じ込められて宇宙を彷徨っていた。長きに渡る放浪の末、いつしか次元の壁を越えたオレは、この星に墜落したのだった!めでたシャケめでたシャケ!」

「何もめでたくねえ」

「ほんまや!シャケくれるのはいいとしても……無理やり食べさせたり、お肉を奪い取るなんて!」

「こんなのは序の口!いずれこの世界の主食をことごとくシャケに変えてやるのだ!シャーッケッケッケッケ!!」

 

 元いた世界よりもエスカレートした野望を嬉々として披瀝するサモーン。現実になればはた迷惑どころではない。明確な脅威は、竜装の騎士として排除しなければ。

 

「いくよ、ショートくん!」

「ああ」

 

 同時にリュウソウルを構え、

 

「「リュウソウチェンジ!!」」

『ケ・ボーン!!』

 

『ワッセイワッセイ!そう、そう、そう!』『ドンガラハッハ!ノッサモッサ!』

 

『ワッセイワッセイ!ソレソレソレソレ!!』『エッサホイサ!モッサッサッサ!!』

 

──リュウ SO COOL!!

 

 オチャコの身体を桃色の、ショートを黄金のリュウソウメイルが包み込む。それは現実にして、コンマ数秒の出来事で。

 

「剛健の騎士!リュウソウピンク!」

「栄光の騎士、リュウソウゴールド!」

 

 名乗りをあげるふたりに対し、どういうわけかサモーンは驚愕しているようだった。

 

「何ィ!?この世界にもなんとかレンジャーがいるなんて、わたし聞いてない!」

「れ、れんじゃー?」

「俺たちはリュウソウジャー……だっ!」

 

 そう告げると同時に、先制の弾丸を見舞う。「シャケッ!?」という短い悲鳴?とともにサモーンが後退し、複数のイクラがこぼれ落ちた。

 

「ああっ、またイクラちゃんが!?」

「どりゃー!!」

『ツヨソウル!』

「!?」

 

 ツヨソウルの鎧を纏いつつ、ピンクが一気呵成に斬りかかる。強化された斬撃にサモーンは押される一方……のように見えて、どこまでもその巫山戯た態度が崩れない。

 そこに、ゴールドも参戦した。

 

「オチャコ、一気に行くぞ」

「言われなくてもそのつもり!」

 

 さっさと倒して、お昼ごはんを食べる!オチャコはもとより、ショートもそのつもりだった。食べ物の恨みは恐ろしいのだ。

 

 一方このシャケの化け物も、歴戦のつわものたち相手に一歩も引くつもりはないようだった。

 

「ぬうぅ、()()()()に負けず劣らずやるな……!でも、でもでもでもでもそんなの関係ねぇぇぇ!!」

「関係ある!」

「シャケェッ!?」

 

 モサブレードの一閃により、ついにサモーン自身が吹き飛ばされた。「ゴロゴロ〜!」と自ら擬音を口にしながら転がる巨体。胴体から突き出た金庫のせいで早々につかえているにもかかわらず、最後のほうは自分で身体を転がしているように見えたのは気のせいだろうか?

 

「とどめだ」

 

 ビリビリソウルを構えるゴールド。一方でピンクも、リュウソウケンの鍔に手をかけようとしている。

 いずれにせよ必殺の構え、サモーンの運命もここまで……の、はずだった。

 

「せっかくここまでかわのぼりしてきたのだ……まだ終わらんぞぉ!」

「!」

「相手はピンクと金ぴか!ならばラッキーシャケアイテムはぁぁぁ──」

 

「シ ャ ケ 大 根 ! ! 」

「──!?」

 

 刹那、ふたりは文字通り足元が崩れるような錯覚を味わった。同時に景色もがらりと変わり、彼らが落下したのは大きな鍋の中。

 何事かと戸惑っている間もなく、彼らの頭上からどぼどぼと液体が降ってきた。

 

「ひゃあっ!?なんやこれ!?」

「酸っぱ……熱ィ!?」

 

 突然下から襲ってくる、ぐつぐつと煮えたぎるような感覚。というか、本当に煮られている!

 それはふたりが熱さにノックダウンするまで続けられたのだった。

 

「ッ、うぅ……」

「ぐ……っ」

 

 気づけば、ふたりはぐったりと路地に倒れていた。雪の感触が冷たくて気持ちがいい……などと言っている場合ではない。目の前ではサモーンが「シャーッケッケッケッケ!」と高笑いをかましている。

 

「オレの勝ちだ!──シャケキャーッチ!」

 

 叫ぶや否や、サモーンは思いもよらぬ行動に出た。釣り竿のような武器を取り出したかと思うと、糸を放ってふたりのもとから何かを奪い去ったのだ。

 

「あっ、リュウソウケンが……!」

「モサチェンジャー……返せ!」

 

 あまりに重大なモノ。それを返せと言われて返す悪者はいない。サモーンはまたしても耳障りな笑い声をあげた。

 

「これで貴様らはまな板の上のシャケ!この世がシャケパラダイスになるのをシャケをくわえて見ているがよろしい!ではでは〜……失敬!」

 

 リュウソウケンとモサチェンジャーを抱え、物凄い勢いで走り去っていくサモーン。ダメージを負ったばかりか得物まで奪われてしまったオチャコとショートは、その後姿を悔しげに睨みつけることしかできないのだった。

 

 



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44.大変!シャケが来た 2/3

 

「ドーーーーーーン!!!」

 

 もう何軒目かもわからない市民宅への突撃シャケの晩ごはん。サモーン・シャケキスタンチンは恐怖のあまり呆然とする一家に詰め寄ると、顔をくっつけんばかりの勢いでこう言い放った。

 

「いきなり押し入っておいてナンだが〜……シャケ以外を食べるんじゃあない!!没収!!」

 

 そう言うと、次々に夕食の皿を取り上げていってしまう。一家総出で制止しようとするが、馬鹿力であっさりと弾き飛ばされる。その間ほんの数秒、気づけばテーブルの上には大量のシャケが乗せられていた。

 

「これでヨシ!失敬、ドヒューン!」

 

 疾風怒濤のごとく走り去っていくサモーン。見かけからは想像もつかないスピードである、付近を警邏している守備隊でさえその尻尾を掴めないのだ。リュウソウジャーの面々が駆けつけたときにはもう、その場は騒擾の痕跡しか残されてはいなかった。

 

「くそっ、また間に合わなかったか……!」

 

 エイジロウは思わず己の掌に拳を叩きつけた。仲間たちも一様に皆悔しげな表情を浮かべている──とりわけ、得物を奪われたオチャコとショートは。

 

「ここまで逃げ足が速いとは……厄介極まりないな」

「しかもそのサモーンってヤツ、オチャコさんのリュウソウケンとショートくんのモサチェンジャーを……」

「………」

 

「街を出てドルイドンと手ぇ組まれたら、取り返しがつかねえな」

「!!」

 

 カツキの冷徹なまでの"最悪の推測"が、ふたりの胸に鋭く突き刺さる。場の空気がさらに重く沈むのを見て取ったイズクが「かっちゃん……!」と咎めるが、彼の言葉はまぎれもない正論に他ならなかった。

 ただ、

 

「……っつっても、ヤツの今の行動が欺瞞じゃねえなら、早々街から出てくとは考えにくいけどな」

「そ、そっか……」

「どっちにしろ、次会ったときには必ず取り戻す……!」

 

 エイジロウよろしく拳を握りしめるショート。しかしそれと同時に、「ぐうぅぅぅ〜……」という気の抜けた音が響き渡った。

 

「………」

「……ご、ごめん」

「いや……俺もだ」

 

 そういえば……などと言うまでもなく、彼らは朝食以来何も口にしていないのだ。サモーン・シャケキスタンチンの出現のために昼食を逃してしまったので。

 

「とりあえず、宿舎に戻ってメシにすっか?」

「ふむ……腹が減っては戦はできぬ、とも言うしな。それにサモーンとやらの目的がシャケの布教であれば、夕食どきを過ぎれば暫くは出現しないとも考えられる。どうだろう?」

「……そうだね。ひと晩は猶予がある……その間に何か策を考えよう」

 

 ひとまずは休息をと、リュウソウジャー一行はすごすごと踵を返した。彼らの推測は理に適っているが、今日のところは敗北には違いない。それも積年の宿敵たるドルイドンの係累ではない、ぽっと出のギャングラーなる相手に。

 

(このままじゃ、)

(済まさねえ……!)

 

 オチャコとショート──珍しく揃って、彼女らは燃え上がっていた。

 

 

──しかし、現実は無情である。

 

「しゃ、しゃ、」

「……シャケ……」

 

 テーブルに並べられたシャケ、シャケ、シャケ料理の数々。一応付け合わせの品は他にもあるのが救いか。

 ズウゥゥン……と擬音が聞こえてきそうなほどに落ち込んでいる敗北者二名を、仲間たちは慌てて宥めた。

 

「お、落ち込むなって!ほらまあ、これはこれで……」

 

 どこからどう見ても純然たるシャケである。身をほぐして口に放り込めば、さっぱりとした塩味と豊富な脂肪分による濃厚な味わいが一挙に襲い来る。ほっぺたが落ちそうだ。

 

「う、うんまぁ……」

「確かに……これはなかなか……」

「………」

 

 わかっている、特にショートには。美味いのだ、シャケは。生でも焼いても、子供からお年寄りにまで愛される味わい。むろん好みの問題はあるだろうが、魚の中でも一、二を争うポテンシャルを秘めているのではなかろうか。

 

(シャケは、美味ぇ……美味ぇけど……)

 

 世界には色々な食材やそれを使った料理があると、ショートはもう知ってしまった。オチャコはもとよりそれを知っている。

 そんな彼らに共通するのは、食べたいものを自由に食べられる権利を誰しもがもっているのだという思いだった。でなければ力のある者や為政者が、恣意的に誰かを餓えさせても良いことになってしまう。

 

「ここ、いいか?」

「!」

 

 淡々とした声色でそう尋ねてきたのは、しっかり見覚えのある紫髪の少年で。

 

「ヒトシくん!」

「……どうも。で、いいか?」

「もちろんもちろん!」

 

 トレイを置いて座ると、ヒトシ少年はふぅと息をついた。初対面のときに比べ、少し隈が薄くなった気がする。守備隊ブロック隊長職を務め続けているとは言っても、街をドルイドンの軍団に包囲されている状況とはストレスのかかり方も単純な業務量もまったく違うのだろう。

 

「シゴトのほう、どうだ?少しは休めてっか?」

「まあ、前よりはね。とはいえ妙なシャケ怪人のせいで、今日は徹夜確定だけど」

「あぁ……」

 

 言葉もないリュウソウジャー一行である。これがもっと容赦のない相手なら「メシなんか食ってないで早くなんとかしろ」と罵られてもおかしくない。そうしないのはヒトシ少年の控えめな性格と、それ以上に自分たちの街は自分たちで守るのだというプライドによるところが大きいだろう。

 

「このあとも仕事?」

「ああ、メシ食ったらな。なんでも例の怪人、妙なことを口走ってたとかで、市庁舎の警備を強化することになったんだ」

「市庁舎の?」

「なんと言っていたんだ?」

「いや……そのまんま、"オレがこの街のボスになってありとあらゆるものをシャケに変えてやる〜!"……とかなんとか」

「ありとあらゆる……?」

 

 食べ物なら──許容できるかは置いておくとして──理解はできるが、ありとあらゆるものとはどういうことだろうか。市庁舎前の銅像がシャケになったり、市長印がシャケスタンプになったり、シャケ類憐れみの令が発布されたりするのだろうか。

 

「飽くなきシャケへの希求……」

「こうしちゃいられない!」オチャコが憤然と立ち上がる。「止めなきゃ……!」

「ああ……絶対に許すわけにはいかねえ」

 

 ショートもそれに続いたところで、「まあ待て」とヒトシが宥めた。

 

「あんたたちは少し休め、昼間から出ずっぱりだったんだろう」

「それは……」

「あのシャケ怪人がいつ出てくるかもわからない。庁舎はここからすぐ目と鼻の先だし、ヤツが出てきたらすぐにあんたたちを呼びに来られる。それに……どういうわけか知らないが、ヤツは人的被害は出してないしな。無理やりシャケの切り身を口に詰め込まれた人がいるってくらいだ」

 

 とことんヘンな怪物である。いやマイナソーにも、元となった人間の欲望によってはコメディにもならないような能力をもった者もいたのだが。具体例を思い出そうとすると、今でも顔から火が出そうになるエイジロウである。

 

「俺たちはシフト制だが、あんたたちは唯一無二だからな。倒れられちゃ困る」

「ンなヤワじゃねーわ」

「ヤワじゃないけど、お言葉には甘えるぜ!」

 

 こういうとき、朗らかなエイジロウはやはり緩衝材となる。頬を緩めたヒトシが、「いざってときは頼りにしてるぜ」と応じたのだった。

 

 

 *

 

 

 

 さて、夕食を食べ終え、湯を使わせてもらってからは、一行はほとんど挨拶をかわしあっただけで眠りについた。サモーン・シャケキスタンチンがいつ出現して、自分たちの力が必要とされるかもわからない。それまでに少しでも体力を回復させて、万全に近い状態で戦えるようにしておくことが騎士たちの務めだった。

 

「………」

 

 そんな中、唯一の女性ということで一人部屋を与えられたオチャコは、ベッドの上で悶々としていた。寝返りを打つたび、簡素なつくりの骨組みがぎしぎしと音をたてる。そんなことを幾度となく繰り返して……ついに耐えられなくなった彼女は、勢いよく跳ね起きた。

 

「はー……もう」

 

 夜着の上から外套を羽織って、宿舎の屋上に出る。今晩は雪もやんでいるが、それでも極寒であることに変わりはない。白い息を吐き出しながら両手を擦り合わせていると、縁近くに人影があるのを認めた。

 

「あれ……ショートくん?」

「!、……オチャコか」

 

 普段と変わらず落ち着いた声。しかし心なしか沈んでいるように聞こえるのは穿ちすぎか、同じ思いを共有するがゆえか。

 

「やっぱ眠れないん?」

「……まあな。寝とくべきだとはわかっちゃいるんだが──」

「頭でわかってても、無理なもんは無理よ」

「そうかもな……」

 

 それ以上かわす言葉も見つからず、ふたりはただじっと街並みを見下ろした。オチャコは年頃の少女らしくよく喋るほうだが、ショートは基本的に口数が少ない。たまにぽろっと核心を突いたことを述べる──そのうちの結構な比率でカツキを怒らせるのだが──ほかは、話しかけられれば応じるという程度のものだ。それが容姿と相俟ってミステリアスな魅力を醸し出し、行く先々で女性にもてているのだが、ショート自身にはまったくと言っていいほど自覚がない。

 

「……正直、どうすればいいかわからねえ」

 

 だから不意に自ら紡ぎ出した言葉に、オチャコは一瞬呆気にとられてしまった。

 

「わからない……って?」

「モサレックスが俺に預けてくれたモサチェンジャーを、みすみす敵に奪われちまった。あれは俺たちの魂も同然だ。命より……とは言わねえが、命と同じくらい大事なもんなんだ」

 

 それはそうだ。オチャコにとっても、リュウソウケンは一人前の騎士として認められた証、人生の集大成と言ってもよいもので。

 ならば取り戻すしかない。それは言うまでもないことだけれども、ショートが言いたいのはおそらくそういうことではないのだろう。

 

「俺は今、竜装できない。おまえは竜装できてもリュウソウルを使えない。……結局、エイジロウたちに頼るしかねえんだ」

「………」

 

 彼らにサモーンを倒してもらい、それらを奪還する。理屈ではそうするしかないとわかっている。しかしこうも思うのだ。自分で自分の尻を拭うことすらできなくて、何が騎士だと。

 何より、

 

「私、考えたんやけど……」

「………」

「やっぱりあいつのこと、許せへん。シャケは美味しいよ?美味しいけど、それしか食べちゃいけないなんてそんなの、絶対におかしいもん……!」

 

 食べることが大好きなオチャコにとって、何より大事なことだった。彼女の母も父も料理上手で、代わる代わる様々な料理を幼いオチャコに振る舞ってくれた。美味しいものを食べながら、家族と囲む団欒。そこにあふれる笑顔。オチャコが何より守りたいと願うものだ。

 

「そうだな、俺もそう思う。自分の都合で他人の生き方を強制するなんてこと、あっちゃいけねえんだ」

 

 ならば──やるべきことは、ひとつ。

 

「行こう、ショートくん!何ができるかわかんなくても、とにかく動けば何かができるかもしれない──でしょッ!?」

「……かもな」

 

 怯むことなく即座に行動できる彼女を、ショートは密かに羨ましいと思った。優劣ではなく、生い立ちの問題かもしれない。海のリュウソウ族唯一の貴種として、いつだって慎重に振る舞う必要があった。極論、死ねと命じればそれだけで人を殺せる立場なのだ、ショートは。

 だが今は、泣いても笑ってもリュウソウジャーの一員にすぎない。思うままに前に踏み出して、戦って良いのだ。まして仲間が隣にいるのなら。

 

 数秒後、屋上からふたりの姿は消えていた。代わりに夜路を駆け抜けるシルエットがふたつ、たまたま眠っていなかった市民によって目撃されたという。

 

 

 *

 

 

 

「てく、てく、てく、てく!シャケキスタンチーン!!」

 

 夜半にもかかわらず騒々しく練り歩く異形の影。それを聞いた人々は閉め切った家の中で布団をかぶって息を殺しているのだが、そんな行動は気休めでしかない。サモーン・シャケキスタンチンにかかれば家々の壁をぶち破るなど容易いことであるし、さありながら現時点ではそんなつもりは毛頭ない。これが昼にしろ夜にしろ食事どきであるならば、彼は嬉々として突撃していっただろうが。

 彼が目指すは案の定、市庁舎だった。行政の中心たる摩天楼を占拠し、自らがこの街の支配者となる。そして市民全員にすべからくシャケを主食とすることを義務付けるのだ。"元いた世界"では能力にかまけてそういった努力を怠っていたから失敗したが、サーモン……もといサモーンだって学習するのだ。

 

「てくてくてく……猛ダ〜〜ッシュ!!」

 

 庁舎が見えてきたところで、サモーンはいきなり走り出した。尋常でないスピード、常人の目には捉えきれない。それでも慌てて応戦しようとする衛士たちだったが、

 

「やっぱりィ……ドーーーーーーン!!!」

「うわぁああああ!!?」

 

 その突進に呆気なく吹き飛ばされ、彼らはサモーンの侵入を許してしまう。この傍若無人なシャケの亡霊を、誰も止めることができない──

 

「いきなり押し入っておいてナンだが、今宵からオレがこの街の主だー!はっはっはっは──……ん?」

 

 くんくん、鼻──どこにあるかわからないが──を動かす。漂ってくる芳ばしい香り。

 

「これは──シャケ料理!!」

 

 こうしてはおれんとばかりに、一目散に匂いの漂ってくる方向めがけて駆け抜ける。その間兵士たちに制止されるどころか遭遇することもなかったが、サモーンはそれを疑問に思うことすらなかった。思い込んだら一直線なのだ、良くも……否、悪くも悪くも。

 

「ここだな〜〜?──とうっ!!」

 

 躊躇なく出処の部屋に飛び込む。と、そこには彼にとって垂涎の光景が広がっていた。

 テーブルの上に所狭しと並べられたシャケ、シャケ、シャケ料理の数々。香草などを使って香り付けされているのだろう、廊下でも感知した食欲をそそる匂いが漂ってくる。

 

「こ、これはぁ……!」

「──お待ちしておりました、サモーン・シャケキスタンチン様」

「!!」

 

 傍らに立つ一組の男女。頭巾を目深に被ったままお辞儀をしているので、顔はよく見えない。ただ細かいことを気にしない性格のサモーンは思わぬ歓迎を受けたことを喜ぶばかりだった。

 

「シャケ料理のフルコース……!素晴らしい〜ッ!!」

「ありがとうございます」

「どうぞ、召し上がれ……」

「喜んで召し上がっちゃう!!」

 

 用意された席に着くや否や、サモーンは嬉々として料理を貪りはじめた。芳醇なシャケの脂肪分が口内で蕩け、彼の味覚をフル稼働させる。共食いなのでは、などと言ってはいけない。彼はギャングラー"サモーン・シャケキスタンチン"であり、シャケそのものではないのだ。決して。

 凄まじい勢いで料理が平らげられ、皿が空けられていく。それでもなおわんこそばのごとき勢いで次から次へと新たな料理が差し出される。供されるままサモーンは食べ続ける。──最低でもこの時点で疑問に思うべきだったのだ。如何にサモーン自身が大量のシャケをもたらしたとはいえ、これほどの料理を一夜で用意できるだけのマンパワーはこの街にはないことに。

 

 出てくる傍から平らげ、やがてそれらも尽きる頃、腹をパンパンにしたサモーンはようやく息をついた。

 

「げふっ、腹ァいっぱいだぁ……」

「それは、何より──」

「──でしたっ!」

 

 不意に女の手がサモーンの金庫に伸びる。しかし並外れた動体視力をもつサモーンは、膨れた腹を抱えながらも咄嗟にそれを避けてみせた。

 

「シャケッ!!貴様ァ、何するだァ──ッ!!?」

「……ッ!」

 

 舌打ちする二人組。ぐるであることは間違いない。態勢を整えたサモーンは、すかさず指先を突きつけた。

 

「顔面を晒せィ!!」

「………」

 

 もとより彼らはそのつもりだった。頭巾を外し、上着もろとも勢いよく投げ捨てる。

 果たして現れたのは、サモーンにとっても見覚えのある顔だった。

 

「貴様ら、昼間のシャケ大根!!」

「誰がや!!」

「れっきとした人間……いやリュウソウ族だ、俺たちは」

 

 返答はともかくとして、言うまでもないオチャコとショートである。ふたりはサモーンの到来に先んじて庁舎に入れてもらい、"罠"を張って待っていたのだ。

 

「シャケケケケ、しかし残念だったな!貴様らのコシャケ……ゴホン、小癪な作戦は大失敗に終わったのだ!!シャケキスタンチーン!!」

「そうでもねえ」

「ない!」

「何ィ〜?……ん?」

 

 下腹のあたりに違和感を覚えるサモーン。それが大きくなっていくと同時に、ごろごろと嫌な音が響きはじめた。

 

「!?、あ痛、痛たたたたたた……!腹が……!」

「ふっ、効いてきたみたいやね」

「何ィ……!?貴様らまさか、さっきのシャケフルコースに毒を──」

「シャケフルコース?なんのことだ?」

「シャケ!?」

 

 「見てみろ」とショートが積み上がった皿を指差す。その上にはなんの変哲もなく、料理の残りかすが散らばっている……はずだった。

 しかしサモーンが見たのは、皿より真白い粒の集合体。それはこの街において外にいれば幾らでも見ることができる──

 

「ゆ、雪……!?どーいうことなのォ!?」

「ふふんっ」得意げに鼻を鳴らすオチャコ。「ズバリ……魔法よ!」

「魔法!!?」

 

 呆気にとられるサモーン。彼の元いた世界では、そんなもの御伽噺にすぎなかったのだ。いや彼ら自身のもつ能力とて、魔法のようなものではないかと言われればそれまでなのだが。

 

「お皿に載せた雪に魔法をかけて、ありったけのシャケ料理に見せたんや!」

「そしておまえは腹いっぱいになるまで雪を喰らい尽くした。そんな冷てぇもんを一気に体内に入れたらどうなるか──」

 

 ぐるるるる、と鳴り続ける腹を押さえ、サモーンは悶え苦しむ。まさしく、ふたりの作戦通りだった。

 

「地道に魔法の練習してた甲斐、あったな」

「これでもピンクソーサラーズの団員やったからね!」

 

 胸を張るオチャコだったが、すぐに表情を引き締めた。そしてショートと視線をかわしあう。

 直後、ショートは床を蹴り、サモーンに飛びかかっていた。

 

「グハッ!?は、放せぇ、ジタバタジタバタ!!」

「ッ、こいつ無駄に力強ぇ……!──オチャコっ!!」

「まかせてっ!」

 

 オチャコもまた、ショートのあとを追うようにサモーンへと迫った。彼女が手を伸ばした先にあるのは、埋め込まれた金庫──

 

「──ッ!?」

 

 開かない。その扉はあまりに重く、まるで溶接したかのように固められていた。

 

「シャケケケケ!!」押さえつけられたままのサモーンが嗤う。「金庫は暗証番号でロックしてある、快盗どものルパンコレクションでもない限り開けられないのだ!」

 

 暗証番号だのルパンコレクションだの、この剣と魔法の世界を生きるオチャコとショートにはいちいち馴染みのない言葉だった。ただ、とにかく普通には開けられないことは伝わってくる。

 それでも、

 

「絶ッ対……開けたる……っ!」

 

 オチャコはあきらめるどころか、ますますその腕に力を込めた。歯を食いしばり、一見すると華奢な上腕二頭筋を血管が浮き上がるほど隆起させる。

 そんな少女の努力をせせら笑っていたサモーンだが、余裕でいられるのもそこまでだった。ぎしぎしと金庫が音をたてはじめたのだ。

 

「シャ、シャケェ!?」

「私、は……!剛健の、騎士……!!」

 

 母から魔法を、父から腕力を受け継いだ、最強のハイブリッド。

 

「おまえなんかに、止められる女やないんやあぁぁぁぁぁ────ッ!!」

 

 次の瞬間、ばかんと胸がすくような音が響き渡った。金庫の扉が毟り取られ、放り投げられる。サモーンは一瞬口をぱくぱくさせたあと、半ば悲鳴のような声で叫んだ。

 

「な、なんじゃこりゃあああああああ!!??」

 

 パニックに陥るサモーンをなおも必死に押さえつけるショート。そう、金庫を強引にこじ開けただけでは終わりではないのだ。オチャコは躊躇なくそこに手を突っ込み、中に仕舞われていたものを取り出した。

 

「リュウソウケンとモサチェンジャー、ゲット!」

「よくやった、オチャコ──っ!」

 

 ふっと力の抜けた隙を突かれて、弾き飛ばされるショート。すかさずその身体をオチャコが受け止める。もう拘束しておく必要はないから、何も問題はない。

 

「あーっ、せっかくのお宝!」

「何がせっかくの、や!これはそんな軽いもんやないんやで!」

「騎士竜に選ばれし騎士たる証……おまえなんかが触れていいもんじゃねえ」

 

 静かに怒りを露にしながら──ショートは、ふたたびオチャコに目配せをした。

 

(今度こそ──)

(うん、今度こそ──)

 

──倒す。

 

 

「「リュウソウチェンジ!!」」

『ケ・ボーン!!』

 

『ワッセイワッセイ!そう、そう、そう!』『ドンガラハッハ!ノッサモッサ!』

 

『ワッセイワッセイ!ソレソレソレソレ!!』『エッサホイサ!モッサッサッサ!!』

 

──リュウ SO COOL!!

 

 半日ぶりの竜装を遂げる、ふたりの騎士。その感触を確かめるように、決意を新たにするように、彼女らは名乗りをあげた。

 

「剛健の騎士ッ!リュウソウピンク!!」

「栄光の騎士……!リュウソウ、ゴールド!」

 

「──サモーン・シャケキスタンチン。この世界を、シャケに溺れさせたりはしねえ!」

 

 今はただそれだけのために、彼らはふたたび先陣を切った。

 



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44.大変!シャケが来た 3/3

 

 眠れる人々を叩き起こしかねないような轟音とともに、庁舎の壁が破壊される。そこからゴロゴロと転がるように飛び出してきたのは他でもない、サモーン・シャケキスタンチンだった。

 あとを追うようにして、シャケ大根コンビ……もとい、桃と金の竜騎士が飛び出してくる。

 

「おまっ……オマエタチィ!こんな大事な建物をオレを倒すためとはいえブッ壊してもよいものなのかぁ!?」

「あとで謝る!」

「修理も手伝うっ!」

 

 今はとにかく、目の前の脅威を取り除くことが先決。そうに決まっている。

 それでも屋内では多少なりとも遠慮していたが、もはやその必要もなくなった。

 

「こっからは本気や……!──ドッシンソウル!!」

 

 騎士竜パキガルーの魂の欠片たるドッシンソウル。その具現化たる鎧を剛健の騎士は纏った。リュウソウメイルがさらに分厚い装甲に覆われるだけでなく、両拳に巨大なナックルが装備される。

 

「いくでえぇぇぇ!!」

 

 気炎を吐き、走り出す。肥大化した拳を容赦なく叩きつければ、彼の胴体を覆うイクラがプチプチと音をたてて潰れていく。そのたびに残滓の汁が飛び散り、雪原を汚していった。

 

「ああああっ、イクラちゃんが潰れていくぅ!!」

 

 悲鳴をあげるサモーン。しかしそんなことで手加減する気は微塵もない。ひたすら殴る、殴る、ぶん殴る!

 

「うぇえぇぇぇい……!もう怒ったぞお、こうなればシャケ茶漬けにしてくれるぅぅぅ!!」

「!」

 

 サモーンがくわっと大口を開く。またあの、防ぎようがない幻影攻撃が来る──!

 

「──サンダーショット!!」

「ヤキジャケッ!!?」

 

 刹那、リュウソウゴールドの銃撃がその身に直撃した。仰け反るサモーン。晒された腹部──空洞となった金庫が埋め込まれているが──を前に、剛健の騎士はこれを最大のチャンスだと思った。

 

「終わりやあぁぁぁ──」

 

「──ディーノソニックブロー!!!」

 

 ソウルのエネルギーを限界まで充填し、拳もろとも放つ最大の一撃。そんなものがサモーンの金庫の中へ吸い込まれていき、そして、爆発した。

 

「ギャフベロハギャベバブジョハバ!!??」

 

 ついにサモーンはゴロゴロと地面を転がり、その果てに大爆発を起こした。焼き鮭どころか消し炭になってしまうのではないかと思われるほどの烈しい紅蓮の劫火が、夜の雪原を赤く照らし出す。

 

「やった……!勝った勝ったぁ!」

「……おう」

 

 ぱちんと、手のひらを合わせる。オチャコとショートでは頭ひとつぶん近く身長差があるので、前者が軽くジャンプする必要はあったが。

 いずれにせよ、これでシャケ騒動も終わりか──そう思われた次の瞬間、サモーンの往生際の悪さが露呈した。

 

「──シャーケキースターンチーン!!!」

「ッ!?」

 

 火炎を吸い込みながら肥大化してゆくシルエット。やがてそれは遥か見上げんばかりの大きさにまで成長し、ふたたびサモーン・シャケキスタンチンの姿を形作った。

 

「うそっ、でっかくなった……!?」

「こいつもマイナソーと同じで巨大化するのか……」

「普通はしない!!」何故か胸を張り、「説明しよう!我々ギャングラーはゴーシュのルパンコレクションの力により巨大化させてもらえる!オレは一度巨大化させてもらったのでそのエネルギーが残っていたのだ!」

「す、すごい説明台詞……」

 

 原理はともかくとして、とにかくマイナソーと同様に巨大化したというのが厳然たる事実だ。巨大サモーンは重くなった身体をずしりずしりと前進させ、ふたりを踏み潰さんと迫る。

 

「シャケのタタキにしてくれる〜〜!!」

「ッ!」

 

 サモーンの足が突きつけられたときだった。

 

「ティラアァァァッ!!」

「とりゃあ〜ッ!」

「トラウトサーモンっ!?」

 

 真横と頭上、両方からの同時攻撃を受け、サモーンは盛大に転がされてしまった。

 

「!、ティラミーゴ……」

「ピーたんも!」

 

 駆けつけた騎士竜たち。と、いうことは。

 

「オチャコ、ショート!大丈夫かー!?」

「まったく、何も言わずに先へ行ってしまうとは!」

「先走り野郎どもが」

「まあまあ。リュウソウケンとモサチェンジャー、ふたりだけで取り戻すなんて。やっぱりすごいよ!」

 

 仲間たちの声とともに、他の騎士竜たちも駆けつけてくる。ピンクとゴールドは頷きあうと、それぞれ己の相棒騎士竜であるアンキローゼとモサレックスに飛び乗った。

 

 

「「「「「キシリュウオー、ファイブナイツ!!」」」」」

「キシリュウネプチューン!」

「ヨクリュウオー、推・参!!」

 

 サモーンの前に立ちはだかる三大巨人。市街地での戦闘としては、些か大仰な陣容である。しかしこの敵、それだけの油断ならない相手なのだ。シャケの本領発揮をされる前に、囲んで一気に叩かなければ。

 

「三人に勝てると思っとんのか、シャケの亡霊がァ!!」

「馬鹿野郎オマエオレは勝つぞオマエ!」

 

 振り下ろされるトリケーンカッター、次いでタイガースラッシュ。しかしサモーンは肩口から生えた魚尾でそれを受け止めてみせた。

 

「ッ!」

「シャケを舐めるな!シャケを食え!!」

 

 言うが早いか、サモーンはがぶりとファイブナイツの肩口に噛みついた。骨格そのままの歯がアンキローゼ部分にぎしぎしと喰い込んでいく。

 

「ッ、アンキローゼ!」

「──離れろ、このシャケ野郎」

 

 一瞬、カツキと誤認してしまいそうになるような声とともにサモーンの横腹を突いたのは、キシリュウネプチューンとゴールドだった。

 

「大丈夫か?アンキローゼは──」

「はぁ……ん、まだいけるみたい!」

「そうか」

「あ……せや!みんな、私とアンキローゼにリーダーやらせて!」

「ハァ?」

 

 オチャコは未だ意気軒昂だった。この邪智暴虐のシャケ野郎を必ず取り除かねばならない。それを成し遂げるのは自分なのだと、理屈でなく決め込んでいた。

 

「考えがあるの、お願い!」

「………」

「──いいんじゃないかな、オチャコさんならやれるよ」

 

 イズクの賛同が契機となり、エイジロウとテンヤも賛同した。カツキはそれ以上何も言わなかったが。

 

「ありがとう……デクくん、みんな。──フエソウル!」

『リュウ!ソウ!そう!そう!──この感じィ!!』

 

『フエソウル!ポンポンポンっ!!』──勢いのある音声とともに、オレンジの鎧がピンクの右腕に装着される。

 

「よ〜し、いくよアンキローゼ!」

 

 早速とばかりに、彼女はソウルの力を振るった。それはファイブナイツの右腕を構成するアンキローゼに作用し、

 

『ポン!』

 

 一体、

 

『ポンポンっ!』

 

 二体。

 

 本体と併せて、計三体のアンキローゼが戦場に並ぶこととなった。

 

「うおっ、分身……」

「そんなものを増やしてどうするつもりなんだ?」

 

 フエソウルで増殖させられるのは非生物のみである。厳密にはこの通り生物も増やせるが、あくまで見かけだけ。人形のようなものだ。それだけでは多少の撹乱効果があるか、どうか。

 むろん、ピンクには二の矢があった。

 

「まだまだ!──そ〜れっ!」

 

 今度は魔法を発動させる。キラキラとした光の粒子が降りそそぐ。それを浴びた途端、分身アンキローゼたちがひとりでに動き出したではないか。

 

「動いた!?」

「ふふん、お人形が身体を動かせるようになる呪文!」

 

 勉強する中でなんとなく覚えてたもの。なぜこういう使いどころのよくわからない魔法に限って片手間で習得できてしまうのかとため息をついたものだが、意外なところで役に立ってくれた。

 

「よ〜し、次々いっちゃう!モサレックス、ピーたん、合体や!」

「何っ?」

「ハァ?」

 

 有無を言わさず、次の瞬間には竜装合体が開始された。分身その1がネプチューンの胴体と左手に鎧、武器となって装着される。黄金のボディにピンクの武具、ややもすればミスマッチな姿だが、不思議と馴染んでいる。

 その名も、

 

「「キシリュウネプチューン、アンキローゼ!」」

 

 一方で、

 

「ヤメテ!」

 

 ヨクリュウオーと(半ば強引に)合体しようとしたその2は弾き飛ばされてしまったのだった。

 

「ちょ、何するん!?」

「合体イヤ!」

「キシリュウオージェットとかプティラミーゴにはなっとるやん!?」

「こういう合体はバランス崩れて飛びづらくなるからダメなの!」

「あ、ああそういう……」

 

 至ってまっとうな理由であった。結局ヨクリュウオーとの合体は断念し、キシリュウネプチューンアンキローゼが先陣を切った。

 

「アンキローゼハンマー!」

 

 振り下ろされる桃色の鉄槌。対するサモーンはというと、

 

「シャケガード!……グハッ!?」

 

 ガードとは名ばかりの両腕を構えただけの防御は、当然ながらあっさりと破られてしまった。アンキローゼの重量においてかなりの部分を占めるハンマーである、サモーンは腕をぶらんぶらんさせながら、「骨がァァ〜〜!?」と喚いている。深刻なのかそうではないのかよくわからないが、とにかく攻めるのみ。

 ネプチューンアンキローゼが押しはじめたところで、本体たるファイブナイツも参戦しようとした。

 しかしそこに、オチャコの三の矢が降りそそぐ。

 

「よ〜し、こっちもフォームチェンジや!」

「えっ!?」

 

 男どもが呆気にとられているうちに、紅一点主導で事は動く。頭部のレッドリュウソウルがずぷりと引き抜かれ、代わりにピンクリュウソウルが嵌め込まれる。

 

「キシリュウオーファイブナイツピンク、爆誕やぁ!」

「てめェ何勝手に……チッ!」

 

 兜の中で青筋を浮かべるカツキだったが、暴走した女性を止めることの困難さを長年の経験ゆえに知っている。ゆえに、沈黙。

 そして良くも悪くも寛容?な残る男三人は、完全に彼女のされるがままになっていた。

 

「分身その2も、一緒にいっくよー!」

 

 ハンマーとアンキローゼショットを武器に、遠近両方から攻めたてる桃色の巨人と竜。シャケはがんばって反攻の機会を窺っているが、こうなるともう趨勢は決したも同然である。

 あとは無駄な隙をつくらず、一気に決めるのみ。

 

「それじゃ皆さん、必殺技いきますわよ〜!」

「そんな口調だったか!?」

「突っ走ってんなぁオチャコ……」

 

「──任せろ、まずは俺が行く」

 

 オチャコと同調(シンクロ)するショートとキシリュウネプチューンアンキローゼが最初に肉薄する。サモーンは「タタキはイヤァ〜!!」と喚いているが、関係ない。

 

「「キシリュウネプチューン、スイングモールストライク!!」」

 

 ネプチューンアンキローゼのボディがぐるぐると回転し、遠心力を得たハンマーが横薙ぎに叩きつけられる。「ぎゃわらばぁ!!」と悲鳴をあげながら、サモーンはそのまま横っ面を張り飛ばされた。

 

「か〜ら〜の〜!」

 

「「「「「ファイブナイツピンク、アルティメットバスター!!」」」」」

 

 アンキローゼショットから細かな弾丸を無数に射出するファイブナイツピンク。サモーンの身体を包むイクラが命中のたびにブチブチと弾けていき、彼は文字通り丸裸になってしまう。

 

「ぐ、グロッキ〜……」

 

 頑丈なサモーンも、もうふらふらだ。あと一撃で、決着がつく──!

 

「よ〜し分身その2、あんたのハンマーでとどめや!」

 

 アンキローゼの分身その2が満を持してサモーンに肉薄せんとする。そのハンマーの一撃がいよいよサモーンを脳天から打ち砕く──

 

「──ヨクリュウオーブリザードクローストライク〜!!」

 

 そう思われた矢先、いつの間にか急降下してきていたヨクリュウオーが必殺の爪撃を放っていた。

 

「ヒイィィィ、冷凍したら味が落ちてしまうぅぅぅぅ!!」

「………」

 

 ピキピキと音をたてて凍りついていくサモーンの身体。ブリザードクローを浴びた者に、その果ての運命から逃れる術はない。

 

「しゃ、シャケは永遠に不滅ゥ……!また別の世界でシャケりまくろう、たとえばそう、キラメイ──」

 

 その言葉を最後に、サモーンは爆発した。凍結したはずなのに、何故か爆発した。

 

「やったナ!……アレ?」

「………」

 

 約一名からのじとりとした視線を受けて、震えるヨクリュウオーもといピーたんなのであった。

 

 

 *

 

 

 

 リュウソウジャーの活躍により、シャケ騒動は約半日で無事に終結した。しかし村にはとんでもない量のシャケが残されてしまう。それはもう、街が生臭さで溢れかえるほどに。

 

──ゆえに、

 

「ヘイ市民諸君!今日から三日間シャケまつり開催だ!!腹ァパンパンになるまで食ってってくれよNA!」

 

 市長である自称プレゼント・マイクの声が庁舎前に響き渡る。そこには市民がごった返していて、皆が文字通り口を揃えてシャケに舌鼓を打っていた。

 

「クソ強かだな、この街の連中はよ」

 

 その輪の中に取り込まれつつ、毒づくカツキ。彼らリュウソウジャー一行も、この祭に来賓として招待されているのだった。

 

「かっちゃん言い方……」

「まあ、強かなくらいでいいんじゃねーか。……普通にしてりゃ、シャケは魚の中でもトップクラスに美味ぇ」

「うん、美味い美味い!」

 

 頷きあいつつ、刺身をぱくつくショートとオチャコ。食べなれている前者はともかく、後者は生魚を苦手としていたはずなのだが……いつの間にか、克服していたらしい。

 

「魚をこれだけ恵んでくれたと考えれば、サモーンってヤツも少しは良いことをしましたかね」

「肉を奪ってったのはいただけねーけどなぁ」

「しかし、ギャングラー……異世界の怪物か。そこでも我々のような人たちが戦っているのだろうか」

 

 一行はほとんど気にもとめていないが、今回の一件は異世界というものが本当にあって、そこでも人々が生活を営んでいることを実証するものとなった。そしてそれがひとつとは限らない。もしかしたらこの世界は無限に分岐する枝葉のひとつでしかなくて、同じリュウソウジャーを名乗る者だとか、逆に自分たちとそっくりな少年たちが生きている世界というのもあるかもしれない。考えれば考えるほど、自分たちの足場が崩れていくようだった。

 

「──何ぼーっとしてんのテンヤくん、ほら食べて食べて!」

「!、う、うむ……そうだな」

 

 そんなこと、思い悩んでも仕方がない。この世界を守る、それが騎士の使命。それでいい──今は、まだ。

 

「よォお前ら、楽しんでるか?」

「!、ヒザシさん!」

 

 街のトップらしからぬ軽い足取りでやってきた市長殿。そういえば、朝登庁するなりこのシャケまつりの企画を自ら提案したのだとか。そのために徹夜していたのかとか、そんな暇があるなら外敵退治の陣頭指揮をとるべきではなかったのかとか、色々指摘したいところなのだが……そういうところもまた、催事好きな彼らしいとも言える。

 

「なんか色んな意味でとんでもねー敵だったみたいだが、お前らのおかげで助かった。サンキューな!」

「いえいえ、お安い御用っスよ!」

「てめェ今日はなんもしてねーだろうが」

「うぐっ」

「それはかっちゃんもでしょ!……いや僕もだし、何もしてないことはないから、キシリュウオーと一緒に戦ったんだし……」

 

 まあ、それはそれとして。

 

「見ろよ、みんなの顔。今日に限らず……お前らの戦いのおかげで、今この瞬間がある。忘れんなよ?」

「………」

「……な〜んて、釈迦に説法だったかねェ?」

 

 カカカっと笑いつつ、切り身を丸かぶりする。──決して、忘れたりなどはしない。ただその言葉のおかげで、改めて一行の決意が固まった。

 

「戦いますよ、俺たち」

「そして、ドルイドンとの決着を」

「みんなが今日みたいに、笑って暮らせる世界にするために!」

 

 そのための決戦のときが、迫っている──

 

 

 *

 

 

 

 最果ての地にある朽ちた古城。そこで静かなる鎮座を続ける悪魔が、いよいよ動き出そうとしていた。

 

「そろそろエラス様が動き出す頃だ。……遊びは終わりだね、サデン?」

「……はっ」

 

 プリシャスとサデン。立ち上がったふたりが目を向けるのは、遥か東方の彼方。

 

「我ら、ドルイドンの女王……キミたちに残された選択肢はひとつしかないよ、リュウソウジャー?」

 

 

 地底奥深くにて、蠢く"それ"。エイジロウたちは未だ、その存在を知らない。

 

 

 つづく

 

 

 

 





「イッツ・ラストショ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜タァァァイム!!!」

次回「ブルー・ピリオド」

「ワイズルーさまあぁぁぁーーーー!!」


今日の敵<ヴィラン>

サモーン・シャケキスタンチン

身長/193cm〜48.3m
体重/218kg〜545.0t
経験値/390
シークレット/異世界から来たという"ギャングラー"なる怪人。"この世界においては"セイン・カミイノの街にシャケハラスメントを仕掛け、人々の主食をシャケにせんと目論んでいた。彼が分泌するシャケは紛れもない本物なので美味しく食べられるが、はた迷惑なことには変わりないぞ!
ひと言メモbyクレオン:いや何コイツ!?


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Ex. Tri-gale's Chronicle ⑪

やっと完結
こういう長編ものは自分苦手なんだなあと再確認しました


 

 残る力を振り絞って地下階に舞い戻ったイズクは、地に足を着けるなりロディの名を叫ん

 でいた。

 

「ロディ!──ロディ!!?返事をして!!!」

 

 広大に過ぎる空間に声が同心円状に反響して、そのまま戻ってくる。返事はない。そもそも、姿が見えないこと自体尋常でないのだ。ロディの怪我は、自力でどこかへ行けるような類いのものではなかった。

 ならば一体、ロディはどうなったのか。何者かに連れ去られてしまったのか。イズクが思わず拳を握りしめていると、回廊の向こうから大勢の足音が響いてきた。

 

「!」

 

 身構えるイズク。果たして現れたのは大勢の兵士たちだった。厳めしい装いの面々にぐるりと取り囲まれ、緊張が走る。リュウソウケンの柄を咄嗟に掴んだものの、いかに敵対者であれ人間を斬ることはできない。それに、ロディは──

 

「皆、剣を引け」

「!」

 

 よく通る男の声だった。それはこの場において一定の権威をもっているようで、兵士たちが波を打ったように戦闘態勢を解いていく。

 程なく声の主が姿を現した。とりたてて特徴のない、青年というにはやや年かさの男性だった。兵卒らから「補佐官」と呼ばれるのを聞いて、イズクは相手がこの事実上の帝国において重きを置く人物であることを理解した。

 

「きみの探している少年なら、我々が保護した。現在、治療を受けさせている。深傷ではあるが、命に別状はない」

「!、どう、して……」

 

 その傷を負わせたのは、彼らの頂に立つ宰相であるというのに。

 

「……閣下のやり方は、ドルイドンのそれと変わらん。国民を大事にしない国はいずれ滅ぶ……わかっていたんだ、わかっていても止められなかった、この国の誰も……」

 

「きみたちは、それを成し遂げた。──あの少年も」

 

 会ってやるといい、友人に。そう言って、補佐官は笑った。

 

 

 *

 

 

 

「ロディ!!」

 

 兵士たちに案内されてたどり着いたのは、簡素なベッドの並んだ部屋だった。薬や医療器具の類いが所狭しと置かれているのを見るに、医務室なのだろうか。

 

 そのベッドのうちひとつに、ロディは寝かされていた。上半身裸の上に清潔な包帯が巻かれており、きちんと治療が施されていることが窺える。イズクは堪らず彼に駆け寄ったが、同行の兵士たちに止められることはなかった。

 

「……デク……?」

「ロディ……!」

 

 目を潤ませながらその手をぎゅっと握りしめると、ロディは薄く笑った。

 

「あんた……泣いてんの?ははっ、不細工な面ンなってんぜ……」

「……言われ慣れてるよ……」

 

 口の悪い幼なじみがいるのだから。尤も同じ言葉を紡ぐはずの彼の声はどこまでも柔らかくて、湿っていた。

 その身体を抱き起こしつつ、そっと"あるもの"を差し出す。

 

「これ、ピノの……?」

「……うん、これのおかげで勝つことができた、ありがとう。でも、きみに返すよ」

「………」

 

 それを包むロディの手が、わずかに震える。勝利と、友を守れたという事実と引き換えに。ピノは……己の心を映してくれていた相棒は失われてしまった、永遠に。

 

「ピノ……っ」

 

 あんな小さく丸々としていたピンク色の小鳥が、純白の勇ましい鋼に姿を変えてしまった。ともに歩んだ日々を、ロディは思い出す。

 

「ありがとな、ピノ……。俺、おまえがいてくれたから……自分を大っ嫌いにならずに済んだんだ……」

 

 今となっては、イズクの言葉はまったく正しかったと思う。誰にも本心を表せずに抱え込んできた五十年余、いつしか自分自身ですら何を思っているかわからなくなることがいくらでもあった。そんなとき、ピノが泣いたり怒ったりしてくれたから。自分の本心を知ると同時に、同じ想いを共有してくれる彼に少なからず癒やされた。

 

(でも、)

 

 悲しいこと、苦しいことだけではつまらない。もっと嬉しいこと、楽しいこと、幸せなことを共有したかった。ピノが来てから父が失踪するまでの短い間にしか見たこともなかったけれど、翼を揺らめかせて小躍りする姿は弟妹に匹敵するくらい愛おしいものだった。

 

「ピノ……ピノぉ……っ」

 

 純白のリュウソウルをかき抱き、頬に押しつけて抱きしめる。流れ落ちる雫がひとすじ、つるりとした表面を濡らした。

 

 そのとき、だった。

 

「……Pi……」

「──!」

 

 うっすらと聞こえた、か細い鳴き声。ロディは一瞬、自分の聞き間違え、あるいは幻聴の類いかと思った。しかしイズクを見れば、彼もまた目を丸くして固まっている。

 

 改めてリュウソウルを見る。ぱき、と音をたててヒビが入る。──まさか?

 刹那、ロディのてのひらの中でリュウソウルが爆発した。

 

「うおっ、熱ちっ!!?」

 

 熱ちっで済む程度の爆発だったのは不幸中の幸いか。ともかく呆気にとられていると、爆発の勢いで丸っこい何かが飛び出してきて。

 

「Piiiiii~!!」

「!!?」

 

 ピンク色の翼を片方掲げ、堂々と現れた。ごしごしと目をこすり、もう一度その姿を凝視する。間違いない、これは。

 

「……ピノ……?」

「Pii!」

 

 丸っこい身体が、ロディの胸板にすりすりと被毛をすり寄せてくる。呆然としていたロディだったが、ゆるゆるとその腕が動くのをイズクは見た。そして、ピノを抱きしめる瞬間も。

 

「なんだよ……バカやろ……っ。俺の涙、返せよなぁ……っ!」

「Pi、Pi……!」

 

 言葉とは裏腹に、ロディはピノを大事そうに抱え抱きしめている。ピノもそれに応えている──というのは、彼の真実を知らずとも自然な光景だった。今の彼は、ありのままに喜怒哀楽を表している。危険な野望を挫いたこと以上に、その光景がイズクにとっては喜ばしいものだった。

 

 

 *

 

 

 

 数日後。イズクとカツキは彼らが最初にこの国に一歩をつけた港にいた。

 

「結局、観光は全然できなかったね」

「興味ねえ。それに、何十年かすりゃまた来る機会もあるだろ」

 

 何せ、オセオンの政権中枢に対して剣を向け、あまつさえ叩き潰してしまったのだ。過ぎた野望を抱いたガイセリックが遡及的に謀反人として扱われ、彼らは蕃人ながら聖帝と臣民を救ったのだと表向きには称揚されているが……実際には相当に警戒されているに違いない。できるだけ早々に退去しなければと、最低限の事後処理と休養ののちここまでやって来たのだ。

 

「何十年、か……」

 

 後ろを振り返ったイズクが、どこか寂しげな、何かを惜しむような表情を浮かべる。"何十年かすれば"……そのときにはもう、この国でできたたったひとりの友人はここにはいないだろう。ろくに惜別もできずに去ってしまったのが、今さらながら悔やまれる。

 

「おい、」

「!」

 

 呼びかけにはっとする。同時に、ボオォ、と汽笛の音が聞こえてきた。水平線の向こうから現れた豆粒のようなシルエットが、少しずつ大きくなって船の姿を形作っていく。遙か海の向こうからここにやってきたのと、まったく同じ形の汽船だ。それが接岸して程なく、扉が開いて乗客たちが降りてくる。全員が降りきって、清掃やメンテナンスで十五分程度停留してから乗客を迎え入れ、出港する。流れ作業のようなその過程を、イズクはぼんやりと眺めていた。

 

(……ロディ、)

 

 たった一日。たった一日の邂逅だったけれど、イズクはロディに対して間違いなく友情と呼べるものを感じていた。それはカツキに対する想いとも形を違えたものだ。ともにオセオンの国民を守った仲間であることは確かだけれど、彼は本来戦士ではない、ただの同年代の少年だったから。

 

 会いたい。願わくば、この国を去る前にもう一度。しかし曲がりなりにも宰相を打擲した自分たちが再び会っていれば、要らぬ勘ぐりをされかねない。オセオンを出ていく自分たちはまだしも、ロディたちはまだ暫くはここにとどまるのだ。

 

 せめてまたいずれ、どこかで再会できたら。かなわぬ願いであろうと悟りながらも、イズクは諦念とともに息を吐き出した。

 刹那、

 

「デク!」

「カツキにいちゃーん!」

「!!」

 

 少なくとも数十年は聞くこともないと思っていた声が、背後からかかる。はっと振り返ったのは、イズクもカツキも同じだった。

 

「ロディ……!ロロくんにララちゃんも──」

 

 ロロとララなどは真っ先にカツキに駆け寄り、抱きついている。カツキは反射的に「寄んなうぜえ」と追い払うしぐさを見せたが、本気でないことは明らかで。

 それから少し後れて、杖をついたロディがひょこひょこと歩み寄ってきた。

 

「よう、勇者サマ。お見送りもさせてくんないなんて、すこ~しドライなんじゃねーの?」

「あ、う……それは、ごめん……でも──」

 

 言いよどむイズクを見て、ロディはぷっと噴き出した。

 

「ンなマジな顔すんなって。いろいろ気ィ回してくれたんだろ、俺らの今後を考えて」

「……うん」

「そりゃうれしいけど、明日は明日の風が吹くってね。人生何があるかわかんねーんだし、今やりたいようにやるだけさ」

 

 そう、本当に何があるかわからない。今まではネガティブな意味でしか実感したことがなかったけれど、この数日の出来事がロディの数十年分の集積に大きな穴を開けたのだ。

 

「……大丈夫、心配ねえよ。俺はもう、自分の力で翔べる」

「ロディ……」

 

 ふいにロディが手袋を脱いだ。そのまま差し出される手の意味がわからないほど、イズクも鈍くはない。傷のある自分の右手を差し出し返すことには躊躇われたが、ロディがそれを忌むような少年でないことは明らかで、ここで拒むことは彼の想いを無碍にすることではないかと思われた。

 

 自らも手袋を脱ぎ、おずおずと手を差し出す。やや骨ばった、あたたかい感触が伝わってくる。もしかしたらもう永遠に、触れることはないかもしれないてのひら。

 

 気づけばイズクは、ロディの痩せた身体を抱き寄せていた。

 

「ちょっ……おい、デク……?」

「また、会いに来るから……。いつか、必ず……!」

「……!」

 

 ロディは思わず、目を見開いていた。今まで幾度となく、心のこもらぬ優しい言葉を投げかけられたことはあった。信じてもどうせ裏切られて、かえって辛い思いをするだけだ。

 今回だって、それが現実的に困難を伴う約束であることは明らかで──それなのに。

 

「……ばぁか、二度と来んな」

 

 皮肉めいた言葉、しかし震えは止められなくて。ピノをしまい込んだ首の後ろに濡れた感触が生まれるのを、ロディは自覚していた。

 

 

 

 

 

(END)

 

 

 

 

 

 

 «エピローグ»

 

 

 

 それから、しばらくして。

 首都への転居を行政官から勧められたロディたちきょうだいであったが、暫く家族で話し合った末、スラムに残ることを決めた。宗教都市での堅苦しい生活様式には馴染めそうもない……というのもあるし、いざ転居を考えてみて、なんだかんだこの薄汚れた街に愛着を抱いている自分たちがいることにも気づかされた。今少し、ここで生きてみよう──そんな思いとともに、ロディはとある店の戸を叩いた。

 

「あぁ?まだ準備中だよ、見てわかんねーのか酔っ払……い……」

「あいにく、シラフだよ」

 

 「よ、おっちゃん」と、ロディは目を丸くするスタンリークに向けて手を振ってみせた。

 

「……おまえ、無事だったのか」

「まーね。おっちゃんこそ、無事でよかったぜ。あれで捕まってたりしたら寝覚め悪ィしな」

 

 スタンリークはロディの言動の変化に驚いた。無事でよかったなんて、思っても素直には言わない子供だと思っていたが。

 

「でさあ、またシゴト紹介してほしいんだよね」

「……」

 

 そういうことか。あんな目に遭ったのに懲りないヤツだと思っていたら、ロディの言葉には続きがあった。

 

「今度はできれば、まっとうなヤツ」

「まっとうな、だぁ?」

「ああ。報酬はあるに越したことはないけど、ある程度少なくてもしょうがない」

 

 “まっとうな仕事”というのはリスクが少なく需要もあるぶん、報酬は安く抑えられていることが多い。それでもロディは、これを“まっとうな人生”を歩む第一歩にしたかった。

 

「まっとうな、なァ……。俺んとこにンな仕事が入ってくると思うか?」

「……」

 

 それもそうだ。スタンリークは裏の顔として非合法な仕事を斡旋している、合法な仕事を堂々と紹介できるならそれを生業にすればいいだけの話なのだから。

 

 口をつぐむロディだったが、この酒場店主は不意ににやりと笑った。

 

「まっとうかどうかは知らねえが、そういや空いてる仕事が一個あったな」

「!、なんだよ?」

 

 スタンリークが足下を指さす。

 

「ここ。いい加減、一人でアホども捌くのも億劫になってきたとこだ」

「……!」

 

 一瞬目を見開いたロディは、その奥から熱いものがこみ上げてくるのを感じた。しかし素直にそれを発露するのはまだあまりに照れくさく、天井を見上げて懸命にこらえる。数秒そんなことを続けて、ようやく震える声をごまかしながら口を開いた。

 

「そ……そういうことなら、いっちょ手伝ってやっか!」

「ふん。こき使ってやるから、覚悟しとけよ」

 

 意地悪な声音で言い放つスタンリークの目は、しかし我が子を見守る父親のように細められていた。

 

 



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45.ブルー・ピリオド 1/3

伽椰子(呪怨)vsデカレンジャーという夢を見た

疲れているのか、俺……


 

 古城の片隅も片隅にある、かつて独房として使用されていた部屋。

 今はそこがワイズルーに割り当てられた居室であった。昼間でも薄暗く、じめりとした空間。グレイテストエンターテイナーを自称する群青の道化師は今、そのような場所に押し込められているのだった。

 

「ぬううっ……!心臓を奪われたとはいえ、最高オブ最高の私がこうまで忍従を強いられるとは……!」

 

 しかもそこに来て、"エラス"の復活──もはやドルイドンの頂点に立つことはおろか、これまでのような自由な日々さえも永遠に過去のものとなりかねない。ならば自分はいったい、なんのためにこの星に戻ってきたのか。なんのために、リュウソウジャーと戦い続けてきたのか──

 

「かくなるうえは……いや、しかし──」

 

 思い悩んでいると、不意に床から何かが滲み出してくる。初見なら驚き固まってもおかしくないが、ワイズルーにとっては既に見慣れた光景だった。

 

「ワイズルーさま、おばんでっす!」

「ン〜ン、こんばんは。クレオンよ、プリシャスの動きはどうだ?」

「ええと、それがぁ……」

「?」

 

 一瞬口ごもったクレオンだが、ゴホンと咳払いをしてその問いに答えた。

 

「なんかプリシャスさまとサデンさま、このお城を放棄するみたいでぇ……」

「What's!?」思わず立ち上がり、「ヤツら尻尾を巻いて逃げ出すつもりなのか!?リュウソウジャーとの勝負はこれからだというのに!」

 

 悔しいが、戦闘力においては自分より遥かに上回るふたりだというのに。憤るばかりのワイズルーに対して、クレオンは懐疑的だった。プリシャスたちの様子を見る限り、そういう後ろ向きなふうではなかったからだ。

 

「──そうだよ、逃げるんだ」

「!?」

 

 いきなり背後から少年めいた粘着質な声が響いたものだから、クレオンは跳び上がらんばかりに驚いた。慌てて振り返ればそこには、

 

「ぷ、プリシャスさま……!?」

「やあ、クレオン。ボクらの一挙一動、余すことなくワイズルーに伝えてくれたみたいだね。おかげで説明する手間が省けたよ」

 

 嫌味、というだけならまだましだ。小柄な体躯から発せられる邪悪な徴表が、クレオンの身をすくみ上がらせる。

 一方でワイズルーには、曲がりなりにも同じドルイドンとしてのプライドが残されていた。

 

「ふ、ふん!情けない、ドルイドンのナイトが聞いて呆れる!かくなるうえはこのワイズルーが、ヤツらを葬り去ってくれるでショータァイム!!」

 

 宣言すると同時に、修復したステッキを突きつける。プリシャスはそれを事もなげに手で押し下げると、わざとらしい明るい声で応じた。

 

「ああ!それは頼もしいねぇ。じゃあ彼らのことはキミに任せるよ。──あ、そうだ、」

 

 プリシャスは符を取り出すと、ワイズルーの胸元に投げつけた。そこから何かが体内へ吸い込まれていき、ずっと続いていた、ぽっかりと穴が空いたような感覚が埋まっていく。

 

「返してあげるよ、ボクからの友情の証だ」

「な!?貴様いけしゃあしゃあと……っ」

 

 怒りに震えるワイズルーだが、残る理性でそれを抑えた。せっかく返ってきた心臓をふたたび奪われてはかなわない。

 

「それとクレオン、」

「!」

 

 いきなり呼びかけられて、クレオンは肩をびくつかせた。

 

「キミはどうする?ついてくるも来ないも、キミの自由だけど」

「えっ、あ、あぁ〜……」

「………」

 

「……ひと晩だけ、考えさせてもらってもいいっスか?」

 

 

「……」

「………」

 

 プリシャスが去ったあと、ふたりきりの場には珍しく沈黙が漂っていた。

 

(き、気まずい……っ)

 

 ワイズルーは、自分がプリシャスに阿っていると思ったのではないだろうか。いやそうとられたとて何も不都合などないはずなのだが、クレオンにとってはつらいことだった。本心を言えば、彼と馬鹿をやりながらリュウソウジャーと戦っていたかったのだ。むろん、その果てに勝利があることが前提ではあるが。

 ややあって、ワイズルーが不意に口を開いた。

 

「……クレオン、おまえはプリシャスとともに行くがいい」

「えっ!?な、なんで……っ」

「その代わり、頼みがある」

 

 クレオンの声を遮り、ワイズルーは独演を続ける。もとより他人の話を聞かない男だが、今このときばかりはあえてそうしているようにも思われた。

 

「私からマイナソーを生み出せ」

「な……!?何言ってんスか、そんなことしたら──」

 

 元々ドルイドンの中では武闘派とはいえないワイズルーである、マイナソーの貪欲さ如何によっては彼の命はあっという間に吸いつくされてしまうかもしれない。

 

「私単独ではマックスリュウソウレッドだのリュウソウカリバーだのには到底敵わん!……マイナソーの力に懸けるしかないのだ……!」

「………」

「頼むクレオン、我が一世一代のラストショータイム……飾らせてくれ……!」

 

 何かを悟ったかのように気迫のこもったワイズルーの頼みに、クレオンはもはや二の句が継げない。説得の材料など何ひとつもたない今、彼にできることはひとつしかなかった。

 

 

 *

 

 

 

 セイン・カミイノの街から送り出されたリュウソウジャー一行が北限の地へ向かうこと丸二日、ついにプリシャス軍の本拠たる古城付近にまで迫っていた。

 

「ドルドル、ドル〜〜ッ!!」

 

 唸り声をあげつつ、ドルン兵の群れが襲いかかってくる。それらを迎え撃つのはもう、エイジロウたちにとって半ばルーティンワークのようになりつつあって。

 

『ツヨソウル!』

『「オラオラァ!!」』

 

 リュウソウルの発する音声と、使用者の声とが重なって響く。そして鍔迫り合い、刃が分厚いものを切り裂く音。ドルン兵たちの槍ではリュウソウメイルは貫けない。雪に埋もれるようにして倒れ伏すのは彼らばかりだ。

 

「おい、そっちとっとと片付けろや!」

「わかってるから怒鳴らんといて!」

「手伝うよ!」

「助かる、イズクくん!」

 

 互いに助け合い、連携しつつ戦う六人の騎士。この場の戦いが彼らの一方的な勝利に終わるまで、そう時間はかからない。

 

 

「ふぅ……片付いたか」

 

 モサチェンジャーを手のひらで──手袋の上からだが──磨きつつ、ショートがつぶやく。もう何度目になるかもわからないドルン兵との偶発的戦闘、油断はならないと頭では理解っていても、どうしても飽いてしまう。

 ただ、それも終わりに近づいているだろうことは明らかだった。

 

「地図によると、プリシャスの占拠してる古城にはあと一時間もあれば到着できるはずだ」

 

 セイン・カミイノで購入した地図を見下ろしつつ、イズク。古城はそこだけ北に突き出した半島部分の小高い丘に築城されている。セイン・カミイノの街が拓かれるおよそ千年前までは、その周辺に小さな城下町があったのだとか。かつて住んでいた領主一族こそ、街で出逢ったユウガ少年の先祖だったのだろう……などと想像もしてみたり。ただドルイドンに占拠されて久しい現在、その面影がどれほど残っているか。

 

「残るはプリシャスとサデン、あとワイズルー……か」

「ヤツらを討てば、少なくともこの地に平和は戻る」

「………」

 

「──頑張ろうぜ、みんな」

 

 エイジロウが手を差し伸べる。その意味を考えるまでもなく、テンヤ、オチャコ、イズク、ショートと順に上から手を重ねていく。カツキは案の定斜に構えていたが、オチャコとイズクに半ば無理矢理引っ張られてその輪に入ってきた。

 

「……」

「………」

「……えっ、もしかして僕待ちですか?」

 

 少し離れたところから皆を見守っていたコタロウが、呆気にとられたような表情を浮かべる。しかしエイジロウたちにしてみれば、そんなのは当たり前のことだった。コタロウは故郷の村からこっち、ずっと一緒に旅してきた仲間なのだ。肩を並べて戦うだけの力はもっていないというだけで、彼に教えられることはたくさんあったし、彼のおかげで打ち解けられた人……そして騎士竜たちもいた。彼もまた、リュウソウジャーの一員であることは一点の疑いもない事実なのだ。

 

「はぁ……わかりましたよ」

 

 コタロウはカツキほどには頑なでないので、ため息混じりながらも自発的に手を乗せてきた。エイジロウたちに比べればまだまだ小さく柔らかいが、それでも出逢った頃よりは大きく逞しくなったように思う。リュウソウ族でない彼は、エイジロウたちの十倍早く成長する。そういえば身長差も少し縮まったなあなんて考えていたところだった。

 

「コタロウだけじゃなくて、オレも混ぜろよな〜!」

「あ……ピーたん」

「悪ィ悪ィ……じゃあピーたん、騎士竜代表っつーことで!」

 

──皆で心を合わせる儀式。それを遂げて、ふたたび行軍を再開する。不思議なことに、そこからはドルン兵による襲撃はなかった。普通なら城に近づくほど歩哨の数は増えそうなものだが、人間相手なら寡兵でも十分追い払えるということで、ドーナツ状の配置になっているのかもしれない。それにしても敵はおろか、虫一匹の息吹すらも感じられない環境はあまりに不気味だったが。

 

「そろそろ一時間になる頃だが……城は見えてこないな」

「ってか吹雪のせいで、全然先が見えへんねんもん……」

 

 あるいはもう、目と鼻の先なのかもしれないが。

 ならば、"これ"しかない。

 

「──ミエソウル!」

 

 ミエソウルを発動し、吹雪にも負けないほど視力を強化する。果たして、

 

「……見えた!あそこだ!」

「あ、イズク!」

 

 真っ先に走り出したイズクを慌てて皆で追いかける。いよいよ決戦だという中で、彼も少なからず高揚しているのかもしれない。そういうとき彼が突っ走りがちなのはもう、今に始まったことではないのだ。

 そうして彼らが城の外郭にまで足を踏み入れたときだった。

 

「ハーッハッハッハッハッハッハ〜〜!!」

「!!」

 

 にわかに響き渡る、無駄に美声な高笑い。常人には困難なほどの長時間にわたって続くのも特徴だ。みな半ば辟易しつつ、敵対者として身構えることだけはかろうじて忘れなかった。

 

「ウェルカム、リュウソウジャー諸君?最高オブ最高のエンターテイナー、ワイズルーである!」

「いや知っとるし……」

「いい加減見飽きたわ、てめェの顔にはなァ!」

「今日こそ決着をつける……!」

 

 口々に浴びせられる敵意に満ち溢れた言葉に、ワイズルーは思わず身震いをした。良い。実に良い。まして相手が、自分以上の力をもった相手だというのだから。

 城のバルコニーから敵対者の群れを見下ろしながら、ワイズルーは自ら死戦の火蓋を切ることにした。

 

「祝おう諸君、泣いても笑ってもこれがラストステージだ。そのために最高のアシスタントを用意した!──カモン、"ロキマイナソー"!!」

 

 ワイズルーの背後から、霧のように"それ"が姿を現す。宝石のような美しい虹色の外套を纏い、骸骨の仮面を被った男の姿。一見すればそれは、人間のようにもみえる。

 

「ショータァイム……」

「!、そいつ、まさか」

「そのまさか!この私の身体から生み出したマイナソーでショータァイム!」

「……てめェも、いよいよ本気ってわけか」

 

 マイナソーを生み出すことが即、死に繋がるわけではない。しかしその思い切りの良さと逃げ足の速さでここまで生き延びてきたワイズルーが背水の陣を敷いたのだ。こちらも、覚悟を決めなければ。

 

「コタロウくん、下がってて」

「はい、お気をつけて」

「っし、みんな行くぞ!」

 

 リュウソウルを構える六人。しかし彼らの口が竜装を宣言するより早く、ワイズルーは声を張り上げていた。

 

「そうはイカサマ真っ逆さま!──ロキマイナソー、ステージオン!!」

「ショータァイム!!」

 

 ロキマイナソーの仮面の奥──瞳がぎょろっと光り輝く。そしてその光が辺り一帯に広がり、エイジロウたちを呑み込んでいく──

 

「……!」

 

 思わず目を瞑ったコタロウがふたたび視界を取り戻したときには、ワイズルーたちの姿も、六人の姿も忽然と消え失せていて。

 

「……皆さん……?」

 

 

 



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45.ブルー・ピリオド 2/3

 

 ぴちゃん、と、水滴の滴る音が鼓膜に響く。

 何度もそれが繰り返されるうちに、少年たちの意識はゆっくり覚醒へと向かっていった。

 

「……ん……」

 

──ここは、どこだ?

 

 市松模様の、白と黒の床。城内だろうか?ひとまず立ち上がろうとしたエイジロウだったが、身体の自由がきかないことにそこで気づいた。

 見下ろせば、椅子に座らされた状態で、胴体を鉄鎖でぐるぐる巻きにされていて。

 

「……よーやっと起きたかよ、クソ髪」

「!、カツキ……皆!」

 

 チッと舌打ちするカツキ、険しい表情を浮かべる仲間たち。皆揃って、エイジロウと同じ状態にあった。

 

「ンン〜、ようやくお目覚めかい?こんな状態でぐっすり眠れるなんて、さすがはリュウソウジャーと言うべきかな?」

「ッ、ワイズルー……!」

 

 ワイズルーだけではない、その隣には仮面の男──ロキマイナソーが控えている。いったい、何を始めるつもりなのか。殺そうというなら、目覚める前に息の根を止めることだってできたはずだ。

 

「キミたちには、これより私の用意したステージにて踊ってもらうでショータァイム!!」

「ステージだと……!?」

「ふざけるな!これ以上、誰がおまえなんかに!」

 

 怒りを露わにされても、ワイズルーはどこ吹く風だ。彼の頭にはもはや、己の図った通りにステージを運営することしかありえない。

 

「記念すべきファーストステージはぁ──」

「ドゥルルルルルル……」

「ンン〜……──クイ〜〜ズ!!」

「ハァ!?」

 

 呆気にとられたあと、口々に罵声を浴びせるリュウソウジャー一行。しかし、

 

「シャラ〜ップ!!静粛にできない坊やは……こうだっ!」

「ショータァイム!」

 

 ロキマイナソーの仮面がずれ、醜悪な素顔が覗く。その目から発せられた虹色の光が襲いかかったのは、カツキだった。

 

「がぁああ──っ!!?」

「カツキっ!?」

 

 苦悶は一瞬だった。その四肢がみるみるうちに縮小してゆき、彼は布でできたような手のひらサイズのオブジェクトへと変わってしまったのだ。

 

「こ、これって……!」

「……ぬいぐるみだよ。都市だと子供の玩具として売ってる──っ!」

 

 それだけにはとどまらなかった。ぬいぐるみと化したカツキは独りでに飛んでいき、ロキマイナソーの傍らにあるシェルフへとどめ置かれることとなった。

 

「おまえ……!返せよっ、かっちゃんを返せ!!」

「Ohコワ……アナタ二重人格?」

「ショータァイム……」

「ゴホン、オホン!……まあ良い。返してほしければ、我がステージを見事完遂するでショータァイム!!」

「ッ、ならば俺が相手だ!」テンヤが名乗り出る。「頭に詰め込んだ知識ならば、誰にも負けない自信がある……!」

「確かに……テンヤくんなら」

「っし、頼むぜテンヤ!」

 

 

「では第一問!デデン!!」

「……ッ、」

 

「貴様らリュウソウジャーが倒したドルイドンは何体でしょう?」

「な……そういうタイプのクイズか!?」

「そういうタイプのクイズなのだ!回答期限は30秒後、プリーズ!」

「ぬう……!」

 

 文句をつけていてもいたずらに時間を浪費するだけだ。テンヤが考え込むのに合わせて、エイジロウたちも記憶を掘り起こしはじめた。

 

「えっと、倒したドルイドンっていうと……」

「タンクジョウにガチレウスだろ?ゾラとウデン……あとなんだっけ、北に来てから倒したあいつ……」

「シグルトだったか。……トーヤ兄ィ、元気にしてるかな」

 

 奔放なショートの長兄のことはひとまず置いておくとして。

 

「その五体で全部、か?」

「いや……昔オセオンで、ロディの助けを借りて倒したヤツがいる。そいつを入れれば──」

 

 一同が答にたどり着くのと、テンヤが声を張り上げるのが同時だった。

 

「──六体だ!」

「ンンンン〜〜……」

 

「正☆解!」

「ピンポンピンポンピンポン〜!」

 

 無駄に息があっているワイズルーとロキマイナソー。宿主とマイナソーは被食者と捕食者に近い関係性なのだが、案の定彼らはそんなことお構いなしのようだった。

 

「流石にイーズィーすぎたカナ?これは小手調べとして、続いてぇ〜……第二問!」

 

「この中で、キシリュウオーに倒されていないマイナソーはどれでしょう!?」

 

 ワイズルーたちの前に、複数の既視感あるマイナソーの姿が現れる。思わず身構える一同だったが、それらは微動だにせず、よく見れば身体が透き通っている。幻影の類のようだ。

 

「ぬぅ……!確かに見たことのあるマイナソーたちだが……!」

 

 テンヤは唸った。こう言ってはなんだが、倒したマイナソーは過去の存在である。倒した直後ならともかく、今となってはすぐに思い出せないのも無理はない。

 しかし、

 

(落ち着けテンヤ……。マイナソーとの戦闘に関してその能力の分析や戦い方についての反省など、幾度となく繰り返してきたことではないか。それを改めて思い起こせば……!)

 

 記憶を辿りに辿れば、いつどのように戦ったマイナソーであったかが見えてくる。当然、巨大化した際にどのナイトロボで戦ったかも。

 

「!、わかったぞ!」手を叩き、「左から二番目のマイナソーだ!!」

「!?」

 

 左から二番目──ジンマイナソーが頭を抱えて悶えている。「ガーン!!」という擬音が聞こえてきそうな勢いだ。

 

「ンン〜、答はァァ……どうだっけ……?」

「……ピンポン〜!!」

「あっ……だそうです」

「いやあんたもわかってなかったんかい!!」

「でもすげぇぜ、テンヤ!」

「本当に……!あのマイナソーはキシリュウネプチューンミルニードルが倒したんだ、ショートくん&モサレックスのスマートさとかっちゃん&ミルニードルのえげつな……ゴホン、パワフルさが融合した超カッコイイ形態で、特に金と黒の色味の良さはもう──」

「……テンヤよりおまえ向きだったんじゃねえか、このクイズ」

 

 そんな会話が繰り広げられている間に、いよいよ第三問──ファイナルクエスチョンである。

 

「ファイナル!ファイナル!ファイナルクエスチョンでショータァイム!!」

「ッ、来い!」

 

 なんでも答えてみせる──それほどの気概で臨むテンヤに対し、ワイズルーが繰り出した質問は、

 

「3万7215日前のこの場所の天気は!?」

「な……!?」

「ハァ!?」

 

 いきなり毛色の違う、それも無体にも程がある問いに、テンヤ以下全員が虚を突かれた。

 

「そんなん、わかるわけないやん!」

「卑怯だぞワイズルー!!」

「ンンンン〜最高の褒め言葉ァ……!そうは言っても天気なんて実質四択!晴れか曇りか雨か雪か!」

「ぬうぅ、おのれ……!」

「フハハハ、ほら、あと30秒だぞ〜?」

 

 考えてもわかるはずがない。せめて日にちから季節を割り出せば絞れそうではあったが、この逼迫した状況ではそんな余裕もなく。

 

「〜〜ッ、雪だ!!」

 

 結局、この地域に来てからいちばん遭遇率の高かった天候を答えるテンヤ。「答はァァ〜〜……」と溜めつつマイナソーの耳打ちを受けるワイズルーは、明らかに自分でも正解がわかっていない。

 

「アァァァァ〜〜……──ざんねえぇぇぇん!!」

「!!?」

「正解は晴れ!雲ひとつない快晴だったんだそうでぇす!!」

「てめっ、ウソつけ!!」

「ウソではなぁい、マイナソーがそう言っている!」

「正解他人任せって、そんなクイズあるかぁ!」

 

 口々の反駁もなんのその、この場の支配者はワイズルーとロキマイナソーなのだ。後者の眼から発せられた光が、テンヤに襲いかかる。

 

「ぐあぁぁぁぁ──っ!?」

「テンヤっ!?」

 

 先ほどのカツキと同様、人形へと変えられてしまうテンヤ。そのまま人形同士並べられる姿は、ファーストステージにおけるリュウソウジャーの敗北を象徴していた。

 

「ッ、くそ……っ」

「クククク、落ち込むことはなァ〜い。まだまだステージは残っているでショータァイム!!」

 

 ロキマイナソーの手をとり、踊りだすワイズルー。訝るのもつかの間、ふたたび景色が変わった。

 

「──うわぁっ!?」

 

 一瞬の浮遊感のあと、背中に衝撃と痛みが襲ってくる。四方を暗闇に包まれた空間に、床と各々の姿だけがぼうっと浮かび上がっている。普通の場所でないことは明らかだった。

 

「どこだ……ここ?」

「!、鎖が外れてる……!」

「ほんまや!」

 

 手足の自由を確かめるのと、目の前にワイズルーとマイナソーが現れるのが同時だった。

 

「ハッハッハッハ、ネクストステージはアクションがあるから☆NA!自由に動ける喜びを噛み締めナサイ、崇め奉りナサ〜イ!」

「ふざけるな……!」

 

 唸るように言い放つと同時に、モサチェンジャーの引き金を引くショート。放たれた弾丸は──果たして、ワイズルーたちの身体をすり抜けてしまった。

 

「何……!?」

「フハハハ、そんなことをしても無駄でショータァイム!!何故なら今貴様らが見ているのは幻影にすぎないから!」

「ショータァイム……!」

 

 ギリリ、と歯を噛みしめる四人。この尋常ではない光景の広がる空間にしても、自分たちがマイナソーの術中に囚われたままであることは明らかで。

 

「……次は、何をさせる気だ?」

 

 眼前の幻影を口惜しげに睨みつけながら、イズクが訊く。結局今は、ワイズルーの設けたステージの上で踊るしかないのだ。その中で活路を見出すよりほかに手はない。

 

「フハハハハ、ダンスだ!」

「ッ、だから、何をして僕らを踊らせるつもりなんだ!?」

「What?いやだから、ダンス……」

「ダンスはわかったから、具体的に言わんかい!」

「いや、そうじゃなくて……」

 

 そんな噛み合わないやりとりを幾度か繰り返したあとで、ワイズルーが「ドゥワアァ〜〜!!」と奇声を発した。

 

「比喩でもなんでもなァ〜い!踊るのだッ、レッツ・ダンシング!」

「それならそうと最初から言え」

「言ってたやろがい!……まあ良い、というわけでふたり組つくってぇ〜〜」

 

 言われるがまま、渋々隣り合っている者同士で組む。エイジロウとショート、オチャコとイズクという組み合わせだ。

 

「組んだな、それではあちらをルックルック!」

 

 ワイズルーが指さした先──皆のちょうど中間地点に、椅子がふたつ置かれている。

 

「今から流れるミューズィックに合わせてダンスをしてイタダキマ〜ス!そしてミューズィックが止まったら、チームのどちらか片方が椅子に座るべし!」

「座れって……ふたつしかねえじゃねーか!」

「!、そうか……。椅子に座れなかったチームが負け、っつーわけだな?」

「ンンン〜……イグザクトリー!」

 

 当然、座れるのはふたり。ならば同じチームで共倒れだけは避けねばならない。

 

「──ショート、おめェに任せた!」

「わかった」

「デクくん、いつも通り疾風怒濤でいっちゃって!」

「ど、怒濤?」

 

 相談が終わったところで、ワイズルーが指をパチンと鳴らす。それと同時に、どこからともなく軽快な音楽が流れはじめた。

 

「さあさあ、レッツ・ダンシング!」

「……ッ、」

 

 意を決して相方と手を繋ぎ、踊り出す。とはいえ、村出身のふたりはこのようなダンスなどまったく経験がなくて。

 

「うお、ちょ、あっ……」

「俺に合わせればいいから」

「お、おう……。上手ぇな、ショート」

 

 「一応、慣れてるからな」と微笑むショート。辺境も辺境の海の王国の、であるとはいえ、彼は王族のひとりなのだ。こういうハイソサエティの技術をひととおり身につけていてもなんらおかしいことはない。しかしこうしてそのスキルを露にしていると、なおさら美形が際立つようである。同性で彼の顔を見慣れているエイジロウですらドキっとしてしまうくらいだから、その場で出逢った令嬢などは皆惚れてしまうのではなかろうか。

 どぎまぎしながらもショートの誘導でいちおう形になっているこちらのペアに対し、イズクとオチャコのペアは酷いものだった。

 

「痛だだだだっ!?オチャコさん足、足踏んでる!!」

「へぁ、あ、ごごごごめん!!?」

 

 謝るオチャコだが、単に踊りの酷さならイズクもまったく負けてはいない。おっとりした風貌に反して大雑把な彼に、細やかな所作を期待するほうが間違いなのだ。薬の調合などは必要に迫られて覚えたまでのことで。

 

「HAHAHAHA、坊やのお遊戯でももう少しましではないか☆NA!?」

「ッ、うるさい!!」

 

 そういうワイズルーとマイナソーはといえば、ひとつひとつの動作がやけに大袈裟なことを除けば意外なほどに無難なものだった。ダンスそのものに熱が入っている様子ではない。

 それもそのはず、この舞踏は手段でしかないのだ。そしてすべては、彼らの掌の上。

 

──不意に、音楽が止まった。

 

「!!」

 

 素早くエイジロウの手を放し、ショートは地面を蹴って椅子へ走った。イズクもコンマ一秒遅れてそれに続こうとしたのだが、

 

「!?、うわぁっ!」

「あっ、デクくん!?」

 

 慣れないステップなぞ踏んでいたせいで脚の神経が混乱していたのだろう、一歩を踏み出したところで盛大につんのめって転んでしまった。イズクを助け起こすべきか自分が役割を代わるか一瞬悩んで──騎士としての使命感から後者をとったオチャコだったが、その間の数秒は致命的だった。

 

「フハハハ、ギブミー!」

「あぁっ!?」

 

 一方の椅子にはショート──もう一方には、既にワイズルーが座っていた。

 

「そんな……っ」

「ッ、ごめん、オチャコさん……っ」

 

 唇を噛みつつ、謝罪の言葉を述べるイズク。しかしそこに根ざす感情も引っくるめて、ロキマイナソーの放つ光が呑み込んでしまう。

 

「ぐぁああああ──ッ!?」

「きゃあぁぁぁぁ──!?」

「イズク、オチャコっ!!」

 

 呼びかけも虚しく、ふたりもまた人形に変えられてしまう。──残されたのは、エイジロウとショートのふたりだけになってしまった。

 

「HAHAHAHA!いよいよ詰みだな、リュウソウジャー!!」

「ッ、まだ俺らがいる!!」

「そうだ。とっとと次へ進ませろ、俺たちは必ず勝つ」

 

 ワイズルーは意地悪くふたりの頭頂から爪先までを見回したが、そこに怯懦を感じ取ることはできなかった。彼らは未だ、この群青の道化師を打ち負かすつもりでいるのだ。

 実際、正面から斬り結べばそれは可能だろう。マックスチェンジャーとリュウソウカリバーの力をもつふたりなら、あるいはプリシャスだって抑え込めるかもしれないのだから。

 しかし、

 

(貴様らに、剣を握る暇さえ与えてはやらん)

 

 一滴の血も流れぬ戦いなら、勝利は我が手にあり。ほくそ笑みながら、ワイズルーは己の分身体たるロキマイナソーの指令を下した。「ショータァイム……!」と応じると同時に、彼はその能力を発動させる。

 果たして光に包まれたエイジロウとショートが次に飛ばされたのは、前者にとって既視感の大いにある街中で。

 

「ここは……カサギヤの街じゃねえか!?」

「カサギヤ?」

「旅を始めてすぐの頃、暫く逗留してた街だ。でも、なんで今ここに……」

 

 北の地からは直線距離はもとより、天然の要害に阻まれて通常の手段では到底辿り着けない場所ではないか。むろん、逆もまた然りだが。

 しかしそのからくりはすぐにわかった。あれだけ賑わっていた街に、一切の人の気配が感じられないのだ。

 

「……現実じゃねえ、ここも幻影の世界か」

「……おう……」

 

「──フハハハ、イグザクトリー!」

 

 またしてもいずこからかワイズルーの声が響く。今度は姿も見えない、文字通り高みの見物と洒落込んでいるのか。

 

「私が貴様らとナイストゥーミーチューした記念すべきこの街をステージに、泣いても笑っても決着をつけるでショータァイム!!」

「ッ、今度は何やらせようってんだ!?」

「HAHAHA……知りたいか〜い?」

「勿体ぶんな……!」

「あらやだこわい……ならばロキマイナソー、アタック!」

 

 パチンと指を鳴らす音が響いた、次の瞬間だった。

 

「────ッ!エイジロウっ!!」

 

 何かが空気を薙ぐ音に反応し、ショートがエイジロウを押し退ける。刹那、彼の二の腕から鮮血が舞った。

 

「ぐっ……!?」

「ショートっ!」

 

 腕を押さえてしゃがみ込むショート。いったい何が?混乱するエイジロウに対し、彼は攻撃の正体を察知していた。

 

「ッ、……狙撃された……!」

「狙撃?銃か?」

「……ああ。多分、また──ッ!」

 

 ショートの言いかけた通り、二射目はすぐに来た。エイジロウは咄嗟に彼の肩を担ぎ、路地裏に連れ込む。その間にも大路には弾丸が降りそそぎ、煉瓦に風穴を開けていた。

 

「くそっ……あんにゃろう、どこから撃ってきてやがんだ」

「ッ、射線が読めねえ……」

 

 結局、ここも敵の掌中であることに変わりはない。弾丸を掻い潜り、敵の居処を掴む──それ以外に、自分たちに勝ち目はないのだ。

 

「ここに潜んでても時間が経つだけだ……俺、捜してくる!」

「ッ、なら俺も……!」

「その怪我で迂闊に動くのは危険だ!ここじゃリュウソウルも使えねえみたいだし……──大丈夫、任せとけって……な?」

 

 諭すように言うと、ショートはあきらめたかのように小さく息をついて、身体から力を抜いた。

 

「っし……!行ってくるぜ!」

 

 意を決し、エイジロウは路地裏から飛び出した。同時に弾丸が四方八方から降りそそいでくる。

 

(なんなんだ、これ……!一体どこから──)

 

 その答に辿り着くのは、エイジロウの頭脳では容易なことではなさそうだった。

 

 

 *

 

 

 

 同じ頃、どこか鬱々とした城内に抜き足差し足で忍び込む小柄な人影があった。

 

「おいコタロ〜……やっぱり外に戻ろうぜー?危ねぇよぉ〜……」

「何言ってるの、いざってときはプテラードンになって戦えるだろ」

「ヤダよぉ……オレ、プリシャス苦手なんだもん……」

 

 ぼやくピーたんを懐に抱きつつ、コタロウは城の奥深くへと進んでいく。ここはプリシャスの本拠地であり、彼やサデンと万が一鉢合わせるようなことがあれば戦う力をもたぬコタロウでは非常に危うい。いかにピーたんが護衛として付いていると言ってもだ。

 しかし今のところ、その気配は微塵も感じられない。あとはワイズルーの居処だが──

 

「……大丈夫、いざというときは私がいる」

「へ?」

「え?」

 

 ピーたんが懐で奇妙な反応を示すものだから、コタロウは不思議そうに目を瞬かせた。

 

「……僕、今なにか言ってた?」

「う、うん〜……たぶん?」

 

 独りでに出でたは声だけではない。身体の奥底から湧き上がってくる何かを、コタロウは感じていた。

 

 



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45.ブルー・ピリオド 3/3

グリリバァ


 

 その頃、プリシャスはもう城内にはいなかった。サデンとクレオンを供として率い、暗い地下道を進んでいる。

 

「──エラス様の鼓動がここまで伝わってくる……。はぁ……お目にかかるのが楽しみだよ」

「はい、真に」

「………」

 

 とぼとぼと着いていきつつ、クレオンは頻りに背後を気にしていた。そこには先ほど通ってきた暗闇がぽっかり口を開けているばかりで、何ものの気配もない。──わかりきった、ことだったけれど。

 

「どうかしたかい、クレオン?」

「!」

 

 クレオンの様子がおかしいことに気づいたのだろう、プリシャスが表向き気遣うような声をかけてくる。彼に思いやりなどというものが微塵もないことは、短い付き合いの中でもよく知っているのだが。

 そんな男に、自分は付き随っている。それは長らくコンビを組んできた、ワイズルーの命令による行動でもある。しかし本来、自分は特定の誰かの麾下にあるわけではない。ドルイドンの手助けをするのは自由意志によるもの、自分のことは自分で決める。

 

「……さーせんプリシャスさま、オレ忘れものしちゃって──ちょっと戻りまっす!!」

 

 半ば言い捨てるようにそう告げて、踵を返して走り出す。やはりというか、呼び止められることもない。今は、それで良かった。

 

 

 *

 

 

 

 前後左右、ついでに頭上からも襲いくる弾丸の雨あられ。エイジロウは建物などのオブジェクトを巧みに利用しながら、必死に市街地を駆けずり回っていた。

 

「HAHAHAHAHA、なかなか粘るなぁリュウソウレッドォ!でも、そろそろ息切れしてるんじゃないか〜い?」

「はぁ、はぁ……っ。誰が……!」

 

 実際、流石に疲弊が表面化しつつあるのは確かだった。降りそそぐ弾丸をかわしながら走り続ける、瞬発力と持久力の両方を必要とする作業だ。後者には自信があるエイジロウだったが、前者については不得手とするところ。それでもどうにか保たせているのは、自分なりに弱点を克服しようと鍛錬を続けてきたからだ。

 

(せめて、ソウルが使えりゃ……)

 

 無いものねだりをしても仕方がない。負傷したショートのことも気がかりだ。

 意を決したエイジロウは──ごくんと唾を呑むとともに、肚をきめた。

 

「──ッ、」

 

 身を潜めていた軒先から飛び出す。しかし、今までのように弾を忌避して全速力で走り出すことはない。その場に立ち尽くし、ぐるりと四方を睨みつける。

 

「Oh……ついに降参か〜い?」

「……いつまでも逃げ回ってるっつーのも、漢らしくねぇからな」

「HAHAHAHA……それは良い心がけ☆DA!しかしこれから、漢らしさとは程遠い姿になるのだがな!」

 

 勝利を確信したワイズルーの声とともに、弾丸があちらこちらから飛んでくる。不幸中の幸いリュウソウケンは手許にあったため、エイジロウは懸命にその刃を振るってそれらを受け止める。

 

「ッ、」

 

 ただがむしゃらに防いでいるわけではない──エイジロウは弾丸の発射方向を見極めようと、赤い瞳をぎょろぎょろと動かしている。しかし逃げ回っていたときと同じ、四方八方から弾丸は飛んでくる。同時に──つまり撃つたびに走って移動しているだとか、そういうことはありえない。

 ならば、可能性はひとつ。

 

(やっぱり……ダンスのとき(さっき)と同じか。俺らをこの中に閉じ込めて、元の場所から攻撃してきてる……!)

 

 ここはマイナソーの能力によって生み出された舞台。たとえば、仮に箱庭のような世界になっているのであれば、弾丸を様々な角度から撃ち込んでくるくらいわけもないだろう。

 ただそれがわかったところで、世界の繋ぎ目を見つけられねば意味がない。歯を食いしばりながら、エイジロウはようやく動き出そうとする。

 しかし、

 

「──ぐぁッ!?」

 

 太腿の外側に焼けつくような痛みがはしる。弾丸が掠ったか、おそらく直撃ではないだろう。しかしこれでもう俊敏には動けない。腕の筋肉も、そろそろ悲鳴をあげはじめる頃だ。

 

「フハハハ!そろそろ限界かな?」

「ッ、うるせぇ!!」

「Ohコワ……。そう怒ることはなァい、敗けてもシヌわけではないのだからな!」

 

 四人のように人形にされて、永遠にワイズルーの手で玩ばれる──そんなもの、死んでいるのと変わらない。それに自分たちが倒れたら、誰が世界を救うのか。

 

「絶ッ対、敗けねえ……!」

「フハハ、その威勢もいつまで続くか☆NA!?」

 

 弾丸は途切れるどころかますます激しさを増していく。弾き返す動きも鈍くなり、身体をかすめる着弾も増える。そのたびに剣が重くなってゆき……と、悪循環の輪から抜けなくなりつつあって。

 

(くそっ、俺は……まだ……!)

 

「HAHAHAHAッ、そのままキュートなお人形になってしまうでショータァイム!!」

 

 一発の弾丸が、エイジロウの真後ろから迫る。他に気をとられて反応が遅れる。背中のど真ん中に、吸い込まれていく──

 

──刹那、そこに彼より背の高い人影が割り込んだ。

 

「ふ……っ!」

「あ──ショートっ!?」

 

 モサブレードを振るい、直撃コースの弾丸を弾き飛ばす。彼は一瞬こちらを振り向くと、珍しく不敵な笑みを浮かべてみせた。

 

「おめェ、大丈夫なのか!?」

「怪我したのはお互い様になっただろ。お互い前方と利き手の方向にだけ集中すれば、負担は半分になる」

「……確かにな」

 

 ただ──今さら言っても詮無いことだが、エイジロウを放っておいて出口を探すという手もあるにはあっただろう。そうしなかったのは、エイジロウまで脱落させるわけにはいかないという友情と計算によるものか。前者のみに駆られて、というのは美しいが、使命を果たすためには冷徹な判断もときには必要だ。そのうえで、ショートはエイジロウを助けに来た。

 

「乗り切るぞ、エイジロウ」

「おうよ!」

 

 ふたたび勢いを取り戻した彼らを、ワイズルーは口惜しさと高揚が綯い交ぜになった感情をもって食い入るように見下ろしていた。

 

「ノォオオオオ……!ヤツら粘る、粘るぞ!」

「ショータァイム!」

 

 揃って夢中になっているワイズルーとロキマイナソーは、背後から忍び寄る存在に気づくことができなかった。

 

 

 *

 

 

 

 時をほんの数分巻き戻そう。

 ピーたんともども古城に忍び込んでいたコタロウは、敵に遭遇するどころかその気配すら掴めないことを訝しんでいた。いや自力で立ち向かう術がない以上、襲われることはもとより避けたかったのだが。

 

「ヘンだよね〜、コタロウ?」

「……うん。もしかするとプリシャスたち、もうここにはいないのかも」

「いないって、どこに行ったってんだよ〜?」

「それはわかんないけど」

 

 問題は、ワイズルーだ。エイジロウたちとともに姿を消してしまったかのドルイドンとマイナソーは、今もこの城のどこかにいるに違いない。不思議とそんな確信があった。

 

「──おい、コタロウ!」

「!、どうしたの?」

 

 ピーたんの声で我に返る。その指し示す先に目をやると、そこには地下へ繋がると思しき階段があって。

 

「どうする……?」

「決まってる、行くしかない」

「……ヤッパリナ〜」

 

 ため息をつきつつ、ピーたんはコタロウに出逢った当初とは異なるものを感じていた。具体的に何が、といえるほどの変化ではないのだが、あえて言うなら少年らしからぬ冷静沈着さの中に英雄が如き勇猛果敢の萌芽を覗かせるようになったというところか。エイジロウたちの影響と言われればそれまでだが、ピーたんには時折彼が別人のように思えるときがあった。

 

 そうして地下に降りたコタロウたちは、ワイズルーとマイナソーを発見し──そして、今に至る。

 

「……ピーたん、ワイズルーを後ろから押し出すんだ」

「へっ?マイナソーのほうじゃなくて?」

「うん。僕の考えた通りなら──」

 

 

「そこだ!よしがんばれ、いいぞロキマイナソー!」

「ショータァイム!」

 

 撃ちまくるマイナソーに、囃し立てるマイナソー。下方にしか目を向けていない彼らに、紺碧の翼が忍び寄り──

 

「──どりゃあああああ!!」

「グボァッ!!?」

 

 飛翔形態になったピーたんに背後から思いきり体当たりを受け、油断しきっていたワイズルーはそのままロキマイナソーのつくり出した箱庭に吸い込まれていった。

 

「やったゼ!」

「よし、ずらかるよピーたん」

「なんかヴィランみた〜い」

 

 マイナソーを残し、ふたりはすぐさま撤退した。ロキマイナソーは思わぬ闖入者を追いかけようとするも、箱庭を放置できず二の足を踏んだ。そこまで含めて、コタロウの狙い通りだったのだ。

 

 

「アイヤァァァァ──ッ!!?」

「!、ワイズルー!?」

 

 いきなり悲鳴とともに真正面に墜落してきた仇敵に、エイジロウとショートは面食らった。弾丸攻めが止んだと思っていた矢先の出来事だった。

 

「どうなってんだ……?」

「あ──もしかしたら、コタロウがやってくれたのかも!」

「なるほどな、超ファインプレーってやつか。──なら、」

 

 自分たちも、そのチャンスは決して逃さない。ふたりは地を蹴り、まっすぐワイズルーめがけて走り出した。

 

「おらぁああッ!!」

「ぬぅ……ッ、生身で斬りかかってくるとは、人をバカにしているのか!?」

 

 彼らはリュウソウジャーの中でも最強クラスの力を保持していて、既にワイズルーの実力を遥かに凌駕している。しかしそれは竜装した状態での話であって、生身のリュウソウ族に圧倒されるほど落ちぶれたつもりはなかった。

 しかし、

 

「ショートっ!」

「ああ!──来いッ、リュウソウカリバー!!」

 

 ショートの手に飛来する、伝説の剣。その刃が解き放つ輝きはワイズルーの目を眩ませ、動作を一瞬ながら鈍らせた。

 

「ふ、──はぁッ!」

「グハアァァァッ!!?」

 

 伝説の剣のひと薙ぎが、ワイズルーを吹き飛ばした。

 

「舐めるなよワイズルー。確かに俺らは生身じゃそう強くはねえが──」

「──腕は着実に磨いてる。さあ、次は俺の番だ!」

 

 そう声を張り上げて、エイジロウはマックスリュウソウチェンジャーを構えた。この箱庭世界にいる以上、ワイズルーに逃げ場はない。そしてワイズルーを討てば、マイナソーも消滅するのだ。

 

「ええぃ……!まだだ、まだ終わらんよ!」

 

 猛然と立ち上がるワイズルー。咄嗟に身構えるふたりだったが、彼がとった行動はその警戒を裏切るものだった。

 

「ロキマイナソーよ……茶番は終わりだ。彼らを、真のラストステージに招待しろ」

「……ショータァイム……」

「!」

 

 真のラストステージ?疑問に思う間もなく、ふたりはふたたび光に呑まれて──

 

 

 はっと我に返ると、ふたりは燈火に照らし出された舞台の上に立っていた。真正面にワイズルーが立ち尽くしている。それ以外何もない、およそ彼らしからぬ決戦のステージ。

 

「ここは先ほどまでとは違い、貴様らの力を封じていない。さあ、チェンジするがいい」

「……ああ。──ショート、ここは俺に任せてくれ」

「!」

 

 騎士の誉れ、一騎打ち。ワイズルーの覚悟を見てとったからこそ、エイジロウはそれをするに足る相手と彼を認めた。

 王族として誇りを高く保つよう教育を受けているショートも、その心情は理解できた。ゆえに言い募ることもなく、一歩下がる。万一エイジロウが敗れるようなことがあっても、それは彼の矜持の結果だ。

 

「貴様を……殺す!」

「………」

 

「──リュウソウ、チェンジ」

 

 マックスリュウソウチェンジャーが雄叫びをあげる。エイジロウの身体がリュウソウメイルに覆われ、さらにマックスリュウソウルに宿った気高き騎士の魂が彼をさらなる高みへと導いた。

 

 対峙する紅と蒼。黄金の騎士がオッドアイを刮目して見守る中、静寂は即座に破られた。

 

「────ッ!」

 

 風を切り、ワイズルーが駆け出す。巫山戯た言動と知略ばかりが目立ってきた彼だが、ビショップクラスという紛れもない高位のドルイドンである。腕力では他に劣るというだけで、そのスピードは本気を出しさえすればリュウソウジャートップのリュウソウグリーン・イズクをも凌ぐ。

 それでも今さら、ドルイドン一体に敗北を喫している場合ではないのだ。

 

「──エイジロウっ、使え!!」

 

 ショートが投げたリュウソウカリバーを左手で受け取り、勇猛の騎士もまた走り出した。ふるき伝説とあたらしき伝説がひとつとなり、彼の心身を燃え上がらせる。

 

 そして刹那のあと、相剋のときは訪れた。ステッキと竜爪とがぶつかり合い、火花を散らす。身体能力では一部拮抗していても、武器の性能は後者に明らかな分がある。流石に折れはしなかったが、衝撃の殆どを殺しきれず主の細腕に伝播させた。

 

「ヌウゥ……!──まだまだァ!!」

 

 痛む腕ともども、ステッキを振り上げる。その先端からかっと光が放たれ、無数の煌めく雨となってレッドに襲いかかる。

 

「ッ!」

 

 赤い身体はあっという間に光のむこうへ消え失せてしまう。眩い光に目を細めながら、ワイズルーはとある光景を夢見ていた。倒れ伏すリュウソウレッド。そして勝者として立つ自分は、顔のない大勢の観衆による喝采を浴びる──と。

 

 その幻想を、現実が突き破った。

 

「──そいつはもう、見飽きてんだ!」

「!」

 

「エバーラスティング、ディーノスラァァッシュ!!」

 

 ワイズルーの視界が、ふたたび閃光に包まれた。

 

 

 そして。

 エイジロウたちは今度こそ、古城の地下に立ち尽くしていた。

 

「………」

 

 目の前には、ワイズルーが横たわっている。その生命力の強さが奏功したのか、まだ息はあるようだけれど。

 しかしそれも、誤差の範疇でしかない。モサブレードを手に、ショートが一歩進み出ようとする。──と、

 

「やめろおぉぉぉぉ──ッ!!」

 

 ワイズルーを庇うようにして割り込んできたのは、姿が見えないと不審に思っていたクレオンだった。彼はワイズルーの身体を抱え込むようにしてふたりに背を向けている。

 

「ワイズルーさまに触るな!!……ワイズルーさまは変な人だけど!たまにムカつくけど!面白くて、ボクを認めてくれて……!ボクの、大切な相棒なんだ!やるならボクからやれよ!!」

「………」

 

 躊躇う理由などひとつもない、はずだった。ワイズルーだけでなくクレオンも、長らく仇敵として戦い続けてきた相手なのだから。

 しかしそれは、今この瞬間に限れば理屈のうえだけでの話だった。クレオンの、己の身を捨ててでもワイズルーを守ろうとする姿。敵だからと何も感じないほど、騎士たちの心は冷たく出来てはいない。

 

「──もう、勝負はついた」

 

 静かな、しかしきっぱりとした声音で、エイジロウがそう宣言した。

 

「人間もリュウソウ族もドルイドンも、心のありようはそう違うもんじゃない。……お互いもっと早くそれに気づければ、争わずに済んだかもしれねえのにな」

「あ……」

 

 直後、ワイズルーの生み出したロキマイナソーが巨大化を遂げた。ふたりはその対処のために城外に出、ワイズルーもクレオンも命を永らえたのだった。

 

 

 *

 

 

 

「ショータァイム!!!」

 

 雪をきしきしと踏み荒らしながら、ロキマイナソーは狂ったように暴れ続けている。宿主を司令塔としていたものの、その命令を受けられなくなって狂暴化したのだろう。周辺に人里はないが、それでも早く対処しなければ。

 そう思って駆け出したところで、巨人がマイナソーに躍りかかった。

 

「!、あれは──」

「キシリュウオー……?」

 

 キシリュウオー、ファイブナイツ。しかしその頭部は蒼い兜に包まれている。

 

『キシリュウオー、ファイブナイツブルーだ!!』

「テンヤ!?」

 

 元に戻れたのか──声に出してつぶやくと、『つい今しがたな』と返答があった。

 

『ふたりとコタロウくんたちのおかげで助かったけど……』

『僕らだって、このままじゃ終われない!』

『このクソは俺らがブッ殺す、手ぇ出すな!!』

 

 人形にされて囚われの身となっていたぶん、意気軒昂な四人の操るファイブナイツブルー。気圧されたロキマイナソーは慌てて距離をとり、先ほど射撃に使っていたらしい銃を撃ちはじめた。弾丸が機体に命中し、火花を散らす。

 

「ッ!」

「くっ……その程度の攻撃で、我らがキシリュウオーを傷つけられると思うなっ!!」

 

 叡智の騎士の叫びと同時に、キシリュウオーはふたたび前進を開始した。多少のダメージなどお構いなしに脚部のブースターを噴かし、急加速していく。

 

「ショ、ショオタァイッ!?」

「────、」

 

「喰らえ──ッ!!」

 

 ナイトソードによる刺突がマイナソーの局所に炸裂した。加速と一点集中による一撃のダメージは大きく、マイナソーは蛙の潰れたような悲鳴とともに後方へ吹き飛ぶ。雪が大きく舞い上がり、ファイブナイツブルーのボディを白く染めていく。

 それでも、彼らの心は未だ燃えさかっていた。

 

「まだまだッ、アンキローゼショット!!」

「タイガースラッシュ!!」

「ミルニードルアタックゥ!!」

 

 鬱憤を晴らすかのように、次々と攻撃が加えられていく。先ほどの衝撃で銃を放り出してしまったロキマイナソーには、もはやファイブナイツに喰らいつくだけの戦闘能力はない。既に討滅へのカウントダウンは始まっていた。

 

「決めろやクソメガネ!!」

「わかっているとも!──行くぞ、キシリュウオーファイブナイツブルー!!」

 

「「「「「ファイブナイツブルー、アルティメットスティング!!」」」」」

 

 目にも止まらぬ勢いで繰り出される刺突、刺突、また刺突。ロキマイナソーの身体には次々と風穴が開き、ようやく収まったようには文字通り蜂の巣の様相を呈していた。

 

「ショー……タァ……」

 

 こうまで肉体が破損してはもう、姿かたちを保つことはできない。苦悶の声を発しながら、ロキマイナソーは粉々に爆散したのだった──

 

 

 *

 

 

 

「マイナソー……敗れたか……」

 

 己が分身の死を、ワイズルーは悟っていた。ただリュウソウジャーに倒されずとも、もはや時間の問題だっただろう。満身創痍のこの身体に、巨大化したマイナソーに供給できるほどのエネルギーは残されていないので。

 

「ワイズルーさま……!しっかりして!」

「フフ……いちばんのエンターティナーは、ヤツらだったようだ……」

「そんなことない!ワイズルーさまは!ワイズルーさまはずっと……最高のエンターティナーだった……!」

「ありがとう……クレオン。おまえはずっと、最高のオーディエンスで、私の……相棒だった……」

「……!」

 

 倒れ伏していたワイズルーがゆるゆると立ち上がる。しかしそれは最後の気力を振り絞っての行動──クレオンが伸ばした手は、虚しく空を切った。

 

「我が人生に、一片の悔いなし……!──これにて、終幕!!」

 

 その言葉と群青の紙吹雪を残して、ワイズルーは忽然と姿を消してしまった。まるで最初から、かの道化師など存在しなかったかのように。

 

「……ワイズルー、さま……」

 

 その名を呼ぼうとも、もはや応えるものはない。

 

「「ワイズルーさまあぁぁぁ────!!」」

 

 悲嘆の慟哭が、雪原の彼方まで響き渡っていた。いつまでも、いつまでも。

 

 

 つづく

 

 





「エラス様がボクらを支援してくださる」
「リュウソウジャー、倒す!!」
「陸海空の力を合わせるんです!」

次回「蠢く闇の中で」

「相変わらずだな。おまえたちは」

今日の敵<ヴィラン>

ロキマイナソー

分類/アンノウン
身長/203cm〜48.0m
体重/111kg〜630t
経験値/315
シークレット/ワイズルーを宿主として生み出されたマイナソー。宿主のエンターティナー気質を引き継ぎ、そのアイデアに合わせて様々なステージを用意する。当人も非常に悪戯好きで困ってしまうぞ!
ひと言メモbyクレオン:ワイズルーさまの最高オブ最高の相棒はボクだからな!

ワイズルー

分類/ドルイドン族ビショップ級
身長/193cm
体重/290kg
経験値/142
シークレット/自称"最高オブ最高のエンターティナー"。その知略と冷酷な遊び心のコラボレーションで、長らくリュウソウジャーを苦しめたのでショータァイム!
ひと言メモbyクレオン:誰がなんと言おうと、ボクの大事な相棒だった……!……タンクジョウさまとどっちが上かって?そんなの……。


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46.蠢く闇の中で 1/3

 

 拠点としていた古城を脱出したプリシャスとサデンは、延々と暗い坑道のような通路を進んでいた。その出口がどこに繋がっているかは、彼ら自身しか知らない。

 ふと、サデンが足を止めた。

 

「どうしたの、サデン?」

「……いえ。クレオン、追いかけて来ませんね」

 

 サデンの発した言葉に、プリシャスは意外そうに肩をすくめる。

 

「そんなこと気にするなんて、キミらしくもないね。もうどうでもいい存在なんだよ、あれは」

「!、……しかし、マイナソーを生み出せる能力は貴重かと存じますが」

「今まではね。でもそんなの、エラス様のお力の前では塵芥に等しいのさ」

 

 プリシャスはもう、エラスのことしか頭にないようだった。その場を意味もなく歩き回りながら、エラスが如何に素晴らしい存在か、その後ろ盾を得た自分たちの勝利が明らかであることなどを熱弁する。こうなると止めようがないことを知っているサデンは、黙ってそれを聞き続けた。

 ややあって、

 

「おっと、ごめんごめん。つい熱くなってしまったよ」

「……いえ」

「とにかく、エラス様がボクらを支援してくださる。リュウソウカリバーによる傷も癒える頃だろう、そろそろ──あ、」

 

 不意に前方から響く重々しい足音に、プリシャスは言葉を止めた。咄嗟にサデンが彼を庇うように前へ飛び出し、迫るシルエットへ剣を差し向ける。

 しかし、

 

「大丈夫だよ、サデン」

「!」

 

 サデンの一つ目もまた、その姿を鮮明に捉えた。分厚い鋼鉄に全身を覆われた、常人であれば歩くどころか立っていることさえ困難であろう姿。

 

「ウゥゥゥゥ……」

 

 

「──プリ、シャス、様……」

 

 唸るようにつぶやかれた言葉こそ、エラスがプリシャスの意のままに動き出していることの証左だった。

 

 

 *

 

 

 

 因縁の仇敵をついに討ち果たし、リュウソウジャー一行はふたたび古城へと突入した。

 

「………」

 

 彼らが今立つは、ワイズルーと決着をつけた薄暗い地下室の中。散乱した青い紙吹雪が、彼が確かにここで最期を迎えたのだという事実を表している。

 にもかかわらず、ワイズルーの骸やその痕跡はどこにも存在しなかった。

 

「どこに消えてしまったんだ、ワイズルー……」

「クレオンが持ってっちゃった、とか?」

「……そもそもてめェら、本当に息の根止めたんだろうなァ?」

 

 エイジロウとショートは思わず顔を見合わせた。──クレオンの真摯な姿に絆されて、とどめを刺さなかったのは事実だった。

 

「……悪ィ」

「ア゛ァァ!!?てめェら甘ぇにも程があんだよ、俺らがあのクソ目玉ども追いかけてってる間に懲りずにこの辺で暴れられたらどう落とし前つけるつもりだ、ボケカスコラァ!!!」

「わぁ、なんて口の悪い……」

 

 今さらすぎる話ではあるが。

 

「わ、悪かったって……。でもあんときは……いや今もだけど、全然そんなこと疑ってなかったんだ。あいつ最後の最後だけは、まっすぐに、ひとりの漢として俺らにぶつかってきてたから」

「ッ、それが甘ぇっつってんだよ。敵を信用するとか、ねぇわ。敵じゃなくたって……」

 

 そこまで言って、カツキは口をつぐんだ。過去のことは過去として、現在には適用しないとセイン・カミイノでの戦いを通じて決めたのだ。今さらそんなことを言っても、始まらない。

 

「なんかあったら、すぐオレが連れてきてやるよ!」ピーたんが能天気に言う。

「ふふ……そうだね。今はとにかくプリシャスたちを追おう。奴ら、ワイズルーよりよほど危険だ」

「でも、どこへ消えてしまったんでしょうね。城なら緊急時の脱出用通路とか、ありそうなものですけど」

「!、それだ!」

 

 エイジロウは思わず手を叩き、次いでコタロウをひょいと抱き上げた。二重抱きにされた形のピーたんがなぜか先んじて「ひぇっ」と声をあげる。

 

「あれ……おめェ重くなった?」

「ッ、なりましたよ!当たり前でしょ、背も伸びてるんだから」

 

 出逢った頃のように喚いたり暴れたりということもなく、コタロウはじとりと冷たい視線で見下ろしてきた。無言の圧力を感じ、エイジロウはすごすごと彼らを床に降ろす。

 

「遊んでんじゃねえ、そうと決まりゃとっとと探すぞ」

「いや遊んでたわけじゃ……いや、うん、そーだな」

 

 そうと決まればと、皆ばらけて捜索を開始する。エイジロウもそれに倣いつつ、コタロウの放った言葉について考えた。確かに彼との身長差は、出逢った当初と比べてすこし縮まったか。元々怜悧な顔立ちは変わらないといえば変わらないが、さらに凛々しくなったといえばその通りな気もする。自分や仲間たちだって成長期にはあるはずなのだが、リュウソウ族と人間の成長速度の違いを改めて感じさせられる。

 この旅も、終わりが近づいている。そのあとコタロウはどうするのだろう。別れてそれから定期的に会うようなことでもなければ、彼はあっという間に大人になり、老いていってしまう。自分がマスターたちの年齢になる頃には、もう──

 

 エイジロウはぶんぶんと首を振り、動き出した。そんなことを考えるのは、最低でも村をもとに戻してからだ。この星に巣食うドルイドンは何体か倒した。今はまだ、それだけなのだから。

 

 

 *

 

 

 

 感傷とは裏腹に、捜索作業というのは地道極まりないものである。あちこち部屋の扉を開け放っては中を検め、隠し扉のようなものがないか探っていく。おざなりだと二度手間になるか、最悪見逃してしまうため、慎重かつ継続的な集中力が必要になる。その能力を十分に備えているのは生真面目なテンヤと王子という立場に磨かれたショート、そして案外几帳面なカツキといったところか。対してオチャコはどこまでいっても大雑把だし、イズクも気をつけてはいるのだろうが抜けたところがある。くどくどしいまでにカツキに言いつけられて、ふたり揃って憮然としていた。そんなところもお似合いなのかもしれないが。

 

 エイジロウも神経を使う作業は得意とするところではないが、ピーたんとワンセットになっているとはいえ流石に独りにはしておけないコタロウを率いての捜索である。こういうとき、また頭を使うときは彼を恃みにしてしまう部分がどうしてもあるのだ。カツキなどには常日頃から「情けねえ」と呆れられてしまうが。

 

「そっち、どうですか?」

「!、お、おう。なんもなさそーだなぁ……」

 

 ふたりは今、城の最奥に位置する礼拝堂を検めている最中だった。二次元的にも三次元的にも空々しいほど広げられた空間に、あまたのベンチが置かれ、かつては主に限らず城に出入りする多くの人々によって利用されていただろうことを窺わせる。そして最前方には、思わず見惚れてしまうような美しい女神像が安置されていて。エイジロウはぼおっとその嫋やかな笑みに視線を向けていた。

 

「……ナニ見惚れてんですか」

「うおっ!?」

 

 気づけばコタロウが引っ付きそうなほどの距離からじとりと見上げてきていた。よほど意識をもっていかれていたのだろうか。

 

「だ、だってほら、こんな綺麗な石像なかなかお目にかかれねえし……」

「……まあ別に良いですけどね。ここが実際に使われていた頃なんかは、もっと装飾もあってきらびやかだったんでしょうけど……──ん?」

 

 なんだかんだ自分も頭頂から台座までしっかり眺め回していたコタロウが、ふと何かに気づいたようだった。

 

「これ……動いた形跡がありませんか?」

「へ?」

 

 コタロウの視線に合わせて、エイジロウもじっと床を凝視してみる。と、白い床だからわかりにくいのだが、台座を起点に埃のない箇所がみごとな長方形を形作っていた。そのままスライドする形で移動したことがあるのだとすれば、このようになるのも不自然ではない。

 

「よくわかったな、コタロウ」

「ええ、まあ……。それより、何か動かす仕掛けがあるのかも」

「仕掛け?仕掛けなぁ……」

 

 それこそ彼が苦手とする分野である。うんうん唸り出したエイジロウに対し、コタロウはくすりと苦笑を向けた。

 

「まあいちいち探らなくても、リュウソウルで解決できそうですけどね」

「へ?……お、おめェなぁ!」

 

 最初に言ってくれとも思ったが、そもそも騎士たるもの自分で気づいておくべき話だ。耳まで真っ赤になりつつ、エイジロウはカルソウルを装填した。

 

『カルソウル!フワッフワ!』

 

 慣れ親しんだ電子音声が流れるとともに、石像が台座ごと浮き上がっていく。果たして晒された床面には、彼らの想像した通りのものがあって。

 

「ビンゴ、ですね」

「っし、みんなを呼んでこようぜ!」

 

 揚々とこの場を離れようとするエイジロウ。しかし彼の頭からはひとつ、とても大事なことが抜け落ちていた。

 

──ガシャアァァァァン………。

 

「あ、」

 

 恐る恐る振り向けばそこには、見るも無残に砕け散った女神像。

 

「……何やってんですか」

 

 コタロウの冷たい視線を浴びるのは、本日三度目だった。

 

 

 *

 

 

 

 ともあれ、プリシャスたちはこの隠し通路から脱出した可能性が高い。集合したリュウソウジャー一行は、意を決してそこへと足を踏み入れた。

 

「この道、どこまで続いとるんやろ……」

「こればかりは進んでみないことにはな……」

 

 そんなやりとりが時折挟まるくらいで、あとはひたすら歩き続けるだけだ。砂漠地帯を進んでいたときを思い出すような、代わり映えのない光景。

 

「………」

 

 そんな中、定位置となっている最後尾を歩くコタロウはふと自分の手を見下ろした。

 

「どした、コタロウ?」

「!」

 

 沈思している様子が伝わってしまったのだろう、エイジロウが声をかけてくる。彼は先ほどのような凡ミスをやらかしたり細かいことを気にしない性格である割に、他人の機微についてはとことん鋭い。そんなことは出逢った初日の夜にはわかりきっていたけれど。

 

「いや……最近、妙に冴えてるというか。身体も思った通り以上に動くような気もして」

「はは、コタロウでかくなったもんな」

「まあ、それはそうなんですけど」

 

 ただ──とりわけそう感じるようになったのは、はじまりの神殿を訪れて以後の話だ。神殿に遺された始祖リュウソウ族の青年の思念に取り憑かれてから、というのが正しいか。

 

(……僕の中に、誰かがいる。そんな気がする)

 

──不思議だね、縁というものは。

 

 彼の言葉を、改めて思い起こす。消えたと思っていたけれど、もしかするとまだ自分の中に残されているものがあるのだろうか。それすらも憶測の範疇でしかないのに、それがどのような意味をもつのかなどコタロウには想像がつかなかった。

 それより今は、現実の課題が目の前にある。

 

「あの……思ったんですけど、このまま徒歩でプリシャスたちに追いつくのは難しくないですか?」

「確かに、ワイズルーに時間とられちまったしな」

「とすると、何か移動手段が必要か……」

「ンなもんすぐに調達できたら苦労しねーわ。騎士竜でも使うか?」

「って言っても、この通路の大きさじゃ……」

 

 ティラミーゴたちが本来の大きさで通行できるほど、この地下通路は広くない。どうしたものかと皆で考え込んでいると──その時間自体無駄だとカツキが苛立っている──、不意にオチャコが「せや!」と手を叩いた。

 

「珍しくなんか思いついたンか丸顔?珍しく」

「珍しくは余計や!しかも二回も……まぁええけど、とにかく任せといて!」

 

 言うが早いか、オチャコが発動したのはムキムキソウル。この時点で嫌な予感を覚えた一同は、誰が言い出すでもなくさささっと距離をとった。

 そして、

 

「よ〜〜〜し……ど、りゃあぁぁぁぁぁっ!!」

 

 いきなり壁面に手をかけたかと思うと、筋力強化された細腕に力を込めはじめる。まさかと思いつつ、彼女のしようとしている行為が嫌でも想像できてしまう。

 しかしその瞬間は、それよりもずっと早く訪れた。

 

「あぁぁぁぁ────はいぃっ!!」

 

 あえて言うならそれは、破裂音のようなものだっただろうか。オチャコの背丈の数倍もありそうな巨大な巌の塊が、岩壁から引き剥がされたのだ。

 

「ふぃー……これ加工すれば、ええ感じのソリになるんちゃう?」

「………」

「?、みんな、どしたん?」

 

 完全に距離をとっている男どもを前に、紅一点は首を傾げるのだった。

 

 

 *

 

 

 

 ともあれ、オチャコが素手で切り出した岩を皆で削って形を整え、全員が乗れるそりが完成すた。引くのはもちろん、騎士竜たちの役目だ。

 

「頼むぜティラミーゴ、みんな!」

「任せるティラ!」

「ちっちゃくても、父ちゃんのパワーは百人力さ!」

 

 ミニ騎士竜たちが一斉に飛び跳ねる。戦闘時以外は亜空間にこもっているラプターズと水中でなければ身動きのとれないモサレックスが不参加なのは仕方がないとして、ピーたんもコタロウの懐からは出ようとしなかった。尤も駄々をこねていたところを彼に一喝され、渋々牽引役の文字通り一翼を担うことになったのだが。

 

「そもさん汝らに問う、心の準備は宜しいか!?」

「オーケー!」

「じゃあいくティラ〜!!」

 

 「用意ドン!」の勢いで、騎士竜たちが一斉に走り出す。身体は膝下くらいのサイズにまで縮小していても、チビガルーの言った通りその馬力は常人など一捻りできる程度にはある。そりはあっという間に加速していく。確かに歩くよりはずっと速いが、

 

「ぬうおぉぉぉぉ──ッ!?」

「み、みんな振り落とされないで……かっちゃあぁぁぁん!!」

「ひっつくなウゼェェ!!」

 

 顔の形が変わるほどの風圧を受けながら、少年たちは執念の追跡を再開するのだった。

 

 

──同じ頃、彼らが目指す彼方にいるドルイドンたちは揃って足を止めていた。

 

「………」

「フ……キミも感じたかい、サデン?」

「はっ」

 

 追跡者たちが距離を詰めつつある──ドルイドンゆえの鋭敏な感覚で、彼らはその事実を捉えた。同時に"第三の異形"が、鼻息荒く地団駄を踏む。

 

「プリシャス、様、ここは、ワタシが!」

「ふむ、そうだねぇ……──どう思う、サデン?」

 

 意見を求められたサデンは少し考えるそぶりを見せたものの、程なく確りとかぶりを振った。

 

「まだ時期尚早かと。奴らの手にマックスチェンジャーもリュウソウカリバーもある以上、せっかくのエラス様の恩情が無に帰す可能性もあります」

「なるほどね。ならサデン、キミに任せても良いかな?足止め程度で構わないよ」

「承知いたしました」

 

 恭しく一礼し、来た道を引き返していくサデン。その背中を見送りつつ、プリシャスは隣に立つ巨体を撫でた。鼻息荒く戦闘を望むかの存在は、その体内に濃密な憤懣のマグマを溜め込んでいるようだった。

 

「──なら、大事に育てなくちゃねえ」

 

 エラスの加護を得て、最強のチームが形成される。その揺るぎない頂点として、自分が君臨するのだ。己が理想はもう成就したも同然だと、プリシャスは確信を深めていた。

 

 

 



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46.蠢く闇の中で 2/3

 

 騎士竜たちに引っ張ってもらい、快速で移動すること幾星霜。

 

「ハァ……ハァ……ちょっと、休憩ティラ……」

「これは、堪える……」

 

 ゼェゼェと荒い息を吐く騎士竜たち。当然、進軍はお休みである。

 

「随分進んでくれたもんなぁ……おつかれ、みんな」

「けっ、最後まで気張れや」

「いや流石に無茶だよかっちゃん……」

「最後っつっても、まだまだ先が見えねえからな」

 

 相当な長さの地下通路である。あの古城から、いったいどこまで続いているというのか。

 

「元々、いざというときの避難路だからね。……もしかすると、海を跨いでいてもおかしくない」

「!、海を跨いでとは……まさか」

 

 その可能性に思い至ったテンヤの言葉に、イズクが頷く。

 

「東方……きみたちの村の近くに、繋がってるかもしれない」

「!!」

 

 休憩がてら食事の準備を始めていたエイジロウとオチャコが、色をなして立ち上がる。もしもそれが事実ならば、村をもとに戻すという願いがいよいよ現実のものとなるのだ。

 

「座れや。可能性っつーだけだわ、方角もわかりゃしねえのに」

「そりゃそうかもしんねえけどよ……!やっと故郷を取り戻せんだぜ?」

「家族や友人、師匠たちに会えるんだ。逸らないわけがないだろう!」

「師匠……おまえたちのマスターか。俺も早く会ってみてぇな」

 

 逸るスリーナイツに同調しつつも、呑気極まりない発言をするショート。おかげで加熱しかかった場が一応は沈静化したのだが。

 

「……ま、どのみちあのクソどもにはとっとと追いつかなきゃなんねぇ。とっとと食って、とっとと出立すんぞ」

「だな!ほらティラミーゴ、俺のぶんも食っていいぜ!」

「遠慮なくもらうティラ!」

 

 先ほどの疲れはどこへやら、ばりばりむしゃむしゃと食糧を貪りはじめるティラミーゴ。彼ら騎士竜は本来食事を必要としないのだが、栄養分を得ることで体力を回復することができる。他の騎士竜たちにも、少しずつだがお裾分けすることになった。

 

「そういえば初めてかもしれないな、騎士竜たちほぼ全員も入れて皆で食事をするというのは」

「たひかに!」咀嚼に勤しみつつ、オチャコも同調する。「街じゃムリやし、外だと食べものに余裕ないことが多かったもんねぇ」

「確かにね。いざってときは助けてもらってるのに、全然労ってあげられなかったし……タイガランス、これ食べる?」

 

 呼びかけると、タイガランスは嬉しそうに引っ付いてくる。普段は落ち着いて控えめな彼だが、こういう可愛らしいところもあるのだ。カツキとふたりで旅をしていた頃は彼らと交流する余裕もあったのだが、同じリュウソウ族──ひとり人間もいる──の仲間が増えたし、戦いも激化した。構ってやる、などというと上から目線だが、淡白な付き合いになってしまっていたのは間違いない。

 

「戦いが終わりゃ、もっといろんなことができるよな。きっと」

「色々って、何ティラ?」

「そりゃもう……遊んだり、遊んだり、遊んだり!な?」

「遊びばっかやん……」

「遊びにいろいろ内包されてんの!」

「モサレックス……何して遊ぶ?」

「私は遊びなど……」

 

 わあわあ盛り上がる一同を尻目に、カツキはフンと鼻を鳴らしていた。戦いが終わったら──そんなの、今考えることではない。まだプリシャスもサデンも健在であるし、彼らを討滅したとて新たなドルイドンが現れない保証などどこにもない。6,500万年にわたり断続的に紡がれてきた戦いの歴史に、明らかな終焉など存在しえないのだ。

 ただひとつ、カツキには引っかかることがあった。マスターブラックが自分に剣を向け、去っていったあのとき。

 

──……を、守護(まも)らなければ。

 

「……ミルニードル。おまえの元相棒は、何を守るために俺に剣を向けた?」

「………」

 

 ミルニードルは沈黙したままだった。彼にしたって既に関係を一段落させた元相棒の心の動きなどはわからないのだろうし、もとよりドライな性格の者同士だ。マスターブラックとはビジネスライクな関係だったことは想像に難くない。

 

 ただ──それを知ることは、マスターブラックの真意を知る以上に重要な意味をもつのだ。彼が守ると宣言した"何か"、裏を返せばそれは、この戦いに本当の終着をもたらす鍵になるかもしれない。

 最後のひと口を貪り終えると、カツキは静かに立ち上がった。

 

「行くぞ」

「えっ?もうちょっと……」

「ミルニードルはもう大丈夫っつってる」

 

 「ほんとかよ」と言いたげな表情を浮かべる一同。とはいえあまりのんびりしていられないのも事実であって。ティラミーゴの「もういけるティラ!」のひと言が決め手となり、彼らは立ち上がった。

 しかしそこに、彼らの行手を阻む者が現れる。

 

「悪いが、この先へ進ませるわけにはいかん」

「!!」

 

 その声を聞くまで、誰も気配を察知することさえできなかった。

 

──皆の視線の先に立つ、一つ目の異形。その姿を目の当たりにしたエイジロウなどは、思わず息を呑んだ。

 そして唯一彼と直接相まみえたことのあるカツキは、

 

「……サデン……!」

「!、こいつが……」

 

 殺意のこもった視線を、サデンは堂々と受け止めた。そしてエイジロウ……否、リュウソウジャー全員の心の傷となっているかのドルイドンと同じ姿かたちで、冷徹な言葉を続ける。

 

「プリシャス様より貴様らの足止めを命ぜられた。全員まとめて、かかってくるがいい」

「ッ、なら今度は、秒殺してやる!!」

 

 マックスチェンジャーを握りしめ、エイジロウが声を張り上げる。かのドルイドンと同じ姿をした敵──完膚なきまでに討ち滅ぼすことが、この竜爪に宿る勇者の魂へのこれ以上ない供養になる。そう思ったのだ。

 しかし、

 

「こいつは俺が抑える」

「!」

「カツキ!?」

 

「てめェらは先に行け」と、カツキははっきりと仲間たちに命じた。──マスターブラックを知るというこのドルイドンには、聞きたいこともあったのだ。乱戦になっては、それも難しくなる。

 

「しかし、カツキくん……」

「代わりにリュウソウカリバーを借りる。そうすりゃなんとかなんだろ」

「それは……そうかもしれねえが」

「ッ、かっちゃん、僕「デク」──!」

 

 言いかけたところにあだ名を呼ばれて、イズクは肩を揺らした。今この瞬間まではすっかり忘れていたが、このシチュエーションはゾラとの決戦時──ガイソーグと対峙し、結果として仲たがいを起こすことになったときとよく似ているではないか。

 緊張するイズクだったが、カツキが発した続きの言葉はそれとは大きく異なるものだった。

 

「てめェも残れ。俺を援護しろ」

「!、かっちゃん……」

「はいかイエス!」

「はい!イエス!!」

「よろしい」

 

 ニィ、と不敵に笑うカツキ。その表情は幼少の彼と何も変わっていなくて、無邪気に彼を崇拝していた頃もあったのだとイズクに思い起こさせた。今では対等な仲間となったけれど、彼を尊ぶ気持ちも不変のものだ。

 ふたりが並ぶのを見て、仲間たちの気持ちも傾いた。

 

「──わかった。ここはおめェらに任せる!……で、いいよな?」

「やむをえん……。無茶はするんじゃないぞ、特にイズクくん!」

「へぁ、僕!?」

「どっちかっつーと、やっぱりな」

「まあ今日はカツキくんもイケイケドンドンやし……6:4くらいちゃう?」

 

 がっくりと肩を落とすイズクだったが、戦いは既に始まっている。彼らは揃ってサデンの面前に進み出た。

 

「いこう、かっちゃん!」

「は、……わぁってんよォ!!」

 

──ケ・ボーン!!

 

「「リュウソウチェンジ!!」」

『リュウ SO COOL!!』

 

 疾風の騎士、そして威風の騎士。彼らは図ったように、同時にサデンに斬りかかる。ドルイドン相手とはいえ、二対一。自分たちに意識を集中させ、文字通り活路を開くだけのポテンシャルはある。

 

「っし、今のうちに!──ティラミーゴ、みんな!!」

「ラジャー、ティラ!!」

 

 ティラミーゴたちは既に自分たちの身に縄を巻きつけ、準備を進めていた。五人が石板の上に乗ると同時に、それも完了する。

 

「しゅっぱーつ──」

「──しんこーう!!」

 

 ぐるりと岩壁に囲まれた洞窟内にびゅんと風が吹き、犬ぞりならぬ騎士竜ぞりは猛烈な勢いで発進した。激突する風の騎士たちと魔人を横目に、先へ先へと走り抜けていく。

 

「はっ、残念だったなァ一つ目その2!」

「……ふむ」

 

 ここでイズクは違和感を覚えた。リュウソウジャー一行の足止めを命じられてここまで戻ってきたのだろうサデン。にもかかわらず、彼はエイジロウたちに頓着する様子をまったく見せないのだ。

 

「──メラメラソウル!!」

 

 それに気づいているのか否か、カツキ──ブラックは先手必勝とばかりに強竜装を発動した。焔のエレメントを宿した橙の鎧を纏い、サデンに斬りかかっていく。彼の指示である援護を為すため、イズク──グリーンは雑念を振り払ってそれに続いた。

 

「強竜装か、その程度で私を抑えようとは舐められたものだ」

「ア゛ァ!!?」

「以前のように、リュウソウカリバーを召喚したらどうだ?私を本気で討つのであればな」

「は、てめェの魂胆はお見通しなんだよォ!!」

 

 以前のように巧言を用いてカツキの心をかき乱し、隙を突いてリュウソウカリバーを奪い取ろうというのだろう。

 ならばと、兜の下でカツキは笑みを深めた。相手の狙いを徹底的に叩き潰すため、こちらから先んじて踏み込んでやる。

 

「この前みてぇなんがお望みならよォ、好きなだけしゃべれや。俺に似てるっつー騎士サマのことよォ!」

「!、かっちゃん、それって……」

 

 訊くまでもなく、マスターブラックのことだとはイズクにもわかった。カツキは最低限しか話してくれなかったが、かの師匠のことをサデンが知っているようだったというのは聞いている。

 

「………」

「どうした?何黙ってんだァ?──ほんとはてめェ知ってんだろ、あの人がどこでどうなったか」

 

 以前はカツキの心を惑わすためにその去就を匂わせるようなことを言っていたというのに、あえてこちらからぶつけた途端沈黙してしまう。何か都合の悪いことでもあるのか。

 

「まァいい、てめェを叩きのめして全部吐かせたる!──デェク!!」

「……もうっ、あとでちゃんと話してもらうからね!」

 

 ハヤソウルを発動し、敵の背後に回り込む。案の定即応されてしまうが、それは予想の範疇だ。サデンの注意がこちらに向いた途端、ブラックが力いっぱい斬りかかるのだから。

 

「……ッ、」

 

 サデンが息を詰める。今のところ精巧な剣技のほかには特殊な力を使ってくることもない。これなら、と思うと同時に第二の違和感が襲ってくる。ウデンとほぼ同じ姿かたちをしているのであれば、彼のように体内に取り込んで技をコピーするような芸当もできるはずだ。あえて封印しているのか、それとも──

 

 明らかなのは、ただひとつ。

 その結論は、この剣戟の果てにしか出しえないということだ。

 

 

 *

 

 

 

 騎士竜たちはますます気合を入れて駆け抜けていた。一方のエイジロウたちもすっかり慣れたもので、風に身を任せ、この滑走を楽しんでいた。

 

「うおぉ、きんもちいいぜー!!」

「ハヤソウルを使っている気分になるな……!」

「え、こんな感じなん?ええなぁ……」

 

 呑気なスリーナイツ組の言動に、コタロウは密かにため息をついた。まあこういう性格のおかげで、客観的に見ればなかなか過酷な旅もおもしろいと思えるだけのものになったともいえる。むろん引き締め役の存在は貴重であったが。

 

「それより、さっきから気になってんだが」

「ん?」

「風、なんかぬるくなってきてねえか?」

 

 ショートの言葉に、一同はっとする。氷点下の世界をつくり出す北方の冷風が生ぬるい風に変わっているということは、地方を跨いでいる可能性があるということだ。それが西方の砂漠地帯という可能性もなくはないが、イズクが指摘したようにエイジロウたちの生まれ故郷近辺に繋がっていると考えるほうが自然だ。西とかの古城は海を隔ててかなり離れているが、東方の地とは峻険な山岳に陸路を閉ざされているというだけで直線距離としてはさほどのものでもないのだから。

 

 もうすぐだ。もうすぐ、故郷に戻れる。エイジロウたちスリーナイツの心臓は否が応でも高鳴った。

 しかし彼らが、ひときわ大きな広場のような場所に出た直後だった。無数の弾丸がシャワーのように襲いかかり、彼らをスリップさせたのは。

 

「うわあぁぁぁっ!!?」

「ティラ〜っ!?」

 

 放り出され、地面を転がる一同。いったい何が起きた?おそらく敵襲──プリシャス?そこまで考えが至るのに時間は要しなかった、けれど。

 

(この攻撃、プリシャスじゃねえ……!)

 

 一騎打ちまでしたことがあるからわかる。強烈無比なる遠隔攻撃は、プリシャスの戦闘スタイルとは大きく異なる。

 その推測は的中していたが、ひとつだけ誤った点があった。──攻撃主体はそうでなくとも、命じたのはプリシャスに相違ないということだ。

 

「よく追いついてきたねぇ、リュウソウジャー?」

「……!」

 

 薙刀を片手に、気だるげに表向きですらない歓迎の言葉を述べるプリシャス。そしてその隣には、エイジロウたちにとって見慣れない異形の姿があって。

 

「サデンはグリーンとブラックしか抑えられなかったのかな?残念だけどちょうどいいや、おかげで"彼"をキミたちに紹介できる」

 

 「ほら、挨拶しな」と促され、"彼"は前に進み出た。

 

「オレ、ガンジョージ!!プリシャス様の、ため、リュウソウジャー、倒す!!」

「──だってさ。ほら、遊ぼうよ。みんなでかかってきても構わないよ?」

 

 もとよりそのつもりだ。こいつらは決戦のステージに立ったワイズルーとは違う、騎士道にのっとる必要など微塵もないのだから。

 

「エイジロウくんとオチャコくんはあのガンジョージとやらを。ショートくんと俺でプリシャスを抑える……どうだ?」

「いいぜ、ノッた!」

「あの頑丈そうなん、ボッコボコにしたる!」

「油断するなよ、皆」

 

──リュウソウチェンジ!!

 

『ワッセイワッセイ!そう、そう、そう!』『ドンガラハッハ!ノッサモッサ!』

 

『ワッセイワッセイ!ソレソレソレソレ!!』『エッサホイサ!モッサッサッサ!!』

 

──リュウ SO COOL!!

 

『オォォォォォ!!マァァァァックス!!!』

『強・竜・装!!』

 

 竜装を遂げると同時に、それぞれの身体に最上の鎧が装着される。彼らの本気を見てとってなお、プリシャスとガンジョージは一歩も引く様子を見せない。

 

「楽しんでおいで、ガンジョージ」

「WRYYYYYYY!!!」

 

 この戦闘における裁量権を与えられたガンジョージが、獣じみた咆哮とともに襲いくる。四人一斉にかかりたいところだが先ほどのテンヤの指示もある、マックスリュウソウレッドとピンクとが迎撃にかかった。

 

「おめェの相手は、俺たちだっ!!」

「テンヤくんショートくん、どっちが先に倒すか競争だからね!」

 

 油断しているわけではない、そんな簡単な相手でないことはわかりきったこと──己を鼓舞するために、あえて発したのだ。

 それを悟って、「承知したッ!」とブルーも応じる。そしてそのままプリシャスへと向かっていった。

 

「──うぉらぁッ!!」

 

 龍爪と剣とを同時に振り下ろす。見るからに鈍重なガンジョージは閃光のようなその一撃をかわすことができない。しかしスピードを代償として、城塞のごとき防御力を生まれもっていることも確かだった。

 

「ヌゥン……!

「こいつッ、くそ硬ぇぜ……!」

「とにかく、叩いて叩いてブッ叩く!」

 

 ドッシンソウルで竜装している剛健の騎士。それなりに扱える魔法のレパートリーも増えてきた彼女だが、いざ戦闘となるととにかく殴りかかるほうが性に合っているようだ。実際これは効き目があったようで、「グウゥ」とうめきながらガンジョージは初めて後退した。いける、そう思って踏み込もうとすると、怒りにまかせた反撃が飛んでくるのだが。

 

 そうして死闘を繰り広げる騎士たちを、コタロウと騎士竜たちは後方から見守っていた。ミニマム化した今の状態であれ本来の姿であれ、ほぼ人間大のドルイドン相手ではスケールの差が生まれてしまう。いずれにせよよほど緊急でない限り援護には入りにくいのだ。

 

「がんばるティラ……!」

 

 それでも懸命に応援しているティラミーゴなどはいいとして、問題はピーたんだった。先ほどからコタロウの懐に潜り込み、ぶるぶると卵型の身体を震わせている。

 

「こ、怖いぃ……っ。プリシャスこわいぃぃ……!」

「……ピーたん、」

 

 確かにプリシャスのことが苦手とは言っていたが、ここまでとは。他のドルイドンの上を行く実力者ではあるが、それだけで騎士竜ともあろうものが怯むことはない。

 

「オレ、あいつに封印されたんだ……っ。散々痛めつけられて、抵抗できないようにされてぇ……!」

「!、……そう」

 

 想像もつかないが、そのときのことが深いトラウマになっているのだろうことは理解できる。母が死んだときのことを思い起こしたコタロウは、ぎゅっと彼を抱きしめた。

 



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46.蠢く闇の中で 3/3

ドンオニタイジン買いました

でかすぎて固定資産税かかりそうだな!!!!!


 

 イズクとカツキ──疾風と威風の騎士、対する魔人サデンの剣闘は、一進一退を繰り返しながらいつ終わるとも知れず続いていた。

 

「オラアァァァッッ!!」

 

 烈しい咆哮とともに、火炎を纏った刃を振り下ろすリュウソウブラック。大ぶりな攻撃ゆえに隙も多いが、それをフォローするためにグリーンがいる。己のスピードとテクニックにまかせた奇襲への対応にサデンは力を削がれ、ブラックの見せる隙を突くことができない。むしろそれをわかったうえで、挑発のために攻撃を大味にしているようですらあった。

 

「ッ、……なかなかやるな、おまえたち」

「は、今さら気づいたんかぁ!?」

 

 今やふたりの騎士は完全に一体となっていた。劣勢に追い込まれたサデンだが、いっこうに切札を切ろうとはしない。──もとよりそんなもの、ないのではないか?

 ドルイドンであればそんなことはありえない。ありえない、ということは。

 

 イズクが疑念を抱いている間に、相棒は会心の一撃を放とうとしていた。

 

「ボルカニック──ディーノ、スラァァッシュ!!」

 

 赤熱した刃が振り下ろされ、膨大なエネルギーが火炎となって獲物に喰らいつく。サデンの漆黒の身体が紅蓮に呑み込まれていく。紛うことなき、直撃だ。

 これがマイナソー相手ならカツキは勝利を確信していたし、実際その通りになっていただろう。しかし相手はサデン、上級のドルイドンだ。

 

「──ぬうぅぅ……っ!」

 

 一本筋のような何かが閃いたかと思うと、炎の中から漆黒の塊が飛び出してくる。それはリュウソウブラックを仕留めんがために反攻に打って出た、サデンにほかならない。

 だが──繰り返すようだが、強竜装の一撃ではサデンを倒しきれないことはわかっていた。そして、彼らはふたり。

 

「──来いッ、リュウソウカリバー!!」

「!」

 

 そう叫んだのはブラックではなく──イズク、リュウソウグリーンだった。その手に伝説の剣が招来すると同時に、濃紺と黄金に彩られた高貴(ノブレス)の象徴をその身に纏う。打ち合わせるまでもない、完璧なシンクロの結果だ。ブラックが主、グリーンが従という組み合わせならば、最高の武器を使うのは前者だろうという思い込みを利用した。彼がサデンとの初戦においてリュウソウカリバーを使用したことがあるのも、それに拍車をかけていて。

 

「まさか、おまえが──」

「──うおぉぉぉぉぉぉッッ!!」

「いけやデェクゥゥゥ!!!」

 

 運命の決したドルイドンのつぶやきは、ふたりの少年騎士の咆哮によってかき消される。あとわずか、数センチ──刃がその身を貫けば、プリシャスのフォロワーはまたひとりこの世から姿を消すだろう。

 しかし次の瞬間、ノブレスリュウソウグリーンは敵味方双方にとって予想外の行動に打って出た。刃の軌道を上にずらし、サデンの頭部を狙ったのだ。それも、剣を突きだす勢いを可能な限り殺して。

 

 果たして刃先はサデンの顔面を直撃したが、それだけだった。それ以上は深く刺さらず、表面に亀裂を走らせるだけに終わった。半ば反射的に振るわれた相手の剣を避けるため即座にカリバーを引き抜き、後退する。

 当然、そこにはある意味ドルイドン以上の羅刹が待っているわけだが。

 

「クソデクてめェ、わざと外しやがったな!?何考えてんだ、ア゛ァ!!??」

 

 胸ぐらを掴まれ、あまつさえ剣まで向けられる。カツキの怒りはそれほどまでに凄まじいものだった。絆とよぶには雁字搦めの関係を長年続けてきた幼なじみをまっすぐ信頼し、ピリオドを託した結果裏切られた──そう考えるのも無理はない状況なのだ。

 予想はできていたからこそ、イズクは落ち着いていた。

 

「聞いて、かっちゃん!これには理由があるんだ」

「ア゛ァ!!?」

 

 ブラックの憤懣が鎧の外にまで熱を排したときだった。

 

「……成長したと思っていたが、肝心なところは相変わらずだな。おまえたちは」

「……!」

 

 突然サデンが発した言葉に、カツキは言い知れぬものを感じてわずかに冷静さを取り戻した。およそ今までのドルイドンとしての言動とはかけ離れた雰囲気。まるで、古くから彼らを知っているような──

 

「イズク、おまえは発想は良いが、拙速に突っ走りすぎる。それがカツキの神経を逆撫でするとわかっているにもかかわらず、だ」

「……ッ、」

「そしてカツキ、おまえはイズクの一挙一動に感情をかき乱されすぎる。いつ何時でも冷静さを失うな……そう教えたはずだ」

「てめェ、は……」

 

 サデンの足元にばらばらと落ちる、覆面の欠片。顔を覆っていた手が徐ろに退けられ、露わになったのはウデンと同じ醜い化け物の顔──では、なかった。

 

「あ……」

「な……!?」

 

 カツキも……半ばその正体を察知していたイズクでさえも、思わず息を呑んでいた。

 それだけその光景は、衝撃的なものにほかならなかったのだ。

 

「マスター、ブラック……」

 

──敬愛していた師匠の顔が、そこにはあった。

 

 

 *

 

 

 

 幼なじみふたりとは距離を隔てた、しかし同じ洞穴の中にあって、残るリュウソウジャーの総力戦も続いていた。

 

「おぉぉぉぉ──ッ、アブソリュートディーノスラァァッシュ!!」

 

 ヒエヒエソウルの鎧を纏ったリュウソウブルーが、絶対零度におよぶ一撃を振り下ろす。それを身軽に避けたところに、コスモソウルの力を宿したゴールドがアンチエネルギー弾を放った。

 

「ッ、これは……」

 

 直撃は受けていないにもかかわらず、身体の芯から急速に冷えていく感覚。実際に体表の一部が凍りついていくさまを目の当たりにして、プリシャスは初めて当惑を露にした。

 

「コスモ……正確にはクラヤミソウルの生成する弾丸は、場のエネルギーを吸い尽くす」

 

 ゴールドが告げる。──つまり単純な冷却効果のあるヒエヒエソウルによる攻撃と組み合わせれば、たとえ命中をとれずとも標的を凍結に追い込むことができるのだ。尤も極寒の地に身体を慣らしているプリシャスが相手では、そこまで効力は及ばなかったが。

 

「ははっ……少しはやるようになったじゃないか。前は五人がかりでもボクに叩きのめされたっていうのにねぇ?」

「我々はあのときのままではない、絶えず腕を磨いているからな……!」

「前にエイジロウが言っていた。──俺たちは生きて、前に進み続けてるんだってな」

 

 ドルイドンは皆、強力だ。しかしそれが絶対のものであればあるほど、己の地位に胡座をかき、進歩を忘れていく。他のドルイドンを力で従え、駒として利用するプリシャスはその最たるものだったのだ。

 

「ふふふふ、はははは……!」

 

 その事実を突きつけられたプリシャスは、哄笑していた。リュウソウ族のガキどもがわけのわからないことを言っていると、彼の認識はその程度のものだった。

 

「そうかい。じゃあ、()()はどう説明するつもりかな?」

「何?──!」

 

 プリシャスが顎をしゃくった先──彼らの後方。

 

「く、うぅぅ……っ!」

「グハハハハ……!」

 

 嘲うガンジョージによって、ピンクが踏みつけにされていた。

 

「くそぉっ……!オチャコを放しやがれっ!!」

 

 怒れるマックスリュウソウレッドが飛びかかろうとするが、弾丸が無限に降りそそぐ中では容易に近づけない。ガンジョージの秘めたる火力は、その部分だけに限定すればプリシャスすらも遥かに凌ぐのではないかとさえ思われた。

 

「──大したものだろう、ガンジョージは?」

「!!」

 

 そちらに注意を散らしていたブルーとゴールドは、その隙をプリシャスに突かれる形となった。薙刀の一閃を防ぎきれず、揃って吹き飛ばされる。

 

「ッ、………」

「ぐ……っ」

「あははははっ!!」ふたたび、哄笑。「それがキミたちの絆ってやつかい?一見強固に見えて、誰かひとりが崩れりゃ脆いもんさ」

 

「ボクらは違う。ボクのチームはひとりひとりが最強なんだ、誰かが倒れるなんて……あり得ないんだよ……!」

「──ッ、」

 

 プリシャスが高らかに、実質的な勝利宣言を発したときだった。

 

「ふざけんなっ、何がチームや……!!」

 

 苦しみながらも勇ましい声を発したのは言うまでもない紅一点、リュウソウピンクだった。

 

「あんた、ワイズルーもクレオンも、このガンジョージってヤツも……ただ便利な手足として使ってるだけやんか……!」

「?、そうだよ?チームって、そういうものだろう?」

「ちっ……がう!!」

 

 起き上がろうとした彼女はしかし、ガンジョージの力強い踏みつけによりふたたび地に沈んだ。しかしその小さな肢体から、溢れんばかりの闘気は失われてはいない。

 

「チームってのは、みんなで嬉しいこと、悲しいこと、全部共有して……っ、誰かが困ってるときは、助け合える仲間の集まりのことを言うんやっ!!」

 

 自分たちリュウソウジャーは今まで、そうやってここまで戦い抜いてきた──だからこそそう至った結論だけは絶対に正しいのだと、彼女は信じていた。

 

「……ハァ、黙って聞いてれば。話にならないね」やれやれと首を振りつつ、「そういうキミを助けてくれる仲間は、どこにいるのかなァ?」

 

 論理的にはプリシャスの言を認めねばならない状況だった。ブルーとゴールドはふたりがかりでやっと拮抗していて、マックスリュウソウレッドはガンジョージの放つ砲弾の嵐に耐えるのが精一杯でいる。"助け合い"など、程遠い状況であるかのようにみえた。

 しかしプリシャスは、もうひとつの事実を知らずにいた。

 

「ぐう、お、おぉぉぉ……!!」

 

 今まで耐えるばかりだったレッドが──初めて、前進に至ったのだ。

 

「!、何……?」

「オチャコが、こんだけ漢らしいとこ見せてんだ……!男の俺が、止まってられるわけねえだろうが……っ!!」

 

 砲弾が鎧を貫き、エイジロウの肉体に焼けつくような痛みと衝撃を与える。それでも彼は、突撃を中断しようとはしなかった。漢は、一度決めたことは決して曲げないのだ。

 

 ふいに、今は亡き先達の顔を思い起こす。

 

(センパイ……!俺を、みんなを守ってくれ……!)

 

 肉体は傍に亡くとも、(ソウル)はひとつ。リュウソウジャー七人目の、大切な仲間だ。

 その想いにマックスリュウソウルが応えてくれたのかもしれない。──痛みが一瞬、無になった。

 

(今だ!!)

 

「エバーラスティングクロー!!!」

『イケイケソウゥル!!』

 

 目にもとまらぬ勢いで高速回転する鋼の身体。砲弾を浴びてなお衰えぬ劫火の灼熱球が、ガンジョージに直撃した。

 

「GWAAAAAAA!!??」

 

 その堅牢なボディも、紅蓮の龍爪を前にしては型無しというほかなかった。こちらに吹っ飛んでくる──それを察したブルーとゴールド、プリシャスも一斉にその場から飛び退き、哀れガンジョージは壁面に叩きつけられてしまうのだった。

 

「っし……!──オチャコ、大丈夫か!?」

「う、うーん……だいぶあかんかも……」助け起こされつつ、「でも……気合や!」

「よくやったぞ、エイジロウくん!」

「あとは、プリシャスを倒すだけだ」

 

 形勢は間違いなく逆転した。並び立ち四人、対峙するプリシャスはしかし、くつくつと嗤っていた。

 

「調子に乗っていられるのも今この瞬間だけだ。──エラス様がおつくりくださったガンジョージが、その程度でやられるわけないんだからね……!」

「!、エラス……?」

 

 あのプリシャスが敬称をつけて呼ぶ名に違和感を抱いた一同だったが、すぐにそれどころではなくなってしまった。

 

「プリ、シャス……様の、タメニ……!──WRYYYYYYY!!!」

 

 満身創痍だったガンジョージが立ち上がったかと思うと、たちまちその身体が巨大化したのだ。その勢いは頭上の岩盤すらも突き破り、大量の巌をその場に降り注がせる。

 

「フフフ……あとは頼んだよ、ガンジョージ?」

 

 そう言い残し、砂塵に乗じてプリシャスは姿を消してしまう。追おうにも、巨大ガンジョージが完全に行く手を阻んでいた。

 

「ッ、ティラミーゴ!みんな!」

「まかせるティラ!」

 

 動き出す騎士竜たち。この場には騎士竜たちがほぼ勢揃いをしていて、総進撃ともなればかなりの戦力となりうる。しかし──

 

「皆さん!……ピーたん、駄目みたいです」

「何!?」

「駄目って、なんだ」

 

 コタロウの懐でぶるぶる震え続けるピーたんの姿。なるほどまともに戦えそうな状態ではない。プリシャスを目の当たりにしたことでトラウマが喚起されたなどというのは、普段の彼を知ればこそ信じがたいことだったけれど。

 

「……しょうがねえ、ピーたんなしでいくぜ!」

 

 

 彼らが選んだナイトロボはキシリュウオーファイブナイツ。そしてキシリュウネプチューンコスモラプター。

 先制パンチとばかりに前者がアンキローゼショット、後者がクラヤミガンによる同時射撃を実行する。果たして弾丸は命中をとるものの、等身大時にエバーラスティングクローですら貫き通せなかった鎧には効き目が薄かった。

 

「くそっ、やっぱ硬ぇ……!」

「──来るぞ!」

 

 反撃とばかりに、ガンジョージによる砲撃が降りそそぐ。単純だが規格外の破壊力をもつ灼熱の塊は、ナイトロボたちを容赦なく蝕んでいった。

 

「ぐうぅぅぅぅ──ッ!!」

 

 凄まじい衝撃に歯を食いしばって耐える。しかし直接それを浴びる騎士竜たちは堪ったものではない。轟音と砂塵を巻き上げて倒れ伏す二大巨人に、ガンジョージが迫る。

 

「──させんわ!」

 

 そこに、ディメボルケーノが援護に入った。火炎を吐き出しガンジョージを牽制する。さらに相手が怯んだ隙を突いて、パキガルーが跳んだ。

 

「だりゃりゃりゃりゃあ!!」

 

 さらに飛び出したチビガルーが、強かに拳を叩きつけ続ける。流石に堂に入った打撃だが、これもガンジョージに通用しているとは言い難かった。むしろ怒った彼の振るった文字通りのカウンターパンチが運悪く直撃し、吹っ飛ばされた彼はパキガルーに衝突した。

 

「う、うぅぅ……やられちった……」

「しっかりしろ、貴様ら!」

 

 やはり──強い。暴虐を恣にする城塞の擬人化のごときドルイドンを前に、彼らは歯噛みするほかない。

 そしてそれは、黙って見守っていることしかできないコタロウも同じことだった。

 

(このままじゃ、みんなが……)

 

 そんな焦燥に駆られると同時に、懐で震え続ける楕円形の感触を確かめる。気持ちはわかる、よくわかるけれど。

 

「──このままで良いの、ピーたん?」

「……!」

 

 落ち着いた、しかし秘めたる意思の強さを感じさせるコタロウの声に、ピーたんはようやく反応した。

 

「プリシャスが怖いのは仕方ないことだ。でも、それを言い訳にして何もしなかったら……きっと、きみは後悔する」

「う、うぅ……おまえに何がわかるってんだよぉ……!」

「わかるよ、少しだけなら。……現に僕だって、こうしてここで見ていることしかできないのが、つらい」

「!、あ……」

 

 そうだ──唯一ただの人間の子供でしかないコタロウが戦場においてできるのは、仲間たちを見守りその無事を祈ることくらいしかない。エイジロウたちが危機に陥ったとき、どれほど自分にも力があればと思ったことか。

 

(きみだって本当は、みんなを救けたいと思ってるんだろう)

 

 まだ、間に合う。できることはあるはずだ。ピーたんの身体を掲げるようにして、コタロウはその目をじっと見上げた。

 

「お、オレは……」

「ピーたん……!」

「う、ううう……っ」

 

「──プテラードン!!」

「!」

 

 英雄のごとき呼び声に、騎士竜プテラードンの心は奮い立った。

 

 

「──ト、ドメ、ダァ……!!」

「……ッ、」

 

 ガンジョージのもつ砲に、これまでとは比にならないほどのエネルギーが充填されていく。ダメージの蓄積によりまともに身動きがとれないナイトロボの体内で、エイジロウたちは戦慄した。

 

「やべぇ……!あんなもん喰らったら──」

 

 生き埋めでは済まない。ほぼ確実に、この洞穴ごと跡形もなく消滅することになるだろう。絶体絶命の危機、

 

 それを乗り越えうるとすれば、"彼"の存在しかありえない。

 

「そりゃあぁぁぁ──ッ!!」

「!?、ガァッ!」

 

 飛来した氷爪の一撃が、ガンジョージを吹き飛ばした。

 

「!、ヨクリュウオー……!」

『──皆さん、まだ生きてますか?』

「え、その声まさか……」

 

 ヨクリュウオーの体内──コクピットの中にいたのは、コタロウその人だった。リュウソウ族の、騎士竜に選ばれた者しか立ち入ることのできない場所に。

 

「神は言っている……!ここで死ぬ運命ではないと!」

「何それ?」

「カッコいいだろう!──それより皆、新たな合体だ!」

「新たな合体!?」

「キシリュウオーとキシリュウネプチューン、そしてヨクリュウオー……陸海空の力を合わせるんです!」

 

 そしてその瞬間、最大最強のナイトロボが誕生する。

 それを知った彼らに、躊躇う理由などあるはずがなかった。

 

「っし!やってやろうぜコタロウ、みんなっ!!」

 

──竜装合体!!

 

 キシリュウオーを中心とし、その胴体をヨクリュウオーが、四肢をネプチューンの一部が覆っていく。背中では水晶の翼がはためき、その降臨を世界に知らしめた。

 

「見参、」

 

──キングキシリュウオー!!

 

「WRYYYYYYYY!!!」

 

 新たな合体にも怯まない──怯むほどの知能もない?──ガンジョージが、雄叫びとともに砲弾をばら撒き散らす。しかしそれらが命中することはなかった。

 跳躍したキングキシリュウオーはそのまま、ガンジョージが開けた頭上の穴めがけて高く飛翔してしまったのだ。

 

「ナニィ!?」

「────、」

 

 右手のモサレックスヘッドを使って穴をさらに掘り進め──ついにキングキシリュウオーは、山の中腹から飛び出した。そこには緑の木々が生い茂っている。

 

「!、この景色、やっぱり……」

「そこを気にするのはあとだ、エイジロウくん!」

「わーってるって!」

 

 ガンジョージの放つ砲弾は、重力を無視して地上まで追いかけてくる。キングキシリュウオーはそれらを巧みにかわしつつ、雲上まで急上昇していった。

 

「く、雲の上まで来てもうた……!?」

「さぁて、この辺でいいか。──しっかり掴まってろよ、皆の衆!」

「は!?ちょ──」

 

 制止も間に合わないほどの猛烈な勢いで、キングキシリュウオーは急降下を開始した。エイジロウたちはともかく、生身かつ人間のコタロウに耐えきれる反動ではない。

 それでも、

 

「僕なら……大丈夫、です……!」

「!」

 

 歯を食いしばりながらも、コタロウはそれに耐えていた。ならば、躊躇するだけ彼に対する侮辱というもの。

 

「──このまま、突っ込む!」

 

 猛烈な勢いでふたたび風穴へと突撃していくキングキシリュウオー。その身がかろうじて収まるだけの隙間、時折翼が岩壁と掠めて一部が削れるが、その程度のことで勢いが衰えるはずもない。

 

 そして彼らは、ついにガンジョージの目前に躍り出た。彼はふたたびエネルギーの大量充填を行っている真っ最中のようだった。細々とした砲弾ではキングキシリュウオーを止めることなどできないと学習したのだろう。

 しかしもう、遅い。名にふたつの"王"を冠するナイトロボの勝利は、既に確定していた。

 

「「「「「──キングキシリュウオー、ビッグバンエボリューション!!!」」」」」

 

 両腕のティラミーゴとモサレックス、そして胴体のプテラードン──そのすべてがもつありったけのエネルギーを、一挙に放出する。同時にガンジョージも最大級の火砲を放った。ぶつかり合う閃光と閃光。

 その輝きは辺り一帯を覆い尽くし、行き場を失ったエネルギーは風穴を逆流して天まで昇る光の柱が生まれた。

 

 やがて、それらが収まったとき。

 

「──絶対勝利だ、キングキシリュウオー!!」

「だから、何それ……?」

 

 無傷のキングキシリュウオーが、他の騎士竜たちとともに勝利の雄叫びをあげた。

 

 

 *

 

 

 

 サデンの正体が、マスターブラックだった。受け入れがたい以前に、理解できない事実。ドルイドンの中から人間、というかリュウソウ族が出てくるなど。しかしその風貌はきっちり五十年ぶん歳をとったマスターそのもので。

 

「……どういうことだ、てめェ」

 

 混乱の極みに達した結果、カツキは剣先をマスターブラックに突きつけていた。これまで敵対行動をとっていたという事実がある以上、それ以外にすべきことが思い至らなかったのだ。

 

「かっちゃん……!なんでサデンの中から出てきたのかはわ、わかんないけどっ、相手はマスターだ!これ以上はもう──」

「こんな小汚ぇおっさん、俺のマスターじゃねえ!!」

「むっ……」

 

 マスターブラック……を名乗る男は一瞬なんともいえない表情を浮かべたあと、取り繕うように顎の無精髭を撫でた。もとより身だしなみに頓着しない性質ではあったが、長らくドルイドンに化けていたのだ。

 

「まったく……口の悪さはさらに磨きがかかっちまったな。──まぁいい、話はほかの連中に追いついてからだ」

「ッ、勝手にハナシ終わらせてんじゃねえ!!」

「……カツキ、」

 

 嗜めるような物言いに、カツキは思わず口をつぐんだ。時が経ってもなお、かつての面影を想起させるその声音。

 

「時間がないんだ。……おまえたちがリュウソウカリバーを手にしたそのときから、既にカウントダウンは始まっていた」

「どういうこと、ですか?」

「………」

 

「"ドルイドンの母"──エラスが、完全復活を遂げようとしている」

 

 

──蠢く闇の中で、何かが鼓動を刻みはじめていた。

 

 

 つづく

 

 

 





「……誰、そのオジサン?」
「あなたは……!師匠失格だ!!」
「エラスはこの星と完全に一体化している」
「キミのことは信じてる、サデン」

次回「帰還」

「信じとったで、エイジロウ!」


今日の敵‹ヴィラン›

ガンジョージ
分類/ドルイドン族ナイト級
身長/192cm〜47.0m
体重/288kg〜705.6t
経験値/489
シークレット/"エラス"が新たに生み出した、頑丈な装甲と高火力が武器のドルイドン。幼児のようなたどたどしい口調とは裏腹に、プリシャスに対し高い忠誠心をもつ。リュウソウジャーとは一度きりの対決だったが、非常に厄介な強敵だったぞ!


※ひと言メモbyクレオンは、クレオンが行方不明につきおやすみします。


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47.帰還 1/3

 

「──誰かに、認めてほしかったんだと思う」

 

 雪原を彷徨いながら、クレオンはぽつりと独りつぶやいていた。いや彼の背後にはお付きのドルン兵たちがいるので、一応は彼の言葉を聞きとめる者はいるのだが。

 

「オレはずっと独りぼっちだったから……ただ、仲間とよべる人が欲しかったんだ。ワイズルーさまは、変なヤツだったけど……やっぱり……」

 

 拳を握りしめ、クレオンはぐっと天を仰いだ。

 

「オレはワイズルーさまを信じる……!だから捜すんだ、この世界の果てまでも!そして、あの輝かしい日々を取り戻してみせる!──止めるなよお前ら、絶対に止めるなよっ!」

 

 ドルン兵たちは何も言わない。そもそも「ドルドルッ!」としか喋らないのが彼らなのだが。

 暫く経っても反応がないとみたクレオンは不意に足を止め、彼らのほうを振り返った。

 

「……止めるならっ、今だよ!?」

 

 

 *

 

 

 

 ガンジョージを倒したエイジロウたちは、暫しその場にとどまっていた。サデンの足止めに対処しているであろうイズクとカツキを、これ以上放って先へは進めなかったのだ。

 しかし、

 

「……遅いな、イズクくんもカツキくんも……」

 

 焦れたようにつぶやくテンヤ。それは多かれ少なかれ皆が感じていることでもあった。

 

「まさか、今ごろふたりともサデンに……」

「え、縁起でもないこと言うなよな!あいつらなら大丈夫だって……!」

「……まあ実際、万が一ってことがあったらサデンが追いついてくるだろうからな。どっちも来ねえってことは、戦いが長引いてるんだろう」

「──なぁなぁ、」ピーたんが話に混ざってくる。「そんな心配なら、オレたちも戻ればいいんじゃないか〜?」

「……まぁ、それは確かに」

 

 合理性でいえば間違いなく正論なのだが、ふたりを信用していないようで実行は躊躇われた。イズクはともかく、カツキはそう捉えるだろう。いやイズクにしたって、物腰は柔らかくとも騎士としてのプライドはきっちりもっているのだ。

 

「あと十分待ってみよう。それでも来なければ、そのときは──」

 

 テンヤが言いかけたときだった。ざり、と、砂利を踏みしめる音が奥から聞こえてきたのだ。

 

「!!」

 

 瞬時に立ち上がる一同。──足音なのは間違いない。問題は、()()()()()()()()()()()()()ということだった。

 

「……ッ、」

 

 足音の主が姿を現すまでの数秒間は、あまりにも長い。じりじりとした緊張感は──揺れる金髪が最初に暗闇の中から覗いたことで霧散した。

 

「カツキ……!」

「デクくんも──え?」

 

 現れたのがふたりだけなら、純然たる感動の再会だったのだが。実際には彼らに、まったく見も知らぬ黒衣の男性が同伴しているわけで。

 

「……誰、そのオジサン?」

「おじっ……」

 

 カツキの"小汚い"発言に続き、二度目のショックを受けるマスターブラック。そんな彼に噴き出しそうになるのを堪えつつ、イズクが告げた。

 

「ぷふ、ゲホッ、ゴホン!……この人は、その……マスターブラック、です」

「なぁんだ、マスターブラックか!」

「まったく、驚かせ……おどろ、かせ……?」

 

──…………、

 

 

──えぇぇぇぇぇぇぇぇ!!??

 

 

 *

 

 

 

 と、いうわけで。

 

「はじめまして、と言うべきかな……この姿では。俺はショータ、先代のリュウソウブラック……まぁ、こいつらにはマスターブラックと呼ばれているものだ。よろしく」

「ショータ……なんかややこしい名前だな」

「こらっ、ショートくん……!」

「よ、よろしくっス!……あの、どういうことなんスか?サデンに化けてたって……」

 

 マスター相手に非礼だという自覚はあったが、逸ってしまうのも無理からぬことだった。プリシャスの忠実な配下であったサデンの正体が裏切者──と言われていた──マスターブラックで、そのマスターブラックことショータがカツキたちとともにやってきて……と、あまりに状況が急転しすぎている。率直に言って、誰もついていけていなかった。

 

「順を追って説明しよう。……でないと、そいつも納得しないだろうからな」

 

 ショータが傍らに目を向ければ、強烈な感情を滲ませる紅い瞳と視線がかち合う。内心ため息をつきたくなかったが、元をただせば自業自得だ。後悔はしていないが、自分の行動の結果、彼の信頼を裏切ってしまったのだから。

 

「始まりは、今からもう二百年近くも前のこと──」

「いや長ぇわ!!」

「……黙って聞け」

 

 今度こそため息をつきつつ、ショータは話しはじめた。

 

 

──約二百年前。ショータ少年が、リュウソウブラックに選ばれて間もない頃だった。

 

「我々の村に、突如としてプリシャスの軍勢が襲来した」

 

 リュウソウケンとリュウソウルのほかに武器のないリュウソウ族たちにとって、プリシャスは到底太刀打ちできない相手だった。ひとり、またひとりと倒れていく中、リュウソウ族一の勇者と謳われたマスターグリーンが出撃する。

 ショータもまた、友人たちの制止を振り切ってそれに同行した。

 

──リュウソウチェンジ!!

 

「……しかし、あの頃の俺は一人前とは言い難かったからな。マスターグリーンの足を引っ張るだけに終始して……終いには、プリシャスの攻撃で崖から転落した」

 

「だが、そのために見つけたんだ」

 

──地底深くに、封印されていたエラスを。

 

「エラスが、リュウソウ族の里の傍に……」

「あ、て、ていうか、プリシャスのことはどうしたんですか!?」

 

 脱線だし過去のこととわかっていても、気になってしまう。

 

「マスターグリーンが撃退した。……但し、禁じられた伝説の鎧の力を使ってな」

「!、ガイソーグの……」

 

 マスターグリーンがガイソーグの力を使ったというのは、既にタマキから聞き及んでいたことではあった。──その果てに鎧の意思に囚われた彼の末路が、どのようなものであったかも。

 

「話を戻すぞ」

 

 冷淡にさえ聞こえるショータの声で、郷愁に浸っていた一同は現実へと引き戻された。

 

「戦いが終わったのち、俺はエラスのことを調べはじめた」

 

 エラスは球状の姿のままその場にとどまり続け、何か行動を起こす様子は見受けられなかった。……いや、起こせなかったのだ。不思議な光の膜に包まれ、封じられていたために。

 

「その光を辿って、俺は旅に出た。……そして空に浮かぶ島と、その中心に鎮座する神殿を発見した」

「"はじまりの神殿"、ですね。リュウソウカリバーが納められていた」

「……そうだ」

 

「そのリュウソウカリバーが、エラスを封印していたんだ」

「──!?」

 

 みな一瞬、声を発するのも忘れていた。リュウソウカリバーがエラスを──ならば、それを引き抜いてしまったのは……。

 

「俺たちの祖先がリュウソウカリバーを使い、エラスを封印していた。プリシャスたちもそれを知っていたようだ」

 

──この剣が、エラス様を?

──そうだねえ。でもボクたちじゃ抜けないみたい。

──いかがいたしましょう。

 

──リュウソウ族に抜かせればいい、宇宙に散ったドルイドンに地球を攻めさせればいいんだよ。この星が脅威に陥れば、リュウソウ族はこの剣の力に頼らざるを得ないからね。

 

 神殿を訪れたプリシャスと、サデンの会話を思い起こすショータ。程なくプリシャスは去り、監視役を命じられたサデンのみがその場に残ったことで、彼は奇策に打って出た。

 

「俺は不意打ちでサデンを殺し、その皮を剥いで奴に化けた。そして──……、」

「裏切るふりをして、かっちゃんに剣を向けたんですか」

「!」

 

 そう声をあげたのは他でもない、イズクだった。抑えた声、表情ではあったけれど……その翠眼には、明らかな怒りの感情が宿っている。

 

「……ああ、そうだ」

「僕らを、巻き込まないために?」

「ついていくと行って聞かなかったろうからな。カツキも、おまえも」

「でもそのせいで、かっちゃんはそれからずっと苦しむことになった……!」

「……デク、よせ」

「あなたがそんな嘘をつかなければ、かっちゃんは一点の曇りもない太陽のままでいられたんだ!」

「デク、」

「あなたは……!師匠(マスター)失格だ!!」

 

「──イズク!!」

 

 真名を呼んだのは他の誰でもない、カツキだった。一年にわたってともに旅をしてきたエイジロウたちでさえ、それを聞いたことなど一度もなかったのに。

 

「もう、いい」

「……かっちゃん、」

「………」

 

「あんたの事情はわかった。……でも現に、俺らはリュウソウカリバーを抜いちまった」

 

 自分たちは、決定的な間違いを犯してしまったのか。後悔先に立たずとは言うが、それでも暗澹たる気持ちになるのは止められない。

 しかし、ショータが続けたのは意外な言葉だった。

 

「いや、今となっては誤りだったとは言い切れない」

「……どういうことですか?」

 

「リュウソウカリバーの力を、エラスが吸収しはじめたんだ」

 

 あのまま放っておけばリュウソウカリバーのもつエネルギーは吸い尽くされ、いずれにせよエラスは復活に至っていた──と、ショータ。安堵が広がるが……エラスが復活してしまったという事実は、変わらない。

 

「エラス……ドルイドンの女王……」

「ど、どれくらい強いんですか!?」

「……それはわからん。ただひとつ断言できるのは……あれは、不死身だということだ」

「不死身って……」

「エラスはこの星と完全に一体化しているんだ。倒すには星ごと滅ぼすしかない……むろん、そんな仮定に意味はないが」

「ッ、………」

 

 ふたたび沈黙が訪れ、ただ足音だけが響き続ける。心情とは裏腹に、行く先からはまぶしい光が洩れている。出口まで、あとわずかだ。

 

──そして、

 

「うわっ……」

 

 長らく浴びていなかった遮るもののない日差しに、皆、思わず目を瞑った。この地下通路はもとより、北方の地ではまともに"晴れ"と呼べるような天候だったのだ。

 それでも常人より環境適応力も高い彼らは、程なく視界を取り戻した。

 

「!、これは──」

 

 そうして見たのは、緑あふれる自然の森。雰囲気からいって山中だろうか。

 いや、そんな憶測をたてるまでもなかった。

 

「ここ……ガキの頃からよく遊んでた山だ……」

「ムッ、ということはやはり──」

 

 テンヤが言い切らないうちに、エイジロウは走り出していた。急勾配の坂を半ば滑るように駆け下りていく。逸る気持ちは仲間たちも同じで、彼らも一様にそれに続いていった。……ひとりを除いて。

 

「……みんな、ひどくない?しょうがないけど」

「げ、元気出すティラ、コタロウ!ワガハイが背中に乗せてやるティラ!」

「あっ、ずるいぞティラ公!コタロウはオレが乗せるんだからナ〜!」

 

 睨みあうティラミーゴとプテラードン。ありがた迷惑だ、とため息をつくコタロウだったが、不意に傍らからの視線を感じて顔を上げた。

 

「……何か?」

「いや……」

 

 何か言いたげな様子を見せたマスターブラック・ショータだったが、結局彼も口をつぐんだまま斜面を降りていった。まあ、リュウソウ族の騎士たちに同行している人間の子供というのは、それだけで珍しいのかもしれない。まして騎士竜たちに取り合いになるくらい懐かれているというのは。

 

 ショータの思いが予想より甚だ深いものであったと知るのは、もう暫くあとのことになる。

 

 

 



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47.帰還 2/3

 

 山を駆け下りた一行。そこに広がっていた光景は、およそ一年ぶりに目の当たりにするものだった。

 

「やっぱり……」

「……うむ」

 

 故郷の村──の、跡地。綺麗に抉り取られたような巨大なクレーターは、村が人智を越えた力によっていずこかへ消え去ってしまったことを示すものだった。

 

「話には聞いてたが……こんなことになってたんだな」

「……おう。でもこれで、全部もとに戻せる」

 

 全部……むろん、永遠に失われたもの以外は。

 すぅ、と深呼吸をして──エイジロウは、リュウソウカリバーを召喚した。飛来する"伝説の剣"。

 

「いくぞ。テンヤ、オチャコ」

「……うむっ」

「うん……!」

 

 ふたりの声音にも、緊張その他様々な感情が入り混じっている。旅立ったその瞬間から、夢にまで見た帰還のとき。それはもう、彼らの手の中にある。

 

「……っし!」

 

 片頬を叩き、エイジロウは意を決したように一歩踏み出した──

 

──のだが、

 

「!?、ぐっ、あ……がぁ……っ!!」

「!?」

「マスター!!?」

 

 突如苦しみ出し、その場に蹲るショータ。真っ先に駆け寄ったのは意外というべきかやはりというべきかカツキ、次いでイズクだった。

 

「どうした!?おい!!」

「ッ、プリシャス……だ……っ」

「プリシャスに何かされたんですか!?」

 

 胸元を掻き抱くように押さえつつ……息も絶え絶えで、ショータは応えた。

 

「俺は……プリシャスに心臓を奪われている……!」

「心臓、って……」

「奴は自分のチームをつくるとき、臣下たちが決して裏切れないよう心臓を奪うんだ……っ」

「あいつにそんな力が……」

「なんてヤツだ……!」

 

 心臓の主が死ねば、それを囚えている符も消失する──つまり、符が手元にあるままなら間違いなく生きているということ。

 リュウソウジャーに倒されたわけではないにもかかわらずいつまでも戻らないサデンに痺れを切らして、プリシャスが強硬手段に出たのだと推測できた。

 

「まずい……!我々はともかく、イズクくんとカツキくんが合流している状態で奴に見つかれば──」

「ッ、村は……お預けか……」

 

 悔しいが、仕方ない。リュウソウカリバーさえあればいつでももとに戻せる村とショータの命、秤にかけるまでもない。

 

「ッ、おそらく、プリシャスはこの近辺にとどまっているはずだ……」

「ア゛?ンでそう言い切れンだよ」

「簡単な、話だ。……エラスがいるのは、この下だからな」

「え……!?」

 

 エイジロウたちが生まれ育った地の底に、エラスが?

 

「じゃあ、二百年前マスターグリーンが破壊した村っていうのは……」

「……この村だ。不幸中の幸い、彼は最後の理性の欠片を振り絞って、住人たちの殆どを逃していたからな。再建も速かった……俺やこいつらの親のように、新天地を求めて旅立った者もいたが……」

「……知らなかった」

 

 エイジロウたちが生まれる少し──リュウソウ族基準で、ではあるが──前の出来事であるにもかかわらず、大人たちはみな過去の惨禍に口を噤んでいたということか。「知らぬが仏という言葉もあるが、」と、テンヤが言葉に反して納得しがたい様子でつぶやいた。

 

「ッ、とにかく、俺はサデンになっていったん奴のもとへ戻る……っ」立ち上がるショータ。「まだ、斃れるわけにはいかない……っ」

「マスター……」

 

 それにしたってまず、プリシャスの居処を掴まなければ。しかしそうしてショータがかのドルイドンの陣営に戻ったところで、その後の明確な展望があるわけではない。プリシャスの寝首を掻けるなら、とうにそうしているのだから。

 せっかくふたたびこの地に立ったにもかかわらず、立ち尽くすしかない一同。──そのとき、不意にエイジロウがつぶやいた。

 

「……心臓を、取り戻せればいいんだよな」

「!」

 

「──なんとかなるかもしれねえ」

 

 

 *

 

 

 

 村の跡地近郊の谷間に、プリシャスは前線基地の構築を開始していた。周囲でドルン兵の群れが忙しく作業をしている中、彼はいの一番に設置させた玉座にふんぞり返っているだけだったが。

 

「さて、と。……いい加減、サデンも戻ってくるかな」

 

 掌の上で符を弄びながら、つぶやく。先ほどまでぐしゃりと握りつぶしてみたり、千切れる寸前まで引き伸ばしてみたりと、散々に扱っていたのだ。

 と、噂をすればというべきか。やや覚束ない足取りで、符に囚われた心臓の持ち主が帰ってきた。

 

「……プリシャス様、」

「ああサデン、無事だったんだね。全然音沙汰がないから、心配したよ」

「申し訳ありません。リュウソウブラックとグリーンを取り逃がしてしまい、追撃を行っている最中でした」

「そう。ま、いいよ。ガンジョージは死んでしまったけど……後釜はいくらでも生まれてくる。リュウソウジャーの連中もいずれ、疲れ果ててボクの軍門に下るだろう」

「………」

 

 忠実なサデンが何も反応しないことに、プリシャスは違和感すら覚えなかった。エラスの力を恃みとする彼にとってはもう、ひとつひとつの駒の動きなど些末なことでしかない。

 

「ボクは今、すごく幸せなんだ。心臓なんて奪らなくても、ボクの忠実なしもべになってくれる仲間をエラス様が創ってくださる。──ごめんね、サデン?キミの心臓を奪ってしまって……」

「……いえ」

「君は優秀な部下だ、力もある。でもね、力があるとみんな、欲が出てくるじゃないか。君のことは信じてるけど、裏切らないとも限らない」

 

 子供でもわかるくらい、明らかな矛盾を孕んだ発言だった。思わず"サデン"が、口を挟んでしまうほどには。

 

「……それは、信じてるとは言わないですよ」

「……何?」プリシャスの手がぴくりと反応する。「ボクに口答えするの?」

「!、いえ、そういうわけでは……」

 

 慌てて弁解しようとするサデンだったが、プリシャスの機嫌を損ねてしまった以上何もかも無駄なことだった。

 

「!?、がっ、ぐぁ、アア……!」

 

 符をぐしゃりと握りつぶす。激痛に襲われたサデンは悶え苦しみ、その場をのたうち回った。そんな配下の姿を認めて、プリシャスは愉悦を覚えた。長らく忠実に仕えてきたサデンだが、内心不満を溜め込んでいることくらいは想像がついた。それを真正面から叩き潰す行為だった。

 しかしその性情がゆえ、プリシャスは足を掬われることとなったのだ。

 

「──おらぁッ!!」

 

 不意に身を起こしたサデンが、掛け声とともに剣を一閃する。何が起こったかもわからぬうちに、プリシャスは右腕を切断されていた。

 

「な……ぐあぁぁぁぁぁッ!!??」

 

 与えたものの何倍もの痛みを返されて、わけもわからずプリシャスは悲鳴をあげる。力を失った右手だったものからこぼれ落ちた符は、サデンの手に渡った。

 

「ば、かな……心臓を握られて、動けるはずが……!?」

「──握られてねえもんよ、最初っから」

「!!?」

 

 サデンらしからぬ口調とともに、頸が外される。露わになったのは、

 

「リュウソウレッド……!?」

「……へへっ」

 

 してやったりの笑みを浮かべると同時に、サデン……もといエイジロウはハヤソウルをリュウソウケンに装填した。「じゃーな!」と言い捨て、慌てて行く手を阻もうとするドルン兵たちを強引に突破して離脱していく。その間わずか二、三秒。

 

「ッ、オォォォォォ────ッ!!」

 

 憤懣のままに、プリシャスは雄叫びをあげる。狡知においてもすぐれていると自負する彼にとって敵、それも切り込み隊長的な存在である勇猛の騎士に出し抜かれるとは思ってもみなかったのだ。

 

「……ッ、ハァ、ハァ……」

 

 腕を失ったことは大した痛手ではない、こんなものはすぐに生えてくるからだ。それでも怒りに打ち震えていると、背後から無機質な声がかかった。

 

「プリシャス様、奴らはこの俺が」

「……そう。なら任せるよ──」

 

「──ガンジョージ、」

 

──斃れたはずのガンジョージが、そこにいた。

 

 

 *

 

 

 

 その頃、エイジロウを除くリュウソウジャーの面々とショータは峡谷の狭間に身を潜めていた。

 

「エイジロウくん、大丈夫かなぁ……?」

「予定通りなら、そろそろ戻ってくる頃合いだが……」

 

 気遣わしげに西の方角を見遣るテンヤとオチャコ。むろんエイジロウを信じていないわけではないが、相手はプリシャスだ。戻らないサデンを不審に思い、なんらかの罠を仕掛けて待ち構えている──などということも、考えられる。

 

「エイジロウくんなら大丈夫だよ、きっと。──ね、かっちゃん?」

「フン……あのバカ、無理でも押し通しやがるからな」

 

 「確かに」と、皆が同意する。自ずとほぐれていく雰囲気を感じとって、ショータは目を丸くした。イズクはともかく、カツキが他者の長所を──やや婉曲的な物言いとはいえ──認めるような発言をするとは思わなかったからだ。

 

「……五十年の重みというやつか、それとも──」

「ア゛?なんか言ったかよ、()マスター」

「……おまえね……まあ、仕方がないか」

 

 カツキなりに事実を受け止め、ショータを改めて受け入れようとしている真っ最中なのだ。昔から繊細でなおかつ潔癖なところのあった少年の成長を、改めて感じる。

 もう子供扱いはできない。師匠だとか弟子だとかではなく、ひとりの人間として彼に向き合わなければ。

 

「……すまなかった、カツキ」

「──!」

 

 ショータの発した謝罪に、場が一瞬静まり返った。

 

「……本当は、顔を合わせた時点で言うべきだったんだろう。だが……正直に言えば、俺はイズクに責められるまでは悪いことをしたとは思っていなかった。未熟なおまえたちをプリシャスと遭遇させるような愚を犯さなかったのだから、俺は正しかったんだ、と」

「………」

「俺は、ひとの気持ちというものを蔑ろにしてしまっていた。……イズクの言う通り、マスター失格だな」

 

「だから……この戦いが終わったら、おまえが俺に教えてくれ。おまえが見出した、騎士のあり方を」

 

 五十年の想いを込めた、ショータの言葉。──それに寄り添うように、漆黒の竜が彼に寄り添った。

 

「そうか……そうだったな。おまえにも苦労をかけた、ミルニードル」

「……けっ」鼻を鳴らすカツキ。「ンな悟ったよーなことばっか言ってっと、あんた死ぬぞ」

 

「ちゃんと生き残れや、ハナシはそっからだ」

「……そうだな」

 

 どこか刺々しいままだった師弟の間の空気。未だぎこちなさは残るけれど……それもきっと、遠くない未来に解消されるだろう。生きてさえいれば。

 

──と、そのときだった。

 

「うぅおぉぉぉぉぉぉ────ッ!!??」

「!?」

 

 野太い悲鳴が唐突に響き渡る。何事かと声の方向を見遣った一同が目の当たりにしたのは、猛烈な勢いでこちらへ向かってくるエイジロウの姿。

 

「とめっ、誰か止めてくれえぇぇぇぇっ!!?」

「エイジロウくん、よもや暴走してしまっているのか!?」

「そのまんまの意味だな」

「あんのクソ髪ィ……──ッ、ヤワラカソウル!」

 

 久々にクソ髪呼ばわりしつつ、真っ先に対応してくれたのはカツキだった。地面がぶにょんと沈み込み、その反動でエイジロウの身体が天高く舞い上がる。

 

「あ、」

「お、」

 

 皆の視線がおもちゃを前にした猫のように忙しく動く。下から上、また下。程なくエイジロウは、ふかふかになった地面に叩きつけられてその激走を終えた。

 

「い゛っ、ててててて……っ」

「え、エイジロウくん大丈夫!?」

 

 犯人?を除き、駆け寄っていく仲間たち。助け起こされたエイジロウは土埃まみれにはなっていたが、幸い怪我はないようだった。

 

「まったく、何事かと思ったぞ!?」

「へへへ……悪ィ悪ィ。おめェとかイズクみてーにはやっぱ扱えねえや……」ぼやきつつ、「っとと……マスターブラック、ばっちり取り戻してきたぜ、あんたの心臓!」

「!、……感謝する」

 

 エイジロウから符を受け取り、己の胸元に当てるショータ。と、そこから何か光るものが吸い込まれてゆき、程なく符は燃え尽きるように消滅していった。

 

「これで、呪縛は消えたか」

「っし、心おきなくプリシャスをブッ飛ばす!」

 

 その言葉をきっかけに、皆の思考がふたたび戦闘モードに切り替わる──刹那、

 

「これ以上、プリシャス様の邪魔立てはさせん……!」

「!」

 

 響くいかめしい声。それと同時に空中から降下してきた大柄な影は、着地するやその重量のままに激しい揺れを辺り一帯にもたらした。

 そうして現れた姿は、一行にとって衝撃的なもので。

 

「!、おまえは……ガンジョージ!?」

「どういうことだ、確かに俺たちが倒したはず……」

 

「──エラスの仕業だ」

「!」

 

 背後からショータの冷静な、それでいて焦燥を滲ませた声が響く。

 

「エラスはその体内にインプットした地球の記憶を基に、あらゆるドルイドンを生み出すことができる。……まして同一個体なら、創造も容易いだろう」

「ッ、それじゃあ……」

 

 エラスを倒さない限り、ドルイドンは無限に生まれてくる。しかしエラスは不可殺の存在で──

 

「何をごちゃごちゃと喋っている!!」

 

 ガンジョージ……もといガンジョージ・ツヴァイが、一体目よろしく砲弾を解き放つ。いきなりの攻撃に一行は少なからず面食らったが、しかし既に倒した敵なだけあって対処も素早かった。

 

「させるか!──ギャクソウル!!」

『クルリンパっ!!』

 

 あらゆる事象を"逆転"させる能力をもつギャクソウル。その作用を受けた砲弾が、くるりと向きを変えてガンジョージ・ツヴァイに襲いかかった。

 

「何だと──グハァッ!!??」

 

 呆気なく爆破に呑み込まれる。むろんそのボディは、己の砲弾が内側から誘爆するようなことがあっても耐えうるだけの頑丈性を誇る。この程度で倒れるガンジョージ・ツヴァイではなかった。

 

「〜〜ッ、おのれェ!!かかれドルン兵ども!!」

「ドルドルーッ!!」

 

 率いてきた手勢をけしかけるガンジョージ・ツヴァイ。口調もそうだが、他者を使う程度の知能は身についたというところか。だが根っこが変わらないならば、恐れる必要はない。

 

「ッ、」

「マスターブラック、ここは僕らに任せてください!」

 

 剣を抜こうとするショータを、イズクがそう言って押しとどめた。カツキもそれに続く。

 

「五十年っつーのはでけえんだっつーこと、あんたに見せてやる」

「……ふ、相変わらず減らず口をたたくな」

 

 シニカルな笑みを浮かべつつ、ショータは頷いた。

 

「心臓がまだ馴染んでないからな。おまえたちに任せる」

「よし来たっ!──みんな行くぜぇ!!」

「てめェが仕切んな!!」

 

 もはやお約束となったそんなやりとりを皮切りに、六人が一斉に走り出す。ドルン兵たちと斬り結ぶのに、リュウソウメイルを纏うまでもない。

 

「──勇猛の、騎士ッ!!リュウソウレッドォ!!」

 

 エイジロウが、

 

「叡智の騎士ッ、リュウソウ……ブルー!!」

 

 テンヤが、

 

「剛健の騎士!リュウソウ、ピンク……どりゃあっ!!」

 

 オチャコが、

 

「疾風の、ッ、騎士!リュウソウグリーン!!」

 

 イズクが、

 

「威風の騎士ィ……!リュウソウブラックゥ、オラァ死ねぇぇ!!!」

 

 カツキが、

 

「栄光の騎士──リュウソウ、ゴールド!!」

 

 ショートが、剣戟とともに、名乗りをあげていく。

 

──正義に仕える、気高き魂。

 

「「「「「「騎士竜戦隊、リュウソウジャー!!」」」」」」

 

 それが遂げられたときにはもう、ドルン兵たちは全滅していたのだった。

 

「さあ……次はおめェの番だ、ガンジョージ2号!」

「俺はそのようなダサい名前ではないっ、ガンジョージ・ツヴァイだ!」

「知るかボケっ、いくぞてめェらァ!!」

 

──リュウソウチェンジ!!

 

『ケ・ボーン!!──リュウ SO COOL!!』

 

 甲高い叫びと笑い声が響き渡り、六人の身体を竜装の鎧が覆う。鮮やかな六色が、青空のもとに立ち並んだ。

 

「──うおぉぉぉぉぉぉッ!!」

 

 吶喊。すかさず砲門を解き放つガンジョージ・ツヴァイだが、彼が火力にモノをいわせてくることは織り込み済みである。一斉に散開し、着弾を避ける。そして、

 

「ヒエヒエソウル!!」

「ドッシンソウルっ!」

 

 まずブルーが彼の足元を凍らせ、踏ん張りを封じる。そして打擲の鎧を纏ったピンクが跳躍し、すかさず地面に拳を叩きつけた。たちまち深緑のオーラを纏った衝撃波が伝播し、ガンジョージ・ツヴァイに襲いかかる。

 そこに、

 

「ハヤソウル!」

「久々にこれだァ!──ブットバソウルゥ!!」

 

 強竜装からはどうしても一段劣る──少なくとも純粋な戦闘においては──通常の竜装。しかしながら、使い慣れたそれらを操るテクニックにおいては彼らはリュウソウジャー随一なのだ。

 文字通り疾風のごとく駆け抜け、ヒットアンドアウェイの攻撃を仕掛けるグリーン。二次元機動の彼に対してブラックは三次元機動だ。起こる爆破の勢いを利用して縦横無尽に飛び回り、肉薄したところでそれを攻撃に振り向ける。実質彼専用となっている扱いの難しいリュウソウルなだけあり、純粋な破壊力では強竜装にもひけをとらない。

 

「性懲りもなく化けて出やがって……!もっぺん地獄に帰れやァ!!」

 

 口調の違いからもわかるように、ガンジョージとガンジョージ・ツヴァイは厳密には別個体なのだが、彼にしてみれば些末なことだった。というかそもそも、彼とイズクはもとのガンジョージとは相まみえていないのだが。

 そしてツヴァイは、彼らの息もつかせぬ連続攻撃にどうにか耐え続けている。ナイトクラスの地力を砲弾の火力と鎧の頑丈さに全振りしているのだから、よほど規格外の攻撃でない限りは耐えきるのが摂理なのだ。

 

 しかし今となっては、その"規格外"を放てる者たちがここにいる。

 

『マックス、ケ・ボーン!!──オォォォォ、マァァァッックス!!!』

「来いッ、リュウソウカリバー!!」

 

 左右から迫る、マックスリュウソウレッドとノブレスリュウソウゴールド。業を煮やしたツヴァイはがむしゃらに火砲を放つが、直撃させられなければその進撃を止めることはできない。

 

「ショートっ!!」

「ああ!、────」

 

 

「エバーラスティングディーノスラァァッシュ!!」

「エクストリームダブルディーノスラッシュ!!」

 

 ガンジョージ・ツヴァイを挟み込むようにして、ふたりがすれ違う。それと同時に放たれたのは、互いが己の最大級を出し切る渾身の必殺技であった。

 

「ガアァァァァ……!?」

 

 苦悶の悲鳴をあげるツヴァイ。分厚いボディには今の攻撃で大きな裂け目ができ、絶えず火花が散っている。

 立っていることさえできずに、彼はその場に片膝をついた。

 

「グ、ウゥゥ……!」

「っし、やったぜ!」

「喜ぶのは早ぇわアホ。あいつ、まだくたばってねえ」

 

 カツキの言う通りだった。満身創痍にまで追い込まれたガンジョージ・ツヴァイは、獣のような唸り声をあげながらもこちらを睨み続けている。その闘志は未だ、ひと擦りの傷さえもついていないように見えた。

 

「俺は斃れん……!プリシャス様の、ためにも……っ!」

「ッ、プリシャスのためって、そんなにあいつが大事かよ!」

「大事に決まっているッ!!」

「なんで!?」

 

 何故?理由など考えたこともないというか、考える時間がそもそもなかった。何せ彼は、つい数十分前にエラスによって生み出されたばかりなのだから。その足でプリシャスに合流し、命じられるままにリュウソウジャーと戦いに来たというだけだ。

 

「理由なぞない!俺はプリシャス様のために戦うのだ!」

「……哀れだな、おまえ」

 

 プリシャスに恩義があるとか、その人格や力を信奉しているだとか──そういった理由さえない忠誠は、ただ虚しいだけだ。そしてそんな存在を生み出したエラス、利用するプリシャスに、彼らは改めて怒りを燃やした。

 

「……生まれてきたおめェに罪はねえかもしれねえ。でも……おめェがそれだけの存在だってんなら、今この場で倒すッ!!」

 

 今度は六人並び立ち、同時に必殺の構えをとる。ボロボロのガンジョージ・ツヴァイの身体では、到底耐えることなどできないだろう。もはや運命は決した──かと、思われた。

 しかしディーノ、まで発声したとき、この場にいる何ものをも原因としない地響きが彼らの行動を阻んだ。

 

「ッ!?」

「なんだ……!?」

 

 この揺れ方は幾度か感知したことがある。──巨大化したマイナソーが、迫ってくるようなケースだ。

 

「まさか──」

 

 誰ともなくそうつぶやくと同時に、頭上に影が差す。

 顔を上げた彼らが目の当たりにしたのは、王冠を被った鎧武者の、ゾンビのなり損ないのような怪人だった。

 

「マイナソー!?──いや、違う……!」

「また新たなドルイドンか……!」

 

「──はははははっ、そうだよぉ?」

「!!」

 

 新たに現れた巨大ドルイドンが喋ったのかと思ったが、そうではなかった。ドルイドンの右肩に腰掛ける、こちらは等身大の影。

 

「!、プリシャス……!」

「あんた、何しに来たん!?」

「何しに?──キミが言ったんじゃないか、リュウソウピンク」

 

「仲間は、助け合うものなんだろう?」

「……!」

 

 ねっとりとした物言いに、ぞっとする。彼は巨大ドルイドンの肩から躊躇いもなく飛び降りると、ガンジョージ・ツヴァイに合流した。

 

「大丈夫かい、ガンジョージ?」

「プリシャス、様……。救援、感謝します……!」

「気にすることはないよ、キミは大事な弟だからね。それに──」

 

「──ボクらの新しい弟……最強の切札、"ヤバソード"の誕生を祝わなくちゃね」

 

 

「リュウソウ族……!──滅ボス!!」

 

 その瞳には、ただ怨念のみが宿っていた。

 



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47.帰還 3/3

 

 ヤバソード──ガンジョージ・ツヴァイに続いてエラスが産み落とした、最強のドルイドン。その称号に違わず、与えられた階級(クラス)は"キング"。ただそれは、彼自身でさえ意識するところではない。

 

「リュウソウ族……!──滅ボス!!」

 

 彼の行動原理は、ただそれだけ。ガンジョージ・ツヴァイのように、プリシャスに忠誠を誓うといった知能もない。

 明らかに危険な雰囲気を醸し出すこのドルイドンの前に、キシリュウオーファイブナイツとキシリュウネプチューンコスモラプター、そしてヨクリュウオーが立ちふさがった。

 

「こいつはやばい……!さっさと倒すぞ、皆の衆!」

「わかってるティラ!」

「まずは我々がいく!」

 

 先陣を切ったのはネプチューンだった。クラヤミガンを連射しながら進撃し、肉薄したところでカガヤキソードを振るう。

 ヤバソードはといえば、右腕と完全に一体化した大刀でそれを受け止めた。聖なる光が火花とともに飛び散り、互いに一歩も引かない剣戟が繰り広げられる。

 

「ウ゛ウ゛ウ゛ウ゛ウ゛……!!」

「ッ、こいつは……!」

 

 ゼロ距離で改めて感じる、こいつは普通ではない。ガンジョージやガンジョージ・ツヴァイの時点でうっすらと漂っていた異様な気配……狂気が、ここに来てむせ返るほど濃厚で強烈になっている。油断すれば、こちらまでその向こう側に引きずり込まれてしまいそうだ。

 

「ウウウ……ッ、オ゛ォォォォ──ッ!!」

「──!?」

 

 唸り声をあげると同時に、ヤバソードの身体に宿った黒い波動が刀を通じて襲いかかってきた。キシリュウネプチューンコスモラプターの重量感ある機体でさえ、それによっていとも容易く弾き飛ばされてしまう。

 

「ショートっ!」

「ッ、大丈夫だ……!」

 

 まだ。ただ今のは、ヤバソードの力の一部でしかないことは明らかで。その全身全霊がどれほどの脅威になるかは、想像さえ及ばない。

 

「リュウソウ族……!滅ボス!!」

 

 ただそれだけを繰り返し叫びながら、ヤバソードが腰を落とす。来る、と構えたときにはもう、その姿が消え失せていた。

 

「何──ぐあっ!?」

 

 衝撃がくるまで、一秒となかった。ファイブナイツ、ネプチューンと大刀の一閃によりその身を大きく切り裂かれる。ヨクリュウオーのみ咄嗟に反応して空に上がろうとするが、ヤバソードはそこへまで追いかけてきた。

 

「うそ〜ん!?──うぎゃっ!」

 

 墜落。あまりといえばあまりに一瞬のことで、何が起きたかもわからない。ただ、ヤバソードの攻撃があったことだけは明らかだった。

 

「ピーたんっ!」

「ッ、なんてスピードだ……!これでは──」

 

 規格外の速さは無敵と同義である。こちらがどれほどの破壊力をもっていようと、堅牢な装甲を纏っていようと、一撃も掠りもしないのではいずれ敗北へと追い込まれるのだから。

 

「スピードにはスピードしかない……!みんな、僕とタイガランスに任せて!」

「デクくん!」

「っし、頼んだ!」

 

 ファイブナイツはティラミーゴを中心とした形態がデフォルトだが、言うに及ばず構成騎士竜の間で主体を変更することができる。頭部を形成するリュウソウルを入れ替えることで。

 

「──キシリュウオー、ファイブナイツグリーン!!」

 

 猛虎の魂を宿した竜騎士が顕現する。その形態は身のこなしもさることながら、それを成すための動体視力においても非常にすぐれている。紅い瞳が周囲一帯を見渡し、高速で動き回るヤバソードを捉えた。

 

「──いた……!いくぞ、タイガランス!」

 

 オォォ、と唸りをあげる虎型の騎士竜。果たして次の瞬間、ファイブナイツグリーンは地面を蹴って走り出す。目にも止まらぬ──ヤバソードと同等のスピードだ。

 

 木々を薙ぎ倒しながら、仮面の竜騎士と鎧武者とが鍔迫り合いを繰り広げる。どちらも一歩も引かない、しかしほんのわずかでも気を抜けばそれだけで趨勢が決まるような戦いだ。

 

「い、いけるのか?キシリュウオ〜……」

 

 ピーたん、もといヨクリュウオーが不安げな声を発する。ファイブナイツは強い。強いが、相手は狂気の塊のようなオーラを絶えず発し続けている。

 

「……大丈夫だ、あいつらなら」

 

 スピードがものを言う戦いになると、地上においてネプチューンは割って入れない。見守るしかないことに口惜しさを感じないといえば嘘になる。しかし長くともに戦い、培われてきた信頼は絶対のものだ。

 

「──あかん、埒が明かない……!」

 

 ピンクの言葉がすべてだった。戦況はまったく動かない。体力勝負も覚悟されたが、気短を起こしがちな面子はこちらにもいるのだ。

 

「だあぁめんどくせぇ!なんとかしろやクソデク!!」

「……おめェ、さっきイズクって呼んでなかった?」

 

 初めて聞くイズクに対しての明確な名前呼びということで、皆、これはと思ったのだが。

 

「知るか、聞き間違いだわ!!」

「……だ、そうです」

「あ、ははは……──エイジロウくん、聞いて!」

「え、俺!?」

 

 あれやこれやと作戦を説明される。いちかばちか──しかし、キシリュウオーでなければできない戦法。

 

「……わかった、やってやるぜ!」

「頼む!」

 

 やりとりがなされるや否や、ファイブナイツグリーンはわずかに動きを緩めた。よくよく凝視していなければ見過ごしてしまうような減速だが、ヤバソードには十分すぎた。

 

「オ゛ォォォォォォォォ!!!」

 

 雄叫びとともに、一気呵成に突撃してくる。互いの距離が縮まっていく。先ほどまでのようなスピード勝負なら、どちらに軍配が上がるかは火を見るより明らかだ。

 

「──死ネェェェェ!!!」

 

 いよいよ肉薄したヤバソードの、呪詛の声が響く。そのまま大刀が一閃すれば、キシリュウオーの身体は両断されてしまうかもしれない。そう思われた矢先だった。

 

「今だっ、エイジロウくん!!」

「おうよっ!!」

 

──ファイブナイツが、分離した。騎士竜たちが四方へ散らばり、素体のキシリュウオーのみがその場に残される。

 

「!!!!!」

 

 ヤバソードによる一閃は空を切った。合体解除したことで体格が小さくなったことがひとつ、軽やかな宙返りを披露したことがひとつ。

 キシリュウオーは空中を一回転しながら、ジョイントチェンジを果たした。胸部のティラミーゴヘッドが右腕に移る。そして着地と同時に、それを勢いよく突き出した。

 

「ティラ、ダイナバイトォッ!!」

 

 ティラミーゴヘッドが唸りをあげ、その重量感のままに強烈な打撃を放つ。果たしてそれは空振りによって態勢を崩していたヤバソードに直撃した。

 

「グアァッ!?」

 

 ヤバソードの身体が後方へ吹き飛ばされていく。しかしそれも一瞬のこと、彼は唸り声をあげながらも姿勢を整え、地に踏ん張った。

 

「ティラ……!」

「ッ、やっぱ、俺ら単体じゃ火力不足か……」

 

 主目的は敵にダメージを蓄積させ、動きを鈍らせること。スピードを殺せればあらゆる合体形態で対応できる──わかってはいるけれど、やはり口惜しい。

 とはいえそれは、いったん一線から引いたショートたち、そしてこの策のためにファイブナイツグリーンの活躍を断念することを厭わなかったイズクとタイガランス、彼らも同じことなのだ。皆が少しずつプライドを差し出すことで、最終的に騎士の使命を果たす。それがチームというものだ。

 

「ウ゛ウ゛ウ゛ウ゛……!リュウソウ、族、死ネェェェェ!!!」

 

 ふたたびヤバソードが唸り、その場にとどまったまま無闇矢鱈に両刀を振り回す。それは単なる癇癪ではなく、空気がひと薙ぎされるたびに激しい剣波が襲いかかった。

 

「──うわあぁぁぁぁッ!!??」

 

 大量の火花が散り、悶えるナイトロボたち。やがてその姿は爆炎に呑み込まれ、跡形もなく消え失せてしまった。

 

「グッグッグッグッグ……!」

 

 勝利を確信し、独特の笑い声を発するヤバソード。しかしそれはつかの間の栄光にすぎなかった。

 炎の中から上空めがけ、ひときわ巨大な人型が飛び出したのだ。

 

「!?」

「キングキシリュウオー、見・参!!」

 

 陸海空の三大巨人がひとつになった、最大最強の竜騎士。そのうちの"空"の力で、彼らは天高く舞い上がったのだ。

 

「グオ゛ォォォォッッ!!!」

 

 猛り狂うヤバソードが、頭上めがけて剣波を乱射する。しかし空を舞うキングキシリュウオー相手に地上からの攻撃は無謀というほかなかった。彼ら(傍点)は雲間を縫って射程を逸らしながら、各頭部から発射する光線で反撃する。

 

「グウゥゥ……!」

 

 纏う甲冑のおかげか、ヤバソードは耐えている。しかしその憤懣が爆発すれば、どんなことが起きるか想像もつかない。

 

「ガチで決着、つけるティラ!」

「おう、ガチでな!」

 

 雲を突き抜け、キングキシリュウオーがふたたび地上に姿を現す。それと同時に、かの巨人はエネルギーの急速充填を開始した。

 そして、

 

「エネルギー充填完了!!」

「突撃!」

「──発射ァ!!」

 

──キシリュウオー、ビッグバンエボリューション!!

 

 放たれる最強の砲火。しかしヤバソードの側も、これまでで最大の一撃を放つ。

 ぶつかり合う閃光の束。それらは周囲にまで波及し、あらゆるものを粒子へと変えていく。

 

「ッ、まずいぞ……!これ以上やれば周囲の地形が──!」

「でも、手を緩めたら負ける……!」

「なる早で、勝つしかねえッ!!」

 

 しかしエネルギーは完全に拮抗している。ガンジョージを一撃で葬ったキングキシリュウオーでさえこれだ。ヤバソード自身の階級も"キング"──同等の力をもっていると言っても、過言ではない。

 

 しかし終焉のときは、唐突に訪れた。

 

「!?、ガ……ァ……」

「!」

 

 突如機能を停止したかのように、ヤバソードの両腕から力が抜ける。当然拮抗は破れ、ビッグバンエボリューションが迫るが……それが彼を呑み込むこともまた、なしえなかった。

 

 光が接触する直前、ヤバソードは忽然と姿を消してしまったのだ。

 

「やべっ……キングキシリュウオー、攻撃中止!!」

「もうやっておるわ!」

 

 慌ててエネルギーの放出を中断する。しかし既に照射してしまったぶんはどうにもならず、地上に巨大なクレーターが生み出されることとなった──

 

 

 *

 

 

 

 唸り声をあげながら、ヤバソードは陣営に帰還した。迎え入れるプリシャスと、ガンジョージ・ツヴァイ。

 

「おかえり、ヤバソード。あのキングキシリュウオーとかいう巨人、キミをもってしてもなかなかの難敵だったみたいだねぇ?」

「………」

 

 ヤバソードは答えない。業を煮やしたガンジョージ・ツヴァイが「プリシャス様がお話しになっているのだ、なんとか言え!」と迫るが、やはり反応はなかった。

 

「……プリシャス様、此奴は──」

「………」

 

 何か異様なものを感じた様子のガンジョージ・ツヴァイ。しかしプリシャスはそんなもの、気にも留めていなかった。ヤバソードにはものを考える知能はおろか、その基盤たる人格すらない。エラスが彼自身のためにそのように創ったのだとすれば、これほど都合の良いことはない。

 

(ボクのチームは最強だ。そして時が経てば経つほど、その力は増していく)

 

「最初から勝者は決まっているんだよ、リュウソウジャー……!」

 

 

 *

 

 

 

 煮えきらない結果で終わった戦闘の反動は一行、とりわけエイジロウにとっては苦いものとなった。

 

「昔あそんだ山が……」

 

 かつてエイジロウたちが遊び場、あるいは獲物の狩り場としていた山の一部が、草木ひとつ生えぬ荒野と化してしまった。敵の攻撃によるものだけではない、とりわけ決め手になったのはキングキシリュウオーの必殺技だ。

 

「ごめんティラァ……」

 

 ティラミーゴがしょんぼりと謝罪する。彼ほど明らかでないにしても、ピーたんはコタロウの懐で縮こまっているし、モサレックスなどはショートの服の裾から尻尾だけを出しているありさまだ。自然に対する親しみ方は彼らのほうがより強いだろうから、余計に罪の意識も大きいのだろう。ただシャインラプターの力で再生は可能なので、それをいつまでも引きずる必要はないのが救いか。

 シャインラプターが出動するのを見つつ、ショータがつぶやく。

 

「……しかし、まさか"光陰一体の騎士竜"まで仲間に加えているとはな。彼らにしてもそこのプテラードンにしても、我々先代の間ではほとんど伝説上の存在だったんだが」

「フン、あんたら世代とはできが違ぇんだよ」

「こらかっちゃん……!きみはすぐそうやって脊髄反射で──」

「そうだぞカツキくん!」テンヤも便乗する。「それにマスターブラックももちろんだが、我々のマスターをきみは知らないだろう!!」

 

「会ってから判断してくれ」──テンヤの言葉は当人が意図せずとも、いよいよ"そのとき"を迎える鏑矢となった。

 

「──来い、リュウソウカリバー」

 

 その手に聖剣を召喚し、エイジロウは前に進み出た。眼前には、村の跡地たる巨大な円形の断崖。

 ここまでの旅路を、ふと思い出す。

 

(失ったもの、守れなかったものはたくさんあった)

 

(それと同じくらい、得たものも)

 

──だけど、

 

「今度は……取り戻す番だ!!」

 

 叫ぶと同時に、エイジロウは大地に刃を突き立てた。

 聖剣から発せられるエネルギーが、地面に伝播していく。眩い光があふれ出る。やがてそれらは次元をも越え、秩序を再生させる──つまり、本来"そこにあるべきもの"を甦らせようとしている。

 

 やがて、具体的な姿かたちが現れる。最初は自然の草木から、次いで建造物が。

 

──そして、生きとし生ける人々。

 

「ッ、なんや……?」

「これは、まさか──」

 

「──マスター、みんなっ!!」

「!」

 

 懐かしくもそうでなくも感じられる濡れた声に、彼らは一斉に顔を上げた。

 

「エイ、ジロウ……」

「テンヤ……」

「オチャコ……」

「──ッ、」

 

 次の瞬間、スリーナイツは走り出していた。飛び込むは、それぞれのマスターの胸。

 

「おかあちゃんっ!!」

「兄さん……!にいさあん!」

 

「──タイシロウさん……!俺たち、やったよ……!!」

 

 師の分厚い胸に飛び込む。やはり成熟した、一人前の騎士の身体だ。しかし別れる前より体格差が縮まったようにも思えるのは気のせいだろうか。

 タイシロウもまた、それをより鮮明に感じている。硬い赤色の髪をくしゃくしゃと撫でながら、彼は弟子の遍歴を思った。

 

「おう、よぉ頑張ったな……!信じとったで、エイジロウ!」

 

 プリシャスの軍団、蠢動する"ドルイドンの女王"──明るい未来など到底見通せないほどに、問題は山積みだ。

 

 それでも今だけは、この曇りのない喜びに浸っていたかった。

 

 

 つづく

 

 

 





「ここに眠るすべての者たちに、とこしえの安寧がもたらされんことを……」
「攻め込むしか、ない」
「リュウソウジャーよ、万事、おまえたちに託す」

次回「進撃の黎明」

「あれが、エラス……!?」


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48.進撃の黎明 1/3

 

 緑あふれる大地。質素だが人々の営みを強く感じさせる堂宇の数々。

 エイジロウたちが生まれ育った、夢にまで見た風景がそこにはあった。

 

「──エイちゃあぁん!!」

「トモナリぃ!!」

 

 がしっと強く抱きあうエイジロウと、小柄だが恰幅の良い少年。おいおいと泣きながら身体を密着させるふたりを見て、カツキが蛙の潰れたような声を発した。

 

「クソきめェ……」

「キモくない!マブダチと一年ぶりに会えたんやから」

「そっか、あの子がもうひとりの……」

「……親友、か。なんつーか、羨ましいな」

「ン〜、なんやぁ?お坊ちゃんは親友おらんかったんか〜?」

 

 素直すぎる性分ゆえ飛び出したショートのひと言に、タイシロウが耳聡く反応した。いい歳になっても少年のような悪戯好きな性が抜けない男なのだ、彼は。

 

「ショートくんは海のリュウソウ族の王子だったのです!」

「お、王子?……海の!?」

「リュウソウジャーがおまえたちを含めて六人もいるのは妙だと思っていたが、そういうことだったのか……」

 

 マスターたちは揃って寝耳に水とでも言いたげな表情を浮かべている。海のリュウソウ族と争ったというのは太古の昔のことで、彼らにしても敵意はなかろうが……その太古から接触がない相手というのは、外界の人間たち以上に遠くの人という印象だった。その王子が仲間のひとりに加わっているとは。

 

「何があったか、詳しく聞かせてほしいもんやねぇ」

「えへへ、話すと長くなるでぇ〜」

「そういえば、彼らの紹介がまだでしたね!」

 

 言うまでもなくイズクたちとは初対面である。ショートに続きイズク、カツキと順に紹介していく。

 

「──というわけで、カツキくんは言動に大変難がありますが、僕らにとって頼れるリーダー格なのです!」

「そうかぁ!おもろいヤツが仲間になったもんやなぁ」

「グッ、ぎぎぎ……!」

「かっちゃん、顔!感情が絡まりすぎてとんでもないことに……!」

 

 毀誉褒貶がいっぺんに降ってきたせいで、怒りやら照れやらで顔を真っ赤にしたまま硬直しているカツキである。──まあ、彼のことは放っておくとして。

 

「それと、彼は──」

 

 テンヤの紹介が最後のひとり、ショータに移ろうとしたときだった。

 

「いい、必要ない」

「えっ?」

 

 ショータはそう言って彼らを抑えると、自ら前へ進み出た。同じくマスターの称号をもつ者たちとの視線が交錯する。

 ややあって、彼はおずおずと口を開いた。

 

「……久しぶりだな。タイシロウ、テンセイ」

「……そうだな。二百年……は、経っていないか」

 

 どういうことかと一瞬混乱しかけて、そういえば彼も元々はこの村の出身だったのだと思い至った。であるならば、同年代の彼らとは顔見知りどころでない、深い関係であっても自然なことだろう。

 

「なんかオレ、ごちゃごちゃしてきたぞ〜」

「ネタ的には美味しいけどね」

「ネタぁ?」

 

 ただピーたんの言う通り、関係は整理しておいたほうが良いかもしれない。早速手帳とペンを取り出そうとしたコタロウだったが、よくよく考えなくてもピーたんを抱いたままなのである。思わず自分で苦笑していると、彼に輪をかけて小柄な老人が一行のもとにやって来た。

 

「お前ら、やぁっと戻ってきたか」

「あっ、長老!」

「お、お久しぶりです!」

 

 畏まる若者たちを前に、ドワーフのような体型の老人はカカカッと特徴的な笑い声を発した。

 

「ったく待ちくたびれたぞ。その間に召されちまったらどうしてくれる」

「いやぁ、まだまだお元気そうで……」

「ふん。……冗談だ、よく頑張ったな。そっちの連中も」

「けっ」

「ど、どうも……。──あ、僕、イズクといいます」

「リュウソウグリーンらしいで。で、こっちの子らがブラックとゴールド」

「聞いとったわ、年寄りの地獄耳を舐めんな。──ところで、イズなんとかとやら」

「い、一文字……」

 

 名前を覚えてもらえなかったこと、いきなり距離を詰められたことにイズクは面食らう。何か失礼でもあっただろうか?横の幼なじみなどは徹頭徹尾失礼の塊のような男だが。

 

「……おまえさんがあいつの後継者か……。ったく、タイガランスも難儀なヤツばっか選んだもんだ」

「え、えっ?」

「おまえさんと先代は、雰囲気からしてよく似てるっつーことだ。ま、あいつはもっと存在のうるせぇヤツだったがな!」

 

 独特のワードセンスで若人たちを翻弄すると、ソラヒコ長老は不意に真面目な表情になった。

 

「さて、ムダ話もここまでだ。村が復活したからには、いの一番にやらなきゃならんことがある」

「?、なんです?」

 

「──慰霊の儀、じゃよ」

 

 踵を返しつつ、ソラヒコは告げた。

 

 

 *

 

 

 

 一方、村近くの丘陵に陣を築いたプリシャス軍団。彼らの目も当然、村の復活を察知していた。

 

「忌々しいリュウソウ族の村が甦るとは……!プリシャス様、こうなれば一気に攻め込んで壊滅させてやりましょう!」

 

 鼻息荒く提案するガンジョージ・ツヴァイ。とはいえそういう彼は昼間のリュウソウジャーとの戦闘でそれなりにダメージを負っており、無事なはずのヤバソードでさえ様子がおかしいのである。時間をかければかけるほどこちらが有利になると考えるプリシャスにしてみれば、拙速にはなんの価値もなかった。

 

「強者の余裕、というのは大事だよ。ガンジョージ?」

「!」

「ヤツらはつかの間の再会を喜びあっているんだ。──奴らの希望が膨らみに膨らんだところで、粉々に叩き潰す。そのほうが面白いゲームになるからね」

 

 「仰せのままに!」という一点の曇りもない返答を聞いて、プリシャスは満足げに玉座に身を沈めた。サデンの裏切り……というより置き去りにされた死は正直残念だったが、盲目的に忠誠を誓う"仲間"がこれから増えていくのだ。今となっては、些末な問題だった。

 それでも、

 

「ボクに屈辱を与えたこと、後悔させてあげるよリュウソウジャー……。死ぬほど……いや、死にたいと思うほどにね……!」

 

 

 *

 

 

 

 パチパチと、篝火の爆ぜる音が響く。

 

 村の中心にある丘の頂にはただ今、夜にもかかわらず大勢の村人たちが集っていた。橙に照らされた表情は、いずれも厳粛そのもので。

 

 彼ら、そして先頭に立つ長老及び騎士団長たち──若輩でありながら、長き旅を経てこの地に凱旋した騎士竜戦隊リュウソウジャーの面々。

 その数百の視線の先には、幾つもの墓標が立てられていた。墓標といっても、木の板を削ってつくった簡素なものだ。それぞれに死した者たちの名が刻まれ、長老の口から読み上げられていく。

 その中にはむろん、エイジロウの親友の片割れだったケントの名もある。すぐ背後から聞こえる、複数のすすり泣き。トモナリ、そしてケントの両親のものか。騎士として皆を守るべき立場である自分を庇って、彼は命を落とした。それは騎士のひとりとして丁重に葬られるほどに名誉な行為だったけれども、ケントはそんなこと微塵も望んではいなかっただろう。彼の両親も同じはずだ。一年の時が開いていなければ、エイジロウは彼らに土下座で謝罪をしていたかもしれない。

 しかしこの旅での経験、そしてマイナソーの能力により一時的に甦ったケントとの二度目の別れが、それをしないことをエイジロウに決断させていた。肉体は亡びても、魂は繋がっている。自分は命尽きるまで、彼との友情を大切にして生きていく。彼が守りたいと願ったものを、守り続ける。

 

──そして弔いたい仲間は、ケントのほかにもうひとりいた。

 

「長老、これも」

「ム……」

 

 マックスチェンジャーを差し出され、ソラヒコは一瞬困惑した。一見すると色鮮やかな竜爪であるそれは、この厳粛な場には不似合いにすら思われたからだ。

 

「"七人目のリュウソウジャー"……タマキセンパイの、遺したものです」

「!、タマキ……」

 

 その名にタイシロウが反応する。タマキはマスターブラックのもとを去ったあと、彼に師事していた時期もあったのだ。短い間だったけれど、情に厚い彼がそのことを忘れるはずもない。一瞬呆気にとられたような表情を浮かべたあと、やりきれないとばかりに顔を逸らした。そして本来の師匠であるショータもまた、俯きがちに拳を握りしめていた。

 

「……ここに眠るすべての者たちに、とこしえの安寧がもたらされんことを……」

 

 ソラヒコの神妙なる祈りの言葉とともに、鎮魂の儀は終わった。

 

 

 *

 

 

 

 厳かな儀式のあとには、村じゅうに松明の火が灯される。広場では先ほどまでと打って変わって芸能の心得がある女性たちが踊りを披露し、楽器という楽器を使って音楽がかき鳴らされる。

 音楽といえば、最大のものは人の声だろう。歌の形を成しているものに限らず、おしゃべりだとか、単なる笑い声だって場の雰囲気をつくるバックグラウンドミュージックになりうる。夜の闇など到底及ばぬ、賑やかな喧騒がそこにはあった。

 

「………」

 

 その間隙を縫うようにして、ショータは人気のないほうへ移動しようとしていたのだが。

 

「どこ行くねん、ショータ?」

「!」

 

 そんな彼を目ざとく呼び止めたのは、マスターレッドことタイシロウだった。同じ"マスター"を称してはいるが、騎士団を率いる彼と自分は大きく立場が違う。立場だけではない、人間性も。

 

「せっかく百ウン十年ぶりに会ったんやで、しゃべくり倒そうや」

「……いや、俺は……」

 

 やんわりと断ろうとするが、半ば強引に肩を組まれて連行されてしまう。ため息をつきつつ、ショータは早々に抵抗を断念した。昔からどういうわけか、このテの陽気でまっすぐな性質の人間ばかりが自分の周囲には集まる。この男もそうだし、ヒザシが良い例だ。それゆえ自分でも気づかないうちに、対応に手慣れつつあった。

 

「こういうときはな、飲んで食べて騒いでっちゅーんが一番の供養なんやで」

「……そう、だな。聞かせてもらえるか、おまえに師事していたときのタマキの話」

「そっちもな!」

 

 先に逝ってしまった弟子。しかし決して汚辱と悲嘆にまみれた死ではなかった。彼はその誇り高き魂を後輩へと繋ぎ、未来を切り開いて旅立っていったのだ。その証は今、もうひとりの弟子とともにある。

 

 

 *

 

 

 

 一方、自宅へ帰ったテンヤとオチャコを除くリュウソウジャーの面々は、エイジロウの自宅へ招待されていた。

 

「さ、上がってくれ。なんもねー家だけど」

「マジでなんもねーな」

「……かっちゃんやめなさい」

「お邪魔します、でいいのか。この場合?」

「僕は二度目ましてです」

 

 この独り暮らしの手狭な家に、これだけの友人を招待することになろうとは。仲間ならまだしも、友人などと形容すると怒り出しそうな客も約一名いるが。

 

「おふくろ……親父も、ただいま」

 

 一年の時間経過を感じさせない小さな祭壇の前に立ち、今は亡き両親に帰宅の挨拶をする。しかし後者とは、試練の断崖において思わぬ再会を果たしたことがあった。傍にはいなくとも見守ってくれている──それを疑ったことは一度もないけれど、やはりどうしようもなく胸が熱くなった。

 

 一年ぶり二度目の光景を見つつ、コタロウは頬を緩めた。あのときは二度目があるなんてこと考えもしなかった。あれから長い旅をして、多くの出逢いを経てここに戻ってくることになった。あまりにも濃い年月、数字にすればたった一年なのだけれど、遥か太古の昔のようにも感じる。

 

「やっぱりお母さんとお父さんのこと、すごく大事にしてるんだね。エイジロウくん」

 

 イズクの言葉に、「へへっ、まぁな」と鼻頭を掻くエイジロウ。多感な時期の少年にとって両親を大事にしているというのは必ずしも誇らしいことではないのだが、斜に構えるという言葉とは無縁な彼はやはりその例外にあるようだった。

 

「そういえば、イズクさんたちのご両親はご健在なんですか?」

「え、僕たち?……うん、たぶん」

「たぶん?」

「……あちこち旅して回ってっと、安否確認なんざ十年にいっぺんできりゃいいほうなんだよ。わかれや」

 

 確かに、それもそうだ。コタロウにしたって、里親である親族一家の身に何かあったとしてもそれを知るすべはない。長旅というのは、よほど気をつけないとそういうことも起こりうるのだ。

 

「引っ越しとか……万が一のことがなければ、僕らが生まれ育った山奥の里にいると思うよ。──旅が終わったら一回は顔出さないとね、かっちゃん?」

「フン、どーでもいいわ。あんのクソババア……」

「クソババアとは、穏やかじゃねえな」

「でもカツキのおふくろさんと親父さん、スゲー気になるなぁ。そうだ、俺も一緒に行っていいか!?」

「俺も」追随するショート。

「うん、もちろん!お母さんたちも喜ぶよ」

「行くっつってねーわ」

 

 そんな他愛のないおしゃべりを繰り広げていると、トモナリが訪ねてきた。〆たウサギの入った麻袋をぶら下げて。彼の家は狩人を生業としているが、そのすぐ隣に住む親類は畜産を主にしている。村を挙げての宴であるから、気前よく分けてもらえたのだろう。

 

「ほんとはイノシシ食わせてやりたかったんだけどなー。ま、すぐに捌いちゃうからさ、みんなで食おうぜ。そんで旅の話、色々聞かせてくれよ!」

「おう、もちろん!」

 

 たったひとりの主を抱えた家は、瞬く間に温かく賑やかになる。それはエイジロウ自身が積み上げてきたものの結果なのだと、彼の戦いを傍で見続けてきたコタロウは思った。

 

 

 *

 

 

 

 一方、青の兄弟は自宅と中庭にて剣戟を繰り広げていた。

 

「はあぁッ!!」

「ふッ!」

 

 リュウソウケンとリュウソウケンとがぶつかり合う。既に成熟した、鍛え抜かれた肉体をもつテンセイだが、彼の半分ほどしか生きていないテンヤも既に劣るものではない。かつては憧れるばかりだった兄に、全力で喰らいついている。

 

「ッ、強く……なったな、テンヤ!」

「当然、だっ!俺はたくさんのマイナソー、それにドルイドンとも剣を交えてきたのだからな!」

「なるほど、なっ!」

 

 なんとか一撃を弾き返しつつ、テンセイは思う。やはり、可愛い子には旅をさせよということか。伸び盛りの時期に激しい実戦に次ぐ実戦を繰り広げてきたのだから、それだけの実力が身につくのも当然だろう。師としては喜ばしいことであると同時に、兄としては少し寂しくもある。できればその成長に、もっと寄与したかったけれど。

 

「どうだろう、兄さん!俺はブルーパラディンズの騎士として恥ずかしくないだけの男になれただろうか!?」

 

 ただ、そう聞いてくるテンヤは子供のころと変わらない、純粋で愛しい弟のままだ。その憧憬に応えられるだけの兄であり続けねばと、テンセイもいっそう奮起した。

 

 

 *

 

 

 

 自宅に帰ったオチャコは、両親と食卓を囲んでいた。みな鎮魂の儀に参列したあとなので、用意されたのは簡単につくれるものばかりなのだが、オチャコの舌にはそのどれもがこのうえなく美味に感じられる。仲間とともにする食事だってもちろん楽しかったけれど、一年ぶりの家族団欒はやはり他とは比べられないと思う。

 

「う〜ん、おいひぃ!どれもおいしーわぁ」

「そうか、そりゃ何よりやわ!」

 

 がははは、と豪快に笑う父。時たま騒がしいと思ってしまうこともあったが、今となってはかけがえのないものだと感じる。この笑顔にもう一度逢うために、自分は旅をしてきたのだと。

 

「で、旅のほうはどうやったん?」

「ん?ん〜、色々ありすぎてなぁ……」考え込みつつ、「大変なこととか、それこそ大ピンチとか……ほんと色々やったんよ。でも、楽しいこともめっちゃあったと思う」

 

 何より村からほとんど出たことのなかったオチャコにとって、東西南北多くの人里や街を回り、そこに住む人々と交わるというのは極めて新鮮な経験だった。皆それぞれに譲れない何かを抱えて、必死に生きている。その事実を知ってしまえばなおさら、独りよがりな欲望のために侵略行為に手を染めるドルイドンが許せなくなった。

 

「オチャコは騎士としても人としても、一人前になったんやねぇ」

「そ、そう……かなぁ。魔導士としてはまだまだやけどね……」

「でも、レパートリーも随分増えたやないの。お母ちゃんやって先代のマスターピンクに認めてもらえたんはもっと大人になってからやったし、まだまだこれからよ。──ね、お父ちゃん?」

「おう、オチャコは頑張り屋さんやからな。きっとお天道様が見とってくれとる!」

 

 「自慢の娘や!」と胸を張って言う父、それを全面的に肯定する母。もう子供ではないので、気恥ずかしくなってしまう。しかし同時に、幾つになっても褒めてもらえるのは嬉しいことなのだ。矛盾しているようだが、人間として不自然な感情ではない。

 

「それよりオチャコ、気になる人はできた?」

「「ぶふぅっ!?」」

 

 せっかくのメインディッシュを盛大に噴き出してしまったのはオチャコだけではなかった。彼女の父もまた、今までの上機嫌な言動が嘘のように動転している。

 

「な、なななななナニ言うてんねんお母ちゃん!!??」

「せせせせせやで!!オチャコにはまだそーゆうんは早いやろ!?」

「あらぁ、そんなことないよ?オチャコくらいの歳になればね、好きな人のひとりやふたり、できるのも当たり前やん?」

 

 「私もそうやったし」と母。愛妻の告白に父はあからさまにショックを受けているようだった。両親が結ばれたのは今のオチャコの歳よりもっと大人になってからだと聞いているので、その言葉を率直に解釈すれば父以外の人を好きだった時期もあるということになる。まあ当然といえば当然なのだが、結婚して百何十年と経っても大変な愛妻家である彼にしてみれば考えたくもない事実なのだろう。

 

「だっ誰や!?どこの男やっちゅうんや!?」

「私のことはええの。ね、オチャコ、どうなん?旅先で出逢った人とか……あ、でもエイジロウくんたちの中の誰かってこともあるんかな?」

「……!」

 

 思わず目を丸くするオチャコ。子供の頃から変わらないわかりやすい反応は、それが図星であると示しているようなものだった。

 

「えっ、そうなん?誰誰!?」

「え、えぇと……だ、だだだ誰でもえぇやん!」

「教えーや!そいつがホンマにオチャコにふさわしいか、お父ちゃんが見極めたる……!」

 

 猛然と立ち上がる父を、母が慌てて宥めるひと幕もありつつ。──村じゅうがそんな温かい空気に包まれたまま、決戦前夜は更けていくのだった。

 



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48.進撃の黎明 2/3

色々揺れております
サブタイトルもぎりぎりで変更したりしている有様


 

 その風景を視認したとき、これは夢なのだとコタロウはすぐにわかった。

 火の手の上がる家々、逃げまどう人々。その中心に、紫苑の鎧を纏った狂戦士の姿があって。

 

(あれは、ガイソーグ……?)

 

 何か目的があって、人々を襲っているようには見えない。獣のような暴走は、鎧に滲み込んだ怨念に支配されてのものか。そこまで考えて、コタロウはもしかしてと思った。これはただの夢ではなく、過去の情景──リュウソウ族の村を壊滅へと追い込んだという、マスターグリーンの姿かたち。

 

「よせっ、やめんか!!」

 

 そう声をあげて飛び込んできたのは、白髪の特徴的な壮年の男だった。体格は随分と様変わりしてしまっているが、顔立ちやややしゃがれた特徴的な声ですぐにわかった。──あれは村の現長老、ソラヒコだ。

 

「戦いは終わった!ドルイドンどもは撤退したんだッ、ここにもうおまえの敵はいない!」

『──、────!!』

「──トシノリ!!」

 

 そのとき、ふいにガイソーグの動きが止まった。ガクガクと身体が震え、ソラヒコから後ずさるようにして離れていく。

 ややあって、ごとりと音をたてて兜が落ちた。

 

「あ……マスター、これは……」

「……ようやっと正気に戻ったか、トシノリ」

 

 トシノリと呼ばれた男は呆然と辺りを見回している。意識が鮮明になっていくにつれて、その瞳に宿るのは絶望だった。

 

「私は……なんということを……!」

 

 見るも無惨に焼け落ちんとしている故郷。むろんプリシャス率いる軍団の手による被害が大きいが、彼もまたそれに加担してしまったも同然だ。守るためにこの呪われた鎧を身に着けたというのに、自分も結局は破壊者となってしまった──

 

「大丈夫だ、無事だった連中はおまえが暴走する前に避難しとる。おまえがぶっ壊しちまったのは焼け残った建物だけだ」

「ッ、しかし……」

 

 トシノリにはわかっていた。ガイソーグの呪いは、これから先も自分を苛み続けるであろうことを。だから彼は星海の果てへ去り、孤独の中で命の燈火を絶やすほかなかったのだ。

 しかし──もし、その(ソウル)が燃え盛り続けているとするなら。

 

 突然、目の前の風景が閃光に覆われた。眩さに目を細めるコタロウ。果たしてその輝きを突破するようにして現れたのは、見たこともない竜装の鎧を纏った騎士だった。

 

『──の騎士、リュウソウ、………』

 

 

 そこで、目が覚めた。

 外から差し込む光と小鳥のさえずる声は、地平に朝が訪れたことを知らせている。やはりあれは、夢だったのだ。

 しかしあまりにも鮮明なそれはきっと、過去の追憶そのもので。問題は、なぜマスターグリーンとは縁もゆかりもないはずの自分がそれを追体験することになったかということだった。現在のリュウソウグリーンであるイズクならわかるが。

 

 そこまで考えて、家の中に自分ひとりしかいないことに気づいた。昨夜は皆で心ゆくまで語り明かしたあと、自宅に帰ったトモナリを除いた面々でそのまま雑魚寝をしたはずなのだが。

 

「……まさか、」

 

 眉を顰めながら、コタロウは起き上がった。

 

 

 *

 

 

 

 コタロウの"嫌な予感"は半分正解、半分外れというところだった。エイジロウたちは騎士団の本部に集い、今後のことを話し合っていたのだ。

 

「……おはようございます」

「お、起きたかコタロウ。悪ィな先に出ちまって」

「ほんとですよ……起こしてくれても良かったのに」

「起きねーのが悪ィんだわ、ねぼすけ」

「……カツキ、口汚さは直せと散々言いつけたはずだぞ」

「うっせぇ喋んな」

「……かっちゃん、許すんだか許さないんだかはっきりしよう?」

 

 バチバチと火花を散らす師弟の姿に失笑が漏れる。もっともソラヒコの露骨すぎる咳払いによって、弛緩した空気は強制的に引き締められたのだが。

 

「ハナシを続けるぞ。──ショータ、おまえさんの言う通りエラスとやらがこの下にいるっつーなら、ドルイドンの連中は間違いなくここを獲りに来るな」

「……ええ。しかし、プリシャスは攻略を焦りはしないでしょう。エラスによって地の底から新たなドルイドンが次々と生み出され、奴の軍門に加わるんですから」

「時を経れば経るほど、こちらが追い込まれる……か」

 

 数でこそ勝るリュウソウ族だが、ドルイドン、それもマスターたちでさえ遭遇したことのないような上級の連中を前にしては人数差などなんの意味もない。その数の差さえも埋められてしまえば、攻撃も防衛も到底不可能だ。

 

「攻め込むしか、ない」

「!」

 

 エイジロウがつぶやいた言葉に、皆が反応する。

 

「……と、思います」

「確かに、比較的奴らの戦力が小さいうちにケリをつけるには、それしかないが……」

「ただ、ヘタに戦力を分けるわけにはいかないよ。相手は最低でもドルイドン三体なんだ」

 

 以前よりは互角ないし有利に戦えるようになったとはいえ、プリシャスもガンジョージ・ツヴァイも強敵であることに変わりはない。そして、ヤバソード。

 

「……奴からは、他のドルイドン、それこそプリシャスとも違う危険な雰囲気を感じた。うまく説明はできねえが……」

「わかるそれ!なんかリュウソウ族滅ぼすしか言わんかったし……そういうマイナソーみたいやった」

 

 それに、たどたどしい知能のぶんのリソースをすべて振り向けたかのような戦闘能力。キングキシリュウオーで抑え込めはしたが、それでも気を抜けば危うかったと思う。

 

「サデンとして傍に仕えてみて感じたが、プリシャスは良く言えば忠誠心の厚い部下……端的に言ってしまえば自分の言いなりに動く駒を欲しがっている。自分の言うことさえ聞いていれば成功失敗には頓着しないが、少しでも意に背くようなことを言えば……」

「……確かに。サデンに化けた俺がちょっと口答えしただけで、マスターブラックの心臓をグシャッ!……だもんな」

「!、……あのときのあれはおまえか」

「あっ……」

 

 ショータに睨まれたエイジロウが冷や汗をかくひと幕もありつつ。

 

「要するにエラスは、プリシャスが望んだ通りのドルイドンを生み出してるっつーこったろ」

「……そうなる。そしてその傾向はより強まっていくだろう」

 

 リュウソウ族に対する憎悪のみで動く、殺戮マシーンのようなドルイドン。そんなものが大挙して村を襲ったらと思うと、背筋が凍る思いがする。

 

「──なら、話は決まりやな」

 

 そう声をあげたのは、マスターレッド──タイシロウだった。

 

「きみらは今すぐにでも奴らを倒しに向かうべきや。もちろん、全員でな」

「しかし、村の防備は……」

「それは心配せんでええよ」マスターピンクが追随する。「万が一向こうが戦力をけしかけてきたら、私らでなんとか時間を稼ぐ。もう、この前みたいな轍は踏まんよ」

「お母ちゃん……」

 

 マスターたちの決意は並々ならぬものがあった。一年前の悲劇を、絶対に繰り返してなるものか──そんな気概がうかがえる。

 

「ショータ、おまえも手伝ってくれるやろ?」

「……微力で良ければな」

「なに言ってる。数多いる先達を差し置いて騎士竜ミルニードルに選ばれたほどの手練じゃないか、きみは」

 

 当時封印から目覚めていた騎士竜はタイガランスとミルニードルしかいなくて、前者は既に相棒がいる状況。タイシロウもテンセイも当時密かにリュウソウブラックの座に憧れていたものだが、騎士としては半人前の自分たちが選ばれるはずもないというあきらめもあった。それが蓋を開けてみれば同年代のショータがミルニードルによって選ばれたというので、飛び上がらんばかりに驚いたものだ。もとより神童の誉れ高い少年だったとはいえ、他者と親しく交わるタイプではなかったし、嫉妬心めいたものがなかったかといえば嘘になる。いずれにせよ、過去の話ではあるが。

 

「決まりだな。──最重要目標はプリシャス、」

 

 その首を獲って彼の軍団を崩壊させ、エラスとの協力体制を断ち切る。そのうえで、エラスを倒す方策を考える──

 

「……今はとにかく時間がない。リュウソウジャーよ、万事、おまえたちに託す」

 

 長老の言葉により、少年たちの果たすべき任は定められた。

 

 

 *

 

 

 

「じゃあ行ってくる。万が一のことがあったら、すぐに安全なとこに隠れるんだぞ」

 

 エイジロウの言葉に、トモナリとコタロウは揃って小さく頷いた。いずれも躊躇めいた感情が覗くのは、それぞれの事情によるところがある。友を純粋に心配する気持ち、あるいは肩を並べてともに戦えないことに対する無力感か。

 

「ンな顔すんなって、ふたりとも。俺らはここまでどんな戦いも乗り切ってきたんだ。今さらあんなヤツらに負けたりしねえよ」

「……エイちゃん、」

「だから……俺らが帰ってきたとき、ちゃんと迎えてくれよ。もう、誰かが死ぬのは見たくねえんだ」

 

 両親もケントもタマキも、その魂はいつだって自分を見守ってくれている。そう信じてはいるけれど……やはり向かい合って言葉をかわして、その身体にふれられる喜びは代えがたいものだ。年老いて天寿をまっとうするまでは、彼らにはそうであってほしかった。

 

「……わかった。な、コタロウ?」

「僕だって一応はここまで皆さんについてきたんですから。自分の身の守り方くらいは心得てるつもりです。いつも通りさっさと終わらせて、帰ってきてください」

「けっ、ナマ言いやがって」

「ふふ、コタロウくんも大人になったよね」

 

 一年前、出逢ったのと同じ場所。であるからこそ、その成長もより強く実感できた。エイジロウは思わず、その頭をわしゃわしゃと撫でる。

 

「だーもうっ、やめろ!……早く行ったらどうなんですか!?」

「へへっ、悪ィ悪ィ。──じゃ、またな!」

 

 決戦に赴くとは思えない軽やかな辞とともに、エイジロウは……リュウソウジャー一行は、戦場に向かって出立していく。

 

「……やっぱりさ、オレも戦えたらって思うよな」

 

 彼らの背中が見えなくなったあと、トモナリがつぶやく。やはり、想いは一緒なのだ。親友を目の前で失ったのは、エイジロウだけではないのだから。

 それでも、

 

「今のみんななら、大丈夫です……きっと」

 

 だから自分たちは彼らを信じ、その帰る場所を守る。それだって大切な使命なのだと、一年をかけてコタロウは理解した。

 ただ、もしもそこに危機が迫ったときには──

 

 コタロウは無意識に、己の左手首を撫でていた。

 



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48.進撃の黎明 3/3

 

 出立したリュウソウジャー一行が歩くこと四半刻、

 

「──ここだ」

 

 ショートの言葉とともに、足を止める。この峡谷に覆われた盆地に、プリシャスの軍団が根を張っている──

 

「よし……!皆、覚悟はいいな!?」

「もち!」

「そーいうてめェが震えてンぞ、クソメガネ」

「これは武者震いというやつだ!」

「どーだかな」

 

 鼻頭がくっつきそうなほどに睨みあう叡智と威風の両騎士を勇猛疾風の両騎士が分けていると、峡谷の間隙からふたつの怪躯が姿を現した。

 

「何をガタガタと騒いでいる、小僧ども……!」

「!!」

 

 ガンジョージ・ツヴァイ──そして、ヤバソード。供もつけず、たった二体で姿を現した。むろんそこに油断できる要素など微塵もないが。

 

「プリシャス様のもとへは行かせん……!──行くぞ、ヤバソード!」

「絶滅、サセル……!」

 

 彼らに敵とやりとりする性格的余裕などはない。容赦なく攻撃を仕掛け、彼らを木っ端微塵に吹き飛ばそうとする──

 

「そう来ると思ったぜ……!──みんなっ!!」

「わぁってらァ!!」

 

──リュウソウチェンジ!!

 

 『ケ・ボーン!!』の声が響くと同時に、彼らの姿は爆炎に呑み込まれる。ガンジョージ・ツヴァイはフンと鼻を鳴らすが、この程度でバラバラになるような者たちならここまで生き抜いてきてなどいない。

 

『──リュウ SO COOL!!』

『オォォォォ、マァァァァッックス!!!』

 

 劫火が収まると同時に、砂塵の中から飛び出す六人の騎士たち。黄金、黒、緑、桃、青──そして、赤。

 

「おらあぁぁぁぁッ!!」

 

 龍爪を、剣を振るい、ヒトならざる悪魔たちに斬りかかっていく。両刀使いのヤバソードはともかく、ガンジョージ・ツヴァイは砲撃に特化している。至近距離で腰を据えて戦うほうが良かろうという判断で、マックスリュウソウレッドとリュウソウピンクがあたっている。

 

「ぬうう、とことん目障りな奴らめ……!貴様らごときに、プリシャス様の覇道を阻むことなどできぬわ!!」

「その言葉……そっくりそのまま返してやるぜ!!」

「あんたたちに、私らの騎士道は邪魔させへん!!」

 

 一方で、危険なヤバソードには優先的に戦力が振り向けられていた。スピードに長けたブルーとグリーン、トリッキーな動作と空中戦を両立できるブラック──そして、リュウソウカリバーを振るうゴールド。

 

「リュウソウ族……絶滅シロォ!!」

「ビミョーにボキャ増やしてんじゃねーわ、このゾウリムシヤロォ!!」

 

──BOOOOOM!!

 

 攻撃による余波ではなく、爆破そのものがヤバソードに襲いかかる。その身が衝撃でずりずりと後退するが、たじろいだ様子もなくふたたび襲いかかってきた。

 

「くっ、痛みを感じていないのか……!?」

「……つーか、こいつのどこがゾウリムシなんだ?」

「同じことしか喋んねーからだわ!いちいち訊くなや!!」

「単細胞ってことね……はいはい」

 

 余分なやりとりはともかくとして、テンヤの言ったように痛みを感じない性質は厄介だった。もとより頑丈なドルイドンの肉体と相俟って、決定的な損傷を負うまでヤバソードは敵に向かい続けるのだ。

 

「滅ボス……!絶滅サセル……!!」

「ッ、………」

 

 やはり尋常でない、悍ましい敵だ。一刻も早く倒してしまいたいのはやまやまだが、いつまでもこの怪物の相手をしているわけにはいかない。最優先目標は、彼らを率いるプリシャスなのだから。

 

「プリシャスが姿を見せないのが気になる……。ここは一度、奴らの本陣に!」

「ならば一時的にでも動きを止める!──ヒエヒエソウル!!」

 

 凍てつく鎧がリュウソウブルーに装着される。それと同時にどこからともなく氷雪が吹きつけ、ヤバソードに襲いかかった。

 

「グォッ、ア゛ァァァ!!」

「今だ……!──アブソリュート、ディーノスラァァッシュ!!」

 

 悶え苦しむヤバソードめがけて、氷結の魂を纏った刃が一閃する。一瞬の硬直のあと、その身体がたちまち凍りついていく。

 

「むぅっ、やはり倒せないか……」

 

 同じドルイドン、それもプリシャスの配下であっても、やはりその根源からして異なる存在なのだ。

 

「でも、今がチャンスだ!急ごう!」

「──ヤバソードっ!おのれ……!」

 

 今度はガンジョージの砲撃が襲いかかる。熱と衝撃に身を硬くする四人だが、それ以上の攻撃が浴びせられることはなかった。

 

「あんたの相手は私らやろがいっ!」

「テンヤたちの邪魔はさせねえ!!」

「ぬぅ……!」

 

 ふたりがかりで抑え込まれ、ガンジョージ・ツヴァイは身動きがとれない。今のうちにと、四人は走り出す。

 

「ここは任せとけ、みんな!万が一ヤバソードが動き出しちまったら、俺がなんとかする!」

「すまない、頼む!」

 

──………、

 

 果たして無人の荒野を駆け抜けるようにして、彼らはプリシャス軍団の本陣へと駆け込んだ。ドルン兵を使って設営されたのだろう悪趣味な装飾がなされたそこには、何ものの姿もなかった。

 

「プリシャスが、いない……!?」

「ッ、やはりそういうことか……」

 

 三体もドルイドンがいるのだ。リュウソウジャーが攻めてくることを見越し、二体を囮として残し、残る一体で村を攻撃できるような態勢にしておく──プリシャスの考えそうなことだ。

 

「いねえことがわかりゃ十分だ、戻んぞ」

 

 ブラックの言葉で、彼らはすぐに踵を返した。四人だけであれこれ話をしていても、仕方がない。

 

「──エイジロウくん、オチャコさん!プリシャスがいない!!」

「えっ!?」

「マジかよ!?」

 

 ガンジョージ・ツヴァイを抑えるふたりの間に動揺が走る。そこを見逃さずツヴァイは至近距離からの砲撃を仕掛けてきた。咄嗟にピンクを庇ったマックスリュウソウレッドが、龍爪にカタソウルを装填する。結果、吹き飛ばされはしたが、肉体へのダメージは大きく低減された。

 

「ッ、……したら俺が戻る!みんな、ここは任せていいか!?」

「たりめーだゴミ!!」

「ゴミはダメ!」

「護衛のいないプリシャスを倒すチャンスだ、頑張れエイジロウ」

 

 そう──彼らはいくらでもピンチをチャンスへと変えてきた。今回だって、悲劇の再来などにはさせない。

 

「頼んだぜ……!──ハヤソウル!!」

 

 全速力をもって、疾風怒濤のごとく走り出す。当然ながら妨害しようとするガンジョージ・ツヴァイだが、

 

「おまえの相手は……僕たちだっ!!」

「!」

 

 グリーンがツヴァイに斬りかかり、その砲撃を阻む。

 

「デクくん……!」

「オチャコさん、一緒にやろう!」

「う、うん!」

「──イズク、これを使え!」

 

 ゴールドが投げたものを素早く受け取る。──それは、コスモソウルだった。

 

「ありがとう……!──コスモソウル!!」

 

 彼らがガンジョージ・ツヴァイに立ち向かう一方で、いよいよヤバソードの凍結は解けていた。奇声をあげながら、大刀をがむしゃらに振り回す。その余波さえ強烈で、三人がかりでは抑え込むのですら精一杯だ。

 

「リュウソウ族……!滅ボス、絶滅サセルッ、消ス──!!」

「うっせえクソカスっ、てめェが消えろやぁ!!」

 

 半ば痛罵合戦の様相も呈しつつ、剣戟はいつ終わるとも知れず続く──

 

 

 *

 

 

 

 その頃、手勢(ドルン兵たち)を率いたプリシャスは村の寸前にまで至っていた。

 

「……結界か。この前も今度も、とことん無駄なことをする連中だよ、まったく」

 

 ため息をつきつつ、プリシャスは目の前の何もない空間めがけて手を翳した。掌から放たれる波動が、魔力によって幾重にも張られた結界を一瞬にして崩壊させる。

 易々と村に侵入したプリシャスは、ドルン兵たちを一斉に散開させた。村を制圧するだけなら、自分ひとりでも十分。しかしかつてこの地に足を踏み入れたときには散々に喰らいつかれ、結局野望を果たせぬまま宇宙にまで退かざるをえなかった。

 

──その遺恨を晴らすには、皆殺しなどでは足りない。死すらも生ぬるいほどの苦痛と絶望を与えてやる。プリシャスはこのとき、自分でも制御できないほどの暗い情念に突き動かされていた。しかしそれを疑問に思うことすらないまま、歩を進めていく。

 

 一方、結界が破られた時点で村の人々は襲撃を感知していた。

 

「やっぱり来よったか……!──行くでぇ、お前ら!!」

 

 「おう!」と、レッドソルジャーズの団員たちが応える。既にあらかじめ予測したパターンを彼らに伝達し、指示としてある。もとよりホームグラウンドの防衛戦だから、あっと驚くような奇策があるわけではない。こういうときはとにかく戦うしかないのだ。だからマスター三人も後方にいるつもりはさらさらなかった。

 

「さあてテンセイはん、姐さん、オレらも行くとしよか!」

「そうだな、相手はあのマスターグリーンでさえ倒せなかったドルイドンだ」

「私らがやるしかなさそうやもんねぇ」

 

 それに……仮に自分たちが行かなくとも、必ずプリシャスと対峙するだろう男が今はここにいる。

 

 

「……やはり来たか。駒をこき使ってふんぞり返っているのが好きなおまえでも、その程度の矜持はあるらしいな」

 

 まさしく彼は今、プリシャスの行手に立ちはだかっていた。

 

「誰だい、キミは?」

「ふ、わからないか。つい昨日まで、おまえに心臓を握られていた者だ」

 

 それでプリシャスも合点が行った。サデンに化けていたリュウソウレッド、死んでいるはずの"サデン"の、心臓──

 

「なるほど、そういうことか。キミがサデンに化けていたとはね……ボクが宇宙に出ている間、領土拡大に励んでくれていたんじゃないのかい?」

「形だけはな。現実には街ひとつ、おまえのものにはなっていないだろう?」

 

 プリシャス家臣団のリーダー的存在として、人々への被害が最小限になるようショータは密かに侵略計画を綻ばせていた。後悔があるとすれば、ウデンをリュウソウジャー討伐に送り出してしまったことか。彼らならウデンも倒せると思っていたし、実際その通りだった。しかし教え子のひとりであったタマキを、戦死させてしまった。

 タマキの命。そしてドルイドンによって苦しめられた多くの人々の幸福。それらすべてに償いをするために、ショータは今この生命を懸ける覚悟だった。

 

 そのために──精一杯、虚勢を張るのだ。

 

「サデンに化けたときはいちかばちかと覚悟していたが、まさかこちらが殻を捨てるまで気づかれないとは思わなかったよ」

「………」

「仲間を信用していない割に、肝心なところを見ていない。自分ひとりが支配者であるような顔をして、その実他人に依存している。──矛盾の塊のようなやつだな、おまえは」

 

 それはサデンに化けてから今に至るまで、蓄積されたショータの飾ることのない本音だった。であるからこそ、敵対し続けてきたリュウソウジャーたちのそれ以上に重く深く突き刺さる。

 果たしてプリシャスは一瞬時が止まったかのように硬直した。

 そして、

 

「──ウ゛ア゛ァァァァァッッ!!!」

 

 獣のごとき雄叫びとともに、薙刀を振りかざして襲いかかってくる。ここまで怒りに我を忘れたプリシャスは初めて見ると思いながらも、ショータもすかさず剣を構えて応戦した。研ぎ澄まされた音が響き渡り、次いで衝撃がびりびりと腕から肩、頭へと昇ってくる。

 

「ッ!」

「黙って聞いてりゃ舐めくさりやがって……!おまえみたいなゴミクズが姑息な手を弄したところでっ、全部、ぜぇんぶムダなんだよ!!」

 

 いつになく激しい詰り。薙刀を振るう手にも余裕はなく、全力ゆえショータは防戦を強いられる。

 

「他の連中を信用しようがしまいが、最後は結局自分ひとりだ……!現におまえだってそうだろう、リュウソウ族っ!?」

「確かにな……っ。──だが!」

 

 ここで一瞬、ショータの力が上回った。すかさず全身全霊を込めてプリシャスを押し飛ばしつつ、自らも後退して態勢を立て直す。

 

「己の使命を果たすため、皆それぞれがあるべき場所で戦っている……!たとえこの場にいなくても、俺たちの(ソウル)はひとつだ!」

「〜〜ッ、そんな妄想、ボクが打ち砕いてあげるよォォっ!!」

 

 プリシャスがふたたび襲いくる。先ほどは押し返せたが、次はどうなるかわからない。それでも限界まで喰らいつかねばと、ショータはらしくもなく熱血に身を浸すことに決めた。

 

「ハアァァァァ──ッ!!」

「……ッ!」

 

 閃刃と閃刃とがぶつかり合う──と、思われた刹那。

 

「迸れ、水よ!!」

 

 にわかに響く凛とした女性の声。果たしてその直後、地面をかき分けるようにしながら膨大な水流が奔り、プリシャスに襲いかかった。

 

「何……っ!?」

「!」

 

 プリシャスはもとより、ショータにさえ予想外の援護攻撃。振り向いた彼が見たのは、陽炎の中、こちらに向かってくる三人の影だった。

 

「ナイスアシストやで、姐さん」

「うふふ、間に合って何よりやわ」

「ふたりとも、油断しないように。相手は我々が今まで遭遇したことのないクラスのドルイドンです」

 

 もっとも──彼らマスターでさえ遭遇したことのないような強敵と、弟子である少年たちは張り合い続けてきたわけだが。

 

「おまえたち……なぜここに」

「そら、本丸叩かんわけにはいかんやろ〜」

「みすみすきみを死なせるわけにもいかないしな」

 

 単に心配して、などという生ぬるい理由でないことはわかっている。リュウソウジャーの面々が出撃している今、ショータは貴重な戦力だ。それを独りでプリシャスと戦わせて、倒されることがあれば大いなる損失だ、と。そういう冷徹な計算もあって、揃って救援に来ている。

 そうであったとしても、彼らはここに来るべきではなかった。彼らの"マスター"という肩書きは自分のように形だけのものではなくて、騎士団を統括するという実効性を伴うものだからだ。

 

「大丈夫や」

 

 ショータの懸念を見透かしたかのように、タイシロウが告げる。

 

「団員たちはみな一人前の騎士や。この程度の戦い、自分たちの判断で戦える。エイジロウたちがそうしてきたようにな」

「いざというときには長老もおるしねぇ、うふふ」

 

「俺たちは何より、己の誓いに殉じて戦う。──もう、誰も死なせない」

「!、………」

 

 それがいかに困難なことか。彼らは当然わかっていて、悩みに悩み抜いた果てに答を出したのだ。

 ならばこの場で翻意させようなどというのは愚の骨頂、騎士の誓いはそれだけ固いものなのだから。

 

「なら……力を借りるぞ」

「よし来たっ!!」

 

 並び立つ四人の"マスター"。その勇姿を前に、プリシャスは己の奥底にある煮え滾る何かが抑えられなくなるのを感じていた。こんなことは今までなくて、冷静な自分が違和感を訴えかけている。しかしそんなものは、目の前のリュウソウ族たちに対する怨念によって容易く押し砕かれた。

 

「はは、はははは……っ!──ならお前ら全員、まとめて細切れにしてやるよ!誰が誰かもわからなくなるくらいにねぇ!!」

 

 マスターたちとプリシャス。ある意味では二百年前のリベンジともいえる戦いが、今始まろうとしていた。

 

 

 *

 

 

 

 一方、リュウソウジャー五人とガンジョージ・ツヴァイ、ヤバソードの攻防も一進一退を続けていた。

 

「うおぉぉぉぉぉッ!!」

「どりゃあぁぁぁぁぁッ!!」

 

 グリーンとピンクのコンビによる連携攻撃。スピードに勝る前者とパワーに勝る後者に翻弄され、ツヴァイは自身が得意とする距離をとれずにいる。

 

「ぬうぅぅ……!リュウソウジャーごときがプリシャス様一の部下である私をよくも……!」

「そんなこと、どうでもいいっ!!」

「これ以上、好き勝手させへん!!」

「ッ、こうなれば……!」

 

 ガンジョージ・ツヴァイは賭けに出た。距離を詰められたままであるにもかかわらずエネルギーを急速充填させたかと思うと、それを放出することなく爆発に至らしめたのだ。

 

「えっ!?」

「暴発……いや、まさか!」

 

 そのまさかであった。弾けた紅蓮がふたたび爆心地へと吸収されたかと思うと、たちまちガンジョージ・ツヴァイのシルエットが膨れ上がったのだ。

 

「WRYYYYYYYYY!!!」

「えぇっ、またこのパターン!?」

「パターンだけど……!やるしかない!──かっちゃん、みんな、ここはお願い!!」

「わーってんよォ!!」

 

 流石というべきか、幼なじみの威勢のいい声が返ってくる。彼ら三人はヤバソードをなんとか抑え込んでいるが、狂気の狂戦士を相手には手を焼いているようだ。自分たちふたり、そして騎士竜たちの力を借りてなんとかするしかない。

 

「ティラミーゴ、コスモラプター、お願いっ!」

「──エイジロウはいないケド、がんばるティラ〜!!」

 

 待ってましたとばかりに丘陵を飛び越えてくるティラミーゴ。後れてコスモラプターが空間を分けて姿を現す。グリーンがコスモソウルを天に投げると同時に、竜装合体。

 

「「キシリュウオー、コスモラプター!!」」

 

 場はいよいよ、混戦の様相を呈しつつあった。

 

 

 *

 

 

 

 司令塔たるプリシャスがマスター四人とぶつかり合っている間にも、村の各所で一進一退の攻防が繰り広げられていた。

 

「ノビソウル!」

「ハヤソウル!」

「ツヨソウルッ!!」

 

 リュウソウケンを振るう騎士たちの攻撃に、「ドル〜ッ!!」と悲鳴をあげながら打ち倒されていくドルン兵たち。一方の彼らも仲間の屍を躊躇なく踏み越え、村の最奥まで浸透せんと強力なる進撃を続けている。

 

「……むぅ」

 

 本陣で戦況を見つつ、ソラヒコは唸った。最前線に出ているマスターたちの代わりに全体の指揮をとっているわけだが、できることはそう多くない。

 

「──はっきり言って状況は厳しいよ、ソラヒコ」

「!、……チヨか」

 

 突然背後からかかった声にも、ソラヒコは驚くことなく応じた。かつて肩を並べて戦った先代のマスターピンク。彼女は魔法の力でもって負傷者の救護にあたってくれている。その言葉には相応の重みがあった。

 

「言っとくけど、あの魔法はもう使えないからね。下手にやれば、ここにいる全員まとめて村ごと消滅しちまう」

「……わーっとるわい」

 

 頼みはプリシャスに立ち向かうマスターたちと──リュウソウジャーたる少年たち。前者はともかく、若造も若造たる後者に望みをかけねばならない状況。忸怩たるものをソラヒコは感じたが、それはすぐに自嘲へと変わった。もとより村を異次元に飛ばすという判断をした時点で、まだ新米も新米だった彼らに一度すべてを託したのだ。結果エイジロウたちは期待に応え、海のリュウソウ族の王子までもを連れて帰ってきた。

 

(……未来は、明るいかもしれねえな)

 

 むろん、この場を乗り切れさえすればだが。

 

 

 *

 

 

 

 そして、集会所へと避難している村人たち。その中には当然、コタロウの姿もあって。

 

「………」

 

 じっと戦いの去就を想い続けているところ、不意に横から何かが差し出された。視線を上げると、トモナリのふっくらとした顔がそこにはあって。

 

「お腹すいてないか?クッキー持ってきたんだ、食べなよ」

「……じゃあ、いただきます」

 

 お言葉に甘えて、はむ、と齧りつく。ほんのり甘い味が口内に広がっていく。もとより甘いものは嫌いではない……というか好きなコタロウである。そんな場合でないことは重々承知しているが、やはり癒やされてしまう。そんな姿を見て、トモナリはニコニコ顔を綻ばせた。

 

「美味しい?」

「ええ、まぁ」

「良かった。……ふふ、」

「なんですか?」

「いや。コタロウ、やっぱり変わったなあって」

 

 前にトモナリがコタロウと顔を合わせたのはたったひと晩のことだ。だから知っていることなど限定的なのだが、それでも思うのだ。一年前のような刺々しさはなくて──エイジロウたちとの間に、深い信頼が生まれている。それだけ、旅の中で様々な経験を経てきたのだろう。……楽しいこと、嬉しいこと、乗り越えるべきことも。きっと、昨夜聞いただけでは収まらないほどに。

 

(……ちょっと、羨ましくなっちゃうな)

 

 ケントのことを想って──村に残る理由についてあのときそう言ったけれど、本当は足手まといになるのがこわかったのかもしれない。けれど自分より幼いコタロウは、リュウソウジャーの一員として立派に使命を果たしてきたのだ。自分も全力で喰らいつけば貢献できることがあったかもしれないなどと思ってしまうのは、傲慢に過ぎるだろうか。

 

「変わったのは、僕だけじゃないですよ」

「……そうかも」

「あと……そうそう、話をしてるんです。戦いが終わったら、みんなでまた旅をしようって。今度はトモナリさんも一緒に行ったらどうですか?」

「ん?」

 

 トモナリは首を傾げた。"一緒に行ったら"──コタロウは同行しないつもりなのか?

 思ったままそう訊くと、コタロウが「実は……」と切り出そうとした──刹那、

 

「!?、うぅ……っ」

 

 突如、襲いくる頭痛。トモナリの気遣う声が遠くに聞こえる。混沌のさなか──コタロウは、存在しない記憶を幻視した。

 

「──だめだ!!」

 

 コタロウは立ち上がった。困惑するトモナリをよそに、彼は避難している村人たちのほうを振り向いて叫んだ。

 

「みんな、ここから出るんだ!今すぐに!!」

「え、ちょ、なに言って──」

「早く!!」

 

 コタロウの鬼気迫る様子に感じ入るものがあったらしい。村人のうち数人が立ち上がる。あとは波を打ったように皆がそれに続いて、避難所を飛び出すことになった。

 

「はぁ、はぁ……」

「ふぅ……どうしたんだよ、コタロウ?」

「来るんだ、何かが……」

「何かって──」

 

 そのときだった。彼らを……否、村全体を激しい揺れが襲ったのは。

 

「なんだ……!?」

 

 長老たちも、

 

「うわっ、地震か!?」

「!、いや違う、これは……」

「………」

 

 プリシャスと戦うマスターたちも、皆。

 

 

 ただただ困惑する中で、"それ"はついに集会所を突き破る形で姿を現した。チェス盤のような幾何学模様の球体が、毒々しい血管のような茨に覆われたその姿。

 

「な、なんだよ……あれ……」

「………」

 

 コタロウにはその正体がわかった。何故か、というところに疑問を抱く余地すらなく、ただただ戦慄するほかなかったのだ。

 

「エラス……!」

 

 ドルイドンの女王が、ついに姿を現した。

 

 

 つづく

 

 





「わかりましたエラス様、ボクらの使命……!!」
「もう二度と、過去を繰り返したりはしない!」
「最後くらい、一緒に戦わせてください」

次回「宿命の子供達」

「この星を、創り直す」


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49.宿命の子供達 1/3

亀山薫キタ━━━━(゚∀゚)━━━━!!

仮面ライダーで言ったら五代雄介出演くらいの快挙です!


 

 ドルイドンの女王──"エラス"が、ついにその姿を現した。

 

「あぁ、エラス様……!」

 

 それを観測したプリシャスが、歓喜の声をあげる。彼の喜びはそのまま、対峙するマスターたちの焦燥と表裏一体だった。

 

「完全に復活してしまったか……!」

「ッ、あんなもんが、村の地下におったんかいな……!」

 

 悍ましさに身を震わせるタイシロウだが、一方で言いしれぬ矛盾した感情が沸き上がることに戸惑いも覚えていた。──胸が詰まるような、不思議な感覚。その腕に抱かれたらどんなに心休まるだろうとさえ、思ってしまう。

 しかしエラスは、その姿を明らかにするや否や間髪入れずに行動を開始した。

 

『──……、──………』

 

 女性の声のような音が響いたかと思うと、その身体から伸びた触手が村じゅうに散らばっていく。そしてそれらは、死んだものも含めたすべてのドルン兵に突き刺さった。

 

「ドルゥッ!?……ドルゥゥゥゥゥ〜〜ッ!!」

 

 何かを注ぎ込まれ、ドルン兵たちの様子が豹変する。雄叫びをあげたかと思うと突如として狂暴化し、周囲に対して無差別に攻撃を開始したのだ。

 

「な、なんだこいつら、突然!?」

「さっきまでより強く……ぐあああっ!?」

 

 フォーメーションを整え、ようやく優位に立ちはじめていた騎士たちだったが、その変貌ぶりにたちまち押し切られていく。

 さらに既に斬られたドルン兵の骸は空中に浮きあげられ、ひとつに集められて捏ね回されていく。

 そして、

 

「──オ゛ォォォォォォッッ!!!」

 

 完成したのはもとの面影など微塵もない、鎧を纏った竜のような大怪物だった。それは耳を劈くような唸り声を天空めがけて発すると、足元の家々を踏みつぶしながら進軍を開始した。

 

「あかん!あんなんに荒らされたら──」

 

 タンクジョウ襲来時の二の舞い、いやもっと酷いことになる!焦るマスターたちの注意は一瞬、どうしても目の前にいる敵から逸れてしまう。

 

「みんな仲良くよそ見なんて、随分な余裕だねえ!!」

「──!」

 

 四人の動きが鈍ったところに、プリシャスの魔の手が迫る。咄嗟に前に出たショータがそれを受け止めようとするが、力が入りきらず吹き飛ばされてしまった。

 

「ぐぅ……っ!」

「ショータっ!?」

「他人のこと気にしてる場合かなァ!?」

 

 転進し、今度はこちらに襲いかかってくる。順々にとどめを刺していくような合理的な戦い方はせず、とにかく動ける敵を痛めつけていくことに喜びを覚えているようだった。それでもハヤソウルによる脚力強化をも上回るスピードである、これ以上の落ち度があれば容赦なく串刺しにされてしまう。

 

「ハハハハ──ッ!!」

 

 高笑いとともに薙刀を振り上げるプリシャスだったが、その一撃は果たせずに終わった。真紅の鎧騎士が、龍爪でもって刃を受け止めたのだ。

 

「エイジロウ!?」

「リュウソウレッド……!貴様ァ!」

 

 鍔迫り合いを繰り広げるは、村に帰り着いたマックスリュウソウレッド。彼もまたプリシャスの様子にただならぬものを感じたが、それ以上に探知したばかりのエラスの降臨が気がかりだった。

 

「エイジロウ、ここはええ!早よ行け!!」

「ッ、でも!」

「我々よりみんなが危ない、わかるだろう!?」

 

 わかるけど、目の前のピンチを放って、という決断がすぐにはできないのがエイジロウという少年である。──しかしその迷いが喪失へと繋がることもまた、彼はもう知っている。

 

「……すぐ片付けて戻ってきますっ!!」

 

 それまでは、どうか。願いとともにマックスリュウソウレッドはふたたび駆け出す。同じハヤソウルを使っていても、そのスピードはテンセイのそれよりずっと速い。些かコントロールは甘いようだが。

 それがマックスリュウソウメイルの性能によるものだとしても、操っているのは間違いなく装着者の努力の賜物だ。

 

「ええ大人が負けてられへんっちゅーねん……!せやろ、ショータ!」

「ふ……そうだな」

 

 既に歴戦の戦士となった彼らには、純粋な戦闘能力ではもはや及ばない──それは厳然たる事実だけれども、だからといって師匠の意地を見せないわけにはいかないのだ。

 

 

 マックスリュウソウレッドが未だ村じゅうに蔓延る敵をかき分けながら進んでいる間にも、巨竜による蹂躙は続いていた。

 

「──そこまでだッ、バケモノ!!」

 

 勇ましく叫んで駆けつけ……もとい飛来した、騎士竜プテラードン。彼はそのまま変形してヨクリュウオーへと姿を変える。そしてその進軍を止めるべく、勇敢にも躍りかかった。

 

「どりゃあぁぁぁっ!!」

「グオォォォォォッ!!」

 

 ぶつかり合う竜人と邪竜──ひとまず、村人たちの面前の危機は停止した。脱した、とは到底言えない状況だが。

 

「た、助かった……」

「今のうちに避難しましょう、とりあえずあっちの山の中に──」

 

 コタロウ以下村人たちがその場から退避しようとしたときだった。

 

「──ぐはぁっ!?」

 

 うめき声とともに、周辺を警護していた騎士が倒れ込む。その背中を踏みつけるようにして、一体のドルン兵が現れたのだ。

 

「ドルゥ……」

「あ……っ」

 

 エラスによって狂暴化しただけでなく、その力はさらに強化されている。非戦闘員がいくら集まったとて、この雑兵は揺るがぬ脅威でしかない。「ちくしょおっ!」とトモナリが石を投げつけるが、そんなものは軽く弾かれて終わった。

 

「──ドルウゥゥッ!!」

 

 獲物に喰らいつかんとする肉食獣のように、ドルン兵が襲いかかってくる。最初の標的は歯向かってきたトモナリに定められたようだ。恐怖に引き攣る彼だったが、そこにコタロウが割り込んだ。

 

「コタロウっ!?」

「ッ、」

 

 トモナリを守ることに、明確な理由を見出したわけではない。あとからなら幾らでも理屈をつけられるかもしれないけれども。

 今はただひとつ。考える前に、身体が動いていた。

 

(……僕も結局、あの人(お母さん)の子供なんだな)

 

 ドルン兵の槍がスローモーションに見える。その背後にうっすらと浮かぶ、赤と金の鎧騎士の姿。彼は何かを叫んでいるが、あの距離では間に合わないだろう。せめて向こうで母に会えたらと願いつつ、コタロウは目を閉じた。

 

 

──キミは、こんなところで死んではいけない。

 

 不意に、胸のうちからそんな声が響いた。

 

 

 わずかばかり時を巻き戻そう。立ちはだかるドルン兵を一掃しつつ、マックスリュウソウレッドは村人たちを守るべく突き進んでいた。

 

「ッ、全然片付かねえ……!なんなんだこいつら……っ」

 

 頭上では、ちょうどヨクリュウオーと大邪竜とが接触したところだった。どちらもが爪を振るい、一進一退の攻防を繰り返している。

 しかし、前者が押し込まれる局面もあって。

 

「ぐあぁっ!」

「ピーたんっ!?」

 

 思わず足を止めるレッド。しかしヨクリュウオーはうめきながらもその場に踏ん張った。

 

「バカヤロー、止まるな走れ!!」

「!」

「コタロウたちを守れよな絶対!」

 

 そうだ、彼だって何よりコタロウを守りたいから戦っているのだ。その願いを果たせなければ、この場しのぎの救援などなんの意味もない。

 ふたたび走り出すマックスリュウソウレッド。しかしコタロウ以下村人たちの姿を見つけたところで、ドルン兵の魔の手が既に手遅れなところまで迫っているのを目の当たりにするのだった。

 

「あっ……」

 

 コタロウが、トモナリが、殺される。必死に走り、跳ぶが、この距離では間に合わないと頭の片隅にひそむ冷静な自分が告げてくる。そんな、馬鹿な。ここまで来て、ようやく終わりが見えてきて。

 

 いまわの際のケントの姿がコタロウと重なった瞬間、エイジロウは絶叫していた──

 

 ──………。

 

 

 信じられないことが、起こった。

 

「え……?」

「コタ、ロウ……?」

 

 それは悲劇の再来ではなかった。しかしたとえばドルン兵の攻撃が間一髪成功しなかっただとか、そんな手放しに胸を撫でおろせるような状況では断じてない。

 エイジロウもトモナリも、到底現実とは信じられないような、その光景──

 

「………」

「ド……ドルッ!?」

 

 無論、この場で最も困惑に支配されていたのは攻撃者たるドルン兵だろう。押し込まんとした長槍が、不可視のエネルギーによって阻まれているのだから。

 それを操っているのは、まぎれもなくコタロウ自身だった。──いや、

 

「……この子の生命は、私が守る」

 

 コタロウの口から発せられた声は、明らかにコタロウのものではない、太い男のそれだった。

 

「この子だけではない。村も……──もう二度と、過去を繰り返したりはしない!」

 

 顔を上げるコタロウ。──その双眸が、緑がかった空色の光を放っている。

 コタロウの身体を借りた何者かはエネルギー波をそのままドルン兵を弾き飛ばすことに差し向けると、勢いよくその左手を掲げた。

 

「──騎士竜プテラードンよ。一度でいい、この少年のために大いなる力を!」

「エッ、何!?」

 

 邪竜との戦闘に集中していたヨクリュウオーは、地上の状況をよく理解できていなかったらしい。混乱している間に、その身から何かを抜き取られてしまう。

 

「ウワアァッ、なんか出たァ──ッ!!?……あ、ちょっと待ってて」

「グオォ!」

 

 ヨクリュウオーの体内から出でた光の塊はそのまま、コタロウの身体を包み込んだ。全身にあふれる力。それを感じながら、少年は……否、少年の身体を借りた何者かは静かに告げた。

 

「──リュウソウ、チェンジ」

「え……!?」

 

 馬鹿な。まさか、そんなはずは。

 光に包まれていくコタロウの姿を、エイジロウは信じられないものを見る目で見つめることしかできない。

 

──そして、光が収まった場に立っていたのは。

 

「空色の……」

「……リュウソウジャー?」

 

 澄んだ青空のような美しい鎧。プテラードンを模したのだろう兜。それはまぎれもない、リュウソウメイルそのものだった。

 

「コタロウが、竜装した……?」

「………」

 

「──蒼穹の騎士、」

 

 リュウソウ、スカイブルー。

 

 



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49.宿命の子供達 2/3

 

「蒼穹の騎士、リュウソウスカイブルー!」

 

 有翼の竜騎士が、リュウソウジャーはじまりの場所に降臨した。

 

「う、ウソだろ……?なんで──」

 

 騎士竜たちとも深く関わっていたとはいえ、普通の人間であるはずのコタロウが。

 当惑するエイジロウだったが、そういえばとあるできごとを思い出した。かつてはじまりの神殿を訪れたとき、彼が"原初のリュウソウ族"──ヨイチに、コタロウが憑依されたことを。

 よもや、ヨイチがまた?一瞬そうも考えたが、彼とは明らかに纏う雰囲気も異なっていて。

 

 周囲の混乱をよそに、コタロウの変身したリュウソウジャー……"リュウソウスカイブルー"は、悠然と動き出した。どこからともなく集ってきたドルン兵たちが、一斉に襲いかかってくる。

 対する彼は、剣ももたずに徒手空拳で対応している。真っ先に接近してきた一体に強烈な肘打ちを叩き込み、身体がくの字に折れ曲がったところで顎を打ち貫く。

 

「ドルゥ……ッ」

 

 断末魔の声をあげたドルン兵が倒れ込もうというところで、素早く長槍を奪い取る。そしてその得物を俊敏に振り回し、残る軍勢を寄せつけない。そして小柄な体躯ゆえ、ドルン兵たちの攻撃はただでさえ命中をとりがたい中で、彼らは一方的に翻弄されるばかりだ。

 

「す、げぇ……」

 

 コタロウはリュウソウ族の騎士たちの旅路に遅れることなくついてきたような少年だ。知的な容姿が意外に思える程度には身体能力も高い。しかしそれは、あくまで常人の少年の範疇だったはずだ。それが、こんな──

 

「──リュウソウレッド!!」

「!?」

 

 突然名を呼ばれて、びくっと肩が跳ねる。

 

「ここは私に任せて、キミはプリシャスを討て!!」

「え?いや……あんた結局誰なんだ!?ヨイチ……さんなのか!?」

「違う!……が、似たようなものなような、そうでもないような、かもしれない!HAHAHAHAHA!!」

「え、えぇ……」

 

 この高笑いである。呆気にとられるしかないエイジロウだが、マスターたちのことも心配だった。──ここは信じてみても良いかもしれないと、本能が訴えかけてくる。

 

「……わかった、頼むぞ!」

 

 走り去ろうとしたところで、

 

「あ、それともうひとつ!」

「うわ……っとと、なんだよ!?」

「……リュウソウケン、貸してくれない?」

「はあぁ!?」

 

 リュウソウケンは竜装の騎士の魂である。おいそれと人に貸し与えるものではない……のだが、戦いながら精一杯の間隙を縫って「お願い!」などとやられてしまうと、エイジロウの性格上実に断りにくいのだった。

 

「あーもう、しょうがねーな……!ちゃんと返してくれよ!?」

「もちろんだとも!感謝する!」

 

 リュウソウケンを受け取ったコタロウもといリュウソウスカイブルーは、ドルン兵の長槍を打ち捨てて見事な剣技を披露しはじめた。それを見ることなく、マックスリュウソウレッドは走り出す。

 それと入れ替わるように、ソラヒコが駆けつけてきた。

 

「トモナリ、皆、無事か!?」

「あ、長老……無事は無事だけど──」

 

 トモナリの視線が戦う"蒼穹の騎士"に向く。ソラヒコもつられてそちらを見た。彼はエイジロウのリュウソウケンを見事に操り、ドルン兵の群れを着実に分断、その数を減らしていく。

 トモナリ以下村人たちは驚愕半分、称賛半分の気持ちで見守るばかりだったが、ソラヒコは違った。彼の剣捌きをひと目見た途端、彼は到底気の所為では片付けられない既視感を覚えた。

 

「!、おい……あいつ、誰だ?」

「誰って、コタロウですけど……でも、なんか急に別人みたいになって、不思議な力を使って──」

「……別人、な」

 

 ソラヒコは何か確信を深めたようだった。そうこうしている間にも、蒼穹の騎士は最後の一体を貫き通したところだった。

 

「ドルゥゥ……」

「………」

 

 一点の曇りもない勝利だった。村人の誰ひとりとして犠牲は出していない。その事実を噛みしめるようにリュウソウスカイブルーは息を吐く。

 

 そのとき、ソラヒコが不意に口を開いた。

 

「人間の小僧の身体使っても腕は衰えちゃいねえようだな、──トシノリ」

「………」

 

「──お久しぶりです、マスター」

 

 

 *

 

 

 

 マックスリュウソウレッドが、師たちの戦場へふたたび馳せ参じた。

 

「スンマセン、戻りました!」

「おぉっ!?も、もう片付いたんかっ!?」

 

 プリシャスの攻撃を防ぎつつ、タイシロウが汗まみれの顔で振り向く。テンセイ、マスターピンク、ショータ──皆、無事だ。ただプリシャスも傷ついた様子はなく、一進一退の攻防が続いていたことを如実に表している。

 

「片付いたっつーか、なんつーか……」

「詳細はあとでいい。リュウソウレッド、手を貸せ!」

「う、ウッス!」

 

 すかさず戦陣に割り込み、龍爪を振り下ろす。

 薙刀の勢いをそのまま跳ね返され、小柄なプリシャスの身体は大きく後方へと弾き飛ばされた。

 

「ッ、マックスリュウソウレッド……!」

「プリシャス……!今度こそ年貢の納め時だぜ!」

 

 初戦のときより自分はずっと強くなっている。マスターたちの助力もある。プリシャスにだって勝てる、勝ってみせるのだという自負があった。

 

「ハァ……本当にお前らは、いつもいつもいつも……!」

 

 あふれる憤懣を抑えきれないプリシャス。殺す、殺す殺す殺す殺す殺す──そればかりが頭を支配している。

 

「こいつ、頭のネジ飛んでもうてるで……元々こんなんだったんか?」

「いや……もしかすると、アレの影響かもしれんな」

 

 ショータの視線が頭上へと向けられる。村の上空に浮かぶエラス、あれから何もしてこないのがかえって不気味だが。

 その言葉尻に反応したプリシャスが激昂する。

 

「エラス様を、"アレ"呼ばわりするな……!」

「ッ、来る!」

 

 獲物を発見した肉食獣のごとく、腰を落としていくプリシャス。──あの構えは、

 

「また俺からパクった技かよ……!ンなもんで、今の俺に勝てると思うな!!」

 

 同じ姿勢をとるマックスリュウソウレッド。その傍らに、マスター四人が陣取った。

 

「援護するでぇ、エイジロウ!」

「同時攻撃だ。確実に勝つ!」

「……っし、頼んます!」

 

 マスターたちと肩を並べられることを頼もしく思いながら──エイジロウは、跳んだ。

 

「エバーラスティング、クロー!!」

 

 同時に、

 

「いくでぇ──」

 

「「「「マスターズ、ディーノスラッシュ!!」」」」

 

 同じくエバーラスティングクローを放ったプリシャスと、マスターたちの放ったエネルギーを受け継いだマックスリュウソウレッド。

 互いがぶつかりあった瞬間、ひときわ激しい閃光が辺りを覆い尽くした。

 

 

 *

 

 

 

 一方、プリシャス本陣の戦闘は未だ膠着状態が続いていた。

 

「オラァ!!」

「ヌゥ!!」

 

 BOOOM!!と激しい爆発音が響き、受け止めようとした大刀もろともヤバソードを呑み込む。しかし烈しい灼熱にも、彼はまったく怯むことはない。すぐさま飛び出し、斬りかかってくる。

 

「ッ、させるか!」

 

 すかさず割り込むリュウソウブルー。ヒエヒエソウルの放つ冷気が一挙にヤバソードの身体を凍らせ、急激な温度変化によって彼を一時的に麻痺させる。

 そこに、

 

「今だ……!──モサディーノスラッシュ!!」

 

 ゴールドが頭上から飛び込み、電光の一閃を放つ。直撃を受け、ヤバソードは苦悶のうめき声をあげて仰け反った。

 

「グアァァァ……!」

「ッ、今度こそ……!」

 

 ヤバソードの身体から瘴気が噴き出す。しかしそれと引き換えに、その傷痕は一瞬にして塞がれていった。

 

「駄目か……っ」

「くっ……ヤツは不死身なのか!?」

「生きてりゃ不死身なんざありえねえ」

 

 むろん、生物であれば、の話だが。

 

「リュウソウ、族……!滅、ボォス……!!」

 

 それしか意志の感じられない、斬られても血の一滴すら流すことのないこれは、本当に生物といえるのだろうか。表の言動とは裏腹に、カツキは己の価値観が揺らぐのを感じていた。もはや自分たちの敵はドルイドンですらない、得体のしれない何か──

 

 

 一方で、キシリュウオーコスモラプターは徐々にガンジョージ・ツヴァイを押しつつあった。

 

「ヌウゥ……!なぜ、この程度の騎士竜の群れにィ……!」

「そんなの、決まってる!」

 

 クラヤミガンから暗黒弾を放ちつつ、イズクが叫ぶ。

 

「僕らは、どんなつらい戦いだって生き抜いてきた……!そのたびに、成長しているからだ!」

「成長、だと!?」

「せや!」オチャコも追随する。「最初から強く生まれてくるあんたらにはわからんやろうけど……つまり、そういうことや!」

「どういうことだ!?」

 

 このドルイドンが理解できるまで付き合うつもりはない。このまま一気に、とどめを刺すだけだ。

 

「行くよ、デクくん!」

「うん!」

 

「「キシリュウオー、コズミックブレイカー!!」」

 

 クラヤミガンから最大級のダークマターが放たれる。それはガンジョージ・ツヴァイの胴体に命中し──直接的な損傷を与える代わりに、その背後にあらゆるものを呑み込むブラックホールを生み出した。

 

「グッ、こ、んな、ものォ……!」

 

 懸命に抵抗するツヴァイは、辺り一面に火砲をばら撒きはじめた。無差別な砲撃はかえって避けるのが難しい。キシリュウオーばかりか、地上で戦うカツキたちやヤバソードにまで文字通り飛び火した。

 

「ぐわぁっ!?」

「ッ、クソデク丸顔ォ!!てめェらこっち巻き込むなや!!」

「落ち着け、あいつらだってわざとじゃねえ……が、これはきつい」

「滅ボォォス!!」

 

 確かに、下手に直撃ともなればみな消し飛びかねない。ヤバソードのみがそうなれば僥倖といえるかもしれないが。

 

「ごめん!でも……もう、ケリをつけるっ!!」

 

 多少の砲撃程度、キシリュウオーは耐えてみせる。メインユニットたるティラミーゴが雄叫びをあげ、一挙に走り出した。

 

「「うおぉぉぉぉぉ──ッ!!」」

 

 爆炎に塗れながら、突貫する赤と紫のボディ。そしてその手に握られるは、聖なる純白の剣。

 

──光り輝くそれが振り下ろされた瞬間、ガンジョージ・ツヴァイの運命は決まった。

 

「グワアァァァッ!!?」

 

 聖なる力に肉体を蝕まれ、もはや抵抗の力を失ったツヴァイを吸い込むと、ブラックホールは役目を終えたかのように閉じて、消滅した。

 

「やった……!」

「よしっ、あとはヤバソードを!」

 

 地上を見下ろす。相変わらず不気味なまでに大刀を振り回しているヤバソードだが、カツキたちも少しずつ相手の出方に慣れてきているようだ。こちらも勝利は見えてきているといえるだろう。

 

 エラスの出方はわからないが、ヤバソードさえ倒せばプリシャスは一時的にせよ完全に孤立する。戦いの終わりは近いかもしれない──そんな楽観的な考えを抱いてしまう彼らは、完全復活を遂げたエラスが地上に姿を現したことを未だ知らずにいた。

 

 

 *

 

 

 

 戻って、対プリシャス。

 

「ぐ、アァア……っ」

「………」

 

 ふたつのエバーラスティングクローのぶつかり合いで勝利を得たのは、マックスリュウソウレッドだった。以前の雪辱を完膚なきまでに果たした形である──むろん、マスター四人の助力もあってのことだが。

 しかしプリシャスもさるもの、威力をある程度相殺したことにより肉体へのダメージは最小限に抑えている。薙刀を地面に突き立て、よろよろと立ち上がる。

 

「何故……何故っ、このボクが……!」

「ンなの、おめェが今見てるもんがすべてだっつの!」

 

 胸を張るマックスリュウソウレッド。そう──彼の隣には今、マスターたちがいる。使命のため、仲間のために腕を磨き抜いた者たちが集う今、怖いものなど何もない。

 

「へへっ、言うようになったやんけ」

「負けてられないな。──そうだろ、ショータ?」

「……ああ、」

 

 長らく独りで密偵に励んでいたショータとしては、正直耳の痛い部分もあった。もとより単独行動を好みがちな性質だが、弟子たちにはそれではいけないと教えてきたつもりだ。結果的にリュウソウブラックを受け継ぎ、一番弟子となったカツキなどはまったく言うことをきかないと嘆息してきたが、再会した彼は己の能力に高い信を置きつつも仲間たちと肩を並べて戦える騎士に育っていた。長らく傍にいただろうイズクの影響が大きいだろうが、あるいはこの少年も──

 

「さあ──次でとどめだ、プリシャスっ!」

「〜〜ッ!!」

 

 地団駄を踏むプリシャスだが、ここから逆転しうるような打開策があるわけではない。──いや、ひとつあるとすれば。

 

『──……、──…………』

「!」

 

 前触れなく頭上から響く、囁くような女の声。──エラスが、ふたたび蠢き出そうとしている。

 

「あぁ、エラス様……!あなたの忠実な長子であるボクをお助けください!!」

 

 プリシャスが叫ぶと同時に、エラスが動いた……文字通り。

 

「エラス様!?どこへ行かれるのですっ、エラス様!!?」

 

 どこへともなく飛び去っていくエラス。よもやプリシャスを見捨てたのか?呆気にとられるエイジロウたちだったが、この機会を攻撃に活かすよりプリシャスは機敏だった。

 

「ッ、まあいい目的は達成できた……。さよなら、リュウソウ族のゴミクズども!」

「あっ、てめ──」

 

 ふたたびコピーエバーラスティングクローを放つプリシャス。ただし地面に。

 巻き上がった膨大な砂塵に紛れて、彼も逃亡を図ったのだ。恥も外聞もない行動だが、取り逃がしてしまったのはまぎれもない事実だった。

 

「ッ、俺追います!──マスターたちは村の守護を!」

「ほぉ〜、俺らに命令とはえろうなったなぁ?」

「あっ、いや……スンマセン!」

 

 慌てて謝罪するマックスリュウソウレッドの肩を、タイシロウがぽんと叩いた。

 

「ジョーダンや。決着は託すで、エイジロウ!」

「……頼むぞ」

 

 まだまだ衰えを知らないマスターたちである。本音を言えば自ら決戦の舞台で剣を振るいたい気持ちは当然あるだろう。

 それでも彼らは大人として、エイジロウたちの一年間を信頼してくれている。

 

「……あざっす!」

 

 一礼して走り出──そうとしたときだった。

 

「ちょーっと待ったぁぁぁ!!」

「!!?」

 

 いきなり後方から響くシャウトに、完全に走り出す姿勢を整えていたエイジロウはそのままつんのめる形で転んでしまった。

 

「な、なんだよもう……」

 

 人がいいカンジで再出撃しようとしているときに!顔を上げて後方を見遣った彼が見たのは、こちらに駆け寄ってくる空色の竜騎士の姿だった。

 

「えっ、何ナニ!?なんなんアレ!?」

 

 当然その存在を知らない──エイジロウが「あとで説明する」と濁してしまったので──タイシロウたちは困惑している。まして野太い声に反して、体格は明らかに子供のものなので。

 

「えっとアレはコタロウなんだけど、コタロウじゃないっつーか……」

 

 しどろもどろになっていると、スカイブルーの頭上から球のような何かが降ってきた。

 

「フン!」

「ぐぇっ」

 

 よく見ればそれはソラヒコ長老で。蛙の潰れたような声を発する蒼穹の騎士の肩に両足をかけ、そのまま強制肩車を達成したのだった。

 

「ちょ、長老!?」

「皆、すまんな。コイツは昔っから人の言うこと聞かずに先走りよる」

「昔からって……」

 

 何も知らないタイシロウたちは困惑するばかりだが、コタロウに何者かが取り憑いて今に至っているというところまではわかっているエイジロウははっとした。その"何者か"とは、ソラヒコの古い知人なのだ。それも口ぶりから言って、彼よりも若輩の──

 

 そのとき、ショータも何かを察したかのように目を見開いた。

 

「その声、まさか……」

「そのまさかさ!──久しぶりだね、ショータくん」

 

 グッと親指を立てる蒼穹の騎士。もっとも次の瞬間には、ソラヒコにぺしこんっと頭を叩かれる羽目になってしまったのだが。

 

「マスターブラック、あれが誰だか知ってるんスか?」

「……リュウソウグリーンだ、先代の」

「えぇっ!?」

「ウソやろ!?」

「本当だわ。この馬鹿、魂だけになって戻ってきよった」

 

 ソラヒコの言葉に、若者たち──長老にかかればマスターたちもその範疇なのだ──は二の句が継げなくなる。

 

「HAHAHAHA……私の魂はずっとガイソーグの鎧に封じられていてね。それがキミの龍爪に変化したと同時に、解放されたのさ!」

「!、そうかそれで……いやでも、なんでコタロウの中に?」

「キミたちがはじまりの神殿を訪れたとき、コタロウ少年の身体に我々の祖先が宿っただろう。その副産物として少年の身体は霊媒体質になってしまったからね、彼を悪霊の類から守るために私が取り憑かせてもらったというわけだ!」

「偉そうにのたまうな、愚かもん!」

 

 胸を張るトシノリの霊に、今度は拳骨が炸裂する。それは竜装の兜越しにも多大なダメージを与えたようだった。蹲る蒼穹の騎士を前に、ソラヒコの鉄拳制裁を身をもって知るエイジロウとタイシロウは揃って顔を青くした。かつての弟子相手には愛情表現なのかもしれないが、肉体はコタロウのものなのだ。彼の明晰な頭脳に傷がついたらどうしてくれる。

 

「……茶番はその辺にしてもらうとして、トシノリさん、あんたこれからどうするつもりなんです」

「ちゃ、茶番……ゴホ、オホン!」あからさまにショックを受けたのを誤魔化しつつ、「このリュウソウメイルを生成するのに無理をしたからね……。いつまでもつかはわからないが、リュウソウジャーの手助けができればと思う」

「だ、そうだ。どうする、この小僧の身の安全のこともあるが」

「……コタロウは、なんて言ってるんスか?」

 

 何より重要なのはそこだった。先ほどの対ドルン兵の戦いは緊急避難と言うべきだろうが、ここからはふたたび敵陣に攻め込んでいくのだ。どれほど力があろうと、意志なき者を矢面に立たせるわけにはいかない。

 しかし、

 

「僕、やります」

「!」

 

 唐突に竜装が解除され、真剣なコタロウの顔が露わになる。声も口調もまぎれもない、彼自身のものだった。

 

「他人に身体を明け渡すのって妙な気分ですけど、こんな機会めったにないですから。最後くらい、一緒に戦わせてください」

「コタロウ……」

 

 力もあり、意志もある。──ならばそれを覆しうる言葉を、騎士はもたない。

 

「わかった。いこうぜ、一緒に!」

「……はい!」

 

 手を差し出すと、強く握り返される。この瞬間彼らは、ともに戦う同志へと歩を進めた。

 

「ハナシは済んだな。とっとと行け、駄弁っとる時間なんざありゃせんぞ」

「っとと、そりゃそうか……」

 

 呼び止められていなければ追いつけたのでは?と内心思わなくもないが、たとえ幽霊だとしてもマスターグリーンがともにいるというのは頼もしい。あとは全速力で走るだけか。

 そう思っていたらば、頭上に巨大な影が差した。

 

「しょうがねーな、オレが乗せてってやるヨ!」

「あ、ピーたん!?」

 

 飛んできたのはヨクリュウオーのままのピーたんだった。「あの怪物は!?」と訊くと、

 

「あんなもん、そいつと同じタイミングで倒したもん!」

「悶々?」

「ってか誰だよオマエ!オレからリュウソウメイル勝手につくるなよナ!」

「それについては追々詫びよう!」ふたたびトシノリの人格が表出する。「頼む、プテラードン!」

「ピーたんと呼んでぇ!」

「ピーたん!!」

 

 プテラードンの姿に戻ったその背中に飛び乗るふたり。たちまち翼をはためかせ、スカイブルーの巨躯が上昇していく。遠くなっていく地上の五人が、手を振っているのが見える。これが今生の別れに……なんて考えがふと浮かび、ぶんぶんと振り払う。この戦いを終わらせて、皆で笑って帰ってくるのだ。

 それにしても、である。

 

「あんた、マスターだったんスね……。スンマセン、タメ口使っちまって」

「ん?HAHAHAHA、構わないさそんなこと!」鷹揚に笑いつつ、「キミたちは無論として……私より若いマスターたちに、すべてを託さざるをえなかった。特にショータくんには……──今さら敬われようなどとは思っていないさ。それより今は、ふたたび自分の意志で、大切なものを守るために戦えるのが嬉しい」

「あ……」

 

 そうだ──彼はガイソーグという禁忌の力を得た代償に、二度と何かを守るためには戦えなくなってしまった。死してなお鎧に囚われていた彼の魂を救い出したのが、エイジロウたちだった。

 

「キミたちには感謝してもしきれない。……ありがとう、本当に」

「な、なんか調子狂いますね……コタロウの姿でそういうことされると」苦笑しつつ、「俺ら、目の前のことに全力で立ち向かってただけっスから。それで上手くいったこともあるし……そうじゃなかったこともあるし」

「うむ……そうだな。これと思ってしたことが、永い後悔のきっかけになることだってある」

 

「それでもキミたちは、その旅路を誇っていいと私は思うぞ!」

「……っス!」

 

 ふたりが拳を突き合わせたときだった。

 

「──おいオマエら、プリシャスの足跡見つけたぞ!」

「!」

 

 それは西の方角へと続いている。──その先では、彼らの仲間たちが死闘を繰り広げているのだ。

 

 そこが最終決戦の舞台になるかもしれないという予感が、エイジロウにはあった。

 



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49.宿命の子供達 3/3

 

 エイジロウを除く五人とヤバソードの戦闘もまぎれもない佳境を迎えようとしていた。

 

「ディーノソニックブロー!!」

「コズミックディーノスラァッシュ!!」

 

 次々と放たれる必殺の一撃に、ヤバソードは耐えきれず地を転がった。回復力が尋常でない彼だが、波状攻撃にそれが追いつかなくなりつつあるのだ。

 

「よし……!次は五人で一気にいこう!」

「命令すんなクソメガネ!!」

 

 条件反射的に反駁するカツキだが、誰よりも早くその用意をしている。この危険な存在は、何をおいても倒さねばならない。

 

「はぁああああ──!」

 

 五人がいよいよその構えをとろうとしたときだった。

 

 突如傍らから衝撃が襲ってきて、彼らを弾き飛ばしたのだ。

 

「ぐううっ!?」

「ッ、まさか──」

 

 そのまさか──砂塵を纏いながら、プリシャスが舞い戻った。そしてその背後には、

 

「なんだ、あれは……!?」

「!、もしかして、あれが──」

 

「──そう、これがエラス様だ……!」

 

 エラス──その禍々しいオーラは、プリシャスにまで伝播しているようだった。突然の黒幕の出現に、皆、息を呑むしかない。

 

「さあヤバソード、ボクらの女王を連れてきてあげたよ……!」

「!!、エラス、サマ……!」

 

 見境なく暴れるだけだったヤバソードが、エラスの存在に強く反応している。本能的な危機を探知したカツキが、「とっととブッ殺すぞ!」と声を張り上げる。仲間たちもそれでようやく我に返ったのだが、攻撃を仕掛けようとした瞬間にプリシャスが叫んだ。

 

「エラス様、貴女の生み出したヤバソードをお助けください!!」

 

 その声に反応し、エラスが動き出す。球体を包む触手の一本が伸び、ヤバソードの背中に突き立てられる。

 

「ガッ!?」

 

 ヤバソードが苦悶の声をあげると同時に、五人の剣撃が放たれる。膨大なエネルギーが接触した瞬間、ひときわ大きな爆発が起きる。

 

「やったか……!?」

 

 そう思ったのもつかの間、

 

「──ウゥオォォォォォ……!!」

 

 炎を吸収しながら、ヤバソードがたちまち巨大化していく。あちこちがひび割れ、そこから瘴気が噴き出していく。以前の巨大化と比較しても、尋常でない姿。

 

「ウゥゥゥ……」

「さあヤバソード、全部まとめて叩き潰してしまえ!!」

 

 プリシャスが高らかに声を張り上げる。それに応えるようにヤバソードが発したのは、

 

「滅ボス……!リュウソウ族……──ドルイドン!!」

「──え?」

 

 リュウソウジャーもプリシャスも、その言葉の意味を一瞬理解できなかった。しかし他ならぬヤバソードの行動によって、否が応でも思い知らされることとなる。

 

「グガァアアアアア──ッ!!」

 

 咆哮とともに大刀が振り下ろされる。それはリュウソウジャーの面々ばかりか、当然のようにプリシャスをも巻き込んだ。

 

「なっ、何をするヤバソード!?」

「ドルイドン、消エロォォ!!」

 

 いちばん近くにいたこと、そして迂闊に声を張り上げたことが災いしてか、ヤバソードの標的はプリシャスに絞られたようだった。吹き飛ばされた五人は、竜装を解かれたこともあって静観するしかない、呆然と。

 

「どう、なっているんだ……?」

「エラスが何かしたとしか思えないが……」

 

 状況からすればそれは間違いない。しかし客観的に見ればそうでも、感情の面では理解しがたかった。傀儡なのではと疑いたくなるほどにプリシャスの思い通りに行動していたエラスが、こんな突然、彼を排撃するようなまねを。

 

 そしてヤバソードの猛攻を間一髪かわし続けたプリシャスの心は、思いもかけぬ反抗への困惑から覚め、激昂へと移り変わっていた。

 

「ヤバソードォ……!貴様ァァ!!」

 

 振り下ろされる大刀。その衝撃を逆利用してプリシャスは高く跳び上がった。ヤバソードの胸のあたりにまで上昇したところで、手持ちの魔符を投げつける。

 

「ガッ……!?」

「……ッ、」

 

 苦悶の声をあげるヤバソード。符に心臓を吸い取られたのだ。それを手に着地したプリシャスは、勿体ぶる余裕もなくぐしゃりと握りつぶした。

 

「グギャアァァァ……!!?」

 

 悲鳴とともに、ヤバソードの身体が縮んでいく。彼のプリシャスに対する叛逆劇は一分ともたずに終わった。それは確かだが、爪痕の深さとはまったく比例していない。

 

「ハァ、ハァ……──どういうつもりだ……エラスゥ!!??」

 

 プリシャスが激昂するのも、このときばかりは無理もないと思えた。あまりにも唐突に過ぎるエラスの裏切り。いったい何を考えているのか、目も口も何もない球状のオブジェクトからはいっさい読み取れない。

 ひとつその方法があるとすれば──エラスに操縦された、ヤバソードの行動だった。

 

「グウゥ……!ドルイドン、滅、ボス……!!」

 

 背を向けるプリシャスに、容赦なく斬りかからんとする。しかし心臓を握られている以上、それはプリシャスではなく彼自身の命を燃やし尽くすも同然の行為だった。

 

「──ハアァッ!!」

 

 符を手放すと同時に、プリシャスは薙刀を一閃した。

 

「!!!!!!」

 

 声にならない悲鳴をあげて、ヤバソードが前のめりに倒れ込む。びく、びくっと痙攣する身体。やがて完全に動かなくなると、その身体は跡形もなく消滅していった。

 

「フー……フー……!」

「──……、──………」

「──エラスウゥゥゥ!!!」

 

 怒りのままに、女王とまで形容した相手にも襲いかかるプリシャス。しかし次の瞬間、エラスの身体から光の矢が放たれて。

 

「──!?」

 

 それを浴びた瞬間、プリシャスの中に膨大な何かが流れ込んできた。刹那が悠久にも思えるほどの凄まじい情報の奔流に、彼は発狂したかのように頭を抱えてのたうち回る。

 困惑したままその光景を見ているしかない五人──そこに、いよいよ"彼ら"が駆けつけてきた。

 

「──皆っ!!」

「あ、エイジロウくん……と──んんっ!?」

 

 マックスリュウソウレッドと、リュウソウスカイブルー。後者の存在など知るよしもない一同は、ただただ驚愕するほかない。

 

「誰その人!?……その子?」

「その体格、まさかと思うが……」

「──コタロウだぁ!」ピーたんが割り込んでくる。「っていうか、コタロウにヘンなのが取り憑いて、オレの力で勝手に竜装しちゃったんだよぉ!」

「ヘンなのではない!──私は先代のリュウソウグリーン、トシノリだ!」

「え、ええぇっ!?」

「ア゛ァ!?」

「し、信じらんねーかもしんねーけど本当なんだ!だいたい、コタロウがこんなナイスミドルな声なわけねーだろ?」

「まあ、それはそうだが……」

「ナイスミドル……ゴホン!」咳払いしつつ、「キミが今のリュウソウグリーンだね。HAHAHA、こうして話ができて光栄だよ!」

「えっ?あ、あぁ!こちらこそこ、光栄でしゅっ」

 

 力強い握手に翻弄されるイズク。カツキなどは「ンだこの展開!?」と唸っているが、無理もない。

 

「さて、キミたちとはもっと話したいこともあるが……」

 

 蒼穹の騎士の視線が、敵陣へと向く。敵陣といってももはや、あらゆる生命からかけ離れた"ドルイドンの女王"を除けばプリシャスしかいないが。

 よろよろと立ち上がった彼は──頭を押さえたまま、笑いだした。

 

「くくくく、ははははは……っ!──そうか、そういうことか……!わかりましたエラス様、ボクらの使命……!!」

「……!」

 

 狂ったように笑いながら、プリシャスが襲いかかってくる。竜装が解除されている五人を守るべく、勇猛と蒼穹の両騎士が応戦した。

 

「はははは、あははははっ!!」

「ッ、こいつ……!」

「──エイジロウ少年!なんでもいい、私にリュウソウルを貸してくれ!」

「なんでもって……じゃあこれ!」

 

 まともに確認している暇はない。プリシャスの薙刀を防ぎつつ、レッドは手持ちのリュウソウルを投げ渡した。

「感謝する!」と応じながら、彼は──これまたエイジロウの貸した──リュウソウケンに装填し、

 

『クサソウル!モワッモワ!!』

「え、」

「あっ」

 

 嫌な音声を聞いてしまった。聞き間違いだと思いたかったが、そうでないことはリュウソウケンより発せられた薄茶色のガスが教えてくれたのだった。

 

「臭、っせえぇぇぇ!!?」

「HA…HAHAHA……よもや、こんなソウルを……」

 

 悶絶するふたりだが、その効力は当然プリシャスにも及ぶ。思いもよらぬ攻撃に、彼は苦悶の声をあげながら後ずさった。

 

「ゴホ、おぇ……け、結果オーライ……!」

「何が結果オーライだアホ」

「次はもう少し王道のソウルで頼むよ……」

「う、うっス!……じゃあ、これ!」

「む、カタソウルか!」

「大事に使ってくださいね、親友の形見なんで!」

「責任重大だね……。──では、遠慮なく!」

 

 カタソウルが発動すると同時に、怒り心頭のプリシャスがふたたび斬りかかってくる。今度は全身をダイヤモンドのごとく硬質化させた蒼穹の騎士が、その一撃を弾き返した。

 

「ぐぅ……!?」

「HAHAHAHA、そんなものは効かない!」

 

 そして、もはや言うまでもないことだが、弾き返すだけがカタソウルの用法ではない。その硬さは、まま攻撃にも転化できる。

 

「せーのでいくぜっ、マスターグリーン!!」

「オーケー!──はぁっ!」

 

 息を合わせて、刃と爪とを同時に振り下ろす。薙刀で防ごうとしたプリシャスだったが、息のぴったり合った同時攻撃にはかなわず武器もろとも大きく弾き飛ばされたのだった。

 

「く、……そ……くそくそくそくそくそぉっ!!」

「おめェの負けだ、観念しろプリシャス!!」

「今こそ、二百年の無念を晴らす!」

「ふざけるなぁっ!!」

 

 びりびりと空気を震わせるような声。エラスを背に気を吐く彼からは、ある種の悲愴感のようなものすら漂っていた。

 

「お前らリュウソウ族はボクらの邪魔をしていい気になって……!自分たちのほうがよほどこの星にとって害悪であることに気づきもしない!!愚かで哀れな、唾棄すべき存在なんだよ!!」

「な……」

 

 プリシャスが何を言っているのか、エイジロウたちには理解ができなかった。この星を蹂躙し大勢の生きとし生けるものを苦しめてきたドルイドンより、自分たちのほうが害をなしていると?

 

「苦し紛れの戯言だ、いちいち聞く耳もってんじゃねえ」

 

 冷たく切り捨てたカツキが、そう言って前に出てくる。そうかもしれない。いやしかし、プリシャスの言動にはあまりに真に迫るものがあって。

 彼はなおも続けてこう言った──「エラス様が教えてくれたんだ」と。

 

「エラス様がおつくりになったのは、ボクらだけじゃない……!──リュウソウ族!!お前らこそ最初に生み出された被造物(クリーチャー)だったんだよ!!」

「……!?」

「なん、だって……!?」

「嘘だ……そんなの!」

 

 リュウソウ族の少年たちの間に動揺が広がっていく。エラス、唐突に現れた敵の親玉。そういう認識だった彼らにとって、プリシャスの言葉は荒唐無稽ですらあった。にもかかわらず、一笑に付せない何かがエラスからプリシャスを通じて流れ込んでくるようだ。

 

「信じるかどうかは好きにすればいいさ……。──でもボクは信じるよ、エラス様の仰せを!この星の守護者として生み出したリュウソウ族、お前らは身勝手な進化を遂げ、他の生物までもを巻き込んだ争いを繰り広げ、この星そのものを傷つけた!だからエラス様はボクらドルイドンを生み出したんだ……!この星に蔓延る悪性生物どもを駆逐し、秩序と平穏を取り戻すためにねぇ!!」

「そん、な……」

 

 そんなはずは、しかし──揺れ動く少年たちに追い打ちをかけたのは、魂の上では遥かに年長の先代だった。

 

「……おそらく、プリシャスの言っていることは真実だ。私は魂だけの存在だから、他者の魂の揺らぎには常人より敏い」

 

 だから、少なくともプリシャスが本気でそれを信じ、自分たちに突きつけようとしていることは間違いない──トシノリは、そう続けた。

 

「じゃあ、本当に……」

 

──リュウソウ族がかつて相争い、星を傷めたことはまぎれもない事実だ。

 

「ボクはエラス様の意志をかなえる……!お前らリュウソウ族も、お前らに似せて繁殖した人間どもも駆逐する!!それが……ドルイドンの使命だぁッ!!」

「!、使命……」

 

 自分たちが胸に刻んできたのと、同じ言葉。それとともに、プリシャスはふたたび向かってくる。既に武器は手元になく、丸腰のまま。

 

「ッ、プリシャス……。それがおめェらの使命だっていうなら、俺たちは──」

 

 リュウソウジャーの……騎士の、使命は。

 

──そのとき、不意に蒼いスポットライトが辺りを包み込んだ。

 

「ッ!?」

「なんだ……!?」

 

 

『ジャスト ア モォォォメントゥ!!!』

 

 既に厭というほど聴いてきた声だった。声だけではなく、降り立った姿まで。

 

「呼ばれなくても、ジャジャジャジャーン!!」

「な……ワイズルー!?」

「生きていたのか……!?」

「やっぱなァ……」

 

 カツキの射殺さんばかりの視線に貫かれ、エイジロウはぶるっと震えた。倒しきれていなかったのではという懸念が的中してしまったのだから無理もない。

 しかしワイズルーの目は、リュウソウジャーには向けられていなかった。

 

「ワイズルー……邪魔だ、そこをどけぇ!!」

「HAHAHA、随分と様変わりしてしまったなプリシャ〜ス?──ンン〜、ゴホン!」

 

 咳払いをしたワイズルーが、不意に真面目な雰囲気を纏う。

 

「今日はプリシャス、貴様に伝えたいことがあって来た!」

「ッ、」

「それはつまり、エラスさ──」

 

 ワイズルーがそこまで続けたときだった。

 

「──確かにエラスさまはァ、リュウソウ族を駆逐するためにドルイドンを生み出した!でも、そのドルイドンが今度はこの星を征服しようとしだしたから、どっちも駆逐しようとしてるんだーっ!!」

 

 今度はクレオンが地中から現れた。どろっと溶けた不定形の塊が、見慣れた菌類怪人の姿を取り戻していく。

 

「!、それでヤバソードは、プリシャスのことも攻撃したのか……」

 

 テンヤが手を打つ。尤も納得できるのはその事実のみで、現況すべてについては混沌の中にあるままだが。

 

「ちょ〜っとクレオォン……?」ワイズルーがにじり寄り、「ぜ〜んぶ喋っちゃったでしょ……。もうっ、ここは私の崇高な推理を披露する見せ場だったのに!!キャメラどっち?あ、こっち……──もうイヤっ!!」

 

 あらぬ方向にズバッとシャウトするワイズルー。相方の奇行にはすっかり慣れっこのクレオンは鼻白むこともなく、「サーセン!へへっ」と頭を掻いている。

 「ふぅ」と息をつきつつ、ワイズルーはふたたびプリシャスのほうを振り返った。

 

「……もう、良いのではないか。プリシャス?」

「……何?」

 

 地面からそっと何かを拾い集める。──それはヤバソードの心臓を閉じ込めた符だった。プリシャスがばらばらに切り刻んでしまい、もはや原型をとどめてはいない。本来の持ち主が死んだことは、その瞬間を目撃していなくとも明らかだった。

 

「これ以上、観客が減ってはつまらない。奪い、奪われるばかりの戦いは、もう終わりにしよう」

「……!」

 

 その言葉に驚愕したのはプリシャスばかりではなかった。リュウソウジャーの面々、とりわけ最後に彼と剣を交えたエイジロウは。

 

「ワイズルー、おめェ……」

「……リュウソウレッド、キミが最後に言ったことが心に残ってね」

「俺の……?」

 

──人間もリュウソウ族もドルイドンも、心のありようはそう違うもんじゃない。

 

──お互いもっと早くそれに気づければ、争わずに済んだかもしれねえのにな。

 

「深手を負いながらも生き延びた私は、傷を癒すついでに人間に化けて様々な街を回った。……人間が蔓延る星というのも、案外おもしろいものだったのだな」

 

 蹂躙に邁進していた頃には考えもしなかった。──あるいはマックスリュウソウレッドに敗れたとき、自分は一度死んで生まれ変わったのかもしれない。刹那の楽しみのために争い続けるなど愚かだし生物として惨めだ、そう思うようにすらなってしまった。

 

「贖罪などという気持ちをもつほど殊勝ではないが、この戦いを終わらせたいとは思っている。……プリシャス、おまえももう一度考え直すべきだ。この星から人間を狩り尽くしたあとに、何が残るのか」

「ッ、でも、エラス様の……使命は……」

「──使命じゃねえ、自分のやりてぇことを考えろよ」エイジロウが口を挟む。「たとえば……心臓を奪らなくても対等に付き合える仲間をつくる、とかさ」

「対等に……」

 

 「ここ、ここにいる!」と盛んに自分を指さすワイズルー。クレオンもそれに追随する。その滑稽だが親愛を感じる所作に、彼らの言葉を完全に受け入れたわけではないプリシャスも心に巣食った氷が融けていくのを感じていた。──ガンジョージは死に、ヤバソードは反抗したために自ら殺めた。そしてエラスには人類殲滅のための駒としかみられていないことが明らかになった今、ワイズルーたちの言葉に悪夢から覚めたような思いだったのだ。

 

「ほら、」

 

 差し出される手。それが決め手となって、プリシャスも手を伸ばそうとする。あの、プリシャスが!

 これは歴史的な瞬間かもとリュウソウジャー、トシノリは思った。ドルイドンにも人間的な感情はある。そこに優しさや情が芽生えたならば、それは自分たちと何も変わらない。

 

 そして手と手が重なりあおうかという瞬間、

 

「──危ないっ、プリシャスさま!!」

 

 唐突にそう叫んだクレオンが、その背中を庇うように割って入る。何事かと顔を上げた一同が見たのは、その先で不気味な光を放つエラスだった。

 まさかと思った瞬間、光が触手へと姿を変えて襲いくる。それはクレオンもろともプリシャスを貫通した。

 

「アッ!?」

「う゛っ!!?」

「クレオン、プリシャス!?」

 

『……この星を、創り直す……』

「え……」

 

 クレオンが奇妙な言葉を発したのは一瞬のことだった。はっと我に返ったように辺りを見回し、恐る恐る自分の身体を見下ろす。

 

「げえぇっ、やっべえ貫通しちゃってる!どどど、どうしよぉ!?」

 

 軟体が災いしたか……いや、クレオン自身の身体のことを思えば幸いといえたのかもしれない。

 エラスの触手はプリシャスのみを捕らえ、その身を引きずっていく。そしてそのまま、ずるんと体内に取り込んでしまった。

 

「な……!?」

「た、食べた!?」

 

 その身体からドルイドンを生み出すことばかりか、その逆にまで及ぶとは。信じられない思いで見つめていると、エラスが変化をはじめた。

 球体だった身体が縦に長く伸びてゆき、手足らしきものが生え出づる。ところどころプリシャスにも似ていながら、より悍ましく禍々しい姿へと変わっていく。

 

「なんだ、いったい何が……」

「!、嫌な予感がする……!皆、ここは──」

 

 トシノリが退避を促そうとしたときだった。

 

『この星を、創り直す』

 

 エラスの身体から眩い光が放たれ、エイジロウたちを、否、世界すべてを呑み込んでいった。

 

 

 つづく

 

 

 





「やさしい夢に浸るには、ちーっと早ぇんじゃねーの?」
「俺たちに、皆の幸せを奪う権利があるのか……?」
「私はこれからも、みんなと一緒に笑いあいたい……!」
「俺たちは歴史の上に立ち、生きていく!」

次回「新世界へ」

「それが、俺たちの騎士道だッ!!」


今日の敵‹ヴィラン›

ガンジョージ・ツヴァイ
(各データはガンジョージと同一)
シークレット/ガンジョージの死と入れ替わるように現れた、まったく同じ姿をしたドルイドン。能力もガンジョージと変化はないが、知能は遥かに高く、流暢に喋るぞ!
ひと言メモbyクレオン:なんかコイツ、ゴホン!……この人タンクジョウさまに似てない?気のせい?


ヤバソード

分類/ドルイドン族キング級
身長/194cm〜47.5m
体重/291kg〜712.9t
経験値/909
シークレット/エラスにより、ガンジョージ及びツヴァイに続いて生み出されたドルイドン。ドルイドン最上位のキングクラスではあるものの、破壊衝動に支配されており、まともな意思疎通すら不可能な有様だった。最終的にはエラスの意志のままプリシャスにさえ牙を剝いたが、その末路は……。
ひと言メモbyクレオン:まともに喋らないわ見境なく暴れるわ……ドルイドンっつーよりマイナソーみたい……あっ。


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50.新世界へ 1/3

 

 微睡みの中で聴いたのは、雄々しくも優しい声だった。

 

「……じろう、えいじろう」

「んん……」

「朝だぞ、えいじろう。起きろ」

 

 大きな手に優しく身体を揺り動かされ、エイジロウはぱちりと目を開けた。そこにあったのは、もう二度と見ることはないと思っていた懐かしい顔で。

 

「お、親父……!?」

 

 慌てて身体を起こす。目に入った景色は、見覚えのない不思議な部屋──

 

──いや、何を言っている。ここは自分の部屋じゃないか。

 

「どうした鋭児郎、今日は一緒にヒーロー展を観に行く約束だろう?」

「……う、うん!」

 

 身体も小さく、頼りないものになっている。……いや、これが普通なのだ。自分はまだちいさな子供でしかないのだから。

 

「ほら、おいで。母さんが朝ごはんを用意してくれてる」

「あ、まって──」

 

 部屋を出ていく父を慌てて追いかける。廊下との敷居を踏み越えた瞬間、段差もないはずのそこでがくんと身体が落下するような感覚があって──

 

 

「──お〜いえいじろー、いい加減起きろ〜」

「!」

 

 はっと顔を上げた鋭児郎の前に広がったのは、またしても見慣れない部屋だった。

 

──いや、教室じゃないか。自分は今中学生で、ここは学校なのだから。

 

「やーっと起きた。次、移動教室だぞ?」

「エイちゃんが居眠りなんて、珍しいなぁ」

「ケント、トモナリ……」

 

 揃って黒い学生服を纏った親友たちが苦笑混じりに、しかし親愛に満ちた目でこちらを見下ろしている。寝惚けているせいか混濁している頭を押さえつつ、鋭児郎は立ち上がった。

 

「……なぁ、ケント」

「ん〜?」

 

 踵を返したところを呼び止める。首だけ傾ける形で、ケントは気だるげな三白眼をこちらに向けた。

 

「どした、鋭児郎?」

「いや……なんでもねえ」

 

 どこか斜に構えたようなケントだけれど、ヒーローを目指す自分をいつも温かく見守ってくれている。トモナリと一緒に。

 これから先、物理的に離れることはあるかもしれない。それでも彼らは変わらず、ずっと親友でいてくれるだろう──

 

「ヘンなの。ほら、いくぞ」

「お、おうよ──」

 

 差し出された手をとろうとして──すり抜けた。

 

「ぅおっ!?」

 

 つんのめりそうになり、慌てて態勢を立て直す。気づけば鋭児郎は、大勢の人が行きかう往来の中心に立っていて。

 

「ここは……あれ?」

 

 見下ろすと、殆ど裸同然の恰好ではないか。ただ装備品の類は身につけていて──

 なんだ、これはヒーローコスチュームじゃないか。切島鋭児郎が、漢気ヒーロー・烈怒頼雄斗であるための。

 

「……烈怒頼雄斗、大丈夫?」

「!、あ……」

 

 こちらを気遣わしげに見下ろしている、白い外套の青年。

 

「タマキ、センパイ……」

 

 

 *

 

 

 

 ショートは、王宮のダイニングルームに座っていた。周囲からは賑やかな話し声が絶えず聞こえてくる。

 

(俺はなぜ、ここに……?)

 

「どうしたショート?ぼーっとしちまって」

「!」

 

 大人のそれだが少年らしさを残した声に我に返る──と、そこには白髪をところどころ立たせた青年の姿があって。

 

「トーヤ兄ィ……」

「せっかくの家族団欒なんだ、楽しもうぜ」

 

 そう言って穏やかに笑う兄の姿は、以前と別人のようで。

 以前?トーヤはずっと、自分の傍にいたじゃないか。トーヤだけではない、フユミもナツオも……両親も。

 

「ショートも成人して、政務を担うようになったからな。疲れているんだろう」

「……親父」

「ショート、明日は一日ゆっくり休みなさい」女王である母が言う。「大丈夫、焦ることはないわ」

「そうだよショート。あなたには頼りになる家族がこんなにたくさんいるんだから」

 

 その通りだ。仲睦まじい両親に、頼もしい兄姉たち。自分にはこんな素晴らしい家族がいる。だから、心配することなど何もない──

 

「……?」

 

 ふと、違和感が芽生えた。何かが……いや、誰かが足りない。家族は全員、揃っているはずなのに。

 そうではないと、何かが訴えかけてくる。家族、臣民……それらと同じくらい、大切に思うようになった人たちがいたはずなのだ。

 

 

 *

 

 

 

 カツキは、マスターブラックと剣戟を繰り広げていた。どちらも一歩も譲らぬ鍔迫り合い。しかし若さと猛々しさにものを言わせたカツキが少しずつ主導権を握りつつあって。

 

「オラァッ!!」

「ッ、」

 

 ついに彼の閃刃が、ショータのそれを弾き飛ばした。

 

「俺の、勝ちだ」

「……ああ、そうだな」肩をすくめつつ、「腕を上げたなカツキ。大したものだ」

「ふん、トーゼンだわ」

 

 胸を張りつつ、カツキは思う。もっとだ、もっと俺は強くなれる──と。

 

(すごいなあ、かっちゃん!)

 

(僕も、かっちゃんみたいに──)

 

「──!」

 

 いつか聞いた声。しかし背後には誰もいない。誰よりも遥か高みを目指す者として当然のことなのに、カツキは今までにない空々しさを感じていた。

 

 

 *

 

 

 

 イズクはリュウソウグリーンとなり、大勢のドルン兵を次々に斬り伏せていた。

 

「はぁぁ──マイティ、ディーノスラッシュ!!」

 

 ドルウゥ、と断末魔の声をあげ、ドルン兵が全滅する。それと同時に、背後から歓声と拍手が沸き起こった。

 

「あ、ありがとうございます……!救けてくれて!」

「あなたはホンモノのヒーローだ!」

「いえ、当然のことをしたまでです」

 

 答えつつ、イズクの心には達成感が広がっていた。ヒーローとして、人々を守る。そのために、ずっと独りでがんばってきたのだ。

 

──独りで?

 

 本当に、そうだっただろうか。大した才能のない自分が、独りでやってこられただろうか。

 言いしれぬ違和感が、霞のようにイズクの心を覆っていった。

 

 

 *

 

 

 

 オチャコはたくさんの料理に囲まれていた。ひとつの例外なくこのうえない美味であるそれらを、次々に平らげていく。旅のなかでは干し肉を齧るばかりの日々もあったし、それ以前、村にいた頃も質素な食事が基本だった。ずっと、こんな食事ができたらいいのに。

 

 でも、その幸せを共有できる相手がいない。干し肉だろうとなんだろうと満足感を味わえたのは、一緒にごはんを食べる"誰か"がいたから──

 

 

 *

 

 

 

 テンヤは兄の跡を継ぎ、ブルーパラディンズを統べるマスターになっていた。ただいまは団員たちを前に就任に際しての訓示を述べているところだった。

 

「……であるからして、我々竜装の騎士の使命は──」

 

 あらかじめ考えに考え抜いた言葉を暗誦しつつ、目は自然と団員たちのさらに外側を追っていた。テンヤの団長就任を祝ってくれる友人たちが、いたのではなかったか?でもこの場にそんなもの、影も形もなくて。

 

 

 *

 

 

 

 街は平和そのものだった。

 一応は抑止力として警邏を続けながら、鋭児郎は拭えぬ違和感を抱きつつあった。果たして自分の居場所は、本当にここなのだろうかという。

 

「……烈怒頼雄斗、」

「………」

「烈怒頼雄斗!」

「へ!?あ、ひゃい!」

 

 ぼうっとしていたのもあったが、一瞬自分のことだとわからなかった。声が裏返ってしまい、思わず顔を赤らめる。

 

「お、俺は人にどうこう言えるような人間じゃないけど……パトロールは集中しないと、駄目だ。たとえ平和に見えても……どんな事件の芽があるか、わからないから」

「う、うす……スンマセン」

「……何か心配なことでも?」

 

 他人とのコミュニケーションが大の苦手なセンパイに、気を遣わせてしまって申し訳ない──そう思いつつも、鋭児郎はおずおずと口を開いた。

 

「……なんかヘンなんスよ、俺。自分が自分じゃねえみたいな……それに、ここじゃないどこかで、誰か大切な人たちが呼んでる気がする……」

「……なるほど。思春期には往々にしてそういうことが起こると、本で読んだことはある」

「思春期……なんスかね?」

 

 そうだとしたら、脳裏に浮かぶ風と草木の風景はなんなのだろう。そして竜を模した鎧兜を纏い、剣を振るう赤の騎士。

 

「……俺、そこへ戻んなきゃいけねえ気がする……」

「………」

 

「──そう思うなら、戻るべきだよ」

「!」

 

 思いもよらぬ声は、背後から響いた。はっと振り向いた鋭児郎が目の当たりにしたのは、

 

「ケント、親父……!?」

 

 なぜ、彼らがここに?しかしその親愛に満ちた瞳が無性に懐かしく感じる自分もいて。

 駆け寄りそうになるのを堪えて声をかけようとすると、父が先んじて口を開いた。

 

「起きろ、エイジロウ」

「え……」

「おまえには、まだやるべきことがある。そうだろう?」

「やさしい夢に浸るには、ちーっと早ぇんじゃねーの?」ケントも追随する。

 

 夢──これは夢なのか。だったら、彼らは。

 

「……エイジロウくん。俺たちの(ソウル)は、きみとともにある」

「セン、パイ……」

 

 そうだ。誓ったのだ、だから行かなければ。

 

「センパイ、ケント……親父。おれ、俺、いつか必ず──」

 

 言いたいことはたくさんあるのに、上手く言葉にならない。喉を詰まらせ、震わせていると、不意に誰かが誰かを呼ぶ声が聞こえてきた。「リュウソウレッド、リュウソウレッド」──と。

 そして、エイジロウの視界は()()()()光に包まれた。

 

 

 *

 

 

 

「──はっ!?」

「ぅおっ!?」

 

 慌てて身を起こすと、そこには緑色の粘体怪人の姿があって。

 

「うわっ、ヴィラン!?」

「ハァ?ヴィ……なんだって?」

「え、あ……クレオン?」

 

 まだ記憶が混乱しているようだ。自分は切島鋭児郎ではなくエイジロウで、烈怒頼雄斗ではなくリュウソウレッドで──

 

(夢……だったのか?でも、あれは──)

 

 茫洋とした意識のまま周囲を見渡して……愕然とした。

 

 そこには数え切れないほどの人々が、地面を埋め尽くすようにして倒れ伏していたのだ。

 

「な、なんだよ……これ……!?」

 

 いったい、何がどうなっているのか。混乱のままに立ち上がり、仲間たちの姿を探す。

 と、人、人、人の群体の中に、立ち上がる複数の姿が現れる。

 

「エイジロウ!!」

「あ……皆!」

 

 未だ状況を呑み込めていない様子の一同が駆け寄ってくる。まあ、それはエイジロウとてお互い様なのだが。

 

「これはいったい……」

「おい菌類、てめェの仕業か!?」

「ハァ!?ちげーよバ……ゴホンっ!……エラスの放った光を浴びた途端、みんなパタパタと眠ってったんだよ!」

「でも、なんでこんな場所に……──あ、ミノルくん!?」

 

 見知った顔かたち。そのたわわに実った葡萄のような頭髪と、幼子のような体躯は見間違えようはずもない。

 彼だけではない。ここには今までの旅で出会った大勢の姿があった。

 

「皆、エラスに集められたのか……」

「でも、肝心のエラスはどこに──」

 

 そのときだった。轟音とともに、巨大なシルエットが天上から墜落してきたのは。

 

「ッ!?」

 

──キングキシリュウオーだった。その巨体は断崖に直撃し、土石を地表へと降らせる。人々を巻き込まなかったことだけが幸いしたか。

 

「ぐうう……っ、なんというパワーだ……!」

 

 操縦するトシノリ──蒼穹の騎士が呻く。目前に迫る真紅の異形の姿は、エイジロウたちが眠りに落とされる寸前に一瞬目の当たりにしたものだった。

 

「あれが、エラス……!?」

「巨大化してるなんて……」

「ッ、とにかく戦うしかねえ!」

 

 キングキシリュウオーさえ一方的に追い詰めるような相手に、どう戦ったら良いのか。一瞬浮かんだネガティブな思考を瞬時に振り払い、六人はリュウソウルを構える。

 そこに、

 

「覚醒者……発見!」

「!、ヤバソード……!?」

 

 暴走の果て、プリシャスの手で処刑されたはずのドルイドンの"キング"。何故、とはもはや思わなかった。ガンジョージの死後に瓜二つのツヴァイが現れたように、彼もまたエラスによって創造し直されたのだろう──尖兵として。

 

「排除スル……──ウガァアアア!!」

「ッ!」

 

 問答無用で斬りかかってくるさまはまるで魂を刈りに現れた死に神のようだった。咄嗟に散開し、ヤバソードを包囲するような陣形をとる。

 そして、

 

「──リュウソウチェンジ!!」

 

 『ケ・ボーン!!』と声が響き、六人が一斉にリュウソウメイルを"竜装"する。ヤバソードは臆することなく、ただ斬り刻むことだけが生きがいであるかのように刃を振るっている。無闇矢鱈ながら、その剣捌きは空気をも八つ裂きにするようだった。

 

「てめェの相手してるヒマなんざねーんだよ!!」

 

 リュウソウブラックが叫び、爆炎がヤバソードを吹き飛ばす。その先には、キングキシリュウオーの姿があって。

 

「!、キングキシリュウオー、ヤツを!」

 

 ヤバソードが文字通り飛んできたことに気づいたトシノリが声をあげる。言葉足らずもいいところだったが、その意を察したキングキシリュウオーがすかさず動いた。

 

「ぬぅん……どりゃーっ!!」

 

 地面に叩きつけられたヤバソードを──勢いにまかせて、踏み潰したのだ。ギャ、という短い断末魔とともに、エラスの近衛兵と言ってもいいドルイドンの"キング"はペーストへと変わった。

 

「え、えぐ……っ」

「マスターグリーン……手段を選ばないお人だな」

 

 むろん、それだけ切迫した状況だということもあろうが。

 

「エイジロウ、皆、目ぇ覚ましたティラ!?」

「ティラミーゴ!──待ってろ、今そっちに……」

 

 いかな強敵でも……いや、であればこそ皆で力を合わせて戦わなければ。そう思った矢先、ヒトガタとなったエラスは次なる行動に出た。

 

『……す……』

 

 か細い声とともに、その身体から光の触手が伸びていく。一、十、百……ネズミ算式に増えるそれらは、到底数えきれない。

 そして触手は、眠ったままの人々を次々に捕らえていった。

 

「なっ……何だ!?」

 

 囚われた人々が、エラスの中に吸収されていく。止める間もない、一瞬の出来事だった。

 

「みんなが、エラスの中に……」

「なんということだ……!」

 

 吸収された人々はどうなってしまったのか。いずれにせよこれ以上は絶対に止めねばならない。

 意を決して動き出そうとした六人を、エラスの不気味な視線が捉えた。

 

『……この星を、創り直す……』

「……!」

 

 記憶が甦る。光を浴びて眠らされる直前にも、彼女はそう言っていた。と、いうことは。

 

『おまえたちも、その礎となれ』

 

 無数の光の触手が、リュウソウジャー六人めがけて放たれる。各々の剣で、あるいは龍爪で弾きつつ後退を強いられる。それでこの攻撃がやめばいいが、そうはならなくて。

 

「ッ、キリが……ねえ……!」

「くそっ、このままじゃ──」

 

 歯噛みしかけたときだった。

 

「──きゃあぁぁっ!?」

「!?」

 

 甲高い悲鳴が響く。慌ててそちらを見ると、触手に巻きつかれ引きずられていく剛健の騎士の姿があって。

 

「オチャ「オチャコさんっ!!」──!」

 

 真っ先に跳んだのは疾風の騎士だった。ノビソウルで彼女の身体をとらえ、引き戻そうとする。しかしエラスの力はあまりに強く、逆に彼までもが引きずられつつあった。

 

「ぐ、うぅ……っ!」

「デクくんだめっ、放して!!」

「ダメだ!!僕は、絶対に──」

 

 救ける──そんな決意もむなしく、エラスによって引きずり込まれていくふたり。歯噛みして見送るほかないと思われた仲間たちだったが、何かを思いついたらしいブラックが思わぬ行動に出た。

 

「──てめェも行け菌類!!」

「へぇっ、なんでオレまでぇええええ──!!?」

 

 BOOOM!!と爆炎によって吹き飛ばされ、オチャコたちともどもエラスの中に呑み込まれていくクレオン。これまでの所業が所業とはいえ、あまりに哀れな姿であった。

 

「な、なぜクレオンを!?」

「……苦肉の策だわ」

「なんか考えがあるみてぇだな……わかった」

 

 残された彼らは、一度撤退を選ばざるをえなかった。キングキシリュウオーすらも圧倒する"ドルイドンの女王"、真正面から挑み続けてもこちらが追い詰められるだけ。

 

 口惜しくとも、それが現実だ。

 

 

 



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50.新世界へ 2/3

 

 あまりにも長い一日は終わり、世界に夜の帳が下りた。

 

 人々を取り込んでひとまずは満足したのか、エラスは活動を停止している。その巨体ゆえ、取り逃がしたリュウソウ族の少年たちを探し回るつもりなど微塵もないのだろう。腹立たしいことだが、狭い洞穴に身を隠すエイジロウたちには僥倖であることもまた、事実だった。

 

「……ひとまず、状況を整理しよう」

 

 押し殺した声で告げるテンヤ。なんであれこのまま沈黙が続くよりはマシだったが。

 

「プリシャスを取り込んだことにより、エラスは己の姿かたちを変化させた。……いや、進化したというべきか」

「そして世界中の人々を眠らせ、ヤツ自身に取り込んでる……なんのために?」

「──"この星を創り直す、その礎となれ"、ヤツぁそう言っとった。おおかた俺らの生命エネルギーを吸収して、さらに進化するつもりなんだろ」

 

 事もなげに言うカツキ。──激情家の彼が、そうして努めて感情を抑え込もうとしている。それほどまでに自分たちは追い詰められているのだと、否が応でも自覚せざるをえない。

 

「──皆さん、」

「!」

 

 思わず身体が跳ねる。緊張ゆえの反射だったが、そこに立っていたのはコタロウ、そしてミニティラミーゴだった。

 

「エイジロウ、皆、大丈夫ティラ?」

「俺らはな……。そっちこそ大丈夫か?キングキシリュウオーでも、あんなにされちまうなんて……」

「大丈夫ティラ!モサレックスとプテラードンはだいぶやられてたけど、今シャインラプターが治してくれている!」

「そっか……」

「──ただ、いつまたエラスが動き出すかわかりません」コタロウが続ける。「早急に作戦を考えないと……簡単に言うようですけど」

「わーっとる。皆おんなじ気持ちだわ」

 

 カツキの言葉に頷きかけたエイジロウたちは……程なく、目を丸くして彼を見つめていた。すかさず意地悪げな紅い瞳に睨まれる羽目になったが。

 

「ンだコラ」

「い、いやぁ……やっぱおめェ、サイコーに漢らしいぜ!」

 

 そう言って半ば強引に肩を組む。「さわんなや!」とキレるのは案の定だったが、態度に反して抵抗はそこまで激しくない。出逢った頃はイズクを除いて誰も寄せつけようとしなかった彼も、今ではこういうことをされても嫌がらないくらい気を許してくれている。平時であれば、もっと喜びに浸っていられるのだが。

 

「チ゛ィッ!!」盛大に舌打ちしつつ、「……とにかく、まずデクと丸顔を引きずり出すのが最初だ」

「それはそうだな……。だが──」

 

 言いかけて、テンヤは口をつぐんだ。──エラスに取り込まれた者たちは、既に消滅している。そういう最悪の可能性を、どうしても考えてしまう。

 しかしオチャコとイズクがそこにいるなら、持ちこたえているに決まっているとも思う。根拠は、これまでの旅路だ。

 

「俺たち四人と、騎士竜たちで……か」

「──私もいるぞ!!」

「!?」

 

 急に壮年の男の大声がこれでもかと反響したものだから、皆驚きのあまり仰け反ってしまった。きょう一日で聞き慣れてしまった声ではあるのだが。

 

「わーたーしーがァ、来たァ!!」

「いきなり来んじゃねえ!!」

「ひっ、ゴメン!」

「いや素直……」

 

 声はごついが、姿はコタロウのままなのでどうしても違和感は拭えない。ただ時折空色に光る目が、彼が人智を越えた存在であることを証明していた。

 

「でもよマスターグリーン、大丈夫なんスか?言ってましたよね、リュウソウメイルつくるのに無理したとかなんとか」

 

 その言葉に、コタロウ……もといコタロウに取り憑いたトシノリの表情に翳が差した。

 

「大丈夫!……とは、言い切れないな。気を張っていないと、意識を表出させていられなくなってきている。コタロウくんが抵抗しているわけでもないのにな」

 

 トシノリは自嘲めいた笑みを浮かべた。このまま意識が保てなくなるということは、すなわち魂の死を意味する。先に死んでいった仲間たちと同じ場所へ行く──そう考えれば決して悪いことではない。ないのだけれど、今はまだ早い。かつてできなかったことを、やり遂げてからでなければ。

 

「エラスへの対抗策についてだが……率直に言おう、ある」

「!!」

 

 思いもよらぬ言葉に、少年たちは腰を浮かせた。単にキングキシリュウオーより強力というだけでなく、不死身の存在なのだ、エラスは。オチャコとイズク、それに捕囚となった人々を救出するという対処療法以上の展望は、未だ何もないところだった。

 

「いったい、どんな手ですか?」

「リュウソウカリバー、あれをまた使う」

「!、しかしあれは、もはやエラスを封印しておけなかったのでは……」

 

 自らを封じていたリュウソウカリバーのエネルギーを、エラスは吸収しつつあった。ふたたびそれで地の底へと押し込んだところで同じことではないのか。皆の疑問は当然だったし、"また"と形容している以上トシノリとてそれは織り込み済みだった。

 

「カリバー単体のエネルギーでは、エラスを永久に封じ込めはしなかったということだろう。しかし、そこに"守り手"が加われば……」

「……守り手?」

 

 トシノリが、己の──と言っても本来はコタロウのだが──胸に手を当てた。

 

「私自身の、(ソウル)さ」

「!!」

 

 言葉を失う一同を前に、トシノリは続ける。

 

「私の魂を宿らせたリュウソウカリバーを、エラスの心臓部に突き立てるんだ。そうすれば、ふたたびヤツを封印できる。……心配ない、必要なのは魂だけだから、コタロウくんは普通の少年に戻るだけだ」

「コタロウはそうかもしんねぇけど……!それじゃ、あんたが──」

「始祖の青年と同じように、私も新たな守り手となるだけだ。もとよりガイソーグの鎧に封じられ、その暴走にひと役買ってしまっていた……あの頃の無念に比べれば、誇らしいことですらある」

「………」

「それにもとより、私はまもなくこの世から消える身。天に昇って安穏としているよりは、永遠に騎士として戦い続けたい!それが私の、騎士道なんだ」

 

 騎士道──その言葉を持ち出されてしまえば、少年たちは何も言えない。彼の魂が何より彼自身の望んだ形で昇華される。自分たちだって、同じ立場ならそうするだろう。

 

「さて!そのためにまず、エラスを抑え込むための策を練らなければ、な」

 

 そうだ──エラスを封じるにしても、あの恐るべき力を削がねば肉薄することさえかなわない。勝利までは、幾重にも壁が立ちはだかっている──

 

 

「HAHAHAHA!お困りのようだ☆NA!」

「!?」

 

 トシノリのそれ以上にサプライズな美声が響く。かと思えば、「ドォーーーン!!」と叫びながらスライディングで飛び込んできた馬鹿者がひとり。

 

「てめぇ、ワイズルー……!」

「……何しに来た」

「エッ、ちょ、とてもとてもこわいお顔立ちがおそろいで……」

 

 地べたに這いつくばる形になってしまったことが災いし、ワイズルーは少年たちに取り囲まれたうえで冷たく見下される羽目になった。完全に自業自得だが。

 

「もう〜、私はもうキミたちと争う気はナッシング!ゼ〜ロ〜♪」

「だとしてもっ、ちったぁ反省しろ!」

「その通りだ!改心が事実なら剣を向けるつもりはないが、貴様は己の所業を悔いるべきだろう!!」

 

 言葉で叱ってくれるエイジロウとテンヤなどはまだ優しいほうである。冷たく睨めつけるショートと視線で射殺さんばかりのカツキを目の当たりにして、ワイズルーはそのことを学んだ。

 

「ム、Mmm……だからその一環として、キミたちの助太刀に来たのだ!」

「エラスに本気で叛逆するのか、おまえが?」

 

 ショートの不信感を滲ませた言葉に、ワイズルーは色めきだって「オフコース!!」と応じる。

 

「エラスの創り直したこの星に、エンターテインメントは存在しうるのか!?答はノーゥ!!」

 

 エラスの放った光からクレオンともども逃れたワイズルーは、眠らされた人々を強引にでも揺り起こそうと孤軍奮闘していた。途中でヤバソードに発見され、慌てて逃げ出す羽目になったが。

 

「夢は夜に見れば良い!もしくは自らの手で勝ち取るべし!!キミたちもそう思うだろう?」

「いや、まぁそうなんだけどよ……」

 

 至って正論だとは思うのだが、ワイズルーにのたまわれると釈然としない一同である。カツキなどは取り繕うこともなく「てめェが言うなや……!」とキレているし。

 しかし、それとはまた異なる反駁を口にする者がいた。

 

「……本当に、そう言い切れるか?」

「What?」

「ショート……?」

 

 気づけばショートは目を伏せていた。長い睫毛が焚き火に照らされ、より影を濃くしている。

 

「皆……眠らされているとき、どんな夢を見た?」

「……それは、」

 

 幸福な夢だった。濃淡はあれ、それは間違いない。死んだ人が生きていたり、望んだものが手に入っていたり……等々。

 

「だからなんだってンだよ」

「いや……」

 

 ショートはそれきり何も言わなかった。同じように夢を見ていた以上、彼の葛藤は察しがついた。それでも自分たちの双肩にこの星の明日が掛かっている以上、彼の心に寄り添っていることはできなかったのだ。

 

 

 *

 

 

 

 一方、エラスの中に取り込まれたオチャコとイズクは、体内をかき分けて探しに来たクレオンによって叩き起こされていた。

 

「おい起きろっての、ちんちくりんコンビ!!」

「だぁれがちんちくりんや!!……って、クレオン?」

「また眠らされてたのか、僕たち……」

 

 辺りを見渡す。そこは一面腐敗した肉塊のような柔らかい壁に覆われていて、時折ブニョブニョと蠢いている。

 

「き、気持ち悪い……。なんなんココ?」

「エラスの体内に決まってんだろ!?……ったくなんでオレまで……。しかも二度も起こさせやがってよー!」

「そういえば、どうしておまえまで?」

「どうしてって、お前ら見てなかったのかよ!?お仲間のリュウソウブラックが、オレを爆破でふっ飛ばしたんだ!……今までさんざん悪いことしたとは思ってっけど、こんな意趣返ししなくてもいいじゃんかよぉ」

 

 クレオンはクレオンなりに傷ついているようだった。今までの所業のことはあるにしても、しょげた彼の様子を哀れに思わないといえば嘘になる。しかしカツキの行為は、果たして意趣返しなどというものだったのか。

 

「待って。かっちゃんは確かにこう……ああいうやつだけど、戦場で溜飲を下げるためだけの行動はとらないはずだ」

「じゃあ、クレオンを巻き込んだのもワケがある……ってこと?」

「うん、あの場でそれを伝える余裕はなかっただろうから……。何かあるんだ、何か……」

 

 じっと考え込むイズク。オチャコも彼に倣って唇に指を当ててみるが、残念ながら思考力に関しては大きな差がある。脳内を巡るのは、有事のカツキが腹いせのためだけに行動をとるような少年ではないという事実くらい。

 

「うーん……そうなると、クレオンにしかできないことがあるってことだよね……」

「クレオンにしか……──!!」

 

「それだ!!」とイズクが大声をあげる。あまりにも唐突だったので、オチャコもクレオンも揃って跳び上がってしまった。マネすんな、とすかさず悪態をつく後者だったが。

 

「わかった、かっちゃんがクレオンに……いや、僕にやらせたかったことが」

「え、え、何?デクくんにって……どゆことなん?」

 

 クエスチョンマークを乱舞させているオチャコ。こればかりは彼女の頭脳の問題ではない。カツキは最後の最後になって、捉えようによっては極めて冷徹かつ恥知らずな作戦を自分に託した。これまでの自分たちの関係性を逆手にとった、ともいえるだろう。

 

(いちかばちか。万が一後処理が上手くいかなければ、僕は……)

 

 カツキの"作戦"は、少なくともイズクに苦痛を強いるものだ。苦肉の策、と形容した通りに。

 だが──ならばやらないという選択肢はありえない少年であることも、かの幼なじみは織り込み済みなのだ。

 

「クレオン、」

「なんじゃい」

「僕から、マイナソーを生み出してほしい」

 

 一瞬、時が止まった。イズクが何を言っているのか、ふたりとも理解できなかったのだ。

 そして思考が及んだ途端、オチャコは彼に詰め寄っていた。

 

「っ何言うとるん!!?そんなんダメに決まっとるやろ!!」

「でも、ほかに手はない!考えてる時間も!僕らはなんとしてでも、ここから脱出しなくちゃならないんだ!!」

「せやけど……!──それなら私が……!」

「きみにそんなことさせられるわけないだろう!?」

「ッ、」

 

 初めてイズクに怒鳴り返され、オチャコは言葉を詰まらせる。こんなに自分を想ってくれている女性相手に、という気持ちはあったが、今は危機の真っ只中だ。

 

「……かっちゃんは、僕に託してくれた。それはただ幼なじみだからってだけじゃなくて、合理的な意味も含まれてるはずなんだ」

「合理的な、って……?」

「僕は結構、彼に我慢させられてきたからね」

 

 自嘲めいた笑みを浮かべると、イズクはクレオンのもとに歩み寄った。

 

「さあクレオン、ひと思いにやってくれ」

「え、えぇ〜……」

「早く!時間が、ないんだ……!」

 

 エラスの体内にいるだけで、足元からエネルギーを吸い取られるようだ。そうして獲物の気力を削いで、眠りに陥れるのが目論みなのだろう。騎士ゆえの体力と精神力でふたりとも耐えているが、それとていつまでもつかはわからない。

 イズクの熱のこもった説得に圧されてか、「あーもうわかったよぉ!」とクレオンは声を張り上げた。

 

「どーなっても知らないからな!ホラ口あーんして!」

「や、やさしくしてね」

「どっちだよ!!」

 

 言われるがまま口を開けたイズクに、クレオンは己の指先を向け──

 

──体液が、垂らされた。

 

 

「うぅっ!?う、あぁぁぁぁぁ────ッ!!??」

 

 悶え苦しむイズクの身体から、エネルギーの塊があふれ出す。それがヒトガタを形作ってゆくのを目の当たりにして、オチャコとクレオンは揃って両手で口許を覆っていた。

 

「こ、これがデクくんの……」

「やべぇなコイツ……」

 

 カツキ(リュウソウブラック)、恐ろしい男。色々な意味で、ふたりはそう思うのだった。

 



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50.新世界へ 3/3

 

 夜明けと同時に、一行はふたたび戦場へと繰り出した。

 

「さあ行くぞ、皆!」

「仕切んなや、オッサン」

「オッサン呼ばわりはやめよう!」

「………」

 

 エラスは未だ動きを見せていない。イズクたちも──

 

 それでも戦うべきときなのだと決心した矢先、異変が起きた。静止していたエラスが突然苦しみだしたかと思うと、その身体から複数の影が飛び出してきたのだ。

 

「あれは……!」

「──デクっ、丸顔!!」

 

 真っ先に駆け寄るカツキ。エイジロウたちも慌てて追随する。力なく落下したイズクの身体は、オチャコがクッションとなって守ったのだった。

 

「い、ったたぁ……」

「──デク、やったんか!?」

「いや私の扱い……」

 

 頬を膨らませるオチャコだが、明らかにイズクのほうが満身創痍であるだけ仕方ないともいえる。彼はカツキに抱き上げられると、薄く目を開けて微笑んだ。

 

「か、っちゃん……。僕、やったよ……」

「……!」

 

 カツキがその言葉に応えようと口を開きかけたところで、地揺れとともに"それ"が降臨した。

 

「………」

 

 白い蓬髪と髭をたなびかせ、筋骨隆々の肉体を惜しげもなく晒すいかめしい巨人。瞳孔のない白眼は、鋭くエラスを睨みつけていた。

 

「あれが、イズクくんから生まれた……」

「ゼウスマイナソー……って、クレオンが」

 

 ゼウス──雷神の名を冠したマイナソーは、その名に違わず頭上に雷雲を呼んだ。そこから降り注ぐ雷光を、掌のうちに一心に集め、

 

 そして──エラスに向け、放った。

 

「──ッ!?」

 

 多量かつ強力な電撃を一度に浴びせられ、エラスは苦悶のうめき声をあげる。キングキシリュウオーさえ一方的に蹂躙した、あのエラスが。

 

「あのマイナソー、すげぇ……」

「カツキ……おまえもう少し、イズクへの接し方を考えたほうがいいんじゃねえか」

「っせぇ!!……わーっとるわ」

 

 自覚があるからこそこの作戦をとったのだ、カツキは唇を尖らせながらもわしゃわしゃとイズクの頭を撫でた。

 一方で、強力無比なるゼウスマイナソーの快進撃は半ば不意打ちぎみの最初だけだった。

 

『邪魔を……するな!』

 

 エラスの放った光が、ゼウスマイナソーを包み込む。苦悶の声すらあげる間もなく、彼は跡形もなく消滅してしまった──

 

「マイナソー、敗れたか……」

「でも作戦は上手くいった……!無事でよかったぜふたりとも!あと、クレオンも──」

 

 ぱっと振り向いたエイジロウ。しかし、そこにクレオンの姿はなくて──

 

 結論から言えば彼は、原野の隅にてワイズルーと抱き合って喜びを分かち合っていた。

 

「クレオン!」

「ワイズルーさま!」

「クレオォン!!」

「ワイズルーさまァァ!!」

 

 ……連中のことは、ひとまず放っておくとして。

 

 

「さあ、役者は揃った。皆、ここからは全力全開で立ち向かおう!」

「だァからてめェが仕切んな!!」

「だあぁもうやめてよかっちゃんっ!僕の先代相手に!」

「そういうとこだぜカツキ……」

「………」

 

 ショートが一瞬目を伏せたことにこのときオチャコは気づいたが、それを気遣っている猶予はなく。

 

「「「「「「「リュウソウチェンジ!!」」」」」」」

『ケ・ボーン!!リュウ SO COOL!!』

 

 竜装の鎧兜を纏い、七人の騎士が並び立つ。それと同時にエラスはふたたび動き出し、こちらへ向かってきた。

 

『……愚かな……』

 

 その手に光が集められ、炎の塊となって撃ち放たれる。ひとつめは数秒、ふたつめは一秒弱、それ以降はコンマ数秒のスピードで。

 懸命にそれらをかわしながら肉薄しようとするリュウソウジャーの面々だが、そのあまりにも激しい波状攻撃はリュウソウメイルをもってしても耐えきれるものではない。彼らの進軍の足は早々に止まり、翻弄されるばかりだ。

 

「くっ、これでは……!」

「クソが……っ!」

「ッ、俺が盾んなる!!──カタソウル!!」

 

 カタソウルの鎧で竜装すると同時に、レッドは前面に出た。さっそく炎弾の直撃を受けるが、気合でかろうじて耐える。尤も肉体に伝わる熱は殺しきれないが。

 

「今の、うちに……っ。──ショートっ!!」

「……わかってる!」

 

 リュウソウカリバーを構えるゴールド。作戦のカギとなるこの伝説の剣をいちばん使い慣れているのは、彼だ。そしてその刃には、"彼"の魂を宿さねばならなくて。

 

「………」

 

 目配せすれば、蒼穹の騎士は躊躇うことなく頷いた。彼は己が犠牲になることを厭わない──騎士だから。

 この場にいる誰が彼の立場であったとしても、同じことをするだろう。──だが魂だけの存在となった彼は、エラスに夢を見せられていない。少なくともそれはショートにとって、重要な事実だった。

 

『無駄だ……』

 

 ふたたびエラスの声が響く。はっと意識を引き戻されたときにはもう、無数の触手が乱舞していて。

 

「ッ、う、ぐうぅぅ……!」

 

 円陣を組み、リュウソウケンを振り回して必死に寄せつけまいとする。しかし斬りつけたとて単なるエネルギーの塊でしかないそれを断つことはできない。それに、この膨大な数。ひとり、またひとりと触手に捕われていくのは当然の帰結だった。

 

「く、そぉ……!」

 

 オチャコとイズクが解放されたばかりだというのに、ふたたび呑み込まれてしまうのか。思わず唇を噛んだ直後、光の矢がエラスに浴びせかけられた。

 

『──ッ、』

「!、ワイズルー……」

 

 ステッキを振るい、ワイズルーがエラスに攻撃を仕掛けている。助太刀する、という言葉は出任せではなかったようだ。

 

『反抗は、赦さない……!』

 

 エラスの標的がワイズルーに向けられ、同時にリュウソウジャーの面々は振り落とされた。

 

「これはピンチ!クレオン、エスケープだっ」

「えぇっ、もうっスかぁ!?」

 

 彼らはその逃げ足の速さで幾度となく生き延びてきた。エラスはそれを赦さんと迫るが、彼らも生来の能力と経験ゆえにとことんしぶといのだ。

 

 いずれにせよ、エイジロウたちは解放された。しかし度重なるダメージでリュウソウメイルの損耗が激しかったためか、地面に叩きつけられた衝撃で竜装が解除されてしまう。肉体のほうだって、もう万全といえるような状態ではなかった。

 

「ッ、皆……大丈夫かい……?」

「ヨユー……だわ!」

「だけど、一方的に振り回された……」

 

 炎のエネルギー弾に、光の触手。それぞれ本格的な殺傷攻撃でないにもかかわらず、自分たちは接敵することすらできなかった。

 

「あんなヤツ、どうやって抑えればええの……?」

「悔しいが、方法は思いつかない……っ」

 

 ならば、やれることはひとつ。

 

「もう一回、突っ込む……!──いこうぜ、皆!!」

 

 これが最後の戦いなのだ。たとえどんな困難が立ちはだかろうと、意気が衰えることはない。エイジロウが立ち上がり、トシノリが、仲間たちがそれに続いていく。

 しかしその中にあって──ひとりだけ、その場に膝をついたままの者がいて。

 

「……本当に、それでいいのか……?」

「……ショート?」

 

 俯いたまま、顔を上げようとしないショート。汗で濡れた前髪に押し被せられたオッドアイは、昏迷にゆれていた。

 

「これ以上戦って……皆の目を覚まさせたとしてっ!そこに彼らの、幸福はあるのか!?」

「ショートくん……!?」

「何ぬかしとんだ、てめェ……!」

 

 凄むカツキは激情にまかせて彼の胸ぐらを掴む。それをキッと睨み返すと、ショートは想いを爆発させた。

 

「イズクもオチャコも帰ってきた!!夢の中は……家族が揃っていて、幸せだったんだ……!もし今、世界中の人々が同じように幸せな夢を見ているとしたらっ!!たった七人の俺たちに、それを邪魔する権利があるのか!?」

「……!」

 

 オチャコは以前、ショートが口にしていた言葉を思い起こした。──自分の都合で他人の生き方を強制するなんてこと、あってはならない、と。

 彼は己の地位と権威に、真摯に向かい合ってきた。王族として臣民を、リュウソウジャーとして世界中の人々を。皆が幸福で生きられる世界のために、戦い続けてきたのだ。でもそれは決して簡単なことではなくて、リュウソウ族の長寿をもってしても生きているうちにかなえられるかなどわからなくて──

 

『──私が見せているのは、失敗も絶望もない世界。それぞれが思い描く幸せを、夢の中で永遠に見続ける』

 

 ふいに、エラスの声が響く。まるで脳内に直接語りかけているかのようだった。こちらに背を向けていようとも、彼女に死角などないのかもしれない。

 

「失敗も、絶望もない……」

 

 思わず復唱するテンヤ。それを捉えたかのように、エラスは続ける。

 

『この星を守りたいのであれば、方法は一つ。リュウソウ族もドルイドンも人間も、幸せを感じながら眠り続けるべきなのだ』

「………」

 

 皆、すぐには真っ向から否定できなかった。リュウソウ族もドルイドンも、人間も。それぞれが長い歴史の中で、争いを繰り返して。そのたびに涙が、不幸が生まれる。無数の失敗と絶望を礎に、歴史はつくられている。

 

「だけど……だとしても……!」

 

 感情論でしかないことを自覚しつつ、それでも納得できないエイジロウが声を張り上げようとしたときだった。

 

「……それはおまえの都合やろ」

 

 オチャコが立ち上がり──その場に、拳を叩きつけた。辺り一帯にヒビが広がり、皆、物理的な揺れに翻弄される。

 

「こっちには、こっちの都合ってもんがあるんやっ!!」

 

 躊躇うことなく、オチャコは前に出た。足を止め、振り向いたエラスと対峙する。コタロウに憑いたトシノリを除けばいちばん小柄な彼女が、たったひとりで。

 

「おまえは幸せな夢見せてるつもりかもしれへんっ!でもな……いくら夢の中で美味しいもん食べたってっ、全然お腹いっぱいになれへんの!!」

 

 幸せな夢──結局それは、どこまで行っても過去の記憶や願望の一端でしかない。そう、一端でしか。

 

「私はまだ食べたことない美味しいもんに出逢いたいし、食べるだけじゃなくて、いろんな人やものとこれからも出逢いたい!みんなと一緒に、新しいこともしたいんよ……!──それに……おまえが見せた夢に、私の仲間はいなかったっ!!」

「──!!」

 

 皆、はっとする。夢の中で抱いた違和感やどこか空々しい思いはすべて、仲間たちがいなかったから。

 

「いっぱいつらいことも悲しいこともあったけど、みんながいたからここまで頑張ってこれた!私はこれからも、みんなと一緒に笑いあいたいよ……!」

「……オチャコさん、」

 

 涙に濡れるオチャコに、イズクはそっと手巾を差し出した。そして「僕だってそうだよ」と首肯する。

 

「みんながいなかったら、僕はきっと騎士にも……リュウソウジャーにもなれなかった。それに──いくら夢の中で困っている人を救けたって、そんなものただの自己満足でしかない」

「は、てめェ夢でも人救けしとったンかよ」

 

 幼なじみが鼻で笑うそぶりを見せるものだから、イズクは頬を膨らませた。

 

「そう言うかっちゃんはどうなのさ!?」

「俺?俺ぁ……マスターと戦りあっとった」

「……きみこそ平常運転じゃないかよ」

「悪ィかよ。結局、現実だろうが夢だろうがやることなんざ変わりゃしねえんだ」

 

「だったら俺ぁ、現実で歯ァ食いしばって生きていく。……失敗も絶望も、今の俺を創るすべてだ」

「……そうだな、その通りだ」テンヤも頷く。「ひとは誰しも失敗する。正しいことをしているつもりで、誰かを傷つけてしまうことだってあるかもしれない。だが……それに向き合わず逃げることが、いちばんの罪だ。俺は、そう思う」

「………」

 

 トシノリはしみじみと、若者たちの言葉を聞いていた。そして瞼を閉じ──コタロウへと、主導権を返した。

 

「僕ね、夢ができたんです」

「!」

 

 久方ぶりにコタロウの声を聞いたものだから、皆が驚いて振り向いた。視線を注がれ、思わず頭を掻く。

 

「皆さんとの旅を……いつか、本にしたいなって」

「そうなのか!?」

「いろいろ記録してくれてるとは思ってたけど……」

「いいじゃねぇか、コタロウ!おめェ字もきれいだし、良い文書くもんな!」

「ありがとうございます。でも……皆さんと出逢えなかったら、僕はこんなふうに前向きにはなれなかった」

 

 きっと母を憎んだまま、その影を振り払うように生きて、何かが欠落した大人になってしまったのではないだろうか。母と同じ生き方をする少年たちに命を救われ、心を救われた。自分だけではない、行く先々で出逢った人たちが。その姿を見届けてきたのだという自負が、今はある。

 

「もしも現実に苦しんでいる人がいるなら、一緒になって悩んであげる、手を差し伸べて、励ましてあげる。──それが、騎士なんじゃないんですか」

「!、……あぁ。そうだ、そうだったな……」

 

 思い出した。海の民も、陸で出逢った人々も皆、ままならない現実を抱えながらも懸命に生きていた。彼らが皆、幸せな夢に閉じこもっていたいと思っているだろうか。そんなことはないはずだ。

 もしも夢のほうが良かったと思う人がいるなら……コタロウの言う通り、寄り添い、力になるのが騎士として、王族としてあるべき姿だ。

 

 

──ショートがふたたび立ち上がり、七人は並び立った。

 

『おまえたちは今、同じ過ちを繰り返そうとしている……』

 

 エラスはもうワイズルーを追うことをやめたようだ。足元にいる豆粒のような少年たちこそ、真に排除すべき存在だと認識したのだろう。あのドルイドンをまた命拾いさせてしまったなと、内心の笑いを噛み殺しつつ。

 

「……違ぇ。俺たちが戦うのは、皆で紡ぎ合って繋いでいく未来を創るためだ」

 

 もはや動揺など欠片も感じられない声で、ショートが言う。

 そして、

 

「確かに俺たちは争い、この星を傷つけた。それは決して変えられない過去だ。でもな……俺たちはその歴史の上に立ち、これからも生きていく!平和な世界を……みんなが笑って暮らせる世界を、創るために!」

 

 

「それが、俺たちの騎士道だ!!──みんな、いくぜっ!!」

 

 応、と答える声が響く。六人がリュウソウルを構え、「リュウソウチェンジ!!」と声を揃えた。

 そして、コタロウも。

 

『……もう私は表に出るのは難しいようだ。サポートするから、まかせていいかい?』

「ええ……やってみせますよ」

『……ありがとう。──では、ケツの穴締めて叫べ!!』

「はい!──リュウソウ、チェンジ!!」

 

──ケ・ボーン!!

 

『ワッセイ!ワッセイ!そう!そう!そう!』『ドンガラハッハ!ノッサモッサ!』

 

『ワッセイ!ワッセイ!それそれそれそれ!!』『エッサホイサ!モッサッサッサ!!』

 

──リュウ SO COOL!!

 

 七人の身体が、リュウソウメイルに包まれてゆく。赤、青、桃、緑、黒、黄金──そして空色。

 陸のリュウソウ族と、海のリュウソウ族。そして竜装の加護を得た人間の少年が今、一切の垣根もなくともに立っている。

 

 ()()口火を切ったのは、やはり"彼"だった。

 

「勇猛の騎士ッ!!」

 

──リュウソウレッド。

 

「叡智の騎士!!」

 

──リュウソウブルー。

 

「剛健の騎士ッ!」

 

──リュウソウピンク。

 

「疾風の騎士!」

 

──リュウソウグリーン。

 

「威風の騎士……!」

 

──リュウソウブラック。

 

「栄光の騎士!」

 

──リュウソウゴールド。

 

「蒼穹の、騎士!」

 

──リュウソウスカイブルー。

 

 

 

『おとなしく眠ったまま、生命を全うすれば良いものを……。──消えろ、お前達は新しい世界に必要のない存在だ……!』

 

 口上が遂げられるより早く、エラスは容赦なく動いた。エネルギーを掌に凝縮し、球状へと変えて解き放つ。それは人ひとりなどすっぽりと呑み込んでしまえるほど巨大なもので。

 咄嗟に身構える騎士たちだったが、彼らが文字通り危険に身を晒す必要はなかった。

 

「ティラアァァァァ!!」

 

 突如割り込んできた、幾つもの巨大なシルエット。リュウソウジャー七人よりさらに数の多い彼らはドォン、と砂塵を巻き上げつつ、その巨体でもってエラスの攻撃を跳ね返した。

 

「みんな、おまたせティラァ!!」

「ティラミーゴ!」

「トリケーン!」

「アンキローゼ!」

「タイガランス!」

「ミルニードル!」

「モサレックス!」

「ピーたん!」

 

「みんな……!」

「──以下略みたいな言い方すんじゃねぇよぉ!」

「そもさん汝に問う!坊主が屏風に上手に絵を……」

「それただの早口言葉じゃんかよ!」

「正解!!」

 

 十大騎士竜の揃い踏み、これほど頼もしい光景はない。今ならどんな敵にだって勝てる──いや、勝ってみせる。

 

「エイジロウ!」

「おうよ!この戦いを……終わらせるっ!!」

 

 言うが早いか、レッドはマックスチェンジャーを構えた。『マックス、ケ・ボーン!!』と陽気な声が響き、リュウソウメイルをさらに堅牢かつ優美なものへと進化させる。

 ブルー、ピンク、グリーン、ブラック、ゴールドもそれに続いた。リュウソウケンにともに戦ってきた騎士竜たちのソウルを叩き込み、強竜装の鎧を纏う。

 

 そして、最後に──

 

「──来い、リュウソウカリバー!!」

 

 リュウソウスカイブルー、コタロウ。彼の手に飛来せし伝説の剣が、空色の鎧に星空のような外套を纏わせる。

 皆が、己の扱える最上級の姿へと変わった。出し惜しみなどありえない、力も心も魂そのものも、すべてをこの傲慢なる地母に叩き込むのだ。

 

「正義に仕える、気高き魂!!」

 

 

「「「「「「「騎士竜戦隊、リュウソウジャー!!」」」」」」」

 

 

 そしてふたたび、物語は終局へと動き出す。

 

 

 つづく

 

 





「俺たちは、愚かだから学ぶんだ」
「みんなとなら乗り越えられる」
「僕は、明るい未来をみんなと見たい」
「こいつらがいる限り、俺ぁ絶ッ対折れねえ」
「俺たちが、新たな歴史を紡いでいく」
「繋ぐんだ。命を、笑顔を」

最終回「僕のリュウソウアドベンチャー」


「明日の冒険のページをめくるのは、君たちだ」


今日の敵<ヴィラン>

ゼウスマイナソー

分類/アンノウン
身長/53.8m
体重/829t
経験値/291
シークレット/リュウソウグリーン・イズクの身体から生み出されたマイナソー。雷雲を呼び、そこから電撃を吸収、濃縮して敵めがけて放つ。残念ながらエラス完全体には歯が立たなかったが、その破壊力は歴代マイナソー随一だぞ!
ひと言メモbyクレオン:リュウソウグリーン、いろいろ溜め込んでたんだな……。ウン、なんか気が合うかも……。


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51.僕のリュウソウアドベンチャー 1/3

 

 正真正銘、これが最後の戦いだ。

 勝てば、もとの世界を取り戻せる。敗ければ星は創り直され、今ある生命はひとつ残らず滅び去るだろう。

 

 賽は投げられた。たとえそれがどれほど苦しい道でも、勝利に向かって突き進む。少年たちは、自らの使命をそう定めたのだ。

 

 

「うぉおおおおおお──ッ!!」

 

 雄叫びをあげるエイジロウ。彼とテンヤ、そしてオチャコの一体化したキシリュウオーパキガルーが今、エラスに肉薄したところだった。

 

「だりゃりゃりゃりゃりゃりゃりゃりゃあ!!」

「愚か者めがぁあああああ!!」

 

 飛び出したチビガルーがこれでもかと拳を叩きつけ、ディメボルケーノが火炎を吐きつける。特別な思慮などなにもない、シンプル極まりない攻撃。だが、それでいいのだ。エラスを相手に、小細工など無意味なのだから。

 実際エラスは拳の乱舞を受けても動じる様子すらないが、意識は確実に引き付けることができている。

 

「注意は向けた……!──今だ!」

「わかった!」

 

 頭上からヨクリュウオースリーナイツゲイルが迫る。己に武装するタイプの合体を、最終決戦だからと初めて受け入れたピーたんである。ナイトランスとナイトメイスを、脳天めがけて叩きつける──

 

『愚かな……』

 

 しかしエラスは、身体から衝撃波を放つことでヨクリュウオーを弾き飛ばした。その姿勢制御が崩れたところに、エネルギー弾を叩き込もうとする。

 

「ッ、ショート!」

「ああ!させるかっ!」

 

 それを阻んだのがキシリュウネプチューンコスモラプターだった。騎士竜シャドーラプターの力で放たれた暗黒物質弾は空間を歪め、小規模なブラックホールを発生させる。エラス自体を呑み込むほどの引力はないが、その攻撃を吸収するには十分だった。

 

「イズク、カツキ、コタロウ!もう一度だ!」

「うん!」

「最初に俺呼べやァ!!」

「ピーたん、頼む!」

 

 ふたたび仕掛けるヨクリュウオー。風を読むことでそのスピードは先ほどより増している。今度こそ──!

 

「行けぇ──!!」

 

 

『おまえたちを生んだのは……私だ!』

 

──甘かった。

 

 それを思い知らされたときにはもう、三大ナイトロボは紙のように吹き飛ばされていた。

 

「ぐ、うぅぅぅ……っ」

「な、にが……!?」

 

 いったい、何が起きたのか。そんなことはもはやさしたる問題ではない。──問題は今の一撃で、すべての竜装合体が強制解除にまで追い込まれてしまったことだ。

 

「ッ、ティラミーゴ、みんな……生きてるか!?」

「ティ……ラァ!!」雄叫びをあげ、「まだまだ、やってやるティラ!!」

「我らも、決してあきらめはせんぞぉ!」

 

 ティラミーゴもディメボルケーノも、他の騎士竜たちも。皆、ソウルの一片までもを燃やし尽くして立ち向かおうとしている。

 

「……ピーたん。あいつの動き、止める方法はないの?」

 

 コタロウが訊く。ある意味作戦の要は自分なのだ。未だこの身体に宿った騎士・トシノリのソウル。それを左手に握り締めたリュウソウカリバーに乗せ、エラスに突き立てねばならない。

 

「な、ないことはないような……」

「ア゛ァ!?あんのかよ!!」カツキが割り込んで怒鳴る。

「うわ出たぁ!!」

「出たも何もずっと中にいたでしょ!何かあるなら教えて、もうそれに賭けるしかないんだ!」

 

「そもさん、汝に答えよう!」

 

 そう言ってやはり割り込んできたのは、合体していなかったために比較的傷の浅いディメボルケーノだった。

 

「我らの動力を全解放して、エラスに向け放つ!」

「動力?」

「……オレら騎士竜は鋼鉄の身体に進化した恐竜だからナ。エネルギー源も普通のイキモノとは違うのは、もう知ってるだろう?」

 

 供給され続けるエネルギーを一斉発射すれば、一時的にエラスを抑えつける程度のことは容易い。騎士竜たちはそう言うが、ここまで口にもしなかった以上、当然デメリットがないわけではない。

 

「それをやれば……ワガハイたちは暫く動けなくなるティラ」

「──そればかりか、リュウソウルへのエネルギー供給も途絶える」

 

 つまり──竜装が、維持できなくなるということ。万が一上手くいかなければ、自分たちはリュウソウケンと一部のリュウソウルを駆使して戦うしかなくなるのだ。エラスを前にしては、事実上戦力を失うことと同義である。

 だが──

 

「ッ、……やってくれるか、皆?」

「……エイジロウの頼みなら、もちろんティラ!」

 

 それを効果的に成すには、十大騎士竜がエラスを完全に包囲するような布陣をとることが必要だ。しかし、構築するのを黙って見ているほどエラスも甘くはないだろう。

 

「っし……!なら、俺らで一斉攻撃を仕掛ける。ヤツが怯んだ隙に、実行に移すんだ」

「ラジャー、ティラ!」

 

 コタロウを除く六人が、一斉に必殺の構えをとる。同時にエラスがふたたび動き出さんとするが、迅速な行動が幸いして先手をとった。

 

「「「「「──クインティプル、ディーノスラァァッシュ!!」」」」」

 

 ブルー、ピンク、グリーン、ブラック、ゴールドが同時に剣戟を放つ。それがエラスに衝突し、小規模な爆発を起こした。

 そこに、

 

「エバーラスティング、ディーノスラァァッシュ!!!」

 

 マックスリュウソウレッドが、単独で肉薄する。粉塵を薙ぎ、露わになったエラスの身体めがけて爪と刃とを一閃した。

 

『────ッ、』

 

 エラスが声にならないうめき声をあげる。びりびりと地が震えるようだ。しかし彼女が怯んでいる時間はそう長くないだろう。その隙に、騎士竜たちは傷ついた身体を押して移動を開始していた。隙間なく円陣を組み、エラスを完全に取り囲む。

 

「みんな……いくぞ!」

「応ッ!!」

 

 ディメボルケーノを筆頭に、騎士竜たちが咆哮をあげて応える。そして彼らは、己の内にある全エネルギーを解き放った。

 大輪の華のように広がるそれがエラスを包み、重力が何倍にも膨れ上がったようなプレッシャーを与える。まともな生物がこれを受けたら、ぺしゃんこに潰れてしまうだろう。

 

「騎士竜たちに、こんな力が……」

「──コタ、ロウ……!今だ!!」

「!」

 

 プテラードンの声に、コタロウは我に返った。彼らの文字通り捨て身の戦法は、すべて自分に大役を果たさせるためにある。ぐずぐずしていられない。仮にエラスの動きを完全に封じることができたとしても、騎士竜たちのエネルギーが尽きるまでが勝負なのだから。

 

「……わかった!」

 

 ふぅ、と深く息を吐き、コタロウ──蒼穹の騎士は、跳んだ。光の波を縫うように、外套を翻してエラスへと接近していく。

 

「トシノリさん……!」

『……ああ!──身体を貸してくれてありがとう、コタロウ少年』

 

 そんな声が脳裏に響くと同時に、身体から何かが抜け出ていくのを感じる。あぁ、これで本当にお別れなのだ。彼の憑依を自覚してまだ丸一日も経っていないのだけれど、なんだか胸のうちにぽっかり穴が開いたような気持ちだ。半身と、別れ別れになるような。

 その想いを堪えて、コタロウはリュウソウカリバーの柄にぐっと力を込めた。その刃に、トシノリの魂が宿っている。

 

「コタロウ!」

「コタロウくんっ!」

「いけぇっ、コタロウ!!」

 

 皆の声援を背に──リュウソウスカイブルーはついに、刃が届く位置にまで接近した。

 

「はぁああああああ────ッ!!」

 

 虹色に輝く刃を──その胸に、突き立てる。

 

『!!!!!』

 

 エラスが初めて苦悶の声をあげる。じたばたと暴れ藻掻くが、騎士竜たちの放つエネルギーによってほとんど身動きがとれない。そうこうしている間に、リュウソウカリバーがエラスの肉体に封印を施していく。それが完遂されれば、エラスは完全に無力化される──

 

「よし……!」

「やった!!」

 

 このままいけば──そう思った矢先、光の輪の一角がわずかに綻んだ。ここまでずっと主で戦い続けてきたティラミーゴが、崩れてしまったのだ。

 さらに不運なことに、最初にそれに気づいたのはエラスだった。わずかに自由になった肉体から──膨大な熱波を噴出させた。

 

「────ッ!!?」

 

 その半ば苦し紛れの一撃はコタロウを除くリュウソウジャーの面々、そして騎士竜たちをも弾き飛ばした。前者はまたしても竜装が解かれてしまう。短期間での激戦は、リュウソウメイルの耐久力を常時の半分以下にまで貶めていた。

 

「クソがっ……もうこれか……!」

「ッ、コタロウくんは──」

 

 視線を上げた先──コタロウは未だ、エラスからゼロ距離の地点に踏みとどまっていた。しかし彼の纏う空色のリュウソウメイルもまた、濃厚なエネルギーを浴びて限界寸前だった。

 最もエラスに近い指先から、少しずつ鎧が削り取られる。そうして露わになっていく、コタロウの身体。

 トシノリが離れたそれはもう、正真正銘、ただの人間の子供でしかない。

 

「コタロウくん、そこから離れてっ!」

「コタロウもういい!これ以上はおまえが──」

 

 オチャコとショートの呼びかけが遠く聞こえる。しかし、今さら退けるわけがない。今は……今だけはリュウソウジャーの一員として、使命を果たすと誓ったのだ。

 しかし事態は、さらに危急へと陥りつつあって。

 

──ぱき、

 

「……!」

 

 嫌な音だった。よもやと視線を向ければ、リュウソウカリバーに亀裂が走りはじめていて。

 

「そんな……!耐えろっ、耐えてくれ!!」

 

 せっかくここまで膳立てされて──トシノリが、己の魂までもを賭けたというのに。

 虹色の光が広がる。焦燥に駆られていたコタロウは、不意に地面が接近しつつあることに気がついた。

 

──エラスの身体が、萎縮しつつある。

 

(あと、少し……。もう少し……!)

 

 吹き飛ばされそうになるコタロウの背中を、不意に温かなものが支えた。振り向くまでもなくわかる、それが何か。

 

「コタ、ロウ……!」

「ッ、皆さん……っ」

 

 これなら、いける。そう思った矢先だった。

 

『調子に……乗るなぁっ!!』

 

 もはや静謐の欠片もない声だった。しかしそれと同時に放たれた波動が、もはや限界をとうに越えていた、リュウソウカリバーを粉々に打ち砕いた。

 

「あぁ──っ」

 

 嘆きに塗れた声とともに、七人はまるごと後方へと弾き飛ばされた。

 

「ッ、コタロウ、大丈夫か……?」

「え、ええ……僕は。でも──」

 

 打ち砕かれたリュウソウカリバー。悶え苦しみながらも、そこに立ちはだかっている小さくなったエラス。

 

「あとちょっとやったのに……!」

「だがヤツも弱っている!ここは力押しで──」

 

 リュウソウルを構えようとして──皆、愕然とした。

 それぞれのパーソナルカラーに輝いていたはずのソウルがことごとく、鈍色に変わってしまっている。──リュウソウルにエネルギーを供給している騎士竜たちがまったく同じ状態に陥っている以上、それも当然のこと。

 

 賭けは、失敗したのだ。

 

「……コタロウ、下がってろ」

「!」

 

 エイジロウの避難指示に、コタロウは目を見開いた。竜装の力を失っても、彼らはあきらめてなどいないのだ。だからこそただの子供に戻ってしまった自分を、後方へ下げようとしている。

 悔しいが、仕方ない。ふたたび、彼らの戦いを見届けるだけだ。

 

「……わかり、ました」

 

 コタロウが頷いたときだった。エラスが、ぴくりと身じろぎを見せたのは。

 

「!、──コタロウ、危ねえっ!!」

「え──」

 

 切迫した声に反応する間もなく、コタロウは突き飛ばされていた。

 いったい何事が起こったのか。思考とともに視界が安定して──彼は、奈落の底に突き落とされるかのような錯覚を味わっていた。

 

 エイジロウの身体を、光の触手が貫通していた。

 

「がっ……ごは……!」

 

 わずかに開いたその口から、赤黒い粘体がこぼれ落ちる。

 

「エイジロウくんっ!!」

「エイジロウ!!?」

「いやあぁっ!」

 

 仲間たちの悲鳴のような声が響き渡る中、呆けたような表情のエイジロウはそのまま触手に絡め取られ、エラスの体内へと取り込まれてしまった。

 ごとりと、彼のリュウソウケンが地面に落ちる。

 

『リュウソウ族の、騎士の生命……。なかなかの栄養になったぞ……』

「………」

 

 反応のない少年たちを前にして、エラスはさらに続ける。

 

『諦めろ。リュウソウ族も、ドルイドンも、人間も始末して全てを終わらせる。そしてまた、始めるのだ』

「………」

『喜ぶがいい。ここまで私を手間取らせたことを賞して、おまえたち皆、私の養分としてやろう。あの少年と、同じようにな……』

 

 それが定まった運命なのだと言わんばかりに……否、エラスはそう確信していた。何度立ち上がろうが、そのたびに希望の芽を叩き潰す。そうしていずれは絶望に陥る運命なのだ。

 しかし、

 

「……おまえ、なんにもわかってないよ」

 

 突き放すようにそう言ったのは、小柄な体躯の"疾風の騎士"だった。

 続けて"剛健の騎士"が、

 

「ホンマ……どうしようもないくらいわかってない……!」

「見てろや……エイジロウ」

「最後のひとりになっても、俺たちはあきらめない……!」

 

「──俺たちが、明日をつかむ!」

 

 そのときだった。打ち捨てられたリュウソウカリバー……その残骸からエネルギーがあふれ出し、彼らのリュウソウルに宿ったのは。

 

「これは……!?」

「カリバーの力の残滓が、ソウルに宿ったのか……」

 

 カリバーの……つまり、マスターグリーン・トシノリの魂が。きっと、最後の手助けをしてくれようとしている。──彼の遺志を、自分たちが継ぐ。

 

『そんな微弱な力で、いったい何ができる?』

 

 少年たちは答えない。言葉で応じる必要性を、もはや誰ひとりとして認めてはいなかった。

 彼らは剣をとり、ふたたび立ち上がる。

 

「……皆、リュウソウチェンジだ!」

 

 そして、歩き出した。

 

「叡智の騎士……リュウソウブルー」

 

 テンヤがリュウソウブルーに、

 

「剛健の騎士……リュウソウピンク」

 

 オチャコがリュウソウピンクに、

 

「疾風の騎士……リュウソウグリーン」

 

 イズクがリュウソウグリーンに、

 

「威風の騎士……リュウソウブラック」

 

 カツキがリュウソウブラックに、

 

「栄光の騎士……リュウソウゴールド」

 

 ショートが、リュウソウゴールドに。

 

 

「「「「「「正義に仕える──六本の剣!!」」」」」」

 

──騎士竜戦隊、リュウソウジャー。

 

 中心に立つ叡智の騎士の隣──そこには、ひとりぶんの空白があった。たとえ姿はなくとも、ともに戦う(ソウル)はひとつ。エイジロウのリュウソウケンは、旅のはじまりからともにしてきたブルーが手にしている。

 

「俺たちの騎士道……見せてやる!!」

 

 その口上とともに、一斉にエラスに躍りかかる。最後の戦い、その一挙一動を逃すまいと、見守るコタロウは手帳とペンを構えた。

 

 

 

 



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51.僕のリュウソウアドベンチャー 2/3

 

 断続的に響く水音に、エイジロウはゆっくりと目を開けた。

 

 そこは一面、漆黒の闇に包まれた空間だった。夜目のきくリュウソウ族にとってさえ、何も見えない、時が止まったような場所。ただ足元を包む濡れた感触が、水あるいはなんらかの液体に地面を浸していることを明らかにしている。

 

(ここは?)

 

 脳裏に浮かんだ疑問に応えるように、声が響く。

 

『おまえの命は、私が貰った』

 

『これが、おまえたちが選んだ争いの結果だ。この星ができ、私は最初におまえたちを作った。だがお前たちは互いに争い、この星を傷つけた。お前たちを生かしておけば、いずれまた過ちを犯す』

 

 

『お前たちはこの星に、もはや必要ない……!』

 

 エラスの触手が、ブルーとピンクを捉えた。藻掻くふたりを完全に拘束し、そのまま体内へ取り込もうとする。

 それを、

 

「これ以上、誰もやらせない──!」

 

 そのとき、リュウソウグリーンの鎧兜にバチバチと電流のようなものが奔った。断続的に現れるそれらはやがて空色の輝きとなり、彼の全身を包み込んだ。

 

「これは……!?」

「あのオッサン、まだなんか残してやがったか。──行けデク!!」

「──うん!」

 

 躊躇いを打ち捨てて、彼は駆け出した。ハヤソウルを使用したのと同等……否、それ以上のトップスピードに、刹那にして至る。肉薄から刃が振るわれ、ふたりが救け出されるまで一秒となかった。

 

「で、デクくん……ありがとう……?」

「う、うむ……しかし、今のは?」

「マスターグリーンの力の、残り香だと思う。それより──」

 

 ふたたびエラスを見遣る。さらなる強制吸収を阻まれたことで、彼女の苛立ちは高まっていた。

 

『おまえたちは、どこまでも愚かだ……!』

 

 洩れた憤りの言葉に応えたのは──内なる、"勇猛の騎士"の声だった。

 

「確かに、愚かかもしれねえ。でも──」

 

「俺たちは、愚かだから学ぶんだ」

 

 届いていないはずの言葉を引き継ぐように、叡智の騎士が。

 

「ひとりじゃだめでも……みんなとなら、乗り越えられる……!」

「僕は、明るい未来をみんなと見たい!」

 

 剛健の、疾風の騎士が。

 

「……失敗することもあるかもしれねえ。それでも、」

「こいつらがいる限り……俺ぁ、絶対折れねえ」

 

 ふたたびエイジロウが、そして威風の騎士が。

 

「世界はおまえのものじゃない……。俺たち、生きとし生けるものが、新たな歴史を紡いでいく」

 

 栄光の騎士が。

 

──それが、俺たちの騎士道だ!

 

 全員が、そう言った。

 

 

『私はもう、過ちは犯さない……。おまえたちに、歴史など創らせない……!!』

 

 向かい来るエラス。──そのときテンヤが、あるものに気づいた。

 

「!、皆、見てくれ。エラスの胸のところ……」

「!」

「あの傷は……」

 

 エラスの胸元に走る傷跡。当然、最初からそんなものがあったはずはない。

 

「さっき、コタロウくんがリュウソウカリバーでつけた傷だ……」

「でも、エラスは不死身なんじゃ……」

「傷がつくってことは、そうじゃなくなったのかもしれねえ。あいつは自由に動けるようになった代わりに、星への寄生をやめたのかも」

 

 だとすれば──倒せる。にわかに希望が膨れ上がり、戦意が漲る。

 

「皆、あそこを狙うぞ!」

「指図すん……いや、今日だけは聞いたるわ、テンヤぁ!!」

 

 テンヤの叡智と勤勉さを、なんだかんだで評価していたカツキである。半ば勢いによるものではあるが、今回ばかりはそれを素直に評価してやってもいい。そう思っていた。

 

 

 一方──暗闇の真っ只中にいたエイジロウは、淡い赤の球体と対峙していた。プリシャスを取り込む前の、エラスの真の姿。尤も実際よりずっと小さく、弱々しいかたちをしているけれど。

 

「エラス……おめェ、ずっと独りだったのか?」

『……当然だ。私は、唯一無二の星の母』

「なら、笑ったことは?泣いたことは?」

『何?』

 

 球体に向かって、エイジロウは笑みを向けた。

 

「俺たちはさ、おめェみたいに永遠には生きられない。まして人間なんか、俺らの十分の一だぜ?あっという間にじいちゃんばあちゃんになって、いなくなっちまう。……それでもさ、笑ったり泣いたりして……失敗しても立ち上がって、最期に良い人生だったって振り返れるように必死んなって生きてんだ」

『……愚かな……。そんな刹那の営みなど、無意味だ』

「この世に意味のないことなんてねえ。その人の人生はその人のものだ。でも、遺せるものだってある。その人が目指したものが……(ソウル)が、未来に笑顔を繋いでいく」

『繋ぐ……?』

 

 すべてが自分ひとりで完結してしまうエラスにとって、それは頭の片隅にもない言葉だった。しかし彼女もこれまでの戦いの中で、騎士たちの信念を幾度となくぶつけられている。──繋ぐ。それが有限の命しかもたぬ彼らに、決して擦り切れぬ闘志を与え続けている。

 

「そう、繋ぐんだ」

 

──命を、笑顔を。

 

 

「うおぉぉぉぉぉぉ────ッ!!」

「オラアァァァァァ────ッ!!」

 

 エラスの猛攻に吹き飛ばされそうになりながら、テンヤたちは雄叫びとともに前へ進んでいた。幾度となく酷使したリュウソウメイルはあちこち擦り切れ、既に限界寸前にまで至っている。それでもあの胸の傷跡に、一太刀を打ち込むまでは。

 

『来るな……来るなっ!』

 

 業を煮やしたエラスが、光の触手を解き放つ。向かってくるそれらは五人を貫き捕食せんとするもの、エイジロウに対するのと同じように。

 

「待ってたでっ、それかましてくるの!」

 

 しかしそれこそが、"彼女"の狙いそのものだった。オチャコ──剛健の騎士が、魔導士というもうひとつの姿ゆえに魔法を放ったのだ。

 巨大な鏡が顕現し、伸びる触手を呑み込む。そして次の瞬間、鏡面から触手が逆流、エラスを拘束した。

 

『何……!?くっ──』

 

 身を捩るエラスだが、己の触手の頑丈さが災いして微塵も動くことができない。

 形勢は一気に逆転した。──騎士たちの勝利の時機(とき)が、いよいよ目前にまで迫ろうとしている。

 

「貫け……!」

「貫け──!!」

 

──貫けえぇぇぇぇぇっ!!

 

 

 そして──正義に仕える六本の剣が、エラスの身体を穿った。

 

『ッ!』

「やっ──」

 

 やった……そう言いかけて、彼らはすぐに気がついた。剣はエラスに突き刺さりはしたが、その身体を完全に貫き通すには至っていない。

 

「くっ……あと少し、……!」

 

 勝利はもう、指先に触れている。しかしあと一寸、何かが足りない。もうひと押しがあれば、完全にエラスを──

 

 

『まだだ……!私の意志は、何ものにも譲らぬ……!!』

「……エラス。おめェは、まだわかんねえんだな」

『何……!』

 

 そのとき、エラスは気づいた。──エイジロウの背後に、幾つもの人影が現れつつあることに。

 

「オイラ……目ぇ覚めたぜ!やっぱり女体はナマじゃなきゃ意味ねえ!」

 

 ミネタ男爵──ミノルが、

 

「俺だって……!いつか絶対、トオルをもとの姿に戻してみせる!」

「夢の中でもとに戻れたって、ぜんっぜん面白くなかったもん!」

 

 マシラオ、トオルが、

 

「ケロケロ……私たち家族は、これからもたくさんの人にうちの温泉を楽しんでほしいの」

 

 ツユとその家族たちが。

 

 

 デンキが、ハンタが、コウジが、リキドウが、ロディたち兄弟が、メゾウが、ミナが、モモが、キョウカが、フミカゲたちが、ヒトシが、ユウガが……他にも旅の中で出逢った、大勢の人たち。そしてトモナリやタイシロウたち、村の面々が。

 エイジロウの背を支えるようにその後方に立ち、声をあげている。

 発せられた彼らの想いは、やがて闇を照らす虹色の煌めきへと変わった。それはエイジロウのもとに集まり、ひとつの具体的なかたちを形成していく。

 

 

 それは、剣にほかならなかった。世界じゅうの人々の希望が詰まった、魂の剣。

 

「エラス……──受け取れえぇぇぇっ!!」

 

 それを手にしたエイジロウは──勢いよく、虹色の刃を突き立てた。

 

『────、』

 

 エラスはもう、悲鳴さえもあげなかった。内と外から同時に穿たれ、肉体ばかりでなくその心にまでも大きな風穴を開けられたようだった。

 やがて、彼女が途切れ途切れの声で口にしたのは、

 

『この星に……不要なのは……私、だった……のか』

「………」

 

 エイジロウは静かにかぶりを振った。

 

「エラス……。俺たちを生み出してくれて、ありがとう」

『ありがとう、か……なぜだろう、その言葉、とても……』

 

 そして──禍々しい赤が、弾けるようにして消え去った。

 

 

 時を同じくして、現世に存在していたエラスの肉体もまた粉々に砕け散っていく。それは塵となり、やがて光の雫となって地面へ染み込んでいく。ここまでの死闘が夢だったかのように幻想的で美しい光景に、疲れ果てた一同は一瞬すべてを忘れて見入ってしまう。

 しかし──そのあとには、何ひとつ残らなくて。

 

「……エイジロウさんは、皆は、どうなったんですか?」

 

 駆け寄ってきたコタロウの声に、騎士たちははっとした。エイジロウも人々も、エラスの中に身体ごと囚われていた。そのエラスが消滅してしまったのだ。それが意味するところは、少し想像力を働かせれば明らかだった。

 

「そん、な……」

「……ざけんな、返せ……!!」

 

「エイジロウくんを、みんなを、返せよぉおおおおお────ッ!!」

 

 慟哭にも似た叫びが、世界にこだまする。

 それ以外には何もできずに立ち尽くしていた彼らは、不意に奇妙なものを見た。

 

 空から、何かが降ってくる。徐に近づいてくるそれをよくよく目を凝らして見つめていると、ややあってその全貌が明らかとなった。

 

──エイジロウだ。エイジロウが、墜ちてきている。

 

「な……!?」

「え、エイジロウくん!?どうして──」

「理由はあとだ!あのままでは……」

「──私にまかせてっ、カルソウル!!」

 

 通常のリュウソウルは生きていたのが幸いした。カルソウルの力が作用し、墜落速度がたちまち低落していく。

 そしてゼロになると同時に、エイジロウの身体は彼女に受け止められていた。

 

「ふぃー……セフセフ」

「……偏見かもしれねえが、こういうのって普通逆じゃねえか?」

「てめェは今までナニ見てきたんだショート。こいつがゴリラなンは空が青いレベルの概念だろ」

「だぁーれーがぁゴリラやあぁぁぁ……!?」

 

 唸るオチャコ。いつもながら一触即発の状況は、エイジロウが「んん……」と小さく唸ったことで霧散した。皆が口々にその名を呼ぶと、彼は薄く目を開ける。

 

「あ……エイジロウくん!!」

「エイジロウさん!」

「みん、な……」

 

 目を覚ましたエイジロウに、オチャコが、テンヤがぎゅううっと抱きつく。「痛ででででっ!」と声をあげると慌てて離れてくれたが。

 

「良かった……!ほんとに良かったよぉ、エイジロウくん゛んんん〜〜っ!」

 

 だばだばと滝のような涙を流すイズク。皆ぎょっとしたが、彼は元々泣き虫な性質なのだ。もはや気を張る必要もなくなったのと……あと、マイナソーを一度生み出したことが影響しているのかもしれない。

 

「エイジロウさん……」

「お……コタロウ、」

 

 テンヤとオチャコに比べればきちんと遠慮はしているが、コタロウが頭をぐりぐりと擦り付けてくる。彼の頭髪もエイジロウほどでないにせよ硬くて、その感触がありありと感じられた。

 

「……心配、かけちまってごめん。あと……おめェもよく頑張った。蒼穹の騎士、カッコよかったぜ!」

「〜〜ッ、はい……!」

 

 ぐしぐしと鼻をすすりながら顔を上げたコタロウが、泣き笑いを浮かべる。下手をしたらリュウソウジャーの誰よりも大人びた少年だと思っていたけれど、やっぱり彼は子供だ。むろん、良い意味で。

 

「あ……でも、他のみんなはどうなったん……?」

 

 不意にオチャコが不安げな声を発する。仲間というかけがえのない存在であるエイジロウが戻ってきたとはいえ、それは世界全体で見れば数十億分の一でしかない。すべてが戻らなければ、それはあってはならない滅びと同義であって──

 

「……大丈夫だよ」

 

 そう言って、エイジロウは笑った。その視線が、自然と空へ滑っていく。

 皆もつられて顔を上げた。──青空に、無数の星屑が浮かんでいる。それらは隕石のように東西南北、各地へと降りそそいでいく。まるで6,500万年前、恐竜たちが滅びたときのようで。

 

 でも──これは滅びではない。世界の再生、そして新たなはじまりを告げる光景だ。

 星降る蒼天のもとで少年たちは泣き、そして、笑っていた。

 

 

──さて、危うく忘れかけていた読者諸氏もいることであろうが、そんな彼らを密かに見守る姿がひとつ、ふたつ。

 

「ウ〜ン……コングラッチュレーション、リュウソウジャー。素晴らしいショーだったよ」

「グレイテストっすね!でもワイズルーさま、バッチシ無事で良かったっス!」

「フフン、ワタシ不死身なので!……不死身といえばクレオン、前から不思議に思っていた。ナゼ!リュウソウ族から発生する存在であるはずのマイナソーを、キミが万物から生み出すことができるのクワァ!!」

「うわあ、いきなり謎テンション!!……なんでって言われても、それがボクの特技というか、強みというか?」

「──よし決めたっ!キミの星へゴートゥー!!」

 

 いきなりそんなことをのたまう相棒に、クレオンは目を剥いた。

 

「えぇ〜っ、いきなり人んち来るタイプっスかぁ?」

「行くもん!いいかクレオン、キミはキミの母星にとってのエラスなのだ!いや正確にはエラスもかつてはキミのような存在だったのかもしれない!つまりキミは将来、とてつもない大物になる……かもしれない!」

「え〜……オレああなっちゃうんスかぁ……?」

 

 思わず肩をすくめるクレオン。──と、彼らの傍らに光の塊が墜ちてきた。

 

「ッ、うぅ……」

「あーっ!」

 

 光が姿を変えたのは、プリシャスだった。無事だったのか!──ワイズルーとクレオンは揃って彼に駆け寄った。

 

「アーユーオーライ、プリシャ〜ス?」

「う……ワイズルー、クレオン……。ボクは……」

 

 プリシャスの心はぽっきりと折られていた。もはや彼には、拠るべきものは何もない。

 いや──ひとつだけ、残されていたものがあった。

 

「プリシャス。キミも、ともに行かないかい?」

「え……」

「色々やらかしてしまった私たちが、この星に居座るのは色々と禍根を残すだろう。ここは新天地で新しい生き方を模索してみるのも、ノットソーバッド!……ではないかい?」

「そっスよ!ウチの星……に来るかはともかく、三人で仲良く旅しましょうよー!」

 

 ふたりの声に言葉には、上っ面だけではない好意が宿っている。──初めてのことだった。忠誠でも恐怖でもない、対等な友情というものを示されるのは。

 

「う゛っ……うう……っ!ありがとう……ありがとう……!」

 

 泣きじゃくるプリシャス。その歪んだ欲望が、涙に乗って洗い流されていくようだった。

 

──そうして、ドルイドンはこの星を去っていった。エラスが消え去り、マイナソーが自然発生することももうない。

 

 

 この星に、正真正銘の平和が訪れたのだ。

 

 

 

 

 



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51.僕のリュウソウアドベンチャー 3/3

 

「ティラアァァ〜!!完全復活、ティラ!」

「あそこまで魂振り絞ったのは久々だったぜ……」

 

 騎士竜たちがエネルギーを取り戻し、リュウソウルの力も無事に戻った。時間にしておよそ半日のことだったが、まったくモノ言わぬ石像と化した姿からはまったく生気というものを感じられなかった。たとえもとに戻るとわかっていても、また逢えて良かったと実感する。

 

「良かったなぁ、エイジロウ。これぞまさしく大団円や!」

「ダイダン……エン?」

「めでたしめでたし、ってことよ。ふふ」

 

 駆けつけたマスターたちも、その勝利を祝福してくれる。嬉しくて、誇らしくて。こんな気持ちになるのは、一生に一度でも構わないとさえ思う。

 

「それで……皆、これからどうするつもりだ?」

 

 マスターブルーことテンセイの問いに、皆、顔を見合わせた。リュウソウ族の騎士として、ドルイドンからこの星を守護(まも)るという使命は遂げられた。騎士団の在り方も、これから大きく変わっていくだろう。

 ここにいる六人は、良くも悪くも組織の中に組み込まれたことがない。ならば、その経験を活かす道もある。

 

「俺たち、もう暫くこの面子で旅を続けようと思います」

「……ほう。何故だ?」

 

 マスターブラックことショータが眼光鋭く尋ねてくる。ドルイドンと戦い、村を取り戻すという元々の目的は既に果たされた。ならばなんのための旅なのか。リュウソウケンをもつことを許された者たちには、これから先も責任がついて回る。

 

「この一年、我々は多くの人々と出逢い、交流をもちました。しかし先を急ぐ旅でしたから、未だそのさわりしか知らないのです。ええとつまり、であるからして……」

「もっといろんな人に会ってみたいし、深く関わってみたいし、美味しいものもいっぱい食べたい!……っちゅーことです!」

「最後のはてめェの願望だろーが丸顔」突っ込みつつ、「……マスター。俺らは、あんたたちとは違う道を往く。でもいつか必ず、あんたたちを超える騎士になる」

 

 カツキが宣言する。淡々と、定まった事実を告げるように。かつてのようなぎらついた闘争心ももちろん失ってはいなくて、けれどもそれを表に出す必要を認めないくらいに彼は強くなったのだ。彼と永きをともにしてきたイズクも。

 

 一抹の寂しさを抱えつつ、ショータは「そうか」と頷いた。

 

「なら、長老の仰っていた"あれ"を実行してもいいかもしれないな」

「……あれ?」

 

 いったいなんのことだろう。一同が首を傾げていると、タイシロウが「うぉ、オホン!」とわざとらしく咳払いをする。

 

「ここで皆に、長老からのご下命を伝える!」

「へっ?」

「ご、ご下命?」

 

 思いもよらぬ言葉に、一同顔を見合わせる。プテラードンなどは「ホントに下からだナ!」などとお気楽なことをのたまっていたが。

 

「キミらリュウソウジャー全員で、新しい騎士団を創設すること!団長はエイジロウ、キミが務めるんや」

「え、えぇ〜〜っ!!?」

 

 皆の驚く声が重なる。

 

「わ、我々が騎士団を……!?」

「お、俺が団長……!?」

「ンでクソ髪が団長なんだよざけんな死ね!!」

「そういうとこだよかっちゃん……」

 

 こめかみを押さえるイズク。放っておくと二体目のゼウスマイナソーが生まれそうである……エラスがいなくなった以上、自然発生はありえないというのは上述した通りだが。

 

「だまらっしゃい!決まったことや!!」

「グギギギギ……!」

「顔やべぇぞ。……でも、ちょうどよかった。もう少し地上の世界のことをじっくり学びたいと思ってたんだ」

「またみんなで旅できるんやね!やったー!!」

 

 無邪気に喜ぶオチャコを尻目に、エイジロウはその責任の重さを噛み締めていた。激戦をくぐり抜けてきたとはいえ新米の身で、マスターが務まるだろうか。

 

「大丈夫や、エイジロウ」

 

 タイシロウの大きな手が、肩に置かれる。

 

「キミは俺ら以上に貴重な経験を積んできたんや。その能力は十分に備わっとるはずや」

「それに、メンバーは今までと変わらないんだ。きみなりにしっかりと、皆をまとめていけばいい」

 

 エイジロウなら、大丈夫。それはマスターたちの、そして長老の総意だった。あとはエイジロウと、仲間たちの決意次第。

 ピースは、既に揃っていた。

 

「……わかりました。マスターの称号に恥じぬよう、俺、精一杯頑張ります!!」

 

 仲間たち──グギギギと唸っていたカツキも渋々だが──に異論はなかった。ここにエイジロウを団長とする騎士団が正式に発足したのだった。

 

 団名は──"騎士竜戦隊 リュウソウジャー"。

 

 

 *

 

 

 

「──あの、皆さん。聞いてほしいことがあります」

 

 コタロウの言葉に、村へと戻る最中の一行は揃って足を止めた。

 

「どしたよコタロウ、ンなあらたまって?」

「実は、僕……」一瞬の逡巡のあと、「親類の家に、戻ろうと思います」

「えぇっ!?」

「これまた急な……。本当にいいの、それで?」

 

 イズクの問いに、コタロウは迷うことなく頷いた。伝えるには勇気が要ったが、自分の中では決まったことには変わりなかった。

 

「考えたんです。皆さんとの旅を文章に起こして、物語にするには、僕には足りないものがまだあるって。皆さんとの旅は楽しいし、学ぶこともたくさんあったけど……いつまでもそこに甘えていたら、前に進めないと思うんです」

 

 旅の中で、自分は大人になったのだと思う。母の人生を受け入れられるようになっただけでなく、最後は自らも彼女の繋いだバトンをとった。……けれど同時に、自分の未熟さもたくさん思い知ることになった。

 大人になったといっても、自分はまだ子供の範疇から抜け出せてはいない。……それでいいのだ、きっと。子供だからこそ、学べることもたくさんある。

 

「それが、おめェの騎士道なんだな」

「ふふ……そういうことです」

 

 コタロウが頷くのを見て、エイジロウは小さく笑った。

 

「……わかった。じゃあ俺らの最初の任務は、コタロウを家まで送り届けること!……で、どうだ?」

「うむ、良いと思うぞ!」

「なんか、最初に戻ったみたいやけどね」

「フン。ドルイドンもマイナソーもいねえのに、クソ楽にも程があらぁ」

「わかんねえぞ。すげえ強ぇ山賊が出てくるかもしれねえ」

 

 不謹慎だとは自覚しつつも、どこかわくわくした表情でショートが言う。──そう、世の中にはまだまだ知らないことがたくさんあるのだ。コタロウと同じ、自分たちも旅を続けながらそれを学んでいく。

 

「っし、じゃあ行こうぜみんな。俺たちの旅、にしゅ「ニ周目ティラ〜〜!!」ちょっ、ティラミーゴ!」

 

 相棒に台詞の良いところをとられてしまった団長が悶えるのを見て、団員たちはひとしきり笑うのだった。

 

 

 *

 

 

 

 物事にははじまりがあって、終わりがある。この旅のはじまりはどこだったのだろうと、今さらながらにコタロウは考える。家出をして、偶然エイジロウたちと出逢ったこと?いや、もしかしたら母が逝ってしまったときがすべてのはじまりだったのかもしれない。独りで生きてゆこうと思ったから、かけがえのない仲間と出逢えた。なんとも皮肉な巡り合せだ。

 

 でも、それでもいい。

 

「コタロウ〜〜!!お別れなんてイヤだあオレものこるぅううううう!!」

 

 惜別のきわで、ここまで名残惜しんでくれる異形の友人もできたのだから。

 

「プテラードン、いい加減にするティラ!」

「やだやだやだぁ!!コタロウはオレの相棒なんだもん!オレの力で竜装したんだもん!!」

 

 駄々をこねるピーたんを、ディメボルケーノが「愚か者めがぁあああ!!」と一喝する。

 

「別れが寂しいのは、貴様だけではないのだぞ……!」

 

 ディメボルケーノ自身もその例に洩れはしない。火山の奥深くで永年燻っていた彼の心に最初に火をつけたのは、エイジロウとコタロウのふたりだった。彼もコタロウのことは憎からず思っていて、本当ならプテラードンではなく自分の力を得た騎士になってほしかったくらいだ。

 

「ピーたん、ディメボルケーノ、最後くらいケンカしないで」

「……ッ、」

「む……」

 

 コタロウの落ち着いた言葉に、ふたりは気まずげに黙り込んだ。

 

「今生の別れってわけじゃないんだ。……そうだ、僕が大人になる頃にまた会いに来てよ。6,500万年生きてきたきみたちなら、20年や30年あっという間だろ?」

 

「正真正銘の大人になった僕を、見てほしい」──そう言われて、ピーたんは翼を広げてするりとコタロウの懐を抜け出した。あとは、少年たちの時間だ。

 

「エイジロウさん、テンヤさん、オチャコさん、イズクさん、カツキさん、ショートさん。皆さんにも本当に、色々とお世話になりました」

「ンな社交辞令みてェな言い方、してんじゃねーわ」毒づくカツキ。同時に、「……せいぜい、俺らが読む価値のあるもん書けや」

「カツキくん、まったくきみは最後まで……」

「楽しみにしてる、くらい言えねえのか。俺は言うぞ」

「ふふ……そう言ったつもりだよね、かっちゃん?」

 

 イズクのフォローに、カツキは「っせぇ!!」とがなりたてた。しかしその頬はほんのり赤く染まっている。

 赤、といえば。

 

「……コタロウ、」

「エイジロウさん……」

 

 団長の称号を得ても一朝一夕には変わらぬエイジロウが、前に進み出てくる。その表情には珍しく、笑みは浮かんでいなくて。

 

「俺、さ……ここに着くまでずっと考えてたんだ。おめェを笑って送り出すための言葉。……でも、無理だった」

 

「応援してる」「頑張れ」「元気でな」──月並みな言葉なら、いくらだって浮かぶ。でも、そのすべてが本心とは離れたところにある。むろんこれからのコタロウの活躍と幸福を願ってやまないけれど、それ以上に。

 

「コタロウ……俺、できればおめェにも一緒に来てほしい。これからも、一緒に戦ってほしいって……」

「………」

 

 仲間たちは彼を制止することも、同調することもせずに見守っている。──皆、気持ちは同じだ。そしてエイジロウが、幼い友人の決意を無碍にするような少年でないことを信じてもいた。

 

「……ありがとう、ございます。そう言ってもらえて、本当に嬉しいです」

 

 頬をほんのり赤らめて、コタロウは小さく頭を下げた。その言葉に、もちろん嘘はない。けれど──その心に宿した決意は、既に固まっているのだ。

 

「でも、僕……」

「……わかってる。ごめんな、駄々こねちまって」

「いいんです。──エイジロウさん、」

「ん、」

 

 歩み寄ってくるコタロウを、エイジロウはぎゅっと抱きしめた。自分より小さく頼りない身体。それでもこの一年で間違いなく大きく逞しくなった。そうしていつの間にか、背丈も追い抜かれてしまうのだろう。ヒトはリュウソウ族よりあっという間に成長し、老いてしまうのだから。

 だからこれを最後の機会と思って、幼いコタロウをこの目に、身体に焼きつけておきたかった。ヒトにもリュウソウ族にも刹那でしかない、この抱擁の間に。

 

 やがてコタロウから離れ、エイジロウは立ち上がった。その目尻に光るものを拭って、彼はようやく笑みを浮かべた。

 

「──またな、コタロウ!!」

「はい!いつか、また!」

 

 名残を惜しみつつ、ひとり、またひとりと踵を返して去っていく。その背中をコタロウは、いつまでも見送っていた。

 

(こうして、僕の冒険にはピリオドが打たれた)

 

(けれど、彼らとの絆がとぎれたわけじゃない)

 

 何年経っても、何十年経っても。大人になろうと老人になろうと……あるいは自分が人生を終えたとしても。この絆を子々孫々まで受け継ぎ、繋いでいく。そのために──僕は、この冒険を物語として残そうと決めた。

 

 だからどうか、忘れないでほしい。

 

 

──明日の冒険のページをめくるのは、君たちだ。

 

 

 締めくくりの一文を読み切ると、コタロウはぱたんと本を閉じた。その表紙には、"My Ryusoul Adventure(僕のリュウソウアドベンチャー)"と記されている。

 

 分厚いそれを置くと同時に、部屋の扉が勢いよく開かれた。

 

「おとうさーん!」

「こら、テンコ!おとうさんのお部屋に入るときはコンコンしなきゃだめっていつもおかあさんに言われてるでしょ!」

 

 飛び込んできたのは黒髪の幼い男の子に、それを咎めつつも同行する少女。「テンコ、ハナ」と、コタロウは子供たちの名を呼んだ。

 

 ふと、姿見に映る自分の姿を見る。──当時の仲間たちの背丈は、とうに越してしまった。顔つきももう、完全に大人の、二児の父親のそれだ。当然だ、あの旅からもう二十年の月日が経ってしまった。今の自分を見て、彼らはコタロウだとわかってくれるだろうか。

 

「どうしたの、おとうさん?」

 

 今となっては何よりも愛おしい我が子たちが、膝に縋りつくようにして見上げてくる。コタロウは笑みを浮かべ、ふたりの頭をくしゃくしゃと撫でた。

 

「なんでもないよ。今日は天気も良いし、モンちゃんを連れてお散歩にでも行こうか」

「わあい!!」

 

 喜ぶ姉弟が勢い余って部屋を飛び出していこうとするものだから、コタロウは慌ててふたりを呼び止めた。

 

「こらこら。──おばあちゃんに挨拶は?」

「あっ、そうだった!」

「おばあちゃん、おはよう。いってきまーす!」

 

 壁に掛けられた絵に、声をかける。それはハナとテンコにとって祖母にあたるナナと、幼いコタロウが寄り添う肖像画。ふたりとも温かく、優しい笑顔でそこに立っている。いつまでも、ずっと。

 

 

 *

 

 

 

 飼い犬のモンちゃんを連れて、街を歩く。作家であるコタロウは市井では既に知られた存在で、ファンだという人が話しかけてくることも珍しくはなくなった。今日は子供たちを連れているので、微笑ましい視線を投げかけられることが多い。

 その子供の片割れはというと、

 

「ゆうもうのきし!りゅうそうれっど!!いくぜ、てぃらみ〜ご〜!!」

「わんわん!」

 

 モンちゃんと一緒に走りながら、愛らしい名乗り口上をあげるテンコ。「ころばないでよー!」と自分に代わって注意するのは長女であるハナだ。すっかり姉らしくなってきたと、コタロウの妻も喜んでいたところだ。

 

(二十年、か)

 

 あの旅から、それだけの歳月が経過している。リュウソウ族たる彼らにとっては少し大人びる、程度だろう。まだ、彼らはどこかを旅しているのだろうか。だとすれば、今ごろはどこに──

 

 コタロウが、仲間たちの顔を思い浮かべようとしたときだった。

 

「うわあ──っ!!だ、だれかあ!」

「でかい怪物が、空に!!」

「──ッ!?」

 

 子供たちがきょとんとする中、コタロウは表情を険しくしていた。怪物──よもや、マイナソー?さんざんその存在に直面してきたし、なんなら自分の身体から生み出してしまったこともあるのだ。

 

「テンコ、ハナ、逃げ──」

 

 「逃げるぞ」と、ふたり──モンちゃんも──を促そうとした瞬間、彼らの頭上に巨大な影が差した。

 

「……!」

 

 どくんと、心臓が跳ねる。かつてとは違う、ここに仲間たちはいないのだ。咄嗟に子供たちを抱きしめ庇いながら、コタロウは恐る恐る顔を上げる──

 

──そこに、いたのは。

 

「ああああ〜っ!!間違いない、コタロウだー!!」

「えっ……」

 

 忘れようのない、水晶の肉体をもつ翼竜。──騎士竜プテラードン。またの名を、

 

「ピーたん……」

「え、ぴーたん!?」

 

 騎士竜の名をすべて暗記しているテンコが敏く反応する。危機感が去ると同時に、過去の記憶が甦ってくる。二十年前、確か自分は──

 

「二十年ぶりだナ、コタロウ!約束通り、会いに来たゼ!」

「……そうか。そうだったね……」

 

 胸が熱くなる。それにプテラードンが来たということは、きっと。

 

「──コタロウっ!!」

「!」

 

 彼方から駆けてくる、仲間たち。自分ほどではないけれど彼らも成長し、少年から青年へと変わりつつある。

 それでもその笑顔、発する声の温かさは、かつてと驚くほど変わっていなくて。

 

 

 新たな冒険の予感を胸に抱えながら、コタロウは彼らのもとへと走り出すのだった。

 

 

 

 

 

 

 僕のリュウソウアドベンチャー 完

 

 

 

 

 





今日の敵<ヴィラン>

プリシャス

分類/ドルイドン族ナイト級
身長/197cm
体重/296kg
経験値/710
シークレット/ドルイドンの中でも希少な上級の"ナイト"。少年のような言動ながら、狡猾な知性と強大な戦闘力を併せ持つ。特殊な符に心臓を封じることで他のドルイドンを従え、すべての頂点に君臨しようとしていたのだが……。
ひと言メモbyクレオン:リュウソウジャーと戦ってた頃はヤベー人だと思ってたケド、友だちになってみると案外まともでイイ人だったりして!ワイズルーさまにツッコミ入れてくれるし……。


クレオン

分類/スライム系エイリアン
身長/178cm
体重/267kg
経験値/900
シークレット/ゲル状の身体をもつ、"一応"ドルイドンの幹部。実態は死の商人であり、体液を注ぐことで生物非生物問わずマイナソーを生み出す能力を利用し、創っては売りさばいていたぞ!対リュウソウジャーにシフトしてからは災難も多かったが……。
ひと言メモbyクレオン:言わずと知れたボク!一年めっちゃ頑張ったよ、ハァハァ……。


エラス

分類/エラス
身長/201cm〜73.8m
体重/302kg〜1109.8t
経験値/999
シークレット/創世の女王エラスがプリシャスを吸収し、肉体を得た姿。人々を眠らせて幸せな夢を見せ、体内に吸収することでそのエネルギーを餌としようとしていた。キングキシリュウオーでさえ歯が立たぬほどの力をもち、この星を創り直そうとしたぞ!
ひと言メモbyクレオン:リュウソウ族とドルイドンがどっちもコイツから創られたってことはつまり……兄弟?なんか……面白っ!



(あとがき)

僕のリュウソウアドベンチャー、これにて完結です。ここまでお付き合いいただいた皆様、本当にありがとうございました。
流石に本来のヒロアカからぶっ飛びすぎたためかあまり伸びなかった本作ですが、その分自由度も高く書いてて非常に楽しかったです。本作の裏テーマである"コタロウ=志村弧太朗の自立と救済"も無事に成し遂げることができ感無量であります。
原作と異なり騎士竜たちも健在で(その代わりマスターグリーン=トシノリが犠牲になってしまいましたが)、エイジロウたちの楽しい旅はまだまだ続くでしょう。……もしかしたら未来からエイジロウの息子がやって来て、ネオドルイドンの襲来を告げるなんてこともあるかもしれませんが笑

ではまた、次回作でお会いしましょう。アデュー……は前作のネタだった。
ぷぅ。



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