【短編】恵によるツンデレの練習 (きりぼー)
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【短編】恵によるツンデレの練習
倫也が高校二年の一学期。視聴覚室にサークルメンバーが集まっていた。
視聴覚室の後ろの方で、詩羽は眠そうな目をこすり、あまりやる気のないままノートPCを見つめている。アイデアも浮かばないし、創作意欲もなかった。おまけに昨夜も徹夜だ。
英梨々はキャラデザが決まらず、ラフを描いては消していた。倫也を呼び寄せて昔のゲーム談義をしながら、そのゲームキャラクターを描くなど、こちらもまったく進捗していなかった。ただ、倫也と話しているときの英梨々はときどき楽しそうに笑っている。詩羽はそれを横目で見ながら、ため息を一つついた。
恵は窓際のところでアクビを一つして、スマホをいじって時間を潰していた。英梨々の笑い声が聞こえたので目をあげると、倫也と楽しそうに話をしている。
(わたしはなんでここにいるんだろう?帰ろうかな?)と思う。少し考えて、(どうでもいいといえばどうでいいのだけど、安芸くんと澤村さんが仲良く話をしていようとわたしに関係ないし・・・)
「あの・・・ちょっといいかな?」
考えていたこととは裏腹につい口からでてしまった。
(何を話そう・・・)
倫也が声のした方をみる。恵がスマホを置いて手をあげている。
「何よ?えっと加藤恵」
英梨々がちょっと強気に言う。
詩羽もぼんやりと恵の方をみる。
「こういうゲームにでてくる『ツンデレ』って何かな?」
「はぁ?あんたツンデレも知らないの。ツンデレっていうのはね・・・えっと、倫也なんだっけ?」
「俺にふるのかよ。いいか、加藤。ツンデレっていうのはだな。ツンツンデレデレの略だ」
「ツンツンデレデレ?」
「そう、表面上は相手に気持ちを悟られたくないから、ツンツンと尖っているんだ。そして、いざ2人の時になると、デレる。このギャップがいいんだな。わかるだろ?」
「いや、ぜんぜん」
倫也と英梨々がそろってため息をつく。
「そのツンのところはわかる気がするんだけど・・・えっと、澤村さんみたいなことだよね?」
「ん。まぁ・・・そうだな」
倫也がうなずく。
英梨々の頬がちょっと赤くなった。
「ちょっと待ちなさいよ!別にあたしはツンデレじゃないわよ?あたしは別に倫也のことなんてなんとも思ってないんだからね!」
「・・・そうかよ」
「ちょっと、あんた、そんなに落ち込まないでよ!」
恵が首をかしげる。
「今のがツンだよね?で、澤村さんのデレってどういうのなの?」
「はい!?今の話きいてた?だから、あたしは別に倫也のことなんか・・・」
「ああ、うん。そういうのはいいから。えっと・・・霞ヶ丘先輩」
「何かしら?加藤さん」
「ツンはわかる気がするけど、デレが分かりづらいかな」
「それはね、基本的に人前でデレは見せないからよ。内心は悟られたくないけど、ついつい優しくしたり、いちゃついたりするのがデレの真骨頂ね」
詩羽が解説する。
「うーん。ねぇ、澤村さん。ちょっとデレのところ、みせて欲しいのだけど」
「はぁ・・・」
英梨々がため息をつく。だから、あたしは倫也のことなんか・・・
「いいじゃない?澤村さん。演技だと思ってみせてあげなさいよ。いつものあなたを」
「霞ヶ丘詩羽!だから、あたしは別に倫也のことを好きなわけじゃないし、デレも何もないでしょう?だいたい最近までろくに口もきいてなかったんだし・・・」
英梨々がちらりと倫也をみる。
「と・・・とにかく、あたしは別にツンデレじゃないし!ちょっとジュース買ってくる」
「あっ、英梨々。俺ドクペな」
「はぁ?だから、なんであたしがあなたの分を買ってこないといけないのよ?」
「あっ、わたしも一緒に買いに行こうかな。することないし」
恵も立ち上がる。
「別にいいわよ。加藤さんは何がいいの?」
「えっと、ストレートティーの無糖で」
「霞ヶ丘詩羽は?」
「コーヒー。無糖でお願い」
「しょうがないわね」
英梨々が教室から出ていく。
「なんだかんだやるのが、さすが澤村さんよね」
詩羽が笑っている。
「でも、あれじゃあ、ただのお使いなんじゃ・・・いつもは安芸くんが買いにいってたよね?」
「あなたが頼んだんでしょ?ツンデレの演技がみたいって」
「わたしはちょっとここで見せてくれたら十分なんだけど」
というか、正直あまり興味がなかった。
「それに、公然とデレるチャンスを澤村さんが逃すわけないじゃないの?」
「ああ、そういうこと」
倫也は苦笑いして2人の会話を聞いていた。
「で、倫理君。普段の澤村さんはどんな風にデレているのよ?本人もいなくなったことだし、教えてくれてもいいんじゃないかしら?」
「・・・いや、詩羽先輩。あいつは普段もあんな感じですよ。昔は・・・」
倫也がチラッと恵の方見る。フラットな表情でこちらの話に興味があるのかどうかわからない。
「昔は?」
恵が相槌をうち、話をうながす。どうやら興味が多少はあったようだ。
「もう10年ぐらい前の話になってしまうけどな。あの頃は一緒に手をつないだり、並んでゲームしたり、一緒にマンガよんだり・・・」
「ふーん。そう」
恵がフラットなまま答える。ほら、やっぱり興味がなさそうだ、と倫也は恵の様子をみて思った。
「で、10年たってツンデレになったと」
詩羽が考えながら言った。
「いや、だから最近では、デレはないからね!?」
倫也も否定する。・・・ないよな。
※※※
ガラガラッ。英梨々が視聴覚室のドアを足で開ける。
「はぁはぁはぁ。お待たせ」
缶をたくさん抱えている英梨々は息を切らして肩で呼吸していた。
「倫也ぁ!下の自販機に新商品がはいったわよ」
「へぇ・・・?」
「ほら」
倫也の前に缶ジュースを置く。ラベルはメロンソーダ。
「えっと、詩羽がコーヒーね。こっちが紅茶」
「ありがと」「ありがとう澤村さん」
2人がお礼をいった。
「で、あたしはドクペっと」
英梨々が倫也の前に座った。
「ちょっと待て英梨々。俺が頼んだのがドクペだ」
「はぁ?あんたバカなの?死ぬの?人がせっかく新商品買ってきたのに、いらないとかケンカ売ってるわけ?黙って感謝して飲みなさいよ」
「いや、それ、ツンっていうか、ただの嫌がらせだよね!?」
「・・・そうかしら・・・」
英梨々がちょっと下を向く。本当に喜んでくれると思ってた。ちょっとショック。
「で、そんなにドクペがいいの?」
「ああ・・・まぁそうだな・・・」
言われてみればどっちでもいい気がする。むしろメロンソーダもありか?
「しょうがないわね」
英梨々がドクペの缶をぷしゅっと開けて、一口飲む。
「そんなに言うなら、かえてあげてもいいわよ?」
「おまえ、今、口つけたよね?」
「そんなことはいいから、あんたも早くそれ飲みなさいよ!」
倫也がメロンソーダの缶を開けて、一口のんだ。
この時点で、詩羽は英梨々のやろうとしていることに気が付いた。止めるべきだろうか?でも、コーヒーをもらった手前、ちょっと邪魔をするのは気がひける。
「ねぇ倫也ぁ・・・はんぶんこ。しよ・・・?」
英梨々が甘えたしおらしい声で囁くと、倫也の缶と自分の缶の位置を入れ替えた。
「・・・ああ、うん」
倫也も逆らえず耳を真っ赤にして、うなずく。
ガコンッ! ちょっと強い音がした。
倫也が音の方をみると、紅茶を飲んだ恵が机の上に缶を置いた音だった。ちょっと乱暴じゃね?
「なるほど。澤村さん。参考になった。そうやるんだねぇデレは・・・」
恵は立ち上がると、2人に近寄って、さりげなく2人の缶の位置を元に戻す。
倫也が冷や汗を垂らす。
「でも、それって付き合ってるカップルがするようなことじゃないの? 安芸くんのことを好きでもなんでもない澤村さんが、まさか安芸くんと間接キスするわけにはいかないもんね」
英梨々が舌打ちをする。
「そうね。まぁ、これがツンデレよ。どうかしら霞ヶ丘詩羽」
詩羽はコーヒーを飲んで、ほっと一息つく。
「いいんじゃないかしら?最後の舌打ちなんか、ほんと本心が見えてこっちがドキドキするわよ」
「そこじゃないから!」
英梨々が慌てて否定する。
※※※
放課後のチャイムが鳴った。詩羽はノートPCを閉じ挨拶をして教室を出た。英梨々は締めきりがあるから!と叫んで走って帰っていった。慌ただしい。
倫也と恵が視聴覚室に残った。
「安芸くん。もう少しツンデレについて知りたいから、一緒に帰ろ」
「うん?いいけど」
※※※
倫也と恵が並んで駅の方へ歩いていく。恵は鞄を両手で前に持つ。
「ツンデレっていうけどさ、女の子が内心を隠すのって当たり前じゃないの?」
「必要以上に隠して、おかしく見えるところが可愛いんじゃないの?」
「それって、澤村さんのことが可愛いってこと?」
「いや、そうは・・・いってないだろ・・・」
隣に歩く恵はフラットな表情のままで前を向いている。やっぱりよくわからない。
「あのまま放っておいたら、間接キスしたのかな?」
「・・・」
「ああいうのはよくないんじゃないかなぁ?」
「・・・そうだな」
「邪魔しないほうがよかった?」
「・・・あの・・・」
倫也がとまどう。歩くペースは落ちない。
「今のが、ツン」
「えっ?」
「だから、今のがわたしのツンなんだけど、どうかな?」
「どうっていわれても・・・ただ、説教しただけだよね!?」
「そういうこという?」
恵の足が止まる。倫也も立ち止まる。恵が倫也の方をまっすぐ見て、
「ちょっとメガネ貸してくれる?」
「ん?」
倫也がメガネをはずして、恵に渡す。
恵はメガネにハァーと息を吐いて、ポケットから出したハンカチでふいた。それから倫也の手に渡す。
「・・・えっと・・・?ありがと」
「今のがデレ」
「あっ、うん」
下手くそだろ。口に出しては言えないけど。
2人はまた歩きだす。
恵は口元に手をあて考え込んでいる。
倫也は黙ってその隣を歩く。
恵がすぅーと手を水平にあげて、指さした。公園がある。
「ん?」
倫也が首をかしげる。
恵は黙って信号機のない短い横断歩道を渡り、小さな公園に入った。誰もいなかった。
木漏れ日が差している。
「えっと・・・」
恵が持っていた鞄を倫也の方へつきだす。
「これ、もっててくれる?」
「はいよ」
倫也が恵の鞄を受け取る。両手が塞がった。
恵が倫也の前に立つ。それから両手でそっと倫也のメガネをそっと外した。顔が近い。倫也はメガネを外されるとよく見えなくなる。でも、かなり近い。恵の優しい目元がはっきり見えてしまう。風が少し吹いていて髪が揺れている。恵の香りが倫也に届く。
恵は右手で倫也の前髪を少しだけつまんで、ねじるように回した。
「・・・ちょっと前髪が長いんじゃないかな?」
少し声のトーンが上がる。いつもより少しだけ高い澄んだ声で言った。緊張が倫也にも伝わった。
「・・・うん」
倫也は返事をする。
恵は倫也に眼鏡をまたかけ直した。それから、ふぅーと息をはく。
手に汗をかいたのがわかったので、スカートでパンパンと手をはたく。それから倫也から鞄を受け取った。
「今のが・・・デレ・・・のつもりなんだけど、どうかな?」
倫也の顔が赤い。指で顔を少しかいて誤魔化す。
「どうだろう?」
倫也は心拍数があがっているのが自分で分かった。加藤もどうだろう?と思った。
恵の顔はフラットなままだ。少し早足で元の道に戻っていく。倫也はその後ろ姿をみていた。
恵がふり返った。髪が風になびいている。スカートが柔らかく揺れる。
「かえろ」
倫也はうなずいて、恵の方へ軽く走って追いつく。
2人が並んで歩く。黙々と無言で歩く。恵はフラットな表情を崩さない。油断すると口元に笑いがこみ上げてきそうだった。
「あっ、そうだ」
「どうした?」
「メインヒロインとしていわせていただくと、えっと、あくまでもメインヒロインとしてね?」
「ん?」
「あんな風に・・・澤村さんと・・・」
「英梨々と?」
「やっぱ、なんでもない」
恵は前を向いたまま歩く。やがて駅についた。
話題をかえようと思った。
改札を抜ける。電車の中でもう少し安芸くんと一緒の時間を過ごす。今日はちょっとおかしい。
「えっと、ツンデレの代表的なキャラって誰なの?」
「それはだな・・・」
ほら、話題を変えるのは簡単。あとは安芸くんが勝手にしゃべってくれる。わたしはうなずいていればいい。わたしの本心は悟られない。
・・・もっとも、まだ自分の気持ちもよくわからないのだけど。
(了)
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