世界一最低なGⅠ制覇までのお話 (クロカワ02)
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世界一最低なGⅠ制覇までのお話
世界一最低な序章


世界一最低なので初投稿です


ヨルノアラシ。災害の名を持つ青鹿毛の天才はまさに災害の如く暴れ回る。

 

距離、地面、天候、相手…彼女の出走するレースは多岐に渡り、その全てで他者を圧倒して勝利した。

 

かと思えば、必死に背を追っていたのがバカらしくなるような失速で負けたりもした。

 

スタミナ切れやペース配分のミスではない、少し走っているウマ娘やトレーナーならまずわざとだと気付くような、あんまりにもあんまりな失速で。

 

それは彼女が逃げだろうと差しだろうとこれまでのレースで自在にこなしていたからこそ余計に際立ち、議論が紛糾した果てにレース出走停止処分を食らった原因にもなった。

 

「眠い」

 

…当の本人がさっぱり気にしていないのはどうかと思うが。まあ、私にはそんなに関わりのないことだ。ことだと思っていた。

 

これは無敗の五冠を戴冠しながら自ら全て捨て去った天才ウマ娘、ヨルノアラシの物語ではない。

 

同室にして凡百のウマ娘、私ことシロツメクサの世界一最低で唾棄すべきGⅠ制覇までのお話である。

 

 

さて、そんなお話の始まりは寮の一室から。

 

なんでもない一日を終え寮の自室へ戻る時、私はなるべく注意を払ってドアを開けるようにしている。

 

「ただいまー…?」

 

声も小さく。おそらくいつものようにすやすやと寝息を立てる同室の彼女を起こさないように。

 

「ぐおー!!」

 

「もうちょっと静かな寝息なかった?」

 

「うぅん…眠い…」

 

「寝ながら眠いって言う人初めて見た…」

 

「ん…?シロ、帰ったのか…」

 

「ああごめんヨルノ、起こしちゃった?」

 

「まだ寝てるから大丈夫だ…」

 

「寝言なのそれ」

 

「おかえり…ぐぅ…」

 

「ほんとに寝てる」

 

寝ながら迎えてくれたヨルノアラシを起こさないよう、今度こそ静かに荷物を置き着替える。

 

ヨルノは天才だ。

 

無敗でクラシック三冠を戴冠し、その年のジャパンカップ、有マをシニア級を差し置いてゴリゴリの一番人気で勝ってみせた。あの伝説の生徒会長シンボリルドルフを超える大偉業の達成は間違いなく歴史に刻まれるはず。はずなんだけど…その戦歴はあまりにも異質だ。

 

ダート1000mでデビューしておいて次走が芝1600mの重賞。その次がレースローテーションでお決まりの弥生賞なんかを全部無視して皐月賞。

 

はっきり言って除外されなかったのがおかしいくらいの暴挙から見せた1着で、ヨルノは全ての流れを強引に変えてしまった。

 

入学試験から見せ続けた圧倒的な走力が世に解き放たれた瞬間である。

 

その次はダート2000mを走って間髪入れず日本ダービー。寄り道のような感覚で方々のレースに出られて他のウマ娘はたまったもんじゃない。こんなことを繰り返してクラシック級を終える頃には全レース場どころか根幹非根幹短距離長距離に関わらず多くのレースを走り、ついた渾名は「嵐」「目のない台風」「簒奪者」など、とても「皇帝」とは比べ物にならないようなものばかり。

 

そんな彼女がシニア級で最初に出走したのはフェブラリーステークス。また突拍子のない、しかし彼女が奪い去ると考えられていた六つめのGⅠレース。

 

そこで彼女はやらかした。

 

その日は調子良く逃げていたヨルノが第3コーナーで突然失速したのだ。

 

1600mレースの第3コーナー。仮にもヨルノアラシがどれだけ飛ばしてもスタミナ切れはありえない。それが故障やトラブルならまだ良かった、本当に世間を驚かしたのは翌日発表された出走停止処分だったのだから。

 

曰く、「彼女が行った故意の失速は悪質な競争妨害にあたり、出走ウマ娘だけではなくレースに携わる全ての人員を侮辱する行為」である、と。

 

同室の私も何が何だかわからないまま事情聴取やインタビューを受けたが当日も何も変わらない様子だったので何も答えようがない。

 

本人も粛々と受け入れてもう二ヶ月もの間授業と食事以外で外に出ず、粛々とお昼寝に励んでいるのだった。

 

いや。

 

前からトレーニングをサボってお昼寝はしていた。

 

「…ん。晩ごはんの時間か」

 

お昼寝の天才は今日も腹時計で目を覚ました。

 

「おはよう、ヨルノ」

 

「シロ、帰ってたのか」

 

「ほんとにさっきは寝てたんだね…」

 

「ああ、さっきまで私は高松宮記念を走っていたからな。電撃イライラ棒芝1200mは過酷だった」

 

「拷問通り越して処刑だよそれは…」

 

お昼寝で見る夢じゃない。

 

夜寝でも見たくない。

 

というかそんなレースの最中に私におかえりを言ってくれたのはどう捉えればいいの。

 

ヨルノが猫のように四つん這いになって伸びをして全身をひとしきりぐきぐき鳴らすのを見守る。

 

「昼寝は疲れるな」

 

「至言だね…」

 

「レースより疲れる」

 

「これ以上炎上しそうなこと言うのやめなって」

 

ヨルノアラシは素直である。口さがないとも言う。

 

でも、それは私も同じかもしれない。

 

「ねぇ、ヨルノ」

 

「なんだ?ハンバーグでいいならおごるが」

 

「昼はカフェテリアで食べ放題だし夜は寮のごはんでしょ…ヨルノ、まだ走らないの?」

 

「走る?」

 

「寝るの、疲れるんでしょ。別に謹慎食らったわけじゃないんだから、ランニングくらいは」

 

「違うな、間違っているぞ」

 

「イライラ棒と言いそのセリフと言いチョイスが古いのは仕様なの?」

 

「お前には通じてるじゃないか」

 

「くっ…」

 

「シロ。私は走るのを我慢してるわけじゃない。走りたければ勝手に走る」

 

「…何それ」

 

「シロこそしばらくレースに出てないがどうした」

 

まずい。露骨に眉を顰めてしまった。

 

「私は…ほら、充電期間だよ。ちょっとひどい負け方したから反省とかさ」

 

「お前のトレーナー、担当を増やしたんだってな」

 

ぎり。

 

良くない。思いきり歯軋りしちゃった。

 

「友達いないくせにどこで聞いてくるのさ」

 

「どこででも。…なるほど、口論の果てに担当に見放され一人で身にならないトレーニングを繰り返しているという点でお前は私以下だな」

 

なんて歯に絹着せぬ物言い。部外者のそれではない。

 

が。

 

全く、言われたまんまその通りだった。




・シロツメクサ
主人公。どこにでもいる半端者。
勝ちたくても勝てなかったので腹を決めた系の凡人ウマ娘。同室で変人のヨルノアラシを唯一寝かしつけられる稀有な人材。

・ヨルノアラシ
天才。
やろうと思えばなんでもできる系天才ウマ娘。呼びやすいからと短絡的にアラシと呼ばれやすいのが嫌。


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世界一最低な契約成立

未来のお話なので登場キャラは全員オリジナルです。


ヨルノは素直で、本当に容赦がない。

 

「ヨルノに何がわかるの」

 

私とは違う。

 

私とは。希望的観測で次は勝てると悔しさに蓋をし続け何も見えないままがむしゃらに走って、トレーナーとケンカして自棄になってる私とは。

 

「戦績は25戦4勝。メイクデビューと次のオープン戦を勝ったがその後は重賞へ挑戦し続けるも着内負けが嵩む。最高はGⅡ二着だったな。あと少しで勝てる、が続いて立て直す間もなく黒星を重ねに重ね気付いた時には三年が経ち四年目である去年に至ってはとうとう勝ちすらなし。重賞勝ちもないまま今に至る」

 

「…そうだよ。「最初の三年間」を棒に振ってもまだレースにしがみついてるんだ。返す言葉もないくらいに、わかってるじゃん」

 

「いいやわからない。私は13戦12勝してまだわからないことがある。何故だ?どうして勝たない?」

 

どこまでもずけずけとヨルノアラシは宣う。反論を差し挟む余地もない。

 

どうして勝たないだと?そんなのこっちが聞き…勝たない?

 

「勝つ方法を知らないのか?一番最初にゴールすればいい」

 

「ストップ。変な誤解する前に聞いときたいんだけどなんか端折ってない?」

 

「…?おお、本当だ。よくわかったな」

 

「去年ならキレてたかもしれない。じゃあやり直すね」

 

「やり直し?」

 

 

 

「…わかんないだろうね!!走りたい時に走って勝ちたい時に勝って、負けたい時に負ける天才には!!」

 

 

 

「……」

 

「思ったことないでしょ?あと一歩前に出れれば。あと一歩踏み出すのが早ければ。あと一歩、あと一歩って。でもね、足りないのは一歩じゃないんだ。みんな何歩も何歩も先に行く!私より年下の子も!私よりデビュー遅かった子も!」

 

「……」

 

「お前もだ、ヨルノアラシ。私を…」

 

その、なんとも思っちゃいない平静な目で、見下しやがって。

 

沸き上がった激情が一言を経るうちに水気を失い萎びていくのを感じた。恨み言は唇が震え言葉にならないままに、妬み嫉みはきりきりと食い縛った歯を軋ませながら。

 

寝そべったままヨルノはこちらを冷ややかに見ている。

 

「…はぁ。で?」

 

私のベッドの枕元にあった目覚まし時計をその顔面に叩きつけても彼女は表情を変えなかった。

 

涙目になった目の周りは赤くなり鼻血がぼたぼたシーツに垂れても。

 

「私が落ち着くのを待っても無駄だよ。私はこれを何年も抱えてきたんだから」

 

「…そのようだな。話を続けよう」

 

ヨルノは私の目覚ましを拾い上げながら言った。

 

「この時計頑丈だな…シロ。お前の抱えるそれを綺麗さっぱり消し飛ばすために必要なのは勝つことだ。そうだな?」

 

「電池飛び出しちゃった…どこ行ったかな。そうだと思う。勝てればすごく嬉しいし、たくさん勝てればきっと毎日楽しくなる」

 

「隣で寝こけている天才に嫉妬して寝ながら歯軋りせずに済むか?」

 

「えっ…そういうことは早く教えてよ、恥ずかしいなー」

 

「次からそうする。はぁ、こんなに痛い思いをさせてまだ晴れないとは、コンプレックスとは重篤なものだな」

 

「あ、電池あった。…そうだよ、フェブラリーステークスの時も誰かに殴られなかった?」

 

「殴られた。お前たちは、レースに本気なんだな」

 

「そうだね。みっともないほどに」

 

「見習いたいものだ…さて、お前は勝ちたいんだったな。でも勝てない。それで辛がっている」

 

「これ以上生傷ほじくるつもりならその鼻の穴もほじくってやるから」

 

「私はトレーニングや授業、そしてレースと多くの競走を経験した。それでわかったのが、レースとは自分の実力だけで決まるものではないということだ」

 

「…そんなの、当たり前じゃない?ヨルノ以外には」

 

「そう、最強である私以外には。レースには多くの要因が関わる。実力をその場の状況が覆すこともある」

 

「ことも、ね。そんな運任せに期待しちゃいらんないから私たちはトレーニングするんだ」

 

「では、勝つためにその状況を作り出すのはどうだ?」

 

「…それって」

 

「本気で勝ちたいなら、やれることは全てやるべきだというごく当たり前の正論だ。…そう、どんなことでも」

 

「…本気で言ってる?」

 

「本気だ」

 

「それ、だめなことだよ」

 

「今年五年目なのにろくに結果は出せず、もはや成長の余地もなくまだレースにしがみついている限界ウマ娘にこれ以上捨てるものはあるまい」

 

「ないけども…」

 

言葉にされると想像以上に惨めな状況だった。

 

レースで一番人気に推されていても着外へ沈むことはままある、もちろん実力のあるウマ娘が力を出しきれず、ということもあるし無敗のウマ娘だって負けたりする。そういう世界だ。

 

だからって、そこまでして勝つべきなのか?

 

そこまでして、私は勝ちたいのか?

 

「もう一度聞く。シロ。どんな手を使っても勝ちたいか」

 

「勝ちたい」

 

答えた時私は何も考えていなかった。

 

いや、考える段階などとっくに超えていたのだ。今更自問自答なんてバカらしい。

 

勝ちたいに、決まっている。

 

「どんな手を使っても勝ちたい。他人をどんな悔しい目に遭わせても勝ちたい。もう負けたくない。私は…私は!走ってて良かったと思いたい」

 

ヨルノはゆっくり頷く。鼻血はもう止まっていた。

 

「決まりだ。では差し当たっての目標を決めよう」

 

「目標?」

 

「私にはわからないがモチベーションは大事なんだろう?そうだな…GⅠ」

 

「GⅠ?」

 

「ああ。シロ、シロツメクサ。お前が宣言通り本気でどんな手を使っても勝ち続けたなら。好きなレースを勝たせてやる。GⅠでもだ」

 

「……はぁ?」

 

「勝ちたいだろう?わざと負けてやる。私にも失うものなんてないからな」

 

「いや、今度は追放になると思うけど…」

 

「構わん。走りたければ勝手に走る」

 

「はぁ…ヨルノって、そういうこと言う子だったんだね」

 

「もう三年の付き合いになるんだ、もう少し互いを理解しようじゃないか」

 

「初めて会った時に相互理解とかめんどくさいって言ってたけど…」

 

「忘れた」

 

「…信じるよ」

 

「ああ、私は嘘をつかない。強いからな」

 

「私が勝ち続けたら、GⅠを勝たせてくれる」

 

「これは契約だ。決して私から破棄することはない」

 

「…やる。絶対」

 

こうして栗毛の凡百ウマ娘シロツメクサと青鹿毛でついでに血塗れの天才ウマ娘ヨルノアラシの間に世界一最低な契約が成立したのだ。




・シロツメクサ
名前こそ白だが栗毛。

・ヨルノアラシ
名前も毛色もまっくろ。


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世界一最低な一勝目

補足と修正で文章を整えるつもりが、一度自分で完成したと思い込んでしまうとなかなか難しいですね。


「さて、部屋も片付いたところで作戦会議と行こう」

 

「待って、ヨルノは顔洗って。晩ごはんとお風呂も行かなきゃ」

 

「そうだった。…いやシロにやられたんだが」

 

 

 

 

 

「病院に搬送されてしまった」

 

「寮長さんに見つかったのが悪かったね…」

 

「私は正直にシロにやられたって言ったのに」

 

『殴られただけでこんなに血が出るわけないわ!まさか、心配をかけまいと病気を隠して…!?ダメよ!今すぐ病院へ行きましょう!』

 

「いい人だよね」

 

「鼻が折れてたことについて何か言うことはないか」

 

「気にしない気にしない。私たちの仲でしょ」

 

「そうだったな、すまないシロ。…うん?」

 

病院の食堂はもう閉店間際。いるのは私たち二人だけ。隅の席で向き合って少し遅くなった晩ごはんを食べながら今後についての話をしていた。

 

私はハンバーグ定食。にんじんは刺さっていない。

 

ヨルノはカレー。これにもにんじんは刺さっていない。

 

いわゆる外の食事というやつは久々だった。彼女も多分そうだろう。

 

病院の食事と侮るなかれメニュー自体はなんら変わらないように思えたがアレルギーや摂取禁止食品に細かく対応しておりどなたでも安心にご利用いただける優良飲食店である。

 

「む。このカレー…」

 

「どうしたの?」

 

「私好みのさらさらカレーだ…素晴らしい」

 

「お願いだからもうちょっと中身のあること喋ろ?」

 

先程成立した私たちの契約。

 

勝てないのが悔しすぎて寝ながら歯軋りまでするようになった今年五年目の限界ウマ娘こと私シロツメクサがあんまりにも見てられないので絶対的天才ヨルノアラシは私をGⅠで勝たせてくれると宣言。

 

条件は誇りとか夢とか希望とかその辺全部投げ捨ててとにかくレースに勝つこと。

 

これから私がやろうとしていることははっきり言って冒涜である。誇りとか夢とか希望とかその辺のものを抱いてレースに臨む全てのウマ娘に唾を吐きかけ泥を塗り冷や水を浴びせるような…最後で全部流れたな。

 

ともかく、バレたら二人揃って永久追放待ったなし。でも勝ちたい。勝ってぐっすり眠りたい私と勝たせてぐっすり眠りたいヨルノの、それは世界一最低な契約。

 

「さて、そろそろ作戦会議といこう。競走ウマ娘シロツメクサ。お前は何か取り柄があるか?」

 

「えー…スピードは並、じゃないかな。まだちょくちょく着内には入るし…スタミナはまあ、気合と根性で…」

 

「ふむ。大したことないスピードといくらかのスタミナに五年目のぬるくなった気合と腐った根性と言ったところか。となると脚質は…追い差しはないな。終盤ずるずる沈んでいく逃げか、まんまと差されるカモの先行か。適正距離は確か中距離だったな?短距離に逃げるにはスピードが足りず、長距離へ挑むにはスタミナが不安…ふむ」

 

ヨルノは力強く頷くと残りのカレーを全てかき込み嚥下した後水を一杯一気に飲み干し子供みたいな汚れ方をしている口の周りをしっかり拭いてから言った。

 

 

 

「レースやめたら?」

 

 

 

私は自分の分の水を注ぎ直す羽目になった。

 

「シロ、冷たいが」

 

「着替えはちゃんと持ってきてるから大丈夫。病室に戻ったらお着替えしてから寝ようね」

 

「んっ」

 

「どうしたの?」

 

「服の中に入った氷を取り出そうとしたら胸の谷間に落ちた…」

 

「これ以上ケンカ売るなら鼻からカレールー注ぐぞ」

 

ともあれ。ステータスという形で自分を言語化すると面白いくらいにまあ…勝てないな…という気分になる。特筆できるところが何もない。辛い。

 

強いて言うなら学校の成績はまあ良い方だが、そんなものは所謂「レースでは、評価されない項目ですからね」というやつでしかない。

 

競走ウマ娘に必要なものは本能と才能だ。

 

努力は誰にだってできる。できるし結果もいずれついてくる。でも壁を越えられるのは星の数ほどいる中のほんの一握りで、誰もが知る名ウマ娘とはその中に輝く太陽や月のことを言う。

 

一等星ですら、遠いのだ。

 

「それでも勝つんだろう」

 

「…うん、勝ちたい」

 

「何かプランはあるのか?」

 

「まあ、一応。…なんだか不思議。やると決めたらあれこれ考えが広がってるんだ」

 

「ふむ。…レースでは評価されない項目、か」

 

そして私たちは病院で一夜を過ごし、翌日には寮へ帰り、学び、走り、食べ、眠る。

 

眠っている時間以外は話し続けた。

 

私たちウマ娘は、勝つために何ができるのか。

 

一ヶ月後、私は一つ答えを出す。

 

契約後、初のレース出走だ。

 

 

 

 

 

『ゴォール!!一着はアタマ差でシロツメクサ!二着はメルトールリッチ!一番人気カーネルフェイス差し切れず!二人の闘志が見事人気差を覆したぁー!!』

 

『序盤からシロツメクサとメルトールリッチが前に出て逃げ同士カチ合った時はカーネルフェイスが差し切ると思ってたんですが、まさかそのまま最後まで猛烈な競り合いに終始するとは思いませんでしたね。後続のウマ娘を割り込ませない、熱い勝負でした』

 

「ぜーっ…ぜっ、ぜっ…ぜーっ…はーっげっほっ」

 

勝者シロツメクサ、全て出し切ったと言わんばかりの青天井。

 

仰向けで喘いでいた私の顔に影が落ちる。

 

「シロツメクサさぁん!やりましたぁ!」

 

「ああリッチ、お疲れ様…ってそんな疲れてなさそうだね…」

 

彼女の手を借り脚の震えを隠しながらなんとか立ち上がると、客席からまた歓声が上がった。

 

さすが重賞、GⅢでもお客さんの多いこと。

 

彼らには今の私たちが健闘した者同士の称え合い、のようにでも見えているのだろうか。

 

…笑えるなぁ。

 

「シロツメクサさん…あたし、あたし二着なんて久しぶりですぅ!」

 

「私も勝ったの久しぶり…でも、これで逃げ方はわかったでしょ?リッチはやれる子なんだよ」

 

「はい!はい!あたし…やれるんですね!」

 

「そ。やれる子やれる子」

 

「うぅ〜…!これからもっ、がんばりますねぇ!!」

 

「うん、がんばれ。応援してるからさ」

 

「はい!!!」

 

レースが終わればライブがある。彼女を促して観客へ一礼しもう一度湧かせた後、私たちはターフを降りてそれぞれの控室へ戻っていく。

 

「上手くやったな」

 

地下バ道に現れたのは、影より濃い漆黒のウマ娘。ヨルノアラシ。

 

壁に背を預ける彼女はこちらを見ていない。

 

ヨルノの視線の先には跳ねるように喜ぶリッチと、同じく感涙さえしながら出迎える若い男のトレーナー。あ、勢い余って壁に叩きつけられた。

 

でも笑っている。勝てなかったのに。

 

「私たちには縁のない景色だな」

 

「眩しくて仕方ないよ」

 

「ふむ。しかし、世の中捨てる神あれば拾う神ありとは本当だな。あの芦毛のウマ娘、どこで捕まえた?」

 

「知り合ったのは偶然だよ。自棄になって学園外ずーっと走ってた時に、同じく学園外走ってて道に迷って帰れなくなったあの子を見つけたんだ」

 

「ほう。それで口説いてみた、と」

 

「その時はまさか、こんな風に利用することになるとは思わなかったけどね…」

 

「先頭に二人立つことで全体のペースをコントロールし、後続のスタミナを腐らせた上で二人がかりで蓋をして逃げ切る、か。まさに性根の腐った作戦だ」

 

「五年も勝てずに走ってれば、まあ、ね。性根くらい腐るよ」

 

 

 

正直逃げるのはしんどかった。先頭を走っていても後から追ってくる子みんなが襲いかかってくるようなあのプレッシャーは何度遭っても耐え難い。それでも今回逃げを選んだのは息も切らさず余裕でついて来られる強い逃げウマ、リッチの存在があればこそだ。

 

レース中はペースの指標になるものが存在しない。時計は見えるところにないしみんながみんなそれぞれの作戦を抱えて走っている以上ハロン棒やコーナーを当てにしていてはそれより早く、あるいは遅く仕掛けてくる子に対応できない。

 

よっぽど正確な体内時計があるか、一切気にせずその時前にいる全員を問答無用でぶち抜いていくような怪物でもない限り周囲の状況を伺い続けるしかないのだ。

 

そんな中で一つ、先頭を走る子だけが全体のペースを司ることができる。

 

当たり前の話だが逃げる子を放置すればそのまま一着でゴールする。それをさせないためにある程度ペースを合わせてついていく。それを逆手に取ったペースの乱高下なんて作戦はあるが…そんな高等テクに頼れるほど器用じゃない。

 

だから私が先頭に立って、横をぴったりついてくるリッチを利用したのだ。

 

私の脚、条件次第で着内に入る程度の大したことないスピードでも序盤からそのペースで走れば速い部類に入る。ついてくる子たちにスタミナの浪費を強いることができる。こっちも疲れるけど。ここまでは前と後ろで同じ条件。

 

しかし私は終盤へろへろになってもリッチが横にいることで後続が前に出てくるのをブロックできる。強引に抜けられるほど強い子がいないのは調べておいた。

 

勝負はレース選びから始まっているのだ。なんて。

 

それでも上手く行くかどうかなんてわからなかったけど。

 

計算通り、みたいな顔をしておく。

 

 

 

「しかし、あのいかにも思い込みが強くて扱いづらそうな、その上完全に実力で上回られているウマ娘をよく利用できたな」

 

「ああ、それは…」

 

メルトールリッチ。彼女もまた落ちこぼれだったから。

 

いや、正しくは、レースの走り方をいまいち理解できていなかった。

 

ウマ娘の少ない環境で育ち競走に慣れていない子にありがちで、それでせっかくの才能を発揮できないことは実はよくある。私は単純に才能がない。言わせんな。

 

トレーナーもまだ新人、リッチ自身も相当不器用な子だったようで最初の二年は残念ながら棒に振ったらしい。

 

それでも勝ちたいとがむしゃらにトレーニングをしていた結果河川敷で迷子になっているところを私が発見したのだが(二年トレーニングしてて学園の近くで迷子になるんだからとても心配になる)、リッチは本当に素質のあるウマ娘だと思う。きっとこの先たくさんのレースを勝って、輝くような笑顔で多くのファンを喜ばせることで自らも喜びを得て…そんな理想のレース人生を送ることだろう。

 

 

だから、一つくらい勝ちをもらってもいいよね?

 

 

『リッチ、同じレースに出よう。そこで私が走り方を教えてあげる。リッチはほんとならもっと勝てるんだから、もったいないよ』

 

『いいんですかぁ!?う、うえぇぇ…嬉しいですぅ!!』

 

『な、泣かなくても…まだ私が役に立てるかどうかわかんないのにさ』

 

『でも嬉しいんですぅぅ!!』

 

『もう…ほら、顔拭いて。後でまた相談しよう。トレーナーには内緒だよ』

 

『はいぃ!!』

 

 

 

 

「悪魔か?」

 

「私をこんな凶行に走らせた悪魔に言われたくないよ」

 

「つまり、今のレースを併走として使ったということだろう?適当に頭数を集めれば練習で再現できるようなことを、実戦で他のウマ娘を巻き込んでまで…いや違うな、そこじゃない。シロ。お前最初から、競ってすらいなかったのか」

 

「横を少しも遅れずついてくるリッチにバレないようスタートから全力で走って最後の最後だけなんとか前のめりになって体勢有利の一着。まあ…上出来じゃない?」

 

「…ははっ」

 

「さて、じゃあライブに行ってくるね」

 

「ああ、後方彼氏面で見ている」

 

「なんかやだな、それ…」

 

 

 

「…まさに、レースでは評価されない項目だな」




・メルトールリッチ
ライバルその1
芦毛の元気いっぱい逃げウマ娘。シロツメクサの詐欺に引っかかり妨害の片棒を担がされるがそんなことには一切気付かず、必死で走る彼女の横顔を見て己の走りを定義することに成功し大逃げに開眼する。


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世界一最低な一致団結

レースの世界は眩いばかりではない。

 

五年も走ってればいやでも理解する。

 

私たちはウマ娘。勝ち負けで心を歪めはしないが、それはそれとしてぶつかり合うものだから。

 

 

 

『先頭集団がそのまま団子状態でゴール!!これは写真判定です!』

 

『外側のウマ娘がわずかに体勢有利でしょうか』

 

『…出ました!一着は8番シロツメクサ!二着はホッポウボーロ、三着はマデリン。シロツメクサは前走に続き重賞三連勝です!一番人気マサキクロス、またしても惜敗!』

 

 

 

 

「順調だな」

 

レースが終わると決まってヨルノが地下バ道で待っている。

 

「GⅢ三連勝。この前までその勝ち一つ拾うのに年単位で苦労していたとは思えん成果だ」

 

「全くだよ…本人が一番びっくりしてる」

 

「いや、私の方が驚いている」

 

「なんで張り合ったの?」

 

「今回の種明かしはまだか?」

 

「まだだよ。手を引く前にもう一回くらい勝ちたいなぁ」

 

「欲をかくとろくなことにならんと言うが」

 

「欲がなきゃ勝てるものも勝てないよ。じゃ、ライブしてくるね」

 

「……なるほど、これが闇堕ちか」

 

「人聞きの悪い」

 

 

 

自慢ではないが、実はライブは得意な方で。勝てなかったから披露する機会はなくても、デビュー前からしっかりレッスンに励んできた。

 

私はまだ幸運だ。重賞でもなんとか着内に入ることもあったからセンター以外で踊る機会は多くて、一方で同じトレセン学園の中には未勝利戦を十回も走ってやめていく子もいる。せっかく頑張って入学したのに。スカウトで入った天才に捻り潰されることもあった。私の前のルームメイトがそうだ。

 

そんな子には中途半端に勝って居残っているのがなんとなく申し訳なくもなる。なっていた。

 

「でも今はもうライブが楽しくて!!ごはんもおいしいなぁ!!」

 

「他者を踏み躙って食うメシは美味いか?」

 

「ヨルノの方がよっぽどだよ」

 

無敗でGⅠ勝ちまくったくせにわざと負けて処分食らうのは踏み躙るどころか死屍累々屍山血河の上でよだれ垂らして昼寝してるに等しい。そこまでに負けた子や心をへし折った子に対する侮辱だろう。

 

でもヨルノはそんなことを気にしないし、そんなことはそもそも意識すらしてない。

 

走りたいから走っただけのヨルノに、負けウマの気持ちはわからない。

 

この前折れた鼻の絆創膏が取れてすっかり元の形良きお鼻を取り戻したヨルノはその整ったお顔をまたカレーで汚しながら不思議そうな顔で私を見る。負けウマの私を。

 

 

 

夜の嵐。

 

闇に吹き荒ぶ暴風雨とは、絶望の象徴である。

 

 

 

 

「それで、最近の好調にはどういう種があるんだ?」

 

「んー、実は大したことじゃないんだけどね。今日のレースの一番人気、覚えてる?」

 

「興味がなくて…」

 

「だろうね。マサキクロスって子なんだけど、去年までは三冠を狙えるんじゃないかってくらい評判のいいウマ娘だったんだよ」

 

「までは?意味深だな」

 

「そう。その子ね、リップサービスやマイクパフォーマンスが上手くて。自分はあのタマモクロスさんを尊敬してて、名前も似てるし二代目になる!とか言ってたかな?弥生賞までは無敗で来てそれだからすごい人気もあったんだけど…まあちょっと、やり過ぎたんだろうね」

 

「…?」

 

「口が過ぎる!って、一部の子に目をつけられちゃって。ビッグマウスはファンにはウケがよかったけど他の子をバカにするような過激なことも言ってたから。弥生賞で妨害寸前くらいまでガッチガチに集団マークされて結果着外。ペースを崩されて皐月賞も日本ダービーもボロボロ。その後もレースに出るたびいじめられてるんだ」

 

そのレースに勝ってるヨルノに話すのもおかしな話だが。

 

この子他の人のこと全然興味ないからなぁ…。

 

「…だいぶエグい話だと思うんだが顔色一つ変えないな」

 

「ま、それに加担して一着取ってる身だしね。ヨルノこそ残酷だとか、思ってないでしょ?」

 

「まあ、思ってないな」

 

「ヨルノも同じように囲まれてたんだよ?」

 

「え?いつだ?」

 

「ヨルノは何にも気にせずぶち抜いてたからわかんなかったんだよ」

 

「そうだったのか…」

 

「ま、そういう淑女協定は得てして対象さえ潰せれば後は恨みっこなしだから。なんとか一着取れたのは偶然だよ」

 

「……」

 

「ヨルノ?」

 

「面白い世界だな。一人の脚を引っ張るために何人も協力して、時には自分の勝ち目さえ捨てるのか」

 

「そうなるね。理解できないでしょ?」

 

「…ああ、新鮮で仕方ない」

 

その日、いつもは小学生並みの早寝なヨルノにもっとエグい話を、とねだられて随分夜更かしをした。

 

内容はともかく、なんだか青春っぽくて良かったな。




・マサキクロス
才能はあったが残念ながら出る杭として打たれたウマ娘。それだけ。レースの世界は厳しい。


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世界一最低な決別

「ふぅーん…へぇ…」

 

「…シロ、何読んでるんだ?」

 

「最近流行りの学園新聞。コピー機に限界を感じた誰かがついに印刷機に手を出したんだって」

 

「たかだか校内新聞に印刷機を…?」

 

「ねぇヨルノ、この子覚えてる?この前のマサキクロスって子だよ」

 

「…こんな顔をしていたのか」

 

「ほんとに人の顔見てないんだなぁ」

 

「身体しか見てない」

 

変態か?

 

「身体で判別できるの?」

 

「できない」

 

変態だった。

 

「見てないんだね」

 

「シロのことは顔でわかる」

 

「みんな大体顔でわかるんだよ。それでね、あの子がついに自分をマークしてた集団の中心にいた三人に直談判したんだって」

 

「ほう、結果は?」

 

「ヒートアップして乱闘になって全員出走停止処分とにんじん畑のお世話」

 

「喧嘩両成敗か。まあ妥当な落とし所だな」

 

「そうだね。連座になる前に早めに抜けといて良かったぁ」

 

…それだけじゃないか。

 

目的は多分淑女協定の強制終了と、調子を崩しているマサキの回復だ。

 

次会う時はカモじゃなくて強敵かと思うと、少し面倒だな、と思う。

 

春が終わり、夏が来た。

 

春の最後の大レース宝塚記念もわざと負けるような不届き者が出るでもなくつつがなく終わり、私たちの熱い夏が始まる。

 

 

 

「みんなが合宿行って手薄になったレースに出たけど仕込み無しじゃ三着が限度だったよ…」

 

「まあ妥当なところだな」

 

 

 

こうして私たちの熱い夏が終わった。

 

秋。夏に積み重ねたものが徐々に花開く季節。

 

私もヨルノと合宿トレーニングに勤しんだものの、さすがにクラシック級の参入に際してこれからはもっと多彩な策がいる。

 

「策か…ここはやっぱり定番のアレでどうだ。差し入れに下剤を盛る」

 

「露骨過ぎてバレちゃうよ」

 

「そうか…一度見てみたいんだがな…」

 

「漫画に悪い影響受けた子供だ…」

 

昼時のカフェテリアで下剤を使うとほんとにお腹がゴロゴロいうのかなんて話をするなと言いたいところだが、どうにもこうにも、この時期の私は言い訳のしようがないくらいに気が抜けていた。

 

勝ちを重ねて、目的を持ってトレーニングをして、その喜びや苦労を誰かと共有する。

 

まるでキラキラのスターウマ娘のような、いや、普通のウマ娘のような生活を送っていた私に今後に迫る困難を暗示するかのような大きな影が被さったのは多分、そう決まってたんだと思う。

 

「シロツメクサ」

 

「…」

 

私を見下ろすのは大柄なスーツの中年男。

 

最初は少しばかり萎縮したりもしたものだが、今となってはその身体に見合わない矮小で臆病な中身が可笑しいばかりで。

 

「…?シロ?」

 

「ああごめんヨルノ。…こいつは、私のトレーナーだよ」

 

「…ほう」

 

私とトレーナーの顔を交互に見て、ヨルノはもう一度「ほう」と言った。

 

なんていやらしい顔をするんだ。お前そんな表情豊かじゃなかったろ。

 

「シロツメクサ。話がある」

 

「私にはないよ」

 

「最近、調子がいいようだな」

 

「あんたは黙って出走登録だけしてくれればいい」

 

トレーナーのやり口はよく知っている。

 

迫力のある見た目とは程遠い小心者で、おまけに不器用。私に取り付く島がないと思えば話題を他に移すだろう。例えば、隣で目を輝かせているこいつとか。

 

「…ヨルノアラシ。彼女とトレーニングしていたんだな」

 

やっぱり。

 

相手を傷付けるのを恐れてまっすぐに向き合えず、私たちは破綻したというのに。

 

悪い癖は直らないものだ。

 

「この子が欲しいの?言うこと聞いてれば功績は全部くれるからあんたには向いてるんじゃない?」

 

お互いに。

 

「シロ!話を聞け!」

 

「お前がその名前で呼ぶな!!」

 

「…!」

 

私の上げた大声で周囲の注目が一手に集まると、トレーナーはばつの悪そうにすごすごとカフェテリアを出て行った。もちろん大声はわざとだ。

 

大きな背中を丸くして去っていく姿の、なんと滑稽なことか。

 

「ふん」

 

「…」

 

「ごめんねヨルノ。何の話してたっけ」

 

「思ってたのと違う」

 

「え?」

 

「思ってたのと違う。漫画で読んだケンカ中のトレーナーとウマ娘はこう、もっと複雑な感情が見え隠れしていたのにシロは本気であいつを拒絶していた」

 

「また漫画に悪い影響受けてる…」

 

「何の用事だったんだろうな」

 

「…さあ?出走登録の書類でわからない項目でもあったんじゃない」

 

「なるほど、シロをスカウトする人間が有能なわけがないしな」

 

「おい」

 

その時はまだなんとも思わずにさっさと次のレースに向けての悪だくみを再開したのだが、突然のトレーナーの出現がまさかあんな形で回収されると当時の私は思ってもみなかった。

 

それはとっても、最低な形で。

 

 

 

 

「何も廊下で着替えなくても」

 

「トレーナーのやつが同じ部屋でいいなんて申請出したせいだもんっ」

 

「空き部屋を探すとか」

 

「スタッフさんの仕事増やすのは申し訳ないでしょ」

 

「そ、そうか…」

 

「トレーナーめ許さねぇ!そのちっちぇえメンツぶっ潰してやる!」

 

「こ、これが噂の悪役令嬢…?」

 

ちょっと違う。いやだいぶ違う。

 

後にこの時の会話でヨルノがまともなことしか言ってないことに気付いて夜中に飛び起きた。

 

それくらい、その時の私は冷静ではなかったのだ。

 

めちゃめちゃ掛かっていた。

 

「まさかまさかだよ、あの時の用件がこれだったなんて!」

 

「ああ、色々と驚きだな…まさか」

 

私が出走するレースに、新しい担当ウマ娘を出してくるなんて。

 

「名前はモミジガリ…はは、紅葉だって。白詰草より強そう」

 

「…それなんだが、スカウトされたばかりならこの時期はまだジュニア級じゃないのか?」

 

「知らないの?病気で入院するトレーナーから担当を預かったんだよ。だからシニア級。私と違って三年目のフレッシュなシニア級だけどね」

 

…なんか三年目の大事な時期の子とよく縁があるな。

 

でも仕方ない、四年目五年目まで残ってるってことはそれだけ強さ賢さを増したウマ娘なんだから(一部例外あり)勝ちを拾うにはなるべく弱い子を狙わないと。

 

今回は、ちょっとそういうタイプではないけれど。

 

「…そうだったのか」

 

「と言うか、ヨルノも私を煽るのに「担当を増やしたそうだな」とか言ってたのに、あれがマジでどこかで聞きかじっただけで真偽すら定かじゃなかった情報だったことに驚きだよ」

 

「私は嘘はつかないからな」

 

「嘘よりダサい真相なんだよ…」

 

「…勝てるのか?」

 

「戦績15戦11勝着外なし。最高GⅠ二着」

 

「勝てないな」

 

「勝てるよ。勝つ」

 

勝つんだよヨルノ。

 

だって私は、最低なんだから。

 

 

 

 

『さあ先頭が最終コーナーを回った!12番シロツメクサ上がってくる!先頭を逃げるモミジガリを捉えられるか!』

 

『後続も迫ってきますがここはモミジガリ負けられないですね』

 

『モミジガリ4バ身リード!いや、迫ってくる!シロツメクサが迫ってくる!モミジガリここまでか!シロツメクサだ!シロツメクサが機を逃さない!大外から5番リードロープが突っ込んできたがシロツメクサなんとか一着でゴールイン!!』

 

『前走もでしたが、彼女は咄嗟のチャンスをモノにするのがとても上手くなりましたね。今年五年目とのことですがそのキャリアを活かしたレース勘が身についたようです』

 

『二着にリードロープ、三着にモミジガリ。シロツメクサ、しっかり勝ちを掴んでいきました!』

 

 

 

 

「あーはっはっはっはっは!!!!!」

 

「本当に勝つとは…」

 

「これが私の実力ぅ!!!!」

 

「いや、ありえない…仕込みか?」

 

「仕込みだよ、当たり前じゃん」

 

「当たり前なのか…」

 

「なんで引いてるの?」

 

「いや、漫画だとこういう因縁の戦いでは一度負けるから…」

 

「漫画から学ぶのやめたら?」

 

その日の夜、ヨルノは粛々とコレクションの整理を始めた。

 

 

 

レースが終わりライブが終わり、また廊下で着替えて、ヨルノに引き摺られるようにして帰ってきて。

 

彼女が部屋中に漫画を散らかしているのを眺めながら今回の反省会をする。

 

「散らかしてるんじゃない、分類してるんだ」

 

「途中で読み始めて散らかったまま寝ちゃうやつだ…」

 

「それより、今回の仕込みはなんだったんだ?また誰か抱き込んだんだろうとは思うが…」

 

「んー、それなんだけどね。私は話に乗っかっただけだよ」

 

「…?あのモミジガ某も誰かに恨まれていたのか?」

 

「リくらい覚えようか。逆だよ、彼女は全然そんなことない。謙虚だけどしっかり受け答えしてファンを勝ちで喜ばせる、わざと負けたりなんかしない高潔で理想的なウマ娘だよ」

 

「だとすればますます話が合わない。誰がお前みたいな理想の真逆みたいな限界ウマ娘に協力するんだ」

 

「モミジちゃん本人」

 

「…は?」

 

「わざと負けてもらっちゃった」

 

さすがにヨルノもこれは話が読めないのか、フクロウもかくやと言うくらい大袈裟に首を傾げる。

 

「…そういうことをしない高潔なウマ娘じゃなかったのか?」

 

「と、思ったんだけどね。話を持ってきたのはあっちからだよ。確か…」

 

 

 

『シロツメクサさんですね。よく来てくださいました』

 

『えーっと、モミジガリさんだったよね。話って何?』

 

『私があなたのトレーナーさんにお世話になるようになってしばらく経ちますが…あの人は私にほとんどつきっきりです。その間あなたはどうしているのですか?』

 

『…あー、まあ、ちょっとね。ケンカ中だから。あっ、でもトレーニングはちゃんとしてるよ。同室の子が協力してくれてね…』

 

『…それは、私のせいですか?』

 

『違うよ。勘違いしないで、私とあいつが勝手にケンカしたタイミングと被っただけ』

 

『…トレーナーとウマ娘は共にあって高みを目指せるものだと思います。仲直りをしようとは思わないのですか?』

 

『思わ…』

 

 

 

「まあ正直チャンスだと思ったよね」

 

「ゲスか?」

 

「ゲスだろうとなんだろうと勝てれば嬉しいよ」

 

「それもそうだな」

 

 

 

『…思うよ。四年も一緒にやってきた担当だもん』

 

『だったら…!』

 

『でもさ、四年も一緒だったからこそ、お互いに引っ込みがつかないんだよ。原因も私が結果を出せないからだしね』

 

『結果を…』

 

『そ、勝てない私じゃ何の意味もないんだ。だから…鍛え直してる。五年目だって諦めるもんか、ってね。それでなんとか勝ちは拾ったけど…それだけじゃ足りない!』

 

『…!』

 

『足りないんだ!私が…私が本物だって証明しなきゃ!あの人が選んでくれたことを、正しかったって証明しなきゃいけないのに…!』

 

『シロツメクサさん…』

 

『モミジちゃん…私、一つでも多く勝たなきゃいけないんだ』

 

『…わかりました。では、こうしましょう』

 

 

 

 

     「 計 画 通 り 」

 

「ゲスの極みだ…私は今、興味と好奇心に満ちた人生で初めてドン引きしている…」

 

「トレーナーもよく知る実力者を撃破することで仲直りのフェイズを進める…という建前を!あっちから提案させることで!私は頭一つ下げずに何の関係もないただ偶然巻き込まれた子を利用して勝つことができた!最っ低だよね!!ほんと計画通りで驚いたよ!モミジちゃんの希望するレースに私が出るのを知ってたのに何を考えてるのかあいつはそれを通して!私たちがとっくに繋がってることも知らずに!その上お預かりした大事な子に黒星までつけた!!もう最っ高だよ!まあ私は私でわざと内枠の方へ沈んでもらうことで後続のほとんどを巻き込んで抑えてもらっちゃったりしてさ!大外へ一人抜けてきた時はめちゃくちゃ緊張したけどなんとかなってよかったぁー!!…でも」

 

「…でも?」

 

「勝つって、嬉しいね」

 

「大嘘と同情を利用し立場的な弱みにつけ込んだ挙句汚名まで被せて使い捨てる…最低だな」

 

「嘘ばっかりじゃないよ。ちゃんとトレーナーの顔見に行こうとしたのにヨルノが「待て、嫌な予感がする」とか言って私を引っ張って帰ったんだよ」

 

「これまでの話を聞いて私は自分の判断が正しかったことを知った。今のお前がトレーナーに会ったら確実にもう一悶着起こすだろうからな」

 

「なんでそんなこと言えるのさ」

 

「顔を見に行くと言っただろう。その言い回しは相手を煽りに行くやつの語彙だ。漫画ではそうだった」

 

「逆に聞くけどどんな漫画にハマってたらそんなことまでわかるようになるの?ちゃんと健全なやつ?」

 

「お前よりは健全だ」

 

「いや…だってさ、仕方ないじゃん」

 

「どこがだ。どんな手を使っても勝てと言ったのは私だが、勝つだけならここまでゲスに徹する必要はないはずだ」

 

「いや、まともな手であの子に勝てるとは思えなかったけどね…」

 

でも、どうだろう。

 

一瞬悩んだが閉じかけた口を開く。

 

「私はさ、あのトレーナーに選抜レースでスカウトされたんだ。『君には勝つために必要な強い本能がある。努力さえできるなら君を絶対勝たせてやる』ってね。私もあの人を信じてついて行った。でも…ダメだった」

 

レースに勝つのに必要なのは本能と才能だ。

 

努力だけじゃ、壁は越えられない。

 

気付いた時にはもう遅く、それでも、それでもとかじりついていった結果が30戦近く走って数えられるほどしかない一着の思い出。

 

私には本能も才能も足りなかったんだ。それが悪いのはわかってる。

 

「白詰草の花言葉は幸運、約束…それと、復讐」

 

私を見つけてくれた幸運。

 

絶対に勝たせるという約束。

 

トレーナーには感謝している。していた。

 

でももう、愛想も尽きた。

 

そんなやつが他人から大事な担当ウマ娘を預かるなんて許せないんだよ。

 

自分の担当も勝たせられないトレーナーがどんな顔して…自分の担当と違って勝てるウマ娘を、まるで当てつけのように迎え入れたのか。

 

「だから、これは復讐でもあるんだよ。いつか私のやった悪だくみが全部バレる時、あいつもいっしょに道連れ。私にとっては一挙両得、なんちゃって…へへ…」

 

「…シロ」

 

「あれ、おかしいな…私ここまで、ぐすっ…話す気なんてなかっ、ひくっ…」

 

「シロ…泣いてるのか」

 

そこからは、もう止まらなかった。

 

ヨルノの目も憚らずに後から後から湧いてくる涙を流れるままに枕に吸わせ、何の躊躇もなく泣き咽ぶ。

 

寮の壁が意外と厚いことにこれ以上なく甘える。

 

いつからか。

 

負けて泣きたくなるくらい悔しい時も泣けなくなった。

 

だから、この涙がどうして出てくるのか私にもわからない。

 

なんで?

 

勝ったのは、嬉しいのに。

 

「泣いてっ、ないけど…うぇっ…自力で、勝っだんだよって…自力で勝っだんだよって、言いだがっだぁぁぁぁ……!!」

 

嬉しいのに。嬉しかったはずなのに。

 

今まで泣かなかった分の悔しさが溢れてしまう。

 

もう二度とこんな思いはしたくない、などと。

 

宣言通りトレーナーのメンツをぶっ潰した今、そんなことはもはや言えはしないけれど。

 

 

 

結局私は何故トレーナーが担当ウマ娘の同時出走を認めたのか、ついぞ知ることはなかったし。知ろうともしなかった。

 

私に勝ってほしかったのかな。それとも、負けて引き際を悟ってほしかったのかな。

 

ただ。これが私とトレーナーの決定的な決別となる。

 

 

 

 

子供のように泣き疲れて眠った翌日、私は自分の引退日を定めた。

 

その日私はヨルノとの契約を満了し、その履行でGⅠに勝つ。

 

それでおしまい。

 

ヨルノアラシとの契約も。シロツメクサのレース人生も。

 

そこが世界一最低なサクセスストーリーのエンディングになる。

 

私にふさわしいみじめな幕引きにしよう。世界一最低なエンディングに。

 

 

 

 

「…シロ。お前は自分に才能がないと言っていたが、嘘泣きの才能はあるよ」

 

「これはガチの涙だよ!!!!」




・モミジガリ
ライバルその2
しっかりしているようで意外と純なのでシロツメクサに騙され八百長することになった。
あまり身体が丈夫でない代わりにコンディションをしっかり調整して少ない出走数で多くの勝利を稼ぐ。


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世界一最低な決意

失うものなんてないと思っていた。

 

持っているものは僅かでどれもこれも大した価値はない。ゆえに、擲つことに躊躇なんてなくて。

 

だから、自分の得たものにどんな代償を払ったのか私は気付かない。

 

だから、自分の欲しいものが手に入らないことに私は気付かない。

 

 

 

「ぜっ、はっ、はっ、はっ…」

 

「ふう。…シロ、もう終わりか?」

 

「ま…まだまだぁ…!」

 

「…いや、休憩だな。脚の震え方が私の目にも捉えられなくなってきた」

 

「えっ、自分でも気付かないうちにそんな高速振動を…?」

 

ヨルノアラシは疲れない。かつて彼女が奪って行ったトゥインクルシリーズ最長3600mの重賞出走者は最初から最後まで先頭で逃げる彼女についていこうとして限界までスタミナを吐かされ潰された。

 

一方、シロツメクサはすぐ疲れる。適正距離は2000m、距離適性1800〜2400という競走ウマ娘で最も多いタイプで勝ち抜く武器を彼女は持っていなかった。

 

しかしそれでもその長いキャリアで何度も重賞に挑み、決して少なくない着内入りを果たしている。これは萌芽の前兆であったのだ。

 

そして五年目の今年、ついに開花は始まった!

 

春のGⅢ三連勝で一気に注目された彼女はその後も善戦、評価を上げ続け、先日ついに秋の天皇賞を勝った俊英モミジガリをその前走で下すに至る。この結果からシロツメクサ自身のステップアップも時間の問題と囁かれていたが、ようやく本人の口からその言葉が出たのだ。

 

「次に出るレースを勝って、GⅠに出走します!」

 

まさかの勝利宣言!そして、GⅠへの挑戦!

 

常にギリギリ限界を気合と根性で走り抜けてきた『燃える雑草』シロツメクサが一躍スターウマ娘になれるかどうか、今後も注目されたし。   (記者 上遠野)

 

「シロ、燃やされてるぞ」

 

「若干の炎上は慣れてるよ。今年に入ってからは走りが小汚いとか言われてるし」

 

「この記事も褒められているのか貶されているのかわからんな」

 

「私としてはむしろ、なんで私なんかに取材が来るんだろうって感じだけどね。言うほどシンデレラじゃないじゃん、私」

 

「『燃える雑草』だからな…」

 

「んふっ…ごめんちょっとウケた」

 

「『燃える雑草』」

 

「ぶっ、ふふふふっやめてよそれ」

 

「『燃えよ雑草!!今こそGⅠ挑戦の刻!!』」

 

「あははははははは!!」

 

それは休憩中にしてはあまりにハードな腹筋トレーニングとなってしまったが、まあそこはそれ。

 

実は先日、取材を受けてしまったのだ。

 

記事はちっちゃくて大手雑誌のネット掲載だけど。

 

デビュー戦とその次を二連勝した時以来の取材。思わず携帯の画面を眺めてにやついてしまう。

 

「私ね、5戦目くらいまでは次世代クラシック戦線の三番手くらいには注目されてたんだよ」

 

「微妙だな」

 

「もっと評価してくれない?」

 

「私はクラシック級の王だぞ」

 

「ごめん」

 

「分かればいいんだ」

 

王冠を投げ捨てたやつに論破された。

 

そのことに気付いて腹が立つ間にヨルノは立ち上がるとストップウォッチを握り直す。

 

「休憩は終わりだ。行くぞ」

 

「…そう言われちゃ怒ってる場合じゃないな!」

 

不思議なことに、ヨルノは当初から私のトレーニングに協力的だ。

 

「私の目的にも関わるんだ。全面的なサポートを約束する」

 

「いや、そこまではいらないけど…」

 

「まあそう言うな。ほら、併走しながらタイムを計ってやろう」

 

「なっ、なめやがってこのー!!」

 

当然のように抜けなかったししっかりタイムを計られた上にフォームまで矯正された。

 

ヨルノアラシは直感型天才の割に偉そうに理論や効率を語る。一番腹立つやつ。

 

でも、困ったことに頼りになるのだ。

 

「しかし思い切ったな、まさか宣言までするとは。既に何か種を仕込んだのか?」

 

「は、話しかけるなら息整えた後にして…」

 

 

 

 

 

「今回のレースはGⅡの芝2400m。これを勝てば出走枠の端っこくらいには入れるはず」

 

「なるほど。これ以上出走数を重ねてボロを出すよりワンチャンスに賭けるか」

 

「まあそういうこと。大事なのは勢いだよ」

 

レース当日。ヨルノは珍しく出走前から、と言うか寮からレース場の控室までついてきていた。

 

「ただ、まあ、問題があってさ…」

 

「問題?」

 

「強敵が、ね…」

 

「それを五年蓄えてカビの生えた知恵と腐った性根で勝ってきたのがシロだろう」

 

「そうだね…」

 

「…反論しないのか」

 

「いやぁ…まあ…とりあえず見ててよ。私の、走り」

 

「…ああ、わかった」

 

地下バ道。私たち出走ウマ娘の通る最後の日陰道。

 

この先に逃げ場はないし、全てが明るみの下で決着するまで帰ることもできない。

 

レースはしっかり手薄で勝てそうなものを選んだ。その上で、どうしても避けられなかった相手がいる。

 

「…来ましたね!!!」

 

「…うん、来たよ。リッチ」

 

メルトールリッチ。

 

かわいくて素直、純朴で猛烈な後輩にして、今年の宝塚記念の勝者である。

 

勢いが大事とさっきは言ったが…勢いで言えば、最高だろう。

 

「シロさん。あたし、シロさんのおかげで勝てました!」

 

「見てたよ。人気投票じゃ出走ギリギリの順位からの大逃げ圧勝、すごかった」

 

「えへへぇ!」

 

「当たりたくなかったなぁ」

 

「そう言ってもらえて嬉しいですぅ!でも、シロさんとはレースで決着をつけたかった」

 

「…リッチ」

 

「あたしを導いてくれたあなたに!お見せします!本気で!最高な!あたしを!!」

 

ああ、これは。

 

まずいやつだ。

 

私はどうやら、たかだか一勝欲しさにとんでもないものを掘り起こしてしまったらしい。

 

地下バ道の出口、光と歓声を背負いながら宣言するその佇まいは。

 

どう見ても、スターウマ娘のそれだった。

 

 

 

 

 

『ゴォール!!!一着、一着はシロツメクサ!二着はマイプライズ、三着はソリ!事前に勝利宣言をしていたシロツメクサ、見事公言を果たしました!一番人気メルトールリッチはなんとか五着』

 

『なんだかいつもの走りではありませんでしたね。不調やケガでなければいいのですが』

 

 

地下バ道に戻ると予想通り、すぐさまヨルノが超高速スタートダッシュで詰め寄ってきた。

 

「盛ったな!?なあ盛ったな!?」

 

「何のこと!?」

 

「盛ったんだろう!?下剤か?ふえるにんじんか?あるいはもっと過激なやつか!?」

 

「いつにない興奮!!…まあ、その辺は話を聞いてよ」

 

そう言うとヨルノは目をきらきらさせながら私の最低エピソードを待機する。どうしてこんな子になっちゃったんだろう。

 

さて、事の始まりはレース前に遡る。

 

実は私は事前にリッチの控室を訪れていたのだ。

 

 

 

 

 

『わ、シロツメクサさぁん!来てくれたんですねぇ!』

 

『まあね。でも驚いたよ、あの記事読んでたんだ』

 

『もちろんですぅ!レースもライブも全部追っかけてますよっ』

 

『熱烈すぎて心配になるなこの子』

 

『きみがシロツメクサさんか』

 

『あ、リッチのトレーナーさんですね』

 

『彼女が世話になったようで何よりだ。何でも、迷走していたリッチにコツを授けてくれたとか』

 

『あはは…いやいや、そんな大したことじゃありませんよ』

 

『しかしそのおかげで迷妄の霧は晴れ、彼女はやっとその才能を発揮することができた。あなたのおかげだ』

 

『だからこそ…だからこそ!シロさん!あたしは、あなたに勝ちたい!』

 

『…そこまで言われて、逃げるわけにはいかないもんなぁ。…あ、そうだ。これ、つまらないものですが』

 

『ん?どうもご丁寧に…むっ、これは!』

 

『一口サイズのカップケーキがたくさんですぅ!』

 

『この匂い…バナナ?まさかこれは…』

 

『私がトレーニングやレースの前に食べてるおやつです。バナナとか、エネルギーになりやすい材料で作って一つだけ食べるんです。あむ。…こんな風にね』

 

『なるほど、速効性の栄養食!スポドリも添えてバランスがいい!』

 

『いただいてもいいんですかぁ!?わーい!!』

 

『待てリッチ!待つんだ!』

 

『はぇっ!?トレーナーさん、なんで止めるんですかぁ!』

 

『よく考えろリッチ…これは、これはなぁ!』

 

『…ま、まさか!』

 

『ああ間違いない…彼女が秘めてきた…勝つための秘訣だ!!』

 

『そ、そんな大事なものを、あたしに!?』

 

『…まあ、正直気休め程度だけどね。でも、一歩でも全力で走り続けられるようにエネルギーが欲しいから。これは全力で挑むっていう、私の覚悟だと思ってほしい』

 

『し、シロさぁん!!!』

 

『リッチ…!心していただこう!!』

 

『はい!!!…おいひー!!!』

 

『うまーい!!!』

 

『あははは…じゃ、私はこれで』

 

 

 

 

 

「やっぱり盛ったんじゃないか!!!」

 

「あー…それがね」

 

興奮するヨルノの首を無理矢理そちらへむける。

 

地下バ道で大騒ぎをするのが、もう二人。

 

「ぶぇぇぇぇん!!!」

 

「くっ…なんということだ…これは…!」

 

「…あの暑苦しそうな男がメルトールリッチのトレーナーか?トレーナーとウマ娘は似るんだな」

 

「そういうこと言わない。…私ね、昨日の夜カップケーキ作ってる時、めちゃくちゃ悩んだんだ」

 

連絡が来たのは本当に突然だった。

 

記事が掲載されて数分後、電話の相手はリッチ。

 

そこで、私は宣戦布告されたのだ。

 

冗談じゃねぇ!と思った。

 

なんとかして次を勝ってGⅠでヨルノに勝たせてもらって全部おしまいにしようとしていたところにぶち込まれた弾道ミサイルに対策を迫られる羽目になった私の気持ちを考えて欲しい。

 

一番に思いついたのは、やはり薬。

 

何を作って渡そうとも私が先に口をつければまず間違いなく、いや渡すだけでも間違いなく躊躇なくその場で即座に食べるだろう。リッチはそういう子だ。すごく心配になる。

 

とにかくリッチさえどうにかできれば…おそらく勝てる。

 

そこまで計算できた、ほとんど奇跡みたいなチャンスを逃すわけにはいかない。

 

やるしかないんだと自分に言い聞かせながら菓子作りに挑み。

 

「でも、盛れなかったんだよね…」

 

「…?だが、現にこうして効果は」

 

「いや、あれ…」

 

 

 

 

「うぅ…シロさん、ごめんなさぁい!!あたし…あたし!!美味しすぎて、全部食べちゃいましたぁ!!!」

 

「リッチ、それは俺の責任だ…!俺が、途中で止めてさえいれば…!あんまりに幸せそうな顔で食べるお前を止められなかった俺の…!俺の指導不足だぁぁっ!!!くそぉーっ!!!」

 

 

 

「えー…?」

 

ヨルノは見たこともない顔で固まった。

 

「食べ過ぎで調子崩して負けた…?そんなことある…?」

 

「満足感出すのに甘めにはしてあるんだけどさ…美味しいからって全部食べるとは思わないじゃん…」

 

「えぇ…?」

 

結果はともかく、通路でたむろしていても仕方ない。ライブに備えて休憩と着替えのために控室へ戻る。

 

そこには、トレーナーがいた。

 

大きな身体を小さなパイプ椅子に詰め込んで。

 

あんなことをしたのに、前と変わらない不安げな顔で。

 

…目が合う。

 

「!シロ…」

 

「…トレーナー」

 

一瞬の硬直。咄嗟にヨルノが私とトレーナーの間に割り込んだ。

 

「一つ言わせてもらう」

 

「…なんだ、ヨルノアラシ」

 

「トレーナーは私だ」

 

「いや違うけど…」

 

ボケたいがために挟まりに来るな。

 

閑話休題。

 

トレーナーが訥々と話し始めるのを、私はただ待った。

 

たっぷり1分経ってから、重々しく口を開く。

 

「シロ…いいレースだった」

 

「…ま、トレーニングもがんばったしね」

 

「私のコーチングのおかげだな」

 

「感謝してるからヨルノはちょっと待っててね」

 

「それで、本気なのか。GⅠに、挑戦するというのは」

 

「…本気だよ」

 

「…どれだ?」

 

「そうだ、私もその辺りは聞いてないぞ。トレーナーとして聞かせてもらおう」

 

「この時期にこの距離なら…有マか?」

 

「なるほど、今のシロなら人気投票もなんとか滑り込めるかも知れないな」

 

「ハズレ。あのね…」

 

「いや待て…お前の距離なら、少し遠いが大阪杯か?」

 

「ふむ、挑むなら得意なディスタンスに、というのは理に適っている」

 

「それもハズレ。えっとね」

 

「それとも…ジャパンカップか!?来週だぞ!?」

 

「ほう、何らかの手で出走登録を済ませているということもあるか」

 

「フェブラリーステークスか!?」

 

「東京大賞典か!?」

 

「話聞けお前ら」

 

「すまん…」

 

「ごめん」

 

「…あのさ。二人は」

 

 

 

 

「…二人は、私が天皇賞に出るって言ったら、笑う?」

 

 

年が明けて、トゥインクルシリーズ六年目の春。

 

私は、ヨルノアラシに挑戦する。




・メルトールリッチ
このレースの後、二度と食べ過ぎで体調を崩さないように訓練を積んだ結果、レース前にたくさん食べても全力で走れるようになった。違う。そうじゃない。


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世界一最低な…

学園の入学者はみな選ばれたエリートだと聞いていた。

 

誰もが競走ウマ娘として輝くことを目指しレースを走るのだと聞いていた。

 

一つ忘れていたのは、レースに「いずれ勝てる」は存在しないということ。

 

誰より速く走れないのなら、永遠に輝けなどしないのだ。

 

 

 

 

 

ヨルノアラシ、復活。

 

一年前、レースに対して真摯でないと批判され下された無期の出走停止処分がついに解除された。

 

発表後すぐ多くの記者が一言を求めて学園にまで詰め掛けたが、本人からのコメントは文字通りただ一言。

 

「天皇賞に出る」

 

この時期で天皇賞と言えば春の天皇賞だろう。

 

発表はすぐさま拡散。出走表明に対し多くの一般ファンや著名人がSNSで様々な意見をかわしているのもどこ吹く風、ヨルノアラシは粛々とトレーニングに励んでいる。

 

しかし、彼女はその知名度に対してあまりにも私生活に関する情報が少ない。停止期間中も外出自体を自粛したり、かと思えば他のウマ娘のコーチングに当たっていたり。

 

今回の天皇賞出走についてもいまいち読めない。二月現在で今からなら大阪杯を復活の舞台にしてもいいと思うが(彼女ほどの規格外のウマ娘であれば、だが)、春シニアの三冠を捨てる理由は全く予想できない。

 

今回はそんな謎多き王者ヨルノアラシについて囁かれるとある噂について検証してみた。

 

それは、重病説だ。

 

なんと、彼女は既に病魔に侵され余命幾ばくもないのではないかという噂がまことしやかに囁かれている。

 

時を遡ること一年。そう、あのフェブラリーステークスから既に彼女の不調は始まっていたのだと。

 

確かに謎の失速についてはそれで説明がつくかもしれない。だが、そもそもの根拠は?

 

筆者も半信半疑だったが、その情報を聞いては信じざるを得ない。

 

他でもない学園関係者の証言でその事実は明らかになった。

 

停止処分から二ヶ月経った四月のある夜に彼女は救急車で病院に搬送されていたのだ。

 

理由は鼻からの夥しい出血。原因は調査によると鼻の骨折だそうだが関係者曰く、とてもそんな出血量じゃなかったとのこと。

 

ただでさえ鼻からの出血と言えば頭部に関する重大な病を思わせる症状だと言うのに、それがフェイクだとしても喉や内臓から出ていたのだとすればこの時点でまともに走れないのは当然のことだ。同時期の引きこもりも療養と見れば納得が行く。そして

 

「ねぇヨルノ。ヨルノって死にかけなの?」

 

「は?」

 

「いや、ネットに書いてあって」

 

「…死にそうに見えるか?」

 

「いや全然。あと千年生きそう」

 

「この記事か…ひどいな。本当に鼻が折れたのに重病だと?鼻が折れる痛みを知らないようだな」

 

「人の気持ちのわからないやつだね」

 

「度重なる通院…鼻だって言ってるだろうが!」

 

「ごめんヨルノ状況が上手くハマりすぎてて笑える」

 

「元はと言えばシロが…まあいい。しかし通りで記者会見の時も…」

 

 

 

『ヨルノアラシさん。復帰一戦目にこのビッグタイトル。大きく出ましたね』

 

『言いたいことは一つだ』

 

『はい?』

 

『春の天皇賞3200m、私は大逃げする。出走者諸君は後からゆっくりついてきて二着争いをするといい』

 

『『!?』』

 

 

 

「作戦のための挑発とは言え石の一つウマ娘の一人くらい飛んでくると思って身構えていたんだがな。半死人の強がりだと思われていたのか」

 

「んー、こっちの記事のせいでもありそう」

 

「ん?日付は最近だな…どれ」

 

 

注目すべきはもう一人。人気や実力ではなく、言うなれば運命が彼女たちをレースに駆り立てたと言うべきか。

 

プライベートが謎に包まれているヨルノアラシには明確な関係者が一人だけ存在する。

 

彼女の名はシロツメクサ。今回の天皇賞(春)に出走するウマ娘だ。

 

なんと彼女はトゥインクルシリーズ六年目のベテランにして、今回がGⅠ初出走という遅咲きのドラマチックなウマ娘である。

 

だが、その影にはさらなるドラマが秘められていた。

 

冒頭でも書いた通り、彼女はあのヨルノアラシの関係者だ。

 

寮における同室のルームメイトにして学園の先輩。これだけでもやっと同じ舞台に辿り着いた先輩と頂点に君臨する後輩のルームメイト対決!などと銘打てそうなものだが事実はさらに深いところにある。

 

なんと、処分を受けて以降のヨルノアラシの目撃証言はほぼ全てシロツメクサと一緒にいるところだと言うのだ。

 

時にトレーニングに協力し、時にレース場でトレーナー同然に振る舞い、外出時も共に買い物をしていたヨルノアラシ。

 

なんとシロツメクサの成績もヨルノアラシとの目撃情報が出始めた四月から連戦連勝なのは明らかにそのコーチングあってのものだろう。

 

絆を深めた大切な一年を経て、ついに二人は同じ舞台に立つ。

 

ヨルノアラシについて流れる噂が真実だとするなら、この一戦はますます重要なものになるだろう。

 

何がきっかけかは誰も知らない。

 

どんな経緯があったのか誰も知らない。

 

だが、運命が二人を導いた。

 

そして二人が対決の運命を選んだのだ。

 

 

 

「くっっっっさ」

 

「草」

 

「元号も変わってしばらく経つのにまだこんなクサい文章を書く人間がいるのか…」

 

「でも閲覧数すごいよ?私たちのおかげで特別ボーナスかぁ、いいなぁ、分け前もらえないかな」

 

「しかもここでも私の病人説が仄めかされて…つまりなんだ、世間ではお前の栄達の最後に残り少ない命を燃やして立ち塞がる私、みたいな図が出来てるのか?」

 

「ウマ×ウマ百合の命懸けクソデカデートかぁ。自分たちのナマモノじゃなければイケるんだけどなぁ」

 

「シロ…最近私にわからない言葉を使うようになったな」

 

「ふふふ…楽しいよ?アグネス先生の第二文芸部。ヨルノも来なよふふふふ…」

 

(以前のシロにはなかった威圧感を感じる…第二文芸部、一体どんな集団なんだ…!)

 

そんなこんなでついに時は来た。

 

春の天皇賞、当日である。

 

出走ウマ娘はみんなヨルノの煽りと世間の勝手な推測のせいでイライラマックスだろうけど悪く思うな。勝つためだ。

 

当の本人は自分に関する記事を検索しては顔を顰めている。見なきゃいいのに。

 

と言うか、なんで当然のように私の控室にいるんだろう。

 

「周りの評価なんて気にしないんだと思ってた」

 

「気にならないわけじゃない。これはただの…興味と好奇心だ。いやでも見てしまう悪癖、なんとかしたいものだが」

 

「ふぅん…じゃあ、こっち見てよ」

 

「うん?…いつも通り貧相だな」

 

「終わった後覚えてろよ。違う違う、勝負服!どう?似合ってるよね?私としてはこの白と緑を基調にした一見すると清楚な感じによく見ると結構肌を出してる挑戦的なデザインのバランス調整が上手くいったんじゃないかな。顔周りもサンバイザーで爽やかに!髪飾りと靴の四葉のクローバーがチャームポイントで」

 

「…?全部ひっくるめて貧相だと言ったんだが」

 

「もういっぺん鼻折ったらぁ!!!!」

 

指一本で止められた。

 

「貧相だなぁ」

 

「きー!!」

 

これが私とヨルノの本当の格差だ。

 

同じウマ娘とは思えないほどの、それは絶望的な頂点と最低辺。

 

勝負服を纏う姿は…

 

「…ヒールだなぁ」

 

「そうか?黒はかっこいいし腰マントは強者の証だぞ」

 

「感性が小学生だ…」

 

元は学ラン…なのだろうか?普段からパンツスタイルの彼女は勝負服もそうしている。腰マントがあるからか長ランにも見える。

 

しかし学生服がモチーフとなると黒い帽子も学帽に見えてくるし、過剰なまでの黒一色にもひとまず納得が行く。

 

元の髪も黒いのに勝負服も黒、手袋やブーツまで黒一色なのだ。

 

「デザイン担当に相当渋られた」

 

「そりゃそうだよ」

 

誰がGⅠレースの舞台やライブでその辺にもいる全身真っ黒学ラン見たいんだ。

 

…これが意外に好評でアンチと同じ数だけ膨大なファンがいるのも確かだが。

 

天才ヨルノアラシはライブやファンサも挑発と同じくらい得意である。

 

アイドルでも俳優でも「好きでも嫌いでもない層」というのはどう足掻いても存在するはずだがヨルノアラシという強烈な存在は良くも悪くも他者を惹きつけざるを得ない、らしい。

 

黒い勝負服の中で目立つのは金のボタンと左胸に光る五つの勲章。

 

輝かしい功績を表すはずの証は漆黒そのものの中にあってはなんとも禍々しく、かつてシンボリルドルフをはじめとした優駿が用いた装飾のように栄光を示すものにはとても見えない。

 

勝負服のデザインと勲章のミスマッチが意図的なものかはわからないにせよ、なるほどこれは…似合わないからこそ、嵐の如く全ての勝利を奪い去ってきた簒奪者の名に相応しい。

 

「強者なのも確かだしね」

 

「ああ。私は最強だ」

 

「はいはい」

 

漆黒の暴君と弄ばれている下民。

 

嵐と雑草。

 

並ぶに相応しからぬ強者と弱者の対比と見るならこれはまさに運命…なんて。

 

「改めて確認しておこう、作戦はこうだ。私が逃げる。みんな追ってくる。私が速すぎてバテる。シロが来る。私が譲る。…よし、完璧な流れだな」

 

「…大逃げで全員のスタミナを吐き出させようだなんて、ステイヤー相手に正気とは思えないけど。まあ、ヨルノだしなぁ…」

 

「GⅠともなれば明らかにシロでは地力で負ける。逆に言えば、シロ以外の全員を潰してしまえば楽勝というわけだ」

 

「逆に言えばってレベルじゃない暴論。…まあでも、やるしかないか。舞台は整った、トレーニングは積んできた、挑発とかの仕込みもやった」

 

「後は勝つだけだ、シロ」

 

「…うん」

 

実力は最低クラス、2400mが限度のウマ娘が3200mを走り、勝つ。

 

正気じゃない。絶対勘繰られる。バレたら二度と日向を歩けない一世一代の大イカサマ。

 

でもやる。

 

勝ちたいから。

 

さあ、出走だ。

 

 

 

この後出走直後に他のウマ娘が意地を見せてハナを奪ったりスタミナ度外視でヨルノと競ったりとあれこれ想定外の出来事が起こるたび心臓が痛くなるほど驚いたが最後尾の私には関係ないのでそういったドラマチックな部分は割愛する。多分ヨルノも気にしていないだろう。要約すると、結局ヨルノが先頭を譲ることはなく予定通りに大逃げに入り、予定通りに私以外全員を消耗させる。

 

問題はその後起きた。

 

『さあ残り1200mを切った!ここでようやく上がってくる!嵐の王の挑発に乗らなかった、唯一の挑戦者がやってくる!』

 

正直、そこまでの2000mでスタミナは私も削られていたけど。

 

心までへし折られた連中なら抜けないこともない。

 

最後尾からのごぼう抜き。今までに体験したことのない爽快感…なんてものはない。私が通り過ぎるのは既に嵐が蹂躙した無残な爪痕なのだから。

 

それでも前を向く。目指すのは前で待っているヨルノの一歩前。

 

そこまで走れば全てが終わる。

 

やっと終われるんだ。

 

だと言うのに、だと言うのに、だと言うのに。

 

(あれ…?)

 

一向に差が、縮まらない。

 

(ヨルノ、なんで)

 

待ってよ。

 

(このままじゃ、追いつけないよ)

 

「…ヨルノ?」

 

 

 

「すまん、シロ」

 

私は一つ、嘘をついた。

 

「私は嘘をつかないと言ったな」

 

アレは嘘だ。




・ダイヤブレイド、メイセイメレー、エアメロー
出走ウマ娘としてヨルノアラシを打倒せんと息巻いていたはずのみなさんの中で根性があった順の三人。彼女たちの健闘は我ながら上手く書けたと思います。特にヨルノアラシをライバル視していたダイヤブレイドがハナを奪い、重病を押してレースへ出てきたヨルノに引導を渡す役目を自らに課した彼女が「勝ち逃げなどさせるものか!お前は僕が討ち取ってみせる!」と涙ながらに後続を引き離す激走を見せたシーンとかは特にありませんでしたがそもそもヨルノも病人ではないので抜かれはしたものの「私は気にしないけど作戦があるからなぁ…」とあっさり抜き返したりメイセイメレーが「ヨルノアラシ…貴女には恨みがありますの。…わたくしのハートを奪った恨みが!」って言ったりエアメローが「ヨルノアラシ…will be extinct.」って言ったりとかはあったようななかったような気がしなくもないです。


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世界一最低なゴール

前回までのあらすじ!

 

私、五年間走って5勝もできなかったクソザコ限界ウマ娘シロツメクサ!ある日同室の最強なのにわざと負けて出走停止処分食らったクソバカウマ娘ヨルノアラシにGⅠ勝利をエサにイカサマレースを見せることを迫られる!秒で承諾したけどね!

 

騙し、いじめ、差し入れ、なんでもやって勝ち続けなんかそのたびに上手いこと転がるから味を占めた私はついにヨルノとの約束のGⅠに挑戦!なんだけど…

 

なんかヨルノ、約束と違くない?

 

 

 

 

私は人間同士の両親から生まれ人間の間で人間の常識に触れて育った。

 

と言っても、自分と他人の違いにはすぐ気付いたし他のウマ娘と出会うこともあった。

 

だから多分、これは私の面倒な悪癖のせいなのだろう。

 

悪癖。それは尽きせぬ興味と好奇心。

 

この世の何もかもが不思議で仕方ない。

 

余裕のある家だったから両親から多くのものを与えてもらい知識欲を満たし続ける毎日。ウマ娘なのに走りもしないで十数年。

 

初めてまともに走ったのは、トレセン学園の入学テストだったか。天才として祭り上げられ始めたのもその時から。

 

入学した理由は親の勧めと、飽き。

 

本を読み漁ったり実践したりもそろそろ疲れてきたし、気分転換するか程度の動機だった。

 

人生十数年、初めての休息。

 

何故か走ることは身体に馴染み日常となったが、気まぐれにスカウトを受けてレースに出てみると驚いた。

 

勝つとまるで満たされるような感覚があるのだ。

 

なるほど息抜きで楽しくやれるならそれに越したことはない。妙に意見をつけてくるトレーナーとの契約を打ち切り私の好きに走れるようなトレーナーを見つけた。

 

適度に楽しくやっていた私の人生に雑音が入り込んだのは何戦目のことだったか。

 

「舐めんじゃねぇ。お前、本気じゃないだろ」

 

「…?本気でなければ何か問題があるのか?」

 

「大アリだよ!マジでやり合ってこそレースだ!勝ち負けなんてオマケでいい!」

 

「そうか。私は勝ちたいがな」

 

「いくらでも勝ちゃあいい!ただし本気で走るなら、だ!」

 

本気。

 

本気とは?

 

困ったことに、私は本気、というやつを知らなかった。なにぶんレースで勝つのも誰より先にゴールすればいいだけの話なので必死になったことすらない。ましてや意識する相手もいなかったし、そんなものを求められるとは露ほども思っていない。

 

言葉の意味を調べた。用法を調べた。聞き取りをやった。漫画を読んだ。アニメを観た。

 

本気とは?

 

試しに叫びながら力んで走ったがむしろタイムは悪い。

 

はて?

 

本気は難しい。私が初めてぶち当たった壁である。

 

そうこうしている間にもレースで破ったウマ娘からは本気でやれ、次は本気でやろう、本気なら勝ってたなどクレームが入り続ける。

 

誤解されがちだが他人からの評価は気にしないということは他人からの文句を気にしないということではない。普通に気にするし恨まれるのは御免だ。

 

普段はどうしたらいいのかわからないので目下原因解明中だと途方に暮れるところだが、一つ引っかかったものがあった。

 

本気なら勝ってた?

 

じゃあ、なんで本気じゃなかったんだ?

 

後から思えばそれはただの負け惜しみで、意味のある言葉ではなかったように思うが私はここで一つ仮説を立てるに至る。

 

世の中には本気を出せるやつと出せないやつがいるのでは?

 

私は天才で最強でなんでもできてたからずっと気付かなかったが、もしかすると私は後者なのではないか。

 

そうなると困った。私は一生本気について知ることができない。

 

有マを勝った日にその可能性に思い至った私、レース二年目にして最大のショックを受ける。

 

こうなると気晴らしだったはずのレースも味気なくなる。

 

いずれ辿り着けると思っていた答えに一生辿り着けないと知るのは初めての経験だったから。

 

一着を取れない、イコール満足を得られないレースに走る価値はない。まともに走る気を無くした私は出走停止処分を受け入れしばしレースから離れる。

 

解決できるかもしれない方法を思いついたのはそれから二ヶ月後。

 

自分にできないのなら、他人にやらせてみればいいのでは?

 

なんでも自分で実践してきたがゆえの盲点だった。

 

思い立ったが吉日、早速サンプルとして一人引っ掛けてみる。

 

名前はシロツメクサ。同室の先輩にして私とは似ても似つかない凡才。

 

多くの失敗と負けを積み重ねながら学ばない不毛なやつ。でも、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

彼女が私の人生を変えた。

 

 

 

 

「シロ、お前は本当に面白かったよ。私には絶対知ることのできなかった『本気』をお前は教えてくれたんだ」

 

他者の足を引っ張ってでも、自分の希望を切り捨ててでも。

 

勝ちたいという気持ちこそが本気だ。

 

だからこれで最後。

 

「追って来い、シロ。お前なら、来るだろう?」

 

私が約束通りスピードを落とすかどうかに関わらずお前は必ず来る。

 

ほら、来た。

 

 

 

わけがわからない。

 

残り1000m、ヨルノはまだ前にいる。当たり前だ、ヨルノが普通に走っている限り追いつけるわけがない。

 

理由は分からないけど間違いないことが一つ、ヨルノは約束を反故にした。

 

あのクソガキ絶対許さねぇ!!どんな手を使ってもあのかってぇ脳天かち割ってやる!!

 

そんな風に意気込むのはタダだが無駄でしかない、どんなゲスパワーでもこの状況を覆すのは不可能。無駄だって。絶対無理!

 

わかってんのに!

 

でもなんで!?どうして脚が止まらない!?

 

今私の身体を動かしてるのは誰だ!?

 

 

 

『本日のメインレースはステイヤーたちの祭典、天皇賞(春)。絶好の晴天でありながら今年の春は大荒れです!権威あるレースにあるまじき、これは彼女の独壇場!

 

先頭を往き続ける者の名はヨルノアラシ!!帰ってきた嵐が、その名のままに荒れ狂う!!

 

挑む勇士は数多く!しかしその全てが災厄に呑み込まれました!

 

しかし!まだ一人残っている!嵐の王の挑発に乗らず、その柔な茎をしならせ暴威を受け流した彼女がいる!

 

追う者の名はシロツメクサ!夜の嵐が選んだただ一人の勇者がついに挑みかかった!!

 

残り800m、果たして捉え切れるのか!!!』

 

 

 

…あと何m?ヨルノはいつゴールする?

 

私が頑張らなくてよくなるまであとどれくらい走ればいい?

 

いつになったらこの勝負を捨てられる?

 

もう喉も肺もからっから。酸素の供給が追いつかないから頭はぼーっとしてきたし、心臓の鼓動は逆に聞こえない。いや、止まってるのか?

 

脚だって感覚がない。無理矢理動かし続けやがる誰かのせいだ。

 

もういい。二着でも大健闘なんだから。私もきっとヨルノの伝説に名前を添えてもらう形で歴史に名を残すこともワンチャンあるし…

 

月並みだけど、これ以上何も言うことはないよね。

 

 

 

 

『残り600m!!私たちは今信じられない光景を目にしています!あの最強ウマ娘ヨルノアラシに…迫る者がいる!!』

 

 

 

 

…文句はこれでおしまいだ。

 

弱音もおしまいにするしかない。

 

今目の前にぶら下がっているのはにんじんじゃなくてイミテーション。紙に書いて写真に撮って一旦保存した後モザイクをかけて保存形式を変えた後にオレンジじゃなくて金色オンリーで印刷した偽物なんだけど。

 

参ったことに。

 

その金ぴかが欲しい。

 

本当は金ぴかですらないけれど!

 

 

 

『残り400m!!シロツメクサ迫ってきた!!何が起きているか私にもさっばりわかりませんが!シロツメクサ猛追!!』

 

 

 

「ははっ…はははははは!!!!」

 

そうだシロツメクサ。お前が見せるんだ。

 

誰より速くゴールするためにその本能を曝け出せ。

 

才能はなくていい。私が欲しいのは本物の本気だ。

 

スタミナが切れたな?だったら持ち前の気合と根性でなんとかしろ。

 

勝ちたいという気持ちだけで限界を振り切れ。私を。

 

私を!その本気で!

 

「超えてみせろ!!!シロツメクサ!!!」

 

「だぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!」

 

よくよく考えれば私このレースで引退するんだった!いくら無茶しようが今後なんて関係ないんだからなんの問題もないしたとえ脚が爆発したってこれからは静かに走ればいい!

 

「…ぶだ…」

 

大体誰かが動かしてるってなんだ、私の身体なんだから動かしてるのは私に決まってるし、脚を動かしてるのは私が勝ちたいからだ!

 

「…うぶだ…!」

 

そんであの知りたがりのクソガキに教えてやるんだ。

 

ウマ娘はなぁ!

 

レース中いきなり親友に裏切られても!

 

立ち直るのに、一話もかけてらんないんだよ!!!

 

 

 

ヨルノ。私の世界一最低な友達。

 

 

 

 

 

「……しょうぶだぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」

 

 

 

 

 

 

シロ、気付いてるか?

 

 

『残り200m!!ついに射程圏内!!!』

 

 

今お前、ひどい顔してるぞ。

 

瞳孔はガン開きで口の端から泡吹いてて、と言うかしばらくまばたきすらしてない。

 

レースの時、私は視界が切り替わる。

 

前より横や後ろが見えやすくなるんだ。

 

この直線で、私の視界に入るところまで来たんだな。

 

「…ッ!!」

 

お前の本気、見せてもらった。

 

「…ぁぁぁああああああ!!!!!」

 

 

 

『3200mの長い戦いが!!今!!ようやく……ゴォール!!!』




次で最終回です。ここまで読んでいただきありがとうございました。


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世界一最低な最終回

唯一抜きん出て並ぶものなし。

 

でも、一緒に走るのも悪くない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『…ゴォール!!!一着はヨルノアラシ!最後の最後で意地を見せ凄まじい末脚でなんとあの距離から4バ身差!シロツメクサ敗れましたが二着!遅れてやってきた開花の時!誰もが道見失い風雨に斃れる夜の嵐の中に大輪が咲き誇りまし…おっとヨルノアラシ急制動、精魂尽き果てたシロツメクサを抱き止めに行きました』

 

『おや、これは…』

 

 

 

「よくがんばったな、シロ」

 

「…ぁ…?」

 

「喋るな。喉を痛めたんだろう。全く無茶をする」

 

「……」

 

 

 

『これは…ヨルノアラシひざ枕をしていますね。ライバルの健闘を讃えつつ担架を待っているようです』

 

『優しく頬を撫でています。親愛の表れでしょうか』

 

 

 

「ああそうだ、シロに謝ることがあるな」

 

「ぅ…?」

 

ぼんやりとしていた意識がはっきりしてくると、そこには視界の半分を占めるデカい乳ともう半分を占める美人の顔。

 

半分知らない天井であった。

 

「すまん、シロ。負けなくなかったから、ちょっとだけ本気を出してしまった」

 

「…!?」

 

「この埋め合わせは今度する。私がカレーを作ってやろう」

 

「…!」

 

「ふふ。指一本も動かないんだな、よしよし」

 

「…!…!」

 

「暴れようとしても無駄だぞ。ゆっくり休め…何?担架が来た?待たせておけばいい、担架より私の膝の方がいいだろう」

 

「…!」

 

「今は休んでまた走れ。お前はずっと私と走るんだ。お前は私の…ん、腹の方にゴミが、ああすまん、胸で窒息させてしまった。ボタンも痛いか。ええい外してしまえ…よし、これでいいな。ふふっ、こうしてみるとお前もかわいげのある顔を…担架?いらんと言っている」

 

 

 

『これは…ヨルノアラシが担架を拒否していますね』

 

『親猫のごとく救護班を威嚇しています。どこかで冷静になれればいいのですが』

 

 

 

この後「さあ、ライブに行こう。勝者である私をちゃんと…」「…!」「何?だから、担架は待たせておけ。私が運んでやる」「…!!」という口論(?)の果てに近寄りがたそうにしていた救護班とドン引きしていた他のウマ娘数人がヨルノに突撃、私は見事救助され事なきを得たがぶっ倒れた私に対してライブ出ろってなんだ。横暴すぎる。誰かあいつを止めて。

 

それに比べて救護の人は優しいなぁ。他の子の援護があったとは言えヨルノから私を奪取してくれたし担架全然揺れないし超快適。このまま寝そう。

 

「あの…」

 

「……?」

 

なんだろう、喋れないけど大丈夫かな?

 

「ライブ、出ます?」

 

「……!!!」

 

出るわけねぇだろ!!!

 

こうして私は病院に搬送され即日入院となった。極度の疲労はあるものの故障に繋がるほどのダメージがない、奇跡だと言われたが全身激痛いので今の私には関係ないんだよ。

 

というわけで、私は負けた。

 

世界一最低なGⅠ制覇は、事もあろうに首謀者の手で白紙になった。

 

…そうなんだよね収拾つかないんだよこれ。

 

だからこれからも私の挑戦は続いていくんだ!…って、わけでもなく。

 

GⅠは獲った。

 

『ゴール!!秋の天皇賞、勝者はシロツメクサ!並み居るライバルに打ち勝ち秋の盾を手にしたのはシロツメクサです!』

 

「はっ…はっ…はっ…あれ?」

 

「シロさぁん!!」

 

「シロさん…おめでとうございます。完膚なきまでに、負けました」

 

「リッチ、モミジちゃん、ありがとう。…あの、つかぬことを聞くんだけど」

 

「「はい?」」

 

「私、なんで勝ったんだろうね」

 

「「…はい?」」

 

 

 

 

「昔本で読んだことがある。人間なんらかの拍子に肉体のリミッターが外れるとその後もそのままらしい。ウマ娘もそうなんだろう」

 

「えー…?」

 

「納得いかないなら検査をしてみるか?親がいくつか病院を持っているんだ。私としても興味深い」

 

「いややっぱいいです。…は?病院って持ってるって言わなくない?え?」

 

 

 

さて、さらっと秋まで走っているわけだけど引退の件はどうなったのか。

 

「やめないでくれ!!!」

 

「おお…トレーナーのそんな大声初めて聞いた…」

 

「この通りだ!!!」

 

「おお…トレーナーの土下座初めて見た…」

 

「トレーナーの土下座はさしもの私も一度しか見たことないな」

 

「それごちゃごちゃうるさいから捨てたって言ってた一人目の…」

 

「この二年でわかった、俺の指導が悪かったんだ…本能だけじゃない、GⅠを勝つ才能を俺が腐らせていた…!」

 

「その辺ほんとどうなんだろうね…」

 

「検査するか?親が研究所もいくつか持ってるんだが」

 

「絶対やだ」

 

「トレーナーバッジも返納する。お前の前にも二度と現れない。だから、頼む!あの素晴らしい走りをやめるだなんて、言わないでくれ!!!」

 

「…どうする、シロ」

 

「んー…」

 

この時ばかりは悩んだ。

 

三秒くらい悩んだ。

 

「ちなみに私もやめさせる気はないぞ」

 

「は?」

 

お前が悩ませないのかよ。私としては三日三晩悩むつもりだったのにヨルノは勝手に展望を語り出す。

 

「私たち二人はトゥインクルシリーズを卒業して海外へ行く。そこでもう一人金髪のウマ娘を捕まえてユニットを組むんだ」

 

「初代プリキュアマックスハートじゃねぇかカラーリングだけで決めたろ!!やだよそんな計画!絶対引退してやるからな!」

 

「そんなこと言わずに走り続けてくれ!」

 

「そうだ!お前にはわからないかも知れないがあと少しで追いついてくるシロを振り切るのは楽しいんだぞ!」

 

「絶対いやだーっ!!!!」

 

 

 

 

結果。

 

「ドリームトロフィー・リーグに上がります…」

 

「なら私もそうする」

 

…押し切られたような、誘導されたような。

 

結局、去年まで辟易していたはずのレースを続けることになってしまった。どころか上に上がることになるとは…いやいや、これも何故か私についてくる気満々のヨルノからトゥインクルの子たちを守るためだ。

 

「よかった…本当によかった…」

 

「それで、担当トレーナーはどうするつもりだ?」

 

「…んー。ま、トレーナーはいないと困るか」

 

ちらりと目をやる。そこにはちょうど暇そうなトレーナーが一人。

 

「シロツメクサ、それって…」

 

「いや、トレーナーは別で見つけるから心置きなく辞めてほしい」

 

「うぉぉぉぉ!!!!」

 

こうしてトレーナーとのお別れは済んだ。

 

トレーナー。もう私みたいなダメな女に引っかかっちゃダメだよ。

 

私はというと、モミジちゃんのトレーナーが退院して復帰したのでそちらにお世話になることに。

 

問題はそのモミジちゃんだ。

 

春天直後、入院した私を彼女が訪ねてきてくれた時のこと。

 

私は内心気が気ではなかった!

 

「…好走でしたね。いえ、その程度の言葉では収まりません」

 

「…!!」

 

そりゃそうだ、あのヨルノアラシを最も追い詰めた最強の挑戦者とか世間で言われてるのを私はヨルノに新聞を押し付けられながら聞かされたが、私がクソザコだという前提で八百長したモミジちゃんはどうなる。

 

あの時起きたことは説明できないしこのままだと私は実力を隠していた不可解なクズとして…よく考えればクズ呼ばわりは避けられない所業がバレていないだけで元々バレるのは覚悟の上だったのだが。しかしいざこんないい子にクズ呼ばわりされるとなると…

 

「お見事でした。あの走りも、あなたがGⅠを走ると決めてからの日々の研鑽も…まさに、一念天に通ずといったところでしょうか」

 

「…!?」

 

「そしてこれ以上ない好敵手との戦いがあなたを目覚めさせた。…妬けてしまいますね」

 

「!?」

 

「もし私に負い目があるとお思いでしたら。…そうですね、秋の天皇賞。そこで私と真なる決着を」

 

「…!?」

 

「用件はそれだけです。…では」

 

…武士か?

 

喉の問題で喋れない私に一方的に話して行ったのはもう一人。

 

「シロさぁぁぁん…!!!(小声)」

 

リッチ(小声)である。小声なのにそのエクスクラメーションマークどうやって出してるの?

 

「春天、すごかったですぅ…!!(小声)」

 

「…」

 

「二日くらい涙が止まりませんでしたぁ…!!(小声)」

 

よく生きてたな。

 

「あれを見てあたしぃ…もう一度シロさんと走りたくなりましたぁ…!!!(小声)」

 

「…!?」

 

「秋天でぇ…お待ちしてますぅ…!!!」

 

「…!!?」

 

最後は声小さくしきれてなかったよリッチ。

 

…こうして後輩二人との決戦に至る。

 

と言うか、この分だと有マまで行くことになるよね…?

 

「シロ」

 

「シロさん!」

 

「シロさん」

 

「「次はジャパンカップだ(です!)(ですよ)」」

 

「むっ…無理ーっ!!!!」

 

 

 

おしまい。




シロツメクサ(本編終了後)
色々あった主人公。
結局春天で仕掛けようとしていたイカサマがバレることもなく世間からは簒奪者ヨルノアラシに挑む勇者として認識されることに。出走していたウマ娘からも彼女に冷や汗かかせた女として一目置かれる。 当のヨルノアラシからはべったり付き纏われ学園の寮を出た後も何故か同じ部屋で暮らしている。なんで?

ヨルノアラシ(本編終了後)
色々あった天才。
シロツメクサに追い詰められた時初めてちょっとだけ本気を出すことに成功してとても嬉しかったのでその後もシロツメクサに付き纏うことにした。ウマ娘の中でも彼女は別世界から受け継いだ魂から多くの影響を受けており並外れた競走能力や好奇心もその一端。
好きなものはさらさらのあまくちカレー。

・メルトールリッチ
覚醒後はGⅠ戦線をモミジガリと争う。なんとかヨルノアラシから後輩一号の座を奪取したい。
・モミジガリ
本心からシロツメクサを認めてからは何故かシロツメクサに対するメルトールリッチやヨルノアラシの距離の近さが気になり隙あらば自分もじりじり距離を詰め始める。得意なことは野菜を切ること。料理は苦手。

・トレーナーたち
シロツメクサのトレーナー
年中スーツの大柄な中年。正しい知識と熱意、そして「レースに必要なのは本能と努力」というかっこいい信条を持つ無能。気弱で希望的観測をしがちなところがマズかった。 実は既婚者で娘はウマ娘。嫁と娘はヨルノアラシのファンなので複雑。

ヨルノアラシのトレーナー
一人目は熱意を持ってその才能を導こうとしたものの彼女に嫌われて契約を打ち切られたがめげることなくトレーナーを続け、いつかヨルノアラシを超えるウマ娘を育てようと張り切っている。 二人目は初めて担当したウマ娘が夢に破れ学園を去ってしまい自分もやめようと思っていた新人女性トレーナー。そこをヨルノアラシに拾われ面倒事を丸投げされたが元は優秀なので問題なくこなしている。むしろ仕事をしている間は悩む暇がないのでメンタルが安定しておりむしろ仕事を求める傾向が出てきた。別の意味で心配。

メルトールリッチのトレーナー
新人熱血イケメントレーナーだが指導が感覚的で、波長が合わないと延々互いに首を傾げることになる。しかし一度ピタッと合いさえすれば決して手を抜かない熱血指導でウマ娘との信頼を築く青春系の有能。 柔道三段の有段者で勢いよく突っ込んでくるメルトールリッチをうっかり投げ飛ばしたことがある。でも無傷だった。

モミジガリのトレーナー
いかにも儚げな女性トレーナー。若々しく年齢が分かりづらいがベテラントレーナーであり今までも何度か入院しているがそれを補って余りある有能。唯一シロツメクサの身体に起きた変化のことを察しているが特に注意点やアドバイスもないのでのびのびやらせている。好きなことは相談に乗ること。


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世界一最低なGⅠ制覇の後のお話
世界一最低なGⅠ制覇の後のお話


続きました。これからもよろしくお願いします。


前章までのあらすじ!

 

私、トゥインクル・シリーズを走り続けて四年の間に4勝しかできなかった限界ギリギリウマ娘シロツメクサ!

 

レースには勝てないしトレーナーともケンカして半ばヤケのまま迎えた現役五年目に寮で同室のめちゃくちゃ最強ウマ娘ヨルノアラシに「ズルしたら?」って言われて「せやな!」と開き直ってあれこれ悪いことしたら案外上手くいって連戦連勝!その過程でトレーナーとか失くしたりもしたけれど念願のGⅠレースに出走したり勝ったりしちゃってレース人生やっと順風満帆って感じ!なんだけど…

 

「…目標であるGⅠに辿り着くためにも途中でバレたりレース自体に影響するような派手な不正はしなかったものの…ほんとにレース続けていいのかなぁ」

 

今まで踏み躙ってきたあれこれに対して今更浮かぶ苦悩…絶賛悩める乙女なのでした。ところで何この口調?

 

「いいんじゃないか?少なくとも私はお前がいないと困る」

 

人の気も知らないで、と言うか人の気持ちなんて考えたこともないもう一人の最低ウマ娘ヨルノアラシは呑気に新聞を読みふけりつつ宣った。

 

学園のカフェテリアで駄弁るこんな時間も今やなかなか貴重なものだ。

 

あの春天以来、私はめちゃめちゃ注目されている。

 

理由は当然、ヨルノだ。

 

「『魔王』ヨルノアラシに最も迫ったウマ娘『勇者』シロツメクサ特集企画…また表現が大袈裟になっているな」

 

「勘弁してくんないかな…」

 

勝手につけられる恥ずかしい二つ名、本人の目の前で特集記事読むな、という二重の意味で勘弁してほしい。

 

「大体、ヨルノに一番迫ったのは日本ダービーで3バ身差のダイヤブレイドちゃんでしょ。失礼だよね」

 

「そうなのか。よく覚えてるな」

 

「なんで覚えてないんだよ」

 

まあ私もこの前まで知らなかったけど。

 

しかしダイヤちゃんは春天のゴール直後、捕縛された私を助け出すためヨルノに突撃してくれた恩人である。とてもじゃないが脚を向けて寝られない。捕縛された私を助け出すためってなんだ。ダイヤちゃんの方がよっぽど勇者じゃないか。

 

「…む。私を差し置いて誰かを想起するよからぬ気配を察知」

 

「この場で最もよからぬ存在はヨルノだよ」

 

「ふむ。…おいシロ、この質問の答えはなんだ」

 

「え?ああ特集の…どれ?いやいや好きな食べ物はいちごだよ。変じゃないでしょ」

 

「一番はこの前振る舞った私のカレーだろう」

 

「そこまでの味じゃなかったよ」

 

「なん、だと…」

 

さすがの天才ヨルノアラシも料理はそれほどではなかった。と言うよりは、出来すぎる、と言うべきか。

 

カレー自体はすごく味わい深くてかなりこだわりを感じる逸品ではあったのだ。

 

「なんかね、カレー食べてるのにカレーじゃないもの食べてるみたいな違和感があったんだ。多分、味付けが自分本位過ぎるんだよ。ヨルノは凝り性だし鼻や舌もいいんだろうから美味しいって感じる味を人より突き詰めることができちゃうんだ。結果、良くも悪くもヨルノにとってだけ一番美味しい味が出来上がる」

 

レトルトや市販のカレールーのような大味さの対極。

 

なんでもできちゃう天性のセンスもなんともまあ、意外なところで不便なものだ。

 

「天才すぎるせいだなんて初めて言われた…」

 

「だろうね」

 

「私はどうしたらいいんだ…」

 

知らんわ。

 

とまあ、何に対しても無敵だった気がするヨルノも春天以来少しずつ変わってきている今日この頃。

 

性懲りもなく私たちはレースを走り続けている。

 

「シロさぁん!」

 

「ん、リッチだ」

 

「私もいますよ」

 

「モミジちゃん」

 

「私もいるが」

 

「ヨルノは最初からいるでしょ」

 

ヨルノがいて、リッチがいて、モミジちゃんがいて。

 

そう。

 

ここからは、世界一最低なGⅠ制覇の後の話。



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外伝『嵐の超越者』〜メルトールリッチのSS〜

リッチ外伝ですが勢いで書いたため地の文がほとんどなく内容もほとんど勢いなので勢いで捉えてください。


リッチ「そういうわけでよっちゃん!!勝負でぇす!!」

 

ヨルノ「は?いやだが?」

 

シロ「えっ何どういう流れ?」

 

リッチ「止めないでくださいシロさん…あたしは、挑まなければならない理由があるんですぅ…!」

 

シロ「止めてないけど…?」

 

ヨルノ「やれやれ、わからないようなら教えてやる。メルトールリッチ。嵐の前に立っているつもりの子犬。お前では相手になら『負けるのが怖いんですかぁ?』やってやろうじゃないか!!!」

 

シロ「煽り耐性ゼロか…どうしようモミジちゃん、ヨルノはガキだからリッチが泣くまで大差をつけて負かし続けるつもりだよ」

 

モミジ「私としては、少し楽しみですね。いえ、楽しみなのは泣きじゃくるメルちゃ、メルトールリッチではなく…このタイミングで勝負を仕掛けたこと」

 

シロ「?いつもメルちゃんって呼んでるんだからメルちゃんでいいのに」

 

モミジ「…ヨルノアラシはよっちゃんと呼ぶことでとてもいやそうな顔をします。その点でメルトールリッチのネーミングセンスを評価したいところですが…なんで私は『がっちゃん』なんでしょうか…承服しかねます」

 

シロ「その辺は本人と協議を重ね…あ、聞いてくれなかったんだね。リッチそういうところあるからね…」

 

モミジ「…とにかく。気になるのは何故今になって勝負を仕掛けたか、です。最近秘密の特訓だと言って授業が終わり次第姿を消してはいたのですが…」

 

「 説 明 し よ う ! ! ! ! ! 」

 

シロ「うわびっくりした!なんだ、リッチのトレーナーさんかぁ」

 

トレーナー「久しぶりだなシロツメクサくん。そちらのモミジガリくん、きみの言い分は確かだ。リッチはあんまり人の話を聞かないところがある」

 

シロ「同意するのそこ?」

 

モミジ「…始めるようです。スタートの合図をしてきます」

 

シロ「あ、うん。いってらっしゃい」

 

トレーナー「だがそんなリッチも空気は読める。

 

『よーい…スタート!!』

 

…鼻が利くのだろう、実力をつけてからも無闇に強者へ挑もうとはしなかった。つまり…お利口さんだ」

 

シロ「みんなリッチのこと犬扱いするね」

 

モミジ「戻りました。それで?」

 

トレーナー「だが、決して闘志がなかったわけではない。特にヨルノアラシに対しては並々ならぬ執念を見せていた。いつか必ず倒す、と。理由はわからん」

 

モミジ「…そうでしょうね。メルトールリッチ…メルちゃんにとって一番欲しいものをヨルノアラシは持っているわけですから」

 

シロ「…?」

 

リッチ「こうして彼女が掲げた目標は打倒ヨルノアラシ。しかしはっきり言って今のトゥインクルにおいてヨルノアラシは無敵。だが…その点ではリッチもまた未完の大器!たくさんトレーニングを積んで強くなろうと根気良く頑張ってきたが…このままの成長速度では彼女には勝てない」

 

シロ「そうだね、ヨルノは無駄に無敵だからね」

 

モミジ「ええ、オーバースペックにも程があります。彼女の相手になるとすればドリームトロフィーの強豪や語り継がれる優駿の…まさか」

 

トレーナー「さすがモミジガリ。早くも気付いたようだな。そう、リッチの才能を引き出しヨルノアラシを打倒するために俺が生み出したトレーニング…それは!」

 

 

「先人の…トレースだ!!」

 

 

ヨルノ(勝負は芝2400…想定は日本ダービーか?まあ、眠気覚ましにはいい)

 

ヨルノ(ペースはかなり速いが戦法は逃げ…普段通りだな。最終コーナーで思いきり差してやるとしよう。泣くまで突き放してやる)

 

ヨルノ(だが…この違和感はなんだ?)

 

 

シロ「トレース?」

 

トレーナー「そう。リッチはあまり話を聞かないが集中力は抜群だ。俺が渡したDVDを食いつくように、食い尽くすように見続けた」

 

 

 

ヨルノ(あのトレーナーは声がデカいから唇を読みやすいな…なるほど?メルトールリッチは過去にシロの走りを目前で焼きつけることで自分の走りを定義し実力を発揮することに成功した。さらに優れた教材を与えることで潜在能力を引き出すことができる…であるなら、今のこいつは…)

 

 

 

モミジ「では、今のメルちゃんから感じる違和感は…学習による微妙なフォームの変化…?」

 

トレーナー「そういうことだ。リッチの気性とスタイルに合った『彼女』をトレースすることでその走りはグレードアップした」

 

シロ「その『彼女』って…」

 

トレーナー「今回二人が走っているのは芝2400m。その大舞台を逃げ切ったことで歴史に名を刻んだかのダービーウマ娘こそ…」

 

モミジ「まさか…『栄光の風』、アイネスフウジン!?」

 

 

 

ヨルノ(…それがどうした?)

 

ヨルノ(随分生意気じゃないか、過去の栄光に縋り私を打ち砕こうとは)

 

ヨルノ(…などと、悪役じみたことを考えはするが発想は面白い。なるほど過去の優駿という「型」に合わせて「器」を拡張すれば才能を引き出すことは容易に…いや)

 

ヨルノ(やっぱりつまらん。その結果出来上がるものは焼き直しに過ぎない。それだけでは私には届かない)

 

ヨルノ(証明しよう。私は、過去が相手でも存分に踏み荒らしてやる)

 

ヨルノ「風神何するものぞ。夜の嵐は、絶望の象徴だ」

 

ヨルノ(大体、私は三冠取ってるしな)

 

ヨルノ(さて、最終コーナーだ。ここから抜き去っ…何!?)

 

 

 

 

トレーナー「それだけであるものか!!」

 

トレーナー「特別不器用なだけでリッチの才能はこの一点においてヨルノアラシ、きみすらも超越する」

 

トレーナー「リッチが学んだのは、二人分だ!」

 

シロ「それがヨルノアラシを超えるための、もう一人の逃げウマ娘…!」

 

トレーナー「ああ。一つ聞きたい、きみたちはリッチが宝塚記念を勝った時の走りを覚えているか?」

 

シロ「そりゃもちろん、すごい逃げっぷりで…ということは」

 

トレーナー「その通り…逃げウマ娘の歴史の中で燦然と輝くその『大逃げ』は!!『彼女』の走りに適合した!!」

 

トレーナー「誰より先を往く特権、『最速の機能美』!!」

 

トレーナー「『異次元の逃亡者』…サイレンススズカに!!」

 

 

 

リッチ「逃げて…差す!!!!」

 

ヨルノ(フォームが変わって…!)

 

リッチ「うっりゃぁぁぁぁぁ!!!!!」

 

ヨルノ「コーナーを超えて、加速しただと!?」

 

 

 

 

トレーナー「彼女が備えていたのは高い学習能力だけではない。誰かの猿真似ではなく、それを昇華するだけの実現能力!!逃げウマ娘二人の決して先頭を譲らない根性とプライドが合致した今…」

 

シロ「リッチは、嵐を超える…!」

 

 

ヨルノ(バカな、メルトールリッチは既に最高速度だったはず…そんな勢いで、成長するのか、お前は!!)

 

リッチ「あたしのぉぉぉっ!!勝ちぃぃぃぃ!!!!!」

 

モミジ『ゴールッ!!!』

 

 

 

 

リッチ「にゃーっ!!!!!!しゃっしゃー!!!!!」

 

シロ「か、勝っちゃった…ヨルノに…」

 

トレーナー「見たか!これが新たなメルトールリッチ、名付けて『嵐の超越者』、だ…!」

 

シロ「…二つ名もそこまで行くとクドいですね」

 

トレーナー「がーん!!!!」

 

リッチ「にゃーっ!!!!!」

 

モミジ「メルちゃん、にゃしか言えなくなってる…」

 

シロ「あ、ヨルノ。おかえり、どうだった?」

 

ヨルノ「…訂正しよう」

 

シロ「何を?」

 

ヨルノ「過去のウマ娘を重ね、足すのではなく掛け合わせて新たな『器』を生み出すのは実に面白い発想だ。無論、そんなことができるのはあいつの素質があってこそだろうが…本人やトレーナーが才能を持て余すこともある中でよく『これであたしがシロさんの後輩一号だぁーっ!!』……」

 

シロ「…よ、ヨルノ?」

 

ヨルノ「…私を驚かせた。私に面白いと言わせた。この二点で私は勝ちを譲ってやってもいいと思ったが…どうやら子犬には教育が必要らしいな…!」

 

シロ「煽り耐性ゼロかよ!友達でしょ今日くらい認めてあげてもいいじゃん!」

 

ヨルノ「友達じゃないが!?あくまで譲ってやっただけだ!!」

 

リッチ「えっ!!!よっちゃん友達じゃないんですかぁ!!?」

 

ヨルノ「そうだ!!!それにな、お前がシロの後輩一号だろうと私とシロは互いに唯一無二の存在だからな!!!共犯者だぞ羨ましいか!!!」

 

シロ「いやヨルノ土壇場で裏切ったじゃん…」

 

リッチ「ずるい!!!もう一度!もう一度勝負ですぅ!!」

 

ヨルノ「やってやろうじゃないか。モミジガリ!レースの開始を宣言しろ!」

 

モミジ「勝手にどうぞ。…ヨルノアラシが一時的にでも認めたというのは一応偉業だと思うんですが、どうしてこう…上手く纏まらないんでしょうね…」

 

この後ヨルノは大人げなくリッチの横をぴったりついて走り最終コーナーで大差をつけて勝った。

 

リッチ「ぬわーっ!!!」

 

ヨルノ「これが私の力だーっ!!」

 

トレーナー「リッチーっ!!!」

 

…まあ、そういうこともあるよね!



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世界一最低なファーストコンタクト

久しぶりの投稿なので初投稿です。


前章までのあらすじ…は前回やったので以下略!

 

昨年はまさに激動の一年。しかし!

 

激動の二年目は、まだ、終わっていなかった!

 

 

 

ジャパンカップ。

 

それは各国からトップクラスのウマ娘を招き行われる、トゥインクル・シリーズの中でも格式高い国際招待競走。

 

招待に応じたウマ娘はレースまでの調整期間をトレセン学園で過ごすので学園生にはちょっとした海外交流イベントでもある。

 

海外ウマ娘の、中でもトップクラスが来るとあってイモくさい田舎ウマ娘私ことシロツメクサもこの時期はそれなりに盛り上がっていたものだ。

 

今年はまさか出る側になるとは思わなかったが。

 

「無理だぁ…もうおしまいだぁ…」

 

「まだ言ってるのかシロ。早く諦めて私と併走しろ。今日は後ろ向きで走ってやろう」

 

「昨日はまだデビルバットゴーストだったのにもう神龍寺戦まで行ったの?アイシールド21は意外と短いから用量用法を守らないと面白漫画ロスが辛いって言ったじゃん」

 

「まだ十冊以上あるし平気だろう。それまでには次に読みたいものが見つかる」

 

「フラグが立ったな…ところでヨルノ」

 

「うん?」

 

「ほんとにジャパンカップ出ないの?」

 

「出ない。今は漫画とアニメが忙しい」

 

「正気かお前…」

 

競走ウマ娘だろ。せめて呼ばれた時くらい走れよヨルノアラシ。

 

そういうわけで真面目な私は今日も今日とて走り続ける。

 

現役六年目。とてもフレッシュとは言えないけれど今度こそトゥインクル・シリーズ最後の年に。

 

競走生活最大の山場が待っているとも知らず。

 

 

 

「というわけで、併走を組んできたぞ」

 

「は?」

 

「海外から来たウマ娘と一緒にトレーニングするぞと言っている」

 

「言ってる意味はわかるけど言ってる意味がわかんないよヨルノ」

 

「…???すまん、ちょっと意味がわからん」

 

「なんでわかんねぇんだよ」

 

ヨルノアラシは唐突である。

 

ウマ娘ヨルノアラシにとって「計画」とは自分の中だけで成立しているものであり、他人がついて来られるか、他人が理解できるかどうかといった大事なことを一切勘案しない。おかげで私も振り回され続けている。

 

つまりこの場合、

 

『ボクに20バ身差つけて勝つって宣言したウマ娘はどこだーっ!!』

 

巻き込まれたのは海外のウマ娘もだ。

 

「英語…?わかんないけど怒ってるなぁ…」

 

「自分に20バ身差つけて勝つと宣言した日本のウマ娘はどこにいるんだ、とっとと出せ◯◯◯◯してやる、とのことだ」

 

「前半の20はわかったけど後半は嘘でしょ…ダメだよ、怒らせるようなこと言ったら」

 

「そんなものか」

 

相手は煌めくような金髪のウマ娘。見るからにオーラキラッキラの超良血。

 

小柄だけど全身から覇気が漲っている。

 

でもぷんすこしているのがかわいらしい…お人形さんみたい、とはこのことを言うんだなぁ…。

 

間近でそんな超美少女ウマ娘を拝めたのは眼福ではあるのでちょっとだけ感謝しつつヨルノをせっつく。

 

「今のうちに謝ってきなよ」

 

「わかった、行ってくる」

 

一切悪びれていない背中を見送る。さらっと英語を話しているのはなんとなく納得できるにしても、よく話しかけてトラックまで連れてきたな。

 

海外ウマ娘は時差ボケの解消や芝に脚を馴染ませるための期間を自分たちで決め遵守する。日本のウマ娘との交流は義務でもなんでもない、サービスだ。

 

本場ヨーロッパの誇りと矜持を示す為、彼女たちは戦いに来「何をしたり顔で語ってるのかは知らんが話してきたぞ」

 

「そう、なら良かっ…うん?」

 

気がつくと周囲に人が集まっていた。

 

大方彼女にケンカを売った奴がいるとでも聞いてきたのだろうが残念!私たちと走ってくれるほどゲストは暇じゃないんだから、本番までそのわくわくは取っておくべきだよ。ね!ヨルノ!

 

『このボクと走りたいってのはキミだね?』

 

「あれー!?」

 

ヨルノ!ヨルノ!話が違う!なんだかやる気っぽい!

 

『いいよ!へへへ、日本にもファンがいるなんて嬉しいなっ。キミ、名前は?』

 

「え!?えっと…し、シロツメクサ…?」

 

『シロ…?シロ!よろしくね!誰もが知る名を名乗るまでもないけど、ボクの名前はサーマリオン。

 

 

 

英国最強のウマ娘だよ!』




再開しました。ジャパンカップ編の始まりです。


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世界一最低な情熱

もっと高い場所へ手を伸ばすので初投稿です


サーマリオン。

 

金髪の彼女が名乗ったその名前には聞き覚えが当然、ある。

 

「今年度英国三冠の覇者で、ついでに無敗だ。悪くないだろう?」

 

「ヨルノ!!!!」

 

「はははそう褒めるな」

 

「褒めてねぇ!!!!」

 

何がついでだお前!!!!

 

一昨年までのお前と同等ってことじゃねぇか!!!!

 

るんるんで準備運動中のサーマリオンを背に私はヨルノのアホの胸ぐら掴んでがっくんがっくん揺らすと、彼女は不満げに言った。

 

「私と同等だと?私を過小評価しすぎだろう」

 

「だって!英国三冠って!」

 

「ああはいはい英国三冠の二冠目イギリスダービーはヨーロッパ全土でも権威ある欧州三冠の一冠目にも数えられているすごいレースでそれを取ってるってことはヨーロッパトップクラスのウマ娘ということじゃないかと言いたいんだろう?わかっている」

 

「逆になんでそこまでわかるんだよ」

 

毎度のことながら減らず口だけは回るのだ。

 

ちらと埒外を見ればどんどん人混みが膨れ上がっている。一昨年までは私もあちら側で野次ウマをやっていたんだと思うと感慨深いと言うか、なんと言うか…

 

これは。

 

逃げ場が、ない。

 

「並走?誰?」

 

「わ、かわいい!海外の子だ!」

 

「シロツメクサさーん!がんばれー!」

 

「シロツメクサって、あの『ナイト・オブ・クローバー』?」

 

「サーマリオンって今ヨーロッパ最強って言われてる人じゃん…」

 

「ここで早くも日英対決?やばくない?」

 

「ちくわの元の名前はかまぼこだぜ」

 

「アタシも走りてぇっす」

 

…ないはずの圧力を感じるくらい、そこには熱量と声がひしめいている。

 

サーマリオン。

 

あまり大きい方でない私より小さな身体でこんな視線を一身に受け続け、二年も戦ってきたのかと思うとぞっとする。

 

春の天皇賞からまがいなりにもそれを受ける側になって初めてわかった。レース場の外でまで同じ目を向けられることの負担と、それでも平然と走り続けられるその人こそ。

 

本物と呼ばれる最高のウマ娘であるということが、だ。

 

 

 

 

 

「だが。そんなことは関係ない。ウマ娘がレースに臨むなら、ごちゃごちゃ言わないで走ることだけが全てだ」

 

そうだろう?シロ。

 

「…言われなくても」

 

わかってるよ、ヨルノ。

 

 

 

 

最高がなんだ。成功者がなんだ。こちらは運と悪意と偶然でのし上がった最低のウマ娘、積み上げてきたものが違う。

 

悪い意味で。

 

でも勝つ。勝ちたい。良くも悪くもそれが私の原動力である以上、燃え続ける欲望は天上を向く。

 

 

 

覚悟は決まった。英国最強。その栄光と功績に挑んでやる。

 

 

 

準備運動を終え、私とサーマリオンと向かい立つと観衆がわっ、と湧き立った。

 

下から見上げてくる視線は力強い。瞳は輝いて、黄金の火花が散るように髪が煌めく。紛れもない実力者にして勝利への欲望を隠しもしない才能と本能を兼ね備えた一流のウマ娘。

 

そうだ、私たちは一度向き合えば後はどちらかが勝つまで止まらない。

 

勝つのは一人だ。

 

見物人の中から芦毛の子が進み出てきたのを合図に私たちはコースへ並んで立つ。

 

「位置について!」

 

さり。

 

芝を踏み締める音が二つ。みんなが黙る。

 

「よーい…」

 

一瞬の静寂。

 

「スタート!!!」

 

芦毛のウマ娘の合図で、私たちは同時に走り始めた。



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世界一最低な戦力分析

伝説なので初投稿です。


「スタートは悪くないな。前に出たのは…サーマリオンか。日本の芝にすっかり適応しているようだ」

 

「うわぁめちゃくちゃ速い!シロツメクサさん、どんどん離されちゃうよ!」

 

「落ち着け。シロツメクサはまだ…『双葉』といったところだ。ここからだよ」

 

 

 

 

 

…向こうの方で訳知り顔しながら解説してるあの私もどきは誰だ?『双葉』?このヨルノアラシを差し置いてシロに謎の固有名詞を用いようとは。すぐに理解してやる。

 

「いいスタートだね。落ち着いていて、それでいて闘志を感じる」

 

訳知り顔がいつの間にか隣にもいた。こちらは普段から何もかもわかったような喋り方をする気取り屋だ。気障ったらしい。

 

「…思ってることが顔に出てるよ?ヨルノアラシ」

 

「気にするな。フランス人らしいと思っただけだ」

 

「君に呼ばれて来たのに扱いがひどくないかな…?」

 

「お前のことだ、私が呼ばずとも今回は来ただろう。…ヴェイリフロンセ」

 

そう呼ぶと鹿毛のフランスウマ娘は困ったように笑い、

 

「ヴェイリーでいいよ。日本語じゃ発音しづらいだろう?」

 

と応じた。

 

 

 

 

…速い。当たり前だが。

 

跳ねるように前を駆ける黄金の背中を見ながら一瞬だけ私シロツメクサは考える。

 

一対一(タイマン)なのでコースや位置取りの駆け引きは最低限。あちらも見る限りそういったことはできるだけ考えず走ろうとしているように…ん、今ちらっとこっちを見た。多分当たりだ。「ガチンコでやろう」という意思表示。

 

元より取れる手はない。小細工の余地もないとなればこういう考えは捨て置いて脚を早めるのがお互い気持ち良く走る礼儀だろう。

 

…わかってるんだけど、この「無粋」はもう染み付いたクセだなぁ。

 

でもそろそろ行こう。息を吸い、

 

「…ふっ」

 

浅く吐き、加速を始めた。

 

 

 

 

 

 

「シロツメクサがペースを上げてきたな、『三ツ葉』に入った。逃げ切りを警戒して位置を上げるつもりか」

 

「ねぇ、そのみつば?とかさっきのふたば、とか、なんのこと?」

 

「スピードメーターだ。基本は双葉で抑えて、上がる時は三ツ葉。トップスピードの『四ツ葉』、そしてその先に禁断の『五ツ葉』があるらしい…」

 

 

 

 

 

そんなものはない。

 

私もどきめ、さっきから随分勝手に喋ってくれるじゃないか。

 

白詰草の別名クローバーになぞらえた名前なんかつけて…良いじゃないか。おのれ。今から私が考えたことにしよう。

 

とりあえず最奥の入り口『七ツ葉』にセブン・センシズとルビを振る。

 

「ヴェイリーでいいよ。日本語じゃ発音しづらいだろう?」

 

「なら、ヴェイ」

 

「捻ってくるなー…そういうとこ、マリオンそっくり。天才は感性も通ずるところがあるのかな?」

 

「あれは私と同等じゃない。私と並んでいいのは、シロだけだ」

 

「…ふぅん。そうか。君が今回私を呼んだのは、彼女を見せたかったのか」

 

「ああ。引退寸前にすまないな」

 

「心にもないことを…なるほどね、君が言ってた通りだ。なんだいあれ。これ想定2400の併走だろう?テンション上がってペースを考えてないマリオンにあっさりついていけるようなウマ娘なんてそうそういな…いやいやいやいや!?」

 

「わかってもらえたようで何よりだ」

 

「え!?マジで言ってる!?アレがこの前まで重賞も勝てなかったって!?生まれた時からイップスでもあったのかい!?」

 

「今のところそういう新情報はないな。単に才能がなかっただけだ」

 

「えぇ…?それがある日突然覚醒して?いきなりトップクラスに躍り出た?」

 

「そうなる」

 

「マンガの話?」

 

「少なくとも漫画ではない」

 

「そっかぁ…日本人ってすごいんだなー…」

 

「思考放棄するな。何のためにお前を呼んだと思ってる」

 

そう言って口を開けて放心するヴェイの額を小突く。困るのだ。

 

私が知る限りでシロの次に私に近いお前に放り投げられては。

 

 

 

こいつと知り合ったのは三年前。クラシック級の私とジャパンカップで戦った時の、欧州最強。

 

今回のジャパンカップへ出走するフランスの代表格ウマ娘。

 

ヨーロッパの古豪。

 

欧州三冠に最も近付いた、『無冠の皇帝』。

 

ヴェイリフロンセ。

 

「さあヴェイリフロンセ。お前のその長いキャリアから、シロツメクサの謎覚醒について解き明かしてみるがいい」

 

『来なきゃよかった!!』

 

そうかそうか、思わずフランス語になるくらい興味深いか。

 

 

 

………

 

「シロ。トウカイテイオーを知っているか」

 

「そりゃ、もちろん。トレセン学園に来て知らない子もそういないと思うけど」

 

「そうか。私は知らなかった」

 

「嘘だろおい…」

 

「サーマリオン。奴は怪我をしなかったトウカイテイオーだ」

 

「…そんな言い切るほど似てるの?私も実物を見たことがないからなんとも言えないけど」

 

「私も見たことがない」

 

「おい」

 

「だが、下半身の類稀な柔軟性、そこから繰り出されるスピード。フォーム、好む展開、かのウマ娘に繋がる点は多い。どうだ」

 

「…何がどうだ、なの?」

 

「何って…お前、直前に走る相手をイメージしては勝手に慄いたり頭を抱えたりしているだろう?」

 

「いやそりゃ普通そうだよ。レース前って不安になるじゃん」

 

「ならない。もうお前は普通じゃないんだ。いちいち影を見ずに踏み潰せ。それが『こちら側』のやり方だ」

 

「…それがそうだとして、あの超有名人のトウカイテイオーを例えに出すのはどうなの?おまけにケガなしって…」

 

「ああ。菊花賞に勝って無敗の三冠だったかもしれない。その後の中距離GⅠを中心に活躍したかもしれない。シンボリルドルフを超え、ともすれば海外のレースにも。まあ、かもしれない、の話だが」

 

「…あのー、ヨルノさん。それってもしかして、最強なのでは?」

 

「かもしれないな。だが…」

 

「いや、いい。最近のヨルノが言おうとしてることはなんとなくわかる…関係無い、でしょ」

 

「そうだ。歴史に名を残す優駿であれ私たちは踏み越えていく。そうやって、私たちの歴史を作るんだ」

 

「…私の、じゃないの?」

 

「超えてこい。サーマリオンは間違いなく後世に名を残す。奴を超えろ。ジャパンカップでこの時代に名を上げた各国代表を叩き潰して」

 

 

 

 

 

私の横へ来い。シロツメクサ。



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世界一最低な前哨戦

鞘当てなので初投稿です


「前回までのあらすじ。サーマリオンはトウカイテイオー」

 

「…いきなりどうしたの?ヨルノアラシ」

 

「知らないのか?前回までのあらすじだ」

 

「知らない日本文化だ…」

 

本番より少し早い日英併走も既に中盤を終えつつある。

 

状況は変わらずサーマリオンが前、シロツメクサが後ろ。2400m想定の標準タイムから見ればかなりのハイペースの中2人は僅かなやり取りのみでお互いの領空を確保している。

 

この分だとゴール前の1着争いはない。どちらもがそんな駆け引きを捨て最速でのゴールを目指す極めて純度の高い競走に観衆側のボルテージが目に見えて高まっていく。

 

速いというだけで心が躍る。人とは、ウマ娘とは単純で難儀な生き物だ。

 

「だったら自分で走ればいいのに」

 

「…そういうわけにはいかないってこともあるよ、ヨルノアラシ」

 

「は?」

 

「君、いつもそうやって他人を威圧してるならやめた方がいい。冗談のつもりでも目がガチだよ」

 

「よく言われる」

 

「その目をやめてってば。…ヨルノアラシ、君はさっきマリオンをトウカイテイオーだと言ったね」

 

「ああ、言った。不満か?」

 

「ふふ…そうだね。浅学ながらトウカイテイオーという優駿のことは知っているよ」

 

「そうか。私は知らなかった」

 

自国のダービーウマ娘くらい知っておきなよ、と彼女は苦笑した。…やはりヴェイリフロンセは初めて会った時とは別人のように変わっている。

 

以前は愛国心と誇りに溢れた、いかにもな気取り屋だったのだ。それが他国のウマ娘を知り他国のウマ娘であるサーマリオンの後方彼氏面と来た。

 

少し、興味が湧いた。話を聞いてやることにする。

 

「偉大な先達に憧れ、己の運命に挑んだ奇跡にして不屈の天才、トウカイテイオー。だがマリオン、サーマリオンは…彼女と同じ運命を、既に超越している」

 

「…何だと?」

 

「君、マリオンの年齢を知っているかい?」

 

「その辺は公式が言及しないから二次創作でも触れづらいんだが」

 

「今そういうのいいから」

 

と促されれば答えないわけにもいかない。

 

「…なら知っている。一通り調べたからな」

 

歓声が上がる。2人が最終コーナーを回り、決着を誰もが待ち望む中、1人。

 

サーマリオンに。

 

心底楽しそうなその容貌、黄金の輝きの裏に…影を見たような気がした。

 

いや錯覚だ。今の彼女にそんなものは存在しない。そのように見えるほど眩い金色は。

 

「…2()5()()()

 

既に、ヨルノアラシでさえ想像を絶する領域で燃える、太陽なのだから。

 

 

 

 

『まだ来ないの?このまま勝っちゃうよっ!』

 

…速い!

 

おかしいくらい速い。マイラーか、それともスプリンターかと疑うほどの走りでサーマリオンは当たり前のように私の前を走っている。普通なら完全にオーバーペース。いや、ここまで速いと彼女の普段からしてもペースを外しているはずだ。

 

言うなればこれは、全力疾走。

 

走るのが楽しい奴の走り方。

 

しかしどれだけ速くともこのまま負けるわけにはいかない。負けたらヨルノになんかされそうだから。

 

『やれやれ…あの走りでは永遠に奴には勝てんな。どれ、今回は由緒正しき鍛錬方法を試してみよう。というわけでここに用意したるは大リーグウマ娘養成ギプス。全身の関節ごとに筋肉へ最大1トンの負荷をかけられる特製のバネを組み合わせた逸品となっております。さあ着ろ。そして走れ。どうした!今流行りのバニースーツも着れないほど貧相な身体のお前に一体何が着れると言うんだ!!金太郎の前掛けくらいのものだろうが!!!』

 

「バニーくらい着れるわぁぁぁぁ!!!!」

 

脳内ヨルノの挑発に乗る形で強く踏み込み最後の加速に入った。

 

差し切り体勢と言うよりはパワー重視の追い込み…の気持ちで仕掛ける。彼女を見るに全く消耗しておらず最後まで最高速度を維持して走り抜ける気満々なのは一目瞭然。何と言うか、漲っているのだ。エネルギー的なものが。

 

観衆の存在を意識して強くなるタイプ?それとも走ること自体を楽しんでいるタイプか…見るからに両方だなぁ。こういうウマ娘は強いんだよなぁ…。

 

…楽しい、か。

 

こめかみあたりがちり、と痛む。

 

走るのが楽しい。ほとんどの、特に競走の道を選んだウマ娘ならそれこそ誰だって楽しいだろう。最初は。

 

勝てるならもっと楽しい。負けるよりめちゃくちゃ楽しいのは自分の身で学習した。

 

でも。

 

負けるのは。悔しい。

 

それが致命傷になることはない。でも、負け続ければやがて心は腐り折れるのだ。自分の心で学習した。

 

だからだろうか、見ているだけで充実と高揚が伝わってくるエネルギッシュな彼女に、負け知らずの彼女に、畏敬はしても萎縮はしなかった。

 

勝ちたい。いや、これは…負かしたいのか。

 

今更の自覚に意識をフォーマットし直す。目標は…ただ勝ちたいではなく、負かす。

 

英国最強を負かす。悪くない。脚に力が入り踏み込みの感覚がより鮮明になる。

 

彼女を抜くだけでは決着にならない、ただの併走として楽しかった思い出にされるだろう。サーマリオンを負かすなら、

 

「…完全に!!」

 

叩き潰す!!!

 

 

 

などと。

 

『へぇ』

 

調子に乗ったがゆえに。

 

『速いね』

 

私は久方ぶりに、ヨルノアラシ以外に敗北したのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「すごかったねー!あの末脚!」

 

「ああ…まさか『四ツ葉』のシロツメクサを寄せ付けないとは…」

 

「ジャパンカップ本番も楽しみだよねー!」

 

「ああ…本番でなら見られるかもしれんな。禁断の…『五ツ葉』が…!」

 

 

 

 

 

そんなものはないと言うのに。いや、さっき七ツ葉まで作ったんだった。

 

禁断の五ツ葉、覚醒の六ツ葉、最奥の入り口七ツ葉。

 

「そして究極の『万葉』に至るのだ…!」

 

「何の話!?」

 

「む、すまない。こっちの話だ」

 

「…私が今語ってたマリオンの生い立ちや、私が日本へ来た理由とか…聞いてた?」

 

「ああ、聞いていた。驚かされたし、気を惹かれもした。私が驚いたり気を惹かれることがどれだけ珍しいのかはお前も知っているだろう」

 

「ああ、そうだね…なら」

 

「その上で私はシロの勝利を疑っていない」

 

「…」

 

「初めて訳知り顔以外を見せたな」

 

日英併走対決の決着に湧く観衆の中で2人。

 

シロツメクサとヴェイリフロンセだけが口を噤んだ。

 

ヨルノアラシは人を嘲るのが好きだ。挑発をライフワークとし翻弄を特技とすると言ってもいい。

 

怒ったり気勢を崩された時の人間は実にいい顔をするものだ、と思う。

 

「いや全く。フランスのウマ娘たるお前が生まれも違えば育ちも違う英国のウマ娘にえらく入れ込んでいるのはどういうわけかと思ったが。その話を聞いて納得した。させられた。珍しいぞ?私が他人の言葉で意見を翻したことを認めるのは」

 

「…では聞くが、彼女は君にとってそうではないのかい?」

 

「ああ、違う。お前はサーマリオンを気に入っているだけだ。私は違う。私は、シロツメクサを唯一の存在として扱うからだ。私が評価するのはシロだけ。私を目指していいのはシロだけ。私が執着するのは、シロだけだ」

 

「…えっ、気持ち悪い」

 

向けられたのは白い目だった。

 

「何故だ。シロほど面白い生き物も他にいないだろう。奇跡だと言うならシロこそ地球上どんな生き物より奇跡の存在だぞ?」

 

「ちょっと入れ込み過ぎじゃない…?」

 

サーマリオンかわいさに引退延ばしたお前に言われたくない。

 

「ともかく、お前の野望はここで潰える。諦めてフランスへ…イギリスでもいいが、とっとと帰れ」

 

ここで奴の耳へ顔を近付けて囁いてやる。

 

「…もう、『過去の人(ヴェイリーフランセ)』なんて揶揄されたくないだろう?」

 

食いしばった歯の軋む音が聞こえた。

 

手は私の胸ぐらを掴みかけて止まっている。

 

「なんだ、つまらんな」

 

止まっていた。つまらないことに。

 

手を引く頃にはその表情も平静を装い終わっていてますますつまらない。

 

「ちょっと驚かされたよ。まさか君がそこまで積極的にやり返してくるとは思わなかった」

 

「ふん。我慢の上手い奴は何をしてもダメだ。自分の中に収めるだけでいつまでも発散を学ばない」

 

「…言われずとも、わかっているさ。耳の痛い挑発はやめてくれ」

 

「だがこれで本気で走る理由ができたな。奴を奉るのがお前の本分ではないだろう?」

 

「元より本気のつもりだったけどね。…いいだろう、あえてここで言葉にしていこうか」

 

「聞いてやる。謳ってみせろ」

 

「ここに宣言しよう。ジャパンカップでシロツメクサ、彼女に勝つ。そしてその後ヨルノアラシ。君を、」

 

引き摺り下ろしてやる、と。

 

そんな捨て台詞と共にヴェイリフロンセは去っていった。

 

さて。

 

私の読み通りあっさり負けたシロを嘲笑いに行くか。



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世界一最低な作戦会議

一期終盤で強くなったはずの主人公が負けるパートは二期の基本なので初投稿です


「はー…」

 

「…」

 

「…ねぇヨルノ、なんで私寮でバニー着てるんだっけ」

 

「今日の併走で情けない負け方をした自戒にと自分で着たんじゃないか。覚えてないのか?」

 

「そうだっけ…そうかも…」

 

「前回からちょっと空いてるからな、忘れていることもあるだろう。どれ、少し振り返るか」

 

これまでのあらすじ。

 

世界一天才で最強なウマ娘ヨルノアラシに仲良くしてもらっているド凡人シロツメクサは

 

「仲良くしてあげてたの私だったよね?」

 

「いや、私の歴史ではこれで合ってる」

 

ド凡人シロツメクサは手練手管を用いた卑怯な手段と最強ウマ娘ヨルノアラシの協力を得て底辺から這い上がりついに天皇賞(秋)を制する。さあ、次はジャパンカップだ!

 

と張り切っていたのも束の間、トレーニングの合間に組んだヨルノアラシほどではないくらいの天才にして英国最強らしいパツキンちびウマ娘サーマリオンとの併走で敗北し落ち込む。果たしてシロツメクサはジャパンカップ本番で彼女にリベンジできるのか!

 

「そうだよね…負けたんだよね…」

 

「悔しい、という顔ではないな」

 

ううん、と小さく首を振った。

 

「悔しくなくはないよ?正直な話、勝てると思ってたから。余裕を持ってついて行けてたんだ、最終コーナーまでは」

 

想起する。日中行われた併走…模擬レースを。

 

「すごい伸びだった。あの子、二回加速したんだよ」

 

「そうか、お前にはそう見えたか」

 

「ヨルノにはどう見えた?」

 

「サーマリオンは確かに速かった。だがな、逆だ」

 

「…逆?」

 

「お前が伸びなかったんだよ、シロ」

 

 

 

この夜、私は再び決別を迫られることになる。

 

他ならぬ、自分自身に。

 

 

 

 

 

 

世界一最低な作戦会議

 

 

 

 

 

 

私は観察する。

 

…シロくらい貧相でも恰好を変えればそれなりにはなるのだなぁ。

 

「ヨルノ?どうしたの?」

 

先程まで行っていた短い作戦会議のため、シロと私は同じベッドに腰掛けているのだが、

 

「ヨルノ?」

 

じっ、と斜め下に向けた視線を変えない私の顔をシロが覗き込むように…おお、これは…

 

「ヨルノー?」

 

脂肪がつくでもなく筋肉がつくでもなかった半端な胸部と胴。

 

骨格に恵まれなかった華奢な肩。

 

しかし幼児体型ではない成熟がそこにはある。

 

これは…!

 

「たまには、こういうのも悪くないな…」

 

「?」

 

私はこの日、自分の完璧な身体に備わった深い谷間以外を初めて肯定的な視点で見ることができた。

 

「それにしても、すごかったなー。サーマリオンちゃん」

 

「何がだ?」

 

「こう、終わった後のファンサとか?拍手に応える様が堂に入っててさぁ…私にも握手をしに来てくれたし、ハグされた時はびっくりしたけど。あれは好かれるね」

 

「私も積極的にファンサしているから参考にしていいぞ」

 

「ヨルノは拍手にもまともに応えないし握手を求められたら冷たい目で見るしハグなんか絶対しなくない…?」

 

「『それがいい』と大好評だ」

 

「一部の人はそれでいいかもしれないけどさぁ…」

 

「いつまでもお前のように照れている方がおかしい。あっごめんお前はこの前まで握手を求める側だったな」

 

「ファンの1人や2人いたっつーの!!」

 

世の中にはなかなか勝てないウマ娘をこそ応援する風変わりな人間もいると聞く。私には縁のない存在だが。

 

「そう言えばヨルノ。私が走ってる時一緒に喋ってたの、誰?」

 

「…!嫉妬か?嫉妬だな?やれやれ仕方のない女だ…」

 

「違うわアホ。海外の子だよね、めちゃくちゃ美人だったなー」

 

「奴はヴェイリフロンセ。フランスのウマ娘だ。私が出た時のジャパンカップに来ていた」

 

「その時に知り合ったんだね。…やっぱり、強い?」

 

「強い。奴は自分はもうサーマリオンに劣ると言っていたが口だけだろう。全盛は過ぎたが未だトップクラスの身体能力にキャリアを積んだ、まさに古豪だ」

 

「おお…あのヨルノがめちゃくちゃ評価してる…」

 

「ふん。だがサーマリオンに入れ込んでいる今となっては取るに足らん古狸だ。あのあだ名も、あながち間違いではないな」

 

「あだ名?」

 

「欧州三冠を同年に二つまで取り、一つを後年に取ったことから無冠の皇帝などと呼ばれた女だが…奴は一度没落した」

 

「それって…まさか」

 

「たまたま気分が良くて招待に乗り訪れた極東観光。…そこで奴は、私に行き合ったのだ」

 

ジャパンカップ。

 

そこでヴェイリフロンセは私に敗北した。

 

「実のところ、少し不調の続いていた時期ではあったんだ。違う空気を吸って気分を変えようと思ったのか、はるばる日本まで来て、私に負けた」

 

アホくさい。皇帝さんがこーろんだなどと笑い話もいいところ。

 

が、問題はその後だ。

 

「無冠の皇帝とは言え二冠までは取っていた、ヨーロッパ屈指のウマ娘が極東の小娘に負けて帰ってきた。それをきっかけに『あいつはもう終わった』『栄光は過去に成り下がった』『過去の人(ヴェイリーフランセ)』などと散々に言われてな。本人は気にしていないと言っていたが、そのことをからかったら胸ぐらを掴まれた」

 

「それは…」

 

「シロ。これは笑い話だ」

 

「いやいや…笑えないって」

 

「いや、やはり笑い話だ。一年の休養明けに凱旋門を勝ってあっさり復権したのだからな。好き勝手言いまくっていた民衆もさっさと手のひらを返しておしまい。世の中そういうものだろう?」

 

「そりゃー…そうだけども…」

 

複雑そうな顔をするシロ。

 

だが、お前だってそうじゃないか、と私は思う。

 

春の天皇賞までは誰もお前がこうなるだなんて思っていなかった。

 

好奇の視線に晒されるだけで期待なんてされていなかった。

 

マスコミにとってのエサ。謎めいたスターウマ娘ヨルノアラシに繋がる誰か、でしかなかったお前だって。

 

そうなのに、顔色一つ変えやしなかった。

 

ほんの小さな記事で喜んでいたような小物が「レースでの活躍」ではなく「私に関わっている」というだけで注目されたことに屈辱を感じなかったなんてことはないだろう。そういう性格だ。弱いくせに負けず嫌いの意地っ張りだから。

 

だが、お前はそれを手繰り寄せた奇跡で覆してみせた。

 

秋の天皇賞で奇跡が本物であると証明した。

 

それでもまだ奇跡(イロモノ)でしかない。

 

秋のことを私は覚えている。念願だったG1制覇を叶えた女の顔が最後まで困惑混じりの作り笑顔だったことを。

 

このジャパンカップで評価を盤石に変えたその時こそお前は。

 

きっと、誰より素直に笑えるはずだ。

 

「シロ」

 

「何?」

 

「勝て。そして私の隣へ来い」

 

「何度も言わなくてもわかってるよ」

 

「これはお前のためでもある」

 

「ヨルノがそれ言う?何企んでるか知らないけどさ」

 

「まあ、確認はこれくらいでいいだろう。予定を進めるとしよう」

 

「予定?」

 

「すぐにわかる」

 

必勝の作戦は授けた。計画は予定通りに進んでいる。

 

イカサマ勝負師シロツメクサのようなトリックスターとは行かないが。

 

さあ、本番だ。



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外伝 聖人伝承〜白詰草の乙女〜

外伝2つめなので初投稿です


外伝 戦乙女シロツメクサの伝説

 

ウマ娘ダイヤブレイドは、強い。

 

どれくらい強いかと言えばトゥインクル・シリーズ現シニア級の中でトップクラスに強い。

 

ちょっとトップが高すぎるだけで。

 

ダイヤブレイド。

 

入学テストの短距離走で卓越したタイムを見せつけ今年一番の有望株として注目され、次に走ったウマ娘が叩き出した入学テストレコードタイムに全て持っていかれた悲劇のウマ娘である。

 

「僕は負けてねーよ。レースに負けたって最後まで芝の上を楽しんだやつの勝ちなんだから」

 

そんな負け惜しみの権化のような彼女がその日訪れたのは、広い広い学園校舎の隅の一室。

 

古びたドアを横に引けば、先に中にいたウマ娘の何人かがこちらを向いた。

 

教室ニつぶんの広い部屋の中を見回して確認するに、既にほとんどのメンバーが集まっているようだ。

 

談笑。携帯。準備。各々が開会までの時間を過ごす中、ダイヤもまた入り口横の壁に背を預けその時を待つ。

 

暇潰しに想起するのはあの耐え難き、そして輝かしきGⅠレース…春の天皇賞。

 

堪えきれないほどの屈辱を味わった。

 

負けず嫌いの彼女が無理矢理負けを認めさせられたあの忌まわしい一幕を。

 

だが、そこで見出した一つの光を…彼女は。

 

ぴん、と寝かけた耳を立たせる。

 

ウマ娘の聴力が足音を捉えたのだ。この部屋へ向かってくる、待望の足音を。

 

壁から背を離し部屋の中の全員に聞こえるよう呼びかけた。

 

「お前ら!『会長』の到着だ、整列しろ」

 

会長。

 

その名を聞いた途端、全員が迅速に動いた。何をしていたウマ娘もすぐさま席を立ち、携帯をしまい、準備をやめ部屋の入り口へと集結する。

 

入り口を挟み向かい合うように二列で並び、姿勢を糺すと静かにその時を待つ。

 

足音はだんだんと近付いてくる。そして誰の耳にも届くようになった時。

 

ドアが開いた。

 

「こんにちはー。あ、もうみんな集まってるね」

 

「おう。レースの前入りで二名欠席だ」

 

「そっかぁ、じゃあ余ったお菓子は少しずつ分けよっか。あんまり日持ちしないやつだからさぁ」

 

「了解。じゃ、机へ」

 

そう言ってダイヤが先を切って歩き出すと、両手いっぱいに紙袋を抱えた栗毛のウマ娘が後をついていく。

 

ダイヤブレイド。

 

彼女はこの会の副会長として、誰よりも栄誉ある会長の先導という役割を担う存在である。

 

居並ぶ会員たちの間を通って二人が向かうのは、部屋の最前へ設置されたテーブル。

 

会長がそこへ紙袋を置くと、それを合図に会員たちは列を崩し部屋内へいくつも設置された同じようなテーブルに分かれていく。

 

会長が部屋を見回し出席者全員が席に着いたことを確認し口を開く。ダイヤブレイドは会長の横に立ったままだ。

 

「えーっと…今日もみんな集まれて嬉しいです。いない子にはまた後日お菓子を渡しておくので、ここでは気にせず盛り上がりましょう!」

 

「「はーい!」」

 

「じゃ、始めようか。ダイヤちゃん」

 

「ん。全員、コップは持ったか?…よし、それじゃ会長、頼む」

 

「ん。それでは…

 

 

 

今日も『ヨルノアラシ被害者の会』、始めるよー!」

 

 

 

 

「「わーっ!!!」」

 

 

 

 

「かんぱーいっ!!」

 

と。

 

音頭を取り、手作りの菓子を各テーブルへ配るのは。

 

ここに集いしヨルノアラシ被害者の会名誉終身伝説的代表総長会長、ウマ娘シロツメクサその人であった。

 

 

 

 

「あいつが!あいつの順番が僕の後ろだったばっかりに!僕の出した記録が吹っ飛んだせいで!」

 

「おおよしよし…でもダイヤちゃんが一番ヨルノに迫ったウマ娘だって私は知ってるからね」

 

「ううっ、かいちょお…!ありがとおなあ…!」

 

「こっちこそ春天でヨルノに捕まった私を助けるためにダイヤちゃんが一番に突っ込んできてくれたの、ほんとに感謝してるんだよ?ありがとね」

 

「かいちょおーっ!」

 

「ヨルノアラシ…全く罪なお方。わたくしの前であんなに熱烈に会長を愛しむなんて…やはり、私の心を奪った罪は必ず償わせなければ」

 

「ヨルノアラシ…will be extinct」

 

「メイセイちゃんジュースまだある?あ、メローちゃんこれ、約束してた漫画ね」

 

「まあ、会長までわたくしの心をお乱しになるなんて…」

 

「会長…love…」

 

会員たちが和やかな雰囲気の中それぞれ口にするのは決まってかの簒奪者ヨルノアラシに関する愚痴であった。

 

正直あまり肯定できない集まりとして生徒会からもマークされているがなにぶん対象があのヨルノアラシである、三秒の議論の末監視継続、実質看過することを決定した。

 

そんな会だから必然ヨルノアラシに対する被害者度の高さはそのまま会内の身分へと繋がる。春天以降入会でどちらかと言えば新参者のシロツメクサが神聖特例英雄的皇帝会長として祭り上げられるのは必然と言える。

 

週に一度、彼女たちはこうして集まりお菓子とジュースで延々語り合う。

 

それはとても平和な空間。潜入と称して入会した生徒会副会長も大満足。

 

だが、平穏な時間は突如轟音と共に打ち壊された。

 

「Open sesame…」

 

ドカァァァン!!!!

 

「ドアを破って…誰だ!!?」

 

「『はじめまして』、諸君。私は…」

 

もうもうと上がる埃の中、『災厄』はその姿を現した。

 

「…ヨルノアラシ。この陰湿にして悪質極まる烏合の衆から、シロを取り戻しにきた」

 

「ふん、どの口が悪質だなんて言いやがる!みんな!」

 

「「おう(sir)!!」」

 

「シロを囲い込んで…何のつもりだ」

 

「会長をお前には渡さねー。彼女は唯一、お前を焦らせて本気を出させた僕らのヒーローだ…彼女は、僕らが守る!」

 

「きゅん…!」

 

「きゅん…!?きゅんだとシロ貴様!私には一度もきゅんしたことないのに!!」

 

「お前のどこにきゅんするポイントがあるんだよ。いいからヨルノは帰って!私たちは楽しくおしゃべりしてるんだから」

 

「この私をハブろうと言うのか!シロ!!ならば力尽くでも…!」

 

ドカァァァン!!!

 

「なんだ!?」

 

「そこまででぇす!!!」

 

「そのふざけた発音、貴様は!」

 

「『シロさんの後輩1号の会』会長…メルトールリッチと仲間たちでぇす!!!」

 

「またとち狂ったような連中が…!」

 

「失礼な!あたしたちは学園のいろんな場所でシロさんに親切にしてもらってシロさんを先輩と崇める健全な集団なので最近シロさんをヤバい目で見てるよっちゃんとは違うんですぅ!!」

 

「聞く限りまあまあ危険な集団じゃないか?」

 

ドカァァァン!!!

 

「今度はなんだ!?」

 

「お取り込み中に失礼します。『シロツメクサライバルの会』会長、モミジガリと会員一同です。シロさんの危機を察知したのでライバルとして「あなたを倒すのはこの私です」をするため馳せ参じました」

 

「なんだかもうあまり聞きたくはないが…何者だ!」

 

「我々はかつてシロさんと模擬レースや本番で戦い「おめでとう!次は負けないから…!」「今回は私の勝ちだね、また走ろう!」などなど濃度の高い青春要素と爽やかな笑顔を受けて彼女のライバルとなった者です。この度はヨルノアラシ、あなたのシロさん占有に対して抗議に参りました」

 

「世間ではお前らのような人間を狂信者と言うんだが知っているか?全く黙って聞いていれば、どいつもこいつも群れた程度で調子に乗るじゃないか…いいだろう。かかってこい、全員まとめて相手をしてやる!!」

 

「なめるな!!ヨルノアラシ被害者の会、総員突撃!!!」

 

「今こそその思い上がったボケヅラを正してやるでぇす!!シロさんの後輩1号の会、射撃用意!!!」

 

「遅れを取らないよう協動します、ですがトドメは我々が。シロツメクサライバルの会、状況開始…!」

 

「「うぉぉぉぉぉぉ!!!!」」

 

かくして戦端は切られた。切られてしまった。

 

走り出した野望と欲望が生む争いの連鎖はもう誰にも止められない、ただ。

 

一人を除いて。

 

「…えっ、私がこれ止めなきゃいけないの!?」

 

 

 

 

その日、一つの大きな戦が興り、終わりを迎えた。

 

多くの激突があった。

 

多くの信条が散った。

 

しかしその戦場には裏切りも逃亡も一つたりとなかった。

 

戦いの中で純粋な願いと祈りが積み重なり、ついに奇跡が舞い降りる。

 

その身を犠牲に全てを終戦に導いた聖なるウマ娘の名は、シロツメクサ。

 

彼女が倒れ臥した後には傷ついた誰もが起き上がり笑顔になった。

 

彼女たち当事者が卒業した今も学園では、終戦記念日には戦いを止めた奇跡のメニュー「シロツメクサの手作りカレー」を生徒全員で食べることで平和への祈りが捧げられている。

 

 

 

 

 

「変なモノローグで終わらすなぁっ…!うっ、腕が上がらない…何人前作ったかわかんないけど、間違いなく数日継続級の筋肉痛だぁ…」



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外伝 世界一最高なウマ娘の話

今回は本編に繋がる外伝なので初投稿です


彼女は誰もに望まれてこの世に生まれてきた。

 

黄金の髪を風に靡かせ、碧い瞳を輝かせ。

 

彼女はどこまでも、誰より速く駆けていく。

 

サーマリオン。

 

運命が彼女を手折っても。

 

彼女は運命を裏切らない。

 

 

 

 

「楽しかった!!」

 

「お疲れさま、マリオン。オフと定めた時間だったのに、悪かったね」

 

「んーん!ヴェイの紹介してくれたあの子、あの黒い子が用意してくれたあの子は最高だったよ!シロ!かわいい名前のかわいい子!」

 

「ほう、珍しいね。君が初見で名前を覚えるなんて」

 

「ヴェイ以来だよ!悔しい?」

 

「ちょっとね」

 

「むふふ。ダメだよ、嫉妬しちゃ。シロはボクのだからね」

 

「やれやれ、マリオン卿は気の多いお方だ」

 

「『やりたい帳』に書いてあるんだからいいんだよーだ。へへへー」

 

そう言ってベッドへ転がり込み無邪気な笑顔で古びたノートを広げる彼女の姿を、一体誰が25歳の女性だと思うだろう。

 

サーマリオン。

 

「やりたい帳22冊目41ページ3行目、『遠い異国でライバルと出会う』達成、と!次は4行目の『遠い異国で出会ったライバルと本気で勝負』…いや、その前に10ページ7行目の『スシ、スキヤキ、ラーメンクイダオレ』かな。ヴェイ、どう思う?」

 

「君の望むままに。マリオン」

 

「よしっ。じゃあ明日はごちそう食べに行こうね!」

 

「暴飲暴食は控えたまえよ」

 

「えー!さっきはいいって言ったじゃーん」

 

「一日で全部行く必要はないさ。レース後にも日程を取ってあるんだから、ゆっくり楽しむ方が得だよ」

 

「なるほど、その手があったかぁ…じゃあ明日は何食べよっかなー」

 

「では、先にシャワーを済ませたらどうだい?今晩は早く寝よう」

 

「えー?シャワーじゃダメだよ!やっぱり肩まで浸かって100数えなきゃね」

 

「すっかりお風呂好きになっちゃったな…前は烏の行水だったのに」

 

「広いオフロ最高ー!ひゅー!」

 

…後年、私が彼女について手記を残すとすればこう書き始めるはずだ。

 

私は、サーマリオンに魅入られた。

 

ヨーロッパではレースのために国境を越えることは少なくない。それに一流のトレーニング機関はやはりレースの歴史の深い国にあるので(その点では日本のような遠国に、いくつも施設と会場を持つトレセン学園とURAのような機関が育ったことはきっと我々の先祖も喜んでいることだろう)留学も多く、そのため各国のウマ娘間に人間関係が発生する機会は非常に多いと言える。

 

私とサーマリオンもレースを通じた知己…と誤解されがちだが実は違う。

 

彼女と初めて会ったのは英国旅行の最中だ。

 

当時の私は荒れていた。かなり荒れていた。外部には決して漏らさなかったがやっていたのは旅行とは名ばかりのヨーロッパを巡る強行軍。睡眠時間を削り、ひたすら歩き、英国へは泳いで渡った。

 

なんでそんな身にならない苦行をしていたのかと言えば、恥ずかしながら未熟ゆえと答えるしかない。今でも苦笑いだ。

 

仮にもレースを志すウマ娘が脚を酷使するような自棄を起こしていいわけがない。祖国を背負い大きな期待を寄せられていた身であるなら尚更。

 

まあ、その期待を裏切った結果として当然の批評を真芯で受けてしまったのが原因、ということになるか。

 

恥ずかしい。サーマリオンの話を始めておいて自分語りばかりしているのと同じくらい恥ずかしい。

 

当時は自罰的で何かあればすぐ己の未熟、と自分を責め立てることで何故か調子を立て直せたせいで今でも妙な癖が…いやいや、私のことはもういい。

 

要は、自暴自棄になっていたところにマリオンと出会ったという話で。

 

 

 

いよいよと言うべきかようやくと言うべきか、やっとマリオンの話に入れそうだ。

 

いや、まだもう一つ言っておくことがあった。

 

私が日本での敗戦後取った一年の休養の使い道についてだ。

 

世間からいっそ石でも投げて欲しいくらいの罵声を頂いた私は前述のヨーロッパ旅行へ出掛けた。

 

当然だがいくら基本徒歩でも当初は一年もかけるつもりはなかったし、実際その旅程は一ヶ月も経たないうちに英国でストップしていたのだ。

 

そう。休養に入って一ヶ月以降の残り十一ヶ月。

 

私はほぼ一年イギリスで、マリオンと共に過ごす。

 

 

 

 

彼女は競走ウマ娘の名家に生まれた。

 

自国のダービーを始めとする多くのGⅠを勝った文句なしの優駿を母に持ち、父はそんな母や数々のウマ娘を支えた名トレーナー。

 

結婚は多くの人々に認められ出産はもっと多くの民衆に祝福された。

 

これ以上なく恵まれた血統と環境に生まれ落ちた幸福な幼児期を過ごし、成長した子供は自らの脚で走り始める。大人たちの評価は大絶賛だった。

 

「この子は間違いなく天才だ」

 

「なんて美しい顔立ちだろう」

 

「走る姿は愛らしくもありその速さに惹きつけられる」

 

幼いながらに自分の寄せられる期待と、それに応えられているという事実は彼女に自信を与えた。山のように積み上がる賞賛の中、自分も気に入っていたこともあって母から受け継いだ豊かで煌びやかな金髪を彼女は己の誇りとした。高い位置でくくりはしたが今でもめったに切りはしない。

 

天才は順調に成長していく。

 

両親に愛された。祖父母に愛された。親類にも友人にも愛された。何の関係もない大人にも子供にも愛された。

 

誰もが祈る。どうか彼女に幸多き人生を。

 

誰もが待ち望む。レースの場に現れる彼女の姿を。

 

専門の教育機関へ入学を決めついに競走の道へ踏み出した時は国を挙げて大盛り上がり。

 

誰もが新たなスターの誕生を待つ。誰もが既に頭角を表しつつある黄金に目を細める。

 

かくしてその時は来た。

 

運命はそっと、彼女の美しくも力強い脚を手折っていったのだ。

 

「繋靭帯炎って知ってる?そうそうそれそれ。それにかかっちゃってさぁ」

 

なんでもないことのように、彼女は会って数日の私と数年来の友人のように接しながら「それ」を口にしてみせた。

 

「デビューまであと二ヶ月くらいの時期だったかな?悔しかったなー」

 

黄金の華が咲き誇る時は…来なかったのだ。

 

運命はつぼみを攫っていった、と思ったことを覚えている。

 

それが彼女の15歳の春。

 

あまりに早い発症、散華であった。

 

 

 

 

「ま、ボクは天才だし最強だから全然諦めてなかったけどね。でも周りはもう大騒ぎ」

 

そりゃそうだろう。

 

両親は涙に暮れ神を恨んだ。友人たちは脚と心をいたわった。それ以外の人々はどこまでも深く落胆した。

 

繋靭帯炎は、レースの道を志す者にとっては不治の病に等しいものだからだ。

 

突然魂を取りに来た死神に、しかし彼女だけは狼狽えない。

 

「デビューが延びただけだよ。でもみんな楽しみにしててくれたからなぁ。ごめんね」

 

治療の日々が始まった。

 

派手好きの彼女が粛々と、真摯にできることを重ねていく。

 

彼女は決して驕らない。元々海のように自信と余裕があり驕る必要がないからだ。

 

たまにはこういうこともあるだろう、と。

 

前進を諦めない彼女の姿は民衆に盛り上がるためのネタを与え、新聞社を通じて多くの支援が寄せられた。テレビ局は名医を連れてきたし政府からは時の首相が激励に訪れた。

 

でも駄目だ。病は希望を許さない。

 

治療自体に時間がかかる病気がちょっとでも負担をかけると再発する、と言えば繋靭帯炎の忌み嫌われようの一端がわかるだろうか。

 

研究は進み、最新の治療が試される。駄目だった。

 

新しい発見があったと医者が我こそはと詰めかける。駄目だった。

 

私はかつて繋靭帯炎を抱えたウマ娘を現役引退まで無事走らせることに成功した。そんな風に宣うトレーナーが…まあ言うまでもなく駄目だった。

 

これは彼女を僻む者の呪いである。祈祷の力で…と言って訪れようとした自称魔法使いや自称聖職者はちょうどティータイムにつまむ菓子が欲しかったとばかりに待機していた警察に片っ端から逮捕されていった。誰も彼も高額なツボと霊験あらたかな水を抱えて。

 

 

 

運が良かったのは度重なる施術で悪化しなかったことだろう。彼女の脚を傷つけるような真似は極力避けられていた。

 

それでも。

 

良かったわけではない。

 

治りはしなかったのだから。

 

「うん。『もう七年経ったよ』。治らないもんだねー」

 

私は絶句した、と言うより他ない。

 

あまりに単純な描写だがどうしようもなく黙らされたのだから絶句したとしか言いようがないのだ。

 

七年。

 

それはもはや…闘病なのか?

 

だって、でもそれじゃあ、その間の損失は。

 

七年。

 

彼女のこれまでの人生の三分の一に相当するその時間。

 

「君は…な、何をしてきたんだ…?」

 

「そりゃもちろん、治療だけど?」

 

「し、七年も?」

 

「うん」

 

「……」

 

『なぜ?』

 

…とは、とても口に出せなかったが。

 

「脚に負担かけないようにウォーキングとか柔軟とか、軽運動を中心にあれこれ。ヨガとか得意だよ!ほらこれ!腕だけで身体持ち上げて歩くやつ!」

 

「それ本当にヨガ…?」

 

「三人目のトレーナーが言ってたから多分そう!」

 

「そっか…」

 

三人目。

 

彼女のトレーナーは五回交代している。後で調べたところ内全員が担当を外れた後トレーナー業に関わる全ての資格を返上していた。一人目に至っては自殺未遂を繰り返している。

 

無理もない。

 

最高の才能を射止めた幸運が最高の才能を潰した大罪に反転したのだ。

 

擁護する人間もいるだろうが…心ない罵詈雑言の方がよほど多かったはず。

 

国一つ分の期待を裏切る、その重さを奇しくも私は知っていたから。

 

…なんて。

 

そこまではそんな風に同情しているような顔もできていたのだ。

 

 

 

彼女はつらつらとその身の上を会って間もない私に喋る。人生の三分の一を棒に振った災厄について。

 

「でさぁ、また言うんだよね。『もうやめたら?』って。そのたび言い返すんだ。『いやいやボクは諦めないよ!なんてったって最強の天才だからね!』」

 

どれだけ彼女が前向きであろうとも引退を勧められたことは、やはり当たり前にあったと言う。

 

「でもさボク思うワケ。デビューしてないんだから引退も何もなくない?」

 

「揚げ足取りだよそれは」

 

「だからさ、もう脚が痛くない時を狙ってレース出ちゃおうと思ったんだ。その後で再発しても痛くなくなってからまた出ればいいんだし」

 

「この国の決まりは詳しく知らないけどそれはアリなんだろうか…」

 

患者としては間違いなく最悪を通り越していっそ害悪的な発想ではあるが、なるほど一つの選択肢ではある。

 

このまま値千金の脚を腐らせるくらいなら…と。

 

「でもね、やめた。だってそれはカッコよくない」

 

「かっこよく…?」

 

「そ。だってさあ、それじゃ「悲劇のウマ娘の思い出作り」とか言われちゃうかもしれないじゃん!当たり前にボクが勝っても後で手加減してたとか言われるのぜぇったい許せないし。だったら完治してからとびっきり派手に活躍するのがいいよねっ」

 

いちいち休んでたら三冠取れないし。

 

そう、付け加えて。

 

ここまでで私は彼女を型破り過ぎて何か大事なものまで破ってしまっているタイプなのではと疑っていたので常識的な発想に正直安心した。

 

しかし、七年。

 

七年も戦ってきてまだ希望が見つからないのに、彼女はどうしてこう生き生きとしていられるのだろう。

 

「そりゃ、ボクは最強で天才だからね」

 

…まあ、そういう答えだと予想してはいたけれど。

 

しかし眩しい子だ。姿こそまるで時間が止まっているかのように幼いが紛れもなく本物と言える風格があるように思えた。

 

彼女と話す日々は続く。

 

 

 

マリオンとの交流にあたって私は市街にちゃんとした宿を取った。値段はあまり気にしない。使うアテのない貯金ならあるんだ。

 

彼女と話しては驚きを繰り返す間に私は胸に突き刺さったものが薄れていくのを感じていた。おかげで周りを見る余裕ができ、なんと普通の旅行のように散策を楽しむこともできたりして。

 

だから、あまり気が回らなかった。

 

サーマリオンがこの国内でどのような存在なのかも。

 

偶然の気付きがなければ延ばしに延ばしても一ヶ月ほどでフランスへ帰っていただろう。

 

ようやく、ようやく本題に入れる。

 

私が一体彼女にどう魅入られたか、何故再び日本へ行くことを決めたのか、あのレースで私と彼女が何を得たのか。

 

 

 

 

 

おかしいと思ってはいたのだ。

 

サーマリオンは自己顕示に対し余念がない。

 

変装など全くしない。なんならノーメイクでウォーキングしていることもあるくらいに(ノーメイクなのに完璧な容貌を保っているあたりは彼女の成長遅延体質も極めて羨ましいところではある)不用心で、時折声をかけられれば喜んで応じたりもした。

 

だがそれは彼女の野外トレーニングでの話だ。

 

市街で「時折」はありえないだろう。

 

国を挙げて誕生と成長を寿ぎ災いのごとき発症を嘆き悲しんだ対象であるところの彼女がまさかそんな、時折しか声をかけられないなんてことがあるか?

 

最初は私と一緒にいるから遠慮しているのだと思っていた。だが注意して周囲の反応を観察するに、彼ら彼女らが真逆の視線を向けていることに気付いた。

 

サーマリオンが現れない曜日に私は買い物へ出る。

 

宿側にも言って用意したのはネット環境とノートパソコン。

 

SNS、個人サイト、ブログ、ニュース、ネット上に保存されている多くの情報を漁りまくった。

 

なんとも察しの悪いことに、調査結果をまとめてやっと私は答えに至ったのだ。

 

彼女の戦いが始まって七年。

 

既に、国民の誰も。

 

彼女に期待などしていない。

 

 

 

強い言い方になったが、決して悪い意味ではないと補足しておく。

 

現に未だ応援する人間はいるし誰も興味がないわけではない。

 

ただ、辛いのだと言う。

 

最初に集るように寄ってきたマスコミも三年経つ頃にはすっかり退散していて既に公共の支援はない。新聞に載ることもないしテレビで取り上げられることもない。彼女の生活圏にいない人間は彼女のことをさっぱり忘れ去っている。

 

だが、そうでない人間はどうだ。

 

七年間、何の成果も上がらないのを見せつけられ続けてきた人々はどうだ。

 

家族は、友人知己は、関係者は、そうでない支援者は。

 

幾人かに連絡を取った。

 

やはりと言うべきか、何度も何度も繰り返し諦めることを勧めたと言う。

 

何度も何度も、何年も何年も。

 

全く変わらず前しか見ていない彼女に対して。

 

地獄のようだと一人は言った。

 

元々完治させる方法のない病を何年も引きずって何になる。どう考えても無駄な努力だ。幸いにも容姿は並外れて優れているし家柄もいい、少し早いとは思ったが結婚を勧めもした。

 

だが全て跳ね除けられた。あの輝くような笑顔で。

 

 

 

一人は語った。医者やトレーナーが離れたのも疲れたからだ。

 

成果の一つも上がらないのでは前向きな未来を見据えようもない。

 

地獄だろう、それは。

 

 

 

一人は涙ながらに述べた。

 

彼女は、太陽だ。

 

どんな状況であれ眩く永遠に燃え続ける存在から、我々は目を離せなかったがゆえに燃え尽きた。

 

みんなそうだ。彼女の存在は否応なしに人を惹きつけそして心を灰に変えてしまう。

 

サーマリオンは灰の上を歩いているのだ。

 

どれだけ別の道を示しても全く変わらず歩み続ける彼女に誰もついていけはしない。

 

彼女にとっても本来は地獄だろう。

 

私は敗北によって詰られ、罵られる過程でもう手遅れだと言われたことはある。この場合は私が傷付きしかし再起を誓える。

 

だが本当に手の施しようがない状態のサーマリオンのためを思ってかけられた言葉は、彼女を慮る周囲の人々にこそ堪えるはずだ。

 

本人も期待に応えられないことを悟れば、自然と心も折れる。

 

折れるはずだ。

 

だのに彼女は地獄を作ってなお前進し続ける。進んだ分戻る地獄を地獄だと思いすらしていない。

 

…天才であれば誇りがある。

 

…怪物であれば目的がある。

 

…では。

 

示すべき人々を失ってなお生き様だけを示し続ける彼女は、なるほど無機質な天体だろう。

 

 

 

私はイギリスにしばらく腰を据えることにした。

 

そのことを伝えるとマリオンは少女のように喜んでくれた。

 

ウォーキングなどのトレーニングにも付き合い始めた。以前のようなひたすら高みを目指すハードなトレーニングには量でも充実感でも程遠かったが不思議と不足だとは思わなかった。

 

休日にはなんと彼女の車と運転でドライブにも出た。見た目と中身はともかく、彼女もまた大人である。しっかりと観光を楽しませてもらう。

 

「ちょっと暇だったからぱぱっと免許取っちゃった。最初は興味なかったんだけど、自由に動かせるようになってからは気に入っちゃってさ」

 

言いながら私有地のサーキットを使って素人目にも神業じみた高速ドリフトで際どいカーブを抜けてみせたりもしてくれた。まあ、当然私は助手席で目を回していたので素人目も何も見えちゃいないが。

 

「ボクにはやりたいことがあるんだ。たくさんね」

 

泊まりがけの夜にはベッドで古びたノートを見せてくれた。

 

「これは『やりたい帳』。いつかやりたいことを思いついた端から書いていくノートで、もう何冊もあるんだよ」

 

と、ノートを広げては眠くなるまで将来の展望を語る。そこに秘められているのはとても現在進行形で未来の閉ざされているウマ娘とは思えない多彩な想像。

 

「スタント抜きのカーアクションがやりたいんだよね。最後には高級車が100台くらいダメになるやつ」

 

…内容はともかく。

 

さて、そんなサーマリオンに満ちた生活の中、彼女のいない時間に私が何をしていたのかと言うと。

 

探し物をしていた。

 

死に物狂いで。

 

幸いにも自分の追い込み方には慣れていたので(ここで身についたものもある。マリオンと戯れるための体力を残す調整方法とか)、とにかくしゃにむに全力でネットの海を渡りまくった。

 

探しているのは、医者だ。

 

ヨーロッパでは既に敗北済みの医者ばかりだったのでアメリカを中心に世界各地の繋靭帯炎について実績のある人間を探し続けた。

 

理由は決まっている。マリオンの脚を治したいから。

 

マリオンの脚を治したい理由?あそこまで惨状を聞いて、何故マリオンに関わり続けるのか?

 

ごくごくありふれた当たり前の理由だ。

 

こんなにも長い間たくさん努力してるんだから、結実してほしいじゃないか。

 

希望を持って何が悪い。希望を奉じて何が悪い。…とか言って。

 

自覚はある。自分はそういうキャラじゃない。

 

だから、私も同じになってしまったのだろう。

 

灰になるまで目を逸らせない、哀れな太陽の信奉者に。

 

だが私と彼らの違いは野心があることだ。

 

ここまでどうしようもなかったサーマリオンがまさかの復活を遂げ宣言通り三冠を取って英国最強になったら…どうする?

 

いや、なる。発症前の彼女の成績はどう見ても私を上回る才能の持ち主だ。何せ模擬レースから併走まで全て無敗ときた。ここまででたらめだと眺めるのも楽しくなってくる。

 

彼女はイギリスのウマ娘の歴史に、いや世界の歴史に刻まれる世界一最高のウマ娘だと私は確信していた。

 

だから繋靭帯炎を完治させたという噂だけで日本のさる名家を探り当て連絡を取ることだってできる。日本語は三倍速で覚えた。

 

『…なるほど。話はわかりましたわ。主治医』

 

『ここに』

 

『聞いていましたわね?』

 

『はい』

 

パソコンの画面の向こう、貴婦人然とした女性の隣に佇む、眼光鋭い施術衣の男が例の繋靭帯炎を完治させたという医者らしい。

 

『治療はできません。何故なら私はお嬢様、いえ奥様の主治医だからです』

 

「…なっ」

 

…いや、断られるのは予想していた。こちらは本当か嘘かもわからない情報をアテにいきなり連絡を取った身、一手で全て上手く転ぶとは思っていない。

 

『そもそも、繋靭帯炎は脚に負担をかける限り何度でも起こりうる病。完治という概念はないのです。故に、何年経とうと私は奥様のおそばを離れるわけにはいかない』

 

何故なら私は、奥様の主治医だからです。

 

と。

 

その主人が患者だったのか。なるほど永遠に経過観察だと言い張るなら一理ある。

 

話を聞くに彼女もまた若い頃、繋靭帯炎に未来を閉ざされかけたのだと言う。

 

己の無力を実感した主治医は一度長く仕えてきた家を離れてまで治療法を模索。仮説を立てぶっつけ本人での実証を成し遂げてみせなんなら短くも現役復帰までさせられたのだと言うから事実なら想像以上に理想的な人材が見つかった。

 

説得してみせる、必ず!

 

 

 

一時間経過。

 

『やはりできません。何故なら私は奥様の主治医だからです』

 

それしかないのか!!!!

 

らしくもなく叫びかけた時だ。

 

『いいではありませんか、行って差し上げなさいな』

 

『しかし奥様、それでは』

 

『私ももう子供ではないのです、言われなくても安静にしていますわ』

 

『ううむ…』

 

『ではこうしましょう。主治医、あなたは私の脚のためにイギリスへ行くのです。そうすればあなたの知識に磨きがかかり、それは私の健康管理に関する技術向上に繋がるでしょう?』

 

『うううむ…』

 

戦況は瞬く間に覆った。うってかわって圧倒的だ。援護射撃を期待していなかったと言えば嘘になるが、まさかたった一時間様子を見られただけで得られるとは思わなかった大収穫。名前こそ出せないが、感謝の念はそれこそ死ぬまで忘れることはない。必ず。

 

かくして。

 

奇跡の医者、主治医の英国来訪が決まった。

 

 

 

…今となってはどうでもいいが、主治医という呼び方は果たして日本語的にそれで合っているのだろうか?

 

 

 

主治医の行動は早かった。現地につくやマリオンの何人目かの主治医からありったけのデータを受け取り本人の診察と検査を丸一日行い大学や病院を巡って必要なものをかき集め。

 

 

 

『まさか、そんなアプローチで!?』

 

『バカげている!不可能だ!』

 

「わかっています。ですがやります。何故なら私は、奥様の主治医だからです」

 

 

 

 

 

それから三年の月日が流れた。

 

私はリハビリを始めたマリオンに別れを告げ帰国。フランスで派手に勝ち星を挙げ再起に成功した。

 

とは言え、折を見てはイギリスに渡ってマリオンに会いに行くのでトレーナーからはだいぶ渋られているが。

 

「マリオン」

 

「あ、ヴェイ!獲ったよ!宣言通り、三冠!」

 

「その話は電話でもしただろう。ちゃんと見ていたよ」

 

「でもー、やっぱり欧州三冠も走りたかったなー。ヴェイと決着をつけたいんだよー」

 

「君の脚のこともある。これで正解だよ。それに、大丈夫。舞台は用意されているさ」

 

「えっ、どこどこ?いい加減教えてよう」

 

「行き先は…日本。レースの名は、ジャパンカップ」

 

「それって…この前招待が来たやつじゃん!」

 

「やはり来ていたね。そこに私も出るから君も出るといい。日本にはきっと、君の求めるものがあるよ」

 

「…そうかな。実はちょっとそう思ってたんだ」

 

「ほう?」

 

「日本のことを考えるとしっぽがそわそわする。先生がいる国だからかな、って思ってたんだけどやっぱり違うんだ」

 

「マリオン」

 

「うん。出るよ、ジャパンカップ。そこでボクは…」

 

彼女は。

 

また一つ、最強への階段を登るだろう。

 

奇跡の脚を持つ黄金の太陽は西から昇ったのだ。

 

であるなら、私の知る最強のウマ娘、あの闇夜の名を持つ彼女に勝つことだって。

 

ヨルノアラシ。

 

彼女をこの欧州の舞台へと引き摺り出し、私と、マリオンと、世界の強豪を集め本当の最強を決めるのだ。

 

そのためにもまずはジャパンカップ優勝を果たす。そこで目にするがいい、ヨルノアラシ。

 

サーマリオンは決して諦めることなく自らの意思で絶望を踏破し奇跡を掴んだ唯一の命だ。

 

私は確信している、最強の名はサーマリオンのためにこそ存在するのだと。

 

希望の象徴は必ず絶望の象徴を打ち破るよ。

 

例え、君がどのような刺客を用意しようとね。

 

 

(世界一最高なウマ娘の話・後編に続く)



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世界一最低な再確認

やっと始まるので初投稿です


「今年の有マに出る」

 

ジャパンカップ前日。突如開かれた記者会見の場でヨルノアラシはそう宣言した。

 

いつの間に運び込んだのか、やたら高い玉座に腰掛け集めた記者たちを睥睨しつつ。

 

記者の方も慣れたものでさらさらとメモを取り次々ポーズを変える彼女の最も写りのいい角度を求めてカメラを…

 

「あ、あの…」

 

いや、一人だけ挙手した記者がいる。

 

「その、有マ記念は…ファン投票で出走の可否が決まるレースで…」

 

「私が一位にならないとでも?」

 

「あっはい、すみませんでした…」

 

「いや、仕方ない。私の言葉を聞きたいがためわざと愚問を向けてくるのは理解している」

 

ヨルノアラシは意外と寛容である。

 

「独壇劇場」とも呼ばれる突然の会見はもはやヨルノアラシに関わってきた記者の間では常識となっており、今回のようにヨルノアラシ初心者に対して彼女は非常に親切に対応する。あくまで彼女の基準で、だが。

 

しかしそこでの発言は毎度毎度あまりに傲岸。普通の人間なら人生100回ぶん大炎上間違いなしの超頂点フルコース。一部では「レースを侮辱している」「今すぐ除籍しろ」「魔界へ帰れ」などのコメントが寄せられているがこれに関してヨルノアラシをよく知るこの世で唯一のウマ娘さんからは「あー、逆ですね。彼女はレースを真っ当にスポーツとして楽しんでるので引退しないんです。でも態度がアレなので魔界からも追放されてるんだと思います」との言葉を頂いた。

 

ついに魔王が年末の有マに再臨する。

 

これだけで我々としては一面のネタに芸能人のあれこれを使わなくていいので非常にありがたいのだが、今回のヨルノアラシは全く、サービス精神に溢れていたと言えよう。

 

「シロツメクサも出る」

 

彼女が放った言葉に場がざわついた。

 

困惑ではない。筆者も他社の連中も一様に同じ顔をしていた。

 

『待ってました』、と。

 

「奴は明日のジャパンカップを獲る。その脚で有マに出る。何故なら、これはチャンスだからだ」

 

彼女が言わんとすることはその場の全員が理解している。

 

最近大注目、ともすればヨルノアラシより衆目を集めている競走ウマ娘シロツメクサ。

 

彼女は先日の天皇賞(秋)を勝っておりその勢いで今回のジャパンカップに挑むが、ヨルノアラシから見れば既に勝負は決しているようだ。

 

仮に、天皇賞に引き続きジャパンカップを優勝すればここに有マ記念を加えた通称「秋シニア三冠」に王手がかかる。なるほど逃す手はないだろう。

 

「私とシロツメクサはこの有マを最後にトゥインクルを卒業する。だが、これまであいつはこの手のチャンスにとんと縁がない。トゥインクル最後の思い出作りのためにも必ず出るさ」

 

ふん、と鼻を鳴らすように笑うのも印象が悪くなる一因ではあるがこれも有識者であるシロツ…某ウマ娘さんに曰く「あー、あの笑い方ですね。見た目は完全に悪党ヅラなんですけど機嫌がいいサインです。多分ジョーク言ってるつもりなんですよ」とのこと。人は見た目では判断できない。

 

「諸君。春の天皇賞は覚えているか?」

 

無論だ。あのヨルノアラシ以上に鮮烈な存在の、あれはまさにデビュー戦だった。

 

シロツメクサ。それまで善戦屋として埋没していたのが嘘のような決死の走りを見せた彼女は今やヨルノアラシの首に最も近いウマ娘となった。

 

「春は私が取った。秋はあいつが取った。ならば決戦が必要だろう?喜ばせてやる。せいぜい盛り上げろ、衆生。私と、あいつの、舞台を!!」

 

筆者は信じられないものを聞いた。

 

それは、記者会見にあるまじきもの。

 

レースを楽しむ一人のファンとしての歓声だ。

 

それが、自分を含む全員から聞こえる。

 

当代最強の傑物たるヨルノアラシ。

 

挑むは今一番勢いに乗るシロツメクサ。

 

今年の年末はトゥインクル・シリーズに再び嵐が吹き荒れるだろう。  (筆者:上遠野)

 

 

 

 

「シロ貴様ぁぁぁぁ!!!!」

 

「ぎゃーはははははよかったじゃん印象良くなって!!!これからは「あっ、ヨルノアラシちゃんご機嫌なんだねー」ってみんなから言ってもらえぶっふっあー無理笑う!!みんなから「悪ぶってるんだねーかわいいねー」って温かい目で見られるヨルノかわいー!!!あははははははは!!!!!」

 

「なぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!」

 

故郷のお父さんお母さんそして兄と妹へ。私は今ジャパンカップの控室で号外を読みながらあのヨルノアラシを悶死寸前まで追い込んでいますが私も笑い死にしそうです。助けて。

 

この控室多分今日一番うるさい控室だと思う。

 

「くそ…くそ…わかったようなことを言いやがって…」

 

「いいねぇそのセリフ。思春期っぽくて」

 

「本当にお前学園で言われてるような「優しい先輩」なのか…?」

 

「だってヨルノ相手だもーん」

 

まあ、こんなバカらしいやりとりでも今の私にはありがたい。何せ人生で一番緊張しているのだ。

 

はっきり言って春天より秋天より緊張している。

 

サーマリオン。金色に輝くイギリスの天才ウマ娘。

 

私より小さいのにどこまでも高みにいる、ヨルノ級に桁外れの相手だ。

 

おまけにそんな子と同格かそれ以上と言われるヴェイリフロンセさんもいる。

 

「またくだらん想像をしているな」

 

「む…」

 

「やれやれ、私というものがありながら他の女のことばかり…言っただろう。お前はもう「普通」なんかじゃない、作戦通りに走れば必ず勝つ」

 

「でも、あれ作戦なんてもんじゃ…」

 

「作戦だ。奴らもこの号外を読んでいるだろうから間違いなく本気で来る。怒り心頭でな。自分たちを眼中にないと言い放ったも同然、侮辱にも等しいこの文面を見れば必ず」

 

「あー…SNSとかすごいもんね。有マのことばっかりでジャパンカップを通過点扱いするようなひっどい状態でさぁ…」

 

「だから前日にやったんだ。大荒れの時こそ漕ぎ出すのにふさわしい」

 

「わざと炎上煽るとか…これ実質参加してくれた外国への国辱だよ?来年ジャパンカップ開催できるのかなぁ」

 

「来年のことなどどうでもいい。私たちに必要なのは今年、今なんだからな」

 

「冷静でいられなくする作戦にしてもちょっと雑すぎる気がするんだけど…誰のせいでこんなんなっちゃったんだろうな…」

 

「他人にさんざん慕われておきながらその裏で最低な手段に手を染め正々堂々という言葉を嘲笑したウマ娘の影響だと思う」

 

私かぁ…

 

じゃあ仕方ないかぁ…

 

「何はともあれ、そこにレースがあって参加が決まっているんだ。行ってこい、シロ」

 

「わかってるよ、ヨルノ」

 

これで軽口の時間はおしまい。控室を出る。

 

わかってる、わかってるんだ。

 

だって、私が誰より勝ちたいんだから。

 

手段は選ばない。勝ちたいがために世界一最低な道を選んできた。今更綺麗な手で終われるとは思ってないよ。

 

何より。

 

この勝ちの先に待っているものがある。

 

ヨルノアラシという、この世で一番勝ちたい相手が。

 

一番の舞台で。

 

一番の景品を抱えて待っている。

 

なら行こう。行くしかない。

 

私はシロツメクサ。弱いくせに負けず嫌いで、諦めることすらできずレースにしがみついていただけの弱者だ。

 

そんな私が一番高いところへ手を伸ばせるところまで来た。なら。

 

あとは、走るだけだ。

 

 

 

 

 

 

 

時は来た。

 

たくさんの「勝ちたい」を乗せて、レースが始まる。



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世界一最低な羽化

羽化なので初投稿です


『ふざけるなよ』

 

「…えっ」

 

事件はゲートイン直前に起こった。

 

『わざわざ極東くんだりまで呼んでおいて、オレたちを前座扱いとはな』

 

故郷のお父さんお母さんあと兄と妹へ。

 

私シロツメクサは今、身長2mはあろうかというビッグなウマ娘に胸ぐら掴まれて持ち上げられてます。

 

「えーっと…きゃのっとすぴーくあいんぐりっしゅ」

 

「なら日本語で言ってやる」

 

「うそぉ…」

 

追記、日本語も堪能な方だった。

 

その体躯は競走ウマ娘と言うより格闘家のそれに近い、鍛え上げられた実戦用の筋肉を特大の骨格に装備したアメリカンサイズのアメリカ出身ウマ娘、名前は確かゴッドヴォルト。

 

パワーに満ちた名前と首元に巻かれた目が覚めるような赤いスカーフがヒーローのようで印象的な女性だった。

 

「お前とあの黒いのは繋がっているそうだな」

 

「あー…いや、あの件は私も知らされてなくて」

 

「ほざくな、雑草」

 

うへぇ…。

 

ちらっと目を逸らすと慌てたようにサーマリオンちゃんが駆け寄ろうとするが他の海外ウマ娘がなんでもないような顔をしてその進路に入る。係員さんも同様に道を塞がれた。

 

…なんでもない顔ではないか。こちらに向いているのは明らかに、敵意だ。

 

誰かが意図して悪意的な情報を流したんだろうなぁ…誰だろうなぁ…きっと世界一最低な黒いウマ娘だろうなぁ…。

 

ゴッドさんの糾弾は続く。海外ウマ娘からの冷たい目線も止まない。これだけ濃度の高い害意を向けられたことなどない。何分経った?いや、まだ一分も経ってない。

 

いつまで続くのだろう。

 

肌がぴりぴりするほど怖い、のに。

 

なんだろう、これ。

 

「くだらんマネをして勝負を汚すな、雑草。貴様はここで…なんだ?」

 

その時、視界に写ってほしくなかったものが入り込んだ。意識が引き戻され思わず息を呑む。

 

巨躯の背後から彼女をつついたのはよく知った顔だったのだ。

 

「リッチ!」

 

最初から囲いの内側にいたからあっさりと接近できたのだろう。

 

メルトールリッチ。彼女が俯きがちにベストのような勝負服の裾をつまんでいた。

 

「リッチ!だめ!」

 

そこにいたらだめだ!レース開始直前に仕掛けてくるほど頭の茹った相手に近付くなんて!

 

「その通りだ。ジャマをす…」

 

ゴッドヴォルトが振りのけようと僅かに振り向いた瞬間。

 

赤いスカーフが躍った。

 

いや、リッチが『掴んで引いた』!

 

思い切り引かれた拍子に体勢を崩し私を取り落としながら顔と顔が近付けられ、そんな彼女をねめつけるようにしてリッチは。

 

 

 

 

『ここはレース場だぞ?勝ってからモノを言えよ、ウサギちゃん』

 

 

 

 

『なっ…!?』

 

スカーフを離しながら軽く胸を押して顔を離したリッチはこちらを向いて、

 

「シロさん。今日もよろしくお願いします」

 

と。

 

そう言って、普段とは違う穏やかな笑顔でゲートの方へ歩き去っていくまでの数秒間誰一人として身動き出来なかった。

 

まさに、衝撃の一幕。

 

「リッチ…」

 

英語、喋れるんだ…。

 

 

 

 

 

 

…メルちゃん、我慢できませんでしたか。

 

改めて盛り上がる観客席とは別に空気の悪いまま出走ウマ娘の紹介とゲートインは進む。

 

私、モミジガリは6枠12番。あまりいい位置とは言えないがそんなことは問題ではない。そう何故なら。

 

 

 

(私もメルちゃんも件の併走では全然出番がなかったから…!)

 

 

 

シロさんのライバルとして不甲斐ない…!

 

後から聞いて不満と後悔でいっぱいだった、挽回せんとレース前の追い込みをいつもより細かく詰めてもらった結果、コンディションは今までにない上出来。

 

たとえ国外の強者が相手でも決して情けない走りはしない。

 

…が、それ以上に。

 

感じるものがある。

 

メルちゃんもおそらく同じものを感じているはずだ、だからこそわざわざ割って入ったのだろう。

 

…今日のシロさんは何かが違う。

 

だから、こんなところで見せないでくれ、と。

 

 

 

事実、このレースでウマ娘シロツメクサはそれまでのイメージを捨て去ることとなる。

 

紛れもない決別だった。

 

それは、私たちに対しても…

 

「これで16名全員ゲートイン完了。出走の準備が整いました。どのウマ娘も気合十分…!」

 

 

 

 

 

「スタート!」

 

 

 

 

 

「揃ってキレイなスタートを切りました本日のメインレースはジャパンカップ!先程のトラブルを感じさせない見事な立ち上がりです。ここから誰が抜け出すのか」

 

「中の方へ密集していますね」

 

「塊状態から内側1枠1番メルトールリッチがハナを取りに行く、1番人気4枠8番シロツメクサは後方からのレースになります」

 

「これは上手く押し込められましたね。やはり注目され…ん?」

 

「先頭へ続くのは同じく内枠3番サーマリオン、続いて3枠6番アイエーテース。外側…えっ?」

 

「「シロツメクサ!?」」

 

 

 

 

『バカな…!4人がかりの壁だぞ!?』

 

 

 

『何故抜けられた?』

 

 

 

『わ、わからない、気付いたら内側に、ギリギリを加速していった!』

 

 

 

『そんなものがまかり通るのか!!この邦では!!』

 

 

 

 

「こ、これは…!」

 

「マークされていたのは確かです、ですが、包囲が固まりきる前に加速して抜け出した、としか」

 

「可能なんですか!?」

 

「…ヨルノアラシであればやるでしょう」

 

 

 

 

 

『やってくれる…』

 

ヴェイリフロンセは苦笑する。

 

できるものか。可能であるものか。小柄な身体を活かした高速機動と言えば聞こえはいいが周りを同じ速度で走っている相手が何人もいるようなレースの場で、そんなものが許されてたまるか。

 

そんな荒唐無稽が許されるとしたら。

 

『レースに出ちゃいけない加速狂(アクセルハッピー)か、最初から『そうする』と決めている大バカだ…!』

 

ヨルノアラシからシロツメクサに関する情報は受け取っているがまさか、危険走での降着さえ厭わない輩だとすれば話が違う。

 

この世で最も勝たせてはいけない人間だ…!

 

 

 

 

 

 

「などと考えている頃か?ふん」

 

甘い。

 

「甘いぞ、ヴェイリフロンセ。その程度でシロをわかった気になるのはな」

 

 

 

 

 

 

『壁は消えた、だがどうする?マリオンとの一対一で完膚なきまでに敗北した君が、どこを走る!』

 

 

 

 

「後方からまるですり抜けるように上がったシロツメクサ!掟破りの地元走り!…まだ速い!シロツメクサが位置を上げます!アイエーテースの外!」

 

「この姿勢、まさか…」

 

「さらに上がってサーマリオンの外!抜いた!抜いた!二番手からさらに今メルトールリッチを抜いて先頭!シロツメクサ先頭に立ちました!」

 

 

 

 

…ここでようやく、ようやく出走ウマ娘全員がその異常事態に気付く。

 

これこそヨルノアラシが仕込んだ絶対勝利の策略。

 

全ては、シロツメクサの全力を解放するための。

 

 

 

 

「スピードがおかしい?抜くのが早すぎ?」

 

当たり前じゃないか。

 

「シロは最初から、」

 

 

 

 

 

 

『『全速力(スパート)だ…!!』』

 

 

 

 

 

 

「日本語ではこうも言う。…『大逃げ』、とな」

 

 

 

 

 

 

作戦会議の時点で全ては決まっていた。

 

未知の相手と併走させたのも。海外ウマ娘を煽ったのも。

 

全ては。

 

「…逃げろ?」

 

「そうだ。最初からクライマックス全力疾走だ」

 

「いやいや…私の逃げは付け焼き刃だよ?ヨルノもさんざん煽り倒してくれた三級品であって」

 

「逃げじゃない。全力疾走、だ」

 

「…正気(マジ)?」

 

「ああ。後ろに誰も追いついてこないように先頭をキープし続けろ。そうすれば誰だって勝てる」

 

「いやいやいやいや。そんなの不可能だって」

 

「何度も言わせるな。春以降、お前の身体は明らかに変化した」

 

「!確かに…ちょっと胸大きくなっ」

 

「いやそれはない」

 

「くっ…!」

 

「本気どころか普段より遅いくらいだったとは言え、春天のあの距離から私に迫るだけのスピードとその後判明したスタミナの増大。胸を含めちっとも外観の変化がない肉体。ウマ娘のフィジカルは人間よりも筋肉と神経の質の差が出るもので量が全てではないというのは常識だが、だからと言っていきなり全身変化するほど摩訶不思議なものではない。今のお前は、以前とはまるで別人だ」

 

「それは……」

 

「秋の天皇賞。お前はあの二人を正面から打ち破った。春以来身についた力でねじ伏せた。お前はあの二人を含む多くの人間から支持されるようになったが、同時にドーピングや八百長の疑いも受けたはずだ。他でもない、勝てなかった時代のお前を応援していた連中からも」

 

「……そうだけど」

 

「シロ。お前は、変わりたくなかったんだな」

 

「……うん」

 

「お前が望んでいたのは、私がいて、あいつらがいて、お前がいる、そんなぬるい日々だった」

 

「……うん」

 

「何かを失いたくなどなかった。茶化し茶化され、適当に生きていければそれでよかった」

 

「うん」

 

「くだらん」

 

「……」

 

「また時計で殴られるのかと思ったが」

 

「もうしないよ」

 

「いいかシロ。お前は変わった。何が起きたのか私にもわからん。聞くところによればある日突然力が湧いてくる謎の現象はたまに起きていたそうだがそれは三女神像の前でだけだと言うし、これと関係しているのかはわからんが因子、という概念が研究されていてな。要は遺伝のようなものなんだがその点から見るにシロ、お前の血統は意外にもそう悪くなくて、でもやはりそういうタイプは片鱗が」

 

「もういいよ、ヨルノ。大丈夫だから」

 

「……」

 

「あの天上天下唯我独尊のヨルノアラシがこれだけ他人のことを考えてくれたんだもん。充分だよ」

 

「……シロ」

 

「ヨルノ」

 

「シロ…」

 

「ヨル…これバカみたいだからやめない?」

 

「今いい雰囲気だったろうが!!」

 

「そうなの?」

 

「ええい本当にこいつは!!…ごほん、いいか。お前の今の実力は春からのデータを分析した上でまだ未知数だ。これは何故か。お前の悪癖のせいだ」

 

「え、私のっ!?」

 

「ああ。お前、走る相手を見て毎度毎度「強そう」とかなんとか言うだろう。私が思うにお前は相手の力量を予想して無意識に出す力を変えている。だから手の内をよく知る相手の秋天では勝ち、サーマリオンとの併走では予想を超えられ負けた」

 

「ということは…逃げろ、って」

 

「正しくは『何も見ずにただ走れ』だ。誰にも抜かれないように走ればお前はそれだけで勝てる」

 

「…わかった。やってみる」

 

「ふん。不可能だとか文句は言わなくていいのか?」

 

「うん。変わるって決めたから。…いきなり普通じゃなくなって、春から秋までかけてなんとか取り繕って。いきなり強くなりました理由はわかりませんなんて言って環境が変わるのが怖かった。でも…どれだけ行っても、そこにヨルノはいてくれるんだもんね」

 

「ああ。私は最強だからな」

 

「なら走れる。ヨルノ、待ってて」

 

すぐ追いつくから!



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世界一最低な完結

最終回(2回目)なので初投稿です


「シロの奴め。スタートから前に出るのに慣れてないせいで随分不恰好な立ち上がりだな。さて…あとはお前たち次第だ。せいぜい焦ってついていくといい。なるべくシロをせっついて、その力を引き出してくれ」

 

天才。古豪。豪傑。幸運。精鋭。

 

この場に集った全てを踏み越えてお前は変われ。

 

負けるのが辛いなら。中途半端が辛いなら。

 

強さを証明すればいい。

 

「それができれば苦労しない」と言ったお前に、決別する時だよ。シロ。

 

 

 

 

 

 

 

「8番シロツメクサ先頭に立ってもまだ止まらない!二番手に既に3バ身差」

 

「離しに行ってますよ、仕掛けは遅れたようですがこれは明らかに逃げに入ってます」

 

罠だ。

 

彼女の「逃げ」は間違いなく付け焼き刃、それでも何か仕込みがあるならば奇策と言ってもいい。いや、併走でマリオンに逃げ切られた意趣返しか?とにかく今はついて行かず抑えるのが正解。私とマリオンなら差し切れる。

 

なのに。

 

『何故行くんだ!マリオン!!』

 

 

 

 

「速い速いシロツメクサ!彼女が『おもてなし』に選んだのは、芝2400m!スプリント並みの早仕掛けで挑む超ハイペースの消耗戦!!!最初に応じたのは英国サーマリオン位置を上げる!」

 

 

 

 

 

『はっ、はっ…はははっ!』

 

ごめんねヴェイ。でも、『これ』は行かなきゃダメだ。

 

何故って?ボクの脚が言ってるんだよ。

 

『ここで行かなきゃ、後悔するってね!!』

 

 

 

 

 

 

「その後に日本のウマ娘が続きます外からモミジガリ!」

 

 

 

 

 

来た、来た、来た、来た!

 

シロさん、シロツメクサさん、私のライバル!

 

本当のあなたを!

 

その『あなた』を待っていた!!

 

 

 

 

 

「食いつくようにメルトールリッチも行く!」

 

 

 

 

 

シロさんシロさんシロさんシロさんシロさんシロさんシロさんシロさんシロさんシロさんシロさんシロさんシロさんシロさんシロさん!!!!!

 

私は!!!!!

 

ここに!!!!!

 

 

 

 

 

「ここニ戦をシロツメクサに負けている同士やる気を見せますね!その後ろ7番ゴッドヴォルト、大外16番モアーボンも力強く追い始める、どんどんバ群が縦に伸びる!このペースで保つのか、沈むのか、果たして走り切れるのか!」

 

 

 

『無理だ!あり得ない!!マリオン!!』

 

何故だ。何故マリオンは脚を緩めない。

 

確かにシロツメクサは速い。体感では既にこのレースのレコード更新も見えている、だがこれは明らかに破滅の逃げだ、ゴールまで保つわけがない。マリオンの脚ならペースを落としてスタミナを温存するだけでいい、最大の武器である末脚で直線勝負を選べばいい。なのに。

 

君は一体、何に惹かれて走っている。

 

『マリオン…君には何が見えているんだ…!』

 

力任せでレースを破壊するような走りをするそのウマ娘に、君は、何を。

 

 

 

 

 

 

感じたんだよ、と。

 

レース後に彼女はこう語った。

 

「夢が叶う予感がしたんだ」

 

「夢…『これ』が本当に、君の望みだったのか?」

 

「やりたい帳最終巻最終ページ最終行、『◯◯◯◯』。その点シロは期待通り…期待以上だったよ」

 

「…そうか。なら…」

 

仕方ないな、と私は応じた。

 

 

 

 

 

 

残り1200m。

 

まだスピードは落ちない。

 

残り1000m。

 

まだ落ちない。

 

残り800m。

 

まだ落ちない!

 

ここまで疑えば認めざるを得ない、彼女の身体に起きた変化とやらは極めて危険なことに、ああくそ、本物だ!

 

『認めようシロツメクサ…君は!』

 

 

 

ヨルノアラシと同等の脅威だ!!!

 

 

 

「後方控えていたヴェイリフロンセが飛び出した!前では一人また一人と遅れていき現在先頭はシロツメクサとサーマリオン!」

 

残り600m。

 

ヨルノアラシはとんでもないものを生み出してくれた!

 

彼女はここで私が潰す。マリオンにはまだ荷が…いや。

 

今私は何を考えた?バカな。マリオンだぞ。

 

マリオンがまだ諦めていない、なら!

 

必ず彼女は踏破する!誰より輝く星の下に生まれた彼女ならば!

 

「二人きりで大ケヤキを回って最後尾はまだ見えません!全員巻き込んでの大驀進となりました先頭シロツメクサ逃げ切るか!」

 

そうだよヴェイ。ボクは諦めちゃいない。

 

『逃げ切らせないよ、絶対に!!!!』

 

「最終直線!ここで二番手サーマリオンが仕掛けた!さらに加速して先頭へサーマリオン迫っていく!」

 

残り400m。

 

「ついにヴェイリフロンセが三番手に躍り出た!このまま詰めれば射程内もありうる距離!先頭シロツメクサ!サーマリオン並ぶか!サーマリオン並ぶか!サーマリオン並ぶか!」

 

 

 

『とどけぇぇぇぇぇぇ!!!!!』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ゴォール!!!1着は8番シロツメクサ!!1番人気シロツメクサが魅せました!!並み居る強豪の猛追を振り切った、まさに横綱相撲!2着に4バ身差をつけ開催国の意地を見せつけた!2着はサーマリオン、3着はヴェイリフロンセ」

 

「残り200mでシロツメクサが見せたあのノビで勝負が決まりましたね!絶対に追いつかせないという気迫と覇気を感じました…!」

 

「はぁ…はぁ………あは」

 

…ゴールしてやっと緊張が切れたのか、今日初めて芝の色を見た気がする。

 

耳に音が戻る。視界に色が戻る。心臓に鼓動が戻り、一呼吸ごとに私は私の形を取り戻す。

 

「あははは……はぁ」

 

やっちまったなぁ。

 

もう誤魔化せない、全然勝てなかったあのシロツメクサが、正面からジャパンカップを勝っちゃった。

 

絶対炎上してる。ほらあそこの観客なんか怒って叫んでるもん。ライブやらずに帰りたい。

 

「でも…」

 

それでも今は。

 

「来たよ、ヨルノ」

 

降り注ぐ歓声に応えるように、思いきり両手を振り上げ空を仰いだ。

 

 

 

 

 

「ジロ゙ざぁ゙ん゙!゙!゙!゙」

 

「おっとっと。あっごめんリッチ避けちゃった!大丈夫!?」

 

「ぶぇぇぇぇ!!!!!」

 

「おーよしよし痛かったねぇ、芝でも顔面スライディングしたら痛いよねぇよしよし…!」

 

「死角から抱き着きに行ったメルちゃんが悪いんですけどね…おめでとうございます、シロさん」

 

「あ…モミジちゃん」

 

「シロさん。あなたに言いたいことがあります」

 

「あっ、はい…!」

 

「思うところがあるならそんな顔をなさらずに笑ってください。あなたは勝者なのですから」

 

「は、はい…?」

 

「私からは以上です。後は地下道へ。首を長くして待っているでしょうから」

 

「…うん!」

 

なんて足取りの軽い…とても2400mをレコードで逃げた人とは思えないな。

 

疲労を感じさせない小さな背中を見送り息を吐く。

 

ああ。

 

らしくない真似をした。

 

普段通り綿密に想定した作戦で挑むつもりだったのに、それをかなぐり捨ててオーバーペースに付き合ってスタミナ切れ。まだ汗が止まらない。明日は熱も出るか。

 

身体が強くないからこそ一戦を大切に走り確実に勝ちに行くというスタンスを自ら犯した結果がこの着外。全く妥当だ。情けない。

 

でも、ついて行きたかった。

 

それなりに近しい縁のある人間として春天以降の変化は知っていたつもりだ。因果や理由はわからないが、わからないでもいいと飲み込める程度には私もメルトールリッチも彼女自身を評価していたと思う。…もしかすると、メルちゃんにそんな考えはなくてただ彼女が好きなだけかもしれないが…とにかく。

 

あの人を異質なものとして一人にしたくなかった。私が、私たちがいると示したかった。これからも勝負をしていくために。

 

結局追いつけなくて、一人で行ってしまったけれど。

 

「でも、一人じゃないんですね」

 

「シロさぁん…うぅー…」

 

「ライブの準備です。私たちも行きますよ、メルちゃん」

 

「ぐす。…うん。まだ、終わってないから」

 

「そういうことです」

 

私たちは完全に置いて行かれてしまった。それでも、追いつけないとは思わない。

 

必ず追いつきます。

 

必ず。

 

 

 

世界一最低なGⅠ制覇までのお話セカンドシーズン『ジャパンカップ編』

 

完結。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして一ヶ月後。舞台はついに最後の決戦へ。

 

世界一最低なGⅠ制覇までのお話ファイナルシーズン『有マ記念編』

 

近日開幕。



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エピローグ

回収し忘れていたので急いで書きました


「近年の英国三冠にはあんまり価値がないって人もいるけどさぁ、ボクはそうは思わないんだよね。だってみんな好きでしょ?三冠」

 

「まあ、そうだね。なんだかんだと言いつつも制覇者が出れば盛り上がる。実際一流ウマ娘の決戦であるわけだからレベルは依然高いと思うよ」

 

「でしょ?だからボクは三冠を獲ったんだ。なんならティアラの方も欲しかったけど、そこはほら。我が国は女王陛下の国だから」

 

「陛下よりたくさん戴冠するのは遠慮したと?ふふっ。マリオン卿は謙虚な方だ」

 

「いやはや。やっぱりサー・マリオンとしてはね、なーんて」

 

「……マリオン」

 

「何?」

 

「すまなかった。私が誘ったせいで、君の戦績に泥を塗った」

 

「…ぷっ。あははは!ヴェイって頭いいけど結構バカだよね!」

 

「わ、わかっていたさそんな反応をされるのは!でも私は本気だ!イギリスとフランス両方から国外退去を宣告される覚悟はしているよ!」

 

「そうなったら一緒に日本に住もうね。ふふふっ、あはははは!!」

 

「むう…こういう時だけ歳上みたいな顔をする…」

 

「ひひひ…あー面白かった。いいギャグだったよヴェイ。…同じくらい、すごくいいレースだった」

 

「…負けたのに?」

 

「負けたからだよ。きっとこの後の人生でボクは『ここでスピードを落としたら一生追いつけなくなる!』なんて焦ることないだろうからね」

 

「それは…つまり」

 

「いや、本気で勝つつもりだったよ?併走の時あの子が本気の本気じゃないのはわかってたから、本番がずーっと楽しみだった。勝つのは当たり前に楽しいけど、一番楽しいのは強い子と走って勝つこと!その方がみんなたくさん褒めてくれるしね」

 

「ならなんでそんなことを言う?天才で最強な君が、負けたいだなんて」

 

「それが「普通」なんでしょ?」

 

「…普通?」

 

「うん。普通、普通のみんなは勝ったり負けたりしながら強くなるんだよね?」

 

「まあ、勝利も敗北も糧にするのが理想ではあるが」

 

「だったら、勝ちしか知らないボクより勝ちも負けも知ってるボクの方が強いと思わない?」

 

「…マリオン、君は」

 

「夢が叶う予感がしたんだ」

 

「夢…『これ』が本当に、君の望みだったのか?」

 

「やりたい帳最終巻最終ページ最終行、『負けたい』。全力で挑んで、その上で負けたかった。その点シロは期待通り…期待以上だったよ。お礼を言わなきゃね。あの子のおかげで、ボクはまだ強くなれる。ヴェイ。ボクはもっと速くなるよ。それでいつか、本当に最強になる!」

 

「…そうか。なら…仕方な「だから日本に住みたいんだけどなんか手段ない?」…は?」

 

「シロ!速くてかわいいボクの四ツ葉ちゃん!好きになっちゃったかも!なんて!あはははは!ねーヴェイ、なるべく早くリベンジしたいんだけどどうやったらアリマキネンに出られるか知ってる?教えてよー!」

 

「そ、そんなバカな…いやでも、確かあの併走の時ヨルノアラシが…」

 

 

 

『あとシロは桁外れの女たらしだから気をつけることだな。あいつには一度でも一緒に走った女をすぐ引っ掛ける悪癖があってな、全く私というものがありながら…くどくど…くどくど…くどく…お前の記憶の中とは言えこんなに私しつこかったか?脚色してないか?』

 

 

 

「う、ウソだ…マリオン…」

 

「こんなーレースはーはーじめてーっ♪」

 

「ああ…おのれ、おのれシロツメクサぁぁぁぁ!!!!!」



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番外 世界一最低な設定集(ネタバレなし版)

設定を見せびらかしたいのは創作者の性癖なので許してください


世界一最低なGⅠ制覇までのお話編初登場キャラクター

 

 

・シロツメクサ

シロなのに栗毛

負けが込んでこの度ヤケを起こしてイカサマに手を出した世界一最低なウマ娘その1。家族構成は父母兄自分妹。

身長は高くなく体格も貧相であんまり恵まれた身体ではない。レースにおいてはいいとこ中の下がせいぜいのモブウマ娘。同室でバインバインかつスラっとしたスーパーボディのヨルノアラシにはめちゃくちゃ嫉妬している。

が、外向きの性格と面倒見が良く誰に対しても親切に接するため変な奴と勘違いしやすい奴と思い込みの激しい奴に好かれやすい。

勝負服は白と緑のチアリーダー風の爽やかでかわいいやつ…と思いきや背中ががっつりダイヤ型に開いていたりスカートがやや短めだったりと割と攻めたデザイン。それなりの露出度とファンサもいいので童て…変な奴と勘違いしやすい奴と思い込みの激しい奴に好かれやすい。でも他人の好意に鈍感。

レースでの脚質は先行。適性距離は中距離。

ブルマ。

 

 

・ヨルノアラシ

青毛

現在トゥインクル・シリーズで最強と名高いスーパーつよつよウマ娘にしてシロツメクサを唆した世界一最低なウマ娘その2。

肉体的にも頭脳的にも世界レベルの大天才で実家も太い。完璧。これで性格さえ良ければ。

わがまま。傍若無人。秘密主義。人を人とも思わない。自身の完璧さを盾に超マイペースに生きる生まれながらのヒール。でも強すぎて誰も止められないので気ままに生きている。

レースでの脚質は自在。適性距離は全部。芝ダート晴れ雨曇り雪良悪どんな戦場でも無敵。

短パン。

 

 

・メルトールリッチ

芦毛

シニア級まで泣かず飛ばずだったダメダメウマ娘。シロツメクサと出会って才能が開花する。

天真爛漫天然全開。全開すぎて心配になるが熱血トレーナーがしっかり支えてきた。

レースでの脚質は逃げ。適性距離はマイル中距離。気合で長距離も走れる。

短パン。

 

 

・モミジガリ

鹿毛(赤髪)

身体が弱いがその分細かく調整することで多くの勝ち星を積んできた秀才ウマ娘。頭脳派で気の遣える常識人だが騙されやすい。

トレーナーを師匠と呼ぶ。

レースでの脚質は先行、差し。適性距離は中長距離。

短パン。

 

 

・ダイヤブレイド

芦毛

同年代最強クラスのウマ娘にしてヨルノアラシ被害者の会創設会長。同年代最強のヨルノアラシのせいでスターになり損ねたことから彼女の人生にケチがつき始めた。注目を奪われ、三冠を奪われ、挙句自信まで奪われた。

でも強い。エリ女とかヨルノアラシが出ないレースはほとんど勝ってるし。

勝負服でダイヤ製…という設定のかっこいい大剣を持ちたかったがトレーナーに丸め込まれてやめた。

レースでの脚質は逃げ、先行。適性距離は中長距離。デビュー直後にマイルを走ったこともある。

短パン。

 

 

・メイセイメレー

ピンク髪

高めの身長、メンがヘラっている系の言動とハイライトのない目から警戒されがちだが本人は恋に恋する無垢で清楚でちょっと惚れっぽい女の子。が、「恋」をしたら性格が激変。彼女のターゲッティングの対象は自分を負かしたウマ娘なのでレースで負けると1着のウマ娘を調べ上げ、分析し、勝つまで対象と同じレースに出続ける。生徒会が生徒につける危険度ランクはGⅢ。性格こそ少々迷惑だがストーキングなどの迷惑行為や実害がほとんどない上に最近の対象がヨルノアラシなのでランクが低い。

レースの脚質は自在。それというのも彼女は嗜好としていわゆる「好き合う者同士は追い合い逃げ合うまどろっこし…もといやきもきしてしまう恋愛モノ」を好み恋の対象を徹底マークして追い抜き去る戦法を取るため。類稀な才能だがトレーナーは決して彼女の思想を制限することはない。勘違いしている彼女に普通の恋について教えてあげてほしいとは思う。適性距離は長距離。距離の適性も実はかなり広いのだが、恋しい人と長く一緒に走っていたいので長距離。

短パン。

 

 

・エアメロー

青鹿毛に流星

日本語と英語を組み合わせた風変わりな喋り方をするが親は日本人で出身は岡山県。英語には縁がない。つまりキツめの方言を隠すのとただの厨二病の兼ね合い…要は学園デビューである。トレーナーもその近辺の出身でバリバリ方言なのでたまに釣られて素が出るとぽこぽこ殴って抗議する。

感情表現の乏しさと相まってロボットのような印象を与えるがクールにふるまっているだけでどちらかと言えば発言は過激でそのためレースでも挑戦的な走り方をしがち。諦めが悪く根性があるので支持するファンも多い。

レースでの脚質は先行、差し。適性距離は中長距離。

短パン。

 

 

ジャパンカップ編初登場キャラクター

 

 

・サーマリオン

栗毛(金髪)

英国最強ウマ娘。文句なしに天才でしかも良家のお嬢様。性格は幼い見た目相応に子供っぽい。背も低く小柄だが強靭で柔軟な筋肉の生み出す爆発的な瞬発力と末脚が最大の武器。

レースでの脚質は先行。適性距離はマイル中長距離。

尻が大きい。

短パン。

 

 

・ヴェイリフロンセ

青鹿毛

仏国最強ウマ娘。ヨーロッパでも名高い古豪ウマ娘。大人の余裕と気安さを兼ね備えた優雅な女性でサーマリオンの友人。

レースでの脚質は差し。適性距離は中長距離。

短パン。

 

 

・ゴッドヴォルト

鹿毛に流星(稲妻)

アメリカのムキムキムチムチビッグウマ娘。

パワーオブジャスティスと言わんばかりの筋肉量とビッグボディに対等で熱い勝負を望む戦士の魂を備える。

勝負服は真っ赤なスカーフを首に巻きノースリーブの革のベストというプロレスラーのようなデザイン。腕から腹から露出しまくりで本人は少し恥ずかしいが高い体温と排熱の関係で簡素化し風通しをよくしてある。

レースでの脚質は差し。溢れるパワーでアメリカのダートをドスドス駆け抜けブチ抜いていく。適性距離はマイル中距離。

ブルマ。

 

 

・モアーボン

栃栗毛に流星

イタリア出身の伊達男…もとい伊達ウマ娘。

その立居振る舞いは軽薄に見えて慎重でいつでも俯瞰的な視点から物事を見る。

それはそれとして女好き。1日に何度も美女に出会う女運はあるもののナンパしては失敗し最終的にトレーナー(女性)に泣きつく。

勝負服は白いスーツにコートを羽織ったようなデザイン。サングラス…に似せたスポーツグラスを使用する。

レースでの脚質は先行。視界が広く常に好位置をキープし仕掛けどころを逃さない勝負勘の持主。適性距離は中長距離。距離が長いほど強い傾向がある。

短パン。



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番外 世界一最低な設定集(ネタバレ版)

設定を見せびらかしたいのは創作者の性癖なので許してください


・シロツメクサ

シロなのに栗毛

溜め込んできた勝利への執念から手を出したイカサマで勝ちを重ねた結果、謎の覚醒に至った世界一最低なウマ娘その1。いきなりめちゃくちゃ強くなってしまったことに懊悩していたがジャパンカップで吹っ切れる。

よく人に好かれる割に好意に鈍感だがヨルノたちが向けてくる視線(着替え時や入浴時に顕著)には理由がわからないなりに気付いている。

ブルマ。

 

 

・ヨルノアラシ

青毛

同室の先輩でめちゃくちゃ親切に接してくれたシロツメクサを利用して自分の知的好奇心を満たす外道ウマ娘。だったが彼女が謎の覚醒を果たし自分の想像を上回ったことでシロが大好きになる。シロツメクサを自分のものだと思っている。変で勘違いしやすくて思い込みの激しいタイプ

シロツメクサ好きランクは「ほぼ童貞」。

 

 

・メルトールリッチ

芦毛

恩人であるシロツメクサのことが最高に好き。犬のように付き纏い後輩1号を名乗る。

シロツメクサ好きランクは「刷り込み」。

思い込みが激しいタイプ。

アホみたいに扱われがちだが実は6カ国語喋れるし割と毒舌。

 

 

・モミジガリ

鹿毛(赤髪)

明確に気になり始めた経緯は自分でもわからないものの、人柄の良さとレースに対して真摯で複雑な思いを抱えるシロツメクサに好意を持ちシロツメクサのライバルを自称する。勘違いしやすいタイプ。

シロツメクサ好きランクは「先に好きになったのは私でした」。

 

 

サーマリオン

栗毛(金髪)

英国最強ウマ娘。実年齢は25歳だが見た目は15歳時からほとんど変わっておらず性格も子供っぽい。背は低く小柄ながらに治療開始から続けてきたケアの効果で全身が柔軟ながら強靭な筋肉に覆われているため弾丸のような爆発的な瞬発力とノビを持つ。

ジャパンカップ後自分を負かしたシロツメクサを気に入った。変で思い込みが激しいタイプ。

シロツメクサ好きランクは「ボクのかわいい四ツ葉ちゃん」。

 

 

ヴェイリフロンセ

青鹿毛

ヨルノアラシ曰く「気障ったらしい気取り屋」。そういうキャラクター…と言うよりは自分の未熟な部分を抑え込むための理性と余裕を強めに課している結果。マゾでもある。ヨルノアラシに負けるまでは自信と愛国心に満ちたまさに皇帝と呼ばれるにふさわしい強キャラだった。今ではマリオンに振り回される友人にしてマリオンを心配する保護者。だがレースとなるとまだまだ気迫を漲らせる古強者。

マリオンがシロツメクサを好きと言い出したのを真に受けて傷心中。

 

 

・ダイヤブレイド

芦毛

同年代最強クラスのウマ娘にしてヨルノアラシ被害者の会創設会長。今は会長をシロツメクサに譲った。優しくて慰めてくれるシロツメクサに心酔する。

 

 

・メイセイメレー

ピンク髪

ヨルノアラシ被害者の会幹部。お茶会の概念をもたらし会を真っ当なおしゃべり会にした立役者。

 

 

・エアメロー

青鹿毛に流星

ヨルノアラシ被害者の会幹部。会員勧誘チラシのデザイン部長。

 

 

・ゴッドヴォルト

鹿毛に流星(稲妻)

かつての彼女は高身長軽体重、つまりひょろひょろでお世辞にも強いウマ娘ではなかった。

周囲がトレーナーを得ていく中で焦燥感だけが降り積もる日々の中出会ったのが常に白衣で微笑を絶やさないいかにも怪しい優男トレーナー。

彼がもたらしたのはともすれば批判されてもおかしくない悪魔的なスパルタトレーニングと徹底した栄養管理。

周囲が止めるほど過酷な日課はまさにボディのリビルディング。

強さへの憧れでハードな日常を耐え切った彼女の身体に以前の面影はない。トレーナーの飼っているペットの熊とレスリングができるフィジカルと戦士の如き鋼のメンタルを手に入れた。

趣味はぬいぐるみの収集だが感極まって思いきり抱きしめてしまうとぬいぐるみが破裂してしまうため、毎度トレーナーに縫ってもらっている。

 

 

・モアーボン

栃栗毛に流星

趣味はナンパ…ではなく靴磨き。

貧しかった子供時代のバイトだったがレースで身を立てるうちにいつの間にか自分が革靴を履く側になっていたことに気付き特注の一品をオーダー。その靴を自分の尻尾と同じくらい大事に手入れする時間こそが彼女の幸せな時間である。

 

 

・アイエーテース

 

こいつのことだけ全然考えてなかった。

 

 

 

有マ記念編初登場キャラクター

 

 

・エリオットリルビー

青毛

常に凛とした表情を崩さないクールビューティなウマ娘。デビュー前。



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世界一最低な開幕

開幕なので初投稿です


季節は冬。師走も既に半ば、年末の大レース有マ記念までもう二週間ほどを残すばかりとなった。

 

今年の有マは一味も二味も違う。何故なら近年稀に見る有力なウマ娘二人の決戦の場なのだから。

 

かたや言うまでもないトゥインクル最強にして災厄のウマ娘ヨルノアラシ。まともに走ったレースでは完全無敗、未だその実力の全てを誰も引き出したことのない、まさに規格外の領域から全てを見下ろす簒奪者。

 

かたや最近最も注目されている超奇跡シンデレラ、シロツメクサ。いくつもの試練と長い雌伏の時を経てついに成った晩成の大器が今、荒れ狂う暴風雨の化身にその手を伸ばす。

 

春秋の天皇賞を分け合った二人が選んだ戦場こそが年末の中山、多くの夢を背負って選ばれし者だけが立つ芝の上。

 

それは約束された運命の一戦。

 

世界一最低なGⅠ制覇までのお話ファイナルシーズン『有マ記念編』

 

開…

 

 

 

 

「あ、ヨルノ。私この部屋出るから」

 

「は?????」

 

 

 

……。

 

世界一最低なGⅠ制覇までのお話ファイナルシーズン『有マ記念編』

 

改め

 

『ヨルノアラシ、捨てられる(主観)編』

 

…開幕!!!

 

 

 

 

 

 

「どういうことだシロ!!説明しろ!!」

 

「言うと思った…別に、大したことじゃないよ。外へ部屋借りるってだけ」

 

「なんで出ていく必要がある!女か!女を連れ込むのか!」

 

「お前は妻か?理由…理由って言われると、実は大した理由はないんだけどさぁ」

 

「ぐるるる…」

 

「お前は犬か?いやぁ、私もさ。元はと言えば都会に憧れがちだった田舎者の夢見る少女だったわけですよ」

 

「言い回しが古いな」

 

「突然正気に戻るな。でさ、最近あれこれ有名になってー、グッズバカ売れ取材殺到、モデルの仕事は…なかったけども!まあなんとかやってけそうなくらい稼いでるからさ。思い切って一人暮らし!しちゃおうかなって!」

 

「なんだそのテンションの上がり方。トシ考えろ二十一歳」

 

「まだハタチですけど!?いいだろハタチならまだこれで!!童顔だしよ!!まあとにかく、次の春から学園所属のウマ娘専用のマンションが一部屋空くって言うからそこに移るんだー。楽しみだなぁー!」

 

「そんなことで…そんな理由で私を捨てると言うのか?なんて無責任な女だ…!」

 

「へっ、なんとでも言いやがれ。って言うか捨てるって何?ペットじゃあるまいし」

 

「とにかく私は認めんぞ。お前と私は共犯者だ、これからも一緒に走るんだからな」

 

「いやいや走るのは続けるってば。…ヨルノさぁ、寂しいのはわかったけど、私が出てったらここには多分新入生が来るんだからちゃんと面倒見てあげるんだよ?ヨルノだってもう立派な先輩なんだから」

 

「…私は、いい。私にはお前がいればいいんだ」

 

「ダーメ。早く大人になるんだよ。じゃ、おやすみー」

 

「……」

 

 

 

 

 

 

 

シロは成長してしまった。

 

めげてしまって、何もかも前向きには見られなかったあのボロボロの弱者が。

 

勝ちを重ねて、まるでまともな、普通の人間のようなことを言う。

 

…いや、違うな。最初からまともだった。まともだったから思い詰めてイカサマに手を出し挙句トレーナーとも決別したんだ。

 

なんて。

 

なんてバカらしい。

 

「円卓会議を招集する」

 

「このテーブル四角いですよ」

 

「うるさいぞモミジガリ」

 

「いきなり一緒にごはん食べよーって、よっちゃんにしては珍しいですねぇ。どうしたんですかぁ?」

 

「まずは聞け。これはお前たちにも無関係な話ではない…」

 

そう、事は重大事だ。その重みを含めるためたっぷりと溜めてヨルノアラシは言った。

 

「…シロが、寮を出ると言い出した」

 

「「いただきまーす」」

 

「聞け!!!!!」

 

「よっちゃん、見るたびいっつもカレー食べてますけど飽きないんです?」

 

「違いますよ、カレーライスの他にカレーうどん、カレーラーメン、カレーそばの四種でローテーションしてるんです」

 

「ナンも加えて五種だ!ええい、話を聞け!」

 

なんてのんきな連中!憤慨しつつも改めて事態の重大を説こうとした時。

 

「聞けも何も知ってましたしぃ…」

 

「ですよね…」

 

「は?????」

 

ヨルノアラシ。暴風の簒奪者、絶望の象徴…をたまに自分で名乗り周囲に「あのネーミングセンスが許されるのは彼女だけだ…!」と戦慄させるほどの強者を再び絶望の暗雲が襲った。

 

「な、なんでお前らが!って怒るのはわかってるんで先に言っときますけどぉ。あたし一緒にお部屋見に行ったんですよぉ」

 

「な…私抜きでか!?」

 

そんなの聞いていない!まさか、この私が出し抜かれたとでも!?

 

「よっちゃんその日「眠い」ってパスしたじゃないですかぁ」

 

「くっ、覚えてない…!だ、だが結局学園に通う以上は寮を出るメリットはない。大体あいつのことだ、寝坊してにんじんをくわえたまま全力ダッシュして曲がり角で転校生のウマ娘と衝突しパンツを見られるに違いない」

 

「ときめきどころか心臓が動いているかどうかも危うい双方病院送り確定の大事故ですね」

 

「やれやれそそっかしいやつはこれだから…仕方ない、今からでも思い留まるよう説得を…」

 

「いえ、その心配はありませんよ」

 

「…今度はなんだ。車で通学するとでも言うつもりか。だがな、シロには教習に行く暇は確実になかった。免許がない以上この選択肢はあり得ない。違うか?」

 

「ですからシロさん、原付の免許持ってます」

 

「……」

 

「もう何も言えなくなりましたか」

 

「何故だ…何故お前が私の知らないシロ情報を持っているっ…」

 

「シロさんと私、ほとんど形式的なものですが同じトレーナーを仰ぐ『姉妹弟子(心なしか強調)』ですので。師匠…私のトレーナーに免許取得の許可について相談していたんです。原付なら1日の講習と1日の試験、そして合格すれば即日免許発行なので合計2日。いくらあなたでも2日くらいはシロさんの動向を見逃しているしょう?」

 

「ぐぅ…!」

 

ぐうの音しか出なかった。

 

「取った免許も1番に見せてもらいました」

 

「ぐはっ…」

 

ここまで畳み掛けられてはもう限界だった。べしゃ、と顔面からテーブルに突っ伏す。

 

目の前に置かれていたカレーはモミジガリによって避けられたので無事だったがヨルノアラシ本人はぴくりともしない。

 

「あ、死んだ」

 

「シロさんについてマウントを取られたのがよほど堪えたのでしょうね」

 

なんて恥ずかしい死に様だろう。こうはなりたくないものだ。

 

二人はそう括ると一応手だけ合わせて、何事もなかったように席を立つ。

 

「あたしデザート取って来よっと」

 

「あ、私も行きます。冬スイーツ好きなんですよね」

 

「よっちゃーん、何かいりますぅ?」

 

「プリン…」

 

「はーい」

 

「…はぁ」

 

情けない。全く情けない。

 

ヨルノアラシともあろうものが、シロツメクサを執拗に付け狙う連中に相談などと考えたのが間違いだった。

 

伏したまま首を捻り顔を横に向ける。ぶつけた鼻が痛い。時計で殴られた時ほどではないが。

 

…私は。

 

何を考えているのだろうか。

 

「お食事中失礼します。ヨルノアラシ先輩」

 

その来訪者は思索に入ろうとしたタイミングで現れた。

 

顔を向けたのとは逆方向から声がする。姿は当然見えないし、どうも聞き覚えのない声だ。

 

「…誰だ。名乗れ」

 

「中等部3年、エリオットリルビーと申します。デビュー前で何の実績もない身で烏滸がましいとは思いましたが…不躾をお許しください」

 

ぶっきらぼうに突き放すような問いにも彼女…エリオットリルビーは慇懃に応えた。しかし名前も聞いた覚えはない。この分だと顔を見てもわかるまい。

 

それに、今はそんな気分じゃない。

 

「…用件は」

 

「指導をお願いしたいのです。最強のウマ娘、ヨルノアラシ先輩に」

 

「断る。私はそんなに暇じゃない」

 

「…そうですか」

 

「わかったら帰れ。しつこいのは嫌いだ」

 

「…わかりました。また来ます」

 

わかっていないじゃないか、と。

 

呟いた言葉は遠ざかっていく規則的な足音の主には聞こえていないようだったが。

 

シロツメクサ。シロならどうしただろう。

 

一も二もなく安請け合いして面倒を見るだろうな。レースを控える身であっても「教えることで自分も身につく」と本気で言ってしまえる人種だから。

 

このところそういうシーンもよく見かけるのだ。声をかけられては応じトレーニングの時間を削っては他者に施す。まあ、突然変化を引き起こしたあの体質を抜きにしてもこれ以上はそう伸び代もないはずだが。

 

ヨルノアラシもそうだ、生まれながらに優れた肉体を持つものとして己の伸び代を鑑みるに肉体の成熟以上の成長はあまり期待できないと彼女は自分を分析した。まるで筋肉をつけすぎると背が伸びないと言われるあの都市伝説のように。まあそれでも最強だからなんの悩みもない。

 

だから二人にトレーナーは必要ない。シロツメクサとヨルノアラシがつるんで二人でトレーニングをしたり各々自由な時間を過ごしているのはそのためである。

 

自分のことは自分が1番よくわかっている。

 

気楽なものだ。

 

だが、「伸びがない」ことを楽と思わず苦とするのがシロツメクサであり、その苦を知るからこそ少しでも他人に自分の持つものを分け与えてやろうとするのがシロツメクサというウマ娘で。

 

それが基本嫌われ恐れられているが依然最強として君臨するヨルノアラシとの決定的な差…いや。

 

元の性格の問題だな。それに。

 

「今は、それどころじゃない…」

 

「…ああいうの、お姉さん良くないと思うなー」

 

また、顔の向きとは逆方向から声が聞こえた。

 

「その胸のどこがお姉さんだ」

 

「胸は今関係ねぇだろ!!…見てたよ。ヨルノはさ、アンチも多いけどファンもたくさんいるんだから。ちゃんと後輩の面倒見てあげなよ」

 

「お前の面倒を見るだけで精一杯だ、手のかかる女め。春、お前が変わった後の身体能力を自覚できていないせいでフォームをいじるところから始めたのを忘れたか」

 

「…ふーん。まだそんなこと言うんだ」

 

突然、テーブルを回り込んでシロツメクサが顔を覗き込んだ。その近さに一瞬虚を突かれ、思わず顔を引いてしまう。

 

「な、なんだそのにやけ面は」

 

「べっつにー?ただの反省だよ。ヨルノを甘やかしすぎた私も悪かったなぁって。だから、ちゃんと自立するまでアレはナシね」

 

「なっ…!何故だ!アレは関係ないだろう!」

 

「ダメー。アレを解禁してほしかったらちょっとは大人になりなさいー。じゃーねー」

 

「おい、シロ!…くそ、なんだと言うんだ…」

 

自分が頭を抱えるのとは対照的に軽い脚取りで去っていくシロツメクサ。前を歩いていた知り合いらしいウマ娘の二人組の間へ挟まり三人で歩いていくのを、ヨルノアラシは見送るしかなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(…がっちゃん。アレってなんです?)

 

(な、なんだかいかがわしいですね…いやいやシロさんに限ってそんな…)

 

※おやつのカレーパンのことです



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世界一最低な相談

相談なので初投稿です


前回までのあらすじ。

 

「シロが寮を出ると言った…」

 

『そんなことでわざわざ国際電話を…?』

 

「そんなこととはなんだ!じゃあお前サーマリオンが海外で一人暮らしするって言い出したらどうするつもりだ!」

 

『いや普段から海外で一人暮らしなんだけど…私と彼女は同居してるわけじゃないし、参考にならないんじゃないかな』

 

「じゃあ日本へ引っ越すって言い出したら?」

 

『今まさに言ってるから全力で止めてる』

 

驚くほど冷たい声だった。

 

『本気で困ってるんだ…彼女の脚、完治してるかどうかが一生わからないだろう?マリオンはそれを利用してわがままを通すんだよ…』

 

流れるように差し込まれた溜息混じりの愚痴はあまりに重々しく、鬱陶しさを感じる前に光景が鮮明に想像できてしまう。ヴェイリフロンセが頭を抱えているのも含めて。

 

『うー、なんだか最近脚に違和感がある気がしなくもないなー。日本にいる時はそんなことなかったのになー。日本の空気が合ってるのかもなー。あっ日本には脚を治してくれた先生がいるんだよねー元気にしてるかなー。シロと会いたいなー』

 

なんて鬱陶しい。

 

サーマリオン、想像の中でもかなり鬱陶しい女。大して知っている仲ではないのに何故かありありと想像できてしまう。

 

『同じ穴のムジナだからじゃないかな…』

 

「何か言ったか?」

 

『なんでもないよ。…しかし、まさか君が同等に見るウマ娘が現れるなんてね』

 

「私もこれは予想外だった。シロは…特別だ」

 

『だろうね。ウマ娘の歴史においてもここまで現実離れした存在がいなかったと断言はできないが一つ言えることは、』

 

「いや、違う」

 

『?』

 

「私にとって特別なんだ、シロは。歴史だの原因究明だの、そんなものはどうでもいい。何故なら私は一人だからだ。唯一の一人だからだ。私は一人の世界に生まれ落ちて一人の世界で育ち一人の世界で走り出した。この世界の理など、他人事でしかない」

 

それが私の天賦の才。一つや二つではない、両手いっぱいに与えられたギフトが私をどこまでも高みに導いた。おかげで人生20年に至らぬ内から多くを愉しみ多くを貪っている。

 

幸福、なのだろう。金も、時間も、知識も、肉体も、何一つとして諦めなくていい。全部私は持っている。これからも好きに生きられるし好きなように生きていくつもりだ。

 

そうだ、何もかも持っていなかった現状を無理矢理飲み込んでいたあの非才、シロツメクサとは違う。

 

だが。

 

「一人の私に、私の完全な世界へ踏み込んできてくれたのはあいつが初めてだった。あいつは今でも私に追いつき、私を追い抜こうとしているだろう。そうだ、私と…一緒に走ってくれるんだ、あいつは」

 

『…』

 

「でも。あいつにとって世界は一人じゃない。あいつにとって私は多くいるうちの一人に過ぎない。私にはそれが、…我慢ならない」

 

『強い言葉を使わなくていい。伝わってるよ』

 

「……すまん」

 

『寂しいんだね』

 

「わかるのか?」

 

『わからないさ。似たような経験はあっても私は君自身じゃない。君自身じゃない誰かが君に対して言う「わかる」とはそこで理解を止めるという残酷な宣言だ。…彼女なら違うのかもしれないけどね』

 

「どういうことだ?」

 

『さて。今日は少し気取ったことを言い過ぎた、クサいと言われる前にやめておくよ』

 

「なっ…その引きが既にクサいぞ!」

 

『あははは!初めて会った時は不気味なくらい超越的だった君とまさか、ここまで人間味のある会話をすることになるとはね!』

 

「いいから教えろ!金髪年上低身長ウマ娘ヒロインモノの仏訳でもなんでも受けてやる!だから…!」

 

 

 

『好きってことさ』

 

 

 

「…な」

 

『いい加減自覚したまえよ。全く君というやつは、私たちを当てウマに使うような悪辣さに加えてそんな純粋無垢な感性まで』

 

「お前正気か…?」

 

『は?????』

 

「私は今好悪の話などしていなかったのに、いきなりそんな感情を出してくるのはどういう文脈なんだ?フランスじゃいきなり愛を語るのは普通なのか?そんなの漫画でしか見たことないぞ」

 

『…えっ。君、マジで言ってる?わかってないの?』

 

「わかってないのはお前では…?」

 

「『えぇ…?』」

 

『…ヨルノアラシ、メートルの概念がわからない子供と距離について議論する趣味はあるかい?』

 

「はあ?ないに決まっている」

 

『だよね…じゃ、そろそろ寝るから…』

 

「はあ?こちらは十六時だぞ?さっき起きたばかりだとお前…」

 

『ヴェイー?あ、電話中?ごめんね』

 

「さっき同居してないって言っただろお前!!!!」

 

『偶然イギリスまで泊まりに来てるだけ!!!!ほらイギリスだから時差がね!!!!』

 

「イギリスとフランスじゃ一時間も変わらんだろうがこの変態!!年上低身長でしか興奮できないド変態!!!」

 

『それは君もだこの天然ド変態の童貞野郎!!!◯◯◯◯て悔し泣きしながら寝てろ!!!!』

 

「『ふん!!!!』」

 

通話終了。

 

全く話にならん。完全に的外れだった。

 

たまには歳上らしくまともなことを言うのかと思ったらこれだ。あの変態今度会ったら30バ身差で殺す。

 

乱暴に布団を被る。このまま夕飯まで寝ることにする。

 

つまらん。大体なんで私がこんなことで悩まなければならないのか。シロもわがままを言わず慎ましく寮生活を続けて貯蓄でもなんでもすればいいのに。

 

ぶつぶつ、ぶつぶつと愚痴を並べていくうち眠気がやってくる。

 

今日も出掛けているのだ、あの女は。またどこかで「あれ?また私何かやっちゃいました?」みたいな顔をしてウマ娘を侍らせあれやこれやしているに違いない。なんて不埒!私はあの手のジャンルがどうしても受け付けないのだ。だのにシロと来たら「いやヨルノはリアルチートじゃん…」などと配慮に欠ける発言を!この間はついに「この女優さんヨルノに似てるね。黒毛だし髪長いし…へー、元々レースも走ってたんだ。勝負服も黒いよ。あ、でもヨルノはこの人と違ってコーヒーだめだもんね。子供舌ー」だと!!私が伊達や酔狂で黒を纏っていると思っているのか!!

 

ぶつぶつ。全くシロと来たら…ぶつぶつ…ぐぅ。

 

 

 

 

「ただいまー。…あれ、久しぶりにお昼寝中だ。ヨルノ最近元気ないな…ちょうどいいけど。静かに静かに…よし。ここに隠しておけば当日までバレないでしょ。あとは…ちょっと走ってこよっかな。みんな静かに燃えてるもんなぁ…レースが楽しみだなんて思ってるの、いつぶりだろ。なんか笑っちゃうな…ねぇヨルノ。ヨルノはどう?私と走るの、楽しみ?私はね、楽しみだよ。ヨルノを…負かすの」



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世界一最低な聖夜祭

聖夜なので初投稿です


「「寮合同クリスマスパーティーだーっ!!!」」

 

と。

 

今年も終業式が終わって早々に帰省した組を除く多くのウマ娘たちが学園の体育館いくつかを借りて大騒ぎしている。

 

「これだけはやって帰らねぇとなぁ!」

 

「やっぱクリスマスはやめられねぇぜぇ!」

 

「掠奪後の村に火をつける山賊のコメントか?」

 

セリフの割に治安のいい大盛り上がりの中に、片隅にヨルノアラシはいた。

 

普段はどこに行っても遠巻きに注目される彼女もこの日ばかりは一人のウマ娘である。

 

ここ数年で根付いたこのイベントに同室の住人は彼女を引っ張ってでも連れてくる(比喩ではなく本当に引っ張ってでも運搬されるため今年は自分の脚で歩いてきた。逃走防止として手は繋がれた)ので仕方なく参加し、連れてきておきながら自分をほっぽって友人との付き合いに顔を出しに行くシロツメクサを遠目に追いながら数え切れないほど並ぶ料理をつまむだけの一参加者となるのだ。

 

そんな「年に一度その場の空気となる活動」が特に今年は捗っていると言える。

 

「お待たせしました、ヨルノアラシ先輩」

 

給仕がいるのだ。

 

「カレーチキンです。カレー粉をふって焼いたものですね、皮がぱりぱりで美味しいです」

 

「ああ」

 

うまうま。

 

「こちらチキンカレーです。お肉が柔らかいです」

 

「うむ」

 

うまうま。

 

「次はカレーフライドチキンです」

 

「さっきから妙に紛らわしいな」

 

「し、失礼しました。イベント柄チキンが多く…」

 

「いやどうでもいいんだが…それより、なんで私に付き纏う。エリオットリルビー」

 

「先輩に指導していただきたいからです」

 

「しないと言ったが。やはり聞いていないな」

 

「していただけなくても尊敬する先輩ですので。次の料理を取ってきます」

 

…しつこい。

 

全くしつこい。

 

エリオットリルビー、同じ黒毛の後輩はその怜悧を感じさせる容姿に対してあまりに愚直で前時代的な敬意を向けてくるタイプのウマ娘であることがわかった。

 

SNS、知己との連絡を駆使しヨルノアラシを見つけるやすぐさま駆け寄ってきて挨拶と再度の名乗りを済ませるとすぐさま立食形式の会場各地から料理を集めてはこの片隅まで戻ってきて献上する機械となり…飽きないのか?

 

「…強いウマ娘に指導を乞うなら、他の連中のようにシロツメクサはどうだ。現役が長い分経験と知識はあるし、何より断らないぞ」

 

遠方、後輩に囲まれてまんざらでもない顔をしている彼女は何を考えているのだろう。

 

囲う側も囲う側でレースの前だからと参加していないウマ娘もいる中レース直前でも堂々参加していることに何も思わないのだろうか。

 

…いや。これはさすがに八つ当たりか。

 

それを言えば自分だってどんな顔でカレー味のチキンばかり貪っているのか。

 

そも自分は、何に悩んでいるんだ。

 

…くだらん。

 

「それは…そうなのでしょうね」

 

そうだろう。シロをもっと評価しろ。

 

「しかし、私が目指すのはあなたです。故に私は届かないと知りながらあなたを追うことにしました」

 

「……私を」

 

「残念です。トゥインクルの舞台であなたと走れないのは」

 

「……今度は何を持ってきた」

 

「あ、すみません。こちら今回の目玉料理で、数の少ない高級食材だそうです」

 

「ほう。カレー味のチキンか?チキン味のカレーか?どちらにせよそう変わらんだろうがな…」

 

「紫金カレイです」

 

「…」

 

「わあ、綺麗なお刺身ですね。私もいただ」

 

「誰がギャグを披露しろと言った!!!!!」

 

「ごっごめんなさい!!本当に綺麗だったから先輩に食べてほしくて!!そのような意図は決して!」

 

「やかましい!!!それにな!私が好きなのはさらさらのあまくちカレーであってお前が運んでくる辛いやつじゃない!!!嫌いではないが!!!」

 

「カフェテリアでお見掛けする時カレー五種でローテーションしているところまでしか知りませんでした!まさか注文の段階でカレー自体も選べるなんて…!素晴らしい発見ですね!」

 

「カレーでも煮込んで出直せ!!!!」

 

「は、はい!!」

 

…深く、溜息をつく。

 

怒鳴られれば反射で背筋を伸ばし、去り際まで回れ右の後に走り出すくらいの前時代的徹底ぶり。いつの時代の生まれなんだ。

 

エリオットリルビーが体育館を出て行くのを見送り、そこで今まで追っていた彼女から目を離したことに気付く。急いで振り返り人混みに目をやるが…いない。

 

見失ったのは初めてのことだった。

 

「楽しそうじゃん。よかったね、ヨルノ」

 

「…シロ」

 

…シロツメクサに背後を取られたのも初めてだった。盛り上がっていて気分がいいのだろう、わざわざ背中へ回って抱き着きにきたのだ。

 

当たる感覚は…僅かにある。あるんだな…。

 

「あるんだな…」

 

「何が?あ、そうだヨルノ。はいこれ」

 

手のひらより少し大きいくらいの小箱が肩に置かれた。

 

手に取ってみると、サイズの割に重量を感じる。包み紙をわざわざリボンで止めてあるということは。

 

「…交換会は30分後じゃないのか」

 

「これは個人用だから。さ、開けて開けて」

 

大きな赤いリボンをほどいた後は市販品と違って剥くだけで紙が外れる。

 

わざわざ手包みにされていたのは、

 

「時計…」

 

「そ。目覚まし時計。私のと同じやつだよ」

 

「色気のない…」

 

「でもほら、やっぱり私たちの思い出の品でしょ?」

 

「嫌な思い出しかないんだが…」

 

「気のせいじゃない?私はいい思い出だと思ってるけど」

 

「嫌なやつだ…」

 

「去年の黒地に白字の最強Tシャツよりは心籠ってるよ。どう?お揃い、嬉しい?」

 

「…シロ。私、お前が好きかもしれない」

 

ざわわっ。

 

「あはは!嫌われてるとは思ってないよ」

 

すん…。

 

「…なんだか今屈辱的なリアクションを取られたような」

 

「?」

 

まるで、「やっ…やりやがった!!」から「残念でしたはい解散」みたいな…そんな気配が周囲から…

 

「ちなみにプレゼント交換会には何を出すんだ」

 

「え?ドラムセット!奮発しちゃった!」

 

お前は新手のテロリストか?

 

この後完全ランダムで寮のあの狭い部屋にドラムセットを運び込まれる不幸な誰かに、聖夜の今日ばかりは幸運を祈る。



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世界一最低な懊悩

もうお気付きかもしれませんがこのファイナルシーズン、一人のウマ娘が遅れてきた思春期に悩んでいるだけです。


聖夜が明ければやってくる。年末の祭典がやってくる。

 

参加資格は強さと支持と、そしてそれらを背負い、誇り、示す不退転の覚悟。

 

I am a number one.

 

Eclipse first, the rest nowhere.

 

秋シニア三冠、締めの1番。

 

年末最後…から一つ手前、これが芝の締めくくり。

 

私の夢、あなたの夢は叶うのか。

 

ようこそ、有マ記念へ。

 

 

 

 

 

「よお、ヨルノアラシ」

 

「…」

 

「来てやったぞ、リベンジによ」

 

「…」

 

「春の天皇賞、僕らはまとめてお前に振り切られた。だがな、今度は負けねぇ。僕らとお前の因縁にケリをつけてやるよ」

 

「…」

 

「僕の名を、ダイヤブレイドの名を忘れられないように刻みつける!」

 

「私、メイセイメレーの恋を心に銘じていただきます」

 

「ヨルノアラシ…will be extinct」

 

「僕ら『ヨルノアラシ被害者の会四天王』が!!お前を倒す!!」

 

「…」

 

「…シロツメクサ会長のためにもな」

 

「…ああ、思い出した。あの陰気な集まりの連中か」

 

「お前覚悟しとけよマジで!!!!!」

 

「わかったわかった、早く客席に帰れ」

 

「なめやがって!!いいか!?四天王は三人じゃねぇ、『四人』いるんだ!!覚悟しとけよ!!」

 

「やかましいな…」

 

 

 

 

 

 

 

「…」

 

「がっちゃん、なんだか不機嫌ですねぇ?」

 

「…ええ、まあ」

 

「まだ言ってるんですかぁ?まあ、わからなくはないですけどぉ…」

 

「私は元々、過熱を煽る行為はあまり好きではありません。いくら当事者のヨルノアラシの発言が元とは言え、最近の報道はやり過ぎです。シロさんとヨルノアラシについてばかりで他のウマ娘は添え物扱い、ついには二人の個人情報や過激で無責任な憶測まで垂れ流す…事ここに至って、ファン投票同率一位はいくらなんでもやり過ぎでしょう。私はそうやって何もかも蔑ろにするのが…」

 

「がっちゃんはめんどくさいオタクですねぇ」

 

「んなっ…!?」

 

「正直面白くなかったです?よっちゃん重病説とか。ネットじゃずーっと言われてますけど」

 

「…まあ、正直ヨルノアラシ闇説やヨルノアラシ男の子説は不覚にも笑ってしまいましたが…そういうことではなく!」

 

「シロさんも笑ってましたよ」

 

「え!?」

 

「がっちゃんが見てる動画サイトのお下劣なやつじゃなくてゴシップ誌の記事ですけどね」

 

「…!!あの、あの…誰にも言わないで…」

 

「えー?ほんとはシロさんとくだらない下ネタで盛り上がりたいんじゃないですかぁ?」

 

「だめ…シロさんは…きれいなままでいてほしいんです…マジで…」

 

「切実ですねぇ…大丈夫ですよ、がっちゃんが好きなのはあくまで妖精さんの方ですもんね?」

 

「そうなんですけどそうじゃないんですよ!!!」

 

「カテゴリー自然でこれは哲学だからセーフって言ってたじゃないですかぁ」

 

「やめてぇぇぇ!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

『シロー!!こっち向いてー!!向かなくてもかわいいけどねー!!』

 

『来てしまった…ついに来てしまった…二度と日本には行かせないと決心したのに…!ああマリオン、コートを脱いだら風邪を引くよ…!』

 

『シロー!!愛してる気がしてきたよー!!』

 

『マリオン!!!』

 

 

 

 

 

 

…やかましい。

 

どいつもこいつもやかましい。

 

私にどうしろと言うんだ。私にわからないものを押し付けるな。

 

私はシロと走れればいい。それだけだったはずだ。私を本気にさせ、私の背に手を伸ばすあいつだけいればいい。そのはずだ、シロとの勝負は私の人生に据えるだけの価値がある。

 

このレースだってそうだ、決戦と銘打ったがそんなものはどうでもいいんだ。全てはお前から全力を引き出すため。

 

ずっと一緒に走っていたいから、私は。

 

なのにシロ。お前は今何故私を見ていない。

 

お前だって私を求めたはずだ。私の首を取りたくて仕方ないはずだ。お前の中には前と変わらず勝利への渇望が渦巻いている。

 

シロ。お前は私を否定するのか。

 

いや、それとも私が。

 

私が、お前を否定した?

 

バカな。だとすれば、それは…

 

それは違う。だってそれじゃ、まるで。

 

「私が…私が!解釈違いを起こしているというのか!!シロ!!!」

 

 

 

 

 

 

『…ゴォール!!!ついに、ついに、ついに!!』

 

『ヨルノアラシ!陥!落!です!!!!』



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最終回 世界一最低でも(だから) (仮)

とりあえず一区切りなので初投稿です


『…ゴォール!!!ついに、ついに、ついに!!』

 

『ヨルノアラシ!陥!落!です!!!!1着はシロツメクサ!2着はヨルノアラシ、3着にダイヤブレイド』

 

『ついに、無敵の簒奪者が!多くの勝利と冠を奪い去った無縫のウマ娘を!正面から打ち破ったのは晩成の大輪!!』

 

『終始前につけて最終コーナーで先頭へ躍り出たヨルノアラシを見事差し切りましたシロツメクサ!絶望的な勝ちパターンをなんと大外から追い上げてねじ伏せた!』

 

『二人で分け合った春秋の盾。まるであつらえたかのようにファン投票同票一位で用意された決戦の場。そして…決着!!』

 

『この勝利で秋シニア三冠も達成しましたシロツメクサ!まだ拍手が鳴り止みません!』

 

 

 

 

 

「いえーいやったやったー!勝ったよーっ!」

 

「あ、あの、シロさん?」

 

「え?どうしたのモミジちゃん?ハグする?」

 

「えっ、あっはいします!」

 

「いえーい!」

 

「い、いえーい!」

 

「シロさぁぁぁぁん!!!」

 

「リッチー!!!!んぐっふ!?勢い強っ」

 

「おっおめっおめっ…おめでとうございばず!!!」

 

「うん!!勝ったよリッチ!!あのヨルノに!!あはははは!!」

 

「えへへ…はっ。あの、シロさん。よかったんですか、こんな終わり方で…だって、彼女は本気じゃ…!」

 

「うん。いいけど?」

 

「…!ですが!」

 

「だって、ヨルノの不調が今日の勝敗に関わるならそれはヨルノの調整ミスだよね」

 

「へ?た、確かに…?」

 

「仮にヨルノにそういうバグを引き起こした原因が私だとしても、レースにまで持ち込むのは論外だよね?」

 

「正論ではありますが…えっ?」

 

「なんなら普通にヤバかったよね?ヨルノ、手は抜いてなかったもん。いつも通り勝ちに来てたじゃん」

 

「うっ。それはそうでしたが…シロさん!?」

 

シロツメクサがおもむろに距離を詰めた。たじろぐモミジガリの両手を包むように握るとその顔を見上げる形で目を合わせ、

 

「一戦一戦を大事に走るモミジちゃんなら…自己管理の重要性と責任の所在…わかってくれるよね?」

 

「はい!!自己責任です!!」

 

たとえメルトールリッチにちょっとアレな目で見られても構わない。モミジガリは一時の幸福のために正常な判断を一つ擲った。

 

(と言うか、メルちゃんも相当外聞投げ飛ばして甘えてますしね!)

 

(シロさんとの時間は何物にも代え難いんでぇす!)

 

(この子、直接脳内に…!)

 

「会長!!!」

 

「ダイヤちゃん!みんな!」

 

「負けたぜ、会長。ははっ、後に残る僕らがしっかりしなきゃいけないってのに…」

 

「ううん、みんな頑張ったよ。確かに今回がヨルノを仕留める最後のチャンスだったかもしれない。でも、みんな手は抜かなかったでしょ?」

 

「うん。僕とメイとメロー、三人がかりでブラフを張って…会長にも知らせてないヨルノアラシ被害者の会の隠し球で四天王四人目の…」

 

「桜花ダービーの変則二冠含むGⅠ4勝シニア級一年目!モルドレッドレッドでーす!実はあの人とレースでやりあったのはこれが初めてなんだけどー、ヨルノアラシ先輩のせいでカフェテリアのアタシのお気に入りの席毎日カレーの匂いがするようになっちゃって!あんないい匂い食べずにいらんないじゃんあれマジ許せねー!ってことで参戦しゃした!負けたけど!ほんとごめんセンパイたち!!」

 

「いいんだ、レッド。お前あいつと競り合ったろ?あの異質なプレッシャー相手によくついてったよ」

 

「…そんな優しいこと言われたらさぁ。あーやっぱガマンできない!ごめんねパイセンズー!!うわーん!」

 

「はは、僕らを差し置いて泣くな泣くな。…というわけで、会長」

 

「うん。会員、傾聴。…私とヨルノはこのレースでトゥインクルを卒業。ドリームトロフィー・リーグに上がります」

 

「「……」」

 

「だから、ヨルノアラシ被害者の会は…ここで解散です。短い間だったけど、ついてきてくれてありがとう」

 

「「……!」」

 

「でも…でもね!私たちはずっと、友達だよ!!」

 

「「会長!!!」」

 

「ヨルノアラシ被害者の会は、永遠に不滅です!!!!」

 

「「かいちょぉー!!!!」」

 

 

 

 

なんて茶番だ。

 

「ひどいものだ。よくもまあ平気な顔であそこまで人心を弄べる」

 

「いやいや、本心だよ?私もみんなのこと大好きだもん」

 

「それも本心で言っているから余計ひどい。呪いだろうあれは。…救われんな、奴らも」

 

「おっ珍しい。ヨルノが他人に同情してる」

 

「クリスマスパーティの時もした。…シロ」

 

「何?」

 

「帰省の予定は?」

 

「ないよ。だってヨルノ、寂しいでしょ?」

 

「…本当に、ひどい女だ」

 

 

 

 

 

 

 

ゆく年あればくる年あり。大きく盛り上がった年末も過ぎれば静かに始まる新年がある。

 

「…ヨルノ、いつまで起きてるの?早く寝なよ」

 

「…シロこそ。肌が荒れるぞ」

 

「「……」」

 

「やめよっか…」

 

「ああ…どうやら互いに新年一発目の寝起きドッキリを狙っていたようだが…バカらしいしな…」

 

「「おやすみ…」」

 

「「……」」

 

「「……」」

 

「「まだ起きてるじゃん…」」

 

 

 

 

「シロさん、あけましておめでとうございます。えっ、寝不足…!?新年から寝不足になるほどはマズいのではないでしょうかシロさん…!?」

 

「がっちゃんはスケベですねぇ」

 

「!?」

 

 

 

 

 

「ヨルノ、体育館で新春相撲大会ポロリありでやるって。行く?」

 

「興味がない。行か…いや、行く」

 

「いいね、積極的なのはいいことだよ」

 

 

 

 

 

「あけましておめでとうございます、ヨルノアラシ先輩」

 

「…エリオットリルビー。何の用だ?私はもう負け犬だぞ。お前が求める最強ではないはずだが」

 

「え?最強?」

 

「え?」

 

「最強じゃないというのはまだわかりませんよ。だって、先輩は本気じゃなかったですから」

 

「……たかが不調で負ける私がまだ最強である、と?」

 

「はい。本気なら勝ってました」

 

「…ふん。ついに私が言われる側か」

 

「?そうだ、今日はこれを持ってきたんです」

 

「ずっと見えてはいたがその鍋…カレーか?」

 

「はい。クリスマスに言われた通りカレーを煮込み己を見つめ直し、おかげ様で新年走り初めではベストタイムを更新しました。こちらは新年初煮込みのカレーです。受け取っていただけますか」

 

「…いい匂いだ。粘度もほどほどのさらさら…バカにするな」

 

「…えっ」

 

「たかだかカレーを煮込んだ程度で脚が速くなるバカがどこにいる。妙なことを吹聴されても困るから…普段の走りを見てやる」

 

「それって…!」

 

「あと、いちいちフルネームに先輩をつけるな。長ったらしい」

 

「わぁ…!で、ではその…えっと」

 

「返事は?」

 

「…はい!ヨルノ先輩!!」

 

「ここでアラシと呼んだら即破門だった」

 

「ヨルノ先輩はそう呼ばれるのは嫌いなんですよね。デビューしてすぐの時の記事で読みました」

 

「お前もしかして結構キモいな…?そう言えばお前、トレーナーは」

 

「います。あ、先輩に指導をいただく許可は大丈夫です。私もトレーナーもヨルノ先輩のファンクラブ会員なので!」

 

「おかしい、今まで全く気にならなかったのに今は何故か自分のファンと聞くだけで面倒な予感がする…」

 

これが…これがお前の言っていた成長なのか?シロ。

 

他者を知り、他者と関わり、他者の世界に踏み込む。

 

それがお前を成長させたのなら。

 

私も。成長するのだろうか。

 

 

 

………。

 

 

 

「シロ。約束を破る」

 

「ん?何?」

 

「私は…トゥインクルに残る」

 

「ふーん。いいんじゃない?」

 

「二年待て。私は成長してお前の前に立つ」

 

「いいよ。待ってる」

 

「シロ、私たちはまだこれからなんだな」

 

「そうだよ。やっと気付いた?」

 

「わかってたはずなんだがな…」

 

「じゃ、後輩のお世話。頑張ってね」

 

「ああ…気は重いが」

 

今はまだ何もわからない。シロ、お前が出て行く理由にもいまいち納得がいっていない。

 

私を成長させようとする意味がわからない。私は元々強くて、このままでも充分戦っていけたはずだ。

 

どんな手を使っても勝ちが欲しいお前としても私が強くなったところで何の得もない。

 

だが、困ったことに私はわからないことに興味が湧くんだ。

 

春の天皇賞で私が本気を出せる側の人間だったと判明した時のように、自分につけていた見切りを上回る成長の余地が私にあるとするならば。

 

実践派の私としては検証せずにはいられないに決まっている!

 

一つずつやっていこう。シロ、お前がやってきたことを。

 

成長して、お前に追いつくために。

 

 

 

 

 

 

 

 

「ゆえに記者とそして学園所属のウマ娘諸君。私はトゥインクル・シリーズを継続する。二年も待っていれば、私を楽しませる誰かが他にも現れるかもしれないしな」

 

「「うぉぉぉぉ!!?」」

 

「「えぇぇぇぇ!!?」」

 

こうして静かな新年に暴風が吹き荒れ、やがて季節は巡る。

 

懊悩と復活の冬が明ける。雪が解け緑が芽吹き、新たな生活が桜と共にやってきた!

 

「ひろーい!!新居やばーい!!」

 

寮が狭すぎとも言う。でもこの開放感はやばいね!

 

リビング!寝室!キッチン!和室!別々の風呂とトイレ!押し入れあり!

 

すごい広くないここ!?実家にいた頃は子供部屋が共同だった私には一人じゃ広すぎるかと思ったけどそんな心配も吹き飛ばされたし!

 

新しい部屋で荷物を受け終わった頃にはもう昼過ぎ。でも私シロツメクサは全然お腹が空かないくらいにもうテンションマックス!!

 

でも。

 

「でも…」

 

でも!

 

「なんでここにヨルノがいるのー!!!?」

 

「…?すまん、ちょっと言っている意味がわからない」

 

「なんでわからねぇんだよ。いやいやいやいやいやいや!ヨルノは寮暮らしじゃん!何荷物運び込んでんのさ!」

 

「私もここに住むが?」

 

「はぁ!?」

 

「学園の認可は得たし家賃生活費は折半で出す。何、新しいスタートに際して気分を変えるのも悪くないと思ってな」

 

「そんなぁ!私の一人暮らしが!」

 

「お前の実質的なトレーナーは誰だと思っている?私といる時間が長い方がより高い成果を挙げられるのは今までのことからも明らか。何より私がついてきてやったんだ。嬉しいだろう?」

 

「出てけよーう!!」

 

「まあそう気にするな。来客時には茶の一つも出してやる。何せ私は成長しているからな。もてなしは任せろ」

 

「何その根拠のない自信!もー!!結局こういうオチなんだもんなー!!」

 

全然成長が見受けらんねーんだけど!!

 

でも、仕方ないかなぁ。

 

ヨルノがいて、リッチがいて、モミジちゃんがいて、私がいて。

 

そんな生活を望んだの、私だもんなぁ。

 

なので!

 

世界一最低なGⅠ制覇の後のお話は、まだまだ続いていくのでした!

 

「…じゃあヨルノ、原付受け取りに行くからついて来てよ」

 

「持ってきた漫画を並べるのが忙しいからパス」

 

「もー!!」

 

「その乳でウシ娘か?説得力に欠けるからやめておいた方がいいぞ」

 

「やっぱり出てけーっ!!」

 

…不定期で!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

追記

 

「ヨルノ先輩、ドラムって楽しいですね」

 

「お前に当たってたのか…」



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番外編 世界一最低な登場キャラの実馬のお話 1

うまです。よろしくおねがいします。


シロツメクサ 牝

 

30戦6勝。6歳で引退。最高成績はGⅢ2勝。

 

父は大牧場良血の家系に生まれた「ドラ息子」ことオリベリーヨ。母は元馬主がめちゃくちゃ色々考えて何代も積み重ねてきた愛馬サクマクレオ。母父は英国のトマスマードック。

ゲート難でお気に入りの騎手以外を嫌うが頑丈だった父と多くの子を産みながら長生きした母の生命力を継いだからか、多く勝てはしなかったがめったに怪我もなく円満な引退であった。

 

現馬主は内向的で自信のない男。幼い頃からものを言わずとも通じ合える馬が好きで、その辺りは辣腕ながら人間嫌いで馬好きだった祖父と気が合い、父が出しゃばらない婿養子だったこともあって馬を含む祖父の莫大な遺産を継いだ。が、やっぱり自信がないので弟妹親類に会社や金などほとんどを任せてしまい代わりに受け取る配当で馬たちを養うことに。自分はまあ…なんとでもなるし…

 

シロツメクサはと言えば競走馬人生に大きな波乱もなく大した活躍はなかったものの、馬主の願い通り無事に走り終え繁殖牝馬となる。血統はいいのだ、祖父のしていたように積み重ねていけばいつか結果が出るかもしれない。でもまずは長生きしてほしい。

 

昔からよく人のいうことを聞き愛嬌もあったシロツメクサ。冴えない見た目の割に意外と乗馬の上手い現馬主なら鞍なしでも乗せる優しいシロツメクサ。にんじんはそんなに好きじゃなくていちごが好きという味覚がクソ贅沢なシロツメクサ。

 

その馬生における最大の事件は引退後生まれ故郷の牧場に帰ってから起こる。

 

 

ヨルノアラシ 牡

 

15戦13勝。4歳で引退。最高成績はクラシック三冠をはじめとするGⅠ9勝。着外なし。

 

父は馬主の所有するでっかい牧場で自家生産されたヨルノカゼ。長距離戦線で活躍し歳上相手に一歩も引かず勝ち星をもぎ取り『新時代の風』と呼ばれた。母も自家生産のヨルノニジ。見事な黒毛で国内外問わず評判の日本美人として名を馳せた。牧場長の娘が描いた擬人化イラストがクソバズったことでも有名だがその頃にはもう子持ちだったので多くのオタクが勝手に失恋した。母父は一族のヨルノゲン。

 

ヨルノアラシ自身は絵に描いたようなスーパーホース。両親から溢れるほどの才能と優美な容姿を受け継いだ血統の到達点。騎手が誰であろうが指示はしれっと無視し三歳終わりまで全勝した。「勝手に自分のタイミングで仕掛けて勝つ」などスーパーホースにありがちなエピソードから「鼻が良かったので自分以外の頭絡をつけようとすると嫌がった」「耳が良かったのでメシの時間だと呼べば追わなくても勝手に帰ってきた」「それ以外の用事では何度呼んでも全然帰ってこなかった」などのエピソードにも事欠かない。まさに後世に残る名馬。

 

…だったが、四歳になると突然やる気を無くし調教はおろかレースにも勝たなくなる。馬主はこれを「多分走るのに飽きたんだろう」と分析し「あいつはマイペースだからなぁ。よし引退!」と4歳3ヶ月目であっさり引退。種牡馬となった。

 

さてここからが問題でヨルノアラシはいつまで待っても発情しなかった。どの牝馬にもなーんも反応しない。薬を使ってもダメ。そうこうしている内に種付けシーズンは終わってしまい理由は結局不明だったがこれでは種付けができない。「あいつはマイペースだからなぁ」とでっかい牧場とでっかい懐を持つ馬主は言った。

 

そうこうしているうちに一年が経ち時期は再び春。前々から予定していた牧場大規模修繕のため馬たちは近隣の牧場へ預かってもらうことに。ヨルノアラシも同じようにお引越しとなった。

 

仮住まいは馬を大事にし長生きさせると評判の小さな牧場。以前に比べれば貧相なものだが…彼はそこで、運命の出会いを果たす。

 

 

エリオットリルビー 牡

 

24戦18勝。5歳で引退。最高成績はクラシック三冠を含むGⅠ10勝。内海外GⅠ2戦2勝。着外なし。

 

父は黒毛の名馬ヨルノアラシ。母は栗毛の普通馬シロツメクサ。両親共に初の子供にして奇跡の最高傑作。

 

シロツメクサは珍しく体調を崩し初年度の種付けは牧場主と馬主の相談で休養。さあ今年こそはいい男を探してこようという矢先のことだ。

 

シロツメクサがいつも通り厩舎の近場を他の仔馬と並んで走っていると見知らぬ牡馬が馬運車に乗ってやってきた。

 

そいつは最初こそ慣れぬ厩舎に不満げだったが外へ出るとまるで我が物のように場内を歩き始める。少し進むたび脚を止めてはふんふん、ふんふん、としきりに地面を匂った。

 

万が一に備え牧場長が仔馬を追い、シロツメクサがその後をついていく中探検を進める牡馬がふと顔を上げた。

 

牧場長としては「性格こそひねくれているがレース外では大人しく発情もしない」と聞いているそいつが何か問題を起こすとは思えなかったので大人のシロツメクサは放っていたのだ。

 

いつの間にか牡馬は牝馬に歩み寄っていた。

 

すると、見よ!おおなんと立派なうまだっち!!

 

牧場長は驚いて腰を抜かしながら相手の牧場長へ連絡を取り、相手の牧場長もまた腰を抜かしつつ馬主に連絡。

 

「お前それはもしかして…恋じゃないか?」

 

「恋!?」

 

「その牝馬の持ち主に連絡を取ってくれ。是非俺の息子の恋を叶えてやってほしいとな」

 

それを聞いたシロツメクサの馬主もまた腰を抜かした。

 

種付けを申し込むならともかく、種付けの申し込み?しかも相手はなんと天下の名馬ヨルノアラシ。さらに言えばこれは「恋」だそうなので種付け料も不要。

 

…マジで?

 

「マジで。どうかね」

 

「…よ、よろしくお願いします」

 

Best match!!

 

こうして奇跡の種付けは成立した。

 

いや。今までになくアピールしたり追い回したりする積極的なヨルノアラシに対してシロツメクサは全然取り合わず発情もしなかったので最終的に薬で発情を誘発しての種付けだったが。

 

とにかく受胎し翌年無事に出産。

 

それで生まれた子供…エリオットがまあ強い。父親の力と母親の性格の良さを継いだ結果超強くて言うことを聞くめちゃくちゃいい子。馬主は当然腰を抜かした。

 

そこからだ。多くの馬主から種付けをしてみないかと誘われるようになったのは。

 

時に世紀の逃げ馬、メルトールリッチを。

 

時にガラスの太刀、モミジガリを。

 

歴史に残る名馬にこそシロツメクサは好かれ、エリオット以降も多くの優駿を送り出した良き母は。

 

馬主に願われた通りのんびりと長生きしている。

 

 

 

ちなみにヨルノアラシはと言うと、シロツメクサ以外とも渋々ながら種付けを行うようになったが最終的に三頭できたシロツメクサとの子以上に強い子は生まれなかった。




これでしばらく世界一最低シリーズはお休みです。次の世界一最低チームの構想も練っているのでいつか書きます。


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番外 世界一最低な情報交換

他人の個人情報で盛り上がるので初投稿です


「お前たち」

 

「はい?」

 

「なんですぅ?」

 

「シロの名前を知ってるか?」

 

「…」

 

「…」

 

「…お前たち、私は見逃さなかったぞ。今私に『こいつ何言ってるんだ』って顔をする前に目を逸らしただろう。何がまずい?言ってみろ」

 

「別にまずくはないですけどぉ…」

 

「…ヨルノアラシ。あなたが聞いているのはシロさんの『シロツメクサ』以外の名前ですね?」

 

「そうだ」

 

「ウマ娘は事情あって普通の名前を使った別名義を持つこともある…シロさんは、その該当者であると?」

 

「そうだ」

 

「何故知りたいのです」

 

「年賀状を出す」

 

「同じ住所に住んでいるのに…?」

 

「きっとびっくりするはず」

 

「小学生の発想ですぅ…」

 

「で、知っているんだろう。共有しろ」

 

「えー…」

 

「こちらも情報を共有してやる」

 

「…じゃあ、一つ聞きますけどぉ。よっちゃんも名義ありますよねぇ?」

 

「あるが、どうした」

 

「あたしもがっちゃんもあるので交換条件にはなりませんよ?」

 

「私自身の情報は取引に使えないということか。安心しろ、別の情報だ」

 

「さらっとバラされた…」

 

「じゃあ言いますけどぉ、あたしシロさんの上の名前しか知らないんですよねぇ」

 

「え?私は下の名前しか知らなくて」

 

「奇跡か?よし、上から行くぞ。ドラムロール!」

 

「えっ、私ですか?だっ、だかだかだかだかだかだかだかだかだかだか…じゃん!」

 

「佐久間」

 

「佐久間…?」

 

「佐久間…?」

 

「「…」」

 

「いい…!」

 

「いい…!」

 

「いい…!」

 

「理想的な庶民キャラの苗字だ!すごくいいぞ!」

 

「親しみやすさ◎です…!」

 

「ですよねぇ!?ファミレス行った時に『2名でお待ちのサクマ様ー』って呼ばれてえっ!!?ってなったら字も見せてくれて!!寝れませんでしたマジで!!!」

 

「佐久間か…実にいいところを突いてきたな」

 

「ええ、これ以外無いという気がしますね」

 

「シロさんの良さを分かってる苗字ですよねぇ…」

 

「「何より…」」

 

(佐久間…私の名前と合わせて佐久間蘭華…字面は派手だが三文字の名字とは相性が良い)

 

(佐久間…私の名前と合わせて佐久間紅葉…これは優勝でしょう。捻りのない実直な名付けをしてくれた両親に感謝です)

 

(佐久間…あたしの名前と合わせて佐久間シュリン…シュリン・佐久間!これでぇす!)

 

「「何より…響きがいい!」」

 

「ふふふ…良いな。これは名前にも期待が持てるぞ」

 

「ですねぇ…がっちゃん!」

 

「私の発表なのに私がドラムロールなんですか!?…だかだかだかだかだかだかだかだか…じゃん!」

 

「…!」

 

「…!」

 

「…凛子さんです」

 

「凛子…」

 

「凛子…」

 

「「…」」

 

「かわいい…!」

 

「かわいい…!」

 

「かわいい…!」

 

「シロツメクサ要素ゼロ…!いっそ清々しくて良い…!」

 

「凛子おねえちゃんって感じで…!いいですねぇ…!」

 

「私もそう思います!あれは二ヶ月前、師匠と私とシロさんの三人でミーティングという名のおしゃべりに興じていた時師匠が『そんなことないわぁ。ねー、凛子ちゃん』と!さらっと!名前をバラしてくれたおかげで!」

 

「やはり活かしてきたな!庶民感を!存分に!」

 

「シロさんの持つ全てが詰まったような素敵な名前ですぅ!」

 

「耳触りもいいですがほどよい意外性もあり…」

 

「「何より…」」

 

(凛子さん…私の苗字と組み合わせて葉山凛子さん…はやまりんこさん。とても落ち着きのある組み合わせがすごくいい…!)

 

(凛子さん…あたしの苗字と組み合わせて明星凛子さん…あけほしりんこさん。漫画のヒロインみたいで最高ですよぁ!!)

 

(凛子…私の苗字と組み合わせて………あれ)

 

「……」

 

「「何より響きが…ん?」」

 

「どうしたんですかぁよっちゃん?」

 

「いきなり項垂れてしまって…何かありましたか?」

 

「…私の」

 

「「私の?」」

 

「私の苗字が…!私の苗字が!」

 

「まさか…よっちゃん!?」

 

「私の苗字が!!『燎弦院』なばっかりに!!シロの良さを…!あの庶民感を!完全に殺してしまっているんだ…!」

 

「…燎弦院凛子さん。確かに、これは漫画に出てくる傲慢で無敵な生徒会長ですね…とてもシロさんのイメージでは…」

 

「りょうげんいんりんこ…いんとりんの被りが致命的ですぅ…」

 

「私としたことが…!こんなことで…!」

 

「ヨルノアラシ…私は今初めてあなたに同情しています…」

 

「よっちゃんかわいそう…苗字を取り替えて盛り上がる遊びでひっそりドキドキしたりできないなんて…」

 

「…分かっていたはずなんだ。こんなもの、聞くまでもなく当て嵌めるまでもなく…苗字としては、濃過ぎる」

 

「そんなことは!漫画なら1000年続く退魔の家系みたいな苗字じゃないですか!」

 

「そおですよぉ!主人公にするにはくどいけど御三家ポジなら間違いなく筆頭じゃないですかぁ!禪院家みたいに!」

 

「禪院家は無くなっただろうが!!…いいさ、私は佐久間蘭華になるから」

 

「よっちゃん…」

 

「なんて厚かましい…」

 

「思わぬところで傷を負ったがシロツメクサもとい佐久間凛子の名前を手に入れた対価だ。これは極めて有力な情報だぞ」

 

「「どきどき」」

 

「シロは今年…」

 

「「どきどき…!」」

 

 

 

 

「尻が…成長した」

 

 

 

 

「「おおー…!!」」

 

 

 

 

 

「やはりそうでしたか…!同性といえど身体のことはなかなか聞けませんからね…!」

 

「トモは!トモはどうなんですかぁ!?」

 

「トモは…太くなった」

 

「「おぉー…!」」

 

 

 

 

 

 

「…どこか遠くで私の個人情報をネタに盛り上がられてる気がするなぁ。良い子のみんなは他人の個人情報で盛り上がらないようにね?」



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ようこそ!再来の「皇帝」編

「領域」がカッコいいので初投稿です


ヴェイリフロンセ

「前回までのあらすじ!有馬記念でついにヨルノアラシを討ち果たしたシロツメクサ!その後平穏な日々を送る彼女たちのもとに来訪者が…」

 

シロツメクサ

「……?」

 

ヨルノアラシ

「……?」

 

ヴェイリフロンセ

「……あの、前回までのあらすじなんだけど、こんな感じでいいのかな…」

 

シロツメクサ

「えっと…なんですかそれ」

 

ヴェイリフロンセ

「ハァ!?にっ、日本じゃ前回までのあらすじは常識だって…ヨルノアラシ!!!」

 

ヨルノアラシ

「本気で信じてたとは思わなくて…」

 

ヴェイリフロンセ

「珍しく本気で動揺してるな君は!!?はぁ、まあいい。というわけで来訪者ことヴェイリフロンセだよ。しばらくぶりだね」

 

シロツメクサ

「あ、はい!お久しぶりです!年末は応援ありがとうございました!」

 

ヴェイリフロンセ

「マリオンがどうしても行くって聞かなくてね…あの時は世話になったよ」

 

ヨルノアラシ

「全くだ。シロがサーマリオンの実年齢に気付いてないのをいいことに甘えまくって…」

 

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

 

『すごい山盛りラーメンだぁ〜!シロ!一緒に食べよ!』

 

『今日はホテルに泊まるんだけど別れるの寂しいよ〜!シロ!一緒に泊まろ?』

 

『あっ、大浴場だって!シロ!一緒にお風呂入ろ!』

 

『広ーい!母方のおばあちゃんちのお風呂と同じくらい広いよ!ねーシロ!洗いっこしよ!』

 

『シロ!一緒に寝よ!』

 

『シロ!あーんてして?』

 

『シロ!一緒に買い物行こ!』

 

『シロ!一緒にスコットランド帰ろ!』

 

『シロ〜!愛してるよー!!』

 

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

 

ヨルノアラシ

「私だってしてもらったことないのに!!!!!」

 

シロツメクサ

「半分くらいはしたよ」

 

ヴェイリフロンセ

「してるのか…」

 

ヨルノアラシ

「まだ帰りたくないと限界まで粘りシロを連れ去ろうとしたこと忘れてないからな」

 

シロツメクサ

「でも楽しかったよ?ヨルノよりしっかりしてたし」

 

ヨルノアラシ

「聞き捨てならんにも程があるが!?と言うかなんでまだサーマリオンの正体に気付いてないんだコイツは…」

 

ヴェイリフロンセ

「あの時は私も正気を失いかけたね…マリオンの眩しい笑顔の尊さと、何故あそこにいるのが自分じゃないんだという嫉妬で」

 

シロツメクサ

「マリオンちゃん、今日はいないんですか?」

 

ヴェイリフロンセ

「ああ、彼女には内緒で来てるんだ。次日本に来たら…物件を買いかねないから…ああいや、今日はそんな話をしに来たんじゃない」

 

ヴェイリフロンセ

「私が今日このトレセン学園に現れた理由は…君の身体についてだ、シロツメクサ」

 

シロツメクサ

「……私?」

 

ヨルノアラシ

「ああ、変わった後のお前の身体を調べるにあたって協力を要請していた。データを渡したりな」

 

シロツメクサ

「私の個人情報、扱いが軽い…」

 

ヴェイリフロンセ

「すまないが時間がないので手短にいこう。何せ今のマリオンは3時間以上日本に滞在していたら例えフィッシュ&チップスの揚げ油を被ったって日本臭を感知するからね」

 

シロツメクサ

「日本臭」

 

ヨルノアラシ

「残り滞在時間は?」

 

ヴェイリフロンセ

「ここにいられるのはあと16分。アリバイ作りと行き先の偽装に1時間かかる」

 

シロツメクサ

「大変だなぁ…」

 

ヴェイリフロンセ

「他人事みたいな顔を…これは確認なんだが、君の能力は春の天皇賞で覚醒した、合ってるかい?」

 

ヨルノアラシ

「まず間違いなく。レースの中でシロは壁を破るように限界を超えた」

 

ヴェイリフロンセ

「ふむ…その後は突然解放された力に困惑してフォームの再設定など、しばらくは慣らすのに時間を使った」

 

シロツメクサ

「はい。…こうして聞いてると漫画の主人公の修行パートみたいな」

 

ヨルノアラシ

「修行の途中で敵が現れて実戦の中でコツを掴むやつ」

 

シロツメクサ

「そうそれそれ」

 

ヴェイリフロンセ

「あるあるだね。…何の話をしてるんだ」

 

シロツメクサ

「す、すみません」

 

ヴェイリフロンセ

「突然上がった身体能力に合わせて調整した結果とりあえずまともに走れるようになったシロツメクサは秋の天皇賞に出走して勝利する。この時はまだ、不安定だったと聞くが」

 

ヨルノアラシ

「そう。あくまで手の内を知っていたり力だけでねじ伏せられる相手だったからだ」

 

ヴェイリフロンセ

「ふむ。…ではその後、君はあのジャパンカップでどうやって力を引き出した?」

 

シロツメクサ

「どうやって、と言われると…遮二無二と言うか、言葉にしづらいと言うか…意識を絞る?」

 

ヴェイリフロンセ

「と言うと?」

 

シロツメクサ

「んー……水に顔を浸ける時、息止めるじゃないですか」

 

ヴェイリフロンセ

「ふむ」

 

シロツメクサ

「まずは息が止まるんですよ。いや、止めてる感じがするだけで苦しくはないので実際は息してるんだと思うんですけど。で、深く潜っていくにつれ五感がだんだん消えていって…でも、潜れば潜るほど世界は広がっていくんですよ」

 

ヴェイリフロンセ

「なるほどわかった。ではやってみせてくれ」

 

シロツメクサ

「えぇ?そんな突然言われても…えっと、こんな感じで…こう」

 

ヴェイリフロンセ

「それだ!!!!」

 

シロツメクサ

「!?」

 

ヴェイリフロンセ

「それだよ!!わざわざ私が手間をかけて直接話に来たのはそれだ!」

 

ヨルノアラシ

「どういうことだ、話が見えんぞ」

 

ヴェイリフロンセ

「シロツメクサ!君、『領域』に入っているな!?」

 

シロツメクサ

「ぞ、ゾーン!?」

 

ヨルノアラシ

「漫画の話か?」

 

ヴェイリフロンセ

「違う!漫画脳ならむしろ聞いたことがあるだろ、『運動中に起きる極限の集中状態』だよ!」

 

シロツメクサ

「漫画脳にわかりやすく言ってくれるね」

 

ヨルノアラシ

「親切」

 

ヴェイリフロンセ

「はぁ…それじゃあ、もう一回やってみてくれ」

 

ヨルノアラシ

「…ん?おい、それは」

 

シロツメクサ

「こう?」

 

ヴェイリフロンセ

「それだー!!!!」

 

シロツメクサ

「うえっ!?ど、どういうこと!?」

 

ヴェイリフロンセ

「それだよ!!瞳孔がかっ開いて白い光の粒子がきらきら散ってるそれ!!」

 

シロツメクサ

「私そんな漫画的なエフェクト出てるんですか今!?」

 

ヴェイリフロンセ

「個人差はあるが間違いない、これは『領域』だ…!」

 

シロツメクサ

「ああいうのって漫画の演出なんだと思ってました…」

 

ヨルノアラシ

「いや演出だろう…だって、私には何も見えてないぞ」

 

シロツメクサ

「へ?」

 

ヴェイリフロンセ

「あー…『領域』について改めて説明しよう。と言ってもスポーツやバトルを題材にした創作物で有名になったあのゾーン、の元ネタということでおおよそ相違ない」

 

ヨルノアラシ

「レースの世界においては『時代を創るウマ娘が経験する、己の限界を超えたような力を発揮する』状態と聞く。聞くが、そんな劇的な効果は出ないだろう。それにシロはとてもじゃないが時代を創るウマ娘とは言えないクソザコ存在として生まれてるんだぞ?」

 

ヴェイリフロンセ

「そうだね。『領域』に入る者とそうでない者の間には必ず不可侵の一線が引かれるとも言われる。だが何より…必要なのは才能ではなく資質だ」

 

シロツメクサ

「資質…」

 

ヴェイリフロンセ

「即ち、極限の集中状態に入るほどの強い想いを持てるかどうか。ほとんどのウマ娘はやはり大きなレースでライバルとも呼べる最上の相手を迎え初めてその境地に至る……だからこそ、なんで今の無茶振りであっさり入ってるのか全くわからないわけなんだけど…」

 

ヨルノアラシ

「私もそれが引っ掛かっていた。そんな簡単に発動できるなら私だって…いや」

 

ヨルノアラシ

「それに関しては心当たりがある。なあシロ」

 

シロツメクサ

「へ?そんな強い想いなんて……あー…うん、あるね…」

 

ヨルノアラシ

「即ち、勝つことへの執念。シロはただそれだけで私の計画に叛逆してみせた」

 

シロツメクサ

「ずるずる負け犬ライフ送ってきて、ヨルノと組んであれこれやって、勝てるようになったら今度は『勝ち』の味を覚えた。満たされるどころか何度だって経験したくなった」

 

ヨルノアラシ

「それがこびりついて、平時にまで引き摺るようになって…まさか自分の意思で「領域」に入れるようになっているとは思わなかったがな」

 

ヴェイリフロンセ

「さらっと言ってるけどなんだか背景がドロドロしてない?その話一体どんな裏があるの?」

 

ヨルノアラシ

「お前は「領域」に入った経験があるのか?」

 

ヴェイリフロンセ

「彼女の感覚とは違うけど復帰戦の凱旋門賞と、他にもう2回くらいあったかな。私でさえそんなもんなのにな…君ってやつは…」

 

シロツメクサ

「お、重みが違うじゃないですか!ね!?」

 

ヴェイリフロンセ

「こほん、総括しよう。ジャパンカップでシロツメクサは「領域」に入ることで拡張された意識(ソフトウェア)が強化された肉体(ハードウェア)に追いつき真の力を発揮することが可能になったのだ」

 

ヴェイリフロンセ

「……多分!」

 

シロツメクサ

「すごい…!それっぽいオチがついた…!」

 

ヴェイリフロンセ

「そして同時に残念な事実を伝えねばならない」

 

ヨルノアラシ

「うん?なんで私の顔を見る。なんだその目は。おい。アーニャの顔やめろ。流行りに乗るな」

 

ヴェイリフロンセ

「ヨルノアラシ。君は…一生「領域」に入れない」

 

ヨルノアラシ

「……はぁ!?」

 

ヴェイリフロンセ

「だって君、強い想い無いだろう?」

 

シロツメクサ

「…!ほ、ホントだ…!特に懸けるものもなく、レースに勝つのが楽しいだけのヨルノは究極の競走エンジョイ勢!」

 

シロツメクサ

「おまけにクソほど強いから追い詰められたりしないし…強い想いなんて持つきっかけがない!」

 

ヴェイリフロンセ

「君、なんか当たり前に自分も「領域」に入るみたいな顔してたけどせめて帰国前にその思い上がりは砕いていこうと思ってね!!」

 

ヨルノアラシ

「おっ、おのれフランス人!ジャパンカップで負かされた復讐のつもりか!!」

 

ヴェイリフロンセ

「いやいや、そんな過去のことに拘ってはいないとも。こらこらシロツメクサくん、ヨルノアラシがかわいそうだからあまり笑ってはいけないよ」

 

シロツメクサ

「…っ!……!!」

 

ヨルノアラシ

「言葉にならないくらい大ウケしやがってシロのくせに!!…強い想いくらい私にだってある!見せてやるから走るぞシロ!」

 

 

 

……お腹を抱えたまま引っ張られていったシロツメクサも、芝の上に並べば勝負に臨むウマ娘の顔だ。

 

ヴェイリフロンセ

「こう言えばいいんだね?では…位置について!」

 

ヴェイリフロンセ

「よーい…どん!」

 

普段見せる和やかな表情から想像できないくらい、粟立つような切れ味のスタートダッシュだった。

 

「領域」に入り隣の相手だけでなくスタートを宣言する私の呼吸を読み切った彼女のスタートダッシュはあのヨルノアラシが出遅れたのかと錯覚するほどに完璧で。

 

そのまなこはどこまでも無垢に彼方を見ている。

 

対して歯を食いしばるヨルノアラシが見るのは目先の…いや、

 

「目の前の、背中か」

 

そうだね、君はずっとその背中の話をしていた。

 

今は見えないその顔の話も。

 

脚のことも、身体のことも。

 

彼女の身に起きた異変を案じて友人と呼ぶには少々遠い仲だった私の知見に期待して相談してきたんだったね。特殊すぎてあまり役には立てなかったけれど。

 

ヨルノアラシ。

 

焚きつけるようなことを言って悪かった。私は知っていたのにね。

 

シロツメクサ。

 

彼女こそが君の持つ唯一にして最高の熱量だ。

 

そしてそれは、扉を開くに値する────

 

 

 

闇黒が、広がった。

 

 

 

あまねく色彩を、輝きを呑み込むような原初の黒が世界を塗り潰していく。

 

なんて絶望的な「領域」。

 

久しく皆の中から薄れたであろうそのイメージはしかし、未だ彼女の中に力として残っているのだ。

 

全ての他者を等しく平らに「2番目以下」へ墜とす暴威、『簒奪者』ヨルノアラシらしい世界だった。

 

だが、今そこにいるのは君1人じゃないんだな。

 

闇を押し返すほどの力はない。

 

だがその光は燦然と、あふれんばかりの粒子を散らして流れ星のように尾を引く。

 

シロツメクサ。

 

勝利への渇望で無理やり扉を開き闇を潜って光を見出した偉大なウマ娘にふさわしい、希望の世界だ。

 

ぶつかり合う2人の「領域」は闇に光の粒が散る、そう、まるで星空のようで……おや?

 

3つだけ消えずに輝く星がある…何か、示すものがあるのだろうか?

 

「いや、よそう」

 

無粋な考察は今や不要。答えは彼女たちが出すだろう。

 

「「領域」に入るのは…時代を創るウマ娘」

 

君たちはたった2人で既存の世界を覆すような力ある存在となった。

 

君たちの後に新たな時代ができるのなら、それは時代を創ったということでいいんじゃないかな。

 

 

 

 

 

2人の前途を見届けて、私はようやく決心することができた。

 

「マリオンを、ダンスに誘おう」

 

元よりそのために日本へ来た。

 

私を破壊した地。私をサーマリオンへ導いた運命の分岐点。

 

点と言うにはなんとも彼女は横暴で、工業用の大型切断機械くらい大胆な分岐だったが。

 

日本。不滅の病魔にすら勝ち続けたマリオンに敗北をもたらした地。

 

サーマリオンに傷をつけることでさらにその輝きを強めた彼女は、元は誰も傷つけられないようなただの四ツ葉だった。

 

ここには私たちの運命があったよ。

 

全てが終わったら本当に日本へ移住するのもいいかもしれない。

 

「マリオンと決着をつける」

 

欧州三冠。

 

達成できないのならたとえ三つ揃えても一つだって冠することを認められない、世界最高のレースを踏破した「無冠の皇帝」として挑む。

 

サーマリオンという太陽に。

 

常に今が最も強い彼女との戦いはどう足掻いても私の最後のレースになるだろう。

 

早く仕掛けるのはもったいない。

 

遅くては彼女に失礼だ。

 

いつにするか迷っていたがようやく覚悟が決まった。

 

「マリオン、約束を果たすよ」

 

君が今年の夏キングジョージを取ればかつての私と同じ無冠の二冠。であればやはり会場は、

 

「凱旋門で待ってる」

 

マリオン。私たちも、歴史を創れるかな。



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