あかんこれ~ブラック鎮守府に艦娘として着任したので、艦娘たちを守ろうと思う~ (白紅葉 九)
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第一章 始まり
第一話 さぁ、最高に最低な艦娘人生の始まりだ!


初めての投稿なので、至らぬ点も多いと思いますが、温かい目で見ていってくださると嬉しいです!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!


 死んだ。と、思ったら転生した。

 数秒で起こった出来事に、私は混乱せざるを得なかった。

 ただ、少なくとも普通じゃないし、ここはなんかやばい。目の前に目からハイライトが消えた艦娘がいたことで、私はそう確信した。

 その艦娘は事務的に私をどこかへ連れていく。

 

 

 

 

 

 歩いている内に、現状を整理することにした。

 私は、死んだ。

 それは紛れもない事実だろう。

 帰り際、トラックに数十メートル吹き飛ばされるのを肌で感じたし、走馬灯と呼ばれるものも見えた。

 不思議と恐怖は感じなかった。

 なぜだかはわからないが、ひとつ言えることは、生きたいと思って生きていた人生ではないということだ。

 決して死にたいわけではなかったが、目的もなく生きていたので、生きる理由もなかった。

 だからといって死ぬ理由もなかったから生きていた。

 

 そんな私が転生できるとは、全く思っていなかった。

 転生するのに条件があるのかはわからないが、少なくとも私を選んだのは間違いではないだろうか。

 まぁ、艦これの世界に来られたということに不満があるわけではない。

 

 というか、今気付いたのだが、私は建造されたのではないだろうか。

 人間だったら生後すぐ動けるわけないし、深海棲艦だったら目の前に艦娘がいるのはおかしい。

 

 改めて、自分の服装を見る。──全裸である。

 

 は? この状態で提督に会いに行けと?

 これでも前世女である。

 感情がないとか機械みたいという評価をされたことはあるが、歴とした女である。

 なので、女としての羞恥心というものが──

 

「提督、空母が出来ました」

 

「そうか」

 

 ──全くなかったよ!!!

 

 いや、男に体見られても何も思わなかった。どうせ生まれたときに父に体を見られている訳だし、気にすることでもなかった。

 父以外の男に肌を見せたことなどなかったので気付かなかった事実。

 私は、男に全裸を見られても平然としていられる。この世で最もいらない情報だよ。

 

 そういえば、今空母って言ったか。

 どうやら私は空母らしい。

 自分がなんの艦娘か確認するために服を見ようとしたら全裸だったため、疑問が飛んでいた。

 提督っぽい人は空母と聞いて考え込んでいる。私だったら、空母が出たらすごく喜ぶが、この人はなにかに悩んでいる。

 建造された艦娘を見て悩むときってなんだ?

 私が初めて建造の時に悩んだのは……──いらない艦娘が来て、解体しようか悩んだとき。

 

 ここまで来てやっと気付けた。

 ここ、ブラック鎮守府だ。

 きっと、資源が少ないときに空母が来て、解体しようか悩んでいるのだろう。

 艦娘のハイライトが消えていたのはここがブラック鎮守府だったからか。

 もしかしたら、駆逐艦とかに生まれていたら即解体だったのかもしれない。

 折角艦これの世界に来たのにそれじゃ嫌だから、空母で正解だったのかもしれない。しかし、空母は燃費が悪いからなぁ。

 ブラック鎮守府の提督っぽい人も悩んでいる、悩んでいる。

 ここでアピールのひとつでもすればいいのかもしれないが、こういう暗い職場だと黙っている方がいいって感じある。決して経験則ではない、ないったらない。

 

 そうして、私が脳内で裁判官と被告と原告を作り出し裁判を始めるくらいには時間が経った頃、やっと提督っぽい人は喋った。

 時間にして五分くらいだろうか。

 

「いつもの単独出撃。

 帰ってきたら第三艦隊に加えろ」

 

「わかりました」

 

「下がれ!」

 

「失礼します」

 

「失礼します」

 

 一応退室の挨拶は言う。一種の礼儀だ。

 ビジネスマンの基本の一つである。

 もう一つの『常に笑顔で』はこの職場で守れる気はしなかったので、すでに諦めている。

 諦めることも大切である。これ名言ね。

 

 

 

 

 そういうわけで、無表情ハイライト無し艦娘と歩くこと数分。

 鎮守府の建物を出て、港近くの建物に入った。

 そこには、様々な装備があるのと同時に、片付けを忘れたように少量の資源が置いてある。……まぁ、十中八九解体だろう。

 解体されたら普通の女の子に戻る説を信じていたが、私が生まれた時を考えると、私たちは兵器として作られ、解体は死を意味するのだろう。死にたくないので解体は回避しなくてはならない。

 

 私はその装備の山の横に置かれた、見覚えのある服に気が付く。それを無表情ハイライト無し艦娘……長いから、黒髪艦娘でいいか。

 名前を呼ばないのは、相手が名乗っていないから。

 史実で関係あったかは知らないが、名乗っていないならあえてその名を呼ぶ必要もないだろう。

 

 その艦娘から服を渡される。

 服あったんかい! ならなんで、全裸で行かせた! 提督の趣味なのか!? 正解っぽいから困る!!

 羞恥心を抱かないと言っても、人間として生きてきた時の常識というものがある。

 常識外の行動は専門外なので、専門のところへいくか、お縄になるかしてほしいものだ。

 

 そんなわりかしどうでもいいことを考えながらも服を着ていく。

 人間だったころ……分かりやすく前世の頃とするか。

 前世では、中学校の時に部活で弓道をやっていたので、着付けは問題なく行うことができた。

 改めて、服を見る。その服を着る艦娘を、私は知っていた。白と赤の混じった服。そう、その艦娘の名は──赤城。

 正規空母の一航戦の一人で、前世じゃ食いしん坊キャラとして有名だった。空母自体燃費が悪いのだが、もしこの世界でも赤城に食いしん坊キャラのイメージがついていたら、資源がないときに来たら厄介に感じるかもしれない。

 そこで解体するかは人それぞれだとは思うけど。

 ゲームから艦娘を見ていた私と、資源が限られる現実世界で艦娘を見ている人とは感覚が大きくずれているだろし、解体を選ぶ選択肢を否定することはできない。だからと言って、解体を認めるかどうかは別だが。

 

 話を変えよう。

 先程、提督っぽい人は『いつもの単独出撃』と言った。

 恐らく、いつも最初に単独出撃をさせ、性能を確認してから駄目だったら解体、良かったら生存という方法を取っていたのだろう。

 つまるところ、今から行く出撃で私の艦娘人生……艦生が決まると言っても過言ではない。

 これは、失敗は許されない。

 

 私が着替えたのを見て、黒髪艦娘は移動を開始する。

 出撃か……。

 って、なにも武器を貰ってないけど。アニメみたいにかっこいい感じで装備されるのかな。

 それとも念じれば出てくるとか。

 

【ネンジルホウー】

 

 念じる方か。なんだ、ちょっと残念。

 私もアニメの赤城みたいにポージングしたかった。

 今すぐにでも「艤装……展開ッ!」とかっこよく決めたいところだが、廊下ではしない。

 これでもちゃんとTPOは弁えているのだ。

 さっきまで全裸でいたやつの言葉とは思えない?

 あれは自分の意思じゃないからノーカンで。

 

 私が脳内で独り言を言っていると、着替えた私を見て黒髪艦娘が動き出した。

 どこへ向かっているのだろうか。今から出撃らしいから、それ関係だとは思うけど。

 黒髪艦娘について歩き出すと、黒髪艦娘が話し出した。

 

「行動を指示します。

 今から第八出撃口より出撃し、三時間後のヒトサンサンマルに第八出撃口より鎮守府へ帰還。

 補給を済ませ、第三艦隊旗艦の山城と第三出撃口にて合流。

 第三艦隊と共に、ヒトヨンマルマルから六時間出撃し、フタマルマルマルに鎮守府へ帰還。

 補給を済ませ、空き部屋の空母寮十三号室にて就寝。

 明日からは第三艦隊所属となります。

 第三艦隊の行動は、ヒトフタマルマル起床。

 ヒトヨンマルマルから六時間出撃し、フタマルマルマルに鎮守府へ帰還。

 マルフタマルマルから六時間出撃し、マルハチマルマルに鎮守府へ帰還。

 ヒトヒトマルマル就寝。

 出撃及び就寝以外の時間は空母第十三修練室にて訓練。

 以上です。質問はありますか?」

 

 長い長い長い!! そんな一辺に言われたら覚えられないよ!

 えーっと、いまから三時間出撃。

 帰還から三十分後に第三艦隊と共に六時間出撃。

 明日からは六時間出撃二回。

 それに加え、空いている時間は鍛練に当ててね♪ っていうブラック仕様、と。

 意外と覚えているものだ。

 

 それで、質問?

 いや、ありすぎてどこから言えば、っていう感じだけど。

 全部を気にしちゃうと質問する時間が足りないだろうから、いくつかに絞る必要がある。

 今の文章でおかしい点……気になった点……。

 

「では二つほど質問します。

 まず夜間出撃が多いですが、空母の搭載機は夜間飛行が出来ません。夜間の攻撃手段はどうなるのでしょうか?」

 

「気合いでなんとかしてください」

 

 Ha?

 

「…………なるほど。では次の質問ですが、指示された行動に補給しかないのですが、入渠に条件があるのでしょうか?」

 

「大破した艦娘を提督の判断で入渠させます」

 

 なるほど、なるほど!

 つまり、気合いで攻撃して気合いで傷を治せば問題ないってことね!

 人間には出来ないけど、艦娘には出来るのかな??

 

【デキルワケナイー】

 

 だろうね。冗談だよ。ただの冗談。

 冗談みたいな状況だから、思わずネタにしちゃった。

 

 今の話を簡潔に言うと、『敵をたくさん攻撃すれば入渠できるよ! 攻撃する武器はあげないけどね!』って言うことだ。

 なにこのクソゲーにすらなっていない無理ゲー。

 それほどまでにここの提督は私を沈めたいのか。大食艦の影響がここまでとは。

 

 いや、真面目に考えて、どうすればいいの?

 近接攻撃で戦果をあげろ、ってことかな?

 とても面白い難題だね。私じゃなくて一休さんにお願いしたらどう?

 

【ダイジョウブー?】

 

 ごめんね、つい愚痴みたいになっちゃった。

 初対面の君たちに言う内容では……あれ?

 おかしいな。私は脳内で会話を広げるほど寂しい人生は送ってきていないはずだけど。

 いや、おかしいよね。この声、さっきからずっと聞こえていたよね?

 それに、大丈夫ってどういうこと? なにか現状を打開する策でもあるの?

 

【マカセテー】

【ナントカナルー】

【ヨウセイサンニ、デキナイコトハナイー】

 

 妖精さんって……あの妖精さん?

 艤装とかに乗っていたり、猫を持っていたりするあの妖精さん?

 妖精さんって他人の脳に直接語り掛ける能力とか持っていたりするの?

 

【そうダヨー、ヨウセイサンダヨー】

【ギソウデモ、猫デモないヨー】

【ボクラハ、第三ノヨウセイー。キラーン】

【ソンナ能力、モッテないー】

【マワリヲ、ぷかぷかウイテルノー】

 

 えっ!?

 慌てて周りを見渡すと、薄っすらとだが、確かに妖精さんらしき存在が周りに浮かんでいるのが確認できた。

 というか、妖精さんって浮かべたの?

 艤装についている妖精さんは重力がかかっているように見えたけど。

 

【ツクモ妖精サンハそうダヨー】

【ボクラハ、ノラ妖精サンダカラ、ぷかぷかデキルー】

 

 ノラ妖精サン……もしかして、野良妖精さんかな。

 ツクモ妖精サンは……艤装についているから、物に付くってことで付喪妖精さんなのかな。

 ぷかぷか放浪しているのが野良妖精さんで、艤装を運転するのが付喪妖精さん……わかりやすくていいね。

 

 教えてくれてありがとう、野良妖精さん。

 ところで、野良妖精さんたちは何で私に話しかけてくれたの?

 

 私が妖精さんたちにそう聞くと、妖精さんたちは顔に少し影を落とした。

 

【ボクラハ、カンムスガ、スキー】

【ケド、レベル1ハ、ゴウチンカ、カイタイサレルー】

【モウ、ミタクナイー】

【ダカラ、タスケルー】

 

 轟沈か、解体……。

 おそらく、空母である私のように一滴のチャンスを与えられたものとは違い、提督への抗議も叶わず解体されていった艦娘も存在するのだろう。

 妖精さんはそれを見てきたのだ。

 だから、新しく艦娘として建造され、チャンスを与えられた私を生かそうと思ってくれたのだろう。

 

 私だって、そう簡単に死ぬつもりはない。

 人生の目標も夢もないけど、せっかく艦これの世界に来たのだ。

 もっと、楽しみたい!

 

【ジンセイを満喫するゾー!】

【ココカラハ、私たちのジダイのヨウデスネー】

 

 ──さぁ、最高に最低な艦娘人生の始まりだ。

 

 

 

 

 

 ところで、付喪妖精さんがいないようだけど……。

 

【ウバワレテタヨー】

【ダカラ、ギソウツカエナイヨ】

 

 ──さぁ、最高に最低な艦娘人生の始まりだ!!!(やけくそ)



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第二話 新しい武器

 意気込みはよし。用意はなし。

 

「お父さん、お母さん。

 私はいま、海で漂流しています……」

 

【ウソはダメー】

【カエリミチはオボエテルよー!】

 

 あれから、私は妖精さんに先導されるまま海上を移動している。接敵した場合は闘う武器もないためすぐに百八十度回って直進。秘儀・百八十回転逃げ! この場においての秘の意味は、秘めた力ではなく、秘密にしないと殺されるという意味である。

 

「成果0じゃ解体されそう。

 問題は戦闘手段だよね」

 

【オトコなら拳!】

 

「女なんだよなぁ」

 

【泣きオトシ?】

 

「深海棲艦に通じるのか……?

 通じたとしても、こんな戦争状態じゃ殺されて終わりだろうなぁ」

 

【アキラメロ!】

 

「死ねと言いたいのか!?」

 

 そんな感じで海の上を漂っていると、魚みたいな形をした深海棲艦を見つけた。

 あれは駆逐艦だろうか。しかもどうやら、負傷した状態であり、他に深海棲艦がいるようにも見えない。

 

「あれならフィジカル(物理)で、もしかしたら?」

 

【イケルかもー!】

【ホウゲキヨウイ!】

 

「空母なんだよなぁ」

 

【イッタイイチだから、ボクタチなにもスルことないー】

 

「じゃあ、ソロ討伐かぁ~……」

 

 といっても、他に艦娘もいないから元々ソロだけど。

 さっきからずっと頼っていた妖精さんを頼れないとなると、すこし心もとなくなる。

 小さく深呼吸をして心を正してからその駆逐艦へ突撃した。

 驚いている様子の駆逐艦へほとんど一直線で向かっていき、そのどこからどこが顔なのかわからない顔面へ向かってアッパーをした。

 

GYAAAAAAAAAA!!!!!!

 

 モンスターらしい悲鳴を上げ、駆逐艦は吹っ飛んでいく。そして、全身を粒子にして消えていった。敵って、こんな感じに消えるのか……。

 まぁ、とりあえず一安心。初戦闘は、無事に切り抜けられた。

 戦場というか海上ではあるが、初戦闘をクリアしたんだから多少の気のゆるみは許してほしい。

 

【レベルがアガッタヨー】

 

「そんなポテトがあがったみたいなテンションで言うことか、それ?」

 

 今日会ったばかりではあるが、恒例となりつつある妖精さんとの漫才を簡単に終わらせながら、新たに出てきたレベルの概念に戸惑う。

 確かに、ゲームでもレベルの概念はあったが、アニメ版でもレベルの制度は暗黙の了解で無くなっていたから、この世界にもないものだと思っていた。

 

「レベルが上がるとなにか特典があるの?」

 

【ツヨクナル!】

 

「何も情報が得られないことがわかったよ、ありがとう」

 

 先程から思っていたのだが、妖精さんってあまり使えない……?

 

【これで、ソロクチクカンなら拳イッパツでタオセルよ!】

 

「妖精さん有能!」

 

【あついテノヒラガエシだー】

 

 いいじゃん。ほとんど絶体絶命みたいな状況だし、有益な情報をくれる存在を尊重したって。

 

 

 

 

 

 それから調子に乗って何匹も駆逐艦を倒していく。先程妖精さんが言っていたことは本当で、駆逐艦は顔面を一発殴るだけで殺すことができた。

 上手く敵の武器を奪えないのかと試行錯誤してみたが、それは難しそうだった。まぁ、そううまくはいかないか。

 そうやって敵を倒していたら妖精さんから指摘されて、鎮守府に帰る時間となった。もう少しレベル上げをしたかったが、妖精さんによれば燃料も心もとないようだし大人しく帰ることにした。

 すでに微塵も鎮守府の指令に真面目に従おうという気はないのである。

 

 鎮守府に付くと黒髪艦娘がおり、私を見ると薄く笑った。まるで、被害者がまた一人増えたとでも言うように。地獄の門を開いて、また一人犠牲者が来たとでも言うように。

 まぁ、言い得て妙というやつだろう。黒髪艦娘はこの鎮守府のことをよく思っていないのは表情からよく読み取れる。

 そして、黒髪艦娘から二枚の紙が渡される。そこにはこの鎮守府の地図とこれからの行動の指示が記されている。

 いや、書かれているのなら、わざわざ行く前に指示を受ける必要はなかったのでは?

 

 深く気にしなくてもいいだろうと考え、その指示書通りに動く。ひとまず補給を受け、第三艦隊と合流した。第三艦隊の皆々様の紹介をしたいところだが、残念ながら一言も話すことなく出撃することになった。

 私は大丈夫だが、普通の人なら三時間も命がけの戦場にいた後、また六時間も戦場にいるなんて耐えられないのではないだろうか。戦場って結構精神的にストレスがたまるし、周囲の警戒とかで休まる時がないし。

 私の場合は、常にストレスが貯まる周囲が敵だらけの場所に慣れているので問題ないのだが。いや、決してブラック企業ではないよ? ちょっと頭のおかしい上層部と、残業手当を出さない上司がいるだけだから。

 

 そして、そのまま特に会話もなく、出撃は終わった。当たり前と言えばそうだけど、私以外には武器が支給されているようだ。そもそも、空母に武器を持たせなければただの大きな的だと思うのだけど。

 おかげで、軽巡洋艦や駆逐艦を殴るくらいしかできなかったよ。当たり前だけど、入渠の許可は出なかった。残念でもなく当然というやつだ。

 

 結局、その日は第三艦隊の艦娘と会話を交わすことなく就寝した。

 私の自室は空母寮十三号室。相部屋ではなく、一人部屋だった。

 寮というのは相部屋のイメージが強いのだが、どうやらこの鎮守府は違うようだ。そもそも、ぽっと出(建造的な意味で)の私をいきなり第三艦隊に所属させるくらいだし、艦娘の数が少ないのかもしれない。

 気になったので、早速妖精さんに聞いてみた。

 

「妖精さん、この鎮守府の艦娘って何人くらいいるの?」

 

【二十ニンくらいー】

【けど、ヒンパンに変わる……】

 

 ──頻繁?

 その言葉に、思考が冷えるのを感じた。

 

「──頻繁というのは、具体的にはどの程度でしょうか?」

 

【何回かカレーをタベタら、イナクナッタリ……】

【ナカガよかった妖精さんが、キヅイタラ、イナイ……】

【三十回アカツキを見たら、ダレカがイナイ……】

 

 つまり、ひと月にひとりが死ぬ、ということですか。

 

【アカギ、目が!】

【ナンデ、カイニのケイコウが!?】

 

「え? ぁ、どうか、した?」

 

 危ない。一瞬、感情的になってしまった。昔から感情的になると相手の顔が青白くなるほど怖がられるから抑えているのに。私の感覚としては、ただ感情があらぶって顔から表情が抜け落ちているような感じなのだが。

 しかし、目やら改二やらは、はじめて言われる。

 

【赤城、いまイッシュン目が金色になった】

 

「えっ、そうなの?

 感情高まったら目が光るなんて超能力は持ってないんだけどなぁ……」

 

【ホカのカンムスが改二になった時と、同じケハイがした】

【改二が近いのかなー?】

【ナニカとキョウメイしてどばーってなったのかもー】

【ゲンインフメイなのですー】

 

「そっかぁ……」

 

 どうやら私は、艦娘になって目が光る力を手に入れたようである。用途不明、発動条件不明、効果目が金色になる。いらなくね?

 いや待て、なんか改二うんたら言っていたし、改二になるために必要な何かなのかもしれない。この世界で改二がどういうものなのかはわからないが、改二=強いという公式は変わっていないはずだ。

 それはそれとして。

 

「明日も早いし、ねよ……」

 

【おやすみー】

【おやすみなさい!】

【おやすみ!】

 

 そういえば、妖精さんの声が、はっきり聞こえる……ような……。

 そんなことを考えながら、私の意識は落ちていった。

 

 

 

 

 

 次の日から、特に代わり映えのしない日々が続いた。懸念していた夜間戦闘も、攻撃手段が拳なのでそれほど気にならなかった。

 なんと驚くことに睡眠時間は一時間なのだが、艦娘だからなのか一時間睡眠でも大丈夫だった。前世では四時間睡眠が普通だったのだが、一時間しか寝なくていい身体というのは楽でいい。

 出撃していない時間は訓練という名の妖精さんとの雑談時間となっている。一応訓練場には弓道用の弓と矢と的があるので、手持無沙汰になったらやっている。

 しかし、戦場で使うこともない技術を向上させるのはとっくに飽きが来て、最近は架空の剣を使って仮想敵と戦っている。両方とも架空なので、はたから見たら腕を振り回して暴れている変な人にしか見えないと思う。まぁ、この場には妖精さんしかいないから問題ナシ。

 

 妖精さんと言えば、最近名前持ちが現れた。まぁ、名付け親は私なのだが。

 野良妖精さんはだいたい三十人くらいいるので、わかりやすく学校のクラスのようにして、役職名を名前として呼んでいる。

 名前持ちと言っても今は一人だけで、それが三十人のリーダーのような立ち位置にいる委員長である。野良妖精さんはよくぷかぷか浮いてどこかへ行くことが多いのだが、委員長に妖精さんへの伝言を頼むと、なぜか次の日には全員に伝言されている。そうやって扱っていたら、委員長に伝言を頻繁に頼むということで、私は妖精さんたちから先生と呼ばれるようになった。

 

「妖精さん、この技どう? かっこよくない?」

 

【最後もっと斬り捨てた、みたいな感じが欲しい!】

【背中で語るみたいな!】

 

「じゃあこうかな?」

 

 ちなみに、いまやっているのは、剣の新しい技の開発である。やっぱり、強さも必要だけど見た目も必要だしね。厨二心てきに!

 そういえば、気が付いたら妖精さんたちの言葉が流暢になっていた。最初は機械音みたいで聞き取りづらかったのが、普通にしゃべっているのと変わらないくらいになってきた。聞きなれるものなのかなぁと思って、妖精さんに他の艦娘はどうなのかと聞いてみたら、驚きの答えが返ってきた。

 どうやら、普通の艦娘は妖精さんの声を聞くことができないそうなのだ。そういうと誤解を生みそうだが、そもそも野良妖精さんというのは普通の艦娘に見られるものではないらしい。

 

 艦娘というのは本来、付喪妖精さんしか見えない。付喪妖精さんは話すことができないので、艦娘も妖精さんと話すことができない。聞けば色々深くてややこしく理解しづらい事情があるらしいのだが、付喪妖精さんも一応会話はできるのだが、私たちが使っている言葉とは違う言葉を使っているらしいのだ。

 それは所謂、妖精語とでも呼ぶべきもので、野良妖精さんは聴けるらしいのだが、それを私たちに伝えようとすると言語の違いで難しいらしい。簡単に言えば、お餅を説明する時に、日本人であればお餅と単語を言えばいいが、お餅を知らない外国人に対しては白くて丸くて正月によく食べる食べ物と説明する必要がある。そんな感じで、その妖精語を理解するのは、妖精さん以外では難しいらしい。

 

 話を戻すが、艦娘が妖精さんの声を聞けないというのは、付喪妖精さんの声が聞けないということ。普通の艦娘には野良妖精さんを見ることも話すことも出来ないため、艦娘は妖精さんと話すことができないというわけである。

 では逆に、野良妖精さんが見えたり、話せたりする人というのは、この世界でわかりやすく言うなら“提督適性がある”者のようだ。

 つまり本来は、艦娘は付喪妖精さんと、提督は野良妖精さんとしか関わることができない。私がその両方と関わることが出来るのは、前世が提督で今世が艦娘だからだと思っている。もしや……存在したのか、転生者補正くん……!

 

【そろそろ出撃の時間だよー】

 

「あ、もうそんな時間?

 じゃあ行こうか」

 

【僕今日休むー】

【私もー】

【俺は行くぞ!】

【昨日休んだから行こうかな】

 

 特に決まりがあるわけではないが、気づいたら出撃は自由参加となっていた。そのため妖精さんたちは出撃前に今日行くか教えてくれるのだが、それが出席確認みたいで、なんだか本当に先生になったかのような気分になる。

 どうやら、今日の出席者は十五名のようだ。

 

 ああ、そうだ。言い忘れていたが、最近超能力に目覚めた。

 

【誇張しすぎー】

 

「てへぺろっ☆

 けど、ステータスが見られるって、ファンタジーじゃスキルの一つだし!

 まぁ、妖精さん限定だけど」

 

 そう、なんと妖精さんのステータスが見られるようになったのだ。

 

≪──(野良妖精さん) レベル1 索敵F≫

≪──(野良妖精さん) レベル1 幸運C+≫

≪委員長(野良妖精さん) レベル2 統率S・指揮B≫

 

 レベルは現在、委員長以外は全員1だ。スキルは火力、装甲、回避、対空、索敵、幸運などがあった。なんだか見覚えがあるなぁと思ったら、近代化改修で上がる数値と似ている。

 近代化改修では火力、雷装、対空、装甲なのだが、空母の雷装が上げられないのが関係しているのか雷装はなく更に索敵と運が加えられている。

 色んな妖精さんを見てみたが、六つ以外のスキルを持っていたのは委員長だけで、そのスキルは統率Sと指揮B。名前をつける前からあったスキルで、おそらく名前通りのスキルなのだろう。感覚的にはレアスキルだが、おそらくそれ以上の価値はないと思われる。

 伝言係としてとても重宝している。

 

『第三艦隊、出撃します』

 

 そうこうしているうちに、出撃の時間となった。旗艦の合図で陣形を組みながら海域を進んでいく。正直、敵もあまり出ないので、最初ほど四方八方を警戒はしていない。

 野良妖精さんと話すこともできないので、ひたすら退屈な時間である。一応、野良妖精さんはたまに私の心を読んでくるが、読めるものと読めないものがあるらしい。詳しくは深淵に触れることになると言われた。

 

 ちなみに、四六時中と言ってもいいほど一緒にいる野良妖精さんたちだが、私は提督とこの鎮守府に来てからいまだに一回しか会ったことがないので、一緒にいることはバレていない。野良妖精さんに囲まれている艦娘ってだけで目立ちそうだし、知られないに越したことはない。

 それこそ、ここの提督なら人体実験とかの施設に容赦なく売りそうだし。そうなったら怖いから逃亡用に燃料を隠れて貯めている。どこに貯めているのかは妖精さんに聞いてくれ、私も知らない。

 

『七時の方向、深海棲艦を発見』

 

 改めて感じるのだが、ここの艦娘常時ハイライト消えている&抑揚のない声&無表情なのだが、大丈夫だろうか?

 こういう時、ブラック企業勤めの日々に毒された自身の精神に助けられる。あ、ブラック企業勤めだと認めてしまった。いままで頑なに、ストレスから目を背けるために認めていなかったのだが。

 まぁ、正直もう、ブラック鎮守府という言葉を聞いても、今日のご飯はパンだよと言われたくらいの感情しか湧かないのだが。なので、ストレスもそこまで感じない。

 泳ぎ続ければ、どぶ川でも生きていけるとわかって多少の心の余裕ができたのかもしれない。まぁ、一回死んだんですけどね!

 

『第三艦隊、帰還します』

 

 こうやって、いつも代わり映えしない日々が今日も終わった。いや、現在時刻はマルハチマルマルだから、始まったが正しいのかな?

 そんなどうでもいいことを考えていたら、めったに使われない鎮守府の放送がかかった。

 

『第三艦隊赤城、至急執務室に来なさい』

 

 どうやら、第三艦隊所属の赤城という艦娘が呼び出されたようだ。私には関係ないな。

 

【先生のことだよー】

 

「常識的に考えて、初手全裸にされた相手に会うとか、下手なブラック企業よりブラックだと思うんだけど」

 

 妖精さんに愚痴をこぼしながら、提督のいる執務室へ向かう。私の中では、提督は部下を全裸にさせる頭のおかしい変態なのだが。

 提督は野良妖精さんが見られるので、執務室に入室する前に妖精さんとはお別れする。

 

 執務室の扉をノックして入る。改めてこの部屋を観察してみると、本棚に頻繁にずらしている跡があるから、地下室とかあるのかもしれない。

 ひとまず、要件がわからないので無言で提督を見る。すると、提督は要件を言うこともなく、初日に会った黒髪艦娘に指示を出す。

 謎の機械を取り付けられたかと思うと、そのまま放置される。そして提督はその機械と繋がっているモニターを見て頷いた後、黒髪艦娘に機械を外すように言う。

 何かの検診なのだろうか?

 それをずっと無表情で見ていたら、提督に退室を促され、黒髪艦娘と一緒に部屋を出る。

 

「行動を指示します。

 本日の出撃を無しにして、今から工廠で改装を行います。

 詳しい指示は現場の明石から聞いてください。

 改装が終わり次第、第二艦隊へ移動となります。

 以上です。質問はありますか?」

 

 改装? 改装ってつまり、赤城改になるということか?

 さっきの検査みたいなやつは、それが出来るか調べていたという事だろうか。

 

 それに加えて、第二艦隊への移動? いったいどんな心境の変化だ?

 『君、頑張っていたから評価するよーーーん☆☆』的な感じではないだろう。考えられる可能性は……──第二艦隊の、航空母艦が轟沈した?

 

「……特にありません」

 

 よし、よく怒りを抑えた私。怒りで目の色が変わるなんて検査一直線だ。まだこの仮初の平穏のままでいたい。──まだ、反逆は早い。

 

 

 

 

 

 そして工廠につくと、黒髪艦娘は私を置いてさっさといってしまった。というより、工廠に居たくないって感じか?

 その心境はあまりわからず、ひとまず工廠の扉をくぐった。

 

「あっ! ……赤城、さん」

 

 最初はなにか期待するような表情をして私を見たその人は、すぐに顔を絶望に染めた。決して、一目見て絶望を覚えられるような見た目はしていないはずだが。

 しかし、今世で初めて無表情以外の表情を見た気がする。軽く懐かしさすら覚える。この人はまだまともなのだろう。いや、この絶望に染まった顔を見てまともと言っていいのかわからないが、今世で黒髪艦娘以来の話せる相手なので、まとも認定でいいのではないだろうか。

 

「……それでは、改装を始めます。

 赤城さんの改装を担当する工作艦明石です……」

 

 明石さんは、なぜか絶望した表情のまま話をする。それ、逆に器用じゃない?

 

「まぁ、返事なんて……──」

 

「航空母艦、赤城です。

 本日はよろしくお願いします、明石さん」

 

「……!?!?!?!?」

 

 明石さんは限界まで目を見開き、口をパクパクさせる。だからそれ、逆に器用じゃない? 顔芸芸人でも目指しているの?

 

「んな、な、なん、で……話せるの……?」

 

「……なんでと聞かれましても、艦娘だからと答えればいいのでしょうか」

 

「ちがくてっ!! だって……ここに来る子はみんな……!

 今まで聞いた言葉は、『死にたい』とか、『殺してください』とか……なんで……」

 

 『死にたい』? 『殺してください』?

 あー、まぁ、こんなブラックな場所にいたら、それが普通なのかな?

 確か、人と話さないって結構ストレスになるらしいからね。まぁ、私は十年以上、上司という名前のモンスターとしか関わってこなかったから、もう慣れちゃったんだけどね。

 そういえば、私の会社の新入社員もよく『死にたい』って言っていたな。『殺してください』とは言われたことがないけど。

 

「私は死にたいとは思っていませんので」

 

「……ぁ……ぇ……」

 

「……ひとまず、本日は改装を受けに来たのですが、どうすればいいのでしょうか」

 

「……えっと……はい、まず──」

 

 そこからは仕事のスイッチが入ったのか、テキパキと指示を与えられた。と言っても、私は受動的にいるだけだったので簡単だった。

 そして、なんだかわけもわからず色々と受けていると、あらかた終わったのか、艤装という名の服をはぎ取られ、つまり全裸の状態でベッドに横になった。その上から布団をかぶせられる。

 

「三時間程度で改装は完了しますので、それまではその状態で待機していてください」

 

「わかりました」

 

 私のその言葉を聞くと、明石さんは部屋から出ていった。なにか仕事があるのだろうか。

 私が天井を見上げてぼーっとしていると、視界の端に小人が見えた。

 

「妖精さん……」

 

【先生! あの男に変なことされなかった!?】

【大丈夫?】

 

「大丈夫だよ。

 ところで、改装をすることになったんだけど……」

 

【おめでとう!】

【わー、今日はお赤飯だー!】

【改装をすると、なんと……つよくなる!】

 

「やっぱりその程度の認識か……。

 あー、あと、第二艦隊に移動することになったんだけど、なにか知ってる?」

 

【第二艦隊?】

【ちょっと前の第二艦隊なら知ってるぞ!】

【えっと、戦艦と、重巡と、空母と、軽巡と、駆逐がいた!】

【そうそう!】

【みんな改だった!】

 

「全員改だったんだ。

 そうなると、いまより強い敵と戦うことになるのかな。

 少なくとも、私を改装させたってことは、戦力の一つとして運用することを決めたってことだよね?

 武器が支給されるかもしれない……!」

 

【楽しみですなー】

【楽しみだね!】

 

「だねー」

 

 私たちがそうやってほのぼのと会話をしていると、外からどんがらがっしゃんと音が響いた。とても無事そうな音には聞こえなかったが、大丈夫なのだろうか。

 その少しあとに扉が開き、明石さんが入ってきた。その右手には謎の機械がある。この鎮守府、謎の機械が多すぎじゃないだろうか。

 

「赤城さん……ひとつ検査をしたいので、これを手に付けてもらってもいいですか。

 その状態のまま動かないでくださいね!」

 

「わかりました」

 

 明石さんはすごい勢いで機械を操作していく。こちらとしては何をやっているのかさっぱりなのだが、表情を見る限りとても繊細で重要な作業をしているようなので、黙って終わるのを待つ。

 数分経ち、明石さんの手が止まった。その目は驚きで見開かれている。それに絶望を足せば先程見た顔と同じ顔になりそうだ。

 

「どうかされましたか?」

 

「……確か、過去にもないことはなかったはずだけど……。

 材料的には大丈夫……そもそも弓は……?」

 

「あの、明石さん?」

 

「ハッ!

 ……し、失礼しました。

 えっとですね、どうやら、赤城さんを改装するために必要な装備がありまして……。

 他の赤城さんには必要ないのですが……別のものが必要になるという事例は過去にもありますので、大丈夫です!」

 

「はぁ……?」

 

「あー、えーっと……簡単に言うと、赤城さんの装備が一つ増えます!」

 

 なるほど。元が0だったとは言えない雰囲気だ。

 

「その装備なんですが……──軍刀です」

 

「……刀、ですか?」

 

「はい。どうして軍刀なのかはわかりませんが、どうやら赤城さんの装備としては適しているようです」

 

 なんだか心当たりがあるぞ。というか、心当たりしかないぞ。

 だって、ずっと空母なのに航空機なしの接近戦縛りをしていたわけだから、それっぽい装備が必要になってもおかしくないんじゃないだろうか。

 しかし、あの訓練室でやっていた架空剣素振りは無意味なものではなかったのだな! 一見無駄に思えても、そこには意味がある。今回に関しては結果論だけど、そういうツッコミはなしで。

 

「とにかく、不具合の原因はわかったので修正してきます。

 ただ、先程三時間と言いましたが、更にかかりそうです。

 それと、検査もたくさん受ける必要がありますが、機密事項も多くありますので……」

 

 目の前に底が白く濁った水の入ったコップが置かれる。なんとなく察して、それを飲んだ。

 案の定、睡眠薬入りの水を取り入れた私の体は、いともたやすく意識を落とした。



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第三話 改装

【起きてー】

【改装終わったよー】

 

 そんな声が聞こえ、私はゆっくりと目を開けた。体を起こすと、全裸ではなく服を着ていることがわかった。

 それに加え、なんだか違和感がある。

 まるで、初めて見る光景を見たことがあると思う既視感のような、そんな感じの気持ちを感じる。

 その違和感の正体の答えは、すぐに出されることとなる。

 

【改装したから、付喪妖精さんが仲間になったよ!】

【艤装動かせるよ!】

【左から零式艦戦52型、彗星、九七式艦攻、海軍太刀型軍刀!】

 

「説明ありがとう!」

 

 私はそう言ってその武器に近づく。それぞれの武器に一人ずつ、計四人の付喪妖精さんがおり、全員が私を見ている。

 

「よろしくね、付喪妖精さん」

 

 私がそういって手を差し出すと、付喪妖精さんたちは何も言わずその手に触れる。その時、一瞬だけ手元が光ったと思ったら、目の前にあったはずの艤装と付喪妖精さんは消えていた。

 その事実に一瞬驚くが、すぐに過去に妖精さんから言われたことを思い出す。

 『念じる』! えーっと、艤装……展開ッ!

 

 私が頭の中でそういうと、手元に弓が、背中に矢筒が現れる。なんとなくだが、背中の矢筒から付喪妖精さんの気配が感じられた。どうやらそこにいるらしい。

 

 

 

 

 

 そうして、私は第二艦隊に移動となった。第二艦隊は期待することもなく、案の定暗い雰囲気が艦隊を支配していた。それでも、第三艦隊より戦場の報告とかで騒がしいのが不思議である。

 あまりにも話さなさ過ぎて、普通の基準を忘れそうになる。

 

『敵影発見! 攻撃開始!』

 

「第一次攻撃隊、攻撃開始!」

 

 付喪妖精さんが現れたことで航空機が動かせるようになった。動かせると言っても、細かな操縦は付喪妖精さんに任せているのだが。

 あの後、弓で発艦させてわかったことなのだが、付喪妖精さんはあの四人だけではなかった。あの四人の付喪妖精さんはその武器の代表、つまりその武器にいる付喪妖精さんの隊長のような存在であった。それぞれ隊長を含めて、零式艦戦52型と彗星には二十人、九七式艦攻には三十二人、海軍太刀型軍刀には十人の妖精さんがいた。

 それらをステータスで見ると野良妖精さんとはだいぶ違った。

 

≪零式艦戦52型(付喪妖精さん) F20≫

≪彗星(付喪妖精さん) F20≫

≪九七式艦攻(付喪妖精さん) F32≫

≪昭和12年海軍式軍刀(付喪妖精さん) F10≫

 

 見られたのはこの四種類のみ。野良妖精さんに聞いたところ、Fというのは野良妖精さんで言うレベル1みたいなものらしい。野良妖精さんのスキルの欄で見覚えがあるものだ。

これが高ければ高いほどその付喪妖精さんの技術力を表しており、直結するとそれが高い妖精さんが多く居たら強い、とのことだ。

 経験を積めば、野良妖精さんのレベルやスキルと同じで上がっていくようなので、これからに期待という奴だろう。

 

『深海棲艦撃破、進軍します』

 

 損傷軽微とも言わず進軍が決まる。第三艦隊でもそうだったが、一度も損傷の話題が出たことがない。なので、大破で進軍することもまれにある。

 そういう時はなるべくその人に攻撃が当たらないように気を付けて行動しているが、やはり提督が艦娘を道具としてしか見ていない証拠だろう。

 

 ちなみに、現在の私の状態は小破。具体的に言うなら、二週間近く前からこの状態だ。

 

 私も最近野良妖精さんに言われて気が付いたのだが、どうやら私はこの鎮守府に来てもう半年が経過したようだ。第二艦隊に所属してからだいたい二か月、つまりこの鎮守府に来てから三か月ほどの頃に第三艦隊から第二艦隊に移動した。

 移動する前、つまり改装する前は確か中破であった。その傷はなんと、改装したら見る影もなく消えていた。どういう原理かはわからないが、野良妖精さんによればそれ以上は深淵になるそうだ。

 第二艦隊に所属してから、現在二か月目。最初の方に航空機の扱いになれず一発貰った以降は、特に目立った傷もなく心身共に健やかに過ごしている。ちなみに、軍刀に関しては何故か提督に使用を禁止された。

 この鎮守府に来て、つまりこの世界に艦娘として生まれてからは一度も入渠したことがない。この世界に来た頃は楽しみだった入渠は……今では逆に短時間で肉体改造をする不気味な温水に思えてならない。

 

 ちなみに、ここまで私が傷を負っていないのは理由がある。どうやら回避ばかり意識していたからか、回避スキルを持つ野良妖精さんが成長していたのだ。

 どうやら妖精さんは委員長を除いて、基本的に一つのスキルしか持たないらしい。誰が何のスキルを持っているのか混乱するので、わかりやすく分けてみることにした。

 イメージ的には学校なので、それぞれ火力科、装甲科、回避科てきな感じだ。結果的に、上手くそれぞれの科が八人ずつに分かれた。例外は特殊科に一人の委員長だけだ。委員長は統率Sなので、特殊科行きである。

 そうやってわけたら、なんと火力科長や、装甲科長が現れた。なんだか、どんどん野良妖精さんの組織化が進んでいる気がする。

 結果的に、毎日ある出撃に参加する妖精さんが曜日ごとのローテーションとなった。ちなみに、科長はブラックで毎日参加である。科長たちは楽しんでいるようなのでいいのだが……。

 そして、お気づきの方もいるかもしれないが、最初は三十人くらいしかいなかった野良妖精さんが今では四十九人いる。もうそろそろ二クラス分くらいになりそうだ。

 

『敵影発見!』

 

「第一攻撃隊、発艦してください!」

 

 弓を引くと、付喪妖精さんが乗った航空機が飛び出していく。野良妖精さんたち十二名は何をしているのかわからないが、表情を見る限り何かをやっているらしい。ちなみに、委員長は戦場に参加したりしなかったり様々だ。というのも、参加していないときは鎮守府で待機中の野良妖精さんと頻繁に関わり、本当に現実の委員長みたいに動いてくれているのだ。正直艦娘であり元人間の私には妖精さんを完全に理解することはできないので、とても助かっている。

 

『深海棲艦撃破、海域制覇。

 帰還します』

 

【あれ、帰還するのー?】

 

 その妖精さんは黄緑色の帽子を被っている。妖精さんを見分けやすくするために、帽子で科が判別できるようにしてあるのだ。黄緑色の帽子は索敵の妖精さんである。

 私は無線をオフにしてから妖精さんに話しかける。

 

「どうしたの、索敵科の妖精さん」

 

【だって、八時の方向にまだ敵居るよー?】

【たぶん海域のボス! オーラがばーんってなってる!】

 

 妖精さんが言った八時の方向の海をよく見ると、潜水艦の深海棲艦がいることがわかった。

 潜水艦だから発見されてなかったのか……!

 すぐに無線をONにして、艦隊に報告を入れる。

 

『八時の方向、敵潜水艦発見!』

 

『ッ、全員攻撃体勢!』

 

 あっぶなー。妖精さん、よく気づいてくれた。

 最悪背後から奇襲されていたよ。

 

【気づくの遅くなってごめんねー】

【けど誉め言葉は素直に受け取るのだ!へへん!】

 

 えらいえらい。

 今度なにかご褒美をあげよう。まぁ、ご褒美で上げられるようなものは何もないのだが。いつか、この子たちに大好物らしい金平糖をたらふく食わせてあげたい。

 

【じゅるり】

【楽しみ!】

 

 さてさて、考え事はいいが、とりあえずこの敵潜水艦の対処を考えよう。といっても、今回航空機は動かせない。なので、やるとしたら単身アタックなのだが、駆逐や軽巡が攻撃して砲弾が飛び交う戦場で単身突撃は危険すぎる。

 故に見学しかないのだが……。

 深海棲艦もばかじゃない。いや、結構魚型げふんげふん、駆逐艦は考える力があるのか疑問に思うくらいにはばかだが、潜水艦、それも人型となると知能が多少つきはじめる。まぁ、姫型じゃないので、本当に多少だが。

 

 あと、問題としてはこちらの戦力もある。全員が改であり、改二は一人もいない。オブラートに包まず言えば弱い。これでよく第二艦隊名乗れるなっていうレベル。まぁ、数人しか改がいなかった第三艦隊と比べればましではあるが。

 しかし、前世で艦これをやっていた時では考えられないほどの体たらく。

 

 ところで、私は三か月で改になれたのに、他の人がなれないのは何故なんだろう。それこそ、一年や二年いてもおかしくないだろうに。

 妖精さんが居なければ潜水艦も見逃していた。倒すスピードも速いわけじゃない。これなら、私が一人でやった方が倒せるんじゃないだろうか。そう思ってしまうほど……あまりにも、弱い。

 

 ……失礼。すこし愚痴が出てきてしまった。

 昔から、私は人よりも多少抜きんでたところがあった。だからこそ、私は人と馴染むのが苦手だった。

 なんだか、他人がまるで自分の二分の一のスピードで進んでいるように見えてならなかったのだ。

 遅い。あまりにも遅すぎる。最初は手を抜いているのかと思ったが、違った。それが彼らなりの全力だったのだ。

 そのことに気づいてから、なるべく他人に合わせるようにした。今回だって、そうやって合わせてしまえば問題ない。合わせば、きっと……虐められることはないはずだから。

 

【だいじょうぶー?】

【無理しないでー】

 

 ありがとう。……よし、すこし落ち着いた。仲間のことを嘆いても仕方ない。私にできることをやるだけだ。それに、精神的に負けていたら、勝てる勝負も勝てない。

 

 ──この言葉という概念が消えた場所で、私は私なりに生き抜いてやる!!



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第四話 そして、一年後

 ハロー。ハロー。聞こえるかい。

 鎮守府に来て早一年が経ったよ。

 

 端的に言って、つらい。

 いやまぁ、つらい現状はブラック企業勤めの時となんら変わりはないけど、働いたら給料がもらえて、それを艦これに課金していた前世と違って、どうして深海棲艦と戦っているのかもわからず、働いても燃料と弾薬しか貰えないので、精神的疲労が半端ないよね。

 あと、ゲームじゃありえないくらい死んだ表情をしている艦娘を見るのも結構精神に来ている。もしかしたら、一番それが精神に堪えているのかも。

 

 なんやかんや、気づいたら第二艦隊の旗艦になっていた。

 いやぁ、この立場も面倒くさいったらありゃしないね。何故なら、毎度出撃が終わったらあの変態男に成果報告をしないといけないので。あまり言いたくないんだけど、こいつ艦娘を性的に見るタイプなので。私に被害はなかったけど、被害にあっただろう艦娘を見るのはとても心が痛んだ。

 

 ちなみに、未だに一度も入渠することなく、ずっと中破状態を維持していた。わりと艦娘本来の自然治癒力で、三か月程度放置すると中破から小破に戻る程度には回復するようだった。遅いと感じるかもしれないけど、そもそも艦娘の体は普通の人間よりだいぶ強固なので、スピード的には人間とそう変わらないんじゃないかな。

 

 まぁ、私の話はいいんだ。だって、装甲科の妖精さんとか、回避科の妖精さんとかがいるから、被害は割と最小限に抑えられるから。

 問題は他の艦娘だ。彼女たちは、それこそ一回の出撃で小破から中破になるような攻撃を受ける。

 入渠は多くて週一、少なくて月一程度にしか行われない。なので、大破で出撃が日常となりつつある。

 私もなるべく被害を最小限に抑えるように工夫しているが、それでもある程度の被害というのは出るもの。回避科の妖精さんのおかげでほとんど攻撃が当たっていない私と比べるのは可哀そうなのでやめてあげよう。

 

 つまり、最低限の目標というか、わりかし義務に近いくらいのところにある“艦娘を轟沈させない”を達成するのも結構難しかった。

 

 ──だから、だいぶ実行するのに時間がかかってしまった。

 

 

 

 

 

 今日まで長かった。

 そもそも、鎮守府の外がどうなっているのか、というところからわからなかったのだから。それは、委員長主導の下、出撃に参加しない待機中の妖精さんたちに頼んで情報を調べてもらっていた。

 

 結果、この世界は前世のような日本に深海棲艦と艦娘が加えられた世界であることがわかった。

 そして鎮守府というのは、深海棲艦と対抗するために存在する艦娘と、それを指揮する司令官という妖精を認知できる人間が過ごす仕事場であるとのことだった。

 

 そもそも、艦娘には大きく分けて、建造されて生まれたか、それ以外で生まれたかの二通りがある。しかし建造して生まれる、というのは語弊がある。

 どうやら建造とは、艦娘の装備しか現れないとのことで、それを付喪妖精さんが見られる、つまり艦娘適性のある人間が装備することで艦娘となることができる。

 

 ここで初めて分かったのだが、私は建造で生まれたのではなく、前世で言うドロップ艦というもののようだ。ドロップ艦というのはまだあまり解明が進んでおらず、詳細は不明。海の上にぽつんと浮かんでいたりすることが多いようだ。

 

 建造艦とドロップ艦の違いとしては、建造艦の強さは多少の個人差はあれども、装備が同じ以上わりと似かよった強さになる。

 逆にドロップ艦は、まれに変な進化を遂げることがある。例でいえば、私のように改装に本来あり得ない装備が必要だったり、口調が普通の艦娘と違ったりと、変化は様々で、それがプラスに働くことも、マイナスに働くこともあるわけだ。

 最初はどう生まれたのかわからないドロップ艦に対して差別的な意見も多かったようだが、昔あった大きな戦いでドロップ艦が大きな戦績を上げたため、現在では建造艦と同等の扱いになっているようだ。

 

 深海棲艦と艦娘の出現に伴い、新たに改正された法律では、建造艦もドロップ艦も普通の人間より多少制限があれども人権が認められており、その労働も非常時以外は常識的な範囲の労働でなければ違法となる。もし違法が発覚した場合、その労働を指示した責任者、つまり提督の地位にある者に処罰が下るとのことである。

 

「ずっと心配でした。

 私は、普通の人間が知っている常識さえも知りませんから。

 もしこの現状が海軍、及び政府において容認されているのならば、私たちの行いは国への反乱となってしまいます。

 私たちはこのまま、奇形の怪物と戦い、戦う理由すらわからず死んでいくのかと、ずっと不安でした。

 しかし、もう安心ですね。

 ──大本営の方々が対応してくださるのですから」

 

「ほんとうに……本当に、馬鹿な人間が迷惑をかけたッッ……!!

 一提督として謝罪するッ!!!」

 

 周りから『元帥、頭をお上げください』と声が聞こえるが、男性はそれを無視して私に頭を下げる。

 

 

 

 

 

 一週間前、私の鎮守府に大量の憲兵がアポも無しに突撃してきた。というのも、私と、密かに交流を深めていた明石さんの二人で協力し、鎮守府には気づかれない特殊な無線機で大本営に通信をかけたのだ。

 そして現状を伝えるとすぐさま向こうは対応してくれて、その数日後にこうやって憲兵が来た。

 すぐに提督は確保され、私たち艦娘は大本営から取り調べを受けた。その時に私が貯めていたブラック鎮守府の証拠を提出し、すぐさま提督はお縄に付くこととなった。

 

 そして現在は、ブラック鎮守府撲滅に動いていた全ての提督の大本の存在である元帥と会っていた。

 決して元帥が謝罪することではないと思うのだが、ブラック鎮守府撲滅に動いていたのもあり、謝罪されたのだと思う。

 こちらとしてはあの提督が捕まった時点で満足なのだが、そうとは行かないのが政治なのだろう。

 

 元帥はそのまま顔を上げる気配がなく、私の隣にいる明石さんがあたふたとした様子でいる。まぁ、そろそろ相手側としても充分だろうし、いいか。

 

「横須賀第十三鎮守府の艦娘代表として、その謝罪は受け取らせていただきます。

 顔をお上げください」

 

 最近判明したのだが、私の鎮守府は横須賀第十三鎮守府というらしい。

 私の言葉を聞くと元帥は顔を上げた。その目を見て少し驚く。その目には、もちろん政治的な意味合いの視線も含まれていたが、純粋な謝罪の気持ちも含まれていたからだ。

 なんだか、それが前世の自分が艦娘を見ていた視線と重なって嬉しくなる。同じものを好きな同士に出会えたような、そんな気持ち。

 

「ありがたい。

 忙しいだろう時期に呼び出してしまってすまなかったね」

 

「いえ、元帥が私たちの味方に付いてくれたことで安心した艦娘は多いと思いますから、有意義な会合となりました。

 本日はありがとうございました」

 

「ああ、また結果でも示そう」

 

 そして、多少の社交辞令を交えた後、私たちは部屋を退室した。大本営の人に案内されるまま移動して、車で一時的に移住している場所まで移動する。その社内で明石さんと話す。

 

「はぁ~! 緊張しましたぁ~!

 会話、全部任せっきりですみません……」

 

「いえ、人間も艦娘も得意不得意はありますから」

 

「……でも、なんだか懐かしいですね」

 

「懐かしい、ですか?」

 

「最初に赤城さんと会った時、他の艦娘と変わらない無表情だったから、この子も“そうなっちゃったんだ”って絶望したんですよー!

 まさか、無表情が素だとは思いませんよ」

 

 初対面の時に明石さんがした顔芸は、私が死にたいと言っていた他の艦娘と同じだったために起こった現象だったらしい。

 先程の対談ではさすがに表情を付けて喋っていたが、それ以外では無表情のまま話している。なので、明石さんは懐かしさを覚えたのかもしれない。

 これは前世からそうなのだが……もしかしたら、前世で不気味がられていたのはこれも原因のひとつなのかもしれない。

 

「……これからどうなるんですかね~」

 

「どこかの鎮守府に異動になるか、横須賀第十三鎮守府に新たに提督が着任するかのどちらかですよ」

 

「あの鎮守府にはいい思い出ないんですけど……でも、うちの鎮守府の子たちが他の鎮守府でまともに暮らしている未来も見えない……」

 

 これも最近知ったのだが、うちの鎮守府は半分近くがドロップ艦のようだ。どうやらあの変態男の近くにいた野良妖精さんにドロップ艦が出やすくなる、みたいな能力を持つ妖精さんがいたらしい。

 憲兵が噂話で話していたのを聞いただけなので本当かどうかはわからないが、実際うちの鎮守府はドロップ艦が多い。妖精さんがそういう能力を持っていてもおかしくないと思われる。

 前話したが、ドロップ艦というのは、変な進化を遂げるものがいる。それは、武器や口調、更には性格までも。

 どういう原理なのか知らないが、同じ艦娘というのは、似たような性格であることが多いらしい。艦娘になる際に船の記憶を見るからだと噂されているが、真実のほどは定かではない。

 しかし、ドロップ艦はそういうのお構いなしとでもいうように、ありたいで言えば変な奴らが多い。

 

 私の鎮守府も、常識の範疇は越えていなくてもどこかまともじゃない奴も多い。明石さんに関しては、普通に素で研究バカのイメージが強かったので私としては違和感がないのだが、他の鎮守府と比べると多少知識欲が強いらしい。

 まぁ、個性の範疇くらいの違いだろう。たぶん。

 

「その中でも、赤城さんはトップでおかしい人ですからね~」

 

「そうですか?」

 

「普通の艦娘は提督適性なんて持っていないんですよ~。

 それに、妖精さんと話せるのもごく少数なんですから」

 

 そう、なんと妖精さんと話せる提督というのは少ないらしい。大半が妖精さんを見ることがやっとで、それも薄っすらそこに何かがいる、程度にしか感じられないものも多くいるようだ。

 しかしそれも訓練次第で成長するようで、最低限提督になるには妖精さんを輪郭までちゃんと見えるようにならないといけない。

 それでも見えないものは憲兵になるか、別のものになるらしい。

 

「他言無用ですよ?」

 

「わかってますよ」

 

 私が提督適性を持っていることに気づいているのは、明石さんのみだ。あるとき妖精さんと話しているのを見られてしまい、透明人間と話せるのかと謎に研究スイッチを入れてしまったので正直に話した。

 私としては、今はまだ艦娘として生きていたいので、他言無用をお願いしている。加えて言うなら、もし今言ったら厄介払い的な感じでうちの鎮守府の提督になりそうだから、それが嫌なのもある。

 昔から人の上に立つ役職が嫌いなのだ。なぜなら、いちいち他人を気にしていないといけないから。他人に注意する時間を自分が成果を上げるための時間に使えば、その分効率よく仕事ができる。その分仕事が達成できる。

 

「赤城さんは、どんな提督に来てほしいですか?」

 

「欲を言えば……頑張る理由がないと頑張れない人に、頑張る理由を与えられるような人でしょうか」

 

「赤城さんが絶対にできない分野ですね!」

 

 うるさい。

 

 

 

 

 

 明石さんと雑談していると、気が付いたら居住地についていた。何と呼べばいいかわからないから居住地でいいだろう。

 ブラック鎮守府解放から一週間。まだみんなの目には光は戻らない。この鎮守府にはいないが、某取材ばっかりしている重巡の目を思い出す。

 いや、数か月前に別の艦隊にいたみたいな話を妖精さんから聞いたことがあるような気もするが……あんまり深く気にしないでおこう。闇深案件だ。

 

 とはいっても、時間の問題のような気がしなくもない。

 駆逐艦たちは間宮さんと鳳翔さんから貰える温かい食事と母性ある笑顔で笑顔を取り戻しつつあるし、軽巡はそれを見て駆逐艦に対してはなるべく笑顔を見せるようにしている。決してそれは本心から笑顔ではないが、自然でなくても笑顔を続ければ、それはいつか自然な笑顔となる。

 戦艦や重巡は、実際にホワイトな環境で働いていれば、おのずと笑顔を取り戻せるだろう。

 問題はどちらかというと、変態男から性的な関わりを強要されていた者たちだが……。

 

「みなさん! 大本営からの報告で、横須賀第十三鎮守府に女性提督が所属することとなりました!」

 

 ──ひとまず、第一関門は突破という感じだろうか。

 もし男性提督が所属したら、私は有無を言わずその艦娘たちの異動願いを大本営に提出していただろう。それくらい、彼女たちが負った傷は大きい。

 次の提督が不安で解体願いを提出しようとした艦娘もいた。そういう艦娘に対しては、私が一応この反乱の代表として、個人的に話して引き延ばしにしてもらった。カウンセリング感覚で最近毎日いろんなところへ通っているが、全員から女性提督ならおっけーという返事を貰っている。まぁ、それでも多少条件はあるが。

 それに、ドロップ艦と違い、建造艦はわりかし簡単に解体、つまり普通の女性に戻ることができるが、人間になったからと言って男性恐怖症が癒えるわけではない。それを伝えて何とか鎮守府に引きとどまってもらったのだ。

 どうしてそこまでするのかと聞かれれば、答えは一つ。

 ──艦娘が大好きだから! 艦娘の悲しげな表情を見たくないから!

 

 

 

 

 

 だから私は、死ぬまで艦娘を守るよ。

 

 

 

 

 

 あなたと約束したから。

 

 

 

 

 

 ──ね、雪風。



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第五話 あの子

 扉をノックする。毎度のことながら返事は帰ってこない。

 

「開けますよ」

 

 一応そう言って扉に手をかける。鍵のかかっていない扉はすんなりと開いた。

 部屋のなかを見ると、カーテンを閉めて真っ暗になった部屋に一人ぽつんとその艦娘は座っている。

 部屋の中心には、多少手をつけたまま放置された食事が残っている。顔には出さずその事実に驚く。いつもは一切手を付けずに残っているのに、今日は食べた跡がある。彼女も変わろうとしているのだろう。

 私は慣れた手つきで部屋の電気をつける。それにその艦娘は何の反応も示さない。しかし数秒後、顔を上げたかと思ったら、明るくなった部屋をまぶしそうに見ている。

 

「暗い部屋にいると目が悪くなりますから」

 

 相手を気遣っているのか、自分を気遣っているのか曖昧な発言をしてから、その艦娘の隣に座る。艦娘はどこを見ているのかわからない目で、ぼーっと虚空を見つめている。私もその視線を追い、どことも知れぬ方向を見ながら話し出す。

 

「今日は、ちょっと食べられたんですね。

 小さな一歩ですけど、大事な一歩ですよ」

 

 その艦娘は何の反応も示さないが、その定まっていなかった目線が、ゆっくりと焦点を定めていく。話を聞くモードに入ってくれたようだ。

 私はそんな彼女に対して一方的に話しかける。たまに相手の反応を確認しながら、相手のトラウマに触れないように細心の注意を払う。彼女はそれに一定以上の反応を表さない。

 

「……そういえば、うちの鎮守府の提督が決まりました」

 

 ──反応は顕著だった。

 身体を大きく震わせたかと思ったら、私の袖を掴み小刻みに震え小さく何かをつぶやいている。『いやだ』『こわい』『しにたい』『たすけて』。聞き取れるだけでこんな感じのことを言っている。

 それが落ち着くまで背中を摩る。何度も、何度も。そうすると次第に落ち着きを取り戻し始めその目から薄く涙を流す。そのため、手をゆっくりと握る。

 

「ぁ……ぅ……ぅぁぁあぁッ……!」

 

 小さく涙を流しながら、その艦娘は唸るように涙を流し始めた。私が握った方の手を力強く握りしめながら。その状態の彼女に私は何もしない。してしまえば、彼女は私に依存して思考するのを辞めてしまう。

 それは本当の意味で過去を克服できたとは言わない。だから私は何もしない。

 

「ぐすっ……ずずっ……」

 

「はい、ティッシュです」

 

「……ぁ……と……」

 

「どういたしまして」

 

 長く喋っていないのに加え、おそらくここ一週間毎日のように泣いて枯れた声帯からはちゃんとした音は出てこないが、読み取って返答する。話そうと、感謝を伝えようとしただけで大きな前進だ。

 彼女が鼻をかむために手を離したため、一度席を立ち二人分の水を用意する。鼻をかみ終わった彼女はそれを見てちょっと嫌そうな顔をしたが、その水をゆっくり、ほんとうにゆっくり飲み始める。

 彼女の口の端から零れる水を拭きながら、私は彼女に話しかける。

 

「安心してください、女性の提督ですから」

 

「……ぅん……」

 

「恐いですか?」

 

「……うん……」

 

 水を飲み終わった彼女はコップを机の上に置く。そして、小さくあくびをした。

 私は横目でベッドを見る。ベッドの横の壁には、爪で引っ掻いたような跡が多数残っている。ところどころ血が滲んだような染みもある。

 

「寝ましょうか」

 

「ぅ……ん……」

 

 彼女が私の袖を再び掴んだので、その状態のままベッドまで行く。ベッドの傍まで行くと、彼女は私の袖を掴んだままベッドに横になる。

 私が布団をかけるとその目はうとうととしてきた。疲れていたのか、少し経つとすぐに夢の世界へと旅立っていった。

 そうなると袖を掴む力も弱まったので、起こさないようにベッドから離れてカーテンを閉める。

 

「おやすみなさい」

 

 そう言い電気を切ってから部屋を出た。そのまま私は食堂へ向かう。丁度夜ご飯時だ。今日は金曜日だからカレーだ。

 

 

 

 

 

 食堂へ入ると、一週間前では考えられなかったような笑顔の艦娘たちがいる。もちろん未だに暗い雰囲気を纏った艦娘も多く居る。だが、金剛さんや暁さんが中心となって鎮守府に笑顔を取り戻そうとしているので笑顔も多い。彼女たちも深い傷を負っているというのに有難いことだ。

 見ていて何となくわかるが、暁さんは金剛さんに尊敬の念を抱いているようだ。おそらく、同じく一番艦として、まさしく艦隊の姉のようにみんなを引っ張っていく姿に憧れているのだろう。

 それなら、この二人は同じ艦隊にした方がいいかなぁ。けど、そうなると暁さんと響さんが別の艦隊になるけど、大丈夫かな? 艦隊内にもっと深く関われる人を作れるといいんだけど……。

 

 そう、言い忘れていたが、私は次の艦隊編成することになった。大本営にそれを承諾させるのは少し大変だったが、ブラック鎮守府について詳しい大本営の人が、最初の数か月は変に提督が編成した艦隊より、艦娘が考えて編成した艦隊の方がストレス的に楽だろうと許可してくれたのだ。実際同じ鎮守府にいたし、いまはカウンセリングとしてみんなとよく関わっているから、提督が作るよりは艦娘にとって精神的にストレスのない艦隊編成にできるだろう。

 その分責任重大でもあるから慎重になるのだが。

 

「鳳翔さん、中辛の空母盛り一つ」

 

「はーい!」

 

「それと鳳翔さん、居酒屋の件について話し合いたいので、また空いている時間を教えてください」

 

「わかりました!」

 

 夜ご飯時で忙しそうな鳳翔さんにそう告げ、ご飯を受け取る。

 実は、うちの鎮守府に新たに間宮さんと鳳翔さんが配属されることとなった。本来所属していた間宮さんがどこへ行ったのかはあまり聞いていていい話ではないので言わない。世の中、知らなくていいこともある。

 鎮守府での役割として、間宮さんには三食を済ませるための食堂の管理を、鳳翔さんにはお酒と娯楽がある居酒屋の管理をお願いしようと思っている。

 しかし、居酒屋というのは隠れ蓑で、実際は酒や場の雰囲気に酔った相手から心境や現状の不満などを聞き出す、つまり現在のカウンセリング業と似たようなことをしたいと考えている。

 こういうのは艦娘でない人間である提督には難しいところがあるだろうし、しかしいずれ全員の傷がある程度癒えたら、別の人に交代しようかと思っている。現状では一番私がするのが無難だろうということで私がやっているが。

 

 まぁ、未来のことは時が来たら考えればいいだろう。今はとりあえず……いた。

 私は偶然一人でいた目的の人物を見つけて呼びかける。

 

「金剛さん」

 

「oh!赤城!

 どうしたデース?」

 

 まるでブラック鎮守府にいたとは思えないほどの笑顔を見せる金剛。普通であればブラック鎮守府のことを乗り越えたのだと思いたいのだが、妖精さんたちから金剛さんはブラック鎮守府だった頃から笑顔を絶やさなかったと聞いているので安心できない。

 それはつまり、笑顔という仮面を張ることが日常的になっているということだ。こういう人が一番、一度爆発したら手が付けられなくなるためやっかいだ。

 どこに地雷があるかわからないためいつどこで爆発するかわからないが、少なくとも周りが心に傷を負っている人ばかりの現状では、その仮面は強固だからなかなか爆破しないと安心していいだろう。あくまで現状では、だが。

 

「ご飯、ご一緒しませんか?」

 

「勿論デース!」

 

 戦艦盛りのカレーの横に空母盛りのカレーを置く。前世の頃の感性だと壮観である。しかし、これを食べるのが自分だと思うとなんだか少し不思議な気分でもある。

 いただきますと言った後に、カレーを食べ始める。正直、このカレーだけで転生した価値があると思う。しかし食べるだけでは相席を頼んだ意味がないので、話しかける。

 

「金剛さん、みんなの様子はどうですか?

 何か困っている様子や悩んでいる様子などはありませんでしたか?」

 

「特に問題なしデース!

 そういえば、提督が女性に決まりましたネー?」

 

「はい。大本営と掛け合った甲斐がありました」

 

「お疲れ様デース! 全部任せっきりで申し訳ないネー」

 

「裏方作業は得意ですし、金剛さんには艦娘をまとめる役割をお願いしていますから。

 女性提督に決まったことに対して、反対意見を持っている子などはいましたか?」

 

「そうデスネー……」

 

 食事をしながら情報交換をする。こうやって、定例会議みたいな感じで金剛さんとは食事をとっている。

 

 先程仮面うんたらの話をしたが、金剛さんは基本的に私を含め艦娘や人間の前では仮面を被っている。ただ、その仮面は笑顔の仮面だ。なぜなら、金剛さんは艦娘のことを大事に思っているから。艦娘にも笑顔になる権利があると、そう訴えているのだ。

 もちろん、それは最低限の人権であり、当然のことである。しかし、あの環境で過ごしたため、疑心暗鬼になっているのが現状なのだろう。

 

 そんな金剛さんの素が唯一垣間見えるのが、艦娘について話しているときである。それも、艦娘を取り巻く環境に対しては一番重要視しているようで、素になっていることが多い。

 つまり、こうやって定例会議みたいに金剛さんと話しているのは、金剛さんに覚らせないように金剛さんのストレスチェックを行っているのだ。もちろん、定例会議も手を抜くことはないが、最悪緊急なことや大事なことだったら当事者を個別に呼び出して話せばいい。食事をしているのに加え、艦娘について話しているというのが、一番金剛さんにストレスがない状態であり警戒が弱まる状態でもある。なので、本人にはわからないようにストレスを見ている。

 

「まぁ、こんなところデスネー」

 

「わかりました。

 では、こちらから大本営に掛け合っておきます」

 

「お願いしますネー!」

 

 お皿を片付けて、金剛さんとは別れる。金剛さんも、他の子たちも特に不便をしているようではなかったので安心だ。多少普段と違う場所での生活でストレスはあるだろうが、あの鎮守府で過ごすよりはましだろう。

 

 

 

 

 

 食堂を出て、すれ違う艦娘と軽く会話したりしながら自室へ戻る。電気をつけて、床に座ると、天井からコンッと一回ノック音が聞こえる。

 

「どうぞ」

 

 私がそういうと、一瞬にして目の前に彼女は現れる。一度この方法で入室を許してからは、毎回この方法で入ってくるようになった。

 この子は部屋にこもるならぬ、天井にこもって生活しているので、正直変な虫がいたりしないのか心配なのだが、毎回彼女を見ると埃一つついていない綺麗な衣服を身にまとっている。

 

「川内さん、お茶でいいですか?」

 

「うん……ありがとう」

 

 二人分のお茶を出して、床に座る。現在うちの鎮守府には、誰とも顔を合わせたくないと思って引きこもっている艦娘が二人いる。一人は先程部屋に足を運んで寝かしつけた子。もう一人は、現在対面している川内さん。

 もともとの性格としては夜戦が大好きで、とにかく夜戦が大好きな夜戦バカである。実際、ドロップ艦としてうちの鎮守府に生まれた当初は、まんまそういう性格だったらしい。しかし、あの変態男から性的接触を強要され、今では夜という単語に対して強いトラウマを覚えてしまっている。

 そして、そういう行為で汚された自分が醜いものだと思い、艦娘と関わるのさえ恐く感じている。一応、二人以外の艦娘は、今では全員こもっていないが、最初は川内さんたちのように対面で話すことさえ拒否する艦娘が何人もいた。

 それを、一週間で二人までに減らせたのは、自分で言うのは何だが快挙だと思う。

 

 しかし、この二人に関しては、まだ私以外の者と話させるのは困難のようだ。

 とりあえず、リハビリ感覚で私とこうやって夜中に話している。たまに夜中にトラウマを思い出して泣き出すことがあるので、それをなだめる役割もあったりする。

 寝ているときもよくうなされているので、最近は一緒に寝てすこしでもうなされたら頭を撫でるようにしている。そのため、この個室で川内さんは寝ている。

 私の睡眠を心配に思われるかもしれないが、二時間程度寝れば余裕で動けるので問題ない。一時間は流石にちょっと、七十パーセントくらいの疲労しか取れないが。

 

「おやすみなさい」

 

「赤城、おやすみ」

 

 そう言って川内さんを眠りにつかせる。電気を消すのは恐いようなので、電気は付けたまま。少しの間頭を撫でていると、小さく寝息が聞こえ始めた。

 それを聞いて、私は立ち上がり、部屋に一つ備え付けられている机に向かう。そこにはパソコンがあり、電源をつけるとまた新たな仕事が増やされていることに気づく。

 

 実は、誰にも言っていないのだが、うちの鎮守府が運用を再開するために、色々と処理する必要のある書類がある。私はそれらを夜中にこうやって済ませている。

 決して、私は仕事をしたくて書類の処理をしているのではなく、別の誰かに頼んだりしたら、どこからか絶対に黒髪艦娘こと大淀さんが嗅ぎつけてくるから自分でやっているまでである。

 あの人は仕事中毒というか、仕事に依存して他のものを見ないようにしている節があった。なので、いったん仕事から遠ざけるために、こうやって私は一人夜中に書類処理をしているという訳である。

 

 といっても、鎮守府に戻ったら大淀さんに仕事を任せることになるので、それまでに仕事依存が多少でも治っていたらいいなぁくらいのものだが。

 そのために、明石さんは色々大淀さんに他に没頭できる趣味を見つけられるように誘導をお願いしている。どうやら大淀さんは建造艦のようなので、一度趣味を見つけられればわりと簡単にトラウマとかは薄れていくと思われる。まぁ、完全になくなるには時間が必要になるとは思うが。

 

「……ん?」

 

 慣れた手つきで書類を片付けていると、一枚のメールに気が付く。件名に『【機密情報あり】新たに所属する提督について』と書かれたそれを開くと、うちの鎮守府に新しく所属することになる提督について詳しい情報が載っていた。それを読んでいく。

 カーソルをスクロールしていた手は、ある文章を見たことで止まった。

 

「へぇ……」

 

 確認しましたとメールを送ってから、メールの最後の行に書かれていた指示に従いそのメールを消去する。しかし、頭からその情報が抜けることはなかった。

 

 まさか提督が……

 

 

 

 ──元艦娘だなんて。




作者から

感想、評価等、本当にありがとうございます!
投稿前は、正直誰にも見られないんじゃないかと不安で不安でしょうがなかったのですが、想像以上に多くの方に見ていただき、大変うれしく思っています。

まだ、行き当たりばったりではありますが、精進して頑張って参ります!
これからも本作をよろしくお願いします!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!


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第六話 新提督着任

 変態男が逮捕されてから三週間後。同時に、私たちが鎮守府に戻ってから一週間後。

 ついに今、新たな提督が鎮守府に着任した。

 

「ご紹介に預かりました、新任提督の東未来(あずま みらい)です。

 本日より、ここ横須賀第十三鎮守府に着任させていただくこととなりました」

 

 大和撫子のような雰囲気を醸し出すその女性。しかし、その容姿はどの艦娘とも似ても似つかない。艦娘というのは、解体されたら普通の女性の姿に戻るようだ。まぁ、ドロップ艦は定かではないが。

 特別、東提督に関して嫌悪感を示している者はいない。まぁ、提督という存在そのものに対してなら、大多数が嫌悪感を示しているので、東提督からしたら袋の鼠、蛇に睨まれた蛙、みたいな心境だとは思うが。

 私も、もし提督になって最初に所属したところが、暗い表情した艦娘ばかりだったらそんな気持ちになるかもしれない。この提督が、それを何とかしようと空回らなければいいと切に願う。

 

 そして、東提督に親愛の目線を向けている艦娘。簡単に言えば、東提督の初期艦であり秘書艦みたいな子だ。

 この世界の初期艦はゲームで決められていた五人であるルールはないようだが、東提督の初期艦は吹雪さんだ。しかも東提督の吹雪さんは改二。おう、それでいいのか。

 元艦娘であるとばれる可能性のある要素を隠さないのかと困惑したのだが、吹雪の左手についている指輪を見て納得する。まぁ、それがついていた方が、自分の好きな相手以外には性的なことを強要してこないだろうとみんな安心できるかもしれない。……まぁ、もしも同性愛者で誰でもいいタイプの変態だったらそれはそれで困るのだが、流石にそんな人物は斡旋してこないだろう。

 

 初期艦の情報は詳しく知らされていなかったのだが、これなら第一艦隊の旗艦を任せても問題なさそうだ。第一艦隊には精神的に強い部類の者とトラウマを思い出す出来事がなければ普通に動ける者を組んでおいたので、吹雪さん側としても問題ないだろう。といっても、それで問題があると言われても対応できるような強固な精神持ち主はあまりいないのだが。

 

 いまの内容は、大体大淀さんには事前に伝えておいた。着任式前に大淀さんが東提督に伝えてくれたと思うので、いまから艦隊の発表が行われる。

 

「新たな艦隊編成について発表します」

 

 大淀さんがそういうと、一気に艦娘たちの間に緊張が走ったのを感じる。

 大淀さんはそんなみんなの反応を気にした様子もなく、第一艦隊から発表を始める。

 

「第一艦隊、旗艦吹雪。

 同じく随伴、長門、陸奥、翔鶴、北上、響」

 

 長門さんと陸奥さんが多少安堵したような表情を見せる。

 居住地にいた二週間、この二人を観察したところ、二人で一緒にいる時が一番精神的にリラックスしているようだった。なので、いったんここは姉妹艦同士で同じ艦隊にすることにした。それと単純に、第一艦隊の戦艦として、鎮守府の代表的な位置になる人には長門さんが適任だと思ったのもある。

 金剛さんの役割は、代表というか、どっちかというと駆逐艦たちのお母さんてきな位置だったので、長門さんにその位置を任せることにした。陸奥さんには、それをサポートして貰いたいと思っている。言ったら変な重圧がかかると思ってそのことは言っていないが。

 

 翔鶴さん、北上さん、響さんは一人でも大丈夫だろうと判断した人たちだ。翔鶴さんと北上さんに関しては、一人の方がいいだろうというのもあるが。

 翔鶴さんは、前任提督が逮捕されてから、川内さんと同じで部屋に引きこもっていた人の一人だ。前任提督に性的なことを強要され、自分が醜いと思い部屋から出られなくなっていた。

 しかし説得を続ければ、“憧れの一航戦から言われた言葉”なのがよかったのか、部屋から出られるようになった。しかしまだ、誰かと距離を縮められるほどトラウマは消えていないようなので、これは時間の経過を待つしかないだろう。

 

 北上さんは、カウンセリングをしたときにあまり自分のことを話していなかったのだが、食堂とかで姉妹艦を避けているのを見るに、姉妹艦が轟沈するのを目の前で見たのかもしれない。

 しかし、逆に言えば姉妹艦に近づかなければ一見通常状態と変わらないので、第一艦隊に所属とした。

 

 響さんは、単純に史実で一人外国に行った経験があるおかげなのか、別れというのに耐性を持っていた。そのため、うちの鎮守府で一番傷が浅いと思われる。

 単純に艦隊の機能性の面なども考えて、響さんは第一艦隊所属となった。

 

「第二艦隊、旗艦金剛。

 随伴赤城、龍驤、川内、暁」

 

 第一艦隊は六人艦隊だったが、第二艦隊、第三艦隊、第四艦隊は人数の関係で五人艦隊となる。

 

 この艦隊が正直一番悩んだのだが、機能性の面もあり暁さんと響さんは別艦隊に入れたいとは思っていた。しかし、別れに耐性があった響さんとは違って、暁さんは他の艦娘と同じでそれなりの傷を負っていた。

 しかし、食堂での金剛さんの行動、つまり不安そうなみんなを元気づける姉のような姿を尊敬の眼差しで見ている暁さんを見て、この編成を思いついた。

 

 この艦隊のメンバーには事前に、川内が極端に周囲の人間や物事に怯えていることを伝えている。その頑丈に閉ざされた心を、暁さんには開いてもらいたいのだ。それこそ、先程言った姉がやるように、みんなを明るく元気にさせられる人になってほしい、ということだ。

 その見本として金剛さんが、その成長を阻まず見守ってくれるだろう龍驤さん。

 川内さんは私と同じ艦隊ならいいと事前に了承を得ていたので、私もこの艦隊に所属している。

 

 金剛さんと龍驤さんはたぶん大きな傷を負っているだろうに、完璧な仮面で隠しているので、具体的に何がその傷の原因なのかわかっていない。

 彼女たちが変に爆発しないように見守る意味でも、私はこの艦隊に所属している。

 

「第三艦隊、旗艦古鷹。

 随伴扶桑、山城、陽炎、不知火」

 

 この艦隊はわかりやすく、姉妹艦同士と姉妹艦同士、そしてそれを取りまとめる役目として古鷹さんがいる。

 扶桑さんと山城さんは、下手に離すと引きこもるどころの話じゃなくて二人で心中しそうな勢いなので、この二人を別の艦隊にするという考えは全くなかった。

 いや、だって、艦隊の発表前に覚悟の決まった顔してたんだよ? あれ、どんな艦隊でもいいじゃなくて、別の艦隊だったら死ぬの顔だったよ? あれは別々の艦隊とか無理じゃない???

 幸い陽炎さんと不知火さんはそこまでじゃないにしても、やはり姉妹艦がいるのに別々の艦隊だと心細いと思い同じ艦隊にした。

 機能性の面でも特に問題ないからね。

 

「第四艦隊、旗艦天龍。

 随伴木曾、島風、時雨、夕立」

 

 わかりやすい遠征艦隊である。それ以上には特にコメントはない。

 天龍も木曾も駆逐艦に好かれる性格をしているし、駆逐艦たちも二人には心を許している。天龍と駆逐艦のみでもよかったのだが、そこは念のためで同じ軽巡である木曾を所属させた。

 時雨と夕立は姉妹艦だが、島風は姉妹艦がいない。そこらへんも、天龍と木曾ならうまくやってくれることだろう! たぶん!(丸投げ)

 

 ちなみに、大淀さんや鳳翔さんは、艦隊に所属せず鎮守府で仕事をこなしてもらうこととなる。明石さんや間宮さんも同じだ。

 “あの子”に関しては、いったん艦隊に所属せず部屋で過ごすこととなった。大本営にも平和的に会話をして、そのことを許可してもらった。

 前任の不祥事を見抜けていなかった時点で、大本営に対しては楽に交渉が進めることができる。そんな話をこの前明石さんにしたら、なぜか怯えられたのだが。

 

 

 

 

 

 諸々の連絡等が終わり、着任式は終了した。やはりまだ東提督に対して警戒が解けていない人が多く、提督と積極的に関わろうという人はいなかった。

 

 私は提督が執務室に行ったのを確認してから、工廠へ向かった。そこには先程着任式にも参加していなかった明石さんが、一心不乱に何かを作っている。これはきっと、今日が着任式だったことも忘れているだろうな……。

 私はそう結論づけて、明石さんに話しかける。

 

「明石さん、着任式終わりましたよ」

 

「そうですかー、お疲れ様ですー。

 着任式が終わったんですねー。

 ……──あああぁぁああっ、忘れてたぁぁああああ!!!」

 

 何かを作っていた手を止め、頭を抱えて叫ぶ明石さん。そんな明石さんを横目で見ながら、給料で買って貯めている金平糖を棚から取り出す。すると、私の周りに妖精さんたちが集まってくる。

 

【お菓子だ!】

【甘いやつだ!】

【僕大好き!】

【私も!】

 

「提督に見つからないように隠れてくれたから、ご褒美だよ!

 一人二つね!」

 

 金平糖をお皿に出すと委員長主導の下、全体に金平糖が配られていく。その数なんと約七十人。なので、一人に二つ金平糖を配ると合計で約百四十個が一日で消費される。

 まぁ、一年近く何もご褒美が上げられなかったのもあって、その分たくさんあげているのもあるんだけど、やっぱり消費が大きい。

 

「赤城さんって、妖精さん相手だとため口ですよねー。

 私にもため口で話してくださいよ!」

 

「考えておきます」

 

「それ今回で二十三回目ですよー……」

 

 二十三回もやったのならいい加減諦めればいいのに。

 

 今日から東提督がこの鎮守府に着任する。そのため、気軽に野良妖精さんたちと会えなくなる。私が野良妖精さんを見えるとわかったら、ちょっとややこしいことになるからだ。当分は艦娘として平穏に過ごしたい私にとって、それは面倒くさい。

 そのため、出撃の時は人数を減らせば問題ないが、前みたいに四六時中一緒にいることはできなくなる。そのため、なるべく野良妖精さんたちとの接触を減らすことにしたのだ。

 出撃中、一見喋っているだけに見える野良妖精さんも、戦闘中は色々としてくれている……多分。どうやら色々とやっているようなのだが、その時野良妖精さんは付喪妖精さんに伝わるように妖精語を使って話しているらしく、私は聞き取ることができない。

 なので、おそらく色々やっているとしか言えないのだ。まぁ、サボっている子がいたら委員長に聞いて金平糖が没収となる。

 

 ちなみに、先程出撃の人数を減らすといったが、そもそもとして毎日二回出撃だったのが、出撃は週三十時間未満になるため、だいぶ関わる妖精さんが減る。

 具体的には、出撃する野良妖精さんは各科長+名前持ちの八名だ。あれから委員長以外にも特殊なスキルを持った者が現れたため、それらはわかりやすく名前を付けている。といっても、大体が役職名だが。

 そのため、いまここにいる大部分の妖精さんとは、今後しばらく会えなくなる。

 

【先生と会えないのかー……】

【それって、お休み?】

【長い休みだから、夏休みだー!】

 

「確かに、夏休みみたいだね。

 それなら、一つ宿題を出そうか」

 

【いやだー】

【ブーブー】

【最終日に片付ける!】

 

「内容は簡単。

 好きだなって思える艦娘や人間を最低一人見つけて、その人の傍で過ごしてみて。

 そこで過ごしてみてどう思ったか、夏休み明けに私に教えてね」

 

【好きな人見つけてくるのかー】

【もしかして、婚活というやつなのではー!?】

【先生からの初めての宿題だー】

 

「期限は未定!

 あっ、でも、相手に迷惑はかけたらダメだからね」

 

【はーい!】

【わかったー!】

 

「……話は終わりましたか?」

 

「はい」

 

 ずっと私の方をじっと見ていた明石さんは、話の区切りがついたのを察したのか、そう聞いてきた。そう、今日は妖精さんと話に来た……というのもないとは言えないが、もう一つ工廠でやることがあったのだ。

 というのも、この鎮守府に戻ってきて真っ先にやったあの検査で、私は引っかかったのだ。といっても、それは悪い意味ではなく、いい意味でだけど。

 

「――では改めて、赤城さんの二回目の改装を行いましょう」

 

 今回の検査で引っかかった、つまり改装する資格があると認められた者が意外にも多く、私は提督が着任する本日、改装をすることとなった。資源的には大本営からたんまり貰ってきていたので問題ない。いやぁ、責任問題って大変だよね。(暗黒微笑)

 前任提督は改装で資源が減るのが嫌だったのか、資源は足りていたようなのに改装を行っていないメンバーがいた。無印から改にするくらいなら躊躇わずやってほしいものだが、それさえもやっていなかった人もいるらしい。

 という訳で、提督が来るまでの一週間くらいで、短時間でできる無印から改にする改装を行っていた。そのため、改から改二にする私の改装は多少遅れたという訳である。

 

 前回の改装で使っていた機械よりなんだかすごそうな機械を使用し、色々とされる。前回は特殊な改装条件で時間がかかったが、今回は一般的な改から改二への改装時間と変わらないだろう。

 ──人、それをフラグという。

 

 なんだか既視感のあるどんがらがっしゃんという音が外で聞こえたかと思うと、これまた既視感のある機械と、既視感のある水が置かれる。

 ひとまず機械を明石さんが操作するのも見ていると、明石さんが大きなため息をこぼして水を渡してきたので受け取って飲み干す。意識はすぐに落ちていった。



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第七話 二回目の改装

「お父さん、お母さん。

 私は目が自由に光るようになりました」

 

「ワー、オメデトウゴザイマスー」

 

 常時死んだ目の私の横で、珍しく死んだ目をした明石さんがぱちぱちと乾いた拍手をしている。

 どうしてなのだろうか。目が覚めたら、目が自由に点滅する化け物になっていた。いや、艦娘なのだが。

 心当たりはな……いや、待て。確か前、妖精さんが、目が金色になったとか、改二の気配がするとか言っていた気がする。

 

「妖精さん、何か知っていたりする?」

 

【わかんないー】

【先生、改二戊になったんだねー】

【空母なのに、夜戦ができるよ!】

 

 なるほど。空母なのに夜戦が出来るのか。……心当たりしかないな。

 この鎮守府に来た当初、第三艦隊に所属していた時は夜戦が主であった。やっぱり、過ごしている環境が成長に大きな影響を与えるっていう事だろう。うん。私も明石さんと同じく現実逃避をさせてほしい。

 

「明石さん、私はどうやら改二戊になったようです」

 

「改二戊……?

 ちょっと聞き覚えがないですが、それで?」

 

「夜戦ができます」

 

「は……?」

 

【目がねー、ぴかーんって!】

【でもね、ずっとじゃないよ!】

【目が光っているときは改二戊で、光ってないときは改二!】

 

「改二と改二戊を自由に行き来できるようです」

 

「ぷぁー……」

 

【頑張れば改二護にもなれるよ!】

【改二甲にも!】

 

「頑張れば改二護や改二甲にもなれるようです」

 

「……ぁー」

 

【あと、改二姫にもなれるよ!】

【見た目はね、空母ヲ級!】

 

「空母ヲ級みたいなのにもなれるようです」

 

「……ぅわあぁ」

 

【ごめん、ほとんど嘘!】

【改二戊は本当!】

【夜戦ができることも本当】

 

「改二戊だということと、夜戦ができるということ以外は嘘だそうです」

 

「……ぅぅぅえええええ!?!?!?

 いまの時間は何だったんですかぁ!?」

 

「さぁ、妖精さんに聞いてください」

 

【いたずら心ー】

【妖精さんはお茶目なの!】

 

「聞こえないですよぉ!!」

 

 項垂れている明石さんを放っておいて、目を光らせる条件を調べていく。

 これか? ……なら、これ?

 

 いくつか試した後、目が光るスイッチを見つけました。当たり前ですが、目が光っても、改二戊と改二を行き来できるわけではありません。

 

「あっ、目の光制御できるようになったんですねー?」

 

「はい」

 

「ッ!?」

 

 私がそう返すと、明石さんは一瞬怯えたように驚きました。このモードに入ると、なぜか人から怯えられるようになるのですよね。ただ、“敬語になっただけ”なのですが。

 そのまま怯えられていても仕方がないので、目の光を解除する。すると、明石さんは大きく息を吐き、脱力した。

 

「びっくりしましたぁ~、今の何ですか!?

 急に殺気みたいな、でも殺意は感じられない、そんな感じの気配になりましたけど!?」

 

「望んで殺したい相手はいませんよ」

 

 現実は非情だ。だって私は、深海棲艦を殺したいと望んだわけではない。

 しかし、成長する糧になるなら誰であろうと私は情け容赦なく殺しますが。

 

 いけない。先程敬語になったせいで感情が荒ぶっている。

 ひとまず、工廠での用事は済んだから部屋に戻ろう。

 

「妖精さん、またね」

 

【ばいばーい】

【夏休み明けにね!】

【出校日は?】

【ない! 自由だー!】

 

 わらわらと工廠から飛び出していく妖精さんたちを見ていると、なんだか微笑ましい気分になる。だって、本当に夏休みが楽しみな子供みたいだったからだ。

 私がそれを眺めていると、横から一人の妖精さんが現れた。その子は名前持ちだった。

 

【先生、僕も長期休暇を頂けないでしょうか】

 

 そう私に言ってきたのは生徒会長こと会長だった。会長のスキルは火力、装甲、回避、対空、索敵、幸運の六種類だ。現在一番スキルが多い妖精さんで、六つの科をまとめてもらっていた。しかし、科長以外夏休みに入ったのでその役目は必要なくなる。

 

「いいよ、存分に遊んでおいで」

 

【ありがとうございます】

 

 会長は礼をした後、他の妖精さんたちに混ざって工廠から出ていった。

 さて、現在一人目の名前持ちが工廠から出ていったが、他の子はどうなのだろう。

 

【先生! 俺も、夏休みに旅に行ってきてもいいか?】

 

 そう言って飛び出してきたのは放送委員長。伝達SSSのスキルを持った子だ。

 好奇心が旺盛で、前から外へ旅に出てみたいと話していた。しかし、危険があるかもしれないと止めていた。

 いままではどうやら、妖精語で妖精さんたちに向けてラジオをしていたらしい。しかし正直、あまり放送委員長のことを活かしきれていないと感じていた。

 そのため、この夏休みは放送委員長も自分も変わるためのいい機会になってくれるのではないかと思う。

 

「いいけど、ちゃんと宿題はやってね?」

 

【うへぇ~】

 

 嫌そうな感情を前面に出しながら、放送委員長は工廠から出ていった。ああいう態度ではあるが、指示されたことはテキパキとやるタイプだし、ちゃんと宿題もやってきてくれるだろう。……多分。

 どうしよう、心配になってきた。

 

【あの~、みかんも夏休みがほしいな~って……】

 

「みかんはだめ。補習」

 

【はい……】

 

 みかんの名前はみかん。スキル食料SSSを持っている妖精さんだ。全くそのスキルの意味がわからず、何となくその時食べたかったみかんを名付けたはいいが(その時みかんは『非常食!?』と驚いていた)、実際どういった役割があるのかわからない。

 おそらくこのまま役割が見つからなければ非常食になるだろう。

 

【役割見つけてくるから食べないで~!!】

 

「ごめんごめん、半分は冗談。

 行ってらっしゃい」

 

【半分!? はい、行ってきますぅ~……】

 

 みかんはふらふらと工廠から出ていった。本当にあの調子で大丈夫なのだろうか。

まぁ、やればできる子だと信じて送り出すしかない。別に私としては非常食でもいいし。

 

【せんせえ、うちもお休み、貰ってもええかな】

 

「うわぁ、大事なところがいなくなっちゃった」

 

 京都弁みたいなその子は保健委員長。スキルは治療と処置。このスキルのおかげで、自然回復の速度が上がった。大分重宝していたスキルを持っている子なので、抜けると結構な痛手となる。

 

「行ってらっしゃい。

 なるべく早く帰ってきてね!」

 

【それはどうやろね】

 

 保健委員長はそう言って薄く笑うと、ぷかぷか浮かびながら工廠から出ていった。

 だいぶ、少なくなっちゃったなぁ。けど、まだ出ていく子がいる。

 

【先生、わたくし、正義探しの旅へ出かけようと思いますわ!】

 

「風紀委員長……君は、そのキャラを貫いていくんだよ」

 

【もちろんですわ!】

 

 風紀委員長。秩序というスキルを持っており、いまいち詳細がわかっていないが、とりあえず秩序とかルールとか正義とか、そんな感じのスキルらしい。新天地でそれがおもしろげふんげふん、想像もできない方向に進んでいってくれたらと思っている。

 

【それと……わたくし、いま恋人がおりますの】

 

「そっかー、恋人……恋人?」

 

【わたくしの恋人の団長ですわ】

【我は応援団長こと、団長である!】

 

 ええええええええ!?!? そこ二人、できてたの!?

 全くそんな素振りなかったのに!?

 

 ええーっと、団長は、魅力SS、幸運A、付喪Cのスキルを持った妖精さんだ。付喪のスキルのおかげなのか、とても付喪妖精さんに好かれている。現に今も、団長の隣に四人の付喪妖精さんが……そっか、お別れは野良妖精さんだけじゃなかったのか。

 

【達者でな! 先生!】

【ご自愛くださいませ】

 

「うん、団長も、風紀委員長も、付喪妖精さんも、またね」

 

 とうとう、科長以外で残った妖精さんは一人だけになった。その子は、何も言葉を発さない。

 

「これからもよろしくね。

 ――委員長」

 

【はい、先生】

 

 私を今日まで一年間、ずっと支えてくれた委員長。晴れの日も雨の日も風の日も嵐の日も、ずっと一緒にいた。ずっと一緒に、困難を乗り越えてくれた。

 振り返って、科長たちを見る。みんな、覚悟の決まった顔をしていた。

 

「みんな、夏休みのどっきり大作戦だ。

 滅茶苦茶強くなって、みんなを驚かせよう!」

 

おー!!

 

赤城改二戊(提督・艦娘) レベル99 妖精さん85名

 艦載16名 烈風改二戊型(一航戦/熟練)

 艦載16名 流星改(一航戦/熟練)

 艦載20名 九七式艦攻改(熟練)試製三号戊型(空六号電探改装備機)

 艦載14名 彩雲

 艦載12名 昭和12年海軍式軍刀(熟練)

 野良妖精さん7名 特殊1火力1装甲1回避1対空1索敵1幸運1

 付喪妖精さん78名 F10・E31・D22・C15≫

≪委員長(野良妖精さん) レベル5 統率SSS・指揮SS・知能C≫

≪火力科長(野良妖精さん) レベル5 火力SSS・統率B・告知C≫

≪装甲科長(野良妖精さん) レベル5 装甲SSS・統率B・認知C≫

≪回避科長(野良妖精さん) レベル5 回避SSS・統率B・感知C≫

≪対空科長(野良妖精さん) レベル5 対空SSS・統率B・探知C≫

≪索敵科長(野良妖精さん) レベル5 索敵SSS・統率B・明知C≫

≪幸運科長(野良妖精さん) レベル5 幸運SSS・統率B・予知C≫

 

 

 

 

 

「装備作成頑張りました」

「お疲れさまです、明石さん」




作者から

「なんか知らない妖精さんが登場したと思ったら居なくなった」と思ったみなさん、私もです。
小説 プロット 大事 検索

いずれ登場すると思うので許してください何でもしますから!


ところで、特殊タグを使ってみたのですが、ちゃんと機能しているでしょうか?
見づらい等あれば、感想などで教えていただけるとありがたいです。


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第八話 対峙

 大海原を進む五つの影。説明をする必要もなく、私たち第二艦隊の艦娘である。

 第二艦隊にいる艦娘を改めて紹介すると、旗艦の戦艦金剛さん。軽空母の龍驤さん。軽巡の川内さん。駆逐の暁さん。そして私、空母の赤城。

 東提督が着任してから一週間。そして、前任提督が逮捕されてから一か月。

 ついに、この五人の初出撃である。

 

 しばらくの間この鎮守府が軽く放置されていたのもあり、敵がわんさかと現れる。金剛さん、および東提督の指示のもと海域を制覇していく。

 流石に鎮守府近海にはそれほど強い敵もおらず、順調に進んでいく。一回目の出撃というのもあり、リハビリてきな意味合いもあるだろうからそれでいいのだろう。多少懸念していた川内さんも問題なく戦闘できている。

 戦闘の合間には艦娘同士で会話したりして、前までは考えられない光景が広がっている。今はここ一か月で食べたなかで、一番美味しかった料理について話している。

 艦娘は最悪、食事をしなくても生きていけるというのはここ一年間で身をもって体験した訳だが、元人間である建造艦にとって食事は、ストレスを和らげるのに効果的な行為だ。

ドロップ艦も食事については気に入っているようで、現在横須賀第十三鎮守府の艦娘は、研究バカで睡眠や食事をよく忘れている明石さん以外は、毎日三回食事をとっている。

 

『やっぱり私はオムライスが一番だと思うわ!

 卵がふわふわで、おかわりしちゃったもの!』

 

『オムライスも美味しかったけど一番はハンバーグデース!

 肉汁があふれ出して、熱々でとっても美味しかったネー!』

 

『ちっちっちっ……わかってへんなぁ!

 一番は毎週金曜日のカレーやろ! 当たり前だと思ってることにこそ価値があるんや!』

 

『『『川内はどう思う(デース)(んや)!?!?』』』

 

『ふぇっ!?』

 

 まさか振られると思っていなかったのか、そんな声を上げ驚く川内さん。そして何度か私の方向を見た後、小さく呟くような声で答える。

 

『……肉じゃが』

 

 これはまた、美味しかったもので上げるには珍しいものを。別に川内は和食が特別好き、というわけではなかったと思うのだが……ああいや、確かそうだった。

 

『そういえば一緒に食べましたね、肉じゃが』

 

『うん……!』

 

 川内さんと一緒に食べた最初の料理が肉じゃがだった。そのため、川内さんにとっては想い出の料理になっているのかもしれない。

 

『なんや、惚気かい!』

 

『川内は赤城のことが好きデスネー』

 

『うん!』

 

 『うん!』じゃないんだけど。この子、私のこと好きすぎじゃない?

 カウンセラーっていうのは、こんなにも好かれるものなのかな? 初めてなのでわからないんだけど。

 

 ここまで好意を向けられるのは初めてなので、嬉しさより戸惑いの方が大きい。いったい私のどこにそんなに好きになる要素があったのか。

 

【先生は優しいよ!】

【金平糖たくさんくれたし!】

 

 ありがとう、火力科長。対空科長は……まぁ、そういう子だ。

 しかし本当に、私はいい人たちに囲まれているなぁ……。

 

【11、4500~】

 

『十一時の方向、四千五百メートル先敵艦隊発見!』

 

 一瞬で全員の気が引き締まる。和気藹々とした中でも忘れてはいけないのが、ここが戦場だということ。

 四千五百メートル先と言われると遠いように感じるかもしれないが、海上の艦娘にしてみれば五分で行ける程度の距離。相手もこちらに向かってきていたら、更に接敵は早くなる。

 だいたい大人の目線の高さだと、遮蔽物がない場合四キロ先を見渡せる。私たちもそれぐらいの身長だから、だいたい見渡せるのは四千メートル先。

 しかし私の場合、空中を浮遊できる索敵科の妖精さんに索敵をしてもらっているため、それよりちょっと長い距離を見ることができる。

 

 危険な海域の場合はちゃんと偵察機を使って周囲の安全を確かめるが、まだそこまで深いところまでは行っていないため、燃料の関係もあり彩雲は使用していない。

 

 そして、約四分後、敵と接敵した。

 重巡を主力とした部隊だが、金剛さんの火力ですぐに吹っ飛んでいく。もう全部金剛さん一人でいいんじゃないかな。そう思うほど、金剛さんはばったばったと深海棲艦をなぎ倒していき、数分も経たずに深海棲艦は全員海に沈んでいった。

 流石、改二丙は違うな。

 

【先生も改二戊ですよ】

 

 おっと、これはうっかり。

 

【絶対わざとだ……!】

 

 さて、どうだろうね。

 

 妖精さんとそんな漫才みたいな会話を繰り広げていると、無線で東提督が帰還を告げた。

 初出撃は損傷なしで終了した。

 

 

 

 

 

 鎮守府へ帰り、第二艦隊のみんなで昼食を取った後、私はここしばらく来ていなかった空母第十三修練室に来ていた。二、三か月前から明石の工廠に入り浸っていることが多く、あまり来ていなかったのだ。

 あの後聞いた話だと、やはり真面目に修練室で訓練をしていたものはいなかったらしい。しかし、修練室から出て提督に鉢合わせる可能性を考えて、修練室からは出られなかったようだ。

 

 提督が鎮守府に来るまでの一週間に鎮守府の大掃除があって、ここも誰かに掃除された。私は掃除の指示や問題解決に動いていたのであまり掃除に関われなかったが、この修練室も見たことがないくらい綺麗になっている。前までは埃が被っていても気にせず訓練という名の遊びをしていたのだが。

 前までは架空の剣を使って仮想敵と戦っていた。妖精さんたちとふざけた名前を考えたり、必殺技の練習をしたり、思い出の深い場所でもある。

 

 ──ゆっくりと、私は目を閉じた。

 

 

 

 

 

 私はずっと、同じ仮想敵と戦っている。しかし、一度も勝てたことがなければ、負けたこともない。

 彼女は、茶色がかった長髪を揺らし、感情を覗かせない茶色の目でこちらを見ている。その服は、とても近距離戦闘には向かなそうな弓道着で、その手には両手で握る必要のあるほど長く重い剣を持ち、彼女と私の正面に構えている。その剣は、とても見覚えがあるものだった。何故なら、一年間その武器と戦ってきて、一年間その武器を使ってきたからだ。

 

 私は自身の左腰を見た。そこには、一本の軍刀があるだけであった。音を立てないように慎重に軍刀を取り出す。そして私は、その軍刀を横に構えた。

 

「──」

 

 彼女は、私の軍刀を殺すように縦に剣を振るう。ギリギリと嫌な音を立て私の軍刀が軋む。その時、彼女は初めて笑った。自身の勝利を確信したのだ。そして、そのまま力を込め──

 

「慢心はいけませんよ」

 

 ――たところで、私は刀身を下げ攻撃を受け流す。体重を前身にかけていた彼女は体勢を崩し、重力に従って前のめりに倒れていく。一瞬のはずのそれがとても長い時間に思えた。

 そして、驚いた表情の彼女へ、私は刀を振り下ろし──

 

 

 

 

 

 ──ゆっくりと、私は目を開けた。

 

 最初に見えたのは自分の腕だった。両方の手が視界の正面の中心に集まり、軍刀の持ち手部分を握っている。初めて握ったはずなのに、それは妙に手になじむ。流石明石さんの作った軍刀である。

 

 次に見えたのは振り下ろさんとしている自身の軍刀、その刃であった。その白い刀身は、上を向いたまま止まっている。少しでも力を入れれば、一瞬でその刀は真下を向くだろう。

 

 最後に見えたのは私の正面で腰を抜かしている女性であった。手を後ろにつき、もし私が振り下ろすのを止めていなかったら、その体は真二つに裂けていただろう。

 

 私は彼女から距離を取るように数歩下がり、ゆっくりと刀を鞘に仕舞った。

 その途中で瞬きをするように一瞬目を閉じたが、そこに一年の間戦ってきた彼女の姿はなく、ただ暗黒が広がるだけであった。

 

 刀身を仕舞い終わり、改めてその女性の姿を認識する。

 白い帽子を被り、白い服を着た女性など、この鎮守府には一人しかいなかった。

 

「……東提督、修練室は艦娘が訓練に使用しているため危険ですので、最低限ノックをするようにしてください」

 

「うん……身を持って体感したよ……これからは気を付けます……」

 

 座っている東提督に手を差し出すと、彼女は感謝を言ってからそれを握り立ち上がった。しかし、軍刀が振り下ろされそうになる恐怖体験で腰を抜かしたのか、あまり力が入っていない。

 仕方がないので椅子を用意すると、東提督は二度目の感謝を口にしながら座った。よっぽど立っているのが負担だったのだろう。

 

「なにからなにまでごめんなさい……」

 

「いえ、気になさらないでください」

 

 心底申し訳なさそうな顔でそういう東提督。こちらとしても、いくら集中していたとは言え、入室してきた東提督の足音に気づかなかったので多少申し訳ない気持ちになる。

 危うく、それで人を一人殺めかけたわけだし。

 

 それを伝えると、東提督は勝手に入室したこちらが一方的に悪いと言い張り、あわや謝罪合戦になりそうになった時にノックも無しに修練室の扉が大きく開いた。

 そこから怒気迫る勢いで東提督の秘書艦である吹雪さんが初めて見る一匹の妖精さんと一緒に入ってくる。その勢いに何も言えずにいると、吹雪さんはすばやく私と東提督の間に立つ。

 おっと、これはもしや、警戒されている……?

 そんな疑問の答えは、睨みつけるような視線を私に向けている吹雪さんを見て、聞くまでもなく一瞬でわかった。

 

「提督から離れろ……ッ!!」

 

 そう言って吹雪さんは、両手で構えた刀の白い部分をこちらに向ける。もしかして、いま艦娘の中では刀ブームでも到来しているのだろうか。

 ひとまず吹雪さんの指示通り、提督から離れるように後退する。そんな私の様子を見てやっと我に返ったのか、東提督が声を上げる。

 

「吹雪、待って! 違うの!」

 

「何が違うんですか!? また、殺されそうになって……!」

 

 『また』? どういうことだ? すでに東提督に対して、殺そうとしたものがいたということか?

 しっかりと全員と女性提督でいいか確認を取った上で着任をさせたのに、なぜだ?

 艦娘たちの間で、ひとまず一か月は様子を見ようと結論を付けたはずなのに。

 

 いや、付けたからこそ。簡単に約束を違える者を見過ごすほど、私の洞察力は低くない。それほどいい加減に艦娘を見てはいない。

 ならば、約束を違えるほど、約束があっても殺意を止められなかったほど、酷いことをされた可能性がある。情報が来ていないのは、約束を破ってしまった罪悪感や、単純に会えなかった可能性もあるし、いまはいいだろう。問題は、なぜその子が東提督を殺そうとしたのか。是非ともじっくりと……お聞きしたいところだ。

 

「だから私はブラック鎮守府なんて危険だって言ったんです!

 提督だってわかれば、平然と人を──」

 

「──吹雪、落ち着きなさい」

 

「ッ……!」

 

 東提督の冷たい声が響いた。多少暴走気味だった吹雪さんも、その声を聞いて黙る。

 その間、私は吹雪さんの言った『提督だってわかれば、平然と人を』の部分について考えていた。

 この鎮守府の艦娘のなかには、男性提督ならまだしも、提督だからという理由だけで女性提督を殺そうとする者はいないはずだ。というか、居たら女性提督を所属させたりせず、代理提督として艦娘を提督にするくらいできた。

 それをしなかったのは、艦娘たちに提督という存在に慣れて欲しかったからだ。

 そのため、今の発言はこの鎮守府に関係がない発言で、過去にブラック鎮守府に所属しようとして殺されかけた経験があるのかもしれない。

 ならば、先程の“また”発言もそのときの経験から出た言葉なのか……?

 

 ──いや、違う。その発言に関しては、この鎮守府で起こったことで間違いない。考察の材料はちゃんと揃っている。

 私が誤って東提督を斬りそうになった後、すぐさま吹雪さんは東提督のもとに駆け付けてきた。吹雪さんの傍に一人の野良妖精さんがいたのを見るに、東提督の身になにかあったら野良妖精さんが吹雪さんの付喪妖精さんに伝えて、そこから吹雪さんに伝わるという伝達手段があるのだろう。それに関しては、元ブラック鎮守府に身を置くことになった以上、元からそういう風に備えていた可能性は高い。

 問題は、東提督の元に駆け付ける速さがあまりにも早かったこと。この鎮守府は、空母第十三修練室があるくらい、多くの部屋がある。付喪妖精さんは話すことができないから、野良妖精さんから道を聞いて、それを吹雪さんに指差しなどで教えていたのだろう。だから、相当な時間がかかることになる。

 特に修練室などは鎮守府の端っ子にあるので、執務室や食堂から来るとなると相当時間がかかる。そもそも、東提督に軍刀を振り下ろしそうになってから吹雪さんが来るまで、おそらく一分も経っていない。海上では爆速の私たちでも、陸上じゃ普通の女性、特に駆逐艦なんて女子中学生ぐらいの速さになるだろう。東提督の場所を探りながらで一分以内となると、元から東提督からある程度の距離以内の場所にいた可能性が高い。

 元ブラック鎮守府は、提督という存在に対して敵意を向けている者が多い。しかし、もう東提督がこの鎮守府に所属してから一週間も経っているのだ。ならば、多少警戒を解いてもいい所を、吹雪さんは東提督の近くにいた。

 

 考察の材料はまだある。

 吹雪さんが修練室に入った時、腰を抜かした東提督はどうしていたか。そう、椅子に座っていた。

 いくら妖精さんから東提督に危機が迫っていると聞いたからとは言え、その東提督が椅子に座っていたら、東提督の対面にいた私を提督から遠ざけはすれども、あそこまで敵意を向けることはないのではないだろうか。

 東提督に刀を振り下ろそうとしていた瞬間ならまだしも。東提督が後ろに手をつき床で腰を抜かしていたならまだしも。椅子に座っていた東提督と、刀を鞘に仕舞っていた私を見て、少しでも動いたら殺すとばかりの殺意を向けてきた。

 

 その発言のすぐ後にあった『また』発言。それは、吹雪さん自身が“ここの鎮守府の艦娘”に警戒していると証明したようなものだろう。

 

「吹雪。だから、赤城さんは悪くないの」

 

「……提督がそういうならば、信じましょう。

 赤城さん。早とちりをしてしまい、すみませんでした」

 

「いえ、“そのことに関しては”気にしていませんよ。

 誰だって勘違いをすることはありますから。

 だから私も、もし東提督のことを勘違いしているのなら、申し訳ないと思います」

 

「……赤城さん?」

 

 ――ええ、本当に。これが何かの勘違いなら、申し訳ないと思います。

 だから是非とも、本当のことをお聞かせ願いたいものです。

 

「先程、本来ならあり得ない単語が聞こえました。

 『また、殺されそうになって』」

 

「「!!」」

 

「思わず耳を疑いました。

 ですので、誤解のないように、真実をお話ししていただけますか?」

 

 私が多少の威圧感を込めてそういうと、二人の顔が固まりました。東提督は先程の恐怖体験を思い出して多少青ざめていますが、その腰に力を入れて立ち上がります。真面目な話だと受け取られたようです。

 そして東提督は、斬られることも覚悟のうちといった表情で言いました。

 

「──申し訳ないけど、それはできない……!」

 

 私は東提督に対して睨みを利かせました。横にいる吹雪さんは腰に手を当て、いつでも刀を抜けるようにしています。怯えた様子の東提督は、それでも屈さず話を続けます。

 

「私がとある艦娘に銃口を向けられたことは真実だ。

 私の発言で誤解を生んでしまい起こった事件だ。

 ──しかし詳細は、その艦娘のためを思い、話すことはできない……ッ!」

 

 東提督は、足を震えさせながらそう言い放ちました。そう、“敬語を使っている”私に向かって。初めてかもしれません。この状態の私に屈さなかった人物は。

 東提督の言葉は、私が考察した以上の情報はありませんでした。その考察が真だと丸を付けられただけです。

 ──しかし、もし私が東提督の立場だったら、同じようなことをしていただろう。

 

「「ッ……!」」

 

 目が金色から茶色に戻った私を見て、二人は小さく驚く。その身に降りかかっていた威圧感も消えていることだろう。

 東提督は下半身から力が抜けたように、椅子へ腰を下ろす。吹雪さんも、腰に当てていた手を離し、東提督のことを心配そうに見ている。

 

 私はそんな二人から視線を外し、先程から開け放たれた修練室の入り口に立っている彼女を見た。

 

「──大淀さん、教えていただけますか?」

 

「……はい」

 

 彼女は多少申し訳なさそうな表情を瞳に映し、頷いた。おそらく、ここまで大淀さんの表情を読み取れるのは、私と明石さんくらいのものじゃないだろうか。

東提督と吹雪さんは、大淀さんを見て驚いている。東提督は立ち上がろうとしたが、腰に力が入らなかったようでそれは失敗に終わっていた。

 

 先程私は言った。考察の材料は揃っていると。

 そもそも、提督が来てまだ一週間。私がそうだったように、着任式以外で東提督と関わった艦娘は多くないだろう。それなのに、提督の発言を誤解して殺傷事件になるほど、その艦娘と話したとなると、それは一人に絞られる。

 事務処理艦として、艦隊に所属せず鎮守府に常駐し、基本的に執務室で提督の傍で執務をこなしている艦娘。それが彼女、大淀さんである。

 

 彼女は前任時代も、同じように執務室で事務処理をしていた。前任に成果報告をするときに毎回見ていたので、前任時代一番“解体”や“轟沈”という言葉を聞いたのが彼女だろう。

 そのため、本人は隠しているようだが、案の定というかその二つの単語を聞くとトラウマが想起される。

 前任時代は言っちゃ悪いが結構な頻度で聞いただろうその言葉。きっと前任時代は心に傷を負っても、表面上に出ることがなかったそれは、一か月間それとは無縁の生活をしたことで、提督を殺したくなるほど感情が荒ぶる爆弾になっていたのだろう。

 事前に大淀さん本人にもその傾向があるから気を付けてと伝えてはいたが、不意打ちだったのか、もしくは直前で嫌な記憶を思い出す出来事があったのかで、それが爆発したのだろう。

 

「大淀、無理に言わなくてもいいんだよ……!」

 

 東提督から見たら、私は大淀さんに言うことを強要しているように見えるのだろう。焦ったように、東提督は大淀さんにそう伝える。

 というより、東提督は私に怯えているのではないだろうか。先程軍刀で斬りそうになった事件や、目が光った時の明石さんによれば殺気にも感じるほどの威圧感、そして普通の赤城とは違い常時無表情。ブラック鎮守府を告発したということも、胡散臭さや未知への恐怖に拍車をかけているのかもしれない。

 東提督が大淀さんのことを心配そうな目で見ているので、その疑惑を晴らすために私は大淀さんへ話しかけた。

 

「大淀さん、言うのが(はばか)られるようでしたら、無理にお聞きすることはしませんよ」

 

「いえ、すぐにお伝えしようとは思っていたのですが、あいにく時間が合わず……!

 本来ならすぐに伝えるべきだったのですが、連絡が遅くなりました。申し訳ありません」

 

「久しぶりの書類整理だったでしょうし、仕方がありませんよ。

 気にしていないので顔を上げてください」

 

 お辞儀をしてまで謝罪する大淀さん。そこまでされるほどのことではないので、顔をあげさせる。

 東提督と吹雪さんは、そんな私たちの会話を唖然とした表情で見ている。別に私は艦娘に嫌なことを強要させたりはしない。そんなの、前任がやっていたことと同じだ。

 

 顔を上げた大淀さんは、笑顔を作り提督へ話しかける。少し前までは明石さんの前でしか見せなかったその笑顔を提督に向けていることに、私は驚いた。

 そういえば、先程東提督は大淀さんのことを呼び捨てで呼んでいた。大淀さんはそれほど許すほど、東提督に対して心を許しているのだろう。

 

「大淀、どういうこと……?」

 

「まず初めに、提督の誤解を解かせていただきますね。

 赤城さん、構いませんか?」

 

 大淀さんの問いに私は頷く。それは、艦娘たちの間で約束された提督に対する対応に関することだろう。

 

 私たち艦娘は、東提督が着任する前に三つの取り決めをした。もちろん、全員が納得できる内容で、もし破ってしまっても決して咎めないという緩いルールだ。

 

 一つ目。一か月間、提督への物理的攻撃や武力を使用した脅迫の禁止。

 

 二つ目。提督から嫌なことをされそうになった場合は、一人で戦わず、近くにいる戦艦や空母の元へ避難すること。

 

 三つ目。提督関係のトラブルが起こった場合、空母赤城へ速やかに伝達すること。

 

 ここ一週間は私も大淀さんも忙しくしていたし、連絡が遅くなっても仕方ない。三つ目の内容はあくまで伝達なので、別の艦娘に伝えてそれを私に伝える方法でも構わなかったのだが、まだ提督が着任して一週間ということで、変にみんなを怯えさせないためにもその方法を取らなかったのだろう。

 しかし、大淀さんのことだから、トラブルから三日以内には伝えるだろうから、本当に最近起こったことなのだろう。それを咎めることはない。元から咎めないことを前提で作ったルールだ。

 

 大淀さんがそのルールを東提督と吹雪さんに説明し終わったのを見て、私は話す。

 

「大淀さんが、我々艦娘が取り決めたルールを簡単に破るとは思っていません。

 何か、理由があるのでしょう?」

 

「……はい」

 

 そうして大淀さんは、昨日起きたという東提督との出来事を語ってくれた。




作者から

評価やお気に入りなど、沢山の方に反応していただけて、とても嬉しいです!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!
本当にありがとうございます!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!

追記
え!?!?!?評価に色がついている!?!?!?!??
本当にありがとうございます!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!


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第九話 大淀の気持ち ☆

──大淀side──

 

 東提督が来てから本日で六日目。明日から、艦隊の出撃など、鎮守府運営が再開される。

 ここ六日間は、新たに提督が所属したことで増えた書類の整理や、ここ一か月で変わった外部の鎮守府の情報などを確認する作業で忙しかった。

 しかし、正直なところ、思っていたより数倍は簡単だった。というのも、なぜか大部分の書類が既に片付いていたり、本来着任してから決めるはずの東提督と私の処理する書類が決まっていたりして、スムーズに書類整理を済ますことができたからだ。

 最初は東提督が何かしたのだろうかと思ったのだが、どうやらそうではないらしい。大本営と定期的に連絡を取っていたら、書類整理を匿名の艦娘がやっていてくれたということがわかった。

 その瞬間、私はその艦娘が赤城さんであると悟った。

 

 

 

 

 

 約一か月前。ここ、横須賀第十三鎮守府で前任の提督だった男が逮捕された。

 私は過去に一度だけ、前任から性的に襲われたことがある。もちろん心は拒否していたが、“工廠に設置された爆弾の起爆スイッチ”などを見せられれば、断るという選択肢はなくなった。

 行為が終わった後、前任はたった一言だけ言った。

 

「お前の顔、好みじゃねーんだよなぁ」

 

 その台詞に、いろいろと言いたいことはあった。それならどうして襲ったのかとか、どうしてそれを今言うのかとか。

 

 ただ、はっきりしているのは――私はその日から一切笑わなくなった。

 そして、ただただ言われた仕事をこなすだけになった。

 

 そんな私が次に笑ったのは、ほんの些細なことだった。

 

 前任が捕まり、一時的に住んでいた場所で、明石の受け狙いでも何でもない言葉で、私は小さく笑みを零した。

 その瞬間、目から涙が溢れてきて、止まらなくなった。

 

 その時気づいた。──私は、こんな日常が欲しかったのだと。

 

 

 

 

 

 そして今、私は気づいた。──それが、赤城さんにより(もたら)された幸せだったのだと。

 

 思えば、怪しい点は多くあった。

 

 艦隊の事務処理を担当する艦として、真っ先に思い付くのは、事務処理をするために全鎮守府に配属されている大淀だろう。

 しかし、提督が逮捕されてから三週間、私は一切書類に触れることはなかった。本来なら、鎮守府が一か月の運営停止で、たくさんの書類を書く必要があるのに。

 大本営の人に聞いても書類がどうなのかは説明してもらえず、私は一切仕事をしないまま、鎮守府に戻るまでの三週間を過ごしていた。

 

 私はてっきり大本営の人がそこら辺のことを処理してくれていたのだと思っていたが、それは違った。なぜなら、鎮守府に所属している者が処理をしないといけない書類もすべて処理されていたからだ。

 つまり書類は、この鎮守府に所属する艦娘がやってくれたことになる。

 

 他にも、赤城さんは大本営の人とよく話していたり、明石も私に書類の話を一切振らなかったり、今思えば怪しい点はあったのだ。

 きっと、明石は赤城さんから書類の話をしないように言われていたのだろう。赤城さんは、私が仕事をして何も考えないようにしていたことに、そう多く話したわけでもないのに気づいていたのだ。

 

 私の心の中で、赤城さんに対する尊敬の念があがっていくのを感じた。

 

 ──その時、きっと私の気は緩んでいたのだろう。

 

「そうですね、近いうちに……」

 

 執務室から聞こえた提督の言葉に対して、ただ殺意だけで行動してしまったのだから。

 

「──解体しようと思います」

 

 艤装を展開し、思いっきり扉を開く。そして、電話を持っている提督へ向けて照準を合わせる。

 しかし、砲撃をする前に、わずかに残っていた理性がこう言った。

 

 ──私が人を殺したら、明石が悲しむだろう。

 

 そのわずかな思考が攻撃の遅延を呼び、気づいたら私は提督に腕を掴まれ、それを背中に回された状態で壁に押さえつけられていた。そういえば、提督は艦娘と接するうえで護身術を習うらしいということを、前任提督が優男の皮を被っていた時に言っていたのを思い出した。

 その刹那、執務室の扉が開き誰かが入ってくる音が聞こえた。その人物は声を荒げて提督のことを呼んだ。その声の正体は、提督とともに新しく鎮守府に着任した吹雪さんであった。

 提督は吹雪さんに対して一言大丈夫だと言うと、私に話しかけてきた。

 

「大淀さん、いったん落ち着いて話を聞いてほしい」

 

「落ち着けって……! 今の台詞、どういうことですかッ!?」

 

 落ち着けと言われても落ち着くことはできなかった。こいつも前任と同じなのだという絶望が思考を埋め尽くす。

 やっとこの鎮守府は救われるって。やっと前任提督から解放されるって。やっと。……やっと、普通の日常が送れると思ったのに。

 私たち艦娘には、普通に生きることさえ許されないの……?

 

「──大淀、話を聞きなさい」

 

「ッ……!」

 

 提督の冷たい声が聞こえた。まるで全てのことに対して排他的で無関心のような錯覚を覚えるほど、氷のように冷たい声だった。

 ほんの一瞬、立つことすら忘れそうになるほど、その声に引き付けられていた。その声に口を挟めなくなるほど、私はその声に、その短い文章で支配された。

 

「まず初めに謝らせてください。

 艦娘が在中するこの場所で、解体という誤解を与えてしまう発言をしました。

 ごめんなさい」

 

「ぇ……誤解……?」

 

「はい。

 解体というのは、潜水艦寮の解体工事の話です」

 

「……ぁ……」

 

 前任時代、潜水艦は一番酷使されていた艦種だ。そのため、潜水艦寮の壁には「しにたい」や「ああああああ」などの落書きがたくさんされていた。他の寮でもそういうことはあったのだが、それは多少の工事で直せる程度のものだった。しかし潜水艦寮はその数が多く、直すより立て直す方が早いと提督と一緒に結論付けていたのだ。

 

 私はすぐに早とちりしてしまったことに気づき、早とちりで“提督”を殺そうとしてしまったことに気が付いた。

 

 私が艤装を解除すると、“提督”は手を離した。私は“提督”に向き直った。なんだか、“提督”の顔がよく見えないが、口が動いたのだけはわかった。

 

『おい。こういう時、どうすればいいかわかるよなぁ?』

 

「ッ!! 大変、申し訳ございませんでした!!

 艦娘の分際で、提督に危害を加えそうになったこと、謝罪します!!」

 

 私は地面に頭を付け、そういった。そう、土下座である。“提督”はこれをすると自分が上にいるという征服欲が満たされるのか、気分を良くして罰を軽くしてくれることがある。

 だから、どうか、腹いせで艦娘のことを解体したり、性奴隷のように扱ったりするのはやめてください。……お願いします。

 

「大淀……」『それで許されると思ってんの? あー、イライラしてきた』

 

「私の失敗です……どんな罰を下さっても構いません……。

 だから、お願いします……他の子は攻撃しないでください……お願いしますッ……!」

 

 私はひたすら土下座をする。これが何回目の土下座だったか。もう数えきれないほどしてしまった。

 私がその状態で“提督”の言葉を待っていると、肩に手が置かれる感触がして、思わず顔を上げる。そこには、“提督”が立っており、目の前で見る“提督”の顔を、今度ははっきりと見ることができた。

 

「──私は艦娘を傷付けることは絶対にしない!

 嫌なことを強要なんかしない!」

 

 その言葉は、私が“提督”から望んでいた答えだ。

 ずっと望んで、ずっとずっと希望を捨てられなくて、最後の最後までもらえなかった言葉。

 

 でも、そんな言葉──

 

「ッいまさら、信じられるわけないじゃないですか!!!

 いったい何度、期待に裏切られればいいんですか!?

 いったい何度、仲間を失えばいいんですか!?

 何度ッ……──あと何回、日常を奪われなきゃいけないんですかっ……?」

 

 “提督”は、私の目を見て答えた。

 

「──0だよ!

 絶対に艦娘を裏切らない!

 絶対に艦娘を解体したり、轟沈させたりしない!

 絶対に──みんなを“艦娘として”輝かせる!!」

 

“艦娘として”……輝かせる……?

 

「……し……じ、て……──信じても、いいんですか……?

 ……望んでも、いいんですか?

 ──希望を抱いてもいいんですか……?」

 

 私のその問いに、提督は大きくうなずいて答えた。

 

「──当たり前だよ!」

 

 その時私はやっと、“提督”の呪縛から解放されたのを感じた。

 私は土下座を止め、立ち上がる。そして提督にお辞儀をした。

 

「これからも、よろしくお願いします、提督!」

 

「よろしくね、大淀」

 

 この提督なら、この鎮守府のみんなを救ってくれるかもしれない。私はそんな期待を抱いたのだった。

 

 

 

 そして、もしかしたら。

 

『       き“  か  あ

     を  え  せ ん せ 

  ! て け  す た      』

 

 赤城さんのことを、助けられるかもしれない。

 

 

 

「あっ、大淀とか、馴れ馴れしくてごめんね!」

 

「構いません、提督」

 

 

 

 けど、先に片付けないといけない問題がたくさんだなぁ。

 

 

 

 ──私は、今朝机の上に置かれていた“解体願い”の紙を見ながら、そう思った。




作者から

感想にて「本作の小説が『人類が衰退しました』の妖精さんっぽいね」との指摘を受けましたので、ここで本作の妖精さんの設定を軽く説明したいと思います。

野良妖精さん
・提督適性のある者のみが見える妖精さん
・空を飛べるが、物理干渉ができない
・人と会話ができる
・特殊なスキルを持っている

付喪妖精さん
・艦娘適性のある者のみが見える妖精さん
・空を飛べないが、物理干渉ができる
・人と会話ができない(妖精さん同士だと会話できる)
・艦娘の艤装の操作などをしてくれる

妖精さんの詳しい説明は、以降出てこないと思ったので、ここで書かせていただきました。
感想ありがとうございました!!!!


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第十話 名無しの解体願い

 大淀さんは、東提督さんとの経緯(いきさつ)を教えてくれた。

 解体という単語に動揺し、東提督に対して危害を加えそうになった、と。潜水艦寮を取り壊すという話は噂程度に聞いていたが、本当だったのか。

 この件に関しては、勘違いしやすい言葉だっただろうし仕方ないだろう。

 

 問題は、現在大淀さんが私たちに見せている“名無しの解体願い”だ。

 解体願いは、色々と書く欄があるのだが、その解体願いには解体を希望した理由の欄に『何のために戦うのかわからなくなった』の一言だけが書かれている。私はそれを見て、これを誰が書いたのか推察がついた。

 

「赤城さんは、誰がこれを出したかわかりますか?」

 

「予想はついていますが、答えることはしませんよ」

 

 私がそういうと、大淀さんと吹雪さんは困惑したような表情を見せる。東提督は理解しているのか、私の言葉を補足するように言う。

 

「わざわざ匿名で出しているということは、名前を知られたくない事情があるのか、探してほしいっていうことだろうね」

 

「そういうことですね。

 彼女の場合は後者でしょうから、頑張って謎解きしてください」

 

 私はそう言って、“名無しの解体願い”を裏返す。すると、本来白紙であるはずの裏側に、『雨が降ったら竜が飛ぶ場所で、雨が止んだ時に見える景色を見に行け』と書かれている。

 なるほど、想像していたより、ちゃんとした謎解きだった。

 雨が降ったら竜が飛ぶ場所は、竜飛こと鳳翔さんが、雨が降るときに行く場所のこと。鳳翔さんには鎮守府の艦娘や提督の衣服の洗濯を任せているので、つまり洗濯物が干してあるところ。そして、その近くには、艦娘のみんなで花を植えた花壇がある。

 雨が止んだ時に見える景色は、雨が降った時に行く場所なのに雨が止んだ、つまり時雨のこと。花壇で時雨の植えた花、つまりニチニチソウが見る景色のこと。ニチニチソウには『楽しい思い出』『友情』という花言葉がある。つまり、時雨の楽しい思い出や友情を感じる場所を、時雨本人に聞いてそこに行く必要がある。

 その場所がどこなのかはわからないので、調べるのは東提督たちに任せて私はその場を去った。

 

 

 

 

 

 東提督たちと別れた私は、武道場へ来ていた。私がここに来たのは始めてだ。おそらく、多くの艦娘が、この場所の横を通ったことがあったとしても、中に入ったことはないのではないだろうか。

 近づけば近づくほど武道場のなかから強く感じる“殺気”。一歩入れば殺されると思えるほど、いや、そういう心構えで入らなければ一瞬で呑まれるほど、刺々しい殺気が武道場の周りには渦巻いている。

 

 間違いなく、私のお目当ての人物はこの中にいる。私は刀を構えてから、勢いよく扉を開けた。その瞬間、扉から飛び出してくるように伸びてきた刀を防ぐ。

 

カアアァァッッン

 

 鈍い金属音がなり、すぐ刀は離れ次の攻撃が来る。私が提督に攻撃した時とは違い、しっかりと目を開け、私を私と認識したうえで、憎しみも殺意もなく、ただ純粋に私に刃物を突き立て殺そうとしてくる彼女こそ、先程の“名無しの解体願い”を出した張本人である。

 彼女の攻撃を防戦のみで防いでいると、彼女は唐突に刀を下ろし、武道場に戻り刀を鞘に仕舞ってから着ていた剣道着一式を脱ぎ始めた。

 私は彼女に文句を言うように話しかける。

 

「本当に遠慮がないですね──天龍さん」

 

「遠慮しなくていいっていったのは赤城だろ?」

 

 道場着を一瞬で脱ぎ終わって普段着になった天龍さんは、鞘を腰に当て刀を取り出しながら、にぱっと笑ってそう言った。

 

 

 

 

 

 ブラック鎮守府を告発した後、ストレスチェックなどの目的で、一度艦娘全員に個人面談を行った。個人面談なので私と相手のみだ。

 私はあまり人に好かれるタイプではないので金剛さんや龍驤さんに任せたかったのだが、二人とも明らかにストレスチェックを受ける側(強いストレスを持っている)だったので、私が個人面談を行った。

 

 天龍さんと最初に会話したのは、その個人面談の時である。

 “なにか”に怯え、恐がって、人に対して壁を作っていたので、その壁を壊すために『遠慮しないでいいですよ』と言ったらこうなった。まさか、その“なにか”が“昔、素の自分を出して、仲間である艦娘に距離を置かれたこと”などと、誰が想像つくか。

 遠慮がなくなった天龍さんは、急に軍刀を扱い始めたと思ったら、私に刃を向けてくるようになった。流石に屋内では攻撃してこないが、たまに屋外に出た瞬間を狙って攻撃してくるので、鎮守府にいる間は警戒が解けない。

 

「赤城なら解体願いを書いたのがオレだって気づいてくれると思ったぜ!」

 

「個人面談の時に嫌というほど悩みを聞かされましたから」

 

「赤城に対しては遠慮しないって決めたからな!

 解体願いを出せば、必ず赤城はオレのところへ来る! そこを襲うッ!」

 

 そう言って天龍さんはまた刀を構え、一瞬で距離をつめてくる。数週間前までまともに刀も持ったことがない初心者だったはずだが、この短時間で成長しすぎじゃないだろうか。

 しかし、流石に歴が違う。いやまぁ、私はほとんど一人遊びみたいなものだったが、歴が違う! 対戦歴は天龍さんと同数だけど、歴が違う!

 ……なんだか、今日までの一年間が虚しく思えてきた。そうなのだ。実は、前任は、私が改装で軍刀を所持できるようになっても、使うことを認めてくれなかったのだ。大淀さんに聞いたら軍刀で反逆されることを恐がっていたようなのだが、結果的に私はずっと軍刀をただ携帯しているだけの人になっていた。

 

 ひとまず、攻撃をいなしながら天龍さんと会話を続ける。

 

「提督に謎解きをさせているようですが、あれはどういった意図でしたのですか?」

 

「二つだな。

 単純に新しい提督を見極めたいっていうのと、吹雪だったか?

 刀を腰に差していたから、戦ってみたいと思ってな」

 

 だめだこの戦闘狂はやくなんとかしないと。

 

 しかし、残念なことに、彼女の目的は本当にその二つなのだろう。

 東提督が解体を望む艦娘を助けるというシナリオを書いておきながら、当の本人は微塵も解体を止めてほしいと思っていないのだ。

 ──心の底から、解体されるのを望んでいるというのに。

 

 東提督にその心内を言うほど、彼女は東提督をまだ信頼していない。だから、シナリオ上で解体をしないと宣言しても、それはただのシナリオであって、彼女の本心ではないのだ。

 

 私のそんな気持ちを察したのか、付け加えるように天龍さんは言う。

 

「赤城、勘違いするなよ?

 俺は提督を見極めるっていったんだぜ」

 

「はい、聞いていましたよ。

 ──天龍さんはまだ、東提督を見極めることができていないのですね」

 

「あ……?」

 

 本当に、残念だ。──私はもう、天龍さんが東提督に助けられる未来が来ることを確信しているというのに。天龍さんはまだ、東提督を侮っているのが、本当に残念だと思う。

 

 天龍さんが私に対して疑問を投げかける前に、武道場の扉が勢いよく開く。そこから東提督と吹雪さんが入ってくる。おそらく大淀さんは執務に戻ったのだろう。

 天龍さんは、東提督たちが来るのが想像していたより早かったのか、時計を二度見、三度見する。

 

「天龍さん、道場破りに来たよ!

 ……って、赤城さん?」

 

「少しお邪魔しています。

 私のことは気にせず、お話ししてください」

 

 提督は謎解きにより得た答えなのか、道場破りという単語を言って武道場へ入ってきた。鳳翔さんが竜飛だったり、武道場が道場だったり、天龍はわりと安直な言い換えをすることが多いようだ。

 狼狽した様子の天龍さんは、提督に話しかける。

 

「な……んでッ、そんなにはやく謎は解けないはずだ!

 一時間後にならないとわからない問題もあったのに、おかしいだろ!」

 

「あー、あの問題ね……。

 一時間待つのは長かったし──手っ取り早く、全部の選択肢を試したよ」

 

「……は?

 ……そんなもん……どれだけ時間がかかると思って……」

 

「妖精さんに協力してもらったよ。

 ちょっと酷使しすぎちゃったし、これは金平糖がたくさん要りそう……」

 

 東提督はまだ見ぬ大量の金平糖と、それを買うのに必要な費用を考えて顔が青くなっている。改めて見たら、東提督の周りにいる妖精さんたちは疲れ果てている。余程大変だったのだろう。

 

「そうじゃなくて、道場破りをしに来たよ」

 

「あ、あぁ……赤城、誘っておいてすまないが、また今度“初決闘”しようぜ!」

 

 私はそれになんの返答もせず、武道場から出る。最後まで『絶対だぞ!』と念押しする声が聞こえてきていたが、全部無視をした。

 そもそも、最近は毎日のように襲ってくるやつがどの口で言う。あれは天龍さんのなかじゃ戦いのカテゴリに入っていなかったらしい。

 

 私は銃刀の所持が許されない平和な世の中になることをひたすらに願ったのだった。

 

 

 

 

 

 その後、天龍さんは解体されたいと言わなくなった。

 代わりに、天龍さんのように、吹雪さんが突然攻撃してくるようになった。なぜ???



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第十一話 天龍の気持ち ☆

――天龍side――

 

 “オレ”が“俺”に戻れなくなったのは、その時だったと断言できる。

 

「ヒッ、来るな“化け物”!!」

 

 そう仲間から言われた瞬間、“俺”は生きる目的を失った。

 

 

 

 

 

 “俺”の家は、他より多少裕福なだけの普通の家だった。両親からはたくさん愛を注がれていたし、メイドや執事は小言が多いが家族のように接するくらいには距離が近かった。

 小中は世間一般で言うお嬢様校で生活し、学級委員や生徒会に入るくらいには活発でクラスの中心にいるタイプだった“俺”は、その生活に満足していた。

 高校生にもなると将来の夢がはっきりしてきて、ずっと陸上部だった“俺”は、プロの陸上選手になることが夢だった。その夢に向かって毎日練習に明け暮れていた。

 

 そんな生活は、本当に簡単に崩れ去るのだと、身を持って体感した。

 

 目の前に広がるのは横転したトラック。それが一瞬にも、何分にも感じられて。

 気づいたら“俺”は、病院のベッドで横になっていた。

 

 目の前には“俺”が目覚めたことに喜ぶ両親。

 よかった。“俺”は無事だったのか。

 

 そう安心しようとして、ふと違和感に気づいた。――あれ、足の感覚がないな?

 

「父さん、母さん。“俺”、ちゃんと足あるよな?」

 

 “俺”はその時の、ひどく辛そうな両親の表情を一生忘れることができないだろう。

 

 そして医者は、“俺”に下半身不随という病名を告げ、治ることはないだろうと言った。

 

 

 

 

 

 その日、呆気なく“俺”の夢は途絶えたのである。

 

 

 

 

 

 それから“俺”は家に引きこもった。死にたいと願うだけの生活が続いた。

 両親も、従者も、“俺”を何とか家から出そうとあの手この手を使ってきたが、全部を突っぱねて家に引きこもった。

 退屈を紛らわすために色んなゲームをやり込んだ。最初はオフラインのものばかりやっていたが、FPSなども気になって、オンラインのゲームも始めた。そこで“俺”は、生まれつき病弱で毎年のように入院をしているという『──』と出会った。

 

 『──』はゲームが上手かった。だから“俺”も負けじとゲームを頑張った。

 いつしか、“俺”と『──』は、親友でありライバルのような存在になっていた。

 

 ある日『──』から、大事な話があるとチャットが来た。

 『──』は、生まれつき病弱で辛かったと前置きをしてから、艦娘になろうと思っていることを告げてきた。艦娘に対する同調率が高ければ、身体不随も治ることがあるらしい。

 そして、“俺”も艦娘にならないかと誘ってきた。

 艦娘は深海棲艦と戦う危険な職業だ。不安も大きかったが、もう一度歩けるかもしれないということに大きな期待を持った“俺”は、艦娘になることを選んだ。

 

 両親やメイド、執事にお別れを言って、“俺”は天龍になることを決めた。

 

 

 

 

 

 ──沈む。沈む。沈む。

 

「嫌だ……嫌だ嫌だ嫌だ!!!」

 

 ──深い海の底に、沈む。沈む。沈む。

 

「助けて、誰か! まだ死にたくない!!」

 

 ──体が重い。動かない。落ちていく。

 

「うあああああああああああ!!!!」

 

 ──シズム、シズム、シズム。

 

「なんだ、あの光は!?」

 

 ──ヒカリダ。アレハ、キボウノ……。

 

「違う!! あんな禍々しいものが希望の光なわけがない!!!」

 

 ──ヤット、スクワレル。ヤット、チンジュフニカエレル。

 

「行くなっ! 止まれっ!! くそっ、やめろおおおおおお!!!」

 

 ──嗚呼、沢山敵ヲ殺ソウ。

 

「……アハハッ」

 

 ──沈メ。沈メ。沈メ。

 

「沈メ。沈メ。沈メ。

 

 

 

 ──あ、れ……?」

 

 目の前に広がるたくさんの深海棲艦の死体。

 

 “オレ”が、倒したのか……?

 

 ああ、よかった。敵がたくさん倒せた。『──』、“オレ”、こんなに強くなったよ。

 

「ヒッ、来るな“化け物”!!」

 

 え……? なんで、“オレ”、敵、たくさん倒したよ?

 いつもみたいに、ナイスキルって言ってよ。相棒として誇らしいって言ってくれよ。

 

 なんで、“オレ”に銃口を向けているの?

 

 

 

 

 

 “オレ”、何の為に戦ってるんだ?

 

 

 

 

 

 嗚呼、やっぱ──死にてぇ。

 

 

 

 

 

 艦娘同調率、驚異の93%。

 そんな“俺”は、ほとんど正確に、天龍の今までを追体験できるほどたくさんの記憶を受け継いだ。

 ──沈んでからずっと深海に居て、狂ってしまった“天龍(オレ)”の記憶を。

 

 

 

 

 

 轟沈は恐い。だから、解体されて人間に戻ったら、自殺しよう。

 

「赤城、オレを解体してくれ」

 

「解体されたら死ぬつもりの人には、許可できませんよ」

 

「なら、オレがお前に勝ったら解体してくれ」

 

「もし勝てたのなら考えますよ」

 

 赤城を倒すために、明石に頼んで軍刀を作ってもらった。しかし、真正面から挑んでも、奇襲しても、罠に嵌めても、どんな手段を使っても、赤城に一発当てることも、赤城の無表情を崩すことさえもできなかった。

 提督が来ても、赤城が大本営に掛け合ったため、解体の権利は赤城にある。しかし、いずれ提督に解体の権利が移った時のために、提督を見極めようと思った。

 ──こいつは、オレを解体してくれるのか。

 

 提督が早くに謎を解いたのは予想外だったが、シナリオ上は問題ない。赤城との対戦の機会は失ったが、また挑めばいい。

 赤城が去った武道場で、俺は刀を鞘に仕舞って提督に話しかけた。

 

「提督、オレが解体を望む理由はわかっているだろ?

 頼むよ、オレを解体してくれ」

 

 シナリオ上で用意した偽の解体理由。あの一時間の謎解きをする上で、必ず必要となった情報だ。

 あとは提督がどうやってオレを解体させないようにするか見極めるだけだ。

 

 そういえば、見極めると言ったら、赤城は変なことを言っていたな。確か、“天龍さんはまだ、東提督を見極めることができていないのですね”だったか。

 なんかのハッタリだと思うが、赤城の場合は本当にわかっていそうな気もする……怖ぇ~。

 

ひとまず、いまは提督がなんていうか確かめるのが先か。

 

「解体理由、ね」

 

 ああ、謎解きで知っているだろ?

 

「──わからない!」

 

「……はっ?」

 

 え……? は……?

 

「んな、なんで!? 最後の、あの一時間かかる謎解きでわかるはずだろ!?」

 

「実は、謎が解けたって、ただの“ハッタリ”なんだよね。

 解体を希望している艦娘が天龍さんだってわかってから、天龍さんがよくいる場所を艦娘に聞いて、武道場って聞いたから、今までの謎解き的に道場破りに来たって言えば正解かな、って思っただけ」

 

 嘘だろ……? そんな適当な推理で、実行したのか? 間違っていたらどうするつもりだったんだよ……。

 というか、解体理由を知らない場合ってどうすればいいんだ? シナリオでは解体理由を知っている上で作っていたから、あのシーンも出来ないし、あの言葉も言えない。

 おいおいおい、シナリオぶっ壊れるぞ。どうすればいいんだよ!?

 

「けど、推測はついているよ」

 

「……お? じゃあ、聞かせてみろよ」

 

 よかった。これで多少の軌道修正はできるか……?

 けど、謎解きにはあの一時間の謎解き以外で、解体理由のヒントになるような要素はなかったはずだが、本当にわかるのか?

 

「最初の謎解きでは時雨さんが、他の謎解きでも度々駆逐艦が関わっていたことからわかるように、天龍さんが駆逐艦と仲が良いことがわかる。

 しかし、この鎮守府の過去の資料からわかるように、この鎮守府は駆逐艦を盾にする戦法を取ることが多くあり、練度の高い天龍さんは守られる側だった。

 それを見て、自身の非力を嘆き、解体願いを出した。

 しかし、今後また駆逐艦が壁になるようなことは嫌で、新しい提督がそういうことをしないのか見極めようと思った」

 

 完璧だ。そう、シナリオの答えはまさにそれだ。

 駆逐艦を盾にするあの非道な戦術が資料に載っていたのは知らなかったが、完全に軌道修正ができたし問題はない。あとはこれを肯定して、シナリオに戻るだけだ。

 

「ああ、そう──」

 

「──そう思わせたくて、私に謎を解かせた。

 違う?」

 

「ッ……!?」

 

 なんでバレて……!? もしかして赤城のやつ……いや、赤城はおそらく言わないだろう。赤城と関わった時間はそう長くないが、あいつは自分の得になること以外はやらないやつだ。特に提督に関われば面倒だとさえ思っているだろう。

 なら、どうしてバレた?

 っていうか、とりあえず否定しねえと。

 

「何言ってるんだよ提督。

 深読みのしすぎじゃねえか? 前半だけだったら正解だったのによ」

 

「なぜ私にそう思わせようとしたのか。

 それは、私に解体の権利が移った時に駆逐艦のためとかもっともらしい理由を付けて、解体の許可を貰うため」

 

「おい聞けよ……」

 

 オレの言葉を聞かず、話し続ける提督。

 オレは、オレの考えを全部当てる提督に対して、焦りを覚え始める。

 そんなオレの様子に気づいているのかいないのか、提督はオレに笑みを向けた。

 

「実はね、天龍さんの同じ考えを持っていた人に会ったことがあるんだ。

 ──その人は、艦娘同調率89%。

 天龍には劣るけど、天龍と同じように海に沈んだまま狂った船の記憶を持っていた」

 

「ッ……!!」

 

 嘘だろ、オレ以外にもいたのか……?

 だって、どの建造艦に聞いても沈んだ時の記憶は覚えてないって言っていたし、漠然と沈むのが恐いって思っているやつしかいなかった。

 みんな、どうして恐いのかわかってなかったのだ。沈んでしまったら、暗くて、深くて、寂しいのに。

 

「彼女は毎日のように“解体してほしい”って言っていた。

 “どうして戦っているのかわからない”、“海は暗くて、深くて、寂しい”ってね。」

 

 ──オレと、同じだ……。

 死にたいけど、沈むのは嫌だから、解体してほしかった。

 仲間を守るために深海棲艦を倒したら、仲間から拒絶されて、どうして戦っているのかわからなくなった。

 暗くて、深くて、寂しい深海にいる深海棲艦たちに、同情すら覚えていた。

 

 ずっと、オレが間違っているって、オレが異端なんだって思っていた。

 

「「──“ただ、恐かった”」」

 

 声が被った。しかしそれは、提督の声ではなく──その横にいた吹雪が発した声だった。

 

「私も同じでしたよ、天龍さん。

 ただ私とあなたが違ったのは、提督に出会ったのが早いか遅いかだけ」

 

 そう言って、吹雪は提督に笑いかけた。提督も照れたように笑う。

 妙に、二人の指にはまっていた指輪に視線を吸い寄せられた。

 

「私は提督に救われて、艦娘として生きる道を選びました」

 

「天龍さん、私は天龍さんも……いや、この鎮守府にいる全ての艦娘を救いたい!」

 

「「だから……──私(提督)に賭けてみない?(賭けてみませんか?)」」

 

 二人から手を差し出された。

 

『ヒッ、来るな化け物!!』

 

「天龍、私たちと一緒に来て!!」

 

 ああ。そうか。赤城は、こうなることがわかっていたんだな。

 

 

 

 

 

 ──オレは、二人の手を握った。

 

「正直、まだ信じらんねぇ……──だが、賭ける価値はある!!

 これからもよろしくな、提督! 吹雪!」

 

「「うん!(はい!)」」

 

 

 

 

 

 拝啓、お父様、お母様、そしてメイドと執事の皆様。

 オレは、陸上のプロにはなれなかったけど、素敵な仲間を見つけました。

 

「ていうか提督、なんで謎解きしなかったんだよ……」

 

「ああ、あれね! 推理を言うための“ハッタリ”!

 本当はちゃんと謎解きをしてから来たよ」

 

「はぁ!? マジかよ?

 完全に騙されたぜ……」

 

 上司は、艦娘のことをよく考えてくれている人です。

 この人になら、付いていけると思える、信頼できる上司です。

 

「あっ、そうだ。

 吹雪、決闘しようぜ!」

 

「えぇっ!?」

 

「いいんじゃない?

 楽しんできてね、吹雪」

 

「提督!? あっ、もー! わかりましたよ!」

 

 それと、オレはいま、憧れている人がいます。

 その人はとっっっっっても、強いです!

 何回挑戦しても勝てません。

 その人は常に無表情で敬語なのですが、鎮守府の全員から信頼されています。

 とてもとても尊敬している、憧れの人です。

 いつか越えられるように頑張ります!

 

「つえーな、吹雪!」

 

「天龍さんも、とても強いですよっ。

 いったいどれだけ戦ってきたんですか!」

 

「天龍でいいぜ!

 二週間前に初めて刀触ったけど、相性が良いみたいだな」

 

「その実力で二週間!?

 絶対すぐに追い抜かれる……」

 

「赤城は刀触って九か月しか経ってないらしいけど、もう吹雪よりは強いと思うぞ。

 後で一緒に襲いに行くか?」

 

「九か月……はい、お供します」

 

「ふ、二人とも、ほどほどにね!」

 

 艦娘のオレはもうみんなと会うことはできないけど、幸せに暮らしているので、みんなも体調に気を付けて、楽しく過ごしてください。

 ──艦娘になったあなたたちの自慢の娘より。




作者から

たくさんの評価、お気に入り登録、ありがとうございます!!!!
とても執筆の励みになっています!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!


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第十二話 刀術教室

 天龍さんの起こした名無しの解体願い事件が解決してから、早一週間。

 何故かあれから、天龍さんだけでなく、吹雪さんや木曾さんにも刀を持って襲われるようになった。仕方ないので、鎮守府の治安維持のためにも、刀術の教室という名目で勤務時間内に刀術をする時間を設けることになった。

 そしたら、その三人以外の艦娘からも刀術を学びたいという人が現れ、名実ともに刀術の教室をする時間ができた。

 刀術を鍛えるという名目なので、勤務時間に入る。艦娘は人と変わらず勤務したらお金が貰える。外出願いを提督が受理すれば、外へ遊びに行くことも出来るのだ。

 

 しかし、私たちは、前任がお金を横領していたので、建造艦以外はまともに鎮守府の外を知らない。給料はちゃんと大本営から支払われたのだが、そもそも何の資格も取得していない艦娘の月給は十万円。六年近くいた天龍さんでさえ、普通のサラリーマンの二年分くらいのお金である七百万円程度しか貰えなかった。

 私は一年間勤務をしていたため、百二十万円のお金を貰った。とりあえず、私用のパソコンを買った。

 

 ちなみに、この艦娘の月給の安さは、資格取得をして給料を上げる前提だからだ。

 資格には、深海棲艦に対する知識の資格だったり、陣形などの戦術に対する知識の資格だったり、砲弾が直撃するまでの時間を計算する資格だったり、色々な資格がある。

 そして、本来ならば、それらを勉強する時間も、勤務時間に組み込まれている。

 

 普通、資格取得をするときは、鎮守府を長く勤めている艦娘や、資格について詳しい人間から教わることが多い。参考書はあるので、独学で覚えることは可能だが、その勉強は勤務時間に含まれない。

 仕事に関係することで、誰かに対して教えている、もしくは誰かから教えられているという状況であれば、それは勤務時間に含まれる。しかし、独学の場合、本当に学んでいるのか確認できる人物がいないため、趣味として扱われ給料が出ないのだ。

 

 この鎮守府は資格を持っている人もいなければ、人間に良い感情を持っていない艦娘が大半だ。そのため、資格取得をする時間を“組み込まない”のではなく、“組み込めない”のである。

 例外として、刀術や砲術は、仕事の訓練として扱われるため、資格取得のカテゴリではないが勤務時間に含まれる。

 

「あかぎ……なにしてるの……?」

 

「そうですね……あえて言うなら、趣味活動でしょうか」

 

 私はやっと届いた資格取得のための参考書と勉強用具一式を机に広げながらそう答える。

 流石に、食事代や電気代は全部鎮守府から出ると言っても、月給十万じゃ不安だからね。

 

「むり、しないでね……」

 

「はい。おやすみなさい」

 

「おやすみ……」

 

 すぐに川内さんの寝息がベッドから聞こえてくる。

 最近は夜にうなされることも少なくなってきたので、いい好調なのだと思う。

 それでもまだ、一人は恐いようで、こうやって一緒の部屋で寝ている。

 

 

 

 

 

 数時間勉強をしていると、窓の外からにょきっと野良妖精さんたちが現れた。

 たまに数人で来ることはあるが、七人全員で来ることは珍しい。なにかあったのだろうか。

 

【付喪妖精さんたちが勉強したいって言っているから、それを伝えに来た】

 

 付喪妖精さんが?

 いったん勉強の手を止め、艤装を展開する。すると、付喪妖精さんがわらわらと出てきて、部屋に合計72人の付喪妖精さんがひしめく。

 それぞれ思い思いの参考書を取っていき、勉強をしだす。

 

【付喪妖精さんも、先生の助けになりたいって思ってるんだよ!】

【先生、僕たちも勉強していっていい……?】

 

 もちろんだよ。

 

 そうして、一人でやる勉強のはずが、たくさんのみんなと一緒にやる勉強に変化した。

 付喪妖精さんがわからない問題があれば、野良妖精さんがそれを私に伝えて、私が解説する。まるで本当の先生になったみたいだ。

 

 付喪妖精さんに問題の解説をしていくうちに、私自身にもいろいろな資格の情報が身についていった。人に教えると記憶に残りやすいというのは本当らしい。

 このままいくと、十種類も用意した参考書が、半年足らずで読み終わってしまう。早めに次の参考書を用意しておくことにしよう……。

 とりあえず、なるべく試験日が近いものからやろう。

 

 私がそんなことを考えていると、気になる項目を見つけた。

 “妖精さんについて”と書かれたその項目の内容は、たった一ページに留まっている。

 

 妖精さんとは、艦娘や深海棲艦以上に未知の生命体である。妖精さんが正式名称であり、さんを付けず呼ばれることを妖精さんは嫌う。ただし、名前を付けた場合は例外である。

 妖精さんの好物は甘いもので、特に金平糖を好んで食べる。しかし、生きるために必ずしも食べなければいけないという訳ではない。妖精さんに頼みごとをするときは、甘いものを渡すとしてくれることが多い。

 提督の見える妖精さんと、艦娘の見える妖精さんは別物であり、それぞれ空中妖精さんと陸上妖精さんという。

空中妖精さんは宙に浮かんでおり、物を触ることができない。会話を交わすことができるが、その声は妖精適性が高い者でないと聞き取れない。しかし、妖精さん側ははっきりと提督や艦娘の言葉を理解している。提督適性のある者が認識できる妖精。

 陸上妖精さんは宙に浮かぶことができず、基本的に艦娘の艤装の中におり、艤装を出していないときは艤装と同じで亜空間にいると思われる。空中妖精さんと違い、言葉を話すことができないと思われるが、言葉は理解していると思われる。艦娘適性がある者が認識できる妖精。

 

 この文章を読んだだけで、いかに妖精さんのことがわかっていないのかがわかる。空中妖精さんと陸上妖精さんって……名前を聞くこともできなかったのだろうか。

 

【妖精さんの声をはっきり聞こえる人は少ないから】

【妖精さんを恐がる人間も多い~】

【でも、東提督ははっきりと聞こえているみたいですよ】

 

 やっぱりそうなんだ。

 東提督の周りにいつもいる妖精さんは、東提督と仲が良いように見える。

 

【未来のこと好きだから!】

 

 未来って、確か東提督の下の名前だったか。……って、え!?

 声のした方向を見ると、見慣れぬ妖精さん。しかし、今の言葉から察するに、東提督の妖精さんなのだろう。

 東提督の妖精さんはいつも東提督の周りにいるから、油断していた。これで東提督に私に提督適性があることが知られるとまずい。

 

【大丈夫!言わないよー】

【言わないでってお願いしてあるから大丈夫だぞ!】

 

「はぁ……よかったぁ……」

 

【妖精さんはみんな友達!】

【友達を傷付けることは言わない!】

 

 妖精さんは仲間意識が強いようだ。

 

 

 

 

 

 その日から、夜は東提督のところの妖精さんとも一緒に勉強をするようになった。

 色々妖精さんのことで疑問に思っていたことを東提督のところの妖精さんに聞いたりもした。

 その過程でわかったのだが、普通は自分のステータスや妖精さんのステータスを見ることはできないらしい。いったい私の提督適性はどうなっているのやら……。

 

「おいおい、よそ見してていいのかァ!?」

 

「天龍さんは剣筋が素直なので読みやすいですね」

 

「はあっ!!」

 

「吹雪さんは攻撃の時に声を出す癖を直すか、うまくフェイントとして使えるようになりましょう」

 

 娯楽も資格持ちもいないこの鎮守府で、週六で開かれている刀術教室。教師は私のみ。生徒は現在八名。吹雪さん以外はひと月も刀に触っていない初心者である。

 

「──そこまで!」

 

「五分経ったよ」

 

 暁さんと響さんがそう告げると、天龍さんと吹雪さんは座り込み肩で息を吸う。

 いまやっていたのは、簡単な模擬戦である。天龍さんからどうしてもと頼まれたため、仕方なしに行っている。

 刀術教室の生徒で一、二の強さを誇る天龍さんと吹雪さん。吹雪さんは長年軍刀を使ってきたから技術があるのは当然だが、天龍さんは驚異のスピードで成長している。

 

「天龍、お疲れ!

 途中の軍刀を振り下ろしたところ、惜しかったな」

 

「あのフェイントが決まってれば一発当てられたかもしれないからなぁ……悔しいぜ」

 

 そして、その脅威のスピードを誇る天龍さんと同じスピードで着実に力を付けて言っている木曾さん。二人がある程度力をつけてタッグで挑んできたら、流石に負けるかもしれない。

 

「吹雪、すごかったよ。かっこよかった!」

 

「夕立もあんな風に刀を使えるようになりたいっぽい~!」

 

「ありがとう、時雨ちゃん、夕立ちゃん」

 

「私もすぐ追いつくからねっ!」

 

「待ってるね、島風ちゃん」

 

 時雨さんと夕立さんは、まだ初心者なのもあるかもしれないが、単体だとそれほど強力には感じない。しかし、タッグを組んだ瞬間、時雨さんが技を、夕立さんが力を。お互いの弱点を補い、お互いの長所を生かした戦い方をする。

 1+1が3にも4にもなる二人だ。今後がとても楽しみな二人である。

 

 島風さんは、刀を振る速度がとても速い。普段島風さんは吹雪さんと戦ってもらっているのだが、たまに吹雪さんを追い詰めている場面を見るほどその速さは驚異的だ。

 ただ、まだ剣筋に無駄があるので、こちらが最小限の動きで防げば簡単に防げる。しかし、無駄は努力すれば消せるし、より力のかかる攻撃のやり方を身に着けたら、とても強くなる。速さは大きな武器だから、それをうまく使えるように現在は教えている。

 

 基本この刀術教室は、二人一ペアで訓練している。ペアの組み合わせは天龍さんと木曾さん、吹雪さんと島風さん、暁さんと響さん、時雨さんと夕立さんだ。私は実践重視でやっているので、ペア同士一対一で戦ってもらうか、二ペアで、二対二で戦ってもらっている。

 

 教えているのはあくまで私が考えた刀術だ。私が考えた、ひとまず赤城流と名付けておこう。赤城流には五つの戦いの型がある。超攻撃型、攻撃型、バランス型、防御型、超防御型だ。型ごとに戦い方が変わるので、型がわかったらその型に合った戦術などを教える方向にシフトする予定だ。

 超攻撃型と超防御型は、戦術に尖りが出やすい。つまり、扱うのが難しいというわけだ。なので、既にその兆候が出始めている島風さん、暁さん、響さんは結構強くなるために時間がかかるだろう。

 逆に言えば、使いこなせれば自分だけの強力な武器となる。

 

「では、次回までに反省点を探しておくように。

 お疲れさまでした」

 

 みんながお疲れ様と言い終わったのを確認してから、武道場を出る。

 みんなはいつも、この後八人で夕食を食べに行く。何度か、夕食の時に次に勝つための作戦会議をしている光景を見たことがあるため、今回もそうだろう。

 

 私は刀術教室が終わったら、執務室にいる東提督に終了報告をしに行かなければならない。

 それに加え、刀術教室での活動内容や全員の進捗を紙にまとめ提出する必要がある。

 

 何度も執務室に行くのは面倒なので、私は事前に活動内容は書いておいて、進捗は刀術教室中に隙を見て書いている。

 ただ、そうやって隙を見せていると、たまに天龍さんが襲ってくるので、気が抜けない。天龍さんのすぐ人を襲う癖はどうにかならないのだろうか。おそらく東提督に注意されても止めないだろうし、お手上げ状態だ。

 話が逸れたが、刀術教室が終了するまでに書ける内容は書いておき、終わった後に残った部分を書いているため、執務室に行ったときに東提督に同時に渡すようにしている。

 

 

 

 

 

 今日もいつも通り、提出する紙を持って、執務室に行って扉をノックした。

 

「どうぞ」

 

 聞こえてきた声は、東提督のものではなく、大淀さんのものだった。執務室の扉を開けなかに入っても、提督はおらず大淀さんがいるのみであった。

 もしかして、また何かに巻き込まれているのだろうか。

 

 そんなことを考えながら、紙を渡して執務室を出る。いつもこの後に、お風呂へ行ってから夕食を食べる。刀術教室が終わるのが十七時なので、夕食を食べるのはだいたい十八時だ。夕食を食べ終わったら、一日中部屋にいるあの子へ明日の分の三食を渡してから、ちょっと早いが寝かしつける。

 あの子が現在いる部屋は、本来来客用の部屋だ。冷蔵庫やお風呂が付けられている。その部屋に電子レンジを置けば、現在のあの子が過ごしている部屋である。

 

 

 

 

 

 今日もルーティーンに従って入浴をしに大浴場へ向かう。ちなみに、この世界の入渠はお風呂で大浴場にあるお湯につかると何故か傷が癒えていく。これはゲームの時みたいに四人まで、という決まりはない。しかし、高速修復材は大きな湯船に入れると効果が薄くなるので、ゲームと同じで一人一つだ。

 

 私は大浴場につき、衣服を脱ぐ。長い髪を一つで結んで、大浴場の扉を開けた。

 

 ──そこには、艦娘を押し倒している東提督がいました。



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第十三話 近代化改修

 全裸の艦娘と、同じく全裸の東提督。東提督はその艦娘に覆いかぶさっており、艦娘が誰なのかははっきりとわかりません。周りに他の艦娘はいません。完全に二人っきりだったようです。

 

「何をしているのですか?」

 

「あ、かぎさんっ!?

 ちが、誤解だッんぷっ!」

 

 慌てて誤魔化す東提督は、突然その艦娘の胸に顔を埋めました。よく観察すると、東提督の背中に艦娘の手が回されています。

 東提督が艦娘の胸に顔を埋めたことで、その艦娘の顔がはっきりと見えました。

 そこでやっと、現状を理解して安堵した。

 

「──翔鶴さん、東提督を離してあげてください」

 

「赤城さん……!

 だって……──だってこの人、何度お願いしてもキスしてくれないんですよ!!?」

 

 翔鶴さんはドロップ艦で、前任から“キスは愛情の証だ”と洗脳のように思いこまされ、キスをしてくれない相手は自身のことが嫌いなのだと思うようになった。そのため、嫌いじゃないという証明の為にキスをお願いしてくるのだ。

 私は毎回断っているのだが、そうすると毎回悲しそうな顔をするのでとても罪悪感がある。しかし、本人は気付いていないようだが、キスをお願いする時、毎回足が震えている。つまり、心の底では恐怖を感じているということだ。そんな人に対してキスをできるわけがない。

 

 ひとまず翔鶴さんと東提督を引き剥がす。翔鶴さんが東提督に対してキスをお願いするのは読めていたが、それが大浴場で押し倒されるほどだとは思っていなかった。

 そういえば確か、今朝の朝礼で東提督の私室である提督室にあるお風呂が壊れたって言っていたな……。だから今日はこっちのお風呂にいるのか。

 ちなみに、鎮守府のお風呂は、艦娘にとっては癒しの水だが、人間が使っても温泉の効能程度には効き目がある。人体に有害な物質も入っていないので、人間が使っても問題はない。

 

「うぅぅぅ……キスしてくださいよぉぉぉ……!」

 

「ええっと……赤城さん、お風呂入ろうか?」

 

「そうですね」

 

 という訳で、翔鶴さんを放置して、体を洗った後にお風呂につかる。東提督は私の隣に座った。気が付いたら、流れで東提督とお風呂に入っているぞ……?

 私は東提督が話しているのを相槌しながら聞く。そういえば、いままで何度か東提督とは話したことがあるが、こうやって雑談をするのは初めてではないだろうか。

 

「そういえば、赤城さんは何%?」

 

「何がですか?」

 

「艦娘同調率」

 

 艦娘同調率ってなんだ? いや待て、確か参考書にちょっとだけ載っていたはず……。

 確か、艦娘が戦時中に戦っていた、いわゆる自身の艤装の母となる船との同化率、みたいなものだった気がする。確か見つかっているなかで最高が97%、その次に高い人が93%、三番目に高い人が89%だった気がする。平均的には、30%もあればいい方で、50%以上は鎮守府に一人いればいい方らしい。ちなみに、1%でもあれば、建造艦になることができる。

 しかし別に、ドロップ艦は検査を受ける義務はないはずだ。

 

「測っていないのでわかりません」

 

「……えっ!?!?」

 

「え?」

 

 そんなに驚くことがあるだろうか。少なくとも、私の記憶の限りでは測った記憶はない。

 といっても、その検査がどういうものかわからないため、知らないうちに測っている可能性はあるが。

 ただ、東提督の様子がおかしいので、疑問を投げかける。

 

「知っていると利点があるのですか?」

 

「……艦娘同調率上昇近代化改修、通称近代化改修を聞いたことはある?」

 

「いえ、初めて聞きました」

 

 近代化改修に関しては、前世で馴染みのある言葉だが。今世では、艦娘同調率上昇近代化改修というのが正式名称のようだ。

 

「近代化改修というのは、艦娘の装備をそれぞれ個人にあった形に改修することで、艦娘同調率を上げるというものよ。

 艦娘同調率が高いと、艦娘適性も強力なものになる。

 つまり、陸上(付喪)妖精さんとの結びつきが強くなるの」

 

 なるほど。艦娘適性が強力になると、付喪妖精さんとの結びつきが強くなり、結果艦娘として強力な力を手に入れる。おそらく、提督適性が強力になると、野良妖精さんとの結びつきが強くなり、声がはっきり聞こえたりするのだろう。

 艦娘適性を強力にするには、近代化改修という手段があり、それはおそらく艦娘同調率の検査を受けていないと行えないものなのだろう。それはつまり、私と、おそらくこの鎮守府にいる多くの艦娘は近代化改修というのをやったことがなく、弱い状態で戦っていたということだ。

 

「検査機は配備されているから、明日にでも全員にやらせよう……」

 

 東提督が心底疲れ切った表情でそう言った。それくらい予想外で、やってあって当然なことなのだろう。

 私としては、艦娘同調率を上げたとして、それほど大きく戦闘力が変わるのだろうかという疑問の方が強いが。いまいち、その変化が理解できていないため必要性がわからない。しかし、東提督がこれくらい焦ることだから、きっとそれなりの変化はあるのだろう。

 

 それから鎮守府の生活の話だったり、刀術教室の話だったり、私がいまやっている資格の勉強についての話だったりをしたりした。

 艦娘との交流を尋ねたら、大淀さん、明石さん、間宮さん、そして刀術教室に通っている人たちとは、それなりに話せているようだ。ただやはり、戦艦や空母は関わることはあってもあくまでビジネス上の関係として距離を置いているし、刀術教室以外の軽巡や駆逐はあまり東提督と関わろうとしていないため、壁を感じているようだ。

 それに関しては、まだ一か月程度だし仕方ない事だろう。逆に、提督という存在に対して嫌悪感を覚える者が多いこの鎮守府で、一か月でここまで関われる人を作れたのはすごいと思う。

 

 

 

 

 

 東提督と別れてからはいつものルーティーン通りに動いて、次の日を迎えた。

 朝礼で東提督から艦娘同調率検査と近代化改修を全艦娘に対して行う事が発表された。どうやら稀に、艦娘同調率が上がることがあるとのことで、検査を受けたことがある艦娘も受けることになった。稀になら検査しなくても、と思ったのだが、きっと東提督の周りに上がった艦娘がいるとか、そう深くない理由だろうと結論付け、気にしないことにした。

 

 艦娘同調率検査機を体につけ、睡眠薬を飲んだ。

 目を瞑ると、何も見えなくなった。

 

 

 

 

 

 ──第一航空艦隊旗艦赤城、出撃します!

 

「……海の上?

 私は……どうしてここにいるんだっけ……」

 

 ──加賀さん、飛龍さん、蒼龍さん。日本に勝利を持ち帰りましょう。

 

「あれは……加賀、飛龍、蒼龍……?

 そうだ……──私は、赤城()だ……」

 

 ──今度は、ミッドウェー島攻略ですか……。

 

「ミッドウェー海戦……?

 ッ! だめだ! 行ったらだめだ、赤城()!!」

 

 ──きゃぁっ! 誘爆を防いで!!

 

「くぅっ!!

 だめだ(いやだ)まだ戦わないと(沈みたくない)……!!」

 

 ──ごめんなさい……霊撃処分……してください……。

 

「あっ……」

 

 ──沈む。沈む。沈む。

 

「落ちる……深い、底のない海へ、落ちていく……」

 

 ──沈む。沈む。沈む。

 

「息が、できない……光が、消えていく……」

 

 ──沈む。沈む。沈む。

 

「沈む……暗い……恐い……」

 

 ──沈む。沈む。沈む。

 

「痛い……どうして、こんなに痛いの……」

 

 ──沈む。沈む。沈む。

 

「……ああ、そうだったのね(なるほど、知りませんでした)

 ──まだみんなと、一緒に居たかったんだ(仲間とは、こんなにも温かいのですね)。」

 

 

 

 私は、人より容姿が優れていて、他人の感情を読み取るのが苦手でした。

 私は、人より頭脳が優れていて、他人の欠点を見つけるのが得意でした。

 

 気が付いたら、私は学校で虐めを受けていました。容姿に嫉妬され、頭脳に嫉妬され、感情を読み取るのが苦手で、欠点を見つけるのが得意。そりゃあ、虐められると思います。

 最初は私の容姿に惹かれ、私に味方していた男性たちも、数年経てばいなくなり、女性の嫉妬は止まることを知らず、虐めは過激になっていきました。

 

 幸いなのか不幸なのか、私を虐待していた両親が交通事故で死に、中学校を卒業してすぐに働き始めたので、虐めはなくなりました。学校での虐めも、両親からの虐待も、私が飄々として一切気にしていなかったので、向こうも止められなくなって長引いたのかもしれないと、今では思っています。

 

 中卒で就職した私は、当然の如く低収入の職場しか選択肢がありません。それに、虐めっ子たちがネットに私の悪評を流していたらしく、それも影響して不合格になることも多かったです。なんとか最低限の生活費が稼げるブラックな職場に就職しました。

 

 そして、死にました。

 

 仲間のなの字もない人生でした。愛情のあの字もない人生でした。幸せのしの字もない人生でした。周りを敵に囲まれ、嫉妬や嫌悪の感情を向けられ、観葉植物のように感情を動かすこともなく、死んだように生きて、死にました。

 

 

 

 

 ──もう一度、仲間に会いたい。

 

「もう一度、チャンスが欲しい」

 

 ──もう一度、仲間と共に戦いたい。

 

「もう一度、人と向き合いたい」

 

 ──シズミタクナイ。

 

「けれど、沈んでしまいました」

 

 ──チンジュフヘ、ヒカリノアルバショヘ。

 

「光は、すぐそこにありました」

 

 ──アア、キボウノヒカリハ……仲間の光だったのね……。

 

「そうか、絶望とは……仲間の温かさを知らないことだったのですね……」

 

 ──ならばもう一度、返り咲いて魅せましょう。

 

「──ならばもう一度、第二の生を参りましょう」

 

 ──浮かぶ、浮かぶ、浮かぶ。

 

「さようなら、赤城()

 

 ──鎮守府を任せたわ、(赤城)

 

 

 

 

 

 はい、任されました。

 

 ……ゆっくりと、意識が浮かんでいく。だんだんと四肢の感覚がはっきりしていき、薄れていた記憶を思い出し始める。

 そうだ……。私は、艦娘同調率検査機を使って、同調率を測っていたんだ。

 私はゆっくりと体を起こし、意味もなく自身の手を見つめる。

 

 いま会ったのは……赤城の、船の記憶か……。あの光景も、全部、赤城が見た景色……。

 暗くて……深くて……そして──とても、温かかった……。

 

 目から何かが零れ、頬を伝った。そのまま、その何かは止まることなく、たくさん溢れてきた。

 私はどうして泣いているのかもよくわからなく、止め方もわからず涙を流す。

 

「赤城さん……!」

 

 東提督の声が聞こえたと思ったら、体に衝撃と共に自分のものではない体温を感じる。横を見ると、そこには東提督がいて、その腕は私の背中に回されていた。

 それは、深海のように冷たくなかった。──あたた、かい……。

 

「ひと、りじゃッ、ないっ……?」

 

「赤城さんはここにいるよ」

 

 嗚咽交じりに聞くと、提督がそう答えた。その返事に、私は涙が止まらなくなった。

 赤城、戻って来られたよ。鎮守府に。仲間のもとに。提督のもとに。

 これからは、私も仲間を作るから。だから、安らかに眠ってね。

 

 

 

 

 

 その後、明石さんが来て、機械に書かれた数値を見て言った。

 

「同調率101%!?」

 

 ……私は何も聞かなかったことにした。




作者から

評価、感想、ありがとうございます!!!!
誤字報告、大変助かっています!!!!!!!!!

これからも本作をどうぞ、よろしくお願いいたします!!!!!!!!!!!!!


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第十四話 大規模侵攻

 どれくらい経ったか。涙も枯れ、落ち着きも取り戻してきた。

 その間に明石さんが説明していたが、初めて検査を受ける人は、船の記憶と自身の記憶を混同して情緒不安定になることがあるらしい。艦娘同調率が低いとなりにくく、高いとなりやすい。私もそれで涙を流したのだろうとのことだ。

 

 その説明を、ずっと東提督に抱き着かれながら聞いていた。

 

 これに関しては東提督が原因ではなく、東提督が私から離れようとした瞬間、私は反射的に『一人にしないで!』と言っていたのだ。自分でも自分がよくわからないのだが、とにかくそういう訳で、現在も東提督に抱き着かれている。

 恥ずかしさと、わずかに感じる寂しさが混じり合って、とても居心地が悪い。

 

 明石さんは早々に『イチャイチャはほどほどに~』と言って、部屋を出ていった。別にイチャイチャしているわけではないし、東提督には吹雪さんというケッコンカッコカリをした相手がいるわけだが。

 そこまで考えて、気づいた。――この状況、吹雪さんに見られたら相当不味いのではないかと。

 

 そして、そういう時の予想は、大抵当たるものである。

 

「提督、いい加減仕事に戻らないと大淀さんが……」

 

「「「……」」」

 

 嫌な沈黙が生まれる。私たちが何も言えぬままいると、静かに吹雪さんはこちらに歩いてきた。

 

「あ、ふ、吹雪、これは……!」

 

 焦ったように東提督が言おうとするが、吹雪さんはそのまま東提督に抱き着いた。私も東提督もそれに驚くが、東提督は目を細めたかと思うと吹雪さんに笑いかけた。

 

 ああ、なるほど。明石さんの言っていたことを理解した。

 ――目の前でイチャイチャされると、こんなにも居心地が悪いものなのだな。

 

 私がそんなことを考えていると、吹雪さんが口を開いた。

 

「沈むと寂しいのは知っていますから……。

 だから、今日だけ、特別ですよ」

 

 そう言って、東提督をぎゅーっと抱きしめる吹雪さん。ぎゅー、ぎゅー……うん、ちょっと強すぎじゃない? 東提督の表情すごいことになってるよ?

 まぁ、ケッコンカッコカリした相手が別の女性を抱きしめていたら、そういう反応にもなるよな……。あとで東提督には謝っておこう。

 

「……ありがとう、ございます」

 

「「ッ……!?」」

 

 私は顔を綻ばせながらそう言うと、二人は驚いた表情を晒す。あれ、いま、私、笑えた……?

 今まで、笑顔は作らなきゃ出てこなかったのに。そっか……私も、笑えるんだ。

 

 

 

 

 

 そのまま何分か経ち、やっと落ち着いた私は東提督から離れた。長い時間泣いたので、目に冷えたタオルを置いて冷やす。

 そうやっていると、いくつか吹雪さんから質問が投げかけられる。どうして抱き着いていたのか、などだ。同調率が101%だったと伝えると、『100%越えていませんか!?』と当然の感想が投げかけられた。それについては私も知りたい。

 そうやって吹雪さんと話していると、吹雪さんから気になる言葉が聞こえた。

 

「まぁ、そうじゃなければ、何日も眠っていないですよね……」

 

「何日?」

 

「赤城さんは、検査を始めてから十三日間眠っていたよ」

 

 十三日間!?!? 確かに、百年近い時間の船の記憶を思い出していたから、それくらいかかっていてもおかしくないかもしれないが……。私が毎日三食運んでいたあの子、ちゃんと生きている!? いや、大丈夫のはず……もし私が三食を届けられない状況になったら、大淀に運ぶようにお願いしてあるし……。

 

「目覚めてすぐで申し訳ないけど、赤城さんにはすぐに“大戦”へ調子を整えてほしい」

 

「“大戦”……?」

 

「近々、深海棲艦が大規模侵攻を起こすと予想された。

 横須賀第十三鎮守府は、全体的に練度も優れており、近代化改修でみんな力を付けたため、大規模侵攻が起きた時に深海棲艦の基地へ攻撃を行う役割に選ばれた」

 

 大規模侵攻。それは、百人以上、多い時は千人を超える深海棲艦が陸地への侵攻を目的とし襲撃してくることである。それを“大戦”という表現をしたため、最低でも千人は確認されているのだろう。

我々の鎮守府は、深海棲艦が別の鎮守府を襲撃しているときに、深海棲艦の基地を叩き、基地に帰れない深海棲艦たちを追い込み漁の感覚で倒していくのだろう。

 

「すぐに近代化改修を行うけど、開戦までに終わらなかった場合でも、完了次第戦場へ突入してもらうことになる」

 

「了解しました」

 

 どっちにしろ、近代化改修の性能を確かめている時間はなさそうだ。ブラックに感じるかもしれないが、それが軍人というもの。戦あるところに軍人あり。戦わなければ民が死ぬ。

 明石さんがやってきて、私の艤装を謎の装置に入れる。そして表示される、04:30:00の文字。次の瞬間には04:29:59になった。

 その時、鎮守府の放送が鳴る。

 

『大規模侵攻が開始されました!

 作戦を開始します!』

 

 それを聞き、東提督はすぐさま工廠を出ていった。

 私は明石から、今回の作戦の詳細を聞く。まず、この作戦は普段の艦隊とは違う艦隊で行われる。

 

第一艦隊 旗艦吹雪 随伴陸奥・北上・暁・響

第二艦隊 旗艦長門 随伴翔鶴・加古・天龍・木曾・島風

第三艦隊 旗艦金剛 随伴龍驤・川内・時雨・夕立

第四艦隊 旗艦古鷹 随伴扶桑・山城・陽炎・不知火

 

 これが今回の艦隊編成だ。川内さんが、私がいなくても出撃できるようになっていること以上に、驚いたことがある。あの子が――加古さんが、艦隊編成に加わっているのである。

 私のいない十三日間で一体何があったのか、とても聞きたいところだが、いまはそんな時間はない。戦闘海域の説明に入った明石さんの説明に、集中する。

 

 

 

 

 

 四時間半が経ち、近代化改修が終わった艤装を取り付ける。

 無線の先では、苦戦している様子の鎮守府のみんなの様子が聞こえてくる。

 

「今日は、手加減無しでいくよ」

 

【最初から最高火力でいくよー!】

【誘爆は防ぐ】

【傷一つ付けさせないよ!】

【戦の時間だ!負けないぞー!】

【索敵範囲いっぱいだ~楽しみ~】

【が、頑張ります……】

【行きましょう、先生!】

 

「――さぁ、返り咲いて参りましょう」

 

 海の上に立つ。そして、前進する。加速、加速、加速。

 

【はっやーい!】

【ひ、ひぇぇー!】

 

 火力科長と幸運科長がどこぞの艦娘っぽい言葉を発する。しかし、本当に早い。

 

「私こんなに速かったっけ?」

 

 私がそう問いかけると、装甲科長と対空科長が答えてくれる。

 

【近代化改装による強化と】

【レベル99だからだぞー!】

 

 最近は全速力で走ることもなかったし、知らなかった事実だ。原作では近代化改装やレベルアップでは速力は変わらないはずだが、この世界では変わるようだ。

 これなら、予定より早くたどり着けるかもしれない。

 

【天候と風向きは良好】

【前方六キロ先まで深海棲艦なし~】

【最速で二十七分十五秒後に到着する予定です】

 

 回避科長と索敵科長と委員長がそう教えてくれる。おそらく、ここら一帯の深海棲艦も大規模侵攻の方に行っており、いないのだろう。最速で約三十分だから、それまで耐えてくれるといいのだが……。

 私がそんなことを考えていると、唐突に野良妖精さんが全員、上を向いて黙り込んだ。

 

「みんな、どうしたの?」

 

 私がそう問いかけると、委員長が小さく呟くように言った。

 

【……妖精王様】

 

 妖精王様って、どなた? 名前からして、妖精さんの王なんだろうけど。

 私が困惑していると、野良妖精さんたちが目を瞑ったかと思ったら、その体が輝いていく。

 

「えっ!? みんな、大丈夫!?」

 

【大丈夫ですよ、先生】

【あったかい……】

【ぽかぽかする~】

 

 少なくとも、不快感はないようだが……。委員長が大丈夫だと言うので、速度は変えずに前進したまま、その横をぴったりと走る野良妖精さんたちを見守る。そうして、だんだんと光が弱まっていったかと思ったら、そこには赤いマフラーを付けた野良妖精さんたちがいた。

 

【先生、私たちは、野良妖精さんから随伴妖精さんに変化しました】

 

「随伴妖精さん……?」

 

【はい。私たちは先生の随伴妖精さんなので、先生と一緒に戦うと強くなります】

 

 野良妖精さんたちはどうやら、随伴妖精さんに変化したようだ。といっても、いまいちその違いがわからないのだが。見た目的には赤いマフラーを付けただけだし。

 と思ったら、最高時速だと思っていたスピードがどんどんと上がっていく。

 

【パワーアップだよ先生!】

【前方八キロメートル先に深海棲艦~】

【撃破しといたぞ!】

 

「索敵科長、対空科長、どこまで航空機飛ばせる?」

 

【どこまでも~】

【みんなが戦っているところまで行けるぞ!】

 

 大幅な時間短縮だ。すぐさま東提督に伝えると、その急なパワーアップには驚いていたが、許可を貰えた。そのため、航空機の移動を開始する。

 

『作戦遂行中の全艦娘に告げる。

 第五艦隊旗艦赤城が現在作戦領域へ進軍中。

 暁の水平線に勝利を刻むときは近い!』

 

 無線から東提督の声が聞こえ、一瞬無線が静かになる。数秒後、第一艦隊旗艦である吹雪が了解と返し、無線は被害報告などに戻る。

 

【たくさんの深海棲艦と艦娘が見えてきたよ~】

 

 航空機の管理は全て妖精さんたちに任せているため、私は戦場に付くまで何もすることがない。しかし、母艦として覚悟を決める。

 

「――第一次攻撃隊、攻撃開始!」

 

【火力科長、一発目にどでかいやつをお願いします】

【腕が鳴るねぇ!任せて!≪告知≫するよ、最大火力の攻撃でたくさん沈めるよ!】

【っ……!≪予知≫した!たくさん攻撃が来るっ……!】

【攻撃は連射と機動を中心に、対空科長は攻撃元を探してください】

【……≪探知≫したぜ!十七時の方向だ!って、もう撃ってきたっ!?】

【数機の被弾を≪認知≫した。この程度十秒もあれば直せる】

【被害軽微のようなので、戦闘陣形は崩さずいきます】

【――≪明知≫した。……あ、一瞬だったけど見えた~?】

【ちゃんと≪感知≫したよ。北が深海棲艦多め、南は囮部隊で、本命は北東だね】

【艦隊の≪知能≫として、新たな作戦を発令します。北東に囮部隊を移動させます。西に本命を向かわせ、そこを殲滅してから西の艦娘と共に、北の深海棲艦を挟み撃ちする形で攻撃します。攻撃は連射中心、第二次攻撃隊が到着したら火力を上げます】

了解!

 

 委員長がスキルを使用し的確に指示を出す。その指示通りに各科長と付喪妖精さんが動く。あれ、もしかして、私いらない子?

 

【先生に勝利を届けるぞー!】

【先生、また一人倒したぞ!褒めて!】

 

「すごいね、対空科長」

 

 私が不安に思ったのを察したのだろうか。火力科長と対空科長がそう言う。実際、これだけで私の心は満たされるのだから、不思議なものである。

 と、そんなことを考えると、やっとのことで戦場が見えてきた。そこで交戦しているのは、第三艦隊と第四艦隊。やはり、敵の数が数だ。苦戦しているわけではないが、長時間の戦闘で精神的に来ている部分も多く、普段の戦闘よりミスが増えている。

 

「第二次攻撃隊、発艦!」

 

【数機で艦隊を護衛しながら残りの機体で深海棲艦を攻めます】

 

「了解。古鷹さんと陽炎さん、暁さんには注意を払っておいて」

 

【わかった!二人への攻撃は特に警戒しておくぜ!】

 

「――第二次攻撃隊、攻撃開始!」

 

【火力隊長、敵も消耗していますので、威力の調整はお願いします】

【任せて!≪告知≫するよ!全部の深海棲艦を五撃以内に倒すよ!】

【回避科長、敵が多いので回避優先でお願いします】

【わかったよ。敵の位置は≪感知≫済みだから任せてね】

【おっと、古鷹への攻撃が来たけど、防いどいたぜ!】

 

「対空科長よくやった!ありがとう!」

 

【へへ~ん。報酬は弾んでくれよ?】

【お前は金平糖がたくさん食べたいだけだろう】

【あっ、バレた?】

【バレバレだ】

 

「この戦いに勝ったら、たくさん金平糖あげるからね!」

 

【楽しみー!】

【金平糖……!】

 

 そうやって妖精さんと話しているうちに、私も戦闘が出来る距離まで来ていた。仲間にぶつからないように少しずつ減速し、腰の刀を抜いて構える。

 時速が出ているのもあり、遠くに見えていた深海棲艦との距離も一瞬で縮まる。そして、深海棲艦の横を過ぎる瞬間斬りつけ、そのまま敵陣奥まで行き、減速していた速度を上げ辺り一帯の深海棲艦を吹き飛ばす。

 

【流石先生です……!】

 

「ありがとう、委員長。

 みんなが闘っているのに何もできない、じゃ嫌だからね」

 

 話ながらも、既に十体以上の深海棲艦を倒している。すると、私の機体たちに支援されながら第三艦隊と第四艦隊の艦娘たちが少しずつ前線をあげてくる。すこしもすれば、彼女たちは私と同じくらいの位置まで来ていた。

 偶然第三艦隊旗艦の金剛さんと近くなり、無線無しで話す。

 

「赤城、来ると思っていたデース!」

 

 金剛さんから意外なことを言われる。私は十三日間眠っていたようだし、この戦いでも目覚めない可能性の方も大いにあった。というか、そう思う方が自然だろう。実際、私がこの日に目覚められたのも偶然以外の何物でもない。

 

「どうしてですか?」

 

「赤城だからデース!

 あなたは一番来てほしい時にさらっと現れるのデース!

 だから、さっさと“あの子”のところへ行くデース!」

 

「……ありがとうございます。

 金剛さんは、変わりましたね」

 

「あの提督のせいデース!

 文句なら提督にいってくださいネー!」

 

「わかりました。

 あとで、提督には感謝しておきましょう」

 

 それだけ言って、私は再び深海棲艦の群れに突撃していく。

 加古さんは第二艦隊に所属している。この深海棲艦を越えたところにある。

 

【もうすぐですよ、先生!】

 

「ありがとう委員長!」

 

 委員長に感謝を伝えながら、目の前の深海棲艦を蹴り飛ばす。その勢いで二体の深海棲艦に傷を与える。その二体を無視して進もうとすると、上空から航空機が二体の深海棲艦に攻撃を加えた。私の航空機が出したものではない。

 

「翔鶴さんには後でお礼をしないとねっ!

 この勢いに乗って、行くよ!」

 

【――≪明知≫した】

≪感知≫したよ。先生、南側の敵が消耗しているから、狙うならそっちを!】

 

「わかった!」

 

 進行方向を変え、南側に寄っていく。確かにこちらの敵は消耗が激しい敵が多い。

 何体か敵を倒した辺りで、広い水平線が見えてきた。そして、そこに第一艦隊と第二艦隊の艦娘の姿を見つける。

 

「ッ、あかぎ、さん……!」

 

「……加古さん」

 

 そこには、加古さんの姿があった。しかも、その姿は変わり、改二の状態となっていた。私と会ったことで色々な感情が溢れてきたのか、何もできないでいる加古さんに近寄った。そして、私を見つめる加古さんの頭を撫でる。

 

「ッ、あかぎさぁぁぁんッッ!!!

 うわぁぁぁああんッ!!」

 

「よく頑張りましたね、加古さん」

 

 大声で泣きだした加古さんの頭を優しく撫でる。この十三日間、加古さんはどう思いどう過ごしたのかはわからない。ただ少なくとも、部屋から出ることを決断させる何かがあったはずだ。しかし今はそれを聞いている時間がないため、手っ取り早く頭を撫で、褒める言葉を与える。それが今の加古さんに一番必要なものだと、この数秒間で導き出した答えだ。

 少し経ち、加古さんが泣き止んだのを確認して、頭から手を離す。加古さんも気分を切り替えて、敵の殲滅に行動を移していく。それを見ていたのか、私に無線が届く。

 

『赤城さん』

 

『どうしましたか、吹雪さん』

 

『……正直、現状私の作戦指揮では、この戦いの勝率は五分五分としか言えません。

 赤城さん、あなたなら、この戦いを勝たせることはできますか?』

 

 十三日間。何があったのか全く知らない私でも、その言葉で吹雪さんが自信を喪失していることに気づけた。提督は変なところで鈍いと言うか、身近な人物の変化ほど気付けないタイプなのだろう。

 きっと吹雪さんは、提督が加古さんや金剛さんを変えたのを目の当たりにして、自身は提督と釣り合っていないんじゃないかと不安に思って、それが自身の喪失につながっているのだろう。じゃなければ、圧倒的有利なこの状況で五分五分なんて言葉使わないだろうし、指揮系統下にいる者を不安にさせる指揮権の譲渡なんて提案するわけがない。

 

 ――。

 

 本当に、面倒くさい。

 

『……私を指揮系統から外して頂けるのなら、勝てますよ』

 

 口から出たのはそんな言葉。ああ、やっぱり駄目だった。

 正しい言葉が思いつかなくて、妥協策に落ち着いてしまう。人が自力のみで変化するって、やっぱり相当大変だ。しかし、私のプライドにも似た矜持が、同時に恐怖にも似た妄想が、誰かに頼るという行為を選ばせない。

 その点において、私は大淀さんや天龍さんに大きく劣っている。二人は、トラウマを克服した。私は……ッ。『_____________』……っ。

 

【先生、大丈夫ですか?】

 

 ……大丈夫。もう落ち着いた。

 今は、戦いに集中することにしよう。

 

 

 

 

 

横須賀第十二鎮守府近海大規模侵攻 人的被害(艦娘)

横須賀第十三鎮守府

作戦参加艦娘数22名

損傷無し 0名

小破   4名

中破   12名

大破   5名

轟沈   0名

特殊損害 1名



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第十五話 東未来の日記 ☆

――東未来side――

 

20XX年5月31日

ついに明日から、提督として活動する。

着任先は最近ニュースにもなっていた、ブラック鎮守府のなかでも相当劣悪な環境にあったという横須賀第十三鎮守府。

所属艦娘は元々いた21名に、間宮さん、鳳翔さん、そして吹雪を加えた25名。

初日で鎮守府を追い出される可能性も視野に入れておいた方がいいかもしれない。

しかし、私は艦娘を艦娘として輝かせるという目的がある。

そのために、この逆境を乗り越える覚悟はできている。

明日、艦娘のみんなと会うのが楽しみだ。

 

20XX年6月1日

本日、横須賀第十三鎮守府に提督として着任した。

最悪、目が合った瞬間砲口を向けられる覚悟はしていたのだが、そんなこともなく、恙無く着任式は終わった。

ちょっと拍子抜けという感じは否めない。

しかし、着任式の時に、ほとんどの艦娘から向けられた敵意むき出しの視線を見たら、そんな呑気にしていられないのも確かだ。

もし、少しでも艦娘に対して失礼に扱うことがあれば……その時は想像に難くない。

艦娘と関わるときは、最大限の注意を払うようにしよう。

 

20XX年6月2日

着任して二日目は、大量の書類整理に追われるかと思えば、そんなことはなかった。

どうやら大淀さんがやった訳ではないようで、大本営に聞いたら匿名の艦娘がやったと答えていた。

大淀さんに聞いても心当たりはないと答えられた。

これは本当に心当たりがないのか、まだ私に対する警戒心が抜けていないのか。

とりあえず、匿名の艦娘を探す前に、いくつかの書類整理と、鎮守府の現状を大淀さんから聞いた。

どうやら、まだ鎮守府の清掃が終わっていないようだったので、吹雪と共に鎮守府を点検する大淀さんに付いて回った。

 

20XX年6月3日

本日も大淀さんと共に鎮守府を見回っていた。

艦娘たちの寮へ行ったのだが、潜水艦寮は特に酷い状態で、流石に使えないと判断し解体工事をすることになった。

寮に対して艦娘の数が少ないのに加え、現在この鎮守府には潜水艦がいないので立て直しをするのは今のところ予定していない。

 

~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~

 

20XX年6月6日

一体前任は、艦娘にどれほど酷い仕打ちをしたのか。

そう考えずにはいられない。

今日、私は大淀に砲口を向けられた。

大淀が一瞬撃つのを躊躇っていなかったら、私は今頃病室にいただろう。

今回の件で、随分吹雪を心配させてしまった。

でも私は、艦娘を艦娘として輝かせるために、提督としてちゃんとトラウマと向き合いたい。

そう言ったら、吹雪は「提督はそういう人ですよね」と笑っていた。

 

~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~

 

20XX年6月8日

激動の一日だった。

気分転換がてら修練室に行ったら、そこで訓練していた赤城さんに斬られそうになった。

その後、大淀から艦娘の間で取り決められた三つのルールを聞いた。

そして最後に、『名無しの解体願い』の謎を解くことになった。

武道場に行ったら赤城さんが居たのには驚いたが、無事事件は解決することができた。

……しかし、艦娘同調率が世界で二位と三位、日本では一位と二位が同じ鎮守府にいるってすごい状況だと思う。*1

 

~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~

 

20XX年6月18日

近代化改修を全ドロップ艦と一部の建造艦に対して行った。

基本八時間以下で終わる改装*2とは違い、近代化改修に関する諸々は初めて受ける場合、数日間かかることがある。

建造艦は艦娘になるときに、艦娘同調率の検査を受けているので、同調率の変化がない場合はすぐに終わるのだが、今回は複数名変化があったようで眠っている。

念のため、建造艦を一部の艦娘のみにしておいてよかった。

まだ検査を行っていない艦娘は順次検査をする予定だ。

 

20XX年6月19日

早速問題が起きた。

川内さんが出撃をしないと言っている。

というのも、川内さんは赤城さんが艦隊にいることが前提で出撃を行っていたようだ。

近代化改修の詳細を事前に言えないのが仇となった。

しかも、新しく加古さんの問題も発覚した。*3

これら全てを、赤城さんは巧妙に私から隠していた。

……赤城さんは、一体何者なのだろうか。

疑問は残るが、今は目の前のことに集中することにしよう。

 

20XX年6月20日

川内さんと話し、どうして川内さんが一人で出撃に出られないのか話していく過程で、川内さんが赤城に対して強い尊敬の念を抱いていることがわかった。

そのため、「出撃したら赤城さんは喜ぶだろう」と説得し、何とか明日から出撃してもらえることになった。

やっと一つ問題を解決したと思ったところに、さらに問題が降りかかってきた。

金剛さんだ。

一見普通に見えていたのだが、その闇を垣間見たことで、やっと金剛さんの持つ深い深い闇に気づくことができた。

「艦娘に関わらないで欲しいデース」と言われたので「提督として艦娘を導く義務がある」と返したら、「お前程度に導かれるほど、私たちは落ちぶれてないネー」と返されてしまった。

もしかして、私は無意識のうちに艦娘のことを下に見てしまっていたのだろうか。

わからない。

 

20XX年6月21日

今日、加古さんの部屋へ行った。

私が執務室で自分の心もわからず葛藤していた時、川内がやってきて、「私、一人で出撃できた。ありがとう」と言った瞬間、私の心は決まった。

私はこの笑顔を見たくて、提督になったのだ。

加古さんのトラウマを解決するのは、私が艦娘だった時の話をするのが一番だと思った。

建造艦は解体されたら、艦娘の容姿から人間だった時の容姿に戻る。

そのため、鎮守府で私が艦娘だと知っているのは、吹雪だけだった。*4

だから、艦娘について話すのは、勇気が必要だった。

私は覚悟を決めて、艦娘だった時の話をした。

……あの人が自ら申し出て、解体された話を。

 

20XX年6月22日

次の日、加古さんは部屋から出てきた。

そのことにひたすら安堵した。

そして、案の定金剛さんはそのことを嗅ぎつけてきた。

しかし、執務室での会話で、金剛さんが抱えている闇の本質に気づくことができた。

だが、その過程で、私を試すためだとは思うが、艦娘を貶すような発言をしたのは気にかかった。

そのため、その罰もかねて、私も金剛さんの闇を無理矢理暴く方法で解決することにした。

 

20XX年6月23日

金剛の闇は解決できた。

しかし、これでわかったことがある。

この鎮守府の艦娘は、闇を持っていないように見える者も闇を持っているということだ。

現在、闇を解決できた者は大淀、天龍、川内、加古、金剛の五名。

まだ多くの艦娘が闇を抱えている。

今まではトラウマを触発しないように受動的だったが、これからは積極的に問題を解決していくことにしよう。

 

20XX年6月24日

大淀から、金剛への罰が重すぎると怒られた。

罰として普段の三倍以上の書類を処理することとなった。

処理し終わった後、「赤城さんならもっと重い罰を与えますよ」という大淀の言葉に恐怖を覚えた。

そういえば、艦娘の持っている闇について調べるために、過去の出撃の資料を読んだのだが、その中で赤城さんの資料、特にその被害報告は驚いた。

赤城さんの被害報告は、そのほとんどに“損傷無し”と書かれていたのだ。

あり得ないと思ったが、実際私がこの鎮守府に来てから損傷を受けたことは一度もなかった。

損傷があった箇所については、原因の欄全てに“○○を庇い損傷した”と記されていた。

本当に謎が多い人だ。

そういえば、近々大規模侵攻が行われる可能性が高いと大本営から通達が来たから、気を付けておこう。

 

~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~

 

20XX年7月1日

吹雪が深海化したと報告があった

どうしよう

どうすればいい

わからない

*1
日本一位天龍93%、二位吹雪89%

*2
改や改二、改二戊になるやつ。本作ではよく赤城が、明石に渡された睡眠薬を飲み、眠らされている。

*3
赤城の代わりに加古の部屋に食事を持って行っていた大淀を提督が見つけ、発覚した

*4
赤城が知っていることを提督は知らない




作者から

感想、評価、誤字報告ありがとうございます!!!!!
多くの方に見て頂けて、とても嬉しいです!!!!!!!!!!!


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第十六話 吹雪深海化・前編 ☆

――吹雪side――

 

 いつから私はこんなに弱くなってしまったのだろう。いや、きっと、ずっと弱いことを自覚していなかっただけなんだろうな。

 

「未来……?」

 

「……」

 

 光を失った目で部屋の隅に座り、虚空を見ていた未来から返ってきたのは、無反応という絶望だった。私はそこで初めて、唯一の親友を守れなかったという無力感を抱いた。

 何とかそんな未来を支え、未来の生きる道を尊重し、ついに横須賀第十三鎮守府の提督となることができた。未来の“艦娘を輝かせる”という夢を守るために、私は未来を支え続けることを胸に誓った。

 

 でも。

 

 ――大淀さんに撃ち殺されそうになった現場に、私はいなかった。

 

 ――ワタシハ、タスケニイケナカッタ。

 

 ――天龍さんの謎解きは、未来と妖精さんだけで解けた。

 

 ――ワタシハ、イナクテモヨカッタ。

 

 ――川内さんと赤城さんの繋がりなんて、一切知らなかった。

 

 ――ワタシハ、キヅケナカッタ。

 

 ――加古さんのことは、気づいたら未来が一人で解決していた。

 

 ――ワタシハ、ナニモシナカッタ。

 

 ――金剛さんとのことは、終わった後に未来から聞いた。

 

 ――ワタシハ、ドコニモイナイ。

 

 

 

 私の中の不明瞭な何かが、明確に崩れていくのを感じた。

 私の中のワタシの感じた、ナニカフメイリョウな何かが。

 

 あなたとワタシの夢だった、ナニカフメイリョウ崩れて。

 ワタシのあなただったと夢、クラクテフカクテサビシイ。

 

「吹雪さん」

 

 ――暗クテ。

 

「その先に、光はありませんよ」

 

 ――深クテ。

 

「その道は、正解じゃありませんよ」

 

 ――寂シイノニ。

 

「そこに、仲間はいませんよ」

 

 ――沈メ。

 

「吹雪さん」

 

 ――沈ンデ。

 

「必ず助けますよ」

 

 ――沈ンデヨ!!!

 

「あなたの提督が」

 

 ――……。

 

「吹雪さん」

 

 ――彼女が私の名前を呼ぶ。

 

「ごめんなさい」

 

 ――その声が、刃物となって体を突き刺した。

 

「さようなら」

 

 ――彼女の目は、黄色く光っていた。

 

 

 ――その顔は、悲しそうに見えた。

 

 

 

 

 

 見慣れないベッド。しかし、何度も見たことがあるような、既視感さえ感じる。

 ――突然病院のベッドで目覚めるとこういう気分なのだと、私は身を持って知った。

 といっても、私は艦娘だから、ここは病院ではなく鎮守府に設けられた医務室なのだろうが。入渠で傷を治す艦娘にとっては、いくら戦時中であってもあまり馴染みのない部屋である。

 

 ベッドの端を見ると、そこには提督が自身の腕を枕にするように寝ていた。その目元が赤くなっていることで、自身が作戦中に何か大きな怪我を負ったのかもしれないと思った。

 確か私は、大規模侵攻を阻止する作戦に参加していて……ええと、それでどうしたんだっけ。どうしてか、あまりよく思い出せない。作戦に参加していたことは確かなのだが、そこから帰った記憶がない。

 

「ん……ふ、ぶき……?」

 

 横から声がし、そちらを見ると、先程まで寝ていた提督がゆっくりと顔を上げこちらを見ていた。その後、私の顔を見て数秒間固まった後、思いっきり抱きしめられた。

 

「わぁっ!? て、提督!?

 どうしたんですか……!?」

 

「ふぶきぃ、ふぶき! よかった、よかったよぉお!!」

 

 そう言って泣く提督を宥めること十分。やっと落ち着いてきた提督は、ぽつりぽつりと状況を教えてくれた。

 どうやら私は、大規模作戦で深海化していたらしい。

 深海化とは、その名の通り、艦娘が深海棲艦になってしまうもので、基本的に深海棲艦になったら艦娘に戻ることはない。しかし、過去に一度だけ、台湾で深海化した艦娘が艦娘に戻った前例がある。

 そのため、深海化というのはあまり情報がないため、まだ深海化が完全に治ったのかはわからず、再発する恐れもあるとして、深海化の情報は箝口令が出されている。

 実際私も、深海化した時の記憶がないので、何とも言えない状態だ。

 

「“あかぎ”さんがいなかったら、どうなっていたことやら……。

 本当に、“あかぎ”さんには感謝しかないよ」

 

「“あかぎ”さん……?」

 

「ああ、えっとね、深海化した吹雪のことを止めてくれたのは“あかぎ”さん何だよ!」

 

 提督は嬉しそうに笑う。そんな提督に、私は一つの疑問を投げかける。

 

「えっと……――“あかぎ”さん、ってどなたですか?」

 

 別の鎮守府の艦娘なのだろうか、と問いかけると、提督はその目を大きく見開き、信じられないものでも見たかのような表情をする。もしかして、有名な人だったのだろうか。しかし、最近“あかぎ”という名前の艦娘が戦果を出したなんて話は聞かないし……。

 

「ふぶ、き?

 嘘だよね。冗談……だよね?」

 

「えっ、どうしたんですか、提督。

 私、なにかおかしなこと言いましたか?

 えっと、思い出しますから、その“あかぎ”さんって、どこの鎮守府の方か教えていただけますか?」

 

「……」

 

 絶句。まさにそんな言葉が似合う表情であった。状況が全く呑み込めず混乱する。いったい提督はどうしたのだろうか。どうやら提督は私が“あかぎ”さんを知らない事がおかしいことのように思っているようだが、こちらとしてはそんな聞いたこともない名前を出されて、まるで知っている人物であるかのように話している提督に疑問を抱く。

 私がおかしいのか。提督がおかしいのか。よくわからなくなってくる。

 

「ッ、大淀は!?

 それに、長門さん、陸奥さん、翔鶴さん、北上さん、響さんは!?」

 

「大淀さんは書類整理が得意な艦娘で、最近提督とよく一緒に居ますよね。

 後の五人は私の同じ第一艦隊です」

 

「……」

 

「あの、提督、大丈夫ですか?

 水でも入れましょうか……?」

 

「い、や、だいじょうぶ……」

 

 その声はか細く、とても大丈夫そうには見えなかった。その後、鎮守府にいる艦娘の名前を言われる。

 当然、全員知っている。いったい、提督は何を確かめているのだろうか。

 

「失礼します……あっ、吹雪さん、目が覚めたんですね!

 ところで、提督は何を……?」

 

「あ、明石さん!

 えっと……“あかぎ”さんのこと、覚えてるよね……?」

 

 明石さんは不思議そうな顔をした後、何かわかったのかハッとした顔をした。そして、提督を病室から出したと思ったら、すぐに戻ってきた。

 

「あの、明石さん……提督はどうしたんですか?」

 

「あー、えっと、私にもわかりません!

 けど、私にはわからなくても、“あの人”にはわかっていると思うので、“あの人”に聞くように促しておきました」

 

「“あの人”って誰ですか……?」

 

「そ、それは……機密事項です!」

 

 明石さんはそれ以上何も教えてはくれず、作戦中に大破をしたという私の身体検査を始めた。私の頭から疑問は消えなかったが、それを解消するための材料もなかったので、ひとまずその疑問は置いておくことにした。

 

 

 

 

 

 諸々の検査も終わり、やることもなく病室のベッドで横になっていたら、扉がノックされ開いた。そこから提督と、見慣れない女性が現れる。提督は何故かわずかに緊張したような顔をしている。対して見慣れない女性は、私を見ると笑顔で微笑みかけてくる。優しそうな女性だなぁと私が思っていると、提督が口を開いた。

 

「吹雪、さっきはごめん。ちょっと気が動転してたよ。

 改めて紹介するね」

 

 提督がそういうと、隣の女性が一歩前に出た。そして、あの優しい笑みをもう一度私にする。

 

「はじめまして、吹雪さん。

 新しくこの鎮守府に着任した、航空母艦の“あかぎ”です」

 

「あっ、はじめまして、“あかぎ”さん!

 駆逐艦吹雪です! よろしくお願いします!」

 

 私が“あかぎ”さんにそう言うと、“あかぎ”さんは笑い返してくれた。なんだが、大人の女性っていう感じがする。

 そんな私たちのやり取りに、提督は複雑そうにしている。さっきから提督はどうしたのだろうか。

 

「……“あかぎ”は、私たちのサポート役として新しく大本営から派遣された艦娘なんだ。

 吹雪が眠っていた間、吹雪の代わりに秘書艦をやってもらっていた」

 

「あ、そうでしたか。

 すみません、ご迷惑をおかけしました」

 

「いえ、提督をサポートするのが艦娘の役目ですから。

 これまで一人で提督を支えていらっしゃった吹雪さんの大変さが身に沁みました」

 

「えっ、いや、そんなことないですよ! えへへっ」

 

「……話を戻すけど、吹雪、一つ大事な話があるの」

 

 提督がいつにもまして真剣そうな顔をする。その表情は、天龍さんや川内さんの抱えていた闇を解決する時にもしていた、艦娘について真剣に考えている時の顔だ。私も覚悟を決めて、聞く姿勢に入る。

 

「今回は何とかなったけど、もしまた吹雪が意識不明になるようなことがあれば、秘書艦業務は滞納してしまう。

 それを回避するために、秘書艦は曜日ごとに分けようと思うの」

 

「ッ……わかりました」

 

 鎮守府によって、一人が秘書艦を務めるか、複数人が秘書艦を務めるかは変わってくる。いままでは私が一人で秘書艦を務めていたが、ついにこの日が来たか、という感覚だ。

 ただ、いずれ来るかもしれないと思っていても、いざ来たとなると、ちょっと残念な感じはある。提督といる時間が短くなるのは、やっぱり寂しい。まぁ、仕方ないと割り切るしかないんだけど。

 

 

 

 

 

 あれから一週間の時が経った。やっと、出撃ができる。どうやら提督は艦隊編成を変えることを考えているようで、現在は色々な艦隊編成を試しているようである。今回は、旗艦川内、随伴金剛、“あかぎ”、夕立、島風、そして私の六名だ。

 

「艤装展開! 吹雪、抜錨します!」

 

 そう言って艤装を展開する。建造艦は艤装を展開する時に“艤装展開”と言ってから艤装を展開する方法を習っているため、そうやって展開する人が多い。逆に、ドロップ艦はさまざまである。

 

「川内、出ます!」

 

「鎮守府に平和を持って帰るネー!」

 

「……艤装展開! 一航戦“あかぎ”、出撃します!」

 

「さぁ、ステキなパーティしましょ!」

 

「私には誰も追いつけないよ!」

 

 “艤装展開”と言っている人は一人もいない。“あかぎ”さんが艤装を展開してから“艤装展開”と言ったように見えたけど、たぶん見間違いだろう。

 

 海域を進み、深海棲艦と遭遇する。

 

「攻撃開始!」

 

 川内さんの合図で攻撃が始まる。私も攻撃を開始する。カンムスノテキハ、ナカマダ。仲間は攻撃しちゃいけない。でも、深海棲艦は敵だから攻撃していい……って、なんでそんなこと考えたんだろう? ワスレロ。まぁ、今は戦闘に集中しようかな。

 デモ、ドウゾクゴロシハ、ヒメサマニオコラレル。あれ、姫様って誰だっけ? ヒメサマハ、ヒメサマダ。ワレラノウエニタツオカタ。提督って、姫様って呼ばれていたっけ。テイトクデハナイ。ナゼワカラナイ。あれ、えっと、あれ……? 私、さっきからなんかおかしいような……。ヤバイ。ワスレロ。あれ、もう敵が全員沈んでる……。いつの間に……。

 

「吹雪、攻撃が当たってないけど、どうかした?」

 

ドウモシテイナイ。

 ごめんなさい、次はちゃんと当てます!」

 

「戦場にいることを忘れないようにね。

 仮第五艦隊、進軍します!」

 

 ああ、怒られちゃった。ナンダ、アノケイジュンヨウカンハ。そういえば、川内さんって、神通さんの姉妹艦だったっけ。そりゃ怖いよ。……そうなると、那珂ちゃんも意外と怖かったりするのかな。

 って、戦場にいることを忘れないように、ってさっき怒られたばかりだった。艦娘風情ガ、ワレニ指図スルナ。ワレヲ動カスノハ、ワレノ敬愛スル姫様ダケダ。貴様ラミタイナゴミニ、媚ビヘツラウナド、恥以外ノ何物デモナイ。ワレガシヨウト思エバ、コイツラナンテ簡単ニ殺セル。

 暗い。この先に光はない。

 

南西ニ行コウ。

 敵艦ガレーダーニ反応シタ

 

「うーん、提督は自由に進軍していいって言っていたから、南西に行こうか。

 仮第五艦隊、進軍します!」

 

 馬鹿メ。ソコニハ、ワレラノ拠点ガアルノダ。ソコデ貴様ラヲ挟ミ撃チニシテヤル。

 シカシ、コノ鎮守府ノ提督トイウ女ハ、馬鹿ナノダロウカ。航空母艦ヲ、日ガ落チル時間帯ニ出撃サセルナンテ。格好ノ的デハナイカ。

 深い。この道は正解じゃない。

 

「あれは……深海棲艦っぽい?」

 

「進軍するのー?」

 

「しかし、もう艦載機が出せる時間帯ではありませんよ」

 

「けど、深海棲艦の拠点をひとつ潰す絶好のチャンスデース!」

 

「……まだ弾薬も燃料もあるので、進軍します。

 もし敵が強いようなら撤退の指示を出します」

 

 ……シカシ、残念ナノハ、コノ航空母艦ガ、アノ航空母艦デハナイ事カ。

 ヤツハ許セン。ヤツノコトヲ思イ出スダケデ、心ノ底カラ沸キ立ツ殺意ヲ抑エラレナイ。アア、武者震イガシテキタ。何ダカ寒イ気モスルナ。

 ヤツノ目ヲ見テカラ、タマニコウナルガ、ヤツハ呪イデモ使エルノダロウカ。ソレナラ納得ダ。ソウデナケレバ、ワレガヤツニ怯エル道理ナドナイ。イ、イヤ、姫様ノ次ニ最強ナコノワレガ、怯エヲ感ジルワケガナイナ。コレハ、弱者ニ馬鹿ニサレタ怒リダ。間違イナイ。

 寂しい。ここに仲間はいない。

 

「敵影発見! 攻撃開始!」

 

「ッく、思ったより数が多いデース!」

 

「ど、どうするっぽーい!?」

 

「……仮第五艦隊、撤退します!」

 

ソウハイカナイナ

 

「ふ、吹雪!? どうして邪魔をするの!?」

 

我ハ吹雪デハナイ!

 我ニハ軽巡ヘ級eliteトイウ、姫様カラ授カッタ名前ガアル!

 

「ひ、姫級!? そんなっ……!」

 

「姫級と戦えるほど、弾薬に余裕はないデースッ……!」

 

フハハハハハ! 貴様ラハココデ海ノ藻屑トナルノダ!

 

 ワレガソウヤッテ敵ノ気ヲ引イテイルウチニ、アノ方ハ帰ッテキタ。

 

「カンムスガ、ゴセキ……」

 

姫様!

 

「ヘキュウカ…ヨクヤッタナ」

 

ア、有難イオ言葉……!

 

「サァ……ワタシ、センカンセイキガ、アイテヲシヨウ」



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第十八話 大規模侵攻後

 おそらく、私がそれに気づけたのは、見たことがあったからだろう。

 

「……ァ”ァ”ァ”ァ”ア”ア”……」

 

『ッ、第一艦隊、吹雪さんから距離を取ってくださいッ!』

 

 私の必死さが伝わったのか、吹雪の近くに居た北上さんと響さんが吹雪さんから距離を取る。吹雪さんは顔をうつむけたまま、唸るように声を出している。

 もし何かがあった時に独断で動けるように指揮下から外れたが、まさか本当にその何かが起こるとは思っていなかった。

 

『吹雪、どうしたの!?』

 

『赤城は、なにか知っているのかい?』

 

『……深海化ですね。

 吹雪さんは私が何とかしますので、第一艦隊は深海棲艦の殲滅をお願いします』

 

 私がそういうと、第一艦隊は吹雪さんに近い深海棲艦から倒していってくれる。気を利かせてくれて有難い。

 ……さて、何とかすると言ったはいいが、私は深海化を治した経験はない。過去に一度、目の前で艦娘が深海化した。その艦娘は……いま、どうしているかわからない。一度深海化が直ったと思ったら、次の出撃の時に再度深海化した。結局艦娘に戻すことも、沈めることも出来ず、彼女は海の何処かへと消えていってしまった。

 しかし、いまは前と違う。弾薬も、燃料も、満足に補給できる。損傷したら、鎮守府で入渠できる。もしかしたら、今回は深海化を治せるかもしれない。

 

 ――赤城、私から最後のお願い。私の代わりに艦娘を守って。

 

 私は、雪風に艦娘を守ると約束した。だから、今度こそは、守る。

 ひとまず、方法としては、前回の方法をなぞることになるだろう。まず、深海化というのは、艦娘が深海棲艦になりかけているというよりは、深海棲艦に憑依されかけているという説明の方が近い。そのため、深海棲艦を殺すか怯えさせればいったんは艦娘の方を表層に出すことができる。といっても、憑依している深海棲艦は寄生虫に近く、深海棲艦に攻撃すれば艦娘にも何かしら影響が出る。前回の時は、一年間分の記憶喪失であった。今回も同等の結果が出る可能性があると、警戒した方が良いだろう。

 深海棲艦を裏側にやった後は、また出てきたときに倒す。前回は何度も深海棲艦に攻撃し、何度も艦娘を表層に出させていたのだが、時間が経てば経つほど焦っていたため、時間制限があるのだろう。

 

 さて、とりあえず、彼女を表層に出させよう。

 

「吹雪さん」

 

「暗くて。

 アァ、ソトハクライ。

 コチラガワハ、コンナニアカルイノニ

 

 ……思考誘導か。なら、こちらも無意識の部分に洗脳を施しておこう。深海化は物理的なことでは解決せず、精神的な部分で解決する。吹雪さんが深海にいたいと思っているままでは治ることはない。

 

「その先に、光はありませんよ」

 

「深くて。

 ゲンジツハ、ニゲダシタクナルナ。

 コウカイモ、タクサンアル

 

「その道は、正解じゃありませんよ」

 

「寂しいのに。

 オマエニ、ナカマハイルノカ?

 イヤ、アイツラハ、オマエノコトヲ、ナカマダトハオモッテイナイ。

 シカシ、シンカイニハ、タクサン、ナカマガイル

 

「そこに、仲間はいませんよ」

 

 誤った光の認識を変える。現実逃避という逃げる道を塞ぐ。仲間という曖昧な定義を確定させる。

 吹雪さんが私を敵意に満ちた目で見る。しかしそれは、私のことを認識したということ。あと一押しだ。

 

「沈め」

 

「吹雪さん」

 

「沈んで」

 

「必ず助けますよ」

 

「沈んでよ!!!」

 

「あなたの提督が」

 

オイ、オマエ、ウルサイゾ。

 ワレノジャマヲスルナ、カンムスフゼイガ!

 

 吹雪さんの自我が戻りつつあるのか、深海棲艦は焦ったように表層へ出てくる。先程までは、盾にするように吹雪さんを表に出していたのに。しかしそれは、計画通りであり、これ以上ない好機であった。

 

ワレノジャマヲシテ、タダデスムトハ、オモッテイナイダロウナ!

 アァ、イラツク! イラツクッッ!!!

 マズハ、コノブザマナオンナノカラダデ、キサマヲシズメ――ヒィ”ァ”ッ

 

 私の光った目を見て、深海棲艦は怯えたような表情を見せます。そうでしょう。普通に見るだけで殺気を感じると言われたこの目に、殺気を込めているのですから。

 そして私は、淡々と、表情を変えずに言いました。

 

「――あなたはいつでも殺せます」

 

ァ”ァ”……」

 

 深海棲艦が怯えたように内側に籠ったので、表層に出てきた吹雪さんのことを見ます。深海棲艦のあの怯えようから、深海棲艦は吹雪さんに、私への恐怖を植え付けたり、私に関する記憶を消したりする可能性が高いです。そして、もしかしたら、深海化が治っても記憶が戻らない可能性もあります。

 

「吹雪さん」

 

 吹雪さんが私の目を見ました。黄色く光っている私の目を。

 

「ごめんなさい」

 

 吹雪さんは、顔に恐怖を浮かばせました。私は万感の思いを乗せ、その言葉を言いました。

 

「さようなら」

 

 その言葉を聞き終わるのが早いか、吹雪さんは意識を落としました。

 吹雪さんが海面に落ちる前に受け止め、抱き上げる。周りを見ると、まだまだ深海棲艦はいる。響さんに吹雪さんを預け、私は刀を握った。

 

 

 

 

 

 その日、横須賀第十三鎮守府には、暗い雰囲気が流れていた。というのも、提督が変わってから初めての死者が出るかもしれないと言う境地に立たされているからだ。

 艦娘深海棲艦化現象。通称深海化。これは、過去に何度も確認されている、艦娘が大きな傷や心理的揺らぎがあり、深海棲艦となる現象である。過去に治った事例が一度だけあるが、それは外国の話で、真偽は不透明。それを除けば、一度とさえ治った事例がない現象である。

間宮さんや鳳翔さんが勝った時のために祝賀会用の食事を用意しており、この暗い雰囲気のなか大規模侵攻勝利の祝賀会が行われることとなった。

 現在は、その祝賀会の真っ最中である。

私が一人で静かにお酒を飲んでいると、後ろから肩を叩かれた。振り向くと、そこには給糧艦の間宮さんがいた。

 

「あのー、赤城さん。

 例の件なのですが、状況が状況なので、延期してもらっても大丈夫とのことです」

 

「ご配慮ありがとうございます。

 ですが、迷惑はかけられませんし、変わらず二週間後までに返答します。

 ただ、直前のご連絡となる可能性が高いことをお伝えください。

 それまでに、間宮さんは準備を済ませておいてください」

 

「わ、わかりました!」

 

 間宮は意味を理解したのか、少し驚いたように詰まりながらも返答する。この件はまだ提督には伝えていないが、想定通りにいけば二週間後には返答を返せるはずだ。返せない場合でも、相手に借りを作ると今後大変になるので、無理にでもする必要があるのだが。

 間宮さんはそれだけ言うと、再び料理をするために厨房へ戻っていった。それを見届け、私は長門さんと陸奥さんと話していた加古さんに話しかけ、二人きりになった。

加古さんは言いたいことがありすぎて上手く言葉にできないのか、もどかしそうに口を開いては閉じてを繰り返している。しかし、決心がついたのか、話し出した。

 

「赤城さん、あのね……私、ずっと怖かった。

 誰かを信じるのも、信じて裏切られるのも」

 

 私は加古さんの独白を黙って聞く。

 

「最初に赤城さんと出会って、“信じなくていい”って言ってくれた時、この人には全部見透かされているんじゃないかなって思った。

 だから、赤城さんの前では、何も考えずに気を張らずにいられた。

 けど、赤城さんが居なくなって、怖くなった。

 信じられる相手が一人もいない、この世界が。

 そんな時、提督が来て、“私を信じて”って言ってくれたの」

 

「加古さんは、東提督に救われたんですね」

 

「うん……」

 

「外の世界はどうでしたか?」

 

「……すごく、綺麗だった」

 

 加古さんは笑って言った。なら、もう加古さんは大丈夫だろう。加古さんの問題は、加古さん自身が加古さんのことを信じられなかったから起こったのだ。加古さんは、信じたいと思った相手に、自分が信じたいと思った相手を信じていいのかという疑心暗鬼を重ね、思考に影を差していた。それを提督が、気づいていたのかはわからないが、きっかけを与えてくれたのだと思う。

 加古さんと別れ、暁さん、響さんと話していた川内さんの所へ行く。

 

「赤城さん! ずっと眠っていたけど、もう動いても大丈夫なの?」

 

「はい、大丈夫ですよ、暁さん。

 心配してくれてありがとうございます」

 

「レディだから当然のことよ!」

 

「赤城さん、先程の戦いでは、暁が航空機に助けられた。

 Спасиба(スパシーバ)*1

 

「どういたしまして。

 機関部の損傷が激しかったので警戒しましたが、無事でよかったです」

 

「次は赤城さんに守られなくてもいいように、頑張るわ!」

 

 暁さんと響さんと談笑する。そして、静かに私に目線を向けていた川内さんを見る。川内さんの目はわずかに潤んでおり、今にも泣きだしそうな笑顔をこちらに向けている。

 

「川内さん、よく頑張りましたね」

 

「ッ!! ……うんッ!!」

 

 そう言った川内さんは、その目から涙を溢す。私は川内さんの背中を軽く摩り、落ち着くのを待つ。数分もしたら川内さんも落ち着いたのか、涙を拭い、目を冷やしてくると逃げるように水場へ向かっていった。大勢の艦娘がいる場で泣いてしまって、恥ずかしくなっているのかもしれない。また後で、二人きりになれるタイミングで話しに行くことにしよう。

 私がそんなことを考えていると、一瞬祝賀会が波を打ったように静かになる。全員が目線を向けている方向を見ると、そこには表情に重い影を落とした東提督と、それを無理矢理ここに連れてきていた大淀さんがいた。

 東提督は誰とも話すことなく、静かにバイキングの食事に手を付ける。それを見て、静かになっていた艦娘たちも、それぞれ自由に行動し始める。私は暁さんと響さんが提督のもとへ行ったのを見て、会話を盗聴する。

何故なら、ここは元ブラック鎮守府。闇はまだ、根強くそこに残っているのだから。

 

「提督、暗い雰囲気だけど大丈夫?

 美味しいものを食べたら、元気が出るわよ!」

 

「暁……ありがとう」

 

「元気ないわね……まぁ、吹雪があんなことになっちゃったら仕方ないわよね……。

 吹雪も、かわいそうね」

 

「え……?」

 

「だって、そうでしょ?

 あの子、戦闘以外で死んじゃうんだもん。

 私たちみたいな兵器が戦闘以外で死んだら、本当に無価値になっちゃうじゃない」

 

「お前ッ――!!!」

 

「ヒッ……!

 やだ! ごめんなさい! ごめんなさい! もう反抗しないから! 許して! 痛いのは嫌なの! 嫌ぁぁあぁああ!!!」

 

 頭を抱え込み土下座をするように蹲る暁さん。提督はそんな暁さんを見て唖然とした表情で立っている。

 

「あっ……ごめ――」

 

「――提督、いったん暁から離れてくれるか」

 

「……ごめん。

 執務室に戻っておく」

 

 響さんの言葉に東提督はそう返して、祝賀会を出ていく。それを追うように大淀さんも出て言った。祝賀会は騒然としている。

 艦娘の反応は三通りだった。東提督と暁さんの両方を心配する反応。やっぱり東提督は信用ならないという反応。暁さんの様子をよく見た光景だと、特に気にも止めていない反応。

一つ目は東提督に救われた者たちと、刀術教室に通っている者たちと、間宮さん、鳳翔さん、龍驤さん。二つ目は東提督と関わりが薄い長門さん、陸奥さん、古鷹さん。三つ目が、翔鶴さん、北上さん、扶桑さん、山城さん、陽炎さん、不知火さん。

 そして最後に、祝賀会のことを忘れて工廠にいるだろう明石さん。論外。

 

「嫌だ嫌だ嫌だァ!!! もうあの頃には戻りたくないのぉ!!

 罰なら私が受けるから、お願い私の妹には手を出さないでぇ!! 何でもするからぁ!!」

 

 さて、考えるのもいいが、いったん暁さんを何とかすることにしよう。

 暁さんに近づき、半狂乱状態の暁さんと目を合わせるようにしゃがみ込む。目線が定まらずに大声を上げていた暁さんも、ずっと視線を向けられていたら、ぼーっとするように少しずつ視線が定まっていく。それでも、体の震えと、トラウマによる恐怖で涙が止まらない。

 

「暁さん」

 

や……いや……だ……

 

 暁さんをゆっくりと抱きしめる。暁さんの体の震えを直に感じた。しばらくそのまま抱きしめていると、暁さんの腰が抜けたのか、私の体に暁さんの体重が全部乗ったのを感じた。震えもだいぶ収まっている。その目には、冷静さが多少戻ってきている。しかし、あくまで多少である。

 

あ、あかぎさ……わた、わたし、どうしよ……。

 かいたい、されちゃうのかな……。

 いや、いやだよ、もう、みんなと離れるのは、いやだよぉ……。

 営倉には、いきたくない……こわい……ぅぁぁあああ……

 

 暁さんの背中をゆっくりと叩く。まるで、子供を寝かせる親のように。言葉以外の方法で、一人じゃないと言い聞かせるように。

 暁さんは、その目から涙を流す。しかしそれは、先程のように恐怖から来る涙ではなく、悲しみから来る涙であった。

 

まだ、みんなと一緒にいたいよ……。

 あかぎさん……わたし、どうしたらいいの……?」

 

「暁さん、悪いことをしたら、まずはごめんなさいって謝るところから始まるんですよ」

 

「許してくれなかったら、どうするの……?」

 

「許してくれるまで何度でも謝るんですよ」

 

「嫌われ、ないかな……?」

 

「けど、謝らないと絶対に仲直りはできませんよ」

 

「……ズッ……わかった。私、頑張る。

 提督と、仲直りする……ッ」

 

「はい、応援しています」

 

 暁さんはそう言うと立ち上がろうとしたが、腰が抜けたのが治っていないようで動けずにいる。暁さんがわたわたと焦っているのを見て、暁さんのことを見ていた艦娘が小さく笑う。暁さんはそれを聞いて、恥ずかしそうに顔を赤くした。

 結局、金剛さんが暁さんを抱っこした。暁さんのことは金剛さんに任せて、私は別に、艦娘の代表としてやるべきことをしに行くことにした。

 

「赤城」

 

 私が祝賀会の会場から出ようとしたところで、長門さんから声がかかる。見ると、近くに陸奥さんはいないようだ。

 長門さんは真剣な表情を私に向けている。

 

「どうしましたか、長門さん」

 

「私も、提督のところへ行かせてくれないだろうか。

 戦艦長門としてではなく一艦娘として、提督と話したい」

 

 長門さんには、艦娘のまとめ役を頼んでいるが、実際は吹雪さんがいるため、それほど多く活動しているわけではなかった。しかし、吹雪さんが意識不明になったことで、これからはもっと活動することになるだろう。

 しかし今回は、戦艦長門としてではなく、一人の艦娘、東提督の指揮下にある者として、提督という存在を見極めたいと言ってくれた。

 もし、戦艦長門として提督と話したいと言っていたら、これは長門さんの仕事ではないからと否定していただろう。もし陸奥さんを同行させていたら、変わる気がないと判断し否定していただろう。

 しかし長門さんは、肩書をなくし、ただの艦娘として、提督という役職への評価をするために、東提督と話したいと言った。それを、私が否定する理由はない。

 

「わかりました。

 暁さんの件の話が終わった後でいいのであれば、構いませんよ」

 

「問題ない。

 ありがとう」

 

 そうして、長門さんと共に執務室に向かう。あの場で東提督は、私に説教をされることは予想できたのだろう。そのため、執務室に戻るとはっきり言った。だから、間違いなく執務室で待っているはずだ。

 

 

 

 

 

 執務室につき、扉をノックする。すぐに、『どうぞ』という東提督の声が聞こえたので扉を開ける。

 執務室には、表情に影を落とした東提督が一人いるだけだった。大淀さんはいないようである。居たら退室するようにお願いしていたから、手間が省けてよかった。

 東提督は私だけが来ると思っていたのか、私の後ろに続く長門さんに少し驚いたような表情を見せる。

 

「東提督、先程の暁さんとの件で参りました。

 それと、長門さんが個人的に話したいことがあるとのことで連れてきました。

 構いませんか?」

 

「う、うん……構わないよ」

 

 東提督が長門さんがいることを許可したため、そのまま話し出す。私からは暁さんとの件を話すだけだ。

 

「暁さんは前任時代での扱いから、艦娘は兵器として扱われるものだと思っています。

 そのため、今回あのような発言をしました。

 暁さんは間違った発言だったと反省し、謝罪したいと言っています」

 

「わかった。

 また暁さんとは時間を取って話したい」

 

「了解しました。

 暁さんに伝えておきます。

 私からは以上です」

 

「では、私から話してもいいだろうか」

 

「……ああ」

 

 東提督は覚悟を決めたような表情で返答する。長門は東提督の目を合わせる。お互い、真剣な表情だ。

 長門さんは事前に話したいことを考えてきたのか、東提督と目を合わせながら、つまることなく話し出す。

 

「提督。あなたの正直な意見を聞きたい。

 あなたにとって、艦娘とはなんだ?」

 

 その質問に、提督は少し考えるような素振りをしてから答える。

 

「……共に戦う仲間だ。

 しかし、兵器とは違い、お互いに高め合うことができる」

 

「では、あなたの望む鎮守府はどんなものだ?」

 

「艦娘同士がお互いに高め合い、認め合える鎮守府にしたい。

 そのために私は、艦娘を支え、艦娘の願いを叶えられるように最大限のサポートをしたい」

 

「……では、あなたにとって暁との件は、それを達成することができるものだったか?」

 

「いやッ……全く真逆のことだ。

 身近な者が危篤状態であるからと言い訳をして、職務を放棄していた……最低な提督だ」

 

 長門さんが私に視線を送ってくる。長門さんの言いたいことがわかり、小さくうなずく。本当に、吹雪さんと東提督は、似た者同士だと思う。

 二人の問題は、自信がないということだ。

 吹雪さんは東提督の役に立っている自信がなく、東提督の傍にいても迷惑じゃないかと考えた。東提督は、艦娘のために働けている自信がなくなっていて、自分が提督をやっていていいのか悩んでいる。東提督は最近まで表面化に出ていなかっただけで、無意識化で思っていたのだろう。

 ただ、二人の問題点は、悩んでいる姿が他人からどう映るのかわかっていない点だろう。私たちは人間や艦娘以前に、一人の軍人である。そして今は、戦時中である。

 指揮官に当たる提督や、艦娘のトップに当たる第一艦隊旗艦にいる者が、弱音を吐くと言う行為がどれだけ士気を下げるのが全く分かっていない。

 

「提督、最後の質問だ。

 ――私にとって、提督とは何だと思う?」

 

「え……そ、れは……」

 

 東提督は何も言えず黙り込む。きっと、東提督にとっては、質問の意図も理解できない質問なのだろう。東提督は、わからないことに対して苦々しい表情を隠すこともなくさらけ出す。その表情自体が、この質問の不正解だと言うのに。長門さんは、そんな様子の東提督に対して失望するような表情をして言った。

 

「私の求める提督は今の質問に答えられる提督だ」

 

「……」

 

「東提督、退室してもよろしいでしょうか」

 

「あ……うん」

 

 東提督がその無力さが前面に出た顔を横目で見ながら、私たちは退室する。扉を閉まったのを確認し、祝賀会が開催されている食堂に戻るために歩を進める。

 長門さんは周囲に誰もいないのを確認してから、声を潜めて私に聞いてくる。

 

「なぁ……私は、彼女に背中を預けられるだろうか」

 

 あの様子の東提督を見たら、そういう疑問が出るのも仕方がないだろう。しかし、いくら百戦錬磨の武将でも、欠点が一つもない人間などはいないし、人は失敗をすることで強くなる。

 

「きっと、その答えはすぐに見つかりますよ」

 

「ああ。

 ……私を、これ以上失望させないでくれればいいがな」

 

 長門さんはそれだけ言うと、それからは祝賀会の会場につくまで一言も話さなかった。会場についた途端、憂いたような表情を消し、いつもの頼れる戦艦長門に戻った彼女を見て、何とも言えない気持ちになる。なぜなら、その高すぎる自分の理想が、彼女自身を苦しめていることに、彼女は気付いていないのだから。

*1
ロシア語で「ありがとう」という意味



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第十九話 東提督のカウンセリング

 日課である資格取得のための勉強を妖精さんと一緒にやっていた時、部屋の扉がノックされた。こんな時間に珍しいと思いながら、念のため妖精さんを隠してから扉を開ける。

 扉の先には、東提督が立っていた。念のため妖精さんを隠しておいて正解だったと安堵しながら、東提督を部屋に案内する。そしてお茶を出して、すこし辛気臭い表情をしている東提督の斜めに座る。

 

「それで、どうしたんですか、東提督」

 

「……長門さんとの会話のことで、相談に来ました。

 最初は大淀や金剛に相談したんだけど、こういうのは赤城さんの方がいいって言われたので」

 

 なるほど。確かに二人ならそう言いそうである。

 というのも、私は普段からよく艦娘からの相談事に乗っている。まだブラック鎮守府の時の傷が癒えていない者が多く居るので、本来なら専用のカウンセラーなどを手配するべきなのだが、人間を信用できない者も多いので、私が相談に乗っているのだ。

 色々な建前を並べて、一応全員に対してメンタルチェックを兼ねた面談も行ったりした。

 東提督が鎮守府に来てからも、度々相談事に乗ったり、必要であれば面談を行っていたので、二人は私を推薦してくれたのだろう。

 

「そうでしたか。

 では、ゆっくりお茶でも飲みながら話しましょう。

 焦っても、答えはすぐには出てこないことが多いですから」

 

「はい……」

 

 いつものように、まずは相手を落ち着かせる。こういう時、温かい飲み物は効果的だ。香りがついているとなお良し。

 そうやって相手がお茶を飲んでいる相手に相手を観察して、いまの精神状態を見る。精神が不安定だったり、擦り切れていたり、いまにも千切れそうだったり。色々な精神状態があって、精神状態によって効果的な相談の方法、逆に相手をイラつかせるだけの相談の方法もある。

 今回は、東提督の精神状態は吹雪さんが意識不明で多少荒れてはいるが、そこまで不安定というわけではない。単純に気力が喪失している状態に近い。

 

「落ち着きましたか?」

 

「はい、ありがとうございます」

 

「ため口で構いませんよ。

 今だけは、気を張らないでいて構いませんから」

 

「……うん、わかった」

 

「それで、長門さんとの件ということでしたが」

 

「うん。

 ……長門さんに『私にとって、提督とは何だと思う?』って言われた時、私は全く答えがわからなくて、答えられなかった。

 その時の長門さんの表情には、失望の感情が浮かんでいたんだ。

 たぶん、あの質問は長門さんにとって、新しく提督として着任した私を見極めるために勇気を出して質問したものだったと思うの。

 でも、私は答えがわからなくて……」

 

「どうしてわからないんだ、っていう、自分に対する怒りですか?

 それとも無力感ですか?」

 

「……どっちかと言えば、無力感の方だと思う。

 長門さんの期待に応えられなかった自分への、失望……」

 

「でも、どれだけ考えてもわからないから、次第に自分の怒りに変わっていった?」

 

「……そう、かも」

 

 思っていたより、割と簡単な問題だ。これらの感情は、どちらも同じものから派生している。つまり、大本をどうにかすれば、この問題は解決する。

 その大本こそ、長門さんの『私にとって、提督とは何だと思う?』の答えがわからない、ということだ。これに関する答えは、艦娘の視点で立てばすぐにわかることだ。つまり、今の東提督は艦娘の視点で立つことができていない。

 ただ、いつもの東提督であれば、時間はかかるかもしれないがこの質問の答えを見つけられるはずだ。見つけられないのは、東提督の今の状態が通常ではないから。その理由は、間違いなく吹雪さんにあるだろう。

 詳しいことはわからないが、東提督のなかで吹雪さんは艦娘の象徴だったのだろう。だからこそ、その存在が消えて、艦娘への認識が曖昧になっているのだ。それなら、それを思い出させてしまえばいい。

 

「東提督は、いままで自分への無力感や怒りを同時に感じた経験や出来事はありますか?」

 

「……ある。

 ……あの人を守るために行動したのに、その人も私と同じことをやっていて。

 結局、あの人はそれに耐えられなくなって……私は耐えられたけど、あの人は……」

 

「その人のことがまだ忘れられないんですね」

 

「うん……大切な人だったから」

 

「もし、その時に戻れるとしたら、東提督はその人になんて伝えたいですか?」

 

「……」

 

 東提督は考え込む。それくらい、この問いは難しいのだろう。

 長い間東提督は考え込む。その間、私はそれを問いただすようなことはせず、静かに待つ。

 そうして、東提督は口を開いた。

 

「――『周りを見て』って伝えたい。

 私がすごく自分が無力で、汚らわしく感じて、誰にも会いたくないって感じた時、心の底ではずっと誰かに助けてほしいって思っていたから。

 ずっと助けが来ることを待っていたけど、それは違ったの。

 今となってやっとわかるけど、実際は、ずっと周りの人たちが私のことを支えてくれていたの。

 私を責めないで、ただ待っていてくれた……」

 

 東提督はそう言って、顔を綻ばせる。そんな東提督の様子を見て、もうアドバイスはいらないだろうと私は判断する。

 もう、今の彼女なら長門さんの質問の答えにたどり着けるだろう。

 

 私がやったのは簡単な推理だ。

 私は東提督が元艦娘であることを知っている。そして、辛いことを思い出させれば、それは一番直近の辛い事が思い出されることが多い。辛いことが起きたのが艦娘のときであれば、艦娘から見た提督や、他の艦娘への記憶があるはずだ。それをまず思い出させて、艦娘の視点に立たせられるようにする。

 そして、もう一つ推理からわかるのが、東提督は吹雪さんと提督になる前からの知り合いであるだろう、ということだ。具体的にどれくらいの仲なのかは知らないが、腐れ縁くらいの長い仲だろうというのは普段の様子から見て取れる。

 そして、東提督は何らかの事情で艦娘を辞め、その時、またはそれ以前に、吹雪さんと一緒に鎮守府に着任することを決めたはずだ。そうやって吹雪さんがいた時を思い出させることで、艦娘の象徴を思い出し、艦娘の認識を正常に戻す。

 

 やってみれば、意外と簡単な方法である。

 

「それがわかれば、もう私からアドバイスすることはありません。

 今のあなたなら、長門さんの問いの答えを見つけられるはずですよ」

 

「……うん、少しだけど、わかった気がする。

 夜遅くにありがとう、赤城さん」

 

 東提督はそう言って私の部屋を出ていった。時間に関しては、もうちょっと早くに来るか、事前に時間を言ってもらいたいものだ。まぁ、今回は少し気持ちが焦っていたのもあるだろうし、目くじら立てるほどのことでもないが。

 さて、資格勉強を再開しよう。

 

「妖精さん、出てきていいよ」

 

 私がそう言うと、妖精さんがわらわらと溢れ出してくる。この量がどうやって隠れていたのか不思議になるほど、たくさんの妖精さんがいる。どうやら、最近東提督に懐いている妖精さんが増えてきているようなのである。そのため、東提督の役に立ちたいとこうやって多くの妖精さんが勉強に来ている。

 そろそろ新しい参考書も欲しいなぁ~、なんて思いながら、椅子に座る。その時、突然扉が開いた。

 

「ごめん赤城さん、ちょっと忘れ、もの……が……」

 

 あっ……。

 

 部屋の扉が開き、そこから東提督が現れた。ノックもなかったため、当然妖精さんも隠していない。

 部屋の中には、十数個の参考書を囲んでみている妖精さんが数十人。うん、言い逃れできないわこれ。

 

「……東提督、扉を開ける時は最低限ノックをしてください」

 

「あ、ご、ごめん……じゃなくて!!

 え、なんで妖精さんがこんなにいるの!?

 赤城さんって、妖精さん見られたの?」

 

 隠してきたが……言い逃れできないし、仕方ないか。まぁ、不幸な事故ってことで片付けよう。

 その後、興奮した様子の東提督に色々聞かれた。

 

 妖精が見られる能力は、一般的に提督適性と呼ばれるものである。これが高ければ高いほど妖精の姿形がはっきり見ることが出来たり、声が聞こえたりする。提督適性が高いと稀に特異的な能力を持つこともある。私の場合、妖精さんのステータスが見えたりするあれだ。

 東提督は、妖精の姿形が見えて、声を聞いて話しかけることができるので、提督適性はわりと高い方らしい。そして、一応特異的な能力も持っている。

 

「よく言われるんだよ、いまいちぱっとしない能力だって。

 けど、意外と便利なんだよ。

 “金平糖をたくさんあげれば妖精さんが働いてくれる”って」

 

 妖精さんは、金平糖が大好物ではあるが、金平糖を上げて必ず働いてくれるわけではない。しかし東提督の場合、量を用意すれば必ず働いてくれるのである。

 妖精さんたちの様子を見た感じ、金平糖うんぬんっていうより、東提督への忠誠心みたいなのが高くて、でも金平糖も貰えるなら貰うっていう感じに見えるが、東提督には黙っておくことにしよう。

 

 そうやって、東提督と妖精さんの話で盛り上がっていたが(一方的に東提督が盛り上がっていたように思えなくもないが)流石にいい時間ということで、東提督は自室に帰っていった。

 人間は一日七時間睡眠で大変そうである。といっても、艦娘も多くはそうらしいのだが。

 私の今世の体がショートスリーパーなのか、私は一日二時間睡眠で充分動くことができる。そのため、本来ならみんなが寝ている時間も資格勉強ができる。ただ、今日は資格勉強も早々に切り上げて、吹雪さんの対策をしようと思っているが。

 

 そうして、夜は更けていく。



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第十七話 吹雪深海化・後編 ☆

――吹雪side――

 

 暗い、暗い場所で、私は目を開けた。どこに行きたいのか、どこか行かなければいけない場所があるのか。自分でもわからなかったが、何も見えない暗黒で歩き続ける。

 “そこに、キボウノヒカリはない。”

 

 何秒だったか、何時間だったか、何年だったか。歩き続けた先に、それはあった。青い、青い水面。魅かれるように伸ばした手は、何かにぶつかって止まる。それでようやく、その水面が、モニターに映されたものであることに気づいた。

 私はそれを、まるで家で寛ぐように、座りながら鑑賞する。その映像では、武装した五人の女性たちと、肌が白く見るからに悪役のような風貌の女性と、その悪役の女性を支援するように武装した一人の少女が戦っている。その少女が闇落ちしたのだろうということは、映像から簡単に推測できた。

 いつの間にか、私はその映像を楽しみながら見ていた。よくできているドラマだ、と、なんだか、ずっとそれを見ていたくなる。一生この映像を見ているだけでいいんじゃないか。

 “でも、この道は正解じゃない。”

 

 私は立ち上がって、モニターと反対の方向へ歩いていく。壁にぶつかった。左に向かって歩いた。タンスに腰をぶつけた。壁に手を当て、沿うようにゆっくりと歩く。壁。左に曲がる。ベッドに足をぶつける。壁。左に曲がる。本棚に頭をぶつける。壁。左に曲がる。なにもない。壁。左に曲がる。タンスに腰をぶつけた。

 どうやら私は、見知らぬ部屋にいるようだった。勘に従って、本棚の横の壁を触ると、そこにはドアノブがあった。扉を開けるが、やはり何も見えない。ただどうしてか、この建物の構造がよくわかった。歩いていると、少しずつ暗闇に目が慣れてきた。

 “そこには、誰もいない。”

 

 

 

 

 

 私は歩いた。“__”さんの素を出すために使ったという、第五資料室に来た。過去の轟沈報告がまとめられた5-Zの棚の左上の本を取る。その本の表紙には、「は」と書かれている。

 戦艦である“__”さんは、何回も、何十回も、何百回も、目の前で駆逐艦が自身の盾となって死ぬのを見てきた。最初の一回目は駆逐艦の善意であった。しかし前任は、それが海域攻略に有効であると目を付けた。実際、それは有効である。しかし、それをするのは、現実問題、いずれ資源が尽きる。しかし前任は、ドロップ艦の出現率が上がる能力を持った妖精さんを脅し、一回出撃するたびに数隻のドロップ艦を得ていた。

 “艦娘を誰一人死なせない。”それが彼女の願いだった。

 

 

 

 私は歩いた。“__”さんが外に出るように扉の前で説得をしたという、“__”さんの部屋の前に来た。扉を開け部屋に入り、辺りを見渡す。ベッドのついた壁には、爪で引っ掻いて書かれた「い」という文字がある。

 前任時代の第四艦隊は、前任の性処理をする艦娘が集められた艦隊だった。“__”さんは、「何でもするから姉さんにだけは手を出さないでくれ」と頼み込み、その艦隊に編成された。そして、ブラック鎮守府から解放された後に、“__”さんは前任が“__”さんの姉も性処理に使っていたことを聞いた。今まで自分がやっていたことの全てが無意味だったことを知り、人を信じられなくなった。

 “人を信じたい。”それが彼女の願いだった。

 

 

 

 私は歩いた。“__”さんと一緒に肉じゃがを食べて話し合ったという、食堂に来た。肉じゃがの置かれた席に向かった。机の上には、「願」と書かれた食券が置いてある。

 “__”さんも、前任時代に第四艦隊に所属していた艦娘だった。艦娘の容姿は、わずかに個体差が出ることがあるが、“__”さんは美人の部類に入る人だった。スタイルもいいし、だからこそ前任に性処理をさせられていたのだろう。“__”さんは、「汚いままでいることを肯定してくれたのは、あの人だけだった。あの人がいれば、私は私を肯定できる」と言っていた。周りの全てが敵に見えていた。

 “またあの人と一緒に肉じゃがを食べる。”それが彼女の願いだった。

 

 

 

 私は歩いた。“__”さんの作った謎を解くために妖精さんが働かされたという、武道場に来た。私は刀を腰から抜き、上から落ちてきた何かを斬る。中心に切れ目の入った解体願いの裏面には、「の」と書かれている。

 “__”さんは、高い艦娘同調率を持った建造艦であった。高い艦娘同調率を持つほど、艦船として沈んだ時の記憶が鮮明に思い出せる。自分の記憶なのか、艦船の記憶なのか、混乱しながら深海棲艦を倒して、気づいたら満面の笑みで深海棲艦を殺している。“__”さんは、それで大切な親友から拒否され、死にたいと思うようになった。しかし、轟沈は恐い。だから、解体されて人間に戻ったら自殺しようと考えた。

 “生きるために強くなる。”それが彼女の願いだった。

 

 

 

 私は歩いた。“__”さんに殺されそうになったという、執務室に来た。机の上には、開きっぱなしのガラケーがあった。その画面には、「私」と表示されている。

 事務処理艦である“__”さんは、前任時代に最も解体と轟沈という文字を見た艦娘だろう。毎日のように新造艦とドロップ艦の確認をし、その合間に一切書類をやらない前任の代わりに書類を終わらせる。この鎮守府に生まれた艦娘の未来は、基本的に、素材回収のために解体されるか、大型艦の盾となって轟沈するかのどちらかである。もし轟沈せずに鎮守府に戻れたとしても、高確率で解体が待っている。それを艦娘に告げる役目を持っていたのが“__”さんであった。

 “当たり前に笑い合う日常を守りたい。”それが彼女の願いだった。

 

 

 

 

 

 私は……止まった。行き先がわからなくなった。どこかへ行かなければいかないと言う焦燥感だけが募る。

 

【どこへ行きたいの?】

 

 わからない。でも、行かないといけない。

 

【どうして?】

 

 わからない。でも、誰かが待っているような気がする。

 

【誰が待っているの?】

 

 わからない。でも、とても、とても、大切な人なの。

 

【彼女が待っているよ】

 

 わからない。どこにいるのか、どうして待っているのか、誰が待っているのか。

 

【提督から、いざという時にあなたを助けるように言われているの】

 

 わからない。あなたは誰で、私はどうすればいいのか。

 

【提督が殺されそう!

 早く空母第十三修練室に行って!】

 

 わからない。どうして、足が動いて、止まらないのか。

 わからない。どうして、空母第十三修練室までの道がはっきりと見えるのか。

 わからない。どうして、助けに行かなきゃいけないって思うのか。

 わからない。提督が誰で、あなたは誰で、私は誰なのか。

 わからない。でも、もっと速く走れないのかなって、なんでもっと近い場所に居なかったのかなって、もっと、もっと、たくさん、ずっと、一緒に居たいって、泣きたいくらい思っている。

 

 私は走った。“__”さんが提督を刀で殺しかけたという、空母第十三修練室に来た。扉を開ける。何だか、その瞬間が永遠のようにも見えた。扉を開けた先には、今にも刀を振り下ろさんとしている“__”さんがいた。けど、一瞬で(さと)った。私は、間に合わなかった。“__”さんの刀が提督を斬る前に私の刀で防ぐには、私のスピードが足りない。“__”さんの刀は止まることを知らない。

 

 ――無理だったんだ。やっぱり、私に提督を守ることなんて。

 提督は、昔から何でも一人で出来た。私はいつも提督に助けてもらって、導いてもらっていた。だから、世界で三番目の艦娘同調率を持った時、やっと提督と対等になれたと思った。やっと、今までの恩を返せる、やっと提督の役に立てるって思った。

 ――でも、久しぶりに会った提督は、艦娘を辞めたいと涙が枯れるほど痛烈に願っていた。何もかもが遅かった。何もかもが足らなかった。きっと、その時からずっと、私の心は折れていたのだ。

 

 少しずつ思い出してきた。私は、大規模侵攻の時、油断していて轟沈寸前の攻撃を食らいかけた。私は思わず膝をついた。何だか、立ち上がる気力さえ湧かなかった。その時、声が聞こえた。「こっちは明るいよ」「こっちにおいでよ」「ここは幸せだよ」私は、その声に導かれるまま、その声に体を委ねた。

 

 

 

 

 

 ――暗くて。

 

 ここは明るくて、そっちは暗く見えた。だから、私は殻に閉じこもった。そうしていたら、殻から出るのが恐くなった。外の世界が恐くなった。外は明るいと言われても、信じられなかった。

 

「その先に、光はありませんよ」

 

 嘘だ。だってここはこんなにも明るい。

 ……明るい? 本当に明るいだろうか。ここは、暗闇が広がっていた。モニターの向こうにある水色は、あんなに綺麗だったのに。

 

 

 

 ――深くて。

 

 ここには浅いエンタメがあって、そっちは深い後悔があった。ずっと後悔に苛まれながら生きるのなんて辛すぎる。だから、現実なんてものは見ないで、モニターから見える浅いエンタメを笑って眺めていた。だって、それは現実ではないから。現実なんて、辛いだけだった。だから、この決断は正解だった。

 

「その道は、正解じゃありませんよ」

 

 嘘だ。だってここには後悔なんてない。

 ……あれ? たったいま、後悔したばかりじゃないか。何もなかったんじゃなくて、何もしてこなかったから、私は何も得られなかった。今も、また大切な人を助けることができないんだ。

 

 

 

 ――寂しいのに。

 

 ここにいたら、孤独を感じなかった。何も見えない暗い場所で、現実ではない浅いエンタメを見ているのが、心地よかった。ここには、私のことを見ている人は誰もいない。私は常に自由で、快適だった。

 

「そこに、仲間はいませんよ」

 

 嘘だ。だって私には、元から仲間もいなければ、私を見てくれる人なんていなかったのだから。

 ……いない? なら、いま私に話しかけてくれている人は、誰だ。私はずっと、気づいていなかっただけで、私を見てくれている人は、ちゃんといた。

 

 

 

 

 

 ――届け。

 

 前に重心が乗りそうになる体を止め、腰を落とす。足に力を入れ、思いっきり飛ぶ。私の刀は彼女の持った刀を吹き飛ばす。

 

「――」

 

 腰を抜かし座り込んだ女性は、感謝をするように笑顔で私を見る。そして、私が怪我をしていないか、心配そうに見る。

 

 ――届いて。

 

 私はその女性の横を通り、その部屋の出口へ向かう。その女性は、私の大切な人ではなかった。私の大切な人なら、私の心配より先に、“__”さんのトラウマと向き合おうとするから。

 

「――」

 

 私は扉のドアノブを触るが、なぜか開かない。私は刀を構え、目を瞑る。そこには、暗闇が広がっている。しかしその先に、光が見えた気がした。それは誰もが綺麗に感じるような魅力的な光ではなく、水面のような青い光だった。私は刀を振り下ろした。

 

 ――届いてよ!!!

 

 誰かが私の足を掴む。私を深い闇へ落そうとするそれを無視して、前に進む。誰かは力を強め、私を引っ張る。私はひたすら、前へ進んだ。少しずつ、その青い光の下へ。

 

「――」

 

 光のすぐそばまで来て、足を止める。きっと、この光に触れれば、私はもう元に戻れない。

 けど私は、少しも躊躇うことなく、その光に手を伸ばした。

 

 

 

 

 

 ――……。

 

 その光景に、一瞬息を忘れた。

 海というのは、こんなに綺麗だったのか。

 そして、仲間というのは、こんなにも近くにいて、私のことを見てくれていたのか。

 

「“赤城”さん」

 

 ――私は、彼女の名前を呼んだ。ずっとわからなかった彼女との思い出が脳を巡った。私が深海化した時、彼女はずっと私の深海化を解こうと声を上げてくれていた。

 

「ごめんなさい」

 

 ――その声が、刃物となって体を突き刺した。言って、ようやくわかった。彼女は、私と絶交する未来を予測して、そう言っていたのだ。でも私は、そんなことするつもりはない。

 

「ただいま」

 

 ――彼女の顔は、いつも通りの無表情だった。逆に、私の表情は晴れやかだっただろう。ずっと未来の役に立たないとって、焦って空回っていた。そのことに気が付けたから。

 

「おかえりなさい」

 

 ――その目は、安堵したように見えた。周りを見ると、みんな安心や喜びと言った表情を浮かべている。

 戦艦棲姫は表情の伺えない目で、しかしその顔には明確な怒りを浮かべ、私を見ている。私は腰の鞘に入れた刀を抜いた。そして、戦艦棲姫を睨みつけるように見て言った。

 

 ――「私」「の」「願」「い」「は」

 

「未来に勝利を持ち帰る!!!」



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第二十話 姫級討伐

 吹雪さんが目覚めたという報告と共に、吹雪さんが記憶喪失かもしれないという情報が私の耳に入った。想定内の反応、というか想定通り過ぎて逆に怖いくらいである。

 ひとまず、事前に考えていた通りに対応をすることとなった。

 

 記憶を忘れていると言っても、吹雪さんに寄生虫っぽく住み着いているやつは、私のことを覚えている。そのため、私が吹雪さんに近づくと警戒される可能性がある。だから、私はその寄生虫を騙すために同姓同名の別人として振る舞うことにした。

 前に元帥と話していた時のような、張り付けた笑顔だ。

 

 その作戦は成功し、私は吹雪さんと接することができている。

 そうして、吹雪さんが目覚めてから一週間が経った日。ついに、本格的な作戦開始となった。吹雪さんには艦隊の再編成を変えていると伝えて、旗艦川内さん、随伴金剛さん、吹雪さん、夕立さん、島風さんというガッチガチの攻撃艦隊であることをおかしくないと認識してもらう。

 ここまでガッチガチの攻撃艦隊なのも理由があって、最近鎮守府近海での出撃の時に、深海棲艦との接触率が増加しているのである。その裏に、深海棲艦を指揮する者、つまり姫級がいる可能性を考慮し、この編成となっている。といっても、姫級の目撃情報があるわけではないので、二艦隊を編成するところまではいっていないが。

 

「艤装展開! 吹雪、抜錨します!」

 

「川内、出ます!」

 

「鎮守府に平和を持って帰るネー!」

 

「……艤装展開! 一航戦赤城、出撃します!」

 

「さぁ、ステキなパーティしましょ!」

 

「私には誰も追いつけないよ!」

 

 そういえば建造艦は艤装展開と言って艤装を出していたのを土壇場で思い出し、艤装を展開した後ではあったが言った。吹雪さんはそれに多少の違和感を感じ取ってはいるが、そこまで気にしている様子はない。

 私と吹雪さん以外が艤装展開と言っていないことで、この鎮守府のドロップ艦の多さが分かるだろう。といっても、この艦隊が、偶然ドロップ艦が多いだけなのだが。全体の人数さとしては半々くらいである。それでも、他の鎮守府に比べれば圧倒的に多いのだが。

 

 

 

 最初に深海棲艦と遭遇した時、やっとそれは吹雪さんの内側から表層に出てきた。

 深海棲艦との戦闘中、吹雪さんの攻撃がほとんど当たっていない。思考誘導をされている証拠である。

 吹雪さんを除いた艦隊のメンバーには、吹雪さんの内にいる存在の説明をしている。その上で、気づいていない演技をして深海棲艦のボスを引き出すという作戦である。

 そうして私たちは、吹雪さんにおすすめされた、おそらく深海棲艦の拠点があるであろう南西へと進むことになった。その途中で、もうすぐ夜であり、正規空母の活動時間ではなくなっていることを会話に織り交ぜる。

 南西に行くにつれ、深海棲艦が多くあらわれる。この時の為に、道中の弾薬の消費は極力抑えている。

 

「……仮第五艦隊、撤退します!」

 

ソウハイカナイナ

 

 旗艦である川内さんが撤退の合図をした後、吹雪さんの体を乗っ取った深海棲艦はそう言った。吹雪さんと深海棲艦の見分け方は簡単で、吹雪さんは敬語なのに対し、深海棲艦はタメ口を使っている。

 まぁ、深海棲艦はそのことを自覚していなかったようだ。それくらいの知能であれば、騙すのは簡単である。

 

「ふ、吹雪!?どうして邪魔をするの!?」

 

我ハ吹雪デハナイ!

 我ニハ軽巡ヘ級eliteトイウ、姫様カラ授カッタ名前ガアル!

 

「ひ、姫級!?そんなっ……!」

 

「姫級と戦えるほど、弾薬に余裕はないデースッ……!」

 

フハハハハハ!貴様ラハココデ海ノ藻屑トナルノダ!

 

 その深海棲艦が話を引き延ばしているのに気づき、私たちは気付いていないふりをしながら、それに協力する。

 そしてついに、それは現れた。

 その圧倒的な威圧感と戦闘力は、戦うまでもなくわかった。それくらい、強大な力の差を感じた。周囲を見るが、その威圧感に怯えている者はいない。ひとまず安心だ。

 

「カンムスガ、ゴセキ……」

 

姫様!

 

「ヘキュウカ…ヨクヤッタナ」

 

ア、有難イオ言葉……!

 

「サァ……ワタシ、センカンセイキガ、アイテヲシヨウ」

 

 戦艦棲姫……。正直、最悪な想定の一つが当たった。決して楽をして勝てる相手ではないだろう。それこそ……この戦いは、吹雪さんに掛かっているかもしれない。

 私たちもそれなりに練度はあるから、一対五であれば勝率予想は六割になる。しかし、今は戦艦棲姫に加え吹雪さんの体を乗っ取った深海棲姫の二対五となっている。吹雪さんに対して大破させるレベルの攻撃は行えないし、そのせいで戦艦棲姫との戦いも動きにくくなるだろう。

 それを戦艦棲姫も気づいているから、吹雪さんの体を乗っ取った深海棲姫をそばで戦わせているのだ。

 

 二対五の勝率予想は一割。はっきり言って、撤退を奨めるレベルほど悪い状態である。

 しかし、そうしないのは、その予想に加え、もう一つの予想があるからである。

 

 吹雪さんが目覚める確率の予想は――

 

 

 

「――赤城さん」

 

 

 

 その声は、砲弾の舞う戦場の中にあるというのに、やけにはっきりと聞こえた気がした。その声の主である吹雪さんは、視線を逸らすことなく私の目を見ていた。それで、私は吹雪さんの記憶が完全に思い起こされたことを理解した。

 吹雪さんは私の目を見ながら、言った。

 

「ごめんなさい」

 

 その謝罪には心当たりがあった。というのも、吹雪さんの中に深海棲艦が入った時、私は吹雪さんに同じ言葉で謝罪をしたからだ。

 私はその時、吹雪さんと私の仲が一生元に戻らない未来を予期してそう言った。あまりにも、仲が戻る未来が絶望的になかったからだ。

 

 この謝罪は、その未来を予期していながら吹雪さんに真実を打ち明けられないことへと謝罪だった。

 

 言うつもりのない本音だったが、吹雪さんは気付いてしまったようだ。わずかに、それに喜んでいる自分がいることに驚いた。

 吹雪さんはこの言葉の意味を理解しながら、私を否定ではなく許容で受け止めた。

 

「ただいま」

 

 ――彼女の顔は、いつも通りの笑顔だった。でも、ぶち当たっていた大きな壁を乗り越えたような、晴れやかで、一歩大人になったような素敵な笑顔だった。

 それに、私は無表情を返す。なんだか、それが良い気がした。普段考えてばかりなのに、そればかりは勘でちょっと変な気もしたが。

 

「おかえりなさい」

 

 やっと言えたその言葉。

 

『鎮守府から返ってきたら、おかえりって言い合いませか?

 それを言うと、雪風は諦めないで頑張れる気がするんです!』

 

 深海化をして帰って来なくなった仲間と重ねる。

 正直、吹雪さんの作戦に関しては不安が大きかった。だって、日本で初めての取り組みなのだ。事前に何もないまっさらな状態で、憶測だけで作戦を立てる責任と恐怖。

 ひたすら突っ切って、なんとか成功にこじつけたような感覚が強い。

 

『赤城さんは、なにか願いってないんですか?

 例えば、休みがもっと欲しいとか、あのクソ提督が死んでほしいとか』

 

 あの時は答えられなかった問い。

 今なら答えられる気がする。

 

 ――この鎮守府の艦娘をみんな守る。

 

 そしてその中には……雪風も含んでいる。

 深海化してしまったあなたが、いまどこで何をしているのか、私にはまったくわからないけど。必ず私はあなたを見つけ出して助けてみせる。

 

 そのために、まずはこの戦いに勝って、生きて鎮守府に帰るとしよう。

 

「妖精さん」

 

【全員、準備は万端ですよ!】

 

 東提督に提督適性を持っていることがバレた後は、妖精さんの存在を隠す必要もなくなったので、全員を出撃に連れてきている。やっぱり、妖精さんが揃っているこの状態が一番全力を出せる。

 そうして、私は戦艦棲姫に対峙する。

 

「――さぁ、返り咲いて参りましょう」

 

 開戦の合図をして、航空機を発艦させます。私は改二戊になり夜間戦闘が可能になった空母なので、夜戦を行うことができます。

 夜なのに発艦が出来ている空母を見て慌てている戦艦棲姫に対して、攻撃を加えます。これで、戦況は一気にこちら側に傾きました。

 しかし、決定打が足りていない状態です。

 

「全員、一斉に攻撃を入れるよ!

 用意――てえぇー!!」

 

 そのことにいち早く気づいた川内さんの指示で、一斉攻撃が行われます。旗艦として、周囲の状況と敵の状況をはっきりと認識できている証拠です。

 その一斉攻撃で、わずかに戦艦棲姫に焦りが見え始めます。このままでは逃亡の恐れがありますので、隙が出来ないように仕留めたいところですが……。

 

「赤城さんッ!」

 

 吹雪さんが私に視線を向けてきました。その意志を汲んで、頷き返します。

 戦艦棲姫に対して、隙ができないように航空機で一斉に攻撃を仕掛けます。戦艦棲姫の身動きが取りづらくなるように、そして――吹雪さんに意識を向けさせないように。

 

「チョコザイナ!

 カンムスフゼイガ、ワタシノジャマヲスルナァァアア!!!」

 

 航空機に気取られる戦艦棲姫は最後まで気づくことができませんでした。すぐそばまで接近している吹雪さんの存在に。

 戦艦棲姫の背後、その近距離で吹雪さんが砲撃を放ちました。それが決定打となり、戦艦棲姫の体は崩れ落ちました。

 

 

 

 

 

 そこからは早かった。

 ボスが居なくなって指揮統率の取れなくなった深海棲艦を各個撃破していき、拠点を制圧。その後、応援に来た艦娘にその海域の制覇を任せ、鎮守府へと帰還した。

 

 そうして、その数日後、吹雪さんが深海化から治ったのを祝うための食事会が開催された。間宮さんや鳳翔さんの作った美味しい料理の数々に、みんな大喜びである。

 

 気づけばそんな食事会も終わり、私は執務室の方に尋ねていた。要件は以前間宮さんと話していた件である。

 吹雪さんの深海化があり、なかなか東提督に伝える機会がなくずっと言っていなかったが、期限もそう長くないので伝えることにした。

 

「東提督、伝え遅れていたことが一つあるのですが」

 

「どうしたの、赤城さん」

 

「――間宮さんは、今月いっぱいで本来所属している鎮守府に帰ります。

 そのため、この書類に判子を押して頂けますか」

 

「……え?」

 

 東提督は呆けた顔をしている。急に間宮さんが居なくなるっていったら、こういう反応をしても仕方がない事ではあるが。

 といっても、私もただ伝えるのが遅れただけというわけではない。一つの案を考える時間、及びそれを実行する時間が必要だったのだ。

 

「また、給糧艦がいなくなるということで、一つ提案をさせていただきたいことがあります」

 

「なにかな……?」

 

 実は、この鎮守府の提督が東提督に変わってから、私たちは電子機器を使うことが許可されるようになった。前の提督は、私たちが上層部にブラック鎮守府であることを密告することを恐れて使わせていなかったのだ。そのため、それまで鎮守府外との連絡手段を、私たちは持っていなかった。

 なぜ急にこの話をしたかというと、つまり今の私は外の情報を気軽に知れて、なおかつ気軽に外部と接触できる状態にあるということである。

 

「給糧艦である間宮さんの代わりに、人間の料理人を雇用してみませんか」

 

 この選択が吉と出るか凶と出るかはわからない。だからこそ、これには挑戦する価値がある。

 提督の答えは――




作者から

と、言うことで、これにて、第一章に当たる部分が完結となります!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!
ここまで見てくださった皆様、大変ありがとうございます!!!!!!!!!!!

これまでは毎日十八時投稿でやってきましたが、次章からは不定期(もしくは定期になるかも。わからない)六時投稿となります。
ただ、作品のストックが全然ない状態なので、多少次話投稿が遅れるかもしれません!!!!!!



さて、次章に関する説明は以上として、ここからは作者の個人的な話となりますので、興味のない方は是非小説の評価、お気に入り登録をしてからページを閉じていってください!!!

お前に興味があるんだよ!!!というニキネキの皆様は、少しばかり耳を傾けてくださるとありがたいです。

私は本作が処女作です。それは、他名義や他サイトで投稿をしたことがあるわけではなく、小説投稿というものが初めてのことでした。
正直、開始してからは不安が強かったです。というか、不安はまだちょっとあります。「この作品は面白いのか?」「みんなに認められているか?」と、毎日のように考えていました。
パソコンに前に来るとその不安は強くなり、胃痛がするくらいでした。
でも、パソコンを開くと、そこには温かい感想の数々と、多くの方に見て頂いた証として、評価やお気に入り、他にもPVやUVなどの数値がありました。
すごく嬉しかったです。
更新を望む声や、「これはこうなのか……?」という考察もあり、皆様がこの作品を楽しんで読んでくださっていることがとても伝わってきました。
「この作品いいね!」という一言が、何より私の執筆活動の励みとなりました。
その期待に押し潰されそうな時もありましたが、本日まで毎日投稿を成し遂げられたのは、間違いなく皆様が見ていてくださったおかげです。
本当にありがとうございました!

……それを皆様に伝えたかっただけです。(*ノωノ)

改めまして、本作をここまで読んでいただき、ありがとうございました!!!!!!!!!!!!!!!
これからも、応援よろしくお願いします!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!


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第二章 続き
第一話 鎮守府に潜む“闇”


 東提督が着任してから、早くも三か月が経とうとしていた。

 今日まで何だかあっという間だった気もするが、濃密な毎日を過ごしていた。

 

 あれから、鎮守府は多少変革を迎えようとしていた。というのも、以前に比べ、艦娘たちが人間に対して過剰に怯えることがなくなったからだ。

 それは、ここ三か月で東提督が艦娘を無理に働かせることがなかったのが大きいように感じる。それに加えて、毎日温かい食事を人間が用意してくれているのも、人間という存在への心の障壁を取っ払ってくれた要因だろう。

 海軍の中でも、艦娘の食事を人間が用意すると言うのは新しい取り組みで、開始当初は先行きが不透明だった。それは企画当初から想定された問題だったので、入念な準備をすることで、その不安を最小限に抑えた。東提督に話す前から準備は開始していたので、万全の状態で開始することができたのだ。

 海軍は機密情報が多いので、提督以外の人間が居られるのは食堂と食堂へ行くための道のみではあるが、確実に人間の存在は我が鎮守府に馴染みつつあった。

 最も懸念されていた艦娘の反応は、東提督が艦娘のトラウマと真摯に向き合い、解決することで、特に問題は起こらなかった。

 

 現在、鎮守府には二通りの艦娘がいる。

 一つ目は、東提督によりトラウマが解決され、人間との接触に問題がないと判断されたものたち。

 二つ目は、もともと人間との接触に問題がなかったものたち。

 一つ目は金剛さん、加古さん、大淀さん、川内さん、天龍さんに加えて、長門さん、陸奥さん、扶桑さん、山城さん、翔鶴さん、暁さん、響さん、陽炎さん、不知火さんの計十四名だ。

 二つ目は、まず外部から来た吹雪さん、鳳翔さんと、元々この鎮守府にいた龍驤さん、古鷹さん、北上さん、木曾さん、島風さん、夕立さん、時雨さん、明石さん、そして私の計十一名だ。

 

「このなかで、私が目星をつけたのは龍驤さん、古鷹さん、北上さん、木曾さんの四人。

 この四人と接触することを、赤城さんには許してほしい」

 

 私の対面に座るのは、東提督。本名、東未来。三か月前にこの鎮守府に着任し、姫級を撃破したことで階級の上がった海軍少佐である。

 東提督は、吹雪さんとの一件が終わった後、艦娘について、艦娘同士の関係性という面を重視して見るようになった。結果的に、艦娘のトラウマの深度や、地雷をよく知っている私に、トラウマに接触する可能性がある関わり合いをする時、事前に許可を求めるようになった。

 無鉄砲に当て逃げみたくトラウマを探られる可能性が低くなったので、良い決断だと思う。トラウマに対して変な干渉すれば、余計拗れたりする可能性もあるのは事実だ。それに加え、これは私個人としても利のあることだし。

 

「……最後に聞きますが、あなたは本当に、“艦娘の中にスパイがいる”と思いますか」

 

「あり得ない可能性ではないし、私もまだ全員の艦娘のことを把握できているわけじゃない。

 でも、疑う覚悟も、疑われる覚悟もできているよ」

 

 階級が上がったことを表彰されるために出向いた大本営で、東提督は恩師から艦娘の中に憲兵隊のスパイがいる可能性を示唆されたようだ。というのも、前の提督はどうやら憲兵隊の上層部と癒着していたようで、その証拠が鎮守府に残っている可能性があり、それを隠すためにスパイを送っているというのだ。

 結論として、東提督はそのスパイを探すと言う選択をした。それはつまり、鎮守府にいる艦娘を疑うと言うことだ。それに対して、信用を裏切られたという反応をする艦娘もいるだろうし、逆にそういう名目で艦娘のことを調べようとしているのではないかと深読みする艦娘もいるだろう。事実がどうであれ、疑われたということを良い感情で迎え入れられる者はいないのだ。

 しかし、東提督はそういう悪感情を向けられるだろうと覚悟した上で、スパイを探す選択を選んだ。それを私が拒むことはできない。

 

「わかりました。

 ……今回の件、私が東提督の手助けをすることはないことは、ご了承ください」

 

「うん、わかっているよ。

 辛い選択をさせてごめんね」

 

 東提督は、私に東提督が艦娘を疑うことを許可させたことを謝ってくる。私はそれに何も言わず、執務室から退室した。……ところで、提督の周りに妖精さん居すぎじゃないだろうか。まだ増えるの?

 執務室の扉を閉め、私は歩いて自室に戻る。執務室からそれなりに歩いたところで、上を見た。一見、そこには何もないように見える。だが、一時期四六時中天龍さんから身を狙われていた私にはわかった。

 

「川内さん」

 

 私が天井にそう呼びかけると、天井がからくり屋敷のように開き、そこから川内さんが降りてきた。

 どうやら、天井裏の徘徊は、彼女の趣味の一つになってしまったようで、よくこうやって天井裏で艦娘の様子を見ていることがある。何か問題が起きると天井裏を通って提督や私に伝えてくれるので、プライバシーとか色々は黙認している形になっている。

 

「伝言を頼んでもよろしいですか。

 東提督には内密にお願いしたいのですが」

 

「わかった!

 赤城の頼みなら従うよ」

 

そう言った川内さんに内容を伝えてから、私は最近朝晩やっている刀術教室に向かった。艦娘は艦隊によって活動時間や出撃時間が異なるので、朝晩の二回やることになったのだ。加えて、資格を教えるために教室を新たに開いた。まだ鎮守府には資格を持っている者が私以外に居ないので、しばらくは忙しくなるだろう。刀術に関する資格も新たに取ったため、お金ががっぽりと入ってくる。これで老後は安泰だろう。艦娘に老後はないけど。

 現在、新たに艦隊が組み直されたことで、私は鎮守府に常勤する艦娘に分類された。普通の艦娘は出撃をするため常に鎮守府にいるわけではない。しかし、事情があって鎮守府に常にいる必要のある艦娘は、出撃をせずに鎮守府に居られる制度があるのだ。この鎮守府では主に大淀さん、明石さん、鳳翔さんなどが使っている制度だ。他の鎮守府では、大和型の艦娘が資源に余裕がないという理由で使われていたりする。

 その制度を使い、私は朝晩の刀術教室に加え、資格教室を開くことができているのだ。たまに東提督や大淀さんに頼まれて書類整理をすることもある。

 

 更新された現在の艦隊編成は、こうなっている。

 

第一艦隊 旗艦吹雪 随伴金剛・翔鶴・古鷹・木曾・島風

第二艦隊 旗艦長門 随伴扶桑・龍驤・加古・暁・響

第三艦隊 旗艦川内 随伴陸奥・山城・北上・夕立・時雨

第四艦隊 旗艦天龍 随伴陽炎・不知火

 

 こんな感じで一新された艦隊となっている。やはり、艦娘の人数が他鎮守府に比べて少ないのもあり、艦隊を組むのも大変そうだ。第四艦隊は完全に遠征用の艦隊で、天龍さんは出撃がしたいと愚痴っていた。

 

 

 

 

 

 そんな感じで、夜の二十二時になった。ほとんどの艦娘が寝入っているだろう時間帯に、私の部屋の扉がノックされた。私はそれに驚かなかった。何故なら、その来客は私が川内さんに頼んで呼んだ艦娘だからだ。

 その艦娘を部屋に招き入れ、扉が閉まったことをしっかりと確認する。川内さんには、今日は二十三時まで私の部屋の話を盗み聞きしないように言っている。その艦娘をソファに座らせ、早速本題に入る。

 

「実は、東提督が、艦娘の中に憲兵隊のスパイがいるんじゃないかと調査しようとしています。

 その候補者は龍驤さん、古鷹さん、北上さん、木曾さんの四人です」

 

 候補者に含まれているその艦娘は、少し驚いたような表情をするが、すぐに納得した表情をした。心当たりがあったのだろう。

 そして、なぜそれを言ったのかと私に聞いてきた。

 

「じゃないと、あなたが罪悪感に押し潰されそうだったので」

 

 私がそういうと、その艦娘は驚いた表情をし、事情を知っているのかと尋ねてきた。

 

「詳しくは知りませんよ。

 ただ、犯行理由が“人質を取られているから”だろうというのは予想がつきましたので」

 

 スパイがいる前提で考えた時、消去法でスパイである可能性がある者が二人残った。そのどちらかの犯行理由を考えた時、片方には犯行理由がないことがわかった。正確には、片方は犯行する前に私に相談するだろうから、相談されてない時点でそちらではないということがわかったのだ。

 艦娘は考え込むように腕を組み、視線を落とす。これからどうするか、どうするべきなのか、考えているのかもしれない。だが少なくとも、私は犯人の存在を東提督に言おうとは思っていない。それは先程、東提督に『今回の件、私が東提督の手助けをすることはないことは、ご了承ください』と宣言した通りだ。

 

「そこで提案なのですが、あなたの妹さんを助けるために、私と組みませんか?」

 

 そう私が言うと、その艦娘は戸惑った。まぁ、いきなりこんな話をされても、胡散臭さとか得体の知れなさとかの方が混じるかもしれない。だから、手っ取り早く目的を話すことにしよう。

 

「実はちょっと、物語に干渉……いや、主人公の成長……いえ、何といえばいいんでしょうか。

 ちょっと個人的な願望で、順調すぎる東提督を失敗させたいんです。

 当然、最終的には妹さんを助け出します。

 ですが、現状では、妹さんにとっての救いが東提督に助けられることだとも限りません」

 

 艦娘は黙り込む。彼女は頭が悪いわけでは無しい、いま私が言ったこともよく理解できているだろう。

 だからこそ、協力相手にふさわしい。

 

「なので、手を組みませんか。

 全員がハッピーエンドになれる道を行くために。

 今のままでは、良くてトゥルーエンドですから」

 

 私はそう言い、その艦娘に手を差し出す。その艦娘は数秒間迷った後、覚悟を決めた表情で私の手を握り返してきた。

 一時的ではあるが、妹さんを救う同盟成立である。




誤字修正
誤 私の対面に座るのは~~海軍中佐である。
正 私の対面に座るのは~~海軍少佐である。

誤字報告ありがとうございました!


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第二話 スパイを見つけよう! ☆

――東未来side――

 

 “聞いてはいけないもの”を聞いてしまったことだけはわかった。

 慌てて、しかし音を立てないように慎重に赤城さんの部屋の前から立ち去った。

 部屋の外から聞いていたということで、声がよく聞こえたわけではないので、赤城さんじゃないもう一人の艦娘が誰なのかは残念ながらわからなかった。しかし、いま私は二種類の情報を得た。スパイには妹がいるということ。そしてもう一つは、赤城さんがスパイの正体を知っていながら隠していると言うこと。

 “よくわからない人”というのが、私の赤城さんへのイメージだったが、今回の件で余計に赤城さんのことがわからなくなった。赤城さんの行動が前の提督や私への悪意から来るものなのか、もしくは艦娘に対する善意から来る行動なのか。いまいち私には掴めなかった。

 協力を頼もうとは思っていなかったが、改めて、今回の件で赤城さんに関わることはしない方が良さそうだ。

 

 ……赤城さんとスパイが協力、か。今回の問題は解決が難しそうだ。

 

 ただ、一つ朗報なのが、スパイに妹がいるとわかったこと。

 私がスパイだと疑っていたのは龍驤さん、古鷹さん、北上さん、木曾さんの四人。その内、龍驤さんは姉妹艦がおらず、木曾さんは同型艦において末妹だ。必然的に、スパイの正体は古鷹さんか北上さんのどちらかとなる。

 古鷹さんの場合、加古さん……または、一部では青葉型も姉妹艦として含まれていることもあるため、その誰かが人質になっているのだろう。

 北上さんの場合、妹は大井さんか木曾さんになる。

 加古も木曾さんも鎮守府内にいるから、それ以外と考えるのが自然だろうか……。

 とにかく今は、赤城さんの部屋の盗み聞きをしたことが、赤城さんやスパイにバレない様にする必要があるから、四人全員と面談をすることにしよう。その過程で、古鷹さんと北上さんのことを調べればいい。

 

 ただ、ひとつ引っかかっているのは、赤城さんが言っていた『現状では、妹さんにとっての救いが東提督に助けられることだとも限りません』というセリフだ。このセリフの意味を考えるに、妹は人質ではあるが、現状では妹が人質らしく乱暴に扱われているわけではないのではないだろうか。犯人が人質を取られていると言うのは、その妹の平和な日常を壊すと脅されているのではないだろうか。

 そうなると、その人質と犯人は身近な関係なのだろうか。だとすると、同じ鎮守府にいる艦娘と可能性が高くなってくる。妹に人質のことを聞いても、本人は自身が人質だと認識していないだろうから意味がないだろう。なら、妹が絶対に外部から影響を与えられないようにするのが一番だが、現実的に考えて不可能だろう。というか、そんなことをすればパワハラなどで訴えられかねない。

 

 ……ひとまず、妹がどういう形で人質に取られているのか、調べてみよう。簡単な問題だとは思っていなかったが、予想以上に色々なしがらみが絡まっていそうな問題だ。

 

 

 

 

 

 その次の日、早速四人との面談が行われた。名目上は、鎮守府の実情調査として、鎮守府に不満がないかとか、仲間と上手くやれているかとかのアンケートになっている。四人を選んだのはランダムと言い、カモフラージュの為に長門などの事情を知っている者たちとの面談も組んだ。

 

 一人目の面談は、龍驤さんだ。龍驤さんは、最初に赤城さんと同じ艦隊にいたということで、個人的に警戒している。しかし、三か月経ったが特にトラウマが爆発するような気配は見せていない。そして、スパイでもなさそうだから、今回は気を負って喋る必要はない。

 今回の面談の建前を説明した後、面談に入った。

 

「新しく艦隊が再編成されたわけだけど、新しい艦隊の子たちとはうまくやっていけている?」

 

「問題ないで!

 うちの場合は前も同じ艦隊やった金剛と暁が居るのも大きいのかもしれへんけど。

 艦隊のメンバーで思い出したけど、扶桑、暗い雰囲気を纏っていたのがあんなに変わっちゃって、アンタほんますごいなぁ!」

 

 そう龍驤に褒められて、すこし照れる。いままで、こうやって面と向かって艦娘のトラウマ解決に動いていることを褒められたことはなかった。そのため、嬉しさと恥ずかしさが混ざった感情になる。

 それから、龍驤と十分近く会話をしたが、当然スパイに関する情報が出てくることはなかった。龍驤を面談室から退室させ、二人目を待った。

 

 

 

 

 

 少し経って、面談室に二人目が来た。二人目は北上さんである。本来なら次は古鷹さんの予定だったのだが、どうやら出撃が長引いているようなので、先に北上さんと話すことになった。

 龍驤さんと同じく面談の建前の説明と、それっぽいことを質問していく。それから、本題へと入っていった。

 

「……そういえば、北上さんと木曾さんって姉妹艦だよね?」

 

 よく話すのかと聞こうとしたその瞬間、北上さんと目線があった。その目には明確に怒りの感情が浮かんでいた。一瞬で、今の言葉が北上さんにとって地雷だったことを覚る。

 北上さんは大きくため息を吐いた。

 

「知らなかっただけだろうし、仕方ないのかもしれないけどさ。

 私の前で、姉妹艦の話をしないでくれない」

 

 北上さんは怒ったようにそう言って、席を立った。そして、部屋の扉に向かって歩いていき、扉に手をかけた。

 

「ちなみに、私は木曾のこと大っ嫌いだから」

 

 そう吐き捨てるように言って、北上さんは面談室から出て言った。

 ああ、どうやら失敗してしまったようだ。『知らなかっただけだろうし、仕方ないのかもしれないけどさ』と言っていたし、おそらく艦娘内では有名なことだったのだろう。

 改めて、自分の艦娘への不勉強を悔いた。

 

 

 

 

 

 古鷹さんと木曾さんの所属する第一艦隊が帰投したという報告を受け、古鷹さんを面談室に呼んだ。というのも、古鷹さんは幸い損傷がなく、木曾さんは小破を受け入渠中だからだ。

 

「古鷹さんが鎮守府で一番仲がいい艦娘って、誰かな?」

 

 三人目である古鷹さんは、北上さんと同じく鎮守府に姉妹艦がいる。しかし、先程の反省を生かし、最初から姉妹艦について聞くことはしなかった。

 私の質問に、古鷹さんは少し悩んだ素振りを見せた後答えた。

 

「最近は、同じ艦隊の翔鶴さんや島風ちゃんとよく話しますね。

 ただ、お二人とも刀術だったり弓術だったりの訓練が忙しそうですので……一番ってなると、加古かもしれません」

 

 古鷹さんから加古の名前が出た!

 これなら、北上さんと同じく仲が悪いということはないだろうし、色々と質問してもいいだろう。

 

「違う艦隊だけど、仲は悪くなさそうでよかったよ」

 

「まぁ、違う艦隊とは言っても、鎮守府で他に重巡はいないので一緒に訓練したりもしますし、普通に気が合うので……。

 あと、一緒に部屋で暮らしているので、合う時間も話す時間も、他の艦娘よりは多いです」

 

 ん?なんだか、少し今の文章に違和感を覚えた。しかし、具体的にその違和感が何なのかわからなかった。

 とりあえず、姉妹艦同士仲が悪くなさそうで安心した。あんまり姉妹艦のことを質問しても不審に思われる可能性があるので、別の話題に変えよう。

 

「……じゃあ、今の鎮守府に、なにか不満とか、こうしてほしいって要望はあったりする?」

 

「……あの、えっと」

 

「何でも言ってくれていいよ。

 できる限り艦娘の意思を尊重するから」

 

 古鷹さんが言いづらそうにしていたので、そう言って発言を促す。すると、古鷹さんは少し躊躇うようにしながらも、口を開いた。

 

「……いま、加古と同室で過ごしているのですが」

 

「うん」

 

 話題を変えたつもりだったが、戻ってしまった。確かに、今さっきよく話すって言っていた人について言うのは、ちょっと気まずいか。

 しかし、古鷹さんは加古に何か不満とかがあるのだろうか。しかし、もし個人的なことだったら、こちらも対応に困るが……。そんなことを考えていた私は、古鷹さんの発言に戸惑わずにはいられなかった。

 

「――一人部屋で生活することはできないでしょうか?」

 

 その発言を理解するのに、数秒かかった。一人部屋、つまり、加古と違う部屋になりたいということか。先程の話を聞いた感じ、特に仲が悪いという感じではなかったはず。そうなると、喧嘩とかだろうか。

 私がそんなことを考えていると、古鷹さんは慌てて言葉を付け足した。

 

「喧嘩とかでは全然なくって!

 鎮守府の中で一番仲が良いのも本当ですし!

 ただ、部屋を二人で共同して利用するのってどうしても落ち着かないと言うか……一人になれる時間と空間が欲しいって、どうしても思ってしまうんです」

 

 なるほど。あまり聞かないが、艦娘だって感情を持っているし、人間と同じようにそう考える艦娘がいてもおかしくはないか。

 いまこの鎮守府では、色々な事情により、一人部屋の者と二人部屋の者がいる。古鷹さんは二人部屋で生活しているが、まだ部屋の余裕はあるため一人部屋にすることはできる。

 ただ、いまの部屋割りに関しては、加古を一人部屋から姉妹艦と同室にする時に古鷹さんから許可を貰ったので、過ごしていくうちに苦痛になったのか、もしくは最初から言い出しづらかっただけでずっとそう思っていたのか。

 

「わかった、なるべく早く対応するよ。

 移動する部屋が決まったら、また連絡するね」

 

「ありがとうございます、提督」

 

 古鷹さんはそう言ってお辞儀をした。

 

 

 

 

 

 古鷹さんが出ていった扉をぼーっと眺める。

 スパイの有力候補である北上さんと古鷹さんに会ったわけだが……。北上さんに関しては、明らかに妹である木曾さんを嫌っていた。古鷹さんに関しては、仲は悪くなさそうだったが……あの発言を正直に受け取るべきかどうかもわからない。まぁ、嘘をついているようには見えなかったのだが、そうなると、妹に好意的な古鷹さんがスパイっていうことになる。

 私が思考の悪循環に入っていると、扉がコンコンッとノックされた。そういえば、入渠が終わり次第面談室に来るように言っていたことを、すっかり忘れていた。

 

「どうぞ」

 

「失礼する……」

 

 四人目の艦娘、木曾さんは緊張した面持ちで入室してくる。まるで、今から悪いことを罰せられる子供のようである。

 このままじゃ普通に話すことも出来なさそうなので、ひとまずその緊張を解すことにした。

 

「木曾さんに叱りたいことがあるっていうわけじゃないから、そんなに緊張しなくて大丈夫だよ!

 今回は鎮守府の内情調査とか、今の艦隊でうまくやれているかっていう面談だから」

 

「あ、そ、そうなのか!?

 なんだ、よかったぁ……叱られるのかと思ったよ……」

 

「何か叱られることに心当たりでもあるの?」

 

「いや、ないけどさ!

 一対一で呼び出されたら、誰でもなにかしたんじゃないかって思うだろ!?」

 

「それはごめんね」

 

 そうやって、会話をしていると木曾さんも落ち着きを取り戻してきて、普段通りの木曾さんになった。そうして、色々と聞いていく。といっても、木曾さんはスパイではないだろうし、特別聞くこともないので、最近刀術教室はどうだとか、そんなことを聞いた。刀術教室は赤城さんが師範代をやっている。本当に、あの人何でもできるなぁ……。

 木曾さんに、あえて聞く必要があるのは、北上さんとの関係だけかな。

 

「それじゃあ次の質問……これは答えづらかったら答えなくていいんだけど、姉妹艦である北上さんとの仲はどう?」

 

「……あー」

 

 木曾さんは少し答えづらそうにする。やはり、あまり聞くべきではなかっただろうか。

 質問を撤回しようと思った時、木曾さんは口を開いた。

 

「まぁ、あんまり仲は良くないよ。

 というか、何でか知らないけど、向こうから一方的に避けられている。

 だから、こっちも関わらないようにしている。

 部屋は、向こうが赤城さんに頼んで別室にしてもらったらしいし、詳しいことはよくわからないけど」

 

「そっか……ちなみに、木曾さんは北上さんが嫌い?」

 

「特に何とも……。

 話したことすら一回もないからな。

 これは俺の予想だけど、俺以外の姉妹艦と何かがあって、それで姉妹艦である俺のことも避けているんじゃないかなぁ」

 

 今の鎮守府には、北上さんの姉妹艦は木曾さんしかいない。つまり、北上さんはこの鎮守府がブラック鎮守府だった頃に姉妹艦と何かがあった。しかし、その姉妹艦が轟沈したのか、もしくは他の鎮守府に移籍したのか、何かしらがあり今の鎮守府にその姉妹艦は居ない。

 先程まで、スパイは古鷹さんの可能性が高いと思っていたが、もう一つの可能性が浮上してきた。北上さんの姉妹艦であり、木曾さんじゃない方の妹、大井さんが他鎮守府に人質とされている可能性。それなら、北上さんがスパイでもおかしくない。

 

「おーい、提督ー?

 考え込んでどうしたー?」

 

「あっ……ごめん、何でもないよ」

 

「そうか?

 それならいいんだが。

 ところで提督、少佐に昇進おめでとう。

 そういえば、まだ祝ってなかったなって」

 

「ああ、ありがとう。

 これも、大規模侵攻や姫級討伐で成果を上げてくれたみんなのおかげだよ」

 

 深海棲艦による大規模侵攻が起こった時、この鎮守府の艦娘たちが多くの深海棲艦を倒したことに加え、そのすぐ後に姫級討伐と、その姫級が作っていた集団が人間領土への攻撃を起こす前に拠点を壊滅させることができたことが評され、佐官へと昇進した。

 そういえば、まだ木曾さんには面と向かって祝われたことはなかったかもしれない。といっても、探せば他にもそういう艦娘はいるだろうし、あんまり気にしていなかった。

 

「昇進する時って、大本営に行くんだろ?

 俺は大本営に言ったことがないからよくわからないが、提督の知り合いもいたりするのか?」

 

「もともと人間関係は広い方じゃないし、大本営で働いている知り合いはいないかな。

 ただ、大本営に行った日に、恩師が昇進のお祝い品を持って来てくれたよ。

 あの人は将官だから忙しいはずなのにね」

 

「へぇ、いい人だな!

 また、その人のこと聞かせてくれよ!」

 

 私はそれに、肯定も否定もしなかった。あの人は、私の最大の恩師である。そのことを話すときが来るのかはわからないが、そのことを話せる時がくればいいな、と思った。

 

 

 

 

 

 四人の面談が終了した。

 スパイの正体は――




作者より

嘘を吐く者と、真実を知らぬ者と、真実を語らぬ者。
暴け、その謎を――

「そこで提案なのですが、あなたの妹さんを助けるために、私と組みませんか?」

「問題ないで!」

「私は木曾のこと大っ嫌いだから」

「一人部屋で生活することはできないでしょうか」

「俺以外の姉妹艦と何かがあって、それで姉妹艦である俺のことも避けているんじゃないかなぁ」

次回、『第三話 スパイの正体』
2021年7月12日6時、投稿予定



(……謎に次回予告風にしてしまった)


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第三話 スパイの正体

 妹さんを救う同盟成立である。……とまぁ、妹さんの名前を隠して話していたわけだが。

 “東提督の気配が扉の前から消えたこと”を確認し、私は机に置いていた“小さな声で話して”という紙を退けた。

 

「ありがとうございました。

 もう普通に話してもらって大丈夫です」

 

「……で、いまのは何だったの?

 その紙のせいで、いまいち赤城さんのこと信用しきれてないんだけど」

 

「すみません。

 東提督が扉の前で盗み聞きをしていたので、応急の処置として紙を出させていただきました。

 ――改めて、妹さんを救う同盟を組みましょう、“北上さん”」

 

 目の前に座る艦娘、北上さんにそう言った。

 私が川内さんにした伝言は、二十二時に北上さんを私の部屋に来るように伝言してもらうこと。東提督が部屋の前を通るのは予想していなかったが、これから東提督を失敗させるうえで良い作戦が思いついたので、その状態で北上さんと話した。

 盗み聞きをすぐに聞き終わらなかったということは、北上さんの姿は見なかったということだろうし。

 

「……それで、さっきは何かあるんだろうって察して聞かなかったけどさ。

 実際、どこまでわかっているわけ?

 それとも、木曾から聞いたの?」

 

「いえ、木曾さんは私に言ってくれませんでしたよ。

 ――自分がスパイだ、ということは」

 

 私が消去法でスパイだと思ったのは、龍驤さんと木曾さんだった。そして、盗聴器を付けられているとかでない限り、龍驤さんは私に相談してくるだろうという結論に至った。逆に、木曾さんは全部の悩みを抱え込むタイプだから言わないだろうと、スパイを見分けることができた。木曾さんがスパイである前提で見てからは、なんで気づかなかったのかって思うくらい、スパイらしい行動をよくしていた。

 例えば、東提督から色々情報を聞き出していたのは、いざという時に東提督の弱味を握るためだったのだ。

 

「資料室で木曾さんのことを調べれば、木曾さんが別の鎮守府から移籍してきたのがわかりました。

 そして調べていくうちに、憲兵隊との繋がりが見えてきました。

 おそらく、最初は正義のためとしてスパイをしていたのでしょうが、憲兵隊から憲兵隊とこの鎮守府との繋がりを消してほしいと言われ、本当に自身のやっていることが正しいのかわからなくなった。

 そうしたら、憲兵隊から従わないと、天龍さん辺りを任務が過酷なところへ連れていくと言われ、今も従っているのでしょう」

 

「良く調べたねぇ。

 ……私も、同じ意見だよ。

 私はこの鎮守府からブラックに解放された時から、姉妹艦が嫌いだった。

 そうやって、姉妹艦である木曾を否定的に見ていた私だから、木曾がスパイをやっていることにも気づけた」

 

 北上さんはそう独白をする。きっと、ずっと誰かに言いたくて仕方がなかったのだろう。しかし、言える相手が居なかった。だから、今溢れ出てしょうがないのだ。

 その気持ちを察した私は、北上さんの言葉に口を挟まず、聞いた。

 

「……それで、妹を救う同盟、だっけ?」

 

「はい。

 正確に言えば、木曾さんをスパイから解放しよう作戦ですね」

 

「というかさ、私木曾が嫌いって言ってたはずなのに、なんで私が木曾のことをスパイから解放したいって気づいたわけ?」

 

「北上さんが木曾さんのことを気にしている様子だったので、あとは資料を漁れば察しました」

 

「……全くどうしてその結論に達したのかはわからないけど、赤城だしねぇ」

 

 私だから、という理由で納得されるのに私の評価がうかがい知ることができるが、今は置いておこう。推理内容は簡単で、まず北上さんと木曾さんは直接話したことがないと木曾さんに聞いたので、北上さんは姉妹艦ということに引け目を感じる何かがあると考えた。そうして調べたら、過去に北上さんは目の前で大井さんを無くしていたことがわかった。

 トラウマとか、そういう精神的な傷は時間の経過によって消えることが多い。北上さんの場合、大井さんを目の前で亡くしたのはだいぶ前だったし、普段の様子から木曾さんのことを気にしているのは見て取れた。そのため、北上さんは木曾さんがスパイをしている現状を良いものだとは受け取っていないことがわかった。

 後は、仲間に引き入れるために説得するだけだった。

 

「それで……よくわからなかったんだけど、赤城の協力する理由って何なの?」

 

「鎮守府の艦娘を守るためですよ」

 

 これが建前なことは、北上さんにはすぐにわかっただろう。この協力は、雪風との約束ではなく、もう一人の私と約束した目的だ。ただ、いまそれを周りに言うことはできない。そもそも、私以外にあの適性検査でもう一人の自分とあった人はいないようだし、ついにおかしくなったかと言われてしまう。常に無表情な時点でまともではないとか、それは言わないお約束。

 

「まぁ、言う気がないならそれでいいよ。

 赤城は元からよくわからない行動が多いし……。

 ――で、“あなた”の目的は何なの?」

 

 そう言った北上さんの目線の先。そこには、北上さんでも私でもない、もう一人の艦娘が居た。

 そう、実は川内さんに伝言を頼んだ北上さんとは別に、もう一人部屋に呼んでいた艦娘が居たのだ。先程東提督に私と北上さんの話を聞かせたのは、東提督にスパイが一人だと誤認させるため。実際は、この部屋にはスパイなどおらず、私の協力者が二人いたという訳である。

 

「――ねぇ、“古鷹”」

 

 協力者二人目は、なんと古鷹さんである。そう、東提督がスパイ候補として予想していた四人の中で、一人はスパイがいて、二人は私の協力者というわけである。ちなみに、龍驤さんは本当に何も知らない一般通過関西人(関西弁を使っているだけで関西出身ではない)である。まぁ、龍驤さんの場合はスパイなんかより闇深案件なのだが……それは、今はいいだろう。

 

「私は、赤城さんに恩義を感じて、それを返すために協力をしているだけです」

 

「へぇ……ま、それに疑うようなことはしないよ」

 

 古鷹さんは、木曾さんとも北上さんとも特に関係はないが、別に目的があって協力してもらう事にした。

 古鷹さんは、艦娘において当然ある意識が欠けている。古鷹さんは、姉妹艦を姉妹として見ることができない。前例がないわけではないが少なく、いまいち海軍において浸透していない建造艦に多い症状だ。

 海軍における鎮守府は、基本的に姉妹艦同士の同部屋だ。それは、姉妹同士同じ空間の方が過ごしやすいだろうという配慮なのだが、古鷹さんみたいなケースだと、それを苦痛にしか感じないのである。それは、姉妹艦を姉妹という感覚ではなく、あくまでその他と同じような“艦娘”というくくりでしか見られないためである。

 それを知っているのは、この鎮守府において私と古鷹さんに加え、二週間前に事情を話した加古さんだけだ。古鷹さんも、最初は隠していたのだが、やはり二人同部屋生活をしていくうちに苦痛になり、私に相談してきた。

 そして私が解決に動いたら、恩を感じたようで、返したいから何かすることはないかと聞かれたのだ。その時は特に思いつかなかったので貸一にしておいた。そして今日、東提督からスパイ候補に古鷹さんが入っているのを聞いて、これは使えると思い協力してもらうことにしたのだ。

 

「理由も納得していただいたようですし、本題に入りましょうか。

 まず、先程言った“東提督を失敗させたい”というのは本心です。

 というのも、今の東提督だと、龍驤さんレベルのトラウマを解決することは不可能です。

 東提督に失敗に慣れさせることと、東提督をトラウマが解決できるように改良することが、私の目的です」

 

 そうして、私は話をつづけた。

 

 まず、実行内容はこうだ。

 この部屋の会話を利かせることで、東提督に古鷹さんか北上さんをスパイだと思わせる。

 そして、明日くらいに東提督がやるであろう面談で、古鷹さんは加古と別室になりたいこと、北上さんは木曾さんが嫌いなことを言う。実際、北上さんは木曾さんが嫌いという理由で木曾さんと関わりと断っているため、そこを不審に思うことはないはずだ。

 そうして、東提督は古鷹さんか北上さんのうち、スパイだと思った方を徹底的に調べるだろう。

 そういう不審な行動を見れば、木曾さんはすぐ、スパイについて嗅ぎまわっていることに気づくだろう。実際、東提督の行動は作戦が臨機応変の、ほとんど作戦がない状態での行動が多いから、意識すれば内容は察しやすい。

 木曾さんがそのことを、無線を使って憲兵隊に伝えれば、木曾さんは一夜でこの鎮守府から夜逃げするだろう。

 そうなれば、流石の東提督も木曾さんがスパイだったことに気づき、自分が全く違う相手を探っていたことも知る。そして、木曾さんを取り戻すために動くはずだ。

 そこからは、私たちは成り行きを見守る。高確率で東提督が木曾さんを助け出すだろうが、もし失敗した場合でも動けるように手は打ってある。

 

「それ、本当に大丈夫なの?」

 

「人質の名前から、木曾さんをスパイにしている憲兵の名前、その上司の名前、更にそれを操る上司の名前から、その人の部屋を掃除する清掃員の名前と、その方の奥さんの携帯のパスワードまでは調査済みです」

 

「……いま、心の底から赤城が味方でよかったって思ったよ」

 

 ちなみに、絶対記憶とまではいかないが、一年前の夕飯を覚えているくらいには記憶力が良い方なので、それらの情報も全て頭の中に残っている。

 まぁ、今調べた内容は、普通に犯罪に当たるので、調べる時はちゃんと痕跡が残らないように気を付けよう。っと、言っていることもやっていることも犯罪者みたいになってきたので、方向転換しよう。

 

「改めまして、北上さん、古鷹さん。

 ――木曾さんを救う大作戦、協力していただけますか?」

 

 暗に覚悟を決めろという意味を込めて言う。北上さんと古鷹さんは、私の目を見て答えた。

 

「赤城を信用して、作戦に従うよ」

 

「はい、赤城さんの命令であれば、最大限従います」

 

 こうして、ここに協力関係が結ばれたのであった。




作者から

という訳で、スパイの正体は木曾さんでした!!

赤城さんの発言にて、「妹」と「人質に取られている」という言葉は出てきましたが、「妹が人質に取られている」という発言がないことには気づけたでしょうか?
「妹が人質に取られている」というのは、赤城さんの発言を聞いた東提督の“勘違い”によるものですね!

木曾さんに投票した14%の皆さん、正解おめでとうございます!!!!

なお、次回の第四話は、スパイに関する出来事が全て解決した後の話となります!!
皆様、投票ありがとうございました!


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第四話 自棄酒

 その後、東提督はスパイに関する問題を完全に解決した。その過程で、誰かが大きな怪我を負うこともなく、これ以上ないほどの結末になった。

 だからこそ、東提督に失敗を経験させて成長を促す作戦に関しては、微妙な結果に終わった。

 

「だから、不貞腐れているんですか?」

 

「まぁ……いえ、ちょっと違うのですが。

 実は、古鷹さんと北上さんには隠していたのですが、東提督が失敗するレベルの妨害を色々としていたのです」

 

「えぇー!? それなのに提督、皆を救えたんですか!?

 赤城さんの一歩上を行くなんてすごいですねぇ……」

 

 東提督が木曾さんのことを調べようとしたから、その資料を隠した。そうしたら、東提督はその情報を本人から信用を勝ち取ることで得た。

 東提督が木曾さんの所へ乗り込もうとしたから、憲兵隊に侵入者が乗り込もうとしている情報を流した。そうしたら、東提督は正々堂々横須賀第十三鎮守府から来たと言い、憲兵隊に乗り込んだ。

 東提督が木曾さんを連れて船で鎮守府まで帰ろうとしたから、その方面のチケットを全部買って帰れないようにした。そうしたら、昔艦娘に助けられたから助け返したいという親切な船乗りに乗せてもらい、鎮守府に帰ってきた。

 

「結果的に、木曾さんも古鷹さんも北上さんも、そして人質だった大井さんも、みんな鎮守府の一員となりました。

 めでたし、めでたし……」

 

 東提督を主人公とした物語としては、王道で良い作品だ。しかし、それを俯瞰者ではなく妨害者として見ていた私にとっては、そうは思えなかった。

 私が思考を重ね実行した作戦を、運だけで悉く粉砕された。

 

「あぁ、そうですね……この感情を一言で言うなら、“恐怖”です」

 

「赤城さんに恐怖を感じる心があったなんて驚きです」

 

「私も、自分にそんな感情を感じる心があったなんて、今日まで知りませんでした」

 

 前世も含めて、初めて悪寒の走る恐怖に出会った。

 

「東提督にとっては、アドバイスも妨害も、等しく物語を盛り上げるためのスパイスなんじゃないかと……まるで自分が生きている存在じゃないみたいに感じて、怖くなるんですよ。

 私はまだ、この世界で生きていたいのに……」

 

 どちらかというと、今回の作戦で失敗を感じたのは私の方だった。そして、その失敗に心を揺さぶられ、その感情を意味もなく吐き出しているのも私だ。

 

 私にとって、この世界は天国だ。戦時中でそんなことを言うのは不謹慎かもしれないが。でも、艦娘が笑い合っているこの空間のなかに、自分が居られると言うのが、間違いなく私にとって幸福な時間なのだ。

 私にとって、前世の世界は地獄だ。小さい頃からいじめを受け、職場では孤立し、唯一の楽しみは艦これだけだった。そんな私が死んで、この世界に転生した……はずなのだ。

 しかし、まるで物語の主人公のような東提督を見て、“この世界は夢の中の世界なのではないか”という一つの疑問が浮かんだ。それこそ、水槽の脳と同じく、杞憂としか言えない問題だ。ただ、一度そう思ってしまったら、拭いきれない疑惑として、ずっと頭の中に残るのだ。

 私はトラックに撥ねられて、植物状態になっただけで実は生きているんじゃないのか、とか。布団の中に入った次の瞬間に、職場の机の上で目覚めるんじゃないか、とか。

 

「初めて、寂しさで自分の身を売る方々の気持ちがわかりました。

 心にぽっかりと、どうしても埋まらない穴が空いている……」

 

「あー、これは重症ですねー」

 

 そう、明石さんは語尾を伸ばしながら言う。ここは工房横にある明石さんの自室で、私の明石さんの間にある机の上には、おつまみと酒の空き缶がいくつも転がっている。所謂、自棄酒というやつである。自棄酒というのも人生で初めてで、最近は初めて尽くしである。

 本当に、こういう時愚痴に付き合ってくれる存在というのは、貴重なものだと感じる。前世ではいなかったし、今世でもまともに愚痴をしたのは、明石さんが初めてなのだが。

 

「明石さん、もう一杯ください」

 

「はーい。

 ……程ほどにしておいてくださいよー?」

 

「大丈夫です。

 明日、休みなので」

 

 そう言って、明石さんに貰った酒をコップに注ぎ、音を立てて飲む。喉を炭酸が通りパチパチする。どれだけ酒を飲んでも、この空っぽな心が満たされることはない。でも今日は、意味とか効率とか何も考えずに、お酒を飲みたかった。

 

「うわー……絶対これ、二日酔いコースだ……。

 吐くときはトイレで吐いてくださいね!!」

 

 明石さんが、私の飲んだ空き缶の数を見て、そう言っている。今日は酔いたかったから、強めのお酒を鳳翔さんから貰った。鳳翔さんは何も聞かずに、「ほどほどにしてくださいね」と言って渡してくれた。

 

「やっぱり鳳翔さんは良いお母さんになる……」

 

「赤城さん、心の声が漏れていますよ」

 

 明石さんにそう注意された。私は何も返さず、お酒をもう一口飲んだ。

 

 

 

 

 

 次の日。頭が割れるような頭痛と、気持ち悪さに苛まれたが、十日連続徹夜した時よりはマシだと思い普通に行動したら、ぶっ倒れた。

 鳳翔さんにめちゃめちゃ怒られた……ほうしょうさんこわい……。

 二度とこんなことが起こらないようにしようと、私は自分に誓うのであった。

 

 

 

 

 

 そうして、頭痛も無くなりまともな思考力が戻ってきたことで、私は酷い羞恥を感じるのであった。

 いくら落ち込んでいたと言っても、他人の部屋で泥酔するとか最悪だ。しかも、変なこともたくさん言っていた。

 一つ自分の予想外のことがあっただけでこうなってしまうとは、本当に申し訳ない。すぐに明石さんには菓子折りを持って謝りに行った。

 本当に恥ずかしい限りである……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 本当に、人間みたいですね。

 

「ふと、声が聞こえた。

 周囲を見渡しても、そこには誰もいない。

 いや、そこは人が存在していい場所でもなかった。

 そこには、何もない、暗黒が広がっていたのだから」

 

 人の感情を理解した、みたいな風を装っていますが、あなたはどこまでも“―――――”のまま。

 どうして、変われたと思っているのでしょうか。

 

「ノイズが走り、肝心なところは聞き取れなかった。

 いったい、この声は誰の声なのだろう。

 いや、これは誰かの感情なのだろうか」

 

 アハハッ。臭いものには蓋、聞きたくないものは聞かなくていい。

 私、あなたの見ている世界が羨ましいです。きっと、そこは宝石のように綺麗で、輝いているのでしょうね。だって、汚いものがあれば、それをないものとして扱っているのだから。

 

「そう、彼女は嘘を……吐いた」

 

 そう、あなたは“私が嘘を吐いた”と認めることを拒むでしょう。だって、あなたは私が私であると理解しているから。でもあなたは、私が私であると認めたくないから。

 でも、それって消極的肯定であると理解していますか? ぬるま湯みたいな環境に浸かって、考える脳まで低下してしまったんですか?

 私、あなたのことが―――――

 

「再びノイズが走った。

 耳を凝らすが、もうそこには静寂が訪れているだけだった」

 

 脳梁離団術という手術を知っていますか? 難治性てんかんを治療するためのもので、右脳と左脳の間にある脳梁を切断するものです。切断した後の脳は分離脳と呼ばれますが、これがまた不思議な状態になるのですよ。

 

 分離脳の方に視界の右側でスプーンの写真を見せてから、これと同じものを持ってくださいと言うと、右脳がそれを判断して、正しくスプーンを取ることが出来るんです。でも、「あなたは今何を取りましたか」と聞くと、左脳がそれを判断して、「何も見えなかったし、何を取ったのかもわからない」と答えるのです。これは言葉や会話を左脳が司っているからです。

 逆に、視界の左側でスプーンの写真を見せてから、これと同じものを持ってくださいと言うと、右脳がそれを判断できず、正しくスプーンを取ることが出来ないんです。でも、「あなたは今何を取るべきかわかりますか」と聞くと、左脳がそれを判断して、「スプーンです」と答えるのです。これは、図形の認識などは右脳が司っているからです。

 

 言葉を聞いたということはわかっても、その言葉を理解できないというのは、今のあなたと近い状況にありますよね。私は話しているのに、あなたは言葉を理解せず、そこに言葉がないと認識する。そしてそれを本人は自覚できない。

 わかっていますよ。あなたが目を開けた時、私と会ったことを覚えていないということも。だから、私は何度でも言います。

 あなたは、自分のことを“感情を持っている人間”だと錯覚している機械であると。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「赤城さん、どうかしましたか?」

 

「え?」

 

「さっきからぼーっとしていますが……」

 

「すみません、少し考え事をしていて……」

 

 そうだ、私はいま、みんなでご飯を食べていたのだ。少しぼーっとしてしまっていた。あれ? 私、みんなでご飯なんて食べていたっけ? いや、何言ってるんだ。食べていたじゃないか。

 ちょっと疲れているのかな……?

 

【先生、大丈夫ー?】

【先生……―――――】

 

 ん? ごめん、よく聞こえなかった。

 

【……いや、何でもないよ!】

【……誰か、はやく先生を助けて



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第五話 東提督の恩師

 本日は、演習をするために別の鎮守府に来ていた。しかも、普段は近くの鎮守府と演習していたのだが、今日は佐世保第二鎮守府が対戦相手である。佐世保第二鎮守府は、歴戦の艦娘たちが多くおり、艦娘の数も我が鎮守府とは比べ物にならないほど多い。

 佐世保第二鎮守府の提督と東提督が知り合いのようで、その縁で演習をしてもらうことができた。

 

 本日の演習は特殊な形式で行われる。それぞれの鎮守府から艦娘を十名ずつ選出し、その十名のみで、六人艦隊を組み三回試合を行うというものだ。

 試合ごとで、限られた人数で編成を組まなければいけないので、艦娘を選ぶのも大変だ。

 

 試合は、ペイント弾を使用して行い、制限時間が過ぎた後に大破艦の数で勝敗が決する。大破になった艦娘は、轟沈と同じ扱いとなるため、駆逐艦などは最悪一発で戦闘不能となる。

 制限時間は、第一試合と第二試合の制限時間は一時間、第三試合は二時間で行われる。第一試合と第二試合の間に小休憩があり、第二試合と第三試合の間には昼休憩がある。

 燃料や弾薬、お昼ご飯などは、ありがたいことに、佐世保第二鎮守府の方々に用意していただいた料理を食べることになっている。

 

 現在、私たちは佐世保第二鎮守府につき、もうすぐ第一試合が始まろうとしている。私は第一試合には出ないため、東提督と佐世保第二の提督に許可を貰い、佐世保第二鎮守府をぶらぶらすることにした。

 

「ここが甘味処間宮だクマー。

 いつも艦娘たちがここでご飯を食べているクマー」

 

「雰囲気が落ち着いていて、とてもいい場所ですね」

 

 現在、私が話しているのは佐世保第二鎮守府所属の球磨さんである。私が佐世保第二鎮守府をぶらぶらしたいと言った時、向こうの提督のご厚意で球磨さんを案内に付けてもらったのだ。

 そのため、球磨さんと一緒に佐世保第二鎮守府の探検中である。

 

 ちなみに、同じ艦娘ではあるが違う鎮守府所属の艦娘なので、接する時は無表情にならないように気を付けている。感覚的には、知り合いにはタメ口で話すけど、初対面の人に敬語で話すような違いである。

 

「昼食もここで取ってもらう予定だクマ!

 この鎮守府の間宮さんは超料理がおいしいから楽しみにしているクマー!」

 

 私は間宮さんの方に視線を向けた。

 

≪――(野良妖精さん) レベル2 料理A・火力E≫

 

「……それは、楽しみです」

 

 本当に楽しみだ。

 料理なんてスキルを持っている妖精さんは初めて見た。いったい、そのスキルによってどれだけ美味しくなるのか……。

 

 

 

 

 

 それから、色々な場所を案内してもらった。最後に、提督室に来た。

 流石に機密情報とかがあるだろうからと遠慮したのだが、どうやら佐世保第二鎮守府の提督から、最後に提督室に来させるように言ったらしい。

 球磨さんが提督室の扉をノックした。

 

「球磨だクマー。

 提督に言われて赤城を連れてきたクマ!」

 

「どうぞ」

 

 大淀さんのような声が聞こえた。佐世保第二鎮守府の大淀さんだろうか……。大淀さんのような声ではあるが、私の鎮守府の大淀さんとは、ほんの少しだけ違う気がする。

 許可を得た球磨さんは、扉を開ける。――そこには、予想外の人物がいた。

 

「初めまして、横須賀第十三鎮守府の赤城さん。

 ――俺は武下歩、ここ佐世保第二の提督をやっている者だ」

 

 まさか、武下提督がいるとは思っていなかった。いや、彼が居ていいはずがないのだ。

 なぜなら、いまは――

 

「――第一試合の最中のはずなのに、なんでいるのか、っていう顔をしているな?」

 

「……すみませんが、正直そう思っています。

 説明していただくことは可能でしょうか?」

 

「おう、そんなに固くならなくていいぜ。

 答えは単純……だけど、素直に言うのも面白くないな。

 まぁ、アンタなら察しているんじゃないか?」

 

 そう、武下提督はおちゃらけるように言う。

 確かに、察している。というか、察せざるを得なかった。

 

 東提督から聞いた武下提督の話から、武下提督の人物像を予想するに“お調子者ではあるが、艦娘に対して真剣で、特に人の命を扱う物事には決して間違いが起こらないように信念を持って実行できる人”という感じだろう。

 そんな彼が、演習をほっぽり出すとは考えづらい。ならば、答えはこれになる。

 

「――もう、第一試合は終わった、というわけですか」

 

「おっ!? マジで正解しやがった!!

 ……どうしよう大淀、俺、正解した場合のことなんて考えてなかった……」

 

「知りません」

 

 武下提督を冷たくあしらう大淀さん。それを球磨さんは慣れた様子で見ている。

 なるほど。お調子者というのは間違いないようである。

 

「いやぁ、しかし、未来から聞いていた通り、めっっちゃ頭が良くて、観察眼や分析力がすごいっていうのは本当のようだな」

 

 ほう……東提督はそんなことを言っていたのか。でも、予想でしかないが、東提督はそんな促音たっぷりな表現はしていないと思う。

 

「申し訳ありません、挨拶が遅れました、横須賀第十三鎮守府の赤城です。

 本日はお招きいただきありがとうございます」

 

「いや、だからそんな固いのは……いや、もしかして、アンタの場合は素か?

 その固さはうちの加賀や不知火といい勝負だぜ」

 

 私の鎮守府にも不知火さんはいるが、この鎮守府には加賀さんもいるのか……。やはり、日本有数の実力を持つ鎮守府なだけあって、艦娘の数は豊富そうである。私の鎮守府は、提督が東提督になってから、一度も建造していないため、全然増えていない。唯一、大井さんが鎮守府に移動してきたくらいである。

 本来ならもっとばんばん建造していくべきなのかもしれないが、東提督の方針としては今のところ建造をしないに固まっているようだ。

 理由としては、最近波が安定していなかったり、強い深海棲艦が増えてきたりしており、新しく来た艦娘に対して教育をしてあげられないというのが大きい。

 出撃と教育を両立しろってなると、ブラックな労働になる可能性が高いのである。やっと平穏になりつつある我が鎮守府に、そういう要素を入れたくないのだろう。

 

「って、こんな話をするためにアンタを呼び出したわけじゃないんだ!

 赤城……お前にとって、東未来はなんだ」

 

 武下提督は真剣な表情でそう訊ねてくる。どうやら、これが本題らしい。

 といっても、質問が漠然としすぎていて、何が聞きたいのかはいまいちわからないのだが。

 

「良い提督だと思います。

 指揮能力、作戦立案、観察眼……秀でて良いわけではありませんが、どれも人並以上に持っています。

 ただ、多少直感で物事を選んでいるようにも感じますが」

 

「なるほどな……」

 

 武下提督は腕を組み考え出す。望む答えはこれで合っていたのだろうか。

 提督として、東提督は未熟な点は多くあるが、それを乗り越える幸運や忍耐を持っていると私は思っている。課題だと思っていた分析力は、様々な艦娘のトラウマと向き合い、解決に導くことで、着実に良くなっていっている。

 

 武下提督は、組んでいた腕を解き、その瞳を私に向けてきた。その目は、まるで私の全てを見透かしているように感じた。その目は、私の全てを暴かれるように感じた。かくしていた、ものを。

 

 ――ゾクッ

 

 背筋に“何か”が走る。これは、“悪寒”? それとも……――“恐怖”?

 

 私のそんな感情をよそに、武下提督は口を開いた。

 

「それは、“艦娘の赤城としての答え”だろう。

 そうじゃなくて、“お前個人の答え”は何だ」

 

 私個人の、答え……?

 

 私、個人の……。

 

「……――こわい。

 あのひとが、わたしの考えを上回ってくるあの人が、怖い。

 ……どうしようもないほど、こわい」

 

 常に、漠然とした不安に駆られている。ただ、そんな不安は生産性がないから無視をしているだけで、不安の原因はいまだにわからない。

 ただ、東提督の行動が、私の不安に起因していることだけはわかる。だから、私は東提督のことが怖いのだ。

 

「――なら、どうしてお前は、横須賀第十三鎮守府で暮らしているんだ?」

 

「ッ……!!?」

 

 その言葉に動揺をし、一瞬呼吸が止まる。それくらい、私はその言葉に驚いた。

 何故なら、私はそのことを自覚していなかったからだ。“自分の所属する提督が嫌なら、違う鎮守府に行けばいい”という、ごく当たり前な思考を行っていなかったことに。

 

 しかし、一度気づいたら、もう早かった。私の、人より多少優れた頭脳は、その答えに一瞬でたどり着いた。

 ああ、だから私は、こんなにも怖かったのだ。

 

 私は武下提督に目を向けた。言葉はすんなりと口から出てきた。

 

「私の居場所はあそこにしかないんです。

 だから、私の居場所を奪おうとする東提督が、怖くて堪らない」

 

 私はあの鎮守府で、“愛”を知ってしまった。仲間として、戦友として、教師として。

 前世じゃ絶対に手に入れられない“愛”を。

 

 一度“愛”を知ってしまったら、もう“愛”を渇望することしかできなくなってしまった。

 いや。ずっと渇望していたから、手放せなくなったのだ。

 

 だから、こわいのだ。

 

 わたしを、この世界の主人公ではないと否定する存在が。

 わたしを、この世界にいるべき存在ではないと否定する存在が。

 わたしの得意としていたものを全部越え、私の存在意義を否定する存在が。

 わたしの居場所はここではないと否定する存在が。

 

 ――わたしをひ定する、全てのそん在が。(私を否定する、全ての存在が。)

 

 

 

「やっぱりお前って、未来と似てるよな」

 

 

 

 ……東提督と、私が似ている? 今の話のどこを聞いたら、そんな結論に達することになるのか、私にはわからない。

 きっとそれは、推理とか予想とかを超えた、直感的な何かなのだろう。もしくは、経験から得た勘か。

 どっちでもいいが、どうせ私には理解のできない代物だ。

 

 私が無言で武下提督を見ていると、武下提督は腹を抱えて笑い出す。

 

「ハハハッ!!

 未来と全く同じ反応だな……くふふっ……」

 

「……そうですか。

 それで、どうして、私と東提督が似ていると思ったんですか?」

 

 正直、微塵も興味はなかったが、それではコミュニケーションという名の言葉のキャッチボールが致命的になってしまうので、一応聞いた。

 すると、武下提督は、私と目を合わせると、一言言った。

 

「秘密♪」

 

 な、何なんだこの人……。

 前世の職場の上司とは、別のベクトルの理不尽さを感じる。前世の上司の時は割り切っていたのもあり特に感情を動かされることはなかったが、この人の場合だと少しイラつく。

 

 私が何とも言えない感情で武下提督を見ていると、佐世保第二の大淀さんが口を開いた。内容は、第一試合と第二試合の間にある休憩時間までもうすぐという連絡であった。

 それを聞き、私は提督室を後にして、球磨さんの案内で演習場に向かった。




作者から

久しぶりにお気に入り登録をしてくれた方の人数を見に行ったら、すごくたくさんいてびっくりしました(語彙力の消失)
本当にありがとうございます!! 感謝! 感激! 雨! 霰!

夏の暑さに負けず、皆様頑張りましょう!!!!!!!!!
こまめな水分補給も忘れないように!!!!



追記
本作の更新が滞ってしまっており、大変申し訳ありません。
活動報告で報告した通りの現状でございます。
もうしばらくお待ちください。


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第六話 横十三対佐二演習 第一試合 ☆

――東未来side――

 

 本日私は、横須賀第十三鎮守府から、佐世保第二鎮守府に能力向上の演習をするために来ていた。この鎮守府に来るのは、何時ぶりだろうか。艦娘を引退してから提督養成学校に入り、その後横須賀第十三鎮守府に来たから、なんだかとても懐かしい気分になる。

 第一試合の前に、移動疲れを癒すために艦娘たちが休んでいる時に、私は武下提督に話しに行くことにした。

 武下提督は大淀さんと談笑していたようだが、私に気づくと大淀さんに指示を出し、私と二人っきりになった。

 

「よぉ、未来。

 元気そうで何よりだ」

 

「武下提督も、元気そうで何よりです」

 

「ははっ、相変わらず固いな。

 それに、もう俺はお前の提督じゃない」

 

「……そうですね。

 では、武下さんと」

 

 佐世保第二鎮守府は、私が艦娘の頃所属していた鎮守府である。そこで武下提督にはお世話になった。

 といっても、武下提督の指揮下で動いていた時期はそう長くはない。

 私が彼に対して恩義を感じているのは、別のことである。

 

「もうあれから、五年か」

 

 武下さんは黄昏るように遠くを見つめる。もう、そんなに経ったのか。

 あれとは、私が彼に恩義を感じていることと、同じ内容である。

 

「当時、武下提督は憲兵でしたね。

 そうして、気づいたら、佐世保第二鎮守府をブラック鎮守府から解放していました」

 

 そう、佐世保第二鎮守府はもともと、ブラック鎮守府だった。その時代に、私は艦娘としてその鎮守府に所属していた。

 当時の佐世保第二鎮守府は、昨日普通に過ごしていた艦娘が次の日死んでいてもおかしくない環境だった。というのも、当時の提督は捨て艦戦法を使っていたからだ。これは、簡単に言えば駆逐艦や、要らなくなったと判断された艦娘が、他の艦娘の盾となり、海域攻略を行うというもの。

 当時は捨て艦に対する規制が不十分だったのもあり、艦娘の死亡率だけで言えば、横須賀第十三鎮守府を越える数が亡くなっていた。

 

 そんなとき、颯爽と現れたのが当時新米憲兵だった武下さんだった。当時の提督は金などで憲兵を従わせており、多くの艦娘が武下さんも他の憲兵と同じような存在だと思っていた。

 しかし、武下さんは、着任してから一か月も経たないうちに、ブラック鎮守府や汚職の証拠を集めて、佐世保第二鎮守府をブラック鎮守府から解放してくれた。

 

 だから、私にとって、彼は恩師なのだ。

 

 といっても、当時の私はもっと斜めから物事を見ており、「期待させてから裏切って、絶望した艦娘の反応を見ようとしているのだろう」とか思っていたが。

 

「あの頃は色々とご迷惑をおかけしました……」

 

「気にすんな、反発がある方が可愛げがあるっていうもんよ。

 しっかし……いやぁ、本当に丸くなっちまって。

 あの頃のお前は『私が関わるから、みんな不幸になるんです』とか、『この世界に希望はありませんが、その反対は私が振りまいています』とか、どこぞの不幸姉妹っぽいこと言っていたよなぁ」

 

「わ、忘れてくださいっ!

 あの時は本当に、大切な人が亡くなって落ち込んでいたんですから……!」

 

 あの頃は本当にそういう風に思っていたが、当時の発言を繰り返されると恥ずかしいものがある。流石に、今はそんなこと思わないし。

 まぁ、こういう経験があったから、艦娘のトラウマと向き合える、っていうところもあるけど。

 

「悪い悪い。

 茶化しすぎたな。

 しかし、お前が今は提督か……。

 活躍はこっちにも届いているよ。

 深海棲艦の拠点の壊滅と、姫級の討伐だったか」

 

「そうですね……確かにそれは、私も頑張りましたが、一番は艦娘たちの頑張りだと思っています。 

 特に吹雪さんと、赤城さんは」

 

 私の言葉に、武下さんは少し目を丸くした。なにかおかしなことを言っただろうか?

 

「変わったな、未来。

 昔のお前だったら、“私は何もしていません”と否定していたと思うが」

 

 なるほど、武下さんはそれに驚いていたのか。

 確かに、昔の私だったらそう答えていたかもしれない。しかし、それが提督として駄目なのは、艦娘が教えてくれた。

 

「はい、それも、艦娘が……赤城さんが気づかせてくれたと思っています。

 武下さんは、赤城さんのことを知っていますか?」

 

 海軍の上層部及び一部提督には、赤城の艦娘同調率が101%ということが知らされている。そのため、その者たちに赤城という存在は有名である。

 一部には実験対象にすべきだという考えもあったが、それは私が絶対に駄目だと拒否しておいた。少なくとも、本人の了承がない限り人権侵害などと反論しておいた。

 

「ああ、艦娘同調率が101%の赤城改二戊だろう。

 未来にとって、赤城とはどういう存在なんだ?」

 

 どういう存在か……。

 すこし悩んでから、私は答えを出した。

 

「……赤城さんは、とても艦娘として強いんです。

 勿論それは、艦娘同調率が関係しているのでしょうが、一番の理由はそれではないと思っています。

 あの人は、自身の才能を最大限生かす頭の良さを持っているんです。

 その場その場で最善の手を考え、それを実行する。

 それが、理論上ではなく、現実として行うことが出来る人なんです。

 ……――ただ、たまに怖く感じるんです」

 

「怖い?」

 

 この感情を形容するなら、怖いと言う言葉が一番合っているのだと思う。

 艦娘の前では暴露できない感情を、今、武下さんに向けて放った。

 

「赤城さんは、その頭の良さに加えて、観察眼と分析力も優れています。

私は艦娘の闇の部分と向き合おうとして努力してきました。

 でも、たまに“それら全ても赤城さんの掌の上の物なのではないか”と感じる時があるんです」

 

「……なるほどな」

 

 武下さんは無言で頷く。その表情はいとても真剣だ。

 武下さんは、人の悩みに芯に寄り添おうとしている時、この表情をする。だから、この表情を知っている私も、艦娘に芯に寄り添おうと思えるのかもしれない。

 

「……おそらくだが、お前たち二人に足りないのは“向き合う時間”じゃないか?」

 

「“向き合う時間”?」

 

 とは、どういうことだろうか?

 武下さんはその真剣な表情のまま、言葉を続ける。

 

「お前は今、赤城の思考力を褒めたな。

 じゃあ、その思考力を裏付ける物は何だと思う?」

 

「そ、れは……」

 

「どうして赤城はその思考力を有しているのか。

 どうして赤城はその思考力を戦場で使うほど確固たる自信を持っているのか。

 どうして赤城はその思考力を隠そうとしないのか。

 お前は知っているか?」

 

 そうか。ずっと私は、赤城さんは“謎な人”や“不思議な人”と思っていた。でも、それは違ったんだ。私は赤城さんのことがわからないんじゃなくて、わかろうとしていなかったんだ。

 だから武下さんは、私と赤城さんは“向き合う時間”が足りないと言ったのだ。

 

「その様子なら、もう大丈夫そうだな」

 

「はい! ありがとうございます、武下さん!」

 

「いいさ。これも……俺がお前の提督として果たせなかった償いだ」

 

 償い? 私は、武下さんに多くのものを与えられた。

 決して、償われるようなことはないはずだ。

 

「それは、どういう――」

 

「――お話のところ申し訳ありません。

 時間も時間ですので、そろそろ演習場への移動を開始したいのですが……」

 

 そう話しかけてきたのは、大淀だった。しかし、今日はこちらの鎮守府の大淀は呼んできていない。つまり、この大淀は武下さんの鎮守府の大淀ということだ。

 こう改めてみると、私の鎮守府の大淀と区別がつかないくらい、似たような見た目をしている。

 

「未来、最後に一ついいか。

 俺は、もしかしたら、未来と赤城は似た者同士なんじゃないかと思うんだ」

 

 ……何言ってるんだこの人?

 武下さんは尊敬できるところもあるが、それ以上にわからないところが多い。ただ武下さんの場合、理解しようとしてもできないような気もしてくるから不思議だ。

 私が無言で武下さんを見ていると、武下さんはそのまま言葉を続けることはなく、演習場に向かって歩いて行ってしまった。

 その後、私たちの鎮守府も移動を開始した。赤城さんが鎮守府の探索を行いたいとの事で、武下さんに許可を貰ったら、二つ返事で了承された。しかも、案内人までつけてくれるとのことだ。何から何まで有難い。

 

 

 

 

 

『これより、佐世保第二鎮守府対横須賀第十三鎮守府の演習の第一試合を執り行います。

 大破した艦娘は轟沈扱いとなるため、速やかに演習場から離脱してください。

 では、第一試合――開始!』

 

 

横須賀第十三鎮守府第一演習艦隊

旗艦 吹雪改二

随伴 金剛改二丙・山城改二・翔鶴改二甲・鳳翔改二・木曾改二

 

佐世保第二鎮守府第一演習艦隊

旗艦 睦月改二

随伴 榛名改二・霧島改二・蒼龍改二・飛龍改二・神通改二

 

 

 こちらの艦隊に居る鳳翔さんは、あのうちの鎮守府で居酒屋鳳翔を経営している鳳翔さんである。実は、鳳翔さんから前線に復帰したいという要望を受け、今回実戦前の貴重な練習としてこの演習を使わせてもらうことにした。そうは言っても、鳳翔さんは元々改二であり、その実力も申し分ないものを持っているため、期待できる戦力だ。

 

 さて、艦隊編成だが、こちらは戦艦二、装甲空母一、軽空母一、雷巡一、駆逐一。向こうは戦艦二、空母二、軽巡一、駆逐一である。そして、それぞれ旗艦は駆逐艦であり、そこにはケッコンカッコカリの指輪がつけられている。

 武下さんはちょっとふざけた所のある人だが、艦隊編成については王道で堅実なものをよく選ぶ。つまりそれは、多くの提督から研究されてきたこの艦隊編成で、他の提督より上回る“なにか”を確立しているということだ。

 今まで演習で戦ってきたどの艦隊よりも、激戦になることだろう。私も、気を引き締めていかなければいけない。

 

 

 

 

 

 最初に航空機同士の空中戦が行われた。こちらは航空戦艦一、装甲空母一、軽空母一に対し、向こうは正規空母二である。しかし、航空機の搭載数で言えば同等くらいであるため、均等した戦いになることが予想される。

 奇襲に遭わないよう慎重に進んでいく。こういうのは後手に回った方が負けるのだ。

 その時、艦隊から敵艦を発見したという報告が入ったため、先制攻撃を仕掛けるように指示を出す。

 そして、両者の戦艦の砲撃による爆音が、スタートの合図となった。

 

 私は無線から聞こえる戦闘音や様々な報告を静かに聞きながら、次の作戦を考える。

 私は大まかな作戦指揮をするが、現場指揮は旗艦である吹雪に一任している。そのため、戦闘中は吹雪が指示を出すので、私は黙って聞いている役目になる。

 

 少し膠着状態になりかけていた時、相手の神通が中破になったという報告が入る。この演習のルールは大破で戦闘不能となる。あと一段階で戦闘不能まで持っていけるのだ。人数が六対五になるだけで、随分戦況が変わる。

 向こうは神通を庇うように陣形を展開し始めた。私は神通を狙うように指示を出した。

 

 上手くいっている。このままいけば、勝てる――

 

 

 

 

 

 その時私は、昔の武下さんとの会話を思い出した。

 

 

 

 

 

「で、ここがこうなった時、敵のここががら空きになってるだろ?

 だからここを狙うんだ」

 

「なるほど……」

 

 私は艦娘を辞めて、提督になるために学校に通うまでの少しの間、武下さんに艦隊編成や作戦指揮など教わっていた。武下さんの教え方はわかりやすいため、武下さんの時間が空いている時はよく教わりに行っていた。

 

「……ちょっと疲れてきたし、休憩がてら“あれ”、やるか?」

 

 武下さんが手を止め尋ねてきた。私はそれに反射的に返す。

 

「やります! 今日こそは絶対に勝ちますからね!」

 

 私は“あれ”で一度も武下さんに勝ったことがない。それくらい武下さんは“あれ”が上手いのだ。

 武下さんは、近くの引き出しに閉まってあった“オセロ”を取り出した。それを机の上に置いたため、私は武下さんの対面に座った。

 

 

 

 

 

 最後のオセロの石を、武下さんが置く。盤上の石は武下さんが使っていた黒色が八割ほどを占めている。

 

「また負けたぁ~!!

 武下提督って、どうしてそんなに強いんですか?

 特別な技とかあるんですか?」

 

「ただの小手先のテクニックだよ。

 未来って、良さそうなところを見つけたら調子に乗ってすぐに打つだろう。

 もうちょっと、二手、三手先を見るようにしないと、俺には一生勝てないぜ?」

 

 

 

 

 

 ――罠だ。それに気づいた時にはもう、遅かった。

 

『横須賀鎮守府、山城、翔鶴、大破。

 速やかに戦闘から離脱してください』

 

 佐世保の大淀の声が放送で流れる。それで、戦力差は四対六。こちらが圧倒的に劣勢になった。しかも、向こうは正規空母二人なのに対しこちらは軽空母一人。その力の差は大きい。

 軽空母は正規空母の半分程度の航空機しか使えない。つまり、現在の航空戦力は四倍の差がある。

 すぐさま陣形を唯一の航空戦力である鳳翔さんを守る形に切り替えたようとしたが、その隙を狙われ金剛が大破、他の艦娘も次々と大破に持ち込まれ、私たちの艦隊は大敗した。



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第七話(前編) 横十三対佐二演習 第二試合

 私は第二試合に出場する。第一試合で負けたということは、第二試合で負ければ総合で佐世保第二鎮守府に負けることが確定する。それはなんとか避ける必要があるだろう。

 そして今回、私は事前にとあることを東提督に頼まれていた。それが、第二試合の艦隊の編成である。普通であれば艦隊の編成は提督が行うのだが、東提督にも考えがあり、私に第二試合の艦隊の編成を全て任せてきた。そして、第二試合で編成する艦隊は事前に東提督に伝え許可を貰っている。

 艦隊の編成に加え、第二試合では東提督は一切指揮をしないとのことだ。どうやら東提督は艦隊の新しい戦術の考案に行き詰っているようだし、そのきっかけを得るためなど、他にもいろいろな理由があり私に艦隊の編成及び指揮を任せたのだと考えている。

 

 

 

 

 

『これより、佐世保第二鎮守府対横須賀第十三鎮守府の演習の第二試合を執り行います。

 大破した艦娘は轟沈扱いとなるため、速やかに演習場から離脱してください。

 では、第二試合――開始!』

 

 

横須賀第十三鎮守府第二演習艦隊

旗艦 赤城改二戊

随伴 山城改二・鳳翔改二・天龍改二・時雨改二・夕立改二

 

佐世保第二鎮守府第二演習艦隊

旗艦 神通改二

随伴 霧島改二・蒼龍改二・飛龍改二・球磨改二・如月改二

 

 

 試合が開始された。

 

 試合が始まる前に、前回の試合の詳しい流れを確認した。最初に空母が崩されたことで、鳳翔さんを守る陣形になり、最初に主力である金剛さんがやられて、次に駆逐艦など、最後に鳳翔さんがやられていた。しかし、その流れは少しおかしい。東提督はその違和感に気づいていなかったようだが、おそらく武下提督は気付いているだろう。

 そして、その理由が、私が鳳翔さんを第二試合の艦隊に加えたことと関係している。

 

 本来であれば、先程の空母が崩された後の流れは、主力である金剛さんがやられた後には準主力である鳳翔さんが狙われるのが正しい状況のはずだ。しかし、実際にその後倒されたのは鳳翔さんではなかった。その時試合を見ていなかったので想像でしかないが、敵は鳳翔さんを狙ったが、鳳翔さんは敵の攻撃をうまく避けたのではないかと思っている。

 鳳翔さんはずっと戦闘に参加しておらず、長いブランクがあるが、この鎮守府に来る前から既に改二であった。そのため、私は一つの仮説を立てた。

 

 鳳翔さん、実はめっちゃ強い説~~!!!

 

 調べていくうちに、その説が正しいことがわかった。

 どうやって調べたかというのは、乙女の秘密である。世の中、知らない方がいいことはあるよね。

 

 ちなみに、鳳翔さんを編成に加えた理由はもう一つあって、鳳翔さんを第三試合に出させないためである。これは決して、鳳翔さんの実力が低いわけではない。

 第三試合はお互い本気の勝負になることが予想される。そのため、鳳翔さんの復帰戦とも言える演習でそんなバチバチのなか、もしミスをしてしまったら、心理的負担が大きいだろうという配慮である。もちろん、本人に言ったら気を使ってしまうだろうから言っていないが。

 

 さて、鳳翔さんの話題はいったん置いておいて、私も試合に集中することにしよう。

 

「第一次攻撃隊、攻撃開始!」

 

 私の合図で私の航空機と山城さん、鳳翔さんの航空機が攻撃を開始する。あらかじめ大まかな作戦は伝えてあるが、細かい指示は指揮権持ちかつ旗艦である私が行う必要がある。

 といっても、山城さんと鳳翔さんは第一試合からの連戦であるため、体が温まっているだろうから、詳細な動きは当人たちに任せればいいだろう。

 といっても、連戦になっているのは向こうの空母も同じである。向こうの蒼龍さんと飛龍さんには、前回の試合で上手いことやられてしまった。試合を見ていなかったので予想でしかないが、「前半は力を温存しろ」と武下提督に指示をされていたのだと思っている。今回も同じ作戦で来るか違う作戦で来るかはわからないが、それの対策は既に行っているため問題ないだろう。

 

 想定通り、航空隊が均衡した戦いを繰り広げているのを確認して、次の作戦を行うためそれぞれ移動する。

 第一試合の作戦では、空母と他の艦娘が違う場所を戦場としていたため、最初に空母がやられるという現象が起きた。そのため、今度は空母と他の艦娘を共に行動させ、いざという時に空母を守れるようにすることにしたのだ。

 丁度こちらの艦隊は空母三人、他の艦娘も三人だったので、二人ずつの班ごとで行動することにした。班分けは山城さんと時雨さん、鳳翔さんと天龍さん、そして私と夕立さんである。この班分けの理由は他にもあるのだが、それはまた後で説明することにしよう。

 

『こちら鳳翔、蒼龍及び飛龍を発見しました。

 攻撃を開始します!』

 

「了解しました。

 増援による奇襲に気を付けながら戦ってください」

 

『わかりました。

 ……ふふっ、この子はどんな顔を見せてくれるのでしょうか』

 

「鳳翔さん、無線が切れていませんよ」

 

『あら……すみません。

 まだちょっと感覚が戻っていないみたいです』

 

 ……詳しくは触れない方が良さそうだ。やっぱり世の中って、知らない方がいいことってあるよね!!

 

『こちら山城、神通、霧島、球磨、如月の四名を発見。

 奇襲できそうよ』

 

「では、最大火力でぶっ放してください」

 

『了ッ解!!!』

 

 無線から爆音が響く。山城さんと時雨さんが砲撃を撃った音だろう。砲撃が鳴りやんですぐに私は無線をかけた。

 

「すぐに南西へ撤退をしてください」

 

『了解よ。

 ちなみに、被害は霧島が小破、他は損傷軽微ね』

 

「わかりました」

 

 相手方の艦隊がどこにいるかは把握できた。しかし同時に、こちらの四名がどう動いているかも相手方に知られてしまったわけだ。

 

『こちら山城、敵艦四名は距離を空けて追いかけてきているわ』

 

「奇襲を警戒しているのでしょうね。

 作戦通り、その四名を引き付けておいてください」

 

 ……さて、そろそろ作戦を開始しよう。

 

「第一次攻撃隊、第二次攻撃隊、第三次攻撃隊、攻撃開始!」

 

 実は、私の航空隊には第三次攻撃隊がいる。といっても、燃料の消費が激しいため普段は使わないようにしているので、第三次攻撃隊の存在を知っている者はあまりいない。

 演習に使うのも初めてであり、向こうにも情報はないだろうから、奇襲ができるというわけである。

 第一次攻撃隊と第二次攻撃隊を山城さんたちのいる方へ向かわせ、第三次攻撃隊は鳳翔さんたちの方へ向かわせる。

 

 現在の目的は、相手空母の早期撃破である。その後に、人数有利になったこちらが敵を攻撃するのが理想の手。しかし、相手も黙ってやられてくれるわけではないし、旗艦として最悪の場合を想定して動く必要がある。

 例えば山城さんたちと敵艦四名が交戦し、山城さんたちがやられることで、その四名が相手空母に増援へ行きこちらが負ける未来。

 時間制限を迎えた時は、被害の多い方が負けであるため、人数有利になった方は固まって敵を迎え撃って倒すが、時間切れを待つだけでよくなる。これは最悪の展開として予想しておこう。

 

 ただ私個人の考えでは、その展開にはならないと思う。何故なら、私たちには鳳翔さんがいるからである。

 

『舞鶴鎮守府、蒼龍、飛龍、大破。

 速やかに戦闘から離脱してください』

 

「作戦αから作戦βへ移行します」

 

『『了解!』』

 

 代表して鳳翔さんと山城さんから返事が返ってくる。作戦αが空母早期撃破、作戦βが人数有利による敵艦殲滅である。ただ、それは相手も警戒しているだろう。そのため、残った敵艦四名は山城さんと時雨さんを撃破して、人数を同数に戻そうとしてくる。

 ただ、私たちと相手の熟練度は私や鳳翔さんを除けば、あちら側の方が上だ。

 でも、誰が1+1は2だと決めたのか。

 

『横須賀鎮守府、山城、大破。

 速やかに戦闘から離脱してください』

 

 ようやく、私と夕立さんは山城さんと時雨さんがいるところへ到着する。しかし、山城さんが大破し離脱したことで、人数は向こう側が有利の状況である。

 私が山城さんに防御と回避を優先するという指示を出していたのもあり、相手側はあまり傷を負っている様子はない。

 

 この状況を見て、私は言った。

 

「チェックメイトです」

 

『背中は任せるよ、夕立』

 

『時雨と一緒の私は最強っぽい!』

 

 私はその二人から距離が置いた。

 そうして始まったのは、時雨と夕立による敵艦隊の殲滅であった。

 

 

 

 

 

 海軍には、こんな話がある。

 

 海より冷たい青い目で狙い定めた猟犬は、噛み殺すまで逃がさない。

 狂喜を含んだ赤い目を血走らせた狂犬は、笑いが絶えるまで踊った。

 

「「あははははははは!!!!!」」

 

 彼女たちが同じ戦場に現れた時、海は一面、血に染まるだろう。

 彼女たちは止まらない。もはや自分の意志では止まれないのだ。

 そこにいる者をすべて食い尽くすまで、彼女たちは止まらない。

 

「最近は我慢できてたんだよ!?

 でもさぁ!! 許可が出ちゃったんだもん!!!」

 

「みんな沈んじゃえっぽーーい!!!!」

 

 ある時から、彼女たちは同じ艦隊にいても狂ったように殺すことはなくなった。

 なぜなら彼女たちは、赤城という名の飼い主の元、忠犬に変わったからである。

 

「でも、もう止められない!!!」

 

「止めたいなら、私たちを倒して止めるっぽい!!!」

 

 でも、飼い主から首輪を外されたが最後、彼女たちは再び忠犬ではなくなったのだ。

 

『……赤城さん、本当に彼女たちは大丈夫なのですか?』

 

「大丈夫ですよ。

 首輪を外した犬は戻って来ないかもしれませんが、彼女たちは犬ではなく人間ですから」

 

 

 




 『あかんこれ~ブラック鎮守府に艦娘として着任したので、艦娘たちを守ろうと思う~』をご愛読いただきありがとうございます。
 連載をご期待されていた皆様には大変申し訳ありませんが、この小説を未完として終了させていただきます。
 年内に連載を再開すると言ったにも関わらず、このような結果になってしまい、大変申し訳ありません。

 長い活動休止期間を経て、本作を未完にした理由は以下の三点です。
①初期の頃の設定に対して今の設定が矛盾しており、作品を完結させることが困難になったため
②「続きを書かなければいけない」と考えてしまい、執筆が苦痛になったため
③「年内に連載を再開する」と宣言した以上、年内に結論付ける必要があると感じ、作品の継続が難しいと判断したため

 本作は、現在執筆が完了している第六話と第七話の前編(書きかけとも言う)を投稿した後、未完として連載を終了いたします。ただし、本作品の消去や非公開を行うことは考えておりません。
 また、未完に伴って、今年中に頂いた感想については、できる限り返信しようと思っています。いつも感想ありがとうございます!

 最後に、本作を読んでくださった皆様、ありがとうございました。
 あなたがもし、この作品を少しでも好きだと感じて頂けたのなら、作者としてとても嬉しいです。

 読んでくれてありがとう!!!!!!!!!!!!!!!!!!!


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