夢を絶たれた作曲家 (TRcrant)
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プロローグ『始まり』
プロローグ


―――ただ、音楽が好きだった。

 

小さい頃から僕は音楽に囲まれて生きていたからとても身近な存在になっていた。

でも、一番印象に残っていたのは中学時代に見に行った、あのライブイベントだと思う。

それは、ライブハウスで開かれたイベント『RED WEEKEND』を母さんと一緒に見に行ったときのこと。

周りの人たちのオーラに威圧されて最初は怖いと感じていたのが、ひとたび演奏が始まった瞬間にはきれいさっぱり消え去っていた。

 

『KEN、今日もすげえ燃えてるなっ!』

『マジでどのバンドも最高―だっ!』

 

ステージの上で歌う人たちの熱が、周りの観客の熱気がこのライブハウスを包み込んでいた。

ありきたりな言葉で言うのであれば、僕はその熱に飲み込まれていた。

 

「すごいっ! すごいすごいすごいっ!」

 

気が付くと、僕は周りの人たちと一緒に手を振って声を……感性を上げていた。

 

(こんなにすごい曲、お父さんが作ったんだ……)

 

『このバンドの曲はね、お父さんが作っているのよ』

 

このライブが始まる前に、母さんから教えられたその言葉は、最初は信じられなかったけど、それでも聞いてみればそれが本当のことだってわかった。

言葉にするのは難しいけど、”感覚”のようなもので、僕は父さんが作ったんだと信じた。

 

(僕……)

 

そして、そのライブを見ていた僕は、一つの”夢”を抱くのであった。

 

――父さんのようなすごい作曲家になるんだ――

 

という夢を

 

 

矛盾の作曲者   プロローグ『始まり』

 

 

「………ふぅ」

 

僕は、椅子の背もたれに腰かけながら静かに息を吐きだす。

僕の名前は(いぬい) 涼介(りょうすけ)

どこにでも(……かは分からないが)いる高校生だ。

僕が今いるのは、薄暗い一室だ。

広さは4(もしくは5?)畳ほどで、左右の壁際には本棚があり、そこにあるのは音楽に関連した内容の雑誌ばかりだ。

その奥……僕が座っているデスク周りには、先ほど僕が外したヘッドホンやら様々な機材が所狭しと置かれている。

そんな部屋を照らす明かりは、目の前にあるPCモニターぐらいだろう。

 

(うん。どこにでもいるもんじゃないな)

 

部屋の明かりをつけることをしない時点で、普通ではないなと思いつつも、僕は再び姿勢を正してモニターと向かい合う。

そして僕はモニターを見つめながら文字を入力していく。

モニターには先ほど立ち上げていたメールソフトの新規メールの作成画面が表示されており、すでに宛名と件名を入力し終えていたので後は本文を入力するだけだった。

 

『朝早くに失礼します。ご依頼されましたものですが、先ほど完成しましたのでお送りいたします。つきましては

データのご確認と修正等が必要な場合は、お手数ですがご連絡をお願いします』

 

「送信っと……もうこんな時間か」

 

立ち上げていたメールソフトを閉じてモニターに表示された時刻を確認した僕は、急いでパソコンの電源を切るとその部屋を後にした。

 

 

 

「おはようっ」

「おはよう、涼介。またやってたの?」

 

慌ててリビングに入ってきた僕に、テーブルにお皿を置いていた女性……母さんが挨拶を返しながらもどこか呆れた様子で聞いてくる。

 

「うん。今日中に仕上げておきたいのがあったから」

「まったく……気持ちは分かるけど、体には気を付けるのよ」

「うん、そうするよ」

 

僕に何を言っても無駄であるのは母さんもわかっているのか、僕のしていることを強く止めることはなかった。

 

(一度気になると睡眠が浅くなるのは治さないとな)

 

そうは思っても、結局は治らないのがオチなのだが。

 

「ほら、早く座りなさい。遅れるわよ」

「うん。それじゃ……いただきます」

 

母さんにせかされるまま、僕は椅子に腰かけると両手を合わせてそう言ってから料理に手を付ける。

 

「父さんは今日も仕事?」

「ええ、今日も忙しいそうよ」

 

この場にいない父さんのことを尋ねると、予想通りの答えが返ってくる。

 

「涼介、今日は早く帰ってこれそう?」

「うーん……WEEKEND GARAGEによってから帰るから、もしかしたら遅くなるかも」

 

食事の途中で、今日の放課後のことを聞いてくる母さんに、僕は今日の予定を思い出しながら答える。

 

「そう。じゃあ、用意して待ってるけどあまり遅くならないようにね」

「はーい」

 

母さんの念を圧すような物言いに、僕は思わず投げやりな答えをしてしまう。

 

(別に長居したくてするわけじゃないんだけどな)

 

そんなことは口が裂けても言えない僕であった。

 

 

 

 

 

東京は渋谷に存在する高校『神山高校』

進学校で、自由な校風が特徴のそこが、僕が通っている学校だ。

そしてここには全日制と、定時制の二種類があり、比較的通いやすい仕組みが出来ていたりする。

ちなみに僕は全日制だ。

 

「おーっす」

 

自分のクラスである1-Cの教室に入ると、オレンジ色の短髪の男子生徒がこちらを見るやいなや気の抜けた挨拶をしてくる。

 

「おはよう、彰人」

 

彼は、東雲彰人。

ある事情があって昔からよく遊んだりしている関係で、親しい仲であったりもする。

 

「お前、クマできてんぞ。……またやってたのかよ」

「え?! あちゃぁ……」

 

開口一番にされた指摘に、僕は手を額に当てながら相槌を打つ。

 

「ったく、ほどほどにしとけよな。居眠りとかすると俺まで目をつけられんだから」

「あはは……気をつけるよ」

 

注意する理由が何だか彼らしいナと苦笑交じりに答えながら隣の席に腰掛ける。

 

「で、今度はどんくらい出来たんだ?」

 

彰人は僕のしていることを知っている数少ない人物の一人なので、聞かれることは当然の内容だった。

 

「うーん、依頼された数曲と後は思い浮かんだフレーズの曲を仕上げたから多分十曲くらい、かな?」

「相変わらず、あっさりと簡単っぽく言うな」

 

昨日の作業の結果を思い出しながら言う僕に、彰人はどこかあきれた様子で口を開くのを、僕はただ苦笑するしかなかった。

 

「そんなにおかしいかな?」

「いや、おかしいだろ。普通は頼まれた分の曲だけ仕上げればいいだろ」

 

彰人の指摘もごもっともだ。

 

「でも、思いついちゃったフレーズは形にしておきたいんだ。そうじゃないと二度と出てこなくなるかもしれないから」

「気持ちは分からなくはねえけどよ……と、もう時間か」

 

僕の言いたいことが分かるだけに、複雑そうな表情を浮かべる彰人の言葉を遮るように鳴り響く予鈴で、先ほどまでいたクラスメイト達が席に着いていく中、僕もまた席に着く。

こうして、僕のいつもの一日が始まろうとしていた。




改めまして、今回は本作を読んでいただきありがとうございます。
元々ストーリーを読んでいて、よかったので書き始めることになりました。
完全に見切り発車ですので、至らぬ点はあると思いますが、よろしくお願いします。

今回は、主人公についての説明はさわり程度になっておりますが、次回あたりで足りない分を触れていく予定です。

ちなみに、ヒロインは決まっていなかったりします(汗)

不定期投稿ですので、気長にお待ちいただけると幸いです。
なお、感想などを頂けると飛び跳ねるほどに喜びます。


それでは、また次回お会いしましょう。


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第1話 ストリートライブ

お待たせしました、第1話です。


「終わった~」

 

学生にとって、一番の解放感を得られる放課後。

それは僕もまた同じことで、その解放感に思わず気の抜けた声を上げながら机に突っ伏した。

 

「放課後になった途端それかよ」

「えー、だめ?」

 

そんな僕をあきれた口調で言う(と言うよりも、表情も完全にあきれているような感じだったけど)彰人に僕は顔だけ動かして聞く。

 

「ダメって言うか……ッたく、これで学年上位っておかしすぎだろ」

「失敬な。これでもちゃんと予習復習してるんだよ」

 

ぶっきらぼうに言ってくる彰人に、僕は顔を上げて頬を膨らませながら言い返した。

 

「それに、下手な成績取ると……ねえ」

「あー、そっか。お前も大変だよな」

 

含みのある言い方をすると、僕の言わんとすることを察したのかどこか同情するような視線で労われる。

 

「まあ、好きなことのためだからね」

 

勉強は大変だが、要領をつかめばそこまで苦にもならないのは、やはりやりたいことをやるためなのかもしれない。

……勉強に対する姿勢としては、なんとなく間違っているような気もするけど。

 

「そういえば、今日って暇?」

 

もう一人の知り合いを誘ってWEEKEND GARDENに行こうと思い彰人に聞いてみる。

 

「あー悪い。今日はバイトだ。ちなみに冬弥は委員会で遅くなるっつてたぞ」

 

どうやら今日は間が悪かったようだ。

 

「そうなんだ。バイト頑張ってね」

「おー。じゃあ、またな」

 

(それにしても、バイトかぁ)

 

背中越しに手を振りながら教室を去って行く彰人の背中を見届けながら、ため息交じりに心の中でつぶやく。

 

「僕もバイトとかしてみようかな?」

 

”まあ無理だろうけど”と心の中で言いつつ、僕は一人でWEEKEND GARDENへと向かうのであった。

 

 

 

 

 

ビビッドストリート沿いにある小洒落た喫茶店。

その名も『WEEKEND GARDEN』は、音楽が好きな人(というよりは、マスターに会うためと言うべきだろうか)が集うライブカフェ&バーで、知る人ぞ知る名店のような場所だ。

 

「いらっしゃい……おう、涼介か」

「こんにちは、謙さん」

 

カランコロンという音を立てながら扉を開けて中に足を踏み入れた僕をカウンター内で出迎えたサングラスを頭にかけている気さくな男性が、ここのマスターでもある白石謙さんだ。

この人のことを知らない人は、ただの中年男性と思うかもしれないが、この人こそが、伝説のイベントともいわれている『RAD WEEKEND』を開催したバンドのメンバーの一人『KEN』なのだ。

故に、引退した今でも多くの人が謙さんに会うためにここを訪れたりしているのだ。

無論、そうじゃない人もいるけど。

 

「いつものでいいか?」

「はい、お願いします」

 

ここに通い始めて約1年が経とうとしている為か、僕が何時も注文するものが分かっているようで、カウンターに腰かけるなり少ない会話で注文を済ませられるようになっていた。

 

「今日はライブ帰り……というわけではないよな?」

「娘さんに誘われまして」

 

謙さんからすれば、僕がここに来る理由は近くを通ったからか呼ばれたからかの二択でしかないわけで、どうしてここを訪れたのかの理由は察しがついてしまうようで

 

「やっぱりそうか」

「えっと……すみません」

 

僕の答えに、なんとも言えない様子でため息を漏らす謙さんの姿に、どこか罪悪感を抱いてしまい思わず謝ってしまった。

 

「いや、お前が謝ることじゃない。……迷惑だったら迷惑だと言うんだぞ」

「大丈夫です。僕も楽しんでますから」

 

そんなやり取りをしながら、謙さんに出してもらったコーヒーに口を付けたタイミングで、再び来客を告げる鈴の音が店内になり響いた。

 

「ただいま父さん。あ、涼介……ちゃんと来てたんだね。感心感心」

 

店内に入ってきた腰まで伸びた黒髪にヘアピンで左右に髪を分けている少女が、僕の姿を見るや否やうんうんと頷きながら言ってくる。

彼女の名前は『白石 杏』。

謙さんの娘で、『RAD WEEKEND』を超えるライブをやろうと夢見ている人物だ。

 

「おかえり杏」

「お邪魔してるよ杏さん」

 

制服姿なのを見る所、どうやらこちらが少し早かったようだ。

 

「カフェタイムが終わるまで時間があるから、もう少し遅くてもよかったのに」

「とか言って、来なかったら来なかったらで怒るくせに」

 

現に少し前にそれで遅いと言われたことがあったりもする。

 

「杏、あまりわがまま言って困らせるんじゃないぞ」

「はーい。悪いけど、少しだけ待っててくれる?」

「別にいいよ。こっちはこっちでのんびりさせてもらうし」

 

杏さんに答えつつ、僕は謙さんの淹れたカフェラテの入ったカップを手に持ち一口飲んだ。

 

「あれ? そういえば、今日のは何だか甘いですね」

 

最初は分からなかったが改めて飲んでみると、いつもより甘みが増しているようにも思える。

 

「おっ、分かるか。今日は少しミルクの量を増やしてみたんだ」

「それでですか。とてもマイルドな味でおいしいです」

 

甘いとはいえ、コーヒーの味そのものを損ねることなく、コーヒー独特の苦みを打ち消してくれているので、こちらのほうが僕の好みだったりする。

 

(謙さん、今度はバリスタにでもなるのかな?)

 

なんとなく、そんなことを考えた僕は、制服から着替えて接客を始める杏さんの声をBGMにしながらコーヒーを飲んで、カフェタイムが終わるまで時間をつぶすのであった。

 

 

 

 

 

「それじゃ、カフェタイム終わったから出かけてくるね」

 

カフェタイムが終わり、この後に来るお酒などの提供が始まるバータイムになるまでの間の時間になるや否や、杏さんが謙さんにそう言いながらこちらのほうに歩み寄ってくる

 

「ああ。あまり、ほかのミュージシャンとケンカするんじゃないぞ」

「もう子供じゃないんだからしないってば……ねえ、涼介?」

「そう? 僕の記憶が間違ってなければ、この間途中から入ってきたミュージシャンと――「りょ・う・す・け?」――ハイ、ソウデスネ」

 

少し前の路上ライブで途中から入ってきたミュージシャンとバトルを繰り広げたことを言おうとした僕に、杏さんの凄みの入った声色で名前を呼ばれ、僕はその言葉をひっこめた。

 

「うんうん♪ そうだよね」

(し、死ぬかと思った)

 

視線で人を殺すという言葉をたまに見かけるが、意外とその通りなのかもしれないと感じた瞬間だった。

 

「はぁ……気を付けて行くんだぞ」

 

そんな僕たちのやり取りを見て何かを察した謙さんは、深いため息とともにそう言って僕たちを見送るのであった。

 

 

 

 

 

WEEKEND GARDENを出て少し歩いた僕たちがたどり着いたのは、スクランブル交差点の一角だった。

大勢の人が行きかうこの場所は、ミュージシャンたちにとってはこれ以上ないほどの最高の練習場所である。

大勢の人が行きかうため、観客の前で演奏したり歌ったりする練習には、うってつけだったりする。

そのためよく路上ライブなどが行われているのだ。

ここでライブをして後にメジャーデビューしたミュージシャンも少なくない。

また、ここは通行の邪魔さえしなければ路上での演奏は無許可でも認められているのが、敷居をさらに低くしている。

 

「よしっ。マイクのセッティングOK。準備で来たよ、涼介」

「あ、うん」

 

そんなことを考えている中、一人で準備をしていた杏の言葉に相槌を打ちつつ、差し出されたマイクを手に取る。

前、一緒に準備を手伝おうとしたのだが、思いっきり断られた。

何でも『これは私にとって譲れないやつだから』だそうだ。

きっとこだわりでもあるんだろうと納得している。

 

「あれ、杏ちゃん。今日もライブか。頑張ってな」

「杏ちゃん、今日は友達を連れてきたよっ。応援してるね!」

 

ここで両手では数えきれないほどライブをしているので、通行人の中には杏さんに応援の声を掛けてくる人も多い。

 

「お、今日は涼介もいんのか」

「楽しみにしてるぞ、涼介ー」

 

杏さんよりは少ないけど、僕にも。

 

「あ、ありがとう、ございます」

「ふふ、皆ありがとうっ。いっぱい歌っちゃうね♪」

 

そんな通行人達の応援に応えつつ、杏さんは僕にマイクを手渡してくる。

 

「それじゃ、行くよ。涼介」

「すーはー………いつでも」

 

杏さんの言葉に一度深呼吸をしてスイッチを入れた僕は、そう返す。

 

「―――♪ ―――!、―――!」

 

そして流れ出した曲と共に路上ライブが始まる。

 

(今日はアップテンポなロック調か……だったら、こっちは)

 

「~~~♪」

 

切れのある歌い方をする杏さんに対して、僕は少しだけ波を持たせた歌い方にする。

すると、杏さんの切れのある歌声に覆い被さるように僕の歌が合わさり、曲の切れをややマイルドにしていく。

 

「いいそー!」

「おぉ、こいつはすげえ」

 

歌っていると徐々に足を止める人も多くなり、それに比例するように応援の声も増えていく。

 

「……」

「……」

 

そして、僕たちは歌いながらお互いに横目で見合うと、クスリと微笑みながら歌い続けるのであった。




誤字報告&お気に入り登録ありがとうございます。
プロローグだけしか投稿していないのにもかかわらず、楽しみにしていただいている(かもしれない)方がいることに感謝してもしきれません。

まだ、主人公のことが全く触れられていませんが、次回家事次回化で触れていく予定ですので、楽しみにしていただけると幸いです。

*近日中に、本作のタイトルとあらすじのほうを変更させていただきます。
ご迷惑をおかけしますが、ご了承いただけると幸いです。


それでは、次回お会いしましょう


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第2話 夢とチクリと

お待たせしました、第2話です。
区切るところが見つからずに、少しだけ長くなりました。

それではどうぞ。


「ふぅ、気持ち良かったぁぁ」

「うん。久しぶりに歌うとやっぱりいいもんだね」

 

ぶっ通しで三曲ほど歌い続けた杏さんは、どこか爽快感のような物を醸し出しながら口にした言葉に、僕も相槌を打つ。

 

(まあ、久しぶりと言っても二日ぶりだけど)

 

さすがにそれは言わないでおくことにした。

 

「二人とも、すごく良かったぜっ」

「やっぱ、あの二人は最強だろ」

 

そんな僕対に、それまで聞いてくれた人たちから惜しみない拍手と激励の言葉が贈られる。

 

「あはは、みんなありがとー」

「ありがとうございます」

 

それに対して、杏さんは手を振って気さくに応え、僕は軽く頭を下げながら応える。

 

(やっぱり、いいな。こういうの)

 

観客から向けられる賞賛の声は、何回もらっても嬉しい物だ。

 

「ねえ、涼介。もう一度考えてくれない?」

 

ライブが終わったことで、それまで見ていた人たちが去って行く中、神妙な面持ちで切り出す杏さん。

 

「………杏さんの相棒としてあの夜を越えるイベントを開くってやつ、だよね?」

 

確認するように聞いた僕に、杏さんは無言で頷く。

謙さん達のグループが解散になる前に開かれたイベント、それが『RAD WEEKEND』だ。

僕も、杏さんもそれを生で見て夢を抱いた伝説のそれを超えるイベントを開くために、杏さんは自身と組める相棒を探し続けている。

 

「涼介の夢を叶えることの邪魔にはならないんだし、いいと思うの」

 

確かに、僕の夢の邪魔にもならない……むしろ、僕の夢が成就するのを後押ししてくれるかもしれない。

だけど、僕には根本的な問題があった。

 

「……何度も言うけど、僕には歌の才能がない。だから、組んだ所で杏さんに迷惑をかける……足を引っ張るだけだよ」

 

それは、僕に歌う才能がないと言うこと。

とはいえ、厳密には違う。

 

「涼介、自分でも分かってると思うけど、歌はとてもうまいよ。それはここで聞いてくれたみんなが保証してくれる。ステージの上でだって歌えるはずだよ」

「確かに前とは違ってストリートライブは平気になったよ。でも、イベントに出てないのに、大丈夫だなんて言えない。それに大事なステージを、実験の場にはしたくないんだ」

 

僕の最大の問題は、極度のあがり症であるということだ。

ひどい時期は、30人ほどのクラスメイトのいる教室の黒板の前に立って、みんなの前で何かを発表するのでさえ足がすくんで、口が震えてできなかったほどだ。

歌うなどもってのほかだった。

そんな僕に希望の光を差し込んでくれたのが杏さんだった。

僕をストリートライブに誘って、強引に―――一生懸命歌わせようとしてくれたのだ。

……半年以上も時間がかかったけど。

 

「杏さんのおかげでここまで改善できたから、感謝してもしきれない。だから僕は、組むことはできない」

 

杏さんも、大事な時間を割いて僕のあがり症を克服させようと尽力してくれた。

だから、彼女の夢までもを邪魔したくはないのだ。

 

「涼介……わかった。諦めるよ」

 

そんな僕の気持ちを汲んでくれたのか、引き下がってくれた。

 

「その代わり、イベントに出る時は曲は僕が用意するよ」

 

残念そうな表情が消えて、いつもの気さくな雰囲気に戻った杏さんに、僕はほっと胸をなでおろしながら言った。

 

「うんッ。楽しみにしてるよ。なんたって涼介は、”プロの作曲家”なんだしね」

「プロって……事務所に所属して作曲をしてるだけだから、まだまだアマチュアに息がかかった程度の駆け出しだよ」

「もう、謙遜しちゃって。……でも、すごいよね。色々なグループに楽曲提供してるくらいの人気者なんだし」

 

苦笑しながら相槌を打つ僕に、杏さんは笑顔で食い下がってくる。

 

「それはそうだけど……言わないでよ?」

「い、言わないって。涼介があの『Clare(クレア)』だなんて」

 

(言ってるじゃん……)

 

さらっと言っているあたり、杏さんらしいというかなんというか……色々と心配になってしまう。

 

「じゃあ、僕は帰るけど杏さんは?」

「うーん、私はもう少し歌ってこうかな」

 

そろそろいい時間になったこともあり、杏さんに聞くとまだ歌い足りないのか、続けて歌うらしく、僕は交差点で杏さんと別れると自宅に向かって歩き出した。

 

 

 

 

 

「………」

 

帰宅の途に就いている中、僕はただただ無言で歩いていた。

 

「人気者……ねえ」

 

でも、ふと口から言葉が漏れ出たのは、きっと杏さんの

 

『もう、謙遜しちゃって。……でも、すごいよね。色々なグループに楽曲提供してるくらいの人気者なんだし』

 

という発言があったからだと思う。

僕は、スマホを取り出し、ブラウザを起動させる

 

「『Clare』、『作曲家』検索っと」

 

SNSサイトの検索欄で自分が作曲家として活動している名前を入力して検索をかける。

所謂エゴサーチというやつだが、僕は気が向いた時にしかやらないのでかなり頻度は少ない。

 

「………」

 

ほどなくして表示された検索結果を僕は読んでいく。

 

『Clareって、あの作曲家? 若いのにすげえな』

『よく頻繁に曲作れるよなー。まじで耳にしない日がないほどによく聞くんだが』

 

SNSに書き込まれているのは、僕に対してポジティブな文面だった。

だが、そんなものはほんの一握りだった。

 

『まーた、あのClareってやつ曲作ってんのか』

『あんなごみな曲がいいって言ってる奴の気が知れない』

『こいつのごみ曲を歌わされるやつ、かわいそー』

『てか、お客様舐めすぎだろ。Clareって』

 

後はすべてが僕に対する暴言だった。

読んでいるだけで体が、心が引き裂かれそうになる。

 

「…………うん。頑張ろうっ」

 

何とも言えない感情が渦巻いている中、僕は自分に発破をかけるように口すると、やや速足で自宅に向かう。

良い曲を作って見返してやればいい。

そんな単純なことを考えながら。

 

 

 

 

 

「ただいまー」

「涼介~、悪いけどリビングのテーブルの上に置いてあるやつをお隣さんに持っていってもらえる?」

 

家に入るなり、キッチンにいるであろう母さんからお願い事をされた僕は、確認のためにリビングに向かう。

 

「持ってくのってこれ?」

「そう! 母さん、渡すの忘れてたのよ~」

 

それはありきたりな回覧板だった。

 

「別にいいよ。持ってっちゃうね」

「ありがと~」

 

母さんのお礼の言葉を聞きながら、僕は自室がある二階に続く階段の前にカバンを置くと、回覧板を手に家を後にする。

隣ということもあって、徒歩数十秒で目的地にたどり着いた僕は、チャイムを鳴らす。

 

「どちらさん………って、涼介か」

 

少しして、面倒くさげに玄関のドアを開けてきたのは栗色の髪の少女だった。

 

「あ、絵名さん。お久しぶりです」

 

彼女は、東雲絵名。

僕の友人である彰人の姉であり、隣の家に住んでいる東雲家の長女だ。

僕と彰人が昔からの知り合いの理由が、家が隣だからだったりする。

 

「彰人だったらまだ帰ってないけど。私、学校に行かないといけないから用があるなら手短にしてほしいんだけど」

「あ、そうか。絵名さんって定時制でしたよね。……母からこれを渡してほしいってお願いされたので」

 

いつもよりも素っ気ない態度の理由が分かった僕は、手短に済ませるべく彼女に手にしていた回覧板を差し出す。

 

「うん。お母さんに渡しておく」

「それじゃ、学校頑張ってください」

 

これ以上引き留めてても迷惑だと思い話もそこそこに、彼女に背を向けて歩き出す。

 

「ありがと」

「ん?」

 

絵名さんが何かを言ったような気がして振り返るが、すでに東雲家の玄関のドアは閉じられているのであった。

 

 

 

 

 

「さてと、今日はさすがに徹夜もあれだしメールの確認だけにしておこうっと」

 

夕食とお風呂を済ませた僕は、自室にある出入口とは別のドアを開いて中に入る。

そこは、僕が今日の朝いた部屋で、『作業部屋』と名付けている部屋だ。

父さんを超える作曲家になるという夢を抱いた僕は、父さんと母さんにそのことを伝えると、父さんはどこか嬉しそうな表情で”そうか”と相槌を打って僕にこの部屋を自室としてあてがってくれたのだ。

それまでの自室は、物置部屋となったが文句もなければ後ろ髪を引かれる様なこともなかった。

そんな作業部屋は僕にとって絶好の作曲に適した場所だった。

部屋はとにかく防音性に優れていて、大音量で激しめのロック調の曲をかけても外に漏れることがないほどだ。

 

(懐かしいなぁ……)

 

部屋の奥の席に腰かけて、パソコンの電源をつけながら、僕はふと昔のことを思い返す。

音楽に関する知識は本を買って読むという独学で得て、いよいよ作曲という段階になった頃のことだ。

そんな僕の作曲の方法として僕が取り入れたのはDTMだった。

そのために必要な機材は父さんたちから『一年分のお小遣いとお年玉の前借り』という形で買ってもらい揃えた。

こうして作曲が始まったのだが、最初は色々と四苦八苦していたような気がする。

たまたま見つけた大手事務所の作曲家のオーディションに応募をしたまでは良かったが、曲を作っては消し、作っては消しを繰り返して期限ギリギリのタイミングではあったが自分の納得のいく楽曲ができあがって、それを提出したところ、まさかの選考を通過しての採用という結果には、とても驚いたのは記憶に新しい。

そこからはまさにトントン拍子でいろいろな人たちへの作曲と楽曲提供をし続けた。

作曲する度にお金がもらえるのだが、それよりもむしろ自分の作った曲が流れることが嬉しくて仕方がなかった。

本名でも良かったのだが、当時の僕は恥ずかしさから、芸名として『Clare』と言う名義で作曲をしている。

なので、僕の芸名や楽曲提供をしていることを知るのは、両親と謙さんに杏さんに彰人と限られてくる。

僕がどのような楽曲を誰に提供しているのかは彰人達も知らない。

 

(もうデビューしてから二年か)

 

そんな僕も、作曲家としてデビューしてからかなりの年月が経っており、そう思うと、色々と感慨深い所がある。

でも……

 

「っと、事務所からだ」

 

メール画面に表示された差出人に、僕は考えるのを中断させる。

 

(受け取りの確認かな)

 

学校に行く前に楽曲を送ったので、それの確認だろうと思いメールを開いて内容を確認する。

 

「……え」

 

その内容に目を通した僕は、その内容に固まった。

 

「ええぇぇえええッ!?」

 

そして思わず大声で叫んでしまった。

改めてここが防音性能に優れた部屋でよかったと思いながらも、僕は間違いじゃないかと思いつつメールの本文を見直す。

 

「本当に、書いてる」

 

そして、見間違いでないことが確定になり、僕は頭を抱えるのであった。

文面にはこう記されていた。

 

『対面での取材の申し出』と。




いかがでしたでしょうか?

まだ1話までしか投稿していないにもかかわらず、お気に入り登録&評価をしていただきありがとうございます。
本作を読んでいただく皆様に楽しんでいただけるような作品にしていければなと思いますので、今後もよろしくお願いします。

次回より第1章が始まります。
どのグループの話が読みたいかを伺うアンケートなども実施する予定ですので、楽しみにしていただけると幸いです。


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第1章『夢見る作曲家』
第3話 悩み事


大変お待たせしました、第3話です。
今回より第1章が始まります。

この章は、シリアスは少なめです。
……たぶん


いきなりだが、僕はとてつもなく悩んでいる。

 

「はぁ……」

 

思わずため息をついてしまうほどに。

 

(どうしよう……)

 

考えても考えても答えなんて出てくることはない。

それでも、考えずにはいられないのだ。

 

「おい。人の横でため息つくなよ。こっちまで気分が落ち込むだろ」

「だって……」

 

そんな僕に冷ややかな目を向けながら注意してくる彰人に、僕は恨めしい視線を送る。

 

「いや、そんな目で見られてもな……涼介、今朝からもう30回以上もため息ついてるぞ」

「そんなには……ついてるかも」

 

今は放課後、学校に来てから考えてはため息を漏らしていたとすれば、軽くそのくらいはいくかもしれない。

 

「で、どうしたんだよ。悩みとは無縁なお前らしくねえぞ」

「別に無縁って訳じゃないけど……実は―――」

 

僕だって悩み事の一つや二つはあると思いながらも、僕は現在進行形で悩んでいることを彰人に話すことにした。

 

「取材?」

「うん。そうなんだよ」

 

話を聞き終えた彰人の言葉に、僕は頷きながら答える。

 

「何でも、作曲家としてのことをいろいろと聞きたいんだって」

「へぇ。別に悪くない話だとは思うが……何が問題なんだ?」

 

そう、ちょっとだけ聞いたところで問題はなさそうにも見える。

僕も、喜んで取材を受けていたと思う。

 

「対面……何だよね」

「あー、なるほどな」

 

すべてを察した様子で彰人が相槌を打つ。

そう、この取材は、対面取材。

つまり、実際に記者に会ってインタビューを受けるのだが、僕は名前や素顔を公表していないのだ。

理由は芸名と同様、恥ずかしいからというものだが。

 

「だから、この取材を辞退するべきか、変装して受けるかどうか悩んでるんだよ」

「電話とかの取材にはできねえのかよ?」

「うん。無理だって」

 

あのメールを見た僕は、すぐに事務所に連絡して対面以外の取材にしてほしいとお願いしたが、何でも先方が対面での取材を求めているようで、聞き入れてはもらえなかった。

 

「色々大変だな、そっちも。でもよ、別に普通に行ってもいいんじゃねえか? 別にそういうので売っているわけでもねえんだし」

「うーん……」

 

彰人の提案も、言われてみればそうだ。

僕は謎に包まれた作曲家というアピールポイントを持っているわけではない。

素顔をさらしたところで、何ら問題はないというのもわかる。

この取材も、僕の知名度をさらに高め、僕の夢の成就につながる一歩であるのは間違いないので、辞退は避けたい。

 

(でも……)

 

ふとよぎったのは、SNSに書き込まれていたコメントの数々だった。

あれが、現実でも言われるのではないかと思うと、かなり怖い。

 

「はぁ……まあ、涼介が受けたいんだったら、変装でもして受けてみればいいんじゃないか?」

「そうだね。やっぱりそうするよ」

 

結局、彰人の言った通りの結論になってしまうのだ。

 

「んじゃ、俺は帰るけど、涼介はどうするんだ?」

「あー、ちょっと職員室に行かないといけないから先に帰ってて」

 

せっかく一緒に帰れるというのに、そういう日に限って先生から頼まれごとをされるというのも、かなり間が悪い。

 

「わかった。そんじゃまたな」

「うん。また」

 

そんなわけで彰人と教室で別れた僕は、職員室に向かうのであった。

 

 

 

 

 

「失礼しました。……ふぅ」

 

頼まれごとを終わらせて職員室を後にした僕は、思わずため息を漏らす。

 

(成績のためにしてるわけじゃないけど、なんだかなぁ)

 

好きなことを堂々とするためには、いい成績を取っておかなければならない。

”良い成績”の基準がわからないので、勝手に学年成績上位10番以内にして日頃勉強をしており、今まで運よくかはわからないが、この基準をクリアできている。

とはいえ、優等生扱いされるのはいろいろな意味で少しだけ辛い今日この頃。

 

(さてと、この後暇だしWEEKEND GARDENにでも行こうかな)

 

家に帰るというのは、僕の中にはなくWEEKEND GARDENで杏さん達と話をするのもいいかもしれないと思っていた時だった。

 

「まじかよ?」

「ああ、マジだって」

 

階段付近に差し掛かったところで聞えてきたのは、取り留めのない話だった。

こっちに向かって階段を下りてくる二人組の男子たちは、ネクタイの色から、おそらくは先輩だろうと思う。

そんな男子たちの話の内容に興味もないので、僕はそのままその場を離れようとした。

 

「男子なのか女子なのかわからねえ格好してるんだぜ。それにめっちゃ可愛い」

 

(ん?)

 

だが、続いて聞えてきた男子生徒の言葉に、僕は引っ掛かるものを感じてその足を止める。

 

(男子か女子かわからない格好? もしかして、変装とかか?)

 

”男子か女子なのかわからない”という部分のニュアンスがどうにもあれだが、もし変装しているのであるとするならば、僕のこの問題を解決に導いてくれる可能性もあるのではないだろうか?

 

「あの、すみません」

 

僕は結論を出すと、すぐさま踵を返して二人組の男子生徒に話しかける。

 

「あ?」

「なんだ?」

「さっき話していたこと、教えていただいてもいいですか?」

 

話しかけられた男子生徒は、突然のことに若干警戒した様子でこちらを見ていたが、僕はそれを気にせずに単刀直入に用件を切り出す。

 

「別に構わないけど……」

 

若干警戒した様子ではある物の、男子生徒はその噂話をし始めるのを、僕は静かに耳を傾けるのであった。

 

 

 

 

 

「ありがとうございました」

 

話を聞き終え、そそくさと去って行く男子生徒達にお辞儀をしてお礼を言いながら見送った僕は、二人の背中が見えなくなったのを見計らって頭を上げる。

 

「それにしても……どっちか分からない格好をしている生徒……か」

 

先ほど聞いた噂の内容を思い出しながら僕は静かにつぶやく。

 

――曰く、その生徒は服装がどっちなのかがよくわからない感じ。

――曰く、その人物は1年生である。

 

それが先ほど聞いた噂話の内容だった。

 

(もしかしたら、これ行けそうだな)

 

その噂を聞いた僕は、今の自分の悩みごとを解決させてくれる可能性があるのではないかということを考え始めていた。

 

「となれば、情報収集……と行きますか」

 

取材まで残り13日、僕は取材を乗り越えるための一大作戦を決行するために行動を開始するのであった。




いかがでしたでしょうか?
今回は今までに比べると短めになりましたが、大体このくらいの長さを基準に書いていく予定です。

彰人のキャラが若干、崩壊気味ではありますが(汗)
うっすらと存在だけ出てきたあの人物ですが、主に性別的な理由で、このような感じの噂の内容になりました。
原作でちゃんとした噂の内容が出ていた場合は教えていただけると幸いです。


それでは、また次回お会いしましょう。


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第4話 手がかり

大変お待たせしました。
第4話です。


「おい、涼介」

 

時刻は昼休み。

僕は昼食を摂るべく席を立ったところで、突然彰人が声を掛けてくる。

 

「ん? どうかした?」

「お前、最近色々な奴に話しかけてるだろ」

「あー……ちょっと調べてることがあってね」

 

彰人の言っていることが、最近僕が聞き取り調査をしていることだと知った僕は、あれかと思いながら彰人に答える。

 

「何調べてる知らねえけど、あんまり首ツッコんで厄介ごとに巻き込まれるなよ。お前、ただでさえそう言うのに巻き込まれやすいんだから」

「同じ巻き込まれ属性の彰人に言われたくないなー」

 

僕もそうだが、彰人は明らかに地雷があるとわかっている場所に特攻していく所がある。

それで何事もなく今まで過ごしているのはある意味奇跡なのかもしれない。

 

「お前、さりげなくひでえな」

「あはは冗談冗談。でも、心配してくれてありがとう。そうならないように気を付けるよ」

 

ジト目でこちらを見てくる彰人に苦笑しながら謝りつつも、僕は彰人を安心させるように言うと、僕はそそくさと教室を後にした。

 

(早くしないとめぼしいの無くなっちゃうしね)

 

ここ神山高校では、お弁当を持参している者と、購買部で販売されている食べ物を購入して食べる者の二つのタイプが存在する。

ちなみに、購買部がある学校でよくあるような争奪戦という修羅場は起こらないが、あまり遅く行くと人気の食べ物が完売してしまうので、急いで行くことに越したことはないのだ。

いつもはお弁当を持参するのだが、この日は運悪くお弁当がなしになってしまったため、僕は購買部で食べ物を買いに行くことになったのだ。

 

(あ、なんとか残ってた)

 

購買部にたどり着いた僕は、目当ての商品が残っていることにほっと胸をなで下ろすと、それを手に会計を済ませるのであった。

 

 

 

 

 

「よし、昼食も食べ終わったことだし、今日も調べ物でもしますか」

 

昼食を取り終えた僕は、今日も今日とて調べ物をすることにした。

その内容はここに伝わる噂だ。

 

(とはいえ、そろそろ次の段階に移ってもいいんだけどね)

 

ここ数日ほどで彰人の言っているとおり、たくさんの人に聞き込んだ事で、噂話についてのデータは完璧と言ってもいいほどに集まっていた。

まず、僕の聞いた噂話だが、その通りの内容で伝わっているみたいなので、伝言ゲームのように途中で変異していると言うことはなさそうだ。

そして一番肝心な、この噂話が”誰”のことを指しているのかだが、これはまだ不確定ではあるものの、一人の生徒に絞り込まれている。

名前は、“暁山 瑞希”。

一年A組の生徒のようだが、詳しいことは不明だ。

聞き込んだ人たちの8割が、この生徒のことだと口をそろえて言っているので、ほぼ間違いないだろう。

ちなみに、そのうち7割が伝聞形式なのが若干不安だが、詳しく調べてみるに越したことはないだろう。

 

(本当は、この人について聞き込んでいくべきだろうけど、時間がね……)

 

取材まで残す所あと9日。

さすがに今週末までにはこの暁山という人物とコンタクトを取っておかないとまずい状態だ。

そんなわけで、この日僕は本人に直接会いに行くことにしたのだ。

 

「一年A組は……あった」

 

同じ学年と言うこともあり、教室は割とすぐに見つかった。

 

「あ、すみません。暁山さんはいますか?」

 

ちょうど教室から出てきたA組の生徒を呼び止めた僕は、目的の人物を呼び出してもらうことにした。

 

「暁山? あー、今日は来てないみたいだけど」

「そうですか。いきなり失礼しました」

 

呼び止めた男子生徒に軽く謝ると、そのまま去って行くが、その表情は怪訝なものだった。

 

(暁山という名前を出した途端のあの反応……何か気になる)

 

不良とかではないとは思いたいが、あまりいい人物ではない可能性が高い。

主に、奇人変人の類的な。

 

「あれ、涼介?」

「え?」

 

今更ながらどうしようかと考えにふけっていたところに、聴き馴染みのある声で呼ばれた僕は、声のしたほうに顔を向けると、そこには不思議そうな表情でこちらを見ている杏さんの姿があった。

 

「なんでここに杏さんが?」

 

そんな彼女に、僕は思わずそう聞いていた。

 

「いや、ここ私のクラスだし」

「あ、そういえばA組だったっけ」

 

学校では、直接杏さんのいる教室に行かなくても会えるのでクラスがどこなのかを失念していた。

 

「どーせ、涼介のことだから覚えてなくてもいいか、的な風に考えてたんでしょ?」

「う゛」

 

そんな僕の考えなどお見通しとばかりに呆れたようにジト目でこちらを見ながら言ってくる杏さんに、僕は言葉を詰まらせる。

 

「はぁ……で、どうしたの?」

「実は、ここのクラスの生徒を呼んでもらおうとしたんだけど、その人今日は休んでるみたいなんだよね」

 

そんな僕の様子に、あきらめたのか、それとも呆れたのか深いため息を漏らした杏さんは僕がここにいる理由を聞いてきたので、僕はその理由を説明した。

 

「そうなんだ、でも休んでるのって……もしかしてその生徒って、瑞希……暁山 瑞希っていう名前?」

「うん、そうだけど……知り合い?」

 

言い直しはしたが、最初下の名前で呼んだので、もしかしたらと思い聞いてみる。

杏さんは知り合いでなければ下の名前で呼んだりはしない。

それこそ、ただの顔見知りレベルではなおさらだ。

 

「うん、まあね」

「そうだったんだ。ちなみに、暁山さんってどんな人?」

 

どうやら僕の読みは正しかったようで、僕はせっかくなので彼女の人となりを聞いてみることにした。

 

「一言で説明するのは難しいけど、悪い奴じゃないかな。まあ、不登校気味ではあるけど」

 

(不登校……どおりで姿を見ないわけだ)

 

噂にある”どっちかわからない姿”の生徒も噂を辿りながら探してはいたが、見つかることがなかった理由がようやくわかった。

 

(杏さんは、ああ言っているけど、どうしようか)

 

杏さんのの人を見る目がいいのは自分がよく知っているので、間違いはないが、関わり合いになって本当にいいのだろうかという不安が頭をよぎる。

 

(とはいえ、頼めそうな人いないしな……)

 

こういったことを頼めるのは女性ぐらいしかいないが、その女性との知り合いが僕の場合は限りなく0に近い。

唯一の知り合いが杏さんだけなのだが、杏さんはそういったことには疎そうなので、頼りになるかと言えば微妙だ。

 

「……良かったら瑞希に連絡を取ってみようか?」

「え?」

 

考えを巡らせている僕に、掛けられた思いがけない提案に、僕は思わず素っ頓狂な声で返してしまった。

 

「瑞希に用があるんでしょ? このままだと、いつ会えるか分からないよ」

 

まあ、どうでも良い用事だったら別に良いけど”と最後に付け加えた杏さんの言葉に僕は先ほどの躊躇が揺らぐ。

 

(時間もあんまりない。事情を説明して、その後のことを考えるなら……)

 

「ごめん。お願い」

「オーケー。じゃあ、ちょっと待ってて」

 

杏さんはそう言うと、僕から少しだけ離れてスマホを取り出して画面を操作するとそれを耳に当てる。

おそらく暁山さんに連絡を取っているのか、話をしている杏さんの電話が終わるのを、僕はただ待つことにした。

やがて電話が終わったのかスマホを耳元から話すと、笑みを浮かべながらこちらの方に戻ってくる。

それだけで、結果が手に取るようにわかった。

 

「オッケーだって。明日の放課後、昇降口で待っててだって」

「ありがとう」

 

さすが杏さんと言った所か、約束を取り付けてくれた杏さんに、僕はお礼の言葉を伝える。

 

「お礼なんて良いよ。でも、そうだね……私に相棒が見つかったら、イベントで歌う曲を一曲作って欲しいな」

「そんなことなら、お安いご用だよ」

 

むしろ、それで良いのであれば安い物だろう。

彰人の場合は、パンケーキを対価に求めてきたりする。

別に高級でもないし、嫌な気分はしないが、忘れた頃に言ってくることがあるのが少しだけ悩みどころだったりする。

 

「っと、チャイムなっちゃったから、早く教室に戻ったほうがいいよ」

「うん。そうする……杏さん」

 

学校中に鳴り響く予鈴に、戻るように促してくる杏さんの言葉に頷いてその場を立ち去ろうとした僕は、伝えなければいけないことがあったのでその足を止めて杏さんの方に振り返る。

 

「何?」

「ありがとう」

 

一度言ったお礼の言葉を、僕はもう一度杏さんに言った。

少しでも僕の感謝の気持ちが彼女に伝わってくれることを祈りながら。

そんな僕のお礼の言葉に、杏さんは少しだけ驚いたように目を瞬かせると、

 

「どういたしまして」

 

満面の笑みを浮かべながら、そう返すのであった。




ということで、次回か次々回での人が登場します。
ついでに、タグのほうも追加させていただく予定です。

次回の投稿がいつになるかわかりませんが、楽しみにしていただけると幸いです。


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第5話 屋上での出会い

お待たせしました。

今回はある人物が登場します。


杏さんの取り次ぎのおかげで、暁山さんと会うことが出来るようになった。

 

(とはいえ、問題はまだあるけど)

 

「ねえ、彰人」

「あ? なんだ」

「この学校で人気のない場所ってどこか分かる?」

 

放課後と言うこともあり、教室を後にしようとしていた彰人を呼び止めると、若干不機嫌な様子で返事をしてくる彰人に、僕は単刀直入に尋ねる。

 

「人気のないって……お前、変な事しようとしてねえだろうな」

「まさか。ちょっとだけ込み入った話をするだけだよ」

 

何やら誤解を招いたようで、呆れと疑いの入り交じったまなざしで見てくる彰人に、僕はしようとしていることを簡潔に説明する。

聞き方的にも、誤解を招いてもしょうがないとは思うが、彰人からの呆れと疑いが入り交じった視線はかなりダメージがでかい。

 

「まあ、お前ならそんなことするやつじゃねえって知ってるから良いけど、他のやつにはあまり聞かねえ方が良い

ぞ」

「うん。だから彰人に聞いてるんだけどね」

 

そう言うと、彰人は深いため息をついた。

 

「人気がない場所だったら屋上とかじゃねえか?」

「屋上……ありがとう」

 

”屋上”という単語に、どこか懐かしさを感じた僕は、教えてくれた彰人にお礼を言うと、彰人は僕に背を向けて

教室を後にしようとしたが、何かを思い出したように再びその足を止めると、こちらのほうに振り返る。

 

「今日イベントでステージに出るんだけど、お前も来るか?」

 

彰人の言うイベントとは、ライブハウスで行われていることを差している。

彰人ともう一人とでチームをくんでステージに立っている。

その名も『BAD DOGS』。

 

「うん。野暮用を済ませたら見に行くよ」

 

その答えを聞いた彰人は”じゃあな”と軽い口調で言いながら、今度こそ教室を後にしていった。

 

「………行くか」

 

それを見送った僕は、”野暮用”を済ませるべく教室を離れるのであった。

 

 

 

 

 

「おや、涼介じゃないか」

 

野暮用を済ませる前に、屋上に寄りたくなった僕が階段を上って屋上に続くドアを開くと、そこにいた先客の男子生徒がいつも通りの表情で僕を出迎える。

驚いた様子がないところ、僕がここに来るのは予想していたのだろう。

 

「やっぱり、いましたね。類先輩」

 

それは僕もまた同じで、その人物がそこにいることを、僕は確信していた。

そう、紫色の髪に水色のサイドメッシュの髪の男子生徒……神代類がここにいることを。

 

「何してるんですか?」

「ちょっとドローンの試運転をね」

 

そう言う類先輩のそばには、昔自作したドローンが置かれていた。

 

「操縦してみるかい?」

「あはは、僕が操縦したらせっかくの類先輩の発明品がだめになっちゃうのでやめておきます」

 

苦笑交じりの僕の答えに”それは残念”と、いつも通りの不敵な笑みを浮かべながら、類先輩はコントローラーを操縦すると、ドローンがモーター音を上げながら浮上を始める。

類先輩との出会いは、中学時代にまで遡る。

ある偶然がきっかけで知り合った僕たちは、昼休みなどは屋上でたまにではあるが話をしていたが、高校が別々になってからは合うこともなくいたが、最近になってこっちに転校してきたようで、さも当然のように屋上にいた類先輩を見て驚いたのは記憶に新しい。

 

「それで、ここに来るということは、探し人がらみかな?」

「……類先輩、学校内に盗聴器でもしかけてます?」

 

凄まじいくらいにドンピシャにあててくるので、そう思わずにはいられなかった。

普通はありえないが、類先輩の場合は十分にあり得るあたり、なんとも言えない。

 

「さあ、どうだろうね? でも、涼介が一人の人物について聞きまわっているというのは、よく聞くよ」

 

そんな僕の疑問も、いつも通りの感じで交わされてしまった。

 

「そのことで、一つだけ言わせてくれるかい?」

「………」

 

ドローンを地面におろした類先輩は、いつもの不敵な笑みを消し、真剣な面持ちでこちらを見据える。

それだけで、屋上に緊迫した雰囲気が立ち込める。

 

「面白半分に人のことを探るのは、相手を傷つける行為だから、辞めることを推奨するよ。まあ、君なら大丈夫だとはもうけど」

 

「……ご忠告ありがとうございます。ご安心ください、私が聞きまわっているのは、その人物の力を借りたいがためです。探偵の真似事ではないので」

 

類先輩は僕の答えを聞いて、ふっと表情をいつもの感じに戻した。

 

「それならよかった」

「それじゃ、僕はこれで」

「おや、もう行くのかい?」

 

屋上を立ち去ろうとする僕に、類先輩は意外だと言わんばかりに聞いてきたので、僕は

 

「ええ。屋上のことを思い出して、立ち寄っただけなので」

「涼介」

 

類先輩にそう言って屋上を立ち去ろうとする僕を遮るように、類先輩が呼び止めてきた。

 

「最近、何か悩み事とかないかい?」

「………ッ。別にないですよ。そういう類先輩こそ、”待ち人”は来ましたか?」

 

類先輩の問いかけに、僕は一瞬顔を引きつらせるが、すぐに平静を取り戻して応えつつ逆に聞き返した。

 

「……どうだろうね? 今のところ来てはないかな」

「そうですか……それじゃ、類先輩。また」

 

僕の問いかけに、一瞬寂しげな表情を浮かべた類先輩の答えを聞いた僕は、静かに返すと今度こそ屋上を後にするのであった。

 

「ふぅ……」

 

(本当、類先輩って鋭い時があるよね)

 

自分を落ち着かせるために、一度深呼吸をする。

 

(大丈夫。うん)

 

僕は自分にそう言い聞かせながら階段を下りると、昇降口へと向かっていくのであった。




近いうちにどのグループの話が読みたいか的なアンケートを行おうと思います。
さすがに、すべてのグループを一斉に書くのは難しいので人グループごとに話を書いていく予定です。
一応、5つのグループすべての話を書けるようには設定を考えております。
……おそらくご都合主義か独自設定になりそうですが(汗)

次回あたりで、タグを更新できる予定ですので、楽しみにしていただけると幸いです。
それではまた次回、お会いしましょう。


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第6話 訪問と買い物と

お待たせしました。
第6話になります。

今回、あの人が登場します。


学校を後にした僕は、ある場所を訪問するために移動していた。

とはいえ、手ぶらで移動するのもはばかられたので、近くのコンビニに寄って手ごろな手土産を購入することにした。

 

(うーん、どれにしよう……)

 

コンビニで手土産品を買うなんて……そう思われそうだが、最近のコンビニはレベルが上がっており、手ごろな価格帯の物もあれば、そこそこ値の張る質の良いものまでと幅広い品があるのだ。

特に進物はその傾向が強い。

 

(あの人的にはこっちのカップ麺がよさそうではあるんだけど……)

 

前に、カップ麺6種類がセットになった物を追加で渡したところ、ものすごく喜んでいたのを思い出した僕は、カップ麺売り場に向かおうとするが、すぐに思いとどまる。

 

(うん。やっぱりカップ麺はないな)

 

「ん?」

 

そう思ってお目当てである進物が陳列されている場所に向かおうとした僕の目に、ある商品が留まる。

そこは、売れない商品などを売り切るために用意されたコーナーで、色々な商品が酒類問わずに陳列されていた。

主に置かれているのはお菓子や雑貨品などが多いが、その中でも興味を引かれたのは、何の変哲もなさげなトランプだった。

 

「へぇ、マジック用のトランプなんだ」

 

”これで君もマジシャンだ”

そんなキャッチフレーズが書かれた外箱のトランプは、マジック用の物らしく、相手の手に取ったカードを当てる手品などに使えるという説明文が書かれていた。

 

(これ、もともと2千円もしたの!?)

 

十年以上前にやったドラマとのコラボ商品らしいが、一体どのくらいの期間売れ残っているのか、値段はペットボトルの水を2本ほど買える値段にまで割引されていたのか、外箱の隅のほうに値札シールがぎっしりと貼り付けられていた。

 

(なんだかおもしろそうだし、彰人相手にやってみよ)

 

ちょうど最後の一個ということもあり、僕は彰人をからかう目的でそれを買うべく手に取ると、今度こそ進物商品を見るべく移動するのであった。

 

 

 

 

 

(着いた)

 

「時間も……うん、大丈夫」

 

コンビニを後にして移動すること数十分。

ようやく目的地である病院の前にたどり着いた僕は、時間に間に合っていることを確認してほっと胸をなでおろした。

 

(ここで待っていれば確実なんだけど)

 

「乾さん」

 

そう思っていた矢先にかけられた女性の声に、僕はその方向を見ると待ち合わせている相手の姿があった。

 

「あ……宵崎さん」

「ごめん、待った?」

 

待ち合わせの相手である、腰まで伸びた銀色の髪にジャージ姿の少女……宵崎さんは僕にどこか申し訳なさげに聞いてくる。

 

「いいえ、ついさっき着いたばかりですので」

 

やり取りだけ聞けば、待ち合わせのカップル同士そのものだが、残念ながら僕たちはそういう関係ではない。

 

「じゃあ、行こうか」

「ええ」

 

宵崎さんに頷いた僕は、彼女の後をついていくように病院へと足を踏み入れる。

勝手知ったるなんとやら……病院の廊下を歩いた僕たちは、ある病室の前で立ち止まると閉じられている病室のドアを開けると、静かに病室内に入った。

 

「お父さん、また乾さんが来てくれたよ」

 

ベッドに近づきながら話しかける宵崎さんだが、ベッドに横たわる男性……宵崎さんの父親は目を閉じたまま反応を見せない。

 

「……寝てる」

 

何度かお見舞いに来てはいるが、宵崎さんの父親が起きていたことは一度もない。

 

「着替え、ここに置いておくね」

 

どこか寂しげで、悲しい声色で宵崎さんはそう言うと、替えの服を置いていく。

 

「じゃあ、また来るね」

 

眠っている父親の邪魔にならないようにするためなのか、宵崎さんは着替えを置くと静かにそう言って踵を返す。

 

「また、来ます」

 

滞在時間わずか数分。

それがいつもの僕のお見舞いだった。

寝ているところを邪魔するのも申し訳ないのと、家族である宵崎さんを差し置くのは、なんだかマナー違反なような気がした。

いつの日にか、じっくりと話ができるようになればと思いつつ、僕もまた眠り続けている宵崎さんの父親に静かに言うと、軽くお辞儀をして病室を後にするのであった。

 

 

 

 

 

「はい、お土産……と言っていいかはわからないですけど。受け取ってください」

「うん。いつもありがとう」

 

病院を後にして、周りの迷惑にならない場所まで移動した僕は、持参していたお土産(結局カップラーメンセットとお菓子の詰め合わせ)を手渡すと、うれしそうな表情でお礼を言ってくれた。

 

「いや、こっちこそ。どこの誰かも知らない僕を助けてくれた時は本当に助かりましたので、お互い様ですよ」

 

僕と宵崎さんが知り合うきっかけは、少し前のことだった。

父さんを超える作曲家になるという夢を叶えるため、勉強を兼ねて色々な人の音楽を聴いていた僕が、聴いただけで引かれた作曲家が宵崎さんの父親だった。

その作曲家のことを調べたところ、その人が入院していることが判明し、交流サイトなどの情報で入院している病院を特定したためお見舞いに行ったのだが

 

『申し訳ありませんが、ご家族の方以外にはお教えできない決まりとなっております』

 

受付の人に宵崎さんの病室を聞いたところ、そのような答えが返ってきた。

病院側も、赤の他人である人物に病室を教えることは様々な観点からできないのは当たり前のことだった。

 

『そこをなんとか、宵崎さんの病室を教えていただけないでしょうか?』

 

でも、当時の僕は物分かりが悪かった。

故に、食い下がったのだ。

 

『君、いい加減にしないと――――』

『あの』

 

ついに受付の人が我慢の限界を迎えたのか、言葉を強めようとしたところで、横から声を掛けられた僕がその方向に顔を向けると、困惑した様子の少女の姿があった。

 

『父に用……ですか?』

 

それが、彼女……宵崎奏さんとの出会いであった。

 

「びっくりしたよ。お父さんを訪ねてくる人初めてだったから」

「あはは……あの時は本当にお騒がせしました」

 

実際、宵崎さんが来るのが遅かったらかなり僕はやばいことになっていたような気がするので、笑えなかったりするが。

それはともかく、宵崎さんの承諾を得たこともあって、一緒に病室に言って念願のお見舞いをすることができるようになった。

それ以降も、月に一度ではある者の宵崎さんと病院の前で待ち合わせをしてお見舞いに来ているのだ、

故に、宵崎さんには頭が上がらなかったりする。

 

「でも、早くよくなるといいですね」

「……そう、だね」

 

当時のことを振り返りながらも、未だに改善の見込みがない宵崎さんの父親の様子に、僕はぽつりと言葉を漏らすと宵崎さんは言葉を詰まらせた様子で相槌を打つ。

 

「……?」

「ごめん、ちょっとやることがあるから、今日は帰るね」

「あ、うん気を付けて」

 

いきなり変わった宵崎さんの様子に、僕は気にはなりつつも彼女を見送る。

どこか苦しそうで、今にもどこかに消えるのではないかと思うほどに儚い宵崎さんの様子に、僕はどこか違和感を感じつつも彼女の姿が消えるまでその場に留まるのであった。




やはり、作曲家という立ち位置ならば、彼女が出てくるのが自然かなということで、東條となりました。

そして、早いようですがアンケートを実施したいと思います。
読んでみたいユニットを選択してください。
*まだメンバーが登場していないユニットがありますが、この後しっかりと登場する予定です。

基本的にシリアス度は一番軽いのが『Leo/need』、一番重いのが『25時、ナイトコードで』になります。

期間は現時点で次の章が終わるまでとさせていただきます。
皆様のご意見、お聞かせください。


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第7話 接触とお願い

大変長らくお待たせしました。
第7話です。


ついに訪れた翌日の放課後。

僕は、杏さんに言われた通り昇降口で暁山さんが来るのを待っていた。

 

(果たして、どんな人が来るのやら……)

 

期待とかわくわくとかよりも、ハラハラ感が強いけど、僕は相手が来るのを待ち続ける。

 

「キミがボクに会いたいって人?」

「ん?」

 

ふとかけられた声の方向にいたのは、ピンク色の髪を赤いリボンでサイドテールにまとめた人物だった。

服装は女子用の制服で、どこも可笑しな個所はない。

 

「えっと、君が暁山、さん?」

「うん、そうだよ。初めまして、かな。ボクは暁山瑞樹。よろしくね」

 

どうやら、目の前の人物が目的の人物で間違いはないようだ。

 

「僕は乾涼介。今日はわざわざ来てもらってすみません」

「ため口でいいよ。同い年なんだし。で、ボクにどんな用?」

 

中々にフレンドリーで、想像とは全く異なる人物なだけに、色々と混乱してはいるが、暁山さんが本題を切り出してきたので、僕は頭を切り替える。

 

「ここだと人目があるから、人目のない屋上に移動しない?」

「……別にいいよ。それじゃ、行こうか」

 

人目の話をした瞬間、どこか警戒したそぶりを見せた暁山さんは、僕の前を行く形で校舎に入っていく。

それに僕も続くのであった。

 

 

 

 

 

「誰もいないね」

「そうだね」

 

屋上にたどり着いた僕は暁山さんの言葉に、僕は緊張を隠すことができなかった。

自分で誘っておいてなんだが、これからする話は下手をすれば変人に思われても無理はない。

 

(さすがに、ここの変人ワンツーに名を連ねたくはない)

 

しかも、そう呼ばれている人物の一人と知り合いであるだけに。

ここでは一応品行方正な優等生、という感じで先生たちには通しているので、それを変えるようなことはできる限り避けたい。

 

「で、用件ってなに?」

 

相手も、あまり長話をするつもりはないようで、警戒した様子で本題を訪ねてくる。

 

「この学校で暁山さんに関する、愚にもつかない噂話が流れているのは知ってる?」

「………うん、知ってるよ」

 

(なんだ? 彼女の雰囲気が変わった)

 

噂についての話を始めた途端、暁山さんの魔塔雰囲気が一変した。

それまでは、どこか友好的なそれが、一気に真逆の物へと変貌したのだ。

 

「単刀直入に聞くけど、その噂に相違はない?」

「……ないって言ったら?」

「………」

 

こちらを射抜くような、冷たい目を前に、僕はただ見つめ返し続ける。

僕にとって重要なのは、この問いかけの答えなのだから。

 

「……杏の知り合いだからそう言うこと聞かないと思ってたんだけどなぁ」

「杏さんは関係ないでしょ。それに、言ったはずだよ。”愚にもつかない噂”って。僕が知りたいのはこれが違うのか否かだけ。それ以外には興味もないし聞くつもりもない」

 

杏さんの名前を出してくる暁山さんに、僕はそう反論する。

正直、あまり杏さんに迷惑を掛けたくないし、彼女のことを探るつもりはない。

 

『面白半分に人のことを探るのは、相手を傷つける行為だから、辞めることを推奨するよ』

 

類先輩の忠告が僕の脳裏をよぎる。

 

(本当、類先輩ってすごい人だ)

 

もしかしたら、この状況を先読みしていたのではないかと思う忠告の内容に、僕はどこか恐ろしさを感じずにはいられなかった。

でも、ここで引き下がるわけにはいかない。

 

「違うならそれでいいんだ。僕にとっては関係のないことだし」

「関係ない? それはどういう意味かな?」

「言葉の通りだよ。僕は君の噂について興味がない。それだけのこと」

 

僕の返答を聞いた暁山さんは、少しの間沈黙した後、口を開く。

 

「へぇー、面白いこと言うね。あんなことを聞いておいてボクに興味がないなんて。そんなこと言われたの初めてかも」

 

暁山さんは楽しそうに笑いながら、僕の目の前まで近づいてくる。

その表情からは、何を考えているかを伺うことができないが、目が笑っていなかった。

 

「だって、そう言う格好をしている理由なんて、聞くまでもないし」

「……へえ」

 

僕は口にして地雷を踏んでしまったのかと一瞬思ったけど、一度口から出てしまった言葉を戻すことはできない。

 

「何らかの事情でその格好をするようにさせられているか。もしくはその格好をしなければいけない事情があるかのどっちかなんだし」

「……っ!」

 

僕の言葉に、暁山さんは目を見開いて驚く。

 

「まあ、どっちだとしても僕にとっては問題はないんだけどね。さっきの質問はほんの小粋なトークとでも思ってほしい」

「小粋なトーク、ねぇ……。キミは一体何者なのかな?」

 

暁山さんの言いたいことはなんとなくわかる。

小粋なトークの話題として、あれは不適当だということくらいは。

 

「それで本題なんだけど。暁山さんのファッションセンスを見込んで、僕にコーデをしてほしいんだ」

「ボクに? 」

 

暁山さんは、不思議そうに首を傾げて尋ねてくる。

 

「僕の周りにいる人たちは、みんなファッションセンスがいいんだが、今回のテーマみたいなやつには向いてないんだ」

 

実際、杏さんにお願いするとストリートファッションになりそうだし、彰人に関しては頼んでも断られる可能性が高い。

……まあ、なんだかんだ言って引き受けてくれそうだけど。

 

「なるほど……ま、いっか。そのお願い、引き受けようじゃないか」

「ありがとう。助かるよ」

 

もしかしたら駄目なのではと思っていたが、案外すんなりと承諾してくれたことに僕は内心ホッとする。

これで断られたら、僕は最終手段に打って出るしかなくなっていたのだから。

 

「それで、いつにするの?」

「今週の日曜はどう?」

 

僕は暁山さんに尋ねると暁山さんは、顎に手を当てて考える仕草をしたあと、

 

「じゃあ、日曜日にショッピングモールで集合でいい?」

「うん、大丈夫」

 

ショッピングモールにはいろいろなお店があり、あそこならばお目当てのものは簡単に買いそろえることができるだろう。

 

「オッケー。じゃ、連絡先を交換しよっか」

「わかった」

 

僕達はスマホを取り出すと、お互いの連絡先を交換する。

 

「よしっと。それじゃ、また日曜」

「うん、それじゃあ」

 

お互いに別れの言葉を交わした後、屋上から立ち去る暁山さんを見送る。

こうして僕は、何とか目的を成し遂げることができたのであった。




長期間投稿できなくてすみませんでした。
今後、この作品も力を入れて書かせていただく予定ですので、次回も楽しみにしていただけると幸いです。


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第8話 買い出しと目指す物

大変お待たせいたしました。
第8話になります。


日曜日。

この日は、暁山さんと約束をした日だ。

 

(来てるといいんだけど)

 

なんとなく暁山さんは自由人のような感じがするので、もしかしたら来ていないという可能性だってある。

俺はそう思いながら待ち合わせ場所に向かう。

 

「おーい! こっちだよ!」

 

するとそこには既に来て待っていた暁山さんが、大きく手を振っていた。

 

「ごめんね。待たせちゃったかな?」

「ううん。ボクも今来たところだから」

 

暁山さんに時間を確認すると、まだ待ち合わせの時間まで10分程あった。

暁山さんの服装は白を基調とした(ゴスロリ風というのだろうか?)フリルが付いた可愛らしいワンピースだった。

 

「今日はよろしく頼むよ」

「こちらこそ! それじゃあ早速行こうか」

 

暁山さんに促される形で、俺達は歩き出す。

 

「ところで、コーデの方はどんな風にしたいとか希望はある? 要望があれば聞くけど……」

「……実は、感じとしては今の暁山さんみたいな感じなんだ」

「……え?」

 

コーデの要望を告げた僕に、暁山さんはキョトンとした表情を浮かべていた。

 

(まぁ、それはそうだよな……)

 

こんな事いきなり言われても困っちゃうか。

 

「ん~……ボクのことをからかってはないよね?」

 

暁山さんは僕の顔をジッと見つめて確認するかのように聞いてきた。

僕はその問いに対してしっかりと首を縦に振る。

 

「もちろん。からかっているつもりなんてないよ。自分にはそういった類いの才なんて無いしから、絶対にしないような暁山さんみたいな感じにしておきたいだけだから」

「そっか……。ならいいんだ」

 

暁山さんは安心したように息をつく。

実際、暁山さんをからかう意味で言ってはいない。

僕がやろうとしていることは、変装は変装でも”女装”にあたる物だった。

理由は単純で、そうすれば僕とイコールにはならないというものだった。

とはいえ、ただでさえ普通のコーデさえできない(そもそもファッションセンス皆無)の僕が女装用のコーデなどできるはずもなく、そう言った理由で暁山さんに白羽の矢が立ったような感じなのだ。

 

「それで、できそう?」

「任せておいてよ! ボクがバッチリ仕上げてあげるからさっ!」

「ありがとう。頼んだよ」

「まっかせなさい! このボクに任せれば大丈夫だからさ!」

 

それから少し歩くと目的の店に着いた。

そこはあきらかに女性向けの洋服が多く置いてある店で、店内には可愛い系の服が多いのか、所々にフリルをあしらったデザインの服が目立つ。

男の僕には、正直かなり入りづらい雰囲気のお店だが、仕方がない。

 

(頑張れ……僕ッ!)

 

僕は自分を奮い立たせると、意を決して店の中に入って行く。

そして、服選びが始まったわけだが……。

 

「うーん……」

 

暁山さんは数々の服を前に腕を組みながら悩んでいるようだった。

 

「やっぱり難しい?」

「ちょっとね……。イメージ通りにならないっていうか」

「そうなんだ」

 

確かに僕のイメージ通りの服を着せることは、暁山さんにとっては至難の業だろう。

 

「あっ! これなんかどう?」

 

暁山さんはそう言うと手に持っていた服を差し出してきた。

差し出されたのは白と水色を基調としたワンピースだ。

 

「試着してみるよ」

 

僕は差し出されたワンピースを受け取ると、試着室へと向かう。

視線は……うん、気にしないようにしよう。

カーテンを閉め、着替えを始める。

 

(よし。頑張れ)

 

僕は自分にエールを送りながらワンピースを着て鏡を見る。

 

(うん。似合ってるんじゃないかな?)

 

自分ではよく分からないけど、少なくとも不自然ではないと思う。

鏡に写った自分の姿は、白と水色を基調としたワンピースを着たものだった。

 

(うん。滅茶苦茶、変)

 

それまで女装なんてしたことなかったし、何より女物の服なんて初めてだからよくわからないのだから仕方がない。

 

(うーん……。これは暁山さんに見てもらう方が良いか……)

 

そう考えた僕は、カーテンを開けると同時に感想を求める。

すると、そこには目を丸くしながら口をポカンと開けている暁山さんの姿があった。

 

「あ、暁山さん?……どうかな」

 

何も反応を示さない暁山さんの様子が気になり再度声をかけると、暁山さんはハッと我に返った様子を見せた。

 

「ごめんごめん。あまりに想像以上だったからビックリしちゃって」

「そんなにかな?」

 

一体どっちの意味なのかが凄く気になるところだけど、あえて聞かないでおいたのは真実を知るのが怖かったからだ。

 

「そうだよ。なんというか、予想以上に似合っているから驚いたんだよ」

「そ、そう?」

 

暁山さんは僕の顔を見ながらコクりと首を動かす。

 

「うーん……。でも、これだと髪のほうが浮いて目立っちゃうかなぁ」

「あぁ、確かに……」

 

言われてみれば、確かに暁山さんの言うとおりだった。

僕の髪は黒髪の短髪だ。

それだと、この服装は合わないかもしれない。

つまり僕が女装するとしたら、髪型はロングストレートが妥当だろう。

 

「どうしたものか……」

「そうだねぇ……それじゃあさ」

 

僕の呟きを聞いたのか、暁山さんが何か閃いたように手を打つ。

 

「いっそのこと髪型も変えてみない?」

「え? どういう事?」

「つまりさ、ボクみたいに髪を伸ばせばいいんだよ」

「……まあ、そうだよな」

 

俺もその結論に達していたこともあり、暁山さんの意見に納得した僕は、早速その提案を受け入れることにした。

 

「わかった。だとしても、伸ばすにも時間がかからないか?」

「それなら、ウィッグを使えば問題ないよ」

 

僕の疑問に答える暁山さんの表情は、どこか自信に満ち溢れていた。

 

「ウィッグって、髪の毛が少ない人とかが使うものだよね?」

「確かに一般的だとそうなるけど。でも、世の中には変装用の物もあるんだよ」

「へぇ~。そういうのがあるんだ」

 

世の中には知らないことがたくさんあるんだなと、僕は改めて実感する。

 

「それがかわいいもの探しの醍醐味でもあるんだけどね」

 

暁山さんはそう言いながら、楽しげに笑っている。

 

(それにしても、まさかこんなところで女性用の服を買うことになるとは、夢にも思わなかったな)

 

そもそも僕は男なのだから当たり前のことなのだけど、こうして実際に女物の服を見ていると不思議な気分になってくる。

そんなこんなで、僕は暁山さんのアドバイスの下、黒とピンク色のロングヘアのウィッグを買い、先ほど試着した服を含めて何着か購入した僕たちは、お店を後にした。

 

「ふぅ……。これで準備はOKかな?」

「お疲れ様。いや~、それにしても乾君の女装は似合っていたね!」

「あはは……。そう言ってもらえると助かるよ」

 

(なんだかいろいろと複雑だけど)

 

暁山さんの言葉に、俺は苦笑いを浮かべる事しかできなかった。

 

「今日はありがとう。このお礼はいつか必ずするよ」

「別に気にしなくていいのに。でも、期待して待っておくよ」

「うん。楽しみにしておいて」

 

暁山さんと軽く言葉を交わして、僕はその場で別れるのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それから数日ほど経った日曜日。

僕は自室でこの間購入した変装用の服を身に纏っていた。

 

(うん。バッチリだ)

 

鏡に写った自分を見て、僕は満足げに微笑む。

今の僕の姿は、白と水色を基調としたワンピースを着ている状態だ。

その姿はどう見ても暁山さんの姉妹に見られてもおかしくない感じだった。

 

(まあ、仕方がないか)

 

コーデのモデルが暁山さんだから仕方がない。

そう割り切ることにしよう。

僕はそう自分に言い聞かせながら自室を後にする。

 

 

 

 

 

「母さん」

「あら、涼介……って、そんな格好してどうしたの?」

 

俺は、リビングに入ると、キッチンの方で洗い物をしている母さんに声をかけた。

普通に考えれば子供が突然女装していたら何事かと思うだろうけど、予め変装用の服を買ってきたことは伝えていたので、そこまで驚いた様子では無かった。

……と思いたい。

 

「ちょっと出かけてくるよ」

「どこに行くの?」

 

(あ、そういえば言ってなかったっけ)

 

母さんの問いかけに、僕は何も伝えていなかったことを今さらではあるが思い出した。

 

「ちょっと取材だよ」

「え? 取材? 一体誰の?」

 

僕の答えに、母さんは目を丸くしながら首を傾げる。

 

「なんかの音楽雑誌みたい」

「へぇ~。そうなの。だからそんな格好なのね」

「まぁ、そんなところ。じゃあ行ってきます」

 

僕の答えでようやくすべての合点がいったようで、どこか納得した様子で相槌を打っている母さんにそう受け答えをすると、玄関に向かう。

 

「気を付けて行ってらっしゃい」

「はーい」

 

僕はそう返事をして、家を出た。

外に出た僕は、周囲を警戒しながら道を歩いていく。

 

(こんな姿彰人や絵名さんに見られたらヤバイ)

 

そう言う趣味趣向は僕にはないので、あると思われるのは避けたかった。

だったら違う場所でやればよかったのではと思いながら、僕は待ち合わせの場所に向かうのであった。

 

 

 

 

 

喫茶店に入った僕は、ウエイトレスに案内された席に着くと、コーヒーを注文した。

数分後、僕の前にコーヒーが運ばれてきたタイミングで、一人のスーツを着た女性が姿を現した。

 

「失礼ですが、クレアさんですか?」

「はい。そうです」

 

僕は女性の質問に対して、笑顔で肯定をする。

 

「申し遅れました。私はこういうものです」

 

女性はどこからともなく名刺入れを取り出すと一枚名刺を取り出して、それを僕に差し出してきた。

 

「今回はよろしくお願いします」

「こちらこそ、お世話になります」

 

僕は差し出された名刺を受け取ると、軽く会釈をした。

 

「それで早速なのですが、まず初めにクレアさんが曲を作ろうと思ったきっかけはなんでしょうか?」

「きっかけ、ですか?」

 

女性の記者からの問い掛けに、僕は少し考える仕草を見せた。

 

(う~ん……。そうだな……)

 

ある意味ベタな質問の内容ではあったが、僕は頭の中で言葉を纏める。

そして、ある程度まとまったところで、僕は女性記者の目を見ながら口を開いた。

 

「実は前にあるライブに足を運んだんです。そこで演奏された曲を聴いたときにビビッときまして」

「なるほど。その時に何かを感じたということですね?」

 

僕の言葉を聞いた女性記者は、手帳にペンを走らせていく。

 

「はい。そうですね」

「わかりました。それでは、次は作曲をする時に心掛けていることを教えてください」

 

質問の内容は、やはり作曲に関してに集中していた。

 

「曲を作る時は、とにかく相手の事を考えることですかね? 」

「……ふむふむ」

 

僕の回答を聞いた女性記者は、再びメモを取る。

作曲をする時は、歌う人物のことを第一に考えているというのが、僕が今までやってきたことだ。

その人の歌い方、癖などを把握して、その人が歌った時のイメージを思い浮かべながら曲を作り上げていくのが僕のやり方である。

 

「ありがとうございます。では最後に、クレアさんの夢について教えてもらえますか?」

 

(夢……か)

 

それからしばらくいくつかの質問の受け答えをしていた僕だったが、最後として出された質問に僕は考えを巡らせる。

インタビューで聞かれる可能性があることは、予測してその回答を考えていたのだが、まさか夢について聞かれるとは予想もしていなかった。

夢なんて、父さんの様な作曲家になる事しか考えていなかった僕は、いざ聞かれると言葉が出てこなかった。

 

(さてと……どうしようか)

 

僕は少しだけ考えを巡らせた結果、自分の思いを伝えることにした。

 

「そうですね……私はーーー」

 

そして僕は自分の夢を答えるのであった。

 

 

 

 

 

インタビューを受けてから数日が経った。

僕のインタビュー記事が掲載された音楽雑誌が発売されると、たちまち話題になり瞬く間に完売したとかしてないとか。

事務所から教えてもらった話なので、その真偽は定かではないけど、僕としては嬉しい限りだ。

 

(今度機会があったらちゃんとお礼をしないとな)

 

僕は、暁山さんへのお礼で何が良いのかを考えようと、心の中で決意するのだった。




これにて、本章は完結となります。
次の章では数話ほどでユニットのメインストーリーの話に入っていく予定です。

いつ投稿できるかは分かりませんが、楽しみにしていただけると幸いです。


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