ありふれない青年が世界最悪 (幻想者)
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キャラ紹介

本作のオリキャラの設定紹介になります。原作ヒロインやクラスメイト達は原作通りになる予定なので、書いていません。

7/11午前5時。追記、キャラクター情報を更新しました。


主な人物紹介

 

名前 八雲京楽

年齢 17

種族 人間

職業 探偵助手

天職 賢者

身長 175㎝

性格 ツンの強いツンデレ、冷静

髪色 白髪に黒メッシュ

眼色 真紅と金色のオッドアイ

目付き 鋭い切れ長

体格 細く引き締まっている

特技 謎解き、料理

好きなこと 読書、パズル、家事

苦手なこと 対人関係

備考 家が探偵事務所を経営しており、その一人息子。それなりに実績はあり、母、京の所属していた部署。警視庁捜査本部特命係の人とはかなりの信頼関係があり、情報提供や、捜査助手をするほどの繋がりはある。

 武道は全て独学であり、気が付いたら出来るようになっていたとのこと。

 常にマスクとマフラーを身に付けており、目立つ傷痕を隠すためなのだそうだ。

 先天性色素欠乏症により、全体的に色素が存在しない。オッドアイは生まれつき。片眼だけが病気の影響を受けたためなのだとか。

 賢者の塔の頂にてアンリ・マユと融合し、容姿がアンリ・マユその者に変わった。しかし、腕と首の傷跡は残っている。(口は融合と同時に消えた)

 

技能解説(原作に出てきていないものを解説します)

並列思考 並列して物事を考え、処理することができ、十人が同時に話し掛けてもそれら全てを聞き分けることができる。

反転化 破壊衝動や殺戮衝動のままに動き、敵味方構わずに破壊の限りを尽くすと言う狂乱状態に陥る。しかし、反転化すると通常のステータスの五、六倍上昇する。

幻想魔法 魔法の起源であり、魔法を生み出す魔法。神の御業そのものであるため、非常に強力かつ、扱いの難易度から使い手を選ぶ。

魔法適性 魔法の出力をあげる技能。詠唱短縮や魔力運用の効率をあげる。想像構成と似たような技能。

詠唱時出力上昇Ⅳ 魔法や技能を発動させるときに詠唱を行うことで、その攻撃の出力を上昇させる技能。(Ⅰで0.5倍。Ⅱで1倍。三で1.5倍。Ⅳで2倍)

詠唱時効率上昇Ⅴ 詠唱時に発動する技能の出力を上昇させる技能。(Ⅰで1.5倍。Ⅱで2倍。Ⅲで2.5倍。Ⅳで3倍。Ⅳで3.5倍。Ⅴで4倍)

詠唱時魔力効率上昇Ⅴ 詠唱を行うことで魔力の運用効率を上昇させる技能。

詠唱時魔力出力上昇Ⅲ 詠唱を行うことで魔力の運用系の技能の効果を増幅させる技能。

詠唱省略 明確なイメージを持つことで詠唱を省略しても扱えるようになる技能。

イメージ補強率上昇 明確なイメージを持つことで魔法の形質や威力の上昇などをサポートする技能。

 

 

名前 南雲ハジメ

年齢 17

種族 人間

職業 ──

天職 錬成師

身長 175㎝

性格 非道で残忍

髪色 白

眼色 赤

目付き 二重

体格 細身で引き締まっている

特技 プログラミング

好きなこと 京楽とのラノベ談義。兵器製作

苦手なこと ユエの頼みを断る

備考 原作の主人公。なお、中学生の頃に京楽と出会ったことにより成績は良い。原作と違い、一つ下の妹がいる。

 奈落に落ち、厳しい環境や極限状態によりパラダイムシフトを引き起こし性格が激変した。目的のためには手段を選ばない残忍性を獲得したが、妹のユカリ。奈落で出会った吸血鬼の少女?ユエには甘いようだ。

 

 

名前 南雲ユカリ

年齢 15

種族 人間

職業 ──

天職 糸師

身長 163㎝

性格 狡猾で残忍

髪色 白

眼色 赤茶色

目付き ぱっちり二重

体格 引き締まっている(胸は小さくなった)

特技 京楽を頷かせること。魔物の解体

好きなこと 編み物、京楽とあそぶ

苦手なこと 男性との会話

備考 原作主人公、南雲ハジメの妹。ハジメの親友である京楽に物凄くなついており、何かと絡んでいく事が多く、京楽を京楽先輩と呼ぶ。

 京楽に恋心を抱いており、ハジメや両親に応援されている。色々アピールしているが。しようとしているが、京楽の持つ女子力の高さやら容姿の良さやらで心が何度か折れかけている。京楽は気付いているっぽい?

 奈落に落ち、過酷な環境によりパラダイムシフトを引き起こして残忍性を獲得した。

 いくら助けを求めても助けに来ない京楽への想いは強くなり、若干病んできている。

 得意な魔物の解体は、全て糸を絡ませて絞め斬ると言う方法を取る。

 

技能解説

製糸 糸師固有の天職技能。文字の通り糸を作り出す技能。魔力を糸にする技能で、作ろうと思えば硬い糸やワイヤーなども作れる。ユカリは即席ワイヤートラップなどを作って妨害工作に応用している。奈落では対魔物用に戦い方に変えたことで意外と活躍している。

 

 

名前 ユエ(アレーティア・ガルディエ・ウェスペリティリオ・アヴァタール)

年齢 323

種族 吸血鬼

職業 ──

天職 ???

身長 152㎝

性格 冷静、寂しがり屋

髪色 金色

眼色 真紅

目付き キリッとしている

体格 ロリ

特技 ハジメを落とす

好きなこと ハジメといちゃいちゃ。ユカリと編物。

苦手なこと 特にはない

備考 原作メインヒロイン。吸血鬼族の元女王で魔法戦に優れている。原作の用に奈落にてハジメとユカリに助けられ行動を共にしている。原作よりも魔法に関する知識が豊富で、ある程度の体術も可能。

 本人曰く、魔法を教えてくれた師匠がおり、その師匠から色々教わったらしい。何でも、師匠は魔法の研究のために世捨て人になった吸血鬼族の青年なんだそうだ。

 ユエの卒業試験で師匠と殺し合い、ユエが死を覚悟する程には強く、何度も死にかけ、やっとの想い。不意を突いた一撃で勝利したらしい。「……勝った。でも、師匠は手を抜いていた。全力の師匠が相手なら勝てなかった」とハジメやユカリには溢していたそう。

 

 

名前 アリス・ヴェルカーナ

年齢 16

種族 兎人(先祖帰り吸血鬼)

職業 ──

天職 ???

身長 159㎝

性格 恥ずかしがり屋、怖がり

髪色 薄桃色

眼色 赤茶色

目付き キリッとしている

体格 ロリグラマー

特技 動物と会話

好きなこと 動物と戯れること

苦手なこと 人前で話す

備考 幻想郷にいた女の子。あがり症なのか、あまり人前で話せない様子。

 京楽になついている。

 八雲京楽の一番弟子を自称する。

 

技能解説

自然の寵愛 自然の一部を操ることが出来るようになる他、動物との会話、害意から身を守ったり、精度の高い危機察知能力を得られる。

 

 

名前 エル=ケーニッヒ・フェレライ

年齢 15

種族 人

職業 ──

天職 ──

身長 155㎝

性格 物静、マイペース

髪色 紫色

眼色 暗い紫色

目付き 垂れ目

体格 痩せ気味(成長中)

特技 適応が早い。甘え上手

好きなこと 食べる。捕食

苦手なこと 家事全般

備考 幻想郷にやって来た女の子。基本的にボーっとしており、口数が少なく、いつでも何か(だいたい京楽の作った軽食)を食べている。表情筋は未発達のため、表情が薄い。

 後々発現した技能のせいで常に空腹感にさらされ、常に飢えていたが、幻想郷にやって来た初日に京楽から大量の食事を与えられて、京楽を命の恩人のように感じている。

 幻想郷に辿り着いたのは偶々で、マユの森周辺で空腹感を感じて魔物を探している際に、幻想郷の拡大に捲き込まれた。海に浮かんでいたのは、空腹で泳ぐ気力が沸かず、そのまま溺れかけたから。

 京楽の知らない間に弟子を自称している。

 

技能解説

暴食 どんなものでも食べられるようになる。食べたモノの性質を一定確率で獲得する。と言うかなり強力な固有魔法。しかし代償に強い空腹感に襲われ続ける。そして、固有魔法の特性上色んなモノを食べ、それらを無駄無く吸収するため、発育は良くなる。

 

 

名前 アンリ・マユ

年齢 4218歳

種族 混血(竜人、吸血鬼)

職業 ──

天職 賢者

身長 175㎝

性格 ツンの入ったクーデレ(身内には高確率でデレる)。世話焼き。冷静

髪色 白い髪に黒メッシュ

眼色 真紅と金色のオッドアイ

目付き 鋭い切れ長

体格 細くしなやか

特技 家事、謎解き

好きなこと 謎解き、解読

苦手なこと 対人関係

備考 人々が神代と言う前の時代に存在していた存在。エヒトの目を掻い潜るために態々別の世界で転生し、因果を辿り世界に戻ってきた。転生した際に名前は変わっており、八雲京楽と名乗っている。

 人間としての体を手に入れ、今後有効活用する予定なんだとか。

現在は八雲京楽と融合し、人間族の姿、竜人族の姿、吸血鬼族の姿の三つを持っている。名前は共通で、〝アンリ〟。又は〝アンリ・ヤエクラウド〟を名乗っている。

 元々は創成者と呼ばれる世界を作った者達に産み出され、世界の管理を任されていた存在。高い神性を所有していたが転生した際に捨てた。管理者としての名前は■■■■■・■■■。幻想の神、全智の邪神とされていた。

 

技能解説

幻想魔法 魔法の起源であり、魔法を生み出す魔法。神の御業そのものであるため、非常に強力かつ、扱いの難易度から使い手を選ぶ。担い手はアンリ・マユと八雲京楽以外に居らず、勇者は別の強大な力を有していたそうだ。

 

 




後々新キャラ登場と共に更新します。現時点での暫定なのでご理解ください。


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一章
終わり始まる物語


 

 

 

 

 月曜日。それは一週間の内で最も憂鬱な始まりの日。きっと大多数の人が、これからの一週間に溜息を吐き、前日までの天国を想ってしまう。

 

 そして、それは八雲京楽も例外ではなかった。学校は面倒だ。クラスの環境はあまり良くないし、少々居心地は悪い。別に理解者がいないわけではないが、居心地を悪くする者がいるのだ。京楽は欠伸をしながら学校に向かう。その隣では、気重そうに歩く南雲ハジメと南雲ユカリがいる。

 

 京楽とハジメは中学から友人で、ユカリはその妹だ。

 

「……ハジメ、ユカリ、寝不足か?」

「うん、父さんの仕事の手伝いが忙しくてあまり寝れなかったんだよね」

「そうだね~、ママの手伝いが忙しくって」

「はぁ。二人ともあまり無理はしない方がいい。体壊しちゃもともこもないだろう」

「あはは……確かに、そろそろ休んだ方がいいかな?」

「でも、頼まれたら断れないじゃん?」

 

 ハジメとユカリがそう苦笑い気味に京楽に返すと、京楽は溜息を吐いた。

 

「はぁ。……好きだからやってたいのはわかる。だが、それは出来る体があってこその話だ。ちゃんと休め。いや、今日は無理矢理にでも寝かせてやる。愁さんと菫さんには連絡してやるから安心しろ」

「大丈夫だから! ちゃんと寝るから! ね、ユカリ」

「うん。寝る! ちゃんと寝るから!」

「……言質取ったからな?」

 

 京楽はそう言ってボイスレコーダーを二人にフリフリと振って見せた。そして、再生ボタンを押すと、つい先程までの会話が流れ出す。

 

「でも、法的な力は」

「皆無だな。職業病だ。気にしなくてもいい」

「てか、何で京楽先輩はいつもボイスレコーダー持ってるのさ」

「言っただろう? 職業病だ」

 

 京楽はそういい、二人と学校に向かう。ユカリは学年が一つ下なので別れて、いつものように始業のチャイムの鳴るギリギリの時間に登校する京楽とハジメ。

 

 京楽とハジメが教室に入った瞬間、教室の男子生徒の大半から舌打ちやら睨みやらを向けられ。女子生徒も友好的な表情をする者はいない。無関心ならまだいい方で、あからさまに侮蔑の表情を向ける者もいる。

 

 そして決まって、毎度のことながらちょっかいを出してくる者がいる。

 

「よぉ、キモオタく~ん! また、徹夜でゲームか? どうせエロゲでもしてたんだろ?」

「うわっ、キモ~。エロゲで徹夜とかマジキモイじゃん~」

 

 一体何が面白いのかゲラゲラと笑い出す男子生徒達。

 

 声を掛けたのは檜山大介、斎藤良樹、近藤礼一、中野信治といい毎日飽きもせず日課のようにハジメに絡む生徒達だ。

 

「檜山、通行の邪魔だ。退いてくれると助かる」

「チッ、いいぜ」

 

 京楽が檜山にそう言いながら軽く睨み付けると檜山達は消えていく。檜山達は小者なのだ。自分よりも強い人間には噛み付かない。その為、京楽に噛みつくこと事態が少ない。

 

 檜山の言う通り、ハジメはオタクだ。と言ってもキモオタと罵られるほど身だしなみや言動が見苦しいという訳ではない。ハジメの髪は短めに切り揃えているし寝癖もない。コミュ障という訳でもないから積極性こそないものの受け答えは明瞭だ。大人しくはあるが陰気さは感じさせない。単純に創作物、漫画や小説、ゲームや映画というものが好きなだけだ。妹であるユカリもそうだ。ちなみに、京楽もそういったものは好きだ。突き詰めている訳ではなく、単純に趣味の範囲ではあるが……

 

 世間一般ではオタクに対する風当たりは確かに強くはあるが、本来なら嘲笑程度はあれど、ここまで敵愾心を持たれることはない。では、なぜ男子生徒全員が敵意や侮蔑をあらわにするのか。

 

 その答えが彼女だ。

 

「南雲くん、八雲くん、おはよう! 南雲くんは今日もギリギリだね。もっと早く来ようよ」

 

 ニコニコと微笑みながら一人の女子生徒が京楽とハジメのもとに歩み寄った。

 

 名を白崎香織という。学校で二大女神と言われ男女問わず絶大な人気を誇る途轍とてつもない美少女だ。腰まで届く長く艶やかな黒髪、少し垂れ気味の大きな瞳はひどく優しげだ。スッと通った鼻梁に小ぶりの鼻、そして薄い桜色の唇が完璧な配置で並んでいる。

 

 いつも微笑の絶えない彼女は、非常に面倒見がよく責任感も強いため学年を問わずよく頼られる。それを嫌な顔一つせず真摯に受け止めるのだから高校生とは思えない懐の深さだ。

 

 そんな香織はなぜかよくハジメを構うのだ。徹夜のせいで居眠りの多いハジメは不真面目な生徒と思われており(京楽に勉強を教わって成績は平均以上を取っている)、生来の面倒見のよさから香織が気に掛けていると思われている。

 

 これで、ハジメの授業態度が改善したり、あるいはイケメンなら香織が構うのも許容できるのかもしれないが、生憎、ハジメの容姿は極々平凡であり、〝趣味の合間に人生〟を座右の銘としていることから態度改善も見られない。

 

「おはよう、白崎。ハジメを座らせてやってくれないか? 少し休ませてやってくれ。疲れているはずだからな」

「そうだね」

 

 京楽が香織にそう話しかけるが、ハジメのように殺気は飛ばされない。京楽は、テストでは常に一位に食い込み、身体能力も高く。多趣味であり、その全てに才覚を見せるほどの多才ぶりだ。京楽は絵に書いたような〝天才〟であり、男子にしては長めの白髪に、鋭い切れ長の真紅の目と金色の目。そして、百七十五センチ程の身長と細くしなやかな体。ハスキーな優しい美声を持つ。

 

 凜とした姿で、その立ち姿に目を引かれ、彼にはファンが多いくいる。そのためか香織と話をしていても文句は言われないのだ。

 

 だが、実際の京楽は人嫌いで潔癖症。愛想は人形の方がマシレベルで表情が動かない。仲のいいハジメやユカリ相手だからこそ話をするが、基本的には受け身で自分からは一切話はしない。ただ、コミュニケーションが取れないわけではないので、会話はできる。長く続かないだけだ。

 

 ハジメが香織と親しくできることが、同じく平凡な男子生徒達には我慢ならないのだ。「なぜ、あいつだけ!」と。女子生徒は単純に、香織に面倒を掛けていることと、なお改善しようとしないことに不快さを感じているようだ。

 

「あ、ああ、おはよう白崎さん」

 

 ハジメは頬を引き攣つらせて挨拶を返す。

 

 それに嬉しそうな表情をする香織。「なぜそんな表情をする!」と、ハジメは、更に突き刺さる視線に冷や汗を流している。

 

 ハジメは毎度不思議でならなかった。なぜ学校一の美少女である香織が自分にこうまで構うのか。ハジメの目には、どうにも香織の性分以上の何かがあるようにしか思えなかった。

 

 しかし、まさか自分に恋愛感情を持っているなどと自惚れるつもりは毛頭ない。ハジメは、自分が趣味のためにいろいろ切り捨てている自覚がある。顔も成績も運動能力も平凡だ。自分など比較にならないほどいい男が彼女の周りにはいる。故に、彼女の態度が不思議でならなかった。だが、香織がハジメに接する真意を知っている京楽は、香織を抑制はせど止めることはない。正確には、止めようとはしたが、暴走列車に引き潰されたくなかったのでやめた。内心「私は無力だ……許せ」と合掌している。ちなみに、ユカリも真相を知っているが、ニヤニヤしながら「兄さんガンバっ!」と小さなエールを送っていたりする。

 

 ハジメがひきつり気味に会話を切り上げるタイミングを図い、京楽がハジメを逃すために香織の気をそらそうとすると、三人の男女が近寄って来た。先ほど言った〝いい男〟も含まれている。

 

「南雲君、八雲君。おはよう。毎日大変ね」

「香織、また彼らの世話を焼いているのか? 全く、本当に香織は優しいな」

「全くだぜ、そんなやる気ないヤツにゃあ何を言っても無駄と思うけどなぁ」

 

 三人の中で唯一朝の挨拶をした女子生徒の名前は八重樫雫。香織の親友で、ポニーテールにした長い黒髪がトレードマーク。京楽と同様、切れ長の目は鋭いが、その奥には柔らかさも感じられるため、冷たいというよりカッコイイという印象を与える。

 

 百七十二センチという女子にしては高い身長と引き締まった体、凛とした雰囲気は侍を彷彿とさせる。

 

 事実、彼女の実家は八重樫流という剣術道場を営んでおり、雫自身、小学生の頃から剣道の大会で負けなしという猛者だ。そして、彼女には熱狂的なファンがいるらしい。後輩の女子生徒から熱を孕んだ瞳で〝お姉さま〟と慕われて頬を引き攣らせている光景はよく目撃されている。

 

 次に、些いささか臭いセリフで香織に声を掛けたのが天之河光輝。いかにも勇者っぽいキラキラネームの彼は、容姿端麗、成績優秀、スポーツ万能の完璧超人だ。

 

 サラサラの茶髪と優しげな瞳、百八十センチ近い高身長に細身ながら引き締まった体。誰にでも優しく、正義感も強い(思い込みが激しい)。京楽はそれを歪んだ正義感と称している。

 

 小学生の頃から八重樫道場に通う門下生で、雫と同じく全国クラスの猛者だ。雫や香織とは幼馴染だ。

 

 最後に投げやり気味な言動の男子生徒は坂上龍太郎といい、光輝の親友だ。短く刈り上げた髪に鋭さと陽気さを合わせたような瞳、百九十センチメートルの身長に熊の如き大柄な体格、見た目に反さず細かいことは気にしない脳筋タイプだ。

 

 龍太郎は努力とか熱血とか根性とかそういうのが大好きな人間なので、ハジメのように学校に来ても寝てばかりのやる気がなさそうな人間は嫌いなタイプらしい。現に今も、ハジメを一瞥した後フンッと鼻で笑い興味ないとばかりに無視している。

 

「おはよう、八重樫さん、天之河くん、坂上くん。はは、まぁ、自業自得とも言えるから仕方ないよ」

「……ああ、おはよう。今日も御苦労様だな」

「そう言うなら助けてもらえるとありがたいのだけど?」

「……いや、あの天之川と坂上、白崎をまとめられるのは八重樫だけだ。残念だが、私には愚痴を聞いてやることしかできない」

 

 雫達に挨拶を返し、苦笑いするハジメと会話を始める京楽。ハジメは挨拶を返すだけで嫉妬の視線がグサグサと突き刺さりダメージが入る。雫も香織に負けないくらい人気が高い。ちなみにだが、二大女神は香織、雫の二人を指す。

 

「それが分かっているなら直すべきじゃないか? いつまでも香織の優しさに甘えるのはどうかと思うよ。香織だって君に構ってばかりはいられないんだから。それに、八雲はなんなんだ。人に挨拶も返さないで、社会に出て通用すると思ってるのか?」

 

 光輝がハジメと京楽に忠告する。光輝の目にもやはり、ハジメは香織の厚意を無下にする不真面目な生徒として映っているようだ。京楽への忠告はさらりと流され、京楽は無視をしてマフラーとマスクで口許を隠す。

 

 〝直せ〟と言われても、ハジメは趣味を人生の中心に置くことに躊躇いがない。なにせ、父親、南雲愁はゲームクリエイターで母親、南雲菫は少女漫画家であり、将来に備えて父親の会社や母親の作業現場でバイトしているくらいなのだ。

 

 既にその技量は即戦力扱いを受けており、趣味中心の将来設計はばっちりである。ハジメとしては真面目に人生しているので誰になんと言われようと今の生活スタイルを変える必要性を感じなかった。香織がハジメを構わなければ、そもそも物静かな目立たない一生徒で終わるハズだったのである。まぁ、京楽と友人の時点で絶対的に目立たないと言うことはないだろうが……

 

「いや~、あはは……」

 

 それ故に、ハジメは笑ってやり過ごそうとする。が、今日も変わらず香織は無自覚に爆弾を落とす。

 

「? 光輝くん、なに言ってるの? 私は、私が南雲くん達と話したいから話してるだけだよ?」

 

 ざわっと教室が騒がしくなる。男子達はギリッと歯を鳴らし呪い殺さんばかりにハジメを睨みつけ、京楽にもその視線が幾つか飛んできたが、スルーされる。

 

「え? ……ああ、ホント、香織は優しいよな」

 

 どうやら光輝の中で香織の発言はハジメや京楽に気を遣ったと解釈されたようだ。完璧超人なのだが、そのせいか少々自分の正しさを疑わなさ過ぎるという欠点がある。そのため、以前京楽が本当はテストで不正をしているのではないかと追求され、再テストを受けさせられた。その再テスト中に眠ってしまい、赤点をとるはめになったのだが……

 

 いつもの茶番劇が始まると始業のチャイムが鳴り教師が教室に入ってきた。教室の空気のおかしさには慣れてしまったのか何事もないように朝の連絡事項を伝える。そして、いつものようにハジメが夢の世界に旅立ち、当然のように授業が開始された。

 

 京楽はいつものように授業は受けているが、眠気が襲ってきたため、抗うことなく眠りについた。

 

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

 

「───、京楽、起きなよ。お昼食べ損ねるよ」

「…………………ハジメ?」

 

 京楽はハジメに起こされてまぶたを明け、背伸びをする。かなり寝ていたような気がする。

 

「私はどれぐらい寝てたんだ?」

 

 そう言いながら胸ポケットにある懐中時計を取り出して時間を見る。どうやら、一時間ちょいは寝ていたらしい。

 

 鞄からカロリーメイトを取り出してハジメに渡す。起こしてくれた礼だ。ハジメは京楽に返そうとしたが、京楽はカロリーメイトを貪りながら「返してきたら口に突っ込むからな?」とハジメに微笑みながら返した。わりと理不尽である。しかし、ハジメの事を本気で気にかけてのモノだ。カロリーメイトを貪りながら鞄をゴソゴソと漁り、弁当箱を突き付ける。

 

「い、いや~、弁当まではちょっと……」

「拒否権があると思うか?」

「いいえ」

 

 京楽は弁当を二つ分持ってきていた。ハジメはいつもお昼をゼリー飲料だけで済ませようとする。なので、体に必要なエネルギーは足りていても、栄養は足りていない。そのせいか、ハジメの身長は百六十五センチ程だ。京楽よりも十センチ低い。

 

 ちなみに、弁当の中身は綺麗に彩られ、栄養バランスも考えられている。そして、遊び心のせいだろう。タコさんウィンナーに、米には桜デンプンで桜の花弁を表現したモノが見られる。最早芸術作品だ。

 

「いつも見てて思うけど、手が込んでるよね……」

「そうか? そこまで時間はかけてはいない。桜デンプンも余ってたやつがあったからな。暇だったから作っただけだ。タコさんウィンナーも久しぶりにやってみたくて作っただけだからな」

「じゃあ、この唐揚げは……」

「それは、絞めた直後の肉をそのまま漬け込んでから寝かせて作ったやつだ。母さんが食べたいと言っていたからな。試しに作ってみただけだ」

 

 京楽はそう言いながら自分の弁当を食べ始めた。ハジメは、手が込みすぎだろ……と、若干ひきつった笑みを浮かべている。京楽の言う通り、全部ついでであり、実験で作ったものが殆どだ。手間隙かかっているが、本人の趣味なので特に手間とは思っていない。

 

 京楽の母は私立探偵をしており、京楽はその助手をしている。父は四年前に他界してしまい、今は母親と二人で生活している。京楽の母、京は元警視庁捜査本部特命係に勤めていた若手婦警だった。しかし、今は亡き父、八雲和楽と結婚し、妊娠したのを期に警察を引退。そして子育てが落ち着いてきた頃に探偵として復帰し、警察と連携捜査を行っている。

 

 京楽はそんな母に育てられ、仕事を手伝っているため、非常に頭が良く回り、他人の感情に聡く、勘が鋭い。京と共に難事件を解決したり、暗躍して暴力団を潰したりした。ちなみに、暴力団は一人で三つ程潰しているらしい。

 

 京楽から弁当を受け取り、渋々と言った感じに食べ始めた。弁当は美味しい。下手な料理人よりも本格的で美味しい。「あ~、悔しいぐらい美味しい」と内心愚痴っていると、周りからは女神、ハジメにとっての悪魔が、ニコニコとハジメの席に寄ってくる。

 

 ハジメは内心「しまった」と呻うめき、京楽も「あっ」と今気づいたと言いたげに視線をやる。月曜日ということもあり少し寝ぼけ過ぎていたようだ。いつもなら香織達と関わる前にハジメは教室を出て目立たない場所で昼を食べて昼寝というのが定番なのだが、徹夜は地味に効いていたらしい。京楽も何故ここで弁当を渡してしまったんだろうかと悔いている。

 

「南雲くん。珍しいね、教室にいるの。お弁当? よかったら一緒にどうかな? 八雲くんも一緒に」

 

 再び不穏な空気が教室を満たし始める中、ハジメは内心悲鳴を上げる。いや、もう本当になしてわっちに構うんですか? と意味不明な方言が思わず飛び出しそうになり、京楽は、気付くのが遅かったか……と暇に諦め気味だ。

 

 ハジメは抵抗を試みた。

 

「あ~、誘ってくれてありがとう、白崎さん。でも、もう食べ終てるから天之河君達と食べたらどうかな?」

 

 そう言って、ミイラのように中身を吸い取られたお昼のパッケージをヒラヒラと見せ、ハジメが手をつけ始めた京楽製の弁当を見せる。

 

 しかし、その程度の抵抗など意味をなさないとばかり女神は追撃をかける。

 

「えっ! このお弁当すごい! 南雲くんが作ったの?」

「えっ、いや。これは全部京楽が……」

「全部八雲くんが作ったの?」

「あ、ああ。作ったのは私だが……」

「すごい! すごい美味しそうだよ! ねえねえ、少し頂戴? 私のも分けてあげるから!」

「……構わないんだが、男が暇に食べているものなんだが……いいのか?」

「? なにが?」

「……気にならないなら別にいいんだが」

「ありがとう! 南雲くんのそれ貰っていい? 私のもあげるから」

 

 その一言で向けられる視線とその増していく圧力に、ハジメが冷や汗を流し、京楽も若干ひきつり気味だ。しかし、そんな二人に救世主が現れた。

 

「香織。こっちで一緒に食べよう。南雲と八雲はまだ寝足りないみたいだしさ。せっかくの香織の美味しい手料理を寝ぼけたまま食べるなんて俺が許さないよ?」

 

 爽やかに笑いながら気障なセリフを吐く光輝にキョトンとする香織。少々鈍感というか天然が入っている彼女には、光輝のイケメンスマイルやセリフも効果がないようだ。

 

「え? なんで光輝くんの許しがいるの?」

 

 素で聞き返す香織に思わず雫が「ブフッ」と吹き出し、京楽は飲んでいたお茶が気管に入りむせる。

 

 京楽が少し咳き込んでいると、物凄い勢いで教室の扉が開かれ、一人の女子生徒が入ってきて京楽の席目掛けてやって来る。

 

「京楽先輩! お腹すいた! ご飯ください!」

「……何故私の所に来た」

「だって、購買の弁当よりも先輩が作った弁当の方が美味しいんですもん!」

 

 ユカリだ。ユカリが京楽に弁当を集りに来たのだ。生憎弁当はハジメに上げたので、手の着けていない米やオカズ類を弁当蓋に分けて割り箸を渡す。

 

「弁当は暇にハジメに上げた。適当に分けたから食べたいなら食べろ。足りないなら鞄の中にカロリーメイトが幾つか入っている。勝手に食え」

「京楽先輩ありがとう!」

 

 ユカリが美味しそうに京楽の弁当を食べる。作った身としては美味しそうに食べて貰えるだけで嬉しい。ユカリは感情表現が豊かだ。嘘が苦手なユカリは自分が嘘が苦手であることを十分に理解しているため、嘘をつかない。本気で美味しそうに食べてくれるので、あまり表情の動かない京楽も微笑ましげに眺めている。

 

「京楽先輩、本当に美味しいです。私の婿に来てほしい」

「……相手がいなければ。な」

 

 京楽がそう返すと、違和感を覚えて辺りを見回した。そして、違和感の正体に気が付くと──凍りついた。

 

 京楽達の目の前、光輝の足元に純白に光り輝く円環と幾何学模様が現れたからだ。その異常事態には直ぐに周りの生徒達も気がついた。全員が金縛りにでもあったかのように輝く紋様──俗に言う魔法陣らしきものを注視する。

 

 その魔法陣は徐々に輝きを増していき、一気に教室全体を満たすほどの大きさに拡大した。

 

 自分の足元まで異常が迫って来たことで、ようやく硬直が解け悲鳴を上げる生徒達。京楽は咄嗟に目の前にいたユカリを抱き寄せる。今、咄嗟に動いたところで逃げ切れないと判断したのだ。未だ教室にいた愛子先生が咄嗟に「皆! 教室から出て!」と叫んだのと、魔法陣の輝きが爆発したようにカッと光ったのは同時だった。

 

 数秒か、数分か、光によって真っ白に塗りつぶされた教室が再び色を取り戻す頃、そこには既に誰もいなかった。蹴倒された椅子に、食べかけのまま開かれた弁当、散乱する箸やペットボトル、教室の備品はそのままにそこにいた人間だけが姿を消していた。

 

 この事件は、白昼の高校で起きた集団神隠しとして、大いに世間を騒がせるのだが、それはまた別の話。




続くかな?


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喚ばれ押し付けられ

 

 

 

 ざわざわと騒ぐ無数の気配を感じて閉じていた目をゆっくりと開いた。そして、周囲を呆然と見渡す。

 

 まず目に飛び込んできたのは巨大な壁画だった。縦横十メートルはありそうなその壁画には、後光を背負い長い金髪を靡かせうっすらと微笑む中性的な顔立ちの人物が描かれていた。背景には草原や湖、山々が描かれ、それらを包み込むかのように、その人物は両手を広げていて美しい壁画だが、霞は壁画の真意を悟って吐き捨てるように呟いた。

 

「……〝この世の全ては私のモノ〟か。随分と趣味の悪い壁画なことだな」

 

 そう呟くと、ユカリから京楽に訴えかけるような声が聞こえた。

 

「せ、先輩……その……離してくれない?」

「ん? ……あ、ああ、すまん」

 

 どうやら、少し強めに抱き締めていたらしい。京楽が気まずそうにそう言って、抱き締めていたユカリを開放する。ユカリは京楽から少し距離を取った。顔が赤いのは、少し恥ずかしかったからだろう。自分の顔も少し火照っているのを自覚しながらもあまり気にしないように周囲を見回す。

 

 改めて周囲をよく見てみると、どうやら巨大な広間にいるということが分かる。

 

 素材は大理石だろうか? 美しい光沢を放つ滑らかな白い石造りの建築物のようで、これまた美しい彫刻が彫られた巨大な柱に支えられ、天井はドーム状になっている。大聖堂という言葉が自然と湧き上がるような荘厳な雰囲気の広間だ。

 

 京楽達はその最奥にある台座のような場所の上にいるようだった。周囲より位置が高い。二人以外にもハジメ、香織、雫、光輝、龍太郎、檜山達、愛子と教室にいた生徒と先生も巻き込まれたようだ。

 

 そして、おそらくこの状況を説明できるであろう台座の周囲を取り囲む者達への観察に移った。

 

 人々が京楽達の乗っている台座の前にいたのだ。まるで祈りを捧げるように跪き、両手を胸の前で組んだ格好で。

 

 彼等は一様に白地に金の刺繍がなされた法衣のようなものを纏い、傍らに錫杖のような物を置いている。その錫杖は先端が扇状に広がっており、円環の代わりに円盤が数枚吊り下げられていた。

 

 その内の一人、法衣集団の中でも特に豪奢できらびやかな衣装を纏い、高さ三十センチ位ありそうなこれまた細かい意匠の凝らされた烏帽子のような物を被っている七十代くらいの老人が進み出てきた。

 

 もっとも、老人と表現するには纏う覇気が強すぎる。顔に刻まれた皺や老熟した目がなければ五十代と言っても通るかもしれない。

 

 そんな彼は手に持った錫杖をシャラシャラと鳴らしながら、外見によく合う深みのある落ち着いた声音で話しかけた。

 

「ようこそ、トータスへ。勇者様、そしてご同胞の皆様。歓迎致しますぞ。私は、聖教教会にて教皇の地位に就いておりますイシュタル・ランゴバルドと申す者。以後、宜しくお願い致しますぞ」

 

 そう言って、イシュタルと名乗った老人は、にこやかに微笑を見せた。

 

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

 

 場所を移り、十メートル以上ありそうなテーブルが幾つも並んだ大広間に通されていた。

 

 この部屋も例に漏れず煌びやかな作りだ。この世界の素人目にも調度品や飾られた絵、壁紙が職人芸の粋を集めたものなのだろうとわかる。

 

 おそらく、ここは晩餐会などをする場所なのではないだろうか。上座に近い方に畑山愛子先生と光輝達四人組が座り、後はその取り巻き順に適当に座っている。京楽やハジメ、ユカリは最後尾の席に座る。

 

 ここに案内されるまで、誰も大して騒がなかったのは未だ現実に認識が追いついていないからだろう。イシュタルが事情を説明すると告げたことや、恐らく勇者であろう光輝が落ち着かせたことも理由だろうが、一生徒が教師より教師らしく生徒達をまとめていると愛子が涙目だった。

 

 全員が着席すると、絶妙なタイミングでカートを押しながらメイド達が入ってきた。そう、生メイドだ。地球産の某聖地にいるようなエセメイドや外国にいるデップリしたおばさんメイドではない。正真正銘、男子の夢を具現化したような美女・美少女メイド達。

 

 こんな状況でも思春期男子の飽くなき探究心と欲望は健在でクラス男子の大半がメイド達を凝視している。もっとも、それを見た女子達の視線は、氷河期もかくやという冷たさを宿していた。もちろん、京楽も例外なくメイドを見ていた。

 

「……京楽先輩はメイドのほうが好き?」

「……ああ、いや。別に嫌いではないが、好きっと言うわけでもない。ただ、動き、給持の仕方が素人同然と感じただけだ」

「? 文化の違いとかじゃないの?」

「その可能性も充分ある。ただ、情報が少なくてな」

 

 京楽はメイドの動きや給持の仕方、仕草や淹れられた飲み物を観察していた。

 

 全員に飲み物が行き渡るのを確認するとイシュタルが話し始めた。

 

「さて、あなた方においてはさぞ混乱していることでしょう。一から説明させて頂きますのでな、まずは私の話を最後までお聞き下され」

 

 そう言って始めたイシュタルの話は実にファンタジーでテンプレで、どうしようもないくらい勝手なものだった。

 

 まず、京楽達を召還したこの世界はトータスと呼ばれている。そして、トータスには大きく分けて三つの種族がある。人間族、魔人族、亜人族である。

 

 人間族は北一帯、魔人族は南一帯を支配しており、亜人族は東の巨大な樹海の中でひっそりと生きているらしい。

 

 この内、人間族と魔人族が何百年も戦争を続けているのだが、魔人族は、数は人間に及ばないものの個人の持つ力が大きいらしく、その力の差に人間族は数で対抗していたそうだ。戦力は拮抗し大規模な戦争はここ数十年起きていないらしいが、最近、異常事態が多発しているという。

 

 それが、魔人族による魔物の使役だ。

 

 魔物とは、通常の野生動物が魔力を取り入れ変質した異形のことだ、と言われている。この世界の人々も正確な魔物の生体は分かっていないらしい。それぞれ強力な種族固有の魔法が使えるらしく強力で凶悪な害獣とのことだ。

 

 今まで本能のままに活動する彼等を使役できる者はほとんど居なかった。使役できても、せいぜい一、二匹程度だという。その常識が覆されたのである。

 

 これの意味するところは、人間族側の〝数〟というアドバンテージが崩れたということ。つまり、人間族は滅びの危機を迎えているのだ。

 

「あなた方を召喚したのは〝エヒト様〟です。我々人間族が崇める守護神、聖教教会の唯一神にして、この世界を創られた至上の神。おそらく、エヒト様は悟られたのでしょう。このままでは人間族は滅ぶと。それを回避するためにあなた方を喚ばれた。あなた方の世界はこの世界より上位にあり、例外なく強力な力を持っています。召喚が実行される少し前に、エヒト様から神託があったのですよ。あなた方という〝救い〟を送ると。あなた方には是非その力を発揮し、〝エヒト様〟の御意志の下、魔人族を打倒し我ら人間族を救って頂きたい」

 

 イシュタルはどこか恍惚とした表情を浮かべている。おそらく神託を聞いた時のことでも思い出しているのかその顔は恍惚としている。イシュタルによれば人間族の九割以上が創世神エヒトを崇める聖教教会の信徒らしく、度々降りる神託を聞いた者は例外なく聖教教会の高位の地位につくらしい。〝神の意思〟を疑いなく、それどころか嬉々として従うのであろうこの世界の歪さに言い知れぬ危機感を覚えていると、突然立ち上がり猛然と抗議する人が現れた。

 

「ふざけないで下さい! 結局、この子達に戦争させようってことでしょ! そんなの許しません! ええ、先生は絶対に許しませんよ! 私達を早く帰して下さい! きっと、ご家族も心配しているはずです! あなた達のしていることはただの誘拐ですよ!」

 

 マスコットみたいな教員、愛子先生だ。

 

 彼女は今年二十五歳になる社会科の教師で非常に人気がある。百五十センチ程の低身長に童顔、ボブカットの髪を跳ねさせながら、生徒のためにとあくせく走り回る姿はなんとも微笑ましく、そのいつでも一生懸命な姿と大抵空回ってしまう残念さのギャップに庇護欲を掻き立てられる生徒は少なくない。ちなみに、ユカリの担任だ。

 

 〝愛ちゃん〟と愛称で呼ばれ親しまれているのだが、本人はそう呼ばれると直ぐに怒る。なんでも威厳ある教師を目指しているのだとか。今回も理不尽な召喚理由に怒り、ウガーと立ち上がったのだ。「ああ、また愛ちゃんが頑張ってる……」と、ほんわかした気持ちでイシュタルに食ってかかる愛子先生を眺めていた生徒達だったが、次のイシュタルの言葉に凍りついた。

 

「お気持ちはお察しします。しかし……あなた方の帰還は現状では不可能です」

 

 場に静寂が満ち、解いていた警戒心が一気に最高潮に高まっていく。重く冷たい空気が全身に押しかかっているようだ。誰もが何を言われたのか分からないという表情でイシュタルを見やり、京楽は至って平然と座っている。ある程度の予想はしていたので驚くこと無い。

 

「ふ、不可能って……ど、どういうことですか!?喚べたのなら帰せるでしょう!?」

「先ほど言ったように、あなた方を召喚したのはエヒト様です。我々人間に異世界に干渉するような魔法は使えませんのでな、あなた方が帰還できるかどうかもエヒト様の御意思次第ということですな」

「そんな……」

 

 愛子が脱力したようにストンと椅子に腰を落とす。周りの生徒達も口々に騒ぎ始めた。

 

「うそだろ? 帰れないってなんだよ!」

「いやよ!なんでもいいから帰してよ!」

「戦争なんて冗談じゃねぇ!ふざけんなよ!」

「なんで、なんで、なんで……」

 

 パニックになる生徒達のなか京楽は比較的に冷静で顎に指を宛ながら思案する。

 

(神の信託に盲信するあたり、確実に正気を失っている。いや、単に狂信的なのか……。はぁ、めんどくさい)

 

 京楽は神という存在には異常なほど警戒心を抱いていた。

 

 京楽にとって〝神〟とは、人型の頂上であり、化物を指す。身勝手で傍迷惑な存在だ。京楽にとっては神に善性も悪性もない。人間と神はわかりあえないのだ。

 

 隣の方に目をやればハジメが思案し、ユカリは少しおどおとしながらも必死に何かを考えている。そんなユカリの手に手伸ばす。重なる寸前に、一瞬躊躇ったが、ゆっくりと手を重ねて、軽く握る。

 

「先輩?」

「……少しは楽になったか?」

「いや、手……」

「……嫌なら今すぐにでも離すが?」

「そんなことない……だから……もう少し、握っててください」

 

 京楽はユカリの手を少し強めに握る。ユカリの不安もわからなくもないのだ。

 

 自分の気分次第で地球から召還した人達を帰すかどうか決めるエヒトとかいう神は確実にロクデナシだ。

 

 その証拠にクラスメイトの誰もが狼狽える中、イシュタルは特に口を挟むでもなく静かにその様子を眺めている。その目には侮蔑が込められていて「エヒト様に選ばれておいてなぜ喜べないのか」とでも思っているだろう。要約すれば、〝エヒト様の為に戦って死ね〟と言われているのだ。喜べるわけがない。それも、戦いを知らない高校生にだ。軍人や軍隊を呼べば良かったものを……。未熟な高校生を呼び出している辺り悪意すら感じる。京楽が平然としているのは、修羅場慣れしているからに過ぎない。

 

 未だ生徒達のパニックが収まらない中、光輝が立ち上がりテーブルをバンッと叩いた。その音にビクッとなり注目する生徒達。光輝は全員の注目が集まったのを確認するとおもむろに話し始めた。

 

「皆、ここでイシュタルさんに文句を言っても意味がない。彼にだってどうしようもないんだよ。俺は、俺は戦おうと思う。この世界の人達が滅亡の危機にあるのは事実なんだ。それを知って、放っておくなんて俺にはできない。それに、人間を救うために召喚されたのなら、救済さえ終われば帰してくれるかもしれない。……イシュタルさん? どうですか?」

「そうですな。エヒト様も救世主の願いを無下にはしますまい」

「俺達には大きな力があるんですよね? ここに来てから妙に力が漲っている感じがします」

「ええ、そうです。ざっと、この世界の者と比べると数倍から数十倍の力を持っていると考えていいでしょうな」

「うん、なら大丈夫。俺は戦う。人々を救い、皆が家に帰れるように。俺が世界も皆も救ってみせる!!」

 

 ギュッと握り拳を作りそう宣言する光輝。無駄に歯がキラリと光る。

 

(……アホだな。何が〝大丈夫〟なんだ? 〝大丈夫〟な分けないだろ? 殺し合いで〝大丈夫〟はないんだよ)

 

 なにが大丈夫なのだ? 戦う覚悟があるという意味か? それとも魔人族を滅ぼしたら家に帰れるという意味か? 仮にエヒトが根源の悪であるとして戦うつもりでいるのか?

 

 歪んだ正義感を持つ光輝は、人が困ってる。助けなきゃ。程度にしか考えていないだろう。戦争の意味も理解せず、ただ残虐な魔人族を倒すのだと。普通ならだいぶおかしな考えだが、なまじそれを可能とするカリスマのせいでまかり通ってしまう。

 

「……ねぇ、京楽。嫌な予感がするんだけど……」

「奇遇だな、ハジメ。実は私もだ」

 

 ハジメと京楽の予想通り、最悪な形で彼のカリスマは遺憾なく効果を発揮した。絶望の表情だった生徒達が活気と冷静さを取り戻し始めたのだ。光輝を見る目はキラキラと輝いており、まさに希望を見つけたという表情だ。女子生徒の半数以上は熱っぽい視線を送っている。

 

「へっ、お前ならそう言うと思ったぜ。お前一人じゃ心配だからな。……俺もやるぜ?」

「龍太郎……」

「今のところ、それしかないわよね。……気に食わないけど……私もやるわ」

「雫……」

「えっと、雫ちゃんがやるなら私も頑張るよ!」

「香織……」

 

 いつものメンバーが光輝に賛同する。後は当然の流れというようにクラスメイト達が賛同していく。愛子先生はオロオロと涙目で訴えているが光輝の作った流れの前では無力だった。ハジメやユカリが光輝の作った流れに反そうとしたが、京楽がそれを止めたため、反論することは叶わなかった。

 

 結局、全員で戦争に参加することになってしまった。おそらく、クラスメイト達は本当の意味で戦争をするということがどういうことか理解してはいないだろう。崩れそうな精神を守るための一種の現実逃避とも言えるのかもしれない。

 

 京楽はイシュタルを観察していた。今の彼は実に満足そうな笑みを浮かべている。

 

 イシュタルが事情説明をする間、それとなく光輝を観察し、どの言葉に、どんな話に反応するのか確かめていたことを。

 

 正義感の強い光輝が人間族の悲劇を語られた時の反応は実に分かりやすかった。その後は、ことさら魔人族の冷酷非情さ、残酷さを強調するように話していた。おそらく、この集団の中で誰が一番影響力を持っているのか見抜いていただろう。

 

 ユカリの不安そうな声を聴きながら、京楽はハジメを横目に見る、ハジメは京楽の視線に気が付くと小声で、「京楽はどうするの?」と聞いてきた。京楽はもちろん反対だ。日本に帰るためには必要かもしれないが、諸悪の根元であるであろう神が逃がそうとするわけがない。となると、戦争には参加せずに自力で解決策を見付けなければならない。そして、何よりも好きで人殺しになるつもりは更々ない。

 

「……京楽、無茶はしないでよ?」

「……ああ、無茶をするつもりは端からない」

 

 ハジメから釘を刺されて、京楽は溜息を吐く。まぁ、出来ると判断したならやるが。

 

 京楽はこの世界での立ち回りについて考え始めた。

 

 




続くかな?


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考える夜

 

 

 

 

 ほぼ全員が戦争参加の決意をした以上、戦いの術を学ばなければならず、平和主義にどっぷり浸かりきった日本の高校生がいきなり魔物や魔人と戦うなど不可能だ。

 

 その辺の事情は当然予想していたらしく、イシュタル曰く、この聖教教会本山がある【神山】の麓の【ハイリヒ王国】にて受け入れ態勢が整っているらしい。

 

 王国は聖教教会と密接な関係があり、聖教教会の崇める神──創世神エヒトの眷属であるシャルム・バーンなる人物が建国した最も伝統ある国ということだ。国の背後に教会があるのだからその繋がりの強さが分かるだろう。

 

「ねぇ、京楽。大丈夫なの?」

「……何がだ?」

「戦うんだよ? 魔人族って言うのと」

「大丈夫なわけないだろう」

 

 京楽はそう悪態をつく。そう、全くもって大丈夫ではない。殺し合いをさせられるのだ。大丈夫なわけがない。京楽の場合はなんとかなるかもしれないが、全員が京楽のような異質な人間ではないのだ。

 

「こんな状態じゃ、〝なるようになる〟何て言えはしないしな」

 

 そう呟いて、京楽はハジメの隣を歩いていた。ちなみにユカリは京楽の手を強く握っている。京楽的には不快で堪らないのだが、わざわざ邪険にしてユカリの不安を煽るようなことはしたくない。不快感を堪えながら歩いていた。

 

 聖教教会の正面門にやって来ると聖教教会は【神山】の頂上にあるらしく、門を潜るとそこには雲海が広がっていた。

 

 高山特有の息苦しさなど感じていなかったので、高山にあるとは気がつかなかった。おそらく魔法で生活環境を整えているのだろう。

 

 台座には巨大な魔法陣が刻まれていて、イシュタルが何やら唱えだした。

 

「彼の者へと至る道、信仰と共に開かれん──〝天道〟」

 

 その途端、足元の魔法陣が輝き出してロープウェイのように滑らかに台座が動き出し、地上へ向けて斜めに下っていく。どうやら、先ほどの〝詠唱〟で台座に刻まれた魔法陣を起動したようだ。この台座は正しくロープウェイなのだろう。

 

 雲海を抜け地上が見えてきた。山肌からせり出すように建築された巨大な城と放射状に広がる城下町。ハイリヒ王国の王都だ。台座は、王宮と空中回廊で繋がっていて高い塔の屋上に続いているようだ。

 

 教会に負けないくらい内装の廊下を歩く。道中、騎士っぽい装備を身につけた者や文官らしき者、メイド等の使用人とすれ違うのだが、皆一様に期待に満ちた、あるいは畏敬の念に満ちた眼差しを向けて来る。

 

 巨大な両開きの扉の前に到着すると、その扉の両サイドで直立不動の姿勢をとっていた兵士二人がイシュタルと勇者一行が来たことを大声で告げ、中の返事も待たず扉を開け放った。

 

 イシュタルは、それが当然というように悠々と扉を通る。光輝等一部の者を除いて生徒達は恐る恐るといった感じで扉を潜った。京楽は入る前に一礼してから入っていく。

 

 扉を潜った先には、真っ直ぐ延びたレッドカーペットと、その奥の中央に豪奢な椅子──玉座があった。玉座の前で覇気と威厳を纏った初老の男が立ち上がって待っている。

 

 その隣には王妃と思われる女性、その更に隣には十歳前後の金髪碧眼の美少年、十四、五歳の同じく金髪碧眼の美少女が控えていた。更に、レッドカーペットの両サイドには左側に甲冑や軍服らしき衣装を纏った者達が、右側には文官らしき者達がざっと三十人以上並んで佇んでいる。

 

 玉座の手前に着くと、イシュタルは京楽達をそこに止め置き、自分は国王の隣へと進んで手を差し出すと国王は恭しくその手を取り、軽く触れない程度のキスをした。

 

(手にキスするということは親愛、敬愛していることを意味する。この国はエヒトの信者と判断して良さそうだ。となると、殆どが敵か……本当にめんどくさい)

 

 そこからはただの自己紹介だ。国王の名をエリヒド・S・B・ハイリヒといい、王妃をルルアリアというらしい。金髪美少年はランデル王子、王女はリリアーナという。

 

 後は、騎士団長や宰相等、高い地位にある者の紹介がなされた。ちなみに、途中、美少年の目が香織に吸い寄せられるようにチラチラ見ていたことから香織の魅力は異世界でも通用するようだ。

 

 その後、晩餐会が開かれ異世界料理が大量にだされる。見た目は地球の洋食とほとんど変わらなかったが、不可解にもピンク色のソースや虹色の飲み物が置かれていた。

 

 ランデル殿下がしきりに香織に話しかけていたのをクラスの男子がやきもきしながら見ているという状況もあった。

 

「……」

「……京楽? なにも食べないの?」

「……食べる気にならん。食べるなら自分で作ったものを食べる。誘拐しておいて信用しろはむしろ信用出来んしな。第一何が入っているかわからないからな」

「そう言えば、潔癖症でしたね、先輩」

 

 盛り付けられた料理をみるだけで、京楽は水にさえも手をつけようとはせずにグラスの中身を揺らしながら目を閉じて突っ立っている。そんな京楽に一応食べるようにハジメやユカリは勧める。

 

「楽しんでおられますか?」

 

 全く手をつけようとはしない京楽に近付いたのは王女リリアーナ。すぐ隣にいるハジメやユカリに全員が敵意や侮蔑の表情を向けていたが、ハジメはひきつった笑みを浮かべながらリリアーナに視線を向け、ユカリはビクビクしながら振り返り、京楽は話しかけられたのでグラスの中の飲物を揺らすのを辞めて、目を開くことなく振り向く。

 

「……ああ、お姫さんか。何かようか?」

「ちょっと、この国のお姫様なのに失礼だよ」

「先輩、機嫌が悪いからって流石に不敬が過ぎると不味いんじゃ……」

「ふふっ、そんな畏まらなくても。宰相達は貴方の持つ雰囲気に気圧されて避けておりますが勇気を出して行く価値はあったようですわね」

「この人、絶対大物になるよ。……あっ、名前まだでしたね。南雲ハジメです」

「妹のユカリです」

「八雲京楽だ。八雲と南雲がファミリーネーム。京楽、ハジメ、ユカリがファーストネームだ。紛らわしいかもしれないがよろしくしてほしい」

「よろしければ三人のことは名前で呼んでもよろしいですか? 私のことはリリィと呼んでください」

 

 明るく気さくなうえに憶さないリリアーナに周りの眼で人を判断しない人だと評価した。

 

「構わんぞ」

「「は、はぁ」」

「はい。ところで京楽様はいただかないのですか? 見たところによると、手をつけてはいないご様子なので……」

「………先に謝ろうか。他人の作ったものを食べると言う行為に嫌悪感を感じてしまうものでな。すまないが、食べることはできん」

「………わかりました。料理人に通しておきますので、良ければ厨房をお使いください。先に調べておくべきでしたのに、申し訳ありません」

「……あまり気にするな。は、その様子だと無理そうだな……まぁ、私個人的な問題だ。こればかりは姫さん側の問題ではない、そう責任を負おうとするな。いつか押し潰れる」

「見た目によらず、優しいのですね。その言葉、ありがたく受け取っておきます」

「……そうか」

 

 それから京楽はリリアーナに厨房を貸してもらえる許可を取り、材料と器具の使い方は料理人達に使いながら教わり、軽食を作って食べている。この世界にもパンがあったことに感謝。

 

 リリアーナの話によれば王宮では、衣食住が保障されている旨と訓練における教官達の紹介もなされた。教官達は現役の騎士団や宮廷魔法師から選ばれたようだ。いずれ来る戦争に備え親睦を深めておけということだろう。

 

 晩餐が終わり解散になると、各自に一室ずつ与えられた部屋に案内されると天蓋付きベッドに愕然した。

 

 京楽はそれを確認しから窓を開ける。窓を開けて入ってくるのは、涼しい夜風だ。

 

 夜風を浴びながら先程までの晩餐会を振り返る。

 

「王宮の部屋の作りもそうだが、本当に戦争があるのか疑わしいな。財政も食糧も問題なさそうだし、戦争を控えとるなら晩餐会が出来るほどの食糧を振る舞えるはずがないし、少しは躊躇うはずだ」

 

 京楽は状況の不審点を上げていった。

 

 主な不審点は経済と食糧。次に上がったのが何故クラスメイト達のような戦争を知らない若い自分達だったのか。その次が、一つの神を狂気的に信じる人間族の信仰宗教、〝エヒト教〟。自分達を見る貴族達の目などが上がっていく。貴族達が京楽やクラスメイト達に向けていたのは喜びだ。「これで自分達の子供や、自分が戦争に出て死ななくていい」と言う喜びの目だ。

 

 そんな目を向けられているのに気がついたのは京楽とすぐ近くに居たハジメ、察しの良さを買うなら雫辺りだろう。狂信的な人々。光輝が言ったような力が沸いてくる感覚はない。京楽の感覚はいつも通りだ。京楽があれこれ思案していると、一つの可能性が現れてきた。

 

「……もしかすると、本当に元凶の可能性があるな。はぁ」

 

 京楽が行き着いたのは、やはり神が全てを企てた元凶であると言う可能性だ。

 

 自分達を地球から呼び出した神が全てを仕組んでいるのではないかと言う可能性だ。しかしそれは、京楽が一番考えたくない可能性だ。神が全ての元凶であるとするなら、戦争が終わろうが帰してもらえるわけがない。神が狙っている本当の目的が達成されない以上、確実に絶対に帰してもらえるわけがない。

 

 もちろんそうなれば自力で帰還の手立てを考えなくならなければいけない。仮に帰還の手立てがわかったとしても、実践させてもらえるかは不明だ。

 

 そして当たり前だが、コレは一つの説に過ぎず、あくまでも憶測だ。それに、戦争をさせる意味がいまいちわからないが、これも最悪ただの暇潰しの可能性がある。

 

 エヒトは創成神であり、世界の創設者なら、敵対している魔人族もエヒトが作ったのだろう。要は、自分の産み出した存在を戦わせて楽しんでいるのだ。性格がネジ曲がっている。性格が良いとは言い難い。

 

 憶測の域をでないが、その時はその時だ。しかし、可能性はあるので今からでも対抗策を練っておくべきだろう。

 

 溜息を吐いて、近くにあった椅子に腰掛ける。

 

「……母さんは大丈夫かな」

 

 京楽が真っ先に心配したのは唯一の肉親である母の事だ。

 

 京楽の母、京は家事スキルがない。一応料理は、料理だけは出来る。そのため、食には困らないだろうが、問題はその他だ。掃除や洗濯は苦手で、京楽が修学旅行で一日二日出掛けただけでかなりの散らかり様をみせる。

 

 そのため、掃除や洗濯は必ず京楽がやり、食事はたまに京がやる。基本は全て京楽がやっているため、家事スキルはかなり高い。本人が女顔、もとい中性的な顔立ちなので一時期アダ名が〝ママン〟だった。人嫌いではあるが、何かと面倒見は良かったりするのが原因だ。本人曰く、「人間は嫌いだが、やらなきゃいけないこととそうでないことぐらいの区別はつく」だ、そうだ。

 

 京楽は考えるのを止めて背凭れに背を預けて天井を見上げる。マフラーを緩めて深く溜息を吐くと、扉をノックする音が聞こえた。

 

「……開いてる。用があるなら入れ」

「……失礼します」

 

 京楽が勝手に入るように言うと、入ってきたのはユカリだった。枕を抱きながら入ってきたユカリの顔は少し赤い。

 

「……なんだ?」

「ちょっと、一緒に寝てくれないかなって……」

「ハジメの所に行けばいいだろう? 何故、わざわざ私の所に……」

「兄さんには断られちゃって……それに、兄さんだから恥ずかしいって言うのも……ちょっとあって……」

 

 ユカリはそう言いながらモジモジと動く。身長百六十前後のセミロングの黒髪に爛々と輝くような赤い目。着痩せするだけで、ある程度育つべき所は育っているユカリは、一年生の間ではかなりの人気を誇る。そんな美少女に迫られ、思春期男子であるならば首を縦に振るような場面だが、京楽は溜息を吐いた。

 

「流石に無理だ。寝るまで近くにいることは出来るが、一緒に寝るのはな……」

「ダメ、ですか?」

「……ああ、ダメだ。あざといぞ」

 

 ユカリが上目遣いで京楽を見るが、京楽は視線を外す。しかし、ユカリは京楽の首を縦に振らせる方法を知っているのだ。

 

 京楽の側に行き、上目遣いでジーっと眺める。そして、

 

「……本当に……本当にダメなの?」

「……………………………………………………はぁ」

 

 かなりの間が空いてから京楽は溜息を吐き、手袋を着けてユカリを見る。

 

「……今回だけだぞ」

「やった」

 

 京楽は何だかんだユカリに甘い。いや、ハジメやユカリ、ハジメの両親にたいしてかなり甘い。基本は誰に対しても塩対応な京楽も、ハジメやユカリには優しい。一応、最近は香織や雫に対しても軟化してきてはいる。

 

 ユカリが喜びながらベッドに倒れ込み、京楽を誘う。京楽は呆れながらもユカリの隣に寝転がる。少し距離があるが、京楽は潔癖症。ならびに軽度の接触恐怖症を患っている。それ故のギリギリの不可侵領域だ。それを攻めると言うことはかなりユカリに気を許している。信頼していると言うことだ。ちなみに、ハジメの場合は、肌に触れないならば触っても何も言われず、母親の京は完全に大丈夫だ。ユカリは自分から行くのには勇気は要るが出来るまでにはなった。

 

 ユカリは京楽の恐怖症を克服させる手伝いをしており、逆に京楽もユカリの恐怖症を克服させる手伝いをお互いにしている。

 

「……ユカリ、男性恐怖症は治りそうか?」

「……先輩のお陰で、だいぶ治っては来てるんですよ? ……でも、やっぱり兄さんとかお父さん、先輩以外の人は怖くて……」

「……そうか」

 

 ユカリの頭にそっと手をやり、若干躊躇いながらも手をおき、優しく頭を撫でる。京楽なりの親愛の証だ。頭を撫でているとユカリが少し頭を揺らす。

 

「……嫌だったか?」

「ううん。……ちょっと怖いけど……心地よくて……なんか、複雑な気分」

「…………そうか。恐怖対象が近くにいる時点であまり休めないだろうが、安心しろ。私は味方だ」

「世界が私を敵だと言ってもですか?」

「……もしそうなるなら、一緒に逃避行でもしてやるさ」

「兄さんが敵になったとしてもですか?」

「…………すまないが、その時は自力で逃げてくれ。なに、ルートは用意してやる……………冗談だ。だから、そんなに悲しい顔をするな」

 

 二人はそんな会話をしながらお互いに眠気が来るまで話す。

 

 しばらく話をしていると、京楽に眠気がやって来た。徹夜や考え事が立て込んでいたため、頭は疲れているんだろう。京楽に眠気が来たのを察したのか、ユカリが微笑んだ。

 

「先輩の方が先に眠気来ちゃったんですね。先に眠っていいよ」

「……そうさせてもらおう」

 

 京楽は目を閉じ、眠気に身を委ねた。

 

 ユカリは京楽が眠ったことを確認すると、京楽の頬に手を伸ばす。一瞬触れようとしたが、恐怖で躊躇ってしまう。だが、そっと、京楽の頬に触れる。

 

「……先輩。私、頑張ってますよ。ここまで触れるようになったんですよ」

 

 ユカリが京楽の頬を撫で、そう呟く。その顔の頬は赤く、少し緩んでいる。

 

「……先輩。大好きです。また明日も、一杯。私に構ってね」

 

 ユカリはそう呟いて目を閉じた。やって来ていた睡魔に身を委ねて、眠りの世界に落ちていった。

 




連続更新だよ~。
続くかな?


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能力数値化

 

 

 

 

 翌日から早速訓練と座学が始まった。

 

 まず、集まった生徒達に十二センチ×七センチ位の銀色のプレートが配られた。不思議そうに配られたプレートを見る生徒達に、騎士団長メルド・ロギンスが直々に説明を始めた。

 

 騎士団長が訓練に付きっきりでいいのかとも思ったが、対外的にも対内的にも〝勇者様一行〟を半端な者に預けるわけにはいかないということらしく本人も「むしろ面倒な雑事を副長(副団長のこと)に押し付ける理由ができて助かった!」と豪快に笑っていたくらいだから大丈夫なのだろう。もっとも、副長は大丈夫ではないかもしれないが致し方がない。業務なのだから………

 

「よし、全員に配り終わったな? このプレートは、ステータスプレートと呼ばれている。文字通り、自分の客観的なステータスを数値化して示してくれるものだ。最も信頼のある身分証明書でもある。これがあれば迷子になっても平気だからな、失くすなよ?」

 

 非常に気楽な喋り方をするメルド。彼は豪放磊落な性格で「これから戦友になろうってのにいつまでも他人行儀に話せるか!」と、他の騎士団員達にも普通に接するように忠告するくらいだ。

 

 クラスメイト的にはその方が気楽で良かった。遥に年上の人達から慇懃な態度を取られると居心地が悪くてしょうがない。

 

「プレートの一面に魔法陣が刻まれているだろう。そこに、一緒に渡した針で指に傷を作って魔法陣に血を一滴垂らしてくれ。それで所持者が登録される。 〝ステータスオープン〟と言えば表に自分のステータスが表示されるはずだ。ああ、原理とか聞くなよ? そんなもん知らないからな。神代のアーティファクトの類だ」

「アーティファクト?」

 

 アーティファクトという聞き慣れない単語に光輝が質問をする。

 

「アーティファクトって言うのはな、現代じゃ再現できない強力な力を持った魔法の道具のことだ。まだ神やその眷属達が地上にいた神代に創られたと言われている。そのステータスプレートもその一つでな、複製するアーティファクトと一緒に、昔からこの世界に普及しているものとしては唯一のアーティファクトだ。普通は、アーティファクトと言えば国宝になるもんなんだが、これは一般市民にも流通している。身分証に便利だからな」

「……アーティファクトってよりは、準アーティファクトの魔道具じゃないのか?」

 

 言ってはいけないであろうことを京楽が呟いて、特に躊躇なく指先に針を刺した。プクと浮き上がった血を魔法陣に擦りつける。すると、魔法陣が一瞬淡く輝いた。

 

============================================

八雲京楽 17歳 男 レベル:1

天職:賢者

筋力:50

体力:50

耐性:50

敏捷:100

魔力:150

魔耐:150

技能:剣術・弓術・槍術・体術・格闘術・高速魔力回復・並列思考・幻術・縮地・先読・言語理解

============================================

 

 自分のステータスが表示されて、他の生徒達もマジマジと自分のステータスに注目しているとメルドからステータスの説明がなされた。

 

「全員見れたか? 説明するぞ?まず、最初に〝レベル〟があるだろう? それは各ステータスの上昇と共に上がる。上限は100でそれがその人間の限界を示す。つまりレベルは、その人間が到達できる領域の現在値を示していると思ってくれ。レベル100ということは、人間としての潜在能力を全て発揮した極地ということだからな。そんな奴はそうそういない」

 

 どうやらゲームのようにレベルが上がるからステータスだけが上がる訳ではないらしい。

 

「ステータスは日々の鍛錬で当然上昇するし、魔法や魔法具で上昇させることもできる。また、魔力の高い者は自然と他のステータスも高くなる。詳しいことはわかっていないが、魔力が身体のスペックを無意識に補助しているのではないかと考えられている。それと、後でお前等用に装備を選んでもらうから楽しみにしておけ。なにせ救国の勇者御一行だからな。国の宝物庫大開放だぞ!」

 

 メルドの言葉から推測すると、魔物を倒しただけでステータスが一気に上昇するということはないらしい。地道に腕を磨かなければならないようだ。

 

 それに国が集めた宝物庫を解放させるとなると、人間族と魔人族の戦争はそれほど切羽詰まっているのだろう。

 

「次に〝天職〟ってのがあるだろう? それは言うなれば〝才能〟だ。末尾にある〝技能〟と連動していて、その天職の領分においては無類の才能を発揮する。天職持ちは少ない。戦闘系天職と非戦系天職に分類されるんだが、戦闘系は千人に一人、ものによっちゃあ万人に一人の割合だ。非戦系も少ないと言えば少ないが……百人に一人はいるな。十人に一人という珍しくないものも結構ある。生産職は持っている奴が多いな」

 

 京楽の天職欄は〝賢者〟だ。RPG的に言えばかなりの勇者に匹敵する職業で、戦闘職なのだろう。ただ、RPGのように魔法に関する技能は一切ない。〝賢者〟なのに、かなり前衛特化な能力値をしている。まぁ、ステータスは後衛寄りのようだが……

 

「後は……各ステータスは見たままだ。大体レベル1の平均は10くらいだな。まぁ、お前達ならその数倍から数十倍は高いだろうがな! 全く羨ましい限りだ! あ、ステータスプレートの内容は報告してくれ。訓練内容の参考にしなきゃならんからな」

 

 この世界のレベル1の平均は10らしい。京楽のステータスはそこそこばらつきがあり、だいたい平均が95あたりだろうか? ざっと九倍以上はあるらしい。

 

 メルドの呼び掛けに、早速、光輝がステータスの報告をしに前へ出た。そのステータスは………

 

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天之川光輝 17歳 男 レベル:1

天職:

勇者

筋力:100

体力:100

耐性:100

敏捷:100

魔力:100

魔耐:100

技能:全属性適性・全属性耐性・物理耐性・複合魔法・剣術・剛力・縮地・先読・高速魔力回復・気配感知・魔力感知・限界突破・言語理解

============================================

 

 まさにチートの権化だった。

 

「ほお~、流石勇者様だな。レベル1で既に三桁か……技能も普通は二つ三つなんだがな……規格外な奴め! 頼もしい限りだ!」

「いや~、あはは……」

 

 メルドの称賛に照れたように頭を掻く光輝。ちなみに団長のレベルは62。ステータス平均は300前後、この世界でもトップレベルの強さだ。しかし、光輝はレベル1で既に三分の一に迫っている。成長率次第では、あっさり追い抜きそうだ。

 

 ちなみに、技能=才能である以上、先天的なものなので増えたりはしないらしい。唯一の例外が〝派生技能〟だ。

 

 これは一つの技能を長年磨き続けた末に、いわゆる〝壁を越える〟に至った者が取得する後天的技能である。簡単に言えば今まで出来なかったことが、ある日突然、コツを掴んで猛烈な勢いで熟練度を増すということだそうだ。

 

 光輝だけが特別かと思ったら他の連中も、光輝に及ばないながら十分チートだった。それにどいつもこいつも戦闘系天職ばかりなのだが……

 

 今まで、規格外のステータスばかり確認してきたメルドの表情はホクホクしている。多くの強力無比な戦友の誕生に喜んでいるのだろう。

 

 ハジメの番になるとメルドの表情が「うん?」と笑顔のまま固まり、ついで「見間違いか?」というようにプレートをコツコツ叩いたり、光にかざしたりする。そして、ジッと凝視した後、もの凄く微妙そうな表情でプレートをハジメに返した。

 

「ああ、その、なんだ。錬成師というのは、まぁ、言ってみれば鍛治職のことだ。鍛冶するときに便利だとか……」

 

 歯切れ悪くハジメの天職を説明するメルドに目の敵にしている人達が食いつかないはずがない。鍛治職ということは明らかに非戦系天職だ。クラスメイト達全員が戦闘系天職を持ち、これから戦いが待っている状況では役立たずの可能性が大きい。

 

 檜山大介が、ニヤニヤとしながら声を張り上げる。

 

「おいおい、南雲。もしかしてお前、非戦系か? 鍛治職でどうやって戦うんだよ? メルドさん、その錬成師って珍しいんっすか?」

「……いや、鍛治職の十人に一人は持っている。国お抱えの職人は全員持っているな」

「おいおい、南雲~。お前、そんなんで戦えるわけ?」

「や、やってみないと分からないかな」

「じゃあさ、ちょっとステータス見せてみろよ。天職がショボイ分ステータスは高いんだよなぁ~?」

 

 メルドの表情から内容を察しているだろうに、わざわざ執拗に聞く檜山。本当に嫌な性格をしている。取り巻きの三人もはやし立てる。強い者には媚び、弱い者には強く出る典型的な小物の行動だ。事実、香織や雫などは不快げに眉をひそめている。

 

 香織に惚れているくせに、なぜそれに気がつかないのか。そんなことを考えながら、ハジメは投げやり気味に渡すとプレートの内容を見て、檜山は爆笑した。そして、斎藤達取り巻きに投げ渡し内容を見た他の連中も爆笑なり失笑なりをしていく。

 

「ぶっはははっ~、なんだこれ! 完全に一般人じゃねぇか!」

「ぎゃははは~、むしろ平均が10なんだから、場合によっちゃその辺の子供より弱いかもな~」

「ヒァハハハ~、無理無理! 直ぐ死ぬってコイツ! 肉壁にもならねぇよ!」

「ほぉ……どんなステータスか私にも見せてはくれないか?」

 

 笑い声から一変して肩を強ばられてギギギ……とオイルの切れたブリキ人形のように首を動かすと京楽が檜山達を睨み付けるように見ながらその場にいた。檜山は震える手でハジメのステータスプレートを京楽に渡し、京楽が数値を見る。

 

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南雲ハジメ 17歳 男 レベル:1

天職:錬成師

筋力:10

体力:10

耐性:10

敏捷:10

魔力:10

魔耐:10

技能:錬成・言語理解

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 「なるほどな」と呟いて、京楽はハジメにプレートを返した。

 

「ハジメ頑張れよ」

「う、うん」

 

 京楽はハジメにそう言うと、メルドにステータスプレートを見せる。

 

「メルド騎士団長。私の能力値なんだが。天職は……残念なことにない」

「……本当だな。それに能力値も平均で、技能も特にないな……」

「笑えるだろう? 他は高いのに私は全部10のこんなステータスで……どうした、笑え?」

 

 戦闘系か生産系の天職かどころか、そもそも天職が存在しない(隠したから)うえにハジメと同じ殆ど平均値のステータスで、技能も言語理解以外にはない。しかし誰一人笑おうとはしはない。光輝も特に物申すようなことはせず、さも当たり前だと言いたげな顔をしていた。

 

 生徒達にかなり微妙な雰囲気が流れ始めた。しかし、そんな空気をぶち壊すのが我らの愛子先生だ。

 

「気にすることはありませんよ!先生だって非戦系? とかいう天職ですし、ステータスだってほとんど平均です。二人だけじゃありませんからね!」

 

 そう言って「ほらっ」と愛子先生は自分のステータスを見せ、近くにいたユカリがそれを覗き見た。

 

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畑山愛子 25歳 女 レベル:1

天職:作農師

筋力:5

体力:10

耐性:10

敏捷:5

魔力:100

魔耐:10

技能:土壌管理・土壌回復・範囲耕作・成長促進・品種改良・植物系鑑定・肥料生成・混在育成・自動収穫・発酵操作・範囲温度調整・農場結界・豊穣天雨・言語理解

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 ハジメは死んだ魚のような目をして遠くを見だし、京楽はやれやれと呆れていた。そして、まだ見せていないはずのユカリにもダメージが行ったようだ。一瞬フラついていた。

 

 確かに全体のステータスは低いし、非戦系天職だろうことは一目でわかるのだが……京楽まではいかなくとも、魔力だけなら勇者に匹敵しており、技能数なら超えている。糧食問題は戦争には付きものだ。戦闘では役に立ちそうにないが、生産職からすれば愛子先生も十二分にチートだった。

 

「これもありきたりな天職ですか?」

「これは……勇者ほどではないが貴重な天職だ。おい、すぐに報告しろ!」

 

 メルドが部下に指示を出していた。慌てて出て行く騎士に愛子は何が起きたかさっぱりのようで首を傾げる。京楽は知らないなら仕方ないので愛子先生に分かりやすく説明をしはじめた。

 

「畑山先生に問題だ。戦争で後々問題になるんはなんだ?」

「資金、兵士、食糧ですよね?」

「でだ、畑山先生の天職は?」

「〝作農師〟ですね」

「……食糧難はいつでも起こるし、戦時中でなくとも食糧と言うものは重宝される。つまり、非戦闘職だとしても、その食糧難を改善できる人材が現れたら。在り来たりな鍛冶師と、天職の無い人間の二人と比べて誰が居たら嬉しいかということだ」

「と言うことは、私は南雲君と八雲君の「傷を容赦なく抉ったことになるな。まぁ、私は気にしないが、ハジメにはキツい一撃だろうな」な、南雲君!」

 

 京楽に解りやすく説明されて、愛子はハジメに謝り始めた。

 

 その近くでユカリが苦笑いを浮かべながらメルドの所へ行き、ステータスプレートを見せていた。そしてメルドは、またもや微妙そうな顔をする。

 

「〝糸師〟か……」

「やっぱり、微妙なステータスですよね……」

「……そうだな。……まぁ、そんなに落ち込むな」

 

 ユカリはがっくりと肩を落として京楽の元へやって来た。ハジメもこちらにいるからだろう。

 

「先輩、兄さん……はぐれもの同士仲良くしましょう」

「ああ、うん。頑張ろうか、ユカリ」

「……そうだな」

 

 ハジメとユカリは溜息を吐き、京楽は二人の前途多難さに溜息を吐いた。

 

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南雲ユカリ 15歳 女 レベル:1

天職:糸師

筋力:10

体力:10

耐性:10

敏捷:10

魔力:10

魔耐:10

技能:製糸・言語理解

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努力すると言うこと(上)

 

 

 

 

 現在、京楽はハジメやユカリ達と共に訓練の休憩時間を利用して王立図書館にて調べ物をしている。ハジメの手には〝北大陸魔物大図鑑〟というなんの捻りもないタイトル通りの巨大な図鑑が、ユカリは〝北大陸地理大図鑑〟と言う同じく何の捻りもないタイトル通りの図鑑があった。

 

 なぜ、そんな本を読んでいるのか。それは、この二週間の訓練や研究で、ハジメは良さげな材料鉱石が見付からないのと、メルドがイシュタルに錬成の訓練よりも、戦闘訓練に力をいれるように言われて異論をたてられなくなったり特に出来ることが無くなったからで、ユカリはチマチマと糸を作って裁縫などをしていたが、「それだけではダメだ」。と奮起して勉強に励んでいる。京楽はトータスの知識が無さすぎるので、文化や歴史を学ぶために読書に更けているのだ。ハジメやユカリの場合は、戦闘に関しては無力な自分が嫌なので知識や知恵でカバー出来ないかと京楽に進言され、二人は訓練の合間に勉強しているのである。京楽は歴史書を読んで不可解な点をメモしている。

 

 そんなわけで、ハジメは、しばらく図鑑を眺めていたのだが……突如、「はぁ~」と溜息を吐いて机の上に図鑑を放り投げた。ドスンッという重い音が響き、偶然通りかかった司書が物凄い形相でハジメを睨み、京楽とユカリの二人は同時に溜息を吐いた。

 

 ビクッとなりつつ、ハジメは急いで謝罪した。「次はねぇぞ、コラッ!」という無言の睨みを頂いてなんとか見逃してもらう。自分で自分に「何やってんだ」とツッコミ、溜息を吐いた。

 

 京楽は歴史書を開いて読んでおり、目頭をほぐして本を一度置き、背伸びをする。ユカリは本を置いて背伸びをしていた。チラリとハジメの方を見ると、ハジメはおもむろにステータスプレートを取り出し、頬杖をつきながら眺めていた。

 

 京楽もステータスプレートを取り出して眺める。

 

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八雲京楽 17歳 男 レベル:8

天職:賢者

筋力:90

体力:90

耐性:90

敏捷:180

魔力:270

魔耐:270

技能:剣術・弓術・槍術・体術・格闘術・高速魔力回復・並列思考・幻術・縮地・先読・言語理解

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 ステータスが上がって体が軽くなったとか、動きやすくなったなどの感覚はあるが、あとは普段とあまり変わらない。そして、ハジメやユカリは……

 

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南雲ハジメ 17歳 男 レベル:2

天職:錬成師

筋力:12

体力:12

耐性:12

敏捷:12

魔力:12

魔耐:12

技能:錬成、言語理解

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南雲ユカリ 15歳 女 レベル:2

天職:糸師

筋力:12

体力:12

耐性:12

敏捷:12

魔力:12

魔耐:12

技能:製糸・言語理解

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 刻みすぎだ。これでもハジメとユカリは京楽の指導の下みっちり訓練はしたのだ。

 

 ハジメは溜息を吐き、ステータスプレートを懐にしまい、京楽もステータスプレートをしまう。ユカリはステータスプレートを見て溜息を吐いてから指で遊ばせる。

 

 ちなみに、勇者の光輝はこんな感じだ。

 

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天之河光輝 17歳 男 レベル:10

天職:勇者

筋力:200

体力:200

耐性:200

敏捷:200

魔力:200

魔耐:200

技能:全属性適性・全属性耐性・物理耐性・複合魔法・剣術・剛力・縮地・先読・高速魔力回復・気配感知・魔力感知・限界突破・言語理解

==================================

 

 ざっとハジメやユカリの五倍の成長率だ。

 

 おまけに、三人には魔法の適性がないこともわかった。

 

 魔法適性がないとはどういうことか。この世界における魔法の概念を少し説明しよう。

 

 トータスにおける魔法は、体内の魔力を詠唱により魔法陣に注ぎ込み、魔法陣に組み込まれた式通りの魔法が発動するというプロセスを経る。魔力を直接操作することはできず、どのような効果の魔法を使うかによって正しく魔法陣を構築しなければならない。

 

 そして、詠唱の長さに比例して流し込める魔力は多くなり、魔力量に比例して威力や効果も上がっていく。また、効果の複雑さや規模に比例して魔法陣に書き込む式も多くなる。それは必然的に魔法陣自体も大きくなるということに繋がる。

 

 例えば、RPG等で定番の〝火球〟を直進で放つだけでも、一般に直径十センチほどの魔法陣が必要になる。基本は、属性・威力・射程・範囲・魔力吸収(体内から魔力を吸い取る)の式が必要で、後は誘導性や持続時間等付加要素が付く度に式を加えていき魔法陣が大きくなるということだ。

 

 しかし、この原則にも例外がある。それが適性だ。

 

 適性とは、言ってみれば体質によりどれくらい式を省略できるかという問題である。例えば、火属性の適性があれば、式に属性を書き込む必要はなく、その分式を小さくできると言った具合だ。

 

 この省略はイメージによって補完される。式を書き込む必要がない代わりに、詠唱時に火をイメージすることで魔法に火属性が付加されるのである。

 

 大抵の人間はなんらかの適性を持っているため、上記の直径十センチ以下が平均であるのだが、三人の場合は、全く適性がないことから、基本五式に加え速度や弾道・拡散率・収束率等事細かに式を書かなければならなかった。

 

 そのため、〝火球〟一発放つのに直径二メートル近い魔法陣を必要としてしまい、実戦では全く使える代物ではなかったのだ。

 

 ちなみに、魔法陣は一般には特殊な紙を使った使い捨てタイプか、鉱物に刻むタイプの二つがある。前者は、バリエーションは豊かになるが一回の使い捨てで威力も落ちる。後者は嵩張るので種類は持てないが、何度でも使えて威力も十全というメリット・デメリットがある。イシュタル達神官が持っていた錫杖は後者だ。

 

 ハジメは〝錬成〟、ユカリは〝製糸〟、京楽は〝幻術〟しか使えず、三人ともそれぞれにうってつけのアーティファクトが無いため、ハジメは錬成の魔法陣を組み込まれた手袋。ユカリは製糸の魔法陣を組み込まれた指抜け型の手袋。京楽は技能に剣術やらなんやらが入ってはいたが、そもそも天職を持たない(隠したため見られていない)。しかし、京楽はよく勉強する様子を見られていたことから、目の疲労を抑えてくれるらしい眼鏡を貰った。ちなみに、愛用させてもらっている。

 

 京楽は調べたいことも終わり、本を閉じると、ハジメの「いっそ旅にでも出ようかな……」と言う呟きが聞こえ、ハジメを見る。

 

「……ハジメ、旅をするなら何処に行きたい?」

「あっ、それ私も聞きたいかも」

「んー、そうだな~。やっぱり、亜人の国には行ってみたいな。ケモミミを見ずして異世界トリップは語れない。……でも〝樹海〟の奥地なんだよなぁ~。何か被差別種族だから奴隷以外、まず外では見つからないらしいし」

 

 ハジメの言った通り、亜人族は被差別種族であり、基本的に大陸東側に南北に渡って広がる【ハルツェナ樹海】の深部に引き篭っている。なぜ差別されているのかというと彼等が一切魔力を持っていないからだ。

 

 神代において、エヒトを始めとする神々は神代魔法にてこの世界を創ったと言い伝えられている。そして、現在使用されている魔法は、その劣化版のようなものと認識されている。それ故、魔法は神からのギフトであるという価値観が強いのだ。もちろん、聖教教会がそう教えているし、どの歴史書にも一様にそう書かれているのだ。それは気味が悪いほどに。

 

 そのような事情から魔力を一切持たず魔法が使えない種族である亜人族は神から見放された悪しき種族と考えられているのである。

 

 じゃあ、魔物はどうなるんだ? ということだが、魔物はあくまで自然災害的なものとして認識されており、神の恩恵を受けるものとは考えられていない。ただの害獣らしい。なんともご都合解釈なことだ。

 

 なお、魔人族は聖教教会の〝エヒト〟とは別の神を崇めているらしいが、基本的な亜人に対する考え方は同じらしい。

 

 この魔人族は、全員が高い魔法適性を持っており、人間族より遥かに短い詠唱と小さな魔法陣で強力な魔法を繰り出すらしい。数は少ないが、南大陸中央にある魔人の王国ガーランドでは、子供まで相当強力な攻撃魔法を放てるようで、ある意味、国民総戦士の国と言えるかもしれない。

 

 人間族は、崇める神の違いから魔人族を仇敵と定め、神に愛されていないと亜人族を差別する。魔人族も同じだ。亜人族は、もう放っておいてくれといった感じだろうか? どの種族も実に排他的である。そして、やはりとも言うべきか宗教戦争である。

 

「あ~でも、樹海が無理なら西の海に出ようか? 確か、エリセンという海上の町があるらしいし。ケモミミは無理でもマーメイドは見たい。男のロマンだよ。あと海鮮料理が食べたい」

「あぁ、確かに、海鮮料理は食べたいな」

「私も食べたいかも。それに、マーメイドか~。いいな~、見たいな~」

 

 京楽もウンウンと頷いた。決してマーメイドが見たいわけではない。海鮮料理が食べたいだけなのだが。ユカリはそれを聞いてハジメに同意していた。

 

 【海上の町エリセン】は海人族と言われる亜人族の町で西の海の沖合にある。亜人族の中で唯一、王国が公で保護している種族だ。

 

 その理由は、北大陸に出回る魚介素材の八割が、この町から供給されているからである。全くもって身も蓋もない理由だ。「壮大な差別理由はどこにいった?」と、この話を聞いたとき三人は内心盛大にツッコミを入れたものだ。ご都合ここに極まる。

 

 ちなみに、西の海に出るには、その手前にある【グリューエン大砂漠】を超えなければならない。この大砂漠には輸送の中継点として重要なオアシス【アンカジ公国】や【グリューエン大火山】がある。この【グリューエン大火山】は七大迷宮の一つだ。

 

 七大迷宮とは、この世界における有数の危険地帯をいう。

 

 ハイリヒ王国の南西、グリューエン大砂漠の間にある【オルクス大迷宮】と先程の【ハルツェナ樹海】もこれに含まれる。

 

 七大迷宮でありながらなぜ三つかというと、他は古い文献などからその存在は信じられているのだが詳しい場所が不明で未だ確認はされていないからだ。

 

 一応、目星は付けられていて、大陸を南北に分断する【ライセン大峡谷】や、南大陸の【シュネー雪原】の奥地にある【氷雪洞窟】がそうではないかと言われている。

 

「でもやっぱり砂漠は無理かな……だとすると、もう帝国に行って奴隷を見るしかないんだろうけど……流石に奴隷扱いされてるケモミミを見て平静でいられる自信はないなぁ」

「……奴隷制度は日本には無い文化だからな。仕方がない」

 

 帝国とは、【ヘルシャー帝国】のことだ。この国は、およそ三百年前の大規模な魔人族との戦争中にとある傭兵団が興した新興の国で、強力な傭兵や冒険者がわんさかと集まった軍事国家らしい。実力至上主義を掲げており、かなりブラックな国のようだ。

 

 この国には亜人族だろうがなんだろうが使えるものは使うという発想で、亜人族を扱った奴隷商が多く存在している。

 

 帝国は、王国の東に【中立商業都市フューレン】を挟んで存在する。

 

 【フューレン】は文字通り、どの国にも依よらない中立の商業都市だ。経済力という国家運営とは切っても切り離せない力を最大限に使い中立を貫いている。欲しいモノがあればこの都市に行けば手に入ると言われているくらい商業中心の都市である。

 

「はぁ~、結局、帰りたいなら逃げる訳にはいかないんだよね」

「どうだろうな。そもそも、本当に返してもらえるかなんて分からないわけだし、それに頼るのもどうかと思うんだが……」

「そこなんだよね~。神様自身が約束した訳じゃないし」

 

 そうだ。エヒトが約束を結んだ訳じゃない。最悪、よくあるラノベのように全員死亡の可能性もあるのし、そのままこの世界に閉じ込められる可能性もあるのだ。

 

「はぁ……京楽。京楽はどうするの?」

「……そうだな。私は、ハジメやユカリに任せよう。生憎、この世界の事はどうでもいいからな」

 

 ハジメはそれを聞いて苦笑いを浮かべていた。京楽は人嫌いだが、何かとハジメやユカリに対しては甘い。ハジメが言うのもなんだが、京楽は優しい。ハジメやユカリが助けを求めれば確実に助けるだろう。今の今まで京楽はハジメを助けてくれたのだ。確かに人嫌いで、何を考えているかさっぱりわからない時もある。割りと他人に対して容赦ないし、かなり辛辣な所はあるが、基本は善人で色んな事を客観視できる人だ。人との関わりを嫌うくせに変に面倒見が良かったり、人類は滅びた方が良いのでは? とよく口にしているが、実際は凄くいい人だ。

 

 ハジメがふぅ、と息をつき視線をそらした先には時計があり、訓練の時間間近まで迫っていた。

 

「ってヤバイ、訓練の時間だ!」

「ヤバッ、急がないと怒られる!」

「……急ぐとするか」

 

 ユカリとハジメはわたわたと本を片付けはじめ、京楽は溜息を吐きながら本を片付ける。

 

 三人は急いで図書館から出ていき、訓練施設へ向かう。道のりは短く目と鼻の先ではあるが、その道程にも王都の喧騒が聞こえてくる。露店の店主の呼び込みや遊ぶ子供の声、はしゃぎ過ぎた子供を叱る声、実に日常的で平和だ。

 

 




今回は意外と長くなったので、上下に分けます。ご理解よろしくお願いします。

あ、あと、話数を書いた方が良いのでは? と私は考え始めたのですが、どうしましょうか? 今のままでも見易いと言うのであればそのままにしますが……どうしましょうか?


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努力すると言うこと(下)


連続更新~


 

 

 

 

 訓練施設に到着すると既に何人もの生徒達がやって来て談笑したり自主練したりしていた。どうやら案外早く着いたようである。ハジメは、自主練でもして待つかと、支給された剣を取りだして自主練を始め、京楽はユカリに少し離れた場所に連れていかれた。

 

「ねぇ、先輩。少し、体術とか教えてくれないかな?」

「別にいいぞ。だが、私のは我流だ。教えられることは殆どないがな」

 

 京楽はそう言って臍の辺りに両手を添え置き、深呼吸をした。そして軽く構えをとる。拳の突き方や蹴りの入れ方、防御のやり方を反復させる。

 

「もう少し腰を入れろ。そうだ。体と連動させるように打ち出すんだ」

 

 京楽の指導の下、ユカリは護身用で技を受け流す為の動きや、蹴り技を教えていた。ユカリは才能は無いモノの、ある程度のセンスは持っていた。殴りよりも、蹴りの方が得意そうだったため、蹴りを中心的に教えている。

 

 ユカリを少し休憩させ、ハジメにも少し何かしら仕込もうかとハジメを探して辺りを見回す。しかし、ハジメの存在は見当たらない。

 

「……ユカリ。ハジメを知らないか?」

「へ? ついさっきまでしか見てないけど……」

「……そうか」

 

 京楽はそう言うと、「少し待っていてくれ」とだけ言い残して訓練施設の外に出ていった。嫌な予感がしているのだ。

 

 京楽がハジメを探して辺りを見て回っていると……

 

「ちょ、マジ弱すぎ。南雲さぁ~、マジやる気あんの?」

 

 向こうの人目につかなさそうな辺りからそんな声が聞こえてきた。

 

 京楽が気配を消しながら声のする方へ行く。そこには蹲るハジメに対して、檜山、中野、斎藤、近藤の四人が集団でリンチしている場面であった。

 

「……やりすぎじゃないか?」

「大丈夫だって、こいつはビビりだからチクったりなんかしねぇよ」

「そうか。なるほどな」

「しつこいな……ん?」

「なんだ。三下小者共」

「うわぁ! や、八雲!?」

 

 明らかにぶちギレる寸前であろう急に現れた京楽に、その場にいた五人は驚きをあらわにする。

 

 怒りを無理矢理抑えるように不機嫌そうに溜息を吐き、ハジメを見据えたまま動かない。檜山達はあれ? と首をかしげた。

 

「お、お前南雲を助けに来たんじゃ」

「……私が助けに入らなければいけないようなことをしていたのか?」

「い、いやぁ。そんなことは」

「なら私は介入しない。去るならさっさとされ。目障りだ」

 

 本来なら、京楽に喧嘩の一つや二つ売ってくるのだろうが、檜山達は見てしまったのだ。京楽が騎士を相手に圧倒していたことを。そんな敵いっこない相手には喧嘩を売らない。しかし、残念なおつむの四人は、思い至る。京楽が何もしてこないと言うことは続行して良いのでは? と。

 

 檜山が軽くハジメを蹴り飛ばし、近藤が剣の鞘で殴る。しかし、京楽は反応しない。何かを堪えるようにじっと目を閉じて立っている。

 

 ハジメはいつもなら自分を助けてくれるであろう京楽の行動に唖然としながら、京楽を見る。しかし、京楽は動かない。

 

 それから檜山達のリンチはエスカレートしていき、ハジメは京楽を見るが京楽は動かない。

 

「……なんで……なんで助けてくれないのさ………………助けてよ、京楽」

 

 ハジメがそう呟くと同時に次に来ると思われた痛みが来なかった。

 

「なんだよ、八雲」

「……好き勝手にするのはおしまいだ。これ以上はさせん」

 

 京楽がハジメを守るように檜山達の前に立ちはだかり、檜山達を睨み付ける。

 

「今さらヒーロー気取りかよ!」

「ウケるんですけど!」

「……」

 

 京楽は何も答えず沈黙したままだった。図星だからではない。京楽にそんな感じのことを言うと、決まってとある返答が帰ってくる。

 

「……人間とは、生命の頂点であり、生命の頂点であるが故に生態系を食い散らかす害獣のことだ。それ故、害が正義である道理はなく、正義が害である道理もない。故に、人間とは生まれながらにしての悪である。……私は認めよう。私は…………救い用の無い〝悪〟だ」

 

 京楽はそう言うと、檜山達を睨み付ける。それだけで檜山達は竦み上がってしまう。京楽は修羅場馴れしている。そして何よりもヤクザや暴力団、マフィアとの関わりがあったため威圧が凄い。

 

「ぜ、全員でかかればどうってこと無いはずだ! やっちまえ!」

 

 檜山がそう言った瞬間。突然、怒りに満ちた女の子の声が響いた。

 

「何やってるの!?」

 

 その声に「やべっ」という顔をする檜山達。それはそうだろう。その女の子は檜山達が惚れている香織だったのだから。香織だけでなく雫や光輝、龍太郎もいる。

 

「い、いや、これはその……」

「南雲くん!」

 

 自分が大声を出したことが原因で現れてしまった為に、頭の中がパニックになり、なんとか言い訳をしようと口を動かそうとしたが、それを無視して香織は倒れて咳き込むハジメに駆け寄っていった。

 

「それで、これは一体どういう状況なの?」

 

 ギロリ! と鋭い目線を檜山達に向ける。仮にも親友が好意を持っている相手に集団でイジメていたのだ。雫の腸は煮えくり返っていた。京楽がハジメを守るように立っているため、かなりのことがあったのは予想できた。

 

 ビクッ! と檜山達は誤魔化し笑いをしながら頭をかく。まさしく典型的な三下のチンピラといった風貌だ。

 

「あんたたちが何をどうこうしようが興味ないけど、やっていいことと悪いことの区別くらいいい加減つけなさい」

「そうだ。いくら南雲が戦闘に向かないからって、同じクラスの仲間だ。二度とこういうことはするべきじゃない」

「くっだらねぇことする暇があるなら、自分を鍛えろっての」

 

 三者三様に言い募られ、檜山達は苦笑いでその場をそそくさと立ち去った。香織の治癒魔法によりハジメが徐々に癒されていく。

 

「あ、ありがとう。白崎さん。助かったよ」

 

 苦笑いするハジメに香織は泣きそうな顔でブンブンと首を振る。

 

「いつもあんなことされてたの? それなら、私が……」

 

 何やら怒りの形相で檜山達が去った方を睨む香織を、ハジメは慌てて止める。

 

「いや、そんないつもってわけじゃないから! 大丈夫だから、ホント気にしないで!」

「でも……」

 

 それでも納得できなそうな香織に再度「大丈夫」と笑顔を見せるハジメ。渋々ながら、ようやく香織も引き下がる。

 

「南雲君、何かあれば遠慮なく言ってちょうだい。香織もその方が納得するわ」

 

 渋い表情をしている香織を横目に、苦笑いしながら雫が言う。それにも礼を言うハジメ。しかし、そこで水を差すのが勇者クオリティー。

 

「だが、南雲自身ももっと努力すべきだ。弱さを言い訳にしていては強くなれないだろう? 聞けば、訓練のないときは図書館で読書に耽っているそうじゃないか。俺なら少しでも強くなるために空いている時間も鍛錬にあてるよ。南雲も、もう少し真面目になった方がいい。檜山達も、南雲の不真面目さをどうにかしようとしたのかもしれないだろ?」

 

 何をどう解釈すればそうなるのか。ハジメは半ば呆然としながら、ああ確かに天之河は基本的に性善説で人の行動を解釈する奴だったと苦笑いする。

 

 天之河の思考パターンは、基本的に人間はそう悪いことはしない。そう見える何かをしたのなら相応の理由があるはず。もしかしたら相手の方に原因があるのかもしれない! という過程を経るのである。

 

 それを聞いてハジメは既に誤解を解く気力が萎ている。それを察して雫も溜息を吐きながら手で顔を覆って、ハジメに謝罪をする。

 

「ごめんなさいね? 光輝も悪気があるわけじゃないのよ」

「アハハ、うん、分かってるから大丈夫」

 

 笑顔で大丈夫と言って立ち上がるハジメに、横から京楽は光輝の言い分を正しいと肯定する。

 

「……意見が同じことは癪だが、こればかりは天之川の言い分も正しい」

「えっ?」

 

 突然の京楽の意見に、それも光輝を物凄く嫌っている京楽から肯定の声を出され、ハジメは驚きの声を出して京楽を見つめる。

 

「正直に言うが、確かにハジメは弱い。これまで体術を軽く面倒を見てきたが、全くもって出来ていない。言い換えればセンスや才能というものが全くない。だから、檜山達にサンドバックにされる。だが、才能がないのが努力をしない理由にはならない。漫画の主人公でも落ちこぼれは存在するし、現実の世界で才能人間を努力した者が打ち勝ったなんて話しは星の数ほど存在する」

 

 普通に正論ではある。だが、現実と漫画は全然違うだろと内心少しムッ! と不機嫌になったハジメが京楽を睨む。

 

 それを理解しているのか、京楽はさらに話を続ける。

 

「けどだ、天之川。ハジメは努力はしている。確かに私達は戦争に参加するためにここに呼ばれた。しかし、生産職であるハジメが戦闘で活躍する意味はない。戦闘面ならそこらの騎士とかに任せたほうが柄を挙げてくれることだろう。だがな、生産職にしかできないことがある。それは裏方仕事、後方支援だ。さっき天之川も言ったように、ハジメは訓練のないときは図書館で読書に耽っている。それは、私がハジメに必要な知識を蓄えるように薦めたからだ。ユカリもそうだ。この世界にハジメが好きな本類が置かれていると言うことはない。ハジメも決してサボっていた訳じゃない。私の証言で足りないなら、ユカリからも求めたり、司書なんかにも聞いてみるといい」

 

 京楽の説明を聞いて少し怒った表情をした香織が質問してくる。

 

「それならどうして南雲くんにもっと努力した方がいいなんて言ったの? 八雲くんは、南雲くんが一生懸命勉強しているのを側で見ていたんでしょ?」

「簡単なことだ。私は別に強くなる努力をしろって言った訳じゃない。抵抗する努力をしろと言っている」

「抵抗……」

「そうだ。ハジメのさっきまでの行為は、元の世界では優しいと評されるだろう。暴力に対して同じ暴力を振るわない。まさしく、聖人と呼ばれる者の行いだ。だが、この世界は戦争真っ只中の世界。さっきの行為はただのヘタレと評される。当然だ、殺らなければ殺られる世界で、何もせず蹲る行為に何の価値がある?」

「それは……」

 

 何も言い返せないハジメに京楽は言い聞かせる。

 

「結論から語ろう。勿論価値などない。野端の雑草以下の価値もない」

 

 京楽の言葉がハジメに容赦なく突き刺さり、京楽は更に続ける。

 

「だが、かと言って檜山達に反撃するくらいの意思をみせろだなんて言わない。それはむしろ着火剤に火をつける。燃えているガソリンに油を追投下ような行為だ。今さっきハジメがするべき行動は声を挙げること、助けを求めることだ。……さっき、私は敢えてハジメを助けなかった。私がもっと早めに助けていれば、苦しい時間はもっと短くなったかもしれないな。だが、私が助けなかった理由は──答えられるな?」

「僕のためにならないから」

「ああ、そうだ。私は助けを求められていない。残念なことに私は聖人でも善人でもないただの偽善者だからな。だがな、リンチされる友人に助けを求められて黙っているほどクズではないつもりだ。声を上げたから私は助けた。声をあげることも立派な抵抗だ」

 

 ぐうの音も出ない程の正論に自分のさっき京楽を睨みつけた行動が恥ずかしくなる。天之河はそんなに深く合理的に考えて言った訳じゃない。だからそこまで深く刺さらない。

 

 けれど、自分の親友の言っていることは正解で合理的だ。だからこそ、自分の未熟さを分からせられる。どこまでもハジメに厳しく、ハジメを思った親友は優しい。

 

「……ああだこうだ言ったが、所詮は他人の戯れ言だ。聞くも聞かぬもハジメの好きにしろ。わからないようなら何度だって説明してやる。だが、これだけは忘れるな。────戦いの中、弱いだけでは淘汰されるだけだ。抵抗しろ。声をあげろ。声が上がらないなら声をあげなくたっていい、大きな音を鳴らせ。何があっても足掻き続けろ。それでも助けが来ないなら、生き延びるために死ぬ気で生き抜け」

 

 親友の何よりも強く、重たい言葉をハジメは受け止めた。京楽は自分に自由をくれる。京楽が強制することは滅多に無い。全てを選ばせてくれるのだ。

 

「……柄にもないほど熱くなりすぎたな。自分でも吐き気がする。……何をボーッとしている。早く行くぞ、ユカリが待ってる」

「う、うん」

 

 ハジメは京楽の背中を追いかけていった。残されそうになった香織達も京楽の後ろに続いていった。

 

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

 

 訓練が終了した後、いつもなら夕食の時間まで自由時間となるのだが、今回はメルドから伝えることがあると引き止められた。何事かと注目する生徒達に、メルドは野太い声で告げる。

 

「明日から、実戦訓練の一環として【オルクス大迷宮】へ遠征に行く。必要なものはこちらで用意してあるが、今までの王都外での魔物との実戦訓練とは一線を画すと思ってくれ! まぁ、要するに気合入れろってことだ! 今日はゆっくり休めよ! では、解散!」

 

 そう言って伝えることだけ伝えるとさっさと行ってしまった。ざわざわと喧騒に包まれる生徒達の最後尾で京楽は欠伸をした。嫌な予感を背負いながら、京楽は部屋に帰った。

 

 



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ホルアド、二人の話

 

 

 【オルクス大迷宮】

 

 それは、全百階層からなると言われている大迷宮である。七大迷宮の一つで、階層が深くなるにつれ強力な魔物が出現する。

 

 にもかかわらず、この迷宮は冒険者や傭兵、新兵の訓練に非常に人気がある。それは、階層により魔物の強さを測りやすいからということと、出現する魔物が地上の魔物に比べ遥かに良質の魔石を体内に抱えているからだ。

 

 魔石とは、魔物を魔物たらしめる力の核をいう。強力な魔物ほど良質で大きな核を備えており、この魔石は魔法陣を作成する際の原料となる。魔法陣はただ描くだけでも発動するが、魔石を粉末にし、刻み込むなり染料として使うなりした場合と比較すると、その効果は三分の一程度にまで減退する。

 

 要するに魔石を使う方が魔力の通りがよく効率的ということだ。その他にも、日常生活用の魔法具などには魔石が原動力として使われる。魔石は軍関係だけでなく、日常生活にも必要な大変需要の高い品なのである。

 

 ちなみに、良質な魔石を持つ魔物ほど強力な固有魔法を使う。固有魔法とは、詠唱や魔法陣を使えないため魔力はあっても多彩な魔法を使えない魔物が使う唯一の魔法である。一種類しか使えない代わりに詠唱も魔法陣もなしに放つことができる。魔物が油断ならない最大の理由だ。

 

 京楽達は、メルド率いる騎士団員複数名と共に、【オルクス大迷宮】へ挑戦する冒険者達のための宿場町【ホルアド】に到着した。新兵訓練によく利用するようで王国直営の宿屋があり、そこに泊まる。

 

 久しぶりに普通の部屋を見た気がするハジメはベッドにダイブし「ふぅ~」と気を緩め、京楽は軽く背伸びをして寝転がる。京楽はハジメと二人部屋になり、安心していた。下手によく知らないクラスメイトと組むよりは、よく知る親友の方がいいに決まっている。

 

 明日から早速、迷宮に挑戦だ。今回は行っても二十階層までらしく、京楽はハジメの心配をしたが、それくらいなら、ハジメやユカリのような最弱キャラと京楽のような問題キャラがいても十分カバーできるとメルドから直々に教えられた。

 

 ハジメとしては面倒掛けて申し訳ありませんと言う他ない。むしろ、王都に置いて行ってくれてもよかったのに……とは空気を読んで言えなかったヘタレなハジメである。

 

 京楽は、単独で動かせておく方が危険だと思っており、ハジメがそんなことを言えば京楽も確実に残るだろうが……

 

「ねぇ、京楽」

「……なんだ」

「京楽は怖くないの?」

「あえて聞いておこう、何がだ?」

「何かを、……殺すこととかさ。京楽は怖くないの?」

「……怖くないわけがない。だが、ここは地球とは違って命の価値が紙切れぐらい低い。殺さねば殺されるだけだ。割り切れとは言わないが、殺した命を背負う覚悟ぐらいは決めておいた方がいい」

「そう、だよね」

 

 ハジメは京楽の話を聞いて、頷いた。自分のなかで、なにかが完結したんだろう。ハジメは、王都にある図書館から借りてきたらしい魔物大全なる図鑑を読むようで、図鑑を読み始めた。

 

 京楽は現在確認されている天職の解説一覧書を広げて、眺めている。辞典形式で乗っているので割りと見やすいのだが、如何せん職業が多い。〝賢者〟の項目を探すのも一苦労だ。

 

 探し疲れ背伸びをして寝仕度を始める京楽。明日に響いてしまうと不味いのだ。

 

 少し早いが、京楽が寝仕度を始め、ハジメがウトウトとまどろみ始めたその時、二人の睡眠を邪魔するように扉をノックする音が響いた。

 

 少し早いと言っても、それは日本で徹夜が日常のハジメと趣味に没頭したり、夜歩きや家業を手伝ってたら夜が明けていたなんて事がざらの京楽にしてはということで、トータスにおいては十分深夜にあたる時間。怪しげな深夜の訪問者に、ハジメが緊張を表情に浮かべる。

 

 しかし、その心配は続く声で杞憂に終わった。

 

「南雲くん、起きてる? 白崎です。ちょっと、いいかな?」

 

 なんですと? と、一瞬硬直するも、ハジメは慌てて扉に向かう。そして、鍵を外して扉を開けると、そこには純白のネグリジェにカーディガンを羽織っただけの香織が立っていた。

 

「……なんでやねん」

「えっ?」

 

 ある意味、衝撃的な光景に思わず関西弁でツッコミを入れてしまうハジメ。よく聞こえなかったのか香織はキョトンとしている。

 

 ハジメは、慌てて気を取り直すと、なるべく香織を見ないように用件を聞く。いくらリアルに興味が薄いとはいえ、ハジメも立派な思春期男子。今の香織の格好は少々刺激が強すぎる。

 

「あ~いや、なんでもないよ。えっと、どうしたのかな? 何か連絡事項でも?」

「ううん。その、少し南雲くんと話したくて……やっぱり迷惑だったかな?」

「…………どうぞ。あっ、で、でも京楽が……」

 

 最も有り得そうな用件を予想して尋ねるが、香織は、あっさり否定して弾丸を撃ち込んでくる。しかも上目遣いという炸薬付き。効果は抜群だ! 気がつけば、扉を開け部屋の中に招き入れようとした。しかし、京楽がいることを思い出して香織を止める。

 

「ハジメ、気にしなくてもいい。私は少し散歩してこよう。二時間ぐらいでいいか?」

「京楽!?」

「二時間では足りないか? わかった、……三時間でどうだ?」

「なんで二、三時間も帰ってこないつもりなの! 三十分とか、最悪四、五分でいいじゃん!」

「人の恋路を邪魔して馬に蹴られたくはない。まぁ、冗談だ、安心しろ」

 

 京楽は割りと生々しい冗談を口にしながら窓を開ける。

 

「白崎、ハジメとじっくり話すといい」

「うん!」

「ハジメ。鍵は閉めてくれてても構わない。じゃあな」

 

 京楽は去り際にそう言って窓から背面倒れで落ちるように外に飛び出した。ハジメは慌てて窓から顔を出して下を見ると、京楽は着地してハジメに振り返ってから夜闇に紛れるように消えた。

 

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

 

 部屋から出た京楽は、宿から少し離れた場所にある噴水の広場にやって来た。

 

 広場にやって来て噴水の縁に腰掛ける。

 

 特にやりたいことがあって来た訳ではなく、ただ噴水を見ていたかったから見に来ただけだ。

 

「や、やっと追い付きましたよ、先輩」

「……どうした、ユカリ」

「どうしたもこうしたも、先輩の所に行ったら兄さんは白崎先輩と何か話してるし、先輩は窓から飛び降りて居なくなるしで追いかけてきたんです!」

 

 そう文句を垂れるユカリは京楽の隣に腰掛ける。少し息が上がっている。全力で走ってきたのだろう。ちなみに、服装は香織とは違い普通に普段着を着ている。

 

「先輩……星、綺麗ですね」

「……ああ」

「……星空を先輩と見てたら、あの時を思い出すの。先輩が私を守ってくれたこと」

「……そういえば、その日もこんな感じだったな」

 

 京楽はユカリとの思い出を思い出していた。

 

 ユカリは中学二年生の頃にいじめを受けていた。いじめの理由は、同時モテていた男子生徒に告白されてフッたからだ。

 

 それが原因で男子女子からいじめを受けた。同時モテていた男子生徒とその友人達とその男子生徒のファンからのいじめは、ユカリも教師に言ったが教師がやったのは発育のいい方だったユカリへのセクハラだ。

 

 それを拒んだ結果、いじめはさらに悪化していった。家族に言うことなどできず、段々と病んでいった。ハジメやハジメの両親は京楽に助けを求め、京楽も関わっては行ったが、家族以外の人間に対してはかなり強い拒絶反応が出ていた。そのため、京楽が関わっていくことは出来なかった。

 

 そんなある日、京楽がいつものようにユカリの周辺調査をするべく南雲家に行き、ユカリから話を聞こうと扉の前に行くが人の気配を感じられず、中に入って確認してみると、遺書が置いてあった。慌てて中身を軽く確認して、遠くの場所で死んでくると書いてあり、南雲家の玄関にある監視カメラを確認し、遠くに行っていないことを確認してから辺りを探した。こればっかりは自分でどうしようもないことだ。急遽、京に自分で依頼して、京とその友人と共に捜索した。

 

 そして、その日の夜。裏路地に隠れていないか探していると、チンピラ中学生五人と大学生らしき三人に襲われていた。

 

 それを目撃した京楽は引渡しを願うべくその人達に声をかけた。しかし、帰ってきたのは嘲笑いと拒否だった。それから、チンピラが京楽に襲い掛かり、京楽は返り討ちにし、それからなんやかんやあった後にユカリを救出した。だが……

 

 京楽の油断をついて、中学生がカッターナイフを片手に京楽に襲いかかった。京楽はユカリを守るために間に割り込んでかばい。その代償として口元と首を切りつけられた。それからも無我夢中で振るいだしたカッターが京楽の腕に刺さり、中学生は京楽が頭を壁にぶつけて気絶させた。

 

「あの時の先輩、かっこよかったな~。人嫌いって言ってたのに関わりもなかった私を無条件に助けてくれてさ」

「……ハジメに頼まれたからな」

 

 それから京楽は警察に電話し、救急車を自力で呼んで気絶。ユカリが気絶した京楽に驚いて発叫したことにより野次馬が集まり、警察への通報者などが続出。その後京楽は病院に入院し、深く切っていた首や口元、腕を針で縫い、首は大きな血管や神経が切れていなかったが、首の力が入りづらいなどの後遺症が残るらしい。現に、刺された腕、右腕の握力は落ちているし力を入れすぎると痛む時がある。傷は深いが、変に錆びていたりしたわけではないため、早めに治るようだが、傷跡は一生消えないらしい。

 

「先輩、少し失礼します」

 

 ユカリは京楽のマフラーに手をかけ、そっとマフラーを外し、いつもつけているマスクを外す。そこにはかなり目立つだろう傷跡があり、唯でさえ強い威圧感をさらに強めてしまう。

 

「……まだ、疼くときはある?」

「……いや。今はもうない」

 

 ユカリが京楽の傷跡を躊躇い気味に指でそっとなぞる。その顔はとても悲しそうな顔だ。

 

「……あの時、先輩が私を助けなかったら……私が家出なんてしなければこんなことにならなかったのに……」

「……ああ、そうだな」

 

 京楽はその言葉を肯定するように返した。だが、京楽はユカリを責めるつもりはない。過去は変えられない。そして何よりも、この傷はユカリとの約束の証だ。二人の間では契約書なんかよりも強い約束の証。

 

「……だが、どれだけifを唱えたところで、所詮はifだ。過去は変わらない。それに、これは私とユカリの信頼の証だ。何者にも変えられない、大事なものだ」

「先輩……」

「……確かに私は人は嫌いだ。傲慢で、自分の益の為だけに動く人間は特に嫌いだ。自然を破壊しては調和を持とうとするのもな。人間は穢い。欲深くて、穢れた生き物だ。だが、優しく、誰かの為に生きようとする者もいる。誰かを助けるために生きる者もいる。人間は思ったよりも捨てたものではないよ。だから助けた。私にとって、私の身近な人の幸せが私の幸せだったからだ」

 

 京楽はユカリに向き直ると、優しく微笑んだ。滅多に見られない京楽の心の底からの優しい笑み。

 

「ユカリ、お前は私にとって大切な存在だよ。だから、悔いるな。私の傷で傷付くな。これは私とユカリには大切なモノだったんだから」

「…………ふふ、そうですね」

 

 京楽の言葉に、ユカリは笑った。京楽は優しい。ユカリは星空を見上げる。あの日に病院の屋上で二人で見た星とは違うが、シチュエーションは同じだ。

 

「……先輩。もし、私が狂ったら助けてくれますか?」

「……ああ、可能であるならば、な。不可能でも見捨てはしない」

 

 京楽の隣に寄り添い、いつしか二人の距離は零になっていた。ユカリが京楽にぴったりとくっつき、京楽もそれを受け入れた。潔癖症と接触恐怖症の京楽と男性恐怖症のユカリ。しかし、お互いに気を許しあい、信頼しあった結果、まだ少し怖いがお互いにぴったりくっつくことができる。

 

「……先輩、不安なんです……今日も、ご一緒してくれますか?」

「……ワガママだな」

「私をワガママにしたのは先輩なんですから、責任とってね」

 

 ユカリがゆっくりと京楽に腕を回し抱き付くと、京楽もそれに答えるように軽く抱きしめた。

 

「……部屋に戻ろう」

「そうですね、そとで眠ったら風邪ひきそうですし」

 

 京楽はユカリの部屋に連れていかれて、一緒にベッドに倒れる。

 

 ユカリが嬉しそうに京楽の手を取り、指を絡ませる。

 

「……先輩、私の名前、ユカリなんですよ」

「……だからなんだ」

「私の名前は、縁を表すんです。だから、……運命の赤い糸なんてモノを作ってみたわけですよ」

 

 ユカリが〝製糸〟で赤い糸を作り出し、京楽と自分の小指に軽く巻き付ける。

 

「もしかしたら、私と先輩が出会うのは、運命だったのかもしれませんよ?」

「……そうかもしれんな」

 

 いつもなら否定するだろうが、ユカリやハジメと出会って、確かに京楽は変われたのだ。京楽が今の京楽でいられるのは、二人と出会ったからこそだ。運命とは時には残酷で悲しいものだが、これはいい出会いだったのだろう。

 

「否定、しないんですね」

「……ああ、否定しないさ。ただ、赤い糸は、ロマンチスト過ぎるとは思うがな」

 

 京楽はそう言いながらユカリを抱き寄せた。気が付けば恐怖も感じない。感じるのは、ただ温かい人肌とユカリの鼓動だ。

 

「今日は特別サービスだ。もう寝ろ。明日に響くぞ」

「は~い。おやすみ、京楽先輩」

「……おやすみ、ユカリ」

 

 二人は一緒に眠りにつき、翌朝の早朝に京楽は起きて部屋に戻った。去り際に、「先輩、大好きです」と聞こえたのは気のせいだろう。

 

 京楽が部屋に帰れば、ハジメに心配された。何故戻ってこなかったかを問いつめられ、京楽はユカリと一緒にいた事を話、ハジメは深い溜息を吐いていた。

 

「……そう言えばハジメ。白崎とは何を話していたんだ?」

「あ、ああ。白崎さん、夢見が悪くて不安になったから僕の所に来たみたいでさ。まぁ、僕がヒロインになっちゃったよ」

「何があった」

 

 京楽は大体の意味は察したが、経緯がわからず首をかしげた。

 

 まぁ、不安に刈られるのもわかる話だ。ハジメ、ユカリ、京楽の三人は召喚メンバー内最弱の立場にいる。夢見が悪くて不安に刈られるのは仕方がないと言える。

 

 ハジメから詳細を軽く話してもらい、京楽は少し唸った。

 

(黒い闇に呑まれて手が届かなる夢、か。……胸騒ぎがするな。なにも起こらないのがベストだが、周りを警戒しないに越したことはないな)

「……まぁ、話はわかった。私も出来る限り助力しよう」

「あはは、僕。なんだか、守られてばっかりだね……」

「あまり気にするな。私は好きでやっているからな。守られてばかりが嫌なら自分の持てる手札の全てを持って自分に抗え。……それに、守ってくれる存在もハジメ、君の力だ。何かあれば頼れ、気負うな。親友じゃないか」

 

 京楽はそう言ってハジメの頭をポンポンと撫で、ハジメはされるがままになっていた。ハジメにも思うところはある。京楽は優しい。その優しさに甘え続けるのも流石に悪いとは思ってしまう。だから、

 

「京楽、僕も頑張るよ。いつか、京楽の隣に立てるぐらいになって見せるよ。だから、僕の事をそれまで見守ってくれるかな?」

「……ああ、いつまでも見守ってやる。だから、何があっても生き残れよ」

 

 京楽はその言葉を聞いて、ハジメの頭から手を離して立ち上がる。

 

「そろそろ集合の時間だ。行くぞ」

「うん。行こっか」

 

 二人は部屋を出ていった。




多分今日中にあと一話更新するかも?

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悪夢の始まり

オルクスの攻略が始まるよ?
主人公君はどうなるんだろうね?


 

 

 

 

 現在、京楽達は【オルクス大迷宮】の正面入口がある広場に集まっていた。

 

 京楽としては某RPGのような薄暗い陰気な入口を想像していたのだが、まるで博物館の入場ゲートのようなしっかりした入口があり、受付窓口まであった。制服を着た受付嬢が笑顔で迷宮への出入りをチェックしている。

 

 なんでも、ここでステータスプレートをチェックし出入りを記録することで死亡者数を正確に把握するのだとか。戦争を控え、多大な死者を出さない措置だろう。 

 

 入口付近の広場には露店なども所狭しと並び建っており、それぞれの店の店主がしのぎを削っている。まるでお祭り騒ぎだ。

 

 浅い階層の迷宮は良い稼ぎ場所として人気があるようで人も自然と集まる。馬鹿騒ぎした者が勢いで迷宮に挑み命を散らしたり、裏路地宜しく迷宮を犯罪の拠点とする人間も多くいたようで、戦争を控えながら国内に問題を抱えたくないと冒険者ギルドと協力して王国が設立したのだとか。入場ゲート脇の窓口でも素材の売買はしてくれるので、迷宮に潜る者は重宝しているらしい。

 

 京楽達は、お上りさん丸出しでキョロキョロしながらメルドの後をカルガモのヒナのように付いていった。

 

 迷宮に入る寸前で、京楽の頭にノイズが走った。脳裏に知らない筈なのに知っている青年の顔が思い浮かぶ。黒髪に眼鏡をかけた青年の顔が……

 

「……オスカー?」

「? 先輩、急にどうしたの?」

「いや、何でもない」

 

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

 

 迷宮の中は、外の賑やかさとは無縁だった。

 

 縦横五メートル以上ある通路は明かりもないのに薄くぼんやりと発光しており、松明や明かりの魔法具がなくてもある程度視認が可能だ。緑光石という特殊な鉱物が多数埋まっているらしく、【オルクス大迷宮】は、この巨大な緑光石の鉱脈を掘って出来ているのだとか。

 

 一行は隊列を組みながらゾロゾロと進む。しばらく何事もなく進んでいると広間に出た。ドーム状の大きな場所で天井の高さは七、八メートル位ありそうだ。

 

 と、その時、物珍しげに辺りを見渡している一行の前に、壁の隙間という隙間から灰色の毛玉が湧き出てきた。

 

「よし、光輝達が前に出ろ。他は下がれ! 交代で前に出てもらうからな、準備しておけ! あれはラットマンという魔物だ。すばしっこいが、たいした敵じゃない。冷静に行け!」

 

 その言葉通り、ラットマンと呼ばれた魔物が結構な速度で飛びかかってきた。

 

 灰色の体毛に赤黒い目が不気味に光る。ラットマンという名称に相応しく外見はねずみっぽいが……二足歩行で上半身がムキムキだった。八つに割れた腹筋と膨れあがった胸筋の部分だけ毛がない。まるで「私の筋肉を見よ!」と見せびらかすように。

 

 正面に立つ光輝達──特に前衛である雫の頬が引き攣っている。やはり、気持ち悪いらしい。

 

 間合いに入ったラットマンを光輝、雫、龍太郎の三人で迎撃する。その間に、香織と特に親しい女子二人、メガネっ娘の中村恵里とロリ元気っ子の谷口鈴が詠唱を開始。魔法を発動する準備に入る。訓練通りの堅実なフォーメーションだ。

 

 光輝は純白に輝くバスタードソードを視認も難しい程の速度で振るって数体をまとめて葬っている。

 

 彼の持つその剣はハイリヒ王国が管理するアーティファクトの一つで、お約束に漏れず名称は〝聖剣〟である。光属性の性質が付与されており、光源に入る敵を弱体化させると同時に自身の身体能力を自動で強化してくれるという〝聖なる〟というには実に嫌らしい性能を誇っている。「聖剣? 魔剣とか、邪剣とかの間違いないの?」とはユカリの言葉だ。

 

 龍太郎は、空手部らしく天職が〝拳士〟であることから籠手と脛当てを付けている。これもアーティファクトで衝撃波を出すことができ、また決して壊れないのだという。龍太郎はどっしりと構え、見事な拳撃と脚撃で敵を後ろに通さない。無手でありながら、その姿は盾役の重戦士のようだ。

 

 雫は、サムライガールらしく〝剣士〟の天職持ちで刀とシャムシールの中間のような剣を抜刀術の要領で抜き放ち、一瞬で敵を切り裂いていく。その動きは洗練されていて、騎士団員をして感嘆させるほどである。

 

 クラスメイト達が光輝達の戦いぶりに見蕩れていると、詠唱が響き渡った。

 

「「「暗き炎渦巻いて、敵の尽く焼き払わん、灰となりて大地へ帰れ──〝螺炎〟」」」

 

 三人同時に発動した螺旋状に渦巻く炎がラットマン達を吸い上げるように巻き込み燃やし尽くしていく。「キィイイッ」という断末魔の悲鳴を上げながらパラパラと降り注ぐ灰へと変わり果て絶命する。

 

 気がつけば、広間のラットマンは全滅していた。他の生徒の出番はなしである。どうやら、光輝達召喚組の戦力では一階層の敵は弱すぎるらしい。

 

「ああ~、うん、よくやったぞ! 次はお前等にもやってもらうからな、気を緩めるなよ!」

 

 生徒の優秀さに苦笑いしながら気を抜かないよう注意するメルド。しかし、初めての迷宮の魔物討伐にテンションが上がるのは止められない。頬が緩む生徒達に「しょうがねぇな」とメルドは肩を竦めた。

 

「それとな……今回は訓練だからいいが、魔石の回収も念頭に置いておけよ。明らかにオーバーキルだからな?」

 

 メルドの言葉に香織達魔法支援組は、やりすぎを自覚して思わず頬を赤らめるのだった。

 

 そこからは特に問題もなく交代しながら戦闘を繰り返し、順調に階層を下げて行った。

 

 そして、一流の冒険者か否かを分けると言われている二十階層にたどり着いた。

 

 現在の迷宮最高到達階層は六十五階層らしいのだが、それは百年以上前の冒険者がなした偉業であり、今では超一流で四十階層越え、二十階層を越えれば十分に一流扱いなんだそうだ。

 

 クラスメイト達は戦闘経験こそ少ないものの、全員がチート持ちなので割かしあっさりと降りることができた。

 

 もっとも、迷宮で一番恐いのはトラップである。場合によっては致死性のトラップも数多くあるのだ。

 

 この点、トラップ対策として〝フェアスコープ〟というものがある。これは魔力の流れを感知してトラップを発見することができるという優れものだ。迷宮のトラップはほとんどが魔法を用いたものであるから八割以上はフェアスコープで発見できる。ただし、索敵範囲がかなり狭いのでスムーズに進もうと思えば使用者の経験による索敵範囲の選別が必要だ。

 

 従って、クラスメイト達が素早く階層を下げられたのは、ひとえに騎士団員達の誘導があったからだと言える。メルドからも、トラップの確認をしていない場所へは絶対に勝手に行ってはいけないと強く言われている。

 

「よし、お前達。ここから先は一種類の魔物だけでなく複数種類の魔物が混在したり連携を組んで襲ってくる。今までが楽勝だったからと言ってくれぐれも油断するなよ! 今日はこの二十階層で訓練して終了だ! 気合入れろ!」

 

 メルドのかけ声がよく響く。

 

 ここまで、ハジメ、京楽、ユカリは三人で魔物と戦った。

 

 一応、二人も訓練には来ているんだから、どうせなら一緒にやらないかと京楽が誘い、三人は力を会わせて魔物を倒した。京楽が前に出て支給された剣で攻撃してヘイトを稼ぎ、攻撃を全て紙一重でかわしながら魔物が後ろを狙いにいかないように攻撃し、ハジメが〝錬成〟を応用して壁を作り、魔物の攻撃から身を守る防壁を築く。ユカリは〝製糸〟で固くて頑丈な糸を張り巡らせて簡易トラップをつくって妨害する。

 

 魔力回復薬を口に含みながら、額の汗を拭うハジメと欠伸をする京楽。ユカリは糸を回収して自分の手に巻きとっている。そんな三人を騎士団員達が感心したように見ていた。

 

 実を言うと、騎士団員達は京楽達には全く期待していなかった。はぐれもの同士で臨時パーティーを組み、一体どんな戦い方をするのか観察していたのだ。

 

 騎士団員達としては、ハジメやユカリが碌に使えもしない剣で戦い、全体を基本的に見渡して指示を出せる京楽が後ろから指揮を執るものとばかり思っていた。ところが実際は、京楽が前線に出て指揮をとりながら魔物を食い止め、紙装甲故に一撃も当たれないと言う緊張感のなか、難なく全ての攻撃をかわしきりヘイトを稼ぎながら着実に相手を削り、ハジメは錬成の性質を利用して壁を作ったり、弱っている魔物を錬成で作った落とし穴に落として、確実に動きを封じてから、止めを刺し、ユカリは硬糸をつくって魔物に巻き付けて動きを封じて止めを確実に刺すという騎士団員達が考えもしなかった方法で倒していくのだ。

 

 ハジメやユカリとしては、何もない自分の唯一の武器は錬成や製糸しかないと考えていたので、鉱物を操れるなら地面も操れるだろうと鍛錬した結果であり、ユカリは製糸を練習しまくり派生して生まれたのが〝硬糸生成〟だ。二人は二人でかなり精一杯の戦い方だ。

 

 小休止に入り、ふと前方を見ると香織がハジメの方を見て微笑んでおり、京楽はつい昨夜のことを思い出しながら眺めていた。

 

 なんでも、昨夜。京楽がユカリと話をしている間に、香織がハジメを〝守る〟という約束をしたんだそうだ。普通逆じゃないか? とも思ったが、自分を無能だと言うハジメだ。香織のことを気遣っての約束なのだろう。宣言通りに見守られているようでなんとなく気恥ずかしくなり目を逸らしたハジメ。若干、香織が拗ねたような表情になる。それを横目で見ていた雫が苦笑いし、小声で話しかけた。

 

「香織、なに南雲君と見つめ合っているのよ? 迷宮の中でラブコメなんて随分と余裕じゃない?」

 

 からかうような口調に思わず顔を赤らめる香織。怒ったように雫に反論する。

 

「もう、雫ちゃん! 変なこと言わないで! 私はただ、南雲くん大丈夫かなって、それだけだよ!」

 

 「それがラブコメしとるってことなのでは?」と、京楽が援護射撃を入れようとはは思ったが、これ以上言うと本格的に拗ねそうなので口を閉じる。だが、京楽愉しげなの視線に気が付き、目が笑っているのを見た香織が「もうっ、八雲くんまで」と呟いて拗ねてしまった。

 

「京楽先輩、どうしましたか?」

「……いや、友人の春が近いな、とな」

「あ~、でも、兄さんヘタレだから何もないと思うけどね」

 

 二人はそんな会話をしながら休憩時間を過ごした。

 

 一行は二十階層を探索する。

 

 迷宮の各階層は数キロ四方に及び、未知の階層では全てを探索しマッピングするのに数十人規模で半月から一ヶ月はかかるというのが普通だ。

 

 現在、四十七階層までは確実なマッピングがなされているので迷うことはない。トラップに引っかかる心配もないはずだった。

 

 二十階層の一番奥の部屋はまるで鍾乳洞のようにツララ状の壁が飛び出していたり、溶けたりしたような複雑な地形をしていた。この先を進むと二十一階層への階段があるらしい。

 

 そこまで行けば今日の実戦訓練は終わりだ。神代の転移魔法の様な便利なものは現代にはないので、また地道に帰らなければならない。一行は、若干、弛緩した空気の中、せり出す壁のせいで横列を組めないので縦列で進む。

 

 すると、先頭を行く光輝達やメルドが立ち止まった。訝しそうなクラスメイトを尻目に戦闘態勢に入る。どうやら魔物のようだ。

 

「擬態しているぞ! 周りをよ~く注意しておけ!」

 

 メルドの忠告が飛ぶ。

 

 その直後、前方でせり出していた壁が突如変色しながら起き上がった。壁と同化していた体は、今は褐色となり、二本足で立ち上がる。そして胸を叩きドラミングを始めた。どうやらカメレオンのような擬態能力を持ったゴリラの魔物のようだ。

 

「ロックマウントだ! 二本の腕に注意しろ! 豪腕だぞ!」

 

 メルドの声が響く。光輝達が相手をするようだ。飛びかかってきたロックマウントの豪腕を龍太郎が拳で弾き返す。光輝と雫が取り囲もうとするが、鍾乳洞的な地形のせいで足場が悪く思うように囲むことができない。

 

 龍太郎の人壁を抜けられないと感じたのか、ロックマウントは後ろに下がり仰け反りながら大きく息を吸った。

 

 直後、

 

「グゥガガガァァァァアアアアーーーー!!」

 

 部屋全体を震動させるような強烈な咆哮が発せられた。

 

「ぐっ!?」

「うわっ!?」

「きゃあ!?」

 

 体をビリビリと衝撃が走り、ダメージ自体はないものの硬直してしまう。ロックマウントの固有魔法〝威圧の咆哮〟だ。魔力を乗せた咆哮で一時的に相手を麻痺させる。

 

 まんまと食らってしまった光輝達前衛組が一瞬硬直してしまった。

 

 ロックマウントはその隙に突撃するかと思えばサイドステップし、傍らにあった岩を持ち上げ香織達後衛組に向かって投げつけた。見事な砲丸投げのフォームで! 咄嗟に動けない前衛組の頭上を越えて、岩が香織達へと迫る。

 

 香織達が、準備していた魔法で迎撃せんと魔法陣が施された杖を向けた。避けるスペースが心もとないのだ。

 

 しかし、発動しようとした瞬間、香織達は衝撃的光景に思わず硬直してしまった。

 

 なんと、投げられた岩もロックマウントだったのだ。空中で見事な一回転を決めると両腕をいっぱいに広げて香織達へと迫る。その姿は、さながらルパンダイブだ。「かおりちゃ~ん!」という声が聞こえてきそうである。しかも、妙に目が血走り鼻息が荒い。香織も恵里も鈴も「ヒィ!」と思わず悲鳴を上げて魔法の発動を中断してしまった。

 

「ボサッとするな」

 

 京楽がダイブ中のロックマウントと香織達との間にいつの間にか割り込み、国に支給されている剣を突っ込み、頭を切り裂いて絶命させる。

 

「京楽、すまない。助かった」

「別にいい。流石にアレはちょっと刺激が強い」

 

 京楽の反応を見て、メルドも流石についさっきのロックマウントは気持ち悪いと苦笑いを浮かべたが、説教はするようだ。

 

 香織達が、「す、すいません!」と謝るものの相当気持ち悪かったらしく、まだ、顔が青褪めていた。

 

 そんな様子を見てキレる若者が一人。歪んだ正義感と思い込みの塊、我らが勇者、天之河光輝だ。

 

「貴様……よくも香織達を……許さない!」

 

 どうやら気持ち悪さで青褪めているのを死の恐怖を感じたせいだと勘違いしたらしい。彼女達を怯えさせるなんて! と、なんとも微妙な点で怒りをあらわにする光輝。それに呼応してか彼の聖剣が輝き出す。

 

「万翔羽ばたき、天へと至れ──〝天翔閃〟!」

「あっ、こら、馬鹿者!」

 

 メルドの声を無視して、光輝は大上段に振りかぶった聖剣を一気に振り下ろした。

 

 その瞬間、詠唱により強烈な光を纏っていた聖剣から、その光自体が斬撃となって放たれた。逃げ場などない。曲線を描く極太の輝く斬撃が僅かな抵抗も許さずロックマウントを縦に両断し、更に奥の壁を破壊し尽くしてようやく止まった。

 

 パラパラと部屋の壁から破片が落ちる。「ふぅ~」と息を吐きイケメンスマイルで香織達へ振り返った光輝。香織達を怯えさせた魔物は自分が倒した。もう大丈夫だ! と声を掛けようとして、笑顔で迫っていたメルドの拳骨を食らった。

 

「へぶぅ!?」

「この馬鹿者が。気持ちはわかるがな、こんな狭いところで使う技じゃないだろうが! 崩落でもしたらどうすんだ!」

 

 メルドのお叱りに「うっ」と声を詰まらせ、バツが悪そうに謝罪する光輝。香織達が寄ってきて苦笑いしながら慰める。

 

 その時、ふと香織が崩れた壁の方に視線を向けた。

 

「……あれ、何かな? キラキラしてる……」

 

 その言葉に、全員が香織の指差す方へ目を向けた。

 

 そこには青白く発光する鉱物が花咲くように壁から生えていた。まるでインディコライトが内包された水晶のようである。香織を含め女子達は夢見るように、その美しい姿にうっとりした表情になった。

 

「ほぉ~、あれはグランツ鉱石だな。大きさも中々だ。珍しい」

 

 グランツ鉱石とは、言わば宝石の原石みたいなものだ。特に何か効能があるわけではないが、その涼やかで煌びやかな輝きが貴族のご婦人ご令嬢方に大人気であり、加工して指輪・イヤリング・ペンダントなどにして贈ると大変喜ばれるらしい。求婚の際に選ばれる宝石としてもトップ三に入るとか。

 

「素敵……」

 

 香織が、メルドの簡単な説明を聞いて頬を染めながら更にうっとりとする。そして、誰にも気づかれない程度にチラリとハジメに視線を向けた。もっとも、京楽やユカリ、雫ともう一人だけは気がついていたが……

 

「だったら俺らで回収しようぜ!」

 

 そう言って唐突に動き出したのは檜山だった。グランツ鉱石に向けてヒョイヒョイと崩れた壁を登っていく。それに慌てたのはメルドだ。

 

「こら! 勝手なことをするな! 安全確認もまだなんだぞ!」

 

 しかし、檜山は聞こえないふりをして、とうとう鉱石の場所に辿り着いてしまった。

 

 メルドは、止めようと檜山を追いかける。同時に騎士団員の一人がフェアスコープで鉱石の辺りを確認する。そして、一気に青褪めた。

 

「団長! トラップです!」

「ッ!?」

 

 しかし、メルドも、騎士団員の警告も一歩遅かった。

 

 檜山がグランツ鉱石に触れた瞬間、鉱石を中心に魔法陣が広がる。グランツ鉱石の輝きに魅せられて不用意に触れた者へのトラップだ。美味しい話には裏がある。綺麗な薔薇には棘がある。世の常だ。

 

 魔法陣は瞬く間に部屋全体に広がり、輝きを増していった。まるで、召喚されたあの日の再現だ。

 

「くっ、撤退だ! 早くこの部屋から出ろ!」

 

 メルドの言葉に生徒達が急いで部屋の外に向かうが……間に合わなかった。

 

 部屋の中に光が満ち、京楽達の視界を白一色に染めると同時に一瞬の浮遊感に包まれる。

 

 京楽達は空気が変わったのを感じ、空中で体勢を変えて着地した。次いで、ドスンという音と共にクラスメイト達が地面に叩きつけられ、上から降ってきたユカリをお姫様抱っこで抱えた。

 

 抱き抱えたユカリを下ろして、京楽は周囲を見渡す。クラスメイトのほとんどはみんな同じように尻餅をついていたが、メルドや騎士団員達、光輝達など一部の前衛職の生徒は既に立ち上がって周囲の警戒をしている。

 

 どうやら、先の魔法陣は転移させるものだったらしい。現代の魔法使いには不可能な事を平然とやってのけるのだから神代の魔法は規格外だ。

 

 京楽達が転移した場所は、巨大な石造りの橋の上だった。ざっと百メートルはありそうだ。天井も高く二十メートルはあるだろう。橋の下は川などなく、全く何も見えない深淵の如き闇が広がっていた。まさに落ちれば奈落の底といった様子だ。

 

 橋の横幅は十メートルくらいありそうだが、手すりどころか縁石すらなく、足を滑らせれば掴むものもなく真っ逆さまだ。京楽達はその巨大な橋の中間にいた。橋の両サイドにはそれぞれ、奥へと続く通路と上階への階段が見える。

 

 それを確認したメルドが、険しい表情をしながら指示を飛ばした。

 

「お前達、直ぐに立ち上がって、あの階段の場所まで行け。急げ!」

 

 雷の如く轟いた号令に、わたわたと動き出す生徒達。

 

 しかし、迷宮のトラップがこの程度で済むわけもなく、撤退は叶わなかった。階段側の橋の入口に現れた魔法陣から大量の魔物が出現したからだ。更に、通路側にも魔法陣は出現し、そちらからは一体の巨大な魔物が……

 

 その時、現れた巨大な魔物を呆然と見つめるメルド団長の呻く様な呟きがやけに明瞭に響いた。

 

──まさか……ベヒモス……なのか……

 

 



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悪夢の化物

 

 

 

 

 橋の両サイドに現れた赤黒い光を放つ魔法陣。通路側の魔法陣は十メートル近くあり、階段側の魔法陣は一メートル位の大きさだが、その数がおびただしい。

 

 小さな無数の魔法陣からは、骨格だけの体に剣を携えた魔物〝トラウムソルジャー〟が溢れるように出現した。空洞の眼窩からは魔法陣と同じ赤黒い光が煌々と輝き目玉の様にギョロギョロと辺りを見回している。その数は、既に百体近くに上っており、尚、増え続けている。

 

 しかし、数百体のガイコツ戦士より、反対の通路側の方がヤバイと感じていた。

 

 十メートル級の魔法陣からは体長十メートル級の四足で頭部に兜のような物を取り付けた魔物が出現したからだ。もっとも近い既存の生物に例えるならトリケラトプスだろうか。ただし、瞳は赤黒い光を放ち、鋭い爪と牙を打ち鳴らしながら、頭部の兜から生えた角から炎を放っているという付加要素が付くが……

 

 メルドが呟いた〝ベヒモス〟という魔物は、大きく息を吸うと凄まじい咆哮を上げた。

 

「グルァァァァァアアアアア!!」

「ッ!?」

 

 その咆哮で正気に戻ったのか、メルドが矢継ぎ早に指示を飛ばす。

 

「アラン! 生徒達を率いてトラウムソルジャーを突破しろ! カイル、イヴァン、ベイル! 全力で障壁を張れ! ヤツを食い止めるぞ! 光輝、お前達は早く階段へ向かえ!」

「待って下さい、メルドさん! 俺達もやります! あの恐竜みたいなヤツが一番ヤバイでしょう! 俺達も……」

「馬鹿野郎! あれが本当にベヒモスなら、今のお前達では無理だ! ヤツは六十五階層の魔物。かつて、〝最強〟と言わしめた冒険者をして歯が立たなかった化物だ! さっさと行け! 私はお前達を死なせるわけにはいかないんだ!」

 

 メルドの鬼気迫る表情に一瞬怯むも、「見捨ててなど行けない!」と踏み止まる光輝。

 

 どうにか撤退させようと、再度メルドが光輝に話そうとした瞬間、ベヒモスが咆哮を上げながら突進してきた。このままでは、撤退中の生徒達を全員轢殺してしまうだろう。

 

 そうはさせるかと、ハイリヒ王国最高戦力が全力の多重障壁を張る。

 

「「「全ての敵意と悪意を拒絶する、神の子らに絶対の守りを、ここは聖域なりて、神敵を通さず──〝聖絶〟!!」」」

 

 二メートル四方の最高級の紙に描かれた魔法陣と四節からなる詠唱、さらに三人同時発動。一回こっきり一分だけの防御であるが、何物にも破らせない絶対の守りが顕現する。純白に輝く半球状の障壁がベヒモスの突進を防ぐ。

 

 衝突の瞬間、凄まじい衝撃波が発生し、ベヒモスの足元が粉砕される。橋全体が石造りにもかかわらず大きく揺れた。撤退中の生徒達から悲鳴が上がり、転倒する者が相次ぐ。

 

 トラウムソルジャーは三十八階層に現れる魔物だ。今までの魔物とは一線を画す戦闘能力を持っている。前方に立ちはだかる不気味な骸骨の魔物と、後ろから迫る恐ろしい気配に生徒達は半ばパニック状態だ。

 

 隊列など無視して我先にと階段を目指してがむしゃらに進んでいく。騎士団員の一人、アランが必死にパニックを抑えようとするが、目前に迫る恐怖により耳を傾ける者はいない。

 

 そのなか、一人の女子生徒が後ろから突き飛ばされ転倒してしまった。「うっ」と呻きながら顔を上げると、眼前で一体のトラウムソルジャーが剣を振りかぶっていた。

 

「あ」

 

 そんな一言と同時に彼女の頭部目掛けて剣が振り下ろされた。

 

 死ぬ──女子生徒がそう感じた次の瞬間、トラウムソルジャーの足元が突然隆起した。

 

 バランスを崩したトラウムソルジャーの剣は彼女から逸れてカンッという音と共に地面を叩くに終わる。更に、地面の隆起は数体のトラウムソルジャーを巻き込んで橋の端へと向かって波打つように移動していき、遂に奈落へと落とすことに成功した。

 

 橋の縁から二メートルほど手前には、座り込みながら荒い息を吐くハジメの姿があった。ハジメは連続で地面を錬成し、滑り台の要領で魔物達を橋の外へ滑らせて落としたのである。いつの間にか、錬成の練度が上がっており、連続で錬成が出来るようになっていたおかげだ。錬成範囲も少し広がったようだ。

 

 もっとも、錬成は触れた場所から一定範囲にしか効果が発揮されないので、トラウムソルジャーの剣の間合いで地面にしゃがまなければならず、緊張と恐怖でハジメの内心は一杯一杯だったが、京楽とユカリがハジメを襲おうとするトラウムソルジャーを倒す。

 

 魔力回復薬を飲みながら倒れたままの女子生徒のもとへ駆け寄るハジメ。錬成用の手袋越しに女子生徒の手を引っ張り立ち上がらせる。

 

 呆然としながら為されるがままの彼女に、ハジメが笑顔で声をかけた。

 

「早く前へ。大丈夫、冷静になればあんな骨どうってことないよ。うちのクラスは僕らを除いて全員チートなんだから!」

 

 自信満々で背中をバシッと叩くハジメをマジマジと見る女子生徒は、次の瞬間には「うん! ありがとう!」と元気に返事をして駆け出した。

 

 そんなやりとりを横目に見ながら、トラウムソルジャーを倒していく。

 

「ハジメ、ユカリ、コイツらの足止めできるか?」

「少しの間なら」

「同じく」

 

 ハジメは周囲のトラウムソルジャーの足元を崩して固定し、ユカリはトラウムソルジャーを数匹纏めて縛って足止めをする。京楽は動けなくなったトラウムソルジャーの一体からボロボロの剣を強奪してトラウムソルジャーを切り払う。二刀流は手数や防御力を上げれるが取り回しはなれない。だが、扱えない訳じゃない。

 

 辺りを旋回するようにトラウムソルジャーを切り伏せ、ハジメとユカリを守るように動く。

 

 京楽の剣術は受け流しや、防御、回避からの鋭いカウンターがメインだ。トラウムソルジャーのように突っ込んできて襲いかかってくるタイプの相手なら、確実にやりあえる。

 

 トラウムソルジャーの攻撃を弾いて切り飛ばし、受け流して隙を縫うように蹴り飛ばし、剣術と体術の会わせ技だ。

 

 ハジメとユカリはトラウムソルジャー足止めに徹しながら辺りを見回す。

 

 誰も彼もがパニックになりながら滅茶苦茶に武器や魔法を振り回している。このままでは、いずれ死者が出る可能性が高い。京楽が足止めされたトラウムソルジャーとそれ以外のトラウムソルジャーを刈っているが、一人では限度がある。クラスメイト達をアランが必死に纏めようとしているが上手くいっていない。そうしている間にも魔法陣から続々と増援が送られてくる。

 

「なんとかしないと……必要なのは……強力なリーダー……道を切り開く火力……天之河くん!」

「ハジメ、ユカリ! ここは私が抑える。天之川達を引っ張り出してこい」

「でも!」

「先輩! 流石に無茶です!」

 

 ハジメは皆に光輝が必要であると考えたが、今自分が前線を離れ、妨害役がいなくなればどうなるかなど明白だ。ユカリも猛反対するが、京楽に二人で光輝を引っ張り出してくるように指示される。

 

「心配するな。簡単にはやられるほど私も弱くはない」

「でも、「いいから行ってこい! このまま保つ方が全滅するリスクが高い! 私もこんなに人がゴミゴミしてたらまともに戦えん! 早く決断しろ!」っ!」

 

 焦りを見せる京楽に、ハジメは少しあせるが、

 

「ハジメ、私は大丈夫だから。頼む」

「わかった! 絶対に連れてくるから!」

「先輩! 絶対に連れてくるから!」

 

 ハジメは光輝達のいるベヒモスの方へ向かって全力で走りだし、京楽はそれを横目に見送って、トラウムソルジャーと改めて対峙する。

 

「もう少し私に少し付き合ってもらうぞ」

 

 京楽は構えた。流石にボロボロの直剣二本で相手にすることが無茶なのはわかっている。だが、やらなければ全員が危ない。なら、やるしかないのだ。

 

 トラウムソルジャーの量は多いいだが、まだなんとかなる量だ。それに、京楽は無理に数を減らさなくてもいい。あくまでも目的は防衛だ。

 

 京楽がトラウムソルジャーの剣を手に一体一体確実に倒していく。減る様子はなく、反って増えていっていると知りながらも京楽はハジメを待つ続ける。

 

「まだだ!」

 

 京楽が強奪した剣を振りかぶり、トラウムソルジャーを叩く。すると、一本が砕け散り、一瞬隙ができてしまい、トラウムソルジャーの攻撃が顔に掠り、目蓋を掠めた。

 

「ぐっ!」

 

 トラウムソルジャーを下からの逆袈裟で倒したが、自前の剣も砕けてしまった。

 

「……っ」

 

 京楽は怪我を負った目蓋を軽く押さえ、足元に落ちている剣を器用に蹴りあげて片手で持つ。傷は自分に幻術を使って痛みを誤魔化し、そして、トラウムソルジャーの軍勢に立ち向かう。友人を信じて任された、任せてもらえた身として全力で守り抜く。

 

 どれだけ倒しても減らない魔物に対して武器を振るい、体力が限界に近付いてきても武器を振るうことをやめない。孤立したクラスメイトを救出し、誘導。死人を出さないようにクラスメイトのカバーに入る。が、トラウムソルジャーは増える一方だし、光輝はまだ来ない。

 

 量は一方的に増え続ける。しかしそれでも、未だ死人は出ていない。

 

 それは、ひとえに騎士団員達と京楽のおかげだろう。彼等の必死のカバーが生徒達を生かしていたといっても過言ではない。

 

 ただ、満身創痍になりつつある騎士団員達のサポートがなくなり、続々と増え続ける魔物にパニックを起こし、魔法を使いもせずに剣やら槍やら武器を振り回す生徒がほとんどである以上、もう数分もすれば完全に瓦解するだろう。

 

 生徒達もそれをなんとなく悟っているのか表情には絶望が張り付いている。しかし、諦めていない者もいた。泣きそうになりながらも必死に足掻き統率する彼女。ハジメの助けた女子生徒だ。彼女の呼びかけで少ないながらも連携をとり奮戦していた者達も限界が近いようだ。

 

 京楽がトラウムソルジャーに向かって突っ込んでいき、トラウムソルジャーを倒していく、剣を強奪しては倒し、剣を強奪しては倒しをただひたすら繰り返す。

 

 京楽が疲れでトラウムソルジャーの攻撃を被弾し始めた頃、

 

「──〝天翔閃〟!」

 

 純白の斬撃がトラウムソルジャー達のド真ん中を切り裂き吹き飛ばしながら炸裂した。

 

 橋の両側にいたソルジャー達も押し出されて奈落へと落ちていく。斬撃の後は、直ぐに雪崩れ込むように集まったトラウムソルジャー達で埋まってしまったが、生徒達は確かに、一瞬空いた隙間から上階へと続く階段を見た。今まで渇望し、どれだけ剣を振るっても見えなかった希望が見えたのだ。

 

「皆! 諦めるな! 道は俺が切り開く!」

 

 そんなセリフと共に、再び〝天翔閃〟が敵を切り裂いていく。光輝が発するカリスマに生徒達が活気づいていく。

 

「お前達! 今まで何をやってきた! 訓練を思い出せ! さっさと連携をとらんか! 馬鹿者共が!」

 

 皆の頼れるメルドが〝天翔閃〟に勝るとも劣らない一撃を放ち、敵を次々と打ち倒す。

 

 いつも通りの頼もしい声に、沈んでいた気持ちが復活する。手足に力が漲り、頭がクリアになっていく。実は、香織の魔法の効果も加わっている。精神を鎮める魔法だ。リラックスできる程度の魔法だが、光輝達の活躍と相まって効果は抜群だ。指揮も高まりトラウムソルジャーに立ち向かう。

 

 治癒魔法に適性のある者がこぞって負傷者を癒し、魔法適性の高い者が後衛に下がって強力な魔法の詠唱を開始する。前衛職はしっかり隊列を組み、倒すことより後衛の守りを重視し堅実な動きを心がける。

 

 治癒が終わり復活した騎士団員達も加わり、反撃の狼煙が上がったと同時にチート達の波状攻撃が怒涛の如く敵目掛けて襲いかかる。凄まじい速度で殲滅していき、階段への道が開ける。

 

「皆! 続け! 階段前を確保するぞ!」

 

 光輝が掛け声と同時に走り出す。

 

 ある程度回復した龍太郎と雫がそれに続き、バターを切り取るようにトラウムソルジャーの包囲網を切り裂いていき、京楽は相変わらず大鎌をブン回し、トラウムソルジャーを粉砕しながら凪ぎ払う。

 

 そうして、遂に全員が包囲網を突破した。背後で再び橋との通路が肉壁ならぬ骨壁により閉じようとするが、そうはさせじと光輝が魔法を放ち蹴散らす。

 

 クラスメイトが訝しそうな表情をする。それもそうだろう。目の前に階段があるのだ。さっさと安全地帯に行きたいと思うのは当然だろう。

 

「皆、待って! 南雲くんと妹ちゃんを助けなきゃ! たった二人であの怪物を抑えてるの!」

 

 香織のその言葉に何を言っているんだという顔をするクラスメイト達。そう思うのも仕方ない。ハジメもユカリも〝無能〟で通っているのだから。

 

 だが、困惑するクラスメイト達が、数の減ったトラウムソルジャー越しに橋の方を見ると、そこには確かにハジメとユカリの姿があった。

 

「なんだよあれ、何してんだ?」

「あの魔物、上半身が埋まってる? それに、絡まってる?」

 

 次々と疑問の声を漏らす生徒達にメルドが指示を飛ばす。

 

「そうだ! 坊主と嬢ちゃんのたった二人であの化け物を抑えているから撤退できたんだ! 前衛組! ソルジャーどもを寄せ付けるな! 後衛組は遠距離魔法準備! もうすぐ坊主の魔力が尽きる。アイツが離脱したら一斉攻撃で、あの化物を足止めしろ!」

 

 ビリビリと腹の底まで響くような声に気を引き締め直す生徒達。中には階段の方向を未練に満ちた表情で見ている者もいる。

 

 無理もない。ついさっき死にかけたのだ。一秒でも早く安全を確保したいと思うのは当然だろう。しかし、団長の「早くしろ!」という怒声に未練を断ち切るように戦場へと戻った。

 

「随分遅かったな、メルド・ロギンス」

「ああ、すまなかった。怪我が酷くなる前に治してもらえ、じゃないと持たないぞ」

 

 京楽とメルドはそんな会話をしながらトラウムソルジャーの魔法陣を破壊し、トラウムソルジャーを駆逐し終えた。

 

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

 

 その頃、ハジメとユカリはもう直ぐ自分の魔力が尽きるのを感じていた。既に回復薬はない。チラリと後ろを見るとどうやら全員撤退できたようである。隊列を組んで詠唱の準備に入っているのがわかる。ハジメは錬成でベヒモスの周りを固め、ユカリは硬糸を集めて束にしたモノでベヒモスを無理矢理その場に縛り付けているのだ。

 

 ベヒモスは相変わらずもがいているが、この分なら錬成を止めても数秒は時間を稼げるだろう。その間に少しでも距離を取らなければならない。

 

 額の汗が目に入る。極度の緊張で二人の心臓がバクバクと今まで聞いたことがないくらい大きな音を立てているのがわかる。

 

 二人はタイミングを見計らった。

 

 そして、数十度目の亀裂が走ると同時に最後の錬成でベヒモスを拘束する。同時に、一気に駆け出した。

 

 ハジメとユカリが猛然と逃げ出した五秒後、地面が破裂するように粉砕されベヒモスが咆哮と共に起き上がる。その眼に、憤怒の色が宿っていると感じるのは勘違いではないだろう。鋭い眼光が己に無様を晒させた怨敵を探し……

 

 二人を捉えた。

 

 再度、怒りの咆哮を上げるベヒモス。ハジメとユカリを追いかけようと四肢に力を溜めた。

 

 だが、次の瞬間、あらゆる属性の攻撃魔法が殺到した。

 

 夜空を流れる流星の如く、色とりどりの魔法がベヒモスを打ち据える。ダメージはやはり無いようだが、しっかりと足止めになっている。

 

 いける! と確信し、転ばないよう注意しながら頭を下げて全力で走るハジメ。すぐ頭上を致死性の魔法が次々と通っていく感覚は正直生きた心地がしないが、チート集団がそんなミスをするはずないと信じて二人は駆ける。ベヒモスとの距離は既に三十メートルは広がった。

 

 思わず、頬が緩む。

 

 しかし、その直後、ハジメとユカリの表情は凍りついた。

 

 無数に飛び交う魔法の中で、一つの火球がクイッと軌道を僅かに曲げたのだ。

 

 ……ハジメに向かって。

 

 明らかにハジメを狙い誘導されたものだ。

 

(なんで!?)

 

 疑問や困惑、驚愕が一瞬で脳内を駆け巡り、ハジメは愕然とする。

 

「危ない!」

 

 咄嗟に踏ん張り、止まろうと地を滑るハジメとハジメに飛び付いて回避しようとしたユカリの眼前に、その火球は突き刺さった。着弾の衝撃波をモロに浴び、二人とも来た道を引き返すように吹き飛ぶ。直撃は避けたし、内臓などへのダメージもないが、三半規管をやられ平衡感覚が狂ってしまった。

 

 フラフラしながら少しでも前に進もうと立ち上がるが……

 

 ベヒモスも、いつまでも一方的にやられっぱなしではなかった。二人が立ち上がった直後、背後で咆哮が鳴り響く。思わず振り返ると三度目の赤熱化をしたベヒモスの眼光がしっかりハジメとユカリを捉えていた。

 

 そして、赤熱化した頭部を盾のようにかざしながら二人に向かって突進してくる。

 

 フラつく頭、霞む視界、迫り来るベヒモス、遠くで焦りの表情を浮かべ悲鳴と怒号を上げるクラスメイト達。

 

 ハジメとユカリは、なけなしの力を振り絞り、必死にその場を飛び退いた。直後、怒りの全てを集束したような激烈な衝撃が橋全体を襲った。ベヒモスの攻撃で橋全体が震動する。着弾点を中心に物凄い勢いで亀裂が走る。メキメキと橋が悲鳴を上げる。

 

 そして遂に……橋が崩壊を始めた。

 

 度重なる強大な攻撃にさらされ続けた石造りの橋は、遂に耐久限度を超えたのだ。

 

「グウァアアア!?」

 

 悲鳴を上げながら崩壊し傾く石畳を爪で必死に引っ掻くベヒモス。しかし、引っ掛けた場所すら崩壊し、抵抗も虚しく奈落へと消えていった。ベヒモスの断末魔が木霊する。

 

 ハジメもなんとか脱出しようと這いずるが、しがみつく場所も次々と崩壊していく。ユカリは生き残るべく糸を使って繋ぎ止めようとしたが、魔力が足らず無理だった。

 

(ああ、ダメだ……)

 

 そう思いながら対岸のクラスメイト達の方へ視線を向けると、香織が飛び出そうとして雫や光輝に羽交い締めにされているのが見えた。他のクラスメイトは青褪めたり、目や口元を手で覆ったりしている。騎士団員の面々は悔しそうな表情でハジメを見おり、京楽はメルドに組付かれて拘束されていた。それでも二人を助けたくてを伸ばし、二人も手を取りたくて手を伸ばした。

 

 しかし、世の中は無情だ。ハジメが京楽の手を掴む前にの足場も完全に崩壊し、ハジメは仰向けになりながら奈落へと落ちていった。徐々に小さくなる光に手を伸ばしながら……

 



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反転化

今回かなり短めです。
連続投稿するので、許してください


 

 

 

 響き渡り消えゆくベヒモスの断末魔。ガラガラと騒音を立てながら崩れ落ちてゆく石橋。

 

 そして……

 

 瓦礫と共に奈落へと吸い込まれるように消えてゆくハジメとユカリ。

 

 その光景を、まるでスローモーションのように緩やかになった時間の中で、ただ見ていることしかできない京楽は自分に絶望した。

 

 二人との思い出が走馬灯の様に頭を過る。

 

 中学の頃にはじめて知り合い、何かとトラブルに巻き込まれるハジメを放っておけなくて京楽から話しかけ、意外と本の趣味が被ったりすることも多く、気が付けば仲良くなっていた。

 

 それから、ハジメにゲームや漫画、アニメなどを進められ、自分の孤独感を埋めてくれる存在に出会えたことが嬉しかった。コミケに連れていかれたり、ハジメの家に招待されて朝までゲームをしたりアニメを見て感想を語り合ったりした。

 

 自分以外の人間にも優しく、知らない誰かのために怖くても勇気を振り絞って立ち向かえる勇敢さや、類を見ない天性の観察眼、精神の強さ。痛みを知るからこそ、誰かを傷つけたくないと自分を犠牲にして立ち向かえる意思の強さ。ハジメは京楽の自慢の親友であり、憧れだったとも言える。

 

 ユカリはハジメの妹で、いじめの解決を切っ掛けになついてきた。京楽の恐怖症を克服させるから、自分の恐怖症の克服を手伝ってほしいと言われてそれを手伝い。彼女は可愛い後輩であり、ハジメ以外の拠り所でもあった。

 

 時にはハジメを巻き込んで京楽を振り回し、いろんな所に連れ回された。ハジメと出会って学生らしい生活が送れるようになり、ユカリが本格的に京楽の見える世界に色をくれた。今まで人の悪性や害意にまみれた中で生きていた京楽にはそれがたまらなく嬉しかった。

 

 幼い頃から異常なほど頭が良く、人間が嫌いだった犯罪者予備軍の京楽に、〝人間も捨てたものじゃない〟と言わせるほどに、京楽に影響を与えた二人が目の前で消えた。

 

 誰がやった。誰がハジメ達に魔法を打ち込んだ。京楽の頭の中にそんな言葉が駆け巡る。誰かが二人を殺した。誰かが故意的に二人に魔法を打ち込んだ。

 

 二人がいないこんな場所に価値はない。

 

 ならどうすべきか。

 

 壊れてしまえ。

 

 狂ってしまえ。穢れた醜い存在に価値などない。壊れてしまえ、全部、壊す。

 

「─────ッ!」

 

 京楽の全身を暗いナニかが覆い始めた。組みついていたメルドは咄嗟に離れ、京楽は声にならない叫び声をあげた。悲しみ、悲痛さを叫ぶ声に乗せ叫ぶ髪の毛がジワジワと黒く変色していく。しかし、その変色はピタリと止まり、黒いナニかもスゥッと消えてなくなった。

 

 京楽は息を荒げながら、斜め後ろにいる悲痛の叫びをあげる人物を見やる。

 

「離して! 南雲くんの所に行かないと! 約束したのに! 私がぁ、私が守るって! 離してぇ!」

 

 飛び出そうとする香織を雫と光輝が必死に羽交い締めにする。香織は、細い体のどこにそんな力があるのかと疑問に思うほど尋常ではない力で引き剥がそうとする。

 

 このままでは香織の体の方が壊れるかもしれない。しかし、だからといって、断じて離すわけにはいかない。今の香織を離せば、そのまま崖を飛び降りるだろう。それくらい、普段の穏やかさが見る影もないほど必死の形相だった。いや、悲痛というべきかもしれない。香織も京楽と同様に辛いのだ。

 

「香織っ、ダメよ! 香織!」

 

 雫は香織の気持ちが分かっているからこそ、かけるべき言葉が見つからない。ただ必死に名前を呼ぶことしかできない。

 

「香織! 君まで死ぬ気か! 南雲はもう無理だ! 落ち着くんだ! このままじゃ、体が壊れてしまう!」

 

 それは、光輝なりに精一杯、香織を気遣った言葉。しかし、今この場で錯乱する香織には言うべきでない、言ってはいけない言葉。

 

「無理って何!? 南雲くんは死んでない! 行かないと、きっと助けを求めてる!」

 

 誰がどう考えても南雲ハジメは助からない。奈落の底と思しき崖に落ちていったのだから。

 

 しかし、その現実を受け止められる心の余裕は、今の香織にはない。言ってしまえば反発して、更に無理を重ねるだけだ。龍太郎や周りの生徒もどうすればいいか分からず、オロオロとするばかり。

 

 その時、すぐ近くにいて、狂気に陥りかけていた京楽が立ち上がり、問答無用で香織の首筋に手刀を落とした。

 

 そして、二、三度ビクンッ、ビクンッと痙攣すると、香織は気を失った。

 

 ぐったりする香織を労るように頭を撫で、抱き抱えた京楽を、光輝がキッと睨む。文句を言おうとした矢先、雫が遮るように機先を制し、京楽に頭を下げた。

 

「ごめんなさい。あなたも辛いはずなのに」

「……ああ、だが、関係ない」

 

 京楽はそう言って、一瞬ふらつくと、痛みに呻くように声をあげる。

 

「……辛くても、親友達の頼みぐらい聞かせろ。迷宮を離脱するぞ。メルド……全員を率いてくれ。八重樫は白崎を……頼む……」

「……ああ、わかった」

「言われるまでもなく」

 

 香織を雫に任せ、ふらつきながらも離れていく京楽を見つめながら、口を挟めず憮然とした表情の光輝に雫は、光輝に告げる。

 

「私達が止められないから八雲君が止めてくれたのよ。わかるでしょ? 今は時間がないの。香織の叫びが皆の心にもダメージを与えてしまう前に、何より香織が壊れる前に誰かが止める必要があった……ほら、あんたが道を切り開くのよ。全員が脱出するまで……南雲君も言っていたでしょう?」

 

 雫の言葉に、光輝は頷いた。

 

「そうだな、早く出よう」

 

 目の前でクラスメイトが一人居なくなったのだ。クラスメイト達の精神にも多大なダメージが刻まれている。誰もが茫然自失といった表情で石橋のあった方をボーと眺めていた。中には「もう嫌!」と言って座り込んでしまう子もいる。

 

 今の彼等にはリーダーが必要なのだ。

 

 光輝がクラスメイト達に向けて声を張り上げる。

 

「皆! 今は、生き残ることだけ考えるんだ! 撤退するぞ!」

 

 その言葉に、クラスメイト達はノロノロと動き出す。トラウムソルジャーの魔法陣は壊してあるが、別の魔物が出現しない可能性がないわけではない。今の精神状態で戦うことは無謀であるし、戦う必要もない。

 

 光輝は必死に声を張り上げ、クラスメイト達に脱出を促した。メルドや騎士団員達も生徒達を鼓舞する。

 

 そして全員が階段への脱出を果たした。

 

 上階への階段は長かった。

 

 先が暗闇で見えない程ずっと上方へ続いており、感覚では既に三十階以上、上っているはずだ。魔法による身体強化をしていても、そろそろ疲労を感じる頃である。先の戦いでのダメージもある。薄暗く長い階段はそれだけで気が滅入るものだ。

 

 そろそろ小休止を挟むべきかとメルドが考え始めたとき、ついに上方に魔法陣が描かれた大きな壁が現れた。

 

 生徒達の顔に生気が戻り始める。メルド団長は扉に駆け寄り詳しく調べ始めた。フェアスコープを使うのも忘れない。

 

 その結果、どうやらトラップの可能性はなさそうであることがわかった。魔法陣に刻まれた式は、目の前の壁を動かすためのもののようだ。

 

 メルドは魔法陣に刻まれた式通りに一言の詠唱をして魔力を流し込む。すると、まるで忍者屋敷の隠し扉のように扉がクルリと回転し奥の部屋へと道を開いた。

 

 扉を潜ると、そこは元の二十階層の部屋だった。

 

「帰ってきたの?」

「戻ったのか!」

「帰れた……帰れたよぉ……」

 

 生徒達が次々と安堵の吐息を漏らす。中には泣き出す子やへたり込む生徒もいた。光輝達ですら壁にもたれかかり今にも座り込んでしまいそうだ。

 

 しかし、ここはまだ迷宮の中。低レベルとは言え、いつどこから魔物が現れるかわからない。完全に緊張の糸が切れてしまう前に、迷宮からの脱出を果たさなければならない。

 

 メルドは休ませてやりたいという気持ちを抑え、心を鬼にして生徒達を立ち上がらせた。

 

「お前達! 座り込むな! ここで気が抜けたら帰れなくなるぞ! 魔物との戦闘はなるべく避けて最短距離で脱出する! ほら、もう少しだ、踏ん張れ!」

 

 少しくらい休ませてくれよ、という生徒達の無言の訴えをギンッと目を吊り上げて封殺し、光輝も「あと少しだ。踏ん張れ」と、鼓舞する。

 

 渋々、フラフラしながら立ち上がる生徒達。光輝が疲れを隠して率先して先をゆく。道中の敵を、騎士団員達が中心となって最小限だけ倒しながら一気に地上へ向けて突き進んだ。

 

 そして遂に、一階の正面門となんだか懐かしい気さえする受付が見えた。迷宮に入って一日も立っていないはずなのに、ここを通ったのがもう随分昔のような気がしているのは、きっと少数ではないだろう。

 

 今度こそ本当に安堵の表情で外に出て行く生徒達。正面門の広場で大の字になって倒れ込む生徒もいる。一様に生き残ったことを喜び合っているようだ。

 

 だが、一部の生徒──未だ目を覚まさない香織。香織を背負う雫や光輝、その様子を見る龍太郎、恵里、鈴。京楽とハジメに助けられた女子生徒などは暗い表情だ。

 

 そんな生徒達を横目に気にしつつ、受付に報告に行くメルド。

 

 二十階層で発見した新たなトラップは危険すぎる。石橋が崩れてしまったので罠として未だ機能するかはわからないが報告は必要だ。

 

 そして、ハジメの死亡報告と京楽の纏っていた謎のオーラについて言及し、場合によっては報告もしなければならない。

 

 憂鬱な気持ちを顔に出さないように苦労しながら、それでも溜息を吐かずにはいられないメルドだった。

 

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

 

 京楽はベッドの上に座っていた。眠る気にもならない。ただただ自分の左手の小指を見つめる。

 

『もしかしたら、私と先輩が出会うのは、運命だったのかもしれませんよ?』

 

 あの時、京楽を正気に戻したのはユカリの言葉だった。

 

 京楽が変わるためにユカリやハジメと出会ったと言うならば、二人が変えてくれた自分を壊すわけにはいかない。それ故に正気に戻れた。

 

 京楽がボーッとしていると、部屋の扉を開けてメルドが入ってきた。

 

「調子はどうだ?」

「……最悪だ。友人二人が目の前でいなくなったんだからな。危うく狂気に侵されるところだったよ」

 

 京楽はそう返して、メルドを見やる。ナニか話があってきているようだ。用件を聞くと、メルドは京楽に質問した。

 

「……京楽。お前の纏ったあの黒いオーラはなんなんだ。お前は何を隠している」

「……何も、といえば嘘になる。質問には答えよう。あれは、私の負の感情が目に見える形で限界したものだ。まぁ、私もついさっきわかったことだからな。何も言えないが、あの黒い障気に呑まれれば、私は〝反転化〟して敵味方構わずに大暴れするだろうな」

 

 京楽の言った反転化とは、京楽がステータスプレートを確認した際に新しく追加されていた技能だ。技能は増えないんじゃなかったのか? と疑問にはなったが、増えたんだから増えた。それだけだ。詳細を読んだ際に、反転化については記されており、反転化した場合は破壊衝動や殺戮衝動のままに動き、敵味方構わずに破壊の限りを尽くすと言う状態異常だ。

 

 しかし、反転化すると通常のステータスの五、六倍は上がるので、強くはなるようだ。

 

 それらをメルドに話して、メルドは唸った。

 

「まぁ、なんだ……あんまり抱え込むなよ」

「……ああ」

 

 メルドとしばらく話をしてからメルドは出ていき、京楽はまた一人になった。

 

 京楽はベッドに倒れて、腕で目を隠す。そして、意識を暗い闇の中に落としていった。

 

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八雲京楽 17歳 男 レベル:15

天職:賢者

筋力:125

体力:125

耐性:125

敏捷:250

魔力:375

魔耐:375

技能:剣術・弓術・槍術・体術・格闘術・高速魔力回復・並列思考・幻術・縮地・先読・言語理解・反転化

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残された者達

 

 

 

 ハイリヒ王国王宮内、召喚者達に与えられた部屋の一室で、雫は、暗く沈んだ表情で未だに眠る親友を見つめていた。

 

 あの日、迷宮で死闘と喪失を味わった日から既に五日が過ぎている。

 

 あの後、宿場町ホルアドで一泊し、早朝には高速馬車に乗って一行は王国へと戻った。とても、迷宮内で実戦訓練を続行できる雰囲気ではなかったし、ハジメが無能扱いだったとは言え勇者の同胞が死んだ以上、国王にも教会にも報告は必要だった。

 

 それに、厳しくはあるが、こんな所で折れてしまっては困るのだ。致命的な障害が発生する前に、勇者一行のケアが必要だという判断もあった。

 

 雫は、王国に帰って来てからのことを思い出し、香織に早く目覚めて欲しいと思いながらも、同時に眠ったままで良かったとも思っていた。

 

 帰還を果たしハジメとユカリの死亡が伝えられた時、王国側の人間は誰も彼もが愕然としたものの、それが〝無能〟のハジメとユカリと知ると安堵の吐息を漏らしたのだ。

 

 国王やイシュタルですら同じだった。強力な力を持った勇者一行が迷宮で死ぬこと等あってはならないこと。迷宮から生還できない者が魔人族に勝てるのかと不安が広がっては困るのだ。神の使徒たる勇者一行は無敵でなければならないのだから。

 

 だが、国王やイシュタルはまだ分別のある方だっただろう。中には悪し様にハジメを罵る者までいたのだ。

 

 もちろん、公の場で発言したのではなく、物陰でこそこそと貴族同士の世間話という感じではあるが。やれ死んだのが無能二人でよかっただの、神の使徒でありながら役立たずなど死んで当然だの、それはもう好き放題に貶していた。まさに、死人に鞭打つ行為に、雫は憤激に駆られて何度も手が出そうになり、京楽に至ってはぶちギレて貴族を殴り飛ばして治療院送りにしている。

 

 雫は正義感の強い光輝が真っ先に怒らなければ飛びかかっていてもおかしくなかった。光輝が激しく抗議したことで国王や教会も悪い印象を持たれてはマズイと判断したのか、ハジメ達を罵った人物達は処分を受けたようだが……

 

 逆に、光輝は無能にも心を砕く優しい勇者であると噂が広まり、結局、光輝の株が上がっただけで、ハジメ達は勇者の手を煩わせただけの無能であるという評価は覆らなかった。

 

 あの時、自分達を救ったのは紛れもなく、勇者も歯が立たなかった化け物をたった二人で食い止め続けたハジメ達だというのに。そんな彼を死に追いやったのはクラスメイトの誰かが放った流れ弾だというのに。

 

 クラスメイト達は図ったように、あの時の誤爆の話をしない。自分の魔法は把握していたはずだが、あの時は無数の魔法が嵐の如く吹き荒れており、〝万一自分の魔法だったら〟と思うと、どうしても話題に出せないのだ。それは、自分が人殺しであることを示してしまうから。

 

 結果、現実逃避をするように、あれはハジメ達が自分で何かしてドジったせいだと思うようにしているようだ。死人に口なし。無闇に犯人探しをするより、ハジメ達の自業自得にしておけば誰もが悩まなくて済む。クラスメイト達の意見は意思の疎通を図ることもなく一致していた。

 

 メルドと京楽は、あの時の経緯を明らかにするため、生徒達に事情聴取をする必要があると考えていた。生徒達のように現実逃避して、単純な誤爆であるとは考え難かったこともあるし、仮に過失だったのだとしても、白黒はっきりさせた上で心理的ケアをした方が生徒達のためになると確信していたからだ。京楽はそれなりに犯人には目星がついており、聞き込みを始め、メルドを手伝っていた。

 

 こういうことは有耶無耶にした方が、後で問題になるものなのである。なにより、メルド自身、はっきりさせたかった。〝助ける〟と言っておいて、ハジメとユカリを救えなかったことに心を痛めているのはメルドも同様だったからだ。

 

 しかし、二人は行動すること叶わなかった。イシュタルが、メルドに生徒達への詮索を禁止したからだ。メルドは食い下がったが、国王にまで禁じられては堪えるしかなかった。そして何より、未知の力を持ち、力を持っているにも関わらず仲間を救わなかった〝裏切り者〟である京楽に発言力が無くなったのだ。

 

 京楽の〝反転化〟が原因で、未知の強化魔法が負の感情を纏ってと言うのもあり、魔人族との繋がりがあるのではないかと疑われた。そのため、京楽は仲間を裏切った裏切り者。最低な人物として王宮内に広まった。

 

「あなたが知ったら……怒るのでしょうね?」

 

 あの日から一度も目を覚ましていない香織の手を取り、そう呟く雫。

 

 医者の診断では、体に異常はなく、おそらく精神的ショックから心を守るため防衛措置として深い眠りについているのだろうということだった。故に、時が経てば自然と目を覚ますと。

 

 雫は香織の手を握りながら、「どうかこれ以上、私の優しい親友を傷つけないで下さい」と、誰ともなしに祈った。

 

 その時、不意に、握り締めた香織の手がピクッと動いた。

 

「!? 香織! 聞こえる!? 香織!」

 

 雫が必死に呼びかける。すると、閉じられた香織の目蓋がふるふると震え始めた。雫は更に呼びかけた。その声に反応してか香織の手がギュッと雫の手を握り返す。

 

 そして、香織はゆっくりと目を覚ました。

 

「香織!」

「……雫ちゃん?」

 

 ベッドに身を乗り出し、目の端に涙を浮かべながら香織を見下ろす雫。

 

 香織は、しばらくボーと焦点の合わない瞳で周囲を見渡していたのだが、やがて頭が活動を始めたのか見下ろす雫に焦点を合わせ、名前を呼んだ。

 

「ええ、そうよ。私よ。香織、体はどう? 違和感はない?」

「う、うん。平気だよ。ちょっと怠いけど……寝てたからだろうし……」

「そうね、もう五日も眠っていたのだもの……怠くもなるわ」

 

 そうやって体を起こそうとする香織を補助し苦笑いしながら、どれくらい眠っていたのかを伝える雫。香織はそれに反応する。

 

「五日? そんなに……どうして……私、確か迷宮に行って……それで……」

 

 徐々に焦点が合わなくなっていく目を見て、マズイと感じた雫が咄嗟に話を逸らそうとする。しかし、香織が記憶を取り戻す方が早かった。

 

「それで……あ…………………………南雲くん達は?」

「ッ……それは」

 

 苦しげな表情でどう伝えるべきか悩む雫。そんな雫の様子で自分の記憶にある悲劇が現実であったことを悟る。だが、そんな現実を容易に受け入れられるほど香織はできていない。

 

「……嘘だよ、ね。そうでしょ? 雫ちゃん。私が気絶した後、南雲くん達も助かったんだよね? ね、ね? そうでしょ? ここ、お城の部屋だよね? 皆で帰ってきたんだよね? 南雲くんと妹ちゃんは……訓練かな? 訓練所にいるよね? うん……私、ちょっと行ってくるね。南雲くん達にお礼言わなきゃ……だから、離して? 雫ちゃん」

 

 現実逃避するように次から次へと言葉を紡ぎハジメを探しに行こうとする香織。そんな香織の腕を掴み離そうとしない雫。

 

 雫は悲痛な表情を浮かべながら、それでも決然と香織を見つめる。

 

「……香織。わかっているでしょう? ……ここに彼らはいないわ」

「やめて……」

「香織の覚えている通りよ」

「やめてよ……」

「彼は、南雲君達は……」

「いや、やめてよ……やめてったら!」

「香織! 彼らは死んだのよ!」

「ちがう! 死んでなんかない! 絶対、そんなことない! どうして、そんな酷いこと言うの! いくら雫ちゃんでも許さないよ!」

 

 イヤイヤと首を振りながら、どうにか雫の拘束から逃れようと暴れる香織。雫は絶対離してなるものかとキツく抱き締める。ギュッと抱き締め、凍える香織の心を温めようとする。

 

「離して! 離してよぉ! 南雲くん達を探しに行かなきゃ! お願いだからぁ……絶対、生きてるんだからぁ……離してよぉ」

 

 いつしか香織は「離して」と叫びながら雫の胸に顔を埋め泣きじゃくっていた。

 

 縋り付くようにしがみつき、喉を枯らさんばかりに大声を上げて泣く。雫は、ただただひたすらに己の親友を抱き締め続けた。そうすることで、少しでも傷ついた心が痛みを和らげますようにと願って。

 

 どれくらいそうしていたのか、窓から見える明るかった空は夕日に照らされ赤く染まっていた。香織はスンスンと鼻を鳴らしながら雫の腕の中で身じろぎした。雫が、心配そうに香織を伺う。

 

「香織……」

「……雫ちゃん……南雲くん達は……落ちたんだね……ここにはいないんだね……」

 

 囁くような、今にも消え入りそうな声で香織が呟く。雫は誤魔化さない。誤魔化して甘い言葉を囁けば一時的な慰めにはなるだろう。しかし、結局それは、後で取り返しがつかないくらいの傷となって返ってくるのだ。これ以上、親友が傷つくのは見ていられない。

 

「そうよ」

「あの時、南雲くん達は私達の魔法が当たりそうになってた……誰なの?」

「わからないわ。誰も、あの時のことには触れないようにしてる。怖いのね。もし、自分だったらって……八雲君は目星は着いてるみたいだったけど、教えてはくれなかったわ」

「そっか」

「恨んでる?」

「……わからないよ。もし誰かわかったら……きっと恨むと思う。でも……分からないなら……その方がいいと思う。きっと、私、我慢できないと思うから……」

「そう……」

 

 俯いたままポツリポツリと会話する香織。やがて、真っ赤になった目をゴシゴシと拭いながら顔を上げ、雫を見つめる。そして、決然と宣言した。

 

「雫ちゃん、私、信じないよ。南雲くん達は生きてる。死んだなんて信じない」

「香織、それは……」

 

 香織の言葉に再び悲痛そうな表情で諭そうとする雫。しかし、香織は両手で雫の両頬を包むと、微笑みながら言葉を紡ぐ。

 

「わかってる。あそこに落ちて生きていると思う方がおかしいって。……でもね、確認したわけじゃない。可能性は一パーセントより低いけど、確認していないならゼロじゃない。……私、信じたいの」

「香織……」

「私、もっと強くなるよ。それで、あんな状況でも今度は守れるくらい強くなって、自分の目で確かめる。南雲くん達のこと。……雫ちゃん」

「なに?」

「力を貸してください」

「……」

 

 雫はじっと自分を見つめる香織に目を合わせ見つめ返した。香織の目には狂気や現実逃避の色は見えない。ただ純粋に己が納得するまで諦めないという意志が宿っている。こうなった香織はテコでも動かない。雫どころか香織の家族も手を焼く頑固者になるのだ。

 

 普通に考えれば、香織の言っている可能性などゼロパーセントであると切って捨てていい話だ。あの奈落に落ちて生存を信じるなど現実逃避と断じられるのが普通だ。

 

 おそらく、幼馴染である光輝や龍太郎も含めてほとんどの人間が香織の考えを正そうとするだろう。

 

 だからこそ……

 

「もちろんいいわよ。納得するまでとことん付き合うわ」

「雫ちゃん!」

 

 香織は雫に抱きつき「ありがとう!」と何度も礼をいう。「礼なんて不要よ、親友でしょ?」と、どこまでも男前な雫。現代のサムライガールの称号は伊達ではなかった。

 

 その時、不意に部屋の扉が開けられる。

 

「雫! 香織はめざ……め……」

「おう、香織はどう……だ……」

 

 光輝と龍太郎だ。香織の様子を見に来たのだろう。訓練着のまま来たようで、あちこち薄汚れている。

 

 あの日から、二人の訓練もより身が入ったものになった。二人もハジメとユカリの死に思うところがあったのだろう。何せ、撤退を渋った挙句返り討ちにあい、あわや殺されるという危機を救ったのはハジメと妹のユカリなのだ。もう二度とあんな無様は晒さないと相当気合が入っているようである。

 

 そんな二人だが、現在、部屋の入り口で硬直していた。訝しそうに雫が尋ねる。

 

「あんた達、どうし……」

「す、すまん!」

「じゃ、邪魔したな!」

 

 雫の疑問に対して喰い気味に言葉を被せ、見てはいけないものを見てしまったという感じで慌てて部屋を出ていく。そんな二人を見て、香織もキョトンとしている。しかし、聡い雫はその原因に気がついた。

 

 現在、香織は雫の膝の上に座り、雫の両頬を両手で包みながら、今にもキスできそうな位置まで顔を近づけているのだ。雫の方も、香織を支えるように、その細い腰と肩に手を置き抱き締めているように見える。

 

 つまり、激しく百合百合しい光景が出来上がっているのだ。ここが漫画の世界なら背景に百合の花が咲き乱れていることだろう。

 

 雫は深々と溜息を吐くと、未だ事態が飲み込めずキョトンとしている香織を尻目に声を張り上げた。

 

「さっさと戻ってきなさい! この大馬鹿者ども!」

 

 雫が声を張り上げても二人は戻ってこない。それに雫は溜息を吐き、香織はふと思い出したように雫に訊ねた。

 

「雫ちゃん。そう言えば八雲くんは? 八雲くんにも頼もうよ。八雲くんは強いし、確かにステータスは低いけど八雲くんも南雲くん達と仲良かったよね?」

「香織、八雲君のことなんだけど……彼は王宮から出ていったわ」

 

 香織が京楽にも手伝ってもらおうと言うが、雫の言う通り、京楽は王宮。いや、王都から出ていった。香織の目が覚める二日前のことだ。

 

 京楽はいつものように香織の見舞いに来て花をいけている時に雫に言ったのだ。ここを出ていくと。

 

 雫はここを出ていってどうするつもりなのかを訊ねた。宛はあるのか? 知らない世界で一人旅など、大丈夫なのか? 雫は京楽に訊ねたが、京楽曰く、宛などなく、大丈夫なわけがない。だが、王宮と本当の裏切り者と一緒にいるぐらいなら、危険な一人旅の方がマシだ。

 

『……八重樫。本来、教えるつもりはなかったが被害者がいるからな。一応犯人について教えておいてやる。……犯人の動機は嫉妬だ。恐らく、アイツで良いなら自分でも良いじゃないかとでも思ってるんだろうな。そして目的だが、恋敵の排除だろうな。どさくさに紛れて人を殺すような卑怯者だ、八重樫にも被害が出る可能性は充分にあり得る。注意してくれ。…………そして狙いだが、考えてもわかる通り白崎だ。白崎が恋したっていたハジメを排除し、自分のモノにしようと企んでいるんだろうな。……犯人は以前からもハジメに対して何かのアクションを起こしていた可能性は高い。これは推測に過ぎないが、魔法は自分だとバレないために自分の適性のない魔法を射った可能性が高い。そんな卑怯者が犯人だ………私が何か頼める立場ではないが、八重樫。白崎を守ってやってくれ……いや、側にいてやってほしい。最悪守れなくてもいい。犯人が白崎を追い詰める前に、その切っ掛けを作らせないために白崎の側で牽制してくれ……』

 

 京楽は雫にそう言い残して部屋を出ていった。実は言うと、雫も犯人は絞れている。京楽の残したヒントでわかってしまったのだ。しかし、京楽はあくまでも推測であり、証拠はないと言っていた。それに、光輝が許してしまってはどうしようもないことだと。

 

 だから、雫に注意するように促した。雫もその人物を危険視している。自分の親友をこれ以上傷付けないために。

 

「そっか……八雲くん。出ていっちゃったんだ……」

「ええ、でも、八雲君は八雲君で南雲君達の生存を諦めていなかったわ。ただの別行動よ。気持ちは同じなのよ……香織、一緒に頑張りましょう」

「うん!」

 

 





多分今日中に後一話更新するかも?


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閑話 とある約束

かなり遅れました。すいません


 京楽が王都から出ていく一日前の朝。

 

 京楽は檜山大介の部屋に居た。

 

「で、話ってなんだよ」

「……そうカッカするな。なにもしていないなら、私もなにもしない。何も恐れることなどない、だろう?」

 

 檜山に与えられた部屋のテーブルを向かい合うようにして座り、檜山は不機嫌そうに席に着き、自分の侍女が淹れた紅茶を飲み始めた。

 

「常識の成ってない者だな。客人に茶も出せんのか?」

「ああ?」

「いや、失礼。私個人の感想だ。気にしないでくれ」

 

 侍女が紅茶を淹れようとしたが、京楽は断った。残念なことに、京楽は檜山やその侍女。檜山のテリトリー内にいる人間殆どを信用していない。

 

 それ故、紅茶を出されても飲むことはそもそもない。

 

「調子はどうだ? クラスメイトの死を間近で見た感想は」

「どういうことだよ」

「どういうことも何も、クラスメイトとその妹が目の前で死んだのは事実だろう? クラスメイトのハジメは恋敵であり、誰かの魔法の流れ弾で命を落としている。思うと頃ぐらいはあるだろう?」

「お前こそどうなんだよ。アイツと仲良かっただろ」

 

 檜山は内心焦っている。一番目を付けられてはいけない人間に目をつけられたことに、かなり焦っている。

 

 ハジメに向かって魔法を打ち込んだのは檜山自身だ。それをバレたのではないか? 復讐しに来たのか? 額からは冷や汗がながれ、それがバレないように、京楽に自分の内心が悟られないように視界からできるだけ外す。

 

「……そうだな、私は悲しい以外になんとも思わない。誤爆なんだ。あの状況では仕方がないことだろう」

「だよな。あんな状況で好きで当てるやつなんかいるわけないもんな」

 

 檜山がここぞとばかりに京楽の言葉に便乗した。

 

 それから、自分が無害であることを言いくるめる為に京楽にあれこれ話始めた。京楽も「確かに」、「そうだな」など納得するように頷いている。

 

「そうだな。好きで風属性の魔法を当てる者などいないだろうな」

「風属性? 何言ってんだ? アイツに飛んでいったのは火属性の魔法だぜ? 見間違えたのかよ」

「……そうか。それはすまない(……黒だな)」

「まぁ、当たりに行った南雲達が無能だっただけだろ。魔法も見間違えるなんざ、お前も無能だな。いや、無能だっただな?」

 

 檜山が京楽のステータスと魔法の属性を間違えたことをバカにするように笑いだした。自分が犯人じゃないと京楽が考えているのを知って強く出ても問題ないとでも考えたのだろう。

 

 残念なことに、京楽は魔法の属性が火属性であることは知っていたし、クラスメイトは魔法の属性など見ていない。見ていたとしてもメルド率いる引率の騎士団員だけだろう。

 

 それを檜山が知っているのはかなり可笑しい。知っている理由となると、見ていたか、自分で射ったかの二択だ。魔法が打ち込まれたのはかなり緊迫した状況だ。冷静さがかけている状態の者が多かった。現に檜山は、「あんな状況で好きで当てるやつはいない」と言っていた。京楽の解釈違いでなければ、檜山も手元が狂っても仕方がない状態だと主張している。

 

 人間は、自分が信じられるもの、自分と共感出来るものを中心に生きる生き物だ。同じ危機的状況内だと、解決後に他の人はどんな心境だったかを聞けば、自分と同じ心境を答える傾向にある。

 

 ここで食い違いが出てくるのだ。

 

 檜山は最初に、手元が狂っても仕方がない状況だ。と主張している。しかし、そんな緊張状態で他人に構うなど特殊な訓練、鍛練を行わない限り不可能だ。命が危険な状態となると尚更のこと。

 

 京楽はそれなりに修羅場を潜り抜けてきており、命が危険に晒されても辺りを瞬時に見渡して状況を把握し、ある程度は冷静に判断ができる。

 

 あの時は緊張した状態から光輝達とメルドの加勢により、少しは落ち着いた状態にはなったが、緊張していることに変わりはない。だが、少しでも変に余裕が出来れば別のことを考えるのが人間と言う生物だ。あの状況で挙げられるのは自分のこれからの事について、そして、視界に必ず入ってくるハジメやユカリ。それを追うベヒモスに絞られる。

 

 殺害を重きにおいているならば、ユカリとベヒモスは除外される。

 

 ユカリはあまりクラスメイト達と関わりがなく、殺害されなければいけない理由が特になく。ハジメを狙った一撃であったため、ユカリは自然的に除外される。ベヒモスは論外だ。

 

 ハジメの場合は殺害理由もかなり上げられる。

 

 まずは香織との関係だ。

 

 香織の一方的な好意でハジメはクラスメイト達から嫉妬され、反感を買っていた。嫉妬による殺害も少なくはない。夫が浮気したから包丁で刺したと言う話は京楽も良く耳にしている。

 

 次に気に食わなかったから、と言うのも上げられる。

 

 ハジメは授業態度や学校での様子を気に食わないと思う人物は多くいる。しかし、それが犯行理由になることはあまりない。そして、状況的にそれが原因で犯行に及んだ可能性は低い。

 

 一応、変に考える余裕はあったのだ。〝気にくわないから〟だけで殺せる程の人物がクラスメイト内にいたとしても、候補として一人だ。しかし、その候補である人物は、ハジメを本心から嫌っているわけではないし、その辺にいるその他程度にしか思っていないだろう。

 

 となると、二択は自然と一本の道になる。

 

 ハジメの殺害理由が嫉妬だとするならば、白崎香織に好意、恋心を持っている人物に絞られる。

 

 京楽が知る中で、香織に好意を寄せているのは二人。両方ともハジメを嫌っており、嫉妬を向けている。しかし、この二人は性質が違う。

 

 一人は無自覚で、一人は自覚がある。そして、前者は自覚がないゆえに〝恋敵を殺す〟と言う考えには至らず、後者は自覚があるから〝恋敵を殺す〟と言う考えに至れる。

 

 ちなみに前者は全ての属性に適性があるが、後者は火属性に適性はない。前者が犯人である可能性はかなり高くなるが、相手はどさくさ紛れで仲間を殺す卑怯者。裏を返せば、時と場合を咄嗟に選べる知能犯だ。わざわざ自分の適性の魔法を射って犯人が割れるようなことはしないはずだ。自分の適性から外れ、適性は無いが、完璧に無いわけではない属性を使うはずだ。現に後者の者は風属性に一番適性があり、火属性はそこそこだ。適性が完全に無いわけではないので、ギリギリ実戦で使うことができるレベルだ。

 

 そうなると、犯行に及んだ可能性は上がっていく。

 

 檜山が京楽をバカにしたように笑うなか、京楽は檜山の様子を観察していた。

 

 檜山は自分の手を軽く机の上で握りながら京楽を笑っている。

 

 手のひらを握る。隠すと言う行為は、やましいことがある、何か隠したいことがある人物に多く見られるのだ。

 

 京楽が京から学んだ心理学。行動心理学に基づくものだ。

 

 行動心理学とは、アメリカの心理学者ワトソンが提唱した行動主義の心理学であり、心理学を行動の科学とみなし、客観的観察の立場に立つ心理学の総称だ。

 

 使い用によっては、相手の言葉の真偽を見抜くことができる。京楽は常日頃からそれに基づいて行動し、相手を読み取っているわけではない。あくまでも、行動心理を持ち出すのは仕事の時だけだ。

 

「……そうだな。私が色々間違っていたようだな」

「はっ! 天才の八雲さまも間違うんですね~」

 

 檜山はここぞとばかりに京楽を煽り散らすが、残念なことに幼稚な煽りが聞くほど頭は単純ではないし、プライドも然程高くない。そして、自分の勘は全く外れていないので傷つけられることもない。

 

 それから檜山と何言か交わし、京楽は部屋を出ていく。出ていく前に、京楽は立ち止まり、檜山に訊ねた。

 

「なぁ、檜山。汚れた手は綺麗になることはない。人は罪を着て生きる生き物だ。…………染まったその手、一生悔いていろ」

「な、なんのことだよ」

「さあな。私の仕事はここまでだ。じゃあな、檜山大介」

 

 京楽は檜山の部屋から出ていく。京楽が出て少しすると、京楽を追うように檜山が部屋から飛び出してきた。

 

「ちっ! どこにいきやがったんだ」

 

 京楽は近くにいるが、檜山は京楽に気が付いていないようで、辺りを見渡す。

 

 京楽は檜山に会話の中で幻術をかけていたのだ。

 

 幻術も一種の魔法であるため、詠唱と魔法陣が必要だが、魔法陣は京楽のマスクに施してあるし、ちゃんと詠唱もしていた。

 

 トータスの魔法は、明確なイメージと魔法陣、起動するための魔力で魔法を使うことが可能となる。京楽は檜山との会話中に詠唱していた。イメージは〝並列思考〟で複数の幻術を同時にイメージしてその分の魔力を使った。そのため、きっちり起動したようで、その証拠に檜山は京楽を認識できていない。

 

 京楽が檜山にかけた幻術は、一週間の間自分を対象から認知しづらくするもの。常に誰かから見張られているような視線を感じる。の二つだ。

 

 檜山は光輝の前でクラスメイトの目の前で土下座して許しを請い、本人の目論み通り、檜山は光輝から「反省してるから」と言うだけで、何の罰も無しに許されてしまった。人類のリーダーになるであろう光輝の発言力は強く、光輝が檜山を許すと言ったのだから許されてしまったのだ。そのため、いくら京楽が何か行動を起こそうとも、光輝は聞く耳を持たないだろう。

 

 京楽は檜山を許すつもりなど更々ない。しかし、京楽は自分の仕事を履き違えるつもりはない。探偵とは、謎を暴き、真実を探し出すのが仕事である。犯罪者、犯人を捕まえて豚箱に入れて罪を裁き、更正させることが仕事ではない。だが、今までケジメはつけてもらうつもりだ。

 

 それ故の幻術で、この二つとも一週間もあれば自動的に解除されてしまうため、罰と言う罰にはならないが、精神には来るだろう。京楽には関係のないことだ。赤の他人を気にするつもりも、犯罪者に情けをかけるつもりもない。

 

 京楽は王宮から出て、最近良く行くようになった花屋に向かい、花を幾つか買って王宮に戻っていった。

 

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

 

 花束を片手に持ちながら扉を叩く。扉を開けて出てきたのは雫だった。少し寝不足の様で、隈が出来ている様に見える。

 

「ああ、八雲君。どうかしたの?」

「いや、花を変えに来た」

「こまめなのね」

「……入ってもいいだろうか?」

 

 買ってきた花束を見せると、雫は京楽を部屋にいれてくれた。

 

 京楽が部屋に入って真っ先に視界に入ったのは、ベッドに寝かされている香織の姿だった。精神的ストレスやショックにより気絶したままなのだそうだ。

 

「……」

「……」

 

 雫が心配そうに香織の手を握り、京楽は花を差し替えている。

 

 ただただ無言の時間。香織が寝込んでからと言うもの、京楽が花を差し替えている間、雫は話し掛けない。

 

「……八重樫。私はここを出ていこうと考えている」

「? 八雲君」

 

 花を差し替えている途中、京楽はそう呟いた。雫は京楽の言葉に首をかしげた。京楽から雫に話しかけること事態あまり無いのだ。しかし、言葉を聞けば意味は簡単にわかる。

 

「どこか宛があるの?」

「宛など無いさ」

「知らない世界で一人旅なんて、大丈夫なの? 宛も無いんでしょ?」

「大丈夫なわけがないだろう。行く宛も無く、自分の身を守る保護もなく知らない世界を旅するなど、危険行為でしかない」

 

 危険だとわかっていても、京楽は旅に出なければいけないのだ。旅に出なければ自分の天職を知ることができない。

 

 京楽の旅の目的は、自分の天職を知る事。そして、この世界の現状を知るためだ。もちろん、戦争に参加するに当たって相手の情報を仕入れるためにではなく、自分が知りたいからそれを知るために動くだけだ。

 

「じゃあ、なんで……」

「愚問だな、八重樫。必要以上に縛りを課せてくる教皇と、その相槌人形の国王。人の悪性を見ず、自分の都合が良いように全てを解釈する愚かな勇者。それを見てみぬ振りをするクラスメイトと、恩を仇で返す本当の裏切り者。そんな者達といるぐらいなら、危険を覚悟で外の世界を回る方が遥かにマシだ」

 

 京楽は旅に出ることを辞めるつもりはない。何せ、王宮の中は窮屈なのだ。世界が狭い、見える幅が狭い。神に盲信する狂信者達、勇者を祭り上げる胡麻すり貴族達。窮地を脱した仲間の死を考えないクラスメイト達。京楽はこの中で過ごす方が、自分のメンタル的に危険だったのだ。

 

 雫は京楽を留めておこうとしたが、京楽は留まるつもりはない。

 

 雫は京楽が居なくなってしまうことに不安を覚えた。京楽には影でわりと世話になっていたのだ。

 

 苦労人である雫は、京楽に愚痴を聞いてもらったり。隠している趣味を京楽と共有したり、京楽が家で飼っている猫を愛でたり。色々と溜め込んでしまいがちな自分のストレスの吐き出し口になってくれていたのだ。

 

 香織よりは友好があり、隠れてハジメと香織をくっ付けようと京楽、雫、ユカリの三人で予定を作ってはドタキャンしたりしていたのだ。それなりに話すし、仲はいい? まぁ、京楽から話すことは中々ないのだが……

 

「八雲君。君が居なくなると禿げるわよ? 私が」

「……私にデメリットは無いが?」

「ええ、そうね。あなたにはメリットもデメリットもないわ。だって、私が苦労しているのは、私のお節介だし。それは重々承知よ」

 

 そう、京楽には特に関係ない。雫が禿げようが、禿げなかろうが京楽の話ではないのだ。しかし、雫は京楽の弱いところをつつく。

 

「あ~あ、禿げちゃったらどうしようかしら? 私の友達が行方不明になって、私の話所が消えて、私のストレスと疲れは溜まる一方よね~」

「……」

「禿げたくないわ~、何処かの誰かさんが行方不明になって、居なくなっちゃうんだもの。どうしようかしらね、この際あきらめて桂でも」

 

 雫が何かを悟ったように語り始め、京楽の様子を伺う。京楽は顔を背けてはいるものの、反応はある。京楽はお人好しだ。他人には物凄く冷たいが、友人には優しいのだ。人間を嫌うわりには何かと誰かの世話を焼くことが好きなようで、誰かに甘えられたりすると嬉しそうにしている。雫はその様子を……京楽にベッタリ甘えるユカリの様子を見て知っているし、からかい感覚で試してみると意外と手応えがあったのだ。

 

 京楽は現実主義者だ。自分に出来ないことは出来ないとバッサリ切り捨てるが、可能ならばそれをやり遂げる。そんな人物だ。

 

 雫が頭に手をやると、京楽が大きな溜息を吐いた。

 

「……一段落もすれば、顔をだそう。その時に、いくらでも溢してくれ」

「そう。それでいいのよ」

 

 雫は内心少し謝る。これはただの我が儘だ。京楽もそれを知りながら相手をしてくれているので、大概ではあるのだが……

 

 花の差し替えが終わり、京楽は花束を包み直す。これから部屋に戻るなり、何なりするのだろう。

 

 京楽が花束を持ち、香織に目をやった。香織の呼吸は安定しており、特に異常は見られない。本来なら語る気がなかったが、幸い近くに物音も人の気配もない。ならば語ってもいいだろう。

 

「……八重樫、今から私が語るのはあくまでも推理だ。真実である可能性は低いと理解した上で聞いてくれ」

「? ええ、わかったわ」

 

 雫が頷くと、京楽は語り始めた。これから語るのはあくまでも推理。真実ではない。

 

「……八重樫。本来、教えるつもりはなかったが被害者がいるからな。一応犯人について教えておいてやる」

「犯人……」

「ああ、犯人だ。魔法の件のな」

「! わかったの!」

 

 雫は京楽に詰め寄るが、京楽は雫を宥めて首を振る。わかりはしたが、あくまでも推測だ。京楽はそれをもう一度伝えた上で話す。

 

「犯人の犯行動機は嫉妬だ。恐らく、アイツで良いなら自分でも良いじゃないかとでも思ってるんだろう。そして目的だが、恋敵の排除だろうな。どさくさに紛れて人を殺すような卑怯者だ。八重樫にも被害が出る可能性は充分にあり得る。注意してくれ。…………そして狙いだが、考えなくてもわかる通り白崎だ。白崎が恋したっていたハジメを排除し、自分のモノにしようと企んでいるんだろうな。……犯人は以前からもハジメに対して何かのアクションを起こしていた可能性は高い。これは推測に過ぎないが、魔法は自分だとバレないために自分の適性のない魔法を射った可能性が非常に高い。そんな卑怯者が犯人だ………私が何か頼める立場ではないが、八重樫。白崎を守ってやってくれ……いや、側にいてやってほしい。最悪守れなくてもいい。犯人が白崎を追い詰める前に、その切っ掛けを作らせないために白崎の側で牽制してくれ……」

「言われなくてもそうするわよ。香織は私の親友だもの」

 

 雫がそういうと、京楽は花束を雫に渡した。雫は不思議そうな顔をするが、京楽は続ける。

 

「この花束はエゴアモーテと言う花でな。花言葉は、〝誓い〟だそうだ」

「どういう意味かしら?」

「私は、八重樫に誓いを渡そう。私は約束は守る。だから、一段落すれば、必ず顔は出してやる……押しつぶれるなよ」

「あ、ありがとう」

 

 雫は京楽から花束を受け取り、京楽に一本だけ差し引いて手渡した。京楽は首をかしげたが、雫は続ける。

 

「なら私もあなたに約束するわ。私も頑張るわよ。八雲君、だからあなたも頑張りなさい」

「……ああ、約束しよう」

 

 京楽はエゴアモーテの花を受け取って、部屋に帰っていった。

 

 後日、雫の部屋には京楽の渡した花が枯れるまで飾られていたそうだ。京楽から貰ったのだと雫が自分の専属侍女ニアに話したところ、花言葉のもう一つの意味と、二人のやり取りの意味を知らされて顔を真っ赤にしたとか、しなかったのだとか……




いかがだったでしょうか?
花は原作には出てきませんので、オリジナルの物となっています。ちなみに、とある言語の意味をそのまま花の名前にしただけなので、意味のわかる人はわかるかもしれませんね。

では、次回話も引き続きお楽しみください。


追記8/4 花の名前を変えました


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出会いか災難か

 

 京楽は馬車に揺られながら王都から離れて行っていた。王都にはもう用はない。調べたいことも、知りたいことも知れたのだ。居座る理由もなにもない。ちなみに、雫以外に出ていく事は言っていないので行方不明と言うことになっている。

 

 王都を出て一週間と三日が過ぎている。現在、賢者の伝承の眠っているであろう地に向かっていた。

 

 京楽は王都の都立図書館で賢者の伝承を探しており、司書に聞いてみたところ、蔵書庫の中にそれらしきモノが一つだけあり、かなり年期の入った本なので昔からあるものなのだと言う。

 

 その本には、裏切りの賢者と七人の反逆者についてかかれていた。冒頭にはこう書かれていた。

 

『太古。彼の者が至り、彼の者が成った。叡知を持ち、自然、平和を愛する彼の者を人は〝賢者〟と呼んだ。彼の賢者は勇者と仲が悪かった。全てを救うために苦悩する勇者を賢者は〝愚者〟と呼び、全てを救うために全てを捨てる賢者を勇者は〝悪人〟と呼んだ。勇者は神より受けた神威により絶大な力を、賢者は叡知より生み出した絶大な魔法を持つ。彼の二人は交わることはなく、己を突き通す。勇者と賢者は交わることはない。それは未来永劫、彼らが彼らであるかぎりそれはあり得ない』

 

 どうやら、先代の賢者は先代の勇者と知り合いのようだ。それもかなり仲は悪い様子。そしてやはりと言うべきか、先代の賢者は魔法が使えたらしい。

 

『ある日、賢者は神を知る。賢者は神を憎み、神に反旗を翻す。それと同時期に反旗を翻した七人の反逆者と手を組み、神を討とうとした。しかし、賢者と七人の反逆者は神の巧みな策略により七人の反逆者を地の果てに追いやる。賢者は人を嫌った。傲慢な人を、嫌い、やがて彷徨える森に至る。その森に塔を建て、頂きに座る。賢者は世界を眺めている。それは、永き眠りに着くときも変わらず』

 

 〝彷徨える森〟を京楽は目指していた。彷徨える森とは、ハルツィナ樹海近郊にある大きな森の事だ。そこの森は、樹海同様に霧が掛かっているが、亜人族ですら方向感覚を見失ってしまうと言われる森だ。

 

 そこに塔は建っていないが、方向感覚を失う場所自体がかなり限られており、さらに森に限定される。樹海には亜人族の国、フェアベルゲンがあるため搭は存在するだろうが、樹海ではなく森だ。となると、その樹海付近にある森以外に無かったのだ。

 

 王都からかなり離れており、それなりに時間がかかる。王都を出ていくと言うのは雫にしか言っていない。そして、その雫にはあまり他言しないように口止めしているため行方不明扱いされていることだろう。捜索するかは不明だが……

 

 京楽が馬車の中で、王都でのことを思い出しながら瞑想していると馬車が止まった。

 

「嬢ちゃん、着いたぞ」

「ありがとうございます。ごめんなさいね、無理言ってしまって」

「別にいいんだよ。嬢ちゃん見たいな研究者がここを調査するのは珍しいからな。頑張ってこいよ」

 

 京楽はバックパックを背負い直して馬車から降り、馬車運転手のオッチャンは豪快に笑い、京楽を送り出した。

 

 京楽の乗っていた馬車が走り去り、見えなくなるまで手を振り、見えなくなった距離になると体を纏っていた魔力が霧散した。京楽は馬車に乗ってから常に幻術を使い続けていた。幻術は燃費が良いし、魔力高速回復と併用し続ければ二週間は持つことが出来る。

 

 京楽が使っていたのは〝幻惑〟と言い、容姿や声を相手に誤認させる初歩的なモノだ。長く持ったのは使った幻術がそれだったからと言うのもあるのかもしれない。

 

 バックパックを背負い直して森に目をやる。

 

 森の周りには霧が掛かっており、中は調査がされていないため、まだわからないことだらけの森。帰って来られるものの方が少なく、帰って来られたものは道に迷い、彷徨い歩いてたら偶々外に出られたと言った者達だけの大迷宮程ではなくとも、十分な危険地帯。探索に入った者達が口にするのは決まって「なにも見えなかった」だ。そして、知らない間に記憶の中からその森の存在が消される不可思議で不気味な森を、人はこう呼ぶ。

 

 【マユ森林】と……

 

 報告によれば魔物の出現率は低く、辺りに霧が立ち込めて周りが全く見えないらしい。

 

 京楽はバックパックを背負って森に入っていく。落ちている木の枝を通ってきた地面に突き立てて進んでいく。

 

 中は確かに霧が濃くて一メートル先も見えないが、方向がわからなくなると言うことはなかった。何故か方向がわかるのだ。

 

 何かに誘われるように奥へと進んでいく。確かに報告にある通りに魔物の襲撃に遭わない。本当に数は少ないのだろう。干し肉を噛りながら奥へと進んでいくと、霧が晴れてきた。さらに奥へと進むと、霧は完全に晴れて、辺りを見渡せるようになった。まぁ、辺りを見渡してもあるのは木々だけだが。

 

 霧が晴れたのはありがたく、後ろを見てみると、霧が立ち込めている。どうやら、霧が晴れた場所とそうでない場所の境界にいるようだ。

 

 霧が晴れたので近くの木に背を預けて休息を取る。水筒から水を飲み、干し肉を食べる。自然が好きな京楽からしてみれば、自分が休まるには丁度良い環境だった。緑豊かで静か。京楽は体のダルさを取るために仮眠を取ることにした。京楽が仮眠を取るために目を閉じ眠りに着いた。

 

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

 

 京楽が目を覚ますと、平原に眠っていた。

 

 体を起こして辺りを見回すが森はない。自分の身の回りには花が咲き乱れているだけだ。バックパックは隣に置かれてあり、何か漁られた形跡はない。

 

「……ここは、一体」

 

 京楽がバックパックを持って立ち上がり、自分の周りにあった花を眺める。見たことのない花だ。

 

 取り合えず、自分が道の場所に居ることだけはわかった。情報を集めるために歩き出す。しかし、

 

《──人間。ここに何のようだ》

 

 京楽が歩き出すと同時に花弁が舞い上がり、京楽の目を覆う。次の瞬間には、一匹の龍が居た。緑色の鱗に、五メートル程の体を持つ龍。翼はなく、金色の一角を頭に持つ龍だった。

 

「〝賢者〟の伝承を調べ、ここに辿り着いた者だ」

《賢者、だと? ……ああ、お前はアンリの転生体か。まさか、本当にここに来るとはな》

「アンリだと? 誰だ?」

《忘れてしまっているか……まぁ、いい。お前がなぜここに来たのか、なぜここに来られたのかは過ごしていればわかることだ。ゆっくりしていくと良い》

 

 緑龍が去ろうとするのを京楽が呼び止め、緑龍は京楽に目をやる。

 

「ここが何処かだけ教えてほしい」

《……ここは、賢者アンリ・マユの作った表世界の狭間にある忘れ去られた者達の都、〝幻想郷〟。自然との調和、自然を愛する者が行き着くこともある場所だ》

 

 緑龍はそう言って花吹雪と共に消えた。緑龍の居たとおぼしき場所には花が咲き乱れていた。

 

「……アンリ・マユ。か」

 

 京楽は聞き覚えのある、その名前を呟く。だが、覚えは全くないのだ。聞き覚えはある。しかし、身に覚えはない。

 

 京楽はそんなモヤモヤした気持ちを胸に一先ずその場を離れることにした。京楽は賢者の建てたとされる搭を探しているのだ。緑龍曰く、忘れ去られた存在が多くいると言っていた。色んな存在がここにはいるんだろう。

 

 緑龍の居た場所の奥へと、京楽は足を進めた。

 

 

 

 

 しばらく進むと、森林地帯にやって来た。

 

 マユ森林と似た感じの森だが、霧はかかっていない。そして、生き物の気配もいくつか感じる。

 

 気配のする方に歩いていると、水音が聞こえ始めた。何かが水のなかで動いている音だ。

 

 物陰から覗いてみると、三メートル以上ありそうな巨狼と、少女が水辺で戯れていた。

 

 少女は水の中に足を浸けてぱしゃぱしゃとばた足をしていた。巨狼は水辺の草原に体を休めており、見守るように少女を眺めている。しかし、京楽の視線に気が付いたようで、スッと視線をこちらに向け、小さく唸った。まるで、隠れてないで姿を見せろと言わんばかりに。

 

 京楽は物陰から出て、姿を見せると、少女が素早く巨狼の後ろに隠れ、顔を覗かせた。

 

「……脅かせたようで、すまなかったな。保証は出来ないが、敵ではない」

 

 物陰から出てステータスプレートを巨狼の前に投げる。信用させるなら、その方が早い。両手をホールドアップする。初対面で敵意が無いのをアピールするのは意外と難しい。そのため、個人情報を渡した方が相手も安心できる。なのでステータスプレートを渡したのだが……

 

「……一応、私のステータスプレート、身分証の様なものだ。信用はならないだろうが、こちらに敵意はない」

「…………ほんと、ですか?」

「ああ、敵意があるならわざわざ身分証を渡して、手の内を明かすわけがないだろう。それでも不安だと言うなら、私の荷物の中に縄がある。それで縛ってからでも確認するか?」

 

 泉を挟んでの会話なので流石にバックパックを反対岸に投げるのは無理だ。なのでバックパックを出来るだけ草原の方に投げて取れるようにする。武器はそもそも持っていない。一応魔物の解体用ナイフはある。仮に相手が敵対してきたならば、応戦しなければいけない。それ用で解体用ナイフは所持している。こればかりは目を瞑ってもらおう。

 

 少女が京楽のステータスプレートを広い、京楽のステータスを見る。そして、驚いたように京楽を見ている。

 

「賢者、なんですか?」

「ああ、天職は賢者だ。だが、これと言った魔法は使えない。一応自分の天職について調べていたが、手がかりが全くなくてな。唯一見つけた手がかりが賢者の伝承だ。その伝承を追っていたらここに居たわけだが……何か知らないか?」

「ほ、ほんとのほんとに賢者なんですか?」

「……一応賢者だ」

 

 京楽は賢者だ。魔法は全く使えず、前衛特化だが賢者だ。幻術を使うよりも、体術で黙らせた方が早く感じているが、賢者だ。

 

 少女が反対岸から京楽を見ると同時に目があった。そして、顔を真っ赤にして背けられた。恥ずかしがり屋なのだろうか?

 

 少女が京楽の所に回ってきた。

 

 薄桃色のふんわりとした髪の毛を赤のリボンで結んでサイドテールにしており、長めの前髪にキリッとした赤茶色の瞳の少女。首には黒く真ん中に赤いラインの入ったマフラーを巻き、タイトなシャツと水色の大きめのジャケットを来ている。身長はそこまで高くなく、百五十九センチぐらいで顔には幼さが残っている。

 

 しかし、そんな容姿に反して体はよく育っており、胸も大きめで腰も括れ、安産型の臀部。顔付きも良いので、かなりの美少女だろう。

 

 京楽を見るなり顔を赤くし、巨狼が後ろで呆れたように少女を見ている。

 

「あ、あの! わ、わわわ、私を、弟子にしてくだしゃい!」

「……はあ?」

 

 京楽は首をかしげ、少女は京楽に物凄い勢いで頭を下げる。耳まで真っ赤になっている。噛んでいたのが恥ずかしかったんだろう。

 

 唐突な申し出に、京楽は不思議なものを見る目で少女を眺めていた。




新キャラ登場ですよ~。キャラ紹介の所に追記致します。良ければそちらもどうぞ。


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少女の頼み

バイトが忙しくて遅れました。かなり雑かも知れませんが、ご容赦ください。


 

 

 

 

「……弟子は取っていないんだが」

「お、お願いします! 弟子にしてください!」

 

 少女は京楽にもう一度頭を下げた。京楽は溜息を吐く。人は嫌いだが、人付き合いを蔑ろにするつもりはない。しかし弟子は取っていないし、弟子が取れるような能力はないのだ。

 

「……まぁ、理由は聞いておいてやる。私の弟子に成りたいと言う理由はあるか?」

「は、はい。もちろんありましゅ」

 

 顔を上げて理由を言おうとして舌を噛み、プルプルと涙目になり痛みを堪え始めた。巨狼が少女の顔を軽く舐め、少女は顔を真っ赤に染めながら震える。少女は羞恥心と痛みで辛いだろうが、京楽は京楽でどんな反応をしたら良いのかわからない。反応に困るのだ。

 

 羞恥心と痛みで涙目の少女とそれを慰めつつ、「慰めるの手伝えよ」と言いたげな巨狼。さすがの京楽も困惑した。

 

「……ゆっくりで良い。あまり緊張して話すな、深呼吸をしろ」

「は、はいぃ」

 

 少女がゆっくり息を吸い、ゆっくり息を吐く。それを何度か繰り返して落ち着いたようだ。が、京楽の顔を見た瞬間に、ボフッ! と、擬音が着きそうな早さで顔を真っ赤にした。どうやら、少女が落ち着くのはもう少しかかりそうだ。

 

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

 

 しばらくして、少女が京楽をあまり視線に入れないようにしながら話せるようになった。何でも、人の顔を見たりすると、上手く話せなくなるなってしまうようだ。しかし、弟子入りを頼む人に向かって目を逸らしながら話すのは失礼だと思い、頑張って顔を見ようとしたのだが、無理だったらしい。

 

「わ、私が弟子にしてほしい理由ですよね?」

「ああ、取ると言うわけでもないが、ちゃんと理由があるなら考えても見ようと思ってな」

「理由なんですけど……私、動物とかお花とか自然が大好きなんです」

「……それで?」

「私も賢者様の伝承を読んでその場所を探したらここに辿り着いたんですけど……その肝心の賢者様は二十年ぐらい前に亡くなっているそうで、お話が出来なかったんです」

「……なんて言った? 今、何て言った?」

「ひゃ! け、け賢者様とお話が、でで出来なかったんです!」

「違う、その前だ」

「賢者様が二十年ぐらい前に亡くなって「それだ、それ」ひぅ」

 

 賢者は約二十年前に亡くなったそうだ。だが、なぜ少女が知っているのかが謎だ。この少女は賢者の事を知っているのだろうか? そう、京楽の頭に過る。

 

「何処でそれを知ったんだ?」

「え、えっと~。が、ガウさんが教えてくれたと言いますか。なんと言いますか」

「ガウさん?」

「は、はい。えっと、この狼さんです」

 

 少女が巨狼をポフッと撫でると、返事をするように巨狼が、ガフッと吠えた。

 

「……動物と会話が出来るのか?」

「ひゃ、ひゃい……」

「……話が逸れたな。で、理由はなんだ? 続きを聞かせてくれ」

 

 京楽が聞くと、少女とまた目があってしまい、少女はまたもや顔を真っ赤に染め上げ、自分の胸に手を当てながら深呼吸をして落ち着きを取り戻してから話始めた。

 

 少女は、賢者に自然について色々聞きたかったらしい。賢者はこの世界で最も賢い者とされており、天才ゆえの湾曲した考えで神に楯突いたとされている。神に反逆した理由と、自然と自分の在り方を聞いて、談義したかったんだそうだ。運が良ければ弟子にしてほしかった。だが、賢者は暇に他界していた。

 

 賢者は暇にいない。だが、元の世界に帰りたいとも思わず、ここで特に不自由無く生活を送っていると、少女の隣にいる巨狼。ガウルフのガウさんと出会い、二年程一緒にいるらしい。

 

 そこで、ガウさんに聞いたんだそうだ。賢者は死んだが、自分に復活の魔法をかけて死に、いつか幻想郷に戻ってくるのだと。

 

 それを信じて待つことだいたい二年と数ヵ月。京楽が現れ、天職を見たときに確信したそうだ。この人が自分の探していた〝賢者様〟なのだと。それで弟子入りしたいそうだ。

 

「……そうか。話はわかった」

「じ、じゃあ」

「お断りだ。私は賢者なんて柄じゃない。それに、ただの人違いの可能性も充分有り得るだろう?」

「そ、それはそうかも知れませんけど……」

「それで、私が君を弟子にしてしまえば、人違いだった際に激しく後悔させてしまうことになる。私は人の人生の責任が取れるような人間じゃない。他を当たってくれ」

「で、でも! それでもあなたが良いんです! あなたじゃないと嫌なんです!」

 

 京楽は少女に視線をやる。そう言えば、少女は幻想郷に二年以上居ると言っていた。となると、ここ幻想郷については京楽よりも知っているだろう。

 

 そして、幻想郷に生息する生物とも対話が出来ると言うのだ。ここを調べる上でかなりの戦力にもなり、生活についても色々知っているだろう。〝弟子〟でなくとも、良いのでは? と京楽は思い至る。

 

「……よし、こう言うのはどうだ? 私はここについてはまだまだ知らないことばかりだ。それ故、一人でなにかをすることは無理だろう。だが、君と二人でなら、生きていくとなると私の生存率も上がる」

 

 京楽が提案したのは、少女との共存だ。少女は京楽にここでの生き方を教える。京楽は少女が求めるような師弟関係を出来るだけ与える。関係としては歪だが、提案はしてみる。

 

「はい! ここでの生活を教えれば、私はあなたの弟子にしてくれるんですよね?」

「……何を求めてくるかによっては答えられないが、できる限りのことはしよう」

「はい! それでも全然構わないです」

 

 別に良いらしい。いつか悪い人間に騙されそうで心配だが、それについても教えれば良いだろう。

 

 少女が嬉しそうに笑いながらガウさんに抱き付きながら、もふもふ、わさわさと毛並みを楽しみ始めた。

 

「……で、だ。これからどうするんだ?」

「あっ、自己紹介……しますか?」

「……そう言えば、名乗っていなかったな。八雲京楽だ。知っての通り、天職は賢者だ。よろしく頼む」

「え、ええと、アリス・ヴェルカーナです。天職は……わかんないです」

 

 少女、アリスが落ち込み気味に言う。アリスはステータスプレートを持っていないそうで、天職はわからないのだとか。

 

 別に天職がどうのこうので人を差別するつもりのない京楽は、アリスに気にしないように言う。仮によくわからない天職だとしても、なんとも言わない。京楽のやることに変わることはないのだ。

 

「………特技はあるか?」

「あっ、え、えっと……、動物と会話してご飯探したり、動物と仲良くなるのは得意ですけど……人がすこし怖いんですよね……」

「……あんまりそう恐れるな。人が怖いぐらいなんとも思わん。それに、私は接触恐怖症と潔癖症だからな。他人に触れないし、触るつもりもない」

 

 一応、先に自分の体質のことは言っておき、それを聞いたアリスが頷いた。

 

 アリスは人が怖いらしい。前に何かしらあったんだろうが、あまり会話になれていない様子も見られた。対人で話したことが少ないのだろう。あるいはあがり症とか、その辺りだろう。

 

 しばらくの間、アリスが堅くなりながら京楽と話していたが、急に腹の虫が鳴く。どうやら、空腹のようだ。

 

「えっと……木の実とか、果物がここでの主流なんですけど……食べますか?」

「ああ、そうさせてもらおう」

 

 「ついてきてください」と言い、ガウルフの上に跨がると、ガウルフが歩き出す。アリスの騎獣にもなっているようだ。京楽はその後ろをとぼとぼと着いていく。

 

 少し歩いたところの木に果実がなっておりアリスが果実をもぎ取り、京楽に手渡した。どうやらこれがここでの食事のようだ。

 

「美味しいですよ?」

「……」

 

 アリスは果実を噛り、モグモグと食べる。ガウルフも果実を食べていた。京楽は軽く拭いて果実を食べる。味は林檎だった。皮も赤いし、見た目も林檎に近い。

 

「……これは、何て果実だ?」

「これはですね、え~と。……ガウさん、この果実なんて名前でしたっけ?」

 

 ガウルフが一吠えすると、「アフルの実だそうです」と答えた。林檎モドキ、アフルは美味しかった。アリス曰く、こんな感じの果実が森林地帯にはわんさかなっているらしい。

 

 他にもアリスに案内されて、食べられるものと食べられないものを教えてもらった。何でも、木になっているモノは全部食べられるのだそうだ。野草は怪しいものもいくつかあるらしい。薬の代わりになるものもそれなりにあるらしく、京楽はそれらも教えてもらった。

 

 ちなみに、アリスやガウルフと出会った泉には魚が生息しているらしく、それらの魚も食べられるのだそうだ。

 

 そして、今京楽やアリスが居る森林地帯以外にも、京楽が目覚めた花園地帯。山岳地帯、湖畔地帯があるらしく、それぞれの地帯にはそこを支配する龍が居るらしい。森林地帯、〝銀狼龍〟ガウルフ。花園地帯、〝樹緑龍〟フォーレス。山岳地帯、〝黒刃龍〟リッパー。湖畔地帯、〝水蛇龍〟ウィディネ。この四体の龍が支配者らしい。

 

 ……お気付きだろうか。森林地帯の支配者である〝銀狼龍〟はガウルフと言う。そして、アリスの騎獣になったり世話をしている巨狼もガウルフだ。

 

「……もしかしてだが、ガウさんがここの支配者か?」

「ガフ!」

 

 巨狼、こと、銀狼龍が吠える。まさかのアリスの友達だ。支配者が一個人を見ていて良いのだろうか?

 

「……アリス、もしかしてだが、賢者の建てたとされる塔について何か知らないか?」

「塔、ですか?」

「……ああ」

 

 アリスは少し考え込む。そしてガウルフのガウさんに目をやる。ガウルフが遠吠えをあげると、ガウルフの周囲に白銀色のスパークが発生し、京楽達から遠く離れた場所に巨大な塔がうっすらと出現した。が、その塔は段々朧気になっていき、見えなくなってしまう。

 

「ガウさん? 今のは……あれが、今のが賢者の塔なんですか」

 

 ガウルフ曰く、他の三体の力を会わせれば完全に賢者の塔を顕すことが出来るらしいが、流石に一匹では一瞬姿を表させるのが限界なんだそうだ。

 

 だが、一つだけ特例があり……

 

「……アンリ・マユの転生体は、何の要因もなく、無条件に塔に辿り着けるのだそうです」

「……なんだその特別仕様は」

 

 京楽はそう溜息を吐く。ガウルフは京楽を見てから塔があった場所に視線をやる。

 

「……あ、あの~、師匠様なら行けるんじゃないかって、ガウさんが……」

「……まぁ、やってみる価値はあるかもな」

 

 柄にもなく、自分が賢者の転生体なのでは? と思い始めてきた京楽。理由はいくつかあり、まず一つ。初めてにしては見覚えが有りすぎた。実は言うと、野草や果物などについては全て見覚えがあった。もちろん、ここの植物が地球にあると言うのはほぼないだろう。二つ目に、たまに思い起こす七人の友人たち。もちろん、京楽は会った覚えも無ければ、見たこともない。だが、オルクス大迷宮に行ったときに、ライセン大峡谷、ハルツィナ樹海の近くにいたとき、ふと人物像が浮かび上がってくるのだ。三つ目、最後になるが、恐らく花園の支配者〝樹緑龍〟フォーレスと初めてあったときの一言だ。「アンリの転生体」と樹緑龍は言っていた。四体の龍は賢者アンリ・マユの事をよく知っているようだった。それゆえに、自分が転生体なのではないかと思ってしまう。

 

「……ガウさん。私を、塔のある場所へ連れていってくれるか?」

 

 それを聞いたガウルフが京楽が乗れるように体制を低くし、京楽もガウルフの毛に掴まるが、場所が悪くて掴みづらい。

 

「……アリス。もう少し前の方に寄れるか? 私が乗れない」

「あ、あの……嫌じゃなければ、安定した乗り方で二人乗りが出来るんですけど……どうしますか?」

「……あるならあるでそれに越したことはない」

 

 京楽がそう答えると、アリスがガウルフから飛び降りて京楽をかなり前の方に乗せると、アリスが京楽のすぐ後ろに乗り、抱きついて密着してきた。その次の瞬間。京楽は背中から恐怖感と激しい不快感。ぐにゅっと何か柔なかモノが押し付けられて潰れた感覚が同時にやって来た。額から冷や汗を流し、あまりの不快感に顔をしかめたが、仕方がないことだと自分に言い聞かせて割り切る。

 

 ガウルフが小さく唸り、咆哮する。すると、木々が揺れ、ガウルフの白銀色の魔力が稲妻のように辺りに迸り、走り出す。物凄い勢いで走りだし、跳躍すると、空中を駈け始めた。空中を走り、ガウルフが咆哮する。すると、また塔がうっすらと姿を表した。が、今度は消えずに残る。

 

 京楽が塔の全貌を捉えた途端に、頭の中に、一つの文が浮かび上がった。そして、その言葉がなんであるかを理解し、呟いた。閉ざされた塔の入り口を開く言葉を唱える。

 

「……現実は紐解かれ、幻想に帰す」

 

 その言葉と同時に、目の前が光で覆われていき、京楽は眼を瞑った。

 

 しばらくして眼を開けると、京楽は塔の前に立っていた。傍らにはアリスが経垂れ込むように座っている。辺りを見回してガウルフの姿を探したが、全く見つからない。

 

「……途中ではぐれたか、それとも別の要因か……まぁ、今はどちらでも良い」

「い、いい今のは。そ、それにここは」

 

 アリスはあたふたと慌て始め、軽くパニックになっていたので、脳天に手刀を落とした。アリスは「あうっ!」と声と共に軽く頭を押さえながら踞る。京楽はそれを溜息混じりに注意した。

 

「急な出来事に驚くのも、パニックになるのもわかるが、少しは落ち着け」

「は、はいぃ」

 

 京楽が塔の入り口らしき場所に触れると、壁から文字が浮かび上がってくる。

 

 〝挑戦者、又は私の転生体。ようこそ、私の住処へ。私はここへ来た者に試練を与える。試練は中に入った瞬間から始まり、途中でリタイアは出来ない。それ故に、覚悟無き者は引き返せ。命を賭してでも試練の先にある真実を知りたい者のみ通るといい。

 

  賢者 アンリ・マユ〟

 

 と、書かれていた。試練の先にある真実。それは希望か、それとも絶望か。そんなもの京楽にはわからない。だが、京楽が今求めている答えはここにあるのだろう。もちろん京楽は命を賭けてでも試練に挑む。

 

 痛みが引いてきたらしいアリスが顔をあげ、京楽の見ている文章を読んでいた。

 

 文章を読み終わったようで、困ったように京楽を見始めた。

 

「あ、あのっ…………私も、付いていって良いですか?」

「止めはしない。着いてきたいならそうするといい。だが、かなり危険みたいだぞ? 最悪命を落とすかもしれない。それでも良いのか?」

「はい」

 

 アリスの顔付きがいつになく真剣になる。強い覚悟を決めた者の目だった。良くも悪くも強い意思を見せる。

 

「私は、私と言う存在を知りたい。私の種族はなんなのか、私は知りたいんです!」

「……さっきも言ったが、別に止めはしない。そうしたいなら、そうするといい」

「でも、師匠様。私は弱いんです。だから──守ってくれませんか? 全部を守ってほしいなんて言いません。私が、真実を知るために。真実を得るために手伝ってください」

「……」

 

 京楽は静かにアリスを見る。〝守る〟、それは簡単そうで難しい。だから簡単には約束しない。力があるだけでは守れず、正義だけで、綺麗事だけではなにも守れない。それを痛いほど京楽は知っている。

 

 頭が良くても、強くても、守れないものは守れない。〝力があるから〟、〝力を与えられたから〟。それだけで全てを守れる、救えるなど到底思わない。そして、京楽自身、全てを守れるなどとは思っていない。

 

 だが、アリスの目には信頼が宿っていた。今日あって間もないと言うのに、信頼されていた。この人ならと信頼するような目を向けられ、京楽の数少ない尊敬する大人である京は黙っているだろうか? 京の友人の杉下さんは無理だと諭すだろうか? 答えは否だ。信頼には誠意を返す。信頼には信頼で返すと教えたのは二人だ。そんな二人なら無理だと溜息やら愚痴やらを言いながらも助けるだろう。

 

 ならば、京楽が返す言葉も決まっている。

 

「……私は弱い。残念だが、アリス。君が思っているほどは強くない。だが、頼まれたからにはその頼み、可能な限り引き受けよう。私の最善を尽くしてアリスを守っていくよ」

「あ、ありがとうございます!」

 

 京楽が扉に触れ、軽く押すと、一人でに扉が開き、道が現れる。そして、道を照らすように松明に火が着いていった。

 

「……行くぞ、アリス」

「はい、師匠様」

 

 二人は、扉の向こう側に入っていくと、扉がしまり、中を歩いていった。






かなり急ぎで書いたので、誤字脱字がある可能性があります。報告してくれるとありがたいです。


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賢者の搭

 

 

 

 塔の中は石のレンガで構成されており、中々広かった。

 

 魔物が出現するわけでも、トラップが大量にあるわけでもない。ただただ階段と道が続いている。

 

 しかし、トラップが無いわけではない。一階層につき二、三個トラップがある程度だ。だが、階層一つが迷路のようになっているため、どこにトラップがあるかは判りづらい。

 

 京楽はトラップがありそうだと判断した場所に石を投げたりして、音の鳴り方を調べたり、仮に踏み抜いても、生まれながら何故か備え持つ超人的な反射神経で避けたり、アリスを守ったりしている。

 

 アリスは生物の気配や、自身への危険を感知出来るようで、アリスがヤバイと思った場所には近付かないようにしている。ちなみに、一度アリスがヤバイとは感じていたが、言わずに言った場所にヤバイトラップがあった為、今は素直に教えてくれる。

 

 そして今は……

 

「……アリス、パズルは順調か?」

「うぅ、全然解けないよぉ」

 

 次の階層へ行くための階段にあるパズルを解いている。

 

 パズルはキューブ型のモノで、スライドして組み換えながら特定の形を造ると言うものだ。今までにも階段の中継地点にパズルや謎解きは存在したが、全て京楽が解いていた。謎解きは職業柄割りと得意で、パズルも暇さえあればやっていたぐらいには好きなので特に苦ではなかったが、アリスはそれが我慢ならなかったらしい。

 

 今の今まで、アリスは京楽の後ろで京楽がトラップを解除したり、トラップを探したり、発動してしまったトラップからアリスを守ったり、パズルや謎解きをしているのを見ていただけだった。

 

 京楽は師匠的な立ち位置だが、一応は仲間なのだ。なんだか足を引っ張っているようで嫌だったらしく、パズルをやっている途中だった京楽に、変わってほしいと頼んでパズルを解いている。ちなみに、京楽はパズルの答えをある程度導き出せたが、わざと教えていない。

 

 アリスが進んで自ら成長しようと頑張っているのだ。助けも呼ばれていないのに手を貸すのは野暮と言うものだろう。アリスが助けを求めればヒントは出すつもりだ。アリスがやり遂げなければ意味は無いのだから。

 

「うぅ、こんなに難しいなんて……師匠はなんでこんなに難しいのをパパッと解けちゃうんですかぁ」

「慣れと経験値だ。パズルや暗号解読、数式の計算や式の算出。項が解れば自ずと解も分かる」

 

 京楽はそんなことを言っているが、数学は苦手科目だ。まぁ、苦手とは言っても学年上位に食い込み続ける程には出来るのだが……ここでは関係のない話だ。

 

 アリスは、京楽のそんな言葉を聞いて、唸りながらも考える。京楽はそんなアリスを見ながら一階層にあったパズル、ルービックキューブ擬きで遊んでいた。ちなみに、ルービックキューブは縦横六マスの立方体で、少し手間取ったが、十秒程度でクリアした。

 

 アリスはそれから二時間ほど粘り、京楽にヒントを貰ってから勝手が解ったのか、一分ほどでクリアした。あまりの嬉しさにアリスが達成感に浸かりながら喜び、京楽はそれを褒める。

 

「……時間はかなり掛かったが良くできたな。お疲れ様だ」

「は、はい! なんとかできゅっ」

 

 「なんとか出来ました!」と報告しようとしたが、舌を噛み、プルプル震えながら痛みを堪えるアリス。残念な子と言えば良いのか、ドジと言えば良いのか迷うが、アリスの場合はポンコツなのだろう。

 

 理解力や発想力はあるのだろうが、頭の容量が追い付いてなさそうだ。本人のあがり症などもあるのだろうが、普通は何度も何度も舌を噛んでプルプル震える人間は中々居ないだろう。と言うよりも、舌を怪我していないのだろうか? 怪我しているなら怪我をしているで処置はした方がいい。

 

「……口を開けて舌を出せ」

「ふぇ?」

「なに、変なことはしない。舌を怪我していないか見るだけだ」

 

 下心が無いことは言っておく。京楽は他人の舌に興奮するようなフェチは持っていない。怪我をしていないか心配になっただけだ。

 

「だ、大丈夫ですから。怪我をしてるなら自分で気が付きますし……」

「それもそうだな。痛むようなら言ってくれ、治すことは出来ないが痛みを誤魔化すことは出来るからな」

 

 京楽はそう言ってアリスに水筒を手渡した。

 

 賢者の塔に入ってからかなりの時間が立っているだろうが、この塔の中では日付の確認しようがないし、時間を知る術もない。しかし、空腹感や飢餓感は感じない。喉は乾いても、空腹感も飢餓感も感じないのだ。だが、疲労感や睡魔は感じる。

 

 そして、不思議なことに、水筒の水をいくら飲んでも減らないのだ。アリス曰く、この水筒は湖畔地帯にいる水蛇龍から貰ったアーティファクトだそうで、水筒自体から水が涌き出ているらしく、水が無くなること事態無いのだとか。それに、この水は体に良いらしく、傷の治癒力を高めたりしてくれるそうだ。ちなみに、アリスは水蛇龍とも仲が良いらしく、他にも黒刃龍とも仲が良いらしい。

 

 アリスが水分補給を終え、階段を進む。

 

 そして次の階層に到達し、二人は探索を再開し始めた。

 

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

 

 しばらく探索していると、宝箱を見つけた。

 

 京楽がトラップが無いかを調べてアリスの危機感知能力に頼る。

 

 アリスの持つ危機感知能力は、恐らくアリスの持つ技能なのだろう。自身に対しての危機に敏感で、的中率は高い。

 

 アリスが宝箱に手にかける。そしてゆっくりと開く。これまでの階層にも宝箱は幾つか置かれており、割りと役に立つアイテムが入っていたりする。

 

 これまでに出てきたのは、トラップの探知とモノの鑑定が自動で出来る赤眼鏡。刃零れしない頑丈なナイフ。あらゆる物を収容できるピアスや、嵌めている間自身の筋力を増強する手袋などがある。しかし、いつ使うのかわからないインクの切れない万年筆や、ただのペンダントだったり、埃の被ったアクセサリーだったり、意味のわからないものも沢山入っている。

 

 ちなみに、そういった使えなさそうなアイテムは、あらゆる物を収容できるピアス、〝異界のピアス〟に入れられている。

 

 〝異界のピアス〟は、至ってシンプルな直径一センチ程の小さな輪型のピアスで、ありとあらゆる非生物質を収納することが出来る。ピアスが異界に繋がり、その異界に物資を収容できるアーティファクトで、魔力を使っての出し入れが可能だ。そのため、今まで持っていた荷物類は全てピアスの中にしまってある。

 

 アリスが宝箱を開けると、二枚の古びた写真が入っていた。

 

「? なんですかね? これ」

「これは……写真か?」

 

 アリスが写真を宝箱から取り出し、京楽アリスから写真を受け取って息を吹き掛けて埃を飛ばす。

 

 二枚の写真にはかなりの年期が入っており、霞んでいてよく見えないが、真ん中にいる金髪の少女と黒髪の青年、左下の方でエメラルドグリーンの海人族の女性に抱き寄せられて苦笑いを浮かべている白髪黒メッシュにオッドアイの青年。その他にも四人写っているが、掠れてしまってよく見えない。だが、自然と名前だけはわかってしまった。そして、京楽は懐かしむように写真を撫でた。

 

「……ラウス、ナイズ、ヴァン、リュー、メイ、ミレディ、オスカー」

 

 左上から順に浮かんできた名前を呟く。

 

 知っている。だが、京楽はあったことも見たこともない。だが、京楽はこの人達を知っている。特に、海人族の女性のことはよく知っている。

 

 二枚目の写真には、酔い潰れた海人族の女性を介抱する白髪黒メッシュの青年が写真のカメラを遮ろうとした様子が写っていた。

 

〝アンリ、愛してるわ。いつか来る私達の悲願を………あなたが見届けて〟

 

「メイ……」

 

 京楽はそう呟いて、写真を懐にしまう。その様子をアリスが不思議そうに眺めていた。

 

「師匠様? どうかしたんですか?」

「……いや、なんでもない。探索の続きと行こうか」

 

 京楽はそう言って道を引き返す。アリスは京楽の後を追っていった。

 

 探索に戻り、迷路を進みながらも、アリスは京楽を不思議そうに眺めていた。

 

「師匠様。少し、休憩しませんか?」

「……そうだな。そろそろ休憩しよう」

 

 壁に寄りかかるように座り込み、一息つく。すると、アリスが京楽の隣に座り、話始めた。

 

「師匠様って、今まで何をやってたんですか?」

「……なんだ、急に」

「い、いえ。だって、師匠様。名前がちょっと不思議と言いますか、珍しいと言いますか……」

 

 そう言うことらしい。別に、京楽自身、自分の身の内を話すぐらいは構わない。

 

「……あまり信用ならないとは思うが、私は別の世界。地球と言う場所の小さな島国にいた」

「別の世界……ですか?」

「ああ、そこで探偵助手をしながら学生をしていた」

 

 学生はあくまでも兼業で、探偵助手を優先させていた。京楽の家業であり、京楽の本職でもあるのだから。

 

「それが気が付けば、この世界のエヒトとか言う神格に人間族が危機だから助けろって呼び出されての今だ」

「……そうなんですね」

 

 京楽はざっくりと説明した。アリスは意味がわからなかったながらも理解しようと頭を回す。

 

「……すまないな。ざっくりと話すぎた」

 

 京楽は目を伏せて、家族構成や自分が何をしていたのかを、日本での生活を語った。

 

 探偵助手をしながら色々な事件に携わったこと。ハジメに巻き込まれて不良とドンパチして薙ぎ倒したこと。ユカリとの事件のこと。暴力団を何度も壊滅させた話や京が特命科の時の上司、杉下七海とその相方と日本政府の陰謀や汚職事件を告発したりしたことを話。話し出せばきりがないほど京楽は色々な事件に携わり、母子で難事件を解決したり、何処のサスペンスドラマ、ミステリー小説の主人公の様な活躍を見せるが、全て母の手伝いでありあくまでも助手だ。京楽は表立っては動かず、水面下で静かに暗躍し続けた日陰の存在だ。

 

 警察の人達は京の息子ぐらいで終わっているが、杉下右郷曰く「いや~、君が無能だなんて。私にはそう思えませんがねぇ。胸を張って良いと思いますよ? 私は」、母である京は「京楽が手伝ってくれて大助かりさ。アンタは私の息子であり右腕。あんな肩書きエリート共みたいになるんじゃないよ?」とよく言われる。そしてあまり若者らしくないとも。

 

 ちなみに、京楽は正義を行うために義を持って立ち向かうなどしない。京楽の考え方は犯罪者側なのだ。そして幅広い価値観を持つ故に人の考えに同調出来るのだ。

 

「師匠様は正義の味方みたいな人だったんですか?」

「〝正義の味方〟か……。いや、私はそんな大層なものじゃない。どちらかと言えば逆だ」

 

 京楽は決して正義の味方ではない。正義の味方は悪と敵対し、悪を討つだろう。だが、京楽の場合は悪になり、悪を討つ。悪を倒すためには手段を選ばず、敵を殺すことに躊躇いはなく。自分の目的の為に他者を傷付けることに躊躇はない。そんな人間を悪であると言うならば、京楽は悪側の人間だ。悪人の考えを知り、考えを知るために多く交わり、その価値観を飲み込んできた。

 

 京楽は人間の悪性に多く触れ、人間の害悪性をよく知っている。それ故に潔癖性になり、人嫌いになった。

 

 そんな悪意にまみれた存在も中々居ないだろう。

 

「……私は正義の味方じゃない。私はその対極、〝絶対的な悪〟だ。どうしようもない、害意のない悪人。害がないからこそ対処の仕様がない最悪の生物だ」

 

 よく「産まれてきた命に罪はない」とは言うが、母の胎の中であるならば罪はない。しかし、外に出た瞬間からあらゆる罪、悪意にまみれる。その瞬間から人間は罪を犯し続ける生物となる。

 

 探偵の助手をしているときには暇にわかっていた。全ての人間が報われるわけではない。全ての人間が救われるわけがない。人間は全て等しく罪人であり、京楽からするならば誰もなにも変わらないのだ。

 

 人間は自然を破壊し、摂理に逆らい、秩序を狂わせた害獣だ。京楽は人間が嫌いだ。ハジメとユカリが居なくなった今。京楽に人間も捨てたものではないと言わせる存在はいない。

 

 ハジメとユカリの生存は信じているが、わかってはいるのだ。あの高さから落ちて二人が助かる確率はほぼ零であることはわかっているのだ。京楽は話を無理矢理気味に打ち切った。いくら自分を〝絶対悪〟と称している京楽でも、獣に堕ちるつもりはないのだ。

 

 京楽が話を打ち切ると、アリスが京楽の肩に寄りかかってきて、京楽はビクッ! と驚くが、アリスは動かない。声をかけたが返事もなく、耳を澄ますとアリスの寝息が聞こえてきた。溜まってきた疲れのせいで寝てしまったのだろう。

 

 京楽は溜息を吐いたが、 特に起こそうとは思わず、アリスの目が覚めるまで不快感を堪えていた。




更新速度が落ちてきましたね……

活動報告にて、アンケートの締め切りをお知らせします。


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閑話 奈落の底から

雑かもですが、ハジメ&ユカリsideになります。お楽しみいただけると幸いです。


 

 

 

 ドパンッ!

 

 オルクス大迷宮の奥深く、最深層と言われる場所よりも深い奈落の底。そんな奈落の底に乾いた銃声が木霊する。

 

 銃声の音元には、弾丸に頭蓋を穿たれ、内部を蹂躙され死に絶えた白い毛並みを持つ熊型の魔物と、その熊に銃口を向ける白髪隻腕の少年。そして、その傍らで血の滴る刃渡り二十センチのサバイバルナイフを逆手に握る白髪の少女がいる。

 

「勝ったな」

「うん。私達、勝てたね」

 

 少年は銃口を下ろし、熊型の魔物を眺めていた。少年はこの魔物に腕を食われた。少女は精神を砕かれた。しかし、これは復讐でも、報復でもない。

 

──生きたい。己の望みの為に生きたい。その過程で、この魔物を倒さなければいけなかった。ただそれだけだ。

 

 己の覚悟を確認するための儀式であり、二人が乗り越えなければいけない最初の壁。

 

「生きて故郷に帰る──」

「先輩と一緒に帰る──」

「「立ち塞がるなら敵だ。敵は──殺す!」」

 

 二人は決意を再度固め、強い意思の宿った瞳を見開いた。

 

 

 

 

 ……そんな事のあった日からいくらか経過した。

 

 二人、隻腕の少年。南雲ハジメと少女、南雲ユカリは深層に潜っていきながら探索を行っていた。

 

 二人がいるのはオルクス大迷宮の深層。二人の予想では百階層よりも下だと見ている。実際に、いた場所はオルクス大迷宮の深層。オルクス大迷宮の本階層とも言える、大迷宮としての顔を表す階層の始め、百一階だ。

 

 そして現在。二人は、百五十階層に来ていた。

 

 脇道の突き当りにある空けた場所には高さ三メートルの装飾された荘厳な両開きの扉が有り、その扉の脇には二対の一つ目巨人の彫刻が半分壁に埋め込まれるように鎮座している。

 

 二人はこの階層に足を入れた瞬間全身に悪寒が走るのを感じ、これはヤバイと一旦引いたのだ。もちろん装備を整えるためで避けるつもりは毛頭ない。

 

 期待と嫌な予感を両方同時に感じている。あの扉を開けば確実になんらかの厄災と相対することになる。だがしかし、同時に終わりの見えない迷宮攻略に新たな風が吹くような気もしていた。

 

「さながらパンドラの箱だな。……さて、どんな希望が入っているんだろうな?」

「どうだろうね? もしかしたら蟲毒の壺てきな物の可能性もあるんだけどね」

 

 自分の今持てる武技と武器、そして技能。それらを一つ一つ確認し、コンディションを万全に整えていく。全ての準備を整え、ハジメはゆっくりドンナーを抜き、ユカリはサバイバルナイフを抜く。

 

 そして、そっと額に押し当て目を閉じる。覚悟ならとっくに決めている。重ねることに無駄はない。二人は、己の内へと潜り願いを口に出して宣誓する。

 

「俺は、生き延びて故郷に帰る。日本に、家に……帰る。邪魔するものは敵。敵は……殺す!」

「私は、先輩と一緒に帰る。日本に、京楽先輩と一緒にまた日常を……送るんだ。障害物は壊す、立ちはだかる敵は……殺す!」

 

 目を開けた二人の口元にはいつも通りニヤリと不敵な笑みが浮かんでいた。

 

 

 扉の部屋にやってきたハジメとユカリは油断なく歩みを進める。特に何事もなく扉の前にまでやって来た。近くで見れば益々、見事な装飾が施されているとわかる。そして、中央に二つの窪みのある魔法陣が描かれているのがわかった。

 

「? わかんねぇな。結構勉強したつもりだが……こんな式見たことねぇぞ」

「兄さんがわからないなら、私に解読は無理かな……先輩ならいけたかもね」

 

 ハジメやユカリは無能と呼ばれていた頃、自らの能力の低さを補うために座学に力を入れていた。もちろん、全ての学習を終えたわけではないが、それでも、魔法陣の式を全く読み取れないというのは些かおかしい。

 

「勉強不足か、相当古いなら兄さんがわからなくても当然なんだけどね」

 

 ハジメとユカリは推測しながら扉を調べるが特に何かがわかるということもなかった。いかにも曰くありげなので、トラップを警戒して調べてみたのだが、どうやら今のハジメ程度の知識では解読できるものではなさそうだ。

 

「仕方ない、いつも通り錬成で行くか。ユカリ、周囲の警戒頼む」

「りょーかい」

 

 一応、扉に手をかけて押したり引いたりしたがビクともしない。なので、いつもの如く錬成で強制的に道を作る。ハジメは右手を扉に触れさせ錬成を開始し、ユカリが周囲の警戒を始める。

 

 しかし、ハジメが錬成を開始した途端、

 

バチィイ!

 

「うわっ!?」

「っ! 大丈夫?」

 

 扉から赤い放電が走りハジメの手を弾き飛ばした。ハジメの手からは煙が吹き上がっている。悪態を吐きながら神水を飲み回復するハジメ。ユカリはハジメに何かあったのを感知してハジメに駆け寄る。その直後に異変が起きた。

 

──オォォオオオオオオ!!

 

 突然、野太い雄叫びが部屋全体に響き渡ったのだ。

 

 二人はバックステップで扉から距離をとり、腰を落として手をホルスターのすぐ横に触れさせいつでも抜き撃ち出来るようにスタンバイ。ユカリはサバイバルナイフを抜き、体勢を低くしながら構えた。

 

 雄叫びが響く中、遂に声の正体が動き出した。

 

「まぁ、ベタと言えばベタだな」

「何とも、王道だね」

 

 苦笑いしながら呟くハジメとユカリの前で、扉の両側に彫られていた二体の一つ目巨人が周囲の壁をバラバラと砕きつつ現れた。いつの間にか壁と同化していた灰色の肌は暗緑色に変色している。

 

 一つ目巨人の容貌はまるっきりファンタジー常連のサイクロプスだ。手にはどこから出したのか四メートルはありそうな大剣を持っている。未だ埋まっている半身を強引に抜き出し無粋な侵入者を排除しようとハジメの方に視線を向けた。

 

 その瞬間、

 

ドパンッ!

 

 凄まじい発砲音と共に電磁加速されたタウル鉱石の弾丸が右のサイクロプスのたった一つの目に突き刺さり、そのまま脳をグチャグチャにかき混ぜた挙句、後頭部を爆ぜさせて貫通し、後ろの壁を粉砕した。

 

 左のサイクロプスがキョトンとした様子で隣のサイクロプスを見る。撃たれたサイクロプスはビクンビクンと痙攣したあと、前のめりに倒れ伏した。巨体が倒れた衝撃が部屋全体を揺るがし、埃がもうもうと舞う。

 

「悪いが、空気を読んで待っていてやれるほど出来た敵役じゃあないんだ」

 

 いろんな意味で酷い攻撃だった。ハジメの経験してきた修羅場を考えれば当然の行いなのだろうが、あまりに……あまりにサイクロプス(右)が哀れだった。

 

 おそらく、この扉を守るガーディアンとして封印か何かされていたのだろう。こんな奈落の底の更に底のような場所に訪れる者など皆無と言っていいはずだ。

 

 ようやく来た役目を果たすとき。もしかしたら彼(?)の胸中は歓喜で満たされていたのかもしれない。満を持しての登場だったのに相手を見るまでもなく大事な一つ目ごと頭を吹き飛ばされる。これを哀れと言わずしてなんと言うのか。

 

 サイクロプス(左)が戦慄の表情を浮かべハジメに視線を転じる。その目は「コイツなんてことしやがる!」と言っているような気がしないこともない。

 

 ハジメとユカリは、動かずサイクロプス(左)を睥睨する。ハジメの武器、銃というものを知らないサイクロプスは警戒したように腰を低くしいつでも動けるようにしてハジメを睨む。

 

 十秒、二十秒……

 

 いつまで経っても動かないハジメに業を煮やしたのかサイクロプス(左)が雄叫びを上げ踏み込んだ。

 

 直後、顔面から地面にダイブした。

 

 足を踏み出した瞬間、ガクッと勢いそのままに転倒したのだ。サイクロプス(左)は、わけがわからないといった様子で立ち上がろうと暴れるがモゾモゾと動くだけで一向に力が入らない。

 

 低く唸り声を上げもがくサイクロプス(左)に、ユカリがゆっくり近寄っていく。コツコツという足音が、まるでカウントダウンのようだ。ユカリは、サイクロプス(左)の眼前までやってくる。

 

「あははは、おバカな番人さん。足もないのに、なんで踏み出して歩こうとしたのかな? ねぇ?」

 

 ユカリはそう言うと手を大きく動かし、サイクロプス(左)の目の前で踊り出し、華麗にターンを決め、腕を閉じる。それはまるで引き絞るように、見えない糸の用なモノを無理矢理引っ張るようにも見える。

 

 その次の瞬間、サイクロプス(左)の四肢が、肉体が引き裂かれ、バラバラにされた。ユカリは一瞬だけクスッと笑った。

 

「いつ見てもえげつない攻撃だよな……」

 

 ユカリのやったことに、ハジメはそう漏らした。

 

 バラバラ死体の作り方だが、ユカリが自分の魔力で細く、頑強な糸を産み出し、それをサイクロプス(左)に絡み付ければ、それを引いて肉や骨ごと糸で切り飛ばすのだ。乱雑に絡めて切り飛ばすため、大きさは均等ではなく、切り口も不規則だ。

 

「え~、兄さんの出会い頭ドパンッよりはマシだと思うけど?」

「殺し合いだぞ? 卑怯もなにもないだろ。油断したやつが悪い」

 

 ハジメはそう言うと初撃でユカリが切断したサイクロプスの足を見やる。断面は綺麗で、すっぱりと切られている。それをすっぱり切ったのはただ頑丈な糸なのだが、その断面は鋭い刃物で切り裂かれたように切られている。

 

「まぁ、いいか。肉は後で取るとして……」

 

 ハジメは、チラリと扉を見て少し思案する。

 

 そして、〝風爪〟でサイクロプスを切り裂き体内から魔石を取り出した。ユカリも何となく察して、自分で倒したサイクロプスから魔石を取り出す。血濡れを気にするでもなく二つの拳大の魔石を扉まで持って行き、それを窪みに合わせてみる。

 

 ピッタリとはまり込んだ。直後、魔石から赤黒い魔力光が迸ほとばしり魔法陣に魔力が注ぎ込まれていく。そして、パキャンという何かが割れるような音が響き、光が収まった。同時に部屋全体に魔力が行き渡っているのか周囲の壁が発光し、久しく見なかった程の明かりに満たされる。

 

 二人は少し目を瞬かせ、警戒しながら、そっと扉を開いた。

 

 扉の奥は光一つなく真っ暗闇で、大きな空間が広がっているようだ。ハジメとユカリの獲得した新たな技能〝夜目〟と手前の部屋の明りに照らされて少しずつ全容がわかってくる。

 

 中は、聖教教会の大神殿で見た大理石のように艶やかな石造りで出来ており、幾本もの太い柱が規則正しく奥へ向かって二列に並んでいた。そして部屋の中央付近に巨大な立方体の石が置かれており、部屋に差し込んだ光に反射して、つるりとした光沢を放っている。

 

 その立方体を注視していたハジメは、何か光るものが立方体の前面の中央辺りから生えているのに気がつき、ユカリも見付けたようで、注視する。

 

 近くで確認しようと扉を大きく開け固定しようとする。いざと言う時、ホラー映画のように、入った途端バタンと閉められたら困るからだ。

 

 しかし、ハジメが扉を開けっ放しで固定する前に、それは動いた。

 

「……だれ?」

 

 かすれた、弱々しい女の子の声だ。ビクリッとして二人が慌てて部屋の中央を凝視する。すると、先程の〝生えている何か〟がユラユラと動き出した。差し込んだ光がその正体を暴く。

 

「人……なのか?」

「女……の子?」

 

 〝生えていた何か〟は人だった。

 

 上半身から下と両手を立方体の中に埋めたまま顔だけが出ており、長い金髪が某ホラー映画の女幽霊のように垂れ下がっていた。そして、その髪の隙間から低高度の月を思わせる紅眼の瞳が覗のぞいている。年の頃は十二、三歳くらいだろう。随分やつれているし垂れ下がった髪でわかりづらいが、それでも美しい容姿をしていることがよくわかる。

 

 流石に予想外だったハジメは硬直し、ユカリは辺りを警戒し始めた。紅の瞳の女の子はハジメやユカリをジッと見つめていた。やがて、ハジメはゆっくり深呼吸し決然とした表情で告げた。

 

「すみません。間違えました」

「いや、待ちなよ。兄さん」

 

 二人は、奈落の底でも仲良くやっているようだった。その明かしに、ユカリが「ちょっ、待てよ」と言いたげにハジメを引き止めた。

 

「兄さん、間違えたなんて言っちゃダメだよ。お相手さんに気付かれたらどうするのさ。それに、お相手さんも好きでやってる訳じゃない事だってあるんだからさ……〝ごゆっくりどうぞ〟が正解だと思うんだ」

 

 ハジメにケチ着けたが、ユカリも更々助けるつもりはないらしい。意見の一致した二人が出ていこうとし、それを封印されてるっぽい少女が必死に呼び止め、助け出すことになるのだ。

 

 助け出したのち、トラブルに巻き込まれることになるわけだが、京楽は知るよしもない。





質問等がございましたら気軽に質問してください。


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賢者の試練



キャラ紹介の方を書き換えました(更新)。よければどうぞ


 

 

 

 アリスが京楽の肩に頭を預けて寝てから二十分ほど経った頃にアリスが目覚めて謝り倒し、京楽が気にしないように言って探索に戻った。

 

 それからだいたい一時間後。二人は階段を発見し、階段を登っていた。

 

「……いつになれば頂きに着くんだろうな」

「だいぶ登ってきた感じはするんですけどね……」

 

 二人はそんな会話をしながら階段を登る。そして、目の前にお馴染みのパズル、謎解きがやっていた。

 

 京楽が壁に触れ、仕掛けを起動させてから問題に取りかかる。今回出てきたのはスライドパズルだ。スライドパズルも難なくクリアして先に進む。が、

 

「壁、だと?」

 

 二枚目の壁があった。

 

 二枚目の壁には魔法陣が彫られており、一応トラップの確認をしておく。安否を確認して魔法陣の解読を始める。

 

「……かなり古い魔法陣だな。解読に時間がかかりそうだ」

 

 京楽は魔法陣にかかれた古代文字を解読し始めた。現代の文字と比べ、魔法式の解読を急ぐ。文字の形、共通点から意味を読み解いていく。言葉はわかる。文字も読める。ならば、解読は可能だ。

 

 文字を撫で、音を口に出し、持てる知識。解読法のすべてを屈指して意味を解読する。

 

 気が付けば没頭し、アリスが休憩しないのかと声をかけても反応がない。ただブツブツと独り言を呟きながら解読に徹している。

 

 石壁には異界庫にしまっていたインクの切れない万年筆の文字がびっしりと書かれている。何度も解読を間違え、何度も解読をやり直したのが見て取れるほどの壁に、アリスは最早なにも言わない。京楽が集中状態にあるからと言うのもあるが、解読している時の京楽が楽しそうに見えたからと言うのもある。

 

「……始まりは闇。それは、無からの創造」

 

 京楽が石壁に手を置いてそう呟くと、石壁に亀裂が走り、砕け落ちた。どうやら、魔法式の解読は成功したようだ。

 

 京楽が息を吐くと同時にその場に倒れた。アリスが慌てて容態を見るが、単に寝ただけだった。

 

「はぁ。師匠様は手がかかる人ですね。心配して損した気分ですよ、まったく」

 

 アリスは溜息を吐いて京楽を寝かせたままにする。

 

 実は言うと、京楽は何日も寝ていなかったりする。

 

 解読に夢中になり、ずっと起きていたのだ。ちなみに、アリスはその待ち時間の間、寝るかルービックキューブでただひたすら暇を潰していた。

 

 京楽の近くに座り、体を小さくする。

 

「師匠様、あんまり無茶しないでください……もう、一人になりたくないんです」

 

 アリスはそう呟いて京楽の隣で眠り始めた。

 

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

 

 二人が眠りから覚めて探索に戻ってからだいたい数日が経過した。

 

 それからも相変わらず何十階も上がり魔法陣の解読をしたり、パズルやら謎解きやらをひたすらしていた。

 

 そして現在。京楽とアリスは大きな扉の前に立っていた。

 

 扉には彫刻が施されており、森林、湖畔、花吹雪、山。それらの中心に巨大な大樹。そして、その大樹の幹に大きな雫が一つあり、その中には見開かれた本が彫られている。

 

「ここが、頂上への扉。か?」

「はい、……たぶんですけど」

 

 アリスがそう言って頷き、京楽は扉に手を触れる。硬く金属質で、重たさを感じる扉を押し開くように手を押し付ける。その瞬間、頭に電流が流れたような錯覚を覚え、ふらついて頭を押さえる。アリスが心配そうに京楽を見るが、京楽は頭を軽く振って扉に手を置く。

 

「硬く閉ざされた門よ、我は真理の戸を叩く者。万象に触れし悪。蝕み、巣食う者。我、賢者へと至りて悲願を待ちわびる。我が霊の名はアンリ・マユ。世の悪全ての体現者」

 

 京楽がそう告げると、重厚な扉が重たい音と共に開いていく。

 

 中に導かれるように扉の中へと二人は足を進めるが、アリスは扉の前にある見えない壁に阻まれて扉の中に行くことが出来ないようだ。京楽がアリスに向き直り、声をかけようとしたとき、

 

「お前、本っ当に人間が好きだよな」

 

 後ろからそう声をかけられて、京楽は振り返り、解体用ナイフを逆手に持って戦闘体制をとる。

 

 振り返った先に居たのは、黒髪黒目になった京楽だった。

 

 京楽を見ながらも、その口は三日月のように弧を描き笑い、ニタァと擬音が付きそうなほどだ。

 

「八雲京楽、人間が嫌いなわりには拒絶するような態度はあまり見せないが、何でだ?」

「……」

「沈黙はお求めじゃねぇんだよ!」

 

 黒い京楽が京楽の懐に物凄い速さで飛び込み、ナイフを振るった。

 

「師匠様!」

 

 アリスが京楽に向かってそう叫ぶが、当の本人はそのナイフを振るう手を掴んで押さえ込む。がしかし、京楽よりも遥かに力が強い。そして、京楽のように拘束を解くための知識もあるようで、簡単に拘束を解かれてしまう。

 

「厄介なヤツが相手だな。まさか、反転化した私が相手とはな」

「厄介だろ? なんせ、それがここのコンセプトだからな」

 

 黒京楽はケラケラ笑う。アリスは意味が分からないと言いたげに首をかしげるが、京楽は顔を引き締めた。

 

「大方、〝知力を身に付け、自らを知り、認める〟が、コンセプトなのだろう?」

「ああ、そうさ。わかってるなら、俺がどんな存在か、解るよなぁ?」

「……負の私。ではないな、私の深層思考の塊か?」

「わかってるじゃねぇか」

 

 黒京楽が笑いながら京楽を見ている。京楽は何がおかしいのかさっぱりだが、これも自分の知らない顔なのだと割り切った。

 

 自分に黒い部分があるのは知っている。なので、あまり驚きはしないが、ここまで態度が悪いのは初めて知ったが……

 

「でだ、俺。何で他人なんか気にするだ? 何で他人なんかに気を使うんだ? 人間が嫌いで、関わりを拒んだお前が何で今さら人間と接触しようとしてるんだ? 恐怖症も治らない、それでも何で他人なんかを思うんだ?」

 

 黒京楽の問いに、京楽は目を伏せた。

 

 答えなどわかっている。だが、認めたくない。そろそろ認めなければ行けない頃合いなのだろうか? 京楽がそう考えていると、黒京楽はナイフを片手に襲い掛かってくる。

 

 京楽の思考を圧迫するように、荒々しくナイフを振るい、体術を織り混ぜながら襲いかかる。だが、京楽には〝並列思考〟と言う技能がある。この技能は、頭の処理速度を常にあげることができ、物事を同時に考えることができると言う技能だ。複数の人の話を処理しきり、それを個別で理解することが出来るようになる技能で、利便性の高い技能だ。

 

 京楽は黒京楽の動きを見ながら攻撃を避け続け、黒京楽の動きに隙が生まれると同時に弾き飛ばした。が、黒京楽の体が霧散し、ナイフで腹を刺され、京楽から反撃を貰うまえに後退する。京楽も咄嗟に体を逸らしたこともあり致命傷は避けたが、痛手であることはかわりない。

 

「師匠様ッ!」

「おいおい、誰も技能が使えないなんざ言ってないぜ?」

「幻術か」

「大正解! 卑怯なんて言わせないぜ? 殺し合いに卑怯も卑怯じゃないもないだろ? 死んじゃもともこもねぇんだから」

「同感だ」

 

 京楽は痛みを幻術で誤魔化して立ち上がる。アリスが京楽に休むように叫ぶが、京楽は休む素振りも見せずに黒京楽と対峙した。

 

「……私。……私はそろそろ認めるべきだったんだろう。私は人間が死ぬほど嫌いだ」

「認めるどころか、自分で知ってることじゃないか」

 

 黒京楽が呆れたように返すが、京楽は言葉を続けた。しかも、その京楽の言い分は内心自分も驚くようなモノだった。

 

「だが、私は人間が好きだ。いや、愛している」

 

 京楽はそう言うと、黒京楽も呆気に取られた。アリスに至っては背筋に寒気が走った。あまりの恐怖に、得体の知れない恐怖に身をすくませる。

 

「愛している。言葉じゃ足りないほど、私は人間を、生命を愛している。自分が罪に汚れていく様を憂う人間も、自分を呪う愚かな人間も、無駄だとわかりながらも足掻き続ける無様な人間も、私は愛している! だからこそ私は人間が憎たらしい。罪に汚れていく様を憂う人間が、自分を呪う愚かな人間が、無駄だとわかりながらも足掻き続ける無様な人間が、私は嫌いだ。自然を破壊していく人類を、私が愛する全てを否定する人類が私は嫌いだ」

 

 人類悪。人類を愛するがゆえに、その愛が強すぎるゆえに人類を嫌い、破滅させる者。京楽は正にそれだ。

 

 京楽は人間が、世界に溢れる人類が好きだ。だからこそ関わりを持つ。だが、それと同時に人類が嫌いだ。矛盾しているが、一般的な親が自分の子供に向ける感覚と似たようなものだろう。

 

 親は自分の子を愛している。愛しているが故に時には怒り、時には恐怖を与えるだろう。だが、根本は愛しているからであり、嫌になったり、嫌いになったりもするだろうが離れることはない。

 

 京楽は人類を愛している。人類の持つ悪性も善性も、京楽はどちらも愛している。それ故に人類全てを嫌悪し、潔癖になる。愛しくて、狂おしいほど愛しくて、それ故に憎たらしい。

 

 京楽は狂っているのかもしれない。だが、悪に使っていた時間が長かった京楽は狂っていて当たり前だ。サイコパスとは違う、背徳感の欲しい犯罪者達とも違う。京楽は生まれながらにしても悪性。罪意識も自覚し、背徳感を求めず、だが邪な感情は全く無い。しかし、産まれながらにして悪性でありる京楽は純粋な悪になる。愛するがゆえに許せない。愛しているからこそ許容できない。今存在する人類が、見えない頂上に操られる愚かで、どうしようもない人類を滅ぼしたい。

 

「どうしようもない悪であり、救いの無い狂気。それが私だ」

「で? ハジメとユカリはどう思っているんだ?」

「もちろん愛しているとも。ハジメもユカリも、私は愛している。……さぁ、これが私の答えだ。戦争の続きと行こうか、私!」

「おおさ!」

 

 狂気と悪がぶつかり合う。愛するがゆえに全てを嫌悪する狂気と、悪であり続けることを選んだ罪人の衝突。

 

 京楽は〝反転化〟でステータスを底上げし、黒京楽と殴り合う。お互いに武器など持たず、ただただ己の肉体一つで殴り合う。

 

 アリスはその様子をただただ見ていた。

 

 アリスは本能的に京楽の持つ狂気には気付いていた。だが、京楽の狂気に危険はない。それ故に行動を共にした。自分を認めた、自分を受け入れた京楽を見て、アリスは羨ましいと思った。

 

 京楽の持つ闇が、狂気が、アリスは羨ましく感じた。自分には出来ないことをやり遂げる師を尊敬した。

 

 アリスは自分を認めることなどできない。自分を知りたいが、自分を知るのが怖い。

 

「怖がることはありません。あなたは、私を知ってもあなたであることに変わりは無いのですから」

「ッ! だ、誰!」

 

 アリスが振り替えると、そこには黒京楽と同様に、黒髪黒目になったアリスがいた。

 

「恐れなくとも、私はあなたなのですよ?」

「ッ!」

 

 アリスは自分の深層思考の塊。黒アリスと目が合う。黒アリスからは京楽の様な狂気は感じられない。だが、その手、頬には鮮血が着いており、恐怖に襲われる。

 

「怖いですか? 怖くて当然です。あなたは臆病で強制されなければ何も出来ないのですから」

 

 黒アリスがアリスを見下ろす。アリスは震えながらも黒アリスから目を離さない。

 

 アリスは自分の存在を知りたくてここまで来た。確かに、京楽に任せっきりで特になにもしていないが、京楽はやりたいと言えば任せてくれたし、助けを求めれば助けてもくれた。そんな京楽の後ろを着いてきて、アリスはここで下がるわけには行かなかった。

 

 京楽はアリスに何も強要してこなかった。だから、アリスは京楽を信用できた。アリスは自分の真実を知りたい。なら、臆病でもその真実を得るために目をそらしてはいけない。必死に自分を受け入れようとする。

 

「怖くても、その目をそらさない。探求心だけは旺盛ですね」

「ッ! それの何がいけないんですか! 私は! 自分が何者であるかを知りたいんです!」

「……なら教えてあげましょう。あなたはただの殺人鬼。そうでしょう? 半端者の兎さん」

 

 アリスはその言葉を聞いて、黒アリスに反論しようとしたが、出来ない。自分が認めたくないだけで、事実は何も変わらない。だから……

 

「……そうかもしれない。だから……私はみんなが怖いんです」

 

 受け入れるのではなく、受け止めた。黒アリスは気がつけば消滅しており、アリスは無気力にその場にへたれこんでいる。

 

「……アリス、終わったか?」

「………………はい」

「そうか」

 

 京楽の方も終わったようで、京楽は全身傷だらけだ。戦闘が激しかったんだろう。随分と激しい殴り合いでもしたんだろう。体はボロボロだった。

 

 アリスの様子を見て、京楽は何も言わずに手を差し出す。

 

「……立てるか? それとも、しばらく座っておくか?」

「……」

 

 アリスは答えない。

 

 しばらく、そっとしておいた方がいいと判断した京楽はアリスの隣に座り、休憩する。水筒から水を飲み、アリスの隣で一息つく。

 

「……師匠様」

「なんだ」

「私の話、聞いてくれますか?」

 

 アリスの申し出に、京楽は「ああ」と返して、アリスは膝を抱えて小さくなる。

 

「……私、化物なんです」

 

 アリスは自分の身の内を話始めた。





最近、文字数が減ってきたような気がする……


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血濡れた記憶



主人公はヒロインを複数抱えることが決定しました。詳しくは活動報告にてお伝えします。


 

 

 

 

 ある亜人族の集落。そこに住んでいた少数の兎人族。その集落で不可解な怪事件が起きた。その集落に住む兎人の夫婦の間に奇妙な子供が生まれたのだ。

 

 兎人の特有の濃紺色の髪色ではなく、限り無く白に近い薄い桜色の髪の毛に真っ赤な目に白い肌、亜人ではまずあり得ない魔力を持っている。それだけでも十分不可解なのだが、この生まれてきた兎人の赤子にはこれらのことを吹き飛ばすような特徴が、容姿にはあった。

 

 兎人の象徴とも言える兎の耳がなく、尻尾も持たない人族の容姿をした少女が産まれた。それが、全ての始まりだった。

 

 両親はこの赤子を即座に殺そうとした。が、謎の力に阻まれて殺すことが出来ず、両親はこの赤子を集落の外に捨てた。

 

 赤子は泣き出す。生存本能に任せて叫ぶ。しかし、集落の周りには魔物が住んでいるのだ。赤子の周りには段々と魔物が集まり始めた。赤子に勿論対抗手段はない。本来であれば、だ。

 

 近寄ってきた魔物達が赤子に襲い掛かるが、弾かれたように吹き飛ばされ、木に打ち付けられる。魔物達が次々と襲い掛かるが、赤子に触れることは叶わず、弾き飛ばされた。だが、そんな謎の守りも永遠には続かない。魔物が弾かれる力が弱まってきて、赤子は窮地に陥った。今度こそ赤子は魔物に殺される。筈だった。

 

 魔物は狩人をしている狐人族の老父に倒され、泣いていた赤子を抱き上げてあやす。

 

「人間族の子か? じゃが、ここは樹海の中じゃし、同胞か? いや、だが特徴がないな……」

 

 老父は偶々通り掛かり、赤子の泣き声が聴こえたから様子を見に来たのだ。その結果、赤子は魔物に襲われていた。しかし不思議な力に守られていた。魔物が弾かれ、老父は不思議に思いながらも助けたのだ。

 

 そして、老父は何かを思い出したのか、赤子をマジマジと見やる。が、

 

「……まさか、な」

 

 老父はそう言って赤子を抱いたまま自分住む集落に帰った。

 

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

 

 老父は赤子を集落内で隠しながら育て、赤子は大きくなっていき、十歳になった。

 

 赤子は老父に育てられた。体つきも少しずつ大人に近づいていく。老父は人族の子だと思っていたが、人間族には現れないはずの特徴である大きな犬歯が現れはじめ、赤子を拾ったときの事を思い出していた。

 

「おじいちゃん? どうかしました?」

「いや、お前を拾ったときの事を思い出しておったのだよ」

「わたしを、拾ったときのこと?」

「ああ」

 

 大きくなった少女はキョトンと首をかしげ、老父はその少女の頭を撫でる。

 

「……アリス、お前を拾う十年ほど前にな。賢者様から予言貰っていたのだよ」

「賢者様? 予言?」

「ああ、マユの森に住む賢者様に樹海で小さな特殊な赤子を拾うと、予言されておったのだ」

 

 老父、エヌマ・ヴェルカーナはそう答えた。

 

 エヌマがマユの森で狩りをしているとき、幻想郷に迷い込み、賢者様に会ったのだと。少女、アリスに教えた。

 

 今から約二十年前、エヌマはマユの森で狩りをしていた。歳のせいで疲れが溜まりやすくなっており、休憩をしていたとき。不意に強い眠気に襲われ、必死に眠気に抗ったものの、眠りに落ちてしまった。

 

 それからいくらほど経ったのかはわからない。だが、エヌマが目を覚ますと、そこは塔の頂だった。

 

「……ほぉ、ここに人が訪れるとは。珍しいこともあるものだな」

「ッ! 何奴だ」

 

 エヌマが声のする方に振り替えると、黒のメッシュの入った純白の髪色の青年が居た。エヌマは弓を構えて引き絞り、青年につがえる。

 

 青年は弓を向けられても臆することなく、エヌマに向かって言ったそうだ。

 

「すまない、三百年近く人と話していなくてな。久しく人と話をする故、名乗るのを忘れていた。私はアンリ・マユ。賢者、人類悪と言えばわかるか?」

 

 エヌマは青年の正体に驚きながらも警戒し、弓を向けながら名乗り返した。

 

 それから、エヌマはアンリに幻想郷の存在を伝えられ、アンリに頼んで幻想郷から出して貰えることになった。その出ていく間際に言われたことがある。それが……

 

「……エヌマ、十年後の今日。お前は一人の特殊な赤子を拾う。その子を大切に育てよ。その子は平和の未来を産み出す鍵となる」

「急に何を言っているのだ」

「……いまはわからなくとも時期にわかる。さらばだ、エヌマ」

 

 アンリに幻想郷から出してもらい、エヌマは集落に戻ったのだ。そして、それから十年後のその日にアリスを拾った。

 

 エヌマはその話をアリスに聞かせた。アリスは楽しそうにその話を聞いて賢者の話を聴きたがるようになった。

 

 自分が拾い子であったことを知っても、アリスはエヌマを「おじいちゃん」と呼び、エヌマはアリスを本当の孫の様に可愛がった。いつか、二人で賢者様に会いに行こうと言う約束を胸に、二人は生活していた。

 

 しかし、幸せが終わるのは一瞬だった。

 

 集落に魔物が出現し、エヌマとアリスを襲った。エヌマは歳のせいでろくに戦えず、アリスは小さいが故に戦いを知らない。

 

 エヌマはアリスを守るために魔物を倒すと共に片足を失い、失明した。アリスは集落内の住人にバレてしまい、明らかに亜人族ではないアリスは、集落内で迫害を受けた。石を投げ付けられ、襲われた。だが、アリスを守る不思議な力に阻まれてアリスをどうすることも出来ず、アリスはただひたすら集落内で嫌がらせを受け続けた。

 

 そんなある日の事だ。アリスがいつものように嫌がらせを受けて家に帰ると、エヌマは集落の住人に殺されていた。アリスにどれだけ嫌がらせをしてもアリスは気にしなかった。それに腹を立てた若い男衆がエヌマを襲い、人質にしようとしたところ、エヌマは抵抗し、若い男の一人がエヌマを殺してしまった。

 

 アリスは、血にまみれ横たわるエヌマを抱きながら泣く。若い男衆はそんなアリスを見ながら笑ったのだ。「化物には相応の末路だ」と、「獣人の裏切り者と化物の運命だ」と、アリスと殺されたエヌマを笑った。

 

 アリスは泣き叫んだ。男達への恨みを乗せ、悲しみを、憎しみを乗せて泣き叫んだ。その時、大地が波打ち、槍のように鋭く尖ったら地面が男達を穿ち、集落が阿鼻叫喚に包まれた。

 

 あるものは大地から樹の根が身体を貫き、あるものは大地に呑まれ、あるものは男達同様に地面に貫かれる。そしてまたあるものはアリス自らが殺した。

 

 気が付けば集落は壊滅し、自分は返り血にまみれ、その場に泣き崩れた。不意に頬に着いた血を舐めると、美味しく感じた。それに吐き気を催して吐き、血生臭いが漂う集落で死んだように眠り、いるはずのない生存者を探して集落内を彷徨い歩き、血を舐め、吐き、死んだように眠る。そんな日々を送っていた。

 

 そんな生活を送っているうちに、自分が何者であるかがわからなくなった。名前はわかる。だが、自分の種族が全くわからない。亜人、獣人でもなければ人間族でも魔人族でもない。自分の存在がわからなくなった。そんな時だった。アリスは不意に、エヌマの言っていた賢者様の話を思い出した。

 

 自分がエヌマに拾われることを予言した賢者様であるならば、自分の種族を知っているかもしれない。自分を助けてくれるかもしれない。

 

 アリスはその賢者様に会うために、会って話をしたいがためにマユの森にあるとされる幻想郷を探した。

 

 そして、たどり着いた頃には若干丸くなっており、アリスを見付けて面倒を見てくれたガウルフによって、精神的にまだマシな状態になっていた。

 

 だが、先程の自分との会話で蓋をしていた記憶を抉じ開けられ、顔色も優れず、精神もうつ向き気味になった。

 

「……これが、私の話です。可笑しいですよね、私みたいなヘンテコな化物が誰かに必要とされるなんて、自分を知りたいだなんて」

 

 アリスはそう言って、段々と卑屈になっていく。

 

 京楽は何も言わずにアリスの隣に座り、溜息を吐いて額を指で小突いた。アリスは「あうっ」と小さく声を漏らす。

 

「師匠様?」

「あまり卑屈になりすぎるな。今で言っておくが、アリス。お前は化物ではない。かなり特殊な存在と言うだけで、自然の一部だ。それにだ。本当に化物であるなら、アリスは私を殺すだろう? 私だってアリスがただの化物なら殺すだろうな。そして、自分を知ろうとして何が悪い。化物だからなんだ、人間だからなんだ。自分を知る権利ぐらい誰にでもある。それを否定するな。それを否定するなら、今ここで全てを終わらせろ」

 

 京楽はアリスの足下にナイフを突き立てた。アリスはそれを見て一瞬怯えた。ナイフがアリスの姿を写し、アリスはナイフに手を伸ばした。そして、自分に刃を向ける。

 

 京楽は止めないし止める気はない。アリスが自分を殺せないのを知っているから。

 

 アリスは刃を向けただけで手は一行に自分に進まない。ナイフは震え、アリス自身も、涙を流しはじめた。死にたいのに死にたくない。消えたいのに消えたくない。京楽は本気で死ぬ人の目を知っている。だからこそわかるのだ。アリスが自分を殺せず、生きることを願っていることを。

 

「なんで……なんで私は死ねないの。なんで殺せないの」

「……お前がまだ生を望むからだ」

「いや、もういや。死にたいに……もう、おじいちゃんの所に行きたいのに、なんで死ねないの」

 

 アリスからナイフを取り上げ、ホルダーにしまい、アリスの頭に手をやり、優しく撫でた。

 

「生きろ。生を望むなら、エヌマよりも長く生きろ、アリス。生きることが困難であるなら、生きる意味がわからないなら見出だせ。それが無理と言うなら、私の為に生きろ」

「師匠……様」

「泣きたいなら泣け、辛くて叫びたいなら好きなだけ叫べ。誰かの許しなんぞ不要だ。誰かからの許可が欲しいなら、私が全部承諾してやる。だから、生きろアリス。お前もまた自然の一部だ。勝手に死んで蕾のまま花を散らすな、散るならば綺麗に咲き誇ってから散れ」

 

 かなり一方的な押し付けだが、悲しみを、憂いを抑え込んでいるなら、無理矢理にでも爆発させた方が相手のためになることもある。アリスの場合はそれが正解だったようで、京楽を絞め殺す勢いで抱き着いて泣き始めた。

 

 アリスがどれだけ抑え込んでいたかはわからないが、かなり抑え込んでいたのは確かだ。アリスの体験した悲しいこと、辛いこと、嫌なこと全てを吐き出すように、その勢いは激流の様に激しくしばらくの間は止まりそうにない。

 

 綺麗な、可愛らしい顔も涙やら鼻水やらでぐちゃぐちゃにして京楽に抱き着きながら泣きわめく。一瞬、アリスとユカリが重なって見えた。泣き方が似ている。と言うよりは、泣きながら相手に甘えるのがそっくりなのだ。

 

 ユカリも表情や感情表現こそ豊かだが、抑圧されて爆発させることもある。決まってそんなユカリの相手をするのは京楽かユカリの実母の菫だ。胸に顔を埋めながら泣き、相手に癒しを、慰めてくれと言うように頭を擦り付ける。ユカリはそのあとにかなり顔を真っ赤にして謝ってくるのだが、京楽は別に迷惑には感じていない。無駄に溜め込まれては後が大変なのだ。発散出来る内にしてくれるのは大変ありがたい。

 

 アリスを抱きしめ、慰めながら頭を優しく撫で、アリスの辛かったこと、苦しかったこと、悲しかったこと、嫌だったこと。全てを京楽は受け止める。勿論、不快感はあるし嫌悪感もある。それに、今すぐアリスを引き剥がしてペイッしたいが、逆効果だろうし、京楽もするつもりはない。

 

「辛かったな。今は抑えなくていい。好きなだけ私に吐き出していけ」

 

 優しく京楽が囁き、アリスはそのまま数時間もの間泣き続けた。

 

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

 

「落ち着いたか?」

「ひゃ、ひゃい」

 

 アリスは耳まで顔を真っ赤に染め上げながらうつ向き、そう答えた。

 

 アリスが京楽に抱き着いて泣き終わったあと。アリスが冷静になり、羞恥心で京楽から離れて顔をそらし、今に至る。

 

 京楽はアリスの涙やら鼻水でベタベタになった服を脱いぎ、マフラーとマスクも汚れたので外している。それ故に、アリスが恥ずかしくて目を逸らしていると言うのもあるかもしれない。細く引き締まった肉体に綺麗な白い肌。しかし、それらよりも目を引くような大きな右腕、首、口元の傷跡。そして、横腹に出来た治りかけの傷。

 

 それらが気になるからか、チラチラと京楽を見ている。

 

「……進むとしようか」

 

 京楽はそう言って歩いていく。アリスも少し慌て気味に後ろに着いていった。

 

 今度はアリスも問題なく通ることが出来、黒京楽との戦闘のせいであまり意識していなかったが、地面には巨大な魔法陣が描かれている。

 

 頂上ではなく、薄暗い巨大な部屋だ。

 

 二人が中心の方まで足を運ぶと、魔法陣は起動して輝きはじめた。

 

 空気が変わったのを感じ取り、塔の中とは違った清涼な風を感じる。光が次第に収まり、目を開けると、空には満天の星が広がり、月明かりが京楽とアリスの二人を照らしていた。

 

「ここが、塔の頂上か」

「み、みたいですね……」

 

 塔の頂上はいたってシンプルで、天に延びる柱が何十本かある程度の場所で、中央は台座になっており、祭壇のようにも見える。

 

「塔の頂上と言うわりには、神殿跡地の方がしっくり来るな」

 

 京楽はそう言って柱に触れる。柱はまだ新しく、砕け崩れている様に見えるのはそう言うコンセプトで建造したからだろう。年季はあまり感じさせない。経っていても二十年とちょっとぐらいだろう。

 

 京楽が台座の方に足を踏み出すと、魔法陣が出現し、台座の方にふわりと人影が現れ、地面に降り立つ。

 

 赤い眼鏡に白いロングコートを羽織り、首にマフラーを巻いた女顔の白髪黒メッシュ。白い肌に真紅と金色のオッドアイと言う不思議な青年。その青年は京楽とアリスを見下ろすように台座から見ていた。



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幻想郷の王

投稿!

少し長めかも?


 

 

 

 

「よく辿り着いた。私の転生体と挑戦者。私はアンリ・マユ。裏切りの賢者、人類悪と言えばわかるか?」

 

 二人の前に立つ青年、賢者アンリ・マユはそう言うと、苦笑いを浮かべた。

 

「いや、わからないか。流石に忘れ去られてしまったか。ああ、これは記録映像の様なものだ。受け答えは出来ないから、質問はよしてほしい」

 

 アンリはそう言って、京楽のいる方に目を向ける。そして、謝るように呟いた。

 

「……私の転生体。すまないな、ろくに記憶を残すことが出来ず、知性と中途半端な記憶を与えてしまった。術式事態は禁忌に近いモノだった。それ故、完全に私と言う存在を残すことが出来ず、中途半端に私の感性や記憶を残してしまったこと、悪く思っている。許せ」

 

 アンリはそう言うと天を見上げる。懐かしむように、寂しそうに天を仰ぐ。

 

「……本当はこんな術式を使うべきでは無かったかもしれない。だが、エヒトルジェの目を掻い潜る術はコレ以外になかった。アイツを殺すためには、この手段が最良だったんだ」

 

 アンリはそう言って京楽に目をやり、そして、穏やかに告げた。

 

「転生体。今から、君に私の全てを託そう。ここ幻想郷も、私の記憶の全てを、長いこの世界の歴史の証人である私の知識の全てを君に譲ろう。この知性を持って何をするかも君の自由だ。君はあくまでも私の転生体だ。私ではない。……ただ、頼みがある。メイ達との約束を……解放者達の悲願を見届けてほしい。ティアの望んだ世界を語り継いでほしい。それだけだ。君のこれからが、自由の意思の下にあらんことを切に願う」

 

 アンリの身体が光の粒子へと変わり、弾けて京楽の身体を包む。それと同時に激しい頭痛と、吐き気を催され、アリスが京楽に近寄り背中を擦る。

 

 京楽の中に、アンリの記憶が流れ込んでくる。アンリの幼い頃の記憶から、二十年前、自分が転生するための術式を作り出して使用するまでの記憶が流れ込んできた。

 

 アンリの記憶、記録は外からやって来た偽神との争いだった。

 

 人々が神代と呼ぶ時代よりも前。原初であり、歴史に綴られることのない空白の時代。その時代に、アンリは産まれた。

 

 世界を作った創設者の子孫として産まれ、産まれながら高い知性と強い理性を持ち。世界を見据える者として、産まれながら、万物を知り人を導く賢者として産まれ落ちた。

 

 それと同時に産まれ落ちた者がいた。創設者の子孫として、人々を守るために産まれた者。産まれながら高い力を持ち、世界を守り導く勇者として産まれ落ちた。

 

 二人は兄妹のように育ち、大きくなっていった。

 

 共に成長し、共にぶつかり合い、お互いを高めあった二人。二人は基本的に考えが合わず、お互いにぶつかり合う。遠慮もなく、本気で戦う。

 

 しかし、二人共願いは同じだ。人々の幸福を、人類の、生命の繁栄を願っていた。二人で人類を導き、共に歩む。お互いにぶつかり合う仲でも、二人が別れる事など無かった。

 

 ある日、世界に異世界の人間がやって来た。その者は非常に強い力を持ち、世界に降り立ったその瞬間から人々を洗脳し、神を名乗り世界を支配しようとした。だが、二人が許すわけもなく、その者を排除しようとした。しかし、人々がそれを拒み、今まで守り導いてきた二人に反旗を翻し、襲いかかった。

 

 しかし、強力な力を持つ二人に人類が敵うわけもなく、圧倒しながら鎮圧した。その者は人類を味方に付け、人質に取った。護るべき人類に手出しが出来ず、二人は二人の持つ強大な力を世界中に散りばめ、己の命を断ち、転生した。

 

 そして、二人が産まれ直したのは神代であり、二人は黙々と力を溜め、彼の者を討つと立ち向かった。しかし、片割れであった勇者は彼の者に敗北し、彼の者は二人の手によって肉体を失ったものの、二人が復活する前に手に入れた世界に逃げ込んだ。アンリでもその世界に干渉することが出来ず、護るべき人類が敵になった。

 

 アンリにはもうなにもすることが出来ない。神性も失い、どうすることも出来ないアンリは、自分と勇者が世界に散りばめた力を持って生まれてくる者達に未来を託した。何もすることが出来ない自分を悔しく想いながらも、彼の者を討つ時を歴史の影から待ち続けた。

 

 神代が終わり、時が流れた。その頃、二人の散りばめた力に目覚める者達が増え始め、神に反旗を翻す。真実を知る者が現れるまで待ち続けた。

 

 それから数年が経ち、神に反旗を翻す組織。偽神からの解放を望む者達、解放者達と手を組、もう一度反旗を翻す。しかし、人々を使って阻まれ、失敗に終わってしまった。

 

 それからアンリは、自分の世界を作り、元ある世界を望む者達が辿り着き、過ごす場所。全ての原点であり、起源を望む者達の理想郷、〝幻想郷〟を生み出し、その中心に自身の住む塔を経て、世界を眺めていた。神に反旗を翻す機会を狙って、基盤を生み出すべく元の世界に降り立ち、時に弟子を取り世界の真実を、自分の持つ知識を継がせた。

 

 弟子を取り、月日は流れ、アンリは世界の未来を見た。神を打ち倒し、世界を元に戻す存在が現れると。特殊な目により見えた朧気な世界の未来を確実にするべく、自分の魂をその未来を拓く者が住む世界に無理矢理転生した。

 

 それからは、京楽の知る日々だった。

 

 何千年分の記憶が流れ込んできた京楽は、激しい頭痛に襲われ呻く。アリスが必死に京楽に呼び掛け、京楽もギリギリで意識を保ち続けた。

 

 数時間程すると、頭痛も吐き気も収まり、深呼吸をする。痛みは完全に退き、気分も良好だった。

 

 しかし、しばしば身体に違和感を感じる。力がみなぎると言えばいいのか、違和感と言えばいいのかわからないが、自分の姿、容姿が変わったことはわかった。

 

 異界庫から自分のステータスプレートを取り出して、確認する。

 

==================================

アンリ・マユ(八雲京楽) 4128歳 男 レベル:100

天職:賢者

筋力:5525 [+竜化状態27600]

体力:5525 [+竜化状態27560]

耐性:5525 [+竜化状態26670]

敏捷:14365 [+竜化状態43095]

魔力:22100

魔耐:16575

技能:剣術[+斬撃速度上昇][+斬撃威力上昇][+抜刀速度上昇][+居合][+無拍子][+剣速通し][+神武不殺]・弓術[+射撃術][+射撃速度上昇][+射撃威力上昇][+連射速度上昇][+気配遮断][+気配察知][+矢製][+龍墜射]・槍術[+薙術][+棒術][+突撃速度上昇][+突撃威力上昇][+大車輪][+空突]・体術[+受け身][+柳][+流動][+無拍子]・格闘術[+身体強化][+浸透勁][+砕拳][+空拳][+界壊]・高速魔力回復[+瞑想][+深呼吸][+心滅]・並列思考[+思考加速][+情報処理速度上昇]・幻術[+身体強化付与(偽)][+痛覚緩和(偽)][+現実改竄(偽)]・縮地[+摺縮地][+震脚][+影歩]・先読[+幻視][+直観][+心眼]・言語理解・反転化[+人類悪]・複合魔法・魔力操作[+魔力放射][+魔力圧縮][+遠隔操作][+効率上昇][+魔素吸収][+循環効率上昇]・血力変換[+身体強化][+魔力変換][+体力変換][+魔力強化][+変換効率上昇]・竜化[+半竜化][+竜鱗硬化][+魔力効率上昇Ⅲ][+身体能力上昇Ⅳ][+咆哮][+嵐纏][+命纏][+命力変換(魔)]・教術[+修得][+教導][+信頼上昇][+対象成長率上昇][+才覚開花][+才覚昇華]・千里眼[+遠見][+透視][+未来視][+空間視][+世界視][+神眼]・幻想魔法・魔法適性[+詠唱時出力上昇Ⅳ][+詠唱時効率上昇Ⅴ][+詠唱時魔力効率上昇Ⅴ][+詠唱時魔力出力上昇Ⅲ][+詠唱省略][+イメージ補強率上昇]

==================================

 

 

 言葉を失うほどには自分が馬鹿げた能力値になっていた。

 

 まず、ステータスが気が付けば最高値である100になっている。技能の数が馬鹿げている。派生技能も大量に生まれており、年齢も凄いことになっている。

 

 そして、幻想魔法なるモノは最早チートだった。

 

 幻想魔法。それは、全ての魔法の起源。世界の法則を産み出し、法則である魔法を生み出すことの出来る神代の魔法。

 

 魔法を生み出すには、魔法に関する知識が求められる。既存の魔法をバラして組み替えたり、新しく魔法そのもののパーツを作って組み立てる必要がある。だが、京楽は暇に知識はある。あとは作り方さえわかれば簡単だ。現在は、何らかの原因でアンリ・マユの時代に使えた魔法は使えなくなっているようだ。まぁ、あとから作り出せば良いだろう。

 

 自分の身体に違和感を覚えたのは、自分の前世であるアンリ・マユと完全に融合したその結果、体格が少し変わったからと言うのと、自分の体内にある魔力の流れを感知し、操れるようになったからだ。試しにイメージで操ってみたが、なんとも言えない感覚にむず痒いような、でも痒くもないし届かない時のような微妙な顔になる。

 

「……まぁ、いいか。不便になったわけではないしな」

 

 京楽がそう呟くと、アリスが京楽に体調は大丈夫か。まだ、頭は痛むか心配するように聞く。別にもう痛みはない。

 

「大丈夫だ。……で、アリス。アリスは何を知りたいんだったか?」

「へ? え、えっと……私は、私が何者なのかを知りたいんです。わかるんですか?」

「……恐らく、な」

 

 京楽は若干期待を込めながら、アリスに目を遣り、〝千里眼〟を使用した。千里眼は、視界に入る全ての情報を分析して、それを使用者に視認させると言うものだ。アリスに対して発動すると、アリスの種族は簡単にわかった。驚くべき事実だろう。

 

「……アリス。お前は、……本来は兎人族だが、先祖帰りで吸血鬼族になっている」

「えっ」

「……かなり昔に、吸血鬼との交配があったんだろう。だが、生まれたのは兎人の子供だった。だから、そのまま兎人として扱われていった。しかし、長い年月が経ち、アリスに強く吸血鬼の遺伝子が出たんだろう。それ故に、兎人の特徴であるウサギの耳や尻尾がなかったんだろうな。だが、容姿は吸血鬼寄りになったが、食事は兎人のままだったんだろう」

 

 京楽はそう説明した。アリスの何十、何百代前に、吸血鬼族の血が混じり、アリスで覚醒したのだろう。それだけだ。魔力を持ったのも吸血鬼族故の種族性だ。仕方のないことだと言える。まぁ、それで本人が納得するかは別の話だ。

 

 アリスが受け止められるか、そうでないかは京楽にはわからないが、知りたいと言う真実を伝えるのが京楽だ。今さら自分のあり方を変えるつもりはない。

 

「それで? アリス。君はどうしたいんだ? 嘆くか? 憂うか? それとも、受け入れるか?」

「……私の両親は、兎人なのですか」

「ああ、そこは確実だ。安心していい」

 

 アリスは黙り込んでしまい、京楽は自分の手を見ると、自分の情報も入ってきた。ステータスプレートと同様のことが表記され、自分の親を見てみると、吸血鬼族と竜人族だった。

 

 技能の時点で予想はしてたし、ぼやっと覚えていたのであまり驚きはしないが、かなりレアだと思っている。吸血鬼族と竜人族の特徴とも言える技能を両方とも引き継ぎ、両種族の良いとこ取りをした結果が京楽だ。真紅の瞳は吸血鬼族。金色の瞳は竜人族。髪の毛や肌は生まれついた病気のせいで色がないだけだが、膨大な魔力とそれらを操る魔力操作。竜人族の竜化を持ち、あらゆる魔法のエキスパートである吸血鬼族の魔法。京楽はかなり強い部類にいたことだろう。

 

 両種族とも寿命はかなり長かったが、京楽は反転化の派生技能、〝人類悪〟と言う技能のせいで、一定年数以上年を取ることが出来ず。腕一本からでも自身を復活させられるため不死性はかなり高い。

 

「……師匠様」

「なんだ?」

「私は……化物ですか」

 

 化物。そう言ったアリスの目は震えている。

 

 流石に、千里眼でも他人の過去や記憶を覗くことはできない。だから、アリスにどんな過去があったかなどは知らないし、アリスが話してくれた意外はなにもわからない。だが、これだけは言える。

 

「化物ではない。混血であったとしても、高々先祖帰りだったとしても。自然の摂理から外れてはいない。化物なのは、世界の法則からも、自然の摂理からも外れた私のような存在のことだ。アリス、君は化物ではない。怪物でも、魔物でもない。希少な存在とううだけだ」

 

 京楽はそう言って、溜息を吐く。京楽は完全に自然の摂理からも、世界の法則からも外れた存在だ。死ぬことはなく、その存在が消えることもない。元々神性を持っていたと言うのが強い理由だろうが、気にしても意味のないことだ。

 

 京楽が台座の上に立つと、奥の方にある柱と柱の間に扉が現れ、京楽は扉に向かい、アリスはそれに追従する。

 

 扉を押し開けて、中に入ると、居住区があり、中世洋館のような作りになっていた。一階と二階があり、二階は螺旋階段で繋がっている。

 

 内部は全て清潔感があり、綺麗にされている。掃除用の自動機械人形。オートマタが部屋やら洋館内全てを掃除しているようだ。京楽やアリスを見るとペコリと頭を下げて、そさくさと掃除を始めた。

 

「なんか、すごい場所ですね」

「……そうだな」

 

 二人は、若干ひきつりながら部屋を見て回る。

 

 洋館内は、台所や寝室。リビングに暖炉。ソファー、テーブル。庭には巨大な樹が一つ植わり、その回りに花が咲いている。

 

 ここで普通に生活できそうだが、京楽が引き継いだ記憶によると、この場所は来客用で、京楽は基本は外で生活していた。つまり、京楽は殆ど居住区には居ず、常に庭や、塔の下で生活していたらしい。

 

 引き継いだ記憶を辿りながら、間取りや部屋位置を確認するように居住区内を探索する。

 

 居住区内地下には地下温泉があったり、食料庫やアンリ・マユの書斎や書庫。宝物庫がある。食料庫には肉類、野菜類を始めとする食材や、幻想郷特有の食物が保管されている。

 

 そして、京楽の目当てである宝物庫に入る。中には大量のアーティファクトが所狭しとおかれており、京楽は小箱にしまわれているアンティーク物の白銀色の鍵を手に取り、満足そうに頷く。

 

 京楽が手に取ったアーティファクトは〝帰還の鍵〟と言う鍵で、壁や床にこのアーティファクトを軽く当てると、扉が出現して幻想郷に戻ってこられる便利アイテムだ。ちなみに、座標設定で帰還場所の登録ができ、複数の場所の設定が出来る。

 

「……アリス、これで準備は整った。私は旅に出る。元いた世界に帰るために。世界を元に戻す為に力を蓄えるために……」

「そう……ですか」

 

 アリスは京楽を引き止めはしない。自分と違って、京楽に帰る場所があるのは知っている。目的があるのも知っている。だから止めない。帰るべき場所があるなら、帰った方がいいに決まっている。使命があるなら、その使命を果たす方が良いに決まっている。

 

 アリスはまた置いていかれてしまうのだ。そう思っていたが、

 

「……そこでだ。アリス、君も私と来るか?」

「えっ?」

「生きる意味が解らず死にたいのであれば、私の為に生きろと言っただろう? 私も都合が悪いからと言うだけで約束を違えるほどの外道ではない。この世界よりも幾分か生きづらい所もあるだろうが、慣れればどうとでもなるだろう。……まぁ、なんだ。私の旅に着いてくる気はないか? 一人旅は不便な点が多くてな。手伝いが欲しいわけだが」

 

 京楽はアリスを旅に誘った。京楽だけで旅をするとなっても、特に不便はないだろう。何せ、〝帰還の鍵〟でいつでも幻想郷に戻って来られる。帰還の鍵は、あらゆる場所と幻想郷を繋ぐアーティファクトだ。アリスを置いて旅をしても、一人にすることはないだろう。

 

 だが、今の状態のアリスを一人にするのは少し危うい気がした。精神状態的な問題だ。アリスが落ち着いてくれるなら別にアリスを幻想郷内に放置してもいいだろうが、アリスはアリスで本人の自覚なしに強力な技能を持っていた。アリスの言う、自分を守る謎の壁や動物達との会話、高い危機感知能力の原因とも言える技能。固有魔法とも言うべき技能、〝自然の寵愛〟だ。

 

 魔力が不可視の壁を産み出して身を守り、動物との会話や、高い危機感知能力を与え、毒などへの高い耐性を得ると言う技能で、自然にあるものを操れるようだ。

 

 地面を隆起させたり、水の流れを変えたり、 突風を吹かせたり、と言ったものだ。しかし、樹木も一時的に支配下に置けるようで、樹木を操って根を地面から突き出させて槍のように使ったり、相手を拘束したり、植物を急成長させたり出来る。要は、複合型の技能だと言うことだ。

 

 ちなみに、アリスはまだちゃんと扱えているわけではない。感情が暴走すれば、かなりの確率で地形変動などで環境がかわる。精神状態が安定している間はまだ扱えるようなので、幻想郷の景観や環境を壊されたくないので放置出来ない。

 

「着いてくると言うのならば、私が面倒を見てやる。来ないなら来ないで君の為に色々準備をしてから出ていく。着いてくるも来ないも好きにするといい」

「……なんで、私の為にそんなことを」

 

 アリスはかなり精神に来ているらしい。自分が先祖帰りなのが余程ショックだったのだろうか? まぁ、両親と種族が丸っきり違うのはショックだろう。だが、京楽がアリスを大切にしているのにはきちんと理由がある。京楽が京楽であるかぎり、アンリ・マユと言う存在であるかぎり絶対に変わらないもの。

 

「何を当たり前のことを。私は君の師だ。弟子の為に何かしようと想うのに理由はいるのか?」

 

 面倒見の良さだ。人嫌いであっても面倒見は良く、なにかと人のために動く人間だ。京楽は知らない他人にも厳しく、優しい人間だ。その人にとっての最善を模索し、提示する。

 

 この誘いも、アリスには善いものであると考えての行動だ。だが無理には押し付けない。

 

 押し付けてしまえば、相手への不幸となる。絶対的に必要なら押し付ける場合もあるが、絶対的に必要と言うわけでもない。京楽がそうしたいからそうしているだけだ。

 

 アリスは京楽をじっと見つめる。ただ、京楽に目を向け、視線が重なるアリスは頬を赤く染めたが、京楽から目を離さない。

 

「……師匠様、アリスは、ずっと……師匠様の隣にいても良いの?」

「ああ、別に構わない」

「ほんとうに、ほんとうに良いの?」

「構わないと言っているだろう」

 

 京楽が肩を竦めながらそう返した。京楽はあまり嘘をつかない。別に、言わない訳ではないし、必要なときは平気で嘘を吐く。だが、あくまで必要なときであって、別に常日頃から嘘を吐きまくっている訳ではない。

 

「アリス。生きろ、自分の望んだ場所で」

「はいっ!」

 

 アリスが京楽に飛び付き、京楽はそれを支えた。

 

 アリスが笑っている。目尻に涙を浮かべながらも嬉しそうに笑っている。

 

「師匠様、アリスは師匠様から離れてあげませんから」

「……そうか」

 

 アリスが京楽の胸元に額を擦り付けながら泣いている。嬉し泣きなのか、悲し泣きかなのは一目瞭然だが、しばらくの間。京楽はアリスをあやすように撫でていた。

 

 

 






最近、忙しいので投稿頻度が落ちるかもしれません。ご容赦ください


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広がる幻想郷と外来者


新キャラ出現。この子はだれかな?


 

 

 

 

 アリスをあやし終えてからしばらく経ち、京楽は宝物庫の奥へ行き、一冊の大きな本を手に取る。当時、京楽を賢者、〝魔法最強〟足らしめた京楽が京楽たる故に生み出した京楽が扱うなかで最も万能で優れたアーティファクト。

 

 この本でやるべき事があるのだ。幻想郷から出て行く前に必ずやらなければいけない下準備のひとつ。

 

「師匠様? 何をするつもりで?」

「幻想郷を広げるだけだ」

 

 京楽が本を開くと、本の中身は全て空白だった。本の中は何も書かれておらず、京楽はその本のページを流し見てから満足そうに頷いた。

 

「あの時のままでよかった……。始めるか」

 

 京楽が本を片手に広げて持つと、眼を閉じて詠唱を始めた。

 

「詠う、我、幻想の主。霞む世界、我は取り込まん──」

 

 京楽の詠唱と共に本が光を放ち、アリスは手で目を庇うように覆う。京楽の体から魔力が洪水のように溢れだし、宝物庫内に留まらず屋敷を、塔の中を、幻想郷全域を京楽の白銀色の魔力に充たされる。

 

「ここに我は願う、静謐の自然を。ここに我は願う、時を行く命を。ここに我は願う、万物の調和を──」

 

 賢者、アンリ・マユの願った全て。自然と生命の調和。その理想郷がここ、幻想郷だ。自然を愛し、生命を愛し、強い願いを持った者だけが辿り着ける場所。

 

 そして、広げるのにも意味はある。この世界のバランスを守るために、幻想郷の中で世界の法則から外れた存在を偽神の手から守れるようになるのだ。幻想郷はアンリ・マユ、京楽以外の何者からも直接的干渉が出来ない場所。神、エヒトですら幻想郷に無理矢理入ってくることは出来ない。

 

「──我は世界の観測者、新たな神話を描く者。我が権能により隔ての壁を高くし、境を押し広げる──〝界造〟」

 

 京楽が魔法のトリガーを引くと同時に、強い光が京楽達、幻想郷を包む。

 

 京楽やアリスが目を開ければ、

 

「ここは……大きな湖?」

 

 海が広がっていた。足元は白い砂浜が横に広がっており、海は異界化している幻想郷の端まで続いている。幻想郷を拡大したからか、新しいエリアが出現したようだ。

 

 京楽が千里眼の派生、〝世界視〟で幻想郷を眺める。〝世界視〟は、自分のいる世界の状態を見ると言う技能だ。しかし、あくまでも見ることしかできず、干渉はできない。ざっと見たところ、海以外にも砂漠や湿地帯が出現していた。そして、新しくそのエリアの支配者も現れている。どうやら、エリア支配者はエリアの顕現と同時に生まれる絶対強者のようだ。

 

「大きな湖と言うのは語弊があるな。正確に言うと海だ。成分も海と大差無い様だしな」

「こ、これが海……大きいんですね」

「……星の大半を占めるモノだからな。当たり前だと言えるだろうが……内陸育ちのアリスは、見るのが初めてだったか?」

「はい。おじいちゃんから話はいくらか聞いたことはあったんですけど……見るのは初めてですね」

 

 アリスが海を眺めながらそう答える。どうやら海を初めて見たらしい。

 

 京楽達が海を眺めていると、何かがプカプカと浮き漂っていた。うつ伏せになりながら幻想郷の海をプカプカと浮き漂っている。

 

「し、師匠様。あれ、人ですよね?」

「……だろうな」

 

 京楽はそうとだけ答えて千里眼で生きていることを確認して、海の上を走り始めた。いや、正確には風を身体に纏って飛翔しているのだが……

 

 プカプカ浮いている半死体を引き上げる。気を失っているのかぐったりしており、動く様子はない。呼吸は出来ていないようで、陸地に急ぎで戻り、砂浜に寝かせて心肺蘇生を試みる。千里眼には生命反応があった。生きてはいるのだろうが、かなり危うい。

 

 心臓マッサージ、人工呼吸を繰り返し、自発呼吸が出来るようになるまでひたすら繰り返す。そんな京楽の行動に、アリスがなんとも言えないような表情をしているが気にしない。救助活動だ。下心はない。

 

「けほっ」

 

 半死体だった彼が咳き込み、水を吐き出す。自発呼吸が出来るようにはなったようだ。無限湧きの水筒以外で身体の回復を促すアーティファクトが無いか自分の記憶を漁る。一応、液体以外で一つ二つあった覚えはあるのだ。

 

「あ、あの~師匠様?」

「なんだ?」

「今のは一体……」

 

 アリスの何とも言えないような微妙な表情に京楽が首をかしげたが、納得したように頷いた。

 

 〝今の〟と言うのは、人工呼吸や心臓マッサージのことだろう。知識がなければ気絶している人間に口付けして、胸部をただただ押しているようにしか見えない。見え方、捉え方によってはただの変質者だ。

 

 変に誤解をされるのは嫌なので何をやっていたのか、やっていたことの意味を軽く説明しておく。救命活動でお縄には着きたくない。

 

 ちなみに、何故お縄に着くことになるかと言うのにもきちんと理由がある。救助した彼は、千里眼で確認したところ女性だった。アリスは始めから気付いていたようで、白い目を京楽に向けている。京楽は千里眼で確認した際にわかってはいたが、自分の嫌悪感や羞恥心よりも人命救助が優先だ。

 

 アリスに粗方説明して、京楽は自分の腕に鱗を纏う。すると、そこから白いオーラが漏れだし、少女を包み込んだ。京楽が竜化した際に纏っているモノで、自然治癒力や生命力を活性化させる作用があるらしい。青白かった肌も、血色を取り戻していく。

 

 少女を抱えて日影に移動し、自分の周りに風を纏わせて少女の体を乾かす。服が濡れて身体に張り付いているのだ。少し目のやり場に困る。

 

「私と同じ、外来者でしょうか?」

「だろうな。コレまた厄介な力を持った者が来たものだ」

 

 京楽はそう呟いて少女を見やる。少女もアリス同様に固有魔法を所持していた。

 

 しばらくすると、少女が目を覚まし、体を起こした。近くに居たアリスが少女に声をかける。

 

「あっ、起きました」

「ここ……どこ?」

「えっと、幻想郷って場所なんでけど……」

「……」

 

 少女はポーっとした目でアリスを眺め、アリスは少女と目があってしまい顔を真っ赤に染め上げた。恥ずかしいようだ。

 

「……げんそう、きょう?」

「え、ええと……、その」

「……幻想郷。生命の在り方を求め、彷徨う者が行き着くことのある場所。まぁ、そうた伝えられているだけで、自然に対しての敵対心や害意がなく。平穏を求める者が行き着く自然の楽園のことだ」

 

 京楽は少女にそう返す。ちなみに、京楽は少し離れた場所でエリア支配者と交信をしていたのだ。それ故、少し席を外していた。ここの支配者も龍のようで、知識だけが存在している状態なんだとか。

 

 少女が京楽に目を向ける。その目は暗い紫色で、京楽をボーっと見つめている。

 

「……あなた、美味しそう」

「……そうか。腹が減っているなら少し待て、何か取ってこよう」

「………あなた、食べたい」

「……食人主義か? あまり薦められないな。体を壊すぞ。アリス、少し見ていてくれ」

「はい。わかりました」

 

 京楽は森の方へと歩いていった。

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

 京楽は、果実類を木から回収しながら少女の事を思い出していた。

 

 暗い紫の髪に、垂れた紫の目。体つきは日本で言う平均ぐらいで、可愛い系の顔付きではあるだろう。ただ、その瞳に光は薄い。

 

「……〝暴食〟か」

 

 京楽はそう呟いた。〝暴食〟、どんなものでも食べられるようになる。食べたモノの性質を一定確率で獲得する。その代わりに強い空腹感に襲われ続ける。そう言う固有魔法だ。言ってしまえば、食べれば食べるほど強くなる固有魔法。ただ、代償として強い空腹感に襲われ続ける。そう言った固有魔法だ。この固有魔法を持った魔物が出現することも稀で、人類の中でも発現例はあまりない極稀な固有魔法でもある。

 

 そして、固有魔法の特性上色んなモノを食べ、それらを無駄無く吸収するため、良く育った体付きになる。筈なのだが、あの少女は痩せ気味だった。長い間あまり食べていないか、後天的に発現したのかのどちらかだろう。

 

 まぁ、どちらにせよ。空腹の少女を放置するつもりはない。どの様な経緯であれ幻想郷にやって来たのだ。京楽は、幻想郷にやって来た目的が幻想郷の破壊でない限り敵対はしない。木の実や果物等を回収できるだけ回収してアリスと少女の待つ砂浜に向かう。

 

 砂浜に戻ると、少女がボケーっと波打ち際に座り、海を眺めていた。その近くでアリスも海を眺めている。耳を澄ませば波が押し寄せ、引き返す音が聴こえる。不思議と心の安らぐ音だ。京楽も久し振りに聴いたのだ、思わず聞き入ってしまう。だが、アリスが京楽に気が付いたため、意識を戻す。いつまでも聞いていたいが、少女やアリスに何か食べさせるのが先だ。 

 

「取ってきたぞ、食べるか?」

「あ、もらいます」

「………たべる」

 

 京楽から果物、アフルを受け取ってアリスと共に少女が食べ始める。少女はアフルを気に入ったようで凄い勢いで食べ、あっという間に一つを食べきった。

 

「……もっと、ほしい」

「沢山食べるといい」

「……感謝」

 

 少女が京楽から追加でアフルを貰い、ムシャムシャと食べる。アリスが一つを食べきる頃には八つを食べきっている。

 

「……もっと、ほしい」

「欲しいときは何て言うんだ」

「……お腹すいた。それ、食べたい。ちょうだい」

「よし、良いだろう」

「……感謝」

 

 京楽から追加でいくつも貰い、アリスはそんな少女を不思議そうに眺めていた。

 

「一杯食べますね……」

「………ん。美味しい」

「お気に召したようで何よりだ」

 

 少女は食べるのを再開し、ムシャムシャと食べる。京楽は動物園の動物に餌をあげてる気分になっていた。両手でアフルを持ち、ムシャムシャと夢中になって食べる。

 

 しばらくして少女が食べるのを終えると、京楽とアリスに目を向けた。

 

「……ありがとう、美味しかった」

「そうか、気が済むまでここでゆっくりしていくといい」

 

 京楽はそう言って立ち上がると、少女が京楽を見上げ、

 

「……名前、なに?」

「……今の私は、アンリ。アンリ・マユだ」

「? ……そう。私、エル=ケーニッヒ・フェレライ」

「アリスです」

 

 京楽はアンリ・マユの名前を名乗ることにした。ちなみに、きちんと理由はある。

 

 今の京楽には二つの顔がある。賢者であるアンリ・マユとしての顔。そして、17歳の異世界から来た人間である八雲京楽としての顔が存在する。人格が乖離した訳ではない、ただのペルソナ。京楽の別の側面と言うだけだ。アンリ・マユと八雲京楽は、切っても離せない。

 

 アンリ・マユが居なければ、今ここに八雲京楽と言う存在はなく、八雲京楽が居なければ、今ここにアンリ・マユと言う存在はない。

 

 今は幻想郷を支配し、治める者。その幻想郷を造り、治めているのは八雲京楽と言う側面ではなく、アンリ・マユと言う賢者としての側面だ。今は八雲京楽を名乗るべきではない。そう感じただけだ。下心はない。

 

 少女、エルは、京楽とアリスの名前を反芻しながら交互に見る。

 

「………アリス」

「うん」

「………アンリ」

「ああ」

「……ん。覚えた」

 

 エルがそう言うと、お腹からキュ~っと可愛い音が鳴り、少し黙る。そして、少しして京楽を見た。

 

「……アンリ、お腹すいた」

「空腹になるのも早いのか……」

「……すぐお腹すく。ご飯、ほしい。ちょうだい?」

「はぁ……アリス、少し手伝え。空腹娘の腹の虫を黙らせるぞ」

「あ、はい」

「……ご飯」

 

 京楽は白紙の本を開くと、

 

「〝帰還〟」

 

 と、そう呟く。すると、三人の視界が光に白く塗りつぶされる。

 

 光が鎮まり、辺りが見えるようになった頃にはアンリ・マユの洋館の前に立っていた。

 

「えっ、移動してる」

「……お~」

 

 アリスは驚きを隠せず、エルは気の抜けたような声でそう言った。この世界で転移系の魔法は神代以降から廃れていき、その魔法の使い手は現代ではいないとされている。なので、驚かれるのが普通だ。

 

 しかし、アリスが驚いているのは、単純に一瞬で色んな場所に移動してるからだろう。アリスは魔法にかんする知識があまりない。精々亜人族以外は魔法が使える、程度の知識ぐらいだろう。京楽はお構いなしに洋館に入っていく。

 

「アリス、間取りは覚えているか?」

「えっ、あっ。……一緒に廻ったところならある程度は」

「なら充分だ。エルをリビングに連れていってくれ。私は少しやることがあるからな」

「やること、ですか?」

「ああ、なに。そこまで時間は取らない。楽しみに待っているといい」

 

 京楽はそう言って中に入り、食料庫とキッチンに向かう。空腹の者が居るのだ。久し振りに料理を作ることにした。

 

「料理、か。何時振りだろうな。腕が鈍っていなければ良いんだが」

 

 キッチン内に置かれている調理器具をさらっと流し見て、見付けた三徳包丁を片手で遊ばせる。ペン回しの要領で回したり、持ち方、握り方を流れるように変える様子は、京楽が何れだけ扱い慣れているかが見て取れる。

 

 京楽は包丁を軽く洗って握り直し、食材を切る。食料庫には大量に食材が眠っているし、今ここで豪華に作っても問題ないだろう。

 

 魔力を流すだけで火の着くコンロや、魔力を流すと水が出てくる水道。慣れない分、少し時間はかかるだろうが、どれも使い勝手は良かった。

 

「~♪」

 

 京楽はご機嫌だった。

 

 包丁は使いやすいし、自分の扱いやすい位置に色々なモノが設置されてあるのだ。調理がしやすく、機嫌が良い。

 

 何やら視線を感じて、隣を見ると、オートマタの一体が京楽を見ている。

 

「今出来た料理をリビングに持って行ってくれ」

 

 京楽から指示を受けると、コクりと頷いて料理を運んでいった。ただ指示を待っていただけだったようだ。料理に夢中になって気が付かなかったが、一体だけではなく、五体ほど並んでいる。ここのオートマタは働き者らしい。

 

「今から出来たものも運んで貰いたい。頼めるか」

 

 京楽の言葉にオートマタ達が頷き、それから後、リビングに大量の料理が運び込まれることになった。その量にアリスが呆れたように京楽を眺め、エルは料理に目をキラキラ光らせていたと言う。

 

 






現在、ありふれない青年が世界最悪のリクエスト受け付けています。詳しくは活動報告をご覧ください。


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ゆっくり、ゆったり

すいません、更新遅れました。失踪はしていないので、安心してください


 

 

 

 

 幻想郷を拡げ、エルを拾った日の夜。あれからかなり色々あった。

 

 エルに食事をさせた後、京楽は幻想郷各エリアを廻って一応戻ってきたことを支配者達に告げた。支配者達は京楽を見て一様に「そうか」とだけ告げた。別に興味もないらしい。

 

 そして、今。京楽は夜空に浮かぶ星を眺めていた。

 

 アリスとエルは寝室に案内して暇に寝ており、京楽の近くにはいない。

 

「……星を眺めるのも久しぶりだな」

 

 京楽は今、庭に出ていた。そして、庭に生えている巨大な樹の枝に飛び乗り、腰掛ける。

 

《──やぁ、お帰り。アンリ》

「久しいな、ガオケレナ」

《ああ、本当に久しぶりだね。二十年ぶりかな?》

 

 巨大な樹、ガオケレナが枝を揺らしながら答えた。

 

 ガオケレナ。この巨木は、アンリ・マユが幻想郷を作ったときに生まれた樹で、アンリの居住区の支配者でもある。性格は温厚で、動植物全てに対して友好的だ。自分の周囲の植物を活性化させたり、植物を操ったり出来るので弱い訳ではない。

 

 夜になると毎日のように枝に座り、夜空を見上げて星を見ていた。その星を眺める間は良く話をしていたのだ。なんの中身もない会話だが、アンリ・マユの数少ない友だ。話しやすくはある。

 

「そうだな。二十年は会っていないみたいだな」

《やっぱり記憶は曖昧なのかい?》

「……ああ、魂の姿で世界を渡ったのが原因だろうな」

《じゃあ、魔法に関する知識とかも無いのかな?》

「ああ、ある程度はある。だが、理論とかはさっぱりだ。思い出しながら調べるしかないだろうな。じゃないと、魔法を造ることが出来ないからな」

 

 アンリ・マユの神代魔法、幻想魔法は魔法に関する知識が必要だ。座学訓練では、魔法の概念について教えられた。が、教えられたのは、〝魔法がどの様に発動するのか〟と言うものだ。

 

 幻想魔法に必要なのは、その知識だけでなく、魔力と魔法の関係性。魔法と言うものがどの様に産み出されるのか、魔法がどの様に構築されるのか、現象化するのか。と言う知識が必要になる。深く掘り下げていかなければならないので、まともに扱えるようになるには時間がかかる。

 

 しかし、幻想魔法の本質が魔法を生み出す魔法であるだけで、基本的な効力は法則に介入することだ。言ってしまえば、相手が使おうとしている魔法の式に介入して引っ掻き回し、魔法を暴発させたり出来る。そして、その妨害魔法を使うのに必要な適性は持っているので、だいたいの魔法は京楽の前で無意味になる。不発したり、方向が逸れたりするだけだが、人間族や魔人族は魔法をメインに戦う。なので、京楽は天敵とも言える。

 

《じゃあ、これから殆んど毎日勉強になるのかな?》

「そうだな。まぁ、こういうときのために書籍にして残してはいる。後は、私の理解力と発想力の問題だろうな」

《解読できるかな? 暗号化してるんだよね? 認識阻害とか、思考妨害とかその辺りも色々着けてるって聞いたけど?》

「そこは、執念だろうな。どれだけ必死になってかじりつくかの問題だろう。それにだ、解読はできるさ。私が自分で書いたんだから、私がわからない訳がないだろう?」

《自分が一番自分を知っているけど、自分を一番知らないのは自分じゃなかったのかな?》

「ああ、そうだとも。私は、私のことをよく知らない。だがな、私は私に対して無知であることは知っている。わかったならば、自分を解き明かせばいい。解き明かすのは私の十八番だからな」

 

 京楽はそう答えながら星を眺める。ガオケレナの枝葉の隙間から見える星も、枝葉に邪魔されず見える星もキレイだ。

 

「……あいつらも同じ星を見上げてるんだろうか」

《ここで見える星は、この空間特有のモノ。君がそう作ったんじゃないか。知らないうちに、ロマンチストにでもなったのかい?》

「……ユカリの影響だろうな」

 

 ユカリはロマンチストだった。京楽に運命だとか、赤い糸だとかを入れ込み、気が付かないフリを決め込む京楽にひたすらアピールを続けてきた人物。

 

 今気づけば、京楽はかなりユカリから影響を受けている。ロマン思考は、元々京楽が持ち合わせていないものだ。それを与えてくれたのはハジメやユカリだろう。京もそんなことを言うような人間ではないため、京の影響と言うのはない。

 

「………少し見てみるか」

 

 覗き見してるようであまりやりたくないが、生存確認も含めてユカリを千里眼を使って探す。

 

 ユカリの姿を思い起こしながら念じるように目を開いた。

 

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

 

 奈落の底のさらに奥深く。

 

 そこは居住地になっていた。

 

 ハジメとユカリ、奈落の底で二人に拾われた吸血鬼の少女、ユエの三人は大迷宮を突破した。大迷宮を突破しておよそ十日が経っている。

 

「はぁ~、いい湯だな~」

「……ん。気持ちいい」

「なぁ。何で俺も一緒に入れられてるんだ?」

「……ハジメと一緒がいい。だめ?」

 

 三人は仲良く風呂に入っていた。最初はハジメが一人で入っていたのだが、ユエとユエに連れられて来られたユカリと一緒に入っている。ハジメとユカリは兄妹であるためか、そこまで裸でも気にならない。だが、ユエは攻略し終えたあとハジメとその日で恋仲になり情事に至った。

 

 そのためか、ユエと一緒は少し危うかったりする。ユエがハジメを狙ってくるからではあるが……

 

 甘えるような声でハジメに寄り添い、ハジメもユエの誘惑に負けそうになるが、

 

「はい、そこまでね。いちゃつくな何て言わないけど、場所は選んでよね」

 

 ユカリが二人の間に割り入って、引き剥がした。ユエもハジメも不服そうな顔をするが、ユカリの最近の悩みの種になっているたのだ。ユカリは、別に自分の兄が誰かと、恋人といちゃつこうが気にはしない。だが、誰が好き好んで兄と恋人の情事を見たがるだろうか。

 

 兄の情事を見たいなんて感性は持ち合わせていないので、二人の間に入る。

 

 二人はところ構わず盛りだし、後片付けをこそこそやっているのはユカリなのだ。ユエの体液やらハジメの体液やらを片付けては見なかったことにする。こんなことを約十日間続けている。

 

「はぁぁぁ、先輩とお話ししたいよぉ」

「ユカリ、お前、最近そればっか言ってるな」

「だって、だってぇ。先輩がやっとでデレを見せてくれたんだよ? 一杯喋って、好感度をあげなきゃいけない期間なのに」

 

 ユカリはそう呟いて大きな溜息を吐いた。京楽との仲を進展させたいユカリ。京楽の事は好きだし、ずっとベタベタいちゃいちゃしていたいと言う願望はあれど、物理的な距離のせいでそれは叶わない。

 

 京楽は地上に、ユカリはオルクスの最下層に。いくらなんでも距離がありすぎる。会いたくても会えないのだ。

 

 ユカリの溜息を聞いて、ユエがユカリに尋ねる。

 

「……京楽って人。ユカリが好きな相手であってる?」

「うん。先輩が私をどう思ってるかは知らないけど、私は先輩のこと大好きだよ。人嫌いなのにお人好しで、あんまり素直じゃない優しい先輩が、大好きなんだよ」

「……京楽、変わってる」

「うん。自分で性質破綻者って言ってるぐらいには変わってるかな」

 

 ユカリがそうユエと話をしていると、ハジメが眉を潜めて辺りを見回す。そして、ユカリとユエもその行動の意図に即座に気がつき辺りを見回す。

 

「……一瞬、誰かに見られた様な気がしたんだが。気のせいか?」

「私も見られた様な気がしたんだけど」

「……ん。私も」

 

 三人は、一瞬だけ、何処からか視線を感じて辺りを警戒するが、

 

「……気のせいか」

 

 気のせいと言うことにするらしい。

 

 この大迷宮内において絶対的強者となった三人は、警戒しつつも余裕は崩さない。

 

 実際のところ、視線の正体は京楽の千里眼だったりする。開いた途端に見えた光景が光景だったので即座に遮断したのだ。ちなみに、京楽はユエの存在を見て驚いていたりしたが、何かしら関係があったのだろうか?

 

 辺りを警戒しながらもユエの一言で、二人の警戒は解かれた。

 

「……ハジメ。この辺りに人はいない」

「何でだ?」

「……ここに辿り着ける人間がまず少ない。あと、あの視線。たぶん魔法を使ったモノ」

「根拠はあるのか?」

「……私の師匠が似たような事をしてたから」

 

 ユエの師匠。ハジメ、ユカリパーティーにおける魔法のエキスパートであるユエの師匠は、吸血鬼族で世捨て人らしく、名前を名乗ってはくれなかった。

 

 しかし、魔法はユエが知る誰よりも秀でており、今ユエが戦っても勝てるかわからない上に、対魔法の魔法を使えるなど。かなりの奇才を持ち、魔法に関する知識は全てその師匠から教わったものなんだそうだ。

 

 当時の幼いユエの数少ない理解者であり、もっとも尊敬した人。そして、ユエが手にかけた人物でもある。

 

 卒業試験として、ユエは師匠と戦い、師匠を倒した。その際に、師匠は亡くなったのだとか。

 

「あらゆるモノを見渡す魔法か。ユエの師匠は神代魔法でも使えたのか?」

「……違う。師匠は神代魔法じゃなくて、自分の研究の副産物って言ってた」

「ユエの師匠って、何を研究してたの?」

「……魔法と魔力の研究。それ以外はわからない」

 

 師匠がどんな研究をしていたのはユエにはあまりわからないし、師匠がその事をあまり教えてくれなかったと言うのもある。ただ、異質な存在になった自分でも魔力の使い方を教え、魔法を教えてくれた。恩人故に信頼しているし、礼を言いたい。

 

「でも、何で今になってその師匠の魔法を使えるやつが生まれてきたんだ?」

「……たぶん、私以外の弟子の子孫。私以外にも弟子がいた可能性はある」

「なるほどな。それで、偶々見られただけで、今は見られていないと」

「……ん」

 

 ユエはそう言った。ユエも師匠から魔法を一つ授けられているのだ。魔法の名前は〝焦土〟。火属性の魔法で、〝蒼天〟よりも広範囲で、魔力の運用効率を底上げした魔法。魔力の燃費は良く、蒼天よりも強力だが、使用魔力は蒼天と同じぐらいしかない。蒼天よりも高火力で、範囲も広い。広域殲滅魔法であり、高温過ぎる故に視認することが出来ず、敵味方関係なく何故自分が燃えているのか知る間もなく焼き去ると言うかなり強烈な魔法だ。

 

 ユエが一人で国を守るための魔法が欲しい。と、頼んだ結果。教えて貰った魔法で、ユエは半径百メートルが限界だが、師匠はその数倍の距離を焼き払えるらしい。師匠がチートである。そして、師匠は体術や剣、弓、槍などの武器に加えて、ハジメの持つドンナーに良く似た銃器も持っていたらしい。

 

 それを聞いたハジメやユカリは、「この世界にも銃があったのか」と、密かに驚愕していたが、その師匠以外に持っている人間は見たことないらしい。

 

「まぁ、この世界にも、銃があったら戦況なんてすぐに覆るだろうな」

「それに、あったなら私達にも配備されただろうしね」

 

 三人はそんな話をしながら風呂から上がり、各々部屋に戻って夜を過ごした。

 

 

 

 

 

 

 

「くしゅんっ!」

《おや、風邪かい?》

「……気のせいだろう。私も寝るとするか」






お久しぶりです。更新期間が空いてしまい、まことに申し訳ありませんでした

急ぎで書きましたので、誤字、または脱字がありましたら報告ください


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顔を見せに



今書き上がりました。急ぎで書きましたので、かなり雑かと思いますので、よろしくお願いいたします。


 

 

 

 

 ガタガタと馬車道を走る高速馬車。その中には、白シャツに黒いズボン。金で縁取りされた薄手の黒いロングコートを羽織り、マフラーを巻いた青年と、限り無く薄い桃色の髪に赤茶色の目を持つ少女。暗い紫色の髪と目を持つ少女が馬車に乗り込み、ゆらゆらと揺られていた。

 

「……アンリ、あとどれぐらいかかる?」

「まだ掛かるだろうな」

「………そ」

 

 紫色の少女、エルはそう京楽から聞くと京楽から渡されているハンバーガー(パン、具材は全て幻想郷産)をモサモサと貪り、桃髪の少女、アリスは京楽にもたれ掛かるように眠っている。

 

 幻想郷で過ごして大体一ヶ月半が過ぎた。

 

 京楽はアンリ・マユの書庫で魔法について研究した。研究したとは言っても、アンリ・マユが書き残した書籍を解読しながら読み解いていっただけだ。

 

 京楽、アンリ・マユの持つ〝幻想魔法〟は、魔法を作り出す、魔法の起源その物と言える神代魔法だ。何度も説明するが、魔法を作り出すためには、どういった魔法なのか。どういったルーツを辿って発生するのかが重要だ。どういった魔法なのかが決まってなければ式が生まれず、どういったルーツを辿って発生するのかがなければ属性も効果もない魔力を無駄射ちするだけのモノとなる。二つが確立していても、式として破綻していれば魔法の発動効率が悪く、膨大な魔力が必要になる。詳細を細かくし、イメージし、どうやって現象として生まれるのかを理解する。そうやって魔法を作るのだ。

 

 例えばだが、クラスメイト達がやっているような〝火球〟の魔法をどうやって発動するのかを京楽なりに表現すると、魔力を球状に集めて、魔力を酸素や炭、種火の代わりとして用いる。それを放つと同時に現象化させる。といった感じのイメージか魔法式が必要になる。

 

 ちなみに、魔力がどういったものなのかも理解し、イメージしなければいけない。

 

 ここトータスの魔法学でもまだ魔力については解明できていない。それ故に魔力を神より受けた恩恵と言う形で確立されている。しかし、京楽はそうイメージしても魔法が発動することも、魔力の流れも動く気配も感じない。となると、魔力がなんなのか? それは神からの恩恵などではなく、生物的、自然的エネルギーを生み出す不可思議なモノだと結論付けた。

 

 それからアンリ・マユの書籍を解読し、自分で何十回、何百回と試行し、実験した結果の果てに辿り着いた。

 

 京楽論で言う魔法とは〝法則〟だ。魔力を操り、魔力を使ってあらゆる現象を引き起こす。それが魔法だ。

 

 例えば、火を起こしたい場合。火の元となる種火とそれを保つための薪が必要になる。そして、その火と薪を燃焼を助ける酸素なども必要だ。

 

 しかし、魔力はそれら全ての役割を代用してくれるのだ。種火になる魔力と、薪の代わりとなる魔力。酸素の代わりに燃焼を助ける魔力があるお陰で火は起こり、現象として成立する。魔力とは、〝あらゆる自然物質に変換出来るエネルギー〟であり、それを攻撃や防御、支援に変換するのが魔法だ。

 

 京楽が辿り着いた答えは、魔力とはあらゆる自然物質に変換代用の出来る万能エネルギーだ。いい例としては、魔力による身体強化だ。

 

 魔力は魔法以外にも、自分の体内に魔法を巡らせたり、纏ったりすることにより、皮膚を硬くしたり、自身の身体能力を向上させたりすることが出来る。魔物は魔力の保有量が多ければ多いいほど高い身体能力と防御力を持つ。そうなると、魔物は魔力がどの様なものなのかを本能的に理解しているのではないだろうか? と推測している。

 

 京楽の研究アンリ・マユの書物の他には、自分で魔物の体を解体したり、人間、他種族の医学書などからの考察結果だ。

 

 例えば、自分の体に雷を纏ったり、する魔物がいるとしよう。

 

 その魔物は自身の体に雷を纏わせて放電するが、魔物の体を開いてみると、その魔物には発電器官を持たない場合がある。しかし、体の何処かに発電器官を代用する器官があるかと言われてもノーだ。発電器官を持つ魔物は、別に固有魔法を持っていることが多く、固有魔法がその系統だとしても、他の魔物よりも雷の出力が高い。そうなると、魔物は魔力を発電材料にしている考えられる。魔力とは自然物質に変換、或いは代用することの出来るエネルギーだ。発電器官と併用することにより出力が増していることもわかる。

 

 ちなみに、京楽が発電器官を破壊した際に魔物の放電の出力が落ちたので実験済だ。

 

 色々な実験や考察の結果、京楽は無事に魔法を生み出せるようになった。しかし、現象にするときのイメージはかなり難しいため、現在はメモに魔法を書き止めている。一応、魔法を生み出すことは出来たし、京楽はオリジナルの魔法を二つ所有している。

 

 まず一つは、〝結界魔法〟。

 

 結界魔法は、この世界既存の〝結界術〟とは違うモノだ。原理としては、既存の〝結界術〟は、相手からの攻撃を守ると言うモノで、自他共に侵入不可能の壁を築く。しかし、結界魔法は壁ではなく、相手と自分の間に境界を敷くと言うものだ。

 

 相手と自分の間に境界を敷くことにより、相手の侵入を拒んだり、受け入れたりすることが出来る。ちなみに、防御のための魔法ではないし攻撃用の魔法でもない支援系の魔法のため、あっても好んで使うものはあまりいないだろう。

 

 しかし、この結界魔法は境界を渡る、擬似的な転移も可能だ。

 

 理論としては、転移したい場所にピンを置いて、自分の場所にもピンを置く。そして、地図を畳むようにして自分のすぐ近くに目的地と現在地の境界を持ってきて境界を越え、移動する。そうすることで擬似的な転移が可能になる。この魔法が完成した際、京楽は世界の境界を越えられるのか実験しようとしたが、場所がわからないので断念した。原理が思い付いた理由としては、神代魔法の一つである〝空間魔法〟だ。

 

 空間魔法は、空間と空間を入れ換えたり、空間を広げたり、縮めたりと言った空間自体に干渉する神代魔法だ。しかし、その本質は世界のあらゆる境界に干渉する魔法のことだ。

 

 あらゆる境界に干渉して、その境界を超えることが出来るようになり、空想と現実の境界をあやふやにして、自分の想像上に存在するモノを現実世界に引っ張り込んだり、実態のあるモノを非実態物にすることができる。

 

 結界魔法は、空間魔法のように境界に干渉する。ではなく、自分で境界を敷き、操ることに特化させた魔法であるため、空間に干渉することは出来ない。しかし、かなり強力な魔法ではある。

 

 二つ目が、〝凍結魔法〟。

 

 凍結魔法は、熱を操る魔法で、温度その物干渉するオリジナルの魔法だ。

 

 凍結魔法自体は、熱の放出と回収が主な作用で、気温の上昇、気温の減少を操ることができる。そして、その副次効果で気候や風を操作することができる。支援も攻撃も防御も出来る万能的な魔法だ。

 

 ちなみに、幻想魔法自体は相手の魔法を霧散させたり、相手の魔法に使われる魔力を暴発させたりする妨害系の魔法だったりする。

 

 京楽は、神代魔法をも造り出せるような存在にはなったものの、アンリ・マユのように神性が少しでも残っている何てことはないので、神代魔法を劣化させた亜種系魔法しか作れない。

 

 そして、その造り出した魔法に対する適性がなければ、当然のごとく扱うことは難しく、最悪使えないものもある。

 

 だが、これらの魔法を使用可能にするアーティファクトも所持している。それが、京楽が万能なアーティファクト扱いしている空白の本だ。正式名称は〝アルカナ〟という。

 

 アルカナは、アルカナ自体に魔法を登録し、持ち運べるアーティファクトで、アンリ・マユ専用のアーティファクトだ。アルカナ自体に意思があり、アンリ・マユに使われることを至高の喜びとするアーティファクト。

 

 登録してある魔法を、適性関係なしに、詠唱のみで発動させることが可能な上に、魔法の出力を上げる効果も持つ破格なモノだ。アンリ、又は京楽以外に扱うことができず、下手に扱おうとすると、アルカナに登録されている情報をいっぺんに頭に流し込まれて、手を離すまで脳を処理落ちさせるという嫌がらせをする。

 

 そして、京楽から離れようとしないので、常に持ち続けないといけないのがかなり不便だが、便利だ。

 

 ちなみに、今の京楽は、馬鹿げたステータスと、技能を持つようなアンリ・マユではなく、人間としての京楽だ。ステータスはこんな感じになっている。

 

==================================

八雲京楽 17歳 男 レベル:57

天職:賢者

筋力:340 [半竜化+4080]

体力:340 [半竜化+4080]

耐性:340 [半竜化+4080]

敏捷:670 [半竜化+8040]

魔力:1020

魔耐:1020

技能:剣術[+斬撃速度上昇][+斬撃威力上昇][+抜刀速度上昇][+居合][+無拍子][+剣速通し]・弓術[+射撃術][+射撃速度上昇][+射撃威力上昇][+連射速度上昇][+気配遮断][+気配察知][+矢製][+龍墜射]・槍術[+薙術][+棒術][+突撃速度上昇][+突撃威力上昇]・体術[+受け身]・格闘術[+身体強化][+浸透勁][+砕拳]・高速魔力回復・並列思考[+思考加速][+情報処理速度上昇]・幻術・縮地[+摺縮地][+震脚]・先読[+幻視][+直観]・言語理解・反転化[+人類悪]・複合魔法・魔力操作[+魔力放射][+魔力圧縮][+遠隔操作][+効率上昇][+魔素吸収][+循環効率上昇]・半竜化・千里眼・幻想魔法・魔法適性[+詠唱時出力上昇Ⅳ][+詠唱時効率上昇Ⅴ][+詠唱時魔力効率上昇Ⅴ][+詠唱時魔力出力上昇Ⅲ][+詠唱省略][+イメージ補強率上昇]

==================================

 

 こんな感じになっている。まぁ、十分すぎるほどのチートスペックなのだが……

 

 京楽になると、竜化が半竜化になり、大体の技能が消えた。おそらく、八雲京楽とアンリ・マユで生物としての情報に違いがあるからだろうが、ステータスは十分高く。魔法も使えるようにはなっていた。

 

「……アンリ」

「なんだ?」

「……まだ食べる。ちょうだい」

 

 ハンバーガーを食べ終えたエルが、京楽にもっと食べたいとねだる。京楽はそれに応えるようにハンバーガーを取り出して渡す。

 

 目の前でハングリー美少女がハンバーガーを貪り、隣で可愛い少女が肩に頭を預けて寝ている。まさに両手に花である。

 

「………そろそろで着くな」

 

 しばらく馬車に揺られていると、見るのは二度目となる町。ホルアドが見えてきた。

 

 ホルアドに来た目的は、顔を出すと約束した雫への生存報告だ。千里眼で雫が何処にいるかを特定し、雫は一部のクラスメイト達と訓練で再度オルクス大迷宮の表層に潜っているらしい。なので、王都にではなく、直接会いに来ているのだ。

 

「……会うのは大体二ヶ月ぶりか。元気にしてるだろうか?」

「…………元気だと思う」

 

 食べ掛けのハンバーガーから顔をあげ、紫色の瞳で京楽を見つめる。

 

「……ごはん一杯食べて、寝て、起きる。元気だと思う」

「そうか」

 

 言いたいことは言えたようで、ハンバーガーに意識を戻す。京楽はそんなエルを横目に、だんだんと近づいてくるホルアドを眺めていた。

 

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

 

 馬車から降り、ホルアドに来たアリスとエルの反応は違った。

 

 アリスは辺りを見回しながらビクビクと恐がり、エルは焼けた肉の匂いや露店飯を見て感嘆の声を漏らしている。

 

「どうだ。初めて来た町は」

「ひ、人が多くて恐いです」

「……美味しい匂い、一杯」

「後で買ってやるから今は待て」

「……うん。私、ちゃんと待つ」

 

 アリスは京楽の腕にしがみついてビクビクと怯え、エルは目をキラキラと光らせ、口元から涎を垂らしている。それを京楽があきれ気味にハンカチで拭う。アリスの様に人を怖がらないのはいいが、別の意味で手がかかる。

 

 アリスは先祖帰り吸血鬼。エルは純粋な人族。だが、エルは帝国のスラム育ちだそうで常識はない。そんな二人を連れてきた理由は、生きていく上での常識を教えるためだ。

 

 二人が満足するまで幻想郷で面倒を見てもいいが、京楽は旅があるし、アリスはそれについてくる。エルを幻想郷に置いていてもいいが、空腹で暴れられても困るのだ。屋敷にいるオートマタに食事の世話を頼んでもいいが、確実に好きなものだけを食べ偏食する。過保護だと言われればそれまでだが、幻想郷にいる間の保護者として偏食を許すつもりはない。

 

「さて、宿探しからだな。アリス、エル。行くぞ」

「は、はいぃ」

「……アリス、恐くない恐くない」

 

 京楽の腕にしがみついたままのアリスと、その頭を撫でるエルを引き連れて適当に宿を探し、二人の服を服屋で新調させる。

 

 アリスは青いジャケットに黒縁のキャミソール。赤いミニスカートに水色のローファーに黒のニーソックス。マフラーは生地が痛んでいたため、京楽が襟巻きにした。エルは黒のベレー帽に毒々しい紫色のぶかぶかパーカーをワンピースの様に着て、ヒールサンダルをはいている。

 

 ちなみに、京楽が服を選んだわけではない。服屋に連れていって服を店員に選ばせ、本人達の好みを足した結果こうなっただけだ。アリスはミニスカートで顔を赤くし、エルはだぼっとした大きな袖から指だけがギリギリ見える。

 

「は、恥ずかしいですぅ」

「…………ダボダボ~」

「お似合いだと思いませんか? お客様」

「似合っているとは思うが……アリス、……この子はミニスカートじゃなければダメなのか?」

「はい! 大きな胸に、括れた腰に肉付きの良いお尻。そしてそこから伸びる足! それを際立たせるニーソックスとミニスカートの絶対領域! 色香を漂わせるも、顔は幼く可愛らしい! 良い組み合わせじゃないですか!」

「そ、そうだな」

 

 どうやら、店員の趣味らしい。アリスに視線をやると、顔を真っ赤に染め上げて、羞恥でプルプルと震えている。それをエルが慰めていた。身長的にアリスの方がお姉さんっぽいが、逆だった。

 

 アリス用で長めのスカートと、京楽の変装用で幾つか服を購入して店から出る。

 

 店から出た京楽が目にしたのは──

 

「良いじゃん。たまには二人でお洋服見ようよ」

「仕方がないわね」

「やった。じゃあ、あっちから見に行こ?」

 

 幼馴染みである親友、香織と楽しげに話す雫だった。

 

「……? アンリ、探し人、見つかった?」

「………ああ」

 

 見付けはしたが、行動を起こすつもりはない。せっかく行方を眩ませたのに、見付かってしまえば勇者、天之川光輝に何を言われるかわかったものではない。行動を起こすなら夜だ。

 

 エルとアリスの二人を引き連れて、京楽は宿に戻っていった。






誤字脱字がございましたら報告ください。

あ、あと、感想とか、コメントとか頂けると励みになります。よろしければ、お願いいたします


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出向く



遅くなりスミマセン。更新します


 

 

 

 

 夜。飲み屋街の明かりが灯り、冒険者依頼終わりの達が飲み屋に流れていく。

 

 そんなホルアドの夜の町を京楽はふらふらと彷徨うように歩いていた。

 

 誘ってくる風俗嬢の誘いを断りながら、前遠征に来たときの宿へと向かう。二度目の遠征であり、メルドは王国が直営してる上に、騎士団が訓練で使うと言うこともあり安くすむんだそうだ。

 

 それならば、今回も使われるのではないかと考えたわけだ。

 

 ちなみに、アリスとエルは宿に置いてきた。いや、正確に言えば追い出された。なんでも、二人だけで大切な話があるらしい。京楽は空気を読んで出ていった。

 

 宿の一階は食事処となっており、京楽が入るなり視線が集まってきた。おそらく、京楽の今の格好が原因だろう。時期外れなロングコートに長めのマフラー。そして、なにも書かれていない。顔すらも書かれていない、右目にあわせて開けられた穴の空いた白い仮面をつけている。まぁ、仮面をつけているのは身バレを防ぐためだ。

 

 傭兵をやっているならば顔に大きな傷を負い、それを隠すために仮面を着けたりする人間も少なくはない。だが、なんのデザイン性もない仮面を着ける者は中々いないだろう。

 

 受付には食事目的で来たことを伝え、空いてる場所に座るよう言われた。

 

 ざっと席を探していると、訓練に来ているであろうクラスメイト達が、メルドや騎士団員達と食事をしていた。そして、メルドの隣が丁度空いていたのだ。メルドの隣まで行き、机を軽く指先で叩く。

 

「……隣、よろしいか?」

「あ? ああ、構わないぞ」

「では、失礼させてもらおう」

 

 食事中であるメルドの隣に腰をおろし、店員に食事を注文する。メルドは夕食とビールを飲みながら京楽に目をやる。やはり、少しばかり怪しく見えるのだろう。

 

「そんなに怪しむように見ないでほしい」

「いや、すまない。だが、お前さんも怪しまれるような服装をしているというのは、理解してくれよ」

「……」

 

 京楽は仮面をずらして水を呷る。顔が見えない角度でずらし、水を飲んで仮面をただす。まぁ、万が一見られたとしても認識はほぼ不可能と言える。

 

 京楽は入っていた際に宿屋全体に認識阻害の幻術をかけてある。仮面が取れて顔が見えたとしても京楽の顔を上手く認識することができず、知り合いでも気が付かれないだろう。仮面はあくまでも保険だ。仮面はアーティファクトでも魔道具でもなんでもないただの仮面だ。着けていなければ顔は隠せない。

 

 しばらくすると、京楽の頼んだ料理とメルドの酒が運ばれてきた。

 

 メルドの隣で、運ばれてきた料理を黙々と食べる。仮面をずらし、その顔をメルドが注意深く見ていた。

 

「……なにか、私の顔についてるのか?」

「いや。食事の時ぐらい仮面をとったらどうだ? 食べづらいだろう」

「………それもそうだな」

 

 仮面を外して見たが、メルドは特に反応せず、近くにいた騎士団員やクラスメイト達も特に反応を見せない。どうやら、上手く幻術にかかってはいるようだ。まぁ、仮にかかっていなかったとしても結界魔法で認識をずらしてあるため問題はない。

 

「うむー、どっかで見たことあるような顔だな」

「……気のせいだろう。顔の似た人物はよくいると言われている」

「それもそうだな」

 

 メルドが酒を飲むのを再開し、クラスメイト達も会話を楽しみながら食事を再開させる。

 

「いやー、すまないな。疑って」

「別に構わない。自分の身を案じるのであれば、奇妙な相手を疑う方が正しい」

 

 京楽は怪しむことを肯定し、料理を食べる。メルドは笑いながら酒を飲み、京楽に酒を勧める。しかし、京楽は禁酒中と言うことにして酒を断った。

 

「ほぉ、お前さん。魔法が得意なのか」

「魔法以外も出来るがな。体術に剣術、弓や槍、色々出来て損はない」

「か~、凄いな。内の宮廷魔法使い達も見習ってほしいものだ」

「魔法が撃てるだけでは、動く砲台と何らかわりない。いや、魔力が尽きれば砲台よりも価値がないかもな」

「言い過ぎじゃないか?」

「立っていることしか出来ない奴は、戦場に行ってもお荷物だ。邪魔だろう?」

 

 京楽の言葉に、メルドは苦笑しながらも同意した。魔法が撃てるだけではただの砲台と変わらない。普通の砲台よりは仕事をしてくれるだろうが、高威力の魔法を射つとなれば、必然的に長い詠唱と、膨大な魔力を要する。魔法を詠唱する時間よりも、砲台に砲弾をいれて撃った方が早い場合もある。

 

 際どいところではあるが、魔法しか使えない兵士など使い勝手が悪い。メルドもそれは十分理解している。特に宮廷魔法使いは魔法以外はあまり出来ないのだ。魔法を撃って逃げるため、騎士達に魔法を教え込ませた方が早い。そして戦力になる。

 

 だが、後方支援と考えるならばありがたい。それゆえに、あまりバカには出来ないものだ。

 

 二人が話をしていると、近くにいた光輝が二人の元にやって来た。話に混ざりたいのだろうか?

 

「おう、どうした光輝」

「仲が良さそうだなっと思って」

「あぁ? このぐらい普通だろ? なっ?」

「……まぁ、そうだな。誰とでも世間話ぐらいはするものだろう。それにだ。今知り合ったからな。お互い、知人同士と言うわけではない」

「そうなんですか? 俺、てっきり団長が仲良さそうに話しているので知り合いなのかと」

 

 単純に、仲良く話しているように見える京楽とメルドが気になっただけのようだ。京楽もメルドも仲良く話しているつもりはない。お互いに世間話をしているぐらいの感覚だ。

 

「……団長、か。何かやっているのか?」

「ん? ああ、そういえば名乗っていなかったな。私はメルド・ロギンスだ。王国騎士団の団長をしている。今は新兵の訓練に来ているんだ」

「ほぉ、騎士団の団長か。……私はアンリだ。家名は無い」

「どうしてです?」

「…………スラム出身だからな」

 

 京楽はそう告げると、光輝は首をかしげた。そして、京楽は呆れた視線を光輝にやり、メルドも溜息をついた。

 

「あー、すまんな。コイツ、箱入りでな。あまり常識がないんだよ」

「……気にするな」

 

 京楽は気にしていない。あくまでも、スラム出身は設定だ。特に気にすることはない。メルドが光輝の変わりに謝るのを諌めて、店員を呼び酒とジュースを頼む。

 

「むっ、禁酒中じゃないのか?」

「私の酒ではない。メルド、一杯奢ってやる」

「おっ、いいのか?」

「手のかかる者を育てるのは楽じゃない。それは、よく知っているからな」

 

 京楽は今までの弟子達を思い起こしていた。

 

 アンリ・マユであった頃は、かなり弟子がいた。竜人族の者や、人間族、魔人族、海人族、吸血鬼族。この世界における全種族に弟子はいる。まぁ、アリスはだいたい300年振りぐらいに弟子だ。300年前は一人の吸血鬼族の少女に魔法を教えたぐらいだ。その少女は中々の才能を持っており、自分までとはいかなくとも、成長次第ではアンリの仮初めの姿と同等の力を有していた。現に、仮初めの自分は少女に敗北し、死滅している。

 

「そうか、ありがたく貰わせていただこう」

「ああ、そうしてくれ」

 

 それから京楽とメルドはかなりの時間を話し込んだ。

 

 京楽の歩兵学や戦闘学。メルドの新人教育論を話し合い。お互いに共感しあっていた。

 

「……ほぉ、新人の教育が上手いようだな」

「まあな。これは俺自身が誇れるモノだからな。まぁ、新兵からすれば取っ付きやすい上司なんだろうがな」

「距離が近いことは良いことだ。弟子や教え子の悩みを聴きやすくなる………ただ、不利点と言われれば、情が入りすぎる所ではあるが」

 

 京楽の言葉に、メルドは苦笑を浮かべる。

 

 〝情が入りすぎる〟。今のメルドは正にそれだ。

 

 騎士団長として、戦いの教育者として教えるべき事を教えられていない。教えるべき事、それは人を殺す覚悟だ。

 

 戦争である以上、殺し合いは必至であり避けては通れないものだ。例え、それが魔人族の兵であっても、人殺しなのだ。

 

 メルドは根っからの戦士だ。護りたい、愛する祖国を護りたい。給料が良いとか、手っ取り早い就職先が騎士だったなどもある。しかし、メルドは自分の産まれ育った国、ハイリヒ王国を愛していることに変わりはない。民を守るために剣を王に捧げ、それらを振るい。民を守るために、国を脅かす者を斬る。

 

 メルドは戦地に赴いたこともあり、魔人族と戦ったこともある。教会は魔人族を、魔物の上位種のように教えたが、魔人族もまた、誰かを愛し、守り。誰かに愛され、守られている人間だった。

 

 今の光輝や生徒達に殺しを教えて良いものか? 教えるべきか、否かで常に自問自答を繰り返している。

 

「〝情が入りすぎる〟か。よく刺さる言葉だ」

「……あまり私情を挟むな。取り返しのつかないことになるぞ」

「そう言うわりには、すすめないんだな」

「……慣れてほしいモノではないからな。争いの絶えない世だよ、全く」

 

 京楽もアンリ・マユとしても人殺しを慣れてほしいとは思えない。

 

 人殺しに慣れたせいで人間性が壊れる者もいる。そして、かなりの無駄な血が流れることになるのだ。すすめようとは思わない。

 

「あの、ちょっと良いですか?」

「ん? どうしたんだ、光輝」

「やっぱり、この人怪しいんですよね」

 

 光輝は京楽に目をやり、軽く睨む。それを京楽は気にせずにジュースを呷る。

 

「なんか、嘘ついてる感じがして──」

「光輝、それ以上は流石に失礼よ」

 

 光輝が京楽を咎めるように言うが、近くに来ていた雫に止められた。光輝は止めに来た雫になにか言いたげだが、追い討ちをかけるようにメルドにも相手に失礼だと言われて引き下がった。

 

「ごめんなさい。悪気があったわけではないのよ」

「……気にするな。初対面の者を疑うのは当然だ」

 

 京楽は手をひらひらと振り、ジュースを飲み終えてから席を立つ。

 

「私はそろそろ宿に戻るとしよう。じゃあな、また縁があれば会おう」

「そうだな。縁があれば、な」

「死ぬなよ。……まぁ、そこはお互い様だが」

 

 メルドとそんな冗談を言い合って雫の横を通り抜けるように宿から出ていく。雫に幻術を一瞬だけかけて。

 

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

 

 宿から出ていく青年を眺めながら、雫は不意に聞こえた声に戸惑っていた。

 

『…………今から数刻後、噴水のある広場まで来てくれ。少し、話がある』

 

 雫の耳にはそう聞こえた。聞き覚えのある声で、そう聞こえたのだ。

 

(まさか、今のは八雲君なの? でも、顔も姿も違かったような……あれ? よく思い出せない)

 

 ついさっきまでメルドと話をしていた青年の顔や声、背格好を全く思い出せない。そして、青年と思っているが、性別がどうだったかさえわからなくなってくる。

 

(彼は一体何者なの? 何で私を)

「雫、どうかしたのか?」

「何でもないわ。少し疲れているだけよ」

 

 雫は一度考えることを打ち切った。わからないことをグルグル考えたところで、わからないものはわからないのだ。

 

 彼に会うにしても、今は流石に行けない。今自分が外に出れば、光輝が確実に着いてくるだろう。そうなると、彼にも迷惑になる。

 

「部屋に戻るわ。おやみなさい」

「ああ、おやすみ。雫」

 

 光輝やメルドに見送られて、雫は香織と一緒に割り当てられた部屋に戻る。部屋の中では香織が治療魔法の指南書を読み、少し悩ましげに唸っていた。今も勉強中のようだ。

 

「香織、帰ったわよ」

「あ、おかえり雫ちゃん」

「頑張ってるわね」

「うん。早く強くなって、南雲くんをすぐにでも見付けたいからね」

 

 香織は目覚めてからと言うもの、かなり訓練に励み、個人での勉強量を増やしている。奈落の底に落ちていったクラスメイトを助けるために。大好きな人を助けるために一生懸命頑張っているのだ。

 

 雫はそれに協力している。一度決めたことを曲げない幼馴染みを、大事な親友を守るために側に居続ける。

 

 二人がしばらく話していると、香織はふと思い出したように呟いた。

 

「八雲くん、元気かな~。飛び出して行っちゃったけど、大丈夫なのかな」

「どうかしらね。わからないわ」

 

 雫はついさっきまで会っていた人物を軽く思い起こす。しかし、少し霧がかってしまい、うまく思い出せない。

 

「……ねぇ、香織。八雲君が近くに来てるかも知れないの」

「? 何でわかるの?」

「さっきの彼。ほら、食事中に団長に相席した人。たぶん、彼が八雲君よ」

「そうなの? でも、八雲くんはあんな顔……あれ? 上手く思い出せない」

「そう。私も上手く思い出せないの。八雲君は、幻術にかなり特化しているから、認識阻害とかも使えるはずよ。たぶん、私達全員にかけていた可能性もあるわ」

 

 京楽がかなり強力な幻術が使えることは知っている。この世界に置ける幻術は、幻覚や幻聴、幻視以外にも、闇属性魔法の半面を持っている。そのため、幻覚や幻聴を応用して術者の顔や姿を認識しにくくしたり、声を変えることができる。京楽のレベルになると、かなりの規模に幻術をかけることができるだろう。

 

「香織。私、八雲君に会いに行こうと思うの」

 

 雫の言葉に、香織は頷いた。そして雫の手を取る。

 

「私は待ってるから、雫ちゃん。八雲くんに会って、ちゃんと話してきてね」

「もちろんよ」

 

 雫は自衛用に武器を腰にさして広場に向かった。香織は雫を見送り、本に目を落とした。

 

「……雫ちゃん。ちゃんと、八雲くんに話してね」

 

 そう呟いた香織は微かに笑っていた。しかし、その笑みを見たものは誰もいない。

 

 

 






まだ忙しい日が続くと思われるので、更新頻度はこのままです。ご理解ください


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友人と二人の弟子




長い間が空きましたが、失踪はしていません。急ぎで書いたので文章がいつも以上にぐだぐだかも知れませんが、よろしくお願いします


 

 

 

 

 京楽は噴水の縁に座っていた。コートについているフードを被り、仮面を着けたまま星空を眺めている。

 

「……こんな時間に、ここに来てよかったのか?」

「あなたが呼んだんじゃない」

「そうだったな」

 

 京楽が声をかけてきた人物に目をやる。そこには、いつものようなポニーテールではなく、髪の毛を垂らした雫がいた。

 

 確かに呼んだのは京楽だ。自分でここに来るように言ったのだから。しかし、心配がない訳ではない。安全性を見通せて居たからこそ呼んだのはあるが……

 

「仮面はとらないの? 顔が見えないのだけど」

「取った方がいいか?」

「ええ、友達と話をするのに仮面越しなのは少し失礼じゃないかしら?」

「……それもそうだな」

 

 京楽は仮面を外し、顔をさらけ出す。顔は特に変わっていないし、変わったのも前髪のワンポイントだ。口元の傷痕は薄くなっているため、あまり隠さなくても大丈夫になったので、マスクで隠すことはない。ただ、首の傷痕は薄くなることはなかった。そのため、今はコートの襟と袖で隠している。

 

 京楽の顔を見るなり、雫は安堵の息を吐いた。別人だったら……とでも考えていたのだろう。

 

「元気そうでよかったわ」

「ああ、そっちも無事で何よりだ」

「あら、元気そうでじゃないのね」

「……私には八重樫が元気そうには見えないからな」

 

 京楽には雫が何か抱えているように見えた。また誰にも頼らずに一人で抱えているのだろう。呆れ混じりの溜息を吐き、一つの石を雫に投げ渡し、雫がそれを受けとる。

 

「何かしら? 綺麗な石」

「……魔宝石だ。リラックス効果のある術式を刻んである。持っておくといい」

 

 京楽は渋々と受け取る雫に溜息を吐きそうになるが、何とか止めた。流石に、いくら友人同士だからだと言って何度も溜息を吐くのは失礼だ。呆れ気味に雫を眺めている。だが、雫の不満やストレスの捌け口が中々少ないのも知っているので、なんとも言えない気分だ。

 

「で、私は約束通り顔を出しに来たわけだが……モノのついでだ。愚痴でも不満でも溢していけ。聴いてやる」

「愚痴はそこまでないわよ。不満もあんまりないわ。ただ、香織達の世話が焼けるぐらいよ」

「いつものこと、か」

「そうね」

 

 溜息を吐き、結界魔法で一瞬で距離を詰め、雫にデコピンする。一瞬顔を仰け反らせて痛みに額を軽く押さえ京楽を睨むが、京楽は呆れ顔で雫を見ている。

 

「いつものことなら、尚更ダメだろう。いつも幼馴染みの世話を焼いて、悩んで唸って………はぁ、本当に禿げる気か? 眉間に皺が寄ってるぞ」

「あんまり言わないでもらえるかしら? 気にしてるのよ?」

「なら話せ、愚痴っていけ。迷惑でも何でもないから遠慮などするな。遠慮された方が迷惑だ」

 

 そう言われて雫も折れ、「強引ね」と呟いて噴水の縁に腰掛け、京楽も座り直す。

 

「色々立て込んじゃって、大変なのよ」

「……色々、とは」

「そうね……ヘルシャー帝国は知ってるわよね」

「ああ」

 

 ヘルシャー帝国。そこは、三百年前にとある名を馳せた傭兵が建国した国であり、冒険者や傭兵の聖地とも言うべき完全実力主義の国だ。

 

 大多数の民が傭兵か傭兵業からの成り上がり者で占められていることから、この世界では珍しく、信仰よりも実益を取りたがる者が多い。まぁ、あくまでどちらかといえばという話であり、熱心な信者であることに変わりはない。

 

 だが、実力主義と言うのもあり、急に召喚されてやって来た勇者達を認めなかった。

 

 突然現れ、人間族を率いる勇者と言われても納得はできない。聖教教会は帝国にもあり、帝国民も例外なく信徒であるが、王国民に比べれば信仰度は低い。そのため、挨拶に来ることもなかったらしい。

 

 しかし、つい一ヶ月程前にやって来たんだそうだ。それも皇帝陛下直々にだ。

 

 光輝と手合わせをして帰ったそうだが、手合わせをしたはずの光輝ではなく、何故か雫を気に入り、口説かれたらしい。光輝は鼻で笑い、雫には軟派。それが原因でちょっとしたいざこざがあったそうだ。

 

「他にはいつも通りよ。香織は南雲君を必死に探しながら鍛練を続けて、光輝がそれをズレて捉えて会話がおかしくなる。そこに龍太郎が入ってこんがらがる。それをいさめてって感じかしら」

「……いつも思うが、人が好きだな」

「それはあなたもでしょう?」

「……そう、だな。人間は嫌いだがな」

 

 京楽の答えに雫は苦笑いをする。京楽は他人を嫌うが、嫌う原因がよくわかっていない。確かに、潔癖症に接触恐怖症を患ってこそいるが、ハジメとは接触可能で、その妹のユカリも問題ない。信頼度や好感度の違いなのだろうが、興味の無い人間を無意味に嫌うなどと言うことはしない。八雲京楽と言う人物を一年と少しの間関わってきた雫は、それを知っている。

 

「ふふ、そう」

 

 だから微笑む。たぶん、京楽が素直じゃないだけだ。人間が好きだが、嫌いと言わせるほど嫌な姿も見てきた。だから「人間が嫌いだ」と発言しているのだろう。自分が人間をこれ以上嫌いにならないために。

 

 それからも雫は京楽に愚痴、近況報告をした。

 

「……私はこんなものかしら。そっちは何かあった?」

「………………そうだな……色々有りすぎて困ったものだ」

 

 京楽は苦笑いを浮かべながら、新たに得た情報を雫に共有する。自分がこの世界を色々と知っていること。魔法を修得したこと。弟子が出来たことを雫に話した。

 

 雫は、京楽の話を聞いて少し微笑む。前に比べて態度は軟化しているようだし、少し楽しそうだ。クラスメイト達と居るよりも気張らなくても良い人達に出会えたのだろう。

 

「……まぁ、二人とも別の意味で手がかかって大変だが」

 

 ただ、前よりも愚痴が心なしか多くなっている。それなりに苦労はしているのだろう。弟子が二人もできたのだから当たり前だ。

 

「ふふ、少し変わったのね。八雲君」

「そうか?」

「ええ、変わったわよ。少し、堅そうな雰囲気が和らいでいるわ」

 

 以前よりも本当に少しではあるが表情が動くようになっている。人形の方が愛想が良かった頃と比べれば、かなり変わった印象を受ける。京楽は微笑む雫を見て苦笑いを浮かべ、雫はそんな京楽に「そう言うところよ」と、指摘する。

 

 二人は仲がいい。相手にあまり遠慮せずに話しやすいのだ。まぁ、京楽がズバズバ切り込むので、その分雫に無理矢理吐かせているだけかもしれないが……

 

「ねぇ、八雲君。本当に戻ってくるつもりはないの?」

「あぁ、戻る必要性を感じない。訓練を受けて強くなるよりも、常に実戦に身を置いた方が鍛えられる。それに、ハジメとユカリとも合流したいからな」

「合流したい?」

 

 雫は、京楽の言葉に違和感を覚えたようだ。ハジメやユカリは、現在行方不明、死亡扱いを受けている。そんな彼らを見つけ出したいならわかるが、合流したいとなると、意味が違ってくる。まさかと思いながらも、京楽に聞こうとすると……「師匠様~♪」と声と共に、上空から一人の少女が京楽目掛けて飛んできた。京楽は溜息を吐きながら少女に軽く受け止め、飛んできた力をいなすように少しその場で回った。

 

「どうした、アリス。何故ここに……酒の臭いな」

「師匠様~♪」

 

 ご機嫌そうに頬を緩ませながら京楽に抱き着く少女に驚くも、雫は少女に声をかけたが……聞かれていないようだ。

 

「八雲君、この子は?」

「……私の弟子だ」

「随分なつかれたのね、驚いたわ」

「成り行きでな……色々あったんだ」

 

 甘えるように抱き着くアリスの頭を撫でながら、京楽は溜息を吐いた。

 

 アリスは酒にそこまで強くはない。平均よりも酒には強くないのだ。アリス自身、それは自覚しているためお酒は飲まないのだが……何故か今日は飲んでいる。

 

「アリス、大丈夫か? 私がわかるか?」

「はい~、師匠様れふ~」

「……呂律も回らないか………明日の朝は少しキツそうだな」

 

 頬をペチペチと軽く叩きながら声をかけるが、アリスは「ふへぇ~」と、京楽に抱き着いて離れない。その光景を見ながら、雫はなにやってんだかと言いたげな視線を向ける。

 

 しばらく京楽がアリスを正気に戻そうとしていると、少し駆け足でエルもやって来た。

 

「…………居た」

「エル、アリスを剥がすのを手伝ってくれ」

「………………アリス…………おいで」

「エルさぁん♪」

 

 京楽から離れてエルに抱き着いて行くアリス。京楽は一息吐き、雫は京楽に説明を求めるように目をやる。それに気付いて京楽はアリスとエルに自己紹介をさせることにした。

 

「……………エル=ケーニッヒ・フェレライ………………この子……アリス・ヴェルカーナ」

「エルさん♪」

「八重樫雫よ。よろしくね、二人とも」

「……………ん………ヨロシク………アリス……も」

「よろしくれふ~」

「癖の強い二人だが、一応弟子だ」

 

 アリスは自己紹介が終わると同時に。ゆらりと揺れ、エルに倒れかかった。

 

 エルは慣れているからか何もなかったかのように受け止め、京楽に引き渡す。その行動に京楽は呆れ顔だが………

 

「エル、なぜアリスに酒を与えた」

「………………羞恥………悶えすぎて可哀想…………飲んで忘れさせる」

「はぁ………善意であることはわかるが、他に手段を選べ………二日酔いの治療をするのは私なんだぞ」

「…………………今回…………私、やる…………アンリ……やらなくていい」

「じゃあ、なぜ私に預ける」

「………………私……持ってたら違和感……ある………」

 

 エル曰く、宿でもアリスは自分の服装で恥ずかしがり、羞恥に悶えており、流石に可哀想になって『酒を飲んで記憶を飛ばそう!』という考えに至る。そして、アリスに酒を与えて酔わすことに成功したが、京楽を探しに外へ飛び出してしまい追い掛けてきたんだそうだ。

 

 アリスはコップ一杯の酒で酔い始め、それから誰かが止めに入るまで飲み続けるので、アリスに酒を与えるのはあまりよろしくない。

 

 それにだ。アリスは微酔い状態から記憶の欠落が起こり始める。それ故、自分が何をしたのか思い出せず、男性から暴行されても気がつかないと言う最悪な事件になりかねない。それの対策でもあるのだ。

 

 エルに悪意はなく、善意百パーセントでやったんだろうが、京楽は内心ひやひやしている。

 

「次からは、私がいるときにそうしてくれ。何かあったらとか、余計なことを考えたくない」

「………………りょ」

 

 エルからアリスを受け取って背負う。京楽としては、あまりアリスを背負いたくはない。何処がとは明確に言わないが、アリスのが背中で潰れるのだ。体躯に合わないモノが……

 

 精神が急成長し、物事を達観していても、一応は思春期。嫌でも意識は向けてしまうのだ

 

「……………………はぁ」

「私が変わりに持つ?」

「……いや、別にいい。弟子の面倒ぐらい自分で見れる。それに、女子に力仕事を手伝わせるわけにはいかんだろ」

 

 背中に向けてしまう意識を自分に幻術をかけて引き戻す。幻術は使い勝手がいいものだ。嫌なものから無理矢理意識を外せる。

 

 思考を即座に平常に戻し、夜空を見やり、すぐ近くにいる雫にも視線をやる。

 

「宿まで送ってやる………ほら、行くぞ」

「まだ話したりないのだけど…………今日はこの辺にしましょうか。お互いまだ疲れているわけだし」

「明日の夕方までは滞在する予定だ。また会えれば、いつでも話は聞いてやる……エル、ついてこい」

 

 アリスを背負い、エルを引き連れながら京楽は雫の隣を歩く。雫は、隣を歩く彼の顔を見た。

 

 白い綺麗な髪に、金色の瞳。まるで人形のようななにも感じさせない表情。しかし、前とは違い、人を寄せ付けたがらない気配は纏っておらず、どこが優しさすらも感じさせる。

 

(変わったのね、八雲君。前よりも優しく、強くなったのね)

 

 雫の隣を歩く京楽は、義務感ではなく、ただただ友人が心配だから送り届けてくれている。初対面の頃とは大違いだ。

 

「着いたぞ、八重樫」

「お見送りありがとう」

「気にするな。ただのお節介だ」

「そうね。あなたならそう言うでしょうね」

「……何かあったら嫌だからな」

 

 雫を宿まで送り届け、京楽達は来た道を返っていく。が、京楽が足を止め。隣を歩いていたエルが、そんな京楽に首をかしげる。

 

「………なぁ、八重樫……また、顔を出しに来るが……いいか?」

「ええ、いつでも構わないわよ。じゃあ、またね………八雲君」

「……あぁ、じゃあな」

 

 そう言って京楽は去っていき、雫は京楽達が夜の闇に紛れ込んでいくまで、その背中を眺めていた。

 

「また、会いましょうね」

 

 そう小さく呟いて、雫は部屋に戻っていった。

 

 部屋に戻ってから、偶々起きてしまった香織に何処に行っていたのか質問攻めに会うのは、別の話だ。







誤字、脱字、文章におかしな点が見られる場合。報告していただけるとありがたいです


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閑話 侍少女と探偵青年(上)

一章終了のお知らせと共に閑話といたします。


 

 

 

 

 春。それは、別れ出会いの季節。

 

 八重樫雫は、幼馴染み達と同じ高校に進学した。親友でもある香織。手のかかる弟のような龍太郎や光輝達はそれぞれ別々のクラスになり、お昼休みや放課後以外での関わりが自然と薄まっていた。

 

 そんなある日のことだ。高校生活が始まって一ヶ月近くが経とうとした時。ある男子生徒がクラスにやって来た。季節の外れてしまっている長い水色のマフラーに、マスク。そして、右腕に薄く包帯を巻いた真っ白な髪の毛に、真紅と金色の目を持つ男子生徒。

 

 この男子生徒は家庭の事情で教室入りが遅れてしまい。今日が初登校になるらしい。常に空いていた自分の隣の席の生徒に何処か違和感を覚えながら雫は自己紹介をした。しかし、帰ってきたのは、「そうか、よろしく」の二言だった。

 

「えっと、八雲君だったかしら? 少しいい?」

「…………あぁ、構わない」

「この問題の解き方なんだけど、わかったかしら?」

「…………………この式なら、ここにある式に置き換えて考えた方がわかりやすい。わざわざ回りくどく考えなくとも、解は見える……」

「そ、そう」

 

 わからない問題があれば聞き、聞いてみればパパッと教えて会話を打ち切る。暇があれば常に窓の外を眺めている隣の席の青年。八雲京楽は、何物にも興味を示さず、まるで人形のようだ。少なくとも、雫はそう感じた。

 

 目に見える感情の起伏も薄く、何をやってもつまらなさそうな彼に、同情すら覚えた。

 

 そう、彼は天才だった。何をやっても成功し、何をやっても皆の、自分の上を行く。そんな、存在だった。

 

「八雲君、今日も相変わらず、つまらなさそうね」

「ああ、つまらない。知っていることを教わるのも、なんでもすぐに出来るようになってしまう………つまらんよ。ここは、退屈でしょうがない」

「なにか熱中してることとか、趣味とかないの?」

「趣味か……色々ある。人間観察に読書。裁縫や料理、家事全般。編物や武術、色々ある。だが、深く熱中していることは特にない……強いて言うならば、アニメや漫画だな」

「八雲君も、漫画とか読むのね。少し、意外だわ」

 

 話していく内に段々と仲良くもなり、京楽も口数も次第に増えていった。しかし、知らないこと、意外なところは中々に多い。少なくとも、雫は京楽が漫画やアニメなどの創作物を視ているイメージはなかった。

 

「…………まぁ、自分から進んで読むことはなかっただろうな」

「てことは、誰かから進められたの?」

「ああ、中学の頃からの友人と、その家族からな……」

 

 京楽はそう言いながら、鞄を漁り、一冊の本を取り出して見せた。本の表紙には、『やっぱり、私の社内ラブコメは間違っている気がする』と、ラノベ特有の長い題名の本が書かれてあり、雫も知っているメジャータイトルだった。

 

「読んでみると、中々面白かったのよね。それ」

「ほぉ、読んだことがあるのか?」

「えぇ、幼馴染みの勉強の付き合いでね」

 

 雫は苦笑いを浮かべる。とある男子生徒に恋した幼馴染み、香織が仲良くなりたい一心で、その男子生徒の趣味であるアニメや漫画、俗に言うオタク文化を学び、雫もそれに付き合っていた。

 

 そのため、周りよりは少し……と思いたくなるほどには知っている。まぁ、それは香織がドはまりしてしまい。今でもそれに付き合っているからだが……

 

「サブカルチャーの勉強か。珍しいな」

「言うのもなんだけど、新しい友達を作るための勉強なんだそうよ」

 

 実際は、好きになった男子生徒の趣味を知り、仲良くなりたいからであるが、幼馴染みである親友の恋事情を軽く語るわけにはいかない。間違ったことは言っていないのだ。

 

「……その者と話していけば、知識も増えるだろうに……勉強はその後からでも出来るだろう」

「そうなのだけどね」

 

 言えない。さすがに人に自分の親友が無自覚ストーカーになり、その男子生徒の家や趣味を特定したなんて口が滑っても言えない。そんな雫が苦笑いを浮かべると、京楽は何かを察したようで同情するような視線を向けてきた。

 

「……八重樫、深くは問わないが君も苦労しているんだな」

「言わないでくれるかしら」

 

 二人がそんな会話をしていれば、SHRが終わり、クラスメイト達それぞれが帰路に着く。京楽は何時ものように席に座ったまま読書をするわけでもなく、鞄を持ち席をたった。

 

 いつもは、静かになった教室で一人読書をして帰っている京楽が、荷物を持っていることに雫が不思議そうに見た。すると、何時ものように、京楽は何でもないように話始める。

 

「最近、友人が帰宅中、何処かから視線を感じると訴えられていてな。一緒に帰ることにしたんだ」

「ストーカーかしら? 物騒ね」

「ああ、気のせいだといいんだがな。念のためだ。帰りは気を付けろよ」

「何かあったら、私も頼もうかしら」

「言ってはおくが、私は何でも屋ではないからな」

 

 京楽はそう言って教室から出ていき、雫は部活に向かった。

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

 雫は家に帰り就寝前、親友の香織と電話をしていた。

 

 クラスが別れてしまってからは何時もだ。香織が雫に今日どんなことがあったのかを楽しそうに話、雫はそれを聞いて、自分もどんなことがあったのかを話す。寝る前にも関わらず、ついつい長話をしてしまうこともしばしばあるが、お父さんもお母さんも目を瞑ってくれている。

 

『雫ちゃん。今日どうだった?』

「いつも通りよ。授業受けて、部活に行って、鍛練してってかんじよ。香織、そっちはどうだったの?」

『今日はね、南雲くんと少しだけお話しできたんだよ。それが嬉しくてね、いっぱい勉強して良かったよ』

「ふふ、よかったわね。香織」

『うん! 雫ちゃん、これからも勉強付き合ってくれる?』

「勿論よ。いくらでも付き合ってあげるわ」

 

 雫と香織はこんな他愛もない会話をしながら、お互いに予定を立て、忙しい雫に予定を合わせるように香織が予定を組む。今度は二人で何処に行くか、何をしに行くかを話して盛り上がっていた。

 

 しかし、香織が思い出したかのように口にした一言で、雫は疑念が生じた。

 

『あっ、そう言えば雫ちゃん。今日ね、南雲くんを帰り誘おうと思ったら南雲くん、今日はお友達と帰ってたの。南雲くん、ずっとクラスで一人だったから友達居ないのかと思ったけど、やっぱり友達いたみたい。それに、南雲くん、最近誰かにつけられてるみたいで、怖くなっちゃったんだって。男の子でも、ストーカーにあっちゃうんだね』

 

 雫は帰り際の京楽の言葉が一瞬だけ頭をよぎる。「友人が帰宅中に視線を感じているらしいから、しばらくは一緒に帰る」。京楽はそう言っていた。

 

(まさか、南雲君の友達が八雲君なの? でも、八雲君は別の中学…………いいえ、同じ中学校出身だったわね……と言うことは……でも……。って言うか、香織。また南雲君をストーカーしてたの。あれほど後をつけないように言ったのに)

「……香織、南雲君の友達の特徴覚えてるかしら?」

『うん。珍しかったし、不思議な服装だったからよく覚えてるよ。水色のマフラーを着けてて、白髪にすごく白い綺麗な肌だったよ』

 

 かなりの高確率で京楽だった。白髪に白い肌。彼特有の真紅と金色のオッドアイは恐らく遠目に見たから見えづらかったのだろう。

 

「香織、それから何か変なこととかはなかったかしら?」

『ん~、特にはなかったけど……なんか、今日は南雲くんを途中で見失っちゃってさ。あーあ、南雲くんとお話したかったな~』

 

 どう考えても京楽に勘づかれたんだろう。

 

 雫の知る八雲京楽と言う人物は、察しが良く、勘も鋭く頭も良く回る。そんな人物だ。恐らく、香織はストーキング気が付いた京楽に撒かれたんだろう。まぁ、撒かれただけならまだマシなのかもしれないが、香織のストーキング対象、もとい、初恋相手である南雲ハジメにバラされている可能性がある。

 

 そうなると、香織の初恋は無惨に散るだろう。どんな美少女であろうと、ストーカーは嫌だろう。雫だって、自分の理想の相手がストーカーだったら絶対に嫌だ。

 

「……香織。明日、一緒に学校に行かないかしら?」

『うん! 行く行く! いつもの時間に迎えに行くね』

「ええ、支度をして待ってるわ。おやすみ、香織」

『雫ちゃんもおやすみ』

 

 そうして通話終了を告げる音が鳴り、雫は静かに電話を充電器にさす。

 

「………………………はぁ」

 

 そして、大きく深い溜息を吐いた。京楽にどう説明するべきか、どう謝ろうか。その事で頭がいっぱいだ。

 

 京楽は慎重だ。一回で突き詰めてくる事はないハズだ。となると、証拠と呼べるものはまだ持っておらず、様子見状態であるハズだ。彼は、色んなモノにやる気を見せない。しかし、やらないわけではない。だが、行動は慎重に用意周到に起こす。

 

 それは、まだ付き合いが短い雫でも解る。だが、人間である以上例外はあるのだ。雫は例外に触れていないことを祈り、京楽に何と説明しようか頭を悩ませながら眠りに落ちた。

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

 香織のことで頭を悩ませながら眠った翌日。いつもの時間に香織が迎えに来て、一緒に登校していた。

 

「それでね、雫ちゃん。南雲くん、寝ちゃってるからさ。先生の質問に答えられなくて───」

「君、少し良いだろうか」

 

 二人が登校していると、不意に後ろから声をかけられた。香織は初めて聞くあまり聞き慣れない声であり、雫は良く聞く聞き慣れた静かな優しい声。

 

「? なんですか?」

「あら、八雲君。おはよう」

「……ああ、八重樫。おはよう、友人と仲良く登校中にすまないな。少し良いか?」

 

 京楽がそう言い、香織に目を向けると、香織が思い出したかのように京楽に言う。

 

「あっ、南雲くんの友達だ。はじめまして、白崎香織です」

「はじめまして、八雲京楽だ。……やはり君だったか……これまた」

 

 京楽が少し唸り、雫に視線をやる。コイツが君の言っていた友人か、と。雫は無言の肯定で返すと、京楽が溜息を吐いた。何かを後悔するように、深く溜息を吐いた。

 

「……白崎。率直に言うが──「京楽先輩!」むっ」

 

 香織になにか言おうと口を開いた京楽に、後ろから急な負荷がかかりバランスを崩す。が、即座に持ち直し、背中にかかった負荷を受け止めていた。

 

「……朝から激しい挨拶だな、ユカリ」

「えへへ、おはようございます。京楽先輩♪」

「ああ、おはよう……ユカリがいると言うことは、ハジメも一緒なのか?」

「流石先輩! ご名答、兄さんを叩き起こして、たまには学校まで送ってもらおうかと思いまして」

 

 ユカリが京楽の背中に抱き付いたまま、ひょっこりと顔を出す。そこには、状況を飲み込めていない二人がおり、ユカリは二人を恨めしそうに睨む。

 

「京楽先輩、この二人は「知り合いだ。それ以外には特にこれと言った関係はない」……そうですか」

 

 京楽の一言でユカリの恨めしそうな目は消え失せ、にこりと笑う。

 

 そんなユカリに雫と香織が戦慄していると、後ろから呼吸を少し乱しながらユカリの兄であり、京楽の親友である南雲ハジメが小走りでやって来た。

 

「ユカリ、ぜぇぜぇ、先に行かない、でよ。ぜぇ、朝からあんまり、走りたくないんだからさ」

「お疲れさまだな。ハジメ」

「あ、京楽。おはよう」

「兄さんは貧弱だなぁ」

「ユカリ、あまりそう言うことをいうな。だが、普段運動をしないからな。少しは運動しろ。水だ、飲め」

 

 ハジメは京楽に渡された水を飲み、一息つき、雫達に気が付いたようで、挨拶を交わす。その間に、香織がハジメに話しかけ、ハジメが若干ひきながらも会話を進め、ユカリが面白いものを見つけた!と、ハジメを眺めている。

 

「……八重樫、放課後に白崎を借りても良いか?」

「私と一緒にが条件よ」

「ああ、それで構わない」

 

 京楽が放課後に香織と話があることを雫に話、了承した。恐らく、京楽からお叱りが来るのだろう。雫が溜息を吐くと、ユカリがハジメと京楽に学校まで送ってくれとせがみ、二人は苦笑いを浮かべながら雫達と別れていってしまった。

 

 ユカリに引っ張られるように連れていかれる京楽を見送り、雫は香織に放課後の確認をとる。

 

「香織、八雲君が放課後、私と香織に話があるらしいのだけど」

「うん、わかった。じゃあ、次に会うのは放課後かな?」

「かもしれないわね。私は席が隣だからまたすぐに会うのだけど」

「へ~、そうだったんだ~」

 

 雫達は学校を目指して、また歩き始めた。今度は、誰にも呼び止められることなく、学校に到着した。

 

 クラスに入り、席に座って思考を整理する。

 

 京楽にバレていることは確実であり、ハジメの反応からバラされていると言うことはないだろう。しかし、いくら普段冷たい京楽でも、友人が嫌がっているのなら対処するハズだ。そうなると、香織にハジメをつけ回さないように一度忠告するか、即座に教師に報告するかの二つだ。

 

 だが、香織は自分がストーカーであることを自覚しておらず、悪いことをしている。相手が嫌な思いをしているだろうと言うこともあまり自覚していない。天然思考と言えば聞こえは良いが、迷惑行為をしている人間ではあるのだ。こうなる前に、きっちり教え込んで措くべきだったかもしれない。

 

 雫がしばらくそう考えていると、隣の席に気配を感じ、軽く目を向ける。すると、そこにはいつのまにか京楽が座っており、読書をしていた。静かに、ハラリッとページをめくり読む。

 

「あら、もう来てたのね」

「……かなり考え込んでいたようだな。三十分は確実に過ぎていると思うが。……まぁ、ユカリを学校に送った後はタクシーを使ったからな。その分は早めに着いたが」

 

 小説を読みながら淡々と語る京楽に、雫は時計を確認すると、わりかし時間は経っていた。相当考え込んでいたようだ。

 

「悩みがあるなら聞くが……君のことだ。白崎に私がなにを言うのか考えていたんだろう? 安心しろ。私はあくまでも探偵助手だ。探し出すのが役目であって、訴え、裁き、罰するのが役目ではない」

「確かに、私はあなたが香織に何を言うかでフォローとか、あなたが香織に悪い感情を抱かないようにどうフォローするかで悩んではいるけど……」

「……良いのか? 口から考えが駄々漏れだが」

「いいのよ。どうせ、私の考えを読んでるでしょ?」

「ただの推測であり、独り言だ。あまり気にするな」

 

 京楽は読んでいた小説に栞を挟み、鞄にしまう。そして、いつものように飲んでいる紙パックの豆乳を飲み、雫に目をやる。

 

「今で言っておくが、私は白崎にそこまで悪感情は抱いていない。ストーキングを止めるならばの話ではあるが、白崎の感情を否定もしない。それは頭に入れておけ……………そろそろSHRが始まるな」

 

 京楽はそう言い終えると豆乳を素早く飲み干し、ゴミ箱に捨てて目を閉じた。今から寝るつもりなのだろう。

 

 雫は溜息を吐きそうなのを我慢し、何時ものように授業を受けた。

 

 隣の席で京楽は眠りはじめ、時折少し目を覚まして睡眠を再開する。それがいつもの京楽だ。そして、今日も例外なく眠り、少し起きて眠りを繰り返し。一日の授業が終った。

 







続きは、明日中には出せるかもですね……読みにくい文章かもしれませんが、読者様方、これからもお付き合いください


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閑話 侍少女と探偵青年(下)



書き終えましたので、投稿します


 

 

 

 

 時刻は放課後。一般生徒の下校時間は暇に過ぎており、学校には部活に性を出す部活生と顧問、残業に泣く教師達が居る。そんな学校の備え付けの武連場で、事は起こっていた。

 

 制服に身を包み、防具を身に付けないまま片手に竹刀を持った京楽と、防具に身を包み武連場の床に倒れている剣道部員達。

 

 そこに立っていたのは、竹刀をだらりと下げて持っている京楽と、我関せずを貫いていた女子部員達と見学で見ていた香織ぐらいだ。

 

 京楽は呆れ気味に剣道部員達を眺めており、雫は遠くを眺めていた。何故こんなことになったのか。時を遡ること一時間半ほどだ。

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

 京楽は香織に言いたいことを言うために体育館裏に呼び出し、そこで、雫も交えて話をする予定だったのだが……

 

「君か、香織と雫に話があるって言うのは」

「ああ、そうだが?」

「二人から手を引け。それが俺からの要望だ」

 

 何故か頓珍漢な会話が始まってしまった。そして、京楽は視線で訴える。コイツ誰だよ、と。

 

 京楽の前には、爽やかイケメンが居た。しかし、京楽はこのイケメンの正体を知らないのだ。クラスの関わりのない人間の顔も覚えていない京楽に、全く関係もない別のクラスの人間を覚える気にはならなかったのだ。

 

「……要望はわかったが、君は誰だ? 私は、白崎と八重樫に話があるからとここに呼んだのだが」

「俺は天之川光輝だ。香織と雫の幼馴染みだ」

「で、幼馴染みの君が何のようだ? 二人から手を引けとは言われても、手をつけていないんだが……」

 

 京楽は二人に手を出すつもりもないし、出す気もない。京楽はただ、香織に友人が困っているから後をつけ回さないでほしいと告げるたかっただけだし、雫は香織や京楽のフォローに回るために入ってきたのだ。それ故、イケメン、天之川光輝に睨まれる筋合いはない。

 

「何を言っている! 二人をこんなに人気のないところに呼んでおいて怪しくない訳がないだろ!」

 

 ごもっともなのだが、京楽の気遣いである。自分の思い人を公衆の面前で暴露された後、無自覚でやっていたことをただただ責められるのだ。京楽もそんなことをする趣味はないし、見世物にする気もない。

 

 そして、初犯ではあるため厳重注意で終わらせたかったのだ。ハジメも犯人が居たとして、その事を公にしたがらないだろうし、ハジメのことだ。かえって同情することだろう。

 

 それらを考え、屋上は告白で使う生徒が多いため避け、屋上よりも告白に使われないが人気のない体育館裏に呼んだのだが……気遣いが裏目に出てしまったようだ。

 

「まぁ、そういう気持ちもわからなくはない。だが、私はただ二人に話があるだけなんだ。そこまで怪しまないでほしい」

「季節外れのマフラーにその下からマスクを着けてる不審者に言われたくないね」

「マフラーもマスクも着けている理由があるんだがな……」

 

 京楽がマスクやマフラーを着けているのは、目立つ傷痕を隠すためだ。好き好んでこんなに暑苦しい格好をして居るわけではない。ちなみに、マフラーは冷感素材を使っているため、そこまで暑さは感じないが……

 

「俺と勝負しろ! 俺が勝ったら二人に手出しをするな!」

「ちょっと、光輝」

「光輝くん、いくらなんでも勝手すぎるよ」

「……君の勝利したときの利益しか無い時点で、私が受ける意味がないな」

「怖じ気づいているのか」

「いや、勝負する理由がないと言っている」

 

 京楽が勝負しなければいけない理由はない。勝手もなにもないし、負けてもなにもない。勝手も負けても意味がないのであれば、戦う理由は存在しない。

 

 京楽がゆらゆら光輝の言い分を避け、雫が光輝を止めようとしているが暴走している光輝はなかなか止まらない。

 

「……はぁ……状況が状況だ。仕方ない。その勝負、受けてたとう」

「やっとやる気になったか」

「やる気にはなないが、目の前で困っている知り合いに手を貸さないほど、落ちぶれてはいない」

 

 京楽は光輝を睨み、光輝は京楽の威圧に一瞬押し負けたが、勢いと義憤?で押し返し、雫達と京楽を連れ、武連場にやって来た。

 

 光輝は肩に持っている竹刀バックから竹刀を京楽に向け、京楽は溜息を吐き、雫や香織は光輝が竹刀を向けた意味を理解して止めにはいる。

 

「光輝くん、いくらなんでも剣道は」

「光輝、あなた正気なの! 八雲君は──」

 

 雫は包帯の巻かれた京楽の右腕に一瞬目をやる。京楽は怪我をしているのだ。それなりに大きな怪我を。そんな相手に、光輝の得意な剣道で挑むなどこんな出来レースがあって良いわけがない。

 

 雫が光輝を本気で止めようとするが、

 

「……八重樫、止めるな。余計面倒になる」

「でも、あなたの右腕」

「気にするな……勝負を受けたのは私だ。そして、勝負種目の確認をしなかったのも私だ。自業自得とも言える」

 

 京楽は静かにそう告げ、光輝に視線を戻す。光輝の目は敵意剥き出して、少し不機嫌そうだった。

 

「でも、剣道よ? あなた、剣道やったことあるの?」

「いや、剣道をやったことはない。だが、勝手はわかっているつもりだ」

 

 そう言って武連場に入り、雫に頭を下げた。

 

「すまないが、竹刀を貸してもらえるか? さすがに持ち歩かないからな」

「ええ、でも、真竹製だから扱いづらいわよ?」

「それで構わない。振れるのならそれで十分だ」

 

 そう言って、雫の差し出した竹刀を受け取り、片手で持って軽く振る。が、やはり少し重たいらしい。剣先を下に垂らしており、持ち位置を調節し、光輝の前に立つ。光輝は防具を身に纏い、京楽用にと防具を用意していた。光輝の周りには男子部員達が不思議そうに見ており、見世物になっていた。

 

「八雲、防具を着けろ」

「……いや、必要ない」

「なに?」

「防具など着ける必要はない」

「何でだ」

「簡単なことだ。身を守るための防具であるならば、最初から当たらなければいい」

 

 剣道に正面から喧嘩を売るような物言いに、部長と思われる先輩が京楽に諭すように、危険だから防具を着るように言うが、京楽はそれを拒否。雫や香織も防具を着けるように言うが、当たり前のように拒否をした。

 

「部長、良いですよ。彼に防具を着せなくても」

「しかしだな、天之川」

「大丈夫です。俺が寸止めしますから」

 

 光輝が前に出て竹刀を構え、京楽ろくに構えを取らず、竹刀をだらりと垂らしたまま立っている。

 

「……どうした。私は準備完了だ」

「構えないのか」

「これでも構えている。言っただろう。私は剣道をしたことがないと」

 

 京楽の言葉に、周りがざわつく。しかし、光輝はそんな回りを気にせずに雫に審判を頼む。雫もやりたくはない。だが、こうなることを選んだのは京楽だ。やりすぎになるなら自分が止めにはいればいい。雫は二人の間に立ち二人を確認する。

 

 光輝は眼に敵対心を宿し、京楽の目はいつものようななにも感じさせない、考えを読み取れない目だ。構えらしい構えを取らない京楽だが、雫はそんな京楽に違和感を覚えていた。

 

 しかし、試合を始めさせないわけではない。

 

「二人とも、用意はいいかしら」

「俺はいつでも大丈夫だ」

「ああ、問題ない」

「では─────始め!」

 

 光輝が踏み込み、京楽の頭に竹刀が迫る。

 

 光輝は防具を身に付けていない京楽を怪我させてしまわないように寸止めのつもりだった。やる気無さげな京楽も、真剣に防具を着てやるだろうと言う考えからではあるが、光輝は京楽を気遣いはしたのだ。

 

 しかし、その気遣いは無駄に終った。

 

バシンッ!

 

 なにかが強く物を弾くような音が鳴り、それと同時に、光輝の腕は跳ね上げられ竹刀を弾き飛ばされていた。

 

 光輝は今起こった現状を理解できず、周りにいた部員達も理解できずにいた。しかし、京楽の動きは見えていた。開始の合図と同時に竹刀が跳ね上がり、光輝の竹刀から京楽の竹刀に飛び込んできたのだ。

 

「……どうした。竹刀を拾わないのか?」

 

 京楽は竹刀をゆっくりと下ろし、自然体で立つ。

 

 京楽に言われて我に帰り、光輝は竹刀を拾って構える。今度は両手で力強く竹刀を握り込み、京楽に踏み込む。しかし、京楽は面狙いの光輝の竹刀を避けて胴を叩く。それも、光輝が京楽に打ち込まれるように自分から当たりに行っているような、不可解な動きをしてだ。

 

「強いな」

「……君が弱すぎるだけだ」

 

 光輝はその一言に唖然とし、周りの部員達も唖然としてしまった。光輝が弱すぎる。京楽はそう言ったのだ。

 

 剣道部において天之川光輝は、新入部員でありながらもエースの様な存在だ。剣道界隈で実力、権力の共に強い八重樫流の門下生であり、その八重樫流の中でもトップに位置する実力を持つ光輝を弱いと言ったのだ。それも、呆れ気味の溜息を吐いて。

 

 その行為が光輝に火を付けた。

 

「俺は、弱くなんかない!」

 

 光輝が暴走してしまったのだ。竹刀を振り、京楽にそれを向ける。竹刀をただ振り回しているだけではあるが、幼い頃から竹刀を振っている光輝の動きには無駄が少ないく、隙こそあれど、体の動きを連動させて竹刀を振る。と、言う点においては無駄が殆んどない。

 

 竹刀から風を切る音が鳴り、京楽に全力で殴りかかりにいく姿を止めに行けるものはいなかった。いや、止める必要もなかったとも言う。

 

 光輝が振り回す竹刀を避け、竹刀を腰にさすような動きを見せたかと思うと、次の瞬間には光輝が吹き飛ばされていた。それと同時に、大きな強打音が武連場に鳴り響く。

 

「し、雫ちゃん。今、何が起こったの」

「あの状況で、一瞬の居合の構えからの抜刀したのよ」

 

 混乱している香織の隣で、雫は出来るだけ冷静に起こった現状を処理していた。

 

 光輝が竹刀を振り回す中、京楽は一瞬だけ構え、そこから抜刀して見せたのだ。威力は防具を着ている人間が吹き飛ばされる程度だ。色々馬鹿げている。

 

「この程度か。この学校の剣道部は強豪だと聞いていたんだが……」

「ぐぅ、何をした」

「何をしたか、か。叩き飛ばしたとしか言えんな」

 

 光輝が立ち上がり、京楽はそれを無感動に眺める。それから部員達に目を移し、呟いた。

 

「まぁ、この弱さも仕方がないか。子供の癇癪を止めることも出来ないような者達だからな」

 

 この言葉で光輝がさらに謎の暴走をし、部員達は自分達の看板に泥を塗られて怒り、京楽を叩きのめそうとしたが、返り討ちにあって冒頭に戻る。

 

 京楽は嘘を着きたがらない。元々嘘をあまり言わない質だからと言うのもあるが、本音をストレートに伝えると言うことはまずない。彼自身、人がどのように言われれば、どう反応するのかは知っているし、道徳がないわけではない。

 

 今までの発言も、ある程度はそうなると知っていての発言だ。

 

 しかし、京楽自身も自分に呆れている所がある。それは、独り言だ。

 

 京楽は独り言が多い。何かを深く考えていたり、思考を整理するために独り言が多く、疲れていたり、呆れていたりすると時折独り言を溢してしまう。勿論、言わないように気を付けてはいるが、度が過ぎた呆れはついつい溢れてしまうのだ。

 

「……はぁ。私の悪い癖だな」

 

 京楽は雫に竹刀を返し、少し離れたところで見ていた香織に目を向ける。

 

「……白崎、八重樫から私の連絡先を聞いて、出来るだけ今日中に連絡をくれ」

「え? えっと」

「下心はない。少し話があるだけだ。そこは八重樫が保証するだろう。話の内容が気になるなら八重樫に聞いてくれ。連絡先を交換しにくいのであれば私が予定を会わせる……あと、八重樫。練習場を乱してしまったことは謝ろう。何かあれば連絡をくれ……流石に左一本での対処は難しい」

 

 京楽はそう言い、帰路に着いた。

 

 京楽がいなくなるのを確認して、雫は起き上がり、痛みに唸る部員達を横目に見ていた。正直言って、京楽は強かった。

 

 剣道はやったことがないとは言っていたが、別の似たようなものをやったことがあるんだろう。竹刀を振りにくそうにしてはいたが、他の人が長く使っている物だし、京楽は右利きだ。左で振る感覚をうまく掴めていないんだろう。

 

 京楽はつまらなそうだった。なぜか男子部員全員を相手と乱戦になっていても、つまらなさそうだった。雫にはそう見えたのだ。

 

 それから、顧問がやって来て、連帯責任として剣道部は一ヶ月の部活謹慎となった。

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

 その翌日。いつものように京楽は自分の席で本を読んでいた。

 

 静かに。ただ静かに、本を読んでいる。しかし、その顔は無表情で楽しんでいるのか、つまらないのかもわからない。

 

「おはよう、八雲君」

「ああ、おはよう」

「香織と話せた?」

「ああ、後をつけないように釘を指しておいた。後をつけるぐらいなら、声をかけて一緒に帰ってはどうか、とな」

 

 京楽は、何処か疲弊したような口調でそう返した。その京楽に、雫は苦笑いを浮かべる。また香織が迷惑でもかけてしまったのだろう。

 

「ごめんなさいね。香織は天然だから……」

「君が謝るな。首を突っ込んだのは私だ。そこにわざわざ君が介入する必要はない……だが、君も苦労しているんだな……今度、茶でも飲みに行くか?」

「あら、あなたからお誘いが来るなんてね。意外よ?」

「私も普段人は誘わん。茶の時間ぐらいなにも考えずにゆっくりしたい」

 

 京楽はそう言い、本から雫に視線を転じる。そして、薄く微笑んだ。

 

「……私は人間が嫌いだ。欲深く、傲慢な人間と言う種がな。だが、人間は弱く、そして暖かい。友を茶に誘うのに理由はいるか?」

「ふふ、そうね。じゃあ、近々行きましょうか」

 

 京楽が雫に初めて見せた無表情以外の顔。その顔は優しく、綺麗だった。

 

 これが、侍少女と探偵青年が友達になった瞬間だった。

 

 

 

 

────────────────────────

 

 

 

 

「雫ちゃん? どうかしたの?」

「いいえ、なんでもないのよ」

 

 京楽と別れて部屋に戻った雫は、ついさっき見た京楽と、自分を初めて友と呼んだ京楽を比べてしまい、自然と笑っていた。それを不思議に思った香織に問われても、雫は答えるつもりはない。京楽はもう少し失踪するようだ。ならば、今この話をするわけにはいかないのだ。

 

 宿場町ホルアドの夜は、そんな少女の思い出を思い出させていた。

 

 

 






文章の見直しをしていないので、誤字、脱字がございましたら報告していただけるとありがたいです


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二章
始まりの朝


 

 

 

 

 時刻は早朝。朝日が登り、世界を照らし出す時刻。

 

 まだ薄暗い中、京楽は丸太で建てられたコテージから出てきて身体を伸ばす。

 

 背を伸ばせば背中からバキバキと音が鳴り、京楽はゆっくりと息を吐く。

 

「この生活も慣れてきたものだな」

 

 そんな独り言を溢しながら、京楽はかなり伸びている髪の毛を束ねる。元々後ろで少し束ねられるぐらいには長かったが、いまではちょっとした尻尾が出来そうなぐらい長い。

 

 髪の毛を縛り、結界魔法で地下水を直接汲み上げてその水で顔を洗い、簡単に身仕度を整える。

 

 京楽達は幻想郷を離れて今は旅をしている。自分の力を蓄えるための旅でもあるが、この世界を元ある姿へと戻すための旅でもあるのだ。

 

 そのため、大陸にある世界の内包する魔力地点を廻り、正常に動いているかどうかを見ている。この世界にある魔力溜まりは五つ。一つはオルクス大迷宮。マユ森林の中心地、グリューエン大火山、海底に沈んでしまった都市、アンディカ。そして、神山。この五つに魔力溜まりは存在する。

 

 現在回った場所はオルクス、マユ森林の二つだ。神山はエヒトの監視下にあるため後回し、グリューエンとアンディカは物理的に行きづらいため、今は術の研究と冒険者としての活動を行っている。

 

 術の研究はボチボチと言ったところだ。昔に使っていた魔法は魔力や製作リソースが不充分であるため、現状では製作不可の物が多く、世界の法則やらなんやらも少し改竄されているようで、使えなくなっていたものも多かった。

 

 今は研究を続けながら魔物で実験し、その場で試行錯誤を繰り返している。いくら使っても沸いて出てくる実験材料がいるんだ。幻想郷のように資料が大量にある上で、研究に最適な環境が常に保証されているわけではない。しかし、実験台に困らないと言うのは素晴らしい。

 

 京楽が身支度を整え、地球では半日課だったラジオ体操(勿論ラジオはない)を終える頃に、コテージからアリスが起きてくる。いつもよりも、少し早めの起床のようだ。

 

 頭に寝癖をつけ、あくびをしながら京楽のもとへやって来た。

 

「師匠様、おはようございます」

「ああ、おはよう。アリス」

 

 アリスは眠たそうな目で、京楽の汲んだ水で顔を洗い、簡単に身支度を整えはじめる。

 

 元々、アリスに身支度を整える習慣はなかったが、幻想郷で習慣付けさせた。いくら旅に出るとは言え、顔を洗う。歯を磨く、髪を整えるぐらいはしておいた方がいい。まぁ、元々髪の毛を整える習慣はあったようだが。

 

 京楽はそんなアリスを横目に、調理用の携帯アーティファクトを取り出して朝食の準備を始める。

 

 手のひらサイズのキューブを取り出し、地面に放り投げる。すると、屋外にキッチンが出現し、冷蔵庫、レンジ、コンロなどの家電も完備している。そして、皿や調理器具はその場で念じれば取り出すことができ、簡単にしまうこともできる。夢のようなアーティファクトだ。

 

 ちなみに、製作は世界的に名の知れた旧友達とアンリの合作だ。

 

 調理関係を一人で賄っていたアンリの要望と、「作れば、さらに美味い食事を提供する」と言う条件により、全員で力を合わせて作った。

 

 ナイフ、包丁等の調理器具関連には意匠の凝った彫りや装飾。機能性を重視した造形美。超多機能で非常に万能な物が大量に存在し。フライパンや、ボウル。泡立て器、鍋と言った調理器具も例外はない。

 

 携帯キッチンの中に入って、手を洗い、朝食の支度を始める。

 

 幻想郷産の野菜や果物、肉、魚を使い、朝食を作る。

 

 このキッチンは、一つ特殊な設備がある。それは、このキッチン内部のみの時間を一時加速、一時減速が出来るのだ。そのため、キッチン内での京楽は眼で追うのも厳しいほどの素早さで調理し、走り回っているのだ。疲れないのだろうか?

 

 包丁を片手に食材を切り、炒め、混ぜ、温め、飾りつけ。それらを素早く一人でこなす京楽に、アリスは少しほどソワソワしている。何か少し声をかけたそうだが、緊張してかなにも言えないようだ。

 

 最近、アリスの起床時間が早い。

 

 色々慣れてきたから。と言うのも有るだろうが、起きてからは京楽を見続けているのだ。少し気になってしまう。

 

「……どうしたんだ、アリス。私の顔に何かついているか?」

 

 調理中の手を止め、時間を元に戻した京楽がアリスに目を向ける。しかし、アリスは何でもないと首を振り、分かりやすく視線を外した。

 

 京楽が料理に戻り、アリスを一瞬だけ見やると、アリスは京楽の手元に視線が来ている。身嗜みが出来ていない訳ではないようだ。

 

 他の可能性を考えながら朝食作りを再開し、時間を再度加速させる。瞬時にキッチンの端から端を移動し、料理を皿に盛りつけ、盛り付けてある皿には時間遅延で傷んだりするのを防止する。

 

「あ、あの」

「……………………なんだ?」

 

 アリスが京楽に声をかけ、京楽は動きを止めずに時間だけを元に戻す。聞くつもりはある。何か要望があるならば可能な限り答えるつもりだ。

 

 当のアリスは覚悟を決めたように京楽を見て、頭を下げた。

 

「し、師匠様! 私にお料理を教えてください!」

「ああ、良いぞ」

「忙しいのは──え?」

「私もプロではない。趣味程度の物しか造れないし、それ一本を極めた人間よりも些か劣るが良いか」

 

 調理の手を止め、アリスに視線をやる。アリスは何故か困惑していた。断られるとでも考えていたんだろうか?

 

「えっと……アリスは邪魔になりませんか?」

「邪魔にはならないな。かえって人手が増えて助かる」

「……アリス、何も出来ませんよ?」

「そこは安心しろ。私が教えてやる」

 

 京楽はアリスに手を洗うように言い、隣に呼ぶ。アリスはそう言われるがまま手を洗い、京楽の隣に来ると、京楽はアリスの髪を見ていた。

 

 アリスの髪型は小さめのサイドテールだ。纏められていない髪をどうにかしなければいけない。本人が気に入ってサイドテールにしているようだが、料理中は少し我慢してもらうことにしよう。

 

「アリス、少し失礼する」

「ふぇ?」

 

 素早く背後に回り、髪の毛簡単にまとめ、自分の予備のリボンで一つに縛る。髪型をサイドテールからポニーテールに変えたのだ。アリスはされるがままに髪を纏められ、京楽は手を洗う。

 

「料理中は髪の毛を纏めてほしい。事故に繋がったり、衛生面的にあまりよろしくないからな」

「あ、ありがとうございます」

「あぁ、あと」

 

 京楽がアリスにエプロンを渡し、着るように言い。付け方を知らないようだったので、付け方も教えた。

 

 京楽がアリスの隣に立ち、サラダの和え方や卵を解かせたり、ちょっとした裏方に回ってもらう。側で京楽は見ており、手が空いているし、アリスに手伝ってもらいながらデザート作りにかかっている。器具の持ちかえや、材料を運ぶのは結界魔法で距離を縮めて取ったりしている。

 

 はやり作って正解だった。距離を操れればその場から動かなくても器具でも材料でも簡単に取ることができる。燃費はよろしくないし、少々扱いにくいが便利なものだ。

 

「師匠様、終わりました」

「ありがとう。では、エルを起こしてきてもらえるか? 私はあと少しだけやることがある」

 

 アリスにエルを頼み、京楽は器具をテキパキと片付ける。そして、テーブルに皿を乗せ食事の用意を終わらせて少し空を見上げた。

 

 日も上がってきており、少し暖かい。

 

「………そう言えば、この辺りにあるんだったか?」

 

 視線を宿営地から離れた場所、絶壁下に向けた。

 

 絶壁下は魔力が霧散してしまい魔法が使えない特殊区域であり、その地の危険性を跳ね上げるように強い魔物が蔓延る。それ故に処刑所として使われていた歴史が存在する。人はその峡谷をこう呼ぶ、〝ライセン大峡谷〟と。

 

 そして、京楽には懐かしの場所。思い出の場所だ。

 

「………ここで修行させてもいいかもな」

 

 京楽はそう呟き、一人の少女を思い起こす。金髪碧眼のウザい美少女。アンリ・マユを名乗っていた頃の旅仲間であり、友人。そして、同じ志を持った解放者の生き残り。名はミレディ・ライセン。

 

 ミレディもオスカーと同様に迷宮を作り、試練を与え、自分の所有している神代魔法を攻略者に継がせている。京楽は近場に住んでいるから、と言う理由で魔法を使えない。厳密に言うならば、燃費や効率がかなり悪くなって使いにくくなるライセン大峡谷に一緒に作ったのだ。

 

 作った正確な位置は忘れてしまったが、どの辺りに作ったかは微かに覚えている。

 

 ミレディの迷宮は、物理トラップで構成されている。しかも、全てが即死級の殺傷能力でだ。アリスとエルは魔法以外にも戦闘手段はある。アリスは自身の固有魔法で自然物を操ったり、エルは固有魔法の暴食で向かってきたモノ、体に触れた大抵のモノを喰らい。無力化する。

 

 エルはスラム出身と言うこともあり、護身程度ではあるが徒手戦闘が可能だ。

 

 一応、二人には京楽が指南している。だが、アリスは戦闘があまり好きではないし、エルは戦闘となると辺り一帯を食い荒らす。そのため、二人との戦闘では手を焼いているのだ。どっちかにいつも不備がある。

 

 アリスもエルも固有魔法を発動する際に、魔力の消費はかなり少ない。だが、魔力を消費する以上、ライセン大峡谷内ではかなり消耗することになる。いい経験になるだろう。

 

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

 

「………………と言うわけで、今日からしばらくは大峡谷で戦闘術の鍛練だ」

「はぁ、よくわかりませんけど」

「……?」

 

 京楽はキチンと説明したが、アリスもエルも首をかしげながら朝食を食べる。エルに関しては、食べることに夢中で聞いていなかっただけだろう。首をかしげながらも、食事を口に詰め込み咀嚼している。

 

「アリス、エル。お前達二人は自分の固有魔法に頼りすぎだ。少しは体術や、武術を使った戦闘に慣れろ」

「そう言われましても……。全部勝手に発動しちゃいまいすし」

 

 アリスの〝自然の寵愛〟は、自動発動型の固有魔法で、空気の壁を作って自分を守ったり、地面やら、空気やら、水やらを使い、アリスに敵対する。アリスが脅威と認知した対象に自動的に攻撃する。そのため、アリスは武器を使って戦うよりも、固有魔法をメインに戦った方が強い。

 

「そう言うが、私の様に固有魔法そのモノを発動させない様な相手に襲われたらどうするつもりなんだ?」

「それは……ロウさんに助けて貰います!」

「呼べない状況だとしたら?」

「うっ」

 

 体術が出来ないわけではないが、護身と呼べるほど出来るわけではない。そんな今のアリスが、京楽の様に魔法の妨害や、救援を呼べない環境を作り出せる。そうすることが出来る環境下では、アリスに自衛の術はない。

 

 京楽は、万が一を考えてアリスに体術を教えている。実戦で使え、尚且つ力もそこまで必要のない技を教えているのだ。

 

 ただ、アリスはあまり戦闘が得意ではない。得意でない理由としては、勿論アリス自身が戦いを好まないと言うのもある。だが、狩りはある程度できる様で、弓は辛うじて扱えるし、固有魔法で罠を仕掛けて獲物を狩ったりも出来る。

 

 しかし、狩り以外。弓以外は剣を持たせてもまともに扱えず、短剣であったとしても、扱うのは得意ではない様。

 

 本来であれば、ライセン大峡谷で修行は難しい。が、エルは基本的に戦えるし、武器もある程度は使える。

 

 エルと京楽の二人で守っていれば、アリスも魔物と戦えるのだ。エルが前に出て、アリスが後方から射撃。一つのパーティーは組めるので、それで修行をしてもらう。

 

「エル。今回は、ライセン大峡谷で鍛練を積んでもらう。そこで、アリスと一緒に魔物と戦い、大迷宮を探す。そして、そこを攻略する。それが、今回の流れだ」

「…………面倒」

「……クリアしたあかつきには、手に寄りをかけた食事を用意すると誓おう。勿論、私のフルコースだ」

「! ……がんばる…………アリス……一緒に」

 

 食事に夢中だったエルをその気にさせ、アリスに視線をやる。

 

 アリスは溜息を吐いていた。今回の修行は過酷だが、固有魔法に頼りすぎないよう。自分で無理にでも制御出来るようにするには、これぐらいの荒治療も必要だろう。

 

「……アリス、固有魔法を制御出来るよう。がんばるんだぞ」

「はい……」

 

 アリスは気負っている。

 

 ライセン大峡谷は、危険地帯だ。不安になるのは当然だ。だが、京楽はいつでもアリスとエルを〝遠視〟や、〝千里眼〟、〝世界眼〟で見ることが出来るのだ。いざとなれば助けに行けるし、離れていても〝結界魔法〟で境界を渡れば良いのだ。助けに行くのは容易だ。

 

「あまり気負いすぎるな。安心しろ。対処できそうに無いなら、私もすぐに加勢する。弟子を見殺しにするのは好きじゃないからな」

 

 アリスはそれを聞いて、もう一度溜息を漏らした。

 

 「ギリギリでしかクリアできない無茶難題を突き付けられた兵士に見える」とは、そんなアリスを見ながら朝食を貪るエルの感想だった。






久しぶりの投稿になります。読みにくさ、誤字などがあれば報告ください。


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