エステル、僕の村にお嫁さんに来てくれないか? ~ハーメル村次期村長物語~ (朝陽晴空)
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登場人物一覧

<はじめに>

レナさんやカリンさんが生きていたら、ヨシュアはちょっとひ弱になってしまうかもしれないけど、幸せな生活が送れたのではないのか? と言う気持ちを形にして見ました。
幸せな世界をヨシュアにプレゼントすると言う、2009年のヨシュアの誕生日企画から始まった連載ですが、ここまで長く続けられるとは思いませんでした。
これも他の連載やこの作品を応援して下さったみなさんの御厚意によるものです。
そこで、2011年6月30日において、タイトルや物語のあらすじを変えるなど体裁を整えてみました。


前書きをこちらに移動しました。

 

<リベール王国編>

――エレボニア帝国法第34条、帝国国民と外国人の結婚を禁ずる。

カシウスは奇妙な縁で帝国の少年ヨシュアを家で預かる事になり、ヨシュアはブライト夫妻の娘、エステルと次第に打ち解けて行く。

だがヨシュアとエステルの前には、帝国法の壁が立ちはだかる。

そして若き遊撃士や商人達の行動が人々の意識を変えて行く物語。

 

<クロスベル編>

エレボニア帝国とカルバード共和国の間でクロスベル州の帰属を巡って起きた事件は遊撃士カシウス・ブライトと、星杯騎士団のレナ・ブライトの夫婦によって無血で解決された。

事件解決後は帝国と共和国は国交を結び、経済的には互恵関係にあるが、対立意識はまだ残っている。

真の平和への道を探る、英雄達の遺志を受け継ぐ、若き遊撃士達の物語。

 

<エレボニア帝国編>

人々の意識の変化は、保守派と革新派の対立を招く。

国の乱れは、新たなる争いの火種となってしまう。

その戦火の中で、若き遊撃士の決意を示した物語。

 

 

<登場人物一覧>(原作と性格と生い立ちが異なっている場合があります)

 

☆ロレント地方編

 

エステル……この物語の女主人公。準遊撃士になったばかり。

ヨシュア……この物語の男主人公。準遊撃士になったばかり。

カシウス……スペシャルクラスの遊撃士。エステルのお父さん。

レナ……エステルのお母さん。前のあだ名は腹ペコシスターだった。

カリン……ヨシュアのお姉さん。ハーモニカとレーヴェが好き。

レーヴェ……本名はレオンハルト。カリンの恋人。強い剣士に憧れて遊撃士として修行中。

シェラザード……遊撃士協会ロレント支部の遊撃士。エステル達の先輩。

アイナ……遊撃士協会ロレント支部の受付。

アルバ教授……各地の遺跡を巡っている冒険研究家。いつも金欠。

カンパネルラ……ハーヴェイ一座のピエロ役。

フルブラン……ハーヴェイ一座のカードやナイフのマジシャン。ナンパが趣味。

ルシオラ……ハーヴェイ一座の団長夫人。占いが得意。

クルツ……遊撃士協会グランセル支部の遊撃士。たまに応援として隣のロレント支部に顔を出す。

ジョゼット……カプア3兄弟の末妹。自分の事をボクと呼ぶ。

キール……カプア3兄弟の次男。

 

☆ボース地方編

 

アガット……遊撃士協会ボース支部の遊撃士。大剣のアガットと呼ばれる。

アネラス……遊撃士協会ボース支部の準遊撃士。可愛いもの好き。

リシャール……リベール王国情報部のリーダーを務める軍部の若きホープ。

カノーネ……リシャール大佐の補佐に付く女性将校。きつそうな性格。

エルフィード翁……アネラスのお爺さん。カシウスの剣の師匠。(オリジナルキャラ)

オリビエ……自称旅の演奏家。エステル達とはボースで出会う。

ギルバルド……カプア兄弟のお目付け役の大男。(オリジナルキャラ)

ヒツジン……羊型の魔獣。外見が可愛くて退治しにくいので、増えすぎて問題になっている。

ミーシャ……アガットの妹。ラヴェンヌ村で暮らしている。

メイベル……ボース市長の令嬢。

ルグラン……遊撃士協会ボース支部の受付の老人。

レグナート……1200才の竜。つい最近、退屈な使命が終わったらしい。

ロイド……釣公師団の男性。エステルに爆釣勝負を挑む。

怪盗紳士……帝国・王国・共和国を股にかける大泥棒。犯行後にカードを残すのが特徴。

ダヴィル大使……帝国の大使。

スティング……遊撃士協会ボース支部の遊撃士。クールで意外に女性達に持てている。

ミラノ……ボースの大商人の娘。ケチで言葉遣いが変わっている。

 

 

☆ルーアン地方編

 

クローゼ……ジェニス王立学園の女子生徒。アーツが使えるなど普通の学生とは思えないところがある。

ケビン……マノリア村の子供達に勉強を教えている巡回神父。

リース……ケビンに付き添っているシスター。大食い。

ジャン……ルーアン支部の受付の青年。たくさん仕事をさせる事で有名。

カルナ……ルーアン支部の遊撃士。姉御と呼ばれている。

メルツ……ルーアン支部の遊撃士。風邪は食べて直す食いしん坊。

ジミー……冒険家を夢見るはた迷惑な一般市民の青年。

テレサ先生……マノリア修道院の院長の奥さん。修道院の子供達みんなのお母さん。

クラム……エステルの遊撃士の紋章を盗った腕白小僧。

ダルモア市長……ルーアン市の市長。家柄に誇りを持っている。

ギルバード……市長の秘書。少し気の弱いところがある。

コリンズ学園長……ジェニス王立学園の校長先生。

ジル……ジェニス王立学園の生徒会長。

ハンス……ジェニス王立学園の生徒副会長。

 

 

☆ツァイス地方編

 

ラッセル博士……導力技術をリベール王国に広めた技師。

ノバルティス博士……帝国の十三工房を設立した技師。おもちゃを造っている時が一番楽しいとか。

ティータ……ツァイスの中央工房の見習い技師の少女。ラッセル博士の孫。

レン……ノバルティス博士に付いて王国までやって来てしまった好奇心旺盛な少女。

エリカ博士……ティータの母親。アガットを危険視する。

ヴァルター……カルバード共和国出身の格闘家。ジンの兄弟子。

キリカ……ツァイス支部の受付の女性。カルバード共和国出身。

ジン……カルバード共和国出身の格闘家。

ドルン……カプア3兄弟の長男。飛行艇運転の上手さを活かして運送会社を作る。

アントワーヌ……ツァイス中央工房のマスコットとして愛されている猫。頭が良いらしい。

グスタフ整備長……赤いハチマキがトレードマークのベテラン技師。口は悪いが腕は良いらしい。

ミュラー……帝国軍の小隊長。真面目な武人。オリビエの恋人(オリビエ談)。

ルフィナ……リースの姉。ケビンは頭が上がらない。

シード少佐……レイストン要塞の守備隊長。実は動物好き。

 

 

 

☆王都グランセル編

 

エルナン……グランセル支部の受付。穏やかで気品を感じさせる雰囲気を持っているが、採点は厳しい。準遊撃士泣かせ。

アリシア王母……リベール国王ユーディスの母親。クローゼの祖母。軍縮条約を提案する。

ユーディス王……母の方針に異を唱え、富国強兵論を掲げるリベール国王。クローゼの父親。

オズボーン……武力政策を推し進める帝国の宰相。協調路線を説く穏健派と対立している。

ユリア……王女親衛隊隊長であり、アルセイユの船長。カノーネにライバル視されている。

ヒルダ夫人……グランセル城に使えるメイド達の長。最近の若いメイドの感覚について行けず悩んでいる。

ジーク……クローゼの護衛をしている白ハヤブサ。

ヘイワーズ夫妻……レンの両親。クロスベルの貿易商。

マルコーニ……クロスベルのルバーチェ商会の会長。黒いウワサが絶えない。

フィッシャー……釣公師団の団長。

ロイド……釣公師団の団員。

 

 

☆クロスベル編(延長戦)

 

ミシェル……クロスベル支部の受付。おネエ言葉を話し、恋愛事にはお節介。

スコット……クロスベル支部所属の男性遊撃士。

ヴェンツェル……クロスベル支部所属の男性遊撃士。

エオリア……クロスベル支部所属の女性遊撃士。

リン……クロスベル支部所属の女性遊撃士。

アリオス……元クロスベル警察捜査一課の刑事。現在は遊撃士となっている。

ガイ……クロスベル警察捜査三課の刑事。

ゼルゲイ……クロスベル警察捜査一課の課長。

ダドリー……クロスベル警察捜査二課の刑事。

ハルトマン……クロスベル議会の帝国派議員。

キャンベル……クロスベル議会の共和国派議員。

マクダエル市長……クロスベルの市長。

ディーター総裁……世界的な銀行IBCのトップ。

ガルシア……ルバーチェ商会の用心棒。マルコーニの片腕。

ツァオ……黒月商会の幹部。

銀……黒月商会の用心棒。素性は謎に包まれている。

バルデル……猟兵団《赤い星座》の団長。

シグムント……猟兵団《赤い星座》の副団長。

シャーリィ……猟兵団《赤い星座》に所属する女戦士。

オドアケル……猟兵団《赤い星座》の小隊長。(オリジナルキャラ)

ランディ……クロスベル警備隊員の青年。新入りながら戦闘力の高さで注目を浴びる。

コリン……レンの弟。姉に劣らず好奇心旺盛。




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ロレント地方編
第一話 ハーメル村郊外での出来事


英雄伝説、それは古き時代より大陸を救った人物達の物語。

リベール王国建国の祖である《セレスト・D・アウスレーゼ》もその一人。

近年のゼムリア大陸ではエレボニア帝国とカルバード共和国の二大強国が台頭し、版図を広げ始めた。

そしてついに両国の間に位置するクロスベル州の帰属を巡って緊張は最大限に高まる。

国境付近に軍が集結し、大規模な衝突が起こると思われた矢先、事態は遊撃士と星杯騎士団の一組の夫婦により無血で解決された。

この件を契機に両国は国交を樹立し、平和への一歩を踏み出した。

後に夫婦の名前は大陸の人々の心に刻み込まれる事になる。

しかし、彼らの意志を受け継ぐ小さな英雄達が誕生しようとしていた事はまだ知られていない……。

 

 

 

<エレボニア帝国 ハーメル村 広場>

 

エレボニア帝国の南部、リベール王国との国境付近に位置するハーメル村。

この地域は未開発の山岳地帯だったが、リベール王国側のラヴェンヌ村で七耀石(セプチウム)の鉱山が操業を開始すると、帝国側も対抗するように入植を進めた。

鉱山の労働力として、帝国各地から貧しい者たちが集められた。

しかし、鉱山の七耀石埋蔵量は期待を大きく下回り、開発を推し進めた貴族達の思惑は大きく外れる事になる。

産出される七耀石の枯渇と共にハーメル村は帝国政府からも見捨てられた村となってしまった。

村民達は帰る当ても無く、山を切り拓いて生計を立てるしか道は残されていなかった。

ある日、ハーメル村で事件が起こる。

立ち寄った旅の商人の荷物が、目を離した隙に村の若者により盗まれてしまったのだ。

たまたま村に居た準遊撃士が荷物を取り返し、犯人が商人に謝罪したせいもあって幸いにして大事にならずにすんだものの、村の貧しさは村民全員の悩みの種だった。

山間部の気候は厳しいもので、土地も豊かではなく食べる分を自足するだけで精一杯。

蓄えも底を底を突きかけ、質素で素朴な生活に苦しんでいた。

村の広場に集まっている人々もため息をつき、一様に暗い表情だ。

そんな沈んだ雰囲気の中、果物を握り立っていた長い黒髪の女性が口を開く。

 

「父さん、私、ラヴェンヌ村に行きたい!」

「な、何を言い出すんだカリン?」

 

強い黒い瞳を揺らしながら放ったカリンの言葉に、父親をはじめとして集まっていた村人達も目を丸くした。

 

「この果物が、村を救う希望になると思うのよ」

 

そう言って目を輝かせたカリンは自分の持っていた果物を父親に突き付けた。

旅の商人は村の貧しさに同情したのか、旅の途中で立ち寄ったラヴェンヌ村で手に入れた果物を、村長であるカリンの父親に渡して行ったのだ。

国境を隔てたリベール王国の向こう側にあるラヴェンヌ村は、七耀石の鉱山が閉鎖された後も果樹園を造り賑わいを見せている、と商人は話していた。

 

「ラヴェンヌ村と同じ果物が、この村で作れるとは限らないぞ?」

 

カリンの話を聞いた村長は渋い顔でつぶやいた。

 

「それに、ラヴェンヌ村のやつらが我々を助けてくれるわけがない」

 

その場に居た村人達も硬い表情で同調する。

ラヴェンヌ村は過去に七耀石の採掘を巡って競争したライバルだった事もあり、ハーメル村からは近くても遠い場所だった。

 

「もう七耀石も無いし、私達がラヴェンヌ村と争う理由は存在しないわ」

「だがな……」

 

なかなか同意しない村長に、カリンは周囲の村人の空気を変えようと訴えかける。

 

「みんなは貧しい生活を続けて良いと思っているの? 今回は大事には至らなかったけど、このままじゃもっと深刻になるかもしれない」

 

怒気を含んだカリンの言葉を聞いた村人達は、一斉に辛い表情で頭を垂れた。

ハーメル村の様に貧しさに苦しむ村はいくつもある。

その中には追いつめられて家族を売ってしまう事や、村の住民ごと盗賊団などになってしまうものもいると言う。

 

「……わかった、負けたよ」

「ありがとう、父さん」

 

長い沈黙の後、村長がつぶやくと、カリンは村長の方に振り返り、穏やかな顔でお礼を言った。

 

「ああ、お前にハーメルの希望を託してみよう」

 

その村長の言葉を聞いた村人達に困惑が広がった。

期待と不安が入り混じっている顔で、お互いに囁き合っている。

まだカリンに任せていいのか半信半疑な様子だ。

 

「だが独りで危険な村の外に行かせるわけにはいかない、誰かラヴェンヌ村までの護衛を引き受けてくれるものは居らんか?」

 

村長は集まった村人達の顔を見回して尋ねたが、誰も名乗り出る者は居なかった。

 

「それなら、僕が姉さんを守るよ!」

「ヨシュア!?」

 

そんな状況に苛立ったのか、今まで黙って話を聞いていたカリンと同じ黒髪の少年が、声を荒げて村長とカリンの前に進み出た。

自分達を見つめるヨシュアの琥珀色の熱い瞳に、カリンと村長は困った表情になる。

 

「あのね、村の外は魔獣や野盗が出て危険だから……」

「そうだ、お前が行く必要はない」

 

カリンと村長にたしなめられたヨシュアは、ショックを受けた様子で後ずさる。

 

「でも僕だって、レーヴェ兄に剣術の稽古をつけてもらってるから、魔獣にだって負けないよ!」

 

そう訴えかけるヨシュアだったが、村長はなだめるようにヨシュアの両肩に手を置き言い聞かせようとする。

 

「お前はこの村の長を継ぐ大切な身だ、だから他の者に任せておけ」

「僕が村長の息子だからって、何で村から出ちゃいけないんだよ!」

 

村長の言葉を聞いたヨシュアは怒鳴ると、村長の腕を振り切って広場の外へと駆け出して行ってしまった。

 

「早くレオンハルトを呼んで来るんだ!」

「はい!」

 

村の外へヨシュアが出ては危険だと、村長に頼まれたカリンは広場を出て大急ぎでレーヴェを呼びに行ったのだった……。

 

 

 

<リベール王国 ボース地方 ラヴェンヌ村郊外 山中>

 

それから二週間後、雨が降りしきるラヴェンヌ村の奥深い山中に、カリンは銀髪の剣士と共に居た。

銀髪の剣士の名前はレオンハルト、レーヴェと呼ばれる事も多い。帝国の遊撃士ギルドに籍を置く準遊撃士。

休暇で村に居たレーヴェはカリンがラヴェンヌ村に行くと聞き、護衛役を引き受けたのだ。

二人はヨシュアの名前を呼びながら、辺りを見回して山道を歩いている。

 

「ごめんなさいレーヴェ、私が不用意に駆け出したから、ヨシュアが私をかばって……」

「自分を責めるな、守りきれなかった俺が遊撃士として未熟だったんだ」

 

ヨシュアが見つからず、膝を折って泣き崩れてしまったカリンをレーヴェは優しく抱いた。

二人がヨシュアを捜しているのは、ヨシュアがハーメル村を出てついて来てしまったからだ。

そしてラヴェンヌ村に着いたカリン達に、村人達は快く果樹園の経営のノウハウを教えた。

村人達の話によると、廃坑となった鉱山のあるラヴェンヌ山の奥地に、村の果樹園で採れるものよりも良質な果物を育てている老人が住んでいるらしい。

興味が湧いたカリン達は、危険な魔獣が出ると村人達が止めるのも聞かずに、山に向かってしまったのだ。

晴天の中、曲がりくねった山道を歩いていた三人だったが、行く手に目的地が見えると、感激したカリンが足を速めてしまった。

その時物陰から突然姿を現した魔獣がカリンに襲い掛かった!

 

「姉さん、危ない!」

 

ヨシュアはそう叫んで魔獣を止めようと、勢いよく体当たりをかました。

驚いた魔獣はバランスを崩し、ヨシュアと共に崖下へと転落したのだった……。

 

「……やばいな、村へと引き返そう」

 

風が強まり、雷まで鳴りはじめた空を見上げて、レーヴェがそうつぶやくと、カリンは血相を変える。

 

「そんな、ヨシュアを見捨てるの!?」

「このままだと、俺達まで遭難してしまうぞ!」

 

レーヴェはそう言って嫌がるカリンの手を引いて、村への道を引き返し始めた。

 

「でも、私のせいでヨシュアが……」

「いいから行くぞ!」

 

駄々をこねるカリンにレーヴェが手を焼いていると、ゆっくりと近づいて来た人影が二人に陽気に声を掛ける。

 

「はっはっは、こんな所でケンカか? さすが若いカップルは元気がありあまっているな」

 

こんな山奥で人に遭うとは思わなかったレーヴェ達は驚いて固まってしまった。

 

「貴方はもしや……正遊撃士ですか?」

「いかにも。お前さんは準遊撃士か」

 

レーヴェが近づいて来た長い棒を持った壮年の男の胸に、正遊撃士の紋章が着いているのを見てレーヴェが尋ねると、壮年の男はうなずいた。

 

「ヨシュア!?」

 

カリンが壮年の男に背負われているヨシュアに気が付いて声を上げた。

 

「おっと、この坊主はお前さん達の連れか?」

「はい、山の中ではぐれてしまったんです」

 

壮年の男にそう答えたカリンは、ヨシュアを捜していた事を話した。

 

「なるほど、俺はこの山に住む知人に用があって来たんだが……引き返した方が良さそうだな」

「そうですね」

 

レーヴェも壮年の男の言葉にうなづき、四人は山を下りる事にしたのだった……。

 

 

 

<リベール王国 ボース地方 ラヴェンヌ村>

 

気を失ったヨシュアを背負った壮年の男とカリン、レーヴェの四人は無事に下山し、村の宿屋に腰を落ち着ける事になった。

宿への道中、村人から壮年の男がカシウスと呼ばれたのを聞いたレーヴェは、少し慌てた様子を見せる。

 

「貴方があの"S級"遊撃士の……!?」

「ねえ、そんなに凄い方なの?」

 

レーヴェのうろたえぶりに驚いたカリンが問い掛けると、レーヴェは首を縦に振る。

 

「ああ、遊撃士の中でも"S級”の肩書を持つのは大陸でも数人しか居ないと聞いている」

「えっ?」

 

答えを聞いたカリンは思わずカシウスから飛び退いて離れた。

 

「はははっ、そんなにかしこまる事は無いさ」

「ど、どうも……」

 

カシウスが気さくに言うと、カリンは照れくさそうに笑いながら距離を戻した。

宿屋のベッドにヨシュアを寝かせた三人は、二階の小さな酒場で食事をとる事に。

席は果樹園での労働を終えた村人でそれなりに埋まっていた。

 

「ヨシュアが無事で本当に良かったわ」

「崖から落ちて擦り傷だけで済むとは幸運だったな」

 

勢い良く転落したヨシュアだったが、下敷きになった魔獣がクッションになったのだ。

血の匂いを嗅ぎつけたカシウスに発見された時は、魔獣は息絶え、ヨシュアは気絶しているだけだった。

 

「しかし、捨て身の攻撃とは無茶をする。あの坊主、いつか命を落としかねんぞ」

 

カシウスが厳しい顔つきで指摘すると、カリンとレーヴェは暗い表情でうつむく。

 

「あの子、早く強くなるんだって焦っているから……」

「だが、俺がずっと村に居てあいつを見ているわけにもいかない」

 

深刻に困った様子の二人に、カシウスがゆっくりと口を開いて声を掛ける。

 

「それなら、あの坊主を俺に預けてみないか? もちろん、お前さん達が良ければの話だが」

 

突然のカシウスの提案に、カリンとレーヴェは開いた口が塞がらなかった。

 

「ですが、これ以上ご迷惑を掛けるわけには……」

「家には女房と娘が居る、子供が一人増えるくらいどうと言う事は無いさ」

 

カシウスはカリンの発言を遮って豪快に笑い飛ばした。

 

「それに、お前さん達にとっても悪い話じゃないだろう?」

「俺達の事、全てお見通しのようですね」

 

さすがS級の遊撃士、洞察能力や推理力も長けているとレーヴェは感心した様子だった。

隠し事は出来ないと観念したカリンとレーヴェは全てを話して、カシウスに任せてみようと言う気持ちになる。

 

「でも、弟は私達と離れるのを嫌がるかもしれません」

「あいつはまだまだ甘えん坊だからな」

「それなら、あの坊主が目を覚ます前に村を発ってしまったらどうだ?」 

 

いたずらを思い付いた子供の様な笑顔を浮かべたカシウスを見て、二人はカシウスはこの状況を楽しんでいるのではないかと感じた。

 

「それに、顔を合わせるとお前さん達の方も別れが辛くなるだろう」

 

寂しくてたまらないのはカリンとレーヴェも同じ。

完全敗北を喫した二人は、カシウスの助言に従い村を早く出発する事にしたのだった……。

 

 

 

<リベール王国 ロレント郊外 ブライト家>

 

ロレントの街から少し離れた郊外の静かな森の開かれた場所にある一軒家。

そこは妻と娘と暮らすカシウス=ブライトの自宅だ。

カシウスの家では、カシウスの娘エステルが父親の帰りを首を長くして待っていた。

 

「ねえねえ、おかーさん! おとーさん、早く帰って来ないかな!」

 

ダイニングキッチン兼リビングである一階の大部屋の窓から外を眺めているエステルは、母親譲りの栗色のツインテールの髪を揺らし、父親から受け継いだルビー色の瞳を輝かせながら母親に尋ねた。

 

「もう、エステルってば、さっきも聞いたばかりじゃない」

 

キッチンで料理をしているエプロン姿のレナは紫色の瞳を嬉しそうに細めながら、はしゃぐエステルの声に答えていた。

 

「だって、おとーさん、とっても凄いお土産を持って帰って来るんでしょ?」

「そうね、遊撃士協会のアイナさんの話だと、ボース支部からの動力通信でそう言ってたみたいね」

 

娘の問い掛けに答えながらレナは、カシウスのお土産は何だろうと考えを巡らせていた。

ボースの街は国際的な貿易が盛んだから、外国製のとっても珍しい物かしら?

そうそう、今夜はお客様を連れて帰るって言ってたわね。

 

「ただいま、帰ったぞ!」

 

玄関のドアが開くと、カシウスの声が響き渡った。

 

「あなた、お帰りなさい」

「わーい!」

 

カシウスの姿を見たエステルは満面の笑みを浮かべて飛び上がった。

 

 

「エステルは母さんの言う事を聞いて良い子にしていたか?」

 

そう言ってカシウスはエステルの頭を優しくなでた。

 

「あれ、おとーさん、お土産は?」

 

愛用の武器であるロングスタッフ以外、手ぶらで帰って来たカシウスを見てエステルが不思議そうに首を傾げた。

 

「それにあなた、お客様は?」

 

独りで入って来たカシウスに、レナも不思議そうな表情で尋ねた。

 

「それはな……」

 

意味ありげに笑うカシウスは着ていたマントを脱いで二人の前に掲げた。

 

「こういう事だ!」

 

威勢のいい声と共にカシウスがマントを取り払うと、そこに縄で後ろ手に縛られ、口を布でふさがれた黒髪の少年が横たわっていた。

 

「まあ!?」

「な、何これー!?」

 

突然手品のように出現した少年に、レナとエステルは叫び声を上げた。

 

「ほら、こいつが新しい家族だ」

「ど、どういう事ですか?」

 

カシウスの言葉にレナは困惑し、口を手で押さえ、次の言葉が出て来なかった。

 

 

「もしかして、この子ってとーさんの隠し子?」

「おい!」

 

エステルがぼそっとそう言うと、カシウスは盛大にずっこけた。

すると、レナの表情が鬼のような形相に変わる。

 

「あ・な・た! そうなんですか!?」

「ま、待て、違うんだ! 話せばわかる!」

 

今度はカシウスの方が驚いてレナから逃げ惑う番だった。

右手にフライパンを持って迫り来るレナの姿に、しりもちをついたカシウスは目を閉じて覚悟を決めた。

 

「なんて、冗談ですよ」

「へっ?」

 

一転して笑顔に切り替わったレナに、カシウスはキョトンとした顔になった。

 

「あなたが私達を驚かせるものだから、やり返しただけ。あなたに愛人を作るなんて甲斐性は無いって私には分かってますから」

「はっはっは、そりゃ参ったな」

「よかったね、おとーさん」

 

和やかに笑う三人だったが、椅子が倒れる大きな音がするとそちらの方を向いた。

縛られて口をふさがれた黒髪の少年が、縛られた足で椅子を蹴り倒したのだ。

琥珀色の瞳が恨めしそうにカシウスを見上げている。

 

「すまん、すっかり忘れてた」

 

微笑みを浮かべながらカシウスは黒髪の少年を縛っていた縄と口を塞いでいた布を取り払った。

拘束を解かれた少年は大きく深呼吸を繰り返している。

 

「私達を驚かせると言っても、やりすぎですよ」

「バニッシュのアーツで姿を消したのはいいが、この坊主が非協力的だったからな」

 

カシウスはレナにそう答えると、ボースで黒髪の少年――ヨシュアを預かった事を話した。

 

「あなたは相変わらず思い切った事をするんだから……」

 

事情を聴いたレナは感心とあきれた気持ちが入り混じった深いため息をついた。

 

「あたしはエステル、あんたの名前は?」

「ヨシュア……」

 

エステルに話しかけられたヨシュアは、目を伏せながらつぶやくように答えた。

 

「俺にはお前さんと同い年の娘がいると話しただろう?」

「そんなの覚えてないですよ」

 

気さくに声を掛けたカシウスに対しても、ヨシュアは下を暗い表情で向いたままだ。

 

「おいおい、顔を上げて話さんか」

「僕なんて、どうでもいい人間なんだ」

「どうして?」

 

エステルが不思議そうに尋ねると、ヨシュアは自分に言い聞かせるようにつぶやき続ける。

 

「誰にも必要とされないから、僕は見捨てられたんだ……」

 

話しているうちに悲しみがぶり返ったのか、ヨシュアの瞳に涙が浮かんだ。

 

「こらっ!」

 

軽い破裂音を鳴らし、エステルのビンタがヨシュアの頬を打った。

驚いたヨシュアは殴られた頬に手をあて、ぼう然としてエステルを見つめた。

 

「男の子は、いつまでもメソメソしちゃいけないの!」

「……放っておいてよ」

「そうはいかないわ。だって、あたしはヨシュアのお姉さんなんだからね!」

 

エステルはヨシュアに人差し指を突き付けてそう宣言した。

 

「な、何を言ってるんだ、君は。僕には姉さんが……」

 

居る、と言いかけた所でヨシュアはハッと気が付いた表情になり口を閉ざした。

 

「だから、あたしがヨシュアのお姉さんになってあげるってば。もう寂しくないよ」

 

そう言ってエステルがヨシュアの手を引いて、レナの作った料理の乗るテーブルの席へと座らせた。

 

「……あなた」

「ああ、エステルも解っているようだな」

 

レナとカシウスは見つめ合いながら、娘の成長を確認するのだった……。

 

 

 

<リベール王国 ロレント郊外 ミストヴァルトの森>

 

「さあ、今日こそ《伝説のアノ虫》を捕まえに行くわよ!」

「はいはい……」

 

ヨシュアがブライト家に来てからと言うもの、エステルは毎日ヨシュアを連れまわすようになった。

庭の大木に腰掛け無気力な日々を送っていたヨシュアに、エステルは声を掛け続けた。

そしてしつこく森への虫取りに誘うエステルに根負けしたヨシュアは、ついに承諾してしまったのだ。

 

「伝説の虫だなんて、そんなの居るわけないじゃないか」

 

エステルの耳に届かない小さな声で、ヨシュアはそうつぶやいた。

しかしこの茶番も今日で終わる。

ヨシュアはミストヴァルトの森に生える数本の樹に、甘い液を塗っておいたのだ。

それはカシウス秘伝の調合で、たくさんの虫が集まるだろうと期待できた。

 

「ねえ、こっちの方に居るかもしれないよ」

 

森の中でヨシュアはさりげなく仕掛けたポイントにエステルを誘導した。

 

「うーん、これも伝説の虫じゃない……」

 

ポイントに到着するとヨシュアの期待通り多くの虫達が集まっていたが、エステルが満足するほどのものはなかなか居ないようだ。

さらにポイントをいくつか巡り、ヨシュアも諦めかけた頃、その瞬間は訪れた。

 

「ここにも居ないみた……」

 

そう言いかけてエステルはヨシュアの方を振り向いたが、

 

「ぷっ、あはははっ!」

 

ヨシュアはエステルの顔を見て吹き出してしまった。

エステルの顔面には樹から落ちて来た大きなカブト虫が止まっていたのだ。

それに気が付いたエステルも大笑いすると、驚いたカブト虫は飛んで逃げて行った。

 

「じゃあ、帰ろうか」

 

あっさりとした態度のエステルに、ヨシュアは驚いて尋ねる。

 

「でもまだ伝説の虫は見つかってないけど?」

「だって、ヨシュアが笑ってくれたんだもん」

 

どうやらエステルは、ヨシュアを元気付けるために伝説の虫を探していたようだった。

なんて単純なんだとあきれながらも、ヨシュアは自分の胸に暖かい気持ちが広がって行くのを感じた。

 

「ヨシュア、どこか怪我したの?」

 

突然目に涙を浮かべたヨシュアに、エステルが慌てて問い掛けた。

ヨシュアは手で涙を拭きながら軽く首を横に振って否定する。

 

「ううん、嬉し涙だよ……ありがとう、エステル」

 

泣き笑いのヨシュアがエステルに手を差し出すと、エステルも手を握り返した。

こうしてヨシュアは心を開き、ブライト家の家族となったのだった……。




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第二話 遊撃士試験、失敗!?

<リベール王国 ロレント郊外 ブライト家>

 

ヨシュアがブライト家に来てから、五年の時が流れた。

小鳥のさえずる音だけが聞こえる爽やかな朝。

カシウスが鼻歌を歌いながら台所で料理をし、レナは柔らかい日差しに目を細めながら洗濯物を干している。

明るい日差しは窓からエステルの部屋にも降り注ぎ、ベッドで寝ていたエステルは目を開いた。

起き上がったエステルは盛大な欠伸をする。

 

「あーあ、良く寝た」

 

そうつぶやいたエステルは顔を洗うため、二階にある自分の部屋を出た。

階段の下から漂ってくる美味しそうな匂いに、エステルのお腹の虫が鳴る。

 

 

 

「今日は父さんが料理当番だったっけ。ヨシュアはまだ寝てるのかな」

 

エステルは隣のヨシュアの部屋へと視線を送った。

外から漏れ聞こえるハーモニカの音に、エステルは笑顔になる。

そしてエステルは廊下の突き当たりに向かって駆け出した。

二階のバルコニーで目をつむってハーモニカを演奏するヨシュアの所に、エステルが室内のドアを開けて姿を現す。

ちょうど演奏が終わった時、エステルの拍手が鳴り響いた。

 

「おはよう、エステル」

 

明るい笑顔でやって来たエステルに、ヨシュアは穏やかな笑顔で応える。

 

「ごめん、もしかして起しちゃった?」

「ううん、ちょうど目が覚めちゃったところよ」

 

首を軽く振って答えたエステルはヨシュアに近づいて、彼の脇腹を肘で突く。

 

「ヨシュアってば朝っぱらからハーモニカだなんてキザなんだから。お姉さん、思わず聞き惚れちゃったわ」

「なにがお姉さんなんだか、僕と同い年のくせに」

 

ヨシュアはあきれ顔でため息をつく。

それに対してエステルはしたり顔で指を振る。

 

「ふん、甘いわね。同い年でも、父さんに師事しているのはあたしが先なんだから。言うなれば姉弟子ってやつ?」

「はいはい、そうですか」

 

ウンザリとした顔でつぶやくヨシュアに、エステルは頬を膨れさせる。

 

「なによその気の無い返事は。でも、ホント良い曲よね。明るいんだけど、どこか切なくて……家に来た時カリンさんが吹いてくれた曲よね?」

 

ヨシュアがブライト家に預けられた後しばらくして、カリンとレーヴェはラヴェンヌ村に来る度にロレントにあるブライト家にも足を延ばしていたのだ。

 

「うん、『星の在り処』だよ」

「そうそう! ……あーあ、あたしも何か楽器が弾けたらいいんだけどな」

「やる気があればできるよ」

 

励まされたエステルは腕組みをして難しい顔でうなる。

 

「うーん、体を動かさないチマチマする事って、イライラするのよね」

「じゃあマラカスやタンバリンでも振ってれば」

 

ムッときたエステルは怒った表情になり、ヨシュアに指を突き付ける。

 

「ヨシュアもアウトドアの趣味を持ちなさいよ! ヨシュアの趣味って、ハーモニカの他は読書と武器の手入れぐらいでしょ?」

「武器の手入れは趣味じゃないさ、アルバイト先で自然と身に付いたんだよ」

 

ヨシュアはロレントの街の《エルガー武器商会》で店番をたまにしている。

遊撃士になるなら武器の知識も大事だとカシウスに助言されたのだ。

 

「今時インドアばっかりじゃ、女の子のハートはつかめないわよ!」

「僕は女の子にもてるためにハーモニカを吹いているわけじゃ」

 

ヨシュアは肩を落として大きなため息を吐き出した。

 

「そういう君の方こそ、趣味がアウトドアに偏ってると思うけど。釣りとか虫取りとかスニーカー集めとか」

「いいじゃない、楽しいんだし」

 

腰に手をあてて胸を張り言い放つエステルに、ヨシュアはあきれた様子でぼやく。

 

「だから子供なんだよ」

「あんですって!」

「早く着替えて顔を洗ってきなよ」

「あっ!」

 

ヨシュアに指摘されたエステルは、自分がパジャマ姿のままだと気づき、慌てて家の中へと戻るのだった……。

 

「ご馳走様でした」

 

カシウスの作った朝食に舌鼓を打ったエステル達は手を合わせて感謝の挨拶をした。

 

「うーん、お腹いっぱい!」

 

満足した様子でエステルは笑顔でお腹をさする。

 

「エステルは朝からよく食べるよね……」

「いいじゃん、成長期なんだから♪」

 

少しあきれた様子でつぶやくヨシュアに、エステルはポンポンとお腹を叩きながら笑顔で答えた。

 

「せいぜい食って英気を養う事だな」

 

カシウスは笑みを浮かべてそう言った。

 

「そうそう二人とも、今日は大切な研修があるんでしょう?」

 

レナの言葉にヨシュアは頷く。

 

「うん、今までの総復習」

「それが終われば明日から、あたしたちも父さんと同じ《遊撃士》よ。もう、大きい顔はさせないんだから!」

 

そう言ってエステルはカシウスに人差し指を突き付けたが、

 

「チッチッチ甘いな、最初になれるのは《準遊撃士》。俺とタメ張りたかったら早く《正遊撃士》になれ」

 

人差し指を横に振って気にしていない様子のカシウスを、エステルは腕まくりをしてにらみつける。

 

「むむっ、見てなさいよ! いっぱい功績を上げまくって父さんを追い越してやるんだから!」

「エステル、それは無理だよ」

 

ヨシュアは熱くなっているエステルをなだめようと、S級遊撃士は功績を立てるだけではなく、大きな事件を解決しないとなれない特別なクラスだと冷静に説明した。

 

「なによ、そのインチキみたいなルールは!」

 

さらに怒りが増してしまったエステルはテーブルを思い切り叩いた。

そんなエステルの反応が面白いのか、カシウスは余裕の笑みで挑発する。

 

 

 

「はっはっはっ、やれるもんならやってみろ」

「こうなったら、実力行使よ!」

 

ついにエステルはカシウスに飛び掛かり、正面から両手を握り合っての力比べを始めてしまった。

意地の張り合いにウンザリしたヨシュアがレナに助けを求める。

 

「母さん、そろそろ二人を止めてよ……」

「はいはい」

 

席に座ってお茶を飲みながら落ち着いていたレナは立ち上がり、ゆっくりと取っ組み合いを続ける二人に歩み寄る。

 

「エステル、お父さんと仲直りしないと、お弁当が無くなるわよ」

「うげっ!」

 

エステルは踏みつぶされたカエルのような悲鳴を上げて、カシウスから手を放した。

そして先程とは一転、カシウスに向かって祈りのポーズをとる。

 

「お父様、お弁当をよろしくお願いします」

「任せておけ」

 

カシウスはそう言うと、キッチンへと行き弁当箱に料理を詰め込み始めた。

 

「やれやれ、これで遅刻しないで済みそうだ」

 

丸く収まった二人を見てヨシュアはホッと胸をなで下ろした。

研修に遅刻をしたら、指導役の先輩遊撃士にまた補習を言い渡されてしまう。

 

「それにしても、エステルの負けず嫌いで意地っ張りな性格は誰に似たんだろうな」

「あなたですよ」

 

ぼやいたカシウスにレナが澄ました顔で答えると、カシウスは笑みを浮かべてヨシュアの方を見る。

 

「じゃあ、どっちに似たのかヨシュアにはっきり聞こうじゃないか」

「望むところです」

 

レナも穏やかな微笑みでヨシュアの方に顔を向けた。

二人は自分をからかっているのだと感じたヨシュアは、慌ててエステルに話しかける。

 

「エステル、早く遊撃士協会へ行こう」

「了解、シェラ姉の罰ゲームは嫌だしね」

「行ってきまーす!」

 

エステルとヨシュアはカシウスの作った弁当の包みをつかんで家を出たのだった……。

 

 

 

 

<リベール王国 ロレント市>

 

ブライト家を飛び出したエステルとヨシュアはエリーズ街道を通って遊撃士協会のあるロレント市へ向かう。

ロレント市までの距離はわずか50セルジュ足らず。

二人は慌てることなくのんびりとした足取りで歩いていたが、エステルが何かに気が付いたように大声を上げる。

 

「あっ、忘れた!」

「何を?」

「3時のおやつよ!」

 

エステルの言葉を聞いたヨシュアはずっこけた。

 

 

 

「父さんは弁当にバナナを入れてくれたじゃないか」

「バナナはおやつに入らないもん」

 

むくれるエステルを言い聞かせるようにヨシュアはエステルの肩に手を置く。

 

「研修の最中に3時のおやつなんて食べる余裕はないし」

「じゃあさ、休み時間を作ってもらえば……」

 

そんなくだらない事を話しているうちに、エステルとヨシュアはロレント市の入口までたどり着いた。

 

「なんとか間に合いそうだね」

「遊撃士になるためにこんなに勉強しなくちゃいけないなんて夢にも思わなかったわよ」

 

余裕そうなヨシュアとは対照的に、エステルは憂鬱そうな顔でため息を吐き出した。

 

「それも今日で最後じゃないか」

 

 

ヨシュアがそう言って励ますと、エステルは拳を握りしめて大声を出す。

 

「よしっ! 今日は気合を入れて、シェラ姉の特訓を乗り越えるぞ!」

 

エステルとヨシュアが遊撃士ギルドのドアを開いて中に入ると、受付のカウンターに居る金色のウェーブのかかった髪の女性が落ち着いた穏やかな笑顔で迎える。

 

「あら、おはよう。エステル、ヨシュア」

 

二人も元気よく挨拶を金髪の女性に返す。

 

「アイナさん、おはよう」

「おはようございます」

「シェラ姉、もう来てる?」

「ええ、二階で待ってるわ」

「よーし、やってやろうじゃないの!」

「今日は気合が入ってるわね」

 

腕まくりをして鼻息を荒くし、のっしのっしと階段を上がって行くエステルをアイナは微笑んで見送った。

ヨシュアはアイナに軽く頭を下げる。

 

「じゃあ、行ってきます」

「ふふ、エステルが無茶しないように抑えてね」

「はい」

 

アイナの言葉にため息交じりの返事をしながら、二階へ消えたエステルの背中を追いかけるのだった……。

その頃、 二階の部屋では褐色の肌に銀色の髪をしたミステリアスな女性が机に置かれたタロットカードを前に真剣な顔で何やら悩んでいた。

 

「このカードは、どう言う意味かしら……」

「シェラ姉、おっはよー!」

 

元気なエステルの声が響き渡り、エステルが階下から部屋に姿を現した。

 

「おはよう、エステル」

「シェラ姉、また恋愛占い?」

 

机に置かれたタロットカードを見て、エステルが銀髪の女性に尋ねた。

銀髪の女性の名前はシェラザード、ロレント支部出身の正遊撃士。

『銀閃のシェラザード』と称賛されるほどのB級遊撃士だ。

彼女の姉から教わったタロット占いも得意なのだが、シェラザードは自分の理想の王子様を探す事ばかりしているのだった。

 

「いいじゃない、別に」

 

シェラザードはそそくさと机にタロットを片付けた。

そして追い着いたヨシュアも顔を出す。

 

「おはようございます、シェラザードさん」

「あら、ヨシュアも来てたのね、おはよう」

「さっさと研修を始めようよ、シェラ姉!」

「珍しくやる気じゃない」

 

遊撃士になるための研修は、いつも講義から始まる。

本と黒板を見ると眠くなる性格のエステルは、教会の日曜学校の頃から講義を嫌がっていた。

 

 

 

「早く遊撃士(ブレイサー)になりたくてウズウズしてるの!」

「じゃあ心意気に免じて厳しく行こうかしら」

「それは勘弁して~」

 

エステルは祈るように両手を合わせてシェラザードにすがりついた。

 

 

 

「今日で最後だからこそ、容赦はしないわ。とっとと席に着きなさい!」

 

そう言ってシェラザードは腰から取り出した鞭で、床を思い切り叩いて鳴らした。

鞭の音に驚いたエステルはヨシュアに泣き付く。

 

「ヨシュア、シェラ姉が怖いよー!」

「なら怒られないようにずっと集中して起きているんだね」

「薄情者~!」

 

つれない態度をヨシュアにとられたエステルは、机に突っ伏して崩れ落ちた。

 

「ほら講義を始めるわよ、シャキッとしなさい!」

「は、はい!」

 

 

 

黒板の前に立ったシェラザードがそう言うと、エステルは慌てて椅子に座った。

 

「今まで教えた事を総復習するからね、最後までついて来なさい」

「了解!」

 

エステルは敬礼のポーズをとってシェラザードに答えた。

 

「まったく、返事だけは良いんだから」

 

シェラサードは額に手を当ててため息をついた。

そのシェラザードの心配は的中する事になる。

 

「七耀歴1150年、エプスタイン博士によりオーブメントが発明されて、導力革命が……」

 

歴史の授業が始まった途端に、エステルは眠くなって来た。

 

「遊撃士協会規約第二項は『民間人に対する保護義務』で……エステル、聞いてるの?」

「ふぁーい、起きてまーす」

 

さらに時間が経ち……

 

「リベール王国の国土はエレボニア帝国のドルトムント州と同じ広さ、人口はカルバード共和国の5分の1に過ぎないとされているわ」

「起きて、エステル」

 

机に突っ伏して寝てしまったエステルはヨシュアに揺り動かされた。

 

「エステル、あんたって子は最後まで!」

 

ついに堪忍袋の緒が切れたシェラザードのげんこつがエステルの後頭部に炸裂したのだった……。

 

「痛たた……シェラ姉ってば、手加減無しで殴るんだから」

 

深い眠りに落ちていたエステルは手で頭を押さえながら起き上がった。

 

「すみません、帰ってから復習させますから」

 

ヨシュアの言葉に驚いたエステルは何か言おうとしたが、ヨシュアに手で口を押えられた。

 

「仕方ないわね、ヨシュアに免じて許してあげるわ」

 

シェラザードはため息をつきながら、講義に使っていた教科書を閉じた。

 

 

 

「さあ、次は実地研修よ。着いて来なさい」

「やった!」

 

退屈な講義から解放されると分かったエステルは飛び上がってシェラザードの後を追って部屋を出た。

 

「さて、あなた達には遊撃士の仕事の流れを理解してもらうわ」

 

一階に降りたエステルとヨシュアに、シェラザードはそう告げた。

 

「もう用意はできているわよ」

 

受付のカウンターで待っていたアイナがシェラザードに声を掛けた。

 

 

 

「ありがとう。じゃあ二人とも渡す物があるから、アイナから受け取りなさい」

「もしかして、おやつかな?」

 

エステルがそう言うと、ヨシュアはずっこけて床に転んだ。

 

「ヨシュアも、カシウス先生の家のカラーにすっかり染まったわね……」

 

ヨシュアの大げさなリアクションを見て、シェラザードはそうつぶやいた。

 

 

 

「はい、遊撃士の身分を証明する大切な物だから、失くさないように気を付けてね」

 

アイナはそう言ってエステルとヨシュアに手帳を手渡した。

 

「これって、シェラ姉や父さんが持ってるのと同じだ!」

 

エステルは真新しい手帳に歓声を上げた。

ヨシュアも手帳を見つめて感激しているようだ。

 

 

 

「それはブレイサー手帳といって仕事の記録を残すための公式な手帳よ。どんな話を聞いたのか、どこで何をみつけたのか……些細な出来事が手掛かりになる事も多いわ。細かい事でも必ず記録を残すようにね」

「公的な書類も兼ねているから、丁寧な字で書いてね」

 

シェラザードとアイナの言葉に、ヨシュアはしっかりと頷く。

 

「わかりました」

「はーい……」

 

気の無い返答をしたエステルに、シェラザードは喝を入れる。

 

「返事はきっちりしなさい!」

「りょ、了解!」

 

エステルは慌てて敬礼のポーズをとった。

 

「よろしい、じゃあ実際にやってもらうわよ。あそこに掲示板があるでしょう? 掲示板には依頼の内容が書かれた紙が張られているの。あなた達宛ての依頼を確認しなさい」

 

シェラザードが指差した掲示板には《実地研修・宝物の回収》とタイトルが書かれた張り紙がされていた。

内容は、「地下水路を探索し、宝箱に収められているものを回収してくる事。詳しくはシェラザードまで」と書かれている。

 

「掲示板の確認は遊撃士にとって基礎中の基礎、毎朝必ず目を通しなさいね。緊急性の高い依頼もあるから」

「なんだか毎日忙しそうね」

 

話を聞いたエステルはウンザリとした顔でため息をついた。

そんなエステルをヨシュアはなだめるように声を掛けて励ます。

 

「確かに休みは少なそうだけど、それだけやりがいのある仕事だよ」

「ヨシュアは凄い張り切りようね」

「はい、僕も早くレーヴェ兄さんの様な遊撃士になりたいと思っていたんです!」

 

シェラザードにヨシュアは目を輝かせて答えた。

 

「ああ、彼って良い男よね♪」

 

カリンとレーヴェがカシウスの家に寄った時、シェラザードも二人に会っていた。

 

「シェラ姉、レーヴェさんにはカリンさんが居るんだから、手を出しちゃダメよ」

「はいはい、分かってるって」

 

シェラザードの酒癖の悪さを知っているエステルは、そう言って釘を刺したのだった……。

遊撃士協会での説明は終わったとエステル達に告げたシェラザードは二人を外へと連れ出す。

 

 

「それじゃ、次の場所へ行くわよ」

「まだ続くの?」

「こらこら、気を抜かないの」

 

ぼやいているエステルを、シェラザードが注意した。

ロレントの街を歩いていると、三人はすれ違う人達に声を掛けられる。

大都会では希薄になってしまっている地域住民の付き合いが残っているのもこの街の特徴だ。

そして先頭を行くシェラザードは《メルダース工房》の前で足を止める。

 

「これから二人には《戦術オーブメント》の取り扱いについて学んでもらうわ」

 

戦術オーブメントとは、遊撃士各自に貸与される機械装置だ。

金属のフレームに覆われたその心臓部には七耀石を精製した《クォーツ》と言う小さな宝石を装着するためのスロットがある。

クォーツとは単独で、または配列により、その石の中に秘められた力を使い、火の玉を発生させたり、突風を起こしたり、傷を癒したりと、魔法の様な事ができる。

その戦術オーブメントにより引き起こされる魔法は《アーツ》と呼ばれていた。

先日、カシウスがエステルとレナの前でヨシュアの姿を隠していたのも、バニッシュのアーツを使っていたのだ。

もっとも、戦術オーブメントは遊撃士の仕事を助けるための物であって、カシウスのように遊びに使ってはいけない……。

 

「営業時間中に教えてもらうんだから他のお客さんの迷惑にないようにね」

「はーい」

 

返事をしたエステルはシェラザードに続いてメルダース工房の中へと入るのだった……。

 

「こんにちは、メルダースさん、フライディさん!」

「や、やあ、エステル」

 

店に入るなり元気良くあいさつをしたエステルに、カウンターの中に居るベテラン店主のメルダースと弟子の若きオーブメント技師フライディは引きつった笑みで答えた。

エステル達がこの工房に来るのは初めてではない。

様々なオーブメント製品を取り扱うこの場所は、エステルが小さい頃からの遊び場だったのだ。

エステルは興味を持った物は触るだけではなく、弄り回してしまう性格。

そしてエステルが壊してしまったオーブメント製品は数知らず。

日頃カシウスに世話になっているロレント市民のメルダース達は弁償代もなかなか請求できず、悩みの種だった。

 

「エステルの事はしっかり見ておきますから」

「頼むよ、ヨシュア君」

「まったく、失礼しちゃうわね!」

 

ヨシュアとフライディのやり取りを聞いたエステルは頬を膨れさせた。

 

「それではメルダースさん、よろしくお願いします」

「おう、任せておけ。まず、オーブメントの成り立ちについてだが……」

 

導力オーブメントの歴史から語り始めたメルダースの話に熱心に耳を傾けるヨシュアとは対照的に、エステルは再び眠気に襲われた。

エステルが眠りそうになる度に、シェラザードは背中を叩いて気合を注入する。

戦術オーブメントの基本的な使用方法とメンテナンスの仕方を教わった後、エステルは火のクォーツを、ヨシュアは水のクォーツを中央のスロットに装着した。

借り物だとは言え自分専用の戦術オーブメントを手に入れたエステルとヨシュアは歓喜しながらメルダース工房を出るのだった……。

 

「今度で研修は最後よ」

「それじゃ、あたし達はこれが終われば遊撃士になれるのね!」

「おバカ、まだ認定試験があるわよ」

「試験!?」

 

浮かれていたエステルはシェラザードの言葉を聞くとショックのあまり驚いた表情で石像のように固まった。

 

「エステル、エステルってば!」

 

ヨシュアが声を掛けてもエステルは反応を示さなかった。

 

「はーっ、仕方ないわね。さっさと試験場所の地下水路へと向かうわよ」

「えっ!?」

 

疲れた顔でシェラザードがそう話すと、固まっていたエステルがビクッと動く。

 

「試験ってペーパーテストじゃないの?」

「さっきの研修で掲示板見せたわよね。あれに書かれていた《実地研修・宝物の回収》が実地研修を兼ねた最終試験よ」

 

 

 

エステルはほっと息を吐き出すと笑顔になり祈るようなポーズで空を見上げる。

 

「ああ、空の女神エイドス様、ロレントに地下水路を創ってくださってありがとうございます」

「別に地下水路が無くても実地研修はやると思うけど」

 

すっかり元気を取り戻したエステルにヨシュアがあきれながらぼやいたのだった……。

 

「さてと、これから試験を始めるわけだけど……試験に落ちたらキツイ補習を受けてもらうわよ」

 

遊撃士協会でお昼のお弁当を食べた後、三人はロレントの街の教会の裏手にある地下水路への出入り口へと向かった。

 

「大丈夫だって!」

 

体力、気力十分のエステルは自信たっぷりにシェラザードにVサインを突き付けた。

 

「まあ、実戦に期待しましょう」

「そうですね、動物的な勘だけは鋭いから」

 

シェラザードの言葉にヨシュアも同意した。

 

 

 

「さあさあ、早く始めようよ!」

「講義もこれくらいやる気になってくれればね……」

 

少し疲れた顔でそうぼやいた後、シェラザードは試験の内容を説明した。

試験の内容は地下水路内を捜索し、どこかにある宝箱の中身を回収することが目的だ。

 

「水路の構造は単純そうですけど、魔獣とかがうろついていて危険そうですね」

「魔獣なんかひとひねりよ!」

 

考え込むヨシュアに対して、エステルは腕まくりをして意気込んだ。

 

「危なくなったらこれを使いなさい」

 

シェラザードはエステルとヨシュアに一個ずつ《ティアの薬》を手渡した。

これはHPが少量回復する最下級の傷薬だ。

 

「サンキュー、シェラ姉! ……ところで、おやつはどこに?」

「そんなものあるか、さっさと行け!」

 

エステルの不用意な一言に激怒したシェラザードに驚いた二人は慌てて地下水路へのはしごを下りて行ったのだった……。

 

「あっ、魔獣みっけ!」

 

二人が地下水路に入ってしばらく歩くと、エステルが行く手に大きなヤドカリの様な姿をした水棲系甲殻魔獣を発見した。

魔獣の方は二人に気が付いていないようだ。

遠くから様子を見ているヨシュアは深刻な表情でつぶやく。

 

「どんな能力を持っているんだろう……」

「警戒してたって仕方ないわ、相手は一匹。この程度で物怖じしてたら、遊撃士になれないわよ!」

「……そうだね」

 

エステルの意見にヨシュアは賛成し、二人は魔獣に正面から接近した!

そして傷を負う事無く完全勝利を収めたのだった。

次に二人が遭遇したのは蛾の群れのような魔獣。

 

「エステル、敵によっては武器攻撃が命中しにくい。積極的にアーツも使っていこう」

「面倒だから、ヨシュアに任せる!」

「ダメだよ、虫系の敵にはエステルの火系のアーツが効果的なんだから」

 

ヨシュアに促されて、エステルは自分の戦術オーブメントを動かして《ファイアボルト》のアーツを発動させた。

放たれた火球は見事に魔獣の中心部を射抜き、密集していた蛾はそのほとんどが燃え尽きる。

 

「やった!」

 

エステルは歓声を上げてガッツポーズをとった。

メルダース工房では説明を聞いているか怪しいものだったのに、実戦で成功してしまうエステルのセンスにヨシュアは舌を巻く。

 

「よし、僕も頑張らないと」

 

先程の甲殻魔獣二匹に遭遇すると、ヨシュアは素早く攻撃を繰り出し、二匹とも倒してしまった。

 

 

「なかなかやるじゃない!」

 

エステルは笑顔で拍手をしてヨシュアを褒めた。

 

「速さでは誰にも負けないようにしようって鍛えてたからね、はあ、はあ……」

「でも、そんなに息が切れてちゃ連続してできそうにないわね」

「そうだね」

 

肩で息をしながらヨシュアはエステルにそう答えた。

 

「あ、宝箱だ!」

 

エステルは右に折れまがった通路の突き当たりに古びた木箱があるのを見つけた。

ヨシュアは木箱を壊さないように慎重に開けて中身を確認する。

 

 

「中身は《セラスの薬》だね。気絶した仲間を回復する、遊撃士にとっては役立つ薬だ」

「じゃあさっそくシェラ姉の所に戻ろう!」

 

二人は自信満々に持ち帰ったセラスの薬をシェラザードに見せたが、シェラザードはため息をついて首を横に振る。

 

「これは目的の物とは違うようね」

「えっ!? でも地下水路にある箱の中に入ってたよ!」

「そうですよ、シェラザードさん」

 

思わぬ事態にシェラザードは頭を抱えた。

シェラザードが試験のための宝箱を設置しようと地下水路に入った時、細部まで探索しなかった。

これでは自分の考えた計画が失敗してしまうと焦ったシェラザードは必死に考えを巡らせる。

 

 

 

「二人とも、手帳を渡しなさい」

 

エステルとヨシュアから手帳を受け取ったシェラザードは先ほどの依頼のページが書かれたページを開いて『宝箱』の前に『赤い、大きさ約30リジュの』と書き加えた。

 

「これなら間違いないわね」

「そんな、ズルい!」

「うるさい、さっさと行って来なさい!」

 

エステルの抗議はシェラザードに聞き入れられず、二人はまた地下水路へと戻る羽目になった。

余計な時間を費やし、お腹も空いてきた二人は、遭遇した魔獣相手に暴れる事で怒りを発散したのだった。

そして二人は水路の深部で赤い宝箱を発見する。

 

「あれが目的の宝箱ね!」

 

自然とエステルのテンションも上がった。

しかし宝箱は魔獣の住処の近くに置かれているらしく、魔獣の数が多い。

 

「これは今までのように無傷ってわけにはいかないかもしれないね」

「大丈夫、ティアの薬もあるし、ヨシュアのアーツでも傷を治せるじゃない」

 

二人は顔を見合わせてうなずくと、正面から魔獣の集団に戦いを挑んだ。

住処を奪われるかと魔獣達も抵抗を見せ、囲まれそうになったりしたものの、二人は魔獣を蹴散らす事が出来た。

戦いを終えた二人はヨシュアの水系アーツ《ティア》で傷を回復して一息付く。

 

「これで邪魔者は居なくなったわね」

 

エステルは赤い宝箱に手を伸ばして開けると、30センチの箱の中にはさらに銀色の小箱が二つ入っていた。

 

「箱の中に、また箱がしまってあるなんて変ね。二個あるって事は、あたし達へのプレゼントかな?」

「そうかもしれないね」

「やった!」

 

 

 

歓声を上げたエステルは、小箱を開けてしまった。

 

「あっ……」

 

青ざめて固まってしまったヨシュアの前で、エステルは満面の笑みを浮かべる。

 

 

「遊撃士のバッジだ♪」

「やってしまったか……」

 

ヨシュアは天を仰ぎながら今日最大のため息をついた。

不思議そうな表情で自分を見て首を傾げるエステルに、ヨシュアは説明する。

 

「今回の依頼は目的物の回収だから、中身の確認は含まれてない。それに第一、この箱は依頼人の所有物だよ」

「それが?」

 

理解していないエステルに頭痛を覚えながらもヨシュアはさらに話を続ける。

 

「配達を頼まれた郵便屋さんが、勝手に封筒を開けて中身を見てはいけないのと同じ事だよ」

「ああっ!」

 

ヨシュアの言わんとしている事が分ったエステルは悲鳴を上げた。

そして震える手で遊撃士バッジを箱の中に戻すと、すがるような目でヨシュアに尋ねる。

 

「ど、どうしよう、ヨシュア……」

 

エステルの自業自得なのだが、ヨシュアは泣きそうなエステルにはとことん弱い。

 

「分かった、シェラ姉さんの前でばれないように徹底的にとぼけよう」

「ありがとう、ヨシュア!」

 

二人は固く手を握り締め、秘密を守ると誓い合ったのだった……。

陽が傾き始めた頃、地上へのはしごを上がると、シェラザードが出口で待っていた。

 

「二人とも、よく頑張ったわね。まずは捜索対象を確認させてちょうだい」

「は、はい」

 

ヨシュアは震える手で二つの銀の小箱を渡した。

シェラザードは舐めるように小箱を見回した後、鋭い目つきになって二人に問い詰める。

 

 

 

「あんた達、途中で開けたわね!」

 

エステルとヨシュアは激しく首を横に振った。

しかしシェラザードはさらに険しい表情になり、二人を強く追及する。

 

 

 

「この期に及んで白を切る気? この箱の留め金にはね、小さなツメがあるの。封を開けたら閉じても戻らない仕組みになっているのよ」

「ええっ、そんなものがあるの!?」

「……すいません、開けてしまいました」

 

ヨシュアが謝っても後の祭り。

シェラザードは怒りの表情を崩さず、鞭を鳴らす。

 

「開けた事をごまかそうとするなんて、遊撃士としての心構えが足りないわね!」

「ご、ごめんなさい!」

 

シェラザードの雷が落ちたエステルは手で頭を抱えて目を閉じて必死に謝るのだった。

 

 

 

「オホン、とりあえず研修を続けるわよ」

「えーっ、まだ終わりじゃないの?」

 

咳払いをして気分を落ち着かせたシェラザードの言葉に、エステルは疲れた顔で尋ねた。

 

「仕事をしてもやりっ放しってわけにはいかないでしょ。報告するまでが仕事なの」

 

シェラザードを先頭に、エステルとヨシュアはうなだれながら遊撃士協会へと入って行ったのだった……。

 

「どんな小さな仕事でも達成したら報告すること。解決の経過を報告するのも大切な事だからね。ロレントではアイナが担当者になっているわ」

「二人とも、よろしくお願いね」

 

受付カウンターのアイナがそう言ってエステルとヨシュアに微笑みかけた。

 

「さあ、あなた達の言葉で説明しなさい」

 

シェラザードにうながされ、二人は受付のカウンターで手帳をチェックしながら認定試験の報告をする。

案の定、任務の途中で銀の小箱を開けてしまったので失敗と判定されてしまった。

 

 

 

「残念ながら、遊撃士の紋章はお預けね」

 

そうシェラザードに告げられたエステルとヨシュアはガックリと肩を落とした。

 

「あ、あの、大変なんです!」

 

突然、外から幼い少女が遊撃士協会の受付へと駆け込んで来た。

 

「どうしたのユニちゃん、そんなに慌てて?」

「ルックとパットが街の外へ行っちゃった!」

「ええっ!?」

 

アイナの質問に幼い少女がそう答えると、エステルは驚きの声を上げた。

ルックとパットはユニと同じ年ぐらいのロレントの街に住む腕白小僧だ。

二人は他の街からやって来たカレルと言う少年と言い合いになり、北の郊外にある《翡翠の塔》に行ってしまったらしい。

翡翠の塔は街の管理が行き届いていないため、賊や魔獣が出没する事もある危険な場所だった。

 

「今すぐ追いかければ、子供の足なら途中で追いつけるかもしれないわね」

「シェラ姉、あたし達も行くわ!」

 

シェラザードの言葉にエステルがそう言うと、アイナは心配そうな顔で止めようとする。

 

「でも、あなた達はまだ遊撃士ではないのよ」

「遊撃士の資格なんて関係ありません、僕達にはみんなを守る力があるんです」

 

二人の意志の強さを感じ取ったアイナは、真っ直ぐにシェラザードとエステル、ヨシュアの瞳を見つめて告げる。

 

 

 

「……わかりました、責任は全て私がとります。遊撃士協会からの緊急要請よ、一刻も早く子供たちの安全を確保して」

「これは研修じゃなくて実際の現場よ。足手まといになったら切り捨てるから、気合入れていきなさい」

「了解!」

「わかりました」

 

アイナとシェラザードの言葉にエステルとヨシュアは力強くうなずいた。

そしてアイナに見送られ、三人は遊撃士ギルドを飛び出したのだった……。




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第三話 遊撃士の本文

<ロレント地方 翡翠の塔>

 

シェラザード、エステルとヨシュアの三人はロレントの北門を出てマルガ街道を翡翠の塔に向かってひた走る。

翡翠の塔近くまで来ても、ルックとパットの姿は見えなかった。

 

「山道にいなかったって事は、結局街から出ていないのかな?」

「子供だからって、あなどっては行けないわ。あんたみたいにたくましい子もいるし」

「あはは、その節はどうも」

 

シェラザードの言葉を聞いたエステルは顔をかきながらごまかし笑いを浮かべた。

エステルも小さい頃、街を抜け出してはシェラザードやカシウス達に心配を掛けたものだった。

 

「静かに、塔の中から声が聞こえる」

 

 

 

ヨシュアに続いて二人が塔の中に入ると、二人の耳にも子供達の声が聞こえて来る。

 

「外が暗くなって来た、もう帰ろうよ」

「そんなにくっついたら歩きにくいじゃんか」

 

子供達の声を聞いたエステルは、大声で呼びかける。

 

「こら、ルックにパット、みんな心配してるわよ、おとなしく帰りなさい!」

「やば、何でエステルが来るんだよ、逃げろ!」

「ま、待ってよ~」

 

足音と共に声が遠ざかって行った。

子供達はさらに上の階へと進んでしまった様だ。

 

「あの腕白小僧達め、絶対捕まえてやるんだから!」

 

逃げられたと知ったエステルは腕まくりをして階段を駆け上がった。

シェラザードとヨシュアも急いで後を追う。

二階に上ったエステル達が細く長い通路に差し掛かった時、分かれ道の左手の方から子供達の悲鳴が上がり、塔の中に響き渡る。

 

「あ、あっち行けよ!」

「助けてお母さ~ん!」

「こっちね!」

「エステル、突出してはだめよ!」

 

シェラザードが引き留めるのも聞かず、エステルは子供達を助けようと全力疾走した。

エステルが細い通路を抜けて開けた部屋に出ると、そこでは子供達が猫のような姿をした魔獣達に囲まれていた。

どうやら子供達は魔獣達の縄張りに入ってしまった様だ。

 

「えいっ!」

 

エステルは前を塞ぐ猫型魔獣を棒で払い除けて子供達の元へと駆け付けた。

 

「エステル!」

「お姉ちゃん!」

「二人とも、もう大丈夫だからね」

 

エステルはそう言って抱き付いて来た子供達を励ますが、周囲を取り囲まれて不利な状況に変わりは無い。

猫型魔獣の飛び蹴りを一斉に食らえば、気絶してしまうかもしれない。

仲間を傷つけられた猫型魔獣達は怒りに燃えてじりじりと包囲の輪を縮める。

対するエステルは子供達が邪魔になって武器を振り回す事ができない!

 

「エステル!」

 

そこへヨシュアとシェラザードが追い付き、シェラザードのアーツと鞭で猫型魔獣は四散する。

 

「ふう、あれだけ脅しておけばしばらくは戻って来ないでしょう」

「すげえ!」

「かっこいい!」

 

一躍ヒーローとなったシェラザードに、子供達は駆け寄った。

 

「ヨシュア兄ちゃんも助けてくれてありがとう」

 

ヨシュアに気が付いたパットは嬉しそうにお礼を言った。

 

「こらこら、あたしへのお礼は?」

「エステルは役に立っていないじゃんか」

 

ルックがそう言うと、エステルは怒ってルックの頭にゲンコツをした。

 

 

 

「いってー、叩くなよ!」

「あんたはパットまで無理やり連れて来て、何やってるのよ」

「俺達は男の意地ってやつでここに来たんだよ!」

 

 

こぶしを振り上げてまたルックを叩こうとしたエステルを、パットが止める。

 

「エステルお姉ちゃん、もう許してよ」

「まったく、仕方ないわね」

 

エステルはため息を吐き出すと、体の力を抜いた。

そしてエステルは気まずそうにシェラザードとヨシュアを見つめる。

 

「助けてくれてありがとう、あたし一人だったらどうなっていたか……」

「まあ、みんな無事だったんだから良いじゃない」

「うん」

 

そうシェラザードが励ますと、少し凹んでいたエステルは元気になったようだ。

 

「さあ長居は無用よ、帰りましょう」

 

シェラザードがそう言うと、エステルのお腹が大きな音を立てた。

 

「ははは、エステルのやつ、お腹で返事してる!」

「う、うるさいわね」

 

エステルは顔を赤くしてルックに言い返すと、ヨシュア達からも笑いが起きた。

五人は明るい雰囲気でロレントの街の帰路へ着いたのだった……。

 

 

 

 

 

<ロレント郊外 ブライト家>

 

夕暮れ時から少し時間が過ぎ、遅めの夕食となったブライト家の食卓はいつも以上に賑やかになった。

遊撃士協会に戻ったエステル達は、そのまま子供達と一緒に受付のアイナも加えて帰宅する。

アイナから話を聞いたレナが皆を夕食に招待したのだ。

 

「父さんってば、知っていたのに助けに来てくれないなんて」

「お前達を信頼していたからな」

 

ぼやくエステルにカシウスは笑顔で答えた。

 

 

「エステルのかーちゃんの作ったビーフシチュー、うめーな!」

「ふふ、たっぷり作ったからたくさん食べてね」

 

レナはエステルがお腹を空かせて帰って来るだろうと、寸胴鍋いっぱいにビーフシチューを煮込んでいたのだった。

 

「さてと」

 

夕食が一段落するとシェラザードはエステルとヨシュアを手招きして、テーブルに銀の小箱を二つ置いた。

 

「ひょっとして、くれるの?」

「ええ」

 

エステルの質問に、シェラザードは頷いた。

 

「でも、僕達は試験を失敗してしまったんじゃ……」

「あなた達が子供達を助けに行こうとした気持ち、それが遊撃士にとっての基本精神よ。だから、再試験は免除したの」

 

 

シェラザードの笑顔にホッとしたエステルとヨシュアは、箱を開けて準遊撃士の紋章を手に入れた。

そして二人はしっかりとした手つきで紋章を胸に着けた。

 

「エステル・ブライト、ヨシュア・アストレイ。本日20:00をもって両名を『準遊撃士』に任命する。以後は遊撃士協会の一員として人々の暮らしと平和を守るため、そして正義を貫くために働くこと」

 

シェラザードの宣誓が終わると、見守っていたアイナ達から拍手が起こった。

 

「子供たちが成長する節目の場面をこの目で見れるなんて……私は……幸せです」

「ああ、シェラザードも粋な事をする」

 

カシウスはレナの肩を抱いて微笑んだ。

シェラザードにとってエステルとヨシュアが試験に落ちてしまったのは予想外だったが、何とか事件解決を口実に予定通り二人に紋章を渡す事が出来てホッとした。

アイナもシェラザードに計画を打ち明けられた時は驚いたが、喜んで協力したのだった。

 

 

 

「やったね、ヨシュア! これで晴れてあたし達、遊撃士協会の一員よ」

「僕が遊撃士……何だか夢みたいだ」

 

エステルに声を掛けられても、ヨシュアはぼう然と立っていた。

 

「ヨシュアってば、ぼーっとしてないでもっとパーッと喜ばないと!」

 

そう言ってエステルは嬉しそうに飛び跳ね、体全体で喜びを表現した。

 

「はしゃぎすぎだよ、エステル」

 

ヨシュアは疲れた顔でツッコミを入れた。

見ていた子供達も同じようにあきれていたのだった。

 

「ふーっ、これでやっと肩の荷が降ろせたわね」

「お疲れ様」

 

ため息を吐き出したシェラザードに穏やかな笑顔を浮かべたアイナが労いの言葉を掛けた。

 

「そっか、忙しい仕事の合間に付き合ってくれたんだっけ。シェラ姉、ホントありがとね」

「お世話になりました」

 

二人は深々とシェラザードに向かって頭を下げてお礼を言った。

 

「まあ、新人を育てるのも遊撃士の義務ってやつよ。あたしも昔、カシウス先生の研修を受けたわ」

「あ、それで父さんの事先生って呼んでるんだっけ?」

「先生はあたしに遊撃士として大切な事をいろいろ教えてもらったわ。もちろん、今でも尊敬してるわ」

「えーっ、軍の仕事が面倒で辞めちゃった不良中年なのに?」

 

 

 

エステルの大声を聞いたカシウスは食べ物をのどに詰まらせ咳き込む。

 

「違う、軍の給料だと家のローンを払いきれずにお前に背負わせてしまうからだ……」

 

カシウスの小さな声での抗議はエステル達には届かなかった。

そんな理由で軍を退役して遊撃士になったカシウスにモルガン将軍がご立腹なのもうなずける話ではある。

もっとも、それは軍を辞めるための口実の一つでしかなかったのだが。

 

 

 

「ねえヨシュア、あたし遊撃士になっていいのかな?」

 

夕食の余韻に浸り談笑を続ける皆の輪から離れたエステルは憂鬱そうな顔でつぶやいた。

 

「ひょっとして、塔での出来事を気にしてる?」

 

ヨシュアの問い掛けにエステルは頷く。

 

「あの時、あたしが無謀な突撃をしたからルックとパットを危ない目に遭わせてしまった。シェラ姉やヨシュアが間に合わなかったら、二人に大怪我させてたかもしれない……」

「エステルらしくないよ」

「えっ?」

 

エステルは驚いてヨシュアを見つめた。

 

「今日の失敗は、明日取り返せばそれでいいじゃないか。尻込みしてたら何もできない」

「そうかな?」

 

ヨシュアはエステルをさらに励まそうと早口でまくし立てる。

 

「それに棒術の腕前も体力もそれなりのレベルだと思うし……困っている人がいたら放っておけない、お節介な性格にも遊撃士に合っていると思うけど」

「お節介は余計よ」

「ごめん」

 

顔を膨れさせたエステルに、ヨシュアは自分の失言を謝った。

 

「ヨシュアと話してたら気分が軽くなって元気が出て来たわ、ありがとう」

 

 

月明かりに照らされたエステルの笑顔はいつもより輝きを増しているようにヨシュアには見えた。

 

「ど、どういたしまして」

 

ヨシュアは顔を赤くして照れながら、ぎこちない手つきで、差し出されたエステルの手を握った。

 

「二人は良いパートナーになれそうですね」

「うむ、これなら安心だ」

 

遠くからエステルとヨシュアの様子を見守っていたレナとカシウスは穏やかな笑顔で言葉を交わした。

何かを決意したかのような真剣な顔つきになったカシウスは、エステルとヨシュアを呼び寄せる。

 

「お前達、俺の代わりにいくつか依頼をこなしてみないか?」

「えっ!?」

 

カシウスの提案を聞いた二人は目を丸くした。

 

「もちろん、あなた達でもこなせそうな仕事をお願いするつもりよ」

「わかりました」

 

アイナの言葉に安心した二人は提案を受ける事にした。

 

「よし、これで俺も楽が出来るな」

「父さんも中年だからね、娘のあたしが労ってあげないと」

「ぐっ、俺はまだまだ若いぞ!」

 

カシウスは声を張り上げてエステルに反論した。

 

「それで早速だが……遠方から仕事の依頼が来てな。しばらく留守にするぞ」

「いつからなの?」

「明日からだ」

「あんですって!? いくらなんでも急すぎるわよ!」

「何か事件が起きたんですか?」

 

ヨシュアが不安そうに尋ねると、カシウスは首を横に振る。

 

「単なる顔見せさ、まあ……営業回りみたいなものだ」

「まったく、そんなにお金を稼ぎたいの?」

「エステル、お金は大事なものよ。カシウスさんにはたっぷり働いてもらわないとね」

 

エステルをなだめるようにレナは穏やかに諭した。

しかしカシウスはレナの冷たい視線を感じ、寒気がした。

 

 

 

「お前達は俺の名代(ミョウダイ)として依頼を引き受けてもらうんだ、しっかり頼むぞ」

「うん、父さんの評判を落とさないためにも頑張るわ!」

「気を引き締めて取り組みます」

 

エステルとヨシュアの返事にカシウスは満足したようだった。

 

「シェラザード、後は任せたぞ」

「はい、ではそろそろ私達はこれで失礼します。レナさん、今日はご馳走様でした」

「またな、エステル、ヨシュア兄ちゃん!」

 

シェラザードとアイナ、ルックとパットは手を振ってロレントの街へと帰って行った。

その姿が消えるまで見送ったエステルは大きな欠伸をする。

 

「あたしもそろそろ寝ようかな。母さん、明日は見送りに遅れないように、起こしてね!」

「はいはい」

 

苦笑しながらレナが返事をすると、エステルは安心して自分の部屋へと戻った。

子供達が去り、エステルが眠りに就き、静かな夜がブライト家に訪れる。

カシウスはテラスで椅子に座り、テーブルに置いたワインをグラスで飲んでいた。

 

「……眠れないのか?」

 

家の中から姿を現したヨシュアに、カシウスは声を掛けた。

 

「うん、何となくね」

「……お前を預かって、もう5年になるか」

 

カシウスはそうつぶやくと、遠くの方へと視線を動かした。

ヨシュアも従うように、同じ方向を見つめる。

しばらくの沈黙の後、ヨシュアはゆっくりと口を開く。

 

「父さんから手紙が来たよ。村の仕事が忙しくなってきたから、帰って来いって」

「そうか、ハーメル村は持ち直したようだな」

 

ヨシュアが預けられた当時は貧窮極まって危なかったハーメル村だが、カリン達の努力も実って、少しずつ果樹園が広がって来たのだ。

 

「それで、お前は帰るのか?」

 

カシウスの問いにヨシュアは首を横に振る。

 

「ううん、僕は遊撃士としての修行中の身だから、投げ出しては帰れないよ」

 

それ以外にも理由がある、とカシウスは見抜いていた。

帝国にも遊撃士協会の支部はあるし、兄のレーヴェも居る。

 

「……もしお前がハーメル村に帰ったとしてもだ。俺もレナもエステルも、お前の家族だ」

「ありがとう。……おやすみ」

 

ヨシュアはそう言って家の中へと姿を消したのだった……。

 

 

 

<ロレント市 空港>

 

次の日の朝、カシウスは出張先に向かうため、飛行船の定期便乗り場へと来ていた。

旅立つカシウスを見送るのはエステルとヨシュア、レナ、シェラザードの四人。

 

「エステルも母さんやヨシュアの言う事を聞いて困らせるんじゃないぞ」

「もう、あたしの方がお姉さんなんだってば」

 

エステルはカシウスの言葉にうんざりとした顔で答えた。

 

「ふん、それなら朝は自分で起きれるようにするんだな」

「先生が帰るまでに二人をビシバシ鍛えておきますから」

 

シェラザードが微笑みながらそう言うと、エステルとヨシュアは冷汗が出た。

 

「ああ、エステルを社会人にしてやってくれ。俺達は甘やかしすぎたからな」

「はは、覚悟しないとね」

 

カシウスとヨシュアにからかわれたエステルは、顔を膨れさせた。

話しているうちに飛行船が到着し、空港の職員達が慌しく動く始めた。

 

 

「どうやら来たようだな」

「あなた、例の物……よろしくお願いしますね」

 

レナはカシウスにそっと耳打ちをすると、カシウスは頷いた。

そして四人に向かって手を振った後、ゆっくりとタラップを歩いて飛行船へと乗り込んだ。

旅客の乗降が終わると飛行船のタラップが収納され、エンジンが回転を始める。

激しい風と轟音と共に、飛行船は西の彼方の空へと飛び立って行った。

 

「行っちゃったね」

「うん……」

 

ヨシュアの呟きに答えたエステルは寂しそうな表情を見せた。

 

「先生に頼まれた仕事をこなしているうちにすぐ帰って来るわよ」

「あたしはファザコンじゃない!」

 

シェラザードに向かってかみつくようにエステルは抗議した。

レナはハンカチを取り出して涙を拭く仕草をする。

 

「母さんが側に居るのに悲しいわ」

 

 

 

漫才のようなやりとりを見ていたヨシュアは肩をすくめてため息をついた。

 

「さてと、私も仕事に行くとするか。困った事があったら、遠慮なく私かリッジに相談しなさいよ」

「うん、でも始めは自分達の力だけでやってみる」

「僕達は半人前ですけど、力を合わせて頑張ります」

 

エステルとヨシュアはシェラザードの目をしっかりと見つめて答えた。

その力強い言葉に満足したシェラザートは悠然と立ち去った。

レナも笑顔で手を振って商店街のへ方と姿を消す。

 

「さっそく遊撃士協会へ行こうか」

「うん、掲示板をチェックしなくちゃね。レッツゴー!」

 

エステルは弾ける笑顔でヨシュアに答え、ヨシュアの腕をつかんで階段を元気に駆け下りるのだった……。



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第四話 遊撃士の初仕事!

<ロレント市 市街>

 

エステルとヨシュアがカシウスの乗った飛行船を見送って空港を出ると、街はまだ爽やかな朝の空気を残していた。

 

「俺は、カシウス・ブライトだぞ! 覚悟しろ、この悪人め!」

 

そう言って街の少年、ルックがパットを追いかける声が二人の耳に届く。

 

「まったく、何で父さんはあんなに人気があるんだか」

 

エステルのつぶやきに、ヨシュアは苦笑し、二人は遊撃士協会への道を歩いて行った。

 

「おはようエステル、ヨシュア」

 

二人が遊撃士協会の建物に入ると、いつものように穏やかな感じでアイナがカウンターで出迎えた。

 

「おはようアイナさん、シェラ姉は?」

「もう仕事に向かったわ」

 

一足先に遊撃士協会へと向かったはずのシェラザードの姿が見当たらない事を不思議に思ったエステルが訪ねると、アイナはそう答えた。

 

「さすが手際が良いですね」

「長い間一緒に仕事をしていれば、たいていの事は分かるものなのよ」

 

感心した様子のヨシュアに、アイナはそう告げた。

 

 

 

「ねえ、あたし達にも早く仕事を教えてよ!」

 

 

 

エステルはこれから始まる遊撃士としての仕事に興奮を抑えられないようだった。

 

「わかったわ、あなた達にお願いできる仕事はとりあえず三つあるのだけど、まず最初は、パーゼル農園に行って欲しいのよ」

 

パーゼル農園とはロレントの街の郊外にある、エステルの幼馴染のティオの両親がやっている酪農と菜園を営む農家だ。

 

「あなた達には農園を荒らす魔獣を退治してもらいたいの」

「ティオ達は大丈夫なの!?」

「ええ、荒らされたのは畑だけで今のところ怪我人は出ていないみたいね」

「よかった」

 

アイナの言葉にエステルは少し安心して胸をなで下ろした。

 

「でも、これから被害が拡大する恐れはありますね」

「だから協会の方に相談があったのよ」

 

ヨシュアの言葉にアイナは軽くうなずいた。

 

「うん、わかった! この仕事、引き受けさせてもらうわ!」

 

エステルは拳を突き上げ力強く宣言した。

 

「では、ギルドの委任状を渡すわね。これは、あなた達に正式に仕事を依頼したという証明書」

 

アイナはそう言ってエステルに一枚の遊撃士協会のスタンプが押された紙を渡した。

 

「ティオならあたし達の事知ってると思うけど……まあ一応、受け取って置いた方が良いのかな」

「遊撃士の名に恥じないように頑張ります」

 

二人の返事に満足したアイナはさらに話を進める。

 

「それで依頼の話なんだけど、昼間は農作業や出荷で忙しいから、夕方に話を聞きに来て欲しいそうよ」

「大分時間が空いてしまうね」

「ティオ達の仕事を手伝おうか?」

 

アイナの話を聞いたヨシュアとエステルは困った顔を見合わせて相談した。

 

 

 

「それなら掲示板の仕事をこなしてみない? そこには遊撃士協会からの直接依頼じゃない依頼が書かれているの」

 

そうアイナに提案されて二人が掲示板を見ると、用件が書かれた紙が数枚貼られていた。

 

「そこにある依頼は、遊撃士協会に所属している遊撃士なら誰でも引き受けて良い、特に指名されていない依頼なんだけど……他の遊撃士の負担を軽減するためにも、余裕があったら引き受けてあげて。もちろんこれも正式な依頼だから遊撃士協会から報酬がでるから、よろしくね」

「了解」

「わかりました」

 

説明をアイナから受けた二人は首を縦に振った。

 

「僕達ができそうな依頼は、まずこれかな?」

 

ヨシュアがそう言って指差したのは、光る石の捜索と書かれた依頼だった。

 

「探し物なら他の依頼のついでに出来るかもしれないし、依頼人から話を聞いてみようか」

「OK!」

 

アイナから依頼人である少年、カレルの特徴を聞いた二人は、さっそく街の中を捜したのだった……。

 

「困ったな、どこいっちゃったんだろう……」

 

泣きそうな顔で地面を探している少年を見て、二人はこの少年がカレルだと確信して声を掛ける。

 

「キミがカレル君?」

「うん、そうだけど」

 

少年はポカンとしてエステルに答えた。

 

「僕達は遊撃士だよ」

「石を見つけたのか!?」

 

ヨシュアが胸の紋章を指差すと、カレルは嬉しそうに詰め寄った。

 

「あたし達、依頼を見て話を聞きに来たのよ」

「なんだ、そっか……」

 

エステルの返事を聞いて、カレルはガッカリとした様子だった。

 

 

 

「あたし達が絶対見つけ出すから、詳しい話を聞かせなさい」

「エステル、何でそんなに偉そうなんだよ」

 

腕組みをするエステルを見て、ヨシュアは溜息をついた。

 

「オレ、昨日雑貨屋でお袋の商売の手伝いをしていたんだよ。それで、気が付いたらポケットに入れてあった光る石が無くなっていたんだ」

「手掛かりはそれだけ? 他には何か無いの?」

 

エステルに聞かれたカレルは首を左右にブンブンと振る。

 

「やっぱり無理だよな」

 

落ち込んでしまったカレルを励ますようにエステルは大見得を切る。

 

「大丈夫、あたし達は遊撃士なんだから、言わば探し物のプロよ」

 

自信たっぷりなエステルに、カレルは期待に目を輝かせた。

 

 

 

「で、どうしたらいいかな?」

 

エステルが尋ねるとヨシュアとカレルは思いっきりずっこける。

 

「エ、エステル……」

「姉ちゃん……」

 

気を取り直したヨシュアはエステルに提案をする。

 

「そうだね、もう一度雑貨屋を調べてみよう」

「兄ちゃんだけが頼りだよ」

 

カレルはヨシュアに深々と頭を下げるのだった……。

 

 

 

<ロレント市 リノン総合商店>

 

「いらっしゃい、エステル、ヨシュア」

 

カウンターに居た店主のリノンは店に入ってきたエステルとヨシュアに声をかけた。

 

「今日は捜し物があって来たのよ」

「ストレガー社の新モデルなら入荷は来週だって言わなかったかな?」

「スニーカーを買い来たんじゃないのよ」

 

リノンにエステルは苦笑いを浮かべて答えた。

 

「昨日、この店に親子の二人連れが来ませんでした?」

 

 

 

ヨシュアに尋ねられて、リノンは考え込む。

 

「そういえば、カルバード共和国から木芸品を売りに来た人がいたね。うちは生活雑貨を売る店だからって断ったんだけど」

「その子がこの店で大事なものを落としたって言うから捜しに来たのよ」

「キラキラ光る石らしいんですが……リノンさんはご存じありませんか?」

「掃除はしたけど、そんなものは店の中では見かけなかったな」

 

リノンは気まずそうに首を横に振ってヨシュアの質問に答えた。

 

「そうですか、ありがとうございました。じゃあ他を探してみようか、エステル」

 

ヨシュアがそう言って声を掛けると、エステルがお菓子のコーナーに釘付けになっている事に気が付いた。

エステルは財布を鞄から取り出している。

 

「エステル、仕事中に買い食いはダメだよ」

 

ヨシュアはエステルの腕を引いて強引に店を出た。

 

 

 

「手掛かりも無くなったし、どこを探そうか……」

「あっ!」

 

店を出たヨシュアが空を仰ぎながらつぶやくと、エステルが叫び声を上げた。

声に驚いたヨシュアがエステルの方を向くと、エステルは地面にはいつくばって排水溝を覗き込んでいる。

 

「お金を排水溝に落としちゃったのよ」

「財布の口をきちんと縛って置かないから、落とすんだよ」

 

ヨシュアはあきれた顔でため息をついた。

 

「こうなったら、地下水路に行くかないわ!」

「小銭なんて、見つけられないよ」

 

気合を入れてガッツポーズをとるエステルに、ヨシュアはウンザリとして言い放った。

 

「大丈夫、あんなにキラキラ光ってるし」

「そんなバカな!?」

 

エステルの言葉に驚いたヨシュアが排水溝を覗き込むと、陽光を受けて輝く物体が確かに地下水路に落ちているのが見えた。

 

「もしかして、あれって依頼の光る石じゃないのかな。貨屋で落としたって話だし、調べてみる価値はあると思う」

「じゃあ早く行こう!」

 

今度はエステルがヨシュアをグイグイと引っ張って地下水路へと向かうのだった……。

 

 

 

<ロレント市 地下水路>

 

エステルとヨシュアは地下水路に入るのはこれで三回目。

内部の探索や魔獣との戦闘も落ち着いて慣れたものだった。

そして、二人はあっさりと地下水路の奥でキラキラと光る石を見つける。

 

「これは、何かのクォーツみたいだね」

「でも、あたし達の持っているものに比べて光りが弱いわね」

「きっと劣化しまっているんだよ。さあ、これを持っていこう」

 

ヨシュアはそう言って光る石を水路の底から拾い上げた。

 

「あたしの落としたお金はどこ?」

 

そう言いながらエステルは辺りを見回す仕草をしていた。

 

「多分、水に流されてしまっただろうね」

「そ、そんな!」

 

頭を抱えたエステルの絶叫が地下水路に響くのだった……。

街に戻った二人が見つけた石をカレルに渡すと、カレルは飛び跳ねて喜ぶ。

 

「ああ、これだよ。ツァイスの街でオジさんから貰った宝物なんだ」

「よかったわね」

 

カレルの笑顔を見て、エステルも胸をなで下ろした。

 

「なるほど、ツァイスの街だからクォーツなんだ」

「この石、クォーツって言うのか」

 

ヨシュアのつぶやきを聞いて、カレルは感心した表情で手に持った光る石を見つめた。

 

「残念ながら、劣化が激しくて使う事はできないけどね」

「それでも、オレにとって宝物だって事は変わらないぜ」

 

そう言ってカレルは誇らしげにクォーツを握り締めた。

 

「そうだ、宝物を取り戻してくれた兄ちゃん達にコレをやるよ」

 

カレルは自分の弁当箱から串に刺さったミートボールを二人に差し出した。

 

「ありがとう」

 

ヨシュアとエステルは内心冷や汗をかきながらも笑顔を作って受け取ったのだった……。

 

 

 

 

 

 

<ロレント市郊外 パーゼル農園>

 

その後いくつか小さな依頼をこなし、エステルとヨシュアは予定通りパーゼル農園へと到着した。

 

「結構歩いたわね」

 

エステルは農園に着くと思いっきり深呼吸をした。

パーゼル農園はティオの両親と、ティオ、ティオの妹チェルと弟ウィルの五人家族が運営しているロレント郊外に存在する農家の一つだ。

トマト畑、ナス畑、キャベツ畑、ビニールハウス、そして牛の居る厩舎まである兼業農家。

ブランド品としてリベール国内や近隣諸国まで知れ渡っている。

 

「まったくのどかで、魔獣が暴れているなんて信じられないんだけど」

「いや、あそこを見てよ」

 

ヨシュアの指差す方には、作物が食い散らかり荒らされた畑があった。

 

「ひどい事するわね」

「魔獣達の規模は侮れないな」

 

二人は深刻な顔をしてつぶやいた。

 

 

 

「あ、エステル姉ちゃんとヨシュア兄ちゃんだ。遊びに来てくれたの?」

 

農園にやって来た二人に気が付いたウィルにそう聞かれたヨシュアは申し訳なさそうに首を振る。

 

「ごめん、今日は遊撃士の仕事できたんだ」

「えーっ、残念だな」

「後で時間があったら遊んであげるよ」

「わーい!」

 

ヨシュアの言葉を聞いたウィルは嬉しそうに歓声を上げた。

話している間に牛舎の方からティオがやって来て、エステルとヨシュアに気が付き声を掛ける。

 

「聞いたわよ、二人とも遊撃士になったんだって? おめでとう」

「まだ見習いの準遊撃士だけどね」

「それで、僕達は今日は父さんの代わりに来たんだけど……」

 

ヨシュアが事情を話すと、ティオは深刻な顔でうなずく。

 

「ここ数日、ずっとだから私もすっかり寝不足よ」

「という事は、その魔獣は夜にやって来るんだね?」

「そう、詳しい話はお父さん達から聞いて。そろそろ戻ってくると思うけど……」

 

ティオの言葉に答えるようなタイミングで、ティオの母親のハンナと父親のフランツが農園の入口に姿を現す。

 

 

 

「おや、エステルにヨシュアじゃないか」

「レナさんのお使いか?」

「今日は、遊撃士協会の仕事で来ました」

 

ヨシュアはフランツに委任状を見せて、父親のカシウスの仕事を代わりに引き受けた事を話した。

 

「……なるほど、しかし二人だけで退治なんて危険すぎやしないかねぇ?」

「そうだな、ケガなんかさせたら申し訳ないし……」

 

ハンナとフランツは渋い表情でエステルとヨシュアを見つめた。

 

「遊撃士協会の承認も得ています。どうか任せていただけませんか?」

「だがな……」

 

 

 

ヨシュアが訴えかけても、フランツはためらっている様子だった。

 

「おじさん、あたし達だって魔獣に負けないように鍛えてるのよ!」

 

エステルはそう言って棒術を披露した。

 

「ねえ、お父さん、私からもお願いするわ」

「分かった。それなら、お任せしようか」

 

ティオにも頼まれたフランツはゆっくりとうなずいた。

 

 

 

「やった!」

 

フランツの言葉にエステルは笑顔になった。

 

「それで、どんな魔獣が出るんですか?」

「暗くて良く見えなかったんだけど、ウサギみたいな猫みたいな魔獣でね。夜に数匹のグループで現れては畑の野菜を食い荒らして行くんだ」

 

ヨシュアの質問にフランツはそう答えた。

 

「私達に襲いかかってきた事は無いけど、遊撃士に退治してもらうしかなさそうだって事になったのよ」

「大丈夫、あたし達がとっちめてやるから!」

 

ため息をつくハンナを、エステルは励ますように言った。

 

「じゃあ、家の中で夜まで待っていると良い」

「すみません、お邪魔します」

 

ヨシュアはフランツに礼儀正しくお辞儀をして家へ入った。

 

「わーい、お兄ちゃん一緒に遊ぼう!」

 

ウィルも嬉しそうにヨシュアの後をついて行った。

そんなヨシュアの姿を見送って、エステルは軽くため息をつく。

 

「まったく、ヨシュアってば小さい子に人気あるのよね」

「エステルも街の子に好かれてるじゃない、パット君とか」

「あいつはあたしを舐めてるのよ」

 

エステルはウンザリとした顔でティオに答えるのだった……。

ティオの家族達と楽しい夕食を共にした後、エステルはティオの部屋に呼び出される。

 

「ティオ、二人だけで話したいって何の話?」

「ヨシュア君、好きな子が居るのかな」

「別に誰も居ないと思うけど」

 

ティオに聞かれたエステルはキョトンとした顔で答えた。

 

「だってヨシュア君、告白して来た子を全部断ってるらしいわよ」

「あんですって!? そんなの聞いてないわよ」

 

激高したエステルをなだめながらティオは話を続ける。

 

「まあまあ、女の子に相談するような話じゃないだろうし。それに、エステルには言えるはずないじゃない」

「えっ、何で?」

「鈍感もここまで行くと救いようが無いわね……」

 

エステルの反応にティオは深いため息を吐き出した。

 

「エステル、そろそろ見回りの時間だよ」

 

 

 

二人が話していると、ヨシュアのノックの音が鳴り響いた。

 

「わかったわ!」

 

エステルは返事をすると、急いで部屋を出て行った。

ティオはエステルを見送ると、再び大きなため息をつくのだった……。

 

「そろそろ例の魔獣がやってくる時間だ、気を引き締めて行こう」

 

外に出たエステルは返事をせずに疑うような目でヨシュアの事をじろじろと見ている。

 

「ねえヨシュア、あたしに何か隠し事していないでしょうね?」

「えっ、何を?」

 

エステルに突然尋ねられてヨシュアは不思議そうな顔をした。

 

「ヨシュアはあたしの家族だよね? そりゃ本当の血がつながった家族じゃないけど、家族って言ってもいいよね?」

「エステル?」

「だから、何でもお姉さんに相談しなさい! 恋の悩みとか!」

「はあっ!?」

 

エステルはヨシュアを励ますように肩を叩いたが、ヨシュアは訳が分からず頭の中で疑問符(ハテナマーク)がグルグル回っていた。

夜の農園は草原や森から聞こえる虫の声とフクロウの声以外は静かなものだった。

 

「こんなに静かなら、魔獣がやって来たらすぐにわかるね」

「うん、月のおかげで明るいようだし、見つけるには絶好の機会だ」

 

二人は警戒されないように畑から少し離れた物陰から見張る事にした。

今日やって来なければ、また明日からも張り込みを続けなければならない。

エステルは早くやって来いと念じ続けた。

するとエステルの祈りが通じたのか、しばらくして複数の足音が静かな農園に響き渡った。

足音は畑の方から聞こえて来る。

これは標的の畑荒らし達だと確信した二人は武器を握り締め畑へと駆けつけた。

しかし、二人の姿を目撃した魔獣達は猫のような鳴き声を上げて森の方へと逃げ去ってしまった。

 

 

 

「こらまて~!」

「森の中に逃げ込まれたら、探すのは難しいよ」

 

武器を振り上げ農園の外へと追いかけようとしたエステルを、ヨシュアは肩をつかんで引き留めた。

 

「どうしよう、もう諦めるしかないのかな」

「いや、また戻ってくる可能性もあるよ。エステルみたいに食い意地が張ってればね」

「あたしみたいは余計よ!」

 

エステルはヨシュアの一言に顔を膨れさせながらも、おとなしく魔獣が再び姿を現すのを待つ事にした。

夜もさらに更けた頃、二人の耳にまた複数の足音が届く。

 

「よし、今度こそ捕まえるわよ!」

「待ってエステル」

 

ヨシュアはエステルを止めて、作戦を使って魔獣達を捕まえようと提案したのだった。

 

「こらっ、性懲りも無くまた来たわね!」

 

エステルが魔獣達の正面に姿を現すと、魔獣達は背を向けて逃げ出した。

 

「おっと、こっちは行き止まりだよ」

 

森への最短距離にはヨシュアが立ち塞がっていた。

回り込まれた魔獣は農園の別の道を迂回しようとしたが、その行く手に並べられていた木の枝の山が燃え上がった!

エステルがファイアボルトのアーツで火をつけたのだ。

火の勢いは大したものではないが、野生の動物は火を極度に恐れる習性と同じように、魔獣達のグループは崩壊し、パニックになっている。

 

「よし、今だ!」

 

ヨシュアは魔獣達ではなく、足元の地面を狙ってアクアブリードのアーツを放った。

水分を多量に含んだ畑の土はドロドロになり、魔獣達の足に絡みつく。

 

 

 

「ふっふっふ、覚悟しなさい!」

 

足が滑って動きのとれない魔獣達をエステルが棒で殴りつけた。

ヨシュアも気絶効果のあるカオスブランドのアーツで応戦する。

気絶して大の字になって横たわる魔獣達をエステル達は縄で縛り上げた。

 

 

 

「魔獣達を一網打尽にして捕らえるとは驚いたよ」

 

報告を受けたフランツは魔獣達の姿を見て、感心した様子で話した。

 

「ところで、この魔獣達をどうしよう?」

「明日の朝、人目につかない森の中に運んで処分しよう」

「ええっ!?」

 

冷静に答えたヨシュアの言葉に、エステルとティオはショックを受けた。

 

「僕達は魔獣退治に来たんだよ。次に同じ被害が出たら、遊撃士協会の信用にかかわるじゃないか」

「そりゃ、そうだけど」

 

ヨシュアにたしなめられて困った顔をしているエステルに、ティオが助け船を出す。

 

「ねえヨシュア君、人に危害を加えなかったんだし、見逃してあげて」

「これだけ痛い目にあったら懲りるだろうね」

「私もみだりに生物の命を奪うのは反対だ」

 

ハンナとフランツまでに反対されて、ヨシュアは黙り込んでしまった。

考え続けるヨシュアをエステル達は固唾を飲んで見つめた。

そして結論を出したヨシュアはゆっくりと口を開く。

 

 

 

「わかりました。被害に遭われたみなさんがそう言うのなら意向を尊重します」

「すまないね、せっかく来てもらったのに。これからは柵を高くして再発防止に努めるよ」

「それじゃあ決まりね」

 

ヨシュアとフランツのやり取りを聞いたエステルは笑顔になると、魔獣達を農園の外へと連れて行き縄を解いた。

 

「夜遅くまで疲れただろう、泊まって行きなさい」

「ありがとうございます」

 

二人はフランツの好意に甘え、パーゼル農園に一泊する事にした。

 

 

 

「ごめん、今日はみんなに嫌な思いをさせちゃったね」

 

母屋へと入る前に、ヨシュアはエステルに謝った。

 

「まあ、普通に考えたらヨシュアの意見も正しいと思うって」

 

エステルは深刻な顔をするヨシュアを励ますように明るい笑顔で答えた。

 

「僕って心の冷たい人間だと思うだろ。こう言う時、僕はたまらなく自分が嫌になるよ」

「ちょっと嬉しいかな」

「えっ?」

 

そのエステルのつぶやきに驚いたヨシュアは、目を丸くしてエステルを見つめた。

 

「ヨシュアってさ、いつも一人で溜めこんじゃうじゃない。それって、あたしにとっては寂しい事よ」

「エステル……」

 

月明かりに照らされた優しい笑顔を向けるエステルを、ヨシュアは眩しそうに見つめていた。

 

「あたしの前ではもっと自分をさらけだしてもいいのよ。あたしはヨシュアの事、わかっているんだから無理して強がらなくてもいいのよ」

「ありがとう」

 

 

エステルの言葉で気分が軽くなったヨシュアは、安らかな眠りに就く事が出来たのだった……。

 

「ティオ、おはよう!」

「おはようエステル、ヨシュア君もよく眠れた?」

「うん、おかげさまで」

 

朝食の用意をしていたティオに返事をしたヨシュアはエステルとチラッと見合わせた。

二人の様子を見たティオは昨日の夜、何かあったのかと感じた。

 

「エステル、ご飯を食べたらギルドに報告に行くよ」

「合点承知!」

「私もお礼に腕によりをかけた料理を作るからね!」

 

 

 

ティオの作る料理の匂いが食卓に充満していった。

初めての遊撃士の仕事を通じて、お互いの信頼が深まった事を感じた二人だった……。



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第五話 魔を呼ぶ七曜石の輝き

<ロレント市 遊撃士協会支部>

 

パーゼル農園で休息をとったエステルとヨシュアは、魔獣退治の仕事の報告と、新たな仕事を受けるために遊撃士協会へと向かった。

 

「なるほど、魔獣を逃がしてあげたのね」

「ごめんなさい」

 

 

 

エステルとヨシュアはアイナに頭を下げて謝った。

 

「あなた達は悪くないわ」

 

二人はアイナの言葉に驚いて顔を上げた。

 

「遊撃士の使命は人々を守る事……でも方法はいろいろあるし、正義は星の数ほど存在するわ。あなた達もそれを感じ取れるようになってね」

「なるほど、遊撃士というのは奥が深いんですね」

 

アイナの言葉にヨシュアは感心して息を吐き出した。

 

「遊撃士の仕事は魔獣退治だけじゃ無くて、総合的な判断能力と、柔軟な問題解決能力が要求されることもあるのよ」

「うーん、遊撃士って大変なのね」

 

エステルは腕組みをしながらうなった。

 

「頑張ってね、今回は評価にボーナスを付けたから」

 

アイナは二人の手帳に評価を書きこむと、二人に返してから笑顔で告げる。

 

「おめでとう。今回の事件解決で、あなた達は一番下の9級から、8級へと昇格したのよ」

「えっ、あたし達昨日遊撃士になったばかりなのに?」

「8級への昇格条件は緩くてお祝いみたいなものだから。……これが8級昇格と同時に送られる支給品よ」

 

そう言うとアイナは厳重に施錠された金庫からクォーツを取り出してエステルとヨシュアにそれぞれ渡した。

 

「それは情報のクォーツ。魔獣の特性が記録された、先輩遊撃士達が集めた努力の結晶よ。あなた達も見た事の無い魔獣を見つけたら、登録をお願いね」

「昆虫図鑑みたいなものね、ワクワクするわ」

「会った事の無い魔獣もたくさん載ってるよ」

 

エステルとヨシュアが歓声を上げながら情報のクォーツのデータを閲覧している様子をしばらく眺めていたアイナは、苦笑しながら二人に声をかけた。

 

「そろそろ、次の仕事の話をしていいかしら?」

「あ、すいません」

「待ってました、今度も魔獣退治?」

 

意気込むエステルに対してアイナは静かに首を振る。

 

「いいえ、今度は物品運搬の依頼よ。依頼主はクラウス市長、簡単な仕事だって聞いているわ」

「物を運ぶだけなんて、郵便屋さんの仕事じゃないの?」

 

やりがいの無い仕事だと思ったエステルはガックリと肩を落とした。

 

「エステル、仕事に選り好みはいけないよ」

 

そんなエステルをヨシュアが渋い顔でなだめた。

 

「詳しい事情は市長さんに直接聞いてみてね」

 

エステルとヨシュアはすぐに市長邸に向かったが、メイドは市長は用事で夕方まで帰らないと告げた。

 

「急ぎの用事じゃないのかな?」

「それじゃ、遊撃士協会に戻って別の仕事を捜そうか」

 

 

 

二人は遊撃士協会の掲示板の依頼を片付ける事にした。

 

「僕達が出来そうなのはこの三つだね」

 

ヨシュアが指差したのは、街道灯の交換、兵士訓練、ミルヒ街道の魔獣退治だった。

 

「上手くこなせば、夕方までにすべて終わりそうだね」

「じゃあ、全部やってみましょう!」

 

二人はアイナから三つの依頼の委任状を受け取ると、元気良く遊撃士協会を飛び出したのだった……。

 

 

 

 

<ロレント市 メルダース工房>

 

その頃、営業準備中のメルダース工房では店先の掃除をしていたフライディが接近中のエステルの姿を見つけ、店の中へと駆け込む。

 

「大変です、エステルがやって来ます!」

「何だと、あの栗毛の元気なお嬢ちゃんか!? フライディ、早く高価な製品を奥の倉庫にしまえ!」

「はいっ、メルダース親方!」

 

エステルが小さい頃から被害に遭っていたメルダース工房の二人の対策は続いていた。

 

「はぁはぁ……今日は何の用だい……?」

 

息を切らせてカウンターに戻ったフライディがエステルに尋ねた。

 

「街道灯の交換の依頼の件で来たのよ」

 

エステルがそう言って委任状を見せると、二人は真っ青な顔になる。

 

「ええっ、冗談じゃないのか?」

「お嬢ちゃん、あんた壊すのが専門だろ?」

 

エステルの言葉にフライディとメルダースは抗議の声を上げた。

 

「ひどい、そんなにあたしって信用が無いの?」

「えーっと、エステルには僕が絶対に触らせないと約束するので、任せていただけませんか?」

 

ヨシュアがフォローになっていないフォローをすると、二人は顔を見合わせて相談を始める。

 

「また依頼をやり直している時間はありませんよ」

「仕方ないか」

 

フライディは真新しいオーブメント灯を取り出すと、ヨシュアに説明を始めた。

 

「君に修理してもらいたいのはロレントからミルヒ街道に出て、六番目の街灯の交換なんだ」

「なるほど」

「それで交換の手順だけど、オーブメント灯の解除コードをまず入力して……」

 

 

 

二人の話を、仲間外れにされた感じのエステルは面白くなさそうな顔で眺めていた。

 

「オーブメント灯には魔獣除けの効果があるんだけど、オーブメント灯が故障すると逆に中に入っている七耀石が魔獣を呼び寄せてしまう効果があるんだ。だから街道の安全のためにもっと早く交換したかったんだけどね」

「エステルにも出番があるよ、交換してる間に魔獣を追い払うんだってさ」

「どうせあたしは肉体労働派よ!」

 

エステルはヨシュアに向かって舌を出してむくれたのだった……。

 

 

 

<ロレント地方 ミルヒ街道>

 

「エステル、僕は戦う事が出来ないから、しっかり守ってね」

「分かってるって!」

 

 

 

ヨシュアはオーブメント灯を割ってしまわないように気を付けながら歩いた。

エステルはそんなヨシュアが魔獣との戦闘に巻き込まれないように警戒しながら前を進む。

運良く手ごわい魔獣に出会う事は無く、エステル一人で余裕で追い払う事が出来た。

パーゼル農園への分れ道の近くに差し掛かると、街灯の一つの周りに魔獣達が集まっているのが二人に見える。

 

 

「どうやら、あの街灯みたいだね」

「じゃあ、魔獣はあたしに任せて!」

 

エステルは魔獣達の前に踊り出た。

 

「ほらっ、かかって来なさいよ!」

 

手にした棒を振り回し、魔獣達を挑発した。

魔獣達はオーブメント灯から離れてエステルを狙って動き始めた。

 

「鬼さんこちら、手の鳴る方へ!」

 

エステルは魔獣達をさらにオーブメント灯から離れた広い場所までおびき寄せた。

魔獣達はエステル達を追いかけながら包囲の幅を縮めようとするが、エステルは武器の長い棒を振り回して魔獣達の接近を阻む。

 

「食らいなさい、旋風輪!」

 

エステルのクラフトを受けた魔獣達は弾かれたように後ずさった。

しかし体力を使ってしまったエステルは動きが鈍くなり、魔獣達の接近を許してしまう。

 

「くっ……このままじゃ……!」

 

エステルの背中に冷汗が流れたその時、取り囲んでいた魔獣の列の一角が崩れる。

 

 

 

「エステル、お疲れ様。オーブメント灯の修理は終わったよ」

「ヨシュア!」

 

ヨシュアが顔をのぞかせると、エステルは嬉しそうに歓声を上げた。

前後から挟み撃ちにされた魔獣はパニックになり、二人に倒されるか、四散して逃げて行った。

 

「ありがとう、助かったわ」

「格好つけようとクラフトなんか使うから隙が大きくなるんだよ」

 

多数の敵と戦う場合には、通常攻撃を続けるのが基本である。

その法則を無視したエステルをヨシュアは注意してため息をついた。

 

「ごめん、肝に銘じるわ。そうだ、手配魔獣ってこの近くに居るのよね? ついでに退治しちゃいましょうよ」

「でもさっき魔獣の群れと戦ったばかりだし、少し休んだ方がいいよ」

 

ヨシュアに説得されて、エステル達が街道の近くで休んでいると、通りがかりのハンナとフランツに会った。

二人は街へ野菜を出荷しに行った帰りらしい。

ちょうど家で昼食の時間だったため、またエステルとヨシュアはパーゼル農園へ寄らせてもらう事になった。

 

「またご馳走になってごめんね」

「いいって、いいって。それに、街道の安全を守ってくれるなら家も助かるし」

 

ティオはエステルに気さくに答えた。

パーゼル農園で昼食をご馳走になった二人は元気全開で魔獣退治に向かうのだった……。

 

「さてと、どっちに行けばいいのかな」

 

ミルヒ街道に戻ったエステルは、分れ道を見てつぶやいた。

 

「僕達がやって来た街の方には見当たらなかったから、ヴェルテ橋の方だろうね」

「オッケー!」

 

 

エステルはヨシュアに返事をすると、軽い足取りで街道をヴェルテ橋方面へと歩き始めた。

郊外に点在する農家が無くなった辺りで、エステルは野原の一角を指差す。

 

「もしかして、アイツが手配魔獣?」

 

エステルの指差す方を見ると、ヨシュアにも見覚えの無い魔獣が居る。

 

「そうみたいだね……待って、エステル」

 

ヨシュアは戦術オーブメントを起動し、情報のクォーツを確認した。

すると、クォーツに魔獣の詳細なデータが表示された。

 

「魔獣の名前はパインプラント。炎に弱い魔獣のようで、倒すと爆発するらしいね」

「それなら、一気にファイアボルトで片づけちゃいましょう!」

「うん、そうだね」

 

二人は魔獣との距離を詰めるとファイアボルトの詠唱を開始した。

魔獣の方も二人に気がついたのか、アーツの詠唱を開始する。

 

「うそっ、魔獣もアーツを使うの?」

 

初めて見る魔獣の意外な行動に、エステルは驚きの声を上げた。

戸惑いながらも二人はアーツの詠唱を終え、二つの火球が魔獣に向かって命中する!

直後に魔獣の詠唱したアクアブリードのアーツが発動し、エステルは発生した水柱を食らって突き飛ばされ尻餅を突く。

 

「痛ーっ!」

「くっ、させるか!」

 

魔獣が再びアーツの詠唱を始めたのを見たヨシュアは、直ちにファイアボルトの詠唱をした。

そして一足早く詠唱を終えたヨシュアの戦術オーブメントから放たれた火球が魔獣に止めを刺す!

魔獣は爆発を起こし、その体はバラバラに砕け散った。

 

「エステル、大丈夫?」

「うん、ちょっとお尻が痛いけど」

 

エステルはお尻をさすりながらも笑顔でヨシュアに答えた。

そして地面に落ちた魔獣の破片を見てエステルはため息を吐き出す。

 

「情報のクオーツがあって助かったわね」

「そうだね、直接殴っていたら爆発に巻き込まれていたよ」

 

戦術オーブメントの重要性を痛感した二人だった。

 

「ねえ、ここまで来たんだし、ついでに他の仕事をこなしていかない?」

「だけどエステル、疲れてない?」

「こんなのほんの腹ごなしよ!」

 

気遣うヨシュアの言葉にエステルは力こぶを作るポーズで答えた。

そして二人は兵士訓練という依頼のあるヴェルテ橋へと向かう事にしたのだった……。

 

 

 

 

 

<ロレント地方 ヴェルテ橋の関所>

 

二人がヴェルテ橋に到着するまでの間、誰ともすれ違う事は無かった。

近年はリベール王国内での長距離移動は飛行船が一般的なものになってしまい、徒歩で都市間を移動する人はほとんど居なくなってしまったからだ。

手配魔獣退治の優先順位が落ちてしまったのもそのせいである。

門を警備する兵士も暇そうに欠伸をしている。

 

 

 

「ふああっ、君達は修行中の準遊撃士かな?」

「えっ、どうして分かったの?」

 

自分が名乗る前に身分を見抜かれたエステルは驚いた。

 

「そりゃあ、徒歩で旅をするなんて、大きな荷物を持った商人の一行か、支部を巡回する準遊撃士ぐらいなものだからさ。あまりに人通りが無いから、暇つぶしに雲の形で連想ゲームを始めちゃったよ」

 

そう言って話していた兵士はもう一度大きく欠伸をした。

もう一人の警備についている兵士も門の方をチラリとも見ずに本を読んでいる有様。

 

「門を通りたいなら、隊長の許可をもらってきてよ。一応規則規則だからね」

「違うのあたし達、隊長さんに依頼を受けてきたのよ」

「ふーん、何の依頼だろう?」

 

エステルとヨシュアはのんきな兵士に見送られて、関所の建物の中に入った。

 

「おや、エステルとヨシュア君じゃないか。いつもうちの息子のルックの遊び相手をしてくれて助かるよ」

 

入ってきた二人の姿を見た隊長のアストンは気さくに声をかけた。

 

「まったく、ルックってば腕白で困っちゃうわよ」

「すまない、軍務ばかりで父親としてあいつに何もしてやれなくてな」

「だったら父さんみたいに遊撃士になっちゃえば?」

「ははっ、私はカシウスさんみたいに遊撃士としてやっていく自信が無いからなあ」

 

エステルの提案にアストンは乾いた笑い声を出して答えた。

遊撃士には総合的な判断能力と柔軟な問題解決能力が必要であり、組織の一員として命令を遂行する軍隊とはまた違った面がある。

 

 

「ところで、君達はどうしてここに?」

「僕達は遊撃士協会の掲示板で依頼を見てこちらに来ました」

 

アストンに尋ねられたヨシュアはそう答えた。

 

「新米のあたし達じゃ兵士さん達の訓練相手にならないかな?」

「いや、だらけた部下達に君達のやる気を分けてやりたいぐらいだ、是非お願いするよ」

 

話し合いがまとまったところで、すぐにエステル・ヨシュアの遊撃士チームとスコット・ハロルドの門番チームの模擬戦が門の前で行われることになった。

 

「全員、位置について」

 

アストンの号令に従い、二人同士の組は少し離れてお互いに向き合った。

 

「五歩前進!」 

 

エステル達はゆっくりと距離を縮めた。

 

「構え!」

 

エステルとヨシュア、銃剣を装備した兵士二人が戦闘態勢に入る!

 

「てやっ!」

「うわっ、手が痺れる」

 

エステルが振り下ろした棒を銃剣で受け止めたスコットは悲鳴を上げた。

 

「大丈夫か、スコット!」

「雷が落ちたみたいだ……」

 

ハロルドに声を掛けられたスコットは苦しそうに顔を歪めて答えた。

 

「まったく、兵士さんなのに情けないわね」

 

スコットの様子を見て、エステルは余裕綽々だ。

 

「なめるな!」

「きゃあ!」

 

ハロルドがペイント弾を放つと、エステルはひるんでしまった。

 

「エステル、落ち着いて!」

 

ヨシュアはエステルに声を掛けながら、アーツで兵士達の動きをけん制した。

そして試合は長期戦の様相を呈し、エステルの攻撃に耐えきれなくなったスコットがついに崩れ落ちる。

 

「ま、参った。まるで魔獣のような怪力だな」

「あんですって~!」

 

怒った顔で棒を振り回しながら追いかけるエステルと必死に逃げ回るスコット。

アストンとヨシュアはあきれ顔でため息を吐き出す。

 

 

 

「スコットのやつ、まだあんなに体力が残っているじゃないか」

「エステルもすぐに頭に血が昇るんだから」

 

二人の追いかけっこはしばらく続き、疲れ果てた二人が帰って来た頃には夕方になりかけていた。

 

 

 

「今日は本当にありがとう、君達のおかげで部下達も少しは目が覚めただろう」

「あたし達も勉強になりました」

 

エステルとヨシュアはアストンに深々と頭を下げた。

 

「君達の活躍を祈っているよ」

 

二人はアストン達に見送られて街への帰途へ就くのだった……。

 

 

 

<ロレント市 市長邸>

 

街に戻った二人は、すっかり陽が沈んでしまった事に焦り、急いで市長邸へと向かう。

 

「市長さん、もう帰っているのかな」

「それどころか、待たせているかもしれないよ」

 

 

 

掲示板の依頼の報告は後回しにして、二人は改めて市長邸を訪問するのだった。

 

「……おお、留守にしていた時に来てくれたみたいですまなかったな」

 

玄関で対応したメイドに用件を話すと、すぐに二階からクラウス市長が降りて来て二人を出迎えた。

 

「話は聞いているよ。カシウスさんの代わりに仕事を引き受けてくれるそうだね」

「はい、そのつもりです」

 

市長の言葉にヨシュアはしっかりと頷いた。

 

「うむ、こんな所で立ち話もなんだ、続きは書斎の方でさせてもらうよ」

 

二人は市長に促され、二階にある市長の書斎へと案内された。

三人はメイドが持ってきたお茶を飲んで落ち着いたところで話を再開する。

 

「内容はいたって簡単な仕事で、カシウスに頼むほどではないと思ったのだがね、用心に越した事はないと考え直したんだ」

「もしかして、運ぶのは重要な物ですか?」

「うむ、北のマルガ鉱山から七耀石の結晶をここに届けて欲しいのだ」

 

ヨシュアの質問に市長はうなずいて書斎に置かれた金庫を指差した。

 

「七耀石って、大きいものは貴重で高価よね?」

「昔からマルガ鉱山では七耀石が豊富に採れるんだが、大きな結晶が採掘されたので王様に献上しようと思ってな」

「宝石の運搬か、魔獣退治とは別の意味で緊張しちゃうわね」

 

エステルが深刻そうな顔でつぶやくと市長は穏やかに微笑んで声を掛ける。

 

「まあ、そう気負う事ではあるまい。何事も経験じゃ、引き受けてくれんか?」

 

 

市長の言葉を聞いて二人はしばらく考え込んだが、顔を見合わせてうなずく。

 

「是非やらせてください」

「おお、やってくれるか」

 

ヨシュアがそう言うと、市長は嬉しそうに微笑んで封筒のようなものをエステルに渡す。

 

「わしからの紹介状だ、これを見せれば鉱山に入れるようになる」

「ありがとうございます!」

 

エステルは元気良くお礼を言うのだった……。

 

 

 

<ロレント市郊外 マルガ山道>

 

翌日、二人は改めて朝から七耀石をマルガ鉱山へと取りに行く事にした。

マルガ山道を歩きながら、エステルは周囲を見回してつぶやく。

 

 

 

「さてと、行き掛けの駄賃にホタル茸も見つかると良いわね」

「まったく、そんなに時間は割けないよ。遅くなったら心配かけるし」

 

 

 

今朝、遊撃士協会に顔を出した二人は、受付でアイナに向かって必死に訴えている中年の男性と出会った。

その男性はオーヴィッドと名乗り、マルガ山道に自生するホタル茸と言う食材を探していると話した。

オーヴィッドは午後の定期便でロレントを発たなければいけないので、アイナも時間が無いと依頼を引き受けるのをためらっていたのだ。

 

「ホタル茸はセプチウムの土壌豊かな場所に生える、緑色に光るキノコって言っていたわよね?」

「そんな簡単には見つからないと思うよ」

「ねえ、あそこの草むらなんかにありそうじゃない?」

 

エステルは何かをかぎ取ったのか、草むらに向かって駆け出して行った。

 

「やった、見っけ!」

「君の勘は犬より凄いね」

 

ヨシュアは驚き目を丸くして舌を巻いた。

エステルは手にしたホタル茸を目を細めて眺めている。

 

「ぼんやりと緑色に光ってキレイね。こうして勢い良く振り回すと、光が踊っているみたい」

 

エステルはヨシュアに見せつけるようにグルグルと手に持ったホタル茸を振り回した。

 

「エステル、早くそのホタル茸をバッグの中にしまった方が……」

 

ヨシュアがそう言いかけた刹那、三匹の猫型魔獣が二人に向かって襲いかかってきた!

しかし二人は見慣れた雑魚の魔獣にやられるはずもなく、数秒でそれらの魔獣を撃退した。

 

「はあ、ビックリした」

「出発前にアイナさんに注意されたじゃないか、ホタル茸の光で魔獣が寄ってくるかもしれないって」

「そうだったわね、ごめん」

 

エステルは光が漏れないように鞄にホタル茸をしまった。

 

 

気を取り直して二人はそのままマルガ鉱山へと向かう事にした。

入口の番をしている鉱夫に市長の紹介状を見せて奥へと入って行き、鉱山の奥深くで鉱山長を見つけ二人は声をかける。

 

「あんた達が市長さんに頼まれた遊撃士か?」

「はい、こちらがその証明です」

 

そう言ってヨシュアは遊撃士の委任状を鉱山長に渡した。

 

「それで、結晶はどこにあるの?」

「大事な物だからな、奥にしまってあるのさ」

 

二人は鉱山長に先導され、さらに奥のエレベータに乗った。

そして降りた先の小部屋に七耀石の結晶が入った箱が置かれていた。

 

「よし、箱を開けるぞ」

「うわあ、こんな大きな七耀石の結晶なんて見た事無い」

「凄い、箱全体から光があふれ出ているようですね」

 

鉱山長が箱を開いて中の結晶を見たエステルとヨシュアは歓声を上げた。

 

「風の力を秘めたエスメラスの結晶だ。これだけ大きいと宝石としての価値は莫大なものになる」

 

誇らしげに鉱山長はそう言って、箱から結晶を徐(おもむろ)に取り出し、エステルに手渡した。

七耀石の結晶を受け取ったエステルは無邪気に振り回す。

 

「ほらほら、まるで妖精達が舞っているみたいよ!」

 

さらにエステルはホタル茸を鞄から取り出して、反対側の手に握る。

 

「これで、双子の妖精! 見て見てヨシュア!」

「エステル、落とさないうちに止めた方が良いよ」

「ちぇっ、張り合いが無いんだから」

 

鉱山長は少し顔をひきつらせたような笑みを浮かべている。

 

「お嬢ちゃんに任せて大丈夫か?」

「すいません、僕がエステルに良く言って聞かせますから」

 

騒がしいエステルとヨシュアの二人組が立ち去った後、鉱山長はやれやれと溜息をついた。

 

 

 

「ああ、エイドス様。あのお嬢ちゃんが、結晶を割ったりしないようにしてください」

 

一抹の不安を拭いきれない鉱山長は女神に祈りを捧げるのだった……。

その頃、マルガ山道を引き返していた二人は、自分達の周囲に刺すような気配を感じ身を震わせていた。

 

「行きとは違って、そこらじゅうから魔獣の気配がプンプンするんだけど」

「もしかして、エステルの持っているホタル茸と七耀石の結晶の相乗効果で魔獣を強く引き付けるのかもしれないね」

「嫌なこと言わないでよ」

 

ヨシュアの言葉を聞いたエステルはウンザリとした顔でため息を吐き出した。

鉱山から出て時間が経つにつれ、遭遇する魔獣の数は多くなっているのを二人は感じる。

だが魔獣以外の存在が二人を付け狙っている事に、まだエステルとヨシュアは気が付いていなかった……。



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第六話 ホタル茸フィーバー!

<ロレント市郊外 マルガ山道>

 

「あいつらが、七耀石を持っているの?」

「魔獣達が引き付けられているから、多分そうだろう」

 

道から外れた山間で双眼鏡を使いエステルとヨシュアを見ていた覆面姿の男女はそう囁き合った。

二人は数日間、仲間と交代しながらマルガ鉱山を出入りする人間を見張っていたのだ。

そしてエステルとヨシュアに目を付けた覆面の男は、狼煙を上げて町の近くに居る別の覆面グループに合図を送る。

どうやら彼らに先回りをさせるつもりのようだ。

 

「よし、あの二人はあいつらに任せて、俺達は念のため場所を移るぞ」

「オッケー!」

 

男の言葉に、女は元気な声で答えた。

二人はエステル達から目を離し、翡翠の塔の方へと移動を始めるのだった……。

 

「まったく、次から次へとやって来るわね」

「街に帰るまで気を抜けないよ」

 

その頃、エステルとヨシュアは息を弾ませながらマルガ山道を歩いていた。

鞄の中にしまったとはいえ魔獣達は七耀石の匂いを感じ取る事が出来るらしく、エスメラスとホタル茸が強力な発生源になっているのだろう。

二人は襲って来た魔獣を追い散らしながら山道を下りて来たのだ。

 

「ほら、また魔獣のお出ましみたいだよ、頑張ろう」

「はいはい」

 

気配を感じたエステルは少し疲れた顔でヨシュアに返事をして武器を構えたが、

 

「な、何よ、あんた達!」

 

突然物陰から目の前に現れて立ち塞がった三人組の男達に、エステルは驚きの声を上げた。

 

「お前ら、身包み置いて行ってもらおうか」

「へへっ、命までは取らねえよ」

 

ゴーグルを頭に着けたその男達はナイフをちらつかせてエステル達を威圧した。

 

「ふん、遊撃士はそんな脅しには屈しないのよ!」

 

エステルは威勢良く言い放って棒を振り回した。

 

「ゆ、遊撃士だと!?」

 

堂々としたエステルの態度に、逆に男の方が動揺した。

 

「こんなガキ共にビビってんじゃねえ!」

「それにこっちは三人もいるんだ」

「そ、そうだな」

 

他の二人の男になだめられた男は気を取り直してエステル達の方を向く。

 

「さあ、怪我をしたくなかったら早く荷物を渡せ!」

「痛い目に遭うのはそっちよ!」

 

エステルは怒鳴ると同時に持っていた棒を男に向かって振り下ろした!

 

「痛えっ!」

 

男は反射的に腕でエステルの攻撃を受け止めたが、持っていたナイフを落としてしまった。

 

「ぐわっ!」

 

もう一人の男にもヨシュアが詠唱していたアーツ、ソウルブラーが直撃し、気絶してしまった。

 

「さあ、覚悟しなさい」

「お、覚えてろ!」

 

残った男とナイフを落とした男は気絶した男を肩に担いで翡翠の塔方面への道へと逃げ出してしまった。

 

「こら、待ちなさい!」

 

追いかけようとしたエステルをヨシュアが肩をつかんで引き留める。

 

「エステル、行っちゃダメだよ」

「どうして、逃げちゃうじゃない!」

「早く市長さんの所に結晶を届ける方が優先だよ。それに、わざと逃げて僕達をおびき寄せる罠かもしれない」

「なるほど、それもそうね」

 

ヨシュアの説明に納得したエステルは体の力を抜いた。

 

「でも、マルガ山道に山賊が出るなんて聞いてなかったわよ」

「いや、彼らは他の地方から流れて来た空賊じゃないかな」

 

あの男が落として行ったナイフをヨシュアは慎重に拾い上げた。

 

「そのナイフで分かったの?」

「風よけのゴーグルを頭に着けていたじゃないか」

 

遊撃士には洞察力が必要だとヨシュアに注意され、エステルは少し凹んでしまったのだった……。

 

 

 

<ロレント市 市長邸>

 

 

 

街に戻った二人は七耀石の結晶が狙われた事もあって、一直線に市長の家に七耀石の結晶を届ける事にした。

市長は二人が強盗に襲われたと聞くと、目を丸くして驚く。

 

「まさか、そんな事があったとは。……君達を危険な目を合わせてしまって、本当にすまない」

 

深々と頭を下げた市長に、二人はとまどってしまった。

 

「市長さん、そんなに謝らなくても」

「僕達は遊撃士ですから……」

 

二人がなだめても、市長は深刻な表情で考え込んでいる。

 

「最近ロレントでは事件が起きていなかったから、油断してたのだ」

「この件は遊撃士協会に任せてくださいませんか?」

「しかし、これ以上君達を巻き込むわけには……」

 

ヨシュアの提案を聞いた市長はさらに渋い顔になった。

 

「あたし達もシェラ姉の指示に従って、無茶はしないから」

「本当に危険な場合はシェラザードさんに頼みます」

「……分かった、引き続き遊撃士協会にお願いしよう」

 

二人の必死の説得に折れた市長は、七耀石の結晶の強盗未遂事件についても調査を依頼するのだった……。

そして二人は、事件の報告をするために遊撃士協会へと帰った。

 

「おお、間に合ったか!」

 

遊撃士協会の受付で待っていたオーヴィットは二人の姿を見て歓声を上げた。

 

 

 

「うわっ、忘れてた」

「ではホタル茸は?」

 

エステルの反応を見て、オーヴィットはショックを受けた。

 

「あっ、それならここに……」

 

鞄からエステルがホタル茸を取り出すと、オーヴィットはパッと笑顔になる。

 

「驚かさないでくれたまえ、いやあ本当に助かった!」

「こんな魔獣を引き寄せるキノコ、何に使うんですか?」

 

ヨシュアが疑うような表情で尋ねると、アイナも少し困った表情で話を切り出す。

 

「もし悪用される事があれば、遊撃士協会としては没収しなければなりませんが……」

「そ、そんな! 料理に使うんだよ!」

「ええっ、食べるの!?」

 

オーヴィットの言葉を聞いたエステルは驚きの声を上げた。

 

「そうさ、外国を渡り歩いていた時にホタル茸の料理を食べたら、もうビックリするほどおいしくてね」

「へえ、あたしも食べたい」

「エステルってば……」

 

話を聞いて目を輝かせたエステルにヨシュアはあきれてため息をついた。

 

「今日はありがとう、また仕入れの時はよろしく頼むよ!」

 

 

 

オーヴィットはエビス顔で遊撃士協会から去って行った。

 

「あんなに喜んでくれるなんて、遊撃士をやっていてよかったわね」

「うん、そうだね」

 

笑顔のエステルの言葉に、ヨシュアも素直にうなずいた。

 

「さて、市長さんの依頼について報告をお願いね」

 

二人は帰り道のマルガ山道で三人組の男に襲われたが、市長の家に七耀石の結晶を無事に届けた事を報告する。

 

「それにしても僕達の帰り道を待ち伏せするなんて、タイミングが良すぎるとは思いませんか?」

「七耀石の結晶の情報が漏れていたと言う事ね」

 

ヨシュアの問い掛けにアイナは真剣な表情でつぶやいた。

 

「あなた達は、どこから情報が漏れた可能性が一番高いと思うかしら?」

 

アイナに質問されて、エステルは難しい顔をして考え込む。

 

「そんなの犯人を捕まえて吐かせればいいじゃない」

「犯人をどこから捜し始めるのか見当をつけろって事だよ」

 

エステルの答えにヨシュアはため息を吐き出して、

 

「鉱山の関係者を洗うのが良いと思います、特に素性を問われない日雇い労働者とか」

「ヨシュア、いい線を突いているわね」

 

アイナは二人の遊撃士手帳に評価を書き込んだのを見て、エステルは不思議そうにアイナに尋ねる。

 

「えっ、まだ依頼は終わってないけど」

「ここから先はシェラザードの領分よ」

「つまり、危険が伴うって事ですか」

「何か悔しいわね」

 

アイナの判断にヨシュアは納得した様子だったが、エステルは少し不満そうだった。

 

「カシウスさんが引き受けていた依頼はもう一件あるから、明日はそちらの方をお願いね」

「わかりました」

 

二人はアイナに返事をして、遊撃士協会を後にするのだった……。

 

 

 

<ロレント市郊外 マルガ山道>

 

「……それで、どうして家に帰らないでこんな所へ来ているわけ?」

「あたしもホタル茸を食べてみたいかなーって」

 

ジト目で質問を浴びせて来たヨシュアに、エステルはごまかし笑いを浮かべて答えた。

エステルはホタル茸を探すと口では言っているが、草むらを熱心に見ている様子は無い。

だんだんと翡翠の塔の方へと近づいているのがヨシュアにはバレバレだ。

 

「あっちの方にホタル茸があるかもしれないわね」

「ねえエステル、もしかして自分達で空賊達を捕まえようとしていない?」

「そ、そんな事無いわよ!」

 

わざとらしいエステルの誘導をヨシュアが指摘すると、エステルは動揺した。

 

「だ、だけど、ホタル茸を探すついでに見つかったら仕方ないかなーって」

 

そう言ってヨシュアの腕を引っ張って進むエステルだったが、

 

「ダメよ、あんた達!」

「げっ、シェラ姉!」

 

街の方からやって来たシェラザードの姿を見て驚きの声を上げた。

シェラザードは腕組みをしてため息を吐き出す。

 

「まったく、油断できないんだから。あなた達は家に帰りなさい」

「だから、あたしはホタル茸が欲しくて……ごめんなさい、嘘です!」

 

シェラザードが鞭を地面に振り下ろすと、エステルは頭を手で抱えて謝った。

 

「ヨシュアもエステルに引きずられるんじゃなくて、危ないと思ったら全力で止めなさい」

「はい、すみません」

「どうして、そんなに危険だって分かるの?」

 

エステルの質問に、シェラザードは相手の規模が解らないからだと答えた。

二人を襲った三人組は前方からやって来たのだから、他に二人を見張っていた仲間が存在するはず。

賊は逃げ去った方向にある翡翠の塔をアジトにしている可能性もあるが、二人が数日前に子供を探しに行った時には賊が居た様子は無かった。

するとヨシュアが指摘した通り、二人をおびき寄せる罠の可能性も捨てきれない。

潜入捜査は人数が少ない方がやり易いとシェラザードは二人に告げた。

 

「要するにあたし達は足手まといって事?」

「まあ、身も蓋もない言い方をすればそうね。でも、気を落とすんじゃないわよ。あなた達はまだまだこれから何だからね」

「分かりました、シェラザードさんも気を付けて」

 

丁寧に諭されたエステルは納得した様子で、ヨシュアと共に翡翠の塔へ向かうシェラザードを見送った。

 

「さてと、あたし達はホタル茸を探しに行きましょう!」

「あまりウロウロしてると、またシェラザードさんに怒られるよ」

「だからシェラ姉が戻って来る前に採って帰るのよ!」

 

マイペースなエステルに、ヨシュアはちょっとあきれてしまいながらも付き合ってしまうのだった……。

 

 

 

<ロレント市郊外 ブライト家>

 

「あらエステル、そんなに嬉しそうにどうしたの?」

 

その日の夕方、満面の笑みで帰って来たエステルを、レナは穏やかな微笑みを浮かべて迎えた。

 

「ジャーン、見て見て!」

 

エステルは鞄からホタル茸の山を取り出した。

 

「綺麗ね、まるで七耀石の光みたいだわ」

「そのせいで酷い目に遭ったよ」

 

ヨシュアはウンザリとした顔でため息を吐き出した。

 

「それで、料理すればとってもおいしいって話を聞いたのよ」

「食べられるの?」

 

エステルの言葉を聞いて、レナはキョトンとした顔で尋ねた。

 

「外国にはホタル茸を使った料理もあるみたいだよ」

「うーん、もしかしてあそこで食べた料理に似ているかも……」

 

ヨシュアの話に、レナは思い当たる節があるのか考えを巡らせていた。

そして、レナは様々なキノコ料理を試行錯誤して作り始める。

キノコの焼ける良い匂いが辺りに漂い、ブライト家の煙突から煙が上がると、家の周囲に異変が起きた。

 

「エステル……」

「どうしたの、ヨシュア?」

「外を見てよ」

 

真剣な表情のヨシュアに言われた通りに、エステルは窓から外を覗く。

 

「げげっ!」

 

ブライト家の庭を取り囲むように魔獣達が輪を作っていたのだ。

 

「か、母さん!」

「どうしたの、そんなに慌てて?」

「外に魔獣が集まってる!」

 

二人がレナに詰め寄っても、レナは落ち着いて答える。

 

「そう? じゃあ結界を張っておこうかしらね、庭を荒らされても困るし」

 

レナが詠唱すると、ブライト家の敷地を守るように光の幕が広がった。

 

「さあ二人とも、魔獣を追い払っちゃって。しばらくは大丈夫だから」

「そんな、数が多すぎるわよ」

「お腹を空かせた方が、もっとご飯がおいしくなるわよ」

 

そう言ってレナは強引にエステルを外へと追い出した。

ヨシュアもエステルの後に続いて庭に行く。

 

「どうやら、ロレント地方に生息する魔獣が集まっているようだね」

 

結界の中には魔獣が入って来れないと分かっているヨシュアは、浮かれたように情報のクォーツを使い、魔獣達のデータを調べた。

そしてエステルはヨシュアの指示に従って、魔獣達の弱点を狙った攻撃をする。

 

「なんか、魔獣相手に訓練しているみたいね」

「深追いして結界から出過ぎないで」

 

一方的に魔獣を攻撃して調子に乗るエステルに、ヨシュアが注意を促した。

 

「でも、やっぱりあたし達だけで追い払うのは難しいわね」

 

暴れて疲れたのか、エステルは弱音を吐いた。

その時、旋風が巻き起こり正面の魔獣達の壁が崩れた。

 

「シェラ姉!」

「いったい何の騒ぎが起きてるのよ」

 

魔獣を吹き飛ばして出来た道を、シェラザードは悠然と歩いてブライト家の玄関前へと到着した。

 

「実はエステルがホタル茸を食べたいって言い出して……」

「またあんたのせいなの?」

 

ヨシュアの話を聞いたシェラザードはエステルをにらみつけた。

 

「シェラ姉も手伝ってよ」

「もう、仕方ないわね」

 

 

 

シェラザードは風のアーツ、エアリアルで小さな竜巻を発生させて魔獣の集団を散らして行った。

弱い魔獣は気絶するか逃げ去ってしまったが、体力のある魔獣は舞い戻って来てしまう。

 

「これは思った以上に骨が折れそうね、あなた達も気張りなさいよ!」

「了解!」

「はい!」

 

シェラザードの号令に、二人も武器を握り締めて答えた。

しばらくしてブライト家の煙突が吐き出していた煙が止まると、レナが家の中から姿を現す。

 

「シェラちゃん、これをお願いね」

 

レナは微笑みながらホタル茸のバター焼きをシェラザードに手渡した。

 

「なるほど、分かりました」

 

シェラザードはうなずくと、それを持って家に入り、屋根裏の窓から顔を出した。

そしてエアリアルのアーツを詠唱し、横方向に発生させた竜巻にホタル茸のバター焼きを放り込む。

風に乗ったホタル茸のバター焼きが匂いをまき散らしながら森の方へ飛んで行くと、魔獣達はそれを追いかけてブライト家の前から去って行った。

 

「ふう、これでゆっくりホタル茸料理が食べれるわね」

 

エステルは安心して一息付いた。

 

「まったく、さっきまで疲れていたのにすぐに元気になっちゃって」

 

シェラザードはそんなエステルに肩をすくめた。

 

「私も結界法術を使ったからお腹が空いちゃったわ」

 

レナも目の色を変えて食卓に並べられたホタル茸料理を見つめていた。

 

「それでは、夕食をご馳走になりますか。いただきます!」

 

シェラザードの合図を皮切りに、エステル達は手を合わせてお祈りを済ませた後、ホタル茸を口に運ぶ。

 

「な、何よこの微妙な味?」

「甘味と塩味と酸味と辛味と苦みがグチャグチャに混じっているような……」

 

シェラザードとヨシュアはホタル茸を口に入れた途端に複雑な顔になった。

 

「この味、刺激的で癖になりそう」

「本当、おつまみにしたらワインが何杯でも行けそうだわ」

 

エステルとレナの母娘は楽しそうな表情で食べていた。

ヨシュアとシェラザードは珍しい動物であるかのように母娘を見つめるのだった……。



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第七話 ナイアルさんとドロシーさん

<ロレント市 遊撃士協会>

 

次の日の朝、ヨシュアとエステルが気合を入れて遊撃士協会の受け付けに入ると、いつものようにアイナが穏やかな微笑みを浮かべて二人を迎える。

 

「おはよう、二人とも」

「今日も気を抜くんじゃないわよ」

 

受付にはアイナと仕事の話をしていたシェラザードも居た。

エステルはシェラザードの言葉に力強くうなずく。

 

「うん、父さんの代理の仕事もこれで最後だもんね」

「シェラザードさんの方は空賊の調査ですか?」

「ええ、でも翡翠の塔は空振りだったわ」

 

ヨシュアが尋ねると、シェラザードはため息をついて空賊の手掛かりが得られなかった事を話した。

話が終わると、エステルはアイナに問い掛ける。

 

「それで、あたし達はどんな仕事なの?」

「リベール通信の記者さんの護衛をして欲しいそうよ」

「えっ? いいの、あたし達で?」

「まあ、ロレント近郊なら大丈夫でしょう」

 

シェラザードは二人にそう告げると、遊撃士協会を出て行った。

 

「民間人の保護は遊撃士の仕事の中でも基本的な物よ、頑張ってね」

「はい、分かりました」

 

アイナの言葉にうなずいた二人は依頼主の記者が居ると言うホテルへと向かった。

ホテルに着いた二人はフロントでリベール通信の記者が泊まる部屋を尋ね、二階の客室のドアをノックする。

 

「誰だ?」

 

部屋の中から男の声が返って来た。

 

「遊撃士協会の者です」

 

ヨシュアが名乗ると、再びぶっきらぼうな男の声が戻って来た。

 

「鍵は空いてるぞ、入ってくれ」

 

二人が部屋に入ると、タバコをくわえた不精そうな男が窓辺に立っていた。

 

「リベール通信の記者の、ナイアルさんですね?」

 

男は二人をチラッと見てダルそうに答える。

 

「そうだが……お前達みたいなガキが遊撃士協会の使いか?」

「ガキじゃない、遊撃士!」

 

エステルは怒った表情で、ナイアルに遊撃士協会の委任状を突き付けた。

するとナイアルは戸惑った顔で部屋の中をきょろきょろと見回す。

 

「カシウス・ブライトはどうしたんだ?」

「他の仕事で忙しくなって、あたし達が代わりに来たの」

「何だと、せっかくカシウス・ブライトを取材できると思ったのによ!」

 

ナイアルはがっかりした顔で頭をかきむしった。

 

「カシウスさんの取材ですか?」

「アリシア様の誕生祭の記事と、国を救った英雄カシウス・ブライトのインタビュー記事を載せたいと思ってな」

「じゃあ、あたしが父さんの代わりにインタビューを受けるわよ」

「お前、カシウスの娘なのか」

「そうよ!」

 

エステルは自分が偉いとでも言わんとばかりに、腰に手を当て胸を張り堂々とナイアルに答えた。

 

「ほう、それは面白いな。よし、取材させてもらうぞ」

 

ナイアルはエステルに興味をもったらしくニヤリと笑いを浮かべた。

 

「エステルってば、聞かれれば何でも答えてしまいそうだな」

 

ヨシュアは背筋に冷たい汗が流しながらつぶやいた。

一方エステルは興奮してウズウズしているようだ。

 

「で、まず何から話せばいいの?」

「おっと、その前にカメラマンがカメラの修理に行っているんだ、少し待ってくれ」

 

やる気満々のエステルをナイアルが手で制した。

 

「こっちから迎えに行くって言うのはどう?」

「そうだな、様子を見に行くか、心配だしな」

 

エステルの提案を受け入れたナイアルは、吸っていた煙草を灰皿に押し付けると、面倒臭そうに伸びをした。

そして部屋を出た三人は、メルダース工房へと向かうのだった……。

 

 

 

<ロレント市 メルダース工房>

 

「お願いです、私のカメラを返してください」

「ダメだよ、修理代を払ってもらわないと……」

 

その頃、メルダース工房のカウンターではピンク色の髪をしたファンシーな服装の若い女性が店員のフライディと押し問答をしていた。

 

「お財布を落としてしまって、払えません」

「じゃあ、遊撃士に探してもらえば良いじゃないか」

「だから、そのお金が無いんです」

「こ、困ったなあ」

 

フライディは頭を抱えてため息を吐き出した。

先程からこの調子が延々と続き、師匠のメルダースにはどうにかしろと目くばせをされているのだ。

 

「おはよう!」

 

そんな状況で、元気いっぱいのエステルが店に姿を現した。

 

「ああエステルか、今取り込み中なんだ」

「ドロシー、カメラの修理は終わったのか?」

「先輩!」

 

若い女性はナイアルの姿を見ると、飛び付いて泣きじゃくった。

 

「おいおい、どうした」

「泣きたいのはこっちだよ」

 

フライディは疲れた顔でぼやくのだった。

ドロシーの話は要領を得ないので、フライディとメルダースが事情を説明する。

結局ナイアルが修理代を支払う事で、カメラはドロシーの手に戻った。

ドロシーは感激して助けてくれたナイアルを拝み倒す。

 

「あ、ありがとうございます」

「畜生、絶対経費で落としてやる」

 

ナイアルは悔しそうに歯ぎしりをしながらメルダース工房を出た。

 

「じゃあ、さっそくインタビューを始めようか?」

「そんな気分じゃねえよ……」

 

張り切るエステルとは対照的に、ナイアルは憂鬱な顔でぼやいた。

 

「では、ドロシーさんの財布を僕達が捜しましょうか?」

「フン、どうせ中身は抜き取られてるさ」

 

ナイアルは鼻で笑ってヨシュアの提案を一蹴した。

 

「それなら、家でご飯を食べない? 食事代が浮くと思うし」

「なにっ、カシウス・ブライトの自宅にか!?」

 

エステルの言葉を聞いたナイアルは顔色を変えた。

 

「エステル、勝手にそんな事約束しちゃって……」

「いいのよ、母さんは家にお客さんを招待するのが好きなんだし」

 

心配するヨシュアに対して、エステルは自信満々に答えた。

 

「でも準備もあるだろうし、行くなら夕食にした方が良いんじゃないかな」

「よし、それなら夕方まで街の周辺の取材をするぞ」

「急に元気になったわね」

 

ヨシュアの言葉を聞いて落ち込んでいたナイアルがやる気を見せると、エステルは少し驚きあきれた顔でぼやいたのだった……。

 

 

 

 

 

<ロレント市郊外 翡翠の塔>

 

その後ロレントの街で主婦仲間と買い物をしていたレナと出会ったエステル達は、夕食の約束を取り付けると、街の中を散策した。

四人は街の人々にカシウスの話を聞いて回っているうちに、教会の前で困っている若い男女のカップルと出会った。

カップルはロレントに来た観光客で、二人で結婚指輪を空にかざしていた時、カラスにひったくられてしまったのだ。

そのカラスは街の外の北の空へと飛び去ったらしい。

 

「カラスが向かったのは、多分翡翠の塔だろうね」

「お、その塔の事なら聞いた事あるぞ。古代ゼムリア文明の遺産だってな」

 

ヨシュアの推測を聞いたナイアルは、翡翠の塔に興味を持ったようだ。

そして四人はカップルの依頼をこなすついでに翡翠の塔の取材をする事で話がまとまった。

途中のマルガ山道ではドロシーの破天荒な行動にエステルとヨシュアは面食らってしまう。

 

「魔獣さん、こっち向いて!」

「ドロシーさん、前に出たら危ないですよ!」

 

ヨシュアのガードをかいくぐり、ドロシーは遭遇した魔獣をカメラで撮影しようとした。

エステルは棒術で何とか近づいてくる魔獣を追い払う。

 

「ナイアルさん、ドロシーさんを落ち着かせて!」

「それを何とかするのがお前さん達の仕事だろう?」

 

泣きついて来たエステルに、ナイアルはニヤリとした顔で答えた。

しかしドロシーが戦いの役に立つ事もある。

カメラのフラッシュを浴びた魔獣は目がくらみ、あっさり撃退出来た。

 

「これが翡翠の塔ですか、良い面構えですね」

 

そして翡翠の塔に到着すると、ドロシーは目を輝かせて塔を見上げた。

 

「よし、写真を撮ってくれ」

「了解!」

 

ドロシーはナイアルに敬礼すると、塔の写真を撮り始めた。

 

「いいですよ、その表情!」

「ポーズはそのままでお願いしますね」

「とってもキュートです!」

 

まるで人間のモデルに対して話しかけるかのように接するドロシーに、エステルとヨシュアは目を丸くして驚いた。

 

「こんなとぼけた奴なんだが、凄え写真を撮りやがる」

 

ナイアルは頭をかきむしりながら、面倒臭そうにぼやいた。

 

「何か信じられないけど」

「そうだね」

 

エステルとヨシュアは顔を見合わせ、四人はいよいよ塔の中に入った。

塔の中にはルックとパットが迷い込んでしまった魔獣の寝床のように危険な場所がある。

シェラザードが助けてくれない、民間人二人の護衛任務。

カシウスから命じられた三つの仕事の内、この最後の仕事が、見習い準遊撃士としての総まとめ的なものであるとエステルとヨシュアは感じ、気持ちを引き締めた。

 

「うわあ、良い眺めね!」

 

屋上に到着したエステルは、その解放感からか一気に緊張を緩めた。

しかしヨシュアは厳しい表情を崩さずに考え込んでいる。

 

「塔の中から誰かにつけられていた気がするんだ」

「えっ?」

 

ヨシュアの言葉にエステルは絶句した。

 

「ずっとこんな所に隠れているなんて、僕らを襲った奴らの仲間の可能性が高い」

「でも、シェラ姉は空賊達は居なかったって言ってたじゃない」

 

エステルは信じられない様子で反論した。

 

「念のため調べて塔の中を調べてみる、エステルはナイアルさん達を見てて」

「そんな、一人じゃ危険よ!」

「いいえ、その必要はありませんよ」

 

二人が揉めていると、眼鏡を掛けた穏やかな顔をした青年がゆっくりと階段を上って来た。

 

「あなたは?」

「驚かせてすみません、私の名前はアルバ、考古学の教授です」

 

ヨシュアが尋ねると青年は照れくさそうに頭をかいて答えた。

屋上で写真を撮っていたドロシーや煙草を吸っていたナイアルも突然姿を現したアルバ教授に気が付いて寄って来る。

 

「あれ、その人誰ですか?」

「何者だお前?」

 

アルバ教授は落ち着いた穏やかな笑顔で再び名乗った。

 

「しかしあなたはどうやって一人でここに来れたんですか?」

「それは、こう言う事ですよ」

 

ヨシュアの質問に答えたアルバ教授の姿が薄らいで透け、

 

「ゆ、幽霊!?」

 

エステルが悲鳴を上げてヨシュアの背中に隠れた。

 

「ふふ、違いますよ」

 

アルバ教授はそう言って身に着けていた戦術オーブメントからクォーツを外した。

するとアルバ教授の姿は元通りに戻る。

 

「《葉隠れ》のクォーツ、これをセットしておけば魔獣からは見つかりません。遺跡を探索する時は便利ですよ」

「戦術オーブメントを持ってるなんて、アルバさんって遊撃士なの?」

「いえいえ、この戦術オーブメントは国立博物館からの借り物で」

 

興奮したエステルが尋ねると、アルバ教授は首を横に振った。

 

「それで、教授はこの遺跡の調査に来られたんですか?」

「はい、アレを調べに」

 

ヨシュアの質問に答えたアルバ教授は屋上の中心にある台座を指差した。

 

「何だろう?」

「古代文明の物だろうけど……」

 

エステルとヨシュアには台座がどんな意味を持つのか、さっぱり見当がつかなかった。

 

「あの厚かましいお願いですが、この台座を撮っては頂けませんか?」

「えっ?」

 

アルバ教授に声を掛けられたドロシーは驚いて目を丸くした。

 

「それなら教授さん、俺達にこの塔の考古学的解説をしてくれれば現像した写真を渡してやるよ」

「お安いご用です」

 

ナイアルの提案にアルバ教授はうなずき、翡翠の塔についての成り立ちからの講義を始めた。

ヨシュアとナイアルはメモを取るほど熱心に解説を聞いていたが、エステルとドロシーは欠伸をして眠そうにしている。

 

「なるほど、この台座は古代の装置なのか」

「はい、他の四輪の塔の物と同じく起動していないようですが」

「惜しいな、それじゃ記事としての魅力が無いぜ」

 

質問に答えたアルバ教授の言葉を聞いて、ナイアルはガッカリした顔でため息を吐き出した。

中央の装置についての調査が終わった後、屋上を調べて回り、エステルはカラスの巣を見つける。

 

「あ、キラキラ光る物がたくさん!」

「この中に指輪があるかもしれないね」

 

ヨシュアとエステルが巣の中を探すと、結婚指輪が見つかった。

刻まれているイニシャルも依頼人のカップルの物だ、間違いない。

 

「へえ、クォーツやミラ硬貨まであるじゃねえか」

 

ナイアルはそうつぶやくと、カラスの巣の中に手を伸ばそうとした。

 

「落し物は国に届けなくちゃダメですよ、教授まで何をしてるんです!」

「すみません、貧乏なもので」

 

アルバ教授も慌てて手を引っ込めて照れくさそうに笑った。

そのアルバ教授の言葉を聞いたエステルは嬉しそうな顔になり手を叩く。

 

「そうだ、教授もうちで一緒に晩御飯を食べない?」

「でもご迷惑では……」

 

エステルがナイアルとドロシーも夕食に招待していると話すと、アルバ教授は申し出を受けた。

屋上の調査からしばらく時間が経ち陽が傾きかけると、ナイアルは撤収を命じた。

 

「えーっ、もうちょっとでこの子の表情が変わる所なのに」

「日暮れまで待ってたらカシウスの家に着くのが夜になっちまう、塔を撮るなら降りてからにしろ」

 

不満を漏らすドロシーをナイアルはなだめ、五人は塔を降りたのだった……。

 

 

 

<ロレント市郊外 ブライト家>

 

街に戻った五人は遊撃士協会に顔を出し、アイナに事情を説明して夕暮れ時にブライト家へと帰った。

 

「母さん、ただいま!」

「おかえりなさい、エステル。皆さんも、お待ちしていましたわ」

 

玄関前の庭先で箒を持っていたエプロン姿のレナが笑顔でエステル達を出迎えた。

 

「今夜はどうも、お招き頂いてありがとうございます」

 

ナイアルは愛想笑いを浮かべながらレナにお礼を述べた。

 

「こんばんは! はい、チーズ!」

 

ドロシーが挨拶と共にカメラを向け、シャッターを切ると微笑みながら手を振る。

 

「さあさあ、夕食の用意は出来ています、冷めないうちにどうぞ」

 

そう言ってレナは五人を家の中へと招き入れた。

六人分の席が用意されたテーブルにはレナの手料理が並べられている。

 

「うわあ、おいしそう!」

「リベール通信の記者さんにご馳走するって街のみんなに話したら、食材をおまけしてくれたのよ」

 

大盛りの料理に大喜びするエステルに、レナは訳を話した。

 

「自らロレントの広告塔になるなんて、奥さんもやり手ですねえ」

「ロレントの料理もよろしくお願いしますね」

 

冗談めいた口調で話すナイアルに対し、レナも軽い口調で答えた。

食事をしながらのインタビューはにぎやかでワイワイと楽しいものになり、取材とは無関係のアルバ教授の口からも笑い声が上がった。

そしてレナもアルバが国立博物館の研究員だと知ると、興味を持ったようだ。

しかし二人の話は少し専門的に偏っているらしく、他の面々には解らない事もあって引かれてしまった。

 

「それじゃ、取材も十分させて頂いたんでこれで失礼します」

「あら、もう少し良いじゃありませんか」

「こいつが限界のようでしてね」

 

ナイアルはそう言ってテーブルに突っ伏して寝てしまっているドロシーを指差した。

 

「お腹いっぱいで食べられないですー」

「まったく、幸せそうな寝顔しやがって……ほら、起きろ!」

 

体をナイアルに揺さぶられても、ドロシーは目を覚まさなかった。

 

「ダメだ、こうなったら朝まで起きねえ」

 

ナイアルはウンザリした顔で大きなため息を吐き出した。

 

「僕達が街のホテルまで送りますよ」

「すまねえな」

 

エステルがドロシーを担ぎ、ヨシュアが街まで護衛して行く事になった。

にぎやかだったブライト家の食卓は静かになり、レナとアルバ教授だけの二人きりとなった。

 

「……これでゆっくりと話せるわね」

「そうですね、シスター・レナ」

 

アルバ教授は敬礼してレナに答えた。

二人は深刻な表情で話を続ける。

 

「翡翠の塔を調べて来たそうね」

「はい」

 

レナは緊張した口調でアルバ教授に尋ねる。

 

「それで、封印の様子は?」

「装置は完全に停止しています、起動された形跡もありません」

 

アルバ教授の返事を聞いたレナは安心して胸をなで下ろした。

 

「あれは人には過ぎた力だわ」

「ええ、その通りです」

 

二人は決意を秘めた強い瞳でうなずき合った後、元の柔らかい表情になって雑談を再開するのだった……。




加筆修正がなかなか上手くいかないので、メッセージや自分のサイトのWeb拍手でリクエストをお待ちしています。割合平和な日常世界が続くので、サブイベントも加えられると思います。


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第八話 市長邸強盗事件(事件編)

とりあえず完結を目指して、小規模な加筆修正ですが前に進みたいと思います。
今回の話ですが、修正前はグズグズだったので推理の穴などを修正しました。


<ロレント市 遊撃士協会>

 

次の日の朝、エステルとヨシュアの二人は昨日の仕事の報告をした。

アイナはいつもより嬉しそうな笑顔で二人を出迎える。

 

「お疲れ様、ナイアルさん達はとても感謝してたわよ」

 

取材を終えたナイアルとドロシーは今朝の定期便で、リベール通信社のあるグランセルに帰るらしい。

 

「民間人の保護が遊撃士の本分だって、身をもって分かったでしょう?」

「はい」

 

受付に居たシェラザードの言葉に、ヨシュアはしっかりとうなずいた。

 

「シェラ姉の調査の方はどうなの?」

「マルガ鉱山や翡翠の塔周辺を調べたけど、追跡は無理ね。空を飛べるんだもの」

 

エステルに尋ねられたシェラザードはため息を吐き出した。

シェラザードは空賊の調査を打ち切り、今日から通常の仕事に戻るようだ。

 

「さてと、今度は溜まった私の仕事を手伝ってもらおうかしら?」

「ひええっ、せっかく父さんの分が終わったのに!」

 

シェラザードがそう言うと、エステルは頭を抱えて悲鳴を上げた。

ヨシュアはそんなエステルをなだめるように声を掛ける。

 

「まだ僕達は指名を受ける事が無いんだから、仕方が無いよ」

「仕事をこなしているうちにあなた達も声が掛かるようになるわ」

 

アイナは優しく微笑みながら二人を励ました。

そんな 和やかに話している雰囲気をぶち壊すように、大慌てのクラウス市長が遊撃士協会に飛び込んでくる。

 

「大変じゃあ!」

「どうしたの!?」

 

エステルが市長に駆け寄って声を掛けた。

 

「ぜいぜい、はあはあ……一大事じゃ!」

 

しかし市長は息を切らせて同じ言葉を繰り返した。

 

「何があったんですか?」

 

シェラザードが身を乗り出して市長に尋ねた。

市長は大きく息を吸って、

 

「私が留守の家に強盗に入ったらしいのじゃ!」

 

と言うと、

 

「へっ!?」

 

間抜けな声を出しエステルは目を丸くして固まってしまった。

そんなエステル達を見て市長は首をかしげる。

 

「わしは何かとんでもないことを言ったか?」

「奇跡的に意味の通じる文章を最悪の形でね」

 

シェラザードは額に手を当ててため息を吐き出した。

 

「市長さん、落ち着いて下さい」

 

アイナに促されて市長は深呼吸をする。

 

「実はわしが昨夜家を留守にしている間に、強盗が入ったのだよ」

「えっ、ミレーヌおばさん達は?」

 

市長夫人とも親しいエステルは、その安否を市長に尋ねた。

 

「怪我は無い、使用人達と共に屋根裏部屋に閉じ込められただけだ」

「よ、よかったあ」

 

市長の言葉を聞いたエステルは安心して胸をなで下ろした。

 

「行政府が関わる事件なら、王国軍に連絡を入れなければなりませんね」

 

アイナはそう言って導力通信機を使い、ヴェルテ橋のアストン隊長に連絡を入れた。

 

「遊撃士協会には、国家権力への不干渉と言う規約があるから、勝手に行政府である市長邸じゃ調査できないのよ」

「なるほど」

 

シェラザードが説明すると、エステルは納得したようにつぶやいた。

 

「アストン隊長と連絡が取れたわ。二時間ほどで街の方に到着するそうよ」

「ヴェルテ橋は遠いですからね」

 

アイナの言葉を聞いたヨシュアは、ミルヒ街道を疾走するアストン達の姿を思い浮かべた。

 

「あたし達は隊長さんが来るまで待ってるの?」

「まさか、時間を無駄にするわけにはいかないわ。市長邸に行くわよ」

「えっ、でも調査は出来ないって……」

 

質問に答えたシェラザードの言葉に驚いたエステルが疑問の声を上げた。

 

「後で許可をもらえばいいのよ」

「事後承諾ですか」

 

自信たっぷりに言い放つシェラザードに、ヨシュアはため息をついた。

 

「王国軍と遊撃士協会の関係が良好なロレントだから成り立つのよ」

 

アイナは少し誇らしげに胸を張った。

 

「お互い協力関係と言う建前はあるけど、縄張り意識が強い軍人も居るわ」

「ボース地方のモルガン将軍ね」

 

シェラザードとアイナは顔を見合わせてため息をついたのだった……。

 

 

 

 

<ロレント市 市長邸>

 

シェラザードの調査に同行する事になったエステルとヨシュア。

三人が市長の書斎を訪問すると部屋中の物が散乱しており、窓ガラスは割られていた。

 

「これはひどいわね」

 

惨状を見たエステルが感想をつぶやいた。

 

「おととい、君達が苦労して持って来てくれた七耀石の結晶も盗まれてしまったよ」

 

肩を落としてなげく市長の傍らに、空っぽになった金庫があった。

市長の話によると、七耀石の結晶を保管するために、おとといの夕方、金庫に鍵を掛けたのだと言う。

 

「他の部屋も荒らされてますか?」

 

ヨシュアの質問に市長は首を横に振る。

 

「いや、屋根裏部屋が少し散らかった程度でな」

「それなら、あなた達はこの部屋を中心に捜査をお願いね」

「シェラ姉はどうするの?」

「私は一階で市長さん達の話を聞いてるから、捜査結果がまとまったら報告をお願いね」

「オッケー!」

「わかりました」

 

シェラザードにエステルは元気良く、ヨシュアは力強く返事をした。

市長とシェラザードが書斎を去った後、 エステル達は部屋の入口の方から調べ始める。

まず二人の目についたのはドアの側に置かれた空っぽになった小物入れだった。

 

「鍵が壊されているわね」

「うん、焼きただれたように引きちぎられている」

 

鍵の部分は円状の焼け焦げた跡が付いていた。

それ以上特におかしな点が見つからなかった二人は本棚に移る。

本棚に入っていた本は床に落とされ、無残な有様だった。

 

「無くなっている本とかあるのかな?」

「本を戻してみようか」

 

本は番号別に揃っており、無くなっている物は無いように思えた。

二人は本が盗まれていないと言う手がかりを手に入れ、部屋にある引き出しに取り掛かる。

引き出しの中には住民の台帳や土地の登記簿など、行政に関わる重要な書類が収められていたようだ。

 

「中の書類がめちゃくちゃね」

「整理して、無くなったものがないか確かめてみよう」

 

ヨシュアに言われたエステルは床に散らばった書類を見て、大きなため息を吐き出した。

書類は盗られていない事を確認したエステルは倒れたツボを調べたが、中身は空っぽだった。

 

「多分飾るためのツボだから、中には何も入っていないと思う」

「後で市長さんに聞いてみましょう」

「そうだね」

 

二人はお互いに顔を見合わせてうなずいた。

部屋の中の物を一通り調べ終わった二人は、金庫の前に立つ。

 

「さて、いよいよ金庫ね!」

「手掛かりが無いか注意深く調べよう」

 

二人は最初に金庫の鍵を調べたが、こじあけられた様子は無い。

金庫の鍵は傷一つなく、暗証番号を入力するボタンはきれいだった。

 

「これってもしかして……」

「うん、暗証番号を入力して鍵を開けたんだと思う」

 

エステルにヨシュアはうなずいて答えた。

 

「じゃあ、犯人は暗証番号を知っていたの?」

「これは市長に話を聞く必要があるね」

 

ヨシュアは真剣な表情でそうつぶやいた。

鍵以外にいろいろ調べたが、他に気になる点は無かった。

部屋の中を調べつくした二人はベランダも調べてみる。

 

「泥だらけね」

「手すりに新しい鉤爪の跡があるよ」

 

この手掛かりは重要だと判断した二人は手帳にメモをした。

 

「じゃあ、市長さんに聞きたい事もあるしシェラ姉の所に行こうか?」

「まだ二階を調べ終わってないよ」

 

ヨシュアは厳しい顔でエステルに注意をした。

二階の廊下や他の部屋は整然としていて、荒らされた様子は無い。

念のため二人は人質になった市長夫人とメイドのリタが押し込められた屋根裏部屋を調べてみる事にする。

 

「あれ、葉っぱが落ちてる」

 

エステルは部屋の床に落ちている数枚の葉っぱを拾い上げた。

それは二人にとって見慣れた物だ。

 

「セルベの葉っぱだね」

「森で虫取りをして帰ってくると、玄関を泥とこの葉っぱで汚して母さんに叱られたっけ」

 

ヨシュアとエステルはそれぞれの思いをつぶやいた。

二階を調べ終えた二人が階段を下りると、市長邸へと到着していたアストン隊長が声を掛ける。

 

「君達が現場の捜査をしてくれたんだって?」

「はい、出過ぎた事でしたらすみません」

「そんな事は無い、助かるよ」

 

アストンは首を横に振ってヨシュアに笑いかけた。

一階の応接間ではシェラザードが市長や夫人、使用人達に話を聞いていたが、二階からエステルとヨシュアが降りて来たのを見ると、

 

「あなた達、二階の調査は終わったの?」

 

と振り返って声を掛けた。

エステルはシェラザードに向かってVサインをして答える。

 

「うん、バッチリ!」

「それなら聞かせてもらおうかしら」

 

シェラザードは腕組みをしてエステル達に話すように促した。

エステルとヨシュアは細かい点まで調査した結果を報告する。

応接間に居た人々は静かに二人の話に耳を傾けた。

聞き終わったシェラザードは感心したようにため息をつく。

 

「なるほど、屋根裏部屋まで調べて来るなんてやるじゃない」

「もしかして、セルべの葉っぱって重要な手掛かり?」

 

シェラザードが無言でうなずいて答えると、エステルは飛び跳ねて喜んだ。

 

「それなら今度が私が聴き取りの結果を話す番ね」

 

昨日は朝から、クラウス市長はボース市に出張し、夕方までに帰る予定だった。

しかし、定期便の航路上に不審な小型飛行艇が出現するトラブルがあり、ロレント市に戻ったのは翌日の朝になってしまった。昨日、市長邸に居たのは女性であるミレーヌ夫人とメイドのリタだけだったので、用心のために玄関には鍵を掛けていたのだった。

 

「それじゃ、玄関からは誰も入れなかったって事ね」

「ええ、こじ開けられた形跡も無かったそうよ」

 

エステルの意見をシェラザードも肯定してうなずいた。

ミレーヌ夫人とメイドのリタは自分の部屋のベッドで眠っている所を突然襲われ、目隠しと口を布で塞がれたので、犯人の姿は見ていないらしい。

 

「さらに犯人は厨房から大量の食糧を盗んだみたいね」

「きっと母さんみたいに大食いだったのよ!」

「犯人は複数犯だったんじゃないかな。一人でミレーヌさんとリタさんを屋根裏部屋に監禁するのは手間がかかるよ」

 

迷推理を得意げに披露するエステルに、ヨシュアはあきれた様に答えた。

 

「犯人は金庫の暗証番号を知っていたようですが、市長の他に知っている人物に心当たりはありませんか?」

「わしは誰にも話した憶えがないのだが……」

 

ヨシュアに尋ねられた市長は視線を上へ彷徨わせながら答えた。

エステルが何か名案を思い付いたように、ポンと手を打って発言する。

 

「金庫の鍵を作った人なら暗証番号がわかるんじゃない?」

「市長さんが暗証番号を設定するはずだよ」

「まあ、出荷時の初期設定番号をそのまま使い続ける人も居るから、その可能性は否定できないわね」

 

ヨシュアは渋い顔をして否定するが、シェラザードがなだめた。

クラウス市長によると金庫の鍵はオーブメント仕掛けで、メルダース工房で作られたようだ。

 

「じゃあ、メルダースさん達が犯人?」

「それは無理があると思うけど。市長さんが番号を変える可能性もあるし」

 

驚いてエステルが声を上げると、ヨシュアはため息交じりにつぶやいた。

二人の話を聞いて考え込んでいたシェラザードが顔を上げて市長に尋ねる。

 

「……市長さん、自分で設定した暗証番号をメモした紙があったりしないかしら」

「ああ、それなら肌身離さず持っているよ」

 

クラウス市長はエステル達に暗証番号を書いた紙を見せる。

金庫と同じ部屋に暗証番号を書いた紙が置いてあったら金庫の意味が無い、さすがにクラウス市長もそこまでは抜けていなかった。

 

「それじゃあ、暗証番号を知っている市長さんが犯人になっちゃうじゃない!」

 

エステルは頭を抱えてそう叫んだ。

しかしそうなると窃盗事件を遊撃士協会に報告すると言う矛盾した行動を市長はした事になる。

 

「メモ以外の方法で、犯人は暗証番号を知ったんじゃないでしょうか」

「ふうん……それで?」

 

ヨシュアがそう言うと、シェラザードは目を光らせてそうつぶやいた。

 

「暗くなると光って反応する粉があります。それを金庫のボタンにまぶして置くんです。そうすれば市長さんが指でボタンを押した時、張り付いた粉が剥がれて、後で暗証番号を確かめる事が出来ます」

「凄いヨシュア、何でそんなこと知ってるの!?」

「読んでいた推理小説に、そんなトリックが書いてあったんだよ」

 

エステルに尊敬のまなざしで見つめられたヨシュアは、少し照れながらそう話した。

 

「話としては面白いわね。でも、そのトリックが実際に使われた根拠は?」

「暗証番号を入力するボタンがきれいすぎるんです。まるで何かを念入りに拭き取ったかのように」

 

シェラザードに問い掛けられたヨシュアは、しっかりと目を見つめてそう答えた。

 

「そうなると、犯人の一味はおとといの夕方、エステル君達が七耀石の結晶を届けてから今日の朝までの間に、市長邸に七耀石の結晶がある事を知っていた人物となりますね」

「時間はもっと絞れるわ。昨日の朝に市長はボース市に出張しているのだから、市長が暗証番号を入力するのはその前しかない。市長の目を盗んで粉を金庫の鍵のボタンに振り掛けるならね」

 

話を聞いていたアストンが口を開くと、シェラザードはそう付け加えた。

おとといの夕方から夜までに市長の書斎を訪問した人物達のリストが急いで作られる。

リストによると候補は、市長と考古学の談義を楽しんだアルバ教授、カシウス夫妻のインタビュー後に取材に来たリベール通信社の二人、大きなツボを書斎に運び込んだカプア宅配便の業者三人。

 

「市長、この中に金庫に七耀石の結晶がある事を話した相手は居ますか?」

 

シェラザードに尋ねられると、クラウス市長は恥ずかしそうに顔を赤くして、

 

「つい、訪問して来た客全員に七耀石の結晶の事を自慢げに話してしまったのじゃよ」

 

と、ごまかし笑いを浮かべた。

 

「その訪問した人達の目の前で暗所番号を押したりはしませんでしたか?」

「いやいや、流石に金庫を開け閉めたりはせんよ」

 

シェラザードの質問に、クラウス市長は首を横に振って否定した。

この線で犯人を絞り込むのは難しそうだ。

 

「さて、情報は揃ったみたいね。これから私の推理を話してもいいけど……あなた達の考えも聞かせてもらおうかしら」

「えっ?」

 

シェラザードの言葉を聞いたエステルはキョトンとした顔になった。

 

「遊撃士の事件解決能力は現場を調査するだけではなく、推理する事も含まれるのよ」

「僕達の力量が試されるって事ですね」

 

ヨシュアは表情を引き締めてつぶやいた。

 

「これから私はあなた達に事件に関する質問をするわ。あなた達の導き出した答えを聞かせなさい」

「受けて立つわよ!」

 

エステルはファイティングポーズをとって大声で宣言した。

市長やアストン達は暖かい笑みを浮かべてエステル達を見守る。

そしていよいよ遊撃士の推理ショーが始まるのだった……。



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第九話 市長邸強盗事件(解決編)

<ロレント市 市長邸>

 

シェラザードから事件についての推理をしろと挑戦状を叩きつけられたエステルとヨシュア。

二人は固唾を飲んでシェラザードの最初の質問を待つ。

 

「まず、賊が市長邸に侵入した目的を答えてもらおうかしら」

「金庫にあったセプチウムの結晶を狙った犯行だと思います、小物入れはたまたま目についたからついでに中身を盗んだのだと」

 

ヨシュアの答えにシェラザードは満足げにうなづく。

 

「それじゃあエステル、犯人が何故本棚や引き出しを荒らしただけで中身を持って行かなかったのかわかる?」

「……えっと、興味が無かったんじゃないかな、多分」

 

エステルの答えを聞いて、シェラザードは天を仰ぐような仕草をしてため息をつく。

 

「それはその通りだけど、もうちょっと遊撃士らしい言い方をしなさい」

「犯人達は本棚にあった希少本の価値を知らず、行政に関する知識も乏しいと思います」

「よろしい、その通りね」

 

模範的回答をしてシェラザードに褒められたヨシュアを、エステルはふくれた顔でにらみつけた。

 

「次に小物入れをこじ開けた形跡から、犯人の武器が分かるわね」

 

ヨシュアが手を挙げて答える。

 

「多分導力銃を使ったんだと思います」

「正解よ」

「さすがヨシュア、やるじゃない」

 

エステルは誇らしげに腕組みをしてつぶやいた。

そんなエステルにシェラザードがあきれ顔でツッコミを入れる。

 

「どうしてあなたが偉そうなのよ」

「弟弟子(おとうとでし)の功績は、姉弟子の手柄にもなるの」

「まったく、都合の良い解釈なんだから」

 

ヨシュアも頭に手を当ててため息をついた。

雰囲気を引き締めるためにシェラザードは咳払いをして話を再開する。

 

「例えば傷害事件が起きた時、凶器を特定すれば重要な手掛かりになったりするのよ」

「刺殺痕も片刃と両刃で違いますからね」

「ヨシュアの趣味の武器オタクも、暗いだけじゃなくて役に立って良かったじゃない」

 

エステルは嬉しそうにヨシュアの肩に手を置いて声を掛けた。

 

「僕が武器屋でアルバイトして、自然に身に着いた知識だよ」

 

ヨシュアは不機嫌そうに口をとがらせてつぶやいた。

シェラザードはパンパンと手を叩いて二人に注意を向けさせる。

 

「はいはい、先に進むわよ。……犯人の侵入経路は?」

「玄関は鍵が掛かっていたみたいだから入れないし……」

「鉤爪によって付けられたと思われる手すりの傷、泥で汚れた足跡があった二階のベランダから書斎の窓を割って侵入したのだと断定できます」

 

質問に答えた二人はシェラザードの評価を待つ。

 

「ふむ、推理は上手く続いているようね」

 

そうつぶやいたシェラザードの言葉に二人はホッと胸をなで下ろした。

 

「さて、犯人候補が上がっていたけど、この中で特に有力な容疑者は誰かしら?」

 

訪問者達のリストには、アルバ教授、ナイアルとドロシー、カプア宅配便の三つが書かれている。

 

「消去法になりますが、まずカプア宅配便を疑うのが妥当だと思います」

「どうして?」

 

いきなり断言したヨシュアにエステルが疑問の声を上げた。

 

「アルバ教授とナイアルさん達だけど、昨日は僕達と一緒だったよね?」

「あっ、そうか」

 

ヨシュアに指摘されたエステルは気が付いたようにポンと手を叩いた。

 

「犯行をする日に遊撃士と関わるような真似をするでしょうか?」

「そうだな。犯行時間も削られるし、アリバイ作りとしても微妙な線だ」

 

ヨシュアの理論には矛盾は無いとアストンを含めたこの場に居合わせているメンバーも感心した様子だった。

シェラザードも反論せずにヨシュアの説を肯定し話を進める。

 

「では最後の質問よ。犯人達のアジトはどこにあると推測されるかしら?」

「食料が大量に盗まれた事から、街から離れた場所だと思います」

 

そう答えたヨシュアに続いて、エステルは勢い良く手に持った数枚の葉を頭上に掲げる。

 

「決め手は屋根裏部屋に落ちていたこのセルべの葉っぱよ!」

「ロレント近郊でセルべの樹があるのはミストヴァルトの森だけです」

 

ヨシュアが出した結論を聞いたシェラザードは無言で重々しくうなずいた後、ゆっくりと口を開く。

 

「それなら私達が採るべき行動は一つ。ミストヴァルトの森に潜んだ犯人を追跡するわよ」

「了解」

「はい!」

 

エステルとヨシュアは気合たっぷりにシェラザードに答えた。

 

「我々も増援を率いてミストヴァルトの森へと駆けつける、それまで無理をするな」

「気を付けるんだぞ」

 

アストン隊長とクラウス市長にうなずき返した三人は、ミストヴァルトの森へと向かうのだった……。

 

 

 

<ロレント市郊外 ミストヴァルトの森>

 

三人は遊撃士協会に立ち寄りアイナに報告した後、ロレントの街を飛び出し、ブライト家の前を通り過ぎ、ミストヴァルトの森の入口へと到着する。

 

「どうやら、私達の推理は合っていたようね」

 

丹念に地面を調べたシェラザードは二人に向かってそう告げた。

しかし不思議そうな顔をしたエステルが尋ねる。

 

「どうしてわかるの?」

「ほら、地面の土に複数の人間が通った足跡があるでしょ」

「でも、木を伐りに来た人達の跡かもしれないじゃない」

「それなら引きずった丸太や運搬車のタイヤの跡があるはずだよ」

 

反論したエステルに、ヨシュアが代わりに言い返した。

真剣な表情をしたシェラザードは根拠を話し続ける。

 

「さらにこの足跡は、昨日の夜の犯行時に付けられた可能性が高い」

「ほら、眠っちゃったドロシーさんをホテルに送り届けた時に雨が降ってただろう?」

「あっ、だからベランダが泥だらけだったのね」

 

ヨシュアの言葉に感心した様子でエステルはポンと手を叩いた。

 

「だからずっと前にあった足跡は雨で洗い流されてるわけよ」

「凄い、足跡から色んな事が分っちゃうなんて」

「逃亡者の追跡術も遊撃士の仕事に役立つ物だからね」

 

二人が感傷に浸っているかのように立ち尽くしていると、シェラザードが声を掛けて急かす。

 

「早く森の中を調べるわよ、あまり大きな物音を立てないようね」

「了解」

「はい」

 

エステルとヨシュアは控えめな声で答えてシェラザードの後について森の中へと入るのだった……。

 

「エステル、勝手に進むんじゃないの」

 

森の中に入ってしばらくしてシェラザードはズンズンと歩き出したエステルを呼び止めた。

 

「だって、セルべの樹の所に行くんでしょ? あそこへ行くなら近道を知ってるから」

「この森にはよく昆虫採集に来てるんですよ」

「ふう……ここはエステルの庭みたいなものか」

 

シェラザードは感心すると同時に、まだ虫取りを続けていたエステルにあきれてため息をついた。

エステルを先頭に、三人は迷う事無く森の奥へと進んで行く。

セルべの樹が生えている場所に近づくと、森が開けた所で、ゴーグルを頭に乗せた男達三人がたき火を中心に丸くなって食事をしていた。

その三人に見覚えがあったエステルは、隣に居たヨシュアにそっと耳打ちする。

 

「あいつら、七耀石を狙ってあたし達を襲って来たやつらじゃない?」

「うん、間違いない」

「それじゃあ行きましょう、それー!」

「ちょ、ちょっと、エステル!?」

 

声を上げて身を隠していた茂みから飛び出し、突撃を開始したエステルにヨシュアは慌ててついて行った。

 

「うわああっ!」

 

突然現れたエステル達に、三人の男達は持っていたリゾットの入っていた茶碗を落として悲鳴を上げた。

武器を装備して身構える事も出来ずに、三人はあっさりと負けてしまった。

 

「さあ、七耀石の結晶を出しなさい!」

 

シェラザードが眼を光らせ鞭を構えると、三人は肩を寄せ合って震え上がる。

 

「俺達は持ってないんだ、勘弁してくれ!」

「本当でしょうね!?」

「ひいいっ!」

 

シェラザードに凄まれて怯える三人を、エステルとヨシュアは冷汗を浮かべながら眺めていた。

 

「ライル、レグ、ディノ!」

 

そんな時、森の方から男達の名前を呼びながらゴーグルを頭に乗せた一人のショートカットの少女が姿を現した。

 

「あんたもこいつらの仲間?」

「お、お前達がライル達をやったのか」

 

シェラザードに睨まれた少女は少し怯みながらも尋ね返した。

 

「そうよ盗んだ七耀石のありかを吐かないと、あなたも痛い目にあうわよ」

「覚悟しなさい!」

 

人数差で勝り強気になっていたシェラザードとエステルが少女に詰め寄ると、男達は苦しそうな表情で少女に呼び掛ける。

 

「逃げてください、ジョゼットお嬢!」

「おっと、逃がさないわよ」

「もし逃げたら残ったこの人達、シェラ姉の拷問でもっと酷い目に遭っちゃうかも」

 

ノリノリで脅しをかけるシェラザードとエステルに、ヨシュアは内心苦笑しながらその流れに乗る。

 

「素直に降参した方が身のためですよ?」

 

すると追い詰められたジョゼットは、鞄から七耀石の結晶を取り出し、導力銃の銃口を押し当てる!

 

「ボ、ボク達を捕まえようとしたら、この七耀石の結晶に風穴を開けるからね!」

「人質……じゃなかった物質を取るなんて、卑怯者!」

「待ちなさいエステル、相手を刺激するのはよしなさい」

 

激昂したジョゼットならやりかねないと判断したシェラザードは、エステルを押し止めた。

七耀石の結晶を人質に取られた形になったエステル達とジョゼットのにらみ合いはしばらく続いた。

シェラザードは声を潜めてエステルに言い聞かせる。

 

「人質をとった籠城事件の場合、すぐに強行手段に出るのは下策よ」

「じゃあ黙って見てるしかないって言うの?」

 

エステルは悔しそうにシェラザードに訴えかけた。

 

「相手が条件を提示して来れば、交渉の余地があるんだけど……」

「あれは頭に血が上って、聞く耳持たないわね」

 

ヨシュアとシェラザードは渋い顔でため息を吐き出した。

 

「何をヒソヒソ話してるんだ、七耀石が粉々になっていいのか!」

「お嬢、無茶しないでください」

 

カッカとしているジョゼットを、男達がなだめた。

 

「何言ってるんだい、お前達が助かるなら、こんな宝石の一つや二つ!」

「お、お嬢ーっ!」

「ありがてぇ……、ありがてぇ……!」

 

ジョゼットと男達は互いに目に涙を浮かべて言葉を交わした。

 

「な、なんか妙な雰囲気になって来たわね」

「これじゃあ、あたし達が悪役じゃない。調子狂うわ……」

 

エステルは引きつった笑いを浮かべ、シェラザードは額に手を当てて息を漏らした。

しかしその時小さな影が現れたのを感じ取ったヨシュアは顔を上げて空を見る。

 

「小型の飛行艇?」

 

そしてその飛行艇の機銃が自分達に向けられている事に気が付くとヨシュアは慌てて隣に居たエステルの腕を思いっきり引っ張る。

 

「森の中に逃げ込むんだ!」

 

ヨシュアの言葉に反応してシェラザードも素早い身のこなしで森の中へと退避した。

飛行艇の機銃はエステル達が立っていた場所の地面をピンポイントに狙い撃って来た。

掃射に比べて大きく手加減したのは、同じ広場に居るジョゼットや空賊の男達に被弾しないように気遣っての事だろう。

しかしエステル達を威嚇するには十分だった。

小型飛行船は広場の一角に着地し、中からゴーグルを頭に乗せたジョゼットと同じ髪と瞳の色の青年が姿を現すと、ジョゼットは笑顔で呼びかける。

 

「助かったよ、キール兄!」

「済まねえ、陽動に時間が掛かっちまってな」

 

青年は明るい表情でジョゼットにそう答えた。

そして空賊の男達も飛行艇に乗り込もうとしているのを見たエステルは、隠れていた森の茂みから飛び出して武器を構える。

 

「こら、逃がさないわよ!」

「ふん、もう遅いぜ。しかしこんなに早くここを突き止めるなんて、とんだ名探偵がいたものだ」

 

キールがそうつぶやくと、飛行艇のエンジンが始動を再開し風が巻き起こった。

どうやら飛行艇が離陸体勢に入ったようだ。

 

「勝負はボク達の勝ちのようだね、七耀石の結晶はもらって行くよ! あははは!」

 

飛行船の脚に飛び乗ったジョゼットは、七耀石の結晶を握りしめながら勝利宣言をした。

そして、高度を上げた飛行船は西の空へと飛び去って行ったのだった……。

 

 

 

<ロレント市 遊撃士協会>

 

ジョゼット達を逃がしてしまったエステル達はしばらく呆然としていたが、仕方が無いので遊撃士協会へと帰る事にした。

 

「みんな、お疲れ様」

 

穏やかな笑顔でアイナはそう言って報告に戻った三人を労った。

 

「賊には逃げられたけど気を落とす事は無いわ、市長邸の調査と推理は中々のものだったし」

「ありがとうございます」

 

シェラザードに慰められたヨシュアはお礼を言った。

 

「森ではけもの道まで熟知していたし、エステルの奇襲のタイミングは最高だったわ」

 

そう言ってシェラザードはエステルの頭を撫でた。

 

「油断している食事の最中の敵に攻撃を仕掛けるなんて、エステルは昔のカルバード共和国の名将ノブナガみたいだね」

「そう?」

 

アイナにまで褒められたエステルは照れ臭そうに頭をかいた。

 

「でもエステルの勇気とヨシュアの慎重が揃ってやっと一人前だからね、まだロレントから出すわけにはいかないのよ」

「ちぇっ、あたし達の手で追いかけて七耀石の結晶を取り返したかったのにな」

 

シェラザードの言葉にエステルは残念そうな顔をした。

 

「あなた達がロレント支部で十分な功績を立てたと認められれば、私は喜んでボース支部への推薦状を書くわ」

「日々の積み重ねが大切って事よ、精進しなさい」

 

アイナとシェラザードに励まされ、エステルとヨシュアはまた明日から気持ちを入れ替えて仕事を頑張ろうと誓い合うのだった。

 

「さあ仕事はこれで終わり、事件解決を祝って今日は飲みましょう!」

「シェラ姉、犯人は逃げちゃったんだし、お祝いする必要はないと思うんだけど……」

「そうですよ、犯人逮捕の報告が入った時にすれば良いと思いますよ」

 

嫌な予感を感じたエステルとヨシュアは、シェラザードに思い止まるように説得しようとした。

仕事終わりで疲れているのに酔ったシェラザードに絡まれてはたまらない。

 

「それなら、いつ飲みに行けば良いって言うのよ?」

「今でしょう」

 

シェラザードの言葉にアイナがニッコリと答えると、エステルとヨシュアはガックリと肩を落とすのだった……。



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第十話 霧の街、ハーヴェイ一座のロレント巡業

<ロレント市 遊撃士協会>

 

強盗事件の翌日、エステルとヨシュアはいつものようにロレントの遊撃士協会に顔を出した。

すると遊撃士協会にはシェラザードの他に、同じ支部の準遊撃士でエステルの先輩にあたるリッジが居た。

 

「やあエステル、おはよう」

「あれ、リッジさんと朝会うなんて珍しいわね」

 

気さくに挨拶をして来たリッジにエステルも明るい笑顔で会釈をする。

 

「いつも朝早くから配達や運搬の護衛の依頼が入る事が多かったからね」

「今日その仕事はお休みですか?」

「この霧だから飛行船が使えなくて陸送の荷物が増えてね、積み込みのために出発が遅れるんだよ」

 

リッジは肩をすくめてヨシュアに答えた。

ロレント地方には明け方からとても濃い霧が発生し、定期船が運航できず、街の経済活動にダメージを与えていた。

 

「地元で生まれ育った俺でもこんな濃い霧が発生するのは見た事無いよ」

「何をのんきに構えているのよ」

 

他人事のように危機感を持たずに話すリッジを、シェラザードが注意した。

 

「これは緊急事態よ、アストン隊長も軍に出動を頼んでいるらしいけど、ロレント全域をカバーするのは無理があるわ」

「ええ、視界が遮られることで魔獣や事故の危険も増えるし、道に迷う民間人も増えるかもしれないわ」

 

アイナとシェラザードは真剣な表情でつぶやいた。

 

「じゃあ俺はそろそろ運搬車の方へ行くよ」

「霧で大変でしょうけど、頑張ってください」

「兵士さん達も護衛を手伝ってくれるから、大丈夫さ」

 

リッジはヨシュアにそう答えて遊撃士協会を出て行った。

 

「あたし達の仕事は?」

「エステル達はまだ隣町への護衛の依頼は無理だから、街道の見回りを頼むわ。魔獣には気を付けるのよ」

「了解!」

「わかりました」

 

アイナの指示にエステルとヨシュアはうなずき、遊撃士協会を出るのだった……。

 

 

 

<ロレント市 居酒屋『アーベント』>

 

ロレントの街の居酒屋には足止めを食った定期船の乗客や乗務員が集まっている。

冷たい霧で気温が低下しているため、店の主人が避難場所として提供したのだ。

暖かい料理やワインも無料で振る舞われ、看板娘のエリッサも大忙し。

それでもエステルとヨシュアが店に顔を出すと、エリッサは笑顔で二人に駆け寄る。

 

「おはようエステル、ヨシュア。昨日の夜は大変だったわね」

「うん、シェラ姉は酔って抱き付いて来るし……」

「アイナさんは顔色を変えずに飲み続けているけど、話が長くなるから大変だよ」

 

エステルとヨシュアは苦笑しながら答えた。

人々の喧騒でごった返す店内を見回してエステルが

 

「それにしても、すごい繁盛しているじゃない」

 

と言うと、エリッサは肩をすくめて答える。

 

「あはは、霧のせいで街の外に出れない人達が来てるだけだけどね」

「みんな仕事に行けなくて大変そうだね」

 

鉱山や森に行けずに飲んでいる労働者達を見て、ヨシュアはつぶやいた。

 

「毎日働いているおじさん達には良い骨休めになったんじゃないかな」

 

エステルの言葉にエリッサはうなずく。

 

「そうね……でも大人達はお酒を飲んで暇を潰せるけど、子供達がね……」

 

店内には退屈そうにしている子供達が親に不満をもらすと、親達は大人しくしていろと押さえつけた。

しかし子供達にとっては屋内でじっとしているのは辛い事だと分かるエステル達は心苦しい。

 

「何とかしてあげたいけど……」

「街道の巡回が終わったら、僕達で遊び相手をしてあげようか」

「そうね」

 

エステルはヨシュアを見つめてうなずいた。

そしてエリッサが持ち場に戻ろうとした時、店の外から鈴の音が聞こえて来る。

 

「ヨシュア、この音って……」

「うん、そうかもしれないね」

 

二人はお互いに笑顔でそう言うと、街の中心にある時計台の前の広場と駆け出した。

他にも鈴の音を聞いて来た人達によってすでに人だかりが出来ている。

 

「親方、電源の準備が整いました!」

 

メルダース工房の若き見習い技師、フライディの声が聞こえた直後、二つのスポットライトが広場の中央を照らした。

すると浮かび上がった人影が踊りを始め、観衆から感動の声と拍手が上がる。

霧の中に浮かび上がるシルエットは影絵の演劇の様だった。

 

「凄い盛り上がりね」

「そうだね」

 

二人はこの盛況を自分達の手柄の様に喜んだ。

霧の中、カルバード共和国の『キモノ』をモチーフにした妖艶な服を身に纏い、華麗な舞いを踊っている人影は二人にとって親しい人物だからだ。

 

「この悪天候を逆手にとって幻想的な舞台装置にしてしまうなんて、ルシオラ姉さん達もやるものね」

「あ、シェラ姉も来てたの?」

「鈴の音が聞こえたのよ」

 

いつの間にかシェラザードも広場へと姿を見せていた。

踊りがクライマックスに入ると、広場を囲んでいた人々から手拍子が上がり、小銭が投げられる。

そして踊りが終わり、ルシオラが霧の中から姿を現してお辞儀をすると大きな拍手が巻き起こった。

 

「今年もロレントの街にハーヴェイ一座がやってきたよ、僕は道化師のカンパネルラ、みんなよろしく!」

 

陽気な声を出しながらルシオラの右隣に姿を現したのは、ピンクの下地に様々な色の派手な星模様のスーツに身を包んだグリーンヘアの短髪の青年だった。

 

「愛と感動を君達に!」

 

左隣に純白のスーツ、仮面姿の長髪の青年がバラの嵐の中から続けて姿を現すと、"ブルブラン様!"と黄色い歓声が上がった。

三人は揃って観客に向かって一礼し横に退くと、シルクハットをかぶった穏やかな壮年の男性がゆっくりと霧の中から歩み出る。

一座の団長であるハーヴェイだ。

 

「本日はあいにくの悪天候となりましたが、我々のパフォーマンスがせめてもの慰めとなれば幸いです」

 

お辞儀をしたハーヴェイのシルクハットから鳩が飛び立つと、観客から改めて声と拍手が上がった。

 

「ルシオラさーん!」

 

エステルが大声で呼びかけると、ルシオラも手を振って返した。

ハーヴェイ一座は毎年ロレントで巡業する時は、郊外の開けた平原が広がるミルヒ街道でサーカスのキャンプを設営していた。

しかし今朝から濃い霧が広がり、ミルヒ街道での公演は難しくなった。

そこで時計台前の広場で規模を縮小して公演を行う事にしたらしい。

 

「これで僕達が子供達の相手をする必要は無くなったね」

 

ヨシュアはホッと安心したように息をもらした。

 

「ねえねえ、あたし達も公演を見て行こうよ!」

「あんたも子供ね」

 

目を輝かせるエステルに、シェラザードは大きなため息を吐き出すのだった……。

 

 

 

<ロレント市 遊撃士協会>

 

三人は後ろ髪を引かれるエステルをなだめて遊撃士協会へと戻る。

 

「もう、ちょっとぐらいならいいじゃない」

「だめよ、遊びに行くなら仕事の後にしなさい!」

 

膨れるエステルの頬をシェラザードがつねると、アイナは微笑みながら声を掛ける。

 

「ふふ、それなら残業にならないように頑張ってね」

「ほら、さっさと引き受ける依頼を選んで仕事に行くよ」

 

ヨシュアは真面目な表情になって掲示板を見るようにエステルを急かした。

今朝の霧で困っている街の人はたくさん居る。

リッジが引き受けた運送や配達の依頼の他にも依頼は増えているのだ。

 

「手配魔獣退治の依頼は私が引き受けるわ」

「シェラ姉、大丈夫なの?」

「私は風のアーツが得意だから、霧を晴らすなんてお手の物よ」

 

シェラザードは胸を張ってエステルに答えた。

 

「それなら僕達は他の依頼を選ぼうか」

「あんまり時間が掛からない仕事にしようよ」

 

気の無い返事をヨシュアにしたエステルに、シェラザードの鞭が飛ぶ。

 

「こら、選り好みなんて言語道断よ!」

「ごめんなさい」

 

エステルは手で頭を抱えて謝った。

 

「フフフ、貴方達は相変わらずね」

「ね、姉さん?」

 

突然遊撃士協会に姿を現したルシオラに、シェラザードは驚きの声を上げた。

 

「ルシオラさん、遊びに来てくれたの?」

 

エステルの顔がパッと明るくなったが、

 

「そうしたい所だったけど、厄介な事になってしまったのよ」

 

とルシオラは首を横に振って答えた。

 

「緊急の依頼ですか?」

「そうよ」

 

受付のアイナの言葉にルシオラはうなずいた。

ルシオラの話によると、一座がミルヒ街道にあるキャンプから街の広場へと巡業に行っている間に見世物となっている魔獣が檻から脱走してしまったらしい。

脱走した魔獣はヒツジン、羊型の魔獣でそれほど脅威とはならないが、悪戯好きで人を困らせる性質がある。

 

「魔獣が逃げ出した事が知られると、一座の信用問題に関わってしまうわね」

「それに街の皆がパニックになってしまう恐れもあるよ」

 

シェラザードとヨシュアは真剣な表情でつぶやいた。

 

「ルシオラさんの占いで、逃げた魔獣をパパッと見つける事はできないの?」

「占いはそんなに便利な物じゃないのよ」

 

エステルが明るい笑顔で言うと、シェラザードは少しあきれた顔でため息を吐き出した。

 

「動く相手を追跡するには、ずっと力を消費し続けなければならないのよ」

「そうなんだ……」

 

ルシオラの言葉を聞いたエステルはガックリと肩を落とした。

 

「でも貴方達に最初の道しるべを示す事は出来るわ」

 

そう言ってルシオラは小さな水晶玉を服の長い裾から取り出した。

ルシオラの得意分野は”札”を使った風水占いなのだが、水晶を使った占星術もたしなんでいる。

 

「あまり長い間はイメージは映せないから、しっかり見てね……」

 

カウンターにルシオラが置いた水晶を、エステル達はじっと見つめた。

しばらくすると水晶玉の中に見覚えのある少年達の顔が浮かび上がると、エステルが驚いて叫ぶ。

 

「ルック、パット!」

 

すぐに二人の顔のイメージは掻き消えて、普通の水晶へと戻りルシオラが息をついた。

そしてシェラザードがあごに手を当ててつぶやく。

 

「どうやら、あの二人が逃げた魔獣について知っているようね」

「私達は魔獣が逃げた事をごまかして公演を続けるから、よろしくお願いね」

 

ルシオラはそう告げるとそよ風のように遊撃士協会を立ち去った。

 

「それなら私達は早速あの二人の子達に話を聞きに行きましょう」

「了解」

「はい」

 

エステル達三人もアイナに見送られて元気に遊撃士協会を飛び出すのだった……。

 

 

 

<ロレント市郊外 パーゼル農園>

 

三人が遊撃士協会を飛び出した頃、パーゼル農園では騒動が起きていた。

 

「まったく逃げ足の速いやつめ!」

「あっ、そっちに行ったよ!」

 

農場主のフランツと娘のティオは、農園に現れた魔獣の影を追いかけていた。

今朝から霧が濃いため農作業を休んで家の中で待機していたのだが、甲高い咆哮と共に魔獣の影が畑に襲来したのを見て、外に出て来たのだ。

霧の中に浮かんだ影が小さかった事が二人を勇気付け、今度は魔獣を自分達の手で捕まえてやろうと意気込んでいた。

しかし二人をからかうように魔獣の影は飛び跳ねて回り、二人は息を切らしてへたり込んでしまう。

 

「はあ、はあ……」

「私も、もうダメ……」

 

そんな二人をバカにして、霧の中の影は小躍りを続ける。

二人は悔しそうにその姿を見つめる事しか出来なかった。

しかし突風が吹き霧が晴れると、中に居た魔獣……ヒツジンの姿が明らかになる。

 

「見つけたわよ、この悪戯坊主!」

 

シェラザードが声を掛けると、ヒツジンは慌てて霧の中へと逃げた。

 

「こら、逃亡するとさらに罪が重くなるわよ!」

 

農園の入口の方からやって来たエステルがヒツジンの後を追いかけて行った。

 

「やあティオ、驚かせちゃってごめんね」

「ヨシュア君、どうしたの?」

 

ティオは目を丸くしてヨシュアに尋ねた。

 

「実はあの魔獣を追いかけているんだよ」

 

ヨシュアはフランツとティオの父娘に理由を話した。

街のいたずら坊主のルックとパットがハーヴェイ一座の魔獣の檻の鍵を開けてしまい、先ほどの魔獣、ヒツジンが逃げ出してしまった。

しばらく暴れてお腹が空いたヒツジンはパーゼル農園の野菜を盗み食いしようとやって来たのだろうとヨシュアは話して、ヒツジンを追いかけて行ってしまった。

 

「後はヨシュア達に任せて、家に入ろうか」

「そうだね」

 

フランツの言葉にうなずいたティオは、疲れた顔で家の中へと戻るのだった……。

 

「ついに追いつめたわよ、覚悟しなさい!」

 

魔獣を追いかける仕事は二回目であるエステル達の手際は良く、油断していたヒツジンは農園の中で捕捉されてしまった。

勝利を確信したエステルは武器を構えてヒツジンに詰め寄る。

その時ヒツジンは大声で甲高い悲鳴を上げ、周囲に響き渡った!

 

「くっ、こんな事であたし達を脅そうとしたってそうはいかないわよ!」

 

エステルは辛そうに顔を歪めながらも、体勢を崩さなかった。

しかし突然森の中から数匹のヒツジンが現れ、エステル達の目の前に舞い降りた!

 

「ちっ、援軍を呼ぶとわね」

 

シェラザードも舌打ちして鞭を握り締めた。

 

「数が増えたからって、逃がしはしないよ」

 

ヨシュアは数が増えて調子付くヒツジン達に、落ち着いた声で告げた。

ヒツジン達は気が大きくなったのか、逃げる事を止めて三人に対して反撃に出る。

だがエステルの棒に叩かれ、ヨシュアの短剣の連続攻撃に傷を負わされ、シェラザードの風のアーツに翻弄され、ヒツジン達は地に倒れ伏した。

 

「余計な手間を掛けさせてくれちゃって」

 

倒れたヒツジンを見て、エステルは息を吐き出した。

そしてエステルがヒツジンを捕まえようと近づいた時、ヒツジンは最後の力を振り絞って立ち上がる。

 

「まだ何かするつもりだ、気を付けて!」

 

ヒツジンから漂う殺気を感じ取ったヨシュアが注意を促すと、ヒツジンが甲高い鳴き声を上げた。

すると倒れていたヒツジン達が体を起こし、鳴き声を上げたヒツジンの元に集結し合体をしてしまった!

 

「これが噂に聞いたヒツジン阿修羅合体ね……」

「何よそれ!?」

 

そうシェラザードがつぶやくと、エステルは目の前で起こった事が信じられないと言った様子で叫んだ。

 

「二人とも、相手は強力な体術を使うから気を付けなさい!」

 

シェラザードの警告通り、合体したヒツジン達は体格のがっしりとした大きな人間と同等のパワーを発揮し『必殺☆ヒツジン残虐拳』や『八艘飛びヒツジン蹴り』などの格闘技を繰り出して三人を苦しめた。

 

「ただのヒツジンだと思っていたけど、油断は禁物だったね」

「もう、これ以上は戦えないほど疲れたわ……」

 

死に物狂いで勝利したエステルとヨシュアの前では、合体の中心に居たヒツジンが力を使い果たし気絶していた。

 

「さあ、コイツの体力が復活する前に一座まで連れて帰るわよ!」

「そ、そんなぁ!」

「勘弁してください……」

 

シェラザードの号令に、エステルとヨシュアは背中合わせに座り込んでしまうのだった……。

 

 

 

<ロレント郊外 ハーヴェイ一座のテント>

 

三人はクタクタになりながらも何とかヒツジンをハーヴェイ一座のテントの檻へと連れ戻した。

 

「相棒が居なかったから、場を繋ぐのが大変だったよ」

 

出番を終えていたカンパネルラは楽屋裏でそうぼやいた。

カンパネルラは魔獣を使った曲芸が得意技で、十八番はヒツジンとのダンスだった。

ブルブランは観客席の女性客をステージに呼び出し、頭に乗せたリンゴの中心に投げたナイフを突き刺す腕前を披露。

ルシオラは霧を使ったイリュージョン・マジックで観客を魅了する。

そして団長のハーヴェイが笑いを取るコミカル・マジックを行い、一座は今日の興業を終えた。

 

「みんな、お疲れ様!」

 

エステル達は仕事を片づけた後、ハーヴェイ一座の楽屋に遊びに来ていた。

 

「シェラザードは近い将来、運命の男性との出会いがあるようね」

 

札を使った占いをしたルシオラがそう言うと、シェラザードが目を輝かせる。

 

「姉さん、それって本当?」

「運気は西の方角から強く感じるわ」

「ボース市の方からか……」

 

ルシオラの言葉を聞いたシェラザードは深刻な表情でそうつぶやいた。

 

「次はあたしを占ってよ!」

「それなら分かり易いタロット占いにしましょうか」

 

快諾したルシオラはタロットカードをシャッフルし、エステルに一枚選ばせる。

 

「運命の輪の正位置、あなたには生活環境を一変させる出来事が起こりそうね」

「えっ!?」

「でも大丈夫、他のタロットもプラスに傾いているし、不吉な出来事では無いはずよ」

「良かった」

 

ルシオラがフォローを入れると、エステルはホッと胸をなで下ろした。

シェラザードは黙って見ていたヨシュアに声を掛ける。

 

「さあ、ヨシュアも占ってもらいなさい」

「えっ、でも僕は……」

「ほらほら」

 

エステルに強引に手を引かれて、ヨシュアはルシオラの前に座らされた。

ルシオラはタロットカードをシャッフルし、ヨシュアに一枚選ばせる。

 

「月の逆位置、遠い将来だけど、重大な悩み事が解決すると出ているわ」

 

ルシオラが穏やかに微笑みながらヨシュアにそう告げると、

 

「そうだと良いんですけどね」

 

とヨシュアは答えた。

 

「その気の無い返事は何よ、ルシオラさんの占いが信用できないって事?」

「いやそう言うわけじゃないけど、難しい問題だからね」

 

膨れ顔で詰め寄ったエステルに、ヨシュアは真剣な表情でつぶやいた。

 

「安易な選択を選んでしまっては後悔する事になるわ、最後まで希望を捨てないで結果を出しなさい」

「はい、分かりました」

 

ルシオラの言葉にヨシュアはしっかりとうなずいた。

 

「ねえ、もしかしてそれって恋愛の悩み?」

「えっ!?」

 

図星をピンポイントで突かれたヨシュアは動揺を隠せなかった。

 

「あたしだったらいつでも相談に乗るからね!」

「それはどうもありがとう」

真っ赤になってうつむいたヨシュアにテントの中に居た全員が笑い出したのだった……。

 

 

 

<ロレント市 遊撃士協会>

 

ハーヴェイ一座の巡業で霧に閉ざされたロレントの人々の気持ちは晴れやかになったが、翌日もロレント市を覆う霧は晴れそうになかった。

いつものようにエステルとヨシュア、シェラザードの三人で朝のミーティングをしていると、厳しい表情をしたデバイン教区長が姿を現す。

 

「定期便はまだ運行を再開しませんか?」

「まだ霧がひどくて目処が立たないようです」

 

アイナはデバイン教区長の質問に申し訳なさそうな様子でそう答えた。

 

「飛行艇に急ぎの用事でも?」

「実はボース市のホルス教区長に頼まれていた薬が完成したので、なるべく早くに届けたいのです」

 

シェラザードに尋ねられたデバイン教区長は困った様子で理由を話した。

 

「分かりました、それならこちらでボース市へ派遣する遊撃士を手配しますね」

「おお、それは助かります」

 

アイナの言葉にデバイン教区長の顔がほころんだ。

 

「その依頼、リッジにやらせるつもり?」

「ええ、そうだけど」

 

シェラザードが確認するように尋ねると、アイナは不思議そうな顔で答えた。

 

「エステルとヨシュアに任せてみたらどうかしら?」

「えっ!?」

 

突然のシェラザードの提案にエステルは目を丸くして声をあげた。

 

「二人はロレントで十分に功績を立てたと思うし、そろそろ他の支部に送りだしてもいいんじゃない?」

「そうね、推薦状を書きましょう」

 

シェラザードとアイナのやり取りを聞いてエステルは嬉しそうな表情に変わる。

 

「やった!」

「教区長さんも、それで構いませんね?」

「はい、前途ある若者達の成長のためならば喜んで」

 

シェラザードの申し出をデバイン教区長は穏やかな笑顔で快諾した。

エステルとヨシュアはアイナからロレント支部の推薦状を受け取った。

それはロレント支部からの卒業を意味する。

二人は感無量でお互いに見つめ合った。

 

「コホン。この濃い霧の中、二人に万が一の事があってはいけないから、今回は私も同行するわ」

 

咳払いをして宣言するシェラザードに、ジト目をしたヨシュアがつぶやく。

 

「ルシオラさんの占いで西の方に行きたいから、僕達を利用するつもりですね」

「そ、そんな事ないわ」

 

図星を突かれたシェラザードが動揺しているのは誰の目にも明らかだった。

 

「まったくシェラってば相変わらずなんだから……」

 

アイナはあきれた顔でため息を吐き出すのだった……。

 

 

 

 

<ロレント地方 ヴェルテ橋の関所>

 

デバイン教区長の依頼を引き受けたエステル達は、その日のうちにボース市に向けて出発する事にした。

辺りは濃い霧に覆われ、晴れやかな旅立ちとは言えなかったが、見送りには母親のレナをはじめとして多くの人々が集まる。

 

「エステル、好きなお肉ばかり食べないで、お野菜も採るのよ」

「もう母さんってば、あたしを子供扱いして」

 

レナの言葉に、エステルは頬を膨れさせた。

 

「でもこれから私達のお野菜が食べられなくなるんだから、ますます離れちゃうかもね」

「そうそう、パーゼル農園のお野菜を食べられる母さんが羨ましい」

 

ティオに同意するようにエステルはレナに声を掛けたが、レナは顔を伏せエステルの両肩をつかみ、体を震わせる。

 

「羨ましいのはエステル達の方だわ! ボースの川魚料理に、ルーアンの海鮮料理、ツァイスの東方料理、グランセルのチョコレートフォンデュ……」

 

早口でまくし立てるレナの気迫に、エステルとティオはお互いの肩を寄せて冷や汗を流しながらつぶやく。

 

「エステルのお母さんって、食いしん坊なのにスタイル良いよね」

「法術を使うとお腹がすごく減って、いくら食べても太らないらしいわ」

「それが一番羨ましい……」

 

エステルの話を聞いたティオは大きなため息を吐き出した。

そしてエステルはレナを励まそうと声を掛ける。

 

「ねえ、おいしい食べ物なら父さんがお土産で買ってきてくれると思うし……」

「ダメよ、新鮮な料理は地元じゃないと食べられないんだから!」

 

拳を握りしめて強く力説するレナに、エステルは萎縮してしまう。

 

「なら母さんも一緒にボース市に行くって言うのはどう?」

「そうしたい所だけど、カシウスさんと入れ違いになっても困っちゃうわ」

「母さん、結局父さんのお土産目当てなんだ……」

 

レナがあごに手を当てて落ち込んでため息を吐き出すと、エステルはガックリと肩を落とすのだった……。

エステルがレナ達と話している間、ヨシュアもアルバイトをしていた武器屋の主人であるエドガー、妻のステラ、クラウス市長などと言葉を交わしていた。

そしてシェラザードもアイナやハーヴェイ一座のメンバー達と話をしている。

 

「待たせたね。手続きは終わったよ、門を開けるかい?」

 

アストン隊長が声を掛けると、三人はしっかりとうなずいた。

門が大きな音をたてながら開いて行く。

たちこめる霧のため、数十アージュ先まで見渡す事は出来ない。

 

「あちゃあ、橋の向こうの様子が全然わからないわね」

 

シェラザードは額に手を当ててつぶやいたが、エステルは目をキラキラと輝かせる。

 

「何も見えない方が、逆にワクワクしない?」

「ははっ、エステルってば前向きだね」

 

ヨシュアは笑いながらエステルの意見に同意した。

 

「二人とも、今度会う時は正遊撃士ね」

「うん、楽しみに待ってて!」

「はい、頑張ります」

 

エステルはレナに向かってVサインをして答え、ヨシュアはしっかりとうなずいた。

 

「シェラ、二人をよろしくお願いね」

「もちろんです」

「それと、あなたの男運を祈ってるわ」

 

レナがにやけ顔で付け加えると、レナは「アイナのやつめ」と小声でつぶやいた。

そして集まった皆の声援に見送られて、三人の背中は霧の中へと消えたのだった……。



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ボース地方編
第十一話 熱血・暴走・ツンデレ・遊撃士アガット登場!


<ボース地方 ボース街道>

 

ロレント支部の推薦状を受け取り、ボース地方の遊撃士協会に向かう事になったヨシュアとエステル。

そして、道案内役として付き添う事になったシェラザード。

ヨシュアとエステルは新天地に何が待ち受けているのか、シェラザードは西の方角でどんな異性との出会いがあるのか、期待に胸を高鳴らせながら道を歩いている。

 

「やっと霧が晴れてきたね」

 

視界が開けると、ヨシュアは安心して息をついた。

 

「あっ、遠くにボースの街が見える!」

 

エステルは街道の遥か先に小さく見えるボース市の街を指差して歓声を上げた。

 

「さあ、昼まで着けるように早く行くわよ!」

「了解!」

 

シェラザードに元気良く返事をしたエステルは、弾かれたように勢い良く走り出した。

 

「エステル!?」

「ちょっと待ちなさい!」

 

ヨシュアとシェラザードは慌ててエステルを追いかけて走り出すのだった……。

そして数セルジュほど走ったところで、三人は小休止する。

 

「はあはあ……」

「この程度でへばっちゃうなんて、情けないわよ」

 

道に座り込んでしまったヨシュアに、エステルは背中をポンポンと叩いて声を掛けた。

 

「全く、野生児みたいに体力はあるんだから……」

 

肩で息をしながらシェラザードもそうつぶやいた。

 

「えーっと、霜降り峡谷?」

 

街道にあった分かれ道を示した立札を読んで、エステルはつぶやいた。

 

「それはそれは、随分と美味しそうな地名ね」

「霧降り峡谷だよ」

 

シェラザードとヨシュアはあきれた顔でツッコミを入れた。

 

「あはは、そうだよね」

 

エステルは舌をペロリと出した後、大きな声で笑った。

熱に浮かされているようなエステルに、ヨシュアが注意を促す。

 

「ちょっとはしゃぎ過ぎだよ」

「分かってるけど、見た事の無い場所ばかりだとワクワクしちゃうのよ!」

 

エステルは笑顔で答えて、また街道をスキップで進んで行った。

 

「私達でフォローするしかないわね」

「仕方ないですね」

 

シェラザードとヨシュアは苦笑しながら顔を見合わせてうなずき、後を追いかけた。

 

「あ、見た事が無い魔獣よ!」

 

先を行くエステルは、野原を這っていたスライムゼリー状の魔獣を発見すると歓声を上げた。

情報のクォーツからデータを引き出しながら、ヨシュアはエステルに呼び掛ける。

 

「僕達が行くまで待つんだ!」

「相手は一匹なんだから平気よ!」

 

エステルは棒を振り下ろして魔獣を叩き潰した。

そして振り返り二人に向かって得意気な顔をするエステルに、ヨシュアは鋭い声で注意を促す。

 

「エステル、まだ終わってない!」

 

エステルの足元で潰れた魔獣は二体に分裂し、さらに三体、四体と増えた。

 

「こんなのインチキっ!」

「エステル、そこを離れなさい!」

 

シェラザードの言葉にエステルが思いっきり後ろに飛びのくと、エアリアルのアーツにより魔獣達を巻き込む旋風が巻き起こった!

舞い上がり、地面に叩きつけられた魔獣達は動きを止める。

 

「ヨシュア!」

「はい!」

 

合図をシェラザードから受けたヨシュアがファイアボルトのアーツで焼き払うと、魔獣達は完全に生命活動を停止、死んだのだ。

 

「マッドローパーは分裂をする魔獣だけど分裂後の体力は低下しているから、範囲攻撃で止めを刺せば問題無いのよ。覚えておきなさい」

「了解」

「わかりました」

 

エステルとヨシュアは遊撃士手帳を取り出して、シェラザードに言われた通りにメモをした。

 

「やあシェラザード、先輩振りがしっかり板に付いたじゃないか」

 

すると、ボース市の方向から歩いて来た遊撃士の紋章を胸に着けた青年が立ち止って三人に声を掛けた。

その青年の後には運転手が乗った貨物車が数台続いている。

 

「あらグラッツ、ロレントへの護衛の仕事?」

「ああ、定期便が運休しているからな」

 

シェラザードの問い掛けに、グラッツはうなずいた。

そしてロレント支部の遊撃士と準遊撃士二人がやって来ている事に疑問を感じたグラッツがシェラザードに尋ねる。

 

「君が若いのをわざわざ連れて来るなんて、何か事件でもあったのか?」

「別に事件は起こってないんだけど、この子達の道案内をするために同行したのよ」

 

ボーイハントに来たと言えず、シェラザードはごまかし笑いを浮かべてお茶を濁すように答える。

 

「そう言えば、ルグラン爺さんがロレント支部から準遊撃士が二人配属されるって聞いてたけど、それが君達か」

「よろしくお願いします!」

 

エステルは笑顔で手を差し出して、ヨシュアは深々と頭を下げてグラッツに答えた。

 

「おっと、そろそろ行かなくちゃ」

 

二人と握手を交わしたグラッツは、待っている運搬車の運転手達の方を振り返ると休憩終了の合図を送ってロレントへ向けて歩き始めた。

そして三人もグラッツに手を振ってボース市へと向かうのだった……。

 

 

 

<ボース市 ボース市街地>

 

三人がボースの街へと到着すると、エステルは門を見上げて歓声を上げる。

ボースの街はロレントの街に比べて石造りの大きな建物が多かった。

 

「うわあ、ロレントよりずっと大きい!」

「エステルはボースに来たのは初めてだったよね」

「どうせあたしはロレントから出た事は無いわよ」

「別にバカにしたわけじゃないってば」

 

腕組みをして膨れ顔をしたエステルを、ヨシュアがなだめた。

しかしエステルが不機嫌になったのは一瞬の事。

ボース市の賑やかな街の様子を見て、エステルのテンションは上向きになる。

 

「街の真ん中にある大きな建物って何? 人がたくさん集まっているみたいだけど」

「あそこはボースマーケット。屋根付きの市場よ」

 

エステルの質問にシェラザードが答えると、エステルは目を輝かせた。

 

「ダメだよ、僕達はまず薬を届けに礼拝堂へ行かないと」

 

そんなエステルの気持ちを察したヨシュアがエステルに釘を刺した。

 

「もうヨシュアってばケチなんだから、ちょっと見るぐらい良いじゃない」

「ほらほら、寄り道しないで行くわよ」

 

シェラザードは渋るエステルの首根っこをつかみ引きずりながら礼拝堂へと向かうのだった……。

 

「これはこれは、ありがとうございます」

 

薬を受け取ったホルス教区長はそう言って三人に頭を下げた。

 

「いえ、遊撃士として当然の務めです」

 

シェラザードの返事を聞いたホルス教区長は穏やかな笑顔でシェラザードに尋ねる。

 

「貴方達はロレントの街の遊撃士なのですか?」

「私はそうですが、二人は本日よりボース支部所属になります」

「よろしくお願いします」

 

エステルとヨシュアは揃ってホルス教区長に頭を下げた。

 

「そうですか、それはそれは……」

 

ホルス教区長は嬉しそうに目を細めながら二人を見つめた後、少し遠慮がちに三人の顔を見回した。

 

「何かお困りの事がありましたら、力にならせてください」

 

そのホルス教区長の様子に気が付いたヨシュアが声を掛けると、ホルス教区長は恥ずかしそうに笑い、渡りに船とばかりに用件を切り出す。

頼んでいた薬は流行病の特効薬で、ラヴェンヌ村に症状のひどい患者が居るからボース支部の遊撃士に薬を届ける依頼を出そうと考えていた事を話した。

 

「分かりました、そういう事でしたら喜んでお手伝いさせて頂きます」

 

話を聞いたシェラザードがそう告げると、ホルス教区長はゆっくりと息を吐き出す。

 

「ありがとうございます、長旅でお疲れの所済みません」

「体力は有り余っているから任せてください!」

 

エステルは腕まくりをしてホルス教区長に答えたのだった……。

 

 

 

<ボース市 遊撃士協会>

 

「まったく、エステルってば調子がいいんだから」

 

礼拝堂から出たヨシュアは、大口を叩いたエステルに愚痴をこぼした。

 

「でもエステルの言う事はもっともよ、同時に複数の依頼を連続してこなさなければならない事もあるわ」

「それは、そうですけど」

 

シェラザードの言葉にヨシュアは最終的には同意した。

 

「ほらヨシュア、仕事が終わったらボースマーケットで買い物ができるんだから、元気出しなさいよ」

「本当にエステルはパワフルでポジティブだよね」

 

ヨシュアは少しあきれながらも、まぶしそうにエステルを見つめて微笑んだ。

シェラザードもあごに指を当てて笑みを浮かべる。

 

「私もマーケットで帝国から輸入された新作の服でもチェックしようかしら」

「美味しい物がたくさんありそうだしね!」

 

エステルは目を輝かせて屋台を見回している。

 

「色気より食い気なんだね」

「スカートの一枚にでも興味を持って欲しいわ……」

 

エステルの言葉にヨシュアとシェラザードはため息を吐き出したのだった……。

三人がボース市の遊撃士協会に入ると、正面のカウンターには青いニット帽を被った白髭の老人の姿があった。

そして燃えるような赤い髪を持ち、自分の背丈ほどもある長剣を背負った長身の青年が入口に背を向けてその老人と話している。

 

「久しぶりねルグラン爺さん、アガット」

「おお」

「ん?」

 

シェラザードが親しげに声を掛けると、ニット帽を被った老人は顔を上げ、赤毛の青年は振り返った。

 

「元気そうで何よりじゃ。それでお前さんが連れているのがロレント支部を卒業した二人じゃな?」

「ええ、準遊撃士のエステルとヨシュアよ」

 

ルグラン老人に尋ねられたシェラザードはうなずいた。

 

「よろしくお願いします」

 

紹介された二人は揃って頭を下げた。

 

「シェラザード、お前さんがわざわざ来るとは何かあったのか?」

「いいえ、私はこの子達の道案内役よ」

 

怪しんだ顔をしたアガットに尋ねられたシェラザードはとぼけてそう答えた。

するとアガットは怒った表情になり、エステルとヨシュアの方を向いて言い放つ。

 

「おいお前ら、俺はシェラザードのように甘くは無いぞ」

「はい!」

 

内心シェラザードに毒づきながら二人は姿勢を正して返事をした。

 

「これこれアガット、若いのを脅かすのもいい加減にするんじゃ」

 

ルグラン老人はそう言ってアガットをなだめた。

 

「さあ手続きをしなさい、貴方達は準遊撃士だからボース地方で活動するためにはボース支部に所属を変更する必要があるのよ」

 

シェラザードに促されたエステルとヨシュアはルグランに差し出された書類に必要事項を記入して提出した。

 

「エステル・ブライト、ヨシュア・アストレイ。本日をもってボース支部所属とする」

「何っ、ブライトだと?」

 

ルグランが辞令を読み上げるのを聞いて、アガットは目の色を変えて二人をにらみつけた。

 

「そう、エステルはカシウス先生の実の娘よ。そしてヨシュアは先生の家に引き取られているの」

 

シェラザードは自慢するように二人の素性を告げた。

するとアガットの目が鋭く光り不気味な笑みを浮かべたのを見て、二人は嫌な予感がした。

 

「俺はアガット・クロスナーだ。ボース支部では俺がお前達二人を指導してやる、覚悟しておけよ!」

「ひえー、どうしていきなりそんなに厳しいのよ」

 

アガットが宣言すると、エステルは頭を抱えて悲鳴を上げた。

 

「アガットが家出をして悪い仲間とつるんで居た時に先生に退治されてね。半ば強制的に遊撃士にさせられて厳しく鍛えられたのよ」

「うるせえ、お前だって未成年なのに酒場で飲んだくれていたんじゃねえか!」

 

シェラザードが笑いながら話すと、アガットは怒鳴って言い返した。

 

「あ、あたしは悪い男に果実ジュースだって騙されただけよ」

「ふん、一人で酒場に入った時点で言い訳出来ないだろうよ」

 

言い争いを始めてしまったシェラザードとアガットに、エステルとヨシュアは顔を見合わせてため息をつく。

 

「父さんに逆恨みしてあたし達に八つ当たりしてるのも混じってるわね」

「大人げないと言うか……」

 

落ち着いたシェラザードはルグラン老人に話し掛けた。

 

「それでルグラン爺さん、あたし達ラヴェンヌ村に薬を届ける依頼を教区長さんから受けたんだけど」

「ああ、ラヴェンヌ村では流行り病が起きているな」

「薬だと? それでミーシャの病気が治るのか?」

 

突然、興奮した様子で話に割り込んで来たアガットにエステルとヨシュアは驚いた。

 

「アガット、あなたの妹の事なんだから大変なのはわかるけど、少し落ち着きなさいよ」

「いいや、落ち着いてなんかいられねえ、こうしている間にもミーシャは家のベッドで苦しんでいるんだ」

 

そう言うと、アガットはエステルとヨシュアを急かすようにギルドの外に押し出そうとする。

 

「ちょ、ちょっと!」

 

戸惑ったエステルはアガットに逆らおうとするが、アガットの力には敵わない。

 

「てめえら、これからラヴェンヌ村まで全力疾走だ!」

「僕達、ロレントから半日かけて街道を歩いて来たんですけど……」

 

ヨシュアがため息混じりに抗議をするが、目が眩んだようにアガットは聞き入れない。

 

「ごちゃごちゃ抜かすんじゃねえ!」

「二人とも、頑張っていてらっしゃい。依頼の穴はあたしが埋めておくわ」

 

シェラザードは手を振って慌ただしくギルドを出て行くエステルとヨシュアとアガットの三人を見送った。

 

 

<ボース地方 ラヴェンヌ村 アガットの家>

 

「ミーシャの熱が下がりましたよ! 他の村人たちも快方に向かっています」

「よかった!」

 

村長ライゼンの喜ぶ様子を見て、エステルとヨシュアも笑顔になる。

ベッドでは苦しそうな様子だったミーシャが、今ではすっかり落ち着いて気持ち良さそうに寝ている。

 

「これで一安心だ」

 

アガットとエステルとヨシュアと村長ライゼンの四人は、ミーシャを静かにゆっくりと寝かせるために、村長の家へと移動する事になった。

 

「村の流行り病も治まりそうで、喜ばしい事なんじゃが……もう一つ困った事があるんじゃ」

「何だ?」

 

ライゼン村長の言葉に、腕組みをしたアガットが聞き返した。

 

「数日前から、奥の山道で危険な魔獣が出没していると目撃情報があってな、遊撃士協会に依頼しようと思っていたところじゃった」

「どんな魔獣ですか?」

 

ヨシュアの質問を聞いてライゼン村長は話を続ける。

 

「それが、はっきり姿を見たものは居なくてな、どうやら獲物を待ち伏せする魔獣らしいのじゃ。鉱山が栄えていた頃、その手の魔獣に悩まされていたのでな」

 

ライゼン村長の話を聞いたアガットは鼻を鳴らした。

 

「待ち伏せとは厄介だが……面白れえ、お前達を鍛えるのに最適な相手じゃないか」

「ええっ!? また戦うの?」

 

さすがの野生児エステルも、疲れを隠さずにウンザリとした顔で音を上げた。

 

「アガットさん、僕達歩き詰めで疲れているんですが……」

 

ヨシュアも死にそうな顔でアガットにそう懇願した。

 

「バーロー、体力の限界に挑戦してこそ意味があるんだ」

 

アガットはそんな二人に面白く無さそうな顔で発破をかけた。

そんな二人の様子を見かねた村長夫人のビルネ婆さんがアガットをたしなめる。

 

「アガットや、この子達は本当に疲れているみたいだから、少し休ませてあげたらどうだい」

「ちっ、仕方ねえな、無理して怪我でもされたら面倒だし……食事と休憩をしたら出発するからな」

 

舌打ちしたアガットは渋々ビルネ婆さんの助言を聞き入れた。

こうしてエステルとヨシュアはラヴェンヌ村の宿屋『月の小道亭』で食事と休憩を取る事になった。

食事は酒場スペースを切り盛りする村娘のリモーネがラヴェンヌ村の郷土料理を提供した。

 

「アガットってね、昔から気が短いから付き合わされる方はたまったものじゃないわよね」

「リモーネ、てめえの方がのんびりしすぎなんだよ」

 

リモーネはアガットとは正反対の、のほほんとした印象があった。

 

「アガットは考える前に行動しちゃうタイプだからね」

 

そのリモーネの言葉を聞いたヨシュアは薄笑いを浮かべる。

 

「それじゃあエステルと気が合うかもしれないですね」

 

ヨシュアの言葉を聞いたエステルはふくれっ面だ。

 

「何よ、失礼しちゃうわね、あたしがそんなに単細胞に見える?」

「そうだ、単純なのはそのガキの方だけだ」

 

そんな感じの会話を交わした食事を終えた三人はラヴェンヌ山道の魔獣を退治しに行く事になった。

エステル達が山道を歩いていると、土煙が前方の地面から湧きあがり、地面の中から鋭い角を持った魔獣が姿を現した!

角を持った魔獣相手に接近戦は不利だと判断したヨシュアはアーツを詠唱しようとするが、そのヨシュアに魔獣が飛びかかった!

 

「うわっ!」

 

魔獣に体当たりされたヨシュアはアーツの詠唱を妨害されてしまった!

 

「どうやら、こいつはアーツの詠唱に反応して攻撃してくるらしい、固くても武器で叩くしかねえな」

「回復も道具を使った方が良いみたいですね」

「わかったわ!」

 

エステルとヨシュアは殴った腕の方がしびれるような感覚にとらわれながらも、根気よく魔獣を殴り続けた。

止めはアガットが空高く跳躍して魔獣に攻撃する技だった。

 

「食らえ、ドラゴンダーイブ!」

 

重力を利用して落下するその大技に、エステルとヨシュアは見とれてしまった。

 

「ひゅー、かっこいい♪」

「さすが『重剣のアガット』って呼ばれるだけの事はありますね」

 

エステルとヨシュアは口笛を吹いて拍手でアガットを称賛した。

 

「……お前ら、俺をおだてて手加減してもらおうと思ったってそうはいかないからな!」

「そんなこと無いって、本当にすごいと思ったんだから」

「そうですよ」

 

エステルとヨシュアが重ねてそう言うと、アガットは顔を二人から背けて、小さくつぶやく。

 

「そ、そうか……」

 

アガットは少し照れながら消え入るような小さな声でそう答えた。

村に戻ったエステル達は村長に魔獣を退治した事を報告すると、日が沈まないうちにボースの街へと帰る事になった。

 

「あたし達、腰も足もヘトヘトなんですけど……」

 

エステルは持っている棒を杖の様にして歩いていた。

 

「もうひと頑張りだ、しっかりしろ」

 

口調はいくらか柔らかくなったが、やはりアガットは厳しかった。

 

「残念だったなぁ、目を覚ました妹さんからアガットの弱点をいろいろ聞こうと思ったのに」

 

そう言って口を滑らせたエステルに、アガットの目が鈍い光を放つ。

 

「……エステル、お前にはさらに特訓が必要なようだな。行きと同じように全力疾走で帰るぞ!」

 

アガットはそう言って村の外に向かって走って行ってしまう。

 

「そ、そんなあ」

 

エステルはへなへなとその場に崩れ落ちてしまう。

 

「エステル、余計な事を言うから……」

 

ヨシュアはそう言って天を仰いだ。

 

ボースの街に戻り、ギルドで報告を終えたエステルとヨシュアはホテルの部屋に入り、着替えてベッドに入ると泥のように眠り込んでしまった。

その頃、アガットとシェラザードはボースの街の酒場で酒を酌み交わしていた。

 

「あの二人、中々筋がいいじゃねえか。なかなか体力も根性もあるし」

「気に入った? それなら直接ほめてあげればいいのに、アガットったらツンデレね」

「うるせえ、俺はツンデレじゃねえ!」

「はいはい、わかったわかった」

 

声を荒げるアガットを、シェラザードは手で制した。

 

「そんで……お前がわざわざボース地方まで来て、ここに居る理由はなんだ? ロレント支部を空けるほどの事件か?」

 

シェラザードはまさか男性との出会いを探しにやって来たと本当の事を言うわけにもいかず、とりあえず酒を飲み交わす事にした。

 

「ま、まあちょっと厄介な事件があってね……」

 

酒を飲ませて酔い潰れさせてしまえば、アガットの追及を逃れる事が出来るだろうと、シェラザードはアガットに飲み比べを提案するのだった……。

 

次の日のアガットによるエステルとヨシュアの指導は、アガットが二日酔いでダウンしてしまったため、シェラザードが代行して行う事になった。

 

「きょ、今日はボースマーケットに二人を連れて行くから、余計な事をアガットに言わないのよ、いいわね?」

 

落ち着かない様子のシェラザードはエステルとヨシュアにそう言い含んだ。

 

「余計な事ってクルツさんの事?」

「ルシオラさんの占いの事もそうだよ」

 

エステルとヨシュアはぼそぼそと話を交わした。

 

「二人とも、欲しいものがあったら少しだけおごってあげるわよ」

 

完全に目が泳いでいるシェラザード。

そんな話をしながらエステルとヨシュアとシェラザードの三人はボースマーケットの建物の中に入って行った……。



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第十二話 シェラザードの運命探索(フォーチュン・クエスト)!

<ボース市街 ボースマーケット>

 

成功を夢見て商人達が集まる事で有名なボースマーケットは、仕切りの無い巨大な部屋の中で商人達がそれぞれ仮設の屋台のような店を開く様な形をとっている。

ボースマーケットの建物の中に足を踏み入れたエステル達にも商売人達の熱心な声が聞こえて来た。

しかし、その中で商人達の呼び込み以外の声が聞こえてくる。

どうやら商人同士が言い争いをしているようだった。

 

「お前みたいな商人がいるとな、ボースマーケットの品格が落ちるんだよ!」

「すみません、すみません! ……でも、僕の方も騙されていただけなんです!」

「ゴメンで済めば軍隊はいらないんだよ、お前を突き出して牢屋にぶち込んでやる」

「それだけは許して下さい!」

 

人々が見守る中、一人の若者の商人がもう一人の若者の商人を激しく責めている。

そこへ落ち着いた感じの赤いドレスを身にまとった令嬢といった感じの若い女性が話に割って入った。

後ろにはメイドの服装をした女性を二人従えている。

 

「もうこちらの方も反省しているようですし、許して差し上げたらどうです?」

 

商人の若者は二人とも、一目で令嬢の事が分かったようだ。

周りの人々も同じだったらしく、令嬢に視線が集まる。

 

「うわあ、話題の市長の令嬢さんの登場ですね!」

 

派手なカメラのフラッシュの音に振りかえると、そこには見知った顔、ドロシーが嬉しそうに写真を撮っていた。

 

「ドロシーさん!?」

 

ドロシーはエステル達の事にまるで気が付いていない様子で写真を撮り続けている。

 

「メイベルさん、もしかしてその男の味方をするつもりですか? その男は偽のブランド品を販売していた男ですよ!」

 

責めている商人の若者がそう言うと、周りの人からも罵声が上がる。

 

「ですから、売ってしまったお客さんにはお金をお返しして、謝らせていただきました……僕も騙されていたんです」

 

それに対して責められている商人の若者は土下座をして平謝りをする。

 

「これほど謝っているのですから、もう責めるのはおやめなさい」

 

メイベル市長令嬢はそう言ったが、商人の若者は首を横に振った。

 

「いいえ、この男はボース商人の名前に傷を付けたとんでもない男ですよ。牢屋で頭を冷やしてもらわないとね」

 

商人の若者の言葉に加勢するようにヤジが飛ぶ。

はやし立てる罵声が大きくなる中、メイベルはついに怒りだした。

 

「弱い立場の人をさらに責めるなんて、あなたこそボース商人の名前に傷を付けているのではなくて?」

「何だと?」

 

ついにメイベル市長令嬢と若い商人が怒った顔でにらみあうことになってしまった。

 

「お嬢様、落ち着いてください」

「そうですよ、ケンカはダメですよ~」

「リラもサラも黙っていなさい!」

 

メイベルに付き従っていたメイドの二人が諌めるが、メイベルは完全に頭に血が上ってしまったようだ。

そこに優雅なリュートの調べと共に一人の金髪の青年が姿を現した。

 

「フッ、もったいない事だね」

「えっ?」

 

その場に居合わせた皆はポカンとした表情で金髪の青年を見つめる。

 

「あなたみたいな可憐な方に、そのような表情は相応しくないですよ」

「あ、あの……あなたは?」

 

メイベルがそう尋ねると、金髪の青年はキザなポーズをとって答える。

 

「私はオリビエ。美と平和を愛するさすらいの演奏家です」

「は、はあ……」

「あなた達に一曲歌を送りましょう。心の荒野を潤して、美しい花を咲かせられるような歌を……」

 

そう言うとオリビエはリュートを弾きながら歌を歌いだした。

エステル達はぼうぜんとして歌を聞くがままにしていた。

オリビエの熱唱が続くと、エステル達は冷汗を流し出した。

 

「ふ、君達の心にラブアンドピースの大切さが伝わったかい?」

「し、仕方無いな、今回はこれで許してやるよ!」

 

責めていた商人の若者はそう言って足早にその場を立ち去った。

 

「……あ、逃げた」

「気持ちはわかるけどね……」

 

エステルとヨシュアはそう呟いた。

 

「……助けていただいてありがとうございました、もう少しで粗暴な振る舞いをしてしまうところでしたわ」

 

メイベルがオリビエに対して感謝と戸惑いの入り混じった引きつった顔で礼を言うと、オリビエは謙遜した態度を取った。

 

「いえ、あなたのような美しい方を助けるのは当然の事。……どうです、これからお茶でも……」

 

オリビエはひざまずいてメイベルに手を伸ばすが、メイベルはすでにオリビエの方から視線を外していた。

 

「お嬢様、そろそろ戻らないとご主人様が心配なさいます」

「アイスが溶けてしまわないうちに帰りましょう~」

「そうですわね」

 

メイベルとメイドのリラとサラの三人はそう言ってオリビエの方を振り返る事無くその場を立ち去ってしまった。

 

「あ、そんなあっさり行っちゃうんですか!」

「その表情もキュートですよ~!」

 

落胆した表情で叫ぶオリビエをドロシーはマイペースで激写している。

 

「なに、あの変な男?」

「もしかして、ルシオラさんの言ってた人って……」

 

エステルとヨシュアはあきれ顔でオリビエを見つめてそう言った。

 

「やめてよ、あんな男が運命の男性なんてありえない」

 

シェラザードは真っ青な顔をして首を左右に振った。

エステル達はオリビエ達に関わる事無く、その場を立ち去ってボースマーケットの立ち並ぶ店で買い物をする事にした。

 

 

<ボース郊外 霧降り峡谷>

 

エステル達はボースマーケットで出会ったスペンス老人の依頼でベアズクローを採取するため霧降り峡谷へと向かった。

 

「こんなところじゃ、魔獣ぐらいしか居ないわよね。ね、シェラ姉?」

 

いつものお返しとばかりにエステルはニヤニヤ顔でシェラザードに話しかける。

シェラザードはウンザリとした顔でエステルの言葉を否定する。

 

「だから、私は男漁りに来ているわけじゃないって」

「いまさら否定しても遅いですよ、シェラさん」

 

ヨシュアは淡々とした冷静な表情でシェラザードにツッコミを入れる。

エステル達は雑談する余裕を見せながらベアズクローの自生地を発見した。

 

「『霜降り』峡谷で無事見つかったってスペンスさんに報告しましょうか」

「シェラ姉、しつこいなあ。育ち盛りなんだから仕方ないでしょう!」

 

シェラザードとエステルが話ながら帰路を歩いていると、人が近づいて来る気配がした。

 

「こんな所までよく来たなあ」

 

のんきにそんな事を言って近づいてきた男性はウェムラーと名乗った。

山が好きで、霧降り峡谷に山小屋を建てて住み込むほどだと言う。

 

「よかったら、ちょっと山小屋で休んで行くかい? ちょうど昼時だし、食事でもどうだ?」

「そうですか、でも……」

 

シェラザードが返事をする前に、エステルの腹の虫が盛大な音を立てて鳴いた。

 

「あはははは……」

「ごちそうになります」

 

ヨシュアが少し気恥ずかしそうに言った。

こうしてエステル達はウェムラーの山小屋に立ち寄ることとなった。

 

「もしかして、占いに出ていた人ってウェムラーさんの事かも知れないわよ」

「……エステルもしつこいわね、私は山男とずっと山に居るなんて好きじゃないわ」

 

ウェムラーに昼食をご馳走になる事になった三人だったが、ウェムラーが作った鍋料理を一口食べた途端、全員倒れ込んでしまった。

 

「なによ……この体中の力が抜けるような不味さは」

 

どんなに酒を飲んでも酔い潰れないシェラザードも口を手で押さえて吐き気をこらえた。

 

「毒味をするべきでしたね……シェラさん……」

 

ヨシュアもゼエゼエ息を切らしながら、シェラザードに話しかける。

 

「これ……ホタル茸が入っているでしょ……」

 

エステルも額に脂汗を浮かべながらウェムラーに尋ねた。

 

「よく分かったね、お嬢ちゃん。俺が考案した『極楽鍋』さ」

 

元気に鍋を食べているのはウェムラーだけだった。

エステル達は体力が回復するまで、ウェムラーの山小屋で休む事を余儀なくされた。

 

「あの料理は『地獄鍋』と改名した方がいいと思います……」

「あたしも胃の中の物を吐き出して、さらにお腹が空いちゃったよ……」

「まったくボース地方に来てからロクな男と出会わないわ……」

 

ヨシュアとエステルとシェラザードの三人は命辛々といった感じで、ウェムラーに礼を言って山小屋から脱出した。

昼前に山に入ったが、辺りはすっかり日が暮れている。

 

「こんなに帰りが遅いと、ギルドの方でも何かがあったって思われるんじゃない?」

「実際に凄い事があったじゃないか」

 

エステルの言葉に、ヨシュアはウンザリとした顔でため息を吐き出した。

 

「毒料理にやられるとは、私もまだまだ修行が足りなかったわ……」

 

シェラザードはそう言って天を仰いだ。

帰り道を力の無い足取りで歩くエステルとヨシュアとシェラザードの三人。

すると、エステルが目ざとく霧の中を移動する数人の人影を見つけた。

 

「あっ、何人かが向こうに行ったよ!」

「こんな時間に山に入ろうとするなんて怪しいわね……」

 

エステルの指差した方向を見てシェラザードはそうつぶやいた。

 

「もしかして、道に迷ったのかもしれませんよ」

「そうだったら、民間人の保護と言う名目で接触すればいいわ。とりあえず、見つからないように跡をつけるわよ」

 

ヨシュアが心配するようにシェラザードに問い掛けると、そう答えた。

シェラザードの足跡を追跡する能力により、エステル達は霧の中でも人影を見失わずに追いかける事が出来た。

 

「おかしいわね、この先は行き止まりのはず……」

「うん、昼間ベアズクローを取りに来た時も道が途切れていたわよね」

 

シェラザードとエステルがそうつぶやきながら前方の人影のグループを見守っていると、グループのうちの一人が岩壁をノックして声をかけた。

 

「キールの兄貴、ただ今戻りました」

 

すると、岩壁の一部が扉のようにスライドして口を開いた。

人影の集団がぞろぞろと中に入って行く。

全員が入り終えると、扉はバッタリと閉まり、また元の岩壁のような外見に戻った。

 

「カプア運送の元従業員……姿を消したと思ったらこんなところに潜んでいたのね」

「シェラ姉、あいつらのこと知ってるの?」

「ほら、僕達がセプチウムの結晶を取り返し損ねた相手じゃないか」

 

ヨシュアに指摘されて、エステルはハッと思い出した顔になる。

 

「あのボクっ娘の一味ね……!」

 

エステルはそう言って怒りをあらわにした。

 

「彼らはカプア運送の制服を着ていたけど、実際は会社をリストラされた従業員だって事が分かったの」

「帝国では最近、派遣労働者に関する法律が改正されたからですね。派遣切りが多く行われるようになったとか」

 

シェラザードの言葉を聞いたヨシュアは深刻そうな顔をしてうなずいた。

 

「どういう事?」

 

ピンと来ていないエステルにシェラザードが帝国の『派遣労働者雇用法』について話す。

 

「一定の期間雇用した派遣労働者を正社員として採用するように国が会社側に強制する法律が出来たんだけどね」

「逆に会社側は法律が施行される前に派遣労働者を解雇してしまったんだよ」

「それで宝石を盗もうとしたんだね……かわいそう……」

 

シェラザードとヨシュアの話を聞いたエステルはジョゼット達に同情したのか悲しそうな顔になる。

 

「いくらかわいそうでも、強盗を許しちゃおけないわよ」

 

そんなエステルをシェラザードが戒める。

 

「……シェラさん、突入しますか?」

 

ヨシュアの問いかけにシェラザードは首を横に振った。

 

「いいえ、街に戻ってギルドや軍の協力を仰ぎましょう」

「どうして?」

 

エステルが質問すると、シェラザードは疲れた顔で説明する。

 

「相手の規模も大きそうだし……なによりもあの料理のせいで体力が根こそぎ奪われたわ……」

「そうね、街に戻って何か食べたい」

 

エステルもシェラザードの意見に同意する。

こうしてエステル達は街に戻る事になった……。

 

 

<ボース市街 遊撃士ギルド>

 

エステル達はボースの街に戻り、カプア運送の元従業員である強盗団のアジトを発見したと報告した。

二日酔いから回復したアガットはエステル達の報告を聞いて感心したようにつぶやく。

 

「ふーん、お前ら良くそこでアジトに踏み込もうとしなかったな」

「まあ、少ない人数で乗り込んでも返り討ちにあう可能性があるし、逃がしてしまってもマズイしね」

 

アガットに対して、シェラザードは余裕たっぷりの表情でそう答えた。

 

「冷静なシェラザードさんが一緒に居てくれて助かりました。僕達だけだったら勇み足でアジトに踏み込んでいたかもしれません」

 

ヨシュアはシェラザードに向かって感謝の気持ちを述べた。

 

「まっ、冷静さは遊撃士にとって大切な事だな」

 

アガットはそんな事を呟いた。

 

「アガットさんが言うと説得力が無い気がするわね」

「んだとエステル、俺を突撃ばかりの野郎だと思っているな!」

 

アガットはそう言ってエステルをにらみつけた。

 

「彼らは飛行船を使った強盗と言う事で、リベール空軍の方でも目を付けていたみたいじゃ。報告した所、レイストン要塞から王国軍情報部が来るそうじゃ」

「王国軍情報部? 聞いた事の無い名前ね」

 

ルグラン老人の話を聞いたシェラザードは眉をひそめてそうつぶやいた。

 

「何でも新設されたばかりの精鋭部隊だそうじゃ」

「会うのが楽しみだね、ヨシュア!」

 

ルグラン老人の言葉を聞いたエステルは目を輝かせた。

 

「うん、でも喜びすぎも良くないと思うよ。僕達のライバルなんだし」

 

次の日エステル達が遊撃士協会を訪れると、王国軍の兵士に混じって軍服に身を包んだ青年将校の姿があった。

 

「リベール王国特別任務チームの隊長、アラン・リシャールです」

「遊撃士のシェラザード・ハーヴェイです」

 

エステルを押しのけるようにグイっと前に出たシェラザードは、リシャールと握手を交わした。

 

「私は遊撃士と軍が協力関係を築いてこの事件を解決するのが良いと思うんだ。是非とも情報を交換して頂きたい」

「素晴らしいお考えですわ」

 

シェラザードはリシャールに向かって上品な態度でそう答えた。

 

「ちょっと、あなたいつまで大佐の手を握っているつもりですの!」

「ちっ」

 

リシャールの後ろに付き従っていた女性将校がそう怒鳴ると、シェラザードは不満そうな顔をしながらも握っていた手を離した。

 

「残念、リシャールさんもルシオラさんの言っていた相手じゃなさそうね」

「いいえ、彼がそうよ」

 

エステルにそう言われたシェラザードはきっぱりと否定した。

 

「あの女性将校とはまだ上司と部下と言った関係みたいだし、この事件を通して親しくなればまだわからないわよ」

 

シェラザードは獲物を狙う狩人のようにリシャールを鋭い目で見つめた。

 

「今までボースで出会った男性を否定したくなるシェラザードさんの気持ちは解かりますけど、無理しないでください」

 

ヨシュアはウンザリとした顔でぼやいた。

 

「おいおい、今は緊急事態だぞ? 修羅場は後回しにしとけ」

 

アガットもシェラザードの様子に少々あきれ気味だ。

リシャールに続いてカノーネと名乗った女性将校は視線で殺すかのようにシェラザードを思いっきりにらみつけていた。

 

「シェラ姉、月の無い夜は気をつけた方がいいわよ……」

 

凍りつく様なその場の空気に、エステルは冗談めかして笑う事しかできなかった……。



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第十三話 事件解決! そしてさよなら、シェラ姉

リメイク前の辻褄が合わない描写などを修正しました。
少しだけ内容が変わっています。


<ボース市街 遊撃士ギルド>

 

飛行船を使った強盗団のアジトが判明し、遊撃士協会と王国軍情報部が協力して事件解決に当たる事にした。

しかし、それに待ったを掛ける存在があった。

モルガン将軍率いるボース地方治安部隊。

彼は自分達の手で事件を解決すると言い出した。

 

「軍で包囲すれば、犯人達も一網打尽だ。わざわざ遊撃士の力を借りるまでもない」

「大っぴらに軍を動かしたりしたら、犯人達に気付かれて逃げられてしまいます! 軍を動かすのは止めていただきたい!」

 

モルガン将軍とリシャール隊長との意見は対立していた。

 

「あの、私達遊撃士が動いた方が犯人を警戒させずに済むのではないでしょうか?」

「うるさい、遊撃士風情が口を挟むな!」

 

意見を述べたシェラザードに対してモルガン将軍がそう言い放った。

 

「遊撃士風情ですって? 軍人風情が何言ってるのよ!」

 

モルガン将軍の発言に、シェラザードの怒りは心頭に発した。

 

「モルガン将軍、差別的発言は慎むべきかと」

「おぬしもカシウスのやつに毒されたか?」

 

シェラザードをかばったモルガン将軍はカシウスの名前を挙げて怒りだす。

 

「……なんで、そこで父さんの名前が出てくるの?」

 

そう言ったエステルにモルガン将軍は視線を向けると、ポツリとつぶやいた。

 

「……お主、カシウスの娘か?」

「うん、そうだけど」

 

エステルは不思議そうな顔をしながらもそう答えた。

 

「言われてみれば、目元がレナ殿に良く似ているな。あの小さかった子がこんなに大きくなるとは」

「えへっ、母さんに似ているって言われると照れちゃうな」

 

エステルとモルガン将軍の間に和やかな空気が流れていたが、モルガン将軍は気付いたように緩んだ表情をまた引き締める。

 

「カシウスには腹心の部下として目を掛けてやったのに、軍を辞めおって。ええい、全く腹立たしい」

「カシウスさんはモルガン将軍の後継者と目され、我々リベール軍の期待の星でもありました」

 

リシャール隊長は目を細めて遠くを眺めるようにそう言った。

 

「それが、何で軍を辞めちゃったわけ?」

「……それは……」

 

エステルの質問にリシャールは言い辛そうに目を反らした。

 

「あやつは、配備に不満を持って軍を退役したとんでもないやつだ!」

 

モルガン将軍は苛立ち最高潮と言った感じでそう言った。

 

「モルガン将軍はボース地方の指揮官なので、カシウスさんもボース地方の所属でした。カシウスさんは、生まれたお子さんとの時間を作るためにも遊撃士になったのですよ」

「正遊撃士なら、自分の意志で所属先を決められるからね」

 

リシャールが事情を説明すると、シェラザードはそう付け加えた。

 

「じゃあ父さんが軍を辞めたのはあたしのため?」

 

エステルが驚いた顔でそう呟いた。

 

「リシャール、お前も結婚したら退職するつもりか、どいつもこいつも愛国心と言うものが足りん!」

「……なんだか、話がそれてません?」

 

ヨシュアに指摘されて、シェラザードとリシャールとモルガン将軍はハッと気がついた表情になった。

アガットはすっかりあきれていたようだ。

 

「あんた達軍人がしっかりしていないから、強盗団を今まで見つけられないなんて事になるのよ。今まで遊撃士協会に事件の捜査を丸投げして、犯人の潜伏先が見つかったらしゃしゃり出るなんて、おいしい所だけ持って行こうとするんだから」

「なんだと!」

 

止まらないシェラザードの嫌味に、モルガン将軍はブチ切れていた。

 

「この事件は私達遊撃士の手で解決すべき事件よ、明らかさまに包囲なんかしたら、犯人は飛行艇でまた逃げて別の場所に潜伏してしまうわ」

「ここはシェラザード殿の言う通りかと」

「ボース地方の治安を守るのはワシらの役目だ! 中央から来たお前は黙っておれ!」

 

再び議論は振り出しに戻ってしまった。

言い争うシェラザードとモルガン将軍、そして仲裁に入るリシャール。

このままじゃらちがあかないとルグラン老人も頭を抱えていた。

 

「なんで、みんなで協力できる作戦を考えないのかな?」

 

エステルがそう大声でつぶやくと、シェラザード達の言い争いが止まった。

 

「みんなで事件を解決すればみんなの手柄になるじゃない。どうして縄張りとか気にするの?」

 

エステルの言葉に納得したのか、モルガン将軍とシェラザードはようやく具体的な協力作戦の話し合いを始めた。

 

「ちょっとあなた、リシャール様に近づきすぎですわ!」

「近づかないと話し合いが出来ないじゃない、そうですよね?」

「は、はぁ、それでも少し近すぎではないかと」

 

シェラザードの付けている香水の匂いがリシャールの鼻孔をくすぐる。

モルガン将軍とシェラザードの言い争いは治まったが、今度はシェラザードとカノーネが仲が悪そうににらみ合っていた。

 

 

<ボース郊外 霧降り峡谷>

 

強盗団を捕獲する作戦の話し合いを終えたリシャール達王国軍情報部は案内役のシェラザード達と共に霧降り峡谷へと向かった。

モルガン将軍率いる王国軍の兵士と飛行警備艇は国境を固めていた。

リベール王国で罪を犯したとは言え、空賊団は帝国人だ。

身柄がリベール王国に引き渡される可能性は低い。

帝国側に逃げてしまったら、リベール軍が捕縛するのは難しくなってしまうからである。

 

「やはり、いつも開いているわけではないか」

 

リシャールは切り立った岩壁のようにしか見えない強盗団達が立て篭もっているアジトの入口を見てそうつぶやいた。

 

「犯人達が出入りするのを待ちますか?」

 

カノーネにそう言われたリシャールは首を横に振った。

 

「いや、それだとかなり時間がかかる可能性もある、長引くとそれだけ向こうに逃げる機会と時間を与えてしまう事になるな」

「そうなると向こうから開けさせるしか無いわね……でも、どうやって?」

 

シェラザードは考え込む仕草をしながらそう言った。

 

「カプア運送の従業員達は仲間意識が強く、強盗団になった後も解雇された元従業員を引き入れているらしい」

「なるほど、あいつらの仲間の振りをするってわけね」

 

リシャールの言葉を聞いたシェラザードはそう呟いた。

 

「じゃあ、あたしが行ってこようか」

 

エステルが立候補すると、シェラザードはそれを押し止めた。

 

「カプア運送の従業員は男性が多いから、女性は目立つのよ。エステルが行っても怪しまれる可能性が高いわ。ここはアガットに行ってもらいましょう」

「俺か?」

 

シェラザードに白羽の矢を立てられたアガットが、目をぎろりとさせて声を上げた。

 

「カプア運送の元従業員だと思わせて相手の油断を誘うんだ。そして扉の開閉装置を押さえる。きっと扉の近くにあるはずだ」

「ちっ、芝居なんて面倒なのは好きじゃないんだがな……」

 

リシャールにそう言われたアガットは正遊撃士の紋章を外し、カプア運送の制帽を被り、自分のトレードマークとなっている重剣をシェラザードに預けた。

そして隠れていた場所から大きく迂回して周り、岩壁のドアに近づくと軽くノックして囁くような声で呼びかけた。

 

「おい、俺も仲間に入れてくれ」

「……誰だ、お前は? どうしてこの場所の事を知っている?」

 

しばらくすると岩壁の向こうから若い男性の声が返って来た。

 

「俺も会社を解雇されたんだ。仲間に入れてくれ!」

「誰だ、お前は?」

「同じカプア運送の仲間だった俺を疑うのか?」

 

アガットの言葉を最後に辺りは沈黙に包まれた。

相手は迷っているのかなかなかドアを開こうとしない。

 

「そうか、俺達の絆はその程度のものだったのか。他の仲間の連中にも話してやる」

「ま、待て……!」

 

慌てた若い男性の声と共に、ゆっくりと岩壁が開きはじめる。

開きかけたタイミングを狙って、アガットは扉の向こうに立つ若い男性にタックルをかました。

 

「うわっ!」

 

若い男性はアガットに押し倒されて、腕をねじ上げられ、持っていた銃を叩き落された。

 

「覚悟しやがれ!」

「ちくしょう、だましたな!」

 

アガットに取り押さえられた若い男性は悔しそうに叫んだ。

その様子を隠れた場所から見守っていたリシャール達はすぐに開かれた入口に向かって突進した!

中に居た手下達は入口の扉を閉めようとするが時すでに遅し、リシャール達は全員アジトの中に入り込んでいた。

 

「侵入者だー!」

「キール兄を助けろー!」

 

たちまち辺りは騒がしくなり、強盗団の一味であるカプア運送の元従業員達が武器を持ってどっと押し寄せてくる。

 

「アガット、お疲れ様。コイツはあたしに任せて、あんたは思いっきり暴れて良いわよ」

 

シェラザードはそう言ってアガットに預かっていた重剣を返し、キールと呼ばれていた若い男性を笑みを浮かべながら縛り上げた。

 

「やっぱりこれが無いとしっくり来ねえな」

 

重剣を背負ったアガットも、強盗団と戦うリシャール達に加勢する。

リシャール達の兵力は副官カノーネと部下の特務兵の隊員4人、エステル、ヨシュア、シェラザード、アガットの計10人だったため数の上でも不利では無かった。

戦闘力に優れたリシャール達は、ただ力任せに戦うだけの強盗団の男達を次々に蹴散らして行った。

 

「うひゃあ、なんて強さなんだあ!」

 

恐怖に駆られた強盗団達が上の階へ向けて逃げ出して行く。

リシャール達と特務兵達は階段を昇って追撃を始める。

 

「君達はこの階に敵が残ってないか調べてくれ」

 

リシャールにそう言われたシェラザード達遊撃士のグループは一階の部屋を調べる事になった。

そして、人の気配がする部屋を見つけ、一気に踏み込んだ!

 

「侵入者はあんた達だったのか!」

 

部屋の中に居たのはジョゼットとカプア運送の元従業員だった。

シェラザードが鞭を構えて宣言する。

 

「遊撃士協会規約第二項により、あなた達を逮捕するわ」

「宝石を盗むだけじゃなく、強盗もするなんて!」

 

エステルも怒った顔で装備している棒を構える。

 

「仕方無いだろう! あの宝石だけじゃお金が足りなかったんだから!」

 

ジョゼットは逆ギレしてそう叫んだ。

 

「くそっ、お嬢だけでも逃げてくだせえ!」

 

ジョゼットに声を掛けた強盗団の一味の大男は導力砲を軽々と脇に抱えてエステル達に向かって撃ってきた。

 

「うわっ!」

 

エステルとヨシュアは慌ててその爆風を伴った攻撃を交わした。

 

「エステル、ヨシュア、安易に固まるのは止めなさい!」

 

シェラザードはエステルとヨシュアに拡散するように注意を促した。

集団戦闘の時、固まって戦った方が有利とされる。

しかし、導力砲のように範囲攻撃が出来る武器の標的にされてしまう場合もあるのだ。

大男は部屋の四方に散らばったエステル達に向かって導力砲を撃つが、なかなか標的が定まらなかった。

苛立ったジョゼットが大男に声を掛ける。

 

「ギルバルドの下手っぴ、攻撃が当たらないじゃないか!」

「あ、あっしも慣れていないんでさあ」

 

ジョゼットに責められたギルバルドは導力砲の反動に驚いているようだった。

勝利を確信して余裕の表情のアガットとシェラザードがジョゼットとギルバルドに迫る!

 

「ちくしょう、こっちに来るな!」

 

ジョゼットは戦意喪失し、そう声を上げる事しか出来ない。

 

「ちくしょう、これまでか!」

 

敗北を覚悟したギルバルドは煙幕弾を床に向かって投げつけた!

室内に煙が充満する……!

 

「しまった、また煙幕弾か!」

「みんな、早く外に出て!」

 

ゴホゴホと咳き込みながら、アガットとシェラザード、エステルとヨシュアは部屋の外に出た。

 

「エステル、ヨシュア、大丈夫?」

「のどがヒリヒリするけど……平気みたい」

「僕もガスを少し吸ってしまいましたが、何ともないみたいです」

 

難なく立ち上がったエステルとヨシュアにシェラザードはホッとした表情になる。

通路には既にジョゼットとギルバルドの姿は見当たらなかった。

 

「二階に逃げたら、リシャールの奴らと鉢合わせになるはずだな」

 

アガットは腕組みをしてそう呟いた。

入口で縛られているキールを含めて空賊強盗団は全員捕まえたも同然、とシェラザード達は安心していたのだが、縛られていたはずのキールの姿が無かった。

 

「まさか、さっき部屋に二人が残っていたのは捕まえた男を逃がすための時間稼ぎ!? 他にも仲間が居たんだわ」

「俺達は陽動作戦に釣られたのか……」

 

たかが強盗団と侮っていたシェラザードとアガットは、知的な作戦に舌を巻いた。

するとリシャール達が二階に追い詰めた強盗団にも策略があるのかもしれない。

 

「やつらが外に逃げた形跡は無し……か。煙のように姿を消せるとは思えないけど」

「隠し通路があるんじゃない?」

 

考え込むシェラザードにエステルはそう声を掛けた。

確かに入口のドアの仕掛けと言い、この建物は怪しい、調べてみる価値はありそうだと、四人は二階で戦っているリシャール達の加勢に行く前に、一階の通路や部屋の壁を詳しく調べてみる事にした。

ヨシュアが調べていると、壁の一部が押して凹むようになっていた。

スイッチが押されると天井の換気口が開き、金属製のハシゴが降りて来た。

 

「シェラさん、ここに隠し通路がありました!」

「ちっ、上の階へ直通みたいね!」

 

四人は急いで出現したハシゴを昇る。

リシャール達が戦っている階段を通らずに二階へ上がれる裏ルートのようだ。

アジトの中の喧騒が収まっていないところをみると、リシャール達は未だに他の強盗団のメンバーと戦っているようだった。

 

「リシャール様、強盗団が飛行艇に!」

「何だと?」

 

カノーネとリシャールが慌てふためく声を聞いて、エステル達は隠し通路のハシゴを昇るスピードを上げた。

ハシゴを登りきったエステル達が目にしたのは、洞窟に空いた大きな穴から飛び去って行く小型飛行艇の姿だった。

 

「しまった、逃げられた!」

「撃て!」

 

リシャール隊長の命令で、特務兵達が導力銃を撃つが、飛び立った飛行艇には届かなかった。

アジトを飛び出したカプア兄弟の乗る小型飛行艇『山猫号』は、帝国のラインフォルト社によって製造された飛行船で、最高速度はリベール王国の警備飛行艇を上回る性能を持っていた。

山猫号を発見したリベール軍の警備飛行艇が後を追いかけるが、振りきられてしまった。

帝国の領空に逃げられてしまっては手が出せない。

 

「どうやら、無事に逃げられそうだな」

 

山猫号の運転席で、キールがホッとしたようにため息をもらした。

 

「でも、みんなは乗れなかったね」

 

ジョゼットが暗い顔でポツリとつぶやいた。

 

「ああ、二階で敵を食い止めていた奴らは全員捕まっただろうな」

「これじゃあ、ボク達の負けじゃないか」

「諦めるな、ジョゼット!」

 

キールはジョゼットの肩に手を置いて励ましていた。

 

「キール坊ちゃん、目の前に巨大な影が。うわあああっ!」

 

運転をしていたギルバルドが悲鳴を上げると、山猫号は空中で謎の大きな飛行物体と正面衝突をした。

スピードを失った山猫号は墜落し、地面にたたきつけられる運命をたどるかと思われたが、山猫号はぶつかった“何か”に抱えあげられた。

 

「ひ、ひえっ! ド、ドラゴン?」

 

キールは驚きの声を上げた。

ドラゴンは山猫号を抱えながら、霧降り峡谷の奥地へと戻って行く。

 

「もしかして、巣に持ち帰ってボク達を食べる気なの?」

「そ、そんな、冗談じゃねえ、勘弁してくれよ!」

 

ジョゼットとギルバルドは身体を寄せ合い、震え上がりながらそう叫んだ。

 

 

<ボース郊外 霧降り峡谷>

 

霧降り峡谷の強盗団のアジトを制圧したリシャール達は、逮捕した強盗団の護送や事後処理などを行っていた。

その一方でエステル達は、逃げたカプア兄弟達を探すため、霧降り峡谷の捜索を諦めずに続けていた。

仲間を取り戻すため、またリベール王国内に戻って来る可能性もあるからだ。

 

「竜が住んでいるって言い伝えがあるぐらい危険な場所だ、気をつけてな。もっとも、俺は長くここに居るが竜の姿なんて見た事が無いけどな」

「ありがとうございます、ウェムラーさん」

 

ヨシュア達はウェムラーに礼を言って掛けてもらったつり橋を渡ろうとする。

 

「本当に腹ごしらえをしないで大丈夫か? 俺がまた鍋を作ってやるぞ?」

「私達、急いでいるので……」

 

シェラザードはウェムラーの申し出を丁重に断った。

そして、ウェムラーから完全に見えない場所まで移動したエステル達はそこで携帯食を食べ始めた。

 

「なあ、そんなに断るほどのものだったのか?」

「アガットさんは知らないだろうけどさ、ウェムラーさんの作る鍋は『極楽鍋』っていうより『地獄鍋』よ」

「あたし達は半日ほど寝込むはめになったわよ」

 

シェラザードとエステルの話を聞いたアガットは意地悪そうな笑いを浮かべる。

 

「そうか、それなら是非作り方を教えて貰うとするか」

「ええ~っ」

「それは許して下さい」

 

エステルとヨシュアはゲンナリとした顔でそう答えた。

 

「……シェラザード、手前にも俺を酔い潰れさせたお礼にお見舞いしてやるからな」

「まだ覚えていたんだ」

 

シェラザードはアガットにそう答えてペロッと舌を出した。

エステル達は姿を消したカプア兄弟を逃がしてはならないと、洞窟の多い山中を捜索して行った。

やがて辺りを崖に囲まれた広場にたどり着くと、エステル達はとんでもない光景を目撃した。

大きな竜が岩の台の上に寝そべって居て、その前に三人の人影が見える。

そのうち二人は探していたカプア兄弟達、そしてカシウスの姿があった。

 

「ド、ドラゴン?」

「うわ……」

 

物陰から様子をうかがったシェラザードとヨシュアは思わず固まってしまった。

しかし、エステルはドラゴンの存在に物怖じせずにヒョコヒョコとカシウスの元に向かって行った。

 

「父さんってば、こんな所で何しているの?」

 

そのエステルの後ろ姿を見て、シェラザードとヨシュアはドラゴンを警戒する自分達が馬鹿らしくなり、物陰から出て行った。

笑顔で歩いて近づいてくるエステルを見たジョゼットが声を荒げる。

 

「あーっ、お前までボク達の敗北した惨めな姿を見て笑いに来たんだな!」

「あたしには仲間のために一生懸命頑張るジョゼットを笑う事なんて出来ないよ」

 

エステルは悲しそうな瞳でジョゼットを見つめている。

 

「な、なんだよ、ボクはお前に同情なんかされたくないんだからな……」

 

そう言ったジョゼットはエステルの前で泣き出してしまった。

キールとギルバルドはすっかり観念して逃げる気は無くなっているようだった。

 

「父さんは何でドラゴンになんか乗っていたの?」

 

エステルに質問されたカシウスは豪快に笑った。

 

「レナに頼まれたクロスベル名物店のチーズケーキを買うのに時間が掛かってしまってな。乗る予定だった飛行船に乗り遅れてしまった」

「また食べ物オチですか、父さん……母さんも母さんだけど」

 

ヨシュアはそう言ってため息をもらした。

 

「だからこのレグナートに迎えに来てもらったのだが、ボース地方の上空で小型飛行艇にぶつかって救助しようとしたら、たまたま逃亡中の犯人だった」

 

カシウスはそう言って後ろに居るドラゴンを指差した。

ドラゴンは退屈そうにあくびをしていた。

 

「偶然に逃亡中の犯人を捕まえてしまう事が先生の凄い所ね……」

 

シェラザードは感心したようなあきれたような、どっちにでもとれるようなため息をついた。

 

「では、これから急いでレナにチーズケーキを届けに行くから、後はよろしく頼む」

「父さん、もう行っちゃうの?」

 

エステルがそう言うと、カシウスは困ったように笑いを浮かべた。

 

「モルガン将軍に見つかると厄介だしな。遊撃士の仕事、頑張れよ」

「母さんにあたし達は元気だって言っといてね!」

 

カシウスはエステル達に手を振りながらレグナートの背中に飛び乗ると、ロレント地方の空に向かって飛び去ってしまった。

 

「ドラゴンを自家用機みたいに乗り回す、あんたの親父って何者なの?」

 

ジョゼットが驚き果ててしまったような口をあんぐりと開けた顔でエステルに尋ねた。

 

 

<ボース市街 レストラン《アンテローゼ》>

 

強盗事件の解決を喜んだボース市長はアンテローゼでパーティを開いた。

パーティには功労者であるエステル達、リシャール達が招かれていた。

モルガン将軍も市長に声を掛けられたが、真面目なモルガン将軍は国境の警備があるからと辞退したらしい。

 

「うわあ、おいしそうな料理がいっぱいある!」

 

立食バイキング形式なので、エステルは本能の赴くままに自分の皿に料理を取り分けた。

 

「エステル、食い意地が張って遊撃士協会の恥になるような事は止めなさい」

 

そんなエステルを見かねて、シェラザードが注意をした。

 

「シェラ姉だって、さっきからお酒をガブガブ飲んでいるじゃないの」

「こんなの水みたいなものよ」

 

エステルとシェラザードが話していると、にこやかな表情でメイベルがメイドのリラを従えてやって来た。

 

「エステルさん、料理はお口に合いましたか?」

「うん、とっても美味しい!」

 

メイベルの質問に、エステルは元気いっぱいの笑顔でそう答えた。

 

「それは良かったですわ。カシウスのおじ様も来ていただけたらよかったのに……残念です」

 

そう言ってメイベルはしょげた顔でため息をついた。

 

「メイベルさんは父さんと知り合いなの?」

「ええ、市長である父の依頼を受けて下さいますから、顔なじみですわ。面白い話をたくさん聞かせて頂きました」

 

エステルが尋ねると、メイベルは目を輝かせながらそう答えた。

 

「へえ、父さんって色んな街を遊び歩いているだけだと思ったけど」

「子煩悩なカシウスさんが君の側を離れるなんて、遊撃士の仕事だからに決まってるだろう」

 

ヨシュアはため息をつきながらエステルにツッコミを入れた。

 

「それじゃあ、私はリシャールさんのところへ行ってくるわね」

「シェラ姉、まだ運命の男性探しを諦めてなかったのね」

「そうみたいだね」

 

エステルとヨシュアは半ばあきれた顔でシェラザードがリシャール達の居る席に向かうのを見ていた。

 

「何で、貴方がここに来るんですの?」

「別にかまわないわよね、リシャールさん」

 

カノーネはやって来たシェラザードを思いっきりにらみつけた。

 

「ええ、歓迎しますよ。私も遊撃士の方には興味がありますから」

「まあ、それは嬉しいですわ」

 

リシャールの返事に好感触とばかりにシェラザードの胸はときめいた。

しかし、生真面目なリシャールが興味があったのは純粋に遊撃士に関しての事で、話題も遊撃士の仕事に関するものばかりだった。

 

「うーん、リシャールさんは私自身に興味を持ってくれないのかしら。こうなったら酔わせてあたしのペースに持ち込むしかないわね」

 

そしてアルコール度数の高い銘柄のワインをリシャールに勧めるシェラザード。

魂胆を見抜いたカノーネはそれを阻止しようと割って入る。

 

「シェラザードさん、わたくしもあなたと交流を深めたいと思いますわ」

 

カノーネはそう言って負けじとアルコール度数の高いワインをシェラザードに飲ませようとする。

しかし、カノーネはシェラザードが底なしの酒飲みだとは知らなかった。

 

「うーん、もうダメですわ……」

 

企みに反して、カノーネは酔い潰れてしまった。

 

「大丈夫かい、カノーネ君? ……すみません、シェラザードさん。私はこれで失礼します」

「ちょっと待ってください」

 

シェラザードが引き止める間もなく、リシャールは酔い潰れたカノーネを抱えてレストランを出て行ってしまった。

 

「結果……オーライですわ……うっぷ……」

 

真っ赤な顔で泥酔したカノーネはポツリとそうつぶやいた。

 

「あーあ、残念」

 

シェラザードはガックリと肩を落としてエステル達の席に戻ると、そこにはオリビエが同席していた。

 

「あら、何であんたがここに居るの?」

「フッ、メイベル市長令嬢にピアノの演奏を頼まれてね、今まで弾いていたってわけさ」

 

シェラザードに尋ねられたオリビエは、髪をかき上げながらそう答えた。

 

「オリビエさんって礼儀作法とかテーブルマナーとか詳しいんだよ、まるで貴族の人みたい」

「エステル、あんたのテーブルマナーがだらしなさすぎるのよ……」

 

シェラザードはそう言った後、気が付いたようにオリビエの服装を頭のてっぺんからつま先までなめるように眺めた。

 

「どうしたんだい、そんなに僕の事をじっと見て。顔に何かついているかい?」

「ずいぶんと、高そうな服を着ているのね。その服、帝国の高級ブランドでしょう」

「へえ、オリビエさんってどっかの国の皇子様だったリして!」

 

シェラザードの言葉を聞いたエステルは冗談混じりに声を上げたが、シェラザードは『皇子』という言葉に反応した。

 

「……そうね、こいつに賭けてみるか」

 

シェラザードはオリビエを見つめてそうつぶやいた。

 

 

<ボース市街 ボース空港>

 

そしてその翌日、シェラザードは運行を再開した飛行船でロレントの街に帰る事になった。

エステルとヨシュアとアガットの三人は仕事を始める前にシェラザードを見送ることにした。

 

「じゃあ二人とも、アガットにみっちりと鍛えてもらうのよ!」

「はーい!」

「はい!」

 

エステルとヨシュアはシェラザードに元気良く返事をする。

 

「任せておきな」

 

アガットも腕組みをして自信たっぷりにそう言い放った。

 

「オリビエさんも一緒にロレントに行くんだ?」

「ボース地方の観光も終わったからね、ロレント地方の観光を彼女にお願いする事になったんだ」

 

オリビエを見て、エステルとヨシュアは顔を合わせてボソボソと話し出した。

 

「大丈夫かな、オリビエさん。シェラ姉は運命の男性だと思いこんで暴走しちゃいそうだし」

「アイナさんと三人で飲んだら命にかかわるよ」

 

ヨシュアの言葉にエステルは同意してうなずいた。

 

「おや、どうかしたのかい?」

「いえ、別に何でもないです」

 

不思議そうな顔のオリビエに尋ねられて、エステルとヨシュアは愛想笑いを浮かべてごまかした。

 

「ロレントに着いたら、私の親友を紹介するわ。三人で飲みましょう」

「それは楽しみだね」

 

言葉を交わしながら飛行船に乗り込んで行くシェラザードとオリビエ。

エステルとヨシュアはオリビエの無事を空の女神に祈るのだった……。



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第十四話 ハーメル村への帰郷

<ボース市街 遊撃士ギルド>

 

シェラザード達を見送ったエステルとヨシュアとアガットの三人は、遊撃士ギルドに戻って来た。

 

「おい、爺さん。手配魔獣のリストは回って居ないか?」

「ふぉっ、ふぉっ、お前さんが倒してくれたおかけで、手配魔獣の情報は届いておらんぞ」

 

アガットに質問されたルグラン老人は笑いながらそう答えた。

 

「それにしてもお前さんは魔獣退治の依頼が好きじゃな。もうちょっと別の依頼も引き受けてくれると助かるのじゃが」

「そんなもん、グラッツやアネラスでもこなせるだろうが」

 

ルグラン老人の言葉にアガットは腕組みをしてそう答えた。

 

「仕事に好き嫌いなんて言っていいの?」

「適材適所って言うだろ」

 

エステルが納得いかない顔で呟くと、アガットは鼻を鳴らしてそう言い放った。

 

「アガットさんの指導を受けるとなると、魔獣退治ばかりになりそうですね」

「なんだヨシュア、お前それは皮肉か?」

 

アガットにすごまれたヨシュアは少し怯えた表情になって謝る。

 

「すいません、アガットさん」

「アガットさんって不良顔負けの怖い顔するのね」

 

エステルは感心したようにそう呟いた。

 

「そりゃそうじゃ、アガットは元不良じゃしな」

 

そう言うとルグラン老人はカッカッカ、と笑い声を立てた。

 

「ふーん、そうなの?」

「うるせえ、手配魔獣が居ないなら、こちらから探しに行くぞ!」

 

これ以上ルグラン老人からアレコレ話されたらたまらないと思ったアガットは、外に出て行こうとする。

 

「まったく、じっとしておれんのか、鉄砲玉が」

 

ルグランはそう言ってため息をついた。

 

 

<ボース郊外 琥珀の塔>

 

アガットの巡回コースの一つとして、琥珀の塔を登らされることになったエステルとヨシュア。

 

「朝からハードね~」

 

エステルはウンザリとした顔でそうつぶやいた。

 

「体力が着くし、地理の勉強にもなって一石二鳥だろう」

「確かに、知らない土地だから自分の目で確認するのは大事だってシェラザードさんも言ってましたけど……」

 

ヨシュアは額の汗を拭いながら、ブツブツと言った。

 

「ひえ~~~っ!」

 

そんな時、塔の中に男性の悲鳴が響き渡った!

 

「上からだ! お前ら、全力でついて来い!」

 

アガットを先頭に階段を駆け上って行く三人。

屋上に着くと、眼鏡をかけた青年が魔獣に取り囲まれていた。

 

「アルバ教授じゃない!」

 

エステルに気が付いたアルバ教授は情けない声で助けを求める。

 

「た、助けて下さい……」

「オクトボーンか、こいつはやっかいだぜ」

 

アガットは魔獣の姿を見ると舌打ちした。

 

「てやぁ!」

 

アガットは手前に居た二匹の魔獣を切り裂いて叩き伏せた。

アルバ教授とアガット達の間に道が開けたかのように見えたが、側にいた魔獣が分裂してまた行く手を塞いでしまった。

 

「こいつ、倒した側から分裂しやがる……!」

 

アガットは悔しそうにそう漏らした。

 

「エステル、この魔獣って、シェラさんとボースの街に来る途中で遭った魔獣と似ていない?」

「そういえば、そうよね」

 

ヨシュアとエステルは顔を見合わせると、頷いてからアガットとアルバ教授に呼びかけた。

 

「アガットさん、アルバ教授、なるべく魔獣から離れて下さい!」

 

そういって、ヨシュアとエステルは呪文の詠唱を始めた。

 

「ヘル・ゲート!」

「エアリアル!」

 

範囲魔法がさく裂し、数匹の魔獣がそれに巻き込まれて力尽きた。

そのタイミングを逃さず、アルバ教授がエステル達の元にたどり着いた。

 

「助かりました~」

 

残る敵もエステルとヨシュアの範囲魔法で片付いてしまった。

 

「ふふん、どう? あたし達の実力は」

「アガットさんもアーツを使った方が良いですよ」

 

シェラザードから学んだ『分裂する敵には範囲魔法』の成果を披露して、得意げに笑みを浮かべるエステルとヨシュア。

 

「範囲魔法を使ったところはほめてやるが、調子に乗るなよ。俺だってドラゴンダイブを使えば、やつらを一掃することだって……」

「それって、地面に凄い衝撃が走る技じゃない?」

 

 アガットの言葉を聞いたエステルはそうつぶやいた。

 

「それは止めて下さい、重要文化財であるこの塔が壊れてしまいます」

「わかってる、だから俺は止めたんだって」

 

アガットは心配そうな顔になったアルバ教授にそう言った。

 

「で、アルバ教授はまたブレイサーを雇わずに一人でこんな所に来たんですか」

 

ヨシュアが刺すような冷たい視線でそう言うと、アルバ教授はバツが悪そうに頭をかく。

 

「すいませんね、何せ金欠なもので」

「教授ってそんなにお給料が少ないの?」

「そんなわけは無いのですが」

 

エステルの質問にアルバ教授は気まずそうにそう答えた。

アガットは何かに気がついたかのようにアルバ教授の服のにおいをかぐ。

 

「ピッカードレース場のにおいが染み付いているぜ?」

「あはは、バレてしまいましたか」

 

ヨシュアはさらに冷たい視線をアルバ教授にぶつけてつぶやいた。

 

「研究費や旅費をギャンブルに使ってしまっていたんですね……」

「まったく、あきれたわ……」

 

エステルはため息をついてアルバ教授を見つめた。

 

「まあいい、文無しから依頼料はとれねえ、街まで送り届けてやるからついて来い」

「ええっ、もう帰るんですか? まだ調査は終わっていませんよ」

 

アルバ教授は後ろ髪引かれる思いで塔の中にある遺物を見つめていた。

 

「無料なんだから文句言うんじゃねえ!」

「ひええ!」

 

アルバ教授はアガットに引きずられるような感じで、ボースの街に連れ戻された。

 

 

<ボース市街>

 

ボースの街にエステル達が戻ると、街はハーヴェイ一座の興行があると言う事でいつもより盛り上がっていた。

 

「やあ、アルバ教授じゃないか」

「あれ、フルブラン君ではないですか」

 

エステル達と一緒に居たアルバ教授に気がついたハーヴェイ一座の一員であるフルブランが声を掛けた。

 

「アルバ教授って、フルブランさんと知り合いだったですか?」

「王都の博物館で会った時、芸術を追求する者同士、親しくなってしまってね」

 

ヨシュアの質問にフルブランがそう答えた。

 

「あはは、そんなこと言って、ギャンブル友達じゃないの?」

「うっ」

 

エステルに図星を指摘されたのか、二人ともピシッと石像のように固まってしまった。

 

「とりあえず、私はブルブラン君のところでお世話になります、送っていただいてありがとうございました」

 

アルバ教授はそう言ってアガットに頭を下げた。

 

「もうカジノはほどほどにしておきなさいよ」

「はは、次回は許してもらえそうにないですね……」

 

アルバ教授はエステルにそう言って、フルブランと一緒に行ってしまった。

 

「そんじゃ、ギルドに報告しに行くぞ」

 

エステル達がギルドに行くと、商人風の男性が受付のルグランと話していた。

 

「おお、良い所に戻って来た。こちらのハルトさんがラヴェンヌ村までの依頼をお願いしたいそうだ」

「ラヴェンヌ村かよ」

 

アガットは嫌そうな顔でつぶやいた。

 

「妹さんに会えて嬉しいクセに無理しちゃって」

「うるせえ、余計なお世話だ」

 

エステルに冷やかされたアガットはフンと不機嫌そうに鼻を鳴らしてギルドの入口に向かった。

 

「仕事だから仕方がねえ、行くぞ」

 

エステル達は商人のハルトを護衛しながら西ボース街道を進み、ラヴェンヌ山道を登って行く。

狭い山道に差し掛かると、ヒツジンの群れが前後から迫ってくるのが見えた。

 

「後方を守らないと!」

 

エステルが後ろに向かって走り出すと、ヨシュアは慌てて引き止めた。

 

「ダメだよエステル、戦力を分散させちゃ!」

「ちいっ、突破するタイミングを失ったか!」

 

エステル達はすっかりとヒツジン達に取り囲まれてしまった。

しかし、突然砲撃の音が辺りに鳴り響き、驚いたヒツジン達は逃げて行ってしまった。

 

「いったい、何が起こったの?」

「上だよエステル」

 

ヨシュアが指差す方を見ると、エステル達の頭上をリベール王国の警備飛行艇が飛んで行った。

 

「ありがとーっ!」

 

エステルは警備飛行艇に向かって手を振った。

 

「警備飛行艇が通りかかってくれて助かったぜ」

「ごめんなさい、あたしの判断ミスのせいでピンチを招いちゃって」

 

そう言ってエステルはしょげた顔になる。

 

「ああいう時は戦力を集中して正面突破を図るべきだよ」

「ヨシュアの言うとおりだ。まあ反省する点が分かっているようだな」

 

アガットはエステルの元気の無い顔を見て、それ以上厳しくは言わなかった。

そして不思議そうな顔で警備飛行艇が消えて行った空を見つめる。

 

「だがどうして警備飛行艇がこの辺りを飛んでいるんだ?」

「村で何かあったのかもしれませんよ」

 

ヨシュアの言葉を聞いたアガットは顔の表情を曇らせた。

 

「嫌な予感がするな、急ぐぞ」

「了解!」

 

エステル達は護衛対象のハルトに気を遣いながらも、ラヴェンヌ山道を急いで進んで行った。

村を見たエステル達はその光景に唖然とした。

果樹園の木々がなぎ倒され、果物が食い荒らされていた。

半数以上の樹が被害を受けていて、村人達は嘆いている。

 

「何て事だ……私はラヴェンヌ村の果物を仕入れに来たと言うのに……」

 

ハルトが失望しきった声でそう言った。

アガット達はすぐに言葉は出て来なかった。

戸惑い、怒り、悲しみ、様々な感情が胸の中で渦巻いていた。

 

「あ、お兄ちゃん!」

「ミーシャ、一体何があったんだ」

 

入口に立ちつくすアガット達にアガットの妹のミーシャが気付いて声を掛けた。

 

「羊みたいな魔獣がたくさんやって来て……果樹園の果物を荒らして行ったの……。止めようとした村の人達は突き飛ばされちゃって……」

「そうか……またあいつらの仕業か」

 

アガットはそう言うと、苦々しい顔になった。

 

「あっ、アガットも事件の事を聞いて来てくれたの?」

 

そこに以前食事をご馳走して貰った酒場の女主人リモーネが通りかかった。

 

「偶然、別の依頼で来ただけだ。そうだ、このおっさんがずいぶんショックを受けちまったみたいだからお前の店で休ませてもらえないか?」

 

ハルトは自分一人では立っていられないほどショックを受けていた。

リモーネの酒場は旅人の為の宿屋も兼ねている。

アガットはハルトに肩を貸して宿屋の個室まで連れて行った。

エステルとヨシュアはその間リモーネの酒場で待つことにした。

 

「また、あいつらってアガットさんが言っていたけど、前にもこんな事があったの?」

「うん、7年前にも魔獣が村の果樹園を荒らした事があって、果物を売ることが出来なくなった私達の家族はルーアンの街へ引っ越す事になったんだ……」

 

エステルの質問に、ミーシャは悲しそうな顔で答えた。

アガットはルーアンの港倉庫で不良グループとつるんで居たと聞いていたが、そんな過去があったのかとエステルとヨシュアは驚いた。

そこにハルトを部屋に送り届けたアガットが戻って来た。

 

「おいお前ら、休憩はそれまでだ。これから大規模なヒツジン狩りをするぞ」

「わかりました」

「らじゃ~」

 

ヨシュアとエステルはアガットに返事をして宿屋を出た。

大量発生したヒツジン達の掃討作戦は、エステル達がモルガン将軍のボース治安部隊と協力して素早く逃げ回るヒツジンを廃坑の奥の露天掘りをしていた広場に集めて一網打尽にするという事だった。

 

「ヒツジンって、どこの地方にもいるものなのね」

「それだけ繁殖力が強いってことだろう。こんな被害が起きる前に駆除しておくべきだったんだよ」

 

エステルが感心したようにつぶやくと、アガットは苦い顔でそう吐き捨てた。

エステル達はヒツジンの群れを見つけると、軍の兵士達と連携して予定ポイントを外れないに慎重に囲い込んで行く。

そして、ラヴェンヌ村の北、ラヴェンヌ廃坑と追いつめて行き、ついに露天掘りをしていた広場に閉じ込めて封鎖することに成功した。

周りは高い崖になって居て、ヒツジン達がいくら高くジャンプしても逃げられなかった。

エステル達は爆弾で広場と廃坑の出入り口を完全に塞ぎ、廃坑から脱出する。

広場に押し込められたヒツジンの群れは逃げ出そうと必死に暴れて飛び回る。

そこに警備飛行艇からの砲撃が集中した!

廃坑から遠く離れたエステル達には絶命する魔獣の断末魔は聞こえなかったが、気分の良いものではなかった。

 

「人間側の都合でさ、魔獣達を全滅させちゃうのって何かおかしくない?」

「確かに、自然に逆らっているような感じもするけど……」

 

エステルが疑問の声を上げると、ヨシュアもそうつぶやいた。

しかし、アガットは腕組みをして二人の意見を否定するように吐き捨てた。

 

「俺達が生きて行くためには仕方ねえっつーの」

 

エステル達がラヴェンヌ村に帰ると、商人のハルトはすっかり気落ちして宿屋で飲んだくれていた。

 

「ああ……私達はこれからどこから果物を仕入れればいいんだ……」

「この近くのハーメル村でも果樹園が出来たって話ですけど、どうですか?」

 

ヨシュアがそう言うと、ハルトはパッと目を輝かせた。

 

「おお、それは本当ですか?」

「ハーメル村は僕の住んでいた村なんです、ご案内しましょうか?」

 

ヨシュアの提案にハルトは了承し、今度はハルトをハーメル村まで護衛する依頼になった。

カリンから果樹園が出来たのは良いが、商人がほとんど来なくて困っていると言う相談の手紙を受け取っていたので、ヨシュアにとっても渡りに船の話だった。

 

「近いとは言っても外国だからな。ハーケン門を回っていかなきゃならねえ」

「もう、まったくもって不便ね」

 

アガットの言葉にエステルはふくれっ面でそうつぶやいた。

今は王国と帝国は友好関係を保っているため、ハーケン門の審査もそれほど時間は掛からない。

とりあえずラヴェンヌ村で一泊し、翌日にハーメル村に向かう事になった。

 

「明日は久しぶりにカリンさん達に会えるのね。ヨシュアも嬉しい?」

「もちろん、嬉しいよ」

 

エステルに聞かれたヨシュアは笑顔で答えた。

 

「去年も会えたのに、そんなに喜んじゃって、このシスコンが~」

 

そう言ってエステルはヨシュアの頭をグリグリとする。

 

「エステルだって、マザコンでファザコンじゃないか」

 

ヨシュアも負けじとエステルの頬を引っ張る。

 

「お前ら明日は早えんだ、じゃれ合ってないで寝やがれ!」

 

アガットの怒鳴り声が飛び、エステルとヨシュアは眠りに就いた。

エステルはハーメル村を訪れるのは初めてだったため、ヨシュアの故郷が見れると期待に胸をときめかせていた。

 

 

<エレボニア帝国領 ハーメル村>

 

「ヨシュア! ……エステルも!」

 

ハーメル村に姿を現したエステル達にカリンとレオンハルトやハーメル村の人々が集まって来た。

ハルトは村長と果物の買い付け契約を結び、村は歓迎ムード一色に包まれた。

さらにハルトはハーメル村産の果物が広まるように他の商人達にも宣伝してくれると言う。

 

「よかったね、姉さん。村の人達の努力が実って」

「ええ、これで他の街へ出稼ぎに行っていた父さんと母さんも戻って来れると思うわ」

 

そんな嬉しそうに微笑むヨシュアとカリンを見て、エステルは少し不安そうに声を掛ける。

 

「その……やっぱりヨシュアも、一緒に暮らせるならカリンさん達と暮らしたいわよね?」

 

エステルが尋ねると、ヨシュアは首を振って否定した。

 

「だってまだ……遊撃士になるための修行が終わって居ないじゃないか。途中で投げ出すわけにはいかないよ」

 

その返事を聞いたエステルの顔がパッと明るくなる。

 

「そうだよね、あー良かった、ヨシュアとまだ一緒に居られて」

 

その喜びの言葉は家族としてなのか、遊撃士のパートナーとしてなのか、果たして恋人としての事なのか、ヨシュアにはわからなかったし、聞くこともできなかった。

 

「それで、アガットさんと兄さんは?」

「それが、街の外れの森の中で剣術の腕比べをするそうよ。男の人ってそう言うのが好きなのかしら」

 

ヨシュアの質問にカリンはため息をついてそう答えた。

 

「あはは、カリンさん。そんなの強くなろうって思う人なら、男でも女でも関係無いよ、ねえ、ヨシュア?」

「それはそうだと思うけど。でも、エステルに女の子の意見を聞くだけ無駄かも」

 

さらっと涼しい顔でそう言ったヨシュアをエステルは怒った顔で追い掛け回す。

 

「あんですって~!」

「だってスニーカーにスパッツをはいているじゃないか」

 

逃げながらヨシュアはエステルにそう言葉を投げ掛けた。

 

「大事なのは服装じゃ無くて中身なのよ!」

「虫採りの趣味は女の子とは言えないと思うけど」

 

ヨシュアはエステルと追いかけっこをしながら言い争いをしている。

そんなヨシュアの姿をカリンは嬉しそうに見つめていた。



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第十五話 可愛いは正義じゃよ!

本当はレオンハルトと書くべきところですが、作中ではレーヴェと書かせて頂きます。


<エレボニア帝国領 ハーメル村>

 

村の郊外の森の中に響き渡る剣戟の音。

それは《重剣》のアガットと、後に《剣帝》と呼ばれるレーヴェが互いに斬り結ぶ戦いの音だった。

 

「てやああああ!」

「くうううう!」

 

アガットが打ちおろした剣をレーヴェが受け止め、つばぜり合いが起きる。

 

「やはり、力だけはあるな」

「何だと!」

 

レーヴェは余裕の表情でそう言うと、アガットは鋭い目つきでにらみつける。

 

「しかし、スピードは俺の方が上のようだな」

 

レーヴェはそう言うと、アガットから離れて間合いを取る。

目標を正面に捕らえたアガットは、剣から炎を噴き出す技、『ドラグナー・エッジ』を放つがあっさりとレーヴェに横に飛び退かれて交わされてしまう。

 

「遅い」

「なめんな、これでも食らえええ!」

 

大きく叫んだアガットはレーヴェの側まで駆け寄り、無茶苦茶に剣を振り回す。

攻撃がレーヴェの剣をかすめたのは最初の一発だけで、後の攻撃は全て空振りに終わってしまった。

 

「ぜえぜえ、俺のダイナストゲイルが交わされるとは……」

 

アガットは肩で大きく息をしている。

 

「お前の動きは直線的すぎる。俺に攻撃を当てたければ、もう少し考えて動くべきだな」

「くっ」

 

レーヴェは左右に揺さぶりを掛けながらアガットに向かって斬りかかった!

アガットは何とかその攻撃を受け止めるので精一杯だった。

 

「うおおお!」

 

レーヴェの剣技に翻弄されてアガットは尻餅をついたが、ゆっくりと起き上がった。

 

「……体力はあるようだな」

「へっ、まだまだ俺はやれるぜ!」

 

アガットはそう言ってレーヴェに向かって挑発するような仕草をした。

 

「いいだろう、この一太刀で勝負をつけてやる」

 

レーヴェはそう言ってアガットに向かって突っ込んでくる。

 

「よし、今だ!」

 

アガットはレーヴェの剣を思いっきり跳ね飛ばそうとした。

しかし、レーヴェはアガットに接近する直前で進路を変えて後ろへと回りこんだ。

 

「懐に飛び込ませる策などお見通しだ」

 

アガットの後頭部に剣が突き付けられる。

勝負が決まったのだった。

 

「俺の剣がまるで通じないとは、なんてやつだ……」

 

アガットはそう言って膝をついて落ち込んでいた。

二人の対決を見守っていたヨシュアが声を掛ける。

 

「レーヴェ兄さん、しばらく会わないうちに剣の構えとか変わったんだね」

「ああ、数年前にクライン山地で師となる人物に会ってな。いろいろ指導してもらったんだ」

 

レーヴェはそう答えると、エステルの方を見つめて微笑んだ。

 

「そしてその人物は、カシウスさんに剣技を教えた人物でもあるらしい」

「ええっ、父さんの剣の師匠なの!?」

「あのおっさんのか!?」

 

レーヴェの話を聞いたエステルとアガットは驚くの声を上げた。

 

「なあ、頼む……俺をその剣術の師匠のところに案内してくれ……!」

「会っても、お前が剣術を指南させてもらうとは到底思えんな」

「何だと、俺が未熟者だと言いたいのか!?」

 

アガットが怒った顔でレーヴェにそう言うと、レーヴェは少し困ったような表情になった。

 

「そう言うわけではないんだが……ちょっと変わった人だからな」

 

アガットに対してレーヴェは言葉を濁してそう答えた。

 

 

<エレボニア帝国領 ハーメル村郊外 クライン山地>

 

ハルトはまだしばらくハーメル村に滞在するという事で、レーヴェ、アガット、ヨシュア、エステルの四人はハルトの好意に甘えてその剣の達人の家を訪ねる事になった。

緊張しているのか、アガットだけはずっと無口のまま歩いている。

 

「そんないかつい顔をしていたらますます嫌われるだけだ。もう少し肩の力を抜いた方がいい」

「そ、そうか……」

 

アガットはレーヴェにやっとの事でそう答えた。

狭い山道から開けた場所に出ると、そこには竹林に囲まれた庭が広がっていた。

 

「ここら辺では見かけない植物だね」

 

ヨシュアは竹を見て不思議そうな顔でつぶやいた。

 

「なんでも、カルバード共和国の方から取り寄せて気候の似たこの場所に根付かせたらしい」

「へぇ~」

 

レーヴェの話を聞いたエステルは感心したようにつぶやいた。

庭の中に差し掛かったエステル達の耳に、少女が気合を入れて剣を振っている声が聞こえてくる。

 

「剣技・八葉滅殺!」

 

少女はそう叫んで飛び上がると、目の前にあったわらで作られた標的を切り刻んで着地した。

 

「どう、おじいちゃん?」

「今のはかなりよかったぞ」

 

少女の剣技を見ていた白髪の着物を着た老人は、かわいい黄色いリボンを身に付けた少女の頭を優しく撫でる。

アガット達はそんな二人の姿を見て、あんぐりと口を開けていた。

 

「もしかして、あれがそうか?」

「ああ、剣の理を極めたエルフィード翁だ」

「あの、孫を抱きしめて鼻の下を伸ばしている爺さんがか!?」

 

アガットがそう叫ぶと、少女と老人の二人はアガット達に気がついたようだった。

 

「む、そこに居るのは誰だ?」

「あ、アガット先輩~! レーヴェさんも!」

 

少女はアガットとレーヴェの姿を見ると、嬉しそうな笑顔で手を振った。

 

「お前、アネラスじゃないか。遊撃士協会を休んでいると思ったらこんな所で何していやがる」

「おじいちゃんに剣術の稽古をつけてもらっていたんだ」

 

アネラスは嬉しそうに笑顔を浮かべて答えると、アガットの後ろに居るエステルとヨシュアに気が付いて声を掛ける。

 

「あっ、もしかしてキミ達が新しくボース支部に来たって言う準遊撃士さん?」

「ヨシュア・アストレイです」

「エステル・ブライトです」

「私は、アネラス・エルフィードだよっ」

 

そう言うとアネラスはいきなりヨシュアを抱きしめた。

 

「うわっ、何をするんですか!」

「ごめんごめん、あまりにヨシュア君が可愛かったから」

「可愛いって、お前なあ……」

 

アガットはあきれた顔でため息をついた。

 

「可愛いは大事だもん、ねえお祖父ちゃん?」

「うむ、可愛い事は正義じゃよ!」

 

孫娘のアネラスの言葉にエルフィード翁はしっかりとうなずいた。

アガットがエルフィード翁に来訪の目的を告げると、エルフィード翁は首を横に振った。

 

「どうして教えてくれねえんだよ!」

「街に住んでいると、剣術を教えてくれと言う者が後を絶たなくてな。息子夫婦の家を出てここで暮らし始めたのじゃ」

 

アガットはそう言ったエルフィード翁を不機嫌そうににらみつける。

 

「へっ、そんな事を言って実は剣の腕はたいしたことないんじゃないか?」

「抜けば玉散る氷の刃」

 

エルフィード翁はそう言うと、素早い動きで刀を取り出した。

そしてアガットと普通に歩いているかのように横を通り過ぎる。

 

「うおっ、ベルトが!?」

 

アガットは自分の腰に巻いていた二本のベルトのうち一本が斬られている事に驚いていた。

 

「凄い、ただ歩いているようにしか見えなかった!」

「太刀筋が全く見えねえ……」

 

その後、アガットはエルフィード翁に熱く頼み込み、少しだけ剣術を教えてもらう事になった。

手始めにアガットの実力を見るためにアネラスとの組み手を行う。

 

「アネラスとは、ずいぶん手合わせしていねえな」

「きょ、今日は負けませんからね!」

 

アガットと向き合ったアネラスは誰が見ても分かるようにガチガチに緊張していた。

 

「うおおおお!」

「ひ、ひえええっ!」

 

アガットが雄叫びをあげて突進し、アネラスは防戦一方と言う展開になった。

アネラスがアガットの攻撃を避け、反撃に移るチャンスもあるものの、自信が無いのか手を出さない。

 

「てやああああ!」

「きゃ、きゃああああ!」

 

そして、逃げ回るアネラスの体力が消耗した頃にアガットの剣がアネラスの首筋に突き付けられる。

 

「参りましたぁ……」

「まったく、情けねえな」

 

アガットは物足りなさそうに呟いた。

 

「赤毛のお前は、攻撃も回避も大振りすぎる。だから紙一重で交わさねばならない攻撃が避けられないんじゃ」

「要するに無駄に力が入りすぎていると言う事だな」

 

エルフィード翁とレーヴェにそう言われて、アガットは何かに気がついたようだ。

自分なりにフォームのチェックをしている。

 

「あの、アネラスさんのお爺さん。あたし達にも剣術を教えて欲しいんですけど……」

 

エステルはおずおずとエルフィード翁に声を掛けた。

 

「お前さん達はもうちょっと基本を大事にして実力をつけてから……ふむ」

「ど、どうかしましたか」

 

ヨシュアはエルフィード翁が自分を見つめる目つきに悪寒のようなものを感じていた。

 

「ワシの部屋にある黒髪のカツラを持ってくるのじゃ!」

「うん、わかったよ、お祖父ちゃん!」

 

そう言ってアネラスはエルフィード翁の暮らす家へと入って行く。

そしてしばらくすると、アネラスはカツラとヘアバンドを持って姿を現した。

 

「ヘアバンドがあった方が、可愛いと思うよ!」

「おおっ、さすが我が孫娘、よく分かっているようじゃな」

「面白そうね」

 

ヨシュアはエルフィード翁に長い黒髪のカツラとヘアバンドをつける事を強要されてしまった。

エステルも乗り気の様だった。

 

「僕は……そんなカツラなんてつけたくないよ」

「これも修行のためだよ、ヨシュア君!」

「ヨシュア……覚悟を決めなさい!」

「うわああああ!」

 

エステルとアネラスに抑えつけられ、ヨシュアは黒髪の美少女に変身した。

 

「うわあ、かわいい! ドレスを着せたらもっと可愛くなるよ」

「それは勘弁してください……」

 

ヨシュアはウンザリした顔でそう言った。

 

「で、ヨシュアにカツラを被せた事に何の意味があるの?」

 

エステルは不思議そうな顔をしてエルフィード翁に尋ねた。

 

「うむ、髪が長ければ空気の細かい動きを感じ取れるようになる。それで空気の流れを乱さないような動きをすれば無駄な動きも減ると言うわけじゃ」

 

エルフィード翁に言われて、エステルもツインテールを外して髪を下ろした。

そしてヨシュアとエステルは言われるまま組み手を行った。

言われた通り、髪があまり舞い上がらないように動きを小さくしてみる。

すると、2人ともいつもより素早く攻撃や防御に移れるような感覚を持った。

 

「ありがとうございました」

 

ヨシュアにお礼を言われてエルフィード翁はまんざらでもない様子だった。

そして、エステルとヨシュアを呼び寄せるとエルフィード翁はこっそりと耳打ちする。

 

「ワシの孫娘の事をよろしく頼む。あの赤毛の小僧との戦いを見て分かるように、かなりのあがり症での、本番でなかなか実力を出せないでいるんじゃ」

「わかりました」

 

エルフィード翁に頼まれたヨシュアはそう答えるのだった。

 

 

<ボース市街 遊撃士ギルド>

 

一泊二日のハーメル村までの護衛の旅を終えたエステル達は、ボース支部の遊撃士ギルドまで戻ってきた。

レーヴェとはハーメル村で別れて、エステル、ヨシュア、アネラス、アガットの四人で戻ってきたのだった。

 

「すまねえな、帰りに寄り道しちまって」

「エルフィード翁の家に行ってきたのか、まあお前さんなら会ってみたいと言う気持ちは分かる」

 

ルグラン老人は軽く笑いながらそう言った。

アネラスは突然、エステルとヨシュアの方を向いて話し始める。

 

「そうだ、エステルちゃんとヨシュア君は同じ支部の仲間だけど、それ以上の関係になりたいなと思ってる」

「それって、友達になりたいって事? 別にあたし達は構わないけど、ねえヨシュア?」

 

笑顔でエステルがヨシュアに問いかけると、ヨシュアも穏やかに微笑んで頷いた。

 

「よかった、私とは2歳ほど年が違うけど、いつか友達以上の関係になれるといいね!」

「……どういう関係だよ、オイ」

 

アネラスの発言にアガットがツッコミを入れると、エステルとヨシュアはキョトンとした顔で答える。

 

「ライバル関係ってことだよね?」

「そうだと思うよ」

「つっこんだ俺が負けなのか!?」

 

そして、アネラスとエステルとヨシュアとアガットの四人は、夕食も兼ねてボースの街の居酒屋で話をすることになった。

アネラスはボース支部の準遊撃士だが、心身を鍛え直すためにしばらく祖父の元で剣術の修行をしていたと言う。

ボース支部の正遊撃士グラッツの指導を受けていて、準遊撃士になった期間はエステル達と同じぐらいらしい。

 

「私もボース支部の推薦状をもらえるように頑張るからね!」

「あたし達も負けないわよ!」

 

こうして、アネラスとエステルとヨシュアは良きライバル関係となった。

 

「エステルちゃん、今度のお休みに一緒にぬいぐるみや可愛いアクセサリーでも見に行かない?」

「うーん、綺麗なアクセサリーはいいけど、戦っているうちに壊れちゃうし。それよりもボース地方の珍しい昆虫とか探しに行きたいな」

 

しかし、アネラスとエステルの休暇の過ごし方は合わないようだ。

 

「それって、女の子のすることじゃないよ、ねえヨシュア君」

「僕もそう思うよ……」

 

ヨシュアはそう言って深いため息を付くのだった。



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第十六話 爆釣伝説エステル

<ボース地方 ヴァレリア湖畔 川蝉邸>

 

レナードとソフィーア兄妹が経営する湖畔の宿屋、川蝉邸。

釣り人達でにぎわうボース地方で評判の宿屋だった。

しかし、今日はいつもと様子が違っている。

入口の看板には『遊撃士協会ご一行様』と書かれていて、エステル達の姿が見える。

 

「うん、なかなかの獲物ね!」

「エステルちゃん凄~い!」

 

のんきに釣りをしているエステルとアネラスの姿を見ると、遊撃士達は休暇を楽しんでいるかに見える。

だがこれも民間人を守るための遊撃士の大事な仕事だった。

人手が必要だと言う事で、通常の仕事はグラッツに任せて、アネラスも参加する事になって嬉しそうに張り切っていた。

 

「お前ら、真面目にやりやがれ!」

「油断しちゃダメだよ」

 

アガットとヨシュアも釣り糸を垂らしていたが、表情は真剣そのものだ。

今回退治する事になったのは、水棲系の魔獣。

本来はツァイス地方の鍾乳洞の地底湖にしかいないはずのペンギン型の魔獣が、ヴァレリア湖に現れてしまっていると言うのだ。

釣り上げた魚を狙って釣り人を襲ってくるらしい。

大漁で油断していた釣公師団の団長、フィッシャーが襲われて怪我をしてしまったのだ!

釣公師団の団員達は団長の仇を取ると、川蝉邸に押し寄せそうになったが、これ以上怪我人を出すわけにはいかないと、遊撃士が駆除する事になった。

 

「エステル君筋が良いね、釣公師団の団員にならないかい?」

「え、でもあたしは遊撃士の仕事があるし」

 

王都の釣公師団から釣りの指導に来たロイドに見込まれたエステルは戸惑いながらそう答えた。

 

「私も普段はリベールのアーツ製品の会社で働いているんだよ」

「へえ、そうなんですか」

 

ロイドの言葉にエステルは相槌を打った。

 

「釣りを愛する心が大事なんだ。団員になれば釣具の割引やスポット情報の提供とか、いろいろ特典があるよ」

「えっ、そうなの?」

 

エステルは興味がありそうにロイドに向かって身を乗り出す。

 

「しかし、団員になるためには入団試験を受けてもらわなければならない、私との爆釣3本勝負をしてもらおう!」

「よしっ、受けて立つわよ!」

 

ペンギンを呼び寄せるための生餌としての魚を集めるための釣りだったはずが、真剣勝負になってしまった。

 

「おい、いい加減にしろよ……」

 

アガットが少しイラついた様子でエステルに声を掛ける。

しかし、エステルとロイドの間には火花が散り、勝負は始まってしまった。

爆釣勝負は、ボーリングのようにお互いが交代して行う事になっている。

その場に居合わせた全員の視線がエステルの釣竿に集中する。

 

「あっ……」

 

エステルはプレッシャーを感じたのか、焦って竿を上げた結果、食いついた魚を逃がしてしまった。

それを見たロイドは余裕と言った感じで笑い声を出す。

 

「はっはっはっ、釣りは落ち着いてやらないとダメだよ」

 

ロイドは釣り糸を垂らすと、先程とは打って変わって張り詰めた表情になった。

集中して周囲の視線など全く気にならない様子だった。

 

「まあ、こんな所か……」

 

ロイドが釣り上げたのは、そこそこの大きさのリベールブナだった。

次は再びエステルのターン。

大物を釣り上げればまだまだ逆転できる範囲。

 

「うーん、微妙だなぁ」

 

エステルが釣り上げたのは小ぶりのカサギ。

それに対して、ロイドはそこそこ大きいオロショを釣り上げた。

 

「さあ、こうなったらヴァレリア湖のヌシでも釣り上げないと逆転できないよ?」

 

ロイドが勝ち誇ったようにそう言うと、エステルは首をかしげて質問する。

 

「ヌシって?」

「ヴァレリア湖に住んでいるとウワサされる伝説の魚さ。誰も姿を見たものはいないんだけど、食らい付かれた途端に竿が持って行かれそうになるんだよ」

 

ロイドの答えを聞いたアガットが険しい顔でさらに尋ねる。

 

「おい、それって魔獣じゃないのか?」

「うーん、良く分からないな。何しろ大きい魚だとしか分からないんだから」

 

困った顔をしてロイドはそう答えた。

 

「よおし、あたしがそのヌシを釣り上げる!」

「頑張って、エステルちゃん!」

 

アネラスが応援する前で、エステルは気合たっぷりに餌を湖に放り投げた。

 

「あ、何かが掛かったけど……」

 

エステルの竿の引き具合はあまり強そうでは無い。

大物が食らいついているようには見えなかった。

 

「ああーっ……」

 

全員から失望のため息がもれた。

エステルが釣り上げたのは穴あき長靴だった。

 

「どうやら私の番が来る前に勝負が決まってしまったようだね……」

「はぁ……」

 

物足りなさそうにそう言ったロイドと下を向いて落ち込むエステル。

ヨシュアが何と言ってエステルを励まそうか悩んでいると、アガットが思いっきりエステルに向かって怒鳴る。

 

「おい、負けっぱなしで引き下がるんじゃねえ!」

 

アガットはロイドに大声で問いかける。

 

「爆釣勝負って言うのは、何回でも挑戦できるんだろ?」

「ああ、まあそうだが……」

 

ロイドは戸惑った感じでうなずいた。

 

「ほらエステル、もう一度勝負しやがれ!」

 

エステルとロイドの爆釣勝負をあきれて見ていたアガットが今は一番熱くなっている。

こうしてエステルとロイドの爆釣勝負は再戦が行われる事になった。

爆釣3本勝負が繰り広げられる事12回目……ロイドの方が休戦を申し出る。

 

「ガッツがあるのはわかったから、そろそろ勝負を止めにしないか?」

「別に延長12回までと言うルールがあるわけじゃないんだろ? エステル、まだまだやれるな?」

「うん、まだまだ大丈夫よ」

 

アガットが声を掛けると、エステルは握りこぶしを作ってそう答えた。

 

「あの、僕達魔獣退治に来てるんだよね……」

 

ヨシュアの言葉は無視されて、集中力の限界に達しているロイドを相手に13回目の3本勝負は行われた。

釣公師団のプライドを賭けて釣りを続けていたロイドだったが、ついに2連続で魚を釣り逃がしてしまい、エステルの勝利となった。

 

「おめでとう、エステル君……。これで入団試験に合格だよ……」

 

ロイドはへろへろになりながらエステルにそう声を掛けた。

 

「やったあ!」

 

エステルは飛び上がって喜んだ。

アガットは腕を組んで満足そうにうなずく。

 

「これが勝負の必勝法だ。勝つまで続ける事が大事だな」

「そんな必勝法、ひどいですよ……」

 

ヨシュアがたまらずアガットにつっこんだ。

 

「ロイドさんも適当に勝負するわけにはいかないかったんですか?」

「爆釣3本勝負が、釣公師団のルールなのだ、これだけは譲れない……」

 

ヨシュアにそう声を掛けられたロイドはそう言って気を失ってしまった。

離れた場所で釣り糸を垂らしているアネラスはウンウンとうなっている。

どうやら半日釣っても全然釣れないようだった。

 

「私、お魚さんに嫌われているのかな?」

「どうしたんですか?」

 

ヨシュアはアネラスの側にたくさんの穴あき長靴や、折れた剣などのゴミが山積みにされているのを見た。

 

「ヘンテコなものしか釣れないんだよ!」

 

アネラスは、ゴミの山の中から、サイコロの形をした不思議な石をつかむ。

 

「こんな可愛くない物、別に要らないや、えいっ!」

 

不機嫌そうな表情のアネラスはそう言ってその石を湖に放り投げてしまった。

 

「ああーっ、またさっきのだ……」

 

次にアネラスの釣竿にかかったのは、捨てたばかりのその石だった。

 

「私って何をやってもダメなんだ、うわ~ん!」

「ちょ、ちょっとアネラスさん」

 

ヨシュアは自分より二歳年上のアネラスに泣きつかれてドギマギしていた。

その姿を見たエステルはちょっとモヤモヤとした気持ちになってヨシュアをにらみつける。

エステルの視線に気がついたヨシュアは慌ててアネラスを引き離した。

 

「アネラスさん、そんな泣かないでくださいよ」

「ごめんね、あんまりに魚が釣れないから悔しくなっちゃって……」

 

アネラスはしゃくりあげながらヨシュアにそう答えた。

 

「ヨシュア、あたし達は魔獣退治に来たのよね?」

 

エステルが大声でそう言うと、アガットも本来の目的を思い出したようだった。

 

「確か、そこで伸びているおっさんの話では大漁で宿に戻る所を襲われたって話だったな……」

 

夕日に映えて赤く染まり出した湖を見て、アガットはそう呟いた。

 

「夜行性のペンギンは攻撃的だと聞きますし、魔獣化したペンギンもそうなのかもしれません」

「よし、釣った魚をボートに乗せて、沖に漕ぎ出すぞ」

 

川蝉邸にあるボートはどれも小型で、四人が乗れる大きさのものは見当たらなかった。

ロイドを部屋に運んだ後、エステル・ヨシュアとアガット・アネラス組みの二隻のボートに別れて乗る事にした。

 

「おい、大丈夫か?」

「はい、私は泳ぎは得意なんですよ!」

「転覆前提かよ」

 

声を掛けたアガットに笑顔で答えたアネラスに、アガットはため息をついた。

2人でボートに乗る事になったエステルとヨシュアだったが、ヨシュアは浮かない顔だった。

 

「これが本当に二人きりだったら、よかったのにな……」

 

夕日に映えるエステルの顔をヨシュアは眺めていた。

 

「ん、ヨシュア、あたしの顔に何かついてる?」

「な、何でも無いよ!」

 

突然エステルに話しかけられたヨシュアは赤くなってそっぽを向いてしまった。

夕日の影響かエステルはさっぱり気がつかない様子だった。

 

「ふーん、変なヨシュア」

 

エステルはそう言うと、力いっぱいボートを漕ぎだした。

 

「おい、あまり離れるな!」

「あ、ごめん」

 

アガットに注意されて、エステルはボートのスピードを緩めた。

 

「よし、この辺でいいだろう」

 

アガットとエステルがボートを止める。

周囲は嵐の前の静けさとも言うような沈黙に包まれていた。

そんな雰囲気を和らげようかと思ったのか、アネラスが話し始めた。

 

「こんなに真っ赤に湖が染まると、血の色に見えちゃうよね。この湖で死んだ人の幽霊とかが居たりして」

「や、止めてよアネラスさん、あたしそう言うの苦手なんだから!」

 

エステルはそう言って体を震わせ、目をつぶってヨシュアにしがみついた。

 

「ちょっとエステル、そんなにされたら動けないよ」

 

戸惑うヨシュアの所に、タイミングの悪い事に水中から忍び寄る影があった!

問題のペンギン型魔獣達だった。

気がつくと、赤、青、白、緑、桃色のペンギン型魔獣がエステルとヨシュアの乗るボートを取り囲んでいる。

アガットは急いでボートを漕いでエステル達の救援に向かうが、アガット達のボートもペンギン型魔獣のグループに取り囲まれていた。

 

「ちいっ、こんなに数が居やがるのかよ!」

 

10匹ぐらいは居そうな感じだった。

ヨシュアにしがみついていたエステルも、危険を感じ取ったのか、ヨシュアから体を離して身構えた。

桃色のペンギンが奇妙な声をあげて鳴きだした。

それはまるで何かの歌のようだ。

他のペンギン達も鳴き声をあげて、エステル達に襲いかかって来た!

アオペングーがボートに乗り込んできて、鋭いくちばしでつついてこようとするのを、エステルは何とか棒で振り払った。

キペングーもエステル達に近づいて来ると、生臭いガスのようなものをまき散らした!

 

「ごほっ、ごほっ」

 

思わずひるんでしまったエステルに、シロペングーが思いっきり体当たりをした!

 

「危ない!」

 

よろけてボートから落ちそうになったエステルをヨシュアが右手を伸ばして間一髪で引き戻し、シロペングーの腹を左手に持っていた短剣で思いっきり刺した。

シロペングーは悲鳴を上げて水面へと姿を消した。

 

「ヨシュア、ありがとう」

 

エステルはちょっと感激した様子で潤んだ目でヨシュアを上目遣いで見上げた。

ヨシュアはエステルを思いっきり抱きしめたい衝動に駆られたが、今は戦闘の最中なので、そう言うわけにもいかない。

エステルとヨシュアはすぐに周囲を警戒した。

ミドリペングーは水面に姿を出すものの、魚を投げつけてばかりで近づいてこない。

モモペングーも水面に浮かんで歌のような鳴き声を続けている。

 

「エステル、僕がアーツで水面に居る魔獣を攻撃するから、船に飛びついて来る魔獣を追い払って」

「了解!」

 

ヨシュアとエステルは担当を決めると、後はチームワークで敵の数を減らして行った。

体力の尽きたペンギン型の魔獣達は戦意を失って、水面に浮かんでいる。

 

「アガットさん達は?」

 

エステル達の視線の先では、アガットとアネラスの乗るボートも囲まれてしまっていた。

 

「ど、どうしましょう、アガット先輩」

「逃げ場が無いんだから、やるしかねえだろ」

 

オドオドとしているアネラスにアガットが気合を入れた。

アガットもアネラスもアーツによる魔法攻撃は不得意だったため、近づいて来る魔獣を押しのけると言う消極的な戦い方しかできなかった。

いろいろな方向から攻撃を仕掛けてくるため、アガット1人ではなかなか支えきれない。

 

「あうっ!」

 

シロペングーに体当たりされて吹き飛んだアネラスの体をアガットが体当たりするように受け止める。

 

「しっかりしろ。お前が役目を果たさないと、俺達はやられちまう!」

 

アガットが汗を垂らしながらそう言ったのを見て、アネラスは口を真一文字に閉めて、迫りくる魔獣を見据える。

 

「私がだらしないせいで、アガット先輩の足を引っ張るのは嫌です!」

 

アネラスの動きは先ほどまでとは違い、滑らかな動きで迫って来た魔獣達の体を剣で正確に切り裂いて行った。

出血に驚いた魔獣達の動きが鈍くなり、襲いかかる体力を失ったのか、力の無い鳴き声をあげて水面に浮かんでいる。

遠くから魚を投げていたり、歌を歌っていた魔獣達も援護に来たエステル達によって無力化された。

 

「大丈夫?」

「……助かったぜ」

 

エステルにアガットは軽くだが素直に礼を述べた。

そして、ボロ雑巾のようになって虫の息で浮かんでいるペンギン型の魔獣を見回す。

 

「さて、こいつらに止めを刺しちまうか」

「アガット先輩、それはかわいそうですよ」

「そうは言ってもな……」

 

アネラスに止められてアガットが困っていると、水面が大きく山のように盛り上がり、他の魔獣より一回り大きいペンギン型の魔獣が姿を現した!

大きな波が起こり、エステル達はボートから振り落とされないようにしがみついた。

 

「まじかよ……」

 

すでに10匹の魔獣達と戦って疲れ果てていたアガットはウンザリとした声で呟いた。

四人掛かりでも勝てないかもしれないとアガット達が覚悟した時、こちらに高速で近づいて来るモーターを搭載したボートが見えた。

そして、矢のようなものが大きなペンギン型の魔獣に突き刺さると、その魔獣は意識を失ってグッタリと力を抜いて水面に仰向けに倒れた。

 

「……麻酔が効いているから大丈夫よ」

 

ボウガンを構えてボートの上に立っていたのはレナだった。

その後ろではカシウスがかじ取りをしていた。

 

「母さん、父さん!?」

「げえっ、カシウスのおっさんか!?」

 

エステルは嬉しそうな、アガットはぼやきが混じった大声を上げた。

 

「アガット、俺に会えてずいぶん嬉しそうじゃないか」

「ちっ、なんでおっさんがここに……」

 

カシウスに対してアガットは不満そうな様子を全く隠そうとしなかった。

 

「とりあえず、こいつらをなんとかしないとな」

 

エステル達に撃退された魔獣の中には、出血多量と体力の限界で今にも命を落としそうな魔獣も居た。

悲しそうに力の無い鳴き声をあげている。

 

「レナ」

「はい」

 

カシウスが合図をすると、レナは魔獣達に回復のアーツをかけた。

全快とは行かないが、傷が治って動けるようになった魔獣にレナは麻酔仕込みの矢を突き刺して、動きを封じる。

 

「さあ、こいつらを岸まで運ぶから手伝ってくれ」

 

カシウスの指揮の元、気を失った11匹の魔獣を岸辺まで輸送する作戦が行われた。

 

「ペンギンさん達が死ななくて、本当に良かったです~」

 

アネラスは嬉しそうにそう呟いた。

 

「父さん、この魔獣達はどうするの?」

「故郷のツァイス地方の地底湖に戻してやるのが一番だろう」

 

エステルの質問にカシウスはそう答えた。

 

「ツァイス地方って、ここからかなり遠い気がするけど……」

「なあに、それまではハーヴェイ一座で引き取ってもらうさ。あの一座は魔獣に芸を仕込むほどだからな。今ちょうどボース市に来ているんだろう?」

 

ヨシュアに対して、カシウスは余裕に満ちた態度でそう言い放った。

 

「人間が勝手にペットにした動物が捨てられて野生化するという問題は後を絶ちませんね」

 

レナがため息をついて見つめる先には、意識を取り戻してくつろいでいるロイドの姿があった。

視線が合ってしまったロイドはレナに向かって頭を下げる。

 

「釣公師団でもそのような事が起きないように呼びかけましょう」

「よろしくお願いしますね」

 

レナはニッコリとロイドに向かって微笑みながら、桟橋にあげられたゴミの山に視線を向ける。

 

「あれは何かしら?」

「アネラスさんが釣り上げたガラクタなんだけど……」

「はぅっ!」

 

釣った物をガラクタとエステルに言われてショックだったのか、アネラスは短い悲鳴を上げた。

 

「湖にゴミを投げ捨てる人も多いのね……」

「今度、釣公師団でも清掃活動を行う事にしますよ」

 

レナの再度のため息に、ロイドがそう答えた。

ゴミの山に視線を向けていたレナは、サイコロ状の不思議な石を見つけて驚いた顔になる。

 

「これは……!?」

 

レナは血相を変えてその石を拾い上げると、カシウスの側へと向かった。

 

「これはアーティファクトの可能性が高いな」

「あなたもそう思います?」

「ああ、星杯騎士団の従騎士だった君の方が詳しいだろう」

 

真剣な眼差しで話し合うカシウスとレナを、わけが分からないエステル達は不安そうに見つめていた。

それに気がついたのか、カシウスは表情をパッと陽気なものに変えて安心させようと説明を始める。

 

「別に危険と言うわけではないのだが……湖から釣り上げられたこれはアーティファクトの可能性があってな」

「アーティファクト?」

 

カシウスの発した聞きなれない言葉に、エステルは疑問の声を上げる。

 

「失われた古代の技術により作られたアイテムの事だよ。単体で強力な効果や威力を発揮するから、個人ではその所有が禁止されるほどで、七耀教会で管理されているんだよ」

「さすがヨシュア、よく勉強しているわね、えらいえらい」

 

レナにほめられたヨシュアは照れ臭そうな顔をしたが、エステルはむくれて面白くなさそうな顔になった。

 

「と言うわけで、俺はこいつをボース市の七耀教会まで届けなければならん。アガット、お前は魔獣達をハーヴェイ一座のテントに届けろ。それぐらいの体力は残っているだろう?」

「ちっ、仕方ねえな」

 

カシウスに挑発される形になったアガットは重労働を受け入れた。

 

「父さん、あたし達も手伝うわよ」

 

エステルが腕まくりをして加勢を申し出ると、カシウスは穏やかに微笑んで首を横に振る。

 

「俺達で十分だ、なあアガット?」

「お前らはしっかり休んでいろ」

「それじゃあ、お言葉に甘えちゃおうかな」

 

カシウスとアガットの答えを聞いて、エステルは引き下がった。

 

「父さんと母さんは何でここに来たの?」

「お前達の様子が気になって、ルグラン爺さんに聞いたら、川蝉邸を遊撃士協会で貸切りにしてるって話じゃないか」

「それで遊びに来たの? まったく不良親父なんだから」

 

ヨシュアの質問に答えたカシウスの言葉に、エステルはあきれてため息を吐いた。

 

「いや、俺はそのつもりが無かったんだが、レナのやつが旬のボース料理を食べたいって、連れていかないと離婚する! って駄々をこねてな……」

「あ・な・た、いつ私が駄々をこねたんですか?」

 

カシウスの言い訳を聞いたレナは作った笑顔を浮かべているが、怒っているのはエステル達にも分かった。

 

「さ、さあ遅くならないうちに出発するぞ!」

 

雲行きが怪しくなったと思ったカシウスは、アガットを急かせてこの場を立ち去ろうとした。

アガットはカシウスの声に答えながら、アネラスの方を振り返って声をかける。

 

「アネラス」

「は、はいっ、何ですかアガット先輩」

「お前がボートの上で必死に戦った剣術の技、かなりのものだったぜ」

「うわーい、アガット先輩にほめられちゃった!」

 

アネラスは頭の黄色いリボンを揺らすほど飛び上がって喜んでいた。

そしてアガットは黙ってカシウスの後について去って行った。

 

「あら、あなたはエステルとヨシュアのお友達?」

「はい、でもライバルでもあるんですよ!」

 

目を輝かせてそう言うアネラスを見て、レナは穏やかに微笑んだ。

 

「エステル、良かったわね」

「でも釣りではエステルちゃんとライバルになる事は出来ないみたいだよ……」

 

アネラスは残念そうにロイドに視線を送った。

するとロイドはしょげるアネラスに声を掛ける。

 

「アネラス君も釣公師団の一員として迎えてあげよう」

「わぁい、これでエステルちゃんとライバルだねっ!」

「ヌシよりも凄いものを釣り上げそうだし……」

 

ロイドは喜ぶアネラスの姿を見て、ポツリとそう呟いた。

その日の夕食は、事件が解決したお祝いと言う事でレナードとソフィーア兄妹が奮発した料理になり、レナはとても満足そうだった。

 

「おいしい所を持って行くって、母さんの事を言うのね」

「本当、そんな感じだよね」

 

エステルとヨシュアはそんな事をささやき合ったのだった……。



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第十七話 逃げたお嬢様を追え!

<ボース市街 遊撃士協会>

 

川蝉邸での家族のだんらんの翌朝、エステル達は遊撃士の仕事へと戻る。

導力通信により遊撃士協会ボース支部の受付ルグランから緊急の仕事があると聞いたエステルとヨシュアとアネラスは、川蝉邸から直行した。

 

「緊急の仕事って、何があったの?」

「おお、来てくれたか」

 

息を切らせて走って来たエステルを、嬉しそうにルグランが出迎えた。

そして、エステル達はジェニス王立学園の制服を着た少女とスーツを着た若い男性が青い顔をして立っているのに気がついた。

 

「依頼人のレイナさんじゃ」

 

ルグラン老人に紹介されて、少女はエステルに向かって頭を下げ、依頼の内容を話し始める。

 

「レイナと申します。実は当家のフラッセお嬢様が姿を消してしまったのです。街の中のどこを探しても見当たりません」

「ええっ、それって街の外に出たって事!? 魔獣にでも襲われたら、危ないじゃない!」

 

エステルの言葉にルグランは深く頷いた。

 

「そこでじゃ、お前さん達にも至急手を貸して欲しいんじゃ。仕事中のアガットとカシウスのやつに連絡が着いたらすぐに応援に向かわせてもらうが……」

「一刻を争う事態ね! さっそく探しに行きましょう!」

「うんっ!」

 

ルグラン老人の話を聞いてそう言って飛び出そうとするエステルと、慌ててついて行こうとするアネラス。

 

「待って!」

 

それをヨシュアは鋭く呼び止めた。

 

「やみくもに探しても効率が悪すぎるよ、まずはレイナさんから手掛かりを聞いて捜索する範囲を絞らないと」

「なるほど」

「さすがだね、ヨシュア君」

 

年上のアネラスまで素直に感心して居るのを見て、ヨシュアは疲れた顔で軽くため息を吐き出す。

 

「あの、フラッセさんの特徴が分かるものは無いですか?」

 

ヨシュアに言われて、レイナは頷いて一枚の写真を三人に見えるように差し出した。

そこにはメイド服姿のレイナと笑顔で仲が良さそうに腕を組んでいるドレス姿の少女が写っていた。

 

「私の隣に写っているのがフラッセお嬢様です。お嬢様は、今は私と同じ制服を着て居ます」

 

ヨシュアの質問に真剣な顔で答えるレイナ。

 

「ジェニス王立学園の制服ってかわいいなあ、私も着てみたい」

 

アネラスはマイペースにそんな事を呟いた。

さすがにヨシュアもその天然ぶりにイラっとしてしまったのか、ちょっとアネラスをにらみつけた。

 

「アネラスさん、捜索対象のフラッセさんの服装も聞かずに探しに行こうとしてたんですよ」

「ごめんね」

 

ヨシュアにそう言われて、アネラスは舌をちょこっと出してウィンクしながら謝った。

その顔に毒気をすっかりヨシュアは抜かされてしまったようだった。

 

「それで、フラッセさんはどうして街の外へ?」

「お嬢様は逃げ出したのです」

「はっ?」

 

ヨシュアの問いかけに対してのレイナの答えに、エステルはそんな声を出してしまった。

 

「今日はお嬢様にとって大事な日。さる帝国貴族のご子弟がお見合いのためにわざわざ遠路はるばるお越しくださったのです」

「ええっ、お見合い!?」

 

レイナの言葉を聞いたアネラスは驚いた声を上げた。

 

「お嬢様はもう16歳。結婚する相手も決まっていなければ当家の恥ですわ」

 

そのレイナの言葉を聞いたアネラスはポツリとつぶやいた。

 

「私はお祖父ちゃんに、結婚するのは20年早いって言われているのに……」

「アネラスさん、それは遅すぎると思いますよ」

 

アネラスの言葉に、ヨシュアはツッコミを入れずにはいられなかった。

 

「今回のお見合いの相手は、旦那様もお気に入りのお方。お会いすればお嬢様もきっと気に入るはずです」

「親が結婚相手を決めるなんて、考えが古いわ!」

 

レイナの言葉を聞いたエステルは腕組みをして怒った。

 

「皆様個人のお見合いに対する意見より、重要なのはお嬢様が危険な目に遭わないうちに連れ戻す事です」

「そうでしたね、すいません」

 

レイナに言われてヨシュアはそう謝った。

 

「それで、フラッセさんの逃げた先に心当たりは無いんですか?」

「わかりません、ボースに来たのは初めての事なので」

 

ヨシュアが聞くとレイナは首を横に振って否定した。

 

「どんな事でもいいんです、気がついた事はありませんか?」

「そう言えば、お嬢様は事あるごとに『学園へ帰る』とおっしゃっていました。それぐらいしか思いつきません」

 

ヨシュアがさらに質問すると、レイナはそう答えた。

 

「ジェニス学園ってルーアンにあるんですよね?」

「そうじゃ」

 

ヨシュアが顔を向けてそう聞くと、ルグラン老人はそう頷いた。

 

「じゃあ、まずルーアンに抜ける道の方を探してみよう」

「うん、そうしましょう」

「わかったよ!」

 

そう言ってヨシュアとエステルとアネラスは遊撃士協会の建物を飛び出して行った。

 

 

<ボース地方 クローネ峠・関所>

 

ボースの街を出たエステル達は、街道を進み、ラヴェンヌ村へのわかれ道を通り過ぎクローネ山道へと向かい、そしてルーアン地方との境目にある関所までたどり着いた。

道中にフラッセらしい人影の姿は見当たらなかった。

 

「フラッセさんが学園に戻ろうとしたら絶対ここを通るはずよね」

「ここで足止めされる可能性は高い、きっと間に合うよ」

 

エステルとヨシュアはそう言い合いながら、アネラスと関所のドアをくぐって中に入った。

そして、その中で見たのはカシウスとジェニス王立学園の制服を着た少女だった。

ジェニス王立学園の制服を着た少女はレイナが捜しているフラッセに違いない。

 

「おや、エステルにヨシュアじゃないか」

「何で父さんがここに居るの?」

「七耀教会での用事が終わって、街を歩いていたら、このお嬢ちゃんが1人で街の外へ出て行こうとしているのに出くわしてな。ルーアン地方へどうしても行きたいと言うから護衛を引き受けたんだ」

 

カシウスはエステルの質問に平然とそう答えた。

 

「なんでギルドに連絡を入れてくれなかったのよ!」

「どうしてって、怪しい男に追いかけられているから内緒にしてくれって……」

 

怒ってそう言うエステルに、カシウスは困った顔で言い訳をした。

 

「まったく、上手な言い訳を考えたものね」

 

エステルがそう言ってため息をつくと、フラッセは青い顔をして下を向いた。

 

「わ、私を力づくでボースへ連れ戻す気ですか?」

 

フラッセは怯えた感じでそうエステル達に問いかける。

 

「そうなりますね、大人しくしてください」

 

ヨシュアがそう言って近づくと、フラッセは後ろに飛び退いて叫ぶ。

 

「い、いや、それ以上近づかないでっ!」

「大丈夫よ、何もしないから。ヨシュアもちょっと待ってよ」

 

エステルはそう言って、優しくフラッセに語りかける。

 

「ねえ、よく聞いて。あたし達はあなたを守りに来たの。あなたがお見合いがどうしても嫌だって言うなら、断ったっていいのよ」

 

フラッセはエステルの言葉を聞いて、違うと首を横に振った。

 

「私が怒っているのは、お見合いの事よりもレイナに騙されたと言う事ですわ」

「どういうこと?」

 

エステルはフラッセの話に不思議そうな顔をする。

 

「ボースに来たのはレイナと二人きりで、観光を楽しむためでしたのよ。家ではレイナと私は使用人と主人の関係。ですから、今回の旅行を楽しみにしてましたの」

 

そこまで話したフラッセは、怒りを顔に浮かばせる。

 

「それなのに、お見合いだなんて! レイナは最初から私と旅行を楽しむつもりはなかったんですわ!」

「逃げないで、レイナさんに本当の気持ちをぶつけるべきだと思わない?」

「私は、レイナとはもう顔を合わせたくないんですの!」

 

エステルに説得されても、レイナは怒って後ろを向いてしまった。

 

「エステル、やっぱりここは僕が……」

「ま、待ってよ、これからが説得の本番だからさ……」

 

そう言って急かすヨシュアをエステルは押し止めた。

 

「ねえ、どうしても街には戻ってくれないの?」

「もちろんですわ!」

 

エステルの問いかけに、フラッセは背中を向けたままそう答えた。

 

「フラッセさんがここで意地を張っていると、レイナさんと一緒に居られる時間が減っちゃうんだよ?」

 

エステルがそう言うと、フラッセは驚いた顔で振り返った。

 

「お見合いは避けて通れないけどさ、その後レイナさんはフラッセさんと旅行を楽しむつもりだったかもしれないじゃない」

「う……」

 

エステルの言葉に、フラッセはうろたえた。

もうひと押しだとエステルは確信する。

 

「レイナさんの立場だったら、お見合いの件を頼まれても断れないのは知っているわよね?」

「私、レイナの事をすっかり誤解して居たかも知れません……」

 

すっかり大人しくなったフラッセに、エステル達はホッと胸をなで下ろした。

 

「では、帰りの道中の護衛、よろしくお願いいたしますわ」

 

エステル達はボースの街へと引き返し、遊撃士協会で待っていたレイナにフラッセを無事に送り届けた。

 

「あたし、フラッセさんにああ言ったけど、レイナさんはフラッセさんの事を友達だと思っているのかしら」

 

フラッセとレイナがお礼を述べて遊撃士協会から出て行った後、エステルはそんな事を呟いた。

 

「でも、エステルはレイナさんからそう感じたから、言えたんじゃないかな」

「うん、そうよね……」

 

ヨシュアの言葉にエステルは穏やかに頷いた。

 

「見事に説得できたな、エステル」

「そんな、あたしはフラッセさんやレイナさんの気持ちになって考えて見ただけよ」

 

カシウスに誉められて、エステルは照れ臭そうな顔になった。

 

「遊撃士は民間人の味方だ。依頼人の意思を尊重する事も大切だぞ」

「……肝に銘じておきます」

 

ヨシュアはカシウスの言葉に真剣な顔をして頷いた。

 

「今頃、フラッセさんのお見合いは始まっているのかな~」

「上手く行ったら16歳で結婚相手が決まっちゃうのか、家柄が全てじゃないと思うんだけどな」

 

アネラスの言葉に、エステルもそう呟いた。

 

「よし、それじゃあ任務も終わったし、みんなで飯でも食いに行くか。レナも街に買い物に来ているみたいだしな」

「もしかして、レストラン《アンテローゼ》ですか?」

 

アネラスの顔がパッと明るくなった。

 

「すまん、居酒屋《キルシェ》の方だ」

 

カシウスは申し訳なさそうにそう言った。

 

「S級遊撃士だって言うのに、しみったれているわね……」

 

エステルはため息を吐き出して、そうつぶやいた。

 

「レナのやつにアンテローゼで思いっきり飲み食いさせてみろ、ブライト家の財政は破綻だ」

「そ、そうね」

 

カシウスの言葉にエステルは同意した。

 

「ルグラン爺さん、後の処理は頼んだ」

「ああ、食事を楽しんでな」

 

カシウスが呼びかけるとルグラン老人はそう返事をして、外に出て行くカシウス達を見送ったのだった。



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第十八話 怪盗紳士の挑戦状

<ボース市街 遊撃士協会>

 

次の日の朝、遊撃士協会へやって来たエステルとヨシュアは、アガットと合流し、日課となった魔獣駆除パトロールに向かおうとしていた。

そこへ、息を切らせた男性が遊撃士ギルドに駆けこんで来る。

 

「エステル殿と、ヨシュア殿はいらっしゃいますか!?」

「あたしがエステルだけど?」

 

自分を指名した見覚えの無い男性の登場に、エステルは戸惑いながらもそう答えた。

 

「私は王都の帝国大使館で働いているジェラルドと申します」

「はあ……」

 

自己紹介をされても、まったく声をかけられる心当たりの無いエステルは気の抜けたような返事をするしかなかった。

 

「レイナ殿から聞きました、エステル殿は姿を消してしまわれたフラッセお嬢様をわずかな手掛かりを頼りに探しだしたと」

「いえ、それほどでも」

 

ジェラルドにそう言われたエステルはそう言って照れ臭そうに頭をかく仕草をした。

 

「そこで、捜し物の名人のエステル殿とヨシュア殿にお願いしたい事があるのですが」

「そんな、名人だなんて……」

「それで、ご依頼の内容はなんですか?」

 

さらにのろけているエステルとは対照的に、ヨシュアが落ち着いてジェラルドに尋ねた。

 

「我らの主人、ダヴィル大使が直接会ってお話ししたいと言う事です」

「向こうがお前達を指名して居るんだ、行って来い」

「アガットさんはついて来てくれないの?」

 

エステルはアガットに不安そうな視線を向けた。

 

「もう指導係の俺が付きっきりで無くても大丈夫だろ」

「アガットさんは捜し物の依頼より、魔獣退治に行きたいんでしょう」

「へっ、わかってるじゃねえか、ずいぶんボース支部にも馴染んで来たようだな」

 

エステルとヨシュアはアガットに見送られて遊撃士協会ボース支部を出て行った。

 

「いいのか、二人について行かなくて。これが最後の事件となるかもしれないんじゃぞ」

「ふん、正遊撃士になれば顔を合わせる機会はいくらでもあるじゃねえか」

 

ルグラン老人に尋ねられたアガットは、憮然としてそう答えた。

 

 

<ボース市街 フリーデンホテル>

 

フリーデンホテルの二階のとある部屋に、ボース地方を視察に訪れていた帝国のダヴィル大使の一行が宿泊している。

しかし、今日は朝から閉じこもって出て来ないため、ホテルの清掃係のディナもおかしいと首をかしげていた。

 

「バレリオさん、何があったか知ってます?」

 

ディナに尋ねられた、フロント係の壮年の男性、バレリオは首を振って答える。

 

「分かりませんが、オーナーの市長からは部屋に近づかないようにとのご命令です」

「お掃除もさせていただけないんですね……」

 

二階への階段を見上げながら、ディナは深いため息をついた。

そこへ、エステルとヨシュアを連れたジェラルドが姿を現し、二階への階段を登って行く。

 

「あの二人ってボース地方で研修中の準遊撃士さんじゃないですか?」

「そのようですね」

「遊撃士が来るなんて、やっぱり事件が起こったんですか?」

 

瞳を爛々と光らせて、自分を見つめてくるディナにバレリオは困った顔をしてため息をついた。

 

「遊撃士殿を連れて参りました」

 

そう言って敬礼したジェラルドの後に続いてエステルとヨシュアは緊迫した空気に包まれた部屋に足を踏み入れた。

 

「おお、待ちわびたぞ!」

 

ダヴィル大使は、やって来たエステルの手を取ると固く握りしめた。

エステルとヨシュアはダヴィル大使に圧倒され、棒立ちになっている。

 

「閣下、お話を遊撃士殿に」

 

ジェラルドとは違う、部屋の中に居た別の男性がダヴィル大使に声をかけた。

 

「おお、そうだったなバークレー君」

 

返事をしたダヴィル大使が勢い良く手を放したのでエステルはよろけてしまった。

 

「実は私が帝国より授かった、帝国大使の証である勲章を盗まれてしまったのだ」

「ええっ、それって大変な事じゃない!」

 

ダヴィル大使の言葉を聞いて、エステルは思いっきり驚いた。

 

「この事が周囲に知れたら、ダヴィル大使は辞めさせられるかもしれません。そして、後ろ指を指されて一生を過ごされる事になると……」

「そんなに大変なの?」

「うん、帝国の勲章は皇帝の代理人の証だからね」

 

バークレー書記官の言葉を聞いて、エステルがヨシュアに尋ねると、ヨシュアはそう言ってうなずいた。

 

「さらに、リベール国内で帝国の大使が盗みにあったとなればリベール王国の治安が疑われ、国際問題にもなりかねません」

「あたし達の責任は重大ね」

 

エステルは真剣な顔でゴクリとつばを飲み込んだ。

 

「いつ盗まれたのだと分かったのですか?」

「『怪盗紳士』と名乗る人物から挑戦状が届いたのだ」

 

ダヴィル大使はヨシュアの質問にそう答えると、一枚のカードをエステルとヨシュアに見せた。

 

『勇ましき双竜の勲章は我が手中に有り。取り戻したければ我の挑戦を受けよ。最初の暗号は88個の鍵の内、一番低い物を探せ』

 

カードにはそのような文章が書かれていた。

 

「エステル殿とヨシュア殿は、レイナ殿から得たわずかな手掛かりを元にフラッセ殿を素早く見つけられた。その活躍をまたお願いしたい」

 

ジェラルドはそう言って、エステルとヨシュアに頭を下げた。

 

「そ、そんなかしこまらなくても」

「暗号の解読と、勲章の奪取に全力を尽くします」

「うむ、くれぐれも内密にな」

 

エステルとヨシュアはダヴィル大使にそう言って部屋を出て行った。

二人が階段を降りて、ホテルから完全に気配が消えた頃、ダヴィル大使はバークレー書記官に念を押すように尋ねる。

 

「本当に大丈夫なのだな? バークレー。失態がエルザ大使の耳に届いて見ろ、我らは笑い者にされるぞ。あの共和国の女狐だけにはバカにされたくは無いのだ」

「はっ、分かりましてございます」

 

バークレー書記官はダヴィル大使に向かってそう言って敬礼をした。

 

 

<ボース市街 ハーヴェイ一座のテント>

 

ホテルを出たエステルとヨシュアは、『怪盗紳士』が残した暗号の意味について考えていた。

 

「88個の鍵って……この街で一番大きい市長さんの家でもそんなにドアの数は無いわよね」

「空港のコンテナにはたくさん鍵が掛けられているけど、荷物が持ち出されたら数が変わってしまうだろうし……」

 

ヨシュアの言葉を聞いて、エステルは何かを閃いたように手を叩く。

 

「そうだ、他にもたくさん鍵がありそうな場所があるじゃない」

 

エステルとヨシュアが向かったのは、巡業のために魔獣を閉じ込めた檻がたくさんあるハーヴェイ一座のテントだった。

 

「魔獣の檻の鍵を見せて欲しい? そんな事をしても時間の無駄だと思うよ、エステル君」

「何でよ?」

 

ブルブランに鼻で笑われたエステルはむくれた感じで言い返した。

 

「我々の一座には88個もの檻は無いし、どうやって一番低い鍵を探すのかい?」

「そりゃそうかもしれないけど……」

 

エステルはブルブランの言葉に悔しそうにそう答えた。

 

「暗号なのだから、それは何かをたとえた比喩表現のものじゃないかな?」

「そうだ、グランドピアノ!」

 

ブルブランとエステルの会話を聞いていたヨシュアが気がついたように大声を出した。

 

「どういう事?」

 

エステルが不思議そうな顔でヨシュアに尋ねる。

 

「グランドピアノの鍵盤は88個なんだよ、きっと一番低い音の鍵盤に怪盗紳士の次のメッセージがあるはずだよ」

「この街でグランドピアノがある所と言えば……」

「アンテローゼだよ、行こう!」

 

興奮したヨシュアはエステルの手を引いてハーヴェイ一座のテントを出て行った。

自分を見向きもしないで去って行ったヨシュアに、ブルブランは愉快そうに笑い声を上げる。

 

「そんなに暗号の答えが解ったのが嬉しかったのかい、純粋な所があるじゃないか」

 

アンテローゼに入ると、正面のステージにグランドピアノが置かれているのが見える。

エステルとヨシュアは支配人のレクターに事情を話して、グランドピアノを調べさせてもらうと、一番低い音が出る鍵盤の所に、折り曲げられたカードが挟まっていた。

 

『次なる道しるべは商人達の憩いの場に沈みたり』

 

「これは簡単だね、僕にはすぐ解ったよ」

 

カードの文章を読んだヨシュアの顔はほころんだ。

 

「ヨシュアはすぐに解っちゃったんだ、凄いね~」

 

笑顔のエステルに褒められて、ヨシュアはますます得意満面になった。

 

「この街で、商人が関係する所と言えばボースマーケットの事だと思うんだ」

「ふむふむ」

 

エステルは得意げに話すヨシュアの言葉を納得したように聞いていた。

 

「沈んでいるって言うのは、水の底に有るって言う状態の時にしか使わないし、ボースマーケットで水がある場所と言ったら……」

 

ヨシュアの言葉を聞いたエステルはポンと手を叩いた。

 

「なるほど、噴水ね! 確かに憩いの場って感じもするし……」

「それじゃあ、ボースマーケットに向かおうか」

「オッケー!」

 

エステルとヨシュアは、グランドピアノを調べさせてもらったお礼をレクターに述べてから、早足でボースマーケットへ向かった。

ボースマーケットにたどり着き、噴水の中を調べると、水に濡れてもにじまない特殊なインクでメッセージの書かれた怪盗紳士のカードを見つけた。

 

「えっと、次の暗号は……」

 

この後もエステルとヨシュアVS怪盗紳士の知恵比べが続き、エステル達は勲章を取りかえすためにカードに書かれたメッセージ通りボース市街の中を探し回った。

オーブメント工房の柱時計の振り子の裏、武器屋に立て掛けられた槍の取っ手、果てにはギルドの三階の本棚に納められた本にカードが挟まっているなど、怪盗紳士のカードは神出鬼没だった。

 

『挑戦者よ、これが最後の道標だ。始まりの場所は終わりに通ず。勲章の行方は案内人に聞け』

 

カードを見て、エステルとヨシュアは疲れた顔でため息を同時に吐き出す。

 

「やっと最後ね、今日は頭も足もフル回転だったからたまらなく疲れたわ」

「暗号はほとんど僕が解いているじゃないか」

 

最初はエステルに褒められて喜んで暗号を解いていたヨシュアだったが、エステルが途中から考えるのを全て放棄してヨシュアに丸投げするのを見て、ヨシュアはウンザリして皮肉の一つも言いたくなった。

 

「じゃあ最後の暗号は一緒に考えよう?」

 

エステルは最後のカードを見つめながらウンウンとうなっていたが、程無くして両手を上にあげてギブアップの構えになった。

ヨシュアはそんなエステルを見てため息を吐き出す。

 

「始まりの場所って言うのは、きっと勲章が盗まれて、僕達が調査を始める事になった場所、フリーデンホテルの事だと思うよ」

「なるほど、じゃあ行ってみれば何か解るかもしれないわね!」

 

ヨシュアがそう言うと、エステルは元気が出たようでフリーデンホテルに向かって駆けだして行った。

 

「エステルも虫の種類とか、自分の興味のある事には学習能力はあるんだけどね」

 

諦めたような顔でヨシュアはそう呟いて、エステルの後を追いかけて行った。

 

 

<ボース市街 フリーデンホテル>

 

息を切らせて駆けこんで来たエステルを見て、フロント係のバレリオは目を丸くした。

 

「そんなに慌てて、どうなさいましたか?」

「うーん、ちょっと捜し物をしているんだけど……」

 

バレリオに問いかけられて、エステルはごまかすように笑いを浮かべてそう答えた。

そこへ、追い掛けて来たヨシュアが話に加わった。

 

「多分、ホテルの案内人と言えばフロント係のバレリオさんの事だと思うんですけど」

「私がどうか致しましたか?」

 

バレリオは不思議な顔をしてヨシュアに聞き返した。

 

「あの、双竜の勲章のようなものに心当たりはありませんか?」

「ええ、ダヴィル大使様が当ホテルにお越しになられた時に胸に付けておられた物ですね」

 

ヨシュアの質問にバレリオはそう言って頷いた。

しかし、直後にバレリオは悲しそうな表情を浮かべて首を横に振る。

 

「残念ながら、私には全く心当たりがありません」

「そうですか……」

 

バレリオの言葉に、ヨシュアは失望のため息をもらした。

 

「ねえ、やっぱり案内人ってジェラルドさんの事じゃない? あたし達をダヴィル大使の所に案内してくれたんだしさ」

「それだと、比喩になっていない気がするんだけど……そうかもしれないね」

 

エステルとヨシュアがフロントを離れようとした時、清掃係のディナが小箱を持って姿を現す。

 

「バレリオさん、大使さん宛てに荷物が届いているんですけど」

「ねえヨシュア、もしかして」

「うん、そうかもしれない」

 

詰め寄って来たエステルとヨシュアにディナは凄い驚いた。

 

「その箱の中身は、僕達が捜している物が入っているのかもしれません」

「中身を確認させて!」

「遊撃士様の頼みとは言え、お客様宛の荷物の中身をお見せすることはできません」

 

ヨシュアとエステルに向かってバレリオは渋い顔でそう返事をした。

エステルとヨシュアの二人も、バレリオの言い分は正しい事は解っていた。

 

「それでは、僕達がその子箱をダヴィル大使にお届けして、大使の許可を頂いて大使の前で中身を確認しましょう、それでいいですか?」

「それなら構わないでしょう」

 

バレリオにそう言われて、エステルはディナから小箱を受け取り、お礼を言ってヨシュアと共に二階へと上がっていった。

 

「おお、戻って来たか! それで、勲章は見つかったのか?」

 

部屋に入って来たエステルとヨシュアの顔を見て、ダヴィル大使は嬉しそうに身を乗り出すように尋ねた。

 

「多分、この箱の中に入っていると思います」

「どういう事だ?」

 

エステルが差し出した小箱を見て、ダヴィル大使は不思議そうに首をかしげた。

 

「ダヴィル大使宛てに届いた小包です、中身をご確認ください」

「では、危険な物が入っていてはいけないので、私が」

 

ジェラルドがそう言って包装を剥がすと、中から鈍い光を放つ双竜の勲章が姿を現した。

 

「おおっ」

「これは正しく……」

「間違いない、私が賜った勲章だ」

 

ジェラルドとバークレー書記官、ダヴィル大使は歓喜に打ち震えた様子で、感動の声を上げた。

 

「よくぞ勲章を取り戻してくれた!」

 

ダヴィル大使は感激した様子でエステル達に声を掛けた。

 

「でも、あたし達が何もしなくても勲章は大使さんの所へ戻って来たわけだし……」

「いや、君達が調査を引きうけてくれたからこそ、我々も落ち着いて待つことが出来たのだ」

 

エステルが申し訳なさそうにそう言うと、ダヴィル大使は首を振って否定した。

 

「バークレー書記官、例の物を」

「はっ」

 

ダヴィル大使に声をかけられたバークレー書記官はダヴィル大使に何か小さな物を手渡した。

受け取ったダヴィル大使は再びエステルとヨシュアの方へ向き直る。

 

「当エレボニア大使館は、そなた達の多大な功績を称え、ここに鉄騎功労章を授与する」

 

ダヴィル大使がそう言ってエステルとヨシュアに勲章を渡すと、ジェラルドとバークレー書記官による拍手の音で部屋の中は満たされる。

 

「二人とも、おめでとう!」

「おめでとうございます!」

「ちょ、ちょっと恥ずかしいわね」

 

エステルは照れ臭そうに頭をかいた。

 

「今回は『怪盗紳士』の名を語ったただの愉快犯だったのかもしれません」

「こうして勲章が我が手に戻ったのだ、犯人について気にする事無い」

「これで視察ができますね」

 

ヨシュアが忠告しても、ダヴィル大使とバークレー書記官は、勲章を取り戻せた喜びだけで頭がいっぱいのようだった。

 

「勲章をその若さで、しかも外国人の方が授与されるのは珍しい事なのですよ、誇りに思って下さい」

 

そう言ったジェラルドに見送られて、エステルとヨシュアはダヴィル大使の部屋を出た。

その後、エステルとヨシュアは犯人の正体を探ろうとしばらく調査をしたが、目撃情報などは見つからなかった。

ディナに聞いても、小箱を渡されたのは普通の運送業者に見えたと言う事で、犯人の正体は解らなかった。

犯人は手袋をしていたので、カードに指紋も残っていないようだった。

 

 

<ボース地方 ヴァレリア湖畔 川蝉邸>

 

事件の報告を終えたエステルとヨシュアは、ルグラン老人と共に川蝉邸へと向かう事になった。

 

「受付を空けてしまって、大丈夫なんですか?」

「しばらくの間なら、スティンガーに任せても構わんじゃろう」

 

そう尋ねるヨシュアに、ルグラン老人はそう答えた。

 

「スティンガー先輩って、頼りになるんだけどちょっと愛想が無いような気がするのよね、受付に立っていたら依頼に来た人は怖がってしまうんじゃないかしら」

 

エステルがそう言うと、ルグラン老人は笑い出す。

 

「そうでもないぞ、あいつの落ち着いた表情は特に街のご婦人達に好評でな」

「スティンガーさんからは、ギスギスした殺気のような雰囲気が感じられないし、そんなに警戒される事は無いと思うよ」

「そっか」

 

エステル達が川蝉邸に到着すると、そこにはすっかり長期休暇で落ち着いた感じのカシウスとレナ、同じボース支部所属の遊撃士であるアガットとアネラスが待っていた。

 

「あ、エステルちゃんとヨシュア君だ!」

 

エステルとヨシュアの姿をいち早く見つけたアネラスは嬉しそうに飛び跳ねながらエステルとヨシュアに向かって手を振った。

 

「あんなに遠くから、よくあたし達だって分かったわね」

「目の良さには自信があるんだよ」

 

アネラスはエステルに向かって誇らしげにそう言った。

そしてエステルは、意外な人物が川蝉邸に来ているのを見つけて驚いた。

 

「アネラスのお祖父さん!」

 

エルフィード翁が桟橋で釣り糸を垂らしているのを見て、エステルは驚きの声を上げた。

 

「お祖父ちゃんも釣りがしたいからってここに来たみたいなの」

「フォッフォッ、わしとクワノはあいつの釣り仲間じゃ」

 

ルグランはチェックインを済ませて部屋に入り、しばらくすると書類のようなものを持って、川蝉邸のロビーで楽しそうに過ごしているブライト家の四人の前に姿を現した。

 

「ルグラン爺さん、それは……」

「まあ待てカシウス、皆を集めてからじゃ」

 

書類に気がついたカシウスを、ルグラン老人が押し止めた。

そして夕食の時が近づき、散らばっていた宿の宿泊達がロビーを兼ねた食堂に集まってくる。

 

「夕食の前に重大な発表があるんじゃ」

 

席についたエステル達の前で、ルグラン老人はそう宣言をした。

ルグランはエステルとヨシュア、アネラスに立ち上がって側に来るように指示をする。

 

「エステル、ヨシュア、アネラス。遊撃士協会ボース支部は、本日18:00をもって三人を正遊撃士として推薦する」

 

ルグランの宣誓が終わると周囲は拍手と称賛の声に包まれた。

推薦状を手渡されたエステルとヨシュア、アネラスは照れ臭そうにお辞儀をしてその声援に応えた。

 

「これでお主達三人はいつでもボース支部以外の支部に移籍する事ができる」

「ヘッ、やっとこれで俺もお前達のお守から解放されるってわけだ」

 

ルグランが説明すると、アガットは面白くなさそうな顔でそう言い放った。

 

「あら、エステルはそんなにご迷惑をかけたのかしら」

「い、いや……そう言うわけじゃ」

 

レナにそう微笑みかけられて、アガットは慌ててそう口ごもった。

 

「アガットはあたし達と離れるのが寂しくてそんな態度を取っているのよね、ツンデレだし」

「バカ、俺は寂しがっているわけでも、ツンデレでもねえ!」

 

エステルとアガットのやり取りでブライト家の家族が笑いを交えて盛り上がっている一方で、アネラスはエルフィード翁に別れを告げている。

 

「お祖父ちゃん、今までお世話になりました」

「うむ、剣術で教えるべき事は全て教えたつもりじゃ。これからは様々な場所に赴き、剣術以外の経験も積むんじゃぞ」

「うん、わかったよお祖父ちゃん」

「かわいい孫の顔が見れなくなると思うと、寂しいのう」

「お祖父ちゃん、そんな悲しい顔しないで!」

 

そう言ってお互いに抱き合うアネラスとエルフィード翁の姿を見て、エステル達はあきれたようにため息を吐きだした。

 

「やっぱりアネラスのお祖父さんって変わり者ね」

「リベール軍に剣術の指南役として招かれた時もあんな調子だったからな。モルガン将軍に俺よりも嫌われているかもしれん」

 

カシウスはそう言って深いため息をついた。

 

「……それはありえそうですね」

 

ヨシュアはそんなカシウスの言葉に同意する。

 

「剣術の腕は確かなんだけどな」

 

カシウスはそうぼやいた。

 

「俺はアネラスが居なくなった分、あの爺さんに師事を仰ごうかと思ったが、やっぱりやめとくぜ」

 

アガットはそう言って盛大にため息を吐き出した。

 

「今日はお祝いと言う事で腕を存分に振るわせていただきました」

「川蝉邸の料理を楽しんでくださいね」

 

レナードとソフィーアの兄妹が自慢の川魚を使った料理を運んで来た。

食欲旺盛なエステル達は、目を輝かせて料理に食らいついた。

そんなエステル達の姿をカシウスとレナは嬉しそうに目を細めて見守っていた。

そして、予想より早くエステル達がボース支部を離れるきっかけになる依頼が舞い込む事になる。



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ルーアン地方編
第十九話 エステルとヨシュアの結婚式!?


<ボース市街 遊撃士協会>

 

「遊撃士は市民のために存在するんやろ、ならもうちょっとまける事はできへんの?」

「これで精一杯じゃ、遊撃士ギルドは非営利団体と言っても、遊撃士は命を張って仕事をしておるわけじゃし、報酬を出さないわけにもいかんじゃろう」

「そないな事言うて国から補助金をたくさんふんだくっているんやろ? 市民に負担させること自体がおかしいんや」

 

エステルとヨシュアがいつものようにギルドに顔を出そうとすると、中からルグラン老人と言葉遣いのおかしな若い女性の言い争う声が聞こえてきた。

二人に挟まれてアネラスが困った顔でオロオロしていた。

アガットは部屋の隅で壁にもたれかかって不機嫌そうな顔で腕を組んで黙り込んでいた。

 

「どうしたんですか?」

「こちらのお嬢さんがマノリア村までの護衛をお願いしたいと言うのじゃが……」

 

ヨシュアの質問に、ルグランはそこまで答えると口ごもった。

 

「マノリア村はルーアン地方にある村ですよね」

「それならルーアン市のギルドに護衛を頼めばいいじゃない」

 

ヨシュアとエステルがそう言うと、白い幅広帽を被った女性はあきれた顔になって言い放つ。

 

「そないな事したら、飛行船の運賃で経費が無駄にかかってしまうやないの」

「もしかして、クローネ峠を越えて歩いて行くつもりですか!?」

「もちのロンや」

 

慌てふためいてそう言うヨシュアに向かって、その女性は平然とうなづいた。

 

「それで一体、何をそんなに揉めているの?」

「護衛にアネラスとお前さん達を付けようと思ったんじゃがな」

 

エステルの質問に対するルグラン老人の答えを聞いて、ヨシュアは尋ね返す。

 

「それって、僕達がルーアン支部に異動するって事ですか?」

「うむ、推薦状も渡したし、良い頃合いだと思ってな」

「やったあ!」

「私もルグランさんから聞いて、嬉しかったよ!」

 

エステルとアネラスは手を取り合って喜んだ。

 

「だが、こちらのミラノ嬢は250ミラしか報酬は払えないと言っておるのじゃ」

「遊撃士の命も甘く見られたもんだぜ」

 

アガットはアネラスやエステル達の価値を軽く見られたと思って、腹を立てていたのだった。

エステルとヨシュア達が以前に商人のハルトをラヴェンヌ村まで護衛した時の料金は5000ミラだったの事を考えると、とても安すぎた。

アネラスとエステルとヨシュアは何とも言えず、しばらくの間、遊撃士協会の受付ロビーに沈黙が訪れた。

その沈黙を破るかのごとくギルドの動力通信機のベルが鳴り響く。

 

「クローネ峠の関所を守る兵士達から手配魔獣の目撃情報があったらしいのう」

 

受話器を置いたルグランはアガットの方を向いてそう告げた。

それを聞いたミラノの目がきらりと光る。

 

「ちょい待ち、クローネ峠と言ったらルーアン地方のマノリア村への通り道やないか」

「ああ、だから徒歩でルーアン地方に行くのは諦めな」

 

アガットがそう言うと、ミラノはそれは違うと言わんばかりに首を横に振る。

 

「手配魔獣の報酬は国から出るんやろ? じゃあそっちの報酬を弾めばええやないか」

「まさか、ついて来る気か?」

 

文句を言いそうなアガットに向かってミラノはさらにまくし立てる。

 

「いっその事、この子らがルーアン支部に異動するのにたまたまウチが同行したって事でタダでええんやないの?」

 

その後の話し合いで結局ルグランもミラノに押し切られてしまい、500ミラでアガット、エステル、ヨシュア、アネラスの四人でミラノを護衛し、ルーアン地方へ行く事になってしまった。

 

「まあこれもいい機会じゃ。アガットもボースに来てからルーアン市に住むご両親に顔を見せていないんじゃろう?」

「へっ、手紙ならミーシャがマメに送ってるぜ」

 

アガットは面白くなさそうな顔でルグラン老人に向かってそう答えた。

 

「話はまとまったようやな。ウチも準備とかあるから街の西口に集合って事でどうや?」

「分かりました」

 

ヨシュアがそう返事をすると、ミラノは満足したように笑顔を浮かべて遊撃士協会の建物を出て行った。

 

「さすがボースの大商人のトリノさんの娘さんじゃ、交渉は一筋縄ではいかんわい」

 

ルグラン老人はミラノが出て行った入口のドアを眺めてそう呟いた後、視線を受付ロビーの室内に戻すと、エステルとヨシュアとアネラスが並んで自分に向かって頭を下げているのに気がついた。

 

「ルグランさん、数ヵ月間ありがとうございました」

「感謝しています」

「私は二年間もお世話になっちゃって……」

「なに、ワシは当然の事をしたまでじゃ」

 

そう答えるルグラン老人の目にもうっすらと涙が浮かんでいた。

そして三人はルグラン老人と握手を交わし、アガットの後を追いかけてボース支部の遊撃士協会の建物を後にした。

 

 

<ボース地方 クローネ峠>

 

ボースの街の西の出口に集まったエステル達はミラノに軽く自己紹介をしてリベール王国で一番険しいと言うクローネ連峰の山道に挑む事になった。

西ボース街道を進み、ラヴェンヌ村への別れ道を直進し、川を渡りさらに街道を進んでいくと、いつの間にか周囲に広がっていた森は姿を消していた。

断崖絶壁が進行方向の右手に姿を現し、左手には目もくらむような崖が口を開いていた。

落ちないように柵のようなものが張り巡らされ、年代を経たつり橋は補強されてはいたが、険しい道筋だと言う事は変わらなかった。

 

「意外と整備が行きとどいているようやな」

「ここは軍用道だからな」

 

ミラノの呟きに、アガットはそう答えた。

 

「でもこう曲がりくねった道やと、馬車は難しそうやな」

「ここら辺は、狼が良く出るんだ。だから動物はおびえちまうぞ」

 

そう言ってミラノが感想を言うと、そうアガットは話した。

 

「今は夏ですからいいですけど、冬は道が凍結する事もあるそうですよ」

「そうなんか、じゃあこちら方面からの物流はやっぱり絶望的やな」

 

ヨシュアとアガットに言われて、ミラノはそう言ってため息をついた。

 

「飛行船を使って運べばいいんじゃないの?」

「マノリア村は飛行船の止まる空港から離れておるし、交通アクセスもルーアン市から伸びる街道だけやからな」

 

エステルの質問に、ミラノは扇子で自分をパタパタと仰ぎながらそう答えた。

 

「どうして、クローネ峠からルーアン地方に向かう事にしたんですか?」

「あんさん達こそ、飛行船でルーアンの街に行けばすぐやないか」

 

ヨシュアに尋ねられて、ミラノはそう尋ね返した。

 

「あたし達遊撃士は、現場となる土地を自分の目で確認するのは大事な事だって先輩達に教育されているの」

「それと同じ事や。ウチら商人も、正確な情報は自分の目と耳でキャッチせなあかんのや」

 

ヨシュアとミラノとエステルの話が盛り上がっているところで、先頭を歩くアガットとそのすぐ後ろを歩くアネラスが歩みを止める。

 

「どうやら、敵さんのお出ましのようだな」

「エステルちゃん、ヨシュア君、気を付けて!」

 

ミラノを戦闘に巻き込まれないように後ろに下がらせて、エステルとヨシュアも武器を構えた。

現れたのは、低空飛行を続ける大きな魚のような魔獣だった。

その魔獣は、アガット達に気がつくと電撃のような攻撃を放って来た!

 

「ぐあっ!」

「あうっ!」

「痛っ!」

「うわっ!」

「あいたっ!」

 

電撃はアガットに向けて放たれたのだが、固まっていたアネラス、少し離れていたエステル達にまで伝わってダメージを与えた。

 

「ミラノさんはもっと遠くまで離れて下さい!」

「わかったで!」

 

ヨシュアの言葉にミラノはしびれる自分の体を引きずりながら、遠くまで離れて行った。

 

「お前らも散れ! 正面は俺が引き受ける!」

 

アガットの言葉にアネラスは大きな魚型の魔獣の後ろに回り込み、エステルとヨシュアは横に飛び退き、アガットは正面で敵を引き受けた。

 

「くそっ、このやろう!」

 

魔獣はアガットにしつこく電撃を放って来た。

そんな中、情報のアーツを覗き込んだヨシュアはエステルとアネラスに声を掛ける。

 

「どうやらこの魔獣は土属性のアーツに弱いみたいだ!」

「オッケー、じゃあ土属性のアーツで攻撃しましょう!」

「どうしようヨシュア君、私は土のアーツは装備してないよ!」

 

ヨシュアの言葉を聞いたアネラスはオロオロと慌てふためいた。

 

「じゃあアネラスさんは水のアーツでアガットさんの回復をして下さい!」

 

エステルとヨシュアが土のアーツをぶつけて攻撃しても魔獣は電撃をアガットに向かって放つ事は止めず、アガットと魔獣の我慢比べになってしまった。

そして、エステルとヨシュアのアーツ攻撃で魔獣は力尽き、手配魔獣『サンダークエイク』は退治された。

 

「ミラノさんにまで痛い思いをさせてすいません」

「ええって……でも遊撃士って体が丈夫なんやな。ウチら一般市民はあんな電撃を何発も食らったら倒れてしまうで」

 

頭を下げて謝るヨシュアに、ミラノは感心したようにそう呟いて、バッグから財布を取り出し、100ミラ紙幣をヨシュアに手渡す。

 

「あんさん達の健闘を称えて特別ボーナスや」

「散々値切っておいて、ボーナスを出すなんてミラノさんって凄い性格をしているのね」

 

エステルはそう言ってため息を吐き出した。

 

 

<クローネ峠 関所>

 

先の戦闘で時間を食ってしまい、夜の山道は危険だと判断したアガット達は関所で一泊してからルーアン地方へと向かう事にした。

じっとして居られないアガットは、兵士の見回りの仕事に同行していた。

ミラノは関所の兵士に話を聞いて回り、その結果を部屋に戻って机に向かいレポートにまとめていた。

 

「いったい何をしているんですか?」

「ま……あんさん達には話してもいいやろ、この場所の資源価値をまとめているんや」

 

ヨシュアに話しかけられたミラノはそう答えた。

 

「資源価値? 鉱石のですか?」

「いんや、観光資源としての価値や。どうやらこの関所はクローネ連峰の登山客達の拠点となっているようやな。昨今の登山ブームでリベール王国各地の登山客も増えているし、もうちょっと設備を拡張すればビジネスとしていけるかもしれないで」

「登山する人が増えれば、それだけ僕達遊撃士の仕事も増えるんですよね……」

 

ヨシュアがそう言ってため息を吐くと、ミラノは励ますように肩をポンポンと叩く。

 

「若いもんがそないな事言ったらあかんで、きばりや」

「そういえば、どうしてミラノさんはマノリア村へ行くの?」

 

エステルが尋ねると、ミラノはため息をついて答える。

 

「ウチがボースに戻って来たきっかけは、ラヴェンヌ村の果樹園が被害を受けたって聞いたからなんや」

 

ラヴェンヌ村の果樹園がヒツジンの群れに荒らされて被害を受けたのは、1ヶ月ほど前の事だった。

 

「でも、ツァイス地方からウチが戻って来た時にはすでに他の商人が新しい果樹園の取引先を確保したって話やないかい。ウチは完全に出し抜かれたってワケや」

 

商人のハルトをハーメル村に連れて行ったのは、ヨシュア達だった。

 

「帝国領の端っこにある小さな村が大口の取引の誘致に成功したって聞いてな、王国にもそんな寂れかかった村があるなぁって思いだしたんや」

「それがマノリア村ですか」

 

ミラノの言葉にヨシュアは納得したようにつぶやいた。

 

「飛行船による定期便が運航を開始して、都市はどんどん発展していくんやけど、その反対に人が出て行ってしまう村もあるっちゅう事や。便利な世の中になったと思うんやけど、寂しいと思わへんか?」

「……そうですね。僕も故郷の村が無くなってしまうとしたら寂しい気がします」

 

ミラノの考えを聞いて、ヨシュアも静かにうなずいて、賛同した。

 

「だから出来る限りの協力はさせていただきます」

「そら、おおきに」

 

ヨシュアの言葉を聞いて、ミラノはお礼を言いながらニッコリと微笑んだ。

 

 

<ルーアン地方 マノリア間道>

 

翌日の早朝にクローネ峠の関所を出発したアガット達はルーアン地方の曲がりくねった山道を下り、ふもとへとたどり着いた。

 

「凄ーい!」

「海だ……!」

「わーい!」

 

右側や正面に広がっていた崖の壁が姿を消し、朝日をキラキラと反射させている青い海が目前に広がった。

エステルとヨシュアとアネラスは歓声を上げ、先を行くアガットを追い抜いて掛けて行った。

 

「うーん、これが潮の香りってやつなのね」

 

エステルは鼻をヒクヒクさせて匂いに感動し、

 

「海ってこんなに広いんだ……」

 

ヨシュアは目を見張ってその雄大さを讃え、

 

「潮風ってベタベタするんだね!」

 

アネラスはその感覚を味わった。

 

「何だお前ら、海を見るのははじめてなのか?」

 

遅れてミラノと一緒に歩いて来て追い付いたアガットがエステル達に声を掛けた。

 

「父さんは母さんと良く旅行に行ったみたいだけど、あたしを連れて行ってくれないし……」

「僕は小さい頃からハーメル村から出た事が無かったので」

「私もボース市の近くの仕事ばかりだったんで、こんなに広いのはヴァレリア湖しか見た事無いですよ!」

「ウチは小さい頃からおとんと一緒に飛行船でいろんな所を飛び回っておったからな……」

 

エステル達の話を聞いてミラノがしみじみと呟いた。

 

「ミラノさんの父さんはいろんな所へ連れて行ってくれたんだ、いいなー。あたしの父さんと母さんは二人だけでどっかに行っちゃうんだから」

「多分、それは旅行じゃ無くて遊撃士の仕事かなんかじゃなかったのかな? エステルを危険に巻き込みたくなかったんだよ」

 

むくれた顔のエステルをヨシュアがそう言ってなだめた。

 

「ウチはあんさん達の方がうらやましいと思うけどなあ。家に居る事もほとんど無かったから、地元の友達とかおらへんのや」

 

ミラノはそう言って少し寂しそうな顔をして先を歩いて行った。

エステル達にもその寂しさが少しだけ伝染したように見えたが、やはり初めて海を見たと言う爽快感がそれを上回っていた。

進行方向の右手に海が広がり、潮風にそよぐマノリア間道をアガット達はゆっくりと歩いて行く。

しばらく進み目の前に灯台とマノリア村への別れ道を示す看板が見えて来た。

アガット達が村の方向へ向かって別れ道を通り過ぎようとすると、灯台に通じる方の道から老人が困った顔をしてトボトボと歩いて来るのに出くわした。

 

「お前さん達、その胸の紋章……もしかして遊撃士か?」

「うん、そうだけど?」

 

老人に話しかけられたエステルはそう答えた。

 

「かーっ、お前さんも遊撃士なら、『何かお困りですか?』とどうしてそう尋ねんのだ?」

「あたし達、護衛の依頼の最中だから」

 

エステルがそう答えると、老人は怒った様子でエステルに詰め寄った。

 

「なんじゃと!? 困っている老人を見捨てていくとは、最近の若い遊撃士は薄情になったもんじゃ、いたわりの心が足りん!」

「ウチは別に構わへんで、見知らぬ人に親切にしておけばいずれウチの利益となって還って来るもんや。情けは他人の為ならずとも言うやろ?」

「ほう、お前さんはなかなか分かっているようじゃな」

 

老人はミラノを感心した様子で見つめた。

 

「で、何か困っているんじゃなかったのか?」

 

アガットの言葉を聞いた老人は思い出したかのように用件を話す。

 

「そうそう、ワシはこの先のバレンヌ灯台の管理をしているフォクトと言うものなのじゃがな、実は村に用事があって行った時にうっかり鍵を閉め忘れてしまってのう……魔獣どもが灯台の中に入り込んでしまったのじゃ」

 

老人の言葉を聞いたアガットは気合いたっぷりに叫んだ。

 

「魔獣退治なら任せろ!」

「どれほどの数の魔獣がいるのかわからんでな、気を付けておくれ」

 

穏やかなマノリア間道の道程が退屈だったのか、アガットは張り切って灯台の中へと入って行き、エステルとヨシュア、アネラスも続いて中に入った。

 

「若いの、村でもらったまんじゅうがあるんじゃが、待っている間に一緒に食べんか?」

 

フォクト老人は外で待つことになったミラノにそう声を掛けた。

ミラノの言っていた言葉通り、さっそく利益が彼女自身にもたらされたようだ。

 

 

<ルーアン地方 マノリア村>

 

「ここがマノリア村……静かな所ですね」

 

村に着いたヨシュアは、そんな感想を言った。

 

「昔は宿場町としてそこそこ賑わっていたようやけど、飛行船の定期便が出来てからは今は寂れる一方って話や」

 

灯台の魔獣を追い払ってフォクト老人に別れを告げた後、正午の少し前あたりにエステル達はマノリア村に到着した。

 

「いろんなところに白い花が咲いていてきれいだね、いい香りだし」

「あたしはそれよりもお腹が空いちゃった」

「まったくお前は色気より食い気だな……」

 

花を愛でるアネラスと対照的なエステルの姿に、アガットはため息をついた。

 

「ねえ、お姉ちゃん達は旅の人?」

 

はしゃいでいるエステル達に村の小さな少女が話しかけて来た。

 

「そうよ」

「じゃあ、お父さんの店に寄って行って! お父さんはこの村で宿酒場をやっているの!」

 

エステルが答えるとその少女は笑顔になってエステルの手を引っ張って行く。

 

「ちょ、ちょっと!」

「可愛い看板娘やないか、ここは喜んで案内されようや。あんさん、名前は?」

「あたし、ルシア!」

 

ミラノにそう言われて、エステルはその少女――ルシアにおとなしく従い一行は村の宿酒場『白の木蓮亭』へと足を踏み入れた。

 

「お父さん、お母さん、お客さんを連れて来たよー」

「どうもうちの娘がご迷惑をおかけしてすいません」

 

宿屋の女将らしいルシアの母親がエステル達に向かって頭を下げた。

 

「ようこそ、君達もマノリアには登山のために来たのかい?」

「ううん、あたし達はボース市から歩いて来たのよ」

「ええっ、歩きであの山道を越えて来たのか」

 

宿屋のロビー兼居酒屋のカウンターに立っていたマスターの男はエステルの返事に驚いたような声を上げた。

 

「この宿屋は登山シーズンにクローネ連峰に挑むお客さんが来るぐらいだからなあ。今は飛行船があるから徒歩で旅をする旅行者なんて滅多にいないよ」

 

マスターの言う通り、酒場には山男らしい男性客以外の姿は見当たらなかった。

 

「あたし達、朝から山道を歩いて来て、おまけに灯台で魔獣退治をして来たからお腹がペコペコなの!」

 

エステルがそういうとマスターは得意げな顔でエステル達に向かって微笑みかける。

 

「うちの店には山男の胃袋を満足させるメニューが揃っているから、任せてくれ!」

 

こうして、エステル達は居酒屋で昼食を取る事になった。

 

「で、俺達の仕事はあんたをこの村まで護衛する事だったよな?」

「すまへんが、もうちょっとだけウチにつき合ってくれへん?」

 

食事の最中に解散を切り出したアガットにミラノはそう返した。

 

「まだ何かあるのか?」

「まあアガットさん、別に急いでいるわけじゃないし、いいじゃないですか」

 

アガットは少し不機嫌そうだったが、アネラスの仲裁によって引き続きミラノの依頼を受ける事に決まった。

 

「どうやら間に合ったようやな」

「ケビン、早くお昼食べよう~ お腹ペコペコ」

 

エステル達が食事を続けていると、男女の2人連れが居酒屋の中へ入って来た。

ケビンと呼ばれた男性の方はミラノと同じ言葉遣いで法衣のような服を羽織っていて、女性の方はシスターのような服装をしている。

 

「レックスさん、今日のお奨めランチは何ですか?」

「リースさんのために特製のパエリアを用意しておきましたよ」

 

席に座ったリースと呼ばれたシスター服の女性が座った席のテーブルにパエリアが大きな鍋ごと置かれたのにアガットは驚きの声を上げた。

 

「まさか、一人であれ全部を食べるって言うんじゃないだろうな?」

「同じテーブルに座った男の人は自分の分を持っているし、そうじゃないですか」

「……お前らは驚かないのか?」

 

冷静に答えたヨシュア達に向かってアガットが尋ねると、エステルとアネラスは平然と答える。

 

「母さんもそのくらい普通に食べるし」

「うん、ボースの居酒屋でカシウスさんと一緒に食事をしたときはエステルのお母さんは夏の新作メニューを全部頼んでいたよ」

「シスターはみんな大食いなのか?」

「ウチもいろいろな街を巡ってるけど、シスターだけが大食いってわけでもあらへんやろ。でも、大食い選手権優勝者に職業不詳がたまにおるけど、その中にはシスターとかおるかもしれへんな」

 

パクパクと美味しそうにパエリアを平らげるリースを見て、ミラノはそう呟いた。

 

「あのシスターはいつもこの村に来るんか?」

「ええ、あの巡回神父の方はルーアン市の教会に赴任してきてから、週に1回、この街で日曜学校を開いてくれているんです」

 

ミラノの質問に答えたマスターの言葉を聞いて、アネラスが驚きの声を上げる。

 

「あの男の人は神父さんだったんですか!?」

「とてもそうは見えないわね」

 

エステルのつぶやきがケビンの耳まで届いたのか、ケビンはエステル達に向かって微笑みかける。

 

「どうやこの服、格好ええやろ」

「は、はあ」

「まったくケビンったら、ルフィナ姉さんが作ってくれた服が気に入らないって言うんだから」

 

エステルが愛想笑いを返すと、リースはちょっと不機嫌そうにパエリアをほおばっていた。

その後エステル達は食事をしながらケビン達と雑談をし、しばらくしてからこれから日曜学校の授業があると言うケビン達が居酒屋を出て行くのを見送った。

 

「神父とシスターか……いけるかもしれんな」

 

ミラノは何かを思いついたかのようにそうつぶやいた。

 

「さあ、ウチらも行くで!」

 

張り切るミラノに連れて来られたのは、マノリア村の村長の家だった。

 

「こんな寂れた村の村長に、何の用ですかな?」

 

セルジュ村長は珍客に驚いた様子でミラノにそう尋ねた。

 

「村長はんもこの村が落ち目になってるゆうのは分かっとるみたいやな。ウチは村興しの計画を立ちあげるためにここに来たんや」

 

突然やって来た孫のような年齢の娘にそう言われたセルジュ村長は目をパチクリさせた。

 

「このまま村を寂れる一方にしとったら、何十年か後には村が消えてまう、そう思わへんか?」

 

ミラノがそう言うと、セルジュ村長は図星を突かれて困った顔で頭をかきながら答える。

 

「飛行船の定期便の運航が始まって以来、この村は宿場村としての機能は失いましてな……今では登山客の宿として細々とやっている次第です」

「そないな情けない事言うな、帝国内で貧しいって言われていたハーメル村が復興に成功したって話は聞いてるやろ?」

 

渋るセルジュ村長にミラノはそう言って食らいついた。

 

「昔は花の栽培も村でやっていたのですが、若者は皆職を求めてルーアン市の方に出て行ってしまいましての……」

「それや! 地元で雇用を創出すれば、村にも人が戻ってくると思うで。どうや? ウチらも協力するからやってみいへんか?」

 

ミラノに肩をつかまれてそう力説されたセルジュ村長は、少しやる気になってしまった事もあってかうなずいてしまった。

そして、村長の息子のソレノが一緒に村を見て回る事になった。

 

「村の中に白い花が咲いているのが目立つけど、アレは何や?」

「マグノリアという木蓮の一種です、20年前までは村の名産品としてルーアン市に運んでリベール王国中に輸出していたそうですよ」

 

ミラノの質問に、ソレノはそう答えた。

 

「かわいいお花ですよね」

「食べられるのかな? 油で揚げるとか?」

「エステルって草花を見ても食べられるか食べられないかに関心がすぐ行くんだね」

 

アネラスとは違って花より団子のエステルのつぶやきに、ヨシュアはため息をついた。

 

「もし、遭難して食料が無くなったら、近くにある草や花が食べられるかどうかは重要な事じゃない!」

「それはそうだけど……」

 

エステルはむくれた顔になってヨシュアにそう反論をした。

 

「何で輸出業を止めてしまったんや?」

「鉢植えの花は輸送の手間がかかる上に、人手が足りなくなって……という事みたいです。今では村の人々が個人的な趣味で栽培している事の方が多いみたいですよ」

「なるほど、そのリスクをクリアーすればいけるってワケやな」

 

ソレノの話を聞いて、ミラノは考え込みながらそうつぶやいた。

一行が次に注目したのは、岬に建つ古びた風車小屋だった。

今は村の子供と近くにあるマーシア修道院の子供達を招いて風車小屋の中でケビンとリースが日曜学校の授業をしているとの事だった。

 

「あの風車小屋は昔は菜種油を採るために使っておりましたが、今はほとんど物置にしか使っていません」

「そらもったいない話やな……何かに活用できへんものか……」

 

ミラノはそう言って、ブツブツと深く考え込んでしまった。

そんなときに、日曜学校の授業を終えたのか、ケビンとリース、そしてルシアとマーシア孤児院の子供達が風車小屋から出て来た。

すぐにエステル達は子供達に取り囲まれてしまった。

 

「そうや!」

 

ミラノはそう声を上げて、ケビンとリースに近づいて何やら話し始めた。

そして、ソレノを呼び寄せて4人でさらに話し込む。

遊撃士を見て興奮して騒いでいる子供達に囲まれていて相手をしているエステルとヨシュア、アガットとアネラスにはミラノ達の話は全く聞こえなかった。

 

 

<ルーアン地方 マノリア村 白の木蓮亭>

 

その後ミラノはエステル達にも村に滞在する事を強要し、エステル達もマノリア村で一泊する事になってしまった。

 

「僕達をこの村に押し止めてまで頼みたい事って何ですか?」

 

夕食の場でヨシュアがミラノに尋ねると、ミラノは胸を堂々と張って自分の計画を語り始めた。

 

「ウチはな、あの岬に建っている古い風車小屋を壊して教会を建てたいと思うんよ」

「それで?」

「そして、カップル達の聖地にしたいと思うんや、白い花が舞う、海を背景にした結婚式っていいと思うやろ?」

「わあ、素敵ですね!」

 

アネラスが嬉しそうにミラノに向かって拍手喝采を送ると、ミラノはまんざらでもない表情をした。

 

「それで、観光PR用のポスターを撮りたいんやけど、新郎役をヨシュア君にやってもらおうかと思ってな」

「ええっ!?」

「出来る限りの協力はするってゆうたよな?」

「で、でも……」

 

ミラノに言い寄られたヨシュアが渋っていると、アネラスがはしゃぎながらミラノに声を掛ける。

 

「ミラノさん、お嫁さんの役は私がやりたいです!」

「よっしゃ、花嫁役はあんさんに決まりやな」

 

ミラノは振り向いてアネラスに向かって満足そうに微笑みかけた。

 

「それじゃあ、明日にも衣装とカメラマンを手配して結婚式のイメージ写真を撮影しようか」

「ヨシュア君、頑張ろうね!」

 

アネラスはヨシュアの手を握って嬉しそうにはしゃいでいた。

そんな2人を見たエステルはうなりながら顔を真っ赤にして怒鳴る。

 

「花嫁役はあたしがやるんだからね!」



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第二十話 クラム少年の恋物語、ヨシュアの嫉妬

<ルーアン地方 マノリア村 白の木蓮亭>

 

「花嫁役はあたしがやるんだからね!」

 

エステルがそう叫ぶと、アネラスは不満そうな顔で抗議の声を上げる。

 

「えー、エステルちゃんはウェディングドレスに興味が無さそうだったじゃない、どうして?」

「そ、それは……」

 

エステルが顔を赤くしながら口ごもっていると、ミラノが助け船を出す。

 

「ここは一つ、新郎役のヨシュア君に決めてもらおうやないの」

「えっ」

 

ミラノがニヤけ顔でそう言うと、エステルとアネラスは訴えかけるような目でヨシュアを見つめる。

 

「ヨシュアはあたしを選ぶに決まっているわよね!」

「ヨシュア君は、私とやるのが嫌なの?」

 

自信たっぷりに瞳を輝かせるエステルと、子猫のようにすがるような瞳で見上げてくるアネラス。

エステルを選べばアネラスが傷ついてしまうと思ったヨシュアはすぐに返事が出来なかった。

しかし、しばらく迷った末にヨシュアが苦しそうな表情でエステルを選ぶと、エステルは満足した顔で笑みを浮かべ、アネラスは残念そうな顔でため息をつく。

 

「よしよし、それでこそあたしの弟ね!」

「ヨシュア君はシスコンだったんだね……はぁ……」

 

微妙に誤解されながらも明日行われる結婚式宣伝用の写真撮影はエステルを花嫁役、ヨシュアを新郎役にする事でまとまった。

ミラノは落ち込んでいるアネラスに肩に手を掛けながら励ます。

 

「まあ、あんさんはきっと可愛い嫁はんになれるって」

 

アネラスが握りこぶしを作ってそう宣言する。

 

「明日の結婚式のブーケは私が貰うからね!」

「明日は衣装を着て写真を撮るだけなんですから、そんな本格的には……」

 

と、ヨシュアはため息をつく。

 

「ブーケとバージンロード用の赤いカーペットぐらいなら手配できるで」

「わぁい!」

 

ミラノの言葉を聞いて、アネラスは飛び上がって喜んだ。

 

「衣装を着て写真を撮るだけじゃないんですか!?」

 

ヨシュアが慌ててミラノに食ってかかった。

 

「さすがに教会は無理やけど、写真はいろんな場面を撮るつもりやで。バージンロードを歩く新婦の父親役は村長はんにやってもらおうかと思っとる」

「明日が楽しみです!」

「おいアネラス、俺達は朝一番でルーアン市に向かうからな」

 

明日の結婚式を見物するつもりでワクワクと笑みをたたえていたアネラスは、アガットの言葉を聞いて慌てる。

 

「どうしてですか!?」

「重要な役を頼まれたのはエステルとヨシュアの2人だけだろうが」

「それはそうですけど……」

 

すっかりしょげて元気を失くしてしまったアネラスにエステルとヨシュアは同情的な視線を向ける。

 

「ねえ、アネラスさんがこんなにガッカリしているし、何とかならない?」

「僕からもお願いします」

「女子(おなご)がこんなに頼んどるのに、甲斐性の無い男やな」

「何でいつの間にか俺が悪者扱いなんだ」

 

三人に詰め寄られたアガットは困った顔になった。

アガットは腕を組んでしばらく考えた後、ため息をついてアネラスに告げる。

 

「仕方無えな、ルーアン支部には依頼人の希望でマノリア村に滞在って話を通してやる」

「ありがとうございます、アガット先輩!」

「その代わり、ルーアン支部に着いたら馬車馬のように働かされるからな」

 

アネラスが喜びで笑顔いっぱいになると、アガットは含むところを持った笑いを浮かべた。

その表情に気が付いたヨシュアが恐る恐るアガットに尋ねる。

 

「あの、ルーアン支部って厳しい所なんですか?」

「ルーアン支部の受付のジャンはな、その名の通り遊撃士に仕事をジャンジャンバリバリさせる事で有名だ」

 

話を聞いたエステルとヨシュアとアネラスの3人がひるんだのを見て、アガットは調子に乗ってさらに脅しつける。

 

「お前らの指導はカルナが担当する事になるだろうが、あいつのしごきは俺よりきついぞ」

「それは大変ね」

 

三人の気持ちを代表するかのように、エステルがげんなりした顔でため息をついた。

 

 

<白の木蓮亭 エステル・アネラス・ミラノの部屋>

 

夕食を終えて部屋に戻ったエステル達は、就寝前の雑談に花を咲かせていた。

話題はいつの間にかヨシュアの事になった。

 

「ヨシュア君ってカッコイイって言うより、かわいいって感じがするんだよね」

「子犬みたいな感じやな」

 

ミラノはアネラスの言葉に同意した。

 

「ヨシュアって、あたしの家に来た時はとっても泣き虫だったのよ。五年前に父さんが連れて来た日なんて、目が覚めた途端、大声で泣き出しちゃうし」

 

エステルは笑いながら言うが、ミラノはしみじみとつぶやいた。

 

「まあ、いきなり拉致されて来たならそんな反応かもしれんな」

「目が覚めたら知らない天井だもんね」

 

アネラスもミラノの意見に同調して笑みをこぼした。

話しているうちにエステルの視線は遠くへと移って行く。

 

「それがいつの間にかあたしの背を追い越して、頼りになる存在になっているんだから不思議なものね……」

 

そんなエステルの横顔を見るアネラスとミラノの顔はニヤついている。

 

「で、やっぱり二人はつき合うてるの?」

「そんな事無いわよ、だってヨシュアはあたしの弟だし」

 

照れ隠しでも無く平然とそう答えるエステルに、ミラノとアネラスは少し驚いた。

そしてアネラスとミラノは耳打ちしてボソボソと話し出す。

 

「もしかして、エステルちゃんが私の花嫁役を止めたのは……」

「弟を取られる姉の立場から怒ったのかもしれんな」

「ボース支部に居た頃も姉弟のように接していたし……」

 

二人はガッカリした様子でため息を吐きだした。

 

「しっかし、遊撃士なんて仕事を良くやれるな。依頼料を値切った自分がいうのも何やけど、給料は安いし、いつもひっきりなしに厄介な依頼が飛び込んでくる……多額の報酬を貰うてるのは一部の遊撃士だけって話やないか」

 

ミラノはふと思った疑問をエステルにぶつけた。

 

「やっぱりエステルちゃんは、お父さんが有名な遊撃士だから、それで憧れて?」

 

アネラスに尋ねられたエステルは考え込むように話し出した。

 

「うーん、あたしにとっては軍を辞めた不良親父だからあんまりそう言う事は無かったんだけど」

「あんさんの父親って?」

 

ミラノに尋ねられたエステルは、少し照れくさそうに話す。

 

「カシウス・ブライトって言うんだけど……ミラノさん、知ってる?」

「なんや、あんさんはカシウス・ブライトの子供だったんか!」

 

エステルが自分の父親の名前を告げると、ミラノは興奮した様子でそう叫んだ。

 

「そ、そんなに凄いの? ロレントの街のみんなは何とも言ってなかったけど」

 

ミラノの反応にエステルは思わずドギマギする。

 

「リベール王国では右に並ぶもの無しと言われるほどの遊撃士やないの! リベール軍の一部が帝国と通じてクーデターを起こした事件なんか、人質に被害を出す事無く見事に解決したんやで」

 

興奮を抑えきれずにミラノはそう、まくし立てた。

 

「実際に会うと、とっても気さくで親しみやすい方なんですよ」

 

アネラスは嬉しそうにまるで自分の父親であるかのように誇らしげに胸を張って言った。

 

「この前のリベール通信にも恐妻家の一面がピックアップされておったな。二枚目でも三枚目でもイケる所がまた良いんや」

「あ、あはは……」

 

カシウスが不在の時に、ロレントの街に取材に来たリベール通信の記者ナイアルにレナと一緒になって調子に乗ってインタビューに答えた事を思い出してエステルは冷汗をかいた。

 

「あんさんの事も記事で読んでたけど、他人の空似かと思ったんや。『剣聖』の娘にしては鈍臭かったからなぁ」

「うぐっ、それを言われると……」

 

ミラノにそう言われて、エステルは凹んだ顔でため息をついた。

 

「遊撃士になりたいって突然言い出したのはヨシュアの方なのよ。だからあたしもなし崩し的に遊撃士を目指す事になっちゃったのよね」

「そんなんで、大丈夫なんか?」

 

少しあきれたトーンでミラノはそうつぶやいた。

 

「うん、やってみると遊撃士の仕事ってやりがいがあるし」

 

そしてエステルはトーンダウンした小声でこう続ける。

 

「それに、ヨシュアに置いて行かれるのは寂しかったから……」

「そうやんか……」

「エステルちゃん……」

 

ミラノとアネラスは心配するような顔でエステルを見つめた。

 

「やだなあ、何をしんみりとした雰囲気になっちゃってるのよ。あたしは毎日が楽しくてたまらないんだから!」

 

エステルは明るい声で、ミラノとアネラスに答えた。

 

「もしかして、ヨシュア君が遊撃士になりたいって言い出した理由はな……」

「え、ミラノさん、分かるの?」

「あ、いや……本人から聞くのが一番やろ」

 

口ごもったミラノにエステルはそれ以上追及する事は出来ず、眠りに就く事になった。

 

 

<ルーアン地方 マノリア村>

 

次の日の早朝、アガットは朝食を取った後、急いでルーアン市に向かって出発して行った。

 

「ジャンさんとカルナさんってとても厳しいんでしょうか……」

「うーん、ルーアン支部の仕事は大変そうだね」

 

アネラスとヨシュアはアガットの様子を見て、溜息混じりにそう呟いた。

朝食を終えて、ミラノは撮影の準備をするために村の中を奔走している。

待っているエステルとアネラスの所に、今日の撮影でエキストラ役で出演するマーシア孤児院の子供達がやって来た。

 

「やっほー、遊撃士の姉ちゃん達!」

 

先頭を歩く帽子を被った少年が元気良くエステル達にあいさつをした。

 

「こらクラム、こんにちはでしょう?」

 

子供達の引率者である制服を着た少女はクラムを注意しながらエステル達に頭を下げた。

 

「私はクローゼ、昨日はこの子達がお世話になったようでありがとうございます」

「君はジェニス王立学園の制服を着ているようだけど……」

「はい、私も事情があってこの子達と同じ孤児院でお世話になっているんです」

 

ヨシュアに尋ねられたクローゼは穏やかな笑みを浮かべてそう答えた。

 

「こんにちは、どちらのお姉さんがウェディングドレスを着るんですか?」

 

クローゼの連れていた孤児院の子供達の内の一人である、緑色の髪の少女がエステルとアネラスの顔を見比べながらそう尋ねた。

 

「あたしよ」

「何だ、おめーが着るのかよ。クローゼ姉ちゃんの方が数倍似合うぞ」

「あんですって! 全く、憎たらしいわね」

 

クラムがアネラスを指差してそう言うと、エステルは頬をふくれさせてそう言った。

 

「ああっ、もしかしてクローゼさんもブーケが目当てで!?」

 

アネラスがハッと気が付いたように身構えると、クローゼは困ったような顔をして愛想笑いをする。

 

「私はその……結婚はあんまり……」

「遊撃士のお仕事のお話、もっと聞かせて欲しいのなのー」

 

赤いリボンを頭に付けた少女がそうせがむと、エステル達はクローゼが加わった孤児達に、遊撃士の仕事の体験談を話し始めた。

 

「ふう、何とか間に合ったで……」

「朝から全力ダッシュしてお腹空いた……」

「ごめんなさい、私のせいでー」

 

エステル達が話に花を咲かせていると、ルーアン市の方の門から、息を切らせたケビンとリースとドロシーの3人が村へと飛び込んで来た。

ケビンは背中に棺のような大きな箱を背負って走って来たので、かなり顔色が悪くなっていた。

 

「あんさん達、約束の時間ぎりぎりやないの!」

 

カンカンになって3人に詰め寄ったミラノに、ドロシー達は言い訳を始める。

 

「私、ちょっと寝坊しちゃって」

 

ドロシーはそう言ってごまかし笑いを浮かべた。

 

「ちょっとどころの騒ぎやない、迎えに行ったらベッドでグースカ眠っとったやないか」

 

ケビンはあきれた顔でそうぼやいた。

 

「起こすのがとっても大変でした」

 

リースもそう言ってため息をついた。

 

「遅刻はギャラ10%カットやな」

 

スパッとそう言い切ったミラノにケビン達の悲鳴があがった。

 

「そんな殺生な、久々にミラ収入のある仕事やと張り切っとたのに……日曜教会の教師はボランティアやしなあ……」

「嘆いている暇があったら、さっさと働けや」

 

ぼやいているケビンにミラノは厳しい声を掛ける。

 

「自分は重い荷物持って街道を走って来たいうのに、人使いの荒いやっちゃ」

「運送業者を頼んだら、ミラがもったいないやないの」

 

ケビンは街道を歩いて来た疲れが取れないまま、セット作りを手伝わされる事になってしまった。

ミラノは笑顔で衣装が入った箱を持ってエステルとヨシュアに近づいて来る。

 

「さあ、二人とも着替えてもらうで」

 

エステルとヨシュアは白の木蓮亭の中で着替える事になった。

 

「覗かないでよ!」

「フン、誰がお前みたいな色気の無いやつの着替えなんか覗くかよ!」

「本当に生意気なんだから」

 

エステルはクラムの返事にふくれっ面になりながら、宿の方へと入って行った。

ヨシュアもそれに続いて宿の方へと入って行く。

残されたアネラスとクローゼは、孤児院の子供達と一緒にミラノ達が撮影準備をして行くのを楽しそうに見守った。

しばらくして、一足早く着替えを終えたヨシュアが外に出て来た。

 

「うわあ、ヨシュアちゃんカッコイイ!」

 

赤いリボンを頭に付けた少女がそう言うと、クローゼも穏やかに頷く。

 

「ポーリィの言う通り、とても決まっていますよ、ヨシュアさん」

「グットだよ!」

 

クローゼとアネラスに誉められて、ヨシュアは照れ臭そうに笑った。

ケビン達や村の人達の働きによって、道には赤いじゅうたんが敷かれ、村の名産品である白い花も集められて花壇のようなものも作られた。

そして、ケビンも神父に見えるような服装にして欲しいと言うミラノの要望で、リースの姉のルフィナが作った服を渋々着る事になってしまった。

 

「こないな服、自分のセンスに全く合わへんのに……」

「ふふっ、ケビンがこの服を着て映っている写真を見せたら、ルフィナ姉さんはとっても喜ぶわ」

 

ケビンとリースの準備も完了し、後はエステルが出てくるのを待つだけとなった。

そして、みなの注目が集まる中で、ウエディングドレスに着替えたエステルが姿を現した。

ツインテールにしていた長い髪を下ろし、ドレスが傷つかないように気を使ってゆっくりと歩いて来るエステルの姿は、いつもの活発な彼女の姿とは全く違っていた。

エステルのまとう雰囲気まで、清楚なものに変わっているように感じられた。

 

「えっと……あたし、変なのかな?」

 

静まり返ったヨシュア達を見回して、エステルが困った顔で尋ねた。

 

「いいえ、とてもお似合いですよ」

「うん、とっても可愛くなったよ!」

「……僕もそう思うよ」

 

クローゼとアネラス、ヨシュアに褒められたエステルは晴れやかな笑顔になる。

 

「どうクラム、あたしもかなりのもんでしょう?」

「ふ、ふん! 調子に乗るんじゃないぞ!」

 

クラムはそう言ってエステルから顔を背けたまま固まってしまった。

ポーリィ達が話しかけてもクラムはその態度を崩そうとしない。

 

「クラムったら照れてしまっているんですね」

 

クローゼはそんなクラムを見て、クスリと笑った。

 

「さあ準備が整ったところで、撮影を始めるで!」

 

ミラノが監督となり、ドロシーによる新郎新婦となったヨシュアとエステルの写真撮影が開始された。

指輪を交換して結婚を近い合うシーンはもちろん、バージンロードを腕を組んで歩きながら、子供達の祝福や花吹雪に包まれるシーン、ベンチで休憩しながら食事を食べさせ合うシーンまで撮影した。

 

「エステルちゃんもヨシュア君もとってもいい表情をしていますよー、そのままで目線だけこっちに下さい」

 

どんな写真が出来上がるのか、それは現像してみないと写真を撮影しているドロシーにしか解らなかったが、ミラノはドロシーの腕を信用しているようだった。

 

「同じような写真をたくさん撮ったら、フィルム代がもったいないやないか」

 

撮影がトントン拍子に進んでいくのは経費節約の側面もあった様だった。

昼を挟んで、撮影を続けて行くうちにだんだんと西の空が茜色に染まって来た頃、クローゼがミラノに声を掛ける。

 

「あの、辺りが暗くなる前に子供達を孤児院へと帰したいのですが」

「そうやな、じゃあお疲れさん」

 

孤児院の子供達とクローゼは、エステル達に手を振りながら村を出て、マーシア孤児院の方へと向かって行った。

 

「じゃあもう少しだけ、撮影の方は続行するで、ええな」

 

その後夕日に映える海を背景にした写真などの撮影をして、ヨシュアとエステルの2人はやっと解放された。

 

「現像した写真は、焼き増ししてエステルちゃんの家へ送ってあげようか?」

「そ、それだけはやめて下さい! 本物の結婚式だとカシウスさんやレナさんに誤解されたらとんでもないことになるから!」

 

ドロシーの申し出を、ヨシュアは全力で拒否した。

 

「じっと立ってカメラに向かって笑っているだけって言うのも、かなり疲れるわね」

「はは、その通りだね」

 

エステルとヨシュアはそう言って着替えに宿の中の個室へと戻った。

しかし、しばらくしないうちにエステルの悲鳴が辺りに響き渡った!

 

「きゃあああ!」

「どうしたんだ、エステル!」

 

悲鳴を聞いたヨシュアが一番にエステルの部屋に駆け込むと、そこにはドレスの上半身だけ脱いだエステルが驚いた顔で立っていた。

 

「準遊撃士の紋章が無いの!」

「ええっ!?」

 

そこにさらに悲鳴を聞いたアネラスとケビンとリースが駆けつけて、ドアからエステルが着替えに使っている部屋の中を覗き込んだ。

 

「ヨシュア君、エステルちゃんに何をしたの!?」

「ち、違います、誤解なんだ!」

「嫌がる女性を力ずくで襲っておいて誤解も六階もありません!」

 

アネラスに追及されてうろたえるヨシュアに、さらにリースが詰め寄った。

 

「ヨシュアは何も悪くないのよ!」

 

その後エステルが説明し、ヨシュアは成敗されずに済んだ。

 

「全く、外道に認定して狩ってしまうところやったで?」

「すいません、ケビンさん」

 

ヨシュア達は暗くなった後も手分けをして村の中を探したが、エステルの準遊撃士の紋章は見つからなかった。

遅い時間になった夕食をとりながら、ヨシュア達は消えた紋章の行方について話し合った。

 

「紋章を失くしたと知ったら、アガットさんに大目玉をくらっちゃいますよ」

 

アネラスがエステルよりも慌てた表情でつぶやいた。

 

「それだけならまだしも、遊撃士の推薦状も取り消されてしまうかもしれない」

「ヨシュア、脅かさないでよー」

 

ヨシュアが真剣な表情でそう言うと、エステルは頭を抱えてつぶやいた。

 

「机の上に置いておいたって言うなら、やっぱり誰かが持ち出したんやろうな」

「もしかして、マーシア孤児院の子達のうちの誰かじゃないかしら?」

「確かに、時間的にも怪しいな」

 

ケビンとリースの推理を聞いて、エステル達はわらにもすがる思いで翌朝マーシア孤児院に向かう事になった。

 

「孤児院を訪ねるには遅くなってしまいましたから、今日はこの村に泊まって行くしかありませんね」

 

リースは軽くため息をついてそうつぶやいた。

 

「ごめんなさい、リースさん、ケビンさん、みんな」

「これも人助けや、久しぶりにのんびりできたし、構わへんで」

 

手を合わせて謝るエステルに、ケビンは笑って答えた。

 

「もう遊撃士の紋章を投げ出して置くなんて事をしちゃダメだよ」

「うん、今回の件でそれは痛いほど解ったわ……」

 

ヨシュアの忠告に、エステルは深いため息を吐き出した。

 

 

<白の木蓮亭 ヨシュア・ケビンの部屋>

 

「今日の昼間に見たエステルちゃんの花嫁姿、ごっつう可愛かったな。羨ましいでこの色男!」

 

二人きりになった途端、ケビンは馴れ馴れしくヨシュアに話しかけて来た。

 

「そんな、冷やかさないでくださいよ」

 

ヨシュアは困った顔でそう言い返した。

 

「もう結婚の約束なんかしとるんやろ? 本当の結婚式を上げる時も、呼んでくれたらゼムリア大陸のどこに居ても駆けつけたるで!」

 

それでもケビンのにやけ顔は止まらない。

 

「僕とエステルは恋人でも何でも無いんですよ」

 

ヨシュアがそう答えると、ケビンは驚いた顔になる。

 

「……そうなんか?」

「はい」

 

ケビンの問い掛けに、ヨシュアはガックリした顔で答える。

 

「じゃあ、自分もエステルちゃんにアタックしてみようかいな」

「なっ……! ケビンさんにはリースさんがいるじゃないですか!」

 

薄笑いを浮かべてそう言ったケビンに、ヨシュアは鋭い目つきになって食ってかかった。

 

「リースは単なる幼馴染や、自分が神父になったらお目付け役のようについて来て腐れ縁に近いわ」

「でも、リースさんの方はそう思ってるとは限らないじゃないですか」

 

ヨシュアは呪い殺すような視線でケビンをにらみつけた。

 

「わかったわ、エステルちゃんに手を出すと言ったのは冗談や、そないな怒るな」

 

ケビンはそう言うと、さらに笑いがこみ上げたのか失笑をもらす。

 

「ヨシュアはんは、普段は人を傷つけんような顔しとるのに、エステルちゃんの事になると目つきが変わるんやな。あの小さい子がエステルちゃんが好きだって解った時も、凄い目をしてにらんでいたで」

「そ、そうですか?」

 

ヨシュアは驚いた声でそうケビンに尋ね返した。

 

「エステルちゃんは鈍感そうな子やからな、気持ちに気がついていないんとちゃう?」

「はい、僕の花嫁役をやりたいと言ってくれた時は嬉しかったんですけど、多分気づいていないかと……」

 

ヨシュアはそう言って大きなため息をついた。

 

「まあええやん、これからずっと一緒に居ればそのうちエステルちゃんも気が付くやろ」

「それじゃあ遅すぎるんです」

 

ヨシュアの言葉にケビンは聞き返した。

 

「どういう事や?」

「僕は帝国人なんです。正遊撃士の資格を取ったらすぐにリベール王国から出ていかなくてはいけない」

 

ヨシュアの言葉を聞いたケビンはその意味を理解し、神妙な表情になる。

 

「職業訓練による滞在許可の延長……か」

 

帝国の遊撃協会の規模は小さく、準遊撃士の訓練を十分に行う事が出来ないので外国で正遊撃士の資格を取る事を許可されていた。

帝国は自国の技術力不足を補うため、自国民が外国で様々な資格を取る事を推奨、容認して居ると言う国家的事情があった。

 

「今はリベール王国は技術で優位性を持っていますから、帝国も表面上は友好的な態度をとっていますが……」

「帝国が力を持ったら、その関係は揺らぐかもしれんなあ」

 

ケビンは憂慮した表情でつぶやいた。

 

「はい、国の外交関係はいつ緊張状態に変わるか予想できませんから」

 

ヨシュアとケビンは顔を見合わせてため息をついた。

ケビンは激励のつもりで、ヨシュアの肩に手を掛けたのだった。



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第二十一話 クローゼ・リンツの憂国

<ルーアン地方 メーヴェ海道>

 

修道院の少年クラムにより準遊撃士の紋章を盗られてしまったエステルは、次の日の朝ミラノに別れを告げ、取り戻すためにマーシア修道院に向かった。

ヨシュアとアネラスとは途中で別れて、遊撃士協会ルーアン支部の仕事に早く取り掛かる事にした。

ケビンとリースもルーアンの教会に戻るついでにマーシア修道院に顔を出すと言う事で道連れとなった。

 

「エステル、用事が済んだらすぐにルーアン市に行くんだよ。海岸沿いに歩いて行けば着くからね、間違ってジェニス王立学園に行く林道に行かないでね」

「わかってるって、あたしの方位磁石は完璧よ!」

 

心配そうな顔で言うヨシュアに、エステルはウンザリとした顔で言い返した。

 

「林の方で珍しい虫を見つけても追いかけて行っちゃいけないし、海岸で釣りをするなんてもっての外だから」

 

それでもヨシュアの小言は止まらない。

 

「何や、エステルちゃんはそんなことしよるのか」

 

ケビンはそう言って笑った。

 

「あたしだってもう遊撃士の端くれだもん、そんな事はしないって!」

「あはは」

 

エステルはむくれた顔をして母親のように説教をするヨシュアと笑っているアネラス達がルーアンの街の方へと歩いて行くのを見送った。

 

「もう、全くヨシュアってばあたしをいつまでも子供扱いするんだから。あたしの方がお姉さんなんだから!」

「そないな、プリプリ怒っとったら修道院の子達が怯えるで」

「そうよね」

 

ケビンに声を掛けられて、エステルは顔を戻した。

 

「それにしても遊撃士の紋章を盗られてしまったのは痛かったわね、他の物だったらそのままあげられたのに」

 

潮風の心地よさを感じながら歩いていたエステルとケビンとリースは、別れ道に着くとマーシア修道院の方から数人の集団がやってくるのを見た。

高級そうなブランドのスーツを着た男性と若い男性の2人組と、老人のようでありながら見事なまでにタキシードを着こなした男性と、高級そうな派手な服で着飾った男性の二人組の四人だった。

 

「フィリップ、余の別荘にはドーナツショップと漫画ミュージアムも造る事にするぞ!」

「はあ、それにはまず別荘を建てて頂かないと……」

 

派手な服を着た男性が、タキシードを着た老年の男性に話しかけた。

 

「心配ありません、金額を釣り上げていただければ、先方もすぐに首を縦に振るでしょう。なあギルバート君」

「はい、すでに海岸周辺の土地の権利者との交渉は成立して居ます。借地権を主張して居る修道院の方もすぐに落ちるかと」

 

エステルは修道院に不釣り合いな人物達を不思議に思いながらも特に交わされる会話については注意を払わなかった。

しかしケビンとリースは鋭い視線で見つめていた。

 

 

<ルーアン地方 マーシア修道院>

 

エステルが修道院に着くと、庭では子供達が元気に作物や鶏の世話をしていた。

ジョセフ院長に話があると真剣な顔になったケビンとリースと別れる。

クラムは、エステルの姿を見つけて叫ぶ。

 

「お前、何でここに来るんだよ!」

「全く、手間を掛けさせてくれちゃって! 人の物を勝手に持って行ったら泥棒でしょう!」

 

エステルはそう言いながらクラムの両耳を思いっきり引っ張った。

 

「痛てて……暴力反対!」

 

エステルがクラムに制裁を加えていると、他の子供達も騒ぎ出した。

そして騒ぎを聞きつけて、修道院の建物の中からクローゼが姿を現す。

 

「あらエステルさん、どうしてこちらに?」

 

クローゼはエステルとの意外すぎる早さの再会に驚いた。

 

「この子が昨日、あたしの遊撃士の紋章を持って来ちゃったらしいのよ」

「クラム、貧しくても他の人の物は盗ってはいけないって、ジョセフ先生もおっしゃっているでしょう!」

 

エステルの言葉を聞いて、クローゼもクラムに対して怒りだした。

 

「ご、ごめんなさい……」

 

クローゼにしかられて、クラムは弱気な声で謝りだした。

 

「さあ、エステルさんに遊撃士の紋章を返してあげなさい」

「あたしも、その紋章は大事な物だから返してくれないと困っちゃうのよね。他にあたしがあげられるものなら何でもあげるから」

「何でも……?」

 

笑顔いっぱいのエステルに言われて、クラムはドキドキとした表情になる。

 

「じゃあ、俺にキ、キスしてくれよ……ほっぺたでいいからさ……」

「ええっ!?」

「クラム、ずるいのー! 私もエステルちゃんにキスしてもらいたいの!」

 

クラムの発言に側にいたポーリィまでもが騒ぎだした。

 

「えーっと……」

「エステルさんも困っているじゃない!」

 

エステルが困った顔で指でほおをかいていると、クローゼがクラムを再び注意した。

 

「わ、分かっているって、ただ言ってみただけだよ……」

 

クラムはぶっきらぼうにそう言って、ポケットから遊撃士の紋章を取り出してエステルに渡した。

 

「ありがと、他に何か欲しいものはある?」

「別に要らないよ!」

 

クラムはそう大声を出すと、エステルから顔を背けて庭の隅の方へと離れて行ってしまった。

 

「クラムはきっとまたエステルさんに会いたくなって紋章を盗ってしまったのだと思います、許してあげて下さい」

「ううん、あたしは紋章が戻ってくれば別に気にして居ないから」

 

謝るクローゼに対してエステルは笑顔で首を振った。

 

「あの、お詫びとしてエステルさんにアップルパイをご馳走させては頂けませんか? 修道院に来た時はいつも子供達のおやつに焼いているんです」

 

エステルは困った顔で頬を人差し指でかいた。

 

「でも、あたしは早くルーアン市のギルドに行かないと……」

「クローゼお姉ちゃんのアップルパイはとっても美味しいのー」

 

ポーリィに言われたエステルはその誘いに乗ってしまった。

修道院の中に案内されたエステルは、部屋の奥のキッチンで穏やかな感じの女性がこちらに背を向けて食器を洗っている事に気が付いた。

 

「クローゼ、デュナン公爵様が戻って来たのですか?」

「テレサ先生、違うんです。昨日私達が知り合った遊撃士のエステルさんです」

 

振りかえった女性はクローゼの隣にいるエステルの姿を見ると、嬉しそうな笑みを浮かべて歩み寄る。

 

「私はこの修道院の院長夫人のテレサと申します。子供達がすっかりお世話になってしまったようで……昨日の晩は貴方達の事を子供達が楽しそうに話すものですから、こうしてお会いできて嬉しいですわ」

「こちらこそ……」

 

エステルは照れ臭そうに顔を赤くしてテレサ夫人と握手をした。

 

「お礼としてエステルさんにアップルパイを作って差し上げたいのですが、台所をお借りしてよろしいですか?」

「それは素晴らしい事ですね、あなたの作るアップルパイはとてもおいしいから、エステルさんもきっとお喜びになるはずよ」

 

クローゼの申し出をテレサは快諾し、エステルはテーブルへと案内された。

アップルパイが焼き上がるまでの間、エステルはテレサと歓談する事になった。

 

「そう言えば、修道院に来る道筋で公爵さん達にすれ違ったんですけど……」

 

エステルがそう話すと、テレサは顔を曇らせる。

 

「市長様達は院長である夫のジョセフに交渉を持ちかけて来ているのです。どうやらこの修道院を取り壊して公爵様の別荘を建てたいと思われているらしくて……」

「そうなんですか」

 

エステルはテレサの話に相槌を打った。

 

「この修道院は夫のジョセフと一緒に森を切り開いて建てた、思い入れの深い建物なんです。お金をいくら積まれても手放すつもりはないのですが……」

「へえ、森を切り開いて建物を建てちゃうなんて、そんな凄い事をする人が居るなんて驚きね」

 

アップルパイが焼き上がる頃になったのか、クローゼが急いでオーブンの方へと向かって行った。

 

「あの子はあなたに会えてとても嬉しそうです、いつでもこの修道院に遊びにきてくださいね」

「はい、しばらくはルーアン市の遊撃士協会に居るので、ちょくちょく来れると思います」

 

テレサとエステルが話していると、アップルパイをクローゼが持って来た。

焼きたてでいい匂いがただよい、とてもおいしそうだった。

 

「どうぞ、召し上がってください」

「いただきます!」

 

エステルはおいしそうにアップルパイをほおばった。

そんなエステルの姿を見て、クローゼはとても嬉しそうな笑顔になる。

 

「とてもおいしそうに食べていただけて、作った方としても嬉しいです」

「お店で売っているアップルパイとはまた違った味がするわね」

 

そんな感想をエステルは言った。

 

「ロイヤルリーフを多めに入れているんです、工夫すると味がいろいろ変わるのが楽しくて」

「あたしは外を駆け回ってお腹を空かせて母さんの料理を食べるのが専門だから、作る事はほとんど無いかなあ」

 

エステルはポツリとそうつぶやいた。

 

「お母様の手料理ですか、それは素晴らしいですね……」

 

そう呟いたクローゼは元気をなくして黙り込んでしまった。

 

「あっ、あたし、マズイ事言っちゃった? もしかして、クローゼのお母さんは……」

 

エステルは沈んだクローゼを見て取り繕うように声を掛けた。

 

「いえ、母とは離れて暮らしているので、懐かしくなってしまっただけです」

「そうなんだ……」

 

少しエステルは安心したように息をついた。

 

「修道院の子供たちに慕われるテレサ先生には母親の温もりのようなものを感じられて、つい修道院の方に来てしまうんです」

 

クローゼはそう言ってテレサの方を見て微笑んだ。

 

「あまりに多くこちらの方に来るので、学園の課題の方は大丈夫なのか心配でなりません」

 

テレサはそう言って困った顔でため息をついた。

 

「クローゼって学園の成績も良さそうだし、良い家柄のお嬢さんだったりするの?」

「ええ、まあ……学園では社会科に所属しています」

 

エステルの質問にクローゼはそう答えた。

 

「社会科かあ、何だか難しそうなところね」

「私はこの国の外交についての研究をしているんです。エステルさんは帝国と共和国と言う大国に挟まれたこのリベールはどのような外交関係を築いて行くべきかと思いますか?」

 

クローゼに尋ねられたエステルは腕組みをしてうなりながら答えた。

 

「うーん、あたしは難しい話は苦手だなあ、ヨシュアは遊撃士になるんだから勉強もしなきゃいけないって言うんだけどね」

 

そんなエステルに、クローゼはクスリと笑って続けた。

 

「では、勉強の一環だと思って少しだけお話に付き合って下さい。今、リベール王国は帝国と共和国の両方に技術提供をする事で友好的な関係を結んでいます。先代の女王様、アリシア二世様からの方針なのですが……」

「世界のみんなが豊かになるなら、良い事じゃないの?」

 

エステルは不思議そうな顔でそう尋ねた。

 

「ですけど、いつまで技術力の優位が続くか分かりません。例えば、帝国や共和国が優れた空軍部隊を持つようになったら軍事力を背景に、リベール王国に脅しを掛けてくるかもしれません」

「そうなっちゃたら、それはひどいわね」

 

クローゼの言葉を聞いたエステルは腕組みをしてそうつぶやいた。

 

「今の国王様は、両国に負けない軍事力を整える事が必要だと主張してアリシア様と対立しています。そして、王妃様は自分達の子供、つまりこの国のお姫様を帝国の皇子様と結婚させる事で国の安全を図ろうとしています」

 

そのクローゼの話を聞いたエステルは怒った表情で思いっきり言い放つ。

 

「それって、お姫様がとってもかわいそうじゃない! 家族はケンカしているし、自分の意思を無視して結婚させられるなんて!」

「やっぱりエステルさんもそう思っていただけますよね!」

「もちろんよ!」

 

エステルはそう言ってクローゼと固い握手を交わした。

テレサはそんな二人を見て、少し驚いた顔をした後、嬉しそうに微笑んだ。

 

「それで、お姫様はどうなっちゃったの? 結婚させられて外国に行っちゃったの?」

「いえ、帝国の皇子様も人が出来た方で、お姫様が傷つかない形で結婚をお断りしたようですよ」

 

エステルに尋ねられたクローゼは穏やかな笑顔でそう答えた。

 

「ふーん、でもそんな良い人ならもし結婚してもお姫様が幸せになれる可能性もあるかもね」

「でも、そのまま結婚したら周りのみんなからは政略結婚に見られると思われます」

 

クローゼは少し辛そうな顔でそうつぶやいた。

 

「お姫様って言うのも大変ね」

 

エステルはしみじみとため息を吐き出した。

 

「そんな時、お姫様の前にカシウス・ブライトと言う遊撃士が現れたそうです。そして、そんな偏見は俺がぶち壊してやるって言ってくれたようです」

「父さんが!? しかもよくもまあ気障ったらしい事が言えたわね」

 

思いがけない人物の名前をクローゼから聞いたエステルは驚きの声を上げた。

クローゼもエステルがカシウス・ブライトの娘だと知ると驚いたようだ。

 

「そしてカシウスさんに元気づけられたお姫様は、両親の前で自分の意見をしっかりと主張しました。そして、結婚は待ってもらえる事になったのです」

「よかったね、お姫様」

 

エステルは笑顔になってクローゼに微笑みかけた。

そして、何かに気が付いたようにクローゼに質問を投げかける。

 

「それで、クローゼはリベール王国はどうすればいいと思っているの?」

「あ、そうですね……」

 

エステルの質問を聞くまで驚いた表情を浮かべていたクローゼは、エステルの質問を聞くとホッとしたように息をついて話し始める。

 

「今の私には何が正しいのか分かりません。技術力や軍事力と言った力で相手を抑えるのは続けるのが難しいと思いますし、帝国と王国の王族が血縁関係を結べば、帝国や共和国が王国に政治介入する口実を与えてしまいます。ですから、私は今学園で学んでいるんです」

「頑張ってね、多分父さんは当てにならないと思うから」

 

テレサはクローゼとエステルが仲良く話す様子を嬉しそうに眺めていたが、時計の針がかなり進んでいた事に気が付く。

 

「クローゼ、エステルさんも遊撃士のお仕事がお忙しいのではありませんか? あまり長くお引き留めしては失礼ですよ」

「ごめんなさいエステルさん、私ったらつい長話をしてしまって……」

 

クローゼはそう言って頭を下げた。

 

「別に良いって、あたしもおいしいアップルパイまでごちそうになっちゃったし」

 

そんな所へ、庭にいたポーリィがドアを開けて中に入ってくる。

 

「ヨシュアお兄ちゃんが来たなのー」

「気になって戻って来てみれば、やっぱり道草を食っていたね」

 

あきれた顔をしてため息をついたヨシュアに向かって、エステルは手を合わせて謝った。

 

「ヨシュアー、手を離してよ!」

「ダメだよ、また君が寄り道するといけないからね」

 

エステルはヨシュアに引きづられるような形になってルーアン市の遊撃士ギルドまで連行されたのだった。



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外伝
外伝 一話 バレンタインの虫チョコ騒動


<リベール王国 ロレント郊外 ブライト家>

 

 ロレント郊外の森にある一軒家のブライト家。

 その家の台所で一人の少女が母親に見守られながら奮闘していた。

 

「うーん、また失敗だ!」

「あらあら、母さんは上手だと思うけど?」

「味は良くなったと思うけど、生き生きとした感じが出ていない!本当の幼虫はもっとこう曲がって滑っとしているのよ!」

 

 可愛い水色の髪留めをしているちびエステルが作っているのは、カブトムシの幼虫を真似た虫チョコだった。

 本物そっくりの虫チョコをヨシュアに叩きつけてビックリさせてやろうとエステルは企んだのだ。

 

「ゲージュツ家に妥協は許されないのよ!」

 

 こんな頑固な意志の強さはカシウスさんに似たのかしら、と見守る母親のレナはため息を付いた。

 このままエステルが台所の占領を続けると、夕食の時間が遅れてしまう。

 今日はお客さんが居ると言うのに。

 エステルのチョコレート作りのとばっちりを受けているのはレナだけでは無かった。

 このブライト家に来て間もないヨシュアも足りなくなったチョコレートの材料を少し離れたロレントの街まで買いに行くと言う使い走りをさせられていた。

 何度も雑貨屋のリノン、居酒屋のエリッサ、パーゼル農園のティオに頭を下げて材料を分けてもらうヨシュア。

 この件ですっかり3人のエステルの尻に敷かれるヨシュアと印象に残ってしまった。

 遊撃士である父親のカシウスも、女性カメラマンのお守りをしながら街で売っていないレアなアイテムをロレントの街からブライト家のさらに先にある、ミストヴァルトの森の魔獣達から調達する依頼を娘のエステルから請け負っていた。

 戦争を終結させた伝説級の遊撃士を顎で使うとは、かなりの大物である。

 同行している女性カメラマンは、エステルが虫の姿を映した写真が欲しいと言う事で、わざわざ王都グランセルのリベール通信社から来てもらった。

 このドロシーと言う新米カメラマン、期待以上の逸材だった。

 彼女の撮った写真は建物までもがまるで生きているかのような迫力がある。

 

「こういうのを天才と言うのだろうな……」

 

 カシウスは感心した様子で、メルダース工房で現像された写真を見て呟いた。

 ミストヴァルトの森の昆虫や魔獣を撮ったドロシーの写真は、遊撃士協会の魔獣図鑑の写真に採用されて謝礼が出るほど素晴らしいものだった。

 レナは王都から泊まり込みで来てくれたドロシーや、協力してくれたリノンやエリッサ、ティオにお礼として御馳走を振舞おうとしていたのだ。

 こうした周囲のお膳立てを知ってか知らずか、エステルは妥協を許さずに虫チョコと作っていた。

 

「最後にココアパウダーを土のようにかけて……完成だっ!」

 

 エステルは仕事をやり終えたかのように額に浮かんだ汗を腕で拭いて満面の笑みを浮かべた。

 しかし白かったエステルの服は泥塗れに見えるほどチョコ塗れだった。

 レナはエステルに直ぐにお風呂に入るように言うのだった。

 

 

 

 そして夕食の席でエステルはサプライズプレゼントとして満面の笑みでヨシュアに『虫チョコセット』を投げつけた。

 

「どう? 実はバレンタインのプレゼントの虫チョコなんだよ。あれ? あんまり驚かない。作り込みが甘かったのかな……」

 

 ヨシュアの驚きの反応の薄さに、エステルはそう言って考え込むように唸ったが、 チョコレートの材料をヨシュアに買いに行かせたのはエステルだ。

 

「虫チョコ、余っちゃったから皆にも分けてあげるよ!」

 

 エステルは笑顔でそう言ったが、リノンやエリッサ、ティオ、ドロシー達にはありがた迷惑だった。

 

「せっかくの美味しそうな晩御飯の食欲が無くなりそうです……」

 

 ドロシーは困った顔で押し付けられた手の中のカブトムシの幼虫チョコを見て呟いた。

 カシウスとレナは温かい眼差しでそんなエステル達の様子を見つめるのだった。

 

 

 




さすがに私は虫チョコを受け取った経験はありませんが……子供に作ったら喜んでもらえるのでしょうか?


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