ようこそひより至上主義の教室へ (nagai)
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ようこそひより至上主義の教室へ 編
プロローグ


 夕日の差し込む俺の部屋で、それも俺のベッドの上で、椎名は持ち込んできた本を黙々と読んでいる。普通警戒の一つや二つはするだろうと言いたいところなのだが、それだけ信頼されていると、ひとまずは前向きにとらえてみることにする。

 

 ただ、この俺に警戒心を持たない時点で椎名はだいぶやばいと思うのだが。

 

 

 詳しくは今は言わないが、俺の学校での評価は最低レベルと言っても過言ではない。あの龍園ですら俺にかかわることを避けているのだといえば、伝わるものがあるだろうか。

 もちろん龍園はあんな性格なので、たまに絡んでは来るのだが、毎回適当にあしらっている。

 

 

 少し考えて、やはり椎名に一言注意するようにいう事にした。椎名の性格上、下手したらクラスで俺の部屋を訪ねたことを話しかねない。そうなると椎名の評判も地に落ちかねない。

 

 

「椎名。やはりお前は俺を警戒するべきだと思う」

「? 何をでしょうか?」

「いや、俺が襲うとかあるかもしれない」

「襲うんですか?」

「いや襲わないけれど。襲われるかもしれないって怖がるべきだっていう話で」

「襲わないのでしたら、何の問題もありませんよね?」

「うん。まあ、そうかなぁ」

 

 

 いっそのこと襲うふりをしたら危機感を持ってくれるだろうかなんて考えてしまうが、それこそ本末転倒になりかねない。

 こっちは襲うふりのつもりでも、椎名が襲われそうになったと感じれば普通にアウトだ。

 

「ところで、志島君」

 

 おかしなことを考えていると、いつの間にか読んでいた本を閉じた椎名が、こちらをじっと見つめていた。

 

「あい?」

「志島君は今ポイントいくら持ってますか?」

「…………え。なんで?」

「いえ。早いもので四月はあと一週間しかありません。ですので今更ではあるのですが、来月いくら振り込まれるかわからないという事を伝えておこうと思いまして」

 

 さすがは椎名。気が付いていたのか。

 

 俺がそのことに気が付いたのは三日目のことだ。観察していれば簡単に分かることではあった。Dクラスの生徒が不良品と先輩に呼ばれていることや、Dクラスの先輩が無料の商品を購入していた事。試しに授業中にスマートフォンを見てみると、教師はこちらのことをしっかりと気にしつつも注意しなかったこと。無数の監視カメラなどなど。

 

 また、生徒個人の競い合い以上にクラス間の競い合いが重要であることや、そこそこの割合で生徒が退学になるであろうことは、今日までの期間があれば十分に理解できる。

 前者はDクラス単位で馬鹿にされていたことから、後者は登下校する生徒を全員覚えていたら先輩の人数が少なかったから。

 

 

 椎名は俺のことをさっき友人と呼んでくれた。

『え、いや……俺の部屋に上がるの? やめといたほうがいいんじゃ……俺普通じゃないし』

『どうしてでしょうか? お友達のお部屋に遊びに行くことはおかしなことじゃありませんよね』

『友達……! ようこそ椎名俺の部屋へ』

 

 このようなやり取りがあって、今俺の部屋に椎名がいるわけなのだが。

 友人として俺のことを心配して、ポイントのことを話してくれたのだろう。そう思うと本当にうれしく思うとともに、申し訳なさがこみあげてくる。

 

「というか。椎名は俺の噂知らないのか?」

「噂……ですか?」

「俺ポイントゼロだぞ」

「それは……」

 

 

 俺が今ゼロポイントであることを伝えると、椎名は困ったような表情を浮かべた。

 困った顔も可愛いなと思いつつも。

 

「まあ、その。俺の口から言うのはちょっと憚られるところがあるし、あれだったらちょっと俺の噂でも軽く聞いてみればすぐに分かるよ」

 

 

 

 高校生活五日目。俺は十万円分全てアダルトグッズの購入に費やした。五万円分がゴム。残りはゲーム漫画雑誌おもちゃ。

 あまりにも堂々と購入して回った挙句、教師がいないときは(監視カメラに映ってはいるだろうが)ゴムを引っ張ったり舐めまわしたりして遊んでいたら、当たり前のように俺の悪評は学校中に広まった。

 捕まってない犯罪者レベルの評判だろう。

 

 話しかけてくるものはおろか、近づくことすら誰もが避ける。プールの女子の見学率が異様に高かったのももしかしたら俺のせいなのかもしれない。

 

 そんな俺に偶に絡んでくる龍園はひょっとしていいやつなのではないかと思う今日この頃ではある。

 

 

 俺がこれらのものを買いあさったのは純粋な興味だ。今まで存在は知っていたが、垣間見ることすらかなわなかった秘密の花園。

 半ば自暴自棄になったというのもある。生涯初めての敗北だったのだ。

 

 

 先程話した件の不良品のDクラスがマジでヤバイ。綾小路は俺より少し上、高円寺に対してはさらにもう一歩届かないだろう。

 

 俺は見ただけでもかなり正確に能力の格付けができる自信がある。

 これまでの人生、俺より上を見たためしはなかった。それがどうだろうか。二人もいる。坂柳なんていう同等レベルの奴までいる。龍園に関してもポテンシャルはかなりのもので、伸び方によっては俺を超えるかもしれない。

 

 思わず自暴自棄になって、憧れのアダルティーな商品を買いあさってしまうのも無理はないだろう。

 

 

 だが。

 

 

「椎名。教えてくれてありがとう。ちょっと無駄遣いしちゃったけど。もうしない」

「いえ。私も思わず本を買いすぎてしまう事がありますから、気持ちはわかります」

 

 椎名という友人。好きな人が出来てしまった。

 

 

 俺個人では余程かみ合わない限り勝てないが、椎名のためなら頑張れる気がする。

 俺個人では到底勝てなくとも、何も個人で戦う必要もないのだ。

 

 必要とあらば龍園に手を貸すし、状況によっては指揮官にでも駒にでもなってやる。

 

 

「そういえば椎名は龍園についてどう思ってる?」

「龍園君ですか? えっと、その……やはり暴力や争いは避けるべきだと」

「え? 争いは避けるべき……?」

 

 

 やっぱいいかな。

 

 




 高円寺>綾小路≧主人公≧坂柳くらいのパワーバランスという設定で書いてます。

 筆者の個人的な考えですが、あくまで個人だけの能力なら綾小路より高円寺の方が上なんじゃないかと思ってます。人間をうまく使ったりするのは綾小路の方が上でしょうが、全部タイマンで勝負したら高円寺の方が上かなと、勝手に思ってます。
 
 原作で格付けされて綾小路の方が普通に上なら普通に修正します。

 次回は来年の今日までに。


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1話 ド下ネタVS龍園

ド下ネタ注意です。
あとちょっとホモネタっぽいのありますが、BLじゃないとは思います。演技ですし。


 五月一日になった。

 Cクラスのクラスポイントは450。担任の読み上げた遅刻欠席の数々に、わいせつ物がどうのこうのなんていうものがあったせいで少し視線が痛いが、その視線に快感を覚えているフリをして見せると誰も俺を非難しなくなった。

 最強無敵とは俺のことだ。

 

 

 ただ、Dクラスが1000ポイント全てを吐き出しての0というのはなかなか意外だ。綾小路も高円寺も、クラスに働きかけなかったのか、あるいは浮かれていて気付かなかったのか。別に能力があるからと言って完璧にすべての物事に気が付くかと言えばそうとは限らない。Sシステムに気づかずにはしゃいでいたという事もあり得るだろう。そういう意味ではひとまず一勝だろうか。

 ただ、先ほど説明されたAクラスのみが勝者というこの学校のシステム的には、今の時点で勝っていたとしても、最後の最後で逆転もあり得る。

 

 情けない話だが、彼らが勝負に参加してこないという状況が一番うれしい。高円寺は金持ちなのだし、Aクラスでの卒業にそこまでの興味はない可能性がある。綾小路には今後探りを入れるとしよう。

 

 

 優秀な成績を収めているといえるBクラス。だが、Bクラスに上がるのはそこまで難しいとは思わない。Bクラスの人間も優秀な人が多いし、おそらくリーダー格であろう一之瀬も非凡な人間だ。だが如何せん相性が悪い。噂では坂柳もなかなか好戦的らしいし、龍園は言わずもがな。手段を択ばないほどの強力な指導者には、一之瀬は成れない。

 

 普通の学校での話ならば、なる必要もないと続けてあげるところなのだが、この学校のシステム上では致命傷にもほどがある。

 

 Aクラスに対しては、どこかで楔を打ち込む余地がある。というのも、言ってしまえば内戦状態らしい。この学校のシステムでクラス内の対立は、あまりにも大きな隙を見せている。おそらくは坂柳が統合するだろうが、それまでにどうにか強い一撃を与えておきたい。

 

 

 

 

 なんて言う戦略は考えるだけ考えて置いて、龍園が頑張ってくれるとして、目下の課題は今目の前に広がっているアダルトグッズの処理だ。

 万が一これが椎名に見られてしまえば、嫌われるどころの騒ぎではないかもしれない。もちろん噂を確かめろと俺が言った以上、俺がこれらのグッズを買いあさった事はばれてしまうのだが、だが実物を見つけられたときにどんな反応をされるのかと考えると……

 

「でも全部捨てるのはもったいないしなぁ」

 

 まあ、そう何度も椎名を部屋にあげることもないだろうし、のんびり考えておこう。

 

 それに、もし椎名と特別な関係になった時に、やっぱりこういうのがあった方がそういう流れに持ち込めそうな気もするし。

 

『あっ、椎名それは……!』

『……志島君もこういうものに興味がおありなんですね』

『……悪い。椎名。ごめん……』

『? どうして謝るんですか?』

『どうしてって……』

『私もこういうものに興味が――――』

 

「ふへへへへへ」

 

 

 ☆

 

 

 翌日。

 俺は放課後の校舎裏にノートを持って訪れていた。

 

「よう志島。何やってんだ?」

 

 声をかけられて見てみると、龍園だ。後ろには石崎とアルベルトが控えている。

 

「ダンゴムシの観察日記をつけてる」

「……は?」

 

 脳の処理が追い付かないといった様子の龍園に、俺はやれやれと肩をすくめてノートを見せた。

 

「今日は石の裏に十匹。昨日は十二匹だったから二匹どっか行ってる。あと、ヤスデがいた。高度すぎてわからないかもしれないが」

「……絵日記じゃねぇか」

 

 

 龍園は額に手を当てて、頭痛を耐えるようなしぐさをしてから頭を振る。その後片手をあげて背後に控える二人に指示を出した。どうやら俺の発言は無視することにしたらしい。

 

 

 

「静観は先月で終わりだ」

 

 放課後の校舎裏というロマンチックな場所で、俺を取り囲むのは到底ロマンチックとは程遠い三人。

 

 不敵な笑みを浮かべたままの龍園。その舎弟の石崎とアルベルト。

 

「Sシステムに気がついていただろ? お前は確かにどうしようもない変人らしいが、それでも実力があるなら話は別だ。俺の下につけ」

 

 

 そんなことを言う龍園の能力も、俺の見立て通りだったようだ。

 一見不良のような見た目でありながらも、先月俺のぼやいたお金を使い切ってしまって来月以降が心配だという発言をしっかり記憶し、俺がSシステムに気が付いていたことを察知したらしい。

 

 無論その一言だけではなく、水泳での一位や、小テストでの満点一位など、龍園の中で俺が実力者であるという証拠が積みあがった結果だろうが。

 

 

「志島。悪いことは言わないから龍園さんの下に付いとけって。活躍して見せれば周りの目も変わるからさ。俺たち男子は案外お前のことを心配してるんだぞ。女子の手前擁護できねぇけど、そういうのに関心があるのは普通のことだからな!」

 

 

 なんか十年来の友人を見るくらいの眼差しを向けてくる石崎がうざい。

 俺の評判は地の底だという話は何度もしてきたが、それは男子であっても変わらない。

 

 ただ、石崎の言うような理由で男子は俺のことを嫌っているパフォーマンスを強いられていることは確かだ。

 女子の手前『ド変態性欲大魔神人魚』(水泳で一位を取ってから人魚が付いた。小テストで一位だったのでまた何か付与されるかも)となじられる俺を擁護することは難しい。

 男子たちの『あいつはさすがにないわ』と言いつつも申し訳なさそうにしている表情にはいつも救われている。

 さすがの俺だって女子に毎日キモがられて全く平気というわけではない。まあ椎名以外の評価は正直どうでもいいが。

 

「なるほどな。活躍すれば多少なりとも女子たちの俺に対する評価も変わるだろうな」

 

 

 人間突き抜けた人への評価は案外甘い。問題行動を補って余りある確固たる結果を見せつけることが出来たのならば、俺のことを受け入れてくれるという女子も出てくるだろう。だが、

 

「椎名以外どうでもいい。あと、それって別に龍園の下につく必要なくないか? 何ならその龍園さんを俺の下にした方が評価上がるし」

 

 

 瞬間、明らかに龍園の殺意が増した。アルベルトは拳を鳴らし、石崎は勝手に俺に友情を感じているらしく悲し気な表情を浮かべる。

 指揮官は方針を決めた。俺をぶちのめすと。兵隊はそれに従うのみだ。

 

 龍園の笑みが深くなる。これから起こる残虐なショーを楽しむ、独裁者のように。

 

「三人相手でも勝てると思っているのか?」

「まあ、勝てるだろうな」

「プールで見た時から腕も立つんだろうとは思ってたぜ? お前に興味を持ったのもその時くらいだしな」

 

 さて、実際のところ今のこの状況はピンチであった。

 この三人を倒すことは出来るだろう。だが、龍園が粘着質であることは分かっている。龍園に目をつけられた以上、一番賢いやり方はおとなしく龍園の下につくことだ。少なくともその場の衝突は回避でき、いつか確実に屠れるときに屠ってしまえばいい。

 だが、暴力と恐怖でクラスを支配するそのやり口。龍園は手段を択ばない人間だ。そんな龍園の指示を受ける立場になってしまえば、どこかで椎名に嫌われるようなことが起こりかねない。

 

 この場で抵抗するくらいなら正当防衛だろうが、それが何度も続くと結局椎名の嫌う暴力を振るい続けることとなる。

 下につけば暴力を振るう未来、下につかないのならば暴力で抵抗し続ける未来。詰んでいる。

 

 だが、龍園の今の発言で完全に逆転できる方法が生まれた。もちろんあらかじめ用意していた方法ではあるのだが、その効果が何倍にも跳ね上がったのだ。

 

 俺の胸ぐらをつかみ上げた龍園に、俺は見せつけるようにわざと緩慢な動作で、胸ポケットに手を入れる。ハードボイルド小説や推理小説などでは、ちょうど拳銃でも取り出すような動作だ。

 龍園も余裕そうな表情を浮かべつつも、わずかに俺への警戒の度合いをあげたのが分かる。さすがに銃が出てくるとは思っていなくても、ナイフくらいなら取り出してくる可能性は捨てられない。

 

 

「龍園。俺もプールでお前を見た時から興味があったぞ」

 

 

 胸ポケットから取り出したるは――――それはナイフと呼ぶにはあまりに卑猥すぎた。

 

 

 

 龍園の表情が恐怖に凍った。

 

 

 

「もちろん後ろの二人も。石崎、お前は俺に友情を感じてくれているようでうれしく思うぞ。アルベルトも、いい体をしているな」

 

 それぞれ心配してくれたお礼、体格をほめただけだ。それがどのような意味を含んで彼らに伝わるかは俺の知った事ではない。

 

 舎弟二人はボスを残して一目散に逃げだした。




もちろん主人公の演技なので龍園君は無事に解放されるはずです。


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2話 決着!

長い上にひより出ないので、なんだったらあとがきに要約載せてるので、それを読めばいいと思います。


「さて、と。二人っきりだね」

「っ……!」

 

 胸ぐらをつかんでいた龍園の手を引きはがして、力を込める。握りつぶすつもりで思いっきり力を入れてやれば、龍園の表情は苦痛にゆがむ。

 

 だがさすがと言うべきか、一瞬力を緩めてみると、その瞬間に手を振り払って抜け出して見せる。

 二三歩後ずさる龍園。石崎たちのように逃げ出したりしないのは、プライドが許さないからだろう。

 

「とりあえず手早く済ませるか。誰かに見られてもまずいし。お前とつながっていることはバレないようにしたいしな」

 

 龍園と二人きりになれた今の状況はかなりありがたい。

 これから龍園と交渉するつもりなのだが、他の誰かに龍園と俺が通じていることはバレない方がいい。今後の戦略の都合上、あくまで龍園は俺に対して無関心で、俺は龍園を完全に無視していると周りに思われた方が好都合だからだ。

 

「チッ……もう勝ったつもりか。お前の方が根負けするまで抵抗してやる」

「ふむ……交渉できないと……?」

 

 話くらいは面白半分に聞いてくれそうなものだし、そもそも龍園は先ほど間違いなく俺に恐怖心を抱いた。間違いなく俺の方が有利に交渉を進められると思っていたのだが。

 

 

「それならそれでもいい。それくらいじゃないと楽しくないしな」

 

 

 俺だって確実に勝てるなら一番だとは思っていても、たまには実力者とのピリつくような対決を楽しみたいとも思う。それに、しばらくは龍園にリーダーをやらせるつもりであるし、ここで簡単に俺に屈しないのは高評価だ。

 

「……グッ……俺に恐怖心なんて存在しないと思ってたぜ…………まさかお前みたいなやつにここまでビビっちまうなんて――――よお!!」

 

 そう言いつつも龍園は、先手必勝とばかりに俺に対して前蹴りを繰り出してくる。

 

 それを体を捻りつつ避けて、手加減した回し蹴りを龍園の側頭部に叩き込む。

 え? 椎名は暴力が嫌い? これバレエの練習。

 

 そんな言い訳を心の中でしつつ、けれどこの学校で誰かに暴力を加えるのは(いや暴力じゃなくてバレエなんだが)これが最後だろう。

 

 

 倒れ伏した龍園に馬乗りになって、両腕を押さえつける。

 

 

 ふとそこで、俺がいまだに龍園たちを少し脅かすために持ってきていた猥褻物を手にしたままであったことを思い出した。すっかり忘れてしまっていたが、想像以上に効果は絶大で、今後も使う余地はあるかと思案するが、一瞬でもう二度と使わないだろうと判断。

 

 

 突然性欲を向けられることは恐ろしいことで、さらに今回龍園たちがあそこまで過剰に反応したのは、やはり不意打ちだったこともある。

 俺が同性愛者と広まって椎名が俺に対して恋心を持たなくなる可能性もあるし、これだけの人数の生徒がいれば、本気で同性を愛している生徒もいるだろう。本気で男の人が好きな人が俺に対してアプローチをかけてきても申し訳ない。

 

 

 また、先ほどの龍園の発言から、これまで誰かに恐怖を抱いたことは無かったのだろう。それが俺に性欲を向けられたと誤解して――まあさせたんだけど――ここまでビビったのなら最後まで利用する。ちょっとかわいそうな気もするが。

 一度感じた恐怖はしばらくは簡単にぬぐえない。今なら簡単に恐怖に飲まれる。とどめと言わんばかりに、こちらが暴力に躊躇がないと誤解させて、これからの交渉は俺の思い通りに進めてやろう。

 

 

 手にしていた猥褻物を龍園の顔の真横に思いっきり叩きつける。ベキョリといっそ心地よいほどの音を立てて、砕かれた。

 

「こいつはもう必要ない」

 

 

 交渉を始めよう。

 

 

 

 ☆

 

 

 

 先ほどは椎名以外の評価はどうでもいいとは言ったが、だからと言って誰も俺に対して協力してくれないであろう現状はよろしくない。

 

 これから俺の実力を見せていけば、最終的に俺に対して協力してくれるようになるだろうが、それがいつになるかわからない。想定よりも早くクラスメイトに協力してもらわなけらばならないような状況になれば、あるいはもしも退学になるスケープゴートが必要になったとしたら、今この学校で一番俺が不利だ。

 

 過去は変えられない以上、最も早く大勢の協力者を手に入れる方法は一つ。

 

 一番上を仲間にしてしまえばいい。

 

 それもなるべく対等な関係でだ。

 

 椎名は案外クラスメイトに対して仲間意識を感じているらしいことは話していて分かる。だが、椎名には悪いが俺はクラスメイトなんてどうでもいい。最悪俺と椎名の二人が勝ち残れば何でもいいのだ。龍園の下について共倒れというのは避けたい。

 

 龍園は馬鹿ではないが、かなりリスクの大きな戦術を取る。何度ボコボコにされても笑いながらアルベルトに挑んでいくその様子から、そのリスク自体を楽しんでいる節もある。

 

 

 龍園の危険性は大きく二つ。どこかで確実な証拠と共に告発されれば、龍園の命令で動いた数人もろとも退学になりかねない点。赤点で退学というのは進学校でも厳しい方だし、暴力沙汰は即退学という可能性を現状では捨てきれないからだ。

 

 もう一つは、龍園自身の求心力が下がった場合。独裁が許されるのはうまくいっている時だけ。高校三年間だけならうまくいく可能性もあるが、正直今の龍園ではBクラス以外には勝てない。龍園の恐怖支配から解放されたクラスメイト達が、新しいリーダーを擁立できるかどうか不安がある。一度与えられた恐怖は生涯拭えない。乗り越えることが出来たとしてもだ。バラバラになってしまったクラスは他の三クラスから食い荒らされてゲームオーバー。

 

 後者の理由から、龍園と対等な関係を築いたことは誰かに知られてはならない。評判の低い俺と対等だという事になれば、龍園もなめられてしまいかねない。

 

 

「……紛らわしい言い方しやがって」

 

 

 という事を伝え終えた時の龍園の第一声はそれであった。

 

 

 

 ☆

 

 

 

「さて、ひとまず石崎とアルベルトに電話をかけろ。スピーカーでな。無事であることを伝えて、今どこにいるのかを聞いて、そのうえでここへ来るように指示だ」

「チッ」

 

 意外なほどあっさりと龍園は俺の指示に従った。

 

「おい、石崎。今どこだ?」

『りゅ、龍園さん……だ、大丈夫なんですか?』

「ああ……」

『今はアルベルトと一緒に職員室前にいます。助けを呼ぶべきか悩んでいて』

「必要ない。とりあえず今すぐさっきのところへ来い」

 

 

 龍園は言い終えると返事も待たずに通話を切る。

 

「よし、これでチェックメイトだな。

 とりあえず俺の要求はシンプル。ひとまず一年の間で良い、俺に対して興味を持ってないふりをして、なおかつ俺に対して過度に干渉するな。試験の種類によっては、暴力と不正行為以外になら手を貸してやらんでもない」

 

「断ったら?」

「石崎とアルベルトを迎え入れるお前はボロ雑巾になっているだろう。お前がこの短時間で俺に敗れたのなら、あの二人はますます俺に対して恐怖心を抱くだろう。正直やりたくはないが、お前のポジションを丸々俺が乗っ取ることになるな」

「この場でその要求を飲んで、俺が守らなかったらどうする?」

「好きにしてみればいい。暴力以外のありとあらゆる手段でお前の地位を俺と同じかそれ以下にしてやる」

「はっ、そりゃあ恐ろしいことだが、口約束で満足するんだったらお前はその程度だってことだな」

 

「書面は必要ないさ。クラスに最低限の貢献はするつもりだし、無理に俺を戦略に組み込むと士気の低下から不測の事態も起こりうる。お前にメリットがないって言うのもある。

 お前にとっても悪くない話だ。あいつらは逃げた罪悪感から……いや、それだけじゃないな。一目散に逃げだすほど俺に恐怖心を持ったんだ、その俺をお前がものともしなかったのだと思えば、支配はより容易になる。お前は俺の持っていたあのおもちゃを破壊し、俺はお前に対して興味を失くして絵日記を続けている。石崎たちが見るのはそんな光景だろう」

 

「気に食わねぇな」

 

「だろう? だから期限をつけている。来年ならいくらでも俺に対して攻撃を仕掛けてくれて構わない。それまでに椎名とイチャイチャチュッチュな関係になっているはずだし、のんびりお前の相手をしてやろう。つまり、俺が言いたいことを端的に換言すれば『今年一年は椎名とのラブストーリーに専念するから余計な事すんな』、以上だ。あ、あと俺のこと話さないように二人の口封じてね」

 

 

 

 

 

 

 ★

 

 

「龍園さん!!」

 

 やってきた石崎とアルベルト。彼らが見た光景は、先ほど俺が言った通りの光景だ。

 

 壊れてしまった卑猥なおもちゃ、余裕の表情で石崎たちを待つ龍園、ダンゴムシの観察日記を書き足している俺。

 

 龍園が俺に完全敗北して、俺の指示に従ったのかと言えば、必ずしもそうではない。

 龍園は俺が致命的なミスをしていると『勘違い』している。

 

 一つは椎名という明確な弱点と行動原理を見せた事。椎名のために、もっと言うとクラスのために行動することが半ば確約されたようなものだ。Aクラスに上がる以外にこの学校では勝ったといえないからな。

 もう一つ、一年という期限をつけた事。龍園が、いずれ自分が俺に勝てると思っている以上、期限をつけたのは悪手だと思っているだろう。

 

 

 

 

 龍園に言えるわけもない、この交渉の最大の目的は、最大の効果を発揮するときは、龍園が誰かに敗北した時だ。

 

 

 

「さて、石崎。今何時だ?」

「ひっ……ま、まて、近づくな」

「もう俺は椎名以外に興味ない。そもそも俺はあれを持った上でお前らをほめただけなんだから、勘違いしないでよねっ!」

「……なんだこいつ。ああ、もういい! ちょうど17時だ!」

「ん。じゃあ俺は買いものに行かないと。取り寄せてたものが届いてるはずだ」

「あ? お前また全額使うんじゃないだろうな?」

 

 プライベートポイントは個人の財産だが、クラス単位の協力が必要な以上、なるべくクラスの総ポイント数は維持しておきたいところだ。龍園は俺の浪費をたしなめたいのだろう。だが、今回は杞憂だ。

 

「違う。おもちゃ買うんだよ……あの、普通の方ね。おもちゃって言うのはゲームとか……あ、ゲームも普通の方ね。あの、超エキサイティングとかの……健全な方ね」

「もういい。いちいち言う必要が――あるなお前は」

「とにかく、三輪車を買いに行ったら売ってなかったから取り寄せたんだ」

「……三輪車?」

 

 

 その場にいた全員が首を傾げたのを無視して俺は、取り寄せて置いたカッコいい三輪車を受取りに走り出す。

 

 

「……マジで何なんだあいつ」

 

 龍園はかすれた声でこぼした。




 長くなったので要約(兼解説)。

・龍園への勘違いワード
 「二人っきりだね」「とりあえず手早く済ませる」「見られてもまずい」「お前とつながっている」「交渉」「(抵抗してくれるくらいじゃないと)楽しくないしな」
 「(馬乗りになった状態でおもちゃを破壊し)こいつはもう必要ない」

 もちろんわざと言ってます主人公は。


・交渉内容
 一年の間龍園は主人公に過度に干渉しない
 暴力と不正行為以外なら手伝うこともあるかもしれない
 俺に対して敵対するのは面倒だからやめとけ(脅し)
 俺を味方にしてもクソ面倒だからやめとけ、俺が戦略に組み込まれていると周りの士気が下がりかねないぞ(ガチのアドバイス)
 
 !今は椎名ひよりとの関係進めるのに専念させてね!

 
 これに対する龍園の思惑としては、
 一度負けたのは事実であるからひとまず手を引く。あえてリベンジの機会を残している主人公は気に食わないが、だからこそいずれ勝てる。椎名ひよりというクラスメイトに熱をあげているのならば、ひとまず放置していても地雷にはなりえない。
 ガチのアドバイスにちょっと納得した。


・余談として
 もしも主人公のダンゴムシ観察場に龍園たちが現れなかったとしても、翌日以降「パラリラパラリラ!」と叫びながら三輪車で遊んでいる光景を見て関わるのをやめる。
 
 本編でもこの後、半年後くらいに、地盤を固めたらもう一回ちょっかい出してそん時は勝ってやるぜくらいには龍園も考えていたけれど、結局その光景を見て一年様子見を決める。



 どっか変な所とか矛盾点とかあっても、それはわざとだと言い張ります。ただのミスなのですが、指摘されても素知らぬ顔で伏線ですと言い張るので指摘しないでください。


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3話 学力主義

 龍園と不戦の契りを結んだその一時間後。

 俺は受け取った三輪車を漕いで寮へと帰る途中。偶然にも遠くに女神を見つけた。よくよく見ると女神ではなく椎名だ。

 

「Hey! 彼女!」

「おや、志島君……ええとあの、それは?」

「三輪車。名前はヤンバルクイナ6号にした。自転車に乗りたいからまずはこれを極めようと思って。椎名は図書館の帰り? それとも部活?」

「図書館に行ってました。今日は志島君はいらしてませんでしたよね? おすすめの本を紹介したいと思っていたのですが」

「明日は行くよ」

「いえ、クラスで渡せば――」

「いやいや、俺と話すと椎名がハブられかねないぞ」

「えっと……それは志島君の噂と関係があるんですよね? 数人の方に尋ねてはみたのですけれど、私は知らない方がいいと言われて」

「……あー」

 

 確かに。

 この椎名に、不純とは対極のさながら純真無垢が人の形をした大天使に、俺の悪評を伝えるというのは抵抗を覚えてしまうだろう。椎名に対して『アダルト』な話をするなんて、恐れ多いとかいう次元じゃすまされない。

 

「まあ、そのうち俺の評判も回復するだろうから、そうだね、一学期中はクラスではあんまり話さないようにしてもらえるか? 椎名に迷惑がかかる」

「えっと……」

 

 困ったような、悲しそうな表情を浮かべる椎名に、過去の行動をここまで悔やんだ日はない。誰も椎名に話さないのなら、俺から話そう。俺の噂を調べようとしたのならば、少なくとも俺が蛇蝎のごとく嫌われていることは知っているはずだ。だから後はどうしてそうなったのかを告げて、納得してもらうほかない。

 

「椎名。正直に白状すると、先月のはじめに俺はえっちなものを10万円分も購入しまくって、それを全く隠そうともしなかったんだ。それで女子に引かれている。女子たちは俺のことを『変態性欲大魔神人魚』と呼んでいるんだ。普通に犯罪者扱いだ。だから、俺の評判が回復するまでは、クラスではあまり俺と話さない方がいいんだよ」

 

 先ほど石崎に椎名以外どうでもいいと告げたばかりだというのに、ここまですぐにクラスメイトからの名誉回復が急務になるとは完全に予想外だった。

 

「ですが、こうして話していても志島君は悪い人では――」

「ありがとう椎名。椎名がそういってくれるってことは、クラスメイト達もすぐにそう思ってくれるってことだろう? だから、その時まではなるべく、な?」

「そういう事でしたら……」

 

 

 椎名は納得のいってなさそうな様子ではあるが、ひとまず了承してくれた。やはり椎名は人を信じすぎる傾向がある。俺ほどのゴミ人間をここまで簡単に信用しているようでは、将来の椎名がどうなってしまうのか不安で仕方がない。

 やはり俺が守らねば。

 

「そういえば、志島君はテスト対策進んでいますか?」

「うん? ああうん。出来てる出来てる」

 

 椎名は空気を変えるように――いや、あんまり気にしそうにないし、単純にふと思い出したんだろう――そんな話題を出してきた。

 テスト勉強なんて必要ないが、出来ているといった方が無難だろう。小テストで満点を取って調子に乗っていると取られるかもしれないし、そもそも勉強していないなんて言ったら椎名が不安に思うかもしれない。

 

「よかったら私と勉強会しませんか?」

「え? 勉強会? 椎名は勉強できるでしょ? 小テストでも点数高かったし」

「ええ。ですが、満点ではありませんでした。何も成績に不安を感じるから勉強会をするのではなく、より高得点を取るために勉強会をできれば、と」

「なるほど、そういう事なら」

 

 正直な話、あんまり勉強会そのものには乗り気ではない。椎名との勉強会だからやるけど。

 

 というのも、椎名ほどの学力があるのなら、今はクラスメイトの成績が不安な生徒たちに教えてあげてほしいところだ。赤点を取る不安のある生徒はいる。より高得点を目指すよりも、今は底上げの時期だろう。

 

 

「では、今度の休日にでも勉強会をしましょう。では志島君、また明日」

「うん、また明日!」

 

 

 寮の方へ歩いて行く椎名。俺もそっちなんだけれど、なんかまた明日って言って別れた後また一緒に帰るのは気まずい気がする。椎名は気にしないだろうけれど。

 

「まあいいか、まだ本屋は開いてるだろうし、本屋にでも行こう」

 

 

 10万円えちえち商品に費やしたなんて知られて、椎名に絶縁を言い渡されたらどうしようかと思っていたが、杞憂に済んだし、かなり気分はいい。

 

 

「パラリラパラリラ!!」

 

 キコキコキコ。

 

 

 

 

 ☆

 

 

 

 

「小テストの成績が危なかった奴は全員参加だ。成績上位者も馬鹿どもに教えてやれ……志島お前は来なくて良い。何を教えだすかわかんねぇからな」

 

 

 翌日。放課後教壇に立った龍園はそんなことを言い出した。まさか龍園が勉強会を開くとは予想外にもほどがあるが。

 

「龍園。お前がそんな催しを開くなんて意外だな」

 

 あまりにも予想外なので純粋な好奇心として目的を尋ねてみる。

 

「さすがにこんな早いうちから退学者を出すわけにはいかねぇ。それに俺の見立てじゃあ必勝法もありそうだしな」

「ふうん? まあ、クラスの学力が上がるんだったら大歓迎だな」

 

 

 学力主義を非難する人はいるが、高校なんかの勉強の良し悪しで実力を決めつけてくれるなんて、ありがたいことのはずだ。

 

 例えば、おそらく勉強においてこの学年で俺の相手になる奴はほぼいないだろう。綾小路や高円寺なんて言う不気味な存在はいるが、それでもだ。

 

 そんな圧倒的に格上の俺に対して、勉強という分野であればどの生徒でも引き分けることが出来る。

 

 俺がいくら8桁×8桁の掛け算を2秒で出来ると言っても、学校の試験は早く解けたことで加点にならない。

 俺が日本史の学術書を何百冊も丸暗記しているからと言っても、学校の試験では出てくる範囲は限られる。

 そして、どんなにいい点数取ろうにも、通常100点からの減点方式である以上、格上相手にいくらでも引き分けることが出来る。お互い100点ならいくらその裏で実力差があったとしても、結果だけなら引き分けだからだ。

 

 

 ゆえに、学力主義以上に平等な基準はありえないのだ。

 決められた制限時間に、有限の問題数。この出題形式では相手がどれだけ格上であっても関係ない。

 位相幾何学を理解していたとしても学校の試験では出て来ない。日本史の背景を細かく論じることが出来たとしても、そこまでは求められない。

 だからこそ、学力――学校の勉強という分野においては相手がどれだけの力を持っていようとも引き分けにできる。学力主義以上に弱者に寄り添ったものはないだろう。

 

 

 だが、今の龍園の言い方からすると、純粋にクラスの学力を向上しようというわけではなさそうだ。

 

 まあ、椎名との勉強会以外に今の俺は興味ないしどうでもいいや。




そういえば今更ですが、主人公は、

「まずえっちなのは女子に嫌われる。だから椎名にも嫌われる可能性があってマジで怖い」

といった理由からアダルトグッズを椎名に見られたくないと思ってました。

 三輪車で走っている様子を見て嫌われるかもしれないとは夢にも思いません。変態ではなくても変人ですので。


 次回は早くても来週の火曜日くらいだと思います。


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4話 椎名との勉強会

昨日ランキングに乗っていたみたいですね。
ランキングに乗ると目に見えてお気に入りが増えてくれるので毎回楽しいです。

いつもとキーボードちがったので誤字多いと思います。


 そうこうしているうちに、あっという間に明日が休日である。

 

 椎名との勉強会の約束をきっかけに、俺と椎名の関係は急転換を迎えた。そう、椎名と連絡先の交換ができたのだ。勉強会は図書館で行うのだが、不測の事態があった時のためということで交換することができた。

 勢いあまって椎名の電話番号を部屋の壁一面に、油性マジックで書いてしまうくらいには嬉しい出来事だ。

 冷静になってみれば、卒業までに何とかできなければ壁紙の張り替え代みたいなの請求されるのではないだろうか。

 

 まあ、そんな些末なことはさておき、連絡先を交換できたことは僥倖だ。毎日おはようからお休みまで、三秒に一回くらいメールや電話をしたいところなのだが、そこまでやると着信拒否一択だろうから、ほどほどにしておく。

 だが、メールを送りたい、電話で椎名の声が聞きたいと思ってしまう。

 

 実は先ほどまで椎名と少し長電話をしていたのだ。勉強会の約束の話はもちろん、昨日読んだミステリー小説についての話など。

 

 俺は案外おしゃべりが好きだったようで、もっといろいろ話したいなんて考えてしまっていたが、椎名が眠そうだったのでお開きになった。

 

「他の奴とでも話しておしゃべり欲を満たすか……」

 

 やっぱりお話をすると楽しくなって、もっといろいろ喋りたくなるものだ。

 

 俺は携帯の連絡先を開き――――

 

【登録連絡先:1件

 

 椎名ひより】

 

 

「あ……寝よ」

 

 明日は椎名との勉強会だ。たのしみだな。

 

 

 

 

 ☆

 

 

 

「ところで志島君は数学が一番得意なんですか?」

「うん? まあ、そうかなぁ」

 

 待ちに待った椎名との勉強会。小テストの確認を済ませて、念のため数学の発展問題を解いてたら、椎名がふとそんなことを言った。

 

「俺の父親が数学者だったから」

「なるほど。お父様が数学者なのでしたら――だった?」

「ああうん。本当に気にしないで欲しいんだけど、もう死んでるから」

 

 

 思えば、父親はかなり頭のいかれた人だった。

 毎朝フルマラソンするし、そのあとの朝食ではウィンナーを珈琲にぶち込んで『あっはっは! これがウィンナー珈琲だ』なんて言っていた。バカなんじゃないかと当時三歳ながらに思った記憶がある。真似してみたら案外普通に飲めた(食べれた?)が。

 

 数学に命を懸けながらも、夫として、父親として、母親と俺を愛してくれた人でもあった。

 

 

「それは……」

「いや本当に気にしないでよ? もう十年以上前の話なんだし。ああそうだ、英語教えてよ椎名。俺は数学以外には自信がないから」

「そうなのですか? 他の科目も得意そうですが」

「うちの父親の教えで『科学は宇宙共通で、そのほかのローカルな学問とは一線を画している。さらにそれを越えてもっとも偉大なのが数学だ。物理法則や物質の性質が全く違う異世界があったとしても共通だからだ』とかなんとか。うちの父親は数学ばかり教えてきたから。英語はあんまり自信がないんだ」

 

 

 もっともそんなことを言いつつも、父親はあらゆる学問の専門分野を持ち合わせていたので、他の学問を軽視していたわけではなく、単純に数学が一番好きなだけだったのだろう。

 

 すごい事なのだが、そのせいで母親からこれほどまでの――いや、終わったことは考えないことにする。

 

 とにかく、椎名には数学以外は自信がないとは言ったが、当然そんなことはない。ほぼすべての分野まんべんなく自信がある。だが、こう言っておけば話が逸らせるし何よりも――!

 

 

「それでしたら、数学を教わったお返しと言うことで」

 

 

 椎名に勉強を教えてもらうという幸せ展開が楽しめる。

 

 

 高校程度の勉強をするなんて、延々と石を積み上げるような意味もないつまらないことだと考えていたが、椎名と一緒にいるだけで楽しい。

 

 インターネットの情報によれば、ただ一緒にいるだけで楽しいというのは愛らしい。椎名Loveだ。

 

 

 

 

 

「――――――ですので、こちらの目的語以降を別の文章だと考えて、更にその説明をしている文だと考えれば」

「ああ分かりやすい。じゃあ訳は…………こう?」

「はい。さすが志島君ですね。この調子なら英語も大丈夫でしょう」

「えへへへ」

 

 天国、極楽浄土、理想郷。幸せホルモンの過剰分泌でもはやトリップ寸前。

 椎名に勉強を教えてもらい、さらに椎名に褒められる。

 

 やばい。勉強できるだけで椎名に褒められるなんてそんなことが許されていいのか? 次のテストどころか卒業までのすべてのテストで満点を取れるだろうに。そのすべてで褒めてもらうとして――ああ、だめだ。想像しただけで脳内麻薬中毒で死ぬ。人類史上最高の死に方をする。

 

 

 ふとそこで、悪魔的発想が下りてきた。

 

「椎名。もしも俺が次の中間テストで全部満点だったらデートしてくれないか?」

 

 

 高校生程度の問題で満点を取るなんて、サルにバナナの剥き方を教えるより簡単だ。最初からできるだろうという意味で。

 

 たとえ大学院入試の専門科目を持ってきたところで俺を止めることなんてできはしない。これで俺にとって試験は『デートひより』確定ガチャチケットと化した!

 

「? どうしてですか?」

「え?」

 

 

 そういえばこの子天然だった。デートに誘われれば普通察するだろう。

 

 というより、椎名が天然だったから理由を聞かれるだけで済んだが、もしここで『普通に嫌です』みたいなことを言われたらマジで死ぬ。

 何が悪魔的発想だよばかなんじゃないのか。

 

 

 だが、口に出してしまった以上このまま突き進むほかない。

 

「えっとその……」

 

 ここで椎名が好きだからだよと告白したとする。

 

 俺の脳内コンピューターが導き出した結論は、99パーセント失敗。そういうことはよくわからないと言われてジエンド。残りの1パーセントは、よくわからないのでまずはお試しでと言われるパターンだが、とても想像できない。

 

 だが、ここで椎名のことが好きだからだと言えなければ、男じゃない。

 

「やっぱり友達とは遊びに行きたいなって」

 

 私は女でいいや。

 

 

「それでしたら、試験が終わったら一緒に本屋に行きましょう。別に満点でなくても。私も志島君と遊びたいですし」

「まじ? え? まじで?」

 

 

 言われてみれば別にわざわざ交換条件出す必要ないわ。普通にデートに誘えばいいのか。勉強になるなぁ。

 

 

「そういえば志島君。龍園君主催の勉強会についてなのですが」

「龍園主催の勉強会とかいう面白ワードヤバいな。あ、遮ってごめん。続けて」

「はい。うちのクラスの生徒たちは素行が悪い人たちが多いです」

「ん、案外ズバッと言うな」

「ですが、赤点の危険にある生徒はほとんどいない様です。小テストを適当に受けていたり、変なミスをしていた人が多いようで。男子の方は金田君が見ているので私はわかりませんが」

「男子の方は俺も一回行ってきたよ」

 

 

 龍園は来なくていいと言っていたので、来てもいいという意味だと解釈した。

 

 楽しい流体力学の授業をしていたら、アルベルトにつまみ出されてしまったのだが。今度は楽しい古文書読解講座でもやろうと思っている。

 

 

「男子の方もそこまで問題はなさそうだったかな。龍園も何か策があるっぽかったし。油断はよくないが心配する必要はあまりなさそうだ」

 

 

 俺もいくつか方法を考えてはいる。

 

 一つは授業完全無視で試験対策に全霊を尽くす方法。できる生徒が授業中に歩き回って、できない生徒の苦手を潰すことに専念する。教師を完全無視しているので減るものが存在しないDクラスくらいでしかできないだろうが。

 

 一つは賄賂。ポイントで買えないものはないとまで言っていたくらいなのだし、点数くらい買えるだろう。

 

 試験問題そのものを購入するというのは、流石にルール的に無理だろう。他に、問題を変える権利とかを購入できるのならば、全部一桁の足し算の問題に変えたら全員満点だろう。

 

 

 問題そのものをどうにかするのは不可能だろうから、問題の傾向を掴むという意味で過去問の入手も有効か。

 

 

 

 まあ、俺と椎名に関しては何の心配もないし、そこまで行動するつもりはない。好感度を稼ぐチャンスではあるのだが、勉強ができるやつではあると認識されている以上、今貢献してもそこまでの評判回復にはつながらない。

 俺はしばらくド変態だと誤解されたままで、ここぞという時のギャップで信用を得るのが一番だろう。

 故に、そろそろどこかで変態行動する必要があるのだが、正直気が重い。

 

 ただ、アダルトな雑誌のお陰でだいぶそっち方面にも詳しくなった。母親のせいで、ほんの最低限しか、それこそ保健の教科書レベルの知識だけだったのだが、それでは不十分なのだと思い知った。正直学校教育はそっち方面もう少し考えるべきだと思う。

 

 なるべく人に迷惑をかけずに、それでいて今のド変態と言う評価を維持する方法……Aクラスの真嶋先生あたりに保健の勉強を教えてもらいに行こうか。

 真嶋先生はたぶん生徒思いだし、真剣に質問しているんだと言えば話を聞いてくれるだろう。




 この後生徒の行きかう廊下で延々と保健体育について主人公に教えなければならなくなる真嶋先生。生徒思いですね。


 多くの感想、高評価ありがとうございます。励みになります。おかげで頑張って更新してみました。
 次回こそは何が何でも遅くなります。4.5巻発売前後に更新できればと。


 二期のうわさが広がってますが、ひよりが動いて喋る……来るといいですねぇ。

 2022年8月18日追記。まだ動いてないし喋ってないですが、ひよりの後ろ姿かわいかったですね。


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5話 石崎との勉強会

タイトルホイホイ。


「なんでこんなことに」

「それは俺のセリフだ」

 

 椎名との楽しい勉強会のあった休日はあっという間に終わり、また楽しい学園生活が始まった。何でも楽しいからいいんだが、今のこの状況だけはあんまり楽しくない。

 

 放課後の誰もいない教室にて、こちらを睨みつける石崎。金田が石崎を扱いきれないからという事で、いつものように勉強会にちょっかいを出しに行った俺に押し付けてきやがったのだ。

 

「まあいいや。石崎、まじめにやれよ」

「……やっても分かんねぇんだよ」

 

 壊滅的に勉強が出来ていない――とまではいわないが、安心できるかと言われるとそうでもない。龍園がなんとかするだろうと放っておいてもいいのだが、石崎との信頼を勝ち取るいい機会でもある。

 

「まあ、それを何とかするために勉強会があるんだが。とりあえず中学の内容から確認するぞ」

「あ? それぐらい――」

「できるんなら証明しろよ」

 

 

 高校のこの時期の勉強が分からないと言っている時点で、中学の勉強が出来ているはずがない。まずはそこから始める必要があるのだが、なんでかわからないが勉強できない人ほど基礎をやりたがらない。

 

 睨みつけてやるとしぶしぶといった調子で、俺の持ってきた中学生向けの小テストを解き始める。

 

 

 

 英語は現在完了が怪しく、数学は案外できているが計算の仕方が回りくどい。数学は解説で端折られている途中式が分からずに理解できないのだと判断、まず教えるべきは英語だろう。知らない単語も多そうだ。

 

 

「しかし教えると言ってもなぁ」

「なんだよ志島。お前成績いいだろう?」

「じゃあ英語の勉強法を教えてやろう。

 まず簡単な英和辞書を丸暗記するだろう? そのあと英英辞書を丸暗記。もちろん発音記号を読んで発音も一緒に頭に叩き込む。あとは動画で英語喋ってんの見れば完璧だ」

「できるか!!」

「だよなぁ。まあ、とりあえず教科書の解説読みながらわかんないところを聞いてくれ、分かんないところは全部聞いてこい。だが、今はとりあえず英単語でも覚えろ。とりあえずノート埋め尽くすくらい書いて覚えろ」

「なんだよ。書きまくるのは非効率だって金田が言ってたぞ」

 

 なぜだか得意げな様子で言う石崎。殴りたくなったが我慢だ。

 

「それは勉強する奴の話だ。書きまくるのが非効率なのは事実だが、やらないより非効率なことがあるか。お前の場合はまず勉強する習慣をつけろ。英単語書きまくるのは始めるハードルも低いし、やる気が出ないときなんかにまずはそれからやるといい」

「ちっ、偉そうに。なんでこいつなんかを龍園さんは見逃してんだ」

「そりゃあ……まあいいや、とりあえず俺が教えるからには赤点はありえない。安心しろ」

 

 

 龍園はおそらくあの交渉が、龍園亡き後に俺がクラスを支配するにあたって有利になるためのものだと気が付いているだろう。それに気が付いたとしても龍園は俺に手を出せない。約束を律義に守っているのではなく、俺と敵対してクラスが崩壊することを避けたいからだ。もしも龍園と戦うことがあるとすれば、龍園が他のクラスをすべて下し、Aクラスでの勝ち残りが盤石のものにあった場合だけだろう。

 

「ああ、クッソ。なんで勉強なんかしなきゃなんねぇんだ」

「そりゃあ学生だからだな」

「意味ねぇだろ。俺は英語なんか使わねぇよ」

「ふむ」

 

 確かに、石崎が今後英語を使うかと言われれば、あまり使うことは無いだろう。大学に進学しないのならば、あるいは海外に行かないのならば、日本にいて英語を使えなくて困ることはまれだ。

 しいて言うなら将来石崎が、英語を母語とする人間を好きになった時に後悔するだけだろう。

 

 

 

 なんて思ったら大間違いだ。

 

 

 

「石崎。お前は英語をしゃべれるようになって、アルベルトに英語で話しかけて見ろ」

「あ?」

「外国語を学ぶ意味はいっぱいある。海外の文化や思想といったものが、その言語には深くしみ込んでいる。外国語を学ぶことは視野を広げることにつながる。ほかにも、特に日本だと外国語が出来るだけで尊敬されるし、いざというときにかっこつけることもできる。けれどそんな抽象的な目的や、いつか使うかもしれないなんて言う可能性は、語学習得なんて言う苦行を乗り越えるモチベーションにはならない。

 何のために語学を学ぶのか、それはな石崎。誰かが自分の言葉で話しかけてくれたらうれしいからだ。自分のためじゃなくて、人のために勉強しろ。アルベルトと仲良くなれるぞ」

「……アルベルトとはもう仲がいいから必要ない……けど、まあ、やってやるよ。それと、悪かったな志島。お前のことを誤解してたみたいだ。とんでもない変人で、冷たい奴だと思っていたんだが」

 

 

 なんか石崎からの評価が上がった。適当なこと言ってただけなのに。

 実際石崎は仲間思いだし、誰かのために何かをする方がモチベーションが上がるだろうと思っての事。全く思ってもないことを言ったわけではないが、それで俺のことを優しい奴だとでも思ったのなら大間違いだ。だが、石崎からの信頼を少しは得られたのならばよかったと思おう。

 

 

 

 ☆

 

 

 

「というわけで、放課後石崎に勉強を教えてたんだよ」

「石崎君は大丈夫そうですか?」

「まあ、なんとかなる…………それより騒がしいな」

 

 所と日付が変わって放課後。 

 今日は椎名と共に図書館にいた。今日くらいは勉強ではなくのんびり本を読もうという事でやってきたのだが、のんびりという雰囲気にはなれない。

 

「そうですね。図書館にしては少々声を張りすぎです」

 

 困ったような表情の椎名は可愛いが、それはそれとして椎名を困らせる奴を生かしては置けない。

 

「ちょっと注意してこようか」

「いえ、近くにいる生徒が注意するでしょうから、すぐに静かになると思います」

 

 顔を確認しに行こうと思ったのだが、椎名がそういうのなら見逃しておこう。だが声は覚えた。

 

「そうだ、椎名。ちょっといいか?」

「なんでしょうか?」

 

 俺が椎名に声をかけると、椎名は本を閉じてこちらをじっと見つめてきた。心臓が高鳴る。

 

 

「よかったら下の名前で呼んでもいいかな?」

「別に構いませんが」

「まじで! やっ――――」

 

 叫び声をあげそうになったのを慌てて抑える。周りがうるせぇぞというような目で見てくるので遅かったようだ。周りに頭を下げて謝ることにする。

 

「それでしたら、私もいいですか?」

「え? 何が?」

 

 椎名――ひよりは俺に問われて微笑みながら、

 

「私も下の名前で、■■君と」

 

 

 

 

 

 

「……うん。ぜひそう呼んでくれ。椎名――じゃなくてひより。今から俺の話を聞いても、そのまま下の名前で呼んでくれ」

「? はい。それはもちろんです」

「ひより、俺はな――――」




 次回こそ遅くするといったのに守れなくて大変申し訳ございません。
 評価されれば続きを書く現金な性格で、勢い余って書きました。


 次回は絶対に本当にマジで何がなんでも遅くなります。


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6話 学食

 


 中間試験まであと数日に迫ったある日の放課後。俺はBクラスに遊びに来ていた。

 

「こんにちは! 遊びに来たよ!」

 

 

 先ほどまで談笑していたBクラスの生徒たちは、ドアを勢いよく開け放ちながら叫んだ俺に、戸惑いの表情を見せる。それはだんだんと俺が誰かわかるにつれ、嫌悪に近いものへと変わっていく。

 

 しかし、一人の生徒が俺に対して特に嫌がる様子もなく――ただ突然のことに困惑はしているが――話しかけてきた。

 

「え、えーっと……確かCクラスの志島君だよね。誰と約束しているのかな?」

 

 なるほど確かに、突然別クラスにやってきたのならば、そう考えるのが妥当だろう。だが、

 

 

「え? Bクラスに遊びに来ただけなんだけど」

「……」

 

 俺に声をかけてきてくれた生徒、一之瀬帆波はその言葉に困ったような表情を浮かべるのみ。

 

「えっと、じゃあ――」

「ちょっと……帆波ちゃん」

「うにゃっ!?」

 

 俺に何事かを言おうとした一之瀬は、横から別の生徒に引っ張られて、替わりに男子生徒が現れた。

 

「Cクラスの生徒が何の用だ。また龍園の指示か?」

 

 警戒心を隠そうともしない男子生徒。おそらくはこいつが神崎とやらだろう。

 

「ちがうよ。遊びに来たんだよ。龍園の指示なんか俺は聞かないし」

「……志島といったな。『あの』志島か?」

「どの?」

「……」

 

 あの、だなんて言われても、一体何の話をしているのかわからない。ただ、神崎のこの言葉に呼応するように、教室中でひそひそと噂話が始まったので、そっちの方に意識を向けてみる。

 

 

     「確か玄関ロビーで喘いでた……」「三輪車の人だ」「エロ漫画音読大魔神」

 

 

「そういえばそんなこともやったなぁ」

 

 四月の中頃の話だろう。俺は玄関ロビーでエロ漫画の音読大会をやっていた。女声を練習してみたら思ったよりも簡単にできたので、男と女とでそれぞれ声を使い分け、それはそれは迫真の演技を披露した覚えがある。

 苦情を受けた坂上先生が、怒りを通り越して、さらに呆れを通り越して、いつでも相談に乗るぞと言ってくれたのが印象的であった。お礼に坂上先生に自作のエロ漫画を送ってあげたが、喜んでくれただろうか。

 

 しかし、そういったネガティブな噂だけでなく、三輪車の噂もあるのが意外だった。さすがに三輪車を乗りこなすカッコいい俺に評価が変わったのだろう。

 

 

「お前をよく思っていない奴も多い。こんなことは言いたくはないが、お前に怯えている奴もいる」

「……ふむ」

 

 確かに、女子生徒のうちの何人かは、明らかに俺に怯えている。

 

「それに、だ。この学校では別クラスを訪れても歓迎されないことくらい、お前ならわかるだろう」

「えぇー? そうかにゃぁ?」

 

 のほのほなかよしBクラスなら大歓迎するかと思った、なんて言う煽りは抑えて。

 

「クラス間の争いが必須のこの学校では、クラスの情報一つでもどう働くかわからない。突然現れた他クラスの生徒を歓迎するはずがないだろう」

「……他クラスとの友情的な?」

「……俺はお前をよく知らない。Cクラスという時点で龍園の顔がちらつく。もしも真にBクラスの誰かと親交を深めたいのならば、それはお前のこれから次第だろう」

「端的に換言すれば、今日のところは帰れってことだな? まあでも、目的は達したからいいさ」

 

 

 

 俺が今回Bクラスを突然訪ねた理由はただ一つ。ヤンバルクイナ1号の様子を見に来ただけだ。

 俺を見るあの目、神崎の発言に青ざめた事、Bクラスの情報をべらべら話してしまったことを仲間に伝えられていないのだろう。

 

「目的だと?」

「大したことじゃないさ。龍園含め、他のCクラスの生徒たちがどう思っているかは別として、俺個人はBクラスと仲良くしたいっていう意思表示がしたかった」

「とても――」

「信じられないだろうけれど、まあ、今は変な奴が襲撃してきたくらいに捉えてればいいさ」

 

 

 

 

 

 

 ☆

 

 

「みたいなことがあって、結局Bクラスのことはよくわからなかったんだよねぇ」

「■■君は行動的ですね」

「そうだね。まあ、こう見えて結構行動的かも」

 

 さらにその翌日。俺はひよりと共に学食を訪れていた。ひよりは学食に来るのが初めてらしい。いつも通りに見えて、あたりを興味深そうに観察している。猫みたいで可愛い。

 

「そういえば■■君は、学食初めてじゃないんですね」

「ん? ああ。俺は入学してから今日までずっと学食だから」

「……?」

「ひよりは、今日初めて来たみたいだけれど、どう? おいしい?」

 

 流されるかと思ったが、違和感を感じたらしいので、慌てて話を逸らすことにする。ひよりは綺麗に箸を扱い、焼き魚を食べている。俺は食べるのに時間がかかる食べ物は例外なく嫌いなので、学食ではそばとうどんしか食べたことがない。

 

「そうですね。出来立てですから、とても美味しいです。ところで――」

 

 ひよりはいつもと変わらないどこかジトっとした目で、俺のどんぶりを見た。

 

「それは?」

「うどんとそばを混ぜたものだけど?」

「美味しいですか?」

「うん」

 

 それぞれ半分にしてくれと頼んだら、半額で半分にしてくれたので、混ぜて食べている。案外美味しいのだが、このうどんそばを食べていると、時折親の仇を見るような目で睨んでくる生徒がいることが欠点だ。

 行儀の良いひよりは、食事時は殊更喋らず、お互い黙々と食べ進めるため、あっという間に食べ終わる。

 

 食べ終えた後、しばらくはのんびりとひよりとお話しする時間で、俺はこの時間が何よりも好きだった。

 

「そういえば、他のクラスの方は試験対策順調なのでしょうか?」

「そうだなぁ」

 

 最近は迫る中間試験の話が多いが、大天使ひよりは他のクラスのことも心配しているらしい。

 俺の本音としては、Cクラス以外の全クラスが大ポカやらかして10人くらい消えないかなとか思っている大悪魔なんだが。

 

「Bクラスは素の学力も高いし、大丈夫だろう。さっきBクラスに行った話したけれど、その時の空気からしても余裕があったし。Dクラスはやばいかもなぁ。素の学力が低いし、素行も悪いらしい。山脇に聞いたけれど、範囲変更も知らなかったらしいからな」

 

 教師のやる気が致命的にないという可能性もある。Dクラスの生徒を苦しめることに喜びを感じる異常者という事もあるだろう。だが、Dクラスの生徒が範囲変更を知らなかったことこそ、簡単な攻略法があることの証左ではないだろうか。もしかしたらあのDクラスの担任は、自分の生徒を試しているのではないかと、まるで龍園みたいなうがった見方をしてみる。

 

「Aクラスはどうでしょうか?」

「A? そりゃあ大丈夫だろう。葛城は石橋をたたいてぶっ壊すくらい慎重な人だし。坂柳も、まああいつなら問題ないだろう。あの二人がリーダーを自負している以上、どうしたって退学者は出ないだろう」

 

 ひよりならこういえば伝わるものがある。

 ひよりは小さく微笑みながら、

 

「なら、大丈夫そうですね」




 次回で中間試験終了する予定なので、無理矢理必要な描写を詰め込みました。
 
 たぶん次回で回収されます。


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7話 志島■■

 一日で書いたので、ミスが多いと思います。ごめんね。


「銭湯に来るのは初めてだなぁ」

 

 中間試験は明日。余裕のない生徒は今頃最後の追い込みに専念しているだろうし、余裕のある生徒は明日に備えて体調を整えているところだろう。

 俺は今更勉強することもないし、体調面でも不安はないので、適当に過ごしているのだが、ふと見かけた銭湯に立ち寄ってみることにした。

 乗ってきた三輪車を、盗まれないように街灯にチェーンでつなぐ。

 

 

 人前で裸をさらすことに抵抗はあるが、人がいなかったので良かった。もちろん誰かがいても我慢して入ったんだが、やっぱりいない方がリラックスできていいだろう。広い露天風呂に、肩まで入って一息つくと、急に眠気に襲われる。ここで眠ったら最悪死んでしまうかもしれない。

 

「釣り竿でも持ってくればよかったな」

 

 魚が釣れるわけはないのだが、お湯の中に魚がいると思い込みながら釣りをしていれば、集中して眠気覚ましになっただろう。しかし持ってきていないものは仕方ない。次に来るときは忘れず持ってくるとして。

 

「サウナにでも行くか」

 

 サウナというものに興味はあった。向こうの方ではサウナに入った後雪に飛び込んだり、冷水に飛び込んだりするらしいが、見たところそういった設備はないようだが、冷水はシャワーでもいいのだろうか。

 

 

「……おや」

「……」

 

 サウナの方に行ってみると、先客がいた。引き締まった体つきで、怜悧な顔立ちの男子生徒。この学校に在籍している人間ならば一度は見たことがあるだろう。

 

「生徒会長さんじゃん? こんばんは」

「……一年か」

 

 この生徒会長もかなり優秀な人間であることが窺える。以前にも話したが、殆ど特殊能力に近いとは思うのだが、ある程度見ただけで人間の格付けができる自信がある。

 この会長には負ける気はしないのだが、簡単には勝てないだろう。人間はそれぞれ特別なので、簡単に上位互換だなんて表現は使いたくはないのだが、葛城の上位互換だと思えばわかりやすい。

 ところで。

 

「初めまして生徒会長。僕は一年Cクラスの志島と言います」

「……『あの』志島か?」

 

 ええ……会長もそういう反応なのか。

 

「たぶんその志島です」

「お前の話はよく聞く。よくない噂が多いようだが、それ以上に、上級生に探りを入れてきている一年生がいるという噂だ」

「おや、そんな噂が? まあ事実ですけれど」

「何が目的だ?」

「もちろん快適な学生生活ですよ。そのためには情報も必要でしょう?」

「それが目的だったのなら悪手だったな」

「南雲のことです? 彼は確かに面倒そうですけれど、徹底的に関わらないようにすればたぶんそんなに面倒じゃないですよ?」

 

 

 南雲副会長。正直言って嫌いだ。そもそもチャラい人は好きじゃない。

 南雲が優秀かどうかと問われれば、間違いなく優秀だろう。二年生Dクラスに探りを入れ始めてすぐに、南雲の方から絡んできた。クラスの垣根を越えて、二年生をある程度支配しているらしい。

 その事実だけで果てしなく優秀であることが分かる。もちろん運や性格もあるだろう。例えば坂柳の場合は現在Aクラスは分裂し、性格的に学年全部を纏めようとはしなさそうだ。

 龍園もあのやり方だとクラス一つが限界だし、一之瀬はそこまで支配的な行動をとれない。

 

 やはり唯一可能性があるとすれば綾小路か高円寺だろう。

 

 この言い方だとあの二人並みに優秀だという事になるが、そうではない。レベルとしては坂柳に届くかどうか。ちゃんと対策すれば勝てる。

 万全の準備をして、不意打ちでハメようとしても食い破ってきそうな綾小路と高円寺には劣る。

 

「お前は目を付けられやすい行動で有名だ」

「そうですね? それだけですか?」

「何?」

「いえ、会長が事実確認だけの発言をしたことに違和感を感じまして。もしかして今、俺が南雲の支配下に無いか探りを入れたのかなと」

 

 見た感じ会長の方は坂柳よりも優秀。つまりは南雲より上だ。その南雲を会長が警戒していることも三年生への探りからわかった。

 二年生と違って三年生は統率がされていない。どちらかというと三年生の情報の方が多く手に入ったくらいだ。

 

 なんて話を会長にしたうえで、

 

「なので、どうにかしないと食われますよ? 南雲には情報を取られて、こちらは情報を取れないなんて状況になりかねません」

「……問題ない。南雲は俺との正面からの戦いを求めている」

「そうですか? ああいうチャラ男は負けそうになったら顔を真っ赤にして反則技でも使ってきそうですけれど。まあ、勝てば官軍ですけど」

「お前もそういったやり方か? Cクラスと言えばお前と龍園の話は三年生にまで聞こえてきている」

「まあ、否定はしません。俺のやり方は父の教えを反映しています。まずは反則で勝って、向こうが卑怯だと騒ぎ立ててから正々堂々と勝つ」

 

 俺の父は妹との結婚――つまりは事実婚なのだが――をプロボクサーの祖父に猛反対されたらしい。まあ、当たり前なのだが。そんな父は全くボクシングをやっていなかったらしいのだが、祖父とボクシングで対決して結婚を認めてもらおうとした。結果として二勝。まずは回し蹴りで一勝。卑怯だともう一戦を申し出た祖父を受け入れて、ボクシングのルールで徹底的に叩きのめしたという。

 父の妹、つまりは俺の母は、その時のことをよく恍惚とした表情で語っていた。

 

「いやなやり方だ」

「……さて、俺としては南雲の作る学校は嫌なので、出来ればあなたを支持したいところなのですが」

「信用ならないな」

「俺の目的はひよりと楽しく学校生活を送ること。実力主義みたいなギスギスした教室は嫌なんですよね。やっぱりひより主義の教室を作っていきたいところです」

 

 

 俺の言葉に、会長は黙ったまま。さてどうしたものかと考えて。

 

「そうですね。信用のためにも、あなたには俺が入学してから何をしてきたのか、お話ししましょう」

 

 

 

 

 ☆

 

 

 

「どうしたものかな」

 

 あふれるアダルトグッズの数々。最初の五日間、俺はポイントが変動する可能性に気が付いて、一切ポイントを使わずに過ごした。もちろん、食事代くらいは使っているが。

 

 そうして温存していく予定だったポイントをすべて吐き出したのが五日目。登下校する生徒の中に、頭のおかしい生徒がいた。俺は父親と同一の存在になるために、血の滲むような努力をしてきたのだが、それをはるかに超える実力、資質。そこまで正確なことはわからないが、なんとなくまだ伸びしろがあるのではないかと思う。そんな化け物が二人だ。

 

 そりゃあ、嫌になってこうなるさ。

 

 

 

 その絶望も七日目に吹き飛んだ。運命と出会ったとでも言えばいいのだろうか。椎名ひよりという大天使。俺は彼女と出会うために生まれてきたのだと確信した。

 これは俺の持論だが、天才ほど論理的思考をしていない気がする。世間は論理的に論理的にというが、論理的思考はあくまで手段、所詮はツールに過ぎない。それを崇拝している人間が一定数いるのが気に食わない。天才は問題に遭遇した瞬間、答えにワープする。それがあってるかどうかが簡単に判断できないのが難点だが、よくよく天才と言われた人間の話を見てみると、まずは確信があってから理由付けしているのが分かると思う。

 

 答えにたどり着いた天才は次に行動する。自らの直感が正しいことを、神に与えられたこの能力が唯一無二の絶対のものであることを証明しなければ、生きていけないからだ。天才は挫折しないのではない。挫折を乗り越えた先に成長があるなんて青臭いことも言わない。

 挫折しようがしなかろうが関係ない。最後に自らの正しさを証明したものこそが――天才、勝者となる。

 

 

 

 ☆

 

 

「それで、上級生と交渉するだけのポイントをどうやって手に入れた?」

「簡単ですよ。まずは一年生の情報を重点的に調べました。今やろうと思えばクラス間の争いがあるという意味でも、俺が悪名高いという意味でもできないですが、その時は簡単でした」

 

 

 そこで少し役立ったのがアダルトグッズだったりする。こっそりと取引に使えるし、おとなしい生徒をうまく選べば、アダルトグッズで取引したことがばれたくない心理も働いて、俺に情報が渡った事すらばれない。

 特にBクラスの生徒、俺はヤンバルクイナ1号と呼んでいるんだが、彼はむっつりスケベでべらべらとクラスの情報を漏らしてくれるくせに、Bクラスにはそのことを話していない。

 ただ、彼は小心者なので、これ以上情報を寄こせと言っても、仲間を裏切る罪悪感と、そのことがばれる恐怖、誰にもバレたくない秘密であることなどがごちゃごちゃになって壊れてしまうので、もう使えない。

 

「そうして手に入れた情報をもとに、交渉の相手を葛城、そのあと坂柳にしました」

 

 葛城は噂以上に慎重な男だ。Sシステムの予想が間違っていたら十万あげる、なおかつSシステムがあると仮定して態とクラスの評価を落とす行動をすることを条件に五万ポイントを手にした。

 そのあとの交渉相手の坂柳には、葛城とそういった契約を結んだ事を話し、葛城を落とすときにはどんな状況でも必ず手を貸すことを条件に、葛城が完全につぶれるまでは不可侵であることを契約した。

 

 

「葛城は攻めては来ないでしょうけれど、坂柳は面白がってこっちに火の粉を飛ばしてくる可能性がありますからね。いつか戦うことになるのは分かっていますが、今この状態で出しゃばってこられると面倒なんてものじゃすみません」

 

 実際坂柳と対決するときは、父の教えに則ってやろうと思っている。まずはどこかで不意を突いて叩き潰す。周りの目から見ても汚いと思われるようなやり方で、それでいて俺が勝ったという事だけは事実となるように。坂柳は正々堂々とした再戦を申し出てくるだろうから、そこでもう一度潰す。

 

 どちらにせよ、一番の敵はDクラス。今やるべきことは安定化だ。下手に刺激しまくるよりは、地盤固めに集中して、少しでもDクラスとの差を広げることを意識する。

 そういう意味では、接触したこと自体もあまりよくはなかったといえるが、葛城にも坂柳にも、俺が龍園のやり方に少しずつ反旗を翻そうと思っていると伝えてある。葛城は龍園のやり方が理解できないだろうから、おそらく信じている。坂柳は分かっていても、それはそれで面白そうと考えて放置するだろう。

 葛城に対しては、内輪揉めの可能性を見せて警戒心を減らさせた。

 坂柳に対しては、逆に少しだけ興味を持たせることによって傍観させた。

 

 

 そのあとはポイントを使ったりして上級生から情報を聞き出す。

 優秀な人間からしたら考えられないことではあるが、人間というのは案外簡単に情報を漏らす。こっちが知っているフリをすれば、金を払わずに、こっちが知っていることを前提として情報を話す馬鹿もいる。

 

「とまあ、そのあとは知っての通り」

 

 俺があれだけアダルティーな言動を繰り返したのは、この時に交渉した人間の口をふさぐ目的と、クラスポイントを減らす目的がある。こんなやべー奴と交渉したとなると、そいつの評価はダダ下がりなんてレベルじゃない。

 事実として、殆ど俺とつながっている上級生の存在は、南雲以外にはばれていない。三年生にもなると、誰にも気づかれていないのではないだろうか。

 

 

「お前の話が事実である保証はない」

「まあ、ここで『そうかお前は味方だ!』とか言い出したら情報くれた人と同レベルですから」

「だが、事実であるとして。お前は綾小路を知っているな?」

「……そんな事話していいんです? まあ知ってますけれど、下手したら俺に情報を与えただけでなく、あの綾小路から恨まれたかもしれませんよ」

 

 さすがに二か月目になると、集めなくても情報は入ってくる。

 どうやら綾小路は平凡な生徒を装っているらしい。あれだけの化け物が、ちょっとの片鱗でも見せようものならすぐに噂になるはずだから間違いない。

 

「お前の話からDクラスについて、一切出て来なかった。お前はDクラスだからとそれだけで舐めるような生徒ではないだろう」

「決めつけるのはよくないですよ? 俺が上しか見ていない足元お留守さんかもしれませんし」

「見ただけでもある程度の判断はできる自信がある。お前はふざけた奴に見えても、その実考え抜かれた言動をしている。ついでに教えろ。あの三輪車で走り回る奇行には何の意味がある?」

「え? 奇行? は?」

「……なん……だと……まさか、お前は――あれは……」

「え? どういうことですか?」

「まて、ならば、水たまりで釣りをしていたというのは?」

「あれは精神統一ですよ。釣れるとは思ってません」

「凧あげをしていた理由は?」

「楽しかったですよ?」

「……」

 

 

 堀北会長はどうしたことやら項垂れて、しばらく動かなくなってしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 ☆

 

 

 

 

 

 

 

 

 中間試験本番だ。

 

 何人か不安そうな表情を浮かべているが、龍園の持ってきた過去問が行き渡っているのならば、誰も退学者は出ないだろう。それでなくとも、難しい問題というわけではなかったし。

 

 

「それでは中間考査を始める」

 

 いつもよりもいくらか硬めの口調で、担任の坂上先生がいい、前の席から順番に問題用紙を配り始めた。受け取った俺は自分の分を受け取らずに後ろに回す。

 俺の後ろの席の生徒は困惑した様子だったが、回すように言うと素直に従った。当然、坂上先生は俺の分を配っていないので、数もあっている。

 

「志島の分はこれだ」

 

「あ? どういうことだ」

 

 俺に直接問題用紙を手渡した坂上先生に、龍園がかみついた。他の生徒もどこか訝しげに俺を見て、ひよりだけがどこか寂しそうな顔をしていた。

 

「志島。話しても?」

「まあ、毎回こういうことになるでしょうし、これまで誰も俺の事気にしていなかっただけで、そのうちどこかで問題が起きそうですし構いません」

 

 

「龍園。いや、クラスの全員に伝えておくが、志島は、自分の名前が認識できない」

 

 

 俺に配られた問題用紙には、あらかじめ俺の名前が印字されていた。入試の時は名字だけ書いて出したが、入学後は学校側も配慮してくれている。

 

 

 こうなってしまったのは母親原因だ。

 

 母親を恨んでいるかと問われれば、恨んでいるような、恨んでいないような、微妙なところだ。父親が死んだときのあの狂乱ぶりを思い出すと、しょうがないという気もする。

 

『どうして……どうして……』『そうだ……いないのなら、もう一度そこに――』

 

 泣き叫び続けて、声が出なくなった母親が、久しぶりに笑いながら俺に言った。

 

 父親に、志島貴之になれと。

 

 

『志島■■』

 

 知らない漢字なんてほとんどないはずなのだが、どうしても志島より先の文字が読めなかった。




 しばらくオリジナルとか書くので、更新は二年生編の六巻ぐらいで書きたいと思います。
 一応キリいいですし。
 実はもうオリジナル書いているので、慌ててこれを仕上げたのでミスが多いでしょうが、そのうち修正します。

 ところで南雲ネットで滅茶苦茶舐められてますけど、実際鬼有能だと思います。三下ムーブがあれなだけで。

 感想いっぱいありがとうございます。そのうち全部返しました。

 


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幕間:ウナギ

 六巻が出たら続きを書くと言っていましたが、まあ五巻が出たのでその記念という事で一話だけ更新します。
 この話書くために今までの話を読み返したんですけれど、主人公が頭おかしくてひいちゃった。


 端末を放り出して伸びを一つ。

 

 4ヶ月ぶりに更新されたウェブ小説を読んだのだが、以前の内容を読み返すと、主人公の頭がおかしすぎて、作者の精神状態を疑うほどだった。

 

「やっぱ狂人って怖いなぁ」

 

 確かにこの世の中には様々な種類の人間がいるし、変わっているからと言って排斥されることは間違っている。それは分かっていても、やはり変な人を見ると近づかないでおこうと思ってしまうものだ。

 

 さて、と気合を入れて、先ほどから続けていた作業を再開する。

 ウェブ小説を読んでいたのは、あくまで気分転換のためで、俺はCクラスが無事にテストを乗り越えたお祝いパーティーに持っていく料理の準備をしていた。

 

 結果として、どこのクラスからも退学者は出なかったらしい。AクラスやBクラスが大ポカやらかして半分くらい消えろと夜な夜な呪っていたが、俺には呪術は使えなかったようだ。

 

「いや、呪い方が悪かったのかな……? まあいいや、みんなが喜んでくれるといいけれど」

 

 まさか俺がそういったクラスのパーティなどに呼ばれるとは思っていなかったので、なるべく気合を入れて料理を作る。とりあえず『ウナギのゼリー寄せ』と、あとは『ハギス』なんかも喜ばれるだろうか。

 

 しばらく準備を続けていると、部屋のインターホンが鳴った。

 思えばインターホンの音を聞いたのは初めてかもしれない。一度だけひよりが遊びに来てくれた時も、あの時は一緒に部屋に入ったわけだし。

 やってきたのは果たしてひよりで――というか他に訪ねてくる人はいない――思わずにやけてしまう。ドキドキと緊張してくる。

 とはいえどうして突然やってきたのかは不思議だ。

 確かにひよりのことは大好きだが、だからと言ってひよりがやってきたと舞い上がって、警戒心や思考を放棄するほど俺は脳みそお花畑ではない。

 

「わーい! ひより! よく来たね!」

 

 心の底からそう言うと、ひよりは応えて笑顔を見せてくれた。かわいい。好き。

 

「突然すみません。えっと、少しだけいいでしょうか?」

「もちろん。いくらでも」

 

 むしろ一生捧げてもいいが、このド天然のひよりは「いえ、そこまでお時間はいただきませんけど……?」とか言いそうなので口には出さない。

 

「■■君は今回のテストも満点でしたね」

「ああ、頑張ったからね。結果が出たらやっぱりうれしいな」

 

 無難な返事をしておいて、ひよりを室内に誘導する。と、ひよりはキッチンの料理を見て不思議そうに首を傾げた。

 

「今日のパーティーには出席なさらないのですか? 龍園君が来いって言ってませんでしたっけ?」

「? 出席するけど?」

 

 龍園が俺にパーティーに来るように言った理由は分からない。いや、正直なところ、もしかしたらという予想は立っているが、流石に違うだろうという被害妄想に近いものだ。そう言っておけば来ない可能性が高まると思って龍園が俺を誘ったというのは、流石に被害妄想が過ぎるだろう。

 

 と、俺の返事にひよりはますます不思議そうにして。

 

「では、その料理は?」

「パーティーに持っていくんだよ」

 

 ひよりは困ったように笑って、

 

「……料理できるんですね。見たことのないものばかりですけれど」

「ああ、うん。なるべく美味しくない料理にしないといけないから」

「?」

 

 なぜわざわざ美味しくない料理を作るのかと訝し気なひよりに一つ、自慢話をすることにした。

 

 

 俺は控えめに言って天才だ。遺伝で才能が決まるわけではないが、父も母も優秀で、俺は両親を超える才能を持っている。頭脳でも身体能力でも、絵でも音楽でも。ひたすらに俺の能力はずば抜けていた。俺を父と完全に同一の存在にしようとした母親が一番苦心したのは、俺の能力を父親のレベルまで『下げる』ことだった。

 そんな俺が何よりも才能を持っていたのは、数学でも物理でも絵でも音楽でもなく、意外や意外、料理である。これはもう超常的な能力としか思えず、俺を父親に作り替えるという狂気を半ば成功させかけていた母親でもどうにもできなかったほどだ。

 

 母親は俺の料理を「違う」と言い捨てたが、親せきが俺の料理を食べた後は大変な事態になった。曰く、味蕾が爆発したとかなんとかで、俺の料理以外がドブに落ちた粘土に劣るように感じられだしたとかなんとか。

 

 そんなわけで、うっかり俺が本気で作った料理を食べようものなら、冗談抜きでそいつの人生が変わりかねないのだ。

 

「それで、そちらの料理は大丈夫なのですか?」

「ああ、たぶん……なるべく不味く作ったから。本当に大丈夫かはわかんないけど。だからひよりは食べない方がいいかな」

 

 俺の親せきが大変なことになった俺の料理だが、だからと言って人によって程度があるだろう。とりわけその親せきの舌に合っていただけかもしれないわけだし。

 けれど、簡単にヒトで実験するわけにはいかない。さすがの俺にも良識はある。

 

 もちろん、こっそり他クラスに食わせて皆殺しルートとか、ひよりに盛って一生俺のそばから離れなくさせるルートとか考えたことがないといえばウソになる。が、俺にも美学のような物があって、そういうことはしないと決めたのだ。

 

「ですが、それほどまでに美味しい料理というものは気になってしまいますね」

「あはは、食べたら結婚するほかなくなるよ」

「ふむ…………」

「…………え? あ、そうだひより、良かったらパーティー会場まで一緒に行こうよ」

 

 え、なんでそこで考え込むの。別に結婚してもいいってこと?

 だなんてパニックになりそうになった俺は、そこでヘタレて無理矢理話を変えた。

 

 

 ☆

 

 

「……ちっ、来いって言ったら来ねぇと思ったんだがな」

「え?」

「で? お前は大事そうに何抱えてやがる」

「あ、龍園に俺の手料理を食べさせてあげようと思って」

 

 

 パーティー会場で、王様気取りにシャンパングラスを傾けていた龍園に声をかけると、まさか俺の被害妄想がもうそうでなかったことが判明した。もう何も信じられない。

 が、せっかく料理を持ってきたからには食べてもらいたいので、『ウナギのゼリー寄せ』を入れていた容器を差し出す。

 

 と、困惑の表情を浮かべた龍園は、心の底から訳の分からないものを見るような目で俺のことを見た。

 

「おいなんだその見た目。生ごみの間違いだろ」

「いや、美味しいよ。たぶん。ほら、ビビってんじゃないよ」

 

 無理やり押し付けて、そばに置いてあったシャンパングラスを一つ取る。

 せっかくのパーティーなので、この機会に鬱陶しいと思われない程度にクラスメイト達に絡んで、俺に対する悪印象をある程度払拭しておきたい。

 

 

 

 

 

 

 後日、学食のメニューにウナギのゼリー寄せを追加するよう多数の要望があり、Cクラスはカウンセリングアンケートが実施された。




 もともと龍園の誕生日を祝う話とか更新したら面白いかなと思い、主人公とひよりが龍園の誕生日に『ウナギのゼリー寄せ』をプレゼントする話を書いていたのですが、いろいろあって没になった名残。


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番外編:ひよりとアニメを見よう

 いつもの話に比べて、オリ主普通な感じです。話自体にもそんなにクセはない気がします。

 地雷要素


 1、未来設定(卒業後)です。
 2、メタ要素わずかにあります。
 3、キャラ崩壊(たぶん軽微)あります。
 


 俺はその日、ひよりと共にアニメ観賞をしていた。

 

 事のきっかけは二時間前。

 とあるアニメの続編制作が決定したので、そうだ、アニメ全話もう一度見ようと考えていた頃。

 海外ミステリの新刊を山ほど抱えたひよりが俺の家を訪ねてきた。重そうな荷物を持たせたままにするわけにもいかないので、荷物を引き取って、お茶を入れていると、停止したアニメの映し出されたテレビの画面をひよりがじっと眺めて、

 

「これはどのようなお話なのでしょう?」

 

 と、意外にも興味を持ったらしい。

 

「まだ一話の最初の方だから、一話だけ見てみる?」

 

 ひよりの前にお茶を出し、横に座ってリモコンを手に取り尋ねてみると、数秒考えこむような仕草をしてちらりと持ってきた本の山を見て、

 

「では、一話だけ」

 

 

 

 ☆

 

 

 

 先ほども言ったが、それが二時間前の事。一話だけだと言ったひよりだったが、二話になった時に「二話までは見てみましょう」と言い、三話になったときに「三話までは見た方がいいと何かで見たことがあります」と言い。

 俺としては食い入るようにアニメを見ているひよりという少し珍しいものが見れて嬉しいのだが、まさかあの山のようなミステリよりアニメに興味を示すとは。

 

 しかし真剣な表情のひよりはかわいいなぁ。

 

 

 

 見終えた頃にはすでに夜になっていた。

 

「どうする? おゆはん食べてく? 冷凍か、あるいは配達かになるけれど」

「二択ですか? せっかくなら世界で一番おいしそうな方がいいですが……冷凍の方が早く食べられますね」

 

 笑顔でそう言われ、俺は冷凍庫から適当なものを出して、電子レンジの中に放る。

 

 世界で一番おいしそうな方とは、あるいは俺の手料理の事だろうか。

 

 そう言えば以前俺の作った料理を食べて、俺の料理以外受け付けなくなった親戚は、長年のリハビリの末に最近克服したらしい。今度俺の作った料理を盛りに行こうかな。

 

 ひよりはたまに俺の料理を食べてみたいと匂わせるような発言をして来るのだが、これはあれだろうか、逆プロポーズみたいなものだったりするのだろうか。

 俺自身は自分の料理を食べても問題ないし、そこまでの料理を作れるなどあまりにファンタジーな話で俺自身少し前まで半信半疑だったのだが。

 だが、だ。卒業間際に面白半分で龍園に盛って見たところ、龍園が卒業式の日に泣きながら俺と一緒に住んでくれというくらいには一度食べたら忘れられなくなる料理を作れることは間違いない。そのことはひよりも知っているはずなので、興味半分で食べたがっているというわけでもないだろう。つまりは――

 

 チンッ! と音を立てた電子レンジによって思考が中断された。

 

 

 

 夕食を食べ終えたひよりは、テーブルの上に置いてあったリモコンを手に、俺の膝の上に座ってきた。

 

「ひ、ひより?」

「もう一度見ましょう」

「え?」

「もう一度見ていいですか?」

「えっと……さっきのアニメ?」

「はい」

「い、いいけれど」

 

 俺の曖昧な返事に、こくりと小さく頷いたひよりはそのままテレビの電源を付けて、配信サイトにログインし、一話目から再生を始めた。

 ここまでハマるのは意外ではあるがまあ、そこまで面白がってくれるのならいいか。

 俺もアニメを楽しめるから良いやと考えてからすぐに、膝の上にひよりが座り抱きしめるような状態になっていては集中できないことに気が付いた。俺はこんなにドキドキしているのだから、ひよりだってこんな状況では集中できないのではないだろうか。

 

 なんとなく膝の上のひよりに触れるも、

 

「すみません、良いところなので」

 

 とすげなく言われ、内心で泣いた。

 

 まあ、ひよりが楽しんでくれるのならばそれが一番かな。

 

 

 

 

 

 

 

 なんて暢気なことを考えてから十二時間後。

 

 

「もう一回見ましょう」

 

 昨日は結局深夜まで掛かってアニメを二周して、遅くに目を覚ましたかと思うと、俺の用意した菓子パンを食べながらひよりはそんなことを言った。これには「菓子パンを小さなお口で食べるひよりは可愛いなぁ、そのうち結婚して俺の料理しか食べれない体にしてやるぜ」なんて馬鹿な考えを巡らせていた俺も思わず固まった。

 

「もう一回って……もう一回? アニメを?」

「はい」

「そ、そうか。まあ、そんなに面白かったのならいいけれど」

「特に無人島でのエピソードがいいですね」

「まあ、山場だからね。俺もあのあたりが好きだよ。特に王に命令されて従者が飲み物を取りに行くシーンで一瞬だけ映る女の子が可愛くて」

「そうですか」

 

 本当に最近になって、俺が他の女の子の話をしていても素っ気ない返事をしてくるのは、寧ろひよりにしては嫉妬してくれている方なのだと気が付いた。ひよりは、プラスの感情に起因する表情はよく見せてくれて、マイナスの感情はそこまで人に見せない。

 別に嫉妬してほしいなんて歪んだ気持ちはない――こともないけれど、わざわざ不安がらせる必要もないのでわざわざやろうとは思わないのだが。

 

 結局ひよりはそのあとも三回アニメを見返した。

 

 俺がアニメに嫉妬してひよりに慰められるのはまた別の話である。




 アニメや二年生編六巻楽しみです。アニメが放送されたら続き書きます。


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8話 暴力事件

 6巻読みました。出番はほぼありませんでしたがひよりが心配です。正直今一番ひよりが読めないキャラです。
 筆者のいくつか立てた展開では、一番最悪のパターンで退学、一番良くて綾小路と改めてお友達。その他あまりよくない未来が見えてしまっています。


 石崎が大けがをしていたので何事かと思っていた。

 とはいえ、龍園に折檻されてぼろぼろにゃん状態なのは珍しい事ではない。それ故に深く考えずに、まあ、そんな日もあるよねいしたろうっ! くらいにしか捉えていなかったのだが。

 

 

 プライベートポイントが振り込まれなかったものだから、そこでようやく何かが起きていると理解。龍園に話を聞きに行ってみると、にやにやと笑いながら「知らねぇな」とのこと。

 

 まあ、別に教えてもらえなくても、クラスポイントの査定に響く何かしらの事件が起きていて、大方それが別クラスとのいざこざなんだろうということくらいは分かっている。

 

「それがまさかDクラスにちょっかいをかけていたとは」

 

 思考の過程で思わず口に出してしまい慌ててひよりを見るが、どうやら読書に集中しているようで視線は本の上の文字をなぞり続けていた。なぜだか嬉しいことに、最近俺の部屋を訪ねて本を読むことが増えたひよりをしばらく眺め堪能してから、俺は本に視線を戻しつつ考え事を再開する。

 

 俺も詳しいことは知らないが、なかよしのほのほBクラスに龍園が嫌がらせ行為を行っているとはなんとなく聞いていた。だからBクラスと何かあったのかと思ったが、まさかDクラスとは。

 

 

 Dクラスは不気味な生徒が多い故に俺もあまり関わっていなかったが、Dクラスに仕掛けるというのは正直悪くない。龍園の考えを完璧に読み解けるはずはないが、堅実に後顧の憂いを断ってBクラス攻略に専念するという意味でも、殴りやすいボディをしていたからワンパンくれてやったでもどちらでも悪くはないのだ。

 もちろん合理的に行動しているわけではなく、ただ何となくで行動するときもあるのが人間だが、龍園は程度に差があれども何らかの狙いをもって行動する人間だ。

 けれどもそれが余興を楽しむ方にぶれたり、堅実に勝ちに行く方にぶれたりすることがあるから読みづらい。

 

 今日一日情報を集めた結果として、とりあえずDクラスの須藤君とやらがボコボコ実行犯で、けれど正当防衛を主張。Cクラス側の三人はボコボコ被害者で、とりあえず被害者だと主張。

 

 

 まあ、今回の件については特にやることはないな。変にDクラスを刺激してしまうのではないかと焦ったが、今回の件がどうなるか、大人しく静観するべきだ。

 学校側がどんな対応をするのかも気になる。この学校に入ってまだ数か月。退学者はおろか、大きなペナルティを負った生徒も出てきてはいない。Dクラスには無理だろうが、それこそポイントの暴力でなあなあに済ますことができるだろうが。

 

「? 先ほどからページが進んでおりませんけれど」

「……あっ、いや、ちょっと考え事をね。ポイント早く振り込まれないかなって」

「■■君は、龍園君は嫌いですか?」

 

 ひよりに突っ込まれて、適当な返事をした後に、ひよりにしては珍しいというべきか、踏み込んだことを聞かれた。不意打ちだったので、表情を変えないように意識するので精いっぱい。別のどこかで図星を察せられた可能性はある。変に誤魔化すよりも素直に認めておいた方がいいと判断。

 

「そうだね。リーダーとしては認められないから……嫌いとまではいわないけれど」

「私も、龍園君のやり方は苦手です。ですが、このクラスで勝つために必要な事なのかもしれないと、最近になって考え始めました」

「そうか……」

 

 龍園が優れたリーダーかどうかは、そう聞かれた場合俺はまだ判断を下すには早いと答える。

 けれど、それでも暫定評価は出し続けておくべきで、その暫定評価では現状不合格。

 素質はあるし、カリスマ性もある。思い切りの良さなども高評価。けれど過信と手段を択ばなすぎるところがいただけない。敵を作りすぎるのも問題だ。龍園がトップになることで明らかにポテンシャルが落ちた生徒も少なくない。

 今後の将来性に期待という意味では、放置して様子を見るというのが俺の出した結論。

 

 俺は龍園が誰かに敗北した時にリーダーへと成り代わる。

 

 けれど例えば、万が一にも龍園が、クラス全員を勝たせる方法を考えていたらどうだろうか。8億貯めるだとか、確実に全員が勝てる方法はあるにはあるのだ。

 8億ポイント貯める方法は大きく二つある。片方は難しいが確実にできる方法。もう片方は学校のルールを詳しく調べて本当にできるか確認する必要がある上に難しいし確実性に欠く方法。

 前者は実行後のリスクが大きく、後者は実行後は確実に勝てる方法。

 

 まあ、それをやろうとしてたら本物の馬鹿か本物の天才か。少なくとも俺は絶対にやらない。

 たとえどちらであってもリーダーとして認めてやろう。仲間を仲間として見ることは俺にはできない、リーダーとして必要な資質の一つなのだから。

 

 

 

 

 ☆

 

 

 

 

「こんにちは!」

 

 翌日の放課後。ひよりは今日は部活があるので一緒に遊べない。泣く泣く見送ってから、暇だから石崎の傷に塩を塗る(物理)か、Bクラスの神崎と仲良くおしゃべりしようか悩みに悩んで、結局須藤君を探して声をかけることにした。

 少し探したところで、ベンチに座っている須藤と数人のDクラスを発見。中にはあの綾小路もいた。

 

「こ、こんにちは」

 

 俺の元気のいいあいさつに戸惑いがちに返事をしたのは確か、櫛田。櫛田は俺がこの学校で連絡先を交換した最初の人である。本当は初めてはひよりに捧げたかったところなのだが残念でならない。

 

 この櫛田のすごいところは、おそらく俺以外の大勢とも連絡先を交換しているであろうに、交換して暫くの間はちょくちょくメッセージを送ってきていたところだ。ヘブライ語で全部返事をしていたら、わざわざ翻訳してから返事を返してきたヤバい奴。

 仕方がないので、俺は親切にも日本語で「これからは音声でやり取りしましょう」と言ったうえで、常にアイヌ語でしゃべり続けていたら、謝られたうえで連絡が途絶えた。

 

「あ、えっと、志島君だよね」

「えー」

「な、何か用かな?」

「いやぁ、偶然見かけたから何をしているのかなって。あれかな、目撃者探しかな?」

「そ、そうだね、えっと、志島君も何か知っていたりするかな?」

「ぜーんぜん。具体的にどんなことがあったのかもいまいちわかってない」

「だよね……」

「まあ、でも。俺としては正しい方の味方だから。何かあったら必ず教えるよ。須藤君……だっけ? 頑張ってね!」

 

 俺が声をかけると、須藤は無邪気に「おう」と返事をして、手を振る俺に片手をあげて別れを告げた。櫛田は手を振ってくれているが、他のDクラスの生徒たちはあっけにとられた表情を浮かべたまま。こういう時にとりあえず挨拶できる須藤は、運動部という感じがして嫌いじゃない。

 

 

 

 今後存在感を増していく龍園。

 Bクラスにも嫌がらせはしていたようだが、Dクラスが受けたのは攻撃と言える。最初の被害者だからこそ、最初の被害者だという意識があるからこそ、龍園の存在に嫌でも注目するだろう。

 龍園の存在が強まれば強まるほど、龍園という闇が深まれば深まるほど、俺という存在に偽りの光を見る可能性はある。

 

 リスクは高いが、だからこそ分散する。少しでも多くに関わる。少しでも多くの勝ち筋を広げる。

 

「まあ、無理に勝つ必要はないんだけれど」

 

 この学校のシステムは面白いと思う。正真正銘に実力を持つ人間は、俺みたいな卒業後の進路が簡単につかめる人間は、Aクラスに固執する必要がない。実力がある人間は勝負する必要すらないのだ。

 けれど、まだわからないが、きっと何かがあるはずだ。

 Dクラスの存在意義を、俺は一度考えたことがある。きっとそこに、この学校の掲げる実力至上主義の答えがある。

 

 今回のCクラスとDクラスの騒動がどう転ぶのか、よく見ておこう。



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9話 一之瀬

短いです。


 図書館でちょっとした用事を終えて、必要な本を借りられるだけ借りる。

 

 ベンチで、図書館で借りてきた本を読んでいると誰かがやってくる気配がして、本から顔をあげる。

 神崎と一之瀬だ。恋愛脳の俺には男女が一緒にいると付き合っているのかな、とか考えてしまう。まあその考えが正しいのならば俺とひよりも付き合っていることになるが。

 

「志島。ちょっといいか?」

 

 神崎に言われて、本を閉じて横に置く。何冊も借りたため山のようになったそれに興味を持ったのは一之瀬だった。

 

「チェス? 志島君チェスをするの?」

 

 オープニング辞典から、チェスで遊ぶにあたってはそこまで重要ではない歴史に関する物まで。図書館で目についたものを適当に借りた。ほかにもまだまだチェスについて記された本は多くあったが、精々一週間くらいで読破できるだろう。

 

「そういうわけではないけれど、ちょっと知りたかったから。せっかく生きているんだからいろいろ知りたいよね」

「お前ほどの成績でも、そう感じるのか」

 

 そう尋ねてきたのは神崎。一之瀬が雑談してくるのは意外ではないが、神崎は少し意外だ。けれど、その真剣な表情から、何かを探ろうとしているのだと察した。

 

「そりゃあ、学校のお勉強ができる事と知識がある事とは全然違うから」

 

 普通の人間なら一生分以上に相当する学習は、すでに終えたつもりだ。俺は多言語を操って、難解な本を紐解きそれを完全に暗記できる。常人には考えられない速度で、常人には考えられない成果を上げ続けた。

 けれどそういった学習は、学問の方に集中していた。もともと父親がそうだったから、それと同一にしようとした母の教育方針も当然、学問以外のことは教えないというものだ。

 キアリ奇形の治療に関する論文を熟読することはあっても、流行の小説を読むことは無い。

 COBOLを自由自在に操れても、オセロの駒を触った事すら無かった。

 

 それらはあるいは悲劇的にも見えるが、逆に言えば、まだまだ学習することは世界に溢れているという喜ばしい事でもある。これから明らかになる事、みんな知っているのに俺だけが知らない事、そして俺自身の事もいつかは。

 

「勉強熱心なんだね」

 

 にこやかな表情で言う一之瀬に、こちらも笑みを浮かべて肯定する。櫛田と違って自然な感じの彼女の笑みは俺も好きだ。もちろんひよりの笑顔には負けているが。

 

「一之瀬も成績いいんだから、勉強頑張ってるんだろう?」

「人並みには頑張っているつもりだよ。でも、入試で一番で、中間テストも百点な志島君には負けちゃうなぁ」

 

 そういえば、今更だが俺はどうしてCクラスなんだろう。今一之瀬の言った通り学校のお勉強の成績ならたぶん学年で一番だろうし、身体能力においても、一つのスポーツに集中して打ち込んでいる人には劣るだろうが大抵のことは出来る。協調性は……たぶんある。

 まあ、ひよりと同じクラスになったのでどうでもいいが。

 

「暴力事件について、何か知っていることがあれば話してほしい」

 

 と、このまましばらく雑談が続くと思いきや、流れを断ち切って神崎がぶっこんで来た。

 

「知らないよ。Cクラスの生徒三人がぼこぼこにやられて、その犯人はDクラスの生徒一人。そしてそのDクラスの生徒が正当防衛を主張しているってことだけ」

「そうか」

 

 神崎はそっけない返事をして踵を返す。

 

「あ、まって神崎君」

 

 一之瀬が呼び止める声に、ほんの少し歩き方が不自然になる程度に止まって、けれどそのまま去る。

 

「一之瀬は暴力事件の目撃者を探しているんだっけ?」

「う、うん。あまり志島君には歓迎できないかもしれないけれど……Dクラスのために行動してる」

「今回の件。たとえ龍園が背後にいて石崎たちを操っていたとして、それでも事実としてぼこぼこにされたのはうちのクラスの方。完全にDクラスが無罪になるのは難しいぞ」

「……そうかもしれない。でも――」

「俺はあまり役に立たないかもしれないが、石崎は喧嘩が強い方だから、なすすべなくボロボロになるのはおかしいってことだけは言っておくよ」

「え?」

 

 いい機会なので、ここで一之瀬に少しだけ媚びを売っておくことにする。石崎の腕っぷしが強いことくらい、少し調べればすぐにでも出てくるような情報だろうし、漏らしても問題ない範囲だ。そんな価値のない情報でも、協力する姿勢を見せたこと自体に意味がある。相手が神崎とかだとそういう狙いも気づかれそうだし警戒されるだろうが、一之瀬なら純粋な善意として受け取るだろう。

 後はどこかのタイミングでDクラスに協力する姿勢をもう一回くらい見せておきたいが、その好機があるかはわからない。

 

「ところで、神崎含めてどうして俺に話を聞こうとしたんだ?」

 

 過度に一之瀬が俺に感謝の念を持ってしまわないように、すぐに話題をそらす。一之瀬から好印象を持たれることに問題はないのだが、あまり一之瀬の味方だと思われていると、もしどこかで龍園に同調して動く必要があった時に、必要以上にBクラスからヘイトを買う可能性がある。だから今は、もしかしたら協力してくれる時もあるのかも、くらいに思われるのが一番理想的だ。

 

「あ、えっとね。須藤君や櫛田さんが昨日志島君に声を掛けられたって言ってて」

「うん」

「何か用があったの?」

「いや、声をかけただけだけど。もちろん困っているのなら助けようと思ってだけれど」

 

 あまり好もしくない方向へ話が進んでいるのを察するが、けれどこれはもう避けられない。

 

「でも、もしかしたらCクラスを不利にするようなこともあるのかもしれないよ」

「それでも、俺は正しい人が損をするのは間違っていると思うから、Cクラスが悪いのならば裁かれるべきだ。法治国家で生きていく以上犯罪は許されない」

 

 あまり一之瀬からいい人だと思われる展開は避けたかったが、こうなった以上は可能な限り一之瀬からの好感度を上げる。強い言葉を使って俺がCクラスが間違っているのなら徹底的に戦うつもりがある意思表示も見せる。

 

 俺の言葉に満面の笑みで感謝を述べる一之瀬――そんな姿が俺の想定していた一之瀬だったが、事実は違った。

 

「そうだよね。許される事じゃ、ないよね」

 

 暗い顔で小さくつぶやいた。どうかしたのかと尋ねるより先に、

 

「じゃあ、私もう行くね。話聞かせてくれてありがとう」

 

 足早に去る一之瀬の背を眺め、思わず一言。

 

「え? 地雷踏んだ? え? どこに地雷あってん?」




 


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10話 棒付きキャンディー

最近AIが小説を書くだとかありますけれど、筆者としては本文を入力したらタイトルを決めてくれるAIが開発されてほしいです。


 今日も今日とてひよりは部活。俺はベンチで目を瞑って人を待っていたのだが、こちらに近づいてくる気配を感じてそちらを見る。

 

 堀北会長だ。昨日からここに座っているとやけに誰かに声を掛けられるが、何かそういう不思議スポットだったりするのだろうか。

 

 会長の横には背の小さな女の子。会長も隅に置けないなぁと煽ろうか少し悩んだが、あまり面白い展開にもならずに不興を買う可能性だけがある愚行なのでやめた。

 

 ただ何となく女の子の方は揶揄ったら面白そうな気がするので、機会があれば遠慮なくやろう。

 

「志島。久しいな」

「お久しぶりでございます。こんな若輩にあなた様ほどのお方からお声がけいただけるなんて幸甚の極み」

「慇懃無礼だ。Cクラスの件。お前も絡んでいるのか?」

「はぁ、えっと、暴力事件のことですよね?」

 

 今のところ絡んではいないが、これから絡むつもりはある。絡むと言っても、いい機会なので行動できるところで行動するつもりなだけだ。暴力事件そのものとそれの審議について何か介入したこともすることもない。

 それを正直に告げると、会長は少し考え事をするように顎に手を当てて、しかしじっと俺の方を睨む。

 

「確かに今回の手口は、お前のやり方とは考えづらいが」

「いやですねぇ会長ぉー。今回の件はDクラスに僕たちのクラスがひどい目にあわされた事件ですよー」

 

 今回の件について、俺は結局詳しいことはまだ知らない。けれど、龍園が仕組んでやった事だとはわかっているし、どうやら会長もなんとなくそのあたりの事情を察してはいそうだ。

 会長の立場であってもそれを判断するには情報も証拠も足りなさそうだが、直感的にその背景を見抜いてはいるのだろう。

 

 俺にも当てはまることなのだが、ある種の天才はどこか論理を超越して直感的に答えに行き着くことがある。

 例えるとしよう。凡人は地図を持たずに目的地まで手探りで歩く。秀才は地図を手に目的地へ歩む。この時に人によっては自転車に乗っていたり、車に乗っていたりと才能によって差があったりもするわけだ。

 けれど、天才の思考は、時としてどこでもドアとしか例えられないようなときもある。まずは直感的に答えを理解し、逆算的に論理を作る。誰かに説明しなくていいときには論理を作ることすらしないかもしれない。そういえば、アインシュタインも似たようなことを言っていたような気がする。

 

 ともかく、それは会長にも当てはまりそうだ。

 

 俺も直感的に答えを出してから、答えありきで論理を作ることも珍しくないので、会長がそんな風に答えにたどり着くことに不思議はない。

 

「手段を択ばないやり方はリスクが大きい。お前も気を付けるんだな」

 

 それだけ言うと、会長は言いたいことはもうないと言わんばかりに歩き出す。と、慌てたように横にいた女の子が会長について行こうとして、その前にこちらに深く頭を下げてきた。いい子だなぁ。

 

「ちょいちょい」

 

 手招きすると、会長の背を見て、こちらを見て、少し悩んでから躊躇いがちに近づいてきた。

 

「えっと、私に何か?」

「いい子だね! 飴ちゃん上げるよ!」

「喧嘩売ってるんですか!!?」

 

 ポケットから棒付きキャンディーを差し出すと、ものすごい勢いで怒られた。あきれた様子で戻って来た会長が面白かったので、やはりこの女の子――橘というらしい――はこれからも揶揄ってあげよう。

 

 

 

 ☆

 

 

 

 

「あんな表情の堀北会長は初めて見たな」

 

 しばらく待っていると、ベンチの横に南雲君が座ってきた。ちなみにもちろん南雲君に対して、直接「南雲君」と呼んではいないが、心の中でくらいこう呼んでも怒られはしないだろう。

 もともと今日は南雲君と待ち合わせをしていたわけだが、会長がいたので離れるまでどこかに隠れてこちらを観察していたのだろう。

 

「お願いを聞いていただけて感謝しています」

「対して難しい話ではないからな。可愛い後輩の頼みを聞くくらいのことはするさ」

「おや、かわいい後輩のために無料で良いってことですか?」

「ただほど高いものはないぞ?」

「冗談ですよ。現に三年生の情報をいくつか流しましたよね。まあ、どうやら先輩はすでにご存じのことばかりだったみたいですけれど」

 

 南雲君に俺のお願いを聞く代わりに、三年生数人の生徒の弱みをつかむように言われたが、どうやらその全ては既につかんでいたことのようだった。大方俺の能力を測ろうとしたのだろうが。

 

 しかし、この南雲君は結構おしゃべりなので話していて疲れる。いや、おしゃべりなこと自体は良いのだが、冗談が通じないので話していても楽しくないと言った方がいいかもしれない。堀北会長ほどの能力は感じないし、後輩からのジャブを冗談として受け入れずに半ギレになるし、無能ではないのは分かるのだが――とにかく一言で言えば話していて面倒なのだ。

 

「ところで、お前のクラス。なかなか面白いことになっているな」

「面白い事なんてありませんよ。なんてったって被害者ですから」

「被害者か、ははは」

 

 

 南雲君は南雲君で、なんとなくCクラスが仕組んだ事件だと察しているようだが、これは単純に南雲君が似たような手を使ったことがあるからか、あるいは考えたことがあるからかだろう。個人的には手段を択ばない奴は嫌いじゃないが、手段を択ばないことを能力だと思っている奴は嫌いだ。

 どんな天才も凡人の凶弾に倒れうる。そして銃を扱うだけならだれでもできる。

 南雲君は有能だとは思うが、何か過去にあったのか、特に理由もなくコンプレックスを感じているのか、能力を誇示したがるタイプの人だ。

 なんとなく日本人はそういう人間を過小評価しがちだが、能力を誇示したがる正真正銘の天才もいるので、一概にそれを悪い事とは言えない。南雲君は、今は堀北会長と勝負して、そのあとに俺を含む後輩と遊ぶぜ、とか考えているっぽい。わざわざ付き合う義理もないが、俺とて承認欲求や自己顕示欲を持ち合わせているし、自分が強いと思っている人間を打ち負かすのも好きだ。ゆえに、いつか南雲君と戦うこともあるのだろう。

 

「っと」

 

 そんなことを考えていると南雲君が端末を取り出して誰かと話し始めた。

 

「悪いな。呼び出しだ。また何か俺に頼みがあれば聞こう」

 

 そう言って離れていった南雲君は会長とは違い、こちらに背を向けたまま手を小さく上げることで挨拶をしていった。

 普通なら格好つけすぎだと思うのだが、彼のあの整った顔立ちでは何ら違和感がないのでずるい。

 

 ……この感想だけ見たら少女漫画のセリフでありそうでちょっと嫌だ。

 

 

 ☆

 

 

「あ、ひより。お帰り」

 

 その後もベンチに座って、脳内でチェスの駒を動かして遊んでいると、遠くからひよりが歩いてくるのが見えた。

 今日はひよりとモールの書店で、今日発売されたばかりの本を買う約束をしていたのだ。

 ひよりと買う本を共有することでポイント節約の狙いがある。

 

 というのは俺がひよりに話した建前であって、本心としてはひよりと同じ本を読むことで交際気分を味わうというゲスい下心と、同じ本を読んで感想を言い合ったら楽しそうという我ながらピュアい恋心だ。

 

「すみません。お待たせしました」

「ううん。今来たところ」

 

 ひよりの言葉に思わず反射的にそう返すが、放課後からここにいた事はひよりも知っているのだから今来たところなはずがない。この場合なんて返すのが正解だったのだろうか。

 

「……」

「……?」

 

 押し黙る俺を不思議そうに見つめるひよりを横目に、正解を導き出す。

 俺の人生において恋愛の経験は絶無。しかし人間は論理的な言語と文字を使い、自分の人生や知識を共有することを可能とした。ここに入学してから何冊も読み続けてきた本の中から答えを探る。

 

「君を待つ時間は長い方がいい。ようやく会えた時の喜びが一入になるからね☆彡」

「そうですか?」

「……本屋、行こうか」

 

 せめて笑ってほしかった。キョトンとした表情のひよりと共に書店へ向かう事とした。

 

 

 書店ではすでに買う本は決まっていたため特にこれと言った出来事も起こらず。

 そのまま流れで俺の部屋にやって来て、何とひよりの手料理をいただいたのだが、喜びのあまり味蕾が尊死してよくわからなかった。けれどひよりの手料理なので人類史上最高のものだった。




 主人公、南雲君を地味に馬鹿にしてて草。

 前にも書いた気がしますが、筆者は南雲君結構好きです。
 南雲君の戦い方は今のところ人海戦術って感じですけれど、それだけで終わる人じゃないと勝手に期待してます。たとえ人海戦術だけでも膨大な情報とマンパワーあるのは超強いので、暴れまわってほしいですし、暴れまわりそう。

 次回は七巻までには書きます。


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11話 シリアス

 審議に向かう石崎を見つけて、俺は声をかける。

 

「お、石崎! 今日もいい感じにぼろぼろだな」

「あ? って、志島か」

「面白い資料があるからあげりゅ!」

「資料って、須藤?」

 

 俺の渡した封筒に書かれた名前を読み上げて、首をかしげる石崎に。

 

「これ、仲良し……? なか、よし……かもしれない先輩にもらったやつだから。入学早々須藤に暴言を吐かれて脅された先輩がいてね、証言してくれたよ。せいぜい心証をちょっと悪くするくらいにしか使えないけど」

「マジか!? いや、お前が協力してくれるんだったら百人力だ」

「じゃ、頑張ってね!」

「お、おう」

 

 

 と、石崎を見送って、俺は教室に荷物を取りに戻る。

 今回でDクラスから退学者が出たら面白いのだが、そう単純に行くだろうか。

 退学の影響が、予想しているもののほかに何かあるかもしれないので、まずは他クラスの犠牲が欲しい。

 

 須藤君は意外と嫌いじゃなかったので、いなくなるのは残念だが、まあ仕方がない。

 

「綾小路か高円寺、どっちかなんかしてくるか?」

 

 その辺はあまり警戒しなくていいか。

 どう足掻いても向こうが石崎たちをぼこぼこに殴りつけたことに変わりはないのだから。

 

 Dクラスの立場になって、逆転の方法を考えてみる。全くないかといわれるとそうでもない。十個くらいは思いつく。が、

 

「そこまでして須藤君を助けるとは思えないな」

 

 

 せっかくの厄介払いの機会だ。そもそも、向こうがCクラスのやり口を知っていたとしても、須藤君の悪評もまた知れわたっている。

 

「まあ、気にするだけ無駄か」

 

 どっちに転んでも、俺にもひよりにも大きな影響はないだろうし。

 

 

 

 ☆

 

 

 その日の放課後、俺は屋上で本を読んでいた。普通学校の屋上は閉鎖されているものだと思うのだが、ここは解放されている。うっかり飛んだりする生徒がいたら責任とれるんだろうか? あるいは、退学者が出る日は施錠してたりするのか? 気になってきた。

 今度退学者を出して調べてみようかな。

 

 

 ちなみに、今読んでいる本はひよりに勧められたミステリー小説。

 昨日まではずっと図書館で借りた、チェスに関する本を読み続けていたので、久々の小説だ。

 

 

「ん?」

 

 誰かが階段を上ってくる音。

 普通の生徒、俺を探してきた生徒。龍園、別のCクラスの生徒、Dクラスの生徒、その他いろいろな可能性を検証して、対応を準備しておく。

 

 が、この足音は学生のものではない。教師ならば戦闘に発展することも、舌戦になることもないだろう。

 

「探したぞ志島」

「……坂上せんせーですか」

「今回の件にお前が手を貸すとは意外だったな」

「なんか、俺の行動っていつも誰かに意外がられるんですけど、なんでです?」

「お前が普通の行動をとっていないからだ」

 

 なるほど。でも俺ほど普通な人間はいないと思うんだが。

 

「審議はどんな感じですか?」

「また仕切り直しだ。とはいえ、痛み分けに終わるかもしれないが」

「向こうの評判が悪いように、こっちも大概ですからね」

「ああ、お前が石崎に渡した須藤の話も、たいして影響は及ぼさなかった」

「それでいいんですよ。石崎からの信頼度を上げることが目的でしたから。あまり勝ちすぎてもあれですし」

 

 坂上先生はこんなことを話すために俺を探していたのだろうかと、疑問に思い、そうだ!

 

「そんな話をするために俺を探していたのか?」

「いや、違うが、なんだ急に」

「漫画でよくあるセリフを言ってみたかったので」

「そ、そうか、いや、いいんだが……いや違う! お前、急に漫画を寄こすのをやめたな」

「あー、飽きたんで」

 

 そういえば、俺はずっとほとんど週刊連載のペースで自作のエロ漫画を坂上先生に送っていた。

 最初はいい加減にしろと注意されていたのだが、徐々に無視されるようになってきて、それでも俺が飽きるまでは続けていたのだが。

 

「飽きた……いや、そうか、別にいいんだが。ああ、別に構わない」

「?」

 

 俺の送りつけていた漫画はストーリーを重視しているものだ。最初はさびれた廃村での退廃的な性生活を送る、哲学的なものだったのだが、それから複雑な人間関係を描いたものにシフトした。

 様々なしがらみを振り切って、ついに義妹と仲直りした主人公が、義妹の口から衝撃的な秘密を告げられる――といったところで飽きた。

 

 他人にやられたら、どうしてこんな気になるところで辞めるんだぶっ殺すぞ! と言ってしまいそうな感じだが、俺はその秘密を知っているので別にいいやとなった。

 

「それで、話を戻すと、どうして坂上先生は俺を探していたんですか?」

「……お前は、この学校で上を目指すつもりはあるのか? 担任として、一応聞いておこうと思ってな」

「うーん、しょーじきないですねぇー。別に卒業後困ってないですし。特許料とか印税とか、たぶんものすごい額入ってますし」

 

 そういえば、俺、所得税とかどうやって払えばいいんだろう? やばい、考えてなかった。後で学校に相談しなきゃ。

 

「お前ほどの天才なら、Aクラスにこだわるまでもないか。どうだ? 志島、龍園なら坂柳にも勝てると思うか?」

「さぁ? 可能性はあるんじゃないですかね?」

「そうか……ならそれこそ、お前なら簡単にAでも取れるか。だが、可能性はある――くらいか」

「運が介入してくるのがこの世界ですからね。そもそも、この学校は団体戦ですよ? 坂柳に勝てなくても龍園は十分Aクラスに勝てますよ」

 

 クラス単位で評価するとして、その将来性などを加味してランキングをつけるとすれば、Aクラスは三位か四位くらいだ。Bクラスがどう転ぶかわからないのではっきりとしないが、場合によっては一番弱いクラスだとも思っている。

 

「お前が言うと妙な説得力もあるが、とても信じられないな」

「協調性の問題ですよ。現代人はそれをかなりはき違えている。

 個性を殺して社会に準じる。それを協調性だと誤解している人ばかりです。いえ、確かに秩序の維持のために、秩序に対して破壊的な個性は抑圧されるべきなんでしょうけれど」

「じゃあ、お前の考える協調性とはなんだ?」

「俺の実力を十段階中の十五とします」

「ん? いや、おかしいだろ」

 

「? 一般的な人間は三とか四とかの実力だとして、それを支えて七まで引き上げるのが協調性ではないでしょうか? 協力し、一人では出しえない実力を発揮する。格上だって簡単に殺せる。場合によっては強者を支え、場合によっては弱者を支える。下振れをなくして、上振れを作る。

 AクラスもBクラスもそういった協調性はないです。あれは実力を均等にしてしまっている。決して、十五ある実力を三まで下げることを協調性とは言いません」

「なら、AやBよりもDのほうが最も危険だと? もっとも協調性のないクラスだぞ」

「上振れのリスクですよ。というかクラスが平均でまとまったAやBよりも、Dのほうがよほど上振れの危険がある。何もしなくたってAやBには勝てるでしょうから、まずつぶすべきはDです」

 

 と、坂上先生には言っておくが、高円寺と綾小路のいるクラスにケンカを売ることはしない。そもそも最悪負けたってかまわないのだが、大負けしてうっかり退学になったりでもしたら、ひよりと一緒にいられなくなる。

 

「お前は、少なくともお前なりにこの学校の答えを出したつもりなのか?」

「まさか、これでも俺は試験を時間いっぱい使う人間ですよ。どれだけ簡単でもどれだけ難しくても、使える時間は使います」

 

 自分なりの思想や考え。そういうものはノートに書きだしてみる。

 一年後、あるいはまったく別の考えが浮かんだ時に読み返す。場合によっては、前に考えていたこの考えのほうが真理に近いと思いなおしたり、前の考えがあまりに愚かだと感じたり。

 

 結局、人間は考え続けなければ死ぬ生き物なのだ。

 

「お前は、この学校をどう思う?」

 

 と、クラスの話題から、学校全体の話題に代わった。

 

「どう思うとは? まあ、ふつうの学校じゃないとは思っていますが」

「そうか…………確かにこの学校は普通じゃないが、それでも学校だ。お前が……特別扱いをされているのもそういうことからだ」

「え? 特別扱いされてます? 確かにカウンセリングを無料で受けれていますけれど、まあ、学校なら普通のことで特別扱いとは」

「お前の行動に対する減点は普通の生徒の十分の一以下だ。それでなんであんなにポイントを吐き出せるのか疑問だがな」

「え? そうなんですか? じゃあ、この屋上から階段を使わずに下に降りれるかやってみてもあまり減点されないんですか?」

 

 じゃあやってみよう。そう思い立ち上がる俺に、本当に疲れ切った声色で。

 

「やめろ。一撃で退学になる行動は、お前の場合も特別扱いはない」

「あー、表面上は平等に見える感じになってるんですね」

 

 公開されていない減点ならいくらでもごまかせても、誰がどう考えても退学にならなければおかしい行動の場合は、ごまかしようがないと。

 しかし屋上から壁を使って降りれるか試すのは、一発で退学になるのか?

 

 そりゃあ、ものすごく怒られはするだろうけれど――

 

「……あー、先生は知っているんですか」

「…………ああ」

「学校の特別扱いもそういうことね。カウンセラーの対応からも何となくは察していたが」

「……知っているからと言って、それで――」

「別にそんなことは気にしていませんし。何なら学校中に知られたって俺はそこまで困りませんよ」

「いや、だが」

「まあ確かに……そうですね。客観的に見たら、特別扱いされて当然かもしれませんが」

 

 むしろよくこの学校は俺の入学を受け入れたなと感心するほどだ。

 

 母親に刺され重傷。入院中に二回の自殺未遂をした。

 そんな生徒を入学させるのはリスクだ。学内で自決でもしようものなら、俺の背景など無視して、学校の責任問題が騒がれたっておかしくない。

 

「別に飛び降りようなんて思ってませんよ。ただ、今はなんだってできる気分なんです――あ、これもなんか死ぬ前に言いそうな言葉になったな――ほら、あの、行動を縛られない的な?」

 

 

 笑いながら言うが、坂上先生は無言。

 そこまで深刻な問題でもないのだが。

 

「まあ、いいや。要は、俺にあまり屋上にいてほしくはないんですよね? 降りますよ」

 

 

 別にこちらが気にしていなくとも、相手に気にされれば空気が悪くなる。ここで俺が先に屋上から降りても、逃げたような感じになるので嫌だったが、俺の自死を不安視しているのならば、俺が降りるまで坂上先生も居座るかもしれない。

 いったん寮に帰ることにする。

 

 

 

 

 

 と、学校の外に出るとたまたまひよりと出くわした。

 

「わーい!! ひより!!」

 

 その点ひよりはすごい。見るだけでこんなに幸せな気分になれるんだから。

 

 俺が大喜びでひよりに駆け寄るが、ひよりはどこか深刻そうな、真面目な顔をして。

 

「■■君。すみません、とても大事な質問があるのですが」

 

 ひよりの口から衝撃的な言葉を告げられる――




 何気に今回が一番難産でした。

 よかったら評価感想お願いします。(これ言うとマジで増えるのは身をもって知っているんですけど、なんででしょうね? お願いされたらやっぱり聞いてくれるんですかね? お金くだ)


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告白

 やけに神妙な面持ちのひよりに、さすがに俺も動揺する。

 

 この期に及んで、もしかしたら告白されるのではないかと考える楽観的な自分を追い出して、最悪の事態を想定する。

 

 この状況で一番最悪なパターンは「もう二度と話しかけないでください」とか言われることだが――想像しただけで泣きそう。

 

 こちらが涙目になっている中、ひよりは意を決したように。

 

「あの、女性ではなく男性の方が、その、恋愛対象なんですか?」

「………………? あ――――」

 

 

 刹那、俺の脳内に溢れ出した、バチクソに存在する記憶。

 

 以前、龍園たちをビビらせるために、そんな感じの言動をしたわけだが。

 

「だ、だだ、だ、誰情報? いや、え?」

「龍園君が、『志島は男が好きらしいからな』と先ほど」

「……どうにか地獄を見せてやりたい」

「?」

「あ、いや。あの龍園の言っている事なんだからさ、あまり鵜吞みにすることはないんじゃないか?」

 

 というか、龍園は何を突然そんなことをひよりに吹き込んだんだろう。

 俺の妨害をするのだというのならば、排除するほかないが。

 

 まあ、これくらいならいたずらとして見逃してやるのも度量か? ちょっとした冗談くらいは流せる大人になりたいからな。

 

「そうなんですか? 石崎くんも山田くんも同意するように頷いていましたけど」

 

 は? 殺。

 

 いやまて、そういえば、あまりにも今更だが、俺は石崎とアルベルトに対して正式に誤解だと説明した記憶がない。

 

 やばい。いろんなところにちょっかい出してきたが、これが一番アフターケアも何もしていなかった。

 同じクラスだからある程度適当に振舞っても問題ないというのもあったが。

 

 石崎たちへ感じた殺意はいったん龍園に向けるとして、ひよりの誤解を解かなければならない。というか、龍園たちが言いふらしてたら俺の学校生活終わってるのでは? これまでの、かっこいい三輪車でイメージアップを計画していたのが無駄になってしまう。というか、場合によってはもっと大事な計画も駄目になってしまうのでは?

 いや、まだそうと決まったわけではない。けれど、兎にも角にも最優先事項はひよりの誤解を解いて――いや、この抑えきれない殺意を龍園に向けるのが先か? そんな訳はないのか? あれ?

 

 

 まずい。感情に振り回されて正常な思考ができなくなってしまった。

 

 えっと、とりあえずひよりの誤解を解くのが先でいいんだったか?

 

 

「俺が好きなのはひよりなんだから、別に男は好きじゃないよ」

 

 よし!

 

 

 

 あれ?

 

 

 

 

 ?

 

 

 

「……ありがとうございます。ところで修治くんはこの後予定はありますか? 無ければ本を買いに行きませんか?」

「ヨテイハナイヨ」

 

 現場から宇宙になっていた間に、ひよりから本屋デートの誘い。

 意識が宇宙の果てにまで飛ばされていようとも、俺のひより好きは細胞単位なので、勝手に肺から出された空気が声帯を揺らして音声を出力してくれた。

 

 それよりも、何か俺はとんでもない事を言ってしまったような気がしないでもないが。

 

「まあ、いっか?」

「どうかしましたか?」

「ううん何でもない。本屋に行こうか」

 

 

 

 ☆

 

 

 

 本屋にはそれぞれの特色があるものだ。

 やけに語学が充実していたり、やけに偏りのあるジャンルがあったり。

 専門的な本が豊富にあったりすると、あるいはぎょっとするタイトルの本があったりすると、それだけで本屋に来た価値があると思う。

 

 そもそも、本屋に来るだけで充分に楽しい。

 

 どんな内容であれ本があれば心が躍るのが人間だ。

 

 

 そして、本好きの女の子とデートをするのなら、図書館ではなくて本屋の方が優れている。

 理由は単純で、会話ができる。

 

 本を読む空間である図書館は静かでなければならない。対して、買い物をする場所である本屋はある程度騒がしくても構わないわけだ。

 

 

 ひよりとのデートの楽しさに、本屋の楽しさが合わさって最強に見える――見えるどころか最強だ。

 

 

 ちなみに、この学校の本屋は参考書の数が多めだったりする。まあ、そりゃそうだよな。

 

 個人的な考えだが、学校の内容の勉強なら、一科目当たり三冊くらいは参考書を持っておいた方がいいと思う。

 

 それぞれ詳しく説明している部分が違ったり、普通の参考書では端折っているところを、おそらくは編集者か作者の趣味で詳しく説明してくれていたりと、それぞれ他の二冊を補ってくれる。

 単にわからないときに、他の参考書の説明だと腑に落ちる時もある。

 

修治くんは、日本文学はお好きですか?」

「え? まあ、好きか嫌いかで言えば、好きかな?」

 

 特別好んで読むわけでもないが、何冊かは読んでよかったと思えるものもある。

 

「というか、海外ミステリーは買わないの?」

「いえ、今日は少しこちらに用があって」

 

 言いながらひよりは本に手を伸ばした。

 少し高い位置にあったため、つま先立ちに背を伸ばし「んっ」と艶っぽい声を上げるので、心臓を直接殴られたかのようになった。

 

 一瞬でもそういう考えが脳を満たすと、急に、この高校のスカートは短すぎやしないかだとか、伸びをしているからひよりの綺麗な太ももとが覗き、下手をすればその先まで見えてしまうのではないかと考えて。

 

 うっかりハンカチを落として拾おうか。あるいはその時にふと視線が上を向いて、何かを覗いてしまうこともあるかもしれないが、うっかりハンカチを落としたのだから仕方がないだろう。

 

 

 ポケットからハンカチを取り出そうとしたときに、ひよりは目的の本を取り終えたらしく、カタンと浮かせていたかかとを鳴らした。

 

 とたん、これまでの考えが断ち切られ、すぐにひよりを性的な視線で見ていた自分に嫌気がさした。

 俺がそんな自己嫌悪に襲われているなんて知らないひよりは、取った本を朗らかに笑いながら俺に指し示す。

 

 

 なんか日本文学の話をしていたからか、日本文学でたまにいる自己嫌悪系主人公みたいなことを考えてしまっていた。

 

 ひよりに見せられた本は。

 

「それは……太宰?」

「はい。少し読んでみようかと」

「ふうん? 太宰かぁ」

 

 好きか嫌いかで言えば、正直分からない。

 去年の今頃なら、好きだと答えていただろう。

 

 そもそも父が太宰が好きだったので、俺も太宰が好きだということになる。

 

 ただ、今の『俺』がどう感じるかはわからない。少し気になる。

 

「よかったら読ませてよ。太宰は無料で読めるだろうけれど、やっぱり紙の本がいいし」

「はい! もちろんです。 ……ところで、修治くんは、太宰治の本名を知ってますか?」

「え? そりゃあもちろんそれくらいは」

 

 それくらいは一般常識とは言わずとも、勉強ができると自信満々にいつも言っている以上できなければ恥だろう。

 

「津島……あれ? なんかド忘れ? いや、まって、出てくるんだけど」

 

 うすぼんやりと輪郭が見えていて、けれどはっきりとしない感覚だ。

 

「津島、修治

 

 口に出すなり、強烈な違和感に襲われた。何か許されないことをしてしまったのに、具体的に何をしたのかわからないような。

 

「正解です。さすがですね」

「え? そうかな」

 

 いまだ違和感はぬぐえないが、ひよりがあっているというのならばあっているのだろう。

 

 

 それからひよりはいつものように海外ミステリーの本も買って、俺も何冊か気になった本を購入する。

 

「だいぶ暑くなってきましたね」

 

 

 店を出て、寮までの道すがら、ひよりは突然そんなことを言った。

 

 言葉自体に不審なことはないのだが、何と言ったらいいのやら、その声色には僅かな緊張がにじんでいるような気がして首をかしげる。

 

「そうだな。もうじき夏か」

 

 俺は一年の中で梅雨が一番好きなのだが、夏はいろんなイベントがあるだろうから期待している。勇気を出してひよりを誘って、いろんな遊びに行ってもいいし、ただのんびりと本を読んで過ごすのもいい。

 

 不思議な感慨がある。

 

 月並みな表現だとは重々承知だが、恋をすれば世界が色づくというのが、真理に近しい言葉なのだと実感する。

 想像する未来の全てが楽しみで、それには常にひよりの存在が欠かせない。

 

 

 もうすでに先程のことは思い出してしまった。混乱の余り、うっかりひよりが好きだと言ってしまった。それも、友情的なものではなくて、恋愛感情だと分かる文脈だ。

 

 ひよりが特にそれに返事をしてこないのなら、今はそれでいい。

 そもそも事故的なものだったし、改めて言ってくれるのを待っているという捉え方もできる。

 

 まだ高校生活は長い。改めて告白するタイミングはいくらでもあるはずだ。

 

 

 夕日を見上げて、風が吹いて、ひよりの吐息が聞こえて。

 

 

「月が綺麗ですね、修治くん」

 

 

 ひよりの言葉に、思わず持っていた荷物全部を落としかけた。

 慌ててひよりの方を向くと、いつもの天使のような笑顔をこちらに向けてきた。

 

 その笑顔に少しだけの不安を滲ませて。

 

 

「さっきの答えに、なってますか?」

 

 

 どのように答えたらいいのかわからない。だって、こんなことを言われるなんて初めてだ。

 

 

 茜差す夕暮れの中、場所は同じように夕日に褪せた舗装された道の上。

 告白する場所としては、あまり美しい場所とはいいがたい。

 

 夕日はあまりきれいじゃない。まぶしいだけだ。人を殺してしまいそうになるほどに眩しい夕日は、ひよりの向こう側にあって、逆光になってひよりの顔がよく見えない。

 告白する状況としては、あまり美しい状況とはいいがたい。

 

 そう遠くない所から、騒ぐ生徒の声がする。頭に入ってこないが、男子高校生らしい、品のない話をしていた。

 告白する環境としては、あまり美しい環境とはいいがたい。

 

 

 

 そのはずなのに、ひよりがそこにいるだけで、それらが全て変わる。

 ひよりがいれば、それが美しいように感じられて、自分が世界に勝手に手を加えてはいけない気がして、言葉は封じられて。

 

 

 俺は何も言わずに小さく頷いた。




 月が綺麗ですねと漱石は訳していないそうですが、実際この言葉のすごいところは、この言葉の意味合いを知らなかったとしても、伝わりそうなところだと思います。
 

 以前Twitterでこの言葉について持論を投稿したことがあるのですが、月が綺麗ですねが伝わるか伝わらないかは、教養ではなく感性だと思うので、文学おすすめです。端的に換言すれば、もののあわれを知りたまえです。


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12話 ひよりとデートに行こう

アンケートの結果、ふつうにデートが多かったので、記念感は減りますが、話の流れとしてデートに行かせます。
 というか、ぶっちゃけアンケートはデートに集中するようにしてたつもりだったのに意外とほかのにも票が入っててビビりました。


 色々あってひよりと付き合えてから一週間。ほとんど夢見心地というか、常に無重力空間を揺蕩っているような気分というか。

 

 現に、石崎たちの暴力事件の二度目の審議が既にあったはずだが、もはやどうでもいいと思ってしまっている。前々からひより以外は興味ないと公言してはいたが、それでも一応この学校で勝ち残るための準備くらいはしていた。でも、ひよりと交際できるのならDクラスになっても構わないし、ひより以外のことに時間をとられるのは嫌だし。よし、もう完全にクラス対抗は龍園に任せよう。

 

 

 さて、少し話は変わる。これは彼女ができた高校生の十割が考えることなのだが。

 

「彼女ができた後って、どうするんだろ?」

 

 そう、結ばれた後だ。おとぎ話ならもう「こうして二人は幸せに暮らしましたとさ」と書かれて終わってるし、ラノベによっても「一年後――」とか言ってエピローグが始まる。彼女と何をしたらいいのか、圧倒的に教科書が足りてない。

 

「一応参考になりそうなのもあるけれど……」

 

 六法全書の箱から、以前購入した漫画を取り出す。隠し場所から察されるように、そういう漫画だ。

 

「文学少女系と図書館でやるやつ、勉強になると思ったから残してたんだけれど……なんか違うんだよな」

 

 文学少女のえちえちは、大きく二種類。文学少女系痴女か、おどおどとしたおとなしい娘か。

 ひよりが「ふふっ、声を出したらばれちゃいますよ?」とか言いながら、机の下であんなことやこんなことをするヴィジョンが見えない。

 だからと言って、おどおどとした感じでもないし。ああ見えてひよりは、結構しっかりとした芯のあるタイプだし。

 

「やはり漫画、参考にならんな」

 

 教科書で学べないことがある場合、いったいどうやって学べばいいかといえば。

 

 

 

 

 

「というわけで、堀北パイセン、俺、イケイケリア充になったんすけど、アドバイスよろっす」

『相変わらずだな……急に電話をかけてきて何かと思えば』

 

 知ってるやつに聞くしかないわけだ。

 南雲君に聞くというのも考えたのだが、なんか南雲君のアドバイスは龍園に聞くくらい参考にならない気がする。

 それに引き換え、会長はきっと素晴らしい知識を俺に授けてくれるはずだ。

 

「ところで、結婚したいんですけれど、確か郵送でもできましたっけ?」

『……それ以前に、結婚したらおそらく退学だろう。そもそも、お前はまだ結婚できる年齢ではないだろう』

 

 冗談のつもりだったんだが、冷静に諭されてしまった。まあ、冗談が通じなかったわけではなく、単純に乗ってきてくれたのだろう。

 

「というわけで、俺くん彼女ができたんですよ」

『確かに、やけに浮かれているようだが』

「それで、彼女ができた後って、どうしたらいいんですかね? 俺の知識だとアフターストーリーに自動的に入るんですが」

 

 もっとも、アフターに入るのはライトノベルなどの場合だ。十八禁恋愛シミュレーションゲームの場合は、付き合ってからが本番まである。文字通りの意味で。

 

『どうしたら? そんなもの、学生らしい健全な交際を心掛けろとしか言えん。特に、お前の評判を聞く限りではな』

 

 なんというか、いや、俺も我ながら悪かったとは思っているが、俺の評判終わってんな。最近は最初の頃みたいに変なことはしていないのに。

 

 むしろ、寮の前で人体切断マジックをやって通りすがりを楽しませたり、突然ブレイクダンスをしてかっこいいところを見せつけたりしているから、評判回復も時間の問題だと思っていたのだが。

 

「おかげで最近はダンゴムシ観察日記も書けてないし……」

『何の話だ?』

「あ、すみません。ちょっと考え事してて。でも、会長のおっしゃる通り、健全な交際をするつもりですが……とにかく、こう、なんでしょうね、なんて言ったらいいか……これから何をやったらいいかわからなくて結構困ってるんですよ。うれしいはずなのに、逆に不安というか」

 

『……そうか、あるいはお前にはそういった感覚は未知のものなのだろう。人間、困難な何かを達成したときに、そう言った心情になる時がある。達成感と、大きな目標を失ったことの虚無感だ。そんな時は、また新たな、大きな目標を立てればいい』

「な、なるほど……!」

 

 そういうことならば大きな目標を立てよう。

 

 目標を立てる時は色々気を付けるべきことがある。例えば、地球大統領を目指すとか、突然大きすぎる目標を立てない事。まあ、死ぬほど頑張ればできるかな、くらいの目標が上限だろう。

 そして、目標は具体的でなければならない。曖昧な目標はモチベーションに繋がらず、寧ろ何をすればいいか分からず混乱する。

 目標を具体的に立てることができたのならば、あとは逆算だ。その目標を達成するのに必要なことで、何が既に出来ているか、何をしなければならないかを明確にするのだ。

 

 最後に、当たり前といえば当たり前だが、その目標は達成したいと思えるものでなければならない。その目標を達成したら自分にどんなメリットがあるのか考えて、頑張りたいと心から思えれば、目標達成にもう既に一歩近づいたと言える。

 

 

「よし! 決めました。大きくて困難で、それでいてやりがいのある目標。俺は、ひよりと在学中に手をつなぎます!」

『は? ……いや、いいんだ。そうか。健闘を祈る……?』

 

 俺の宣言に、会長は困惑したような口調で、応援してくれた。会長って賢いはずなのに、あっけにとられる時が多い気がするけれどなんでだろう?

 

 

 

 

 ☆

 

 

 

 授業中。

 

 茶柱先生が日本史の教科書を読み上げている間に、ひよりと手をつなぐまでの具体的なロードマップを脳内で完成させる。

 一日単位で作ったので、これを一週間ごとに適宜修正しつつ詳細を詰めていく。

 今日の場合は放課後に喫茶店で一緒に読書する約束をしている。その時に話すべき内容、誘導すべき話題、あとは見せる仕草も決める。

 

「よし……」

 

 うまくいけばお部屋デートまで行ける。これまで何度も俺の部屋で一緒に読書することもあったし、不自然なことはないはずだ。ただ、男女交際を始めた以上、こちらに下心があって部屋に誘っていると思われないようにしたい。

 

 というか、もしかして、これまで俺の部屋で一緒に本を読んだりしたのもデートだったりするんだろうか? あれ? いや、そんなことはないか。付き合ってからカウントするべきだろうたぶん。

 

 

 その後、脳のリソースをひよりとの会話のシミュレーションに費やして、今日の授業はほぼすべて右から左へと流れた。まあ、高校の授業なんて聞かなくても問題ない。

 これが別の高校だったら、先生がふざけて「授業中に話した〇〇先生の趣味を答えろ(配点50)」とかあって詰むかもしれないが、この学校ではありえないだろうし。

 

 しかしこれで兎にも角にも完璧に今日の行動は決まった。多少のずれは起こるだろうが、ひよりの読書スピードや休憩のタイミングは把握済みだし、あとはいくらでも誘導して少しでも長い間ひよりと一緒に過ごせるはずだ。

 

 

 放課後になると、すぐにひよりは俺のところにやってきて。

 

修治君。今日のことですが」

「ああ、これからいつもの喫茶店で読書だろ?」

「そう約束していましたが、よかったらこれを一緒に見に行きませんか?」

 

 あれ? なんかすでに俺のシミュレーションから大分ずれているぞ?

 

 ひよりが言いながら差し出してきたのは、ケヤキモールで特別展示をやっているというチラシ。何でも世界中のボタニカルアートを集めた美術展なのだとか。

 

「昨日、修治君のお部屋で美術解剖学の本があったので、興味があるのかと思ったんです」

「…………すげー興味ある。ちょー行きたい」

 

 

 さらば俺の完璧なシミュレーション。

 

 わーい。ひよりと美術館デートだ!




 アニメ勢がひより好きになってこの小説に到達する可能性に備えて、あとがきを修正しました。
 本編でも結構ネタバレ要素はある気がしますが、これはどうしようもないので諦めます。


 オリジナル要素として、ケヤキモールで美術の特別展示を出しましたが、占い師を呼ぶくらいなので、それくらいはたぶんしていると思います。

 誤字修正助かってます。いつもありがとうございます。


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ようこそひより至上主義の教室へ

これまでとだいぶ雰囲気が違っています。この断りを入れることにそれほど意味があるかわかりませんが、何と言うか不安なので。
楽しんで頂けたら幸いです。


 俺の予定とはだいぶ違っているが、どちらにせよひよりと付き合い始めてから初めてのデートである事に変わりはない。初デートで美術館(館というか、ケヤキモールの展示スペースに行くだけだが)というのは、一般的なのだろうか? 

 

 まあ、細かいことは気にしないことにしてひよりと並んで美術展で、入場料の二千ポイントを支払う。

 

 こういう時にひよりの分も出したらかっこいいのかとも思うが、ひよりは却って恐縮しそうだし、いちいち細かい支払いをやりたがる男はそれはそれでうざいとネットで見たので辞めておく。もっと自然にスマートに奢ることが出来る時にやるべきだろう。

 

 渡されたパンフレットには、ひよりから聞いていたとおりボタニカルアートの展示であることが示されていた。ピエール・ジョセフ・ルドゥーテや、マリア・シビラ・メーリアンだとかの絵や、この学校の卒業生の絵も展示されているらしい。もともと卒業生の作品はずっと展示されていて、それにプラスする形でたまに特別展が行われるようだ。

 

「…………」

 

 こういう風に卒業生の展示があるのは、ありがちと言えばありがちだろう。これが例えば、小説家になったりした場合は本が置かれて、画家の場合は絵が置かれる。

 ならば、俺がもし将来プロのエロ漫画家になったら、エロ漫画がこの学校の図書館に置かれたりするのだろうか。

 

 

 いや、この学校の卒業生を名乗ってたら学校から「名乗るな、やめてくれ」って連絡が来そうだ。

 

 

 

 そんな余計な考えを追い払ってから、展示室を眺めた。有名画家の絵や卒業生の絵が、豪華そうな額縁に入れられ、壁に並んで掛けられている。

 

「……残酷なことするなぁ」

 

 思わずそんな言葉が零れた。当たり前と言えば当たり前だが、歴史の波に飲まれずに現代まで残った画家の絵と、現代の無名の画家の絵とで、あからさまにレベルが違う。特別展は、卒業生の絵が置かれている場所と別の場所でやっても良かったのでは? いや、それはそれで酷いか。難しいなぁ。

 

「……魅力的な絵か」

 

 俺が漫画を描きだしたのは、元々坂上先生にお礼をするためだったが、徐々に自分の画力が上がっていくにつれて普通に面白くなった。最近は飽きて描いていなかったが。

 

「綺麗ですね」

「あ、うん。そうだなぁ」

 

 単純に写実的なだけでなく、画家独特の絵柄も相まって魅力となる。

 魅力的な絵の正体が俺にはわからない。単純に画力が高くても、才能があっても、なぜだか届かない境地のようなものが存在する気がして。

 

「何か一つを極めるために人生を使うのもありなのか」

「……修治君? どうかしました?」

「ああ、いや。ひよりはどの絵が一番好き?」

「そうですね……私はこの絵が一番気に入りました」

 

 ひよりが言いながら指さしたのは、俺の知らない日本人画家の描いたツユクサの絵だった。色合いが淡い、素朴な絵で、俺にはあまり魅力的に映らない絵だった。

 

 

 

 ☆

 

 

 美術展を見終えた俺とひよりは、予定通り喫茶店で読書をすることにした。と、その途中でクレープ屋を見つけて。

 

「あ、ひより。よかったらあれ一緒に食べようよ」

 

 なんでかわからないが、ラノベにもエロゲにも漫画にも共通の事象として、デート回ではクレープを食べている。クレープには惚れ薬的な効能があるのかもしれない。

 

 というか、今さらながらひよりはどうして俺のことを好きになってくれたんだろう。俺もひよりを好きになった理由を話していないしお互いさまではあるのだが。

 なんか気になると同時に不安になってきた。

 

 クレープを買って、近くのベンチに座る。と、横に座ったひよりが俺の手の上に手を置いて――――

 

「!?!?!!?」

「……美味しいですねっ」

 

 ひよりは特に変わった様子を見せずに、クレープを一口食べた。もしかして本当にクレープに惚れ薬か媚薬かが入っているのか? いや、食べる前に俺の手の上に手を置いたし。あれ? これマジで今日中にお手々繋げる?

 

 とりあえず落ち着くために俺もクレープを食べる。ちなみにひよりと同じ味を選んだ。俺の脳内コンピューターが、「違う味を頼んで交換っこしましょう」とかほざいたが、そんなの婚前交渉じゃあないか。可能性を消すために同じ味にした。

 

 暫く沈黙が流れる。ひよりと一緒に過ごすときは本を読んでいることが多いので、別に沈黙自体は苦にならないはずなのだが、今日はなぜだか耐えられず。

 思い切って先程気になったことを聞いてみることにした。

 

「ひよりはさ、どうして俺と付き合ってくれたの?」

「……そうですね。修治君と過ごすのは楽しいですし落ち着きますから。それに、修治君が私に対して特別な思いを抱いて下さっているのはよくわかったので、色々と考える機会がありましたから」

「え? よくわかったって? いつぐらいから?」

「えっと……四月の終りくらいには」

「…………」

 

 なんか好意がバレバレだったのは恥ずかしいな。

 

「あのさ……あの時、しっかり告白できなかったから、改めて言いたいんだけれどさ」

 

 恥ずかしさついでだ。あの時俺がひよりのことを好きだと言ってしまったのは、ほとんど勢いだった。改めてしっかりと好意を伝えておこうと思った。

 

「あー……えっと……そのー」

 

 しかし改めて言葉にしようと思うとなかなか口にできない。こういう時は、あえて遠回りに、複雑で難しそうな話をして、婉曲的に伝えよう。そう、それこそ月が綺麗ですねに変わる何かを。

 

 

「生まれてきた理由だとか、生き物が増える理由って何だと思う?」

「え? いえ、あまり考えたことは」

「哲学的な命題ではないんだ。もっと単純な話でさ、増える性質を持っていない生き物はとっくの昔に死に絶えているんだ。増えるように出来ている生き物だけが今に残っている。だから、結局生き物に、人間に、生まれてきた意味も生きる意味もないんだよ。たまたま一個人という現象が生じただけだ」

 

 俺の手の上に重ねられていたひよりの手に、少し力がこもった。ぎゅっと握られて、どきりとするが、今の俺の発言はこうしてひよりと過ごしていることに意味がないと言ったようなものだ。不安に感じたのかもしれない。意識を切り替えて話の続きをする。

 続きと言っても、少し話は変わるのだが。

 

「突然だけれどさ、俺が神を信じるって言ったらどう思う?」

「……意外だとは思いますが」

「まあ、神と言っても特定の宗教の物じゃなくてさ、記号みたいな。神って言う表現を使ったら便利だから使っているだけなんだけれどね。だから宗教的な神様を信じている人からしたら信じてないって言われるんだろうが、便利な記号として神を使うから、俺は信じているって言い張っているんだけれど」

「えっと……」

「あはは、話はつながるから大丈夫。また話は変わるんだけれどさ、なんで宇宙人が地球にやってこないのかっていう疑問に対して、そもそも生命がそれほど発展するまでに壁があるっていう考えがあるんだ。グレート・フィルターって言って。単細胞生物が生まれて多細胞生物になって、その後人間並みの知性を得る。そのあと宇宙進出するまでに戦争で滅ぶだとか、色々と続くんだけれど、俺はそもそもこの宇宙に人間ほどに知性を発達させた生き物はいないと考えているんだよね」

 

 ひよりに想いを伝えると言ってから、生きる意味や神や、宇宙の話になって。けれどひよりは黙って話を聞いてくれている。

 

「この宇宙で最も賢い生命である人間に、きっと神が褒美を出したんだと思っている。つまり、人間は生き物の中で唯一、生きる意味を見出せる。死ですら単なる終わりじゃなくてさ、達成感や幸福、恐怖や未練、色々なものを感じられる。たとえそれがまやかしでも勘違いでも、少なくともさ、宇宙で唯一生きる意味を決めつけて、満足して死ねる生き物が人間なんだ」

 

 神は人間にとって都合のいい存在であることが多いが、俺の言う「神」も、俺の考えに都合のいい神。生き物を生み出す神の存在は信じられないが、生き物を採点する神は信じられる。結局人間が知性を得たのもたまたまだし、それでよりよく生きることが出来るのもたまたまだろうけれど、こんな神がいたら、嬉しいと思うんだ。だって、その方が幸せに生きられるから。

 

 勇気を出して、手をひねって、ひよりと手を繋いだ。所謂恋人繋ぎ。痛くない程度に力を込める。ひよりの手は小さくて、柔らかくて、細くて。けれど暖かさをしっかりと感じることが出来た。

 

「だから、俺は……なんて言うか、ひよりに会えて良かったし、生きる意味が出来たと思うんだ。神からの祝福が、俺が感じているこの幸福。これまでの絶望もこれからの希望も、痛みも快楽も、悲しみも喜びも、宇宙一静かな、生命の到達点に立った人間へのファンファーレだと思うんだ」

修治君……」

 

 ひよりは俺の眼をじっと見て。

 

修治君って、物凄く愛が重いんですね」

「ぐふっ!」

 

 いや、自覚はあったし……正直後半は羞恥心と興奮で何言ってんのかわかんなくなってきてたし、でもひよりと会えて幸せなのは本当だし。

 

「それを嬉しいと感じている私も、重いのかもしれませんね」

 

 そう言ってひよりは、握っていた手をさらに強く握り返してくれた。

 とても愛おしく思う。

 とある文豪は、恋愛は性欲の詩的表現だと言った。これだけ聞くと、身も蓋もないように思うかもしれない。けれど、これには続きがあって、少なくとも詩的表現を受けない性欲は恋愛と呼ぶに値しないとある。

 

 この愛おしさも、所詮はそういう風に進化してきた生き物のシステム――性欲に過ぎないのかもしれない。それでも、今こうしているだけで幸せだと思うこの気持ちは、宇宙一美しい詩的表現を受けたものなのだと思う。人間が他者に抱くことのできる愛こそが、この世の全て、最も高度な知性の在り方だから。

 

 

 暫くは、ひよりに溺れてしまおう。ひよりへの気持ちを何よりも重要なものにしてしまおう。

 

 高校一年生の、今はまだ夏。

 俺のひより至上主義の教室は、まだ始まったばかりだ。




 ここまで読んでいただきありがとうございます。

 高評価ありがとうございます。やはり評価バーが赤いと嬉しいもので、筆も早くなりますね。面白いと思っていただけたら、ぜひ高評価をお願いします。

 感想も、筆者は返信があまり上手ではないのですが、感想でしか取れない栄養があるのですごく嬉しいです。

 ここすき機能も、楽しんでもらえたかなと、実感がわいてすごくいい機能でした。ここすきを使ってくれた方、ありがとうございます。

 誤字脱字など、筆者のチェックが甘いばかりにたくさん報告頂いて、ありがたいやら申し訳ないやら、ともかくありがとうございます。すごく助かりました。


 打ち切りではなく普通に次回から無人島編始まるのでよろしくお願いします。

 最後に不穏な描写を挿入する予定でしたが、美しさ優先にしたら、打ち切りっぽくなっちゃった。


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幕間:志島修治



 なんか新キャラのオリキャラ出てきますが、今回以降一生出てこないんで気にしないでください。主人公の背景的な回ですので、究極読まなくても無問題です。

 オリキャラ出てるの無理だとか、オリ主の背景はどうでもいいやという場合は、軽く流してください。





「みたいなことがあって、とにかく俺の彼女、宇宙一可愛いんですよねぇ」

「そ、それはよかったね」

 

 長谷川新次郎は、高度育成高等学校の一年生の生徒、志島修治の言葉に苦笑しながら返事をした。カウンセラーとしてそこそこ長い期間この学校に勤めた長谷川にとっても、志島はこれまでで一番厄介な生徒だ。

 

 そもそも志島に臨床心理の知識があり、最初に行ったバウムテストやらHTPテストやら、ことごとく遊ばれてしまった。それでも無意識に彼の心理が現れているはずだと思っても、そもそも名画をそっくりそのまま描いて見せたらしく、お手上げだった。

 

 仕方なく、長谷川は志島とカウンセリングを通じて、彼の心を読むことにした。

 

 志島修治、高校に入学したばかりの年齢でありながら、その知識は広範。だからと言って浅くも無く、その分野の専門家ですら舌を巻くほどだ。

 運動能力もかなり高い。格闘技に関しては優勝経験があり、この学校に入ってから行われた水泳の授業では圧倒的な泳力を見せている。一方で、球技は苦手のようだが。

 

 奇行については、一つ一つ記録されていて、長谷川のもとに報告が来ている。やれ避妊具を舐めまわしていただとか、サウナで真っ白のジグソーパズルを遊んでいただとか。正気の沙汰とは思えない。

 

 やはり彼の過去は、その精神に大きな影を落としている。

 

 

 志島修治の詳細は、教師間で共有されている。そもそも、彼を入学させるかどうかでひと悶着あったと聞く。

 

 彼の母親とその環境を知った中学の担任が、最大限できることとしてこの学校に入学させようとしたらしい。都合のいいことに、この学校は志島修治を入学に値する生徒だとしていたこともあって。

 この学校の仕組みでは、その時点で彼の入学は決まっていたのだが。

 

 志島修治が母親に刺されて、助かったのちに自殺未遂をして状況は変わった。

 彼自身も理解していたが、学校がそのような生徒を入学させるのはリスクでしかない。ましてや全寮制だ。どれだけ気を付けても、何かがあったときには、世間から学校の責任問題だとされかねない。

 結局理事長の鶴の一声で入学が決まったらしいが、その事件の後入学まで精神状態が安定していたという報告も、充分影響しているだろう。

 

 志島修治のカウンセリングをする中で、彼の方からその事件について詳細が語られたことがあった。

 

 母親は、父親――自らの生み出した、志島修治の上に張り付けた人格――が約束を忘れていたから刺したとのことだ。「そもそも俺の母親は、『俺』に対して殺意を向けるほど興味を持ってないですよ」と、あっけらかんとした様子で彼は語った。

 次いで、自殺しようとしたのは自分ではないとも。

 

 

 その言葉の意味を、長谷川は理解したくなかった。自殺未遂をしたのが『志島修治』ではなく、その父親の人格だとするのならば、両親二人から殺されかけたということになってしまう。

 

 

 

「じゃあ、せんせーまた来ますねー」

 

 そう言って、元気に部屋を出ていった志島修治に、心配な点は見つけられない。高校生らしく、恋愛にうつつを抜かしている、ごく普通の男子生徒と言った様子だ。

 

 

 長谷川は改めて志島修治に関する詳細な資料を開いた。

 

 人格やら脳や精神を専門に研究しているわけではないので確かなことを言えないが、例え能力が高くても、人格を上書きするなんてできるとは思えない。ましてや、性格を変えるなんて言うのではなく、既存の人間の人格をそっくりそのまま上書きするなんて。

 

「おそらくは、志島君が自ら生み出したのだろうな」

 

 

 一見複雑に見えるが単純な話。志島修治の言う父親の人格は、父親を模倣しようとして彼自身が生み出したもの。母親の希望を叶えるために、子供が努力した。それだけの話。

 狂っていたのは、母親が積極的にそれを完成させようとした事。母親が、人格を上書きできると信じていた事。

 

 志島修治も、きっと最初は必死に演じていただけなのだ。どこかで、どちらが本当なのか分からなくなっただけ。

 

 

 それでも、少なくとも志島修治が父親の人格が確かにあったと感じているのならば、それが真実である。あっけらかんとしているように見せているが、両親から殺されそうになった事にストレスを感じていても――いや、感じている方が自然。

 

 

 最新の報告書に目を通すと、彼の奇行は相変わらずだった。

 寮の前でマジックを見せたり、ブレイクダンスをしたり、ヨーヨー釣り屋台を開いたり。

 

 報告書には、志島修治の奇行は相変わらずだというようなニュアンスのコメントが書かれていたが、長谷川には確かに、志島修治の変化を感じられた。

 

 他人を意識するようになっている。結果として奇行であれど、他人を楽しませようとしているようだ。これはきっと、良い傾向だ。自分という存在を、必要に感じて欲しがっているのだと思う。

 

 

 だからこそ、長谷川は不安に感じた。彼が恋人について楽しそうに話し始めた時に、聞こうと思って、結局聞きそびれていた事。今では、それを尋ねなくてよかったと心の底から思う。

 

 

 椎名ひよりのどこが好きなのかと。

 

 もしかしたら彼は、父親の人格から抜け出せたということに縛られてはいないか。自分が父親とは別の存在であるために、何かに執着しているだけではないか。

 

『椎名ひよりに対して向ける行為には、少々過剰なものを感じさせる』

 

 その報告は、小さくとも、破滅の亀裂を長谷川に感じさせた。



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天才の定義 編
プロローグ:無人島へ


天才の定義編。
 予定では煉獄編でした。ひより至上主義~とあまりにもギャップが酷かったので変えました。
 これ書くの滅茶苦茶久々なので、ちょっと感覚取り戻せない。


 豪華客船。

 高校生が学校のイベントで乗るには不相応にも思える。どこのクラスの生徒も大はしゃぎしていた。俺からしたら、ひよりの影響で海外ミステリをよく読んでいるせいもあって、とりあえず十人ぐらい死んで爆発して沈むのではないかと気が気でない。もしそうなったら犯人はどんな奴だろうか。かつてAクラスで卒業出来なかったOBが、学校に逆恨みをして――とかありがちだな。他にも、どこかの国の要人の隠し子が生徒の中にいて、その一人を拉致するためにそこまでの騒ぎを起こすとか。B級映画や、ミステリでありそうな設定だと思う。

 

 

 そんな豪華客船にて。

 

「ぶーん!!」

 

 俺は飛行機のプラモデルを手に持ち、甲板を全力で駆け抜けていた。

 

 念のために弁明しておくと、奇行ではない。

 

 長い船旅において警戒するべきは、運動不足。勿論休息は必要だけれど、ある程度運動を続けていなければすぐに衰える。全力で走りたい。

 ジムでランニングマシンを使うというのも考えたが、どうにも景色が変わらなくてつまらないし、風を切って走る快感も併せて運動だと思う。故に走るべきは甲板。だが、甲板には生徒がたくさんいて、そこを全力で走ると迷惑になってしまう。

 

 そこで、たまたま持っていた飛行機のプラモデルを飛ばすふりをしていると、みんなが気を使って距離を取ってくれることを発見したのだ。

 

 これで数十分は人を気にせずに走り続けられそう。

 

 

「志島? 何やってんだ……?」

「? ああ、石崎か」

 

 いつもは龍園にべったりと付き従っている石崎が、なぜか一人。疑問に感じるが、手にペットボトル飲料を持っているので、おそらくパシられたのだろう。あまり長く会話を続けると、龍園に怒られてしまうだろうから、効率的に答える必要がある。

 

「走ってる」

「いや、それは見たらわかるんだけどよ。まあ、今さらか」

 

 なぜか変に納得して、石崎はさっさと走って行ってしまった。まあ、龍園の気分次第では急いでも遅いと言われそうだが。

 そこでふと、状況次第では面白いことが出来たことに気が付く。

 

「しまったなぁ、炭酸のペットボトル持ってたらすり替えたのに」

 

 

 

 ☆

 

 

 

 

 運動を終えて、そこそこ回り始めた頭で考える事は、今後の事だ。

 流石にこれがただの旅行だとは思えない。

 

「なんて、もう何があるかは見えて来てるけれど……ええ? マジで?」

 

 無人島のペンションで夏を満喫とか言う予定にはなっているが、何事も最悪の事態を想定するべきだ。

 例えば、無人島サバイバルをやってもらうとかいう展開あり得るのだろうか。

 

 出来るかできないかで言えば、それはもちろん出来るだろうけれど、やりたくはない。それに無人島というのはあまり好きではないのだ。

 前にも語ったように、俺の両親は実の兄妹。勝手に関連付けて、勝手に嫌っているだけなのだけれど、夢野久作の『瓶詰地獄』から、無人島と聞くと両親のことを思い出してしまって苦手だ。

 

 しかし両親ともども天才で、その近親相姦で生まれたのが俺なのだから、能力が高いのも納得というか。

 血が濃くなることは、潜性遺伝子が発現する可能性が高く、遺伝病だののリスクが高くなるほか、能力が高くなることもある。とはいえ、一代の近親交配でそれらが大きく表れるというわけでもないのだから、単純に両親が優秀だった、で終わらせてもいい話だろう。

 

 天才……か。

 

 時折考える事がある。天才とは何だろう。天才の定義とは何だろうかと。

 往々にして日常的に使われる言葉こそ定義が曖昧だったりするが、天才もその例に漏れない。誰もが天才という言葉を乱用し、俺だって凄いと言ったニュアンスで人を褒める時に使う。

 けれど、天才というのはそう安いものではないと思うのだ。

 

 一応俺なりに天才の条件というべきものは考えたことがある。その例で言えば、俺は可能性がある、くらいなもの。この学校でも当てはまるのは龍園、南雲。生徒会長は入らない。

 綾小路と高円寺は未知数で採点不可。一之瀬や坂柳、葛城は論外だ。

 

「まあ、天才なんて誉め言葉とも限らないし、入らない方がいいかもだけれど……」

 

 努力したくない言い訳に使う時。結果を出している人の努力を侮辱する使い方。

 理解できないものを、理解できなくていいものとラベル付けする時。天才を孤独へと追いやる使い方。

 

「疲れること考えてないで、無人島サバイバルに備えるか。流石にもうちょっとマシな行事だとは思うけれど」

 

 

 とりあえずクラスで共有する用に、食べれる野草図鑑つくっておこう。




 めっちゃ☆1増えてて草。
 それでなくとも適当に書きすぎた自覚はあるので、修正か作り直すかはしたい気持ちもある。
 ゴム五万円分はあたおか。

 最新刊まだ読んでないので南雲君は保留にしておきますが、主人公の考えている天才の定義(高度育成高校での、という前提で)によう実で当てはまるのは今のところ龍園だけです。保留にしたように、最新刊未読の状態では南雲君も入ります。とは言いつつ、南雲君が退学になったとしてもたぶん入ります。これに関しては筆者の考えている定義なのですが。念のため書いておくと、主人公の思想や考えと、筆者のそれとは一緒の時もあれば全然違う時もあります。


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1話 伊吹

 前回ミスがあったので修正しました。流石に記憶だけで書くのは無茶でした。3巻読みなおしました。
 どうでもいいのですが、ジムのランニングマシンはやだ、というのを前回最新刊未読で書いていて、最新刊でかなりジムが重要な場所になってて驚きました。


 食べれる野草図鑑(簡易版)を作り終えたので、折角だから海でも見ようとデッキの方へ移動する。

 

 カラーコピーなどできないし、全部白黒で、絵も手書き。素人にも簡単に同定できるような、分かりやすくておいしい野草などそう多くはない。そもそも無人島に生えているかも分からないし、無人島でサバイバルをさせられるのではないかというのも、あくまでも最悪の想定だ。

 

「まあ、この人数でわざわざ無人島に行ってペーパーテストをやるとも思えないし」

 

 だからといって本当にただ楽しく過ごせるだけというのもあり得ないだろうし。備えあれば患いなしだ。

 

 

 

 日が照っていて、デッキへ出るとやはり暑い。

 波がキラキラと白く光る様は、映像なんかでみたら綺麗だけれど、実際見ると目を焼かれて痛い。

 

 

「あ」

「あ? げ……」

 

 咄嗟に目を逸らした先に、見知った顔を見つけた。向こうも俺の声で気づいたらしいのだが、心の底から嫌そうに顔をゆがめた。

 

「伊吹じゃん。こうして話すのは殆ど初めてだよね」

「…………」

 

 声をかけてみたが、まるで話しかけてくるなと言わんばかりに睨みつけられる。ここまで嫌われているのはちょっと予想外だ。

 最近は大人しく振舞っていた。官能小説を音読することもないし、教室で自作のR18漫画のペン入れをすることもしていない。

 期末試験では当然のように全教科満点だったし、今までクラスで一番貢献した生徒は誰かと言われれば、たぶん俺だろう。

 

 最近は昔ほど女子から煙たがれることも無くなったので、おおよそ評価は回復したと思っていたのだけれど。

 

 信頼は築くのが難しいが崩すのは一瞬だとよく言われるが、条件次第で、俺は違う意見だ。人間は一度下した評価をそう簡単には撤回しない。自分が間違っていたと認めるのは簡単じゃないからな。信頼が崩れるのは、大勢からの信頼を失った時。周りが一切評価しない人を評価するのは、それはそれでエネルギーがいる。

 

 とはいえ、これはあくまで能力面での話であって、人間性に対する評価は簡単に変わるので――というか変えることに慣れているというのが正しいのかもしれない――俺も気を付けておこう。

 

 そして、大勢からの信頼を得た時。周りが、あの人昔はアレだったけれど最近いいかも、なんて言い出した時。場合によってはそれぞれで俺の過去の行いを勝手に弁護して、俺に対して好印象を持ち始める。

 そもそも人は能力の高い人間に対して、好印象を持ちやすいし。嫉妬する場合もあるけれど。

 

 

 まあ、何をやっても自分のことを嫌う人というのは出てくるものだから、伊吹はイレギュラー、みたいなものだと思おう。どれだけ完璧に組んでもバグは発生するし。

 

 つまり伊吹はバグっている。

 

「可哀そうに……」

「はぁあ!? 可哀そうなのはあんたの頭でしょうが!!」

 

 心の底から伊吹を憐れむと、俺を無視していた伊吹が掴みかかるような勢いで言った。

 

「いや、俺は頭いいけれど」

 

 頭いいと一言で言っても、記憶力がいい、知識がある、問題解決能力が優れている……と様々だが、おおよそその様々全てで平均を大きく逸している自信がある。

 

「ちっ!!」

 

 俺の言葉にイラついたのか、頭に向けて回し蹴りを放ってきた。反射的に腕でガード。普通距離を取るべきだが、あえて距離を取らない。

 

「っ!! ムカつく!」

 

 つい受けてしまったけれど、もしかしたら寸止めするつもりだったのかも。流石にイラついて蹴り飛ばすほど理性がないわけではないだろうし。ちょっとビビらせてやろうという考えだったのだろう。

 

「一応言っとくと、フリでも暴行罪成立するからね」

 

 学校とは違って監視カメラもないし、目撃者がいない限りは、それこそ怪我をしたという事実でもない限りは問題にできないだろうけれど。

 

 周りを見渡すと、デッキにいる何人かが俺と伊吹に注目していた。気づいていない人の方が多いようだが、これ以上は騒ぎになりかねない。問題になったとしてもいくらでも言い訳は出来るけれど、面倒なことは面倒だ。

 

 俺の言葉に、伊吹は忌々し気に鼻を鳴らして、船内の方へ戻っていった。

 

『生徒の皆様にお知らせします。お時間がありましたら、是非デッキにお集まり下さい。間もなく島が見えてまいります。暫くの間、非常に意義ある景色をご覧頂けるでしょう』

 

 ちょうどそのタイミングで、そんなアナウンスが流れた。伊吹は戻ってこない。あの性格上引き返してくることはないだろう。

 

 

 少しすると、放送を聞いてきたらしい、そこそこの人数の生徒が出てきた。

 その中に神のようなオーラを纏いし女子生徒を見つけて、すぐに駆け寄る。

 

「ひより!」

「……修治くんも先ほどの放送を聞いて?」

「いいや、俺は最初からここにいたんだけれど、やっぱり意味深な放送だったよね」

「はい。不自然ない言い回しでしたよね」

「……? あれ? あ、そうか……」

「? 修治くん?」

「あ、いや。イルカとか珍しい生き物でも見れるのかと思って」

 

 どうやら違うみたいでがっかりしていると、ひよりは不思議そうに小首を傾げていた。




 最新刊面白かったですね。ここだけの話、昔一之瀬メインの書いてました。消しましたが。なので一之瀬は好きです。
 以前から綾小路は坂柳のクラスに行くとばかり思っていたのに、今回で一之瀬クラスの可能性を少し高めました。何だかネット上の感想では真逆のこと言ってる人多くて、あれ? ってなってるんですが。環境づくりをしているのなら一之瀬クラスですかね。育てているのならば、色々メタ読みも込みで、坂柳クラスかなと思いますが。
 一応一之瀬に惚れているから一之瀬クラスに行く説も筆者の中で根強く人気。地球空洞説くらい有力。

 南雲君普通に三年生内で負け筋あるのが今回で見えて不安。チケット渡すの早かったね。鬼龍院先輩も読めてなかったみたいだし、堀北の裁量でかなり負け筋減ったけれど。

 網倉のビジュアル滅茶苦茶刺さった。一年生編7巻のひより並に表紙の子で刺さったのはじめてかもです。

 所でひよりは? 出て無くない? なんで? 


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2話 水着ひより

なるべくキモくしようと思ったんですが、キモさが足りないかも。


 どっかの誰かが無人島はあまり好きではないと言っていたような気がするが、どこの大馬鹿野郎だろうか。

 

「ひより、みずぎ、かわいい」

「ありがとうございます」

「ひより、てんしみたい、きれい」

「そ、そこまで言われると照れてしまいますね……」

「ひより、すたいるいいしもでるさんみたい。はだきれい」

「えっと……それくらいで。本当に照れて……」

「ひよりすき。おれ、ひよりすき。おれおれあ、う? おれはだれ?」

「大丈夫ですか?」

 

 脳がショートして、半ば声帯が勝手に喋るのに任せているとどんどんひよりが赤面していったが、最後には急に真顔になって心配された。

 

「ここまでのきおくないなった」

「それは深刻ですねー」

 

 適当に流されてしまったけれど、マジで一瞬何をしていたか忘れた。それくらいにはひよりの水着姿は衝撃だった。

 

 黒のビキニ。ビキニの語源は原爆実験にあると聞いたことがあるが、本当に核爆発並みの衝撃だ。何よりひよりがビキニを着ているというのが、なかなかに来るものがある。インドア派であるひよりは日焼けもなく、白磁のように透き通った白い肌を持っている。だからこそ黒の水着はよく映えた。

 

 ひよりはその水着の上から薄緑色のパーカーを羽織っていた。

 露出の高い水着を着ていながらも、露出を避けるようにパーカーを羽織るという矛盾。そこに高いファッション性と美が隠されているように思われた。

 緩急をつける狙い……俺が今感じたように、露出する場所と避ける場所とで。あるいは単に泳ぐつもりのない事をアピールしているとか。子供みたいにはしゃぐのではなく、海を味わっている大人な雰囲気を見せつけているのだろうか? なんだか知的な感じがする(IQ3)!

 

 いや、けれどこれを望むのは贅沢にもほどがあると思うけれど、せっかくなら俺の前でパーカーを開けてほしかった。前を閉じた状態でやってきて、俺の前で開けてほしかった。

 今から頼む? いや、へんたいふしんしゃだと思われそうだ。

 

 

 まあ、服装はいいとして。 

 改めて目の前のひよりを見る。運動が得意ではないはずなのに、随分と細い体をしている。むしろ少し心配になるくらいには痩せている。とはいえ、病的な瘦せ方というわけでもない。

 肌の白さもみずみずしく柔らかそうで、目のやり場に困った。

 

 顔を見ていればいいのだが、つい視線が下へ向かう。当たり前の事ではあるが普段以上に胸元が見えて、服とは違って乳房の形がよくわかる。というか、水着と下着ってだいたい一緒じゃない? まあ、TPOだとか文化だとか生地だとか目的だとか、水着と下着は違うものだと論理的にはわかるけれど。わかるけれども。それはそれとしてこんなの見ていいのかという気がしてならない。

 そのまま下を見れば、綺麗なおなかが見えた。先ほども言ったように細くて、肌が白くて瑞々しくて、触れてみたいと思ってしまう。一瞬さらにめちゃくちゃきもい事を考えかけたので、慌ててさらに下へと視線をずらす。

 

 腰が細くて、でもそのあと骨盤辺りでちゃんと膨らんでいるところが、性的なものを感じる前に美しかった。手を添えたら、ぴったり収まりそうだ。まあ、腰を手でつかむなんてことは普通ない……結婚するまではないだろうけれど。

 

 例にもれず脚も白い。それでいてそこそこ肉もついている。体の中で一番柔らかそうだし、一番触っても大丈夫そうだし、どうにか触れないかな。カモシカのようなんて表現があるけれど、今度からは美しくてすらりとした脚の事を、ひよりのようだと表現するようにしてもらいたいくらいだ。いや、それだと辞書にひよりの脚の写真が載ってしまいそうだからやっぱヤダ。

 

 

「あの、修治くん? ほんとに大丈夫ですか?」

「……………」

 

 何と言うかどこを見ても、最終的に性的な目で見てしまいそうになるので、顔をじっと見つめることにした。

 

 普段と違う髪型で、おさげにしていた。可愛らしいシュシュが、より女の子らしさを強調している。結婚しよう。

 

 

 そう言えば結婚するまでえっちなのはだめだけれど、結婚すればいいんだよな。

 ニュージーランド*1……は国籍取得するまでに時間が掛かるし。

 改宗してミャンマー*2……は確か法律変わったし。

 

 そもそも、結婚もしていない状態でひよりをそういう目で見るのはよくない。

 

「ひより。ちょっと頭冷やしてくる」

「え? は、はい」

 

 

 

 

 海まで全力で走り、水上バイクで楽しんでいる男子生徒に向けて叫ぶ。

 

 

「かっこいいな! 俺と競走しようぜ!!」

 

 

 当たり前だが負けた。

 

 

 

 

 ☆

 

 

 

 

 龍園の戦略はシンプルだ。といっても俺はその他大勢の生徒と同じように、馬鹿みたいに騒いでリタイアするだけなので、詳細は聞かされていない。

 余計なことをするなとくぎを刺されただけだ。

 

 それでもなんとなく想像はつく。

 龍園が物凄く頑張ることになるので、食べれる野草図鑑で応援したかったところなのだが、不要物として持ち込めなかった。どう考えても必要だろ。

 

 折角ならこの特別試験で暴れたかったという気持ちもあるけれど、リーダーである龍園の指示に従ってリタイアするというのも、立派に参加したと言えるだろう。

 

 しかし改めてルールを確認してみると、結構面白い。

 

 何と言うか、この学校の特異さのようなものが現れているような気がする。規模が大きいとかそう言ったものではなくて、何を見定めようとしているのか、簡単に見えてこないのだ。

 

 この高校以外でも、成績優秀なクラスをAクラス、一組、みたいに分けている学校はあるだろう。総合成績でそれが下に落ちたり上がったりという仕組みも、あるはずだ。

 だが、それはほぼ確実にペーパーテストの成績で決める。

 勉強できる人が優秀だなんて考えは馬鹿げているけれど、社会が使いやすい優秀な人間は間違いなく勉強が出来る人間だ。

 勉強が出来るけれど無能な人間よりも、勉強のできない有能の方が扱いづらいのは明白。少なくとも組織と社会は、学校の成績のいい人間を取る方が無難なので、学力主義は悪くない。

 

 ならばこの学校が、完全な学力主義かというとそうではない。

 Aクラスに特別な授業を施すことはなく、不良品なんて烙印を押されたDクラスと同じ内容。

 さらに、大きくクラスポイントの動くこの特別試験において求められているのは――――いや、簡潔には言い表せないか。

 

 

「うーん………………まあいいや……」

 

 どちらにせよこの試験に今から介入してもうま味はないし、普通にひよりと楽しくバカンスする方がいい。

 ひよりの意見は尊重したいけれど、正直俺はAクラスにこだわっていない。ちょっと前に坂柳にチェスで負けた分はいつかやり返すとして、そのためにチェスの勉強に力を入れた訳だし。他に誰かに勝ちたいとかもない。俺にはひよりという彼女がいるんだから、世界で一番の勝ち組なのは自明だし。

 

「ひより、焼けたよー」

 

 考え事をして時間を潰していると、良い感じに肉が焼けたので、紙皿に移して運ぶ。

 

「ありがとうございます。バーベキューなんて初めてですが、楽しいですね」

「俺も初めて。ていうか肉もかなりいいやつだよなぁ……あ、おいしい」

 

 龍園が適当にバカンスをして満足するとは思わないし、たぶんどっかのクラスに備品を売るぐらいはするだろう。そこからさらに勝ちを狙うとすると、おそらく龍園一人残って、リーダーを当てる。

 

 龍園が本当にそこまでやるかは分からないが、やりそうではある。

 

「うーん?」

 

 龍園が備品を取引するとして、Dクラスはおそらくない。Bは向こうが乗ってこない。ならばAクラスか。流石に先に取引をまとめてからこれだけポイントを贅沢に吐き出したのだろうから、ある意味既に勝ったと言える。どんな取引したのかまでは分からないけれど、将来的な分込みで同額分以上のプライベートポイントとかだろう。

 俺がAクラスだったら、最後のリーダーあてでAクラスを狙わないことを条件に入れるだろうし、当てられるとしてBとD。あるいは、取引を反故にしてでも油断しているAを刺してもいいか。

 

 龍園の考えは爽快だけれど、やはり俺としてはあまりとりたくない戦略でもある。徹底的に堅実に、隙を見せない様に立ち回る方が勝率が高い。

 

 今回の場合うちのクラスが負けるとしたら、戦略を読まれた場合。おそらくは龍園がリーダーになるであろうことも想像がつくだろうし。

 この大騒ぎは他のクラスも気づくだろう。

 

「んんんんん……?」

 

 なんか勝てない気がするな、うちのクラス。

 

「お肉、硬いのもありますね……」

 

 俺が唸ったのを、ひよりは別の意味に捉えたらしく、もぐもぐと一所懸命に口を動かしていた。

*1
結婚年齢16歳以上

*2
結婚年齢かなり若かった。特に基督教徒は




 最新刊を読んだので更新。



 最新刊だいぶやばかったです。最近は魅力的なキャラクターも増えて、書きたいなぁと思う展開、設定、キャラが飽和状態。
 ひよりがまさかの恋愛フラグ立てまくってた時はひより! ひより! やばい! となっていたのが、橋本たちと話しているあたりから最後にかけてはひより! ひより! やばい! といった感じになりました。
 友達を作る能力も実力だとか、今回改めて話題に出されて、ひよりの友達の少なさも出してきて、やばい。
 何かあったとして、せめて綾小路に守ってほしい。




 この小説は投稿頻度開きがちなので、生存確認用に。
https://twitter.com/yutantannove


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3話 綾小路清隆

 ウルトラハッピー無人島生活編二日目。

 

 昨日水着のひよりという中々刺激が強い物を見てしまったからだろう。なんだか淫猥な意味で幸せな夢を見た気がする。

 

 

 特に深い意味はないのだけれど、急いでテントから這い出て、服のまま海に飛び込んだ。

 

 

 

 

 びしょ濡れの状態で点呼に参加した俺を見て、なぜか誰も不審そうにしてこない。まるで俺が、朝一で服のまま海を泳いでも不思議じゃない人だと思っているみたいだ。納得いかない。

 

 

 折角なのでみんなが遊ぶのに混ざって、服のまま海で泳ぐ。古式泳法を昔一度教わったことがあるので、思い出しながらいろいろ試してみる。水泳はかなり体力を使うが、その分楽しい。

 

 

「さて、昼前にはさすがに着替えるか」

 

 一通り泳いでみてから、いったん水着に着替えることにする。荷物から水着を取って、着替えのためにテントへ入るが、何人か日差しを避けるためにか寝そべって過ごしていた。ここで着替えるわけにはいかないか。あまり見られて困ることもないし、いずれ知られるだろうけれど、避けられるときは避けておこう。

 

 

 

 岩陰を探して、ジャージを脱ぐ。海水が浸み込んでいて、このまま乾かしてもべとべとしそうだ。ビニール袋の中に入れて、船に戻ったらすぐに洗うように覚えておこう。

 下着を脱いで、すぐに水着を履く。一瞬でも外で下半身を露出すると、急に肝が冷えた。周囲にはなるべく気を付けているとはいえ、うっかり見られたら変態だと誤解されてしまう。

 

 それからラッシュガードをシャツの上から羽織り、隙間から引き抜くようにシャツを脱いだ。

 何人か近くにやってきたが、まだ距離はある。会話をしているらしいが、その会話が聞こえないくらいの距離だ。

 

 こんな岩陰にまでやってくることは無いだろうから、少しその場にしゃがんで、傷を確認する。母に刺された傷跡を。

 

 

 まだ一年も経っていない。肝臓近くを刺されて大量出血した。三日後にはある程度体を起こせるようになったけれど、医者に随分と驚かれたものだ。

 かさぶたは剥がれ落ちたけれど、痕はいつまでも残るだろうね。

 

「ふふ……やってくれたね。まったくお前は」

 

 刺された瞬間の事を正確に思い出す。別に完全記憶能力ではないと思うのだけれど、俺の記憶力はかなりいい。すぐに記憶から引き出せないことがあって、それが弱点だけれど。

 ゆっくりと記憶の海へと潜り込む。

 

 ヒステリックな叫び声が耳元で聞こえる。目の前にきらりと光る刃物があって、無意識だったけれど、少し刃先をずらしていたのか、俺は。

 皮膚に侵入した瞬間は気づけない。するりと入って、意外なことに異物感が先だ。それから激しい痛みに――――

 

 

「いっっっってぇ……思い出し過ぎたぁ……」

 

 

 

 

 ☆

 

 

 

 

 

 ひよりを探して一緒に食事をとったりしていると、龍園と誰かが話しているのを見かけた。

 

「あ。綾小路君だ。ごめんちょっと行ってくる!」

 

 

 すぐに走っていくと、龍園がどや顔で何か話していた。駆け寄る俺に気が付いたらしい龍園に手を振ると、死ぬほど嫌な顔をされた。そんな龍園の様子に、綾小路君ともう一人の女子生徒が振り返る。

 

「やぁ! 久しぶり、綾小路君! 須藤君の事件以来じゃないか!」

「あ、ああ……」

 

 須藤君の事件、という言葉に女子生徒は随分と警戒してきた。

 

「須藤君? あなたもあの事件に――」

「堀北鈴音さん? 堀北会長とは仲良くさせてもらっているよ。どうぞよろしく」

 

 堀北会長、と言ったとたんに、随分と大きな反応を見せた。様々な感情を隠せていない。堀北会長の妹とは思えないほどだ。

 

 一応俺なりに学校中の生徒の顔と名前くらいは調べているので、堀北鈴音の事も情報としては知っている。そもそも顔は四月の間に全生徒覚えて数えたし、あとは名前を知るだけだった。

 

 

「兄さんと……」

「うん、でも、堀北さんと話すのはまた今度かな」

 

 堀北妹にはあまり興味を持てない。今は、まだ脅威じゃないだろうし。

 

 

 以前少しだけ接触したことがあるが、今日初めて、綾小路清隆と正面から向き合った。

 

「うん。勝てないな」

 

 少なくとも格闘では無理だ。あまりスキル自体に差はないと思うが、なんだろう、経験値が全然違う気がする。

 

 最初の一回目では、軽く殺される。二回目でも、全力を出されたら死ぬかも。もちろん、綾小路君が殺す気ならだけれど。

 後遺症が残らない程度に加減されるとすれば、五回目くらいから勝負になるか。勝てるくらいに成長できるかは怪しいな。ほとんど人間の上限値に近いだろこれ。

 

「どうだろ、プライベートポイントを支払う代わりに、俺に稽古をつけてくれたりしない?」

「? 何の稽古だ?」

 

 まるで理解のできなことを言われたような表情を浮かべて、惚ける綾小路君。まさに困惑、といった感じだが。

 

「釈迦に説法とは思うが、人間の演技の表情は訓練すれば見破れる。もちろんそれを理解したうえでさらに対策を取ることだってできるけれど、こういう能力は俺の方がまだ上かな。意外と表情のコントロールが甘いね。俺への警戒の仕方が、変な人に絡まれたとかいう感じではない。俺の知識を警戒しているし、細かく分析しているな」

 

 意外な弱点、とでもいうべきだろうか。ただ、この微細な表情に気づける人間が、世界で何人もいるとは思えないけれど。

 

「言っている意味が分からないな」

「まあ、でも、君なら分かるだろ? ある程度見てわかることもあるって」

 

 

 確か、ブランドバッグの真贋判定だったか、普段から使っている人間の場合、深く考えるよりも直感の方が正確に判断できるらしい。職人の知恵というのは間違っていたりする。というのも、これらは言ってしまえば思い込みでもある。そういう考えに凝り固まっている。

 ただ、職人が臨機応変に考えた時の勘というのは、信用できる。

 

 勉強が出来る人間ほど、顔写真だけで勉強が出来る人間を識別できる能力が高い。格闘技に秀でた人間も、経験者を当てられる。

 

 勘なんて言うと、随分とテキトーなものに感じられてしまうが、無意識の判断というと少しはイメージが変わるのではないか。

 

 

 例えば、傷のつき方、認識していないが脳には情報が行く僅かな糸のほつれ方、言語化不可能な色の微妙な違い。これらを無意識に識別して、ブランドバッグの真贋判定をしている。

 賢い人間は、賢い人間のデータを自分という例から毎日得て、それに当てはまる人間を無意識に探し出せる。

 そのほかの能力でもしかりだ。要は、同業者の臭いがする、みたいな。

 

 

 俺は記憶力がいいからか、あるいは観察力が優れているのか、その両方か……とにかく、人間の能力の鑑定に関しては自信がある。

 

 

 綾小路君の能力値だって、ある程度は見ただけで読み解けるつもりだし、今話した例からして、綾小路君も俺の能力をある程度は認識したはずだ。

 

 

「例えば、目の前に最高の教材があるとしてさ……他の本では手に入らない知識の詰まっている本が、目の前にあるんだ。絶対に読みたくなるだろ」

 

 

 綾小路君は今度はほぼ完璧に表情を隠した。一度指摘されて、すぐに修正したか。学んだというよりかは、油断していたのを改めたという感じだろう。

 それでも、ほんの一瞬だけ俺に共感を示した…………気がする。”勘”だけれど。

 

 

「おい。いつまでわけのわかんねー話を続けるつもりだ?」

「龍園……うーん…………」

 

 今すぐにでも本を読みたい(綾小路と一戦したい)のだが、これまで実力を隠しているらしい彼が乗ってくるとは思えない。

 

 

 というか、なら今の俺の行動ってかなり綾小路君からしたらうざいんじゃね? あれ? 謝った方が良いかな。

 挨拶だけのつもりだったのだけれど、綾小路君から学べそうなことが多すぎてテンション上がって、しゃべり過ぎた気がする。龍園も今のやり取りで、綾小路君に注目する可能性があるし、そうなれば目立たないように行動している綾小路君は俺を避けるかも。

 

 プライドと、綾小路君から嫌われて学ぶ機会を失うリスクとを天秤にかけて――――

 

 

 

「たいっへん! 申し訳ありませんでした!!」

 

 即座に土下座した。

 

 

 

 ☆

 

 

 

 

 

 その後、堀北が、交友関係がないにもかかわらずそれでも俺の悪評を聞いているという話をして、龍園もどういうつもりなのか知らないが、「わけのわからねぇ行動ばかりする馬鹿」だの、「高円寺より理解が出来ない奴」だの、根も葉もない中傷をしてきた。

 

 ちょっと流石に傷ついたので、ふえーんと泣き真似をしてひよりのもとへ逃げた。

 

 

 ひよりに流れで抱き着けという悪魔のささやきもあったが、お互い水着だったので、そんなえっちな事はやめて、大人しく横に座る。

 

「……大丈夫ですか?」

「え? 何が?」

「いえ、その……土下座してましたから……」

「あー……」

 

 

 何だろ。たぶんひよりは俺の方を見ていないだろうという考えで土下座したのだけれど、俺の方を見てくれていたらしい。

 それは少し嬉しい。でも、綾小路に土下座しているところを見られたのは、ちょっと……

 

 よし、綾小路ぶっ殺す!




 なんかひよりかわいいってなる話が最近書けてないので、次は最後までひよりたっぷりな話を書きたいです。

 最新刊の物憂げな表情のひよりがちょっと考えられないくらい可愛かったです。

 橋本から「綾小路ひより特別視してるっぽいよ(意訳)」と言われて、とりあえずひより狙おうとする坂柳も可愛かったです。少なくとも坂柳がひよりを狙う事はもうないと思うので安心です。
 


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