百合とロックバンドとピュアサウンド (----___)
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4月 Celebrity Skin (Re)

作り直し
時系列的にシーズン2から


 私はちょっと変わった人間である。私の中には、もう一つの人格が眠っているのだ。彼女は『ワタシ』と言って、ちょっと荒っぽくて、ロックな感じの女の子だ。そして、彼女も私の大切な友達の一人。

 

『おーい、起きろ!』

 

 彼女の声は私しか聞こえない。だから私が『ワタシ』の事を他人に話すことは絶対にしない。どうして彼女が私の中で住み始めたのかということは凄く複雑な話だし、超現実的な話なので説明しづらい。ただ一つ言える事は、彼女と出会ってから私の生活は大きく変化したという事だけ。

 

「おはよう……」

 

 眠そうな目を擦りながら起きると、そこには一人暮らしの部屋があった。机の上には学校カバン、ドアにはギターケースが立てかけてある。両親は故郷に居て、今は誰もいない。この部屋で寝泊まりしているのは私だけだ。ベッドの横にある目覚まし時計を見ると、ちょうど起きる時間で、私は急いで制服へと着替えて、いつもと同じ朝が始まる。朝食はキツイので省いて、洗面所で顔を洗い、歯を磨いたら髪を整える。髪は三つ編みにして後ろへまとめる。準備が終わったら鞄とギターケースを持って家を出る。これが私の日課だった。

 

電車に乗り、降りたら学校へ。周りの景色を見れば桜の花びらが散っている。季節は春になり、進級して2年生になったばかりだ。私は性格の問題でクラスの人とはあまり馴染めていないけど、バンドメンバーとは仲良くやれている。

 

「おはよ、まつり」

 

私の親友が挨拶してきた。彼女は七瀬陽香。うちのバンド『Runaways』のベース兼サブボーカル担当で、サブカル大好きなオタク女子でもある。バンドだと『NANA』と名乗らせてもらっているらしい。確かにそんな少女漫画があったような気がする。

 

「進級したね、実感沸かないけど」

「ね、一年の頃は色々あったし」

 

 そう言って私たちは笑い合う。私たちが通っている高校の名前は西園寺音楽高等学校。音楽が付いてる通り、音楽に関して実力者が集う学校で、合唱やオーケストラなどの分野に特化してる。中でも特別コースがあって、音楽に特化した人を引っこ抜く為のコースがある。私はバイオリンと歌声を披露してそのコースで入学できた。ちなみにどこかで聞いた月ノ森という学校とはライバル関係らしい。私は特別コースに入っているけど、音楽系の部活には所属してない。私は帰宅部だ。いや、バンド活動に熱が入ってたから入る暇が無かったと言うべきかもしれない。

桜が降り注ぐ中、私達は校門をくぐった。

 

――

 

 適当に授業を終わらせたら放課後だ。私はギターケースを、陽香はベースを背負った状態で教室を出た。向かう先はライブハウスだ。

 

「今日のライブ、上手くいくかな~」

「大丈夫よ、全力で行けば何とかなる」

 

 私は陽香に向かって言う。今日はライブハウスでやる日で、ワンマンでやる事になっている。私達のバンドが主に拠点としているライブハウスは東京の隅にある場所で、まったく無名、キャパは100人程度の小さな所。そこでライブをやらせてもらっている。ライブハウスの前にたどり着くと私は目を閉じた。過去のちょっとした思い出が蘇ってくる。

メンバー全員で音を出した時の衝撃、初めてオーディション受かった日、前座として下積みをし続けて、ようやくワンマンさせてもらったけど、観客が10人しか居なかった事、オーディションが音楽性の問題で受からなかった日々。コンテストでは最低点だして個性点だけ高かったりとか、喧嘩したけどようやく自費出版でファーストアルバムの『garden』が出せた事……。

そして、あの時、あの瞬間、私が人生で初めてステージに立った瞬間を思い出す。今でも鮮明に覚えている。

 

「おーい、まつりー!」

「うん、今行く」

私の記憶の中の世界から現実へと引き戻される。私は足を進めることにした。

 

――

 

『Runaways』のライブ衣装はバラバラとなっている。高身長イケメンギター女子の相方さんは黒革ジャンにジーンズとロックンロールなスタイルだし、パンクなピアノの女の子は金髪のエクステンションを着けて赤黒いドレスを着ている。ボーカルのメグはTシャツ一枚にホットパンツとカジュアルなスタイルだったり。ドラムの子は動きやすくしたり、陽香はひらひらなスカートにノースリーブのブラウスを着ていたりと、それぞれ個性的な格好をしている。私の衣装は黒の軍服っぽいロングコートと生足網タイツとブーツを履いている。ちょっとアグレッシブだけど、ライブの時は気持ちが切り替わって、思いっきり暴れたくなってこういう感じになるのだ。

 

「リハは一曲だけ、そこからぶっつけ本番で行こう」

メグがそう言ってリハーサルを始める。私のギターケースからボロボロのストラトキャスターを引っ張り出してアンプに繋げる。

「チューニングは?」

「ばっちしだよ!いつでも行ける!!」

陽香はベースを肩にかけて準備万端と言った様子だった。他のメンバーも準備は出来ていた。

「じゃあ、やろうか……ワン、ツー、スリーッ……」

 

ジャーンと一曲が終わる。すると店長のおばあ様がゆっくり拍手をした。

「いいねぇ、ところで今日のチケットは完売したよ。満員御礼さね」

「本当ですか!?ありがとうございます!!!」

メグが嬉しさで飛び跳ねる。初めてフルキャパでワンマンライブが出来て嬉しいんだと思う。私達の演奏が評価されたってことだもんね。始めは身内や友達、気が付けばメタルの人たちや、他の学校の女の子、バンドマンの人など、いろんな人が見に来るようになった。このバンドはどんどん大きくなってる。

「準備オッケー!」

「よし!では、初の満員ライブ、気合い入れて頑張りましょう!」

「おー!」

 

 ギターとバイオリンを持ってステージに上がった。ステージに立って客席を見ると、本当に満席だった。学校に居た生徒から、髪を長くしたメタルのお兄さんまで、色んな人が来ていた。

私は人に見られるのはあまり好きじゃないけど、この光景を見ると気分が良くなる。MCは何も言わないまま、ドラムスティックでカウントを取ると、演奏が始まった。

私達の音楽というのはパンクなのかメタルなのかロックなのか分からないような音楽をしている。BPM200超えの曲をやったと思ったら、スローでダークなゴスをやって、また激しいのに戻って、今度はポップで明るいのをやる。そういう音楽だ。このバンドは一人一人が違う音楽を持っている。アメリカのロックが好きな人も居れば、ブリットポップ、クラシック、ポップ、アニソン、ジャズ、何でもござれだ。

ライブハウスのオーディションを受けた時も、『どんな音楽をやりたいのか分からない』と言われた。でも、私はそれで良かったと思っている。音楽なんて自由にやればいい。それが私達の音楽だ。

 

――

 

『結構、良かったんじゃない?』

いや、まだまだいけるはず。ソロでミスタッチあったし、もっと練習しないと。ライブが終わって皆控え室で休憩をしていた。

「ここを埋められたということはさ、そろそろ行けるんじゃない?」

メグが言っているのはCiRCLEというライブハウスの事だと思う。ガールズバンドの聖地で、あそこにいるガールズバンドはどれも凄くて有名らしい。そこを埋めることが出来たなら、私達はもうメジャー進出出来るレベルと言ってもいいかもしれない。

 

「そうかもね」

陽香は同意する。でも私は疑問だった。今のレベルで満足しているのだろうか?私は何かが足りないと感じていた。

「なら、コンテストに挑んでみない?」

パンクなキーボードの子がそう言ってコンテストの紙を取り出した。

「またコンテスト……」

 

私は嫌そうに愚痴をこぼした。私はコンテストが嫌なのだ。審査員とかが私達の音楽を理解してくれると思えないし、点数で格付するのがバカバカしいと思っていた。

 

「会場はなんとあのZepp、2000人の前で演奏出来るよ。しかもCiRCLEの連中も来るから、実力を試すには絶好の機会よ」

 

パンクな子はそう言った。確かに2000人は多い。今までのキャパは100人前後だから、その十倍以上だ。それだけ多くの人に聴いてもらえるのは好機だと思う。

「やってみようよ、一度はそういう空気を味わっておきたいし」

メグが言う。

「そうだよね。やらないよりはマシだもん」

陽香が賛成した。

「じゃあ、もっと練習しないと。気分は対バンのつもりでやろう」

 

私の中には不安や不満があったけど、それをかき消すように声を出した。命かけて突っ走るって決めたんだ、もう後戻りはできない。



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4月 Steady as She Goes (Re)

作り直し


 

 私が愛用しているのはボロボロのストラトキャスター。どこが作ったのかも分からないボロボロのギター。ボディ部分のペイントは剥がれ落ちてて、色んな部分が削れてるけど、それでも私はこのギターを手放せない。だってこれは親友がくれた大切な物だから。

 

 私は幼い頃、趣味程度としてバイオリンを習っていた。本当に趣味程度で、習い事もしなかった。ある程度の曲は弾けるけど、本気で習っている人には敵わない。次に興味を持ったのはキーボードだった。ニューオーダーが好きで、その影響でキーボードを始めた。ギターに目覚めたのは中学の時だった。嫌になって学校サボり、近くのCDショップで色々見てたら、髪を染めた同級生の不良の女の子に会って、「あんたもそれが好きなの?」と聞かれた。その不良の女の子が私の親友になった。

 

 彼女からロックについて色々教えて貰った。最初は興味無かったんだけど、段々ハマってきて、ギターを始めようと思った。二人で東京行って、バンドやろうと約束したけれど、その約束は叶わなかった。どうしてかは言わないけれど、言える事があるとすれば、私の親友は最後までロックな人だったという事。

 

 今日、私はCiRCLEというライブハウスでライブを見ていた。私の大好きなガールズバンド、Roseliaのライブだ。私はボーカルの少女、湊友希那に思わず見惚れてしまった。彼女の歌声はとても綺麗で、それでいて力強く感じられた。そして何より、彼女が奏でる音が好きだった。私は胸に手を当てながら、彼女に魅入っていた。彼女の隣に立てるくらい上手くなりたいと思ってしまったのだ。

 

(叶わないとは分かっているけど……)

彼女は高嶺の花だと分かっていたし、そもそも彼女と釣り合うような人間じゃない事は理解していた。だけど、そんな考えとは裏腹に、私は彼女を目で追うようになっていた。

(こんな邪念、捨てたいな……)

そう思いながらも、私はライブを楽しみ続けた。

 

ライブが終わったら、私は次に私達のアルバムを販売しているボロボロのショップに向かう。

「アルバム売れてる?」

私は店主のおじさんに聞いた。おじさんは椅子の上で退屈そうにしながら言った。

「全然」

予想通りの答えだった。

「まぁ、そうよね……」

「ま、ファン以外は買わないさ。100枚売れただけでも奇跡だよ」

 

私は苦笑いを浮かべた。確かにそうだ。

店を見渡すと革ジャンやドクロ、ロックバンドが描かれたTシャツなど、色々なものが置いてある。どれもこれも古臭いデザインばかりだ。ここで主に売ってあるのはレコードやCD、カセットテープなどである。

 

「ところで私が欲しかったアルバムは入荷してくれた?」

「ああ、デュラン・デュランだろ?海外から輸入してきたよ」

そう言っておじさんは奥に行くと、CDを持ってきた。

「ありがとう、お代渡すね」

 

財布を取り出してお金を渡すと、おじさんはそのお金を受け取った後、私は店を去ろうとすると、一人の女の子が店に入ってきた。女の子は黒いジャケットを着ており、髪の色は一部赤く染めている、パッと見て不良のような印象を受けた子だった。その子は店内に入ると、レコードやCDを眺めていた。私は彼女を知っている。Afterglowのボーカル、美竹蘭さんだった。こんな所にも訪れるんだと思いながら帰ろうとすると……。

 

「おう、嬢ちゃん良いアルバムあるぞ」

とおじさんが言う。

「急に何?」

「『Runaways』さ、ここら辺で活動しているガールズバンドでな、最近ようやく箱を埋めれるようにまでなったんだよ」

心の中で「おじさん!?」と叫んだ。まさかこの店の商品を紹介するなんて思わなかったからだ。しかもそのバンドの事を知ってる人ならまだしも、知らない人に紹介するとか正気かと思った。

「ふーん、じゃあそれちょうだい」

美竹さんはあっさりとそのアルバムを買う事にした。

「ありがとさん、そこにRunawaysのギタリストさんが居るからちょっと話してみるといいぜ」

「ちょっと、おじさん!?」

思わず声が漏れてしまった。すると美竹さんの視線がこちらに向けられる。

 

「ギターやってるの?」

彼女は私に向かって話しかけてきた。私は少し戸惑ったがすぐに答える。

「えっと……はい……」

すると美竹さんはじーっと私を見ていた。何か変なものでも付いているのか不安になる。

「全然そういう風には見えないけど」

「そうですか……」

私は思わずため息をつく。どうせ私は可愛くないですよと言いたかったけど我慢した。

「コンテスト、出るんでしょ?」

私は首を傾げた。何故それを知っているのだろうか。

「もう出場バンド表出てるよ。あたし達も出場するから」

「う、うん……」

私はぎこちなく返事をした。

「名前は?」

私は名前を告げた。

「水城、まつりです……よろしくお願いします……」

私はぺこりと頭を下げた。緊張して上手く喋れなかった。遠くでおじさんが笑いを堪えてるような気がする

「そう。コンテスト、期待してるから」

 

彼女はそれだけを言うと、そのまま立ち去っていった。私はその背中を見ながら、思わず呟いた。

「……怖かった」

おじさんは気持ち悪い笑みを浮かべながら言った。

「これがライブで暴れ回った女の態度か?凄いキョドってたな」

「ライブの時はギアが入るというか……」

私は言い訳をする。

「ま、コンテストはあいつらにギャフンと言わせてやれよ」

私は無言でコクッと首を動かした。

 

――

 

Runawaysの練習としてスタジオを借りて練習をしていた。バンドで演奏する曲は決まっている。後はそれに合わせるだけ。

「本番まで喉温存したいから、70%の気持ちで歌うね」

そう言ってメグはマイクスタンドの前に立つ。シンバルのカウント音が響き渡る。そして、演奏が始まった。相方に合わせてカッティングを弾く。ベースラインもしっかり合わせて、ドラムの音も問題ない。確かに今まで通りの演奏だ。でもこれでCiRCLEのバンドに通用するのだろうか。

「うん、良い調子だね」

ボーカル担当のメグは笑顔で言う。

「まつりはどう?」

「良いんだけど、コンテストに通用するのかな」

私は思った事を素直に口にする。

「そうね、相手は格上だし、勝てるかどうか分からないわね」

 

そう、私達はこの界隈でも下の方だ。上の相手にどこまで通じるのだろう。

 

「コンテスト優勝は断然Roseliaね、まあ彼女らに勝とうとは思わない方が良さそうだけど」

するとメグが口を開いた。

「じゃあ、勢いだけで突っ込もう」

「どういう意味?」

「勢いある曲だけにして、さらにテンポを10%ぐらい上げよう」

「……分かった」

私とメグはお互いの目を見て、コクリと小さくうなずいた。

「……よし、始めましょう」

私はストラトキャスターを、メグはマイクスタンドを構える。

「行くよ!」

メグの声と同時に、私達の音楽は始まった。



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4月 PRECIOUS… (Re)

私が一年の頃にCiRCLEでバイトした事がある。受付、ライブのローディ、時々ショッピングセンターのお手伝いなどの手伝いをした。

大体、私の隣に立っていたのは月島まりなという優しいお姉さんだった。

 

CiRCLEには個性的なガールズバンドが沢山ある。色々話をする機会はあったけど、友達になるとか、知りあいになるとか、そういう事は無かった。

 

でも例外は1人だけいた。星の髪型をした女の子だった。「戸山香澄」、可憐で元気一杯な子。彼女は私の事を見つけると直ぐに話しかけてくれた。バンドが崩壊した時も相談に乗ってくれて、背中を押してくれた。でもバンドを立て直した後、話す機会は無くなっていた。3月限りでCiRCLEのバイトをやめたからだ。

きっとコンテストで一緒にいると思うけど、私は別に彼女に会おうと会わないだろうとどっちでも良かった。少し寂しいかもしれないけど、それでも良かった。

そしてコンテスト当日。

私は緊張し過ぎて金曜の夜からあまり物が食べられなかった。強いて言うなら、ヨーグルトと果物とかは喉を通せた。出発前、鏡を睨む。

 

「今日は絶対に決めなさい……!」

『ここで一発決めてやれ!』

自分自身を鼓舞して外へ出た。

 

ーー

 

 アーティストの順番は事前にランダムで決められる。フェスのように大物アーティストがトリを飾るとか、そういう感じではない。だが、私達『Runaways』は運が悪く一番最後になってしまった。少しずつ大きくなっていくプレッシャーに私は胃が痛くなりそうだった。陽香はライブに参加出来る事を楽しんでいて、両手にはサイリウムが握られている。

 

「まつりも一緒にコーレスやろう?」

陽香がキラキラとした目で言う。

「ごめん、今はちょっと……」

今はとてもそんな気分じゃない。それにしても、このステージは広い。観客2000人が入るだけあってかなりの広さだ。こんな大勢の前で演奏するのかと想像すると足が震えてきた。顔を上げて色んなバンドを見るけど、バイトしてた時より、大きな存在に見えた気がした。

 

 そして、私達の番がそろそろやってくる。控え室に移動して、ライブ衣装に着替えるといよいよ本番が始まるんだと思い知らされる。私達はアウェーなんだ。対バンは何度もやって、ファンを奪ってやろうという気持ちでやって来た。でも今度は格上相手で、しかも大勢のオーディエンスの前で演奏しなければならない。

 

『何怯えてるのよ』

ワタシが言った。

『怖気付いてしっぽ巻いて逃げるつもり?』

「そういう訳じゃ……」

『思いっきりブチ切れてやればいいのよ。まつりはイカれたロック少女なんだからさ』

皆の様子を見てみる。やはり緊張しているようだ。陽香だってさっきの楽しげな雰囲気から一転、不安そうな表情をしている。ベースを弾く指先が震えてるように見えてしまう。

『まつり、お前は突撃隊長よ、元気づけてやって』

私は拳をぐっと握って壁を思いっきり叩いた。その音に驚いたバンドメンバーがこちらを見つめている。

「何ビビってるのよ、私達は今まで通りやってきたんでしょ?今更逃げる?はっ!笑わせないでよ」

 

そうだ、私達は今までずっと頑張って来たじゃないか。ここで逃げたらそれこそ意味がない。

「もういい加減慣れっこでしょう?私達がどれだけヤバい事してきたか忘れちゃったわけ?もうここまで来たなら、暴れてやる以外選択肢はないだろ?」

私の言葉を聞いてメンバー達に気合いが入り始める。

「さっすがリーダー」

「リーダーじゃない」

ボーカルとして一番前に立つメグの肩に手を乗せる。

「メグは前を向いていればいいの。あとは私達が何とかするから」

「うん……ありがとう」

メグの声が小さくなって消えていく。大丈夫、きっと上手くいくはず。

 

 スタッフさんが呼びに来て、ついに出番が来た。舞台袖に移動し、ギターラックを見つめる。

1つ目は黒のギター、ストラトタイプだ。沢山のデコレーションがされており、バンドのステッカーが沢山貼り付けられている。2つ目のギターはネックが3本ある奇妙な形をしたギターだ。重いし、動きづらいけど、自作したギターだから思い入れがある。このギターを見せた時、スティーヴ・ヴァイみたいと言われた。

ストラトをステージ裏へ持っていき、トリプルネックギターを肩にかけた。重さが肩にズシンとくる。

会場の内ではXのWild thingsがSEとして流れている。野球の映画で使われた曲らしい。

 

メグの声に合わせて円陣を組む。

「今日も楽しんでいこう!」

「おー!」

掛け声と同時にステージへと飛び出した。定位置に着いたら、ギターのチューニングを確認。よし、問題なし。会場から拍手の音は小さかった。私達のファンはそこまで多くない。

観客は見ない。自分自身に集中だ。

後ろのスタッフに合図を送って、メグと目を合わせる。

よし、頷いた。メグが左手を高々に掲げる。

少ないファンの応援。私達のライブが始まった。

 

一曲目は静かに始まる。青い照明が照らす中、静かなイントロが流れる。そしてスティックの音に合わせてフレットレスのネックを抑え、音を出し始めた。

『準備はいい?』

行こう。相方からアコースティックのアルペジオが奏でられ、少しずつ曲が盛り上がっていく。そしてサビに向けて転調していく。12弦のネックの方を抑え、素早いカッティングを刻む。サビに入った瞬間、ステージの照明が会場を照らした。横目でマイクスタンドを掴むメグを見てみる。彼女の顔から緊張はもう解けていて、いつも通りの笑顔が戻っていた。

 

――

 

「ラスト行くよ!」

メグが叫ぶとシンバルの音が響き渡る。BPM200で奏でられるハードコアで哀愁漂うメロディが会場を揺らす。

ボロボロのストラトに変えた私はきめ細かく、素早くリフを刻みながら頭を揺らす。

観客のボルテージも最高潮に達し、転調すれば、私のギターソロ。メグの隣に立ち、チョーキングで音を鳴らし、一気に畳み掛ける。思いっきり身体を反るようにして、ピックを振り下ろす。ステージ上で汗が飛び散り、観客が歓声を上げる。最後のフレーズを弾き終えると、一瞬の静寂が訪れた後、大きな拍手が沸いた。

隣に居た陽香と拳を合わせハイタッチをする。

 

「陽香、関係者席どこ?」

「2階スタンドじゃない?」

近くに水分補給用として置いていたペットボトルを掴み、少し飲んだら、二階席目掛けて思いっきり投げた。届きはしなかったものの、ペットボトルから零れる水が観客席を濡らした。

メグが一礼してステージ去ると、私達の出番は終わった。

 

控え室に戻ると陽香が興奮した様子だった。

「ステージに立ったらそこまで大した事なかったね!楽しかった!」

「ね」

メグが相槌を打つ。

「じゃあ、もう帰ろう。どうせコンテストは落ちたんだし」

陽香はそう言って帰り支度を始めた。

「そうだね」

「打ち上げで焼肉行こうよ」

メグが言った。

「賛成!」

私達は荷物を持って控え室を出た。会場にはもう用はない。

「あの、結果発表が……」

スタッフが止めようとしてくるものの、パンクなキーボードの子が睨みを利かせて黙らせた。

 

裏口から会場の外に出ようとすると、黒スーツ、サングラスの女性達が待ち構えていた。

 

「申し訳ありませんが、もう少しだけこちらに残って頂けませんか?」

「どいて、あたしは帰るのよ」

キーボードの子が退かせようと手を伸ばすが、その手を掴まれてしまった。

「ちょっと!離してよ!」

暴力手段へ踏み込もうとしても見事に身体が拘束されている。

「コンテスト終了後、お嬢様による催しがありますので、参加お願いします」

「……え?ヤクザでも絡まれた?」

メグが顔真っ青にしているけど、私はこの人たちを知っているので、そんな事はないと思う。

「大丈夫よ、この人達は弦巻さんのガードだから」

「弦巻って……あのお嬢様!?」

メグが驚いたように言うけど、まぁ無理もないよね。

「そう、ハロハピのボーカルの子だよ。ここは大人しく従おう」

「う、うん……」

「ほら、よっちゃん行くよ?」

拘束を解いて貰って、パンクなキーボードの子に話しかける。

「ほんっと、身体が痛い……」

「猪突猛進なんだから」

 

 私達は席に着いて結果発表を待っていた。さっきまでステージで暴れまわったせいで全身が筋肉痛だ。陽香なんか私の肩に寄りかかって寝ている。司会の人がマイクを取り、話し始める。

 

「本コンテストはオーディエンスによる投票、審査員の点数によって決まります。上位五組が十二月に開催されるガールズバンドチャレンジ予選のポイントを得ることが出来ます」

メンバー全員を見てみる。皆、寝ている様子。起きているのはメグと私しかいなかった。

「武道館行けるんだって、凄いね」

メグが感心しながら呟く。

「私はなんか好きじゃないな」

「どうして?」

メグが不思議そうな顔をする。

「行くなら、自分達だけの力で行きたいじゃん。誰かの力を借りてなんて、絶対に嫌」

「ふーん、そういうもんなのかな?」

メグは納得していないようだ。司会の言葉を無視して、私達はこそこそと話す。やっぱり上位はCiRCLEのバンド独占だ。私達は6位、圏外。

「このコンテストの優勝は、Roseliaです!!」

会場がざわつき始める。

「ほらね」

「やっぱり」

私は小さくため息をついた。Roseliaの面々が舞台袖から出て、何か話すけど私は無視した。

「動きあったら起こして」

「うん、分かった」

メグに声を掛けてから目を瞑った。

 

――

 

肩を揺らされる感覚がして、目を開けると、メグの顔があった。

「おはようございます、まつり」

「うん、何かあった?」

「そろそろ移動だって。凄いよ、リムジンに乗れるって」

「それは凄い」

会場に私達二人しか残されていない中、私はメグに連れられて、会場裏へと向かった。



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4月 The Reflex (Re)

打ち上げ会場は弦巻のお嬢様に連れられて豪華そうな建物に案内された。

 

「やっぱりお嬢様は凄いね」

「ね。食事はどうなるかな?」

陽香とメグは二人で盛り上がっている。

「こういうのは何となくだけど、バイキング形式になると思うんだよなぁ」

「あ!それあるかも!」

なんとなくだけど、隅に行きたい気持ちがあった。今の私は三つ編みに眼鏡。何が言いたいかと言うと、私は服装によって性格が変わりやすいのだ。今の私は内気で地味な感じだから、あまり人と関わりたくないという訳である。

「はぁ……」

 

 ため息ついてから席に座っている人達を見渡してみた。CiRCLEに居たバンドの人達も居るし、見た事ない人も沢山いた。今座っているテーブルもうちのバンドメンバーだけで埋まっていた。

「まつり、野菜取ってきてあげよっか?」

「うん。なるべくグルテンフリーで」

陽香が私の事を気に掛けてくれる。グルテンフリーというのは私が崇拝しているギタリストがよく使う言葉だ。

「え?どういうこと?小麦アレルギーとか?」

「ううん、違うよ。でも何となく」

「そう……」

 

陽香は不思議そうな表情を浮かべて、サラダを取りに行った。

私は辺りをキョロキョロと見渡す。目についたのがやっぱり香澄ちゃんだった。彼女はポピパと一緒に料理を取って食べているみたいだ。私には分かる。あの子の周りに人が集まってくるオーラみたいのを。

 

 それから暫くすると、陽香がサラダを持ってきてくれて、バンド全員が座ったので反省会をする。話を切り出したのはメグだった。

「あと一歩だったよね〜」

「ね、でもそこまで行けたという事は成長したって証拠だよ」

メグの言葉に対して陽香がフォローする。私は話を聞きながら静かに食事をしていた。

 

「でね、今回のコンテストの感想みたいなのが届いたからみんなで見ていこう」

メグは紙を一枚テーブルの上に出して、皆に見えるようにした。そこには審査員の方々からのメッセージが書かれていた。

「……こんなの破っちゃえよ」

私はボソッと呟く。その声に反応したのは陽香だった。

「受け入れられない?」

「技術点や構成点が低いのは認めるけど、音楽性の点数が低いのは納得いかない」

 

マイナーなジャンルをやっているのはわかっているけど、それでも音楽として評価して欲しい。それが本音だった。

「まあまあ……次頑張ろうよ」

「いや、コンテストなんて二度とごめんよ。コンテストでデビュー目指すくらいなら、ずっとハコでやり続けた方がマシだって思う」

「まつり、荒れてるねー」

陽香が苦笑いしながら言った。

「別に荒れてはいないよ。ただ自分達の音楽を否定されるのが嫌なだけ」

私は食事の手を早め、早々に食べきった。そしてテーブルの上でうつ伏せになる。

「思ったより敵は多いんだね、世の中は」

「出来るだけ行ってみよう。ね?」

陽香が優しく声を掛けてくれる。私は少し頷いた。

 

 それから皆は食べ切るとどこか行ったりして一人になった。特に動く気にもならないからスマホをいじる。すると今までは友達と居た香澄ちゃんが私を見つけて話しかけてきた。

「まつりちゃーん!」

元気いっぱいに私の名を呼ぶ香澄ちゃん、ごめん今は静かにしてほしいんだけど……。そう思いながらも私は顔を上げて返事をした。

「どうしたの?何か用事でもあった?」

「どうしたのって、急にバイト辞めちゃったから、どこに行ったんだろうって思ったら、まさかバンドでギター弾いていたとは思わなかったよ!びっくりし過ぎて心臓止まるかと思ったもん!」

 

香澄ちゃんは興奮気味に話す。確何も話していなかったからね。

「うん……ちょっと色々あってさ……」

「それにしても、まつりちゃんって凄かったんだね!あんなギターソロをギュイーンとかき鳴らしている姿見たことなかったからビックリだよ!!」

こんなにグイグイ来られても困るんですけど……。

「えっと……ありがとう?」

とりあえずお礼を言うことにした。でも正直言って褒められるようなことはしていないと思っている。

「ねえねえ、今度ライブとかやるんでしょ!?見に行ってもいいかな?」

香澄ちゃんは目をキラキラさせながら言う。

「それは構わないけど……」

一応承諾したが、まだまだだし、あまり人に見せれるようなものでもないと思う。

「やった!!絶対行くね!!!」

そう言い残して去って行ってしまった。

(……吐きたい)

気分がくっちゃになって、もう全てが面倒くさくなった。お腹辺りも痛いし、トイレに行った。

 

――

 

蛇口から出る水を手ですくって口に流し込む。 

『人と話すだけで普通そうなる?』

「知らない子と話する時、私がどれだけ緊張するか知ってるの!?」

『ライブ時とか普通だったのに』

「家帰って眠りたい……」

そう呟いて、私はまた水を口に含ませる。

『打ち上げはまだあるから頑張って』

「はぁ……」

ため息をつき、鏡を見る。そこには疲れた表情の自分が映っていた。

「よしっ……」

気合いを入れ直して、私は会場に戻った。

 

――

 

会場の隅に立って、私はイヤホン付けて音楽を聴く。時間が経つのを待っているのだ。

私が好きなのは特にイギリスのロック。アメリカのロックとかそういうのも聞くけど、やっぱりこういうものが好き。レディオヘッドやコールドプレイ、オアシスとか。でもパンクとかメタルとかも聞く。何だかんだなんでも聞く。

好きなギタリストはフランク・ザッパやプリンス、スティーヴ・ヴァイ、そしてカート・コバーン。カート・コバーンは特に好き。彼に憧れてジャガーが欲しいなんて思った事もあった。まあ買えないけど。

 

そんな事を考えていると、肩を叩かれた。振り返るとそこに居たのは美竹さんだった。

「ライブ、お疲れ様」

「は、はい。お疲れ様でした……」

いきなりだったので声が上ずってしまう。

「まつりもあんな格好してギター弾くんだね」

「はい、私の好きなアーティストがそういうスタイルなので」

「そうなんだ」

それから暫く沈黙が続く。

「コンテスト、残念だったね」

「でも実力が分かっただけでも良かったです」

「そっか」

再び会話が途切れる。私は何を話せばいいのか分からなくなってしまった。

「あのさ」

「はい」

「まつり達のライブ見てみたけど、結構良い感じだったよ」

「そうですか?」

「うん。聞いたことない音楽だったから新鮮だった」

「ありがとうございます」

「それで、次のライブはどうするの?」

「まだ決めていませんけど、やっぱりホームのハコでやろうかなって思ってます」

「……CiRCLEに来ない?まつり達の演奏見てみたい」

「え?」

 

コンテストで負けたと言うのに、ガールズバンドの登竜門であるCiRCLEでライブをやらないかと誘われてしまった。あそこなんて、80-90年代の鹿鳴館ぐらい貫禄があるライブハウスなのに。

「メンバーと一緒に考えさせて下さい……」

「まつりがリーダーじゃないの?」

「いえ、私達のバンドはリーダーとか決めてなくて……皆がやりたいようにやってるだけなんです」

「ふーん、なんか面白いね」

「面白いんですかね?」

私は苦笑いしながら言った。

「じゃあ、待ってるから考えておいて」

そう言い残すと彼女はどこかへ行ってしまった。

 

「はぁ……疲れた……」

またイヤホンを耳につけて音楽を聴き始めようとすると、金髪の子がこちらに近づいてきた。あの子は……弦巻こころさんだ。

「あなたがまつりね!あたしはこころ!よろしくね!」

元気いっぱいに挨拶をする彼女を見て、私は少し圧倒されてしまった。

「よ、よろしくお願いします……」

「まつり、付いてきて!あたし達のバンドを紹介するわ!」

そう言うと、手を掴まれて引っ張られた。

「ちょ、ちょっと!」

そのまま私はハロハピの所に連れて行かれた。



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4月 Help Me Stranger (Re)

 今日はRoseliaとAfterglow、そして私達の3バンドで合同練習する日。ボーカルのメグが色んな人と話してそうなったらしい。

 

「合同練習ね……」

私はスマホを眺めながら呟いた。隣にいた陽香が私のスマホ画面を見ながら言った。

「嫌なの?」

「まあ、Roseliaってなんか厳しいイメージあるからさ」

「あぁ〜……。でもまつりは真面目だから大丈夫じゃない?」

「どうだろう……」

 

 しばらく歩くと目的のスタジオにたどり着いた。スタジオ前の扉に立つと、陽香が真剣な表情になる。

「まつり、マジな感じで行こう」

「うん……」

Roseliaのメンバーは既に集合して、Afterglowのメンバーも揃っていた。視線が私達に集まる中、私は真面目な表情で前に出た。

「こんにちは!」

私が挨拶するとみんなが返してくれる。そして位置に着いたらギターのセッティングを済ませる。

「よし……準備完了だね」

陽香の方を見ると彼女はベースの準備をしていた。この合同練習を仕切るのは湊友希那さんだった。

 

「今日は皆集まってくれてありがとう。では、合同練習を始めましょう」

そう言って湊さんは私達を見渡す。その鋭い眼光に見つめられて緊張したけど、私は負けじと見返した。何故か、負けん気が湧いてきたのだ。

まずは早弾きの練習。テンポを上げていきながら指の動きを確認していく。早弾きは相方の方が上手いからそっちの方に任せているけれど、一応自分でも確認している。

 

 次にセッションに入る前に各自個人練習の時間になった。私はとりあえず自分のパートの確認をしたかったから一人で弾いていた。次にバイオリンだ。と言ってもバイオリンはそこまで弾かないので、腕が落ちない程度に軽く音出しをするだけだ。終わったら各バンド一曲ずつセッションを行う。まずは私達からだ。メグが私の方を見て言う。

「何にする?」

「いつも通りの曲で行こう」

「オッケー!」

 

 私達は慣れた手つきで演奏を始める。ミッドテンポの曲で、よくウォーミングアップに使う曲だ。この曲一回やってみると、今日の調子とかが分かるし、全パートがしっかり周りを聞いていないと上手く合わせられないので意外と難しい。演奏が終わると拍手が起こる。次にAfterglowの演奏だ。Afterglowはロックの王道みたいな曲を演奏している。あとやっぱり成熟したような勢いらしさが感じられる。次はRoseliaだ。

「行くわよ」

湊さんの合図と共に演奏が始まる。Roseliaはシンフォニックメタルというジャンルの音楽をやっているらしい。初めて聞いた時は驚いたけど、確かに激しい曲調の中に綺麗なメロディがあるのが特徴的だと思う。ブラックサバスにもそういう感じの曲があったと思う。

 

 セッションが終わったら、それぞれバラバラになって交流会。私は他のバンドの人と話す勇気が無いので、ずっと壁際に立っていた。しばらくすると、Roseliaの氷川紗夜さんが話しかけてくる。

「あなたが水城さんですね? お話は聞いています」

「えっと……はい。あの、よろしくお願いします」

「こちらこそ」

氷川さんはクールな雰囲気を持っている人、ギターも上手で、私が目指している一つのスタイルでもある。そんな人が私なんかを気にかけてくれて少し嬉しい気持ちになる。

「水城さんのギタースタイルはどういうものなんですか?」

「えっと……昔のイギリスのバンドなどを真似したスタイルで……」

「そうなんですね。ちなみに好きなギタリストはありますか?」

「そうですね……。カート・コバーンですかね」

「私もカート・コバーンは好きです。彼のプレイには心打たれますよね」

「はい!」

音楽のセンスが合ってちょっと嬉しい。こういう風に話せる人は今までいなかったから新鮮だったりする。

「水城さんはどういうギターを使いますか?」

「曲に寄りますけど、基本的に三本を使い分ける感じです。ストラト、フレットレス、トリプルネックの三本ですね」

「使い分けるなんて珍しいですね」

「その方が音の幅が広がるので」

「なるほど……」

 

こうして話していると、向こうから喧嘩のような声が聞こえてきた。

「で、そんな曲で何が言いたいのかしら」

「なにって、分からないんですか!?」

湊先輩と美竹さんが睨み合っている。周りを見ても、「まただ……」という感じで呆れていたり、心配していたりと様々だった。

 

『やっぱりまつりと似て短気だね』

「そんな私短気なの?」

 ワタシに言われてもあまり実感がない。でも、このままだと良くないのは確かだった。それに居心地がだんだん悪くなって、お腹辺りがモヤッとした気分になる。

「ちょっとだけ抜け出すなら、いいよね……」

 

 私がこっそり抜け出そうとした時、たまたまメグと目が合ってしまった。でもメグは縦に頷いて、「行っていいよ」と言っているような気がした。私は静かにスタジオを抜け出して、近くの公園に向かった。スタジオから抜け出す時、ドーンと大きな音が鳴ったけれど、多分大丈夫だろう。

 

 外に出て、深呼吸をして心を落ち着かせる。さっきまで感じていた嫌な感覚は無くなっていた。公園のベンチに腰掛けて空を見上げる。

「あーあ、やっちゃった……空気が嫌だったと言っても、練習を抜け出すのは無いよね……」

青い空が広がって、白い雲が浮かぶ。そして遠くの方では鳥が飛んでいる。しばらくボーっとしてから、ふと思った。

「人と関わるのは苦手、というより初対面の人にどう接すれば良いのかが分からなくて、結局何も言えずに終わるんだよね……」

そんな事を呟く。すると「にゃーん」と猫の声がした。振り向いた先には一匹の黒ネコがいた。首輪をしているところを見ると飼い猫だろうか。首輪を見てみると、『グース』と書かれていた。

「可愛いね……」

私が近寄っても逃げない。それどころか、私の膝の上に乗ってくる。頭を撫でるとゴロゴロ喉を鳴らした。猫を撫でながら私は言った。

「本当はね、私。そんなクールとかストイックとか、そういう性格じゃないんだよ?人と話すのが凄く苦手で、なんなら1人になればいいじゃないかってなっちゃうんだよね。陽香とかだったらはっちゃけられるんだけど、氷川先輩とか、湊先輩とか、あと美竹さんとか本当に話しかけづらいんだよね……」

一人で愚痴をこぼしていく。返答はない。

「別にあの人達が悪いとか、そういう訳じゃないんだよ、というか大体私が悪いし……。ライブをするのも実は苦手で、1人で部屋に籠って曲作りするのが好きなんだよね……」

遠い目をしながら言う。やっぱり返事はなかった。

「他人を気にしないと生きていけない性格なんだろうな、私って……」

またため息をついて、憂鬱な空を見る。私の気持ちは罪悪感と自分に対する怒りでネガティブだと言うのに、空は青くて綺麗だった。少し腹立たしく思いながらも、私はゆっくりと目を閉じた。

「グースちゃんはのんびり屋さんでいいね、羨ましいよ」

猫は寝ている。言葉なんて理解出来ないのは知ってたし、グースに何も求めてない。ただ私の心を慰めて欲しい。その為にグースを撫でたり抱き抱えるのだ。憂鬱な歌を一人ぼっちで歌いながら。

「はぁ……、もう帰ろうかな……」

私はそう言って立ち上がる。

「見つけた!」

声の方へ振り向くと、そこには美竹さんと湊先輩が立っていた。

「美竹さん? 湊先輩も……」

「まつり、さっきはごめん……」

美竹さんが謝ってきた。

「え?」

「湊さんと喧嘩したせいでまつりが怒って抜け出したんでしょ。だから、その……、ごめん」

美竹さんの表情は申し訳なさそうだった。

「私からも謝るわ。あなたに不快な思いをさせてしまって、ごめんなさい」

湊さんは頭を下げてきた。

「いえ、全然大丈夫ですよ。私こそ、すみません」

私も二人に謝罪する。

「よく湊さんとは喧嘩するんだけど、まさか逃げ出すとは思わなかった」

「そうなんだ……」

と私は呟いた。続いて、小声で「よく喧嘩するんだ……なら、こんな練習やめとけばいいのに……」

と心の中で思った事を呟いた。

湊先輩はベンチに座っている猫をジーっと眺めていた。湊先輩が猫の方に近づくと、猫はベンチを降りてどこかに行ってしまった。

「あっ……」

湊先輩は小さく声を上げた。

「湊先輩?」

「なんでもないわ。水城さん。そろそろ戻りましょうか」

「はい」

 

 私達はスタジオに戻った。三人で戻った後、皆に謝罪した。どうやら他の皆は私達が居ない間、自由におしゃべりしていたらしい。

「RoseliaとAfterglowって仲悪いように見えて、実は二人だけが張り合っているだけなんだよね」

今井先輩が言った。

「そ~そ~、ふもーな争いなんです~」

と青葉さんが続ける。

「そ、そうなんだ……」

私は苦笑いをした。すると陽香がやってきて、私の肩をポンと叩いた。

「まつり、明日色んな人とお出かけするけど、まつりも行かない?ひまちゃんやモカちゃんも行くけど」

「うん、暇だからいいよ」

そんな感じで練習が再開していった。結局のところ、ギターを弾く時間は30分にも満たなかった。



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4月 Miscast (Re)

捏造設定出てきます。RASはギター以外既に全員揃っている状態です。


 日常が続いていた。ライブやれば適当に遊んだり、曲作ったり…そんな感じの日常。学校の放課後、私は図書館で本の貸し出しをしたり、受け取った書類の整理とかしていた。早く終わらせてスタジオに向かわなければと思って急いでいると、アナウンスが鳴った。

 

『水城まつりさん、今すぐ生徒会室まで来てください』

 

放送で実際に名前を呼ばれると凄い恥ずかしい。とりあえず行ってみる事にした。生徒会室の扉を開けるとそこには生徒会は全員いなくて、代わりに小さい子が一人いた。

 

「よく来たわね!」

 

小さい癖に上から目線のこの人は誰なんだろうか。小さい子は椅子に座っていて、イチゴアイスみたいな髪色したロングヘアをしていて、独特な形をしたヘッドをしている。身長も低くて、知らない学校の制服を着ていた。

「何の用ですか?」

「あなたがマツリ・ミズシロね?」

普通では無い日本語で話しかけてきたその女の子は私の名前を知っているようだ。外国の人?いや、イントネーションがまんま日本人だ。どっちだろうか。

「あなたは誰ですか?」

すると彼女はビシッと指を出して答えた。

「私はチュチュよ!」

「チュチュさん?苗字は何ですか?」

「苗字とかじゃなくて!Nicknameなの!AmericaでNicknameで呼ぶのはUsuallyなの! Right?」

「えっと、Nicknameはニックネーム、Usuallyはいつもとか普通、Rightは正しいだから、確認で……」

頭が混乱する。英語って難しい……。

「Can you hear me? ちゃんと聞こえてる?」

「ごめんなさい、普通に日本語を話せますか?それか英語だけにしてくれませんか?」

「Nope!」

どうしよう。話が通じないかもしれない。でもこのままだと時間が勿体無いから単刀直入に聞くことにした。

「それで、どうしてここに呼ばれたんですかね」

そう言うと彼女は少し考えた後、こう言った。

「マツリミズシロ!貴女をRAISE A SUILENのGuitarに任命する為にきたのよ!」

チュチュが腕を組んで私の前に立つ。そしてビシッと私の顔に指を指した。

「いや、引き抜きなら絶対に断ります」

「Not headhunt! 貴女にサポートとして入って欲しいのよ!」

「サポートですか……?」

「Sure! そちら側に迷惑がかかる話でもないでしょ?」

「うーん、とりあえずバンドのメンバーと話し合ってみます……」

「準備が出来たらCallしなさい!OK?」

電話番号が書かれた紙を渡され、そのまま私は生徒会室を出た。なんか変なのに絡まれた気がしてならない。そもそもなんで私がバンドの勧誘を受けているのか分からないけど、とりあえずメンバーに相談する事にしよう。

『制服からして、いい所出たお嬢様ね』

ワタシがチュチュの事をそう見ていた。確かにあの制服は見た事無いけど、良い素材を使っていそうな制服だった。

「とりあえず、陽香達と話してみよう」

今日も練習なので、スタジオに向かうことにした。

 

――

 

スタジオに着いたら、皆にさっきの事を話してみた。

「サポート程度でしょ?私は別に構わないと思うんだけど」

陽香はそう答えたが、他のメンバーの反応はあまり良くなかった。

「うーん、まつりがしばらく行っちゃうのはちょっと……」

メグが寂しげな表情を見せる。

「私は皆の意見で行くか行かないか決める事にする」

私はそう言って皆が結論を出すのを待つ。

「ライブに間に合ってくれれば、私は特に何も言わないから」

陽香はそう言いながらベースの準備をする。

「うーん……。私達のバンド活動は順調だし、行ってはいいけれど……」

メグはまだ悩んでいるようだ。

「まつりは賢いし、新曲のアイデアとか盗んでくるから大丈夫よ!」

陽香は自信満々だ。しかし、メグはまだ納得していない様子だった。でも……

「まつりが結論出してくれれば、私はそれでいいかな……」

「じゃあ、行ってみるよ」

私はチュチュに連絡を取った。するとすぐに返事が来た。

「決まったかしら?」

「ええ、ちょっとだけなら良いです」

「Really!? じゃあ、明日から私達のstudioに来てもらうわね!」

こうして私はRAISE A SUILENのサポートギターになった。

 

次の日、学校が終わった後、車が止まっていた。近づくと、チュチュが後部座席から顔を出してきた。

「マツリミズシロ!乗りなさい!」

「はい……」

ギターを後ろのトランクに積むと、後部座席に乗った。車は発進すると、チュチュが話しかけてきた。

「ところで聞きたいことがあるけど、なんでメグは私のプロデュースを拒んだわけ?Why?」

「自分達の音楽は自分で作るってメンバー全員が徹底してるから。誰かの手が入るのは私達からするとタブーなんだよね」

「ふーん……。あなた達のバンドにリーダーは居ないと言っていたわね?どういうこと?」

「得意な事で分担しているんだよ。決める時は基本話し合いだし」

「Leaderがいないのにどうしてやっていけるの?」

「責任という言葉が大っ嫌いだからリーダーとか設けてないと思う。前はメグがリーダーだったけど、みんなで話し合ってリーダーが消えたって感じかな?」

「変な人揃いね」

「みんなある意味学校のはみ出しものだし」

「Trackを作る時はどうしてるの?絶対troubleとか起きるでしょ?」

「曲を作る時に喧嘩なんて日常茶飯事ね。休符1個で数時間は喧嘩するぐらいだし」

「…Seriously?」

「まぁ、一部は誇張された表現だけど」

そんな会話をしていると、高層ビルに到着した。やはり資金力はあるんだろう、こんなビルにスタジオを設けるくらいだし。

 

車から降りると、チュチュがビルの入口に向かって歩いていく。その後ろをついて行った。受付を済ませると、エレベーターに乗り込む。上がると、スタジオの中に案内される。そこにはドラムセットやアンプなどが設置されていた。

「新しいSupport Guitarを呼んできたわ!Mよ!」

「M?」

「私達、RAISE A SUILENはメンバーをコードネームで呼ぶの!」

「私の名前は両方Mで始まるから……?」

「そうよ!ほら、メンバーに挨拶しなさい!」

チュチュに背中を押されて、メンバーの前に立たさせる。

金髪でショートヘアの怖い人、黒髪ロングのクールなベーシスト、髪を染めた奇妙なキーボードと中々癖が強いメンバーだった。でも、悪い人達では無さそうだ。

「チュチュ、こいつが新しいサポートか?」

ドラムの怖い人がチュチュに聞く。

「そうよ!名前はマツリ・ミズシロ!」

「へぇ、あたしはマスキング、佐藤ますきだ。よろしく頼むな」

「はい!」

「私はレイヤ、和奏レイ。これから一緒に頑張ろう」

ベースの人は落ち着いた声で自己紹介をした。

「よろしくお願いします」

「私はパレオです!宜しくお願いします!」

キーボードの子は元気よく挨拶した。

「こちらこそ、よろしくお願いいたします」

「……チュチュ、着替えてきてもいい?」

私はチュチュに確認を取る。

「Why?どうして着替えなきゃいけないのよ」

「気持ちが入るというか、なんと言うか……」

「じゃあ、隣の部屋を使っていいから」

私はチュチュに言われた通り、隣にある部屋で制服から黒い服装に着替える。やっぱりこれじゃないと落ち着かないな。制服をハンガーにかけると、ギターを持って部屋の外に出て、皆の所に戻る。

「まつり?随分と印象が変わったね」

レイヤがそう言った。

今の格好は上にロングコートを着ていて、下はショートパンツに網タイツを履いている。

「そう?これじゃないと気合が入らないの」

そして、練習が始まった。まずはまだ未完成の曲を聞かせてもらった。

「この曲は完成させないといけないから、Mにも手伝ってもらうわよ!」

「ええ、何をすればいい?」

「そうね、私が指示出すからその通りに弾いてくれるかしら?」

「分かった」

私はチュチュの指示に従いながら、練習を続ける。

「ギターの音はどうする?もっと歪ませる?」

「いいえ、このままでいいわ」

音楽の事になった時のチュチュは何というか、高圧的になる。何か急いでいるような焦りを感じる。練習を続けるけど、

「M!ギターソロのミスタッチが多いわ!」

と、怒られる。しかし、このフレーズはどうしても上手くいかないのだ。

「フレーズ難しくない?」

「It's difficult! でも、ここが出来ないと曲が締まらないのよ」

確かに、ギターが下手だと曲全体のクオリティが下がる。私は必死にギターを弾き続けた。

「大丈夫か?」

ドラムのマスキングさんが心配してくれる。

「はい、なんとか……」

「お前、なんか無理してないか?あんまり根詰めると体に毒だぞ」

「うーん……」

「少し休憩するか?」

「いえ、大丈夫です」

こうやってギターに集中して最初の一日は終わった。

 

 二日目もスタジオでの練習が続く。マスキングさんやレイヤさんはちょっと怖いと思っていたけど、話してみると意外と話しやすい人だった。

「へぇ~、まつりってバイオリン弾けるんだね」

「はい、と言っても、趣味程度ですよ」

レイヤさんが感心しながら言う。バイオリンケースから楽器を取り出して、弦の調整を行う。チューニングが終わると、ゆっくりと弓を引いて、音を鳴らす。

「それでも凄いね。ライブで弾いたりするの?」

「弾きますね。落ち着いた曲をやる時とか」

「へぇ、今度ライブ見に行ってみたいな」

「是非来て下さい」

レイヤさんとそんな会話をしていると、チュチュがスタジオに入ってきた。彼女は私のバイオリンを見つめて、

「……M、そのバイオリンしまいなさい」

と、言ってきた。

「どうしてですか?」

「それは今は必要ないでしょう」

どこか彼女のトラウマに触れてしまったような気がした。

「分かりました」

私はバイオリンをしまうと、チュチュが話し始めた。

「始めるわよ」

私はチュチュの言葉に従って、演奏を始めた。チュチュとの口論はまたしてもあって、今日はこんな事を言われた。

「M!あなたは余計なアレンジが多すぎよ!原曲通りにやりなさい!」

私はため息を吐いて答える。

「完成してない曲に原曲なんてあるのかしら?」

「いいから私の言う通りにしなさい!」

私は仕方なく、チュチュの指示に従う事にした。結局のところ、チュチュは私を信用していないのだろう。私だってチュチュを信頼している訳じゃないし、お互い様だけど。

 

サポートメンバーは一週間も続かなかった。三日目で私はチュチュに呼び出された。

「マツリ、良いギタリストを知らないかしら」

「Poppin'Partyの花園たえという人がいるんだけど、彼女ならどうかな?」

「分かったわ。マツリ、あなたはもう帰っていいわ。サポートギターとしての役目は果たしたし」

「まだ中途半端なのに?」

「そういう事よ。それと、明日から来なくていいわ」

「……そう」

私はギターケースを肩にかけて、チュチュの部屋を出る。扉の前で立ち止まると、チュチュに話しかける。

「チュチュ、私はあなたの期待に応えられなかったみたいね」

「…………」

返事はなかった。私はそのままチュチュのスタジオを出て行った。



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5月 when you sleep (Re)

 ゲームセンターは好き。色んなゲームが時間を忘れさせてくれるから。特に音楽ゲームは最高。リズムに合わせてボタンを押したり、鍵盤を叩いたりしてスコアを競うのが楽しい。

 

 今は陽香や色んな子と一緒にゲームセンターへ遊びに来ていた。でも、着いた途端、皆バラバラになってそれぞれ好きな場所へと行ってしまった。陽香の方を見てみれば、カラフルなボタンが9個あるゲームをやっている。かわいいキャラクターが動くゲームだけど、内容は全然可愛くない。だって、陽香が物凄い勢いでボタンを連打しているから。

「あー落ちた!ヘビメタ無理!」

「筐体壊すんじゃない?こんなに連打すると」

「こんな譜面作った制作者が悪いよこんなの!」

そう言うと陽香は悔しそうな表情を浮かべながらカードを筐体にかざした。後ろに並んでいる客は居なさそうなので、連コインしても問題なさそう。他の方を見てみると、今井先輩は16の四角のボタンがある音楽ゲームをやっていた。曲も知っているし、結構上手だ。

 

適当に回っているとポスターが目に入ってきた。赤い髪のツインテの女の子と水色のロングヘアの子の二人のポスターだ。多分、日菜先輩とは関係ありません。

 

 ある程度回ったところで、私もゲームやろうと思い、7つの鍵盤と円盤がある大きい筐体に乗ってカードをかざす。手を開いたり閉じたりして指の位置を確認して、鍵盤の上に手を置く。そして、ボタンを押すと同時に音が鳴り響く。最初は簡単なものを選んでプレイしていくけど、やっぱり難しいものは難しく感じる。難易度が高い曲を何度もプレイするうちに、だんだん楽しくなってきた。たまにはこういう息抜きもいいかもしれない。最後の曲は一番難しい曲を選ぶ。中盤からテンポが遅くなるけど、どんどん速くなって超難しい配置が襲い掛かってくる。ここを凌げばほぼクリア確実と言われている難所だけど、私は何とか乗り越えた。結果はギリギリだったけど、楽しかった。

「まつり凄い!見えてたの!?」

後ろにいたひまりちゃんが興奮気味に声をかけてきた。どうやら私が見ていたことに気付いていなかったらしい。そんな彼女に苦笑いしながら返事をする。

「見えなかったけど、大体見えてたよ」

「ええ?何それどういうこと?」

「やってみればわかるよ」

疑問符を浮かべる彼女を連れて、さっきまで自分が座っていた筐体へと向かう。彼女はカードを入れて早速プレイを始めた。一番簡単な曲を選ぶけれど、毎回手元と画面を交互に見てタイミングを取っている。そして、曲が終わり、結果が表示されると、彼女の顔がみるみる青ざめていくのがわかった。

「うそ……なんでこんな点数低いの?」

「慣れないとね。最高判定なんて2フレームしか出ないんだもん」

「よく分からないけど、凄く難しそう……」

「まぁ、慣れだよ」

 

筐体から離れると、次は足でダンスする音楽ゲームの方へ向かう。まだ誰も筐体で遊んでいないらしい。

「まつりは出来るの?」

「うん。まぁまぁね」

「まつりが踊っている所みたいな」

「いいよ」

筐体に乗ると、私はまず足をパネルに乗せて準備運動を始める。後ろにあるバーを掴んだら高速テンポに合わせて地団駄のようなステップを踏み始める。リズムに合わせてジャンプしたりターンをしたり、最後に決めポーズをして終了。

「はいおしまい!」

ひまりちゃんを見ると口を開けながら固まっていた。

「あのー、どうかした?」

声をかけると我に返ったのか慌てて手を横に振って否定している。

「本当に上手だなと思って……。今の動きとかどうやってやるのかなと思ったんだけど、全然わかんないや」

「これも回数重ねるしかない」

「どれも回数重ねるかないじゃーん!」

「どれもそうだよ。ひまりちゃんだって、ベースいっぱい練習したから弾けるようになったんじゃないの?」

「あ、確かに……」

納得してくれたようでよかった。

「まつりー!ダンエボしよう!」

陽香が元気良く話しかけてくる。私は筐体から降りて、彼女の元へ向かった。

「いいよ。でも、私あんまり上手くできないかも」

「大丈夫!私も下手だから」

 

そう言って笑う陽香と一緒に筐体に乗った。カードをセットすると、画面に表示されるジャケットを選んで曲を選択する。

「マメガやろう!まつり得意でしょ?」

陽香が選んだのは有名な曲だ。この曲は結構好きだけど、難易度は高めでいつも苦戦してしまう。

「まーちゃん頑張れ~」

「まつり頑張って!」

いつの間にか皆が集まっていて応援してくれている。他にもギャラリーが何人かいるし、ちょっと恥ずかしいな。でも、せっかくだし楽しんでいこう。

可愛らしい曲だけど、テンポが速く、複雑な譜面になっている。必死に思い出しながら手や足を動かして演奏していく。ミスは多かったけど、何とかクリア出来た。

「難易度マスターってやっぱり難しくない?」

「汗かいた……」

「きゃー!二人とも可愛いー!」

ひまりちゃんがスマホを片手に撮影していた。

「ちょっ、撮るのは無しだよ!」

私は思わず叫んでしまった。

「ごめん!もうグループに上げちゃった!」

「ねぇ!!」

陽香は楽しそうに笑っているし、他の皆も笑っていたり反応はそれぞれだ。

「二人のダンス見てたらあたしもやりたくなっちゃった!あたしもやっていい?」

今井先輩も筐体に乗ってきた。

「じゃあ私は休憩してるから……」

私は筐体を降りて、飲み物を取りに行くことにした。この後も皆でゲームで色々遊んだ。



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5月 Hotel California (Re)

 昼寝から目が覚めると、視界にはスタジオが映っていた。このスタジオに居るのは私だけで、両手にはギターが握られていた。深夜に小説を読んだり、曲を考えていたせいで睡眠時間が足りなかった。なのでこうして昼寝をしてしまったのだ。

「ふあぁ~……」と大きなあくびをして背伸びをする。バッグから小説を取り出すと、休憩しにスタジオの外に足を運んだ。

 

 外に出たら近くの席に座り、小説のページをめくったり、スマホをいじって時間を潰した。時間帯としては太陽がそろそろ真上に来る時間帯で、まだ何も食べていなかった私はお腹が減っていた。気分としてはコーヒーやサンドイッチなどの軽食を食べたい気分だった。近くにカフェなどあればいいけど、あいにくこの辺りはまだ調べ尽くしていない。どうしようかと悩んでいると、後ろから声を掛けられた。

 

「あ、まつり」

振り向くと黒髪の一部を赤く染めた女の子、美竹さんが立っていた。彼女は私の隣に座って話しかけてきた。

「美竹さんも練習でここら辺に?」

「うん、そうだよ。まつりも?」

「そうだよ。ちょっと眠くてね……それでここで休んでるんだ」

私がそういうと美竹さんはクスッと笑って言った。

「なんか分かるかも。あたしも今日は調子が良くなくてさ」

私はまたあくびをして言う。

「コーヒーが飲みたいな、できればサンドイッチもあると嬉しいかも」

「あたし、そういう店知っているよ?つぐみの両親がやっている店だけど」

「つぐみちゃん、そういう店やっていたんだ……。じゃあそこに行こうかな」

そうして私たちはその喫茶店に向かった。

 

 少し歩いて商店街の中を歩くと見つけた。羽沢珈琲店という名前で、近くにははぐちゃんの店や沙綾ちゃんのパン屋さんなど、いろんなお店が並んでいる。

「つぐみ、入るよ」

と言って中に入っていった。すると奥の方に居たお手伝いのつぐみちゃんが挨拶をした。

「いらっしゃいま……せぇっ!?」

私を見て驚いた表情をしていた。私とつぐみちゃんの間にはあまり接点が無いからびっくりしたのだろう。

「お邪魔しています、つぐみちゃん」

「えっと……はい!」

 

笑顔になって答えてくれた。そして注文を聞いてきたので、私はサンドウィッチセットを頼んだ。美竹さんの方はブラックコーヒーのみを注文していた。

しばらく待っていると、私の方にはサンドイッチとコーヒーが運ばれて、美竹さんの方にはブラックコーヒーが運ばれた。

「いただきます」

手を合わせて言ってからまず一口食べる。カジュアルな味だが美味しい。次にコーヒーのカップを鼻に近づけ、香りを嗅いでみる。香ばしい匂いが漂ってきた。

「いい香りだよねそれ」

隣にいる美竹さんが言ってくる。確かに良い香りだと思う。シロップとミルクを入れてかき混ぜてから飲むと苦味と甘さが丁度よくマッチしていてとても飲みやすい。

 

「本当ですね……」と言いながらもう一回口に含む。

ふぅーっと息を吐いて落ち着く。なんだか心が落ち着く感じがする。

「あのスタジオで何してたの?」

美竹さんが聞いてくる。

「ずっと作曲してて……」

「ふーん……。よくできるねそんなこと」

「エフェクターとか、色んな機材を弄って音を変えるのが楽しくてつい夢中になっちゃうんです」

すると店のドアが開かれ、巴さんが入ってきました。

「お、蘭も居るのか」

 

巴さんは席に座るとコーヒーとラーメンを注文した。……このカフェにラーメンなんて置いてあるの?ツッコミを喉に飲み込み、私はコーヒーを飲む。

 

「蘭は何をしていたんだ?」

「ちょっと練習して作詞。今日は集中したかったから」

美竹さんと巴さんが話している間、私はサンドウィッチを食べていた。食べ終わったらイヤホンを着けながら小説を読もうかなと思いつつ。

今読んでいるのはSF小説で、宇宙を舞台にしたもの。理不尽な展開がポンポン出てきたり、ブラックジョークみたいなものが挟まれたりと、一言で言うなら「42」で済まされるような本である。

 

本に夢中になっていると、突然イヤホンの片側を外されて振り向く。

「話、聞いてた?」

美竹さんが少し怒った顔をしながら言っていた。どうやら私が無視してしまったらしい。申し訳ない気持ちになる。

「ごめん、私には関係ないと思ってて」

「何聴いてたの?」

イヤホンの片方を外され、彼女の耳に着ける。

「リラックス系音楽?」

「ブライアン・イーノの音楽で、アンビエントというジャンルの曲です」

「ふーん……」

イヤホンを返され、小説に視線を戻す。しかし美竹さんはまた話しかけてくる。

「ねぇ、あたしの話も聞いてよ」

「え?」

「友達の話。最近、モカやひまりと遊んでるんでしょ?」

「うん……。陽香が一緒に来ないと誘われて一緒に遊ぶ感じかな」

「へぇ……」

するとつぐみちゃんがやってきた。

 

「まつりちゃんが踊っている動画、可愛かったよ!」

「それはやめて」

恥ずかしいからやめてほしい。

「でも本当に可愛いと思うよ?」

「本職はギターです!それにダンスだってまだ初心者だから全然だよ」

「ふーん……見てみよ」

美竹さんはスマホを取り出して、グループにある動画をタップして再生させる。

「ちょっ!?なんで見せてるの!?」

私は慌てて止めようとするけど間に合わず、画面に映ったのは自分の姿だった。画面の中で自分が踊る姿を見て、恥ずかしさを感じてしまう。

「ふーん……。可愛いじゃん」

「まつりって踊れたんだな」

 

巴さんも感心しながら言う。けど、逆に恥ずかしくなる。

「あ、ありがとうございます……。あと、消してもらっていいですか?」

「もう無理だよ」

美竹さんはそう言い、またコーヒーを飲み始めた。

「最悪……」

「蘭も小さい時は可愛かったのにな」

巴さんがそう言うと、美竹さんは睨みつけるように言う。

「余計なお世話」

「まつりは知っているか?蘭はお父さんに反発したいからってこんな感じに髪を染めたんだよ」

「あ、そうなんですか」

「蘭ちゃんの家が伝統的な一家だったから、跡継ぎで色々あったよね、私は倒れちゃって迷惑かけちゃったし……」

つぐみちゃんが暗い表情で言った。

「やめてよ……」

 

美竹さんは嫌な顔をする。伝統的な一家の出身だったのか。でも顔とか見てみると大和撫子っぽさがを感じる。美人っぽいというか。

「まぁ…大丈夫。私もそういう時期があったから」

私も親と喧嘩したことあるし、反発したい時もあるよね。

「まつりにもそんな時期があるのか?」

巴さんが意外だと言う表情をして尋ねてきた。

「うん。中学の頃、学校行かないであちこち行ってた時期もあったし、どこだったっけ、髪を茶色に染めた跡があるはず……」

後ろ髪を前に持ってきて跡を探す。見つけた、結構髪先の方にあった。

「ほら、これ」

髪を三人に見せる。

 

「意外……」

「へぇ……」

「まつりちゃんもそういう時期あったんだ……」

三人とも驚いていた。

「その時期は色々と荒れていて……。今はそんなことないですよ」

「でも今のまつり、全然大人びた感じがするぞ?蘭より年上に見えるくらいだし」

巴さんが美竹さんを見ながら言う。

「それあたしがまた子どもだっていう事なの!?」

「そう怒るなって」

「いいなぁ。私も髪染めてみようかな……」

「つぐみはつぐみのままで居て。お願いだから」

巴さんと美竹さんは仲が良いみたい。

 

「つぐみちゃんは何かコンプレックスとかってあるの?」

私はつぐみちゃんに質問してみた。

「えっと……私も普通じゃいけないと思って色々試してみたんだけど、みんなに止められちゃってね……」

「どんな事やってみたの?」

「髪を逆立ててみたり、ロックな服を着てみたり、あとは口調を変えてみたりとか……」

「やってみてどうだったの?心地良さとか感じた?」

「皆が困惑する姿を見て、これは間違っていると思ってやめたんだよね……」

「あれはあたし達が知ってるつぐみじゃなかった…」

「うん。なんかごめんなさい」

「いや、謝らなくて良いよ。つぐみは今のままでいいから」

美竹さんがフォローしてくれる。

「そっか……。そうだよね」

つぐみちゃんの笑顔を見て安心した。

「まつりちゃんってライブの時、無言でギターを弾いててなんかカッコイイなぁって思うの」

「それはキャラだよ。場面に合わせてなりたい自分になるみたいな……」

「なりたい自分になる……。いいな、私もなりたい自分見つけたいな……」

「つぐはそう急かさなくてもいいと思うぞ」

今度は巴さんがフォローに回る。

 

 なりたい自分は色々ある。今、私の中に色んなキャラがいるし。多重人格とかではなく、学校にいる時の私は口数が少なくて真面目な感じで、休日の私は友達に対しては凄いフランクな感じで、ライブの時の私はカッコつけてクールで、暴れまわる感じで。

色んな私がこの中にいて、どれが本当の自分で、どれが演じているのか分からないけど、どれも本当の私の姿で、演じてるわけじゃない。

「今度のライブ、頑張らなきゃ……」

私はコーヒーを飲んで呟くのであった。



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6月 Roundabout (Re)

 ラウンジで今井先輩と陽香が何か楽しそうに話していた。陽香は今井先輩が焼いてくれたクッキーを食べながら、幸せそうな顔をしていた。

「これ美味しい!」

「ふっふーん♪ このクッキーはね、アタシの手作りなんだ!」

 

得意げな表情を浮かべて胸を張る今井先輩。私はそんな彼女を見て微笑ましい気持ちになった。すると、彼女は私の存在に気付いたようで、「おっ」という声を漏らした。

「まつりじゃん!陽香はまつりと仲良いんだよね?」

「ええ、高校で出会った以来の親友ですよ!」

「どうかしたの陽香?」

「さっき、今井先輩と適当に駄弁ってたんだけどね。ヘアスタイルの話でさ、今井先輩の髪って凄く可愛いと思わない?」

「うん。凄く時間かかっていそう……」

「そう?ヘアアイロンでちょっと巻くだけだけどね」

「ヘアアイロン……。朝眠たくて時間が無いからやる時間があまり無いんですよね」

「そうなんだ、アタシは結構早起きだから時間結構あるんだよね」

「早起きは三文の得とはまさにこの事か~」

 

朝余裕ある人っていいなって思う理由がここに一つあった。私は夜型の人間だし、朝はかなり弱い方だ。

「髪……。私も、もう一回茶色に染めてみようかな……」

「まつりは逆に黒い髪の方がいいと思うなぁ……」

「黒髪って顔が良くないとなかなか似合わないよね」

「ね、まつりはライブの時は凄い可愛くなるから」

「マジでアイドルにスカウトされたし」

「可愛いか……。カッコいいと思ってたのに……」

 

私は肩を落とす。

「でも、まつりはどっちかっていうと可愛い系だと思うよ」

「そうかな……?」

「ちょっと気持ちがパンクになっただけで、中身は全然変わってないし。」

「そうそう!」

陽香と今井先輩は二人で盛り上がっていたけど、私の心には少しばかり刺さった気がする。

 

「そういえば、まつりは紗夜がライブ見に来てるの知ってる?」

「初めて聞きました……」

あの人が来ているのか……。別に嫌ではないけれど、恥ずかしいなと思ったりしている自分がいる。待って、ライブの合間などに水を観客にかけている事もあるし、その中に紗夜先輩が巻き込まれていることなんてがあったら大問題だ。

「まつり凄いよ!紗夜に気に入られているもん」

「嘘でしょ?」

「ホントホント!紗夜がギターの話をすると大体まつりの話題出てくるよ!」

ギターと私の話題はセットらしい。紗夜先輩からすると私は音楽の事で真剣に議論できる数少ない人物と思われてるみたい。

 

「で、紗夜が推すから友希那もライブ見に行ったんだよね」

「えぇ……畏れ多い……」

「湊先輩ね……」

「美人さんでカッコイイよね……。オーラも凄いし」

私の学校のクラスの中でも彼女のファンは多い。そのせいもあってか、私の学校でもRoseliaは人気なのだ。

 

湊先輩か……。あの人は凄いと思う。美しく、カッコよく、エネルギッシュで青い炎を秘めたような歌声、先輩から紡がれる心の強さを讃える詩は、まるで湊先輩が歩んできた"軌跡"のようにも感じられる。

「あはは…」

苦笑いしている今井先輩が。

「何か変な事言いましたか?」

「いやいや!でも、うん!まぁそういうイメージ持っちゃうよね!」

なにか言葉を濁して誤魔化されてしまった。

「まつり、また変な事考えてるでしょ?」

「え?」

「今井先輩、まつりが湊先輩を少女漫画フィルター掛けたように見ていましたよ」

見てないって。

「あはは!みんなそういう風に見えちゃうもんね!」

「ねぇ!」

「あははっ!さて、話題変えよっか。本題に入るんだけどさ、紗夜と友希那がまた合同練習してみない?って話が出てるけど」

「え、嫌です……」

私はきっぱりと断った。だって面倒だし。

「えぇ!?なんで?」

「前回の事件」

美竹さんと揉めたアレです。堪忍してください。

「でも大丈夫だよ!今度は2バンドだけだから!」

「なら、後で話し合いしておきます」

「オッケー☆」

 

――

 

 練習当日。早めにスタジオに来てしまったのでまだ時間があった。なので公園で少し休憩していた。と言ってもやることが無いので猫と遊ぶようにしていた。最近になってようやく猫が私の所に来ることコツが掴めた。ある場所で一定のリズムで手拍子叩くと猫が必ず現れるというのを発見したのだ。

 

「また会ったね。調子はどう?」

私は猫に話しかけた。すると、猫が私に向かって鳴いた。ニャーンと。猫は私のズボンに頭をこすり付けて甘える。手袋を着けて背中を撫でると、ごろんとお腹を見せてきた。

「可愛い……」

私は思わず笑みがこぼれてしまう。この子、本当に人懐っこいし毛並みが良い。

「こらこら、そんな簡単にお腹見せちゃって~」

お腹をツンツンと触ると猫パンチしてくる。可愛いなぁ……。こんなに可愛かったらもっとモテそうなのに。こうやってじゃれ合っていると、背中に視線が突き刺さるような感覚に陥った。私は恐る恐る後ろを振り向くとそこには湊先輩が見ていた。

 

「え……?」

見られていた。恥ずかしくて顔の温度が上がるのを感じる。そして、湊先輩は微笑んで言った。

「水城さんは何をしていたのかしら……?」

「えっと……。湊先輩、私急いでいるので失礼します!」

私はその場から逃げるようにして去った。

スタジオに着いたら合同練習の時間まで陽香と喋っていた。

「何汗かいてるの、まつり?」

「逃げて来たのよ……」

「誰から?」

「……もう行こう」

「あ、ちょっと!」

私は早めにスタジオ入りした。

 

――

 

 合同練習が始まった途端、メンバー皆、あちこちに行ってしまった。話しかけられそうな陽香も今井先輩のところに。紗夜先輩も別のところに行っているので今は一人だ。

「はぁ……」

ため息をつきながら隅でギターの練習をする。今は作曲に集中しており、様々な楽譜をファイルの中に入れている。

すると、誰かが近寄ってきた。

「隣いいかしら?」

湊先輩だ。

「はい……。いいですよ……」

「ありがとう」

 

湊先輩が椅子に座って私のギターをじっと見つめる。やはり今日の猫とじゃれついていた件で怒っているのだろうか。

「あの、湊先輩……。さっきの事は忘れてくれませんか……?」

「別に怒ってはいないわ……。ただ、少し気になっただけ」

「そうですか……」

「……あなたも猫が好きなのかしら?」

「はい。好きですね」

「そう……」

 

そこからちょっとした沈黙が流れる。遠くにいる今井先輩がこちらを見てニヤついている。あの人は何を考えているんだろう……。

「水城さんはギター上手いと紗夜から聞いたわ。とても良い腕をしているそうね」

「いえ、まだまだです……」

「でも、あなたの演奏を聴いてみたいと思ったわ」

「一曲聞きますか?まだまだですけれど」

「お願いするわ」

湊先輩が私の方を向いて真剣に聞いてくれる。エフェクターの調整やチューニングを確かめる。ディレイをセットしたら、U2の"Where The Streets Have No Name"を弾いた。この曲は私が好きな曲で、よく一人で演奏している。遠くまで伸びるようなディレイが綺麗で、この曲を弾いていると心が落ち着く。

「これが紗夜が認めたギターなのね」

照れくさいけど、無表情で聞く。

「私に速弾きは無理だけど、こうやって音で表現するのは得意かもしれないです……」

「それも一つの才能よ」

「あはは、ありがとうございます」

 

湊先輩は褒めてくれたけど、私にはそんな大層な技術は無いと思っている。だから、私なりの表現の仕方をこれから見つけていかないといけないと思う。次にバイオリンをケースから出して、弓を構えて弦に当てる。そして、私は音を奏でた。

「……」

私は黙々と演奏する。この時間は好きだ。自分の世界に入れるし、集中できる。

「そういえばギターとバイオリンの両方を扱えたわね」

湊先輩が話しかけてくる。

「はい」

「楽器を始めたきっかけは?」

「アニメです……、小さい頃に見たのがきっかけですかね」

「そんなきっかけなのね」

「はい」

私は湊先輩と話をしながら演奏したりした。あまり会話はしなかったので途中、今井先輩が話を繋げたりしていた。

 

――

 

 練習が終わって公園でまた猫に挨拶しようとしたら、湊先輩が私と猫とじゃれ合っていた場所に立っていた。

「ほら、にゃーんちゃん、おいで」

湊先輩は猫を探すように手招きしている。でも猫がやってくる気配は無かった。私は湊先輩のところに駆け寄る。

「猫、呼びましょうか?」

「み、水城さん!?」

「猫、呼んできますよ?」

「そ、それは助かるわ……」

私は猫を呼びに手拍子を叩いてみた。するとやはり猫が現れて私のズボンに頭をこすり付けてきた。

「ほら、おいで」

湊先輩が手を伸ばすと猫は警戒して逃げてしまった。

 

「あ……」

湊先輩は悲しげな顔をする。どうやら、あの猫は湊先輩が怖いらしい。

「どうしてなのかしら……」

湊先輩の呟く声が聞こえた。



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6月 After Hours (Re)

 さっきから怪しい感じはしてた。練習の帰りは駅降りて歩くけど、誰かに付けられているような感覚がしていたのだ。時々後ろを振り返っても怪しい人影が隠れようとしている姿が見える。最初はストーカーなのか疑っていたので商店街などを通ってみたのだが、ここまで後ろを付けてくると完全にクロだ。

 

『どうするの?』

「とりあえずこのまま歩いてみる」

私はそのまま歩き続ける。

なぜストーカーという存在が居るのだろうか。アイドルなどがストーカーされるという被害はちょくちょく聞く話。しかし、私が標的にされるなんて思わなかった。回り道などいっぱいして、撒いたと思ったら自分の家に戻った。不安感は拭い切れず、今日はあまり眠ることができなかった。次の日は相談しよう。そう思って学校に向かった。

 

――

 

 まずは陽香に相談することにした。

「陽香?」

「どうしたの?」

「変な話だけど聞いてよ」

「何でもどうぞ」

「あのね、昨日帰ってたんだけど…ここから駅行って電車乗って徒歩でマンションに帰るって感じで」

「うんうん、で?」

「あのね、CiRCLEから駅に向かう途中、後ろ振り返るとなんか人が居たってわけ」

「...続けて」

「でね、電車に乗るじゃん」

「うん」

「で、同じ人が居たの」

「……」

 

陽香の顔色が少しずつ悪くなってきてる。

 

「で、マンションに向かう時も後ろから多分、つけられてたと思う。だから、回り道したり店寄って帰ったけど……」

「……」

「ストーカーだと思う?」

「絶対そうだよ!ヤバいって!」

「だよね…」

「どうしよう!?まつり一人暮らしじゃん!?」

「警察に相談…?」

「その前にSNS見せて!」

「あんまり弄ってないけど…」

「DMは…うわうわうわうわ!!」

「やっぱり変なの来てる…?」

「ストーカー野郎がまつりをストーキングしてる写真が沢山ある!まつりのマンションの写真が載ってる!!ヤバいよ!」

「マジ…?」

「うわっ、メッセージもキモイ!!マジで……!?」

「どうにかして犯人の顔とか撮れないかな?」

「やめた方がいいよ!犯人が車の中から撮ってるのもあるし、難しいよ!」

「ダメみたいなら…今日はいいや、なるべく大きな騒ぎにしないでね」

「両親に今日まつりと一緒に車乗せて帰れないか聞いてみる!」

「いいけど、陽香の家庭に迷惑かからない?」

「まずはあんた自身の心配をしなさいよ!」

「はい……」

 

 陽香は私の事を本気で心配してくれているようだ。ありがたい。電話を取り出すとすぐに親に連絡をした。

「お父さん、今日お迎え来れる?えっ今日は県外に?そっか、じゃあいいや……」

「ダメみたいね。ほかのメンバーも今日は来てないか、帰っちゃったし。今日も一人で……」

「待って、頼りにできる人探してくるから。」

「あ、ちょっと!」

 

 陽香はスマホを持ってどこかへ行ってしまった。私は一人取り残されてしまった。ちょっとすると、陽香がこころちゃんを連れてきた。

「まつりが大変って本当なのかしら?あたしが保護してあげなきゃ!」

「陽香、どうしてこころちゃんに話したの?」

「だって、一番頼りにできそうだったんだもん」

「まあ、正しいと言えば正しいか……。でも、ありがとうね。助かるよ」

「任せなさい!」

「じゃあ、まだ帰るには早すぎるから曲作りするか」

私と陽香は作曲作業に入った。

 

――

 

練習が終わると練習部屋の入口に黒服さんが待機していた。

 

「うわっ!?」

「あなたが水城様でいらっしゃいますか?」

「は、はい…」

「弦巻様の要請により参りました。今回の計画についてお伝えしますので、スタジオへ一度戻られてもよろしいでしょうか?」

「はい……」

 

 と、練習部屋に戻る。他人に情報を聞かれないようにするなら密室が一番だ。陽香は先に帰ったらしい。今回の作戦はどのようなものかというと、私の見た目的に黒服さんに変装できそうという事で、変装してこころお嬢様のエスコートする振りをする。で、お嬢様の車に乗ってしばらくすればいいという感じ。

「あと、水城様を保護するため、しばらくの間私達が水城様の監視を行います。ご了承くださいませ」

「わかりました。よろしくお願いいたします」

監視されるのか……なんか怖いな。こころちゃんの事を信頼しているからこそだろう。

 

「では、こちらをお召しになっていただきます」

渡されたものはスーツだ。

「着替えたらまた声をかけて下さい」

私は着ていた制服を脱いで黒いスーツに袖を通した。

「うん、サイズもピッタリですね」

鏡を見ると、まるで別人のような自分がいた。髪色が違うだけでこうまで変わるとは思わなかった。

「あの、終わりました……」

「はい、それでは行きましょう」

黒服さんの格好になった私が先導して歩く。

「……この方向で合っていますか?」

「はい、大丈夫です」

歩くと、こころちゃんが待っていた。

「あら!まつりなのね!とても似合っているわ!」

無言でお辞儀をしておいた。

「写真を撮ってもいいかしら!」

 

 無言で微弱程度に首を横に振る。しかし、その行動は逆効果であった。シャッターを切る音が聞こえた。黒服さんの口角がわずかに上がってる気がするが気のせいではないはずだ。

「さて、帰りましょう」

車に案内され、乗り込む。運転手も黒服だ。運転技術は確かなもので、スムーズに家に到着した。

「ありがとうございます」

車を降りようとしたとき、こころちゃんが話しかけてきた。

「本当にあたしの所に泊まらなくて大丈夫なの?」

「大丈夫ですから。今日は家で作業しなきゃいけないので」

無事に家に着いた。途中、こころちゃんからお泊りの誘いを何度も受けたが、なんとか断った。付けられてる跡もなかったし、これで良かったと思う。

 

――

 

 翌日、バンド内でもストーカーの件で話し合っていた。

「そういう事があったんだね……」

メグが心配そうな顔をして言った。昨日の車列を見て不審に思った人は沢山いて、練習前、バンドのメンバーに私は問われた。陽香もだ。隠す事に意味は無いと思ったので全てを話すと、練習が急遽中止になり、緊急会議が開かれることに。

「まつりは一人暮らしで、帰り道も徒歩だから危ないよね……」

「そうだよね……どうしよう?」

皆、私のことを心配してくれているようだ。

「やっぱり、まつりは私の家にしばらく泊まった方が良いよ」

「陽香の家?」

「そう、私ん家に来れば安全だよ」

「でも、陽香の両親にも迷惑がかかるんじゃないの?それに、陽香の家はここから遠いし……」

「そんなこと気にしなくてもいいよ!」

すると、スタジオのドアがコンコンとノックされた。

「誰だろう?ちょっと見てくるね」

 

 陽香が出て、ドアを開けると一気にCiRCLEの人たちが流れ込んで来た。

「えっ!?何!?ちょっと!?」

スタジオ内が一気に騒がしくなった。

「まつり大丈夫!?ストーカーに遭ってるって!」

「水城さんが危ないって本当なのかしら!?」

「まつりちゃん!!昨日は大丈夫だった!?」

「まつりちゃん大丈夫!?」

「まつり!またお迎え出来るけどどうするのかしら?」

香澄ちゃん!私の肩を思いっ切り揺らさないで!するとメグが皆をまとめ始めた。

「はいはーい!、まつりを除く皆はここに集まって!話し合いするから!」

こうして、私だけ省かれた話し合いが始まった。その結果、しばらくの間、私は色んな人の家にお泊りする事に決まった。

 

――

 

それから数日が経ち、くじ引きで私が泊まる人が決められた。今日の相手は……。

 

「るるるるん♪」

「あら」

なんと氷川姉妹の部屋でお世話になる事になった。

 

「水城さん、よろしくお願いしますね」

「はい……」

お互いの練習が終われば、私の家からお泊りバッグを持って、家に泊まる。それが私の日常になっていた。

「まつりちゃんがお家にお泊りに来るなんて、るるるん♪だよね!お姉ちゃん!」

「日菜、はしゃぐのは良いけど、水城さんにあまり迷惑かけないようにして」

「わかってるって!」

「あの、お邪魔します」

「遠慮しないでください」

「は、はい」

こうして氷川姉妹の部屋に到着した。

「先輩はお風呂入る時間帯って何時ですか?」

「夕食後ですね」

「だね!」

「私は家帰ったらすぐが多いかな…」

「ではすぐにお風呂の時間にしますか?」

「いえ、夕食後にしてください」

 

時刻的に夕食を作るのはちょうどいい時間だ。私と紗夜先輩で作る事にした。

「水城さんは料理できましたか?」

「一応できます。味を考えなければ……」

「では野菜を切ってもらいましょう」

冷蔵庫から適当に野菜を取り出させてもらった。人参も取り出そうとすると……

「水城さん、人参は別の料理に使うので今は取り出さなくていいです」

と言いながら人参を冷蔵庫にしまう。人参は入れた方がいいと私は思うのだが。

 

「お姉ちゃん!あたしに手伝えることある?」

「台所が混むから日菜は何もしないで」

「えー、つまんないの~」

キッチンで作業をして、夕食を作り上げる。テーブルの上に並べたら、三人揃っていただきますをした。食べ終わったら、片付け、私からお風呂に入らせてもらった。湯船に浸かりながらぽーっとする。ストーカー騒動からまさかこんな事態になるなんて……と感慨深く思っていた。

 

『他人の家に泊まる感想はどう?って一年の頃も結構泊まってたか……』

「うん、電気止まった時は陽香の家に泊まったり、メグの家に泊まったりしたからね」

『これからこういう事一杯起きるから体慣らしとかないと』

彼氏とかと同棲したらこういう事って無くなるのかな?

『それはあり得るかもね』

 

と言っても、私なんかに恋人出来る気がしないけど。色々1人で考えていると、浴室のスライドドアをバタンと開けられた。

「まつりちゃん!背中流してあげる!」

「ひゃあっ!?日菜先輩!?どうして入って来てるの!?」

「あたしも一緒に入りたかったから!」

そう言って、日菜は私の腕を引っ張った。

「ちょ、ちょっと待って!」

「日菜!!」

紗夜先輩の怒声が聞こえた。この姉妹はお風呂一緒に入るのが当たり前なのだろうか?

 

――

 

 日菜先輩は怒った紗夜先輩にノックアウトされて横になってしまった。風呂あがった後、適当にドライヤーで乾かしてヘアバンドで前髪を全部上げる。全員のお風呂タイムが終わったので、今は紗夜先輩の部屋で色々眺めている。先輩のCD棚を見てみると、"BLUE BLOOD"に"Jealousy"、"MOTHER"や"STYLE"が置いてある。他にもピンク髪のギタリストさんのアルバムもあったり、Nirvanaの"Nevermind"もある。

「どうしますか?私達もう寝ますか?」

紗夜先輩がベッドに腰掛けて言った。

まだ眠れる気がしないので、お泊りバッグの中に入れておいたライブのDVDを取り出す。私と紗夜先輩が好きなバンドのライブ映像だ。それを二人で見ることにしよう。

「水城さん、それって……」

「はい。私が好きなバンドのライブで、一番最初に見たものです」

「そうなんですか。私もそれ好きです」

そのバンドは二十代前半で東京ドームを埋めるほどの人気だったモンスターバンドで、今でも根強いファンがいる。ディスクを入れると、最初の曲が始まろうとしていた。

「一曲目はやっぱりこの曲ですね」

「そうですね、これ以上のオープニングは無いと思います」

曲が始まる。すると、私は自然と歌詞を小声で歌い始めた。

 

――

 

「このMC、なんと言っているのか分かりますか?」

「全然わかりません」

「そうですよね」

「…そういえば、新しいスペアのギター買おうかなって考えているんです」

「どうしてスペアのギターを?」

「私の場合、弦を乱暴に扱うので弦が切れやすくて…ライブの途中で切れたら残りの5本でうまく凌ぐしかないし…」

「確かにそうですね。水城さんはチョーキングをよく使うので」

「弦が切れやすいもう一つの理由ですけど、その…弦はある程度使った方が良い音が出ると思うので…ライブ前に弦を結構使ったりするんです。」

「妙なこだわりですね…」

「なので、切れてもすぐに変えれるようにスペアを…って感じです。」

「そうですか」

「で、他の人に相談してもFender買おうとしか提案されなくて……」

「ESPにしましょう」

 

紗夜先輩が急に私に向かって言い放った。

「いや、お金持っていたらジャガーかジャズマスターにしたいなと……」

「ジャガーは水城さんのスタイル的に合いません。ESPにしましょう」

紗夜先輩が凄いESPを推してくる。

「ESPって高いじゃないですか…」

「確かに高いですが、細かい所まで手が届くようになっています。音にこだわる水城さんならこれ以外の選択肢はあり得ません。」

「じゃ、じゃあ、何を買えばいいのですか?」

「オーダーメイドはどうですか?今度一緒にESPのギターショップへ行きましょう」

ストラト程度しか知らないのに、ギターの細かい話をされても分からないのだが……。

そんな事を考えているうちに曲は終わりを迎えていた。

 

――

 

 本編ラストの曲になった。この曲はかなり有名で、テンションが上がってしまう。

「やっぱり全員の勢いが凄い…」

「20代で東京ドームを満員にするバンドですからね」

「あ、来た。」

サビが終わるとベースの人が演奏を放棄してマイクに向かって何か叫んでる。そして…

「マイクスタンド投げ来た!」

「来ましたね」

「このシーン好き!」

「私も見ていて興奮しました」

終盤、全員がめっちゃくちゃな演奏をして、思いっ切り盛り上げて終わった。

 

「これからアンコールですよね?」

「ですよ」

それからアンコールで色んな曲が演奏された。どれもこれも有名な曲で、盛り上がった。最後の曲が終わり、スタッフロールが流れる。

「終わった〜」

「良い勉強になりました。水城さん達も東京ドームを満員に出来ると良いですね」

「いえいえ、そこまでは目指していません。むしろRoseliaさんの方が目指してください」

「水城さん達はポテンシャルが高いので、いつかたどり着けます」

すると紗夜先輩の部屋の扉が開かれ、日菜先輩が入ってきた。

 

「終わった!?まつりちゃん一緒に寝よ!」

「日菜!?」

「じゃあ、私はソファーで寝ますので」

日菜先輩を無視して紗夜先輩に言った。

「いえ、水城さんは私のベッドを使ってください。私がソファーで寝ます」

「もう!3人で寝ようよ!」

日菜先輩に肩をグググッと掴まれて紗夜先輩のベッドに押し付けられてしまう。紗夜先輩も観念したようで、私の隣に横になる。

「お姉ちゃん!電気消すねー」

部屋の明かりが消される。真っ暗になって何も見えない。

「おやすみなさい」

 

 紗夜先輩の声が聞こえる。私は日菜先輩と紗夜先輩に挟まれる形で寝ている。二人の寝息が聞こえてくる。私はまだ眠れない。体が熱くなって眠れなかった。

「眠れない……」

暗闇の中で呟いた。寝ている二人を起こさないようにそっと起き上がる。そして冷たい床の上で横になった。ひんやりとした感触が心地よく感じる。

「眠れるまで待とうかな……」

目を瞑ってじっとしていると、少しずつ眠気が襲ってきた。こんばんは、床さん。あなたって冷たくて気持ち良いね。心の中でそう言うと、意識が遠のいていった。

 



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7月 DESIRE (Re)

二分割です


 客が居ない午後の時間帯のコンビニにて、リサとモカはバイトをしていた。二人は客が来ないので、雑談をしている最中だった。

「ねぇー、モカ」

「なんですか〜?」

「最近、友希那の事で気になることがあってさ」

「ほほう、モカちゃんも蘭の事でも気になっちゃってるんですよ〜」

「えっ!? そうなんだ!当てていい?まつりの事だったりして?」

「正解です~」

「やっぱり」

 

リサは、自分の予想が当たっていた事にちょっと喜ぶ。

「まず、アタシから話していいかな?」

「どうぞ~」

モカに許可を貰った後、リサは自分の知っている事を全部話す事にした。

 

――

 

 コンテストの後、CiRCLEの皆は打ち上げをしていた。その時もまつり達が同席しており、一緒に食事を受けていた。メグなどは様々なバンドと交流を深めるためか、色んなバンドの所へ行っていた。

「お疲れ様です、先輩方」

 

メグが挨拶したのは、Roseliaのメンバー達だ。

「あなた達は確か……」

紗夜が思い出すように言う。

「はい、『Runaways』というバンドでボーカルやっているメグです!よろしくお願いします!」

そう言って、メグは深々と頭を下げる。

 

「ええ、よろしくお願いします。コンテストでは良い演奏が出来ましたね」

「はい!と言っても、先輩方と比べればまだまだですよ」

「ところで、ギターの方で気になる人が居るのですが……」

紗夜はチラッと横目で見る。そこにはテーブル席で一人、項垂れているまつりの姿が見えた。

 

「はい、あの子は水城まつりと言って、ライブでは凄いギターを披露してくれるんです。ただ、少し変人で……。良い子なので仲良くしてください」

「おっけ☆あ、香澄と蘭がまつりの所に行ったね。知り合いなのかな?……友希那?」

リサが視線を向けると、友希那は何か考え事をしていた。まつりの方に目線を向けながら。

「ゆーきな?」

「……なんでもないわ。水城さんね、覚えておきましょう」

その時、リサはまだ知らなかった。

 

――

 

次にリサが怪しんだのは合同練習の時だった。

友希那と蘭が言い合いになり、まつりがその雰囲気に耐えかねて静かにスタジオを出て行ったのだ。するとメグが突然、マイクスタンドをドラムの方に投げつけた。

「すいません!ウチのメンバーのまつりを知りませんか?」

メグは笑顔で言った。その顔には怒りの色が見える。

 

「そういえばいつの間に……」

「ブチ切れてる……。マジでブチ切れてるよ……」

陽香は隅で震えていた。メグは「どーこー?」と言いながらメグが倒れたマイクスタンドを左手で持ち上げて、また壁に投げつけた。

 

「は、早く探しに行きましょう!」

「え、ええ…」

蘭と友希那はまつりを探しに外へ出て、そしてすぐに見つかった。合同練習が終わった後、リサは友希那に聞いた。

 

「なんでまた口論になったの?」

「水城さんに話しかけようとしたら、突然美竹さんが割って入ってきたのよ」

「ちょっと友希那?大人げないよ~?」

「うるさいわね……」

 

――

 

「ん~?なんか食い違いますな~?」

モカがスマホを見ながら首を傾げる。

「そうなの?」

「モカちゃんの記憶によりますと、蘭が『湊さんが先に入ってきたのよ』と怒っていたような気がするんですよねぇ」

「あれ?じゃあ、どういう事だろ……」

リサは腕を組んで考える。

「あ、続き良いですよ」

「はーい!」

 

――

 

リサが一番怪しいと思ったのが、Roseliaとの合同練習の時だった。練習前、リサの元に友希那のチャットが飛んできたのだ。まつりが猫を撫でている写真と共に、

 

『水城さんは猫が好きみたいね』

とメッセージが来た。

リサは『友希那と共通の趣味出来て良かったね』と返信したがすぐに友希那のメッセージが来た。

 

『水城さんに話しかけようと思ったら逃げられてしまったわ』

「えっ、どうしちゃったの!?」

リサは慌てて返事を送った。友希那がまつりに対して何かやらかしていないか心配になる。

 

練習始まる前、リサはRoseliaのメンバーに誰を担当するか決め、まつりと友希那が二人で話できるようセッティングした。実際に練習時間に入るとまつりと友希那は孤立し、二人きりの状況が出来上がるはずだったのだが、まつりが一人でギターを弾き始め、友希那は介入しようにも邪魔したくないと思わせるオーラを放っていた。

「上手くまつりを一人にさせておいたから、話しかけてみて!」

「本当に話しかけていいのかしら……?」

「大丈夫だって!ほら、行ってきな☆」

「分かったわ……」

 

友希那は恐る恐るとまつりに近づいていった。結果、二人の会話はそれなりに弾んだ。

練習の帰り道にて、リサは友希那と話す。

「練習終わってから公園に行ってたけど、何してたの?」

「ちょっと猫を見てみたかったから探してみたのよ。中々出てこなくて困っていたら、水城さんが現れて猫を呼んでくれたの。でも、何故か猫に嫌われて逃げられちゃったのよ」

「あはは……」

「どうしてあの猫には嫌われるのかしら……」

「そういう猫もいるんだよ、きっと」

 

――

 

「という感じで、まだ確証は持ててないんだけどさ、もしかすると友希那がアレなのかもって……」

リサはモカにそう言った。

「なーるほど……。確かにその可能性はあるかもしれませんなぁ」

「さて、次はモカの番だよ☆」

「はいはい〜。ではでは」

 

――

 

 蘭の口からまつりの話題が出たのはコンテストが始まる前辺りの事である。

「良さそうなバンド見つけた」

蘭が珍しくバンドに興味を示した事に驚く皆。蘭は続けて言う。

「これ、アルバムなんだけど、ジャンルに囚われない自由な音楽が良いんだよね」

蘭は一枚のアルバムを取り出す。

 

「蘭が他のバンドに興味示すなんて珍しいね」

「うん、ちょっと気になって。ギターの人と話してみたけど、良い人だったよ。今度のコンテストに出るみたいだし、ちょっと楽しみかも」

「ほうほう、それは是非ともお会いしたいですな〜」

 

モカはニヤリと笑う。

「モカちゃん、悪い顔しているよ?」

「ふぇ?そんな事ありませんよ~?」

 

 次は蘭がまつりを連れて羽沢珈琲店訪れる前の話。

モカはギターケースを背負ってスタジオに向かう蘭を見かけたので声を掛けた。

「蘭~?どこに行くのー?」

「ちょっと練習。スタジオの中だと空気も違うから、違う気持ちで作詞出来ると思うし」

「ほう、熱心でありますなぁ~」

「じゃあ行くね、モカ」

 

蘭は少し足を急がせていた。

 

「はいはーい」

スタジオに入る蘭を見送りながら、モカは思った。

 

(確か、今日もまーちゃん、スタジオで練習すると言っていたような……。これは面白い展開になりそう……)

 

その後、モカは巴からの情報で、蘭がまつりを連れて羽沢珈琲店に入ったという事を聞いた。モカの予感は的中していた。次に見たのは羽沢珈琲店の前で、

 

「つぐみちゃん、ご馳走さまでした!巴さん、またね!」

「おう!」

「また来てね!」

店を出ていくまつりと蘭の後ろ姿を見ながらモカが呟く。

「蘭にしては積極的だね~……」

すると蘭がまつりの隣で歩き始めた。

「どこに行くの?」

「今日は駅に行って帰ろうかなって」

「じゃあ…駅まで一緒に行こう」

「大丈夫なの?」

「大丈夫。行こう」

「う、うん!」

二人は並んで歩いて行った。

 

次の見たのが落ち込んでいるまつりのを見たときである。まつりはライブで失敗を犯し、落ち込んでテーブルの上でうつ伏せに倒れ込んでいた。

「あれは……まつりか?」

巴がまつりを見て声を上げる。

「寝ちゃってるみたいね……?」

「まーちゃんはツグっちゃったように見えますな~」

すると蘭がまつりの所に行く。

「皆、先行ってていいよ。ちょっとまつりに用があるから」

「分かった。ラーメンでも食いに行かないか?アタシ腹減っちまってさ」

「え?陽香に教えて貰ったスイーツ店行きたい!」

「モカちゃんはどちらでもいいです~」

 

他の四人は先に出て、蘭とまつりだけが残った。蘭はただまつりを眺めて何もしない。

しばらく時間が経ち、まつりが目を覚ました。

「ん……」

「起きた?」

「えっ!?美竹さん!?」

まつりが慌てて起き上がる。

「どうしてここに?」

「まつりが一人で寝てて危ないから」

まつりは身体を起こすとあくびをした。

「そっか……ありがとう……」

「別にいいけど……」

 

まつりはバッグから小説を取り出した。女の子同士が仲良くなるラブコメである。

「何読んでるの?」

「……恋愛小説」

「見せて」

「えっ、ちょっと……!」

蘭は本を取り上げて中を見る。

「こういうの好きなんだ。悪くないね」

「返して!」

「わかった。はい」

蘭は本を返すと、まつりは顔を赤くして受け取った。

「もう……」

「まつり、顔真っ赤だよ?」

「……もう!」

その様子を実はモカ達が見ていたのだった。

 

――

 

モカが語り終えるとリサが言う。

 

「……あると思う」

「ですよねぇ……」

モカが同意するとリサは続けた。

「二人ともある可能性はあるよ。でも、まだ確信は無いから……」

 

すると、コンビニに陽香が入ってきた。

「いらっしゃいませー!って陽香じゃん!」

「しゃ~せ~」

「あ、今井先輩にモカモカ!お疲れ様ですー!」

 

陽香はアイスの入った箱、ペットボトルの天然水を複数本カゴに放り込む。そして、レジに持って来た商品を精算し、会計を済ませた。その途中、モカが陽香に声をかける。

「ななよー、まーちゃんの事で何か変化あった?」

「特にないよ?どうしたの?」

「ないなら良いや。ありがとね」

「うん。また明日ね」

「ばいば〜い☆」

陽香は外に出ていったのであった。すると、モカが真剣な表情になってリサの方を向いた。

 

「……リサさん、ちょっと確かめてみませんか?」



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7月 Don't Panic (Re)

 次の日、リサは早速行動に出た。午前使ってRoseliaの皆でスタジオで練習した後、リサは急いでスマホを確認する。陽香から動画が送られてきたのを確認できた。昨日、陽香がまつりとカラオケに行くと言っていたので、動画撮って送ってとリサはお願いしたのだ。

 

「あ、まつり、陽香とカラオケに行くんだ。へ~……」

まつりという言葉に反応して、友希那は反応する。

「あ、見てみて!まつりがあたし達の曲をバイオリンでカバーしてるよ!」

「ちょっと見せて頂戴」

動画の中身はまつりが"BLACK SHOUT"をバイオリンでカバーしているものだった。

 

「……凄いわね」

「そうだね!ところでさ、友希那最近、まつりの事をよく見るようになったよね」

リサが仕掛けにかかった。

「そうかしら?」

「そうそう!だってさ、いつもまつりが視界に入ると目で追っているもん!」

「そんな事無いわ」

 

そういうものの、友希那の頬が微かに紅潮していた。

「もしかして好きだったりする?」

リサはニヤリと笑って言った。

「っえ!?ちょっ、ちょっと!なっ、何言っているの!?」

友希那の顔が一気に赤くなる。リサは分かりやすいと思いながら苦笑いをしてしまった。

「友希那慌て過ぎだよ…」

「慌ててなんかないわ。好きと言ってもそっちの好きの方よ。いい?」

「いやどっちの好きか分からないんだけど……」

友希那はそうやって誤魔化すと、リサは思った。

(これは……確定だね)

 

練習の帰り道、リサは再び友希那に話しかけた。

「実際のところ、友希那はまつりのこと好きなんでしょ?隠さなくてもいいよ」

「…………」

しばらく沈黙が続く。すると、友希那が口を開いた。

「……ええ、そうよ。私はまつりが好きよ」

「やっぱりね。で、いつから好きなわけ?きっかけとかあるでしょ?教えてよ」

リサは興味津々で聞く。

「きっかけなんて無いわ。ただ、彼女がステージに立って演奏する姿に心を奪われただけ。それからずっと彼女の事が頭から離れない。それだけ」

「ふむ……」

「それにしても、どうして分かったのかしら?」

「ん~、日頃の行動を見ていれば分かるかな。まぁ、確信したのは今日だけど」

「そうなの……」

「それで、告白はしないの?」

「しないわ。彼女には他に想い人がいるもの……」

それを聞いて、リサは少し驚いた。

 

「それだと駄目だよ友希那!」

「えっ?」

「諦めたらそこで試合終了なんだよ!」

「……どういうこと?」

「つまり、まつりの事を好きなのは事実なんだから、その気持ちを伝えないと!」

「でも……」

「大丈夫だよ!アタシも協力するし!」

リサは親指を立てて笑顔で言う。

「……お願いするわ」

「任せて!」

 

――

 

モカは巴と雑談をしており、向こうでは蘭が一人、窓の景色を眺めていた。巴が蘭を見て言う。

「蘭の様子がおかしい?」

「うんうん、蘭があんなにボーッとしているの見たことなくてさ~」

モカが心配して言う。

「蘭って結構しっかりしてるから、珍しいよな」

「でしょ?だから気になってるんだ~」

モカが蘭に近づくと声をかけた。

「ら~ん~、どうしたの~?」

 

モカの声に気づいたのか、蘭はモカに顔を向ける。

「モカ……別に何でも無いよ」

「ふ~ん……?」

モカはじっと見つめる。

「な、なに……」

「まーちゃんの事考えてる?」

「は、はぁ?なんでそんな事考えないといけないの?」

「じゃあ、まーちゃんの事嫌い?」

「どうしてそんな話になるの。あたしはまつりの事そこまで好きじゃないし」

「ほほう……その割には昨日、まーちゃんとよく話してましたな~」

モカがニヤニヤしながら言った。

「別にそれくらい普通でしょ」

「そうですな~」

「もういい?この話はこれで終わり」

(むぅ~……、蘭のガードが固い……。でも、まだ確証は無いからね。もう少し様子を見ようっと)

 

次にモカが仕掛けたのは練習の前の時だった。モカがまつりの背中を叩くと、まつりが振り向く。モカがまつりの耳元で囁いた。

「まーちゃん、ちょっといい?」

「えっ?」

まつりが不思議がると、モカがスマホを手に取り、カメラを起動した。そして、まつりに抱きつく。

「ちょっ、ちょっと!何してるの!?」

「あはは、ごめんね~。ちょっと確認したいことがあるんだ」

「確認?」

「そうそう。ちょっと待っててね」

するとモカはカメラを内側に設定し、シャッターを切った。

「はい、撮れたよ」

「見せて」

 

まつりが画面を見ると、そこには頬を寄せている二人が写っていた。

「写真撮って何がしたいの?」

「う~ん、ちょっと確かめたい事があってさ~」

「何を確かめるの?」

「それは秘密~」

 

モカは微笑みながら言った。

「そっか、じゃあ私はそろそろ練習に行かないと……」

すると、モカが腕を掴む。

「まーちゃんってさ、好きな人いる?」

「えっ!?いやいないけど……」

「ほんと〜?」

「本当だって!急にどうしたの?」

「いや、特に深い意味はないよ〜」

「そ、そう……?」

「うんうん、それにしてもまーちゃんのほっぺた柔らかいね」

 

モカはまつりのほっぺたをぷにぷにする。

「やめてよ……恥ずかしい」

まつりの顔が赤くなる。

「おぉ、可愛い反応だねぇ」

そう言いながらもモカはまつりのほっぺたを触り続けた。すると、蘭が近づいてくる。

「モカ、まつりが嫌がっているから止めて」

「ん~?まーちゃんは嫌がってないよ~。もしかして蘭、嫉妬してる~?」

 

モカはニヤリとして言う。

「いいから離れて。マジで怒るから」

「はいは~い」

モカは大人しく離れる。

「ごめんまつり、モカは読めないから気をつけて……」

「う、うん……」

「あと、最近シャンプー変えた?香りが全然違うんだけど……」

「そう?セールだったからシャンプー買っただけ」

 

その様子をモカは見ていた。

(やっぱり蘭はまーちゃんのことが好きみたいですね……)

蘭はまつりの前だと表情が変わる。それに、まつりの事を気にしているのがよく分かる。

 

モカはもうひと押し必要だと思い、練習の時に実行に移す事にした。

Afterglowの練習時、モカはまつりに電話を掛ける。

『もしもし?』

「あっ、まーちゃん?今暇かな~?」

モカが電話をすると、蘭がモカの方に向いた。

『大丈夫だけど、何か用?』

「あのね~、まーちゃんに聞きたいことがあってさ~」

モカが言うと、蘭が少し警戒する。モカはそれを見逃さなかった。

「まーちゃんって、蘭の事をどう思っているの?」

「ちょっとモカ!?」

蘭が慌ててモカを止めようとする。

『うーん……。最初は怖くて、近寄りがたいと思っていたけど、今は優しい人だと思う』

「ふむふむ……。他には?」

モカは蘭の方を見てニヤッとする。蘭はモカの意図に気づいて、諦めて耳を傾ける事にした。

『他って?どういう事……?他には何も思ってないし……』

「本当に~?例えば……好きとか……」

モカが小声で言った。

「なっ……!」

蘭は顔を真っ赤にして驚く。

『好き?うん、友達としては好きだよ?』

「ほほう……」

モカは予想通りの答えにニヤける。一方、蘭は顔を真っ赤にして俯いていた。

(もう最悪……!)

「聞きたいことは大体聞いたから切るね~。また明日ね~」

 

モカはそう言って電話を切った。蘭はモカを睨む。

「モカ……あんまり変なことしないで」

「えへへ、つい楽しくなってさ~。それにしてもそんなに顔を真っ赤になるなんてね〜」

モカがそう言うと、蘭は更に顔が赤くなっていく。

「うるさい……。それより、なんでそんな質問をしたの?」

「ん~、その反応が見たかっただけだよ〜」

モカは笑いながら答える。

「性格悪っ……!」

「あはは、そんなに褒めても何も出ないよ〜」

「別に褒めてないけど!?」

モカは蘭の反応を楽しんでいると、巴が声をかける。

「モカ、そろそろ始めるぞ」

「おっけ〜。じゃあ、始めようか」

モカはギターを手に取り演奏を始めた。その音に合わせて他の三人も音を奏でていった。

 

――

 

「どうだった?」

コンビニの中でリサはモカに聞く。

「ん~、はっきりとは言ってないですが、多分蘭はまーちゃんの事が好きです」

「やっぱりそう思う?」

「蘭って意外と分かりやすいんですよね~」

モカが微笑みながら言う。

「そうなんだね。友希那はまつりの事が好きってはっきり言ったけど、蘭はまだ自分の気持ちに気付いていない感じ?」

「そうですね〜。まぁ、これからどうなるのか楽しみですね〜。そうだ、ななよー呼びましょうよ〜」

「陽香?どうして?」

「面白そうじゃないですか〜」

「あはは、モカらしいね」

「じゃあ、連絡しますね〜」

モカはそう言い、チャットを開いた。

 

次の日、陽香、モカとリサが同じ席に集まった。

「ななよーおっす〜」

「モカモカちっす〜。何か話し合いたい事があると聞いて来ましたが、どうかしましたか?」

「あのさ、聞いて……」

リサは昨日の事を話した。

「……マジ?マジで百合?」

陽香は興奮気味に言う。

「マジマジ」

「なので、3人で協定を結ぼうと」

「協定とは?」

「ん~…簡単に言うと大変な状況を極力回避しようという感じで~」

「修羅場とかうんぬんかんぬん?」

「そういう事で~」

「じゃあまつりの情報とか必要ですか?裏で流しますよ」

陽香はスマホを取り出し、キーボードを打つ。

「お願いしまーす」

モカが即答する。

「でも正直に言うんだけどさ、難しいよ?」

 

陽香はそう呟き、指を動かす。

「え、どうして?」

「二人ともクールタイプじゃん。距離詰められる?」

「確かに……」

モカは納得する。

「それに、まつりも壁を作るタイプだから、上手く乗り越えないとまつりの方からもやって来ないし……」

「友希那はグイグイ行きそうだけど、どうなのかな?」

「湊先輩はまつりが憧れ的な感情を持っていますけど、そこから恋愛感情に繋げられるかと言われると……意外と無い。分かります?」

陽香の言葉を聞き、二人は首を傾げる。

「う~ん……。よく分からない」

「アタシも」

 

モカとリサが同時に言う。

「とりあえず、まずはデートを目標にしてみては?」

陽香が提案すると、モカとリサは考える。

「2人の趣味ってありますか?まつりは一杯ありますけど」

するとリサは悩み始めた。友希那は音楽と猫以外の趣味をあまり知らないからだ。そしてモカはというと……。

「華道と音楽……?」

モカは蘭の好きな事を言う。

「あの2人本当にJKなの?今まで何して生きてきたの?相当、世間から隔離された環境で育ってきたでしょ?普通な趣味が無いって……!せめてゲームとか、スイーツとか、サブカルでもいいから……。あの、まつりは音楽では中々距離は近づけないと思いますよ!?好きなアーティストが被らない限り!」

陽香は驚きを隠せなかった。

「じゃあ、デートプラン考えていかないと……」

「映画とかどうでしょう……」

こうして三人は作戦会議を始めた。

 

――

 

 放課後の学校、イヤホンで音楽を聴きながら日誌を書いていた。日直の仕事として日誌を書き終えると、誰かが教室に入ってくる。

「水城だよな?」

見知らぬ男子の先輩だ。ネクタイの色を見ると三年生だと分かる。彼は恐らく吹奏楽部

だろう。楽器ケースを背負っている。

「はい、そうですが、何か用でしょうか?」

私が答える。

「ちょっといいかな?」

「何をですか?」

私は少し警戒しながら答える。

「あのさ、日直の仕事終わったら来てくれないか?音楽室でいいからさ」

先輩は私にそう言って、去っていった。

(なんだろ……?)

不思議に思いながらも言われた通りに行くことにした。



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7月 Smells Like Teen Spirit (Re)

 私の意識を起こしたのはスマホの着信音だった。朧げな意識の中、押してスマホを掴んで耳に当てる。

「はい……」

「水城さんかしら?」

湊先輩の声が聞こえた瞬間に私は飛び起きた。

 

――

 

 さて、早く準備しなきゃ。タンスの中から適当なものを取り出して、今日は半ズボンと半袖のTシャツにパーカーで行く。Tシャツ入っている引き出しを開けるとワタシが呆れた声を上げた。

『でたよ、Tシャツ芸人……』

夏場はTシャツを着けることが多い。でもネタTシャツが色々ある。

一番奇抜なのが、キングクリムゾンの"In the Court of the Crimson King"というアルバムアートがプリントされたTシャツで、調子乗って一回着てみたら周りから凄い見られて恥ずかしかった。

今日はアメリカのプロレスラーの絵が書かれたTシャツを着けることにした。相方さんとお揃いで買ったもの。着けたら上からファスナー付きの灰色の半袖のパーカーをかぶせる。

「急に先輩に呼び出されたけど、なんか変な感じしない?どう思う?」

『悪い事はされないんじゃないかな…?いや、分からないけど…』

「あまり話してないから、どうやって接するのかも分からないし……」

『とりあえず、約束には遅れないでよ』

「はーい」

よし、スニーカー履いて出発だ。

「行ってきまーす」

ドアを開けて外に出た。

 

出たら駅で電車に乗って、待ち合わせ場所に向かう。待ち合わせ場所の噴水広場に向かうと湊先輩がもう既にいた。待ち合わせ時間的には余裕なはずだが……。

私が近づいていくと湊先輩は私に気づいた。

「おはようございます先輩」

「あら、ごきげんよう水城さん」

湊先輩はガーリーな雰囲気の服装をしてお嬢様っぽく挨拶をした。

「今日は何をするのでしょうか?」

「映画見に行こうと思うのだけど、どうかしら?」

「映画、どれを見るのですか?」

「その……水城さんは何を見たいのかしら?」

 

私が決めるのか……。でも見たい映画あったはず。

「えーと、この映画が見たいのですが…」

SFのハリウッド映画を指す。原作小説が凄い好きで、監督もお気に入りの人なので凄いワクワクしている映画だ。

「ではそれにしましょう。」

「いいのですか?私の趣味の物ですけど……」

「水城さんが選んだ映画なら外れは無いと思うわ」

プレッシャーを少し感じる。『私につまらない映画を見せる気なら容赦しないわよ』と言っているような気がする。

「どこの映画館にしますか?私は出来れば大きい画面で見られる場所にしたいのですが……」

「それも水城さんに任せるわ」

 

スマホを弄ってIMAXで見られる映画館を選ぶ。

「この場所でいいですか?」

ここら辺なら数分歩けば行ける場所だ。

「構わないわ」

「その…特別料金かかるけど大丈夫ですか?」

「問題ないわ」

そういうなら…予約して、よし。

「何時にその映画は上映するのかしら?」

「午後2時ですね」

「では別の事をして時間を費やしましょう。あのモールはどうかしら?」

「良いですよ」

先輩の横に並んで街を散策する。先輩は私より身長が低いけど、何故か先輩の方が大きいように見える気がする。やっぱり先輩のオーラがひしひしと感じるせいだろうか。それにしても、先輩はどうしてバンドの道を選んだのだろう。容姿は壮麗でスキル抜群、歌手ルートなら十分なはずなのに。

『聞かないのか?』

聞かないよ。

『まつりは音楽にハマってなかったらどんな道を目指してたの?』

音楽が無かったらハリウッドでVFXに関わる仕事をやるか、SF小説を書いてたかもしれない。

『嘘つき。映画監督とかやってみたいって言ってた癖に』

ハリウッドのね?

「着いたわ」

 

湊先輩の声で現実に引き戻される。目の前には大きなショッピングモールがあった。

「まずはどこを回るの?」

「どこにしましょうか?」

何も考えていなかった。

「無いのね。なら、まずは楽器屋に寄ってみましょう」

 

モール内の楽器屋に入ってみる。ギターとかキーボードとか色んなものがずらりと並んでいて、隅の方には本を売る場所がある。多分、音楽雑誌、バンドスコアやDTMに関するもの、音楽理論などの本が売ってあるのだろう。でもここの店に今買いたいものは無い。でも、音楽雑誌は立ち読みしたい。あの人、どんな記事を書いたのだろう。読んで後で文句を言ってやろうか。私のバンドに関する記事を書いたらいっぱい指摘しよう。湊先輩と一緒にギターのコーナーを眺める。

 

「そういえば紗夜とお出かけしたと言っていたわね。どこに行ってきたのかしら?」

「紗夜先輩とギターの店行きましたね。スペアのギターが欲しいので、どれにしようか考えていました」

「良いギターは見つかったのかしら?」

「結局見つかりませんでしたね。でも、デザインが凄い良いギターを見つけました。Eclipseというギターで、紗夜先輩と私が好きなギタリストのモデルです」

「デザインがいいとは具体的にどういうものかしら?」

「ギターボディに銀色の変な模様がデザインされていて、それに凄い惹かれたんです。その模様を紗夜先輩から教えて貰って、ミクスト・メディアという芸術的手法で生み出された模様らしいです。ってこれはギターから凄いかけ離れた話題ですね。」

「構わないわ。水城さんは美術系にも関心があるのね」

「美術系はあまり分からないですね…博物館も美術館も学校で行ったけどあんまりでしたし…でも好きなアーティストの展覧会があれば行きます。ジョン・レノンとデヴィッド・ボウイは行きました」

「少し話を戻すけど、結局水城さんはどのようなギターが欲しいのかしら?」

「極論言えば弾ければ何でもいいです。けど、出来れば今使っているストラトに近いものがいいかなって思うので、ストラトにしたいですけどね……」

「ボディシェイプが変わるだけでそこまで変わるものなのかしら……」

「かなり変わりますよ」

 

こうして私と湊先輩は店内をぐるりと回って、ギターを見て回った。買いはしなかったものの、音楽の話題で盛り上がって楽しかった。楽器屋を出て、モールを回る。さっきから湊先輩の目の動きが不審だ。そんなに魅力的なものがあるのだろうか。先輩がちらちら向いている方を向いてみる。ペットショップがあった。猫がいっぱいいる。

 

ペットと言えば実家で猫を飼っていた。私が赤ちゃんの時、猫は子猫だった。つまり、私と猫は一緒に育ってきたとなる。私が幼い頃は猫の心が分からなかったから、無理矢理抱っこして、猫に嫌われて引っ掻かれたこともあった。あの頃、猫も人間と同じくらいの寿命だと思っていた。だから一緒に大人になるなんて思っていた。でも私が中学3年の頃、病気で猫が息を引き取った。両親は寿命が来たんだねって言っていたけど。私は辛くて部屋に籠って泣いていた。一人暮らしする前、両親が『ペットでも飼ってみる?』と提案してきたけど、私はペットが死ぬのを受け入れられないからペットを飼わないのだ。

 

「水城さん…?」

意識がまた変なところに行ってた。

「どうかしましたか?」

「ペットショップの方を見ながら何か悲しそうな表情をしていたのだけど…」

「ちょっと、昔の事を思い出していただけです」

「ペットの事で何か嫌な思い出でもあったの?」

「いえ、何でもないです……」

「ならいいわ」

 

湊先輩はそう言うと、再びモール内を歩き始めた。

「そろそろ昼食はどうかしら?」

スマホで時間を確認すると11時半になっていた。

「ランチにしましょう」

「どの店で食べるの?」

「先輩に任せます」

今日は食欲があるので大丈夫。

「なら、あの店で昼食を取りましょう」

という事で木と炭の香りが香ばしいイタリアンなお店に来た。パスタ、ピッツァ、色々ある中、カルボナーラとマルゲリータのピザを選んだ。余談だが、ペペロンチーノという言葉は響きがちょっとエロいと感じる。

「注文は決まったかしら?」

「あ、はい!えっと……このミートソースのパスタをお願いします!」

湊先輩のオーダーを聞き、店員を呼んだ。しばらくすると、料理が運ばれてきた。

「美味しいわね」

「ですね」

 

先輩と一緒に食事を楽しむ。私が頼んだものはミートソースのパスタで、セットはサラダとブドウのジュース。湊先輩はカルボナーラにコーヒーのセット。先輩はコーヒーをブラックで飲む様子。しかし少し顔を歪ませているように見えた。時間に余裕があるので、食べながら雑談する。

「水城さんは普段、どういうものを食べているのかしら?」

「どういうものと言われても…最近は色んな人の家に泊まらされているので、食べるものも色々ですね…」

「そう言えばそうだったわね。」

「そうなる前は自炊をちょっと頑張ってて…どのくらいできるかというと、汁物をちょっと作れて野菜を切ってサラダにする程度くらいです。魚を三枚におろすなんて意味が分かりません……」

「でも自分で料理を作れるのは流石だと思うわ」

「他の人に振舞えるかと言われれば自信ないです。こんな腕前だと、恋人とか満足させられないですよ」

すると湊先輩が真剣な眼差しで私を見つめる。

「み、湊先輩…?」

「何でもないわ」

湊先輩はコーヒーカップを持ち上げて傾けた。

 

パスタを食べ終わると飲み物を片手に、先輩と会話しながらゆっくり過ごす。

「……そう言えば言うのを忘れていたわ。最近、あなたのボーカルから相談されるの」

「どんな事ですか?」

「バンドのメジャーデビューよ。私達がメジャーデビューするのを見て、気になったのでしょうね」

「……」

私は無言でその言葉を聞いた。

「水城さんがメジャーデビューに頑固として反対するから、どう説得すればいいのか悩んでいるらしいの」

「そうですか…」

「理由、聴かせてもらっても良いかしら?」

頭の中で意見をまとめたら話し始めた。

「私達が持つ確固たる信念を外圧によって捻じ曲げてはいけない。と私が思っているんです」

「水城さん達の信念とはどういうものかしら?」

「まず、全員が作詞作曲に参加。と言っても強制するとかそういうものじゃなくて、そのジャンルに強みを持つ人が担当して、その人を中心に作曲する。だから報酬はメンバー全員で等分する。次に私達は音楽オタクが集まって出来たバンドだから、色んなジャンルを組合せた曲を作る。そして最後に、最高のライブパフォーマンスをする事。音源通りに演奏するのは通過点、曲が持つニュアンスを最大限に引き出し、CDには入りきらない表現力をライブで見せつけること。これが私達の信念です」

「良い信念ね。水城さんは何故反対するのかしら?」

「対等な契約、出来ればこちら側が上の立場に立てる契約を結びたいからです。」

「業界の人と話し合いはしてみたの?」

「一度、話し合ってみましたけど、こちらの要望を受け入れてくれなかったです。」

「どういう要望を出したのかしら?」

「プロデューサーは音楽面に関わらせない。自分たちでどうにかできるから。あと、デビューはアルバムじゃないとダメとか、見た目で売りたくないから期限付きでメディア露出を行わないとか……そういう感じで枚挙にいとまがないです」

「これだけ要望が多いと受け入れてくれる所も少なさそうね」

「はい。あと、反対するのにはもう一つあって」

「聞かせて」

「メンバーの皆との関係が変わるのが嫌なんです」

「そうなのね」

「皆とは友達だけど、デビュー後はいつしか仕事の関係となって、仲が悪くなったら……。と思うと」

 

少し恥ずかしくなって、少しうつむく。

「水城さん、聞いて」

顔を上げる。湊先輩は少し考えるような動作をした後、続けた。

「前の私は自己中心的だった。だからバンドの中で何度も軋轢を起こしたの」

言っては悪いけど、先輩もエゴが強い部類に見えた。

「包み隠さず言うなら、最初の頃はメンバーを捨て駒だと思っていたわ。」

黙ってうなずく。

「でも、私は大切なものに気付けた。リサ、紗夜、燐子、あこ、大和さんに、戸山さん、色んな人に出会えたから」

胸に手を当てながら湊先輩は言った。

「今の水城さんは、バンドを続けていく上で大切なものがある事に気付いていると思うの。その事に気を付けていれば、どこに行っても問題ないと思うわ」

「そうでしょうか……」

「ええ。時間をかけて皆と話し合ってみて。あなた達ならきっと良い結論を出せると思うから」

湊先輩は微笑んでそう答えてくれた。

「ありがとうございます……」

湊先輩の言葉を聞いて安心した。

「さて、そろそろ時間ね。会計して行きましょう」

先輩のコーヒーは3分の1くらい残っていた。

 

――

 

そろそろ上映時間なので映画館に移動した。そろそろ上映が始まるんだと思うと心が躍る。端末を操作して、チケットを発行。

「ポップコーンや飲み物は買うの?」

「どちらもいらないです」

私はそういうの買わない派。

「買ってあげるわ。何が良いかしら?」

「いえ、特に……」

「カップルセットで良いかしら?ポップコーンの味は何がいい?」

湊先輩の圧が凄かったので、キャラメルのポップコーンを選んだ。

「飲み物は?」

「コーラでお願いします……」

「意外ね」

 

1つのトレーにポップコーンとドリンク2つが乗せられた物を渡される。私は湊先輩に感謝しつつ、席に向かった。

「予約の仕方とかいろいろと慣れているようね。映画館は良く見に行くのかしら?」

「そうですね。年15回くらい見に行きます。」

「多いわね……」

「やっぱり大音量、大画面で見れる映画は良いです。あ、事前のトイレは大丈夫ですか?上映時間、2時間ちょっとぐらいかかると思いますよ?」

「そんなにするの……!?」

「2時間って長い?3時間もする映画とか見たことあるし……」

「えぇ…とりあえず行ってくるわ。トレー持ってくれないかしら?」

「わかりました」

少し待ってのんびり。湊先輩が戻ってきた。

「真ん中の後ろの席なので、早めに入って座っておきますか?」

「そうしましょう」

チケットを見せて入場。

「楽しみね」

「そうですね」

シアタールームに入ると、階段上って、少し歩いて真ん中の席に座る。まだお客は少ない様子。席に着いたらスマホの電源を落としてパーカーのポケットの中にしまった。予告は興味ないので寝て過ごす。しばらくすると場内が暗くなり、スクリーンに映像が流れ始めた。ポップコーンを掴もうと手を伸ばすと、たまたま湊先輩の指に触れた。

「ごめんなさい」

「いいの、気にしないで」

湊先輩は私の手を優しく握った。

 

――

 

クレジットシーンが終わると照明が明るくなった。

「どうでしたか?」

「よく分からないけど、スケールの大きい話だという事は理解できたわ……」

湊先輩は首を傾げていた。

「よく分からないか。やっぱり私の趣味だから……」

「いえ、楽しかったわ。今度はもっと予習してみることにするわ。」

「はい!」

 

という事で一緒に駅まで行ってお別れの時間。

「水城さん、今日は楽しかったかしら?」

「楽しかったです」

「良かったわ。また一緒にお出かけしましょうね」

「はい、今日はこれで」

「ええ」

 

先輩と別れて、電車に乗る。

一旦、家の方へ向かおう。お泊りバッグ取りに行かなきゃ。



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7月 Creep (Re)

夢を見ていた。月の表面でふわりと浮かぶ夢だ。宇宙服は着けてないけど、窒息するような苦しみも無い。一歩一歩を確かめながらゆっくり進む。砂が柔らかく足を包み込む感触に心奪われ、やがて私はクレーターの縁までたどり着いた。目の前に広がるのは一面の星空だった。私はその景色に手を伸ばし……目が覚めた。

 

「あぁ……」

寝起き特有の気怠さに包まれたまま身体を起こす。時計を見るとまだ六時前だ。今日もいつも通り早く起きてしまったらしい。隣にはぐっすり眠っている香澄ちゃんが居るけど、布団が被さって星の髪しか見えない状態になっている。その体勢でよく眠れると思いながら髪を撫でると、「んぅ」という声と共に寝返りを打った。

 

「いい夢見たような気がする」

『嘘つけ、絶対ろくなものしか見てない。夢を覚えているという事は周期的にまた眠ってるべきだったという事』

 

ワタシがそう言うと、スマホが突然震えた。メッセージアプリの新着通知が届いたようだ。スマホを取って確認してみると美竹さんからメッセージが届いていた。

 

「まつり起きてる?」

「おきてましゅ」

寝ぼけて打ち間違えてしまった。丸山先輩みたいな間違いをしている。恥ずかしいと顔が熱くなるのを感じながらも返信を打つ。

「本当に起きてる?」

「起きてます」

「今日は時間空いてる?」

「空いてます」

「一緒にどこか行かない?」

「どこに行く?」

「行く場所無いならゲーセンはどう?」

「いいよ」

「○○駅で待ってる。泊まっているでしょ?ゆっくり来てもいいから」

「了解」

 

美竹さんとのやり取りを終えたら私はベッドを降りて荷物をまとめる。物音を聞いた明日香ちゃんが部屋に入ってきた。

 

「あれ、まつりさんもう行っちゃうんですか?」

「うん、友達と遊ぶ予定ができちゃってね…」

「そうですか…またお泊りに来てもいいですからね」

「次は何時になれるかわからないね。なんか私のお泊り権って争奪戦みたいだから…」

「へぇー…」

「じゃあね、明日香ちゃん。香澄ちゃんによろしく言っておいてね」

「はい!さようなら!」

 

元気よく手を振る明日香ちゃんに見送れられながら私は家を出た。外はまだ薄暗い。夏とはいえ朝方になると肌寒い。バッグを持って自分のマンションに向かって、準備を済ませたら待ち合わせ場所に向かおう。私は少し足を急がせるように歩いた。

 

家に着いたら洗濯とか色々やる事をして着替えの準備をする。今日はマンハッタン島の風景がプリントされた白Tシャツ、黒い長ズボン、上からベージュの薄いカーディガンを着て出かけよう。そして髪の毛を整えたら出発だ。

「行ってきます」

誰も居ない部屋に声をかけてから外に出た。

待ち合わせ場所に向かうと美竹さんがすでに到着していた。美竹さんは夏のカジュアルな恰好に赤いワンショルダーバッグを着けている。

 

「ごめん、待っちゃったよね……」

「ううん。思ってたより早かったね」

「ちょっと焦ってて」

「ゆっくり来てもいいって言ったのに……」

「待たせちゃうと申し訳ないじゃん……」

「あたしは大丈夫だから。ほら、行こう。今日は一日中居られるから」

 

美竹さんと一緒に歩き出す。今日の目的地は近くにあるゲームセンター。何するのだろう。クレーンゲーム?美竹さんがアーケードゲームやるイメージは無いように見える。

「まずは何しよう?」

「あれやって」

 

指したのは全身を動かすダンスゲームだった。

「嫌だよ……。恥ずかしいじゃん」

「あたしは見たいけど?」

「いーやーだー」

「ほらコイン入れちゃったよ?やらないの?」

「美竹さんがやってよ」

「あたしはやらない。まつりがやるの」

 

一歩下がって筐体から離れようとすると右腕をガシッと掴まれる。

「逃げないで。やって?」

「1クレだけだからね…」

 

諦めて私は筐体の前に立った。曲を選ぶ画面が表示される。まずは和風な曲を選ぶ。ウォーミングアップによくて難易度も低いからだ。曲が始まったら音楽に合わせて身体を動かしていく。最初の内はリズム感があるのだが中盤に差し掛かるにつれて難しくなっていく。それでも何とか最後まで踊り切った。最後らへんの片足ピョンピョンが地味にきつかった。

「どう?」

「良かったよ。次の曲も選んで?」

「えぇ……」

次はポップな曲を選んだ。この曲は腰をフリフリさせたり速いテンポで手を動かすから疲れる。でもこれも頑張って踊った。

 

「可愛い」

「はい?」

「なんでもない。次は?」

最後に選んだのはヒップホップ系の曲。テンポ速いし、動きもある多いけど、バッチリ決めればカッコイイから好き。

「やっぱりまつりは可愛い曲踊っている方が似合ってる」

「そんなこと無いって」

「ある」

「ない」

「ある」

「もうやめよう?」

 

そう言いながらも私の顔は熱くなっていた。次に遊んだのはキラプリ、筐体には可愛い女性の顔がプリントされている。

「キラプリするの?」

「しよ?」

 

恥ずかしいけど、こういうの出来るのは女子高生までだし……と思いながら筐体の前に立つ。

「まつりはやった事あるの?」

「色んな子と一緒にゲーセン行ったときに」

「なら問題ないね」

 

コインを入れてブースの中に入る。タッチパネルを私が操作して、色んな設定を決めていく。撮影人数は二人、背景は空と海。

最初のポーズはピースサインで仲良しアピール。そして二人でカメラに向かって笑顔を作る。

「はい、チーズ」

アナウンスの後、カシャッという音が鳴った。次は小顔のポーズ。

「こ、こう……?」

「私もよく分からないけど、多分こんな感じ」

顔を近づけたり、頬を膨らませたり、目を細めたり……色々な表情を作っていく。色んなポーズを指定されて……

「小指くっつけるよ…」

「はいっ、BFF!」

「何その言葉……」

「いいからいいから」

 

とか、

「なんでまつりノリノリなの!?」

「こういうのは勢いで行かなきゃ!恥ずかしいけど!ほら、猫のポーズ!」

「うぅ……」

「にゃ、にゃーん!」

「……にゃん」

 

とか、

「次は指をハートにしてね!」とアナウンスされる。

「どうしてポーズ取らないの!?」

「い、嫌だよ…」

「蘭ちゃんもう撮るよ!?」

「えっ!?ちょっ、待って!」

 

とか……

「イェイ!」

「それ彩先輩のポーズじゃないの!?」

 

色々あって……

「盛り方とか知らないもん!!」

「だからって曲に合わせてダンスしないで!」

 

最後の写真は……

「最後は自由なポーズで写真撮ってね!」

「いとしなもん!」

両手を頭に当ててお耳のポーズをする。もう吹っ切れたから思いっきりやろうと思った。美竹さんは恥ずかしそうにピースをしていた。

「美竹さん、撮るよ?」

「うん……」

「はい、チーズ!」

 

写真を撮った後、二人で落書きやメイクタイム。全部の写真の隅っこにサインを書いてもらったりした。

「あたしが書いていい?」

「いいよ」

美竹さんが写真に写る二人を囲むようにハートを描こうとすると手が震えていた。

「やっぱり恥ずかしい……」

「私がやろうか?」

「ううん、あたしがやる。まつりはあたしが描いたのを見てて」

こうして出来上がったけど……。

 

「なにこれ……」

「恥ずかしいから見せないで」

「はいはい」

完成したキラプリは美竹さんが恥ずかしがって、私のバッグの中に入れられた。

「撮った写真、このアプリでスマホの中に写真保存できるみたい」

「まつりは保存するの?」

「一応……」

「じゃあ、あたしも」

「終わってみると冷めてくるというか……恥ずかしさの方が勝っちゃった」

「分かるかも……」

 

キラプリに強そうな子って、丸山先輩や、今井先輩、ひまりちゃん、沙綾ちゃん、透子パイセンとかだと思う。

「疲れた。もう行こう」

「ね……」

 

 ゲームセンターを出て、街の中を適当に歩く。

「お店適当に寄っていこう。あの店寄ってみない?」

「うん」

 

親しみのある雰囲気のアクセサリー屋さんに寄ってみることにした。中に入って商品を見ていると、ふと気になる物を見つけた。サングラスだ。私はロックスターになりたいからサングラスとか掛けてみたいと思っている。まず一つを手にとって着けてみる。少しアンバランスだ。

 

『このサングラスは大きすぎる』

だよね。次はこのレンズがブラックのサングラスはどうだろうか。

『まつりはブラウンのレンズが似合うと思う』

 

ブラウンのレンズを掛けて鏡を見る。自分的にしっくりくるような感じがする。右手を少し上げる。次に人差し指と中指をくっつけて、薬指と小指をくっつける。これでバルカンサインだ。このポーズは私の好きなギタリストがよくやっているポーズなのだけど、私もやってみたいと思っていた。実際にやって見ると結構サマになっているような気がする。

 

「まつりにサングラスは似合わないよ」

美竹さんが視界に入って来て、着けていたサングラスを外した。

「そうかな?」

「うん」

「でも、ちょっと憧れるんだよね」

「まつりは可愛いもの着た方が似合ってる」

「皆そう言う…」

 

私の身体は私の物だから何着たっていいじゃん……と思ってしまう。

「ピアスとか着ける?」

「ピアスは好きじゃない…」

「そう。帽子見てみる?」

「うん」

そこにあったヒップホップな感じのキャップ帽を被ってみる。

「DJっぽい感じがするよね、これ」

 

スクラッチを回す仕草をすると美竹さんはクスッとした。

「何?」

「似合わないよ」

「そんなこと無いもん」

「いや、絶対似合っていない」

「むぅ……」

「ほら、こっちの方がいいよ」

 

美竹さんが手に取ったのは、黒いキャペリンハットだった。被ると……

「いいじゃん。凄い似合う」

「これにさっきのサングラス着けたらハリウッドぽくなりそう」

「そんなにサングラスにこだわるの?」

「カッコいいじゃん、ロックみたいで」

「変なの……」

 

こうして私達は色んなお店を回って、少し買い物をした。

「そろそろ帰ろっか」

「そうだね。一緒に帰ろう」

すると突然スマホが振動し始めた。取り出すと陽香から着信があった。緑色のボタンを押して電話する。

 

「陽香?何かあった?」

「まつり、デートはどうだった?」

「え、知ってたの?」

「うん。モカモカから聞いてね」

「いいんじゃないかな…」

「そっか、良かった良かった」

「ねぇ陽香、すでに夏休みの課題配られたでしょ?うちに泊まって一緒に片付けない?」

「急だね。ちょっとお父さんに聞いてみる」

「分かった。じゃあまた連絡ちょうだい」

「うん。じゃあね」

 

通話を終えると、美竹さんが私を見ていた。

「誰?」

「陽香。夏休みの課題片づける為に家来ないって誘ってみた」

「ふーん……。あ、言い忘れていた。今日まつりの部屋に泊まりに行くから」

「モカちゃんじゃないの?」

「モカ都合悪いみたいだから、あたしの方にお願いしてきたのよ」

「美竹さんの両親大丈夫なの?」

「うん。あたしのお父さんが許可してくれたから」

「ならいいけど……」

「荷物減らす為にシャンプーとか持ってきてないけど、まつりの使っていい?」

「いいよ」

「ありがと」

すると陽香からまた着信が来た。

 

「OKだって。まつりの家近くの駅で待ち合わせする?」

「うん。駅に集合でよろしく。あと最近買ったあのゲーム持ってきて。やりたいから」

「ゲーム目当てかよ!!」

「うん!」

「わかった。持っていくから」

「ありがとうね」

通話を終えてスマホをポケットに入れる。

「まずは駅に向かおう」

「うん」

私と美竹さんは駅のホームに向かった。

 

――

 

目的の駅に着くと、入り口近くで陽香が待ち合わせしていた。

 

「おっすー」

「やっほー。ゲーム持ってきた?」

「まずそれなの?そんなにゲームやりたいの?持ってきたけど…」

「良かった」

「ああそうそう、お泊りするってお母さんに伝えたらお金渡された。まつりにご馳走食わしてやれって」

「そっか、ありがとうね。陽香のお母さんによろしく言っておいて」

「どうする?外食する?」

「テイクアウトも悪くないよね」

すると美竹さんが口を開いた。

「作らないの?」

「陽香ご馳走作れる?」

「まつりご馳走作れる?」

「質問を質問で返すな」

「あはは!」

 

陽香は笑っていた。

「あたしが作ってあげようか?」

美竹さんが私と陽香を見て言った。

「うーん、作っちゃう?」

「3人で作ろうか。決まり!食材買いに行こう」

「おっけ。渡されたお金使ってね」

「ご馳走です、七瀬家のご両親様」

陽香からお金を渡される。これほどのお金があれば一日中ご馳走食べれちゃいそうだ。余ったお金は陽香に返そう。

 

「じゃ、行こっか」

3人揃って夕暮れの町を歩き始めた。陽香と私は他愛もない会話をしながら歩いていたのだが、美竹さんはずっと無言だった。

まずは八百屋さんに到着。おばあちゃんが色々詰まったダンボールを運んでいるようだ。

 

「おばあちゃん大丈夫?手伝うよ」

「あたしも手伝う」

「あら、まつりちゃんとお友達さんかい?悪いねぇ……」

2人がかりで運ぶとすぐに終わった。そろそろ店を閉める準備をしていたようなので、何とか間に合った。

「本当に助かったわ~、ありがとうねぇ」

「どういたしまして。じゃあいっぱい買いますね」

「助けて貰かったからおまけしておくよ!」

「えぇ!?悪いですよ!」

「だめだよいっぱい食べなきゃ!ちょっと前あたりに倒れてたでしょ!?」

「うぐぐ……」

「まつり、それ本当?」

 

美竹さんがジト目で見てくる。

「あの時はちょっと食べれなかったから……」

お金を渡して野菜を入れてもらった袋を受け取る。

 

「野菜、ありがとうございました!」

「いいんだよ、また元気に顔を出してな!」

「はーい!」

「失礼しました」

「ばいばーい」

「さ、次行くよ」

 

袋は陽香に持たせておいた。次はスーパーだ。

「野菜ゲットしたけど、皆お肉食べる?」

「いやいるでしょ」

「そっか。私は鶏肉食べたいな…」

「何作るの?」

「……唐揚げとか?」

「まつり作れるの?」

「無理だよ?」

「あたしが手伝うから一緒に作ろう。油とか色んな粉が必要だけどある?」

「無いかも。スーパーでまとめて買おう」

「分かった」

 

私達は商店街を抜け、少し歩いたところにあるスーパーマーケットに入った。店内には主婦の人や学生さん達がたくさんいて賑やかである。私達も買い物をする為にカゴを持って食品コーナーに向かう。

「この辺にあると思うんだけど……」

「これじゃない?」

「それそれ。えっと……色々あるね」

こんな感じで私達は買い物を済ませていった。

「これで終わりかな?」

「うん、多分」

「じゃ、レジに持ってこうか」

「うん」

 

買い物袋を私が持とうとしたら美竹さんがひょいと持ち上げてしまった。

「持つよ」

「いいよ、私が持つから」

「まつりに持たせると心配だから」

「そんなことないもん!」

「いいから」

 

結局美竹さんが全部持ってしまった。

「ありがとう」

「いいよ、気にしないで」

色々お買い物してマンションの部屋に到着。部屋のドアを開錠して開けると、私の部屋はいつも通りだ。

「お邪魔します…」

「お邪魔しまーす」

「どうぞどうぞ」

 

三人で買った物を整理した後、皆ソファーでくつろぐ。

私はサメの人形抱えながらソファーに座る。陽香はスマホをいじっている。美竹さんはというと、何故かクッションに顔を押し付けていた。

「どうしたの?美竹さん」

「なんか落ち着く匂いがする……」

「そうかな?」

「まつり嬢、ディナーは何時作りますか?」

陽香がふざけて言った。

「うーん、ちょっと休憩したら」

「わかった」

「了解ー」

 

三人でだらしなく過ごしていたらあっと言う間に夜になった。

「そろそろご飯作らない?」

「そうだね。陽香、手伝ってくれる?」

「任せなさい」

「私と美竹さんはリビングにいるから」

2人でキッチンに向かい、料理を始めた。陽香は野菜とか切ってもらって、私と美竹さんがメインディッシュ作りだ。油を一杯いれたり、鶏肉の衣を着けて、下ごしらえは完了。あとは揚げるだけど……!

「油めっちゃ跳ねてるけど!?大丈夫なの?あちっ!」

「大丈夫?手伝うよ」

「ちょっと難しいって!あつっ!」

すると陽香がこんなことを言った。

「FIRE BIRDじゃん!」

「あははは!!こんな時に笑わせないでよバカ!ってもう無理!長袖着けてくる!」

 

私は飛び跳ねる油に敗北して長袖の服を着てきた。

「……こんな感じかな?」

「よし、あとは配膳だね!」

ご飯を入れたり、飲み物を用意をしたりと準備を進めた。

「陽香コーラ飲む?」

「プリーズ!」

 

冷蔵庫の中から缶コーラを取り出して陽香に渡す。

「サンキュ!」

「あたしは麦茶でいいよ」

「はーい」

コップに麦茶を入れて2人に差し出す。

「ありがと」

「どういたしまして」

「さて、そろそろいいか」

三人で席に着くと手を合わせて頂きますをした。

まずは唐揚げから食べることにする。箸で掴んで一口食べる。

「美味しい」

「ね」

食事を進めていると、美竹さんが話しかけて来た。

 

「まつり結構食べるね。少食だと思ってた」

「うんうん、ライブが近づいてくると少食or断食になってくるけど、そういう時じゃなかったら結構いくよ」

「ふーん……」

「初ライブ後の打ち上げは凄かったから……」

「え、まつりが?教えて」

 

陽香の言葉に美竹さんは興味津々だ。

「5人で店行ってスイーツもお寿司も肉も食べ放題のビュッフェ行って90分食べ放題プラン選んだのよ。で皆好きなもの食べ過ぎて30分、40分辺りで私達ノックアウトしてね」

「そうなるよね」

「でまつりが…烏龍茶片手にずっと食べてるのよ。時間ギリギリまで。」

「どれくらい食べたの?」

「覚えてない…」

「私は覚えてる。カルボナーラに、残したステーキ、私が残したチョコケーキにマカロン、メグが残したサーモンに唐揚げ。加えて鉄火巻きに山盛りの緑野菜サラダに味噌ラーメン、ハンバーグ、フライドポテト、白米3杯。〆に黒蜜きなこアイス」

「ええっ!?よくそんなに入るね……」

「私そんなに食べていたんだ」

「だからまつりは意外に食い意地あるんだよ」

「食い意地あるとかやめてよ。太っているイメージ持たれちゃうじゃん」

 

私はそう言いながら陽香の脇腹をツンとつつく。

「ひゃっ、もう!まつりはいいんだよモデル体型なんだから!羨ましいなぁ…ちょっとカロリー貰ってくれない?」

「ならおっぱい頂戴?」

「やだ」

「まつりって下ネタ言うんだ…」

 

美竹さんがジト目で見つめてくる。

「人をしっかり選んで言います!どこかのアホとは大違いです!!」

「あはは!!」

 

そんな感じで談笑しながら夕食食べた。夕食食べ終わった後はお風呂の時間だけど、1人ずつ入る事にした。

 

「順番どうする?」

「まつりが先でいいよ」

「先どうぞー」

「分かった」

私はお先にお湯をもらうことにした。

 

――

 

まつりがバスタイムになると陽香と蘭の2人は顔を合わせて頷く。するとまつりの部屋を物色し始めた。

 

「ノートパソコン付けっぱなしだ。作業の途中だったかな?ふっふっふっ」

陽香は悪い笑みをこぼすと、パソコンを立ち上げる。次にブラウザを開いた。検索履歴を見ると、ある部分を見つけて驚いた。

「えっマジ…?」

「陽香どうしたの?」

「やめだやめ!人のプライバシーを見るなんて人が悪い!やめよ!」

と言ってノートパソコンを閉じた。

「変なの」

 

蘭は不思議そうにしている。陽香は少し焦っていた。

「ほ、ほら…あそこに写真が一杯貼ってあるね。見てみない?」

陽香はコルクボードを指した。そこには色んな写真が飾られていた。

「まつりの思い出写真だね」

「うん、これは初ライブの時撮った写真だね」

全員カジュアルな恰好で、カッコつけるような仕草でカメラの方に目線を向けている。

 

「これはコンテスト後の写真だね」

と蘭は香澄とのツーショット写真を指さした。

「うん。ライブハウスでバイトしてた時から認識あったみたいだね。」

「知ってる。香澄から話してくれた」

 

二人はしばらくの間、写真を見ていた。コルクボードを見終わると、二人は近くに置いてある漫画や小説を適当に見始めた。

「陽香ってまつりと凄い仲良いよね。なんでも話せる感じで……」

蘭が陽香に話しかけた。

 

「まぁそうだね。まつりって結構人と距離を取るタイプだけど、仲良くなった途端引っ付くタイプなの」

「そうなんだ」

「まつりってオドオドしているように見えるけど、中身は凄いワイルドなんだよ?」

「え?」

「去年の梅雨の時期、大事件があってね……」

陽香は蘭に過去の事を語った。

 

――

 

「まつり、強いんだね」

「でもそれが逆に問題を起こしているんだよ。まつりは一度ゾーンに入っちゃうと自分も周りも見えなくなるバーサーカー状態になるから」

「つぐみみたい」

「そうだね。だから皆でまつりの負担をなるべく減らすようにしてるの」

二人が話していると、部屋のドアが開き、まつりが出てきた。

「次良いよ」

 

まつりは下着姿のまま部屋から出て来た。

「ちょっ、まつり!?し、下着姿で出て来ないでよ!!せめて上着て!!」

 

蘭は顔を真っ赤にして慌てふためく。

「え?別にいいじゃん」

「良くないよ!!」

「まつり、良い感じに肉ついてるじゃん」

 

陽香がまつりのお腹に手を当てて言った。

「え!?太っちゃった!?」

「健康体になってきてるという意味だよ!ほら、お尻とか胸とか良い形してるじゃん!」

「何言ってるのよ、もう……」

「まつりはひまりと比べればまだ大丈夫だから……」

「じゃあ、次は私入るね」

陽香が着替えとタオル持ってお風呂に向かった。

 

――

 

「まつり、ドライヤーで髪乾かしてあげる」

「ん、いいの?」

「いいから、ほら後ろ向いて」

 

後ろ向くと、美竹さんがドライヤー持って私の髪を乾かしてあげた。美竹さんの手が私の髪をくしゃくしゃと梳かしてくれる。

 

「あの、まつり……」

美竹さんが何か詰まるように呟いた。

「なに?」

「キラプリの時あたしの名前を呼んでくれたじゃん」

「あ、うん。嫌だった?」

「ううん。今度から名前で呼んでくれないかなって。あたし達って結構仲良くなったと思うんだけど……」

「うん、わかった。蘭ちゃん」

「ふふっ」

 

蘭ちゃんは嬉しそうに微笑んだ。ご機嫌な様子。ドライヤーが終わった後、ヘアバンドで前髪を後ろにして、眼鏡を着ける。そして右手にペンを握ったら陽香の課題を大雑把に片付けていく。蘭ちゃんはお風呂に。陽香はゲームの準備をしている。

「はい、終わったよ」

 

私はペンを置いた。

「早過ぎ!!」

「大雑把にやっただけだけど」

「おい」

「やってないよりやった方がいいでしょ?時間が有ったら消してやり直せばいいし」

「それはそう。サンキューね」

「いえいえ」

私はスマホを取り出して、SNSのタイムラインを眺めていた。

「スタジオ行きたいな……」

「ね、夏休み来たらバンド活動いっぱいしたいね」

と陽香は言う。

「あと、海も行きたいかも」

陽香がそう続けると、まつりは難色を示した。

「え、水着恥ずかしいからヤダ」

「まつりはモデルな身体になってきてるから大丈夫だって。あ、ゲームのアプデ終わったよ」

「やったー!」

私は子どものように喜んだ。

「子どもかよ」

 

陽香は呆れながら笑っている。ソファーに飛び込んでコントローラーを掴む。私の意識はゲームに持っていかれた。しばらくしていると、蘭ちゃんもお風呂上がったようだ。

「お風呂終わった。2人は何してるの?」

「ゲームだよ」

すると陽香が蘭ちゃんに警告した。

「蘭ちゃんはもう寝た方が良いと思うよ」

「いやあたしも見る」

と言って蘭ちゃんは私の右隣に座ると肩を寄せてきた。

「……怖いよ?」

「平気だから……」

そういう割に蘭ちゃんは震えている。

「じゃあ、電気消すね」

 

陽香が照明を消すと、暗闇の空間にモニターが一つ浮いている。

今やっているゲームはゾンビのホラーゲームだけど、昔のゲームのリメイク版だ。と言ってもゲーム性はかなり変わっているようだ。

「陽香はこのゲームの昔のバージョンやった事あるの?」

「あるよ?でもこのゲームの方がよっぽど難しいし」

「へぇ…」

「ほぼ別物だよ?」

陽香は苦笑いしている。

「そうなんだ。弾無くなっちゃうから逃げようって、うわっ!」

ゾンビに捕まってしまったのでコントローラーのボタンを連打して振り払う。

「うぅ……」

 

蘭ちゃんは怖くて私の腕にしがみついている。

「蘭ちゃん、寝てもいいんだよ?」

「余計眠れなくなるでしょ」

モニターに映るキャラクターを動かしていくと、陽香が何かに気付いた。

「ロッカーあるね。鍵とかあるんじゃない?」

「ロッカーの中に居たりしない?」

「居ないよ?」

ロッカーに近づくと、バン!という音と同時にロッカーの中からゾンビが出てきた。私と蘭ちゃんは悲鳴を漏らす。

「ひゃあああっ!!」

「きゃあっ!ふざけんなぶっ○す!」

陽香は腹を抱えて大爆笑していた。

 

「陽香のせいだよ!バカっバカっ!」

「驚かさないで!マジ無理!」

「蘭ちゃんは右腕にしがみつかないで!スティック操作がやりづらいの!!」

「だって怖いもん!」

こうしてゲームを進めて行った。

「なんか障害物あるけど、行き止まりかな……」

ヘリの残骸に近づいてみると、何故か残骸が動いて大きな人影が現れた。

 

「なんかデカブツが近づいてきたんだけど、ねぇねぇ!?」

とりあえず銃を撃ってみるけど、まったく反応がない。

「これ効いてるの!?」

「無理逃げよう!」

と走って距離を離して隠れるけど、ブーツの音がコツコツ鳴っていき……

「足音怖すぎ……」

「このスリル感なんだよ、このスリル」

 

蘭ちゃんはプルプル震えながらまた右腕に抱き着いた。

「もう、何でこんなに怖いの……」

「見つかるかもしれないし、こっそり距離を離そう……」

「え、見つかるんじゃない……!?」

私はスティックを倒して距離を取っていく。しかし……

「角待ちは卑怯でしょ!?ああもう!!」

デカブツに捕まったキャラクターが惨い死に方をしてゲームオーバーになってしまった。

 

「クソでしょこれ、マジでふざけないで」

「ふふふ…あっはははは……!」

陽香は大声で笑っていた。

「陽香、後で覚えときなさいよ」

「ごめんごめん、面白すぎて」

陽香は目尻に涙を浮かべていた。

 

「もう寝よう!やーめた!」

私はゲーム機の電源を切る。

「どうやって寝る?」

「じゃあ私はソファで寝るね」

私がソファーの上で横になろうとすると、蘭ちゃんが邪魔してきた。

 

「いや、あたしが寝る、から……」

蘭ちゃんは震えながら私をどかそうとしている。絶対にこの子は一人で寝かせてはいけないような気がする。

「まつりと蘭ちゃんは布団で寝て」

陽香がそう言うと、蘭ちゃんは納得したのか私の手を引いてベッドに連れていった。

 

「おやすみ、陽香」

「ホラーゲームの夢見ないように気を付けなよ~」

陽香は手を振ってそう言った。

私は先に布団に入りこむと、蘭ちゃんも一緒に入ってきた。

「ちょっと狭くない?横にする?」

「このままがいい」

「そっか」

 

蘭ちゃんの腕が私の身体を抱き締めてくる。首筋に吐息が掛かってくる。何故か分からないけど、胸の鼓動が早くなる。

「蘭ちゃん、おやすみ」

「お休み、まつり」

私は目を瞑った。

 

――

 

おぼろげに意識が覚醒すると、背中にあった蘭ちゃんの感触が無かった。もう帰ってしまったのだろうか。まだ眠い。寝ぼけ眼を擦りつつ起き上がると、蘭ちゃんがリビングで朝食を作っている姿が見えた。

 

「あ、まつり起きたんだ。おはよう。」

蘭ちゃんは私のエプロン着けているみたいだ。ソファーの方を見ると陽香がだらしない姿勢でまだ眠っていた。

「勝手に夕食の残り使っちゃったけど良かったかな?」

「大丈夫だよ、私も同じもの作ろうと思ってたから」

それにしても、朝食を用意できるなんて、お嫁さん力が強いと言わざるを得ない。

 

「蘭ちゃんってさ」

「なに?」

「意外と良いお嫁さんになれそうだよね」

すると蘭ちゃんの顔は真っ赤になった。

「なっ、なに言ってんの!?ば、馬鹿じゃないの!?」

「照れてる?」

「て、照れるわけないでしょ!?」

 

蘭ちゃんは必死に否定している。すると、ソファーの方から『そういう所だよ、まつり』という声が聞こえたような気がした。



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7月 Suspicious Minds (Re)

陽香、モカとリサの3人はCiRCLEの野外スペースのカフェに集まって報告会をしていた。彼女達はまつりと、蘭、友希那の恋を見守る会として結成されている。この会は2人の進展を観察して楽しむことを目的としていた。

 

「一回目のデート終わってみたけど、どうだったかな?」

陽香がそう聞くと、リサは少し考えながら答えた。

「どうなんだろうね。距離縮まったのかな…聞いてみても友希那がただまつりの可愛いところしか言わないし」

「まだ距離取られている感じかな」

「まつりからするとそうだよね…」

陽香は苦笑いをしながら言った。

「ふっふっふっ、蘭は上手くいったみたいですなー」

 

モカはニヤリとした顔でスマホを眺めていた。その画面に映っているのはまつりと蘭のツーショット写真だ。

「え?何々!?見せて!」

リサはその画面を見ると目を輝かせて食いついた。

「これは昨日撮ったやつだよ〜、いいでしょう〜」

モカは自慢げに見せびらかした。

「そういえば蘭とまつり、いつの間にか名前呼びになっていたねー」

リサは思い出しながら言う。

「そうなんだ!あたし全然気づかなかったよ……」

「じゃんけん大会勝ち取って蘭に譲るのも、ななよーをまーちゃんの家に泊まらせるのも、全てモカちゃんの計画だったのであーる」

 

モカは得意気に胸を張って言った。

「え?陽香もまつりの家に泊まったの?」

「まぁ…まつりから泊まりに来ない?と誘われて一度モカモカに相談してみたけどね」

「ななよーがまーちゃんと蘭の間に入って上手くいきました。この度はお世話になりましたー」

モカが陽香に頭をペコペコ下げた。

「いえいえー」

陽香もそれに合わせて頭を下げた。

「なんか二人とも仲良さそうに見えるんだけど……」

リサはジト目で陽香を見た。

「いや、そんなことないって!」

「本当かなー?」

リサは疑うような視線を向けた。

「友希那、このままだと負けちゃうよ……?」

リサは心配するような表情を浮かべた。

「リサ先輩、ちょっとまずいですね」

陽香は困ったように眉毛を寄せて言った。

「うん、かなりヤバいかもね……」

二人は不安そうな顔をしている。

「いいもん!あたし達にはある計画があるし。今紗夜と計画を立てている所だよ」

「どんな計画ですか?」

 

陽香が聞くとリサは人差し指を口に当ててウィンクした。

「秘密ですか?」

「そう!」

「でも楽しみにしてますね」

陽香は微笑みながら言った。

「任せておいて!」

リサは自信満々な様子を見せた。

「ふっふっふっ、楽しみにしていますよリサさん……」

「アタシも望むところだよ、モカ……!」

モカとリサの間に火花が散っていた……。

「…ちなみにこの百合戦争を知っている人ってここの3人以外にいる?」

「今の所は紗夜だけかな。燐子とあこはまだ知らないと思う」

「トモちん、ひーちゃん、つぐはもう知っているよー」

「そっか。あまり大きな事にしないようにしたいね。音楽活動に差し障る事はダメだと思うから」

 

陽香の言葉を聞いてリサは考え込んだ。

「確かにそうだよね。Roseliaの活動に支障が出ないようにしないとだね」

「あと、湊先輩と蘭ちゃんの衝突とかも……」

「うんうん」

「今のところは衝突無し?」

モカが首を傾げながら聞いた。

「今のところは無いみたいだけど……どうだろう?まだ分からないかな」

リサは腕組みをして難しい顔をしながら答えた。

「とりあえず様子を見るしかないねー」

モカが言うとリサは大きく息を吐いた。

「じゃあ、今後も様子を見守っていくという事で」

「了解です!」

陽香が敬礼をした。

 

「次の話題はある?」

「まつりと蘭ちゃんが撮ったキラプリ見る?凄い面白いんだけど」

「おおー!」

モカが目を輝かせて飛びついてきた。

「見たい見た〜い」

リサも興味津々といった感じだった。

「あれ?モカモカ見せてもらってないの?」

「蘭に見せてと頼んでも断られてしまったのです…よよよー」

「まつりに頼んだら見せてくれたよ、ほら」

陽香はキラプリの写真が写ったスマホをテーブルの上に置く。そこには恥ずかしがりながら写真を撮る二人の姿が映っている。

「おぉ〜」

リサは感嘆の声を上げる。そして写真を見てニヤけていた。

「二人とも可愛いですね〜」

モカはうっとりとした表情で呟くように言った。

「ひゅー、まーちゃんノリノリー」

「まつりは可愛いなー」

 

キラプリに写るまつりは顔真っ赤になっているけど色んなポーズを取っている。

「蘭が恥ずかしがって全然ポーズを取ってないですねー」

「この写真、蘭がポーズを取らずにまつりの後ろで腕組んでいるだけだね」

一方蘭は途中まで一緒にポーズを取ってたものの、後ろで腕を組むだけになっている。

「後方クール系彼氏面かよ、『あたしは何があっても絶対にやらないからね』みたいな」

「あははは!!」

リサは笑いながら言った。

「それめっちゃ分かる」

陽香はツボに入ったのかお腹を抱えて笑っている。

「蘭はツンデレだから仕方ないねー」

モカは頬杖を突きながら言う。

「うん、仕方ない」

「蘭ったら、一人でキラプリの写真持ってニヤニヤしてるんだよ~」

モカは嬉々とした様子で話す。

「あ、そうそう。スマホを見て思い出したけどまつりってSNSやってるの?一応まつりのアカウントっぽいもの見つけたけど、1月で更新止まっちゃっているし…」

 

リサはまつりのものらしきアカウントを見せた。最後の投稿は『ライブ終わりました。ありがとうございました。』というシンプルな文章のみだ。返信欄には下心のある投稿から、ファンの投稿まで色々あるけど数件程度だ。何故か彩まで返信欄にいる。彼女の投稿は5月以降のものだ。もちろんまつりは完全に気づいてない。

「ああ、そのアカウントですか…確かにまつりのものだけどやってないですね…」

「まつりはSNSやらないタイプ?」

「うーん…やっていると言えばやっているかな…」

「それはどういう意味?」

「ギターとかバンドに関する投稿は面倒くさいと言って、趣味用の裏垢を作っちゃったみたいなんです。まぁ皆には見つからないですよ」

「ななよー?まーちゃんの情報は何でも教えてくれるって言ってたよねー?」

モカはジト目で陽香を見る。

「でも……」

「ななよー?」

モカが圧をかけるような口調で言うと陽香は観念したかのように口を開いた。

「はい……」

 

 陽香はまつりのもう一つのアカウントを見せた。名前は適当な英文字を並べただけで、アイコンが未設定のアカウントだ。フォロワーも一人しかいない。

「…本当にこれなの?」

リサは疑いの目を向ける。

「はい、間違いないです」

投稿する内容もゲームや女性向けアニメに関する感想、映画鑑賞した事しか呟いてない。

「フォローしてるのはななよーだけだね」

「まぁね……」

「非公開ブックマークに入れて監視しよう……」

「え?なんでそんな事をする必要があるの!?」

陽香は驚いた顔をしている。

「まつりの動向は常に確認しておきたいからねー」

すると、ハッと思い出した陽香は机をバンッと叩いた。

「ああそうそう緊急で話したい事があるんだった。これが本題だよ!」

「緊急って?」

「まつり、既に彼氏がいるかもしれない…」

 

陽香は深刻そうな表情を浮かべている。

「マジ?」

リサは驚きを隠せない。

「うん……まつりの部屋にお泊りする機会があったからこっそりノートパソコンを覗いてみたの。すると"デート 服装 女の子"という検索履歴があったのよ」

陽香は深刻な表情のまま語る。

「いつなの…?」

「検索された日は確かまつりが湊先輩とデートする日よりも前の日だったの」

「まーちゃんが他の誰かとデートをしていたの…?」

「浮気…?」

「リサさん、まーちゃんはまだ誰とも付き合ってないですよ」

モカがリサの言葉にツッコミを入れる。

「あ、そうだったね」

「で、でも…まーちゃんが友希那さんとデートする為に服装を考えていたとか…」

「まつりは恋人の前でしかスカートを履かないって決めてるの」

「まつりはスカート履いてなかったって。友希那が言ってたよ」

「え……」

モカの顔から血の気が引いていた。

「でも、まだ彼氏が居るって決まった訳じゃないからさ!ね!?」

リサはモカに抱きついて必死に慰める。

「まーちゃんに彼氏出来てたら…全部、無駄になっちゃいますよ…」

 

陽香は真剣そうな表情をして二人を見た。

「最悪のプランを考えてみましょう。もしまつりに彼氏が居たらどうするか」

「それはもう、諦めようって2人に言うしか…無いんじゃないかな……」

リサは悲しそうな表情で答えた。

「やっぱり何があっても、まーちゃんが幸せならそれで良いと思います。つらい気持ちになるかもしれないけど……」

「だよね……」

「あたしも同じ意見です」

三人の間に沈黙が流れる。

「じゃあ、この話は終わりにしよっか」

「そうだね……」

「とりあえず私はまつりに彼氏が居ないか調査してみる。色んな手を使って」

陽香はスマホを取り出して操作し始めた。

「一応お願いしとくね」

外の日差しは強く、セミの声がよく聞こえる。夏が本格的に始まった頃だ。

「そろそろ夏休みですなー…」

「デートする機会いっぱい作れそうですね」

「暑いからプールとかどう?まつりの水着姿見れるかもよ?」

「まつり嫌がりそうだけど、何とか家から引きずり出します」

三人はこうしてまつりの知らない所で計画を立てていた。

 



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8月 Queen of noise (Re)

 考え事して、スタジオで眠ってしまっていた。目を覚ますと他のメンバー全員が消えてて、何事と思ったけど、しばらくすると皆が帰って来た。どうやら夏休みに何をするかをCiRCLEの皆で話し合っていたらしく、私抜きで話を進めていたらしい。弦巻こころちゃんの提案で別荘にあるリゾート地で合宿する事になったらしい。これはまたスケールの大きい事だと思ってしまったけど、彼女の事だし仕方ないとも思った。

「水着あるの?」

と陽香が聞いてきたから私は一応持ってると答えた。スクール水着だけれど……。

「ダメです」

「え?」

私がそう答えると陽香はスマホを開いて何かメッセージを打ち込み始めた。そしてそのメッセージを送った相手はすぐにやってきた。何と白鷺先輩、丸山先輩、今井先輩、桐ヶ谷さんとファッションセンスありそうな人が勢揃いしていたのだ。

「な、なんですか!?」

「まつりちゃんが水着を持ってないと聞いてね」

と白鷺先輩が言った。

「早く買いに行こう!まつりちゃん!」

と丸山先輩が私の手を掴んで引っ張った。そんな訳で私は丸山先輩に連れられて水着を買いに行くことになった。色んな場所を巡り、原宿や新宿などに行ったりもした。私なんて水着に拘った事なんて無いし、そもそも着れるなら何でもいいと思っていた。だからこういう時どんなものを買ったらいいか分からない。"ROCK'N'ROLL SAVE MY LIFE"と書かれた黒いTシャツを着けた私に似合う水着はあるのだろうか。 

 

――

 

ワタシは白鷺先輩を嫌っている。白鷺先輩はよくわからない人でとても怖い人だ。何故かよく分からないのにパスパレにスカウトされたり、テレビ番組に出てみないかと誘われた事もあるけど、メディアに露出する事は私の信条に反するので断った。と思ったら私の事について色々と叱ってくる。他のメンバーは言っても無反応なのに私だけ下ネタや汚い言葉を使うとすぐに注意される。紗夜先輩よりも風紀委員してると思う。酷い時だとココアシガレットを口に咥えてタバコのフリをしただけで説教受けた事がある。白鷺先輩は何がしたいのかよくわからない。ワタシは白鷺先輩の事を凄い嫌悪していて、「得体の知れない化物」と評したり、「あいつの口車に乗せられれば最期。魂を抜かれてやつの操り人形にさせられる」と大げさなことまで言われている。とこんな感じでワタシは白鷺先輩の事を恐れているようで嫌っている。

『早く終わらせよう…とっとと距離離したい…』

と呟きながら私の隣を歩いていた。

「なるべく頑張ってみるよ」

と私は答える。

 

 しばらく歩いていると、夏をイメージしたコーディネートがガラス張りにされた店があった。私は肌をさらすのが苦手で、あまり外に出る事が無いからこういったお洒落なお店で服を買う機会はあまり無かったりする。

「ねぇ、良さそうじゃない!?入ってみようよ!!」

と言って丸山先輩は店内に入っていった。他のみんなもそれに続いて入っていく。この店のコンセプトは夏の海らしく、カラフルな色合いの水着が多く置いてあった。四人は色んな水着を手に取っているけど、全員ビキニタイプしか選ばない。私はワンピースタイプの方が良かったので、ワンピースを取るのだが、今井先輩に却下されてしまった。

「まつりお腹見せて!」

と今井先輩が無許可で私のTシャツを捲ろうとする。

「ちょっ!!何するんですか!?」

と言いつつ抵抗するが力では敵わず結局剥ぎ取られてしまった。そして露わになった白い素肌を見て4人が固まる。

「えっ凄い!理想的なウエストじゃないですか!マジでどんな生活してるのか気になる!!」

と桐ケ谷さんが言う。

「彩ちゃんもこのくらいのウエストを目指してみたらどうかしら?……昨日もクレープ食べたよね?」

「えっ…」

白鷺先輩の言葉に丸山先輩は顔を青ざめさせる。白鷺先輩は笑顔で丸山先輩を見ている。

「ポヨ?ポヨヨ~ン!?」

「彩ちゃん後で説教ね」

「は、はうぅ!?」

白鷺先輩に言われた事で丸山先輩の顔色は更に悪くなる。これはちょっと可哀想だけど、スイーツの誘惑に負けた丸山先輩が悪いと思う。

「まつりはこれかなー?」

「まつり先輩!これ絶対に似合います!試着してみてください!」

「まつりちゃんはこれがいいよ。すっごく可愛いと思う!」

「まつりちゃんはこれが似合うはずよ」

と私は四人のファッションドールにさせられていた。私はもう疲れ切っていた。

「あ、あの……私そろそろ帰りたいです……」

と私が言った瞬間、丸山先輩が私に抱きついてきた。

「ダメだよ!まつりちゃん!まだ帰さないからね!」

「もう肌晒すのはごめんです!」

「まつりちゃんの水着姿見ないと合宿の意味無いじゃん!」

丸山先輩がそう叫ぶと、丸山先輩以外の三人はうんうん、と首を縦に振った。

「そんなぁ……」

私は絶望した。



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8月 Barbie Girl

この飛行機はこころちゃんの別荘がある島に向かっている。CiRCLEの皆、この飛行機に乗っていてそれぞれに豪華な部屋が割り当てられていた。私達のバンドも豪華な部屋が割り当てられていて、映画が見放題のテレビや美味しい機内食などがあった。陽香達は部屋の中でくつろぎながら映画を見ていたが、私は楽譜を見て作曲作業をしていた。

 

「まつりって映画とか見ないの?」

 

陽香が質問してきた。

 

「ううん。見るよ」

「どんな映画が好き?恋愛系?アクション系?」

「恋愛系は好きじゃない。アクション系は結構好きだよ。単純明快だし、爽快感あるし」

「ふーん、意外」

「そう?アニメも好きだし漫画とかも読むけどね」

「へぇ〜、じゃあ、好きな漫画家さんとかいる?」

「んー、高河〇ん先生とか」

「マジ?私は〇LAMP先生かな〜」

「あー、分かる分かる!」

 

そんな会話をしているうちに飛行機は目的地に着いた。飛行機から降りて外に出ると、そこには綺麗な海に囲まれた孤島があり、その真ん中に一軒の大きな屋敷が建っていた。その大きな建物を見て、陽香が言った。

 

「もう何でもありだよね……」

「こころちゃんの事だしね」

 

荷物を宿泊部屋に運んでもらってから早速皆は海の方へ遊びに行った。私は水着を着るのが恥ずかしくて、上にパーカーを着て、ビーチパラソルの下で休んでいた。陽香達はビーチバレーをしたりして遊んでいて、その様子を見ているだけでも楽しかった。

 

「あら、まつりは遊ばないの?」

こころちゃんが私の元に来て話しかけてきた。

「いや……ちょっと恥ずかしいなと思って」

「どうして?まつりの水着はとても綺麗じゃない!きっと皆に見せたら喜ぶと思うわよ!」

「そ、それはどうだろう……」

「大丈夫だって!ほら、行きましょ!」

「えっ!?ちょ、待って!日焼け止め塗ってない!」

「じゃあ塗ってから行きましょ!」

 

日焼け止め塗ってから、こころちゃんに手を引かれて、私は無理やり海に連れて行かれた。

 

「ひゃっ!冷たい!」

 

海水の冷たさに思わず足が止まってしまった。

 

「綺麗な海でしょ?ここにはお魚さんがいっぱい泳いでるんだよ!」

「ホントだ……。綺麗……」

 

目の前に広がる美しい海の光景に見惚れていると、後ろから抱きつかれた。

「えいっ!」

「きゃぁ!!」

驚いて悲鳴を上げてしまった。

「あははは!!びっくりした?」

犯人は陽香だった。

「もぅ!いきなり驚かさないでよ!」

「ごめんごめん。でも、これくらいしないと面白くないじゃん」

「むぅ……」

「それにしてもおっぱい大きくなったね、Cくらい?」

 

と言いながら陽香が水着越しに胸を触ってきた。

「どこ触ってんだよこの!」

 

私は陽香のお尻を思いっきり蹴った。すると陽香は痛さのあまり転げ回った。

「いったーー!!」

「セクハラ!」

「でもいい触り心地だったよ」

「もう一回逝く?」

「なんだと〜!おりゃ!」

 

そう言って陽香は私に水をかけてきた。こうして半分身体を海に浸からせた私達は、しばらく水のかけ合いをして遊んだ。そして疲れたのでパラソルの下に座り込んで休憩していると、突然日菜先輩がやって来た。

 

「まつりちゃん!これ見てみて!」

日菜先輩の手にはなんとナマコが握られていた。

「きゃあああ!!気持ち悪い!!」

「えー、気持ち悪くないよぉ〜」

「無理です!絶対に無理です!」

「大丈夫だよ〜ほらほら〜」

 

と言って日菜先輩はナマコを近づけてくる。その瞬間私は恐怖心に襲われた。

 

「やめてください!!お願いします!!というかやめろ!!」

「あっ、まつりちゃん逃げちゃった。残念」

 

私はビーチパラソルの下から立ち上がって逃げた。

 

――

 

次にやったのがビーチバレーである。しかし、私は運動が苦手である。

 

「まつり、構えは解かないよ」

「分かってるよ」

 

最初入った時は試合が成立しないほどパスが下手だったので、ラリー練習をした。しかし、それでも全く上手くならなかったため、結局二人で交互にボールをトスし合う事になった。

 

「いくよ、まつり」

「うん」

 

私はバレー用のボールを高く上げてレシーブする。そしてそれを陽香が打ち返してくる。

 

「えいっ」

「それっ」

 

でも数回程度でラリーは途切れちゃう。

 

「ごめん!変な方向に飛ばしちゃった!」

「いいよいいよ」

 

やっぱり、スポーツは苦手だ。そう思いながらボールを拾っていると、

 

「好きにやっていいのよ!」

「え?」

「好きなように楽しんでくれれば、それで良いわ。だから、気負わずにね!」

こころちゃんが笑顔で言った。その言葉を聞いて私は少しだけ肩の力を抜いてプレーする事ができた。それからは、少しずつラリーが続くようになっていき、陽香と楽しく遊ぶことができた。

 

「ねえ、陽香」

「なになに?」

「楽しい仲間と遊べるなら、それが一番だよね」

「……良いこと言ってくれるんじゃないのー!!」

「ちょっ!?急に抱きつかないでよ!」

「まつりちゃんの優しさが心に染みる……」

「もう、暑苦しいから離れなさい!」

「あら、あたしも混ぜてくれないかしら!まつり、一緒にやりましょうよ」

「こころちゃんまで……」

こんな夏も、たまにはありかもしれない。

 



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8月 IN SILENCE (Re)

 静かな夜、私はビーチマットと懐中電灯を持って外へ出かけようとした。夜の砂浜が見てみたいと思ったからだ。靴を履いて外に出ようとすると湊先輩に遭遇した。

「あら、水城さんはどこへ行くの?」

「ちょっと海の方へ散歩に行こうかと思いまして」

「そう……私も一緒に行っていいかしら?夜に一人で歩くのは危険だから」

なんか拒否したい気持ちもあったけど、どうせ付いてくるだろうから何も言わなかった。夜の砂浜への道は暗く懐中電灯を照らさないとまともに見えなかった。でも、月明かりで照らされた波打ち際はとても綺麗だった。しばらく歩くと足音がざく、ざく、と鳴り始めた。海に近づいたら砂浜の上にマットを敷いて座る。明かりを消せば辺りは暗闇に包まれ、聞こえるのは波の音だけ。砂を巻き上げる風が私の小さな不安を煽る。けどとても落ち着く。

上を見上げれば夜空が見えて星が見える。この空は都会の光に邪魔されないから星がくっきり見える。こういう自然的で暗い場所に来た時、感傷的になって自分の事を見つめる事が多いような気がする。

 

 少し振り返ると私はつくづくダメな人間だなって思った。中学校の頃はテストも、人間関係も、スポーツもダメダメでぐれてた。高校生になっても性格の悪さはなかなか治らなかった。少しはまともになったかもしれないけど。私の性格の悪さってどこから来ているのだろう。短気で、暴力的、捻くれた私の性格。少なくとも、小学校の頃から人付き合いが苦手だとは思っていた。仲良くなったと思ったら仲良くなってなかったことがあったり、自分の意図が相手に伝わらなかったり。そういえば、母親は私が三歳になっても言葉が話せなくて不安になったと言っていたような気がする。

「どうして夜の砂浜を見たいと思ったのかしら?」

湊先輩の声を聞いて我に帰る。いつの間にか考え事をしていたようだ。

「別に大した理由じゃありませんよ」

「そう……」

湊先輩はそれ以上深堀しなかった。ただ黙ったまま隣に座っていた。波を見つめる。押しては引いて、また押し寄せて。何回も同じことを繰り返している。

「水城さんはどのように作曲するのかしら?」

唐突に質問されて戸惑う。

「いっぱい考えるだけ?思いついたらメモとかして、後に打ち込んでというだけです」

「水城さんの作る曲は重苦しい曲が多い気がするわね」

「どうせ暗い曲しか作りませんよ。恋愛ソングとか、フェスで盛り上がる曲とか、売れる曲とか作りたくないです」

皆がやらない事をやりたいだけだという事もあるけど。

「あなたらしいと言えばあなたらしいわね」

「私からすると、この世界が暗い世界に見える。だから暗い曲を作る」

湊先輩は頂点に向かって突き進む人だけど、私は違って最深部へ向かって潜る。

私に比べて先輩と言ったら……。

私なんて……。

あなたなんか私が持ってないものを持っているくせに……。

 

突然湧く怒りに似たような感情。

ああもう…これだから私自身が嫌いになる。

劣等感、嫉妬。暗い感情が私の中を巡る。

 

「そう言えば、前言っていた話はどうなったのかしら?」

「話し合いしましたよ。折衷案を設ける事で解決しました。大阪と名古屋のハコで8割埋められたら良いという事で。そのくらいの実力があればデビューしても行けるじゃないかってなって…」

「そう、良かったわね」

「そろそろ会場が小さくなってきましたし……」

私は未だにメジャーデビュー反対しているけど。音楽をお仕事にしたら音楽が嫌いになるかもしれないのに。どうして大きい会場でやりたいって思うのだろう。大きくなったバンドが行き着く先なんてメンバー交代、解散とかしか無いのに。もしくは……メンバーの誰かが死んじゃうとか。

「先の話になるけど、水城さんに夢はあるの?」

「夢ですか?えーっと……」

将来の事を考えるなんてことは今まで考えたことも無かった。今を生きる事に精一杯だったから。でも、すぐに思い浮かんだことがある。

「とりあえず世界旅行?もしくは27歳までに何か成し遂げたいかも」

「どうして27歳なの?」

有名なロックスターや俳優とかは早死にする傾向があるという都市伝説がある。それで27クラブという言葉ができた。正直、未来に希望が持てない以上、早死にしてしまった方が楽だと私は思っている。そして、死んだ方がロックだと思っている。だから私は彼らのリストに加わりたいと思っている。でもこれは言うべきでは無いだろう。絶対に困惑してしまうだろうから。

 

バンドに入ってから私は少しずつ狂気にうなされるようになった。

人生というのは本来なら長い道のりの先にあるお墓を目指して進むはず。それなのに短い道のりでお墓に飛び込みたい私がいた。学校に行けたのだから精一杯勉強して良い大学行って仕事就いて良い男と婚姻を結び、子供を産んで両親を満足させたいというのに……。

 

黒く、ドロっとした霧のようなものが私の目の前を塞いでいた。私は霧の先へ歩けない。

 

破滅に向かって突き進む私の未来なんて明るい物では無いのに。

ああ、今すぐ全てが滅茶苦茶になったらいいのに。左手で右手首を掴む。右手首に貼られた絆創膏を隠すように。

「ロックンロール・スーサイドという曲があるんです。デヴィッド・ボウイが作った曲で、解釈がよく分からないですけど、私はこの曲のように生きていきたいんです」

この気持ちは誰にも言わなかった。言ったところで誰も理解できないだろうから。湊先輩は私の顔をしばらく見つめた後、何も言わずに前の方を見た。私も俯いて波を見つめる。

今、私は吹奏楽の先輩と付き合っている。けど、彼は私に望むを与えてくれない。デートしたってトキメキみたいなものを与えてくれない。

どうせ長続きしないだろう。でも、別れたら別れたらで私は気分が落ち込むかもしれないけど…

恋愛ってこんなつまらないものだったんだ。私が読んでた小説とは全然違う。

先輩は月を見ていて、私は波の方を見ていた。そのまま時間が過ぎていくと、

「そろそろ帰りましょう、みんな心配するわ」

湊先輩がそう言って立ち上がった。私もそれに続いて立ち上がる。砂浜に敷いていたマットを片付けて、帰ることにした。



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7月 モブ子の視点1

これは夏休み前の話。

 

 

水城さんはどういう人なんだろう。最近そんなことを考えることが多くなった。七瀬さんの隣に座る三つ編み眼鏡の人を後ろから見つめる。彼女は水城まつりという人。没個性な見た目なのに異彩を放っているような感じがする。ああ見えて水城さんはガールズバンドのギター担当の人らしい。普段は物静かで、必要な時以外は一切話さない人なのに激しい音楽を奏でるのだとか。

 

水城さんは学校だとかなり浮いている存在なんだとか。高校一年の頃の行動が大体の原因らしいけど…

確かに学校での口数はかなり少ないし、水城さんの隣の席にいる七瀬さんともたまに会話する程度。表情の表現も少なく、笑っているのは中々見ない。表情を見せたとしても、この世の中を諦めたような不機嫌な表情か、怒っている所しか見たことないような気がする。

一時期は三つ編みをやめて髪を下ろしていた時期があったが、また三つ編み眼鏡に戻った。私からすると髪を下ろした水城さんはとても綺麗だと感じたけど…なんかもったいないと感じた。

 

授業中だけど、私は水城さんをずっと観察している。手は動かしてない辺り、先生から出された問題は解き終わったのだろう。難しそうな数学の問題なのによく解けるよね。あ、七瀬さんが水城さんの肩を叩いた。水城さんは七瀬さんに教えているのかな。しばらくすると七瀬さんが頷いてペンを動かす手を止めた。解き終わったのだろう。

水城さんはやっぱり頭がいいのかな…

 

 

 

_______

放課後。

 

今日は吹奏楽部の練習が休みなので同じ部活の友達と何しようか考えていた。

 

「部活休みだけど、真っすぐ帰っちゃう?」

 

「えー…せっかくだし遊ぼうよ。そうだ、ライブ見に行かない?」

 

「ら、ライブ?アイドルでも見に行くの?」

 

「違う、バンドのライブ見に行こうよ。今日はちょうどライブをする日だし」

 

「お金はどれくらいかかるの?数千円必要?」

 

「そこまでいかないよ!チケットは千円ぐらいじゃない?」

 

「じゃあ…行ってみようか。案内して」

 

友達に誘われてライブを見る事になった。一緒に歩いて、電車に乗ってしばらくするとライブハウスと呼ばれる建物が見えた。

 

「見えた見えた!アレが最近話題のCiRCLEだよ!」

 

「話題なの?」

 

「そうそう!有名なガールズバンドが沢山いるライブハウスなの!」

 

「へぇ…」

 

私はロックバンドとかあんまり分からないけど、私の学校の中にも色んなファンが居ることは何と無く把握している。

でも正直、ガールズバンドのファンの印象は私にとって悪い。気持ち悪いファンが多い印象があるからだ。ライブを見ることに関しても否定的だったが、偏見は良くないという事で一回だけライブを見てみようと思っていた。

 

スタッフの指示で入場が始まる。チケットを握りしめて階段を下り、会場の中に入っていった。

 

会場の中は人で一杯で、観客の話し声などが聞こえる。私は緊張するあまり、俯いて黙って待っていた。

しばらくすると突然爆音で音楽が鳴り、びっくりしてしまう。

 

「SEがかかった!メンバーがステージに上がってくるよ!」

 

爆音の音楽がかかったせいで友達の声が聞こえない。とりあえずステージの方を見てみると…

 

「み、水城さん!?」

 

私は思わず声を上げてしまった。

ステージの上に立った水城さんは…髪を降ろしており、今までのイメージを壊すような黒い姿だった。ロックでアグレッシブな姿だ。

 

バンドの準備が整うと、突然爆音でドラムをたたき始めた。また私はビビってしまう。次にギターの音や歌が入ってくる。

 

曲が始まった。

 

私の周りの観客はジャンプしたり、歌いだしたり、私からすると『何だこのカルト集団は!?』という感じだが、この会場には凄まじいエネルギーが籠っている事が分かる。

 

水城さんはバイオリンを持てば、椅子に座ってアコースティックギターを弾いて、激しい曲は身体を思いっ切り揺らしながらギターをかき鳴らし、静かな曲は微動だにせず、少ない音を奏でていた。

 

 

ライブが終わった。会場を出ると友達が『ライブ、どうだった?』と聞いて来たので、『ちょっと良かったね』とよく分からない答えを出した。

友達は『ちょっと良かったって何なのよ。不満でもあるの?』と聞いて来た。不満は特にないけれど。

適当にはぐらかして私は帰る事にした。

 

_______

 

 

 

 

私達が通っている高校は正直言って嫌な学校だと思う。偏差値も普通くらいで、音楽で実績を残していると聞いていいかなと思っていたのに校則は厳しく、部活は顧問も先輩も最悪で、陰湿ないじめは多発しては見て見ぬふり。正直この学校に来たのは間違いだったと思う。学力は悪くなかったから音楽の夢を追いかけずに大人しく羽丘でも行っとけば良かったと後悔してる。

私のように鬱憤を溜めている人がこの学校に多く居るからこそ、皆はライブハウスに惹かれたのかもしれない。ネガティブなエネルギーを発散させる場所として。

 

 

 

…また授業中に水城さんを後ろから観察する。水城さんは癖が強い人なので、好き嫌いは別れそうである。実際、水城さんを敵視している人は少なからずいる。

ポピパのファンやRASのファンなどは居るけど、目に余るのがRoseliaのファンだ。連中は数が多く、やる行動も過激で他バンドのファンに嫌がらせをする。こういうファン同士の争いが嫌いだから私はガールズバンドを忌み嫌っていた。私は連中を"Roselia狂信者"と呼んでいる。勿論良識のあるファンは居るので誤解はしないように。なんなら、水城さんのバンドにだって過激的なファンも居る。

 

Roselia狂信者は私の学校に居る水城さんのバンドのファンと密かに対立している。

 

水城さんは嫌がらせをするには格好の的らしい。

水城さんは顔立ちも良く、高校1年のある事件であの行動をしてしまったから存在感もある。ギターのテクニックはそこまで無いらしく、バイオリンの腕前もMorfonicaの八潮瑠唯さん程無いらしいから楽器の腕は下手というレッテルが貼られている。私からすると水城さんは普通に上手に見えるけど…とまぁこの様な要素で嫌がらせするには格好の的である。

 

 

 

 

 

放課後、忘れものをしたので教室に戻って忘れ物を取って来た。

水城さんの椅子を見ると…

椅子の上にカッターナイフの刃を複数置かれていた。ほら、これがこの学校名物の陰湿な嫌がらせだ。

 

私は椅子の上に置かれている刃を取り除こうとすると…

 

「何をしているの」

 

後ろから冷たい声が聞こえた。振り向くと水城さんの姿があった。

 

「えっ!?あっ、あの…!椅子の上にカッターナイフの刃が置いてあったから、捨てようと思って…」

 

と必死に釈明をすると水城さんが私の瞳を見て睨んでくる。ヤバい。私が水城さんに嫌がらせをしていると疑われている。しばらく睨まれると…

 

「そう…」

 

一言言って水城さんは私を睨むのをやめた。潔白は証明されたのだろうか?

 

「素手で取ろうとすると危ないからどいてて。箒とちりとり持ってくるから」

 

と言って水城さんは教室の掃除用具入れから道具を取り出した。次に彼女は椅子の上にばら撒かれたカッターナイフの刃を掃いていく。

 

「先生に言わないの?」

 

私は聞いてみた。

 

「別に話しても何もしてくれないよ。給料取りのあの連中なんて」

 

「まぁ、そうだよね…」

 

沈黙が流れて少し息苦しくなる。何か必死に話題を探さないと。そうだ!

 

「あのさ、昨日水城さんのライブ見に行ったの。」

 

「…そう。」

 

反応が薄い…

 

「えっと…なんだろう。水城さん達のバンドの曲って他のバンドとなんか全然違うような気がするの。なんか、色んなジャンルの音楽が混ざっていてカオスというか、その…独特過ぎるというか…」

 

地味にけなしてない?語彙力無さすぎるでしょ、私。

 

「良かった。」

 

口角を上げた水城さんがそう言った。

 

「え?」

 

「バンドのファンって見た目とかそういうもので選んでいるんじゃないかって思ってたけど、音楽で好きになってくれる人が居てよかった。」

 

「あ…うん。でも大体の人は見た目とかで推しとか選んだりするよね。」

 

「だからファンは嫌い。自分のバンドのファンも含めて」

 

うわっ、水城さんはファンが嫌いなんだ…

 

「音楽聞きたい人だけが私達のライブに来ればいいのに。毎回会場パンパンになって勿体無い」

 

「あはは…」

 

自分のファンに毒を吐きまくる水城さんに思わず苦笑いするしかない。

 

「そうだ、次のライブのチケット欲しければ渡すけどどうする?」

 

「えっと、お願いします!」

 

「わかった。」

 

水城さんはちりとりを持って刃をゴミ箱に捨てた。

 

「じゃあ、練習行ってくる。」

 

そう言って水城さんは学校バッグを持って教室を出ていった。

 

「…なーんだ、意外と話せる人じゃん」

 

私は独り言を言った。

 

 

 



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8月 BLUE TRANSPARENCY (Re)

モーターの音、ゆらゆらと揺れればふわりと少し浮いて、海が弾ける音がシンバルのように鳴る。

私は今こころちゃんのボートに乗っている。

 

ちょっと前、朝起きて色々な支度を済ませて何しようか考えていた時にこころちゃんが私の所にやってきて、『まつりが好きそうなものを見つけたの!!』と言って私の手を引っ張った。引っ張られた先はボートで、チョッキを着けて乗る事になった。

 

「こころちゃん、今から何をするの?」

「スキューバダイビングよ!お魚さんと友達になれるわ!」

「そうなんだ…怖いけどやってみたいな」

 

今日の天気は晴れ。波も穏やかそうで、ダイビングするには安全な環境だと思う。

しばらく経つとボートが止まった。元居た場所の島がかなり小さく見える所まで来てしまったみたい。

 

ダイビングする前に黒服さんから色々な機器の説明を受ける。

「水中では深く呼吸をしてくださいね。浅い呼吸だと酸素が肺に届きませんので」

 

「分かりました」

 

こころちゃんや黒服さん(黒服さんというには格好がラフすぎるけど)に色々助けてもらいながら機器やスーツを装着する。準備が終わったらダイビングスーツを着けた黒服さんの所へ向かう。

 

「準備は良いですか?」

「大丈夫です」

「海の世界へ行ってらっしゃい!お友達出来るといいわね!」

「しっかり捕まってくださいね」

 

黒服さんが先導する中、青の世界へ飛び込んだ。

水の中に入るとそこはまるで別世界だった。泡が空に向かって飛んで、魚の群れが私の上を通り過ぎていく。青の世界に白い光が差す空間の中、私は漂っていた。

今聞こえるのは自分の心臓の音、水の音、呼吸の音、船のエンジンの音…

広く、静かで、自分だけの世界のような感じがする。それがとても心地よかった。目を閉じて体の力を抜く。深呼吸をして、身体はゆっくり深く沈み込んでいく。このまま、時間が過ぎて行った。しばらくすると黒服さんが私の肩を叩いて人差し指を上に指すハンドサインを送ってきた。『水面へ上がりましょう』という意味らしい。私は頭を縦に頷くと黒服さんは私の身体を捕まえて少しずつ上昇していった。

光の指す世界がどんどん近づいてくる。太陽の光を浴びると目が痛くなった。眩しい……。

海面に出ると黒服さんは私を抱えながらボートへ向かう。

「まつり!どうだったかしら?」

こころちゃんが笑顔で迎えてくれる。

「凄い落ち着く!結構ハマるかも!」

「それは良かったわ!」

こころちゃんが手を差し伸べてくるので手を掴むと思いっ切り引っ張られてボートに乗せられた。黒服さんもボートに乗った。

「さぁ、帰りましょ!」

ボートは島に向かって動き出した。

 

――

 

 スキューバダイビングが終わったら今度はこころちゃんから借りた音楽スタジオへ移動。私はスタジオの端っこで私はギターのアームを適当にクルクルしている。弦の音がずれてしまうけどすぐに直せられるから問題無い。正直ギターの話はしたくないかも。テクニックの話とか特にしたくない。私なんか下手くそだし。でも作曲の話ならしてみたいかも。

そういう感じで皆の様子を眺めながらぽーっと考えていた。

紗夜先輩の呼び掛けでギタリスト会が開かれる事になったけど、私は正直言って乗り気ではない。この場に六花ちゃんでも居ればよかったのに。そういえば彼女は最近どうしているのだろうか。私は時々、六花ちゃんの親戚が働いている銭湯に時々入りに行く。その時にお手伝いとして働いている六花ちゃんと雑談をする事がある。

六花ちゃんはまだバンドには入れてないらしく、その事で悩んでいた。一応、ギターを募集しているガールズバンドなどを紹介してみたがどれも彼女にはピンと来ないらしい。

ワタシはそれを優柔不断と言って罵っていたけれど。『バンド入る前に彼女自身が変わるべきだ』みたいな事をワタシは言っていたね。どうなることか、もう少し様子を見てみよう。

スタジオの中にはギターやっている人が集まっている。氷川姉妹にモカちゃんやたえちゃん、瀬田先輩や透子パイセン、他にもボーカル兼ギターの香澄ちゃんと蘭ちゃんも居る。

 

私は黙って皆のギターを観察してみたけど、大体こんな感じかな。

 

たえちゃんのギターは天性のセンスって感じ。どんなフレーズを弾こうと個人とバンドのバランスが出来ているような…バンドに自然と馴染める感じ。

モカちゃんのギターは繊細な音でバンドの隙間を埋めるような音。実は凄いテクニックを持っているんだよね。

日菜先輩は周りをガン無視した超絶技巧ギターでグイグイ押していく感じ。少しでも間違えれば一気にグルーヴが崩れるのに大和先輩のドラムが上手く橋繋ぎになっているような気がする。

瀬田先輩は見た目とか印象に反して徹底的にいぶし銀って感じ。雰囲気作り重視の音をひたすら緻密に弾いていく、そんな感じ。瀬田先輩のギター、セミアコースティックギターと言うらしい。最近、セミアコのムーディな音が好きだからそういうギターも欲しいなって密かに思っている。

透子パイセンはモゴモゴとしたバンドグルーヴにビシッと決めるようなギター。 透子パイセンのギターはランディーVなんだよね。フライングVとランディーVは違うみたいなので、混同するとメタルファンにぶち○されるので注意。

で、紗夜先輩は……

「水城さんは話さないのですか?」

私が部屋の隅でぽーっとしていたのに気付いて話しかけてきたみたい。

「…何を話したらいいのか分からなくて」

「水城さんはさっきから皆の様子を観察していましたが、何かありましたか?」

「何にもないです」

「そうですか…水城さんなら皆の演奏を見て色々言いたいと思っていましたが…」

「そんなのないですよ。皆良い人です。バンドの為に音を出そうとしている感じで、デタラメなソロ弾いてグルーヴを乱そうとする人が全然いないですから」

ただし日菜先輩は除く。まぁ上手いんだし、他の人がフォローしてくれるからいっか。

 

「私の演奏を見てどう思いましたか?」

「凄く上手いです。リズムが一切乱れなくて…」

「何か問題点でも言ってくれるとありがたいのですが…」

 

うーん…問題点あった?

 

『あるよ、あたしが言ってあげる』

じゃあ、ソフトな感じで言ってね。

 

「紗夜先輩のギターって潔癖症過ぎますよね。打ち込みのギターの音みたいで、面白味ないというか、融通利かなさそうというか、あと即興演奏に凄く弱そう…って感じです。」

「やはりそうでしたか…」

その問題はしっかり認知しているみたい。

「でも先輩は勉強熱心だからその問題は直ぐに解決出来ると思います。作曲とかやってみると良いかもしれませんね。バンド全体の視点とか見えてくると思いますし」

「そうですね。作曲も学んでみようと思います。」

「あとは好きなギタリストを真似してみるとか」

「ギタリストを?」

「はい。凄いギタリストって個性が凄い出ているから、それを参考にして自分の音楽を作るんです。好きなミュージシャンをコピーしたり、憧れている人を真似たりするのも良いと思うんですよね」

「なるほど。参考になります。ありがとうございます。」

「私は最近、ジャック・ホワイトが好きです。古臭い音だけど、どこかモダンな感じで。」

すると、桐ケ谷さんが紗夜先輩の所にやってきた。

「紗夜先輩!ギター教えてください!」

「分かりました。あちらに行きましょう」

紗夜先輩は桐ケ谷さんによくギターについて教えているみたい。そのせいか紗夜先輩が時々ギャル口調が移っていることもある。いいな、私もギャル語勉強してみたい。女子高生でいられる内にギャル語とか話したい。

 

紗夜先輩が行ってしまったので一人になった。なのでまた隅っこ行って座り込む。トレモロアームを弄りすぎてギターの音が狂ったので耳を頼りにまたアームでチューニングし直し、適当に思いついたカッティングをぽーっと弾いてみる。正直、ギターに嫌気が刺してきた。ギターって速く弾いた方が偉いみたいな風潮が凄い気持ち悪いと感じていて…いや、パッとわかるものがあるのは大事だけど、なんか価値観は単一にしてはいけないというか。ライブハウスで下積みしていた時なんて気持ち悪いギターおじさんにめっちゃくちゃ口出しされてたし。はぁ、私はライブとかでギター弾くよりもスタジオに籠った方が向いているかも…ってこれ何回も言っているよね。

ギターやる気無いから頭の中を煩悩で埋めて時間潰しする。続刊出た漫画買いたいとか、映画見に行きたいとか、推しのライブ見に行きたいとか、ゲームしたいとか、キックボクシングやってみたいとか色々。

向こうで蘭ちゃんとモカちゃんが2人でなんか話している。ちらっと私の方を見たと思ったら、蘭ちゃんが私の方にやってきた。

「ずっと同じフレーズ弾いてるけど何してるの?」

「何もしてない」

「そっか」

蘭ちゃんは私の隣に座った。

「蘭ちゃんってジョーン・ジェットみたい」

「誰なの?」

「ジョーン・ジェットは大昔のガールズバンドであるランナウェイズのギタリストなの。ほら、こういう人。」

検索画面に出てきた画像を見せた。

「…似てるの?」

「雰囲気が似てるんじゃない?」

「ふーん…まつりは色んなバンド知ってるね」

「勉強だから」

「勉強?」

「勉強しないとバンドメンバーに負ける。メンバー皆が物凄い勢いで成長しているから、こっちも大量のインプットをして、速くアップデートしていかないとメンバーに負ける。一週間経ってしまえばバンドのグルーヴは全然変わっちゃうし」

「バンドメンバーに負けるってどういう事?」

「はっきりとは言えないけど…楽器の腕前の話じゃないんだよね。作曲のセンスとか、ライブの時の勢いとか、そういう感じかな。あの子凄いから私も頑張らなきゃ置いて行かれるみたいな感じ」

「ライバルは他バンドじゃなくてバンドメンバーがライバルなんだね。なんか凄そう」

「うん、本当に凄いよ。ライブも作曲もバチバチしてる。転ぶ勢いで前のめりにならなきゃ」

「だからまつりはあんなに練習するんだね」

「そうだね。私がバンドの中で一番下手くそだし」

「そんなこと絶対に無いよ」

「私はまだまだだよ。山登りで例えるならまだ登山前だもん」

「それじゃあ、あたしはどこにいるの?」

「んー、じゃあ山頂で」

「適当過ぎない?」

「分かる事は私の方が圧倒的に下という事」

「そっか。あ、まつり。今日の風呂一緒に入らない?」

「え、たぶん無理」

「なんで?」

「ギタリスト会終わったらまたスタジオで曲考える」

「時間はいつでもいいじゃん」

「とりあえず無理」

「はいはい。じゃあまた後で誘うから」

 

――

 

 ギタリスト会が終わった後、私は夜遅めになるまで1人で借りたスタジオに籠った。理由は1人でお風呂に入る機会を伺っていたから。私の身体を大人数に見られるのが嫌だったし、1人で入りたかった。色んな人から私のスタジオに訪れてはお風呂に入ろうと誘われたけど、真剣な表情でミックスを弄るフリをしていたら察してくれたのか無言で立ち去ってくれた。

 

 時計を見ると日付が変わるまであとちょっとの時間になっていた。そろそろ頃合いかなと思って、着替えを持ってスタジオを出た。

 この別荘のお風呂場は凄いらしく、効能が沢山あるらしい。温泉みたいで良いな。脱衣所で服を脱いで、タオル一枚巻いて、浴室のドアを開けるともわっとした湯気が私の身体を包んだ。

誰かが居ないか耳を澄ませる。お湯が流れる音しか無い辺り、誰もいないみたい。安心して髪と体を洗ってから、私はゆっくり浴槽に浸かった。

 

「あー……」

思わず声が出てしまう程気持ちいい。肩の力を抜いて目を瞑ると、疲れがどっと溢れてくる。

「はぁー……生き返るー」

一人でいる事を確認して声を出してみた。

「ばばんばばんばんばん……」

『あびばのんのん♪』

「楽しそうじゃん」

「えっ?」

声がした方に振り返ると蘭ちゃんが立っていた。

「まつりがここに居るの見えたから来た」

「い、いつから?」

「さっき」

「そ、そうなんだ……」

恥ずかしくなって湯船にぷかぷかと顔を溺れさせる。

「一緒に入ろうって言ったのに」

「してないよ」

「した」

私は黙り込んでしまう。さっきの歌が聞かれていたと思うと気まずい。

「今日どれくらいスタジオにいたの?」

「夕食挟んで4時間くらいかな?」

「結構長いね」

「集中できる時はずっとやってるからね」

「まつりはスタジオでずっとギター弾いてるの?バイオリンも出来たはずだけど」

「バイオリンもやるけど、時々キーボードもいじるよ」

「まつりもキーボード出来たんだ」

「うん。子どもの頃に少しやっただけだけど」

「そんなに楽器できるなら音楽の成績良さそう。音楽学校行ってるんでしょ?」

「成績良くないよ。課題曲難しいものしか出されないし。しかも教師が最悪なんだよ。あのヒスババ……」

「そんなに酷いの?」

「本当にひどいよ。ある生徒が課題曲が難しい事を言ったら突然怒りだして、『曲が出来ないのはあなたが練習をしなかったせいでしょ!?』と怒鳴り散らしてね。で、あのヒステリックババアは私にも当たって来てテクニックテクニックってやかましいのよ。『あなたは作曲者がどういう気持ちで弾いたのか分かりますか!?』だって。うるさい、あんたにだって理解出来てない癖にって思ってね」

湯の中に沈んでいた右腕を振り上げて中指を立てた。あいつの事は頭に浮かぶだけでムカついてくる。

「あははっ、それは確かに腹立つね」

「横柄なやつ嫌いだから言う事なんか聞きたくない。」

「凄い分かるよ」

「で、テストの演奏会も嫌になったからわざと即興でアレンジするわけ。だから音楽の専門教科は大体、普通かちょっと悪い評価を付けられたのよ」

「大丈夫なの?」

「数学と英語が得意だからそこで点数稼いでた」

「数学が得意なんて意外。現代文が得意だと思ってた」

「現代文は…まぁまぁかな。でね、音楽の教科の先生、ロックとかバカにしてクラシックが1番みたいな尊大な態度を取ってくるわけ。本当に視野が狭すぎるんだよ」

「それは絶対に悪い先生だね」

「いつか見返してやりたいな。あんたの言う出来ない子がこんなに出来るんだって」

「やっちゃいなよ。あたしは応援してるから」

少し沈黙が流れた。気まずいと思っても、お風呂は気持ち良くて出られない。

「まつりは最近、どこか行っているけど、どこに行っているの?」

「クラブ行ってるの。ハウス音楽とか聴いてる」

「えっ、クラブ!?大丈夫なの!?」

「大丈夫だよ。ドラッグとかアレとか色々ヤってそうなイメージあるけど、全然。通ってるクラブは比較的地味な所で、皆席に座って飲み物飲んで黙って音楽聞くような場所だから。中にはヤバいところもあるかもしれないけど」

「そ、そうなんだ…」

「で、ライブ終わった後にDJさんが私を見つけて話しかけて来たから音楽について色々専門的な話をしたんだけどね。」

「意外と交友関係広いね」

「うんうん。私達のバンドって東京のアンダーグラウンドな音楽シーンではまぁまぁ知名度があるらしくて、繋がりのあるアーティストとかまぁまぁ居るの。前衛的な格好をした男のバンドとか、ジャズ系、オシャレポップ系、地下アイドル、後は…デスメタル系とか。前までは色んな音楽ジャンルに偏見を持ってたから聞かなかったけど、なるべく色んな音楽を聴いて勉強しないといけないと感じ始めたの」

「まつりはやっぱり真面目だね」

「そうかも。でね、アンダーグラウンドの世界と関わってみてわかった事なんだけど、皆エネルギーがあってカウンターな姿勢を持っているんだよね。この音楽ジャンルを絶対に流行らせたいとか、この音楽は新しいジャンルになりそうだな、とか目新しいものがいっぱい見られて凄かったなって思うの。」

「まさにロックだよね。大きな流れに反発して、新しいものを生み出そうとする。そういう感じが…」

「うんうん」

「まつりがライブに行くのはいいけど、危険な場所とか入らないでよ?」

「分かってます。ちゃんと下調べはしているから」

私は目をつぶってくつろいだ。

「風呂終わったらどうするの?」

「またスタジオで作曲」

「いい加減寝てよ…」

蘭ちゃんは呆れた表情を浮かべていた。

 

――

 

 入浴が終わって就寝しようと私のバンドの部屋に行ってみたら大変な事になってた。枕が吹っ飛べばガラス瓶ジュースや人が投げ飛ばされ、割れる音が鳴り響いてて喧騒は鳴り止む気配は見えない。ここでは寝れないと察し、借りた音楽スタジオで寝ようと思った。部屋のドア近くに置いてあった掛け布団を持って私は移動することにした。

 

 スタジオに移動する途中、色んなバンドの部屋で大移動が起こっていた。

白鷺先輩が松原先輩を連れてパスパレの部屋に入ったり、透子パイセンが紗夜先輩をモニカの部屋に引きずり込んだり……。あと日菜先輩も姉に釣られてモニカ部屋入った。ましろちゃんは香澄ちゃんに連れられてポピパ部屋に入った。有咲ちゃんと奥沢さんの2人は安全な場所を求めて色んな場所を観察している様子。寝る場所を友達と決める辺り、修学旅行みたい。

長い廊下を歩いていると、モカちゃんと会った。

「あ、まーちゃん。どこ行くの?」

「借りたスタジオで寝ようと思うけど」

「ほーん…まーちゃん、あたし達の部屋で寝ない?朝、つぐがコーヒー作ってくれるよ?」

と言いながらモカちゃんは私の手を引っ張ってくる。

「う、嬉しいけど……今日は遠慮しておくよ」

「え~?なんでぇ?」

「いや……その……ちょっと疲れてるからさ」

「あたし達のベッドは特別ふかふかだよぉ」

「ちょっと力強くない……?」

モカちゃんは私を引っ張り続ける。抵抗してみるものの、力が強くて振り払えない。すると、

「あ、まつりとモカじゃん」

今井先輩とエンカウント。

「あ、リサさん。おやすみなさーい」

モカちゃんにしては冷たい反応だな…と思いながらずるずると引っ張られていると、今井先輩がもう片方の私の腕を掴んできた。

「まつり、あたし達の部屋で寝ない?燐子とあこが居るから一緒にゲームできるよ?紗夜は透子に連れて行かれたから今がチャンスだし!」

「あ、じゃあそっち行きたい」

二人と一緒にゲームできるなら願ったり叶ったりだ。

「まーちゃん、夜更かしは健康に悪いよぉ~?」

モカちゃんは少し不満げな顔をしながら言った。

「私は夜型だから大丈夫だって」

「だーめ」

と、二人が私の身体を引っ張り始めた。とても痛い。

いつの間にか今井先輩とモカちゃんの間にピリピリとした雰囲気ができた。え、どうしよう。どういう経緯で2人は争い始めたの?2人はコンビニのバイト仲間でしょ?

えっと、2人は私を巡って争っている。2人とも就寝場所に関する話題を私に振ってきた。つまり、今井先輩とモカちゃんは私と一緒に寝たいということでいいよね?

よし、なら私は……

「そっか!2人とも私と寝たいんだね!じゃあ一緒に寝よう!」

私は全力で2人を私の就寝場所であるスタジオへ引きずり込む。2人は抵抗しようとするけど、私は両腕に力を入れて強引に部屋に引きづりこもうとする。

しばらくこの腕が痛くなる争いを続けていると……。

「モカ?何しているの?」

「リサも何をしているのよ…」

蘭ちゃんと湊先輩が通りかかった。モカちゃんと今井先輩は天を仰いでから、

「あちゃー……」

「オヨヨ……」

と、呟いた。都合の悪い事が2人に起こったらしい。今井先輩とモカちゃんは2人顔を合わせてしばらくすると、うんと頷き……

「さぁさぁ、どうぞどうぞー」

「入って入って!!」

とモカちゃんと今井先輩が蘭ちゃん、湊先輩、私を近くの部屋に引きずり込んだ。

「ちょっ、モカ!?」

「リサ!?あなた何するのよ!?」

「2人とも急にどうしたの!?」

今井先輩とモカちゃんにグイグイとやられて私達3人は近くにあった空部屋に押し込まれてしまった。

「もうなんなのかしら……」

 

無理やり押し込まれた部屋を見渡してみる。やけに大きすぎるベッドにテーブル、ソファー、テレビとか色々。テレビは確か世界中のチャンネルを見れるらしい。あと映画やアニメとか見放題なんだっけ。さっきの争いのせいで寝る気が失せてしまった。仕方ないからテレビで何か見ることにしようか。

「二人は勝手に寝てていいよ。私はテレビ見るから」

私はソファーにくつろいでリモコンを操作すると2人も私の隣に座ってきた。右側に湊先輩、左側に蘭ちゃんだ。

「寝ないの?」

「あたしも見たい」

「時にはこういう夜更かしもしてみたいのよ」

「そっか。何見ようかな」

とリモコンをポチポチ押していく。何見よう。ホラー映画かな?それともB級アクション映画?

「ホラー映画はやめてよ?」

「じゃあ何見たい?」

「音楽映画はどうかしら?」

音楽映画ね。と言っても有名なものはたくさん見ちゃったけど。マイナーな物探してみようかな。

まずはりこぴんの究極ギターレッスン…ってこれ映画じゃない。次にピアノを弾く少年の映画…これはサスペンスだからダメ。

「"イエスタデイ"はどう?」

と湊先輩が聞いてきた。

 

「イエスタデイって、どっちのイエスタデイ?ってああ、新しい方ね。私はもう見ちゃったけど、見る?」

「水城さんがもう既に見ているのならいいわ」

「他には…"ペルシャ猫を誰も知らない"はどう?」

「その映画、なんか重そうな内容だけど…"シング・ストリート"?良さそうだけど、どうなの?」

「私はもう既に見てるけど見てみる?」

「あたしは見たい」

 

「じゃあ、それにしよっか。」

 

リモコンをテーブルの上に置いて明かりを弱める。

 

シングストリートは一目惚れした女の子の気を惹きたいという理由でバンドを結成するというもの。なんか主人公の男の子の境遇と私の境遇がなんか重なる感じがする。恋愛要素を除けば。

私はこの映画から80年代イギリスポップについて勉強し始めたんだよね。モーターヘッド、デュラン・デュラン、ザ・キュアーとか。え?80年代のアイルランドが舞台なのにU2の話が出てこない?さぁ?なんでだろうね。

 

映画が終わった。私はベッドで寝る為に立ち上がろうとすると、隣に居た2人の頭が揺らめいた。2人は私の身体に寄りかかって寝ているみたい。

もし立ち上がったら仲悪い2人の頭がごっつんこして大変なことになるかもしれない。

ここは我慢しなきゃいけないのかな…溜息を吐いてソファーで寝ることにした。

 

――

 

「起きて、まつり」

肩を揺らされる感覚で私の意識は目覚め始めた。朧げで、狭く見える視界がグワングワンと揺れている。やはり朝は弱いみたい。膝を見るといつの間にかブランケットが身体に掛かっていた。

「まつり、起きて」

蘭ちゃんの声だ。

「んぅ…スージー・クアトロ…」

「何言ってるの?いいから起きて」

一回強く揺らされて視界がぱっちりと見えるようになった。

「…え、蘭ちゃん?おはよ…」

「おはよう」

蘭ちゃんが目の前に映っていた。

大きな欠伸をしてソファーから立ち上がるとまだ寝ている湊先輩がソファーにだらーんと横になってしまった。

「あ…これは起こした方がいい?」

「湊さんは放っておいていいから。行こう」

私は蘭ちゃんに手を引っ張られて部屋の外に出た。

廊下を歩いているとき、何故か今井先輩とモカちゃんにサムアップされる。意味が分からなかったので私は肩をすくめるジェスチャーで答えた。さて、今日は荷物をまとめて飛行機に乗ろう。戻ったら遠征も考えなきゃ。




※スキューバダイビングをする場合、ライセンスが必要です


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8月 TIME IS DEAD (Re)

 氷が溶けてバランスが崩れていくジュース。表面のチョコが溶けてバニラ部分が少しずつ露わになってくるアイス。どうして私は魂が抜けたように見つめるのだろう。

「はぁ…」

 

痛い日差しを刺してくる太陽も、もうすぐで雲に覆われ始める。そんな曇り空の下でため息をつく私が居た。ただただ憂鬱な気持ちを抱えながら日々を過ごすだけ……。そう思うようになったのはいつからだろう?いや、どうでもいいや。

CiRCLEの野外スペースにて、私はだらしない姿勢で休憩を取っている。あの事をずるずると引きずっている辺り、私は重い女なんだろうなぁ……。

 

私の異変に気付いたのか透子パイセンが話しかけてきた。

「まつり先輩?どうしたんですか?さっきから落ち込んでいるんですけど……?」

桐々谷さんは心配そうな表情を浮かべている。私ってそこまで顔に出やすいタイプなのだろうか。

「あーうん……ちょっとね……くだらない事で憂鬱になっているだけ……」

私は苦笑いしながら答えた。

すると彼女は私の手を握ってきた。彼女の体温を感じる。暖かいな……

「大丈夫です!!悩みがあるなら相談に乗りますよ!!」

彼女は満面の笑みで言う。

「他の人に言わないでくれる?」

「はい!絶対言いません!」

そう言うけれど、私は少し透子パイセンを疑った。彼女は口うるさそうだし、他の女の子と話している時に話のネタにされないだろうか。こういう考えがすぐに出てくる辺り、私は人を信じられないんだろうなと思う。

 

「話したくないなら大丈夫ですよ!でも少しぐらいは相談に乗ってあげられたらなって思ってるんで」

「じゃあ聞いてもらっていいかな?」

「はい!」

目を閉じて少し間を置く。決心が出来たら目を開けて私は話し始めた。

「あのさ、私、彼氏みたいなのが出来ていたんだけど、別れちゃったんだ」

すると透子パイセンは目を丸めたまま固まってしまった。そりゃ驚くよね。私に彼氏が居たなんて初めて聞いただろうし。

「ええーっ!?ウソウソウソウソ!?まつり先輩が!?」

「桐ヶ谷!うるさい!!」

「あっ、ごめんなさい…つい興奮してしまいました…」

桐々谷さんの驚きっぷりには驚いたものの、とりあえず落ち着いてくれたようだ。

「それで別れた理由は何ですか?」

「恋愛に関する価値観の違い…かも。」

「価値観が違うってどういう事なんですか?」

「…説明しづらいから、付き合い始めてから別れるまでの事を順番に話そうと思う」

「はい!」

私はゆっくりと深呼吸してから語り始めた。

 

まず初めに告白された時の事から。7月の上旬。その時はたまたま日直で、日誌書いて出しに行こうとした時だった。その時、吹奏楽部の先輩が教室に入って来て話しかけてきたのだ。で、日誌を出しに行った後、音楽室に呼び出されて付き合おうと言われた。それが始まりだった。嫌という理由が無かったからOKしたけど、その人の事が全然分からなかった。だから少しずつ知っていく事にしようと思った。一回、夏休み前にデートして、遠征ライブ終わった後に二回目のデートをしたけど、トラブルが起きた。

 

「トラブル?」

「その、アレしたいと言われて……」

「アレって…?」

「その、こういう事……」

右手の中指を立て、左手で穴を作って、穴に中指を突っ込む動作をした。それを見た透子パイセンは顔を真っ赤にして両手で顔を抑えた。

「えぇぇぇ!?は、早すぎませんか!?」

「だよね?私はまだ早すぎると思って、アレを拒否したの。そうしたら彼氏の態度が悪くなって、あんまり会話もしなくなっちゃって…で、デートの終わりに別れを告げられたの。相性が悪かったといえばそうなんだけど…それがショックでね」

「やっぱり別れるのはショックですよね…」

桐ケ谷さんも悲しげな表情を浮かべる。

 

「それで家に帰った後、別れた理由を自問自答していく内に、やっぱり別れた理由はセッ…

「ああああ!!分かってます!分かってますから!!」

透子パイセンは私の言葉を遮った。そんなに大声で言わなくてもいいと思った。続きを話すとしよう。

「でね、思い詰める内に『あんたは私を見てなくて、目当てだったのは私の身体だったの!?』みたいなヒステリックな感情が出てきて」

「うわぁ…めっちゃ病んでる…」

桐ヶ谷さんもドン引きしている様子。まあ、そう思われても仕方ない。私はため息をついてうつ伏せになった。

「…あの…まつり先輩ならどんな恋人が欲しいですか?」

私は悩み始めた。でも私の求める関係は…友達っぽくて、なんか隔たりみたいなものを感じない関係性で……。

「……自分でもあんまりよく分かってないけど、距離が近い人が良いかなって。何となく」

「そうなんだ……。あの、あたしから見たまつり先輩って、高嶺の花という印象なんです」

「え?」

私は思わず聞き返した。桐ヶ谷さんは私の方を見ながら言う。

 

「いつも凛としていて、綺麗で、頭が良くて、ギターも他の人とは違うスタイルという感じで…、だからちょっと凄いと思ってて。でも、実際に話してみると結構普通の女の子というか……」

「頭が良いのは違う。まぁ、人と話すのが苦手というだけですし」

「そこは何となくシロと似ているんだけどなぁ…」

「そういえばましろちゃんはどうして私を避けるの?結構似た者同士っぽい感じがあるけど…」

「だってまつり先輩、ライブの時めっちゃくちゃ暴れるじゃないですか?それでシロが怖がって距離取られると思うんですけど」

「やっぱり……」

「話してみればすぐに仲良くなれると思うんで、まつり先輩の方から話しかけてみてください!」

「うん。分かった。…話を戻しましょうか」

私は話を再開した。

「はい!では次は別れてからの出来事を教えてくれますか?」

「別れてから?特に何ともない。一切話もしてないし、目も合わせてない。」

「連絡は来なかったんですか?」

「うん。何も」

私は断言した。ため息を吐いて、私は話を続ける。

 

「恋愛というものがよく分からなくなってきた」

「恋愛はよくわからないもんすよ!あんまり深く考えない方が良いですし!」

「そういうものなのかな」

「そういうものです!」

「本当にアホみたいなロマンチストだなって私思ってて…漫画みたいな恋愛を期待してて…現実はそんなに甘くはないっていうのにね」

「あはは……」

苦笑いしている辺り、私の頭がおかしいと思われているのかな…?

「ごめん、愚痴ばっかり言って……」

「大丈夫です!あたしも恋愛したこと無いからあんまり分からないですけど!」

「そろそろ戻ることにします……」

「はい!また相談したい事があればまた言ってください!」

「うん、桐ヶ谷さん今日はありがとう」

私は休憩を終えて椅子から立ち上がる。次はCiRCLEのスタジオに行くことにした。遠くで透子パイセンが今井先輩とモカちゃんに捕まっているけど、何かあったのだろうか。

 

――

 

休憩を終えてCiRCLEのドアを開ける。入口すぐ目の前のカウンターに居た月島さんが私の顔を見て話しかけて来た。

「どうしたのまつりちゃん?なんか元気無さそうだけど……」

気分は晴れないまま来てしまったからか、月島さんに表情を読み取られてしまった。ちょっと聞いてみようかな。

「特になんともありません…そういえば月島さんは恋愛とかした事ありますか?」

「えっ!?なんで急に!?も、もちろんあるよ!」

「本当…?」

口がもごっている感じ、嘘っぽいけど。

「なになに?好きな人でもできたのー?」

月島さんがニヤニヤしながら聞いて来た。でもあんまりいい話題は持ってないの。

「…逆です。別れちゃった。」

「そっか…」

 

月島さんは憐れむような目線を私に向けてきた。別にそこまで大きな事…普通の女子にとっては大きな事だよね。

「別れてから恋ってなんだろうってずっと考えたけど…考えれば考えるほどよく分からなくなっちゃうんですよね…」

「うーん…そういうのはあんまり深くは考えない方が良いよ」

「そうかな…」

私は物憂げにガラスのドアから空を見上げた。青空なんて大っ嫌いだ。



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8月 Blue Orchid (Re)

私達はある遊園地のそばにある大きな野外のライブ会場を訪れていた。どうやらRASは夏の野外ライブを行うらしい。

 

「レイ、私もいつかポピパでライブしたい。この会場凄く広いよ」

「うん。花ちゃんならいつかきっとできるよ」

 

会場を視察しにきたのは佐藤さん、和奏さん、たえちゃんに私である。

 

 色んな人達と遊園地に遊びに来たのはいいけど、RASの2人と会うのは全くの想定外だった。和奏さんはたえちゃんと一緒に回りたいという事で事前に連絡を取り合っていたらしい。佐藤さんはライブ会場の視察だけを目的に来たという感じ。

 

私は最初、遊園地の方に向かおうとしていたけど、たえちゃんが私の肩を叩いて『レイ達がまつりと話したいから来てだって』と言われたのでたえちゃんと一緒に行く流れになった。

ライブ会場に向かい、RASの2人に会った瞬間、私は俯いて何もしゃべれなくなってしまった。2人に顔を合わせるなんて気まずいと思っていた。それを感じていたのか、和奏さんや佐藤さんが話をこちらに振って来た。他愛のない雑談や近況報告とかして、なんとか関係を回復させることが出来た。あんな酷い喧嘩別れをしたのに2人とはすぐに打ち解けるなんて、2人はやっぱり大人だなって思う。

 

和奏さんとたえちゃんは遠くへ行って、私と佐藤さんで一緒に会場の端から端までを歩いてみる。300m辺りだと思っていたけど、意外に遠かった。

 

「広いね…この会場、何人ぐらい入るの?」

「1万以上と言っていたような…」

 

「1万?凄い…」

 

ライブ会場にも色々な大きさがある。

 

まずはライブハウス。

ライブハウスは100人程度の小さいハコもあれば、1000人のオーディエンスを動員できる大きいハコまである。GALAXYは100人、CiRCLEは500人、dubは1000人動員できたはず。

 

次に大きいのがホールクラスのライブ会場。

ホールクラスの定義はバラバラだけど、とりあえず数千人くらい動員できるという認識でいいと思う。

 

次はアリーナクラス。

1万から2万人ぐらい動員できるという認識でいいかも。ステージの構成によっては動員できる人数も変わってくるのでそこも要注意。12月にガールズバンドチャレンジの決勝をやる予定の日本武道館もアリーナクラスとかに入るね。他のアリーナクラスの会場と言えば横浜アリーナ、神戸ワールド記念ホール、大阪城ホールとか色々ある。

 

1番大きいのがドーム・スタジアムクラス。

ドームは日本特有のライブ会場かな?アメリカとかイギリスとかになると、屋根の付いた球場があるイメージがあんまり無いし。だからアメリカ、ヨーロッパはスタジアムが最大規模になるね。日本だと東京ドーム、メットライフドームとか、さいたまスーパーアリーナの大きいバージョンが該当するよね。

大体3万以上、凄いところは7万人以上も動員できるらしい。U2とかコールドプレイ、オアシスとかもよくスタジアムでコンサートツアーしてたね。最近はエド・シーランかな?

 

それより大きい所となると…大体野外に広いステージを作る感じかな?ライブ前に野外の特大ステージセットが強風で壊れたけど10万人ライブを決行したバンドもあれば、20万人ライブをした所もあったよね。

 

「万レベルの観客の前でライブするなんて凄い…」

「そうか?ずっとスタジオでドラム叩いていたから規模とかあんまりわからないんだ。ライブ会場と言ったらどれも同じようなもんだろ?」

「会場によっては音響とか全然違いますよ」

「違う違う、心構えみたいなものだよ」

「…私はどのライブも緊張して上がっちゃうんですよね」

「緊張はするけど、こういうものは楽しんだ者勝ちだろ?」

「そうかな…」

 

真夏の太陽は本当に眩しい。汗もだっと流れてくる。

「夏の野外だから虫とかに悩まされない?ステージの後ろに森があるけど…」

「そこまでは悩まされないと思うな。まつりは虫苦手か?」

「とても」

「あはは!」

 

 佐藤さんは笑った。私だって女の子なんだ。虫嫌いでも仕方がないじゃないか。それにしても野外でライブか。行ったことないけど、熱中症で倒れそうな気がする。そういえば、夏もあるなら冬も当然あるわけだし、冬のフェスとかないのだろうか。

「夏の野外ライブね…。夏に野外ライブもあるなら冬の野外ライブもありですよね?」

「いや…寒いから辛いと思うぞ」

「できると思います」

「いや、無理だ。」

「いつか冬の野外ライブやりたいな…」

「命に関わるから本当にやめなって…」

「動けば温まるから!」

 

そういう感じで少しの間、会場を見る。本当に見るだけだから、少しすると…

「レイ、行こ?」

たえちゃんが和奏さんと一緒に戻ってきた。和奏さんはこちらに軽く手を振っている。私達もそれに応えるように手を振る。

「うん、花ちゃん」

「まつりも行こ?」

「うん」

 

今度は遊園地の方へ遊びに行く事に。あ、そう言えば佐藤さんを除く私達3人は黒髪だ。という事で黒髪3人組結成されました。

「え、徒歩で行くの?」

「それ以外ってあるかな?」

「……ないね」

「そこは頑張れ」

 

佐藤さんは3人組から外れて駐車場の方へ向かう様子。

 

「佐藤さん帰っちゃうの?大和先輩居ますよ?」

「また会う機会があるから大丈夫だって。それに、早く帰らないとチュチュにドヤされるしな」

「じゃあ駐車場までお供しますよ」

私は早急に黒髪3人組を脱退し、佐藤さんについて行くことにした。駐車場に向かうとうるさそうで派手な佐藤さんのバイクが。バイクは大きくて、スピードも出そう。

「うわっ、シート大きい…2人乗りOKなの?」

「2人乗りできるぞ。乗るか?

「遠慮しておきます」

佐藤さんはヘルメットを着けて私の背中を叩いた。

「じゃあな、まつり。頑張れよ」

佐藤さんはバイクに乗ってうるさいエンジン音を鳴らしながら遊園地を去っていった。

 

――

 

 遊園地は一人で到着した。チケットを購入して、入場ゲートを通る。園内に入ると、平日にも関わらず人が多かった。夏休みの影響もあるかもしれない。家族連れ、カップル、友達同士など色々な人達がいる。今日は天気が良いので、外で遊ぶには最適な日だろう。事前に連絡取り合っていた陽香が待ち合わせ場所のゲート近くで待っていた。

 

「もう皆バラバラだよ~」

「ごめん、ちょっと遅れた」

「いいよ。今来たところだから」

「そっか」

「じゃあ、パネルあるから写真撮ろうよ」

「いいよ。こうでいい?」

「うん。あ、もっと寄ってもいい?」

「はーい!」

陽香が肩を寄せてきたので、私も寄せ返す。

「よし、いいね」

「次は私が撮るね」

「お願いしまーす!」

陽香はスマホを取り出し、カメラアプリを起動する。

「はい、チーズ!」

カシャッとシャッター音が鳴った。

「よし。これでOKっと」

「SNSに上げるの?」

「うん。まつりの顔も映ってるけど上げちゃっていい?」

「いいよ」

「やった。水城効果発動しちゃうね」

「どうぞその恩恵を受けてください」

「ありがと!」

陽香はスマホをポチポチと色々操作している。

「はい、アップ完了」

「どんな感じになった?」

「こんな感じ」

画面を見ると、年頃の女子高生らしい女子達が写っていた。

「おお、結構良いじゃん」

「でしょでしょ?」

 

すると遠くの方から声が聞こえた。

「まつりー!一緒に回ろう!」

遠くにいるひまりちゃんが手を振りながら私を呼んだ。ひまりちゃんの隣には蘭ちゃんが居る。一緒に回るみたい。

「はーい!」

ちょっと駆け足気味でひまりちゃんの所へ行った。

 

――

 

陽香がSNSに写真を投稿すると、後ろから彩が話しかけて来た。

「陽香ちゃん。質問があるんだけど、水城効果ってどういう意味?」

「あー、水城効果というのは……水城まつりは基本的にSNSをやっていないのでまつりのファンは供給不足。だからまつりが映っている他の人の投稿を探し出すの。ツーショット、動画とか上げると嗅ぎつけてきたまつりのファン達がいいねとかフォローしてくれる現象なんです」

「そうなんだね。という事は…私もまつりちゃんとツーショットを上げれば、いいねやフォローがいっぱい増える…!ありがとう陽香ちゃん!まつりちゃん探してくるね!!」

彩は走り去っていく。

「……あっ、しまった。これだとデートの邪魔されちゃうわ」

陽香は少し後悔した。

 

――

 

この遊園地は行ったことあるけど、最後に行ったのは小学生きりだから結構久々。小学生の頃にあったものも、今となっては無くなっていたり新しいものが出来ていたりする。

 

 私は今、ひまりちゃんと蘭ちゃんで回っているところ。蘭ちゃんはずっと黙ったまま。何か考え事をしているような表情だ。

「お化け屋敷の優先券はもう取っちゃったし、時間潰したいよね。まつりは行きたいところとかある?」

ひまりちゃんが私に聞いてきた。

「フードコート行きたいな」

「まつり、いきなり食べちゃって大丈夫なの?」

蘭ちゃんが私に聞く。

「いっぱい歩いたし、朝食食べてないから何か食べたい」

「じゃあ行こう!」

 

という事でフードコートへ向かった。席を確保してからメニューを選ぶ事に。私はアイスクリームとぶどうのジュースを頼んだ。ひまりちゃんは桃色のジュースを頼んだみたい。

「わぁ…このジュース、凄いSNS映えしそう…!」

確かにジュースの中にカラフルなつぶつぶがある。ひまりちゃんはジュースを片手にとってスマホで自撮りをした。

「SNSに上げるの?」

「うん!これ沢山いいねとか貰えそうじゃない?」

「どうかな…」

私もアイスを食べようとすると、なんかこちらに駆けてくる1人の女の子が見えた。あれは……丸山先輩だ。

「見つけたよ、まつりちゃん!!」

丸山先輩が息を切らして私の所にやってきた。蘭ちゃんとひまりちゃんが驚いている。

「ど、どうしました?」

「まつりちゃん!!一緒にドリンク買おう!」

「ジュースはもう買っちゃっていて…」

「じゃあ私の分だけ買えばいいという事だね!」

蘭ちゃんの「なんでわざわざここに来てまで…」という呟き声が聞こえた気がする。

「じゃあ私の分の飲み物を買ってくるから待ってて!」

「は、はい」

しばらくすると丸山先輩はSNS映えしそうな飲み物を買って私の隣に座ってきて、ニコニコしながら口を開いた。

「ねぇ、まつりちゃん。お願いがあるんだけど…」

「な、何でしょうか?」

「私とも写真撮って欲しいの」

「いいですよ」

「やった!ありがとね!」

丸山先輩、ぐいぐいと押してくるような気がする。甘い物食べすぎて白鷺先輩に言われても知らないですからね。

私は飲み物をほっぺにくっつける感じに。表情の作り方は…わからない。丸山先輩も飲み物をほっぺにくっつけて表情作っている。ちらっと前を見ると蘭ちゃんとひまりちゃんが戸惑ってる様子。

「はい、チーズ!」

カシャッとシャッター音が鳴った。

「うん、いい感じ!ありがとね!」

「いえ、どういたしまして」

すると丸山先輩がひまりちゃん達の方に視線を向けた。

「そうだ!ひまりちゃんと蘭ちゃんも一緒に撮ろうよ!」

「嫌です。あたしら関係ないじゃないですか」

「そんなこと言わずにさ~」

「彩先輩!私はいいですよ!」

 

蘭ちゃんは嫌だったみたいだけど、ひまりちゃんがノリ気。という事で蘭ちゃん抜きで3人で撮影となった。蘭ちゃんは不満げな表情をしながら遠くで腕を組んで私を見てた。

「ひまりちゃんは何を飲んでるの?私と同じやつ?」

「これはですね、美味しいんですよ!」

私は撮影とか分からないので戸惑いながら見ていた。

「飲み物どうやって持ちますか?」

「それは右ほっぺにくっつけてましょうよ!」

「いいね!動画で撮りたいからみんなで歌おうよ!」

「彩先輩、その方が良いと思います!」

丸山先輩とひまりちゃんに挟まれる状態でスマホ見ながら歌を歌う。私が歌うと蘭ちゃんは目を丸めて驚いていた。丸山先輩とひまりちゃんは満面の笑み。歌い終わると、またパシャリと撮影された。

 

「はい、これでOK!」

「彩先輩、SNSに上げちゃいますね」

ひまりちゃんはスマホを操作している。

「よし、出来た!アップ完了!」

3人で撮った動画を見てみる。ピンクな二人に挟まれるように私がいる。真ん中の私がちょっと恥ずかしそうにしているのが分かる。

「……チョコレートピンクマカロン」

私はボソッと呟いてみた。

「ん、どうしたの?」

丸山先輩が私に聞く。

「あっ、なんでもないです……」

私は慌てて誤魔化した。

丸山先輩はスマホでテキストを何か打っている様子。

「えっと、皆で遊園地遊びに来たよ~♪記念にまつりちゃんとひまりちゃんで一緒に動画撮ってみた!ハッシュタグは、"#甘いもの大好き同盟"、"#チョコレートピンクマカロン"、"#まつりちゃんもいるよ!"…こういう感じでいいかな?えいっ!」

「彩先輩、投稿しましたか?」

「うん!ってこれ…凄い!」

「彩先輩どうしましたか!?」

丸山先輩が興奮して、ひまりちゃんは画面を覗き込んでいる。

「ひまりちゃん、見てみて!フォロー数が増えてる!」

「えええっ!?本当だ……!凄い!!」

「まつりちゃん効果凄すぎるよ……!でも、まだまだ!」

私は首を傾げた。すると、丸山先輩はスマホをタップしている。

「えーっと……、チョコミントパフェ、ストロベリーアイス添え……あ、これいいかも!えいっ!」

「あ、彩先輩も投稿したんですね!私もやります……えいっ!!」

蘭ちゃんが私の隣に立った。

「あの二人、何しているのか分かる?」

「ううん、分からない」

蘭ちゃんは呆れたような表情をしている。

「……そろそろ行こうか」

「そうだね」

「まつりちゃん、ありがとう!またいつかツーショット撮らせてね!!」

丸山先輩は手を振りながら去って行った。本当に嵐のような人だった……。

「さ、次はどこに行く?」

「じゃあ、お化け屋敷行きたい!あと、まつりとツーショット写真撮りたいな」

「いいよ」

蘭ちゃんはまた首を傾げた。

「こういうのよく分からないけど、大丈夫なの?」

「多分」

「じゃあ、行こっか」

私達は席から立ち上がってフードコートから出る事に。

 

 雑談しながら歩いて、ちょっとしたらお化け屋敷に到着。アトラクションの前にAfterglowの皆が集まっていた。モカちゃんが蘭ちゃんの方を見ながらにやにやと笑ってる気がする。

「まつりはお化け屋敷入りたい?」

「入りたいと言えば入りたいけど…?」

私はそう答えるとモカちゃんがチケットを私に差し出した。

「はい、どーぞー」

「ありがとう。え、もう1つはどうするの?」

するとひまりちゃんがえっへんという感じで胸を張った。

「今からジャンケンで負けた人がお化け屋敷入るの!」

「嘘でしょ!?」

蘭ちゃんが顔を青くしながらひまりちゃんを見た。

「大丈夫なの?」

私は心配そうに蘭ちゃんを見つめた。

「だ、大丈夫だから……!」

蘭ちゃんはそう言うと、Afterglowの皆でじゃんけんを始めた。モカちゃんを除いて4人、凄い震えているけど大丈夫なのだろうか。

「行くよ~。最初はグー!じゃん・けん・ポン!」

 

……蘭ちゃんだけがピンポイントで負けた。蘭ちゃんは絶望的な表情を浮かべている。

「蘭~、ドンマイだよ~」

「絶対に計ったでしょ!ねぇ!!」

蘭ちゃんは涙目になりながらモカちゃんの肩を掴んで揺らしてる。

「まぁまぁ、そんなに怒らないの~」

「怒ってないから!!絶対、何か仕組んだでしょ!」

「そんなことないよぉ。ほら、早くしないとまーちゃんに迷惑かけちゃうから」

「くっ……」

「蘭、頑張って!えい、えい、おー!」

「蘭ちゃん、頑張ってね!」

ひまりちゃんとつぐみちゃんが蘭ちゃんを励ますように声を掛けた。そして他の四人はどこか行ってしまった。

 

「……」

「……」

沈黙が流れる。蘭ちゃんの方を見てみるとプルプルと小刻みに体が揺れて、涙目になっている。

「大丈夫?辞める?」

「ううん…やめない…」

「無理しない方がいいと思うけど…」

「大丈夫だから…」

大丈夫じゃないように見えるんだけど。

「入る前に手、繋ぐ?」

「……お願い」

私は右手を差し出すと、蘭ちゃんは左手を重ねて指を絡めてきた。ちょっとだけひんやりとしていて気持ちいい。

「まつり、絶対に離さないでね…」

「うーん…どうなんだろう…」

「絶対に離さないで!」

「分かった」

 

順番が来た。係員さんの指示に従って、暗い中を進んで行く。このお化け屋敷は病院を舞台にしたものらしく、薄暗く、少し埃っぽい。廊下を歩いていると、突然大きな音が鳴り響いた。

「きゃっ!?」

二人同時に悲鳴を漏らした。私が驚いていると、握っている手に力が込められたのが分かる。怖がりながらも必死に耐えようとしているみたいだった。と思ったら蘭ちゃんが私の腕に抱きついて来た。

「ちょ、蘭ちゃん!?」

暗闇の中で蘭ちゃんの顔がすぐ近くにあるのが分かる。私は動揺して声を荒げてしまった。

「ご、ごめん……!でも、怖いから……!」

「いや、それは別にいいけど……!」

二人でわちゃわちゃしていると、またもや大きな音が鳴る。

「ひゃっ!」

今度は蘭ちゃんが私にギュッと強くしがみついて来た。

「ちょっと!強く引っ張り過ぎ…!」

「もう無理!!早く出ようよ!!」

蘭ちゃんは半泣き状態で私を引っ張って出口に向かって走り出した。急いでいると、死体が叫び声を発す場面に遭遇する。

『うぎゃあああ!!』

「いやあああああ!!」

蘭ちゃんとお互いに抱き合ったり、ちょっと歩けば、ドンッ!と壁を叩くような効果音が聞こえたり、蘭ちゃんがビクッと体を震わせたりする。しばらくすると病院の時計が進んで、チャイムがなった。

「え、何……?」

蘭ちゃんはキョロキョロと辺りを見渡していた。すると、遠くの方から足音が近づいてくる。

「早く行こう!」

「え、ちょっと待ってよ!ってあっ!?」

手がすり抜けて、蘭ちゃんは私を置いて走って行ってしまった。探そうにも暗くて探しづらい。

「蘭ちゃん!どこ行ったの!?」

私は蘭ちゃんの名前を叫ぶけど返事はない。お化け屋敷を一人で歩く、そう考えただけで背筋がゾワッとした。

「蘭ちゃん……?」

私は恐る恐る名前を呼ぶけど、やっぱり反応がない。私は恐怖心を抱きながら歩き出した。一歩一歩慎重に歩いていくと、曲がり角を曲がった瞬間に目の前に白い服を着た人が立っていた。私は思わず叫んでしまった。

「いやあぁぁぁぁ!!」

身体とか意識とか、そういうキャパシティが限界を迎えた時、人間は気絶するらしい。つまり今がその時だ。急に身体の力が抜けて、思考が停止する。視界が真っ暗になった。ああ、これが意識を失う感覚なんだ……。

 

――

 

 目が覚めて最初に映ったものは青空だった。最後の記憶はお化け屋敷の中だけど、ここは外だ。どうやら気を失って倒れていたようだ。

「まつり、大丈夫?」

私の傍で座り込んでいるひまりちゃんが心配そうな表情を浮かべている。

「大丈夫だけど……。さっきまで何があったの?」

「えっとね……」

ひまりちゃんの話によると、私は蘭ちゃんに置いて行かれてからずっと倒れたままで、お化け屋敷の人達によって外に運ばれたそうだ。周りを見渡すとお化け屋敷の外だった。

「蘭ちゃんは?」

するとひまりちゃんは苦笑いを浮かべながら答えてくれた。

「蘭は……、今はそっとしておいた方が良さそうかな」

「どうして?何かあったの?」

「うーん……」

ひまりちゃんが言いづらそうにしていると、向こうに蘭ちゃんとモカちゃんがベンチに居た。蘭ちゃんはベンチに座りながら項垂れていて、モカちゃんは腕を腰に当てて蘭ちゃんに何か話している様子。見た感じ説教みたいだった。

「まーちゃんを置いて行って先にいくなんて、最低だと思わないの?」

「だって……」

モカちゃんに責められて蘭ちゃんが涙目になっている。

「だってじゃないです~。まーちゃんが可哀想だよ~」

「……」

事情を理解した私はひまりちゃんの方に振り返る。

「なんか、申し訳ないな……」

「あはは……ま、まぁ……大丈夫だよ!もうちょっとしたらリサ先輩来ますから!」

「どういう意味?」

「リサ先輩がまつりちゃんと一緒に回りたいって言ってました!」

「そうなんだ……」

近くの自販機でドリンクとか買ったりして、休憩していると今井先輩がやって来た。

「やっほー!お待たせー!あれ?モカは?」

「モカはちょっと……」

「ん?どうかしたの?」

「……お化け屋敷はトラウマです」

私は俯きながらボソッと呟いた。

「な、なにこれ……。とりあえず、まつりはアタシと一緒に回ろっか!」

「うん」

私は立ち上がると、今井さんに手を引かれて遊園地を回った。

「今井先輩はどこに行くんですか?」

「まずは友希那と合流しよっか!」

「えっ、湊先輩ですか!?」

「嫌かな?」

「いえ、全然!」

「じゃ、決まり!行こ!」

 

私は今井さんに引っ張られていった。しばらく歩くと、ジェットコースターの前で立ち止まっている湊先輩を見つけた。

「友希那ー!まつり連れて来たよ!」

「あら、早かったわね。どこに行くのかしら?」

「まつりはどこ行きたい?ジェットコースターの時間指定券手に入れたけど、まだ時間あるからさ」

今井先輩はスマホを見ながら私に聞いてきた。

「水しぶきが凄いジェットコースターはどうですか?」

「それは待ち時間が長いから乗れないと思うわ」

他に良いアトラクションも思い付かないし……、どうしよう。あっ、そうだ。

「では、トー○スランドはどうですか?」

「なんでトー○スランド!?意外なんだけど…どうして?」

「え、ランチ食べる時はよくトー○スランド行ってた記憶があって…」

「へぇ、そうなんだ!意外だね……」

今井先輩は考えはじめた様子。

「トー○スランド、うーん…デートには似合わない…ダメ!ごめんまつり、別のにできない?」

「では今井リサとガ○パールでどうですか?」

「ふふっ、今井リサとガス○ールってなんでなのよ!!別にいいけどさ!!」

「では、早く行きましょう。まずは入場ゲートを出ないと」

 

歩いてしばらく、ゲートを出て、リサとガ○パールのタウンへ到着。リ○とガ○パールが描かれたもの、オブジェがあちこちにある。すると七深ちゃんとましろちゃんとつくしちゃんの3人を見つけた。

ましろちゃんとつくしちゃんはリ○とガ○パールの前でポーズをとっている。そこを七深ちゃんが撮るという感じだ。そんな彼女たちを横目に街を歩いていく。

 

「子どもの頃、絵本いっぱい見たんだよねー」

「そうそう!あたしも見てた!友希那は本を持ってなかった?」

「どうだったかしら?もう忘れてしまったわ」

「私は旅行に行く本が一番覚えているかも」

「へぇー、あたしはガス○ールが恋する本が好きだったかも!」

「先輩はリ○とガ○パール、どっちが好きですか?私はリサが好きです」

「えっ…」

 

湊先輩は何故かショックを受けたらしい。

「あはは!まつりは黒い服とかよく着てるからガス○ールでしょ!」

「今井先輩、私女の子ですけど。あっ、今井先輩はどっちが好きですか?ちなみに回答次第ではナルシストって呼びます」

すると今井先輩は笑いながら答えた。

「あはは!!まつり、アタシ先輩だぞ★」

今井先輩が笑顔でこちらを見ている。

「……」

私は無言のまま今井先輩を見つめた。

「ちょっと待って、なんか言ってよ!」

「その脅しには屈しませんよ」

「まつりは手強いなー!」

「ふふっ…」

湊先輩が微笑んでいる。

「湊先輩はどちらがお好きでしょうか?」

「私に聞くの?そうね……ガス〇ールかしら?可愛いじゃない」

 

こうやって雑談していると、お土産さんに着いて、お人形さんを買う。ちょっとスイーツ食べたり、メリーゴーランドとか乗ったら、ファストパスの時間になったので、ジェットコースターに向かった。

 

 ジェットコースター前ではあこちゃんと白金先輩が待っていた。あこちゃんは私を見つけると、大きく手を振ってきた。

「まつり!こっちこっち!」

私は2人の元へ向かう。するとあこちゃんが元気いっぱいに話かけてきた。

「ねぇねぇ聞いて、りんりん凄いんだよ!りんりんと一緒にお化け屋敷行ったんだけど、りんりん全然怖がっていなかったの!」

「でも……とても怖かったです……」

白金先輩は少し怯えた様子で話した。

「私は失神したけど」

「えーっ!?」

「大丈夫ですか……?」

「大丈夫だよ。ただの気絶だから」

二人は心配そうな表情を浮かべていた。蘭ちゃんの事は言わないでおいた方が良さそうだ。しばらく話していると、紗夜先輩が来た。

「すいません、遅れました……」

紗夜先輩は何故かびしょ濡れだ。

「紗夜、あなたどうしてしまったのよ……」

湊先輩は呆れた顔で見ている。

きっと、紗夜先輩は妹の日菜先輩に巻き込まれてびしょ濡れのジェットコースター乗ったか、桶みたいなのが水のコース上でぐるぐるするアトラクションに乗ったのだろう。

「紗夜大丈夫?タオル使う?」

「使わせていただきます。今井さんありがとうございます……」

今井先輩はカバンからバスタオルを取り出すと、紗夜先輩に手渡していた。そして、いよいよジェットコースターに乗れる事になった。列に並ぶ中、私は口を開いた。

「絶叫マシン苦手な人居ますか?」

「え、ええ……私は大丈夫よ……」

「恐らくは……」

湊先輩と紗夜先輩はプルプル震えている。本当に大丈夫だろうか?

「行ける!!楽しみだね!」

「あたしも行けるよ!楽しみだねー!」

「私も大丈夫です……」

白金先輩は堂々としているので大丈夫に見える。意外と白金先輩は肝が据わっているのかも。

「全員乗れるなんてすごいですよね」

「と、当然よ…頂点を目指すのだから…」

湊先輩は強気な発言をしているが、声も体も小刻みに揺れていて、説得力がない。

「友希那は昔から高い所ダメだもんね〜」

「リサには言われたくないわよ」

今井先輩と湊先輩の会話を聞いていると、私達の順番が来た。係の人に誘導されて乗り込む。私達は後ろ辺りのシートに乗ってシートベルトを着ける。準備が出来たら安全バーが降りてきてカシャンという音がした。

 

「おお!いよいよ始まるんだ!ワクワクするね!」

「え、ええ…そうね…」

ちなみに私の席の隣は湊先輩となっている。

「3、2、1、スタート!!」

ガタンガタンと音を立てて動き出した。最初はゆっくりと動き出し、徐々にスピードを上げていく。

「楽しみだね、りんりん!」

「そうですね。ふふっ…」

「白金さんはどうして平気なのですか…」

坂をゆっくりの駆け上がっていく。ちょっと暇なので私は口を開く。

「このジェットコースター、夜になるとレールが虹色に光って綺麗なんです!」

「へぇー!見てみたいかも!」

隣の湊先輩は無言でコクッとうなずいている。表情はあまり見えないけど多分怖いと思う……。

頂上まで来たところで一旦止まる。

「あっ、今止まったよ!もうすぐ来るんじゃない!?」

あこちゃんは目を輝かせながら言う。

「皆、見て!あそこに富士山が!凄い!」

「どこ!どこなの!?」

湊先輩が必死になって探す。

「あ、時間切れです」

無慈悲な言葉とともに急降下がはじまった。コロコロという音の間隔が少しずつ狭まって来て、スピードがどんどん上がる。

「きゃぁあああ!!!」

隣から悲鳴が上がる。私は両手を上げて叫んだ。

「きゃー!スピード最高ー!」

そこからはもう、上ったり下ったりハイスピードで駆け抜けてあっという間に終わっちゃった。

 

マシンが停止し、安全バーが上に上がって降りる事が出来るようになった。けど上手く立ち上がれない。

「平衡感覚がちょっと狂ったかも…」

「大丈夫?手貸すよ?」

「まつりちゃん、立てますか…?」

あこちゃんと白金先輩に支えられてなんとか立ち上がることが出来た。

「あこちゃん、白金先輩、ありがとうございます」

「いえいえ!りんりんどうだった?」

「楽しかったです……」

白金先輩は笑顔で言う。

「まつりは絶叫マシン好き?」

今井先輩が私に話しかけてきた。

「好きですよ、スピードがある乗り物って楽しいです!でも落ちる系は無理です……」

「あはは!じゃあ、あの絶叫マシンは無理だね!」

と言いながら今井先輩は円盤みたいなものが落下したり上昇したりする絶叫マシンを指した。私は苦笑いしながらうなずく。

「ええ……あれはヤバいです……」

「絶叫マシンなんて…二度と乗りません…」

紗夜先輩は涙目になりながらも、はっきりとした口調で言った。

流石は絶叫マシンの聖地。

 

――

 

「次は何乗る?多分これで最後になりそうだけど」

今井先輩はスマホを見ながら話す。時間帯としてはもう太陽が沈みかけている頃だ。

「もうないかな…」

私は周りを見渡す。すると、湊先輩が私に声をかける。

「あら、まだあるじゃない。ほら、あそことか」

湊先輩が指さした方を見ると、そこには観覧車が見えた。

「本当だ……行ってみますか?」

「そうね、行きましょう」

理由は分からないけど、今井先輩はニコニコしていていた。

観覧車の列はそこまで無くて、すぐに乗れそうだ。

「まつりは友希那と一緒に乗ってね。あたしは他の皆と一緒に乗るから」

「あれ?観覧車は一台辺り4人乗れますけど…」

「いいからいいから☆」

 

 今井先輩はそう言い残すと、他の人の所へ向かった。私は湊先輩と二人で並んで座る。そして、ゆっくりとゴンドラが上昇していく。その時、ぞくりと来るような恐怖を味わった。密閉された空間で、高いところにゆっくりと昇っていく。それはまるで、死に向かっているように感じられた。

「水城さん…?どうしたのかしら?」

湊先輩は心配そうな顔で私の顔を覗き込む。

「思い出しましたけど、聞いて笑わないでくださいね…」

「ええ……分かったわ」

湊先輩は真剣な眼差しで私を見る。

「観覧車、上がる時は大丈夫ですけど、落ちる時が一番怖いんです…」

「どうして先に言わなかったのかしら?」

「思い出してようやく言えるくらい怖かったんです!」

もしゴンドラが落ちたらどうしよう。そんな事ばかり考えてしまう。

「大丈夫よ……きっと落ちないから……」

湊先輩は優しい声で私に語りかける。それでも身体の震えは止まらない。

「無理、無理…死んじゃう…やばい…」

私はぶつぶつと呟く。

「ちょ、ちょっと落ち着いて!」

湊先輩は慌てて私の肩を掴む。

「だって、こんなに揺れてるんですよ!?絶対に落ちますよ!」

「落ちないから!とりあえず、深呼吸をして!」

私は言われた通りに息を吸って吐いてを繰り返す。でも早すぎて……

「げほっげほっ!」

「もう少し落ち着いて!」

私は咳き込んでしまった。湊先輩はどうしようかと悩んでいるようだが、ふと私の手を握る。

「少しは落ち着いたかしら?」

「はい……」

湊先輩の手は暖かくて優しく包み込まれていた。

「安心して。私が守ってあげるから」

その言葉を聞いて、胸の奥がきゅんとなる。でも……

「あと何分?ねぇ…死んじゃうよ…ひいっ!…風で揺らさないで…!」

私はパニック状態になっていた。

「大丈夫よ!もうすぐだから!」

「もうすぐ!?もうすぐ死ぬの!?」

「違うから!もうすぐで降りれるから!」

精神的にかなり追い詰められている。私はもう限界だった。

「もう無理……怖い……助けて……」

私は泣き出してしまった。

「大丈夫よ!もうすぐで着くから!」

湊先輩は私に抱きついて慰めてくれる。

「ああ、お母さん、お父さん……」

私は両親に助けを求めた。

「大丈夫だから……」

 

 それから数分後、ゴンドラからようやく解放された。入り口には今井先輩達が待っていたけれど……

「ど、どうしたの!?」

今井先輩が涙目の私を見て驚く。

「まつりは観覧車が苦手だったのよ」

湊先輩が事情を説明すると、皆納得していた。

「ごめんなさい……」

「気にしないで!誰しも弱点はあるんだし」

今井先輩が私にフォローを入れる。

「さて、皆集まっているから帰ろう?」

 

私たちはゲートの方へ歩き出した。

「水城さんは大丈夫なの?まだ手を繋いててもいいのよ」

「だ、大丈夫です!」

私は湊先輩から離れて歩く。流石に手を繋ぐなんて恥ずかしい……。

「そう……」

湊先輩は残念そうな表情を浮かべた。途中、今井先輩が私に話しかけて来る。

「そう言えばまつり、観覧車の中で紗夜達と話し合ったんだけど…」

「どうしたのですか?」

「まつり、あたし達Roseliaと一緒にセッションしてみない?」

私は一瞬思考が停止した。

「えっ……?」

「大丈夫!セッションだけだから!ライブに出る必要も無いし」

 

Roseliaの皆さんは真剣な眼差しで私を見つめてくる。何か大きな理由があるみたいだけど、私なんかでいいのか……。重大な選択が私の前に迫っていた。



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9月 Rose of pain (Re)

ここから先は暗いお話なので注意してください


今日の夢は教会の夢だった。薄暗い教会の中に私は立っていて、目の前に台があった。台の上には青い薔薇が置かれている。私は青い薔薇を手に取ると薔薇の棘が私の指を切り、傷口から血が零れ出した。零れた血は一枚の花弁をその血の色に染めていく。私はこれから起こる全ての事を怯えるように見つめていた。

 

 

――

 

「皆、聞いてくれるかしら?紗夜とリサで話し合ってみたけど、水城さんをRoselliaに引き込む事にしたわ。……ええ、まずは音を出させてみるわ。紗夜を生徒会の仕事の関係でライブに出られない状況を作り、サポートとして水城さんを入れさせるのよ。燐子は市ヶ谷さんや他に怪しまれないように上手く生徒会を運営して頂戴。いい?」

 

――

 

 

「真面目にやらないなら、外れて頂戴」

 

なんて言われたりしたら、絶対に折れます。嫌われたくないよ…

水色のラッコが頭の中にぼんやり思い浮かんでいる…ほら、これだからクールタイプの人は苦手意識持っちゃうのよ…そこまでギター上手いわけでは無いですし……

私はある事に悩んでいた。Roseliaの事だ。湊先輩と氷川先輩にサポートギターとして入る事をお願いされたのだ。私は責任が重すぎるとして2回断ったけど、今度は氷川先輩がわざわざ私の所まで来て頭を下げてお願いをしてきたのだ。三願の礼というものなのかもしれない。そこで私は色んな人に相談したけど、どれも肯定的な意見だった。日菜先輩まで私を推されてしまった。逃げ場はない。そう思った私はついに決意を固めなければいけなくなってしまった。

 

どうしてこうなったのだろう……私は事の始まりから振り返ることにした。

 

きっかけは今井先輩からセッションに誘われたことだった。あの時は断っておけば良かったのかな?でも、今更そんなこと言っても仕方ないし、もうどうしようもないよね。それにしても何で今井先輩は急に私なんかを誘ってきたんだろう…

スタジオの練習帰りの時、湊先輩に話しかけられた。

 

「あら、水城さん。リサから聞いているよね?」

「セッションの話ですか?」

「ええ、一緒にセッションやってくれるかしら?」

 

私は少し悩み始めた。畏れ多いというか、自信が無い。私が入って良いのかなって思ってしまう。

 

「嫌かしら?」

「いえ、そういう訳じゃないんですけど……」

「ライブでやるわけでは無いから、そこまで気構え無くてもいいわ」

 

ライブではない…それならば行ける気がする。

 

「分かりました!是非参加させて下さい!」

「ありがとう」

 

――

 

 

それから数日後。私はスタジオに置いてあるソファーでこくりこくりと舟を漕いでいた。渡された楽譜を見て夜中ぶっ通しでギターの練習をしていたので、眠くてしょうがないのだ。

(ん…凄い眠い…いいや、寝ちゃお…)

開始まで時間はある。それまでに起きれば大丈夫だろう。私は目を瞑る。するとすぐに眠りについた。

「まつり?起きて〜」

今井先輩の声が聞こえる。次に優しく肩をトントン叩かれる。私はゆっくりと目を開ける。目の前には今井先輩の顔があった。

「ふぁ〜あ……あれ、今井先輩。おはようございます……」

私は大きなあくびをして周りを見渡す。メンバーは全員揃っているみたい。

 

「凄い寝てたね……。大丈夫?昨日は眠れた?」

「あんまり……」

「寝不足はいけませんよ、水城さん」

氷川先輩に注意される。確かにその通りだけど、昨日はずっと練習していたせいもあるし……まあいいか。ギターケース持ってスタジオに入ってセッティングする。ジャーンと試しに一曲弾いてみる。うん、ちゃんと音出てる。チューニングして準備完了。

 

「始めましょうか」

湊先輩の言葉でみんな楽器を構える。紗夜先輩はギターを持たず、私の傍に立っている。

「今回は弾きませんので、なるべく曲の注意点を伝えるようにします」

紗夜先輩はそう言うと、私の隣に立って説明を始める。注意深く聞いておく。

「……緊張する」

「大丈夫です。一緒に音を出すだけなのでそこまで緊張しなくてもいいです」

「はい……」

ステージに立つ前の緊張感と似ているかもしれない。でもこれはセッションだからそんな事はないと思うんだけど。

「まつり、準備は良い?」

湊先輩が確認のため私を呼んだ。って初めて私の事を呼び捨てで呼んだ。

「メンバーは呼び捨てで呼んでいるの。まつりもそれでいいかしら?」

「はい。全然構いませんよ」

湊先輩がメンバーの名前を呼ぶ。

「紗夜、よろしくお願いするわ」

「えっと……氷川先輩、よろしくお願いします」

「こちらこそ。では行きますよ」

ドラムのカウントと共にピックを振り下ろした。

 

――

 

「うーん…このソロがあまり上手くいかないというか……」

私が紗夜先輩に聞く。

「ここのソロパートは…水城さんほどの腕があれば問題ありません。私の弾き方を模倣するよりも独自の弾き方を突き詰めた方がいいです」

「なるほど……」

「ですが、私も少し手直ししたい部分があるので、そこを教えますよ」

「ありがとうございます」

私は氷川先輩に教えてもらいながら、何度もギターを弾いていく。そして、納得できるまで練習した。

やった曲はこんな感じ。

 

・Neo-Aspect

・BLACK SHOUT

・FIRE BIRD

・ONENESS

・Avant-garde HISTORY

・R

・Break your Desire

・Re:birth day

・Song I am

 

私が一番好きな曲は"陽だまりロードナイト"だけど、やってくれなかった。

寝惚けてたし、譜面も忘れそうだった。でもテストやオーディションという訳では無いので、間違えてもいいやと自分を奮い立たせた。そして数時間やって、

「こんなところかしら?」

湊先輩が一息つく。もうスマホを見る時間帯は夕方になっていた。結構長い時間やっていたんだ。

 

「終わりですか?」

「ええ」

「じゃあ、今日はこの辺で…」

「まつり、お疲れ〜!」

ギターケースを背負って帰ろうとすると、今井先輩に声を掛けられた。

「お疲れ様でした!」

私は挨拶を済ませて、スタジオを後にした。

 

――

 

まつりが去った後のスタジオにて。

Roseliaの面々は真剣な表情になり話し合いを始める。

「紗夜、まつりの事どう思う?」

友希那は紗夜に問いかける。

「真面目ですね。それと、演奏技術も申し分無いと思います」

「全然緊張してなかった!普通って感じでやってたね!」

あこが感想を述べる。

「問題があるとすれば、水城さんは私のギタースタイルを必死に真似していますが、彼女自身の個性を出そうとしていない所でしょうか」

「確かにそうね。水城さんは紗夜のコピーをしようとしているわ。サポートに入るとしてはどう思う?」

「大丈夫だと思います。彼女のギターは私と同じタイプなので、合わせやすいはずです」

紗夜は自信満々と言わんばかりの態度を取る。

「そう、それなら良かったわ」

「後日、また水城さんと話してみましょう」

 

――

 

それから翌日。私はまた作曲をしていると、紗夜先輩から電話が来た。

「水城さんですか?」

「はい、どうかしましたか?」

「あの、緊急の事で水城さんにお願いしたいことがありまして…」

「どうかしましたか?」

「実は……ライブの日に生徒会の仕事が重なってしまって、ライブに出れなくなってしまったのです。そこで水城さんにサポートギターとして入って欲しいのです。」

「え……私が?」

「そうです。Roseliaのメンバーには事情を話していますので、水城さんが受けてくれればすぐに練習を始められます」

「え、えっと……紗夜先輩の代わりにサポートギターですか?」

「ええ、水城さんが弾くのです。」

「私の代わりなら他にもいると思うのですが……妹の日菜先輩はどうですか?あの人は私よりも上手いじゃないですか?」

「私は日菜よりも水城さんを選びました。あなた以上の適任はいません」

 

どういう意図なの?私は少し混乱した。でも結論は何となく決まっていた。

「……ごめんなさい。私には荷が重すぎます」

「そうですか…また説得しに行きますのでよろしくお願いします」

紗夜先輩との通話を切る。私はため息をつく。

(どうして私が?)

そんな疑問ばかり浮かぶ。私よりギターが上手い人なんていくらでもいるはずなのに。そもそも、私が弾ける曲だって限られているのに……。頭を抱えながら机に突っ伏せた。

次の日もCiRCLEで湊先輩に話しかけられた。

「水城さん、サポートの件を受けてくれないかしら?私も皆も納得しているから、後はあなたの返事だけよ」

私は俯いた。

「すいません。やっぱり、無理です。私が弾ける曲はRoseliaの曲でも難しいものが多いので、足を引っ張りかねないと思います。それに、私の演奏技術じゃ他の人に迷惑をかけてしまいます。」

「そう……分かったわ」

私はその場を去った。

「……責任感が強すぎる子ね」

友希那は独り言をつぶやいた。

 

――

 

次の日もお願いされた。学校から帰ろうとすると、門近くで待っている紗夜先輩が居た。紗夜先輩は髪を三つ編みにして日菜先輩に似せるような変装をしていた。Roseliaのメンバーが私の学校に来てしまうと、大騒ぎになってしまうのでそれを考慮したのだろう。……ところで花咲川からここまでやって来たの?かなり距離あるし、降りる駅違うのに。

「水城さん。少し話がありますけど、よろしいでしょうか?」

「はい。大丈夫です……」

 

またあの話だ。紗夜先輩に連れられて近くの公園に来た。紗夜先輩はベンチに座った。

 

「水城さんも座ってください」

 

紗夜先輩の隣に腰かける。紗夜先輩は少し俯いたのち、真剣な声色で話し始めた。

 

「水城さんは…私と共通する点があります。」

「共通点?」

「ええ。音楽に対する姿勢、心構え、そして何事にも真剣に取り組もうとする姿です。だから水城さんを選んだのです」

「……」

 

私は黙って聞いていた。

 

「Roseliaのライブではあなたが必要です。私は水城さんが一番の代役に相応しいと思っています。ですから……」

 

紗夜先輩はベンチから立ち上がった。

 

「どうか、サポートギターとして、湊さん達と一緒に頂点へ狂い咲いてください!水城さんの事を信頼して言ってる事なんです。水城さん以外に頼める人がいないんです!」

紗夜先輩が頭を下げる。とうとう、私は先輩に頭を下げさせるところまで来てしまった。罪悪感をひしひしと感じる。

「…時間をください。明日までに必ず結論を出します。」

「ええ、わかりました。待っています」

紗夜先輩の真剣な目線が私に突き刺さる。私は逃げるように家に帰った。家に帰ってからも考える。私が誰かの代わりになるなんてできるんだろうか? 湊先輩も今井先輩も紗夜先輩も良い人たちだと思う。だけど、彼女たちの期待に応えられる自信が無いのだ。

(どうしよう……)

私は電話を取って、色んな人に電話を掛けた。

「もしもし、たえちゃん?」

『うん。まつりなら上手くやれると思う』

――

「日菜先輩、あの……」

『お姉ちゃんが良いって言ったなら絶対に大丈夫!まつりちゃんが居るRoseliaもきっとルルルンっ♪ってすると思うんだ!』

――

「桐ヶ谷さん?ちょっといい?」

『まつり先輩のRoselia凄い気になります!ぜひ入ってください!』

――

「香澄ちゃん?」

『まつりちゃんなら絶対にできるよ!応援してる!』

――

「蘭ちゃん?夜中にごめん、あのさ……」

『まつりなら絶対にできるよ。あたしは信じてるから』

――

 

逃げ場は無くなった。

『結論、出したね。』

私は覚悟を決めた。

翌日、学校向かう時間帯の朝。私は紗夜先輩に電話をかけた。

「水城さん。結論は出しましたか?」

「はい……引き受けます」

放課後、即練習になるらしい。私は練習に向かう前にギターを借りて、紗夜先輩の髪の色と同じ色をしたエクステを1本買って練習に向かうことにした。

こうして氷川紗夜になり切ろうとしてなりきれない私が生まれた。

 

私は早々スタジオに入り、ひたすらギターで曲の練習をしている。ギターは借りたもので弾くことにした。黒いレスポールだ。指はボロボロだけど、まだ限界の領域に入っていない。

次に今井先輩が入ってきた。 今井先輩はこちらを見ると笑顔になって駆け寄ってきた。

「おー!おはようございます!」

「あ、おはようございます……」

何となく少し顔を合わせづらい気分だった。

「よろしくね、まつり!」

今井先輩が私の手を握ってブンブン振ってくる。

「よ、よろしくお願いします……」

 

次に湊先輩がスタジオに入る。

 

「まつり、来てくれたのね」

「はい、今日から本格的に参加させてもらいます」

「ええ、頼んだわ」

 

Roseliaの面々が集まる。

 

「皆さん、はじめまして。水城まつりと言います。サポートギターとして参加させていただきますので、どうかよろしくお願い致します」

 

深々と頭を下げる。すると拍手が起こった。少しの会話を済ませたら練習が始まった。

Roseliaの演奏技術は本当に高い。私のバンドと雰囲気が違う。技術高いのは当然だけど、1つの音に熱があるような気がした。

そして色んな意見が飛び交う。

 

「あの……水城さんはバイオリンを弾けますよね……バイオリンを最初の方で演奏させるアレンジはどうでしょうか……」

「私は良いと思いますけど」

「まつりが良いのなら私は構わないわ」

「わかりました」

 

私はバイオリンケースを開けてバイオリンを取り出す。弓を取り出して構えた。Roseliaのメンバーは緊張した様子でこちらを見る。

Roseliaの曲は激しいロックが多い。その中でストリングを入れるとどうなるのか? 弾き始めた瞬間に違和感を感じた。明らかに音が合わない。

 

「あの……私のピアノも重ねれば、もっといい音になると思います……!」

「じゃあ、やってみましょうか?」

 

私はもう一度最初から演奏する。今度は上手くいったようだ。Roseliaのキーボードが重なることによってより一層らしさが出た気がする。

 

「水城さん、ありがとうございました。凄かったです……」

「いえ、白金先輩のおかげです。こちらこそありがとうございます。」

 

心の中で八潮さんの方が凄いのに、と呟いた。こうやって練習は続き……

 

「紗夜先輩のギターの音になかなか近づかない……」

 

何度もRoseliaのスタジオを借りて、朝から晩までずっと弾いていた。それでも紗夜先輩のギターの音には届かない。

 

「大丈夫です。水城さんはしっかりできています」

 

紗夜先輩はそう言ってくれるが、私は納得できる領域へ辿り着いていない。ライブ前日のリハーサル終了後、湊先輩がある提案をした。

 

「私の家で泊まって練習するのはどう?リサも私の隣の家に住んでいるから、リサと一緒に夜、練習できると思うの。」

「良いんですか?」

「ええ、もちろんよ」

 

リハーサル終了後、私はお泊りバッグを持って湊先輩の家に来ていた。今井先輩も一緒に帰って行った。湊先輩の家に入ると、今井先輩は真っ先に階段を上がっていった。すると何か問題があったのか、私を一階に引き留めた。

 

「ごめん、まつり!クッキーと紅茶出しておくからしばらくリビングで待ってくれない!?」

「えっどうしたのですか?」

「何も言えないけど、友希那と一緒に二階でちょっとやるべき事やってくるから!」

 

私は一階のリビングに取り残されてしまった。

 

「何をしているのだろう……」

 

湊先輩の部屋の方からドスンという大きな物音が聞こえてきた。時々2人の声も聞こえてくる…

 

「友希那、片付けて!まつりに見られたらどうするのよ?」

 

テーブルの上に置かれたおもてなしの品々を見つめる。まずはクッキーを摘まんで口の中に入れる。口の中がパサパサするから紅茶を口に含む。

 

クッキーを見つめながら思い出に浸った。時々遠くにいる親戚からクッキーが送られてくる。クッキーは美味しいけど、私が一番好きなのはふわふわなパウンドチョコケーキ。小学校の頃、家に帰ってきたら麦茶と一緒に食べていた記憶。パウンドチョコケーキまた食べたいな…通販出来たかな?いや出来なかったと思う。今度お母さんに頼んでみるべき?そんなことを考えていると湊先輩が降りてきた。

 

「まつり、待たせてしまって申し訳ないね。」

「二階上がっていいよ!」

 

階段を上って湊先輩の部屋に入った。綺麗な部屋だ。ベッドのシーツも整えられている。綺麗すぎて逆に味がないと言うより…ミニマリストな部屋で…

 

「あ、危なかった…」と今井先輩の小声が聞こえた。

 

『ははーん…』

彼女はニンマリした表情をしている。何かを察しているみたい。

 

なに?

『いや、しーらない』

教えてよ

『教えない』

 

私はため息をついたあと、湊先輩の部屋にあるCD棚を見てみる。

 

「へぇ……」

 

湊先輩の父親もバンドをやっていたのか、湊先輩の父親のバンドのCDなどが並んでいる。あっ私達が作ったファーストアルバムの"Garden"がある。これは第2プレス版だね。

初回プレス版だとメンバーの写真が付いてきた。第2プレス版の場合、ジャケット紙の裏側に仕掛けがある。裏返すと写真が見えるようになっているのだ。

 

部屋の隅に置いてある箱の中に音楽雑誌が積み上がっている。音楽に真面目な人だし、情報収集も欠かせないのかも。ちょっとパラパラっと読んでみる。あ、見つけた。私たちの事が書かれた記事が隅っこにある。やっぱりあの人が書いてるんだこれ。ライブ中の写真もあるし…他も適当にパラパラと流し読みする。最後の所ら辺読んでいると、お知らせの部分にあるものを見つけた。女性による女性向けのバンド雑誌を刊行するみたい。あの人は成し遂げたみたいだね。後でお祝いしてあげよう。創刊号はRoseliaが表紙を飾るみたい。まぁ当然だよね。

部屋を見終えた所で、湊先輩が話しかけてきた。

 

「そろそろ始めましょうか」

「はい、お願いします」

 

ギターを取り出し、ストラップを付ける。

 

「まつり、いい?」

今井先輩はベースを構えて聞いてくる。

「ドラムとキーボード無しでやるから、メトロノームを頼りにして」

「分かりました」

「じゃあ、最初はゆっくりめに弾いていこう。まつり、リズムに合わせて指を動かせる?」

「やってみます」

「うん、その調子。少しずつ慣れていこうね」

 

このように練習していった。

 

「紗夜と同じくらい真面目だね…」

 

今井先輩はそういうけど、私は全然……。

ギターのチョーキングの仕方を変えたり、ピッキングのやり方を変えたりと試行錯誤していた。しかし、全然違う。

 

「どうしたの?」

「音が違う…」

「別にそんなに近づけようとしなくてもいいのよ…?」

「ライブまでそこまで時間が無いのに……!」

「まつり、落ち着こう。ね?焦ってもしょうがないし」

「でも!こんなんじゃRoseliaの足元にも及ばないよ!」

「そんなことは無いわ、焦らずにいきましょう。大丈夫だから」

「分かってるけど……」

「私達はまつりを信じているから」

 

私の手に先輩の手を重なった。私は顔を上げ、湊先輩の顔を見る。先輩の目には決意があった。きっとこの人達なら出来る。そう思った。

夕食を食べさせてもらったり、お風呂入ったりして、練習は夜まで続いた。今井先輩も付き合ってくれた。

 

「もう寝ましょう。これ以上やり過ぎると明日にも悪影響を及ぼすわ」

「うん!お疲れ!後はこっちに任せて!」

 

友希那先輩と今井先輩は片付けをして、今井先輩はすぐに帰ってしまった。本当に迷惑をかけてばかりだ……

私は湊先輩のベッドの上に横になる。明日は本番。不安が募っていく。私は逃げるように眠りについた。

 

――

 

…眠れない。

 

途中で起きてしまった。身体中の寝汗のせいで布団の中で目を覚ましてしまっている状態だ。仕方ないから起きてイヤホンでRoseliaの曲を聴いて指を動かし始めた。不安が消えるまで、静かに練習しなければ。少しすると布団からもぞもぞという音が聞こえた。隣を見ると、湊先輩が暗闇の中、私を見ていた。

 

「まだ起きてたの…?」

 

私は黙ってしまった。

 

「不安なのね……?」

「……はい」

「大丈夫よ。Roseliaのメンバーだって最初から上手かったわけじゃないわ。特にリサは。皆が努力してきた結果が今のRoseliaなんだから」

「でも、私が下手だったらRoseliaの足を引っ張ることになる……」

「心配しないで。Roseliaのメンバーを信じて。」

「はい……」

「あと、無茶したらダメよ?自分で自分を追い詰めないで」

「はい……」

「分かったら早く寝ましょう」

 

湊先輩の手が肩に触れる。私はそのまま眠りについた。

 

――

 

朝になって。

 

「ご飯食べれないの?」

私は小さく頷く。ライブ前の緊張がピークに達して、食事が喉を通らなくなっている。

「食べないと力が出ないわよ?」

「ごめんなさい……」

「謝らないでいいの。気にしていないから。」

白米を少し口に運ぶ。味がわからない…

 

――

 

ライブハウスの控室にて。

Roseliaの皆は衣装に着替えるなどの準備をしていた。ライブの衣装でスカートを履くのは初めてだ。私は鏡の前で何度もくるりと回る。動きやすい格好だから別に違和感はないけど……。今まではショートパンツとブーツだったから、思いっ切り動くことが出来たけど、スカートはそうはいかない。次に磁石でくっつくタイプのピアスを着ける。私、ピアスとかネックレスとかあまり好きじゃないんだよね…

 

「可愛いじゃん♪似合ってるよ♪」

「今井先輩、エクステを着けたいので手伝ってくれませんか?」

 

私は紗夜先輩と同じ髪色をしたエクステを取り出した。

 

リサ「おっけー!」

 

湊先輩の方を見るとスマホを耳に当てていた。通話中だと思う。

 

「かなり緊張してるように見えるわ…ライブ前でも必死に練習しているし…ええ、朝食も昼食もあまり食べれない様子だったわね…一応大丈夫だと私は思うけど、生徒会の仕事が終わったら来てもらえると助かるわ」

 

生徒会の仕事という言葉から、通話相手は恐らく紗夜先輩。

着け終わったらギターを持って本番前の練習をする。

「水城さん……大丈夫ですか……?」

白金先輩が聞いてくるけど、首を横に振る。

 

「まつりならきっと大丈夫!」

「そうです…いっぱい練習したから…きっと大丈夫です…!」

二人は励ましても効果はあまりないようだ。

「胃が潰れそう……」

 

するとスタッフが入って来て、声をかけてきた。

「そろそろ本番入ります!」

 

ついにこの瞬間が来た。私の心臓が激しく鼓動し始める。呼吸が乱れそうになるが深呼吸をして落ち着かせる。そして舞台袖に移動する。

 

 

1回深呼吸する。

私は水城まつりじゃない。氷川紗夜先輩だ。私は紗夜先輩としてステージに立たなければならない。髪を触ると紗夜先輩と同じ髪色のエクステが目に映った。そう、私は氷川紗夜なんだ。

ステージに立つ。観客から声が上がるが、私はそれを聞き流した。私はRoseliaの皆とアイコンタクトをとる。カウントに合わせて"Neo-Aspect"のリフを弾き始めた。一曲目が始まる。

 

二曲、三曲と様々な曲を演奏していくうちに観客のテンションが上がっていく。

そして次は"BLACK SHOUT"だ。イントロを違うアレンジで行くのでバイオリンに切り替える。バイオリンとピアノが織り成すメロディが粛々とした雰囲気を作る。

イントロが終われば急いでギターに持ち替える。まずは周りを聞いてひたすらリズムキープ。掛け声も忘れず入る。掛け声は先輩らしく綺麗な声で。ギターソロに入る。ギターソロはアドリブを入れる。チョーキング、アーミングを交えて、次にタッピング。ピアノの音はトリルと合わせる。よし、何とか出来た。またバッキングギターに戻るので、周りをよく聞かなきゃ。

 

――

 

ライブが終わった。メンバー達がステージから降りる中、私は観客に向けてお辞儀をした。

…すると、頭に何かが当たった。突然痛みが走る。足元を見てみるとペンライトが落ちていた。恐らく観客の誰かが私に目がけて投げたのだろう。…クソが。

 

私のパフォーマンスが不満だったの…!?

私が気に入らなかったの…!?

 

苛立った私はブーツでペンライトを潰し、ステージの後ろへ蹴っ飛ばした。そして観客の方を向かず、ステージを降りる。

ステージが降りた後、私は誰とも顔を合わせずトイレの個室へ駆け込んだ。ドアは大きな音を立てながら閉めた。

 

私は嗚咽を飲み込みながら、硬い壁をひたすら叩いていた。

(ふっざけんなよ……!)

壁は硬い素材で出来ているので右手が痛い。だがそんなことは関係ない。とにかく今は怒りをぶつけたかった。

「はぁ…はぁ…くっ……」

 

悔しさとか、怒りなどで涙が零れてくる。

 

『大丈夫?』

 

無理…

 

『……落ち着いたら行こう』

 

怒りが収まるまで引き籠っていた。

 

――

 

ようやく落ち着いたので、深呼吸して外に出た。

 

控え室に戻ると湊先輩と今井先輩が凄まじい剣幕でスタッフに問い詰めていた。

 

「まつりに物を投げたのは誰なの!?」

「人に物を投げるなんて最低だよ!どうしてまつりが傷つかなきゃいけないの!」

 

私が帰ってきたのを見た湊先輩と今井先輩は私の所へ駆け寄って抱きしめてきた。

 

「まつり!大丈夫なの!?」

「怪我は無い!?」

「……」

 

私は黙って2人をどかせた。そして衣装を脱ぎ始めた。着替え終わったらだらしない姿勢で椅子に座る。

控室のドアを荒々しく開けられた。紗夜先輩だ。

 

「水城さん大丈夫ですか!?」

「……」

 

私は黙ってスマホをいじる。Roseliaの皆は困惑しているらしい。そりゃそうだろう。

 

「水城さん、一体どうしたんですか?なんで何も言わないんですか……?」

「ちょっと紗夜。落ち着いて……。ね?」

「落ち着けませんよ!こんなこと初めてじゃないですか!!」

「紗夜、まつりはかなり傷ついているのよ。少し静かにしてあげて。」

 

胸ポケットにあるココアシガレットを取り出し、口に咥える。

 

「水城さん、行儀が悪いです…」

注意されても私は聞かないかった。

「やさぐれているの」

 

そう返答して目線を天井に向けた。

 

紗夜先輩は唖然として私の方を見つめた。

私の意識はずっと上の空だった。私の演奏の何が悪かったのだろう。どうしてファンに受け入れてもらえなかったのだろう。その事ばかり考えていた。私が紗夜先輩じゃないから?私の演奏が完璧じゃなかったから?考えていても答えが出る問題ではない。ただ言える事があるとしたら、それは『私が居るRoseliaのレベルが低い』と言う事実だけだ。

 

「今日はこれくらいにしておきましょう。皆帰っていいわ…」

 

湊先輩の声で私は荷物をまとめて帰ることにした。湊先輩が私に何か話したいような感じがしたが、私は湊先輩を無視して帰った。

 

――

 

カフェの中にて、陽香とモカ、リサの三人はテーブル席に座っていた。

「まつり、最近大丈夫?」

リサが陽香に聞く。

「うん、まあ……」

陽香は曖昧な返事をする。

「まさかこんなことになるなんて……ごめんなさい……」

陽香は申し訳なさそうに頭を下げる。

「あはは、謝らなくていいよ…むしろあたしの方が謝るべきだよ…Roseliaの皆は大丈夫。ただ、まつりの事が心配でね……」

リサは苦笑いする。

「でも、どうしてあんなことになっちゃったんだろう……」

モカが呟くと、リサは首を横に振った。

「分からないんだよね……」

「まつりは…今は普段通りですけど、何か変わっちゃったような気がするんですよね」

陽香は暗い表情を浮かべる。

「どんな感じ?」

「今までメジャーデビューに反対していたのに、突然賛成するようになっちゃって…」

「え、そうなの……!?」

「はい……。今井先輩、この前Roseliaのみんなと打ち上げに行きましたよね、どうでしたか?」

「ちょっと無理してたよね。楽しもうとする気持ちはあったけど、どこか上辺だけのような気がするかなぁ…」

「やっぱり……ですよねぇ……」

モカは甘い飲み物をストローで飲みながら言う。

「まーちゃんが心配だねぇ~」

「今後の方針として、まつりに要注意。でいいですよね?これ以上悪化しないように気をつけないと」

陽香は真剣な顔で言う。

「そうだね」

「今日はこの辺にしようかなぁ。お疲れ様でした!」

 

――

 

あれから気力が無くて、ベッドの上で横になっていた。

『理性で誤魔化しても、心は誤魔化せられない。まつりは軽い嘘ならつけるけど、重い嘘はどうしても誤魔化せられない。』

 

布団で涙を拭う。自分が悪いのだろうか。自分に才能が無いからなのか。

 

『嫌いになりそうなんでしょ?名前や曲を聞くだけで嫌になるんでしょ?』

 

自分は全力を出したはず。努力をして、練習をした。なのに何故こうなるのか。自分の実力不足なのは分かってる。身体中の震えが止まらない。

ああ、私は嫌いになってしまったんだ。Roseliaの歌が。湊先輩が。湊友希那が。他のバンドメンバー達が。自分が憧れたバンドが。全部。

なんで?どうして?みんないい人のはずなのに。私を受け入れてくれた人たちのはずなのに。

…ああ、あの時と同じだ。私はやっぱりいちゃいけない人間だったんだ。

そう思うと、私の目からは大粒の雫が零れ落ちてきた。私は枕に顔を埋めて泣いた。声を殺して泣くしかなかった。



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9月 モブ子の視点2

夏休みが終わった。憂鬱だ。あと何回クソみたいな学校へ通えばいいのだろう。そう思うとため息が出る。まあ、でも仕方がないことだ。学校の靴箱置き場に行くと、水城さんを見つけた。

 

「おはよう、水城さん」

「…おはよう」

 

相変わらず無愛想な返事である。こんなに可愛い顔をしているんだからもう少し笑顔で挨拶してもいいと思うんだけどな…私はいつものように彼女の隣を歩く。

 

「水城さんは夏休み、どうだった?」

「まぁまぁ楽しかったよ。ライブしたり、旅行したり、富○急とか行ってきた」

「富士○羨ましいなぁ……私なんて宿題に追われる日々だよ」

「学生だから仕方ないよ」

「わかってるけどさ……」

 

そんな他愛もない話をしながら教室まで行く。でも水城さんの様子がちょっとおかしい。ちょっと何か思い詰めているような感じがした。

 

「ねえ、大丈夫?なんか顔色悪いけど……」

「ん?別になんでもないよ」

 

そう言うけど、彼女はどこか重そうな感じがした。

 

___

 

 

始業式やホームルームも終わり放課後になった。私は吹奏楽なので今から部活に行かなきゃいけないが、その前に水城さんと雑談をしていた。

 

「実は、結構マズい問題に当たっていて……」

 

水城さんは深刻そうな表情で言った。

 

「え、マズい問題って何?」

「氷川紗夜って知ってる?Roseliaのギターの人」

「え、うん。一応知っているけど……それがどうかしたの?」

「あの人から、サポートギターとして入って欲しいと頼まれたの」

 

それは凄いことだと思うのだけど、水城さんはあまり嬉しくなさそうだ。

 

「断わったの?」

「断ったけど、今度は湊友希那というボーカルの人からもお願いされて……」

「あ、その人は知ってる。相当有名な人だよね。うちの学校でもファンクラブ出来てた。それで迷い始めたの?」

「そう。私にRoseliaのサポートギターなんて務まらないよ…」

 

水城さんは責任に押し潰されそうな表情をする。そんな事は無いと思うんだけどなぁ…水城さん上手いんだし。あ、でも水城さんが湊友希那のファンクラブに目を付けられてしまうというリスクもあるのか。うーむ、難しいところである。

 

「…まぁ、私はバンドをやっていないし、どう答えればいいのかわからないな…」

「そっか。じゃあ、私はもう行くよ」

 

そう言って水城さんは去っていった。

 

――

 

翌日、水城さんはRoseliaのサポートギターとして入る事を決めたらしい。Roseliaから発表があった。しかし、反対する意見もあった。Roseliaの狂信者だ。連中のSNSを見たけど、気分を害したのですぐに見るのをやめてしまった。本当に人間って醜いなぁと思った。

学校に登校する時、水城さんを見つけたので一緒に歩いた。学校に着いて水城さんが靴箱を開けると、中から赤い紙が雪崩のように落ちてきた。恐らく狂信者の仕業だろう。これは所謂いじめだろうか?私は慌てて彼女の元へ向かう。

 

「水城さん、大丈夫!?」

「あら、ラブレターかしら?」

 

水城さんは大袈裟に皮肉を込めて呟いた。私は落ちてきた紙を拾って勝手に見ると、水城さんがRoseliaのサポートギターとして参加することに反対する旨の事が書かれていた。他の紙も同じ内容だった。

 

「こんな酷いこと言う奴がいるんだ……」

「…過激なファンもいたものね」

「水城さん、私はやめた方が良いと思います…」

「心配してくれてありがとう。でも、もう決めたことだから」

 

水城さんは悲しそうに笑った。しかし、決意は固いようだった。

 

「どのバンドのファンも嫌いだけど、Roseliaの人達は恨んでないよ」

「え、なんで?」

「私はRoseliaの人柄を知ってるから。音楽には真面目だけど、話してみれば優しい人達だよ」

「そうなんだ……」

「もし、会ってなかったら嫉妬したり、恨んでたかもね。私は聖人じゃないし」

「……」

「それに、私は湊友希那さんに憧れているの。あの人ににちょっと近づきたかったから、この話は丁度良かったんだと思う」

「へぇ……」

「じゃあ、また」

「うん……頑張って」

 

水城さんが上履きを履いて階段を上っていった。

私は拳をぐっと握る。次のRoseliaのライブ、絶対に見なくては。

 

――

 

ライブ当日、私はRoseliaのファンである友達を連れて見に行った。チケットは手に入れるのが大変だった。会場に入るとすでに観客が沢山いて、かなり盛り上がっていた。

メンバーがステージに上がる。そして、湊友希那がマイクを握った。

 

「皆、今日は来てくれてありがとう。今日は紗夜が居ないから、代わりにこの人を呼んでもらったわ。水城まつりよ。」

 

水城さんがステージに上がる。周りの観客から「えー?」という声やブーイングが上がった。私は友達と顔を合わせて、顔をしかめた。水城さんは黙ってお辞儀をするだけだった。

演奏が始まる。水城さんはギターを弾き始めた。すると、先程までブーイングを上げていた観客達が水城さんの演奏を聞いて静かになった。水城さんは今までのように、感情のままに動くようなスタイルじゃなくて丁寧にギターを弾いているなイメージだった。きっと氷川紗夜のギターをリスペクトしているのだろう。Roseliaのメンバーが歌を歌い始める。ボーカルの湊友希那の声はパワフルで声量がデカくて素敵だと思った。

 

「ねぇ、凄くない?」

 

隣に座っていた友達が興奮した様子で言う。

 

「そうだね。私も驚いたよ」

「水城さん、ギター上手いじゃん!」

 

その後のRoseliaの曲は盛り上がる曲ばかりだった。水城さんはしっかりとRoseliaの曲を覚えて、自分の物にしていたのだ。本当にすごい人なんだなぁ……。

 

「水城さん、かっこいいな……」

「ね!」

 

全ての曲が演奏し終わり、メンバー達がステージを降りていく中、水城さんは最後に残り、観客の方にお辞儀をした。よし、これで終わり。そう思った矢先…

 

どこかの観客が投げたペンライトが水城さんの頭に当たった。水城さんは我慢して何の反応もしないと思ったらブーツでペンライトを踏み潰して、ステージ後方に蹴った。スタッフが急いで出てきて蹴り飛ばされたペンライトを回収した。その後、水城さんは大股でそのままステージを去った。許せない。そんな厄介なファンが居たなんて。その後、Roseliaのライブは終わった。

 

ライブの帰り、友達と話す。

 

「あたし、Roseliaのファンだけど観客がペンライト投げるのは正直言って論外だと思う…マジであり得ない…」

「本当に!水城さん可哀想だった……」

 

私は怒りが収まらなかった。

 

「ファン達の対立が深まりそうで怖いな…」

「だね。もうあの2バンドで対バンは出来なくなったと思う。」

「ファンのせいで潰されるなんて…ね」

 

水城さんはファンが嫌いと言っていたけど、その理由もわかった気がした。

せっかく楽しいライブだったのに最後の事件のせいで全部台無しにされた。私は家に帰った後、水城さんに電話を掛けた。

 

「……どうしたの?」

「あ、水城さん、今大丈夫?」

「うん。どうしたの?」

「Roseliaのライブ、見たよ。ギター弾いてる姿すごくかっこよかった」

「そう……」

 

水城さんは元気が無さそうに返事をする。

 

「ステージから出ていく時、頭に何か当たったよね?」

 

水城さんはそれを聞くと息を呑んだように聞こえた。

 

「……何の事?」

「誤魔化さないでよ。あの時の水城さん見てて悲しかった……」

「…あの後、うちのバンドの一部のメンバーがRoseliaのところにカチコミしに行っちゃって…湊先輩や紗夜先輩が何度も謝っていて凄い申し訳ない気持ちになっちゃった。一応仲裁には入ったけど…」

「やっぱりそんなトラブルが起きちゃったんだ…」

 

水城さんはため息を吐いた。

 

「犯人はもう見つかったらしく、出禁になったから今日の事件は忘れていいよ」

「でも、水城さんが……!私は絶対納得いかないよ!」

「……そうだね」

「やっぱり、サポートとして入るのは…失敗だった?」

 

恐る恐る聞いてみる。

 

「…そうだね。正直に言うと後悔してる。…この事は誰にも話さないでね」

「う、うん。分かった。」

 

ああ、水城さんが傷ついてるのは本当だったんだ…

 

「あのね、これはまだ誰にも言ってない事なんだけど…」

 

水城さんが言葉を詰まらせた。

 

「どうしたの?」

「正直に言うと…CiRCLEでライブをするのが怖くなった。」

 

残酷な本音が水城さんの口から出てしまった。

 

「嘘…」

「観客の顔も見たくないって思ってる。」

「ライブが出来なくなったの!?」

「そこまで酷いものでは無いよ。ただ、ステージに上がろうとすると…腕が震えたり、少し涙が出そうになったりする」

「…十分酷いよ、それでも…」

「私、弱いからさ、嫌な事が積み重なって、人の視線とか人が苦手になってしまったみたい」

「水城さん…辛かったんだね…」

「…これからメンバー達と話し合ってみるけど、しばらくはCiRCLEでライブは出来ないと思う」

「じゃあdubとかGALAXYとかでやるの?」

「dubはキャパ的に問題無さそうだけど、GALAXYは厳しそう。でも10月から東京のライブハウスは戦場になるよ。殆ど使えないと思ってもいいかも。ガールズバンドチャレンジというイベントが始まるから、12月までは東京のライブハウスは使えないと思っていいかもしれない」

「じゃ、じゃあ…」

「不本意だけど、メジャーデビューをしてホール会場でのライブを目指すと思う。」

「そう…」

「今は逃げることにするよ…」

「うん。あ、あの!応援しているから!今度ライブする時、絶対に見に行く!」

「うん。じゃあね…」

 

通話が終わった。



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9月 Zoo Station

私は書類を片付けながらため息をつく。目の前の席には蘭ちゃんが居る。

「どうしたの? 何かあった?」

「いや、メジャーって面倒って思って……」

「ふーん……」

 

色々あったけど、大阪、名古屋での遠征ライブでは300人程度のハコをほぼ満タンに動員した。十分だと思ったので私達のバンドはレコード会社と契約を結んだ。メジャーデビューが決まったのだ。でもそこまでのビッグニュースじゃないから知ってるのはファンと私の周り程度。あとは音楽雑誌の隅っこに書かれているくらい。

 

「まつりの契約した会社ってどういう感じなの?」

「結構新しめの所で、小規模。新進新鋭のアーティストばかりを集めたところらしい。中にはアメリカで活躍してる歌手がいるんだって」

「へぇ…」

「それで、私が出した無茶苦茶な条件を呑んでくれるらしいのよ」

「どんな条件だったの?」

「デビューはアルバムから。期限付きのメディア露出制限、より良い制作環境の提供、音楽性に口出ししない。ライブがやりたい。簡単に言うなら金持ちインディーズな事させろって感じかな……」

「そんな事していいの?」

「ただ、今は単年契約で契約更新の条件が厳しいの。契約更新の基準として、シングル、アルバムのどちらかで週間ランキング10位以内を出す事らしい」

「え、いけるの?」

「正直、売れる音楽性じゃないし厳しいよ」

「そうなんだ……あ、プロデューサー付けたくないって言ってたけど、どうしたの?」

「結果的にはプロデューサー付くようになったけど、音楽的な面では口出ししない人が来た。白百合さゆりと言うんだけど、若い女性の人なの。高校の頃はベースやってたらしい」

「ふーん……」

「白百合さんは音楽的なプロデューサーと言うより、人の繋がりを重視する人なの。だからメンバー間の仲介役になる事が多い感じがする。音楽的な面だと、曲の感想を結構噛み砕いて説明してくれるの。それがまた分かりやすい」

「へぇ…」

「そして、私のギタースタイルを面白いと言ってくれたんだよね」

「どんな風に言われたの?」

「クラシックが土台としてあるから音が整っているけど、かなりアヴァンギャルドだって」

「まつりはいつもアヴァンギャルドじゃん」

 

そういうもの目指しているからね。プリンスみたいなギタリストになりたいし。私はブラックコーヒーのカップを持ち上げて少しだけ口に含む。苦い液体が舌の上に乗る。

 

「メジャーデビューしたけど、これから何するの?」

「アルバムを出して、その後渋谷のホールで土日使ってライブするの。その後にツアー…と言うより大都市でホール会場でライブする。」

「ライブするんだ。頑張って」

「ただ……」

「ただ?」

「ライブに向けた練習からバンドの雰囲気がおかしいというか…ちょっとギクシャクしてるというか……」

「大丈夫なの!?」

「ライブは必ずやるけど……」

「でも、雰囲気が悪いんじゃ……」

「プレッシャー凄いんだよ……」

「やっぱり」

「ライブで緊張する……胃痛くなりそう……」

「きっと大丈夫だよ」

「分からない……」

「…じゃあ、ちょっと回ろうよ。ほら、行こう」

「えっ!?︎ ちょ、待って!」

 

会計をして、私は彼女の手を引っ張られるようにして歩く。つぐみちゃんが笑顔で私の方に手を振っていた。そのままカフェを出て行った。

 

___

 

ライブ前のスタジオでのリハーサルにて。まつりが建物の中に入ってきた。

 

「まつり、おはよう」

 

蘭のあいさつに対してまつりの返事は頭を頷くだけ。Afterglowの皆はまつりの様子がおかしいと思い始めた。彼女はスタジオのドアを開けようとするが閉まってて入れない。するとまつりは一歩下がって、ドンッ!という音と共にドアを蹴った。その光景を見た蘭達は慄いた。解錠されてドアが開くと、まつりは大股気味でスタジオに入って行った。

 

「まつり…?」

「怒ってたよね…」

 

駆け足気味で陽香が到着した。

 

「あ、おはようございます!」

陽香はAfterglowの皆に挨拶した。

 

「おはよ〜」

「陽香、まつりなんか怒ってたよ!?」

「まつりちゃん、何かあったの?」

 

つぐみが聞く。すると陽香は頭を抱えながら答えた。

 

「ライブ近いから余裕無くなっているかも…」

「相当張り詰めてるみたいだな…」

「うん……」

 

スタジオからまつりが出てきて陽香を呼んだ。

 

「七瀬!早く!」

 

まつりが陽香を呼ぶ声は怒りが混じっているような声だった。

 

「はーい!」

 

陽香は急いでリハーサルスタジオに入った。残された皆は顔を見合わせる。

 

「どうしたのだろう……」

 

しばらくするとスタジオの中から喧騒が聞こえてくる。不安は膨れ上がるばかりだった。

 

「どういう状況なの……」

 

 

 

――

 

 

ライブ当日。

私は控室で待機していた。本番前なのでギターを触って指の調子を整えていた。そこに白百合さんが来た。

 

「大丈夫?いける?」

「はい……」

「ちょっと肩の力を抜いて楽しもう?緊張してるみたいだから」

 

私は黙って俯く。自信が無い。緊張もする。そのうち吐いてしまいそうなくらい。

 

「もう少しで始まるからそろそろ行こう?」

「わかりました……」

白百合さんが部屋を出ていくのに続いて私も控室を出て舞台袖に向かう。会場で鳴っているSEがこちらにも聞こえてきた。

 

「30秒前!」

 

スタッフがカウントをし始めた。

特注してもらった黒いギターのストラップを着ける。

 

「10秒前!」

 

目を閉じて一回深呼吸する。

 

「5、4、3、2、1!」

 

私はステージへ上がった。

 

――

 

ライブが終わった。満足できるクオリティじゃなかった。オーディエンスは盛り上がっていたけど…。

私は控室に戻った。衣装を脱いで着替える。

 

「大丈夫?」

 

白百合さんが心配そうに聞いて来たけど、私は俯いて首を横に振った。

 

「初めてのホールクラスだから仕方ないよ」

「すみません」

「謝らないでいいから、明日もあるからそこでリベンジしよう?」

「はい……」

「うん。まつりちゃんは凄い真面目だからきっと大丈夫」

 

ライブが終わった時に感じる満たされるような感情はいつの間にか感じなくなっていた。

 

――

 

ライブ二日目。今度はセットリストを大きく変えて、アコースティックを多く用いたゆったりとしたテンポの曲を中心に演奏することになっていた。昨日の反省点を踏まえて、より一層集中して臨んだ。

 

「昨日より上手く行けるといいね」

白百合さんが励ましてくれる。

「はい…」

 

控室でもアコースティックギターを弾いたり、バイオリンを弾いたりしてみるものの何かピンと来るような物は得られなかった。どうしてしまったのだろう私は……

精神的に落ち着けないまま、スタッフが控室にやってきた。

 

「そろそろ開演しますので、ステージ袖に!」

 

私は分かりましたと伝えて灰色のロングカーディガンを着けた。……目を閉じて考え事をしても嫌な事が思い浮かぶ。最近の事から、昔のことまで。何故か自分が許せないくらい苛立たしかった。一回深呼吸をして、私は控室を出た。

 

――

 

ライブが終わり、私は控室に戻る。過呼吸気味で、心臓がバクバクしている。

 

「大丈夫?」

「はぁ…はぁ…雰囲気が苦しかった…」

「よく頑張ったと思うよ」

「…トイレ行ってきます」

「うん、行ってきて」

 

私は控室を出て廊下にあるトイレに行く。私は個室の中で吐いた。

 

「おえっ……」

 

確実に私の精神が蝕まれている。ここ最近からこの状態がずっと続いている。胃酸を吐き出した後、口の中をゆすぐ。鏡を見ると目は虚ろで、頬辺りには涙の跡があった。洗面台で顔を洗い、タオルで拭いた。

 

「大丈夫じゃないよね……ははは、遠征ライブ終わっても生きてるといいな…」

 

自虐的に笑いながらそう呟いた。私は控室に戻った。

 

 




どうしたら速く仕上げられるのだろう


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10月 終わらない雨/何でも言って

暗い雰囲気に注意してください。

二分割だったけど一つにしました


10月、遠征ライブが終わってから。

 

空は灰色に覆われていて、外は土砂降りである。もしかすると雷が落ちてくるかもしれない。バンドの仕事を終えてスタジオを後にして家に帰る途中だった。今日は新アルバムに向けての作業を行ったが、メンバーとは何となく軋轢があった。いつも通りに振る舞おうとしても、上手くいかない。私の悪い癖だった。

 

……最近、私の体調は最悪だった。最近は悪い事が立て続けに起きて、精神がすり減っていた。頭痛や吐き気が頻繁に襲ってきて、薬が手放せない状態が続いていた。だけど、誰にも迷惑をかけたくないから痩せ我慢して悟られないようにしていた。でもそのせいでさらに症状が悪化している気がする。今も頭が痛くて仕方がなかった。早く家に帰って寝よう。そう思いながら歩いていると、目の前に女性が立っている事に気づいた。黒い傘を差していて、白いフリルブラウスに、スカートを履いている。

 

「あら、まつり。久しぶりね」

「湊先輩……」

 

今までなるべく避けてたのに、なぜ私の前に現れたのか。身体が少し熱を帯びたような気がした。

 

「こんな所で何してるんですか?」

「あなたを待ってたのよ」

「えっ、私ですか……?」

「ちょっと話したいと思ってね」

「話って……一体……」

「歩きながら話せる?少し距離があるけど」

「……はい」

 

私は湊先輩について行くことにした。しばらく歩くと公園にたどり着いた。私と湊先輩は屋根のあるベンチに座って話をすることにした。……先輩は真剣な表情をしていた。何を言われるんだろうか……湊先輩は口を開いた。

 

「まつりは大丈夫なの?随分調子悪そうだけれど」

「……別に、普通ですよ」

「本当に?」

「本当です」

「そうかしら?」

 

原因の一割くらいはあんたにあるんだよ。と心の中で毒づいた。私の心は獣へと変わっていく。

 

「最近はあまり良いことが無くて、気分が沈んでるだけなんですよ……」

 

私は作り笑いを浮かべた。

 

「……そうなのね」

「はい」

「ねぇ、まつり。一つ聞きたいことがあるんだけど」

「なんでしょうか?」

「まつりは最近、Roseliaの皆と話さないけど何かあったの?」

「いえ、特に何も無いですよ」

「本当に……?」

「はい」

「……」

「……。それだけですか?じゃあ、私はこれで」

「待って」

 

立ち去ろうとする私の手を湊先輩が掴んだ。

 

「離して下さい」

「どうして逃げるの?」

「逃げてなんかないですよ」

「……本当の事を言ってくれないと、この手は絶対に離さないわよ」

 

彼女の握力は強く、振り払えなかった。

苛立ちが募っていく。私の心の中にある獣があふれ出て来そうだ。理性を保とうとするも、もう限界だ。どうせなら、全部ぶちまけてしまおうかな。それで楽になれるかもしれない。

私は目を虚ろにして、彼女を見た。湊先輩の顔を見ると何故か胸が締め付けられた。私は抑揚も無い、感情の無い声で言った。

 

「…湊先輩っていいですよね」

 

私の声を聞いた湊先輩が驚いた顔をしたけど、すぐに険しい顔になった。

 

「どういう事なの?何がいいの?」

「私と違って歌が上手いし、容姿端麗だし、才能もあるし、羨ましいなって思ってるんですよ」

「だから何が言いたいの?」

「そんな完璧な人、私みたいな人間が関わってちゃいけないと思うんです」

「……本気で言っているの?」

「……前のライブが失敗した原因、わかりますか?私のせいなんですよ。私がちゃんと出来なかったから、あんなことになったんです」

「違うわ、あれはあなたの責任じゃない。それに、あなたは十分頑張ってるわ」

「嘘つかないでください。そうやって私を慰めようとしてるだけでしょ?そういうのやめてください」

 

私の中にある獣が暴れだしている。私の口からは言葉が止まらない。本当はわかっている。人を傷つけるのはいけない事を。でも今更自分を変えることは出来ない。だったらいっそ、ここで終わらせてしまった方がいい。関係なんて無い方がマシなのだ。湊先輩が何か言おうとした時、雷鳴と共に大粒の雨が降り出した。激しい音が鳴り響く。風が吹き荒れる。私は口を開いた。

 

「私ね、嫌いなの。Roseliaが。あのバンドのメンバーが全員」

 

湊先輩の目が大きく見開いた。

 

「え……」

 

「憧れてた。Roseliaの曲を聴いて、自分もこんなふうになりたいって思った」

 

私は淡々と話を続ける。

 

「だけど、違った。何もかもが違っていた。最初は気づかなかったけど、気づいた時には遅かった。私には届かない存在になっていた。周りにある綺麗で色鮮やかな色をたくさん見たせいで、自分がどれだけ薄暗く、汚い色なのか分かってしまった」

 

先輩たちが悪いわけじゃない。これはただの八つ当たりだ。

 

「それでも、まだ信じていたかった。努力すればいつか報われるんじゃないかって」

 

私は湊先輩の瞳を見つめながら話を続けた。

 

「……それがこのザマですよ。どんなに練習しても、一生懸命にやっても無駄なんです」

「そんなこと無いわ!」

「私が観客に受け入れてもらえなかった理由は?教えてよ」

「それは……」

「わからないよね?」

「……」

 

彼女は悔しそうに下唇を噛んだ。その姿を見て、私の心はさらに荒んでいく。

 

「……猫を被るのはもうやめたの。これが私の本性よ」

 

私はニヒルな笑みを浮かべた。湊先輩の右手を取って、私の頬に当てた。ビンタ出来るならしてみてよ。そう挑発しても湊先輩は腕に力を入れず、憐れむような目で私を見るだけだった。それを見てさらに苛立つ。今更同情したって……

 

「正直に言います。私は湊先輩の事が嫌いです」

 

雷が轟く。水滴が土に打ち付ける。強い風が吹く。

湊先輩は俯いたまま動かなかった。罪悪感で心を少し痛めたが、それが本心なんだ。私は傘をさして帰ることにした。これ以上ここにいても意味が無いと思ったからだ。

 

――

 

リサと紗夜は深刻そうな表情で陽香と話をしていた。

「……湊さんが水城さんと話すと言ったその翌日から湊さんの様子がおかしくなって……」

紗夜が不安な表情で話す。

「どんな感じでしたか?」

「何というか練習の雰囲気も凄い張り詰めたというか……上手く言えないけど、ピリついてるんだよね……」

リサは落ち込んだ表情をしている。

「あと、次のカバー曲にデスメタルを提案してきました」

「え?あこちゃんじゃなくて湊先輩が?」

「ええ……」

「たぶん、友希那とまつりの間に何かあったと思うんだけど、陽香は知らないかなって……」

「ああ……ごめんなさい、最近まつりとは話してないんです」

「ええ!?まつりと仲いいのに!?」

「最近はメンバー間の関係が悪化して……」

「お互いに状況は良くないようですね」

「氷川先輩と今井先輩もまつりと話しましたか?」

「いえ……」

「ここ最近、まつりに明らかに避けられているんだよね……仲いいはずのあこや燐子も避けられていたし……」

陽香は頭を抱えながらしゃがみこんだ。

「最悪……」

「お互いに聞けない状況である以上、どうしようもありませんね……」

 

3人は解散して、陽香は椅子に座る。ため息を吐いて空を見た。陽香はここ最近のまつりの異変を感じていた。情緒不安定になったり、突然ヒステリックになったりと精神的に不安定になっていた。助けられるのなら助けたいのだが、どうすることもできなかった。

 

「あれ、陽香じゃん」

「蘭ちゃんですか……」

 

ギターを背負った蘭が現れた。

 

「落ち込んでいるけどどうしたの?」

「……まつりがね」

「まつり?最近まつりと会ってないけど、どうかしたの?」

「まつりがちょっと不安定になったり、湊先輩と何かあったりして……」

「何かって……分からないの?」

「皆聞けないのよ。まつりは人間関係シャットアウトしてて、湊先輩は闇堕ちしてるし……ただ分かるのはまつりが湊先輩をはじめとしたRoseliaの面々を嫌っている事だけだし」

 

陽香はまたため息をついて俯いた。しばらくすると……

 

「ああもう!」

 

蘭が突然大声を上げて陽香は驚いた。

 

「何があったのか知らないけど、まつりが湊さんの事を嫌う訳ないじゃない!皆が聞けないのなら、あたしが湊さんと話す!」

「待って!!︎」

 

制止を聞かずに蘭は友希那の居るスタジオへ入っていった。

蘭がスタジオのドアを開けると冷たく、刃物のような鋭い目で蘭を睨む友希那が居た。

……こうして大喧嘩が始まった。

 

――

 

……最近は食事が喉を通らない。食べることが億劫で仕方がない。

食べても味がしない。ただ栄養を補給しているだけ。それだけだった。食欲も無いので、私はコップ一杯の水を飲むだけ。

そしてギターを弾く。それが私の日常になっていた。新アルバムの制作は私が精神的に参っているせいで一時中断になってしまった。本当に申し訳ないと思う。

机の上にある楽譜を広げる。暗くて重い曲調。今の私にはお似合いの曲だ。歌詞はざっと程度。あはは……もう私、暗い曲しか作れないや……。

ベッドに寝転がって嫌いな青空を眺めた。今日は雲一つ無い快晴で太陽が眩しい。空を睨んだ後はカーテンを閉めた。ナーバスな気分の時はレディオヘッドが聞きたい。スマホを操作して、ミュージックアプリを開く。イヤホンを付けて再生ボタンを押そうとした時、電話の着信音が鳴った。

画面を見ると湊先輩からだった。私は出たくなかったのでそのまま無視した。すると留守電に切り替わった。

 

『まつり……?私よ。また話せないかしら。……お願い』

 

その声を聞いて私は涙が出た。どうして私に構うんだろう。放っておいてほしいのに、この人は私の心の中に土足で踏み込んでくる。これ以上私の心に入ってくれば、壊れてしまうかもしれない。そんな予感がする。私が湊先輩を嫌う理由?それは嫉妬だよ。

 

先輩の留守電が終わった後、またミュージックアプリを触る。気が変わってコールドプレイの"parachutes"を聞こうとすると……今度は蘭ちゃんから電話がかかってきた。私は少し苛立ちながら出た。

 

「もしもし、どうしたの?」

「まつり、大丈夫?」

「……無理」

「……湊さんから電話来た?」

「来たけど切ったよ」

「わかった。……ねぇまつり」

「何?」

「……いつでもいいから」

「何が!?」

 

私が怒鳴るように言うと一方的に切られてしまった。一体なんなんだ。私は再びベッドに横になる。

……いつでもいいという言葉に私の決心は揺らぎ始めた。

スマホを持って、起動しようか迷う。……また湊先輩と顔を合わせた時、私はどんな顔をすればいいんだろうか。その時に玄関の方で物音が聞こえてきた。……誰かが来た。インターフォンが鳴る。誰だろう。

ドアを開ける。そこには湊先輩が立っていた。

 

「どうして……」

 

私は絶句してしまった。今1番会いたくない人なのに、どうしてここに来たのだろう。退こうとすると湊先輩が私の手を掴んだ。湊先輩の顔を見た瞬間、私の心は錯乱した。救われたい、救われたくない。二つの感情が入り乱れる。湊先輩の手を振り払おうとしたけど力が強く振り払う事が出来ない。

 

「離して……!」

「まつり、落ち着いて聞いて欲しいの」

 

湊先輩は私の目をじっと見つめながら言った。

 

「話す事なんて……ありません」

「いいえ、あるわ。私はあなたに言わないといけない事があるの」

「だから、何も……」

「私の話を聞いて。それまで手を離さない」

 

湊先輩の目が真剣だったので、私も少し冷静さを取り戻した。私は無言でうなずいた。

 

「ありがとう」

「いえ……」

「……入るわ」

 

湊先輩が家に入ってきた。私はベッドに座る。湊先輩も隣に座って、私と向き合った。沈黙が流れる。先に口を開いたのは湊先輩だった。

 

「まつりは、私の事嫌い?」

「……はい」

「そう……」

 

湊先輩は俯いて悲しげな表情をした。

 

「ごめんなさい……」

「先輩が謝る事じゃないです」

 

これは私が勝手にやってることだから。それに、私の方がもっと悪いことをしてる。

 

「私が……全部悪いんです……」

 

言葉が出なかった。言いたかったことは沢山あったはずなのに、いざ本人を前にすると、何を言えば良いのか分からなくなる。湊先輩が私を抱き寄せようとしたが、私はその手を掴んで拒絶した。私の頭の中には色んな感情が渦巻いていた。嫉妬、怒り、悲しみ、後悔……負の感情ばかりが心を蝕む。

 

「学校に行ったとき、噂されたのよ……誰かも分からない奴が私の方を見てこっそりと陰口を言ってた。私がRoseliaのサポートギターとして入った話題をしてた……一回の過ちだけで指さされて日常を送らなきゃいけないのよ……!こんなことなら……最初から……」

「皆が羨ましいよ!!どうして私はこうなるのよ!!なんで私だけ劣等感に苛まれなきゃならないの!?私が何かしたの?教えてよ!!」

もう自分が自分では無いみたいに、私は叫び散らしていた。

「今井先輩なんて毎日明るくて、いつも笑顔で、周りからの信頼もあって……私なんかとは大違い……。紗夜先輩だって、あんな融通利かない性格でギターが上手なの意味わからないよ!香澄ちゃんだってバカなのにどうして友達沢山いるのよ!」

 

私は友達の悪口をわめき散らかしてた。髪をくしゃくしゃにして、涙をぼろぼろ流しながら叫んでいた。そして壁に頭を何度も打ちつけて、床に倒れる。

 

「もう嫌……消えてしまいたい……!」

 

自分の肌を見る。絆創膏では隠し切れないほどの自傷の跡が身体中に刻まれていた。それを見ているとさらに苦しくなった。

 

「そんな感情を抱えながら生きていたのね……辛かったでしょう……」

「……っ!」

 

湊先輩は私を抱きしめてくれた。今までずっと我慢してきたものが一気に溢れ出した。私は声を上げて泣いた。その間、湊先輩は何も言わずにただ私の背中をさすってくれていた。

 

「まつり……あなたは大切な仲間の1人よ。たとえRoseliaのメンバーじゃなかったとしても、私はあなたの味方で居続けるわ」

 

湊先輩が優しい声で語りかけてくれる。

 

「たとえ、世界を敵に回しても私はあなたの側を離れない。約束する」

 

私は泣き続けた。この気持ちが少しでも楽になるならと、湊先輩の言葉を聞き入れていく。

 

「他の人に言わなくてもいいから、言いたい事があったら全部私にぶつけて。不満も怒りも、悲しみも、全部私が受け止めるから。いい?」

 

私は先輩の胸の中でうなずいた。

 

「あのね、まつり。伝えておきたいことがあるの」

「……はい」

「私は……私は、あなたのことを愛してるの」

 

頭が真っ白になった。私は顔を上げる。湊先輩の顔は真剣そのもので冗談を言っているようには見えなかった。よく分からないのに心臓の音が激しく高鳴っていた。

 

「別に答えをすぐに出して欲しいわけじゃないの。ただ想いを伝えただけ」

「え……」

「でも、心に留めておいて。何があってもあなたには私が居る事を」

「……はい」

 

湊先輩は私の肩に手を置いた。見つめ合うと湊先輩は顔を近づけてきた。私は抵抗せずにそのまま受け入れた。

 

色んな感情が籠る空間の中、唇と唇が触れた。

 

 

___

 

平日の学校の日。学校の中、私は悶えていた。

 

(なんで私はあんな事をしてしまったの……!?)

 

湊先輩とのキスを思い出して恥ずかしくなる。いや、湊先輩は悪くないんだけど、やっぱりいきなり過ぎてびっくりしちゃったっていうか……。とにかく冷静になろう。そう思って深呼吸をする。悶々とした感情を抱えながら学校を出ると何か人だかりが出来ていた。私は野次馬じゃないので、それらを横目に通り過ぎる。すると、私の名前を呼ぶ声が聞こえた。

 

「まつり、こっち」

 

振り向くとそこには蘭ちゃんが居た。学校の制服とか着てなくて、パーカーにキャップ帽という格好だった。

 

「蘭ちゃん……?学校違うんじゃ……」

「まつりと一緒に行こうと思って」

「そうなんだ……」

「行く?」

「うん……」

 

蘭ちゃんが私の手を握り、引っ張っていく。私はそれに抗わずについていった。学校から離れ、街を歩く。一緒にキッチンカーでクレープを買って食べながら歩いたりもした。しばらくすると、後ろから女性がやってきた。

 

「はぁ……やっと見つけた……」

 

息を切らしながら近づいてくる。その人は湊先輩だった。

 

「み、湊先輩!?」

「あら、どうしたの?まつり」

「ど、どうしてここに……」

「本当は学校で待とうと思ったけど、あなたの学校の生徒たちに囲まれてしまって……」

 

そっか。私の学校って湊先輩のファン多いもんね。

 

「それで何か用ですか?あたし、これからまつりと予定があるんですけど」

 

蘭ちゃんが不機嫌な様子で言った。……湊先輩の顔を見ると何故か私の顔が熱くなる。心臓の音がうるさいくらいに鳴り響いている。

 

「まつり……?どうしたの?」

 

蘭ちゃんが心配して聞いてきた。私はハッとして首を横に振る。

 

「何でもないよ!何でもない!!」

 

湊先輩はなぜか誇らしげな表情をしていた。

 

「湊さん、まつりに何かしたんですか!?」

「さぁ……どうかしら?」

 

湊先輩は微笑みながら私を見た。蘭ちゃんは湊先輩を睨んでいる。

 

「まつりは湊さんに何かされたの!?」

「何もされてない!!多分……」

 

湊先輩と蘭ちゃんの視線がぶつかり合う。2人とも怖い顔になっていた。でも私は……恥ずかしさで頭がぶっ飛んでしまった。

 

「いやあああああああ!!」

 

私は悲鳴を上げながら両手に持っていたクレープを2人の顔にぶちまけてしまった。当然2人の顔はクレープで汚れてしまった。

 

 



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10月 千年花

私が錯乱したあの日から数日後。私は病院でカウンセリングを受けていた。

 

「最近の調子はどうですか?」

 

先生は女性の先生で、優しい声音で話しかけてくる。

 

「少し良くなったと思います」

 

「それは良かったですね。なにか精神的な面での変化などは感じられましたか?」

 

私は考えた。最近、変わったことと言えば、あの日から湊先輩を見る度にドキドキするようになった事かな。でもこれは誰にも言えないし……私が悩んでると、先生は話を変えた。

 

「あの、無理して言わなくてもいいですからね?」

「いえ、大丈夫ですよ!その…」

 

――

 

病室を出ると保護者代わりとして来てくれた白百合さんが居た。白百合さんから薬が入った袋を受け取る。

 

「どう?終わった?」

「はい。終わりました」

「それならよかった」

 

私と白百合さんは病院の廊下を歩きながら話をする。白百合さんはファイルに入った書類を見て難しい顔をしていた。

 

「……まさか私がロケットマンみたいな事になるなんてね」

私は皮肉めいた自虐的な作り笑いを浮かべた。

 

「エルトン・ジョンの映画?大丈夫。まだそれほど酷くなってないから」

「もう酷いことになっていますよ……」

 

白百合さんは首を横に振った。

 

「気負いしないで。今はゆっくり休めばいいから」

そう言って私の肩に手を置いた。

 

「ごめんなさい……迷惑をかけて」

「大丈夫だから。ほら、帰ろう?」

私は白百合さんの背中について行った。

 

白百合さんはファイルの中にある紙を見ていた。

「それにしても変なこと書いてあるね。『強い結びつきを感じる人に対して稀に恋愛感情を抱く』って。」

「……恋愛の話?」

「ええ、まつりちゃん何か話したでしょ?」

「……」

 

私は何で変な事を言ったんだろうと後悔をした。そう、私は見た目とかそういうもので惹かれる人間ではないらしい。私が恋した事ある人間というのは、親近感を抱いた人が多い。保育園の頃、よく遊んでくれた男の先生。小学校低学年の時は同じクラスの女の子だった。中学校の頃は……私の事をよく心配してくれた若い女の担任の先生。あとは……あの時の私の親友。そして今現在進行形で好きな人は……ううん。そんな話をしている場合じゃない。私は頭をブンブンと振った。

 

「言いたくないなら別にいいけど……まぁ、女の子が好きでも別に軽蔑しないから。ほら、最近LGBTとか……」

 

「やめて」

 

私は強い口調で言ってしまった。

 

「そんな綺麗事の寄せ集めみたいな言葉聞きたくない。私がどれだけ苦しんでいるのかも知らずにそんな4、5文字で簡単にまとめようとするのやめて。反吐が出る」

「ごめん……」

「……こっちこそすいません」

 

私たちは気まずくなりながら歩いた。

病院を出ると白百合さんの車に乗せてもらった。後部座席に乗ると、白百合さんは車を発進させた。しばらくすると白百合さんが口を開いた。

 

「前、まつりちゃんが男と付き合ったけどすぐ別れちゃったことカミングアウトしたじゃん」

「え!?いつ漏れてたの!?」

「前の遠征の打ち上げで勢いに任せて言っちゃったじゃん」

「私のバカ……」

 

私は頭を抱える。白百合さんは続けた。

 

「その時にときめきみたいなものは感じた?」

「全然」

 

私は即答した。白百合さんはミラー越しに私を見て、そっかと呟いた。車が赤信号で止まる。私は窓の外の景色を見ながら呟いた。

 

「私、このときめきみたいな感情が嫌い……」

「どうして?」

「邪魔だよ。こんなもの」

「……確かにね」

「私には必要ない」

 

白百合さんは黙っていた。しばらくして、再び話し出す。

 

「という事は今感じることがあるんだね?それは何?」

 

私は答えられなかった。目を閉じて考える。すると長い銀髪の一つ上の先輩の事が思い浮かんできた。あの先輩に抱きしめられた時の感触、キスされたときの感触……

 

「あ、あうぅぅ……」

 

私は顔が熱くなるのを感じた。そして恥ずかしさで悶える。

白百合さんがルームミラーで私を見た。白百合さんは苦笑いを浮かべていた。

 

「反応が恋する乙女のそれなんだよね……」

 

私は顔を真っ赤にしてうつむいた。心臓の音が大きく聞こえる。

 

「まだ若いんだし、じっくり自分の事を見つめてみるのもいいかもね」

 

そう言うと白百合さんは前を向いた。ラジオから音楽が流れる。RAISE A SUILENのR・I・O・Tだ。

白百合さんは曲のリズムに合わせて頭を抑え気味に揺らしていた。曲を流しながら白百合さんは話しかけて来た。

 

「良い曲だね……EDMとラップ、メタルとかが混じったミクスチャーロックのような感じ」

「……曲は好き。だけどあのメスガキの性格が気に食わない」

「あはは、まつりちゃんはRASと関わった事はあるの?」

「さぁ?」

 

私はわざとはぐらかした。もう数か月前の話になるのか。白百合さんは頭を振るのを止めて運転に集中した。

 

「本当に色んなガールズバンドが出てきたよね…」

「ここ一年辺りで一気にですよね」

 

私は沈黙した。白百合さんは続ける。

 

「RASに新しく入ったギターの子、なんかテクニック凄いって聞くよね」

「…六花ちゃんの事ね。あの子とは5月辺りから知り合ってたの」

「へぇ〜。という事はあっ……」

 

白百合さんは何かを察してしまったようだ。

 

「気にかけてた後輩が嫌いなバンドに行っちゃうのは複雑な気持ちなんだろうね…」

「まぁ、そうですね。かなり複雑な心境です。親切な人は居ますけど、あいつが……」

「ふーん……」

「…もしあの子に何かあったら連中のスタジオにカチコミする気持ちでいるから」

 

六花ちゃんは……内向的だし、主張が中々できない感じだけどどうなのか。最近は香澄ちゃん達と関わる事で少しずつ自分の意見を主張できるようになってきたけど、それでも。

白百合さんは眉を八の字にした。

 

「まつりちゃんって最初、大人しくて知的なタイプかなって思っていたけど、意外と暴れん坊なタイプなんだね」

「別に、これが私の本性だから」

「……お願いだから、事件とか起こしたり自殺とかしないようにしてね…不味くなったらすぐに逃げてもいいから」

 

わかってますと答えて私は窓の外の景色を見た。今日もコンクリートの大都市が目に映った。

 

「これからイタリアン行く?お代は出すよ」

「ご馳走様です」

 

車は走っていった。

 

___

 

学校が終わって、いつものように帰ろうとするとやっぱり校門近くで蘭ちゃんが待っていた。最近は湊先輩か蘭ちゃんが校門で私を待つのが日課になっていた。……物好きな人だなぁと思う。蘭ちゃんは声をかけてきた。

 

「まつり」

「蘭ちゃん……今日は早くない?」

「別に、いつも通りだと思うけど」

「……最近は湊先輩が来ないよね」

私は辺りを見回して言った。

「湊さん、もといRoseliaはガールズバンドチャレンジに出る事になったみたい」

「急に方向変えて来たね」

「うん。あの人はFWFへ向けての練習や、受験勉強もやらないといけないから凄い忙しいと思う」

「受験勉強……湊先輩の事だし、良い音楽大学でも行くのだろうね」

 

そう言うと蘭ちゃんが顔を背ける。何か引っかかる事も言ってしまったのだろうか。

 

「……そっか、まつりは知らないんだ」

「何が?」

「ううん、何でもない。とりあえず湊さんはずっと忙しい状態になるから、たまにはまつりの方からも会いに行ってあげて」

「う、うん……」

 

仲悪そうな二人なのに、そんな事を言うんだ。ちょっと意外だと思った。

 

「ところで今日は何の用?」

「そうだ、今日は暇?」

「うん。大丈夫だけど」

「じゃあさ、ちょっと話したい事があるんだけどいい?」

「別に良いけど……」

「ありがと。ついてきて」

私は蘭ちゃんに手を引かれてどこかに連れていかれた。

 

――

 

連れて行かれた先はいつものつぐみちゃんのお店だった。蘭ちゃんは紅茶を頼んで一息ついた。私はコップに水一杯だけ。コップの傍には錠剤が。

 

「蘭ちゃんが紅茶を頼むのは意外かも。普段はブラックコーヒー飲んでいるイメージがあるから」

「そう?」

 

蘭ちゃんは紅茶を一口飲む。

 

「バンドの調子はどうなの?」

 

蘭ちゃんが聞いて来た。すると私は暗い表情になってため息をついた。

 

「最悪。」

「え?」

「本当は遠征ライブが終わった後、11月下旬までにアルバム制作を完了させる予定だったんだけど、私が……」

「そっか」

 

蘭ちゃんは察してくれたみたい。

レコーディング作業中、精神的に参ってしまった私は昼の休憩の時にスタジオを抜け出し、電車に乗って遠くまで逃げてしまった。逃げた先は砂浜だった。私はそこで海を見ながらボーっとしていると、何故か松原先輩が私を見つけて、その後こころちゃんのお迎えが来てしまった。身柄を家に返された後、バンドや事務所がからんだ会議が始まった。バンドの皆と話し合った結果、しばらくアルバム制作作業を停止する事にした。……私のせいだ。今思い出しても恥ずかしい。

 

「ガールズバンドチャレンジも今の状態ではとても無理だから、出ない事にしたし」

「……あまり自分の事を責めないで」

「そんな事は出来ないよ……」

 

目尻から零れそうな涙を袖で拭った。薬を取り出し、口に含んだ後、水を飲んだ。

 

「……話題、変えよっか。暗い話をしても仕方ないし」

私はこくりと頭を縦に振る。

 

「まつりは湊さんとどういう関係なの?」

「っえええ!?」

 

予想外の事を聞かれ、私は一気に体温が上昇した。

 

「言いたくないのなら別に言わなくていいけど……」

「な、何でもないよ……」

「本当に?顔真っ赤だけど」

 

蘭ちゃんが私の顔を覗き込んでくる。

 

「……もう湊さんの事は嫌いじゃない?」

「うん」

「そっか、良かった」

 

そう言うと蘭ちゃんは安心したような表情をした。つぐみちゃんが蘭ちゃんにひそひそ声で話した。そして蘭ちゃんが私の方へ向いた。

 

「……まつり、もしかして湊さんに告白された?」

「っ!?~~~!?」

声にならない叫びが出た。動揺してる私を見て、蘭ちゃんはクスリと笑った。

「やっぱり」

でも、彼女は少し寂しそう表情をしたと思えば、すぐに元に戻った。

 

「……告白されてから、湊先輩に対して変な感情を抱いてしまうの」

俯きながら私は言った。

 

「どんな感情?」

「よくわからない。でも胸の奥が痛くなったりする」

「ふーん……」

 

蘭ちゃんは紅茶を飲み干す。カップを置くと、私を見て言った。

 

「まつりはその感情、知りたくない?」

「え?」

 

蘭ちゃんはしばらくすると真剣な目つきになった。でも少し頬を染めている。私はごくりと唾を飲む。

 

「……教えてくれるの?」

「うん。まつり……あたしと付き合ってみない?」

「……え!?」

 

突然の言葉に驚く。私は目を丸くした。つぐみちゃんも目を丸くしてこちらを見た。

蘭ちゃんは顔を真っ赤にして、目をそらしながら言う。

 

「……一応、仮の恋人という事で……」

「え?え?」

 

混乱する私に対して蘭ちゃんは畳み掛けるように言葉を続ける。

 

「その……嫌なら断ってくれても良いから……」

「あ、あの……」

「ごめん、急すぎた?でも、その……お願い……」

 

私は混乱する頭で必死に考える。蘭ちゃんはちらっちらっと私の方を見る。目が泳いでる。私も恥ずかしくなって目を逸らす。お互い黙ってしまった。

 

「一応、仮の恋人だからいつでも関係を終わらせても構わない、から……」

 

蘭ちゃんがそう説得してくる。……頭の中に先輩が思い浮かんでいることを除けば、私には断る理由がなかった。私はゆっくりと首を縦に振った。

蘭ちゃんはほっとしたような顔をした後、また顔を真っ赤にしてうつむいた。そして小さな声で呟く。

 

「じゃ、じゃあ、デートしようか……」

「でっ、デート!?」

「今度の日曜日とか空いてる?」

「う、うん……」

「集合場所とか時間は後でメッセージで送るから……」

「う、うん……」

 

そろそろ会計しようと立ち上がると、赤い髪の女性と白い髪の女の子と、ピンク髪の女の子の人影が見えたような気がした。

 

「き、気のせい…?」

 

私はつぐみちゃんに聞いてみる。

 

「う、うん!きっと気のせいだよ!」

 

慌て気味に答えてきた。

蘭ちゃんは恥ずかしそうにそそくさと喫茶店を出て行った。私もお店を出た。左の胸をギュッと抑える。心臓の音がうるさい。

 

――

 

デートの日、私は鏡の前で服を選んでいた。奥深くにしまっていた服を引っ張り出すけど……

 

(これ、地雷過ぎる……!)

 

取り出したのは黒とピンクのブラウスに黒のスカート。どれもこれもゴスロリチックなデザインでとても普通の高校生が着るような代物じゃない。去年の誕生日にお母さんから送られてきたものだ。でも、でも……これ以上女の子らしいのコーデが無い!仕方ない、これで行こう!

髪型もくしで整えて、よし……って腕の制御が効かないんだけど!?

『折角のデートなんだし、髪型変えようよ』

ワタシが腕の制御を奪って私の髪型を弄ってきた。抵抗しようとすると腕が私の頭を叩いてくるのでどうしようも出来ない。……結局、私は髪型をサイドテールにされてしまった。鏡を見るとそこにはピンクと黒の地雷っぽい女が居た。なんかクロミちゃんっぽい。このコーデはクロミちゃんコーデを名付けよう。持ち物、身だしなみを三度確認したら私は外に出た。

 

――

 

 

待ち合わせの時間より10分早くついてしまった。私は緊張しているのか何度も服装を確認してしまう。仮の恋人とのファーストデートと言っても、何を話せば良いか分からない。それに……好きかどうかもよく分かっていないまま……。そんな事を考えながらぼーっと立っていると、後ろから声をかけられた。

振り向くとそこに居たのは蘭ちゃんだった。

 

「お待たせ、まつり」

 

蘭ちゃんはいつも通りのカジュアルなスタイルだった。Tシャツの上に黒いパーカーを着ている。下はショートパンツ。

蘭ちゃんは私の服装をじっと見る。

 

「まつりもそういう格好するんだ」

「やめて……」

 

私は恥ずかしくなって両手で体を隠す。すると蘭ちゃんが笑った。

 

「別にいいじゃん。可愛いよ」

「うぅ……」

「さぁ、行こっか」

「どこに行くの?」

「それは内緒だよ」

 

蘭ちゃんは悪戯っぽく笑う。

蘭ちゃんは私の手を握ると歩き始めた。握り方が……恋人繋ぎになっているけど……

 

私たちは手を繋いで街中を歩く。それから電車に乗ってちょっと遠くの花畑に来た。

一面に広がる花々を見て私は感動した。

「すごい……」

「まつりは花好き?あたしは好きだけど」

「……花の事はよく分からない」

 

私はしゃがんで花をを眺める。

すると蘭ちゃんが隣に座って言った。

 

「まつりは好きな花とかある?」

 

私はしばらく考えて、指を指した。マリーゴールドだ。オレンジ色の可愛らしい花を咲かせている。

 

「……花言葉、悲しいんでしょ?」

 

私はアンニュイな気持ちに駆られて、少し寂しい気分になって言った。

 

「うん。わかっててマリーゴールド選んだの?」

「今はネガティブな花言葉を持つ花を選びたいの」

 

私は自分の心情を表現するために、敢えてそういった意味のある花を選んだ。きっと私を表すにはぴったりだと思うから…… 蘭ちゃんは私の言葉を聞いて、微笑みながら言う。

 

「このマリーゴールドの明るい花言葉を教えてあげる」

「え?何?」

「この品種のマリーゴールドだと、"逆境に立ち向かって生きる"という花言葉があるの」

 

蘭ちゃんはそう言って、優しい笑みを浮かべる。

 

「まつりの心は嫌な感情が渦巻いてるのかも。でも、心のどこかには逆境に負けずに生きたいって思っている自分もいるよ」

「……」

「光が見えたら、必ず手を伸ばして。絶対に逃がしちゃダメ」

「……うん」

 

蘭ちゃんは私を見つめる。

 

「あと、マリーゴールド全般の明るい花言葉として、"可憐な愛情"や"変わらぬ愛"という言葉も有名かな。これは全部まつりにピッタリかも」

「私に愛なんて……」

 

私はうつむく。どれだけ周りに人が居ても、私はずっと一人だった。心の中がドロドロでぐちゃぐちゃになっている私に愛を説いたって……

 

「分かるといいね」

「……」

 

私は蘭ちゃんの目を見る。吸い込まれそうな瞳に私は思わず目を逸らしてしまった。

 

___

 

 

お花を見終わったら花畑が見える木造のレストランで昼食を食べた。その後は色々回り、夕方辺りになるころ。私は蘭ちゃんと話す。

 

「もうこんな時間か」

「早いね」

「じゃあ最後に行きたいところがあるんだけどいい?」

「いいよ」

 

蘭ちゃんはまた手を握って歩き始める。

 

「どこに連れて行くの?」

「いいから」

 

歩いてたどり着いた場所は夕焼けがとても美しい高台だった。

私は蘭ちゃんの方を見る。

 

「ここは?」

「あたしは良くここに来るの。いつかまつりにも見せたかった」

「そうなんだ……ありがとう」

 

私たちはしばらく黙っていた。風が吹く。空には星が見え始める。街灯の明かりが煌々と光る。夕焼けの世界が一望できるこの場所は温かさと冷たさが混ざり合う雰囲気に包まれる。

しばらくして蘭ちゃんが私の手を離す。それから柵に近づいていった。

 

「ここから見る景色は本当に最高なんだ」

 

蘭ちゃんは手すりに手を置いて遠くを見つめる。私も隣に立って同じように景色を眺めた。

 

「本当だ……」

 

私は感嘆の声を上げる。蘭ちゃんは無言で眺めていた。私はその横顔を見る。何故か儚げな表情をしていた。

 

「デートってこういう感じなんだね」

 

私は何気なく呟く。

 

「う、うん……そうだよね。仮の恋人なんだし……」

 

蘭ちゃんは俯いて返事をした。私と蘭ちゃんは恋人じゃない。ただの友達。気を少しでも抜いたら本当の恋人だと勘違いしてししまいそうになる。でも、それはダメだと自分を律する。……蘭ちゃんはどうして仮の恋人になりたいって言ったのだろうか。女の子同士だし。いや、それ言ったら湊先輩も女性ではないか。……認めたくない。私の中で何かが警鐘を鳴らす。これ以上考えてはいけない。

それから私と蘭ちゃんは何も言わずにずっと二人で並んで景色を眺めていた。帰り道、私と蘭ちゃんは一言も話さなかった。

 



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10月 Song of the cosmos

higher and higher


私は小さい頃、宇宙が好きだった。宇宙が好きになったのは小学校の頃に読んだ本がきっかけだと思う。関心を持ち始めた私はそれから宇宙に関する映画をいっぱい見た。2001年宇宙の旅、スター・ウォーズ、スタートレック、インターステラーとか……

だから私はその頃、火星人がいるとか、宇宙船は存在するのかなんて考えていた。今思えばバカみたいだけど、私は真剣にそう思っていた。

今でも天文学的なものに関心はあったりする。星の位置を見て方角を確認したり、帰り道に都会の夜空から星座を探したり……

 

そう言えばこの学校には天文部が無かった。羽丘にはあるみたいなので、少し羨ましかった。そんな事を考えているうちに放課後になった。学校のバッグを持っていつも通りに帰ろうとするとやっぱり待っていた。蘭ちゃんだ。

 

「わざわざ迎えに来なくてもいいのに……」

「まつりの恋人だから別にいいじゃん」

「"仮の"ね?」

「うるさい」

 

蘭ちゃんは私の手を繋いできた。……なんか彼氏面されているような感じがするんだけど。

 

「今日はどうするの?」

私は聞いた。

 

「今日は夜まで一緒に居られる?」

蘭ちゃんが聞いてきた。

 

「どうして?用事でもあるの?」

「一緒に星を見に行こうよ」

「いいけど、どこに行くの?」

「秘密」

素っ気ない感じの声で返ってきた。

 

「分かった」

「それまで一緒にお出かけしよう」

「うん」

 

私達は歩き始めた。まず私と蘭ちゃんはゲームセンターに行った。ゲーセン行ったら全身を動かす方じゃなくて、足を動かす音楽ゲームをやることに。

 

「踊ってくれないの?」

「踊らないよ?」

 

蘭ちゃんは残念そうな顔をした。

 

「やる?」

私は聞いてみた。

「あたしはいいよ」

 

蘭ちゃんはまた後方で腕を組んで私を見始めた。

 

私は筐体の上に立つ。中くらいの難易度の曲を選曲して、ボタンを操作していく。曲が始まると、画面に合わせて足を動かしていく。私はこのゲームを何百回もプレイしているからスコアの出し方もわかっている。でも……

(し、しまった……スカート履いているんだった……)

私はスカートを押さえながら足を動かす。バーは掴めないので、かなり難しかった。ジャンプするとスカートの中が見えるかもしれないと思い、なるべく控えめな動きにした。なんとか最後まで踏みきってクリアすることができた。

 

「惜しかった」

「何が!?」

「もう1度やる?」

「絶対嫌!」

 

次にエアホッケーをやった。これは時間経過で追加のパックなどが投入されるめっちゃくちゃなホッケーだ。

 

「負けた方は罰ゲームだよ」

「罰ゲーム無しで!」

「じゃあ負けた方は勝った方の言う事を何でも聞くこと」

「ええ!?蘭ちゃんの癖に乱暴過ぎるよ!」

「……さ、始めるよ」

 

待って、なんでワンテンポ置いたの。手が不器用でスポーツ苦手な私は惨敗。勝てるわけがなかった。

私は蘭ちゃんに命令される事に。

 

「変な命令出さないでね?」

「大丈夫だって」

「本当かなぁ……」

「あたしの事信用してない?」

「絶対に何かしそうな顔してる」

 

私はジト目で言った。蘭ちゃんは少しムッとした表情になる。

「命令出すね。まつりはあたしに言われた通りのプリクラを取ること」

 

私は渋々従う事に。

「……分かった」

嫌な予感がする。プリ機に入ると、私は指定されたポーズを取った。カメラの方を向いて笑顔を作る。

 

「最初は普通に笑顔で撮って」

と言われて、その通りに撮った。次は頬をくっつけての撮影。余計に意識しているせいで恥ずかしい……以前は友達という認識でやってたから何の抵抗も無かったけど、今は違う。

 

「次、ハグしながらやるけど、まつりはそのままでいて」

 

私は指示されたとおりにする。後ろから蘭ちゃんが抱き着いてくる。私は思わずドキドキしてしまう。身体が密着するし、耳元で囁かれる。

 

「どう?ドキドキする?」

「しないわけないじゃん……」

 

私は小声で呟いた。

 

「次やるから、動かないでね」

 

蘭ちゃんはそのまま手を私の服のボタンにかける。

 

「ちょ!ちょっと待って!!」

「あたしの言う事が聞けないの?」

「そういう問題じゃないって……!」

「命令だから拒否権は無いよ。大丈夫、誰にも見られないから」

 

上のボタンが外されて、ブラが見える所まで来た時、シャッター音が鳴った。

 

「はい終わり」

 

蘭ちゃんは満足げに笑っていた。

 

「スケベ!変態!最低!」

「負けた方が悪いんだよ?それに興奮したでしょ?」

「しーてーなーい!」

 

私は急いでボタンを留めた。それからプリ機から出た後、蘭ちゃんとプリクラを見てみた。そこには顔を真っ赤にして、動揺している私が写っている。

 

「まつりってエロいね」

「さいっあく……」

「そんな怒らないでよ。可愛いんだから」

「うぅ……」

蘭ちゃんはニヤニヤしていた。

 

「どうせエッチな私の写真で何かするんでしょ?漫画みたいに『言う事従わなかったら写真ばら撒く』とか言って脅すんでしょ?」

「そこまでやらないから。あ、まつりそうして欲しい?」

「本当に止めて!」

「はいはい」

「……それで、これからどうするの?」

「そろそろ夕方だから一度あたしの家に行こうか」

「はーい……」

 

2人で歩いて蘭ちゃんの家に向かった。蘭ちゃんの家は和風のお屋敷だった。

 

「ここが家なんだ。大きいね」

「まあね。さ、入って」

「お邪魔します」

 

中は広くて綺麗。私はキョロキョロと周りを見渡した。

 

「適当に座って。今お茶入れるから」

「うん。ありがとう」

 

私は座布団の上に正座した。これからのプランとして、今から夕食を食べてその後、家を出て星を見に行くみたい。私達高校生が夜に外を出ていいのか分からないけど、多分大丈夫だと思う。しばらく待っていると蘭ちゃんのお父様がやってきた。和服を着ていて威厳がある人に見える。

 

「……蘭の友達かね?」

「はい。初めまして、水城まつりです」

「初めまして。今日は蘭から泊まると聞いているからゆっくりして欲しい」

「はい、ありがとうございます」

「……夕食前だが和菓子も必要か?」

「いえ、遠慮しておきます」

「わかった」

 

蘭ちゃんのお父様は威圧感を抑えながら話してきた。人と話す時、なるべく気を使おうとしているような感じがする。

 

「はい、お茶」

「ありがとうございます……」

 

蘭ちゃんがお茶を入れて来てくれた。私は両手で湯呑みを持ち上げ少しだけ飲んでみる。……熱い!舌がちょっとヒリヒリする!

 

「蘭、星を見るのはいいが、この子を連れて夜に外出して大丈夫なのか?」

「だから大丈夫だって言ってるでしょ」

 

蘭ちゃんは不機嫌そうに言った。

 

「最近は色々と物騒だから私は心配なのだ……」

「父さんは余計な事は言わなくて良いから」

「ふむ……しかしな……まつり君はまだ子供だろう?」

 

「まつり君?」

私は君付けされるのに違和感を感じて思わず言っちゃった。親子が私を見つめる。

 

「すまない、まつり君と呼ぶのは不快だったか?」

「うーん。ちゃん付けか呼び捨てか、もしくは苗字呼びでお願いしたいんですけど……」

「では、ちゃん付け

「父さんキモいからやめて」

「分かった……では、まつりと呼ぼう」

 

蘭ちゃんのお父様は眉を八の字にした。反抗期の親子関係って感じ。私が中学の頃もそういう感じだった。

 

「わかりました」

「まつりは両親に事前に伝えてあるのか?」

「私、一人暮らしです」

「そうなのか、一人暮らしは寂しくはないのか?」

「寂しい気持ちもありますね……」

「……私達の家は部屋なら空いている。いつでも泊まりに来てもいい」

「え?大丈夫ですか?深夜うるさいですよ。ジャーンジャン!!ジャカジャカジャン!!って」

「それは……少し困るな……」

「それは後でいいでしょ?話を戻すよ」

 

蘭ちゃんが話を元の路線に戻した。

 

「とりあえず、あたし達は大丈夫だから父さんは心配しなくていい」

「そこまで言うのなら……わかった」

 

お父様は渋々納得してくれた様子。

 

「ところで夕食はどうなっているのでしょうか?……少しメニューも気になりますし」

 

次の話題を私が振ってみた。

 

「あたしが作る予定だけど……」

「あ、じゃあ私も手伝うよ。私の嫌いなものを入れられたらたまらないし」

「まつりは好き嫌いは無いと思った」

「にんにく、ブロッコリーは苦手」

「じゃあ一緒に作ろう」

「はーい」

「私も……」

「父さんは座ってて、狭くなる」

 

立ち上がろうとしたお父様がまた座ってしまう。

「そうか……まつり、蘭はグリンピースが苦手だから入れないでやって欲しい」

「父さん!!」

 

お父様のささやかな反抗に私は苦笑いした。私達は台所に向かい、蘭ちゃんと一緒に料理を作る。

 

「私の家でのお泊り会以来だね。一緒に作るの」

 

私は包丁を持ちながら言った。野菜を切る音が鳴る。

 

「あの時は陽香もいたね」

蘭ちゃんは卵を割ってかき混ぜていた。

 

「うん、3人でお泊りしたんだよね」

「そう言えば気になっていたことがあるけど、まつりは湊さんと泊まった事があるの?」

「うん。サポートとして入った時だね」

「……そうなんだ」

蘭ちゃんの声が少し暗くなった。卵をかき混ぜるテンポが速くなった。

 

「あ、肉入れる?まつりはベジタリアン体質だったような気がするから」

蘭ちゃんが聞いて来た。

 

「これからいっぱい動くし、いらないかも」

「分かった」

 

こういう感じで料理していって夕食は完成した。テーブルに並べられる。私達は座った。

私と蘭ちゃんが並んで座り、その前にお父さんが座っている。手を合わせていただきますと言った後、食べ始める。親子の間で会話があんまりなかったのはいつも通りなのかな。

食べ終わると上からパーカーを羽織って外へ出た。するとそこには自転車が置いてあった。

 

「え、自転車乗るの?」

「そうだけど、まつりは二人乗り嫌?」

「いや、そういう意味じゃなくて、蘭ちゃんは自転車乗らないイメージだった」

「そう?」

 

蘭ちゃんが自転車に乗る。私は後ろに乗って蘭ちゃんを後ろから抱きしめた。

 

「しっかり捕まってて」

「うん」

 

自転車は動き出した。夜風が頬に当たって気持ちいい。蘭ちゃんの体温を感じられてドキドキする。しばらく走っていると人気のない公園に着いた。

 

「着いたね」

「うん」

 

私と蘭ちゃんはベンチに座って星を見た。

 

「……二人乗りしちゃったね」

ダメと言えばダメだけど、誰にも見られてないからいいよね

 

「うん。まつり軽かったけど大丈夫?ちゃんとご飯食べれてる?」

「食べてるよ。最近体重も増えてきたし」

「本当?」

「うん、あと最近キックボクシングも始めた」

 

私は腕をシュッ、シュッっとシャドウボクシングして見せた。

 

「どうして始めたの?試合に出ないでよ?怪我したら嫌だし」

「試合には出ないよ。ただライブ一回での体力消耗が激しいから、少しでもスタミナをつけようと思って。体調管理するトレーナーもつけてくれたし」

 

あと、何か壊していい物が欲しかった。サンドバッグに鬱憤ぶつけても文句は言われないし。

 

「そう……でも無茶しないでね?」

「無茶する時は無茶するよ。……もう後が無いし」

「どういう事?」

 

バンドのメンバーにも迷惑をかけて、湊先輩達にも迷惑をかけて、色んな人に迷惑をかけた。これ以上、迷惑をかけるわけにはいかない。今できる事はいち早く復帰する事だった。

 

「思い詰めた顔してるけど、大丈夫?」

「……大丈夫だよ」

「お願いだから、1人で勝手に消えないで。辛くなったら必ずあたしに言って」

「うん」

 

私はバッグから星座早見表を取り出し、月明かりを頼りに二人で見る。目線を上に移せば夜空の星が輝いていた。私は都会とはかけ離れた景色に心を奪われていた。夜空に手を伸ばせば届きそうで届かない星々。生きる光もあれば死んでいく光もある。それは人間からすればとんでもなく長い時間だろうし一瞬の輝きかもしれない。宇宙は限りなく広くて、全てを包み込むように広がっている。なら、私の想いもこの宇宙に届くだろうか。目を閉じて、星のうたを身体中に取り込んでいく。

 

「まつり、泣いてるの?悲しいの?」

「……泣いてた?」

 

蘭ちゃんが私の顔を覗き込んでくる。目元を触ると確かに濡れていた。私ってこんなに涙もろかったっけ。泣くような場面じゃないはずなのに。蘭ちゃんはハンカチを私の目に押し付けて優しく拭いてくれる。

 

「……1人で居る時は涙だそうとしてもなかなか出ないのに、どうしてかな。私、いつの間にか弱くなっちゃったみたい」

「強くなくていいんだよ」

 

崩れかけていた。忘れたかった。でも、心のどこかでまだ引きずっていた。

 

「……時々、何もかも逃げ出したくなる時がある。全部投げ出して遠くへ逃げたくなる」

「逃げればいいじゃん」

「……え?」

「きっと、まつりの心が耐えられないほど辛いんだと思う。だから逃げちゃって、治ったらまた戻って倍頑張れば良いよ」

「簡単に言うけど……」

「……出来ないのなら、あたしが無理矢理まつりを誘拐する。監禁して一生外に出さないから」

 

黒さの混じった声で言う。私は驚いて蘭ちゃんの方を見た。

 

「蘭ちゃん?」

「……まつりを傷つけるもの全部遠ざける。そうすればまつりが病む事なんて無くなる」

 

ドス黒い何かが見えた気がした。

 

「え……」

「冗談だよ。そんな事しない」

 

蘭ちゃんは口角を上げて言った。今のは一体……。

 

「一瞬、蘭ちゃんが怖かった」

「ごめんね。あたしはまつりの味方だよ。ずっとそばにいる」

「ありがとう」

「星、見ようよ」

「うん、そうだね。あともう少しだけ」

 

私と蘭ちゃんはしばらくの間、ベンチに座って夜空を見上げ続けた。少ししたら自転車の後ろに乗って蘭ちゃんを後ろからしがみつく。すると自転車は動き出す。自転車に乗りながら会話してた。

 

「お風呂、個別に入るの?」

私は聞いてみた。

 

「まつりと一緒に入りたい」

「プリクラで服を脱がしてきた人と一緒に入りたくないな……」

「あれは……その……ごめん」

「……襲わなければ、一緒でもいいから」

「分かった」

 

蘭ちゃんは素直にうなずく。本当に分かってるのかな?

 

「ねえ、蘭ちゃん」

「何?」

「一緒に寝る時、手繋ぎたい……」

「いいよ、そういうのは全然言っていいから」

「うん……」

 

人のいない夜の道を走り抜ける。星が綺麗だった。夜空を見ながら私は言った。

 

「私、信じてるの。トム少佐は生きてるって。ジギー・スターダストは必ず地球にやってくるって」

「まつりの好きな曲?それ」

「うん。デヴィッド・ボウイ」

 

目的地に到着した。自転車を止めて、蘭ちゃんの家に入った。



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10月 Tragic Beauty

微妙に暗い雰囲気に注意してください


 

放課後になり、私は帰る。やっぱり校門近くに人が待っていた。今度は湊先輩だ。湊先輩は変装しているので髪型がツインテールになっている。ちょっと普段の印象と違い過ぎて違和感を覚える。私は湊先輩に近づいた。

 

「先輩、こんにちは」

「こんにちは、まつり」

「今日はどうしたのですか?」

「まつりと一緒にデートしたいの。どうかしら?」

「……」

 

み、湊先輩とデート……私、平常で居られるのかな?

 

「嫌?」

「別に良いですけど……」

「良かった」

 

私は先輩に聞かれないようにこっそりため息をついた。私って悪い人間だな。湊先輩に蘭ちゃん、頭の中には二人の事が浮かぶ。湊先輩に告白されて、蘭ちゃんとは仮の恋人の関係に落ち着いている。どこか背徳感を感じてしまう。私は……私は、女の子が好きなんて事は無いはずだ。そう自分に言い聞かせる。

 

それから私たちは一緒に歩いた。デート先は珍しくレコードが聴き放題の個室カフェ。ちょっとお洒落なお店だ。湊先輩は慣れた様子で入っていく。

 

「こっちよ」

 

湊先輩に案内されるままついて行くと部屋の中に入った。

 

「ここならゆっくりできるわね」

 

湊先輩はコーヒーを持って椅子に腰かける。私はレコード棚から持って来たマイルス・デイヴィスのレコードをかけた。個室だから周りに人が居ない。落ち着いて音楽が聴ける。私は紅茶とコップ一杯の水を持って向かい側の椅子に腰掛ける。しばらくすると、湊先輩が口を開けた。

 

「まつりは大丈夫?あれから良くなった?」

「はい、何とか……」

 

精神的に不安定な状態がずっと続いている。最近は夢にまで出てくる始末。私はあの日、湊先輩に嫉妬して酷い事をしてしまった。でも、今はもう落ち着いている。あれが起きてしまった原因は全て湊先輩だけにあるわけでは無かった。今までに溜まっていたものが一気に爆発してしまっただけ。今まで色んな悪い出来事があったけど、私がここまで精神が不安定になった事は滅多に無い。それだけ今回の件が大きかったという事になる。それにしても、私の心の中ってこんなにもドロドロしていたんだなって実感する。私なんて気持ち悪い生き物なんだろう……そんな考えが頭の中に浮かんでくる。

自分の醜さに反吐が出る思いだった。……私の本性は醜い化け物だ。もういっそ消えてしまいたいと思うほど。私なんて、私なんて……

 

「っ!?」

急に頭痛に襲われ、パニックになる。呼吸が乱れ、息ができない。苦しい……!

 

私は慌ててレコードを止めて、バッグの中から錠剤を急いで取り出す。次にテーブルの上にあるコップを持って水と錠剤を流し込む。しばらくすると症状は治まった。

 

「はぁ……はぁ……」

「大丈夫なの?」

 

心配そうな顔で私を見る湊先輩。

 

「……ごめんなさい」

目には涙を浮かべていたが、すぐに手で拭った。

湊先輩は私の身体をそっと抱きしめてくれる。私はまた泣きそうになった。どうしてこの感触が切なさを呼ぶのか分からない。

 

私は……私は……

 

「私が居るから、安心して」

湊先輩は私が落ち着くまで優しく抱きしめてくれていた。

 

「すみません……」

「もう謝らないで。私にできることがあれば何でも言って」

「はい……」

 

私は落ち込んでいた。消えてしまいたいと思っていた。こんな私に生きる資格が無いように思えた。

しばらくして湊先輩が私から離れると、レコードを操作した。円盤を外し、今度は私がもう1枚持ってきたレコードをまたかけ始めた。ジャパンの"Quiet Life"というアルバムだ。アートでシンセなポップが空間に流れる。私は紅茶のカップを持って俯いていた。

 

……ろくでもない中学生の頃を思い出した。罪の重りが私の背中に重くのしかかる。湊先輩は私の方をじっと見つめているようだったが、何も言わなかった。それから少し沈黙が続いた。先に口を開いたのは私の方だった。

 

「私、中学校の頃はとんでなく酷い人間だったんです」

 

私は懺悔するように語り始める。

 

「そう……でも、今は違うんでしょ?」

 

首を横に振った。

 

「中学の頃は不良だったけど、その頃はこんな感じに精神を病むような人間じゃ無かったの。でも中学の卒業式の翌日辺り、私の親友が……」

 

私は言葉を出せなくなった。あの事を思い出す度に頭の中が真っ白になる。

 

「……どうしたの?」

 

私は深呼吸をして、気持ちを切り替える。

 

「……で、その日から私おかしくなっちゃって……」

「うん」

「部屋に引き籠っていた。受け入れられなかった。信じられなくて……。でも、私は現実逃避しているだけで本当は分かっているのかもしれない。そう思うと余計に辛くて……気が狂いそうでした」

 

湊先輩は何も言わずに聞いてくれていた。私は続けた。

 

「家族とも会話せず、食事もできず、ずっと自分の部屋で何となく座っていました。スマホの電源も落として、一日中泣いてました。」

 

私は一呼吸置いて言った。

 

「……痺れを切らしたお父さんが私の部屋に入って来て怒鳴りに来たの。そうしたら私は……ゴルフクラブを持って本気でお父さんを殴ってしまった。腰辺りを三発。錯乱状態だったけど、本当に殺意みたいなものを感じてた。それでお父さんは平気そうな顔をしていた。血も出てないし、ただ痛かっただけだったんだろうと。後からお母さんが言ってた。職場では腰を痛そうにしてたって。その時思ったの。ああ、私は異常者なんだなって。」

 

「そんな事があったのね……」

湊先輩は悲しそうな表情をしていた。

 

「……そんな事があったけど、両親とは連絡を取り合えるようにはなった。でも、妹とは絶縁状態のままで……」

「まつりには妹が居たのね」

「はい、今は中学3年です。……妹とは全然連絡も取ってないです」

「仲が悪いの?」

「多分、私が嫌いなんだと思います。私が不良になり始めたあたりから妹との関係が悪くなって、私がお父さんを殴ってしまった事で断絶が決定的になってしまったと思います」

「……そう」

「……私はろくでもない人間です。私なんか死んだ方がいいんじゃ無いかと思うくらい」

「そんなこと無いわよ」

「そんなことあるんです!」

 

つい大きな声を出してしまった。あっと気付き、私は苛まれる。

 

「ごめんなさい……自分自身が許せなくて……」

「……まつりの過去はよく分かったわ」

 

湊先輩は優しい声で話し始めた。

 

「でも、私からすればあなたは凄くいい子だと思う。自分を傷つけるような事を言わないで」

「……過ちを無かったことにするなんて事は出来ないよ。私がどれだけ悪いことをしてきたかも全部……」

「それはあなたの見方よ、他人にから見ると違うように見えるはず」

「論破しようとしているの?」

「そんな風に捉えられてしまったのなら、ごめんなさい」

 

湊先輩は申し訳なさそうに謝った。部屋に暗く重い空気が残った。

ふと気が付いた。なんで私はこんな事を話してしまったのだろう。湊先輩は私の心の中を見透かすような瞳で私を見ていた。私は目を逸らすことができなかった。私はこの人に心を開いている。何故なのか分からない。どうしてだろう。これだとカウンセラーにしている事と同じじゃないか。人の波を避けて傷を増やしていく私に、祝福される筋合いなどない。

私は、湊先輩の事が……好きなのか? 私は自分の感情が分からなくなっていた。

カップの紅茶は冷めてしまって、湯気が立っていなかった。私は紅茶を飲み干して、カップを置いた。湊先輩はソファーに座り直して、膝をポンポンと叩いた。

 

「おいで」

 

湊先輩は優しく微笑んでいた。私は吸い込まれるようにその言葉に従った。湊先輩に身体を預けると私の頭を撫でてくれる。湊先輩の指は温かった。

 

――

 

カフェを出て、私たちは手を繋いで歩いた。空はすっかり暗くなっていて月明かりと街灯の光が道を照らしていた。

 

「今日は楽しかったわ」

「はい、私も……」

「また行きましょう」

「はい」

 

湊先輩と別れる所まで来た。私は別れの言葉を言ってまっすぐ帰ろうとすると、湊先輩が腕を掴んで止めた。

 

「どうしましたか?」

その答えは無く、湊先輩は私を抱き寄せてきた。

 

「えっ、ちょっと……」

私は驚いてしまった。湊先輩は私を離そうとしない。

 

「ゆ、友希那先輩……?」

「お願いだから少しだけこのままでいさせて」

私は黙った。

 

「……ありがとう」

それからしばらくして友希那先輩は離れた。

「いきなりでごめんなさい」

「いえ、別に……」

「またね。まつり」

 

友希那先輩の姿が見えなくなるまで私はその場に立っていた。

 

私は、私は……

 



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11月 Wonderwall

短編集


オタク向けのグッズ、漫画やゲームが売ってあるお店にて、私はスマホを片手に立っていた。スマホにはWebサイトが映っている。おすすめの漫画に関する記事だ。

 

「漫画、何買おう……」

 

私が見ていたのはBL本のコーナーだった。もちろん、男同士の恋愛を描いたものだ。……今までは百合系の漫画を見ていたけど、最近は読めなくなった。漫画を読むたびに脳裏に友希那先輩の顔がちらつくからだ。私は一冊の本を手に取った。表紙にはイケメン男子二人が抱き合っている絵が描かれている。そうそうこういうのがいいの。私は本を手に取ってカウンターに向かおうとすると……

 

「あ、まーちゃんだ。やっほー」

 

モカちゃんと今井先輩が並んで歩いていた。今井先輩が私に気づいて手を振っている。二人は制服姿で手に買い物袋を持っていた。私は軽く会釈をしてその場から立ち去ろうとすると、腕を掴まれた。振り返ると、そこには満面の笑みを浮かべた今井先輩がいた。

 

「お、まつり何買おうとしているのかなー?お姉さんに見せてみなさいよ~!ってこれ……」

「ち、違います。これはただの漫画です!」

「いやいやいやいや、それは流石に無理があるって。どう見ても……」

「まーちゃん、あたしが良い漫画教えてあげるよー?」

「ご遠慮しておきます……」

「はい、こっちだよー」

 

私の答えを聞かずにモカちゃんに手を引っ張られて別のコーナーに連れて行かれる。持っていた漫画は今井先輩が元の場所に戻した。連れて行かれた先は百合系のコーナーだった。

 

「うんうん、まーちゃんはこの漫画が良いかなー」

 

モカちゃんに渡されたのはツンデレ少女と真面目女子の二人の百合漫画だった。

 

「えっと……なんで百合?別にいいんだけど……」

 

「いやいや、まつりはこれがいいでしょ!」

今井先輩が渡してきたのは先輩後輩の百合漫画だ。

 

「これも百合……」

 

「百合いいでしょ?いいよね?」

今井先輩が勢いに任せて畳みかけてくる。嫌いじゃないけどさ……

 

「まーちゃんも百合好きだよね?」

モカちゃんが私に顔を近づけてくる。

 

「最近はあんまり……」

「まぁまぁ、騙されたと思って読んでみてよ」

「じゃあ……」

私は試しにその二作品を買ってみることに。レジで会計をしてもらって、紙袋を持って店を後にした。

 

 

――

 

私と友希那先輩、紗夜先輩は江戸川楽器店に来ていて、ギターを眺めていた。店の中には様々な種類のギターが置いてあり、値段も様々だ。

「水城さんが使っているギターはどのようなものですか?」

紗夜先輩が聞いて来た。

 

「ずっと使っているストラトですか?それとも新しい方ですか?」

「新調したギターの方ですね」

「あのギターね。見た目は黒のレスポールだけど、音を拾う部品をジャガーのものにしたんです。あと、ネックの長さを長くしたり、フロイドローズを付けたり、ボディを大きくしたりしました。でもその結果、綺麗な音が出しづらい癖のあるギターになりましたね」

「音作り大変そうですね」

「はい。でもとても楽しいです。ジャガーのアクの強さが大好きなので……」

「そうですか。湊さんもギターをやってみてはどうですか?」

「そうね。考えておくわ」

「ツインギターのRoseliaも面白そうですね。ツインギターは表現の幅が広がりますし」

「ええ、ツインギターは片方がアルペジオを弾き、もう片方がメロディラインを弾くという事も出来ますし」

「なるほどね。まつりがバイオリンとして入ってくれたRoseliaもなかなか良いものに……」

 

「その話題はやめて。」

 

その冷たい言葉は意図せず、反射的に言ってしまった。

 

「ごめんなさい……」

二人はすぐさま謝ってきた。私は二人の謝罪で自分の発言に気が付いた。罪悪感がじわりと心を滲ませてくる。しばらくの間、私達三人は沈黙してしまった。それから最初に口を開いたのは紗夜先輩だった。

 

「とりあえず、どこかで休憩を取りましょう」

 

そう言って私達はバーガーショップに移動した。私は野菜バーガーのセットを頼んだ。でも今日はあまり食べられない。しばらく食事していると。

 

「紗夜先輩、これ以上食べれないのであげます」

 

そう言ってフライドポテトを先輩にあげた。

 

「水城さんありがとうございます」

 

紗夜先輩は心なしか嬉しそうな感じがする。

 

「紗夜はフライドポテト好きだものね」

「好きではありませんよ」

「食べ過ぎると太るわよ?体調管理はしっかりして頂戴」

「太りません!!湊さんだって今井さん手作りのクッキーを沢山食べ過ぎだと思います!それに湊さんはもっと野菜を食べるべきです!水城さんのように!」

「食べ過ぎてないわよ!それに野菜はちゃんと食べているわよ!」

 

食事に関連して二人がバチバチし始めた様子。私は二人を止めようと思い声をかける。

「二人とも落ち着いてください……私からすれば二人は太っていますから」

 

こうやって私はわざと喧嘩を売るような発言をした。そして二人の顔を見る。すると二人とも頬が赤くなっていた。どうやら喧嘩をやめてくれたみたいだ。

「水城さんは凄いやせ過ぎだと思うので、もっと食べても良いと思います」

「……まぁ、食べれない時も時々ありますので」

「そうね。体調が良くなったら栄養を付けて頂戴。まつりは貧血気味に見えるから」

「はい。わかりました」

それから少し会話をして私たちは解散した。

 

――

 

左には蘭ちゃん、前には巴さんが居る。私達は町を歩いてラーメン屋さんに向かっていた。巴さんはラーメンが大好物で、よく食べに来るらしい。

 

「えびをダシにとった醤油ラーメンだよね、美味しそう……」

私は呟く。

「それは良かった!じゃあとっとと見つけて入ろうぜ」

三人は店内に入る。テーブルの席に座り、注文をする。

「すいません、醤油ラーメンを一つ!まぜそばを一つ!」

私はそのように注文した。

「かしこまりました」

店員が去っていく。

 

「まつり、ふたつも注文して大丈夫なのか?完食できるか心配になるぞ」

「巴、まつりは結構食べる方だから平気」

 

うん、お腹の調子がベストコンディションなら結構いける。私は思わずワクワクしちゃってる。

 

「まつり、嬉しそうだね」

「うん。ラーメン好きだから」

「そうなのか?まつりってラーメンを食べるイメージ無いんだが」

「そう?でも結構食べるよ。ライブの一週間前とかにラーメン屋さん行くの」

「そうなんだ、知らなかった」

「私、こってり大好き」

「えっ!?」

 

蘭ちゃんと巴さんが驚いた。

 

「意外……」

「でも、二郎系は苦手かな」

「そうなんだね」

「二郎系はモンスターだよ、胃もたれするし……」

「そっか、まつりはラーメン好きなんだな。今度おすすめの店教えてやるから蘭と一緒に行ってきたらどうだ?」

「うん、お願い」

 

そんな話をしながら待っていると、醤油ラーメンとまぜそばが来た。私は割り箸を割ろうとすると……失敗した。上手く割れない。

 

「また失敗しちゃった……」

「大丈夫?あたしがやってあげる」

 

蘭ちゃんが新しい割り箸を取り出し、割ってくれた。そして私に渡す。

 

「ありがとう」

 

そして、三人でいただきますをした。まずはスープを一口飲んでみる。濃厚だけどあっさりしていて、エビの風味が効いている。昔ながらの醤油ラーメンスタイルとエビの出汁というハイブリッドが見事にマッチしている。あまりの美味しさに私は至福の昇天を迎えてしまった。

 

「幸せ……」

 

私は両手を広げて、喜びを表現する。

 

「まつりのそういう表情、初めて見たかも」

「本当においしそうに食べるよな……」

 

ふたりは私を見ている。なんか恥ずかしい……。それから私はすぐにラーメンを食べきってしまった。次はまぜそばだ。器を持って香りを楽しむ。

 

「いい匂い……」

 

山椒の香りがした。

箸を持って混ぜる。黄身を崩してひき肉やねぎ、のりなどを一緒に麺に絡めていく。一通り混ざると一気に食べ始める。最初は味の変化に戸惑ったが、慣れてくるとこれが良いアクセントになっていた。

 

「凄い、天国……」

「まつりが二度も昇天してる」

「本当だ、凄いな……」

 

二人は私を見て苦笑いしてる。それから私はまぜそばも完食した。私が食事を終えるころに、ふたりも完食した。

 

「まつり食べるの早いな……」

「この店大好き」

「あはは!それは良かった」

 

会計をして、外に出た。

 

「ごちそうさまでした」

「お、次はどこに行くんだ?」

「デザートがまだだったね。アイス食べたい」

「まだ食べるの!?」

二人は驚いて大きな声を上げた。

 

――

 

赤いエクステを一本買った。以前、エクステは買ったことあるけど、これは初めてだ。家の中に着いたら袋を開けて早速付けてみた。右の横髪に付けてみると……似合ってるかな?鏡の前で確認してみよう。ふむ、なかなか良い感じ。私はスマホを取り出し、自撮りモードに切り替えてパシャリと撮ってみる。上手く撮れないけどいっか。撮った写真を蘭ちゃんに送ってみた。

『蘭ちゃんの真似してみた』というメッセージを添えて。すると、返信はすぐに来た。

『かわいい』

それだけかな?でも照れ屋だし仕方ないか。すると通話がかかってきた。

 

「もしもし?」

「まつり?写真ありがと」

「どういたしまして」

「あたしにそっくり」

「そう?蘭ちゃんみたいに綺麗にできないけど」

「ううん、嬉しいよ。ライブでも着けてくれる?それ」

「そうするつもりだよ」

「楽しみにしてる」

「うん、じゃあそろそろ切るね」

「うん、またね」

 

電話を切った。さて、エクステを外して大事に取っておこう。それから、蘭ちゃんとは自撮りを送り合ったりしていた。友希那先輩にも送ろうとしたけど、あの人はそういうの嫌そうだからやめておいた。『まつりがそんな人だとは思わなかったわ。さようなら』なんて言われそうだし……

それからしばらくして、私は……やってしまった。

お風呂場の着替えの時、私はスマホを持って写真アプリを起動した。カメラを内側のモードにして自撮りをする。画面に映っているのはもちろん私。服は一切着けておらず全裸である。もう片方の手で胸を隠して、なるべく大事な所が見えないように撮影する。

カシャッとシャッター音が鳴った。

 

……やってしまった!初めて裸自撮りをしてしまった。これを見たら絶対後悔するのに、どうしてこんな事をしてしまうんだろう。自分の馬鹿さが憎い。頭があまり回っていないせいで、いつもなら絶対にしない事なのに…… 私は、その画像を蘭ちゃんに送ってしまった。『むっつりスケベな蘭ちゃんの為に、ちょっとエッチな自撮り撮ってみた』と添えて。すぐに蘭ちゃんから電話が来た。私は湯船に浸かりながら話す。

「まつり!?何やってんの!?」

「……それはその、もし私に恋人が出来たら、こういう事もしたいなって思って。つい出来心で」

「……他の人には送った?」

「送ってないよ」

「良かった……」

 

私は全身熱くなっているのに更に頭が熱くなる。顔が赤くなっていくのを感じた。

 

「その……まつりはそういうの好きなの?」

「好きじゃないけど……」

「そっか。……あたしも送ろっか?彩先輩にようには上手くできないけど……やってみる?」

「蘭ちゃんまで巻き込みたくないよ」

「まつりがやったのにあたしがやらなきゃいけない理由はないよ。それにあたしも興味あるから……ダメかな?」

「いいのかな……」

 

湯船の水音だけが聞こえる。少し間が空いて、蘭ちゃんが口を開いた。

 

「もしかしてまつり、今お風呂入ってる?」

「そうだけど……何か?」

「めっちゃえっちじゃん……」

「あっ……!」

 

私は無意識のうちに、胸を手で隠していた。慌ててしまったけど、やられっぱなしは良くないので反撃に出た。

 

「1人でしたくなりましたか?」

私はそう言って返してみた。

 

「やめて、バカ!」

 

私は浴室の中で笑ってしまった。それからしばらく話して電話を終えた。お風呂を終えて部屋に戻るとスマホに通知が来てた。蘭ちゃんから写真が送られてきたみたいだ。開いてみると、蘭ちゃんが顔を真っ赤にして恥ずかしそうにして裸自撮りをしている写真だった。手で胸を隠している。何やっているんだろう、私達。裸自撮りをお互いに送り合うとか最悪の関係じゃん。

 

『どう?まつりも1人でする?』

ワタシの声が聞こえた。お黙り。

 

蘭ちゃんとエッチな自撮りを送り合うのは何日も続いた。お風呂上りで身体中が濡れている状態で自撮りして送ってみた。蘭ちゃんからの返信はすぐに来た。

『色っぽい』

たった一言だけだったけど、それだけでも嬉しかった。しばらくすれば蘭ちゃんからも写真が送られてくる。黒のタンクトップを着崩して胸が少し見える写真が送られてきた。なるほど、こういう風にやるのか。私はスマホを取り出して、蘭ちゃんに返信した。

 

『ありがとう。勉強になった』

『がんばって』

 

次の日、私は家の中でまたクロミちゃんコーデをして、鏡の前でポーズを取っていた。片手でスマホを構える。もう片方の手でスカートをたくし上げてパンツを見せる。それから、もう1度ポーズを取ってみる。ボタンを押して撮ったら写真を蘭ちゃんに送る。

 

『可愛いしえっちじゃん』

 

嬉しいけど、ちょっと複雑かも。その日に送られてきた蘭ちゃんの自撮りは、ライブの衣装をかなり着崩して下着が見えるギリギリの所で撮影していた。

 

『これはどう?』

 

蘭ちゃんからメッセージが届く。

 

『いいと思う』

 

私はそう返信した。すると蘭ちゃんから電話が来た。

 

「どうしたの?」

「ねぇ、まつり、聞いていい?その……まつりはあたしの自撮り見て、どう思った?その……興奮した?」

 

蘭ちゃんの声越しでも分かる。きっと顔真っ赤にして聞いているのだろう。でも、

 

「……正直に言うと、興奮しない。だって仮の恋人と言っても、結局は友達じゃん」

 

本当の気持ちで答えた。

 

「……そっか」

 

それからしばらくの間沈黙が続いた。しばらくして、蘭ちゃんが口を開く。

 

「ごめんね、変なこと聞いちゃって」

「ううん……大丈夫だよ。それより、私の方こそごめん。明日の分で自撮り送るのやめるよ」

「うん、わかった。じゃあ、おやすみ」

 

電話を切る。次の日、自撮り最後の日だ。アルバムの作業を終えて家に帰ってきたら、私はダイニングで裸になって、あぐらをかいて座った。それからギターを立てて大切なところを隠す。手で胸を隠して、スマホを鏡に向ける。

 

「今日で最後だから、最後に思いっきりエッチな自撮り撮ってみよう」

そう独り言を呟いて私はスマホを構えた。

 

「これで終わり……」

 

そう呟いてシャッターボタンを押す。カシャっと音が鳴って、私は画像を確認する。そこには見えてはいけない所はきっちり隠れているものの、ほぼ全裸の私が写っていた。何故か妙に芸術性を感じられる一枚になっていた。

「これなら送っても問題ないかな」

 

そう言って私は蘭ちゃんに送った。『これでおしまい』と添えて。

すぐに蘭ちゃんから返事が来る。

『お疲れ様。凄い良い一枚だよ』

 

なんか、妙な時間だったような気がする。ただ裸の自分を撮影しただけなのに。まぁ、いっか。私は蘭ちゃんとのトーク画面を閉じる。そして服を着て片づけをした。写真は全部消した。蘭ちゃんの写真も含めて。

 

――

 

まつりの親友で、恋愛戦争の調停役、七瀬陽香はリサとモカに怒っていた。

「あのさ、最初の話し合いで決めたでしょ!?二つのバンド間で争いは起こさないって!それなのに何であちこちで小さな争いが起きちゃっているかな!」

陽香は今まで起きた事を二人に話す。

 

あこ、巴の姉妹2人の仲が悪化していた。あこは友希那とまつりの恋愛を応援して、巴は蘭の恋を応援しようとしていた。そのせいか二人の姉妹の仲が微妙になりつつあった事や、

ひまりとまつりがスイーツ巡りをしていた時、燐子とあこが二人を見つけてこっそりまつりを連れ去ろうとする事が起こったり、

蘭とまつりがつぐみの店でお話していた時に紗夜が入ってきて、しれっと3人を牽制する事が起きたり、

まつりがコンビニに入ってきた時にリサとモカがまつりに質問責めにする事が起こったり。

 

「あのさ!本当にやめてよ!ようやくまつりが回復してきてアルバム制作に参加できるような状態になっているんだから、今争わないでよ!」

 

陽香がそう訴えると二人は黙ってしまう。

 

「陽香、本当にごめん」

「ごめんなさい……」

リサとモカは素直に謝ってきた。

「……もうこうなったら蘭ちゃんと湊先輩を除く二つのバンド全員を呼んで呼びかける事にするしか……もう、私は人と話すの苦手なのに……」

そんな事を呟きながら陽香は机に伏せた。

 

「ななよー、あたしが皆呼んで止めるように頼んであげようか?」

モカが言う。

「あたしもRoseliaの皆を説得するのを手伝うから」

リサが言う。

 

「お願いします……」

 

 

陽香は頭を下げた。それからしばらくして、皆が集まって話し合いが行われたそうだ。



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11月 The Unforgiven

 

 

 

陽香はある事で麻弥に相談をしていた。麻弥は妙な笑い方をする事を除けば常識的な機材オタクの女の子だ。

相談の内容とは、まつりと千聖の仲が険悪になりつつあることだった。千聖はいわゆる悪女っぽい雰囲気を醸し出している人物。まつりはアイドル活動には興味が無いのだが、千聖に気に入られてしまったらしく、事あるごとにまつりに絡んでくるのだ。ロックバンドとアイドルは水と油。絶対に相容れない存在なのだ。

 

「えっと、どうしてジブンに相談したのですか?」

 

麻弥は不思議そうに聞く。陽香は答える。

 

「ユニットの中で一番常識的な人かな?思ったからです…」

「ええ……?とりあえず、まずは二人が喧嘩している原因を調べましょうか」

「はい」

「えっと、陽香さんは何か心当たりはありますか?」

 

陽香は考え始めた。しばらくすると、思い出す。最初のコンタクトでまつりが千聖に対して、あまり良い印象を抱いていなかったことを。

千聖はまつりと雑談中、千聖はテレビやラジオにまつりが出てはどうかと提案をした。しかし、まつりはそれを断った。確かにまつりは髪も顔も整った女性だが、心の中身はしっかりロックな少女だ。千聖はそれが気に食わなかったのかもしれない。

それから千聖はまつりの心を変えようと、様々なアプローチを仕掛けてきた。まつりがココアシガレットをまるで煙草を吸っているような仕草でくわえていると、行儀が悪いという事で説教をしてきた。他にも、まつりが荒い言葉遣いをすれば注意をする。まつりは千聖の事を避けるようになった。二人の相性が悪い要因としても、まつりが頑固なところがある。説教だって自分が納得できるものでなければ聞き受けない。その反応を受けた千聖は加虐心のようなものが芽生え始め、さらに強く干渉するようになった。

二人の不和が表面化したのは、千聖がまつりに説教をしている時だった。千聖はいつものように小言を言う。

 

「まつりちゃんはもうプロなんだから自覚を持ちなさいって私、何回も言っているよね?」

 

それに対してまつりは関心無さそうに黙っていた。それを見た千聖は少しムキになる。

 

「聞いているの?」

 

まつりは何も言わずに手を振った。聞いているというジェスチャーだった。

 

「あのね、プロはただ良い音楽を作ってライブするだけじゃダメなの。ちゃんとファンの事を考えないと……ファンサービスをしないのは最低な行為なのよ?わかる?」

 

まつりはまだ関心無さそうに聞いている。

 

「だから、もっと笑顔で接して、愛想良くして、ファンに好かれるようにしないと……私を無視するなんていい度胸ね。もっとお説教が必要かしら?」

 

ようやくまつりが口を開いた。

「私はアイドルじゃないから、プロの流儀とかそういうアドバイスはいらない」

 

「何を言ってるの!?あなたはこの業界でトップを目指す気は無いの?」

「無い」

 

きっぱりと断った。

 

「どうせ少ししたら降りるよ。スーツを着た頭でっかちのいざこざに巻き込まれたくないし、私の好きな音楽は他人を楽しませるためのものじゃないから」

「そんなわがままが通ると思っているの?私はあなたの事を思って言っているのよ?わかってくれないかしら?」

「それは自分で決める」

「生意気な口をきかないでくれる?」

「そう」

 

まつりは沈黙した。

 

「……よくもまあそんなボロボロのギター、貧しい心でここまで来れたものね。感心するわ」

千聖の皮肉にまつりは眉間にシワを寄せ、眼光を鋭くした。そして舌打ちを打って千聖の元を離れた。

 

「恵まれた連中が何を偉そうに……」

環境の差に嫉妬したまつりが一言吐いた。それを聞いた陽香は青ざめた。

 

――

 

「という事で……」

陽香は話を終えた。麻弥は真剣に聞いていた。

 

「これは、かなりマズイ状況ですね。まつりさんが爆発寸前です。どうしましょうか……」

 

陽香は持論を展開する。

「……それで私考えて、ある一説を思いついたのですが、いいですか?」

「はい」

「推論なんですけど、白鷺先輩は多分、まつりの『解釈違い絶許過激派厄介オタク』だと思うんです」

「え?どうしてですか?」

 

麻弥は困惑した。陽香は説明する。

 

「白鷺先輩はまつりのカリスマ性に惚れ込んでいるからこそ、なんかこう、自分のものにしたいというか……」

「なるほど。でも千聖さんがそこまでまつりさんに執着するのは何故でしょうか?」

「白鷺先輩って悪女っぽい人だから欲しいものはどんな手を使っても手に入れないと気が済まない性格なんじゃないかなと思います。まつりの事を強引に引き入れて、自分好みに染め上げようとしているんじゃないのかなと」

「でも、まつりさんは不幸にも千聖さんの毒牙にかからなかった。それが気に入らなかったと……」

「はい。白鷺先輩が考えている理想のまつりって可愛らしい少女がロックな音楽を奏でるっていうギャップ萌えみたいなものでしょう。でも、実際のまつりは自分の心に忠実で暴走列車みたいな性格をしています。それを受け入れられないんだと思うんです」

「なるほど……」

「この問題を早く解決しないと、大変な事になりますよ。二つのバンドの間に亀裂が入ってしまうかもしれないですし」

「そう考えると確かに深刻ですよね。まつりさんも千聖さんもお互いに意識が高い人達なのでお互い譲れないところもありますし……」

「はい」

「……では、今度私達と千聖さん、まつりさんの四人で集まって話し合いの場を設けましょう」

「えっ!?」

「何か問題がありますか?」

「いや、問題というか……あの二人って仲悪いじゃないですか。大丈夫ですかね?」

「そうですね、とりあえずファミレスで話し合うのはどうでしょうか?」

「わかりました。連絡してみます」

「お願いします」

こうして、まつりのあずかり知らぬところで会議が行われた。

 

――

 

そして、当日になった。ファミレスには四人が集っている。まつりの隣に私が座り、白鷺先輩の隣に大和先輩が座るような形になった。まつりと白鷺先輩は向かいの席に座っている。まつりはジュースを飲んでスマホを弄っていた。

 

まつりと白鷺先輩の間には会話が無い。どうしよう。

 

「えっと、まつりは最近どう?元気にしてる?」

とりあえず先制攻撃としてまつりに話を振ってみる。

 

「どうしてそんな事聞く?陽香とはいつもスタジオで会うじゃん」

「でも、スタジオの外で話すことは以前より少なくなったじゃん」

「……色々問題があったからね」

「あぁ……」

 

バンド内で色々問題あったから、メンバーとの距離は離しているんだった。まずい。

 

「ごめん」

「別にいいよ。陽香は悪くないし……」

「そっか」

 

……ダメだ。全然話が弾まない!

 

「あのー、まつりさんはレコーディングの時によくミックスを弄るみたいですね?」

大和先輩が話を切り出した。ナイスアシスト。

 

「そうだね」

「例えばどういう風にやるのですか?参考までに教えてください」

「例えば今までだと、ドラムを正面の後ろに置いていたけど、今回はスタジオの右端に置いて作業する感じにしたり……」

「へぇ、そうなんですね」

「うん……」

 

私は白鷺先輩の方を見てみる。白鷺先輩はメモ帳のようなものを見ていた。

「……あと、ボーカルのエフェクトはちょっと抑え気味にしています。ライブの時とかはもっと派手にやっていますが」

「へえー、そうなんですね」

 

白鷺先輩がメモ帳を見終わった。会話に入りそうだ。

「千聖さんはベースをやっていましたよね?」

 

大和先輩が話題を振る。

「そうね。ただそこまで上手くないわ」

 

「そうなんですか?」

私が返す。

 

「そうよ。流石に経験の差がでてしまうわ」

「なるほど……」

 

「ベースはあまり目立たない楽器ですもんね」

大和先輩が話す。

 

「そうね」

白鷺先輩が返した。また沈黙が訪れた。私はまたまつりに話を振る。

「まつりはベースとかやってみたいって思った事はある?」

 

「ギターにハマる前はベースに関心持ってたよ。ジャパンのミック・カーンが好きで、彼の演奏スタイルに惹かれてた」

「へえー、意外」

 

私はそう返した。白鷺先輩は何も言わなかったけど、興味深げに聞いていた。

「まつりは好きなベーシストとか居る?私はダフ・マッケイガンが好き」

「え、陽香はポール・マッカートニーとかジョン・ポールとか好きだと思ってた」

「もちろん好きだけど、ダフも凄く良いんだよ」

「でも、やっぱりレジェンドことクリフ・バートンは忘れてはいけないでしょ」

「あ~」

 

しまった。まつりは音楽オタクなので、白鷺先輩についていけない話題を出してしまった。すると、白鷺先輩が口を開いた。

 

「……あまりよくわからないわ。そういうのって何が良いの?」

「え、白鷺先輩って音楽聞かないんですか?」

「音楽自体、あまり聞かないの」

 

確かに白鷺先輩はクラシックとかジャズを雰囲気で聞いていそうだ。でもガールズバンドの楽曲を聴いているし、全く音楽を聴かないわけじゃないと思うんだけどな……

 

まつりはその回答で白鷺先輩に対して関心を失ってしまった。

「……そうですか」

 

また沈黙が……!もう無理! このままだと二人の溝を修復できないまま終わってしまう。何か打開策はないのか……。

その時、白鷺先輩が発言した。

 

「そう言えばまつりちゃん。何度も言うけど、ラジオやテレビ番組に興味は無いかしら?」

「無いです。それに今は契約上、メディア露出はできないですし」

 

まつりは一気に嫌そうな表情になった。小声で『また……』と呆れるようにつぶやいた。

 

「その契約は今月限りでしょ?私達と一緒にラジオ番組に出ましょうよ。きっと楽しいわ」

「絶対にイヤです。私には合いません。無人島に飛ばされたり、変なバラエティ番組に呼ばれたり、何故か農家をやったりするのでしょう?そんなの絶対やりたくない」

ああ、二人が衝突し始めた……麻弥先輩も困っている。

 

「今はメディアを活用して知名度を上げる時期だと思うの。まつりちゃんの実力は本物だし、それを世間に知らしめる絶好の機会じゃない」

「そのやり方は好きじゃない。メディアの犬になるつもりはありません」

「そんな事言わずに、ね?お願い、今の時代にはアイドルが必要なのよ。女性ロックスターというアイドルが」

「そんな事言われても……ロックとアイドルは油と水です」

「それは違うわ。アイドルもロックも実はそこまで変わらないものよ。要はイメージの問題。あなたならできるはずよ」

「いや、できません。私は私の道を進みます」

「……今は起爆剤が必要なの。飽和したアイドル業界を打破するには、新たな風を吹き込むしかないのよ。そして、それが出来るのはまつりちゃんだけよ」

「買い被らないでください。そもそも、私がやりたいのは音楽で、テレビに出る事では無いです」

「じゃあ、なんでバンドに入ったの?自分の音楽性を世に知らしめるためじゃないの?バンドに縛られる必要なんてないのよ?」

「…………」

 

白鷺先輩の言葉にまつりが黙った。まつりの眉間にシワが寄っていた。……なんか私もこのもどかしい状況にムカついてきた。そうだ、ある方法を思いついた。……でもその方法は、正直言いづらいし、やめた方がいいかもしれない。でも、私は覚悟を決めた。二人の様子を見て機会を伺う。

 

「……音楽が好きな人だけが私達の音楽を聴いてくれればいい。顔ファンや猫を被ったキャラでファンを作るなんて望んでいない」

「それがあなたの本心?」

「そうです」

「それは嘘よ」

 

私は心の中で親友に謝った。そしてコップを割らない程度の強さでテーブルに叩きつけた。

 

ドンッ!

 

音に驚いた皆がこちらを見る。ごめんなさい、でもこうしないと。次に、私はまつりの頬を右手で思いっきりビンタした。まつりは驚き、目を丸くする。

 

「えっ……」

「ちょっと陽香ちゃん!?」

「陽香さん!?」

 

私は息を大きく吸って、叫んだ。

 

「あんたが折れれば良かったのよ!こんなくだらない喧嘩で意地を張るんじゃないよ!」

 

特に言葉なんて意味は無い。ただヒステリックに言葉をまつりに浴びせるだけなんだ。

 

「私はあんたのくだらないプライドが気に入らないのよ!音楽がなんだ、ロックがどうだ、そういう意地を張って逃げようとしてさ!!気持ち悪いんだよ!!男みたいにカッコつけてさ、女々しくてキモチワルイんだよ!!!」

 

「よ、陽香さん!落ち着いて下さい!」

大和先輩が止めようとするけど、もう止まれない。もう歯止めがきかないんだ。

 

「あんたは自分が好きなものが否定されるのを恐れてるだけでしょ!?自分らしく生きられないから他人のせいにしてるんでしょ!?いい加減にしなよ!!そんな態度でこれから先もずっと過ごすの?その傲慢さが目障りで耳障りでウザいのよ!!!」

 

私は息を整えて、自分の分のお金をテーブルの上に叩きつけた。

 

「帰ります」

 

私は荷物を持って店を後にした。ふと白鷺先輩と麻弥先輩の表情を見てみる。二人は悲しそうな表情をしていた。少し深呼吸をした後、私は街を歩いた。

 

――

 

親友に頬を叩かれた。今までそんな事は一度も無かった。だからとても驚いた。

 

「痛っ……。」

 

叩かれた頬がジンジンとする。多分、赤く腫れているだろう。突然の出来事だった。

いつもは穏やかなそうな陽香が私に向かって怒りを露わにしたのだ。七瀬のあんな姿は初めて見たし、聞いたことも無い。

私には訳がわからなかった。……頭の中が段々と暗くなっていく。

 

「まつりさん……」

 

こぶしを握り締める。でもこの感情をどこに当てればいいのか全く分からない。物に当たる気力すら失っていた。目の前の視界が涙で歪む。なるべく声を殺して、机の上に伏せた。両手に顔を埋めた。鼻水も涙も止まらなくなった。私は何をやっているのだろうか。本当に情けない。私は自分の事が嫌いになった。

 

「……ごめんなさい、まつりちゃん」

 

白鷺先輩の声が聞こえてくる。私は何も答えない。

 

「私が悪かったわ……自分の理想を無理矢理まつりちゃんに押し付けていた。」

 

違う、先輩は悪くない。全ては私のわがままだ。

 

「千聖さん……」

「私はあなたを傷付けてしまった。……許してもらえるとは思っていないけれど、あなたを傷つけるつもりは無かったの」

 

そんな事はどこかで感じていたかもしれない。でも、私はそれを認められなかった。あの時、私の中の何かが崩れていく音がした。

 

「あの……これからどうしましょうか?」

 

大和先輩が心配そうに話しかけてきた。

 

「そうね、とりあえず今日は解散かしら。麻弥ちゃん、まつりちゃんの事は私に任せて欲しいの」

「え!?大丈夫なんですか?」

「麻弥ちゃん、今までの仕打ちを埋め合わせたいの。お願い」

 

白鷺先輩の言葉を聞いて、大和先輩が申し訳なさそうな顔をする。

 

「分かりました……。では後はお任せします。自分はこれにて……」

 

大和先輩は頭を下げて、店から出て行った。私と白鷺先輩だけが残された。白鷺先輩は私の隣に座った。

 

「まつりちゃんが良くなるまでここに居るわ」

 

私は泣きながら小さく呟いた。

 

「どうして……」

「ごめんなさい。私が無神経すぎた」

「違います……私が……私が弱虫で臆病者なんです」

 

また、目頭が熱くなる。でも、これ以上泣かないように必死に堪える。

 

「私は昔からこうなんですよ。誰かに嫌われたり、拒絶される事に怯えて、自分の意見を言えない。周りに流されて、自分では何も決められない。弱い人間なんです……」

「……」

「こんな性格じゃ駄目だって分かってるんです。変わらなくちゃいけないって思ってる。でも、どうしても変わる勇気が出なくて、結局は周りの人に迷惑をかけて、助けられてばかりで。嫌になるほどに自分が大っ嫌いになる……」

白鷺先輩の手が私の頭の上に乗せられた。優しく撫でられる。

「……変わってないわね。私も……昔のままよ。上り詰めるならどんな手段だって使う。仲間だって踏み台にして……その考え方は捨てたはずだった。彩ちゃんに出会って、少しずつ変わり始めたつもりだった。でも、やっぱり私は昔のままだったみたい。欲しいものは卑怯な手を使ってでも手に入れようとする。……本当に、最低だわ」

白鷺先輩が自嘲気味に笑った。

「まつりちゃんを一目見た時ね。凄い惹きつけられたの。上手く言葉にできないけど、カリスマ性というのかしら。初めて見た時から惹かれていたのよ。この子がもしアイドルだったら時代を変えられるほどの逸材だと思うくらい。ギターを弾く姿、ステージに立つ姿はまるで別人のように輝いていた。何もかもが絵になる子だと本気で思ったのよ」

「そんな事無いです……」

「本当よ。……だから私はあなたを使って、私達の世界を変えたかった。あなたを利用してユニットを大きくしようとした。アイドルを新しい形として確立させたいと思ったの。だからあなたの事をまるでプロデューサーのように扱ってしまった。あなたが望むものをなんでも与えようとした。でも、それはあなたにとって苦痛でしかなかったのよね……」

それが白鷺先輩の野望だった。私をロックとアイドルの二つの要素を持つ存在にして、エンタメ界に新しいビッグバンを起こそうとしたのだ。

 

「そんなの……勝手でしょ。私は……そんな事頼んでいない」

「えぇ、そうね。私は自分勝手に動いてしまった。……本当にごめんなさい」

白鷺先輩は何度も謝った。本当に自分勝手だ。私の意見なんて一切聞かず、強引に話を進めていった。でも、この人はずっと苦しんでいた。私を想うが故に、行動していたんだ。だから、怒るに怒れなくなっていた。

 

私の心が落ち着くまで、しばらく時間がかかった。

そして私は、ゆっくりと顔を上げた。

 

「もう大丈夫?落ち着いた?」

白鷺先輩が心配そうな表情をする。

「はい……。すみません、急に泣いてしまって」

「いいえ、気にしないで。……これから私のマンションに来ない?少しゆっくり話しましょう」

白鷺先輩は自分の鞄から鍵を取り出した。

「はい……」

私たちは店を後にした。

___

 

歩いて白鷺先輩のマンションに向かう頃には夜になっていた。白鷺先輩がドアを開けて中に入る。私も後に続いて中に入った。流石は芸能人。中の雰囲気は高級感溢れるものだった。部屋の中も広々としている。

「まつりちゃんは何か飲み物欲しい?コーヒーとか紅茶しかないんだけど」

「薬を服用したいので水をください」

「そう……分かったわ」

白鷺先輩はキッチンに向かい、コップに水を入れて持ってきた。

「はい、どうぞ」

「ありがとうございます」

私は錠剤を飲み込んだ。喉の奥に流れ込んでいく。この薬は感情を抑える為のものだ。これを飲まないと私はまた涙を流してしまうだろう。それだけは避けたかった。

私はソファに座っていると、隣に白鷺先輩が座ってきた。

「調子はどう?まつりちゃん」

「今は落ち着いています……たぶん」

「そう……陽香ちゃんとは仲が良いの?」

「はい……高校に入った時の初めての友達で、趣味が合ったりしてよく一緒に居ます」

「そんなに仲良かったのね……ショックだったでしょう」

「……はい」

正直言ってかなり辛い。あんなに楽しかった日々が嘘みたいだ。あの時は毎日が楽しくて、バカやって充実していてた。それが黒く塗りつぶされていく。

「どうしよう。まつりちゃんは夕食食べれる?」

 

私は首を横に振った。食欲が無い。

 

「そう……どうする?先にお風呂でも入る?」

「……入ります」

 

私は立ち上がり、浴室に向かった。脱衣所で服を脱いで、シャワーを浴びる。

温かいお湯が流れていく。身体は温まるが、心の方は冷え切っていた。血の流れがゆっくりとしているように感じる。頭の中でさっきの出来事がぐるぐると回っている。私は……傲慢だ。他人を知らずに見下していた。常に前のめりで、上だけを見て、ひたすら駆け上がりたいと願って、自分の気持ちばかりを優先していた。その結果がこれだ。自分の弱さを痛感させられた。本当に自分が嫌になる。

 

シャワーを止めて、バスタオルを手に取る。

 

「はぁ……」

 

溜息しか出ない。私は着替えてリビングに戻った。白鷺先輩がスマホを片手に通話していた。

 

「麻弥ちゃん?……ええ、まだ元気無さそうに見えるわね。やっぱりそう思う?……とりあえず、明日ね。ええ、任せてちょうだい。またね」

白鷺先輩は電話を切った。

 

「麻弥ちゃんから電話が来てたの。ちょっと様子が気になったみたい」

「そうですか……」

 

私はソファに座り込む。すると、後ろから抱きつかれた。

「えっ!?︎ちょっ!白鷺先輩!」

「いいじゃない。少しくらい」

「良くないですよ……」

「私も少し疲れちゃった。癒させて」

「分かりましたよ……」

 

私は諦めて白鷺先輩の好きにさせることにした。

「……こうでもしないと、まつりちゃんは私を頼ってくれないからね」

「計りましたか?」

「ええ、まつりちゃんは真面目過ぎて人にあまり頼らないからね。私には遠慮なく頼ってくれていいわ」

「……」

「それで、これからの事なんだけどね」

「はい」

「今日はここに泊まっていきなさい」

「……いいのですか?迷惑ではないでしょうか?」

「全然大丈夫よ。むしろ大歓迎。……でも、一つ条件があるわ」

「何でしょう?」

「明日、麻弥ちゃん、私と一緒に陽香ちゃんに謝りに行くこと。どう?」

「わかりました……行きます」

「約束だからね」

「はい」

「……そろそろ寝ましょう」

「わかりました」

 

そう言って私はソファに横になる。

 

「……ねぇ、まつりちゃん」

「どうしましたか?」

「ベッドで寝ないの?」

「ここでいいです」

 

惨めな気持ちが心の中を覆う中、人の言うことなんか聞きたくなかった。

 

「風邪ひくわよ」

「大丈夫です」

「いいから私のベッドで寝なさい。……それとも犬にいっぱい舐められたいかしら?」

「えっ!?」

「冗談よ。ほら、早く来ないと本当に襲われるわよ。私も眠いし」

「すみません」

「わかればよろしい。こっちに来て」

「はい」

 

私は白鷺先輩の隣で仰向けになって目を閉じた。白鷺先輩は私の頭を撫でている。……いつもこうだ。私が弱すぎるせいで毎回毎回色んな人に心配をかけてしまって、助けられてばかりだ。こんなんじゃダメなのに……。強くなりたい……。甘えられてはいけないのに……。私は白鷺先輩の優しさに身を委ねた。

 

「おやすみなさい、まつりちゃん」

 

 

 

――

 

 

 

朝、私は早めに起きてしまった。カーテンの隙間からは朝日が差し込んでいる。隣を見ると、白鷺先輩がすやすやと眠っている。私は起こさないように静かに布団から出て、洗面所に向かった。鏡の前に立つと、目がまだ赤かった。情けないと自分で思いながら顔を洗った。そしてリビングに向かって、ソファに座る。やる気が無かったから何もできない。ただぼーっとしていた。しばらくすると、白鷺先輩が起きてきた。

 

「おはよう、まつりちゃん」

「おはようございます」

「昨日はよく眠れたかしら?」

「はい」

「それは良かったわ」

 

そう言って白鷺先輩はキッチンに向かった。朝食を作ってくれてるらしい。私はそのままぽーっとしたまま天井を見つめていた。

しばらくして、白鷺先輩が朝食を持ってきてくれた。パンケーキだ。ふわりといい匂いが漂ってくる。

 

「はい、食べて」

「いただきます」

 

私はナイフとフォークを手に取り、一口サイズに切り分けて口に運んだ。……味覚が鈍い。

「どう?お口に合うかしら?」

「朝の時、味覚が動かないんです。ごめんなさい」

「……そう、無理して食べる必要はないからね」

「ありがとうございます」

 

私はまた黙々と食べた。すると、突然インターホンが鳴る。

 

「誰でしょう?」

「多分、麻弥ちゃんじゃないかしら?」

 

白鷺先輩は玄関の方に向かった。私は白鷺先輩の後に付いていく。白鷺先輩がドアを開けると、そこには大和先輩がいた。

 

「千聖さん、おはようございます。まつりさんも」

「ええ、おはよう」

「まつりさんは大丈夫ですか?」

 

大和先輩が聞いてきた。

 

「ええ、大丈夫よ。麻弥ちゃん、ちょっと上がってくれる?お茶を出すわ」

「いえ、そんなの悪いですよ!」

「気にしないでちょうだい。さぁ入って」

「じゃあ、失礼します……」

 

そう言って大和先輩が家に入ってきた。テーブルを私、白鷺先輩、大和先輩が囲む形で椅子に座っている。

 

「今日は陽香ちゃんに謝りに行きましょう」

「わかりました」

「陽香ちゃんはどこにいるか分かる?まつりちゃん」

「今日は休日なので恐らく自分の部屋にいると思います」

「わかったわ。早速行きましょう」

 

私達は白鷺先輩の家から出て、エレベーターに乗って下に降りた。マンションを出る前に、白鷺先輩は何かを思い出したかのように「あっ!忘れてたわ」と言って、再び家に入っていった。数分後、戻ってきた彼女は手に紙袋を持っていた。

 

「これ、まつりちゃんにあげるつもりだったのよ」

「何ですか?それ」

「お菓子よ。番組の差し入れで貰ったものだけど、私はいらないのよ」

「ありがとうございます」

「いいのよ。ほら、行くよ」

「はい」

 

紙袋の中身は和菓子だった。全部一人で食べきれそうにも無いので後で後日、皆に配るとしようかな。

私達は再び外に出た。しばらくすると、何度も行った覚えのある陽香の家の前に着いた。

 

「まつりちゃんはここで待ってて、私と麻弥ちゃんで話してみるから」

「わかりました」

 

私は少し離れたところで待つことにした。白鷺先輩はピンポンを鳴らしている。しばらくして、「はーい」という声と共に扉が開いた。出てきたのは陽香だった。

 

「どうしたんですか?」

「おはよう、陽香ちゃん。昨日は大丈夫?体調とか」

「ええ、大丈夫です。もう元気ですから」

「そう、それなら良かったわ。実はね、今日はあなた達に言いたいことがあって来たのよ」

「なんでしょうか?」

「あのね、まずは……その……昨日は本当にごめんなさい。私があんなことを言ったせいで、あなた達を傷つけてしまった。反省しているわ」

「いえ、もう怒ってないです!むしろ申し訳ないとずっと思ってて……それで謝罪に来たんですよね?わかってますから頭を上げてください」

「ええ、ありがとう」

「……まつりはどうしましたか?まだ……体調が悪かったりしますか?」

 

陽香は心配そうな表情をして白鷺先輩を見た。

 

「いえ、陽香ちゃんが良ければいつでも話せると思うけど」

「本当ですか?」

「ええ、呼んでもいいかしら?」

「もちろんですよ!」

「ありがとう」

 

大和先輩が私を呼んだ。私は白鷺先輩達のところへ向かう。……目の前に陽香が居る。気まずくなってきた。でもそんなことは言ってられない。

 

「おはよう、陽香」

「お、おはよう……」

「体調は大丈夫なの?」

「うん、大丈夫だよ」

「そっか……」

「……」

 

沈黙が流れる。私は意を決して口を開いた。

 

「……陽香、昨日は本当にごめんなさい。私はとんでもなくバカだった。自分勝手なことばかり言って、陽香のことを傷付けてしまって。許して欲しいとは言わないし、言う資格もないと思ってる。だから、ごめんなさい」

 

私は深々と頭をさげた。すると、陽香が口を開く。

 

「まつり、顔を上げて」

私はゆっくりと顔を上げた。すると陽香が突然土下座をし始めた。

「いや、本当にごめんなさい!!突然ヒステリックに叫んで、意味味不明なこと言って、挙句の果てにはビンタしちゃうとか、本当に論外だよね……本当に迷惑かけてごめんなさい!!」

「ちょ、ちょっと、落ち着いて!」

私達は慌ててしまう。大和先輩が止めに入る。

 

「よ、陽香さん!とりあえず立ってくださいぃ!」

「は、はい!」

 

大和先輩が陽香の腕を引っ張って立たせてくれた。

 

「大丈夫ですか?」

「はい、すみません……」

「大丈夫よ、気にしないで」

「とりあえず、丸く収まったみたいね」

 

白鷺先輩が安堵の声を漏らす。

 

「そうですね」

「そういえば、千聖さん。まつりさんとのわだかまりは解けましたか?」

 

大和先輩が白鷺先輩に聞いた。

 

「ええ、ばっちりよ」

「それは良かったですね!」

「じゃあ……もう一回皆で食事に行きませんか?今度こそ楽しく」

「いいわね」

「行きましょう」

「はい!」

 

こうしてまた全員でご飯に行くことになった。歩いている途中、白鷺先輩と会話する。

 

「まつりちゃん」

「何でしょうか?白鷺先輩」

「これからもよろしくね」

「はい、こちらこそお願いします」

 

白鷺先輩は微笑んだ。何の裏も無い笑顔で。陽香と大和先輩は何か話している様子だった。

 

「あの、陽香さん……」

「はい、大和先輩どうしましたか?」

「今度から無茶な事をやらないようにしてくださいね?」

「はい、わかりました……」

「今回は丸く収まったからいいですけど、次からは気を付けてくださいよ?」

「はい、気をつけます」

「それならいいですけど……千聖さんは繊細な人なので」

「女の子はみんな繊細ですから」

 

陽香と大和先輩の会話が聞こえてくる。何を話してるかはよくわからないけれど、楽しそうだ。私はその様子を眺めながらふと思った。このままの日常が続けばいいのにと。



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11月 TONIGHT

 

 

今は11月19日の夜。超がつくほどの真面目で、正論爆撃機な後輩である八潮さんのお誕生日パーティーを終えた後、自分の部屋に戻ってきた。カーテンを開けると満天の星空が見える。部屋の壁にかけてある時計を見る。もう少しで日付が変わるころだ。

……最近は誰かと一緒にいる事が多過ぎて、一人になる時間が少なかった。誰かと一緒にいることに慣れてしまったのか、少し寂しい気持ちになった。バンドの活動も段々良くなってきたし、精神的にも安定してきたかもしれない。でも、たまには一人でゆっくりしたい時もある。私はベッドに飛び込んだ。

目を閉じていると色々な事を思い出す。例えば、小さい頃のこと。私はアニメとかでバイオリンをやっているのを見て、自分もやってみたいと思った。お母さんは一番安いバイオリンを私に買ってくれた。最初は全然弾けなかったけど、独学で毎日遊んでるみたいに練習した。習い事として通わなかったのはある意味幸運だったと今でも思う。だって、強制的にやらされていたら絶対続かなかっただろうから。小学4年くらいでクラシックの簡単な曲は大体弾けるようになっていたと思う。でも、その頃にはバイオリンへの関心は無くなって、キーボードの方に移っていた。私がギターに目覚めたのは意外と遅咲きだった。それが中学の頃で、初めて触ったギターは今も愛用しているボロボロの黒いストラトで……

 

まどろんでいると、スマホから音が鳴った。通知の音だ。スマホの通知が一気にきて私の目がぱっちりになる。スマホの時間を見るともう日付が変わっていた。通知にはお祝いのメッセージが大量に届いている。返信は面倒くさいので明日返そう。私は寝ることにした。夜更かしするのは良くないし。私は布団を被って眠りについた。

 

――

 

放課後、スタジオに集まる。今日でアルバム制作の工程は大体終了。後はプロモーション活動とかをすればOKだ。

作業を一通り終えると、プロデューサーの白百合さんがスタッフやエンジニアなどの皆を広い部屋に集めた。

「これでレコーディングは終了です!皆さんお疲れ様でした!」

 

白百合さんがそう言うと皆が拍手をした。

 

「では、これからの予定の確認ね」

 

私達の目線はホワイトボードに向いた。ホワイトボードに書かれていることをざっとまとめると、こんな感じ。

まず、11月の終わりら辺から12月にかけてアルバムからシングルカットされたCD二枚を出す。曲名は「INNOCENCE」と「Crossfire」。それと同時にプロモーション活動の為のメディア露出が解禁される。

12月下旬にアルバムがリリースされる。一月中は正真正銘の全国を回るコンサートツアーを行う。今決まっているのはそのくらい。

 

「じゃあ……ちょっと待っててね」

 

確認が終わると白百合さんはスタジオを出て行った。そしてすぐ戻ってきた。

 

「ハッピーバースデートゥーユー♪」

 

白百合さんはトレーの上に小さいケーキを持ってきた。それを机の上に置く。そしてメンバーやスタッフが歌い始めた。

 

「ハッピバ~スデェートゥユゥ~♪ハァピィバ~スデェーディアー○▽※△☆△※◎~♪」

「ちゃんと歌ってー!!」

 

陽香が笑いながら言った。

 

「ごめんごめん!」

「えっと、それじゃ改めてまつりちゃん、17歳の誕生日おめでとう!」

「ありがとうございます!」

 

私は机の上に置かれたケーキのロウソクを吹き消した。

 

「ケーキ食べていいよ」

「じゃあ、いただきます」

「このケーキ、シュガーフリーだからまつりちゃんでも食べれると思うよ」

「そうなんですか?」

 

私は一口食べる。味は普通のショートケーキっぽい感じで美味しかった。

 

「ん、美味しいです」

「良かった!今度買ったお店教えるね!」

 

白百合さんが嬉しそうにしている。

 

「ありがとうございます」

「じゃあ、これからパーティーやるんでしょ?」

「はい!これから私達のガレージに行ってU〇er三万円パーティーするんです!」

 

陽香が答えた。

 

「わかった。楽しんでおいで」

 

白百合さんは微笑んだ。それから片づけの準備をし始める。

「あ、そうだ、皆」

 

白百合さんは私達、メンバーの方に向いて言った。

 

「何ですか?」

「これからも頑張ってね」

「はい!」

 

私達は返事をした。

 

「それじゃ、またね~」

「さようなら」

「お疲れ様です!」

 

メンバーやスタッフ、エンジニアなどがスタジオを出て、最後に私だけが残された。私は大体、最後に残ることが多い。いつも通り、片付けを始める。といっても、楽器をしまうだけだけれど。ギターケースを背負って、シールドケーブルをまとめる。ベースアンプの電源を落として、エフェクターボードをしまう。ギターラックに黒いギターを置く。

 

「よし、これで終わりかな……」

 

スタジオの外を出ようとドアノブを捻ると……何故か開かない。

スタジオの中を見渡すと、天井にある通気口からガスのような物が充満していた。これはまずい。逃げないと……もう一度ドアノブに手をかけてみるけど動かない。

 

「嘘!?どうして?」

 

あれ、意識が……遠のいて……

視界はゆっくりと暗くなった。

 

――

 

目が覚めると豪華なベッドの上に居た。

ここはどこだろう。周りを見ると……見た事のない場所だ。品の高そうな調度品の数々、ホテルのスイートルームみたいな雰囲気だ。なんでこんな所にいるのかわからない。

 

私は起き上がって辺りを見る。私の服装もいつの間にか変わっていた。カーディガンとかジーンズとか着ていたはずだけど、いつの間にか白いワンピースになっていた。私の服はどこに行ったのだろうか、誰が脱がせたのか。疑問は色々あるけど、とりあえず外に出よう。

 

私は扉を開けて廊下に出る。長い通路だった。通路は何故か暗く、壁の照明が点いているだけだった。

 

「バイオパニックじゃないんだからさ……」

 

私は独り言を言いながら歩く。窓を見ると時刻は夜になっていた。廊下の突き当りにはドアが見えた。私はゆっくりドアノブを回してみる。すると簡単に開いた。中に入ると、そこには広い空間があった。この部屋は照明が付いていない。あと、円形のテーブルと椅子が複数、色々置いてある。他は暗くて良く見えない。広い空間を歩いていると、ピアノの音が突然聞こえた。私は音の方に向かう。

 

「誰かいるの?」

 

私が声をかけても返事は無かった。すると今度はバイオリンの音がピアノの音に重なり始めた。その曲は聞いたことがある。そして、ステージがある事に気が付いた。

 

「えっ……?」

 

ステージには人影が一つあった。……それは女の子のシルエットだった。その子は私の存在に気付いたみたいで、こちらに向いた。そして音楽が止まった。

 

「ハッピーバースデー!!まつり!!」

「こころちゃん!?」

 

クラッカーが鳴った。

 

「お誕生日おめでとう!」

 

その言葉と同時に会場の照明が明るくなって、CiRCLEでお世話になっている皆が出てきた。

 

「あ、ありがとうございます!?」

 

あれ?ガレージでUb○r三万円パーティーはどうしたの?という疑問を抱えながら、今の状況を認識しようとしていた。

 

「そんなパーティーは存在しないよ」

私の頭の中を読み取った陽香が言った。

 

「え?」

 

「こころが『あたしの屋敷でパーティーしましょう!!』って言い出してね……」

近くにいた奥沢さんがそう話す。

 

「だって、せっかくの誕生日なんだもの、祝うのは当然でしょ?」

こころちゃんがぴょんぴょこ飛び出して言った。

 

「大げさすぎる……」

「まぁまぁ、今日は水城さんが主役ですから楽しんでいきましょう」

 

という事で本日の主役と書かれたタスキをかけてパーティが始まった。豪華なディナーを食べたり、パーティー向けのゲームをしたり、色んな事をした。

しばらくすると蘭ちゃんが私の所にやってきた。

 

「まつり、これあげる。誕生日おめでとう」

 

そう言って蘭ちゃんから箱を受け取った。箱は上部が透明になっており、見てみるとそこには色んな花が飾られていた。

 

「ありがとう。綺麗な花だね」

「気に入った?」

「うん、部屋に飾る」

「良かった。あとこれも」

 

蘭ちゃんはそう言いながら包装紙に包んだプレゼントを渡してきた。包みの大きさは手のひらサイズぐらいだった。

 

「ありがとう」

「開けてみて」

 

私は包みを開ける。中には赤いリストバンドが一つ入っていた。リストバンドを手に取り、右腕に着けてみた。着けた後は手首を捻ったり、振ってみる。

 

「いいね。ギター弾くから手首保護しないと」

「サイズはどう?」

「丁度いいよ。ライブでもこれ着けていく」

「良かった」

 

右手首に着けた赤いリストバンドを蘭ちゃんに見せて、お礼を言った。すると友希那先輩も私の所にやってきた。

 

「まつり、誕生日おめでとう」

「ありがとうございます」

「これ、誕生日プレゼントなの。受け取ってくれるかしら?」

「はい!」

 

友希那先輩から渡されたのは小さめの四角い箱。中身は何だろうと思い、開けて見ると……そこには青いリストバンドがあった。あれ、被っちゃったみたい?取りあえず着けてみよう。私は青いリストバンドを左手首に着けた。うん、合ってる。

 

「まつりに何が似合うか考えて、結局リストバンドにしてみたの。どう?」

「すごく嬉しいです。ライブの時に使わせてもらいますね」

「喜んでくれて良かったわ」

「ちょっと待ってください、湊さん、あたしがプレゼントを選んでいる所盗み見しましたか?」

 

プレゼントが被った事に対して不満気な蘭ちゃんがいつものように友希那先輩に噛みつく。

 

「見てないわよ、プレゼントが被ったのは偶然よ」

「本当にそうですか?」

 

二人は睨み合いを始めた。仲が良いのか悪いのかよく分からない。

 

「はいはい、喧嘩したら両方潰す」

 

私は二人の間に入ってそう言った。すると二人とも私を見て黙ってしまった。私は二人をなだめながら席へ戻った。明るくなった会場を見渡してみる。ここのパーティー会場は西洋風の装飾がされており、天井にはシャンデリアがある。そしてステージの上にはピアノとバイオリンがあった。料理を乗せたテーブルや、飲み物が入ったグラスもあった。あと、会場の真ん中に開けた空間があり、お洒落なダンスをするのには良さそうだなとぼんやり考える。

 

「はい、まつり、あーんして」

 

隣に座った蘭ちゃんがショートケーキをフォークに乗せて差し出してきた。私は口を開けてそれを食べる。

 

「美味しい」

「良かった」

 

そう言うと蘭ちゃんは口角を少しだけあげた。

 

「まつり、ほらこっち向いて。あーんするから」

 

今度は左側のほうから友希那先輩の声が聞こえた。そちらを見ると、友希那先輩がチョコケーキを乗せたフォークを差し出してきている。

 

「はーい」

 

私はそれを口に含む。甘さがじんわり広がっていく。

 

「どう?」

「普通に美味しいです」

「そう、ならもっといる?」

「もういいです!」

 

友希那先輩がまた食べさせようとしてくるので慌てて断った。そんなやり取りをしている間に、こころちゃん達がやってきた。

 

「まつり、一緒にダンスしましょ!」

「ダンス!?」

 

突然の誘いに戸惑う。確かに踊るのは嫌いじゃないけど、いきなり誘われると困る。

 

「ダンスってどういうダンス?バレエとかそういうの?」

「違うわ!今から皆で音楽に合わせて踊りまくるの!楽しそうでしょ?」

「えぇ……」

 

ボカロ系の踊ってみた系は陽香と一緒におふざけで沢山やったからまぁできるかもしれないけど、本格的なダンスは経験がない。

 

「嫌なの?」

「恥ずかしいよ……多分上手くできないし」

「大丈夫だよ、まつり。最初はゆっくりやるし、もし間違えても誰も笑わないから」

「それに、ダンスの専門家が居るじゃない」

 

友希那先輩は今井先輩の方に顔向けた。すると今井先輩はウィンクをした。

 

「大丈夫!あたしがついてるからさ☆」

「じゃ、じゃあ、やってみようかな」

「決まりね。じゃあ私があなたのダンスパートナーになるから……」

「ちょっと待ってください、湊さん。あたしがまつりのダンスパートナーになるんですけど」

 

友希那先輩の言葉に蘭ちゃんが反応した。

 

「あなたはリズム感無さそうだもの」

「ありますよ、少なくとも湊さんよりかは」

「それはどうかしらね?」

 

再び二人が睨み合いを始めてしまった。

 

「"仮の恋人"は引っ込んでいなさい」

「はぁ?まつりに告ってまだ何の返答も貰ってない癖に調子乗らないで下さい」

 

二人の間にバチバチと火花が散っているのが見える気がする。私はため息をついた後、フォーク二本を持って立ち上がった。フォーク二本それぞれにケーキを乗せてバチバチ中の二人に近づいた。

 

「はい、あーん!!」

 

私はわざと大声で言いながらフォークを動かし、生クリームを二人のほっぺにぶつけた。二人は一瞬何が起きたか分からず固まっていたが、すぐに状況を理解して頬に付いたクリームを指で取って見つめた。

 

「ちょっ、何するのまつり!?」

「すぐに喧嘩するバカは誰?」

「「……」」

 

二人は沈黙した後、

 

「「ごめんなさい」」

 

と言って頭を下げてきた。今井先輩とモカちゃんはその光景を見て思わず吹き出した。

 

「ダンスパートナーは時間で交代すればいいから……」

 

私はそう言って二人を説得した。丸く収まった後、今井先輩が手を叩いた。

 

「じゃあ、まつり、ダンスやってみよっか☆」

 

こうしてダンスが始まった。

 

――

 

 

パーティーで楽しんでいる途中、私は会場を出て化粧室に居た。スマホで電話を掛けた。相手はお母さんだ。実は朝、お母さんからお祝いの言葉と電話がしたいという旨のメッセージが届いていたが、忘れていて、今しかないと思い、電話した。

 

「もしもし、お母さん?」

「誕生日おめでとう。元気にしてた?」

「うん。大丈夫。お父さんも元気?」

「もちろん。ところで、最近どう?」

「えっと、最近は……」

 

私は近況報告をした。バンドの事や、高校二年になって新しくできた友達の事、病院の事など……話したいことは山ほどあった。

 

「そっか。良かった」

「うん。梨音の調子はどう?」

 

梨音(りのん)は私の妹。だけど絶縁状態がずっと続いていた。大体私のせいだ。

 

「そろそろ高校受験だから頑張ってると思うけど、どうかな。張り詰めたような表情をする事が多くてね」

「そうなんだ。どこの高校行くの?」

「県内の偏差値が高い高校に行くみたい。塾も通い続けていて、毎日遅くまで勉強してる」

「そう……」

 

母の声は沈んでいるように感じた。

 

「ねぇ、久しぶりに話してみる?」

「梨音と?う~ん……」

 

私は悩んでいた。正直言って、あまり話したくない。私が梨音にした仕打ちを考えると、罪悪感が湧いてくる。お母さんは私の回答を聞かずに梨音と話していた。マイク越しに梨音の声が聞こえてくる。

 

「梨音?今、まつりと通話してるけど話してみる?」

「……話す」

 

相手が変わり、梨音が喋り始めた。

 

「あの、お久しぶり……です……」

 

私は緊張しながら挨拶をする。すると向こうからも返事が来た。

 

「姉さん、久しぶり……」

「えっと、その……」

 

何を言えばいいのか分からない。私は言葉が出なかった。

 

「……姉さんは変わっちゃったね」

「えっ……」

「前は怒りんぼで暴力的だったけど、あの日から変わっちゃった。……今の姉さんは、姉さんじゃないみたい」

 

私は俯く。

 

「私のせいで、ごめんなさい」

 

私は頭を下げた。許してもらえなくてもいい。謝らないといけない気がした。

 

「もう、その事では怒ってないよ。ただ、昔はもっと優しかったのにって思っただけ」

「ごめん……」

 

私は謝ることしかできなかった。

 

「……昔の姉さんは私の憧れだった。バイオリンやピアノが出来て、歌も上手で、何でもできる人だった」

「……」

「不良に走った中学の時だって、楽しそうな感じがあったから別に嫌じゃなかった。……でも、今の姉さんは違う。感情が死んで、まるでロボットみたいな人になってる」

「……ごめん」

 

私は再び謝罪の言葉を口にする。

 

「えっと、東京はどういう感じ?やっぱり、都会は怖いところ?」

 

私の雰囲気を読み取って話を変えて来たみたい。

 

「色々あるよ。良い事も悪い事も」

「そう。……他に何か変わった事はある?例えば誰かと付き合ったとか」

「ないよ」

 

私は即答した。

 

「そっか。まぁ、そんな簡単に男に惚れたりしないよね」

「うん。でも、もし仮に男が出来たとしても、それは恋愛じゃなくて遊びだと思うから、本気になんてならないよ」

「そういうものなんだ」

「うん。あと、バンドをやり始めた」

「やっぱり。どんなバンド?」

 

私はバンドの名前を言う。

 

「ふーん……どういう感じなの?プロ目指してるの?ライブは何回くらいやった?」

 

矢継ぎ早に質問される。

 

「メジャーデビューしていて、今新アルバムを作り終えたところだよ。ライブはたくさんやった」

そう答える。

 

「そうなんだ。お母さんは昔、バンドの追っかけだったのは知ってるでしょ?昔の写真を見てみると、痛々しい見た目をして、黒い服を着ていて、髪も染めている。今は普通だけどね。で、親子そろってロックバンドに関わっているなんて、なんか運命を感じる」

「そうかな?偶然かもしれないけどね」

「……武道館行けたらチケット頂戴。家族全員で見に行くから」

「うん。頑張るよ」

「あとでお母さんに頼んで私の連絡先送ってもらうから、電話帳に追加しといて」

「分かった」

「最後に聞きたいことがあるけどいい?

「なに?」

「自分は取り戻せた?何というか、昔の自分に戻れた?」

「……分からない。多分まだ駄目かも」

「そっか」

「うん……」

「じゃあ、お母さんに変わるね」

「はい」

 

母に代わる。

 

「……どう?話せていた感じだけど」

「うーん、よく分からなかったけど、マシになったと思う」

「良かった」

「あのさ、相談があるけどいい?」

「なに?」

 

私はこの胸につかえている感情について話すことにした。もしかすると拒絶されるかもしれないけど、それでもいいから誰にでも話したかった。

 

「最近、精神的にやられていた時に、ある先輩が助けてくれたの。その時はすごく感謝してるんだけど、最近、その人の事が気になるようになってきて……。その人の顔を見るだけでドキドキしたり、声を聞くと胸が苦しくなったり、変に意識しちゃったりして、今までこんなこと無かったから戸惑ってるの。でも、その先輩は女性なの。認めたくない。私が……。ごめん、これ以上は無理」

 

言葉に詰まって何も話せなくなった。

 

「そっか……」

 

母は少し考えて答えた。

 

「……勇気だしてその気持ちにケリをつけた方が良いよ」

「え?」

 

聞いたのは意外な回答だった。

 

「昔話だけど聞いて私が高校生の頃、女子バレー部に入ってた。その時、気になっていた先輩が居て、部活終わりによく一緒に帰ってた。でも、その先輩はクラスの人気者の男子と付き合っていたから、想いを伝えられずに卒業しちゃった。今でも引きずっているのよ。お父さんが居るけどね」

「……」

「だから、まつりがどうしたいのか分からないけど、後悔しないように伝えたほうがいい。たとえ玉砕しても、それでスッキリするならそれが一番良い選択だと私は思う」

「……わかった。今、やるべき事が沢山あるから、全部片づけたら伝える事にするよ」

「頑張って」

「うん」

 

私は赤いボタンを押して通話を終えた。化粧室の鏡を見る。そこには疲れているけど、どこか晴れている私が居た。目尻には涙が溜まっているのを見て、袖で目をこする。

 

『大丈夫?』

「うん、大丈夫だよ」

 

皆に助けられたおかげで立ち直れた。今頃助けられていなければ少年院入ってたか、病院入っていたか、もしかすると死んでいたかもしれない。

色々あったけど、今は大丈夫。水で顔を洗ったら私は前を向いて歩き出した。

 

「よし、行こう!」

 

ドアノブを捻って私は皆の所へ戻った。

 



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11月 第二の始まり

 

 

私は雑誌の表紙の撮影、インタビューなどの為にあるビルに来ている。今は椅子に座ってスタッフからメイクを受けていた。鏡越しに見える私の顔を見ながら考える。一週間前はこんな感じじゃなかったのになと。

 

「はい、メイク完了しました」

「ありがとうございます」

 

鏡に映る私を見た。黒く長い髪が綺麗に降ろされ、右側の耳にかかるように赤いエクステが着けられていた。メイクが終わると私は立ち上がり、ハンガーにかけてあったロックなロングジャケットを着け、撮影スタジオに向かった。スタジオに向かうとそこには紗夜先輩が居た。

 

「おはようございます、水城さん」

「おはようございます、紗夜先輩」

 

先輩はライブ用の衣装を既に着けていて、ギターを持っていた。今回はギター雑誌の撮影らしい。スタッフに挨拶したらギターラックに掛かっている私のギターを探す。

 

「ギターはどうしますか?」

「じゃあ、このストラトで」

「あ、このストラトはダメですね。エンドース契約を受けている以上、やっぱりシグネチャーモデルにしないと」

「じゃあ……この黒いギターで」

「はい、分かりました」

 

私がそう言うとスタッフがそのギターを持ってくる。黒いレスポールのギターだ。ストラップを着けたら撮影位置に立つ。隣には紗夜先輩もギターを構えていた。そしてカメラマンの指示通りにポーズを取っていく。

 

「いいねー、もっと笑えるかな?ほら、笑って!」

「「……」」

 

紗夜先輩と私はあまり表情を変えないままカメラに視線を向ける。正直笑顔を作る余裕なんてない。カメラマンの指示を無視して、ただひたすらに無言で撮影する。

そして数枚撮った後、カメラマンは諦めたのかのようにシャッターを切る。

 

「結構クールな感じに撮れたんじゃないでしょうか?」

「そうだね。とりあえずこれでいこうか」

 

次に2人でインタビューを受ける事にした。私はソファーに座り、紗夜先輩も隣に座った。向かい側にはインタビュアーが座る。インタビュアーは20代後半くらいの女性だった。

 

「では、今日はよろしくお願いします」

「こちらこそ、よろしくお願いします」

「まずはお二人の自己紹介からしていきましょうか」

 

それから私たちは質問に答えていく。そして一通り終わったところで本題に入った。

 

「えっと……それでは早速ですけど、お二人は初めて会った時、どういう印象を持ちましたか?」

「……几帳面なギタリストだと思っていました」

 

私はそう発言した。時々カメラマンが撮影してくる。

 

「そんな印象は皆抱きそうですね。紗夜さんはどういう印象を?」

「そうですね。第一印象はとにかく周りと違う雰囲気を持つ人だと思いました」

「へぇ~周りの人と違った感じですか?」

「はい。何と言うんでしょうか……。他の人が持っていない何かを持っているような気がしてなりません」

「なるほど。そういう所に惹かれたんですか?」

「そうかもしれませんね」

 

紗夜先輩はそう答える。

 

「そうなんですか。でも、確かに水城さんは独特なオーラがありますよね」

「そうでしょうか?」

 

こうやって話しているうちにインタビューは終わっていた。私は控室に戻り、メイクを落として着替える。ジャケットを着たまま街に出るとファンに騒がれるかもしれないので、ジャケットを脱いで髪型を三つ編みに変える。次に眼鏡をかけて、キャップ帽を被る。隣で服装だけを変えていた紗夜先輩と話をする。

 

「お疲れ様です」

「水城さんもお疲れ様です」

 

紗夜先輩は荷物をまとめてもう帰るらしい。

 

「メイク落とさないのですか?」

「これからライブがありますのでそのまま行きます」

「予選ね…」

「そうですね。水城さんも早めに出た方がいいと思います。あまり人を待たせるのは良くありませんので」

「え、誰か待っているの?誰なの?」

「では、ありがとうございました。」

 

答える前に紗夜先輩は撮影スタジオを出ていってしまった。私も帰ろうとエレベーターに乗って1階に向かうと…

 

「撮影は終わったかしら?」

 

友希那先輩が待っていた。

 

「はい、今終わりましたけど……どうしてここに居るんですか?」

「まつりを待っていたのよ」

「私を?」

「ええ、一緒に行きましょう」

「いいですけど……何しに来たんですか?」

「別に大したことじゃないわ。ちょっとしたデートよ。今から時間はあるかしら?」

「まぁ……大丈夫ですけど」

「じゃあ、行きましょう」

「どこに行くんですか?」

「考えてないわ」

 

そう言って友希那先輩は私の手を引いて歩き出した。

 

「あの……恥ずかしいんで離して貰ってもいいですか?」

 

友希那先輩は聞いてないのか中々離そうとしてくれない。結局私は手を繋いだ状態で街中を歩く事になった。変装がバレる気配は無く、私は少し安心した。

 

「どこに行くんでしょうか?」

「そうね、とりあえずショッピングモールに行きましょう。CDショップに用があるの」

「はい、分かりました」

 

手を繋いだまま大きな駅に着いて電車乗ろうと歩く。通路の壁には大きな広告があった。私達のバンドのポスターだ。CDの宣伝をしている。そして私達の写真が大きく載っていた。私の写真はフードで隠れていて見えないようになっていた。

 

「うげっ……」

 

私は思わず声を出してしまった。友希那先輩がこちらを見て不思議そうにしている。

 

「どうしたの?」

「いえ、何でも無いです」

 

私はそう答えた。

 

「そう、ならいいけど……」

 

そう先輩は言いながら歩いて電車に乗る。電車の中はそこまで混んでいないものの、座れるスペースは無かった。私達は電車のドア近くに立つ。私は窓から都会の景色を眺めていると友希那先輩が私の後ろに立ち、窓に映っている私を見つめていた。

 

「なんですか?」

「いえ、特に意味は無いのだけれど」

 

友希那先輩は私の身体を挟むように手をドアの方についている。

 

「何をしているのですか?」

「何の意味も無いわ」

 

友希那先輩との距離が近い。そして香りが漂ってくる。ちょっと距離を取れるなら取りたいものだ。微かに心臓のBPMが上がっているのを感じるし、今は平常を装っているものの、いつバレるか分からない。こうやって無言で耐え忍ぶ時間を過ごしていると、

 

「そろそろ着くみたいね」

 

そう言った後すぐに降りる駅のアナウンスが流れた。そしてすぐに着く。そして降りた後、また手を繋いでショッピングモールまで歩いた。着いたらまず先に向かったのがCDショップだった。

 

「ここで何をするのですか?」

「新曲を買うのよ」

「ああ……そうですか」

 

私は友希那先輩から離れて別のコーナーを見ていた。店を見渡すと、ポップが掲げられていた。そこには私達のバンドの事が書かれていた。その下には今まで出したアルバム二枚と、新しいシングルである「INNOCENCE」が置いてあった。

 

シングルのリリースから数日して、私が居る世界は何もかもが変わってしまった。テレビを付ければ私達の曲が流れていて、街中に行けば私達のファンかもしれない恰好した人が街を歩き、まるでアイドルのような扱いを受ける。正直なところかなり困惑していた。私達のバンドの曲はアンダーグラウンドな感じで売れ線などをガン無視した作風だったのに。

 

ポスターの方も眺めてみると、やっぱり私達のバンドのポスターが貼ってある。新アルバムを告知するポスターだ。メンバーのスタイリッシュな顔写真が写っている。下には一月から始まるコンサートツアーの日程と会場が書いてある。ツアーは一か月程度で終わる予定だったけど、人気上昇の影響で二か月間、もしくは三か月間ツアーをする事になるかもしれない。もしかするとアリーナクラスでライブをするのかも。今は相談中だからどうなるか分からない。

 

友希那先輩を見てみる。先輩はCDをいくつか手に取ってじっくり見ている。しばらくするとCDを持ってレジに向かっていった。私は好きなアーティストの新譜が出ていたのでそれを買って、ついでに何かないかと店内をぐるりと一周する。そうして色々と物色した後、少し遅れてレジに向かって会計を済ませた。

 

「遅かったわね」

「すみません、ちょっと他の商品も見ていました」

「そう。何を買ったの?」

「はい、私の好きなアーティストの新譜を買いました。このバンドはアイルランド出身のバンドで……」

「まつりの解説は長くなるからやめておきましょう」

「えぇ……。先輩は何を?」

「勿論、あなたの新しいシングルよ」

「そうなんだ。アルバムでも収録されるから後に出るアルバムを買った方が良いのに……」

「別にいいじゃない。シングルで聴くのも悪くはないわ。カップリング曲もまつりが手掛けていると聞いてるし。ところで新しいアルバムの自信はあるの?」

「無いです……。もっと磨ける部分はあったはずなのに……」

「そう、期待できるわね」

「ええ!?」

「さて、次の場所に行きましょう」

 

私は友希那先輩と一緒にCDショップを出た。次は本屋だった。私はSF小説のコーナーに向かうが、友希那先輩は雑誌の方へ向かった。私は適当に面白そうな小説を探していると友希那先輩がこちらにやってきた。

 

「もう買ったんですか?」

「ええ、すぐに見つかったわ。売り切れてなくて良かった」

「そうですか。何を買ったのですか?」

「この雑誌よ」

 

先輩が取り出したのは『G-STYLE』というバンド雑誌。ガールズバンドに特化した女性向けのバンド雑誌だ。表紙には私達のバンドが映っていた。

 

「げっ、なんで私達が写っているのを買ったのですか?」

「あなたが載っていたからよ」

「え?どういう事ですか?」

「そのまんまの意味よ。私はあなたが出ているものは全て購入しているわ」

「嘘……」

 

まさか友希那先輩がそんな事をしているとは思わなかった。私は動揺を隠しきれず、思わず声を出してしまう。これだと友希那先輩がただのファンじゃないか。一つ上の先輩がファンだと複雑な気持ちになってしまう。

 

「あら、迷惑だったかしら?」

「いえ、そういうわけでは……」

「そう、なら良いけど。私もこの雑誌を愛読しているの。特にまつりが楽曲について深く解説するインタビューは興味深いわね。まつりもこの雑誌読んでみる?」

「いえ、良いです」

「遠慮しないで」

「遠慮とかじゃなくて、恥ずかしくて読みたくないだけです」

「あらそう」

 

友希那先輩は残念そうな顔をして言った。その後すぐに本屋を出て行った。私は欲しい本は無かったので買わなかった。まだ太陽が真上まで登ってない時間だが、もう帰る事にした。友希那先輩はこれからCiRCLEでガールズバンドチャレンジの予選へ向けたライブがあるからだ。また駅まで歩き、電車に乗って帰る事にした。電車の中はそこまで混んでない様子だった。私と友希那先輩はドア近くに立っていた。ドア近くの取手を掴み、窓の外の景色を眺めていた。

 

最近、私達のバンドが有名になって、私の中で何かが変わっているような感じがした。もう一人の私ができていくような感覚。普段の私は臆病で、ちょっと変わっているだけの普通の女子高生。でも、最近出来た人格はカッコつけてて、荒々しく、タブーを犯すことすら躊躇わない危険な私。どちらも水城まつりという名前の私だけど、違う人間のように感じる。

 

「まつり、どうかしたの?」

「え、あ、なんでもないですよ」

「そう、ならいいけど。今日のまつりは少し変な気がするわ」

 

少しドキッとした。いつも通りに接したつもりだけど、友希那先輩には見抜かれているようだった。私は都会の景色を見ながら言った。

 

「私、これからどうなっちゃうのだろうって思って……」

「それはどう言う意味?」

「今までは普通だったのに、ここ最近、急激に周りが大きく変わってきているような気がして。よく分からないけど、ナーバスになっているのかなって」

「そうね。確かにあなたの環境は大きく変わったわね」

「はい……。私がこんな風になるなんて想像もしてなかった」

「でも、これは好機じゃないの?」

「え……?」

「もっと大きなステージでライブができるかもしれない。もっと多くの人に自分の音楽を聴いてもらえるようになる。チャンスじゃない」

「それはそうですね……」

「不安なの?」

「……信用出来ないものもいっぱい目に入るようになったから」

「そう。でも、それはわかっていたことでしょ?バンドを始めた時から、どこかに決意していたはずよ」

 

その言葉は私の心のどこかに響いた。

そっか。ギターを握ったあの頃から、バンドの皆と集まって初めて音出しした時も、私の心の中には『この音楽で勝ち取ってみせる』という気持ちがあった。怒りも悲しみも、ネガティブなもの全てを音楽にぶつけてブチ切れたような音で滅茶苦茶にしてやるって誓ったんだ。私は拳をぐっと握った。今更逃げるなんてありえない。私は友希那先輩の目を見て言った。

 

「そうですよね。頑張ります……!」

「ええ、応援してるわ」

 

それからしばらくすると駅に着いた。電車から降りて、人混みに紛れながら改札を出た後、友希那先輩は言った。

 

「じゃあ、私はここで失礼するわ」

「はい、今日はありがとうございました」

 

そう言うと何故か友希那先輩が近づいてきた。そして耳元で囁くように言って来た。

 

「あの時の答え、いつでも待っているわ」

「え……?」

「また会いましょう」

 

そう言い残して友希那先輩は去って行った。私はその場に立ち尽くしたまま動けずにいる。心臓の鼓動が激しくなっているのを感じる。顔が熱い。きっと今の私は真っ赤に染まっているのだろう。でもごめんなさい。今は答えを出すことはできないの。やらなきゃいけない事があるから。だからもう少しだけ待っていて。いつか答えるから。

私は友希那先輩が去っていった方向の逆方向に向かって歩き始めた。



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12月 Moonage Daydream

「まつりの夢って何?」

隣にいるワタシが聞いて来た。ここは誰も居ない夜の公園だった。そう、ここは夢の中の世界。

 

「なんだろうね」

 

私は少し考えてから答えた。私には分からないよ。それに今はそれどころじゃないし……。

「ギターを握って数年経つのに決められないの?」

 

ワタシは呆れたように言う。そうして彼女は続けた。

 

「武道館でライブをするとか、東京ドームをいっぱいに埋めるとか、そういうのじゃないの?」

それは違う。大きい会場でライブをする事は只の通過点にしか過ぎない。もっと先にある大きな何かを目指しているんだ。

「良い曲を作ること?売上ランキングで1位取ること?それとも有名になること?」

 

どれも違う。私が目指しているのはそんなものじゃ無い。でもおぼろげに夢は浮かんでいた。音楽で生きていく事、お金持ちになって豪邸と高級車とアルコールの生活を送る事、それよりも……。

 

「なら、グラミー賞でも取る事?ウェンブリースタジアムを観客一杯に埋めること?」

 

そんなものよりずっと大事なものがある事を最近知った。私はこう言った。

 

私の夢は死ぬこと。

 

ワタシはその言葉を聞いて目を丸くした。まさかこんな答えが来るとは思わなかったからだ。

 

「どうして死にたいの?」

「誰よりも素敵な生き様をしたいからだよ」

「それが死んでしまったら意味が無いじゃん」

「そういう事じゃない」

 

とにかく私は誰にも負けない生き方をしたかった。誰かの為に生きるのではなく、自分のために生きる人生を送りたかった。その為ならどんな手段を使ってもいいと思ってる。

 

「まつり、頭でもおかしくなったの?」

「おかしくなきゃこんな場所には立ってない」

「そうだけどさ……」

 

ワタシはため息をついて夜空を見上げた。そこには星々が輝いていた。都会なのにここは空気が澄んでいてとても綺麗に見える。ここはとても落ち着く場所だった。私は公園のベンチから立ち上がり、ワタシの方へ振り返った。

 

「あたしね、この世界が醜いの。綺麗ごとばかり並べてるくせに本当は汚い事をこっそりやるドブネズミみたいな連中が蔓延ってる。だからね……」

 

私の右手にはいつの間にか愛用してるストラトキャスターが握られていた。ギターはボロボロで、ペイントが落ちて木材が見える状態だった。

 

「今からこの世界を滅茶苦茶にしてやるわ」

 

ギターを握り、近くにあったガラス目掛けて思い切り振り下ろした。

 

――

 

私は今、インタビューを受けていた。インタビュアーの男性はくだらない事とか聞いてくる。

 

「好きな男性のタイプはなんですか?」

って、何言ってんだこいつ?

 

「さぁ?普通の人」

「バンド内は恋愛禁止されていますか?それとも自由?」

「私たちはアイドルじゃないからそんなの決めてない。多分自由じゃない?」

 

あー、くだらない。

 

「となると、不倫なども起こりうる訳ですね」

「別にいい。好きにすれば」

「意外とドライなのですね」

「恋愛とか興味ない」

 

と言いつつも、頭の中にある人物が思い浮かんでいるのだが、表情に出ないように直ぐ切り替えた。

 

「メンバーと不仲説がありますが、本当ですか?」

「不仲だったら一緒にステージ立てない。少なくとも私は。他には?」

 

ゴシップネタが好きだね。この連中は。

 

「好きなアイドルや俳優は?」

「気にした事も無い」

「では好きな食べ物は?」

「お水」

 

「大人になったらやってみたいことは?」

「飲酒、喫煙、ギャンブル、モーターレース」

「結婚してお子さんを作りたいとは思っていますか?」

「知らないよ……タイムマシンに乗って未来の私を見てきたら?」

 

私は半分苛立ちながら答えた。これ、未成年の私に聞く内容なの?『大人になったらセッ**しますか?』とほぼ同じ内容じゃないの?半分セクハラじみてるでしょ。

私はその質問を適当に流して、露骨に嫌な顔をしながらインタビュー進めた。終えてインタビュアーが帰った後、私は机をドンッ!と蹴った。

 

「まつりちゃん、お疲れ……」

 

プロデューサーの白百合さんがコーヒーを持って部屋に入ってきた。私はコーヒーを受け取り、一気に飲み干した。ちょうどいい甘さだ。イライラしているとき、糖分をとるといいって誰が言ってたっけ。

 

「あのインタビュアー嫌い。どうして男の事とか、タイプとか聞いてくるのよ!」

「芸能方面の雑誌のインタビュアーだったからね……」

「あんな奴、ち〇こ曲がっちまえよ!」

 

言葉使いが汚くなるほど私は腹を立てていた。私はさらに椅子に寄りかかった。

 

「ちょっとしたらまつりちゃんの好きないっちゃんが来るから機嫌直して……」

 

私は無言でうなずいた。いっちゃんというのは市川由衣という音楽ライターの事で、インディーズの頃から記事を書かせてもらったり、色々世話になっている。ちなみに白百合さんとは同級生で仲が良く、当時は一緒にバンドを組んでいたらしい。

しばらくするとノックの音が聞こえた。ドアは開かれて市川さんがやってきた。

 

「あっ、まつりちゃん!久しぶりー!」

「こんにちは、市川さん」

 

私は挨拶をする。この人は良い意味でも悪い意味でもマイペースな人なので、こちらとしても接しやすい。

 

「おっ、いっちゃん来たねー」

白百合さんも挨拶をする。

 

「おっ、リリーホワイトじゃん。プロデューサーになれた事だし、真のリリーホワイトになれたね~」

市川さんはニヤリとした笑みを浮かべる。リリーホワイトというのは恐らく白百合さんの事を指しているのだろう。確か、そんな世界的プロデューサーが居たような気がする。白百合さんは苦笑いしながら市川さんを招き入れた。

 

「じゃ、座ろっか」

 

私達はソファーに腰掛けた。市川さんはお土産をテーブルの上に置いた。お土産はパフェサンドだった。私はそれを手に取って頬張った。甘くて美味しい。

 

「どこか行ってきたの?」

白百合さんが市川さんに聞く。

 

「名古屋のライブハウスに行ってライブを見た後、名古屋駅周辺で買い物してきた」

「ふぅん、どんなバンド?」

「あぁ、最近人気のバンドだよ。ボーカルの声が透き通っていて綺麗なんだよね。あと、ギターの人も上手かった」

「へぇ、そうなんだ。今度見に行きたいね」

「ぜひぜひ。私的には次に来るバンドのひとつだと思う」

 

私は二人の会話を聞きながらペットボトルのお茶を飲む。

 

「そういえば、例の記事書いたけど読んだ?」

「例の記事って?」

「ほら、これ。あなた達の特集」

 

市川さんは自分の鞄から雑誌を取り出して私達に見せた。

 

「アレいっちゃんが書いたの?にしては変な言葉遣いだよねー」

「変な言葉遣いって何よー。私の書く文章はいつもこんな感じです」

「でも、こういうのはもっと可愛い女の子向けなんじゃ……」

「いや、別にいいんだよ!」

 

二人の世話話がこれ以上長引く前に私は口を挟んだ。

 

「そんな事よりローリング・ストーンズのダーティー・ワークについて話さない?」

「「それはやめて」」

 

二人一斉にツッコまれた。

 

「えっと、それでね……」

 

市川さんは話を戻した。

 

「今回の記事は、新曲のCrossfireについてなんだけど……なんかある?」

「あったかな?」

 

私は白百合さんに聞く。

 

「どうだろう?制作秘話とかそういうのでいいかな?」

「うん!それでいいよ」

「分かった。まずこの曲を作った状況がアルバム制作行き詰って、方向性が定まらない時期あったの。そこで私が提案してみたの。『疾走感のある王道なロックを作ってみたら?』と。みんな半信半疑で取り掛かったんだけど、結果上手くハマったね」

 

白百合さんは饒舌に語る。

 

「それでできたのが"INNOCENCE"と"Crossfire"の二曲ね。この二曲が出来た瞬間、アルバムの方向性が固まって来て……」

 

こうしてインタビューは続いた。市川さんとは気が許せる間柄なので話しやすかったし、楽しかった。

 

「さて、バンドのこれからの話なんだけど……」

 

こうしてインタビューが続いて、市川さんが話のまとめに入る。

 

「はい。これからコンサートツアーがありますね」

「先週話し合いがまとまってツアーが二か月ほどに延びる事になりました」

「おお、やっぱり追加公演やるんだね!という事は1月から2月までツアーか〜」

「うんうん!それでツアーの最後、大阪城ホールでやる事が決まったのよ!」

 

白百合さんは嬉々として言った。

 

「お!初のアリーナクラスでのライブ!これは燃えてくるね~」

「いっちゃんも来る?」

「もちろん行くよ~!チケット取ってくれる?」

「いいよー。関係者席で良ければ取れると思うから」

 

市川さんと白百合さんの会話を横目に私は考えていた。

(ツアーか……体力持つかな)

ただでさえライブ一回で身体がバテるのに、全国ツアーとなるとさらにハードになるだろう。

私は気合いを入れておかないとなと思った。

 

――

移動時間。私は黒い高級車の後部座席に座り、スマホを弄っていた。今見ているのはガールズバンドチャレンジの公式サイト。ランキングページの上位を見ながら私は隣に居る白百合さんに聞いた。

 

「予選終了まであともう少しですね」

「14日だね。あと1週間しかないみたい」

 

ランキングを見てみると上位3組が突き抜けていた。ロゼリア、ポピパ、RASの3組だ。正直、どれも甲乙つけ難い。でも最後に残るのは2組だけ。1組が負けるのはちょっと嫌だなと思いながら私はスマホを閉じた。次に窓の外を見る。車はどんどん進んでいく。

 

「あとそう、悪いんだけど、ガールズバンドチャレンジ決勝の日、正午辺りにファンクラブ限定ライブをCiRCLEでやるつもりなの」

少しして白百合さんが口を開いた。

 

「急に決まりましたね……どうして?」

「ツアー前の最終調整にして、ゲネプロの役割も兼ねているの。それと、CiRCLEにお別れをするライブでもあるからね」

「そっか……」

 

CiRCLEのキャパは500人程度。これから回るホール会場は2000人ぐらい。私達がCiRCLEでライブをやるにはあまりにも小さすぎるのだろう。それにファンクラブ限定ライブにしたのも観客をなるべく少なくしたい意図があってのことだろうし。

 

「セットリストも12曲と短めにしてあるから、武道館には間に合うと思うよ。1時間半程度で終わるはず」

「分かりました」

 

久しぶりのライブをする場所がちょっとトラウマ気味のCiRCLE。私の手は微かに震えていた。

 

――

 

数日過ぎて、私達のバンドの新しいシングルである「Crossfire」がリリースされた。なんかよく分からないけど、色んなアイドルグループとかを抜いてしまって一週間の売り上げが1位になったらしい。しかしやらなきゃいけない仕事がある。それはテレビ出演する事だった。しかも全国ネットの音楽番組に呼ばれたのだ。これは凄いことらしいが、私はテレビをあんまり見ていないのでよく分からない。しかし音楽番組というのは窮屈なものを感じる。当てふりをしたり、楽器の音をいじったりするのは分かるが、なぜ歌まで変える必要があるのか。その点について私は疑問に思う。他のバンドメンバーは賛成していたが、私だけは反対気味だった。

 

「嫌だな……」

 

私は思わず声に出してしまった。

 

「どうして?」

 

芸能界での経験が長い、白鷺先輩が聞いてくる。

 

「生演奏じゃないのが凄く気に入らないんですよね」

 

私は正直に答えた。

 

「まつりちゃんはそういうのに拘るのね」

「そういう事じゃなくて、なんかこう……テレビに出たバンドは魂を売ったような感じがするんです」

「えぇ……?どういう意味?」

「なんというか、バンドとしての誇りが無いというか……」

「よく分からないけど、テレビに出ることは凄く名誉なことなのよ。まあ、確かに嫌かもしれないけど……」

「それはそうだけど……」

「それに、もしテレビに出ればまつりちゃんの家族も喜ぶんじゃないかしら?」

 

白鷺先輩はそう言ってくれた。家族、という言葉を聞いて少し心動かされた。

私には家族がいる。父と母、そして妹。母が私と同じくらいの頃、バンドの追っかけとして絵を描いたりライブを見に行ったりしていたそうだ。もし、私がテレビに出たとしたら、家族は私のバンド活動を認めてくれるのだろうか。

 

「少し考えてみます」

「ええ、分かったわ」

 

そして私は直ぐに妹へ電話をかけた。電話の向こうから反抗期の妹の声が聞こえてきた。

 

「もしもし、姉さん?」

「久しぶり」

「久しぶり。急にどうしたの」

「あのさ、聞いてもいい?」

「何?早くして」

「もし私がテレビ出ると言ったら見る?」

「え?姉さん出るの?」

「うん。音楽番組に呼ばれて……」

「そう……。父さんと母さんは見るんじゃない?私は見ないけど……」

「そっか……」

「それがどうしたの?」

「いや、何でも無いよ」

「ふーん。姉さんのバンド、そのくらい凄くなったんだ」

「かな……」

「……何度でも言うけど、武道館でライブする事になったらチケット頂戴ね」

「分かった」

「……頑張って」

 

恥ずかしいのか、励ましの言葉言われた後すぐに電話を切られた。でもこの電話で私は決心した。

 

――

それで私達はテレビ局の控え室に居た。けど、私達は除け者にされているような雰囲気に苛立たしさを感じていた。

 

「あのプロデューサー見た?絶対あたしらの事バカにしてるよね」

「もう、本当に最悪。あんな奴、今すぐ〇したいくらい」

「ちょっと待って。出番までまだ時間あるから」

 

控え室の雰囲気は悪かった。理由は扱いの悪さと、他のアーティストは多めに時間取られているのに私達だけは生放送の演奏だけの出演になってしまった事だ。

 

「なんで私たちだけこんな扱いなんですかね~。他のアーティストさんたちは普通なのに」

「リハーサルの時もドラムの音がうるさいという理由で中断させられたよね」

「うん、あれは流石にキレそうになった」

「あたしも。いくらなんでも酷すぎる」

「ねぇ、なんであいつらの言う事聞かなきゃならないの?」

 

私は黙って考え事をしていた。あの連中に仕返しするにはどうしたらいいだろうか。ああもう、苛立たしい。やられて黙っているほど私は大人じゃない。番組側に伝えず曲変更出来たら"Last caress"や"So what"とか"r**e me"でもやってやろうと思っていたのに、今回は音源垂れ流しの当て振り演奏だし。

 

……思いっきり暴れてやるしかない。そう考えていると私の意識は段々と別の方向へ向いていった。真っ暗闇な空間、目の前にはワタシの姿があった。

 

『目覚めるなら今だよ』

 

ワタシは言った。

 

『ずっと見てた。だから分かる。まつりは我慢できないタイプでしょ?』

「ええ、そうね」

『だったら、ブチ切れちゃえよ。こっちの方が面白いじゃん!』

「でも……」

『でもじゃない。あなたはロックスターなんでしょ?だったらやっちゃいなよ。ほら、準備は出来てるんでしょう?世界を滅茶苦茶にする準備が』「……」

 

私は黙ったまま見つめた。

 

『そう、これでいいのよ。感情を剥き出しにしたあなたの姿、もう誰も止められない。さあ、やっちゃえよ!』

 

そう言って彼女は私に手を差し伸べてきた。私はその手を掴んだ。そして私と彼女は無重力の世界へと落ちていった。

 

 

……私はいつの間にか控え室にあった椅子を掴んでいた。そして、この椅子を振り上げ、控え室にあった鏡を思いっきり叩き割った。

 

「まつり!?何してんの!?」

 

バリンとガラスを割った音が控室の中に響いた。皆驚いている。

 

「これが連中に送ってやるメッセージよ。『舐めた態度取ってんじゃねえ』とね」

「まつり、何する気なの?」

 

メグが心配そうにしている。

 

「別に大したことはしないわ。ただ、番組をちょっと壊すだけだから」

「計画は?あるの?」

「あるよ」

「メグは普通に歌って。私たち楽器隊は……」

こうして私たちは打ち合わせを始めた。

 

――

 

スタジオに向かう廊下でバンドの皆と会話をしていた。

 

「当てふりなんてくだらないよね」

「それな」

「でも、これやっちゃって大丈夫?番組出禁にならない?」

「今の音楽番組に価値なんて無いから平気。それに向こうも舐めた態度取ってきたんだから、これは正当な抗議だよ」

「そっか。やってみよっか」

 

こうして私達はスタジオに入った。楽器などの準備を済ませたら本番。私達のバンドが出る番だ。ステージには司会者が居る。

 

「では、"Crossfire"!どうぞ!」

 

私達は所定の位置に着くと音楽が流れ始める。私達はいつも通り演奏する。垂れ流される音に合わせて弾いてるフリをするだけ。観客の反応は……棒立ちじゃん。周りのメンバー見ても苛立たしそうにしている。

 

ギターソロに入ると、私はギターから手を離して当て振りアピールをした。当然ギターの音は出ない。だけどそれでいい。他の人がやらなさそうな事やれば、注目は集まるはず。案の定、会場はざわつき始めた。

ソロが終わったら私は再び演奏のフリを始めた。すると、バンドの雰囲気が面白いものへ変わった。回転しながら演奏したり、メグがマイクスタンドを蹴っ飛ばしてマイク一本だけで歌ったり、メンバー達も暴走し始めた。もう、誰も私達に期待していないだろう。それでも良い。私はやりたいようにやってるだけなんだから。そんな事をしているうちに曲が終わってしまった。私はギターをストラップから外して床に叩きつけた。他の皆はドラムを倒したり、ベースを投げたりした。そして破壊されたドラムセットをバックにセルフィーを撮ったりした。他のアーティスト達は呆然としているだけだった。してやったり。そう思った私達は無言で控え室に戻った。出ていく時に中指立ててやった。

 

――

控え室に戻るとバンドのメンバー達とハイタッチをする。

 

「お疲れ様、凄かったね」

「うん、なんかスッキリした」

「あたしも。こんな事しても良かったんだって思えた」

「さて、事務所にどうやって謝るか考えよっか!」

 

私達はそうやって笑いあっているとノックする音が聞こえた。

 

「失礼します……!」

 

そこに居たのはアイドルグループの子だった。確か番組の時に座って見ていたひとりだろう。

 

「ええ、そうですけど……」

「あの、先程のパフォーマンスとても素敵でした!感動しました!」

「あ、ありがとうございます」

 

ちょっと戸惑った。こういう反応は慣れていない。

 

「本当にすごかったです。私、ツアー絶対行きます!応援してます!」

「はい!待っています!」

 

陽香はそう言って握手をしてあげた。他のメンバーを見るとみんな微笑んでいる。私は嬉しかった。私たちのやった事は間違っていなかったんだと再確認できた気がしたからだ。

 

「では、これからも頑張ってくださいね」

「はい、分かりました」

 

そう言って彼女は出て行った。

 

「陽香、なんか嬉しそうだね」

「もちろん!だってあの子、私が推してるアイドルグループの人だからさ」

「あー、なるほど」

「……響く人には響いたのかもね」

「ロックバンド自体珍しいのかも。今はアイドルばかりだし」

「猫被って可愛い子ぶらなきゃいけないなんて可哀想」

「いや、そういう仕事なんじゃない?」

「でも、もっと自分らしく見せたいって思わない?」

 

皆は少しの間沈黙した。しばらくするとメグが口を開いた。

 

「じゃあ、今日はこの辺にして帰ろっか」

「そうですね」

「賛成」

こうして私達は帰路についた。

 

――

それから放送されたらしいけど、評判はぱっきり割れた。

 

「み、水城さん……」

「なんか悪い事でもあったのかしら……?」

 

Roseliaの皆は困惑とかそういう感じの反応だった。

 

「ちょっと暴れちゃったね」

「でも、まつり達どうしてこんなに暴れちゃったの?」

 

今井先輩は眉を八の字にして聞いて来た。

 

「あちら側があまりにひどい対応されちゃったからね」

「だから言ってギターを壊すのはやり過ぎだと思います!」

 

紗夜先輩はギターを壊したことに関してご立腹の様子。

 

「大丈夫。あれは会社のギターだからすぐにスペアを寄越してくれるよ」

「それでも!」

 

あーあ。また先輩のお説教が始まるのか。私はげんなりとしながら聞き流す事にした。あの番組の事で蘭ちゃんや巴さんは肯定的な事を言ってくれた辺り、やっぱり番組の事は賛否両論なんだろうなと思った。

 



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12月 モブ子の視点3

12月になった。水城さんは9月辺りから精神的に参った状態が続いていたが、ここ最近は持ち直してきたようだ。水城さんによればアルバム制作はほぼ完成しているらしい。11月下旬辺り、水城さんのバンドが出した曲がネット上でバズったらしく、ネットやライブシーンにて少しずつ頭角を現すようになった。そして、水城さん、七瀬さんも、今や有名人だ。

そんなところだけど、私は今、水城さんと一緒に学校の階段を下っている。今の水城さんは三つ編みにメガネ、制服の上にカーディガンを着けている状態だった。

 

「お願い、見てきて」

「はーい」

 

私は靴箱で履き替えて校門近くへ向かう。するとバンドのファンらしき人達が出待ちをしていた。中には花咲川や羽丘の制服を着ている女の子までもが出待ちしていた。人数は大体数十人くらいだろうか?こんなに大勢いると迷惑なんだけど。はあ、風紀委員でも居れば……。うちの学校はそう言うの居ないし。私はまた校舎内へ戻って水城さんに伝える。

 

「ダメ。出待ちしてる人沢山いる」

「そっか。はぁ……」

 

水城さんはため息を吐いた。

 

「仕方ない。別の出口から帰るか」

「別の出口?そんなのあった?」

「いいから」

 

水城さんはキャップ帽を被って外に出る。私は彼女の後ろを追いかけた。水城さんは校門とは真反対の方向へ向かっている様子。

 

「そこに校門なんて無いけど……」

「あるよ」

 

しばらく歩いてたどり着いたのはのは私達の身長よりちょっと高い学校のフェンスだった。

 

「乗り越えるの!?」

「当然でしょ」

 

水城さんは豪快によじ登り、軽々とフェンスを乗り越えた。私はフェンスを越えようか狼狽えていると……。

 

「早く!」

「わ、分かったよ!」

 

私はおぼつかない足で学校のフェンスを乗り越えようとする。足を上げ過ぎてスカートの中が見えないか心配になる。ゆっくりよじ登り、よっこいしょと声を出しながらフェンスをゆっくり乗り越えた。降りる時も慎重に降りた。

 

「早く学校から離れるよ」

 

水城さんは早歩きで歩いていった。私も後を追うように歩く。そして、少し歩いたところで彼女は止まった。

 

「そろそろ撒けたかな……」

「はぁ……水城さんすっかり有名人だね……」

「うん、まあね」

「これからどうするの?」

「さぁ?ちょっとコーヒーでも飲んで帰る?」

 

こうして有名になった水城さんと過ごす日常が始まったのだった。

 

――

 

「すいません、西園寺音楽学校の生徒ですか?」

 

男性が私に声をかけてきた。今、私と水城さんは学校帰り、喫茶店に入ってお茶をしている最中だ。

 

「はいそうですけど……」

「あ、良かった。あのですね、実は最近、ガールズバンドのネタを探していまして……」

 

 その途端、水城さんの目つきが鋭いものへと変わった。彼女はキャップ帽を深く被って顔を隠した。

 

「えっと、どういう事ですか?」

「私は週刊雑誌の記者です。何か特ダネでもあるといいんですがねぇ~」

「いえ、あのバンドとは何のかかわりも無くて……」

「そうなの?残念だなぁ」

「申し訳ありません」

「うーん、じゃあこれならどうかな?この学校の生徒に水城まつりって居ると思うんだけど」

「はい、います」

「彼女について詳しく教えてくれないかな?何やら問題行動を起こしてたって聞いたけど」

「いや、あんまり分からないです……」

 

水城さんは私の方を向いて目配せをした。『わかってるよね?』そう言っているような気がした。

 

「そうですか……じゃあ他の人を当たるとしますか……」

 

記者は去って行った。

 

「これでいいの?」

「ええ、ありがとう。助かった」

 

水城さんはキャップ帽を外した。そして記者が去っていった方向に向けて睨んだ。

 

「噂狂いの記者め……」

 

水城さんは小声で暴言を吐く。

 

「バンドの噂を集めて話題集めしたいのかな?」

「知らない」

水城さんはぶっきらぼうに答えた。

 

「ごめんなさい、変なこと聞いてしまって」

「別にいいよ。気にしないで」

 

水城さんの表情はどこか暗かった。

 

――

 

水城さんは普段、三つ編み眼鏡の姿で生活している。これは学校でよく見る姿だ。水城さん曰く、素顔を見せるとファンの子達が群がってくるらしい。そしてそれがどれだけ大変な事なのか、ある日のお出かけで思い知った。朝、水城さんに誘われてギターショップ見に行こうと言う事になった。私はいつも通りカジュアルな服装で家を出た。次に電車に乗って目的地へ向かう。待ち合わせ場所に行くと水城さんは既に待っていた。

 

「お待たせ」

「ん、来たね」

 

水城さんはニット帽に黒い格好をしている。そしてブラウンのサングラスをかけており、マスクをつけていた。

 

「……不審者?」

「なにおっしゃい。変装してるだけです」

「ふぅ~ん……」

 

私は興味なさげな態度を取った。すると彼女は不機嫌になった。

 

「普段はこうしないとダメなんだから」

「はいはい。じゃあ行きます?」

 

私たちはギターショップへ向かった。向かった先はESPのギターショップだった。

 

「ところでどうしてこんな格好を?普段の三つ編み眼鏡でも十分、変装になってるのに」

「まぁ、見てて。ギターショップに着いたら変装解いてみるから。皆どんな反応するか気になるでしょ?」

 

水城さんはいたずらっぽい笑みを浮かべた。

 

「確かにそれは気になるね」

私は苦笑いで返した。

 

――

 

目的の楽器屋に着くと、早速店内に入った。

 

「さて、どうなることやら……」

 

私は周りを見渡した。客の混み具合はそこまで多くない。水城さんはギターショップに入るなりトイレに行ってしまった。少ししたら彼女が現れた。彼女はさっきまで着けていたマスクとニット帽を外し、髪を降ろしていた。

 

「わっ、本当に別人みたい……」

「でしょ?」

 

水城さんは得意げだ。そして黒いロングカーディガンの胸ポケットにはサングラスがかけてある。

 

「さて、楽器を見て回ろうか」

「うん」

 

私達はギターショップを回り始めたのだが、店の雰囲気が何となく変わりつつあって戸惑った。何となく水城さんが注目を浴びているような気がするのだ。

 

「ねぇ、なんか注目されてる?」

「ほらね。やっぱり私が居たら目立つんだよ」

 

水城さんはドヤ顔だ。

 

「そっか……」

 

しばらく歩くと水城さんにシグネチャーモデルのギターが飾られているコーナーに連れてこられた。そこにはバンドのポスターが貼られていて、水城さんの写真も載っていた。

 

「水城さん、色んなギターを使っているんだね」

「まぁ、使わないものもあるけど」

「折角だし、一本ずつ解説していってよ」

「えぇ~面倒臭いなぁ」

「いいじゃん」

「仕方ないなぁ……」

 

水城さんはため息をつくと、一本の黒いギターを手に取った。

 

「このギターはESPのNavigatorのカスタムモデル。ボディシェイプはSTだね。ストラトと言えばストラトだけど、ストラトキャスターの名前を使っていいのはFenderだけね。だから厳密には違うけど、見た目はそっくりだよ」

「へ~……音ってどうなの?」

「さぁ?でも微かにヴィンテージの香りがするかな。今使っているストラトをかなり綺麗にした感じ」

「ふーん……次は?」

「次はこれ」

次に水城さんが手にしたのは変形ギターだった。ボディには紋章のような模様が描かれている。

「あ、これランダムスターだよね?私知ってる」

「ランダムスターじゃありません。ギブソンのエクスプローラーのパクリモデル……」

「パクリ言うなし。それで?」

「このギターはボディのバランスが凄くいいの。弾きやすい。激しめの曲を弾くときはこれ使ってる」

「ふむふむ……じゃあ、これは?」

 

私は別のギターを指差した。

 

「ポスターとか雑誌でよく見る水城さんのギターはコレって感じがする」

「そう?これはレスポールシェイプのギターだけど、かなり曲者だよ。音を拾う部品をジャガーの物に変えたの。するとコントロールが難しいギターになっちゃって、綺麗な音が出しづらい。私はこのギターを暴れん坊将軍と呼んでるの」

「ネーミングセンス……」

 

私は苦笑いで返した。

 

「それで、ライブの時は基本、何使っているの?」

「え?ずっと使ってきたボロボロのストラト。それ以外はスペアって感じ」

「えーっ!?折角作ってもらったの使わないの!?」

「だってギター会社がもっと売りたいからという事で私のネームバリューを利用して売っているだけで、別に愛着があるわけじゃないし……」

「そういうものなのかな……」

「まぁ、会社の方から壊していいよって言われてるからライブ終わったらぶっ壊してる」

「破天荒過ぎっ!流石にそれは怒られるんじゃ……」

「大丈夫大丈夫。ノープロブレム」

「なら良いんだけど……」

 

私は呆れながら言った。辺りを見回すといつの間にか客が増えていた。私は水城さんに聞いた。

 

「なんか人増えてない?」

「そりゃあ、有名人が来たんだもん。皆気になるでしょ?」

「確かにそうだね……」

 

私は苦笑いで返した。

人だかりから「あれがまつりちゃんですか?」や「めっちゃ可愛い!」等の声が聞こえてくる。水城さんはニヤリと笑った。

 

「ほら、やっぱり私が居ると目立つんだよ」

「はいはい……」

 

するとギターショップの店員さんが水城さんに話しかけてきた。

 

「あの~、もし良かったらサイン貰えないでしょうか?ファンなんです」

「いいですよ」

 

水城さんは笑顔で答えた。

 

「ありがとうございますっ!!では、こちらの紙にお願いします」

「分かりました」

水城さんは慣れた手つきでサラサラッと書き上げると、「はい」と言って渡した。

「おぉ……ありがとうございます!!では店に飾らせてもらいますね!!」

「ええ、いいですよ」

「あと、SNSにも載せたいので写真良いですか?」

「分かりました。私のギターをバックに撮りましょうか?」

「是非ともお願いしたいです」

 

店員さんがスマホを持って水城さんはサングラスを外し、右手の人差し指と中指をくっつけ、薬指と小指をくっつける謎のポーズをした。

 

「はいチーズ」

 

パシャリとシャッターが切られた。

 

「ありがとうございます!一生の宝物にさせていただきます!!」

「ええ、ご自由に」

 

水城さんは微笑んで返事をする。

 

「では、失礼しました」

「いえいえ」

 

私達は軽く会釈をして店を後にした。水城さんはいつの間にか変装状態に戻っていた。

 

「さぁ、次はどこ行く?」

「服屋とかどう?」

「いいね。行こう」

「じゃあ決まりだね」

「うん」

 

私達はまた歩き出した。

 

――

往々に見るロックスター達はファンが沢山付いている。その人気っぷりから、中にはアイドル並みの扱いを受けている者も少なくない。今回はそれに関連した話で……。

 

「グルーピーって知ってる?」

 

水城さんが言った。

 

「知らない」

 

私は答える。

 

「まぁ簡単に言えばファンのことだよ」

「へぇーそうなんだ」

 

私は興味無さげに言う。

 

「詳しく言うとその相手と親密になりたくってヤっちゃうファンの事を言うね」

「ごふっ!?み、水城さん!?何を言って……」

 

私は飲んでいた甘いドリンクが奥まで来ちゃってむせた。

 

「そんな動揺する?」

「するよ!突然シモなこと言い出したら誰でも驚くと思うけど……」

「そっか」

「そういえば、どうして急にこんな話始めたの?」

「ん?ロックスターは往々にしてファンとか食ってるじゃん?だから私もやってみようかなって思って」

「やめて」

「即答……」

「水城さん、絶対やめた方がいい」

「まぁ、冗談だけど。でも、こういう話は普通にするよね?」

「しない」

 

私はキッパリと言った。そして続ける。

 

「水城さんやめてよ?最近は不倫騒ぎで直ぐに活動休止に追い込まれる事なんて多いしさ、水城さんがやらかしたら私、幻滅するよ?」

「だからやらないって。そんなに信用無いかな……」

「あると思ってるの?」

「はははっ」

 

水城さんは苦笑いする。

 

「もう、本当に心配なんだから……」

「はいはい」

 

そう言って水城さんは前を向いて歩き始めた。今は水城さんの友達の待ち合わせ場所に向かっている途中だ。

 

「あ、そうそう。『あの頃ペニーレインと』という映画、あれいいからオススメするよ」

「どうして急に?」

「グルーピーの話を振ったのはこの映画をオススメするためだったの」

「遠回りしすぎっ!」

 

私は思わずツッコミを入れた。

「あはは、確かにそうだね」

水城さんは笑って返す。

「あ、ここだ」

 

目的地に着いたようだ。駅前広場でベンチに座っている不良な見た目をした女子が居た。

 

「あの人?」

「そうだよ」

 

そう言うと水城さんは話しかけに行った。

 

「蘭ちゃん、おはよ」

「おはよう、まつり」

 

え?美竹さんってあのAfterglowのボーカルじゃないですか?どうしてここに!?

 

「この人がまつりの友達?」

「うん。同じクラスの子」

「今日はどうもよろしく」

「よろしく」

 

私と美竹さんは挨拶を交わした。

 

「どこ行く?」

「まつりの好きな所でいいよ」

「どうしよう……ゲーセン?カラオケ?ボウリング?」

「どれでもいいよ」

「じゃあ、全部出来るラ〇ワンに行きたい」

「いいね」

 

私達はゲームセンターに向かう事にした。向かう途中、私はある事に気付いた。

(二人の距離感、近くない?)

水城さんと美竹さんは肩を並べて歩いていた。まるで恋人同士のような……。水城さんは何ともないような顔をしているが、美竹さんは時々水城さんの身体を触ったりしている。あ、さっき水城さんのお尻触った。

 

「蘭ちゃん、周りに人いるからちょっとそういうのやめてよ」

と言う水城さんの言葉にも

「ごめん、つい癖で」

 

と軽く流していた。何だろう、これが普通なのかな?私だけがおかしいのかなって思っちゃうくらい自然に見えた。

「あ、着いたよ」

 

ゲームセンターに着いた。まず最初に遊んだのはホラーゲームのガンシューティングゲーム。怖いものだからか、筐体の周りが黒い布で覆われている。その中に入ると銃を構えて敵を撃ちまくるといった内容だ。

「え?このゲームやるの……」

 

美竹さんは少し引き気味になっている。

「どうする?筐体の外で待ってる?」

「それは嫌だ」

「あ、私が2P側に入ろうか?」

私はそう提案してみた。

「じゃあ、そうして」

美竹さんが言った。

 

私と水城さんは筐体の中に入り、銃を握った。美竹さんはその間に挟まれる形になった。コインを入れてスタートボタンを押すと画面が変わった。私は水城さんに目配せをする。水城さんはコクリと首を縦に動かし、ゲームが始まった。私はこういうゲームあんまりやった事が無いけど、まぁ何とかなるよね? そう思っていた時期が私にもありました。

始まってすぐ、ゾンビが大量に出てきたので私は必死になって撃ち続けた。

「わー!こっち来たー!」

水城さんは平然とした表情で的確に弱点を射抜いていく。で、美竹さんは……。

 

「ひぃっ!怖い怖い!」

……めっちゃ怖がりながら水城さんの背中に抱きついていた。

「照準ずれるよ~」

水城さんが注意するが、美竹さんは離れようとしない。

 

「だって、怖いし……」

「あ、ステージ変わるよ」

 

次のステージは廃病院が舞台のようだ。手術室とか病室に居る患者が襲ってくるらしい。で、このゲーム、突然気味悪い敵が現れるので美竹さんはさらに水城さんの身体にしがみついた。

 

「もう無理……」

「もう外出よう?」

 

水城さんに言われても美竹さんは離そうとしなかった。

「なら、こうしてみようか」

水城さんは左手で美竹さんの背中に回し、右手で銃を持った。まるで映画のような格好になった。

「これなら大丈夫?」

「うん」

「良かった」

 

そう言って水城さんはまたゲームに集中し始めた。びっくり演出がある度に美竹さんは水城さんに抱きつくけど、彼女はそれに構わずにどんどん進んでいく。

(何だろう、この二人)

そんな事を考えているうちにボス戦に突入した。

「あ、来るよ」

「え!?」

 

画面には三角頭をした怪物が大きな鉈を持って立っていた。

 

「ひいいいぃぃ!」

美竹さんは悲鳴を上げて水城さんを強く抱き締めた。水城さんは容赦なくヘッドショットを決めていく。そして最後の一発を当てた時、ボスは倒れた。

「よし、お疲れ様」

私は水城さんとハイタッチをした。美竹さんも恐る恐る手を叩く。水城さんは右腕だけで銃を持つのが疲れたのか、右手をぶんぶん振っていた。

「やっぱり片手で銃持つんじゃなかった……」

「じゃあ次は何する?」

「ボウリング」

こうして私達は色々遊びまくったのであった。

 

――

 

「今日は楽しかったね」

「うん」

 

水城さんと美竹さんは並んで歩いていた。空を見ればもう真っ暗で、街灯が辺りを照らしている。私は二人を後ろから眺めていた。すると美竹さんは急に立ち止まった。

「どうしたの?」

「まつり……」

美竹さんが突然水城さんに抱きついた。

「蘭ちゃん……?人前だよ」

「いいじゃん、別に」

 

美竹さんは私の顔を見ながら何かを訴えかけている。『まつりはあたしのものなんだから』そう言っているように思えた。しばらくすると美竹さんは水城さんの身体から離れた。

「そろそろ帰ろうか」

水城さんは無言で頷いた。頬が赤くなっているのは気のせいだろうか?

 

 

――

 

 

次の出来事は水城さんが湊さんと実質デートしている時の話。あのトラブル以降、水城さんと湊さんは仲が悪くなっているんじゃないかと思ったけど、そうでもなく普通に会話をしている。今、私は水城さんと一緒に待ち合わせ場所に向かっているところだ。

 

「ねぇ、水城さん」

「なに?」

「今日の水城さん、結構オシャレしてるけどデートとかするの?」

 

今の水城さんはブラウスの上に薄茶色のカーディガンを着ていて、下には白いスカートを履いていた。普段の彼女からしてこんな可愛い格好をするなんて珍しいと思う。

 

「うーん、まぁちょっとね……」

 

彼女は曖昧な返事をして誤魔化した。その表情からは複雑な感情が見え隠れしていた。きっと水城さんにも悩み事があるんだろうな……。

 

「あ、あれじゃない?」

 

前方に目をやるとそこには見覚えのある人物が立っていた。ガーリーなスタイルの女性は……湊さんだ。

「ごめん、待たせてしまって」

「そんな事は無いわ。私もちょうど来た所だから」

「この子は?」

 

湊さんは私の方を見て言った。

「ああ、この子は私の友達なの」

「そうなのね」

「別にいいでしょ?」

「そうね」

 

二人はお互いの顔を見て微笑み合った。いざこざが過去にあった事なんて信じられないくらいの仲の良さである。

 

「今日はどこに行きますか?」

「まつりの好きな所で良いわ」

「じゃあ、またあのカフェでもいいですか?ここ最近行ってないので」

「えぇ、構わないわ」

 

こうして水城さんと湊さんは再び歩き出した。私は後ろから2人を観察する。

湊さんは性格がクールだけど、水城さんと話している時は表情が柔らかくなる。一方水城さんは湊さんの前だと急にしおらしくなった。まるで別人みたいに。

 

「どうしたの?」

「い、いえ!何でもありません!」

 

私は慌てて首を横に振った。水城さんと湊さんは私の知らないところでどんな関係を築いてきたのだろう。湊さんが水城さんに手を差し出した。

 

「手、繋いでくれる?」

「え、えっと……」

「嫌なら無理にしなくてもいいけど」

「あ、あの、繋ぎたいです」

 

水城さんの手を握った瞬間、彼女の表情が変わった。とても嬉しそうな表情をしている。水城さんは頬を赤くして俯いていた。

 

「まつり、大丈夫?」

「はい……」

「良かった。じゃあお店に行きましょうか」

「うん」

 

私は二人について行った。しかし、奇妙だ。水城さんには彼女がいるのにどうして湊さんと手を繋いだのだろうか。もしかして水城さんは(女子の癖に)女たらしなのだろうか。いや待って、水城さんは美竹さんの事を彼女とは言ってない。もしかすると……。

 

「着いたよ」

私はハッとした。いつの間にか目的地に着いていたようだ。目の前にある建物はいかにも高級感溢れる外観だった。

 

「ここに来るの久々ね」

「はい、そうですね」

 

水城さん達は慣れた様子で店内に入っていく。私もそれに続いて中に入った。中に入ると水城さんは早速、レコード棚に行き、個室でかけるレコードを選んでいた。

 

「水城さん何選んだの?」

 

レコード棚からじっくり選んでいる水城さんに後ろから話しかける。

 

「ニューオーダーとイエス。私の好きなアーティストなの」

「へぇ、意外ね」

「どういう意味?」

「水城さんはもっとロックっぽい音楽が好きなのかと思って」

「カフェに合った音楽が聴きたかっただけ」

「ふぅん」

 

水城さんはレコードを持って個室に向かった。個室に入ったらまずは水城さんがレコード盤に針を落とす。次に湊さんがコーヒーカップを持ち上げて一口飲んだ。私はソファに座って二人の様子を見ている。

 

「最近、バンドの仕事が多くて大変そうね」

湊さんは水城さんの顔を覗き込んだ。

 

「そうですね……インタビューやライブの打ち合わせ、新曲の練習など色々と忙しいです」

「そうなのね。お疲れ様」

「ありがとうございます」

 

会話が終わると個室内は静寂に包まれる。でもさっきまでとは違ってどこか心地の良い雰囲気だ。水城さんは穏やかな音楽に耳を傾けていくうち、船を漕ぐように頭を揺らし始めた。

 

「眠い?」

「うーん……」

「寝ても良いわよ。私が起こすから」

 

水城さんは座っていたソファに横になるように倒れ込む。そしてすぐに眠りについた。湊さんが毛布を持ってきて水城さんにかけてあげる。次に湊さんはソファに座り、水城さんの頭を自分の膝の上に乗せた。

「可愛い……」

湊さんが水城さんの髪を撫でる。まるで愛猫を見るような優しい目つきだ。

 

「湊さんと水城さんって恋人関係なんですか?」

 

私は疑問を口にした。あの距離感は友達というには近すぎる。それに二人はお互いに名前で呼び合っているし……。

 

「どうかしら?」

「えっ」

「一応、私はまつりに想いを告げたわ。返事はまだ貰っていないけど」

「それって……」

「まつりは私にとって大切な人。それは間違いないわ。でも、他の子もまつりを狙っているのよね」

「美竹さんとか?」

「えぇ、そうね。彼女もまつりに好意を持っているわ」

「水城さんが答えを出すまで待つのですか?」

「そうね……今はそれで良いと思っているわ。ただ、まつりが誰かを選んだ時は潔く身を引くつもりよ」

 

湊さんは水城さんの顔を見つめながら言った。その表情は少し切なげだった。

「でも彼女もすぐに答えを出せる状態じゃないと思うの。まつりの仕事に一区切りついたら動きたいけど、それまではこの関係を続けていきたい」

「なるほど」

 

そんな事があったなんて知らなかった。水城さんが女の子に告白されていたなんて。

 

「あなたはどうなの?まつりとはどういう繋がり?」

「単なる友達です。水城さんの曲に惹かれたんです」

「そう」

「あの、一つ聞いてもいいですか?湊さんはどうして水城さんのことを好きになったんですか?」

「私にも分からない。いつの間にかまつりを好きになっていた。それだけよ」

「えっと、いつ頃ですか?」

「多分、初めて会った時から惹かれていたんじゃないかしら」

「一目惚れ?」

「そうかもしれない。でも、一つだけ言えることがある」

「何でしょう?」

「まつりは普段、穏やかそうに見えるけれど本当はとても強い心を持っている。瞳を見れば燃えるような情熱を感じるの。だからきっと、音楽に向き合う姿勢も似ていると思ったのだと思う」

「な、なるほど」

 

湊さんはまつりに対してシンパシーを感じているようだ。確かに水城さんは音楽に対しては熱いところがある。

 

「……まつりも疲れているだろうし、しばらくこのまま寝かせてあげましょうか」

「そうですね」

 

それから私たちは静かに時を過ごした。水城さんが起きるまでの間、私と湊さんの間に会話は無かった。水城さんは目を覚ますと、すぐ上に湊さんの顔があって驚いたようだ。

 

「おはよう。よく眠れたかしら?」

「知らない間に膝枕されてたんですか?」

「えぇ、可愛かったわよ」

「ゆ、友希那先輩!」

「本当のことよ」

 

湊さんはクスッと笑った。水城さんは顔を真っ赤にして恥ずかしがっている。

「さて、そろそろ帰りましょうか」

湊さんが水城さんを起こす。

「そうですね」

水城さんは立ち上がって、ソファに置いてあった荷物を持った。それから私達は会計をしてカフェを出る。外はすっかり暗くなっていた。

 

「今日は楽しかったです」

「そう言ってくれると嬉しいわ」

「また一緒に来てくださいね」

「もちろん」

「じゃあ、お疲れ様です」

「お疲れ様」

湊さんは違う道を行って帰った。私は水城さんと一緒に歩く。

 

「これで分かったでしょ?」

「え?」

「私が二人の事で悩んでいる理由」

「美竹さんと湊さんの二人?」

「そう。私は二人の事が……正直に言うと好きなの。でも、一人しか選べないじゃない?」

「……」

「でも、どちらか片方に想いを告げるともう片方を傷つけてしまう。それが嫌だった。だから、ずっと逃げてるの。自分の気持ちから」

「それって辛くない?」

「辛い。凄く。だって、どちらも大切な存在なんだもの。だけど、この先もこんな感じで悩み続けるのかなって思うと不安になるの」

「……」

「ごめんね。急に変なこと言っちゃって」

「ううん。私こそ何の助言も出来なくてごめんなさい」

「そんな事無い。話を聞いてくれて嬉しかったよ。ありがとう」

「うん。じゃあ、私は電車に乗って帰るね」

いつの間にか私達は駅前まで戻ってきていた。

 

「うん、また明日」

「バイバイ」

水城さんは改札を通って行った。

 

――

 

私はバンド雑誌を読みながら、スマホで音楽を聞いていた。

 

「ふぅ……」

 

今聴いているのは『Crossfire』という曲。ツインギターの掛け合いがカッコいい疾走感あるロックナンバーだ。水城さん達はこのシングルでウィークリーランキング1位を獲得したらしい。やっぱりすごい。

 

「ん?」

 

突然、着信音が鳴った。相手は水城さんだった。

 

「もしもし?」

「もしもし?いきなり電話してゴメンね」

「大丈夫だよ。どうしたの?」

「あのさ、私達、テレビに出る事になったの。良かったら見て」

「え?いつやるの?」

「明日の晩御飯辺りの時間帯」

「そっか。ちょっと待ってて」

 

私は録画予約を設定した。

 

「OK」

「じゃあ、切るね」

「うん。頑張って」

「ありがとう」

 

水城さんとの通話を終える。そして私はSNSを開いた。音楽番組に出るという事でファンの皆は盛り上がっている。彼女達の人気の高さを改めて実感する。

 

翌日、私は部活から帰ってきた後、夕食を食べながらテレビを見た。番組は生放送だ。

 

「あっ、始まった」

 

番組が始まった。すると一緒に食事していたお父さんが『テレビ見るなんて珍しいな』と言ってきた。友達が出るのと言って、私はテレビに視線を戻す。しかし、番組が始まっても水城さんの姿はまだ映らない。他のアーティストや芸人さん達が出てくだらないトークを繰り広げているだけだ。私はスマホでSNSを見ながら番組を見ていた。やっぱりファンの皆も早く出せと思っているみたいだ。小さい事務所がランキング1位を取ったというのにこの仕打ちなのか……。少しイラっとしてきた。しばらくすると番組の中盤という中途半端なところで水城さん達が登場した。ボーカルのメグが挨拶をする。

 

「皆さん、少しだけお付き合いください」

 

その言葉だけ言った後、すぐに演奏がスタートする。しかし、生放送なのに音は当て振り。つまり、実際の楽器の演奏ではなくて、スピーカーに音源を垂れ流すだけで演奏しているのだ。メンバーの皆も不満気にしている。でも、これは仕方の無いことなのだ。と思ったら、ギターソロに切り替わる。水城さんの姿が見えた!

 

「あ、まつり!」

「おっ、本当だ」

 

映った瞬間、水城さんは突然、ギターから手を放して当て振りアピールを始めた。それにつられて他のメンバーも楽器から手を離したり、回転しながらパフォーマンスを始めたり、メグがマイクスタンドを蹴っ飛ばしたり、とにかく自由過ぎる行動をしている。

 

「え……?」

「これって演出?」

「さ、さぁ?」

 

演奏が終わると、水城さんはレスポールギターを叩きつけて破壊した。他の人もドラムを倒したり、ベースを投げつけたり、キーボードを破壊したりとやりたい放題。退場する時、水城さんは中指を立てて去っていった。隣にいたお父さんは困惑気味である。

 

「あれは流石に放送事故じゃないか?」

「ロックだからね!」

「そういう問題か?」

 

きっと水城さんは怒っていたのだろう。でも、こんなに暴れたおかげで、良い話題作りになったと思う。いわゆる、これがロックスターって奴なんだろうか。私にはよく分からないけど。



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12月 Bullet with butterfly wings

コンサートツアーに向けたスタジオリハーサルが終わり、私は一人でスタジオに残っていた。ツアーに向けてのセットリストや細かいアレンジの確認で時間がかかりそうだったからだ。もうすぐツアーが始まる。残った時間でどれだけクオリティを上げられるかが私の腕の見せ所だ。スタジオを見渡すと、ドラムセットやアンプ、キーボードなどが並んでいる。私の方には大量のピックスタンドやエフェクターがある。ギターラックに立てかけられた自分の愛機を手に取り、見つめる。このギターも、私と一緒に全国ツアーに参加するのだ。一緒に頑張ろうね、と言うようにそっと弦を弾いてみた。数日もすればスタジオにあるもの全部トラックに積むだろう。でも今は、この小さなスタジオで満足していたい気分だった。しばらくするとドアがノックされ、マネージャーさんが入ってきた。

 

「あの、まつりちゃん、ちょっといい?」

「どうしましたか?」

「まつりちゃんに会いたいって人がいるんだけど……」

「誰ですか?事務所の方ですか?」

「ううん、違うの。女の子なんだけど……とりあえずスタジオの外で待たせてあるから」

 

マネージャーさんの表情を見る限り、あまり良い話ではないらしい。私は少し嫌な予感を覚えながら外に出た。そこには一人の小さい女の子が立っていた。その特徴的なヘットフォンは……。

 

「久しぶりね、マツリ」

「……チュチュ?」

 

あの時、私は1度だけRASに入ったものの、チュチュと対立を起こしてしまい脱退してしまった。その後RASとは疎遠になっていたのだが……。

 

「どうしてここに?」

 

チュチュはいつもの生意気そうで上から目線っぽいような態度では無く、何か申し訳なさげで居心地悪そうな態度だった。そんな様子に違和感を覚える。

 

「あの……少しだけ話せる?」

「まぁ、大丈夫ですけど……」

 

一度戻り、機材を片付け、スタジオを元通りにした後、チュチュと外に出た。近くの自販機でMAXコーヒーと自分が飲むブラックコーヒーを買って、MAXコーヒーをチュチュに渡した後、ベンチに座った。しばらくの間沈黙が続いた後、チュチュから口を開いた。

 

「ねぇ、マツリ。あの時の事、謝りに来たの」

 

私は突然の出来事に驚いた。チュチュが私に対して謝罪してくるなんて思わなかったからだ。

 

「パレオが居なくなって気づいたの。私はMemberとどう接すればいいか分からなかった。今までパレオに任せっきりだった部分もあったし、それに甘えてたんだって思ったら急に怖くなって……」

 

そう言えばそんな事件があったんだと思い出した。パレオが突然、失踪したとかいうやつだ。皆が大騒ぎになったのを覚えてる。と言っても私達は別の仕事で忙しかったから何も出来なかったけれど。結局、なんだかんだどうにかなったはず。

 

「皆との接し方が不味かったんだね」

 

私が脱退した後に、RASはきっと色々とあったのだろう。それがチュチュを変えたのだと思う

 

「そうね。私達RASはProfessionalな関係じゃないといけないと思ってた。だから馴れ合いは無しにして、お互いに高め合っていこうって思ってた。けど、それが原因でパレオを追い詰めてしまったのかもしれない……」

「そっか」

 

私はそう言ってブラックコーヒーの缶を開けた。

 

「私は怒ってないからもういいよ」

「Thank you.」

 

チュチュはホッとした表情を見せた。

 

「仲直り出来たところで本題に入るわね」

「何の話?」

 

するとチュチュは立ち上がって、指をビシッと私の方に指した。

 

「じゃあ、改めて言うわ!このガールズバンド戦国時代を終わらせるのは私達RAISE A SUILENよ!」

「……はい?」

 

何を言っているか分からないという顔をしている私を見てチュチュはニヤッと笑みを浮かべた。そして続ける。

 

「私達がその旗印になるのよ!マツリ達だって潰すから!」

「まぁ、頑張って……」

「あんた達も頑張るのよ!最近だってマツリも人気者じゃない!」

「そうね……」

 

私は曖昧な返事をした。正直、チュチュのハイテンションはついていけない。

 

「最近のマツリ達は凄いじゃない。新曲は一位取ったし、ツアーのticketも完売してたよね?あれはマツリ達の実力に違いないわ」

「……決勝前に新譜が出るの」

「ふーん……。わかった、発売日に買ってあげるわ!」

 

チュチュは腕を組みながら得意気に言った。そんな様子に苦笑いするしかなかった。

 

「ツアーが終わったら対バンもしましょ、今度は大きい会場でやるのもいいかもね。とにかくマツリも含んだ私達で世界を席巻するのよ!」

「そうだね……」

 

こうやってチュチュと雑談をしていった。話すうち、すこしずついい雰囲気に戻ってきたみたい。やっぱりチュチュとはこうでなくちゃね。そして、話がまとまった頃合いに……。

 

「ねぇマツリ……」

「どうしたの?」

「あなたとはrival同士、でもね……」

「次のツアー、絶対に成功させなさい!」

 

別れ際にチュチュとグータッチを交わした。お互いの拳から伝わる熱が心地良かった。

 

「もちろん」

「……楽しみにしてるから」

そう言い残し、チュチュは去っていった。私はチュチュが去って行く後ろ姿を眺めながら、これからの事を考える事にした。



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12月 ツアー前

私達が作ったアルバムのフラゲ日、私は市川さんにアルバムの事でインタビューを受けていた。私達作ったアルバムのタイトルは『Heat』。どうしてそのタイトルにしたかというと皆が熱を持って制作して行った事。前のアルバムよりも激しくて熱く、そして様々な感情が入り乱れた作品になっているから。

市川さんはアルバムを一通り聴き終わった感想を話してくれた。

 

「このアルバム、凄くいいよ……。『ジョシュア・ツリー』レベルぐらいあると思う」

 

そう言ってくれた市川さんの表情はとても嬉しそうな顔だった。

 

「えー、言い過ぎでしょ。まだまだ『オクトーバー』レベルくらいだよ」

 

私がそう言うと市川さんは首を横に振った。

 

「いやいやいや、今年聞いたアルバムの中で一番だと思う。なんなら時代の分岐点になるんじゃないかって思うくらい……」

 

そこまで褒めてくれるとは思っていなかったので少し照れる。

「で、まつりちゃんはどの曲を手掛けたの?私は『Lost away…』と『Grace』の二曲作ったんじゃないかなって思ってるんだけど」

 

『Lost away…』は中盤のトラックにある暗めの曲で、プログレッシブな曲だ。演奏時間が9分もある大作となっている。『Grace』はアルバムラストのナンバーでゆっくりとした曲。絶妙なバランスで作られた一曲である。途中、私がバイオリンで弾くパートがあるのだがそれがまた難しい。

 

「合っていますけどもう一曲あります」

「え?どの曲なの?」

「『HEXAPRISM』という曲です」

 

『HEXAPRISM』はアルバム最初の曲で、意味は六角形プリズムみたいな意味となっている。原案バージョンは何度もライブで演奏されていたけど、満足出来てないという理由で何度も作り直していた。1番苦労した曲で、こっそりスタジオで寝泊まりしながら作り上げた曲でもある。トリプルネックギターのパートも結構難しくて何回か書き直している。至高のライブアンセムとなるように何度も試行錯誤を繰り返した結果、出来上がった曲なのだ。この曲はメンバーやスタッフ全会一致でアルバム一曲目に置かれる事になった経緯がある。

 

「えーっ!?あの曲まつりちゃんが作ったの!?めっちゃ良いじゃん!」

 

市川さんは驚嘆の声を上げた。そして熱く語り始める。

 

「アルバムをかけた時最初に流れた曲なの。それで一気に引き込まれたんだよね!少しづつ聞こえてくるアルペジオとシンセサイザー、少しづつ盛り上がっていってサビで最高潮を迎える!爽快感、高揚感、そしてエナジーが全部一斉に押し寄くる感じ!アルバムの一曲目としてこれ以上の曲はなかなか無いと思う!!」

 

興奮気味に語る市川さんを見て思わず苦笑いをする。正直に言うとこの曲はもっと上手くできたはずだと思っているのだ。でも出してしまったものは仕方ない。今は受け入れようと思う。

 

「ありがとうございます」

「ライブになったらこの曲達はどのように演奏されるのか楽しみでしょうがないね!」

 

ライブのセットリストもだんだん固まってきて、この曲は一曲目に置かれる事は確定している。後は『INNOCENCE』や『Crossfire』などの盛り上がる曲をどう配置するかだ。盛り上がる曲は後半に置くのが定石だが、あえて二曲目に持って来ていきなりテンションを上げていく事もできるだろう。その辺りはまだ迷っている最中だ。

 

「もう、ツアーは目前だね」

市川さんは目を輝かせながら言った。

「はい。来月頭には始まります」

 

「行きたいな〜……。いや、出来るだけ行きたい……」

「年始のライブはレポートの為に来てくれるじゃないですか」

「それはそうなんだけどさぁ〜」

市川さんは不満げに口を尖らせる。

 

「それに……いや、これは言っちゃダメだった」

「ん?なになに?何か言おうとしたよね?」

「ふふっ、ツアー楽しみにしておいて下さいね」

 

私は含みのある笑みを浮かべた。こうしてインタビューは終わった。

 

――

CiRCLEでは最後のライブ。久しぶりのライブで緊張している。手も震えて汗ばんでいる。もしまた光り物を投げられたらどうしよう。そんな事を考えてしまう。ライブが始まる前、通路からステージを見つめる。そこには見慣れた光景が広がっていた。会場満席、手拍子揃えて待つオーディエンス達。しかし今日だけは違う。この景色を目に焼き付けておこうと思った。

 

「これで最後になっちゃうんだね」

 

私の後ろにいた月島さんがしみじみと言う。そう、数百人程度しか入らないライブハウスに私達はあまりにも小さすぎる会場となってしまったのだ。これから回る会場は数千人規模のホールばかりになる。

 

「そうですね……」

私は辺りを見渡しながら言った。

 

「またやりたくなったら来てもいいよ。と言っても、まつりちゃん達は人気者になっちゃったからね」

「そうですね。月島さん、今までありがとうございました」

私は月島さんに深々と礼をした。

「うん。いってらっしゃい。まつりちゃん」

 

そう言って私の背中を押してくれた。揃ってくる会場の拍手。止まったSE。ライブがもうすぐで開始される合図だ。ギターストラップを肩にかけ、手の震えを振り切ってステージへ歩き出した。

 

――

 

ライブが終わった後は大忙しだ。ギターを片付けたらスタッフとやり取りをする。

「決勝のライブはもう始まっているの?」

「始まっています!急いで向かいましょう!」

 

ライブが終わったばかりで疲れているはずなのにスタッフは対応してくれる。そう、今日はガールズバンドチャレンジ決勝が武道館で行われる日なのだ。私は彼女に招待されているので向かわなければならない。急いで撤収作業を行い、向かおうとすると白百合さんに止められた。

 

「ちょっと待って、武道館に向かうんでしょ?」

「はい!どうかしましたか?」

「ちょっとステージ担当のスタッフと一緒に向かってくれない?武道館のステージを1度見ておきたいからさ」

「分かりました!」

 

私が承諾すると彼女はほっとしたような表情を見せた。そしてライブハウスの裏口から出て、スタッフ連れて黒い高級車の後部座席に乗った。

 

「武道館でいいですよね?」

「お願いします」

 

運転手はアクセルを踏み、車を発進させた。発車したらバッグにしまってあるパスを確認する。これが無ければ入れない。武道館は何回か来た事があるが毎回ドキドキする。車が止まり、ドアが開かれて外に出るとそこはもう武道館の前であった。

 

「ありがとうございました」

降りると車は走り去って行った。目の前にある大きな建物を眺めながら息を飲む。会場から音が漏れているのが聞こえてくるのを聞く度に私の心は高鳴っていくのだ。先ずは受付があるゲートに向かって歩く。

中に入ると受付があった。そこにいる女性に自分のパスを見せた。すると女性は立ち上がって案内してくれた。

 

「こちらです」

案内された先は関係者席で、1階スタンド席の一番後ろだった。ここからだとステージ全体がよく見える。するとスタッフからペンライトを渡された。

「これを振ってライブに参加してあげてくださいね」

 

私は戸惑いながらも受け取った。曲の途中で入ったので、まだ振り方が分からない。とりあえず周りに合わせて振る事にした。

 

――

 

『夢を撃ち抜く瞬間に!』が終わって、ライブは終演。観客が居ない会場に私は残っていた。アリーナ席を見るとスタッフ達ステージを解体して撤収作業をしている。私の隣にいるのはステージ担当のスタッフだった。

 

「ステージ構成はどうしましょうか?」

「今回のライブは中央にステージを作っていましたね」

「ええ、センターステージは観客を最大限入れられるのがメリットですね」

手すりに両手を乗せて、ステージの方を向きながら私は言った。

「でも、ステージが大きめに作られていましたね」

「そうですね……。ステージ構成どうしましょうか?」

 

ステージ構成についてスタッフと話し合っていた。私が考えるステージの重要な要素は2つ。観客をどれだけ入れられるかと、音響がごっちゃにならないかである。センターステージは多めの観客を動員出来るが、音が多方向に発せられるため、音がバラバラになる。一方、隅にステージを作るエンドステージは音が一方向にまとまって音が良く聞こえる利点がある。私は折衷案を考え、提案してみた。

 

「私が希望するのは、エンドステージ方式で横、後ろからもステージが見える形式です」

「分かりました。他のステージ担当と話し合ってみます」

 

会場の視察が終わると、電話がかかってきた。陽香からだ。

「もしもし、まつり?」

「どうしたの?」

「ライブ終わった後、打ち上げをGALAXYでやるって言ってたよ」

「そうなの?何時?」

陽香から時間を聞いてメモをする。

「分かった。ありがとうね」

そう言うと電話を切る。スタッフと話して上がらせてもらったら会場を出て、駅に乗る。新宿辺りで降りたらライブハウスに向かって歩いていく。冬の空は夜が来るのが早く暗くなっていた。GALAXYに着くと入り口には陽香が待っていた。

 

「おっ、帰ってきたね」

「うん。他のメンバーは?」

「打ち上げには来ないって。リハーサルに行ったり、ラジオに行ったり、家に帰ったり、皆バラバラだよ」

「そっか」

「打ち上げはもう始めてる。行こう」

中に入ると既にパーティは始まっていた。テーブルの上には色んな料理やポテトフライなどの食べ物があったり、お菓子が置かれていたりした。

 

「遅い。何してたの?」

蘭ちゃんが不機嫌そうに言ってきた。

 

「ちょっとツアーの事で打ち合わせておきたい事があってね」

 

ごまかしているけど、嘘は言ってない。それに対して彼女は『ふーん……』と言うだけで納得していない様子だ。私は陽香と一緒に隅の方に座った。ジュースの入ったコップを持ってきて私達も乾杯をした。飲み物を飲みながら陽香と何の変哲もない雑談をする。

 

「まつりって変わったよね」

話を切り出したのは陽香だ。

「そう?」

「うん。なんだろう、病んでた時期から段々変わってきたというか、なんか乱暴になってきたよね」

「あー……」

 

心当たりは十分にある。大事な物じゃないギターを壊したり、時々言葉使いが荒くなったり、ときどき一人称が私からあたしに変わったりと、ここ数ヶ月で色々変わったような気がする。

 

「私からすると化けの皮が剥がれたって感じなんだよね」

陽香はそう私を形容する。そんな感じはするけど、なんか違うような気がする。

 

「なんかこう、私の中から声が聞こえるんだよね。『本当の私をさらけ出しちゃいな』って」

 

実際のところ、どうして変わったのかは分からない。でも、心のどこかで暴れろという声が聞こえてきたのは私にとって、確かな事だった。

 

「髪は染めてないけど、代わりにライブでエクステも着けるようになったし。赤いエクステを蘭ちゃんの赤メッシュのように着けたり、今日のライブでは銀髪のエクステも着けてたし」

「銀髪のエクステは今井先輩が勧めてくれたの」

「あっ、そうなのね。銀髪のエクステは友希那先輩と同じ髪色をしているね」

「でしょ。今井先輩もそう言って意識してたみたい」

陽香はなるほどと言いながら何か怪しげな目線を向けてきた。何かあるだろうか。そう思っていると、蘭ちゃんが私達の所にやってきた。

 

「まつり、何か持ってこようか?」

「じゃあ、お願いしようかな?」

取り皿を渡して蘭ちゃんが持ってきてくれたものを食べる事にした。気遣ってくれたのか、サラダが多めに盛られていた。

「それにしても今月は大忙しだったね」

「そうだね。テレビ出演にミュージックビデオ撮影に雑誌の取材とかあったし」

「最近は"Grace"のMVを撮影する為、アイルランドまで行ったもんね。あの時は大変だったなぁ……」

 

私は遠い目をしながら呟く。あれは本当に疲れた。冬のアイルランドは寒かったし。でも楽しかった。また行きたいなと思う。自然溢れる土地をゆったり歩くだけという変わった内容のミュージックビデオの撮影だったが、とても面白いものになったと思う。

 

「確かに海外に行くなんて普通はないもんね」

「うん。私も初めての海外旅行だったから凄く新鮮味を感じたよ」

 

と海外旅行の話をしていると、向こうの香澄ちゃんのグループからもハワイのグアムに行くという話が耳に入ってきた。どうやらフェスに招待されたらしく、3バンドが行くみたいだ。ちなみに私達のバンドは参加しない。

「やっぱり海外のフェスに日本語の歌ってどうなの?」

 

私はふと思った疑問を口にしてみた。

 

「音楽に言語はあんまり関係ないんじゃない?まつりは英語分からないのに英語の歌好きでしょ?」

「それもそっか」

私は軽く納得した。

 

「というか、私、陽香といると永遠と話できそうな気がする」

「だよね。今度ラジオ番組に一緒に出ない?」

「ダメだよ。ファンが勝手に作った私のイメージが壊れちゃう」

「イメージって?」

「クールでカッコいい女の子だよ」

「ああ……、なるほど~」

陽香は苦笑いしながらジュースを飲んだ。

 

「そうそう、私ラジオ番組に出たんだけどさ、その時に私が推してたアイドルがゲストに来てくれてね、結構話が盛り上がったのよ」

陽香がまた話し出す。

「へぇー」

私は相槌を打つ。

「それでね、その人が私達のバンドを推してるらしくて昇天しかけた」

「わお」

「うん。マジマジ。なんかね、私達のライブ映像を見たらしいの。それで好きになってくれたらしいの」

「嬉しいけど恥ずかしい」

 

私は照れくさそうに髪を弄った。ライブの時の私ってアドレナリンが出てるせいかテンションが高いから、いつもと違う自分になっているのだ。

 

「私達のバンドも影響力が上がってきたって事だよね?」

陽香は嬉しそうに言う。

「そうかもね」

私は微笑みながら答えた。するとチュチュが皿を持ってこっちにやってきた。

「まつり、ちょっといい?サラダあげるから肉とtradeしましょう。いい?」

チュチュは小さい声でひそひそと話してきた。

「あ、うん。いいよ」

私はチュチュに皿を差し出した。すると……

「おい。」

声した方を見るとマスキング姐さんが腕を組んで立っていた。

「チュチュ、また野菜食べてないじゃないか。しっかり食べろ」

そう言ってチュチュから皿を取り上げた。何故か私のも取り上げられたけど。しばらくするとチュチュは野菜多めに盛られて戻ってきた。私のも帰ってきた。

「お肉増えてない?」

私の取り皿を見てみると、明らかに増えていた。

「ツアーもあるから体力つけな。倒れても知らないぞ?」

「……はーい」

私は渋々返事をすると、二人は去っていった。

 

「もし、まつりがこの中にいる人たちで理想のバンドを作るとしたらどんなメンバーにしたい?もしくはどんな構成にする?」

 

陽香が唐突な質問を投げかけてくる。

 

「え?急だね。でも考えたことあるからすぐに答え出せるよ」

「じゃあ、答えてみて」

私は少し考えてみる。そして答えを出した。

 

「まず、巴さんがドラム。透子ちゃんがギター。で、ギター兼ボーカルが私。以上」

 

私が答えると、陽香は目を丸くしていた。

 

「ベーシストは?」

「いない」

「ベーシストは?」

「いなーい」

私は即答した。

 

「なんで!?」

「だってこのメンツでメタルとかやってみたいからベーシストいらない」

私はきっぱりと言った。

「なにそれ、意味分かんない!すいませーん!まつり、ベーシストがいらないと言ってきましたー!」

 

陽香は大声で他の人に聞こえるように言った。するとひまりちゃんや今井先輩などのベーシストが立ち上がって私に抗議してきた。大げさすぎると思わないでもない。

 

「えー!まつりちゃん、ベース入れないの?」

「ベースの良さが分からないとか、あたしちょっと傷ついたな~☆」

「あら、まつりちゃん、お説教が必要みたいね?」

「あのね、まつりちゃん。ベースというのはね……」

「いや~、まつり先輩ならベースの良さ分かってくれると思ってたんですけどね~」

「えー!まーちゃん、ベースは必要だよ!」

 

そんな中、レイさんは大人な対応をしていて、遠くで苦笑いするだけだった。

私は一気に喋られすぎて頭が追い付かなかった。とりあえず分かったことは、私が何かやっちゃったということだけだった。この後、ベーシスト達によるベースのお勉強会が始まった。

 

――

 

「もうこりごりだぁ~……」

 

私はテーブルの上に突っ伏した。その様子を蘭ちゃんは苦笑いしながら眺めていた。

 

「そんなまつり、初めて見た」

「そりゃ、あんなに怒られたらこうなるって」

 

私は蘭ちゃんに愚痴をこぼす。すると陽香がやってきた。

 

「まつり、ざまぁ」

「陽香、後で覚えておきなさいよ」

 

私は負け惜しみを吐いた。



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1月 New Year's Day

1月1日、Zepp Haneda。ツアー初演がもうすぐで始まろうとしていた。今居るのは控え室で、メンバーは皆準備をしていた。今日は年始なので晴れ着衣装で臨むことになっていた。晴れ着はどうやらブランド物らしく、とても綺麗な着物だった。白を基調として赤の花柄が入っている。帯も赤色だ。

「袖短いからギター弾きやすいね」

 

まつりはそう言って弦を弾いていた。まつりの髪にエクステが着けられており、赤いエクステ、銀髪のエクステが着けられていた。スタッフがまつりの髪をセットし終えると、まつりは鏡を見て自分の姿を見た。

 

「こういう晴れやかな姿は初めてかも」

「良いですね、似合ってますよ」

スタッフの一人が言った。メイクも衣装も準備が完了するとステージ裏へ回った。そしてボーカルのメグを中心に円陣を組んだ。

「ツアー初日、緊張していると思うけど楽しんでいきましょう!……行きます。気合い入れていくぞ!」

「おー!」

掛け声を出したら、楽器の準備をする。まつりはスタッフからギターを受け取り、ストラップを肩にかけてスタンバイする。するとすぐに客電が落ちた。ライブ開始の合図だ。一曲目の"HEXAPRISM"のシンセサイザーが鳴り響く。それに合わせてメンバー達がステージへ駆け出した。

 

――

 

ライブが終わると楽屋に戻った。エクステを外し、晴れ着から私服へ着替えるのだが、着物は脱ぐのが大変。時間かけてやっと脱げた。私服は長ズボンにブラウス、黒のロングカーディガンを着ている。髪型も三つ編みに戻して、メガネをつける。着替え終わって荷物をまとめると陽香がやってきた。彼女も着替え終わったところだ。

 

「ん?神社行くの?」

「うん。陽香は?」

「ごめん、今からラジオ行っちゃうんだよね……」

「あ、そうなの?」

「まぁ、まつりは蘭ちゃんや友希那先輩と仲良いし、楽しんできてくださいな」

 

陽香は何か含みのある言い方をしてきたが、私は気にせず神社に向かうことにした。私はスタッフが運転している車の後部座席に乗り、神社まで行くようにお願いしたら出発した。車内では誰も喋らず、音楽を聴いているだけだった。神社の前に到着したら黒い車から降りて神社へ歩き出す。黒い車は走っていった。鳥居をくぐり、目の前にある大きな階段を上りきって、蘭ちゃんや友希那先輩を探そうとした時だった。後ろから誰かに声をかけられた。振り向くとそこには着物姿の蘭ちゃんが居た。

 

「あれ?まつりじゃん。晴れ着じゃないの?」

「あれは借り物だから」

「綺麗だったのに……」

 

残念ながらあの晴れ着は所有物じゃないの。買うとしたら数十万もかかりそうだし。私は蘭ちゃんに合流して一緒に参拝することにした。初詣は多くの参拝客が訪れており、長蛇の列が出来ていた。私達はその後ろに並び、待つことにした。待っている最中は雑談したり、スマホを弄ったりする。ある時、私は口を開いた。

 

「あとそう、言っておくことがあった。3月、武道館でライブするから」

「えっ!?ちょっと急すぎるでしょ!」

「もうそろそろニュースに載ると思うから先に言っておいたの」

 

実は前から決まってた事。ツアーがどの公演も満席という事で事務所側が追加公演しようと思ってたけど、その時に武道館が空いていたのだ。という事で大阪公演をツアーファイナル、3月の武道館公演をグランドファイナルとしてやる事になった。

 

「まつりもようやく武道館でやるんだ」

「チケットは一瞬で無くなるのでお早めに」

「じゃあ、早速ファンクラブに入っておかないと」

「いいよ、私がチケット送っておくから」

 

そんな話をしている間に順番が来たようだ。賽銭箱の前に立って百円玉投げたら鈴を鳴らして手を合わせる。願い事は皆が健康で過ごせますように。あまりに普遍過ぎる願いだが、それが一番だと思う。隣を見ると蘭ちゃんはまだ手を合わせていた。何を願っているのか少し気になったけど聞かない事にした。参拝を終えるとまた境内の方へ向かった。屋台がたくさん並んでおり、人も多い。そんな中で二人は手を繋いで歩いたり腕を組んで歩いているカップルが目に入る。私は蘭ちゃんの方を向いて言った。

 

「私達もするの?」

「……また今度」

 

そう言って蘭ちゃんはそっぽ向いてしまった。珍しい。普段ならグイグイ来るはずなのに……。そう思いながら私たちは境内を回ることにした。途中、お守りを売っている場所があった。そこに行くと……

 

「おっ、まつりと蘭ちゃんじゃん」

 

有咲ちゃんが話しかけてきた。彼女は巫女姿であり、髪はツインテールではなく、後ろを緩く結んだ髪型になっていた。

「あれ?有咲ちゃん。ここで働いていたの?」

「いや、バイトで来たんだよ。巴さんに入ってくれって頼まれてさ」

「ふーん……グアム行く手続きは?」

「先に済ませてるから問題ないけど、香澄の奴がな……」

「あ〜……」

「やっぱりやらかすと思ってた」

 

すると隣の方からも声かけられた。声の方を向くと、友希那先輩が巫女姿になって立っていた。

「あら、まつりじゃない。ライブお疲れ様。あと美竹さんも」

友希那先輩は蘭ちゃんに対してジト目を向けた。仲の悪さは年越しても相変わらずらしい。

「湊さん、今あたしはまつりと一緒に回っているんです。邪魔しないでいただけますか?」

「別にいいわよ?私の方が進んでいるから」

 

バチバチと火花が散っているように見えるが、これはいつもの事なので、私は間に入る。

「はいはーい、喧嘩はそこまでにしてくださいよ。でないと私が暴れちゃいますよ〜、がおー」

 

とふざけたら有咲ちゃんが苦笑いしていた。

「あはは……それよりまつりはお守り買うのか?」

「買うよ。健康運アップのお守り」

「仕事運のお守りは買わなくていいのか?バンド大変だろ?」

「バンドはお仕事じゃない」

 

そんなやり取りをしていると、友希那先輩と蘭ちゃんがじーっと私の方を見てきた。

「どうしたの?二人とも……」

そう言っても何も言わない。ワンテンポ置いて私はハッと気付いた。

「あっ!恋愛のお守りもお願いします!」

「ん?まつり、好きな人でも出来たのか?」

何にも知らない有咲ちゃんがにやにやしながら聞いてきた。

 

「少し経てば分かるかもね?」

「ふーん……。まぁ、頑張れよ」

友希那先輩と蘭ちゃんは何となくだけど口角を上げているように見えた。



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2月 ツアードキュメンタリー

1月から2月にかけて行われたツアーが終わった。といっても3月にある武道館公演がまだ残っている。しかし、一区切り着いたと皆思っているだろう。という事で、CIRCLEではツアー完走おめでとうパーティが行われていた。もちろん私も参加している。

 

「まつりちゃん、おめでとう!」

と香澄ちゃんも参加していた。

「ありがとう」

 

私はそう答えた。そう、香澄ちゃん達もハワイのフェスから帰還していたのだ。Roseliaの面々はFWFに集中しているらしく不参加だ。そして、香澄ちゃんは私の横に座った。

 

「どう?ツアーは?」

「疲れたけど、得るものはいっぱいあったよ」

 

そんな会話をしながら食事を取っていたら、ふと視線を感じた。その方向を見るとそこには蘭ちゃんが居た。仮の恋人としての面子を保ちたいのか、彼女は私の隣に座ってきた。

 

「香澄と何話していたの?」

「他愛も無い話」

 

そう言うと、ライブハウスに設置してあるスクリーンに映像が流れた。それは私達のバンドに密着したドキュメンタリーの映像であった。会場からは声援や拍手が起こる。ドキュメンタリーは深夜のテレビで放送されていて、月島さんがそれを録画してくれたそうだ。なんか法に引っかかりそうな気がするが、いざとなったら私達の事務所の権限でどうにかしよう。

 

隣りの蘭ちゃんを見てみる。彼女はスクリーンに釘付けになっていた。恥ずかしいなと思う。ライブの裏側を撮られていて少し気まずい気持ちになるし。特にツアードキュメンタリーで映った気まずい場面は、私が怒っているシーンだ。あれは正直言って黒歴史である。あとは、私が体調不良で嘔吐しているシーンである。キラキラ編集されているにしてもよくテレビはあんな場面を流せたなと思う。さて、蘭ちゃんの反応はどんな感じかな。

 

 

――

 

最初の場面はツアーファイナルである大阪城ホールでの公演だった。会場全員が手を繋いでジャンプし、大団円を迎える場面であった。

 

「最後に全員で一つになりましょう!」

 

その言葉に観客は手を振り上げる。そして、

 

「せーのっ!」

 

会場全員が一斉にジャンプして大きな歓声をあげた。それは、今までのライブでも聞いたことがないほど大きな声だった。メンバー全員が満面の笑みを浮かべて、ステージを降りていった。そしてナレーションがかかる。ナレーションと共にバンドの紹介がされていく。終わると次の場面へと切り替わった。

 

ツアー前のリハーサル場面だ。バンドはメンバーはいつも通り音出しから始める。複雑に組み込まれた機材を弄るスタッフの姿も居た。

 

「本番まで喉を温存しておきたいので、リハーサルは70%ぐらいの気持ちで歌います」

 

ボーカルのメグはそう言った。楽器のチューニングも済ませているようで、あとは歌うだけという状況になっていた。メンバー全員がイヤモニを付けると、演奏が始まった。スタジオ内での演奏という事で音が篭って聞こえたが、それでも迫力のあるロックサウンドとなっていた。メンバー達は真剣な表情で演奏をしていた。演奏が終わるとまつりがスタッフと会話をしていた。どうやら今日のパフォーマンスについて意見交換をしているようだ。

 

「ギターの音、少し大きくないですか?もっと小さくても大丈夫ですよ」

 

まつりの言葉にスタッフが答える。

 

「いえ、これがちょうど良いと思います」

「そうですかね……」

 

まつりは納得いっていない様子だったが、それ以上は何も言わなかった。その後、練習風景が流れていく。リハーサルは時間ぎりぎりまで続いた。

 

次の場面は会議の様子だ。メンバー、スタッフが一堂に会している。ホワイトボードには曲名が書かれたマグネットが沢山貼られている。恐らくセットリストだろう。一度仮のセットリスト案を組むとそれに意見が飛び交う。そして、最終決定案が出されるのだ。

 

「一曲目はもう完全固定で、二曲目ですが、火薬使います?」

 

スタッフの声が響く。どうやら曲順を決めていたようだ。火薬とはステージセットに仕込まれる特殊効果で、火花が出るように演出するものだ。

 

「タイミングはドラムに合わせて?」

「ドラムに合わせて!」

 

こうして会議が進んでいく。現地でのリハーサル時間がかなり短い為、数曲リハをしてそのままぶっつけ本番というハードなスケジュールが組まれているようだった。しかし、誰も文句を言う者はいなかった。

 

「他に案があるなら、意見出してくれると助かるよ」

プロデューサーの白百合が言う。するとまつりが手を挙げた。

 

「アンコールを無くしたいんですけど」

 

その発言に対して、他のスタッフが反応をする。

 

「え!?なんで?」

「あの、誤解を招かないように言うと、予定調和のアンコールを無くしたいんです」

 

まつりはそう答えた。

 

「あぁ……そういう事ね」

その言葉を聞いて、メンバーの皆は理解したような顔をしていた。

「どういうこと?」

スタッフは首を傾げながら質問をした。

 

「アンコールを求める声が無い、または小さいのに快くアンコール出来るかと言われたら、あたしは出来ない」

「あぁ~」

白百合がそう呟いた。

「要するに、観客が大声でアンコールやらない限り、アンコールはやらないと。そういう事?」

「そうですね」

 

まつりははっきりと答えた。

「アンコールやらないのはちょっと……」

苦言を呈したのはスタッフの一人。するとまつりがそれに返した。

 

「アンコールは基本、観客が帰らなくて、熱狂している時だけにして欲しいんです。」

「そこまで意固地にならなくてもいいんじゃないかな……」

「だから、本編で完璧なエンディングになるようにセトリを調整して下さい」

まつりはそう言うと、スタッフが立ち上がってホワイトボードの前に立ち、マグネットを動かし出した。

 

「もし、観客たちが全力でアンコールしなかったらどうするの?」

スタッフの一人が意見した。するとまつりも返す。

 

「帰ります。一応本編終了時にカーテンコールはするので、終わった感は出せると思います。」

「ライブ終わっちゃったじゃん!とかならないの?」

「私達から観客へのメッセージですよ。もっと声出せって」

「最初の数公演はアンコールがかからない感じになりそうだけど……」

「承知の上です」

 

すると白百合さんも口を開けた。

 

「まずはセトリをもう一度組んでみて、それで問題なければGOでもいいかな。とりあえずやってみて、ダメだったらまた考え直せば良いからさ。まぁ、そんなに心配しないで。なんとかなるから」

 

こうして議論は続き、まとまった所で……

「それでは皆さん、とりあえずこれでいきましょう!」

「はい!お疲れ様でーす」

 

スタッフとメンバーが全員立ち上がった。

 

次はツアー初演のZepp Haneda。会場でのリハーサルの場面に移った。ステージの上ではバンドが音出しをしていた。PAエンジニアも調整をしていて、会場には重低音が響いていた。また、演出スタッフがメンバー達を話している。

 

「二曲目始まった瞬間、火薬が爆発する特殊効果があるので、位置に注意してくださーい!」

 

スタッフの声が響く。

 

「了解です!」

メンバーは元気よく返事をしていた。そして、練習風景が流れていく。中には聞き覚えのあるフレーズなどが流れていた。ライブ当日。会場の裏口付近に黒い高級車が止まり、後部座席からメンバー達が降りて来る。ちなみにまつりはサングラスを着けた状態で車から出て来た。

 

「おはようございます」

 

皆が挨拶をしていた。そして控室の場面に切り替わる。メンバー達は着替えを済ませていた。まつりはロックなジャケットを着こなしている。

「これ、どこのブランド?高いやつ?」

 

まつりが質問をする。

「はい、このブランドです」

スタッフはそう言うと、ブランド名が書かれた紙を渡した。どうやらそのブランドの服らしい。

 

「へぇ、知らなかった」

「今度買いに行きます?」

スタッフがそう聞くと、まつりが答えた。

「ううん、買わない。でも、気に入ったから覚えておこうと思って」

 

そして、本番前のリハーサルが始まる。まつりはギターを持って舞台袖に移動した。

 

「数曲しか出来ないので、テキパキ動きましょう!」

リハーサルを仕切るスタッフがそう言うと、皆が反応した。

 

「はい。じゃあ、一曲目行きます」

すると、ドラムが鳴り響き、演奏が始まった。定番曲は既に何百回も演奏しているから体に染みつくレベルで馴染んでいるようだった。しかし、アルバムからの新規はまだ熟成しきってない様子。リハーサルはアルバム曲を中心に行われた。

 

「……はい、ありがとうございました!あとはぶっつけ本番です!よろしくお願いします」

こうしてリハーサルは終わり、本番を迎えた。会場内に観客が続々と入場している。客席は満員で、熱気が伝わってくる。そんな中、控室でまつりは晴れ着姿に着替えていた。

「なんで、ジャケット着替えたのー?」

スタッフの1人が質問をする。

「気合い入れですよ」

「だったらTシャツの方が良くない?」

「そうかな?」

まつりはスタッフにメイクをして貰っていた。鏡を見ながら髪をいじり、目を閉じている。まつりの髪には赤いエクステと銀髪のエクステが着けられていた。スタッフはまつりに話しかける。

「年末年始だから晴れ着だけど、本当可愛いねー」

「こういう晴れやかな姿は初めてかも」

「良いですね、似合ってますよ」

 

しばらくすると『そろそろスタンバイに入ります!』というスタッフの声が聞こえた。

「あ、はい!」

 

まつりはそう答えると、袖ステージに向かった。このライブが行われたのは1月1日。正月に似合う衣装として全員が晴れ着を着用していた。そして、メグが円陣を組んでいる。

 

「ツアーの初公演という事で、かなり緊張していると思うけど、楽しんでいきましょう!……気合い入れていくぞ!」

「おーっ!」

メンバー達の声が響く。そして、幕が上がった。こうしてライブ映像が総集編的に流れて行った。その後、ライブ終了後にて、まつりは裏のモニター越しに会場の様子を確認していた。観客達の興奮冷めやらぬ様子が見える。しかし、アンコールを呼びかける声は無かった。

まつりは裏のモニター越しに会場の様子を確認していた。観客達の興奮冷めやらぬ様子が見える。しかし、アンコールを呼びかける声は無かった。

 

「ダメだね、帰ろう」

まつりはメンバーにそう言って、楽屋に戻った。その後は冗長なインタビュー映像などが挟まれた。そしてライブ中の場面が色々映し出された。

 

数回の公演を経て、次の場面は福岡公演だ。このライブはオープニングから観客の歓声が凄かった。カーテンコールの後でも、観客の熱狂は収まっていない。アンコールの声も絶え間なく響いている。スタッフやメンバーを集めて話し合いを始めた。

「アンコールどうする?」

「大丈夫です!」

「では、客電はつけたままでお願いします!」

「いきなり飛び出して演奏開始で!」

「それでは皆さん、とりあえずこれでいきましょう!」

 

メンバー全員がステージ袖で待機し、楽器のストラップを肩にかけ、準備完了だ。スタッフがカウントすると、最初のメロディーを奏でる事になっているまつりがステージへ駆け出し、続いて他のメンバー達が飛び出して行く。

まつりがギターを弾き始めると観客は歓声を上げ始めた。更に続けて他のメンバーの演奏が始まった。観客のボルテージは上がり続ける。本ツアー初のアンコールが始まった。シンプルなリズム、メロディーにテンポよく曲が進んでいく。曲が終わるともう一回カーテンコールが起こった。

「本当にありがとうございました!」

メンバー達は観客を称えるように手を振りながらステージを降りる。

 

最後に残ったまつりがマイクを掴んだ。

「今日、皆良かったよ。また」

口数少ないキャラを演じているまつりがライブで喋ったのはこの時が初めてであった。その言葉を聞いたファンの歓声は一層大きくなった。

 

その後もライブ映像が映し出された。

 

次の場面はライブが終わった後の場面だった。メンバー達が急いで会場を出る中、小さなトラブルが起こった。

「だから、打ち合わせと違うっていってるじゃん!!」

まつりはスタッフに怒っていた。彼女の怒りは収まらないのか、近くにあったゴミ箱を蹴っ飛ばしている。どうやら、機材係が予定と違った動きをしたらしい。

「あのさ、もう一回聞いてくれない?曲のエフェクターが違っていたの!本来ならあの曲でリバーブは使わないはずなのに、使っていたの!!」

「エフェクターを間違えたの?」

「そう!」

 

まつりは近くの壁に手をついた。スタッフは困った表情を浮かべている。

「違うエフェクターかけちゃったらまったく違う曲になっちゃうじゃない……もう……」

「すみません……」

「はぁ……次からは気をつけてください……」

 

そう言い残してその場を去った。まつりはこだわりが強い性格だった。スタッフは後片付けをしながら呟いた。

「あんなに怒った水城さん初めて見たわ」

「ライブの後でアドレナリンが残ってたかも」

ライブ終了後、スタッフ達の会話まで残っていた。その後も様々なライブ映像が流れた。

 

次は鳥取の映像だ。ツアー中、メンバーも観光する時間があったようで、観光地巡りをしている様子が映っていた。まつりはある町に来ていた。

 

「久しぶりだなー、鳥取ー!……なんてね。」

 

彼女はそんなことを話しながらあるポスターに指を指した。ポスターにはガールズバンドの写真が載っている。そこにはスイーツが好きそうなキーボードや、めうなドラマーなどが載ってあった。

 

「この子達は伝説のガールズバンドなの。私はこの子達を尊敬している。聖地巡礼したら、ちくわパフェ食べに行きましょう。あと中華料理店のロンロンにも行きたい」

そう言って歩き始めた。

 

次のライブ映像が流れる。演奏が終了すると、テンションが振り切れそうなまつりがストラップを外し、ギターを乱暴に後ろに投げ飛ばした。そして助走をつけて客席へ飛び込もうとする。するとちょうどそばに居た陽香とスタッフがまつりを止めに行った。そんな場面があった。

 

次の公演にて、事件があった。

短いスパンで公演を行う以上、休憩できる時間は限られている。ツアー後半に入るとメンバーにも疲れが見えてきた。インターバル中、ライブ前から体調不良を訴えていたまつりに異変が起こった。スタッフが慌てて救護室に入って…

 

「エチケット袋持ってきて!早く!」

「えっ、どうしたの!?」

「まつりちゃんが吐くって!!」

ライブの途中、まつりはスタッフに肩を貸してもらいながらステージを降りた。ステージ裏に戻ると、まつりは力なく地面に座り込んだ。まつりの傍にいるスタッフが大声で叫んでいる。

「吐くそうです!!早く!」

「はい、どうぞ!」

「おえぇ……」

「まだ出る?」

「はい……」

まつりは吐いた。胃の中にあったものを全部吐き出すくらい激しく嘔吐した。吐き終わると、ひどく脱力しきっていた。

 

「ちゃんと吐いた?ベッドまで歩ける?」

まつりは小さく首を横に振った。スタッフがまつりを担架で運んで救護室へ向かった。体温計を口に

突っ込む。熱を測ると39.6°Cもあった。

「9度超えてる!」

「インフルじゃない!?」

「ライブ前に1回病院に連れて行ったけどインフルじゃないって」

「これ、ライブ止めるべきじゃない?私としては続けるべきではないと思うけど…」

スタッフ達は慌てふためいていた。

 

「まつりちゃんからは続けたいという意向で…」

「一時的に身体の体調を良くするお注射を打つ方法もあるけど…まつりちゃんはそうしたいみたいです…」

「とりあえず休憩時間15分ありますが…様子を見て…」

スタッフたちの様子がカオスになっている。その後、まつりは楽屋に戻ったが、椅子に座ってぐったりしていた。メンバー達は心配そうに見つめている。

陽香はそんなまつりを心配していた。

「まつり、大丈夫かな?」

「注射は打ちましたけど……」

しばらくすると、まつりは目を覚ました。冷えピタをおでこに貼った状態でスタッフに支えられながら立ち上がった。

 

「ヘアバンドある?おでこ隠したい」

スタッフは急いで用意してまつりに渡した。まつりは頭にヘアバンドをつけて、ギターを手に取った。

「無理だと思ったらすぐにステージ降りてね?約束だよ?」

スタッフの言葉にまつりは小さくうなずいた。そして彼女はステージに立つと、なるべくいつも通りに演奏を始めた。ライブの後半はアップテンポな曲を連続して演奏する為、まつりへの負担も今まで以上に大きかったが、彼女の意地で問題無くこなしていった。しかし最後の曲が終わった瞬間、まつりはステージを降りてしまった。ステージ袖では彼女が横になってしまっている。スタッフが担架で運ばれることでこの場面は終わった。

 

次の場面ではまつりが車の後部座席でインタビュー受けている場面だった。

「『無理しないで』じゃないんだよね。もう無理しなきゃいけない段階まで来てたし……それに、ライブは最後までやり遂げないと気が済まないから……。でも、今はだいぶ良くなりました」

そう答えた。

 

次でツアー最後のライブ。大阪公演だ。ゲネプロの会議にて、セットリストの話し合いが行われていた。

「セトリはどうするの?」

「えっと、アルバムの曲はどれくらいいれるの?」

「全部入れたいけど、多すぎると時間無いしなぁ。2〜3曲は省くかも……」

「私は全部やりたいですね」

 

スタッフの意見が入り乱れる中、陽香は言った。

「私は全部入れたいのでこうしたいです!」

陽香はホワイトボードの前に立ってマグネットを動かし始めた。

「えっと、前半にライブの定番曲を数曲やって、後半にアルバム曲を一から最後まで通すのが良いと思います!」

「かなり特殊なセットリストになるね」

「でも、ツアーファイナルにはふさわしいと思う」

「じゃあ、それで行こうか」

 

こうして、セトリは決まった。場面が切り替わって会場の座席を歩くまつりが映し出された。まつりは色んな座席に立ち、観客から見たステージはどのように見えるのか観察していた。

「この会場大きいね。万の観客が入るんだよ?この規模でライブをやるのは初めてだから凄い緊張する……」

まつりは観客席の一番後ろまで歩いてきた。スタンド席の最後列だ。そこでまつりは立ち止まった。

「流石にここまでくると見えずらいと思うけど、どう?」

スタッフに質問する。

「うーん、見えにくいですか?」

「ちょっと遠いかなーって感じますね」

「そうですか……」

 

初のアリーナクラスでのライブ。そして一応のツアー最終公演。様々なプレッシャーがかかる中、リハーサルは始まった。照明チェック、機材のメンテナンス、PA調整など、ステージ上でできることは全て終わらせておく。そして迎えた当日。控室にいるメンバーはいつも通り衣装を着てメイクをしていた。そして終わればステージ袖へと移動していく。メンバー全員が集まったら円陣を組んで気合いを入れる。

「それでは、ツアー最後で初めてのアリーナクラス。……楽しんでいきましょう!」

「おー!!」

全員の声が揃う。メンバーがそれぞれの配置につくとスタッフ達から声がかかる。

「それじゃあ、お願いします!5秒前……」

カウントが始まる。会場の照明は消灯しており、観客からの歓声が聞こえてくる。メンバー達がステージへ上がっていった。

 

そして様々なライブ映像が流れつつ、アンコールに入るとTシャツに変えたメンバー達がステージへ上がる。少しのMCを挟んだ後、アンコールを含めたオールラストの曲が始まる。曲が始まった瞬間、会場は光に包まれ、銀テープがアリーナ席に向けて発射された。最後の曲は"Moment"。かなりポップで、全体的に明るい曲だった。

まつりは足を開いて姿勢を低くしながらギターを弾いていた。しかし、曲の最後あたりにかかるとまつりは暴走し始める。まつりは転ぶまでずっと回転しながらギターを演奏していた。そしてまつりは転んだが、今度は寝転がりながら演奏し始めた。そして曲が終わると、まつりは起き上がって蓋の空いたペットボトルを手に取り、アリーナ席へ投げ飛ばした。水が溢れ、客席に降り注いていく。

 

「どうもありがとうございました!」

この言葉と共にライブは幕を閉じた。これでこのドキュメンタリーは終わりなのだ。

 

――

 

映像は終わった。ツアーの裏側としてはまぁまぁな出来だと思う。でも、一つだけ問題があるとすれば、あのシーンはカットして欲しかった。

 

「うっわ、恥ずかしい……」

 

私は思わず呟く。すると、隣の蘭ちゃんは満足したような表情を浮かべていた。

 

「良いじゃん。ライブ映像も見れて満足した」

「そう……」

 

でも、恥ずかしいものは恥ずかしいんだよ。この後、色んな子からドキュメンタリー内容の事で色んな感想や質問などを受けた。でも、やっぱり一番多かったのは、あの嘔吐するシーンで、本当に大丈夫なのかとか心配された。でも、もう過ぎ去った事だし気にしない事にした。

 

こうしてパーティは終わりを迎えた。帰り、私は蘭ちゃんと一緒に帰る事に。本当なら駅で別れてバイバイなはずだけど、私の気が変わったみたい。蘭ちゃんは私の手を握りながら歩いている。周りから見たら恋人同士に見えるかもしれない。いや、女の子同士だし、ただ仲が良すぎる友達として認識されることもある。それにしてもこの手を繋ぐ行為ってなんなんだろうか。そんな疑問を抱きつつ、蘭ちゃんの家の前で止まった。

 

「またね、蘭ちゃん」

そう言って帰ろうとすると、呼び止められた。

「待って、まつり」

「どうしたの?」

すると蘭ちゃんが私を抱擁してきた。

「え……ちょ……」

いきなりの出来事に頭が混乱してしまう。

 

「まつり、もう少しだけ待ってて……」

 

耳元で囁かれる言葉には重みがあった。でもどういう意味なのか分からなかった。

「なにを……?」

答えてはくれず、そのまま解放された。

「じゃあね、まつり」

 

そう言い残して蘭ちゃんは自分の家に入っていった。私は手を自分の胸に当てる。温もりが微かに残っていた。



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3月 モブ子の視点4

年が明けてから水城さん達は大忙しだ。バンドの全国ツアーが始まり、テレビやラジオにも引っ張りだこでほぼ毎日のようにどこかしらの番組に出演している。一方で、私と水城さんが関わる機会は一気に激減していた。主にバンドの仕事のせいで、たまに会う時も挨拶する程度でほとんど会話がない状態が続いている。私は寂しかったけど、仕事だから仕方ないと割り切っていた。という事で私は今日もファンクラブのサイトを巡回する。このファンクラブサイトはライブのセトリを載せてくれたり、スタッフが撮影した一分程度の動画があったりとかなり充実していてファンにとっては嬉しいサービスだったりするのだ。もちろん私も会員になっていて、暇な時によく見たりする。そして今日更新されたページには、福岡公演のレポートが載っていた。どうやらツアーのライブらしい。私はそのページを開いた。ページにはセトリや各メンバーの簡単な感想などが書かれていた。

 

「へぇ〜、今日アンコールやったんだ」

このツアーはなかなかアンコールやらないことで有名なのに珍しいこともあるものだと思った。それだけ今日の観客達は情熱的だったという事だろう。メンバーの感想欄も観客の反応に満足したようなコメントが多くあった。きっと素晴らしいライブになったに違いない。そう思った。

私はベッドの上に寝転がり、壁に貼ってあるバンドのポスターを見る。そこにはメンバーのスタイリッシュな写真とツアーの日程が書かれてある。そして、

「水城さん、武道館に連れてってくれるのかなぁ……」

私は天井を見つめながら呟くように言った。そう、追加公演として3月に武道館で単独公演が行われる予定なのだ。そこに行きたいのだが、水城さんが『チケット取らないで待ってて』と言ってくれたため、今か今かとその日が来るのを待っている状態だった。そんなことを考えているうちに眠気が襲ってきて、いつの間にか眠りについていた。

 

――

 

時は過ぎて、バレンタインの日が来た。2月14日。この日の放課後、水城さんに呼び出されて学校屋上に来ていた。何の話だろうか?と思いつつ階段を上ると、そこには水城さんの姿が見えた。

「来てくれたね」

三つ編みモードから髪下ろしモードになっていた彼女はいつも通りの優しい笑顔を浮かべた。

「うん……それで話っていうのは何?」

私が聞くと、水城さんは箱を私の方に突き出してきた。それは綺麗に包まれていて中身が何なのかわからないようになっている。

 

「はい、友チョコ。……友チョコかな?」

疑問形で言われても困るがとりあえずありがとうとお礼を言うことにした。すると水城さんは嬉しそうな表情になる。

「開けてみてよ」

言われるままに包みを開けると中には、チケットが入ってた。しかも、武道館で行われる予定のライブのものだった。

「えっ!?これって……」

私は驚いて言葉が出なかった。まさかこんなサプライズがあるとは思ってもいなかったからだ。

 

「ハッピーバレンタイン。プレゼントだよ。絶対来てね。ちなみにこのチケットはVIPチケットと言って、楽屋入れるパスも入ってるの。あと、座席も既に指定されてて、あたしの目の前の座席になってるの。つまり、あたしがしっかりチェック出来るわけ。ちゃんとライブに参加しなかったらダイブしに行くから気合い入れてね」

 

水城さんは悪戯っぽく笑う。

「こ、これ価格どれくらいなの!?」

私は恐る恐る聞いた。

「んー、3万だったと思うけど、私が関係者席として取っておくように言っておいたから大丈夫」

競争率の高いチケットを簡単に取れるなんて……。さすがだと思った。

「でも、どうしてこんなものを?」

私はそう質問する。確かに私は水城さんのファンだけど、特別扱いされるほどではないはずだ。なんで私を選んだのか不思議だった。

 

「見せたかったから。成長したあたしたちのバンドを。毎回ライブやる度に、このバンドはどんどん成長して強くなってる。そして、武道館では最高潮まで達する。それを君に見せたかったの。そして、その瞬間を見て欲しかったの」

水城さんは真剣な眼差しで言う。

「そっか……わかった。絶対に行く。見ててあげるよ」

 

私はそう宣言する。水城さんはにやりと笑った。

「見ててね」

 

そう言って水城さんは階段を降りていった。あ、そうだ。水城さんにチョコ渡すのを忘れていた。私は彼女を呼び止めに階段を降りていった。

 

――

 

そして、3月。ライブ当日になった。私は朝早く起きて準備を始める。今日のために買っておいた新しい黒い服に身を包んで、メイクもバッチリだ。髪型も整えて、お気に入りの香水を少しだけ振りかける。これで完璧。私は鏡の前でくるりと回る。そして、スマホを手に取り、カメラアプリを開いて自撮りをした。手で目を隠すようにして、口元が映るようにする。よし、いい感じ。

私はその写真をSNSに載せた。さて、そろそろ行くか。私は家を出て駅へと向かう。そして、電車に乗り込んだ。

 

最寄り駅から降りて、会場へ歩いていく。グッズはどうしようか、いや、水城さんが事前にくれたタオルとTシャツがあるから別に良いか。そんなことを考えているうちにライブが行われる武道館に到着した。入場時間は早めで、午後一時開場となっている。私はチケットに書かれた番号に従って、指定された場所へと向かっていった。指定された場所はアリーナ席の最前列、上手側である。私はそこに腰掛けて開演を待つことにした。スマホを弄ったり、耳栓したり、Tシャツ一枚で寒くないか確認したりしている内に時間になった。

 

辺りが暗転すると歓声が上がる。シンセサイザーの音が鳴り響く中、暗闇のステージに霧がかかり始めた。そして、その霧の中から水城さんの姿が見えた。ステージの後ろから青い光が照らす。メンバー達が暗いシルエットで現れる。観客のボルテージが上がっていき、ついに演奏が始まった。最初は静かに盛り上がりを見せるような曲から始まる。少しずつ盛り上がっていって、サビに入ると一気に盛り上がると同時に、ステージ、会場の照明が一気に点灯した。私は眩しさに目を細める。爽快感と疾走感が雨のように降ってくる。私はそれに酔いしれながら手を振った。これがライブなんだ。

それから一曲目が終わった。そして間髪入れずに二曲目が始まった。二曲目が始まった直後、ステージから特殊効果として火薬が発射された。一瞬、熱風のようなものを感じたかと思えば、爆発音とともに煙幕が立ち込める。高揚感を感じながらも私は忙しく声、手を動かし、リズムに合わせて身体を動かしていた。水城さんはいつの間にか大きなギターを普通の『暴れん坊将軍』に替えて、激しくカッティングを刻んでいた。

 

――

 

それからライブは凄かった。爆音で流れる音楽、演出、全てが私の心を掴んで離さなかった。中盤でアコースティックの曲もやったり、重苦しく長い曲もあったり、本当に飽きさせない構成になっていた。そして終盤では盛り上がる曲達を一気に畳み掛けるように演奏した。まるで、この時間が永遠に続くかのように錯覚するほど楽しかった。

最後の曲は世界観が凄いずっしりとしたバラード曲で、途中水城さんがギターからバイオリンに替えて、幻想的な雰囲気になるのは印象的だった。

ライブが終わった感想としてはとにかく最高だった。ライブハウスの頃から見ていて、ずっとファンだったが、ここまで進化してるとは思ってなかった。ライブハウスの頃にあった勢いと速さで押していくスタイルから少しづつ変わって、成熟していった結果がこれなのだろう。勢いも鋭さへと変わり、そして、より深みや重みのあるサウンドへと変化していた。

ライブが終わり、私はパスを使って楽屋へと向かった。ノックすると水城さんが現れた。

「来たじゃん」

彼女の元気そうな声が聞こえた。



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I for you / WISH

会場のスタンドで私は陽香と話していた。中央のステージでは着々とステージが組み立てられていた。

 

「大阪の時もそうだったけど、やっぱり会場広いよね」

「ね。ここも1万人も入るって。すごいな」

少しして、陽香が感慨深い顔をしながら言った。

「ねぇ……初ライブは何人だった?」

「10人。ハッキリ覚えてるよ」

「そこからここまで来たんだもんね……」

「音響とか色々あるけど、やっぱり武道館は格別だよ」

「ビートルズがライブをした場所でもあるからね」

 

私達はバンドを始めた頃を思い出しながら話していた。このライブでツアーは全て完了する。そして、ここから新しいスタートを切るのだ。ロックスターとして。

 

「ねぇ、ステージセット見て。筒みたいなのが見えるでしょ?」

「うん、見えるよ」

「あそこから銀テープ飛ぶんだって。最後の曲が始まった瞬間、パーン!て」

「大阪以来2回目だね。銀テープ飛ぶ演出は」

「そうだね。絶景なんだろうな……」

私達の目の前にはこれから始まる壮大な光景が広がっていた。

――

アルバムを携えたツアーもとうとう最後のライブを迎えた。ツアーは大阪公演を終え、次はグランドファイナルとなる武道館公演を残すのみ。チケットは既にソールドアウト。会場を埋め尽くす観客を想像すると武者震いが起きる。このライブを終えれば一時的な休暇期間に入る。だから私は今度こそ完璧な形でこのライブに臨みたかった。このライブが今までの私達の集大成になる。そんな気がしたからだ。私は控室でメイクを直しながら、ギターの練習をしている。もうすぐ開演時間が迫っているからかスタッフ達は慌ただしく動き回っている。

 

「今日で最後ですね」

とマネージャーが声をかけてきた。

「このライブで一区切りになりますから」

「ええ、本当に長かったような短かかったような……不思議な気分です」

「でもようやくここまで来れましたね」

「はい。正直ここまで来れるとは思ってませんでした」

「きっと皆さんも同じ気持ちですよ」

そう言って彼女は笑った。彼女の言う通りだと私も思う。

「と言っても、夏には更に大規模なツアーが控えているわけですけど……」

「まあそうなんですけど、とりあえず今はこれで締めくくりですよ」

「うん」

 

私は少しだけしんみりとした空気を感じていた。廊下からはスタッフが慌てている声が聞こえる。

「入場遅れてる?どうなっている!?」

「これだと10分遅れの開演になりそうです!」

「スタンド席の入場に手間取っているみたいです!」

 

そんな会話を聞いていると自然と気が引き締まる。時計を見ると予定での開演まであと5分ほどになっていた。私は椅子に座り直し、深呼吸をした。

「よしっ」

気合を入れなおして目を閉じて瞑想する。大丈夫。今日のコンディションなら最高の演奏ができるはずだ。今まで積み重ねてきたものが全てここにある。

 

……時間が来た。スタッフの声がかかる。

「準備が出来ましたのでお願いします」

「はい」

返事をして立ち上がる。ロングジャケットを着けてステージ袖へ向かう。そこにはメンバー全員が集まっていた。

「いよいよだね」

とメグが言った。他のメンバー達もそれぞれ緊張した面持ちだった。会場の方からは整った拍手が聞こえてくる。

「では、円陣と行きましょう!」

メグがそう言いながら私の右肩に手を置いた。他のメンバーもそれに続いて肩を組んでくる。

 

「とうとう来ました。憧れの舞台、全曲楽しんでいきましょう!気合い入れていくぞ!!」

「おー!!!」

 

全員で掛け声を上げて、スタンバイする。会場の照明が落ちて真っ暗になった瞬間、歓声が上がった。それに合わせて一曲目、『HEXAPRISM』のシンセサイザーが流れ出した。スタッフがカウントダウンする。

「5、4、3、2、1!」

メンバーが順番にステージへ飛び出して行く。私もそれに続いた。会場は割れんばかりの大音量で揺れていた。その音圧に押されながらも、いつも通りのパフォーマンスを心掛ける。ステージが霧に包まれる中、私は位置につく。位置に着いたらスタッフからトリプルネックギターを肩に掛けてもらう。

そして、シンセサイザーに合わせて私は演奏し始めた。ライブが始まる。その高揚感が少しずつ私を狂わせていった。

 

――

 

20曲以上も演奏して、ライブは終盤に入った。ラストスパートに向けてテンションを上げていく。汗ばんだ肌に風を感じながら演奏するのはとても気持ちが良いものだった。曲の演奏が終わり、会場が暗くなってゆく。

 

そして、この曲が始まる。静寂を切り裂くようにドラムのカウントから曲は始まった。曲が始まった瞬間、ステージから火柱が上がる。この曲はINNOSENCE。大ヒットの起爆剤となった曲。激しく点滅する照明に合わせて疾走感とパンキッシュなサウンドが鳴り響く。

曲の中盤に差し掛かる頃、私はもう一つのマイクスタンドの前に立って詠唱パートを歌う。私は普段歌わず、ハモリしか参加しないが、この曲だけは別だ。詠唱パートが終わると私はマイクスタンドを後ろのスピーカーに目掛けてぶん投げ、ギターパートを再開させる。そして、ステージ上手に戻って激しいストロークで演奏を続ける。ラストサビに入ると、メンバー全員が楽器を弾き鳴らし、会場を揺らす。あまりにも高速な為、私はめちゃくちゃな演奏をしてパンクのように暴れまわる。そして、演奏が終了した途端、私はギターをぶん投げた。

スタッフが大切にしてるボロボロのストラトを持ってきてそれを装着する。観客のボルテージは最高潮に達し、会場は熱気と興奮に包まれる。着ていたジャケットを脱ぎ、Tシャツ1枚になる。

 

そして、最後の曲が始まった。曲が始まった瞬間、銀テープが飛び出し、ポップで明るいイントロが流れだした。曲名は"Moment"。ずっとオールラストの定番曲として親しまれてきた曲である。私はテンションが完全に振り切っていたため、後半はずっと回転しながらギターを弾いていた。そのうち私は転んで、寝転びながらギターを弾いた。最後のフレーズを終えると歓声が上がった。私は客席に飛び込もうとしたところ、近くに居たセキュリティによって止められてしまった。

 

「どうもありがとう!!」

ボーカルの声と共に本編は無事に終わった。私達はステージを降りると陽香に異変が起こっていた。陽香は感極まって泣いていたのだ。私は陽香を抱きしめる。

「お疲れ様、陽香」

「うぅ……ぐすっ……」

「感動しちゃった?」

「うん……ぐずっ……」

「あーもう泣かないの。ほら、化粧落ちちゃってる」

「ごめん……」

「大丈夫だよ」

 

するとプロデューサーの白百合さんが私にお水を渡した。

「お疲れ様!最高だったよ!」

「ありがとうございます」

白百合さんは私の肩に手を置いた。

「……でも、まだ曲は残っているよ」

耳を澄ませた。会場からはアンコールの声が聞こえる。

 

「ちょっと休憩したらまた行こう!」

そう言って彼女は笑みを浮かべた。

「はい!」

私達は返事をして、水分補給、衣装変更をするのであった。私はTシャツを脱いで、フリル付きの白いシャツに黒のロングカーディガンに変更した。ブーツも履き替えて準備万端である。

「よしっ」

気合を入れてステージ袖へ向かい、また全員でステージに上がった。アンコールの声量は凄いままだ。メンバー一人一人が感謝の言葉を述べる。そして……

 

「本当の、本当の最後の曲になるけど、私達、一人一人、心を込めてこの曲を送ります……」

会場全体の照明が暗くなる。そして静寂が訪れると、シンセサイザーの音が流れ出した。アンコールにしてオーラスの曲はアルバム最後のトラックである"Grace"。プログレッシブなバラードだ。

 

静かなピアノの旋律から始まり、ギターとベースが入っていく。私達は静かに演奏を始めた。ステージから白い光がゆらゆら揺れているのが見える。その光を見ながら、私はクリーントーンの音を奏でていった。サビが終わると、上から神殿の柱のように白い光が私達に降り注ぐ。間奏の間、私はギターをバイオリンに持ち替えて、静かなメロディーを奏でる。会場の天井には星空のような光の粒がたくさん見えた。そして、メグが歌い終わり、アウトロに入ると私はバイオリンで祝福のメロディーを弾き始めた。曲が終わりに向かうにつれ、照明が夜明けのように明るくなった。そして最後のフレーズを弾き終えると、私はステージの中央でお辞儀をした。これで、ライブは正真正銘、幕を閉じた。

 

割れるような拍手と歓声が鳴り響いた。私達はただこの感動を噛み締めていた。顔を上げて、観客の方を見た。みんな笑顔で拍手をしていた。歓声が止まない中、ピアノのSEが流れ始めた。ライブが終わった事を合図するものだ。私はメンバーそれぞれにハグをする。メグは目に涙を浮かべながら抱きついてきた。陽香は完全に号泣して私に強く抱き着いて来た。私もいつの間にか目頭が熱くなっていた。

「では、最後に……ここに居る皆と一つになりましょう!」

メンバーもスタッフも全員で手を繋ぐ。

「せーのっ!」

会場全体が一体となってジャンプして、大きな歓声が沸き起こった。こうして、ライブは終了した。

 

ステージを降りるとスタッフが拍手して迎えてくれた。陽香はまた感極まってスタッフに抱き着いて泣いてしまった。

「お疲れ様」

白百合さんが声をかけてくれる。

「最高のライブだったよ」

「ありがとうございます」

「……これで、しばらくは会えなくなっちゃうね」

「大丈夫。戻った時はもっと凄いバンドになってるから」

「うん、楽しみにしているよ」

「はい!」

 

陽香はようやく落ち着いたようで、鼻をすすりながらこちらへやってきた。

「お疲れ様」

「お疲れ様……」

「陽香、感動しすぎだよ」

「だってぇ……」

「はいはい……」

私は陽香の頭を撫でた。

 

――

 

ライブが終わってしばらくは控え室で待機となった。観客が全員退場するまでは出られないのだ。私達は楽屋で着替えを済ませ、メイクを落として、髪を下ろし、私服に着替える。

「ふぅ……」

私はソファーに座って一息つく。緊張からようやく解放された私はぐったりとしていた。するとドアをノックされる。私は立ち上がると、扉を開けた。そこには……

「来たじゃん」

「ライブ見てたよ、水城さん」

「ありがとう」

「……本当に凄かった。感動しちゃった。私、音楽ってこんなにも人を幸せにするんだなって思った」

「音楽の力ってやつ?」

「そうそう」

「控え室にしばらく居とく?じっくり話できるよ?」

「いや、いいよ。水城さんの家族が来てるというし、邪魔したら悪いかなと思って」

「そっか」

「じゃあ、また今度」

「うん、バイバーイ」

彼女は手を振ってくれた。そして、次のお客さんは……

 

「……姉さん」

「お疲れ様」

私の家族だ。両親と妹である。

 

「二人共、来てくれてありがと」

「いや、まつりが本当に武道館満員にするなんて、あたしびっくりしたわ」

「満足出来た?ならいいけど……」

「満足してるわよ〜……」

母はしみじみと言った。妹はスマホを弄ったままだ。

「ねえ、あんまり時間無いからさっさと終わらせようよ〜」

「何でそんな言い方するの!?もうちょっと褒めなさいよ!」

母は妹の態度に不満があるようだ。でも、

「いいよ。反抗期なんだし」

私は母を宥めた。

「はぁ、ごめんね」

「別に、気にしないで。梨音、次ライブやる時もチケットあげるから」

「……分かった」

妹とはこの程度の距離感でいい。無理に干渉せず、お互いが自由に過ごす。これが一番良い関係なのだ。

 

「それで、どうだったの?」

私は父から感想を聞いた。

「ああ、最高のライブだったよ」

父は笑顔で言った。

「良かった。あたし、ロックスターになれたかな?」

「もちろんだ。お前は世界一カッコよかったぞ」

「お世辞でもありがと」

「相変わらずだな、まつりは」

苦笑いしながら父が言う。

「まあまあ、それがまつりの良いところだから」

母はフォローしてくれた。

「そうだな……よし、俺達も帰ろう。後ろにはまつりの友達も控えてるしな」

「うん。またね。あたし、東京でまだ頑張るよ」

「おう、頑張ってこい!」

私達は握手をして別れた。

 

「……行っちゃったか……」

私は寂しさを感じていた。そして、しばらく時間が経って会場内の退場は全部完了していた。陽香やメグはもう帰る支度をしていた。私もそうしようとすると、モカちゃんと今井先輩がやってきた。

「ねぇ、まつり。今、大丈夫?」

「どうしたのですか?」

「まーちゃん、あのさ、今から大事な話があるんだけど……」

「ここでは言いづらい事なの?」

「うん」

「分かった。行きましょう」

 

私は控え室を出る。連れ出されたのは会場の外だ。会場の外はもう人がいなくなっており、静けさが漂っていた。空を見れば夕焼け空で、太陽が沈みかけていた。

「話とは?」

「話はあたし達がするんじゃないの」

「えっ?」

しばらく歩くと2人は足を止めた。そして、モカちゃんが口を開いた。

「ねぇ、まーちゃん。あたしはね、何があっても…まーちゃんの幸せを願ってるから」

「あたしも同じ。だから、」

「「行ってらっしゃい!」」

 

その言葉と同時に2人に背中を押された。振り向くと2人は行った道を帰って行った。私は少しの間呆然としていたが、すぐに我に返る。何となく雰囲気でわかった。私はこれから真面目な話をされるのだと。もしかすると、これからの人生を左右するかもしれないくらい重要な事を……。私は会場の外を一人で歩く。しばらく歩いて、立ち止まった。そこは人気の無い場所。周りには誰もいない。私はベンチに座り、誰かを待った。しばらくして、足音が聞こえた。

 

「……来た」

 

やってきたのは蘭ちゃんと友希那先輩だ。二人は私を挟むようにベンチに座ると、真剣な表情をした。私の両手の上に、二人の手が重なっている。そして、しばらく沈黙が続き、出た言葉は、

 

「あなたと出会ってもう1年になるのね……」

 

話を切り出したのはこの言葉だった。急にどうしたの?って聞きたいけれど、何か思い詰めたような表情を見たら何も言えなくなっていた。

「そうですね。けど、実はSPACE最後のライブで見ていました」

 

一方的に会った事を含むのなら、あの場面が初対面となる。

「そうなのね……」

 

そして、蘭ちゃんが続けて話す。

「あたしさ、初めてまつりを見た時、辛気臭くて、暗い子だって思ってた。でも、ライブを見てみると、凄かった。あんな風にギター弾けるなんて思わなかった。好き勝手にやってるあの姿が、凄い惹かれた」

彼女は自分の思いを語ってくれている。

「私も、あなただけが異様に見えたのよ。けど、ライブを見ているうちにあなたの事が知りたくなって、何度もあなたの元に来た。そしたら、いつの間にか恋に落ちていた。こんな気持ちになったのは生まれて初めてだった」

友希那先輩は淡々と言葉を紡ぐ。

「あたしは、まつりが本当に好き。誰よりも愛してる。だから、仮の恋人じゃ、嫌だ!本当の恋人になりたい!」

「私は、まつりに思いを告げたの。ずっと待ってきたつもりよ。区切りがついた今なら、まつりの口から、直接聞かせて欲しいの」

二人は立ち上がって、手を私の前に差し出してきた。この手を取っていいのか分からない。二人とも、本心をぶつけてきた。今まで黙っていた私が、ここで言わない訳にもいかないだろう。

 

「あたしは……私は……」

 

……だけど、言えない。

喉まで出かかった言葉が出てこない。

怖いのだ。もし、この場で答えを出したとして、それが間違っていた時、関係が崩れてしまうのではないかと思うと怖くなる。それに、仮に付き合ったとしても、私達の関係は続くのだろうか。私はどういう人間なのか。どんな性格をしているか。それを知ってしまったら、きっと幻滅してしまうに違いない。そんな不安が押し寄せてくる。重苦しい。息苦しさを感じる。早く楽になってしまいたいとさえ思う。でも、でも……!

 

数秒の永遠が過ぎた後、私の何かが崩れ落ちた。

「わからないよ……」

私は俯きながら、震える声で言った。微かに潤んだ声が響く。

 

「私、どうすれば良いか、わかんないの。二人が、大好きなんだよ……。だから、だから、どうしようもないの……」

もう、止まらない。感情が溢れて、涙が頬を伝う。嫌だ。せっかく手に入れられるのに。どちらかを諦めなきゃいけないなんて。

 

「私は、二人の事が好き。誰にも渡したくないくらいに……好きでしょうがないの……!選びたくないよ……!」

 

このまま三人でいられたらって、そう願ってしまう自分がいる。私の声が響いて、消えていく。誰も喋らず、ただ時間だけが流れていった。しばらく経って、蘭ちゃんが口を開いた。

「……本音、聞けてよかった」

その一言で、場の空気が変わった気がした。私の両手を二人が掴んでいた。そして両手を引っ張られて、立ち上がると抱き締められた。前と後ろから、温もりが伝わってくる。

 

「選べないのなら、選ばなくていいのよ」

「え?」

「じゃあ、三人で付き合おうよ」

「えっ!?」

私は驚きで目を見開いた。

「そうね、それも良いかもしれない」

友希那先輩も同意している。

「え?無理じゃないの!?」

私は慌てて否定する。けど、友希那先輩は首を横に振った。

「そんなルール、壊しちゃえばいいじゃん」

蘭ちゃんは微笑みながらそう言う。

 

「まつりは二人が好き。なら、それで良いでしょ」

「でも、それは……!」

「私は構わない。まつりと一緒ならば、なんだって」

 

友希那先輩は私の頭を撫でてくれた。その表情はとても優しく、暖かなものだった。

「うん、分かった。私、二人と付き合いたい……!」

「ええ、そうしましょう。まつり、顔を上げてくれる?」

 

前から抱きつかれている友希那先輩が言うので、私は言われた通りに顔を上に向ける。すると、唇に柔らかい感触があった。キスされたのだ。

「これで、恋人ね」

「あ、湊さんずるい!あたしもやるんだから!」

蘭ちゃんも同じようにしてくる。

「ふぇ?ちょ、ちょっと……」

 

「まつり、好き」

「好きよ」

二人は交互に言いながら、私を抱き寄せた。

 

「私も、二人共大好きだよ」

そして、私達は三人だけの秘密の関係になった。

 

――

 

そして、冬の寒さが少しづつ暖かくなり、春の香りが漂ってくる頃。春休み中の私達は家で過ごしていた。私はビデオゲームに夢中になっている。蘭ちゃんも同じだ。友希那はノートを広げ、歌詞を書いている。

 

「ねぇ、まつり、今どこ?今すぐ会いたいんだけど」

「いやっ!こっち来ないで!ちょっと!?」

ゲーム画面では虹色の光を放つ蘭ちゃんのキャラクターが私の操作キャラに接触しようとしていた。そうはさせまいと必死になって操作をする。すると、友希那は急に立ち上がり二人の間に割って入ると、私を後ろから抱きしめた。

「ちょっと、友希那!?」

突然の出来事に私は驚く。蘭ちゃんはニヤリとした笑みを浮かべると私の操作キャラを撃墜させた。

「はい、あたしの勝ち」

「あーあ、友希那のせいで負けた」

「あら、二人でなに楽しそうにしているのかしら?私も混ぜて欲しいわ」

「ごめん、つい夢中になっちゃって……」

私は苦笑いをしながら謝る。

 

「まつり、何かいいゲームあるの?」

「『サイコロ電車』はどう?面白いよ。皆でCPU虐めよう」

「やり方は教えてくれるのよね?」

「もちろん。任せておいて」

「じゃあ、やってみるわ」

私達は再びコントローラを握ると、ゲームを始めた。

 

私は、二人の事が好き。

これからも、ずっと一緒にいたいな。



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