惣流アスカの更迭&式波アスカの左遷 ~見つけたアタシの居場所~ (朝陽晴空)
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惣流アスカの更迭・本編
第一話 アスカ、更迭されドイツへ強制送還


アタシは惣流・アスカ・ラングレー。

エヴァンゲリオン弐号機専属パイロット。

人類の脅威である使徒を倒すために選ばれたエリート。

少し前までは。

 

 

 

『辞令』

渚カヲルをエヴァンゲリオン弐号機パイロットに任命する。

惣流・アスカ・ラングレーをエヴァンゲリオン弐号機から解任する。

 

 

 

さっき、ヒカリの家に居たアタシがミサトに連れられてネルフ本部へ行き聞かされた辞令だ。

アタシの価値はこれでなくなった。

 

「アスカ、今までご苦労様」

 

無表情でリツコはアタシの頭からエヴァとシンクロするための器械、インターフェイス・ヘッドセットを奪った。

三歳の頃から着けていた身体の一部ともいえるもの。

自分の頭を撫でてそれが無くなった実感を覚える。

二度とエヴァに乗れなくなったんだと気持ちがこみ上げてきた。

 

衛星軌道上に現れた使徒に負けたアタシはプライドを打ち砕かれてしまった。

弐号機を起動させられないほどシンクロ率の下がったアタシはパイロットを解任させられた。

使徒を倒したのはファーストの零号機だった。

アイツに助けられるなんて酷い屈辱!

 

思い出したくない過去を使徒にのぞかれたアタシの心はボロボロになっていた。

ミサトと一緒に会議室を出た後、ネルフ本部施設内でファーストとエレベータで鉢合わせてしまった。

チラッとこちらを見ても涼しい顔をしているファースト。

 

「心を開かなければ、エヴァは動かないわ」

「なんですって!?」

 

去り際に呟いたファーストの言葉に図星を指され、思わず後頭部を殴りたい衝動にかられたけど、ミサトに後ろから羽交い絞めにして止められた。

エレベータを降りるアイツの後姿をただ見送るだけ。

 

「アスカ。今日こそは家に帰ってもらうわよ」

「……わかった」

 

今まで家出をしてヒカリの家で寝泊まりしていたけど、ミサトの車で家に帰る。

保護者面していたくせに、苦しんでいるアタシにハグの一つもしてくれないミサト。

アタシの顔色ばかり見て、本音を話してくれないシンジ。

そんな偽物家族の二人と同じ空気を吸っていると思うだけで息苦しくなる。

 

 

 

「お帰り、二人とも!」

 

バカシンジのヤツはミサトと一緒にアタシが帰って来たのを見て嬉しそうな顔をしている。

事情も知らない、本当のバカシンジね。

『葛城』の表札が掛かったコンフォート17の一戸。

この部屋は日本に来てからのアタシの居場所。

でもパイロットをクビになったからにはここを出なければならない。

やるせない気持ちで部屋のドアに貼り付けた『入ったら殺すわよ!』と下手な自筆の紙を破り捨てる。

 

 

 

引っ越しのための荷造りを始めると、向かいの部屋のシンジがドアをノックして返事を待たずに部屋に入ってきた。

 

 

【挿絵表示】

 

 

「あ、あの、これ、プ、プレゼント。アスカに似合うかなと思って」

 

なぜだか顔を赤くしたシンジは綺麗にラッピングされた小さな箱を床に置くと、逃げるように部屋を出て行った。

ミサトはアタシが弐号機パイロットをクビになってこの家から出て行くことをまだシンジに話していないのか。

 

やっぱりミサトは保護者の責任から逃げている。

もう仲直りしようとしても手遅れなのよ、バカシンジ。

真面目に荷造りをする気分も失せ、乱雑に服をスーツケースの中へと放り込んでいく。

無意識のうちに、シンジが置いて行った小箱もスーツケースへ押し込んでいた。

 

 

 

「アスカがドイツに帰るってどういうことですか!?」

 

その日の夕食の席で、ミサトからアタシがドイツに送還されることを聞かされたシンジの間抜け面を見て、気分がスカッとした。

 

ドイツに帰るまではシンジを相手にストレス発散をしてやろうと考えていたけど、その気持ちは無くなったわ。

 

「パイロットではなくなったアスカはネルフの超法規的措置がなくなった民間人。ビザを持たない人間をここに住まわせ続けるのは違法なのよ」

「そんな! アスカはドイツに帰りたくないんじゃなかったの?」

 

ああ、そう言えば前にドイツの実家のパパと継母と上手くいっていないことをシンジに話したっけ。

ずっと前にネルフのドイツ支部に居たミサトもその辺の事情は知っているでしょうけど。

 

 

 

「アタシの心配なんかしている余裕なんてないでしょ? ファーストや新しいパイロットと仲良くやりなさいよ」

 

新しい弐号機のパイロット、渚カヲルは名前から察するに男だろう。

鈴原や相田が激しくなる使徒の攻撃から疎開して第三新東京市を離れたから、代わりにシンジの友達になってくれると良いんだけどね。

 

まあ他人の心配なんかする余裕が無いのはアタシも同じか。

強がって皮肉たっぷりにそう言い放ち、席を立って自分の部屋に戻った。

 

 

 

早起きのシンジと顔を合わせたくないアタシは明け方に家を出ることにした。

部屋を出て、ダイニングキッチンのテーブルにお弁当箱の包みが置かれていることに気が付いた。

 

ミサトのお弁当かと思ったけど、わざわざ夜中に作らなくても間に合うはずだ。

震える手でお弁当箱を開けるとアタシの大好物が詰め込まれていた。

 

「バカね、こんな時間が経ったお弁当、美味しくなんてないわよ」

 

ミサトのアイディアだろうか、温かい状態で食べられるようにと、加熱式のお弁当箱になっていた。

危険物である生石灰が使われているから、飛行機の機内へは持ち込めない。

飛行機に乗る前に空港で食べろというわけか。

 

 

 

「これが日本での最後の味ってことね」

 

昨日の夕食で事情を知らないシンジはいつもの夕食を作っていた。

その場で夕食を作り直す余裕も無かったから、きっと深夜にミサトと一緒に食材を集めて回って料理をしたのだろう。

 

「バカね、無理しちゃって」

 

ドイツに強制送還される憂鬱な気分を少しでも軽くしてくれたシンジとミサトの餞別をもらって、アタシの心から二人のことを憎む気持ちは消え失せていた。

電話一つ出来ない民間人に成り下がってしまったから、お礼を言う事はできないけど。

 

 

 

ドイツに帰国したアタシは予定通りに実家に引き取られる事となった。

自分の部屋には最低限の真新しい家具しか置かれていなかったのを目の当たりにしたアタシ。

 

パパは二度とアタシが実家に帰って来るとは考えていなかったことが感じ取れた。

それとも本当のママの部屋に居座っている継母が物置部屋として使おうと押し切ったのか。

 

いずれにしても実家の両親から歓迎されていないことがわかる。

 

 

 

ドイツの大学を飛び級制度で卒業してしまったアタシはいまさら学校に通う気分にもなれず、あてがわれた部屋で無気力な毎日を送っていた。

医師の仕事で忙しいパパ、同じ病院で看護師として働いている継母はほとんど家に帰って来ない。

この家は空っぽだ。

 

たまに顔を合わせると継母はアタシが自堕落な生活をしていると責め立てる。

 

 

 

今までずっとエヴァのパイロットとして頑張ってきたのよ?

優しい言葉で休んだって良いって言ってくれないの?

パパは継母が娘のアタシに厳しく当たるのを見て見ないふり。

 

 

 

結局、この家も自分の居場所ではないと感じて、また家出をした。

しかし子供だけを泊めてくれるホテルなど見つからず、街をさまよっていたところをネルフドイツ支部の諜報員に見つかり連行されてしまった。

 

「あの家に帰るのはイヤなの!」

 

エヴァのパイロットであったアタシは民間人に戻っても行動制限がつけられている。

住む場所もネルフの監視が行き届く場所だと決められていた。

パパか継母がアタシの部屋の荷物が無くなっていることに気が付き、ネルフに通報したのだろう。

 

 

 

「どうして君は家に帰りたくないのかな?」

 

取調室のような狭い部屋で、机を激しく叩きながら話すアタシの話をじっと黙って聴いていた眼鏡をかけたおじさんは、初めて口を開いた。

 

このおじさんは、アタシを強引にこの場所に連れてきた、他の目元を隠すような黒いサンバイザーをした諜報員たちと違って、穏やかで優しい感じがした。

だから実家での生活のことを包み隠さずに全て話してしまった。

 

 

 

「……そうか、それは辛かっただろうね」

「話を聞いてくれてありがとう」

 

不満や愚痴を吐き出し終わるまで親身になって聞いてくれたおじさんに、頭を下げてお礼まで言ってしまっていた。

だからそのおじさんから差し出された手を、何の抵抗も感じずに握った。

 

 

 

「今度は私の話を聞いてくれるかい? 私の名前はフランツ。ネルフドイツ支部の諜報員だ。でも自分の家では喫茶店のマスターをしている」

「えっ!?」

 

そんな映画のようなことが現実にあるんだとアタシは驚いて声をあげてしまった。

加持さんは三重スパイをしていたから誰かに殺されてしまったんだっけ。

結局それがミサトとシンジとアタシの家族崩壊の引き金になったんだと思い返した。

 

「君が良ければの話なんだが、私の喫茶店で住み込みのウェイトレスとして働かないか? ネルフの諜報員の家なのだから、その点は大丈夫だよ」

「でもアタシにウェイトレスなんかできません!」

 

フランツさんからの申し出をアタシは反射的に断った。

気に入らない相手にパンチやキックを繰り出した経験は多々あるが、お客さんにコーヒーを出す自分の姿など想像も出来なかったからだ。

しかしフランツさんは笑顔を絶やさずに勧誘の話を続けた。

 

 

 

「私の家には妻の他にビアンカという娘が居てね、アスカとも仲良くできると思うんだ。ウェイトレスの仕事はゆっくりと覚えていけばいいさ」

 

アタシはその子のことをまったく知らないけど、優しいフランツさんの娘さんならばきっといい子なんだろうと感じていた。

それにこのままダラダラしていたらアタシも根腐れしてしまう、新しい生きがいを見つけなくちゃいけないのは分かってる……でも……。

 

 

 

「試しに今晩だけでも泊ってみてはくれないかい?」

「それじゃ……お世話になります」

 

返事を聞いたフランツさんは、狭い部屋の壁をコンコンコンと一定のリズムで叩く。

詳しくは知らないけど、ネルフ式のモールス信号だろう。

この部屋の様子を隣の部屋からのぞいている諜報員に合図を送ったようだ。

 

ドアが開いて諜報員が部屋へと入ってきて、フランツさんは耳打ちをした。

話を聞き終えた諜報員は静かに部屋を退出してさらに隣の部屋からも出ていったようだった。

 

 

 

「直ぐにでも君を家に連れて帰りたいところだけど、ネルフの規則があってね。形式的なものだけど、取り調べをしなくてはならないんだ」

 

そうフランツさんに言われて、今までアタシの実家の事情の話しかしていないことに気が付いた。

ネルフの諜報員に連行されたのだから、他に話す事の方が重要に決まっているわね。

今朝実家を出てからどんな足取りだったか、どんな人物と接触したか、ネルフの機密情報を漏らしていないかなど、一通りの事を聞かれた。

 

打ち解けたフランツさんと長話をするのは、アタシにとってもう苦痛では無くなっていた。

頭ごなしに取り調べを受けていたらずっと重苦しい思いをしていたに違いない。

ここまで心配りが出来るなんて、やっぱりフランツさんは優しい人だなと感心した。

 

 

 

「さあ、ここが私の家だ」

 

フランツさんの運転するフォルクスワーゲンの青い車に乗ってしばらくして、商店街の隅にあるフランツさんのお店に到着した。

どうして商店街の隅に店があるのかドイツに住んで居たアタシにはわかる。

 

ドイツは歩行者が安心して買い物ができるように車を商店街から排除しようとしているからだ。

こんな町外れにお店を構えなくてはいけないのは、有事の際にネルフに直ぐに車で駆け付けられるようにするためだろう。

小さな宮殿のようなオシャレな外観。

でも何よりも気になったのは、お店の明かりが消えていることだった。

ドアには『臨時休業』の札が下げられている。

 

 

 

「お帰りなさいパパ! オー! アナタがアスカですね?」 

「えっ、ええっ? ア、アンタがビアンカ?」

 

薄暗かった店内の明かりがパッと付いて、壁際の棚一面にボードゲームの箱が積まれているのが見えた。

多くのテーブル席があるから、喫茶店だともわかった。

頭のてっぺんに大きな赤いリボンを着けた、ドイツ人の女の子にいきなり両手を握られて、心の準備が十分に出来ていなかったアタシはテンパってしまった。

 

「そうでーす! アスカは何歳ですか?」

「14歳よ」

「オー! ワタシは16歳、お姉さんになりまーす!」

 

年上か、あれこれ口出しされるとウザったくてイヤなのよね。

微妙に覚えた不快感が顔に出てしまったのか、ビアンカは目を潤ませる。

もしかして初対面で嫌われちゃった!?

日本の学校に転入した時は上手いこと猫を被っていられたのに失敗したわね……。

 

 

 

「……ワタシ、ずーっと可愛い妹が欲しかったです! もう無理かと思ってましたけど、神様からのギフトですね!」

 

ビアンカに抱き締められて、アタシは10年以上前にママにハグされてから、誰にもされていないことを思い出した。

パパも加持さんも、ミサトもシンジも。

こうしてアタシを愛して欲しかった……!

身体中に感じる温かい感触。

しばらくの間、アタシはビアンカの抱擁を受け入れていた。

 

 

 

ただ抱き締められて分かった、ビアンカはかなり胸が大きい。

ビアンカが着ているウェイトレスの制服も胸元を強調するタイプだった。

 

「驚かせてごめんなさいね。ビアンカってば、フランツが妹を連れて来るって聞いてから、ずっと跳び上がって喜んでいたの」

 

カウンターの奥に居たのはフランツさんの奥さんなのだろう。

名前はナディアさん、目の前ではしゃいでいるビアンカと違って落ち着いた感じの人だ。

 

 

 

それにしてもフランツさんめ、アタシがビアンカの妹になることを決定事項にしていたとは。

……でもアタシも、もうここを出ていく気はしなくなったかな……。

フランツさん、ナディアさん、ビアンカが受け入れてくれるなら、アタシはこの家で新しい生活を始めようと決意した。

 

 

 

「あの……皆さんが良かったら、アタシをこの家に置いてください」

 

ビアンカから身体を離したアタシは床に正座して頭を思い切り低くしてお願いした。

いわゆるジャパニーズ・土下座というポーズだ。

 

大失敗をやらかしたミサトが碇司令に謝っているのを見たことがあるから、その真似だ。

 

 

 

「そんなことをしたら、お洋服が汚れますね!」

 

ビアンカは無理矢理アタシの手を掴んで引き上げた。

フランツさんとナディアさんが笑顔で見つめてくれているということは、アタシはフランツ家の家族として受け入れてもらえたらしい。

 

 

 

「それでは新しい家族の歓迎パーティをしようじゃないか」

 

フランツさんに言われて店内を見回すと、美味しそうなドイツ料理が並べられた一組のテーブル席があった。

まさかネルフの取調室で長々と事情聴取をしたのは、歓迎パーティの準備をするための時間稼ぎだったってこと?

 

さすがネルフの諜報員、手回しが良い。

わざわざ確認をするというのは野暮ってものよね。

でもお店に来ていたお客さんを追い出すことになったのは悪かったわね。

 

 

 

「気にする事はない、明日から可愛いウェイトレスが一人増えると聞いたら、お客さんたちは喜んで協力してくれたよ」

「ワタシ似のかわいい妹だと言いましたです!」

「ちょっ、ちょっと!」

 

ウェイトレスデビューのハードルをあげないでよ、アタシは酔っ払いに絡まれたらみぞおちにキックをかましてしまうかもしれないほどの素人なんだから。

それに……日本人の血が混じっているせいか、スタイルもドイツでは身長が低い方だし……。

 

 

 

「問題ありません、かわいいは正義です!」

「ビアンカ、そんなヲタク用語、どこで覚えたのよ?」

「はーい! ワタシ、一時期日本に居た事ありました。インターナショナルスクールにも通いました。だから日本のかわいいは大好きです!」

 

そっか、フランツさんはネルフの諜報員だし、本部のある日本に来ていたこともあるかもしれないわね。

まあアタシは半年も日本に居られなかったわけだけど……。

 

 

 

「アスカ、この服も丈を直せば着られそうですね!」

 

歓迎パーティの夕食が終わった後、ビアンカの部屋でアタシは着せ替え人形とされてしまった。

ビアンカの成長と共に着れなくなった洋服をお古としてもらう。

日本からあまり洋服を持ってこれなかったアタシとしても助かるのだけど……。

スーツケースには雑多に押し込んだつもりでも、無意識のうちに大事な思い出の服を選別して入れていたらしい。

 

お気に入りだったレモン色のワンピース、第壱中学校の制服、シンジとユニゾン特訓をしていた時に着ていた♪マークの入った服……。

さすがにエヴァのプラグスーツやヘッドセットは持ち出し厳禁だ。

 

 

 

「この箱は、誰かからのプレゼントですか?」

 

スーツケースに詰め込まれた服の大半が取り払われると、底の方から押し潰された小箱が出てきた。

包装紙はぐちゃぐちゃに押しつぶされていて、送った本人が見たらショックを受けるだろう。

 

 

 

『あ、あの、これ、プ、プレゼント。アスカに似合うかなと思って』

 

日本から帰国する前の夜のことがアタシの頭の中によみがえった。

あの時はシンジの言っていることなど聞く耳持たなかったアタシだが、スーツケースの中に箱を入れていたのか。

 

箱がつぶれてしまっているということは、中に入っているものも壊れてしまっている可能性もある。

シンジはアタシにいったい何をプレゼントしてくれたんだろう?

大きな期待と不安で震える手で包装紙を破り箱を開けると……。

中には左右一組となっている赤くて細いリボンが入っていた。

家出していたアタシと仲直りするために、勇気を出してあの日アタシに渡してくれたのだろう。

 

 

 

「シンジ……バカはアタシの方よ……」

 

思わず、箱から取り出したそれを握り締める。

もっと早く、シンジの気持ちに応えてあげればよかった。

シンジの前で、このリボンを着けていれば……!

 

「ワオ! ワタシとお揃いの色ですね! お店の制服に似合うと思いますよ!」

 

今までシンジの前ではタンクトップとか、ラフな格好の服しか着ていなかった。

どうしてこんなシックな感じのリボンをプレゼントしてくれたのだろう。

そこに違和感を覚えたが、今となっては聞けるはずもない。

 

 

 

「オー! こうしてみると、ワタシとアスカ、本当の姉妹みたいですね!」

 

全身を映すほどの大きな鏡に映るアタシとビアンカの姿。

頭に着けたばかりの赤いリボンを優しくそっと撫でる。

シンジ、アタシはこれから元気にやっていけるよ。

好きになったアンタのことを完全に振り切るまで長い時間がかかると思うけど。

 

まごころを、ありがとう。

そしてさようなら、アンタもいい相手を見つけて幸せになってね、シンジ。




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第二話 新しい家族との生活、そしてミサトとともにアスカの元へ

その後色々あって、人類補完計画は失敗に終わった。

役目を終えた特務機関ネルフは気象研究所となり、父さんを所長として再出発をするみたいだ。

 

「……シンジ、これからは私と家族として暮らさないか」

 

父さんにそう言われた時は、驚いたと同時に嬉しかった。

 

 

 

補完計画が失敗して母さんと会うことを諦めた父さんは、憑き物が落ちたように落ち着いて僕と綾波に今までの償いをしたいと言ってくれた。

今の綾波も少しずつ前の綾波のように僕に心を開いてきてくれているような気がする。

 

 

 

こうして僕と父さん、綾波の3人家族の生活が始まった。

 

「父さん、そろそろ用意をしないと会議に遅れるよ」

 

朝食をとりながら新聞に目を通す父さんはいつも時間を忘れてしまいがちだ。

こうして僕が声をかけてあげないとずっと新聞を読みふけっている。

 

「ああ、分かっている、シンジ。お前はユイに似てきたな」

「父さんのせいだよ、ねえ綾波?」

 

 

 

一足先に食べ終わって食器を洗っている綾波に僕は同意を求める。

エプロン姿の綾波は小さなお母さんみたいだ。

 

「ええ、冬月先生にまた怒られるわ」

「私は所長だから問題ない」

「バカな事言ってないでよ」

 

 朝食が終わったら、僕と綾波で洗濯物を干して学校に行く。

 

「行ってきます」

「ああ」

 

 

 

二人そろって通学路を歩くのにも、もう慣れた。

周囲からはいつも夫婦みたいだって冷やかされるけど、同じ家で暮らしているのだから仕方がない。

 

 

 

夕食は今日あったことを父さんと綾波と話しながら食べる。

こんな穏やかな日々が続き僕の居場所はここにあるのだと安心感を覚えていた。

でも満ち足りているはずなのに、僕は何か物足りなさを感じていた。

 

 

 

僕の心の中に空いたぽっかりとした穴の正体に気が付いたのは、しばらく経ってからの事だった。

父の日のプレゼントを買うために綾波とデパートに行った僕達は、服飾雑貨売り場を通りがかった。

普段から家事を一緒にしてくれるお礼を込めて、僕は白いリボンを綾波にプレゼントした。

綾波は照れくさそうな顔をしながらも、リボンを付けてくれた。

 

 

 

その日の夕食でネクタイをプレゼントすると、父さんは喜んでくれた。

綾波が付けている白いリボンに気が付いて、僕が綾波にプレゼントをした事を知ると自分のこと以上に喜んだ。

 

「これからもレイのことを頼んだぞ、シンジ」

「うん、父さん」

 

これからも父さんと綾波と一緒に暮らす、僕のその気持ちに嘘は無かった。

 

 

 

でもその日の夜、僕はしばらく前の出来事の夢を見た。

家に帰って来ないアスカと仲直りするために勇気を振り絞って赤いリボンを買ってアスカに渡し、受け取ったアスカが照れながらも喜んでくれる夢だった。

 

もちろん、アスカが喜んでいたなんて捏造した記憶に過ぎない。

次の日の朝、胸のモヤモヤが消えない僕は父さんに尋ねた。

 

 

 

「そうだ、アスカは今、どこで何をしているの?」

「ああ、元弐号機のパイロットの事か。彼女はドイツの実家に帰った後、家族と折り合いが付かなくて家出をしたと聞いている。その後は消息不明だ」

「消息不明だって?」

「もう彼女はネルフと無関係だ。気にするな」

 

 諜報員を抱えているネルフが、元パイロットのアスカを監視しないで放置しているのは不自然だ。

 実際にネルフを辞めて民間人になった青葉さんたちには監視が付いている。

 

 

 

「でも父さん……!」

「これ以上話す事はない」

 

厳しい目で見つめ返して来る父さんはアスカの情報を隠していると僕は確信した。

アスカの消息が気になって仕方がない僕は食い下がろうと口を開くと、

 

「碇君、アスカって誰?」

 

遮るように綾波が不安そうな顔をして僕に尋ねた。

今の綾波は三人目、やっぱり時間が経ってもアスカのことを思い出すことはできないみたいだ。

 

「昔の知り合いさ」

 

 

 

昔の知り合いで片付けられる関係ではないけど、僕は綾波を心配させまいと言葉を飲み込んだ。

でも、アスカのことを忘れようとするほど、アスカとの思い出は美化されて僕の心の中で何回も繰り返される。

 

二度と会えるはずがないのに、会いたいと思ってしまう。

僕は悩んだ末にアスカの消息を一番知って居そうな人物、ミサトさんを訪ねることにした。

 

 

 

ミサトさんの住所は以前と同じコンフォート17の一戸。

違うのは民間の人も住むようになったことだ。

僕はミサトさんの家のインターホンを押した。

 

「あらシンジ君、久しぶり。あたしが恋しくなったの?」

「そんなんじゃなくて、聞きたい事があって来たんですよ」

「相変わらず冗談の通じない子ね。まあ立ち話もなんだから、中に入った入った」

 

 

 

ダイニングキッチンだった場所をミサトさんは応接間として使っているようだ。

僕が居なくなったミサトさんの家はゴミ屋敷に逆戻りしているかと思ったら、意外ときれいに片付いていた。

 

「驚いた? 探偵事務所は清潔感も大事だからね」

 

自慢気に胸を張って話すミサトさんだけど、絶対に自分で掃除はしないタイプだ。

きっと何か裏がある。

この探偵事務所で家政婦さんを雇えるほど商売繫盛しているようにも思えない。

アポイントメントをとっていない僕が簡単にミサトさんに会えるくらいだから。

 

 

 

「葛城さん、資料整理終わりました」

「ありがと、日向君」

 

 

【挿絵表示】

 

 

奥の居間だった部屋の引き戸が開いて日向さんが顔を出した。

謎は全て解けた! 掃除は日向さんがやっているのか。

 

日向さんがミサトさんにベタ惚れなのは僕を含めてネルフでは周知の事実だ。

ミサトさんがネルフを退職すると同時に日向さんもついて行ったんだろうけど……。

 

 

 

「やあシンジ君、久しぶりだね」

 

ネルフに居た頃よりも日向さんは心なしかやつれているかのように見えた。

でも日向さんはミサトさんが好きで側に居るんだから僕が口を挟む問題じゃないのかな……。

 

 

 

「ミサトさん、奥の部屋を見てもいいですか?」

「別に構わないわよ」

 

前に僕が使っていた部屋は、父さんたちと暮らすことになった時に引っ越しの片付けをしたから何も残っていないことは分かっている。

気になっているのはアスカが使っていた部屋だ。

 

ドイツへとアスカが帰った後、使徒との戦いが激しくなって、僕たちはアスカの部屋を手付かずで放置していた。

久し振りにみたアスカの居た部屋は助手の日向さんの部屋に模様替えされていた。

アスカは荷物を少しだけスーツケースに詰めてドイツに帰ったらしいけど、その他の荷物は処分しちゃったのかな……。

 

 

 

「ふふーん、シンジ君がここに来たのはアスカの事ね」

「はい」

 

ニヤケ顔のミサトさんに言い当てられて、僕は素直に認めるしかなかった。

何としてでも確かめたい事があったからだ。

 

「あの、アスカが残していった荷物の中にラッピングされた小さな箱はありませんでしたか?」

「いいえ、そんな箱は部屋には無かったわ。アスカがドイツへと持っていったんじゃないかしら。それってシンジ君のアスカへのプレゼント?」

「はい、そうです……」

「中身はリボンとかシュシュとか、そんなところ?」

 

ミサトさんってば変な所で勘が鋭いな。

まあ中学生の僕のお小遣いで買えるものは限られていたけど……。

 

 

 

「アスカがプレゼントをドイツに持っていったみたいで良かったじゃない。でももしかして向こうで捨てられちゃっているかもしれないけどねー」

「意地悪を言わないで下さいよミサトさん!」

 

僕のあげたリボンを持っていてくれれば嬉しいけど、アスカが僕のことを忘れるために捨ててしまっているかもしれない。

確かめることができない僕の心の中にモヤモヤとした気持ちが芽生え始めた。

 

 

 

「アスカはドイツの諜報部員の家に引き取られて本当の家族のように幸せに暮らしているそうよ」

「そうですか……」

 

アスカはドイツに居る家族と上手くいっていないと、僕に話していたかたら心配していた。

今は彼女が幸せに暮らしていると知っても胸のつかえがとれた気がした気がしない。

 

 

 

「シンジ君は、その答えじゃ満足がいかないって顔をしているわね」

 

ミサトさんは僕の心の底まで見抜いてるようだった。

今のアスカの姿を一目で良いから見たい、それが望みだった。

 

 

 

「アスカがシンジ君のことを忘れようと努力しているのを台無しにしても会いたい?」

 

尋ねられて僕の心は揺らいだ。

僕がいまさらになって告白をしてもアスカにはいい迷惑だろう。

でもハッキリと気持ちを伝えなければ、一生後悔が付きまとう。

 

僕が会いに行けばアスカを傷つける事になるけど、どうしても、自分の気持ちを抑えれない!

 

「はい、僕はアスカに会いたいです!」

「よくぞ言った、偉いぞシンジ君!」

 

僕はミサトさんに思いっきり背中を叩かれて咳込んだ。

相変わらずの馬鹿力だなあ。

 

 

 

「僕がアスカに会いにドイツに行きたいなんて言って、父さんと綾波は許してくれるでしょうか」

「反対はしないでしょうけど、ショックは受けるでしょうね」

 

ミサトさんは腕組みをして考え込んだ。

日本とドイツは飛行機で日帰りで行ける距離じゃない。

 

 

 

「ここは難事件を解決して来たミサトお姉さんに任せなさい!」

「猫探しや浮気調査がほとんどですけど……痛っ!」

 

ミサトさんの投げたビールの空き缶が日向さんのおでこにヒットした。

 

僕達二人のドイツ行きの飛行機のチケットや宿泊先の手配をミサトさんは日向さんに指示した。

一息つくと、今度は直ぐにどこかへと電話をかけ始めた。

 

「あ、リツコ? シンジ君はこれから数日、あたしの張り込み仕事を手伝うことになったから、家には帰れないって碇所長に伝えておいて、オーバー?」

 

電話の向こうでリツコさんが怒鳴っている声が僕にまで聞こえた。

僕が父さんに呼ばれてネルフに来た時も、似たようなやり取りをしていたなあ。

 

「出発よシンジ君。時間は1秒たりとも無駄には出来ないわ」

 

 

 

鼻息を荒くしたミサトさんは僕の肩をつかんで外に出ようとする。

 

「えっ、着替えとか持って来て無いんですけど」

「家に帰って見つかったら計画がオジャンになるでしょう。日向君、あなたの服をシンジ君に貸してあげて」

「下着も!?」

「レイや碇所長が来たら上手くごまかしてね♪」

「そんなあ」

 

 

 

肩を落として大きなため息を吐き出す日向さん。

僕は日向さんに何度も何度も感謝のお辞儀をしてミサトさんと事務所を出た。

 

 

 

綾波、ごめん、君の側を離れることになってしまって。

 

アスカ、ごめん、君の前に姿を現すことになってしまって。

 

僕は二人とも傷つける身勝手な行動をするよ。

 

でも僕は、そうせずには、いられないんだ!




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第三話 アスカとシンジの一夜デートを賭けたゲーム

アタシがドイツに帰ってきてから半年が経った。

この家に来た当初は家事もボードゲームカフェでの接客の方も全然ダメだったけど、ナディアさんやビアンカが教えてくれたお陰でなんとか様になって来た。

 

 

 

「アスカ、もうリボンを変えてみたらどうですか?」

「もう身体の一部みたいに馴染んじゃった」

 

すっかり色あせてしまったリボンを見て、ビアンカは心配でそう言ったんだろうけど、アタシはこのリボンを外すことなど考えられなかった。

鏡を見てリボンを付ける度にアイツのことを思い返してしまうのは未練がましいと自覚している。

でも元気の素の一つなんだから仕方がない。

 

 

 

「さあ、頭を切り替えて仕事よ、仕事!」

 

邪念を振り払うために営業スマイルにも力を入れて接客をする。

ボードゲームは人と人との心も繋ぐ。

ドイツでは大人も子供も家族でボードゲームを楽しむことも一般的らしいけど、アタシの家ではボードゲームなんて一回もしたことなんてなかった。

アタシにボードゲームの楽しさを教えてくれたのは、フランツさん達だった。

 

 

 

日が沈んだ頃になって仕事を終えた人たちがお店にやって来る。

このカフェではお酒も提供しているから、夜時間はボードゲームバーになるのよ。

 

 

 

「いらっしゃいませ、シュピーエルにようこ……そ」

 

型通りの営業スマイルでお客さんを迎えようとしたアタシは顔の筋肉がひきつってしまった。

なんと店に入って来たのは、ミサトと……シンジの二人だったのだ。

 

 

 

「どうしたんですかアスカ? お客さんを席にご案内しないといけませんよ?」

「そ、そうね」

 

ナディアに背中を押される形で、来店したばかりの日本人の客二人の前にでる。

他人の空似であって欲しいと願ったけどそれはあり得ない。

ミサトとシンジが二人そろうなんて偶然はないからだ。

 

 

 

「お、お客様、この店は初めてござりぃますか?」

 

なるべく平静を装って対応をしようとしたけど、声が震えて言葉もかんでしまった。

そんなアタシの様子を見てミサトは口角を上げた。

きっと腹の中で大笑いしているに違いない。

 

 

 

「ええ、初めてだからよろしく頼むわね」

 

ドイツ語で二人に話しかけたから、答えたのはドイツ語が話せるミサトだった。

愉快でたまらないのか、鼻をヒクヒクしながらアタシの反応を見ている。

 

「お客様は相席を希望なさいますか?」

 

ここはカフェだけど、主にボードゲームをする目的で来店する人がほとんどだ。

ナディアさんやフランツさんが作る料理も美味しいけど、棚に並べられた圧倒的な数のボードゲームの箱がそれを物語っている。

だから大人数のボードゲームを楽しみたい人は積極的に相席になるのだ。

 

 

 

「シンジ君はどうしたい?」

「あの、僕は知らない人とゲームをするのは……」

 

モジモジと下を向いて答えるシンジ。

人見知りする性格はちっとも変わってないのね。

 

 

 

「じゃあ二人でゆっくり落ち着ける席をお願いするわ」

 

ボードゲームをするつもりはないとミサトに言われ、二人をカウンター席へ案内する。

必然的に給仕のためにカウンターを通って厨房とホールを出入りするシンジ達とアタシの距離は近くなる。

 

 

 

「アスカってば、シンジ君がプレゼントした赤いリボンを着けている。脈がありそうじゃない♪」

 

からかうようなミサトの言葉を聞いて、ハッと気が付いた。

リボンを付けている所をシンジに見られてしまった!

このアタシとしたことが何と言う不覚!

顔から火が出るほど恥ずかしい!

自分の頬が紅潮するのを感じた。

 

 

 

「お客様、せっかくボードゲームカフェに来たのだから、何もゲームしないのはもったいないですよ?」

 

ソフトドリンクを注文しただけでアタシの方を見てコソコソ話しているミサトとシンジに、ビアンカが声をかけている。

さっさと帰って欲しいのに、余計な事をして……!

 

 

 

「そうね、何か二人で出来るゲームでもしましょうか」

「分かりました」

「じゃあ、『バトルライン』をお願いできるかしら?」

「『バトルライン』ですね、直ぐに用意します!」

 

ビアンカは弾むような足取りで、『バトルライン』のカードケースを取りに行く。

 

ミサトと加持さんがネルフのドイツ支部に居た頃、毎日のようにカードゲームで勝負してどちらが酒代を奢るか決めていた話を思い出した。

 

アタシはエヴァのパイロットとして気を張っていたからカードゲームなんかに目もくれなかかったけど、あれが『バトルライン』だったのか。

 

 

 

「『バトルライン』はカウンターではプレイしにくいですね、こちらの席へ御案内します」

 

『バトルライン』はお互いに向かい合って遊ぶゲームだ。

テーブル席に移った二人を見て、ホッと安堵の息を漏らす。

カウンターを通る度にシンジの熱い視線を間近で感じて落ち着かなかったからだ。

 

 

 

「ミサトさん、やっぱり僕には勝てませんよ!」

「シンジ君、手の内は早くから相手に見せちゃダメよ。『バトルライン』は息が続かなくなって音を上げた方が負けなんだから」

 

やり慣れているミサトは、素人のシンジに圧勝していた。

でも何度もゲームを繰り返しているうちに、シンジの表情が引き締まっていくのを見た。

 

 

 

まるでエヴァに乗って使徒と戦っているかのようだ。

どうやらシンジもゲームの魅力に惹かれ始めたみたい。

『バトルライン』に熱中しているミサトとシンジは帰ろうとする気配がない。

 

 

 

我慢比べで先に音を上げたのはアタシの方だった。

アタシは営業スマイルを崩してミサトをにらみつけ、日本語で話しかけた。

 

「何をしに日本からはるばるドイツまで来たの? シンジまで連れて来ちゃってさ!」

「あら、元保護者としての家庭訪問よ。シンジ君が、アスカが元気にしているか気になるからって頼まれてね」

 

なんだ、シンジは単に安っぽい同情心からここに来たわけか。

リボンをプレゼントしてくれたんだから、ひょっとしたら……なんて考えていた自分の心の温度が冷え込むのを感じた。

 

 

 

「アタシはこの通り、ピンピンしているわよ。それで満足!?」

 

腰に手を当てて、二人にそう言い放った。

余計な事でアタシの心をかき乱しておいて、単なる安否確認だったとはね!

それなら直接来なくても、ネルフの諜報員に調べさせれば済む話じゃないの!

 

 

 

「オー! この人達はアスカのお友達だったのですか?」

「まあ、そんなところね」

 

適当にはぐらかしてその場をごまかそうとしたんだけど、目敏いビアンカは気付いてしまった。

 

「ワオ! アナタがアスカにリボンをプレゼントしたボーイフレンドですね?」

「えっ!?」

 

キラキラと輝く瞳でビアンカに見つめられた意味が分からず、シンジはオロオロしている。

視線をこちらに向けたままのニヤケ顔のミサトが、シンジに顔を近づけて言う。

 

 

 

「シンジ君がアスカの彼氏じゃないかって聞いてるのよ」

「そ、そんな彼氏だなんて……!」

 

彼女独特のペースに懐かしさを感じるが、もうあの頃には戻れない。

だから敢えて二人を突き放す言葉を叫んだ。

 

「もう用事が済んだなら、さっさと出て行って!」

「アスカ、せっかくお友達が来てくれたのにどうしたんですか?」

「待って、僕はまだアスカに話したいことが……」

「はいストップ、シンジ君」

 

激昂するアタシを見て不思議そうに首をかしげるビアンカ。

大声に騒然とする店内。

そんな気まずい空気の中でもミサトを余裕たっぷりにアタシとシンジの間に介入して来た。

 

 

 

「これからアスカとシンジ君で『バトルライン』で勝負をしなさい。アスカが勝ったらあたし達はこのまま帰る、シンジ君が勝ったら、アスカはシンジ君と一夜限りのデートをする。これで良いわね?」

「分かったわよ」

 

ミサトの提案をアタシは飲んだ。

シンジが勝てるわけないし、二人があっさりと帰ってくれるならそれでいい。

アタシとシンジは向かい合わせに座った。

デートを賭けた勝負が行われるとあって、ギャラリーがテーブルに群がる。

 

 

 

<『バトルライン』解説>

 

『バトルライン』は二人対戦専用のカードゲームで、9個の駒(フラッグ)と1~10の数字が書かれた赤・橙・青・緑・黄・紫の6色の計60枚のカードを使う。

 

向かい合った2人の前に9個の駒を並べて、それぞれ7枚ずつ手札を持ってゲーム開始。

 

駒を挟んで3枚のカードを置いて並べて陣形を作り、強い陣形を作った方が駒を取れる。

 

陣形の強さは、

最強が『ウェッジ』(同色で連続した番号3枚)

2番目に強い『ファランクス』(色違いの同じ数字3枚)

3番目に強い『バタリオン』(同じ色3枚)

4番目に強い『スカーミッシャー』(色違いの連続番号3枚)

一番弱い『ホスト』(陣形未成立)となる。

 

勝利条件は2つ。

9個の駒のうち過半数の5個の駒を取る。

または連続して隣り合った3つの駒を取る。

 

置いたカードの代わりに山札からカードを引くが、望み通りのカードが出るとは限らない。

自分の番がきたら必ずカードを駒の前に置かなければいけないし、既に置かれているカードは絶対に手に入らない、と頭を非常に使うゲームである。

 

<解説終わり>

 

 

 

9個の駒をアタシとシンジの間に横一列に並べて、7枚カードを手札に持ったらゲームの準備は完了。

 

 

 

「シンジ、後攻はアンタに譲ってやるわ」

「ふーん、不利な先攻を選ぶなんて、アスカは余裕ね」

 

ミサトに教わった付け焼き刃の作戦が通用するはずがない。

後攻のシンジは先攻のアタシの置いたカードよりも数字の大きいカードを被せるように置いていく。

その様子を見てアタシは相手の作戦が読めた。

2番目に強い陣形、ファランクスを多く作って勝ちを狙う作戦だ。

1番に強い陣形ウェッジは、作るのがとても難しい。

経験の浅いシンジにミサトが授けた勝率の高い堅実な作戦だ。

 

 

 

「4番と6番の駒はシンジ君がとっているから、この5番の駒を取ったらシンジ君の勝ちが確定よ」

 

自分が授けた作戦が上手く行っていると思い込んでいるミサトは上機嫌だった。

5番の駒の前に置かれているアタシの側のカードは赤5、青6。

駒を挟んで反対側のシンジのカードは緑7、黄7。

後一枚シンジが何色でも良いので7のカードを置けばシンジのファランクスの陣形が成立する。

アタシがスカーミッシャーの陣形を成立させても、5番の駒はシンジに取られてシンジの勝ち。

テーブルを囲んで勝負を見守るギャラリーもあっけない幕切れを予想して、アタシが手加減をしたのではないかと囁き合っていた。

 

 

 

「フン、アタシも甘く見られたものね!」

 

 アタシは赤の7のカードを置いて、スカーミッシャーを成立させた。

 

「ゲッ、最後の7のカード、あんたが持ってたの!」

 

テーブルの上には他の5色の7のカードが置かれていた。

これではファランクスの陣形を組むことは不可能だ。

どのカードを置いてもホストになってしまう。

一気に勝利を掴めるチャンスを潰されたシンジはガックリと肩を落とした。

本当はテーブルに突っ伏してしまいたいほどのショックだったに違いない。

 

 

 

「ファランクスの弱点は、2枚目を出した後に他の陣形への変化ができないことよ。最初にウェッジを狙っていれば、途中でバタリオンやスカーミッシャーに変えられるのよ」

 

必勝法を破られてしまったシンジの動揺はかなりのものだった。

慌ててファランクス以外の陣形を成立させようと頑張ってはいるようだけど、ホストになってしまうこともあり、アタシは弱い陣形でも駒を連続で奪取していった。

 

 

 

「シンジ君! ここで諦めたらドイツまで来た意味がなくなるでしょ! アスカと何としてでもデートがしたいんじゃないの!」

「はい!」

 

ミサトの一喝で、勝負を捨てようとしていたシンジの目に精気が戻った。

そうか、シンジがドイツまで来てくれたのは安っぽい同情心だけじゃなくて、アタシとデートしたい気持ちは本気なのか。

 

 

 

それならアタシは……。

 

 

 

ゲームは駒数4対4の接戦となった。

どちらも3連続して並んだ駒がとれなかったから、最後に残った1番の駒を取った方がこのゲームの勝者となる。

1番の駒の場所は、白熱していた。

アタシは赤1と赤2のカードを置いていた。

対するシンジは、青4、緑4のカードを置いている。

先攻のアタシが赤3のカードを置けば、最強の陣形ウェッジが成立してシンジの負けが確定する。

2番目に強いファランクスをシンジが成立させても、シンジはアタシに勝てないからだ。

 

 

 

「……まったくツイてないわね」

 

アタシは大きく溜息を吐き出して黄3のカードを置いた。

スカーミッシャーの陣形は成立した。

これで勝負が決まったわけではない。

シンジは4のカードを置いてファランクスの陣形を成立させなければ、勝てないのだ。

 

ギャラリーの皆も息を飲んでシンジの置くカードを見守る。

シンジは硬直した動きで紫4のカードをテーブルに置いた。

 

 

 

「よっしゃあああ! ファランクス成立! きっと初号機がシンジ君に力を貸してくれたのよ! 奇跡が起きたんだわ!」

 

ミサトってば奇跡って言葉が本当に好きね。

でも今回ばかりはアタシも好きになりそう……。

 

「こうなったらデートでも何でも付き合ってやるわよ!」

 

ギャラリーのうるさい歓声の上がる中。

腕組みをして不機嫌そうな顔を装って、シンジに吐き捨てるように言った。

 

 

 

「それじゃあ二人とも、デートにピッタリな、綺麗な夜景が見られる場所に案内するわよ!」

「その前に着替えなくちゃ、今着ているのってお店の制服だし」

「かわいい服だからそのままで良いと思うよ。それに……僕があげたリボンと似合っているし……」

 

アタシとシンジはお店の皆に見送られて、ミサトの運転するフランツさんの青いフォルクスワーゲンの車でデートスポットへと向かうことになった。

車の後部座席に乗る事になったアタシとシンジ。

 

 

 

……今頃お店ではアタシの手札に赤3のカードがあった事が知れ渡ってしまっているだろう。

つまりわざと負けようとしたことがビアンカたちにバレたわけだ。

その細工を隠す時間は欲しかったのに、いきなり店の外に送り出されたのだから、恥ずかしいったらありゃしない。

 

 

 

並んで座ったシンジの腕に、アタシの腕を絡ませ、シンジの肩に頭を寄りかからせる。

 

「ア、ア……ス……カ」

「デートをする恋人同士なんだから、これくらい当然よ」

 

甘えるようなアタシの行動に、シンジは緊張で身体を固くして一言もしゃべれない様子だった。

 

「あらあらシンジ君、目的地に着く前に気絶しちゃダメよ♪」

 

冷やかすミサトの運転する車はドイツの夜の街並みを走る。

ミサトはドイツで加持さんとデートを何回もしてたんだっけ。

 

 

 

心拍数の上がったシンジの鼓動を感じながら、アタシも心拍数を上げて目的地に着くのを心待ちにしていた……。




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第四話 愛を確かめ合う二人、そして......

僕とアスカのデートスポットとして、フランツさんの青いフォルクスワーゲンの車でミサトさんが送ってくれた場所は、ヴィルヘルムスハーフェンという港だった。

 

「それじゃしばらくしたら迎えに来るから」

「ありがとうございます、ミサトさん」

 

 

 

ミサトさんの車が走り去ると、手を繋いだ僕とアスカだけが静かな港の埠頭に取り残された。

目の前には双子の鉄の山のように連なる鉄橋、その奥に見える光るドイツの街並み。

鉄橋は綺麗にライトアップされている。

デートスポットとして申し分のない場所だ。

 

 

 

「懐かしいわね、あの橋はグルッと回転して大きな軍艦でも通れるようになってるのよ」

「へえ、そうなんだ。アスカ、よく知ってるね」

「アタシと弐号機はこの港から日本に向けて出航したのよ」

 

そう呟いたアスカの表情が曇った気がした。

アスカは弐号機を動かせなくなって、ドイツへ帰されたんだっけ……。

 

 

 

何とアスカに声を掛けて良いか困っていると、アスカは取り繕うように笑顔を作った。

 

「でも、弐号機には悪い思い出ばかりじゃないわ。シンジと一緒に乗って使徒を倒した事もあったし」

 

僕はアスカと会った時の事を思い出した。

あの時のアスカは自信満々で、僕にエースパイロットの実力を見せてやると言って、僕は強引に弐号機に乗せられたんだっけ。

 

 

 

「こうして力を合わせて、あの使徒の口を開いたわね」

 

アスカはそう言って僕の手をギュッと握って身体を近づけて来た。

これは……告白のチャンスじゃないか?

いやミサトさんが言っていた、ガッついているように見せるなって。

まだ来たばかり、もうちょっと話をしないと……。

 

 

 

「そう言えば、弐号機はどうしているの?」

「えっと、弐号機は……使徒を倒したヒーローみたいなものだから、本部に大切にしまってあるよ!」

「そう、それは良かったわ」

 

弐号機はセントラルドグマに侵入しようとするカヲル君を止めるために、僕が初号機で壊してしまった。

でもアスカを傷付けたくない為に僕はウソを付いた。

 

 

 

「ドイツに帰る前の日、アタシが心を閉ざしていたせいで、シンジのリボンを受け取ることができなくて悪かったわね。お弁当のお礼も言えなかったわ」

「自分のことしか考えられなかったのはアスカだけじゃないよ。あの後、僕も家出したんだ」

「そっか、アンタも辛い思いをしてエヴァに乗ってたもんね」

 

 

 

僕とアスカの間にしんみりとした空気が流れる。

せっかくのデートなのに暗い雰囲気になってしまった。

その後もアスカの独白は続いた。

 

「加持さんが死んだってアンタから聞かされた時、噓つきだって罵ったのもいけなかったと後悔している」

 

 

 

僕が加持さんが死んだことを知ったのは、ミサトさんの独り言を聞いてしまったからだ。

ミサトさんの苦しみをアスカにも知って欲しいと、僕は彼女の気持ちを考えずに話してしまった。

アスカが家出して委員長の家に泊まるようになったのはそれからだと僕は思い返した。

 

 

 

「素直にシンジにアタシも悲しいから慰めてって言えなかったのも良くなかったわ」

 

そう言ってアスカは自分の頭に付けている、僕がプレゼントした赤いリボンを撫でた。

 

「このリボン、シンジが自分で考えてプレゼントしてくれたの?」

 

 

 

「実は……アスカが赤いリボンを着けている夢を見たんだ」

 

尋ねられた僕は、不思議な夢の話をした。

僕とアスカは幼馴染で、博物館でデートをしている夢だった。

夢の中でアスカは今着ているお店の制服みたいな可愛らしい服を着て、頭に赤いリボンをしていた。

 

 

 

だからアスカに赤いリボンをプレゼントしようと思ってしまったんだ……。

 

「ふふっ、何よそれ? アタシがエヴァのヘッドセットを着けてたら、リボンを頭に着けるワケないわ」

「そうだね」

 

大声を上げて僕達は笑った。

変な事を口走ってしまったけど、リボンは気に入ってもらっているようで良かった。

 

 

 

「……そうだ、ヒカリはどうしてる?」

「委員長なら、前のようにトウジとやりあってるよ。みんな第三新東京市に戻って来たんだ」

「……ヒカリ達にはアタシの事を伝えないで」

 

するとアスカの表情が厳しくなった。

 

 

 

彼女の言葉の意味が理解できなかった。

友達だったら、元気でいるかどうか知りたいはずだ。

僕だってトウジやケンスケが学校に戻って来てくれた時は嬉しかった。

 

「何言ってるんだよ、委員長だって、突然居なくなったアスカのことを気にしてるよ」

「アタシのワガママだって分かってる。でも、アタシの事を忘れてしまえば、アンタ達5人で前のように楽しい学校生活が送れるじゃない」

 

 

 

そう言うアスカの目には涙が浮かんでいる、強がっているのは一目瞭然だ。

ショックを受けると同時に、怒りが湧いて来た。

彼女の両肩をしっかりと強い力でつかんだ。

 

「そんなこと言うのは止めろよ!」

 

 

 

一度はアスカの事を忘れようとしていた。

もう遠い所に行って二度と会えないのだからと、自分の気持ちに蓋をした……。

 

 

 

でもまたこうして彼女の顔を見て、声を聞いて、話をしてしまったら、忘れられるわけないじゃないか!

 

(日本に帰りたくない、ずっとアスカのそばに居たい!)

 

アスカの身体を抱き締めたい衝動に駆られた。

 

 

だけど肩を強くつかんだまま、この手は、体はいっこうに動いてくれない。

 

「……どうしたのよ?」

「決してアスカの事は忘れない、って言いたかったんだよ」

 

独り立ちしてアスカとドイツで暮らすなんて、無理だって分かってる。

だから一夜のデートが終わっても離れたくないなんて言えるはずがなかった。

 

 

 

「アタシだって……シンジの事……忘れたく……ないわよ」

 

今度はアスカの方が僕の腕をつかんで、膝を折って崩れ落ちる。

たまらず同じようにしゃがんで彼女を抱き締めた。

 

「それなら一生僕に忘れる事の出来ない思い出をくれないかな?」

 

 

 

僕の言葉を聞いたアスカが目を閉じた。

彼女が受け入れてくれた。

そして僕も自分の唇がアスカの唇に無事着地したことを確認してから目を閉じた。

 

 

ファーストキスは終始彼女のペースで最悪だった、でも今度は僕が自分の意思でするんだ。

 

「月が綺麗ね……」

「うん、綺麗だ」

 

 

 

キスが終わった後、ミサトさんが迎えに来る時間まで、僕たち肩を寄せ合ってベンチに座り、ヴィルヘルムスハーフェン港の夜景を眺めて待つことにした。

今の僕たちは、あの双子橋のように繋がっている。

 

 

 

時間が経って別々の相手を見つけても、今見てる風景のように変わらないものもあると信じたい。

 

「ねえシンジ、最後にアタシと踊らない?」

「もうすぐミサトさんが迎えに来る時間だよ」

 

 

 

ベンチから立ち上がったアスカは僕に向かって手を伸ばした。

でも、座ったまま首を横に振った。

時間を止めて、ずっとこのままアスカと居たいと思っていたけど、残酷にも時間は過ぎて行くのを確認していた。

 

 

 

「アタシ達のダンスと言えばアレに決まってるでしょ?」

「分かった、62秒でケリをつける!」

 

彼女の言おうとしていることを理解した僕は、スッと立ち上がってアスカの手をつかんだ。

まぶたを閉じた僕の目の前には、真っ赤なプラグスーツを着たアスカが立っていた。

 

 

 

僕達はエヴァのエントリープラグの中にいるわけじゃない、ただ目を閉じてエヴァを動かすイメージをしながら体を動かしているだけだ。

何も知らない人が見れば、怪しげな東方の武術を二人でやっているようにしか見えないと思う。

最後のキックを決めた僕が目を開けると、僕たちはピッタリ同じポーズで立っていた。

 

 

 

「見事なユニゾンダンスだったわよ、二人とも」

「アタシ達の事見てたの!?」

 

拍手をしながら近づいて来たのはミサトさんだった。

僕は耳の先まで顔が真っ赤になるのを感じた。

それはアスカも同じようだった。

 

 

 

静かな港の埠頭に響くミサトさんの車の音にも気が付かないほど、ユニゾンダンスに集中していたみたいだ。

 

「今でも覚えていてくれるなんて、加持のヤツも喜んでいるはずよ」

「そっか、ユニゾンダンスの曲って、加持さんが選んだんだっけ」

 

アスカの言葉を聞いて、ミサトさんと加持さんにとっても思い出の曲なんだ、と思った。

 

 

 

ミサトさんはもう加持さんとは絶対会えない、そして今は日向さんと一緒に居る。

デートを終えて別れた僕たちも、別々に恋人を作る日が来るのかもしれない。

だけどアスカと唇を交わした事、一緒に夜景を見て踊った事を後悔はしてない。

 

 

 

「二人はもちろんチューくらいはしたわよね? そりゃあもう、ブチューっと」

「ミサトってば、最後を真面目に締めるってことができないの!?」

 

見事に感動をぶち壊してくれたミサトさんに、アスカは怒鳴り散らした。

その気持ちは良く分かる、ミサトさんはそういう人なんだ……。

 

 

 

 

 

 

「シンジ、これをアタシだと思って大切にするのよ!」

 

別れ際にアスカが渡してくれたのは《バトルライン》のカードゲームだ。

ドイツ語版だから、カードもルールブックも読めない。

 

 

 

日本に帰ってから、僕は前と変わらない生活を送っている。

大きく変わってしまったのは、僕の心の中だ。

 

 

 

アスカが赤いリボンを見る度に僕の事を思い出してくれるように、僕もドイツ語版の《バトルライン》のパッケージを見る度に思い出す。

あのヴィルヘルムスハーフェンの美しい夜景、そしてアスカの笑顔と唇の感触を。

 

 

 

 

 

 

「シンジ、なんで突然ボードゲームにハマり出したんだ?」

「ちょっとした心境の変化だよ」

 

ケンスケに尋ねられて、そうごまかした。

 

 

 

結局アスカに会いにドイツに行った事は、ミサトさんと僕の秘密のままにしておいた。

日向さんは何とか父さん達をごまかしてくれたようだ。

 

 

 

「そうだ、第三新東京市にもボードゲームカフェが出来たらしいぜ」

「なんや、シンジが好きそうな場所やんけ」

 

ケンスケの話を聞いて、ドイツでアスカのお父さんであるフランツさんの話を思い出した。

 

 

 

日本はドイツに比べてずっとボードゲーム後進国だから、ボードゲームが出来る場所がまだまだ少ないんだって。

だから僕がボードゲームを楽しんでいるのを見て、日本でもボードゲームが広がってくれれば嬉しいって言っていた。

 

 

 

トウジたちも僕の影響か、少しボードゲームに興味を持ってくれている。

 

「それでな、そのボードゲームカフェには美人のウェイトレスが居るらしいぜ」

「そりゃあ是非とも行かんとな!」

「鈴原っ!」

 

ケンスケの話を聞いたトウジが鼻の下を長くすると、委員長が怒った。

 

 

 

美人のウェイトレスには興味はなかったけど、ボードゲームカフェには関心があったから、放課後にトウジたちと一緒に行くことにした。

 

 

 

ボードゲームカフェの車庫には見覚えのある青いフォルクスワーゲンの車が泊まっていた。

お店の看板には『Spiel(シュピーエル)』の文字。

こんな偶然が重なるわけがない!

 

 

 

期待を胸に、思い切り店の中に飛び込んだ僕を迎えてくれたのは……。

 

 

 

 

 

 

「ようこそ! お客様は初めてですか?」

「! ……また会えたね、アスカ!」

 

 

 




Web拍手で応援して頂けたら幸いです。
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惣流アスカの更迭・外伝
外伝第一話 ミラーズホロウの人狼(初回)


<前書き>

 ※今回は人数が多いのでセリフが半台本形式になります。

 ※配役は作者の好みが入らないようにくじ引きで決めました。当ててみてください。答えは後書きです。

 ※ご意見・ご感想によっては次回の書き方を変えてみたりしてみます。

 ※ゲームのリクエストはダイレクトメッセージやサイトのWeb拍手などで募集しております。


<第三新東京市 Spiel(シュピーエル)>

 

 雷鳴轟く夏のある日、シンジ、アスカ、レイ、トウジ、ケンスケ、ヒカリ、ミサト、リツコ、コウゾウ、ゲンドウの十人はボードゲームカフェ《Spiel(シュピーエル)》を貸し切りにしてボードゲームを楽しむ事になった。

 

 ビアンカ「今日みなさんにプレイしてもらうゲームは『ミラーズホロウの人狼』と言うゲームです。私が司会進行役をやります!」

 

 アスカの義姉、ウェイトレスの服を着たビアンカは声高らかにそう宣言すると、テーブルに着いたシンジたちにカードを配って行く。シンジたち十人は大きな丸いテーブルを囲むように座っていた。

 

 ビアンカ「それではみなさん、自分のカードを確認してください。他の人のカードを見てはダメですよ」

 

 配られた十枚のカードの内、二枚には狼のイラストが描かれている。その狼のカードを受け取った者は人狼となり、他の八人の内、誰を《食い殺すか》決める。

 

 ※以下【】部分は公式サイトより引用

 

【アメリカの片田舎のはずれ、ミラーズホロウという名の小さな町は人狼(ワーウルフ)の脅威にさらされていた。毎夜、不可解な現象(もしかしたら地球の温暖化が関係しているのか)によって人狼となってしまった殺人者たちが町の人によって拘束された。今こそ太古の邪悪なものに立ち向かい、残りわずかとなってしまった住民を守るために立ち上がらなければならないのだ。】

 

 ビアンカによって『ミラーズホロウの人狼』のストーリーが読み上げられ、シンジたちの緊張感が増す。司会進行役のビアンカはゲームの参加者全員に目を閉じるように告げて、狼のカードを引いた二人だけ目を開けて誰を標的にするのか指差すように指示した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ビアンカ「最初の犠牲者となったのは……ゲンドウさんです! カードは……村人ですね!」

 

 ゲンドウの席に置かれたカードがひっくり返される。ゲンドウに配られたのは村人のカードだった。『ミラーズホロウの人狼』は普通の人狼ゲームとは違い、殺害または処刑された時に役を明らかにする点に特徴がある。

 

 ゲンドウ「冬月先生、後を頼みます……」

 

 コウゾウ「シンジ君とゲームが出来ると喜んでいたのに、残念だったな、碇」

 

 リツコ「お悔やみ申し上げますわ」

 

 ゲンドウは丸テーブル席から立ち上がると、脱落者が座るテーブル席へと案内された。そのゲンドウの背中は少し寂しそうに見えた。

 

 ビアンカ「これから人狼は夜が来る度に村人を一人ずつ食い殺して行きますね。狼以外のカードを受け取った人は人狼を見つけて処刑しなければいけませんね。それでは人狼ゲーム、スタートです!」

 

 ビアンカの合図と共に最初の話し合いの時間が始まった。不運にも最初の犠牲者となったゲンドウは参加することが出来ず、敗者席で静かにソフトドリンクを飲んでいた。

 

 シンジ「何の手掛かりも無いのに、どうやって人狼を見つけるの……?」

 

 人狼ゲームには初参加のシンジが不安そうな顔で発言した。

 

 アスカ「まず所長さんがどうして犠牲者になったのか、それを考えてみる事から始めましょう」

 

 何度も人狼ゲームを経験しているアスカはそう言って仕切り始めた。

 

 コウゾウ「碇と私は十年来の付き合いだが、あいつは初対面の人間には実物以上に恐れられるからな……」

 

 そう言ってコウゾウはトウジたちの方に視線を送る。

 

 トウジ「ワシらの中に人狼がおるっちゅんかい!」

 

 ケンスケ「確かに碇の親父さんと会うのは初めてだけど、それだけで疑われるのは心外だぜ」

 

 リツコ「老練な副所長でしたら、そのように話を誘導するのもお手の物ですわね」

 

 コウゾウ「おいおい赤木君、キミまでそんな事を言い出すのかね」

 

 ミサト「でも、副所長の話も一理あるわね」

 

 トウジ「センセ、このままじゃワシらが人狼にされてまう、何とか言ったってや!」

 

 シンジ「アスカ、このゲーム凄く怖いんだけど……」

 

 アスカ「何よ、アンタがやってみたいって言ったんじゃない」

 

 レイ「碇所長と初対面かどうかは関係無いと思うわ。知り合いだから躊躇なく犠牲者に選んだ可能性もある」

 

 トウジ「そやそや、綾波の言う通り、爺さんも怪しいで!」

 

 ミサト「人狼は二匹いるのよ。一人の挙動に集中しすぎないで、全員を油断なく見張らないとダメよ」

 

 ミサトの言葉を聞いたシンジたちは不安そうに互いの顔を見合わせた。しばらくの間重苦しい沈黙が流れた後、司会進行役のビアンカが鐘を鳴らした。

 

 ビアンカ「話し合いは終わってないと思いますが、投票の時間ですね。皆さんは投票用紙に、残った九人の中で一番怪しいと思う人の名前を書いて、投票箱に入れてください!」

 

 村人たちは多数決により人狼を処刑する事を目的とする。二匹の人狼を処刑しない限り投票は終わらないのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ビアンカ「それでは発表します、この中で一番多く得票して人狼として処刑されるのは……コウゾウさんです!」

 

 リツコ「副所長……残念ですね」

 

 コウゾウ「やれやれ、もう少しこの知的なゲームを楽しみたかったのだがな……」

 

 コウゾウは落ち着いた足取りで敗者席へと向かう。一人待っていたゲンドウはコウゾウが隣に座ると口角を上げた。

 

 ビアンカ「それでは、処刑されたコウゾウさんのカードをオープンしますね!」

 

 シンジたちは息を飲んでコウゾウの席に置かれたカードを見つめる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ビアンカ「OH! コウゾウさんは村人でしたね!」

 

 アスカ「冤罪だったわけね……」

 

 ミサト「副所長……」

 

 ビアンカ「それではこれから人狼が目覚める夜がやって来ますね! 皆さん目を閉じて眠りに就いてください!」

 

 シンジ「アスカ、手を繋いで良いかな?」

 

 アスカ「アンタねえ、所詮これはゲームなのよ?」

 

 シンジ「ゲームでもアスカが食べられたりするのは嫌だから」

 

 アスカ「……勝手にしなさい!」

 

 そう言ったアスカはシンジに腕を突き出した。差し出されたアスカの手をシンジは握る。

 

 ビアンカ「村人の皆さんは眠りに就きましたか? それでは、人狼は目を覚まして今夜食べる村人を指してください!」

 

 目を閉じている間、シンジはずっとアスカの無事を祈っていた。人狼が経験者であるアスカを狙う可能性もあると思ったのだ。

 

 ビアンカ「……OKです、それでは人狼も眠りに就いてください!」

 

 犠牲者となった村人役のプレイヤーは、ビアンカに肩を叩かれて席を立ちあがった。目を閉じている他のプレイヤーにはその物音しか聞こえない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ビアンカ「それでは皆さん、朝がやって来ました! 目を覚ましてください!」

 

 司会進行役のビアンカの合図を聞いたシンジたちが目を開くと、空席になったミサトの席が飛び込んで来た。

 

 ビアンカ「三人目の犠牲者はミサトさんです! リツコさんのおともだちでしたね?」

 

 リツコ「ええ、元同僚よ」

 

 レイ「……赤木博士に近い人ばかりが殺されているわね」

 

 リツコ「何が言いたいの、レイ?」

 

 レイ「私が狼だったら、近い席の人に表情や仕草を探られるのは嫌かと思って」

 

 リツコ「あなたも言うようになったわね。でも私は狼ではないわ。あなたの方こそ狼じゃないかしら?」

 

 シンジ「ねえアスカ、どっちかが狼なのかな?」

 

 アスカ「分からないけど、会話をするのは大切ね。会話をする事で、その言葉におかしい所がないかを観察する。それが狼を見つける唯一の方法よ」

 

 リツコ「なるほど、ボロを出すのを待つって事ね」

 

 アスカ「アタシも狼になった事があるから分かるけど、ウソをつき続ける事は難しいのよ。だから、狼は無口になる事が多いの」

 

 レイ「ゲームが始まってから、ずっと黙っている人がいるわね」

 

 ヒカリ「……わ、私!?」

 

 アスカ「ヒカリもプレイヤーの一人なのよ。会話をして人狼を追い詰めていかなきゃ」

 

 トウジ「ヒ、ヒカリは人狼じゃあらへん!」

 

 リツコ「どうしてそう断言できるのかしら?」

 

 トウジ「何でやって……そら……ヒカリとは幼稚園の頃からの付き合いやからや。ウソが付けない性格だと判っとるがな!」

 

 ヒカリ「トウジ……ありがとう……」

 

 トウジがキッパリとそう言うと、ヒカリは目を潤ませてトウジを見つめる。レイとリツコは目をお互い合わせてうなずいた。

 

 リツコ「……なるほど、そういう事ね」

 

 レイ「ええ」

 

 アスカ「鈴原、アンタが狼ね!」

 

 トウジ「な、な、何を言うとるんや、ワシは村人やで!」

 

 アスカ「今の鈴原のセリフ、ヒカリをかばったラブラブな言葉に聞こえるけど、根拠も無くヒカリを人狼候補から除外するなんて、生き残る事を真剣に考えていない証拠よ! つまりアンタは人狼だから村人がどうなっても構わないって余裕があるって事!」

 

 アスカに正論を言われたトウジは反論することも出来ず、投票の時間を迎えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ビアンカ「それでは、トウジのカードをオープンしますね! ジャン! トウジは狼でした!」

 

 アスカ「やっと一匹人狼を倒せたわね。でも、人狼は後一匹残っている」

 

 シンジ「……アスカは僕の事、村人だって信じてはくれないんだね」

 

 アスカ「100%の保証は無いのよ、仕方ないじゃない」

 

 それでもシンジはアスカの手を握ってその日の夜を迎えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ビアンカ「次の犠牲者は……アスカ……ですね」

 

 シンジは空席になったアスカの席を見つめて深いため息をついた。参加者の人数は半減したが、まだこの中に人狼が残っているのだ。

 

 リツコ「ついにあなたたちのグループから死者が出たみたいね」

 

 レイ「アスカは昨日の投票で人狼を追い詰めた。だから狙われたのだと思うわ」

 

 シンジ「そんな……じゃあこれからどうすれば」

 

 リツコ「確率的に高い人から処刑して行くしかないわね」

 

 そうリツコが言うと、視線は自然と俯いたヒカリへと集まった。

 

 ヒカリ「このゲームでは完全に潔白を証明する手段なんてありませんものね」

 

 全てを受け入れる様な穏やかな、それでいて寂しげな笑顔でヒカリは話した。

 

 ケンスケ「ゴメンな委員長、俺はトウジの代わりに守ってあげることが出来なかった」

 

 ヒカリ「ううん、別に相田が悪いわけじゃないわ」

 

 その日の投票では、ヒカリが得票数を集めた。

 

 ビアンカ「それでは投票によって処刑されたヒカリのカードをオープンしますね!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ビアンカ「OH! ヒカリのカードは村人のようですね! 残念ですが、善良な仲間をまた一人失ってしまったようです……」

 

 レイ「洞木さんは、ただ話すことが出来なかっただけなのね……」

 

 シンジ「次はきっと、あまりしゃべっていない僕が投票されるんだ……」

 

 弱気になったシンジを慰めたり、励ましてくれるアスカはもう居ない。シンジは絶体絶命のピンチを迎えたまま、夜になるのだった。

 

 ビアンカ「それではまた、人狼による犠牲者の出る夜がやって来ますね!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ビアンカ「次の日の朝になりました……犠牲者はリツコさんです……」

 

 司会進行役のビアンカがそう告げると、シンジたちは不思議そうな顔になった。死んだはずのリツコが退場せずに自分の席に留まっているからだ。

 

 ビアンカ「リツコさんのカードをオープンしますね!」

 

 シンジ「リツコさんのカード、村人じゃない!?」

 

 レイ「これはハンターのカードみたいね」

 

 ビアンカ「そうです! ハンターは死の直前に一人だけ打ち殺す事が出来ますです!」

 

 今回は参加者に初心者が多いので、『村人』対『人狼』と言うシンプルな構図にしていた。そこにビアンカが遊び心を入れたのが『ハンター』のカードだった。ハンターは村人チームのカードなので、狙うのは人狼だ。

 

 ビアンカ「それではリツコさん、狙撃する人を指差してください!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 リツコが指差したのは、ケンスケだった。

 

 ケンスケ「どうして俺が?」

 

 リツコ「碇所長が最初に殺された時から怪しいと思っていたのよ。鈴原君と洞木さんはもう死んでいる。消去法で残っているのはあなただけ」

 

 ケンスケ「それはトウジの考えじゃないですか?」

 

 リツコ「もう一人の人狼は鈴原君に近しい人物と考えられるわ。だから私はためらいなくあなたを撃つことが出来る!」

 

 ハンターのリツコがケンスケを撃つ事を宣言すると、ビアンカはケンスケのカードをひっくり返した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ……ケンスケのカードは『狼』。二人の人狼が追放された事によりゲームは村人陣営の勝利で終了した。

 

 アスカ「鈴原は私情を挟み過ぎなのよ」

 

 レイ「でも、楽しかったわね碇君」

 

 シンジ「そうだね、もう一回やっても良いかな」

 

 アスカ「次は狼になってみんなをかみ殺してやりたいわね」

 

 シンジ「やめてよアスカ……」

 

 ゲンドウ「シンジ、私はもう行くぞ」

 

 シンジ「父さん、今日は忙しい中、ゲームに付き合ってくれてありがとう」

 

 ゲンドウ「……またな」

 

 アスカ「あれはまた誘って欲しいって顔ね」

 

 シンジ「父さん、ひと言もゲームで話せなかったけど、そうなのかな」

 

 ボードゲームは人と人の距離を縮めて仲良くする。

 またボードゲームをしてみたいと思うシンジだった。

 

 

 




第1回『ミラーズホロウの人狼』の役職公開

碇シンジ……村人
惣流・アスカ・ラングレー……村人
綾波レイ……村人
鈴原トウジ……人狼
相田ケンスケ……人狼
洞木ヒカリ……村人
葛城ミサト……村人
赤木リツコ……ハンター
冬月コウゾウ……村人
碇ゲンドウ……村人

今回は人狼のルールをあまり知らない初心者の方にも理解しやすい内容にしました。
くじ引きの結果は不本意なものとなってしまいましたが、第二回があればもっと盛り上がるように頑張りたいです。


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外伝 二話 犯人は踊る(初回)

<前書き>

 ※今回は引っ越しによる活動休止前の一覧リスト引き上げのための更新となっています。
 復帰後には「カタン」などのゲームも紹介したりしていきたいと思います。
 今回はアンケートで多かった、『犯人は踊る』のプレイとなります。
 ボードゲームに限らず、式波アスカ編も含めて外伝の更新はするつもりです。
 よろしくお願いいたします。


<第三新東京市 Spiel(シュピーエル)>

 

 雪が深々と降り注ぐボードゲームカフェ《Spiel(シュピーエル)》を貸し切りにして行われたクリスマスパーティで、シンジ、アスカ、ミサト、コウゾウ、ゲンドウの組と、レイ、トウジ、ケンスケ、ヒカリ、リツコの組に分かれた10人はボードゲームを楽しむ事になった。

 

「今日みなさん、楽しんで行ってくださいね!」

 

 アスカの義姉、ウェイトレスの服を着たビアンカはそう言うと、テーブルに着いたシンジ組のテーブルと、レイ組のテーブルにカードを並べて行く。

 今回シンジたちが遊ぶ『犯人は踊る』は、3~8人で遊べるとされているが、4~6人ぐらいで遊ぶのがバランス的に良いとされている。

 

「はい、みなさんに4枚のカードを配り終えました。1ラウンドは短いので、何度も楽しめますよ!」

 

 ビアンカから改めて、『犯人は踊る』の説明が行われる。

 このゲームは犯人のカードを持った人物を、探偵カードを持った人が当てれば、犯人カードを持った人以外全員が勝ちで、1人が4枚ずつ持っている手札が無くなるまでに、最後まで犯人カードを持っていた人が生き残れば犯人カードを持っている人の1人勝ちと言うのが基本的なルールだった。

 

「人狼ゲームと似ていると思いましたか? ですがこのゲームの場合は犯人のカードが人の間を移動する、ババ抜きみたいな要素があるのです!」

 

 ビアンカの説明に熱が入った。

 人狼ゲームとババ抜きの良いとこ取りのこのゲーム、人狼ゲームに次ぐ人気がある。

 しかも1ゲーム10分程度で終わる事もあって、重量級のゲームである「カタン」よりも日本国内では盛り上がっているかもしれない。

 このゲームに出て来るカードの一覧表を作りましたので、お渡ししますね。

 ビアンカは日本に来てから熱心に日本語を勉強して、綺麗な字で漢字も書けるようになっていた。

 

 第一発見者……このカードを持っている人が最初に捨ててゲーム開始。

 犯人……探偵カードを捨てた人に持っている事を当てられてしまうと負け。

     手札が最後の1枚になった時にだけ捨てられる。

 探偵……捨てて犯人カードを持っていると思う人を告発する。

     正解ならば探偵チームの勝ち。

 アリバイ……捨てても意味はない。

       手札にあれば犯人カードを持っていても探偵の告発を防げる。

 たくらみ……捨てると犯人チームに寝返るカード。

 いぬ……他の人の手札1枚を捨てさせる。

     それが犯人カードだったら、探偵チームの勝ち。

 一般人……捨てても意味はない。

 目撃者……他の人を選び、その人の手札を自分だけ確認できる。

 情報交換……全ての参加者は、左隣の人に好きな自分の手札1枚を渡す。

 うわさ……全ての参加者は、右隣の人からババ抜きのように手札を1枚引く。

 取り引き……誰か1人を指名して、お互いに好きな手札1枚を交換する。

 少年……他の参加者全員に目を閉じてもらい、犯人にこっそり挙手してもらう。

 

「12種類ものカードのルールを覚えるのは大変ですね」

「問題ありません! 新設設計でカードに説明が書いてあります!」

 

 不安そうなシンジにビアンカはそう答えた。

 それに1人4枚の手札の制限があるので、12種類全部のカードが1度のゲームに登場することは無いとビアンカは付け加えた。

 

「やるなら早くしろ! 出なければ帰る!」

 

 ゲンドウは人狼ゲームで負け続けているので、特にコウゾウとシンジに仕返しをしたくてウズウズしているようだ。

 年齢関係無く夢中にさせるのが、ボードゲームの魅力なのかもしれない

 

「それでは、第一発見者のカードを持っている人はカードを捨てて、事件の内容を創造して話してください。ゲームの勝敗には関係ありませんが、盛り上がる話をお願いしますね!」

 

 シンジの組のテーブルで第一発見者のカードを持っていたのはミサトだった。

 

「あたしの家の冷蔵庫のビールが飲み干されていたの! これは大事件だわ!」

「ミサトが自分で飲んで記憶が飛んだだけでしょ」

「事件でも何でも無いな」

「問題が何も無い」

「シンちゃん、みんな酷い事言ってる~」

「だって、実際に朝起きて、お酒が無いと大騒ぎしたのはミサトさんじゃないですか」

 

 何はともあれ、ミサトの隣のアスカから時計回りにカードを捨てて、ゲームは始まった。

 

「私達の写真が誰かに盗み撮りされて売られている、肖像権侵害の事件が起こったわ」

 

 別のテーブルで第一発見者のカードを捨てたレイは冷静な口調でそう言った。

 

「犯人はケンスケ、お前に決まっとるやないか!」

「相田君、不潔よ!」

「ビデオカメラのSDカードを提出しなさい」

「おいおい、ここはゲームでしっかりと犯人を決めようぜ」

 

 ケンスケはウンザリとした顔で溜息をついて、手札を捨てた。

 

「碇、ここは情報交換カードで手札を交換しようじゃないか」

「冬月、やってくれたな!」

「シンジ、目撃者カードを捨てるから、シンジの全てを見せて♪」

「言い方が嫌らしいわね、ここはアスカがシンジ君の子供を妊娠したウワサを流すわよ」

 

 ミサトがそう言うと、ゲンドウは身を乗り出してミサトを問い詰める。

 

「何っ、それは本当か!?」

「だからゲームの話ですってば」

「ゲーム相手に本気になるな、碇」

 

 ウワサカードはランダムに相手の手札を引くカードだ。

 情報交換と同じように、これで犯人カードが移動する可能性もある。

 

「僕は父さんのカードを引けばいいんだね……」

 

 ゲンドウのカードの持ち方はいかにも不自然だった。

 目の動きを見られないようにサングラスを掛けている意味が無い。

 シンジは父親に花を持たせるべきか迷った。

 結局シンジは怪しく突き出されたカードを引いた。

 

「じゃあアタシは、たくらみカードを出しちゃおうかな」

 

 全員の手札が少なくなった頃、アスカはたくらみカードを捨てて、犯人の味方になった。

 

「うーむ、これは……」

「危険な状況になりましたね」

 

 コウゾウとミサトは深刻な表情になった。

 さっきまでシンジの優しさに感謝していたゲンドウも青い顔になった。

 

「えっと、ミサトさんのビールを飲んだ犯人は、僕でした」

「やった、アタシとシンジの勝ち!」

 

 シンジが犯人カードを捨てると、アスカはシンジとハイタッチをして喜んだ。

 

「アスカ、あんた探偵カードを持っていたのに使わなかったわね!」

「アタシがシンジを告発なんて出来る訳ないじゃん♪」

 

 ミサトは探偵チームを勝利させる事が出来たのに、そうしなかったアスカを責めた。

 

「やっぱり犯人はお前やないか!」

「だからこれはゲームだろう?」

「勝手に私やアスカの写真を撮って、売っていた2人は共犯」

 

 レイのテーブルでも決着が着いたようだ。

 たった10分の出来事なのに、熱中してしまうこの中毒性。

 人狼では1ゲーム終えると、極度の緊張が長く続き、達成感や疲労感が出てしまう事もある。

 

「もう1回だ! 今度は私は犯人にはならないぞ」

「だからコレは犯人が移動するゲームなんだって。あとシンジ、司令に情けを掛けるのはさっきの1回きりにしなさい!」

 

 アスカはまだゲンドウの事をお父様とは呼ばないが、相当性格のキツイ嫁であるとは感じていた。

 ビアンカは軽食や飲み物を用意しながら、再度カードを配る。

 クリスマスパーティの余韻は、まだまだ続きそうだ。




コロナ禍で友達や親戚で集まってボードゲームをする機会は減ってしまいましたが、規制緩和を機に『犯人は踊る』をやってみてはいかがでしょうか。
小学生でもルールを覚えられます。


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式波アスカの左遷
異伝 第一話 手紙に込めたアタシの気持ち


※題名は『式波・アスカ・ラングレーの左遷』です。
 『式波アスカの更迭』を書いて頂ける方はまだお待ちしております。


 アタシは式波・アスカ・ラングレー。

 日本のネルフ本部所属のヱヴァンゲリヲン弐号機専属パイロット、だった。

 さっきまでは。

 

 

 

                  辞令

 

 真希波・マリ・イラストリアス及びヱヴァンゲリヲン参号機をネルフ本部所属とする。

 

 式波・アスカ・ラングレー及びヱヴァンゲリヲン弐号機をユーロ支部所属とする。

 

 

 

 さっき、ネルフ本部で聞いた辞令だ。

 これで、アタシはネルフ本部に居る事が許されなくなった。

 『バチカン条約』……国同士で結ばれたエヴァの運用に関する条約。

 第13条1項により、1つの国が保有するエヴァは3体までと制限されている。

 日本は零号機と初号機、そしてアタシの乗る弐号機で3体。

 アタシはこの先、ずっと本部のある日本に居られると思っていたのに……。

 

「アスカ、本当にごめんなさい」

 

 ミサトがそう言ってバツの悪そうな顔をしてアタシに頭を下げた。

 謝ってもらったって、アタシの怒りはちっとも収まらない。

 アタシのプライドはズタズタだ。

 同じユーロ支部から来たマリにアタシの居場所を奪われるなんて!

 ユーロ支部でアイツとは同僚でありライバルでもあった。

 アタシと弐号機の実力は、マリと仮設伍号機を凌駕していた。

 だからアタシは他の国の並居るライバルたちを抑えて本部に呼ばれたと誇りに思っていた。

 

「それでアスカ、分かっているとは思うけど……」

「帰って荷造りをしろって事ね」

 

 ユーロ支部に戻されるって事は、アタシがミサトの家を出て行くと言う事。

 ずっと孤高を気取っていたアタシが、他の人に心を開いて笑えるんだと感じられた場所。

 いつも世話になっているシンジに、料理を作って素直なお礼の気持ちを伝えよう……と思っていた矢先にこの辞令だ。

 もっとシンジと一緒に居たかった、アイツの料理をもっとたくさん食べたかった。

 いや、アタシは実力でまた本部所属に返り咲いて見せる。

 

「アスカ、おかえり! ……どうしたの?」

 

 アタシが家に帰ると、シンジは笑顔でアタシを出迎えてくれた。

 心がホッとする、アタシの好きな笑顔。

 でもアタシの苦虫を嚙み潰したような顔を見て、心配そうにアタシに尋ねた。

 

「……アタシ、ここを出る事になったのよ」

 

 アタシはシンジから顔を反らしてそう答えた。

 

「何で!?」

「ユーロ支部に戻る事になったのよ。荷造りの用意があるから、邪魔しないで」

 

 そう言ってアタシは部屋へと駆け込んでドアを閉めた。

 こんな情けない顔をシンジに見せる訳にはいかない。

 鏡に映ったアタシは今にも泣き出しそうな顔をしていた。

 

「どうしてアスカがユーロ支部に戻らなくちゃいけなくなったんだよ!」

「新しいパイロットとエヴァが来る事になったからよ」

 

 ドア越しに叫ぶシンジに、アタシは努めて冷静に答えた。

 シンジはバチカン条約の事などミサトから説明を受けていたとしても忘れてしまっているだろう。

 だからアタシが改めてシンジにバチカン条約について話してやった。

 

「じゃあ、僕がエヴァのパイロットを辞めるよ。そうすれば、アスカがここに居られるよ」

「バカね、それじゃあアンタが出て行くことになるじゃない」

 

 ミサトとシンジとアタシの三人が一緒じゃないと意味が無いのよ、とアタシは心の中で呟いた。

 

「アンタ、アイツと仲良くするんじゃないわよ」

「どうして?」

「アタシ、すぐ戻って来るから。こんな辞令、何かの間違いよ!」

 

 実力を示せば、また本部に戻れる自信がアタシにはあった。

 

「そうだよね、アスカはエースパイロットなんだから、きっとそうだよ」

 

 シンジも明るい声でドア越しにそう答えた。

 話しているうちに、アタシのささくれだった心も落ち着いて来た。

 アタシはドアを開いてシンジと顔を合わせた。

 シンジも希望に満ちた明るい顔をしている。

 いつもの雰囲気を取り戻せたようで嬉しい。

 アタシは荷造りを後回しにして、シンジと二人で夕食の用意を始めた。

 シンジがメインの料理を作っている間に、アタシは味噌汁を作った。

 今まで隠れるようにシンジの口に合う研究をしていたが、ついに披露する時が来たのだ。

 

「うん、美味しいよアスカ」

 

 味見をさせたシンジの笑顔に、アタシは胸が温かくなった。

 

「でも僕を満足させるにはまだまだ精進が必要だね」

「何よ、生意気言っちゃって!」

 

 シンジとアタシは顔を見合わせて笑い合った。

 帰って来たらまた味噌汁の研究を続けてやる、レイのヤツには負けない。

 

「アスカ、どうしたの?」

 

 意外に明るい表情をしているアタシとシンジを見てミサトは驚いている。

 

「アタシのユーロ支部転属なんて、一時的な物でしょ? アタシの実力からすれば、本部が放っておくはずが無いわ。まあ、里帰りだと思って我慢してやるわ」

「そう……」

 

 アタシが自信たっぷりに言い放つと、ミサトは表情が翳った。

 でもせっかく明るくなった夕食の席を暗くしたくないのか、ミサトはそれ以上何も言わなかった。

 

「シンジ、ドイツのお土産は何が良い? ミサトは聞くまでも無くビールよね」

 

 夕食が終わった後、アタシは最小限の荷物だけ整理して、その他は日本にあるトランクルームに預ける事にした。

 どうせユーロ支部に居るのは短期間だ、わざわざ大量の荷物を持って行く必要は無い。

 

「ミサト、あのマリって女にこの家の敷居を跨がせるんじゃないわよ!」

「はいはい、分かっているって」

 

 あのマリがアタシの代わりにシンジとミサトと同居するなんて、想像しただけでも腸が煮えくり返って来る。

 その日の夜、アタシは耐え切れずにシンジの部屋へと行ってしまった。

 少しの間だけと言え、シンジたちと離れ離れになるのは寂しかったのだ。

 アタシはシンジたちとは違う特別な存在だからずっと独りでも大丈夫。

 そんな孤高の存在、式波アスカはアタシの中から姿を消しつつあった。

 

「シンジ、背中を借りるわよ」

「うん……」

 

 シンジは驚きながらもアタシをベッドから追い出そうとはしなかった。

 本当は正面を向き合いたかったけど、そうなると添い寝だけでは終わらない気がして……。

 キスはまたネルフ本部に戻って来た時のお楽しみにしよう。

 そうすれば、アタシがユーロ支部で頑張れるモチベーションになる。

 ユーロ支部にも使徒は出現するのだ、挽回のチャンスは十分にあるのよ。

 

 

 しかしアタシは出発の日、とんでもない場面を目撃してしまった。

 冬月副司令とマリが親し気に話していたのだ。

 

「久しぶりだね、イスカリオテのマリア君」

「冬月先生もお変わりなく」

 

 二人の見たアタシは全てを察した。

 マリは副司令の権力でネルフ本部への転属となったのだ。

 

「この、コネメガネェッッ!」

 

 自制すべきだったのに、アタシはマリの胸倉を掴みあげてしまった。

 これだけで立派な暴行、訴えられても仕方のない行為だった。

 

「止めたまえ!」

 

 副司令に止められても、アタシはマリの身体を掴む力を緩めなかった。

 アタシは思い付く限りの悪意のある言葉をぶつけたが、マリは涼しい顔で受け流した。

 自分を相手にしていないようなマリの顔に、アタシは猛烈に腹が立っていた。

 ネルフの警備員に取り押さえられるまで、アタシは抵抗を続けた。

 

「ごめんね、姫。これは必要な事なんだよ」

 

 マリが笑顔でアタシに言ったのはその一言だけだった。

 そして懲罰房に連行されて時になって、アタシは自分がしでかしてしまった事の重大性に気が付いた。

 ヱヴァパイロットへの暴行。

 副司令のアタシへの心証はかなり悪くなっただろう。

 こうなったらアタシをネルフ本部へと呼び戻す話になっても反対するかもしれない。

 シンジの父親の総司令にもう少し愛想を良くしておけば良かった。

 いや、あの碇ゲンドウにコネなんてものが出来るとは思わない。

 ネルフの警備員に両脇を拘束されてアタシは歩いているのに、自分の足元が崩れていく感覚にとらわれた。

 

 

 

 アタシは懲罰房から出された後、すぐにユーロ支部に強制送還される事になった。

 シンジやミサトに別れのあいさつをする機会も与えられなかった。

 自分の軽率な行動が招いてしまった事とは言え、後悔は大きかった。

 ユーロ支部に帰るチャーター便に乗る前に、アタシは差し入れを渡された。

 それは……シンジの作ってくれたお弁当だった。

 

「アイツのお弁当……もっと食べたかったな」

 

 これが最後のシンジのお弁当。

 決して忘れる事の無いように、心に深く刻み込もうと思ったけど……。

 アタシの流した大量の涙と鼻水で、お弁当の味は分からなくなってしまった。

 

 

 

 ユーロ支部に戻ったアタシは、前と同じという訳にはいかなかった。

 どんなに努力してもネルフ本部には戻れない……。

 その失望感から、ヱヴァのエースパイロットだったアタシのシンクロ率は日に日に低下して行った。

 そしてある日突然……アタシは弐号機ともシンクロする事が出来なくなった。

 アタシは小さな子供の頃からヱヴァに乗るためだけに努力を重ねて来た。

 ヱヴァに乗る事でシンジやミサト……他の人達との絆も出来た。

 でも、ヱヴァに乗れなくなる事で全てが失われてしまった。

 役立たずになったアタシはユーロ支部から追い出される形になって、ドイツの夫婦の家に引き取られる事になった。

 表面上は温かく迎えられたけど、心を閉ざしていたアタシは差し伸べられた手を跳ね除けてしまった。

 アタシがこんな調子だから、作られた家族仲は最悪。

 だからと言って母親役の女性はアタシが部屋に引きこもっている事を許さなかった。

 仕方なくアタシは学校へと通う。

 人の印象は身だしなみで決まるものだ。

 アタシの自慢だった美しい髪も櫛を通さずにボウボウ。

 自信に満ちて輝いていた瞳も、今は死人のように怖さまで感じさせる程になっている。

 下を向いて、ゾンビのように生気の全くない顔。

 しわだらけでぐちゃぐちゃの制服をただ袖を通して着ているだけ。

 両親に注意されても、アタシは改める事をしなかった。

 こんな悪い見本のような女のアタシに、近づこうとするクラスメイトは誰も居なかった。

 こんなつまらない学校をサボってしまおうかと思ったけど、ネルフの諜報員に監視されている状況ではそれもままならない。

 ヱヴァのパイロットを辞めても、アタシはネルフの機密情報を知る要注意人物だ。

 努力する事にすっかり失望してしまったアタシは、学校の成績も下降線の一途をたどった。

 唯一アタシの心を慰めたのは、ベッドに寝てシンジの事を思い出す事。

 

「シンジに会いたいよ……」

 

 どうせシンジに会うことが出来ないなら、こんな世界滅んでしまえと、アタシは呪うようになった。

 

 

 

 そんなふざけたアタシの呪いは成就されてしまった。

 空が、大地が、ドイツの街が真っ赤に染まる。

 今まで海だけが赤かったけど、全てが赤になった。

 自分が空気の無い宇宙空間に放り出されたかのように息苦しくなる。

 意識を手放す前に、アタシの頭に浮かんだのはシンジの顔だった。

 

 

 

 アタシが次に目を覚ましたのは、病院のベッドの上だった。

 そして不思議な事にアタシの身体は大人へと成長していた。

 看護師に話を聞くと、アタシは28歳となっているらしい。

 あれから14年もアタシは眠り続けてしまった事になる。

 おかしなことに、長い間ベッドに寝ていたアタシは直ぐに立ち上がる事が出来た。

 直ぐに病院を退院させられたアタシは、ユーロ支部へと連れて来られた。

 

「式波・アスカ・ラングレーさんですね」

 

 ネルフの支部長室でアタシを待ち受けていたのは、アタシの知っているユーロ支部でトップに居たワイスマンだった。

 ワイスマンの口調は丁寧だが、アタシを見下すような眼鏡の奥の瞳は好きになれない。

 

「あなたにはネルフグループの子会社である郵便会社で勤務して頂きます」

「ちょっと、何を勝手に決めているのよ!」

 

 突然宣告されたアタシは怒りを隠さずにワイスマンへ言い返した。

 

「あなたは身体は大人だが、中身は14歳の子供だ。そんな方に大きな仕事を任さられませんよ」

 

 アタシは悔しそうにワイスマンをにらみ返す事しか出来なかった。

 

「良いんですよ、我々ネルフの申し出を断っても。でも28歳の未経験者を雇ってくれる会社を探すのは大変ですよ。何しろあなたはドイツに戻ってからも、努力もせずに自堕落な生活を続けた。甘えて逃げ続けたツケが来たんですよ」

 

 ワイスマンの言う事は正論だ。

 アタシがドイツ支部に戻った後も努力を重ねていれば、ワイスマンの言葉を跳ね除けるだけの自信が持てたかもしれない。

 

「安心してください。斡旋する会社はブラック企業ではありません。あなたの仕事は会社に届いた私宛の郵便物をこの支部長室に届けるだけです。バカでも出来ます」

 

 優し気に話すワイスマンのバカと言う言葉に、アタシのプライドはズタズタになった。

 悔し涙を抑えながら支部長室を出ようとするアタシの背中にワイスマンの声が掛けられた。

 今までの紳士的な言い方と違う、陰湿な響きを持つ暗い声だった。

 

「自分だけが特別だと思って周りを見下して居た頃に比べて、今はどんな気持ちだ? 今度聞かせてくれよ、なぁ?」

 

 アタシは逃げるようにユーロ支部を飛び出した。

 もう28歳になったアタシは両親に甘える事も出来ない。

 両親の方も養育義務はないとばかりにアタシを冷たく突き放した。

 アタシが14歳の時、もっと心を開いていれば関係は違っていたかもしれない。

 全てはあのコネメガネのせいにして、アタシが自身の努力を怠っていたせいだ。

 行き場を失ったアタシは郵便会社の社員寮に住む事になった。

 

「こら式波、初日から遅刻とはなめてんじゃねーぞ」

 

 朝礼の時間に遅れたアタシは他の従業員の見ている目の前で、上司に罵倒された。

 この上司のアサヒと言う男は日本人で、アタシにだけ分かるように日本語で嫌味を言って来る酷い男だ。

 アタシは自分に与えられた席に着いて疑問に思った。

 机の上も引出しも空っぽなのだ、これでは仕事のしようがない。

 

「式波、お前はそこで何もせずに座っていろ。何もするな」

 

 上司のアサヒはそう言い放つ。

 他の従業員が忙しく働いている中で何も出来ない自分が腹立たしい。

 周りから刺すような視線が注がれて痛い。

 何もしないで給料をもらえるようなヤツに親し気に話し掛けて来るような同僚は居ない。

 

「今日は支部長宛ての郵便物は無かったな。残念だったな」

 

 アサヒの嫌味に反応する気力も無くなったアタシは肩を落として社員寮へと帰る。

 次の日も、その次の日も、アタシは時々会社に届く支部長宛ての郵便物をワイスマンに直接渡す日々が続いた。

 毎日アサヒに嫌味を言われ、同僚からは避けられ、たまに顔を合わせるワイスマンにはプライドを打ち砕かれる。

 耐え切れなくなったアタシは、シンジに手紙を出す事にした。

 

「お前、仕事中に何を書いているんだ?」

 

 アタシの書いている日本語の手紙を覗き見たアサヒは大声で笑い飛ばした。

 

「まともに手紙も書けないのか、ハハハ!」

 

 グッとこらえてアタシはシンジへの手紙を書き続けた。

 

 

 

 

【挿絵表示】

 

 

 

 

 これはアタシの大きな賭けだ。

 アタシからシンジに出す手紙は、ユーロ支部の検閲を受ける事になると思う。

 手紙の宛先はミサトの家の住所しか知らないから届くかどうかすら怪しい。

 シンジがアタシの手紙を読まない可能性もある。

 でもミサトの言った通り、この世界に奇跡と言うものがあるのならば。

 

「手紙に込めたアタシの気持ちに気が付いて、シンジ」

 

 アタシは生まれて初めて、神様に祈りを捧げるのだった。

 

 

 



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異伝 第二話 僕が選んだハッピーエンド(前編)

どうしてもアスカの手紙に関する反響が知りたかったので、前後編に分けました。
次回こそはシンジが勇気ある行動に出て、話は完結します。


 僕は碇シンジ。

 日本のネルフ本部所属のヱヴァンゲリヲン初号機専属パイロット、だった。

 14年前の事だ。

 

          辞令

 

 碇 シンジ 殿

 

 令和12年4月1日より、営業部係長を命じる。

 

        株式会社 ネルフ・ハウジング

        

 

 

 

「やったね、ワンコ君! 28歳で係長だなんて、スピード出世だよ!」

 

 社内に張り出された辞令を見たマリさんは、人目を憚らずに背中から抱き付いて来た。

 同期の同僚達の刺すような視線が少し痛い。

 『ネルフ・ハウジング』……日本の中でも指折りの不動産会社。

 世界で活動するネルフグループの関連子会社の一つだ。

 碇ユイ、母さんが残した碇家の財産と土地は膨大なものだった。

 ヱヴァンゲリヲンを僕が消し去った後、父さんは冬月さんと組んで不動産業を始めた。

 そして僕は大学を出た後、マリさんと一緒に父さんの会社へと入った。

 

「たまたま営業成績が良かっただけだよ」

「たった3ヵ月で26棟も家を販売したんだよ。胸を張って良いと思うけど?」

 

 マリさんにそう言われても、僕の心は晴れなかった。

 僕が父さんから任される区画は駅から近い、などの好立地ばかりで、黙っていても売れるような場所ばかりだった。

 計画では1年をかけて販売する区画がたった3ヵ月で完売してしまったのもそれを示している。

 

「僕は父さんの威を借りて仕事をしているだけなんだよ……」

「……そんな事無いわ、碇君の思いやりのある優しさは、お客様に伝わっている」

 

 そう言って僕に励ましの声を掛けてくれたのは、同じ会社に勤める綾波だった。

 ヱヴァと母さんの存在は消えたけど、綾波が残って欲しいと言う僕の願いは通じたんだ。

 不動産会社は家を建てて売ったらそれでお客さんとの関係が終わるわけじゃない。

 出窓のカーテンが邪魔だからブラインドに変えたいとか、和室をフローリングの床に変えたいと言った相談を受ける事もある。

 時には下請けの施工業者のミスを自分が謝らないといけない、土日出勤が基本で休みは水曜日だけと言う忙しい仕事だ。

 

「ワンコ君が係長になったら、仕事終わりに三人で飲む事も出来なくなるね」

「そんな、気軽に誘ってよ」

「でもレイちゃんなら、ワンコ君の家でしっぽり飲む事が出来るんじゃない? 羨ましいにゃぁ」

 

 マリさんがそう言うと、綾波は顔を赤くして黙り込んでしまった。

 綾波はこう言うのに慣れていないんだから、からかうのは止めて欲しいよ。

 僕が一人暮らしを始めてから、綾波は僕の部屋に来て世話を焼いてくれるようになった。

 仕事で疲れて帰って来た時には料理を作って置いてくれたり、掃除や洗濯もしてくれる。

 口の悪い同僚には通い妻だと言われるほど、綾波には感謝してもしきれない。

 係長になるまで忙しい仕事に耐えられたのも、綾波の内助の功のおかげだ。

 父さんもそろそろ身を固めるべきだと言っていた。

 この係長昇進の辞令も、綾波と結婚しろと言う父さんのサインなのかもしれない。

 ずっとあやふやな関係を続けているわけにもいかない、近いうちに綾波にプロポーズをしようと僕は考えた。

 

 

 

 そんなある日、突然ミサトさんから連絡があった。

 教員免許を取ったミサトさんは第三新東京市の中学校の先生になった。

 今度の転任先では副校長先生になると年賀状に書いてあった。

 日々の雑務に追われてミサトさんとも会っていない。

 ミサトさんが直接僕に渡したいものがあるって言っていたけど、何だろう?

 今日は火曜日だ。

 仕事の帰りに僕はミサトさんの家に寄る事にした。

 

「いらっしゃい、シンちゃん、久しぶり」

「ミサトさん、僕はもういい大人何ですから、シンちゃんは止めてくださいよ」

 

 懐かしいミサトさんの家。

 ミサトさんにそう呼ばれると14年前のあの頃の事が思い出される。

 ほとんどの人々の記憶からはヱヴァや使徒の事は消えているだろう。

 覚えていても、悪夢を見ていたと思うかもしれない。

 僕はミサトさんとアスカと一緒に食事をしたテーブルに座った。

 

「このテーブルでミサトさんとアスカと、晩御飯を食べましたね」

「そのアスカから、シンジ君宛に手紙が来たのよ」

「えっ!?」

 

 ミサトさんの言葉に、僕は驚いた。

 アスカは遠いドイツの病院で入院していると聞いていたけど、今まで忘れていた。

 

「シンジ君にはショックを受けて欲しくないから黙っていたけど……アスカは14年近くもの間、病院のベッドで眠っていたのよ」

「そんな大事な事を教えてくれなかったなんて、優しさじゃないですよ」

「ごめんなさい。でも、こんな手紙を出したんだから、元気にやってるんじゃない?」

 

 ミサトさんの持っていた便箋は、封が切られていた。

 

「……僕宛の手紙を勝手に読んだんですか?」

 

 僕は責めるような目でミサトさんを睨みつけた。

 

「ごめん、どうしても気になって。だけど、手紙の内容は大したものじゃなかったからシンジ君に連絡したのよ」

 

 ミサトさんはそう言って、アスカの手紙をテーブルへと置いた。

 

 

【挿絵表示】

 

 

 アスカの手紙は14年前と変わらない下手な日本語で書かれていた。

 

「ほら、アスカは郵便局で元気に働いているみたいだって分かって良かったじゃない」

 

 ミサトさんは笑顔で僕の肩を叩いたけど、僕はこの手紙から言葉では言い表せないような何か別の物を感じた。

 インターフォンが鳴らされると、僕はカメラに映し出された人物に驚いた。

 ミサトさんの家の玄関ドアの前には、笑顔をたたえたマリさんが立っていたんだ。

 

「いやぁ、ワンコ君がレイちゃんに隠れてコソコソしているのを見て、浮気でもしているんじゃないかと思って」

「それで僕の後を付けて来たの?」

「悪かったわね、逢引きの相手がこんなオバさんで」

 

 ミサトさんは皮肉めいた笑いを浮かべながらそう言った。

 

「いやぁ、ミサトさんはますます美しさに磨きがかかってますよ。美魔女ってやつ?」

「失礼しちゃうわね、あたしはまだそんな歳じゃないわよ」

 

 マリはテーブルの上に置かれたアスカの手紙に気が付くと、不思議そうな顔で見つめた。

 

「ありゃりゃ、この姫からの手紙、何か変じゃないですかい?」

「マリさんもそう思う?」

「隠されたメッセージ、みたいなものがあるのかも」

 

 マリさんはそう言うと、改めて手紙の内容を忠実に書き写した。

 

 あたしのせいかくおぼえていますか?

 しんじいかりしんじさま。

 あたしはゆうびんはいたつのしごとをしています。

 まいにちはたらくのはたのしいすきです。

 げんきにけんこうにきをつけて。

 

 あすか

 

「間違ったなら、手紙を全部書き直せば良いと思うのに、わざわざ読みにくい手紙を姫が出すかな?」

「アスカはガサツな性格だったから、気にしないで出したんじゃない?」

「ガサツとズボラはミサトさんの性格でしょう」

 

 僕が指摘すると、ミサトさんはうぐっと黙り込んだ。

 

「なんか最初の一行にヒントがあるような気がするんだけどな~」

 

 マリさんは頭が良い。

 僕が思い付かないような暗号解読の手掛かりをもうつかんだようだ。

 

「アタシの性格を覚えているか? って所?」

「そうそう、それに、シンジをわざわざ碇シンジって書き直したり、楽しいを好きに直さなくても意味は通じるじゃない」

 

 三人寄れば文殊の知恵と言うが、ほとんどマリさんが解いているような気がする。

 ミサトさんが何かを思い付いたように指をパチンと鳴らした。

 

「線で消してあるところを読めばいいのよ!」

「わ、シンジ、は、み、は、たのしい、げんきに、る……ですか?」

 

 僕がそう答えると、ミサトさんは腕組みをしてドヤ顔で解説をする。

 

「シンジ君は楽しい、元気にしてる? って書きたかったのよ。だからアスカの照れ隠しみたいなものよ。うん、だからシンジ君も会社の仕事を頑張ってるって返事を出せばいいんじゃないかな?」

 

 悪いけど、ミサトさんの推理には一理も無い気がした。

 もしかしてロウソクの炎であぶり出すと、隠された文字が出て来るのかな?

 

「ワンコ君、この手紙には化学的トリックとかは使われていないと思うよ。それよりも姫と過ごした時の事を思い出した方がいいんじゃないかな。この中で誰よりも姫と長く一緒に居たのはワンコ君なんだから」

 

 マリさんに言われて、僕は14年前の事を必死に思い返した。

 そうは言っても、このリビングでしたとりとめの無い話とか、ほとんど覚えていない。

 学校ではどうだろう。

 印象に残ったのは、綾波がクラスの女子生徒たちに、鞄の中にあった教科書を盗まれて、学校の焼却炉で燃やされそうになった事件だった。

 焼却炉の前で綾波をいじめていた女子生徒たちに、アスカはこう言い放った。

 

『アンタ達みたいな間違った人間、アタシは大嫌いなのよ! アタシがその間違いを正してやる!』

 

 ネルフのシンクロテストの時も、アスカは『トップが好きで、二位以下は意味が無い』と話していた。

 

『間違いを正す』『(トップ)以外は意味が無い』

 

 この二つのヒントから、アスカの手紙に隠されたメッセージを読み解けないだろうか。

 

 

【挿絵表示】

 

 

 あたしのせいかくおぼえていますか?

 しんじいかりしんじさま。

 あたしはゆうびんはいたつのしごとをしています。

 まいにちはたらくのはたのしいすきです。

 げんきにけんこうにきをつけて。

 

 僕が思い付いたヒントをマリさんに伝えれば、直ぐにマリさんは答えを出すだろう。

 でも、僕は自分の力でアスカのメッセージを解きたかった。

 

「……ミサトさん、マリさん、手紙に隠されたメッセージ、分かりましたよ」

 

 そう言って僕はアスカの手紙の文字を指差した。

 

 

 




 シンジを巡って争うのがアスカとマリだとイメージが湧かなかったので、レイを登場させました。
 次回ではシンジだけなく、マリやレイも大胆な行動をします。
 この一話で収めたかったのですが、アンケートを取りたかったので、ごめんなさい。


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異伝 第三話 僕が選んだハッピーエンド(後編)

元々、二話でスッキリと完結させる予定でした。
アンケートを取りたかったのです、ごめんなさい。


 

【挿絵表示】

 

 

 あたしのせいかくおぼえていますか?

 しんじいかりしんじさま。

 あたしはゆうびんはいたつのしごとをしています。

 まいにちはたらくのはたのしいすきです。

 げんきにけんこうにきをつけて。

 

「……ミサトさん、マリさん、アスカの手紙に隠されたメッセージ、分かりましたよ」

 

 そう言って僕はテーブルの上に置かれたアスカの手紙の文字を指差した。

 まず最初の一文字は、『あ』だった。

 

「……なるほどね、私にも分かったよ」

「えっ!?」

 

 マリさんは納得した様子で頷き、ミサトさんだけが置いてきぼりを食った形になった。

 答えが分かっても、マリさんは僕に花を持たせてくれるようだ。

 

「次の文字は、『い』です」

「なるほど、これはアスカから、シンちゃんへのラブレターって訳ね!」

「そうとも取れるけど、微妙に違うんだよねぇ」

 

 ミサトさんは先走って、自分の想像でキーワードを作ってしまっているようだ。

 無理もない、僕もマリさんのヒントが無かったら思い付かなかっただろう。

 

「その次の文字は、『た』です」

「アイタッ! ミサトお姉さん、これは一本取られたよ」

「ふざけないでくださいよ……」

 

 僕は考える事を放棄したようにみえたミサトさんにため息をついた。

 

「ごめん、場を和ませようと思って」

 

 ミサトさんなりに、このアスカの手紙に隠されたメッセージの重さを察したようだった。

 

「前半部分の最後の文字は『い』です。これでミサトさんも気が付いたでしょう?」

 

 僕は赤いペンでアスカの手紙に丸印を付けていった。

 

 

【挿絵表示】

 

 

 

 

 

 

 

 たしのせいかくおぼえていますか?

 しんじかりしんじさま。

 あたしはゆうびんはいつのしごとをしてます。

 まいにちはらくのはたのしいきです。

 げんきにんこうにきをつけ

 

 

 

「あ い た い た す け て」

 

「こりゃあ、姫からのSOSの手紙だね」

「どうするつもりなの、シンジ君?」

 

 ミサトさんに尋ねられた僕の頭に、選択肢が浮かんだ。

 

 →アスカを助けにドイツへ行く

  このまま日本で綾波とマリさんと一緒に居る

 

 

 

 僕は上の選択肢を選んだ。

 

「アスカが僕に助けを求めているんです、行きます」

「……そう、シンジ君が決めたのならあたしは反対しないわ」

 

 ミサトさんに深くお辞儀をした僕は、アスカの手紙を取って、マリさんの横をすり抜けてミサトさんの家を出て行った。

 

「ちょっとワンコ君、まさか本気で姫を助けに行くつもりなの?」

 

 廊下で僕はマリさんに腕をつかまれて引き留められた。

 

「……仕事はどうするの? 恋人に会うために無断欠勤なんて許されるほど会社は甘くないよ? 特にワンコ君はたくさんのお客さんを抱えている。会社の評判も落ちて、お父さんの顔にも泥を塗る事になるんだよ。姫はいつか自分の力で立ち直れるって。だからワンコ君は姫の事を気にしないで、自分の幸せのためにここに居ればいいんだよ」

「それでも、僕はアスカを助けに行くよ」

 

 僕は振り返らずにマリさんにそう答えて、マリさんに掴まれた手を振り払った。

 

「他人のために自分の人生を棒に振るなんて、バカげているよ」

 

 マリさんは呆れた様にそう呟いた。

 でも数歩進んだ先で、マリさんはまた僕の腕をつかんだ。

 

「ワンコ君。レイちゃんだって、君が居なくなったらきっと悲しむよ。私はレイちゃんの友達として、ワンコ君にそんな事をさせるわけにはいかない。コロナウィルスが流行ってから、ドイツはもっと遠い所になっちゃったんだよ。気軽に行って帰って来れる場所じゃない。それに、姫と最後に会ったのは14年も前の事なんだよ? そんな昔の恋なんて、思い出として美化しているだけかもしれない。過去ばかり夢見ていないで、これからの人生の事を考えなよ。姫一人に執着するなんて、私は間違っていると思うよ」

「それでも僕はアスカに会いたい」

 

 僕はもう一度マリさんの手を振り払って、エレベータに乗ると、マリさんも追いかけて乗り込んで来た。

 

「ワンコ君、たまたま運命のめぐりあわせで、姫が魅力的な女の子に見えたのかもしれないけど、レイちゃんだって、私から見れば将来の伴侶として相応しい女性だよ。今の安定した生活や約束された未来を捨てて、姫を助けに行く……バカシンジだね」

「僕をバカシンジと呼んで良いのはアスカだけだよ」

 

 エレベータのドアが開くと、僕はマリさんを置いてコンフォート17のエントランスへと向かった。

 それでもマリさんは走って僕を追いかけて来る。

 

「ねえワンコ君、どうしてそこまで姫の事にこだわるの? 姫がワンコ君のためにしてあげられる事なんてほんの少ししかない。ドイツの田舎の小さな郵便会社で閑職に追いやられている姫のために、日本の大手不動産会社の営業部係長のワンコ君が時間を割くなんて、人生の無駄遣いだよ」

「アスカの事を悪く言うな。僕は見返りなんて求めていない」

 

 僕はだんだんとマリさんに怒りを覚えて来た。

 

「第一、ドイツに行って仕事はどうするの? ネルフグループの後ろ盾の無い、ドイツ語もろくに話せないワンコ君を許してくれるほど、社会は甘くないよ。一時的な感情に流されて人生を棒に振るような生き方をしたら……死ぬ時になって絶対に後悔するよ」

「……それでも僕はアスカを助けに行く」

「この分からず屋!」

 

 マリさんの怒鳴り声を背にして、僕はコンフォート17を立ち去った。

 自分の家に戻った僕は、スマートフォンでドイツに行く航空便の予約をして、旅立つ準備をした。

 コロナウィルスの感染者数が減って行動規制が緩和された今でも、航空便の予約はガラ空きだった。

 みんなコロナウィルスの再流行を恐れているんだ。

 僕もドイツに行ったら日本へは戻れなくなるかもしれない。

 でも僕はそんな事は恐れなかった。

 家を出ようとすると、マリさんが尋ねて来た。

 

「ワンコ君、ぐだぐだと長い事を言ってごめんね。ワンコ君が心の底から姫に会いたいって気持ちが分かったよ。感情に流されても、取り返しのつかない人生なんてないもんね。安定した生活にしがみついて生きるなんて、つまらないよね。やりたい事をやってから死んじゃえば、きっと後悔なんてしないはずだよね。……姫一人に執着するな、なんて言ったけど……正直羨ましい、ワンコ君と姫の事が。私、ひねくれた性格だから、ワンコ君が本当に姫の事を大事にしてくれるのか、試してみたくなったんだよね。だから、ワンコ君の本音が聞けて良かった。他の人に言われて信念を曲げるようじゃ、姫の事を任せられないと思ったんだ。じゃあね、姫を頼んだよ!」

 

 マリさんは笑顔でそう言うと、翻訳機やアスカの居る会社の社員寮までの地図を渡してくれた。

 他にも当面の生活費となるドイツの通貨であるユーロが入った封筒を受け取った。

 感情に任せて行動していた僕は、準備不足だった事に気が付いた。

 あのままドイツに行っていたら立ち往生していたに違いない。

 短時間で僕のドイツ行きを御膳立てしてくれるなんて、マリさんは感謝している。

 僕が自分の部屋を出ると、今度はミサトさんが立っていた。

 

「思い止まるならこれが最後のチャンスよ。ドイツに行ったら1週間、PCR検査で陰性が出ても隔離される。もうオメガ株まで出始めているご時世だからね。日本にトンボ帰りしても同じ。感染リスクを避けて、リモートでアスカと話して、直接会わずに今の生活を続ける事も出来るのよ。重症化して命を落とす事があるかもしれないし、シンジ君はこれからずっと今よりも不便な生活を送る事になる。それでもアスカに会いに行くの?」

「はい、それでも僕はアスカに直接会って抱き締めてあげたいです」

「そうね、後悔するのならアスカを助けてからにしなさい」

 

 ミサトさんは車で僕を空港まで送ってくれると言う。

 学校の授業はどうしたのかと尋ねると、自習にしたと話した。

 きっとミサトさんは減給を食らうだろう。

 でも僕はミサトさんとマリさんの協力に感謝した。

 

「……アスカ、大丈夫かな」

 

 僕にSOSの手紙を出すと言う事は、かなり心が折れてしまっているのだろう。

 

「シンジ君が来るまで、持ちこたえているわよ。そう祈りましょう……」

 

 ミサトさんはそう言って十字架のペンダントを握り締めた。

 

「ミサトさんがずっとあの家に住んでいてくれてよかったです。じゃなかったら、アスカの手紙は届かなかっただろうから……」

「まあ第壱中学校から近いって言うのもあったしね。旦那は記者だから、住むところは関係ないみたいだし」

「加持さんは、どんな仕事をしているんですか?」

「うーん、汚職事件を調べているとか。詳しい事は身内にも話せないのよ」

 

 加持さんは国民のために立派な仕事をしているんだな、と僕は感心した。

 それに比べて僕は父さんのすねをかじっているだけ。

 自分は毎日忙しく仕事をしているけど、もっと他にやりがいのある仕事もあるかもしれない。

 ハウスメーカーの営業マンの離職率が高いのは訳があるのかな……。

 

「さあついたわよ、途中までしか見送りが出来なくてごめんね」

「仕方ないですよ、ミサトさんまでPCR検査を受ける必要はないですから」

 

 ここで陽性反応が出たら僕はドイツへは行けなくなる……。

 ドキドキしながら結果を待つと、幸いにも陰性だった。

 陰性証明書とワクチン接種証明書を見せて僕は旅客機に乗ることが出来た。

 ガラガラとした機内は静かで空気も重苦しい。

 親しい友人同士もソーシャルディスタンスを取らなければいけないのだ。

 機内ではアスカに会えると言う期待による気分の高揚よりも、今まで色々あって疲れた疲労感の方が勝った。

 静寂に包まれた機内でわずかに聞こえる物音が子守唄のように僕を誘って、僕は長い眠りに落ちて行った……。

 

 

 

 空港でのコロナウィルス対策の隔離期間、僕はアスカの近況について調べた。

 アスカの勤めている郵便会社があったのは、ネルフグループ・ユーロ支社がある都市の郊外にある寂れた田舎町だった。

 どうしてもっと支社の近くに郵便会社を作らなかったのだろうと僕は思ったけど、田舎町にあった郵便会社をネルフグループが吸収合併したらしい。

 潰れかけた郵便会社を救済するための地域貢献活動だとネルフは説明しているが、僕にとってはそんな事は関係無い。

 僕が怒っているのは、アスカが郵便会社から100km離れたユーロ支社まで支社長宛ての郵便物を自転車で5時間かけて届けさせられていると言う事だ。

 往復だと200kmで10時間。

 明らかに労働基準法違反だと指導が入ったらしいけど、時速25kmで走行すれば往復8時間で違反にはならず、支社長宛ての郵便物が無い日は休みにしているので休憩も休日も問題は無いと詭弁がまかり通っているようだ。

 僕が同じような仕事をさせられたら、心が壊れてしまうだろう。

 どうしてアスカはそんな酷い仕事を辞められないんだろう。

 そこにはユーロ支社長のワイスマンの圧力と、イエスマンで無能上司のアサヒの洗脳があるらしい。

 僕は心理学者じゃないけれど、毎日バカだバカだと言われ続けると、言われ続けた人は委縮して、能力が落ちてしまって、自分で考える事を止めてしまうらしい。

 さらに上司のアサヒはたまにアスカを褒める事で、アスカの反抗心を抑えていた。

 砂漠を歩き続けている人間に、一杯の水を与えて感謝させる。

 その苦しみの元凶は、その相手だと言うのに、何て酷い手を使うのだと僕は憤った。

 ワイスマンとアサヒを叩きのめして跪かせてやりたい、でもアスカを助けに行く方が先だ。

 

 

 

 僕はアスカの居る郵便会社の社員寮へ行くと、空いていた窓から中へと入った。

 ボロボロの社員寮は、人が住んでいるのか疑わしいくらい静まり返っていた。

 炊事場を見ると、シンクに蜘蛛の巣が張っている。

 長い間使われていなかった証拠だ。

 果たしてここは社員寮と呼べるのだろうか……。

 空き室ばかりの廊下を進んで行くと、突き当りに入居者が居るらしき部屋を見つけた。

 ドイツ語は読めないけど、ネームプレートには『式波・アスカ・ラングレー』と書いてある気がする。

 間違ったら、謝って逃げればいいか。

 僕は部屋の腐りかけた木のドアをノックした。

 部屋の中からの返答はない。

 留守なのかな、と思ってドアノブを捻ると、鍵は掛かっていなかった。

 不用心だなと思いながらも部屋の中に入ると、色気の無い古着を着た女性がベッドで寝息を立てていた。

 髪の色からアスカに間違いないと僕は思った。

 どうしよう、疲れて眠っているアスカを起こすべきかと悩んだけど、一刻も早くアスカと話したいと言う気持ちの方が勝った。

 

「アスカ、ねえ起きてよアスカ」

 

 僕はアスカに覆いかぶさる形になり、両肩に手を置いて揺さぶった。

 目を開いたアスカの瞳は蒼く濁っていたが、僕の顔を見ると、瞳はスカイブルーのように青く光り輝いた。

 

「シンジ、シンジなの!?」

「うん、手紙を読んで来たんだよ」

 

 僕がそう答えると、アスカはこれが夢では無いと確かめるかのように力強く僕を抱き締めた。

 お互いの体温や息遣い、心臓の鼓動を感じる。

 そしてアスカの体臭はとても汗臭かった。

 

「悪かったわね、シンジが今日来ると分かっていたらシャワーを浴びていたんだけど」

 

 ドイツでは毎日入浴すると言う習慣が無いのだと言う。

 

「社員寮で誰にも顔を合わせる事もないしね」

 

 このボロボロの社員寮にはアスカだけしか住んでいないらしい。

 会社では臭いと言われるから仕方なく最低限の身だしなみはしているが、社員寮に戻ってからは体たらくだった。

 

「シンジ……本当に会いたかった」

「僕もだよ」

 

 アスカは僕を抱き締める力を緩めなかった。

 200kmの郵便配達をしているだけあって、引き締まったアスカの均整の取れた身体は見かけによらず、僕よりも筋力があった。

 僕はこの後、再会を喜んで抱き合って甘い時を過ごすのだと考えていた。

 でもアスカの行動は僕が思ったよりも直情的だった。

 アスカは僕のズボンを脱がし始めたのだ。

 僕は抵抗しても、アスカの力には逆らえない。

 助けを求めようにも、この社員寮には僕とアスカの他に誰も居ない。

 さらにパンツまで脱がされた後、アスカは自分の下着も脱いだ。

 

「……それで、この後どうやるんだっけ?」

「えっ!?」

 

 不思議そうな顔で呟くアスカに、僕も驚いた。

 

「……アスカが未経験だとは思わなかったよ」

「仕方ないでしょ、14歳で気を失って、目を覚ましたら28歳だったんだから。シンジこそ、コネメガネやレイとヤった事あるんじゃないの?」

「僕は綾波やマリさんとそんな関係じゃないよ」

 

 結局僕とアスカは服を着直してベッドで抱き合う事になった。

 3月のドイツの夜、暖房設備も壊れた社員寮のこの部屋は寒かったんだ。

 お互いの温もりを感じて抱き合っているだけで、とりあえずは幸せだった。

 14年間の空白を埋めるかのように、僕とアスカは求め合った。

 

「いつまでもシンジとこうして居たいけど、仕事に行かなくちゃ」

 

 朝になると、アスカはベッドから体を起こして着替え始めた。

 

「アスカ、こんな事を続けていちゃダメだ。分かっているから僕に手紙を出したんだろう?」

「でも、今のアタシに出来る仕事はこれしかないから……逃げちゃダメだって、シンジも言ってたじゃない」

「逃げても良い時もあるんだよ」

 

 僕が優しくアスカの手を握ると、僕の大好きな力強いアスカの笑顔が戻って来た。

 アスカと僕は自転車の二人乗りでアスカの勤める郵便会社へと向かった。

 毎日のように200km走行する赤い自転車は手入れが行き届いていた。

 今はこの赤い自転車がアスカにとっての弐号機なのかもしれない。

 

「いいか、郵便物を正確に届けると言うのは世の中にとって重要な仕事だ」

 

 郵便会社のアスカの勤める部署では上司のアサヒが従業員に向けて朝礼を行っていた。

 僕とアスカは勢い良く入口のドアを開けた。

 

「こら式波、また朝礼に遅れやがってなめてんじゃねーぞ。朝礼に遅れていいのは3度までって規則で決まってんだ。また遅れたらクビだからな」

「クビ上等よ、こんな所、辞めてやるわ!」

 

 アスカに言い返されたアサヒは驚いてグッと言葉に詰まった。

 

「フン、お前をリストラしたら、ワイスマン社長に睨まれる事になっちまうが……お前の方から辞めるのを慰留しろとは言われていない。で、お前みたいなバカを雇ってくれそうな会社の目星は付いているのか? 無いんだろう? そんなんでこの先どうやって生きて行くつもりだ。まあ、お前が野垂れ死にしても俺には関係ない事だ」

「そんな事はさせません、アスカは僕が守ります」

 

 後ろで見守っていた僕はグイっと前に出てアサヒを睨みつけた。

 僕の着ていたスーツを上から下まで値踏みするように見たアサヒは笑いを浮かべた。

 

「企業の御曹司でも捕まえて、玉の輿にでも乗ったつもりか?」

 

 アサヒは僕がネルフグループの会長碇ゲンドウの息子だとは全く気付かないようだ。

 

「ぐぁっ!」

 

 僕が顔をぶん殴ると、アサヒは情けない声を出して気絶した。

 従業員たちがぼうぜんとする前で、僕はアスカの手を取って駆け出した。

 青空の下、僕達は町を離れて山の方へと走った。

 

「暴行罪で訴えられるかもしれないわよ」

「だから逃げ出したんだよ」

 

 僕は笑顔でアスカにそう答えた。

 これから僕はアスカとずっと一緒に居る。

 それが僕の選んだハッピーエンドだ。

 

「さあ、もっと遠くに逃げよう」

「どこに逃げるおつもりですか? あなた方に逃げ場は無いのですよ」

 

 気が付いたら僕たちはネルフグループのSPに取り囲まれてしまった。

 そのSPの中心に居る眼鏡を掛けた男がワイスマンだと僕には分った。

 アスカに嫉妬し、目を覚ましたアスカを苦しめ続けたクズ男。

 

「二人とも職場放棄して無断欠勤とは社会人として失格ですね」

「アタシは仕事を辞めて来たのよ! 文句ある!?」

「……気に入らない、反抗的な目だ。せっかく心を壊しかけたと言うのに……」

 

 ワイスマンはアスカだけで無く、僕にまで憎悪を込めた視線を向けて来た。

 

「逃がしませんよ、式波・アスカ・ラングレーさん。あなたには新しい仕事を紹介しましょう。毎日午前中にショベルで穴を掘って、午後にそれを埋める仕事です。サルにでも出来る簡単な仕事でしょう?」

 

 僕はアスカが目標に向かって努力する事を惜しまない素晴らしい女性だと知っている。

 そのアスカの長所を殺すような仕事をさせるなど、ワイスマンは嫌味を言うだけのアサヒに比べ物にならないほど陰険な人間だと感じた。

 

「碇シンジさん、あなたは日本に強制送還させて頂きます。御父上の耳に入れば、二度とドイツの地を踏む事が出来なくなるでしょう」

 

 普段の父さんなら、さすがに僕を入国禁止処分にまでする事は無いだろう。

 でも僕はアスカをいじめたアサヒに顎パンチを食らわせてしまっている。

 ワイスマンはその件を足掛かりに、やってない事まで捏造して僕の罪を大きくするだろう。

 嘘は真実が一部でも混じっていると信じられやすくなってしまう。

 自業自得とは言え、感情に任せて行動した結果だった。

 でもきっと怒ったアスカがアサヒに手を出してしまっただろうから、大好きな女の子を守っての行動だ、僕は殴った事は後悔していない。

 

「これで二人は永遠に会う事は出来なくなるでしょう。いや、私や碇会長が亡くなればまた何十年後に会えるかな? 14年も待てたのですから、楽勝でしょう。織姫と彦星さん?」

 

 僕とアスカを取り囲んでいたネルフのSPは僕たちを拘束しようと近づいて来た。

 

「いやーっ! 助けて、シンジ!」

「アスカっ!」

 

 でも次の瞬間、ネルフのSPは素早く飛び込んで来た影に蹴散らされた。

 

「何が起きたのです!?」

 

 自分の部下たちが伸びて気絶してしまったのを見て、ワイスマンは慌てふためいた。

 

「正義の味方、エバームーン! 月の名のもとに成敗!」

「普通にミサトさんじゃないですか」

「……今は昼間よ」

 

 助かって気が抜けた僕とアスカは冷めた気持ちでツッコミを入れてしまった。

 

「残ったのは大将のあんた一人だけど……あたしと戦ってみる?」

「くそっ、またしても邪魔が入るとは……!」

 

 ワイスマンが逃げ出すと、気絶から立ち直ったネルフのSPたちも一目散に山から下りて行ってしまった。

 

「あらまあ、逃げ足だけは早い事」

 

 ミサトさんはそんなワイスマンたちの背中を見て、そう呟いた。

 

「助けてくれてありがとうございました」

 

 僕はピンチに駆け付けて来てくれたミサトさんにお礼を言った。

 

「アスカ、あんたも思ったよりも元気そうじゃない」

「シンジが来てくれたおかげよ」

 

 アスカがそう答えると、ミサトさんは満足気に微笑んだ。

 

「でもどうしてミサトさんがここに?」

「シンジが心配になって追いかけて来たとか?」

「いいえ、あたしの目的は別よ。レイ、出ていらっしゃい」

 

 ミサトさんが声を掛けると、木の陰から綾波が出て来た。

 アスカの表情が曇ったのが分かった。

 

「レイはね、シンジ君がドイツに行ったと聞いて、追いかけて会いたいって、あたしを頼って来たの。あたしにとっては三人とも可愛い弟妹みたいなものだからね。レイのお願いを断る事が出来なかったのよ。レイの話も聞いてあげて」

 

 ミサトさんが困った顔で僕に頼んだ。

 僕も綾波の事を全く無視して突っ撥ねるわけにはいかない。

 綾波は僕にゆっくりと近づいて来て、アスカ・僕・綾波と等間隔で並ぶ事になってしまった。

 ミサトさんとアスカも黙って見守る中、綾波は僕の目を見つめて話し始めた。

「私、勇気を出して言うわ。碇君の事を愛してる。碇君は優しいから、式波さんに助けを求められたら放って置けないのは分かってる。私は、碇君の優しさのおかげで変わる事が出来た。他の人とも話せるほど強くなった。これからは私がずっと、碇君の側で支えてあげたいって思ってる」

 

 綾波が僕への強い思いを語ると、アスカも改めて僕への気持ちを吐き出した。

 

「アタシは気が強くて、素直に感謝の言葉が言えなくて、人と衝突して嫌われてばかり。だから、シンジみたい優しくアタシのワガママを受け止めてくれる人が……アタシには……必要なの。だから、アタシと一緒に来て……」

「式波さんには悪いけど、幸せは日常の中にあると思う。日本に帰って、マリさんと私とお酒を飲みながら、また楽しく話をしましょう。今ならお父さんだって許してくれると思うわ。私も碇君と一緒に謝るから」

 

 アスカも綾波も、潤んだ瞳で僕を見つめて来る。

 宛ての無い逃亡生活か、それとも日常生活を取り戻すのか。

 僕はアスカと綾波の間で板挟みになってしまった。

 ワイスマンと言う男は異常なまでにアスカに執着している。

 僕がアスカから離れれば、会長の息子である僕に手出しはして来ないだろう。

 これ以上逃亡生活を強行すれば、父さんも僕を見捨てるかもしれない。

 

「アタシがシンジを想う気持ちは誰にも負けない! アタシはワガママでシンジを振り回してばかりで、助けて欲しいって身勝手な手紙を出して、シンジの日常を壊してしまったわ。だから、シンジに手紙なんか出すんじゃなかったって落ち込んだりした。でも、アタシはシンジにまた会えて嬉しかった! 会えずに後悔するよりマシだったわ」

 

 アスカは強い目力で綾波を睨みつけたけど、綾波も負けないくらい強い眼差しで見つめ返した。

 

「私は式波さんと違って、14年近くも一緒に居る。マリさんも。だけど、碇君の気持ちが全て分かるとは言えない。でも、中学校を卒業して同じ高校や大学に進学して、一緒に碇君のお父さんの会社に入って、お仕事の終わりにお酒を飲んだりした。式波さんは知らないでしょうけど、私、碇君のお陰でお肉も食べられるようになったのよ。私は碇君と色々積み上げた日常の生活がある。碇君に会えて満足したのなら、もうこれ以上碇君を惑わすのは止めて」

 

 だけどアスカは首を横に激しく振って拒否の態度を示した。

 

「嫌よ! せっかくシンジに会えたんだから、もっとたくさんアタシの話もしたい、シンジの話も聞きたい、楽しい事もしたい! 一緒に夢を追いかけたい!」

「式波さんが夢に人生を捧げるのは素晴らしい事だと思うけど、碇君を巻き込まないで。安定した日常生活の中にも小さな幸せはあると思うわ。仕事をして、可愛い奥さんと結婚して、子供が生まれて……ささやかな夢だけど、碇君は叶えたいと思わない?」

「シンジはアタシの事、どう思っているの? やっぱり、はねっ返りでうざったいとか思っている? でも、これがアタシの性格だから無理して変えようとは思わないからね!」

「私は、碇君が望むなら、頑張って自分を変えてみせるわ。苦手なお肉だって食べられるようになったもの……」

「アタシは、簡単に自分を変えるつもりは無い! シンジが好きになったのは今のアタシなんだから。それじゃあシンジがアタシの事を好きになったのがウソになるじゃない。友達が出来なくても、シンジが居てくれればいい!」

 

 アスカと綾波の言い争いはヒートアップして、僕とミサトさんに口を挟む暇を与えてくれなかった。

 

「碇君は、私の居場所を作ってくれた。ヱヴァが無くても、私はここに居てもいいんだって。一緒に学校に行って、会社でお仕事して良いんだって。だから、私は大好きな碇君のために何かしたいって思っているの。お願い、帰って来て」

「アタシだってシンジが必要なの! シンジが居ないとアタシ、また心が折れてしまいそうなの……」

 

 ワイスマンがまたアスカを捕えようとする危険性は十分にあった。

 今はただ、ミサトの強さに圧されて一時退却しただけだ。

 

「あのワイスマンやアサヒにいじめられても、シンジに会えるかもしれないって思ったから頑張って来れたのよ! アタシはレイみたいに料理も掃除も洗濯も出来ないけど……ちょっとずつ頑張るから……」

 

 そう言ってアスカは号泣した。

 僕がアスカの涙を見たのは二度目だ。

 一回目は僕と再会した時の嬉し涙。

 今のアスカは鼻水もすすって綺麗な顔だとは言えなかった。

 

「アタシはシンジに全部合わせる事なんて出来ないと思う……だけど、一緒に居させて」

 

 アスカはそう言って僕の手を掴んだ。

 

「碇君、私は……碇君の側に居る事が出来るなら……それ以外は何も望まない。お嫁さんになるのが無理なら……それでもいい。愛人でも妾でも、身体だけの関係でも……。でも、碇君も私の事を好きになってくれたら……嬉しい。碇君は、私の事……好きじゃないの……?」

 

 綾波も目から涙をポロポロと流して僕を見つめた。

 僕が綾波とマリさんと過ごした14年間は楽しかった。

 綾波の言う通り、学校でも会社でも色々あった。

 会社の仕事が忙しくて疲れて帰って来た時も、本当の奥さんのように世話をしてくれた。

 僕は綾波に甘えていた。

 そんな綾波を好きじゃないなんて言えるわけがない。

 僕が頑張って作った料理で綾波が肉が食べられるようになったのは嬉しかった。

 

「碇君、私たちの所に帰って来て……」

「シンジ、アタシと一緒に行こう!」

「碇君、碇君、お願い……!」

「アタシにはシンジが必要なの!」

 

 綾波とアスカは僕の手を掴んで激しく揺さぶる。

 ……決断の時が迫っていた。

 僕はアスカか綾波、どちらかを選ばなければならない。

 本当に、後悔しないな?

 頭の中の僕が問い掛けた。

 

「シンジ!」

 

 僕は綾波に背中を向けて、アスカを抱き締めた。

 これが僕が出した答えだ。

 アスカは嬉し涙を流しながら、抱き合っていると言うのにピョンピョンと飛び跳ねた。

 

「まあ、アタシを選んでくれると信じていたけどね」

 

 アスカは喜んでくれたけど、背中の向こうで泣いている綾波の事を思うと素直に喜べなかった。

 

「さあレイ、帰りましょう」

 

 ミサトさんがうなだれている綾波に声を掛けた。

 綾波にはミサトさんやマリさんが居る。

 ……僕が居なくなっても綾波は立ち直ってくれる。

 分かってる、これは自分勝手な僕の考えだ。

 

「シンジ君、アスカ。ドイツに居る限り、ワイスマンはアスカを捕えようと追っ手を放って来るわ」

「じゃあ国外へ逃げろって事ですか?」

 

 ミサトさんは綾波を胸に抱きかかえながら、僕の質問にイエスと答える仕草をした。

 

「ネルフユーロ支社の、ワイスマンの力が及ばない国が一つだけあるわ。永世中立国のスイスよ」

「スイスに行けば、アタシたちは助かるのね?」

 

 アスカはそう言って目を輝かせた。

 だけどミサトさんは厳しい表情で僕たちにこう言った。

 

「でも空港も国境もワイスマンの目が光っている。網に掛からずに抜けるのは難しいわ」

 

 そこまで話したミサトさんは、僕たちの居る山のさらに奥を指差した。

 

「この山を越えれば、スイスへと抜ける事が出来るわ。ワイスマンもそこまではまだ検問を敷いていないはずよ」

 

 ミサトさんはそう言うと、抱いて慰めていた綾波をなだめてコートを脱がし、自分の着ていたコートも脱いで、着けていたマフラーと一緒に僕とアスカに渡した。

 

「3月のドイツとスイスの国境は、まだ雪の解けていない冬山よ。気を付けて行きなさい」

 

 僕とアスカは感謝しながらミサトさんと綾波が着ていたコートを身に着けて、一枚のマフラーをお互いの首に巻いて共有した。

 

「大丈夫、アスカ?」

「寒くないわ、シンジが側に居るから」

 

 そう答えるアスカの顔は火照ってるように見えた。

 僕とアスカはミサトさんと綾波に明るい笑顔で手を振って、自由への一歩を踏み出した。

 山道なんて怖くない、僕とアスカの前には希望が満ちているのだから。

 

 

 




今回、シンジはアスカと二人でスイスに逃亡する事を選択しました。

参考:東京都都庁から約100km圏内(群馬県前橋市・茨城県水戸市など、富士山の少し手前)
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