いつか終わるその日まで (春夏冬 秋人)
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不死の旅路
第** 死と終わり


お引越し開始。


物事が生まれる、または始まるにはまず終わりがなければいけない。終わりがあるから始まりがある、それはすべてにおいて絶対である。

 

 

 

 

 世界とてそれは例外じゃない。

 

 

 

 

 例外などありえない。

 

 

 

 

 例外なんてあってはいけない。

 

 

 

 

 死とは一つの終わりだ。

 ただ勘違いしてはいけない、それはあくまで一つであってスベテではないということ。

 たとえば人が(仮にこの人の名前をAとする)一人死んだとする。そうすると、当然者から物へ成り下がり人生は終わる。

 たしかに死んだことにより『生』を失いAの人生は終わった、でも『A』という人間の元の元の元の元は死んでいない、いや終わっていない。『それ』は『A』が死んだ後もまた新しい『モノ』を作り出す、簡単に言えば、生まれ変わりである。もちろんそれは完全な『A』ではない、だが『A』と元は同じであり無意識よりもさらに深いところではあるが、たしかに少しだけでも『A』の記憶、経験などは残っている。いわば『A』の別の可能性なのである。

 死は『A』の中の人生という一つを終わらせただけであり、すべてを終わらせたわけじゃない。すこしだけだが『A』はまだ続いているのだ。終わりとはすべての果て、結果だ。果てには続きがない、続きがないから終わりである。逆に言えば続いてる限り終われない。つまり――死んだだけじゃ『A』の元はまだ続いてるため終わっていない――ということになる。

 死も一つの終わり、世界で生きるには生まれる前に死を決定付けられる。不死など存在しない――だが。

 

 

 

 

世界は不完全である(・・・・・・・・・)

 

 

 

 

 そのためどうしても不具合が、バグがでてしまう。それは世界に生きながらも、世界からの影響をほとんど受けられない存在。存在として、生き物なら生き物として、致命的な欠陥があるにもかかわらず認められている、認識されている異常。

 たとえば、本来死がない『モノ』は生き物ではない『何か』だ。つまり不死者は生き物ではなく現象に近いモノ、それにもかかわらず『生』があって『死』がない不死者が生き物として認められている、認識されている。これは異常だ。世界にありえるはずがないモノが存在するのはりっぱな――りっぱというにはおかしいが――バグ、不具合だ。

 この世界にはそんなありえない『モノ』が存在する。

 不死者(ふぐあい)を『殺す』には『終わらせる』か『直す』しかない。

 

 

 

 

 そして四月の終り。死に焦がれた哀れな不死者(かれ)自身(すべて)の終わりと出会う。

 忘れ去れた廃倉庫。終わりの灰色の中でソレは哂う。

 

 

 

「殺して、魅せようか」

 

 

 

 永い、永い旅路の果ては今ここに――。

 




できることなら終わるように消えて死にたい。
しかし不死の旅路に『死』の終わりは訪れず――。


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第一幕 日常

 真夜中。もう起きている人間があまりいない街すら眠っている時間に、美しい女性がビルの屋上の淵に月を背に立っていた。

「やっと、みつけた」

 腰まで届く美しい白い長髪が風で揺れるたび、月の光を浴びた雪のように輝く、それは童話にでてくるお姫様の様な美女だった。

 彼女は街を見下ろしながら、否、ある一点をみつめながら呟く。

 ――ミツケタ。

 その瞳にはとあるアパートの一室が見えている。だがそれはおかしい、人間には見えない距離のはずだ、なのにその彼女の瞳にははっきりと見えていた。

 その一室に居るのは高校生くらいの一人の青年。

 彼女はただひたすらに一心に見詰めていた。

 ふと風が吹く。

 その風に押されたように彼女の体が傾き、倒れる。

 ――落ちる。

 ――堕ちてゆく。

 白い彼女は雪のように闇に溶けていった。

 その顔に愛しい人を見つけた恋する乙女のような笑みを浮べながら。

 

 

 

               ”  ”

 

 

 

「・・・て」

 なにか聞こえる・・・うるさい。

「・・きて」

 うるさいな、誰だよ――まぁ誰だかわかってるけど――俺の安眠を邪魔しないでくれ・・・せめてあと5、6時間は寝かせてくれ。

「起きて」

 ・・・あれ?おかしくないか?なんで?『コイツ』が俺の家に――!?

 あわてて跳び起きる。眠気なんざ一瞬で消えた、横を見るとそこには――

「なんでおまえがここに居るんだ?不法侵入者の立花《たちばな》 雫《しずく》サン?」

 黒を基調とした上着に黒に赤のチェックのプリーツスカート、星高の制服を着た幼馴染の少女に問う。

「・・・起こしに来た」

 無表情で答える不法侵入者。

「・・・わかった質問を変える。おまえ――どうやって俺の家に入った?」

「・・・普通に玄関からだけど?」

 腰まで届く綺麗な銀髪を揺らし、そのかわいい顔に表情ひとつ浮かべずに小首を傾げながら言った。それはまるで無表情なのもあって人形のようだ。

「・・・鍵がかかってたはずなんだが?」

 雫をかるく睨みながら言う。

 俺はちゃんと鍵をかけた。一人暮らしだから内側から鍵を開けられるのは俺しか居ないし、俺は寝てたから鍵をあけられない。なのに・・・どうやってドアを開けた?昨日ならまだしも今日は開けられないはずだ。

「・・・普通に合鍵で開けたよ?」

「何で持ってる!?」

 俺は合鍵を渡していない。それどころか俺は合鍵を作ってすらいないし、鍵屋のおっちゃんに誰に頼まれても合鍵は作るなって言ってある。

 そもそも――。

「そもそもなんで昨日までの鍵じゃなくて今日の鍵をおまえが持ってんだよ、昨日の夜中に鍵換えたばっかりなのに!」

 あまりに不法侵入されるから不意打ちで変えたのに!

「作ってもらったから」

 裏切ったのか・・・おっちゃん。

 さも当然だというふうに言った幼馴染の言葉を聞きながら愕然とする。

「・・・か、鍵屋のおっちゃんには作らないように頼んどいたはずだ・・・いくら積まれても作らないって約束した・・・はずだ」

 うめくように言う。

 それを聞いて雫は少しあきれたように。

「・・・わたしは『立花』だよ?」

 立花グループ――超大手財閥で、もはや立花が関っていない事業はないといわれるほどで、この国の財政を実質握っているのは立花グループだと言われている。――その一人娘の言葉には、確かな重圧がある。さらに俺を諭すように。

「・・・だから刃が鍵を変えたのも知れるし作れる。たしかに・・・あの人はいくら積んでも作ってくれなかったけど・・・」

 その言葉に俺はうれしくなった。

 おっちゃんあんたすげぇよ・・・ありがとう!

 雫のことだから結構な大金を用意したんだろう・・・おっちゃんは金の魔力に負けずに約束を、信用を守ったのだ。

 でもそれならなんでこいつは鍵を持ってるんだ?あの鍵はおっちゃんしか作れないはず。

「じゃあなんでおまえ・・・」

「・・・作らせたから、その鍵屋の人に」

「は?おまえいま・・・」

「積んでだめなら崩せばいい、入れてダメなら抜けばいい・・・よく言うよね”押してダメなら引いてみろ”って・・・ちょうどあそこ立花の系列だったから・・・ね?」

 つまり・・・こいつは・・・脅したのか・・・!

 なんてことしやがる!こいつは悪魔か!?学校や仲間内じゃ月姫ってあだ名が付いて呼ばれてるのに!(それを付けたのは俺だけど!)うわー信じらんねー。

 ドン引きである。いくら金持ちでもやっちゃいけないことってあるだろうに・・・。

 おっちゃん・・・ごめん。

 俺は心の中で謝る。いやほんと申し訳ない。

「おまえ・・・マジありえねー・・・」

「・・・それほどでもない」

「褒めてねぇ!!」

 無表情だがちょっと照れたふうな雫の頭をはたく。

「・・・いたい」

 ちょっと涙ぐんだ(だけど無表情!)目でこっちをみる・・・ちょっとかわいい。

「・・・はぁ~」

 重く長いため息を吐く

「ああもういいやあきらめた・・・めんどい」

 いやもう・・・好きにしてくれ。

 雫は立ち上がりながら。

「ん・・・じゃあ早く着替えて来て、朝ごはんできてるから・・・」

「はぁ・・・、いつも悪いな・・・つか何度も言ってるけど別にそこまでやってくれなくてもいいんだぞ?」

 つか何もやんなくてもいいんだぞ?

「・・・私も何度も言ってるけど私が好きでやってるからいいの」

 とそこではじめて表情が変わる。少しだけ微笑んだ。俺はつい見とれながらうなずいた。

「・・・じゃ、しかたないな・・・!?」

 そこまで言って、あわてて枕の横にある携帯を取って時計を見る。7時55分―いつも俺が起こされてる時間だ。

 安堵すると同時に不思議に思う。けっこう話してたはずなのに?

「・・・計算どうり、少し早めに起こしに来てよかった」

 雫がイタズラが成功したように言う。

 まったく・・・本当に完敗だ、こいつにはマジでかなわねぇー。

 部屋を出て行くその同い年とは思えない小柄な背中を横目に苦笑しながら見送った。

 

 

 

 

 

 朝食を食べ終えて学校へ登校。

 隣にはあたりまえのように雫が歩いてる。

 周りに俺たちと同じ黒を基調とした星見《ほしみ》学園――通称星高――の制服を着ている学生はほとんどいない。そもそも学生がほとんどいない。

 俺達が登校する時間はかなりギリギリで、俺達よりか遅いと遅刻するという噂たつほど――まぁ合ってるんだけど――いつもギリギリで登校している。そのため俺達を見つけた学生たちは、だいたい急ぎ足で行ってしまう。

「・・・・」

「・・・・」

 二人して無言で歩く。

 だが気まずくない、むしろ安心する。

 そんな風に二人で登校した。

 そういや今日はあいつ来なかったな・・・寝坊でもしたか?

 そんなことを思っている間に俺達の教室に着く。

 キーン、コーン、カーン、コーン。

「うーす」

「おう」

「はよー」

「今日もギリギリね」

「・・・ん」

 クラスメイト達と挨拶を交わしなが俺達はそれぞれ自分の席へ向かう、自分の席についたら隣の席にいた男から声をかけられた。

「よう・・・夫婦仲良くご登校ご苦労さん」

 などと言ってきた我が幼馴染、天野(あまの)(しき)に呆れながら。

「ういー・・・てかおまえも飽きないなぁ、

そういうのじゃないって知ってるだろ?ただの幼馴染だよ」

「ただの・・・ね」

「んだよ?」

「いやなに、そう思ってるのはお前だけだと思っただけだよ。ただの幼馴染がほぼ毎日起こしてくれたり、飯を作りに行くとは思えないしな。それに・・・」

「・・・それに?」

「同じ幼馴染の俺のとこには来てないし?」

「おまえんとこは起こしに行ったり、飯つくりに行く必要ないだろ!!」

「まぁたしかにそうだけどな・・・あれとはちがうんだよ・・・」

 あーむかつく。

 全国男子高校生のあこがれ、美人メイドを侍らせてるくせに・・・!

 こいつの少し短めの髪をむしりとりてー・・・いや掴みにくいからやめておくか。ここは・・・あの切れ目の鋭い目をした――ぶっちゃけ目つき悪いだけだが――こいつのイケメンフェイスをボコボコにしてやろうか・・・女子やこいつの妹とかに殺されるからやめておこう。

 ボウリョクッテイケナイヨネ!

「そ・・えば・・・今日・・とはいっしょ・・・ないのか?」

「・・・んあ?なんだって?」

「今日は妹とは一緒じゃないのか?」

「ん?いや今日は俺ん家に来てない・・・、まだ来てないのか?」

 そういや俺ん家に来なくても俺が教室に入ってきたらまっ先に話しかけてくるやつが二人ほどいないな。

「来てないな・・・てっきりお前たちと一緒にギリギリで来ると思ったんだが・・・」

「寝坊でもしたんじゃないか?まぁうちの担任来るの遅いから・・・運がよければ大丈夫だろ」

「まぁそうだな、あのバカならともかく真夜《まや》なら大丈夫だろ」

 と話題には出したが二人して流すことにした。

 考えてもしかたがないしどうにかなるだろ。

担任はまだ来ない、チャイムがなったのは俺達が教室に入ったときだから、もうかなりたったんだけどな・・・。

 ガラ!!

 ドアが勢い良く開く。

 担任が来たかと思ってドアのほうを見る。

「ぜぇ・・・はぁ・・・はぁ・・・ケホ・・・」

 そこに居たのは肩で息をしてる、快闊《かいかつ》そうな目をした茶色っぽい黒髪ショートヘアーの星高の制服を着た美少女だった・・・、過去形である。元は美少女と呼ばれる人種なんだろうけど、全力疾走してきたのか髪は跳ねてて顔も汗だくでいろいろ台無しだ。もちろんこの少女が担任・・・なんてことはない。

 俺の義妹、月翔(つきかけ)真夜(まや)だ。

 ・・・あ、志村ーうしろー。

「っはぁ・・・間に合った・・・?」

「間一髪だな」

「!?」

 真夜が驚いて飛び跳ねる。

 ・・・まぁそりゃ後ろからいきなり担任の声が聞こえたら驚くわな。

「ほら早く席に着け、遅刻にするぞ?」

 低く響くような声が教室にいきわたる。

「は、はい!」

 慌てて席に向かう。

 目があった・・・ニヤリ。

 とりあえずからかうように笑ってみた。

 ギロッ。

 睨まれた。

 超こえぇぇ。

「出席をとる・・・」

 ガラ!!。

 また勢い良くドアが開く。

「ギ・リ・ギ・リ!セェイフッ!!」

 ツンツン頭のバカが飛び込んできた。

「・・・いやアウトだからな?」

「なにぃぃぃ!!」

杉崎(すぎざき)(しん)、遅刻っと」

 死の宣告。あのバカにはきっと名簿帳がデ○ノートに見えたことだろう。

「ちょっと待ってください!」

「なんだ?言い訳か?よし、面白かったら遅刻は取り消しにしてやる」

「朝起きたら目の前に白い服で白い長髪の美女がいたんすよ!それで」

「はいおまえ遅刻決定!!」

 言い訳を最後まで聞かずに判決。

「ちょっ最後まで聞いてくださいよ!」

「おまえの妄想じゃ酒のつまみにもならん」

「本当なんですって!」

「ついにエロい妄想のしすぎで幻覚を見るようになってしまったか・・・」

 まるで重病患者を見るような目で言う。

「ひどっ!!」

 うなだれるバカ。

「だがっ!!」

 がばっと顔を上げて俺達クラスの男子を見る。

 キーン、コーン、カーン、コーン

 んあ、HR終わった・・・。

「俺達男子高校生はエロい生き物なんだよ!四六時中妄想してんだよ!エロいこと考えなきゃ生きてけないんだよ!エロこそが俺達の、今日の!明日の!未来の!活力なんだよ!!階段下でパンチラ期待してんだよ!夏服とかの透けブラにドキドキしてんだよ!それの何が悪い!!だって俺達は男子高校生なんだぞ!?そんな俺達からエロ取ったらどうやって生きていけばいいんだ!新嶋《にいじま》 健也《けんや》先生!あんたにだって男子高校生だった時期があるだろう!?俺は間違ってない!俺はおかしくない!そうだよな!?同志風切、天野!!」

 識と目を合わせ、二人同時に立つ。

「「俺をまきこむな変態!!」」

 同時にチョークを投げる!!(ちなみにこのチョークは変態が喚いてる間に担任から周ってきた)

 パキン!

 額に当たり後ろに倒れそうになるがどうにか持ち堪えた。

「くくく・・・おまえ達の気持ちは受け取った!!さぁ!同志からもらった・・・いや全国の男子高校生のエロパワーを喰らいやがれ!!そして俺の遅刻を取り消せー!!」

 右拳を硬く握り島崎先生に殴りかかる!

((((つかエロパワーなんざ渡してねぇよ!!))))

 ついでにクラス男子の心が一つになった。

「ふむ・・・たしかに一理ある・・・が」

 真の拳を受け流す。

「おうぁ!」

「お前のそれはいきすぎだ・・・」

 体勢が崩れたところを掌底で顎をかち上げる。

「ギッ!」

「それではただの・・・変態だ!」

 上半身が伸び無防備な上半身の中心を拳で打ち抜く!!。

「ぐえぁ!」

 ちょうど真夜の席の前に吹っ飛ぶ。

 ビシ!

 飛ばされた真が倒れたまま真夜を指差す。

 

 

 

 

「・・・悔いはない!ナイスホワイト!!」

 

 

 

 

 バタ、と力尽きる。

 ホワイト?なんのことだ?

「・・・あっ!」

 顔を真っ赤にして席を立つ真夜。真に歩み寄りその顔を――

「死ね変態!!」

「ぶぎゅぶっ!」

 思いっきり踏み抜いた。

「・・・・・・・・・・・」

「「「「おお、真よ死んでしまうとはなさけない・・・」」」」

 クラス全員がはもった・・・

 ホワイトのことは忘れよう、まだ死にたくない。

 キーン、コーン、カーン、コーン。

 1限目の予鈴が鳴る。

 大丈夫かこの学校・・・大丈夫だ面白いから問題ない。

 



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日常2

 昼休みになってすぐ。

「今日もいつもの場所か?」

 斜め前の席のバカが聞いてくる。

 ちなみに2時限目の途中で復活した。

「ああ、俺はそのつもりだけど?」

「OKんじゃ購買行ってくるから、さき行ってていいぜ・・・さきに食べ始めるなよ!!」

「あ、購買なら俺も・・・!」

 走っていった真を追いかけようとしたとき、制服の袖を掴まれた。

 振り返ると弁当が包んでありそうな包みを持った雫が俺の袖を掴んでいた。

「・・・行かなくていい」

「・・・今日も作ってきてくれたのか?雫」

「・・・ん」

 頷く。そして手に持っていた包みを机の上に置く。

 それを見た識がニヤニヤした顔で言ってきやがった。

「今日も愛妻弁当か?」

「じゃあおまえのは愛メイド弁当だな。あと愛妻じゃなくて幼馴染な?」

 識を本気で睨む。

「・・・オーケーわかった、もう言わない。んじゃさっさと行こうぜ?」

「はぁ・・・そだな」っと歩き出そうとしたき。

「私たちも一緒にいいかしら?」

 声をかけられた。振り向くとそこには、黒髪を肩あたりでそろえたショートカットのちょっと大人びた雰囲気のかわいいと言うより美しいといった表現の方が合っている美少女、本日最後の幼馴染、宵闇(よいやみ)咲夜(さくや)がいた。

 ちなみに雫、真夜、咲夜、でクラス三大美少女と言われている。

「あん?べつにいけど、わたし達っておまえ一人だけじゃん」

「真夜は購買に行ったから後で来るわ」

「わかった、んじゃさっさと行くか」

「・・・ん」

 みんなでいつもの場所――屋上に向かう。

「雫、鍵はちゃんと持ってきたか?」

「・・・ん、大丈夫」

 屋上は鍵を閉められていて外に出ることができない、でも不思議なことに屋上に出ることは禁止されていない、じゃあなんで閉められているか・・・、噂では卒業生が屋上の鍵を記念だかデートスポットだかにするために持って行ってしまったらしい。しかもスペアも持っていったらしく長年屋上は出られないままだったらしい。

 で、どうやってかは知らないけど(怖いから知りたくないけど)雫が鍵を手に入れてきたため、俺達だけは屋上に出ることができる。

 などと思い返しているうちに屋上への扉の前についた。

 雫が鍵束を取り出し――おそらく俺ん家の鍵や学校の各所の鍵――屋上の鍵を開け屋上に出る俺もそれに続いて出て、太陽の光を手でさえぎりながらいつもの場所に向かう。

 フェンスを背中を預けるように座ると、雫が当然のように隣に腰を下ろす。

 あとのやつらも好きな場所に座る。

 そういやどっかのバカが「先に食べ始めるなよ!」とか言ってようなきがしたけどきっと気のせいだな、腹が減ってたから幻聴が聞こえたんだな。

 てなわけで。

 いただきます!。

「先に食べると真夜が怒るわよ?」

 弁当を開けたところで止められる。

 ・・・・・・あいつ怒らせるとメンドイからなぁ、やっぱ待とうかな・・・いやでも腹減ったし、弁当美味そうだしなぁ。

 悩んでいたら識が自分の弁当を開けながら言ってきた。

「やめといた方がいいんじゃないか?・・・んぐんぐ」

「って言いながらなんでおまえは食ってんだよ!」

「どうせ怒られるのはおまえだし?いいかなって」

「おまっ!ふざけっ」

「それもそうね・・・いただきます」

 せめて最後まで言いわせろよ!てか止めたのおまえだろ!なんで食ってんだよ!!

「・・・いただきます」

 雫まで!?

 もういいよ!知るか!俺も食べる!

「いただきます!」

 しかし相変わらず雫の料理はうまいなーアハハ。

 などと自棄になって現実逃避をしていたら、

「相変わらず美味しそうね」

 咲夜が俺と雫の弁当を見ながら言ってきた。

「んあ?おまえのもかなりうまそうに見えるぜ?さすが『家』に居たころから料理の手伝いしてただけあるな」

 咲夜の弁当は特に凝ったところはない普通の弁当なんだが、かなりうまそうに見えるし実際にうまい。やっぱり長年料理してるやつは基本がちゃんと出来てるから普通な物もかなりおいしく作れるんだろうな・・・たぶん。

「あんたたちが手伝わないから、しかたなくやってたのよ・・・」

 呆れたように言われた。

 それを聞いた識や雫が俺の気持ちを代弁してくれた。

「いや、それはしょうがない、まだ小学校に上がったばっかだったんだぞ?そのころの俺達が台所にっ入ったら火事が起きてたな・・・」

「・・・そうなったらみんなと離れ離れになるのがはやくなってたし、今こうして話せていなかったかも・・・」

 今3人の心が一つになる!

「だから俺達は手伝わなくて正解だったんだよ!」

「・・・ん」

「うむ」

「んなわけないでしょっ!!」

 バシン!

 みんな仲良く叩かれる。

 デスヨネー。

 ちなみに俺達は孤児だ。

 そして施設に入れられ、そこで俺達は出会いバカやって、いろいろあって『家族』になった。俺達が居た施設――いや『家』がある事件により閉鎖、みんなバラバラに引き取られて行った。俺達はたまたま運良く引き取られ先が近かったため再会し(再会したときも一悶着あったなぁ)こうして話せるが、ほかの『家族』はどこにいるのかほとんどわからない。

「うまそうといえば識の弁当もかなりうまそうだよな・・・つか弁当に見えないくらい豪華だし、さすが資産家の天野家専属メイド特性弁当・・・」

 叩かれた頭をさすりながら言う。

 しかし本当に豪華だな海老とか鯛とかマグロとか・・・まるで料亭の料理みたいだ――見たことないけど。

 とりあえず弁当ってレベルじゃねーぞ!。

 くそ、これが貧富の差か!このブルジョアめ!爆発しろ!!。

「俺も弁当くらい普通なのが食べたいって言ってるんだけどな――なにを言ってるですか?べつに普通じゃないですか・・・おかしなことを言いますね兄様は――なんて言われたよ、どうやらあの家はこれが普通の世界らしい」

「それは私たち一般家庭をバカにしているのかしら?」

 咲夜が完璧な笑顔で答える。

「そ、そんなつもりは・・・」

 識が冷や汗を浮かべながら答える。

 完璧すぎる笑顔は時に人に恐怖しかあたえないといういい例である。

 向けられてない俺達もかなり怖い・・・。

 そのとき屋上のドアから音がした。

 一斉にそちらのほうを向く。

「あー!?なんでさきに食べ始めてるの!」

 と怒鳴りながら真夜がこっちに来る。

 識はあからさまに助かったというような顔を浮かべているけど、俺はこの先を想像してかるく鬱になる。

「あー・・・悪い」

「私が来るまで待っててよー!」

「いやー・・・腹が減ってな?弁当もうまそうだし?」

 冷や汗が背中を伝っていくのを感じながら答える。

「うまそうって雫に作らせた弁当でしょ?」

「・・・いや、俺が作らせてるわけじゃ」

「でも作ってもらってることには変わりないよね?」

「いや、そうだけど・・・」

「しかも弁当だけじゃなくて三食ほぼ毎日作ってもらってるよね?なんのために一人暮らし始めたの?」

「うぐっ・・・」

「これじゃあ家に居るのとかわらない、いやもっと悪い」

 それを言われると痛い、反対を押し切って一人暮らししてるのに家事全般を雫にやってもらっている。

 いろいろ言われても仕方ない、つか反論できない・・・てかなんで弁当からこんな話になるんだ?もうおまえ本当は先に食ってたことなんかどうでもいいだろ。

 助けを求めるようにほかのやつらを見る。

「リア充爆発しろ!」

「ま、自業自得よね」

「しかし、毎日毎日飽きないな」

「あら?あなたは飽きたのかしら?」

「いや?むしろ毎日楽しみにしてるよ、飽きないなってのは自分に向けた言葉だよ」

「・・・・・・今日はどうするんだろう?」

 などといつの間にか来ていた真と一緒に俺を見せ物にして談笑していた。

 こいつら俺の視線に気づきながら無視してやがる・・・!

「兄さん!聞いてる!?」

「キイテルヨ?」

「何で疑問系なの?」

 聞いてなかったからです。

「まぁいいわ・・・兄さんいいかげん家に戻ってきてよ、兄さんの生活費だってバカにならないんだから」

「いや、生活費は自分で稼いでるだろ?仕送りは全部返してるはずだけど?」

「・・・・・・そうだけど。でも私たち家族だよね?たしかに血は繋がってないけど家族だよね?」

「ああそうだ」

 ハッキリと頷く。

 血の繋がりがなくても家族になれることを俺は知っている。

 血の繋がりなんて所詮飾りだ。血が繋がっていようと人は他人でしかない、どこまでいっても他人、人はどこまでいっても独り、孤独だ。だからこそ人は家族や恋人、友達などといった繋がりをもとめる、他人を求める。

 家族になるのに血は要らない必要なのは互いの願いと認識、互いが家族なりたいと願い、互いが家族だと認識すれば家族になれる、――まぁ家族に限った話じゃないけど。

 俺は『家』でそれを知った。

 俺は真夜のことを家族だと、妹だと思っている。

「じゃあなんで一緒に暮らさないの?なんで仕送りを送り返すの?家族なんだから遠慮しないで頼ってよ!!」

 泣きそうな顔で詰め寄ってくる。妹にここまで言われたら兄たるもの思うところはある。

 ただし――、

 

 

 

 

「・・・一人暮らしするなら生活費はほとんど自分で出せって言ったのはお前らだろうに、しかも頼ってきたら問答無用で家に戻らせる、とも言われてるんだけど?」

「・・・・・・チッ」

 

 

 

 

 嘘泣きじゃなかったらな!!

 つか送られてくる金や物がほとんどが罠でつかったら強制的に家に戻されるとかひどすぎだろ、どんだけだよ!

 そんなに俺を軟禁したいのか!

「兄さん、家に帰ってきてよ~、兄さんに一人暮らしはまだ早いって~」

「・・・泣き落としがダメだったからってそんな声出してもダメ」

 猫撫で声ですりよって来る真夜を一蹴する。

 帰ったら動きにくくなるからな。

 そして似合わないからその声やめたほうがいいぞ?ぶっちゃけきもい・・・まぁそんなこと言ったら撲殺されるから言わないけどネ。

 暴力的な妹がいない気楽な一人暮らしバンザイ!

「こんなひどい兄貴なんて見捨てて俺の妹にならない?」

 そんないろんな意味で真夜には言えないことを考えてたら、いままで人のことを見世物にして楽しんでいた(?)つんつん頭の変態がでしゃばってきた。

 真夜は汚物を見るような目で真のほうを見て。

「・・・変態が兄なんて嫌なんでお断りします」

 当然のように断る。

「ひどいくない!?でも俺は変態だけどただの変態じゃなくて変態という名の紳士だよ!」

 実にキモい動きをしながらお約束のセリフをネタでなく本気で言う、かなりキモい。

 もはや真夜だけでなく女性陣全員から絶対零度の眼差しを受けてる、それなのに「この視線がたまらん!」とか悶えてるこいつはもうダメだな。

「っと、真面目な話聞いときたいんだけど、なんでおまえ家出たん?」

 ひとしきり悶えてすっきりしたのか真は真面目な顔で聞いてくる。

 ・・・まぁ当然の疑問だわな。

 まだ高二なのに一人暮らし。しかも家が学校から遠いとかじゃないし、もちろん家族の仲が悪いとかでもないのに家出てたら疑問に思うよな・・・。

「そりゃ――」

「そりゃあ・・・おまえ決まってるだろ?刃も男だぜ・・・?」

 その理由を話そうとするのをさえぎって識が意味深に雫のほうに視線を流しながら言う。

つられて俺達も雫の方を見る。

「・・・・・・ぽっ」

 そんな俺達の視線を受けて頬をわずかに赤らめて俯く雫・・・・・・・・・って頬をわずかに赤らめて俯く!?

 おまっ!その反応はっ!?

「ああ、やっぱりね」「リア充死ね!つか殺す!!」「くっくっくっ」などど好き勝手に言ってるのを聞きそいつらの誤解を解こうとした・・・が。

「!」

 後ろから殺気を感じて固まる。

「に・い・さ・ん?」

 その声に操られるように、ゆっくりと錆びたロボットみたいに振り向く。

すると――。

 女神のような笑顔を浮かべている真夜と目が合った。

 俺は笑顔が本当はとても恐ろしいものだということを今日だけで2回も思い知った。

 

 

 

 

 

「ぬあああ!ちょっ!まっ!アー!!」

 バカが台の向こう側で叫んでいる。すこしは周りの迷惑を考えろよ・・・。

 俺の目の前にある対戦格闘ゲーム『GUILTYBLOOD』通称ギルブラの画面にはYOU WINと出ている。真の持ちキャラの白い幼女は俺の持ちキャラのナイフ使いに惨殺され、向こうの画面にはYOU LOSSと出ているだろう。

 俺達は今ゲーセンに来ている。

 放課後にになってすぐ、真が「ゲーセンに行こうぜ!ギルブラが俺達を待っている!!」と皆に提案してきた、今日は皆暇だったらしく皆乗ってきた。どうせ俺も今日はバイトが入ってない日で暇だから乗った。

 UFキャッチャーやレーシングゲームなどを皆とやり、そろそろ自由時間にしようと決まったとき、真がギルブラで負けたほうがジュース一本奢る、という賭けを持ちかけてきた。

 そして今に至るまぁ結果は見てのとおり俺の勝ちだ――ギリギリだっだけど。

「くっそー、あともうちょいだったのになー」

 向こう側から負け犬がブツブツ言いながらこっちにやってくる。

「ほれ、150円」

「ぬあああ・・・ほらよ!持ってけ泥棒!!」

 差し出した手のひらにたたきつける様に小銭を置かれる。

 まったく負け犬ひがみは醜いねー。

「まいどありー」

「くっそー腹立つなー、その声」

「はっはー、っと次の乱入者だ」

 負け犬と話している間に画面がキャラクター選択画面に切り替わる。相手が選んだキャラは雫の持ちキャラと同じ黒い服を着た幼女。

「つかこれ雫じゃね?」

「正解!敵を討ってくれるって、さっき交代した」

「上等、返り討ちだぜ」

 それから一進一退の攻防繰り広げ、周りに軽くギャラリーができるくらいの激戦を演じ。

 

 

 

 

 結果から言うと・・・負けた。

 

 

 

 

 最後カウンター発動の必殺技をうまく決められて、無駄にかっこよく倒された。

 いや、いい対戦だったんだよ?あと一発当てれば勝ちだったんだけどね?カウンターがね?決まっちゃってね?もうね?あんなきれいに決められるとね?悔しくてしょうがない!

「ぐあああああ!!」

「・・・まさに負け犬の遠吠え」

 グサッ!

「ぐふっ!!」

 雫の言葉のナイフが俺のライフポイントを削る!だが負けない!!

「・・・・・・・・・次は勝つ!!」

「・・・上等、返り討ちだぜ(笑)」

「・・・・・・・・・・・・・・・すいません、もう許してください」

 もう俺のライフポイントは0だ・・・がくり。

 無表情で物まねしないでくれ、しかも(笑)って口で言うなよ無表情だからよけいダメージでかいんだよ・・・。

「うわはははは!ざまぁ!!」

「ふん!!」

「っはははばごおぉ!!??」

 笑い転げてるバカの腹を殴って黙らせる。

 俺に負けたやつに俺を笑う資格はねぇよ!

「ほかのやつらは?」

「・・・いつもどうり」

「ってことは識はガンシュー、咲夜はカートかじゃなきゃ識と一緒にガンシュー、真夜は音ゲーってとこか?」

「・・・ん」

 雫がこくりと小さく頷く。

 俺は携帯を取り出して時間を確認する、17時半まだ解散するには早いが場所を移動するならちょうどいい時間だ。

 とりあえず皆にメールして合流するか。

 10分後。

 皆とゲーセンの前で合流して、これからどうするか?という相談はすぐに「カラオケで歌うわよー!」という真夜の無駄にでかい声により決定し、んじゃ行くかー、と歩き始めた瞬間――。

 

 

 

 

 ヴヴヴヴヴ、ヴヴヴヴヴ。

 

 

 

 

 俺の携帯が振動した。

 メールか?と携帯を取り出して見るとメールではなく電話だった。ただしそれは見たことのない、知らない番号から。

 イタ電か・・・?まぁ出てみりゃいいか。

 なんか嫌な予感・・・いや変な予感がするけど。

「もしもし?どちらさんですか?」

『ッ・・・』

「もしもし?」

『・・・』

 無言・・・やっぱりイタ電か?

「もう切りますよ?」

 明らかに不機嫌ですよ?という声で言う。

 その声を聞いて周りに居る皆も怪訝そうにしてこちらを見ている。

『・・・話があるからそこから一番近い公園に来なさい?さつじんきさん(・・・・・・・)』

「おまえだれ・・・切れてる」

「イタ電か?」

 識が聞いてくる。

 今の見てたらそう思うよな、俺もそう思う・・・でもイタズラだとしてもちょっと無視できないな。

「・・・いや、デートのお誘い」

「・・・デート?」

「うい、ちょっとめんどそうなデートだよ」

「・・・もてる男はつらいな、ついていこうか?」

「いや、デートに他のやつ連れて行ったら失礼だろ?来なくていいよ。おまえはあいつらをうまく誤魔化してくれ」

「・・・わかった。あとでちゃんと報告しろよ?」

「了解」

 頼りになる親友と拳を合わせ。指定された場所に向かう。

 さて、デートの相手は誰だ?俺がアレだと知ってるやつなんてほとんどいないはず・・・。誰かが喋ったとも思えない。ならどうやって知った・・・?

 いや、そんなことはどうでもいいか。相手が誰だろうとデートの内容によってやることを決めるだけだ。

 でもあの声どっかで聞いたことがあるような、ないような?

 とそこまで考えてる間に目的の公園に着いた。

 あたりに人の姿はない。

 あたりまえだ、公園と言ってもそこは遊具がほとんど置いていない。あきらかにここに他に作れるものがなかったからとりあえず公園にした、といったものだ。いまどきこんな公園じゃ子供は遊ばない。

 少し行った所にでかい公園があるし、公園で遊ぶにしてもそっちのほうに行くだろう。

 

 

 

 

 夕方、逢魔時。

 ソレは黄昏色に染まるその公園に舞い降りた。

 

 

 

 

 まるで雪のように舞い降りた。

 俺はその光景に言葉を失い、ただただ見惚れていた。

 

 

 白く長い髪が夕日を浴びてキラキラと輝きふわりとなびく。

 

 

 透き通るような白い肌。

 

 

 まるでお姫様のように整った顔。

 

 

 それは血が凍るような美しい光景であり、あまりに人間離れした美女だった。

 

 

 白い美女が見るものすべてを魅了するような笑顔を浮かべ言った

 

 

 

 

 

「やっと――やっと会えた・・・久しぶり、ずっと会いたかった――」

 

 

 

 

 この再会が何を意味するのか、あるいはしないのか。

 それは誰にも、それこそ世界ですらまだ知らない。

 



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第一夜 黄昏の雪

 深夜。

 月の光さえ届かない暗い路地裏に黒い長ズボンに黒のTシャツ、さらに黒いジャケットを着た目つきの悪い一人の男が居た。

 男の周りには人間だったモノの死体2人分が散らばっている。その死体はどれも見るも無残なほどにバラバラに解体され血の池が出来上がっている。

 男は自分が殺したモノに目も向けず歩いていく。

「アアアアア!」

 男が曲がり角を曲がろうとしたとき、奇声を上げて中年の男が角から右手を振り上げ襲い掛かってきた。

 次の瞬間、男の姿が消え中年の男は右腕と首を切り落とされ、切断面からおびただしい量の血が噴出する。人間であるならば即死の傷である・・・が。

 ソレは人間ではなかった。

 元人間――先ほどの死体と同じモノだ――ソレは首を落とされた程度では殺せない。

 首をなくした体が落下した首を無事だった左腕で掴み元の位置にもどし振り向く。そこには先ほどまで目の前に居た男がこちらを見ていた。

 その目には敵意も悪意もなく、ただ純粋な殺意のみがあった。

「首を落としても殺せない・・・か」

 男――風切(かざきり)(じん)は呟く。

「やっぱりバラバラに解体するしかないか?」

「ガァァアアア!!」

 中年の男が切られたのを怒り、先ほどよりも速く襲い掛かる。

 刃は先ほどと同じように相手の視界から外れるため、地を這うようにして翔ける。そしてすれ違いざまに手に持っていた匕首(あいくち)で今度は五体をバラバラに解体した。

 解体された物は自らの血に浸りぴくりとも動かない。

 そしてやはり刃は殺したモノには目も向けずに歩き出す。

「しかし三日前の夜に散歩したときはこんなモノ居なかったんだけどな」

 独り言を言いながら路地裏を歩いていく。そうすると今度は刃の頭上から女性が落ちてくる。刃はバックステップでそれを避け。

「ッ!」

 女が着地した隙をつき頭に回し蹴りを叩き込む。

 ゴキン!

 と首の骨が折れる小気味のいい音がして吹っ飛び、真横の壁に激突する。

「グ・・・ヒュ・・・」

 首が折れ上手く呼吸が出来ないのか、掠れた音が口から漏れる。

 そしてそのままバラバラに解体され物言わぬ死体になった。

 そこで刃は初めて自分がやった結果に目を向ける。

「しかしこうも多いといいかげんうんざりしてくるなー」

 そう死体に吐き捨て刃はまた歩き出す。

 しばらく歩くと路地裏の出口が見えてきた、刃はそのまま裏路地を出る。

 目の前には公園があり、木々が生い茂っていた。

 それは月の光を浴び、植物としての生を謳歌していた。刃はその木々の中に入っていく、しばらく歩き続けていると空けた場所に出る。

 

 

 

 

 そこには幻想的な風景があった。

 

 

 

 

 中央には一際大きく太い桜の木があり、桜の花が月の光を受け輝き、その輝きが雪のように降り積もっている。もしこの光景を画家が見たのなら必ず絵に描いているだろう。

 そんな幻想的な風景を生み出している木に二つの人影があった。

 一つは木に寄りかかっていて、もう一つは木の枝に座っている。

 刃それを確認して桜の木――刃達はこの木を(ぬし)と呼んでいる――に歩み寄る。

「デートは楽しかったか?」

 主に寄りかかっている影――天野(あまの)(しき)が刃に声をかけてくる。

「楽しかったに決まったるでしょ?訊くまでもないわよ。だって学園の綺麗どころの私達をほっといて行ったんだから、さぞかし綺麗な人だったんでしょうね?」

 枝に座っている影――宵闇(よいやみ)咲夜(さくや)がにこやかに棘のある言葉を吐く。

 刃はそれに返すように答える。

「ああ綺麗だった。なにせおまえらよりか戦闘力(むね)があったしな」

「ふむ、それは俺も見てみたいな・・・まだいるのか?」

 識は咲夜に睨まれあわてて話題を変える。何時の世も女にとって身体的なことは禁忌(タブー)なのである。

「ああ、また会いに来るってさ」

 咲夜は次の約束をすることが、いや、まだこの街にその美女がいることに驚きながら訊く。

「・・・次の約束をするほどいいデートだったの?」

「いいっていうか・・・途中、いや始まる前に帰った」

「・・・どういうことだ?」

 識も怪訝そう言う。

「・・・あー、とだな」

 刃は逢魔時(おうまがとき)、黄昏色に染まる小さな公園での再会を思い出しながら説明する。

 

 

 

 

 

 

「やっと・・・やっと会えた・・・久しぶり、ずっと会いたかった」

 逢魔時、黄昏色に染まる小さな公園。

 雪のように白く長い髪を夕陽で輝かせ、その顔には見るものすべてを魅了する笑顔を浮かべ、目には涙をにじませ全身で感激の様子を表しながら、彼女は刃に言った。

「・・・」

 肩が出ているTシャツにロングスカートを着たシンプルな服装はよく似合っている。

 刃はその姿に少し見惚れながらも考える。

(こいつ・・・誰だっけ?)

 これだけ再会するのを――刃は覚えていないが――感激し喜ばれていると、どちらさんですか?っなんて訊きづらい。刃はそう思い必死に脳内の記憶を検索していく・・・が思い出せない。

「・・・・・・」

「・・・・・・」

 二人して無言で見つめ合う。

 ただし両者では無言の意味合いが違うが。

 刃の目の前居る女性は段々不思議そうな表情に変わっていく。

 それを見て刃はこれじゃあ埒が明かないし、先に進めない。そう思い意を決して彼女に尋ねる。

「・・・あんた、誰?」

「・・・・・・・・・え?」

 彼女は鳩が豆鉄砲食らったような顔をして呆然と聞き返す。

「・・・ちょっと良く聞こえなかったからもう一度言ってもらえる?」

「あんた、誰だ?人違いじゃないのか?」

「・・・・・・・・・・・・」

「・・・・・・・・・・・・」

 時が止まる。

 少なくとも彼女の時は止まった。

 彼女にとっては永遠にも感じられる3分。刃はもう帰っちゃダメかなーっとかかなりひどい――忘れてる時点で十分ひどいが――ことを考えていた。

 

 

 

 

 そして時は動き出す。

 

 

 

 

 具体的には顔が赤くなったり青くなったりした。

「・・・刃、だよね?」

「ああ、俺は刃だけど?」

「・・・ほんとに憶えてないの?」

「・・・だからあんた誰だよ」

 信じられないっと絶望の淵に立たされたような顔をする。

 先ほどとは違った意味で目に涙がたまる。まぁ無理もない、ずっと会いたくて何年も捜しまわってようやく会えたのに相手のほうは自分のことを憶えていないのだ。

 その様子を見た刃もさすがに悪いと思い、バツが悪そうな顔をする。

 それと同時に表情がコロコロ変わるのを見て刃は、どっかで見たような気がする、とも思っていた。

「・・・なぁ」

 軽く鬱っていた彼女は声をかけられ顔を上げる。

「・・・なによぉ・・・」

 悲しみ100%の声を聞かされた刃は少したじろぎながらも訊く。

「・・・お、俺といつごろ会ったんだ?」

「・・・だいたい九年位前?」

「それ憶えてなくても仕方ねーだろ!!」

 思わず突っ込んだ。

「しかたなくなんかないわよ!あんなに毎日遊んだのに憶えてないほうが悪い!!ていうか何でわかんないのよ、私の噂とか聞いたことないわけじゃないでしょ!!」

 すごい剣幕で怒鳴られ普通にビビる刃。

 肩で息をしてこちらを睨みつけてくる彼女に向けてなだめるように言う。

「・・・えっと悪い、毎日遊んでたって言ったよな?」

「言った」

「――お前誰だ?『家』のやつじゃないだろ」

 空気がわずかに軋む。刃の問いには少量の殺気が混ざっている先ほどのように漫才で流していい言葉ではないと判断したが故に。

 九年前それはまだ刃がこの街にに来る前、識や咲夜や雫達といっしょに『家』で暮らしていたころだ。そのころの刃は『家族』以外と遊んだりはほとんどしてない・・・そもそも『家族』以外に知り合いがほとんど居ないのだ。

「・・・まだ思い出さないの?っていうか私ってそんなに地味かなー・・・たしかにあのときの姿より成長してるけど・・・でも髪型とかあのときのままだし・・・ぶつぶつ」

 なにやらまた落ち込み始めた彼女の姿を見ながら刃は再度記憶を検索する。

 さっき記憶に何か引っ掛かった気がした、その部分を取っ掛かりに記憶を検索していく。

「・・・ん?待てよ?九年前・・・白・・・あ!?」

 刃は思い出した。

 十年前たしかにこいつに似たやつに会ってる。人気のない公園、舞う雪のような少女、そして・・・。

「思い出した?」

 彼女が聞いてくる。

 刃は確かめるように彼女に答える。

「アリア・クレセント?」

 彼女――アリアは微笑む

「・・・正解。でも思い出すのに時間がかかったから減点!普通なら殺されても文句は言えないんだからね?」

 (しかし・・・噂・・・ね、なるほど)

 刃は後頭部を掻きながら視線を逸らしてバツが悪そうに答える。

「・・・しょうがないだろ?あの時から九年経ってるんだぞ・・・そもそも今お前に言われるまでおまえが吸血姫で同族殺し、『紅い雪原』だって知らなかったしな」

 アリア・クレセントは吸血鬼だ。

 それもただの吸血鬼でなく王族、真祖と呼ばれる吸血鬼だ。人外の魔物なかでも特に畏れられ、人間はもちろん人外達からも忌み嫌われているもの。

 しかしそのかわり世界から愛されているもの。

 それが魔祖第15位アリア・クレセントである。

「それで何の用なんだ?世間話やバカ話しに来たわけじゃないんだろ?」

 アリアの顔が不機嫌になる。

「・・・忘れてたくせに、というか私が世間話しに来るのはいけないの?」

「いけなくないけど・・・本題があるんだろ?」

「私としては世間話も本題なんだけどね・・・まぁいいや」

「で?何の用なんだ?なんもないなら俺から質問があるんだけど?」

 もう一度今度はより真摯に問いかける。

「それは・・・っと、まったくこれからって時に・・・」

 アリアは苛だしげに空を見上げる。

「どうかしたのか?」

 その様子に刃は怪訝そうに問いかける。

 アリアはそれを聞き視線を刃に戻しそして名残惜しげに言った。

「話の続きはまた今度ね、また会いに来るから待っててね?次ぎ合ったときまた忘れてたら殺しちゃうからね!」

 そう言ってアリアはどこかに飛び去っていった。

「あ?ちょっ待て!」

 あとに残された刃は呆然と――する間も無く。アリアと入れ替わるようにして少女が一人降って来た。

 その少女は純白のシスターみたいな服を着ていた。みたいなというのは改造されているからだ。丈が短くミニスカートみたいになっていてシスターというよりどこかの学校の制服のようだ。

 少女の短く切りそろえた金髪がわずかに揺れる。

「ちっ、逃がしましたか・・・」

 少女は苦虫を噛み潰したような声で言う。

 刃はその少女に声をかける。

「なにやってんだ?クリス」

 名前を呼ばれた少女――神崎(かんざき)クリスは刃のほうを睨む。

「・・・いつかはこんなときが来ると思ってました」

「は?」

「さすが殺刃鬼ですね」

「・・・いや人の話聞けよ」

「あの吸血姫はどこですか?」

「・・・知るか」

 ぞんざいな扱いをされた刃は当然の如くぞんざいに返す。

 それを聞くや否やクリスは手に持っていた十字架に似た形をしている細い剣を殺気とともに刃に向ける。

「先輩、隠すと斬りますよ?まぁ言っても斬りますけど」

 刃はため息をつきながら答える。

「・・・隠してねぇよ、つか俺が聞きたいくらいだ。だから斬るな!」

「・・・そうですか、じゃあ死んでください」

「いやだ!つかなんで死ななきゃいけないんだよっ!」

「今起きている事件の容疑者と先輩が繋がっているからです。それと先輩のことが嫌いだから」

「めっちゃ私怨だな!?つか事件て?」

「・・・一昨日あたりからこの町に動く屍――ゾンビみたいな人外が夜うろついていて人を襲っている事件が起きています。あの人外なかなか死なないから面倒なんですよね・・・」

「その犯人があいつってことか?・・・たしかに吸血鬼なら可能だな」

「そういうことです」

 刃はアリアが飛び去っていった方を見ながら言う。

「でも噂の()()アリア・クレセントの仕業と思えないな・・・同族殺しが同族を作るとは思えない」

 視線を戻す。

 クリスはさらに殺気を込めて刃を睨む。

「そんなの私もわかっています、でも彼女以外に容疑者がいません。あとそもそもそんなのは関係ありません、魔祖を黙って見過ごすわけにはいきませんから」

「あっそ・・・つか関係ないんなら俺を襲う意味ないだろ!?」

「殺刃鬼ってだけで十分なのに魔祖と繋がっているんです。いくら識先輩の親友でも見過ごせませんよね・・・ふふふふふ」

 まるで殺す口実ができてよかったというように喜びの微笑み浮かべる。神の代行者。教会所属の魔術師のセリフとはとても思えない。

 殺人シスターの予告の当事者たる刃からすればたまったもんじゃいない。思わず一歩後ずさりながら自分の身を守るために叫ぶ。

「怖っ!?てか繋がってねぇよ!!だいたいあいつが吸血姫だって知ったのは今さっきだしな・・・その事件も初耳だっ!」

「そんなの知ったこっちゃありません。私が先輩を殺したいだけです」

「結局私怨かよ!?」

「・・・っと冗談はこれくらいにして私はもう行きますよ?」

 剣を下ろすと同時に殺気も霧散する。

「・・・ほんとに冗談なんだろうな?」

「なにか言いましたか?」

 刃小さく愚痴ったのを耳ざとく拾ったクリスが釘を刺す。刃は首を左右に振ることしか出来ない。

「まぁいいです。・・・次あの吸血姫とあったときは連絡しといてください。・・・あと・・・識先輩によろしく言っといてください、具体的にはお昼一緒に食べましょうと」

 最後の部分は顔を赤くし照れながら言い残し。白き吸血姫を追って行った。

 残された刃はまた面倒なことが起こりそうだなぁっと一人愚痴り帰路についた。

 



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黄昏の雪2

「・・・サイテーね、クリスに斬られたほうがよかったんじゃない?」

 話終えた瞬間に刃は極上の笑顔とともに咲夜に毒を吐かれる。

 忘れていた刃が全面的に悪いのでぐぅの音もでない。

 咲夜はうなだれる刃を見て満足そうに頷いてから本題に入る。

「まぁそれは置いといて・・・その人外ってあれよね?やたらしぶといゾンビみたいなやつ」

 刃は、そうそうそいつ、と頷いてから。

「あのバラバラ解体しないといけないやつ。つーか人外じゃ区別が付きにくいからゾンビ・・・とはちょっと違うから死人(しびと)って呼ぶことにしようぜ?」

 咲夜と識はその方がわかりやすいし特に断る理由もないから刃の名づけに賛成する。

 識は少し考えるように間を置いてから口を開く。

「・・・俺も今日までにその・・・死人(しびと)?を何体か狩ってるが、そいつは別に解体しなくても脳を破壊すれば殺せるぞ。それより俺が始めて見つけたのもクリスと同じ一昨日・・・、今日になってもまだあんまり数が減ってないてことは次々に作り出されているってことじゃないのか・・・?どうするんだ?サイテー野郎」

「もういいだろ!?その話は!」

 刃は本題と皮肉を同時に言ってきた識にツッコミ、ため息を吐く。

 まったく締まらない三人である。

「どうするってもな・・・別にどうもしねーよめんどいし。あんなもんこの街の監視者の殺人シスターがなんとかするだろ?人を害する人外の駆除は教会が勝手にしてくれるよ。まぁ散歩のついでに狩るぐらいだな俺は」

 刃はめんどくさそうに今後の自分の方針を言う。

「俺もそのくらいだな・・・、まぁ家の方が討伐に乗り出したら本格的に動くとするよ」

 識も肩をすくめて、動かない、と宣言する。

「相変わらず識はシスコンね、妹さんに危険がいかない様に代わりに動くんでしょ?・・・私は動くわ。真夜達に何かあってからじゃ嫌だし・・・それに私の居る街で好き勝手されるのは気にいらないわね」

 三人の中で唯一この事件に関わり事件解決の意思表示をしたのは咲夜だけだった。

 それぞれが今回の事にたいしてどう動くかを出し合うそれは、何かの儀式の様だ。いや、これは事実儀式なのだ。

 この三人がこうして話し合うのは今回が初めてじゃない。今回の様な事はこの街ではよく起こる、そのたびに三人はこうして話し合い自分はどうするかを言う。

 それは協力するためではなく敵か味方かを確認するためにしていることだ。

 三人は・・・いや人間は究極的には自分のためにしか動けない。誰かの為にと言ってもそれは結局自分がやりたいからやっているだけ。よく恋人や家族なんかを守るために命を使って盾になったりするシーンがドラマやアニメなどにあるが、あれも究極的には自分の為なのだ『自分』が守りたかったから使えるものを使って守っただけだ。

 自分が動く理由や意味も自分が自分で決めている。

 選んでいる。

 選択している。

 だから究極的に人は自分の為にしか動けない。

 それを三人は知っているから。

 自分は自分の為にしか動かないと決め覚悟しているから。

 自分にとって敵になるか味方になるかをこうして確認の儀式をするのだ。

「・・・じゃ俺は今日は主に精神的に疲れたから帰って寝る」

「俺も帰るとするかな・・・夜中に出歩いてるのがバレたら氷狸(ひょうり)にどやされるしな」

「そう?私はもうちょっと狩ってから帰るわ」

 三人は今回はお互いが敵でないことに安堵しそのことを表には出さずにいつもどうりに別れる。

「じゃあな」

「また明日学校でな・・・」

「ええ・・・もう日付変わってるけどね」

 そうして夜は明けていく。

 

              ” ”

 

 同時刻。

 二つの人影が街にやってきていた。

 一つは白衣を着た豊満な身体つきをした二十台半ぐらいのタレ目ぎみの美女。

 もう一つは黒のコートに黒い長ズボンさらに黒い帽子を目深に被った三十台前半の堀の浅い柔和な微笑を携えた男性。

 見ようによっては恋人か夫婦にでも見えそうな二人だ。しかし二人が引きずっている物。人が数人入ってそうな麻袋(・・・・・・・・・・・)によって、もはや誘拐犯にしかみえない。

 二人は眠った街を悠々と歩きながら会話する。

「本当にこの街にいやがるンですか?」

 美女はおかしな敬語とも呼べないような喋り方で言った。

「ええ、居ますよ僕の計算と予測に間違いはあまりありませんから。それにあなたもここに居ると確信しているでしょう?」

 対する男は柔和な口調で返す。

「まぁそうなンですけどね・・・さっき捕獲したあの人外、あの死人(もどき)を作ったのはおそらくアイツでしょうし」

「しかし、ますます興味深いですね・・・不死という自分の異常を――不完全どころかまったく別物になっていますが――他人に移すことができるとは・・・」

「あたしもそれは今さっき知ったンですけどねェ・・・とりあえずはこのサンプルをいろいろ改造してやりてェです」

 引きずっている麻袋に視線を向けながら口元が狂喜に歪む。

「そうだね。他にもこの街にはいろいろ興味深い輩が居るようだし・・・研究室(ラボ)にとってこれほど面白い街はそうそうないだろうからね」

 二人は夜の街の闇に溶けて行った。

 



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第二幕 そうだ、温泉へ行こう(次回予告編)

 その日俺は最悪の気分で登校していた。

「・・・兄さんそろそろ機嫌直してよぅ」

 俺の愚妹が横でバツが悪そうに言ってくる。

 昨日と違って今日は雫だけでなく真夜も一緒に登校している。

 周りにはやっぱり学生の姿はあまりない。変わってるといえば今日は俺の機嫌が悪いということだけだ。

 実は真夜が俺達と一緒に登校するのはそう珍しいことじゃない。

 兄としてはこうしてわざわざ一緒に登校しに俺ん家まで来てくれる位には好かれているのは正直うれしい。まぁ偶に少しブラコンすぎるだろとか思うけど・・・。

 まぁそれはそれとして。

 我ながら大人気ないとは思うけど許せないことは許せない。

「私が悪かったから・・・」

「おまえ・・・今月何回目だっけ?」

 愚妹を睨む。

 ただでさえ眼つきが悪い俺に本気で睨まれて少し怯む。

「うぐ・・・10・・・いや13?」

「15回だ・・・いい加減にしろよ?おまえが来るたびに俺は起こされるどころか永眠しかけてんだぞ?」

「う・・・だ、だいたい兄さんがちゃんと起きないのが悪い!」

 逆ギレされた。

 キレる若者、いやまったく最近の若者は・・・まぁ俺も人のこと言えた義理じゃないけど。

「だからって腹パンはねぇだろ腹パンは、てめーのせいで昨日食べたもんとか危うく戻して永眠するとこだったし。いくら俺が寝るの好きだからってまだ永遠の眠りにはつきたくねーんだよ。よし、いい機会だから教えといてやる、っても?その機会ももう10回以上あって、そのたびに言ってんだから?もうそろそろ覚えていてもおかしくねぇけど、もう一回だけ言ってやる。いいか俺がもっとも嫌いなことの一つは睡眠を邪魔されることだ」

 俺は坦々と恨みを込めて言う。

 自分がいつも起きる時間よりも早くに、しかも腹パンで起こされれば誰だってキレる。俺だってキレる。

 しかもこいつ義父《おやじ》から護身用とかいって――おもいっきり護身の域をはみ出してるような気がするけど――武術習ってるから半端じゃなくケンカが強い。そんなやつに腹パンされて起こされるとかマジ洒落になんない。

「しかもおまえも不法侵入するしよぅ・・・俺にプライベート空間はねぇのかよ・・・」

 こいつもなんだよ・・・。

 話を聞いてみると、こいつは鍵屋のおっちゃんを泣き落として手に入れたらしい。

 もう・・・やだ。

「家族なんだからいいでしょ!」

「いや、よくねぇよ!?」

 家族だって勝手に人の家に入ったらダメに決まってんだろ。普通に不法侵入で犯罪だろ・・・たぶん。

「・・・でも今回は刃も悪い」

 今まで不機嫌そうに黙っていた雫がいきなり話に割って入ってきた――しかも敵として。

 寝てただけの俺のどこが悪いんだよ・・・。目だけで雫に問いかける。

「・・・昨日急に帰った」

「・・・・・・」

 俺が悪かった。弁解の余地もなかった。

「・・・・・・」

 ぐ・・・そ、そんな目で俺見るな。

 思わず反対側を向く。

「・・・兄さん?」

「・・・・・・」

 反対側にも同じ目をした敵が居た。

 サイドアタックだ!!

 ・・・うんつまんない。

「・・・わかったよ許してやるよ」

「うむよろしい」

 それなりの胸を張りえらそうに言う愚妹。

 こいつ反省してねーだろ・・・まぁいいか、これ以上引っ張るとメンドそうだしな。

 ほんと・・・めんどくせぇ・・・。

 

 

 

 

 昼休み。

 真はいつもどうり購買《戦場》に走っていき、雫はいつの間にか俺の机に弁当を二つ置き俺のすぐ横に待機している。

 真夜と咲夜は二人でもうすでに食べ始めているから今日は俺達と食べるつもりはないんだろう、まぁいつも一緒に食べてるわけじゃないからな。

 俺がいつも食べてるメンバーは雫、真、識の三人、真夜と咲夜はいわゆるサブメンバーで気が向いたときに入ってくるみたいな感じだ。

 だいたい・・・二、三日に一回くらいの確率で一緒に食べる。

 そして固定メンバーの一人の識は――。

「今日は氷狸達も一緒に食べていいか?」

 スキル朴念仁を発動させていた。

「・・・雫ー今日は部室で食おうぜー」

「・・・ん」

 俺は馬に蹴られたくない。てか馬に蹴られる前にこいつの妹に氷らされる、しかも達ってことはおそらくクリスも一緒だろ?・・・うんいやだ俺はまだ死にたくない切られたくない。

「・・・ってことでおまえは足止めよろしく」

 かなり爽やかな笑顔で言ってやった。

「ああなるほど、二人っきりで食べ・・・」

「・・・真もメールで部室に誘っとくなー」

 識がなにか言ったような気がするけどそれを無視して雫に報告する。

「・・・ん」

 コクリと頷く。けどなんかちょっと不機嫌な気がする・・・まだ昨日の事怒ってんのか?

「んじゃもう行くから。後輩達と仲良く食って来い」

 そう言い残し、識のため息に送られて教室を出た。

 ちなみに俺達の所属する部は実は非公式だ。

 当然部室なんて宛がわれていない、なのになぜ部室があるのか?。

 それはこの学校の七不思議の一つ『隠し教室』がその答えだ。

 この学校にはなぜかいたる所に隠し教室や隠し通路が存在する。俺達はその一つを勝手に拝借し使ってるということだ。

 もちろん校則違反だから風紀委員や生徒会に見つかったら処分されるが、2~3回くらいしか見つかってないしすべて逃げきった。それにまだ部室のストックもあるし逃げる時間さえあれば大丈夫だろ。

「風切達は今日も屋上?」

 教室を出てすぐ俺達は女生徒に呼び止められた。

 振り向くとそこには女子にしては高長身の強気な目をした巨乳で長い髪を後ろでまとめた所謂ポニーテールな髪形の気が強そうな女生徒が居た。

 名前は椎名(しいな)火織(かおり)

 こいつは相変わらず姉御とか実に似合いそうだな。実際に下級生女子からの人気は高いらしいし。

「んにゃ今日は部室」

「・・・ん」

 雫も肯定するようにわずかに頷く。

「ぶしつ~?」

 俺の言葉に訝しげに眉を寄せる椎名。

「あんた達またなんか企んでんの?ほどほどにしなよ?」

「企んでるとか人聞き悪いこと言うな、何も企んでねぇよ」

「ホントに~?」

「気になるんだったら『じょうほうやさん』にでも訊けば?」

「いやそうなんだけど・・・それはそれで楽しみが減るっていうか・・・」

 椎名は顎に手を当てわかりやすく考えてますよというポーズをとりながら唸る。

「まぁいいや。それよりあんた今日のバイト遅刻しないでちゃんと来なさいよ」

「わかってるよ・・・じゃあな椎名」

「・・・またあとで」

「またねー」

 手を振り別れてすぐ廊下の先にまた知り合い(今度は後輩)を見つけた。

 長いまつげに日本人形のように整った顔立ち、艶のある黒く長い髪を揺らしながら歩くその姿は正に大和撫子って言う表現がぴったり当てはまる。

 むこうもこちらに気づいたようで大和撫子――ではなくその隣に居る金髪の後輩、クリスが睨みつけてくる。・・・そんなに俺のことが嫌いなのか?

「こんにちは刃先輩に雫先輩、兄様は一緒じゃないんですか?」

 近くまで来た大和撫子――識の義妹の天野(あまの)氷狸(ひょうり)が訊いてきた。

 ていうかクリスが怖いんだけど・・・。

「いつもいっしょにいるわけじゃないからな。あいつなら教室でおまえらのこと待ってるよ」

「・・・識と今日は別」

「・・・別ってことは先輩達は今日屋上じゃないんですか?」

 クリスのやついままで俺を睨みつけてたくせに邪魔者じゃないとわかったとたん睨むのをやめて話に加わってきやがった。氷狸もそうなんですか?っと目で訊いてくる。

「今日は識以外(・・・)は部室で食べることにしたんだよ」

 識以外の部分を強調して教えてやる。

 クリスは俺を睨むのを完全にやめ普通の目つきに戻っている、つーか親指立ててる。なんて現金なやつなんだ・・・。

「私達も部室で食べてもいいですか?ご飯は皆で食べたほうが美味しいですし」

 いや、あんた空気読めよ、つか素直になれよ・・・。

 氷狸だって愛しのお兄様と一緒に二人っきりで食べたいだろ?、まぁクリスが居るから二人っきりにはなれないだろうけど・・・それでもわざわざこっちに来るよりかましだろうに。

 こんなときまで風紀委員の仕事しなくたって・・・つか風紀委員を連れて行けるわけがないので――。

「ダメ」

「まぁ・・・そうですよね」

「分かってんなら訊くな」

「でも『じょうほうやさん』も教えてくれないのだからしょうがないでしょう?ダメ元という言葉もありますし」

「あー、そりゃ口止め料払ってるからな・・・」

「いつか絶対にあなた達と『じょうほうやさん』を捕まえて見せます!」

「俺達はともかく・・・あっちは無理だろ、なぁ?」

「・・・私達でも無理だったのにあなた達が捕まえられると思えない」

 そう、俺達は一年の時に『じょうほうやさん』の正体を探った。結果は雫の言ったとうり失敗で、この学校の生徒だということと2~3年ぐらいに一度代替わりしてるらしいことしか分からなかった。

 『あなた達のことは黙っていますので手を退いてください』そう書かれた紙が俺達の部室に置いてあり、そこで俺達は敗北を認め表立って調査するのはあきらめた。

「や、やってみなければ分からないでしょう?」

「先人達がやった結果見つかってねぇんだよ」

「う・・・」

「・・・そんなことより早く行かないと昼休みが終わる」

 携帯を取り出して時間を見る。

 そろそろ行かないとたしかに食う時間がなくなるな。

「というわけで、じゃな」

「ええ、さようなら、・・・て待ちなさい!」

 引き止められる。

 つか肩イテェ!んな思いっきり掴むな!。

「んだよ・・・」

 飯食う時間が無くなんだろ、つか肩離せ。

「はぁ・・・氷狸あきらめたら?まぁ私としてはこのまま氷狸(・・)だけ(・・)行ってくれたほうが助かるからいいけどね」

「くっ・・・しかたないわね、今回は見逃します」

 意外なところから助け舟が来たな、クリスが自分で言ったとうり氷狸がいない方が識と二人っきりでいられるのに。

「んじゃ行っていい?」

「ええ・・・いいわよ・・・」

 苦虫を噛んだような顔ってこういう顔のことを言うんだろうな。まぁ気持ちはわからなくないけど。

 風紀委員会・・・いや、生徒会のやつら――一部をのぞいて――からみたら俺達は学園を騒がせる敵でしかないからなぁ・・・俺達の部室(アジト)を付き止めたいんだろう。

 入学式ジャックとか文化祭ゲリラ活動とかいろいろやったからなぁ・・・。

 まぁあいつらも俺達を追いかけるの楽しんでるんだけどな、本当ノリが良すぎる学園だよここは。

 そんなこんなで今度こそ俺達は別れた。

 

 

 

 

 とある教室の隠し通路の途中にある隠し教室、というか隠し部屋。

 ここが俺達の今の部室だ。

 広さは普通の教室と同じくらいで、ソファーやテレビや電子レンジやコーヒーメーカーにPC、生活用品があらかたそろっており、それどころか各種ゲーム――テレビゲームからボードゲームはありまえで麻雀やダーツまである――また本棚の中には俺達が各自で持ち寄った漫画やラノベなどが置いてある。

 部室というかもう完全な俺達の私室だよなこれ。いくらある程度部室に私物持ち込みが許されてるとわいえここまで持ち込むのは程度を超えてる、つかぶっちゃけここにある物ほとんどを没収されても文句は言えない・・・いや、文句は言えるけどそれで何かが変わるということは無い。

 まぁそもそも無許可で勝手に隠し教室とはいえ学校の教室を私物化してる時点で問答無用で有罪、GUILTYだろうけど。

 まぁそんないろんな意味で秘密な基地で俺たち三人は昼飯を食っている。

「なー、なんで今日は部室なんだ?」

 真が今日の戦利品(コロッケパンと焼きそばパン)を食べながら訊いてきた。

「それはね、馬に蹴り殺されたくないからだよ」

「その理屈だと俺が馬に蹴り殺されるような気がするんだけど!?」

「んなこたねーよ、お前は別に邪魔してないっつか邪魔する相手もいないだろ?」

「・・・刃、ご飯粒ついてる」

 雫は極自然にご飯粒をとりパクっと食べた。

「・・・・・・あ、ああサンキュ」

「・・・・・・」

 し、視線が痛い。

「ああなるほどつまり見せ付けて悦に浸りたいんだなもしくは俺にいやこの学園の全男子にケンカ売ってんだなそうなんだなよし、表出ろこの野郎!!」

 バンッ!

 とテーブルを叩き俺の襟首を掴んでくる。

 ちょっ締まってる、締まってる!マジで苦しい・・・。

「いや待て落ち着け!見せ付ける気なんか無いから、そもそも俺と雫は付き合ってないから、そういうんじゃないから!今のだってあれだよ幼馴染の優しさだよ!?」

「んなこと知るん!!・・・そんなこと知るか!!」

「・・・言い直しても噛んだことは誤魔化せないぜ?」

「・・・知るん・・・っ~~」

 今のはハズいなー、雫なんて思いっきり笑うの堪えてるよ・・・。

 真も顔真っ赤・・・これから当分の間はこれをネタにして弄ってやろう。

「ええいうるさい!ちょっと噛んだだけだろ!!」

「んなこと知るん!(笑)」

「っぷ、くくく・・・っ~~~!?」

 あ、雫が耐え切れなくなって吹いた。

「うがーーー!!」

 部室の中心でバカが叫ぶ。

「おまえホントケンカ売ってんだろ!?」

「いやいやぜんぜん・・・っくくく・・・売ってないよ?」

「嘘だ!!!!」

 「はぁ~もういいや、疲れた。」そう言って真はため息をつきながら脱力する。

「あ~温泉かなんかに行ってこの疲れを・・・いや、日頃の疲れを取りたい」

「覗きで?」

「もちろんさぁ!!」

「・・・変態」

 雫も軽蔑の視線を言葉とともに刃物にして真を貫く。

 だが忘れてはいけない、アイツはバカな上に変態なのだ、雫の刃はアイツの快楽を高める要因にしかならない。

 今も軽く悶えながら「でも紳士だよ!?」っと余裕だ。・・・いや悶えてるから余裕じ

ゃないのか?どっちにしろキモい。

 そう俺がドン引きしていると、雫が「でも」っと言葉を続ける。

「・・・行く?温泉」

「それはつまり覗いてもいいということだな!?」

「・・・社会的に殺した上に精神も殺し続けるよ?」

「ごめんなさい!!」

 ソファの上で土下座するバカを軽く無視しながら、雫にどいうことだ?と問いかける。

「・・・こないだ旅館の宿泊券が手に入ったから、8人までなら行ける」

「8人か・・・」

 とりあえず俺、真、雫、とここにいるメンバーで3人だからあと5人、まぁこのメンバーならあとは識、真夜、咲夜、は何も問題なければ決まりだろう、これで6人あと2人、どうするかな。いやまぁべつに8人じゃないとダメってわけじゃないだろうし、6人で行ってもいいんだけど・・・なんかもったいないじゃん?

「とりあえずいつものメンバーで6人だな。あと2人どうする?」

 真が俺とまったく同じことを考えてたらしくそう訊いてくる。

「そうだなー・・・まぁ適当に各自で誘いたいやつ誘えばいいんじゃないか?」

「いや、でもあと2人だぜ?各自で誘ったら定員オーバーになるんじゃね?やっぱり一応でも候補の女子は考えといた方がいいだろ」

「女子限定かよ・・・殺されてもしらねーぞ。まぁとりあえず明日までに候補を考えるってことにしようぜ」

「・・・べつに無理して8人で行く事は無いと思う」

 俺達が考えてる横で雫が横槍を入れてきた。まぁこいつ人ごみとか苦手だからな・・・、人見知りだし、大人数で行きたくないんだろう。

 でもそのことならさっき俺は自己解決している。

「「だってなんかもったいないじゃん?せっかくだし」」

「・・・そう」

 二人同時に言われて雫はしぶしぶ納得した・・・、けど少し、しゅん、と小さくなってる。

 表情がほとんど変わらないから分かりにくいけど付き合いの長い俺には分かった。

 とりあえず話をさっさと進めよう。

「まぁとりあえず今は識達に確認とろうぜ?もしかしたらあいつらにも予定があるかもしれないし」

「それもそうだな・・・でいつ行くんだ?」

「・・・宿泊券は夏まで使えるけどちょうどもうすぐゴールデンウィークだし、どれか使って行けばいいと思う」

「そういやその券って何泊?」

「・・・2泊3日」

 携帯でカレンダーを見ながら考える。

 2泊3日か・・・行けるとしたら29~1日か3~5日だな。29日だと急すぎるから3日からの方がいいな・・・。

 バイトは今日マスターに言って休みにしてもらえばいいだろ。

「んじゃ3日から行けばいいんじゃね?」

 俺がそう提案すると二人も、それでいいと承諾した。

 日程が決まり、俺と真はそれぞれ識達に誘いの電話をかける。

「というわけで3~5日に温泉行くからおまえら二人も来るか?」

『行く!』

 即答かよ。まぁ予想どうりだけど。

『ていうかむしろ置いていったら怒るよ、兄さん』

「そう思ったからちゃんと誘ってるだろ。でおまえはいいとして咲夜も大丈夫なんだな?」

『・・・大丈夫だって、誘わなかったら串刺しにするとこだったけどね、て言ってる』

 こえぇ・・・。

「じ、じゃあ詳細は決まったら連絡するから。んじゃな」

『んー』

 電話を切ると同時に。

「氷狸ちゃんも一緒に行きたいって言ってるんだけどいいか?」

 識と通話中の真が訊いてくる。

 俺としてはまったく問題ない、ちょうど二人空いてるんだし、これはクリスと氷狸で残りは決定かな。

「俺はかまわないぜ」

「・・・わたしも」

「オケー・・・いいってさ、んで来るのはお前と氷狸ちゃんだけでいいんだな?」

 ん?クリスは来ないのか?あいつのことだから「これはチャンスです」とか言って来ると思ったんだけどな、氷狸も来るし。

「・・・んじゃまたなー」

 俺が考え事してる間に話は終わったらしい。

 真にクリスは来ないのか訊いてみた。

「神崎はなんか用事があって来れないんだって。んでおまえに伝言『間が悪い先輩は死んでください』ってさ。おまえあいかわらず嫌われてんだな。ざまぁ!!」

「間が悪いって・・・」

 今回間が悪いのは俺じゃなくね?つかなんで俺がピンポイントで恨まれなくちゃならんのだ、理不尽だ!俺は悪くない!!

 はぁ・・・まぁいいやあいつの理不尽な恨みは慣れた。

 それよりあと一人どうすっかな・・・そうだ今日バイトだしあいつ誘ってみるか、あいつなら全員と顔見知りだし。

 俺はさっきあったバイトの同僚の顔を思い浮かべた。



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そうだ、温泉へ行こう(次回予告編)2

「・・・というわけで一緒に温泉に行かね?」

「はぁ!?」

 バイト先の喫茶店に素っ頓狂な声が響く。

 もはや授業内容がただの雑学にしか思えない学園が終わり。俺は生活費などを稼ぐために労働していた。

 カウンターで洗い物しながら、温泉メンバーの最後の一人にカウンター越しにいる同僚のエプロン姿の椎名(しいな)火織(かおり)を誘った。

「あんたいきなり何言ってんのよ!?」

 いやぁしかしこれは見事に勘違いしてるな。笑うな俺、耐えろ俺、ここで笑って気づかれたら面白くない。

「何って宿泊券手に入ったから一緒に行かないか?って誘ってるんだけど?」

 俺はさっき言ったことをもう一度告げる。うん嘘は言ってない。

「何故に私!?」

 なんか口調おかしくなってないか?

「何故って一緒に行きたいからに決まってんだろ?」

「いやだからなんで――」

「だって識たち全員と面識があって一緒に行きたい相手ってお前くらいしかいないしな」

「・・・・・・」

 椎名が何か言おうとしたのを遮ってネタバレ(なんか違うような気がするけどニュアンスとしては通じるから良いよネ)したら、赤くなっていた顔から温度や表情が消えた。かなり怖い。

 ちょっとやりすぎたか?。

「・・・一つ訊いていい?」

「お、おう」

 怒鳴られたりするもんだと思ってたから予想外の反応にどもっちまった。

「刃以外に誰が温泉に行くの?」

「えっと・・・識、真、真夜、雫、氷狸、咲夜、で俺入れて7人です」

「・・・はぁ」

 能面の様な顔が崩れ脱力すると同時に俺の緊張も霧散する。

「そんなこったろうとは思ったわよ・・・なのにちょっとドキッとした自分が憎い」

 最後の方はよく聞こえなかったけどまぁなんか恨み言言われてんだろうから突っ込むのはやめとこう。

「ていうかオールスターじゃない。もうそのメンバーで言ったら?なんであたしも誘うのよ?」

「いやな、雫が8人まで一緒に行ける宿泊券手に入れたんだけど、あと一人メンバーが決まらないから誰がいいかなーって考えてて、俺達全員に面識あって俺が一緒に行きたいやつって条件だとおまえが一番適任なんだよ。真の扱いにも手馴れてるしな」

「つまりあんたらのストッパーになれってことでしょ?あんた達覗いてきたら半殺しにしてあげるから安心して覗きみ来なさい?」

「いや、それ安心できないからな!?つか覗かねーよ!命は惜しいからな」

「ふぅん?本当に覗かないのかしら・・・?」

 そう言って二つのエプロンの上からでも分かるくらい夢がいっぱい詰まった大きな膨らみを強調するように、腕を組み前かがみになる。

 くっ!目が自然と吸い寄せられるだと!?これが男のエロ魂というやつか・・・!!

「ハッ!?」

「そんなに凝視されたら説得力はないかな~」

 としたときにはもうすでに遅く椎名はニヤニヤ顔で勝ち誇っていた。

 くっ、だってしかたないじゃん!俺男子高校生だよ!?いやたしかに真はいきすぎだと思うけど。でも、こんな夢がたくさん詰まった大きな膨らみが目の前にあったらつい見ちゃうんだよぉぉ!

「やっぱり半殺し要員が必要みたいだから行ってあげるわよ。えっと3日からだっけ?」

 いまだニヤニヤしながらそう言ってくる。

 無事に?OKもらったのに素直に喜べない。だって今の流れだと、きっと自分達は理性が負けて覗きに行くからどうか俺達を止めてください、って犯罪予告してるようなものだ。

「じゃっ楽しみにしてるわ。あ~腕が鳴るなー」

 実際に腕を、つか手首や指をポキポキ鳴らしながらオーダーを取りに行くのを、俺は項垂れなががら見送ることしか出来なかった。

 

 

 

 

「いいな~温泉いいなー」

 

 

 

 

「うお!?」

 いきなり後ろからダンディな渋い声を掛けられた。

 振り向くとそこには無精髭が見事に似合っているナイスミドルなおっさんが居た。

 つかどっから湧いてきたんだよ!危うく皿落とすとこだったじゃねーか!

「俺も行きたいなー」

「マスターは仕事あるんだからしかたないだろ、この喫茶店がつぶれてもしらねーぞ?」

 うんざりしながらこの店の店長(マスター)に答える。

「なぁに1日や1週間くらい休んだって大丈夫だ。ちょっと刃の給料が減るだけだ。なんの問題も無い」

「いや問題あるからな!?」

 ズビシ!!

 思わず仕事を中断し手の甲で思いっきりツッコミを入れる、所謂、なんでやねん、で御馴染みの基本的ツッコミだ。

「ぐふっ!ナイスツッコミだ・・・もうおまえに教えることはたぶん何も無い。そのツッコミで世界を取れ・・・!」

「たぶんって、んな自信ないのに世界を目指させるな!」

「ふん一から十まで全部教わらなければ何も出来ない、その程度の芸人だったのか?甘ったれるな!ここからさきはおまえ自身だけで切り開け!!」

「いやそもそも芸人じゃねぇからな!?」

「なんだと!?ならなぜお前はここに居るんだ?俺のお笑いの極意を教わりに来たんじゃないのか?」

「喫茶店ブラックキャットのバイトだからだよ!」

「ふんバカなやつめ、俺の店の従業員にはマスターを置いてきぼりにして、女子高生とキャッキャウフフ、な温泉に行くやつなど居ない!即ち貴様は従業員ではない!!」

「ナ・・・ナンダッテー!!・・・てふざけんなよテメー!ただの(ひが)みじゃねーか!!」

「それの何が悪い!俺だって女子高校生が温泉でキャッキャウフフとしてるところが(のぞき)たいんだよぉぉ!!」

「悪いわ!犯罪だろうが!!つーかあんた嫁さん居るだろ!?嫁さんと風呂でキャッキャッウフフしてろよ!!」

「ふっ貴様はやはり愚かだな・・・いいか欲聴け――!」

 

 

 

 

「 女子高生は別腹だ!!!!」

 

 

 

 

「やっぱただの変態じゃねーか!!」

 ぜぇ・・・ぜぇ・・・

 くそツッコミ疲れた。

 何だこの人・・・俺の天敵って雫じゃなくて実はこいつなんじゃないのか?

「まぁ冗談は終わりにして。・・・俺も連れてってくれるんだよな?」

 終わってない!?

「いやいや、終わってるぞ?何せ全部本気だからな!つまり・・・連れて行かないとお前は従業員ではないということになるな」

 脅迫かよ!?つか心読むな!

「でも脅迫しても無理なもんは無理。たとえ休むことができても、宿泊券は8人、もう定員はさっきぜんぶ埋ったからな。第一嫁さんには何て言うつもりなんだ?」

「む・・・ならしかたない。刃、俺と変われ。なに、嫁は心が広いからな、一人旅くらい許してくれるさ」

「いや一人じゃねーからな!?つか誰が変わるか!」

「むぅ・・・ならば仕方ない、ついに俺のエロ百八式の封印を解く時が来たか・・・」

 顎の無精髭に手を当て唸りながら馬鹿なことを言い出す変態(マスター)

 もうだめだこいつ・・・はやくなんとかしたいけどできない・・・。

「おまえに今からエロ百八式の一つ盗撮式を伝授してやるからおまえはこれでオッパげふんげん・・・健康な婦女子の裸体を撮って来い」

「・・・・・・」

 もう呆れて物も言えない・・・疲れたし。つか言い直したのに何の意味もねー。

「なんだ感激のあまり声も出ないのか?まぁ無理も無いエロ百八式はこの世のすべてのエロだからな」

「呆れてんだよ・・・」

 はぁ・・・もうほんと疲れた・・・。

「っとそろそろじゃないか?今日も来るんだろ?」

 マスターに言われて時計を見る。

 7時半、たしかにもうそろそろ来る時間だな。

 つか俺まだあとバイトが終わるまで2時間半もあんのになんでこんなに疲れてんだ?

 この世の理不尽について考えようとしたそのとき――。

 

 

 

 

 カラン、カラン。

 

 

 

 

 客が入って来たことを知らせるベルとともに銀髪の小柄な少女が現れた。

 まるで人形のような出来過ぎたほど整った造形。その顔が無表情なのもあり余計に人形らしく見えるが、それと同時にその在りようはとても人形には見えない。

 純白のワンピースがまさしく姫のような気品と愛らしさをかもしだし、そして元来持っている芯が強く静かな月の光のような威厳もその紅い瞳には備わっている。肩にかけている鞄だけがが平凡で少し違和感があるくらいだ。

 入ったて来た客――雫はだいたいこのくらいの時間にコーヒーを飲みに来る、というか俺がこの店でバイトしてるときはいつも来る。シフト変えてもなぜかバレる・・・もうあれだな一歩間違えばストーカーだよな・・・。ん?あれ?もうアウトじゃね?

 ・・・・・・・・・うん、考えないようにしよう。

 しかし我ながら月姫とか出来すぎなくらいのあだ名をよく思いつたなぁ・・・。←思考逃避。

「そら月姫様のご到着だ。エロ百八式は帰る時伝授してやるから忘れずに来いよ」

 マスターはそう呟き俺の肩を叩いてコーヒーを入れに行った。

 つかあの変態思いっきり叩きやがって・・・!誰が行くか!俺だって命が惜しいんだよ!!

 ・・・まぁ興味はあるけどな。

 雫がいつもどうり周りの視線をスルーして空いてる席に着く。

 俺はそれを確認してから注文をとりに向かう。

「ご注文は?」

「・・・刃をお持ち帰りで」

「・・・・・・・・・」

「・・・・・・・・・」

 え?なに?人身売買?

「・・・・・・3億五千万円になりますがよろしいですか?」

「はい!」

「払えるのかよ!?」

 つかかなりいい返事だな!?

 いつもの『・・・』はどうした!?

「・・・冗談」

 ・・・そ、そそうだよな?目が本気だったような気がするし、財布から黒いカード出そうとしてたような気もするけど・・・気のせいだよな・・・。

「で、ご注文は?」

 気を取り直して再度注文を訊く。

「・・・裏猫のお気に入り」

「いつものな」

 雫がいつも頼む裏メニュー、俺のオリジナルブレンドコーヒーを予想どうり注文してきた。

 しかしマスターもめんどくさい裏メニュー作りやがって・・・。店員のオリジナルブレンドをマスターじゃなくて店員に入れさせるとかやめて欲しい。

 ちなみに裏メニューは飲みたいブレンドの店員に直接合言葉を言わなければいけない。俺の合言葉は裏猫のお気に入り、椎名は裏猫のうたた寝、マスターは裏猫の逸品だ。他にも裏猫のご馳走と裏猫の湧き水がある。

「・・・を裏猫の湧き水で」

「居座る気マンマンだな」

 これもいつもどうり。

 裏猫の湧き水、これは+200円でコーヒーが御代わり自由になる裏メニュー・・・、つまりこいつは閉店まで居座る気だということだ。

「んじゃしばらくお待ちください」

「・・・ん」

 オーダーを取り終えコーヒーを入れに行く途中で椎名が旅行の最後のメンバーになったのを伝え忘れたのに気づく。

 まぁコーヒー持って行ったときに言えばいいだろ。

 カウンターでコーヒーを入れながら雫の方に視線を向けると鞄から文庫本をとりだして読んでいた。

 今日は閉店までに何冊読み終わるのかねぇ?そんなことを考えながら淹れ終わったコーヒーを持っていく。

「お待たせしました。裏猫のお気に入りです」

「・・・ん」

 コーヒーを置きテーブルから離れようとして椎名も来ることになったのをまた伝えてないのに気づく。

 コーヒー入れてるとき思ったことなのになんで忘れてんだ俺は?ボケたか?

「っと、最後の一人決まったぞ」

「・・・誰?」

 文庫本から顔上げ訊いてくる。

「あいつ」

 ちょうど近くまで来ていた椎名を指差す。

 雫は指差した方を向き「・・・火織?」とつぶやく。

「ん?呼んだ?ってか何人を指差してんのよ」

 雫の呟きが聞こえたのかそんなことを言いながこっちに近寄ってくる。

「今お前も来ていいか確認してたところ」

 椎名の顔が引きつってるけど、なにそんな驚いてんだ?

「え、何?まだ許可とって無かったの?」

「うい」

 頷く。

 はぁ~、と盛大なため息を疲れた。

 失礼なやつだな。

「うん、あんたはそういうやつだよ・・・」

 なんかすげー失礼なこと言われたような気がする、いやよくわかんないけど。

 とりあえずなんかこう・・・あいつの俺を見る目は呆れてる、てか諦めてる。

「はぁ相変わらず苦労してるね」

「・・・もう慣れた」

 なんか女子二人で分かり合ってる・・・ちょっと寂しい。

「で椎名も一緒でいいんだよな?」

 寂しかったので俺も会話に参加する。

「・・・ん、火織ならいい」

「ありがとう、雫!」

 がばっと雫に抱きつく椎名。人形みたいにされるがままの雫。

 俺に入る隙は無かった。だが寂しくない、なぜなら目の保養になるから。

「おい!いつまでサボってんだ刃!仕事にもどらねぇとおまえが泣いて頼んだ覗きの極意教えてやんねぇぞ!!あ、椎名と月姫さんはそののままでいいからな、むしろもっとやれ!」

 大声で何てこと言ってんだあの変態は!?

「・・・・・・雫、安心してねこの変態はあたしが必ず半殺しにして覗きが出来ないようにしとくから」

「・・・・・・頼りにしてる」

 まるで汚物でも見るような目でおれを見るな!つか聞こえてんだよ、このままじゃ冤罪で半殺しにされる!?

 俺は限りなくリアルな未来予想に冷や汗が背中を伝うのを感じながら誤解を解きにかかる。

「いや、誤解だ!泣いて頼んでなんかいないし俺は覗くつもりなんかない!!」

「でもさっき私の胸凝視してたし・・・」

「うぐっ、・・・いやそれとこれとはべつだろ!?」

 つい見ちゃうことはあってもわざわざ危険を冒してまで覗きに行くのは違うだろ。

 ていうか雫が俺達の会話を聞いて「・・・胸」と恨めしそうに呟いたのが微妙に気になる、あいつも気にしたりするんだな。

「そーお?少なくとも胸をエロい目で見てくる人に言われても説得力は無いね」

 ・・・確かに。

 いや納得してどうする俺、・・・こうなったら。

「マスター皿洗い変わりマスヨ?」

 戦略的撤退。

「あ、逃げた・・・やっぱり旅館に着いたら殺っとこう」とか聞こえたような気がしたけどきっと気のせいだ。・・・あれ?おかしいな震えが止まらない・・・。

 ちなみにマスターは皿洗いないなんかしてなかった。

 外を見ると陽は堕ち暗くなっていた。

 ――今日もまた夜が来る。

 




なんか変態で面白いおっさんっキャラってけっこうスキなんですよねwww
こう・・・俺つばのマスターみたいなキャラとか。


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第二夜 追憶の夜

「先しつれーしまーす」

 22時10分バイトを終え、刃は雫とともにブラックキャットを出る。店の奥からマスターの声がしたがそれは聞こえないフリをした。

 暗闇と静寂の帰り道を二人で歩く。

 しばらく心地いい静寂に身を任せ二人は歩いているとふいに雫が声をかける。

「・・・今日は何食べたい?」

 刃は一人暮らしだが朝昼晩の飯は雫が作ることが多い。まるで押しかけ女房のようにほぼ毎日作っている、いやまるでではなくまんま押しかけ女房だ。少なくとも周りの人物達はそう思っている。

「そうだなぁ・・・」

 刃は自分の胃袋を握られてることに気づかずに自ら侵略者の為に考える、がひとまず今日の侵略行為はなくなることになった。

 なぜなら考える必要がなくなったから。視界の先、道の先に見覚えの有る白い人影が視えたからだ。

 その人影はまるで誰かを待つように、待ち伏せしているかのように佇んでいる。

「・・・いや、今日は遠慮しとく」

「・・・遠慮なんかしなくていいよ?私が好きで勝手にやってるんだし」

「いや遠慮する」

「・・・そう?」

 雫は意外そうに首を傾げる、とわいえ傍から見たらただ無表情に傾げているだけなのだが。

「ああ」

「・・・ん」

 頷いた刃を見て雫は残念そうに頷く。

 このやり取りを二人の知り合いが見聞きしていたら、さぞや珍しいと思うだろう。

 雫は寡黙だが押しが強い、強すぎるくらい強い、それは押しかけ女房染みたことをしていることや普段の生活からも分かるだろう。

 そんな雫があっさりと折れたのだこれは珍しい。

 だが彼女をよく知る幼馴染達は違う感想を持つ、雫は刃の本気で言ったことには逆らわない。だから本気で遠慮、いや拒否されたら雫はそれに逆らわない。そのことを知っている幼馴染達は納得するだけだ。だから本当に珍しいのは雫でなく刃の方だ、刃が本気で拒絶するのは珍しい。

 そんなやりとりをしてる間に白い影と、お互い声をかけあえる距離まで縮まった。

「やっほー」

 白い影――アリア・クレセントは待ち人に声をかける。

「まさか昨日会ったのにもう私のこと忘れてるってことはないよね?」

「覚えてるよ・・・まだ死にたくないしな」

 笑みを浮かべてはいるがアリアは不機嫌だった、そしてアリアの言葉を聞いた雫も不機嫌になる。

 二人の胸のうちにあるのは奇しくも同じだった。

 故に二人は問いかける。

「それはなにより、ところで」

「・・・昨日?・・・ねぇ、刃?」

 二人共通の人の向かって問いかける。

「「この人(こいつ)誰?」」

 さてどうしようかな・・・?っとなぜか背中に冷や汗を流しながら刃はこの難問をこなすために心の中で頭を抱えた。

 

 

 

 

 

「・・・昔の知り合い・・・?」

 

 

 

 

「いや、まぁそうだけど・・・?」

「・・・・・・」

「アリア?どうした?」

「んー?なんでもないよ」

 刃は吸血姫とかその辺の事情を隠し教えられる範囲で互いを紹介したところ、二人ともなにか含みがありそうだが刃は特に気にしなかった、いや、気になったが怖かったのでスルーした。

 (雫の方はなんとなく予想付くんだけどな・・・)

 『家』時代、雫は刃と一緒によくすごしていた。それはさながら雛鳥のように四六時中刃の後ろにくっ付いていた。

 だから自分の知らない知り合いがいたことに納得いかないのだろう。刃はそうあたりをつけた。

 事実それは当たっていたが、それは刃が予想したのとは少し意味が違う。

「んで、何か用か?」

 言外にわざわざ待ち伏せて、という含みをもたせながら刃は訊ねる。

「何か用か?って昨日また今度ねって言ったじゃない。というかなんか用が無いと話しかけちゃいけないの?」

「別に悪かないけど。つか昨日の今日で来るとは思わないだろ・・・まぁ用があろうが無かろうが今俺はバイトで疲れてんだよ、だからまた今度な」

 自分から用がないかと訊いておきながら実に酷い言い草である。

 何時間も前から探したり、待ち伏せしていたアリアからすればかなりムカつく態度だ。普通に殺されてもおかしくない。

「ちょっとまっ――」

 事実アリアはそう言って通り過ぎようとする刃に対して、一発ぶん殴ってやろうかしら、っと思いながら引き止めようと声を出すが――。

「・・・少ししたら戻ってくるからここで待ってろ」

 アリアだけに聞こえる様に呟かれた言葉によって遮られる。

「・・・また今度ね」

「んじゃな」

「・・・ん」

 アリアは不服そうにしながら刃と雫を見送った。戻ってこなかったら指の骨を一本一本折ってやる、そんな物騒なことを考えながら・・・。

 

 

 

 

「やっと戻ってきた」

 刃が雫を送り届けてアリアのもとへ戻ってきたのは、分かれてから40分以上経ってからだった。

 刃が来るまで待ち伏せしていて、やっと来たと思ったらさらにまた40分以上も待たされたアリアの機嫌はすこぶる悪い。

「んで何の用だ?」

 刃はそんな不機嫌丸出しの態度には気にも留めず先ほど訊いた問いを再度問う。

「・・・・・・・・・昨日の続き」

 しばらく、こいつの骨ホントに折ってやろうかしら、と考えながら睨みつけていたがアリアは諦めたように溜め息をつき不機嫌な声で答えた。

「でもそのまえに、あの子何者?」

「あー?さっき紹介したばかりだろ?聞いてなかったのか?」

 何言ってるんだコイツは、と肩を竦めながら刃は呆れたように返す。

「聞いてたわよ?そうじゃなくて私が訊いてるのは()じゃなくて(・・・・・)何者(・・)()アレ(・・)()なんな(・・・)のかって(・・・・)()いてるのよ(・・・・・)

 誤魔化しは許さない、と目を細める。

「半分人間じゃない・・・混血ね、あの子。それもかなり血が濃い・・・。それこそこの国の忌名レベルの濃さだった。なのに私やあなたのことを隠してるのはなぜ?アレがただの一般人とかそんな冗談みたいなこと、悪夢的なことはないはずよ、もしそうだとしたら逆に笑えるわ」

 あー・・・なるほどね、っと小さく呟き右手で後頭部を掻きながら刃は苦笑する。なぜならそんな悪魔的な冗談が事実だからだ。

 (さてどこまで話していいのかね・・・っと、まぁ協定違反になるからアレはダメだな。しかし忌名・・・ね)

 考えをまとめた刃は口を開く。

「ああ、お前の言うとうり混血だよ、あいつは。・・・まぁでも実に悪夢的なことにあいつは一般人――じゃあないな、大金持ちの一般人てことにしておこう、たぶん間違ってはいないと信じたい。・・・まぁとりあえずおまえら人外や『殺名(ころしな)』たちとは関係ないよ。混血だから『さつじんき』でもないしな」

 坦々と――一部自信無さげというか自分の願望が混ざっているが――事実を告げる。

「嘘でしょ・・・?」

 アリアは呆然と呟く。

「おいおいひでーな、おまえから訊いといてそりゃぁねーだろ。俺は嘘は言ってないぜ?」

 その呟きに律儀に刃は返す。

 それを聞いたアリアの口元は歪んでいきやがて耐え切れないというように音が決壊した。

「アハハはははハハハはははははハハハハハはハハははははハははははハハハはハはハハっ!!!!まさか本当にそうだとは思わなかったわ!!これほどの笑い話がいくつも転がってるって、いったいどうなってるのこの街はっ!?アハ!あなたが!?さつじんき(・・・・・)たる(・・)あなたがっ(・・・・・)!!()()世界(・・)()異常(・・)不具合(・・・)()()()()イレギュラー(・・・・・・)エラー(・・・)()あなたがっ(・・・・・)!普通に学生やってるってだけでも十分異常な喜劇なのに!!アハッ!あはははっ!その上あれだけのモノが一般人!?もうほんとサイコーよこの街はっ!!!!もう異常(おかし)すぎて笑いが止まんないわ!アハハハハははっ!!」

 まるで狂ったように笑い続ける吸血姫。それは常人が聴けば気が狂ってしまう音声、そんな音声をすぐ傍で聴いている刃はただたんに、うるせーなコイツ、と普通の感想を抱いていた。

 止まらない狂笑、放っておけばいつまでも笑ってるのではないか、そう思わせるほど音は止まらない。

「うるさい」

 いいかげんウザくなったのか刃はそう言いながら、壊れたスピーカーのように笑い続けるアリアに鋭い蹴りを放つ。

「アハハはははっっ!?っと危ないじゃない!いきなり蹴らないでよ!」

 刃の蹴りを紙一重で避けながらそう怒鳴る。

「うるさい。いつまで笑ってんだてめぇは!いいかげん本題を話せ!こっちだって訊きたい事はあるんだからよー」

 アリアを睨む刃の視線はこれ以上脱線したら殺すと語っていた。

「あはははー・・・は、話すよ!?うん、今ちょうど話そうとしてたところなんだからねっ!?とりあえず歩きながら話そっ!?」

 誤魔化すように笑って歩き出すのを刃は溜め息一つ吐いてその背中を追いかけて横に並ぶ。

「刃は9年前のことどこまで覚えてる?」

 人気の無い裏道りから表道りに出る道を歩きながらアリアは訊ねる。この期に及んでまだ関係ない話をしようとしてると思った刃は殺意を込めて睨んだが、アリアの顔が今までと違い真剣な顔をしているのに気づき、今度こそ本題――アリアはなんでこの街、いや刃に会いにきたのか――その話に関係あると察

し9年前へ意識を飛ばし――

「あー・・・一時期よく遊んだくらいしか覚えてねーな」

「まぁそんなもんよね」

 そこでいったん苦笑して言葉を区切り。

だって(・・・)他《・》()部分(・・)()()()記憶(・・)()()じた(・・)()()()()

 ――自然に

 ――気負わず

 ――当たり前に

 そう言った。

「は・・・?」

 呆然と絶句している、正に開いた口が塞がらないをその身で体現している刃を無視してアリアは続ける。

「私がなんでこの街に――刃に会いに来たかそれを一言で、簡潔に、私情、事情、もろもろを省いて真実だけ言うならば」

 一歩二歩。

 呆然としている刃の前に出て、くるりと反転。

 アリアは刃を真正面から見据え。

 告げる。

「9年前にした契約を果たす為よ」

 ズキン。

 アリアの金眼に見据えられたとき刃の脳髄に痛みが走る。まるで無理やり何かを思い出させるように脳に干渉される痛み。

 (魔眼・・・?)

 そうあたりをつけるもすぐに痛みと不快感によりその思考は溶けてなくなる。

 そして自分の意思とは関係なしに9年前の記憶が再生される。

 

                     ”  ”

 

 その日はいつもと変わらない一日だった。

 いつもどうりあさおきて、学校に行ってたいくつなじゅぎょうを聞いて、あそんでかえる。そんないつもどうりの一日・・・あれ半日?まだよるになっていし・・・半日なのか?まぁどっちでもいいや。

 『家ぞく』のみんなとはさいきんあそんでない。なんとなくあそびたくない。だからおれはみんなにかくれて外に出た。

 しばらくぷらぷらしていたら人気のない公えんを見つけた。公えんには一人せんきゃくがいたけどまぁとりあえずむしした。どうでもよかった。なんかけがしてるしうずくまってくるしそうだけどどうでもよかったから気にせず入った。

 にらまれた。

 むしした。

 ブランコにのる。

 まだにらんでくる。

 むしする。

 でもなんとなくこぐいきおいを上げる。

 にらんでくる。

 むしして上げる。

 にらんでくる。

 上げる。

 にらむ。上げる。にらむ。

 とぶ。

 ブランコからいきおいよくとび出し、一回二回と空中で回る。ちゃくち。

「十点!」

 テレビのまねをして自分で点数をつける。

 はじめてやってみたけどこれけっこうきもちいいな。

 ちらりと見てみる。

 なんかおどろいてる、でもにらんでる。

 きようなことするなー。

 そう思ったけどすぐにどうでもよくなった。

 それから一人でなんかやってあきたから、かえろうとしたときこえをかけられた。

「なんで無視できるの?」

 そのこえでソレがいたことを思い出した。とちゅうからすっかりわすれてた。

 でも、そんなそうふしぎそうに言われても・・・だってどうでもいいし。

 そう思いながらいちおうふりむく。

 そこではじめてソレが白くてかわいい子だということに気づいた。でもこのくらいのやつなら何人か見たことがあったから気にせず答えた。

「きょうみないしどうでもいいから。そんなことよりびょういん行ったら?」

 いたくないのかな、()()()にお()()()()()()()()()()()

「・・・よくそんな風に言えるわね。そもそもあなた私がここにいるっていうことしか認識してなかったでしょう?私が女の子だということも血塗(・・)れで(・・)()れてて(・・・)普通(・・)なら《・・》()にも(・・)()にそう(・・・)だって(・・・)ことも(・・・)

 にんしき・・・?どういういみだったっけ?たぶん気づいてるてるとかわかってるとかそんないみだったかな・・・?

「あー?気づいてたよ、けががしててうずくまっててくるしそうだなとは思ったし」

 まぁとちゅうからわすれてたけど・・・。

「血塗れで倒れてるのに・・・?あなた本当に人間の子供?ううん、それよりもなんで私のことを忘れられるの?あなた何者――危ない後ろ!?」

 うるさいなぁそんなにさけばなくても、気づいてるよ・・・、しかも言ってることわかんないし。

 おれはうしろにいた『何か』をふりむきながら『点』を確認しズボンのポケットにいつも入れてあるナイフ――ほんとうは『あいくち』っていうらしい雫が言ってた――でさそうとしたけど。

 ズキッ!!

 『め』がいたかったらできなかった。

 しかたなく『何か』のこうげきをよけるためによこに思いっきりとんだ。

「!?・・・は、早く逃げて!!」

 白い子が何か言ってる。うるさいからだまっててくれないかな『め』にひびいていたい。

 いたむ『め』で『何か』をみる。そのときにはもうさっきまで見えていた『点』と『せん』じゃなくて、くろくてくらい『うず』が見えていた。

 あ~あ・・・もどっちゃった。ひさしぶりにしゅうちゅうしたからかな?まぁいいやこっちのほうがつよいし・・・つかれるけど。

 『何か』にむかってはしる。

「迅い!?」

 おどろくこえががきこえる、『め』にはおどろいてる『何か』とうずがみえる。まるであの『何か』がかわいいこえでおどろいてるように思えてすこしむかつく。

 『何か』はおれにくろいうでつかまえようとしてきた、だからおれはそのうでを。

 手のひらからかたまでたてにきった。

「―――――!?」

 ぜっきょうを上げる『何か』とてもうるさい、どうしおうもなくうるさいからだまらせようと『何か』を■そうとして――『何か』はばくはつした。

 ・・・・え?おれまだうできっただけなんだけど?

「はぁ・・・はぁ・・・ッ、本当にあなた何者?なにソレ、直死の魔眼ですらない・・・私が識らない能力なんて魔法くらいなのに・・・・・・まさかいえでも――」

「――ねぇいまの・・・おまえが?」

 なんかぶつぶついってるのをむししてきく。

「・・・そうだけッ!?」

 ありゃ?はずした・・・?

 くびきったと思ったのに・・・。

「・・・いきなり何のつもり?」

 おれはこたえない、どうでもいい。こいつはおれが■そうとしたやつを■した、だから■す。それだけ。

 いみなんてない。

 なんのつもりもない。

 はしる。アレ■すために――。

 

 

 

 

 グシャ!

 

 

 

 

「?????」

 おれまだうごいてないんだけど?なんでたおれてんの?なんか体がおもい・・・。

「あははハッ!面白いわね、あなた。ねぇ・・・友達になりましょう?」

 ともだち?・・・うーんまぁいいかなちょうど『家ぞく』じゃないやつとあそびたかったし。

「・・・おれはかざぎり 刃。そっちは?」

「かざぎり・・・風切!?なるほど・・・ね。・・・私はアリア、アリア・クレセント。よろしくね!刃!」

 その日はいつもどうりの一日だった。アリアと俺が初めてあったなんでもないいつもどうりの日常。

 それから俺とアリアは毎日会って毎日遊んだ。俺が『何者』なのかも教えてもらった――このへんは封じられてなかったのになんで忘れてたんだ?――。

 そしてその日は来た。

「『けいやく』?なにそれ?」

 いつもどうりあそびに来たら「契約しよう」って言われた。とりあえずいみわかねーからチョップしてからきいてみた。

「・・・私なんでチョップされたの?」

「ノリで」

「ノリで!?・・・私ノリでチョップされたの初めてよ・・・。子供って怖ろしいわね」

 何言ってんのこいつ。おまえだってこどもだろう。そう思ったけどなんかいやなよかんがして言えなかった・・・なぜ?。

「まぁいいわ・・・。契約ていうのは・・・簡単に言えば約束よ」

「やくそく?」

「・・・(鸚鵡返しやばいかわいい)そうよ、約束。刃にはわたしとある約束をしてほしいの」

 なんでちょっとはないきがあらいんだこいつ・・・小声でなんか言ってるし。まぁいいやなんかヤバそうだけどいいや。なんか気にしたらもっとヤバイ気がするし。

 かんわきゅうだい。

「で?どんなやくそくなんだよ?」

 むいしきにきょりをとりつつきいてみる。

「簡単・・・じゃあないけど大丈夫よ損はしないから。とりあえずうなずけばいいのよ。この約束は破っても大丈夫だから」

「やぶってもおこらないのか?」

「うん」

 ・・・じゃぁいいかなめんどかったらやぶればいいし。でもなんだろなんかダメな気がする。

「・・・ま、いいや、やくそくする」

「・・・よし!じゃあ始めるわよ!」

 なんだろう・・・あのえがおとガッツポーズを見たら、なんかとんでもないまちがえを

したようなきがする・・・これでよかったのかおれは・・・?

「・・・彼の者を我が主としここに契約を結ぶ」

「なにこれ・・・?」

 なんかへんなもんようが出てきた・・・。これってあれか?まほうじんってやつか?

「契約の証として我が血を受け入れよ」

「ん?え?なに――いた!?」

 いきなりかまれた!?

 な・・・ん・・・?ぼー・・・として・・・。

「んくっ・・・ん」

 なにか入ってくる・・・?

「・・・ふぅ。・・・これで契約完了よ。契約内容は・・・まぁあなたが生きている限り私はあなたのモノになる・・・て聞いてる?」

 んえ?何?何か言った?なんか頭がボーとする・・・?

「はぁ・・・まぁしかたないか。ちょっと刺激が強すぎたみたいね。・・・ここはさらなる刺激で目覚めさせるしかない!つまり・・・チャンス?」

 ・・・・・・ん?

「うを!?かおちかっ!?」

「あうっ!」

 びっくりした・・・いきなり目のまえにかおがあるし。つい思いっきりけっちまった。

「げほ!ぐほ!!・・・ゆ、油断した・・・」

 あーなんかいいとこはいったぽい。

 まいいや、それよりも

「おまっ!いきなりくびかむとかふざけんなよ!!」

 いたかったし、なんかへんなかんじしたし!!

「け、契約に必要だったのよ!とりあえず契約どうり私はあなたのモノになったわ。身も心もね」

「ええーいらね」

 こっちみんな。なんかせなかがさむくなる。

「いらない!?」

「うい。いらない」

 こんなのよりゲーム欲しい。

「・・・子供ってすごいわね・・・。ま、まぁもう少し大人になったらあなたがどちら側に居ようと損はしないし、モノにしてよかったって思うわよ」

 ほんとかよ・・・

「で?おれはなにすればいいの?」

「え?」

 何おどろいてんだ?

「おまえが言ったんだろ?『けいやく』だっけ?今の、つまりわたしをあげるからかわりにこれをやってほしいってことだろ?」

 めんどかったらやらないけど。やぶってもいいらしいし。

「・・・うーんまだ確信してるわけじゃないからなー。次またあったときに言うわ」

「えー、なんかきもちわるいから今言ってほしいんだけど。つぎって明日会うんだったらあんまかわんないし」

「ん?明日は・・・ていうかとうぶん会えないわよ?」

 アリアは少しさびしそうにわらいながら言った。

「そーなのかー・・・引越し?」

「あんたぜんぜん寂しそうじゃないのね・・・まぁいいわ。ちょっと長居しすぎたからね、そろそろ移動しないといけないのよ」

「ふーん」

「やばい・・・ちょっと泣きそう・・・」

 いや、なくなよ・・・。というかさびしがるいみがわかんねー。

 だって――。

「おまえおれのモノなんだろ?だったらさみしく思うひつようないじゃん。・・・いらないけど」

「いいこと言われたのに最後で落された!?・・・ほんとに落されたかも」

 ん?なんかさいごのほうかお赤くして何か言ってたけど、よく聞こえなかった・・・まぁいいかどうせたいしたことじゃない。

「・・・とそろそろ行かなくちゃ」

 そう言いながらなんで俺の方にちかよってくるんだ?

 アリアの白くてキレイな手がのびてくる。なんとなくふりはらう気がおきなくてそのままでいると手がおれのおでこにふれる。

「またね」

 そのこえがきこえるとどうじにおれのいしきは一部のきおくとともにやみの底へおちて行った。



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追憶の夜2

 そして刃はアリアが吸血鬼だということと契約の内容を封じられ今に至る。

「つまりおまえは俺のモノになりに来たってことか?」

 あの日の追憶を終えた今、刃とアリア繁華街の表道りを歩いていた。

 午後11時半。今だギリギリ4月26日、今日と言える時間、だがこの場所の今日はあと30分足らずでは終わらない。

 人々は一夜の娯楽を謳う。

 ここは一夜の享楽場。

 朝日が昇るまでバカ騒ぎは終らない。

 そんな歓楽街の比較的陰が薄い表道り、その喧騒の中を何も変わらず歩いていた。

「正解。契約を履行してもらいにね」

 アリアは答える。周りの騒音など関係なしにその声は刃の耳にクリアに届く。

 まぁ声はクリアでも瞳はあっちこっちに泳いでいるが。

「ふーん。いらね」

「い、いらない!?」

 刃に向けられたその目は「信じられない」という声を届けた。

 先ほどから注目されていたがアリアが叫んだためその密度はさらに増した。二人はそれ気にも留めずまるで認識していないかのように話を続ける。

「え?本気で言ってる?私だよ?吸血姫、アリア・クレセントよ!?どの組織も欲しがるのよ!?私たいしたことしてないのにそれでも追われてるのよ!?」

「知るか。んなこたどうでもいいから契約内容をさっさと言え」

 刃からしたらアリア自身より契約の方が大事なのだ。

 交わした契約によっては自分の身が危ない。対価として差し出されているのはアリア自身。それこそアリアが先ほど自分で言ったように、どの組織も喉から手が出るほど欲しがってい

るモノなのだ。ソレに釣合う厄介ごと、どんなものであろうとめんどくさいに決まっている。だからできるものだったらさっさと終わらせ、できないのであれば踏み倒すためにア

リアを殺す必要がある。

 そんな刃の思考を読んだようにアリアはショックから立ち直り不適に笑う。少なくとも本人は笑っているつもりだ・・・盛大に引きつっているが。

「ふふ、安心しなさい、契約不履行の罰であなたが死ぬことも失うことはないわ、ただ与えられるだけ・・・私を与えられるだけ」

「・・・・・・え?」

 刃の顔が引きつる。幼いころの罠、あの日の「損はしない」というアリアの言葉の真の意味を悟る。

「・・・マジ?」

「マジ?」

 逃げ場なし。刃はアリアの満面の笑顔を見てそう諦めた。

「・・・このショタコンめ。もういい。で何すりゃいいんだ俺は?」

「だれがショタコンよ!」

 心外よ!と怒鳴るが9年前のことを考えるとそう言われても仕方ない。

「まぁいいわ。刃にやって欲しいことそれはね。世界を救って欲しいのよ」

「ふーん世界を・・・は?」

 刃はあまりにあんまりな言葉が聞こえたため目が点になる。

「私の『庭』のことは知ってるよね?」

「・・・いや、知ってるけど。どいうことだ?つか頼む相手間違ってるだろ」

 『庭』それはアリアの能力の通称であり、世界の愛娘と言われている所以の能力である。こちら側の人外や人間に知らないやつは居ない。

「いいえ、あなたで合ってるわ。まぁ気が向いたらでいいのよ」

 世界の危機を気が向いたらで済ませる。世の救世主達がかわいそうになるセリフを平然と吐くお姫様。

「説明を続けるわよ。だいぶ前から私の『庭』に違和感があるの、それで気になっていろいろ探ってたら世界の不具合が少しづつ侵蝕していってることがわかったのよ。ぶっちゃけほっといたらあと15年くらいで世界が終わるわね」

 世界の終焉を自然にあたりまえに告げる。そんなことは実はどうでもいいんだと言うように。事実アリアにとってそれはどうでもいいんだろう。

「・・・つかそれ俺のせいじゃね?俺も不具合(そう)だし。終わらせるってまるっきり俺の『眼』じゃん」

 否。どうでもいいのはアリアだけではなく刃にとってもどうでもいいものだたらしい。

 刃はその『眼』で終わりを生まれたころから視てきている。在るものはすべていつか終わる、世界(すべて)はいつか終わるその日に向かってゆっくりゆっくり進んでいる。それを視て識ってる刃にとって終わりとは日常のあたりまえのことだ。

 さすがに世界の終わりがこんなに早く来るとは予想していなかったみたいだが。

「刃もたしかに不具合だけど。・・・故意に終焉を早めてるモノがいるのよ。だいたいあなたはその気になればいつでもナイフ一本あれば終わらせられるんだから、そんな面倒なことしないでしょ」

 呆れたようにアリアはジト目を刃に向けながら言う。

「まぁそうだな・・・。で?そいつはどこにいるんだ?」

 そこに在るのならどんなモノでさえ殺してみせる。そう豪語する殺刃鬼である刃だが、どこに在るのか分からなければ殺せない。

「それは、わからない。どこかにいるのは確かだと思うんだけど・・・」

 アリアはすまなそうに眉をよせ上目ずかいで言う。誰もがこの目で謝られたらたとえ何をしたとしても赦してしまいそうだ。

 だが何事も例外は在る。

「それでどうやって世界救えっていうんだよ!?・・・あーめんどい、機会があって気が向いたらやっとくよ、たぶんきっとおそらくメイビー」

 世界の命運をどうでもよさげに。全力でなげやりに刃は言う。

「うわー、すっごい信じられない・・・」

 そんな苦笑混じりの言葉で二人は会話を終わらせ。さて、っとは立ち止まる。そこは陰の少ない表道りではなく陰さえ無い、人一人いない路地裏その奥、ぽっかりと少し開けた周囲をビルに囲まれた空間。

 殺しあうのに最適な場所(キリングフィールド)

「――さて。こっちの話は大方終わったから出てきたらどうだ?」

 刃は後方に広がる闇に向かって声をかける。

「――どうやらそのようですね。私はこっちですけど」

 刃が声を掛けたのと逆側のの闇から声とともにクリスが現れた。

「「・・・・・」」

 二対の白い視線が刃に突き刺さる。

「・・・・・・ゴメンナサイ」

 視線に耐え切れず謝る必要もないに謝るヘタレ。この場面だけ見た人にアレが殺刃鬼だと説明しても誰も信じないだろう。

「・・・しつこいわねー。デートの邪魔しないでくれる?いいかげん殺すわよ」

「・・・そうはいきません、魔祖であるあなたにこの地を生きることを赦すことはできません。潔く塵と帰りなさい」

 まるで何も無かったかのように掛け合いをを始めるクリスとアリア。

 いつ殺し合いが始まってもおかしくないほど空気が張りつめていく。

「ま、やるならどうぞごゆっくり。・・・俺は晩飯食いに行くから」

 まるで空気を読まず・・・いや、ある意味読んでその場から逃げ出そうとするが――。

 ガスッ!

「どこへ行くんですか?先輩?」

 それはアリアが投げた短刀により引き止められる。

 刃が振り向くとクリスががにっこりと花が咲いたような笑みをを浮かべているのを見た刃は、ああこれ逃げられないな・・・、と諦めた。

「まったく。何勝手に逃げようとしてんですか?そこの吸血姫よりむしろ殺刃鬼《あなた》の方が本命なんですよ。・・・私にとっては」

 笑顔で死刑宣告。少なくとも刃は本気で殺られると思った。

「つーかそれ私怨だよな!?」

「なんのことですか?」

 首を傾げ惚ける。

 刃の顔が引きつるのをみてとりあえず満足したクリスは笑顔を消し、

「ま、漫才はこれくらいにして――」

「えー終わりなのー?」

 アリアの不満を封殺し、仕切りなおす。

「――主を代行しあなたたちを滅します」

 そう言うと同時に抜刀し殺気が膨れ上がる。

「・・・はぁめどいなぁ」

 ぼやくと同時に刃はズボンのポケットから匕首を取り出し眼を凝らす。すると刃の視界が変わる一瞬だけ暗い『渦』のようなモノが視えるが、「いけね戻しすぎた」そう呟くと同時に、それはまるでピントをずらしたかの様に暈けていき、変わりにいつも薄くしか見えないようにしている死の『線』が濃く視える様になり、それを束ねるように在る死の『点』が視える様になる。

 そしてアリアは嘲笑とともに宣言する。

「神如きががどうしたというのかしら?しょせん世界の内包物、なら私が負ける道理は無い。さぁ――愉しみましょう?」

 世界に愛されし愛娘アリア・クレセント、彼女は世界が定めし正しき例外。彼女を殺すということは世界を殺すということとほぼ同義である、神であるならこそ世界《わたし》を殺せる道理は無い。

 そう宣言すると同時にアリアとクリス駆ける。二人の距離は一瞬で無くなりアリアは爪をクリスは剣を振り下ろす。

 血飛沫が高らかに上がる。

 

 

 

 

 二人の背中に居る死人(しびと)と呼称されし人外から。

 

                   ”  ”

 

 同時刻。

 刃達よりすこし離れたとこにあるビルの上、そこに白衣を着た妙齢の美女が居た。

 彼女はアリアとクリスが殺しあうのを見下ろしていた。

 その顔は気味が悪いものを見た人のそれである。

「あの三人、異常(おかしい)ンじゃねーんですか?周りに第三者の敵が居るのに無視して殺し会っテますよ・・・。いや、男は死人(モドキ)を殺してますけど、でも金髪の子に時おり狙われてますね・・・しかし」

 彼女の表情が変わる、面白いモノを見つけて喜んでいる歪んだ笑顔、マッドサイエンティストの狂笑。

「アレを追ってきたらまさか15位が居るとは思わなかったでスよ・・・しかも他の二人も面白そうジャねーですか。研究サンプルがたくさン居るこの街はホント天国です」

 鈴巳(すずみね)睡蓮(すいれん)それが彼女の名前である。

 睡蓮は楽しくて仕方ないと笑みを顔に浮かべながら自らの改造成果を観測している。

 今アリア達の殺し合いに介入しようとして巻き込まれ、屍になり散かっている大量の死人(モドキ)をけしかけたのは彼女だ。目的は捕獲した死人(モドキ)の改造実験の成果の観測、そして吸血姫、世界に優遇されし愛娘、アリア・クレセントの捕獲――十中八九失敗すると推測しているが――そして最後に研究対象《えもの》の品定めである。

 内包研究室(ラボ)それが睡蓮の所属する組織の名前だ。目的は名前のとうり、この世界に内包されている全てを研究すること。彼女らにとってアリアは喉から手が出るほどの絶好の研究対象である。

「しかし改造固体があそこまで手も足も出ねェなンて・・・まぁ予想どうりですけど」

 

 

 

 

「そうね。あの程度の人外じゃあ、この街の陰を捕まえるどころか殺すこともできないわよ?」

 

 

 

 

 睡蓮の独り言に答えるかのように背後から声が放たれ――

「っ!?」

 睡蓮がその声に反応し振り返るとそこには声の主は居らず変わりにナイフが一本目の前に迫っていた。睡蓮はとっさに転がるようにしてそれを避ける。

「あら?よく避けたわね?くすくす」

 睡蓮を襲ったと思われる声が楽しそうに哂う。

 睡蓮は体勢を立て直しながら思考する。

 (どこにいやがるんですかね・・・。隠密系の異能か魔術でも使ってるんでしょうが・・・どちらにせよ誰にせよ、ここは逃げの一手ですね)

 この場での交戦は不利と判断し逃げようとするが――。

「逃げちゃダメよ」

 声が聞こえると同時に目と鼻の先にナイフが現れる。薄皮一枚斬られるがそれをなんとか回避するが、

「あなたには聞きたいことがあるの」

 避けた先にもナイフ、それもかろうじで避けるが、その先のにもナイフ、三度目は避けられず右腕を盾にし致命傷だけは避ける。

「くううっ!」

 右腕の痛みに苦悶を表すが、敵は待ってはくれない。直後、四方八方がナイフにより埋め尽くされる。ナイフは(・・・・)全て同時に(・・・・・)現れ同じ(・・・・)タイミングで(・・・・・・)睡蓮に(・・・)襲い掛かる(・・・・・)

「――!?アイギス!!」

 刹那、白衣の下から機械を取り出し叫ぶ、するとまるで見えない壁に当たるかのようにナイフは全て弾かれる。それは災厄から使い手を護る最強の楯を再現した物。ナイフごときが何万本あったところでこの楯を超えることはできはしない。

 ナイフを防ぎきりアイギスの全方位展開を解き自分の死角などの護れる範囲にとどめる――、

「なっ!?」

 がそのときにはすで睡蓮はにうつ伏せに倒れていた。

「私の奇術は楽しんでいただけたかしら?」

 襲撃者は楽しそうに笑う。くすくすと。

「・・・奇術師・・・?」

「あら?正解よ」

 自身の正体を見破られたというのに楽しそうに哂う。

 くすくすと 。

 殺名第6位奇術・宵闇 咲夜は愉しそうに哂う。

 

 

 地獄絵図。

 この路地裏の光景を表現するならそれがおそらく正しいだろう。血肉が飛び散りいたる所にこびり付き、さらに人の原型をとどめている死体の方が少なく腕や足が彼岸花のように赤く咲いている。

 この地獄の中心に居るのは、殺しあっている二人の女。周りの有象無象《死人》を殺戮し、殺しあっている様は彼らにとってはただの暴虐でしかない。

「邪魔よ!」

 白爪がが振るわれる。

 それは死人《しびと》を粉砕し赤い軌跡描きながらクリスに向かっていく。

 クリスは自らの足元に転がっている人形(ひとがた)の肉を蹴り上げ命を刈り取る凶爪から身を護る

ために楯とする。直後、かろうじで人の上半身の形を保っていた肉塊は水風船が割れるように赤い液体を撒き散らしながら派手に爆散する。

「死んでください」

 クリスはお返しとばかりに血を目くらましにして標的に剣を振る。

 

 

 

 

「って俺かよ!?」

 

 

 

 

 二人から少し離れたところで暴虐をやり過ごし、周りの死人を殺していた刃はクリスの細剣を避けながらツッコム。

「避けてないでおとなしく殺されてください」

 刃を追うように高速の突きをくりだす。

 もともと細剣は斬ることより突くことに特化した剣が多い、クリスの剣も斬るより突きに優れた剣である。

 針の穴を通すような精密さで常人なら目にも映らぬ高速の突きの連撃、

「あぶっ!?ちょっ――!?」

 それを多少間抜けな声を上げながらも紙一重で捌いていく。

「刃に何してんのよ!あんたの相手はわたしでしょ!」

 とアリアがクリスと刃の間に割り込み剣をその爪で力ずくで弾く。弾かれた先には死人が3人、それノ頭をを足場にし壁に跳び三角跳びのの要領でアリアを頭上から強襲する。

「いいえ、私の相手はあなた達二人です」

 脳天に落ちる細剣をアリアは後ろに飛んで避ける。

「俺が狙われる意味が分からん!」

 数人の死人の『線』を斬り解体しながら刃が叫ぶ。

「なに言ってんですか?そんなの殺したいからに決まってるでしょう?まぁ理由を付けるとすれば先輩がそこの吸血姫と主従関係にある、間が悪い、殺刃鬼、連絡しなかった、貴方が嫌い、あと間が悪い」

 坦々と喋りながらクリスは後ろから迫ってきた先ほど足場にした死人の脳を突き刺し、迫り来る凶爪を避けると同時に牽制のためにアリアに短刀を投擲する。短刀には祝福儀礼が施されており人外には絶大の効果を発揮する。

「昼間のことまだ根に持ってんの!?つか大半が私怨じゃねーか!?」

 刃は死人を楯にしてアリアを狙ってると思わせ、どさくさにまぎれて刃に投げられたクリスの短刀を防ぎきると、用無しとばかりに胸にある死の『点』を衝き殺す。

「ええそうですよ?ぶっちゃけ魔祖とかどうでもいいです」

 刃のツッコミにしれっと返すクリス。代行者とはとても思えないセリフを吐きながら、死人の合間を縫う様にしてアリアから逃れつつ刃を背後から襲う――がまるで背中に目がついてるように刃は避けると同時に近くに居た死人をクリスに向かって蹴り飛ばす。

「ていうか巻き込まれたの刃じゃなくて実は私?」

 アリアがふと疑問に思ったことをもらしながら刃がクリスに向かって死人を飛ばしてるのを見て、その手があったか、とばかりに周りの死人をクリスに向かって2、3人まとめて投げ飛ばす。それは砲弾の如く他の死人も巻き込みながらクリスに向かって突き進む、が死人が巻き込まれたお陰で肉の砲弾は減速する、そのおかげでギリギリ避けることにクリスは成功する。目標を通り過ぎた肉砲は、グチャ、という音を立てクリス後方の壁に赤い華を咲かす。

「何言ってんですか?あなたが一番間が悪いんですよ・・・何もゴールデンウィーク前にこんな有象無象を大量生産するアバズレが事件起こすからでしょうに」

 避けることに成功したクリスはすぐに体勢を立てなおし、愚痴を吐きながらも細剣を足元に突き刺し術式を紡いでいく。

「・・・おかげで私は・・・私はぁぁあああ!!」

 クリスがそう叫ぶと同時に術式は完成し閃光が迸る。光を切り裂き表われたクリス手には細剣ではなく刃の身の丈ほども有る方刃の大剣が握られていた。

「アバズレって・・・!?じ、刃?違うからね?私そんなんじゃないからね!?こいつらだって私がやったんじゃないし、だいたい私が主なら私まで襲われてるのはおかしいでしょ!?」

 クリス剣を横薙ぎに振るい死人を両断しながら刃に襲い掛かる――がその剣は刃に届かず途中でアリアの爪によって弾かれる。

「「そーいえば・・・」」

 アリアの悲痛な叫びに刃とクリスの二人は納得する。

 これだけ漫才じみた会話を交わしながら、死人(しびと)を殺戮し、互いを殺そうと暴虐の限り尽くしている、その様は何かの冗談のようにしか見えない。

「まぁそんなのはどうでもいいことです。不浄なあなた達はまとめて塵と帰りなさい」

 クリスは剣に魔力を流し込み剣の術式を開放する。

 それは決して刃これぼれせず、大理石をも切り裂いたと云われる絶対の切れ味を持つフランスに在ったされる神が授けし聖剣、その目覚めである。

 そしてさらに暴虐の嵐は激しさを増していく――。

 

                    ”  ”

 

「奇術師・・・この辺に居やがると言う噂はきいてたンですけどねぇ・・・まさかこの街に居やがるなんて予想してませんでしたね」

 睡蓮はうれしそうに肩を震わせながら呟き続ける。

「ほんと・・・予想外ですよ、時間停止なンてレアスキル持ちニ会えるんんて!!」

 その言葉を聴いた瞬間、咲夜の哂いが止まり、睡蓮を見下ろす目は今までと違い鋭く冷たいものへと変化する。

「――へぇ・・・おどろいたわ、まさかそこまで気づかれるとは思って無かったわね。さすが研究室(ラボ)のマッドサイエンティストってとこかしら」

 睡蓮はさらに狂喜する、咲夜が自分の異能は時間操作だと認めた、それはつまり自分の推測が正しいことを意味する。

「いやいや、こちらの方がおどろいちまっタですよ?まさか、忌名ノ生き残りに出逢えるなんて思ってねーですからね・・・。時乃宮さん(・・・・・)?」

 刹那咲夜の表情が凍りつく。睡蓮は気づかず尚も興奮し、続ける。

「忌名。十三年前に殆どガ壊滅し絶滅した忌むべき一族。その十二位時乃宮の生き残りがいやがるとは!くくくくはははは!!!ああホントなんて街ですか!ここは!?・・・時乃宮に生き残りが居るってことは他の滅びたはずの九名にも生き残りが居るかもしレねーですね。・・・あそこに居る彼がそうでデスカ?」

 やっと硬直から回復した咲夜、この時彼女のこの事件における優先順位が変わった。

 いままでは、死人(モドキ)を作っている事件の犯人を友人に被害が出る前に殺し解決することが一番高かった。それが睡蓮を殺し口封じすることに変わった。

「さぁどうかしらね・・・?どちらにせよあなたの『時間』はここまでよ」

 ――ガラクタ(トラッシュ)時計(クロック)停止(ストップ)

 咲夜は口の中でそう呟く。刹那、睡蓮の時が止まる。興奮に歪んだ狂笑を浮かべたままピタリ、と止まる。息もせず瞬きもせず心臓すら動いていない、まるで石にでもなったかのように氷りつく。今この瞬間この世界で睡蓮の生態時間だけが完全に停止した。

「さようなら」

 ナイフをその首筋に突き立てようとしたその瞬間――、

「いやー困りますよ。一応彼女は僕の相棒なんですから」

 男の声とともに先端が蛇の(アギト)の形をした鎖が咲夜に喰らいつかんと迫る――がすでに咲夜はそこには無く、鎖は睡蓮に絡みつきその体を乱入者の元へ引き上げる。

 そこには黒のコートに黒い長ズボンさらに黒い帽子を目深に被った微笑を浮かべる怪しい男が居た。

 まるでどこぞの怪盗みたいな格好である。

「助けに来るのがおせーンですよ・・・求。下手しなくても死ンでましたよ」

「もうしわけありません。いろんな物を持っていった睡蓮さんなら自力で逃げることくらいはできるだろうと思っていましたので」

 助けられたくせに偉そうに糾弾する睡蓮、その態度に腹をも立てずに(かがみ)(きゅう)は柔和に(わら)()、静かに嫌味を返す。

「さて、それではかわいいお嬢さん?僕達はお暇させてもらいますね?」

 求は目の前に現れた数十本のナイフを全て鎖で弾きながら言う。

「逃げられると思っているのかしら?」

 刹那、求達の目の前に現れる両手にナイフを持った咲夜。その瞬間彼女は見た、軟らかくそして不敵に微笑む求の顔を。

「ええ、思ってますよ?」

 言いながら求は帽子で自らの顔を覆う。次の瞬間咲夜のナイフが振るわれるより先に閃光が爆発した。

「きゃあっ!」

 思わず普段上げないような声を上げながらとっさに後ろに跳びずさり時を止める。

 咲夜の目が見えるようになるとまた時は動き始める。

 すでに咲夜の前に標的は消えていた。

「・・・私としたことが・・・。あー協定破っちゃったじゃない。・・・向こうも終わったみたいだし一度合流しようかしら・・・?いや、やめておきましょう、今日中に見つけて始末すればそれで終わりよ」

 その呟きと同時に咲夜の姿は消え、あとにはいつもどうりの風景だけが広がっていた。

 

                   ”  ”

 

 いつのまにか死人(しびと)の姿は消えていた、いや全て無様に骸をさらしながら果てていた。

 殺戮現場には刃、アリア、クリスしか生きていない。

 クリスのもつ聖剣の威力は凄まじく残っていた死人はみるみる数が減っていき、ついにはすべて死に絶えた――。

 がクリスは相手が悪かった、いくら聖剣といえども使い手が未熟ならば威力は半減する、そして使いこなせていない剣ではたとえ聖剣といえどもアリアには届かない。

「いい加減死になさい!!」

「ぐぅ!」

 アリアの爪をかろうじで剣で防ぐも耐え切れず吹っ飛び壁に激突するクリス。

 その姿は正に満身創痍と表すのが相応しい。それほどまでにぼろぼろであり、方やアリアの方はところどころ傷は負っているものの軽傷でありまだ余力があるのがわかる。誰が見ても勝敗は決したと思うだろう。現に今、吹き飛ばされたクリスは立ち上がれず方膝を付いている。

「・・・勝負ありね?」

「・・・・・・」

 アリア問いかけるもクリスは答えず、アリアを睨みつける。いやクリスは答えていた油断すれば殺す、まだ終わってない、と目が語っていた。

「そう・・・でも死ねば終わりよ」

 アリアは油断せずクリスの剣が届かない位置から爪に魔力を乗せ放つことにより止めを刺そうとする。

 クリスは目を逸らさない。絶対的な死の脅威を前にしてもその目は衰えることなく、それどころかこの状況を打破しようとさらに力強く睨みつける。

 そしてその凶爪が振り下ろされる――。

 

 

 

「はいそこまで~」

 

 

 

 

 ことはなかった。

 いや、できなかった。振り下ろすべき腕が切り落とされてはできるはずがない。

「――いったあああい!!」

 何すんのよ!?と自分の腕を切り落した刃に詰め寄る。

「あー?腕切った」

 それがどうした?と首を傾げる刃。

「そういうことを言ってるんじゃない!!」

 (ぎゃーぎゃーうるさいなぁ・・・どうせすぐ再生するだろ)

 と腕を切っておきながらかなり酷いことを刃は思っていた。

 殺されなかっただけマシだろうに――と。

「なんで、助けたんですか?」

 クリスが不機嫌そうに刃に訊く。

「いや、助けられといてその態度は無いだろ。まぁもう諦めたけど・・・。簡単なことだ、おまえが死んだらこのしちめんどくさい事件、誰が解決すんだよ」

 何をあたりまえのことを、と後頭部掻きながら呆れたように言う。

「・・・・・・やっぱりあなたのことは嫌いです。気持ち悪い」

 心底嫌気がさしたとクリスは吐き捨てる。

「おいおい、ひでーな」

 おどけた様にいう刃に侮蔑の視線を向けながらクリスは吐き捨てる、だから嫌いなんです――と。

「あなたは自分で自覚してるのにそういうふうに直さず普通にしていられるのがところが嫌いです。本当に――」

 気味が悪い。

 そう吐き捨てた。

「・・・・・・そうかい」

 ――俺はお前のそいうズバズバ言って来るとこ結構好きだけどな。

 刃はそう口の中で呟いてからアリアの方を向く。

「ま、それはそれとして。おまえ死人(こいつら)作ってばら撒いてる犯人心当たりあるんだろ?」

「・・・・・・はぁ、あるわよ」

 しばらく刃を睨んでいたが、やはり諦めたように溜め息をついてから答える。

「魔祖番外位・不死者アグニス・クローバー、あなたと同じ不具合よ」

 それを聞いた刃は、クリスと戦う前に話していた内容を思い出す。

(なんだ、意外と早く機会が来ちまったな・・・まぁ気はまだ向いてないけど・・・)

 



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第三幕 逢引はラジオの後に

――キーンコーン、カーンコーン。

 三時限目が始まるチャイムが鳴る。

 俺は一人屋上で黄昏ていた、所謂サボり。

 何でかは知らないけど俺は偶に一人になりたくなるときがある――いやそんなのは誰にでもあることかもしれないけど――ただ俺のはそれがちょっと人より多くて強い。周りのやつらはこの俺の性質を孤独病とか揶揄っている。

 病。なるほど言いえて妙だ、これはたしかに病気なんだろう。ただし不治の病だけどな、なにせ病み付きになるから。

 そんなくだらない、どこかの誰かが戯言だけどね、とか言いそうなことを(それこそ正に戯言だ)考えながら、ぼーと空を見上げている。太陽が眩しい・・・。

 寝ようと思ってくだらない空想や考え事をしてたんだけど・・・、ダメだ太陽が眩しくて寝れない・・・。

 ――ギイィ

 寝るのを諦め本でも読もうと制服のポケットからライトノベルを取り出そうとしたところでドアの開く音が聞こえ、不思議に思いながらそちらを向く。

「孤独病のところ悪いわね」

 そう言いながらまず咲夜が出てきてその後ろから識が無言で出てくる。

 めずらしい。

 俺が孤独病を発症してるときは雫や真夜でさえ俺の傍には来ないのに、いやむしろあの二人だからこそ来ないのか?まぁどちらにせよ俺が発症中は誰も俺に近寄らないのが暗黙の了解のはずなんだけど。

「何・・・?」

 自分でも分かるほど不機嫌な声が出た。

「それは俺も訊きたいな。いきなりこんなところに連れてこられたんだ、ここに刃がいなくてなおかつ夕暮れ時だったら告白一択なんだがな」

 いつもどうり皮肉げに言う識。

「・・・あら珍しく鋭いじゃない」

 ・・・え?告白なの?ってーか俺見届け人?まぁ幼馴染同士が結ばれんのは・・・ちょっと複雑だけど一応祝福してやろう。

「・・・え?マジ?」

「マジよ。冗談でこんなこと言えないわ」

 目を見開いて、冗談だろ?と顔に書き聞き返す識、咲夜は苦虫を噛み潰したように言う。まるで本当は言いたくないというように。

 その顔を見て俺と識は勘違いしていることに気づく。良く見ると目が少しだけ笑ってる。

 紛らわしいんだよ!

「・・・私の正体がバレたわ。たぶん刃の正体ももうバレてる」

 ――誰に?アリアか?

 俺は起き上がり、ちゃんと話を聞く体勢をとる。

「誰にだ?というか始末しなかったのか?」

 俺が訊こうとしたことを識が先回りして訊く。いや識も疑問なんだろう、なんせこの話が本当なら協定違反だ、『家族』全員の問題になる。

内包研究室(ラボ)の二人組み、昨日刃が殺してた死人を送り込んだやつよ」

内包研究室(ラボ)・・・?てか見てたのか?」

 内包研究室(ラボ)ってーとあれだな、マッドなやつ等の集まり。差別、区別、節操が無い、狂ってるほど知識欲が高すぎる、人間と人外が、科学と魔術が交じり合ってる、組織と呼べないような組織。

「ええ、そのときに捕まえて尋問しようとしたんだけど――」

「なるほど。そのときにバレたってことか」

「・・・そのとうりよ」

「「「・・・・・・」」」

 咲夜の肯定によって場が沈黙する。

 俺達『家族』が結んだ協定は一つ俺達の正体――忌名の生き残りだということを誰にも――ほぼ絶対に信用できるモノ以外――知られないというものだ。

 忌名。忌み嫌われてる家、奇数は人間で偶数は人外と人間の混血の家。

 裏側もしくは陰世《かげよ》とも言われている、血で血を洗い、殺気砥ぎ殺意を指針にして殺しあう。そんな世界でもっとも忌み嫌われ畏怖され恐怖された家の名だ。

 ソレは全部で十二と二名。序列――序列といってもほとんど意味が無いけど――の上から順に、殺条(さいじょう)月乃(つきの)式裂(しきざき)神檻(かみおり)陽廻(ひまわり)夢幻(むげん)七月(ななつき)朱森(あかもり)罪斬(つみきり)天野(あまの)遠視(とおみ)時乃宮(ときのみや)、そして忌名からさえも忌み嫌われ序外された風切(かざきり)、最後に俺はよく知らないけど番外位の名があるらしい。

 この十二と二名の内十名が十三年前何者かによって滅亡、一族郎党皆殺しにされた――と(おおやけ)ではそうなっている――が俺の苗字からも分かるとうり生きの残りがいる、というか『家族』の半数は生き残りだ。

 そして引き取られて苗字が変わっているが――むしろ苗字が変わってないのはたぶん俺だけ――この二人も生き残り。

 俺達『家族』は生き残りがいると周りにバレたら犯人が殺しに来るかもしれない。そうじゃなくても忌名は嫌われているからどういう扱いをされるか分からない。だからこそ正体を隠すことにした、その為の協定(ルール)だ。

 その協定が破られた・・・さてどうするかね・・・?

研究室(ラボ)か・・・ギリギリ最悪じゃないてとこか」

 識が沈黙を破るようにして話し出す。それを俺達は識に目を向け聞く。

「研究室(ラボ)なら俺達のことを公にしようとは思わないからな・・・精々総力を上げて捕獲しようとしてくるだろう」

 内包研究室(ラボ)は組織より個人を優先する組織だからな。手柄は独り占めしたいだろう。

 十分悪いけど・・・たしかに最悪ではない次悪ではあるだろうけど。

「それにもしかしたら本部、本拠地に伝えず自分達だけで捕まえようとしてくるかもしれない」

 そう言って、分かってるな?と咲夜の方を識は見る。

「・・・分かってるわよ。どちらにせよ何にせよあの二人は必ず殺すわ」

 罰が悪そうに、だけどその目には殺意を宿しながら咲夜は答える。

「ま、ここまで来たらおまえだけの失態ではあっても、お前だけの問題じゃなくなったからな。見かけたら殺しとくよ」

 俺も困るからな。

「いや、おまえの問題でもあるんだから探し出して殺せよ」

「ダルイから遠慮するぜ。・・・まー何にせよ特徴教えろ」

 どんな奴かわかんなきゃ手当たり次第にそれっぽい奴殺していくしかないからな。

「それもそうね・・・。特徴は――」

 キーンコーン、カーンコーン

「――とまぁこんなところね」

 咲夜に特徴を聞き終えたところでちょうど良くチャイムが鳴る。

「オケー、見かけたら殺しとく。ちょうど授業も終わったことだし教室戻ろうぜ」

 だから探せよ、という識のツッコミをスルーして校舎に戻る。

 ドアを開けたときふと思いつき振り返る、俺がいきなり振り向いたからをどうした?と不思議そうな顔をしている二人に。

「今日お昼ラジオやるから識は部室集合」

 頼みたいこともあるしな。

 そう言って校舎の中に入っていった。

 

 

 

 

 昼休み。

 俺達部活メンバーは部室で校内放送をジャックしていた。

 マイクは四つ、それぞれの席にそれぞれの昼飯と一緒に置いてある。ちなみに俺の前に雫その隣に識その前に真という感じの席になっている。

「・・・オーケー!ジャック完了システムオールグリーン!いつでも始められるぜ?」

 準備のために席を離れていた真がそういいながらテンション高めに戻ってくる。

「んじゃ・・・始めますか!!」

 俺のテンションも十分高いけどな!

「始めるのはかまわないが、べつに、全校生徒を魅了してもかまわんのだろう?」

「・・・さぁ始めましょう、肺活量は十分かしら?」

 訂正、みんなテンションおかしいです!

 んじゃ一応忠告しておこう!えー・・・今から始まるラジオなんですが、基本みんなテンションがおかしいため、著しくキャラ崩壊などがあります、それが嫌な人は読み飛ばしてください。

 ・・・ん?なんだ今のは?なんか変な電波が来た。

 んじゃ、レディ――キュウ!!

 

 ~~♪~~♪(オープニングテーマ)

刃『はい!みなさんこんにちわ~!」

みんな『こんにちわー!』

真『不定期突発型ゲリララジオ!――星降る昼にラジオに乗せて――のお時間がやってまいりました!!』

識『このラジオは俺達の気力とやる気と都合が合ったとき放送される』

雫『・・・学校非公式のラジオ。今なら生放送で現行犯だからせいぜいがんばって捕まえてみなさい?風紀委員さん?』

刃『というわけで始まったこのラジオ、今年は今回で二回目だっけ?』

雫『・・・そう。前回から二週間と三日と12時間46分23秒ぶり』

刃『細か!?』

雫『・・・嘘だけど』

刃『嘘かよ!』

識『いや、二週間ぶりなの本当だけどな』

真『んなことより、今回二回目だから新入生とか聴き逃してる奴いるんじゃね?』

雫『・・・確かに』

刃『んじゃこのラジオのこと説明するか?』

識『別に説明が必要なほど高尚な事じゃないだろう?どうせ俺達の暇つぶしだ』

真『それを言ったら元も子もないでしょ!!』

雫『・・・でもそれが事実』

真『そうだけどさ!?そんなこと言ったらリスナーいなくなるだろ!?』

刃『いやこれ全校放送ジャックしてるから聴くのは強制だぜ?リスナーの心配は要らない』

真『だからこそせめてそんなことは言っちゃダメだろ!』

真以外『・・・俺(私)達が面白けりゃいーんだよ』

真『最悪だー!!!!』

刃『とまぁバカでオチたところでそろそろ次いくぜ。今回は、あなたの質問一刀両断!のコーナー!ではいってみよう!』

真『誰がバカだ!』

識『んじゃ栄えある(?)一通目は?』

真『お願いだからスルーしないで!?』

雫『・・・一通目はラジオネーム炉離魂白鳥(ロリコンはくちょう)さんから「最近二次元にしか可愛い子がいないと悟りました。こんな俺でも、大丈夫か?」・・・え?』

刃『あー、それちょっと分かる。大丈夫だ、問題無――づあ!?ちょ・・・し、雫さん?足踏まないでもらませんか?』

雫『・・・(あとでHDの中身一部消しておこう)プイ』

真『分かる!分かるぞ!!だが現実の女子も自分へ反応はつらいが可愛いぞ!とりあえず我が学年の美少女四天王(ビーナス・クワットロ)を見るといい。しかし名前からして君はアレなんだな?いい趣味をしている、おすすめがいくつもあるからあとで来るといい。一緒に二次元への扉を開こうじゃなかか!!!!』

識『キモイから次ぎにいくか。ラジオネーム白鳥不養生さんから「鼻水とくしゃみが止まらないんだけど」・・・また白鳥か』

刃『医者行けよ!?』

雫『・・・家で暖かくして寝てください』

真『俺ちょっと風邪気味だから雫ちゃん看病してくれない?』

雫『・・・わかったすぐ楽にしてあげる。・・・ふふふ』

真『や、やっぱ遠慮しときまーす。えー次はラジオネーム白鳥見参さんから「本を買ってたら、本を置くところが無くなっちゃったYO!本棚買わなくちゃだけど置くところがないZE!でも新刊は毎月いっぱい出るSHI!これ以上は自分の置き場が無くなっちゃうYO!」・・・なんだこの学校!?白鳥ブームなの!?つか喋り方が果てしなくうぜぇ!』

識『いや片付けろよ』

刃『いや、分かるぜ?掃除ってめんどいよな・・・。それに俺も毎月新刊買うから非常に良く分かる』

識『嘘を吐け、お前は雫に掃除してもらってるだろうが』

刃『いや、そうなんだけどな・・・それでも本は増えていくわけだ。・・・そろそろ本棚の限界がきてるんだよな』

雫『・・・刃、立花(うち)が今本棚の試作品のテスター募集してるんだけど・・・いる?』

刃『マジか!?助かるぜ!』

雫『・・・ついでに模様替えのアドバイスだけしてあげる』

刃『アドバイスだけかよ・・・いや助かるけど』

雫『・・・あたりまえ、女の子に重いもの持たせる気?甘えない』

刃『手厳しいな』

雫『・・・代わりに終わったら美味しい物作ってあげる』

刃『んなこと言われたら頑張るしかねーじゃねーか!』

識『・・・胸焼けしそうだ。ケーキとかの変わりにこいつらの会話聴いたらいいんじゃないか?肥る心配も要らずに甘いものを摂取できるぞ』

真『今ならこの願いが叶う気がする!リア充爆発しろ!!!!』

刃『なんかすごい殺気を感じるけど気にせず最後のメールいくぜ!ラジオネーム白鳥座の乙女さんから「先輩達の部活って結局何が目的なんですか?」・・・最後まで白鳥・・・だと!?』

真『後輩ちゃんか、あとで2―Cまでまで来てくれれば手取り足取り腰取り濃密に教えたげるぜ?・・・ぐへへ』

識『ラジオにお便りくれたんだから今答えろよ』

刃『つか俺、ぐへへってリアルに笑う奴初めて見た・・・。予想以上にキモイな』

真『キモイと言うなぁ!!』

雫『・・・だから真は彼女ができない!』

真『ぐはっ!?・・・悔しい!でも気持ちいい!?』

真以外『・・・ダメだコイツ』

雫『・・・変態は放って置いて・・・。部活内容だったっけ?ぶっちゃけそんなものない』

刃『本当にぶっちゃけたな!?」

雫『・・・だってただの暇つぶし』

刃『たしかにそうだけどさぁ!もっとオブラートに包もうよ!?』

識『オブラートに包んだところでやっていることはただの学校荒らしだからな。しかも部活は部活でも非公式ときている。・・・普通の不良の方がまだマシなんじゃないか?』

刃『そうかもしれないけどさぁ!』

真『でもみんなけっこうなんだかんだ言って楽しんでるからいいんじゃね?』

雫『・・・風紀委員の人達も私達との追いかけっこ、絶対楽しんでるからね』

識『むしろ俺達は自分達が楽しければそれでいいけどな』

刃『捕まったら停学だけどな』

雫『・・・正にデット・オア・アライ部』

刃『とまぁそんなこんなでお時間が迫ってきちまったわけだが・・・』

雫『・・・スルーされた』

真『あん?終わりじゃないのか?』

刃『今回はもちっとだけ続くんじゃ』

識『そういってなかなか終わらないとかやめてくれよ?』

刃『あー大丈夫大丈夫。お知らせが有るだけだから』

雫『・・・お知らせ?』

刃『そう、お知らせ。深夜遊びまわってる奴らに対してあるわけです、・・・この学校に表向き公的には居ないとなっているらしいので必要ないかもしれないけど』

識『嫌味な言い方だな』

刃『そんないないはずの皆さんに忠告です。しばらく夜遊びは控えた方がいいぜ?ちょっとヤバイ奴らとヤバイモノが出回ってるからな』

真『いないはずなのに何でお前がそんなアレな情報知ってんだよ!?』

刃『んー?『じょうほうやさん』に教えてもらって「忠告しといて」って依頼されたから。つーわけで言ったからな?これ聴いてどうするかは自己責任。猫が殺されても、戻って来れなくなっても、・・・しらねーぜ?』

雫『・・・・・・というわけで。お相手はアライ部所属、月姫こと立花 雫と』

識『天野 識と』

刃『風切 刃と』

真『なんか釈然としないけど。杉――」

刃『他一名でお送りしました』

真『ちょ!?』

真以外『・・・それではまたいつか――星降る昼に会いましょう』

真『俺まだ言ってねーーーー!!!!』

 ――ブツンッ。 



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逢引はラジオの後に2

 放課後。

 久しぶりにラジオ放送をした俺だが・・・非公式なので風紀委員の真夜に怒られた。そらもうこってりと怒られた・・・俺だけ。なぜ?理不尽じゃね?

「なんで・・・俺だけ・・・。しかも皆帰っちゃったし・・・。雫でさえ帰っちゃったし。まぁぶっちゃけ帰ったのはどうでもいいんだけどな」

 識に頼みごとしたの俺だし。 

 そんなこんなで学校の屋上俺は一人やさぐれていた。

「何してるの?」

 給水等を背もたれにして黄昏(やさぐれ)ていると上から声降ってきた。

「ん?」

 上を見るそこには、幸せの白い三角布があった。

 所謂ぱんつぅ。

「驚きの白さっ・・・!」

 ・・・なんか元気出てきた(男は単純なんです)。

「・・・変態」

 そう言って俺の目の前に飛び降りてきたのはアリアだった。

「・・・ごちそうさま」

「開き直った!?」

 ・・・いや、うん。いいパンツだった。

「で何してんの?・・・パンツでも待ってたの?」

 ジト目で再度アリアが訊いてくる。

 というかパンツを待つってどんなだよ。

「前半はこっちのセリフ。おまえこそこんな所に何しに来たんだ?」

 俺の言葉にキョトンっとしてから。

「刃に会いに来たんだけど?」

 あたりまえでしょ、っと小首を傾げて言うアリア。

 コイツ黙ってれば綺麗って感じなのにこういう仕草はかわいいよな・・・ってそうじゃなくて。

「何しに会いに来たんだ?」

「遊んでー」

 ・・・まぁいいけどさ。

「遊ぶって・・・何して?」

「4丁目の方にホテルが――」

「黙ろうか?」

 女の子?がそんなこと言っちゃいけません。この小説は全年齢対象です。・・・なんか電波が。

「えー」

「えー、じゃねぇーよ、まだ陽が沈んでないだろ?」

「じゃあ、沈んだらいいの?」

「夜は寝る時間です」

「私と?」

「一人で」

「え?つまりオナ――」

「ちげーよ!普通に睡眠だよ!」

 つーかこいつこんなキャラだったか?・・・あーうん、片鱗はあったな。ショタコンだし?

「ショタコンじゃない!」

「心を読むな!てか子供の時の俺にあんなことしてるくせに否定するな!」

「ぐっ・・・で、でもショタコンだったら今の刃には会いに来ないわよ!?」

 ぬ・・・たしかに・・・いやまて。

「いや、おまえからしたら俺もショタだろう?おまえ云百歳なんだし?」

 こいつみたいな古参の人外からしたら人間なんて皆ロリショタだろ。

「ちがうわ!ショタっていうのは歳の差のことを言ってるんじゃないの!ある一定の精神年齢と肉体年齢のことを言うのよっ!!」

「・・・・・・」

 こいつ・・・!ホンモノだっ・・・!!

 開いた口が塞がらない。真祖の姫がこんなんでいいのか!?

「だから私はショタコンじゃないっ!!」

 大声で宣言しながら詰め寄ってくるアリアに対して俺は、

「・・・・・・ウン、ソウダナ」

「何でカタコト!?信じてないでしょう!?」

 ・・・いやだって・・・ねぇ?

 俺はショタコン(アリア)を引き剥がしながら、

「信じてる、信じてるから離れろ。胸があたってんだよ!」

「あててんのよ!」

「ごちそうさまです!」

「実は堪能してる!?」

 だって男だし?でかいし?やわらかいし?

「ってんなこたどうでもいい」

「あっ」

 アリアは引き剥がされると名残惜しそうな声をだす。・・・なんかぇろい。

「とりあえず街行くぞ」

 そう言って立ち上がり校舎のに戻る。

「何で?」

「いや、遊びに行くんだろ?」

 不思議そうにそう言いながら追てきたアリアに向かって呆れながら言う。

 すると驚いた様に目を見開いてから、

「うん!」

 と眩しい笑顔を咲かせた。

 

 

 

 

「人が多いわねー」

 俺達がいつも遊びに来ている繁華街をアリアと二人で歩いていた。

「そりゃー今この時間は学生が遊びに来る頃だからな」

 人が多いのは当たり前だ。

「んで、どうする?つかおまえ金持ってんのか?俺は奢んないぞ」

「甲斐性ないなー。初デートなんだから奢るくらいの甲斐性は見せて欲しいわね」

「知るか。俺は苦学生って設定だからな、そんなやつに甲斐性を期待すんじゃねーよ」

 苦笑しながら言ってくるアリアの言葉を一蹴する。

「うん、期待はしてない。言ってみただけ。一応人間の常識なんでしょ?」

 初デートは男が奢る、てことが?常識・・・つーかただの男の見栄だな。それより期待されてない、て真っ向から言われると意外とやだな・・・奢んないけど。

「ま、大丈夫よ。私お金持ちだし」

 刃の一生を贅沢に過ごさてあげて余りあるくらいにはお金持ちよ?とアリアはそう笑顔で言った。

 ヒモになろうかな、とちょっと思ったけどヒモになるならもうとっくになってるし、なのに今さらなるのはいやだからその誘惑を断ち切る。

「・・・ならどっか入るか?」

「うーん・・・」

 俺の問いにアリアは指を唇にあてながら考える。俺は指に釣られてつい唇を視線がいく。・・・艶かしい唇ってこいう感じのことを言うのか?

「ん?どしたの?」

 気づかれた!?・・・いや、まぁいっか。

「・・・べつに?」

 視線を前に戻しながらぶっきらぼうに答える。目だけ動かしてアリアの方を見るとニヤニヤしていた。

「ふーん・・・」

「で?どっか入るのか?」

 旗色が悪いため話題転換。三十六計逃げるに如かず・・・ちょっと違うか?

「ううん、どこにも入らなくていい」

「あん?」

 ここまで来て?

「刃とならこうして歩きながら話してるだけで楽しいから」

 そう言ったアリアの微笑みは思わず見惚れてしまうほど綺麗だった。

だから――

「ちょっ!?」

 

 

 

 つい人目があるのに殺そうとしてしまった。

 

 

 

「っと悪い」

 紙一重で俺の一閃を避けたアリアに対して謝る。

「・・・危ないわねー。ここで殺し合い(あそび)たいの?」

 あっけらかんと気にした風もなくそう言ってくるアリア。

「いやぜんぜん」

「いまさっき殺そうとした人が言っても説得力がないんだけど?」

 いや、まぁ・・・そうだろうけどさ、

「今は殺す気は無いよ」

「今は・・・ね、さっきはあったの?」

「・・・つい」

 はぁ・・・、と溜め息一つアリアは吐いてから、

「刃はやっぱりさつじんきなのね。文字は刃(やいば)だっけ?」

 そう訊いてきた。

「ああ、そうだよ」 

 自覚したからな。

「さつじんき。日本で多く表われる最高に最低な汚名を持つ人間。息をするように殺す人間」

 確認する様にあアリアは言葉を紡いでいく。

「現在日本だけで確認されてるのは13人。文字は違うけれど読み方はどれもさつじんき。」

 俺の場合は殺刃鬼、(やいば)で殺すからそうつけられた。・・・なんて安直な、もうちょいひねれよ。

「そして厳密には『さつじんき』がなんなのか、解っていない。・・・解っているのはモノを殺すのが異様に異常に上手い。そしてその殺しを視た者を魅せる。ということだけ」

「・・・概ね正解。補足するならさつじんきは人間が自分で自覚することによって成る。だから人間なら誰でも『さつじんき』に成る可能性がある」

 正確には人間は誰もが『さつじんき』なんだけどな・・・自覚していないだけで。目を逸らしてるだけで。

「まぁそんな人のモノになるって決めたんだから、いきなり殺されそうになるのも予想済みよ」

 むしろよくあなたは普通にガクセイなんてやってられるわよねー、と呆れた風に言われた。

「・・・まぁ夜になれば獲物は腐るほどいるからな」

 人外も人間も。

「それに、何か殺してないと生きていけない、ていう快楽殺人者(シリアルキラー)とはちがうからな」

 俺はどんな理由でも殺せるってだけ。

 デートとは程遠い話をしているとマナーモードにしてあった携帯が震える。ポケットから取り出して見てみると、雫から電話だった。

「ちょっと電話」

「・・・えー」

「・・・もそもし?」

 アリアの抗議っぽい何かをスルーして電話に出る。

『・・・噛んだの?』

「・・・ナニカヨウカ?」

『・・・ご飯もうすぐできるけど・・・今どこ?』

「あーもうそんな時間か・・・」

 空を見上げるといつの間にか陽が落ちていた。どうやらけっこう長い間話していたらしい。

「今ゲーセンの前に居る。もう帰るからから晩飯よろしく」

『・・・ん』

 通話を終えアリアの方を向くと、

「むー・・・」

 膨れっ面のアリアがいた。やべぇ頬超ツンツンしたい・・・!

「・・・しゃーないだろ晩飯できたんだだし。それに雫も送んなきゃいけないし」

 一人で帰して死人(しびと)どもに襲われたら目覚めが悪い。

「・・・べつにあの子なら一人でも大丈夫だと思うけど・・・。はぁ、まぁいいわ」

「んじゃ今日は解散ということで」

 不満そうだけど最終的に納得してくれたので、解散を宣言する。

「っと、帰る前に訊きたい事が二つある」

「ん?何?」

 来た道を二人で戻りながら俺は訊く。

「おまえ俺の携帯番号と俺が殺刃鬼だっていう情報どこから手に入れたんだ?」

 特に後半、もしこの情報が公になっているなら対策を考えなくちゃいけない。

「えっと・・・、殺刃鬼の方は鎌をかけただけよ、さつじんきがこの辺にいるっていう事は分かってたから」

 ・・・次から気をつけよう。

「ケー番はあなたとよくいっしょに居る、ツンツン頭のバカっぽい人から教えてもらった」

 教えたの真かよ!?

 

 

 

 

「ただいまー」

「・・・ん?」

 ザ・ワールド!時は止まる・・・。

「・・・・・・・・・」

「・・・・・・・・・」

 あ、ありのまま今起こったことを話すぜ。玄関のドアを開けたらバスタオル一枚の銀髪美少女が居た。何を言ってるかわからねーと思うが俺もわからねぇ・・・、エロいとかエロくないとかそんなちゃちなもんじゃねぇ、もっと怖ろしい何かの片鱗を垣間見たぜっ!

「・・・・・・ッぁ」

「・・・刃?」

 何か言われているがフーリズした俺の頭はその声を認識できない。だが男の本能というものは凄まじく、思考や意識が氷っているにもかかわらず、その光景を網膜が焼き付けている。

 風呂上りなんだろう、まだドライヤーで乾かしていないのか長く美しい銀髪は湿っていて、頬は、いやタオルで隠しきれていない素肌は火照って紅く染まっている(もともとの肌の色が白いため余計に艶かしい)。そして未成熟・・・というかあまり発育がよろしくないその肢体は見ている者になんともいえない背徳感をあたえる。

「・・・?もうご飯できてるるから先座って待ってて」

 そう言って脱衣所戻っていく、

「何してんだですか雫さん!?」

 そこで俺は我に帰って・・・ないな、とりあえず少しはマシになった頭で思わず引き止めてこの状況を思考する(混乱中)

「・・・何、てシャワー浴びてた」

「何故に!?」

「・・・牛乳、頭から被っちゃって」

「マンガみたいなドジッ子!?」

 実在したのか!?てか何をどうしたらそうなるんだよ!?

「・・・まぁちょっと」

 目を逸らしながら言う雫、風呂上りとはおそらく別の理由で頬が紅い。

「・・・それより、いつまでこの格好で居させる気?」

「・・・ゴメンナサイ!!」

 言われて初めてじっくりばっちり、原稿用紙で八行くらい感想を書けるくらいに観賞していること

に気づき、謝りながら自室へ逃げた。

「・・・くすくすくす」

 ドアの向こうから聞こえる笑い声がとりあえず怖かった。

 

 

 

 

 制服からTシャツにハーフパンツという部屋着に着替えてからリビングに戻る。

「おいこらまてや」

「・・・ん?」

 そこには裸にYシャツ一枚という先ほどの格好と大差ない姿の雫がテーブルに晩飯を並べていた。

 ちなみに今日の献立はカレー、カレーライスでなくカレー。ご飯の代わりにナン――おそらく手作り――が置いてある。

「それ、俺のYシャツじゃね?」

「・・・そこなんだ」

 むしろ他にあるのか?

 あ、裸か?いやよく見たら(見るなよ)下着はちゃんとつけてる。

「とりあえずごちそうさま」

「・・・まだ食べてないよ?」

 いやいや、目のと心の栄養にはなったぜ。

「てかおまえ服は?」

「・・・あそこ」

 雫が指を指した所、つか脱衣所の前に何故か洗濯籠が置いてあり、その中に制服が突っ込まれていた。

「着替えは?」

「・・・これ」

 そういって着ているYシャツ(俺の)を指差す。

「あとで別の服貸す」

「・・・ん」

 さすがにその格好で帰すわけにはいかない。雫も最初からそのつもりだったのか頷く。

 というか、なら最初からまともな服着ろよと言いたい。何故Yシャツを選んだし・・・。

「・・・いただきます」

「イタダキマス」

 一口食べる・・・相変わらず美味い、実に俺好みの味だ。・・・嫌味なほどに。

「・・・今日のラジオ」

「うい?」

 俺が半分ほど食べ終わったころ、雫が訊いてきた。

「・・・どういうこと?」

「・・・そのまんま」

 一口、さっきよりも大きく勢いよく食べながら言う。

「・・・そんなわけだからしばらくは来なくていい、つかずっと来なくていい。・・・て言ってもどうせ無駄だろうし、いつもより早めに帰ることで妥協してやるよ」

「・・・私が居ないと生活が危ういくせに」

 うん、特に食生活と朝起きるのがかなり危うくなるな。でも――

「べつに、生きていけるさ」

 おまえとは違う。・・・あたりまえだけど。

「・・・・・・」

「なんども言ってるけど、おまえは何もしなくていいんだぞ?()()()んでないんだから(・・・・・・・・)

 最後の一口を食べ終える。

「・・・私が好きで勝手にやってることだから、刃に拒否権は無いよ」

「拒否権くらいはくれよ」

「・・・ダメ」

 酷くね!?

「・・・酷くない」

 雫は最後の一口を食べ終える。

 つか心を読むな。

「・・・あの日から。何も、ちゃんとした命令をくれないのは刃でしょ?」

 だから好き勝手やるの――とそう言った。

 あの日――俺が月姫と名付けた日。

 奇しくもそれはアリアと『契約』した日、俺は月乃書を手に入れた。月が綺麗だったあの夜の屋上で、俺のために生きると言った一人の(しょうじょ)を――。

「好きにしろ、て言ったはずだけど?」

「・・・だから好きにしてる」

「誰のために?」

「・・・自分のために」

 ・・・ここで、(おれ)のため、とか言って来たら遠慮なく棄てるとこなんだけどな。

「そうかい、ならしょうがねーな」

 自分のため。そこを誤魔化さずに言うならしゃーない好きにすればいい、俺も好きにするさ。

 だから赦せとは言わねーよ。おまえはこっちに来るな、おまえは『月乃』じゃなくて『立花』だろう?花は陽のあたる表にいるべきだ。

 今日もおまえは蚊帳の外、宴の招待状は与えない。

「ほら食い終わったんなら帰れ。洗物くらいやとくから」

「・・・エロゲーでもやるの?」

 ・・・こいつは俺をなんだと思ってるんだ?というか何で知ってるんだ?

「おま・・・え、まさか・・・!?」

 不敵に微笑む雫、だが目は笑っていない、てか怒ってる。こめかみ付近に青筋が見えた気がする・・・。

 幻覚だと思いたい。

「・・・あの程度のプロテクト抜けられないとでも思った?甘いわね。幻想は泡沫の夢と知りなさい」

 厨二くさいセリフを合図に俺は自室に走る。

 嘘だろ、いくらなんでもそんなプライベートを無視した、神をも恐れぬ暴挙をするわけ――。

「俺のゲームがぁぁぁぁ!!」

 夢の箱庭の門の先に俺は絶望を見た。

 

 

 

 ――・・・これで今回の事は赦してあげる。

 

 

 

 絶望に膝を折る瞬間そんな声を聴いた気がした。

 宴の幕はもうすぐ上がる。



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第三夜(前) 宴

 深夜。

 (ぬし)の下にはいつもより二つ多く、五つの人影がある。

 主に寄りかかって居るのがTシャツに長ズボンを穿いた私服姿の識。それに寄り添うようにしているのがロンTにロングスカート姿の氷狸。主の太い枝に座ってるのがTシャツに紺のコートを羽織りホットパンツ姿の咲夜、氷狸の対面に居るのが肩が出てる白いTシャツにロングスカート姿のアリア。その隣に黒のTシャツに黒いジャケットを羽織り黒の長ズボンの黒尽くめの格好をし刀を持っているのが刃。

 どこか張り詰めた空気をかもし出しながら集まっている。

 原因は氷狸と咲夜から大量の負のオーラっぽいものが駄々漏れだからだ。特に咲夜なんかはアリアを親の敵の如く睨んでいる。睨まれてる本人も、あたしなんかやった?っと横に居る刃に目で確認するが、巻き込まれるのが嫌だったんだろう、知るかと目を逸らされる。

「依頼どうり、表の住人はほぼ眠らせました。今この街で起きているのは私達、陰世の住人だけです」

 氷狸が事務的に告げる声もやはりどこか硬い。

「さすが『天野管理局』だな。仕事が早い」

 刃の感心も感想も、あたりまえです、と一蹴する。

「というかだ、いったいどういう風の吹き回しだ?『天野』にこの街の表の住人を眠らせてくれって依頼は?・・・あの昼のラジオといい、正義の味方に転職か?」

 この張り詰めた空気に疲れた識が溜め息を吐きながら刃に皮肉混じりに訊く。

 刃は肩を竦めながら、

「正義の味方とか勘弁してくれ・・・、俺はただいいかげん面倒だしツマンナイから、宴を開こうとしただけだよ、いないはずの(・・・・・・)()()()一緒(・・)にな(・・)

「・・・まぁべつに他の奴らに発破を掛けるのはいい――おまえならやりそうだし――でも、表の住人の安全確保なんてお前のガラじゃないだろうに」

 そこんとこどうなんだ、と目で識は刃に問いかける。

「あー?べつに・・・ただおまえらと一緒に温泉行きたかっただけだよ。そのために敵は見つけやすくしないとな」

「あーはいはい、つまりだ雑魚は他の奴らに任せてさっさと本命を抹殺してこいと」

「うい」

 刃は頷きながら、

「もうすでに宴の幕は上がってるからな、そこらじゅうで殺しあってる。さっさと行かないと本命を他の誰かに寝取られるぞ」

「それは大変だ、ならさっさと殺りにくとしよう」

 刃の言葉に苦笑交じりに返す識。

 そのやりとりを見ていた氷狸はますます不機嫌になる。

 ただでさえ自分の所有地が好き勝手に荒らされてイラついてる時にこんなモノは見たくない。

「小芝居は終わったかしら?」

 いままで黙って射殺さんばかりにアリアを睨んでいた咲夜が口を開く。

「宴の前に訊いておきたい事があるの」

「それが人に物を訊く態度なの?」

 いままでずっと睨まれていたアリアも機嫌悪そうに言い返す。

 瞬間――

「あなたは私の問いに答えればいいのよ。それ以外に発言権なんてないの」

 アリアの真後ろに現れた咲夜がアリアの背中に右手を首筋に左手で持ったナイフを当てながら冷たく言い放つ。その目は次余計なことをしたら殺すと語っている。

 (時間停止・・・?一瞬しか目で追えなかったけど間違いない)

 アリアは首筋から紅い血か一筋垂れるのを感じながら、咲夜が何者なのかを考える。

 (私でもほとんど干渉、認識できないレベルでの時間停止ができるモノは、もう生きていないはず・・・それが人間なら――混血でも――尚更いないはず。それが可能な一族は十三年前に滅びたのだから。ということは)

「・・・なるほどあなたは『時乃宮』生き残りなのね?」

 自らの正体を言い当てられたことで反射的に首を切り落とそうとするが、なんとかこらえながら咲夜は、震える声を絞り出す。

「・・・ええそうよ、なら私が訊きたい事も分かるでしょう?」

 いや、震えてるのは声だけではないナイフを持つ手も震えている。

 その手はナイフを握るのに尋常じゃないほどの力を込めていて、真っ白に変わっている。それは相手を殺すのを抑えている――のではない。自らの内に宿る狂おしいほどの憎しみ、そして恐怖、その二つを根底に置かれた復讐心を抑えているのだ。

「私じゃないわよ」

 咲夜とは対照的にアリアはアッサリと自分は復讐の対象ではないと答える。

「私は十三年前の犯人じゃないわ」

「・・・それは本当なのかしら?正直あなたが一番有力なの」

「俺もそれは知りたいな・・・いや俺達も、か?」

 識がそう口にする、気づけばいつの間にかアリアを取り囲むようにしてそれぞれが陣取る、その目はどこまでも冷たく鋭い。

 アリアは殺気を受けながら刃の方を見る。

「刃も疑ってる?」

「半々だな・・・。実際おまえなら俺達の一族を一方的に皆殺しにするぐらい、できなくはないだろ?というかお前以外に俺は単身でそんなことをできる奴は他に知らない」

 アリアにとって少し予想外の答えが返ってきた。

 それは自分が疑われてることにではなく、半分も信じてもらえてることにたいしてだ。自分をみる目を見たとき、その目の殺意から自分は問答無用で疑われえている、いや決め付けられてると思っていた。

 だからアリアはもっと酷い言葉が出てくると予想して訊いたのだが・・・なんだか拍子抜けである・・・まぁ同時にものすごい嬉しいのだが。

「で、本当におまえじゃねーんだな?」

 そんなアリアの心情をまったく知らずに刃は確認する、とアリアは思わず零れたという様に、

――にへら。

 とだらしなく顔を緩ませながら、

「ええ我が主、刃に誓って、私はやってない」

 瞬間、空気が凍った。

 一斉に刃の方を向く、その表情はどういうことだ?と疑問と驚きに満ちている。

「どいうことかしら?」

 実際に言われた。

 咲夜達の何かよくわからない迫力にたじろぎながら、

「・・・む、昔、契約させられたんだよ」

「・・・まぁいいわ。もうあなたがどこでどんな人脈築いていようと、驚くだけ無駄でしょうし」

「中三のときに家出してイギリスに行った時もどうせ、なんか怪しい関係作ってんだろうしな?なんど訊いてもだんまりなんだ、決まりだろ」

 言い訳したが帰ってきたのは、冷たい言葉と視線。

 彼らの目には諦めと呆れが渦巻いている。

 だがそれも仕方ないだろう、刃は事あるごとに事件に巻き込まれ、そのたびに怪しげな妖しげなモノ達と知り合い、そして殺しているのだから。

「それで信じてもらえた?いいかげん放して欲しいんだけど」

 爆弾を投下した本人はどこまでものんきにそう言った。

「・・・いいわ、一応信用してあげる。吸血鬼は『契約』や約束には堅すぎるほど厳粛な種族だし」

 言い終わった瞬間にはもう咲夜は元の位置――主の枝の上に座っていた。

「アリガトッ!」

 アリアに笑顔を向けられた咲夜は機嫌悪そうに顔を背ける。

 そんな仕草をかわいいなーとアリアは思いながら、質問されたときからずっと気になっていたことを刃に訊く。

「ところで刃達って復讐が望みなの?」

 その質問は地雷だ、アリアはそれをわかっていて訊いている。

 どうしても訊きたかった、刃が復讐なんてするとは思えなかったから。

「復讐・・・ねぇ、俺は違うよ。・・・まぁ確かに犯人に用はあるけどな?俺の目的は『終わらせる』ことだ。まったく、滅ぼすんならキチンとしっかり皆殺しにしてほしいね。おかげで生き残ったとはいえ・・・面倒ごとを押し付けられた」

 刃は肩を竦めながら心底めんどいと言う様に溜め息を吐く。

「俺も違うな。一族なんてどうでもい。、普通に脅威だからだな、取り除くのはあたりまえだろう?」

 次に答えたのは識だ、おそらく彼がこの中の当事者の中で一番この件に関しては興味が薄い。

「復讐よ、父さんや母さん・・・皆を殺した奴を私は絶対に探し出して――殺す」

 坦々と殺意に憎悪をふんだんに込めながら咲夜は言った。

 危うい、アリアが咲夜を見て訊いた感想がそれだ。どこまでも危うい。

 復讐を否定する気はない。でも咲夜のそれは我を忘れるのではなく、自分自身ですら壊す・・・いや変える類のモノだ。

 (・・・まぁどうでもいいか、刃と私に害が無い限りね)

 そう結論付けて最後の一人に視線を向ける。

「私はそもそも当事者じゃないですから。・・・でも兄様の敵というのなら殺します」

「とまぁそういうわけだよ。そろそろ行こうぜ?宴が終わっちまう」

 氷狸が言い終わると同時に刃はそう言って、返事も待たずに踵かえし街に向かって歩き出す。

 それを皮切りに咲夜が消え、他の面々も宴に参加すべく移動を開始する。

 

 

 

 

 それではただいまより、殺戮喜劇は開幕します。

 皆様、命を賭けてお楽しみください。

 

 

 

 

 

 爆音。

 表の住人が皆眠り、陰世の宴が開かれた今宵。その祝砲を挙げるが如く爆音が鳴り響く。

 それは冗談のような光景だ。

 なにせ、ジーパンに灰色のパーカーを着た――フードを目深く被っているため顔は分からないが――線が細く華奢な人間が死人《しびと》を殴るたびに爆発し、派手に周りを巻き込み飛び散らせながら繁華街を歩いている様はホラー映画にしか見えない。

「まったくっ!兄さんったらまたこんな奴らの相手なんて危ないことして・・・!やっぱり兄さんにはまだ一人暮らしは早いのよ・・・この街危ないんだから・・・、どうにかして家に戻さないと」

 声から察するに女性のようだが、しかしその腕力は大の男を遥かに超えている。いやそれどころか人間を超えている(・・・・・・・・)

 側面から襲い来る男の顔面を掴み、

「私の右手が真っ赤に燃える!キサマを殺せと轟き叫ぶ!爆熱!ゴ○トフィンガー!!」

 そう叫んだ瞬間、男が燃え上がりその身は灰と化し、フードの女性に降りかかる。

「まぁ兄さんのことはあとにして、まずはこのゴミを焼却しないとね。――あなた達が兄さんの敵だというのなら、私が兄さんの変わりにアナタ達の灰を被ってやるわ」

 世にも恐ろしい灰被り(シンデレラ)が進む。彼女が歩いた道は灰も残らない。

 

 

 

 

 その姿をビルの上から見下ろしているものが居る。

「あの人は相変わらず物騒ですね。破壊力という意味ではダントツですし」

 改造のシスター服に身を包んだクリスである。

「あなたもそう思いませんか?」

 そういいながら振り返るとついさっきまで何もいなかったのに、そこにはクリスよりもわずかに小柄な黒いロープを被った人が影の様に立っていた。

「・・・・・・」

 影は答えず、不動。

 もとよりフードで表情も伺えないためクリスの問いに対して何を思っているのかもわからない。

 だがそれでいい、そもそも答えが返ってくるとは思っていない。

 故にクリスは独り言のように影に向かって言葉を綴る。

「・・・また警告ですか?これで何度目でしたっけ・・・?ああそうそう、5度目でしたね」

 五度。それはクリスがこの影と今の様に相対した数であると同時に、刃を本気で殺そうと襲撃した回数でもある。

「いいかげん無意味な警告はやめてもらえませんか?無視してもペナルティの無い警告なんてするだけ無駄でしょう?仏だって三度しか赦しませんよ」

 無言。

 これだけ言っても反応がないと逆に怖い。

 下では灰被り(シンデレラ)が派手に爆音を轟かせながら、死人を焼却している、正しく上と下とでは温度が違うのだ。そのギャップのせいでより不気味に見える。

「やめませんよ私は、刃先輩が殺したくなるほど嫌い、いえ、恐怖してますから。むしろあなたたちはなんで平気でつるんでられるんですか?」

「・・・・・・」

「なんであんな気持ち悪い人と一緒にいられるんですか?あんな人間(・・)として(・・・)()れている(・・・・)()()なんていう(・・・・・)矛盾(・・)()()みたいな(・・・・))()()

 精一杯の嫌悪そして恐怖を込めた呪詛の成りそこないみたいな愚痴を吐き棄てる様に言う。

 べつにクリスは刃が殺刃鬼だからこんなにも嫌悪しているわけではない。

「だってアレは人を、いやモノを殺すのは何よりも罪、やってはいけないことだと思っているんですよ?なのに刃先輩はどんな理由でも意味無く忌み無く殺す。自分自身が一番殺しを忌みているのに。・・・それで苦悩葛藤後悔するならわかります――殺しといて後悔するなんて醜悪極まりないですけど――それなら誰でも無意識でそうしているでしょうから。でも先輩はそれが一切無い、自分の持論を真っ向から破り、矛盾させているのにソレが無い、先輩はその矛盾すら自覚し肯定し受け入れている。・・・正直言って私は先輩が怖いです、あんな化け物みたいな人」

 

 

 

 人。

 

 

 

 人間。

 

 

 

 刃先輩はどこまで行っても――こんなにも矛盾していてツギハギだらけに見えて、人間として壊れているのに――人間だから。――だからこそ気持ち悪い、まるで歪みに歪み壊れに壊れた鏡を見ているようで――。

「・・・化け物。刃ならその言葉を肯定したと思う――人間はもともとそうだろ、理性の怪物・・・化け物だよ――て」

 今まで沈黙していた影が口を開いた。

 その抑揚の無い声は魔女や魔法使いそのものだ。

「・・・クリスはすごいね。まだ刃と会ってから一年くらいしか経ってないのに、よく識ってる」

 影が喋ったのに驚きながらも、それを顔に出さずクリスは言う。

「・・・貴女にに比べたら全然ですよ」

 そう、あの人を一番知っているのは彼女だ。

 でも――。

「・・・でも私も識っているだけ。理解はしていない、識ってることと、分かることは別だから」

 そもそも、他人を完全に知ることなんて、理解することなんて、心を読めたってできない。

 影はそう自嘲するように言った。

「・・・だからこれも私の自己満足」

 影が呟いた瞬間、クリスのすぐ真横に人の身の丈ほどもある巨大な氷柱が突き刺さった。

「っぁ!?」

 砕かれたビルの破片に打たれながらもクリスは臨戦態勢をとろうとするが、

「・・・これは、本当の警告。次刃と殺しあたら殺される」

 さらに放たれた突風によって体勢を崩され床に這い蹲るクリス。

「・・・刃を五回も殺そうとして生き残った貴女の強運には感服するけど、もう、次は生き残れない、だから刃を嫌うだけにしておきなさい。私も刃も貴女のことは気に入っているのだから」

 その声を切り裂こうと立ち上がるとそこにはもう影さえありはしなかった。

「勝手なことを言ってくれますね・・・。私は嫌いだって言ってるのに」

 空に浮かぶ月を睨む。強く鋭く――

「殺名第二位月姫」

 ――いつか月ですら斬り裂いて見せるというように。

「・・・しばらくは貴女の自己満足に付き合ってあげます。殺したら識先輩も悲しみますし」

 そう言ってクリスも夜に消えていった。

 

 

「やれやれ、これでは死人(モドキ)がいくらあっても足りません」

 刃達が通っている星高の屋上で鑑求は一人呟いた。

 この街の陰達によって捕まえて手駒にした死人(モドキ)達が殺されていっているだけでなく、どうやら自分達も抹殺の対象にされているようだ。

 (十中八九あの時乃宮達の策ですね。天野識、おそらくラジオに出ていた彼が実行したのでしょう。・・・本命に向かった彼女は大丈夫でしょうか?Cシリーズを一体持って行ったとはいえ・・・やはり忌名相手ではつらいでしょうし、『風切』がホンモノだった場合は分が悪すぎます)

 今ここに居ない相棒を心配するが、

「まったく、この街はまるで世界の尺図ですね――そうは思いませんか?」

 

 

 

 すぐにそんな余裕は無くなった。

 

 

 

 金属音が鳴り響く。

 音も無く気配も無く後ろから放たれた一閃を求は鎖でどうにか防ぐ。

 お返しとばかりに鎖を飛ばすが相手はすでに後方へ退避していた。

「まったく下手だね、どうも・・・。研究者風情一人殺せないなんて、無様が過ぎる・・・」

 そんなことをちっとも思ってなさそうな、ににやにやと笑みを浮かべている襲撃者は右手に黒い大振りの刃物を順手、左手にも同じ形をした白い刃物を逆手に持って佇んでいる。

「しかし、気配は消してたと思ったんだけどね・・・少なくともアンタに悟られないくらいには薄かったはずだ。いったいどうやって察知したんだ?」

「その声は・・・天野識さんですね?今日のラジオ聴きましたよ、いやぁとても面白かった。どうです?ここでこんなことしてないで、その道のプロを目指してみては?ああそれと、どうやって察知したか、でしたっけ?敵にそんなことを訊くなんて変わってますねぇ・・・ここはマンガやアニメとは違うんですよ?手の内を教えるわけが無いでしょう?・・・ですが先ほどあなたが言ったように僕は研究者ですからね、話したがりの教えたがりなんですよ。だから訊かれたからには答えないわけにはいきません」

 時間稼ぎ。

 今現在求の目的はそれである、現状を生還するための策を練るための時間稼ぎ。

 そのためにあんな回りくどい――半分は素だが――言い回しをしている。

「蛇にはピット器官という動物の体温を視る機能を持っているんですよ。僕のこの鎖にもそれが備わっていて、それであなたを見つけたということです。気配は消せても体温までは消せませんからね」

 そもそも気配を消すというのは、音を立てない、呼吸を潜める、ということをして人間が無意識の内に張り巡らせているセンサーに引っ掛からないようにすることだ。息を潜め音を殺して気配を断っても、生きている限り体温までは無くせ無い。

「なるほど体温か・・・多少ならどうにか操れるが・・・、まぁその眼は誤魔化せないだろうな。心臓と同じだ、生きている限り心音は鳴る、心音を捉えられる耳を持つモノにたいして隠れることは無為ということだな」

「ご理解いただけたようでなによりです。ではこれで――失礼します」

 そう言って求はポケットから閃光弾を取り出し投げつける。

 閃光が迸り、求はそのまま逃走を試みる――。

「なっ!?」

 ――が、識の剣閃によって阻止される。

 金属音金属音金属音・・・眼にも留まらぬ高速連戟、上下左右縦横無尽に繰り出される剣閃を四つの鎖が受け止める。

 このままでは押し切られる、そう悟った求は鎖を相手に叩きつけるように操作し、無理やり離脱を試みる。

「っぐ!やれやれまったく・・・っ戦闘は専門外なんですけどねぇっ・・・」

 離脱には成功したが、代償は大きい。

 鎖が二本切断され、左肩から胸にかけて浅くではあるが斬られた、死ぬことは無いだろうが動きが鈍る、この傷では逃走も闘争も難しい。

「おいおい逃げることはないだろう?」

「いえいえ、僕は貴方達のような変人じゃないので・・・、遊び相手には役不足でしょう?」

 求はそう言いながらも、内心では逃走を諦めていた。不意打ちの閃光弾、一度目が効かなかったのに二度目が効く道理は無い、一度目の不意打ちで逃げられなかった時点で逃走の選択は消えた。

 ならばどうするか?自分の命を諦められないのならどうするか?事ここに至っては戦うしかない。

「しかしその剣・・・まさかとは思いますが、『風切』が打った剣ですか?普通の刃物では私のオロチは斬れないはずなんですがねぇ」

「さっきの言葉おまえにそのまま返そうか?、おまえも変わっているな?まぁさっきの礼だ話してやろう、これは御明察のとうり『風切』の刃物だ。陸式一刀、弐式『双剋』ていうらしい。借り物だけどな」

「陸式一刀・・・!?」

 識の得物である『双剋』それは、『風切』が打った刃物の中でも最高傑作と言われる七つの刃物の一つ。もともと『風切』が打った刃物は他のどんな鍛冶屋や職人をも凌ぐほどで、その最高傑作ともなれば下手な聖剣などの宝具をも凌ぐ。

「・・・まさか宝刃とも言われるものが出てくるとは・・・欲しいですねぇ。この街は僕達ラボにとってはまるで宝箱のようですよ」

 求はそう言いながら両腕の鎖をさらに二本つづ追加する。

「俺を殺せたら持って行ってくれてかまわない」

 識も答えるように構えを取る。

「せっかくの宴だからなノリよく名乗りでもあげようか。『七月(・・)第二十一代目当主(・・・・・・・・)()――殺人鬼(・・・)

 ――さぁ、宴を始めよう

 

 

 求が識に襲撃されたのと同じ頃、その相棒鈴巳 睡蓮は街外れの倉庫街に居た。

「まったくめンどうなことしてくれヤがりますね。・・・連れてきた楯役の死人(モドキ)が全員はぐれちまイましたよ」

 そう言って歩きながら横をちらりと見る。

 そこには黒い髪を肩口で短く切りそろえ創られた様に整った顔立ちの少女が無表情で歩いている。

 Cシリーズ・NO・4(クアドロ)

 死人(モドキ)が楯だとするならクアドロは矛だ、睡蓮が率いてる分室が造り上げた人造人間、その成功例。

 戦闘能力は失敗作のNO・0(クライム)に劣るが従順性などはこちらの方が上。それはつまり兵器としての性能はクアドロの方が上といううことだ。

 そもそも持ち主を害する兵器など論外である。ゆえに今回の回収のお供にクアドロを連れてきた。

 (まぁ最初ッから死人(モドキ)には何の期待もしねーンですけどね、こいつさエいれば事足りますし。あれはこの街で見つけたオマケですらねぇモノですし。)

「しかしこの辺ンにアレが居やがるのは確実――」

 瞬間、睡蓮の動きが、声が、心臓が、呼吸が、時が――停まった。

 それを察知したNO・4(クアドロ)が睡蓮の真後ろに突如表われた人間を殴ろうとするが、拳は空しく空を切る。

「なンですけどねぇ・・・?どうかしやがりましたか?」

 まるで動画の一時停止を解いたみたいに何事もなく動き出す睡蓮。

「敵です。・・・おそらく昼間に言っていた時乃宮かと」

 そんな睡蓮(マスター)を一瞥し何の異常も無いことを確認してから、敵を見据えて言った。

「・・・・・・」

 クアドロの視線の先を見るとそこには昨日会ったオマケの捕獲対象――宵闇 咲夜が無言で静かに佇んでいた。

「まったく・・・捕まりに来るならせめて本命を捕まエた後に来てくれネェですか?」

「・・・・・・」

 溜め息交じりの言葉も黙殺される。

「・・・まァいいでですけど。NO・4(クアドロ)、アレをできるだけ生きて捕獲しな。まぁ最悪死体でもかまわネェですけど」

「イエス・マイマスター」

 疾走。

 睡蓮から命令(オーダー)を受けたクアドロは矢の様な速さと鋭さで咲夜に肉薄する――だが遅い、時を統べるモノにとってそれでは全てが遅い。

 

 

 ――ガラクタ時計(トラッシュクロック)停止(ストップ)

 

 

「『時乃宮(・・・)第三十二録(・・・・・)咲夜(・・)

 時が止まった自分だけの世界で名乗りを上げる。誰かに聞かせるためでなく、ただ己の決意を刻むために。

「――殺名第6位(・・・・)奇術師(・・・)

 ――さぁ宴を始めましょう。

 



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宴2

 識の目を見た瞬間、求は殺された。

 肉を裂き骨を絶ち脳髄を掻き回される、そんな不快極まりない感覚に怖気が走る。

 しかしどこか殺されることが心地いいと感じてしまい――。

 

 

 

 そして刹那の中の幻想から立ち戻る。

 

 

 

 引き裂かれた身体は元どうりなんの被害も無く一瞬前と変わらぬ姿。然りそれはあたりまえのこと、何故なら今のはただの幻。強烈な純粋すぎる殺意を目にしたが故の誤認であり、その身体は何の被害もまだ受けてはいない。

「―――な・・・に?」

「何を惚けているんだ?そんなんじゃ殺されちまうぞ?」

 10mほどの距離を一息で詰め右の黒刃を振るう。

 求はそれに反応できない。自分が殺される姿を幻視し隙が出来たのもそうだが何より彼は戦闘は専門外。彼の本分は研究すること。そもそも研究室(ラボ)とはそういった者達が集まった集団。中には戦闘を専門とした研究者も居るが求は違う、戦闘がある程度できる研究者でしかない。他のメンバー達よりも少し戦えるというだけで、自分で言っていたように識達を相手取るには自分だけでは役不足。故に一瞬先の未来は先の幻のように斬殺されることに確定された。

「――いやいや、忠告痛み入ります。しかし忌名のそれも『七月』の殺人鬼・・・そんなモノが居るとは・・・知りたい。ッ徹底的に研究したいですねぇ」

 しかしその未来は覆される。

 黒刃が振り下ろされるよりも早く求のコートの中から数本の鎖が表われ識に喰らい突こうとする。

「ッ!」

 識は黒刃の起動を無理矢理変え鎖を弾き、さらにできるだけ体を丸め前方に加速、転がるような勢いで求の脇を通り過ぎる。

 自分だけではダメならば他の道具を使えばいい、人間は道具を発明することによりその未来を切り開いてきた、故に未来の一つや二つ変えて見せなくて何が研究者か。

「鎖の名前がオロチだからといって八本とは限りませんよ?」

 識が体勢を立て直した直後無数の鎖が喰らいつかんと迫る――。

「相生・土生金」

 識がそう呟くと風切音と共に双剣が煌き迫る蛇鎖をぶつ切りにしていく。

 よく視ると剣の中腹に刻まれている太極図がそれぞれ黄色と白に変わっていた。

 (・・・太極図、五行を使った性能強化・・・?『双剋』つまりは『相剋』ですか・・・?そんな手品の玩具が陸式一刀?たしかに良い出来ですが・・・あの程度なら私どもでも楽に作れる)

 偽物か?

 だが偽物だったとして事態は変わらない、以前こちらが不利である。

「シッ!」

 再び迫る識。求も鎖で牽制するが、先ほどとは違い不意打ちでないため効果は薄い。下段から迫る白刃、求はそれを右手の鎖でかろうじで弾くと同時にコート下から数十本の鎖が這い出る。

「怖い怖い」

 半分は識にもう半分は屋上の端のフェンスに向かう。

「ッ・・・!」

 識は自身に殺到するすべての鎖を切断したが、求はその間にフェンスに絡ませた鎖で自身を引き上げ後退する。

「貴方達の様な人と接近戦はしたくないですからね、何せ普段は室内に引きこもってますから。運動不足なんですよ・・・!」

「そんな遠慮するな。いい機会だから運動したらどうだ?これからさき運動不足な生活を終わらせてやろう」

 識は黒刃を求に投げつける。

 高速回転しながら真っ直ぐに求の首を目掛けて飛来する。

 しかし当然そんな物は当たらない。左に軽くステップを踏み避ける。すぐ脇を黒刃が通り過ぎ夜に紛れて見えなくなる。

「あーあ・・・勿体無い。識さん、貴方あれがどれだけの名作か知ってるんですか?・・・それとも、やはり偽物ということですか?」

「知らん。借り物だと言っただろう?双剋(これ)の価値など持ち主本人に訊け」

「・・・というか貴方は人様から借りた物を投げ捨てたんですか・・・?」

「所詮借り物だからな、俺の物じゃあない。どうでもいいだろ?」

「うわあ・・・最低ですねー。人としてどうかと思いますよ」

「マッドな研究者が言うな。・・・最低なのはあたりまえだろう?俺は殺人鬼。最高に最低な汚名の持ち主だぞ?」

「ああ、それもそうですね」

「だろう?」

 互いに苦笑を浮かべる。ああ、本当にどうしようもないと自虐する。

「しかし、このままでは勝てそうもないので、ドーピングさせてもらいましょう・・・オリンピックじゃないんですから、卑怯とか言いませんよね?」

 そう言いながら識はアンプルを取り出す。その時にはすでに識は動き出していた。

「別にかまわないが・・・特撮の怪人じゃないんだ、(それ)を打つ前に殺してもかまわないだろう?・・・まさか卑怯とは言うまいな?」

 迎撃の鎖を避けながら一直線に向かい肉薄する、白刃が弧を描きながら求の首へ迫りくる、それを右の鎖で受け止めるが識は怯まず右の掌底を打ち込む、だが一瞬早く鎖が間に合い衝撃を受け流しそのまま腕を絡めとる。

「ほら捕まえだぶッ!?」

 鎖で絡まった鎖なんぞ気にも留めず識は跳び回し蹴り、所謂ローリングソバットが求のこめかみ突き刺さる。

 求は吹っ飛びながらも鎖を操作し体制を立て直す。

 識は着地と同時に求の後を追うように横に跳ぶ。直後戻ってきた蛇鎖が一瞬前に居た虚空を通り過ぎる。

「僕を吹き飛ばしたのは間違いでしたね」

 アンプルを首に当て注射する刹那、

 

 

 

 ――それはどうかな?

 

 

 

 聞こえるはずのない声を求は確かに聞いた気がした。

 ドシュ!

「――()?」

 求がまず感じたのは衝撃だった、まるで何かに貫かれたような衝撃。

そしてそれは正しかった。文字どうり求の心臓には黒い何かが心臓を貫いて生えているのが視線を下げれば見えた。

がはっ(・・・)・・・!?があああああが(・・・・・・)!!!」

 (痛い痛いたいたイタイタイ!?!!?!?)

 強烈すぎる痛みはもはや痛いというよりも熱いほどだ。まるで傷口を焼かれるような痛み、そして熱いはずなのに冷たさを感じることがどうしようもなく不快でしょうがない。

 刺さっているものが冷たい、殺意が冷たい。

「なに・・・が?」

 血が喉をせり上がり、うまくしゃべれない、だがそれでも訊いた。

 いつもなら直ぐに推測できた筈だが、痛みで頭が回らない。分かることは唯一つ自分はもう助からない、ここでコロサレルということだけ。

 だからこそ知りたい、世界(すべて)を知りたい。

 元よりこの身はソレを知るためのモノ。

 死よりもこの先何も知ることが出来ないことの方がただ怖ろしかった。

 故にせめて最期に訊きたい。

「死ぬ・・・て何ですかね・・・?僕は・・・どうやって殺され・・・たんです・・・か?」

「さぁ?なんだろうな?その謎は走馬灯の中でも解いてくれ」

 しかし最期の疑問は明かされること無く――。

「・・・しかし死に際は人の本性が見えるらしいが・・・・、こいつの本性は知識欲ってところか?まさか死ぬことよりも何が起きたかを知りたがるとは、研究室(ラボ)ね・・・こんなやつが何人も集まってるんなら、『真理に堕ちた愚者』とか言われてるのも納得だな」

 識は剋刃を回収すると少し考える素振りをみせ、

「双剋は一対で一つの剣だ、だからどちらか片方持っていれば実は遠隔操作が出来る。まぁ双剋(これ)の真価は教えないがね。一つだけ言うならこれはホンモノだよ。――あと」

 ――死ぬって何かって?そんなの知るか。ソレは死んだお前が答えを見るだろうよ。

 物言わぬ骸にそう説明し識は立ち去った。

 死人に口無し、ならば当然耳も無い。

 

 

 

                    ”  ”

 

 

 

「が・・・ひゅ」

「あぶねェですね」

 迫ってきたクアドロを、時を止めナイフの置きみあげを喉、心臓、腹部、両足に刺さるように設置し、咲夜は睡蓮の死角に回り込み、そこでようやく時は動き出す。死角からの一撃、避けられるはずも無い。

 だが睡蓮は避ける必要が無い、なぜなら楯があるから。見えない壁に阻まれるかのようにナイフが進まなず弾かれた。

「たしか・・・アイギスだったかしっ――!?」

 咲夜の言葉を遮るようにして――先ほど串刺しになったはずのNO.4(クアドロ)の腕が伸びてきた。横にステップを踏み慌てて回避する、がしかし腕もまた咲夜を追尾する。

ガラクタ(トラッシュ)時計(クロック)停止(ストップ)

 咲夜の呟きに答えるようにして時が止まる。眼前に迫る腕、あと一秒遅かったら二本の腕が貫いて居たであろう、咲夜が振り返ると挟み撃ちのようにこちらにも腕があった。

「首が伸びるのは轆轤首だけれど・・・腕が伸びるのは何ていうのかしら」

 少し考えながらナイフを取り出し手首から一メートルぐらい離れた腕の部分の横に移動する。

「・・・明日月姫にでも訊こうかしらね」

 そして時は動き出す、同時にナイフが振り下ろされる。

「ぐぅ・・・!」

 腕が血飛沫と共に斬れ落ちクアドロの口から苦悶の声が漏れる。

「――っ!」

 だが次の瞬間、咲夜は弾けるように飛び退さる。

斬りおとされた腕の断から新たに生えてきた腕がありえない軌道を描きながら迫ってくる。

時間停止は間に合わない、そもそも停止は連続では意識して使えない。ならば避けきれるはずも無く――。

 

 

 

 ――ガラクタ(トラッシュ)時計(クロック)減速(スロウ)

 

 

 

 だがそれは相手と同じ時間にいるならである。

 咲夜の異能は時間操作、決して時間停止能力ではない、時間を遅くすることだって可能だ。咲夜の視る世界は変わる。咲夜を除く世界(すべて)は減速する。

 ゆっくり迫ってくる腕を通りすがりに解体しながらクワドロに迫る。ゆっくりと苦悶の表情に変わっていき、吐き出された音声ごとその肉体を解体した。

「次は――貴女よ」

 ナイフを睡蓮に向かって投げる。しかしやはりナイフは見えない壁に阻まれる。

それならばとコートのポケットから刃渡り二メートルほどの大剣をとりだし睡蓮へと疾走する。

 奇術。それ、すなはち奇なる術。

 もしこの一幕を咲夜とそれ以外の視点両方を見ることができる人が居るのならこの奇妙な食い違いに気分が悪くなるかもしれない、それほどまでに奇妙なのだ。咲夜から視たら睡蓮達がものすごく遅いだけであり、あくまでも咲夜は常速であり決して常軌を逸した速度で移動しているわけではない。だが睡蓮達から視ればそれは違う、常軌を逸している。目で追うなんて持っての外、そもそも目に映らない、反応なんて出来るわけが無い。

 睡蓮は最初何が起きたのか理解できなかった。目の前に大剣を振り被った咲夜いる、そこはいい(大剣が気になるが)咲夜相手ならばそれくらい驚かない。だが後ろのクアドロは何だ?なんであんなことになっている?

 (時を止めながらの攻撃はできねェんじゃなかったンですか!?)

 それが咲夜の異能に関する睡蓮達の認識だった。実際それは正解で咲夜は世界の時を停めている間、物体に傷を付けられない。それが出来るなら最初の一秒未満で終わっている。

 振り下ろされる一撃、ナイフよりも重いソレはアイギスに阻まれ止る。

「――ンなデカイもンどっから取り出したんですか?」

「普通にポケットから――よ!!」

 横薙ぎに振るわれる大剣。轟音を響かせるもアイギスは砕けない。

「ポケット――ああ、なるほどそーいうこですか、つまり時間停止でもなく時間操作・・・その本質は時空干渉でスか」

 要するに某ネコ型青狸の未来ロボットの4次元ポケットを思い出してもらえばいい。咲夜は自身のポケットの空間を広げその中に様々な物を入れているだけのこと。無数のナイフもここに仕舞われているというわけだ。

「・・・正解よ、空間干渉は苦手だけど!!」

 一際大きく振り被り渾身の一撃を叩き込むが砕けない。

「無駄です。マスターのアイギスは無駄に頑丈ですから」

「くっ・・・!?」

 直後、声と共に迫る爪をどうにか柄で防ぐが防ぎきれず吹き飛ばされる。体勢を立て直

一瞬前まで自分がいた位置にいる少女を見る、その傷一つ無い姿を。

「・・・大した再生力ね。あそこまで解体(バラ)されたら普通再生するにしても、もう少し時間が掛かるものなのだけど・・・」

「ええそうでしょうね、まぁ私は傷に対してはほぼ不死ですから」

 (めんどくさいわね・・・)

 こういうう手合いは咲夜にとって相性が悪い。

 速度というう面では時間を統べる咲夜は絶対的なアドバンテージを得ることができるが、破壊力という面ではさほど強くない。咲夜自身も高威力の攻撃を与えるようなタイプではなく、低威力の攻撃を急所に叩き込み殺す暗殺者のようなタイプだ。故に急所を攻撃しても死なない、硬い、単純に死に難い手合いは決定打が少ないため苦手なのだ。

「どォですか?あたしの最高傑作は?いいできだろォ?」

 聞こえてきた耳障りな声に咲夜は思わず顔をしかめる。

「変身能力!残念ながらコイツは生物にしか変身変質できねーですけどソレで十分!無傷な身体(からだ)に変身することで傷を再生することができさらに、絶対の身体操作に加えさらには身体強化!身体一つの戦闘での生物兵器はコイツ以上は存在しねーです!!」

 自慢げに誇らしげに自身の作品を評する睡蓮。それを酷く汚らわしいモノを観るような目を向ける。

「・・・くだらない。お人形遊びがそんなに楽しいのかしら?意外に幼稚なのね。そんなもの、直ぐにガラクタに還してあげるわ」

 今までの喜色満面の睡蓮の顔が嘘のように消え無表情になる。

「・・・研究者は総じて基本夢見がちで幼稚なモンなんですよ。つーかガラクタはオメーの方だろォガ!なぁヤクタタズの古時計チャン?」

「ヤクタタズ・・・ね、ええそのとおりよ。自分の都合のいいように好き勝手に時を刻むなんて時計としてはガラクタそのものよ」

 睡蓮は自分の作品が侮辱されたことに対して静かに怒り時乃宮の蔑称で挑発するも冷たく返される。

「はン、言ってろ。おまえじゃクアドロは殺せねーンですからよぉ!」

「YES。私を殺したければ再生の余地が無いほどに塵に還すしかありません」

「それはどうかしら――」

 咲夜の姿がその場から消え、クアドロの背後に現れる。

「またナイフか?無駄だって――」

「知ってる?時間って有限なのよ?」

 睡蓮の言葉を遮る様にして発せられた言葉、ソレと同時にクアドラがグラリと揺れそのまま前のめりに倒れた。

 

 

 

「え――」

 

 

 

 観る、そして分かってしまう。いままでやってきた研究、そして犠牲にしてきた人間(モルモット)達、ソレを間近で見てきた睡蓮はわかってしまう。

 

 

 

 ――アレはもう動かない

 

 

 

「なに・・・が?」

 何が起こったかは理解できるのにどうしてソレが起こったか解らない。

どうして――クアドラは死んだ?

「疲れるからあんまり使いたくなかったのだけれど・・・傷で死なないとなるとこうするしかないのよね」

 解らない解らない解らない解らない――。

「・・・どうしたの?そんな()しそうな(・・・・)顔をして」

 ――なんていうことだろう・・・。ああ!今アタシノ前でワカラナイコトガオキテイル!!

「これが嬉しくないわけが無いでショーが!未知があたしの前に在りやがるンですよ!?これを嬉々として解き明かそうとしなければソイツは研究者じゃァありやがりません」

 もはや先ほどまで在ったご自慢の作品などどうでもいいというように目の前の未知に狂喜している。

「・・・本当に節操がないのね」

 侮蔑の声も気ならない。

 あの死に様は正に奇術だ。何せ外傷無くまるで眠るように・・・まるで寿命が尽きたかのように――。

(――寿命?・・・ああ、何だそーいうことデスか)

睡蓮は己の興奮や興味が急速に冷めていくのを自覚する。

「・・・ああ、まったく年甲斐にも無くハシャイじまって恥ずかしいったらねーですね」

 溜め息と共に今までのテンションが急速に堕ちていき、酷く投げやりな態度になる。

「さっきから何?ぶっちゃけ気味悪いわよ?一人で盛り上がったり下がったり。・・・情緒不安定なの?」

「情緒が安定してる研究者なんていやしネーですよ―」

「そ、それはさすがに言いすぎじゃない?」

 どこまでも投げやりでいいかげんな言いように、思わず頬が引きつる咲夜。

「最期に一つだけいいですカ?」

「・・・諦めたの?」

 緩み掛けた警戒心を引き締める、古今東西最期に一つだけ、て言った奴にろくな奴は居ない。

「そりゃー諦めるしかねェですから。アイギスもソレには耐えられねェですから。・・・だからあたしも女なんでね、綺麗なまま死にたいんで、ソレで止めをさしてくれねぇですか?」

「・・・・・・」

 答えず無言で歩み寄り咲夜は、アイギスに触れる。

ガラクタ(トラッシュ)時計(クロック)加速(アクセル)

 時間操作は大きく分けて三つある。即ち停止、減速、加速、そしてこの中で一番危険なのは加速である。

 先ほど咲夜が言っていたように時間とは有限であり限りがある。

 寿命。

 モノには寿命がある、それは即ち持っている時間を使い切ること。

 時間を加速させるということは寿命を早めるということ。だから咲夜は自分に加速は使わない、一歩間違えなくても死期が早まってしまうから。

 だがこれを相手に使ったら?答えは簡単、なにせもう解答が既に出ている。

 ピシピシピシピシピシッッ!!

 ひび割れガラスが砕ける様に消えていくアイギス。

 咲夜は額に汗を滲ませ呼吸を荒くさせながら世界を減速させる。瞬間目の前に弾丸が迫り来る、睡蓮が放っただめ元の弾丸。しかしやはり速さが足りない、咲夜に触れるなら光速に上らねばいけない。

 弾丸を避け手に持つ大剣を振り上げ睡蓮に落す。

 ――嫌よ、だって疲れるもの。

 ――そうですかい。サイテーですね。

 刹那そんな苦笑交じりの会話を交わしたのは一体誰だったか。あるいはソレが今宵最大の奇術だったのかもしれない。

 

 

 

 

 その光景、奇術の舞台を見ていた観客が一人だけ居た。

「すばらしい!『時よ停まれ、おまえは美しい!』とは正にこのこと、貴女の為にある言葉だと言っても過言じゃない」

 パチパチパチ、と妙に安っぽい拍手を鳴らしながらただ一人の観客は芝居がかった口調で惜しみない賞賛を送る。

「・・・拍手喝采痛み入りますわ」

 それに倣う様にして奇術師はドレスの裾を掴む仕草をして一礼で答える。

「ところで美しき悪魔(メフィスト)よ、どうかオレの願いを聞いてはくれないか」

 まるで歌劇か何かのように言いながら、観客は舞台へと歩み寄る。

 黒い髪を背中まで伸ばし、ダークスーツを着た若くしかしどこか枯れた――まるで磨り減って疲れきったような雰囲気をかもし出した男だった。

「悪魔の代償は命や魂と相場が決まっているけど・・・?」

「知っているよ、望みもしないのに長生きしてしまってるからね。それに――」

「それに?」

 

 

 

「オレの願いは死ぬこと。誰かに殺されることだからね」

 

 

 

 瞬間、閃光が迸る。

 男のかざした手から雷光が咲夜へと走る。

 しかし連戦で疲れてるとはいえこの程度、凌げなければ殺名など冠していない。

 男が手をかざしたのと同時に時は停まっている、直ぐ目の前にある雷を避けながら、男に肉迫しナイフを五本投擲し背後に回る。

 そして時は動き出す。

 ナイフだけでは殺しきれないと踏んだ咲夜は大剣で止めを刺そうとするが、

 

 

 

「――見えてるぞ?」

 

 

 

 まるで背後に居るのがわかっていたかのように、ナイフを食らいながらも回し蹴りを男は放つ。

「――!?」

 ソレをギリギリのところで柄で防ぐ。

「これは契約が受理されたと思ってよろしいか?では名乗ろう悪魔(メフィスト)よ、オレの名はアグニス・クローバー、不本意なことに不死者と呼ばれている。貴女がオレの願い()を叶えてくれることを期待しているよ」

 背中に刺さったナイフを魔術で抜きながらそう言った。その背中には服に穴が開いているだけで地肌に傷一つない。

「自殺したいなら勝手にして欲しいわね」

「いやいや、違うよお嬢さん。オレは自殺したいんじゃあない――他殺されたいんだよ。誰かと殺しあった末に殺されて死んで終りたい、オレの願いはそれだけだ。あの時、死に損なった・・・死ねなかった時から、オレはソレだけを望んで臨んでいる」

 大げさに肩を竦めながら言う――不死者の願うことなんぞいつの世も同じ、死ぬことだよ――と。

どこか芝居がかってうそ臭く真実味が無い口調で話しているがその言葉だけは――死にたいというその願いだけは狂気すら感じるほどの想いがあった。

「・・・そう、じゃあ死になさい」

 再び時は停まる。大剣をその場から投擲しナイフを取り出しアグニスを囲うように投擲。

 その間ずっと咲夜はアグニスを観察していた。

 先ほどの攻防、まるで背後に周り込んでいたのを見ていたような反応。本来ソレはありえない、時が停まった世界の出来事を認識することなど同じ時間系の異能の素質が有る者しかできないはず。そして時の素質は咲夜を除けば吸血姫(アリア)くらいしかいない。

 アレは世界(すべて)だから時の素質も十分持っている。

 そして時は動きだす。

「がああああぁぁぁ!!!!・・・ぁぁぁ」

 殺到した全てその身に突き刺さる。

 まるでハリネズミの針を逆さにしたような有様で倒れる。人間は、いや人外であろうとここまでされて生きていられるモノは稀だろう。

「・・・不死身だと言ってもオレは死ねないだけで痛みはあるのだから。こんな(・・・)無駄(・・)なこ《・・》と《・》はしないでいただきたい」

 だが。

 アグニスはむくりと、刃物が独りでに抜けながらその身を起こす。生きているのがありえないくらいの怪我、そこらのB級ゾンビ映画のようにグロテスクな有様。大剣が刺さっていた頭は真っ二つに割れ体中穴だらけ。

 それがジクジクとジュクジュクと塞がっていく。

(気持ち悪いわね)

 殺し殺されの陰世の住人とはいえ、咲夜は花の女子高生、ここまでグロイものにはさすがに生理的嫌悪を覚えるのはしかたない。

 (・・・でもこれではっきりした、私を認識できてる)

「・・・あなた何者?」

「さっき名乗ったはずだが?」

 傷はもう完全に塞がっていて足元に広がる血液だけが先ほどの傷を語っているが、それも本人が無傷ではうそ臭く感じる。

「そういうことを訊いてるんじゃないわ。どうして時の停まった私の世界を認識できているのかを訊いてるのよ。・・・吸血姫(アリア)を除けば私以外に時間能力者なんていないはず・・・いえ、たとえ居たとしても私の世界を十全に認識できるモノなどいない・・・」

吸血姫(アリア)ですら私の世界を認識できたのは最初の一瞬だけ。時乃宮以外に認識できるものは本来いない。でも、その不可能を可能にできるのが魔法使いと――)

「ん?知らないのかい?けっこう有名だと思ったんだがね・・・?知らないなら教えよう」

 アグニスの声で思考を止める。

 あんな嫌な考え思いつき――在る訳ないと、聞きたくないと。

「オレは――」

 黙れ!

 時を停め近づいた咲夜は当たり前のように蹴りで迎撃される、それを腕でガードする。

 そう腕で。

 ボキン、と腕の骨が折れる激痛に顔を歪めながらもほくそ笑む。

 時を統べるこの身に触れた。

 腕一本その代償に得たのは時間、世界ではなくアグニス・クローバーその時間。

――ガラクタ(トラッシュ)時計(クロック)停止(ストップ)移行(シフト)加速(アクセル)

 貴様の正体など知りはしない、口を開くな死になさい。

 だが世界は残酷なほどに優しく総てを受け入れる。それがたとえアリエナイモノであったとしても。

 

 

 

「――不具合だよ。最悪なことにね」

 

 

 

 

「あああああああ!!!??!?!」

 電撃が咲夜を焼きそのまま地面へ崩れ落ちる。

「う・・・そ・・・。じゅ(寿)・・・ひょう()が・・はい《無い》・・・!?」

 四肢は痙攣し呂律のまわらない舌をまわし意識が堕ちそうにならるのを堪えながら言った。

「・・・そうか君にもオレは殺せないのか・・・。ならやはり当初の予定どうり彼女を待つとしよう」

 そう言いながら足元に転がっている咲夜の髪を掴み引っ張り上げる。

「ところで、悪魔に願いを叶えて貰った者は皆・・・魂やら命やらを代償ととして採られるわけだが、・・・願いを叶えられなかった悪魔はどうなるか知っているかい?・・・簡単だよ契約不履行の末路は、死だ」

 ――オレ以外はね。

 自嘲し腕で咲夜の腹を貫こうと腕を突き出す。

 その刹那。

「グアッ!?」

 突如表われた女性にアグニスは倉庫の中へと蹴り飛ばされた。

「刃の友人に何してるのよッ・・・!」

 その女性は雪のように白い髪と肌、幻想的で儚い雰囲気を持った――、

「ア・・・リア・・・?」

 吸血姫だった。

「せーかーい!しかし危ないとこだったわねー。うん、タイミングバッチリ!」

 微笑みながら咲夜にブイサインをしながら、

「いやー、電撃食らってたとこで助けに入ろうと思ったんだけど、少し我慢して正解だったわねー、それともったいぶらないで確実に殺す気ならさっさと切り札切った方が良いわよ?」

 何時《いつ》から見てんだこいつ、とか、ずっと介入するタイミング計ってたの?、とか、悪趣味・・・、などという思いがアリアの発言(失言?)を聞いてあまりよく廻らない頭の中がいっぱいになり、程よく咲夜は混乱していた。

「・・・あれは刃と同じなの?」

 でも最終的に口にした言葉(おもい)は確認だった。

 否定して欲しい言葉《おもい》でもそれは咲夜自身認めしまっていること、だから質問ではなく確認。

「ええ、そうよ。だから帰りなさい貴女じゃあれは殺せない」

 ソレには全面的に同意する。

 当の不死者がホンモノだというのならアレを殺せるものなど本来居はしない。

 だがそれは――、

「貴女も同じでしょう?」

「うん――そう。でも死なせられない=勝てないわけじゃない、やりようは幾らでも在る」

 そう言ってアリアはアグニスを吹き飛ばした先の倉庫に向かっていった。

 咲夜はそれを見送らずいつの間にか治療されていた身体を起こし帰ることにした。

 どうせこの後おいしいとこは全部アイツ(・・・)に持っていかれるに違いない。そもそも私の目的は不死者でなく研究者(ラボ)だ。あの女を殺した今、もう舞台に上がってる必要はない。むしろ野暮というもの。

 私の出番はもう終わり。宴もたけなわ、あとは主役が幕を下ろすでしょう。

「――最後の舞台はあちらよ」

 役者交代。

 

 

 

                     ”  ”

 

 

 

「待たせたわね。さぁ、絶望を教えてあげるわ!」

 ――幻想の箱庭(ファンタズマガーデン)

 瞬間。

 廃倉庫の風景が変わる。

 屋根は曇天。

 床は雪の絨毯。

 見渡す限りの銀世界。

 如かして気温は夏のソレ。

 真夏の雪原。

 幻想の箱庭。

「ああいいだろう。しかし間違ってはいけないな、俺は今まで絶望(生き)てきた、だからこそ貴女が教えるのは希望()だよ」

 ――さあ、最期の宴の始まりだ。

 



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第三夜(後) いつか終る日

 これはとある人間の昔話。

 これはどこにでもあるようなありきたりな話。フィクションでもノンフィクションでも、どちらにでもよくあるありきたりなお話。

 では定番の常套句から入っていこうか、形は大事だからね。

 む~かし、むかし――。

              ”

 その人はとある田舎村に生まれた普通で普通な人。

 特に優れているような物など何もないその村で、その人は普通にすくすく過ごしていた。

 ただひとつ変わったとこがあるとするならその人は『死』を実感しなかった、故に死に恐怖が無かった。

 少年時代森で獣に追われ死に掛けたときもその人は目の前に迫る死を恐怖しなかった。いっしょに追われていた子供達は例外なく死を本能的に実感し恐怖していたにもかかわらずその人だけが恐怖していなかった。

 やがてその人が少年から青年になるその過程で祖父が亡くなった。そこでその人は初めて『死』に触れそれをを客観的に知った。

 でもどうしてだろう?

 やはり実感が沸かない・・・。

 なぜか自分はああならないという思いしかない。

 その人は今はもういない祖父に心の中で問いかける。

 

 

 

 ――死ぬって何ですか?

 

 

 

 そしてその人は青年になった。

 特に大きな事件などもなく、平和な日々。

 

 

 

 だがいつの世も平和は突然に消え去る。

 

 

 

 その日は晴れでその人は狩りに出ていた。

 森の中何故か今日は獲物がすくない、だからいつもより時間が掛かってしまった。

 やっとのことで満足とまではいかないまでもどうにか許容できるくらいには獲物を仕留めることが出来た。

 どうも今日は調子が悪いと気落ちしながら村に帰ってみると、そこは廃村と為っていっているところだった。

 村人は殺され、家は焼けている。

 その人は田舎に住んでいるが故によくは知らなかったが、村を襲っているのは国に連なる軍であり上の者が異教徒だ悪魔だのと、建前の上、娯楽の為に派遣された軍だった。

 老若男女容赦なし。

 家畜同然に――いや、家畜以下の何かのように次々と陵辱されていく人々。

 小さな田舎村故に村民は皆家族同然。

 

 

 

 そんな人々が殺されているのを。

 

 犯されているのを。

 

 辱められているのを。

 

 

 

 黙って見ていられるわけがなかった。

 

 

 

 絶叫し、我武者羅に突っ込んでいった。我慢なんてできるわけがなかった。

 不意打ち気味に一人殺した、二人殺した、でもそこまでだった。

 多少心得があるとしても兵士には敵わない。何より多勢に無勢。

 目の前に死が迫る、代わりに飛び出してきた両親が貫かれる。

 身代わりになった親の敵を討とうとして――自身が背中を刺され、さらに四肢を貫かれ地面に縫われた。

 事が終るまでその人はそのままの体勢で見せられ続けた。

 好きな女をがオカサレコロサレルところも。

 親友が拷問の末にコロサレルところも。

 絶叫と狂気を苛まれながらすべて見ていた、見ていることしかできなかった。

 

 

 

 ――そして最後に自身が殺された。

 

 

 

 本来なら本当なら話はここで終るはずだった、ここで終るしかなかった。

終るべきだった。でも終れなかった。死ぬときに死ねなかった。

 

 

 

 

 

                     ”  ”

 

 

 

「――――」

 走馬灯。

 そう呼ばれる現象がある。

 死に際に観る自身の記憶。

 一説では自身の救命処置として記憶を再生していると言われているらしい。

 アグニス・クローバーは死に際でもないのに走馬灯を経験していた。だがそれはアグニスが死なない(死ねない)というだけで常人なら――いやたとえ人外だったとしても――軽く二桁は死んでなお御釣りが来るくらいの状況。

 破壊そのものを叩きつけるような暴力の嵐。すでに視界など――いやそもそも肉体の原形などは留めていない。

 最初に星が堕ちてくるのを見てから最後、視界は消え戻ってこない。

 あるのはただ痛みを超え、根こそぎ壊れたような――あるいはありとあらゆる感覚をごちゃ混ぜにしたような衝撃のみ。

 永遠とも一瞬とも思える破壊の暴力の嵐が過ぎ去り、雪原は血で真っ赤に染まっていた。

「――どうしてだ?」

「・・・はぁ・・・はぁ・・・」

「どうしてオレを死なせない?」

 しかしその結果はあべこべ。破壊の結果はさかしまにしたように奇妙だった。

 破壊の限りを尽くした加害者のほうが余裕がなく肩で息をして病に冒されたかのように衰弱し、被害者は五体満足で憤怒の形相をうかべて問いかける。

「こんな回りくどい方法などする必要がない。なぜならおまえのこの『庭』にできないことは無い。この『庭』は『世界』そのもの、世界すべての可能性を内包した魔術の極致、終束域(ハイエンド)。オレに直接死をあたえればそれで済むことのはず・・・」

 『世界』で起こりうる現象事象をすべて起こすことが出来る異能。

 『世界』そのものから与えられたと言われる異能であり、世界の愛娘と言われるその所以にしてその証明。

 幻想の箱庭(ファンタズマガーデン)

「・・・決まって・・・んでしょ・・・?あんたが(・・・・)死ぬ可能性(・・・・・)なんて(・・・)世界にないのよ(・・・・・・・)。言ったはずよ、絶望を教えてあげるって」

「――――な・・・に・・・?」

 アリアがこの『庭』の中でできない事は誰にもできない。

 それはつまり――。

「オレは――死ねない?」

 今この瞬間、アグニス・クローバーを支え続けてきた希望は音を立てて崩れ去った。

 まるで糸の切れた人形のようにアグニスは崩れる。その目にもはや映る希望はなく、虚ろな絶望に覆い隠され伽藍瞳(がらんどう)になっている。

「・・・憐れなものね」

 そう言ってアリアが手を翳すとアグニスが雪に埋もれていく。

「せめてそのまま夏の雪に埋もれて眠りなさい。――いつか終るその日まで」

 しんしんと降り積もっていく雪。

 ――もう眠りなさい。

 ――貴方の旅路はここで終わりなのです。

 ――だから眠りなさい、安らかに。

まるで幼子を包みこむように雪はアグニスを覆っていく。

「しっかしギリギリだったわねー。不具合侮ってたわ・・・、まさか『庭』を崩壊寸前まで侵蝕されるなんて思わなかっ・・・た?」

 

 

 

「――――」

 

 

 

 ギシ!

 聞こえないはずの声に『庭』が軋む。

「――――」

 『世界』が軋む。

 ギシッ!

「嘘でしょ・・・?封印はたしかに成功したのよ!?」

 アグニスが埋っている箇所だけ雪は黒く染まり、まるで墨汁が侵蝕していくようにアグニスを中心として拡がっていく。

「ほんっとに甘く見てた・・・!封印を侵蝕されるなんて・・・!死なないだけじゃなかったの・・・!?」

 黒い雪からゾンビのように這い上がってくる――腐ってはいないが観念的にはそれはまさしくゾンビ――不死の怪物。もともとが人間ということからもよりゾンビじみている。

「――死にたい」

 ぽつり。

 思わずといったように零れた願い。

 

 

 

「死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい」

 

 

 

 しかしてそれは呪詛に変わる。行き過ぎた願いは呪いと変わらない。あの日自分だけが死ねなかった。あの時からアグニスは自らの願いに呪われ呪って生かされてきた。

「――うるさい!!」

 アリアは狂ったレコーダーを壊すようにアグニスを爆砕する。

 (気持ちが悪いし気味が悪い――なんであれが生物として生き物として認識できるのかがわからない、自殺願望ならぬ他殺願望なんて救いが無いし迷惑極まりないー―そもそも死ねないという時点でそもそも生物として異常(おかしい)というのにその上死にたいだなんて異常が過ぎる)

だが八つ当たりで思わず爆砕したのは失態だった。

「がっ!?」

 ギシ・・・ピシッ!

 不死という不具合が発動され『庭』に亀裂が走り、黒い染みは一気に侵蝕が加速する。

「ああああああああああああっっっっ!!!」

 アリアの身体に激痛が走る。

 『世界』の不具合が侵蝕し崩壊へと導く。あたかもそれはプログラムがウイルスに侵蝕されていくように。

 そしてアグニスの再生し終わると同時に『庭』のすべてを侵蝕し破壊した。

真夏の雪原は消え風景はもとの廃倉庫に戻る。

「は――はははっ・・・」

 伽藍瞳(がらんどう)のまま人形のように無理やりにぎこちなく笑う、しかしそれは当然のように引きつって盛大に失敗している。

「――ふざけるな・・・!なぜオレだけが死ねないっ!あの時もあの時も今もそしてこれからもっ!!」

 歪な笑みを浮かべたまま涙し慟哭する。

 その怨嗟は何処にも届かない『世界』の不具合であるが故に。

 そんなことはアグニスにも分かっている。故にこれはただの八つ当たり、そして今からすることも八つ当たりにしかならない。

「・・・吸血姫、貴女は確かに契約を履行してくれた。オレはこれほどの絶望は一番最初のあの時――故郷の皆と一緒に死ねなかった・・・死に損なったとき以来だ。――だからこれは、これからはただの八つ当たりだ。おまえを殺して『世界』を――命を殺す」

 倒れ付し息を荒げて苦しそうにしているアリアを見ながらそう宣言する。

 そして一歩一歩幽鬼のようにふらふらとアリアに近づき手を翳す。

 バチチチチチッ!とまるで千鳥の鳴き声のような音が鳴りアグニスの掌が青白い雷光に包まれる。

 どんどんと電力を高めていきそれに比例して鳴き声も高まっていく。

 そして――。

 

 

 

「――ごふっ。・・・あ?」

 

 

 

 アグニス(・・・・)()背後(・・)から(・・)心臓(・・)()正確(・・)()()いた()()()が《・》アリア(・・・)()真横(・・)()()()()さる(・・)

 

 

 

 アグニスは己の胸の傷が治っていくのを忌まわしげに見てから、緩慢な動きで匕首が飛んできたであろう後方に振り向く。

 そこには月光を背に黒い男が悠然と立っていた。

「おいおい。なに人のモノ勝手に始末しようとしてるんだ?押し付けられ強制されたとしても一応それは俺のだ。一言あってくれてもいいんじゃないか?そしたら許可して応援してやるよ」

 気だるげに、そして気軽な足取りと口調で言いながら一歩一歩男は近づいていく。

「・・・誰かな?」

 上下共に黒い服を着て腰に刀を提げている、どこか自分と同じような何かを感じる男にアグニスは問う。

「そんなことはどうでもいいだろ?自己紹介なんてものは余分だ。俺はおまえがどこの誰で何のためにここに来たのか、なんて興味ない・・・んだけど宴の発案者がノリ悪いのはなぁ・・・」

 どうしよう?などと男はアリアに訊く。訊かれた方としては知ったことではないしそれどころではない。今真剣に殺される直前だし瀕死だと言っても過言じゃない状態。正直早く助けて欲しい。

 (というかアンタ今私見捨てるようなこと言わなかった?)

「まぁいいか。名乗ろうが名乗るまいが結果は同じでやることも変わらないし・・・」

 自分で訊いておきながらアリアのことを無視して男は独り言のように言い、アグニスを『視る』。

「へぇ・・・、本当に『死』がないんだな。しかし、俺と同種・・・?――俺らの場合なんて言えばいいんだ?――まぁ不具合に会ったのは初めてだな」

「――――」

 アグニスは声が出せない。

 それは自身も長年生きてきて自分以外の不具合など始めて見たからだ。それなのにこんな極東の島国にいるなんて夢想だにしなかった。

「さて、じゃあ殺ろうか」

 空気が凍り、張り詰めた無音が広がる。

 アグニスは強引に恐怖によって正気に戻される。

「――は」

 思わず笑みが零れる。今自分が恐怖を感じたことに歓喜する。

 吸血姫(アリア)にさえ殺される思わなかったのに男のただの殺気で恐怖した。本能か直観かこの男は自分を殺せると悟る。

 と同時に憤怒した。

 たった今自分が死ぬ可能性が無いことを突き詰められておいて・・・殺される?

 (オレは届かない餌を眼前にぶら下げられて走る駄馬とでも?)

「――ふざけるな」

 ――殺す。

 ただの八つ当たりにすぎないが、確かな憎しみを携えて八つ裂きにする権利はある。

 ぬか喜びをさせた代償は重い。

「風切 刃――殺刃鬼。名乗れよ、宴の始まりだ。最期くらいきっちりきめようや」

「――魔祖24祖・番外――不死者・アグニス・クローバー。最期にしてくれるというならむしろこちらからお願いするよ・・・!」

 さてさて、それじゃあ・・・閉幕だ。前座の役者は奈落に落ちた、宴もたけなわ主役は遅れてやってくる!

 それでは、

「殺して、魅せようか」

 



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いつか終る日2

 一息でアグニスとの距離を詰めた刃はそのまま居合い斬りで胴を斬ろうとするが、アグニスは人外としての反射神経と運動能力そして生物としての恐怖を最大限に発揮し後ろに飛び退く。

 この一幕とも言えない刹那、これだけを見てもアグニスを知っているモノなら驚いたただろう。アグニスは死ねないという欠陥から攻撃を避けることはあまりしない。主に自分の肉体と命を使ったカウンター、肉を切らせて骨を断つならぬ、命を獲らせて命を狩るという相打ち気味な戦法をよく使う。

 なのにただの――なんの異能もない――斬撃を必死で死に物狂いで避けたのだ。

 そして一幕でないなら攻撃はまだ続く。

 飛びのいた先、真横から強烈な殺気を叩きつけられてそちらを見ると、(やいば)が迫っていた。

 

 

 

「――ぉあ・・・あああああああっっ!!!!」

 

 

 

 ゴッパァァッッ!!!!

 雷光の後に遅れて凄まじい轟音が炸裂する。

 光が収まるとそこには、左腕が肘から先が無いアグニスと、砕けた瓦礫に打たれ軽傷を負っている刃が距離を開けて立っていた。

 (今ので決まったと思ったんだがな、とっさに腕を楯にしたか・・・。しかもついでに魔術で反撃・・・、まぁ狙いがデタラメだったから助かったけど)

 刃は自分の状態を確かめながら、先ほど何が起こったのかを確認する。

「――何をした?」

「・・・あん?」

 いきなりの問いかけ。

 事ここに至ってまさか問いが来るとは刃は思っていなかった。そんなものは殺し合いが始まる前に終っているはずだ。

 そもそも教えるはずがない。未知であるということは対処ができないということ、これがどれだけ有利なことかわからない莫迦は陰世では長生きできない。へたな古参の人外より長生きしているアグニスがそんなこともわからないわけが――。

「ああいや、死ねないんだっけ」

「不本意ながら。で、何をした?」

 無論アグニスは莫迦ではない、この問いの意味の無さや滑稽さには気づいている。

 しかしそれでも訊かなければならない。

 左腕が再生しないこの訳を。

「死ねないからといって、『死』が『無い』からといって終りが無いわけじゃないだろ」

「どういう・・・?」

「世界の終わりを観ること、それが俺の不具合なんだよ。『終り』っつうのは絶対の概念だ。これを超える概念はありえない。『死』ですらここまでどうしようもないものじゃない」

 (――まて、それが)

「せいぜい『死』じゃ確立した事象や低位の概念までだろうけど――それですら凄まじいけど――『終わり』はすべてだ。未確立、すなわち『可能性』すら対象になる」

 (――それが本当なら)

「世界が行き着く果てが『終り』つまり――」

 (オレは――)

「俺に殺せないものは無い。だって世界を終らせる(ころす)ことができるんだぜ?」

 (殺されることができる――?)

 

 

 

「だが――それではダメだ・・・」

 

 

 

 ぽつりとアグニスは洩らす。

 自分は誰かの手で『死にたい』のであって『終わりたい』のではない。終るのではダメだ、それではみんなと同じところに逝けない。

 故に――、

「そんな結末などオレはいらない。たとえ願望()がこの先も叶わないのだとしてもその希望(おわり)はいらない・・・」

 

 

 

 

 (――本当に?)

 

 

 

 

 宣言と同時に過った疑問を振り払うように、あるいは誤魔化すように魔術で雷を生み出し刃へと放つ。

「そんなもん知るか。俺は俺が殺したいから殺すだけ、受け取り拒否はさせねーよ!」

 言いながら刃は迫り来る雷を観ながら雷を遮るように刀を振るう。すると雷が刀に当たった瞬間ソレは消え去る。

「まぁ・・・当たるとは思ってなったが・・・斬られるとは思わなかったよっ!」

 直後、雷を目くらましにして不意をついたアグニスが雷電がまとわり付いた右拳を刃に振るう。

「ちっ!」

 ソレを紙一重で避け即座にカウンターの回し蹴りを放とうとするが、

バリッ――!!

 アグニス右拳から電撃が前方向に向かって放たれる。

「ぐおぉぉぉっ!?」

 即座に逃げるように刃は這うように跳ぶ。

「逃がさんよ・・・!」

 自ら放った電撃に身体を焼かれたのを気にすることも無く雷で追撃する。

「ちっ――!!」

 さらに刃は跳び受け身を取って体勢を立て直しアグニスに向かって走る。

 ソレを雷をもってアグニスは迎撃する。

 もちろんアグニスはこの雷が当たるとは思っていない、斬られて消されると分かっている。これは先ほどと同じ目くらまし、だが今度は自分が接近するためではない――そもそも刃相手に接近戦は危険すぎるため一度の奇襲が限度――進行方向に魔術を設置し刃が視えない位置から攻撃するためである。

 刃の能力は所謂魔眼に識別――厳密には違うが――されるモノである。魔眼とは眼で視て発動するもの、ならば――、

(視えなければその異能で殺すことはできない)

 しかしアグニスの予想に反して刃は雷を殺さなかった、それどころかアグニスは刃の姿を見失っていた。

「いな――!?」

 

 

 

 斬っ!

 

 

 

アグニスの首から下の黒い髪がばっさり斬られた。

 あと刹那気づくのが遅ければ髪だけでなく、首そのものを髪ごと切り落とされただろう。

 雷による目くらまし、これはアグニスにも掛かっている。ただあらかじめ知っているからアグニスは奇襲ができた。だが一瞬でもアグニスから刃が見えていないのならアグニスと同じように奇襲ができるということ。

 刃は雷をあえて殺さずに逆に利用しアグニスの頭上へと跳躍、刃を見失ったアグニスの首目掛けて宙返りの姿勢で一閃。

「落ちろ・・・!」

 倒れこむようにしてどうにか避けたアグニスは。体勢を整えながらも魔術を行使、アグニス周りに落雷が落ち刃を近づけさせまいと牽制する。

 しかしそれは意味を成さない、この程度殺刃鬼を止めるには至らない。

 刃は着地と同時に降ってきた落雷の魔術そのものを殺し、アグニスに肉薄する。

 「な――ゴハッ!!」

 刃の回し蹴りが眉間に突き刺さり、その瞬間自ら吹き飛ぶアグニス。

 ダメージを緩和させることに成功するも当たった場所が眉間であるため、身体はふらつくそれを無理やり抑えながら刃を見据えるが、当の刃の姿が見えない。

 ゾクッ!

 背筋を走る悪寒それ感じた場所、視覚の外、地面すれすれに滑るように走ってきた刃と眼が合った。

 (――あの刀に貫かれればオレは終れる)

 瞬間、そんな考えが過るも、脇腹を貫かれながらもどうにか避け、即座に反撃の蹴りを放つが刀の柄で防がれる。しかし刃は耐え切れず吹き飛ぶ。

(どうせ死ねないのなら・・・いつか終るその日まで生かされ続けるというのなら、ここで終るのと世界の終りと同じく終るのに違いはない。遅いか早いかの差だけ・・・、ならここで終る方がいいのでは・・・?)

 ――このまま生き続けるよりかいいのでは?

 そう葛藤しながらも見失わないようにアグニスは刃を見据えている。

 また刃もアグニスのことを見据えていた。

 アグニス身体にある暗い『渦』ソレこそが視覚化された『終り』である。その中心部をしっかりと見据えながら、そしてアグニスの後ろにいるアリアを視界に捉える。

 (不死者・・・か・・・、同情はするよ、容赦しないけど。だから、その葛藤に意味はねーよ、結果は変わらない。だっておまえが望んだんだから)

 そして刃は今までよりも早く翔けた。後に肉体が悲鳴を上げるのを理解し覚悟して自身の肉体の制限を外した突貫。

 正に乾坤一擲。

 しかし曲がりなりにも相手は魔祖と呼ばれる人外たちの頂点に君臨するモノ。

 ここにきてさらに迅やくなったことに虚を衝かれたが、それでも今までのように視界から外れる奇妙な体術ではなく、ただ一直線に走って来るだけ。これならば普通に反応できる。

 雷を飛ばしたところで消されるのは、あまつさえ利用されるのは今までの攻防で知っている・・・、ならばあの刀に当たらないように自分の肉体で貫けばいい。

 アグニスは右拳に雷をまといカウンターを放つ。

 ベストタイミング。

 このままいけば、刃の放つ刀よりも先にアグニスの拳の方が先に当たる――。

 

 

 

(――本当にいいのか?)

 

 

 

 ここで殺されなければ次は気が遠くなるほど先、それこそ『永遠』のその先までまたなければ自分は終れない。

 一瞬にも刹那にも満たない躊躇、そしてその意識の空白。その隙間を奈落からの一撃が捉えた。

「がっ――!?」

 アグニスの背後、アリアが投げた刃の匕首が正確に心臓を貫いた。

 心臓を貫かれ動きがわずかに止まり、絶妙だったタイミングがずれる。

 もう間に合わないどう足掻いても自分の拳は先には届かない。

 (――なんだ、結局オレは終わりたかったのか)

 ゆっくりと迫る刀の切っ先。それを見つめ自分を見つめ、彼はここで終ることを嫌がるフリをようやくやめた。

 (――楽しませてもっらたよ)

 そして振り返るは自分の人生ではなく先ほどの殺し合いごっこ。刃が殺せると言った瞬間にもう結果は出ていた。

 自分はその誘惑にはかてない。

 故にごっこ。

 (――それでも・・・いや、だからこそ、ごっこで終らせはせんよ・・・!)

 殺刃鬼に対してごっこでは無礼が過ぎる。殺し殺さなければ――面白くないだろう?

 意志の力で無理やりに、道理すらねじ伏せるように身体に命令を下す。

 

 

 

 ――動け!。

 

 

 

「おまえも道ずれだ。どうせ要らないモノなのなら、今ここで仲良く消えるのが道理だろう?」

 止まった身体が再び動き出し加速する。刃の刀より速く貫くことはできないが同時討ちには意地でも持っていく――!。

 

 

 

「最期に根性魅せるじゃねーの。でも知るかよ、独りで終れ」

 

 

 

 そして鮮血が迸る。

「・・・・・・」

「・・・・・・」

 両者共に無言・・・しかし結果は言葉がなくとも告げられる。

 刃は脇をわずかに抉られ、アグニスは胸の中心――刃の視る終わりの『渦』の中心を貫かれていた。

 同時討ちまで持ち込めるほどの速度を出したのは見事だが――一度止まってしまったが故に見切られ、アグニスの一撃は紙一重で避けられた。

「・・・・・・」

「・・・・・・十三年前おまえは日本に来てたか?」

 突如沈黙を破ったのは刃。

「・・・いや、来ていないが・・・」

 問いの意図は解らなかったが・・・十三年前、その符号がどうにもひっかかる。

 (そういえば日本で起きた・・・いや、陰世の『名家』が滅された事件はちょうどそのころだったな。仇でも探しているのか?)

 しかしアグニスはなぜ今訊かれたのかが解らない。仇の確認なら普通は事が終る前に確認するものだ。仇討ちとは自身が仇だと認識している相手を討たなければ成立しない。

「・・・そうか」

 枕詞にやっぱりとつきそうな声色からアグニスは最初から期待されてなく、念のためですらない気まぐれであると理解する。

 

 

 

「・・・十二神」

「・・・あん?」

 

 

 

 だからその予想を裏切って冥土の土産を置いていてやることに決めた。

 

 

 

「不具合の敵だよ」

「・・・そいつが犯人だってことか?」

「さぁ?それは知らんよ・・・」

「てめーはっきりしろよ!殺すぞ!!」

「・・・もう殺されてるんだが」

「・・・そうだった」

 実際アグニスもソレの犯人なのかどうかは知らない。ただ――犯行が可能なのと動機があること、そして十二神が何かをするという証言を本人達から聞いただけなのだから。

「まぁ、とりあえず憶えておきたまえ」

「おいこら!意味深なこと言って勝手に消えんな!」

 しかしそんな静止の声など意味はなく、まるで夢から覚めるようにソレは消えた。



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いつか終る日 閉幕

「・・・・・・あーもう、無理」

 しばらく虚空を見つめていた刃は唐突にそう言って倒れた。

「ちょっ、刃!?」

 倒れた刃にアリアは慌てて走り寄る。するとそこには紅い小さな水溜りが出来ていた、思わず喉がなってしまうのを抑えながら刃の容態を診る。

「・・・最後の一撃避けたんじゃなかったの?」

「・・・いや、避けきれなかったし・・・当たり所が悪かったなー、血が止まらない」

 (いやいや本当に根性魅せてくれたよ。)

 聞きながらアリアは直ぐに治癒魔術を行使するが、まだ体力魔力共に回復しきっていないため効きが薄いが、どうにか止血に成功する。

「・・・病院連れてくわよ!?それとも行きつけの医療場所があるならいいなさい!」

 刃担ぎ上げながら怒鳴るように訊く。

「・・・あー、行きつけじゃないけど・・・天野邸に連れてってくれれば」

 

 

 

「その必要はないですよ」

 

 

 

 廃倉庫の出入り口、そこにクリスは悠然と表われた。

「アンタまたっ」

「こういうのを漁夫の利っていうんですか?」

「いや微妙に違うと思うけど」

 そういいながら刃は下ろしてくれとアリアに伝え、アリアもクリスと一戦交えるなら今の体調では――刃を抱えたままでは無理と判断し刃を下ろす。

「性懲りもなくまた来たの?せっかく見逃してもらったのに・・・よほど死にたいのかしら?」

「そうカッカしないでくださいよ・・・まったくカルシウムが足らないんじゃないんですか?」

「なんですって~!」

「漫才はいいから本題話せっての・・・。こいつらといると話が進まねーよ」

 あとちなみに余談だがカルシウムとイライラとの関連性は科学的に根拠は特にないらしいぜ?

 閑話休題。

「私が治癒しますから『天野』に行く必要がないですよ」

 先ほどの漫才染みたやりとりを無かったことにするが如く簡潔に用件を言うクリス。

「そんなこと信じられると思ってるのかしら?」

「んじゃ、頼むわ」

「え?」

「え?」

 

 

 

・・・・・・・・・。

 

 

 

「ちょっと昨日貴方を殺そうとしたやつに簡単に任せようとしてるの!?」

「いや、少なくとも今は襲わないって確信してるし」

「なっ――」

 なにを根拠にそう言っているのか、アリアにはまるで分からなかった。これがどこかの漫画やライトノベルの主人公のように刃が、誰にでも優しく相手を直ぐに根拠無く信じるような人間なら理解はできなくとも諦めるように納得するだろうが――刃はそんな人間ではないことはアリアとて知っている。だからこそ納得さえもアリアはできない。

「じゃあそこに寝てください」

「いや、すっげー汚れてるから嫌なんだけど・・・」

「・・・人に仕事押し付けといてさらにそれを横取りしといて勝手に大怪我してるヴァカが何か言いましたか・・・?」

「・・・・・・・・・いえ、なんでもないです」

 そう言いながらずこずことその場に仰向けで刃が寝たところで、アリアが驚きから復帰して「ちょっ、かってに話進めないでよ!?」とツッコム。

「うるさいです。今から治癒しますから静かにしやがってください。」

「~~~っ!・・・わかったわ。その代わり何かおかしなことをしたら、文字どうり八つ裂きににしてあげる」

「ええ御自由に」

 そう言ったクリスは刃の傍でしゃがみ治癒の魔術を行使する。

「心配しないでもコイツが・・・少なくとも今は襲うことはねーよ。五回も襲われてるし、一年ほどの付き合いもあるからな。それくらいは知ってる」

「五回・・・?」

 刃の言ったその数に驚くと同時にアリアはなぜクリスに任せたのか知った。

 それは所謂経験則。

 襲撃したあとはしばらくインターバルを置くことを刃は知ってているのだ。

 そして一年の付き合い。それはアリアには無いモノ、二日まえに再会したアリアには知ることのできない空白の時間。それを理解はしたが――納得は・・・やはりできなかった・・・諦めはしたけれど。

「今だけでなく、当分は殺すのをやめてあげます」

「・・・・・・どういう風の吹き回しだ?」

「いえ、べつにただの気まぐれですよ・・・。ああ、勘違いしないでくださいね、休戦はしますけど和解したわけじゃありませんから」

 後半は字図らだけ見ればツンデレがツンデレってるだけにしか見えないが――しかしクリスの表情を、その目を見ている刃からすれば勘違いなどするはずも無い。

 その目には確かな殺意と嫌悪があり、刺すように叩きつけている。

「信じられん。今すぐにでも殺しそーな目してるぜ?」

「治してもらってるのによくそんなこと言えますね・・・。まぁ至極当然でしょうし、私の言は殺刃鬼がもう何も殺さないって言うのと同じくらい嘘くせーでしょうしね。・・・じゃあ誓いましょう」

「誓う?何にだ?神か?」

「あなた相手に主に誓ってもしょうがないです。・・・月に誓いますよ」

「・・・月・・・ね」

「はい、月です。・・・さて終わりましたよ」

 そう言ってクリスは立ち上がりもう用は無いとばかりに歩き出し、ソレを見ながら刃も立ち上がり埃を払う。

「ところで――」

 ふと思い出したようにクリスが振り向き訊いてくる。

「殺刃鬼はなんで不死者を殺したんですか?なにか意味があるんですか?」

 それに対し刃はなにをわかりきった当たり前のことをと言うようにめんどうそうに答えた。

 

 

 

「意味なんてねーよ。たかが殺しに理由はあっても意味なんか無い」

 

 

 

「じゃあ理由は?」

 ふいに横合いからアリアが割り込んできた。

 少し考えた末刃はこう答えた。

「殺したかったから・・・。まぁ他に強いて言うなら世界平和のためですかね」

 ――気が向いちゃったからしょうがない。

 と誰にも聞こえないように嘯いた。

 

 

 

「あれじゃないわよ?」

 

 

 

「・・・あん?」

 アリアの言った意味が分からず思わず間抜けずらで聞き返す刃。

「だから・・・、『契約』の敵は不死者じゃないわよ」

「・・・・・・マジ?」

「マジ」

「・・・そーなのかー」

 もう全身で気力がなくなったというような雰囲気をかもし出しながら気だるそうに帰路に着く刃。

 こうしてなんのためにこんな事件が起きたのか、関わった人全員がわからないまま己の都合だけで殺し騒ぎ戦い遊んだ事件は、全容を知ろうともされないまま幕を下ろした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

                

                〈閉幕〉

 



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幕裏 蛇足あるいはあらすじ

 5月1日。

 ゴールデンウィーク前半最後の日、午前十一時半頃。

 俺は休日なのに珍しく起きていた。

 普段なら昼過ぎまでグースカ安眠惰眠を貪っているので昼前に起きているのはかなり久しぶりだ。

 しかし健康的(?)に起きること成功した俺のしていることといったらとても不健全な18禁ゲーム。

 いや、そういうシーンはほとんどとばしてるから感覚的には小説を読んでいるのと変わらないけど。世の人はそれがわからないらしくエロゲーというだけで侮蔑したり軽蔑している。

 これは何にでも言えることだし、だからこそよく言われてることだけど――よく知りもしないくせにわかったように批判するのは間違いである。このフレーズは本当にそのとおりだと思う。・・・それと同時にそんなことを言ったら誰も何も言えなくなるとも思うけど・・・。

 ところで話は変わるが俺は小説でもエロゲーでも一度終った物語(もの)を無理やりにまた再開させる後日談、所謂アフターストーリーというものは余計だと思ってる。終わりというものは続きが無いから終わりであって続いているのならそれは終わりではない。だからソレは余分であり蛇足なのだ。

 ・・・まぁその蛇足の入った所謂ファンディスクを普通に俺は買うけどな!余計だと思ってるだけで嫌いとは言ってない。

 閑話休題。

 だから今日この日掛かって来た電話で会話した内容・・・いや、もしかしたらここまでの――これからの事はすべて、これが小説なのだとしたら蛇足以外の何物でもないと思う。

 それでもいいと言ってくれる数奇な人だけ読むといい。

 こういう蛇足はきっとファンになった人しか楽しめないだろうから。

 

 

 

 ブブブブブッ!

「うおっ!?」

 びっくりした・・・。

 机の上に置いてある携帯がバイブになってるとビックリするよな・・・。しかもやってる物がやってる物だし?

 ブブブブブッ!ブブブブブッ!

 携帯はびっくりした俺を嘲うように鳴り続ける、どうやらメールじゃなくて電話らしい。

「まったく、誰だよ今いいとこなのに・・・」

 表示された名前をみる。

 ・・・ピ。

 さて・・・電話なんて掛かってこなかった、平和で平凡な午前ちゅ――。

 ブブブブブッ!

 ところで突然だが携帯でされるとウザいことっていうのうは数多く存在するけど、その最たるものは俺はワン切りだと思ってる。ただしただのワン切りではない・・・連続したワン切りだ。

 連続メールもウザいが連続ワン切りはその上を行く、なぜなら携帯は電話を最優先にするようになっているから。電話が掛かってきたらネットもメールもできくなる、これは果てしなくウザい。しかも連続で掛かってくるだけでもウザいのにさらにワン切り・・・これをやられると相手を殺したくなる。

 なぜこんな話を脈絡無くいきなり始めたのか・・・それは。

 ブ。ブ。ブ。ブ。ブ。ブ。

 今まさにやられてるんだよおぉ!!

 ウゼェ!ものすごくウゼェ!

 ブブブブブッ!――ピ!

「てめいいかげにしろ!!」

 しばらく続いたワン切りにキレていた俺は誘うように普通になった電話につい出てしまう。

 罠だと分かっていたのに。

「うふふ、まったくおまえはいつでも元気がいいなぁ。兄の声が聞こえたのがそんなにうれしいのかい?」

「だまれ。俺に兄なんて居ない。とく変態の兄など断じて存在しないっ!」

 怒鳴り声を物ともせずに平然と帰ってくるイケメンボイスにさらにイラッときた。

「嘘はいけないな。この遠視(とおみ)不在(ふざい)、あのときからおまえの――おまえ達の兄じゃなかったことなんて一度もないよ」

 ――今でも昨日のように思い出せるよ僕らが『家族』になったあの日を、おまえの言ったことをね。

 そんな風に不在は慈しむように言った。

「・・・このファミコンやろうが!」

「うふふふ。褒め言葉にしか聞こえないよ」

 ちなみファミコンとは某ゲーム会社の元祖家庭用ゲーム機ではなく、ファミリーコンプレックスの略。簡単に言えばシスコン、ブラコン、マザコン、ファザコン、すべてを兼ね備えた究極の家族大好き人間の称号。

 つまりは変態。

 まぁそれはさておき。

「んで、何の用だよ。ただ雑談したいだけなら切るぞ・・・電源(えん)を」

「うふふ、まったくテレ屋だなぁ・・・。まぁこのまま延々雑談してたいところだけど、本題に入らせてっもらうよ」

 やっとか・・・、何でこう俺の周りは本題に入るまでの前フリが長い奴ばかりなんだ(おまえが言うな)。

「話というのは他でもない、おまえが原因で起きた今回の事件のことだ。危うく『内包研

究室(ラボ)』全体にバレる所だったんだ当然だろう?」

 ・・・そういや、『研究室(ラボ)』の二人組みにバレたから、事件に参加したんだったな・・・忘れてた。

「ていうかバレたのは俺が原因じゃねーよ。つかなんで知ってる・・・」

「うふふ。お兄ちゃんは何でも知っているのさ」

 キモイ。

 しかもちょうど俺がやってるゲームのヒロインの口癖を真似てきやがった・・・!一番好きなキャラだったのに・・・!

「それにおまえが原因なのは事件であってバレた云々は関係ないよ――失態を犯した咲夜ちゃんにはちゃんと罰を与えたしね――そもそもおまえ達は今回の事件ちゃんと分かってないし、知ってないだろう?」

 たしかに知らない。

 興味が無かったし、俺はただ殺したい奴を殺しただけだ。

 余分な情報は必要ない。

 意味なんか無い。

 関係も無い。

 殺人に――殺刃鬼(おれ)にそんなものは必要が無い。

 だから知ろうともしなかった。

「これが小説だとしたらおまえは主人公失格だし語り部としても失格だ。いや、複線どころか物語の筋すら虫食いだらけじゃあ小説としても失格かな・・・?」

 まぁそうだろう。

 しかも降りた幕の後ろ側で語られたら観客(どくしゃ)にとってはいい迷惑だろーな。

「うふふ。まぁ安心しなよ、これは現実だし現実はこんなものだ。何かか起きたとき、すべてを知ってから解決なんてほとんどない。大抵はいつの間にか幕が下りていて、その裏でようやく事実を知ることになるし、知らないままに終ることも少なくない」

「じゃあ俺が知らなかったところで――知ろうともしなかったところでべつにいいじゃねーか」

 よくあることでいつものことなんだから。

「いや、今回はおまえは・・・おまえだけは知っておかなきゃいけない――何せおまえが原因で起きた事件なんだから。でも安心しなよ、お前は悪くないしおまえに罪はない」

「いやいや何言ってんだよ。罪ならあるだろ、人殺してるぜ?」

「・・・・・・それとは別にということだよ、原因としての罪は無い、ということさ」

 ふーん、原因としての罪・・・ね。

 

 

 

 それこそ(・・・・)いつもの(・・・・)ことだろうに(・・・・・・)

 

 

 

「それじゃあ今回の事件のあらすじを語り、おまえの罪の不在を証明しよう」

 ――うふふ、安心するといい、僕は神の不在すら証明するからね。

 

 そんなこと知ってるよ、俺の兄貴はこと情報に関しては頼りになるからな。

 ・・・調子に乗るから言ってやんねーけど。

 

 

「それじゃあまずは、今回僕達『家族』の明確な敵だった研究室(ラボ)の二人組み――いや三人だったかな?――から語ろうか。

「今回、彼らは事件に便乗した形であり、また、不始末を片付けに来たのさ。彼らの目的はおまえが殺したモノ――脱走した不死者なのだから。

「彼ら研究室(ラボ)にとって『死なない不具合』の彼は魅力的で都合のいい研究対象であり実験材料でありモルモットだったわけだ。そんなおいしいものを逃がすわけがない・・・まぁ逃げられてるけどね。

「そしておまえの街に不死者を追ってきて、咲夜がバレちゃったというわけさ。

「他にもおまえの街はいろいろ居すぎだからね、研究室(ラボ)にとって正に宝箱であり玩具箱だ

からね。まぁそのおかげで報告を忘れてたみたいだから助かったわけだよ。

「うん?逃がしたの研究室(ラボ)なんだから俺が原因じゃないだろって?うふふ、いやいやそんなことはないよ、不死者――彼もまた明確な目的があっておまえの街にやってきたんだから。ただ逃げるだけなら事件を起こす必要がないからね。

「というか、おまえ事件の発端を憶えてないだろう・・・。今回の事件は彼が街の人間達をおまえ達が死人(しびと)と呼んでいるモノにしたからだろう?

「――ああ、そうそうあの人外に正式名称なんてものは存在しないが、研究室(ラボ)死人(モドキ)と呼んでいたよ。僕もこっちの方が正しいと思ってる、あれは正に擬きだ。人間擬き、死体擬き、不死擬き――不具合擬き。滑稽で哀れななりそこないだよ。

「まぁそれはさておき。

「彼の目的は僕よりも実際に殺しあって――『終らせた(ころした)』おまえの方が知ってるんじゃないか?・・・そう――死ぬことだ。結局叶うことはなかったみたいだけどね。

「彼は死ぬために街に来た。

「『死なされ(ころされ)』に来た。

「何故そんなことを思ったか。ソレはここで語るべきじゃないし僕が語るべきじゃないから省略するよ。

「ともあれ彼は死にに来た。

「     死に場所ではなく。

「       死因を求めてやってきた。

「その方法が――厳密には違うけど――死人(モドキ)の作成、撒布というわけさ。

「どういうことかわからないって?まったく、せっかちな男は嫌われるよ、僕は好きだけど。『家族』を嫌うわけ無いじゃないか。

「アレは挑発だよ、吸血姫――世界の愛娘たるアリア・クレセントに対してのね。

「そして彼女に『死』を与えてもらおうと思ったんだろう、藁にもすがる想いでね。

「あの死人(もどき)は吸血鬼が作る奴隷によく似ている。だからこそおまえの街にいる教会のシスターは吸血姫を最初容疑者として追っていたのだから。

「そしてほかの吸血鬼に対してはあまり有効ではないが――アリア・クレセントに対してはかなり有効な挑発になる。

「アリア・クレセントには様々な通り名、二つ名があるがそのうちの一つに『同族殺し』というものがある。その名とともに彼女は眷属を作らない、奴隷すら作らない吸血鬼としてそれなりに識られている。

「そんな彼女が、手当たりしだい見境なしにやっている、という疑いが掛けられるのは我慢ならないだろう――本来ならね。

 

 

 

「でも彼女は我慢した。

 

 

 

「おまえに会うことの方がよっぽど大事だったんだろうね。

「というかおまえは子供の頃から何をやってるだよ・・・。咲夜ちゃんから聞いたよ、そのうち刺されるんじゃないか?

「相手が。

「まぁ妹に手を出さなければ僕はどうでもいいけどね。むしろ応援するよ。

「・・・おっと、話がずれたな。どこまで語ったかな?・・・そうそう吸血姫はおまえに会うのがなにより大事ということだったな。

「うん?そこはズレてないよ。むしろ今回の肝だ、なにせこれがきっかけだからね。

「知っているとは思うけどアリア・クレセントおまえに会いに来たんだ。幼い頃に契約を交わしたお前に。

「――そうソレが原因。おまえが彼女とトモダチになってしまったのが原因なんだ。

「今回の事件はまるで鬼ごっこだよ。

「アリアはおまえを追いかけ、それを不死者が追いかけ、さらにそれを追いかけたのが『内包研究室(ラボ)』、そして俺達『家族』が探す。

「おまえは中心には居なかったが――それでも引き寄せたのはおまえなんだ。

「しかし、どううだろう?幼い頃にトモダチを作るのは罪じゃないだろう?

「『家族』を作るのが罪じゃないように。

「だから今回もおまえは悪くない。

「他の誰がなんと言おうと――おまえがなんて思おうと、

 

 

 

「お前は悪くない。

 

 

 

「俺が――『家族』が保障するし証明するし、肯定しよう」

 

 

 

 

                     ”  ”

 

 

 

 おまえの罪の不在を証明するよ。

 そう言って不在は語り終えた。

 まったく持ってお節介である・・・勝手なことばかりいいやがって。・・・まぁでも家族だからしゃーないか。

「うん、だから妹達と弟達――もちろんおまえもいれて――の入浴写真を撮ってきてくれないか?だいじょうぶ!おまえに罪はないから!あとちゃんと盗撮ポイント調べてあるか――」

 ピッ!

 ・・・やっぱり俺に兄なんていない。少なくとも変態の兄貴はいない。

 携帯の電源を切り、ふと時計を見る12時半過ぎを長い針と短い針が刺し、秒針が歩くように時を刻んでいる。

 ・・・そろそろ来るかな?

 今日は雫とちょっとした買い物行く約束をしている。俺が早起きしたのは決してエロゲをやるためじゃないし、ましてや変態と話すためじゃない。

 ピンポーン。

 と珍しくインターホンが鳴る。鳴らした相手は誰かわかっている。

 さてお姫様にエスコートされて出かけますかね。

 ――死ぬことが出来る俺は生きることを楽しまなきゃいけない。

 鞄を持ち玄関を開ける。

 ――いつか終るその日まで。。

 ――俺は月と――先に旅を終えたどこかの先達にそう誓った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

             

〈続かない〉

 




完結ではないですが・・・、これ最初から全部書き直したいんですよね・・・。
これは作者が初めて書いた小説なんですが・・・、今見ると酷いの何の。ですので2章を投稿する前に一度全部書き直します。
・・・まぁ当分先ですが。


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