チャラ男が失恋中の女の子にどしたん?話聞こうか? と優しく声をかける話 (松風呂)
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1話 うち近くだから来なよ

タイトル詐欺


「おっ、夏樹ちゃんじゃーん! こんな昼間から何してんの? 買い物?」

「……気安く下の名前で呼ばないでよ」

 

 桜はとうに散り終えて、梅雨明けの爽やかな風を肌で感じる休日の大通り、俺は秘かに狙っていた同級生の夏野夏樹に声をかけた。

 

 見かけたのは偶然だった。とんだラッキーイベント。俺が街に行くのはデートの時がほとんどだが、偶には一人で来てみるものである。

 

「今暇? 良かったらデートとかどう? バイト代入ったから奢るよ!」

「うるさい、静かにして、というかあっち行ってよ」

 

 はて? 断られるのは彼女の直情的で勝気な性格から予測することは出来ていたが、何故こんなコソコソと人目を憚りながら街を歩いているんだ? ……ははーん、合点がいった、成程ね。

 

 彼女の視線の先には仲の良さそうな男女が居た。両方とも同じクラスの友達だから三人の関係性も勿論知っている。つまり。

 

「夏樹ちゃんは達郎の事が好きで、雪子ちゃんとは親友だもんね、そりゃ二人がデートしてたら気になって尾行もしたくなるか」

「は、はぁ!? 何言ってんの!? べ、別に私は達郎の事何とも思って無いし、あいつが雪子に不埒な事しないかどうか、幼馴染として監視してるだけだから!」

「はいはい、テンプレテンプレ、そういうことにしとくよ」

「何よその自分は全部分かってますって顔! やめてよね、本当そういうのじゃないんだから!」

 

 静かにしてとか言っといて、大声で喚きながらぽかぽか殴りかかってきた。そして全然痛く無い。実家の方で飼ってる猫のパンチの方がまだ痛いような気がする。

  

 にしてもこの令和の時代によくぞこんな絶滅危惧種みたいな性格に育ったな、親御さんの教育方針が見てみたいわ。

 

「痛いって、ごめんごめん謝るよ! あ、ほらほら、二人が映画館入ってくよ、早くついて行かなきゃ!」

「え!? わ、ほんとだ!」

 

 俺の言う通り、うら若き男女は映画館に入って行った。初々しくて良いね、個人的にはデートに映画館って中学生くらいまでだろうと思う。

 

「夏樹ちゃん後ろの席取っとくよ、あいつら真ん中らへんの席だったの見えたし」

「ありがと! ……じゃないっ、何で私があんたと二人で映画見なきゃならないのよ!」

「まーまー、もうチケット二枚買っちゃたし、ね?」

「ぐぬぬ……、言っとくけどこれは監視だから、デートじゃないから、間違えないでねそこのところ、はいお金」

「いや奢るよ。俺女の子に金を払わせたこと一度も無いから」

「あんたの自慢風軽薄男エピソードはどうでもいい、私があんたに奢ってもらうのが嫌なの、受け取らなかったらまた殴るわよ!」

「ならお言葉に甘えて、痛いのは嫌なので」

 

 映画は約三時間に及んだ、呼吸も出来ないくらいの怒涛の展開の連続、ジェットコースターのような緩急溢れるエピソードに俺のハートはブロークンだった。まるでスッポン鍋を初めて食べた時の様に、全身が熱くなり身体も魂も、ただただ震えた。頬を伝うこの冷たさは涙、お、俺は泣いているのか!?

 

 名作だ。圧巻のスペクタクルファンタジー超大作だった。

 

 スタッフロールが流れる中、ふと隣を見ると夏樹ちゃんがハンカチで涙を拭きながらすすり泣いていた。こいつめ、この映画の良さが分かるとは中々センス良いじゃないか、褒めてつかわす。

 

 そんな訳で観終わった。感動の余韻を感じている中、相変わらず監視という名の尾行は続き、次は大衆食事処に入った二人を見届けつつ、やや遅れて俺達も店内へと入って行く。

 

「いい加減に帰りなさいよ。何で休日にあんたの顔見ながら食事しなきゃなんないのよ……」

「俺は夏樹ちゃんの可愛い顔見ながら飯食えて凄い嬉しいけどね」

「うわっ、夏なのに寒っ、誰にでもそんな事言ってんの? そういう口だけ軽い男って私嫌い」

「誰にでもじゃないよ。本当に俺が可愛いと思った女の子にしか言わない。夏樹ちゃんは誰よりも可愛いからつい口から出ちゃっただけ」

「寒い寒いっ! やめてよ背中がぞわぞわするっ!」

 

 うーん、反応が芳しくない。普通の女の子は手放しでも顔をベタ褒めされたらそこそこ喜ぶ筈なんだがなぁ、心理学でいう所のなんとか効果ってやつ、覚えてねーわ。あ、ちなみに俺みたいな超絶顔が良い男限定だけどね。

 

 中々美味かった食事の後は、彼らはショッピングへと足を運んだ。まー基本的なデートプランって感じだね。

 

 しかしレディースである。鈍感朴念仁の達郎君には試練だと思う。ほら案の定あたふたしてるもの、可哀相に。

 

「あ、このスカートとか夏樹ちゃん良いんじゃない? 値段もお手ごろだし、買いだと思うな」

「悔しいけど確かにちょっと良い……、にしてもあんた慣れ過ぎじゃない?」

「まーほら俺って女の子の笑顔が好き系男子だし? 必然こういうとこはよく来るわけよ」

「はいはい、軽い軽い、まるでヘリウムガス」

 

 その後メンズの方も回り、しばらく街を散策した二人は、行きついた公園のベンチでゆっくりと休みながらクレープを食っていた。

 

「もう良いんじゃない? 天気も悪くなってきたし撤退ってことで。ありゃ完全に相思相愛の仲良しカップルにしか見えないし、これ以上は無粋ってものでは?」

「……うるさい」

「あの様子じゃ達郎も別に無体なことはしないでしょ、そのへん付き合いが長い夏樹ちゃんが一番分かってるんじゃないの?」

 

 尾行にあやかって夏樹ちゃんと初デート出来たのは嬉しいが、そろそろ俺も辟易してきた。あんまね気分が良いもんじゃないのよ、楽しそうな男女の様子を盗み見るって。

 

「うるさいってのよ! あんたみたいな軽薄男には分かんないでしょうけどね! 私はずっと前からあいつのことが――」

「あ……」

「え……?」

 

 視線の先、仲睦まじい男女二人は重なった。端的に言えばキスしていた。往来の場だが通行人が居なかった絶妙のタイミングである。

 

 うわ、同級生が肉体的接触込みでいちゃついてるとこ見るのって思ったより結構嫌なもんだな。変な罪悪感と生々しさが在るわ。

 

「……っっ!」

「あ、ちょっと!? 夏樹ちゃんどこ行くの!」

 

 苦々しい顔で、一目散に駆けだす彼女を俺は一応追いかけた。

 

 ま、ショックだったのだろう。完全に一撃KOって感じだ。青春漫画みたいな恋愛三角関係、誰かが勝てば、誰かが負ける。今回の敗北者はそれが目の前でポニーテールを左右に揺らす全力疾走彼女だったわけだ。てか足クソ速っ、伊達にアスリート系女子じゃないな。

 

 空は完全に黒く染まり、彼女の悲しみに呼応するように、雨まで振って来た。勘弁してくりくり~(唐突なクリボー召喚)。

 

 傍目から見ると、追われる少女と追いかける少年に見えることだろう。間違ってはいないが通行人諸君、通報は止めてね。

 

 彼女の足が止まる、気付けば街を一周した模様、だって着いたのはさっきの公園だもん。疲れました。

 

 雨のせいだろう、あの二人はもうここに居ない、俺は折り畳み傘を取り出すと彼女の頭の上にそっと差し出した。

 

 擬音がそこかしこに奏でられている。ざーざーとか、ぴちょぴちょとか、げこげことか、そのへん。

 

「はっ、笑える。そりゃそっか、誰だって私より雪子を選ぶわ、そりゃそーよね」

 

 なんか一人で語り始めた。いやそれは流石に冷たいかな、この場には俺しかいないし、半分くらいは俺に言ってるのだろう、もう半分は自嘲してるのかな?

 

「そんなこと無いよ、達郎にとって夏樹ちゃんが近すぎて見えなかっただけだろ。傍目から見てると世話焼きの姉と、優しい弟って感じだったもの」

「相変わらず口が上手いわね、そんな風に慰められても……、べ、別に……ぅくっ……」

「えーと、取りあえずここで雨に濡れてるのもあれだし、俺の家直ぐ近くだからさ、着換え貸すよ」

「ひ……っ、べ、……別にっ……ぅぅ……要らない、電車で、ひっく……帰るもんっ……!」

「いやそんなびしょ濡れで電車入ったら乗客が迷惑だろ、おまけに泣いてる女の子を放っておける男じゃないの俺は、はい論破。とっとと行くよ」

 

 そう言って、彼女の手を引いて歩いていく。もちろんこれ以上彼女が濡れないように傘は差しだしてだ。心が弱っている彼女は反論もすること無く、黙って俺と共に歩きだした。

 

 しかし、なんだな、あれだよ。

 

 キターーーーーーーー!!!

 

 半日以上も潰した甲斐があったというものである。まさかこんなに早く夏樹ちゃんを頂く機会が回ってくるとは、思いもよらなんだ。

 

 普段ガード力100%を誇るくらい固い彼女の城壁、それが今、失恋のショックでめっちゃ弱ってますよ。完全にヤれる。彼女は俺の家という単語を聞いて、多分一軒家&休日だから他の家族も居て安心だと考えた可能性はあるが、馬鹿めと言ってさしあげますわ。俺はペット可のマンションに一人暮らしなのさっ! 割と女の子を連れ込む機会が多い為、常にそういうことが出来るように準備も完璧である。

 

 というわけで、ものの数分でマンションへ到着。オートロック式の正面玄関から入り、エレベーターを経由し、未だすすり泣いている彼女を傍らに俺は最上階の部屋の玄関へと降り立った。

 

「ごめん、湯を沸かしたいとこだけど、シャワー浴びて貰っていい? あと終わったら俺も使いたい」

「ひっく……、ひっく……、分かった……ありがと……」

 

 しゃくりあげながら彼女はシャワー室へと入って行った。

 

 さて、ワンポイントレッスンの時間だ。ここで女の子を先にシャワー室へ入れるのはとても大事である。

 

 まず長風呂をさせては絶対にいけない、今の彼女は失恋ショックで前後不覚中、自分ではまともに思考出来ない状態である。これは時間が経てば経つほど平常時に戻ってしまう。冷静になった頭で考えたら、こんなクソみたいな軽薄男の家にいることの危険性を考え、すぐ帰ってしまう可能性がある。美味しく頂くつもりなら取れたての魚以上に鮮度が大事ってことだ。

 

 ここで、俺も濡れてて早くシャワー室入りたいけど紳士的に女性が先にどーぞ、等と気を利かせることによって、彼女は家主である俺に気を使ってなるべく早く出てくる筈だ。勿論理由はそれだけではないがそこはいつか説明しよう。

 

 微妙に生地の薄いジャージを脱衣所に置いた後、空調で部屋の温度を下げつつ俺はやかんで湯を沸かした。ココアを作っているのである!

 

 ココアは優秀である、まず温かい飲み物というのは出した人間の印象も良くする。早めのシャワー上がりで心も体も冷えている時に、例えばコーラ等のジュースなんて出すのは悪手じゃろ蟻ん子。

 

 そしてこの色と味の濃さ、何か盛っても全く気取られないのは本当に優秀である。ちなみに入れるのはアダルトコーナーにならどこにでも売っている様な魔法の粉、媚薬である。効果は身体が熱くなるだけの健全なものだ。

 

 昔某大学でカルーアミルクに目薬に使われてる薬品のアレ入れたりして、無理矢理泥酔させた女性をお持ち帰りする事件があったが、それに比べたらよほど健全だ。別に感度3000倍とかそういうファンタジーなわけでもない程度の効果だし、全く気付かれないというのは非常に良い。

 

 そんな準備を整えていたら、彼女はシャワー室を出た。5分程度か、相当早い。やはり俺に気を使ったのだろう。

 

「ここにココア置いとくから、じゃ俺もシャワー浴びるわ」

「……うん、ありがと」

「いえいえ」

 

 お礼は言葉じゃなくて身体で貰うから別にええで。

 

 しゃわわ~。(※擬音)

 

 はい、水浴び終了。彼女の頭の片隅には二人っきりの男女、部屋、シャワー上がりのキーワードで警戒心が多少上がっている筈である。

 

 ここで俺が上半身裸で登場なんてしたら、これはマズい! っとダチョウの様に逃げられてしまうのできちんと服は着ますよ。何故ダチョウ? と思った方は自分で調べろ。

 

 俺はテーブルの前でカーペットに座りながら、くぴくぴとココアを飲んでいる彼女の正面へ腰を落とした。よしよし、半分は飲んでいるな。

 

「落ち着いた?」

「……うん、さっきはごめん」

「え、どれのこと?」

 

 該当項目めっちゃあるんですけど。

 

「その……あんたみたいな軽薄男って、怒鳴りながらやつ当たりしちゃったことよ」

「そんなん言ってたっけ?」

「ふふっ、いいならいいわ、忘れて」

 

 ごめん。気を利かせたとかじゃなくてマジで記憶に無い。

 

「はー……、10年よ10年! こんな美少女が傍にいるのに、他の女の子になびくか普通? ほんと見る目が無いわ」

 

 さっきと言ってること違うなぁ、持ち直したんだろう。愚痴りだした。

 

「失恋の経験は初めて?」

「そうよ。胸が張り裂けそう、てか私ってやっぱり達郎に恋してたんだ、終わってから気付くなんてどうしようもないわね」

「案外そんなもんだよ。俺もそうだったし」

「え?」

「昔、ずっと好きだった子が居たけど、失恋しちゃってね。恋愛はそれ一回こっきり、そっからはもう全部どーでも良くなって、ナンパばっかするようになったんだ。おかげでこんな軽薄男になっちゃった。後の祭り」

「そ、そうだったんだ、人に歴史ありなのね」

 

 まぁ大ウソだけどな。共感性なんちゃらってやつだ。人は自分と似た体験談語られると親近感湧くからね。

 

 見事、下半身に正直な軽薄野郎のイメージを、過去に傷を負った少年のイメージにすり替えられたと思う。

 

 シロナガスクジラの一日の食事量が40トンで、コアラの一日の睡眠時間が22時間な事を考えると、俺が中学校卒業までにチョメチョメした女の子の人数が三桁以上なのも些細なことである。

 

「私も、なんか全部どーでも良くなってきた。あーあ、こんなことならせめて伝えれば良かった。後悔しか無いわ」

「ドンマイ、次の恋が見つかるよ。意外とすぐそばに転がってるかもよ」

「何それ。相手は自分だって言いたいの? ほんと軽い奴」

「てへへ」

「褒めて無いわよ、でも今日は本当にありがと、一人でいるよりいくらか救われたわ」

 

 穏やかな時間、カップの中身は既に空だ。彼女の身体の方は多少熱っぽくはなってると思うので、無理矢理に迫ればなし崩し的に関係に至れそうだが、なんとなくそういう事はしたくなかった。正直彼女との会話はどこか心地良い、恐らく彼女が分かりやすく俺に対する敵対心が段々薄くなっていって、言葉の棘が取れていく様を見るのが楽しいからだと思う。

 

「結局さ、あんたが私に優しくするのって、本当は身体目当てなんでしょ?」

 

 鋭い指摘が飛んできた。事実ではあるのだが、その問いかけはどこかぶっきらぼうだ。

 

「別に、好きにすればいいわ、なんかほんと、どーでもいい」

 

 返答を考える前に彼女の了承の言葉が飛んできた。自暴自棄、破滅願望、今の彼女に当てはまる言葉だった。

 

 ま、こんな打ちひしがれた女の子が目の前にいたらチャラ男のやることは一つである。

 

「ていっ」

「あ、痛っ!」

 

 ぺしっと頭を叩いてからの説教タイム。もっと自分の身体を大切にしなさいだとか、好きでも無い男の前で無防備に肌を晒すなとか、ありきたりな言葉を並び立てる。

 

「なんであんたにそんなこと言われなきゃなんないのよ。……ほんと意味分かんない」

「ナンパ道は女の子が考えるより奥が深いの、奥の細道なの、泣いている女の子を慰めるのは大事だけど、捨て鉢の子を笑顔に導くのはもっと大事なの」

 

 そんな訳で俺は据え膳を食わなかった。というより、ここで一回シてそれっきりの関係になるのはもったいないと思った。身体だけでなく心も欲しいと、そう思うくらいには、昨今珍しい絶滅危惧種系彼女に好印象を持ったのである。

 

 ともあれ、彼女はやがて冷静さを取り戻し「さっきのはあんたを試しただけ! やっぱ無し!」などと顔を赤くしながらのたまった。

 

 その後、落ち着いた彼女を駅まで送り届け、見事俺の休日はほぼ全部潰れた割には成果無しという恥ずべき結果に落ち着いたのである。ちゃんちゃん。

 

 

◇◇◇

 

 

 電車の中、夏樹は自身の心臓の鼓動が高鳴るのを感じていた。身体が熱い。思い当たるのは校内一の軟派男と噂されるあいつの顔である。

 

(な、なんでこんなドキドキしてるの!? ま、まさか嘘でしょ!?)

 

 彼女は自身の胸のときめきを、もしや自分はあいつに恋愛感情を抱いたのかと誤認しつつあった。実際はココアの中に入れた媚薬の効果が後から効いてきただけである。

 

 戸惑う彼女の心とは裏腹に、電車は進んでいく。ノンストップトレイン。彼女の恋の各駅停車は今スタートした。なんだそりゃ。

 

 

 

 




需要有りそうなら続き書く


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2話 オタクに優しくないギャルとか生徒会長とか

 

 青眼の白龍と真紅眼の黒竜はどちらも最高級にカッコいいデザインだと誰もが認めるところだとは思うが、俺はリボルバードラゴンこそが至高だと考えている。

 

 いきなり脈絡の無い話するなと言われるかもしれんが、つい視界の隅で決闘者達が「通行人はどいてた方がいいぜー! 今日この教室は戦場になるんだからよー!」っとばかりにカードゲームに勤しんでいたのを目にしてしまったからしょうがないだろう。

 

 夏樹ちゃんとデートしたのは二日前の話、日曜日を挟んで今日は登校日のお昼休み、俺はクラスの友人達数人と机をくっつけて弁当を囲み駄弁っていた。

 

「ねー見てよあれマジキモい、昼休みに机くっつけてカードゲームしてる、キモくない? わざわざ学校でやるなっつーの、キモすぎ……家とかでやれよ」

 

 一呼吸の間にキモいを三度も連呼する彼女の名は曾根田春香。染めた金髪、人を馬鹿にしたような態度、自称サバサバ系、着崩した制服と短いスカート、巨乳、等の特徴がある、一言で言えばギャルである。

 

「オタクって本当キモいわー、ねぇ宮本もそう思うよね?」

「あんこうの肝臓?」

「それはあんキモでしょ!」

 

 激うまギャグをかました宮本と呼ばれる謎の人物、その正体は軽薄イケ面クソ男、すなわち俺だ。因みに本名では無くあだ名である。理由はかの大剣豪である宮本武蔵から取られている、由来は俺が100人切りしたからだと噂で聞いた。わざわざ中学の同級生と被らない高校に進学したのにどっから広まったのやら……。

 

「はーキモ、キモいキモい、あんキモだわマジで、マジあんキモ」

「……ちょっと気にいってない?」

 

 別に誰に迷惑かけてるわけでもあるまいし、本人達が楽しいならいいだろ、ほっとけばいいのに。

 

 彼女はやたらと他人を貶めようとする傾向にあった。おそらくクラスのスクールカーストにおいて、自分が上の立ち位置にいると誇示したい思いが強いのだろう。何故なら彼女は高校デビュー系ギャルだからだ。本人に聞いたわけではないが、ほぼ間違いないと俺は確信していた。俺は天然物と養殖物の違いが分かるギャルソムリエなのだ。(あんキモ)

 

 個人的には彼女の性格はあまり好きではない、俺は平穏な学園生活を望む、事無かれ主義主張タイプの男なので、誰かれ構わず悪口と陰口を叩くのは少しどうかと思う。ならそんな女の子と何故一緒に仲良く弁当を食べているか、それは彼女が巨乳だからである。以上。

 

「てかそんなことよりもうすぐ期末じゃん、ヤバくね? 皆勉強してる? 俺前回の中間ヤバかったから、今回も赤点とるとマジヤバいんだよ!」

 

 一呼吸の間にヤバいを三度も連呼する彼の名は軽部軽男、茶髪、ピアス、サッカー部、無駄にハイテンション、が特徴的なクラスのムードメーカー的存在である。顔も整っているのでかなり女子には人気があるが、スポーツ推薦で入って来た弊害で学力の方は少し低め。

 

「あ、じゃあまた宮本の家で勉強会するのどう? 前回みたく!」

「それ良い! 春香ナイスゥ! 採用!」

「はい、決定!」

「って、家主である俺の意見は無視かーいっ!」

 

 俺のレベル一ケタくらいのツッコミに、ドッと場は笑顔に包まれる。今日も我が1年4組は平和である。

 

 そんな時、チャイムに似た音が鳴る、ピンポンパンポーン♪ てやつね。校内放送の内容は生徒の呼び出しだった。生徒会長の秋葉さんが職員室に呼び出されていた。昼休みも生徒会の仕事とか、大変だなぁと思う。国語力2の感想。

 

「秋葉生徒会長って昼休みも仕事とか大変よねー。いつも凛としてカッコいいし正直憧れるわ」

「な? マジでヤベーよな。しかも良家の子女で成績も常にトップとか、実際マジでヤベー」

「あはは、確かに」

 

 三度の飯より人の悪口が大好きな春香も流石に認めるくらいには、うちの高校の生徒会長は中々に凄い人だが、実は結構シャレにならない裏の顔を知っている俺としては苦笑い。知らぬが仏だな、皆せいぜい羨望の眼差しで彼女を見るといいさ。ま、自分は彼女の真の理解者っすけど?(彼氏面)

 

 とまぁ、そんな感じで昼休みも半分程度過ぎた頃、教室に待ち人来たる。ガラッと後ろの扉を開けて入って来たのは隣のクラス在住、夏樹ちゃんだった。

 

 一瞬クラス中の視線が集まるが、直ぐに元に戻る。どーせ達郎のとこになんか用事でもあるんだろと慣れている皆は気にも留めない。

 

「あ! 夏樹! どうしたの? ってか何で朝起こしてくれなかったんだよ! おかげで部活遅刻しそうだったじゃんかぁ!」

 

 そう発言したのは、黒の前髪が目にかかる程長い中肉中背の優男、達郎君である。彼は雪子他友人達と仲良く昼食を食べながら、彼女にそう言った。

 

 夏樹ちゃんは達郎の言葉を無視し、俺の方へと視線を向けてきた。おう兄ちゃんちょっと面かせや、とでも言うように指をくいっくいっと俺に向けてくる。

 

 俺は机の脇に掛けておいた紙袋を持つと、飯食ってた友人達に「ちょっと呼ばれたから行ってくるわー」と声をかけてから彼女の方へ向かった。

 

 彼らはアンビリーバボーと言いながら信じられない物を見る目で俺を見ていた。学年でもトップクラスに可愛くてガードが堅い上に幼馴染の達郎と良い感じになっている1年3組の夏樹ちゃん(長い)と軽薄男の俺(短い)が接点を持つとは皆が驚天動地だ。はっはっは、気分が良いぞ、もっと俺に羨望と驚愕の眼差しを向けるが良いっ!

 

 俺達は校舎裏へと足を運んだ。呼び出された理由は察してる、告白だろ? 嘘です調子乗りました。俺は紙袋を差し出す。

 

「はい、この前着てた服洗濯しといたよ。あ、ちゃんとクリーニングに出しといた。勿論下着は見ないように取りだしたから安心して」

 

 まぁ十中八九これだろう、この前夏樹ちゃんは俺の持ってたジャージ着て帰ったからずぶ濡れの私服は俺の家に置きっぱだった、敢えて連絡先を交換しなかったから直接俺のとこ来るしか無かったのである。

 

 教室であの日の話をするのは外聞が良くないので人気の無いところで話したい気持ちは察する乙女心というとこである。

 

「う……、あんたサトリ妖怪か何か? あの……、その節はなんとお礼を言っていいのやらで……」

「それより、あの後大丈夫だった? 正直凄い心配した」

「私の方はその、もう大丈夫、まだ時間はかかるけどかなりふっきれたと思う。一日付き合わせて本当にごめんね?」

「いやいや、こっちこそ映画と買い物は楽しかったし、親元離れて一人暮らしだからさ、あの部屋広くて寂しいから誰か来てくれるだけで嬉しいんだ」

「……そ、そういうもんなの?」

「そういうもんだよ、良かったらまたいつでも来てよ。てか折角仲が深まったことだし連絡先交換しよ? 友達として」

 

 ぐいぐいぐい、見えない擬音。俺は土俵際の力士の如く押せ押せだった。彼女とこれから友好的な関係を築いていくプランの内の一つ。素直に友達から始める。正攻法開始。

 

「まぁ連絡先くらい別に良いけど、迷惑かけちゃったし」

「マジ!? 凄い嬉しい! ありがとう!」

「大げさな……」

 

 てれれ~♪ 連絡先入手。文明の利器は偉大。ハッキリ言ってこれ無いと話になんないからね。

 

 交換後、彼女の方も持っていた紙袋を差し出してきた。袋内下の方に貸してたジャージが折りたたまれているけど、中にはもう一つ包みが入ってた。

 

「あと、これお礼」

「えっ?」

「プリン作ったから、お昼ご飯もう食べたでしょ? お口に合えばだけど……、宜しければデザートにでも……」

「ま?」

 

 おずおずとしながら差しだす彼女から紙袋を受け取る。手作りか、案外女の子っぽい趣味もってるなぁ。可愛い、ありがたく頂きます。

 

 折角だしここで食べて良いか聞こうとしたら(勿論味を褒めちぎる為)、俺らの前に一人の男子生徒が来た。

 

「夏樹! ここに居たのか!」

「え? 達郎? ……何よ」

 

 息を切らせながら現れた達郎君は俺と夏樹の間に割って入ると、俺の方を軽く睨みつけてきた。

 

 いやいやいやいや……、ちょと待てちょと待てお兄さん。

 

「宮本、夏樹とはどういう関係だ?」

「待って達郎君、何か誤解してる。ほら俺達比較的仲の良いクラスメートじゃん。ここは一つ冷静に……」

「夏樹も、どうかしてるぞ、宮本の噂知らないのか!? それなのに二人でこんな……、人気のないとこに来るなんて……」

 

 失礼な、俺とて流石に学内で不純異性交遊する程愚かでは無い。中学の頃誰も来ないと思ってた更衣室で行為(洒落)してたら教師にバレて親呼ばれたからね。いやあのときはマジで焦った。人生初の修羅場ってやつだった。それ以来軽はずみな濃厚接触は禁止してるのに! 風評被害だよ!

 

「達郎には関係ないでしょっ! それに宮本も別にそんな悪い奴じゃないし、噂だけで彼のこと判断しないで! 私のことなんてほっといてよ!」

「ほっとける訳無いだろ! 夏樹は俺の……大事な幼馴染だ! 万が一のことがあったら俺!」

「何よそれ! 私が誰と仲良くしてても私の勝手でしょ! 幼馴染だからっていつまでも私が傍に居ると思ったら大間違い!」

「誰と仲良くしても勝手だけど、宮本は駄目だ! 何でそれが分からないんだよ!」

 

 なんか始まった。

 

 口論してる。 

 

 放っておかれてるので、俺は石造りの段差に腰を下ろし、プリンを食べ始めた。スプーンついててくれて良かった。

 

 うげぇ、しょっぱい、さては砂糖と塩を間違えたな。こんなとこでもテンプレを外さないとは夏樹ちゃん本物やでェ……。

 

 いうて食べますけどね。折角の感謝の気持ちですし、料理は味じゃなくて心だから。ぱくぱく。

 

 プリンを食べ終わる頃には、口喧嘩も終わっていた。「勝手にしろっ!」っと達郎君は去って行った。

 

 まぁ彼の意見の方が正しい。普通にこんな屑男と女の子が一緒に居たら誰でも心配する。

 

「……ごめん、達郎も悪い奴じゃないの。只私の事が心配なだけで……」

「ん? 俺は言われ慣れてるし気にして無いけど。夏樹ちゃんこそ大丈夫? なんか達郎君と喧嘩になっちゃったし」

「大丈夫、じゃ、無いかも、……なんでこうなっちゃうんだろう。別にあいつと、こんな風になりたかったわけじゃないのに……」

 

 目に見えて気落ちする夏樹ちゃん。なんでこうなるか、その問いの答えとしては彼女が素直に会話出来ないからであろう。

 

 もう少し達郎君への好意を分かりやすく表に出せば、簡単に二人の関係性は変化しそうではあるが、敢えて俺は言わない。もし二人がくっ付いたら自室の枕を涙で濡らす自信があるし。

 

「五限サボる?」

「……は?」

「夏樹ちゃん辛そうだし、カラオケでもボーリングでもゲーセンでも付き合うよ。女の子は笑顔が一番」

 

 サラッと爽やかな笑顔で言った。少女漫画的テク。

 

 彼女は呆れたような顔をしてプッと笑った。

 

「ほんと、軽いわね、行くわけないでしょ」

「えー……」

「もうすぐ期末だもん。ちゃんと授業出るわよ」

「流石、真面目」

「あんたと違ってね。ちゃんと成績優秀者なの、私は」

「今度勉強教えてよ」

「いいけど、二人っきりは駄目よ。何されるか分かんないし」

「いや、噂と違って本当の俺は紳士でしょ? 何もしませんって……」

 

 そんな軽口を交わしながら俺達は校舎裏を後にした。まぁ少しは元気戻ったようでなにより。

 

 教室に戻った俺は友人達からの質問攻めと、達郎君の敵意満々の視線を浴びることになった。のらりくらりと回避しつつ、ちゃんと授業には出ましたとさ。

 

 放課後、まともな部員は二人しかいない部活に少し顔を出しつつ、この後人と会う予定が在る為、足早に俺は帰宅した。今日のバイトは夜からなので、それまで楽しませてもらおう。

 

 

◇◇◇

 

 

 そこそこ空調の効いた涼しい室内に肉のぶつかる音が響く。ひと際大きな嬌声の後、幾度目かも分からないその行為は終わる。

 

「宮本君は、この後アルバイトとお聞きしましたが、何時からでしょうか?」

「9時からだから、まだ全然大丈夫。ゲームしたかったらお好きに」

「良いのですか!? 是非!」

 

 先ほどまで俺と不純異性交遊を絶賛繰り広げていたのは、そういうのとは一番縁遠そうな俺の高校の生徒会長、紅葉院秋葉さんである。ちなみに俺が高校で唯一関係を持った女子生徒である。

 

 腰までかかる綺麗な長い黒髪と端麗な容姿、立ち居振る舞いはこれぞ大和撫子というような雰囲気で、住んでる俺が自分で言うのもなんだがこの洒落た近代的マンションには似合わない。

 

 彼女との出会いは二か月前に遡る。

 

 過去回想と暴走トラックは急に来るから注意しとけ。ほんわほんわ……。

 

 

 二か月前、俺は街でナンパした町子ちゃんを脇に連れながら、夜のホテル街を歩いていた。

 

 何故家に連れ込まないのかと思った人、ワンナイトラブはホテルが基本。お互いにどんな人間か完全に分からない状態で自宅の住所が割れるのは本当危険だから、相手が信頼に足る人物だと確信するまで家に連れ込まないように注意しなさい。

 

 そしていざホテルに入ろうとした時、俺の前方には長谷田高校一美人と呼び声高い秋葉生徒会長がっ!? なんと小太りのおっさんに肩を抱かれながらホテルに入ろうとする瞬間を目撃したのであるっ! ババーンッ!!

 

 まさかの偶然、とんだところを見てしまったと冷や汗を流す中、さらなる偶然が俺を襲う!!

 

「ちょっと!? お父さん! そんな若い子連れて何してるのっ!!??」

「えぇ!? ち、違うんだ町子!! これは、つまり……!」

「最低! 不潔! 娘くらいの歳の子とホテルに来て何が違うの! この変態親父!」

「ち、違う! 違う! というかお前こそなんだ! こんな時間に若い娘が!」

「はぁ!? どの口で説教できるのよ! お母さんにこのこと言うから! クソ親父!」

 

 なんとおっさんは、俺がナンパ成功した町子ちゃんの実父だったらしい。責める娘、弁解する父、失礼だがちょっと笑ってしまった。町子ちゃんは俺に謝りながら実父を連れて去って行った。

 

 その後、お互い相手を失った俺と秋葉さんは、なんか流れで俺のバイト先のBarに来ていた。俺は内心マジかよと思いながら、いつものごとく、どしたん? なんか辛いことあったの? 俺でよければ話し聞くよ? 等と秋葉さんにカシスオレンジを奢りながら問うた。

 

「つまり~~……、わらひはこんなこと好きでやってるわけではにんなjvにえかおえお……わかりますかぁ!?」

「成程、秋葉先輩は傷ついてるんだね。それは周りの皆が悪いよ」

「れっしょ~~??」

 

 一杯で酔っぱらった彼女の愚痴は一時間に及んだが、実にありがちだった。

 

 良家の子女として生まれた彼女は紅葉院家の長女として相応しくなるよう家族に押しつけられ、何事も常に一番を求められ続けてきた。生徒会長だとか家のしきたりとか、今の彼女はそれらの重圧に押しつぶされている状況だったのだ。

 

 簡単に言えば、神経集中させて積み上げたトランプタワー、もしくは世界記録挑戦中のドミノ、それが彼女自身であり、そういう綺麗な自分をぶっ壊したくなったらしい。

 

 それで思いついた先が援助交際。汚い親父と肌を重ねることで、いわゆる"悪いこと""取り返しのつかないこと"をしたかったらしい。

 

 うーん、成績良くても馬鹿女だなぁ。と素直に思う。

 

 でもこのまま彼女を家に帰しても、いつかまた同じことが起こりそう。ストレスとかプレッシャーとか、本人しかわからんもんだからね。

 

 てな訳で、ちょうど今晩のお相手が居なくなった者同士、俺は口手八丁で秋葉さんを丸めこみ、自宅に連れ込んだ後、初めてを頂いたのであった。完。

 

 正直中学での失敗のこともあり、同じ高校の人に手を出す気はあまり無かったのだが、どっかのおっさんに取られるくらいなら俺が頂く。もったいない。

 

 事が済むと、彼女にとって俺というのは中々最低の屑男として認識されたらしく、その後も相も変わらずストレスが溜まった時は、破滅願望持ちの彼女は俺の家に来て発散するようになった。ちゃんちゃん。

 

 過去回想終了。

 

 

「この殿方、紅葉院家の次期当主である私を悪魔の子ですって!? なんて無礼なっ!」

「あの……、秋葉先輩、ゲームですからね? 感情移入はほどほどに……」

「決して許しません。こんな屈辱、覚えておきなさい!」

 

 どうもゲームとかしたこと無かった彼女は俺の家に来るとこれをやりたがる。ぶっちゃけ俺に会いに来るというよりゲームに会いに来てるような気もしなくはないが、まぁ毎回俺の方も楽しませて貰ってるから良しとします。

 

「あ、今度来る時期末の過去問コピーとらせてもらっていいですか? というか中間の時同様、勉強教えて欲しいんですけど……」

「何ということですの!? もしかして、私は本当に悪魔の子!?」

「秋葉さーん!! 帰ってきてー!!」

 

 期末試験まであと二週間近く、まだ勉強しなくてもイケるっしょ(過信)。

 



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3話 期末試験前は忙しい

「宮本君、部室に来てくれるのは私としては嬉しいけど、もう期末試験一週間前だよ? 勉強はしなくていいのかい?」

「見て分かりませんか部長? 勉強はしているんですよ」

「ほう、これは驚きだ。掛けてる眼鏡、度が合って無いのかな? 今の君は一応文芸部らしく、部室に置いてあった本を読んでいる様にしか見えないな」

「活字に触れているんです。現代文の為に国語力を鍛えてるんですよ」

「成程、もっともらしい反論だ。その官能小説が果たして君の国語力をどこまで伸ばしてくれるのか実に興味深い。何点取れたか答案用紙が返却されたら是非ご教授願いたいね」

「"ベッドの上にいたのは生意気な雌だ。言葉は強気で態度は挑発的、だが心の奥底では背徳的な行為を期待しているのは彼女の股ぐらを見れば一目瞭然だった。眼鏡を通して覆い被さる男を気丈にも睨みつけているが……"」

「ちょっと待て、いきなり朗読するな」

 

 期末一週間前、俺は所属している文芸部の部室にて、部長の冬優奈先輩と部活動に勤しんでいた。俺は二人しかいない文芸部員の一人なのである。(幽霊部員は除く)

 

 自毛らしい薄い茶髪を三つ編みにしたキリッとした眼鏡が特徴的な、我が部の部長涼ヶ丘冬優奈先輩。俺は彼女に会いにたまに文芸部に顔を出すのだ。

 

 ちなみに試験前なので運動部は全て部活休みとなっているが、文化部はそのへん曖昧である。

 

 入学時、俺はなんなら帰宅部でも良かったのだが、長谷田高校はエスカレーター式の高校、つまりは大学付属校なので何かしらの部活には入っておきたかった。

 

 何故かと言うと、学部選びに関わってくるからである。大学受験者には少しピンと来ないだろうが、付属は高校卒業時、今までの高校生活の努力はポイント制で算出される。いや、創作では無くマジな話。

 

 卒論A評価 10点 部活地区大会4位以上 6点 学業成績A評価 10点 とかそんな感じ。点数が高い奴から優先的に学部を選べる仕組みなのである。

 

 説明が長くなったが、部活動は何かしら入ってるだけでも2ポイントは貰える。その為、実質帰宅部な生徒のほとんどは文芸部に名前だけ所属はしている幽霊部員なのである。

 

「君といいうちの妹といい、その社交性の高さは勉学に活かせないものなのか? もう少しきちんと勉強したらどうだ?」

「数学だの歴史だの勉強したって将来何の役にも立ちませんよ、学ぶのは保健体育だけでいいのに……」

「中学生か君は」

 

 ちなみに冬優奈先輩の妹とは俺のクラスメイトの雪子のことである。姉妹揃って可愛いが見た目も性格もあまり似ていない。理系な姉、文系な妹、陰と陽。

 

「ごほんっ、まぁなんだ、折角来たんだ、前作以上に推敲はしたので、出来ればまた読んでくれるとありがたい」

「待ってました!」

 

 文芸部で唯一真面目に活動しているだけあって、先輩は物書きを目指している。定期的に生まれる彼女の作品を、俺は読ませて貰っているのである。

 

「ちょっと今回は失敗したかもしれん、読者の求められているニーズに沿った作風に出来たか分からんし、描写も説得力に欠けるし、展開もご都合主義だし、もしかしたらまだ誤字脱字も残ってるかも……」

「毎回急に自信無くなるの作家病ですか?」

「さ……作家だなんてそんな、これでお金を稼いでるわけでもないのに大層な呼び名は止めてくれ……、い、嫌だなぁ宮本君はお世辞が上手くて……」

「めんどくせーなこの人」

「おっほん、批評は大歓迎だがオブラートに包みたまえよ、君のことを嫌いになりたくはないからな」

「ではありがたくお借りします、家でゆっくり読ませてもらいます」

「う、うん。よ、よろしくー」

 

 対人コミュニケーションにおいて語彙力は結構大事であると俺は考えている。それを鍛える為が理由の全てではないが、時間が在る際はそこそこ本は読むようにしている。それをふまえた上で言うと、あくまで素人目だが彼女の作品には才能がビカビカ光ってる。

 

 初めて先輩と会った時はこんな関係になるとは思っていなかった。

 

 最初の印象は文芸部に所属しているぼっちな真面目ちゃん。話してみると、根暗の癖に自己顕示欲はそこそこ高め、おまけに社交的な妹に劣等感抱いてるし、優しい言葉をかけてずぶずぶに依存させれば爛れた関係になれるかなとか思ってた。

 

 これが開けてびっくり玉手箱。適当に褒めようと読ませてもらった彼女の創作小説、これが面白い。

 

「どれどれ……? 『禁断の果実、義妹とのドスケベな日常~お姉ちゃんには内緒にしてね~』うーん良いですね。タイトルから既にエロスが滲み出てますよ」

「いや~そう? ありがちだと思うけどなぁ~? そんな褒められても別に嬉しくないよ~?」

「にっこにこじゃないですか。まぁ感想はまた来た時にでも」

「頼んだよ、もうすぐフランス書院の官能文学賞も近いことだし……」

 

 彼女の目指す頂き、それはエロ小説家である。

 

 今馬鹿にした奴表に出ろ。他人の夢を笑うなっ! 

 

 いつしか彼女の作品のファン第一号になった俺は、夢にときめけ明日にきらめけ! っと叫び出すくらいには部活動に対する意欲が湧いた。具体的には彼女を作家デビューさせることが今の文芸部と俺の活動方針である。

 

「部長、絶対行きましょうね! 甲子園!」

「えぇ……? 悪いが野球観戦は興味無いぞ?」

 

 

 ◇◇◇

 

 

 試験まで一週間、怒涛の勉強漬けが始まりを告げる! 

 

 月曜日、春香や軽男他友人達が自宅へ勉強会にやって来た。気付いたら皆でスマブラとかして終わった。

 

 火曜日、前日の愚行を猛省した俺達は再び勉強会を開催した。俺達は若さゆえの過ちを繰り返さないと固い決心をしていた筈だ。なのに気付いたら皆でマリオカートしていた。世界七不思議。これはマズイと思った若人達はゲーム機の電源を消した。これで勉強が出来ると思っていたのは甘かった。軽部がとりだしたのは参考書でも教科書でも無かった。そこにあったのはツイスターゲーム、人間は愚かだ。同じ間違いを繰り返す。俺達は盛り上がった。ラブコメ主人公のごとく春香とはくんぐほぐれつな事になったが、こいつやっぱかなりデカい。おそらくE~Gといったところか……。いや勉強せーや。

 

 水曜日、そろそろマズいと思った俺は秋葉先輩を自宅に呼んだ。俺の隣で丁寧に教えてくれる先輩の制服姿が可憐で、つい欲情して襲ってしまった。保健体育の実技なんてしている場合じゃねぇっ! 

 

 木曜日、待ちに待った。夏樹ちゃんとの勉強会である。

 

 夏樹ちゃんとの! 勉強会である! 

 

 彼女とは最近はウザがられない程度に連絡を取り合っている(プリンのお礼とか)。達郎君の事が好きだったことを考えるに、彼女は母性本能をくすぐる駄目男に引っかかるタイプだと思ったので、"ナツキえもーんっ! このままじゃテストで赤点だよー! 助けてー! "ってな感じの情けないメールを送ったら"仕方ないなぁ宮本君は……"とばかりに木曜に俺の家に来てくれることになっていたのである。ヤッタネ! 

 

 とまぁ大変嬉しかったしこれで二人の心の距離ももっと近づくと思っていたのだが。

 

「…………」

「…………」

「…………」

 

 カリカリとシャーペンを走らせる音と秒数を刻む掛け時計の音が良く聞こえる。開始30分程度、特に会話は無い。空気が重いとかそういう訳では無い。

 

 全員丸机越しに向かい合ってはいるものの、雑談も無く真面目に勉強しているのである。問題集を解いているのは三人の男女、俺、夏樹ちゃん、そして彼女の親友の雪子と書いてお邪魔虫と読む女である。

 

「雪子消しゴム貸して……」

「あ、うんいいよ」

「ありがと」

「……」

 

 勉強会、思ったよりガチだった。ゲームとか冗談でも言えない雰囲気である。

 

 取りあえず一旦休憩に入るまでは真面目に問題を解きます。歴史、倫理に関しては暗記だもの、やればやるだけ点数は上がるよ。

 

 古典と数Aに関してはマジでちんぷんかんぷんなので、心の距離とか言ってる場合では無く本気で夏樹ちゃんに教えを請うつもりである。俺は頭が悪いのだ! 西から昇ったおひさまは東へ沈むのだ! 

 

「お手洗いかりるわね」

「あ、はい」

 

 夏樹ちゃんがお花を摘みに行った。今がチャンス! 俺は雪子と顔を合わせる。

 

「お前案外良いとこ住んでんのな」

「よし、雪子、なんか用事出来たとか言って帰るんだ。俺はどうせなら夏樹ちゃんと二人っきりで勉強したい」

「やなこった、私前回の中間赤だったんだよ。夏樹に教えを請わなきゃなんねーのは私もだっての」

「軽部もそうだけどスポーツ推薦枠の奴等学力低すぎない? まだ一年の一学期ぞ?」

 

 涼ヶ丘雪子、達郎君とデートしてた女子生徒、同じバスケ部繋がりの夏樹ちゃんとは高校からの親友で、見た目は庇護欲をそそるタイプの愛らしい顔つきの少女であり、俺と二人っきりになりたく無かった夏樹ちゃん(地味にショック)が連れてきた共通の友人である。

 

「いやー持つべきものは文武両道の親友だな、ふふっ」

「……ほんとの親友なら普通達郎君に手を出すかなぁ」

「恋人ならともかく幼馴染じゃねーか。恋愛とバスケは速いもん勝ちだぜ」

「うーんぐうの音も出ない正論」

「只でさえあいつは競争率高そうだったからな、先手必勝!」

「へー達郎君モテモテなんだ羨ましい、……例えば?」

「幼馴染の夏樹、部活マネの女共、クラスの女子、生徒会繋がりで会長、あと姉ちゃん、皆に人気あるから誰に取られるか分かったもんじゃねぇ」

 

 ほとんど知り合いだった。

 

 一分に満たない短い時間、俺と雪子の若い男女は早口で恋バナっぽい会話をした。そこにロマンチックさは皆無である。どちらかと言えば情報の共有。

 

「なんか思ったより二人とも仲良さそうね」

 

 夏樹ちゃんが戻ってきた。ガニ股で煙草でも吸いそうだった雰囲気の雪子は姿勢を正した。彼女は猫被り気味な女なのである。

 

「あ、夏樹ちゃんもしかして嫉妬してくれた? 安心して、今俺の頭は君でいっぱいさ」

「微塵もそんな気湧かない、あと頭の中には目の前にある歴史を詰め込みなさい」

 

 俺が達郎君だったら「はぁ!? そんな訳無いでしょ勘違いしないでよね!」とか言われてたのだろうか。この軽くあしらわれている感じ、実はかなりショック。ずーん。

 

「ごめんね? 夏樹ちゃん、あのね、ここ……分からなくて……、教えて貰っていい?」

「ああ、ここ? 難しいよね。公式分かり辛いし、ここは……」

 

 雪子は小動物的な可愛さを醸しだしながらおずおずと夏樹ちゃんに教えを乞うていた。夏樹ちゃんは優しく教えている。普通に羨ましいけど、二人とも可愛いから眼福。片方演技派女だけど。

 

 俺も夏樹ちゃんに、目をうるうるさせながら「……教えて?」っとぶりっ子っぽく言ったら露骨にうゎっ……って目で見られた。道化は俺には似合わないってことだね(ポジティブ)。

 

 その後も真面目な勉強会は約2時間半に及んだ。時折夏樹ちゃんに優しく教えて貰ったり、休憩の合間に軽く夏樹ちゃんと雑談出来たり、たまに夏樹ちゃんに褒められたりと、中々充実した日であった。雪子? ああ、いたねそんな子も。

 

 夕飯は自宅で食べる二人を無理に引き止める訳にもいかないので、俺は紳士らしく少女達を駅へと送るのであった。

 

 俺の知識が上がった様な気がする♪♪♪ 

 

 

 ◇◇◇

 

 

 金曜日、テスト前最後の平日。今日の放課後の予定は秋葉先輩と過ごす。前回は俺の中に眠る悪しき者がつい目覚めてしまったが、実際彼女の教鞭は全国模試上位常連なだけあってメタクソ分かりやすい。是非とも今一度俺の先生になって下さいお願いします! 

 

「宮本君、言っておきますが、この前みたいなことしたら流石に私も怒りますよ?」

「申し訳ございません。倫理の勉強をしたせいです。旧約聖書では種の存続に伴わない行為は悪と罰せられたことを考えると、俺の遺伝子達を無駄にすることが耐えられなかったんです。オナンとエルが悪いんです」

「貴方は前回の行為で私に子供が出来ると思っているのですか?」

「いや、見くびらないで下さい、そんなヘマ俺がするとでも?」

「その時点で神の意に背いてますよ。貴方が創世記の登場人物なら多分処刑されてますね」

 

 頭良い人にしょーも無いボケしても素で返される。秋葉先輩が恐ろしい。下ネタもセクハラも通じないしこの人最強じゃね? 

 

 なんのかんの言っても面倒見が良くて優しい彼女は駄目な後輩である俺に勉強を教えてくれる様子、天使。

 

「いいですか? まずこの問題ですが……」

 

 秋葉先輩は俺の隣で丁寧に教えてくれた。肩同士が触れ合う至近距離、女性特有の柔らかさと鼻孔をくすぐるかすかな柑橘類の香り、問題集から視線を少しずらしただけで、彼女の整った顔が見える。重力によって垂れさがる長い黒髪はとても美しい。

 

「ちゃんと聞いてますか? 宮本君?」

 

 俺が少し見惚れてたからか、ジトっとした目で咎められる。

 

 ま、マズい、静まれ俺の中に眠る悪魔め! ……いやちょっとあっちも期待してるのでは? ……違う! 彼女は親切心で勉強を教えてくれているというのに! ここで前回同様理性が働かなかったら獣以下やぞ! 

 

「あ、それと、本日は泊まっても宜しいでしょうか?」

「…………!? 勿論構いませんよ。明日は休日ですしね。むしろ先輩の家の方は大丈夫ですか?」

 

 急な奇襲にもきちんと言葉を返すのはとても大事。

 

「ちゃんとお父様の許可は取っております。友人の家に勉強の為泊まりに行くと。着替えもアリバイ作りの方も万全です」

 

 計画的犯行だぁ……。ゲームしたいだけじゃないなこの様子は、顔がちょっと照れて赤い気がする。全くしょうがない生徒会長だぜ! そんなこと言われたらまずは全力で勉強あるのみだ。何故なら夜は長いんだからな。

 

 たまに厳しい秋葉先生にご指導頂きながら真剣に数学の問題を解いていると、俺のスマホが鳴る。チラッとLINEを見ると、相手はまさかの夏樹ちゃん。

 

 少しテンション上がりつつメッセージを読む。そこにある文章は俺の度肝を抜いた。目を軽くこすってもう一度読む。

 

 "急にごめん! 今日、泊まりに行っても良いかな? "

 

 心臓が跳ねつつも、俺の脳内はフル回転で動いていた。断るなんて選択肢があろう筈もないが、俺の隣では秋葉先輩が真面目な顔で問題集を解いている。

 

 ※バッティング 意味 同じ時点に複数の予定が重なってしまうこと。バットでボールを打つこと。

 

 

 



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4話 まさかうちの娘に限ってそんなこと…

 "急にごめん! 今日、泊まりに行っても良いかな?"

 

 それは、軽薄イケ面クソ男の元に、夏樹からのお泊りメッセージが届く、少し前の話。

 

 

◇◇◇

 

 

「あれ、帰ってたんだ? 今から夕飯作るね?」

 

 私の名前は夏野夏樹。今年の春から長谷田高校に通っている花も恥じらう15歳の少女である。バスケットボール部に所属し日々友人達と楽しく過ごしている。

 

 今日は期末試験前最後の平日ということもあって、ファミレスで雪子に勉強を教えていたら少し熱が入ってしまい、帰るのが遅くなってしまった。スポーツ推薦だから仕方ない部分はあると思うけど、彼女の頭はだいぶ壊滅的……いやいや、親友に対してなんてことを考えるんだ。人間誰だって得意な事と苦手なことはある。あれは雪子の個性、そう考えよう。

 

「お帰り夏樹、ずいぶん遅かったな」

 

 そう言葉を返してくれるのは私のお父さん、夏野圭吾だ。警察に勤めていていつも忙しそうなので、今日みたく夕飯時に家にいることは珍しい。

 

 夏野家は二人っきりの父子家庭なので、家事は大体私が担当している。お母さんは私が5歳の時に病気で亡くなった為、大変に思うこともあるけど仕方ないことと割り切れている、筈だ。

 

 ドラマなんかでよくある様に授業参観とか運動会とか、学校行事に親が来なくて淋しい思いをしたこともあるが、お父さんも忙しいなりに私に構ってくれていたので、特に親子間に溝とかは無い、良好でありふれた親子関係である。

 

「ごめん、友達と勉強してたら遅くなっちゃった。すぐ作るから……」

「友達って、……男か?」

「はぁ?」

 

 お父さんが神妙な顔してそんなこと聞くもんだから、つい変な声がでた。

 

「いや、夏樹、咎めるとかそういうつもりはないんだ。座ってくれないか? 少し話がしたい」

 

 なんだなんだ? お父さんはリビングのイスに掛けるよう促してくる。確かにちょっと帰るの遅かったけど、それは試験期間中にしてはってだけで、いつも部活ある時はこんなもんだけど。取りあえず腰かける。よく分からないままテーブルを挟んで親子対談が始まる。

 

「あのね、ちなみに女友達よ?」

「達郎君からちょっと聞いてね。夏樹が、えーと……、良くない友達が出来たって」

 

 ――っ! 今一番聞きたくない言葉がお父さんから出た。

 

 黒野達郎。私の幼馴染、そして私の……。

 

 達郎とは、家が隣なこともあって、気付けば一緒にいた、昔からずっと。おじさんもおばさんも素敵な人で、優しくて、温かくて、妹の凛ちゃんも私のことを本当の姉の様に慕ってくれていた。

 

 そんな達郎とは、校舎裏で口論したあの日以来、一度も会話していない。クラスも部活も違うし、朝起こしに行かないだけで、まるで繋がりが切れた様に会うことが無くなった。なまじ近すぎたせいで、連絡先は知っていても、お互いメールやLINEなんてしていない。

 

 直接私から会いに行かないだけなのに、それだけなのに。

 

「夏樹、お前には本当に悪い事をしてきたと思っている。仕事仕事で、お前のことは放ってばかりだったことは認める。済まなかった」

「……何よそれ」

 

 違うのに。お父さんを悪いと思った事なんて無い。お父さんなりに、お母さんが死んだ後も私のことを一番に考えてくれてたのはよく分かってるつもりだ。

 

「夏樹は真面目で、ずっと良い子でいてくれた。父親として本当に誇らしく思う。だけど」

 

「心配なんだ。大事な娘が、間違った道に進まないか、昨日だってその男友達と会っていたんだろう?」

 

「その、なんというか、お父さんも仕事上、悪い人をいっぱい見てきたつもりだ。優しい言葉で人を信用させて、善人を騙すやつもいっぱいいた」

 

「夏樹は良い子過ぎて、あまり人を疑うことをしないだろう? それは美徳だけど、大人になってくと、そういうわけにもいかないんだ」

 

「……これを言うのは複雑だけど、実はお父さんは達郎君と夏樹を応援してたんだ」

 

「もし、二人が一緒になってくれたらって――」

 

 バンッッ!! っと大きな音が鳴った。それは私が机を叩いた音だったらしい。

 

「私だってっっ!! そうなりたかったよっ!!」

 

 失恋の傷跡、それを抉られた気がした。

 

 怒鳴った。頭に血が昇る。手と足が震えて、怒りで自分が抑えきれなくなる。

 

「真面目だから、良い子だからって、今まで私の事放っておいた癖にっ!! 急に父親面して勝手なこと言わないでよ!! 今日だって昨日だってっ! 雪子と勉強しただけなのにっ!! 勘違いしないでよっ!」

 

 感情を吐き出して、大声で喚いた後はいつも後悔する。お父さんが、悲しい顔で申し訳なさそうに私を見ていた。

 

 ここに居たくない。きっと、止まらなくなって、もっと傷つける。

 

「っっ! 馬鹿っっ!!」

「夏樹!? 待ちなさい!」

 

 私は逃げた。達郎と雪子がデートしてた日と同じだ。こういう時、いたたまれなくなって、いつもいつも大事なことから目を逸らして逃げる。

 

 頭の中はぐちゃぐちゃで、何も考えられない筈なのに、卑怯者の私はこの後どこに逃げれば良いか、心のどこかで考えているのだ。

  

 走って駅に向かう間、スマホが何度も鳴る。多分お父さんだろうが、無視して走った。

 

 改札口に着くころには熱くなった頭はどんどん冷えていき、自分が今、家出した馬鹿娘だと理解する。家に戻りたくはないが、今は期末試験前、友達は皆家族が居るのに家に泊めてくれなんて非常識な事を言えるわけが無かった。

 

 それなのに、私は鳴り止んだスマホを操作して、同級生に連絡した。あいつは一人暮らしだから、なんていうのは多分言い訳で、私を絶対に慰めてくれる人に会いたかっただけなんだ。

 

 "急にごめん! 今日、泊まりに行っても良いかな?"

 

 本当に最低な女だった。自己嫌悪でどうにかなりそうな時、即座に返信が返って来た。

 

 "今どこ?"

 "電車でそっち向かってる。無理だったら断ってくれて全然良いから"

 "一旦、この前の公園で会いたい"

 

 

◇◇◇

 

 

「夏樹ちゃんやっはろー!」

「……ごめん。急に呼び出して」

 

 私が公園に着いた時、ブランコを漕いでいる軽薄男は既に居た。こちらの気も知らないでにこやかに笑っている。

 

 戸内公園、来るのはこの前達郎と雪子がデートしてた日以来、嫌でもあの時の光景が思い浮かんでしまって、ただでさえ落ち込んでいるのに私の心にさらに影が差す。

 

「で、何で急に家出したの? 親と喧嘩でもした?」

「えっ!?」

 

 泊めてくれとしか言ってないのに、出会いがしらにいきなり核心をついてくる。こいつの察しの良さはなんというかムカつく。成績は私の方が上なのに、人生経験で負けた気になる。おかげでつい言葉も棘っぽくなってしまう。

 

「……あんたのせいでね」

「成程、これが濡れ衣ってやつか」

「……お父さんが、私が最近夜遅いのは、男と会ってるからだって決めつけてさ。それと、まぁ色々口論になっちゃって……」

 

 多分本当に頭に来たのは、よりにもよって達郎とのことをお父さんが言ったから。それと、達郎が私とは話さない癖に、お父さんには告げ口みたいなことをしたから。それをこいつには言いたく無かった。

 

「夏樹ちゃん、こんな話を知ってるかい? ホステスと、それを口説こうとする客の話なんだけど」

「ちょっと待って、いきなり何よ」

 

 ブランコに座りながら隣同士で話す二人の男女。

 

 私が考えるのもどうかと思うけど、普通こういう時の男の子って相手を慰めてくれるもんじゃないの?

 

「客は言うんだよ。貴方が好きすぎて毎日夢に出てきてしまって仕方ない、責任とれって」

「……うん」

「そしたらホステスが、あらあらじゃあ出演料取らなくちゃって上手にかわすわけね」

「つまり何が言いたいのよ」

「え? つまり、夏樹ちゃんが俺の事ばっかお義父さんに話すから、嫉妬したお義父さんが夏樹ちゃんに怒って喧嘩になったってことだよね?」

「全然違うし! 今のたとえ話全く関係無いじゃない!? しかもあんたの話をしたの私じゃないし!」

「そうなの? じゃ誰?」

「それは達郎……って、ぁ……」

 

 少し口が滑る。出したくない名前を自分から出してしまう。

 

 しまったと思うより先に、私の正面に来た軽薄男はぽんっと両肩に手を置き、真剣な目で見つめてきた。こいつは顔だけは良いから少しドキッとする。

 

「まぁ何となくは流れが分かったし、泊まるのは全然良いんだけど、夏樹ちゃん本当はそんなことしたくないんじゃないの?」

「……馬鹿言わないで、じゃなきゃ駅跨いでここまで来ないわよ」

「そんな風に目をそらされても説得力無いんだけど」

「うるさい。泊めたくないならそう言えば? どうせ家に他の女でもいるんじゃないの? ……あっ」

 

 発言をしてからしまったと思った。

 

 本当に最低だ。私の事を心配してくれている友人にも八つ当たりして、また酷い事を言ってしまった。まだ仲良くなってそんな経って無いけど、こいつはそんな奴じゃないって、分かってるのに。

 

 自分が傷つきたくないからって周りを傷つけて、最低だ。最低過ぎる。消えてしまいたい。逃げ出したい。

 

 また逃げる為に立ちあがった瞬間、不意に身体が動かなくなる。

 

 その理由は、彼が私を正面から抱きしめたからだった。

 

「……えっ? あんた、何……してんのよ」

「ごめん、辛そうだったから」

「……別に」

「夏樹ちゃんが本当に辛いのは怒られたことじゃなくて、お義父さんを傷つけた自分が許せないんだよね?」

「……分かった風な事言わないでよ」

 

 それは懐かしい感触だった。誰かにギュッと抱きしめられるのはいつぶりだろう。

 

 小さい時、お母さんもお父さんも私が泣いていると、こうやって抱きしめてくれた。お母さんが死んでから、思えば私は誰かに甘えることが無くなった気がする。

 

 長く忘れていた他人の身体の温もりは、不思議と安心する。もしかしたら、心が弱ってる女の子見つけたらこういうことするのはこいつの十八番なのかもしれないと邪推しても、抗えない心地よさがあった。

 

「本当に辛くなったら、いつでも逃げてきて良いし、あの部屋くらいいくらでも貸すよ、俺が怖いなら近くの漫画喫茶にでも泊まるよ」

 

 耳元で、優しい言葉を掛けてくる。内容も吐息もこそばゆい。

 

「でも今回は、本当はお義父さんに謝りたいだけでしょ?」

「…………違うもん」

「分かるよ。夏樹ちゃんは素直じゃないけど、いつも一生懸命で優しいから」

「……ぅっ」

 

 私は辛くても怒られても怖くても、あんまり泣かないけど。こういうのは駄目だ、決壊する。慰めるのが上手いこいつっ。

 

「しょうがない、努力している人ほど周りからするとそれが当たり前になっちゃうんだよ」

「……うぅっ~~!!」

「夏樹ちゃんはずっと頑張ってきただけなんだよね? お疲れ様」

 

 泣いた。こいつの前で泣くのは二度目だ。前回と違って抱きしめられている。また不細工な顔を見せないように、腕を回して抱きしめ返しながら、肩に顔をこすりつけた。

 

 多分、こいつの言うことは的外れじゃ無い。私はお父さんに謝って欲しい訳では無かったし、むしろ謝りたかった。

 

 ただ、私のことが心配だっただけで、達郎のことだって悪気があって言った訳じゃない。むしろ悪いのは私だ。ここ最近のことを知らなければ、私と達郎の仲を応援するのは自然なことだったのだ。

 

「わたっ……ひっくっ……私が悪いのっ……全部私がっ……」

「これこれ、こんだけ優しく言ってもまだ分からんか、どっちが悪いとかじゃなくてちょっとすれ違っただけだろ。ええい、めんどくさい」

「お父さんごめんなさいっ……! 怒鳴ってごめんなさい~~!」

「ふぇぇ、こんな大きい娘を産んだ覚え無いよぉ……」

 

 

◇◇◇

 

 

 泣いて泣いて泣いて、無様な姿を散々見せた私は今、この男の背中にコアラのようにくっ付いて、夜の街道を彼の運転するバイクで移動していた。

 

 あれ? バイクの免許って高一で取れたっけ? 私は15歳で誕生日はまだだから……、確か16歳から取れたような。

 

「あんた、誕生日いつなの?」

「4月。祝いたかった? 来年まで待ってね」

 

 じゃあ大丈夫かな。初めてのバイクでちょっと怖いけど、運転慣れてそうだし、くっ付いてると凄い安心する。

 

 結局慰められて、家まで送られて、本っっ当に無様だ。試験前に何やってるんだろう。

 

 うるさいくらいの風が涼しくて気持ちいい。逆にバイクの音って思ったよりうるさくないんだなって思う。そう冷静に考えるくらいには、気持ちも落ち着けるようになった。少しは素直に考えると、全部こいつのおかげだと思う。

 

 正直、あのときの私ならいくらでも適当な事言って家に連れ込んで、それこそ色々出来ただろうに、この男に関しては、人は見た目とか噂だけじゃ分からないってつくづく思い知らされる。……それとももしかして私の魅力が無いだけ? そういえばこやつは雪子とも仲良いし、やっぱああいう大人しくてお淑やかで可愛い子が好きなのだろうか。

 

「あ、この辺で大丈夫、本当にありがとう」

「そう? どっか停めといて俺も家に行こうか?」

「ううん、そこまで迷惑掛けられないし、もう大丈夫、さっきお父さんには連絡したし」

「そっか。じゃお義父さんに宜しく、頑張ってねー」

 

 そう言って、軽く手を振りながら彼は去って行った。

 

 強がりじゃ無い。さっきまでこの世の終わりみたいに泣いていたけど、もう大丈夫だと自信を持って言える。我ながらちょっとチョロいと思うけど、切り替えが早いのは良いことよね。うんっ!

 

 

 家に帰ったら、お父さんは泣きながら叱ってきた。私は謝って、失恋の事も少し話して、チャラそうでチャラくない友人の事も少し話した。

 

 心配はいらないと真摯に伝えたからか、お父さんも私を信じてくれたし、私もなんだかまた泣けてきちゃった。

 

 流石に今日は試験勉強をする気は起きない、私達は出前をとった、ラストオーダーぎりぎりだった。意図したわけじゃないだろうけど、もし電車で帰ってたら間に合わなかった事を考えると、心の中で彼にもう一度お礼を言った。

 



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5話 屑男の独白及び解説回

誤字報告、感想、評価、お気に入り。ありがとうございます。




 "急にごめん! 今日、泊まりに行っても良いかな?"

 

 夏樹ちゃんからのメッセージ、これを読んで「よし、今晩の俺は3Pシューター三井寿だ!」などと有頂天ホテルになる程俺は馬鹿では無い。

 

 秋葉さんが来てる中夏樹ちゃんを俺の家に連れてきて、仲良く川の字で寝ましょうめでたしめでたし。とはならないのは明白である。

 

 泊まりたい? だが断る。なんてことも却下。これは夏樹ちゃんからのSOS、世界のどこかに泣いている子がいたらアンパンを届けに行く。それがナンパンマンのナンパ道だ。

 

 よって俺のとる選択肢は最初から一つ。いかにして印象を良くしたまま夏樹ちゃんを家に帰すか。この一点に尽きる。

 

 ダブルブッキングが起きてしまうのは事故だから仕方ない。その後出来ることをきちんとやる。これが大事。

 

 秋葉さんとのパジャマパーティーは誰にも邪魔させない! それがたとえ、愛する夏樹ちゃんでもだ!

 

 

「……どこかへ行かれるのですか?」

 

 制服から私服へ着替えると、秋葉さんから呼び止められる。ちょっと輪ゴム買ってきますとか適当な嘘は逆効果だ。多分女関係だろうと、彼女も察している。

 

「ちょっと、出てきます」

「もし、私が邪魔でしたら帰りますよ……? 宮本君の予定も知らないのに、急にお泊りだなんて、私らしくも無く浮かれてしまいましたね」

 

 淋しげに笑いながら思っても無い事を言う秋葉先輩、そんな彼女を安心させる為、力いっぱい抱きしめる。

 

「あっ……」

「一時間で戻ります。安心して下さい、只の別れ話です」

「え、そう……なのですか?」

「過去を清算してきます。秋葉さんの事、本気で好きだから」

「……分かりました。折角ですし、お夕食を作ってお待ちしています」

 

 あ、折角着替えたのに秋葉さんの香水の匂い移っちゃったかも、まぁいいや出る時リセッシュしとこ。

 

 

◇◇◇

 

 

 ブランコってこの歳になっても普通に楽しいの凄いと思う。そんな事を考えて漕いでいると……。

 

 目に見えて気落ちしている少女が公園に入ってくる。夏樹ちゃんだった。

 

 あら、すっごい落ち込んでる。元気が無いのも可愛いなぁ。挨拶を交わした後、事の真相を探る為調査団はアマゾンの奥地へと……。

 

「……お父さんが、私が最近夜遅いのは、男と会ってるからだって決めつけてさ。それと、まぁ色々口論になっちゃって……」

 

 夏樹ちゃんはまぁありがちな喧嘩理由を語った。表情は暗く、言葉も濁し気味だ。

 

 親と喧嘩した系家出少女を慰める場合、おおよそ男の取るべき行動は2パターンあってそれは相手の性格に依存する。

 

 相手の性格が屑な場合は簡単、その人の言う悪口に乗っかるだけである。「お父さんが悪い、私は悪くない」「そうかそれはお父さんが悪い」「でしょ!? この人私のこと分かってくれる! 素敵抱いて!」ってなもんだ。

 

 相手の性格が真面目で良い子な場合、そういう子は大抵他責にしないで自分が悪いと責め続ける。夏樹ちゃんはもろにこっちのタイプ。ブラック企業でひたすら頑張って押し潰されちゃうけど、会社や上司のせいにしないで自分が悪いんだと抱え込むタイプだ。

 

 そういう人は、玉虫色の答えで責任の所在を誤魔化しつつ、ひたすら肯定。褒める。ねぎらう。優しく接する。

 

 実際夏樹ちゃんは頑張り過ぎだ。連絡先入手してから彼女の私生活は少しずつ知ったけど、週6で部活、勉強もきっちりやって、家事もこなして、それを大変の一言で済ますのは普通に尊敬する。

 

「それは達郎……って、ぁ……」

 

 話していくと、おおよその流れは摑むことは出来た。

 

 俺が昨日夏樹ちゃんと雪子と勉強会したことが、達郎君に伝わって、それがお義父さんに伝わっちゃった模様。(超速理解)

 

 ちなみに誰が悪いのかはハッキリした。そう、雪子である。

 

 雪子め……、口を滑らせやがったな。昨日3人で俺の家で勉強会したのを達郎君が知っている理由、あの猫かぶり女から漏れたな。場を混乱させたい等と言う意図はないだろうけど、お義父さんに俺の印象が悪く伝わるのは勘弁。

 

 男勢二人組は夏樹ちゃんが心配だっただけだろう。まぁ気持ちは分かる。相手が俺だもの。みつを。

 

 男親ってのは娘が可愛いもんだ。しかも夏樹ちゃんちは父子家庭、変な虫が娘に摺り寄ってきたらそれは気が気でないだろう。でも下手に警戒されて、今後夏樹ちゃんとの仲が進展しても、彼女の家に行き辛くなるのは勘弁やでぇ!

 

「まぁ何となくは流れが分かったし、泊まるのは全然良いんだけど、夏樹ちゃん本当はそんなことしたくないんじゃないの?」

 

 俺は彼女の肩に手を置いて一点の曇りも無い綺麗な目で見つめながらそう言った。泊まるのは全然良くない。

 

 人狼ゲームで例えると「俺市民だから役職無いし全然吊ってもいいよ?」って言う人狼の気分だった。

 

「うるさい。泊めたくないならそう言えば? どうせ家に他の女でもいるんじゃないの? ……あっ」

 

 一瞬焦った。もしかして秋葉さんの残り香ついてたか!? しまった!? っと思ったが、言った彼女の方がしまった、という顔をしているのでホッと一安心。

 

 ハリネズミのように誰かれ構わず近づく人を傷つける彼女をぎゅっと抱きしめる。大丈夫、怖くない……。

 

 今日が肌寒い日で本当に良かったと思う。

 

 寒い時というのは人肌しかりココアしかり、温かい物というのは安心感を与えるものだ。クソ寒い冬の日、布団とか炬燵とかと結婚したいと思う時があるやん? それと同じで安心感と恋愛感情を誤認させるのはテクニック。

 

 ちなみに以前彼女が俺の家でシャワーを使った時、なるべく彼女の体温を下げようとしてたのもそういうとこが関係している。

 

 あとこの抱擁。実はドキドキ好感度チェックも兼ねている。拒否られるか、為すがままか、抱きしめ返されるか、実際告白と何ら変わりねぇ、拒否られたらこっちも泣いちゃうからね? 内心びくびくしながら俺は彼女を慰め続ける。

 

 やがて彼女は抱きしめ返しながら泣き始めた。嬉しい。泣き顔を出来るだけ見せないようにしているのがとても健気で可愛い。くそう家に持ち帰って慰めサックス(吹奏楽)したい。

 

 誰だって一度くらい近所の公園のベンチとかブランコでイチャついてる謎の男女学生達を見たことがあるんじゃなかろうか。それはまさに今の俺達の姿だった。

 

 彼女が落ち着くまで、泣きやむまで、俺は赤子を寝かしつけるように優しく背中をさすりつつ言葉を紡いでいく。

 

 よしよしって言いながら頭撫でるのは流石にキモいかな? やめとくか。

 

 

◇◇◇

 

 

 俺は親から譲り受けた魂のカタナ(車種)に乗りながら、密着した夏樹ちゃんを乗せて道路を走っていた。

 

 彼女の身体が俺とくっついている。柔らかな二つの膨らみを背中で感じる。早く家帰って先輩とスケベしたい。

 

 え? 免許取得後一年は二人乗り駄目だろって? 事故らなきゃええねん。今の彼女は心に深く傷を負った病人と同じ扱いだ。一刻も早い治療が必要なんだ。しっかり掴まってなぁ! 飛ばすぜベイベー!

 

 てか急がないと秋葉さんと約束した1時間が過ぎる。もし遅れたら俺が俺を許せない。時間に遅れる奴、女を泣かせる奴、子供に暴力を振るう奴、それらは俺が許せない3種の神器、だもんでタイムイズマネーだ。

 

 家までじゃ無く駅まで送る? それは薄情。いくら多少落ち着いたとはいえ泣きやんだばかりの彼女を一人放置するなんて極悪人である。

 

 やがて目的地近くに到着する。帰りのことを考えても、時間は大丈夫だ。問題無い。

 

 夏樹ちゃんからのお礼の言葉を受け取り、俺はクールに去って行った。その言葉と、君の笑顔が見れるなら、どんなことだって苦労とは思わないさ。

 

 

 

 家に帰ると、某文芸部部長が書くエロ小説に出てきそうなド変態生徒会長が裸エプロンで味噌汁をかき交ぜていた。

 

 エントリープラグが外れた俺は暴走した。幸せザックス(F○7R)が始まる。

 

 秋葉さんとのMIX(あだ○充著)は結構自分の立ち位置が難しい。彼女はSだったりMだったりと二転三転七転八倒、ころころ変わるからである。

 

 格式高い家柄で皆の見本になってる清楚で立派な自分が、俺みたいな屑男に壊されるのも、または彼女自身で壊すのも好きなんだろう。芋っぽい子が大ステージで踊るアイドルにあこがれるのとは真逆の欲求が彼女にはあるのだ。違う自分になりたいと思う事は誰にだってある。特におかしい話じゃ無い。

 

 磁石のS極とN極のように、S女はM男を求めるし、その逆もしかり。同じ性癖同士、反発し合うのは良くないので、俺達はオセロの石のように、状況によってお互いの色を変えていく。

 

 なんの話をしているんだって? つまりは只の惚気である。

 

 ふはは! これが皆の上に立つ生徒会長の顔か? ほらもっと鏡でよく自分を見てみろ! あぁそんな……嫌っ嫌っ!

 

 ふふっ! こんなに大きくして、期待してるんですか? ならちゃんとおねだりして下さいね? あぁ先輩こんなのらめっ! らめっ!

 

 そんな感じです。

 

 

◇◇◇

 

 

 やがて遊び人から賢者へとジョブチェンした俺は、就寝中の秋葉さんを見ながら物思いにふけっていた。

 

 議題は、幾度も世界を救ったり滅ぼしたりする元凶、すなわち愛についてだ。

 

 誰かを嫌いになるっていうのは分かる。何故ならそれは減点式だから。悪口言われたから-1点、暴力振るうから-1点、そんな風に第一印象から引いていけばいい。多分どっかのラインまで来たらこいつは嫌いだって簡単に分かる。

 

 逆に誰かを好きになるっていうのがどこからが恋愛なのか、いまいち分かり辛い。多分それは加点式だから。優しいから+1点、可愛いから+1点、好きって気持ちに天井は無くて、俺は秋葉さんと会う度に好きって思うし、夏樹ちゃんと言葉を交わす度にもそう思う。じゃあそれはどのラインから恋愛感情なのか、それが未だに難しい。

 

 らしくないこと考えた。まだ俺若干16歳だしね。たまにセンチになる時もある。

 

「今晩の月はとても綺麗ですね」

 

 夜、ベランダで風を感じながらそう一人ごちた。

 

 夏樹ちゃんがお義父さんと仲直り出来ますように、俺は願いを込めて空の星をしばらく眺めたのであった。

 

 なんやかんやで勉強もしてるし、休み明けからの期末試験もなんとか乗り切れそうである。まる。

 

 



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6話 青春の思い出

 期末試験は五日間行われる。その後は何日かのテスト返却期間を経て夏休みだ。今から待ち遠しい。

 

 本日は試験一日目の月曜の昼休み、俺は友人達に断りを入れてから屋上に来ていた。今日一緒に昼食を食べる相手は夏樹ちゃんである。

 

 先日の詫びと礼を兼ねて、彼女が弁当を作ってくれると言うので、お言葉に甘えて頂戴することにしたのである。

 

 普段は購買部横で買える350円くらいの弁当ばっか食べてる俺にとっては非常にありがたい話である。

 

「まさか重箱とかじゃ無いよね?」

「あら、何で分かったのよ?」

「えぇ……?」

「冗談よ。普通の一般家庭のお弁当だからあまり期待しないでね?」

「物凄い期待してます」

「そんな嬉しそうにされても、ほんと大したものじゃないから……」

 

 差しだされる可愛らしいお弁当箱。受け取り、開けるとそこには色取り取りのカラフルなおかず達、主食はおにぎりを二つ用意してくれている。

 

 手を合わせ、俺達は感謝をこめて頂きます、と食事を開始する。むっしゃむっしゃ武者。

 

「……どう?」

「凄く美味しい」

「そ、そう、それなら良かった」

 

 夏樹ちゃんがちょっと残念そうだ! 俺の反応が薄かったからだろう、可愛い奴め! 

 

「まずこの野菜炒めだけど水分をきちんと飛ばしてる所が夏樹ちゃんの料理の腕が良いことが分かるし、一般的に成長期の男の子が好きであろう唐揚げを入れてくれるところが俺に対する配慮が見えて夏樹ちゃんの優しさが伝わってくる。あと、味は勿論美味しいけど、夏樹ちゃんが俺の為に朝早起きして作ってくれたって事だけで凄い嬉しくて、なんと言うか……真心が伝わってくる。夏だから痛みそうな食べ物は入ってないし、保冷剤もきちんと入れてくれるところとかもう好き。良いお嫁さんになれるね」

「ちょ! 褒めすぎだし、恥ずかしいこと言わないで!」

「ごめん。本当にそう思ったからつい……」

「うっ……、別に、謝らなくてもいいけどさ……」

 

 卵焼きがやたら甘いのは砂糖の量ミスったのかなとか思ったが、俺は口には出さなかった。余計なひと言は要らん! 

 

「夏樹ちゃん、あ~~ん」

「え!? ば、馬鹿、するわけないでしょ。馬鹿なのっ」

「くくく、しないなら良い、バスケ部の次期エースと名高い夏樹ちゃんが人目もはばからず俺の前で泣いていたことが皆に伝わるだけだ」

「げっ下種野郎! 分かったわよするわよ。ったくこいつは……、はいあ~んっ」

「あ~っむ。夏樹ちゃん好き。また抱きしめて良い?」

「はぁ!? 良いわけないでしょ! こんな、周りに人もいるし……」

 

 人いないなら良いの? えっ……、いやそう言う訳でも無いというかあるというか……。 もうすぐ夏休みだしデートしよ? うっ、私部活あるし、合宿とかで忙しいし……。 でも午前練とか一日休みの日とかあるでしょ。ランドとか花火大会とか、魚好きなら水族館とか、映画また観るのも良いし。 べ、別に暇なら付き合ってあげても良いけど、……何で私なのよ。 え? 恥ずかしいから言わせないでよ。欲しがりさんだなぁ。 ~~っ、し、知らないっ! あ、ごめん調子乗った、機嫌直して~。 

 

 そんな幸せな日常の一コマ。口の中が甘ったるいのは……卵焼きのせい……なのかな……。(少女漫画風)

 

 は~~、夏樹ちゃんかわよ。夏中にモノにしたるわ。ここに宣言します。

 

 今年の夏は、夏野夏樹の夏だ!! 

 

 

 ◇◇◇

 

 

「いい加減にしたまえっ! 何で分からないんだ!」

「部長こそ! いい加減折れて下さいよっ!」

「頑固者!」

「分からずや!」

 

 期末試験も既に三日目の放課後、俺は文芸部室で冬優奈部長と本気で口論していた。痴情のもつれかな? 

 

「このシーンは膣外に射精するから意味があるんだ! その方がエロいと何故理解が出来ない!?」

「膣外射精がエロいと感じるのは視覚効果なんですよっ! 活字媒体だったら膣内に射精した方がいいに決まってるでしょ! いい加減にして下さい!」

 

 原因は先日彼女からお借りした『禁断の果実、義妹とのドスケベな日常~お姉ちゃんには内緒にしてね~』に対する意見交換だ。お互い熱が入ってしまい、声を荒げながら各自主張を繰り返していた。

 

「違うっ! 竿太郎は獣になりつつも、内心では理性が残っていたということを膣外射精という手段で暗に示すことで、このシーンは人間同士の生々しさが醸し出されるんだっ! もう少し男の気持ちになって考えてみろっ!」

「それは間違ってます! 膣内射精することによって穴子が今どんな気持ちでいるのか、絶望か、怒りか、それとも喜びか、考える余地を読者に与えることがエロスの真髄です! もっと読者の気持ちを考えないと……このままの作風じゃ部長の独りよがりです! オナニーは一人でして下さい!」

「吠えたな!? 作者たる私に向かって、一読者の分際で!」

「一読者でも、作品に対し嘘はつけません!」

 

 人は何故争うのか、俺には分からないけど、この場に置いて俺には決して譲れないものがあったし、それは相対する部長も一緒だった。

 

「残念だよ。君はもう少し頭のいい男だと思っていた。低俗で下劣な思考回路だ。もう顔も見たくない」

「こちらこそ、部長はより良い作品の為なら下らないプライドを捨てることが出来る人だと思ってました。残念です」

「部室から出て行きたまえ」

「言われなくてもそうします。頭が悪いんでね。家帰って期末の勉強しますよ」

 

 それは決別だった。部活動に本気だからこそ、ぶつかることもある。だが、一度ひび割れた関係は、おそらくもう戻らない。

 

 バタンと部室の扉を閉め、俺はその場を後にしようとした。後ろからすすり泣くような声が聞こえたような気がしたが、怒りと悲しみが心の中で渦巻く俺は聞こえないふりをして足早に立ち去った。

 

「クソックソックソッッ!!」

 

 壁に拳を打ちつける。完全にやつ当たりだが、この感情の持って行き場が無いのだ。

 

 何で、何で分かってくれないんだよ! 部長ォォ!! 

 

 俺達は青春していた。

 

 

 ◇◇◇

 

 

 期末試験が終わった──!! この勉強漬けの日々から解放だーっ! 今日からいっぱい遊ぶぞー、皆とカブトムシ捕まえに行ったりしちゃうぜ! 

 

 ちなみに夏樹ちゃんと雪子は今日からもう部活。大変だね運動部は。

 

「打ち上げいこーぜ打ち上げ! とりまカラオケっしょ!」

 

 放課後、ハイテンションで皆に提案しているのは軽男である。それに賛成だっ。

 

「ちょっと男子ぃーモチ奢りだからねー?」

 

 中々厚かましい事をぬかしているのは春香である。しょーがないなぁ春香ちんは。

 

「軽男さんゴチになります!」っと俺。

「ちょ、割り勘割り勘っ」っと焦る軽男。

「っぱ軽男さんカッケーっす」っと便乗する春香。

 

 和気あいあい。同じ学び舎で勉学に励んでいる者同士。俺達はお互いの苦労も喜びも分かち合っていく。

 

「宮本、ちょっといいか?」

 

 そんな時、水を差すような呼び声が掛かる。クラスメイトの達郎君だった。

 

「なんざんしょ?」

「どんな内容か、察しはついてるだろ? 二人で話がしたい」

 

 おちゃらけた俺の言葉に真面目な声色で返答が来る。

 

 古典の問い5の問題どうだった、教えてくれないか。みたいな話題では無さそう。目がめっちゃ真剣だ。普通に怖いんですけど。

 

「ちょっ、達郎君めっちゃヤベー雰囲気なんですけど、これ喧嘩? 喧嘩?」

「マジこれ青春の一ページじゃね。カッケーんだけど笑」

 

 軽部と春香はこの状況が面白いのか周りできゃいきゃいとはしゃいでいる。

 

 達郎君からボソッと「黙れよ」という言葉が出たのを二人は聞き逃さなかったのか、一瞬眉間にしわが寄っていた。

 

「皆、達郎君は俺に大事な話があるみたいだ。済まない……少し待っていてくれないか」

 

 俺は内心少し悪ノリ気味に深刻そうな顔で言った。

 

「お前を置いて先になんて行けねーよ。待ってるから、生きて帰ってこいよな」

「軽男……、ああ、分かった。行ってくる!」

 

 そして、イラつき気味の達郎君に連れられた俺は屋上へと足を運ぶのであった……。

 

 

「で、達郎君、俺に何の要件なの? 答えを聞いてないけど」

「夏樹のことだ。単刀直入に言うけど、あいつを弄ぶつもりなら今すぐ手を引け」

 

 彼は俺に背を向けたままそんな事を言った。吹き抜ける風が彼の長い黒髪をたなびかせている。

 

 お前は夏樹ちゃんの保護者か何かですかと煽りたい気持ちもあるが、無論そんな言葉はこの場には相応しくない。

 

 ボーイミーツガール、青春白書のような今この場において、彼はヒロイックな自分に多少酔っている少年だ。俺は自分から悪者にはなりたく無かった。

 

「俺は、夏樹ちゃんのことは本気で好きだ。弄ぶなんて気持ちは無い。誓う」

「お前の悪い噂は聞いている。何で本名が宮園なのに宮本って呼ばれてるのかとか、由来は最低だった、そんな奴の言葉は信じられないな」

「それは本当に噂だ。暇な上に俺に嫉妬した奴らの嘘だよ」

 

 いや、実際俺の噂は尾ひれが付き過ぎて原型留めてなさすぎ。同級生妊娠させたとか、堕とした女は援交させてるとか、昭和のゴシップ記事みたいなのやめてくれ。有名税ってクソだわ。

 

 逆に俺がそんな事する様な奴に見える? ……見えるんだろうなぁ、やっぱつれーわ。

 

「俺は小さいときからずっと夏樹と一緒だった。あいつの事は誰よりも知ってる」

 

 語りだした。好きなだけ言わせておこう。

 

 人が喋ってる時に割り込むのはマナー違反だし、ヘタに口を挟むと例えば面接なんかでも微妙な空気になるから、喋り終わるまで素人は黙っとれ。

 

 そう言えば専門家にはケチをつけない、口を出さないって昔習ったな。専って漢字の右上に点を入れない、門の中には口を入れないということだ。頭の弱い俺としては覚えやすくて目から鱗だった。

 

 達郎氏はその後も色々言ってたが、夏休み前の校長の話のようにそこそこ聞き流しつつ俺は真剣な顔をして彼の前に立っていた。

 

「あいつを泣かせるようなことは、しないでやってくれ。頼む!」

 

 そう言って頭を下げる達郎君。ハリセン持って色々ツッコミたいとこではあるが、俺と夏樹ちゃんの仲を引き裂こうとしている様子でも無いので、これはエールだと思うことにして、彼の肩に手を置き真っ直ぐに見た。目と目が合う。

 

「達郎君が俺みたいな屑を信じられないのは分かる。だから、これからの俺を見ていてくれ。俺は夏樹ちゃんを泣かせるようなことはしないと誓うよ」

 

 あ、ベッドの上では……、いや発想がオッサンだわ。やめやめ。

 

「……分かった。ちゃんと見定めてやる」

「ありがとう。夏樹ちゃんは良い幼馴染を持ったんだね」

「うるさい、お前に言われる筋合いは無い!」

 

 ま、達郎君とは夏休みに会うことは無いだろうし、こう言っとけば暫くは無害でいてくれるだろう。

 

 夏休み明けまでには夏樹ちゃんは俺のモノにする予定だし。取りあえず一件落着ってことでいいかな。

 

 ナンパ道第一条、女だけでなく男にも良い顔すべし。

 

 さ、カラオケカラオケ~~♪ 

 

 

 ◇◇◇

 

 

 油断大敵、日常にはあらゆる危険が潜んでいる。常に危険予知をしてヒヤリハットで済ますのはとても大事。

 

「ねぇ……、宮本って今フリーなわけじゃん。私とかどうかな? 実際の話」

 

 大声でシャウトしたカラオケの帰り、二人で連れ立って歩いていた春香からそんな会話が出る。

 

 最初に断っておくが、彼女に女性的な魅力が無いわけでは無いし、ギャル娘が嫌いなわけでも無いし。女性の胸は大きい方が良い。

 

 しかし、彼女と付き合うなんて選択は俺の平和な学園生活が脅かされる危険を含んでいる為、絶対に無いと言っておこう。

 

 俺は浮気をする男は最低だと思うフェミニストであり、誰かと付き合った瞬間から彼女第一に考えるのが男の義務であると考える古い人間なので、現状身体だけの関係より上の人間は作りたくないのだ。

 

 じゃあ春香とも秋葉さんのようにそんな関係で落ち着けば良いのかと言うと、そうではない。何故ならこの女は口が軽く、一回シちゃったら絶対にクラスに広まる。断言して良い。

 

 そうなったら必然俺は世間体を加味して彼氏彼女の関係にならざるを得ないし、その間俺は春香という籠に囚われた幸せの青い鳥になってしまう。そんなのは御免こうむる。

 

「これを言うのは恥ずかしいんだけどさ……」

「う、うん」

「俺は中学の頃友達が少なかったから、今こうやって皆と遊んでるのが凄い楽しくて、この関係を壊したくない……。だから暫くは友達のままってのじゃ駄目かな?」

「……」

 

 無難な返しだ。我ながらダサい、ちゃんと危険予知してないからこうなる。反省しろっっ。

 

「ま、分かるかも。私もさ、実際今が一番楽しいよ。皆でわいわいして、遊んでばっかりで、これで良いのかなって思う時もあるけど」

「俺も春香のことは正直特別に思ってる。けど、ごめん。上手く言えないけど、俺にはまだ彼女とか早いと思う」

「ふん。チャラ男のくせに何言ってんだか、キモいよ」

「いや、そんなチャラくないでしょ実際……」

 

 危機は去った。彼女も本気の恋愛戦を俺にしかけたつもりも無いのだろう。多分、アクセサリー感覚で、顔の良い俺と付き合いたかっただけだ。養殖物ギャルの考えそうなことである。とにかくアッサリ引いてくれたのはありがたい。

 

 あーでもちょっと勿体なかったかも……、っと俺の中の悪魔が唸っている。駄目だよ。エクソシスト召喚、悪魔払い! おらっ消えろ煩悩がっ! 

 

 

 

 そんな平和な高校の日常は終わりを告げる。ごめん退学になったとかじゃなくて、夏休み突入です。

 

 テストの結果も無難で、通知表もまぁそこそこ。よっしゃよっしゃ! 夏休みウキウキだぜ! 

 



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7話 夏休みなのに雪三昧

駄弁り回 


 

 夏休み初日、俺は教師から大量に出された宿題の一つに手をつけながら唸っていた。その理由としては復習問題が難しいこともそうだが、さっきからバリッバリッとソファーの上から耳障りな音が聞こえるからだ。

 

 不快な音の出所は部屋にいる雪子である。彼女はバスケ部での午前錬を終えた後、俺の家のソファーで寝っ転がって幽白読みながらせんべいを噛み砕いていた。

 

「雪子さん、くつろぎ過ぎではないですかねぇ……」

「ここちょっと快適過ぎてマズイな。冷房も漫画もお菓子も液晶テレビもあるし、一人うるさい屑いるのが余計だけど」

「それ家主のこと? てか人の家の漫画読みながらせんべいを食うな」

「うるせーなぁどうせ中古本だろ。少し汚れたくらいでごちゃごちゃ言うな」

「漫画もそうだけどソファーの下カーペットだろ。食べカスがこぼれる」

「あとでコロコロしとけ」

 

 あれは正確には粘着カーペットクリーナーと呼ぶのだ。物を知らねえ小娘が。

 

 二週間くらい前に俺の家で勉強会をしてからというもの、この傍若無人のクソ女は度々俺の家に来ては、まるで我が物顔でソファーを不当占拠してくつろぎやがる。せめて外面用の謙虚な姿を見せてくれればまだ可愛げがあるが、こいつは俺の前では素の状態で接してくるので単純に迷惑千万な女だった。

 

 あ、勉強会といえばそうだ思い出した。

 

「そういえば3人で勉強会したこと達郎君に漏らしただろ。あのせいで夏樹ちゃんパピーに俺のことが悪く伝わったんだけど」

「……あ、言った様な気もする。……そ、それは置いといて、この部屋ほんと広くて素敵な3LDK、さぞ家賃もお高いのでしょうね~」

 

 露骨に話題変えやがった。ムカつくから少しビビらせたろ。

 

「ここ事故物件で10人くらい死んでるからそんなでも無いよ」

「あ、だからお前の背中に……、そういうことか……」

「……エ?」

「いやーたまに変なの憑いてるから疑問だったけどそういうことだったのか」

「……冗談ですよね雪子さん」

「冗談だよ」

 

 こ、このアマァ……、一瞬俺の中の乙女な心がビビっちまったじゃねーか。いや、幽霊とか信じてませんけど? 別に平気ですけど?

 

「日本って前入居者が死んでると家賃下がるの不思議だよな。外国じゃそうでもないらしいぜ」

「へーそうなんだ。……って誤魔化されるか!」

「悪かったよ。ちょっと口が滑ったんだよ。ほれパンツ見せてやるから」

 

 雪子はそう言いながら制服のスカートをぴらっとめくった。相も変わらずせんべいと漫画は手から離していないので色気もへったくれも無い。黒か、性格と同じだな。

 

「凝視すんなよ恥ずかしいだろ」

「こっ、こら雪子。女の子でしょ、はしたない!」

「そこに~私は~いません~♪」

 

 俺は白い太腿の上で堂々たる存在感を主張する黒パンツ様に向かって注意を促した。付属品のクソ女の歌声が聞こえた。

 

 元々そんなに怒ってた訳では無いけど、女子の下着一つ見ただけで万物全ての事象を許す気になれるんだから、ほんと男って単純よね。ただの布だぜっ!?

 

 しかしなんだな、初めて会った時より親しくはなったんだろうけど、かつて中学時代に見た大人しくも愛らしい清楚で男慣れして無さそうな雪子は本当に期間限定の蜃気楼の様なものだったのだと思うと哀しい。ただ哀しい。

 

 思わせぶりな事を脳内で匂わせてから詳細は後日語るような漫画の主人公はどう思う? それは漫画における引きの技法だししょうがない部分はあるけど大多数の読者は、いや今教えてくれよっ! って思うんじゃないだろうか。俺は思う。

 

 という訳で、過去回想一丁入りまーす! うーい、過去回想一丁! シリアス薄め性描写薄めで! うーいシリ薄セイ薄一丁!

 

 

◇◇◇

 

 

 これを語ると大勢の男達から嫉妬と怨嗟の炎を浴びることになるので周りに吹聴したりは決してしないが、中学3年の頃、当時の俺は生まれ持った顔の良さと、持ち前のコミュ力を駆使して女の子を毎日侍らせてはいちゃこらしていた。

 

 そんなある日、友達の友達くらいの関係の奴の紹介で他校の生徒である雪子と出会った。

 

 彼女の見た目は今まで会った女の子の中でも極めて愛らしく、おまけに「私、男の子は苦手だけど宮本君は優しくてカッコいいです……」みたいな事を照れながら言うという中々男のツボを抑えている甘え上手な媚び上手ガールだったこともあって、出会って初日で俺は彼女に心臓を撃ち抜かれた。

 

 そして若き男女の交流は始まり、その後俺と雪子はぽつぽつとデートを重ねていった。当時の俺は出会ってすぐにいかがわしいことするのもザラにあったが、男慣れしていない雪子に関してはきちんとステップを踏んでから頂くつもりであった。

 

 俺は雪子と会う際はいつも以上に紳士的に行動し、爽やかな笑顔がチャームポイントな優しい男を演じ続けた。コロッと騙されている彼女の表情を見て、内心しめしめと思ったものだ

 

 つまり、この時点では俺達は二人ともお互いの本性に全く気付けていなかったのである。

 

 "凝"を怠るな、当時の俺。

 

 交流から二週間が経ち。俺は親の帰りが遅い時を見計らって雪子を実家へと招待した。

 

 思春期の男女がおうちで二人っきりになったらヤるこたぁ一つ。

 

 俺は恥ずかしそうにしている彼女の身体をじっくりねっとりゆっくりたっぷりと弄る。しかし、彼女の体格がちょっと小柄過ぎることもあって、初回で繋がるのは無理そうだなぁと俺は本番に関しては諦めた。苦渋の決断だった。

 

 内心残念がる俺の胸中を察したのか、献身的な雪子は俺の地撮り棒をモカフェラペチーノしてあげると健気にも言い放った。

 

 胡坐をかく俺、天を向く唐揚げ棒、雪子が頭を下げてそれを口に含んだ瞬間、俺の股間部に激痛が走る!!

 

 人間急に痛みが来ると、素に戻ってしまうものだ。俺は「いてーよ馬鹿っっ」っと叫びながらちょうどいい所にある雪子の頭をすぱこーんっ! っと叩いた。

 

 あ、やべ。っと思ったが、俺は痛みで普段の紳士的な態度をとる余裕が無くなってた。だってこいつの歯が当たって凄い痛かったんだもん!

 

「痛っ、何しやがるテメー!?」

「歯が当たったんだよ、いてーなもう……」

「だからって急に叩くか普通!? この最低のDV男、人の善意を仇で返しやがってボケカスクソ死ね!」

「え、雪子ちゃん性格変わってない?」

「あぁん? あ、ぁー……、そうだよこっちが素だよわりーかよ」

 

 とまぁこの後は割愛するが中学生らしい実に醜い言い争いが繰り広げられ、彼女とはそれっきりの関係となり、思い出の一つとして風化する筈であった。

 

 ここまでなら若いころの女性経験の一つとして、口淫してもらう際は決して歯を立てさせないように注意しようと俺が学びを得た日で終わるだけの話なのだが、運命の女神様は悪戯をするものである。

 

 そこから時間は飛び、長谷田高校の入学式。俺は彼女と再会した。

 

「「げっ」」

 

 スタンド使い同士が引かれ合うように、似たような屑も引かれ合うのだろうか。クラスまで一緒だなんて、偶然って怖いね。

 

 俺としては淫蕩に塗れた過去を払拭して、わざわざ中学の同級生のいない高校に受験進学したというのに、初日からケチがつくとは何とも縁起の悪いことだ。

 

 雪子から俺の中学時代の情報が漏れたら平和な高校生活がオジャンだ。だがまぁ幸いなことに、俺は彼女の本性も知っているので、意図せずお互いの弱みを握りあっている状態と言えた。

 

 俺と雪子は視線を交わす。(分かってるな?)(分かってる)と、直接の脳内会話が行われた。

 

 屑と屑は共存出来るのだ。互いに不可侵条約を結んでしまえば、各自のコミュニティでそれぞれ好きな自分を演じれば良い。見知った顔の高校デビューを出鼻から挫いてやろうとする程俺達は子供では無かった。

 

「あはは」

「うふふ」

 

 俺達は極めて近くにはいるが決して交わることのない平行線のように、このまま卒業まで絡むこと無く高校生活を送るのだろうと思っていた。

 

 が、何をトチ狂ったか、彼女は俺とよく会話をしたがった。しかも人知れず、二人っきりの時。

 

 会話内容は甘酸っぱい物では無い。それは呪詛の言葉だ。

 

「男バスの主将がよく私と夏樹に居残り練習一緒にしようよってちょっかいかけてくんだよ。自分の面を鏡で見た事ねーのか? なんで男って見え見えの下心を隠せてると思いながら近寄ってくんだろーな。こっちは真面目にバスケしてーだけなのにほんと死んで欲しいわ」

「夏樹ちゃんは可愛いからね。虫は寄ってくるだろうなぁ」

「おいカス、何で私を抜いて言った今?」

 

 まぁお互い取り繕わなくて良いというのは実に楽である。俺達の関係は、男女の友情なんて綺麗なものでは決して無いが、悪友としてはお互い上手く付き合えていると思う。

 

 あと夏樹ちゃんの個人情報とか、バスケ部はいつ休みだとか、その辺が分かるのは非常にありがたい。

 

 はい、過去回想終了。

 

 

◇◇◇

 

 

「夏樹ちゃんとはどんな経緯で仲良くなったの?」

「私がバスケ部の先輩に怒られてへこんでる時に、めっちゃ親身に慰めてくれたからな。そこからはもうマブダチよ」

「へー、体育会系って上下関係厳しそうだしねぇ」

「まぁあのときは私が悪かった。覚えて来いって言われてた作戦やらフォーメーションやら、難しくてなぁ、全然駄目で……」

「それで怒られたわけね」

「皆が練習してる中、体育館の隅でずっと勉強してろって怒鳴られてさ。我ながら自分の頭の悪さに絶望したぜ」

「それを見かねた夏樹ちゃんが助け舟を出してくれて、二人に友情が生まれたわけか、良い話」

「まぁな、あんなお人よし滅多にいねーよ」

 

 俺が文化部だからだろうか、放課後のグラウンドなんかで毎日声を出しながら全力で走っている運動部の方々は尊敬する。皆好きでやってるんだろうけど、よく出来るなぁって思うよ実際。だからか知らんが、俺は雪子や夏樹ちゃんの部活トークを聞くと、素直に応援したい気分になる。

 

 雪子は、真面目な話はこの場に相応しくないと思ったのか、会話を打ち切るとにやにやと笑いながら俺を見た。猥談する気だな。

 

「話変わるけどさ、お前もしかして姉ちゃんとヤった?」

「俺と部長はそんな爛れた関係じゃない。強いていうなら同じ志を共有している戦友だ。二人で交わした桃園の誓いは今もなお記憶に新しい」

「我ら生まれた日は違えどなんちゃらってやつ? お前らのノリほんとキショいな。いやさー姉ちゃん最近元気ないからさー、お前となんかあったのかなって」

「音楽性の違いで衝突した。詳細は省くが、俺達はもう分かり合えない。永遠なんてものは無かったんだ……」

「何でもいいから謝って仲直りしろ? うちの姉ちゃんただでさえ根暗ぼっちコミュ障なんだから、お前が折れろ」

「……ほんと言葉がド直球だね君は」

 

 確かに雪子の言う通り、あのときは熱くなってしまったが、冷静に考えたらいくら部長といえど女の子を泣かせて放置するのは男の風上にも置けない気はする。

 

 ……謝りますか。確かに言い過ぎたかも。俺も部長が嫌いになった訳じゃないし、謝罪して許してもらうか。

 

「連絡しとく。ちゃんと謝るよ」

「おう」

 

 俺の言葉に満足げに頷いた雪子は、新たなお菓子を探しに台所へと向かった。茶請けに置いておいた菓子がいくつか戸棚にあったような。

 

「あむあむ……では、ここからが本題だ」

「何すか急に」

 

 チョコパイの箱を持ってきた雪子は、包みを剥がして中身を咀嚼しつつ偉そうに言った。

 

「ディスティニーユニバーサルサンシャインランド、通称DUSLの無料チケットが4枚手に入ったので、2枚お前に進呈しよう」

「え? マジ?」

「図らずとも夏樹の想い人を奪っちまったことは常々罪悪感に押し潰されそうだったんだ。私の事は一切恨まずに、それでいてどこか辛そうな親友の姿を見るのは実に心苦しかった。嗚呼、私の可愛さは罪だ」

「続けてどーぞ」

「そんな夏樹も最近は明るさを取り戻し、新たな恋に向かって勇往邁進している。相手は屑野郎なのは頂けないが、バスケ部次期エースをアシストするのはPGの仕事だ」

「雪子さん! 俺お前の事誤解してたっ! 夏樹ちゃんは俺がきっと幸せにしてみせる!」

「よし、一枚1万円で取引してやる。破格の友達割だ」

「金とんのかよ」

「嫌ならこの話は無しだ、お前にとって夏樹とのDUSLデートは2万円以下の価値しかないってことだな」

 

 雪子は、呆れたような顔で俺を見た。DUSLには普通に行きたいし、俺は素直に払うことにした。

 

「毎度ー」

 

 でも多分俺だったら4枚チケット入手したら2回違う女の子と行くだろうなぁ。そう考えたら2枚友人に渡す雪子は俺よりマシか。

 

 その後直ぐに俺は夏樹ちゃんに電話及びデートの誘いをかけた。彼女は平静を装っていたが遠足前の小学生のようにワクワクが抑えきれない様子だったのがスマホ越しでも伝わって来たので俺も嬉しくなった。

 

 了承を貰って、少し雑談し、電話を切る。俺は雪子に親指を立てた。ナイスアシスト。

 

 デートは5日後、天気予報も晴天。問題無し。

 

「5日後か、私も達郎と行くんだよなぁ、お互い会わなけりゃいいけど」

「先に教えて欲しかったんすけど、ランド内広いし大丈夫じゃね?」

「ま、大丈夫か、見かけても無視するわ」

 

 大丈夫っしょ、大丈夫かぁ? 言われてみれば迂闊だったかも、彼女ら二人は休みの日が被るわけだから必然それぞれのパートナーとのデートの日も被る。でも今から日程調整するのはうーん……。いけっしょ!

 

 





ミスって15時に一瞬投稿しちゃった


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8話 俺の幼馴染があんなチャラ男と遊園地にいる訳が無い

 

 夏樹ちゃんとのデートは早くも明日に迫ったので俺は自宅にて準備をしていた。座禅、瞑想、同調開始。

 

 準備とは、服装どうしようとかランド内はどこを回ろうとか、計画という意味合いでの事では無く、精神的な部分、つまりは心構えと呼べるものだ。

 

 デートにおいて最も大事な事。それは、パートナーとどこまで進展させるのかをきちんと定めた上で臨むことである。キスまでか、それとも本番まで目指すか、目標を決めると言った方が分かりやすいかもしれない。

 

 これを最初に決めずにその場のノリで行動に移す男は悉く失敗する。臨機応変と言えば聞こえはいいが、ようは計画性も抑えも効かないだけの奴だ。

 

 言い方は悪いが、デートと言う行為自体は目的の前の通過点、漫画で言う修行パートみたいなもので、自制をしつつ仲良くなるというステップの一つ。俺にとってはそういう位置付けだ。

 

 まずは自己分析、ハッキリさせておくと現状夏樹ちゃんの心は完全に俺に向いていると言っていい。異性と二人っきりでの遊園地デートがOKってレベルは、もし俺が告白してもOKを貰える可能性は極めて高い。

 

 それは俺がそう思いたいだけでは決して無い。遊園地は、水族館や映画館に行くのとはハードルの高さが全く違うのだ。

 

 彼女に電話で誘いをかけた際、俺は直前に"友達からDUSLのチケット二枚貰ったから夏樹ちゃん一緒に行こう!"とチケット二枚の写真画像付きで送った。

 

 夏樹ちゃんにとって俺がとるに足りない男なら断れば良い。しかし彼女は俺と行くことを了承した。

 

 チケットが既にある以上、夏樹ちゃんが断ったら俺は他の女と行くことになる。彼女もそうはなってほしく無い筈だ。つまり彼女にとって俺は多少なりとも嫉妬心が生まれる程度には親しい存在になれているということだ。

 

 それらを踏まえた上で、どこまでいくか。

 

 うーん、手を繋ぐまで、といったところかな。

 

 いやいやチャラ男さんヘタレてませんかがっかりですもうファン辞めます、等とどこからか天の声が聞こえる様な気がするが、俺には為すべきことがあり、そしてこの夏休みのプランは既にもう決まっている。来たる8月10日、花火大会の日、そここそがエックスデーだ。

 

 俺がその気になれば遊園地デートで夏樹ちゃんといくとこまでいきつくことはおそらく可能である。しかしそれはしない。成功確率とか、そういう低い次元の話では無くて、そもそも俺が設定したゴールに沿わない結果に落ち着いてしまうからだ。

 

 よし、目標は決まった。グダグダ御託を並べたがあとは明日のDUSLデートを目いっぱい楽しむだけだ。

 

 おやすみなさーい。Zzz。

 

 

◇◇◇

 

 

 翌日、待ち合わせ場所の駅の改札に着いた俺は前日の決意が一瞬で吹きとびそうになった。

 

 夏樹ちゃんの私服は白のオフショルダーに膝上まで見える水色のドット柄のミニスカだった。結構肌の露出激しいし、だいぶ勇気出したんじゃなかろうかと思う。兎にも角にも可愛い。恥ずかしそうに照れているのも可愛い。抱きしめたくなるくらい可愛い。

 

「ご、ごめん夏樹ちゃん待たせちゃった? 不徳の致す限り!」

「ううん、電車もまだだし、私が早く来ちゃっただけだから、ちょ、ちょっと楽しみ過ぎて……お恥ずかしい」

 

 人が感動したり、面白いと思ったりする事の根幹には新鮮さが大きなベクトルを占めてると思うんだよね。漫画やドラマでも、今までに無いような斬新な展開とかが胸に刺さるじゃん。

 

 夏樹ちゃんは今まで俺の前では女の子であることを前面に出してくるような服装をしてこなかったこともあって(会う時ほとんど制服だし)そのギャップが俺にクリティカルヒットだ。

 

「今日は誘ってくれてありがとう。DUSLなんて、実は小さい時家族と行って以来だから凄い楽しみ」

「あ、うん。俺も久し振りで楽しみ」

「……? どしたの」 

「私服、凄い可愛い。ちょっと見惚れてた」

「はいはい、ありがとうね」

「いや、誰にでも言って無いって、本心だからね?」

「心読まないでよ……」

 

 そんなやりとりもあったがともあれ合流した俺達は電車に乗って、都道府県の境を越えていく。

 

 お互い肩を並べながら座席にて二人で座る男女。軽い会話程度ならするが、俺達はマナーを重視するのでぺっちゃくっちゃ喋ることは無い。

 

 スマホを弄る。当たり前だが、いかがわしいサイトなんて開かないしスマホゲームをやったりもしない。ワクワクが抑えきれないんですって様子を夏樹ちゃんにそれとなくアピールする為、DUSLの乗り物やキャラクターの画面を開き、彼女の視界に入る位置で操作する。

 

 勿論ランド内のおおよその情報は前日までにある程度頭に入っているので今見る必要はどこにもない。あくまでも、はー俺マジ楽しみーワクワクーって想いが少しでも彼女に伝わればそれでいい。

 

 好きな子と過ごす時間はやたら早く感じるもので、特にこれといった事件も無いまま俺達はあっという間に目的地に到着した。

 

 店員さんとの受付を済ませ、チケットを渡した後は手のひらに特殊な判子を押してもらい、パンフレットと一日フリーパス用のチケットを受け取る。これを提示すれば基本的なアトラクションは入り放題乗り放題だ。飲食は自腹だけど。

 

「うっしゃーー!!! 10年ぶりくらいのDUSLだー! どこから行く!?」

「慌てるな!! まずは耳を買ってからだ!!」

「よし来た!」

 

 夏樹ちゃんはノリノリハイテンションになった。ちなみに、俺もハイテンションになった。実は俺もDUSLにはそんな来たこと無い。俺の家はかなり裕福だけど、中学生のお小遣いで簡単に来れる様な場所じゃ無いんだここは。最後は中2くらいの頃一回来たかなぁ……。

 

 よって、ここからの俺は、もう脳内でごちゃごちゃ考えるのは無理! 楽しむぜきゃっほう! 副音声さん後は宜しく!

 

「どう? うさ耳、可愛い?」

「夏樹ちゃんはあざとい! そんな可愛いの付けたら犯罪級!」

「ふっふーん、じゃこれつけよっかなー」

 

 夏樹ちゃんはランド以外では二度と付けないであろうウサギ耳付きカチューシャをつけながら言った。ウサキーはここのマスコット的存在の兎のキャラクターであり、ここではこの耳を付ける人がそこそこいる。勿論俺もつける。帽子タイプの派手な色の奴だ。

 

「どう? いつも以上にイケ面?」

「あははっ、全然似合わない!」

「ええっ!? そりゃねーぜってばよ!」

 

 買い物屋で装備を整え、耳が四つになった俺達ははしゃぎながらいざ鎌倉! っと各種アトラクションへと歩みを進めるのだった……!

 

「取りあえずハラーポッターのエリア行くのどう!?」

「よし、行こう直ぐ行こう。なんか乗ろう! 覚えて無いけどなんか乗れた気がする!」

「やった! じゃあ早歩き! 走るのはマナー違反だしね」

「待ってろよ例のあの人、父さんと母さんの仇は俺がこの手でエクスペクツパトローナムだ!」

 

 そして俺達はそこそこの待ち時間を経て、圧倒的体感ライドに乗って魔法使いの世界へと旅立った。

 

 開始の時、作品のヒロインであるハー子ちゃんの音声が耳元でめっちゃ聞こえて凄いぞわぞわした。

 

 滅茶苦茶ハイテンションだった俺達は無茶苦茶楽しんだ。しかし。

 

「うぅ……めっちゃ酔ったわ」

「うん、目がぐるぐるする……」

「でも楽しかった……」

「うん、凄い楽しかった……」

 

「「よし! 次だっっ!!」」

 

 その後も襲い来るアトラクション達は俺達から語彙力を奪っていく。ブーたんのハニーハンツ、スパイーマンのアドベンチャー、ガジェッタのゴーコースター、etc……。

 

「はぁはぁ……、叫び過ぎたわ……」

「休憩しよっか」

「えっ!? ちょ、駄目、そんなの!」

「いや、あの……お昼だしね? ご飯を食べましょう」

「……あ、うん。そうよね。ん、んんっ、じゃあレストラン行きましょっか」

 

 遊園地デートの何がハードル高いかって、マジで一日中二人っきりだし、並ぶ時間も結構あるから会話が弾まない相手だと結構キツいのが原因なのだけど、現時点で俺達のデートは大成功していると言えた。

 

 夏樹ちゃんと俺は、知り合った期間の短さを考えると非常に良好な仲を築けているが、まともに友人となってからまだ一カ月未満なこともあってお互いの事をあまり知らないのだ。よって話す会話ネタは山のようにある。部活の事、友人のこと、好きな物や嫌いな物、趣味や特技……って、なんか履歴書に書く様な事ばっか列挙しちゃったけど、ともかくおしゃべりには困らないので、待ち時間も苦じゃないのである。

 

「思ったより値段高くないのね。味も普通に美味しいし」

 

 夏樹ちゃんはステーキのご飯大盛りを食べながらそう言った。ナイフの扱いには品の良さが見えた。

 

「確かに、これがチュロス3本分っていうのは安く感じる。ってかチュロスが高いのかな」

「でも後で買うでしょ?」

「そりゃ買うともさ。味別五種類全部買うとも」

「お金大丈夫? チケット代出して貰ってるし、飲食代くらいは私が出していい?」

「俺が夏樹ちゃんに奢りたいから駄目」

 

 堂々巡りになりそうなのでこの会話については直ぐに打ち切った。バイトもしてない夏樹ちゃんはお金に対する価値観が俺より高い。一般高校生にとっては千円奢られるだけで罪悪感が出るのも分からなくはない、けど俺は好きで金出してるからマジで気にせんでええで。

 

「「御馳走様でした」」

 

 食事も終わり、俺達は再び動き出す。アトラクションはまだまだあるのだ。

 

「お化け屋敷だって、あんた怖いの大丈夫?」

「あんま得意じゃないなぁ、映画もホラー物は避けるタイプ」

「だらしないわね。私入ったことないから行くわよっ!」

「ああ、小っちゃい時は入れないもんねお化け屋敷って」

 

 夏樹ちゃんが最後に来たの5歳くらいの時って言ってたから初めてなのか、DUSLのホラー系アトラクション普通に怖いから結構苦手なんだけど、しゃーない。男として情けないところだけは見せないようにしなくては……。

 

 そんな風に人知れず俺が覚悟を決めていたのだが。

 

「ぎゃぁぁー!! 今出たぁーー、もうやだぁ帰る帰るぅ……!」

「あ、あの夏樹ちゃん? 落ち着いて」

「もうやぁ……! 怖いぃ……無理ぃ……、出よう?」

 

 歩いて進む迷路タイプのお化け屋敷だったこともあって、個人的には暗いだけで怖さはそこまででも無かったのだが。夏樹ちゃんは口だけの女だった模様で、俺の腕に縋りつきながら本気で泣き叫んでいた。あ、なんかゾクゾクする。

 

「そこ行こう? 出よう? 早く出よう?」

 

 夏樹ちゃんがそう言って指差す先は非常出口だった。勿論俺はそんな甘えは許さない。

 

「ほら、夏樹ちゃん行こう、後ろの人達来ちゃうから立ち止まっちゃ駄目だよ」

「無理、怖い、本当に無理ごめん許して……」

 

 そう言って、夏樹ちゃんは膝を抱えて座りこんでしまった。ここまで来ると暗所恐怖症とかそういうレベルでマズいような気がしてきた。非常出口を使う案も一瞬チラつくが、でも入り始めの頃は強気な発言をぽんぽん飛ばしてたし、うーんと悩んだ末、俺は取りあえず彼女を抱き抱えた。予期せぬ抱っこ。

 

「夏樹ちゃん、俺にしがみついて目瞑ってて良いよ。出口まで行くから」

「わ、分かった。ごめん、本当ごめんっ」

 

 幼児退行気味な彼女を抱えながら俺はすたすたとうす暗い道を歩いていく。俺達ははたから見ると倫理的によろしく無い駅弁スタイルでゴールを目指した。

 

 驚かしギミックの音や叫び声が鳴る度に、俺に両手両足で全力でしがみつく夏樹ちゃんの身体がビクッと跳ねる。彼女の女性らしい起伏のある身体は俺の理性をごりごりと削っていく。出口ー! 出口はまだかー!

 

「あ、明かりだ! 夏樹ちゃん、終わった終わった」

「はぁはぁ……ほんと? ほんとに終わった?」

 

 息も絶え絶えの夏樹ちゃん。彼女が目を開けるとそこにはカメラを持った係員の方が。

 

「お疲れ様ですー、カップルさん、写真行きますよーはーい!」

 

 パシャリと撮られる。後で800円出して買おう。多分泣き顔の彼女とやれやれ顔のスカし男が写ってると思う。

 

 

 お化け屋敷を出た俺達はベンチで休憩していた。夏樹ちゃんは両手で自らの顔を覆い、羞恥心と戦っていた。

 

「えーと、夏樹ちゃん元気出して? あー、チュロス買ってきます」

「ごめんなさい私は口だけの女でした……ぅぅ」

 

 一応夏野夏樹というと、学年では姉御肌の頼られガールとして呼び声高いのに、俺もう3回も弱々しく泣いてるとこ見てるんだけど、凄くない?

 

 俺は近くの屋台にチュロスを買いに行った。やっぱランドに来たらこれよね。夏樹ちゃんから離れたのはほんの2、3分程度だったのだが、ベンチの所に戻ると彼女は男の子3人組に言い寄られていた。

 

 お姉さん今暇~良かったら遊ばな~い? みたいなテンプレのようなナンパ文句を言われている。先ほどのショックが残っている夏樹ちゃんは拒否の言葉が弱々しく覇気がなかった。

 

 や、や……やめろよっ、その子嫌がってるじゃないかよぉ!(電車男)

 

「すいませーん、俺の連れなんで、いいですか?」

 

 待たせて悪かったな夏樹ちゃん、ヒーローの登場だ。(イキり)

 

 男達は「あ、失礼しましたー」と謝りながら去って行った。漫画のように何だテメー? みたいな展開は現実にはまず無い。実際パートナーが来たらアッサリ引くもんである。

 

 彼らはランドに男だけで遊びに来て、ナンパしよーぜ! みたいなノリになっただけの人達だろう。学生にありがち、後で思い出の一つとして笑い話にしてくれ。

 

 けっ、ナンパレベル1の雑魚共め。俺の女に手を出しやがってよぉ、弱ってる子に声かけてナンパするなんて最低だぞ。

 

「遅い。ナンパされた。許さない」

「夏樹ちゃんあーんして」

「あー……あむ」

 

 彼女の開いた口にチュロスを差しこむ。わっはっは、俺の棒を咥えなぁ、美味いかぁ?

 

「許してくれる?」

「あむあむ……許してあげる。甘くて美味しい」

「それは良かったよ」

「先ほどは、情けないところをお見せしまして、大変失礼を致しました……」

「可愛かったからいいよ」

 

 人の波を見ながら暫くベンチでゆっくりと咀嚼する。甘ーい。

 

 大人も子供もカップルも学生も老人も様々な人が皆笑顔で歩みを進めている。あ、ウサキーがいる。

 

「そろそろ行こうか」

 

 チュロスを食べ終わった頃、俺はそう言って夏樹ちゃんの手をとる。恋人繋ぎはまだいいかな。

 

「う、うん」

 

 拒否するでもなく、照れながらも受け入れてくれた彼女の手を引いて俺達は次のアトラクションへと進んでいく。次はターミネーチャンのとこ行くか。

 

 

◇◇◇

 

 

 空も暗くなった頃、俺達はランドの出口へと向かっていた。今日は楽しかった。今更ながら俺夏樹ちゃん好きだわ。堕とそうとしてるのに堕とされてる気がする。完全にミイラ取りがミイラになってるわ。

 

 売店でお土産やお揃いのストラップを買った後は、完全に帰路だ。俺達は少し混雑している電車に乗りながら目が合うたびに笑い合う。

 

 乗客は少しずつ減っていき、やがて俺の最寄り駅に到着する。

 

「あれ? 降りないの?」

「夏樹ちゃんを家まで送りたくてね。もう夜だし」

「そっ、そんなの悪いわよ。大丈夫だって、明るいとこ歩くから」

「正直言うと、少しでも長く一緒にいたいから……駄目?」

「はわっ!? 全然、駄目じゃ……ないです」

「良かった」

 

 くさい台詞吐こうともね。拙僧は顔が良いのできちんと絵になるんですよ。

 

 

 彼女の最寄り駅に着いた後も、他愛も無い雑談をしながら二人で手を繋ぎながら歩く。時刻は夜の8時半、そこそこ遅い時間である。

 

「あ、そこの家うちなの」

「へー良い家住んでるね。じゃあ俺はこの辺で失礼しましょうかね」

「……あっ」

 

 俺から手を離すと、夏樹ちゃんは名残惜しそうな声を漏らした。

 

「じゃ夏樹ちゃんおやすみー」

「あのっ、今日は本当楽しかった。だから、また今度二人で遊びたい!」

「もちろん。また誘うね。ほな、部活頑張って!」

「うん! じゃ、ありがとうおやすみ!」

 

 彼女は花が咲くような満面の笑みで俺に手を振っていた。

 

 やたらとドラマとか少女漫画みたいな状況に陥りがちな星の元に生まれてきた感が強い夏樹ちゃんとのデートだったので、まーたありがちなすれ違いとか勘違いっぽい事件が起きるのかと恐怖半分期待半分だったのだが、結果的には平和的かつ滅茶苦茶楽しかった大成功デートであった。完。

 

 

 帰りの電車内も、俺はさっき別れた夏樹ちゃんとのLINEのやりとりを笑顔で行っていた。今日二人で撮った写真とか、感想とか、ま、色々。

 

 そんな中、誰からかメッセージ、相手を見ると雪子。

 

 "急に悪い、このあと、泊まりに行っても良いか?"

 

 あれ? なんかつい最近似たようなことがあったような気がするぞ。

 

 



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9話 達郎の高校生活と神ゲー

今回長め


「達郎早く起きなさい! 入学式から遅刻するつもり?」

「あー、夏樹おはよう……」

 

 俺の名前は黒野達郎、どこにでもいる普通の少年だ。今日は長谷田高校の入学式の日、幼馴染の夏樹が起こしにきてくれたらしい。

 

「お兄ちゃん遅いよ! 夏樹お姉ちゃん待っててくれてるんだから早く!」

「わーってるよ!」

 

 妹の凛に急かされ、すぐに支度をして、呆れ顔の夏樹と学校へ向かう。電車とか歩きとか全部含めて30分くらいで着くことができた。流石に初日から遅刻は恥ずかしい。

 

 正門から入って直ぐに人だかりがあった。どうやらクラス分けが貼ってあるみたいだ。

 

「あ、私と達郎のクラス違うみたいね……」

「8クラスもあるからしょうがないだろ。ま、お互い頑張ってこーな」

「う、うん……」

 

 その日から。俺の高校生活はスタートした。何日か経って順調に友達も作れて、部活は野球部に入部した。

 

 高校生活も早一カ月、俺は平和な毎日を過ごしていた。

 

「よう達郎っ、委員会は何入るか決めたか?」

 

 彼の名は花村友新(ゆうしん)。高校からの友達で、明るくて良い奴だ。

 

「生徒会に入ろうと思うんだ」

「あ、お前さては生徒会長とお近づきになりたいんだろ~? 全く、夏樹ちゃんという美少女に彼女みたいに甲斐甲斐しく世話されてるのに! 羨ましいんだよこのこのっ!」

「ばっか、そんなんじゃねーよ。そりゃ紅葉院先輩は綺麗だけど、単純に内申点上げて好きな学部に行きたいんだよ! あと夏樹とは只の腐れ縁!」

 

 友新は少し頭がお花畑で女好きだから、すぐに恋愛だなんだって方向に会話を持って行きたがる。やれやれ悪い奴じゃないんだけどなぁ……、それに、確かに夏樹は見た目だけなら可愛いけど、中身は乱暴者のお節介焼きで結構めんどくさい奴だぞ。

 

「達郎君、委員会はもう決めた?」

「あ、涼ヶ丘さん。まぁ……、一応」

 

 俺に話しかけてくれたのは涼ヶ丘雪子さん。大人しくて可憐で優しいクラスメイトの女の子だ。夏樹と同じバスケ部に所属していて、性格は真逆だけど二人は仲良しだ。女の子は不思議である。

 

「おう雪子ちゃん、こいつ生徒会に入るんだってよ」

「そっか……残念、達郎君と一緒に図書委員したかったな……」

「え? 涼ヶ丘さん……、それって……」

「はゎっ……? あれ、私何言ってんだろ、わ、忘れて~~っ」

 

 そう言って、涼ヶ丘さんは顔を赤くしながら席に戻って行った。すっごく可愛い……。

 

「なっ! なんだよ雪子ちゃんの今の感じ!? 達郎お前いつの間に雪子ちゃんも惚れさせてたのか!?」

「え? いや、そりゃ結構会話はするけど、え……今のって、そうなのかな……」

「うおぉ~~! 結局男は顔か~~!? 顔なのか~~!!」

 

 その日がきっかけだったのかもしれない。俺は気がつけばいつも、涼ヶ丘さんを目で追ってしまうようになった。

 

 その後、めでたく俺は書記として生徒会に入ることが出来た。学校行事以外の雑務も結構生徒会に回されて、思っていたより俺の仕事は多かった。ただ、俺はまだマシだと思う。紅葉院生徒会長は凄く忙しそうだった。

 

「ありがとうございます黒野君。重くないですか?」

「全然平気です。こういう仕事は俺に任せて下さい、いつでも力になりますよ」

「本当に助かります……」

 

 生徒会は俺と紅葉院先輩以外はまともに仕事をしない人達だったということもあり、真面目に雑用ばっかしてたら先輩とは少し仲良くなった。というか、女の子にこんな重い機材運ばせるなんて、酷い教師達だよ。

 

「先輩は、こんな風に学校の面倒事ばっか押し付けられて、腹が立ったりはしないんですか?」

「そうですね。正直、たまに逃げたいと思うことはありますけど、こういったことは誰かがやらなくてはいけないことですし、あまり考えないようにしています」

「良い人過ぎますよ先輩は」

「どうですかね……、実際は悪い人かもしれませんよ?」

「あはは……」

 

 紅葉院先輩が悪い人だったら、多分この学校の他の人は極悪人だと思いますよ……。

 

 

 やがて季節は変わり、夏になった。入学から二カ月が過ぎるとクラスでは囲いがあるみたいにそれぞれ仲良しグループがいくつか形成されていた。

 

 俺はあれから親しくなって名前呼びになった雪ちゃんや友新と一緒によく3人で昼食を食べる。たまに夏樹も混じったりするが、彼女は友達も多いので、たまにだ。

 

「達郎、今度から俺一緒に飯食わない方がいいか?」

「え? なんで?」

 

 ある日、友新からそんなことを言われる。

 

「だって、お前、雪子ちゃんのことが好きだろ? 相思相愛っぽいし、俺って邪魔者じゃん」

「う、いつから気付いてたんだよ……」

 

 そう、実は俺は雪ちゃんに想いを寄せていた。雪ちゃんはクラスでも一番可愛いし、一番良い子で、しかも分かりやすいくらい俺にアプローチしてくれていた。そんなの健全な男子高校生なら惚れてしまうのも当然だ。

 

「お前ら分かりやすいからな、ちょっと前には気付いたよ。ま、早く告白でもなんでもしろよな。あと夏樹ちゃんにはちゃんと筋を通せよ」

「は? 何でそこで夏樹が出てくるんだよ」

「……駄目だこりゃ。俺にはお手上げ」

 

 その日から、俺は雪ちゃんと二人だけで昼食をとる機会が増えた。夏樹と違って彼女は口うるさくも無いし、俺の事を弟扱いしないで一人の男として見てくれる。欠点らしい欠点は勉強が出来ないことぐらいだけどそこも可愛い。雪ちゃん繋がりで知り合った彼女のお姉さんとは廊下で会ったら少し会話する程度だが仲良くなれた。雪ちゃんと違って成績はトップクラスらしく、見た目も理知的でいかにも頭が良さそうだ。

 

「達郎君、今度の土曜日映画一緒に観に行かない? 嫌だったらいいんだけど……」

 

 ある日雪ちゃんからそんな誘いを受ける。これは俗に言うデートってやつなのでは? 

 

「いっ、嫌なわけ無いよ!」

「良かった……、男の子を遊びに誘うの初めてだから、ふー……緊張したぁ……」

「雪ちゃん……」

 

 きっと凄い勇気出して誘ってくれたんだろうな……、彼女との初デートは絶対に成功させようと心に誓い、やがてすぐにその日は来た。

 

 映画を観て、ショッピングを楽しんで、街を回ったあとは俺達は公園でクレープを食べていた。

 

「達郎君……」

「雪ちゃん……」

 

 公園のベンチで雑談していた俺達は良い雰囲気になった。雪ちゃんが目を閉じる。とても綺麗だ。俺は彼女の唇に吸い寄せられるようにそれを重ねた。ファーストキスは甘いクリームの味がした。こうして俺には初めての彼女が出来た。

 

 その後天気が悪くなり、俺達は大慌てで駅へと向かい、恥ずかしそうに笑う彼女を見送って俺は家に帰った。

 

 休み明けの朝、夏樹が起こしに来てくれなかったせいで危なく部活を遅刻しそうになった。恨む気持ちもあるが、そもそも俺が朝弱いのが悪いから文句も言い辛い。もやもやしていると、友新から話しかけられる。

 

「達郎、夏樹ちゃんに何か変わったこととかないか?」

「朝俺を起こしに来てくれなかった」

 

 半分冗談のようなものだったのだが、それを聞いた友新は真面目そうな、深刻そうな顔をした。

 

「実は、土曜日に宮本と二人でいるとこ誰かが目撃したって噂を聞いてな、彼女とは一緒に昼飯食っただけの仲だけど、不幸になったら寝覚めが悪い」

「宮本と夏樹が? なんかの間違いだろ」

「……それならいいけどな」

 

 俺のクラスには宮本武蔵と呼ばれているモデル顔負けのイケ面男子が居る。チャラチャラと軽薄そうな奴で周りに居るのも似たような奴ばっかり。俺とは住む世界が違う人種だからあまり関わったことは無い。

 

 あいつは普段から悪い噂の絶えない奴だ。中学の時女子を売春させてたとか、セフレが日別で30人いるとか、女絡みの黒い噂が多い。勿論俺とて全部の噂を信じている訳では無い、紅葉院先輩と男女の仲とか、文芸部で真面目に小説執筆してるとか、中にはありえないような噂も混じっているからだ。

 

 いくらなんでもそんな男とあの夏樹が休みの日に遊びに行くなんてありえない、そもそも接点が何もない。

 

 俺はそう思ったが、どうしてか不安な気持ちになった。そして昼休み、夏樹は俺では無く、宮本に会いにクラスにやって来て、二人で何処かへと行ってしまった。

 

「達郎君……、どうしたの? 何か怖い顔してる……」

「雪ちゃん、ちょっとごめん。行ってくる!」

「あ、うん……」

 

 あの馬鹿! 俺に心配かけさせやがって! 

 

 俺はクラスを飛び出して、二人を探した。中庭や屋上や食堂なら人が大勢いるから良い、探すなら人気のないところだ。杞憂ならそれでいい。それが一番いい! 

 

 嫌な予感というのは当たるものなのか、校舎裏に二人はいた。

 

「夏樹! ここに居たのか!」

 

 つい声を荒げてしまう。俺は夏樹を懸命に諭した。しかし、彼女は俺の言うことは信じず、宮本を庇った。宮本は我関せずとばかりに傍観している。訳の分からぬ状況だった。何で、ずっと一緒に居た俺では無く、今も知らんぷりしている最低男を庇うのか。

 

 その日から、俺と夏樹に生まれた溝は決定的になった。

 

 だけど、今までも喧嘩したことはいっぱいある。そのうち時間が経てばお互い頭も冷えて、すぐに前の様な関係に戻れると俺は信じていた。

 

 そんな俺の想いとは裏腹に、夏樹と俺は何日経っても疎遠状態だった。俺は、彼女の親友である雪ちゃんに夏樹の事を聞いた。

 

「雪ちゃんあのさ……夏樹、最近どうしてる?」

「夏樹ちゃん? 普通に元気だし、昨日も一緒に勉強したよ? 私頭悪いから……、てへへ……」

 

 普通に元気、その言葉にショックを受ける。あいつにとって、俺なんてどうでもいいってことが分かったからだ。

 

「そっか、それなら良かった。スタバかどっか?」

「ううん、宮本君の家で三人で勉強したの、…………ぁャベ」

「み、宮本の家で!? な、何で雪ちゃんがそんなとこに!?」

「えっとね……、わ、私も宮本君は怖くて嫌だったけど、夏樹ちゃんがどうしてもって言うし、断り切れなかったの。ごめんね? でも勉強しただけだよ?」

 

 夏樹自身が宮本と関わるのは良い。理解は出来ないけど、それは自己責任だと俺は納得は出来た。でも雪ちゃんを危険な目に合わせるなら、俺はそれを許容できない。だから今日、あいつの家に行こうと思った。俺は逃げないで夏樹ともう一度ちゃんと話すべきだ。もし宮本に何か弱みでも握られているのなら、俺が何としても助ける。あいつの幼馴染として。

 

 図書室で勉強して夕方、俺が帰ると家の前に夏樹のお父さんである圭吾さんがいた。

 

「こんにちは、夏樹帰ってますか?」

「ああこんにちは達郎君、夏樹はまだ帰ってないよ」

「そうですか」

 

 逆にちょうどいいかもしれない。俺は圭吾さんに、最近の夏樹について話した。俺からじゃなくて、圭吾さんの方から言って貰った方が、彼女も聞くと思ったからだ。

 

 圭吾さんは、真面目な夏樹が変な男に騙されているかもしれないことに半信半疑だったが、最終的には夏樹と話してみると言っていて、俺は少し安心した。

 

 

 試験期間に入っても、俺と夏樹の仲は戻らないままで、おまけに最近は校内でも宮本と仲良くしている姿が目撃されているらしい。

 

 俺は宮本を屋上へ呼び出した。相変わらず軽薄そうな笑みを浮かべ、どこか余裕を持って接してくる。

 

「夏樹のことだ。単刀直入に言うけど、あいつを弄ぶつもりなら今すぐ手を引け」

 

 返答によっては殴り合いも覚悟していた。だが、宮本は真剣な眼差しで俺に心情を吐露してくれた。全てを信じることは出来ないが、夏樹に相応しい男かどうか俺にはこいつを見定める義務があると思った。

 

 頭を下げて懇願する。夏樹が傷つきさえしなければそれで良い。彼女が幸せなら誰と仲良くなっても良い。筈なのだが、何故かこの時の俺は、胸がチクチクと痛んだ。

 

 

 夏休みが始まる。俺はまだ夏樹に会えないでいた。彼女の事を考える時間は次第に多くなり、幾度となくスマホを手にとって、結局連絡する勇気が出ずに放り投げる。

 

 ……夏樹に会いたい。

 

 彼女との思い出がいくつも頭をよぎる。勉強も運動も出来た夏樹は皆のヒーローで、小さい頃の俺は彼女の幼馴染として恥ずかしくないように努力しようとした。弟扱いじゃなく、いつか夏樹に認められたくて、そう思っていたはずなのに。

 

 いつの間にか、近すぎる彼女が煩わしくなって、幼馴染というぬるま湯の関係が心地よくて、自分の本当の気持ちを見て見ぬふりしていたんだ。

 

「夏樹っ夏樹っ……うっ」

 

 本当の俺は、夏樹を幼馴染とも、姉として見てたわけじゃなくて、一人の女の子として見ていて、そう想うこと自体が醜いものだと思っていたんだ。

 

 最低だ。そんなことに失ってから気付くなんて。いや、まだ本当に失ったわけじゃない。まだ、間に会う。自分の本当の気持ちに気付けた今ならっ……! 

 

 そんな中、雪ちゃんから遊園地デートの誘いが来た。俺は了承し、その時に彼女に本当の俺の気持ちを伝えようと思った。今まで中途半端な想いで雪ちゃんと付き合っていて本当に申し訳ないと思う。俺は最低の屑野郎だ。

 

 

 デートの日、雪ちゃんは暗い表情になっている俺を元気づけようとしながら、笑顔で接してくれていた。

 

 ここに来て、俺は未だに迷っていた。こんな可愛い彼女を捨てるのか? こんな良い子を泣かせるのか? 自分の中に居る弱く醜い俺が、妥協という選択肢を示してくる。俺が雪ちゃんに惹かれたのは事実、ならもういいのではないか。夏樹の事は忘れて、彼女に俺の人生の全てを注いでも良いのではないか? 

 

 俺が弱い自分に流されそうな時だった。俺は偶然にも、夏樹と宮本が笑顔で手を取り合ってデートしているのを見てしまった。

 

 その時、俺の中にどろどろとした黒い感情が生まれた。嫉妬心だ。何であいつなんだ。10年以上一緒に居た俺では無く、あんな会って半年も経って無い様なチャラついた男にっ……、夏樹! 

 

「達郎君……遊園地嫌いだった? ごめんね……私」

「違うんだ、雪ちゃんは悪くない、悪いのは俺なんだ。全部俺が最低だから……」

 

 雪ちゃんは心配そうに俺を見てくれている。本当に良い子だ。中途半端な気持ちで彼女を受けいれてこれ以上不幸せにするわけにはいかないと、俺は覚悟を決めた。

 

「雪ちゃん……ごめん、俺達別れよう……」

「ぴょっ……!? そ、そんな……どうして? 達郎君……」

「俺は、夏樹が好きなんだ。今更何言ってんだって思うかもしれないけど、さっき宮本と二人でいる夏樹を見てそう確信できた」

「そ、そんな……、酷いよ……、私、今日のデート楽しみにしてきたんだよ? いっぱいおめかしして、そ……それにキスだって初めてだったのに……、も、もしあれだったら、私の家今日誰もいないから……来ても良いよ?」

「ごめん」

「いやあの、ごめんっていうか……」

「今の俺は、夏樹の事しか考えられない、あのチャラついた男と今何しているのかとか、何で遊園地にいるのかとか、そんな事ばかりが頭をよぎるんだ」

 

 いっそ叩いてくれれば良かった。少しでも彼女の怒りが薄くなるならそれで良かった。なのに雪ちゃんは微笑んでいた。

 

「……達郎君、夏樹ちゃんとのこと、応援するね?」

「雪ちゃん……ありがとう。本当にごめんなさいっ」

「いいの、達郎君は、いっぱい、私に思い出をくれたから……」

 

 俺は泣いた。遊園地の中、多くの人が歩く往来で、声を出して泣いた。彼女の優しさが胸に染み渡る。

 

 俺が泣きやんだ頃には、彼女はもういなかった。先に帰るねと言い残し、立ち去って行った。

 

 一つの物語が終わりを告げた。だけど、俺は後悔はしていない、本当の自分の気持ちに向き合えて、ゴールが見えた気がしたからだ。

 

 家に帰ったら、今度こそ夏樹に連絡をしよう。もう俺は迷わない。大事な物を見失わない──! 

 

 

 ◇◇◇

 

 

 こんばんわん。長谷田高校一のチャラ男と名高い軽薄男です。私は今、自宅近くにある学生御用達スターバックスへと足を運んでおります。目の前には暗い顔の雪子が座っております。時刻は夜の9時、ちなみに営業時間は11時までです。

 

 俺は彼女の前にタンブラーを置く。

 

「……何だよこれ?」

「カフェラテ、俺の奢りだからありがたく飲みな」

「ショートかよ、ケチくさ……、礼は言わないからな」

「YEAR」

 

 いつもの傍若無人さは鳴りを潜め……てはいないけど、声に元気が無いし本気でへこんでそうな雪子さん。急に泊めてくれとかメッセージが来た時は少し驚いたが、恐らく達郎君と喧嘩でもしたのだろうと俺は結論付け、取りあえず話を聞こうとここで待ち合わせたのである。

 

「で、何があったの?」

「ガラスの心に傷が入りすぎて言いたくない、お前に出来ることは私を誉めたたえつつ優しく慰めることだけだ」

「いいでしょう。得意分野です」

 

 俺はチーズケーキにフォークを差しながらそう言った。正直DUSL帰りで疲れて眠いけど、夏樹ちゃんとの楽しい遊園地デートも元を辿れば雪子のおかげなので、感謝の気持ちを込めてあと2時間くらいは優しく接することにした。

 

「雪子は魅力的な女の子だよ。嘘つきだけど誰かを傷つけてる訳でもないし、演技派だけど自分を可愛く見せようと努力しているし、勉強が苦手でも投げだしてる訳でもないし、自分の好きな事には一生懸命で、本気でバスケに打ち込んでるし」

「……うっ」

「お前は自分の素を見せたら周りに嫌われると思ってるようだけど、多分そんなこと無いと思うぞ。夏樹ちゃんも達郎君も、雪子を好きになったのはそういうとこじゃ無いと思いますし」

「……二人の名前だすの禁止だ馬鹿ぁ」

 

 地雷を踏んだ模様。やっぱ原因は達郎君か、あれ? 夏樹ちゃんも? よく分からんぞ。

 

「雑談だけど、野球部の星野っているじゃん。あいつ将来の夢はAV男優だって吹聴してるし、学校にエロ本持ち込んだりしてるから女子からも男子からも距離を置かれてるけど、俺は結構好感持ってるんだよね」

「それはお前もスケベ野郎だからだろ」

「いや、自分に嘘つかない生き方ってカッコいいと思うんだ。あいつの周りにいる男子は似たような変態ばっかだからこそお互い通じ合ってるように思う。むしろ女子の目を気にして表だっては星野を批判してる癖に裏でこっそりAV借りてる奴等の方がダサいと思う」

「はは、それは確かにダサい」

「まぁさ、雪子も自分を抑えて生きてるんだから、それで親しい人と歯車が噛みあわなくなるのもしょうがないだろ。本音をぶつけてみろなんて熱血教師みたいな事言わないけどさ、そもそもお前が思ってるより素のお前も十分可愛いぞ」

「……適当な事言いやがって、お前だって私の本性見て距離置いた癖に」

「あれはお前が俺の愛刀無名兼重を噛んだからやろがいっ!」

 

 未だにトラウマになってんだよ。おかげで最中にふと思い出して縮む時あるんだからな。

 

 しんみりムードの場に少し明るさが出た気がする。暗い顔で俯いてた雪子も空元気だろうが多少は精神的に回復したようだ。結局ね下ネタなんすよ会話は! 

 

「実は達郎に振られた……」

「えぇっ……? もしかしてまた……」

「そこまでいってねーよ、キスまでだけど、はぁ~~……」

 

 長い溜息を吐く雪子、喧嘩かと思いきや破局していた。けど、案外一時的なものだったりするんじゃない? 1日だけ喧嘩別れして次の日何事も無かったかのように付き合いだすカップルを俺は数多く見てきたのだ。

 

 その後、30分程度雪子の愚痴は続く、何がいけなかったのだろうとか自問自答している中優しく慰める。話を纏めると、どうやら達郎君は夏樹ちゃんが好きだと気付き雪子を振った模様。贅沢だなぁ……。

 

「このままだと夏樹とられるかもな。どうすんだ?」

「別に何も、決めるのは夏樹ちゃんだし、俺は常に全力を尽くすだけだ」

「お前、女絡みだと潔いというかなんというか変な奴だよなほんと」

 

 そう言って雪子は呆れたように笑った。取りあえず泣きそうだった顔は笑顔に出来たので、俺のミッションもコンプリートしたということでいいかな。

 

「じゃ、そろそろ帰るか、バイクで家まで送ってやるよ」

「何言ってんだ、今日泊まるって言っただろ?」

「え?」

「いや、え? じゃなくて、いいだろ別に失恋で傷心中なんだから慰めろ」

「身体で?」

「……いや、それは流石に夏樹に悪いし……、え? 冗談だよな?」

「冗談だよ」

「……くそ馬鹿」

 

 しかし雪子は俺の家に泊まりに来るという方針は変えない模様、別にいいっちゃ良いんだけどさ、マジで夏樹ちゃんには言うなよ? デート後に彼女の親友を家に泊めたなんて事がバレたら大ごとだぞ? まぁ万が一バレたら雪子がフラれて傷心中だったって最低限の言いわけはするけどさ。

 

 実際一人暮らししてると、誰であっても家に来るのは嬉しいもんだ。なまじうちの家は広いから余計ね。

 

 そんなわけで自室に失恋中の同級生の美少女を連れ込んだ俺であった。エロい事はしません。

 

「失恋した後はこれに限る」

 

 そう言って俺はゲーム機の電源をつける。

 

「何すんの?」

「マリオカート、辛い時はバイクに乗るのが一番だけど、雪子免許持ってないだろ? これで疑似体験しろ」

「お前、やっぱ馬鹿だろ」

 

 俺は小さい時に田舎の従兄の家ではしゃぎながらゲームした時のように童心に帰りながら、その晩は雪子とゲームをして遊んだ。

 

 お菓子を食べながら、炭酸飲料を飲みながら、画面を注視して、眠い目を擦りながら俺達は騒いだ。

 

 ふと横を見ると、雪子は泣いていた。俺は見ないふりをしつつ、彼女のキャラが運転するバイクに赤甲羅を当てるのは勘弁してやった。

 

 その後格闘ゲームなんかもやりつつ深夜になって宴もたけなわとなったので、ベッドを彼女にとられた俺はキャンプ用の寝袋を敷いてカーペットの上で寝た。

 

 

 

 はー……良かった、実は俺の中の悪魔が暴走しそうで危なかったけどきちんと理性が働いてくれた。そして遊園地デートのおかげで身体に疲れが溜まっていたことも幸いして、俺はなんとか雪子に手を出さずに就寝することが出来たのだった。

 

 とっても密度の濃い1日でしたけど、楽しかったです。まる。



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10話 諦めたらそこで試合は終了

 スマホのアラーム音で目を覚まし、身体を起こして欠伸と伸びを一つ。ベッドを見ると俺が貸したスウェットとトレーナー着た雪子が寝息をたてていた。

 

 すっぴんな女の子の寝顔というのは基本的には見るとがっかりするマーライオンのようなものなのだが、雪子の顔立ちは年齢より幼く見える上にかなり整っていることもあって、普段の邪智暴虐さは微塵も感じられぬ天使のような愛くるしさを醸し出していた。可愛いやん。

 

 いつもの俺の朝食はコンビニで買った適当なパンを食べるだけなのだが、女の子が泊まった時はそうもいかないのでキッチンに出向いてウインナーと目玉焼きとコーヒーとサラダくらいは作り始める。

 

 料理とは呼べないような簡単な作業を行っているとやがて雪子も起きだしてきた。おそらくコーヒーメーカーのミル挽きの音がうるさかったのであろう。

 

「おはよう、枕が違えどよく寝れたかい?」

「男の布団に初めて寝たけどすげームラムラして中々寝付けなかった……」

「正直は美徳だけど我が家の朝は下ネタ禁止してるから勘弁して」

 

 彼女が洗面所に行って最低限の朝の身だしなみを整えてる中、こちらも最低限の朝食を完成させ、テーブルの上に並べる。

 

「おあがりよ!」

「ぱくむしゃごっくん。御馳走様でした」

「お粗末!」

 

 朝食を終え、一息つく。取りあえず、雪子を軽く観察した程度だと、昨日のショックが目に見えて心を蝕んでいる様子では無い。勿論失恋ダメージはあるだろうが、自傷行為に走ったり、メンタルクリニックで処方箋が必要な鬱状態という訳でもなさそうなので、これ以上俺に何か出来ることは無いなと感じる。

 

「今日午後から部活あるっしょ? 一旦家帰るなら送ってこーか?」

「いや、大丈夫。電車で帰るよ、ありがとな」

「分かった。あと何度もしつこく言いますけど今回の件は夏樹ちゃんには秘密にしてね」

「信用ねーなぁ……、はー……部活で夏樹と会うのか……この複雑な感情をなんて名付ければいいんだ……」

「酸いも甘いも噛みしめて大人の女になりな」

 

 などの他愛も無いやりとりを経て、チャラ男くん、一晩泊めてくれてありがと! ちゅ! みたいなドラマチックな展開は一切なく、朝寄りの昼くらいの時間に雪子は言葉少なめに帰って行った。バイバイラスカル……。

 

 

◇◇◇

 

 

 次の日、俺は久し振りに実家に帰省した。久々だと圧を感じる立派な門を通り、玄関の扉を開けると奥からダッダッダッと駆けてくる獣、まず最初に出迎えしてくれるのは愛犬兼番犬のセントバーナードのイヌタロー。うおぉ! おまっチャラ男久しぶりやんけっ! よっしゃわいの舐めテクみせたるわ! っと三回くらいその場を回った後俺に飛びついてべろんちょべろんちょしてくる。

 

 全力の愛を注いでくれているイヌタローとは違い、三毛猫のタマの方は、どちらさまでしょニャン? っといった顔をしてくる。中学卒業以来だから約3カ月以上会ってないからってそのつれない態度はあんまりじゃない?

 

「ふむ、四季、帰って来たか」

「父さん久しぶりです」

 

 実は俺は中学の頃の女遊びが祟って実家から気持ち2割くらいは勘当状態となっている。その為、久々の親子対面だというのにちょっとよそよそしい。

 

 え? てか四季って何? 誰? 新キャラ? っとタマも疑問視してくるので答えると、俺の本名は宮園四季と書いて、しき君と呼ぶのだ。ちょっと変わってるでしょ。

 

 しき、って名前が微妙に言い辛いのと、かの有名な宮本武蔵のあだ名が先行して、いつしか会う人皆からは宮本宮本呼ばれているけど、まぁ本名はそういう訳なんです。

 

「気にせずいつも通りにチャラ男って呼んでねタマ」

「ニャー」

 

 居間に通された俺は父さんと母さんが見守る中、他愛も無い近況報告を並べたてる。前期の通知表を渡すと一瞬渋い顔をされたが、まぁ想定の範囲内だった模様で「もう少し勉学に精を出すようにしなさい」とお小言を言われる。「代わりにうちの生徒会長には精を出しました」などとふざけたことが言えたらどんなに楽か。そんなこと言ったら怒られるから言わないけどね。

 

 俺が実家から遠い高校で一人暮らしする事に決まった時は嬉々とした雰囲気だった両親も、久しぶりに駄目な息子と会ったのはそこそこ喜ばしいのか「高校生活は楽しいか?」とか「何か必要な物があったら気兼ねせずに連絡するんだぞ?」とか優しい言葉をかけてくる。ダディ……マミィ……あったけぇ……。

 

 俺は膝の上で丸まるタマを撫でながら両親の温かみを一身に味わった。

 

 その後、晩飯は久々に家族水入らずでこのクソ暑い中皆で焼き肉を囲んだ。温和な性格である大学生の兄さんと、ちょっと生意気に育った妹とも雑談を楽しみつつ、やっぱ夏休みはたまんねぇなぁと俺は御満悦だった。

 

 

◇◇◇

 

 

 最近特に人生が楽しい。未知との遭遇を楽しむ先の見えない大海原の様な高校生活。軽薄クソ男メリー号は順風の中いくつもの島を巡り、特に嵐も化け物にも逢わずに秘宝や財宝だけはしっかり頂いていた。

 

 愛すべき者との逢瀬の日々、頼れる仲間達との他愛も無い日常、すれ違っていた家族との感動の再会。なんかもー俺って神様に愛されてね? 等と浮かれてしまうくらいには笑顔の毎日である。俺を産んでくれた両親には感謝の念が堪えませんなうははーっ!

 

 夏樹ちゃんとの遊園地デートは性交は無いけど大成功、軽男や春香達とは相変わらず馬鹿やって遊んで、とーちゃんかーちゃんとの溝もだいぶ埋まった。特に心配ごとも無く、ちゃっかり夏休みの宿題もほとんど終わらせてあるので残りの休みもエンジョイしてくだけなのだ。

 

 ハッキリ言って、俺は調子に乗っていた。

 

 そして、そんな、幸せな、日常は、唐突に、終わりを、告げるのだった……。

 

「宮本君……大事なお話があります……」

「秋葉さん……、なんでしょうか?」

 

 ある日の昼、秋葉さんは俺の家に来て早々深刻そうな顔でそんなことを言うので、最近誰ともヤってなくてリビドーが溜まっている俺は、彼女を襲いたくなる衝動を抑えて話を真面目に聞こうと姿勢を正した。

 

「もう、ここに来るのは最後にしようと思うのです……」

 

 ダッダッダッダーンッ!!!

 

 俺の頭の中にいるベートーさんが交響曲第五番運命を弾き散らす。

 

 いつか来るとは思っていた別れの言葉。覚悟はしていたが、その言葉の重みは俺の心にのしかかる。

 

 秋葉さんにとって、俺とこの家は只の逃げ道。彼女が精神的に成長し、屑男という名のサンドバックを必要とせずにストレス解消出来るなら、それは喜ばしいことであり、本来なら祝福すべきことだ。

 

 ぶっちゃけ秋葉さんの実家である紅葉院家はガチで名家っぽく、彼女の婿養子になる人とかも、彼女が幼いときから既に相手は決まってるらしいので、ハッキリ言って俺達のこの関係は時間制限付きだということは俺も承知していた。親バレか、秋葉さんの方でマズいと思ったら即強制終了である。

 

 駆け落ち? 略奪愛? 現実はそんな甘くない。親に敷かれたレールとは、子供は文句を言わずに乗るモノである。俺達につきつけられる選択肢は常に一つなのだ。

 

 でも正直大学生くらいまではなんとかこの秘密の関係を継続していけるんじゃないかと甘く見てたー、くーっ!

 

「どうして……ですか? 理由を教えてください」

「先日、婚約者の方と初めてお会いしてきました。今後は、これまで以上に家のしがらみも増えるでしょうし、花嫁修業もしなくてはなりませんから、自由な時間はほとんどなくなります……」

「だから俺とはもう会えないんですか……?」

「……そうです。これ以上宮本君に迷惑をかけるわけにもいきません。それに……これ以上一緒に居たら、きっと私は貴方の事を……本気で……」

 

 その先の言葉は彼女からは出なかった。

 

 結ばれない運命。俺にもう少し甲斐性と勇気があれば!

 

 俺は悔しいやら情けないやら、こんなことなら雪子と関係持っても良かったんじゃないかいやそれはマズいかやら、色々と考えてしまっていた。

 

 だが、まぁ秋葉さんが決めたのならしょうがない。

 

「……分かりました。秋葉さん……最後に俺に、何かして欲しいことはありませんか?」

 

 俺は彼女を気遣ったフリをしつつ、どうにも未練がましい事を言った。最後にさ、ほら、あれしよう? ゲームじゃないよ? ほら、あれ!

 

「最後に宮本君と、……普通の学生のように遊んでみたいです」

「デートですね。よし、善は急げです。行きましょう」

 

 今まで俺は、秋葉さんとデートをしたことが無かった。俺も彼女も見た目がいい為少なからず人目を引いてしまうので、多分遠目にでも誰だか分かる。もし同じ高校の奴にバレたら洒落にならん。俺は兎も角、紅葉院家の耳に入ったら多分とんでもないことになるだろう。フライデーも真っ青な特大スクープである。

 

 年頃の女の子がそこらの一般男子学生とデートしたら大問題になるって、全く時代錯誤な家がこの令和の世にまだ残ってるものである。

 

 だから彼女にとっての逃げ先は、軽薄男の住むマンションの3LDKのあの部屋だけだった。狭い世界である。だが、可哀相だとか哀れに思う気持ちは一切ない。俺の小さいものさしで秋葉さんの人生を語るのはおこがましい。

 

 俺達は街を回る。取りあえず無難に水族館に行った。俗世間からだいぶ離れている秋葉さんも、水族館なら家族と行ったことがあったらしくペンギンショーやイルカショーを見たいとはしゃいでいた。

 

 俺の前で、歳相応にあどけない笑顔を浮かべている秋葉さん。俺もそれに習って全力で楽しみながら海の生き物達を見て回って行く。ギョギョ~!

 

 

◇◇◇

 

 

 水族館を出た俺は秋葉さんを横に連れながら、歓楽街の方に向かっていた。

 

「秋葉さん、少し休憩しませんか?」

「……はい。私も、少し疲れましたので、是非……」

 

 ……最後に思い出を下さい。小さい声で呟いた秋葉さんと一緒に、俺は大人の宿へと足を進めた。

 

 受付にいる気だるげなお兄さんと会話を済ませた後、俺は適当な部屋を選んで歩みを進めていく。

 

 室内に入った後は、まぁお察しのおせっせが始まる。

 

 部屋には勿論備え付きでゴムゴムの装備品が置いてあるが、俺は自分のグローブじゃないと調子が出ないプロボーラーのような変なこだわりがあるので、しっかり自分で持参したごく薄のを装着する。

 

 秋葉さんを求めつつ、俺は、嫌やーこれで終わりなんて嫌なんやー! っとひたすら駄々をこねた。

 

 男のプライド? そんなしょーもない物はゴミ箱にポーイっ! 秋葉さんと別れたくない愛してるんです俺を捨てないで下さいと縋りながら行為を終える。

 

 だって、ほら、それに秋葉さんもさ、まだ俺の家のゲームで世界救って無いじゃん? こんな消化不良嫌でしょ? クリアまで頑張れ頑張れ。

 

 あと、ストレス解消するもの無いから根本的解決になってないよね? いつかまた同じような事起きちゃうよね? だから秋葉さん! もう少しだけでも!

 

 俺の想いはちゃんと通じた様で、ピロートークの中、本気で呆れつつ、ちょっと満更でも無さそうな秋葉さんから声をかけられる。

 

「本当に貴方はしょうがないですね……、月に一回くらいなら……」

「え? 会ってくれるんですか!?」

 

 俺の問いかけにこくんと頷く秋葉さん。ゴネ得ッ……! 圧倒的ゴネ得ッ……! 

 

 俺は心の中で狂喜乱舞の全力ガッツポーズをした。

 

 絶望の中にも一筋の希望はきっと残されていると、俺はこの日、世界もまだまだ捨てたもんじゃないと思った。パンドラの箱の中にあるのは災厄のみでは無い。それを摑めるかどうかは、どこまでいっても人の想いということだ。

 

「ちなみに婚約者の方ってどんな人だったんですか?」

「良い子でしたよ。大人しくて控えめで……」

「ん??」

「あ、まだ相手小学生の男の子なんです。正式に婚姻するのは、恐らく数年後になりますね……」

 

 おねショタかよ。婚約者がこんなに綺麗な年上お姉さんとか羨ましい奴だなぁ。やっぱ金持ちはクソ。

 

 

◇◇◇

 

 

 軽薄クソ男がそんな日常を送っている同時刻、二人の男女は久し振りに正面から対峙していた。

 

「達郎……、急に話って……何?」

 

 戸惑いながらも問いかける少女の名は夏樹。黒髪を束ねたポニーテールが特徴的な少女である。

 

「夏樹……」

 

 彼女の名前を呼んだのは黒野達郎。夏樹の幼馴染にして、彼女の初恋の相手でもある。

 

「直接話したいことがあるんだ……」

 

 達郎はなけなしの勇気を振り絞り、メッセージにて彼女を近くの公園に呼びだした。周りに人もいない、彼は、ここがまるで世界に二人だけになったかのような隔絶された空間に感じた。勿論実際そんな事は無い、人は確かに見受けられないが、視界の隅にはたまに自動車や空を飛びまわる小鳥なども飛んでいる。

 

 覚悟を決めて、達郎は語りだす。

 

 パンドラの箱の中にあるのは災厄だけでは無い、希望を摑めるかどうかは、あくまで人の意志である。

 

 



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11話 若き夏樹の悩み

 楽しかった遊園地デートももう三日前の話。スマホを持ってDUSLで撮った写真を眺めていると、LINE通知が届いた。送り主を見ると、私の幼馴染である達郎。最近疎遠になっていた達郎からの突然のメッセージは、一度会って話がしたいという内容だった。

 

 正直言うと、あまり会いたくない。最後の会話はほぼ口喧嘩だったから、会って何を言われるのか分からないし。それにもう一カ月近く経ったとはいえ、失恋をした時の重苦しい気持ちをまた思い出してしまう可能性もあるからだ。

 

 それでも私が会いに行ったのは、また昔みたいに、つまらないことで笑ったり、しょーもない事で怒ったり、そんな平凡だけど価値のある日常を、また……幼馴染として紡いでいくことが出来るかもしれないという期待があったからだ。

 

 夕方の公園はほとんど人の気配が無くて閑散としていた。そして私は、本当に久しぶりに……達郎と対峙した。

 

「まずは、本当にごめん。以前、宮本の事をよく知りもせずに悪く言って、夏樹に怒鳴っちゃったこと……」

 

 そう言って、達郎は頭を下げる。その姿を見て、心の底からホッとする。達郎は喧嘩をしに来たわけじゃない、なんというか、もっと平和な話をしに私に会いに来てくれたんだと嬉しくなる。

 

「俺も、あの後に気付いたんだ。もしよく知らない奴に友新のことや夏樹のことを悪く言われたら、俺だって怒るって……」

「……別にあの件は、私も怒鳴り返しちゃったし、こっちこそごめんね?」

 

 良かった……。普通に会話出来て、普通に謝る事が出来た。胸も痛くないし、今まで通り、そして昔通りに達郎と話せている。

 

「いや、悪いのはこっちだ。ごめん」

「もういいわよ。私の事が心配だっただけなんでしょ?」

「それでも、夏樹にも宮本にも悪い事をしたと思ってる」

 

 どこかぎこちない謝罪だけど、お互いが反省していることはお互いが感じ取れた。これで、ひとまず仲直りは出来た様に思う。

 

「あいつもさ……、別に怒って無かったわよ。達郎君が俺の事悪く言ってもしょうがないって、笑ってた」

「実際、宮本はどういう奴なんだ? 夏樹の口から聞かせてほしい」

 

 達郎は、真剣な目でそう問いかけてくる。だから私も真剣に、そして正直に話すことにした。

 

「確かに発言は軽いし、見た目はチャラいし、馬鹿だけど、噂とは真逆な奴よ。紳士だし、優しくて気配りも上手で、他人の痛みを自分の事のように心配出来て、傷ついてる相手の傍に寄り添える人間だと思う……」

「そうか……、俺が思ってたのは全部、只の杞憂だったんだな」

「ま、しょーがないわよね。私も最初はずっと、軽薄そうなチャラ男だと思って嫌悪感あったし!」

 

 ははは……、と軽く二人で笑い合う。

 

「二人はそのさ、付き合ってるのか? もう、キスとかしてるのか……?」

「つ、付き合っては……ないけど、てゆーか下世話よ? さっきも言ったけどあいつは見た目より紳士だから、達郎が心配するようなことないから!」

「そうか! そうなんだ……!」

 

 キス……、キスかぁ……、いやだってまだ仲良くなってからそんな経ってないし、やっぱそういうのってきちんと告白をして付き合ったその後で順序を踏んでからするものだと思うし! いやでもしたくないかと言われたらそりゃ興味はあるというかないというかだけど……。って、なんで私があいつとのキスについて悩まないといけないのよ……。

 

「夏樹、今度俺と二人で遊びにいかないか……?」

「……えぇ!?」

「俺は、夏樹と二人で遊びに行きたいんだ!」

 

 突然の達郎からの提案。その剣幕に押され、「ちょ、ちょっと待ってね」っと予定帳を開いて、現段階での8月の予定を見て顔が熱くなる。

 

 い、いつのまにか部活以外のほとんどの予定がハートマークで埋め尽くされている……!? そのマークの意味は先ほど会話に出た彼とのデートの予定日である。自分でも気付かなかった……。明日のハートマークの下に、小さい文字で"彼とカラオケ♡"とか改めて冷静に見返すと……恥っっずっっ!!

 

 落ち着け落ち着け、素数を数えて落ち着け……、1、2、3、4、5、よし落ち着いたわ。

 

 8月末の方はちょっと予定は空けているけど……、これは、おそらく夏休みの宿題が終わらずに泣きついて来ると予想される雪子の救済予定日なのよね。……ん? 雪子? ……って、あ!

 

「ちょっと達郎! 雪子がいるのに私と二人で遊ぶのは駄目でしょ!」

 

 そうだった。達郎は私の親友の雪子と恋人同士なんだから、いくら幼馴染でも……、いやむしろ幼馴染だからこそ二人っきりで遊んじゃ駄目だろう。雪子からしたら浮気者と泥棒猫のアンハッピーセットだ。

 

「雪ちゃんとは、別れた……」

「……え!? な、なんで!?」

「それは……、俺が、最低だから、雪ちゃんは何も悪くない、只俺が……本当に好きな人に気づけたから……」

「なっ!?」

 

 なんだそりゃ。可愛くて性格良くて大人しい雪子と別れた? しかも原因が彼女にあるわけでは無く、達郎が他の女を好きになったせいらしい。

 

 ふざけてんのか、と口から出そうになるのを咄嗟に止めた。何故ならそれを語る達郎の姿がとても辛そうで、俯きながら歯を食いしばる様子は自分を責めている様で、その姿を見て、私には何も言う資格なんて無いと気付く事が出来たからだ。

 

 恋人同士である達郎と雪子が悩んで、それで別れてしまったのなら、いくら彼女の親友だろうとも、外野の私が口を挟む資格はないのだ。

 

「……あー、こういう時なんて声かけたらいいか分からないけど、二人が決めたことならそういうのもしょうがないと思う」

「雪ちゃんは……、部活ではどんな様子だった?」

「……正直、全然普段通りに見えた。いや、むしろ最近はいつも以上にバスケに全力で取り組んでたように思う……、あ……」

 

 そうか、だから最近あんなに頑張っていたのか……、達郎の話を聞いて、最近の彼女の部活に対する熱量の理由がなんなのか、腑に落ちた。

 

 雪子が一番辛い時に気付かないなんて、親友失格だ私……。

 

 空気が重苦しい物になり、まだ日は沈んでもいない夕方の時間なのに、この場が薄暗くなっていくような、私はそんな錯覚をした。

 

「それで、その……夏樹!!」

「は、はい!」

 

 暗い雰囲気を霧散させるような達郎の突然の大声に、咄嗟に返事をする。

 

「俺はずっと一緒にいたお前が好きなんだ! 夏樹の笑顔に元気を貰えて、夏樹に認められたくて努力して、だから夏樹、俺と付き合ってくれ!」

「え? えええっ!?」

 

 それは、真っ直ぐな告白だった。達郎の想いが、音となって、言葉となって、私に一直線に向かってきた。

 

 沈黙が場を支配する。

 

 私は、長い間ずっと達郎に恋をしていた。ずっと隣に居た彼と一緒になることを夢見て、やがて二人は夫婦になって幸せになれるんじゃないか、などとおぼろげな未来を想像していた。

 

 きっと、この告白は、以前の私にとってはきっと涙が出るくらい嬉しいもので、うんと返事をしただけで幸せな日々が待っていたのだと思う。

 

 だからだろうか、私は茶化したり誤魔化したりしないで、いつもみたいに逃げたりせずに、いつもと違って素直な想いで返事をしたいと思った。

 

「……達郎の気持ち、凄い嬉しい。私も思ってた……達郎が頑張ってる姿を見て、立派だなぁ凄いなぁ……私ももっと頑張りたいなぁって。ほかにも物語みたいに、ずっと一緒だった幼馴染の二人は幸せな家庭を持って過ごしましためでたしめでたし、とか想像したこともあったわ。今思うと恥ずかしいけどね」

「夏樹! じゃあ!」

「でも、ごめんね。達郎の気持ちには応えられない」

「……っ」

 

 本当に嬉しく思う。私が好きだった人が、私の事を好きになってくれたこと。その事実が、ただ嬉しい。

 

「もしかして断る理由は……親友の雪ちゃんを気遣ってるのか? あの子も応援してくれていた。俺と夏樹のこと……、だから――」

「本当にごめん私、今好きな人が居るの……」

「うぐ……」

 

 確かに雪子に悪いとか思う気持ちもある。けどそれ以上に、私は今、彼のことしか考えられない。今何してるのか気になってついLINEを送っちゃったり、一緒にデートして笑いあったり、不意に手を繋がれて胸がドキドキしたり、二人で撮った写真を見てニヤニヤしちゃったり、男女の行きつく先を妄想して夜に布団の中で……、いやうん。つ、つまりはそういう訳なのだ。今の私にとっては彼と過ごす日常が、一番好きになってしまったのだ。

 

 いやなにこれ一人脳内羞恥プレイ……?

 

「そんなに宮本が好きなのか……?」

「はぁ!? 相手があいつだなんて、べっ別に言ってないでしょ!」

「……まだ、夏樹と宮本が会ってそんなに経ってないだろ? 確かに悪い奴じゃないような気はする……。だけど、それでも黒い噂はいっぱい聞いてるんだ。本当に大丈夫なのか?」

「ちょっと、また喧嘩したいの?」

「いや……ごめん、そんなつもりはないんだ……」

 

 うっ、少し言い方冷たかったかな。多分、私はあいつの一番近くにいるから良いところも駄目なところも分かってきたと思うんだけど、他の人から見たら多分そうは見えてないし分からないのよね……、だって実際言動もなにもかもチャラいし……。

 

 多分彼は、誰にでも優しいし、カッコつけで女の子の前でいいとこばっか見せようとするような奴だし……、おまけにスキンシップも多いし……、あとおまけに顔が良いし。男の子から見たら良い顔はされないと思う。

 

「と、とにかく、ごめん、達郎の気持ちは嬉しいけど、その……応えられないからっ!」

 

 言った。言ってしまった拒絶の言葉。なんというか、自分でも驚くくらい軽い気がする。ずっと片思いしてきた男の子に告白されて、それを断るんだからもっと愛しさとか切なさとか、形容し辛い感情が溢れ出るものかと思ったのに、達郎の告白が急すぎたから? それとも自分で思ってるより、あの軽薄男のことしか見えなくなってるのかな? 

 

 頭の中で、「全く夏樹ちゃんは俺のことが好き過ぎてしょうがないなぁ……」とか言って生暖かい目で見てくる奴の顔が浮かんでくる。ちょ、今は真面目な話をしてるんだからあんたは出てくるんじゃない!

 

「……それでも、それでも俺は夏樹を諦められない! 頼むせめてチャンスをくれ! 月に一回でいいから俺とデートしてくれ、頼む!」

「あー……、えっと……」

 

 なんだろう、達郎の諦めが悪い所、すごい好きだったのに、こうやって私に頭下げながら縋るような目で見られるのは少し嫌だなと感じる。もしここにいるのがあいつだったら、多分もっと潔く諦めるんだろうな……とか、つい比較しちゃう……。不本意だけどいつも私は手玉に取られてるし、あいつが女の子にぺこぺこしている姿が想像出来ない……。あー……また奴の事考えちゃった。あっちいって!

 

「ごめんね? 達郎のことが嫌な訳じゃなくて、好きな男の子以外と二人で遊ぶのに私が罪悪感あるだけなの。だから、そういうことは出来ないけど、えっと、今まで通りの関係は無理かもしれないけど、幼馴染として普通に接するようにするから、それじゃ駄目?」

「嫌だ……やっと自分の気持ちに正直に向き合うことが出来たんだ。俺は、夏樹以外は考えられない……」

「そ、その気持ちは凄い嬉しいんだけど」

 

 やばい。堂々巡りだ。

 

「……しつこくて悪かった。俺、気持ち押し付け過ぎだよな」

 

 困惑する私を見て少しは冷静になったのか、達郎は少し気まずそうに再度謝った。

 

「今日は、俺の気持ちを伝えたかっただけなんだ……だからもし、宮本と上手くいかなかったら教えてくれ。ずっと待ってるから、ずっと……」

「あ、うん。……え? いやいや、私のことはもう諦めて次の恋に向かった方が……」

「そんな簡単に諦められないくらい、夏樹は俺にとって大事な女の子なんだ……。恥ずかしい事言っちゃったな……、先に、帰るよ。今日はありがとう」

 

 そう言い残して、達郎は去って行った。帰る方向が同じだから気まずくなることを危惧した私は、しばらく一人公園で夕陽を見て黄昏ながら家に帰った。

 

 私が失恋した時は、慰めてくれる人がいたからまだ良かったけど、達郎もあの時の私のように今頃一人で心が痛くなってるのかと想像すると、私も後から罪悪感が胸の奥にチクチクと刺さってきた。

 

 なんでこうなっちゃうのかなぁ……。

 

 

◇◇◇

 

 

 次の日の朝、私は前日の事で気が重くなりながら部活へ行き、練習中に色々余計な事を考えてしまったせいで、集中力が足りないと雪子に注意された。

 

「何か悩み事でもあるの? 相談なら乗るよ?」

「ごめん、集中する。よし、声出してこー!!」

 

 雪子と達郎が別れたことは何も聞かずに知らないふりをした。勿論雪子には達郎のことを相談することも出来ない。

 

 バスケは良い。全力で走れば、余計なことも考えずに済む。

 

 

 部活が終わって、一緒に帰ってた友達と途中で別れて、私は彼と待ち合わせていたカラオケ店へと足を運んだ。

 

 いつのまにかこうやって二人っきりで遊ぶのも当たり前みたくなっちゃったな。

 

 彼と合流し、受付を済ませる為カウンターへ。

 

「夏樹ちゃん3時間でいい?」

「あ、うん」

 

 相談……、したいなぁ……。

 

 カラオケボックスに入ってからも、私はそんな風にうじうじと悩んでいたのだが……。

 

「夏樹~♪ MY LOVE SO SWEET~♪」

「は、恥ずかしいから止めろっっ!!! 名曲を汚すなっっ!!」

 

 こ、この男、羞恥心とかないのだろうか、替え歌歌詞で相手の名前を入れる頭のネジが外れた奴なんて都市伝説かと思ったらこんな身近にいたとは……。しかも無駄に上手いのがムカつく!

 

 くっ、くそう、個室に二人っきりだから、こんなバカみたいなことでも意識しちゃう自分が嫌だ! 恋は盲目ってレベルじゃないでしょ……! 

 

「俺さぁ、歌ってる途中でタンバリンとかマラカス振られるの嫌いなんだけど、夏樹ちゃんはどう?」

「何そのこだわり、いや、まぁうるさいとは思う時あるけど……、善意で盛り上げようとしてやってる訳だし……」

「善意だろうと、悪意だろうと! 俺は音程が狂うのが嫌なんだよぉ! まぁそれはさておき、結婚おめでとうってことで、恋ダンスしよっと」

「え? あんたもしかして踊れるの!?」

「ええ? 逆に踊れないの!?」

「いや何で私が驚かれないといけないのよ!」

 

 ちゃ~ららららら~♪ ちゃ~ららららら♪

 

 ま、マジで歌いながら完璧に踊ってやがる……! いや細かい振りつけまで分かんないけど!

 

 なんかこいつ見てると小さいことで悩んでるのがマジで馬鹿馬鹿しくなってくる。大変失礼なのだけどこいつは心配事とか悩み事とかあるのか?

 

 歌い終わった後に聞いてみると。

 

「最近の悩みは夏樹ちゃんが好き過ぎて辛い事かな……」

 

 きゅきゅきゅーん!(胸の高鳴る音)

 

 ……ってどんだけ私はときめきの判定が甘いんだ! トリビアの泉のビビる大木かよっっ! 馬鹿馬鹿私の馬鹿っ!

 

 その後も、無駄に心臓に負担がかかりつつも、お互いに歌声を響かせる。実をいうと私は結構歌には自信があったのだが、採点を見ると彼とどっこいどっこいであった。

 

「次俺の方が点数高かったら抱きしめていい?」

「え!? いやその……ふ、ふざけないで!」

「折角、二人っきりだからさ……我慢できない。嫌なら本気で拒否して……」

「ちょ! せめて勝負! 勝負! ふぁっ!?」

 

 個室のソファーの上で、ギュッと抱きしめられる。やばい、部活後シャワーは浴びたけど、汗臭くないかな?

 

 何かとスキンシップの多いこの男に何度か不本意にも抱きしめを許してしまった結果、完全に味を占めたのか最近デート中に隙あらばハグを求めてくる。そして恐ろしいことに私はどうやら好きな人にギュッと抱きしめられるのがやたらと心地よく感じてしまう女だったらしく、強く拒否が出来ない。あぁこの安心感凄い好き……。というか多分私がそう思ってるのもこいつにバレてる。

 

「あー夏樹ちゃん体温高くてほんと好き」

「だ、駄目だって言ったのに馬鹿……」

 

 ま、マズいぃ……、嬉しくなってくる。完全に相思相愛だこれ、間違いない。いくら私でもこれは分かる。これは絶対相思相愛。

 

 でもでもでもっ、まだ告白もしてないうちからこれ以上先にいくのは駄目よ! まだ私高一だし、そういうのは早い! 大人の階段はせめてあともう一年くらい先に!

 

 あぁ私の頭の中の悪魔と天使がエンカウントした! いやキスくらいは許してもいいだろ、と言う悪魔陣営。初キスは夜景の見える丘じゃなきゃ嫌だと主張する天使陣営。そこに第三勢力のサキュバス陣営まで加わりだした、お願い! 頑張って天使! 今ここで負けたら私の貞操観念はどうなっちゃうの!?

 

 私が目を瞑ったちょうど同タイミングで、トゥルルルルー♪ っとカラオケ終了10分前コールが部屋に鳴り響く。私から身体を離した彼は受話器をとった後何回か返事をしてからそれを戻した。

 

「そろそろ退出時間だから、帰ろうか」

「う、うん……」

 

 幸せそうに良い笑顔をしている彼に対して私はそう言うことしか出来なかった。

 

 結局、その後も二人で手を繋いで帰って、家まで送ってもらったけど、それ以上のことは何も無かった。いやカラオケデートは楽しかったし、久々に大声で歌ってスッキリしたけど、この物足りなく思う気持ちはなんだろう。大事にされてる……、のだと思うのだけれど、私からもっと素直に歩み寄った方がいいのかな……。

 

 恥ずかしくなるとついつい言葉も乱暴になっちゃうのよね……、絶対改めた方が良いのは分かってるんだけど……。もしかしたら私がそんな態度だから、キスとかし辛いのかも……。

 

 ま、楽しかったからいっか。

 

 あーお腹減ったなぁ、今日の晩御飯何食べよう。

 



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12話 初めての経験

「宮本君、最近うちの妹の元気がないのだが、よもや手を出していないだろうな?」

「え? その手を出すってのはどのラインからですか?」

「どのライン!? なんだその含みのある質問は、やはり君が何かしたのか!? ヤったのか!?」

 

 夏休みもそろそろ半分くらいに差しかかる頃、俺はどこの駅前にでもありそうな洒落たカフェで冬優奈部長とお茶会をしていた。

 

 以前彼女の書く小説のことで、袂を分かった俺達だったが、真摯に謝ったらアッサリ許してくれた。小説の方も、最終的には穴あきゴムからの不可抗力膣内射精という形にすることでお互いが妥協した。

 

 しかしこの姉妹、似てないと思ったら思考回路が同レベルだ。姉の元気が無くて心配してる時の雪子と同じこと言ってるもん。それとも俺の信頼がないだけ?

 

「ここだけの秘密ですが、おたくの妹さん彼ピにこっぴどく振られたらしいッピ」

「それは真実か? あの真面目そうで紳士的な達郎君が付き合って一カ月で妹を捨てるか? まぁ本性がバレた可能性は十二分にあるか……」

「確かに落ち込んでそうな雪子ですけど、彼女は今長い人生における恋愛の壁に正面衝突事故起こしてる状態なので、俺達はゆっくり見守りましょう」

「君はどの立場からモノを申してるんだ?」

「いやー俺やっぱ恋愛マスターみたいなとこありますし」

「ふむ、では恋愛マスターに是非一つ、猥談をお願いしたい。やはり生の体験談をインプットしないと作品のリアリティに影響があるからな。あくまで作品の為だぞ? そこは履き違えないでくれたまえ」

 

 酒も入ってないシラフの状態なのに、ある種セクハラまがいな要求をしてくるうちの部長。実は部活動中でも度々この要求はまかり通してきた。エロ小説作りというお題目を掲げられては仕方ないのだ、俺は今回も語り部として立派に役目を果たそうと思う。ワクワクして目を輝かせてる部長がより良いインスピレーションを得られるように、俺はまるで彼氏に強要されて淫語を叫ばされる女の子みたく、恥ずかしがりながらも卑猥な言葉を紡いでいくしかないのだ。

 

「そーですねー、前回は同い年の子にしゃぶしゃぶして貰おうとしたら思いっきり噛まれたトラウマ体験を話したので、今回は初体験の話でもしましょうか」

「待ってました!」

「どんな熟練者であっても初めてというのは避けては通れない道です。おつかい然り、おるすばん然り、お医者さん然り、等と前置きはしますが、それでは語りましょうか――」

 

 

 性の目覚めというのは個人差があると思うが、俺は小学校6年生の時であったと自覚している。ちょうどその時に思春期真っ盛りな兄がいたこともあって、当時彼の隠していたエロ本を初めて読んだまさにその瞬間に俺の中の悪魔は目覚めたのだ。

 

 野球漫画を読んだ少年がプロ野球選手に憧れるのと同様に、エロ漫画を読んだ俺がそういうことに興味を持つのは避けられないことであった。兄の趣向が極めて真っ当な純愛物ばかりで本当に良かったと今でも思う。これがドギツイ性癖のオンパレードだったらそれに触発されて生まれおちた、業の深い俺の悪魔もより禍々しいものへと変貌していたであろう。

 

 とはいえ、いくらなんでもクラスの女子に手を出す程の勇気もなかった俺は、日々悶々としつつも友人達と共に笑顔で校庭を駆けまわり、気付けば中学生となった。

 

 中学生になって暫く経った頃、ある日教育実習生の先生が俺のクラスに来た。実習の仕組みや期間はよく分からないが、最終的に一カ月近くはいたと思う。

 

 そんなわけで、初体験はその先生であった。歳の差は10歳程度。経緯としては、動物園より騒がしいクラスの惨状に絶望していた彼女に優しく寄り添って、愚痴を聞いてあげて、同級生のクソガキ達も説得してある程度抑えさせた功績が実を結んだ結果、なんか大学近くで一人暮らししていた彼女の家でそういう感じになった。

 

 言っちゃなんだが元々中学校の教師を目指している様な人だったし、その年頃くらいの男の子に性的興奮を覚える女性だったのだろう。

 

 彼女との蜜月の日々は実習が終わるまでの数週間は続いたが、やがて未成年に手を出してることに罪悪感を覚えたのか、それとも実習が終わったことでストレスのはけ口を必要としなくなったのか、彼女との関係はそこで終わった。

 

 さて、困り果てたのは俺である。いかがわしい事を一度覚えてしまった中学生など、実質性犯罪者予備軍である。まるで班長に一杯のビールを差しいれされたことがきっかけで豪遊してしまう駄目人間のように、快楽に呑まれた俺の理性は、歯止めともいえる熱の放出先を失ってしまったのだ。

 

 幸いなのか不幸なのか、俺は顔良し性格良し愛嬌良しの3ピースマンだったので、同級生の女子達と親しくなるのは簡単だったし関係を作るのも簡単だった。

  

 こうして俺の中学校生活は爛れていくのであった……。

 

 ←To Be Continued

 

 ………

 

「とまぁそんな初体験の思い出でした」

「ほふぅ~……、とても興味深かった。君は振れば宝物が飛び出る打ち出の小づちみたいな奴だな。特に蜜月の日々の部分を詳細に語ってくれたところは素晴らしかった。その貴重な体験談は私の執筆意欲をおおいに奮い立たせてくれるよ。ありがとう、最低の女たらし君」

「なっ、恥ずかしいの我慢して正直に語ったのに酷いです部長!」

「いやいや褒めてるよ? ただ、人としてはクズだなぁとも思っているがね。次に会うのはおそらく夏休み明けだと思うが、その頃にはまたクズエピソードが追加されてると思うと今から楽しみだ!」

「えーと……、多分3つくらいは増えるかなぁ……」

「既に予定があるんかい」

 

 などと久々の部長との逢瀬を楽しみつつ、俺は最近ほぼ毎日会っている夏樹ちゃんとのデートへと向かうのであった。

 

 もうすぐエックスデーだからね。最大限親密にならないとね。

 

 

◇◇◇

 

 

 俺は培った経験からある程度相手の行動は予測してしまう先読み型のチャラ男だと自負しているのだが、こと夏樹ちゃんに関しては読みやす過ぎて逆に困るという思考の迷路によく戸惑ってしまう。

 

 上手くいき過ぎて困惑するというか、何しても喜んでくれるから逆に申し訳なくなるというか……。

 

 例えばデートしにどこに行くか、これは全男子学生共通の悩み事だと思うし、俺も常々足りない頭を使って考えている。困ってる奴は無難に水族館にしとけ。

 

 ちなみに俺は今、夏樹ちゃんとラウンドツーでボーリングをしてます。彼女が行きたいってせがむからね仕方ないね。

 

 俺は女の子とデートするのにいくつか避けちゃう場所があり、その一つにボーリング場が入っている。何故かというとまじめにやるとスコアに差がついてしまって微妙な空気の状態で2~3ゲームやるハメになるし、かといって手を抜くのは中々難しい上に、こっちがヘタならヘタで微妙な空気になる確率が高い。メリットとしては女の子が投球フォームに入る時に後ろからパンツを覗けるくらいしかない遊び場だと思う。経験者は語る。

 

 しかしそんな俺の常識は夏樹ちゃんには通じない。

 

「うらーっ! 見たか! ターキーとったぁ! これはデカイわよ! っしゃおらっ!」

 

 見て下さいこのはしゃぎよう。負けたら廃部がかかってるスポーツ系漫画の主人公みたく、全力で俺にかかってきてますよ。可愛いですね。

 

 ぴょんぴょん飛びながら全力で喜びをアピールしている彼女を見つつ、俺はボールラックにある11ポンドのボールをタオルで拭いた後、投球モーションに入った。おらっ……くらえっサイコキネシス!

 

 パコンと小気味良い音を立てて、俺が放ったボールは10本のピンを全て弾き飛ばした。ちなみに4連続なのでフォース。何で2連はダブルで4連はフォースなのに3連はターキーって呼ぶんだろ?  

 

「いやー今日調子が凄い良い。この分だと200の壁超えそうッスわー」

「かっ……怪物!」

「まぁ夏樹ちゃんも普通に上手いし凄いと思うよ。相手が悪かっただけで」

「……一つ言わせてもらいますけどね。私は午前中部活で疲れているの、あんたと違ってハンデがあるの、お分かり?」

 

 負ける前から言い訳してる……。そんな可愛い事言われたら手を抜けないじゃないか……。コテンパンにしてやろ。

 

 俺は遊ぶことに関しては全力だからね。嫌いなのは勉強とガチな運動だけなのよ。

 

 その後、二人楽しくボーリング勝負をして、今日も楽しい夏休みなのでした。

 

 ……とまぁそんなわけで、夏樹ちゃんと一緒だとどこに行ってもお互い楽しくなっちゃうので、細かい策謀を図らなくても良くなってしまうのだ。

 

 こんなの続けてたら俺はチャラ男じゃなくて只の紳士になってしまって、最早アイデンティティが崩壊してしまうので、そろそろ自分らしくありたいですね。

 

 

◇◇◇

 

 

 そしてその日はやって来た。8月10日のエックスデー、夏祭りの日である。まぁ大仰にエックスデーと名付けてはいるがそこまで気を張る必要なんてない。ただ、今まで大切に育んできた彼女との愛を確かめ合う収穫祭みたいなもんだ。これねミキプルーンの苗木。

 

 夏樹ちゃんと二人で電車で20分くらい移動し、駅から暫く歩いて目的地の河川敷に到着する。ちなみにお互い私服である。浴衣は着付けとか大変だからね、脱がすのも大変だし汚すと悪いからありがたい、少し風情がないけど。

 

「じゃ、行こうか……!」

「うんっ」

 

 溢れる人混みの中を手を繋ぎながら突き進み、出店巡りをしながらエンジョイする一組の男女。タコ焼きを熱がる夏樹ちゃんと笑いあったり、射的勝負をして盛り上がったり、金魚掬いを敬遠したりと楽しんでいく。え? どっかで聞いた事ある? まぁ夏祭りなんてやること大体決まってるからね。

 

 楽しい時間はあっという間に過ぎるもので、空に浮かぶのは一面の花火。火薬の匂いと空気の振動が気持ち良い。首が痛くなる程度に長い時間見上げながら祭りの締めを堪能した。

 

 大きめの花火大会だからしょうがないけど、帰りもまー人が多い。おかげで人気のないところを探すのが少し大変だった。今からだと帰りの電車混むから、とかそれっぽい理由を言えば、人を疑うことを知らない夏樹ちゃんも散歩に了承してくれた。ここからが本番です、解説兼実況は引き続きチャラ男でございます。

 

 薄暗い寂れた神社の鳥居の下、俺は夏樹ちゃんに少し早目の誕生日プレゼントを渡す。彼女の誕生日は三日後なのだが、当日は毎年親子水入らずで過ごすようなので部活とかも考えるとこのタイミングがベストだと思ったのだ。ちなみに中身は可愛らしい写真立て、令和の時代、スマホの普及によって写真なんてデータ上のものしかないと思うなかれ、先日の遊園地の際だって写真を撮る機会はある。むしろデート先の思い出を形にして残そうねという意味では悪くないプレゼントだと思う。まぁ夏樹ちゃんなら何でも喜びそうだけど。

 

 アクセサリーや指輪なども贈り物としては良いけど、彼女はバスケ部だから多分身に付け系はNGかなぁとやめといた。オルゴールやぬいぐるみは年齢層が下過ぎ、四つ葉のクローバーのしおりは流石に金がかかってなさ過ぎ。

 

 喜んでる夏樹ちゃんを見ながら、俺が確かな手ごたえを感じている中、感極まった彼女から予想外の言葉が出る。

 

「宮園四季君……、私は、貴方が好きです。か、彼女にして下さい!」

 

 それは告白の言葉。いつも素直じゃない夏樹ちゃんからそんな言葉が出ると思わなかった俺は、嬉しくなりすぎて動揺した。しかし、このままこの愛の告白を受けては完全に彼氏彼女の関係になってしまう。いやそれのなにが悪いのって? 思い出しましょう、私は軽薄イケ面のチャラ男なのです。

 

「夏樹ちゃん……ごめん……」

 

 すこし溜めた後、申し訳なさそうな顔でそう返事をする。目に見えて絶望する夏樹ちゃんは、その返事が信じられないのか乾いた笑い声を出す。

 

 なんか捨てられた子犬みたいな表情で足がガクガクになっている彼女に近づいて、ギュッと抱きしめる。ワンパターンと思うなかれ、それだけでは済まさん。頭がショートしている彼女の唇に自分のそれを合わせる。ちゅー。

 

 絶賛混乱中の夏樹ちゃんに怒涛のキスラッシュをしかける。「ごめん、女の子から告白させて……」などと耳元で囁いて、紛らわしい事すんなよっと脳内でツッコミ入りそうなフォローをする。ようはDV男の発想と同じで、一度嫌な経験させた後に優しくして、逆らえないようにしてやろうというチャラ男テクニックである。

 

 んちゅ、だとか、ちゅっちゅ、だとか、んんっ、とか艶めかしい声だか音だか分からないのが互いの耳に入ってくる。

 

 キスっていうのは恋愛における最強の技である。これをすると相手は発情という状態異常に加え、催眠術も真っ青なくらい相手の言うことに聞いてしまうようになる。

 

 いやいやファンタジーかよ、と考える奴はチャラ度が低い。キスっていうのは人間における最大の求愛行動である。羽を広げるクジャク然り、ミンミンうるさい蝉然り、生き物っていうのは求愛行動によっていかがわしい事がしたくなるように出来てるんです。(暴論)

 

 そもそも人間ってのは赤ちゃんの頃からいっぱいキスされて、もう刷り込まれるようにキスは最強の愛情表現だって教えられてきてるんだよ。子供の頃にドラマを見て、布団の中にいる男女には照れずとも、キスしてる男女からは目を逸らしたりしたでしょ。

 

 正直男側だって、胸とか尻とか触っても実際そんな興奮しないでしょう。しかしキスは凄い、一回でいやらしい気持ちになる。

 

「……夏樹ちゃん、二人っきりになれるとこ……いこっか……」

「ぇぅ……?」

「さ、少し歩こう」

 

 反論を許さぬ言葉を耳元で囁く、熱っぽい顔で訳わかんなくなってる様子の彼女の肩を抱きながら、少し歩いて俺は見事大人の館へと連れ込んだ。興奮してきた。

 

 部屋に入ると、先にシャワーを浴びるように促す。いきなり鍵を締めて、前後不覚状態の彼女に襲いかかったりは決してしない。何故なら俺は紳士だから。

 

 夏場で汗もかいてるし、男と違って女の子は準備が必要だからね。色々と。

 

 はい、という訳でここまで行きつくのに長い道のりでしたが、『自主規制』が始まります。

 

「ゴムっ……ゴムゴム……!」

「分かってるよ夏樹ちゃん、安心して……ちゅ」

「んっ……」

 

 某少年漫画の主人公みたいなこと言ってるテンパり娘の身体をバスローブの上から優しく触っていく。

 

 いくら普段が可愛くても、服を脱がした瞬間百年の恋が冷めたりすることは多々ある。生々しいことをいうと、色とか毛とかその他諸々。なのでここまで来ても油断は決して許されぬ。なんて心配は杞憂で、生まれたままの姿になった夏樹ちゃんはガチで今までの女の子の中で一番美しいんじゃないかと思うくらい綺麗だった。その姿を見て俺の余裕は消え去り、悪魔が舞い降りる。めっちゃ興奮してきたFoo!

 

 褒めたり愛の言葉を囁きながら、彼女の『自主規制』を指で丹念に『自主規制』していくと、『自主規制』はあっという間に『自主規制』。

 

 そろそろいいかな、という頃合いで、ぽろぽろと泣きだす夏樹ちゃん。「ごめん痛かった?」と謝ると首を横に振っている。あー……この涙の訳は、男としてはとても嬉しいんですけど、非常に申し訳なくなるやつだ。散々女の子とはこういうことしてきたから、中にはそういう子もいた。ごめんね本当に。

 

 嫌でも嬉しいでもなく、辛いんだろう。そこまで想ってくれる事に感謝を込めて、いつも以上に優しくするからね。何言ってるか分からん奴は宿題。

 

「夏樹、好きだよ。世界で一番好き、だから――」

 

 初めてを貰うね。

 

 『自主規制』が始まり『自主規制』が終わる。彼女を愛おしいという気持ちが溢れ出る。夏樹ちゃんはがわ゛い゛い゛に゛ゃん゛!

 

 駄目とか嫌とか恥ずかしいなんて言葉は、愛してるとか可愛いとかもっと顔見せてとかで完封した。

 

 こうして一人の少女は本日、大人の階段をのぼったのであった。ちゅんちゅん。

 

 一応心の中でだけ呟いておくと、夏樹ちゃん、俺達は彼氏彼女の関係になったわけではないからな? そこだけは注意してくれよな!

 

 一緒の布団の中で手を繋ぎ合いながら、俺と夏樹ちゃんは顔を見合わせて笑い合った。まだ20日も夏休みは残ってるので、今から楽しみですな!

 

 



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13話 糖分の過剰摂取で吐きそう【支援絵有】

「夏樹ちゃん……ごめん……」

 

 その言葉を聞いた瞬間、足元の地面が崩れ落ちる様な、夢の中で深い奈落に落ちていくような、そんな喪失感と嫌な浮遊感を味わった。

 

 ナンデ? え、だって、あんなに楽しかったのに、毎日一緒にアソンデ、お互い両想いだっテ、絶対ソウだって、オモッテたのに……?

 

「……あ、あはは、そっか……」

 

 え? 今の私の声? ナンデ? 何で笑ってるの、全然分かんない、もう何も分からない、暗い沼に沈んでくみたいな、え? これ夢だよね?

 

 胸の奥から熱い痛みがせり上がってくる。痛い、苦しい、逃げたいのに、足が動かない……。助けて……。

 

 こんなに、こんなに好きなのに……。

 

「夏樹ちゃん……」

「え? え?」

 

 あれ……、抱きしめられてる。いつもみたいに、温かい、安心する。でも振られた。好き。でも裏切られた。分からない。

 

 ゆっくりと、彼の顔が近づいて来る。気付いた時には、私の唇に温かいものが重なる。

 

 …………あれ? これキスされてない?

 

「んっ……ん……」

「んむっ……? ……ぷはっ」

「……ごめん、女の子から告白させて……」

 

 謝られた。……??? あっ!! そういうこと!? ま、紛らわしい! OKってこと!? OKのキスってことね!

 

 よ、よかったぁ、よかったよぉ……。あ、やば泣きそう。

 

 確認をする前に、また唇同士が触れ合う。強引にされてる。初キスなのに……。

 

 あー……、でもなんかもういいや、分かんない。流されちゃおう。やば、さっきから目開けたままだ……と、閉じなきゃ……。

 

「んん……ちゅ……」

「んぁ……ちゅっ」

「んちゅ……」

「んんん~っ……」

 

 き、キスすごぉ……、これ温泉だ……、これ温泉だわ。ヤバいもんこれ。キスヤバい。

 

 レモン味って噂は嘘だわ、だってこれ温泉だもん、キスは温泉。あー……、あ、なんか入ってきてる。ぷにぷにのやつ、……グミ? 

 

 ……舌じゃんこれ。あ、これヤバいわ、宇宙だわ。舌凄いわ、あぁめちゃくちゃ気持ち良い……、宇宙だわこれ。

 

 あ……ああぁっ……歯とか舐めっ……、舌やばっ……ああ~~っ……!!!

 

 

◇◇◇

 

 

 度重なるキスラッシュによって宇宙へ無重力飛行していた私の脳は、ようやく地球へと帰還した。

 

 全身に当たる温水のおかげで少し冷静になれる。

 

 大好きな彼にいっぱいキスされて、頭があっぱらぱーになってる間に大人のホテルに連れて来られたらしい。彼に促された私はシャワーを浴びている。

 

 これって、完全にそういうことよね? ど、どうしよう……緊張が凄い。正直今すぐ友達に電話したい。

 

 女バスの皆はそういうことに関しては経験豊富で、猥談になるといつも私はおこちゃま扱いされてきた。一番無縁そうな雪子でさえ、口のテクが凄いと聞いている。皆進んでるなぁと他人事だったし、簡単にしすぎじゃないかと実は少し軽蔑していた。

 

 そういうこと、なんて私はまだまだ先の話だと思ってたのに、こんな、流されて勢いでしてしまってもいいのだろうか?

 

 その答えは、自分の中にあった。

 

 彼のことが、四季君のことが好きだ。その気持ちは絶対に本物だ。

 

 達郎に失恋して彼の家に初めて行った時、もしあの時に自暴自棄になってそういうことをしていたら、絶対に後悔してたと思う。

 

 でも、それを止めてくれたのは他でもない四季君で、そんな彼だからこそ好きになれた。

 

 だから、これから何が起こっても、多分私は後悔だけはしないと思う。

 

 私に出来ることは、これから先も彼を信じることだ。だって私達はもう今までの関係じゃない。彼氏と彼女なのだから……。

 

 覚悟を決めて、キュっとシャワーを止める。バスローブを着て彼の待つベッドへと歩みを進める。

 

 羞恥心と身体の疼きが抑えきれないまま、私と彼はそういうことを開始する……。

 

 素肌に彼の手が触れるたびに嬉しくなり、身体が熱をもっていく。大事な所にそういうことをされるたび、自分でした時とは全く違う感覚に溺れそうになる。

 

 気持ち良くなればなるほど、身体が火照れば火照るほど、心が辛くなる。気付けば私は泣いてしまった。

 

「ごめん痛かった?」

 

 私を気遣う声が聞こえる。身体は痛くない。痛いのは心だ。

 

 ……慣れてるんだ。初めての私でも分かるくらい、彼は上手にいじってくる。それはつまり、今まで色んな女の子とそういうことをしてきたんだと嫌でも分かってしまう。

 

 それは当り前で、知っていたことだけど、ただ辛い。私にとっては彼が初めてで唯一なのに、彼にとっての私は色んな女の子の中の一人なんだと思うと、好きだからこそ辛い。

 

 でも。

 

「夏樹、好きだよ。世界で一番好き」

 

 そんな風に言われたら、もうその言葉に縋って、信じることしかできなくなる。

 

「私も、四季君が大好き。誰よりも愛してる。だから――」

 

 初めてを貰って下さい。

 

 ………

 

 ……

 

 …

 

 そういうことが終わって、私達は顔を合わせて笑いあった。初めてだから色々な意味で痛かったけど、今は本当に嬉しい。彼と一緒になれて、本当に心が満たされていると思う。告白の時はあんなに勇気が必要だったのに、そういうことの最中はいっぱい素直になることが出来たように思う。進歩だわ。

 

 折角彼氏彼女になったのだから、浮かれたい気持ちはあるけど、彼との関係は二人だけの秘密になった。

 

「自画自賛だけど、俺って女の子から人気あるから、もしこの関係が知られたら、夏樹ちゃんに変な嫉妬とか嫌がらせする子とか増えちゃうかもしれない」

「好き、大好き、四季君好き」

「だから、絶対に秘密だよ? 取りあえず大学生の彼氏ってことにしといてね? あ、耐えられなくなったら教えてね」

「分かった。好き」

「俺も好きだよ」

 

 はー幸せ。こうやって私のこともちゃんと考えてくれる。本当に彼は優しい。

 

 もう遅い時間になってしまったのでその日は宿泊することになった。私はお父さんに嘘の連絡をした。女友達の家に泊まると。

 

 全然罪悪感が湧かなくて、悪い子になってしまってごめんと心の中で謝った。

 

 

◇◇◇

 

 

 あれから暫く経った。夏休みももう終わりが近い。夏休みはやっぱり短いー。

 

 最近は、彼と毎日いちゃいちゃして過ごしている。あ、ほぼ毎日ね。部活とか、家の用事がある時はしていないから、節度は守ったお付き合いをしていると思う。

 

 今日も午前中は部活。全力で走る、色ボケしてるなんてことは一切ないからね。

 

「夏樹ちゃんこのところ凄い調子良いね!」

「うん! 今なら矢でも鉄砲でも何でも来いって感じ!」

「私も負けてられないな……、一緒に頑張ろうね!」

「頑張ろう!」

 

 雪子も時間が経つことで自然な明るさを取り戻したように見える。結局達郎とのことは聞いてないけど、雪子が話せるようになったら親身になって聞こうと思う。 

 

 

 練習が終わった後は、彼とデートをして、夕方くらいの時間になってから私の家へと行く。

 

 夏休みの宿題をしよう、とか、一緒に映画観よう、とか四季君が口実を作って、デート後に彼のマンションに一緒に向かうことはいつものパターンだからいちゃつくのはあの部屋が一番多いのだけれど、うちのお父さんの帰りが遅い時や泊まりの時は私の家に来る時もある。

 

 ちなみに今日は、私の中学の卒業アルバムが見たいという流れになった。

 

 2階にある私の部屋で、思い出をふりかえりつつ二人でそれを見る。

 

「あ、夏樹ちゃん発見、少し幼い」

「そんな経ってないけど……」

 

 しばらく見た後、アルバムを閉じる。パタンと音をたてて、静寂が部屋を包む。目と目が合う。我慢できなくなったのか、また彼に抱きしめられる。

 

「夏樹、今日もいい?」

「うん……」

 

 耳元で囁かれる。彼が呼び捨てにする時は、もういちゃつき開始の合図だ。一応いちゃついて大丈夫な日かどうかは、私の体調管理予定の方も知って貰ってるから、彼も把握した上でそう言ってくる。

 

 お互い求めあって、いつもみたいに幸福感に酔っていると、ベッド横の窓がコツンと鳴る。ん? 

 

「夏樹ちゃん、窓が鳴ってるけど、何の音? 風?」

「え? な、なんだろう……」

 

 少し嫌な予感がする。これってまさか……。一定の間隔で音を鳴らす窓。

 

 これ、達郎が糸電話投げてるんだ。

 

 達郎の家とは隣同士で、ちょうど彼と私の窓は真向かいだったこともあって、小さい時はお互い部屋の窓にそれを投げて出てきて貰って話したりしていた。

 

 そのことを四季君に説明すると。

 

「夏樹ちゃん、浮気してたの? そうやって二人でこっそり語り合ってるんだ……」

「え! ち、違う! 昔の話よ? 今はそんなことしてないからっ!」

「信じたいけど、でも今こうやって鳴ってるじゃん。違うなら証明してよ」

「証明って……どうすれば……」

「このまま、達郎君と会話してよ……その内容を聞いて判断する」

「えぇ!? このままって……この状態で!?」

 

 すっぽん(亀)ぽん状態で、彼と繋がったまま!? そんなの恥ずかしくて頭がふっとーしちゃうよぉ……!

 

 でも怒られてるし疑われてるんだけど、怖いとか思うより先に凄い嬉しい。だって、四季君、すっごいやきもちやいてる……。私が達郎と隠れて話してたら怒っちゃうくらい私の事好きでしょうがないんだ……。もーしょーがないなーっ!

 

 了承した私は、自らの疑いを晴らす為に、窓とカーテンを少しだけ開けてちょこっとだけ顔だけ出した。向こうの窓に達郎が居た。

 

「たっ……達郎……どうしたの? きゅっ……急に……」

「あ、突然ごめんな? いや今日大掃除してたら懐かしい物が出てきて、つい……」

「そぉ……なのっ? あっ……、そ、そりぇよりっ……こうやって話すの久し振りだしっ……子供の時以来よねっ!」

「ほら、これ昔作った糸電話。二人の絵が描いてある、懐かしいよな」

「あぁっ……、な、何でっ……!? 待って、ちょっ……信じてっ……」

 

 達郎が持っていたのは確かに思い出の彼方にある紙粘土付き糸電話だった。昔はあれを使って、よくこの窓の間で会話をした。でも、達郎が私の言うことに返事をしなかったから、嫉妬に狂った四季君が怒ってるのが分かる。だって今私の『見せられないよ』で彼の『見せられないよ』が凄い『見せられないよ』だものっ!

 

「なぁ……夏樹、良かったらなんだけど、また昔みたく、一度だけでいい、これを使って話をしないか?」

「だっ駄目駄目駄目っ……そんなのっ……絶対駄目ぇ……!」

「そんなに嫌か、ごめんな……」

「はぁ……はぁ……もういい? え? 駄目? ……ふぐぅ……」

 

 まだ疑いが消えてないからか、四季君は首を横に振って続行を指示してくる。私、浮気なんてしないのにぃ……!

 

「な、夏樹どうしたんだ! 顔が赤いし、なんか辛そうだぞっ?」

「ぇ……? こ、これは風邪なの……、いま風邪気味でっ……はぁはぁはぁ……」

「大丈夫なのか? 今からそっち行こうか?」

「……ああぁ~っ! 駄目駄目ぇっ……、来ちゃ駄目ぇっ! キちゃうっキちゃうの駄目っ!」

「そうだよな……、下心があると思われても仕方ないよな。でも心配なんだ……」

「いいっ……! ぁそこいいっ~……! ぅぁっ……! びょっ、病院、今から病院イくからいいっ! 大丈夫、病院イくからっ……!」

「そうか、分かった……あ、そういえば最近宮本とは――」

 

 達郎が言葉を紡ぐより先に、私は窓とカーテンを思いっきり閉めた。限界だった。嬌声が出る。

 

 き、聞こえてたらどうしよう……。

 

「夏樹ちゃん……嫉妬しちゃってごめんね?」

「はぁ……はぁ……それはいいから、疑いは……晴れた?」

 

 しょうがない、達郎の事を私が好きだったのは、彼も知るところだ。そんな男の子と仲良くしてたら怒ってもしょうがない……。

 

「うん。最初から信じてたよ。夏樹ちゃんは俺を裏切らない、きっと浮気なんてしないって」

 

 そう言って、私を撫でてくれる。髪の毛を指で梳かすみたいに撫でられるの本当好き。

 

 …………いやじゃあさっきまでの私の頑張りはなんだったのだろう? とか少し思うけど、彼も笑顔だし、私も嬉しくなった。

 

 こうして、初めての彼氏と過ごす私の夏休みは過ぎ去っていくのでした。

 

 





【挿絵表示】

阿井 上夫さんから頂いた支援絵
イメージ通りの夏樹ちゃんが来てビビりました。
(ポニテくらいしか人物描写なかったような)


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幕間 苦悩する人々と秋の空

 夏休みが明けてから幾日が過ぎた。

 

 長谷田高校に通う学生たちは休みボケをようやく解消しつつ、次なる大型イベントである文化祭に向けて心を切り替え始めていた。

 

 穏やかなる学生生活。ほとんどの生徒達もそうではない人達も、平和で他愛もない、いつも通りの日常を送っていた。

 

 

◇◇◇

 

 

『お調子者の場合』

 

 俺の名前は花村友新、クラスに一人くらいはいるタイプの、根は悪い奴ではないがお調子者な性格をした野球部所属の男子高校生だぜ。

 

 もっとも、俺の所属する1-4組には俺以上に陽気な男子生徒が二人もいる為、微妙に影は薄いのだが。がっくし。

 

「まぁよ、そろそろ元気出せって達郎、何があったかは聞かねぇけど、しけた顔してたら幸せも寄ってこねーぞ」

 

 俺は夏休み明けから、また達郎と共に学食で昼食を食べるようになった。理由は単純明快で、こいつと雪子ちゃんが別れたからだ。

 

 二人の口から直接聞いたわけではないが、朝の挨拶をした俺達に対して「花村君、黒野君、おはよう……」なんて達郎を名字で呼んで返してる雪子ちゃんを見れば流石に察することが出来る。二人の間で何があったかは知らないが、深くは聞かないようにした。

 

 クラスの皆も、急によそよそしい二人を見て気付いている奴も多いだろうけど、空気を読まずにずかずか聞くような図太い人間はいないみたいだ。

 

「そうだ夏樹ちゃんと付き合うのはどうだ? あんなに仲良かったじゃねーかお前ら」

「夏樹は、年上の彼氏が出来たらしい……、夏休みの最後の方に連絡が来てさ、だから俺とあいつはただの幼馴染だよ」

「えっ、ま、マジかよ」

 

 あんな分かりやすいくらい達郎の事が好きそうだったのに、女の子ってのは分からねぇもんだ。女心は秋の空だぜ。

 

「でもほら、あの宮本とは何もなかったってことだろ! まだ良かったじゃねーか」

「それもどうだろうな」

 

 そう呟くように言いながら素うどんを啜る達郎は、なんつーか悲壮感が凄い。勿論友人として慰めてはやるけど、でもこいつなんだかんだモテるし、そのうちまた彼女でも出来るだろうと思う。

 

 実は俺も人の心配が出来る程の余裕はないんだよなぁ。バイト先で仲良くなった茂武ちゃんと今度デートの約束を出来たまではいいが、女の子との初めてのデートだ。今から緊張するぜ。

 

「恋愛だけが学生生活ってわけじゃねーさ! 部活もあるし、こうやって友情を深めあうことも出来る。だから元気出せよな」

「ああ、ありがとうな友新……。本当に、ありがとう」

「へへっなんだよ別にいいって」

 

 着てく服ってやっぱ高い方が良いのかなぁ……、オシャレってよく分からないんだよなぁ、恥ずいけど今度雑誌とか買ってみるか……。

 

 万が一もあるし色んな想定は今からしておかねーとな。くぅードキドキするぜっ。

 

 

『ギャルの場合』

 

 私の名前は曾根田春香、思い切って高校から金髪に染めた系の今時ギャルっす。

 

 今日は来たる9月末の文化祭に向けて、クラスの皆で話し合いの真っ最中ってわけ! お化け屋敷や巨大迷路、タピオカ喫茶やメイド喫茶なんか色々案はでているけど正式に決まるのは先になりそうな感じ。

 

 ま、ぶっちゃけ何でもいいんだけどね。あ、でもメイド喫茶は嫌かな、一言で言えば恥ずぃ。

 

「ねぇ軽男はなんかやりたいのある~?」

 

 右隣の席の軽部軽男に聞いてみる。比較的仲の良い男友達への只の雑談だ。

 

「決して下心はないけどメイド喫茶は素晴らしいと思う!」

「キッも……、欲望ダダ漏れじゃん」

「いやいや、うちのクラスの女子は春香や雪子ちゃんを筆頭に顔面偏差値が良い意味でヤバい。ならば長所を前面に出していく判断は決して間違いじゃないっしょ」

「ふーん、そーですか」

 

 軽男はそう言うけど、上手いこと女子をおだててメイド服姿見たいだけだなこりゃ……。

 

 男ってどうしようもないわ。周りを見ると彼の言うことに賛同してそうな男子生徒は多そうだし、反対に女子は嫌そう。

 

「宮本は何かやりたいのある?」

 

 私は左隣の席の宮本に声をかける。彼は多分同クラ男子内では一番仲が良くて、そしてなんだかんだ頼りになる。おまけに私に惚れてるっぽいから困った時には助けて貰うようにしている。

 

「うーん、俺的にはお化け屋敷が魅力的」

「お、いいじゃん。じゃメイド喫茶推しの奴等静かにさせてよ。ね?」

 

 そう言って、軽く肩にボディタッチをする。こうすれば喜んで私に協力的になってくれる。ほんと男ってチョロいわー。

 

「仕方ないのう春香ちんは、任せんしゃい」

「おっ、流石宮本~頼りになるぅ!」

「もっと、もっと褒めてくれ……」

 

 ギャルになって最初の頃はチャラい男の子に対して緊張してたけど、最近は赤子の手を捻るより簡単に手玉に取れる。校内一のチャラ男って噂の彼でこれだもん。

 

 夏休み前に軽くジャブいれてみた時も、目に見えて動揺しちゃってさ……。あの時に私を彼女にしなかったことずっと後悔してたりして……ぷぷっウケる、、、。

 

「メイド喫茶推しの男子諸君! 貴公等に言いたいことがあるジャーノン!」

 

 宮本は偉そうに席を立ちながら叫ぶ。一体何を言うのやら。

 

「文化祭で飲食店をやる場合は全員検便の必要があるぞ! そこまでしてやりたいんか?」

 

 頬杖してた肘がズルっとこけそうになる。

 

 だが、その言葉はクラスに動揺を波紋のように広げることには成功したみたい。ざわざわと皆が雑談しはじめる。

 

「それは、ちょっと嫌だなぁ……」

 

 声量は小さくても透き通る声が、ざわついたクラスに浸透する。それは涼ヶ丘雪子の声だった。私とはグループが違うからあんま話したこと無いけど宮本と仲良さそうな感じに見えるのが気に食わない女だ。あとぶりっ子っぽい感じが癪に障る。総じてキモい女って感じ。

 

 検便効果は乗り気だった男子の一部も沈静化させることには成功したみたいで、その後話し合いの結果、私達のクラスはお化け屋敷をすることになった。浮かれ気分の男子を一発で現実に戻すなんてやるじゃん。

 

「チャラ男、上出来。褒めてつかわす」

「いえいえ姫様のお心のままに」

「なにそれウケる笑」

 

 やっぱこいつとはこういうふざけた関係が一番心地いいわ。まぁ向こうが告ってきたら、受けてやってもいいけどね。

 

 私のポイント稼ぐのもいいけど、早くしないともっと優良物件の男子見っけちゃうかもよ? 女心は秋の空なんだから。

 

 

『パパの場合』

 

 私は夏野圭吾、警察庁に勤めている。妻には早くから先立たれてしまい、今は高校生の娘と二人で暮らしている。

 

 そんな私には最近悩みがある。

 

「夏野警視、どうしたんです休憩中なのに難しい顔して」

「娘のことで少しな……」

「あ、もしかして彼氏が出来たかもしれないとかそういうやつですか?」

「……」

 

 部下の安田に図星を突かれる。そうなのだ、最近愛娘の夏樹に男の影がちらつくのだ。

 

 それは祝福すべきことなのだろう。いつかウエディングドレス姿の夏樹を連れてヴァージンロードを歩くのは今の俺の一番の夢と言っても良い。

 

「でも! まだ高一だぞ!? 彼氏は早すぎないか!」

「うわっどうしたんですか警視!?」

 

 ドンッと机を叩く。ついカッとなってやった。後悔はしている。驚かせて済まなかった安田。

 

 小さい時は「私大きくなったらお父さんと結婚するのー」なんて言っていた夏樹が「私いつか達郎と結婚するのー」に変わった時は正直嫉妬で泣きそうになったこともあった。だが、それも娘の成長だとなんとか受け入れることは出来た。

 

 そんな夏樹は、多分達郎君でもない別の男を彼氏にしている気がする。乙女の心はやはり秋の空なのだろうか。移り変わりやすいのだろうか。

 

 毎日ウキウキしてる夏樹を見るのは胸が締め付けられる想いだが、娘が選んだ男なら、どんな奴でも受け入れてみせる。あの子を信じることが、親としての義務と権利だ。

 

「お、警視いいっすね。娘さんの手作りですか?」

「ああ、最近たまに作ってくれるんだ……、こ……これは」

 

 弁当を取り出して中を開けた時、驚きで声が詰まる。

 

 お米の上にあるのは大きなハートマーク、これは明太子だろうか? それに海苔で小さくダイスキと書かれている。図形と文字のバランスが取れてないのがいかにもおっちょこちょいな夏樹らしくて微笑ましい。

 

「いい娘さんじゃないっすか」

「ああ、そうだな」

 

 ありがとう夏樹、お父さん。まだまだ頑張れそうだ。いつもと弁当箱が違う気がするけど、それは些細なことだよな夏樹、お父さん信じているからな……。

 

 

『クズの場合』

 

 毎日笑顔が絶えない軽薄イケ面のチャラ男です。コンチャース。

 

「四季君、最近旧校舎で女幽霊のすすり泣く声が聞こえるって怪談が噂になっているのですけれど?」

「あー……、やっぱ学校でするのはリスクがあるね。分かったごめんね夏樹ちゃん、もうやめるよ」

「まったく、だからあれだけやめようって言ったのに……!」

「ほら夏樹ちゃん空が綺麗だよ。こんな澄み渡る青空を見たら細かい事なんてどうでもよくなるね」

「あのねぇ、誤魔化されないわよ?」

「でも、夏樹ちゃんの方が綺麗だ」

「ばっ……馬鹿っ……」

 

 

『絶滅危惧種系女子の場合』

 

 夏野夏樹16歳、最近彼氏が出来た私には悩みがあった。なので、素直に彼に相談をすることにした。

 

 今日は屋上で彼と昼食をとる。お互い友達も多いから頻度は週に二回くらい、彼は料理も上手なのでたまにお弁当を交換したりもしている。彼氏彼女とバレるのはよくないので、仲の良い友人の振りをしながら食べるのはちょっと残念。

 

 談笑しながら箸を進めてく中、私は口火を切った。

 

「あのね……四季君、私ピアスとかした方が良いかな? もしそういうのが好きなら私っ……」

「うーん、親から貰った大事な身体を自分から傷つけるのは絶対良くないから俺はお勧めしない」

「……分かった。じゃあしないっ」

「その方が良いよ、けどしたくなったらいつでも穴開けてあげる」

 

 こうして私の悩みは解決した。私が道を踏み外さないように、彼はいつも優しく諭してくれる。なんだかいつも甘えて寄りかかっちゃうみたいで悪いなぁ。

 

「夏樹ちゃん今日は部活休みだよね、俺の家でボードゲームする?」

「あ、私の家お父さん泊まりだって言ってたから……大丈夫」

「そっか、じゃあお邪魔させてもらうね」

 

 毎日が幸せだ。恋愛っていいものだなぁと思う。やっぱ世界は愛が何よりも尊い。

 

 好きな人と毎日笑い合う日々がこうやってずっと続けば良いと私は空を見上げながら微笑んだ。

 

 

『演技派女子の場合』

 

 私の名前は涼ヶ丘雪子、バスケが青春でボールは恋人、そんなアスリート少女だ。学生生活で一番大事なのは部活、目指せ全国なのだ。恋愛とかマジでしょーもないわ。あんなんありがたがってるやつは頭お花畑だわ。

 

 そんな私の最近の一番の悩み、それは親友の夏樹に大学生の彼氏が出来たらしいことだ。

 

 いやそれは正確ではないな、私は彼女の言う彼氏の存在を疑っている。そして夏樹を狙っていたあのクズの存在を考えると、夏樹はクズに騙されていいように弄ばれているのではと勘繰ってしまう。

 

 つまるところ一番の悩みは、親友がクズに騙されているなら、助けるのが友情か、知らぬ振りをするのが友情か、その二択に悩まされているのである。

 

 まぁそれは私の邪推かもしれないので、最近少しずつ探りを入れている。

 

「夏樹ちゃん……、彼氏ってどんな人なの? 今度会ってみたいなぁ」

「え……、ご、ごめんね? ほら雪子は可愛いから、彼がデレっとしたら私嫉妬しちゃうと思うし、それはちょっと……」

「わ、私可愛くなんてないけどっ……、じゃあ会えないのはしょうがないから、どんな人なのか教えて?」

「あぇっと、顔はかっこよくて優しくて紳士で、少しスケベだけど、私の事は大事にしてくれてるしえーっと……頭は悪いかな?」

「ふーん?」

 

 クズと特徴が当てはまりそうで違うような気もしないでもない。そもそも夏樹の目は節穴な上に乙女フィルターがかかってそうなので当てにならない。

 

 仕方ないので久々に遊びに行くついでに、クズの家にお邪魔することにした。

 

 二人が真っ当に付き合ってるなら横から口を出す気はねーけど、毎日浮かれぽんちになっている夏樹を弄ぶつもりならその時は絶対に許さん。

 

「あのねぇ雪子さん、ここは漫画喫茶じゃないんですよ?」

「お前この前の文化祭の出し物決めで何でお化け屋敷推してたの?」

 

 ソファーでくつろぐ私に対するクズの言葉は無視して雑談しよーぜという空気を作る。こいつは嘘が上手いからな、直球で聞いたら尻尾を摑ませない気がするからなるべく遠まわしに聞くつもりだ。

 

「渋谷のハロウィンなんか見て貰えれば分かるけど、お化けと言ってもコスプレ紛いな服も多いし眼福かなぁと。あと暗闇だからパンツくらいは見てもバレないかもしれないという男のロマン。流石にお触りはしないけどね、昔そういう事件実際にあったし。まぁそんな大したことない理由かな」

「呆れてものも言えん。ちなみに当日は誰と行くのとか決まってるのか?」

「うーん、決めてないけど、なんなら一緒に回る?」

「えっ!」

 

 思わぬ提案に心臓が少し高鳴る。確かに私は今フリーだけど、ま、まさか狙われてる? マズい動揺しちゃ駄目だ。

 

「お、お前夏樹のことはどうしたんだよ。あんなにぐいぐい行ってたのに、それになんか大学生の彼氏出来たらしいって聞いたぞ……」

「力及ばず良いお友達止まりだったんだよ、でも仲は良いから夏樹ちゃん誘って3人で仲良く回るか。両手に花だわ」

「嘘つくな! 私の目を誤魔化せると思うなよ、お前は夏樹と隠れていちゃついてる!」

 

 確信したので核心を突く。いや洒落を言いたい訳ではない。この男は最近ずっと幸せそうだ。自分では気付いてないだろうが、あれだけ執着していた夏樹が本当に横から掻っ攫われたならこんなヘラヘラ出来るわけがない。

 

 RPGのラスボスみたく常に変な余裕のあるこいつにもたまには一泡吹かせてやるぜ。

 

「流石、雪子の目は誤魔化せないな、お察しの通り実は俺と夏樹ちゃんは隠れて突き合っているんだ。でも変なやっかみとか来ても困るだろ? だからこれは秘密にしてね」

「付き合ってる……、本気なんだろうな?」

「以前も言ったろ? 夏樹ちゃんは、俺が幸せにしてみせるって」

 

 あっさり認めやがった。なんだろう、言葉に違和感はあるが、確かにこのクズの長所は顔の良さと女の涙は許容しないところだ。隠す理由もさもありなんという感じだし、取りあえず大岡裁きは終了か。

 

「帰る」

「え、どしたん急に」

「別に、夏樹と付き合ってんならこうやって二人で会うのも良くないだろ。じゃあな」

「そう? あ、お帰りはあちらになります」

「知っとるわい!」

 

 そして私は嘘つき野郎の部屋を後にした。

 

 胃がむかむかするし、モヤモヤする。

 

 もし本当に夏樹に別の彼氏が出来ていたら、それはあのチャラ男が失恋したってことで、前のお礼も兼ねて慰めてやろうと思ったのに、蓋を開けてみたら想像通り嘘だし、しかもなんか真剣に両想いっぽいし。

 

 なんか内心夏樹に少し嫉妬してる自分が居て本当に我ながらクズだなと感じる。

 

 あーやっぱ恋愛ってクソだわ。学生の本分は、部活!

 




ぼちぼち終わりが近づいてきました。
感想&評価ありがとうございます。


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14話 成長も退化も捉え方次第 

 

 最近、夏樹ちゃんの愛が重い、想いが重い。

 

 うーん……、自室で俺は、彼女のことについて悩んでいた。

 

 俺の悩みを赤裸々に相談できそうな知り合い(正確には密度の濃い人生経験を持ってて、説教臭くなくて、仲のいい大人)は一人もいないので、なにか問題に直面した際は、なんとか一人で解決しなくてはならないのが孤高タイプのチャラ男の辛いところである。

 

 高校とバイト先くらいしかコミュないしね……。俺ってクラブ通いもSNSもそこまで重点を置いてないし……。

 

 さて、これより先は惚気が入りそうなのだが、俯瞰的視点から彼女のことを考えていかなくてはならないので自己分析も含めて想いを馳せていこうと思う。

 

 いくつかのエピソードを思い出して、はたしてこれは重いかそうでないかを冷静にジャッジしていこう。

 

 まず、俺の家のカレンダーにハートマークがついていたので理由を尋ねると付き合って一カ月記念日だったらしい。

 

 次に、俺が仮病で学校をサボったら、看病したいと言って2限で早退して家にやって来た。

 

 最後に、部屋でゼク○ィ読みながら、やたら新婚旅行はどこに行きたいかやら、子供は何人欲しいかやら聞いてくる。

 

 審議中。ぽくぽくぽく、ちーん!

 

 可愛いからいっか! これにて閉廷!

 

 どうも夏樹ちゃんは、幼少期に親に構って貰えなかった反動なのか、思いの外俺に甘えまくってくる。家庭環境的に誰かに寄りかかることが出来なかったから仕方ないのだろうけど、依存心が強めだ。

 

 俺がもしクズだったら「何回か(数十回)シただけで彼女面するんじゃねぇよ!」などと言ったり、逆にズブズブにして自分に都合のいい女にしちゃうんだろうけど、俺クズじゃないからなー。生まれ変わったらわたしはクズになりたい……。

 

「何か悩み事でもあるの? なんでも言って? 私、四季君の為ならなんでも出来るよ?」

 

 俺が頭を抱えているのを見て、キッチンで晩御飯を作ってくれていた夏樹ちゃんから心配のお声がかかる。

 

「えっ、なんでも? じゃあ今日もいちゃいちゃしていい?」

「うんっ」

 

 満面の笑みで返事をする夏樹ちゃんは変わってしまった……。以前のように俺に敵意を向けることもなければ、鉄壁だった心の防波堤は、子ブタが作った藁の家より脆弱だ。耐震強度偽装問題だ。

 

 これは多分よくない、少女漫画の神に愛されている彼女は今、間違いなくおかしな道へと進みつつある。

 

 でも、可愛いからいっか!

 

 実際、俺にはどうしようもない。

 

 チャラ男が女の子の性格を自由にしようなどとおこがましいとは思わんかね。(本間先生)

 

「夏樹……いちゃいちゃ……」

「四季君……いちゃいちゃ……」

 

 かの有名なスタンフォード実験でもあるように、どうも状況や関係が心理に与える影響力というものは馬鹿にならないらしい。

 

 言ってしまえば俺は、彼氏っぽいナニカであり、夏樹ちゃんは彼女っぽいナニカだった筈なのに(というかぶっちゃけセ○レ)こう毎日顔を合わせながら彼氏彼女の事情をしていると、探し物を探すより俺達二人は踊ってしまう。

 

 つまり、俺はここにきて夏樹ちゃんに心を奪われつつある。とっつぁーん!

 

 というかハッキリ言えばもう陥落した。特に激甘エピソードとかなく、ドラマティックな展開もなく、宮本武蔵は流れ弾に当たって死亡した。

 

 だって、夏樹ちゃん可愛いんだもの……こんなん惚れてまう。

 

 付き合って一カ月記念日は二人でケーキを買って食べて。

 

 体温計擦りまくって、看病されてるフリしながらも結局いちゃついて。

 

 新婚旅行はハワイが良いかなぁとか考えた後、彼女との輝かしい結婚生活を想像し、「あなたーお弁当忘れてるわよー」とか言う夏樹「ごめんごめーん」とか言う元チャラ男、あー凄い微笑ましいかも……。などと幻視する。

 

 しょうがない、男ってのは常に休める港を求めるものなんだ。

 

 どんなヤンキーだっていつかは大人になって、悪ぶった過去を忘れて所帯をもつように、女遊びの激しかったチャラ男もいずれは一人の女の子を選ぶ。それが俺の場合は彼女だったということだ……。

 

 

◇◇◇

 

 

 文化祭が明後日に迫る中、俺の部屋ではなんだかんだで2週間に一度くらい会っている秋葉さんがゲームをしていた。

 

 最初はスライム一匹倒すのにも苦労していた勇者アキハは怒涛のラスボス戦に突入していた。

 

「翔太君から教えて頂きました。邪神に勇者のつるぎをかざすことで弱体化するらしいのです」

「あ、そうなんだ」

 

 ちなみに翔太君とは秋葉さんの婚約者である。話に聞く感じだと、普通に良い子っぽい。

 

 手に汗握るバトルを経て、見事アキハは仲間と共に邪神を打ち倒し、世界に平和をもたらした。

 

 感動のエンディングである。

 

「最初は右も左も分からぬ中での冒険でした。状況に流され、運命に導かれ、それでもアキハが折れずに成長出来たから、ここまでこれたんですよね」

「そうですね。まさに艱難辛苦って感じの旅でしたけど、ちゃんと乗り越えてましたね」

 

 人生初めてのゲームクリアだからか、秋葉さんは少しセンチ入っていた。気持ちは分からんでもない。

 

「この数カ月、本当に楽しかったです。初めてのことだらけで、どんなに自分の視野が狭かったかたくさん痛感しました……」

 

 あ、マズい、と思った。この流れはマズいぞ。

 

「秋葉さん……」

「宮本君は、私の恩人です。最初はこんな酷い男の子がいるんだと驚きましたけど、今では貴方で良かったと心から思います」

「そ、そうですか……、なんか照れくさいですけど……」

「だからこそ、このままの関係は続けることは出来ません」

 

 グエー死んだンゴ!

 

 完全に別れ話が再度やってきた……。嫌じゃ嫌じゃ! 

 

「も、もしかしてやっぱりもう会ってくれないんですか……? 多分裏ボスもまだいますよ……?」

 

 俺は震える声でそう問いかけた。場の空気がしっとりしているので、俺も邪神のように彼女に襲いかかれる雰囲気では無い。

 

「もうやめた方がいいでしょうね。家のこともそうですけど、ここは居心地が良過ぎて、寄り掛かっちゃいそうです」

「俺なんかでよければ、いくらでも! 人という字は……」

「駄目ですよ。そうなると私自身、成長出来ませんから。私もアキハみたく、もう逃げたくないんです」

 

 ひーんっ、ゲームと人生をごっちゃに考えちゃ駄目だよぉ……、とも思ったが、今回の秋葉さんは決心が固そうだ。

 

 最初に会った時は、なんかもう何もかもめんどくさそうな感じで、おっさんの横で腐ってた彼女だったが、良い目をするようになったもんだぜ!(少年漫画風)

 

 そういえばあの後おっさんの家はどうなったんだろう。少し気になるけど、多分俺の人生の中では一生迷宮入りなんだろうな。袖振り合うも多生の縁とは言うけど、あのおっさんとももしかしたら前世では関係の深い間柄だったかもしれないと考えると面白い。

 

 何でこの瞬間、援交おっさんのことばかり考えているかというと、完全に現実逃避である。

 

「秋葉さんは成長出来ないって思ってるかもしれませんけど、俺からしたらそんなこと無いと思いますよ。実際、最初の頃に比べると性格図太くなった気がします」

「ふふっそうですね。どうしようもない男の子のおかげで、抜き方も覚えた気がします」

 

 一応注釈すると、秋葉さんの発言は変な意味ではなく、力とか仕事とかの意味である。身の丈に合わないことを全力で取り組み過ぎるからストレスは溜まるんだよ。つまりは以前の秋葉さんは真面目過ぎた。

 

 半年近く俺と過ごすうちに、彼女も少しは器用に生きれるようになった。俺ほど適当に生きちゃ駄目だろうけどね。

 

「最後に宮本君に頼みがあるんです……聞いて下さいませんか?」

 

 さ い ご 

 

 その言葉は未練がましいクソ男の俺にドッスンと圧し掛かる。嫌じゃ嫌じゃ……!

 

 ナンデ? え、だって、あんなに楽しかったのに、週に何回かアソンデ、お互い両想いだッテ、絶対ソウだって、オモッテたのに……。

 

 あ、本当に嫌だ。またゴネようかな……。

 

「……あ、あはは、分かりました。なんでも言って下さい!」

 

 え? 今の俺の声? ナンデ、何で笑ってるの……分からない……。

 

 はい、切り替えー。

 

 仕方ないか。秋葉さんが自分で決めたのなら、それに従いましょう。連絡先はお互い知ってるし、しんどくなったらまた会いに来るでしょ。

 

「これに、私と一緒に参加して下さい!」

 

 彼女が見せてきたのは想定の範疇外な一枚のチラシだった。

 

「ぇぇ? 冗談ですよね?」

「さっきなんでもと言いましたよね? 宮本君?」

「言いましたねぇ……」

 

 それは長谷田高校文化祭M-1グランプリ募集のチラシだった。

 

 嫌じゃ嫌じゃ……! 

 

 こうして俺達は、文化祭で何故かコンビで漫才をすることになったらしい。ナンデ?

 

 

◇◇◇

 

 

 古書特有のバニラっぽい香りただよふ文芸部部室。明日は文化祭だというのにうちの部は特になにかすることもなし。

 

「なんか残念です。部長の小説なら案外売れそうなもんですけどね」

「私だって悔しいが、いかんせん生徒会は頭が固い、下手に睨まれたら部の存続すら危うくなってしまう」

「年齢指定本を文化祭で売るのは流石に無理でしたか……」

 

 安っぽいパイプ椅子に腰かけながら、俺は長机に積まれている一冊の本を手に取った。いやらしい小説である。

 

 この部室の本棚の中には芥川や太宰に紛れて、聞いたことないような著者の官能小説が混じっている。中々興味深いので、ここに来た際はいくつか面白そうなのは読むようにしている。

 

「君は、当日はクラスの出し物以外になにかするのか? やっぱりチャラついた男の子としてはバンドとかするのか?」

「なんかM1に参加します。あとはおたくの妹さん達と適当に回りますよ。部長のご予定は?」

「ぷっ、えっ……? 漫才するのかい? くくっ……数少ない部員の雄姿、これは是非とも見に行かなくてはいかんな!」

「ちなみに相方聞いたら多分驚きますよ」

「じゃあ本番の楽しみにしとく! いやー当日の予定が出来て少し嬉しいよ。映画研究会に行って昔の洋画の上映会で時間潰そうと思ってたからさ!」

 

 そこまで期待されると恥ずかしい。そして中々寂しい青春してんなぁと少し同情する。

 

「部長そういえばフランス書院の選考はどうでした?」

「実に残念だったが駄目だった……、正直今一つ力不足は感じていたんだ。また来年頑張るとするさ」

 

 昔と違い、選考の締め切りは8月と2月の年二回で落選は応募から一カ月程度で知らされる。

 

 落ちちゃったのか、残念だけど、それでも部長の心は折れていないし、その目の炎は消えていない。

 

 諦めなければ夢は叶うなんて軽々しく言うつもりはないけど、毎日のようにエロ小説ばかり読んでいる彼女の努力をこの半年間、ずっと見てきた俺としては是非とも賞を摑んでほしい。そしていつか呼ばせてほしい、官能小説家涼ヶ丘冬優奈先生と……。

 

「来年か……、あと半年もしたら部長も卒業ですし、もうこういう時間もなくなっちゃいますね」

「少し淋しいが今生の別れというわけでもなし、一足先に大学で君を待っているよ」

「キャンパスでは変な男に引っかからないで下さいね」

「……もう既に引っかかってるかもな」

「え……部長それって……」

「なんでもない!」

 

 絶対に今の発言は深く追求してやると躍起になるチャラ男VS失言は無かったことにするタイプのエロ部長……ファイ!

 

 こういった青春の一ページもいつか思い出へと変化して、やがて記憶からも消えてしまうのだろうか。

 

 なればこそ、この輝かしい一瞬を形として残したい。部長と俺が歩んできた軌跡、その集大成である官能小説を後世へと伝えたい……。

 

 俺は柄にもなく、そう思ってしまうのだった。

 

 そんな日常を挟みつつ、文化祭がやってくる。

 

 

 



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15話 決別の文化祭

 長谷田高校の文化祭は二日間かけて行われる。

 

 初日、俺は午前中にはクラスのお化け屋敷の客引きとして参加し、午後からは夏樹ちゃん&雪子と合流した。

 

 いくつかの模擬店を回りつつ、そこそこに祭りの雰囲気を楽しみながら、文化祭ならではのイベントも度々遭遇したりなんかしちゃったり。

 

 ま、そんな感じで、俺の中では本日のビッグイベント、秋葉さんとコンビを組んで行う公開羞恥プレイの時間がやってきました。

 

 午前中にはバスケ部やバレー部などの屋内運動部が使用していた体育館は、今はパイプ椅子が並びちょっとしたコンサート会場へと変身した。

 

 俺達は今から、暇を持て余した観客達の前で、ステージだか壇上だかの上から笑いを届けなくてはならんっちゅーわけやねん。

 

「宮本君、緊張していますか?」

「程良い緊張感やで。これは良い笑いが生まれそうやっちゅーねん」

 

 秋葉さんは、どこか楽しそうにしながら問いかけたので、俺も笑顔を取り繕いながらそう返した。

 

 似非関西弁の調子もばっちりやで。

 

 ほな、いってきましょーか。

 

 

◇◇◇

 

 

 文化祭初日、午前中バスケ部の練習を挟んだ私と夏樹は、正午くらいにクズと合流した後、祭りを見て回る運びとなった。

 

 まぁ別に他の奴と回っても良かったんだけど、夏樹とクズが二人っきりで文化祭を闊歩してたら噂になるだろうし、内緒にしたいカップルの隠れ蓑の役割を果たすのも友情かなと思ったわけだ。

 

 そして、私はすぐにその判断は誤りだと気付いたのだった……。ぎゃふん。

 

 まず前提として、私の中の夏樹のイメージというのは、爽やかかつ仲間思いで乙女だけど男勝りな部分もある竹を割ったような性格の女の子だった。

 

 だからだろうか、クズと付き合っていても多分お互い適切な距離間を保ちつつ、気安い友人みたいな恋愛をしているのかと勝手に想像していた。だって二人が校内でラブってるの見たわけじゃないし。

 

 しかし、目の前にある現実はそんな私の偶像を音を立てて粉砕する。

 

「もー! 四季君さっき受付の女の子じろじろ見てたー!」

「えぇ……、いや見てませんよ」

「……?」

 

 最初に入店したのは2年生のメイド喫茶の模擬店だった。席について早々茶番が始まったので、私はそれを見て少し固まった。

 

 ……え? 夏樹? 

 

「どうせ私より他の子が良いんでしょ……」

 

 そう言ってぷいっと顔を背ける夏樹を見て、あ、これさては演技だなとすぐに分かった。普段多用している私には分かる、この女は嫉妬したふりをして男から甘い言葉をかけて貰いたいだけだ。な……夏樹? 

 

「ごめんね夏樹ちゃん……」

 

 そう言って、隣の軽薄男は彼女の頭を撫でた後、耳元で何か囁いた。おそらく愛の言葉だろう。なんだこいつら。

 

 とたんに機嫌が良くなる夏樹。嬉しそうに浮かれている。こいつら本当にこれで隠しているのか? 

 

「夏樹ちゃんも宮本君も、随分と仲がイインダネ……」

「え! いや違うのよ、確かに仲は良いけど、恋人ってわけじゃないから、勘違いはやめてね雪子!」

「へー」

 

 その後も、バカップルを永遠視聴する地獄みたいな時間が続きながら模擬店を回ったが、極めつけは私達のクラスが出してるお化け屋敷に入った時だった。

 

「四季君、怖いから手を繋いでいい?」

「そう? 夏樹ちゃん怖いの苦手だもんね、分かった」

「あとね、ほんとに怖くなっちゃったら……また前みたく……そのぅ……」

「あー……うん。分かった」

 

 二人の会話を聞き、高校の文化祭レベルのお化け屋敷がそんな怖いわけねーだろと脳内で悪態をつく。ただ暗い中教室を歩いて、コスプレした同級生に驚かされるだけだ。

 

 くそう、こんな男に媚び媚びな夏樹は見たくなかった……、割とショックはデカい。

 

「あーもう無理、怖いっ、四季君おんぶっ、ギュってして!」

「はいはい」

「むふ~~っ……」

「……」

 

 入店してすぐに彼氏に飛びついた夏樹は、正面から抱っこされて満足げな顔をしていた。私は二人の後ろを歩いているので彼女と目が合う。恥ずかしそうにしながらキリッと表情を真面目風に変えても今更おせーからな? 

 

 多分彼氏との肉体的接触が少なくて我慢できなかったのだろう。お化け屋敷なら暗いし、恐怖のせいに出来るから抱きついても問題無しと考えたのだろうが、お化け役の生徒達みんな困惑してるの気付け? ……なんで私はこんな冷静に分析してんだ。

 

「四季君……怖いよ、もっと強めにギューってして?」

「ほいほい」

「あ~~っ……」

「……」

 

 最早、幼稚園の先生と構って欲しい園児だなこりゃと感想を抱く。親友の新たな一面を見て驚く気持ちが大半だが、幸せそうな顔を見ると、まぁいっか、と私は苦笑した。

 

 

 お化け屋敷を出た後、私達が中庭で少し休憩していると、まぁーこの男に寄ってくる女共の多い事。中身はカラスでも見た目は鶴だからなこいつは。

 

「宮本くぅん! 一緒に写真撮って下さい!」

「あの、出来れば連絡先交換しませんか?」

「今度一緒に遊びに行かない?」

 

 文化祭で女子に囲まれてる男ってなんか見た事ある光景だけど、単純にイケメンとツーショットで撮って欲しかったり、逆ナンしたいだけなんだなということを知ることが出来た。大勢でいけば必要な勇気は最小限で、文化祭の無礼講な空気の力か、断りにくい。

 

「え? 俺なんかと写真撮ってもあれじゃない? というか皆可愛いから緊張しちゃうな~……、連絡先? 勿論OKだよ。……今度? えーデートってこと? うわ嬉しいけどここで返事するのは恥ずかしいなぁ……、行ける時はこっそり連絡するから、ね?」

「「きゃー……!」」

 

 こいつは正に生粋の軽薄男だから、一応私達に詫びを入れた後だが、名前も知らぬ女達からの要望を断らずに笑顔で写真を撮りだした。女共はきゃいきゃいと騒いでいる。ケッ、下品な奴らだぜ。

 

 20分くらいで済むと言っているが怪しいものである。夏樹はこれどう思ってるのかなと横目でチラッと見ると……。

 

「雪子、ごめんね待たせちゃって、四季君って、やっぱ女の子に人気あるから……」

「いや……私は別にいいけど、ちょっと疲れてたし……えへへ」

 

 今の夏樹の表情を言語化するのは非常に難しい。怒りとか嫉妬とか悲しみとか、負の感情はあるだろうが何処か諦観しているというか、さっきまで彼氏にバブついてた女と同じとは思えない。

 

「……私と四季君って雪子の目からどう見える?」

 

 先生と園児……、流石に口には出さないけど、一般的な彼氏彼女には少し見えないような。

 

「二人は、お似合いだと思うよ。これで付き合ってないなんて信じられないくらい仲良く見えるし、もうほとんど恋人だと思うな」

「ほ、ほんと……?」

「うん」

 

 嘘ではない、実際美男美女だし、見てきた限り相性は良さそうだった。多分あいつも夏樹のことは心から特別に思っていると感じた。

 

 ホッとしている夏樹を見て、ほんと可愛いなぁと思う。性根が乙女だ。私とは月とスッポンだな、こりゃ男は皆惚れるわ。私が男だったら絶対夏樹を嫁にするもん。

 

 しばらく待ちぼうけを食らった後、女の園をかき分けて、クズがこちらに来る。

 

「ほんとごめん。そろそろ俺、M-1の準備しなきゃ、ネタの打ち合わせしたいし、あー緊張する」

「分かった……、頑張ってね! 私と雪子も見に行くから」

「最初に念を押しておくと、あくまでネタだからね?」

「……うん? 分かってるわよ?」

「よし」

 

 こいつはこの後に体育館で漫才コンテストに出るらしい、表立って目立つのは嫌いそうだし意外な気もするが、根は陽気な奴だしそういうこともしたくなるのだろう。ちなみに相方が誰なのかは本番までのお楽しみだと言われた。どうせ軽男とかじゃねーの? 

 

 私達は一緒に体育館へ移動した後、クズとは別れた。観客席に座った私達は、M-1までは軽音楽部の演奏を聞きながらその時を待った。

 

 やがて時間は午後の3時、マイクを握った司会者の男子生徒が開会を宣言し、長谷田高校M-1グランプリが始まった。

 

 いくつかの生徒達の漫才を見る。生で見るボケとツッコミの応酬は、中々面白い。正直皆素人だからか、ネタもしょーもないものが多いが、文化祭のお祭り気分な雰囲気がそうさせるのか、滑ってもなんか青春の一ページみたいで笑えるし、結構楽しい。

 

「ふふふっ、皆面白いね」

「ねー? なんか、思ったより楽しい、あ、次四季君じゃない?」

「あ、そうかも、7番目って言ってたし」

 

「それでは、お次は、R指定もなんのそのなこの二人ぃぃー! それではどうぞ! 『チャラ&ビッチ』」

 

 司会者の紹介の後、音楽とともに顔が良い男と女が現れた。昔のコメディアンみたいな煌いた服に蝶ネクタイをしている。絶望的に似合わない。

 

 ……あれ? 相方うちの生徒会長じゃね? 

 

「はいどーも、チャラ男いいます、よろしゅうたのんます!」

「隣にいる彼にいいように弄ばれている性処理用メス豚のビッチです!」

 

 開幕早々のド下ネタに会場の空気は凍りついた。

 

 というか皆一様に困惑した。え? 紅葉院先輩? ナンデ??? 

 

 混乱する私達を他所に、下ネタ全開の漫才は始まっていく。息はぴったりで、即席だとしたら大したもんだ。いつの間に二人は知り合いだったんだ? 接点なさそうだけど。

 

「四季君……何で、紅葉院先輩と……?」

「夏樹ちゃんも知らなかったの?」

「……うん」

 

 まぁ流石にやましい関係ではないだろうけど、校内一美人な紅葉院先輩とあのチャラ男が知らぬ間に仲良かったら隠れ彼女としては不安になるだろうな。

 

 悲しそうな顔をする夏樹を見て、どうにも歯がゆく思った私は、彼女に耳打ちする。

 

 私の嫁を泣かせる奴は許さん! 

 

 

◇◇◇

 

 

 普通文化祭ってのはチークダンスで恋心を自覚したり、準備の際に気になるあの子と心の距離が縮まったり、そんな甘酸っぱい思い出が大半を占めるものじゃないのかと思う。

 

 にもかかわらず俺が、何故固まってる観客の前で漫才なんて性に合わないことをやるのか。その理由はただ一つで秋葉さんとの最後の思い出づくりである。

 

「はいどーも、チャラ男いいます、よろしゅうたのんます!」

「隣にいる彼にいいように弄ばれている性処理用メス豚のビッチです!」

 

 ちなみにネタはド下ネタのオンパレード。観客席の人々はまぁあんぐりと固まってる。うちの高校で一番そんなこと言わなそうな秋葉さんが開口一番これだもん。

 

 なんとなく、彼女がこんなことしたかった理由は分かる。一言で言えばいつものあれだ。真面目な自分をぶっ壊したかったんだろう。

 

「赤裸々過ぎる自己紹介やな! ちゃうちゃう! 皆さん、彼女の言ってること全部嘘ですから!」

「本当は、こんな風に皆の前で恥ずかしい姿を見られるの嫌だったのにぃ……彼に写真で脅されて……」

「人聞きの悪いこと言うなぁ! 自分からやりたいってせがんでたやんけ!」

 

 少しずつ、観客の止まっていた時間が動き出していくのを感じる。

 

「それよりさっき、ちゃうちゃうって言ってたけどアレは私がいやらしい雌犬って意味?」

「チャイニーズエディブルドッグのことちゃうわい! 違う違うって意味の関西弁や!」

「違う違うって……、あの時ベッドで私に囁いてくれた愛の言葉は全て嘘だったってこと!?」

「なんの話をしてんねん! お前が開幕ド下ネタかましてたから、それは違うって意味や!」

 

 一部から軽い失笑が聞こえる。あー恥ずかしい恥ずかしい。

 

「ド下ネタじゃないでしょ? ちゃんと言いなさい? ほら私はなんて言ったんだっけ?」

「え、それは……せいしょ……」

「うん? 聞こえないわよ大きな声で」

「性処理用メス豚ビッチでしゅうぅ! ……って言わせんなや!」

「そうやって気に入らない事があるとすぐ嫌がる私に乱暴に突っ込んで、さぞ気持ちのいいことでしょうね!」

「ツッコミのこと変な言い方するのやめーや!」

 

 秋葉さんは普段、生徒会長として全校生徒の前で喋る機会も多い。そんな中、もし仮にこんな発言したら生徒指導室行きで親を呼ばれるだろう。

 

 しかし、今日は文化祭、おまけにある程度の無礼講が許されるM-1グランプリ。いつもと違って堅苦しい形式ばった言葉じゃなく、中学生の男子みたいな下ネタを言う秋葉さんは楽しそうだった。ハッキリ言って観客より楽しそう。

 

 しばらくネタを披露する俺ら、観客もそこそこに笑ってくれている。

 

 そんなボケとツッコミの応酬にもやがて終わりは来る。

 

「もうあんたとはやっとれんわ!」

 

 大声で別れの言葉を言い放ち、俺は彼女に軽くぺしっとツッコミを入れた。

 

 思えば半年近くもの間、男と女の関係だったのは結構長く感じる。記録更新です。本当に──

 

「「どうも、ありがとうございました!」」

 

 そう言って、俺達は観客席に向けて頭を下げた。多分お礼の相手先はお互い自身。

 

 まばらな拍手が聞こえる。うーん、ややウケ? 取りあえず楽しかったよ。

 

 ステージだか壇上だかから退散した俺と彼女は達成感やら高揚感やら、色々思うことはあるが、取りあえず平和に終わって良かったと思う。まぁこっからが大変なんだろうな、噂は早いだろうし怒涛の質問攻めも覚悟してるよ。

 

「秋葉さん、お元気で」

「宮……園君もお元気で、と言ってもお互い学生の身ですし、校内で会うでしょうけど」

「そりゃそうでんな」

 

 ふふふと笑い合う。なんか青春っぽい、最後だしキスくらいはしたいとこだが、周りには他の漫才コンビ、すなわち数人の生徒もいるし、やめとくわ。

 

 そんな安心、油断、した時こそ。修羅場は唐突にやって来るものだ。

 

「四季君、何で、紅葉院先輩と……、どこで知り合ったの……?」

 

 夏樹ちゃん来襲。この後また三人で回る予定だし合流しようとは思ってたけど、様子がおかしい。

 

 明らかに嫉妬してらっしゃる。

 

「どこでって……、勿論校内で、最近知り合ってウマがあってさ、漫才しただけの仲だよ」

「どうして嘘つくの、だって、あんなに仲良さそうだった。お互い信頼しあってた。本当は、ずっと前から会ってたんでしょ!」

 

 少しずつ溜まってた他の女性への嫉妬心、どうやらここに来て爆発したらしい。秋葉さんの時にそう思っちゃうあたりカンが鋭い。

 

 多分女の子にしか気付けないだろう、俺と秋葉さんの間に流れる独特の匂いみたいのを嗅ぎ取ったんだろう。

 

 ともあれ夏樹ちゃんのいつもの構ってムーブの嫉妬演技とは違うので、こちらも真面目に対応せねばなるまい。

 

「一旦落ち着いて夏樹ちゃん……」

「落ち着けるわけないでしょ、だって私、四季君の彼女なんだよ? それなのに、落ち着けるわけない!」

 

 あ、あー……、公衆の面前で彼女と言われてしまった。ま、マズいぞ……。

 

 というか何でだ? いくら嫉妬しても夏樹ちゃんはそんなことを感情で口走る程短慮でも、束縛の強い女の子じゃない。おかしい、何かおかしいぞ。

 

「ねぇ……、私四季君の彼女だよね? 証明してよ……、いつもみたいにキスしてよ……」

 

 あ、ちょ……、チャラ男人生最大級のピンチ。隣で聞いてる秋葉さんがどんな顔してるか気になるが、まぁ彼女とは終わった仲ですし、今更取り繕う必要もないか。

 

 マズいなぁ……、夏樹ちゃんと彼氏彼女の関係になったら俺の倫理観的に、他の女の子達といちゃつけなくなる。学生生活はあと2年半もあるのに自由が無くなるのはハッキリ言って嫌だ。それもうチャラ男ちゃう。チャウチャウ。(犬)

 

 かと言って、夏樹ちゃんを突き離すのも無理だ。他の子ならともかく夏樹ちゃんは無理。

 

 何故こんなことにと思っていたら、雪子が視界の隅に入る。おそらくクズ同士、俺の思考を読んで夏樹ちゃんに変な入れ知恵したな。くっ、どうする俺。

 

 このまま彼女と共に彼氏彼女で、二人三脚で歩んでいくのか、チャラ男死すデュエルスタンバイなのか……? 

 

 ……ま、夏樹ちゃん可愛いからそれもいっか。

 

「ごめんな、夏樹、不安にさせて……」

「あっ……」

 

 彼女を抱き寄せる。どうでもいいけど俺の服今コメディアン風コーデだから格好悪っ。

 

「夏樹……んっ……」

「んむぅ……んんっ……」

「…………んちゅ」

「んん~~っっ……」

 

 俺は目を瞑りながら彼女に口づけをした。周りから阿鼻叫喚が聞こえる気がするけど、もう知らん。

 

 そういえばM-1の後は壇上で演劇部が恋愛物をやる予定だ。キスシーンもあるらしいので結構注目の的だった。負けてられないなと思った俺は、滅茶苦茶濃厚なやつを彼女にかましてやった。

 

 実家のイヌタローも驚くほどの舌テクを味わってもらう。べろんちょべろんちょ。

 

 ぷはっと……お互いが口を離す。涎の橋がつーってなってる、ばっちいね。

 

「今更だけど、夏樹ちゃんこれからも宜しく。彼氏として」

「う……うんっ! 好きっ!」

 

 こうして一人の男と女は幸せなキスをしてめでたしめでたし──。

 

 などと思っていたら、横から秋葉さんの無言のドロップキックを食らった俺は、段ボールとか積んであるとこに吹き飛んだ。その後、秋葉さんと雪子からげしげしと蹴りをいれられる。あちょ、痛いってばよっ! いや何で雪子まで……? 

 

 夏樹ちゃんは幸せそうだが呆けているので俺を助けてはくれない。

 

 そんな感じで俺達の文化祭は終わる。

 

 正確に言えば、この後の一日半は夏樹ちゃんに腕を組まれた状態で滅茶苦茶いちゃつきながら校内を闊歩する嬉し恥ずかし模擬店巡りもあったのだが、聞くも語るも恥ずかしいのでこのくらいにしておきましょう。

 

 という訳で、宮園四季16歳遂に念願の初彼女を作ることが出来た。いやーめでたいね。それもこれも全てこのマジックストーンのおかげだ! 今なら送料込みで1,980円! 数は少ないので早い者勝ちだ! 

 

「宮本君、うちの生徒会長に下ネタを言わせるコンセプトは良かったが、お互いのマイクの位置もいまいち遠かったし、ボケもツッコミも説明臭くてテンポに欠けていたぞ? まぁ私は下ネタ大好きだし結構楽しめたが、来年はもっと精進したまえ」

 

 帰り際、冬優奈部長からそんな駄目出しをくらう。いや来年はせんっちゅーねん! 

 

 



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最終話 まるで成長していない

 史上最低最悪の絶望的な日から早くも約一年経った。正確には十カ月くらいか……。

 

 それは高一の文化祭の日、俺がずっと好きだった夏樹と宮本の交際が発覚した日だ。

 

 つまり、大学生の彼氏なんて全て嘘だったということだ。あの夏樹が俺に嘘をついたんだ。ずっと俺は騙されていたんだ。裏で笑われていたんだ。まるで道化師のように慌てる俺はさぞ愉快だったことだろう。

 

 この一年、俺は何度か女の子から告白され、中には付き合った子もいたが、全て上手くいかなくて別れてしまった。

 

 どんな女の子と一緒に居ても、俺はいつも夏樹と比較してしまっていた。夏樹ならそんなこと言わない。夏樹ならもっとこうしてくれたのに。そんな風に考えてしまう自分が最低過ぎて、俺から何度も別れを告げた。

 

 それでもふと、一人でいることに淋しさを感じてしまって、また誰かと交際を始めてみるも、俺の心は成長せずに、また自己嫌悪感を抱いて別れてしまう。それの繰り返しだ。

 

 最早これは呪いだ。夏樹と過ごした10年間を完全に忘れるのは、おそらく10年の時間が必要なのだろう。

 

「夏樹……夏樹……」

 

 高校生活自体は二年生になっても順調だった。新しい友人も出来て、勉強も、部活も、生徒会も、上手くやっていけてると思う。だがどんなに優等生を演じても、俺の心は満たされない。

 

 今の季節は夏、学校は夏休みに入り、暇な日はつい部屋にこもってしまう。

 

 今日も俺は、自室で一人涙を出す為にスマホを取り出して、いつも見ているページを開く。

 

 ネット社会のこの時代、SNSでは相手の個人情報を知ることが出来てしまう。

 

 去年の文化祭の日から、夏樹は宮本と二人でいる写真をイン○タに上げるようになった。カップルがよくやる、デートや近況報告の、なんてことない写真だ。

 

 9月の写真、文化祭で二人で校内をいちゃついている写真が映っている。どうして夏樹の隣にいるのは俺じゃないんだ。

 

 10月の写真、ハロウィンで魔女のコスプレをした夏樹の首筋に、吸血鬼コスの宮本が噛みついていた。恥ずかしがる夏樹はちっとも嫌そうにしていない。

 

 1月の写真、二人で旅行に行ったらしい、湯上がりで浴衣を着た夏樹は色っぽい。男女で二人っきりで旅行に行くなんて不健全だ。

 

 4月の写真、宮本と同じ2年4組のクラスになって、夏樹は満面の笑顔だった。夏樹……、俺も一緒の2年4組なんだよ。

 

 8月の写真、最新の写真が公開されている。こ、これは……。

 

 水着姿の夏樹が、宮本や友人達と楽しそうにしていた。海に行ってるのか、あんなに仲良かったのに、俺のことは勿論誘ってはくれないんだな夏樹……。

 

「くそっ、夏樹っ……! 夏樹っ……! うっ!」

 

 彼女のダイナマイトボディは俺にとって目の毒だった。可愛らしい黒ビキニ姿の夏樹を見て、今日も俺は一人涙を出す。飛び散る涙をティッシュで拭いて、ゴミ箱へ捨てる。

 

 この呪いが解けるのはいつになるか分からない。だが、俺は誰も恨んでいない。夏樹は俺を裏切った訳じゃない。雪ちゃんはまた俺に優しくしてくれるようになった。宮本も、彼女を泣かせるようなことはしていないみたいだ。

 

 これは、俺の弱さが招いた事なんだ。俺に勇気がなくて、夏樹ときちんと向き合ってこなかったから。

 

 俺が全部悪いんだ。

 

 だが、どうしても思わずにはいられない。どうして、夏樹は俺を選んでくれなかったのかと……。

 

 そんな時、コンコンとノックの音が響く。俺は慌てて身支度を整え、来訪者を出迎える。

 

「ごめんお兄ちゃん、辞書かしてー、宿題で使うの」

「あ、そこの本棚にあるから持ってっていいぞ」

 

 妹の凛だ。彼女は俺と違って、今でも夏樹と仲が良い。彼女のことを本当の姉のように慕っている。

 

 本棚へと向かう凛を見ながら、俺は焦った。マズい、そこにはっ……! 

 

「え……、お兄ちゃん……何これ?」

「ち、違うんだ。それは、友達の姉が書いた小説で! みほん本いっぱいあるからってタダでくれただけで、別に変な意味はないんだ!」

 

 俺は慌てた。本棚にいわゆるえっちな小説が一つ置いてあるが、それは本当に貰っただけなんだ。妹に見られるなんて恥ずかしい! 

 

「ふぅ~ん……、お兄ちゃん、こういうのが好きなんだぁ……」

「だから違うって! い、いいから早く辞書持って出てけよ!」

「ふふっ、してあげよっか?」

「……え? 凛、何言って……?」

「この小説みたいなこと、最近元気がないお兄ちゃんに、私がしてあげるよ……あ、でも恥ずかしいから夏樹お姉ちゃんには内緒にしてね?」

 

 そんな風に、舌なめずりをする妹はとても2つ年下とは思えない程、妖艶な雰囲気を醸し出していた。

 

「な、何言って……ふ、ふざけたこといってんじゃ……止めろ凛っっ」

「大丈夫、昔お兄ちゃんくらいのイケメンにいっぱい仕込まれたから、ちゃんと優しくしてあげる」

「や、やめ……凛っ」

 

 俺は迫りくる非日常の足音に、恐怖より先に、何故か期待をしていた。彼女の持っている小説の表紙が視界の端に映る。

 

 その本のタイトルは『禁断の果実、義妹とのドスケベな日常~お姉ちゃんには内緒にしてね~』だった──。

 

 

 ◇◇◇

 

 

 夏だー! 夏と言えば海! 白い砂浜に映える色とりどりの水着! いつもならナンパにあけくれたいところだが、なんせ俺は彼女持ちなもんで浮気なんてしないぜ! 

 

 てな訳でおっすオラ宮園四季、17歳の高校二年生、女4人男3人のバランスのとれたパーティーで夏休みに海に来ました。テンション高めです。

 

 誰と来たかって? よしイカれたメンバーを紹介するぜ! 

 

 まずは、夏樹ちゃんだ。言わずもがな俺の彼女、破局の危機もなくは無かったが交際も早いもんで一年続いている。もうすぐやって来る一周年記念に何をプレゼントするか悩むところである。

 

 俺達は冷たい海に浸かりながら向き合っていた。一緒に水着売り場で選んだ黒ビキニ姿がとってもセクシーだ。

 

「四季君、一緒に泳がない? 勝負しよ勝負!」

「よーし沖まで競争だー」

「負けた方ジュース奢りだからね!」

 

 夏樹ちゃんは、付き合った当初は依存型彼女に真っ直ぐ突き進んでいたが、愛とは熱しやすく冷めやすいのか、この一年間でだいぶお互い気安くなった。でも絆は以前より強固になったと思う。

 

「チャラ男兄ちゃん速ぇー!」

「本当宮本君は無駄に身体能力が高いですね……」

 

 俺と夏樹ちゃんの水泳勝負の審判役を引き受けてくれているのは、秋葉さんとその婚約者の翔太君だ。

 

 いやいやちょっと待てと海の底から声が聞こえる。怖いね。

 

 秋葉さんとは約一年前の文化祭で壮絶な別れ(ドロップキック)を味わった筈なのに何で仲良くしてるねんって、波の音が聞こえる。

 

 簡単な経緯として、俺はあれ以来完璧に無視されていたのだが、彼女と俺の関係を勘繰っていた夏樹ちゃんが女同士の話し合いを行った結果、なんか元々性格の良い二人だからか、気付いたらめっちゃ仲良くなってた。勿論俺と秋葉さんの関係は完全に隠し通せた。

 

 てな訳で夏樹ちゃん経由で秋葉さんとはそこそこ話せるようになり、あと色々あって彼女の婚約者である翔太君とはウマが合ってめっちゃ仲良くなった。小学生と高校生なのに最早マブダチだ。その辺についてはまたいずれどこかで語られる日も来るであろう。

 

「雪子ちゃん、冬優奈先輩、日焼け止め塗ってさしあげましょうか!」

「あ、大丈夫だよ。ありがとうね軽男君……」

「うむ、さっき姉妹で仲良く塗り合ったからな。まるでオイルマッサージ系AVのごとくぬっちゃぬっちゃと」

 

 冬優奈元部長は応募した小説が某出版社の編集の目に止まったらしく、めでたく官能小説家デビューを果たした。ペンネームは退魔触手ぬめぬめ先生だ。

 

 今は長谷田大学の文学部教育学科でのぼっち大学生活と執筆作業をそこそこ楽しく過ごしているらしい。

 

 運転免許を取ってハイエースを購入した彼女に乗せて貰って湘南の海まで来れたわけだ。

 

 雪子は特に語ること無し、変わりなし、二年になっても演技派高校生活を送っている。こうやって仲良く海に来るくらいには夏樹ちゃんとの仲も良好だ。

 

 軽男は元クラスメートのギャルである春香と付き合いだしたのに、俺がほぼハーレム状態で海に遊びに行くことを知ってついてきた。このメンツじゃほとんど絡みないだろうがコミュ力は高いので案外すぐ打ち解けられている。しかし彼女に内緒でこんなとこ来て浮気じゃねーの? 大丈夫? 

 

 浮気と言えば、俺は完全に元チャラ男と呼べるくらいには、この一年間夏樹ちゃんに対して真摯だった。ナンパとかマジでしなかったからね。本当に成長したなぁと自分でも感じる。

 

 一部怪しいのもあったが少なくとも俺は浮気では無いと思う。秋葉さんは少し慰めただけだし、冬優奈元部長は官能小説のクオリティ向上の為だし、雪子は酒の力って怖いねって話だ。

 

 つまるとこ秋葉さんを傷付けた翔太君が悪いし、リアリティのある描写が書けない元部長が悪いし、運動部なのに俺の部屋で間違えて飲酒した雪子が悪い。

 

 まぁ、そんなささいな事は脇に置いておこう、ともかくこの7人の仲良しメンバーで海に遊びに来てるんです。楽しんでこーぜ! 

 

「ぷはぁっ……! あーっ! 負けちゃった!」

「ふー……悪いね夏樹ちゃん、俺オレンジジュースよろしく」

「くっ、しゃーない買ってくる」

 

 水泳勝負は正にタッチの差で俺の勝ちとなった。水が気持ち良くてほぼいきかけました。

 

 太陽がまぶしい! 空が青いぜ! 青春の煌きがするぜ! 

 

「チャラ男兄ちゃん、次俺と潜水勝負しよー!」

「いやいや宮本君、ここは一つ私と砂で女体を作らないか?」

「宮本は俺にナンパの極意教えてくれるって言ったよな? 是非ご教授を!」

「おいクズ、一緒にバナナボート乗りに行こうぜ!」

 

 上から翔太君、冬優奈元部長、軽男、雪子から熱い誘いを受ける。嬉しいけど俺の身体は一つなんだ。ふっモテる男はつらいぜ。

 

 ということで。

 

「おし! 間をとって皆でビーチバレーしよう!」

 

 俺は移動中に膨らませたボールを持ってそう提案した。海と言えばこれよね。俺の一声は鶴の一声、よしやるか、負けないぞーっと皆が目に炎を宿し闘志を沸かせている。

 

「じゃ、やりたい人この指とーまれっ!」

 

 俺が人差し指を天にかざすと、わーっ! と皆が集まって来る。皆一様に笑顔だ。やはり母なる海は良い、開放的な気分になって、皆テンションがおかしくなる。

 

 そんな青春の一ページ。学生生活もちょうど折り返し。これから先、あらゆる困難や挫折も味わうことになるかもしれない。それでもきっと輝かしい未来が待っていると俺は信じている。だって俺には最愛の彼女とかけがえのない友達がいるのだから! 

 

 ……それにしても水着って本当に性的だよな考えた奴どうかしてると思う。だってあれ完全に下着じゃん。なんなら下着姿よりエロさを感じる時ある。というか夏樹ちゃん写真撮ってイン○タ上げてたけど間違いなく校内の男子が涙を出すよ。自分の身体が性的搾取されてることに気付いて? さっきだって夏樹ちゃんの髪が濡れて身体に張り付いているのとか見て俺ですらかなり邪な気持ちを抱いてしまったし、そう考えてしまうのも俺だけじゃないのは明白で、すれ違う男達は軒並み獣みたいな目線を彼女に浴びせている。あ~……でも優越感凄い、この娘俺の彼女なんすよ、毎日通い妻みたいな生活送ってんすよ。はっはっはどうだ羨ましいだろ凡百の男達よ。

 

 そんな感じで、爽やかで煌いてる俺の青春はまだまだ始まったばかりだ──。

 

 長い間ご愛読ありがとうございましたチャラ男先生の次回作に御期待下さい! 

 

 

 END

 

 




皆様の優しいお言葉のおかげで最後まで来れました。ありがとうございます。
なんだこれ打ち切りかよぉ!? と思った読者様、きっとチャラ男の冒険はまだ続いてくんですよ。ただ僕らには見えないだけさ。

あと次作があるならもっと頑張ります。

あとあと、一応R18版小説も下に貼りますが、色々な意味で閲覧注意。内容がひどくても怒る相手は作者ではなく、書いてって言った読者ですのであしからず。
https://syosetu.org/novel/262931/


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