聖なる刃と、不思議な本。 (ほろろぎ)
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第一章 ここから始まる、物語。

 どうしてその本を選んだのか。

 そのきっかけを、神川剣司(かみかわ けんじ)は思い出せなかった。

 

 誰かに勧められたのか。

 彼に本を進めてくるような親しい間柄(あいだがら)の人間は、数えるほどしかいない。

 そうだとしたら、相手のことは覚えているに違いない。

 だとすれば、ただの気まぐれで手に取っただけか。

 一流の物書きの書いた本なら、タイトルだけで興味を惹きつけるに十分な魅力をはなっているだろうから、それも不思議ではない。

 

 手にしたハードカバーのページをめくりながら、ふと剣司はそんなことを考えていた。

 

 四国は香川県、讃州市。

 私立讃州中学校の、三年生のとある教室の隅の方の席に、剣司はいる。

 昼休みの今、他の生徒たちは校庭に運動に出たり、または室内で友人とおしゃべりに興じたり、思い思いの時を過ごす。

 そんな中、剣司は一人、静かに本に目を通していた。

 

 別に、クラスメイトたちから仲間外れにされている訳ではない。

 単に誰かと遊ぶより、一人静かに読書にふけるのが好きなだけである。

 そんな学校生活が続いたため、今ではめったに彼に声をかける者もいなくなってしまったのだが。

 

「また一人?」

 

 その例外が現れた。

 剣司の数少ない、というか二人しかいない友人の一人である少女、犬吠埼風。

 

 彼女と知り合うきっかけになった出来事は、なんてことのない平凡なものだ。

 三年に進級して同じクラスになり、席が隣同士だったからという、それだけ。

 人と話すより一人静かに本を読むことを好む剣司だったが、不思議と風に対しては会話が弾んだものだ。

 

 少女の声に本から意識を戻された剣司は、顔を上げ返事を返す。

 

「いつものことだよ。俺は気にしてない」

「友達として、あたしが気にするんだけど?」

「俺には、風さんがいれば十分だよ」

「ぅ……。まーたそんな、恥ずかしいセリフを……」

 

 異性から言われなれない言葉をかけられ、風の頬はわずかに赤らんだ。

 

「それで、なに読んでたわけ?」

「西暦の、一九五〇年代に書かれた、外国の本だよ」

「四百年近く昔じゃない。よく残ってたわね、そんな古いものが」

「奇跡だよね。神世紀に入ってからは、あまり新書は出なくなったから」

「どんなストーリーなの?」

 

 剣司は大まかなあらすじを、かいつまんで説明する。

 

「本を読むことが禁止された世界のお話だよ。国の決まりで本を処分する仕事をしてた主人公が、自分も本に触れて、今の仕事や国の在り方に疑問を持つ。って感じの内容かな」

「へ~、なんだか難しそう」

「風さんも読んでみる?」

「うーん、遠慮しとくわ。あたし、あんまり小説とか読まないのよね。特に、そういう分厚い系は。女子力を上げるために、ファッション雑誌とかはたまに見るんだけど」

「そっか。もし興味がわいたら教えて。その時には貸すから」

「うん、ありがと」

 

 ところで……と、風は話題を変える。

 

「その読書大好きな剣司を見込んで、ちょーっとお願いしたいことがあるのよね~」

「お願い?」

「今度、勇者部で人形劇をすることになったのよ。その脚本を書いてほしいな~って」

 

 勇者部とは、ボランティア活動を行っている、讃州中学にしか存在しない独自の部活だ。

 風が部長を務め、彼女が部の発足人でもある。

 

「脚本って……俺、本を読むのは好きだけど、自分が本を書くなんて、したことないよ?」

「大丈夫、大丈夫。保育園の子供を相手にしたものだから、分かりやすい簡単なお話でいいのよ」

「うーん……」

 

 腕を組み、考える剣司。

 風は子供相手だから、なんて言うが、子供だって意外とするどい観察眼を持っている。

 子供だからなんて舐めた態度で接すると、すぐに見破られてしまうものだ。

 

「おねがーい! もう劇やるって引き受けちゃったのよー!」

「なんでそんな考えなしに受けちゃうかなぁ」

「なせば大抵なんとかなる、が我が部のモットーだからね。仕方ないわ」

「そんな行き当たりばったりで、よく部活が続けられるね……」

「みんな勉強とか部活が忙しくて、お話なんて考える余裕がないって。もう剣司しか頼れる人がいないの」

 

 ウルウル、と可愛らしく目を潤ませ、風は助けを求める。

 そんなふうに言われたら、断れないじゃないか。

 

「……わかった。俺も自信ないけど、やれるだけはやってみるよ」

 

 その言葉に、風の表情がパァッと明るくなる。

 

「さっすが男の子! やる時はやる奴だって思ってたわよ」

「まだなにもやれてないけどね、決意しただけで」

「大丈夫よ。あんたも前に言ってたじゃない、『覚悟を超えた先に希望はある』って」

 

 その言葉は、かつて剣司の大切な人が彼に言っていたセリフだった。

 剣司はその人物のことを思い出しそうになるが、(とど)めるように小さく頭を振る。

 そんな剣司の様子には気づかず、風は話を続ける。

 

「そうだわ。どう、剣司。今夜、家に夕飯食べに来ない?」

「え、なに突然」

「脚本の執筆依頼を受けてくれたお礼よ」

「いやそんな、女子の家にお邪魔するなんて……。それも夜に」

「友達なんだから別にいいじゃない。樹だって喜ぶわよ」

 

 風は家に来てもらう時間を決め、それを伝えると返事も待たずに去っていった。

 

「こういう時の風さんは、強引だなぁ」

 

 苦笑を浮かべる剣司。

 ちょっと強引だったが、強く言わないといつまでも遠慮することを見越しての行動だ。

 剣司の方でも、風の申し出を不快に思っているわけではない。

 むしろ、自身の寂しい生活環境を思い返して、人の温もりに触れる機会を用意してくれる彼女に、感謝しているくらいだった。

 

(家に寄る前に、なにかお土産でも買っていった方がいいかな……?)

 

 そんなことに思考を向ける剣司であった。

 

 

 

 

 

◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆

 

 

 

 

 

「こんばんわー」

 

 指定された時間ちょうどに、剣司は犬吠埼家のインターホンを鳴らした。

 彼の来訪を待っていたかのように、間を置かずドアが開けられる。

 

「剣司さん、いらっしゃいませ」

「やあ、樹ちゃん。久しぶりだね」

 

 剣司を迎え入れたのは、風の妹の犬吠埼樹である。

 彼女こそが、風に次ぐ二人目の友人だ。

 

「どうぞ、上がってください」

「おじゃましまーす。あ、これ、お土産」

「わぁ、プリンですか。私好きなんですよ。ありがとうございます」

 

 なにかと積極的な姉の風に対して、樹は引っ込み思案な少女だ。

 なかなかに人見知りするたちの樹なのだが、風を介して知り合うことになった剣司に対しては、初対面の時からどういう訳か抵抗を感じなかった。

 剣司の方でも樹に対しては、風の時と同じように壁を感じず話すことができた。

 そんな二人は互いにすぐに打ち解け合い、今では年齢差を超えた友人になれたのである。

 

 ある時、こんなことを冗談で言い合ったものだ。

 

『私たちって、もしかしたら前世では兄弟か姉妹だったのかもしれませんね』

『同じ一人の人間の魂が、生まれ変わって二つに分かれた。なんて物語を聞いたことがある。僕たちの場合も、そうだったりしてね』

 

 リビングに通された剣司。

 テーブルの上にはすでに、風お手製の夕飯である釜揚げうどんが用意されていた。

 それも尋常な量ではなく。

 

「これはすごいね……五人前以上はあるんじゃないかな。いくら三人でも、こんなには食べられないよ?」

「あ、それあたしの分ね。剣司と樹のは、こっちで別に用意してるから」

「えぇ……風さん、それ絶対に一人で食べる量じゃないよ」

「お姉ちゃんはいつもこんな感じです」

「あたしの女子力にかかれば、これくらい前座よ前座」

「風さんの胃袋は宇宙だったのか……(白目)」

「剣司さん、うどんが冷めないうちに食べ始めましょう」

 

 樹に(うなが)され席に着く。

 三人は行儀よく合掌し、うどんをすすり始めた。

 

「おぉ……このうどん、すごく美味しい!」

 

 ツユにつけた麺を一口食べただけで、剣司はこの味の(とりこ)になった。

 剣司の感嘆の声を聞いた風は、安堵の表情を浮かべる。

 

「よかった~。麺はかめやのお取り寄せだけど、つけツユはあたしのオリジナルなのよね」

「そうなの? プロ並みの技術だよ、これは。こんな料理を作れるなんて、風さんはいいお嫁さんになるね」

「ぅ……またそうやって、恥ずかしいことを言う……」

 

 学校の時のように、褒められた風は頬を染める。

 そんな姉を、温かい微笑みで見つめる樹。

 

「と、ところで、剣司の方はどうなのよ。家でちゃんとした食事とれてるの? 今は一人暮らしなんでしょ」

「レシピの本を見ながら、どうにか料理は作れてるよ。味はまぁ……可もなく不可もなくってところ」

「お兄さんのことは、なにか分かったんですか?」

「いや、全然。大赦の方でも調べてくれてるみたいだけど……」

 

 うどんを食べる手が止まり、剣司の表情にわずかに影が差した。

 暗くなった雰囲気を変えようと、剣司は話題を変える。

 

「そういえば、樹ちゃんは調子はどうなの? 学校とか、勇者部とか、楽しくやれてるかい?」

「は、はい。この間、友達に誘われてカラオケに行ったんですよ。私は聞いてるだけでしたけど。あ、そういえば最近、勇者部でびっくりすることが起きたんだよね、お姉ちゃん」

「あー、あれはスゴかったわね~。まさか、あんな驚きの出来事が起きるなんてねぇ」

「なになに、すっごい気になる」

「実は~……」

 

 

 

 

 

◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆

 

 

 

 

 

 今日は休日。学校も休みで宿題も終わらせた。

 他に用事もないので、剣司は風に依頼された、勇者部の人形劇用の脚本執筆にとりかかった。

 のだが……

 

「ダメだ……いいアイディアが全然浮かばない……」

 

 本が好きで、これまで様々なジャンルの本を読み漁ってきた剣司だったが、やはり読むのと書くのとでは勝手が違う様子。

 劇のストーリーを考えても、さっぱり案が思いつかないで苦しんでいた。

 朝から数時間悩み続け、今はお昼が近づいている。

 

「やっぱり、断るべきだったのかな……」

 

 不用意に頼みを引き受けたことを後悔しかけた、その時

 

「? 電話? ……誰だろう」

 

 呼び出し音が鳴る電話の受話器を取る。

 

「もしもし」

『……剣司くんか?』

「その声は、おじさん?」

 

 電話の主は、剣司の母の兄である叔父だった。

 

「どうしたんです?」

『直接会って、渡したいものがある。今から家に来てくれないか』

 

 叔父の言葉からは、有無を言わせない様な緊迫感がにじみ出ていた。

 このまま家にいても、パッと脚本のアイディアが浮かぶわけでもない。

 剣司は財布とカバンをとると、即座に叔父の待つ家に向かった。

 

 電車に乗って数十分、親戚の家に到着する。

 一言で言って、大邸宅だ。それもただの大邸宅ではない。

 四国の中でも有数の、代々続く名家である『伊予島』家。それが剣司の親戚なのだ。

 

「よく来てくれた。急に呼びつけて、すまなかったね」

「いえ、俺も暇だったんで。それで、渡したいものって……」

 

 叔父は、手の平ほどのサイズの木箱を一つ、剣司の前に置いた。

 

「これは……相当古いものですね」

「ああ。三百年前から、我が伊予島の家に伝わる家宝だ」

 

 箱を開ける。

 木箱の中には、一辺が十センチにも満たない、四角形の奇妙な物体が収められていた。

 

「なんですか、これ」

「これは……『本』だ」

「本? こんな形の本があるんですか?」

 

 それは、剣司の知る本の形とは似ても似つかない、独特の形態をしていた。

 剣司は、まるで吸い寄せられるようにその本を手に取る。

 

「硬い……。紙でも、皮でもない。まるで、プラスチックみたいだ。こんな不思議な形の本が、三百年も前からあったんですか?」

「この本は『ワンダーライドブック』と呼ばれている書物の一冊だ。三百年前に、我が家のご先祖である『伊予島杏』様が使っていたものだ」

 

 叔父の言い方に、剣司は違和感を覚えた。

 

「使う? 読むではなく?」

「……伊予島の家が今、名家として存在している理由を、君は知っているかな」

「え、はい。杏様が、神樹様をお祀りする大赦の中心人物として活動していたから、ですよね?」

「そうだ。外の世界を覆う死のウイルスから、神である神樹様は我々と四国を守ってくださっている。その神樹様と共にウイルスと戦ったのが、杏様だ」

「…………」

「杏様は亡くなられる前に、一つの遺言を残された。『゙(つるぎ)゙を゙(つかさど)゙る運命に選ばれし者に、この本を与えよ』、と」

 

 剣司は本に視線を落とす。

 それは赤く、表紙には一匹のドラゴンの絵柄が印刷されていた。

 

 

 

 

 

◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆

 

 

 

 

 

「……結局、受け取っちゃったな」

 

 自宅に帰った剣司。

 部屋で本──ワンダーライドブック─を手に呟いた。

 

「一体なんなんだ、この本は? おじさんは、俺にこれを渡して、どうしろっていうんだ?」

 

 改めて、本の表紙に目をやる。

 独特の書体で読み取るのが難しかったが、表紙には『ブレイブドラゴン』との一文が書かれていた。

 それがこの本のタイトルであるらしい。

 

 ブレイブドラゴンのページに手をかける。

 伊予島家ではまだ、内容にまで目を通していなかったからだ。

 剣司はじっくりと、舐めるようにその物語を読み進めていく。

 そうして時をかけて、全てのページをめくり終えた。

 

「……これ、すっごく面白いぞ」

 

 ブレイブドラゴンの物語を読み終えた剣司は、興奮したように言った。

 本の出だしには、こうつづられている。

 

──かつて、全てを滅ぼすほどの偉大な力を手にした神獣がいた……──

 

 世界を滅ぼす存在と言われ、人々から忌み嫌われていたドラゴンがいた。

 だが、ドラゴンは人々を守るため、孤独に耐えて真の世界の滅びを止めるための旅に出る。

 そんな内容のストーリーだ。

 

「……そうだ。俺もこんな風な、王道のファンタジーを書こう!」

 

 ブレイブドラゴンの物語に触発された剣司。

 ようやく脚本の妙案が浮かんだ彼は、早速机に向かうと、勢いのままに紙にペンを走らせる。

 

「今の熱意が消えないうちに、俺の思いのすべてを、この紙にぶつけるんだ!」

 

 ほとばしる情熱に身を任せ、この日は徹夜で執筆にあたる剣司であった。




ゆゆゆ本編の展開は、次回から始まります。


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第二章 友の秘密と、日常の終わり。

──昔々、ある所に、一人の勇者がいました──

──勇者は、人々に悪さを続ける魔王を説得するため、一人きりで旅を続けていました──

──長い長い孤独な旅の果てに、とうとう勇者は、魔王のもとへとたどり着けたのです──

 

「やっとここまで来れたぞ、魔王! もう、みんなに嫌がらせをするのは、止めるんだ!」

「なにを言うか。先に我を恐れて、一方的に悪者扱いしたのは、人間たちではないか!」

 

 剣司が徹夜で書き上げた人形劇の脚本は、風の手を通して勇者部に渡った。

 脚本を読んだ部員たちは、全会一致でこのストーリーで劇を行うことに同意。

 そうして、メインの人形や舞台の背景の書き割りなどを勇者部が手作りし、晴れて今日、保育園での劇のお披露目となったのである。

 

「だからと言って、嫌がらせはダメだ! みんなと話し合えば、きっとわかってもらえるよ!」

「うるさいうるさい! 話してもどうせまた、我を悪者にするに決まっている!」

 

 勇者の役を、二年生である結城友奈が演じ、対する魔王役は風が担当している。

 二人の掛け合いを脇の方で見つめているのは樹と、同じく二年で友奈の親友を自認する東郷美森。

 そして、協力してくれたお礼にと呼ばれた剣司もまた、樹たちの隣に立って、二人の演者のやりとりに見入っていた。

 メインの視聴者である園児たちも同様にである。

 

 物語もクライマックスが近づいてきた。

 演じている友奈にも熱がこもる。

 そのため、予期せぬアクシデントが起きてしまった。

 

「僕が君を、悪者になんてさせない!」

 

 無意識に動かした片腕が書き割りに接触。

 背景のパネルが倒れ、演者である友奈と風の姿を、園児たちの前にさらけ出してしまったではないか。

 

「ぁわわ、どどど、どうしよう……!?」

 

 友奈も風も、思わぬトラブルで演技をするのも忘れてしまう。

 どうしよう、と慌てる二人。

 このままでは、劇を中断せざるを得ない。

 

 ふと風の目に、劇を観覧していた剣司の姿が目に入る。

 剣司はどこから持ち出したのか、ノートに大きな文字で『魔王、勇者へ怒りをぶつける』と書き、それを風に向けた。

 

(? よくわからないけど……えぇい、ままよ!)

 

 風は即座に、剣司の指示に従う。

 

「さっきから勝手なことばかり言いおって! もう怒ったぞ、勇者よ! 我がお前をコテンパンにしてくれるわ!」

 

 人形の魔王が、手にした槍で勇者人形を、ポコポコと叩きだした。

 続けて剣司は、樹にBGMとして魔王のテーマソングをかけさせる。

 さらに友奈に、『勇者も怒って、魔王とケンカをはじめる』と指示。

 

「ぼ、僕も怒ったぞ、魔王! この、わからずやめ!!」

 

 友奈も勇者人形を動かし、魔王と可愛らしい殴り合いを演じる。

 本来このお話は、勇者の説得に心を動かされた魔王が改心して終わる、という展開を迎えるはずだった。

 この先どうなってしまうのか、見ている園児はもちろん、演じる友奈に風、樹と東郷もハラハラとした気持ちで、なりいきを見守っている。

 

「け、剣司さん、どうするんですか……?」

「大丈夫。東郷さん……」

「……わかりました」

 

 剣司は東郷に耳打ちをして、事態の収拾を図る。

 

「みんな、このままじゃ勇者が負けてしまうわ。一緒に勇者を応援しよう。がーんばれ、がーんばれ。はい」

『がーんばれ! がーんばれ!』

「ぐわああああ、子供たちの声が、我の力を弱らせるぅぅぅ」

 

 東郷の呼びかけに応えて声援を送る園児たち。

 風も、剣司の意図を察してアドリブで対応。

 

(友奈、今よ。とどめ、とどめ!)

「あ、い、行くぞ魔王。勇者パーンチ!!」

「こうして、熱い拳で語り合った勇者と魔王は、お互いを認め仲直りできたのでした。めでたしめでたし」

 

 東郷のナレーションに乗せて、樹がBGMを変更、エンディングテーマを流す。

 曲の雰囲気も相まって、当初の予定を外れた劇も、どうにかこうにか終わりを迎えることができたのだった。

 

「今日の演劇、大成功でしたね!」

 

 四国名物のうどんを提供する食事処、『かめや』。

 テーブルに着いた友奈は開口一番、そう言った。

 

 保育園での人形劇という、部活動の一環を終えた勇者部。

 打ち上げと称してここ、少女らの行きつけのうどん屋である『かめや』で、揃って夕飯をとることになった。

 今回の劇の協力者である剣司も一緒に、と全員から誘われ、少女たちと席を共にしている。

 

「いや、あれを成功に含めるとか、友奈の(ふところ)広すぎでしょ」

 

 メニューを見ながら風が言った。

 友奈はペコリ、と頭を下げる。

 

「その節は、ご迷惑をおかけしました。でも、剣司先輩のフォローのおかげで、なんとかなって良かったです」

 

 友奈とは今日が初対面なのだが、彼女は会って早々、剣司のことを名前で呼んできた。

 他人に対して壁を作らない少女。

 剣司の方でも、人懐っこい友奈の雰囲気にのまれ、彼女に対する警戒心はあっという間に取り払われたのだ。

 それは、彼女の親友である東郷に対しても、同様であった。

 

「俺もびっくりしたよ。無事に終われたのも、みんなの協力あってこそさ」

「友奈ちゃんの勇者役、ばっちり決まってたわ」

「東郷さんのナレーションも良かったよ~」

「お姉ちゃんも、魔王の演技ノリノリだったね」

「ふっふっふっ、我が迫真の熱演に拍手を送るがよい」

 

 わー、と一同は手を叩き、賞賛を送った。

 話をしていると、注文したうどんが届けられ、揃って食べ始める。

 

「神川先輩は読書がお好きと(うかが)ったのですが、色々な本を読まれているから、ああいったお話が書けたんですか?」

 

 上品にうどんをすする、その手を止めて東郷がたずねる。

 

「いや。本はたくさん読んできたけど、やっぱり読むのと書くのじゃ勝手が違うからね」

「なにか、参考にされた作品でもあるんですか?」

「あぁー、うん、まあ……ちょっとね」

 

 言葉を濁す剣司。

 叔父から、ブレイブドラゴンワンダーライドブックのことは他人に話してはいけない、と言われているからだ。

 理由は聞かなかったが、多分本が古いものだから、貴重さのためだろう。

 

 そうですか、と東郷。

 それ以上追及されることはなかったので、剣司も安心してうどんを食べ進める。

 と、東郷の隣で麺をすすっていた友奈が、勢いよくある提案をしてきた。

 

「そうだ! せっかくだから、剣司先輩も勇者部に入ってもらったらどうかな?」

 

 他の部員に向けて尋ねる。

 思わぬ提案に剣司は聞き返した。

 

「え、俺が勇者部に?」

「はい! 今日は先輩と一緒に活動出来て、とっても楽しかったですから!」

「でも、勇者部って女の子しかいないよね。俺みたいな男が一人、それも途中から加わるなんて、邪魔になるだけなんじゃ……」

「そんなことないですよ。勇者部は、困ってる人を勇んで助ける、をモットーにしてますから。私たちは今日、剣司先輩に助けられたから、先輩も入部資格は満たしてます!」

「そういえば、去年は人手が足りなかったって風先輩も言ってましたよね。樹ちゃんが入って助かってますけど、それでも男の人の手は貴重だから、私は友奈ちゃんの案に賛成します」

「あ、わ、私も賛成です。剣司さんが入ってくれれば、これからできることも増えていくだろうし」

 

 友奈の案に、東郷も樹も迷うことなく賛同した。

 そんな中、風はなんとも歯切れの悪い様子を見せる。

 

「い、いやぁ~、それは、ちょっと、どうなんだろう……?」

「? どうしたんですか、風先輩?」

「ひ、人手の方は、樹が入ってくれたおかげでもう十分っていうか、その、今の四人でもやっていけてるっていうか……」

「「「???」」」

 

 目を泳がせ、しどろもどろとした態度の風。

 普段見せない彼女の様子に、友奈も東郷も、妹の樹も頭にクエスチョンマークを浮かべる。

 そんな珍しい風の心情を察してか、剣司は助け舟を出す。

 

「ありがとう、結城さん。うれしい申し出だけど、今回は遠慮させてもらうよ」

「……そうですか」

「でも、なにか困ったことがあったら声をかけて。その時はまた、協力するから」

 

 それで、剣司の勇者部への加入という話は、お流れとなった。

 そのあとは、うどんを食べ終えるまで、他愛のない話が続いた。

 

「そういえば、お姉ちゃん。なにか私たちに相談することがあるって、言ってなかった?」

 

 うどんを食べ終えた樹が、そう切り出した。

 

「ああ、そうだったわ。文化祭の出し物、まだ決めてなかったからね。その話し合いをしようと思って」

「まだ四月だよ? 早くないかい?」

「そう言って余裕見せてたら、去年は間に合わなかったからね。だから、今年は早めに決めておきたいのよ」

「せっかくだから、一生の思い出になるようなものがいいな!」

「大衆がなびくような、娯楽性の高いものがいいですね」

「私たちの活動をスライドで上映……じゃ、娯楽性はないですね」

 

 娯楽性、東郷の発したこの言葉が縛りとなって、勇者部四人の話し合いに剣司も加わったが、結局いいアイディアは浮かばず、この日は解散となった。

 

 

 

 

 

◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆

 

 

 

 

 

 翌日、讃州中学。

 

 剣司は今日も一人、自分の机で読書に耽っていた。

 しかし今はお昼休み。

 クラスメイトたちは友人同士で話しながら、昼食をとっている。

 そんな中で剣司は、本を片手に読み進めながら弁当をつつく、という器用な真似を演じていた。

 

「こーら、行儀悪いぞ」

 

 そう注意し着てきたのは、友人の犬吠埼風。

 

「今いい所なんだ」

「だからって、ご飯食べながら読むことないでしょ」

「あぁ~……」

 

 風は剣司から本を取り上げると、きちんと栞を挟んでページを閉じ、弁当の横に置いた。

 そして、風は剣司と対面するように、前の席の椅子を借りて腰掛ける。

 さらに剣司の机に、自分の弁当を置いた。

 

「せっかくだし、一緒に食べてもいい?」

「それは、もちろん」

 

 風は弁当の包みを開け、剣司も改めて自分の弁当と向き合う。

 

「美味しそうだね。風さんがそのお弁当作ったの?」

「まあね」

「やっぱり風さんは、いいお嫁さんになるよ」

「だーかーらー、恥ずかしいこと言うなって。樹の分も作ってるから、そのついでよ。そっちは……」

 

 剣司の弁当は、スーパーで売っている出来合いのものだ。

 

「夕飯は作るんだけど、昼までは面倒でね」

「朝はどうしてんの?」

「もっぱら菓子パン。休みの日はトーストと、スクランブルエッグとか目玉焼きだね」

「ま、学校ある日は仕方ないか」

 

 二人はそれぞれの弁当に箸を伸ばす。

 半分ほど食べたところで、風が思い悩むように口を開いた。

 

「……あのね、この間のことなんだけど……」

「ん?」

「友奈たちが、あんたのことを勇者部に入れよう、って言ったでしょ」

「あぁ……」

「その時、あたし……反対するような態度とっちゃって、ごめん」

「いや、いいんだよ。俺は全然気にしてないから」

「別に、嫌がらせしてるわけじゃないのよ? でも、その……色々とさ、事情があって……」

 

 人には誰だって、他人には言えない秘密があるものだ。

 現に剣司だって、ライドブックのことを秘密にしている。

 

「いいよ、無理に聞くつもりはないから」

「本当、ごめんね」

「だから、いいって。兄さんも、仕事の都合でいろいろと、俺にも秘密があったみたいだから。慣れたもんさ」

「お兄さんも、大赦で働いてたんだっけ?」

「うん、そう」

 

 答えた後で、剣司は風の言葉に違和感を覚えた。

 お兄さん()? まるで、自分も同じと言っているみたいじゃないか。

 

(でも、風さんは中学生だぞ? 大赦で働けるわけないじゃないか)

 

 剣司の疑問を打ち消すように、耳障りな警報音が鳴り響いた。

 

「ぇ……ウソ、まさか……!?」

 

 その音を聞いた風は、信じられないといった表情を浮かべ、ポケットからスマートフォンを取り出す。

 彼女の様子を見ながら、剣司は無意識に弁当に箸を伸ばし、おかずを口に放り込んだ。

 

「痛っ!?」

 

 口に入れたおかずは柔らかいハンバーグだったのだが、噛もうとしたそれは、まるで石のようにガチガチに固まっていた。

 冷えたから、というものじゃない。

 文字通り、石のように硬質化してしまっているのだ。

 

「なんだ、これ……?」

 

 ハンバーグのかけらを口から吐き出す。

 

「剣司、あんた……動けるの!?」

 

 風の奇妙な問いかけに、剣司は周囲を見回す。

 クラスメイトも、時計の針も、空を飛ぶ鳥も、全てが写真のように、ピタリと静止していた。

 

「なに、これ……どうなってるんだ……!?」

 

 非現実的な光景を見せられた剣司が呟く。

 一体、なにが起こっているんだ。

 不意に、剣司はズボンのポケットに手を入れた。

 取り出したのは、伊予島家から預けられた『ブレイブドラゴンワンダーライドブック』。

 叔父に、いつも肌身離さず持ち歩け、と言われていたのだ。

 

「本が、光ってる……」

 

 ブレイブドラゴンは、なにかに反応するように明滅を繰り返していた。

 

 日常が、終わろうとしている。



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第三章 世界が止まる、その中で。

 剣司は、目の前の光景が信じられなかった。

 風のスマートフォンから警報が鳴った直後、クラスメイトはお喋りをやめた。

 それは警報に気を取られたからではない。

 生徒たちの動きそのものが、映像を一時停止したかのように静止してしまっている。

 まばたきも、呼吸すら完全に止まっていた。

 異常はクラス内だけにとどまらず、空を飛ぶ鳥も、木から舞う落ち葉も、空中に固定されたかのような状態だ。

 その中で、剣司と風の二人だけは変わりなく動けている。

 

「みんな……どうしてしまったんだ……!?」

 

 ギョッとして辺りを見回す剣司。

 風も、剣司とは別の驚きに包まれ、彼に声をかける。

 

「剣司……あんた、なんで動けるの……!?」

「なんでって、それは俺が聞きたいよ」

「……そうだ、樹!」

「風さん!?」

 

 慌てて教室から出ていこうとする風。

 

「剣司も、一緒に来て!」

「……君は、なにが起こっているのか、知ってるのか?」

「後で説明する。急いで!」

 

 答えを待つのももどかしいといった様子で、風は廊下に飛び出た。

 剣司も、慌てて後を追いかける。

 階段を上り、向かっているのは一年生の教室のようだ。

 ちょうど、廊下に一人の生徒の姿が見えた。

 

「樹!」

「お姉ちゃん! 剣司さんも。あのね、クラスのみんなが……」

 

 妹の言葉をさえぎるように、風は樹の肩に手を置く。

 

「よく聞いて、樹。私たちが……当たりだった」

「当たり? なんのこと?」

「……二人とも、あれを!」

 

 剣司が叫ぶ。

 三人が窓の外に目を向けると、海の向こう──四国を取り囲むように生成された『壁』から、強烈な光が放たれ始めた。

 視界を開けていられないほどの強い閃光は、三人を、世界をまるごと飲み込んだ。

 そして……

 

「今度は一体なんなんだ」

 

 光が失せ、目を開けた三人はもう学校にはいなかった。

 彼らがいるのは、巨大な樹の根の上だった。

 それも、視界の果てまで全てを覆いつくす、樹の根の世界。

 

「……まるで、『不思議な世界(ワンダーワールド)』だ……」

 

 眼前の光景を見た剣司が呟いた。

 

「お、お姉ちゃん……なにがどうなってるの?」

「大丈夫、大丈夫よ、樹」

 

 異常な状況に置かれ、樹は風にしがみつく。

 (おび)える妹の頭を、風は優しくなでてやる。

 

「友奈と東郷を探そう。二人もすぐ近くにいるから」

 

 風はスマートフォンを見ながら、大きな根の上を歩いていく。

 剣司と樹も、はぐれないように後をついて歩く。

 

 探していた二人は、ものの数分で見つけることができた。

 

「風先輩! 樹ちゃんに剣司先輩も!」

「よかった。二人とも、スマホを持ってなかったから、見つけられなかった所よ」

 

 友奈は三人に抱き着き、喜びをあらわにする。

 東郷は、自分のスマートフォンの画面に目を落とした。

 そこには、地図を意味する映像が表示されている。

 

「これ……勇者部に入った時に、先輩に言われてダウンロードしたアプリですよね」

「この隠し機能は、今の事態に陥った時に、自動的に機能するものだったの」

「やっぱり、風さんは今のこの状況について、なにか知っているんだね?」

 

 剣司の問いかけに、神妙な面持ちでうなずく風。

 

「みんな、説明するから、落ち着いて聞いてね。私は……大赦から派遣された人間なんだ」

 

 剣司が引っ掛かりを覚えた、風は大赦と関わりをもっているという考えは、どうやら当たっていたようだ。

 

「あたしたちがいる今のこの場所は、神樹様が創り出した結界──樹海と呼ばれているところよ」

「神樹様がつくった……じゃあ、悪い所じゃないんですね」

 

 ホッ……と友奈は胸をなでおろす。

 

「今、この樹海にいるのは、神樹様に選ばれたあたしたちだけ。それと……」

 

 風は、スマートフォンの画面を指さす。

 そこには少女たちの名前とは別に、『乙女型』という文字が表示されている。

 それは、徐々にだが五人の方向へと進んできていた。

 剣司が疑問の声を上げる。

 

「なんだい、この乙女型ってのは」

「こいつの名前は『バーテックス』。世界の恵みである神樹様を破壊して、この世界を殺そうとしている、あたしたちの敵」

「せ、世界を殺す?」

「そして、バーテックスと戦えるのは……この世界を守れるのは、神樹様に選ばれたあたしたちだけ」

 

 風は、樹、友奈、東郷を、順に見まわしながら言った。

 

「大赦の調査で、あたしたちが一番、適性があると判断されたの。戦う意思を示せば、システムがアンロックされて、あたしたちは『神樹様の勇者』になれる」

「……勇者」

「ねえ、お姉ちゃん……」

 

 勇者という言葉に友奈が反応し、樹は一つの疑問を覚えた。

 

「私たちが、その勇者っていうのに選ばれたんなら、剣司さんも……なの?」

「いいえ。勇者に選ばれるのは、無垢な少女だけって決まってるらしいの。だから、剣司がなんでここにいられるのかは、あたしにも分からない」

 

 少女たちの視線が剣司に刺さる。

 もしかして……と、剣司はズボンのポケットに手を入れ、あるものを取り出した。

 それを見た少女たちは、一様に首を(かし)げる。

 

「なんですか、これ」

「親戚から預けられたんだ。『ブレイブドラゴン・ワンダーライドブック』っていう本だよ」

「本? こんなカチカチの、プラスチックの(かたまり)みたいなのが?」

「おじさんはそう言ってた。三百年前から伝わるもので、俺のご先祖様が持っていたもの……らしい」

 

 ペラペラとページをめくって見せる。

 一枚一枚に文字が記されていることから、なるほど、確かにこれは本であるらしい。

 不意に、東郷が叫んだ。

 

「……みんな、あれ!」

 

 彼女の指さす先には、異様な物体が宙に浮かんでいた。

 樹海の壁の外からやって来たであろうそれ(・・)は、一見すると巨大な軟体動物のようでもある。

 それこそが風の言っていた、世界を殺そうとする敵──『ヴァルゴ・バーテックス』。

 

「あれが敵……まるで怪獣じゃないですか。あんな大きな怪物相手に、戦えるわけが……」

 

 ビルほどの巨体を誇るバーテックスの異様に、東郷は気圧されてしまう。

 

 そのバーテックスが、五人の存在に気づいた。

 尻尾を思わせる器官から、キラリと光が輝く。

 

「マズい、攻撃されてる!?」

 

 風が叫ぶ。

 とっさに、剣司は風と樹に覆いかぶさるようにして、二人を押し倒した。

 友奈も、東郷をかばうような姿勢をとる。

 

 直後、少女らのすぐそばで爆発が起きた。

 ヴァルゴは、五人に向けて爆弾を飛ばしてきたのだ。

 

「みんな、逃げろ!」

 

 立ち上がった風が言う。

 彼女はスマートフォンを操作し、勇者へ変身するためのアプリを表示させた。

 風の動きを見た樹は、同じようにスマホを操作する。

 

「樹、なにやって……」

「私も、お姉ちゃんと一緒に行くよ」

 

 姉の目をまっすぐに見つめ、普段の彼女らしからぬ決意をみなぎらせる樹。

 

「……わかった。あたしに続いて」

 

 姉妹揃ってアプリを起動。

 光に包まれた二人は、神樹から与えられるエネルギーによって、その身を変化させる。

 光が晴れた先にあったのは、黄色と緑の勇者服に身を包んだ風と樹の姿が。

 

「剣司は、友奈と東郷を安全な所まで連れて行ってあげて」

「ちょっと待つんだ!」

 

 剣司が大きな声を上げるのを、姉妹は初めて聞いた。

 柄にもなくそんな真似をしてしまったのも、ひとえに風と樹の身を心配してのことだ。

 

「東郷さんの言う通りだよ。あのバーテックスとかいう怪物相手に、たった二人で戦うなんて危険すぎる」

「大丈夫よ。あたしたちには、神樹様のご加護があるんだから」

「そうは言っても、これは小説じゃないんだよ!? 誰かが作った物語みたいに、うまくいくとは限らない! 二人とも、下手したら死ぬことだって……」

「大丈夫」

 

 風は力強く言った。

 

「あたしたちは絶対に死なない。だから、大丈夫」

「そんな……そんな根拠なんて、なにもないじゃないか」

「昔の人が言ってたでしょ? 自信なんて根拠のないものだって」

「けど……」

「お願い。友奈たちのことを任せられるのは、剣司しかいないの」

「……そんなこと言われたら、断れないじゃないか」

 

 剣司は不安を飲み込んで、東郷の車いすに手をかけた。

 

「二人とも、約束してくれ。絶対に無事に、俺たちのところに帰ってくるって」

「約束するわ」

「剣司さんに嘘はつきません」

 

 姉妹と三人は分かれ、片方はバーテックスに、片方は安全な樹海の奥の方へと向かった。

 

 東郷の乗る車イスを押して走りながら、剣司は犬吠埼姉妹を止められなかったことに、負い目を感じていた。

 

(俺は、なんて無力なんだ……。友達が危険な目に、自分から飛び込んでいくのを、みすみす見送るなんて……!)

 

 ある程度の距離を離れたところで、三人は足を止める。

 ふり返ると、姉妹とヴァルゴが戦っているのが小さく視界に入った。

 と、友奈のスマートフォンに、風からの通信が届く。

 

「もしもし、風先輩!?」

『友奈、そっちは大丈夫?』

「はい。先輩たちこそ、バーなんとかっていうのと戦ってるんですか!?」

『こっちは、あたしと樹でなんとかするから。それよりも……こんな大事なこと、黙っててごめん』

 

 命に係わるかもしれない危険なことを伝えなかった。

 そのことを謝罪する風。

 

「先輩は、私たちのことを思って、心配させないように黙ってたんですよね。一人で抱えて、誰にも打ち明けられずに……。それって、勇者部の活動通りじゃないですか! 風先輩は悪くない!!」

 

 友奈は迷うことなく、風の過ちを許した。

 

『友奈……ありが』

 

 唐突に通信が途絶える。

 三人は、姉妹が向かっていった先に目をやった。

 そこには、ヴァルゴから放たれた爆弾を受け、爆風で吹き飛ばされる二人の姿があった。

 

「風さん! 樹ちゃん!!」

 

 剣司の声が届くはずもなく、姉妹の姿が樹海の根に隠れる。

 

「風先輩!? 大丈夫ですか!? 先輩!!」

 

 スマートフォン越しに友奈が呼びかけるが、流れてくるのはノイズのみ。

 面前の敵を退けたヴァルゴは、次に剣司たちの方に歩みを向ける。

 東郷が、友奈たちに向かって声をかけた。

 

「このままじゃ追いつかれる。私を置いて、二人だけでも先に逃げてください」

「なにを言うんだ、東郷さん」

「そうだよ! 友達を置いて、自分だけ逃げられるわけないよ!」

「でも、このままじゃ二人も危ないわ!」

 

 悲痛な思いで言葉を(つむ)ぐ東郷。

 本当は置いて行ってなど欲しくないはずだ。

 それでも、親友には危険な目にあってほしくない。それが彼女の願いだ。

 

「東郷さん、自分を捨てるような真似をしちゃダメだ」

「先輩……だけど……」

「だったら!」

 

 友奈が、スマートフォンを握りしめながら言った。

 

「だったら、私が勇者に……」

 

 その肩は小刻みに震えていた。

 未知なるものへの恐怖。

 その闇に飲み込まれまいと、少女は必死で自分を奮い立たせようとしている。

 懸命な友奈の姿を見て、剣司の心も決まった。

 

「いや、結城さんが勇者になる必要はない」

「でも、それじゃ風先輩たちが……!」

「俺が行く。俺が、風さんと樹ちゃんを助けに行く」

 

 剣司の言葉に、二人の少女は目を見開いた。

 

「なにを言うんですか! 先輩は勇者にすら変身できないんですよ!?」

「それでも! それでも、友達が危険な目に合ってるんだ。このまま見捨てるわけにはいかないだろ?」

「で、でも……」

「なら、約束するよ」

 

 友奈と東郷は、約束、という言葉を反芻した。

 

「俺は絶対に死なない。風さんと樹ちゃんを助けて、結城さんと東郷さんも守る。それが、俺の約束だ!」

 

 瞬間。剣司の決意に反応するかのように、手の中のブレイブドラゴン・ワンダーライドブックが、より一層の輝きを放つ。

 剣司は無意識に、ブレイブドラゴンを天に向けてかざした。

 そうすべきだと知っていたかのように。

 

 直後、天空から一筋の炎が、柱となって剣司の体に降り注ぐ。

 

「剣司先輩!?」

 

 友奈と東郷が叫んだ。

 炎の柱はすぐに消え、中から現れた剣司の腰には、これまで身に着けていなかったバックル状の物体が巻き付いていた。

 『聖剣ソードライバー』。バックルの名称が、剣司の脳内に浮かび上がる。

 その使い方も、不思議と剣司は認識していた。

 

──かつて、全てを滅ぼすほどの偉大な力を手にした神獣がいた……──

 

 ブレイブドラゴン・ワンダーライドブックのページを開くと、本自身が自らの物語を語りはじめる。

 剣司はブレイブドラゴンを、ソードライバーの右端のスロットにはめ込んだ。

 そして──

 

『烈火、抜刀』

 

 ソードライバーに納刀されていた聖剣、『火炎剣 烈火』を勢いよく引き抜く。

 

「変身!」

『烈火一冊。勇気の竜と火炎剣烈火が交わる時、真紅の(つるぎ)が悪を(つらぬ)く』

 

 ワンダーライドブックから解き放たれた、炎をまとう一匹のドラゴンが剣司の身に重なる。

 不思議な本の力を体に受けて、剣司の姿が変わった。

 それこそが、古の時代より悪と戦い、世界の均衡を守ってきた聖なる剣士。

 

「剣司……先輩……?」

「いや、今の俺の名はセイバー。『仮面ライダーセイバー』だ」

 

 剣司……いや、仮面ライダーセイバーは、火炎剣烈火を構え、友人を傷つけた怪物に向かって、自らの決意を叫んだ。

 

「お前たちが、世界の滅びをもたらすなら……その物語の結末は、俺が変える!!」



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第四章 剣士の力、その由来。

 伊予島家から託されたブレイブドラゴン・ワンダーライドブックの力で、剣司は炎の剣士『仮面ライダーセイバー』へど変身゙した。

 先ほど風に、剣司は勇者ではないので戦う力はない、と言われたばかりだったため、目の前の状況に友奈と東郷は唖然としている。

 セイバーとなった剣司は、二人に声をかける。

 

「この力があれば、風さんと樹ちゃんを助けられる。結城さんと東郷さんは、ここで隠れてて」

 

 友奈の心にはいまだ迷いがあった。

 仲間の命の危機に、なにもしないでいいのかと。

 しかしその、仲間の命を心配し守ろうとしているのは、目の前の剣司も同じ。

 そんな男の決意を、無駄にするような真似はしてはいけない、と少女は決めた。

 

「分かりました。私たちは、ここで先輩たちが帰ってくるのを待ってます。それが、私たちの゙約束゙です」

「絶対に、三人で戻ってくるよ」

 

 セイバーは力強くうなずくと、怪物目指して駆け出した。友を救うために。

 

 一方の風たちは、近距離でヴァルゴの爆弾を受けたため、たまらず地面に叩きつけられてしまっていた。

 二人には、神樹の力の一旦を(さず)けられた精霊が、それぞれにサポートとしてついている。

 その精霊は、敵の攻撃に対してバリアを張ることができるので、風も樹も怪我は負わずにすんでいた。

 

「クソっ……樹、大丈夫……!?」

「う……ぅう……」

 

 近距離で受けた爆風の衝撃で、頭がクラクラする。

 風は上半身を起こし、樹に呼び掛ける。

 樹の方は、まだ衝撃の影響から立ち直れない様子だ。

 

 そんな二人に、ヴァルゴは容赦なく追撃を加える。

 姉妹それぞれに向かって、二発の爆弾が発射された。

 

「やばっ……」

「てやあぁぁぁーっ!!」

 

 突然聞こえてきた、第三者の声。

 飛び込んできたセイバーは、勢いそのままに爆弾に突っ込む。

 そして、すれ違う瞬間に火炎剣を振りぬいて、二発の爆弾を両断した。

 爆弾は姉妹に到達する前に、その脅威を無効化される。

 

 着地したセイバーは、倒れている姉妹のもとへ走り寄った。

 

「風さん! 樹ちゃん! 大丈夫か!?」

「え……その声、剣司!?」

「剣司さん……その姿は……」

 

 セイバーの格好を見た姉妹の目が点になる。

 

「え? え? なにこれ。なんで剣司が……っていうか、その格好なに!?」

「俺もよくはわからない。でも、ご先祖様の本が、力を貸してくれたんだ」

 

 セイバーは姉妹を立たせてやりながら答えを返す。

 

「ってわあああ! 二人とも、また爆弾が」

「はあっ!!」

 

 ヴァルゴは、さらなる追い打ちをかける。

 が、樹の叫びに反応したセイバーが、振り向きざまに剣を振りぬき爆弾を両断した。

 

「もう、なにがなんだかって感じだけど……今はとにかく、あのバーテックスを倒すわよ!」

「分かったよ、お姉ちゃん!」

「剣司も……こうなったら、協力してもらうからね」

「ああ! 俺はそのために変身したんだ」

「行くわよっ!」

 

 風の声を合図に、二人の勇者と一人の剣士は怪物に挑みかかる。

 

 樹は糸状の武器を伸ばし、鞭のようにヴァルゴの体を打ち付けた。

 風は大剣で、セイバーは烈火で斬りかかる。

 しかし……

 

「なんだこれ!? 硬いっ!」

 

 セイバーが驚きの声を上げた。

 三人の攻撃は、ことごとくヴァルゴの体表に弾き返され、ダメージを与えることができない。

 

「この手ごたえ……まるで、大きな岩(・・・・)に剣を叩きつけたようだ。見た目はタコみたいなのに、硬すぎるぞ!?」

「そうなの。この肌のせいで、あたしたちもさっきから苦戦してるのよ」

 

 話しながらも、三人は攻撃を加え続ける。

 しかし一向にその刃が通ることはなかった。

 

「バーテックスっていうのは、こんなに厄介な相手なのかい?」

「あたしが大赦からもらった情報では、ヴァルゴ(こいつ)がこんなに手強いなんて書かれてなかった。もう、分かんないことだらけで、頭がパンクしそうよっ」

 

 その時、樹の頭に事態を打開するための考えが浮かんだ。

 

「お姉ちゃん、剣司さん。バラバラに攻撃するんじゃなくて、一か所に集中すればどうかな!?」

「さすがあたしの妹、ナイスアイディア!」

「いや、それだけじゃダメだ。なにか、さらなるもう一手を……」

 

 剣司の脳裏に、そのもう一手の策が浮かんだ。

 それは、ベルトにセットされているブレイブドラゴン・ワンダーライドブックからの情報だった。

 

「俺が先行する!」

 

 セイバーは、手にする火炎剣烈火をソードライバーに納刀する。

 烈火のトリガーを引き、再び抜刀。

 ブレイブドラゴン・ワンダーライドブックの力が、剣に収束する。

 

『必殺読破』

「火炎十字斬!!」

 

 極限まで高められた炎の斬撃。

 超高温の刀身によって、岩のようだったヴァルゴの体表が、溶けるように切り裂かれる。

 

「まだだ! 続けてくらえ、火龍蹴撃破(ひりゅうしゅうげきは)!!」

『ドラゴン、一冊撃。ファイヤー』

 

 ドライバーに納刀した烈火を、今度は抜かずトリガーを二度引く。

 炎の力を次は右足に集中させ、飛び蹴りを放った。

 

 蹴りの一撃は、先ほど火炎剣で切り裂かれた(あと)に直撃。

 セイバーは傷口を割って、ヴァルゴの体を弾丸のごとく貫通していった。

 

「わぁ~」

「すっご……」

 

 樹も風も、セイバーの必殺技の威力に目を見張った。

 

 ヴァルゴに初めてダメージを与えることに成功したセイバー。

 飛び蹴りののち、重力にひかれて落下したセイバーの近くに、あるものが落ちてきた。

 それ(・・)はヴァルゴの体から体外に排出されたもの。

 一辺が十センチにも満たない、四角形の奇妙な物体……。

 

「これは……?」

 

 セイバーは、ヴァルゴから出てきた物体を手に取る。

 

 ヴァルゴの様子が一変した。

 体表が波打つようにうごめき、これまで宙に浮いていた巨体が、力なく地面の上に下降しはじめる。

 明らかに弱っている。

 風はこの機を逃すまい、と樹に呼びかけた。

 

「樹! こいつを封印するわよ!」

「え? 封印って、聞いてないよ、お姉ちゃん!?」

「バーテックスは手順を踏まないと倒せないのよ。 ダメージから復活する前に、早く!」

 

 風は樹に指示して、スマートフォンに入っている勇者のためのテキストを読ませる。

 慌ててそれを流し見た樹は、まず定位置についた。

 続けて、封印のための特別な祝詞(のりと)を唱え始める。

 

「え、えぇっと……『かくりよのおおかみ、あわれみたまい、めぐみたまい』……?」

「大人しくしろ、こんにゃろーっ!!」

「えぇっ!? それでいいの!?」

「魂がこもってれば、言葉はなんでもいいの!」

 

 律儀に祝詞を唱えていた樹の頑張りもむなしく、風が気合の雄たけびと共に叩きつけた大剣によって、封印の儀式は発動した。

 動きを抑えられたヴァルゴの、頭部と思わしき部位が開口。

 中から、三角錐の物体が露出する。

 

「風さん、あれは……?」

「あれが御霊。言うなれば、バーテックスの心臓よ」

「じゃあ、あれを壊しちゃえば」

「そ、あたしたちの勝ち。ってことでぇーっ!」

 

 風がジャンプし、全力を込めて大剣を振り下ろす。

 

「くあぁーっ!? 御霊まで硬すぎっ!」

 

 ヴァルゴ本体同様に、御霊も頑丈にできているようだ。

 それでも、先の風の一撃で亀裂は生じている。

 

「よし。もう一度、三人で同時に攻撃しよう」

「分かりました、剣司さん」

 

 セイバーと樹も飛び上がり、風も加わって亀裂に攻撃を集中。

 三位一体の攻撃を受けた御霊は、パキンッという音と共に、ガラス細工のように砕け散った。

 続けて、ヴァルゴ・バーテックスの本体も、砂のような粒子状に分解されていく。

 

「……これ、私たち勝ったの……?」

「そうだよ、樹! 私たちの勝ちだ!!」

「よかった……みんな無事で」

 

 三者三様に勝利の喜びをかみしめる中、樹海は大きな光に飲み込まれていった。

 

 「……あ、先輩たち!」

 

 友奈の声がした。見れば、彼女の横には東郷の姿も。

 そして、辺りはすでに樹海ではない。

 少女らは讃州中学の校舎、その屋上に立っていた。

 

「戻ってこれた……のか」

 

 ドライバーからライドブックを抜きとり、セイバーの姿を解いた剣司がつぶやく。

 風は友奈らの元へ歩みより、その身を確かめる。

 

「友奈、東郷も、無事でよかった」

「風先輩たちも。剣司先輩は、約束を守ってくれたんですね」

「ああ。約束も、みんなのことも、この世界のことも……守れてよかった」

 

 眼下に広がる街を見て、一同は胸をなでおろした。

 

「これで終わったんだよね、お姉ちゃん」

「今のところは、ね……」

 

 風の物言いに、四人は引っ掛かりを覚える。

 だが、誰かがそれを口にする前に、風が言葉を続けた。

 

「あたしたちが樹海にいた間、この世界の時間は止まっていたの。だから今はお昼休みで、この後も授業があるんだけど、みんな疲れただろうから、今日はもう早退ってことにして、帰って休みましょう」

 

 早退の理由と、突然教室から五人の姿が消えた状況については、大赦があとでフォローしてくれる、と風。

 揃って屋上をあとにし、校門をくぐろうとしたところで、風のスマートフォンに着信があった。

 

「大赦からだわ。剣司に、今から大赦の方まで来てほしいって」

「俺に用事?」

「あんたが変身した、あの仮面ライダーってやつについて、話が聞きたいんじゃないの? あたしも、あんなの大赦から知らされてなかったんだから」

「わかった。俺の方も、セイバーのことについては知りたいと思ってたんだ」

 

 剣司は少女らと別れ、一人大赦の建物へと向かっていった。

 

 

 

 

 

◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆

 

 

 

 

 

 大赦──それは、ウイルスに覆われた四国を守護する存在『神樹』を(たてまつ)る機関であり、その権威は政府をも上回る国の最重要組織である。

 

 その大赦の支部の一つに、剣司はやって来た。

 カバンには聖剣ソードライバー、ブレイブドラゴン・ワンダーライドブック、そして、ヴァルゴの体から排出されたあるもの(・・・・)を入れて。

 

「ようこそ、おいで下さいました。神川剣司様」

 

 建物の入り口をくぐる前に、どうやって彼の来訪を知ったのか、白衣(びゃくえ)を着た神職風のいで立ちの人物が、剣司を迎えた。

 その人物に案内され、剣司は大赦の建物内へ通される。

 

 廊下を突き進み、やがて建物の奥にある部屋の前にきた。

 

「どうぞ、こちらへ」

 

 入室を即され、剣司はそれに従い部屋に入る。

 畳の上に対面する形で座る二人。

 神官は、おもむろに頭を下げた。

 

「えぇっ! いきなり土下座!?」

「この度は……」

 

 驚く剣司に構わず、神官は頭を下げたままの姿勢で言葉を続ける。

 

「勇者様方の戦いにお力添えをいただき、感謝の言葉もございません」

「いえ、そんな……。俺はただ、約束を守りたかっただけです」

「約束?」

「友達を守りたい。その一心があればこそ、俺はあの時戦えたんです」

「……そうですか」

 

 神官は一瞬、笑ったように剣司には感じた。

 

「剣司様がお使いになった力は、かつて三百年もの昔、あなたのご先祖である伊予島杏様がお使いになっていたもの」

「ええ、それはおじから聞きました」

「杏様も、初代の勇者様たちと共に、バーテックスと戦われていたのです」

「ご先祖様もライダーだったんですか!?」

 

 うなずく神官。

 

「そもそも火炎剣烈火とは、この世界が『全知全能の書』と呼ばれる本によって、混沌から今の形に創成された際に、闇と別たれた光の具現化」

「この世界が本から生まれた……!?」

「烈火の炎が知性の(ともしび)となり、その知恵を与えられたものが」

「今の、俺たち人間……」

「そして、三百年前……何者かが全知全能の書の力を使い、世界の理を書き換えたために起きたのが、ウイルスの世界への蔓延とバーテックスの誕生の由来なのです」

「なんですって!?」

「ですが、神樹様は世界全てがウイルスにおおい尽くされてしまう前に、全知全能の書の力を分冊された。それが、剣司様もお持ちになっているワンダーライドブックとなったのです」

 

 剣司はカバンから、一冊の本に似た物体を取りだし、神官に見せた。

 

「これは……」

「俺たちが戦ったバーテックスの体から出てきたものです」

 

 それはワンダーライドブックによく似ているが、表紙は黒く、本に絡みつくように鎖が巻かれている。

 

「これの名は、『アルターライドブック』。ワンダーライドブックの一種であり、我ら大赦が管理していたものです」

 

 神官が答えた。

 

「犬吠埼風様の報告によれば、バーテックスは大赦の予想よりも力を増していた様子。この『岩石王ゴーレム』の本の力によって、体質が頑強に進化していたのでしょう」

「なんでバーテックスがライドブックを……?」

「アルターライドブックは大赦の保管庫に封印されていたものです。ですが、我らが気が付いた時には、そのことごとくが遺失していた」

「え……それって」

「おそらくバーテックスの側に、我々人類に対する裏切り者が存在しています」

 

 感情を一切見せない神官の物言いに対して、度重なる驚愕の情報の連続を受けて、ついに剣司は言葉を失ってしまった。

 

「こちらを、お受け取り下さい。剣司様の戦いの助けとなるはずです」

 

 驚きから抜けきれない剣司を余所に、神官は彼にいくつかのワンダーライドブックを渡してきた。

 言われるがままにそれを受け取ると、用は済んだとばかりに大赦支部の建物から外に、追いやるように出される剣司であった。




烈火の設定は、セイバー本編のものとは少し変えています。


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第五章 誓いの剣士に、脅威が迫る。

やっと書けました


 ヴァルゴ・バーテックスとの戦いから一夜明け、翌日。

 全ての授業を終えた放課後に、剣司たち五人は勇者部の部室に集まった。

 

「うわ~、なにそれ可愛い~!」

 

 友奈の声が部室に響く。

 彼女が見ているものは、樹の周囲に浮かぶ、毛玉に似た物体。

 

木霊(こだま)って言うんですよ、この子」

 

 勇者としての樹のサポートについている精霊、木霊。

 見た目は毛玉から芽が生えたような、植物を模したようなマスコットである。

 

「ずいぶん(なつ)かれてるね」

 

 と剣司。

 彼の言うように、木霊は樹の頭の上で、ポーンポーンと楽しそうに跳ね回っている。

 遠めに見ると、樹が微動だにせずボールをリフティングしているようだ。

 

「まずは、みんな元気でよかった」

 

 黒板になにか書いていた風が、手に着いたチョークの粉を落としながら言った。

 

「友奈と東郷も、なにも言わずに来てくれて、ありがとね」

「いえ。私たちにとっても、他人事じゃありませんから」

 

 と東郷。

 

「戦い方については、樹にあとでアプリの説明書を見てもらうとして、今は基本的なことを説明していくね」

 

 風は黒板に書かれた、クネクネとうねるなんらかの模様を指さしながら

 

「これ、バーテックス。昨日戦ったやつね」

「……なんか、俺が見たのとずいぶん形が違うけど」

「き、奇抜なデザインをよく表してますよね」

 

 ゴホン、と咳をつきながら、風は言葉を続ける。

 

「バーテックスは、昨日の奴一体だけじゃないの。全部で十二体……つまり、残りあと十一体いる」

「あんな怪物が、まだそんなに残っているんですか……!?」

 

 驚く東郷。

 剣司たちも、声にこそ出さないものの、その気持ちは彼女と同じだった。

 

「バーテックスは神樹様の作った結界の外からやって来る。大赦の調べでは、外の世界を(おお)っているウイルスが超進化して生まれた生物、らしいわ」

「あれが生き物……。神様が人に天罰を(くだ)すために創り出した怪獣、と言われた方がまだ納得できるな」

 

 剣司の呟きに風たちも頷く。

 

「奴らの目的は、神樹様を破壊して人類を滅亡させること。以前も襲ってきたらしいけど、その時は追い返すので精一杯だったんだって」

「私たちの前にも、勇者になった人がいたってこと?」

「そうらしいね。俺のご先祖様も、ライダーの力で勇者と戦っていたって、昨日大赦の神官さんが言ってたから」

 

 樹の疑問に剣司が答えた。

 

「そういえば、勇者はバーテックスに対抗するために大赦が作ったものだけど、剣司が変身したあのセイバーってのは、なんだったの?」

 

 風の問いに、剣司は神官に教えられたことのあらましを話した。

 この世界は全知全能の書と呼ばれる本から生み出されたこと。

 その本の一部が、ブレイブドラゴンを始めとするワンダーライドブックになったこと。

 そして、祖先の伊予島杏が使っていた力が、時を超えて剣司に譲り渡されたことなど。

 

「この世界が、たった一冊の本から作り出されたなんて……にわかには信じられない話ね」

 

 大赦から世界の秘密の一端を聞かされていた風ですら知らなかった事実に、彼女は言葉を失ったようにもらした。

 

「あの……本の力を使う裏切り者って、一体誰なんですか?」

 

 バーテックスの体にアルターライドブックが使われていたことについて、友奈が尋ねる。

 

「それは大赦の方でもわからないみたい。でも、本の力を悪用するなんて、俺は許せない」

「剣司……?」

「確かに本には、読んだ人の人生を一変させるような、世界を変えることに匹敵する力を持っている。でもそれは、人々に幸せをもたらすための力のはずだ」

 

 穏やかで怒ったところなど他人に見せない剣司が、珍しく怒りをにじませていることに、風は驚いた。

 剣司の家は、彼が幼い頃に両親が死別し、子供の時の孤独だった心の隙間を、数々の本が埋めてくれていたのだ。

 そのため、剣司は本というものに対して、人一倍の思い入れがあった。

 

「俺は戦うよ。バーテックスとも、本を悪用する奴とも。本が憎まれるのを、黙って見過ごせないから」

「じゃあ剣司先輩も、今日から勇者部の一員ですね」

「俺も……勇者部に?」

「そうね。一緒に戦うんなら、普段から近くにいた方が連携も取れるし。あたしは賛成よ」

「私も異議なし、です」

 

 友奈の提案、風と樹の賛同によって、剣司もこの時から勇者部に所属する仲間となった。

 

 そんな剣司の決意を見た東郷は、秘かにため息をついた。

 その様子に誰よりも早く気付いたのは友奈。

 

「どうしたの、東郷さん?」

「風先輩も、樹ちゃんも……勇者として選ばれたわけじゃない神川先輩も、みんな恐怖に耐えて戦ったというのに、私はなにも出来ずに……」

「そんなに落ち込まないで。黙って見てただけなのは、私も同じだよ」

「それは、神川先輩との約束があったからでしょう。きっと友奈ちゃんは、みんなが危機に(おちい)ったら戦っていた」

「東郷さん……」

「なのに私は……お国の一大事だというのに、あろうことか敵前逃亡……」

 

 いざという時に行動できなかった自分を責める東郷。

 友奈は、自分自身に失望する親友を励まそうと、懐から一冊の手帳を取り出した。

 

「東郷さん、そんなに自分を責めちゃダメだよ! 私のお気に入りを見せてあげるから!」

 

 ほら、と取りだしたのは、彼女が自作した一品物の(しおり)である。

 

「見てこれ、キノコの栞だよ。可愛いでしょ?」

「……うん、そうだね……」

「あぁ、気を使わせてしまった!?」

 

 どうやら効果はなかったようだ。

 友奈に代わって、剣司が東郷の前に歩み出た。

 腰を落とし、車イスの彼女に視線を合わせ、静かに語りかける。

 

「東郷さん、そうやってすぐに思いつめるのは……君のいい所だ」

「私の……いい所?」

「ああ。結城さんは、目標に向かって一直線に突き進むっていう面があるから、そんな時には東郷さんの、一旦立ち止まって周りを見返してみるような性格が、互いにベストマッチなんだよ」

「友奈ちゃんと私の相性が……」

「昨日の戦いの時だってそうだよ。東郷さんがいたから、結城さんが傷つかずに済んだんだ。君が、結城さんを救ったんだ」

「私が友奈ちゃんを……! ぁ、でも……風先輩と樹ちゃんは」

「風さんたちのことは、俺に任せてくれ。君は結城さんを、俺は風さんと樹ちゃんを助ける。役割分担。それが、俺と東郷さんの約束だ」

「……分かりました。不肖、東郷美森。これからも友奈ちゃんをお助けし続けることを誓います!」

 

 敬礼する東郷に、同じように敬礼で返す剣司。

 そこに風が近づいてきて、こっそりと剣司に話しかける。

 

「なんか、うまいこと言いくるめられたような気もするけど……東郷のフォローありがとね、剣司」

「いや、俺もその……友達、には悲しい顔をしてほしくないからね」

 

 再び笑顔を取り戻した東郷。

 友奈の隣でこそ輝くその表情をとりもどせたことに、剣司は新たなる友として嬉しく思った。

 そして、次は犬吠埼姉妹に語りかける

 

「東郷さんだけじゃないよ。風さんと樹ちゃんも、あんな危ないことはやめてほしいって思う。俺もセイバーの力が使えるんだから、二人はもう、無理して勇者を続けなくても……」

「なに言ってんの。前から事情を知ってたぶん、あたしの方が少しは経験値が先輩なんだからね? 後輩のあんたは素直に頼りなさいっての」

「私も……今までみたいに、ただお姉ちゃんに守られてばかりじゃなく、これでやっと隣に立つことができたんですから、勇者をやめる気はありませんよ」

「二人とも……」

「あたしにだって、戦う理由ってやつがあるんだからね。いくらあたしのためだって言っても、それを奪わせることはさせないわよ」

「自分一人だけで戦うなんて、水臭いことはもう言わないでください。私たちも……友達なんですから」

 

 友奈と東郷が互いを想い合うように、剣司も風と樹のことを想い、二人を戦いから遠ざけたかった。

 それでもなお揺るがない姉妹の気持ちを知り、心強い反面、二人を止められない自分に不甲斐なさも感じる。

 そんな剣司の気持ちを察してか、風と樹はそろって彼の手をとり、ただ優しく微笑みを向けた。

 

「風さん、樹ちゃん……すまない。……いや、違うな。どうもありがとう」

「お礼を言うのはこっちの方よ。あんたはあたしたちみたいに、選ばれたわけじゃないのに一緒に戦ってくれるんだから。本当、ありがとね」

「お姉ちゃんに剣司さんが加われば、二百人力で安心です」

 

 剣司にも笑顔が戻り、姉妹の手を握り返す。

 と、不意にポケットの中のブレイブドラゴン・ワンダーライドブックが光を放ち始めた。

 

「うわっ。なんだ、突然?」

「みなさん、あれを!」

 

 樹が外を指さす。校庭で運動中の生徒が、みな不自然に硬直していた。

 

「これって、もしかして……」

「二日連続とは、参ったわね」

 

 風の精霊である犬神が、彼女のスマートフォンを持って、画面を全員の方に向ける。

 そこには『樹海化警報』という文字が表示されていた。

 

 神樹の結界である樹海に、再び立つことになった五人。

 全員の顔に緊張が走っている。

 五人が召喚されてからほとんど間を置かずに、敵対するバーテックスも壁を越えて姿を見せた。

 

「あのー……、バーテックスが三体もいるように見えるんですけど、私の見間違いですか?」

「いや、俺の目にも三体映ってるよ」

 

 目をこすりながら問う樹に、剣司は認めたくない事実を認めざるを得なかった。

 昨日の今日での連戦に加え、今回の敵は一気に三倍の数がやって来たではないか。

 

「友奈と東郷は神樹様の方に退避してて」

「わ、分かりました」

「みなさん、ご武運を」

 

 車イスを押す友奈の姿が遠ざかってから、風は樹と剣司の方を向く。

 

「さて、今回は昨日以上に厳しい戦いになりそうだけど……準備はいい、二人とも?」

「わ、わたしはだいじょうび!」

「俺もいけるよ」

「んじゃ、いくわよ!」

「「「揃って、変身!!」」」

 

 風と樹はスマートフォンを介して神樹から神の力を(たまわ)り、剣司はブレイブドラゴン・ワンダーライドブックを介して、全知全能の書の力の一端を体に降ろす。

 二人の勇者と一人の剣士へと姿が変わった。

 セイバーが、部長でありリーダーでもある風に指示を仰ぐ。

 

「どうする? 昨日みたいに三人で一体ずつ倒していくかい?」

「いえ、それじゃ時間がかかるわ。ここは危ないかもしれないけど、一人一体の相手をしましょう」

「ちょっと待って! なにか飛んでく」

 

 樹が言葉を言い終わる前に、高速で飛来する物体が風に到達しようとしていた。

 とっさに風の前に立ったセイバーが、彼女をかばう。

 

「ぐあっ!?」

 

 飛んできたのは柱のように巨大な、一本の『矢』だった。

 矢は、風をかばったセイバーにぶつかり、その体を弾き飛ばす。

 

「剣司!?」

「剣司さん!」

「痛い……けど、大丈夫だ。この甲冑、結構頑丈だよ」

 

 セイバーの体を(おお)う『ソードローブ』の多重装甲おかげで、痛みはあれど怪我を負うことはなかった。

 それでもページアーマー(装甲)の何枚かは一撃で砕けてしまっていることから、矢を放ったバーテックス──サジタリウスの攻撃は相当に厄介である。

 そして、サジタリウスの攻撃はそれだけではない。

 今度は無数の矢を、文字通り雨のように降り注がせてきた。

 

「うわわ、いっぱい来たぁ~!」

「散らばって避けて!」

 

 風の叫びで、三人はそれぞれ別方向に駆け出す。

 だがそれも、キャンサー・バーテックスの差し向ける反射板を中継して、サジタリウスの矢は追撃の手を緩めない。

 必死で矢から逃げる三人。

 

「こんな時のためのライドブックは……これか!」

 

 セイバーは、ベルトのホルダーに携帯しているライドブックを一冊抜きとった。

 それは、前日に大赦で面会した神官から渡された本の一つである。

 表紙であるカードバインディングを開き、その機能を開放する。

 開かれたページから、特有のライドスペルが紡がれた。

 

『タイヤを開け、真紅のボディーが目を覚ます。剣がシンボル、走る文字、毎号特別加速。ディアゴスピーディー』

 

 本は巨大化、変形して一台のバイクを構成した。

 

「俺、二輪の免許持ってないけど……場合が場合だし、許してもらえるよな」

 

 セイバーはディアゴスピーディーにまたがると、アクセルをふかして一気に矢の雨から脱出する。

 時速二百キロを優に超えるスピードで、セイバーはあっという間にバーテックスの射程範囲の外に出ることができた。

 バイクを止め、風と樹の様子を探す。

 

「二人とも、まだ無事みたいだな」

 

 姉妹はいまだ、矢の攻撃から走って逃げ続けている。

 しかし、それもいつまで持つか……。

 セイバーが姉妹の救出に向かおうとした、その時

 

「驚いたな。まさか炎の剣士が、現代に復活していたとは……」

 

 突然、背後から聞こえてきた何者かの声。

 ふり向いたその先には、セイバーに酷似した、一人の剣士の姿があった。




プロットは最後まで完成してるんですが、ちゃんとしたお話に組み立てる際に、細かいセリフやら地の文やらでつまづいて、時間がかかってしまいました。お待たせして申し訳ないです。


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第六章 姿を見せるは、闇の剣士。

 二日続けて攻めてきたバーテックス。

 それに対抗するため剣司と犬吠埼姉妹は、仮面ライダーセイバーと勇者に変身した。

 だが、今回侵攻してきたバーテックスは三体もいたのだ。

 おまけに怪物同士は、これまでにない連携プレーを組み三人を追い詰める。

 

 新たなライドブックの力を使い、一旦サジタリウスの矢の雨から脱したセイバー。

 急ぎ姉妹の援護に戻ろうとするが、そこに投げかけられたのは、この場にいるはずのない第三者の声だった。

 

「驚いたな。まさか炎の剣士が、現代に復活していたとは」

「え……?」

 

 今この樹海にいるのは、敵である三体のバーテックスを除いては、剣司と風、樹、そして後方へ避難している友奈と東郷の五人だけのはず。

 セイバーは声のした方向へふり向いた。

 そこには、セイバーとよく似た姿の剣士が一人、立っていた。

 

「……だ、誰ですか?」

 

 謎の剣士はセイバーの問いに応えない。

 セイバーの仮面越しに、剣司は目の前の剣士をまじまじと見つめる。

 

 頭部には、聖剣に選ばれた証であるソードクラウンが設置され、右肩にはライドブックに描かれているだろう、神獣であるドラゴンの頭部を模したアーマーが。

 腰のベルトの両サイドには、ライドブックと思わしき本が挿さっている。

 

 各部の特徴や左右非対称なそのシルエットは、セイバーとうり二つであった。

 ただ、セイバーは炎を宿す真っ赤な鎧に対して、謎の剣士の全身は、黒と紫で彩られているという違いはある。

 

「何者なんですか、あなたは? 俺と同じ、仮面ライダーなんですか?」

「……違う、私はライダーなどではない」

「じゃあ、一体」

「私は、闇の剣士『カリバー』……」

 

 カリバーと名乗った剣士は、おもむろに腰に携えた剣──闇黒剣月闇(あんこくけん くらやみ)を抜き、セイバーに向けた。

 

「な、なにを」

「お前の持っている聖剣と、ワンダーライドブックを渡せ」

 

 カリバーは無感情にそう言った。

 その声は仮面越しゆえか、くぐもって聞こえ、変身者が何者か判別できない。

 

「突然なにを言うんだ……あなたは誰なんだ!? なにが目的だ!?」

「お前は大赦の人間か?」

 

 セイバーの問いを無視して、カリバーが逆に尋ねる。

 

「……いや、俺は大赦とは関係ない。でも、勇者とは共に戦う仲間だ」

「勇者……大赦の生み出した戦士か。大赦とつながりのある者と結びつきがあるのなら、お前も信用できん」

 

 カリバーは突如、月闇を振るいセイバーに襲い掛かる。

 セイバーはとっさに烈火をかざし、カリバーの一撃を防いだ。

 

「な、なにをする!?」

「お前が大赦の側に立つのなら、話すだけ無駄だ」

「あなたの言っていることが、さっぱりわからない!」

「話して理解(わか)るものではない」

 

 カリバーは力ずくで烈火のガードを押し上げた。

 無防備になったセイバーの体に、闇黒剣での一太刀を浴びせる。

 

「うわぁっ!」

 

 火花を上げ、セイバーのソードローブが切り裂かれた。

 サジタリウスからの攻撃で砕けたページアーマーが、さらなるダメージによって大きくヒビが入る。

 カリバーはさらに、二撃、三撃、と攻撃を加え続けた。

 そのたびにセイバーの体から火花が散り、剣司の叫びが響く。

 

 一方の犬吠埼姉妹。

 サジタリウスとキャンサーの連携に追われ逃げ惑いながらも、遠目にセイバーの劣勢は、二人の視界に入っていた。

 

「お姉ちゃん、剣司さんが!」

「わかってる! んだけど、こっちはこっちでなんとかしない……とっ!」

 

 風は矢の雨の隙間を縫って、サジタリウスに飛び掛かる。

 振り上げた大剣を、バーテックスの巨体にぶつけんとした時

 

「ぐべっ!?」

 

 これまで静観していたスコーピオンが割って入った。

 横合いからの巨大な尾の一撃によって、女子の口から発してはいけない(うめ)きと共に、風は空中から叩き落される。

 

「お、お姉ちゃん! 大丈夫!?」

 

 樹が叫ぶ。

 樹海に叩きつけられた風は、衝撃で一瞬、意識を手放してしまった。

 その隙にスコーピオンは少女に接近。

 先端に備えた毒を含む尾針で、風に狙いを定める。

 

「風先輩! 樹ちゃん……剣司先輩……!」

 

 戦う三人から離れ、東郷と共に後方へ避難していた友奈。

 彼女の目にも、追い込まれている三人の姿が確認できていた。

 

 樹はいまだ、サジタリウスとキャンサーの執拗な攻撃に追いまわされ、セイバーは新たに現れた謎の剣士に追い詰められ、風にもまたスコーピオンの魔の手が迫っている。

 

 友奈は、握りしめていた自分のスマートフォンに視線を落とした。

 彼女もまた、勇者に選ばれしもの。

 その力を使えば、今危機に立たされている仲間を救えるかもしれない。

 

(……でも、私が勇者になったら、今私たちを守ろうとしてくれている剣司先輩の頑張りを、無駄にしちゃうかも……)

 

 しかしそれ以上に、目の前に広がる仲間のピンチを見過ごすことの方が、友奈の心に大きな苦しみをもたらしていることは明白。

 東郷はそんな友奈の隣に移動すると、彼女の手をそっと握った。

 

「東郷さん……?」

「友奈ちゃんが今、なにを考えているか分かるわ。みんなを助けに行きたいんでしょう?」

「でも、そうすると剣司先輩との約束を破っちゃう。東郷さんも、置き去りにできないよ」

「だったら」

 

 東郷は握る手に力をこめ、友奈の目を見つめながら、言葉を続ける。

 

「だったら、私も一緒に戦うわ」

「だ、ダメだよそんな! 東郷さんは車イスなんだし」

「そんなの関係ない!」

 

 普段は大和撫子を体現するおしとやかな東郷が、珍しく声を大にして自分の意見を主張した。

 そのことに友奈は驚き、ビクリと肩を震わせる。

 

「友奈ちゃんが戦うのなら、私も側にいる。一緒に戦って、友奈ちゃんを守るわ。それが、私と神川先輩との約束だもの」

「約束……」

「友奈ちゃんのやりたいようにやるといいわ。神川先輩も、思い立ったらまっすぐ突き進むのが、友奈ちゃんのいい所だって言っていたでしょ?」

 

 柔らかい微笑みを向ける東郷。

 友奈はその笑顔が好きだった。

 今なにもしなければ、東郷の笑顔も、風や樹、剣司の笑顔も、もう二度と見れなくなるかもしれない。

 

「私は……約束を破ることになっても、それでも……ここでみんなを助けられないなら、私は勇者じゃなくなっちゃうから」

「うん。一緒に行こう。それで、約束を破ったこと、一緒に怒られよう」

「ありがとう、東郷さん」

 

 二人はつないでいた手を放し、それぞれのスマートフォンに表示された、勇者の力を起動するためのアイコンを押した。

 

 

 

 

 

◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆

 

 

 

 

 

 樹海の上に倒れ伏す風に、スコーピオン・バーテックスは無慈悲な一撃を見舞う。

 しかし、それは彼女の精霊である犬神の張るバリアーによって防がれた。

 だがスコーピオンは、そのバリアーをすら破ろうと、二度三度と尾をぶつけ続けている。

 

「ぅ……くっ……!」

「お姉ちゃん! 急いで逃げて!!」

「あたしもそうしたいんだけど……っ!」

 

 すぐに意識を取り戻した風だが、幾度となく振り下ろされる尾の力に押され、なかなか回避する隙が見いだせない。

 

 樹は樹海の根の隙間に潜り込むことで、サジタリウスの矢の追撃から身を隠すことに成功していた。

 が、彼女を取り囲むようにキャンサーが反射板を周囲に展開し、姿を見せるのを待ち構えているため、そちらも身動きが取れないでいる。

 

「マズい、このままじゃ……!」

 

 自分たちがやられるか、そうでなくとも足止めされている間に、バーテックスが一体でも神樹の元にたどり着いてしまえば全てが終わる。

 成す(すべ)のない状況に焦りを感じる風。

 その時、出しぬけに自身を襲うスコーピオンの尾針が砕けるのを、風は見た。

 さらに残る尾も、次々と節々が砕けていく。

 

「え? なにが起きたの?」

「風先輩!」

 

 風のもとに、勇者服姿の東郷がやって来た。

 動かない下半身の代わりに、触腕状のパーツが少女の移動をサポートしている。

 東郷の手には銃が握られていた。

 先ほど破壊されたスコーピオンの尾は、彼女の狙撃によるものだったのだ。

 

「東郷!? なんであんたが勇者に」

「説明はあとで。今は樹ちゃんを救出に向かいましょう」

「……わかんないけど、わかった!」

 

 スコーピオンは東郷の攻撃を受け撤退を始めたため、今は追撃の必要はないと彼女は判断した。

 立ち上がった風は東郷と共に、妹を狙う怪物を対処するためにそちらへ急行する。

 

 

 

 

 

◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆

 

 

 

 

 

「ぐわぁっ!!」

 

 カリバーからの一方的な攻撃にやられるばかりのセイバー。

 大振りの一太刀をくらい、肩から胸にかけての装甲は砕かれ、ついに膝をついた。

 

「大人しく、聖剣とライドブックを渡せ。命までは取らん」

 

 闇黒剣月闇をセイバーの首筋に当て、これが最後だと告げる。

 

「い……嫌だ……」

「死にたいのか、お前」

「それも嫌だ……。俺は……仲間と一緒に、この世界を守るんだっ!」

 

 セイバーは力を振り絞り、烈火を振り上げて闇黒剣を弾く。

 再び対峙する形になったセイバーとカリバー。

 

「世界を守るだと? お前程度の力で、なにができる!」

 

 情けをかけることなく、カリバーは斬りかかってきた。

 だが今度のセイバーは、カリバーの一撃を火炎剣で受け止めた。

 それだけではない。

 続く連撃も、確かに烈火で防ぎ続けている。

 

「まさか、この短時間で私の太刀を見切ったのか……!?」

「俺の力じゃない。本が、ブレイブドラゴンが、俺に力を貸してくれているからだ!」

「本が力を……」

 

 剣司の言葉になにか思う所があるのか、カリバーは攻撃を止め、彼の話の続きを待った。

 

「本は昔から、俺のさみしい心を慰めてくれたんだ。本は俺の家族みたいなものなんだ。その本を悪用するような奴は、絶対に許せない!」

「本が……家族だと?」

 

 カリバーは剣司の発言に、なんらかの引っ掛かりを覚えた模様。

 月闇を下ろしたまま動きがピタリと止まり、再び攻撃を仕掛けてくる様子がない。

 その時である。

 

「センパーイ!!」

 

 勇者としての力を開花させた友奈が、文字通り飛んできた。

 カリバーとの間に割って入り、セイバーを(かば)うように闇の剣士の前に立ちふさがる。

 

「結城さん!? 勇者に変身したのか!」

「はい、東郷さんも一緒です」

「……そうか」

 

 聞きたいことはあったが、剣司は追及することなく、友奈の手を借りて立ち上がった。

 その背後。

 サジタリウスとキャンサーの二体のバーテックスの体が、砂と化し崩れ落ちるさまが遠目に見えた。

 風と樹の援護に向かった東郷の協力もあって、三人は難なく二体の連携攻撃を打ち破ったようだ。

 

「すぐに風さんたちもここに来る。カリバー。いくらあなたでも、五対一では勝ち目はないぞ」

「かもしれんな。では、私はここで引かせてもらおう」

 

 壁の外へ逃げようとするカリバー。

 

「逃がさない!」

 

 友奈はカリバーの逃避を阻止しようとするが、彼女の行動を、東郷の元から撤退してきたスコーピオンが邪魔する。

 砕かれた尾は再生を終え、その毒の尾針を友奈に向けてきた。

 友奈は後方に飛びのくことで、尾の攻撃を回避する。

 

「スコーピオン、あとは任せる」

 

 カリバーはそう言うと、腰に挿していたアルターライドブックを、バーテックスの体に投げ入れた。

 スコーピオンの体が脈打つ。

 挿入された『トライケルベロス・アルター(・・・・)ライドブック』の力によって、その尾が三本に増殖した。

 それだけではない。

 尾の先端に一本のみが生えていた毒針も、トライケルベロスの力によって、犬の牙のように数十本に増設されている。

 

「なにこれ。バーテックスがパワーアップしたの?」

 

 セイバーと友奈の元に、風たちも合流した。

 開口一番、風がスコーピオンの変態した姿に言及する。

 

「うわぁ……なんか、お腹ペコペコのワンちゃんみたいな感じですね」

 

 牙状のスコーピオンの尾針は、毒液をボタボタとこぼしている。

 それがまるで、餌を前にヨダレを垂らす犬のように見えたため、樹は若干引き気味だ。

 

 そんな間にカリバーは、さっさと壁の外へ逃げてしまっていた。

 が、この世界の住人は神樹の教えによって、壁の外に出てはいけないと小さい頃から教え込まれているため、追跡しようとは誰もしなかった。

 もっとも、追いかけようにも力を増したスコーピオンが、それを許さないだろうが。

 

「みんな、気を付けて! あのバーテックスは、カリバーのアルターライドブックで強化されている!」

「カリバーって?」

「さっき俺と戦ってた剣士のこと!」

「攻撃が来ます! みんな避けて!」

 

 セイバーと風がやりとりする間に、スコーピオンは尾を振り下ろしてくる。

 東郷の言葉で、五人は散らばって回避した。

 

 五人それぞれに狙いをさだめ、スコーピオンは三本の尾を操作し後を追いかける。

 針の攻撃は勇者たちのバリアーで防がれるも、こぼれた毒液は樹海を侵食していった。

 

「いけない、樹海が……!」

 

 樹海へのダメージは、現実世界で事故や災害といった形で影響を及ぼしてしまう。

 東郷は毒針を避けながらも、二丁のショットガン状の武器を取りだし、攻撃を行う。

 散弾は無数のスコーピオンの尾針をまとめて砕くが、アルターブックの力もあり、損傷した部位は即座に再生されてしまった。




戦闘が長くなってしまったため、半端なところですが次回に続きます。


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第七章 解かれた封印、禁断の書。

「厄介な……」

 

 ダメージを与えてもすぐに傷を治してしまうバーテックスに対し、東郷は忌々しげにつぶやいた。

 

「私がやるよ。勇者パーンチッ!」

 

 東郷と入れ替わるように、友奈がスコーピオンの尾の一本に接近。

 必殺の拳を打ち込み、尾の破壊に成功した。

 続けて風も、大剣によって二本目の尾を切断する。

 

「俺もいくぞ! 頼むよ、ディアゴスピーディー!」

 

 セイバーはバイクにまたがり、アクセルをふかすとバーテックスめがけて走り出す。

 そのままディアゴスピーディーのヘッド部分に設置されている、聖剣を模した装置──『ディアゴシャープ』に炎を収束させた。

 ディアゴスピーディーはアクセル全開で、スコーピオンの残る最後の尾に突撃。

 バイクの先端に(かか)げた炎の剣によって、三本目の尾も呆気なく砕かれた。

 

「よし、あとは封印を……」

 

 風は封印の儀を行おうとするが、バーテックスの体内に埋め込まれたトライケルベロスの本が力を発揮。

 粉砕されたばかりの三本の尾は、即座に修復されてしまった。

 

「これがアルターライドブックの力……面倒すぎでしょ」

 

 風は、本の持つ力が加わったバーテックスの(わずら)わしさに、うんざりした様に言った。

 

「剣司さん、大赦から戦いに使える本を貰ったんですよね? なにか他に、使えそうな本はないんですか?」

 

 樹の問いに、セイバーは腰のライドブックホルダーから数冊の本を取り出す。

 それらに目を通し、この状況に適した本を、即座に選び抜いた。

 

「このライドブックの力なら……」

 

 選んだワンダーライドブックを、ソードライバーの左側にあるスロットにはめ込む。

 物語系の属性を持つ本から力を引き出し、セイバーの左半身──ライドレフトに、その特殊能力を付与する。

 

『とある少年が、ふと手に入れたお豆が、巨大な木となる不思議な話』

 

 セイバーの左半身に、装填した『ジャッ君と土豆の木』の力が与えら、その姿が変化。

 二冊の本の力を重ね合わせた、仮面ライダーセイバー ドラゴンジャッ君が誕生した。

 

「これで、どうするんですか?」

「こうするのさ」

 

 友奈の見ている前で、セイバーは左腕をスコーピオンに向ける。

 左腕の武装『インタングルガント』から、鋼鉄よりも固い土豆を連続で射出。

 弾丸のように連射されたそれは、トライケルベロスで強化されているスコーピオンの体にも、次々と埋め込まれていく。

 それだけではない。

 埋め込まれた種子からは、豆の木が発生し始める。

 

「すごい……木やツタがバーテックスに絡みついて、動きを止めちゃった」

 

 樹は呆気にとられたようにつぶやく。

 彼女の言うように、スコーピオンは土豆のツタに全身を巻き付かれ、武器である毒針を持つ尾も、全く動かせなくなっていた。

 

「動きさえ止めてしまえば、いくら再生能力や強力な毒を持っていても、それはなんの役にも立たない」

 

 セイバーが言った。

 

「あの土豆のツタは、バーテックス自身のエネルギーを利用して育ったんだ。だから今、あの怪物は相当弱ってるはずだよ」

「なら、これ以上攻撃を加えなくても封印は可能、ということですね」

「よし、勇者一同で封印の儀を始めるわよ!」

 

 セイバーと東郷が言うように、スコーピオンは力を土豆に吸い取られ弱体化している。

 風の号令によって、勇者たちはバーテックスを囲み、いとも簡単に御霊を露出させることに成功した。

 同時に、トライケルベロス・アルターライドブックも体外に排出され、それをセイバーが回収する。

 

「あとは御霊を壊すだけ、ねっ」

 

 風が御霊を切るために剣を振るが、御霊は彼女の攻撃をヒョイッと避けたではないか。

 

「ちょ、このっ! 大人しく切られなさいよっ。このっ、この!」

 

 ブンブンと大剣を振り回すが、御霊は風の攻撃が読めているように、軽やかに剣の軌道を避けていく。

 射撃武器を持っている東郷とセイバーも狙いをつけるが、御霊はそれにすら反応し動きを止めない。

 

「マズいです、封印の拘束時間があとちょっとです!」

 

 友奈が焦りの声を上げる。

 バーテックスの拘束には勇者の力を使用しているため、その時間が切れるということは勇者たちの変身も解けるということだ。

 

「こ、ここは私に任せてください」

 

 おずおずと、樹が名乗り出た。

 

「樹が? どうするつもり?」

「さっきの剣司さんを見て思いついたの。動きを止めるには……こう!」

 

 樹は武器の糸を網目状に組み、それをバッと広げ、小さく動き回る御霊が避けきれない広範囲に広げた。

 それはまるで、素早く逃げ回る魚を捕まえる投網の様に。

 小回りの利く御霊も、広い範囲を動くことはできなかったようで、樹の張った網で簡単に捕まえることができた。

 

 あれだけ手こずらされた御霊の動きを容易に止めた樹に、みんなは賞賛をおくる。

 

「やったな、樹ちゃん!」

「えへへ……。お姉ちゃん、今だよ!」

「オッケー。今度はあたしたち犬吠埼姉妹のコンビネーションを、受けてみろーっ!!」

 

 樹の糸で動きを封じられた御霊に向けて、姉の風が大剣の一撃を食らわせる。

 今度こそ避けること叶わず、御霊は砕け散った。

 

 戦いが終わり、樹海化が解ける。

 三体ものバーテックスを、カリバーという新たな敵の登場にもめげず、勇者と剣士は見事に敵を退(しりぞ)けることができた。

 

 自身はカリバーにやられた痛みを感じつつも、剣司は他の四人が怪我を負うことなく戦いを終えられたことに安堵する。

 そんな剣司の元に、友奈と東郷が歩み寄る。と、二人は揃って頭を下げた。

 

「「先輩、ごめんなさい!」」

 

 いきなりの謝罪に、剣司はキョトンとした表情を浮かべる。

 

「い、一体どうしたの、二人とも」

「だって私たち、剣司先輩との約束を破っちゃったから……」

 

 二人を危険な目に合わせないために、剣司は戦うことを決意した。

 だが少女たちは、剣司らを助けるためとはいえ勇者になり、自らその危険に飛び込んでいった。

 結果的に剣司の決意を無にするような行いをしてしまったことに、友奈と東郷は申し訳ない気持ちでいっぱいだった。

 

「友奈ちゃんが悪いんじゃないんです。私が発破をかけるようなことを言ったから……。責は私にあります」

「違います! 東郷さんは私について来てくれただけなんです! 勇者になったのは私が自分で……」

 

 互いをかばい合う友奈と東郷。

 そんな二人の言い合いを、剣司は手で制した。

 

「いいんだ、二人が謝ることはない。むしろ俺が不甲斐ないばかりに、結城さんたちまで戦いに参加させることになって、ごめん!」

 

 剣司は後輩二人に向けて、頭を下げた。

 友奈も東郷も、その行為を慌てて止める。

 悪いのは自分だ。いや自分が。

 そんな、互いが互いを思うばかりに責任の被り合いに発展し始めた時

 

「あーもう! ごめん合戦はもう終わり!」

 

 風が、三人の言い合いを止めるために声を上げた。

 

「巻き込んだあたしが言えたことじゃないけど、二人のおかげで助かったんだから、ここは謝るよりも他に言うことがあるでしょ?」

「そうだね。結城さん、東郷さん、助けてくれてありがとう。君たちが来てくれなかったら、きっと俺たちはひどい結末を迎えてたはずだ」

「友奈さんも東郷さんも、私たちのピンチに颯爽(さっそう)と駆けつけてくれて、本当に勇者みたいでしたよ」

「私、昔から勇者って言葉に憧れがあったんです。それで風先輩に勇者部に誘われて、今こうして本物の勇者になれて、なんだか夢が叶っちゃいましたね」

 

 はにかんだ様に微笑みを浮かべる友奈。

 今度こそ勇者部は一丸となって、五人でバーテックスの脅威から世界を守ろうと誓うのだった。

 

 

 

 

 

◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆

 

 

 

 

 

 勇者部の心が一つになったのも早々に、剣司はまた一人、事態の報告のため大赦へと呼び出されていた。

 前日同様に社殿の奥の部屋に通され、対面するのは昨日会ったのと同じ神官だった。

 

「やはり今回現れたバーテックスにも、アルターライドブックが使われていましたか」

 

 剣司から差し出されたトライケルベロスのアルターブックを受け取りながら、神官が言った。

 どこか超然とした雰囲気を持つ神官に対して、剣司は早速と、話の(かなめ)を口にする。

 

「俺たち今回の戦いで、あなたが言っていた裏切り者だと思われる人物に会いました」

「……ほう、その者は?」

「カリバーと名乗っていました。セイバーにそっくりな姿で、でも俺より圧倒的に強かった」

「ですが、貴方はしっかりと生き延びた」

「ブレイブドラゴンが力を貸してくれたおかげです。でも次に戦いになったら、今度はどうなるか……」

 

 カリバーに対して不安を感じる剣司。

 勇者部のみんなと共に戦い、彼女たちを守るという約束に嘘偽りはない。

 それでも、カリバーと相対してその力は身に染みている。

 

「では、こちらをどうぞ」

 

 顔をうつ向かせていた剣司の前に、神官は一冊の本を置いた。

 

「これは?」

 

 硬質的な表面からワンダーライドブックであろうことは察せられるが、それは今所持しているどのライドブックとも異なる形状をしていた。

 本全体は黒く塗りつぶされ、ページの数も本自体のサイズも、通常のワンダーライドブックより厚みがある。

 

「え、と……」

 

 剣司は本のタイトルに目をやるが、表紙に記されている文字はどうにも判別がつかない。

 神官は、本をズイッと剣司の前に近づける。

 

「これの名は、『プリミティブドラゴン・ワンダーライドブック』。大赦がアルターライドブックよりも厳重に保管していた、いわゆる禁断の書物と呼ばれる代物です」

「禁書……確かに、見るからに禍々しい感じがしますけど……これを俺に使えと?」

「これは、誰もがおいそれと使えるものではございません。神樹様も大赦にて封印するように言われた、いわくつきの本です。ですが、セイバーに選ばれた剣司様なら、あるいは……」

 

 プリミティブドラゴンに手を伸ばす剣司。

 表紙に触れた瞬間、なにかとても恐ろしいという感覚を覚えた。

 

「カリバーの正体は不明ですが、その者が使っている闇黒剣月闇は、大赦で保管されていたものです。それを持っているということは」

「カリバーは……大赦の人間なんですか……!?」

 

 神官は無言でうなづいた。

 人類を守護する神樹。その神樹を信仰する大赦は、同様の人類の守護機関である。

 その大赦から、人間を滅ぼそうとする存在に組みする者が出た。

 非常にスキャンダラスな事態だ。

 

「人間を裏切るという暴挙に出たカリバーとは、もはや話し合いは不可能。剣司様、どうか次にカリバーと対面した時は、迷わずお斬りください」

「ぇ……斬るって、それは、その……」

「カリバーの命を絶つのです」

 

 涼しい顔で、平然と人を殺すことを神官は要求してきた。

 剣司は、あり得ないお願いに動揺する。

 

「な、なにを言うんですかいきなり! 人を殺すなんて、出来るわけないでしょう!」

「カリバーを人と思ってはなりません。人類全体への裏切り者です」

「で、でも、向こうは俺を殺すことまではしませんでしたよ。命は取らないって言ってましたし……」

「敵の言うことなど、信用してはなりません。悪とは、平然と嘘をつくのです」

「し、しかしですね……」

 

 神官は頭を下げたまま微動だにせず、らちが明かないと思った剣司は、ひとまずプリミティブドラゴン・ライドブックを受け取り、大赦を後にした。

 

 自宅に帰った剣司。

 どっと疲れが出て、ベッドに横になる。

 

「はあ……とんでもないことになってきたなぁ」

 

 戦う対象は怪物だけだとばかり思っていたが、まさか人間相手にも命のやりとりをしなければならない可能性が出てくるとは。

 剣司自身にはもちろん、相手がどんな人であろうと、生命まで奪おうという気はない。

 だが神官の言うように、相手もそう思っているとは限らないのは事実だった。

 

「あぁ~。厄介だよ、本当に」

 

 不満を口にしながら、渡されたばかりの本に目をやる。

 禁書、プリミティブドラゴン・ワンダーライドブック。

 

「この本に触れた時に感じた悪寒は、なんだったんだろう」

 

 恐る恐る、表紙に触れる。やはり嫌な感じがぬぐえない。

 それでも尚、好奇心からページをめくり本の内容に目を通そうとするが

 

「なんだこれ……文字が全然読めないぞ」

 

 プリミティブドラゴンのストーリーは、全てが判別不能の書体で書かれていた。

 

「これが禁書の実体か」

 

 剣司は再びため息をついて、この日は眠りについた。

 

 

 

 

 

◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆

 

 

 

 

 

 三体のバーテックスが攻めてきてから一月半の間、新たな侵攻もなく平和な日々が続いていた。

 そして今、久方ぶりに第五のバーテックスが攻めてきた日。

 勇者部一同はすでに樹海に立ち、変身も済ませていた。

 

「あ。みんな、敵来たよー!」

 

 友奈が、今回の相手であるカプリコーンの姿を視認する。

 

「まだ二戦目だし、さすがに緊張するわね」

「東郷先輩、ここでこうやるといいみたいですよ」

「なるほど、ここをこうこうこうね」

 

 樹と東郷はスマートフォンのテキストを見ながら、戦いの方法を再確認。

 だが、往々にして実戦はなにが起きるかわからないものだ。

 セイバーの姿の下で、剣司はカリバーがいつ姿を現してくるかと緊張していた。

 そこに風が声をかける。

 

「剣司、大丈夫?」

「正直な所、不安だよ。カリバーのこともあるし、今回のバーテックスはアルターブックで、どのくらい強くなるやら」

「戦う前から心配してもしょうがないって。成せば大抵なんとかなる!」

「勇者部の五箇条、だね」

「あたしたちで、今回もなんとかしてやりましょう」

「ああ。風さんのリーダーシップには救われるよ」

 

 目の前にカプリコーンの巨体が迫って来た。

 勇者部は戦闘態勢に入るが、それより先にバーテックスの方が仕掛けるのが早かった。

 現実世界とは切り離されているはずの樹海が、大きく振動する。

 

「うわわ、地震!?」

 

 友奈が声を上げて驚く。

 これが山羊座の持つ、固有の能力だ。

 勇者たちは足元をすくわれ、立つこともままならない。

 

「東郷、撃って! 撃って!」

「無理です! この揺れでは照準が定まりません!」

 

 遠距離攻撃に長けた東郷でも、狙いをつけられなければその力を発揮できない。

 

「だったら、これだ!」

 

 セイバーは腰のスロットから赤のワンダーライドブックを取りはずし、ソードライバーの真ん中──ミッドシェルフにセットする。

 

『烈火二冊。荒ぶる空の翼竜が、獄炎をまとい、あらゆるものを焼き尽くす』

 

 ボディー中央のライドミッドに、『ストームイーグル・ワンダーライドブック』の力が付与され、セイバーの姿がドラゴンイーグルと呼ばれる形態へと変化した。

 背中に追加された羽、バーミリオンウイングによって、セイバーは空へと飛びあがる。

 

「これなら能力は通じないぞ」

 

 セイバーはそのまま、空を翔けカプリコーンに斬りかかる。

 が、烈火の刀身は山羊座の体には届かず、その前に突如発生した『壁』らしきものに止められてしまった。

 セイバーは旋回し、何度もカプリコーンを斬りつけるも、その刃はすべて壁に防がれる始末。

 これはバーテックスの体に埋め込まれた、『はだしの王様・アルターライドブック』の効果であった。

 

「クソっ! 風さんたちは身動きがとれないし、俺の攻撃は壁が邪魔して通らない……どうすれば」

 

 歯噛(はが)みするセイバー。

 その時、セイバーと対峙するカプリコーンの背中が、突如として爆発を起こすのだった。




夏凛ちゃんが合流する所までやりたかったんですけど、長くなったので次回に持ち越しです。


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第八章 つながるのは、新しい絆。

 はだしの王様・アルターライドブックの力で強化されているカプリコーン・バーテックスに苦戦するセイバー。

 勇者たちは足止めを食らい、誰もが手をこまねいている中で、どこからかカプリコーンに攻撃が加えられた。

 

「これは……東郷さんか!?」

「いえ、私はなにも」

 

 東郷の狙撃かと思ったセイバーだが、そうではないらしい。

 勇者たちは全員、カプリコーンの起こす地震で身動きがとれないままだ。

 その中で、樹が一点を見つめ叫んだ。

 

「み、皆さん! あそこ!」

 

 樹が指さす先には、一人の少女の姿があった。

 少女は赤い戦闘服を身にまとい、両手には二本の刀をたずさえている。

 さらには揺れる足場にも関わらず、平然と両の足で樹海に立っているではないか。

 

 謎の少女は飛び上がり、バーテックスに向けて、手にした刀を投げつけた。

 刀はアルターブックの力で作りだした壁に阻まれるも、壁は爆発によって粉々に砕ける。

 先ほどの山羊座が起こした爆発は、この少女の攻撃だったのだ。

 

「よくわからないけど……俺も手伝う!」

 

 セイバー ドラゴンイーグルは、カプリコーンの頭上はるか高くまで上昇。

 飛行高度の限界点でストームイーグルを取り外し、別のワンダーライドブックをはめ直した。

 

『この弱肉強食の大自然で、幾千(いくせん)の針を身にまとい、生き抜く獣がいる』

 

 ライドミッドに『ニードルヘッジホッグ』の力を与えた、セイバー ドラゴンヘッジホッグ。

 ストームイーグルの飛行能力を失ったセイバーは、そのまま重力にひかれ落下していく。

 セイバーは落ちながら、胸部のヘッジホッグブレスから無数の針を射出。

 撃ちだされた幾千の針はカプリコーンを襲うが、それらは全て、はだかの王様の本の力で生成される壁に阻まれた。

 しかし、それこそが剣司の狙いだ。

 

「さっきの爆発で分かった。お前の、攻撃を防ぐための壁は、どこか一か所にしか作りだせない! つまり俺が、こうして攻撃を続けていれば……」

 

 セイバーの意図を読み取ったのか、赤い服の少女は迷うことなくカプリコーンに斬りかかった。

 剣司の読み通り、セイバーの攻撃を防いでいた山羊座は少女の刀を防御することができず、あえなく切り裂かれ御霊を吐き出してしまう。

 

「風さん! みんな、大丈夫か!」

 

 着地したセイバーは、地震から解放された少女らの元へ駆けよる。

 

「うっぷ、酔った……」

「お姉ちゃん、大丈夫?」

 

 風は揺られ続けたせいで、船酔いの様に吐き気を覚えていた。

 樹たち三人は、なんともない様子。

 その時カプリコーンの御霊から、煙のようなものが発生し、五人を包み込んだ。

 

「なにこれ!? 煙幕?」

「いえ、精霊のバリアーが作動してる。おそらく、毒よ!」

 

 友奈の疑問に東郷が答える。

 バリアーを発生させる機能こそないセイバーだが、その頭部を守るマスクには対毒用のフィルターが備わっているため、中の剣司にも影響はない。

 

「けど、これじゃ御霊がどこにあるか見えないぞ……」

 

 山羊座の煙幕には、セイバーの目であるクロスフレイムバイザーの解析を阻害する効果があった。

 御霊にとどめを刺そうにも、その御霊の場所がわからない。

 五人が困っていると、唐突に辺りに立ち込めていた煙が晴れた。

 

 視界が開けた先には、御霊を砕き、事態を収拾させた謎の少女の姿があった。

 

「え、一人でやったの!?」

「……気配で見えてたから」

「忍者?」

 

 驚きの声を上げる風に少女は、常人が行うには不可能な行為を、なんでもないことのように答えた。

 

「えっと、君も勇者なのかな?」

 

 セイバーが問う。

 が、少女はそれには答えることなく、五人に背を向けるとどこかへと去っていくのだった。

 

 

 

 

 

◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆

 

 

 

 

 

「なんだったのかしらねぇ、あの子」

「風さんも知らないのか。大赦からなにも聞かされてないの?」

「全然。勇者に選ばれたのは、あたしたち四人だけって言われてたから」

 

 翌日の放課後。

 剣司と風は、カプリコーンとの戦いの場に現れた、謎の赤い服の少女について話していた。

 答えが出ないまま、勇者部の部室へと到着。

 扉を開けると、部室の中には件の謎の少女がいたではないか。

 

「あ、君は!」

「遅いわよ」

 

 驚く剣司に、少女は静かに遅刻を告げた。

 

「この子、三好夏凛ちゃんって言うんです。今日私たちのクラスに転校してきた、助っ人の勇者なんですよ」

 

 本人に代わって、友奈が少女のことを剣司と風に説明する。

 同じクラスの友奈と東郷はもちろん、先に部室に着いていた樹にも、すでに夏凛のことについては伝えられていた。

 

 剣司は、夏凛の姿を改めて見つめる。

 キリッとした顔立ちから、一見して勝ち気で好戦的な見た目にも思えるが、目の前の少女はそれとは正反対の静かな、どこか陰のある雰囲気を感じた。

 

「……なによ」

「あ、ごめん。なんでもない」

 

 異性からじっと見つめられることに気を悪くしたのか、と剣司は即座に謝る。

 風は剣司に、そっと耳打ちした。

 

「一目惚れか、少年」

「違うって!」

 

 それで、と東郷が話を元に戻す。

 

「今日は挨拶のために勇者部に来てくれた、ということらしいです」

「そうなの。あたしは犬吠埼風。この部の部長で三年の先輩だから、わかんないことあったらなんでも聞いてね」

「俺は神川剣司。勇者じゃないけど、本に選ばれて、みんなと一緒に戦ってる」

「知ってるわ、仮面ライダーとかいうシステムでしょ。昨日の戦いで協力してくれたことは、感謝してる」

 

 でも、と夏凛。

 風ら四人の少女を見回しながら

 

「あんたたちは素人同然ね」

「む、実際素人なんだからしょうがないでしょ。訓練だって受けてないんだから」

「よくそんな温い心構えで、勇者をやっていられるわね」

「成せば大抵なんとかなるが、あたしたちのスローガンだからね。大丈夫よ」

「そんなんじゃ……いつか死ぬわよ」

 

 反論する風だったが、夏凛の真剣な物言いに口をつぐむ。

 

「……ま、私が来たからには死人なんて出させないから、安心しなさい」

 

 夏凛はそれだけ言うと、友奈が引き留めるのも構わず部室を後にした。

 

「夏凛ちゃん、帰っちゃった……。一緒にかめやで、うどん食べようと思ってたのになぁ」

「なんだか、(かたく)なな感じの人でしたね」

 

 残念がる友奈。東郷も、夏凛への印象を漏らす。

 

「フフフ。ああいうお堅いタイプは今までいなかったから、張り合いがあっていいわね」

「お姉ちゃん、悪い顔してるよ」

 

 姉妹の横で剣司は無言で、夏凛が出て行ったあとの扉を見つめていた。

 その様子に樹が気づく。

 

「どうしたんですか、剣司さん」

「え、まさ本当に一目惚れ?」

「だから違うって」

 

 しかし、夏凛のことが気にかかるのは事実だった。

 

「彼女、なんだか……すごく寂しそうだった。それが他人事に思えなくて……」

 

 剣司はカバンを持つと、部室の扉に手をかける。

 

「三好さんを独りにしちゃいけない気がする。俺、彼女を追いかけてみる!」

「あ、じゃあ私も!」

 

 即座に部室から駆け出した剣司と、着いて行こうとする友奈。

 しかし、友奈は風に呼び止められた。

 

「あんたはあたしらと、子供たちとの交流会でなにやるかを決めなきゃダメでしょ」

「……そうでした」

「ここはあいつに任せましょ。さ、あたしたちは作戦会議と行くわよー」

 

 

 

 

 

◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆

 

 

 

 

 

 夏凛が部室を去ってから、剣司があとを追って出ていくまで間はほとんどなかった。

 にも関わらず、少女の姿はどこにも見当たらない。

 校舎の周辺を探しても見つからなかったので、剣司は職員室で夏凛の家の住所を聞いた。

 今は、直接彼女の自宅へと向かっている所だ。

 

 しばらく歩き、夏凛が暮らすマンションの側まで来た所で、ようやく少女の姿を見つけることができた。

 夏凛は下校の途中で、コンビニに立ち寄ろうとしていた。

 剣司も急いで少女が入った店に入店する。

 

「三好さん!」

「……神川剣司……」

 

 剣司が声をかけると、夏凛はわずかに驚いたような表情を浮かべた。

 

「なんであんたが、ここにいるのよ」

「ぁ~、それは……」

 

 深い理由もなく、直感で夏凛のあとを追いかけてきただけ。

 それをそのまま言っても、ストーカー染みた行為に引かれるだけだろう。

 

「まあ、どうでもいいわ」

 

 夏凛は興味なさげに言うと、さっさと商品を手に取りレジへ向かう。

 会計を済ませると、剣司の横を素通りして店をあとにした。

 剣司も慌てて少女のうしろに続く。

 

 夕暮れ。海沿いの歩道を、無言で歩く二人。

 

「……なんで着いて来るのよ」

 

 夏凛は、いつの間にか隣を歩いている剣司の方に顔を向け言った。

 理由も言わずにつけられては、夏凛としてもいい気分はしないだろう。

 話をそらすように、剣司は夏凛の持つコンビニ袋に目を落とした。

 中には商品が二点。

 

「そのお弁当、今夜の?」

「そうよ」

「いつもはなにを食べてるの?」

「いつもこれよ」

「……いつもコンビニ弁当なの? 三食全部?」

「悪い?」

「そりゃあ、体には良くないと思うよ」

「……あんたには関係ない。それに」

 

 と、夏凛は歩きながら、袋からもう一つの商品を取りだす。

 

「これがあるからいいのよ」

「えっと……にぼし?」

「ビタミン、ミネラル、カルシウム、タウリン、EPA、DHA。色々入ってるにぼしは、完全栄養食なの。だから、これを食べてれば健康でいられるのよ」

 

 夏凛のにぼしへの絶対的信頼に、剣司はなにも言えなかった。

 

「で、でも毎食コンビニ弁当じゃあ、いくらにぼしを食べてても、いつか体調を崩すと思うよ」

「……だって、自分で料理作るの面倒だし」

「確かに」

 

 今現在、独り暮らしのような生活をしている剣司も、食事の用意を日に三度しなければならない(わずら)わしさは理解できた。

 

「あ。だったら、今夜は俺が三好さんのご飯を作ろうか?」

「え!? な、なんでそうなるのよ」

「だって、いつもいつもコンビニ弁当じゃ、飽きてくるでしょ?」

「そりゃまあ、そうだけど……」

「たまには温かいご飯も食べたほうがいいよ。そうと決まれば、さあ、行こう!」

「ちょ、ちょっと待ちなさいよ!」

 

 剣司のいきなりの提案に、これまでクールな態度だった夏凛が、初めて動揺を見せた。

 その隙に乗じて、剣司はちゃっかりと夏凛の自宅に上がり込む口実を得たのだった。

 

 少女の自宅であるマンションに到着した。

 夕食の材料は、剣司が別の店で自腹で購入済みである。

 そのため夏凛も、断ることができない状況にあった。

 

「はぁ……どうぞ」

 

 夏凛はドアを開け、やけくそ気味に入室を許可してくれた。

 部屋に通された剣司は、室内を見回す。

 中にはスポーツ選手が使うようなトレーニングの器具が置かれ、それ以外はこれといった特徴がなかった。

 

「ずいぶん、さっぱりしてるんだね」

 

 女子の家には犬吠埼姉妹のお宅くらいしかお邪魔したことがないが、それと比較すると夏凛の部屋はとても簡素に思えた。

 日用品は、必要最低限のものしか置かれていない。

 漫画やゲームなどの趣味の品は、影も形もなかった。

 

「台所はそっち」

「わかった。三好さんは、ゆっくりしててね」

 

 教えられたキッチンで、剣司は早速と料理にとりかかった。

 

「男の割には、結構手際がいいのね」

 

 料理中の剣司にふと、夏凛が独りごとのように声をかける。

 彼女の言うように、剣司は慣れた手つきで調理を進めていく。

 

「俺、今一人暮らしなんだよね。だから自炊は割とするんだ。見たところ三好さんも、この家に一人で住んでるの?」

「そうよ。あんたのことは大赦も調査してないみたいだから、私も情報を知らないんだけど、家族は?」

「両親は、俺が子供の頃に亡くなってる。兄さんが一人いるんだけど、実は半年ほど前から、行方不明になってるんだ」

「……そうなんだ。お兄さんが……」

「と、話してる間に完成。はい、どうぞ」

 

 剣司が作ったのは肉うどんだった。

 

「なんで二杯も?」

「俺の分。せっかくだから、一緒に食べようかなって」

「……あんたって、ちょっと図々しいところあるのね」

 

 まあいけど、と夏凛。

 二人は手を合わせ、うどんに箸をつける。

 夏凛が麺をすするのを見た剣司は、味の評価を求めた。

 

「どう?」

「……普通。手際の良さのわりに、味は普通だわ。良くも悪くも、無難って感じ」

「そっかぁ~……」

 

 微妙な評価に剣司は肩を落とした。

 

「でも……」

「?」

「その、悪くはないわよ。人の手料理なんて食べたの、ずいぶん久しぶりだから……うん、悪くない」

 

 照れながらも、夏凛はそう言ってくれた。

 剣司も、少女の言葉に心が温かくなって、二人は無言でうどんをすする。

 沈黙も嫌ではなかった。

 

「私もね」

 

 ふいに夏凛が口を開いた。

 

「私にも、兄貴が一人いたんだ」

「そうなの」

「うん。でも……半年前に、亡くなったの」

 

 少女の突然の告白に、剣司はドキリとした。

 

「……理由を聞いてもいい?」

「私にもわからないわ。兄貴は大赦に努めてた。結構なエリートだったらしいわ。でも、半年前に事故にあったって。それだけ言われて、詳しい説明はなにもなかった」

「そうなんだ」

「兄貴は子供の頃から優秀で、私はいつも親に比較されてた。だから勇者に選ばれた時は、これでやっと兄貴を越えられるって思ってたんだけど、その兄貴がいなくなったんじゃね……」

 

 剣司は以前、なにかの本で読んだことがあった。

 『燃え尽き症候群』。

 超えるべき目標であった兄を亡くしたことで、夏凛は気持ちのやり場をなくしていた。

 彼女がどこか無気力な感じに見えていたのは、そのせいだったのだ。

 

(そうか。俺が三好さんに感じたシンパシーは、お互い兄がいなくなって、独りになったという共通点があったからなのか)

 

 剣司は少女への同情から、なにか励ましの言葉を贈らなけらば、と思った。

 しかし様々な本を読んできた経験があっても、いざという時になると、適切な言葉が浮かんでこない。

 そのことに悔しさを感じる剣司。

 それでも、ふり絞るように言葉を紡ぎ始める。

 

「俺も、三好さんの気持ちはわかるつもりだ。今まできっと、つらい思いをしただろうね。でも、俺は今はすごく楽しいよ。それは、勇者部のみんながいるからだ」

「勇者部って、結城友奈たちがいる……」

「勇者部のみんなは、全員気のいい人たちばかりだから。きっと三好さんも、みんなと一緒にいれば、心が安らぐんじゃないかと思うんだ」

「私にも、その勇者部に入れっての?」

「強制はしない。でも、このまま孤独を貫くのは、君にとって良くないはずだ」

「私は、誰かとなれ合うために勇者になったんじゃない。私には、世界を守るって使命があるのよ」

「その使命を果たすためにも、君には仲間が必要なはずだ」

 

 剣司は、夏凛に右手を差し出した。

 

「三好さん。俺たちと共に戦ってくれるのなら、その前に……俺と友達になってくれないか?」

「とも……だち」

 

 剣司の言葉を反芻する夏凛。

 視線が剣司の顔と、その右手との間を行ったり来たり。

 いきなりの申し出に、自分がどうするべきか決めかねている様子だった。

 

「私、友達なんていたことないから……」

「なら、これから少しずつでも、作っていけばいいよ」

「私は、勇者になるための訓練しかしてこなかったから、友達なんて作っても、どうしていいかわからないわ」

「俺も友達がいなかった。本だけが俺の友達だった。でも、今はこうしてみんなと仲良くなれてる。君だって」

「……私も、仲間に加えてくれるの?」

「当然だ。俺は、三好さんとも友達になりたい!」

 

 まっすぐにぶつけられた気持ちを受け、夏凛は頬を赤くしながら

 

「……しょ、しょうがないわね! そんなに言うんだったら、その、なってあげてもいいわ。と、友達……」

「ありがとう!」

 

 おずおずと差し出された夏凛の右手を、剣司はしっかりと握りしめた。




ようやく主要キャラが出そろいましたね
本編の三倍くらい話数使ってるじゃないか(白目)


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第九章 生まれてきた日の、喜びを共に。

 夏凛の家で食事を共にし、剣司は少女と友達になった。

 

 その翌日。

 放課後の讃州中学で、夏凛が勇者部の部室前で立ち往生しているのを、やって来た剣司が見つけた。

 

「どうしたの、夏凛ちゃん?」

「ぁ、剣司……」

 

 二人は前日、友達になったのならということで、互いを名前で呼ぶことにしていた。

 

「もしかして、みんなと顔を合わせるのが恥ずかしい、とか?」

 

 もごもごと口ごもる夏凛。

 どうやらその通りのようだ。

 剣司はおおらかに笑って、夏凛の背を押した。

 そのまま扉を開け、部室に入る。

 

「お疲れさま。剣司と夏凛ちゃん、入りまーす」

 

 二人の姿を認めた風たちが、口々に挨拶を返してくれた。

 

「ほら、夏凛ちゃんも」

「え、なにを」

「勇者部五箇条の一つ、『挨拶はきちんと』、だよ」

 

 壁に貼られた、勇者部の決まりを書いた紙を指さす剣司。

 少女は、ぎくしゃくとそれに従う。

 

「お、お疲れ、さま……」

「よかった~。夏凛ちゃん、もう来てくれないんじゃないかと思ってたよ~」

「じょ、情報交換のためよ。あんたたちがのん気すぎるから、誰か監視役が必要でしょ」

 

 人懐っこい笑顔で寄って来る友奈に、夏凛は照れ隠しで答える。

 必要なメンバーも揃ったことで、一同は席に着いた。

 

「どうぞ」

 

 東郷が車イスを器用に操り、全員の前にお茶とぼた餅を配る。

 夏凛は目の前に置かれたお菓子に、不思議そうな顔を浮かべた。

 

「なんでぼた餅?」

「これ、東郷さんの手作りなんだよ」

「さっき家庭科の授業で。いかがですか?」

「……じゃあ、これお返し」

 

 夏凛はぼた餅を受け取ると、代わりにと自前のにぼしを全員に配る。

 昨日までの、他人を一切寄せ付けようとしないクールな態度とは一変。

 心を許したような(さま)に、風たちはなにがあったのかと、剣司に視線で問う。

 当の剣司は笑ってごまかしたが。

 

「それじゃあ、そろそろ本題に入りましょうか」

 

 お茶とぼた餅とにぼしを食したのち、風が今日の集まりの目的を切り出した。

 新メンバーである夏凛の持つ情報を、全員で共有しようというのが今回の内容だ。

 夏凛が立ち上がって話を始める。

 

「以前までの大赦の調べでは、バーテックスがこっちに来る周期にはパターンがあると思われていたわ。けど、今はそれが大きく崩れてる」

「確かに。二日連続で来たり、いきなり三体に増えたと思ったら、一昨日来たのはまた一体に戻っていたね」

「これは、かなりの異常事態よ。おまけにバーテックスは、アルターライドブックで力を増す個体もいる」

「あれは本当に厄介よねぇ」

 

 風がうんざりした様にこぼした。

 夏凛は話を続ける。

 

「そのアルターライドブックを大赦から奪った、カリバーって奴も現れた」

「俺も一度しか戦ってないけど、カリバーの強さは勇者にも匹敵するものだった。もしかしたら、それ以上かも……」

「私はどんな事態になっても対処できるよう訓練してるけど、あんたたちは十分に気を付けなさいよ。じゃないと」

「大丈夫だよ! 夏凛ちゃんも仲間になってくれたんだから。世界を守る勇者と剣士が六人もいるんだもん。私たちは勝てる!」

「……あんたは、ちょっと楽観視し過ぎよ。よく能天気って言われるでしょ」

 

 呆れながら指摘する夏凛。

 言われた友奈も、「そうなんだよね~」とあっけらかんと肯定する。

 

「友奈ちゃんの能天気な所が、私たちの癒しになってるのよ」

「私゙だけの゙、の間違いでしょ」

 

 どんな時でも友奈を全肯定する東郷に、夏凛はツッコみを入れた。

 

「他にも、勇者は戦闘経験を積むことで『満開』と呼ばれる、強化形態への変身が可能になるわ」

「パワーアップ! カッコいいー! どれくらい強くなれるの?」

「データ上では、数十倍は戦闘力が跳ね上がるらしいわ」

「じゃあ、セイバーの方は?」

「ライドブックを三冊同時に使うことで、より強化された形態があるって。でも強力なぶん、体に反動があるとも言われてる」

「おぉ~、本格的だー」

 

 父親の影響で格闘技をたしなんでいる友奈。

 そのためか、彼女はバトル物の漫画も読んでいるようで、男子的な感性も持ち合わせているのだ。

 

「友奈はそういうの好きねぇ。夏凛は、もう満開したことあるの?」

 

 風が(たず)ねる。

 

「いや、私もまだ……」

「なんだぁ~。じゃあ、あたしたちと変わらないじゃない」

「基礎戦闘力が桁違いなの!」

「あ、じゃあ私たちも朝練とかしちゃう?」

「いいですねー」

「友奈ちゃんは朝起きれないでしょ」

「樹も朝起きれないでしょ」

「「……そうでした」」

 

 少女たちが話し込んでいる最中、剣司は無言だった。

 満開。勇者の力を底上げするシステム。

 その機能に彼はなにか、言いようのない不安を覚えていた。

 その様子に風が気づく。

 

「剣司、どした?」

「……夏凛ちゃん。満開って本当に、ただ強くなるだけのシステムなの?」

「どういうこと?」

 

 夏凛が聞き返す。

 

「そんな大きな力を使えるのに、なんの代償もないって、少し都合がよすぎるかなって」

「それも、あんたの好きな本からの教え?」

「確かに、漫画とかでもパワーアップにはデメリットもあるっていうのが、お決まりのパターンですよね」

 

 と友奈。

 剣司も、その言葉にうなずく。

 

「夏凛ちゃんも言ったよね、セイバーのパワーアップは俺の体に反動があるって」

「それは……まぁ」

「満開にも同じような副作用があるかもしれないって考えるのは、自然じゃないかな?」

「じゃあ、なんで大赦はそれを伝えないのよ」

「……君たちが使うのを躊躇(ちゅうちょ)するような、大きすぎる代償がある、とか」

「なるほど、信憑性はある説だわね」

 

 風は、剣司の言い分に賛同する姿勢を見せた。

 樹も不安な表情を浮かべる。

 

「なんか、怖いですね。剣司さんの言うように、満開は簡単に使わない方がいいかもしれませんね」

「大いなる力にいは、大いなる代償が伴う。俺の推測に過ぎないけど、危険の芽はなるべく()んでおいた方がいい」

「……わかった。そこまで言うなら、満開の使用はなるべく控えておきましょうか」

 

 夏凛も内心では納得しきっていないものの、剣司の忠告を聞き入れてくれた。

 

「その代わり、セイバーのあんたにはしっかり働いてもらうわよ」

「もちろんさ。みんなのことも、夏凛ちゃんのことも、俺が守る。約束だ」

「期待してるわよ。仮面ライダーさん」

 

 話も一段落着いたところで、風が新しい議題を取りだした。

 

「もう重要な話は終わったと思うけど?」

 

 夏凛は首をかしげる。

 

「こっちも、あたしたちにとっては重要な案件なのよ」

 

 次なる議題は、終末に行われる子供たちとのレクリエーションについてだった。

 

「ちょっと待って、それあんたたち勇者部の話でしょ。私には関係ないじゃない」

「なに言ってんのよ。夏凛ももう、勇者部に入ったじゃない」

 

 風は、夏凛が書いた入部希望の用紙を取りだして見せた。

 

「そ、それは剣司に言われて形式上、仕方なく……」

「もしかして用事あった?」

「そういう訳じゃないけど……」

「なら一緒にやろうよ! きっと楽しいよ!」

 

 嫌? と目を潤ませ(たず)ねる友奈の勢いに押され

 

「~っ、わかったわよ。やるわよ! やればいいんでしょ、やれば!」

 

 言葉では嫌々という感じを前面に出しながら、それでも内心ではわずかなワクワクを感じている夏凛だった。

 

 

 

 

 

◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆

 

 

 

 

 

 あっという間に時は過ぎ、レクリエーション当日の日曜日の朝になった。

 集合時間は午前十時。

 現地でとのことなので、夏凛は十五分前には到着できるよう、早めに家を出た。

 

「あ、おはよう。夏凛ちゃん」

「……だから、なんであんたがいるんだって」

 

 (あき)れ顔の夏凛。

 それは家を出た直後、マンションの前に剣司がいたからだった。

 どうやら夏凛のことを待っていたようで

 

「夏凛ちゃん、行き先が分からないだろうと思ってね。俺が案内しようかと」

「場所って、部室に集合でしょ?」

 

 夏凛はそう言って、予定表を確認する。

 

「ぁ……現地集合って、部室じゃなくて児童館の方だったのか」

「勘違いしていたんだね。よかったよ、念のため俺も来ておいて」

 

 それじゃあ、行こうか。と剣司が先導し、夏凛があとに続く。

 

 二人は歩きながら、ポツポツと会話を交わす。

 

「そういえば、あれから食事はどうしてるの? 相変わらずコンビニ弁当ばかりかい?」

「あんたが文句言いそうだから、たまには自分で作ってるわ」

「そっか」

「それと、これ返しとく」

 

 夏凛はカバンから、一冊の本を取りだした。

 それは、初心者向けに折り紙の折り方をまとめた解説書。

 今日、子供たちと一緒に行う折り紙教室のために、剣司が彼女に貸していたものだ。

 

「読んでくれたんだ」

「そりゃ、せっかく貸してくれたんだし、目ぐらい通すわよ」

「俺も読んだんだけどね、なかなか難しいね、折り紙」

「そう? 何回か練習すれば、いい感じにいけるわよ」

 

 そんなことを話している間に、二人は目的地に到着した。

 

 建物に入ると、他の部員たちはすでに集まっている。

 

「おっは~」

「その挨拶古いよ、お姉ちゃん」

「おはよう、みんな」

「ぉ、おはよう」

 

 恥ずかしながらも、みんなと挨拶を交わす夏凛。

 全員揃ったところで準備を始める。

 そうこうしている内に、レクリエーションの開始まで時間もあとわずかとなった。

 

 子供たちが揃っているであろう部屋への扉を前にして、夏凛は緊張していた。

 勢いで参加を決めてしまったが、自分に子供の相手などできるのだろうか……。

 そんな不安を覚えている少女をリラックスさせるように、剣司は夏凛の肩に手を置いた。

 

「大丈夫だよ」

「で、でも……私子供の相手なんてしたことないし、不愛想だから仲良くなれるかどうか……」

「今日のために、折り紙の練習頑張って来たんでしょ? なら、その気持ちは子供たちにも伝わるよ」

「そんなもんなの?」

「そんなもんさ」

「……」

「夏凛ちゃんは強い子だ。バーテックスと戦ったみたいに、子供たちとも正面からぶつかっていこう」

 

 その言葉に、夏凛はクスリと頬を緩ませた。

 

「バーテックス相手の方がよっぽど気楽ね、これは」

「ハハハ、そうかもしれないね」

「よしっ。完成型勇者の私が、相手になってやろうじゃないの!」

 

 剣司との会話で不安を吹っ切った夏凛。

 少女は清々(せいせい)した表情で、いざ子供たちの前に躍り出た。

 

 

 

 

 

◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆

 

 

 

 

 

 結論から言うと、今回の勇者部のレクリエーションは、子供たちに大好評の内に終わった。

 折り紙教室は、風も樹も、友奈も東郷も器用にこなしていた。

 夏凛も練習のかいあって、子供たちの人気を集めることができた。

 剣司だけは、どう折っても不格好なものしか作れず、逆に子供たちから教わる始末だったが……。

 

 その剣司も、レクリエーションの締めに行われた、本の朗読会で本領を発揮した。

 彼の語る物語は真に迫り、子供たちにもハラハラドキドキの体験を提供でき、名誉挽回。

 勇者部六人も、笑顔で児童館を去ることができた。

 

「今日のレクも、上手くいってよかったですね~」

 

 六人揃っての帰り道。

 その道中で樹が言った。

 

「あたしは夏凛が、子供たちを泣かせるんじゃないかと冷や冷やしたわ」

「そんなことするか! 完成型勇者の私には、子供を手懐(てなづ)けるなんて朝飯前よ」

 

 からかう風に夏凛は、開始前の不安感などどこ吹く風でドヤ顔だ。

 ところで、と夏凛。

 

「なんであんたたちまで、私と同じ方向に歩いてるのよ。みんな帰り道は別のはずでしょ?」

「このあとは、夏凛ちゃんの家で打ち上げをするんだよ」

「家主の許可もなく決定事項!?」

 

 友奈の不意打ちな打ち上げ発言に、夏凛は虚を突かれた。

 

「だってぇー、剣司だけあんたの家にお呼ばれして、あたしたちだけ無視って、それはないでしょ」

「こいつはお呼びしたんじゃなくて、勝手に来たんだけどね」

「じゃあ、あたしたちも勝手に行きましょうか」

「家主に許可を取りなさいよ!」

 

 風にツッコみを入れながらも、夏凛は決して家に来るなとは言わなかった。

 なんだかんだで、他の勇者部員たちにも心を開いている証拠だ。

 

「うわ~、すごい本格的」

「うわ~、すごい水ばっかり」

 

 夏凛宅に上がって早々、樹はランニングマシーンに興味津々で撫でまわし、友奈は勝手に冷蔵庫の中身をチェック。

 自由なふるまいの面々に、夏凛はもはやなにもいう気になれなかった。

 その隙に、東郷たちはテーブルにお菓子やらジュースを並べていく。

 

「さあ、夏凛ちゃんも座って、座って」

 

 剣司に促され、夏凛も席に着く。

 そして、友奈が一つの箱をテーブルの中央に置いた。

 

「「「「「誕生日、おめでとう!!」」」」」

 

 夏凛以外の声が重なった。

 箱の中には、少女を祝うために用意されたバースデーケーキが。

 

「え、な……なんで私の誕生日を知って……」

「友奈ちゃんが、入部希望の紙に書かれているのを見つけたんですよ」

「見つけた時に、どこからか『祝え!』って声が聞こえたんだよね」

 

 東郷と友奈が、夏凛の疑問に答えた。

 

「子供たちと一緒にって案もあったけど、どうせならお疲れ会も兼ねてと思ってね」

「このケーキは人気商品で、今日のために予約してたんですよ~」

「あ、お金は俺たちで出しあったから、夏凛ちゃんは気兼ねなく食べて」

 

 風、樹、剣司が続く。

 

「?」

 

 だが、主役である夏凛からの反応がない。

 五人は疑問符を浮かべ、少女の様子をうかがう。

 夏凛は両の目から、ぽろぽろと涙をこぼしていた。

 

「!?」

 

 いきなり泣き出した夏凛に、五人の顔が今度は仰天に染まる。

 剣司はあわてて、ハンカチを差し出した。

 友奈は背中をさすってやる。

 

「ご、ごめん。その、私……他人(ひと)から誕生日なんて祝われたこと、今までなかったから……」

 

 鼻をすすりながら、身の上を話す夏凛。

 剣司は少女の内情を聞かされているため、再び同情の念を抱いた。

 

「みんな……ありがとう」

 

 泣き止んだ夏凛は、鼻を赤くしながらも全員に、素直な気持ちを伝えた。

 

「じゃあ、改めて乾杯!」

「「「「「乾杯ー!」」」」」

 

 風の合図で、グラスを打ち合わせる。

 お菓子やケーキに舌鼓を打ち、慰労会を兼ねた夏凛のバースデーパーティーは、とても賑やかに過ぎていった。

 

「剣司」

 

 パーティーの最中(さなか)、夏凛はふいに隣に座っている剣司に声をかけた。

 

「ん?」

「あんたの言うように、勇者部のやつらとなら……私も楽しく過ごせそう」

「……そうか」

「あんたのおかげよ。誘ってくれて、ありがとね」

「どういたしまして」

 

 と、友奈がなにやらカレンダーに印を付けているのに気づいた。

 夏凛が声をかける。

 

「なに書いてんの?」

「勇者部の予定と、私たちの遊びの予定だよ」

 

 見ると、ほとんど毎日のように丸印が。

 

「これから忙しくなるよ~。文化祭でやる演劇の練習もあるし」

「へぇ、文化祭は劇をやることにしたんだね」

「え、そんな予定いつ決めたっけ?」

 

 剣司の言葉に風は疑問を浮かべる。

 

「あれれ? もしかして、私の中のアイディアを勝手に口にしちゃったかも」

「もう、友奈ちゃんはうっかりさんね」

「いや……いいんじゃないの、それ」

 

 友奈の言葉に、風が乗っかった。

 

「よし。今年の勇者部の出し物は、演劇にしましょう!」

「そんな出たとこのノリで決めちゃっていいの?」

 

 一応尋ねる夏凛だが、この部のノリの良さはすでに彼女も理解していた。

 

「夏凛も期待してるわよ。せっかくだから、なにか役を演じてもらおうかしら。あ、剣司にはまた、脚本を担当してもらうからね」

「仕方ないわね」

「わかったよ。でも、責任重大だな~」

 

 そうして夜になるまで、みんなは揃って楽しく語りあうのだった。



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第十章 心を込めて、奏でる歌は。

時間がかかってすみません
やっと完成しました…


 家庭科室の一室を間借りした部室で、勇者部は今日も部活動に精を出していた。

 

 友奈はこれまでの活動を報告するための新聞のレイアウトを決め、東郷はパソコンを操り、部の専用ホームページの更新を進めている。

 最近勇者部に加わった夏凛は、捨て猫の貰い手を(つの)るための広告を書いていた。

 剣司と風はというと、共に文化祭で行う予定の演劇の台本について、話し合いの最中だ。

 

「やっぱり、せっかくの大舞台を使った劇なんだから、それに見合ったド派手なストーリーがいいわよね」

「といっても、六人じゃ用意できるセットや小道具にも限りがあるんだから、お話もそれに合わせないと」

「あたしとしては、この間公開されたアクション映画を参考に……」

「まずはしっかりした物語の地盤を作らないと……」

 

 どうも、二人の間で劇のストーリーに対する考えに違いがあるようで、具体的な話は一向に進まないでいた。

 各々がそれぞれの活動を進める中で、樹は一人、机の前でうなだれていた。

 

「どうしたんだい、樹ちゃん?」

 

 そんな樹に気づいた剣司が声をかける。

 問いかけに答えるでもなく、少女は深い深い溜め息を()いた。

 なにごとかと、気になった他のメンバーも樹の周りに集まる。

 

「これは……タロット?」

 

 樹の座るテーブルの上には、数枚のタロットカードが並べられていた。

 これは彼女の得意とする、占いによるものだ。

 剣司は質問を続ける。

 

「なにを占ってたの?」

「今度の音楽の授業で歌のテストがあるんですけど、上手く歌えるか、その結果を」

「結果は、どう出たんだい?」

「……死神の正位置。意味は、破滅と終局……」

 

 ズーンという擬音が聞こえそうなほど、樹はガックリと肩を落とす。

 

「気にし過ぎは良くないよ、樹ちゃん」

「友奈ちゃんの言う通りだわ。こういうのは、当たるも八卦(はっけ)当たらぬも八卦というし」

 

 友奈と東郷がフォローするが、樹の様子は変わらない。

 

「樹の占いは結構当たるって評判だからねぇ。こんな結果が出たんじゃ、気になるのも仕方ないわ」

「だったらいっそ、いい結果が出るまでやり直せば?」

 

 夏凛の案を受け、樹は再度カードを切りはじめる。

 しかし出た目は

 

「いやぁ……まさか四回連続で死神の目が出るなんてね」

 

 まさかの連続した負の結果に、剣司を始め全員が苦笑いを浮かべた。

 

「よっしゃ。今日の緊急議題は、樹の歌のテストをいかに成功させるか、にしましょ」

 

 部長の(つる)の一声で、突発的に新たな活動テーマが設けられる。

 樹に対して過保護な風にとっては、最愛の妹の悩みを放置するなど、できようはずもない。

 

「そ、そんな。私のためにみんなの手を(わずら)わせるなんて……」

「勇者部は困ってる人を助けるためにある! それは部員だって変わらないわよ。ね?」

 

 風は剣司たちに同意を求める。

 みんな、異を唱えるはずもない。

 姉の温かい言葉を受け、いざ樹のお悩み解決活動が始まった。

 

「でも歌を上手くする方法って、どんなのがあるんだろ?」

「まずは歌声でアルファー波を出せるようになることね。いい音楽や歌というものは、すべてアルファー波で説明がつくのよ」

「そうなんだ! 東郷さんって物知りだなぁ~」

「……そうなの?」

「俺が読んだ本には、そんなことが書かれているものはなかったはずだから、違うと思う」

 

 親友の言葉はすぐ鵜呑みにする友奈。

 夏凛は剣司に訊ねるが、どうにも信憑性に欠ける説のようだ。

 

「お風呂で一人で歌ってるのが聞こえることあるけど、その時は上手いんだけどねぇ」

 

 と風。

 どうやら樹は人前に出ると、緊張のため普段の調子が出せなくなる様子。

 

「だったら、『習うより慣れろ』だね」

 

 友奈の提案によって、六人は学校の近くにあるカラオケ店に移動した。

 そこで、まずは知り合いの前で歌うことで、徐々に人目に慣らしていこうというのが、彼女の作戦だった。

 

「ここがカラオケ……」

「へぇー、中は結構広いのね」

 

 これまで友人がいなかった剣司と夏凛は、実はカラオケボックスに来たのはこの日が初だった。

 二人とも、興味津々で部屋の中を見回している。

 

「んじゃ、ここは経験豊富なあたしから」

 

 そう言ってマイクを手にする風。

 東郷はマラカスを手に、友奈と樹は手拍子で、風の歌を盛り上げる。

 剣司と夏凛が加わるまでは、この四人で活動していた勇者部。

 そのため、四人は今までも何度か揃ってカラオケに来ていたりするのだ。

 

「イエーイ、どうもありがとー!」

 

 気持ちよく歌い切った風。

 得点も九十二点とかなりのものだ。

 二番手は友奈。

 歌ったのは可愛らしい感じの、アイドルの曲だった。

 続く東郷。

 流れてきたメロディーは、マーチが特徴の彼女の十八番(おはこ)

 

「まさかの軍歌とはね……」

「アハハ……。でも東郷さんらしいよ」

 

 独特過ぎる選曲に若干引き気味の夏凛と剣司。

 二人をよそに、風と樹、友奈の三人はやおら立ち上がると、その場で綺麗な敬礼の姿勢をとった。

 

「え、な、なに!?」

 

 突然の三人の奇行に驚く夏凛。

 剣司も目を見開いて、風たちを見つめる。

 

 結局、東郷が一曲歌いきるまで、三人は姿勢を崩すことはなかった。

 

「……なんだったの、今の?」

「私たち、東郷さんが歌う時はいつも、あんな感じだよ」

「あっ、そう……」

 

 なんでもないことのように答える友奈に、夏凛は疲れたように漏らした。

 

「次は夏凛、いっちゃいなさい!」

 

 風が指名した。

 しかし夏凛も初めてのカラオケ体験で、樹ほどではないにしろ多少の緊張を覚えている。

 そんな夏凛に、剣司が助け舟を出した。

 

「せっかくだし、カラオケ初めて同士、一緒に歌わない?」

「しょ、しょうがないわね! じゃあ、選曲はあんたに任せるわ」

「えーっと、じゃあこれを」

 

 風に教えられて、選んだ曲をプレイリストに入れる。

 

「あ、これなら私も知ってるわ」

 

 マイクを手に、横並びに立って夏凛と剣司は歌い始める。

 誰にも知られずに(ひそ)やかに咲く花の優しさを歌った曲に、樹たちも静かに聞き入った。

 

「へぇー、なかなか上手いじゃない」

「ま、私にかかればこれくらい」

「歌を歌うのって、結構楽しいものなんだね」

 

 風の言葉に、二人はそれぞれの感想をもらした。

 そして、いよいよメインである樹の番が回ってくる。

 樹は緊張を隠すことなく、震える手でマイクを取った。

 

「スゥー……」

 

 テストでの課題曲が流れ出す。

 息を吸い、樹は歌い始めるが

 

「はぁ~……」

「やっぱり、ちょっと硬いかな」

 

 案の定、震える声では音程を外したメロディーになってしまう。

 樹は、はた目にも気の毒になるくらいの落ち込みを見せた。

 風が即座にフォローの言葉をかけるが、効果はない。

 

「最初から上手くやろうとする必要はないわ。私だって訓練をずっと続けてきたから今、晴れて勇者になれたんだもの。樹も諦めずに練習していれば、きっと結果は出せるわ」

「夏凛さん……ありがとうございます」

「そうだね、今日もまだ時間はあるんだし。そうだ、風さんと一緒に歌ってみたらどう?」

「お、いいわね~。犬吠埼姉妹の(うるわ)しいハーモニーを、聞かせてしんぜようじゃないの」

 

 時間いっぱいまでみんなと歌い切った樹だったが、結局この日は進展なしという結果に終わった。

 

 

 

 

 

◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆

 

 

 

 

 

「えっと……なんですか、これ?」

「私の私物よ」

 

 みんなでカラオケに行った翌日の、放課後の勇者部。

 樹の前には、十種類を超える各種のサプリメントが置かれていた。

 夏凛が答えたように、これらのサプリはすべて、彼女が個人的に所有しているものである。

 

「マグネシウムやリンゴ酢は肺にいいから、声が出やすくなる。ビタミンは血行をよくして、ノドの健康を保つ。コエンザイムはノドの筋肉の活動を助け、オリーブオイルと蜂蜜もノドにいい」

 

 スラスラと各サプリの効能を説明する。

 ノドに効くものだけを厳選して持ってきた、と夏凛。

 

「夏凛の家は薬屋さんかなにかなの?」

「さあ、樹。これ全部飲んでみなさい」

「いや……全部はちょっと……」

 

 風の言葉を無視して夏凛はサプリを進めるが、さすがに全種類を飲み下すのは難しいだろう。

 

「むぅ……。まあ、確かに初心者の樹に、いきなりは無理か」

 

 と、各サプリの中から厳選した数種類を並べる。

 それらを今度は飲み、樹は部員の前で歌ってみるが……

 

「ノドよりも、リラックスの問題じゃない?」

 

 やはり上手く歌うことはできず、風は緊張を和らげることが必要ではないかと結論付けた。

 

「明日は緊張をほぐす効果のあるサプリを持ってくるわ」

「やっぱりサプリなんですか!?」

「夏凛ちゃんのサプリ信仰は筋金入りだね」

 

 剣司は苦笑と共に言った。

 そして、カバンから数冊の本を取りだす。

 

「えっと、これは……?」

「上手な発声方法とか、ボイストレーニングに関する教本だよ。俺にできることは、これくらいだから」

 

 自腹で購入した本を樹に渡した。

 

「剣司さん、夏凛さん、お姉ちゃんたちも。私のために、ありがとうございます」

 

 樹は大切そうに本を抱き、みんなに感謝を伝えた。

 

 

 

 

 

◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆

 

 

 

 

 

 部活も終わり、下校の時間。

 普段、犬吠埼姉妹は一緒に帰っているのだが、この日は風が用事があるため、いつもと違って二人は別行動。

 そのため、樹を家まで送る役目を、剣司が買って出た。

 

 他愛のない話をしながら、夕暮れの道を並んで歩く二人。

 主に樹が話題を出し、剣司がそれに相づちを打つという形だが、剣司は樹に違和感を感じていた。

 少女はそれを隠そうと努めている様子だが、それが余計に不自然さを(かも)し出している。

 

「樹ちゃん、もしかして……すでに緊張してる?」

 

 思い切って訪ねてみると、案の定か、樹は肩を震わせた。

 

「そ、その……皆さんから期待されてると思うと、それに応えなくちゃと思って、どうしても……」

「あちゃー、ごめん。俺たちの行動が、余計に重荷になっちゃったか」

「い、いえ! 先輩たちは悪くないです! 私が勝手にプレッシャーに感じてるだけで……」

 

 わたわたと手を振り、剣司たちの行いをフォローする樹。

 

「ごめんなさい。私、皆さんに迷惑かけてばかりで」

「そんなことないさ。俺たち誰も、樹ちゃんのことを迷惑だなんて思ってないよ」

 

 樹はうつむいたまま黙っている。

 剣司は少女の正面に立ち、両の肩に手を置いた。

 ハッとした表情で顔を上げる樹。

 

「俺たち勇者部は、お互いを信じ助け合う。仲間として、友人として。それが俺たちの物語になる。樹ちゃんの悩みも俺たちの物語だ。そして……物語の結末を決めるのは、いつだって自分なんだ」

「物語を、自分で決める……」

「それにね、俺は思うんだ。本当に強い人っていうのはね、どんなに手強(てごわ)い相手でも逃げずに立ち向かう。そういう人のことだって」

 

 剣司は、樹に柔らかい微笑みを向ける。

 まるで、本物の家族に向けるような笑みを。

 

「樹ちゃんも、風さんのためにバーテックスなんて怪物に立ち向かったじゃないか」

「それは……」

「大丈夫だ、君は強い!」

 

 確信と共に告げられた言葉。

 

 樹は風と共に、勇者としての過酷な戦いに自らの意思で参加した。

 しかしそれでも尚、自分はいまだ守られる側から抜け出せていないのではないか、という不安を抱えていたのだ。

 

 だが、剣司は少女が内包するしたたかな心を認め、すでに樹は強い存在であるのだとはっきりと伝えた。

 

「ぁ、ありがとう……ございます」

 

 微塵(みじん)も疑いを持っていない剣司の、まっすぐすぎる言葉を受けて樹は赤面。

 もごもごとお礼を口にするも、周りから見ると告白シーンの様な絵面に気づいた二人は、微妙な空気のまま分かれ道までのルートを過ごすのだった。

 

 

 

 

 

◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆

 

 

 

 

 

「樹ちゃん、歌のテスト上手くいったかなぁ」

 

 ついに訪れた樹の試練の日。

 放課後いつものように部室に集まった勇者部員たちは、友奈を筆頭にソワソワとした気持ちで少女の到来を待っていた。

 その中で風と剣司の二人は、普段と変わらぬ様子で椅子に座っている。

 

「お二人は、心配じゃないんですか?」

 

 必勝祈願と書かれたハチマキを額に締めた東郷がたずねた。

 

「大丈夫よ。あの子は、あたしの自慢の妹なんだから」

「やれるだけのことはやったからね。あとは樹ちゃんを信じるだけさ」

 

 二人が答えた直後、ついに待ち人がやって来た。

 

「樹ちゃん、ど……どうだった?」

 

 思わず席から立ち上がりつつ、友奈が問う。

 樹は、満面の笑みと共にVサインを送った。

 

「「「「「やったー!!」」」」」

 

 みんなの声が重なり、樹の合格を自分のことのように喜んだ。

 

「本当はギリギリまで不安だったんですけど、これのおかげで乗り切れました」

 

 樹はカバンから、折りたたまれたノートの一枚を取りだす。

 それは、友奈の発案でひそかに少女に贈られた、応援の寄せ書きだった。

 友奈に頼まれた剣司も、『自分を信じて』と一言書き添えている。

 

「よーっし! 樹のお祝いで、今からみんなでかめやに行きましょう。今日はあたしのおごりだー!」

「風さんだけに払わせる訳にはいかないな。俺も半分出すよ」

「ありがとー! 実はお小遣い少なかったのよ~」

「わーい! 先輩たち太っ腹ー!」

 

 かめやで(にぎ)やかな食事を終え、剣司は犬吠埼姉妹と三人で帰路についていた。

 家への帰り道の途中で、樹はふいに隣を歩く姉に話しかける。

 

「あのね、お姉ちゃん。私、やりたいことができたよ」

「やりたいこと? なになに、将来の夢とか?」

「うん、そんな感じ。……お姉ちゃんは、将来の夢ってどんなの?」

「あたしはまだ、そういうの考えたことないわね~。剣司は?」

「俺もまだ。俺と風さんは、まずは進学のことを考えないとだしね」

 

 樹は、そっか、と一言。

 

「樹ちゃんの夢って……」

「はい、その……歌の道を目指してみたいなぁ~って」

 

 モジモジと消極的に、それでもしっかりと、少女は自分の夢を口にした。

 

「歌手かぁ……。いいわね! お姉ちゃんは応援するわよ!」

「俺も、CDが発売されたら真っ先に買うよ」

「お姉ちゃんはありがとうだけど、剣司さんは気が早いですよ!」

 

 慌てる樹の叫びが、夕暮れの帰り道に響く。

 それもやがて、三人の笑い声に変わっていった。




今後の展開の都合上、樹ちゃんは夢のことを公言しています


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第十一章 決戦の時、そして禁断の……。

「剣司さん、ちょっと手伝ってほしいことがあるんですけど」

 

 とある日、学校も終わり下校の時間。

 一人帰る樹を自宅まで送っている最中の剣司に、少女は突然の頼みごとをした。

 

 樹は他人に対して、あまり自分の要求を口にすることはない。

 そんな少女の珍しいお願いに、剣司は驚きながらもそれを即座に引き受ける。

 

「ノートパソコンと、録音機材を持っていたら貸してほしいんです」

 

 と樹。

 

「兄さんが使ってたものが家にあるはずだよ。なにをするの?」

「実は今度、新人歌手を募集するためのオーディションがあって、それに応募してみようかと……」

「おお、ついに夢への第一歩を踏み出すんだ」

「そ、そんな大げさなものじゃないですよ。ただ、ちょっと自分を試してみたいっていうか」

「樹ちゃんなら良い結果を出せるよ。優勝だって夢じゃない!」

 

 オーバーなリアクションを見せる剣司に、樹は可愛らしい微笑みを浮かべる。

 

「ふふっ。剣司さんにそう言われると、なんだか自分を信じられそうです」

「よし、じゃあその気持ちが薄れないうちに、急いで録音を済ませようか」

 

 剣司は駆け足で自宅に戻ると、パソコンとマイクを調達し、樹の待つカラオケ店に向かった。

 

 二人は揃って入店し、個室で準備を終えいざ収録、という時

 

「あれ? おかしいな、録音が始まらないぞ?」

「! 剣司さん、時間が止まってます!」

 

 樹の言うように、部屋の時計も、パソコン内部のデジタル時計も、二人が身に着けている腕時計も、すべての針が静止している。

 このことが表すのはただ一つ。

 

「来たんだ、バーテックスが」

 

 二人の周囲が光に包まれ、次の瞬間には見慣れた樹海に場所は移っていた。

 風たちも近くに飛ばされていたようで、すぐに六人は揃う。

 同時に、壁の向こうから怪物たち(・・・・)も姿を現し始める。

 

「不味いわね、以前より数が増えてるじゃないの」

 

 風が冷や汗と共に漏らす。

 友奈も不安そうに口を開いた。

 

「もしかして、残り全部来てるんじゃ……」

「いや、来たのは五体(・・)だ。二体足りない」

 

 剣司が答える。

 隣では夏凛がスマートフォンのマップを覗いている。

 表示には、アリエス、タウラス、ライブラ、アクエリアス、ピスケスの五体分のマークがあった。

 

「総攻撃じゃないだけ、まだマシかしら」

 

 携帯用のサプリメントを口に入れながら、夏凛が強気な態度で言う。

 隣に立つ剣司には、彼女が自分に活を入れるように無理をしているのだということが見てとれた。

 

「樹もキメとく?」

 

 夏凛は、緊張に震える樹にサプリを進める。

 

「いや、その表現はちょっと……」

「なら、俺に頂戴」

 

 と剣司が代わりに、夏凛からサプリを貰った。

 剣司も、以前敵が三体で攻めてきた時に苦戦した苦い思い出が蘇り、今回はそれ以上の数に対処しなければいけないことに、強い不安を感じている。

 そして、それは風に友奈、東郷も同じ気持ちだろう。

 

「敵に動きがあります!」

「オッケー。勇者部一同、変身よ!」

 

 マップでバーテックスの動きを見張っていた東郷が、注意を(うなが)す。

 部長の指示で、全員が戦いのための衣装を身にまとった。

 

 勇者と剣士は、対岸に迫る異形の群れを見据える。

 

「敵ながら圧巻ですね」

「ここは敵さんのプレッシャーを跳ねのけるためにも、アレをしましょう」

「アレ? アレってなによ」

 

 東郷の漏らした言葉に、風が一つの提案をする。

 詳細を知らない夏凛が首を傾げている間に、彼女を除く五人は円形に集まり、互いの肩を組み合った。

 

「円陣~? それ必要なの?」

「気合は必要でしょ。ほれ、あんたも早く加わる」

 

 懐疑の目を向ける夏凛を引き入れて、陣は完成した。

 リーダーの風が活を入れる。

 

「今回も苦しい戦いになりそうだけど、みんな……死ぬんじゃないわよ!」

「誰も死なせない。それが俺とみんなとの約束だ」

「勇者部ファイトー!」

「「「「「オーッ!!」」」」」

 

 戦いの火ぶたは切って降ろされた。

 

『シュツジンー』

「突っ込むわ!」

 

 自分の精霊である義輝の声を受け、夏凛が先駆けを担うため真っ先に飛び出していく。

 相対するバーテックスからも、一体が群れを抜け突出してきた。

 バネのように体をしならせ、樹海の地表を跳ね進んでくるのは牡羊座を冠するアリエス・バーテックス。

 

「一番槍ぃーッ!」

 

 叫びと共に、夏凛の振るった刀の一閃が、アリエスの頭部と思われる部分を、体から切り離した。

 ズンッという重たい音を響かせて、アリエスの首が樹海に落ちる。

 動きを止めたアリエスに対し、封印を(ほどこ)そうと夏凛が近づく。

 

「夏凛ちゃん、避けろ!」

 

 セイバーの声を聞いた夏凛は、反射的にその場から飛びあがる。

 と、そこに首を落とされ動けないはずのアリエスの胴体が突っ込んできた。

 さらに、落とされた首からは胴体が、胴体の切断面からは斬り落としたはずの首が生えてきたではないか。

 

「なにこいつ! 再生するの!?」

 

 夏凛は両手の二振りの刀で、セイバーも火炎剣を振るいアリエスの体をバラバラに切断していく。

 通常であればそれで行動不能になるはずだが、今のアリエスには『アリかキリギリス・アルターライドブック』が埋め込まれていた。

 アルターブックの力によって、バラバラになったアリエスの体はそれぞれが、瞬時に復元されてしまう。

 

「再生されるだけじゃない……こいつは、分裂しているんだ!」

 

 セイバーの言うように、アリかキリギリスの本の特性は『増殖』にある。

 二人の攻撃によって逆に、アリエスは数十体にその数を増やしていた。

 

「ちょっとこれ、どうすればいいのよ!?」

 

 夏凛の焦りの声が響く。

 事態を打開するためには、増えたアリエスの中にいるどれか一体……アルターブックを宿した本体を倒すしかない。

 しかし肝心の本体を見つける術が、彼女たちにはなかった。

 

「なら……これしかないな」

「ちょっと剣司、それは!」

 

 セイバーはホルダーから、二冊のライドブックを取りはずした。

 すでに起動しているブレイブドラゴンもあわせて、三冊の赤いライドブックがそろう。

 

「この状況を打破するためには、三冊のワンダーコンボを使うしかない」

「でもその組み合わせは、あんたの体に反動が……」

「それを恐れている場合じゃないよ。大丈夫だ。俺だって、死ぬつもりはないんだからね」

 

 ソードライバーの中央にストームイーグルを、左サイドに『西遊ジャーニー・ワンダーライドブック』をはめ、火炎剣烈火を引き抜いた。

 ページが開かれ、三冊のライドブックの力がセイバーの体に宿る。

 

『烈火三冊。真紅の剣が悪をつらぬき、全てを燃やす』

 

 全身が赤い装甲におおわれた強化形態、セイバー クリムゾンドラゴンが誕生した。

 変身を終えると同時に、クリムゾンウイングの翼で飛翔。

 炎をまとわせた烈火を構え、セイバーはアリエスの群れに向かっていく。

 

「食らえ! 爆炎紅蓮斬ッ!!」

 

 ワンダーコンボで力を増した豪腕による斬撃は、ストームイーグルの能力で起こした風に乗って炎の竜巻となり、数十体のアリエスを飲み込んだ。

 竜巻の中は斬撃の嵐となり、増殖したアリエスをコピーと本物の区別なく、全てを切り裂き燃やし尽くした。その御霊さえも。

 

「すごい……これが、三冊の力」

 

 強化されたセイバーの行使する必殺技の威力を目の当たりにした夏凛が、圧倒されたようにつぶやいた。

 少女の隣に着地するセイバー。地に足を付けると同時に、その足が力を失いガクリと膝をつく。

 

「ちょ、大丈夫なの!?」

「……あぁ。でもこれ、本当に反動がきついんだね……」

 

 ハアハアと、セイバーは肩で息をしている。

 心配した風、樹、友奈が駆け寄って来た。

 その時、後ろの方で援護を担っていた東郷が、警告の叫びをあげる。

 

「みんな、近くに新たな敵影が!」

 

 直後、脳を揺らすような不快極まる鐘の根が響き渡った。

 牡牛座、タウラス・バーテックスの音波攻撃によるものだが、それはさらに『ブレーメンのロックバンド・アルターライドブック』で強まっている。

 

「ぅあぁぁ……! これって、バーテックスの作戦……!?」

「牡羊座が一体だけ出てきたのは、あたしたちを一か所に集めて、そこを叩くためか……くっ!」

 

 怪音に苦しめられる友奈と風。

 セイバーも烈火を落とし、耳をふさいでいるが音は耳ではなく、脳に直接作用しているようだ。

 

 音の届かない後ろで待機していた東郷は、すぐにみんなを助けようとするが、突如地中から三体目のバーテックスが姿を見せた。

 『ピラニアのランチ・アルターライドブック』を体内に取り込んだ魚座、ピスケス。

 

「こいつ……邪魔をするな!」

 

 東郷はスナイパーライフルで狙いをつけるも、ピスケスは樹海の下を泳ぎ回るため、根が障害となり撃てない状況にあった。

 ピスケスは東郷の(すき)を突くように、時折樹海上を飛び跳ね、ピラニアの牙で少女を噛み殺さんとする。

 

「これじゃ、みんなの援護に行けない……!」

 

 怪物の妨害に歯噛みする東郷。

 しかし前線の五人は、彼女の援護を待たずとも自ら事態を打破しようとしていた。

 決め手となったのは、誰あろう樹。

 

「こんな、人を苦しませるような音は……あっちゃダメーッ!!」

 

 少女は音に苦しみながらも、力を振り絞るように武器を展開。

 勢いよくワイヤーを飛ばし、怪音を鳴らし続けているタウラスの鐘を縛り止めた。

 

「樹ナイス!」

 

 音波から解放された風たちは、拘束が解かれないうちにと、息つく間もなくタウラスに攻撃を集中。

 怪物が弱ったところで封印の儀を(ほどこ)し、本体である御霊も破壊した。

 

「みんな、よかった……」

 

 なんとかタウラスを(くだ)した五人を見て、東郷も安どのため息を吐く。

 と、その時

 

「? 魚座が、撤退していく……?」

 

 東郷を追い詰めていたはずのピスケスが、一転してその場から後退を始めたではないか。

 ピスケスが向かう先には、後方で戦いを静観していたライブラとアクエリアスが。

 さらにそこに、もう一つの敵影が姿を見せた。

 

「あれは……カリバー!」

 

 セイバーが敵の姿を見て叫ぶ。

 

「セイバー、そして勇者たちよ。今日こそ決着を付けよう」

 

 カリバーはそう言うと、腰のホルダーから一冊のアルターライドブックを手に取った。

 カリバーの隣では、三体のバーテックスの体が光を放ち始めている。

 ピスケス、ライブラ、アクエリアスの体が、光の中に溶けていく。

 カリバーはその光に向けて、手にするアルターライドブックを放り込んだ。

 

「なんだ、なにをしているんだ……?」

 

 疑問の声を上げるセイバー。

 勇者たちも、敵の出方を静かにうかがっている。

 輝きが失せたあとには、バーテックスの姿が一体だけ。

 

「消えた?」

「これは……合体してる!?」

 

 友奈のつぶやきに、セイバーが返すように声を上げた。

 現れたのは三体のバーテックスに、カリバーの持つ『メデューサ蛇伝・アルターライドブック』の力が合わさった、異常融合体。

 記されることのなかった、失われたはずの゙十三番目の星座゙。

 名づけるならば、『オピュクス・バーテックス』と呼ばれる個体だった。

 

「合体って……そんなの聞いてないわよ!?」

「で、でも、これならまとめて倒せるよ!」

 

 夏凛の焦りを消すように、友奈が言う。

 それは自分を鼓舞するための言葉でもあった。

 

「そう簡単にいけばいいんだけどねぇ……」

 

 風は、バーテックスの隣にたたずむ人影を見据えながらこぼした。

 闇の剣士、カリバー。

 セイバーと同じ聖剣に選ばれた存在でありながら、人類を裏切り怪物に組みしていると目される人物。

 

「俺がカリバーを引き付ける。その間に、みんなはバーテックスを頼む」

 

 セイバー クリムゾンドラゴンは、火炎剣烈火を構えカリバーを視野に入れる。

 対応するように、カリバーも闇黒剣月闇を手に取った。

 

 迫る敵に向かって、勇者たちも駆け出す。

 やがてぶつかる両者。

 オピュクスは髪の毛のように無数に生える、蛇のような触手を操り五人の勇者を相手取る。

 

 怪物の相手は女性陣に任せ、セイバーはカリバーとつばぜり合いの姿勢に入った。

 

「邪魔をするな、炎の剣士よ。私の目的は、救いにある」

 

 カリバーが、くぐもった声色で言った。

 両者は剣をぶつけ合いながらも、言葉を交わす。

 

「救いだって? あなたは人類を滅ぼそうとしているんじゃないのか!?」

「誰に吹き込まれた?」

「大赦の人が言っていた。あなたは人類の裏切り者だと」

「それは違う。真の裏切り者は、大赦にこそ潜んでいる。私は、その相手を探しているのだ」

 

 剣士たちの側では、勇者と怪物が攻防を繰り返している。

 

「その相手って……」

「私の友を殺した者だ」

「友達を?」

「我が友の名は、三好晴信」

「なんですって!?」

 

 側でオピュクスの進撃を食い止めていた夏凛が、驚きと共に剣士たちの元へやって来た。

 

「あんたなに言ってるの!? 兄貴が殺されたって、どういうことよ!?」

 

 人類の存亡がかかった戦いの場であることも忘れ、夏凛はカリバーに詰問する。

 

「そうか……晴信の妹とは、お前だったのか」

「答えなさい! 兄貴は事故で死んだんじゃないの!?」

 

 カリバーに切っ先を向け叫ぶ夏凛。

 

「大赦にそう言われたのか」

「そうよ」

「それは嘘だ。大赦にいる何者かが、晴信を殺した。私は、彼が殺された現場に居合わせたのだ」

「誰よ……誰が兄貴を!」

「そこまでは分からない。大赦は事実を隠ぺいした。だからこそ私は大赦を抜け出し、バーテックスの側に着いたのだ」

 

 セイバーも疑問を口にする。

 

「どうして、あなたがそこまでする必要が……?」

「晴信は、ある事実を知ったために殺された。それは大赦にいる何者かが、全知全能の書を自らの意のままにしようとしていたからだ」

「それが、真の裏切り者……」

 

 自身の目的を語り終えたカリバー。

 話を聞いていた夏凛は、予期せぬ内容に呆然自失の状態となっていた。

 力なく刀を下ろし、その場に立ちすくんでいる。

 

 その隙をついて、オピュクスが仕掛けてきた。

 胴体であろう部位に備えられた目を思わせる器官から、怪光線を発射。

 

「夏凛ちゃん!」

「ぐっ!?」

 

 セイバーが叫ぶも、光線は夏凛の両足に当たってしまう。

 と、彼女の足が石のように変化したではないか。

 これは、体内に収められたメデューサ蛇伝の持つ能力である。

 さらにオピュクスは、動けない夏凛を狙って鞭のような触手を伸ばした。

 

「危ないっ!」

 

 セイバーは夏凛を庇い、その身を盾として触手の前に立ちふさがる。

 伸ばされた触手は一本だけではなく、鞭のようにしなるそれが、セイバーの全身を殴打した。

 

「ぐあーっ!」

 

 強烈な打撃の連続によって弾き飛ばされるセイバー。

 地面を転がり、その衝撃でソードライバーから三冊のライドブックが、すべて外れてしまった。

 必然的に変身も解け、その姿は剣司のものに戻る。

 

「な、なんだと!?」

 

 剣司の姿を目にしたカリバーが叫んだ。

 これまで一切の感情を見せることがなかったカリバーが、初めて動揺を表したのだ。

 一方の夏凛は、地面にうずくまる剣司に駆け寄ろうとしたが、石化された足では動くことができない。

 せめてもと、少女は声をかける。

 

「剣司! 大丈夫!?」

「う……! なんとか、ね……」

 

 鎧を通して受けた痛みに顔をゆがめながら、剣司は夏凛を心配させまいと無理やり笑顔を作ってみせる。

 

 動揺から立ち直ったのか、カリバーは再び平然とした態度で、樹海に転がるライドブックを拾い上げた。

 それはクリムゾンドラゴンに使用した三冊のみならず、ホルダーに携行していたすべてのワンダーライドブックも含めてである。

 

「残るは、お前の持つ火炎剣烈火のみだ」

 

 カリバーは、地に伏せる剣司を見つめ言う。

 

「すべてがそろえば、全知全能の書は復活する。それを使えば、晴信も生き返らせることができるはずだ」

「剣司に近づくなーっ!」

 

 カリバーを止めるため、オピュクスの相手をしていた風たちが立ちはだかった。

 世界の危機ももちろん重要だが、だからといって友のピンチを見過ごせるはずがない。

 

 そんな少女たちを、バーテックスは非情にも後ろから攻撃する。

 風も樹も、友奈も東郷も、石化光線を浴びて手足が固まり、身動きが取れなくなってしまった。

 これで敵なしとみたオピュクスは、悠然とした足取りで神樹の元へ向かっていく。

 

「う、嘘でしょ……こんなところで……」

 

 もはやこれまでか……風を始め、勇者たちの心に絶望が浮かび始める。

 そんな中で、剣司は痛む体に鞭打って、ヨロヨロと立ち上がった。

 

「俺は……みんなと約束したんだ。誰も死なせないって……。だから、こんなところで……諦めてたまるかーっ!!」

 

 その叫びに反応したとでもいうように、突如として剣司の目の前の空間がゆがむ。

 

「これは……!?」

 

 ゆがみの中から現れたのは、禁書『プリミティブドラゴン・ワンダーライドブック』。

 言い知れぬ不安を感じていた剣司は、唯一この本だけはセイバーの時でも持ち歩かず、自宅に保管していたのだ。

 その禁書が意思を持っているかのように、空間を飛び越えて、この危機的な戦場に現れた。

 それだけではない。

 プリミティブドラゴン・ワンダーライドブックはひとりでにソードライバーのライトシェルフに収まると、剣司の意思を無視して彼の姿を変化させる。

 

『バキッ、ボキッ、ボーン。ガキッ、ゴキッ、ボーン。プリミティブ……ドラゴン』

 

 全身に水色の竜の骨を思わせる装飾が施された、セイバー プリミティブドラゴン。

 無言で、脱力した様にたたずむその姿は、戦場には似つかわしくない。

 普段のセイバーとは違う異様な雰囲気を、勇者部の面々は感じていた。

 

「……GUOOOOO!」

 

 変身者である剣司のものとは思えない、獣のような雄たけびを上げ、セイバーはオピュクスに飛びかかる。

 脚部の装甲、バーサークレッグがもたらす圧倒的な力による突進。

 人間とは比較にならない巨体を誇るバーテックスが、セイバーのタックルによって突き飛ばされる。

 

「GARUAAAAAA!!」

 

 オピュクスの体に取りついたセイバーは、がむしゃらに火炎剣を振り回す。

 剣裁きなどとは無縁の、刀身をただ力任せに叩きつけるそれだけで、怪物の体は容易に傷つけられていく。

 なんの技も使っていないが、強化形態であるクリムゾンドラゴンよりも、一撃一撃の破壊力は何倍にも増していた。

 

「剣司……一体どうしちゃったのよ……」

 

 今までのセイバーとはまるで違う、野生の獣よりも荒々しい姿に、夏凛たちは戦慄を覚える。

 その間にも、セイバーはバーテックスへの攻撃の手を休めない。

 勇者たちも、カリバーすらも事態を静観しているその内に、オピュクスの体はズタズタに切り裂かれ、切断面からは御霊が露出していた。

 

「GUU!?」

 

 急所をむき出しにされたオピュクスは、慌てたようにセイバーを振り落とし後退する。

 そうはさせじと、セイバーは必殺技を発動。

 ボイドタロンと呼ばれる胸の装甲が展開し、竜の腕のように伸ばしたそれで逃げるバーテックスを拘束した。

 

『グラップ、必殺読破。クラッシュ、必殺斬り』

 

 烈火を振り回した衝撃波が竜の爪のようなエネルギー波となり、動けないオピュクスに直撃。

 爆発と共に御霊は砕け、オピュクスは砂のように崩れ去った。

 

「GUOAAAAAAAAAAA!!」

 

 それは勝利の雄たけびか。

 セイバー プリミティブドラゴンの咆哮が、静寂を取り戻した樹海に響き渡った。



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第十二章 過去からの、来訪者。

 三体のバーテックスとアルターライドブックが融合した異常進化体、オピュクスの出現に窮地に立たされる勇者たち。

 その時、突如現れた禁断のワンダーライドブックによって、セイバーはプリミティブドラゴンの姿に変身した。

 プリミティブドラゴンの荒れ狂う力によって、セイバーはオピュクスを難なく倒すことに成功するが……。

 

「GOOOOOOO!」

 

 バーテックスという標的をなくしたセイバーは、次にカリバーに狙いを定めた。

 それはまるで、戦うためだけに存在するバトルマシーンのような行動だった。

 

 痛みを感じないのか、セイバーは烈火の刀身を握りしめたまま、剣をカリバーに叩きつける。

 

「クッ!?」

 

 今までセイバーの太刀はすべて受け止めていたカリバーだが、今度の攻撃は受けきれず、大きく後ずさった。

 すかさず接近したセイバー。

 頭部のソードクラウンを使った攻撃は、まるで角を突き立てるサイを思わせる。

 

「ぐっ!」

 

 胸部アーマーから火花を散らせ、カリバーは苦悶の声と共に膝をつく。

 特殊な希少金属で作られているアーマー、ボルキュイラスには傷が入っていた。

 この装甲は聖剣と同質の金属で作られているため、破壊することは普通は不可能なものなのだ。

 それに傷をつけたセイバー プリミティブドラゴンが、尋常ではない剛力を発している(あか)しだった。

 

「ここは一度、引かせてもらおう……」

 

 カリバーは腰のベルト──邪剣カリバードライバーから本を取りはずす。

 

『必殺リード、ジャアクドラゴン。月闇(くらやみ)必殺撃』

 

 はずしたジャアクドラゴン・ワンダーライドブックを闇黒剣月闇のジャガンリーダーに通し、本の内容を読み込ませる。

 金色(こんじき)の刀身、ゴルドスレイブに闇の力をまとわせ、闇黒の波動をセイバーにぶつけた。

 

「剣司!」

「先輩!」

 

 カリバーの必殺攻撃が直撃したセイバーは、爆炎に飲み込まれる。

 その炎に紛れて、カリバーは樹海から姿を消した。

 残された勇者たちは、呆然とセイバーを飲み込んだ炎を見つめるしかなかった。

 そんな少女らの前に、セイバーは傷一つない状態で炎の中から現れる。

 

「良かった、無事なのね……」

 

 オピュクスが倒されたことで、石にされた体も元に戻った夏凛たちが、セイバーのもとに駆け寄った。

 

「……GOA!」

 

 その仲間たちに向けて、あろうことかセイバーは襲い掛かった。

 とっさに大剣を盾にすることで怪我は避けた風が、セイバーに声をかける。

 

「ちょっと剣司!? あたしよ、風よ!」

「剣司さん! どうしちゃったんですか!?」

「先輩! 止めてください!」

 

 だが暴走状態にある今のセイバーには、仲間たちの言葉も届かない。

 樹も友奈も、慌ててセイバーを止めようと体にしがみつくが、勇者の力でもプリミティブの強力なパワーを抑えることができないでいた。

 

「神川先輩! 風先輩から離れて!」

 

 東郷が銃を向ける。もちろん撃つつもりはなく、あくまでも威嚇のためだ。

 

「AAAAAAAAAA!!」

 

 セイバーは全身から水色のエネルギー波を放射した。

 突然の攻撃に対して精霊のバリアーが自動展開されるが、少女たちは障壁ごと吹き飛ばされてしまう。

 おまけにセイバーの放った衝撃波がシステムに影響したのか、この状況で友奈、東郷、夏凛の変身が解除されてしまったではないか。

 幸いにも勇者装束が解かれることのなかった風と樹は、意識を失い無防備になった三人をかばい、セイバーの前に立ちふさがる。

 

「お姉ちゃん、どうしよう? 今の剣司さん、なんかおかしいよ……」

「ええ、多分あのライドブックのせいでしょうね。まったく、一難去ってまた一難とはこのことだわ」

 

 姉妹は額に冷や汗を浮かべながら、この状況にどう対処するか話し合う。

 

「こうなったら、アレを使うしかないわね」

「アレって、もしかして……」

 

 勇者のパワーアップシステム、満開。

 通常の勇者五人がかりで(かな)わなかったオピュクスを難なく葬り去ったプリミティブドラゴンの力に、たった二人で対抗するためにはそれしかないだろう。

 

「樹はなにもしなくていいわ。まずは、あたしが試してみる」

「え、でも」

「危険かもしれないって剣司も言ってたでしょ。お願い」

 

 姉の真剣な顔に口をはさめなくなった樹は、しぶしぶうなずくと距離を取った。

 

「いくわよ、剣司。……『満開』ッ!」

 

 システムの起動コードが認識され、オキザリスの花が開く。

 風の勇者装束が黄色から、白を基調としたものへと変化した。

 

「これが満開か……」

 

 体内を膨大なエネルギーが満たすのを、風は感じていた。

 彼女の変化を見て、セイバーは雄たけびを上げ少女に迫る。

 風は大剣を構え、プリミティブドラゴンの力を正面から受け止めた。

 

「嘘……満開を使って互角なの……!?」

 

 勇者の力を数十倍に引き上げる満開を使えば、風はセイバーを止められると思っていた。

 しかしプリミティブドラゴンの力は少女の予想以上に強く、一人では拮抗するのがやっとのありさまだ。

 いや、変身しているのが男女の違いということもあるのか、セイバーの方が徐々に押し始めている。

 このままではマズい。

 風が内心で焦りの声を浮かべた時、突如としてセイバーの動きが止まった。

 

「……樹!?」

 

 見れば、いつの間にか樹も満開システムを使用していた。

 風同様に白くなった勇者装束で、背後のリング状のパーツから強化されたワイヤーを放射。

 これがセイバーの四肢を拘束していたのだ。

 

「お姉ちゃん、今のうちに!」

「……わかった。剣司、ちょっと痛いだろうけど、我慢してよねッ!!」

 

 拘束を解こうともがくセイバーに向けて、風は全力でスイングした大剣の側面をぶち当てる。

 

「GOA!?」

 

 初めてダメージらしきダメージを与えることに成功。

 衝撃でプリミティブドラゴン・ワンダーライドブックはドライバーから外れ、元の姿に戻った剣司は意識がなく、風たちが支える間もなくその場に崩れ落ちた。

 

 

 

 

 

◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆

 

 

 

 

 

「……え?」

 

 途切れていた意識が戻った時、剣司が漏らした第一声がそれだった。

 彼は今、どことも知れない森の真っただ中に立ちすくんでいた。

 説明のつかない状況に対して、原因を探ろうと、ボヤける頭を動かして記憶をたどる。

 

「俺は、プリミティブドラゴンの本に無理矢理変身させられて……それで」

 

 その後のことは思い出せないが、勇者部の仲間になにか大きな迷惑をかけたのでは、という予感はあった。

 とはいえ夏凛たちが、腹いせに意識のない少年を森の中に一人放置するなどといった、復讐に走る人間でないことも承知している。

 

「四国のどこかに、こんな森があるんだろうか……?」

 

 剣司は周囲をぐるっと見回す。

 ()の光も木々に(さえぎ)られまともに差さず、動物や虫の鳴き声一つない。

 とても陰鬱な雰囲気に、剣司はブルッと身震いをする。

 

 ふいに、背後から視線を感じた。

 ふり返ると、いつの間にそこにいたのか。一人の少年が、人形の様に立ちすくんでいた。

 少年は剣司よりもさらに幼く、小学生ほどの年頃に見える。

 

「君は……」

 

 力なくうなだれている様子の少年に声をかけようとする。

 と、その声に反応して、少年は顔を上げた。

 

(涙……?)

 

 少年の頬にしずくが流れているのが、剣司の目に入った。

 少年は声も上げず、一人静かに泣いていたのだ。

 だがその泣き顔が、剣司の姿を見た途端に止まった。

 

「……やっと、見つけた」

 

 小さな声で少年は言った。

 次の瞬間、少年の姿が変わった。

 剣司の目の前には、巨大な水色の竜の骨があった。

 竜の骨は尖った手を伸ばし、剣司をつかまえようとする。

 

「うわぁ!?」

 

 とっさに後ずさり、距離をとる剣司。

 竜の骨は、伸ばした手を力なく下した。

 

「君も、いなくなるんだね……」

 

 骨が言った。その声は、少年のものと同じだった。

 直後、骨から水色の波動が放射され、剣司の体は強い衝撃を受けた。

 

「……はッ!?」

 

 衝撃によって一瞬だけ昏倒していたのか、すぐに意識が戻った剣司。

 だが彼は、もうどことも知れない森の中にはいなかった。

 代わりに、どことも知れない病院のベッドの上に寝かされていた。

 

「どこだ、ここは……」

「あ、気がついたみたいだね」

 

 剣司の独り言に応えたのは、聞き覚えのない少女の声だった。

 横を見ると、ベッドの脇に置かれた椅子に、声の主であろう少女が腰かけている。

 声と同様、やはり見覚えのない少女だった。

 

「……えっと」

「初めまして。あたしは、銀」

 

 銀、とだけ少女は名乗った。

 それが苗字なのか、名前なのかはわからない。

 ベッドから起き上がろうとする剣司を、銀は押しとどめた。

 

「そのままでいいですよ。まだ体調も良くないでしょ?」

「え、えぇ。まぁ……」

 

 いう通り、戦闘と二度に渡る強化変身の反動による疲労が、まだ抜けきっていない。

 

「そうだよね~、やっぱりプリミティブドラゴンの力は強力過ぎて、あとがツライですよね~」

「ぇ……なんで君が、プリミティブドラゴンのことを知って……」

「あ、言うのが遅れたけど、あたし、あなたの前に炎の剣士をやってたんだ」

「……えぇ!?」

 

 銀はニッと笑って、剣司に握手を求めながら言った。

 少女の衝撃の発言に剣司は言葉を失い、反射的に彼女の手を握り返すのが精一杯だった。

 

「って言っても、ブレイブドラゴンは伊予島家で保管されてたから、あたしが使ってたのは火炎剣烈火だけだったけど」

「はぁ……」

「えっとですね、二年前にもバーテックスが攻めてきたことがあって、その時にあたしと友達二人が選ばれて、お役目についてたんだ」

「そうなんですか?」

「あたしは勇者としての素質もあったし、炎の剣士としての素質もあったみたいだから烈火だけ大赦から渡されたんだよね。

でも、ある時バーテックスが三体同時に攻め込んできた時があって……いやぁー、あの時はあたしもさすがに死ぬかと思ったなぁ。

あ、それでその時に、プリミティブドラゴンの本が勝手に飛んできて、その時だけ唯一、あたしもライダーになれたんです。

おかげでバーテックスは全部追い返せたけど、あたしは暴走して友達に襲い掛かっちゃって……」

「俺も同じです。プリミティブドラゴンの力は危険だ」

 

 ふ、と剣司は根本的なことに思い至った。

 

「それで先輩は、どうして俺に会いに?」

「年齢はあなたの方が先輩なんだけどね」

 

 ややこしいな、と苦笑を浮かべながら、銀は数冊の本を取りだした。

 

「えと、これは……」

 

 本を眺めながら剣司は問う。

 

「プリミティブドラゴン・ライドブックのページは見ました?」

「はい。でも、文字が全く読めなかったです」

「あれには物語があるんだ。でも、大赦ではそれを読み解くことは禁じられている」

「封印されていたんですよね」

「だからこれは、あたしの個人的なツテを頼って仕入れたもの」

 

 銀は、彼女が持ってきた本を剣司にすべて渡す。

 見るとそれらは、古文書やら文献やらの様々な資料の類。

 

「これがあれば、プリミティブドラゴンの物語も解読できると思う」

「え、でもさっき、読むことは禁じられてるって」

「あなたも変身したなら、あの本になにか感じなかった?」

 

 銀に問われ、確かに剣司はプリミティブドラゴンから、他のライドブックとは違うなにかしらを感じてとっていた。

 

「あの本を解読できれば、戦いの役に立つんじゃないかと思って、こうしてやって来たって訳。今のあたしはお役目から外されてるから、もうこれくらいしか力になれないからね」

 

 用事は済んだ、と銀は席を立つ。

 

「それじゃ……またね」

 

 そう言って、銀は病室を後にした。

 

 それから数分と間を置かず、入れ替わるようにして勇者部の面々が、剣司の様子を見にやって来た。

 その中で風の姿を目にした時、剣司は心臓を鷲づかみにされたような気分になった。

 

「風さん、その目は……!?」

 

 風は左目に医療用の眼帯を付けていた。

 

「フフフ、これは先の闇黒戦争で暴虐の限りを尽くす魔王を封印した時に」

「風先輩」

「あはは、冗談冗談」

 

 風なりのジョークを、東郷がジト目で制す。

 風に変わって友奈が説明を始める。

 

「戦いの疲労のせいだそうです。風先輩と樹ちゃん、満開したらしいので」

「……風さんと、樹ちゃんが、満開を……!?」

「そんな大げさにしなくても大丈夫だって。お医者さんも、すぐに治るって言ってくれてるんだから」

 

 風の言葉に樹も、コクコクと相づちを打つ。樹は声が出せなくなっているようだった。

 詳しい経緯を聞いて、剣司の顔は青ざめていた。

 バーテックスとの戦闘でならまだしも、暴走した自分を止めるために、自身が危険視していた満開を使わせてしまったのだから無理もない。

 

「二人とも、俺のせいで……すまない!」

 

 ベッドの上で、土下座でもしそうな勢いで頭を下げる。

 風たちは慌ててそれを止めようとするが、なお剣司は頭を下げ続ける。

 

「あれは不可抗力って奴なんだから、気にしないでって。別に一生このままって訳じゃないんだからさ、ね?」

「けど……」

「二人が満開を使ったのは、私たちが気絶してたせいでもあるんだから、剣司だけの責任じゃないわ」

 

 夏凛もフォローの言葉を口にする。

 

「そうですよ。先輩は自分一人で無理しようとし過ぎです。私たちは仲間なんですから、困った時には助け合わないと」

「友奈ちゃんの言う通りですよ。互いを信じ助け合うのが私たち勇者部の約束だって、樹ちゃんにも言ったそうじゃないですか」

「結城さん、東郷さん……わかったよ」

 

 剣司はやっとのことで顔を上げた。

 続けて、夏凛と友奈、東郷に視線を向ける。

 

「ところで、三人は体の調子は……」

「私たちはなんともありませんよ」

「現実の方も、色々と事故が相次いだみたいだけど、人的な被害は幸いにもゼロだそうよ」

「そうか……今回も、なんとか世界は守れたんだね」

 

 夏凛の言葉を聞いて、剣司の胸のつかえも一つは取れたようだった。

 しかし、続けて一つの懸念(けねん)が沸き上がる。

 

「夏凛ちゃん、お兄さんのことだけど……」

「……それも、平気よ。そもそも敵の言うことだから、こっちの動揺を誘うための嘘かもしれないしね」

 

 事故死だと思っていた少女の兄が何者かに殺されたかもしれない、という話は友奈たちも聞かされている。

 そのため彼女たちも、なんとも言えない表情で二人のやりとりを見ていた。

 沈んだ空気を払うように、風が声を上げる。

 

「なんにしても、バーテックスは残り二体。そいつらを倒せば戦いは終わるわ。最後まで気を抜かずに、頑張りましょう」

 

 リーダーの活を入れられ、五人はうなずき、決意を新たにするのだった。



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第十三章 戦士たち、休息の中で。

 プリミティブドラゴンへ変身した影響で肉体に負荷がかかっていた剣司。

 その治療のため、数日のあいだ入院することとなっていた。

 

 剣司は先代の炎の剣士を名乗る銀という少女から渡された古文書を頼りに、入院の最中ずっとプリミティブドラゴン・ワンダーライドブックの解読に当たっていた。

 数日を要した解読作業は、どうにか退院日までに全てを終えることができた。

 内容を要約するとこうだ──

 

 

 

 

 

──はるか古の時代、人間が誕生する前に世界に繁栄していたのは竜の一族だった。

 竜たちは心の優しい種族で、争いのない平和な生を謳歌(おうか)していた。

 

 ある時、新たな種族である人間が誕生した。

 竜たちは人間をとても気に入り、二つの種族は仲良く共存して暮らしいた。

 

 そんな中で、竜たちは眠りにつくことになる。

 永い眠りから目覚めた時には、もはや人間たちは竜族のことを、すっかり忘れ去っていた。

 

 人間に会いに行った竜たちを、人は狂暴な敵だと思い、彼らを攻撃した。

 人と争うことを嫌った竜たちは抵抗もせず、一匹、また一匹と倒されていく。

 

 ついに竜族は最後の一匹を残し、すべて殺し尽くされてしまったのだ。

 

 残された竜の子供は、悲しみの中で仲間を求め、世界中をさすらった。

 何百年、何千年と。

 

 ついには自身も死に、体は朽ちて骨となっても、魂となっていなくなった仲間を求めさまよい続けた。

 永遠に救われない旅を続ける子竜──

 

 

 

 

 

 それが、プリミティブドラゴンの書に記された物語の真相。

 

「なんて、悲しい物語なんだ……」

 

 すべてを読み終えた剣司は、あまりに救いのないストーリーに、ベッドの上で一人涙を流した。

 

「プリミティブドラゴンを手にした時に感じた不安感は、仲間を失ってしまう恐ろしさを、本を通して俺が感じとったからだったのか」

 

 そしてセイバー プリミティブドラゴンの凶暴な戦いは、いなくなった仲間を求める心の渇きが、荒れ狂う力となって表れたのだろう。

 

「気絶した時に森で会った男の子……あれは、プリミティブドラゴンの心だったんだな」

 

 あの時、プリミティブドラゴンの骨は剣司のことをつかみ取ろうとしていた。

 きっと、いなくなった仲間を求めるがゆえの行動なのだ。

 

「それを、俺は拒んでしまったんだ……」

 

 知らぬこととはいえ、プリミティブドラゴンの心を大きく傷つけてしまったに違いない。

 

「銀さんは、プリミティブドラゴンの物語を読み解ければ、新しい力になると言っていた。でも、それだけじゃ足りない」

 

 悲しみに囚われたドラゴンの心を開放してやらなければ、真の協力は得られないだろう。

 

「でも、俺に一体何ができるって言うんだ……」

 

 悩んでも答えは出ないまま、ついに退院の日を迎えた。

 

 数日ぶりに学校へ向かった剣司。

 放課後は、久しぶりに勇者部のメンバーと顔を合わせる。

 みんなが心配してくれることが嬉しかった。

 その中で、剣司は夏凛の様子を気に掛ける。

 

「夏凛ちゃん、お兄さんのことは……」

「大赦にメールしてみたんだけど、返事はないわ」

 

 少女は心配させまいとしてか、困ったような笑みを浮かべた。

 

「なら、今から一緒に大赦に行こう」

「え、今すぐに!?」

「こういうことは早めに対処してもらわないと。それに俺も、ライドブックを奪われたことを伝えなきゃならないからね」

 

 剣司に引っ張られるようにして、夏凛は部室を後にした。

 

 

 

 

 

◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆

 

 

 

 

 

「ようこそ、おいで下さいました」

 

 大赦に到着した二人は、早速建物の中に入る。

 と、これまで剣司が面会してきた神官の男性が、二人の来訪を見越していたように出迎えたのだった。

 

 いつも話をする部屋へ向かう最中、廊下を歩きながら夏凛が、剣司に小声で話しかける。

 

「ねえ、あんたがいつも会ってる神官って、あの人なの?」

「そうだけど……夏凛ちゃん、知ってる人?」

「知らないの? 彼は大赦の二大頭首の一人、上里家の人間よ」

「ぇ、そんなに偉い人だったの!?」

 

 これまで神官は自身の素性を一切語らなかったので、剣司が知らなかったのも仕方がない。

 逆に夏凛は早くから勇者として大赦と関わっていたので、すでに承知の事実だった。

 

 そんな会話を交わしつつ、二人は謁見の間とでもいうべき部屋へ通される。

 畳の上に対面するように、三人は正座した。

 神官が口を開く。

 

「この度は、バーテックスの大侵攻を防いでいただき、我ら一同大きな感謝を……」

 

 剣司は、神官のお礼の言葉を止めるように話し出す。

 

「実は俺……今回の戦いで、すべてのワンダーライドブックをカリバーに奪われてしまったんです」

 

 ごめんなさい! と、頭を下げた。

 これを聞いた神官はというと、これまでと変わらず静かな態度を貫いていた。

 

「そうですか。……まあ、いいでしょう」

「え、でも、今俺が持ってるライドブックはプリミティブドラゴンだけで、それだって使いこなせないんですよ!?」

「問題ありません」

 

 事実上セイバーという戦力がなくなったにも等しい状況で、尚も神官はそれを意に介していない。

 無関心なのか、それともなにか策でもあるのか。

 神官の不可解な態度に、剣司は二の句を告げられなかった。

 

「それで、あなたもいらっしゃるということは、他になにか」

 

 神官が夏凛に向けて言った。

 

「……兄のことです。私は大赦から、兄は事故で死んだと聞かされていた。でも、カリバーは……兄は誰かに殺されたと言ったわ」

 

 神官はしばしの沈黙ののち、夏凛の求める答えを口にした。

 

「カリバーの言うことは、事実でございます」

「なんで黙ってたのよ!?」

 

 目上の立場の相手にも関わらず、夏凛はたまらずに怒鳴ってしまった。

 

「犯人の目星が全くつかないのです。余計な騒ぎを広めないための、仕方のない処置でございます」

「だからって、なんで私にまで嘘を」

「勇者様の心痛を思っての配慮だと、お考え下さい」

 

 神官の言うことにも一理あった。

 ただでさえ精神面に不安を抱えていた以前の夏凛が、家族の死が事故でなく他殺だと聞かされては、よりメンタルにダメージを負っていたかもしれない。

 夏凛も返す言葉がなく、剣司ともども黙ってしまう。

 と、神官は唐突に話題を変えた。

 

「勇者様方も、今回の大侵攻で非常にお疲れのことと思います。なので我々から、休息をとっていただきたと思い旅館を手配させて頂きました」

 

 聞けば、学校の夏休みに合わせて勇者部を海に招待するための、慰安旅行とでもいうべきサービスを計画しているという。

 なんだが誤魔化されているようなものを感じつつも、確かに休みは必要だと、二人を筆頭に勇者部はこの誘いに乗ることにした。

 

 

 

 

 

◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆

 

 

 

 

 

「いいのかな、こんなに至れり尽くせりで」

 

 浜辺で東郷の車いすを押しながら、水着に着替えた友奈が言った。

 彼女の言うように、今回の小旅行は大赦の専用バスによる送迎に始まり、海岸一つをたった六人の勇者部のために貸し切ったりと、破格の好待遇だった。

 

「それだけ俺たちが頑張って来たってことだから、遠慮せず楽しんでもいいんじゃないかな」

 

 海パンの上からパーカーを羽織った剣司が答える。

 後ろでは、同じく水着の犬吠埼姉妹が、パラソルの下でかき氷を食べていた。

 

 そこに、一足先に海に泳ぎに出ていた夏凛が駆け戻ってくる。

 

「風! こっちの体は出来上がったわ。競泳で勝負よ!」

「ほほう、瀬戸の人魚と呼ばれたあたしに勝負を挑むとは。格の違いを見せつけてあげようじゃないの」

 

 ニヤリと笑みを浮かべた風は、かき氷を置いてスックと立ち上がった。

 

「ほら剣司、あんたも一緒に勝負するわよ」

 

 ふり返り、誘いをかける。

 

「いや、俺はいいよ。樹ちゃんと波打ち際で遊んでるから」

「なに、もしかして泳げなかった?」

「そういう訳じゃないけど、二人には敵わないよ」

「やる前から情けないこと言うんじゃないの。男の子でしょ」

『私は友奈さんたちと遊んでるから、気にせず行ってください』

 

 樹は言葉を発せないため、スケッチブックに文字をつづる。

 樹がそう言うなら、と剣司もパーカーを脱いだ。

 

「お手柔らかに頼むよ」

「ダメよ。勝負に手抜きはなし!」

「そういうことだから、本気でぶつかってきなさい!」

 

 夏凛と風に連れられるように、剣司も海へとダイブしていった。

 

 ひと泳ぎしたあとは、東郷の監督のもと本物と寸分たがわぬ高精度の高松城を砂像で作りだしたり、樹が目隠しをしてのスイカ割りをしたりなどで、日が沈むまで存分に海を遊びつくした。

 旅館に戻った六人は温泉で海水を洗い流し、夕飯の卓に着く。

 

「「「うわぁ~! すごいご馳走!!」」」

 

 夕飯のメニューを見た風、夏凛、友奈の声が重なる。

 

「タイの活け造りが乗った船盛なんて、初めて見たよ」

 

 剣司も同様に、その豪華さに目を見張った。

 刺身の船盛のほかにも、一人に一匹ずつ、丸ごとボイルされたカニが並べられている。

 

『なんか、私たちには勿体ないような気が……』

「神川先輩も言っていたけれど、私たちが頑張ったご褒美なのだから、ありがたく頂きましょう」

「すごいよ東郷さん! カニカマじゃないよ!」

「もう、友奈ちゃん。まずはいただきますが先でしょ?」

 

 全員席に着くと、揃って手を合わせてから、料理に箸を伸ばす。

 

「ん~。このお刺身、コリコリした歯ごたえがあって美味しい! お醤油と合うな~♪」

『ノド越しもいいですね』

「ちょっと夏凛、刺身は数が決まってるんだから、あんたは食べすぎよ!」

「いいじゃない、早い者勝ちよ!」

「カニの身を殻から取りだすのって、結構難しいなぁ」

「先輩、貸してください。私が代わりに」

「ありがとう、東郷さん」

 

 六人は、普段とはかけ離れた豪勢な食事を、思う存分堪能した。

 

「あれ?」

 

 食事を終えて余った時間で、トランプやボードゲーム、雑談などに興じていた一同。

 そろそろ寝ようか、となったところで、剣司はあることに気づいた。

 

「俺って、どこで寝ればいいの……?」

 

 旅館の人に確認すると、どうやら彼らのために取られた部屋は、今いる一室のみの様だった。

 大人数用の部屋なので狭いことはないのだが、中学生にもなる男女を同室にぶち込むとは、これも大赦なりのサービスの一つなのだろうか。

 

「あたしらなら、別に一緒でも構わないわよ」

 

 奇麗に並べられた布団を前に、風が言う。

 他の女性陣も、剣司が同室ということに抵抗はないようだった。

 ここは信頼されていることを素直に喜ぼう、と思う剣司。

 

「さて、こんな旅行の夜にはなにを語らうべきか、わかってるでしょうね」

 

 全員布団に入るも、まだ部屋の電気はつけたまま。

 眠るまでの間にお喋りしよう、と風が言い出す。

 

「話って……ツラかった修行の思い出とか?」

『コイバナじゃないですか?』

「それ、樹正解!」

 

 しかし、話題を提供するものは出ない。

 

「なによ、誰も経験なし?」

「そういうあんたは、どうなのよ」

 

 夏凛が風に問う。

 

「お、聞きたい? 実は、以前チア部の助っ人をした時にね、あたしのチア姿に惚れた奴がいてさぁ~。よくデートに誘われたもんよ」

「本当なの? 信じらんないわね」

「本当だよ。でも、その人とは付き合ったりはしなかったんだよね」

 

 風の話題に、夏凛はいぶかしげな顔を浮かべ剣司に訊ねた。

 

「なんだ、ただの自慢話か」

 

 夏凛は一転し、つまらなそうな表情で切り捨てた。

 

「他にはないの?」

「ないわ!」

「過去の栄光じゃないの」

「しょうがないでしょ。勇者部の活動で忙しかったんだし」

「自分から話を振ったんなら、作り話をしてでも盛り上げなさいよ」

 

 何気なく発された夏凛の言葉に、剣司はハッとした顔であることに気がつく。

 

「作り話……作り話か……!」

「ど、どうしたの、剣司?」

 

 同じ言葉を繰り返すと、やおら立ち上がった剣司に夏凛は驚いた。

 他の少女たちも目を丸くしている。

 

「作り話だよ。不幸な話があるのなら、それをハッピーエンドに作り替えればいいんだ!」

 

 剣司が思い至ったのは、プリミティブドラゴンにつづられた物語への対処法。

 プリミティブドラゴンの至ったストーリーの結末は悲劇に彩られていた。

 なら、それをくつがえすための幸せな終わりを、捏造してしまえばいいと剣司は考えたのだ。

 

「ありがとう、夏凛ちゃん!」

 

 早速カバンから、持参していたノートとペンを取りだす。

 みんなの眠りを妨げないようにと、窓際に置かれた椅子と机に場所を移し、剣司はプリミティブドラゴンのための物語の執筆に入った。

 

 

 

 

 

◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆

 

 

 

 

 

 剣司が物語の作成に取りかかった直後から、風たちもそれを邪魔してはいけないと、みな大人しく眠りについた。

 

 時が経ち、窓の外がうっすらと明るくなった頃。

 一睡もせず集中すること数時間。一晩かけて筆を進めた剣司は、ようやくストーリーにピリオドを打つところまで書き上げることができた。

 伸びをして体のコリをほぐしていると、(きぬ)の擦れる音が聞こえてくる。

 

「おはよう、夏凛ちゃん」

 

 隣で寝ている少女たちの中で、夏凛一人が起き上がって来た。

 少女はおはようと返すと、そのまま剣司の対面の椅子に腰かける。

 

「で、どう?」

 

 進捗(しんちょく)の状況を尋ねる夏凛。

 剣司は笑みを浮かべながら答えた。

 

「これを聞かせてあげれば、きっとプリミティブドラゴンの悲しみも癒せると思う」

 

 物語の制作など勇者部の演劇でしかしたことのない剣司だったが、不思議と今回のストーリーには自信があった。

 そんな自信満々の剣司とは対照的に、夏凛は物憂げな表情を浮かべている。

 剣司は笑みを消し、真剣な顔で夏凛にたずねる。

 

「どうかしたの?」

「…………」

 

 自分の不安をさらけ出すのがためらわれるのか、少女はなかなか口を開かない。

 

「勇者部の約束。悩んだら?」

「……相談」

「俺でよければ、聞かせてほしい」

 

 剣司の真摯(しんし)な眼差しに見つめられた夏凛は、わずかに頬を染めながら、ポツポツと語りはじめる。

 

「私は大赦の勇者として、あんたたちを支援するために派遣された。そしてバーテックスと戦い続け……それももうすぐ終わる」

 

 残された敵はあと二体。

 

「戦いが終わったら、私はどうすればいいんだろうって」

「部を辞めるつもりなの?」

「わからない。でも私は戦うために勇者部に来たんだから、戦いが終わったらもう私には価値がなくて、勇者部にも居場所がないから……」

「確かに勇者部は、戦いのために風さんが立ち上げたものかもしれない。でも、今はそれだけじゃないよ」

 

 夏凛は黙って剣司の言葉に聞き入る。

 

「勇者部は困っている誰かのために必要なものだ。もうバーテックスも戦いも関係なく、なくてはならないものなんだ」

「…………」

「そしてその勇者部には、夏凛ちゃんもいてくれなきゃ」

「私は、これから先もいてもいいの?」

「当たり前だよ。誰一人欠けても俺は嫌だ。俺たちみんな、夏凛ちゃんと一緒にいたいと思ってる」

 

 夏凛は、剣司の言葉を反芻(はんすう)するように瞳を閉じた。

 

「そっか……私も、いていいんだ」

 

 目を開けた夏凛は、恥ずかしそうな嬉しそうな笑みを浮かべ、つぶやいた。

 少女の内心でのわだかまりの解消に一役買えた。

 そのことに、剣司の心にも暖かなものが沸き上がっていた。

 

 不意に、部屋の中に光が差してきた。

 朝日が水平線の向こうから登り始めていた。

 朝焼けの光に照らされる夏凛の姿は、剣司の目にとても輝かしいものに映った。

 

「……奇麗だね」

「ぅぇ!?」

 

 少女の美しい姿を称える言葉を、剣司は彼女をまっすぐ見据えたまま発した。

 対する夏凛は、真顔で自分のことを褒める言動をする剣司に、今度は顔を真っ赤にしてうろたえるのだった。



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第十四章 手をつなぎ、浮かぶのは笑顔。

「大赦からの連絡で、バーテックスの残りが近いうちにやって来るらしいわ」

 

 夏休み明け初日の部室で、揃った勇者部のメンバーに部長である風が告げた。

 旅行中は風と樹のスマートフォンは、満開したことによるデータ収集の名目で大赦側に預けられていた。

 それを返された際に、彼女はバーテックス襲来の予報を聞かされたのだった。

 

「いよいよ、最後の戦いが近いってわけね」

「夏凛ちゃん……」

「大丈夫よ」

 

 近づく戦いの終わりに気を引き締める夏凛。

 自分を気にかけてくれる剣司に対して、少女はニコリと笑みを向ける。

 今の彼女には、勇者部という居場所があるから。

 

 二人のそばでは、犬吠埼姉妹が返却されたスマートフォンを操作していた。

 画面が発光すると共に、スマホ内部から四体(・・)の精霊が飛び出してくる。

 

「これが新しく増えた精霊なのね」

『わぁ~、可愛い』

 

 もともと風と樹には、犬神と木霊という二体の精霊がそれぞれについていた。

 それが今回、勇者システムのアップデートに共ない新たに、鎌鼬(かまいたち)雲外鏡(うんがいきょう)という二体が追加されたのだ。

 

「なんで風先輩と樹ちゃんにだけ、精霊が増えたんだろ?」

「満開の情報を調べる時に、一緒に機能を調整したんじゃないかしら」

 

 友奈の疑問に、東郷が推測を立てる。

 

「そういえば、東郷さんは最初から精霊が三体いるよね」

 

 ええ、とうなづくと、東郷は自身のスマートフォンから青坊主、不知火(しらぬい)刑部狸(ぎょうぶだぬき)を呼び出す。

 

「全員、整列!」

 

 東郷の号令に従い、三体の精霊は一糸乱れぬ綺麗な横並びを見せた。

 

『よく訓練されてますね』

「東郷はしつけの厳しいお母さんになりそうだわ」

「友奈ちゃんが、その辺の調整をしてくれますから」

「なんで友奈が旦那になる前提で話してくるのかしら……」

 

 東郷と会話している姉妹を見つめながら、剣司は追加された精霊について考えを巡らせていた。

 

(精霊が増えたのは風さんと樹ちゃんだけ。満開したのも彼女たちだけ。このことに繋がりはあるのか……?)

 

「……剣司、どうかしたの?」

「あぁ、いや。なんでもないよ」

 

 夏凛の問いに対して、少女らに余計な不安を与えないようにと、剣司はとっさにはぐらかした。

 二人のやりとりに気づかなかった風は、やれやれといった表情で口を開く。

 

「にしても、残りのバーテックスはいつ来るのかしらねぇ~」

「私の勘では、来週あたりが危ないわね」

 

 と夏凛。

 

『いきなり、今来たりして』

「まさかぁ……」

 

 樹の冗談に、みんなはついスマートフォンをチェックした。

 しかし、警報が鳴る予兆はない。

 

「ま、敵さんが来るまでに、あたしたちはやるべきことをしましょう」

「やるべきことって、なにがあるんですっけ?」

「文化祭の劇の練習! その前に小道具の準備! のさらに前に台本作り! もともとの言い出しっぺは、あんたでしょ?」

「そうでした。えへへ」

 

 うっかり劇のことを忘れていた友奈に対して、風からのツッコミが入った。

 敵が来なくても、勇者部の本来の活動が彼らには待っているのだ。

 

 

 

 

 

◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆

 

 

 

 

 

 戦いではない、もう一つの勇者部の、平穏な活動は続く。

 演劇の台本はほぼ出来上がり、配役も決め衣装の準備にも差し掛かった。

 そんな中で、ついに最後の敵襲の日は訪れた。

 

「なんか、デカくない?」

 

 壁の向こうから姿を見せた、獅子座『レオ・バーテックス』を見た風がつぶやく。

 レオの大きさは通常の星座型より一回りも二回りも上回っており、以前現れた合体型のオピュクスよりもさらに大きい。

 

「もう一体はどこだろう?」

 

 残る一体、双子座のジェミニ・バーテックスの姿を探しながら、友奈が言った。

 樹海に立つ彼女らの身は、すでに戦いのための衣装がまとわれている。

 ただ一人、剣司だけは変身に必要なライドブックを奪われているため、生身のままだが。

 

「みんな、あそこに双子座が」

 

 スマートフォンの地図アプリで敵の姿を確認した東郷が、ジェミニのいる方を指さす。

 バーテックス一の巨体を誇るレオとは対照的に、ジェミニは等身大の人間とさほど変わらない大きさとシルエットをしていた。

 

「これでいよいよ、最後の戦いね」

 

 夏凛が言った。

 その表情には決意のみがあり、戦いを終えた後の不安は微塵もなかった。

 

「ここまできたら、全員無傷で完勝を目指すわよー!」

「「「おー!」」」

 

 風の言葉に友奈、東郷、夏凛が返す。

 喋れない樹も、戦う力をほとんど無くしてしまった剣司も、握りこぶしを振り上げることで答えた。

 

 同じタイミングでバーテックスの側も動きを見せる。

 レオはゆっくりとした速度で進み、反対にジェミニは土煙が上がるほどの速度で地を駆けてくる。

 

「友奈と夏凛は、あたしと獅子座を。樹と東郷は双子座の方を頼むわ」

 

 部長の指示で、それぞれが配置につく。

 

「風さん、俺は?」

「あんたはここで待機」

「待機?」

 

 共に戦うつもりでいた剣司は、虚を突かれたようにオウム返しする。

 

「でも俺は、プリミティブドラゴンのための物語を」

「分かってる。けど、確実に説得できるって訳じゃないんでしょ?」

「それは……」

 

 風の言う通り、プリミティブドラゴンの暴走を克服できるかは一種の賭けだ。

 賭けに失敗すれば、戦場で剣司は無防備となる。

 それはつまり、命を落とす可能性もあるということだ。

 

「ここは、あたしたちに任せて」

 

 友を守りたいという気持ちは、自分も目の前の少女も同じ。

 そのことを知っている剣司は、一人勇者たちから離れていく。

 今は黙って、少女らにすべてを任せるしかない。

 そんな剣司の、悔し気な表情に気づいた夏凛が声をかける。

 

「心配しなくても、たった二体だけなら私たちでもなんとかなるわ。風と樹にも、精霊が二体も増えたんだしね」

 

 なにより完成型勇者の自分がいる、と。

 

「でも、もしもの時には頼んだわよ」

「……みんな、気をつけて」

 

 剣司の祈るような言葉に夏凛らはうなずくと、あとは振り返らず一直線に敵めがけて飛んで行った。

 

 戦いが始まった。

 東郷と樹は高速で突っ込んでくるジェミニを相手にするが、ジェミニは曲芸師のような軽やかな体さばきで二人の攻撃をかわし続ける。

 夏凛、風、友奈は百メートルもあるレオに果敢に挑むも、堅固(けんご)なボディーは少女らの攻撃が直撃しても、傷一つ付かない。

 

 苦戦する勇者たちを、ただ遠目に見ていることしかできない剣司。

 風には止められたが、やはり自分も行くしか……そう思っている時、突如として背後に気配を感じた。

 

「あなたは……!?」

 

 振り返ると、そこにはいつの間に樹海内に侵入していたのか、闇の剣士カリバーがたたずんでいた。

 カリバーは、無言で剣司のことを見つめている。

 不審な態度を剣司がいぶかしんでいると、カリバーが口を開いた。

 

「お前にはもう、力はない。この戦いから手を引け」

 

 これまで剣を交えてきた敵が、突然自分のことを心配するようなそぶりを見せた。

 そのことに剣司は、疑わしげな眼でカリバーを見つめ返す。

 

「あなたは、大赦に真の裏切り者が潜んでいるといった。それは本当のようだ。なら、俺たちが力を貸します」

「お前のような子供になにができる。敵は我々が思うよりも、もっと深い場所にいる」

「それでも、あなた一人よりは……!」

「仲間などいらん。それに……」

 

 不意にカリバーが黙り込む。

 

「それに、彼ら(・・)の目を(あざむ)く必要もある」

「……彼ら?」

恭順(きょうじゅん)を示さなければ、すぐに見破られる」

 

 カリバーは腰のホルダーから、ブレイブドラゴン・ワンダーライドブックを取り外し、レオ・バーテックスに投げ入れた。

 続けてジェミニもレオの体に取り込まれる。

 

「嘘でしょ……」

 

 少女らの中の誰かが、絶望のつぶやきを漏らした。

 ただでさえバーテックス中最大の巨体を誇るレオが、ジェミニの能力によって二体に分裂したではないか。

 さらに撃ちだされる無数の火炎弾は、ブレイブドラゴンの書の力によってパワーアップしている。

 

「みんなーッ!!」

 

 炎の砲弾による無差別な爆撃は、勇者たちを紙屑のように吹き飛ばした。

 少女らの上げる悲鳴すらも、爆炎とそれにともなう轟音でかき消される。

 

 炎に焼かれる樹海の中で、夏凛たち五人の勇者はみな一様に、力なく倒れ伏していた。

 起き上がろうとする素振りもない。

 みんな気絶してしまったのか、それとも……。

 

 強化されたレオの攻撃は、想像以上に少女らにダメージを与えているようだった。

 このままでは彼女たちは成すすべなく、バーテックスの手にかけられてしまうのは明白だ。

 

「プリミティブドラゴン! 頼む! 俺に力を貸してくれーッ!!」

 

 剣司は叫んだ。友の命を救うため。

 その願いに応えてくれたのか、伸ばした腕の先にはプリミティブドラゴン・ワンダーライドブックが出現した。

 同時に、剣司の意識がライドブックの中に飛んでいく。

 

 そこは、どことも知れない深く、鬱蒼とした森の中。

 剣司の前には、プリミティブドラゴンの精神が形となった少年がいた。

 

「みんな、どこ? どこにいるの……?」

 

 少年は、以前見た時と同じように泣いていた。

 家族も、同属も消え去り、たった独り取り残され、その悲しみに囚われたまま。

 

「…………」

 

 剣司は少年に歩み寄る。

 目の前に現れた自分以外の存在に、少年の顔が上がった。

 

「やっと、見つけた」

 

 涙を(たた)えたまま、少年は腕を伸ばす。

 その腕が、かぎ爪を備えた巨大な竜の腕に変化し、剣司に迫る。

 剣司は今度は逃げずに、少年の求めを受け入れた。

 

「ぐっ……くぅ……!」

 

 竜の腕は、強烈な力で剣司の体を握りしめる。

 長い年月をかけて、やっと見つけた他者の存在を離すまいと。

 精神世界とはいえ、その身に受ける感覚は現実と変わらない。

 剣司は全身の骨が砕けるのではないか、というほどの握力に耐え、少年に声をかける。

 

「大丈夫だよ、俺はどこにもいかないから」

「…………嘘だ!」

 

 少年の体から悲しみの波動があふれ、剣司をつかむ腕にさらなる力が加わる。

 

「みんな、そう言ってた。どこにもいかないって。でも……みんないなくなった! 君も、いなくなるんでしょ!?」

「……俺も、君と同じだった。友達が誰一人いなくて、孤独だった」

 

 少年の悲しみが理解できる剣司は、その涙を払うため静かに語りかける。

 

「でも、俺にもいつしか仲間が、友達ができた。……君も同じだよ」

「僕も……?」

「君の物語を読んだよ。共に過ごした仲間をすべて失い、たった一人残され、孤独の果てに亡くなった。それでもなお、いなくなった仲間を求める君の魂は、独り世界をさ迷い続ける」

 

 でも……

 

「でも、物語はそこで終わらなかった」

 

 独り残された竜の子供は、死してなお仲間を求め、魂となっても苦しみに囚われていた。

 だが、そんな子竜の魂を、ずっと側で見守っていた存在がいたのだ。

 春のそよ風が、夏の陽の光が、秋の暮れなずむ大地が、冬の輝く雪水が。

 竜の子を取り巻く自然たちは、ずっと彼の側にいて、彼の旅路を見つめ続けていた。

 

「そうだよ、君は一人だけど、独りじゃなかったんだ」

 

 剣司は自らが創り上げた、プリミティブドラゴンの悲しみの物語の先にある、救いのためのストーリーを話して聞かせた。

 少年は、ただ黙って剣司の話を聞いていた。

 そうして、語り終えられた物語を、じっくりと咀嚼するように瞳を閉じる。

 

「そうか……僕にも、友達がいたんだね」

 

 鬱蒼とした茂みの向こうから、暖かな太陽光が差し込んだ。

 陽の光に照らされた少年の瞳には、もう涙はなかった。

 

「俺とも、友達になってくれるかい?」

 

 剣司はそう言って、右手を差し出す。

 いつの間にか、少年は彼を捕らえていた腕を開放していた。

 そして少年も、心からの笑みを浮かべて、剣司の手をとりギュッと握り返した。

 

 瞬間、剣司の意識は樹海に立つ元の体に戻った。

 右手にはしっかりと、プリミティブドラゴン・ワンダーライドブックが握りしめられている。

 剣司は、右手に持つプリミティブドラゴンの本を(かか)げた。

 

 表紙からは竜の腕が具現化したボイドタロンが出現。

 それはグンッと伸びると、二体に分裂したレオ・バーテックスの一体に突き刺さる。

 即座に引き抜かれた腕の中には、カリバーの手によってレオの体内に挿入されたブレイブドラゴン・ワンダーライドブックが握られていた。

 

「なんだと!?」

 

 暴走形態でしかないと思っていたプリミティブドラゴンが、剣司の意を組んで動いていることにカリバーは動揺の声を上げた。

 剣司はそんなカリバーを気に留めず、プリミティブドラゴンの表紙を開き、そこにブレイブドラゴンを挟み込む。

 

『ブレイブドラゴン、ゲット』

 

 二冊の本は溶け合うように融合すると、一冊の新たなる書──『エレメンタルドラゴン・ワンダーライドブック』へと変化した。

 剣司はエレメンタルドラゴンを、聖剣ソードライバーに装填する。

 

「変身!」

『バキ、ボキ、ボーン。メラ、メラ、バーン。シェイクハンズ』

 

 剣司の体がセイバー プリミティブドラゴンのものに変化。

 さらに炎や風、水などの元素がその身にまといつき、仮面ライダーセイバーを新たなる姿へと進化させていく。

 

『エレメント、マシマシ。キズナ、カタメ』

 

 現れたのは、これまでのどのワンダーライドブックでも成しえなかった、セイバーの未知なる姿。

 その名も、『エレメンタルプリミティブドラゴン』。

 両肩に宿ったプリミティブドラゴンとブレイブドラゴンが、胸の装甲の上でガッチリと固い握手を交わす、友情のフォームである。

 

「バカな……再び戦いの中に戻ろうというのか!?」

 

 カリバーは叫ぶように言った。

 それは本心から、剣司を戦いから遠ざけようという意思を感じさせるものだった。

 

「あなたが俺を心配してくれているのはわかります。なぜかは知らないけど。……でも、俺は友達を助けるためなら、何度でも戦います!」

 

 セイバーはそう言うと、カリバーを残して一人でレオ・バーテックスに挑みかかった。

 勇者たちを、友達を救うために。




プロットを組みなおしたり、セイバー関連の装動を塗装したり
なんやかんやで執筆が思うように進まず停滞してました、ごめんなさい。

更新止まってる間にセイバー本編も終わってしまいましたね…
久しぶりに毎週楽しみに見れたライダーでした。リバイスも面白そう。


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第十五章 告げられる、その真実は。

 剣司は自身が創作した物語によって、プリミティブドラゴンと友情を(きず)いた。

 そして、セイバーは既存(きそん)のワンダーライドブックでは変身することの出来ない、新たなる未知の姿、『エレメンタルプリミティブドラゴン』へと進化した。

 セイバー エレメンタルドラゴンは傷つき倒れた勇者たちを救うため、単身で二体に分裂したレオ・バーテックスへと挑む。

 

 一直線に駆けてくるセイバーの姿を見た二体のレオは、共に火炎弾を射出してきた。

 数えきれないほどのそれはセイバーに直撃。

 圧倒的な火力が彼の体を消し炭にする……はずだった。

 ところが炎が晴れた先には、怪我どころか(すす)一つ付いていないセイバーが、平然と立っているではないか。

 

 二体のレオの体が、動揺しているかのように震えた。

 いくらブレイブドラゴンのバフ──力の強化──が無くなったとはいえ、レオの攻撃力は十二体のバーテックスの中でも最高のものだ。

 そのレオが、ジェミニの力を借りて二体に増殖しているのだから、火力も単純に倍加していなければおかしい。

 だというのに、レオの攻撃はセイバーには全く通じていないのだ。

 

「どうやらお前とこの姿は、相性が悪いらしいね」

 

 剣司はつぶやくように言った。

 四元素の力を持つエレメンタルドラゴンは、自らの体を火、水、土、風のエレメントに物質変化を起こすことが可能となっている。

 つまり先ほどのレオの火炎攻撃に対しては、セイバーは自分の体を相反する水の属性へ変化させたことで、その威力を無効化したのだ。

 

「みんなの怪我が心配だ。これで決めさせてもらう!」

 

 セイバーは火炎剣烈火をソードライバーに納刀する。

 

『烈火抜刀。エレメンタル合冊斬り』

「森羅万象斬!!」

 

 ドライバーから聖剣を引き抜き、四属性の力を込めた刀身でレオの一体を御霊ごと切り裂く。

 エレメンタルの力は、勇者の(ほどこ)す封印の儀式を必要としないほどの、圧倒的なものだった。

 さらにもう一度聖剣を納刀。

 

『エレメンタル合冊撃』

五大元素蹴撃破(エレメントしゅうげきは)!!」

 

 烈火のトリガーを引き、七色のエレメントの力を右足に収束させた飛び蹴りを、残りのレオに叩きこむ。

 勇者たちを圧倒した二体のレオ、そしてジェミニ・バーテックスは、エレメンタルドラゴンの力の前に呆気なく散っていった。

 

「……剣司……?」

 

 最後のバーテックスが消え去り、同時に夏凛たちも意識を取り戻した。

 意識を失いはしたものの、レオの攻撃は精霊バリアで防がれており、肉体の怪我はかすり傷や軽度な火傷(やけど)のみだったようだ。

 

「これが最後だっていうのに、気絶してる間に全部終わってるなんて……情けないわ」

「みんなに怪我がないなら、それでいいじゃないか」

 

 ここぞという所で力になれなかったことを悔やむ夏凛と、それを励ます剣司。

 彼にとっては友達が無事でいることこそが、なによりの嬉しい勝利の証だった。

 

「……っていうか、変身できるようになったのね」

「ああ、説得がうまくいったよ」

「よかった。って言っていいのかしら……?」

 

 二人が話している時、隣で樹がパクパクと口を動かしていた。

 彼女の視線の先には

 

「……カリバー」

 

 そう、相手はまだ一人残されていた。

 

「戦いは終わりました。あなたの負けです」

 

 セイバーは静かに、カリバーの負けを伝える。

 

「まだ終わってはいない。……戦いは、終わらんのだ」

「? それはどういう……」

 

 セイバーの問いをふさぐように、カリバーは闇黒剣月闇を構えた。

 それに対して、セイバーも無言で火炎剣烈火を構える。

 剣士同士、言葉の代わりに剣で答えを示そう、ということだ。

 

 勇者たちが固唾(かたず)をのんで見守る中で、決着はついた。

 聖剣を振りぬき、互いが交差するその一瞬で。

 

「……グッ……!?」

 

 カリバーが膝をつき、月闇を落とした。

 勝ったのはセイバーだった。

 これまでの戦い、そしてプリミティブドラゴンと結んだ絆が剣司の力となり、ついにはカリバーを圧倒するまでになったのだ。

 

 腰に巻いたドライバーから、力を失ったジャアクドラゴン・ワンダーライドブックが外れ、カリバーの変身が解けていく。

 謎の剣士の正体を見た剣司は、セイバーの仮面の中で両目を見開いた。

 

「に、兄さん……!?」

 

 カリバーの変身者とは、行方不明となっていたはずの剣司の兄、神川大地だったのだ。

 

「剣司のお兄さんが……カリバー? どういうことよ」

 

 発覚した敵の正体に夏凛たち勇者も困惑し、互いに顔を見合わせている。

 

「剣司、私は……」

 

 大地がなにか言わんと口を開きかけた、その時

 

「……みんな、気をつけて!」

 

 セイバーの感覚器官に気配が感じられ、剣司が叫ぶ。

 直後、彼らの周囲で爆発が起きた。

 

 勇者への衝撃は精霊のバリアに防がれ、セイバーもまた体を水の元素と化し、自身と兄を守った。

 爆風が晴れた先には、巨大な(たこ)を思わせる異様な物体が浮遊していた。

 

「嘘でしょ、なんで……バーテックスは全部倒したはずでしょ!?」

 

 風が動揺を(あら)わに叫ぶ。

 彼女たちの前には、初めて勇者となった時に倒したはずの乙女座、ヴァルゴ・バーテックスがいたのだ。

 ヴァルゴは尻尾状の器官から、卵のような形の爆弾を大量に撃ち出してきた。

 爆弾はセイバーたちを目掛けて着弾する。

 

「ぐあああああっ!?」

 

 爆炎に飲み込まれる七人。

 セイバーのエレメントの体を貫いて、爆弾の炎が生身の大地の体を焼き焦がす。

 

「兄さん! このっ!!」

 

 炎が消えた一瞬、次の攻撃が加えられる前にセイバーはエレメンタルドラゴンの必殺技を放ち、ヴァルゴを葬り去った。

 周囲を見回してみる。どうやら他に敵はいないようだ。

 兄のもとに駆け寄ろうとした時、地面が揺れ足を止められた。

 そのまま樹海化が解けていく。

 

「……あれ?」

 

 樹海が解除されれば、讃州中学の屋上に戻されるはずだ。

 だが剣司は、明らかに学校ではない別の場所に立っていた。

 見れば、かつて市のシンボルだった、破壊された大橋が視界に入る。

 ここは讃州市から大きく離れた大橋市だったのだ。

 

「剣司」

「神川先輩……」

「夏凛ちゃん、東郷さん。君たちも一緒だったのか」

 

 二人の少女も剣司と同様に、大橋に戻されていたようだ。

 だが、友奈と犬吠埼姉妹の姿はない。

 

「ずっと呼んでたよ、わっしー。会いたかった~」

 

 不意に、三人の背後から声がかけられた。

 剣司たちはビックリしてふり向くと、そこには大きなベッドに寝かされている、全身を包帯にくるまれた少女がいた。

 

「……?」

 

 少女の言葉から、三人の誰かと面識がある様子だったが、誰も彼女のことは知らなかった。

 だが、その隣に立つもう一人の少女に、剣司は見覚えがあった。

 

「あなたは、銀さん?」

「や、久しぶり」

 

 包帯の少女の側に立つのは、プリミティブドラゴンの物語の解読を手伝ってくれた、先代の炎の剣士を自称する銀だった。

 

「プリミティブドラゴンのこと、助けてくれてありがとね。あたしには出来なかったから」

「先輩、お知合いですか?」

「ああ、前にちょっとね」

 

 東郷の問いに、以前出会った時の経緯を話して聞かせる。

 

「私たちの前の勇者……じゃあ、そっちの人も」

「初めまして~、乃木園子っていいます」

 

 乃木園子。彼女こそ大赦のツートップの一角である乃木家の令嬢であり、先代の三人の勇者のリーダーを務めていた者だった。

 初対面のはずなのに、東郷に対する園子の言葉は親近感を感じさせるものなのを、当の東郷は不思議に思った。

 園子の隣で東郷を見つめる銀の視線もまた、どこか寂しさを感じさせる影をひっそりとたたえたものだった。

 

 勇者部のメンバーよりも以前から勇者として大赦で訓練に努めていた夏凛だが、先代勇者との面識はい。

 そのため名乗ろうとするが、先んじて園子が言葉を紡ぐ。

 

「あなたたちのことは知ってるよ~。三好夏凛ちゃん、神川剣司さん、それと……東郷美森ちゃん」

「あの、俺たちのことを呼んだって……他のみんなは」

「大丈夫。他の人たちはいつもの場所に戻ってるよ。あなたのお兄さんも、入院できるように手はずは整えておいたから」

「どうして兄さんのことまで……」

 

 園子のそばに、太ったカラスのヌイグルミを思わせる物体が出現した。

 

「この子、セバスチャンって言う私の精霊なの。この子に頼んで、あなたたちのことを観ててもらったの」

 

 勝手に見張っててごめんね、と園子は薄っすらと笑みを浮かべ言った。

 だが、そのおかげで大地の様態は守られることになったので、剣司は文句を言う気はなかった。

 園子は夏凛に視線を向ける。

 

「夏凛ちゃんのお兄さんのことだけど……カリバーの言ってたことは、全部本当だよ」

「っ! やっぱり兄貴は、大赦の誰かに殺されてたの?」

「あたしたちも探りを入れてるんだけど、犯人は分からなかった」

 

 ごめん、と動けない園子に代わって銀が頭を下げた。

 

 場に気まずい沈黙が流れる。

 その静寂を破ったのは東郷だった。

 

「乃木さん」

「……なにかな~?」

「あなたのその体は、バーテックスとの戦いで怪我を?」

「違うよ。これは、満開を繰り返してたら、こうなっちゃったんだ」

「満開を使って……それはどういうことですか」

 

 東郷に続いて剣司が疑問を投げかける。

 背中に嫌な汗がジワリと浮かんだ。

 

「満開したのは、犬吠埼風さんと樹ちゃんの二人だよね。その二人は、あとで体の具合が悪くなったはずだよ」

「ちょっと待ってくれ。まさか、そんな……」

「咲いた花は、あとは散るしかない。満開を使うとね、散華という隠された機能が働く仕組みなの」

 

 散華。それは神の力を行使した代償として、使用者の体の一部を神に供物として捧げるものだった。

 そして一度捧げられた供物は、二度と戻ることはない。

 

 満開の真実を知らされ、夏凛と東郷は息をのんだ。

 そして剣司は、ガクリと膝をつきその場にくず折れる。

 

「じゃあ、風さんの左目はもう見えないままで、樹ちゃんはもう二度と、声が出せない……?」

 

 これまで危惧していたシステムの真相は、自分の不安よりも大きな代償をもたらすものだった。

 そしてその満開をあろうことか、自らの暴走によって使わせてしまったのだ。

 その事実が剣司の心に、とてつもない衝撃を与える。

 

「俺のせいで……俺のせいで二人は……」

「剣司、しっかりして!」

 

 初めてできた友の片目を、そして妹分の夢を奪ってしまった。

 そのショックで呆然自失となる剣司は、夏凛の呼びかけにも反応を示さない。

 二人の隣で、東郷はさらに園子への問いを重ねる。

 

「私たちは全ての敵を倒した……はずだった。なのにさっきの戦いでは、最初に倒したバーテックスがまたやって来たわ。あれは一体」

「バーテックスがどこから来るか、あなたは知ってる?」

 

 東郷の問いに、園子は逆に質問を返してきた。

 

「四国の外をおおうウイルスが進化して出来た怪物、それがバーテックスでしょう」

「表向きはね。でも、真実は違う。壁の外には、バーテックスを生み出し続ける、真の敵がいるんだよ」

 

 西暦の時代、世界全土はウイルスにおおわれ人類の大部分が死滅した。

 それが表向きの歴史。

 だがかつて、上里家の人間である大赦の最高位の神官は言っていた。

 世界の滅亡は、全知全能の書を悪用しようとした何者かによって引き起こされた、と。

 

 そして全知全能の書は、人の身には大きすぎて扱えない力。

 そんな本を利用できるものとは。

 そんな相手と戦った神樹を、劣勢に追い込み四国に押しとどめた存在とは。

 東郷の頭の中で、一つの答えが導き出される。

 

「まさか……私たちの戦っている相手は、神そのものだというの……!?」

 

 東郷の言葉に、園子は静かにうなづいた。

 

「大赦は、敵を『天の神』と呼んでる。天の神を倒さない限り、バーテックスは無限によみがえってくる」

「じゃあ、私たちはこれからも、戦い続けなければならないというの……」

 

 戦って、満開を使い、その成れの果てが目の前にいる少女の姿。

 全身の大部分を供物として捧げ、満足に動くこともできないそれは、まさに神への生贄というに相応(ふさわ)しい有様だった。

 

「でも」

 

 園子が剣司を見つめながら、静かに口を開く。

 

「聖剣に選ばれて、禁書の力も仲間にできたあなたなら、もしかしたら……」

 

 西暦の時代に剣士に選ばれた伊予島杏以来、数百年ぶりに仮面ライダーセイバーへと変身する力を得た剣司なら、あるいはこの事態を打開できる可能性があるかもしれない。

 それは一縷(いちる)の望みを託した、少女自身の願いの言葉でもあった。

 

 話が全て終わったのを見越してか、どこからともなく仮面をかぶった集団が姿を現した。

 不気味なその集団は、みな大赦に所属している神官たちだった。

 

「彼女たちを家に帰してあげて」

 

 園子の言葉に従い、神官たちは礼をもって剣司たちを家へと送り返す手はずを整える。

 それぞれの家へと向かう車の中で、剣司は園子から言われた言葉を反芻(はんすう)していた。

 

(俺がなんとかしないと……俺がみんなを助けないと……)

 

 その追い詰められた決意の先にあるのが、終わりへと向かう物語の始まりだと気づかずに。



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第十六章 兄と弟、再会の時。

 敵の正体と満開の代償を知らされた剣司たちは、園子の指示によって大赦の車でそれぞれの家へと送られていた。

 後ろの席に座る剣司、夏凛、東郷の三人はみな一様に押し黙ったまま、ただ車に揺られ続けている。

 

 仲間である風と樹の二人は片目と声を失い、それは二度と戻らない。

 それほどの代償を払っても、敵である怪物たちは倒し切ることは出来ず、終わったと思った戦いは永遠に続く。

 

 普段は前向きな明るい勇者部の部員たちも、この事実を前には打ちのめされたような気分でいっぱいだった。

 

「二人とも……」

 

 沈黙の続く車内で、ポツリと剣司が口を開いた。

 

「さっき乃木さんが言ってた散華のことは、風さんたちには黙っておいて欲しいんだ」

「それは……まあ、そうよね。体が治らないなんて、どう伝えていいかもわからないんだし」

「でも、もし次バーテックスが来たら……。また誰かが、満開を使わなければならなくなるかもしれませんよ……?」

 

 夏凛と東郷が答える。

 樹の声が出せないということは本人も、それ以上に姉の風のショックが大きいだろう。

 だが東郷の言うようにまた戦いが始まれば、いずれは満開の使用が避けられなくなる可能性が高い。

 そうなれば彼女が危惧しているのは、親友の友奈がその犠牲者になることだった。

 

 東郷の不安に対して、剣司は悲壮な決意の元に断言する。

 

「これからは、俺一人だけで戦う」

 

 剣司の言葉に、夏凛も東郷も当然のように制止の声を上げた。

 

「なにバカなこと言ってんのよ! いくら新しい力を手にしたからって、一人だけでバーテックス相手にずっと戦い続けられる訳ないでしょう!?」

「そうですよ! しかもバーテックスの背後には、神樹様でも敵わなかった存在がいるんですよ!?」

「それでもっ! それでも、俺がやるしかないんだ!!」

 

 引き留める二人の言葉を、剣司は断固たる意志で拒否した。

 そのタイミングで、三人を乗せた車は東郷の家の前に到着する。

 

「二人とも、ごめん!」

 

 剣司は謝罪すると共に、少女らのポケットからそれぞれのスマートフォンを奪い取った。

 そのままドアを開け、勢いよく車外に飛び出す。

 

「あ、ちょっと! 剣司!?」

 

 奪った二人のスマートフォンは、勇者となるための変身アプリが実装されている機種だ。

 これがなければ、夏凛も東郷も勇者になることは出来ない。

 剣司は実力行使によって、少女らから戦う力を奪ったのだ。

 

「……あのバカ」

 

 足早に走り去っていく剣司の背中に、夏凛はただ一言そうこぼすのみであった。

 

 

 

 

 

◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆

 

 

 

 

 

 二人の元から逃げるように立ち去った剣司。

 自宅に帰り着いた頃には日も落ち、すっかり夜となっていた。

 そのまま明かりも()けず部屋に入ると、力なくベッドに倒れ伏す。

 少女らの境遇を考えると、食事をとる気にもなれなかった。

 そのまま時間だけが経過し……

 

「……ぁ」

 

 不意に剣司は、自分のスマートフォンが振動していることに気づいた。

 電話の相手は風だ。

 無視する訳にもいかず、通話をオンにする。

 

「もしもし……」

『あ、やっと繋がった! あんたどこ行ってたのよ? 東郷と夏凛も姿が見えなくなるしさー』

 

 どうやら樹海から戻された際に、三人が姿を消したことを心配して、ずっと連絡をくれていたようだった。

 

「大丈夫、二人も俺と一緒だったよ。色々あって、ちょっと遠くに戻されてたんだ」

『そうなの? 神樹様もミスをすることがあるのね』

 

 園子たちに会ったことを伝えれば散華にまで話が及ぶと思い、剣司は曖昧なままにしておいた。

 

『そうだ。お兄さんのことだけど、大赦の病院に搬送されたから……』

 

 風は、大地が入院している病院と、病室の番号を教えてくれた。

 

『お医者さんが言うには、怪我も大したことないらしいから、明日にでも面会できるようにしてくれるってさ』

「そっか。ありがとう、手間をかけたね」

『いーって、いーって』

 

 数秒の沈黙。

 先に口を開いたのは剣司だった。

 

「あの、風さん……目のことだけど」

『ん?』

「その……調子はどう?」

『別に変わりないわよ? ちょっと遠近感が狂うけど、普段の生活には支障はないわ』

「……樹ちゃんは……」

『少しだけコミュニケーションに難はあるけど、メモ見てどうにかなってるから。まあ、本人はしばらく歌えてないから、その点はちょっと寂しそうだけどね』

「そう……か」

『文化祭まで症状が長引いちゃったら配役をどうしよう、なんて言ってたけど、まあそれまでには治ってるでしょ』

 

 楽観的な風の明るい声に、剣司の心が締め付けられる。

 再び会話が止まった。

 風は受話器の向こうで、剣司が必死に息を殺している気配を察した。

 

『……もしかして、あんた泣いてる!? なんで!?』

「すまない、風さん……俺のせいで……すまない……っ!」

『暴走したのは、剣司のせいじゃないって言ったじゃない! あんたがあの合体バーテックスをやっつけてくれなかったら、世界の方が危なかったんだし』

「で、でも……!」

『あたしと樹なら大丈夫だって! お医者さんも、一時的な疲労ですぐ良くなるって言ってくれてるんだからさ! ね?』

 

 初めて剣司が泣くところを見た──電話越しのため姿は見えていないが──風は、あたふたと慰めの言葉をかける。

 しかし、姉妹の体がもう治らないことを知っている剣司は、その事実を打ち明けることもできずにただ、謝罪の言葉を重ね続けるしかなかった。

 

 

 

 

 

◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆

 

 

 

 

 

 翌日、剣司は初めて学校を無断でサボった。

 休むための適当な理由をでっちあげる時間も惜しいと、早朝から一人始発の電車に乗りこむ。

 向かう先は大赦本部だ。

 そこには朝早くであるにも関わらず、いつもと同じ男性神官が、いつもと同じように剣司を出迎えた。

 大赦のトップである上里の人間、その最高位の神官自らが常に剣司を招き入れる立場にあるのは、どういった思惑があってのことだろうか。

 

 畳敷きの対面の間に通され、神官は正座する剣司の前で平伏する。

 神官の姿勢を制止するでもなく、剣司はきつ然とした態度で彼に一つの問いを投げかけた。

 

「あなたたち大赦は、満開の後遺症のことを知っていたんですか?」

「……園子様から、真実をお聞きになったのですね」

 

 外との接触は制限されているはずの園子と対面した剣司に対し、神官は普段通りの平然とした態度で応える。

 

「おっしゃる通り、散華のことについて我々は、全てを認識しています」

「なんで黙ってたんだッ!?」

 

 他人に対しては常に穏やかな態度を保ち続けていた剣司だったが、この時は大人相手にもかかわらず、初めて胸に抱いていた怒りをあらわにした。

 それでも神官は、尚も動じることなく淡々と言葉を続ける。

 

「全ては勇者様たちの御心を思い計らってのこと……」

「嘘をついて、本当のことをひた隠しにして、なにが思いやってるからですか!?」

「真実を伝えても、それでも勇者様たちは、満開の力を使われたことでしょう。ならば、それまでの余計な心配や不安を感じさせるのは、酷なことであります」

「でもそれは……まるでだまし討ちと同じだ……」

「我々としても、苦渋の選択の末のことでした」

 

 神官は依然頭を下げたまま。

 元より仮面をしているため表情は読めないが、それにしても剣司は目の前の神官の言葉から、感情の起伏というものを感じ取れなかった。

 ふとこの神官は、神官という役職をこなすためのロボットなのではないか、という考えが頭をよぎった。

 

「……散華を治すことは出来ないんですか?」

「一度神樹様に捧げられた供物を取り戻すことは、人の手では不可能です」

「あなたたちが作ったシステムでしょう? なにか方法は……」

 

 神官は答えることはなかった。

 目の前の男に直訴すれば、抜け道のような手段でも残っているのではないか。

 そんな(かす)かな望みを抱えてやって来た剣司だったが、それも徒労に終わってしまうのか……。

 

「……一つだけ、可能性が残されています」

 

 うなだれる剣司に対して、神官は最後の希望を取りだして見せた。

 

「剣司様が集めてくださった全てのワンダーライドブックとアルターライドブック、それと火炎剣烈火および闇黒剣月闇を解析できれば……。

もしかすれば新たなデータを基にして、散華の解消に役立つ情報が得られるやもしれません」

「……それは、本当ですか」

「可能性はある、という話です」

 

 神官は顔を上げ、仮面越しに剣司を見つめた。

 この男が仮面の奥にどのような真意を持っているのか、それはうかがい知れない。

 しかしもはや剣司には、神官の言葉に頼るよりほか道は残されていなかった。

 

「お願いします、風さんを……樹ちゃんを、助けてあげてください」

 

 そう言って剣司は、火炎剣烈火が納刀されている聖剣ソードライバーとブレイブドラゴンおよびプリミティブドラゴンの、自身が所持していた最後のライドブック二冊を、神官の前に差し出した。

 

 

 

 

 

◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆

 

 

 

 

 

 すがる思いで、神官に装備の全てを明け渡した剣司。

 大赦本部を後にしたその足で、すぐ近くにある大赦管轄の病院へ来ていた。

 

「ここに、兄さんが……」

 

 前日に電話で風に教えてもらった、大地が入院している病室の前に立つ。

 扉に手をかけて、それからふと手を止めた。

 

 半年ぶりに会う兄。

 それと知らず一時の間、敵として剣を切り結んだこともあった。

 どんな顔をして会えばいい? と剣司は思った。

 扉の前で固まったように動かない剣司を、横を通り過ぎる看護師や入院患者が、いぶかしげな目で見つめてきた。

 

(らちが明かないな。出たとこ勝負だ)

 

 剣司は思い切って扉を開けた。

 ベッドの上で上半身を起こし、窓の外を眺めていた大地が反応して、こちらを振り向く。

 顔色は良好だったことに安堵しつつ、剣司は後ろ手にドアを閉め、ベッドの横の椅子に腰を下ろした。

 

 お互い黙ったまま、壁に掛けられたアナログ時計の秒針だけが、カチカチと静かな音を響かせている。

 窓の外に広がる青空、流れる雲をぼんやりと眺めながら、剣司は自然と口を開いた。

 

「……いい天気だね」

「ああ、まだ夏だからな。……お前、学校はどうした? 今日は平日だぞ」

「サボったよ、用事があったから。あと、兄さんの見舞いにも来ようと思ってね」

「そうか……。食事はちゃんととってるか?」

「たまには自炊してるよ。上手くはいかないけど」

「そうか」

 

 一呼吸付き、窓の外から兄の顔に視線を移し、剣司はずっと聞きたかったことをたずねる。

 

「……半年前、なんでなにも言わないで、俺の前から消えたの?」

 

 大地も剣司の目を正面から見据え、真摯に答える。

 

「私の友、三好晴信が殺された。その犯人を見つけ出すためだということは、前にも言ったな」

「うん。でも、それは警察にでも任せればいいじゃないか」

「それではダメだ。大赦は政府機関以上の権力を持っている。警察程度の力では、もみ消されてしまうだろう」

「だからって、カリバーになって世界と敵対まですることないんじゃ……」

「私が敵対していたのは大赦だ。お前も、今の大赦には思う所があるんじゃないか?」

 

 大地の言う通り、満開の後遺症を黙っていた大赦にはもはや、全幅の信頼を寄せることは出来なくなっていた。

 

「私も大赦に所属していたからわかることだ。あの組織は、外の人間が思うよりも(いびつ)にゆがんでしまっている……」

「……兄さんも信じていたんだね、大赦のことは」

「かつてはな」

 

 そう言って、大地は遠い目をした。

 

「けど、よりによって人間を滅ぼそうとしてる天の神に協力することは、なかったんじゃない?」

「それも表面上、協力しているフリをしていただけだ。協力したフリで全知全能の書を復活させ、隙を見てそれを奪い取るつもりだったんだ」

「なんでそれだけの作戦を、たった一人で実行しようとするんだ。俺にも言ってくれれば……」

「お前はたった一人の家族だ。余計なことを言って、争いに巻き込みたくなかった。だから黙って家を出たんだ」

 

 すまなかった、と頭を下げる大地。

 

「しかし、まさかお前が炎の剣士に選ばれていたとはな……」

「そうだよ、俺にだって出来ることはあるんだ。だからもう、兄さん一人で全てを背負い込むことはないんだよ」

「ああ……。お前はもう、独りじゃないんだよな」

「うん。勇者部のみんながいてくれたから、俺も戦い続けることができたんだ」

「そうか。お前もいい友に恵まれたようだな。……本当に、ありがとう」

 

 唐突に感謝を伝えてきた大地に、剣司は疑問を浮かべる。

 大地の言葉は、剣司ではなく彼の背後にあるドアに向けられていた。

 と、その扉が開けられる。

 

「……夏凛ちゃん……」

 

 ドアの向こうから姿を見せたのは夏凛だった。

 どうやらずっと、兄弟の会話を外で立ち聞きしていたようだった。

 

「どうして夏凛ちゃんがここに」

 

 剣司の問いに、夏凛は病室に入りながら答える。

 

「あんたが持って行った、私のスマホを取り返すためによ。風から、お兄さんがここに入院してるって聞いたから、探しに来たの」

 

 憮然とした態度で言い放つ夏凛だが、別に彼女だって心から怒っている訳ではない。

 夏凛にしても、剣司がスマホを奪ったのは自分を戦いから遠ざけるためだということを、十分に承知していた。

 しかしいくら少女のことを思っての行動でも、そのために剣司が自分の身を犠牲にするような手段を選んだことは、夏凛としても納得できないことではある。

 だから少しだけ不機嫌な態度を見せてしまうのも、致し方ないだろう。

 

「君が晴信の妹か……話は聞いてはいたが、会うのは初めてだな」

「……どうも」

 

 友人の兄でありかつての敵、という奇妙な立場の大地に対して、わずかな緊張と共に会釈する夏凛。

 そんな少女の様子に苦笑を浮かべた大地の顔を見て、やっぱり兄弟だから剣司と似た雰囲気があるな、と夏凛はぼんやり思った。

 

「晴信のことはすまないと思っている。私が駆けつけるのがもう少し早ければ、奴も助かっていたかもしれないのに……」

「あなたのせいじゃないわ。悪いのは犯人よ。むしろ、大地さんは兄貴のために尽力してくれたと思う」

 

 やり方はちょっと問題があったかもしれないけれど、と夏凛。

 

「けど、本当にその全知全能の書ってのを使えば、兄貴を生き返らせることができるんですか?」

 

 神がページを開きこの世界を創り出したと言われる全知全能の書は、大赦でも上層部の人間しか知らない事実である。

 勇者に選ばれた夏凛も、この書の存在は噂程度でしか聞いていないため、本のもたらす力に対しても懐疑的な思いがあるのも否めなかった。

 

「それはやってみなければわからない。なにせ、神の振るう力だからな。人間に扱いきれるものではないかもしれん……」

 

 それでも、その力に頼るしか大地には道はなかったのだ。

 今の剣司が、散華の解消に大赦を頼るしかなかったように。

 

「……あれっ?」

「え、停電?」

 

 剣司と夏凛が同時に言った。

 不意に病室内が暗がりに包まれたからだ。

 しかし、今は晴天の真昼間。

 停電になる以前に、部屋に明かりは(とも)されていない。

 

「なんだ、これは……」

 

 椅子から立ち上がった剣司が、窓を開き外を眺める。

 あれほど晴れ渡っていた夏空が、出しぬけに暗黒色に染まっているではないか。

 それは単純に黒雲がかかっている訳ではない。

 文字通り、闇が太陽の光をさえぎり、世界を闇黒に包み込んでいたのだ。

 

「こ、これは……!」

 

 ベッドの上で、大地が驚愕をあらわにする。

 

「兄さん、この状況がなんなのか分かるの?」

「ああ、これは……全知全能の書が復活しようとしている!」

 

 世界の終わりが、なんの前触れもなく始まろうとしていた。




おかげさまでバーが赤くなってました。
評価してくださった方ありがとうございます。

あとちょっとで終わりますが、最後までお付き合いください。


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第十七章 開かれる、創世の書。

 夏の青空が、唐突に闇に染められた。

 世界は太陽の光が(さえぎ)られ、まだ昼間だというのに周囲は、夜の(とばり)が降ろされたのと変わらない様相を(てい)していた。

 

「これが……全知全能の書が復活する前触れだって……?」

 

 剣司は、大地に言われた事態の真相を、繰り返し口にした。

 

「なんだって、いきなりそんなことが起きるのよ……」

 

 剣司の隣で、同じように窓から外の景色を見渡しながら、夏凛が言う。

 明らかに良くない雰囲気を漂わせている周囲の光景に対して、わずかに動揺していることがうかがえた。

 

「火炎剣と闇黒剣、そして全てのライドブックが、ここに(そろ)ったのだ」

 

 大地の言葉に、剣司と夏凛はふり向く。

 

「俺が烈火と、二つのドラゴンのライドブックを大赦に預けたから……」

「まさか……大赦の中にいる裏切り者が、これを引き起こしてるってこと!?」

 

 夏凛の声に大地はうなづいた。

 

「けど、裏切り者って一体誰が……」

「……まさか!」

 

 剣司に視線を向ける夏凛。

 その剣司は、思い当たる節があって即座に病室から駆け出して行った。

 夏凛もすぐにあとに続く。

 

 二人は病院から外に出た。

 外では患者やそれ以外の通行人が、一様に様変わりした空の様子を不安気に眺めている。

 それには気を止めず、剣司が先に立って夏凛と共にある場所を目指し走り続ける。

 

 二人がたどり着いたのは大赦本部だった。

 本部の建物、その中心と思われる所から、天に向かって一筋の光の柱が立ち昇っているではないか。

 

「なによあれ……」

「分からないけど、あそこで全知全能の書を復活させようとしているんだ」

 

 二人は大赦本部に立ち入った。

 本部内は、嵐のような喧騒(けんそう)に包まれていた。

 事態が把握できていないのか、何人もの一般の神官や巫女、大赦の職員たちが施設内を右往左往している。

 

 剣司たちは職員の一人を捕まえて、なにが起きているのか問いただすも、誰も要領を得ない答えを返すばかりだった。

 二人は慌てふためく職員らをかき分け、本部施設の中心──光の柱の立つ根本を目指す。

 そこは、いつも剣司が通されていた対面の間だった。

 

「やっぱり……真の裏切り者とは、あなただったんですね……」

 

 対面の間の中央に立つ人物を見て、剣司は静かに言った。

 

「え……この人が、裏切り者ですって……?」

 

 夏凛が、信じられないといった面持ちを浮かべる。

 二人の前で全知全能の書復活の儀式を()り行っていたのは、これまで剣司と対面を続けていた大赦最高位の神官の男だった。

 

「で、でも! 彼は乃木家と一緒に大赦のトップを務めてきた、上里の一族の人間なのよ!? それがなんで……」

「それですよ。その一方的な期待と責任が、うっとおしかったのです」

 

 夏凛の言葉に、神官は心底うんざりしたように答えた。

 それは、彼が初めて見せた人間らしい感情の表れだった。

 

「人類が天の神によって生存を(おびや)かされてから三百年。

私の一族は、人類を守るための(いしずえ)として、大赦にその身を捧げ御役目を果たし続けた……。

実にバカバカしいと思いませんか?」

 

 神官は、使命に(じゅん)じていった自らの一族のことを、心底軽蔑(けいべつ)するといった風に吐き捨てた。

 

「私も家の因習(いんしゅう)でこんな役目を押し付けられましたが、まったくツマラナイものでした。ですが、それもこれで終わりです」

 

 剣司に対して深々とお辞儀をしながら、言葉を続ける。

 

「神川剣司様……あなたが邪魔者のカリバーを排除してくれたおかげで、事は上手く進みました。大変感謝しております」

「全ての聖剣とライドブックを集めさせるために、俺を炎の剣士に仕立て上げたのか……!?」

「おかげで私自ら動く必要なく、こうして全知全能の書の復活に必要なものを集めてくださった。実によい手駒(てごま)でしたよ、あなたは」

 

 仮面の下で、神官がニヤリと意地の悪い笑みを浮かべたのが伝わってくる物言いだった。

 

「全知全能の書を復活させて、一体なにをしようというんです!」

「人類はやがて天の神に滅ぼされ、この世界は終わる。

それは書に記載されている、すでに決まってしまっている物語です。

私がこの、報われない御役目を課されることも決まっていた……。

全ては神の(てのひら)の上……実に甲斐(かい)のない人生です」

 

 ならば……。

 仮面の下で、神官の顔が歪んだ笑みを浮かべる。

 

「ならば、最期に神に一泡吹かせたい。全知全能の書の力を使い私が神となり、天の神に戦いを挑む」

「たった一人で……?」

「私だけではありません。当然、四国に住む全ての人間も兵士と化し、私の(しもべ)として共に戦わせますよ」

「なんだって!?」

「どうせ放って置いても、みな死ぬのです。なら、最期に私の役に立つことが、せめてもの生きた証となるでしょう」

 

 神官の余りに自分勝手な物言いに、剣司も夏凛も呆れた顔を浮かべた。

 

「ちょっと、頭おかしいんじゃないの、この人」

「ああ、もうまともじゃない」

 

 いつからそうだったのか、あるいは初めからか。

 全人類を巻き込んだ破滅願望。

 神官はもはや、正常な思考を放棄していた。

 

「俺たちが、あなたを止めます」

「どうぞご勝手に。あなた方はもう用済みです」

 

 神官は言葉と共に、掌を二人に向ける。

 そこから二筋の雷光が放たれた。

 

「「!?」」

 

 全知全能の書の力の一端が、無防備な剣司と夏凛を襲う。

 が、その攻撃はすんでの所で防がれた。

 

「危機一髪だったわね!」

 

 言葉と共に空より降り立ったのは、勇者へと変身した姿の部長、風だった。

 彼女の後から同じく勇者服に身を包んだ樹と、制服のままの東郷を抱えた友奈も着地する。

 風らの精霊バリアによって、剣司たちは守られたのだ。

 

「話は勇者イヤーで聞こえてたわ。あの人が、諸悪の根源ね」

 

 風は言いながら、剣を構え神官と対する。

 

「スマホ、返してもらうわよ」

 

 剣司がなにか言う前に、夏凛は彼のポケットに手を突っ込むと、即座に二台のスマートフォンを奪い返した。

 一つを東郷に渡し、二人も勇者に変身する。

 

 五人の勇者を前にしても、神官は余裕の態度を崩さない。

 こうなることも、彼はすでに知っていたのだ。

 

「自分を犠牲にしようとも世界を守る。実に素晴らしい、それでこそ神樹様に選ばれた勇者様です」

 

 神官は両手を広げ、大仰(おおぎょう)に言ってみせる。

 

「あたしたちは誰も犠牲になんかならないわ! あんたをとっちめて、それで終わりよ」

「なにを言っているのです? すでに風様と樹様は、この世界の犠牲となっているではありませんか」

「よせ! 止めろッ」

 

 剣司の声を無視して、神官は風らに満開の後遺症、散華の真実を明かすという暴挙に出た。

 自分自身の、最愛の妹の、大切な仲間の失われた体の機能は、もう戻らないということを。

 

「……は、ぇ?」

「……」

 

 そんなの嘘だ、と一笑に()したい風だったが、神官の語る言葉には真実のみが持つ重さをたずさえていた。

 動揺し、剣を構えていた腕が力なく垂れさがる。

 反対に樹は、悲しみを浮かべつつも取り乱すことはなかった。

 心のどこかで、もしかしてという予感があったのだろう。

 

「世界を守るために巻き込んだ家族の夢を自ら奪うとは、なんという皮肉でしょうねぇ」

 

 子供が虫の命を(もてあそ)ぶ遊びに(きょう)じるように、神官は姉妹の残酷な運命をあざ笑った。

 

「あたしが……あたしのせいで、樹の声が……」

「風先輩!」

 

 ガクリ、と腰が抜けたように風は地面にへたり込んだ。

 勇者装束が解かれ、その姿がただの少女に戻る。

 神官の言葉で彼女は、戦うための強い意志を奪われたのだ。

 友奈が駆け寄り声をかけるが、風は呆然と虚空を見つめるばかり。

 

「あぁ、そうそう」

 

 神官は夏凛に顔を向ける。

 

「夏凛様、あなたのお兄さん……晴信君を殺したのは、私です」

「……なん、ですって……」

「彼に私の真意を気取られたのは誤算でした。(おろ)かにも私の行いを邪魔しようとするなど……本当にバカでマヌケな男でしたよ!」

「お前……よくも兄貴をおおおおお!!」

 

 挑発に乗せられ激昂(げきこう)した夏凛は、刀を振り上げ神官に飛び掛かる。

 だが、刀が神官に届く前に、夏凛の体は大きく横に弾き飛ばされた。

 

「なに、これは……?」

 

 夏凛を突き飛ばしたものを見て、東郷が小さく漏らした。

 それは真っ白な、袋状の体と大きな口を持った『星屑』と呼ばれる怪物。

 星屑は一匹だけではなく、神官の頭上に広がる光の柱の中から、ゾロゾロと湧き出すように這い出てくる。

 

「これは天の神が生み出した、人類だけを滅ぼす兵器。あなたたちが戦ってきたバーテックスの、素となるモノです。だが今は、私の意のままに動く」

 

 神官の言葉通り、人間を無差別に襲うように造られている星屑だが、今は外で右往左往している大赦の人間や一般の市民がいるにも関わらず、そちらには向かわない。

 まるで神官を守るように、その周囲を囲みながら浮遊している。

 

「全知全能の書によって、今の私は天の神の力を扱うことが出来る。その証拠に……」

 

 数十体の星屑が一ヶ所に集まり、溶け合うように融合していく。

 それは、勇者たちが戦ってきた十二星座型のバーテックスになる前段階の、進化体と呼ばれる個体。

 星屑はいたる所で融合を始め、みるみるうちに数十体の進化体が形成されていく。

 

 神官が腕を振るうと、それに合わせて進化体は群れを成し、少女らに襲い掛かって来た。

 東郷が銃で狙撃するが、数が多く撃ち漏らした個体が次々と迫ってくる。

 

「こんのぉおおおおおっ!」

 

 動けない風と剣司を庇って、友奈と樹、そして復帰した夏凛が押し寄せる進化体を迎撃する。

 

「風さん、しっかりしろ! 変身しないと、このままじゃ君が危険だ!!」

 

 風の肩を揺さぶり、勇者服をまとうように言う剣司だが、当の風は呆けたまま。

 最愛の妹の声を奪ってしまった原因が自分だと知らされれば、そのショックは相当なものだとうなづける。

 友奈たちも風の名を呼ぶが、誰の声も彼女には届かない。

 

「ここは私が食い止めるから、友奈たちは二人を安全な場所に連れて行って!」

「そうしたいけど、敵の数が多すぎるよ!」

 

 生身をさらしているに等しい剣司と風の身を案じた夏凛は、二人を避難させようとする。

 だがそれも、周囲を囲む進化体が許さない。

 

「この敵、一体一体の力は大したことないけれど……一体何匹いるの!?」

 

 二丁拳銃を乱射しながら、東郷が焦りの声を上げた。

 勇者たちがいくら敵を倒そうと、進化体とその素になる星屑は尽きることなく光の柱から現れ続けている。

 

「くっ……こんな時に、俺はなにも出来ないのか……!」

「剣司ーッ!!」

 

 もう戦わせないと誓ったはずの少女たちに、自分はただ守られるばかり。

 無力感に(さいな)まれる剣司の耳に、病室に残してきたはずの兄の声が聞こえてきた。

 見れば、剣司たちを取り囲む進化体の外側で、フラつく体を必死に動かしながらここまでやって来た大地が、杖をつきながら立っていた。

 

「兄さん!? なにをやってるんだ、危ないよ!」

「ドラゴンたちは、まだ完全に全知全能の書に獲りこまれた訳ではない! 呼びかけろ!」

 

 自身を心配する剣司の声にかぶせるように、大地は叫んだ。

 カリバーとしてワンダーライドブックの力と共にあった大地だからこそ、まだ書の力が敵の手に堕ちていないことを察知できたのだ。

 剣司は光の柱に向けて、その中に囚われている二冊のライドブックに向けて、声をかける。

 

「ブレイブドラゴン! プリミティブドラゴン!

君たちの力は、世界を滅ぼすために利用されていいものじゃない!

世界を守るために使われるべきものだ!

もう一度……俺と一緒に戦ってくれ! みんなを守るために!!」

 

 勇者たちの防衛線を突破して、進化体が剣司に向かってくる。

 だが剣司は、迫りくる怪物を前にしても、一歩も下がらない。

 俺の声は届いてる。必ず来てくれる。

 進化体が、体に備わったトゲを剣司に突き立てんとする。

 夏凛が剣司の名を叫んだ。

 その時だった。

 

「……やっぱり、戻って来てくれたね」

 

 光の柱の中から、(まく)を破るようにして飛び出てきた二筋の光が、剣司の眼前に迫る進化体を突き飛ばした。

 光は、かざした剣司の両の手の中に納まる。

 それはブレイブドラゴンとプリミティブドラゴンの、二冊のワンダーライドブックだった。

 

 直後、光の柱が根元から霧散するように消えていった。

 ドラゴンたちの書が欠けたことで、全知全能の書の復活儀式も中断されたのだ。

 

 光の柱が立ち昇っていた天空より、一冊の本が落ちてきた。

 儀式は失敗したとはいえ、集約されたワンダーライドブックとアルタイーライドブックの力は別の形となり、一冊のライドブックへと姿を変えたのだ。

 

「全知全能の書の復活は邪魔されてしまいましたか……まあいいでしょう」

 

 空から降った謎のライドブックを手にした神官が、こともなげに言った。

 計画していた野望が阻止されたというのに、まるで気にしていない様子。

 自分のやろうとしていることは、ただの暇つぶしでしかないと思っている証拠だった。

 神への反抗という大それた行いが、退屈を(まぎ)らわすための行為でしかないなど、剣司の言うようにこの男はまともではない。

 

 神官はどこから取りだしたのか、火炎剣烈火が納刀された聖剣ソードライバーを片手に持っていた。

 それを無造作に、剣司に放ってよこす。

 

「なんのつもりです」

「チャンスをあげましょう。それを使って、私を(たの)しませなさい」

 

 剣司の疑問に、神官は尊大な態度で答えた。

 そして、腰に巻かれた金色のベルト──ドゥームズドライバーに、全てのライドブックの力を内包した『オムニフォース・ワンダーライドブック』をはめ込む。

 

「……変身」

『オープン・ジ・オムニバス。フォース・オブ・ザ・ゴッド。カメンライダー・ソロモン』

 

 オムニフォース・ワンダーライドブックから発生した赤黒い煙に、神官の体がすっぽりと包まれる。

 煙の中から現れたのは、金と銀の甲冑をまといマントを羽織った、聖剣の剣士と酷似した姿。

 

「変身っ!」

『エレメントマシマシ、キズナカタメ』

 

 対する剣司もブレイブドラゴン、プリミティブドラゴンの二冊のライドブックを合併(がっぺい)

 二冊の力が手を組んだエレメンタルドラゴン・ワンダーライドブックをソードライバーにはめ込み、セイバー エレメンタルドラゴンへと姿を変えた。

 

「望み通り、俺があなたと戦ってやる。だからもう、勇者部のみんなを巻き込むのはやめろ!」

 

 セイバーは火炎剣烈火を構え、勇者たちへの進化体の攻撃を止めさせるように言った。

 だがソロモンに変身した神官は、そんな必死の願いなどどこ吹く風。

 

「勇者たちを救いたければ、私を倒すことだ」

 

 オムニフォース・ワンダーライドブックから生成した黒と金の大剣、カラドボルグを悠然と構えながらソロモンはセイバーを挑発する。

 こうしている間にも、少女たちに迫る進化体の数は増えていく一方だ。

 いくら進化体が十二星座型よりはるかに劣る力だとしても、数の暴力にはいつまでも抗えるものではないだろう。

 

「来ないのですか? 同じ仮面ライダー同士、仲良く(たわむ)れようじゃありませんか」

「あなたの様な人が、ライダーを名乗るな!!」

 

 セイバーは気合と共に、全力を込めた一閃を放つ。

 が、渾身の一撃はいとも簡単にカラドボルグで受け止められてしまった。

 

「なに!?」

「まさか、これが本気ではないでしょうね」

「くっ……!」

 

 火炎剣を振るい連続して攻撃を加えるセイバーだが、ソロモンの体からは火花が上がるものの、その装甲には傷一つ付いていない。

 

「そ、そんな……」

「教えてあげましょうか? 全知全能の書の復活の儀式ですでに、ブレイブドラゴンとプリミティブドラゴンのエネルギーは、私のオムニフォースライドブックに吸い尽くされているのですよ」

 

 神官の言う通り、今のエレメンタルドラゴンはその力の大部分を、ソロモンに奪われてしまっていた。

 本気を出せばレオ・バーテックスですら圧倒できるエレメンタルも、今の弱体化した状態ではまともな戦闘など望むべくもない。

 

「さあ、遊んであげましょう」

 

 今度はソロモンがカラドボルグを振るい、セイバーを追い詰めていく。

 烈火でなんとか防いでいるものの、剣司はセイバーの力を思うように扱えないことに焦りの表情を浮かべる。

 

「ぐあっ!」

 

 ついにはカラドボルグの一撃を、モロに食らってしまう。

 セイバーは大きく吹き飛ばされ、地面を転がる。

 

「剣司先輩!」

 

 必死に進化体の相手をしている友奈が、劣勢に追いやられるセイバーを見て叫んだ。

 このままでは剣司も、力を失った風も、共に戦っている東郷たちも危ない。

 友奈は即座に決断する。

 

「……こうなったら、まん……」

「待って、友奈ちゃん!」

 

 だが、友奈の決意に東郷が待ったをかける。

 

「ダメよ! 満開だけは使っちゃダメ!」

「でも、このままじゃ皆が……!」

「だからって友奈ちゃんが犠牲になることはないわ!」

「私がやらないと、皆死んじゃう!」

「やめて! じゃないと私、腹を切るわよ!?」

 

 言い争う二人を見て、ソロモンは(あざけ)りの笑いを上げる。

 

「ハハハハハッ、こんな状況で仲間割れですか。いいでしょう、あなた方はそこで黙って見ていなさい。炎の剣士の最期をね……」

『オムニバスローディング。ソロモンストラッシュ』

 

 ソロモンはオムニフォース・ワンダーライドブックを操作し、必殺剣技を発動させた。

 上空に発生した巨大なカラドボルグのエネルギーの像が、力を失い膝をつくセイバーに向けて、容赦なく振り下ろされる。

 

「剣司ーっ!!」

「「先輩!!」」

 

 夏凛、友奈、東郷が、口々に逃げろとセイバーに向かって叫ぶ。

 しかし源であるワンダーライドブックのパワーを奪われた今、セイバーに攻撃を避ける余力は残されていなかった。

 黄金の斬撃に飲まれ、仮面ライダーセイバーの姿は爆炎の中に消えるのだった。




本編書きつつ次回作のことも考えたりしてて遅れました。ごめんなさい。

いよいよゆゆゆ新シリーズ始まりますね。
楽しみでもあり、勇者部の面々がどんな目にあわされるか怖くもあり…


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第十八章 変わりゆく、未来。

 ソロモンの必殺剣技、ソロモンストラッシュのエネルギーの刃が、動けないセイバーに迫る。

 セイバーは攻撃を防ぐための余力もなく、無防備なその身に黄金の斬撃は容赦なく直撃した。

 閃光と爆発が、セイバーのいた場所を中心に広がる。

 

「剣司ぃいいいい!!」

 

 夏凛が叫ぶ。

 彼女は変わらず、周囲を取り囲む進化体の妨害に手をこまねいていた。

 

 爆発によって立ち込めていた煙がゆっくりと晴れる。

 煙の中に、黒い影が見えた。

 

「……ぅ……あぁ……」

 

 セイバーの変身が解けた剣司が、爆発のあった中心地で横たわっていた。

 服は焼け焦げ、全身のいたる所から血を流している。

 重症ではあるが、命だけはかろうじて繋いでいた。

 爆発の規模を考えれば、剣司の命は無かったはずだ。なぜか?

 

 ソロモンの攻撃がぶつかった時、エレメンタルドラゴンは自らの意志で甲冑──ソードローブを解除した。

 その時に生じた外向きのエネルギーがソロモンストラッシュの威力を軽減させたため、剣司の体は四散することなくなんとか生き延びられたという訳だ。

 

 しかし、危機的状況は依然続いている。

 ソロモンは横たわる剣司にゆっくりと近づくと、無機質な仮面越しに彼を見下ろした。

 まるで(おご)り高ぶった神が、地を這う虫けらを見下すように。

 

「さすが、バーテックスの数々の侵攻から生き延びただけのことはあるしぶとさですねぇ」

 

 ダメージで息も絶え絶えの剣司を見て、神官はあざ笑うように言った。

 右手に持つ黄金の大剣──カラドボルグを頭上へと振りかざしながら、ソロモンは冷酷に言葉を紡ぐ。

 

「ですが今度こそお別れです。あの世で勇者様たちが来るのを待っていなさい」

 

 友奈たち勇者の目には、振り下ろされるカラドボルグの剣閃がとてもゆっくりに見えた。

 加速した意識がそう見せているだけで、実際の動きはもっと素早い。

 進化体に行く手を阻まれている状況では、もう止めに入っても間に合わない。

 

 しかしここには、その勇者の完成型がいるではないか。

 

「させるかぁあああああっ!!」

 

 叫びと共に、夏凛の体が光に包まれる。

 彼女の勇者服はヤマツツジの赤から、神々しい白色に変化。

 さらに、背面に巨大な四本のメカニカルな腕が装着された姿へと変わった。

 

 ──満開──。

 夏凛は自身に降りかかる代償も(いと)わず、友の命を救うため禁断の力を使った。

 六本の腕に握られた刀を振るい、周囲に群がる進化体を切り捨てる。

 さらに一飛びでソロモンの元に飛び込むと、剣司の首目掛けて降ろされたカラドボルグを受け止めた。

 そのままカラドボルグごとソロモンを押し返し、夏凛は剣司を守るようにソロモンの前に立ちはだかる。

 瞬きする間の、一瞬の攻防だった。

 

「か、夏凛ちゃん……そんな、君まで……!」

「喋らないで。怪我に響くわ」

 

 自分を庇ったがために満開を使わせてしまった。

 自責の念に潰されそうになる剣司に、しかし夏凛は優しく言葉をかける。

 

「大丈夫よ。私も誰も、犠牲になんかならないから。これ以上誰も、犠牲になんかさせないから」

 

 少女は微笑んでいた。

 散華の後遺症は不可避の事実なのに、それでも夏凛は大丈夫だと告げる。

 たとえ体の機能を失おうと、友を助けるための覚悟の上の行いならば、絶対に後悔はしないと。

 夏凛のやわらかな笑顔は、確かに剣司の心に許しを与えた。

 

「なにが大丈夫なものか……自分を犠牲にしようとあなたたちが負けることも、人類が天の神に敗北することも、全て決まっているのですよ!?」

 

 ソロモンが声を荒げる。

 それは全てを諦めきったが故の、絶望の叫びなのだろうか。

 だが、夏凛はソロモンの言葉を真っ向から否定する。

 

「そんな悲しいだけの物語を、勝手に決めてんじゃないわよ! 皆が笑顔でいられる、これからもずっと続く幸福な物語を、私たちが決めるのよ!!」

 

 たとえ神が定めた道筋であろうと、それが不幸な結末をもたらすのなら、徹底的に抗うのだ。

 少女の姿は、決して諦めない者──勇者の姿をまぶしく体現していた。

 

 夏凛の啖呵を聞いた樹も行動を起こした。

 進化体の動きを抑えながら、片手で必死にスマートフォンを操る。

 操作を終えた樹は、未だ呆然としている風の前に来ると、彼女を呼び起こそうと肩を揺らす。

 

 しかしいくら肩を揺さぶっても、風の意識は戻ってこない。

 

「~っ!!」

 

 しびれを切らした樹は、風の頬を思いっきりひっぱたいた。

 

「……へぶっ!? え、樹……!?」

 

 生まれて初めて妹に手を挙げられた風が、そのショックからようやく我を取り戻した。

 樹は間髪入れず、スマートフォンの画面を姉に突きつける。

 そこにはメール画面に、樹の思いがつづられていた。

 

『私が今こうなっているのは、お姉ちゃんのせいでも、誰のせいでもないの。私が、自分で選んだことだから』

「でも……でも……!」

『私はずっと、お姉ちゃんに頼ってばっかりだった。だから勇者になって、やっとお姉ちゃんの隣に並べたことが嬉しいんだ』

「……樹……」

『歌いたいっていう夢が無くなっても、それで全部が終わった訳じゃない。勇者部の皆といられるなら、きっと幸せな私の物語は、これからも続いていくんだよ』

 

 樹はそっと風の肩に手を回し、姉の体を優しく抱きしめた。

 

 ──だからお姉ちゃん、もう自分を許してあげて──

 

 言葉にしなくとも、樹がそう言いたいであろうことは、確かに風の心に伝わっていた。

 

「……隣に並ぶどころか、もう先に進んでるじゃない」

 

 悲しみの涙もやっと止まった。

 風は妹の手を借りて立ち上がる。

 

「いつまでも情けない所を見せてられないわね。ここからは姉の威厳を取り戻すわ!」

 

 スマートフォンのアプリをタッチすると、光に包まれ風の姿が勇者のものへと変わった。

 彼女の気持ちが正常に戻った証だった。

 

 戦線に復帰した風は、樹と力を合わせて進化体への攻撃を開始する。

 姉妹の元に友奈と東郷も駆け寄り、友奈は安堵(あんど)の表情で声をかける。

 

「風先輩、よかった。もう大丈夫なんですね?」

「ええ、心配かけたわね」

 

 友奈の隣で東郷も、元の調子を取り戻した風の様子を見て胸をなでおろす。

 しかし、友奈が満開を使おうとしたことへの不安は、まだ東郷の中でくすぶっていた。

 現に夏凛は、すでにその満開を使ってしまった。

 延々と発生を続ける進化体は、倒しても倒してもキリがない。

 このままでは、今度こそ友奈は……。

 

「大丈夫だよ、東郷さん」

 

 そんな親友の心中を察したのか、友奈は笑顔で東郷に言葉をかける。

 

「私も、東郷さんも、皆もきっと大丈夫。勇者部が全員そろえば、絶対なにがあっても平気だよ」

「そんな、根拠なんてなにもないじゃない……」

「そうだね……でも、私はそう信じてるから。めっちゃめちゃ強く信じているから」

 

 友奈は東郷の両手を包み込むように握りしめる。

 

「成せば大抵なんとかなる! 私たちが頑張って、なんとかすればいいんだよ!」

「……友奈ちゃんには敵わないわね」

 

 どこまでも前向きに明日を信じ続ける友奈。

 彼女のまっすぐな気持ちを受け、ついに東郷も腹をくくった。

 

「わかったわ。私はどこまでも友奈ちゃんについていく。それが、私の物語だもの」

「んじゃ、話もまとまった所で……一丁かましてやりましょうか!」

 

 部長の号令を受け、四人の勇者はこれまで以上の猛攻を見せ、進化体を蹴散らし始めた。

 数の差は、勇気と根性でくつがえす。

 覚悟を超えた先に見せた四人の力は、確実に進化体の数を減らしていく。

 

 そしてついに突破口を開き、四人はソロモンと対峙している夏凛たちの元へたどり着くことができた。

 

「……なんなのですか、あなたたちは……この世界はもう終わりだと言っているのに、なぜ絶望しないのです!?」

 

 苛立ちと共に叫ぶソロモン。

 世界を守るという使命を与えられたが、その役目を放り出した所か、守るべき人々の命を玩具として弄ぼうとしている男。

 彼の感じている怒りは、我がままを聞いてもらえない子供の駄々より、もっと醜かった。

 

「どんな絶望に立たされても、幸福を願うのが人間なんだ。人間だけが、絶望にある時でも、幸せになるための物語を紡ぐことができる」

 

 傷だらけの体を押して、剣司はゆっくりと立ち上がりながら言った。

 

「神が全てを決めているのなら、俺たちはそれを書き換える。それが、俺たちの物語だ!」

「無駄なあがきを……ぅ、ぐっ……!?」

 

 剣司の言葉に反応し、地面に落ちていたブレイブドラゴンとプリミティブドラゴンのブックが輝き始める。

 直後、ソロモンがふいにうめき声を上げ、苦しみだした。

 

「ぐはっ!?」

 

 二冊のライドブックの光に引き寄せられるようにして、ソロモンの体を突き破り、体内から一冊の本が飛び出てきた。

 それは神川大地がカリバーへの変身に使用していた、ジャアクドラゴン・ワンダーライドブック。

 三冊のドラゴンの書は、再会を喜ぶように空中で浮遊している。

 

「ドラゴンよ、弟に力を貸してやってくれ」

 

 自身が使っていたライドブックに、大地は願うようにつぶやいた。

 その声を聞き届けたのか、ジャアクドラゴンがより一層強い輝きを放つ。

 その光の中に、ブレイブドラゴンとプリミティブドラゴンが溶け合うように消えていく。

 

「これは……」

 

 剣司の手には三冊のドラゴンの書が合併した、全く新しい一冊の本が掴まれていた。

 勇気のドラゴンである『ブレイブドラゴン』、愛情のドラゴンである『プリミティブドラゴン』、そして誇り高きドラゴンである『ジャアクドラゴン』。

 三匹の神獣の力が一つとなった、全知全能の書にも記述されていない最後の力──『エモーショナルドラゴン・ワンダーライドブック』だ。

 

「……変身!」

『勇気、愛、誇り。三つの力を持つ神獣が、今ここに』

 

 剣司の体はそれぞれのドラゴンの力に包まれる。

 赤、白、黒の三色のソードローブを身にまとう最終フォーム、仮面ライダーセイバー エモーショナルドラゴンが誕生した。

 

 同時にソロモンが破壊した大赦の一角、瓦礫の中から黒い影が飛び出してくる。

 セイバーの左手に収まったそれは、カリバーが使用していた闇黒剣月闇。

 二本の聖剣がそろい、共鳴を始める。

 

「え、なにこれ……!?」

 

 聖剣同士の共鳴によって、夏凛が両手に持っている刀に変化が訪れた。

 勇者の専用装備として開発された夏凛の刀が、二刀で一対の聖剣──風双剣 翠風(はやて)に生まれ変わる。

 満開によって生じた、背面の巨腕に握られている四本の刀も同様に変化を始めた。

 それぞれのマシンアームには、水勢剣 流水(ながれ)、雷鳴剣 黄雷(いかづち)、時国剣 界時、煙叡剣 狼煙(のろし)の四振りの聖剣が。

 

 変化はそれだけではない。

 風の持つ大剣もまた、聖剣である土豪剣 激土へと姿を変えた。

 さらには樹の持つワイヤー型の武器も光剛剣 最光に、東郷のライフルは銃と剣、二つの姿を使い分けることができる聖剣──音銃剣 錫音(すずね)に変化。

 武器を持たない友奈の手にも、無銘剣 虚無が握られていた。

 

「全ての聖剣が、そろった……」

 

 セイバーが、十一本の聖剣の輝きに圧倒されたようにつぶやいた。

 ソロモンもその光景を見て、思わぬ事態に動揺をあらわにする。

 

「なんだ、これは……こんなこと、私は知らない……」

 

 ワナワナと振るえる手で、カラドボルグを振り上げる。

 

「神である私の知らない未来を創るなど、あってはならない……!!」

「未来を創造するのは、俺たちだ!!」

 

 ソロモンが、セイバーが、勇者部が駆け出す。

 

『オムニバスローディング。ソロモンストラッシュ』

 

 戦いの火ぶたを切るように、ソロモンは初手から必殺剣技を放つ。

 セイバー エレメンタルドラゴンを瀕死にまで追い込んだ攻撃が、勇者たちへ迫った。

 

「こんなものっ!」

 

 セイバー エモーショナルドラゴンは両手に携えた烈火と月闇を交差し、ソロモンストラッシュの威力を受け止めた。

 技を止めた両腕に力を込めると、二刀の聖剣を振るいソロモンストラッシュのエネルギーを四散させる。

 

「なんだと!?」

 

 一度は重傷を負わせた攻撃が、今度は呆気なく破られたことにソロモンは驚愕する。

 

「隙だらけよ!」

「ッ!?」

 

 上方から夏凛が飛び掛かった。

 六振りもの聖剣の乱撃を受け、さしものソロモンも防戦に回るのが手一杯。

 夏凛に意識が集中している隙をついて、風が背後からソロモンを奇襲する。

 

「でやぁああーっ!」

「ぐあ!」

 

 土豪剣の大ぶりな一撃をモロに背中に受け、ソロモンは(うめ)く。

 よろめくソロモンに容赦せず、東郷が銃形態に変形させた錫音で追撃を加える。

 

「ぐぬっ……! ええい、忌々しい!!」

『オムニバスローディング。ソロモンブレイク』

 

 銃撃を受けながら、ソロモンはドゥームズドライバーのボタンを操作し新たな必殺技を発動。

 虚空より現れた大量の隕石群が、勇者と剣士目掛けて降り注ぐ。

 

 六人の中から、全員を庇うように樹が一歩前に踏み出す。

 高らかに掲げた光剛剣最光から、目も眩むほどの輝きが(ほとばし)った。

 

『最光発光』

「なにぃ!?」

 

 聖なる輝きによって、ソロモンが呼び出した隕石は全て消滅。

 間髪入れず友奈が無銘剣を振るい、不死鳥型の炎のエネルギーを飛ばしソロモンを攻撃する。

 

「ぐ、ぬぅ……!」

『伝説の神獣、ふむふむ。習得一閃。必殺リード、ジャイアントモンスター。完全読破、一閃』

「はぁあーッ!!」

 

 炎に巻かれ動きを止めたソロモンに対し、セイバーも追撃を加える。

 エモーショナルドラゴン・ワンダーライドブックを烈火と月闇に読み込ませ、放たれた習得必殺技がソロモンに直撃。

 体をおおっている装甲、オムニフォースケイルが砕け黄金の破片が散らばる中で、ついにソロモンは地面に背をつけた。

 

「お、おのれぇ……」

 

 勇者と剣士の猛攻によってダメージを負ったソロモンは、尚も抵抗しようとヨロヨロ立ち上がった。

 

「貴様らァ! よくも神に傷を負わせたなァ!!」

 

 怒りを迸らせ、カラドボルグを振り上げ叫ぶ。

 と、ソロモンの身に天上より一筋の光が注がれる。

 

「全知全能よ、我に力を!!」

 

 不完全とはいえオムニフォース・ワンダーライドブックは、全知全能の書の力を有している。

 書の力によって、ソロモンは天の神の力を自身の体に取りこみ始めた。

 

 二メートルの体は見るまに膨れ上がり、全長は数十メートルに達する巨躯へと成長。

 アーマーを突き破って、体の内側から牙や角など、十二星座型のバーテックスのパーツが生える。

 金と銀の(きら)びやかな装甲は、いたる所がひび割れ砕け、くすんだ色合いへと退色していた。

 

「なによあれ……完全に怪物じゃない」

 

 見るも無残な姿に変貌(へんぼう)したソロモンを見て、夏凛は嫌悪するように言った。

 隣に立つセイバーも、ソロモンの醜悪な姿に顔をしかめる。

 

「人であることも、ライダーであることも捨ててしまったのか」

 

 バーテックスの能力を得た『ゾディアック・ソロモン』とでも呼ぶべき存在は、足元に立つ勇者たちを見下ろし咆哮を上げる。

 

『えいるえいるれえまさばくたあに』

 

 もはや人のものではない雄たけびが、雷鳴のように地面を揺らした。

 魔王のごとき異形を前にしても、剣士と勇者は微塵も(ひる)まない。

 

「皆、決着を付けよう」

 

 セイバーの言葉に全員がうなづく。

 

『必殺読破。烈火抜刀、エモーショナル必殺撃』

『十一聖剣、全冊激。ファイヤー』

 

 セイバーがエモーショナルドラゴン・ワンダーライドブックの力を火炎剣烈火に集める。

 同時に残る十本の聖剣にも、それぞれが司るライドブックの力が収束していく。

 

 ゾディアック・ソロモンが、レオ・バーテックスの能力で巨大な火球を発射した。

 対するセイバーと勇者たちも、聖剣を振るい必殺剣技を発動。

 

 聖剣から放たれた十一刀の光の刃は、火炎球をシャボン玉のように打ち消し、そのままゾディアック・ソロモンの体に直撃。

 エネルギーの波に押し流されるように、異形の巨体は消し飛ばされた。

 

 怪物が消えた後には、変身が解けソロモンの姿から戻った神官が、這いつくばるように地に伏していた。

 

「ば、バカなぁ……神である、この私が敗れるだと……!」

 

 (うめ)き声をあげる神官は、自分の敗北が信じられない様子だった。

 

「もう終わりです。大人しくしてください」

 

 セイバーは、神官を憐れむように言葉をかける。

 だが神官は、尚も足掻く姿勢を見せた。

 

「こうなったら、私自らこの世界を……滅ぼしてやる!」

『オムニバスローディング。ソロモンゾーン』

 

 世界を終わりに導く最終の技が、発動された。




元々のプロットでは、大地もカリバーに変身して参戦。
からのソロモンに操られジャオウドラゴンになりセイバーと戦わされる。
正気を取り戻しキングオブアーサーで仮面ライダーエクスカリバーにパワーアップ。

という展開だったのですが、戦闘パートが3話も続くと読むほうも飽きるだろう
と考え直しカットとなりました。


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最終章 物語の結末は……。

「もう終わりです。大人しくしてください」

 

 セイバー エモーショナルドラゴンは、変身が解け這いつくばる神官に向けて、静かに言った。

 

 世界を守るという御役目を放棄し、そこに生きる人々を意のままに支配しようとした神官。

 邪悪な思想を勇者たちに阻まれ、あまつさえ利用していたつもりのセイバーに憐みのこもった言葉をかけられた。

 そのことが、彼の筋違いな怒りに油を注ぐ。

 

「もういい……私の思い通りにならないなら、こんな世界……私の手で滅ぼしてやる!」

『オムニバスローディング。ソロモンゾーン』

 

 ドゥームズドライバーのボタンが押され、オムニフォース・ワンダーライドブックが無機質に最後の技の発動を告げた。

 神官を中心に、真黒な渦巻きが形成される。

 (かぜ)が動いた。

 風は全ての方向から、神官に向けて吹き荒れ始める。

 足元に転がっていた瓦礫も神官の方に飛んでいき、それらは黒い渦巻きに飲み込まれていった。

 

 風はやがて嵐と見まごうばかりに勢いを増していく。

 暴風に巻き込まれまいと、勇者たちは踏ん張りを効かせ耐えていた。

 

「なんなのよ、これ!?」

 

 樹の体が飛ばされないよう抱えながら、風が叫んだ。

 

「ブラックホールだ! 彼はこの世界の全てを飲み込むつもりなんだ」

 

 セイバーの言うように、自暴自棄となった神官は自らの死にこの世界を巻き込むつもりでいた。

 渦の中心で、神官は最期の時まで狂ったように高笑いを浮かべる。

 

「終われ。終われ。全て終わってしまえ」

 

 神官の体が、砂の様な粒子となり崩れていく。

 ソロモンゾーンのパワーに耐えきれなくなった体は、そのまま風と共にブラックホールへと飲み込まれる。

 そうしてついに神官は、この世界にいた痕跡すら残さずに消滅してしまった。

 

 しかし彼が手にしたオムニフォース・ワンダーライドブックだけは、依然としてブラックホールを形成したままその場に存在していた。

 嵐が大赦の建造物を破壊し、漆黒の穴が破片を吸い込み続ける。

 このままいけば、本当に四国全土が虚空へと消えてしまうのも、時間の問題かもしれない。

 

 事態を打開しようと勇者たちは動こうとするが、不意に少女らの持つ聖剣が消え失せてしまった。

 

「え、なんで!?」

 

 友奈が困惑する。

 烈火と月闇以外の聖剣が誕生したのはまさに奇跡的な出来事であり、その効果は長く続くものではなかったのだ。

 間が悪いことに、続けて夏凛の満開も解けてしまう。

 

「ぅ、しまっ……!」

 

 散華により利き腕が動かなくなったことで、バランスを崩した夏凛。

 足を滑らせそのまま風に巻かれ、体が宙へと浮き上がる。

 少女の体がブラックホールに吸い込まれんとした、その時

 

「夏凛ちゃん!」

 

 即座に手を伸ばしたセイバーが少女の体をつかまえると、そのまま抱きかかえるようにして嵐から庇った。

 

「あの本、すぐに壊さないとマズいのでは!?」

 

 暴風に負けない大声で、東郷がセイバーに問いかける。

 隣では友奈が、嵐に飛ばされないよう東郷の体を支えている。

 

「あのライドブックは天の神の力をも取り込んでいる。ただ破壊するだけじゃ、この現象は終わらない気がするんだ」

 

 ワンダーライドブックの力を使用している剣司には、オムニフォースのもたらすこの脅威がただ事ではないという予感があった。

 

「けど、どうすんのよ。このままじゃ……」

 

 セイバーの腕の中で、満開で消耗した夏凛が弱々し気な声で言う。

 思案する剣司の頭の中に、エモーショナルドラゴン・ワンダーライドブックを通して一つの声が響いてきた。

 それは一冊に融合する前の、プリミティブドラゴンのものだった。

 

『お兄ちゃん、僕があの本をなんとかしてあげるよ』

 

 声を聞いて、以前プリミティブドラゴンが擬態していた少年の姿が、剣司の頭に浮かぶ。

 

『一体、どうするつもりなんだい?』

『僕たちの故郷、ワンダーワールドに封印するんだ』

 

 ワンダーワールド──それはかつて、神々がこの世界を創成する時に渡された全知全能の書の、本来あるべき場所のことだった。

 

『そこならもう二度と本の力が、誰かの手に渡ることもない。そこは神様の住む世界とも、この世界とも別の次元にある所だから』

『……けど、それじゃあ君は』

 

 あらゆる世界と隔絶された空間にあるワンダーワールドに還るということは、プリミティブドラゴンが再び独りきりに戻るということでもあった。

 しかし、そうなることが分かっていてもプリミティブドラゴンの声に悲壮さはなかった。

 

『いいんだ。僕はお兄ちゃんたちと出会えて、一人でも孤独じゃないって教えてもらったから』

 

 プリミティブドラゴンもまた、この世界を守るために自分を犠牲にしようとしている。

 だがもう、そんなことを許す者は誰一人いない。

 

『なら、俺たちも一緒に行くよ』

 

 剣司は静かに言った。

 エモーショナルドラゴンへと融合したことでブレイブドラゴンとジャアクドラゴンも、プリミティブドラゴンと共にあることを選んだことが伝わってくる。

 プリミティブドラゴンはためらいを見せるが、一体化している彼には剣司たちの思いが痛いほど理解できていた。

 

『……ありがとう』

 

 硬い決心を(ひるがえ)せないことが分かっているプリミティブドラゴンは、剣司たちの決意を受け取る。

 そして、セイバーは腕の中の夏凛をそっと友奈に預けた。

 

「ぇ……剣司、なにをするつもりなの……?」

 

 夏凛の問いに、剣司は絶対的な決意をもって言葉を残す。

 

「……俺は必ず帰ってくる。約束だ」

 

 火炎剣烈火をソードライバーに納刀し、必殺攻撃を発動。

 

『伝説の神獣、一冊撃。ファイヤー』

「はぁあああああああっ!!」

 

 ブレイブドラゴン、プリミティブドラゴン、ジャアクドラゴンの三匹のドラゴンのエネルギーを右足に収束させ、セイバーは自らブラックホールに突っ込んでいく。

 必殺のライダーキック、情龍神撃破を受けたオムニフォース・ワンダーライドブックに亀裂が走る。

 ブラックホールの吸収力によってオムニフォースはバラバラに砕け、そのまま破片は吸い込まれてしまう。

 

 そして、すぐそばにいたセイバーすらもブラックホールの力には抗えなかった。

 剣司の名を叫ぶ勇者たちを残して、一人の剣士の姿は虚空へと消えていくのだった。

 

 

 

 

 

◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆

 

 

 

 

 

 ソロモンとの戦いが終結してから一週間以上の時が過ぎた。

 

 この間、大赦は代表者である神官の暴走が露わになったことで、驚天動地の大騒ぎとなっていた。

 剣司の兄である大地は、怪我の身を押して事態の収拾に奔走している。

 

 夏凛たちはというと、勇者としての任を一時的に解かれ、普通の中学生生活を送っていた。

 ソロモンが使っていたオムニフォース・ワンダーライドブックは天の神の力を奪い利用していたことで、天の神の力が弱まっているらしい。

 そのため、当分の間バーテックスの侵攻も行われないと判断されてのことだった。

 この後は完全にお役目を解かれ、勇者としての戦いは次の世代に託すことになるだろう、と少女らは大地から伝えられていた。

 

「にしても、大赦のトップがあんな危ない人だったなんてねぇ……」

 

 讃州中学の勇者部部室で、風は誰に言うともなくつぶやいた。

 日常に戻った少女らは、これまでと変わらず部室に(つど)うことを続けている。

 

「大赦は、彼のことは存在ごと抹消することにしたらしいわ」

 

 風のつぶやきに答えるように、夏凛が言葉を返す。

 

「大赦としては当然の選択でしょうね。世界を守る組織の長がその世界を滅ぼそうとしたなんて、世間に知られたら暴動が起きるかもしれないもの」

「でも、なんだか可哀そうだよね。皆から、いたことを忘れられるなんて……」

 

 東郷と友奈が、夏凛に続けて言葉を発する。

 

「大赦の隠ぺい体質にはアタシも思う所はあるけど、こればっかりは仕方がないかもね」

「あの神官、上里家の一族だけど、養子だったらしいわ。直系の子孫じゃないから、いざって時には頭でも切り捨てるって冷酷なことも、出来ちゃうのかもね」

 

 夏凛は感情を見せないように、淡々と事実を伝えた。

 

「すいませーん、遅れました~」

 

 と、そこに五人目の少女(・・・・・・)の声が響いた。

 そう、樹である。

 彼女はソロモンとの戦いのあと、しばらくして声が出せるようになっていたのだ。

 

 樹だけでなく、風も同じ頃に散華で機能を失っていた片目が見えるようになっていた。

 驚くことに姉妹の他にも、東郷の下半身すらもまた、歩行機能を取り戻していたのだ。

 

 誰もが同じことを思っていた。

 きっとワンダーワールドに消えた剣司が、全知全能の書の力を使って、散華の代償を取り除いてくれたのだと。

 

 だが、その剣司は未だ戻らないままだった。

 悲嘆にくれる仲間たちに向かって、夏凛は迷いなく言った。

 

「あいつは絶対帰ってくる。だって、そう約束したんだから。あいつが約束を破る訳がない。だから大丈夫」

 

 少女らは剣司の帰還を信じ、この日も五人で勇者部の活動を始めた。

 戦いを終えてから、文化祭までの日が近いということで、活動内容はもっぱら演劇の練習だった。

 衣装や小道具などの美術品は完成済み。

 あとは演者たちの脚本の読み込み次第であるのだが……

 

「う~ん。やっぱり剣司がいないと、台詞とかの細かいニュアンスが分かんないわね」

 

 風が困ったようにつぶやいた。

 シナリオを担当した剣司は、すでに劇の台本は仕上げてあったのだが、当人がいないとその詳細な部分までは伝わらない様子。

 

「どうする、お姉ちゃん?」

「参ったなぁ……。他に進められる所は」

 

 不意に、部室の外……校庭の方から、機械の駆動音が聞こえてきた。

 それはバイクの排気音の様で、その音に少女らは聞き覚えがあった。

 

「まさか」

 

 誰ともないつぶやきに、全員がハッとした表情で音のした方へ駆け出す。

 校庭に出た少女たちの前には、一台の赤いバイクが止まっていた。

 搭乗者の男は、被っていたヘルメットを脱いで素顔を見せる。

 

「みんな、ただいま」

 

 神川剣司は少女らの顔を見渡し、帰還の挨拶を告げた。

 

「おかえり。帰ってくるって信じてたけど、ちょっと待たせ過ぎじゃない?」

 

 冗談めかして夏凛が言う。

 風らもこぞって剣司の無事を喜んだ。

 

「にしても、よく異世界? から帰ってこられたわね」

「ワンダーワールドの守護者だっていう、奇妙な格好をした人が手伝ってくれたんだよ」

 

 風の疑問に答える剣司。

 ここまで送り届けてくれたディアゴスピーディーが、役目を果たしたことでワンダーライドブックに戻ると、光とともに姿を消した。

 ワンダーワールドに戻った愛車に、剣司は小さく感謝を口にする。

 

「聖剣と全てのワンダーライドブックは、あっちの世界に残してきたよ。今後二度と、この世界に余計な災いをもたらさないために」

「でも天の神はまだ、壁の外にいるんですよね?」

 

 勇者と共に戦ってきた貴重な戦力の一つが、これで失われた。

 あとは人類と神樹が、それぞれの力でどうにかするしかない。

 樹は正直な不安を浮かべた。

 

「それでいいのかもしれない」

 

 剣司は独りごちるように言った。

 

「本の力を悪用する者たちの手からやっと離れて、ドラゴンたちは自分の家に帰れたんだ。俺はもう、彼らを巻き込みたくない……」

 

 空を見上げ、故郷に帰った友に思いをはせる剣司。

 本を愛する彼だから、もう本を争いに使ってほしくないというのが本音だった。

 

「私たちも、これで勇者の御役目から外されるかもしれないし、これからどうなるのかしらね」

「そんな先のことを考えるより、アタシらには目に前にやるべきことがあるでしょ?」

 

 しみじみと黄昏る夏凛に、風がピシャリと言った。

 

 

 

 

 

◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆

 

 

 

 

 

『昔々、ある所に、一人の勇者がいました。勇者は、人々に悪さを続ける魔王を説得するため、ずっと旅を続けていました』

 

 照明を落とされた体育館に、東郷のナレーションが響く。

 この日は讃州中学で文化祭が催されていた。

 勇者部は予定通り、かつて人形劇で行った勇者と魔王の物語を、演劇として公演している。

 

『長い長い旅の果てに、とうとう勇者は、魔王の元へとたどり着けたのです』

 

 観客が劇に見入っている中で、物語はいよいよクライマックスへと突入した。

 舞台の上で、勇者の衣装を着た友奈と、同じく魔王の衣装をまとう風が対峙する。

 

「やっとここまで来れたぞ、魔王! もう、みんなに嫌がらせをするのは、止めるんだ!」

「なにを言うか。先に我を恐れて、一方的に悪者扱いしたのは、人間たちではないか!」

「だからと言って、嫌がらせはダメだ! みんなと話し合えば、きっとわかってもらえるよ!」

「うるさいうるさい! 話してもどうせまた、我を悪者にするに決まっている!」

 

 困難にくじけず魔王の元にたどり着いた勇者だが、その言葉は心を閉ざした魔王の耳には届かない。

 

「この世界は嫌なことばかりだ。こんな世界を守って、なんになる!」

「確かに、この世界は辛いことも、苦しいことも沢山ある……」

「なら」

「でも! それだけじゃない!!」

 

 人形劇の時に書いたシナリオを元に、ラストの展開に剣司はアレンジを加えた。

 それはかつての劇で、友奈が起こしたアクシデントが発想のきっかけとなっている。

 

「どんなに苦しいことがあっても、大切な仲間がいれば、きっと乗り越えられる! 負けるはずがない!」

「我は独りだ。ずっと独りだった。仲間も、友達もいない!」

「じゃあ、そこにいるのは?」

 

 勇者の問いで、魔王の後ろにスポットライトが当たった。

 照明に照らされるのは、悪魔の衣装に身を包んだ剣司だった。

 

「私は地獄からの使者。魔王に手を貸し、この世界を滅ぼすためにやって来た」

 

 しかし……、と悪魔は言葉を続ける。

 

「しかし、私が魔王に力を貸していたのは、本当は……」

 

 悪魔は魔王の正面に回り込み、右手を差し出した。

 

「君と友達になりたかったからだ!」

「なんだと……!?」

 

 悪魔の告白に、魔王は衝撃を受ける。

 さらに、勇者の後ろにも照明が当てられた。

 ライトの下には、天使のコスチュームを着た夏凛が。

 

「私は勇者に力を与えた天の使い。私も魔王、貴方と友達になりたいのです!」

「なにぃ!?」

 

 続けざまの天使の言葉にも、魔王は驚きを(あら)わにする。

 

「魔王、君は独りじゃない。僕たちと、友達になろう」

 

 そして勇者もまた、魔王に手を握ることを申し出た。

 

「~♪ ~♪」

 

 劇の終わりが近づく。

 樹の奏でる、讃美歌を思わせる(おごそ)かな歌声が、静かに場内に響き始めた。

 困惑の表情を浮かべ、魔王は勇者と、悪魔と、天使の三人を見渡す。

 対する三人は、みな優しい微笑みを浮かべていた。

 

 この後、物語はどう終幕したのか。

 魔王の答えは。

 

 物語の結末を決めるのは、君だ。




最後まで読んでくださりありがとうございました。

続けて前日譚となる、のわゆとセイバーのクロスを…と考えてましたが
思うようにアイディアが浮かばないため保留としました。

いつか書けたら、その時はまた見てやってください。


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