夕べはうまぴょいでしたね (アグネスデジタル)
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01 夕べはうまぴょいでしたね

「ナイトハート、今回もありがとうな」

「はーい」

 

 首都の郊外に位置する山奥の温泉旅館、ナイトハートと呼ばれるウマ娘の私は現在ここで仲居として働いている。

 昔はトレセン学園の生徒として数多くの名ウマ娘たちとしのぎを削ってきたが、今は怪我等の都合で引退している。行き場を失った所に、現館長が拾ってくれて今に至るわけである。

 最初は『どういうつもりか』と不快感を口にしたものの、今となっては拾ってくれたことに感謝すらしている。思ってた以上にこの仲居の仕事は楽しいのだ。

 

 ……まあ、一部の事を除いては。

 

「トレーナー! また一緒に来よう……ね?」

「おう」

 

 旅館の玄関前で堂々と思わせぶりにじゃれ合う二人を見る事だけは、とてつもなく気分を害する。可能ならば外でイチャコラしてほしいものなのだが。

 夕べはうまぴょいでしたね? って言って、雰囲気ぶち壊しにするべきだろうか? いや、さすがにここは大人の私、そんな大人げない事はできない。

 それは一先ず置いといて、ああいうトレーナーとウマ娘の関係というのは非常に懐かしい光景である。私も現役の頃は、トレーナーとああいう素晴らしい関係を築いてきたものよ。

 

 え? うまぴょい? 1回したかな。1回だけ。

 

「……客をじっと眺めて、どうかしたか?」

「いや何、ちょっとアグネスデジタルしてただけ」

「お前は何を言っているんだ?」

 

 暖かいまなざしで入口を眺める私の姿を、あたかも変質者を見るような眼で見てくるのがここの館長である、つまるところ私の恩人だ。

 そんなこんなで付き合いもかなり長いわけで、最初は結構緊張感あふれる接し方だったが、今となってはこんなにも良い関係に至っている。顔はイケメンだが付き合ってはいない。はー、私の婿さんは誰になるんでしょうね。

 どうしてか館長も私の心境を察しているようで、先日『お前は優しいから、未来きっと幸せになれっぞー』と揶揄い気味でいってきたが、一体何の意図で言って来たのか不明である。嫌味か? 嫌味なのか?

 

「あ、館長、今日の予約分はどうなってる?」

「通常の客人が数十名程、ウマ娘とトレーナーが2組、ウマ娘団体様が1組といった所か」

「ふむ、あれみたいなイチャコラが今日2組ですか。大変ですね」

「どうした急に。――っと、そうだ、お前の携帯が鳴ってたぞ、知り合いじゃないか?」

「私の?」

 

 こんな時に電話してくるなんて、一体どこのどいつだろうか? 同期のトキノミノル(トッキー)とかシンザン(シンシン)とかかな? いや前者は学園秘書で忙しいだろうからないとして、後者は今どこで何やってるんだろうか、卒業以来会ってないんだよね。

 まあそんな事はさておき、受付をいったん交代してもらい、携帯電話の置いてある職員部屋へと駆け込む。こう見えても私、色々なウマ娘と接する機会が多かったために、知り合いはかなり多い。現役のウマ娘なんて大体の子は話し相手だ。先輩として、ね。

 

「誰誰……ん? テイオー?」

 

 これまた珍しい。今骨折で療養中だったっけ、話し相手が欲しくて私に電話したのかな? もしそうだとしたら、直ぐに出れなかったことに凄く後悔する。

 そうでない事を祈りつつ、私は恐る恐る電話をかけなおす。つながるまでその間僅か1秒、正直びっくりした。待機でもしてたのかな?

 

「もしもし?」

『あ、ナイト? 久しぶりだねー』

 

 先輩なのにめっちゃフッ軽だなあ、と最初は思ったけれど、トレセン学園にいる頃から上下関係って結構曖昧だったのと、相手があのトウカイテイオーであることもかんがみて、今ではもうあきらめムードになっている。まあぶっちゃけ、こっちの方が接しやすくはあるし、何も問題はないのだが。最初は動揺するよね。

 

『さっそくだけどさ、昨日か今日トレーナーが泊りに来なかった?』

「ん? 黒髪の良い感じのトレーナーが栗髪のウマ娘と良い感じになって帰ってったけど、それがどうかした?」

『は?』

 

 うん、まあ、でしょうね、といった感じで私はうんうんと頷く。クソ、あのトレーナーさんも罪な野郎だ、何人掛け持ちしていやがる?

 トウカイテイオーも美形で明るい良い子じゃないか、何故他のウマ娘と。しかも一緒だったウマ娘は結構顔を赤らめていたぞ? もし無意識だというのなら、一発ぶん殴ってやりたい所だ。

 

『……どんな、感じ?』

「夕べはうまぴょいでしたね。って言えばよかったなーって」

『へえー』

「怖いからドス黒い声でつぶやくのやめて?」

『今度はちみー奢って、ナイトが』

「なんで!?」

 

 私に飛び火するのはおかしいでしょうがッ!! こちとら現在うまぴょいのうの字もない生活送っとんじゃゴラッ!!

 後輩にこんな愚痴を漏らすのは絶対にダメなんだろうが、心の中では何言っても安全だ。

 まあさすがに理不尽がすぎるので、奢りに関しては丁重にお断りさせてもらう事にする。軽い舌打ちが受話器越しに聞こえた気もするが気のせいだろう。ここでテイオーとの関係を壊したくないのだ。可愛いから。

 

「ま、まあさ、今度サービスするから遊びにおいでよ? 今は療養中でしょ? チャンスじゃん」

『入院中は移動できないんだよーッ!!』

「ああ、それはご愁傷様で。じゃあ退院祝いの時に、ね?」

『ナイトォ~……うぅ

 

 こんな明るく健気で可愛い子が入院中に温泉旅館とは、生かしてはおけない男だ。今度注意してやらないと。

 だがしかし、今私にできる事といえば、こうやって言葉で慰めてやる事しかできない。全く、これがあるから仲居の仕事というのは大変なんだ。

 恋に悩むウマ娘たちの相手をせにゃならんのだから。

 

 頃合いを見て電話を切ると、その一部始終を全部聞いていたのか、館長が気の毒そうな表情でこちらに歩み寄ってくる。

 

「――お疲れ様、だな」

「クソッ、青春しやがって! このっ! このっ!」

「お前もしてたんだろ? 最初は」

「るせぇぇぇぇぇぇッ!!!!」

 

 毎日が大変で、大変で、何度もやめたいと心の中で吐き捨てていた。

 それでも、なかなか仕事を止められないのが私なのであった。




うまぴょい 【うまぴょい】

[動サ変]
1. 楽曲『うまぴょい伝説』を踊る事。「URAで勝ったので、――する」

2. 信頼する相手と楽しい時間を過ごす。「温泉旅館でトレーナーとトランプしたりゲームしたり温泉に行ったりなどをして、――する」



多分。


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