シズク=ムラサキは愉悦したい (さろんぱす。)
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プロローグ
第01話 馬鹿が金魚でやってきた


プロローグ。
探してもシズクちゃんが出てくる二次創作が全然無い……
なら、自分で書くしかないじゃない!! そんなノリで始めてみました。
不定期投稿です。よろしくお願いします。


 東ゴルドーと呼ばれる国の空を一匹の魚が飛んでいた。

 真っ赤な躰、ギョロギョロと飛び出た眼、そして細い尾ひれ――それは一般的に『出目金』と呼ばれる種類の金魚だ。しかしよく目を凝らしてよく見れば、その外見にはおかしな点が多々あることが分かるだろう。

 

 特に顕著なのはその両目である。

 左の方は全く動いていない白く濁った『死に目』だった。そして右の方は白黒が逆、とても不気味な『黒白目』だ。

 

 更にパクパクと開閉している口の中には何も無い。そこにはただどこまでも暗い、不気味な闇が広がっているだけだ。

 

 おまけに5mを超える躰には、鱗の上に不吉な模様が浮き出ていた。その形は拷問されて死んだ人の顔、もしくはムンクの叫びのよう。

 

 そんなホラー映画のモンスター、と言われたほうが納得しそうな容姿の金魚である。

 夜中に出会ってしまったら、きっと普通の人は絶叫を上げて逃げ出すだろう。だが驚くことに、その背には一人の女性が乗っていた。

 

「あ~、早く貧者の薔薇を撃ちたいなー。もう、超ブッパした~い。」

 

 頬を染めながら、とても物騒なことを呟いた彼女の名前は"シズク・ムラサキ"。

 好きなものはお金。座右の銘は先手必勝。念の系統は特質系。チャームポイントはお気に入りの黒縁メガネと、小さい頃からコツコツ育てた巨おっぱい。

 

 そんな22歳のカワイイ系お姉さんだが、しかしその正体は前世の記憶を持ったままこの世界へ転生した、異世界の人間である。

 

「おっ、そろそろ目的地の宮殿の上空かな?」

 

 シズクはこの世界に生まれてから、原作なにそれ? とばかりに暴れまわった。

 0歳から念の修行を始め、6歳で天空闘技場に登録。7歳でフロアマスターとなり、8歳でプロのハンター試験に合格。

 

 しかしそれからバトルオリンピアを連覇したかと思えば、いきなりアイドルとしてデビューするわ、内乱で軍を相手に暴れまわるわという無茶苦茶ぶり。もちろんグリード・アイランドもしっかりクリア済みだ。

 

 そんな異色の経歴を持つ、実力派ハンター(元アイドル)こそがシズクである。

 当然のことながら、人型キメラアントに対しても事前の対策は怠らなかった。原作知識のおかげで、時期も場所もまるっとお見通しだったのだ。

 

 時期は主人公組がグリード・アイランドをクリアした後。

 なので2000年2月から半年以内。場所はNGLの西南側湾岸沿い。レイナという6歳ぐらいの女の子がいる村の近く。

 

 ここまで分かっていれば、後は村を探して協会のハンターに常駐してもらえば終わりだ。

 暗黒大陸から必死に逃げてきたキメラアントの女王。しかし彼女はあわれにも上陸してすぐ、人間を食べる前に討伐されるはずだった。

 

「まっ、全部パリストンとかいう副会長に台無しにされたんだけどねー。」

 

 派遣され常駐していたハンターは、協専の中でもさらにダメダメな奴らだった。

 協会からの依頼だけで生活していた彼らは、念こそ使えるものの全然鍛えていなかった。楽な仕事だと油断しきって戦い、普通に初期のキメラアントにボロ負けした。そしてあっさりと女王の腹に納まった。それからはだいたい原作通りである。ファック。

 

「私、頑張ったんだけどなぁー……」

 

 シズクはその後もキメラアントの弱体化に尽力した。

 完全体になった原作の王様とご対面なんて絶対にゴメンだったからだ。そのためにキメラアントが念の詳細を手に入れないようポックルを遠ざけ、ピトーとの遭遇戦で死なないようカイトに入れ知恵し、コムギちゃんを事前に別の国に移して王の先見力強化フラグを叩き折った。

 

 まぁ念については、別のハンターが脳みそクチュクチュされて結局バレてしまったが。

 その他にもレオルというライオンもどきを倒したり。また、ヂートゥというチーター野郎を捕まえたのもシズクである。

 

 なのに……

 

「今度は上空から宮殿を爆撃。終わったら会長たちと降下して人員の輸送。

 その後は護衛軍の一人を相手しろとか。……あまりにも酷すぎない?」

 

 どう考えてもひどい。酷すぎる。

 ブラック企業だってココまでの無茶振りはしないだろう。明らかに命が1つじゃ足りない。超超高額の報酬を提示されなければ、速攻でバックレていたところである。

 

「だからストレス解消しましょうね~。はいデメちゃん、あ~んして。」

 

『ギョ~~ギョギョッ!!』

 

 シズクの言葉に従い、乗っていた金魚がゆっくりと口を開く。

 金魚はその巨大さにも関わらず、しかし指示に反抗する様子は全く見られない。だがそれも当然だろう。なぜならシズクこそがこの金魚の主人。念能力という特殊な力を使い、この出目金を生み出した創造主なのだから。

 

『ギョギョーッッ!!』

 

 パクパクと可愛らしく開いていた口がギリギリまで広がる。

 しかしそこで終わりではない。金魚は主人の要求に全力で応えようと、まだまだもっともっとと口を広げようとする。

 

『ギョギョーッッ!!!』

 

 周囲にギチギチビキビキと嫌な音が響き出す。

 限界のように思えた口は、更にメリメリと肉を裂きながら広がっていく。結果、最終的に口は4つに分かれ、金魚の全長ほどの大きさに開いた。

 

『ギョ~ッ、ギョッギョッギョ!!』

 

 主人の命を完遂した金魚が嬉しそうに鳴き声を上げる。

 長い尾を左右に振り振りしながら、褒めて褒めてと鳴き続ける様はまさに忠犬。

 

 しかしもし今の金魚を正面から見たものがいれば、きっとその醜悪さに邪神か何かの眷属だと勘違いしてしまうことだろう。もしくはワームかエイリアン。それほどのグロテクスさだった。

 

「よしっ、それじゃあ繋ぐね。」

 

 シズクは自らの体内でオーラを練り上げ、この金魚に備わらせた能力を発動させる。

 すると出目金の口の中が金色に輝きだし、波紋のようなものが広がっていく。そしてそれが納まった時、口の中には遠い別の地の光景が映っていた。

 

 これがシズクの能力――『金魚王の遺産(ゲート・オブ・デメキング)

 

 その見た目のグロテクスさに反して、この金魚自体は攻撃能力を一切持っていない。

 歯が無いため噛みつきなど不可能で、出来るのはその巨体で敵に体当りするぐらい。その代わりに備わっているのが『口をゲートにして別の場所へ繋ぐ』能力である。

 

 この能力は放出系のようにオーラで対象を飛ばす訳ではない。かといって具現化系のように念空間を作って経由している訳でもない。

 

 その大本は別の世界からの転生、という特異な経験により発現した力。『空間に穴を開ける』特質系の能力であり、その応用である。

 

 ちなみに名前の元ネタは、みんな大好き某英雄王の宝具からだ。

 出来ることもだいたい同じ様な感じだと思ってもらえばいいだろう。違うのは出入り口が出目金の口である事と、そして人も出入り可能なこと。

 

 原作と違い、この世界ではコムギが居なかった為、王が自傷しなかった。

 その結果、ノヴは突入口を作る事が出来なかった。そのため苦肉の策としてシズクが会長たちと一緒に突入。その後にこの出目金の能力を使い、討伐隊を出現させることになったのだ。

 

 そんな訳で今回のシズクの仕事は、宮殿への爆撃と人員の輸送と護衛軍の足止めだ。原作ではゼノとノヴとモラウがこなしていた役割である。過労死させる気かな?

 

「まっ、それも初撃で全滅させれば、残りはやる必要ないよね!

 だからやっぱりぶっ放すのは薔薇一択。前から一度使ってみたかったし。

 爆炎が薔薇の形になるって、どう作ったらそうなったんだろ?」

 

 爆撃の方はやりすぎないように、と言われただけで具体的な指示は無かった。

 なのでシズクは、どうせなら貧者の薔薇を投下しようと思ったのだ。思い切って1ダースほど。ちなみに入手元はこの国、東ゴルドーの兵器庫である。

 

『兵器選択:貧者の薔薇。待機時間:10秒。弾数:12発。方法:同時発射。』

 

 左耳に付けたインカムから、平坦な機械音声が流れてくる。しかしシズクは慌てない。これも自分の力の一部だからだ。

 

 某英雄王のそれと違い、シズクの能力に道具を射出する機能はない。そのため、その部分を補う専用の補助システムを作った。

 

 名を――D(デメキング)・W(ウェポン)・S(システム)

 

 コンビニのドアが、人の接近を感知して自動で開くように。

 兵器のおいてある部屋にゲートを繋げると、設置されたセンサーがそれを察知する。

 

 その情報を統制サーバーが受け取り、ゲートに最も近い兵器を選択。選ばれた兵器はロックが解除され、すぐに発射モードに入る。

 

 あとは兵器毎に設定された待機時間が過ぎれば、弾が自動で発射される仕組みである。これによりシズクは、ゲートを開くだけで敵を攻撃することが出来る。

 

『発射へのカウントダウンを開始します。9(ナイン)……』

 

 シズクはこの能力で、子供の頃から色々な物をぶっ放して来た。

 そのため今では、自他共に認める立派なトリガーハッピー兼爆発大好きーなキチガイガールだ。

 

 8歳の頃に受けたハンター試験では、手榴弾から爆弾まで使い容赦なくライバルを蹴散らし、天空闘技場では重機関銃でフロアマスターを蜂の巣にして出禁になりかけた。

 17歳でアイドルデビューした後なんて、襲ってきたストーカーを戦車の主砲で粉微塵にしたことだってあった。

 

 そんなシズクにとって『他人の責任で薔薇をブッ放せる』こんな美味しいシチュエーションは見逃せない。

 

「何やっても責任は会長に行くって、本当に素敵♪」

 

 きっと会長に嫌がらせするのが趣味の副会長が、いい感じに処理してくれるはずである。

 副会長は間違いなく最低のゴミクズ野郎だが、こういう時だけは心から信用できる。

 

「それに原作と違って、宮殿の外に選別待ちの人たちは居ないからね。」

 

 もちろんこれもシズクのせいだ。

 ゾルディック家を巻き込み、金と引き換えに諸々ぶっ殺しまくったのだ。全ては宮殿を爆撃する際、余計な邪魔が入らないようにするため。

 おかげで蟻は途中で選別を切り上げた。だからここで薔薇を撃つのに躊躇する必要はない。たぶん。

 

『8(エイト)……』

 

 シズクは少しだけ上空を飛ぶ6枚翼の怪鳥を見上げながら、これまでの事を振り返る。

 

 この世界に生まれた時、不思議なことに生前の性別や容姿だけは全く思い出せなかった。

 人生が一冊の小説であるとすれば、そこから主人公に関する一部の記述だけがキレイに消えていた、といった感じだろうか。

 

 恐らくは何らかの理由で、転生した時に抜け落ちてしまったのだろう。

 考えてもしょうがないことなので、シズクはすぐに気にしなくなってしまったが。

 

「まぁおかげで今がTSしてるかどうか、いちいち悩まなくて済んだから良いけど。」

 

 この世界に転生してしまったのは、今から22年以上前の事。

 全ては、口の中に詰まった一匹の金魚から始まった……




蟻を巣ごと爆撃しちゃう系の主人公。
能力は瞬間移動と薔薇を組み合わせたら最強じゃね? という思いつきから。
あと金魚の造形に拘ったら、どんどん化物になっていった不思議。


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第02話 転生前、そして生物(ナマモノ)

「うぇへへへへへ。」

 

 ハンター世界に転生する前。

 

 その日、私は街をニヤニヤしながら歩いていた。

 時刻はすでに0時すぎ。とっくに日は落ち、空は雲に覆われている。

 だが一定間隔で設置されている街灯のおかげで道は明るい。

 

 進んでいるのは進行方向に対して左側の歩道だ。

 ガードレールは無いが、元々この道は通行量が少ない。

 なので今後も設置されることは無いだろう。

 

「うふふふふふ。」

 

 両手で抱えるように持っている通帳を握りしめる。

 少し前に寄った銀行のATMコーナーで記帳したばかりだ。

 中身を思い出す度に、顔がニヤニヤする。

 

 正直、今の私を外から見ればキモいだろうという自覚はあった。

 だがこの通帳には、辛い仕事を乗り越え手に入れたボーナスが記載されている。

 ならば自然と頬が緩んでしまうのはしょうがないことだろう。

 

 どんなことに使うべきか。

 買い物をするのもいいし、美味しいものを食べるのもいい。

 いっそどこかに旅行に行って、名物を食べながら名産品を探すのも良い。

 営業で幾度も海外出張した結果に得た対価である。

 それぐらいは可能な額が振り込まれていた。

 

「帰ったら何しようかな~。そうだ、久しぶりにHUNTER×HUNTERを読み直そう。」

 

 もちろんアニメと映画のDVDも見直さなくては。

 原作はもう1年以上も掲載が止まっているが、それでも私はこの漫画が大好きだ。

 今でもこうして時間が開くと読み直すし、そのたびに最高に面白いと思う。

 ちなみに一押しは幻影旅団に所属するシズクというキャラクターである。

 殺伐としたハンター世界の中で珍しい、ホンワカ天然っぽい雰囲気が良い。

 

「少しでもいいから続き掲載されないかなー。せっかく旅団が出てきたのに。」

 

 今日までずっと仕事だったので、これから2ヶ月は丸々休み。

 ダラダラしながらお菓子と漫画で過ごしても、誰にも文句は言われない。

 

 あ~、心がピョンピョンするぅ~。

 

 家についた後を考えると幸せな気持ちになる。

 思わず口笛を吹きながらスキップしてしまいそうだ。

 

 しかしそんな私の幸せは長くは続かなかった。

 歩道を歩いていた私を、突然の不幸が襲ってきた。

 

『あぶにゃーす!!!』

 

 最初に気づいて叫んだのは、塀の上にいた猫コスプレのお姉さんだった。

 対向車線を走っていた軽トラック、それが急に私の方へ向きを変えた。

 

 私はすぐさま運転席へと目を向ける。

 するとそこにいたトラックの運ちゃんは、酒を飲んでいるのか顔が真っ赤。

 更に片手でスマフォを見ながらタバコを咥え、しかも眼が半分以上閉じていた。

 

 最近ニュースでよく見る、居眠り飲酒喫煙スマフォながら運転トラックだ。

 

「ちっ!」

 

 ドライバーの様子に思わず舌打ちをする。

 まったく、幸せな気分が台無しだ。

 しかもこの有様では、とてもブレーキなど期待できないだろう。

 

 案の定、トラックは一切スピードを緩めず、私を目指してまっすぐに迫ってくる。

 しかし海外で紛争や内戦に巻き込まれた事もある私にとって、たかが普通のトラック一台など今更慌てるような事ではない。

 

「ふぅー……」

 

 ゆっくりと息を吐き出す。

 全身から力を抜き、軽い脱力状態へ。

 同時に心を落ち着け、意識を目に集中してタイミングを図る。

 そして迫りくるトラックが、私にぶつかる数秒前……

 

「ふっ!!」

 

 息を止めた私は、体重を左足のカカトに移して軸にする。

 同時に右半身を引きながら、体を横に90度回転。

 その勢いのまま重心を後ろに傾け、滑るようにバックステップ。

 それによりトラックのフロントバンパーを華麗に回避。

 更に油断せず即座に頭を仰け反らせ、追加のサイドミラーもやり過ごす。

 

「――ふっ、他愛なし。」

 

 目の前をトラックがすり抜けるように進んでいく。

 私は勝利を確信した。

 しかしそれは罠だった。

 

『――トラックはフェイク。』

 

 気がつけば、極限まで時が圧縮されるような感覚の中で、私は確かにトラックの運ちゃんの言葉を聞いた。

 

「!!?」

 

 運ちゃんの謎ドラテクにより、避けたはずのトラックのタイヤが急激にスリップする。

 車体が歩道側へ急激に流れ、ほぼ直角に曲がった車体が路肩の電信柱にぶつかった。

 すると衝撃により、荷台から赤い何かが弾け飛んだ。

 

「はっ?」

 

 目を良く凝らして見れば、それは意外なことに金魚だった。

 一般的なイメージとしては、祭りの夜台で玩具代わりに釣られる可愛そうな魚。

 しかしながらその実態は違う。取れれば持ち帰り自由という甘い夢で子供を魅了し、遠慮なく掬い紙をぶち破ってお小遣いを巻き上げる。当たりの入っていない抽選と並び、屋台の悪魔と恐れられる恐るべき魚である。

 

『ギョギョギョギョギョ!!!』

 

 そんな叫び声を上げそうな勢いで、散弾のように弾けた無数の金魚が私に迫る。

 回避は不可能。まだトラックを避けた勢いが残っている。体勢は変えれない。

 

「ちっ!!」

 

 私はせめてもと体に力を入れ防御を固める。

 だがしかし、金魚たちはそんなの関係ねぇ! とばかりにそのまま体当たりを敢行した。

 

「ぐううぅ!!!」

 

 その衝撃は、まるで過去にベトナムの鉱山で撃たれた弾丸のよう。

 私は手、足、肩など全身を強かに打ち付けられ悲鳴を上げた。

 そしてその隙を最後の金魚は見逃さなかった。

 

『いまだギョッ!!!』

 

 そんな幻聴が聞こえそうな勢いで、一匹の金魚が私の口を目掛けて飛んだ。

 ギョロギョロと飛び出した両の目に、ブクブクに太った躰。

 それは一般に出目金と呼ばれる金魚だった。

 この出目金は頭部を守るために構えていた両手を躱し、私の口の中へ見事なホールインワンを決めた。

 

「もががっ!!?」

 

 私にとって最大の不幸だったのは、この時に飛び込みを許してしまったこの出目金が、幾日のMATURIを乗り越えた歴戦の猛者であったこと。

 

 長年に渡り餌を喰らい、子供達のお小遣いも喰らい、ひたすら網を破り続けた。

 一目でそんな印象を抱かせるその出目金の姿は、まさに『金魚の王』。

 ゲームであれば恐らくLV90を超えている事だろう。

 

 その眼は万物を見渡し、躰は全てが筋肉の塊。

 およそ成人の握りコブシほどもあったそいつは、そのまま私の喉にすっぽり詰まった。

 すると、これが俺様の力だ! と言わんばかりに暴れ出したではないか。

 

 ――ビチビチビチビチビチビチビチビチビチ!!!

 

(うげぇぇええ、気持ち悪いぃぃぃぃ!!)

 

 特に飛び出している眼が喉奥をギョリギョリ刺激して最悪だ。

 だがおかげであまりの気持ち悪さに、あっさりと吐き気が限界を超えた。

 胃がぎゅっと縮小し、食べたばかりの夜食と胃液が押し出され、食道をまっすぐに逆流する。

 私はその流れに逆らわず、むしろ勢いを増すためにお腹に力を入れる。

 

(ここから出ていけぇぇえーーーー!!!!!)

 

 するとどうだろう、喉に詰まった出目金もまた、絶対にここは動かん! とばかりに全身に力をいれて踏ん張りだしたではないか。

 

『ギョギョギョギョギョ!!!』

 

 腹筋による後押しを受け、異物を押し出さんと発射された全力の胃液。

 しかしそれでも、喉に詰まった出目金はびくともしなかった。

 

「くぁぜふじk……!!!」

 

 そうしてる間にだんだん息苦しくなってきた私は、少しでも酸素を取り込もうと必死に口をパクパクと開閉する。

 もしここで私を見ている人が居たら、『HAHAHA、今の君はまるで金魚のようだ!』

 なんてブラックジョークを飛ばしたに違いない。

 

「ぁぇktsぇt!」

 

 当たり前だが酸素は全く入ってこなかった。

 

 それから5分後、私は酸欠によりこの世を旅立った。

 翌日の新聞には、きっとこう書かれたことだろう。

 

 ――死因:金魚、と。

 




運ちゃん「やったぜ」
出目金「やったぜ」
ネコ娘「だからあぶにゃいって言ったのにゃ」
主人公「なん…だと……」

異世界転生トラックは回避してからが本番、ってエロい人が言ってた。
※飛び散った金魚はこの後、スタッフが美味しく頂きました。


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第03話 蛸と魚と不思議な渦

(あの金魚殺す。あの金魚殺す。あの金魚殺……あれっ?)

 

 金魚によって窒息死した後。

 次に意識が戻った時、私は不思議な空間にいた。

 横幅は5mぐらいだろうか。

 そこは薄暗い通路のような場所だった。

 

(三途の川の待合所かな?)

 

 軽く周囲を見渡せば、周りには半透明の人たちが沢山いた。

 試しに数えてみると、その数は私も含めてちょうど100人。

 どうやらこの人達は曲がりくねりながらも、一列になって並んでいるようだ。

 その様は某即売会で大手サークル列にならぶ廃人達のよう。

 

(何この人達……って私もじゃん。)

 

 遅れて自身に目を向けると、そこには半透明になった体があった。

 残念なことに完全に透明ではないので、きっとお風呂を覗けば捕まってしまうだろう。

 

 なにがどうなっているのか分からない。

 だがあの時に私は確実に死んだと思うので、これは魂だけの状態ということだろうか。

 でも一般的にイメージされる霊魂とは違い、しっかり手足がある。

 

(とすると、これはもしかして『お約束のアレ』なのかも?)

 

 私の頭の中に『神様転生』という言葉がよぎる。

 移動中の飛行機の中で散々読みまくった分野だ。

 最強チート、3つの転生特典、サービスで肉体スペックも爆上げ、質問もオッケー……

 

 その先にあるのは異世界で無双する英雄としての姿。

 オセロを売り、マヨネーズを作り、ドラゴンを倒し、王様をおっさん呼ばわり。

 そして最後は広場で斬首され――からのアンデッドとして返り咲いて渾身のザマァ。

 そんな素敵な人生だ。

 

 しかしそんなワクワク異世界ライフは、ふと通路の先を見たことであっさりと霧散した。

 

 最奥にあったのは、まるでココの主のように台座する、巨大なタコのような生物の巨像。

 顔はエイリアンの様な不気味さで、各所から触手が飛び出している様は、まさに邪神!

 

 更に巨像の真下には、二足歩行する魚面の生物がウジャウジャいた。

 そいつらは鉤のような爪と鱗の生えた指を持ち、足の指の間にはヒレまであった。

 そして手にはフォークのような三叉の銛。

 ギョッ! ギョッ! ギョッ! と鳴きながら踊っている様は、まさに邪神の使徒!!

 

 私は即座に理解した。

 

 生 贄 の 儀 式 だ こ れ !!

 

 しかもよりにもよって邪神系!!!

 

(ってことは私を襲ったトラックと金魚も、もしかしてコイツラのせいなのでは? ……やばい! 早く逃げ道を探さなきゃ)

 

 驚愕の事実を前にして、急速に思考が切り替わる。

 私は魚面共に気付かれないよう、こっそりと周囲を見渡す。

 しかし残念なことに前も後ろも壁しかない。

 他の方向を見ても先に有ったのは壁、壁、壁……そして行き止まり。

 つまりここは通路ではなく、前後に長い部屋だったということだ。

 もしくは私が扉の発見判定に失敗したか。

 

(GMさんもう一度! もう一度だけ判定振り直しをお願いします!!)

 

 私は心の中でGMさんに必死に願う。しかし無情にも判定が覆ることはなかった。

 さらにそんなことをしている間に、魚面共の踊りが終わってしまった。

 

『ぎょーっぎょっぎょっぎょ!』

 

 奴らは無駄にキレのある動作で軍隊のようにキビキビと整列する。

 すると次にどこからともなく怪しげな箱を持ってきた。

 

(なんだあれ?)

 

 それは濁った緑色をしたシャチホコ。

 口は大きく開かれ吐出口のようで、眼の部分には横にまわすタイプのレバーが有った。

 さらに胴体は半透明で、中にはたくさんのカプセルが詰まっているのが見て取れる。

 

 ――まごうことなきガチャポンである。

 

(まさかここは異世界のコミケ会場だった?)

 

 私が混乱してアホなことを考えていると、ついに並んでいた列が動き出した。

 首から笛をかけ旗を持った魚面が、先頭の人に移動を促す。

 その姿はコミケでよく見る係員さんそっくりだ。

 

 先頭だった人はすでに諦めているだろう。

 特に暴れたりもせず、大人しく誘導に従った。

 

 そして先頭だった人が箱の前にたどり着く。

 すると箱の横にいた別の魚面が、ワイが担当やで! と言わんばかりに片手を上げた。

 更に箱の操作方法を教えるようなジェスチャーを行い――そのままレバーに手をかけグルンと回した。

 

(ってお前が回すんかーい!!)

 

 私は思わず脳内でツッコミを入れてしまう。

 どういう意味が有るのかは分からないが、どうせなら自分で回させてほしい。

 連れて行かれた人も同じことを思ったのだろう。

 おどおどしかった雰囲気はなくなり、驚きと怒りが入り混じったものに変わっていた。

 それはまるで直前で完売板を出されて買えなかった人のようだ。

 

『ぎょっぎょっぎょ!!』

 

 しかし当の魚面はその反応をガン無視。そのまま最後までレバーを回し切る。

 ガチャンッ! という聞き慣れた音が響き、箱から勢いよくカプセルが排出される。

 それをパカっと開けると、中に入っていたのはライブチケットのような紙が1枚だけ。

 

『ぎょーっぎょっぎょぎょぎょっ!!!』

 

 しかしそれは大当たりだったようだ。

 いやもしかしたら大外れという可能性もあるが、とにかく魚面が楽しそうに叫びだした。

 

(どういうことなの??)

 

 こちらには未だに一切の説明がないので、全く意味が分からない。

 その後、ガシャポン係の魚面は、出てきたチケットを前に差し出す。

 先頭だった人は戸惑いながらも、無理やりチケットを握らされた。

 その後ろ姿は、知らない芸人のチケットを無理やり買わされたような哀愁があった。

 

 さらにそのまま奥の邪神像の元へ進まされる。

 案内係とガシャポン係の2匹以外、整列していた残りの20匹の魚面が左右に割れる。

 そうして出来た道の先にある邪神像の足元。

 そこにはいつの間にか、混ぜ始めたねるねるね○ねのような渦が出現していた。

 先頭だった人は空いた道を歩き、その渦の中へと吸い込まれた。

 

『ぎょっぎょー!』

 

 魚面たちはしばらく先頭だった人が消える様を見続ける。

 そして完全に消えたのを確認すると、それからようやく次の人をガシャポンの元へ連行した。

 

(うーん、なんでガチャポンなんだろ。)

 

 私は淡々と進むよくわからない儀式を観察する。

 幸いなことに私の前に並んでいるのは90人。考察のためのサンプルとしては十分だ。

 更にガチャポンの中のカプセルを数えてみると、ちょうどココにいる100人分だった。

 そうしてしばらく見続けると、その中身は4種類に別れているのが分かった。

 

 魚面が大喜びして踊りだす『A当たり(仮』

 魚面が拍手し親指を立てる『B当たり(仮』

 魚面が嫌そうに唾を吐く 『C当たり(仮』

 そして最後が、魚面が笑いながらフォークで相手を刺し殺す『ハズレ』

 

 出現率としては5:3:1:1ぐらいである。

 チケットに書かれている文字は読めないため、どれがどの当たりなのかは分からない。

 しかしハズレの条件だけはすぐに分かった。

 

 ――ガチャン。

 

 私の1つ前の人のカプセルが排出される。

 しかしカパッっと開けられたカプセルの中には――何も無かった。

 とたん、ガシャポン係の魚面はギョーギョッギョッ!! と笑い声を上げながらフォークを振り回す。

 

 これがハズレだ。

 前の人は串刺しにされたまま巨像へと掲げられる。

 すると巨像の眼が妖しく光り、ゆっくりと口の中へ吸い込まれていく。

 恐らくは吸収された、つまりエサにでもなったのだろう。

 

(ハズレ以外ならワンチャン有りそうかな?)

 

 そうして観察を続けていると、ついに私の番が回ってきた。

 

『ぎょっぎょっぎょ。』

 

 列を取り仕切っている案内係の魚面に促され、ガチャポンの前へ移動する。

 出来ればこうなる前に逃げ出したかった。

 だが結局逃げ道は見つからなかったので、ここで逆らうという選択肢は取れない。

 

(チクショウ、こっち見てニヤニヤしやがって……)

 

 魚面はこちらを馬鹿にした様な笑みを浮かべている。

 くっそうざくて殴りたい顔だが、ここは堪えるしか無い。

 

 ガシャポン係の魚面がレバーを回す。

 ガチャン! という音と共に運命のカプセルが排出された。

 

(C当たり来ますように! C当たり来ますように! C当たり来ますように!!)

 

 今までみた魚面の対応から、一番良いと思えるものが来ることを願う。

 まぁハズレは直前に出てるし、まさか2連続で出たりはしないだろう。

 そう考えるとちょっとだけ他の人より気が楽だ。

 

『ぎょぎょぎょ。』

 

 運命のカプセルが開かれる。

 中には……何もなかった。

 

(どちくしょぉおおおおおおお!!!!)

 

 あまりのショックに目の前が霞む。

 しかしそんな間にも、ガシャポン係の魚面はこちらに近づきながらフォークを構えた。

 

 くそぅ、ここで自分はゲームオーバーなのか?

 いや、あんな邪な巨像に吸収されるなんて、どう考えても死んだほうがマシだろう。

 

 ならば諦めることはできないのでは?

 というか、どうしてこんなキモい奴ら相手に自重しなければならないのか。

 

(うおおおおおお!!)

 

『ぎょぎょっ!?』

 

 私は脳内で絶叫を上げた。

 そして刺し殺さんと繰り出されたフォークを、ギリギリで気合回避。

 まさか躱されるとは思わなかったのか、魚面が驚いている間に横をすり抜けてガチャポンへ。

 すぐさま自分の手でレバーを回し、出てきたカプセルをダイレクトにキャッチ。

 残念ながら開けている暇はない。代わりに上下に振って中身が空でないことを確認する。

 

『ぎょぎょぎょぎょぎょ!!!』

 

 振り返れば、避けられて怒ったのか、顔が真っ赤に染まった魚面がいた。

 再び繰り出されるフォーク。しかし私はまたそれを気合で回避する。

 そのまま魚面の横を通って、渦に向かい一直線にダッシュ。

 

『ぎょーぎょぎょす! ぎょーぎょぎょす! ぎょーぎょぎょす!!』

 

 するとそこには、壁となって立ちはだかる魚面たちがいた。

 その様はまるでバスケでゴール前を塞ぐ選手達のよう。

 

 しかしその程度で私は止められない。

 だって未来は自分の手で掴むものだから!

 諦めなければ叶うと、私は信じているのだ!!

 

(うぉおおおおおお!!!)

 

 近づけば私を仕留めようと、一斉にフォークが突き出された。

 しかし甘い。私は腰の高さに突き出されたそれをジャンプで躱す。

 そしてその上に着地すると、それを逆に足場として利用し駆け上がった。

 最後は一番前にいた魚面の肩を踏み台にし、前方へ向かって高く跳躍。

 更にその勢いを使い、空中で体を捻り上下に180度回転。

 これにより後ろにいた魚面たちのフォークを全て回避した。

 同時にカプセルを開け中のチケットを取り出し、そのまま頭から渦の中へと飛び込む。

 

(こんなところに居られるか! 私は逃げるぞっ!!!)

 

 渦はあっさりと私の身を飲み込んだ。

 まるでドラ○エの旅の扉のように視界が左右にぶれ、すぐに体が消えていく。

 薄れゆく意識で並ばされていた方を見れば、そこにはガチャポンに群がる残りの人達の姿があった。

 

(一人は回せないからね、しょうがないね。……すまぬ。)

 

 こうして私は見事に邪神の祭壇(仮)からの脱出を果たした。

 これからどうなるのかは分からない。

 しかし最低でもココにいるよりはマシだという確信があった。

 

 最後に、手元のチケットに目を向ければ、どこか不安になるような文字でこう書かれていた。

  

 『匚廿斤亠凵丁庁∟∃(邪神様プレゼンツ) Ц∨Ц∨庁凵丁ρ丁(チキチキ転生チケット) ∪丁了匚庁(ヒトガタ賞)

 

 と。

 




主人公の転生シーンでした。

ちなみにチケットの内訳はこんな感じ。
A当たり(仮……タコっぽい像の眷属へ転生(魚類化)
B当たり(仮……魚面で踊ってた使徒へ転生(魚人化)
C当たり(仮……人間として別の場所へ転生(人間化)
ハズレ   ……直接邪神様の元へご招待(エサ)


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幼女編
第04話 ハッピーバースデー


 暖かな何かを感じ、再び意識が浮上する。

 私は徐々に思考を取り戻し、ゆっくりと目を開いた。

 

『おお、目を開けたぞ!!』

 

 私の目の前には魚面……じゃない普通の男性の顔があった。

 じっと男性の顔をみれば、そこには喜びこそあれ負の感情は感じられない。

 さらに視線の高さと位置から考えると、私は何かに寝せられていると思われた。

 

(どうなったんだろう……)

 

 そこはあの暗い空間でなかった。

 ずいぶんと重たい眼を周囲に向ければ、どこにもタコのような邪神像は見当たらない。

 それどころか窓からは優しい日差しが差し込み、天井にもしっかりと照明が付いていた。

 

 ということはつまり……ここは普通の部屋!!

 

「おぎゃあ! おぎゃおぎゃおぎゃぁーーー!!!!(っしゃあ!! 逃げ切ったぞおおおお!!!)」

 

『おおっ、元気な泣き声だ!!』

 

 あまりの喜びに私は叫ぶ。

 おそらく今までの人生で一番叫んでいるのではなかろうか。

 それぐらい嬉しかったのだ。

 

『あなた……』

 

『よく頑張ったな! 聞いての通り元気な女の子だぞ!!』

 

「おっぎゃぁあああーーー!!!!(ひゃっほぉおおおおおー!!!!)」

 

 私は魚面どもから逃げ切った喜びに身を震わせる。

 そうしてそのまま叫び続け、5分ほど立ってからやっと落ち着いた。

 するとようやく、今の自分の体がおかしい事に気づいた。

 

「おぎゃ、おぎゃぎゃ?(あれ、なんか体が動かないよ?)」

 

 一体どういうことだろうか、しかしこの問題を解く鍵はすぐそこにあった。

 

 最初に聞いた『目を開けた』という言葉。

 初めて見る男の満面の笑顔。

 そして、どれだけ力をいれてもほとんど動かない体。

 

 これはもしかして……転生しちゃった!!?

 

『貴方、この子の名前を……』

 

『ああ、この子の名前はシズク。シズク=ムラサキだ!』

 

「お、おぎゃぎゃーーー!?(な、なんだってー!?)」

 

 こうして私は赤子として生を受けた。

 なんかどこかで聞いたことのあるキャラの名前で。

 私の頭の中は、しばらく嫌な予感でいっぱいだった。

 

 

 

 

 

 ■□■□■□■□■□■□

 

 

 

 

 

 生まれてから数日が経過した。

 私はその間、必死に現状の把握に努めた。

 ロクに体は動かないが、それでも耳を澄まして話を聞くことぐらいはできる。

 

(会話が日本語で助かった……)

 

 どうやら今いる所の言葉は、ほとんど転生前の日本と同じようだ。

 おかげで生まれたばかりの私でも、会話の中身を理解することが出来た。

 

『ほーら、シズク。カワイイ人形でござるぞぉ~。』

 

「ばぶぶぶぶうー! (エロフィギュアじゃねーか!)」

 

 まず父親の名前はエドワード=ムラサキ。

 特徴的なのはモジャモジャ生えてる黒ひげ。

 黒髪の大柄な男性で、体は筋肉質でガッチリしてる。

 なんとなく海賊船の上とかが似合いそうなイメージだ。

 

 ただし、たまにオタグッズを眺めてデュフフフ、って笑ってるところは若干きもい。

 あと隠れオタなのか、フィギュアやDVDは飾らず、毎回タンスの奥に仕舞っている。

 

『はいシズクちゃん、おっぱいの時間よー。』

 

「ンあぁーーい(うまぁーーい)」

 

 次に母親の名前はグダコ=ムラサキ。

 オレンジの髪をサイドポニーにしている小柄な女性。

 美人だけど父親に比べると、かなり普通の人っぽい印象を受ける。

 だが父親は会話の中で『人類が絶滅しても一人だけ生き残る』等と言っていた。

 もしかして異能生存体かな?

 

 あと、こちらもかなりヲタク系の人のようだ。

 チラっと見えた衣装ケースには、パイロットスーツっぽいコスプレ衣装が吊られていた。

 あの中にはきっと、他にも色々なコスプレ衣装が入っているに違いない。

 

(辛いです、両親がヲタだから。特に昨日見ちゃったコスプレックスがきつい。)

 

 まぁ私を孕んでる間はずっと我慢してただろうから、しょうがない部分もあると思うが。

 それから他に分かったのは、ここがHUNTER×HUNTERの世界で確定ということ。

 数日前に見たTVニュースに、ネテロ会長が映ってたから間違いない。

 ちなみに今いるココは、ジャポンという日本風の国だ。

 

(よりにもってハンター世界。めちゃくちゃ物騒な世界だ。)

 

 ついでに今が1978年で、私の誕生日が1月1日だと言うことも分かった。

 TVが全部正月特集だったのだ。

 まぁ年度と歳の計算がしやすいので、これはこれで便利だ。

 

 幸いなことに、原作は大好きだったので良く覚えている。

 主人公のゴン君が受けたハンター試験が1999年の1月。

 

(てことは、つまり今は原作開始の21年前か。)

 

 現状の把握はほぼ終わった。

 両親は良い人そうなので、このまま大人しくしていれば安心だろう。

 だがまだ絶対に考えなければいけないことが、後一つだけ残っている。

 

(私って『原作のシズク』と同一人物なのかな?)

 

 シズク=ムラサキ。

 HUNTER×HUNTERで私が一番好きだったキャラだ。

 原作では幻影旅団に所属する大学生ぐらいの女性。

 黒髪、童顔、黒縁メガネ、そして大きなおっぱい。

 旅団での役割は主に後始末、それと解毒など搦手の無効化。

 さらにハンター世界のエロ担当でもあり、作中では下着姿での戦闘が描かれた。

 

(あの時はエロ下着じゃなくて残念だったなぁ。絶対に黒のTバックだと思ってたのに。)

 

 念の系統ははっきり断言されていないが、恐らく具現化系。

 念能力は、念と生物以外を無限に吸い込む不思議な掃除機、通称『デメちゃん』。

 かなりレアな能力らしく、死体等の後始末にとても便利。

 その上、念を纏ってない遠隔攻撃はほぼ全て無効に出来るつよつよ能力だ。

 さらに体術も優れているらしい。作中でもけっこうな強キャラである。

 つまりカワイイ、巨乳、才能◎、とかなりの逸材だ。

 

 ただし同時に『ヒソカにぶっ殺されそうな子ランキング』ぶっちぎりのトップだった。

 作中でヒソカはクラピカに団員の能力を2人分売った。

 その時に売られたのがウヴォーギンとシズクだ。

 さらにヒソカは団長について、『仕事が終わると姿を消して手がかりすらつかめない』

 という感じの発言もしている。

 

 このことから、ヒソカ的に証拠隠滅を完璧にしているシズクが邪魔だったのだろう。

 なのでさっさと排除しようとした事が伺える。

 

(ウヴォーギンとセットで売られるとか、殺意高すぎて草生える。)

 

 おかげで掲示板では次に出てくる時は首だけなんじゃね?

 などと書き込まれていたし、私自身もあるある~なんて思っていた。

 だってもう物語での役割終わってそうだったし。

 

(でも今の私がそのシズクなのかというと、たぶん違うんじゃないかな。)

 

 原作のヨークシン編で、旅団は一度壊滅したふりをした。

 その時に使われたのがコルトピという団員の能力だ。

 旅団員のコピーを作り、死体を偽装するという方法である。

 だがその死体のDNAからは、何も情報が出てこなかった。

 

 ハンターハンターの世界は人の管理が厳しい世界だ。

 たとえ捨て子だろうと国民番号がつき、生体データの登録が義務付けられる。

 つまり『原作シズク』のDNAは、最初から登録されていなかった訳で。

 これは流星街か、あるいは同じ様な環境の出身、ということを意味している。

 

(けど恐らく『今の私の』生体データは登録されると思う。)

 

 目を閉じ外に耳を傾ければ、車の排気音や子供の遊び声が聞こえてくる。

 つまりここはどこかの山奥という訳ではない。恐らくそこそこの街だろう。

 そんなとこに妊婦がいれば目立つし、出産すればもっと目立つ。

 

(私が泣き声上げてるから、生まれたことは確実に周囲に気づかれているだろうし。)

 

 それでも両親は慌てる様子はなく、普通に生活しているのだ。

 ならばこの後に国民番号はちゃんと発行され、DNAも登録されると考えるべきだろう。

 

(ということは、私はただの同姓同名ってことか。)

 

 このあと実は登録してませんでした~、なんて事にならなければ……。

 二人とも出かける気が全く無さそうなのは、きっと役所が正月休みだからだ。

 きっとそうに違いない。

 

(さて、では私が原作のシズクでないと結論を出した上で、今後どうするべきだろう?)

 

 私個人としてはせっかくだからこの世界を楽しみたい。

 ハンター世界はとても物騒だけど、その分だけワクワクする事が沢山ある。

 ハンター試験、オークション、飛行船、怪鳥、魔獣、暗黒大陸、5大厄災……

 出来れば全部体験してみたい。

 

(ふむ、とりあえず大雑把に予定を建ててみるか。)

 

 ここに生まれ変わる前、私は社会人として仕事をしていた。

 なのでしっかりと予定を立てて行動することが大事だと知っている。

 なぜなら時間は有限だからだ。

 

 目標を上げ、優先順位を設定し、過程を調べ、必要なものを用意する。

 さらに原作知識を利用すれば、将来への布石だって打てるだろう。

 そうして一つずつ積み上げていく。

 そうすれば原作開始時には、ハンターとしてある程度の地位を築けるかもしれない。

 

 ではまず何を目標にするか。

 

(ハンターハンターを読んでいて、これほしい! と思ったもの……)

 

 私は目をつぶって原作を思い出す。

 

 最初に思いついたのは『グリード・アイランド』というゲームソフトだ。

 念能力者専用ゲームで、中には『若返り薬』の夢のようなアイテムが沢山あった。

 おまけにクリアすれば持ち出して外でも使える素敵な仕様。

 ただしお値段58億ジェニー。しかも分割払いは不可。

 

 次に『ハンターライセンス』。

 一般人にも容赦なく不幸が降り注ぐハンター世界で、これほど頼りになる資格はない。

 特に表向きだけとは言え、同じハンターから狙われなくなるのは最高だ。

 ヒソカやイルミみたく殺しまくってもほぼ無罪なのも強い。

 いざとなれば売って金にできるのもグッド。

 

 そして最後に『念能力』

 ハンター世界にきて、これを覚えなくてどうするのか。

 自己防衛的な意味でも必須だろう。

 もし具現化系なら念空間とか作りたいなぁ。

 

(優先順位としては 念能力>ライセンス>グリード・アイランド かな。)

 

 原作のイベントについては、また後で改めて考えた方がいいだろう。

 自分の才能や素質が分からなければどうしようもない。

 とりあえずは上記3つを目標として、どこまでやれるか試してみるべきだ。

 

(たしかグリード・アイランドの発売年は1987年。ゴンキルの誕生年。)

 

 ってことは発売まであと9年。

 それまでに58億ジェニー貯めなければならない。

 それから出来れば発売前にハンターライセンスも取っておきたい。

 グリード・アイランドはハンター用ゲーム、しかも発売時には200倍の応募があったらしい。

 ならばライセンスが有った方が買える確率は上がるだろう。

 最悪、ゴンキルのようにバッテラさんのとこでプレイするという手もある。

 だがその場合はクリアアイテムが自分の物にならない。

 なので出来れば自力で買ってプレイしたい。

 

(とすると大まかな予定としては……)

 

 8歳でライセンス取得。

 9歳でグリード・アイランド購入。

 こんな感じがいいだろうか。

 

(ちょっと無茶なスケジュールだけど、念さえ覚えれば行けそうな気もする。)

 

 ほんとならハンター試験は9歳で受けたい。

 しかし落ちる場合を考慮すると、発売の1年前の年に受けた方がいいだろう。

 これなら失敗しても、もう一度チャンスがある。

 肉体の成長と時間を考慮すれば、これぐらいがギリギリのはずだ。

 ていうかこれ以上前は肉体的に厳しい。

 

 そしてこの2つの為に必要になってくるのが『念』だ。

 これをどれぐらい使えるかは何よりも重要。

 この世界での生きやすさが変わってくる。

 

(瞑想を始めてからオーラを感じるまでにかかる時間……

 原作だとズシ(10万人に一人の才能)が3ヶ月。

 キルゴン(1000万人に一人の才能)が1週間(ウィング予想)ぐらい。)

 

 つまりオーラを感じるまでにかかった時間で、自分の才能が分かるわけだ。

  

(うーん、私の才能はどれぐらいなんだろう? )

 

 さすがに主人公並の才能があるとは思えない。

 でも出来ればズシぐらい……いや100人に1人ぐらいの才能はあってほしい。

 

(まぁそれはいくら考えてもしょうがないか。とりあえずやってみよう。)

 

 まずはオーラを感じるところから。

 最新刊(36巻)でのクラピカの講習によれば、両手の結び方で訓練方法の傾向が分かるとのこと。

 

 さっそく私は両手に力を入れ体の前で組もうとする。

 しかし……

 

(両手を結ぶ所か、腕がほとんど動かないんですけど……)

 

 流石に生まれて数日では無理だった。

 しょうがないので、そのまま瞑想を始めた。

 




ようやくハンター世界にたどり着きました。長かった。


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第05話 擬態とレールと衝撃の事実

誤字脱字報告有難うございます。


 この世界に生まれてから3年が経った。

 

「お母さん、つぎの本とって。」

 

「あらもう読み終わったの? んもぅ、シズクちゃんは本当に天才ねぇ。」

 

 読み終わった本をテーブルの上に置き、次の本を催促する。

 するとお母さんは私を後ろから抱きしめた。膝の上に座らせたまま。

 

「お母さん、次のご本!」

 

「はいはい、今持ってくるわねー。」

 

 私はもう一度催促する。

 お母さんは私をそっと膝から下ろし、そのまま本を取りに行ってくれる。

 

(子供っぽい喋り方、まじきつ……ふぃ~。)

 

 部屋に自分だけになったのを確認し、子供らしくない溜息を吐き出す。

 

 あれから私は適度に子供の振りをしつつ、念の訓練を続けている。もちろん怪しまれて捨てられないよう、細心の注意を払いながらだ。

 

 幸い、瞑想で目を閉じていても両親は何も言ってこなかった。

 恐らく眠いのか、眠っていると思われているのだろう。こういうときに赤ん坊の体は助かった。まぁ実際に半分は寝ていたけど。

 

 で、問題が起きたのは訓練を始めて数日後。

 

「ばぶぶぶぶぶぅ……(あったかいなりぃ……)」

 

 気づいたら体の周りに何やら生暖かいものを感じたのだ。

 強いて言うなら海でワカメに張り付かれた感じだろうか? ピタっと肌に張り付いてブヨブヨってしてる感じ。うん、最初はキモチ悪くてガン泣きした。

 

 まぁそれ自体はすぐに慣れた。

 だが予想外だったのは、一週間経たずにオーラを感じ取れてしまった事。これはつまり原作主人公並みに念の才能(適性)があるということで。

 

(どういうことなの???)

 

 この時の私はかなり混乱した。

 やっぱ私って原作のシズクなのでは……?? そんなことばかり考えていた。

 

 まぁ現状だと答えが出せないので、結局は考えるのを止めたが。

 

 それから次に考えたのが、この才能を踏まえての人生計画だ。

 まぁぶっちゃけると"早熟の天才"キャラで行くことにした。

 

 理由は二つ。

 

 一つは、いまさら小中学校に通っても得るものが少ないという事。

 年齢一桁と机を並べて勉強するとか、きっと精神疲労のほうが大きい。

 

 もう一つは、できるだけ念の修行に時間を使いたいと思ったからだ。

 才能が無いならまだしも、あると分かれば鍛えたいと思うのは当たり前のこと。パ○プロの初期ステで超大当たりを引けば誰だってやる気になる。私だってそうだ。

 

(自分にイ○ロー並の才能が有るって分かったら、誰だって野球以外は切り捨てるよね。)

 

 こうして0歳で人生に道を敷いた私は演技を始めた。

 

 少しずつ少しずつ。喋る時はゆっくりと。言葉は必ずこの世界で必ず一度は聞いた事が有るものを。特に両親がよく言ってる言葉が良い。

 

 いきなりペラペラしゃべってはダメなのだ。

 仕事と同じだ。途中報告をせず、急に成果だけ持ってこられても人は混乱するだけ。少しずつ報告しながら進めるのは、お互いの理解状況を確認する作業でもある。

 

 それから目に力を込めすぎてもいけない。

 人の目は口ほどに物を言う。この年齢で視線から意思を読み取られると、おかしな子として認定されてしまう。

 両親を見る時は、できるだけ焦点をぼかしておかなければ。

 

 なんにせよ不気味がられないためには、極力ゆっくりと事を進めなければならなかった。

 だって、さすがにこの歳で捨てられるのは勘弁願いたい。余計な手間が増えると修行の時間がへっちゃからね。育成1周目で事故るとかせっかくの神引きが台無しである。

 

 1歳で両親の名前を呼んだ。

 1歳半でカタコトでしゃべりだした。

 2歳頃に両親から文字を習い出し。

 3歳になると一人で本を読み始めた。

 

 こうして現在は天才児を演じて、この世界の大まかな読み書きと四則演算まで習得した振りをしている。今の所は順調と言って良いだろう。

 

(あとは、そろそろ軽く筋トレも始めよう。)

 

 やりすぎると成長に影響が出そうなのでほどほどに。

 数年後に100キロ持ち上げるのが目安かな。あとは体力つけるためにランニングもしないとね。こっちはフルマラソンぐらいは走れるようにならないと。

 

 ついでに瞬間記憶や動体視力など、思いつくのは全部鍛えておこう。

 幸いなことにやり方は前世知識で知ってる。主にドラゴ○桜とか、グラップラー刃○とか、鉄○伝とか。

 

 ちなみに両親は念能力者では無かったし、私のオーラも普通だった。

 死者の念みたいに禍々しい、なんてことは無い。たぶんこの体では死んでいないからだろう。捨てられるフラグが立たなくてホッとした。

 

 

 

 

 

 ■□■□■□■□■□■□

 

 

 

 

 

 更に3年後。

 

「「ハッピーバースデー、シズクちゃん!」」

 

「ありがとうー!」

 

 テーブルに置かれたイチゴケーキ。

 私はフーッっと息を吐き出して、刺さっていたロウソクの火をまとめて消す。

 

 今日は1984年の1月1日。本日付で私は6歳になった。

 両親との仲、知識の収集はともに順調。すでに中学校までの勉強は終わった。

 

(小さい頃の柔らか脳みそってすごい。)

 

 一度見たものはどんどん頭に入ってくる。

 しかもそれを成人の知識と経験で効率的に使っているのだ。自分でもびっくりするぐらい楽勝だった。

 後は飛び級の試験に合格さえすれば、今後は義務教育で拘束される事はなくなるだろう。

 

 念の修行も順調。

 すでに基本の【纏】【絶】【練】から、応用技の【凝】【堅】【円】【硬】まで使用可能になった。

 

 特に【絶】は我ながら完璧だと思う。

 どれぐらい完璧かと言うと、寝てる間もずっと【絶】状態でいられるほど。そう、両親が遠慮なく男女混合プロレスできるようにという、私なりの配慮である。

 

 テーブルからシャンパンを取ってコップに注いで飲む。

 

(くぅ~、旨い!)

 

 アルコール入だが、こういう時は何も言わずに飲ませてくれる。流石に大人用の酒は駄目みたいだが。ねだったらロマネコンティとか買ってくれないかな?

 

 なので最近は【練】の訓練ばかりやっている。

 持続時間(オーラのスタミナ)を伸ばすためだ。

 オーラは念におけるガソリンのようなもの。有れば有るだけ有利になる。

 

(このシャンパンみたいに、別のとこから補給出来ればなぁ……。)

 

 しかし【絶】と違いこっちはなかなか難航した。

 初めて【練】を行った時なんて1秒も持たずに気絶したほどだ。それでも何度も繰り返していると、ほんの少しずつ持続時間が伸びていった。今はやっと30分を越えることが出来た。

 

(原作のビスケは1ヶ月で10分伸びるって言ってたのに。)

 

 ゴンとキルアなんて、グリード・アイランドの1ヶ月で2分→30分。

 NGL突入前の1ヶ月で55分→3時間オーバー って感じで伸びまくっていた。

 ところが今の所、私は数ヶ月で1分伸びれば良い方だ。

 

(あの二人は主人公補正が働いてたのかな? あとビスケのマッサージ。)

 

 まぁこれが才能やビスケ補正のせいではないと仮定すると、主な違いは年齢。

 そもそも念で操るオーラとは『生命のエネルギー』の事だ。ならば肉体とも密接な関係にあるはずである。

 

(もしかしたらオーラって、活力の張っている時期の方が伸びやすいとか?)

 

 これは私の経験則だ。

 0歳→3歳は10分しか伸びなかったのに、3歳→6歳では倍の20分伸びた。

 つまり今(幼少期)は体が出来上がっていない為、オーラが増え辛いという事だ。

 

 えっ、ゴンとキルアは12歳で少年期?

 いやいや、あいつ等の肉体は特別だから。フリークスとゾルディックの血筋なんて例外中の例外。4トンの扉開けれるとか、どう考えても子供詐欺だよね。

 

(まっ、私も私で詐欺だけどね! だって中身が元社会人だし!!)

 

 私はそんな事を考えながらケーキを口に運ぶ。

 併せてシャンパンもグイグイ飲む。

 

「ん~、美味しい!」

 

「あらあら、よかったわねぇ」

 

「んんんww いい飲みっぷりでござるぞwww」

 

 私がそう言うと両親の頬が緩む。

 ついで、両親もお酒を飲みだした。ラムっぽい酒だ。二人とも瓶ごとストレートで飲んでいるのが、実に海賊っぽい。

 

「それにしても、6歳でこの聡明さ。まるでキキョウみたいね。」

 

「たしかにな。そういえばアイツもこんな感じだったな。」

 

 そうしてしばらくケーキを堪能。

 すると両親が懐かしむように知らない人の名前を口にした。でもそんな人は今まで聞いたことがない。

 

「キキョウってだーれ?」

 

 不思議に思った私は両親に問いかける。

 こういう時に子供だと素直に聞けて良い。これが社会人なら、あれこれ考える必要があっただろう。安易に聞いてしまうと地雷だったり、実は……なんて無駄に長い話が始まるのだ。

 

「今まで言ってなかったけど、実はあなたにはお姉さんがいるのよ。」

 

「そう、それがキキョウって名前なんだ。」

 

 ふーん、キキョウねぇ。まぁ女性の名前としてはよくある名だ。

 原作でも確かキルアのお母さんの名前がキキョウだったはず。まぁその人ってことはないだろうが。

 

「あの子も2歳ぐらいで喋りだして、3歳過ぎには本を読んでたわ。」

 

「ふぁっ!?」

 

 それやばくね? 本当だとしたらガチモンの天才じゃねーか。

 ていうか私の行動に両親が動揺しなかったのってそのせいかよ。

 

「そのお姉ちゃんはどこにいるの?」

 

「キキョウは6歳の時に家を飛び出して行っちゃったわ。」

 

 ふーん、そうなのか。でも6歳で家出って早くね?

 すごいアグレッシブな幼女だな。特に見習おうと思わないけど。

 

「それっきりもう10年以上会って無かったんだけどな。」

 

「実は数年前、急に連絡がきたのよ。なんでもシルバさんて人と結婚したんですって。」

 

 おおーっと、雲行きが怪しくなってきたぞぉー!?

 んんんん? シルバ?? あれ、原作のゾルディック家の当主も同じ名前じゃなかったっけ? いやきっと勘違いだろう。うん、きっとそうだ。

 

「なんでも5年前にイルミって子が生まれたらしいわ。」

 

「2年前にもミルキって子も生まれたそうだ。」

 

 はいアウトぉ!! 完全にゾルディック家のキキョウさんじゃねーか!!

 確かにジャパン出身っぽい名前だったけどさぁ!!! どういうことなの!!?

 

「実は私達はふたりとも流星街の出身でねぇ。」

 

「実はパパは海賊なんだ。」

 

「はっ?」

 

 お酒が回ってきたのだろう。両親は更に突然トンデモナイことを語りだした。

 

「かい……ぞく?」

 

「ああ、おかげで色んな所から指名手配されてしまっててなぁ。」

 

 今どき海賊て。えっ、冗談だよね??

 

「でも今は普通に暮らしてるよ?」

 

「他人の戸籍を金で買ってな。」

 

 買った戸籍、だと……。

 

「じゃあ私の国民番号と生体データは?」

 

「大丈夫、そのへんは他人の物にすり替えてあるわ。」

 

「生体情報の照合は?」

 

 確か数年おきに照合が義務付けられていたはずだ。

 

「はっはっは、そんなものは医者に金を握らせれば楽々スルーよ。」

 

「ええ~(困惑」

 

 ということは、つまり……

 

 【悲報】私、原作のシズク本人だった【確定】

 

(しかもお姉ちゃんがゾルディック家の正妻とか……。)

 

 ハンター世界はみんなどこか狂ってるキャラばかり。

 その中でも関わりたくない人ランキング(脳内)で五指に入るキャラだ。

 ちなみに残り4人はヒソカ、クロロ、パリストン、ツェリードニヒ。

 

(嘘だろおぃ、あのダサいバイザー付けた重度の親馬鹿が姉とか……)

 

 しかもあの人、原作で42歳じゃなかった? えっじゃあ21歳差??

 

 目を閉じて原作のキキョウさんを思い出す。

 するとそこには、なぜかお揃いのバイザーを付けてピースする姉と『私』の姿が。

 

(Oh……)

 

 あまりのショックに、私は体が揺れ倒れそうになった。

 その後も両親の話は続いたが、会話は全く頭に入ってこなかった。

 

 




人生に自らレールを引く0歳児(才能SSR)
ゾル家との関係は独自設定です。
グダコ母さんは(1942年生まれ)→15歳でキキョウ出産→36歳でシズク出産という感じ。


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第06話 湧いて飛んで散って

「なんか疲れたなぁ」

 

 私は酒盛りを続ける両親を放置し、自分の部屋に戻った。

 これから始まるだろうコスプレックスを見たくなかった為だ。30過ぎで学生服はちょっとどうかと思う。でも普通に似合ってるんだよなぁ……。

 

 部屋に入るとドアを締め、中央に置かれたテーブルの前に移動。

 持ってきた透明なコップと、水の入ったペットボトルをテーブルの上へ置く。

 

 それからお気に入りの金魚型クッションを敷き、その上に座った。

 ちなみに私の部屋は2階の突き当りにあり、広さは大体6畳ほどだ。

 

「まさか自分が原作のシズク本人だったなんて……。」

 

 出来ればもう少し早く知りたかった。

 今まで別人だと思ってただけに余計びっくりだ。だが私は幻影旅団なんて入る気がないので、これで原作が崩壊するのは確定した。

 なのでもう原作はぶっ壊してOK、と思えば悪いことばかりでもない。

 

「よしっ、じゃあ気を取り直して水見式だ!」

 

 水見式、それは自分の念の系統を判別する大事な儀式。

 

 実はこれが私にとって初めての水見式だったりする。

 というのも念を覚えて最初の頃になんとなく、【練】を30分持続出来たらやろう! と決めたのだ。

 

「ところが持続時間は全然伸びなかったんだよね。」

 

 別に決めた事を破ってチャレンジしても誰にも文句は言われない。

 だが念は心と思いがとても重要なもの。ならば最初に決めたことは出来る限り守ったほうが良いと思ったのだ。

 

 それから3歳で10分を越え、5歳でぎりぎり20分。

 そして3日前、ようやく30分を越えたのである。なのでどうせなら6歳の誕生日にやることにした。

 

「まっ、それにどうせここじゃ系統別修行はし辛いからね。」

 

 強化系は石割り、放出系はオーラ飛ばし。

 どちらも家の中ではちょっと無理がある。だから代わりに基本と応用技を飽きるほどやった。

 

「それに今日は両親もお酒で酔ってる。」

 

 原作の某王子みたいに、水が腐ってバレたら確実に追及される。

 だが今なら何が起こっても大丈夫だ。

 

 私はペットボトルを開け、中の水をコップに注ぐ。

 水が縁ぎりぎりになるまで入れ、その上に葉っぱを浮かべる。

 それからコップに両手を添えた。

 

(原作のシズクはたぶん具現化系。でも『この私』はどうなんだろう?)

 

 やばい、ドキドキしてきた。

 

 具現化系なら念空間を作れる。強化系ならすごい筋肉。

 放出系なら瞬間移動で、操作系なら物に乗って空を飛ぶ。

 どれになっても楽しいだろう。

 

 ただし変化系、お前だけはNGだ。

 だって強い能力の修行が辛そうすぎる。

 拷問みたいな電気を何年も浴び続けるとか、どう考えても途中で死ぬ。

 

「ふぅー……」

 

 私は深呼吸を一度する。

 それからコップを包み込むように、一気に【練】を行った。

 

 すると……

 

「はっ? なにこれ??」

 

 水の中に()()()()()()し、浮かせていた()()()()()()()()()だした。

 更に少しずつ()()()()()()()、おまけに中の水が微妙に動いている。

 

「これって具現化系? 操作系? いや、強化系の可能性も?」

 

 水に不純物が現れるのは具現化系。

 浮かべた葉っぱが動くのは操作系。

 そして水の量が変わるのは強化系だ。

 

 どういうことだろう? まさか3系統?

 

「実は私は最強系オリ主だった??」

 

 私は一旦【練】を止め、コップの中の水を観察する。

 見た目は特に変化も見られない透明の水。

 試しに指を突っ込んで水を掬い、舌でペロッと舐めてみるも、特に味は変わっていない。

 

「うーん、水の色と味は変わってないから、放出系と変化系じゃないことは確定。」

 

 しかしまさか複数の変化が同時に起こるとは。

 ていうか水も動いてたし、これはもしかして特質系も?

 

「もう一度やってみるか。でも透明だと水の動きが分かりづらい……あっそうだ!」

 

 私はジョ○ョ4部のジョ○フじいさんを思い出した。

 すぐに部屋に置いてあったカッターナイフで指先を切る。そして血をコップの中にポチャポチャと垂らす。例の赤ん坊を助ける時にやったやつである。

 

「これでよしと。」

 

 透明な水に混ざった血は、水の動きを分かりやすくしてくれる事だろう。

 私は再びコップに両手を添え【練】を行う。今度は変化をもっとはっきりさせる為、さっきより強くだ。

 

「どうかなー?」

 

 すると、コップの中に先程より大きな黒い塊が出現した。

 さらに水の動きをよく見ると、なんと水はその黒い塊に()()()()()()()()ではないか。

 つまり水の減少と葉っぱの動きは練と関係無い。副次的なものだったということだ。

 

「これはもしかして特質系なのでは……?」

 

 まさかの展開に口元がニヤける。

 特質系は5系統で説明出来ない能力の系統。

 原作では能力を盗む、記憶を読む、未来を予知する、等と強力な能力ばかりだ。

 

「私の時代キタ―?」

 

 テンションが上った私は、さらに力を入れてオーラを増やす。

 

 すると黒い塊はペットボトルの蓋程度まで大きくなり……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――その中から、()()()()()()()()が飛び出してきた。

 

「……えっ?」

 

 急な出来事に思わず思考が停止する。

 私は視線をソレから離せなかった。そう、その天井に向かって伸びた指先のような物には覚えがあった。

 

 鉤のように伸びた爪……指先全体を覆う魚のような細かい鱗……

 

 ――それはここに生まれ変わる前に見た、()()()()()にそっくりだった。

 

「ほぎゃああああああああああああああああああ!!!!!」

 

 私は叫び声を上げ即座にテーブルから遠ざかろうとする。

 しかしその試みは失敗に終わった。

 

「な、なんで!?」

 

 左手とコップが()()()()()()のだ。

 手は未知の力により添えられた状態で固定されていた。コップの方も空間が固まったかのようにびくともしない。おまけに【練】も解除できずオーラが恐ろしい勢いで減っていく。

 

(やばい! よく分からないけど、このままだと非常にまずい気がする!!)

 

 私が焦っている間にも、黒い塊からは徐々に指が伸びてくる。

 

 ……第1関節が見える。

 やはり見間違いじゃなかった。指には緑色の小さい鱗がびっしりと生えている。

 

 ……第2関節が見えた。

 よくみれば指は血に濡れていた。恐らくアレは私の血だ。なんということだ。それはあの化け物共に私の血が渡ってしまったということ。

 

 ……そして第3関節。

 指の付け根に行き着いたのか、それ以上は伸びてこない。代わりに周囲を探るように指が動き出した。

 その動きは女の子の大事な場所の中をカリカリと愛撫するかのよう。血に濡れていることと相まり、まるで私の処女が破られたようでとても気持ち悪い。

 

(きもい! きもい! きもーーい!! ……ふぅ。)

 

 しかしその気持ち悪い動きのおかげで、私は冷静さを取り戻した(SAN値チェック成功)。

 すぐに体の動きを確かめると、左手以外は自由になることが分かった。私は右手を伸ばし、ギリギリ拾える範囲にあった国語辞典をガッシリと掴む。

 

 あとは落ち着いてタイミングを図る……

 

 ステンバーイ……

 

 指がぐるぐると回る。女の子のエッチな入り口を広げるかのように。

 

 ステンバーイ……

 

 指がクイクイと伸縮する。まるでどこかの中を優しく刺激するかのように。

 

 ステンバーイ……

 

 指がヴヴヴヴヴと小刻みに震えだす。いったい何がやりたいのか。

 

 ステンバーイ……

 

 そうしてチャンスを伺っていると、指の動きが小さくなった。

 そしてその後に、ゆっくりと指が引かれ……

 

「――いまだぁっ!!!」

 

 指の第一関節が黒い塊に引っ込んだ瞬間、全力の力を込めて国語辞典を振り下ろす。

 

 ――グシャァ!!!

 

 部屋の中にハンマーで肉を叩いたような音が響いた。

 

『ギョギョーー!!!?』

 

 更に一瞬遅れて気持ち悪い悲鳴。

 

(どうだ?)

 

 残りのオーラの全てを【周】でまとわせた攻撃だ。

 国語辞典は指を穴の中へと押し返した。

 さらにコップも粉砕し、おまけにテーブルまでも叩き割った。

 

 私は動かせるようになった左手をコップの残骸から離す。

 そのままじっと見ていると、コップの中に出現していた黒い塊が消えた。

 

(助かったか?)

 

 部屋に静寂が戻り、全てを汚染するかのようだった気配が霧散する。

 しばらくそのまま観察を続けるも、特に変わったことは起こらなかった。

 

 コップが割れたことで、中の水は床にぶちまけられている。

 しかしその水はボコボコ沸騰したりしていない。もちろん黒くなって中から触手が生えてきたりもしなかった。

 

「ふぅーー……」

 

 私はいつの間にか止めていた息を吐き出した。

 次に動くようになった左手をグーパーして問題ない事を確かめる。それからようやく全身の力を抜いた。

 

「…………」

 

 アレは一体何だったのか。

 何年も修行を続け、ようやく行えた水見式。結果によって念能力の方向性が決まる、とても大事な儀式だった。

 

「はは、その結果がこのざまとか。ワロス、ワロス……」

 

 まったく全然笑えない。

 唯一分かったことは、私が特質系であろうという事ぐらい。ただし能力は危険すぎて、このままだととても使う気になれない。……ちくしょう。

 

「せっかくのハンター世界なのに。【発】禁止とかベリーハードすぎるよぉ」

 

 【発】は念の集大成、いわば個人の必殺技だ。

 本来はある程度自由に作ることができる。しかし特質系だけは違う。勝手に能力が発現するのだ。つまりさっきのが私の必殺技ということ。

 

「どう考えてもお先真っ暗だよ……」

 

 いちおう別の系統能力なら作れはする。だがやはりメイン系統が使えないのは痛い。

 しかもこのまま放置するのもまずい気がする。だって向こうに私の血が渡っちゃってるし。これから私の周りに何が起こるか分かったものではない。

 

 なのでなんとか制御する方法を模索する必要があるだろう。制約と誓約で上手いこと縛れればいいのだが。

 

「こんな事になるなら普通に具現化系がよかったなぁ。」

 

 特質系か? と思った瞬間に興奮してしまった自分が恥ずかしい。

 だがまぁそれは一旦おいておこう。錬が解除できなかったせいで、もうオーラがほとんど残っていない。ついでに体力のほうも限界だ。

 

「コップの破片は明日。水の処理は……もう適当でいいや。」

 

 ティッシュ箱から中身を丸ごと取り出し、床の水へ被せるように放り投げる。

 水を吸収したティッシュはビチャビチャになり見た目も汚い。だがもう片付ける気力は残っていない、なので今は勘弁してほしい。

 

「……疲れた。」

 

 壁に掛かった時計を見れば、水見式を始めてからは数分しか経っていなかった。

 なのに非常に疲れた。夕食の時に両親が言ってたことが頭から吹き飛ぶぐらいに。

 

「今日はもう寝よう。」

 

 私はそのままフラフラとベッドへ潜り込み、毛布をかぶって眠りについた。

 




主人公「なぁにこれぇ!?」
魚面「逃さん、お前だけは絶対に。」
コップ&テーブル「解せぬ」


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第07話 そして幼女は解き放たれた

 ――翌日。

 

 カーテンの隙間から差し込む暖かな日差しで目を覚ます。

 

「ふぁ~~~。」

 

 腕を伸ばしながら欠伸を一つ。次に布団から出てそのまま部屋の中央へ目を向ける。

 そこには飛び散ったコップの破片と、ビチャビチャのティッシュだけが残っていた。まるで変態プレイのあと、片付けせずに寝たカップルの部屋みたいだ。おまけにティッシュには、誰かが踏んだ様な後が残っている。

 

(寝る前に気づかず踏んじゃってたか。後で片付けなきゃ。)

 

 昨日のことは出来れば夢であってほしかった。せっかくの特質系なのに、能力が魚面召喚なんて最悪だ。

 しかしもはや取り消すことはできない。とするとどうにかして実用出来るようにしなくては。

 

「お腹すいたな。」

 

 キュルルルと可愛らしくお腹が鳴った。

 壁に掛かった時計を見れば時刻はもう正午過ぎ。どうやら今日はお母さんが起こしてくれなかったようだ。

 

「いやでも、この部屋を見られたらまずいか。」

 

 両親も昨日は二人で盛り上がった(意味深い)だろう。

 ならここは部屋の惨状を見られなかったのを良しとすべきだ。今が寝起きというのも有るが、ちょっと言い訳が思いつかない。

 

「まずはご飯食べよ。」

 

 片付けは腹ごしらえの後で。下に行けばきっとお母さんがお昼を用意してくれているはず。

 私はもたもたとした動作で部屋を出る。それから廊下を進んで階段を降り、1階のキッチンへ。

 

「あれぇー?」

 

 たどり着いたら引き戸を開け掛かっていた暖簾をくぐって中に入る。

 しかしその先のテーブルの上には何も無かった。おかしい、いつもなら出かけるときだって、ちゃんとご飯は用意してくれていたのに。

 

「お母さーん?」

 

 私はお母さんへ呼びかける、だがどこからも返事は無かった。

 

「もしかしてまだ寝てるのかな?」

 

 ……ありえる。きっと昨日のプレイが激しすぎたのだろう。

 

「全くしょうがないにゃぁ。」

 

 私はキッチンを出てると、廊下を歩いて両親の寝室へ向かう。

 【絶】を使って気配を消し、音を立てないように気を払う。ダンジョンに入り込んだ斥候のような静かな移動。両親が今も雌しべと雄しべしている可能性を考え、邪魔になるのを避ける為だ。

 

「あれ?」

 

 しかし予想に反して、こっそり覗いた寝室には誰も居なかった。

 不思議に思った私は【円】(もどき)を展開して家の中を探しだす。修行不足で1メートルちょいしか広げられないが使わないよりはマシだろう。

 

 最初に向かったのは玄関だ。

 靴箱を開けて中を確認すると、そこには両親の靴が残っていた。

 

「ということは、これで家にいることは確定と。」

 

 別の部屋を探しに行く。

 

 一応、もう一度キッチンを見てみる。

 冷蔵庫を開けて中を見れば、不思議なことに中には何も入っていなかった。流しの方も、まるで今日は使っていないかのようにキレイに片付いている。

 

「んんん?」

 

 それからダイニング。

 こちらにも両親は居なかった。テーブルの上も綺麗に片付いており、昨日のパーティなんて無かったかのよう。

 

「……」

 

 お風呂、トイレ、物置部屋。

 居ない。居ない。居ない。隠れられそうな棚やタンスの中まで探したが、どこにも両親の姿は見当たらない。

 

「………」

 

 そして最後に庭。

 小さいながらも綺麗に花が並べられたそこにも両親はいなかった。

 

「…………」

 

 それから1時間、家の中を駆け回り、屋根裏へと上り、隠れられそうな場所を探し尽くして。

 しかしどれだけ探しても両親は見つからなかった。

 

「…………」

 

 私はリビングで立ち尽くす。

 すると脳裏に一つの疑問が浮かんできた。

 

「…………」

 

 昨日の夜、あの時に私はコップ毎テーブルを叩き壊して()()()()()()()()

 ならたとえ酔っていたとしても、両親が見に来ないはずがないのではないか?

 

「…………」

 

 どうして気づかなったのだろう。

 あのティッシュに付いた足跡、あれは一体誰のものだろう?

 

 もしあれが両親のものだとすれば、いったいどこに行ったのか。

 もしかしてあの時の水と黒い塊はまだ……、そして両親が代わりに……

 

 ――ぎょっぎょっぎょっぎょ

 

 私の頭を最悪の想像がよぎる。

 どこからからともなく、不気味な笑い声が聞こえた気がした。

 

「ははは、そんな……嘘だ」

 

 一人ぼっちの家の中に、乾いた笑いが響く。

 体から力が抜け、そのまま両膝が崩れる。私は重力に抵抗せず、無様に床に座りこんだ。

 

 ――この日、私の前から優しかった両親が消えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ■□■□■□■□■□■□

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『シズクちゃんヘ。

 

 これを読んでいるということは、きっと私達は貴方の前から消えているでしょう。

 でもこれはしょうがないこと。

 

 だって私達の本業は海賊(ガチ)。

 これから行く暗黒大陸一周の旅(アイもパプもいるよ!)に貴方は連れていけません。

 

 本来は流星街の知り合いのクロロ君に預ける予定でしたが、

 まぁ貴方はその年でミドルスクールの勉強まで終わらせちゃうほどだし?

 一人でも十分生きていけるわよね? ってことで置いていきます。

 

 枕の中に生活費(100万ジェニー)とキキョウの名刺を入れてあります。

 あとは好きに生きなさい。

 

 PS.その家は日付が変わると自動で燃えて消滅します。

    巻き込まれて死なないように気をつけなさい。ではでは。

 

 シズクの大好きなお父さんとお母さんより。』

 

 

 

 あれから戻って部屋を片付けていると、枕の下から手紙が出てきた。

 書かれていたのは上記の通りである。

 

「って、ただ出かけただけじゃねーか!! まぎらわしぃいいいいい!!!」

 

 私はプルプル震えながらその場で叫んだ。

 そうにしても本当に紛らわしい。いやこの場合は私のタイミングが悪かったと言うべきか。

 

「ちくしょう。私のせいで生贄にされちゃった!? とか考えた私の心配を返せ!!」

 

 水見式が1日でもずれていれば、これほど驚くことはなかったのに。

 ただ両親の失踪と、魚面たちが無関係だと分かったのは安心した。もし犠牲になってたら、いつか逆に乗り込んで皆殺しにしてやるところだ。

 

「てか海賊ってマジだったんだ。」

 

 あとこの手紙、余りにも新情報が多すぎ。私の頭が理解を拒んで破裂しそう。

 個人的には今の時代の船なんて、潜水艦から魚雷一発で終わりじゃね? と思うんだが、どうなんだろうか。

 いや暗黒大陸って書いてるし、もしかしたら人類領域外の島を拠点にしてるのかも。

 

「どっちにしろ碌なもんじゃ無さそう。」

 

 それから一番気になっている、預ける予定だった知り合いの所だけど……

 

「よかった。天才キャラを選んで本当によかった。危うく旅団ルートになるとこだった。」

 

 このクロロというのは、恐らく幻影旅団の団長さんのことだろう。

 原作だと26歳だったから、今の年齢は今年で11歳のはずだ。

 

「旅団は結成してないだろうけど、出来ればまだ(・・)関わりたくないからね。」

 

 それでなくても、流星街になんて行きたくない。

 あそこは何百年にも渡ってゴミが捨てられ続けている、いわば最果てのゴミ山。生粋の住人ですら防護服が必要で、着ないと生活できないようなやばい場所だ。

 前世の記憶がある私としては、絶対に御免被りたい。やはり人間は清潔な生活が一番だと思う。

 

「あと書いてることが本当なら、家に残ってるのは要らない物ってことか。」

 

 普段遣いの靴やフィギュアが残ってたのは、家ごと燃やして隠滅するためだろう。

 逆に冷蔵庫の中身が無くなってたのは、燃えなかったら困るから事前に捨てたのだ。

 

 あと私の部屋の惨状も、どうせ燃えるから別にいいんじゃね? ってノリだったに違いない。

 とすると恐らく、本当に必要なものは全部持ち出されているはず。

 

「私もさっさと荷造りして、早く家を出ないとなぁ。一緒に燃えたくないし。」

 

 もし私が普通の6歳児だったら、きっと家が燃え出すまで泣いてた事だろう。

 急に両親がいなくなったのだから当たり前だ。

 

 だが残念ながら私は転生者である。

 この程度で泣くような情緒はとっくに卒業してしまっている。

 

 それにこのまま家が燃えるまで居ると、絶対に碌な事にならない。

 通報→保護→国民番号参照→未登録バレ のコンボで良くて孤児院行き。そこからはどういう生活になるか分からない。 だがこの100万ジェニーは間違いなく取り上げられてしまうだろう。

 

「ていうかこの世界の孤児院って、やばい所が多そうだし。」

 

 幸いなことに私は念が使えるし、しばらく暮らすだけの軍資金も有る。

 なら見ず知らずの他人の世話になるより、一人で生きた方がマシだろう。天空闘技場に行けば、金なんて幾らでも稼げるはずだ。

 

「本来なら8歳でハンター試験を受けてから行く予定だったんだけどなぁ。」

 

 だがこうなったらしょうがない。ちょっと早いがまぁなんとかなるだろう。

 ただし私は身分証がないので、ビザも飛行船のチケットも取れない。

 

「とすると移動手段は金を握らせての密航か……久しぶりだな。」

 

 予定を固めた私は両親の部屋に行き、残ってる中で一番大きなバッグを確保。

 そしてその中に必要だと思った物を詰め込んだ。数日分の着替えに、本、水筒、地図。あとは軽くて金になりそうな物。

 

「よし、こんなものかな。」

 

 準備が終わった私は玄関で靴を履き、そのままドアを開けて家を出る。

 もう帰ってくることは無いだろう。ていうか燃えるから二度とこの家を見ることはない。しかし6年も過ごしたのだ、ならばやはり締めはこの言葉がふさわしいと思う。

 

「行ってきます。」

 

 私はそのまま道に出るとタクシーを拾う。

 そして行き先を告げると、一度も振り返らず街を去った。

 




ついに幼女が解き放たれた。
ここまでオープニングでした。


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闘技場編
第08話 罠と闘技場と消える音


「お願いしますレロレロ……何でもするからペロペロ……助けてレロレロレロレロ……」

 

「うわっ、はずかしい~~。そんな必死になって、お兄さんプライドとか無いの?」

 

 薄暗い路地の奥で、大人の男が私の靴を舐めている。

 

 ペロペロペロペロレロレロレロレロ……

 

 男は必死になって舌を動かす。その顔は恐怖で真っ青になっていた。

 まぁ当然だろう。金目当てに私を襲ったのが10人。

 その内、彼以外の9人は大事な玉を潰され、泡を吹いて気絶してしまったのだから。

 

(念能力ってすごい! でも出来れば靴は舐めないでほしかった……)

 

 もちろんこんな事をしているのには理由がある。

 私はあの後、天空闘技場行きの飛行船に乗った。当たり前だが身分証が無いので正規チケットも入国ビザも取れない。

 なので飛行船の係員に金を握らせての密航である。

 

 幸いにして、ジャポンから天空闘技場まではそれほど遠くない。

 時間的には3日、距離はおおよそジャポン1つ分。地球なら沖縄の南の端から、北海道の北の端までぐらいの距離だ。

 

 ただ荷物扱いだったので、飛行船の中はきつかった。

 まぁトイレなんかは勝手に使わせてもらったが。【絶】を使えば気配を薄めることが出来るので、こういう時にはとても便利である。

 

 そうして私は天空闘技場へたどり着いた。

 しかし残念ながら、子供の私ではホテルで部屋が取れなかったのだ。

 

 なので優しい協力者を探すため、こうして路地裏に入ったという訳である。もちろん両手で大事そうに()()()()()()()

 

(フフフ、思った以上に簡単に釣れたね!)

 

 天空闘技場は格闘好きのメッカ。

 原作によればここを訪れる人はなんと一日約4000人だ。しかしそのうちの半分は初戦で負けてしまうわけで。

 

 じゃあ負けた人がみんな大人しく帰るか? というと、もちろんそんな訳がない。

 大抵はいままで暴力でブイブイ言わせていただろう人たちだ。納得出来ずに路上でストリートファイトしたり、宿を借りて改めて鍛え直したり。

 そして中にはこうして裏路地でチンピラ化する馬鹿もいるはず、と考えた訳である。

 

 あとは適当に念を使い、無双した結果が今の現状だ。

 私は靴を舐めていた男の頭を掴み、目を合わせながら要望を告げる。

 

「許して欲しかったら、駅前にある○○ホテルで部屋を取ってきて。

 とりあえず10泊分、もちろん料金は前払いで。

 で、それが終わったら闘技場の受付列に並んでて。」

 

「は、はい。分かりました。」

 

 自分でも割と無茶いってるなー、と思うが男は一切反論せずに頷いた。

 逆らったらタマタマがパキパキしちゃからね、しょうがないね。

 

「分かってると思うけど逃げても無駄だよ? 貴方の個人情報は全部バレてるから。」

 

 手に入れたばかりの携帯を手の中でクルクル回す。

 これは周りで倒れてる人が、サイフの中身と共に善意で譲ってくれた物だ。もちろんすぐに付属のカメラで全員を撮影した。個人情報が乗ってるカードと一緒に。

 

「ご飯食べ終わったら貴方の携帯に掛けるから。」

 

 ここに来る前に闘技場の受付を軽く見てきたが、流石に長蛇の列が出来ていた。

 なのでゆっくりとご飯食べて、3時間したら受付に行くぐらいがちょうどいいだろう。その後は闘技場で戦い、今日の試合が終わったらホテルへ行く。そうすれば()()()()()この男は晴れて解放だ。

 

「じゃあよろしくね。えーと、シンジ=マートゥさん?」

 

 そう言いながら【凝】でオーラを右足に集め、男の側を踏みつける。

 

 ――ドゴン、という音と共に地面が陥没し、薄っすらとヒビが広がった。

 

 すると目の前のワカメの様な髪型をしたお兄さん――シンジは、ガクガク震えながら無言で顔を縦に振った。

 

 その様子に満足した私は路地裏を後にする。

 飛行船の中での食事はずっとカロリーバーだけだったのだ。さて、時間まで美味しいものを食べるとしよう。 

 

 

 

 

 

 ■□■□■□■□■□■□

 

 

 

 

 

 ――路地裏から出て()時間後。

 

「天空闘技場へようこそ!」

 

 泣きそうな顔で並んでいたシンジと入れ替わり、私は闘技場の受付に付いた。

 

(流石にこの年だと何か言われるかな?)

 

 私は身構えていたが、しかし受付のお姉さんからは特に何のリアクションもない。

 そういえばキルアも6歳で登録してたし、恐らくはこの程度の事は慣れているのだろう。

 

(流石は毎日4000人も来る場所の受付嬢ってとこか。)

 

「こちらに必要事項をお書き下さい。」

 

 こういう人ばかりなら世の中ももっとシンプルで分かりやすくなりそうなのに。

 そんな事を思いつつ、私は素直にお姉さんから書類を受け取る。

 

(どれどれ……)

 

 手渡されたのは半紙1枚程度の書類。

 軽く中身をチェックすると、ほぼ原作通りだった。なのでササッと記入を済ませる。書く内容は待ってる間に考えたので問題ない。

 

 名前:シズク

 年齢:6

 出身地:ジャポン

 格闘技経験:(気持ち)20年ぐらい

 その他:お金大好き

 

(最初は将来楽しく遊ぶために別の名前にしてみよう、なんて思ったけどね。)

 

 私が未来を知っていることを仄めかしつつ、ギリギリ言い逃れできるような名前だ。

 たとえば思いついたのはこんなの。

 

 『クラピカ=クルタ族』

 『ヒソカ=偽装4番』

 『ギタラクル=イルミお兄ちゃん』

 『クロロ=ルシルフル(幻影旅団団長)』

 

 当たり前だが、どれも ドッキリでした!(テヘッ なんて冗談は通じそうにない。

 知ればみんな間違いなくブチギレて殺しにくるだろう。なので却下である。

 

 結局は私以外にトリッパーがいる可能性を考え、名字無しに『シズク』のみで登録した。

 

「書き終わりました。」

 

 書いた紙を返す。するとお姉さんはテキパキと処理を進める。

 そうして登録が終わば、1階の会場へ移動して順番を待つ。

 

『1919番、0721番の方、Eのリングへどうぞ。』

 

 そこでしばらく待っていると、10分ほどして自分の番号が呼ばれた。

 座り込んでいる多数のチンピラ共の間を抜けてリングへ向かう。

 

「おい、ガキだぜw」

「ひゃっはっは、お母さんのおっぱいはココにはないでしゅよ~ww」

「代わりにお父さんのミルクは選り取り見取りだけどなっ!www」

 

(うぜぇ……)

 

 とたんに飛んでくるシモネタ満載のヤジ。

 子供だからと舐めた視線も含めてうっとおしい。

 

 だがまぁ気持ちは分からんでもない。

 私も彼らの立場なら盛大にヤジを飛ばしただろう。ここはそういう場所なのだ。娯楽としては最高。もし地球にあったら間違いなくビール片手に通ってた。

 

『試合時間は3分。では、はじめ!!』

 

 リングに上がると、審判がスタートの合図を告げる。

 私の相手はプロレスラーのような大男。

 

「ふひひひひ、お兄さんが優しく倒してあげるからねぇ」

 

 相手はそう言うと、舐めるような視線で私を見ながら両手をモギモギ。

 更に口元を緩め、ニヤニヤしながら近寄ってくる。

 

「……おまわりさん、こいつです。」

 

「残念、ココにおまわりさんはいないよぉ。……いるのは紳士だけさ。」

 

「審判さん、こんな事言ってますけど?」

 

「うーん、ダウト。」

 

 幼女相手にこの態度。間違いない、この相手はロリコン!! 

 最初は様子を見ようと思っていたが、これはそんなことしてる場合じゃない。ていうか視線がキモすぎて限界だ。審判さんもドン引きだぞ。

 

「よっと。」

 

 とっとと終わらせることにした私は、オーラを足に集めて一瞬で距離を詰める。

 そして挨拶代わりに、相手の股間を右足で思い切り蹴り上げた。

 

 ――パキンッ!!

 

「くあzfjk!!?」

 

 念に目覚められると面倒なので【練】は使わなかったが、それでもオーラで加速させた一撃だ。股間の玉はあっさりと割れ、相手は白目を剥いてリングに沈んだ。

 

「――ふっ、他愛なし。」

 

『…………』

 

 私は観客席をぐるっと見渡す。

 すると試合を見ていた男達が、一斉に自分の股間を手で隠した。

 騒がしかった闘技場から、一瞬だけ音が消えた。

 

「……1919番、キミは50階へ行きなさい。」

 

「はーい!」

 

 審判が引きつった顔で私の勝ちを宣言した。

 私はリングを降り、来たときと同じようにチンピラ共の間を抜けて移動する。

 不思議な事に、私にヤジを飛ばすものは一人もいなかった。

 

 

 

 

 

 ■□■□■□■□■□■□

 

 

 

 

 

「でシンジ、ホテルは?」

 

 ビクビクしながらやってきたシンジに、首尾を問いながら移動する。

 1階の奥でファイトマネーを受け取り、すぐ横の自販機でジュースを購入。 

 ドロり濃厚オレンジ……やたらと喉に絡みついてきて飲みづらい。

 

(これなら隣のマろ茶にしておいが方がよかったかな。)

 

 それでも勿体ないので全部飲んでしまう。

 元日本人の性だろうか? まぁ味自体は結構いけるから良いが。

 

「あの、俺って一応年上なんだけど……」

 

「だから? で、ホテルは??」

 

 シンジの懇願を無視して同じ問を繰り返す。

 えっ、年上だから敬称をつけろ? ハハハハ、冗談を。集団で幼女を襲った犯罪者なんて呼び捨てで十分だ。むしろゴミ扱いせず名前で呼んでるだけ慈悲深いだろう。

 

「……取ってきました。」

 

「OK、よくやった。」

 

 シンジがそう言いながら、おずおずと差し出したホテルの鍵を受け取る。

 指定したのは1泊3万ジェニーもする、そこそこ良いホテル。

 

「あっ、じゃあ僕はもうこのへんで……ここまでやったんだから助けてくれますよね?」

 

「うん、もう行っていいよ。お疲れー」

 

 私はワカメをリリースする

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「でもまた用事が出来たら携帯で呼び出すから。すぐ出るようにね。」

 

「えっ……」

 

 訳もなく、顔を青くして固まったシンジを置いてエレベーターに乗った。

 

 やはり物事は大人が居たほうがスムーズに進む。

 それが今日一日でよく理解できた。ならばこの男は手放さないほうがいいだろう。こうして会ったのも何かの縁だし? ギリギリまで使い倒すことにする。

 

『50階でございまーす。』

 

「あっ、降りまーす。」

 

 この後は50階で同じように勝って、それからホテルへ直行。

 鍵とシンジの国民カードを係員さんに提示し、幼女スマイルで部屋を変えてもらった。

 

(あの様子なら部屋に仕掛けはしてないと思うけど、それでも用心は必要だからね。)

 

 それから部屋に入った私は、すぐにシャワーを浴びて横になった。

 3日振りのベッドはとってもフカフカで最高で、すぐに夢の世界へ旅立った。

 




Q.どうして解き放ってしまったんですか?
両親(家にいる時はいい子だったのに……)

・シンジ=マートゥ(一般人)
イメージは運命に出てくるワカメ。海産物繋がり。
たぶんこれからもっと不幸(無茶振り)が降ってくる。


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第09話 丁度いい場所

お気に入りと感想ありがとうございます。

※1話のバトルオリンピアで優勝伝々を9歳から8歳に変更しました。


「お兄さんどこ狙ってるの? そんなんじゃ当たらないよ??」

 

「てめえええええええ!!!」

 

 相手が繰り出した右手の振り下ろし、それを外側にすり抜けるように躱す。

 そうして相手の後ろを取ると、私はその場でくるっと一回転。

 振り返った相手にニッコリと笑いながら、立てた右手の人差指をクイクイと動かして挑発。

 すると相手は顔を真っ赤に染め、私に向かって突撃して来た。

 

 1階で戦ってから更に4日が経過した。

 現在の私は100階行きをかけて戦闘中。

 念を使える私にとって、これまでの相手は雑魚でしかなかった。

 その点は今回の相手も同じだ。だがすぐ倒しては訓練にならない。

 

「ざ~こ♪ ざ~こ♪ ほらほら、ココでしゅよー?」

 

「ああああああああ!!!」

 

『おおーと、シズク選手、避ける避ける避ける! 見事な回避です!!』

 

 特質系の私は強化系がとても苦手だ。

 そのため素手での殴り合いは向いていない。

 その為『避ける』技術を重点的に身につけることにした。

 

 なので開始10分間は攻撃しない。

 ほどほどに念を使い、眼と足にオーラを集めて避け続ける。

 

 そして……

 

「はい、10分経過と。――ていっ!」

 

「はうわっ!!」

 

『出たぁー! シズク選手の伝家の宝刀、玉砕きだぁー!!!』

 

 時間が過ぎれば、1階の時のようにタマタマへ一発入れて勝負を決める。

 補足しておくが、別に私はタマを割るのが好きという訳ではない。

 

 だが今の私の体はピチピチの幼女。肉体能力が全く足りていないのだ。

 なので有効打を入れようとすれば、必然として攻撃は急所を狙うことになる。

 そして体格差でちょうど良い位置に有るのが、相手の股間という訳だ。

 

(だから狙うのはしょうがないよね! それに弱点突くのは戦いの基本だし)

 

 基本的に【纏】で殴っても精孔が開くことはない。

 ズシがキルア戦で【纏】のまま戦っていたように。

 【練】で殴られなければ念に目覚めることはないので大丈夫だ。

 

 まぁもしかしたら精孔が開いちゃうかもしれないが、この階程度の人に【纏】が出来るとは思えない。きっと運営が不幸な事故として処理してくれるだろう。

 

『決まったぁ―! シズク選手、ついに100階へ到達です!!』

 

 そうして私は勝ち続けた。

 中には両手で股間を押さえながら戦った人もいた。だがその場合は【硬】で遠慮なく手ごと股間を粉砕した。

 

(うわぁ、破壊力やばい!!)

 

 原作ではビスケがゆっくり小突いただけで、ゴンを何メートルも吹き飛ばしただけある。

 

 えっ、流石にそれは酷いって? だって前フリだと思ったから。

 熱湯風呂の縁に立って、押すなよ? 押すなよ? という言うやつだ。

 

(そこまでやられたら、こちらも割らぬのは無作法というもの……)

 

 まぁそんな勝ち方をしていたせいか、私はいつの間にか周りから『玉砕姫』なんて呼ばれるようになっていた(シンジ調べ)。……最初に言い出したやつは絶対に許さない。

 

 

 

 

 

 ■□■□■□■□■□■□

 

 

 

 

 

 90階で勝った翌日。

 私はまだ最初に泊まったホテルの部屋に居た。

 天空闘技場は100階に到達すると、場内に個室を用意してもらえる。

 しかしかなり狭かったので、このホテルに居座ることにしたのだ。

 もちろん宿泊費はシンジ持ちである。

 

「で、それ本当なのシンジ?」

 

「ほ、ほんとうだって!」

 

 目の前には何時ものように呼び出したシンジ。

 私はちゃんとお茶を出して上げたが、なぜか全く手を付けようとしない。

 しかもたまに別のテーブルの方を見てガクガク震えてるし。

 まさか毒でも入ってると思ってるんだろうか?

 ゾルディック家じゃあるまいし、そんな事をするはずがないのに。

 それとも出したマロ茶が嫌いだったのか。

 

「もうちょっと詳しく説明してくれる?」

 

 さて、私がココにきた目的は『修行』と『お金稼ぎ』。

 修行は上記の通りに順調だが、問題はお金のほうである。なんせグリード・アイランドの発売まであと3年しかない。それまでに58億が必要なのだ。計画を立ててしっかりと稼ぐ必要があるだろう。

 

 なので100階以降のファイトマネーをシンジに調べさせたのだが……

 

「だから2回目以降のファイトマネーは1/10以下になるらしいんだよ!」

 

「な、なんだってー!?」

 

 その結果がこれである。

 どういうことなの? 原作でそういう描写全くなかったんですけど? ていうか家にいた時に電脳ネットで調べても、そんなの載ってなかったよ??

 

「……具体的には?」

 

 これは死活問題だ、出来る限り詳しく知る必要がある。

 

「つまり初回のファイトマネーは()()()()って事らしい。

 例えば初めて150階に昇って勝った時は1000万。

 でもその後に160階で負けて、落ちた150階で再び勝った場合は違う。

 せいぜい100万もらえればいい方だって事。」

 

 まじかよ。それが本当なら、今後の予定がボロボロだぞ。

 

「ああ、あと150階より上でわざと負けると運営から警告がくるらしいぜ。

 なんでも八百長やって稼ごうとするのを防ぐための措置なんだと。

 しかもどれだけ演技が上手くても、なぜか"不思議と"バレるんだって。」

 

 不思議と? それただの念能力じゃね?

 ……おもいっくそ、私みたいなヤツ対策じゃねーか!!

 

 だが考えてみれば、まぁそりゃそうだ。

 1試合で毎回何億も払ってたら、まともに経営なんて出来るわけがない。オマケにタイマンの試合なんて八百長は簡単だ。これがサッカーのような何十人もプレイヤーがいる競技なら難しくなるんだろうけど。しかしタイマンならどっちかを買収すればいいだけ。

 

 それにここは念能力を肯定するどころか、見世物にしている場所。

 いざという時を考えれば運営側だって能力者を雇う。そして高層階の判定には遠慮なく能力を使うだろう。私だって運営者だったらそうする、誰だってそうする。

 

 問題はそれが私の計画には致命的なことだ。

 

(私の190階で負けて楽々お金儲け計画がぁ! これじゃ58億とか無理!!)

 

 180階のファイトマネーが1億だとして、58回勝ち負け繰り返せば楽勝じゃん!

 とか思ってた自分が恥ずかしい。ちなみに200階以上ではファイトマネーは1ジェニーも出ない。

 

(やっぱしっかり下調べしてから計画を立てないとダメだな……ぐぬぬぬぬ。)

 

 こうなると、私が取れる手は2つ。

 

 1つ目は200階まで行って登録せず、別名で1階からやり直すルート。

 ストレートに200階まで昇った場合、ファイトマネーは約4億。1度だけなら再登録が出来るので、繰り返せば8億程度は稼げる。

 だがこれをやると、間違いなく運営に目をつけられるだろう。あと短期間での再登録はファイトマネーをまともにもらえるか怪しい。

 

 2つ目はこのまま200階まで行くルート。

 そして2年に1度行われるこの闘技場最大の大会『バトルオリンピア』での優勝を目指す。

 

(たしか優勝すれば、貴重な財宝が幾つももらえるとか言ってたよね。)

 

 ならば2つ目のルートの方がいいのではなかろうか。問題はバトルオリンピアがいつ行われるかだが。

 

「次のバトルオリンピアっていつか知ってる?」

 

「……今年の4月末。」

 

「もうすぐじゃん!!」

 

 現在は1月の半ば。

 バトルオリンピアの参加資格はフロアマスターであること。

 そのフロアマスターへの挑戦権は200階で10勝。後3ヶ月ちょいで200階まで行って10勝して、さらにフロアマスターに勝てるか?

 

(おそらく無理。せめてあと1ヶ月早く来てれば……)

 

 それに200階以上の試合は、3ヶ月の戦闘準備期間があったはず。

 これがフロアマスターにも適用されるなら、そもそも戦ってすらもらえない。2年に1度の貴重な大会の参加券だ、誰だって手放さないだろう。

 

「つまりどっちにしろ無理じゃねーか!!」

 

「ひっ……。」

 

 テーブルに思い切り両手を振り下ろす。

 

 ――バンッ! という音が響き、シンジがビクンと震え上がった。

 

 58億への道筋は、曇りまくって全く見えなくなった。

 しかし私は他に稼ぎ方を知らない。結局、ストレートに200階まで行ってみる事にした。

 

「あっ、自分の勝ちに賞金全部突っ込んだら何とかなるかな?」

 

「……ちなみに賭け金にも上限あるみたいだぜ。」

 

 これはもう無理かも分からんね。

 

 

 

 

 

■□■□■□■□■□■□

 

 

 

 

 

「200階でございまーす。」

 

「降りまーす。」

 

 それから10日後、勝ち続けた私はついに200階に到達した。

 100階以降もほぼ雑魚ばっかりで、特に注目した選手は無し。問題は1試合の掛け金が最大100万ジェニーまでだったことだ。私は子供ということでオッズが高かったのにあまり儲からなかった。

 

(でもここからは対戦相手も念能力者だ。)

 

 この階層以上の選手はみんな念能力者だ。

 恐らく今までのように楽勝とはいかないだろう。それに危険もずっと高くなる。だがその分だけ優遇もされる。

 

(特に広い個室をもらえるのはありがたいね。)

 

 ホテルの延長を言いつけた時の、シンジの青くなった顔が見られないのはちょっと残念だが。

 

 それから私はエレベーターガールのお姉さんにお礼を言って、200階に踏み込んだ。

 すると入り口を抜けた先のロビーで、こちらを伺っているのが何人か居た。

 しかしめんどうなので、全無視して受け付けカウンターへ。そこでこの階の説明を聞いていると、ふと後ろから声がかかった。

 

「おいおい、ガキじゃねーか。」

 

 振り返れば少し離れた場所に、おかしな髪型の3人組が居た。

 

 一人目は先が刺さりそうほど尖ってるリーゼント男。

 二人目は頭にライオンのような入れ墨があるスキンヘッド男。

 そして三人目は1メートル以上あるめっちゃ長いモヒカン男。

 

 ……みんな頭が個性的すぎる。芸人さんの集まりかな?

 

「何か用ですか?」

 

「いやいや、俺たちも申し込みをしようと思ってね。」

 

 問いつつも同時にこの人達を『凝』で観察する。

 時々オーラが漏れてるダメダメな纏……水で割ったように薄いオーラ……

 うん、これならあんまり警戒しなくて良さそう。

 

(コイツら完全に雑魚じゃん。ニヤつく前に修行しなおせっての。)

 

 とするとこれはアレだろう。おそらくこの時代の初心者狩りの人たちだ。

 きっと試合日時を合わせることで、私をカモにする気なのだ。

 

(うーん、ガン無視でもいいけど、ソレだと面白くないなぁ……あっ、そうだ!)

 

 良いことを思いついた私は、書類の対戦日時の希望欄をみる。

 

 この階では3ヶ月以内ならいつ戦うかを選手側が選べるのだ。

 その中から私は『いつでもオーケー』にチェックを付ける。そしてくるりと振り返って受付を背にすると、それを手に持って3人組に堂々と晒した。

 

「私はいつでもオーケーです。」

 

「へへへ、物分かりがいいじゃねーか。」

 

 私は書類を突きつけながら、にっこり笑って彼らに告げる。

 すると彼らは気分を良くしたのか、ニヤ付きながら受付に近づいてきた。

 

「でも怖いので1戦だけです。それで負けたらここを去ります。そちらは誰が戦いますか?」

 

「「「…………」」」

 

 あえて『1戦だけ』『負けたらここを去る』の部分を強調する。

 この階層では10勝すればフロアマスターに挑める。しかしその前に4敗すると下の階に落ち、今までの頑張りがすべて無駄になる。

 

 そのために彼らはこうして初心者が上ってくるのを待っているのだ。出来る限り負ける可能性を減らして勝つために。この階での勝ちは下の階よりはるかに重い。

 

(でも私をカモに出来るのは一人だけだぞ☆ さぁどうする?)

 

 私はニコニコしながら彼らを見つめる。

 すると、とたんに彼らの間の空気がギスギスしだした。3人はお互いを牽制しあい、最後は誰が戦うかで揉め始めた。

 

(うーん、ダメだなコイツら。順番ぐらい決めとけよ。)

 

 私はその隙に、彼らの方を向いたまま紙を後ろに回す。

 更に後ろ手で『いつでも』のチェック欄に二重線を引き別の日を記入。最後は紙を斜めにし、後ろからは微妙に見えない角度で提出した。

 

「お願いしまーす。」

 

「はい、受領しま……えっ」

 

 受付のお姉さんは中身を見て一瞬ビックリするも、そのまま黙って処理してくれた。

 

(やだ、このお姉さん優しい。でも顔が笑いそうになってる。バレそう。)

 

 受付のお姉さんと二人で顔を合わせて笑いをこらえる。

 もちろん指定した希望対戦日時はきっちり3ヶ月後だ。

 

 えっ、すぐに戦う? なんでそんなハンデ負わなきゃならないんですかね??

 もしこれでさっきの私の発言を素直に受け取ったピュアな人がいたら、きっと面白い事になるだろう。

 

 とくにこの3人の中で同士討ちが起きれば最高だ。

 ガチ戦闘になれば選手2人の能力が分かって良し。どちらかがわざと負ける場合でも、その後にギスギスするのは避けられなくて良し。どちらにしろ私に得は有っても損はない。

 

(さて、まずはここの試合ビデオを集めるか。)

 

 情報収集は戦いの基本だ。

 スペランカー先生も真っ青の、ワンミス即死ゲーの念戦闘でこれを怠るのは馬鹿だけ。

 

「こちらがシズク選手の部屋と鍵になります。」

 

「ありがとうございます。」

 

 私はもらった鍵の部屋へ入り、荷物を置いてから食堂へ向かう。

 ついでに携帯を使って何時ものようにシンジを呼び出した。

 

 

 

 そして翌日。

 そこには罵り合いながら戦っている、スキンヘッドとモヒカンの姿があった。

 

 ざまぁwww

 

 




入れ墨  :こうなったら3日後から1日ずらしな。恨みっこなしだぞ(翌日希望っと)
モヒカン :分かってる分かってる。抜け駆けはするなよ(翌日希望にしとこ)
リーゼント:大丈夫だ、問題ない(翌日希望でおk)

受付のお姉さん:(ぷぷぷ、ダメだ。まだ笑うな……)※顔がピクピク


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第10話 良くも私を殺したな

誤字脱字報告有難うございます。
大変助かっております。


「いやぁ、あの同士討ちは最高でしたね。」

 

 200階でおバカな新人狩りを華麗にスルーした翌日。

 部屋に備え付けのテレビで、そいつらがガチ試合やってるのを見て爆笑した後。

 

 私はベッドの上で横になり自身の【発】について考えていた。

 200階闘士の戦闘ビデオの入手はシンジに任せた(強制)から問題ない。

 1本100万で買うと言ったので、きっと今頃は必死に駆け回っていることだろう。

 

「さて、今の内に私は私の問題を片付けなきゃね。」

 

 ベッドから起き上がり座禅を組み、目を閉じて思考に集中する。

 頭に浮かべる光景は初めて水見式を行った時のこと。

 考えるべきはコップに手を添え【練】を行った後、水の中に出現したあの『黒い塊』だ。

 

(結局、あれは一体なんだったんだろう?)

 

 あの時は焦っていたので、つい国語辞典で叩き潰してしまった。

 だがこうして思い出すと色々と疑問が湧いてくる。

 

 まずあの時に出てきた指。

 あれが転生する前の、邪神の祭壇(仮)にいた魚面のものだと仮定しよう。

 するとあの黒い塊は『異世界に繋がっていた』ということになる。

 

(でも瞬間移動って感じじゃ無さそうだった。)

 

 原作でも瞬間移動の描写と説明はいくつか有った。使えるのは主に放出系と具現化系。

 簡単に言えば放出系は『空間ごと移動』し、具現化系は『念空間を経由して移動』する。いわばロケットとワープ装置だ。ドラ○エで言えば放出系が『ルーラ』で、具現化系が『旅の扉』。

 

 対して私の場合は恐らくどちらでも無い。

 強いて言えばワームホールだろうか? だってあの時に出てきた指は『黒い塊』を双方向に出入りしていたから。

 

 ドラ○エで言えば『マップをバグらせた』ようなものだと思う。

 アリアハン城の城門の先がゾーマの城になった、とかそんな感じ。アリアハン? 滅ぶんじゃないかな。

 

(でもそんな事が可能なのかな?)

 

 原作でクラピカの師匠は『人間の能力を超えたものは具現化出来ない』と言っていた。

 それはつまり念能力でも『人間の力の限界を超えたことは出来ない』ということだ。それを考慮すると『異世界に繋がる穴を開く』なんて絶対に無理なはずである。

 

(でもすでに起こった結果が有るし、それ以外に考えようがないんだよなぁ。)

 

 ならばどれだけ不可解な事例でも受け入れるしか無い。

 これが特質系のもっとも嫌な部分だ。

 

(能力が()()()()()()()から、本人ですら能力の詳細が分からない……。)

 

 原作で描画があったのはカキンの某王子のときだ。

 念の特訓中にいきなり能力が発現し、その後に一つずつ検証していた。あれは頭のいい王子だったからすぐ把握出来ていたが、普通は無理だと思う。もしかしたらクロロやパクノダも、初めはこんな感じだったのかもしれない。

 

 ではソレらを踏まえて、これを使い物にするためには?

 

(まずやるべきは、どうにかして出現場所を離すこと。)

 

 今のままでは危険すぎて検証することさえ出来ない。

 水見式の時のようにすぐ側に出現させるのは危なすぎる。あの時は出てきたのが指だけだからよかった。だがあれがもし腕だったら私は掴まれ、きっと向こうに引き込まれてしまっただろう。

 

(それから強制解除する方法も必要。)

 

 『黒い塊』はコップを叩き割ることで消えた。

 ならガワを付けることが出来れば、いざという時に壊して止められるのではなかろうか。出来ればそのガワは私から離すことが出来て、自由に向きを変えられると良い。

 

(とすると、何かを具現化して操作するのが良いかな。)

 

 どこぞのココウケンさんと違い、特質系の私はどちらの系統も覚えやすい。

 そしてそこに、この特質系の発を組み合わせる。そうすれば特質・具現化・操作の3系統複合能力として昇華できるだろう。

 

 念は心や思いが能力に影響を及ぼす。

 操作系は愛用の道具を持ち歩くが、これは思い入れが強いほどオーラを込めやすくなる為だ。

 

 ならば系統ごとに能力を作るより、纏めた1つの能力の方が強くなるはず。

 複数の道具を使うより、1つの道具を使い込んだ方が思い入れは強くなるからだ。

 

(で具現化する物だけど……やっぱりアレかなぁ)

 

 具現化系はイメージ修行が大変だ。

 だから今まで縁が無かったものより、すでに現時点でイメージしやすい物が良い。

 

 ……とくれば、やはり()()しかないだろう。

 

 私が転生するハメになった元凶。

 それでいて原作のシズクにも関わりがある生物。

 

 ――そう、つまり()()()である。

 

 これなら今でもハッキリ思い出せるし、その姿はある意味トラウマとして脳裏に刻み込まれている。だから別のものを一から具現化するよりも、それほど時間かからないだろう。

 

 これが純粋な具現化だったらなぁ。作りたいものは色々あったんだけど……。エクスカリバーとかゲイボルグとか主に宝具系を。しかし駄目な物はしょうがない。

 

「よし、そうと決まれば……すみませんもしもし。」

 

 私は携帯を手に取ると、近くのホームセンターへ電話を掛ける。

 注文したのは出目金の剥製。

 

 えっ、生きてる状態でペロペロしろ? 流石に生の金魚は勘弁してほしい。

 そんな舐めたら生臭くて間違いなく嘔吐する。部屋がゲロ処理場になってしまうのは流石に嫌だ。

 

 

 

 

 

 ■□■□■□■□■□■□

 

 

 

 

 

 それから1週間後、私の手元にはデブデブと太った出目金の剥製があった。

 全長は30cm。他の部分も細かく注文をつけた、死んだ時の金魚を出来る限り再現してもらった物である。

 

「よし、じゃあ始めるか。」

 

 それから私は一旦他の念修行を止め、しばらく具現化系のイメージ修行のみに集中した。

 

 最初は出目金を一日中いじくった。

 目をつぶって触感を確認したり、何百何千枚と写生したり。それから眺めたり、音を立てたり、嗅いだり、舐めたり、かじったり……

 

「剥製とはいえ、舐めるとなんか気持ち悪い。……思い出して吐きそう。」

 

 そうして10日後も経つと、今度は毎晩、出目金の夢を見るようになった。

 『ぎょっぎょっぎょ』と鳴きながら空中を優雅に泳ぐ出目金。

 

 そいつは楽しそうに私の周りを飛び回ると、最後は決まって口の中に飛び込む。

 そして私は吐き気を覚えて目を覚ますのだ。おかげで最近はとても寝起きが悪い。

 

「そういえば、クラピカも旧アニメで鎖に締められる夢を見てたっけ。」

 

 ひょっとしたら被緊縛趣味になってたり?

 私は気を紛らわす為に不埒な事を考える。頭に浮かんだのはクラピカが鎖で亀甲縛りされ、シャチホコのように仰け反っている映像だ。

 ただし途中から全身が赤くなりだし、顔が金魚に変わりだしたので考えるのを止めた。

 

「クラピカファンに殴られそう。」

 

 さらに10日後。

 起きてる間も視界の中に出目金の幻覚が映るようになった。視界内をチョロチョロ飛ぶ金魚が大変うざい。

 しかも手を伸ばして追い払おうとすれば、リアルな感触と重さがある気がした。というか今更だが、どうして剥製で修行してるのに出目金が動いているのか?

 

「多分、死んだ時の印象が強すぎたんだ。」

 

 そのせいで 出目金=飛ぶ イメージになってるのだろう。オマケにトラウマが強すぎて勝手に動く生物になっている。

 

 一瞬だけ別のものにすればよかったかな? という思いが頭をよぎる。

 だがここまでやったのだ、いまさら具現化物を変えるなんて、また金魚に負けるみたいで嫌だ。

 

「だけど……」

 

 代わりに、私の体調は酷い状態だ。

 夢でも日常でも出目金がうざすぎて、まともに休憩が出来ないせいだ。

 

 鏡で見れば目の下には濃い隈が出来ていて、髪の毛もボサボサ。肌は荒れ、ベッドの上と部屋の中はぐちゃぐちゃだった。

 

「具現化出来るのが先か、私が倒れるのが先か。」

 

 どうして私は出目金(空想)とデスマッチなんてやってるんだろう。

 どこぞのグラップラーさんの妄想だって、ココまでは追い込んでなかったよ?

 

 

 

 ――そして更に10日。イメージ修行からちょうど1ヶ月後。

 

『ぎょっぎょっぎょっぎょ!』

 

 ベッドの縁に腰掛けていた私の膝の上。

 そこにはいつの間にか自然と具現化された出目金が乗っていた。

 

「出来た……出来たぁああああ!!!」

 

 辛い修行を乗り越えた私は、部屋の中央で歓喜を上げた。

 私は具現化された出目金を見つめる。眼からは涙が止まらない。

 

「デメちゃん……」

 

『ぎょっぎょっぎょ……』

 

 会うのは実に6年ぶりだろうか。

 軽いトラウマになっていたのか、忘れたくても忘れられなかった。

 まさかこうして再会するハメになるとは思わなかった。

 

「デメちゃん……!」

 

『ぎょっぎょっぎょ!』

 

 脳裏にあの時の光景がフラッシュバックする。

 ボーナスが記載された通帳、迫るトラック、最低の運ちゃん……

 塀の上に居た猫コスプレのお姉さん……そして弾ける金魚の群れ……

 

「デメちゃーーーん…………!!」

 

『ぎょっぎょっぎょーーー!!』

 

 ギョロギョロと飛び出した両の目に、ブクブクに太った真っ赤な躰。

 それは私が転生するきっかけになった出目金そのもの!

 

 私は恐る恐る手を伸ばし――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「よくも私を殺したなぁーーーッ!!!」

 

『ギョギョーーーーッ!!?』

 

 そのまま出目金を掴んで、思い切り床に叩きつけた。

 こうして初めて具現化した念魚は、あっけなく砕け散って消えた。

 

 ……すごくすっきりした。

 

 

 

 

 

 ■□■□■□■□■□■□

 

 

 

 

 

「くそっ、あのガキ。また面倒なこと言いやがって。」

 

 シズクが空想の出目金とデスマッチを行なっていた頃。

 シンジは天空闘技場1階のベンチで嘆息していた。

 

 探して持ってこいと言われた200階の試合ビデオ。

 1本100万で買うと言われたので気合を入れて探した。だがしかし、これが不思議なことに全く見つからなかった。

 

「200階も190階も変わらないと思ったのに。」

 

 190階以下の試合ビデオは幾らでも出回っていた。

 それが200階を越える物になると、不思議とどこにも売られていない。

 

 それでもなんとか持ってそうな相手にたどり着いた。

 だがシンジが200階に行ったことが無いと言うと、それ以上は相手にしてくれなかった。

 

「こんなことなら、初日に逃げておけばよかったのかな……」

 

 あの化け物みたいなガキと、路地裏で出会った日。あの日から後悔しなかった日は一日もない。

 もちろん途中で何度も逃げる事を考えた。だが今となっては、もうそんな気力は残っていない。

 

 100階に到達した後に呼び出されたホテルの部屋。

 そこで見てしまったのだ。テーブルの上に無造作に置かれた私物。その中に有った『キキョウ・ゾルディック』と書かれた名刺を。

 

 それはつまり、あのガキはゾルディック家にコネがあると言うこと。

 

「よりにもよって伝説の暗殺一家とかさぁ……。最悪すぎて笑えねぇよ。」

 

 しかもすでに200階に到達し、奴の所持金は推定4億以上。

 

 金銭的にも暗殺依頼を出すのは簡単だ。

 そしてあのガキは、迷いなくその依頼を出しそうな気配がある。というかどう見ても、使えなくなった物はあっさり処分するタイプだ。つまりどこにも逃げ道はない。

 

「どうしてあの時の僕は、あんな化け物を襲ってしまったんだろうな。」

 

 あの時のことを思い出すと、今でも膝が震えそうになる。

 シンジも元は闘技場で有名になろうと、この街へやってきた若者の一人だった。

 

 しかしどれだけ頑張っても勝てなかった。

 1年戦い続けて最高記録はたったの50階。ファイトマネーも数万ジェニーがいいとこで、これではとても生活出来ない。上がらない戦績、上がらないモチベーション、減り続ける金……心が折れるのは時間の問題だった。

 

 そうしてしばらくすると最後は実家に帰ることを考えた。

 シンジの実家は複数の会社を経営する金持ちの一族だ。

 

 だが実にタイミングが悪かった。なんと年の離れた弟が生まれていたのだ。

 おかげで実家は祝福ムード一色で、とても自分みたいなのが戻れる空気ではなかった。

 

 そして最後はチンピラになり、路地裏のカツアゲで糊口を凌ぐ生活を送るようになった。

 

「弟‥…たしか名前はニコル、だったな。」

 

 シンジはまだ見ぬ弟の将来を願う。

 お前は俺みたいに落ちぶれるなよ、と。

 

 なお、その弟君も13年後に挫折する模様(原作1次試験参照)。

 

 

 

 

 それから10日後、シンジは闘技場1階の観戦席に居た。

 右手には買ってきたジュース。新作の塩サイダーコンブ味。薄めてない海水に炭酸を混ぜような味だ。おまけにブヨブヨしていて、舌に生コンブのような感触が纏わりつく。はっきりいってくそまずい。

 

 あれからシンジは何とか200階より上の事情を把握した。

 なんでも、ここからは超能力のようなものが使われているらしい。なので試合を見るだけでも特別な会員になる事が必要だった。手に入れるのには他会員からの紹介と、結構な額の金を必要とした。

 

「くそっ、もう金が残ってねぇ。」

 

 今のシンジは金欠だ。

 会員になる為にあちこちで借金をし、口座の預金も今月の生活費しか残ってない。

 

「だから、どうしてもこの機会に稼いどく必要がある。」

 

 本当に100万もくれるかは分からないが、それでも賭けるしかない。

 なんせすでにあのガキは億万長者、100万なんてハシタ金だ。

 

 それにこうして金額を提示してきたということは、金の使い方が分かっているという事。ならばポイっと投げ渡してきても不思議じゃない。

 

「まぁそういう子供らしくない所が、また不気味な訳だけど……」

 

 ――実は私、子供の形をした悪魔なの。

 

 そう言われても素直に納得できそうだった。

 だがもう逃げられない。ならあとに出来るのは、自分の立場を上げることだけ。このままどうにか取り入って、美味しいポジションに就くしかないのだ。

 

 ただし最初に"玉砕姫"と呼んじゃったのはシンジなので、これだけは絶対にバレないようにしなければならない。

 

(はは、やってやる。やってやるさ。僕だって昔は天才って言われてたんだ。)

 

 シンジは決意を新たに、エレベーターに向かって歩き出す。

 とりあえず一度、試合を直接見てみるか、なんて言いながら。

 

 

 

 それから10分後の200階ロビー。

 そこには試合チケットが高すぎて買えず、絶望して膝を突いたシンジの姿があった。

 




シンジ:お願いします金貸して下さい。
    直接試合見れないし、誰もタダじゃビデオダビングさせてくれないっす。
シズク:あのさぁ……(そろそろお役目御免かな?)


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第11話 デビュー戦

タグに『ギャグ』を追加しました。最初から付けとくべきだった(反省


 みなさん、おはろー。

 幼女マスターのシズクちゃんです。

 私は今、初めて200階のリングに上がろうとしています。

 格好は黒のタートルネックに厚めのジーパン。

 つまり原作のシズクをそのまま小さくした感じ。

 ただしまだ眼鏡と金色の逆十字ペンダントはしていない。

 

 今は具現化に成功してから2ヶ月後。

 

「肉体を鍛える事を、強いられているんだっ!!!」

 

 私はあれからデメちゃんの出し入れと、肉体の鍛錬を集中的に鍛えた。

 使ったのはオーダーメイドした鍛錬器具。めちゃくちゃ重い靴や衣服など。

 主人公組の3人がゾル家を訪問した時に使ったトレーニンググッズもどきである。

 

 この世界は空気中にプロテインが含まれてると言われる場所だ。

 2週間鍛えただけで、12歳の子供が4トンの扉を開けられるようになったりする。

 

 なので私も原作を参考に特注した重い衣服を身に着けて筋トレ。

 動けなくなったら絶で回復して、また筋トレを繰り返した。

 その他、デメちゃんで素振りしたり、ランニングマシーンで走り続けたり。

 

 おかげで現在は1トンぐらいの重量物なら何とか押して動かせるようになった。

 ちなみにその重量物はただの水だ。水は1リットルでちょうど1キログラムになる。

 1立方メートルの水袋を用意して、そこに水道から水を入れれば1トンの重量物が完成する。

 あとは破れないよう、それに適当な外枠を付けて毎日押した。

 

(読んでてよかった賭博破戒録カ○ジ。)

 

 こうして私は2ヶ月かけてギリギリまで肉体改造を行った。

 でも見た目は全く変わってない。どうなってるのこの世界……

 

 

 

『さぁー、ついにこの選手が200階に登場です!

 ここまで無敗で勝ち上がってきました、シズク選手!

 無慈悲に相手の玉を砕くことから、誰が言ったか"玉砕姫"!!

 果たしてココでも必殺のゴールデンボールブレイクは炸裂するのか!?』

 

 私は実況のお姉さんの説明に合わせて笑顔で周囲に手を振る。

 途端に巻き起こる"玉砕姫"コール。

 なんど聞いてもひどい通り名だ。

 最初に言い出した奴は殺す。見つけたら絶対に殺す。

 

『対するは自称"天空の特攻隊長"ことマルタケ=イチジョウ選手!

 こちらはすでに3勝3敗と後がありません!

 果たして、ここで踏ん張ることができるのか!?』

 

「"()"ってたぜェ!! この"瞬間(とき)"をよぉ!!」

 

 紹介された対戦相手がキレ顔をしながら雄叫びを上げた。

 白い特攻服に腹巻き、そして頭は尖ったリーゼント。昭和の不良かな?

 3ヶ月前に私のいたずらに引っかかり、見事に仲間と同士討ちをした人だ。

 

『更に今回はスペシャルゲストに来て頂いております。

 現役のフロアマスターの一人"魔王"マゾラー選手!

 そしてその"参謀"サドエラさんです!!』

 

『マゾラーだ。よろしく頼む。』

 

『サドエラじゃ。よろしく頼むぞぃ。』

 

 おっ、わざわざフロアマスターが来てるのか。

 私は実況席のほうをチラッと覗く。

 するとそこには、ドラ○エ1の竜王コス(変身前)を着た人が居た。

 全身を覆うような黒いローブを羽織り、一部が猫耳のように尖っているフードを被っている。

 その横には緑の司教服を着た、策に溺れそうなおじいちゃん。

 

(ないわー。)

 

 どう見ても強そうに見えない。なんでわざわざゲストに?

 ちょうど数日後にバトルオリンピアがあるから話題作りかな?

 

 まぁぶっちゃけ、私にとってはどうでも良い。

 フロアマスターはあんな格好強制とかでなければ。

 

『マゾラー選手から見て、今回の対戦はどうでしょうか?』

 

『そうだな、マルタケ選手はとても根性がある選手だ。

 シズク選手も今までのように、一撃とはいかないであろう。』

 

 実況に聞かれたマゾラーは偉そうな口調で感想を述べる。

 ふむ、確かに私の攻撃力では、一撃KOは厳しいだろう。

 だが事前調査で相手の手の内は分かっている。

 ソースはシンジが持ってきた試合ビデオ。

 この『マルタケ』とかいう奴の分だけで3本も持って来たのだ。

 思わず、もしかしてシンジって意外と有能なのでは? なんて錯覚しそうになった。

 

(ビデオを見た限り相手は強化系。それも武器を強化する『武器使い』だ。)

 

 もちろん分かってるからと油断するつもりはない。

 だってこれは私にとっての初の念戦闘だ。

 いわば私がどれぐらい戦えるかを知るための、大事な試金石。

 

「お仲間とのガチ戦闘は楽しかった?

 もう負けられないからってすごい必死だったよね!

 いやぁテレビで見てて大爆笑だったよ!!w

 でも私に負けたら全部無意味になっちゃうね?」

 

「てめぇ!!!(ビキビキビキ」

 

 相手はこれで負けると下層落ち、これまでの頑張りは全部無駄になる。

 なのでそこを遠回しに煽る。

 くっくっっく、せいぜい焦ってミスると良いわ!

 

(引導を渡してやんよ。)

 

 私をカモにしようとしたのだ、ならば蹴落とされてもしょうがないだろう。

 表面上は対峙している相手を煽りながら、内心では静かに覚悟を決める。

 心が徐々に冷えていき、同時に周囲の音が消え、頭の中がクリーンになっていく。

 前世で出張中に何度も死にかけた事で身につけた能力だ。

 肉体ではなく精神的なものだからか、どうやらこっちでも有効な模様。

 

 そうして待っていると時間が来て審判がリングに上がった。

 審判は私達の間に入り、ついに試合の開始を告げる。

 

「ポイント&KO制!……始め!!」

 

「……ふっ!!」

 

 試合の開始と同時、私は挨拶代わりに全力で練を行う。

 そしてそのまま『堅』に移行。

 

「!!?」

 

 対して、相手は纏のままだった。

 私のオーラ量に驚いているようだが、練も堅も行う気配は無い。

 

(やっぱり予想通りか。)

 

 これがココの試合ビデオを見て、一番びっくりしたこと。

 このマルタケという選手だけではない、ほとんどの選手が『纏』止まりだったのだ。

 

(たぶん『堅』とか知らないんだろうね。)

 

 『練』の状態を『纏』で維持するのが『堅』。

 『纏』と『堅』では顕現するオーラ量は5倍以上になる。

 

 だが恐らくここの人達は『纏』で戦うのが普通なのだ。

 『練』も要所要所で一瞬だけ使うもの、という認識なのだろう。

 原作でもここでゴンがはっきり『練』を使ったのは一度だけ。

 ギドという相手が飛ばした駒を正面から弾いた時だけだ。

 

(彼らが念を覚えた経緯を考えれば、しょうがないことだけど。)

 

 頑張って武芸を磨いて、200階まで昇って、そこで理不尽な力に叩きのめされて。

 その後に、急にすごいパワーが湧いてくれば、誰だって自分が覚醒したと思うだろう。

 つまり闘技者としての『ゴール』に至った、と。

 

(『纏』が出来るだけでも、普通の人相手だと俺TUEEEになるからね。)

 

 普通はまさかそれが、実はただの『スタート』だなんて思わない。

 原作で知っていなければ、私だってそうだっただろう。

 どこぞの野菜王子が、スーパーなヤサイ人1程度で、俺は最強だー! と言ってたように。

 だからココの人たちは独自に発を作ってお終いの人が多いのだ。

 

(ヒソカがフロアマスターに頓着しないはずだよ。)

 

 闘技場は完全に暇つぶしだったんだろうな。

 

「――っ!」

 

 そんな事を考えながら私が一歩前に出ると、相手は逆に一歩下がった。

 だがそれだけだ。私が絶対に有利という訳ではない。

 

 確かにオーラ量に関してはこちらが圧倒している。

 今の私が身に纏って維持できる顕在オーラは最大300ほど。

 対して相手が顕在させているオーラは20ちょいしかない。

 

 だがこれが肉体能力、強化系の習得率を加味するとまた違ってくる。

 例えば、強化系能力を100%使える場合、1オーラで1%の肉体能力を得られるとしよう。

 

 相手は純粋な強化系、なので習得率は100%だと仮定する。

 対して私は特質系な上に修行不足、なので習得率は5%あればいい方。

 

 ではこの場合、殴り合うとどの程度の戦力差になるのか?

 相手の肉体能力を100、私をその半分の50とする。

 

 するとオーラによって増える肉体能力はこうだ。

 相手:肉体(100/100)×オーラ(20) ×習得率(100%)=20

 私 :肉体( 50/100)×オーラ(300)×習得率(5%)  =7.5

 

 更に1オーラ=1肉体能力とした場合の最終的な戦力比はこう。

 相手:肉体100+20 +オーラ20 =140

 私 :肉体 50+7.5+オーラ300=357.5

 

 確かに数字上では私が勝っている。

 だがそれほど差が無い事も分かるだろう。

 ……単に私の強化系習得率が酷すぎるだけとも言えるが。

 

(でもこれはしょうがない。ここ3ヶ月は強化系を訓練する余裕はなかった。)

 

 しかもこの肉体性能の差は、あらゆる場面で効いてくる。

 一つ一つの攻防から単純な動体視力までだ。

 おまけに相手は200階まで登りきった格闘技能と経験まであるのだ。

 

(まぁだからこそ、実験にはちょうどいいけどね!)

 

 上の計算はあくまで机上の物。

 そもそも1オーラでどれぐらい強化されるかも不明である。

 それに実際は相手が習得率100%なんてありえない。

 

「あれー、もしかしてお兄さん怖いの?」

 

「んだとてめぇ」

 

 さらに近づきながら相手に挑発を掛ける。

 すると相手はその場で踏みとどまり、背中から鉄バットを引き抜いた。

 それを見た私も、上着の中から具現化済みのデメちゃん(全長30cm)を抜く。

 

(さぁ、デメちゃんの耐久テストの始まりだよ!!)

 

「ぎょぎょ!?」

 

 イヤイヤ!! とビチビチ跳ねるデメちゃんの尻尾を両手で握りしめる。

 

(覚悟を決めるんだデメちゃん。これは貴方のためでも有るのよ!)

 

「んだらぁー!!」

 

 相手が気勢を上げながら、上段から鉄バットを振り下ろす。

 それに合わせ、私も同じようにデメちゃんを振った。

 

 ――がきーん!!

 ――ぎょぎょぉーー!?

 

 相手の鉄バットと私のデメちゃんがぶつかり合う。

 

(相手の攻撃……ちゃんと見える!)

 

 鍛えててよかった眼筋!

 おまけに動きの差もほとんどないし、押し負けもしなかった。

 

(流石シズクちゃんボディだ! 原作で掃除機で頭をかち割ってた体はやはり違う!)

 

 そして力が拮抗してるということは、どうやら相手はメイン系統すら修行不足の模様。

 これなら行ける! そう確信した私はさらにデメちゃんを振った。

 

 ――がききーん!!

 ――ぎょぎょぉぉ!!

 

 当たり前だが、打ち合う度にデメちゃんは傷ついていく。

 当たりどころが悪かったのか、2打目ですでに右目が潰れてしまった。

 だがここで引くことは出来ない!!

 

 ――がきーん! がきーん! がきーん! ……

 ――ぎぎょぉぉ……

 

 それから何度も打ち合うと、デメちゃんは途中からビクビク痙攣しだした。

 すでには全身がボコボコになっていて、いつの間にか上ヒレと下ヒレも千切れている。

 私は手元のデメちゃんの様子を見て、その余りの酷さに抗議する。

 

「どうしてこんな事が出来るんですか!!

 こんな可愛いデメちゃんを鉄バットで殴るなんて、可愛そうだと思わないんですか!?

 このろくでなし!!」

 

「はああああ!? それはこっちのセリフじゃボケェええ!

 泣き声のせいで心がいてえんだよぉおお!! その金魚ひっこめろや!!!」

 

 あれこの人、意外と良い人なんじゃね? 予想以上に動揺してる。

 でも私はまだデメちゃんを引っ込めない。

 なぜならこれが具現化系の正しい使い方だから。

 

(だって出し直せばどうせ新品になるし。)

 

 どこぞの団長だって密室遊漁(インドアフィッシュ)は解除しなかった。

 わざわざ窓を開け、発動条件を崩して念魚を爆散させていた。

 そのせいか、具現化物=使い終わったら壊してOK、みたいな風潮がある。

 そう、だからこれは団長のせい。

 

「ちっ、テメェなかなかやるじゃねぇか。だから早くそれ引っ込めろ、な?」

 

 それから更に数度打ち合うと、ついにデメちゃんは泣き声さえ上げなくなった。

 

(この程度の相手でも、十数回打ち合ったらもう駄目か。私も修行不足だな。)

 

 特質系の私にとって具現化系は覚えやすい。

 だがやはりメイン系統ではないので、耐久力を上げるにはもっと時間が必要だ。

 

(まぁまだ3ヶ月しか修行してないし。ここまで持っただけマシかな。)

 

「――よっと。」

 

 限界を悟った私は右下から斜め上にデメちゃんを振る。

 すると、相手はソレを上段からの打ち下ろしで迎撃しようとした。

 

(……いまっ!)

 

 お互いの獲物がぶつかった瞬間、私はデメちゃんの具現化を解除。

 弾かれてバランスを崩した相手の腕の下に潜りこむ。

 相手はさせまいと右膝を繰り出して来たが、それを右に半歩ずれるように避け、同時にデメちゃんを再具現化。

 

 そのまま新しいデメちゃんを振る。

 左側下段から縦に半円を描いて、まるでゴルフのスイングのようにっ!

 

 ――ばちこーん!!!

 

「はうぁ!!?」

 

 振り上げたデメちゃんは、丁度いい位置にあった相手の股間にヒット。

 相手は手から鉄バットを落として床に膝を突いた。

 私はそれに併せて今度は一歩後ろへ下がる。

 

『クリティカル!! 2ポインッ! シズク!!』

 

 審判が何か叫んでいるがどうでもいい。まだ私ターンは終わってない!!

 

 私はその場で両足を広げて重心を落とす。

 それから腰を使い体重を乗せながら、デメちゃんを左右に振った。

 デメちゃんによる、今までの鬱憤を晴らすような往復ビンタが相手を襲う!!

 

 ――デッメのうち! デッメのうち!!

 

 ばちこーん! ばちこーん! ばちこーん! ばちこーん! ばちこーん!

 

 ばちこーん! ばちこーん! ばちこーん! ばちこーん! ばちこーん!

 

 ばちこーん! ばちこーん! ばちこーん! ばちこーん! ばちこーん!

 

 ばちこーん! ばちこーん! ばちこーん! ……

 

「んぎょーっ! ぎょっぎょっぎょっ!!!」

 

 嬉しそうなデメちゃんの声に併せ、十数の往復ビンタをお見舞いした。

 すると相手はついに意識を失った。

 

『マルタケ選手、失神によるKOです!! 勝者、シズク選手!!!』

 

 審判が私の勝ちを宣言した。

 

「私のデメちゃんは、最強なんだ!!(リサイクル的な意味で」

 

 優勝トロフィーのようにデメちゃんを掲げ、周囲に手を振る。

 私は歓声を聞きながら、堂々とリングを降りていった。

 




闘技場選手と強化率伝々の考察は独自設定です。

原作で闘技場時点でのゴンキルは練が2分持たない、
つまり気絶するまで絞り出しても120オーラ以下。
これで無双してたので、これぐらいかなと思いました。


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第12話 ゲート(仮)

 地上から700m以上離れた闘技場245階。

 スペシャルゲストとして呼ばれた試合の終了後。

 自室に帰ったマゾラーは椅子に腰掛け、優雅に酒を飲んでいた。

 テーブルの上には酒のボトルとおつまみ。対面にはサドエラ。

 しかしよく見れば、どこか落ちつきが無いのが分かっただろう。

 理由は言わずもがな、先程あった試合のせいである。

 

「なんだあのオーラ量は? あれで6歳だと? ……ありえん。」

 

 マゾラーはこの階に居る、数少ない古参闘士の一人だ。

 12年前にこの闘技場を訪れ、6年前にフロアマスターへ。

 以来、あらゆる手段を使ってこの地位を守ってきた。

 そんなマゾラーだからこそ分かる。

 

「あのガキは何かおかしい。」

 

 グラスを傾けながら今日あった試合を思い出す。

 子供らしからぬ立ち振舞と物言い。それに戦い方。

 だが一番おかしかったのはその身に纏うオーラだ。

 その量は明らかにマゾラーの全力を越えていた。

 いやもしかしたら、フロアマスターの誰よりも上かもしれない。

 しかもそれが6歳のガキなのだ。意味が分からなかった。

 

「お前はどう思った?」

 

 マゾラーは自身の参謀であるサドエラに意見を求める。

 問われたサドエラは考えこむように顎を数度撫で、次にマゾラーの酒棚から(勝手に)持ってきたボトルを1本飲み干す。

 それからようやく口を開いた。

 

「なんの話ですか?」

 

「おい。」

 

 マゾラーは憤怒した。それお気に入りのやつだったのに! と。

 だが今は喧嘩している場合ではないので、我慢して先を促した。

 2本目を取りに席を立とうとしたサドエラをその場に押し留めながら。

 

「今日戦っていたガキのことだ。」

 

「ああ、……まぁ確かにあのオーラ量は驚異ですな。ですが恐れる事はないでしょう。」

 

「ほう、その心は?」

 

「所詮はガキですからな。いくらリングの上で強くても、他にやり方はあるかと。」

 

「……リング外での脅迫。言うことを聞かなければ複数で袋にする、か。」

 

 200階からは戦ってもファイトマネーが出ず、報酬は名誉のみという事になっている。

 だがそれは表向き。実際はフロアマスターになれば講演・アドバイザー等、美味しい仕事が山程入ってくるのだ。

 それにこの地位を活かして談合を仲介すれば、手数料だけでもいい小遣い稼ぎになる。

 初戦で心が折れた選手に優しく声をかけ、別の選手に勝ち星を売らせるのである。

 これが190階以下であれば運営から警告がくるが、ここでは運営は何も言ってこない。

 恐らく4回負けるまで地上に落ちない所為だろう。

 

 なので結局は金を目的に戦っている者がほとんどである。

 そのため上位の選手間では、自然と協定が結ばれるようになった。

 将来邪魔になりそうだと思われる者は、裏で袋にされ潰されるのだ。

 このままいけば、恐らくあのガキもそうなるだろう。

 

「ええ、それこそいつものように。

 それにどうやら恨みも相当買っているようですからな。

 声をかければ結構な数が集まるでしょう。」

 

「玉を砕かれた男どもか……」

 

 今日の戦いであのガキの勝ち方、容赦の無さはここの選手全員に知れ渡っただろう。

 どうやら下の階でも同じ勝ち方だったようだし、フロアマスターの自分が声をかければ、報復したいと思うものは沢山集まるはずだ。

 

「それに戦いになっても、マゾラー殿なら勝てるでしょう?」

 

「ふん、もしもの時は我が『マゾラゴン』で消し炭にしてくれるわ。」

 

 マゾラーはそう言いながらグラスを傾ける。

 でも砕かれたら嫌だから、出来れば他の奴と当たりますように、と願いながら。

 なおサドエラはいつの間にか5本目を開けていた。

 

 

 

 

 

 ■□■□■□■□■□■□

 

 

 

 

 

「いやぁ昨日の戦いは楽しかったね、デメちゃん。」

 

「ぎょっぎょっぎょ!」

 

 ぜんぜん楽しくねぇよ、お前ふざけんな。

 そんな事を言いたそうに首を左右に振るデメちゃん。

 その頭を鷲掴みにして抱えつつ、寝室のベッドに腰掛ける。

 

 さて、これでガワの用意は出来た。

 

「だから今日はついに特質系の発の実験だよ!」

 

「ぎょぎょ?」

 

 デメちゃんが不思議そうにこちらを見る。

 どうせ失敗したら口の中から破裂したりするんでしょ? 知ってるのよ?

 そんな事を言いそうな瞳だ。でも間違ってない。

 けど上手くやれば大丈夫。きっと眼から触手が生えるぐらいで済むはずだ。

 

 さて、今回使うのは、念における『制約』と『誓約』である。

 この2つを厳しくするほど、念は爆発的に性能が上がる。

 

 うん? 漢字だけだと分かりづらいって?

 私も最初読んだ時はそう思った。でも慣れるとけっこう簡単。

 一言で言えば制約が『ルール設定』、誓約が『リスク設定』だ。

 

 これを原作の能力に当てはめると、例えばクラピカの中指の鎖。

 この鎖には『旅団以外には使わない』という制約(ルール)と、『破った場合は死ぬ』という誓約(リスク)が付けられている。

 これによりこの鎖は性能が大幅に上昇、念を覚えて半年足らずのクラピカでも、強化系をほぼ極めきったウヴォーギンを拘束できるほどの強度となっていた。

 どう考えてもパワーアップし過ぎだが、念とはそういうものなのだ。

 なのでこれらを上手く付けられるか否かが、そのまま能力の強さに直結すると言えよう。

 

「でも誓約は怖いから止めとこ。今のところは無しで。」

 

 クラピカは念を覚えて半年で旅団とバトルだった。

 だが私にはゆっくり鍛える時間が有る。

 ならば無駄にリスクを背負う必要はない。

 という訳で今回は制約のみを設定する。

 

「まずは1つ目の制約、"ゲートは一度行ったことの有る場所にしか繋がらない"」

 

 瞬間移動系ではお馴染みの制約だ。

 事故防止にもなるので、大体の人が付けてると思われる。

 "石の中に居る"なんて、誰だってごめんだからね。

 

 ちなみに"ゲート"とはあの黒い塊(穴)の暫定名だ。

 そのままだと分かりづらいので、今後はこの名称で呼ぶことにする。

 

「じゃあ一度使ってみよう。」

 

 私は膝の上でビチビチと跳ねていたデメちゃんを掴み、ベッドから立ち上がる。

 それから隣の部屋に向かい、備え付けの大きな姿見の鏡の前へ。

 両手でデメちゃんを後ろから抱え、腕を伸ばして床と水平に。

 それからデメちゃんのお顔を鏡に向け、口を大きく開かせる。

 

 これならどこに繋がったか鏡ごしに確認が可能。

 それに何かあれば、すぐにデメちゃんを壊して止めることも出来る。

 

「では、ベッド、ベッド、ベッド、…………"ゲート"オープン!」

 

 頭の中に寝室のベッドの上を思い浮かべる。

 それから空間に穴が開くイメージでオーラを練る。

 するとデメちゃんの口の中に波紋のようなものが広がり……

 

 

 

 

 

 

『ぎょぎょっ!?』

 

 ゲートが繋がったその先では、魚面が驚いた顔でこっちを見ていた。

 

「知ってた。」

 

 すぐにゲートを解除する。

 

 正直、予想はしていた。

 どう考えても人の力ではありえないこの能力。

 ならばこれは私のではなく、あの邪神の神殿(仮)で得た力では無いかと。

 

「だから少しでも隙があれば、あの空間に繋がってしまうんだろうね。」

 

 恐らく選択肢に邪神の神殿(仮)がある場合、強制的に選ばれる。

 元々がそういう力なので、どうしてもそっちに力が向いてしまうのだろう。

 

「もしかしたら地球に行けるかも、なんてちょっと期待してたんだけどな。」

 

 どうやらこの分では無理そうだ。

 では次になぜ態々こんな力を与えているのか? という疑問が湧いてくるが。

 

「そんなの決まってる。たぶん、新しい生贄を捕まえる為、かな?」

 

 つまり私が引いたC賞(仮)は()()()だった訳だ。

 恐らく私以外にC賞(仮)を引いた9人にも、転生先で同じ様な事が起こっているのだろう。

 

 とすると、制約ももっと厳しくしないとダメだろう。

 別の世界に繋げようとすれば、恐らく先ほどと同じことになるだけだ。

 少なくとも、もっとこの世界に限定されるようなものでないと。

 

 もちろんその場合は、元の地球へ帰る可能性は完全に捨てることになる。

 だが問題ない。なぜなら元々帰る気なんて無いから!

 

「だってこっちのほうが、絶対にスリリングで楽しいし!」

 

 地球側の漫画やアニメが見れないのが少しだけ悲しいが、そこは諦めるしかない。

 

 

 

 それから私はうんうん唸りながら考え続けた。

 そして最終的にはこんな感じになった。

 

〈制約〉

 ゲートは以下の方法で作った"接続ポイント"にしか繋げられない。

 ①現地に赴き周囲を記憶する

 ②地面もしくは床に念で金魚の絵を書く

 ③描いた絵の上で練を30分続ける

 

 参考にしたのは同じ特質系であるクロロの能力。

 やはり0からよりも、実例を参考にしたほうが考えやすかった。

 

 それから③の『練30分』がちょっとめんどうだが、これはこれで2つの利点がある。

 

 まず一つ目は『無茶振りを避ける』ため。

 仮にもしこの③が『10秒間絶で居る』だったらどうだろうか?

 原作のノヴさんみたいに

 『ワシより強そうな相手の円をくぐり抜けて侵入口を作ってこい。ハゲてもやれ。』

 なんて事をやらされかねない。いや、ノヴさんは自発的だったのだろうけども。

 

 でも私は他人のお膳立てのために、身を危険に晒すのはゴメンである。

 ハゲになりそうな仕事は絶対にNO!!

 

 その点、こうして初めから潜入に不利な条件を組み込んでおけば、そういう仕事は回されないはずだ。たぶん。

 

「ていうかそもそも私、侵入するより爆破する派だしね。」

 

 某運命ゼロでのキリ○グさんは最高でした。

 私もなぁ、高層ホテル爆破したり、飛行機にスティンガー撃ち込んだりしてぇなぁ。

 おっと、少し思考がおかしくなった。

 

 えー、そしてもう一つは修行ついでにやれることだ。

 練の修行は一生続ける物なので、これなら同時に接続ポイントが作れる。

 

「つまり、潜入任務お断り&修行ついでに接続ポイントの作成! これなら一石二鳥だよ!」

 

 また上記とは別に

 ・ゲートを開く(延長時も)にはオーラの先払いが必要(10秒分)

 

 という制約も付けた。まぁこっちは単に管理をしやすくするためだ。

 1秒単位で開閉とかめんどうだし、開きっぱなしでオーラが枯渇するのも困る。

 ちなみに時間は延長可能。ただし途中でゲートを閉じても、使ったオーラは戻ってこない。

 

 それから私は早速、寝室のベッドの上に接続ポイントを作った。

 その後、別の部屋から再びゲートを使ってみるも、今度はちゃんとベッドの上に繋がった。

 

「…………」

 

 そのまましばらく待ってみるも、魚面が出てくる事は無かった。

 次にそのままデメちゃんの口に手をつっこみ、ベッドの上に置いてあるお菓子を掴む。

 そしてそれを持ったまま手を引き戻す。すると私の手にはお菓子が握られたまま。

 次に逆を試してみるも、こちらも問題なくお菓子を置いてこれた。

 

「キタ――――――(゚∀゚)――――――!! っしゃぁ!!!」

   

 成功だ。これでようやく私の力が全て使える目処が経った。

 今後は徐々に接続ポイントを増やしていけば、長距離の移動から物資の補給まで、割と何でも出来る便利な能力になるだろう。

 

「くっくっく、この力はせいぜい有効活用してやるぜ!!」

 

 私はこの力の使い道を考えてほくそ笑む。

 ついに勝利の女神(魚面)がチラつかせていたパンツを、この手に取ることに成功したのだ。

 あとはこの力を使いこなせば、輝かしい将来が約束されたも同然だ。

 

 

 

 なおこの日以降、毎日夢の中で右手を血まみれにした魚面が襲ってくるようになった。

 もちろんそんな誓約を付けた覚えはない。

 もしかしてゲートを制御された腹いせだろうか?

 

 だがまぁ大したことではない。なんせ私とデメちゃんのコンビは無敵だ。

 二人のマッスル・ドッキングで頭を砕けば、その日はもう魚顔は夢に出てこなくなる。

 むしろ今まで試せなかった打撃・関節技の練習台として大いに役立っているぐらいだ。

 ついでに二足歩行生物の殺害予行練習としても。

 




・黒い穴
邪神の祭壇(仮)で人に転生した場合に付与されるチート。
元々は生贄として周囲の人間を攫うための侵入口。
主人公は念能力でむりやり制御している。

・ゲート(仮)
デメちゃんに付加された、別の地点に空間を繋げる能力。名称は暫定。

〈制約〉
 ・ゲートは以下の方法で作った"接続ポイント"にしか繋げられない。
  ①周囲を記憶 ②念で金魚の絵を描く ③絵の上で練を30分続ける
 ・ゲートを開く(延長時も)にはオーラの先払いが必要(10秒分)

 なお誓約とは違うが、使った日は夢の中で魚面が襲ってくる。
 殺されると邪神の祭壇(仮)に連れて行かれるが、逆に殺すとその日は出てこなくなる。
 普通に命がけだが、侵入口が開けれなくなった魚面たちが、やけくそでやってるだけなので誓約にはならない。


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第13話 フロアマスター戦(前)

お気に入りが1000件越えてたひゃっほー!
ありがとうございます。

修正・後書きのゲート詳細をちょっと変更。
夢での魚面襲撃が誓約にならないようにしました。


「ふぁ~~。」

 

 ベッドの上に全裸で倒れ込む。

 私はそのまま手を上に伸ばし、横にゴロゴロと転がった。

 スプリングが優しく体重を受け止め、上質のシーツが肌に心地よい。

 掛け布団もふわっふわで最高だ。

 体はまだ女性らしさとは無縁だけど、原作の恵体を知っている私は焦らない。

 

「最近は訓練の最後に、胸とお尻にオーラを集めて体操しているし。

 あー、早くムチムチボディになりたいなー……。あっ、デメちゃん口あけて。」

 

「ぎょっぎょー……。」

 

 何いってんだコイツ……ジト目でそんな事を言いそうな顔をするデメちゃん。

 その口が開いたのを見計らってゲートを発動する。繋げた先は2部屋先のキッチン。

 私はゲートに手を突っ込み、その先にある冷蔵庫を開け、中からジュースとプリンを取り出した。そしてプリンを一口。

 

「あ~ん、美味しい!」

 

 快適だ。快適すぎる。

 動かなくてもなんでも持ってこれるって素晴らしい。

 

「あ~、ダメになるんじゃ~。」

 

 ベッドの上を再びゴロゴロと転がりまわる。

 私はあれからゲートについて検証を繰り返した。

 結果、分かったことは2つ。

 

 1つ目は物体が跨いでいる状態でゲートが解除された場合、物体は体積が大きい側に弾き飛ばされるということ。

 例えば先程のようにゲートへ腕だけ突っ込んだ場合、その状態で解除すると腕が体の有る側へ弾き出されるのだ。

 残念なことに『亜空間にぶちまけてやる!』とか『ア○ザーディメンション!』みたいな事は無理だった。

 

「空間ごとねじ切れて防御無視切断!! とかちょっと期待してたんだけどな……」

 

 流石にそこまで都合良くはいかなかった。

 またゲート自体には物を動かす力がないので、この反発は空間が戻る際に何らかの力が働いていると思われる。漫画でよくある復元力とか、たぶんそんな感じ? 自分でもふわっとした理解だと思うが、次元や空間の有り方なんて分からないからしょうがない。

 

 それから2つ目はゲートを開くには大量のオーラを使用すること。

 今のデメちゃん(30cm)の口の大きさですら、1回に約300オーラも消費する。

 デメちゃんの具現化自体にもオーラを使うので、今の私では連続で5回しか使えない。

 

「まぁその5回で十分だけどね。」

 

 ゲートは10秒開いたままなので、必要ならまとめて取り出せばいい。

 こちらは工夫すれば幾らでも運用は可能だろう。

 お菓子や飲み物を全部冷蔵庫に入れとくとか。

 

 あとはデメちゃんをもっと大きくすることが出来れば、私自身がゲートを通って移動することも出来るようになるはずだ。

 

「でもそれには要修行っと。……そろそろ系統別の修行も始めなきゃね。」

 

 系統別修行は字の通り、各系統のレベルを上げる為の修行だ。

 ただし系統は得意不得意があるので、全てを100%マスターすることは出来ない。

 そのため効率よく強くなるためには、上手くスケジュールを組む必要がある。

 

 私はベッドから起き上がり、残ったプリンを6つに切り分ける。

 出来たのは蜂の巣型の六角形。心源流における六性図だ。

 

 私は純粋な特質系。プリンの配置で言えば真南の位置。

 そこから近いほど習得しやすく、遠いほど習得しづらい。

 

 なので習得率は最大で以下のようになる。

 特質系100%、具現化系80%、操作系80%

 放出系60%、変化系60%、強化系40%

 

 ここから私の能力に必要なものを考えてみよう。

 特質系 ……ゲートの大きさ・発動速度などに関係

 具現化系……デメちゃんの大きさ・耐久力に関係

 操作系 ……デメちゃんの操作性・スピードに関係

 

 この辺りは必須だ。得意系統なので習得しやすい。

 プリンで言えば下3つ。私はその位置のプリンを掬って口に運ぶ。

 

「んぐんぐ、この辺はいいんだよね。おいしい。」

 

 それから残りの3つ。

 放出系 ……デメちゃんを離して使うのに必須(ファンネル化)

 変化系 ……デメちゃんを離して使うのに必須(インコム化)

 強化系 ……オーラによる体の強化は念戦闘における基本

 

 こちらは不得意系統なので習得しにくい。プリンで言えば上3つの位置だ。

 しかし私は将来的にはデメちゃんを体から離して動かしたい。

 目指すのは空中を飛び回る浮遊砲台だ。なのでこの辺りも必要になる。

 

 ……うん、つまり全系統を鍛えましょうってことだ。

 

「習得しやすい下3つをベースに、合間に上3つって感じでやればいいか。」

 

 残りのプリンを全て口に運ぶ。

 それから修行は自身の得意系統だけではなく、隣の系統もやる山型が良いらしい。

 なので『特・具・特・操』のローテを基本にして、その後に"放と変と強"を組み込む。

 

 つまり

 『特・具・特・操』・"放"→『特・具・特・操』・"変"→『特・具・特・操』・"強"

 

 こんな感じになる。大まかな山型だ。1ヶ月(30日)の内訳はこう。

 特質系 :12日 具現化系:6日 操作系 :6日

 放出系 :2日  変化系 :2日 強化系 :2日

 

 ちなみに原作のゴン君の修行日数は(12月末開始~4月末にNGL入、までを仮定)

 で推定約121日。山型で修行してたはずなので(内3週間は放出系のみ)

 強化系:50日 放出系:25+21日 変化系:25日

 

 大体こんな感じである。

 これでチョキがキメラアントを切り裂けて、パーが威力500オーラぐらい。

 

「こうして考えると、ゴン君てあまり系統修行してないね。」

 

 メイン系統すら50日ちょい。それであの戦闘能力だから恐ろしい。

 まぁ私はまだ6歳だ。焦らず今からみっちり修行すれば良い。

 そうすれば2,3数年後にはどの系統もそこそこ使えるようになるだろう。

 

 

 

 

 

 ■□■□■□■□■□■□

 

 

 

 

 

 それから1年、私は修行しながらこの階で戦い続けた。

 

『全治1年の大怪我をすること実に3回!

 その度に不屈の闘志で舞い戻って来ました! 

 "ミスター0(ゼロ)"こと、ヌルハチ=トーキ選手!!

 果たして今日こそ勝利数0に終止符を撃つことが出来るのか!?

 すでに3敗で後がないぞおお!!! 』

 

「うおおおおお! 俺はやってやる! やってやるぞ!!」

 

 2戦目の相手は全身に入れ墨を入れたスキンヘッド男。

 系統は強化系。能力は入墨に触れると、その場所にオーラが集まるというもの。

 つまり凝をわざわざ発で再現したものだ。

 

(すごい無駄な発作ってる……!)

 

 おまけに凝は数秒間そのままで解除できないようで。

 つまりオーラが薄れて、他の箇所が全部弱点になるという酷い能力だった。

 

 試合では凝の攻撃にだけ注意しつつ、他の部分をチマチマ攻撃。

 倒れたところへ股間にデメちゃんを振り下ろして終了させた。

 

 

 

『これより本日の試合を行います!!

 まず入ってきたのは"走る放火魔"こと、モホーク=ヒャッハー選手!

 バイクに乗ったまま火炎放射器をぶっぱなす危険人物だぁ!!

 休日は家族サービスに励むパパさんでもあります!!』

 

「ひゃっはー!! なにバラしてんだころすぞ!!!」

 

 3戦目の相手は長いモヒカンにタンクトップを着た世紀末風の男。

 肩にはトゲトゲの付いたパッドが付いている。

 武器はバイクと火炎放射器。こいつも系統は強化系で、能力はバイクの強化。

 

(こういう人って、素だと意外と真面目だったりするよね。)

 

 なんとなくエ○ちゃんみたいなノリを感じる。

 でも近づくと危険なのでリング全体に油を撒いてスリップさせ、麻痺毒を塗ったダーツを投げまくって動きを止めた。

 家庭持ちらしいので、流石に股間にデメちゃんは止めておいた。代わりにモヒカンを焼いた。

 

 

 

 こんな感じで私は勝ち続けた。

 ちなみに試合でゲートは一度も使っていない。

 試合は撮影されるため手の内をバラしたくないのと、そこまで必要な相手が居なかったからだ。

 全て持ち込んだ武器+デメちゃんのみで片付けている。

 おかげで最近は売店に『デメちゃん棒』と称した商品が並ぶようになった。

 

「デメちゃんすごい人気だね。」

 

「ぎょっぎょっぎょ。」

 

 それほどでもない、そう言いたげなキメ顔で浮かぶデメちゃん。

 そのデメちゃんをナデナデしつつ、私は自分の部屋へ戻った。

 

 

 

 

 

■□■□■□■□■□■□

 

 

 

 

 

 そうして10勝した私は、ついにフロアマスターへの挑戦権を得た。

 相手は初戦にスペシャルゲストで呼ばれていたマゾラーという選手だ。

 もちろん負ける気は全く無い。

 

 この一年で私はかなり成長した。

 特に顕著なのがオーラの量。実戦を経験したのがよかったのか、家にいたときより格段に伸びるようになった。

 おかげで現在の練の持続時間は1時間前後。ここに来た頃の倍になった計算だ。

 

「ではお二人共、握手をお願いします。」

 

「はーい。」

 

「うむ、正々堂々戦おう。」

 

 記者会見として用意された会場で、対戦相手のマゾラーと握手する。

 その瞬間にたかれるフラッシュ。実際の試合は10日後だが、私がフロアマスター挑戦の最年少記録を更新したとかで、こんな無駄な事をやらされるハメになってしまった。

 

(あ~、だるっ。早く終わらないかなぁ。)

 

 私は終始笑顔で対応しているが、この対戦相手への心情は最悪だ。

 なんせこの会見の前に呼び出されて『試合を辞退しろ』なんて脅されたのだから。

 

(断る死ね。って言ってやったらめっちゃ切れてたなぁ。)

 

 でもこの返しは割と当たり前だと思う。

 だってここまで来て辞退とか意味わからない。

 それに集めたビデオを見ても、全然強そうに思えなかったし。

 

(相手は純粋な放出系。それも変なポーズを取って念弾ブッパするだけの脳筋。

 ちゃっちゃと倒して、フロアマスターの椅子から蹴落とそう。)

 

 そんな事を思っていた私は、握手したままの手に僅かな違和感を感じた。

 

「……んっ?」

 

 すぐさま凝で確認すれば、そこにはオーラに覆われた一匹の蚊が。

 

(なにこれ? 誰かの念能力? まさか……)

 

 すぐに潰そうと思ったが、今は会見中だ。握手と撮影のせいで動けない。

 

(ちっ!)

 

 私は忌々しげに蚊を睨む。そうしていると蚊はすぐさま私の手を離れ、マゾラーの後ろにいたサドエラの肩に停まった。

 私を視線を戻す。そこには嘲笑を浮かべるマゾラーが居た。

 

(こいつら正々堂々とか言っておいて、もう仕掛けてきやがった!!)

 

 この会見が終わったら闇討ちしよう。もちろん玉は念入りに潰す。私はそう決意した。

 だがしかし会見後、マゾラーたちは煙のように消え、結局見つけることが出来なかった。

 

「なにこの手際……あいつらこれが初めてじゃない?」

 

 まるで仕事が終わったスナイパーのような見事な消えっぷりだ。

 恐らく過去にもこうして邪魔な選手を排除してきたのだろう。

 

 私はしょうがなくこの日の襲撃を諦め、部屋に戻ってベッドに入った。

 

 そして日付が変わった頃……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ぷ~ん……パチンッ!

 

 ぷ~ん……パチンッ!

 

 ぷ~ん……パチンッ!

 

 ぷ~ん……パチンッ!

 

 ぷ~ん……パチンッ!

 

 ぷ~ん……パチンッ!

 

 ぷ~ん……パチンッ!

 

 …………

 

 

「な に こ れ !!?」

 

 私は何度倒しても復活してくる蚊にまとわり付かれ、結局一睡も出来ずに朝を迎えた。

 

 

 

 

 

■□■□■□■□■□■□

 

 

 

 

 

「ここは大丈夫なのだな? 本当だな?」

 

「もちろんですとも。あのガキはほぼ闘技場から出ないようですからな。流石にここは分からんでしょう。」

 

 郊外に備えた一軒家。

 その中の一室でマゾラーは焦っていた。

 

 前々から目をつけていた少女、それがついに10勝を達成した。

 それも忌々しいことに、無敗でストレートにだ。

 結果、フロアマスター挑戦の最年少記録を更新。

 闘技場はその偉業にお祭り状態となり、わざわざ試合前に会見まで開く有様だった。

 

 おそらくは新しいスター選手として売り出したいのだろう。

 ここに来て長いマゾラーがびっくりするほど、広報に力が入っていた。

 

 まぁそれはいい。それはいいのだ。

 問題はよりにもよって、その対戦相手が自分だということ。

 

「確率は1/21だったのに。……くそがっ。」

 

 運営を呪わずにはいられない。

 フロアマスター戦は挑戦者が戦いたい相手を指名し相手が了承するか、誰でも良い場合は運営が決める事になっている。

 マゾラーは指名された訳ではないので、今回の場合は間違いなく後者だ。

 

 しかしフロアマスターは21人もいる。なのにどうして自分なのか。

 しかもこの地位は少し前に売る相手が決まり、このまま行けば八百長試合で大金を稼ぎつつ、怪我なく引退出来るはずだった。

 

(これでは最後にがっぽり稼いで引退計画(仮)が台無しではないか……)

 

 しかも相手はここに来た時より、明らかに強くなっている。

 ぶっちゃけ身に纏うオーラの量だけでも、単純に倍になっていた。

 1年前の時点で、すでにマゾラーの全力より多かった相手がだ。

 もはや戦っても勝ち目が無いのは明白だった。

 

「勝てると思うか?」

 

「これはもうダメかも分からんね。」

 

 参謀のサドエラも匙を投げた。ついでに飲み干した酒瓶も投げる。

 だがそんな事はマゾラーも分かっていたことだ。

 

「ではやはり予定通り搦手でいくか。……お前の念能力はどうだ?」

 

「取り付けることが出来ましたので、あとは時間次第ですな。」

 

 サドエラの念能力は具現化した蚊を操ること。

 そしてその蚊で相手を刺すことによって、寄生型の別の能力を取り付ける事ができる。

 すると相手のオーラにより蚊が具現化されるようになり、蚊はひたすら顔の周りを飛び回り精神的苦痛を与える。

 おまけに具現化した蚊が殺される、もしくは何らかの手段で遮断されても、数分後に肌の近くの隙間で再具現化されるというひどい能力だ。

 

「諦めると思うか?」

 

「会見の後に、即座に闇討ちを断行するような相手ですぞ?」

 

「…………」

 

 マゾラーたちがいるのは、街の外れに作っておいた隠れ家だ。

 記者会見の途中、相手の少女から凄まじい殺気を感じ取った二人は部屋に戻らず街へ脱出。

 そのままここで息を潜めていた。

 

「こうなれば、もはや消えてもらうしかないか。」

 

 もちろん正面から戦ったりはしない。

 奴がパシリにしているシンジとかいう男を人質に。

 それと奴に恨みを抱いている選手も集める必要がある。

 

「ワシの蚊が最大数になるのは今日から7日後。なのでやるならその日が良いでしょうな。」

 

「分かっている、その時はもちろん貴様にも来てもらうぞ?」

 

「ひっひっひ、分かっておりますとも。」

 

 そう言って笑いながらサドエラは酒瓶を傾ける。

 マゾラーは一瞬だけ不安になるも、結局は口を閉じて酒を呷った。

 思えばこのサドエラとも4年以上の付き合いである。

 お互いに利用し合う関係だったが、あのガキに能力を使った以上は共犯だ。

 ならば後は力を合わせて、全力であのガキを排除するしかない。

 

(俺は勝つ! 勝って豊かな引退生活を送るのだ! ココまで来て失敗してたまるか!!)

 

 頼りにしているぞ……

 マゾラーは心の中でサドエラにそう告げながら、覚悟を固めた。

 

 

 

 なお翌日、サドエラは持てるだけの酒を持って、当たり前のようにマゾラーの前から姿を消した。

 

 




サドエラ「フレから連絡来たので抜けますね。」
マゾラー「ちょっ、おまっ」


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第14話 フロアマスター戦(後)

「あっ、シンジ? 今すぐサドエラって奴を探せ。最優先で。1000万までなら出す。」

 

 翌日、結局眠れずに朝を迎えた私は、すぐにシンジに電話を掛けた。

 目的はあのサドエラとかいうジジイの捕獲だ。

 どうやら私は何らかの念能力を食らってしまった模様。

 効果は今の所、頭の周りを具現化された1匹の蚊が飛び回るだけ。

 

 だがこれがめちゃくちゃうざい。

 この蚊はほとんど普通の蚊と同じで、手で叩けば簡単に潰せる。

 だが倒しても5分経つと再び具現化された。繰り返し何度でも。

 

 恐らくは私のオーラで具現化しているのだろう。

 しかも毛布などを被って完全に触れられない状態になると一度解除され、改めて毛布の隙間に再具現化されるくそ仕様。

 

 無駄に高性能で無駄にイラつく、無駄を突き詰めたような無駄能力だ。

 さしずめ嫌がらせ特化の寄生型念獣と言ったところ。

 

「許さない、絶対に……!!」

 

 私は心の中で復讐を誓いつつ、シンジからの連絡を待った。

 私も探しに行きたいが、街の地理が分からないので探すどころか迷子になるのが落ちだ。

 性には合わないが、ここは待つのが最善の手だろう。

 精神を削られないよう、しっかりと心を保たなければ。

 

 

 

 

 

 ――それから4日後。

 

 ぷーん! ぷーん! ぷーん! ぷーん!

 

 ぷーん! ぷーん! ぷーん! ぷーん!

 

 ぷーん! ぷーん! ぷーん! ぷーん!

 

 ぷーん! ぷーん! ぷーん! ぷーん!

 

 

「みぎゃあああああああああああ!!!!!」

 

 私は周りに湧いた大量の蚊に囲まれて悲鳴を上げていた。

 どうやらこの蚊は日付が変わると数が倍になる模様。

 いまは16匹にまで増えてしまった。

 

 もちろん私はすぐに蚊取り線香を炊いた。

 しかしこういった害虫対策ですぐ死ぬわけではない。

 蚊は結局しばらく飛び続け、その後に目の前をボトボト落ち続けた。

 

「やばい! 早くどうにかしないと!!」

 

 このままだと明日には32匹、明後日には64匹……5日後には512匹になる計算だ。

 想像しただけでも精神がゴリゴリ削られ、頭がどうにかなってしまいそう。

 それから先なんて、もう考えたくもない。

 

「なにこれ? 想像以上に最悪の能力なんですけど! SAN値攻撃とかふざけんなぁ!!」

 

 舐めていた。私にとって本当の敵はマゾラーじゃなかった。

 あのサドエラというジジイの方だったのだ。

 念能力は弱くてもやばい物は沢山あるって知ってたはずなのに! ちくしょうっ!!

 

 ていうか何をどうしたらこんな能力を作る気になるのか。

 きっとあのジジイは、嫌がらせに人生をかけてるキチガイに違いない。

 

「捕まえたらゴキブリ部屋に放り込んでやる……もしくは寄生虫の大穴。」

 

 私はそんな事を思いつつ、一刻も早くあのジジイが見つかることを願った。

 

 

 

 

 

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 ぷーん! ぷーん! ぷーん! ぷーん! ぷーん! ぷーん! ぷーん! ぷーん!

 

 ぷーん! ぷーん! ぷーん! ぷーん! ぷーん! ぷーん! ぷーん! ぷーん!

 

 

 

「ア”ア”ア”ア”ア”ア”ア”ア”ア”!!!!!」

 

 しかし私の願いは叶わなかった。

 シンジからの定期連絡が途切れたのだ。

 恐らく奴らに捕まったか、もしくは逃げたのだろう。

 

「ぐぬぬぬぬ、戦闘なら私が勝つのに!!」

 

 だが見つからなければどうしようもない。

 おかげで私は昨日からシュノーケルを咥え、湯船に頭まで浸かった状態で過ごしている。

 これなら復活してきてもお湯に浸かって蚊は死ぬので、一々手で潰さなくていい。

 それに蚊は浮かぶので、死んだ後も眼の前にボトボト落ちてこない。

 

 だがずっとお風呂の中というのは結構辛い。

 もはや目の前を楽しそうに泳ぐデメちゃんだけが私の癒やしだ。

 

「こうなったらもう形振りかまってられないね……」

 

「ぎょぎょ?」

 

 私はお風呂から上がると、バッグから携帯と一枚の名刺を取り出した。

 マゾラーもぶち殺したいが、それより先にサドエラを殺さなければいけない。

 そして金次第でどうにかできそうな手段が私にはあった。

 

 間違えないように気をつけながら、名刺に書かれている番号に電話を掛ける。

 

「もしもし、こちらゾルディックさんのお宅ですか?

 私、キキョウ姉さんの妹のシズクと申しますが――」

 

 私は初めての姉との会話に緊張しつつ、サドエラの暗殺を依頼した。

 幸いなことに、向こうには私の事も伝わっていたようだ。

 名刺に書かれた番号は家族用の特別なやつだったようで、すんなり依頼は受理してもらえた。

 もちろん私の今の状態についても説明し、能力を解除させてから殺すことをお願いした。

 

「はい、はい。ではよろしくお願いします。……あーもう、あんなジジイに5千万ジェニーも使う羽目になるとか。」

 

 もちろん金の方はきっちり請求された。

 ちょっと、いやめちゃくちゃ高かったが、他に手段がないからしょうがない。

 

 しかしこれで、このうっとおしい能力が解除される目処は経った。

 私は久しぶりに心を軽くしながら、再び湯船に浸かってそのまま寝た。

 

 

 

 

 

 

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 ぷーん! ぷーん! ぷーん! ぷーん! ぷーん! ぷーん! ぷーん! ぷーん!

 

 

 

「……………………」

 

 そして耐えること8日目。

 ついに周囲を飛ぶ蚊の数が128匹になり、3桁の大台に入った頃。

 部屋にやたらと凝った黒い封筒が届いた。

 

 中に入っていたのは、場所と時間が書かれていた1枚の用紙。

 それとボロボロになって倒れているシンジの写真だ。

 

「……………………」

 

 私は湯船から出ると、蚊に刺されないようにピッチリした服に着替える。

 それから指定された場所へ向かう準備を整えた。

 

 

 

 

 

 ■□■□■□■□■□■□

 

 

 

 

 

 

 日が沈みだした夕暮れ。

 私は手紙で指定された、街から数十キロ離れた荒野へ向かった。

 周囲には視界を遮るものが何もない。

 放出系のマゾラーにとって一番戦いやすい場所を選んだ、ということだろう。

 

「フハハハハハハ! よく来たな!!」

 

 そこではマゾラーを含めた複数人の男たちが待ち構えていた。

 内訳は念能力者が2名、それから下の階の闘技者が10名ほどだ。

 

「…………」

 

 対して私の方は周囲を飛び回る蚊が128匹。

 ……余りにも差が酷すぎて泣けてくる。

 

「御託はいいんでとっとと用件を済ませてくれる?

 暇そうな貴方と違って私は忙しいの。」

 

 主に修行とか修行とか。

 私はマゾラーと20メートルほどの距離を置いて対峙する。

 それから持ってきた殺虫スプレーを吹きかけ、周囲の蚊を全て落とした。

 これで少なくとも5分間は蚊に邪魔されなくてすむ。

 

「ちっ、口の減らんガキだ。コイツがどうなってもいいのか?」

 

 マゾラーが左足で倒れている人間を踏みつける。

 よく見ればそれはボロボロになったシンジだった。

 だが呼吸はしていることから、まだギリギリ生きている。

 態々こうして連れてきたということは、きっと人質にでもしようとしてるのだろう。

 私にそんなものが通じるはずがないのに。

 

「どうなってもいい。」

 

「くくく、どうしても助け……えっ」

 

 即座に否定してやると、マゾラーは言葉に詰まった。

 私はそんなマゾラーを無視して、今のうちに周囲に確認する。

 

「くっ、くくく、周りの奴らが気になるのか?……おい」

 

 マゾラーが声をかけると、周囲に居た男たちが前に出る。

 念能力者の方は、私が200階で最初に戦った二人、マルタケとヌルハチだ。

 さらに他の10人も、手に銃を構えながらニヤニヤした顔をこちらに向ける。

 誤解されがちだが、銃は念能力者にも有効だ。

 大抵は能力者側の動きが早すぎて照準が合わないが、きっちり当てればダメージは入る。

 こういう遮蔽物がない場所では更に有効だろう。

 

「冥土の土産に教えてやろう。

 小奴らはみな貴様に恨みを抱く者達――『玉々被害者の会』の皆さんだ。」

 

「玉々被害者の会ぃ?」

 

 どんな会だろう? 奥さんが性豪すぎる人たちの集まりかな?

 

 私は彼らの顔をじっと見つめる。

 ああ、どこかで見たことがあると思ったら、闘技場で今までに戦った人たちだ。

 でも私は最初の10分間手を出さなかったし、降参もしなかったので自業自得だと思う。

 それに……

 

「玉? なくても別に生きていけるでしょ?」

 

 女の私にはどうでもいい事だ。

 ていうか無いなら、いっそ女になればいいじゃん。

 

「ふざけんな!」

「彼女に振られたんだぞ!!」

「慰謝料よこせ!」

「責任とって養え!!!」

 

 とたん、すごい勢いで反発する彼ら。

 コイツラ何なの? 試合の結果なんだから受け入れろよ。

 それをグチグチグチグチと。余りにも舐めすぎだろう。

 ていうかこの程度の奴しか集まらないとか、マゾラー人望ねぇな。

 

「で、やるの? ならタイマンしよ? 魔王なんだから子供一人なんて余裕だよね?」

 

 どう考えてもダメだろうが、とりあえず煽ってみる。

 だが結果は半分予想通りだった。

 

「……断る。こうして堂々と集団で襲う方が魔王らしかろう?

 それに俺は……俺は玉を砕かれるのは絶対にゴメンだ!!

 コイツラみたいに、不能になぞ成ってたまるか!!」

 

 えー、ここでそんな事言っちゃうの?

 瞬間、周りの人のヘイトが2割ぐらいマゾラーに向かった気がした。

 これは典型的な無能上司ですわ。

 

「さて、では最後にもう一度だけ聞いておこう。――我が軍門に下れ!!」

 

 マゾラーは指を指しながら私に最後通知を突きつける。

 対して、私はマゾラーを逆に指差しながら、周囲の奴らにこう言った。

 

「そいつ裏切ったら玉を直せるとこを紹介してあげる。治療費も出してあげるよ。」

 

「「「「「えっ」」」」」

 

 とたんに全員の動きが止まった。それから周囲の人達の視線が一斉にマゾラーに向く。

 当のマゾラーもこの返しは予想外だったのが、周囲を見渡して慌てていた。

 

「き、きさまら! どこを見ている!? 貴様らの敵はアイツだろうが!」

 

(……いまだ!!)

 

 私はその隙を見逃さず、即座にデメちゃんを具現化する。

 もちろん治療伝々なんて最初から無い。

 ただ場を混乱させるためのハッタリである。

 すぐにゲートを繋げて手を突っ込み、その先に置いてあった物を取り出す。

 

 出てきたのは7.92mm弾を超連射する汎用機関銃――グロ○フスMG42。

 

(買っておいてよかった。売ってくれたお姉さんありがとう。)

 

 ここに来る直前に購入しておいた銃だ。

 売子のお姉さんによれば一昔前の銃らしいが、その分だけ手に入りやすいらしい。

 闘技場の中のガンショップで、多数と戦う用としてお勧めされた一品である。

 どうしてこんな物が店に置いてあったのかは考えない。身分不明の未成年に売った理由も。

 

「……き、貴様なんだそれは!?」

 

 最初に気づいたマゾラーが驚きの声を上げる。

 まぁ当然だろう。いきなり機関銃が出てきたら誰だって驚く。

 

 私はすでに装弾が済んでいるソレを両手で持ち、銃口をマゾラーに向けて構えた。

 

「まさか我々と戦うつもりか!? こちらには人質が……」

 

「お、おい! あんなの聞いてねぇぞ!?」

 

 私にこんな能力があるなんて知らなかったせいか、それともこの機関銃にびびったのか。

 とにかくめちゃくちゃ焦りだしたマゾラー組。

 だが関係ない。ココに来た時点で私はとっくに覚悟済みだ。

 

 と っ く に 覚 悟 済 み だ !!!

 

 だから私は彼らの顔をぐるっと見渡し、笑顔で告げた。

 

「――うるさい死ね、もしくはくたばれ。」

 

 ――Voooooooo!!!!!!!!!!

 

 同時に、躊躇せず容赦なく引き金を引く。

 銃口から分間1200発の勢いで弾が発射され、余りの連射速度に電動ノコギリのような音が周囲に響きだした。

 

 もちろん最初に狙うのはマゾラーだ! 君にきめた!!

 

「ちぃ!!」

 

「ちょ、直してくれるんじゃねーのかよ!? ……ひでぶっ!!!」

 

 だが流石はフロアマスターか、マゾラーは迷わずマルタケを盾にすることで銃弾を躱した。

 さらにマゾラーはそのまま次々と仲間の後ろを飛び跳ねる。

 私は逃さないように銃口を左右に動かす。代わりに盾にされた人たちがバタバタと倒れていく。

 

 もちろんトリガーは引きっぱなしだ。

 普通の銃ならすぐに弾切れしていまうが、この汎用機関銃はベルト給弾式。

 弾帯はデメちゃんの口の中に続いていて、このまま1000発以上連続で撃つ事が可能。

 

「ちぃ、ならば喰らえマゾラゴ……おい待て!」

 

 念能力を使おうとしたマゾラーに銃口を合わせると、彼は発動を止めて飛び退いた。

 

 ビデオで確認したマゾラーの発は念弾ぶっぱ。

 技名を叫びつつ特定のポーズ取ることで、オーラの形状を変化させて放出する能力だ。

 試合ではマゾゾーマ(球状)、マゾラゴン(ビーム)、マゾナズン(爆発)などを使っていた。

 

 だがポージング中はその場から動けない。

 逃げ回るのに必死な今は、必要なポーズが取れないので使えない。

 魔王っぽい演出を望んで作った発なのだろうが、ぶっちゃけ欠陥能力だと思う。

 

「ちょっ、待て! 待てと言ってるだろう!!」

 

 私はマゾラーの懇願を全無視。

 暴れる銃をオーラと筋力で無理やり押さえつけて撃ち続ける。

 というか、どうしてココまできてそんなお願いが通じると思っているのか?

 頭がお花畑なのかな?

 

「いいからはよ死ね。」

 

「あああああああ!!!!」

 

 マゾラーは念によって自身を強化し逃げまわる。だが念を使えるのは私も同じ。

 普通の人が見失う速度で動いても、強化された私の動体視力ならマゾラーを把握し続けるのは容易だ。

 時々向こうから撃ち返される普通の念弾と銃弾を躱しつつ、マゾラーに銃口を向け続ける。

 

「やめっ、やめろぉおおおお!!!!」

 

 そうして数秒間、射ち続けた弾丸がついにマゾラーを捉えた。

 撃ち出される弾はマゾラーのオーラを楽々と貫通、体中に次々と風穴を空けていく。

 

「げぇ! マゾラーさんが!!」

 

 マゾラーが倒れて動かなくなる。

 全身から血を流し、右手と左足そして首が千切れかけている。

 誰が見ても死んでいるのは一目瞭然だった。

 

 まだ生き残っていた人たちの戦意が、いっきに下がった。

 

「お前らも死ね。」

 

 だが私はそれでも銃を止めない。

 ゲート能力を見せた時点で、もとより一人も生かして返す気はない。

 

「うわあああああ!!!」

「いやだああああああ!!!!」

「お母さああああああん!!!!!」

 

 念を使って高速で動き回りつつ、敵の悲鳴を聞きながら銃を左右に斉射する。

 残った唯一の念能力者であるヌルハチがオーラで全身を守ろうとするが、この銃の前では意味がない。

 

 発射された銃弾は彼らのお粗末な纏など紙くずのように引き裂く。

 なんたってこの銃の威力は9mmパラの約12倍。

 売子のお姉さんの説明によれば、対人狙撃銃よりも上だという話だ。

 ほんの0.5秒ほど銃口を向けるだけで、彼は体中に穴を開けて倒れた。

 

「…………」

 

 そうして戦闘を始めてから数十秒後。

 ココに居たマゾラー組は全員が死に、私はようやく戦闘態勢を解いた。

 

「ふぅー。」

 

 息を吐きながら周囲を見渡す。

 そこに有ったのは、物言わぬ躯となった13人分の死体だけ。あと128匹の蚊。

 

「……お掃除完了! あー、これで私も童貞卒業か……」

 

 撃ちすぎて銃身から湯気を上げている銃を地面に置き、弾帯を外してすぐにゲートを解除する。

 覚悟していたとはいえ、意外と早かった。まさかこれほど治安が悪いとは。

 まぁ半分以上は自業自得な気もするが、さすがはハンターハンターの世界といった所か。

 

 しかし7歳……しかも初めてが14Pだ。

 きっと世界中の暗殺者でも、同じような経験者はなかなか居ないだろう。

 

「でも思ってたより何ともないね。……やったのが銃だからかな?」

 

 それに距離も離れていたし。

 これがナイフや素手だったらまた違ったのだろうか?

 

「ぎょぎょっ?」

 

 立ち尽くしていると、デメちゃんがこちらに気遣うように額を擦り付けてきた。

 

「大丈夫だよデメちゃん。でもありがとうね。」

 

 だが私は本当に大丈夫だ。

 むしろどちらかと言えば罪悪感よりも高揚感の方が大きい。

 

 それに……

 

「銃をブッパなすのって、とってもキモチいいね♪」

 

 私はそう言いながら両手で自分を抱きしめ、空を見上げながら身を震わせた。

 

 引き金を引く感触、響く発射音、そして全身を襲う振動。バタバタ倒れる敵……

 全てが心地よかった。正直、癖になりそうだ。

 そして知ってしまった以上、もう今後の戦いはこのスタイルしか考えられない。

 早く帰って、もっと色々と試してみたい。

 

「よし、じゃあ死体埋めて帰ろっか。早くしないとバレちゃうし。」

 

「ぎょっーぎょ。」

 

 私は再びゲートを発動。機関銃を戻し、代わりにスコップを取り出す。

 そしてそれを周で強化して穴を掘ると、そこに全ての死体を埋めてから街へ歩き出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「待っておいてかないで。」

 

 あっ、シンジ生きてた。

 

 

 

 

 

■□■□■□■□■□■□

 

 

 

 

 

 海上を飛ぶ飛行船の一室。

 サドエラは奮発して借りた最上級室でソファーに身を委ね、月を肴に酒を飲んでいた。

 

「全く、マゾラーの奴も不甲斐ない。あんなガキ一人に勝てんとは。」

 

 そう言いながらも、サドエラはこの結末をそれほど気にしてはいなかった。

 サドエラにとって正面からの戦いなど馬鹿のやることだ。

 自身は常に誰かの影に潜み、蚊が血を吸うように、こっそりと金を吸い上げてきた。

 

「じゃがまぁいいか。どうせ今までの恨みは、全てマゾラーに向かうでの。」

 

 マゾラーという男も、そんな身代わり兼金づるの一人でしかない。

 それに終わりにするには丁度良いタイミングだった。

 マゾラーには言わなかったが、実は少し前から運営側に自分たちを排除しようとする動きが有ったのだ。

 理由は言わずもがな。つまりやりすぎた、ということだ。

 今まではあんな腐った性格でも、表向きは超然とした人気選手だったため、運営も見逃していた。だが代わりになる人材が出てきたため、切り捨てる事にしたのだ。

 

「まぁまた次を探せばいいだけじゃ。ワシの〈蚊憑り選考(モスティンガー)〉と〈暗眠妨蚊囲(バッドエンド)〉は無敵……! 誰も逃げることはできん。」

 

 あとはこのまま適当な国へ行き、同じようなカモを見つける。

 それに今回の結末も調べて、勝ったほうを脅迫してもいい。

 マドラーなら今までの悪事を。あのガキなら能力の解除を条件に。 

 

「ヒッヒッヒ、造作もないことよ。ワシの頭脳を以ってすればな! ……オイ、酒が切れたぞ! はよう持ってこんか!!」

 

 サドエラは部屋専属のアテンダントを呼ぶ。

 しかし入ってきたのは、別人だった。

 

「……誰じゃお前は?」

 

 それは民族衣装のような服を来た老人だ。

 ゆっくりした動作で歩み寄ってくるが、妙に迫力がある。

 

(はて、こんな老人が飛行船におったか? まさか船長?)

 

 そう言えばこの部屋は最高級室だったし、挨拶にきても不思議ではないな。

 サドエラがそんな事を思っていると、入ってきた老人はその鋭い目をサドエラに向けた。

 そして告げられた言葉は、サドエラにとって完全に予想外のものだった。

 

「ワシはゼノ=ゾルディックという者じゃが、お主がサドエラじゃな?」

 

「……ゾル、ディッ、ク?」

 

 その家名はサドエラもよく知っている。なんせ伝説の暗殺者の一族だ。

 しかしどうしてそんな伝説の人物がここに居るのかは分からなかった。

 

 それからちょうど一分後。

 サドエラは能力を解除させられ、首は胴からお別れになった。

 

 




これで闘技場編は終わりになります。
書き溜めが無くなったので、以後は不定期更新になります。
読んで頂きありがとうございました。

・主人公がぶっぱした銃(MG42)
通称ヒトラーの電動ノコギリ。
ヘルシングでセラスがワンちゃんとの戦闘時に二丁持ちしてた銃。
なお実際には250発ぐらいで銃身交換する模様。


■以下キャラクター紹介
・マルタケ=イチジョウ(強化系) モデル:一条武丸(特攻の拓)
最初に絡んできた三人組の一人。不良っぽいリーゼント。
武器:鉄バット(ピッケルではない)
能力:自身のタフ度(耐久力)を強化すること。
「待ってたぜェ!! この瞬間をよぉ!!」


・ヌルハチ=トーキ(強化系) モデル:ゼロ(オーバーロード)
最初に絡んできた三人組の一人。全身入墨のスキンヘッド 。
武器:素手(格闘技)
能力:入墨を触ることでその部分にオーラを集める(凝もどき)
「今日こそ勝つんだぁあああ!!」


・モホーク=ヒャッハー(強化系) モデル:北斗の拳の雑魚
最初に絡んできた三人組の一人。世紀末風の長モヒカン。 
武器:バイクと火炎放射器
能力:バイクの強化。
「ひゃっはー! 汚物は消滅だー!!」


・魔王マゾラー(放出系) モデル:魔王ハドラー(ダイの大冒険)
魔王と呼ばれる200階選手。闘技場歴12年、フロアマスター6年のベテラン。
武器:素手(仕込み爪有り)
能力:魔王呪文(仮)
   オーラの形状を変えて放出する能力。
   形状は叫んだ呪文名とポーズに応じる。
   マゾゾーマ(球状)、マゾラゴン(ビーム)、マゾナズン(拡散)など。


・参謀サドエラ(操作系) モデル:妖魔師団長ザボエラ(ダイの大冒険)
マゾラーのセコンド。お金大好きな外道おじいちゃん。
 能力1:蚊憑り選考/モスティンガー
     蚊を具現化して操作する能力。操れるのは1匹だけ。
 能力2:暗眠妨蚊囲/バッドエンド
     蚊憑り選考で刺した相手へ寄生型の念獣(蚊)を取り付かせる能力。
     蚊は殺されても5分後に相手のオーラを使って復活。
     更に日付が変わる毎に数が倍になる。最大128匹。
     主に相手への嫌がらせ兼脅迫の為に使われていた。


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ハンター試験編
第15話 試験に向けて


今回からハンター試験編になります。


 皆さんこんにちは。

 無事フロアマスターになったシズクちゃんです。

 サドエラも無事に始末されたようで、うざかった蚊も消えて完全勝利!!

 ただしシンジは大怪我で入院中(全治半年)。

 

 それからフロアマスターになると、あまり試合が無いようで。

 暇になった私は現在、闘技場内のガンショップに来ています。

 

「ちょっと聞いて下さいよ銀お姉さん!

 あの後、なんでか私に警告が来たんですよ!!」

 

「いやそれはしょうがない。むしろその程度で済んだのを幸運だと思うべき。」

 

 会話している相手は売子のお姉さん。本名は知らない。

 綺麗な銀髪をポニーテールにした人なので、私は銀(イン)お姉さんと呼んでいる。

 基本無表情なのが玉に傷だが、それでも街を歩けば10人中8,9人が振り返るぐらいの美人さんだ。

 ちなみに念能力者でもあり、あまり細かいことを気にしないようなので恐らく系統は放出系。

 ついでにマゾラー一行に追い詰められた私に、あの銃(MG42)を売ってくれた人でもある。

 

「私は襲われた側なのに!! 運営酷くないですか? 泣きそうになりましたよ。」

 

「いやアレだけ広報に力を入れてた試合よ?

 それが勝手に場外で殺しあって結局不戦勝って。泣きたいのは運営の方だと思うわ。」

 

 話題はこの前終わった私のフロアマスター戦について。

 あたり前だが死んだマゾラーは試合に出れなかったので、試合は私の不戦勝になった。

 しかし運営的には大層不満だったのだろう。

 どこかから私とマゾラーが殺し合った事を知ると、しっかりと釘を刺してきたのだ。

 

「もし同じことやったら次は出禁だそうです。」

 

「残当。」

 

 ひどくね? 相手は10人以上いたんだよ?

 私はそれをちょっと機関銃で薙ぎ払っただけなのに。

 まぁ文句は言わないけどね。じゃあ選手管理はしっかりしろよ! なんて言ってしまうと、これ幸いにと行動を制限されそうだから。

 

 場合によっては裏を読んで口を閉じる、これも社会人としての必須スキルである。

 御偉いさんの社会の窓が開いてたりとか、カツラがズレてた場合とか。

 

「まぁマゾラーは私も嫌いだったから、個人的にはグッジョブだけどね。それで今日はどんな用事?」

 

「えーと、もうしばらく試合が無さそうなので。

 今のうちからハンター試験に備えようかと。今日はその装備の相談に。」

 

「えっ、ハンター試験受けるの? 貴方まだ7歳よね?」

 

 驚いたような発言をしているが、銀お姉さんの表情筋は揺るがない。

 うーむ、いきなりおっぱい揉んだら流石に動くかな?

 

「試験前に8歳になりますよ。胸揉んで良いですか?」

 

「ちょっと早いと思うけど? 二重の意味で。」

 

 銀お姉さんがそう言った瞬間、私は練でオーラを増やし、凝で腕にオーラを集中。

 始めの頃に比べれば多少はマシになった強化系を使って腕を伸ばす。

 しかし銀お姉さんは伸ばした私の手をあっさりと払い除けた。

 くっ、私もまだまだか……。

 

「修行不足。私のを揉みたかったら、もっと頑張りなさい。」

 

「銀お姉さんもおっぱいはまだまだだけどね!(並盛り」

 

「大丈夫、私は着痩せするタイプだから(震え声」

 

 うーむ、どうも子供扱いされているな。

 まぁ一般的に考えれば確かに早いよね。ゴンやジンですら受けたのは11歳だったし。

 でも受けないとグリード・アイランドの発売に間に合わないから仕方ない。

 それに原作試験と同じぐらいの難易度なら、今でも十分に勝算はある。

 

 それにどちらにしろ、今の私は暇なのだ。

 最初は賞金首を狩ろうと思っていたが、戸籍がなく国家間の移動に制限がかかる現状では動きにくいので止めた。

 となると後はもう修行以外では、ハンター試験への準備ぐらいしかやることがない。

 

「そこはどうしても必要な事情があるんです。それで流石にあの機関銃を持って走るのはきついかなって。なので他に良さそうなのありませんか?」

 

 部屋に置いておけばいつでも弾を補充できる私の能力は、銃器系とかなり相性が良い。

 現在考えているのは、デメちゃん経由で弾を取り出しつつ、距離をとってぶっ放すスタイルだ。

 これなら強化系が苦手な私でも接近せずに戦える。

 えっ、近寄られたら? 手榴弾とか撒きながらガン逃げでおk

 

「そうね、ちなみに銃に望むものは?」

 

「望むもの……」

 

 必要なのはハンター試験でライバルを蹴散らす為の武器。

 試験の過酷さを考えれば、もっとも重視するべきは『頑丈さ』だろう。

 途中で壊れると非常に困る。銃の知識があまりない私では修理できない。

 

 次点で火力も必要だ。

 せっかく持っていっても効かないのでは意味がない。

 出来れば念能力者も撃ち殺せるのがいい。

 最低でもボディーアーマーを貫通するぐらいは必要だ。

 

 そして持ち運びやすさ。

 重すぎて疲れたりすると逆効果だからね。

 あとは子供の私でも使いやすければ最高だ。

 

 以上のことを踏まえて諸々考えると……候補は1つ。

 

「A○47(軍用突撃銃)か、RPK(軽機関銃)かなって。」

 

「待って、あなたどこにカチコム気なの?」

 

 そんなにおかしいチョイスかな?

 頑丈さ>威力>携帯性 で選べばこの2択だと思うんだけど。

 

 あっ、ちなみにこの世界の銃は名前が地球とほぼ一緒だった。ついでに性能も。

 もちろんAKシリーズは頑丈さと信頼性でぶっちぎりの評価だ。

 

「この店には無いんですか?」

 

「両方有るわよ? 私の私物だけど。」

 

 そうか、有るのか。今更だけどこの店のラインナップもおかしいよね。

 買った私が言うのもなんだけど、普通は店に軍用の機関銃なんて置いてない。

 せいぜいハンドガンか、速度を落とした短機関銃がいいとこのはずだ。

 

(全く、ハンター世界は常識が通じないから困る。)

 

 まぁここはちょっと街を離れたら人を食べる魔獣がウヨウヨいる世界なので、その分だけ規制が緩いのだろう。おかげで私は助かった。

 銀お姉さん本人も動作が妙に洗練されてるし、恐らく特殊部隊か工作員あたりの出身かな? 銃器もその時のツテとかそんな感じだろう。

 なんとなく地球にいた、そっち系の知り合いと同じような感じがする。

 何であれ、私としては銃器を売ってくれるなら問題ない。

 

「貴方の手だと22口径ぐらいが持ちやすいと思うわ。」

 

「22口径と9mmはダメ。はっきり分かんだよね。」

 

 主に威力的な意味で。

 念能力者が参加していた時の事を考えると、普通のハンドガンは無い。

 作中でもクラピカが『22口径では念能力者を止められない』と断言している。

 9mmパラも念能力者なら防御は可能だ。

 実際、原作の継承編で味方が撃たれたが普通にピンピンしていた。

 

「念能力者は滅多に居ない。なら普通の受験者を対象に選ぶべきよ。」

 

「えー」

 

 言われてみれば確かにそうなんだけど、でもやっぱ不安なんだよなぁ。

 特にハンター試験はヒソカみたいなキチガイが稀に湧くし。

 

「ちなみに銀お姉さんのお勧めは?」

 

「うーん、そうね……ちょっと待ってて。」

 

 そう言うと銀お姉さんは一旦店の奥に引っ込み、2つの銃を持って戻ってきた。

 

「私のお勧めはバラマキ用の短機関銃(サブマシンガン)に、対念能力者用の大型拳銃(マグナム)の組み合わせ。」

 

 まずはこれ、と言ってお姉さんが一つの銃を机に置く。

 それはT字の様な形をした短機関銃だった。

 マガジンはグリップの中に入れるタイプで、全量が30cmちょいとかなり短い。

 銃身の下には無理やり付けられたようなピカティニー・レールがあった。

 

「世界中でベストセラーになったウ○ジー短機関銃の最新モデル。

 元々はもっと大きかったんだけど、軍の要求で縮小された。

 ミニ版とマイクロ版が作られ、これはそのマイクロ版を近代改修したプロ版。

 装弾数はロングマガジンで50発。」

 

 手にとってみると結構軽い。2.5kg前後ぐらいだろうか。

 短機関銃なのに拳銃並に取り回しが良さそう。これで50発も撃てるのはすごい。

 

「それから自動拳銃はこれね。」

 

 次にお姉さんが机の上に置いたのはハンドガンだ。

 デザインはよくある形だが、ハンドガンとしては一回り大きくてゴツイ。

 流石にこれは映画やゲームでよく見かけるので私でも知っていた。

 

「市販されてる自動拳銃で唯一50口径弾を撃てる銃、デザートイ○グル。

 装弾数は7+1発で、近距離であればボディーアーマーを貫通する。

 ちょっと反動が大きいけど、念が使える貴方なら大丈夫。」

 

 ふむふむ。装弾数が少ないのは弾が大きいからかな?

 私では両手持ちじゃないと握りづらそうだ。

 しかしここで私は一つ、肝心な事を聞いてなかった事を思い出した。

 

「あのぅ、すごく今更ですけど、銃の威力ってどれぐらい違うんですか?」

 

「あー、そこからか……」

 

 銀お姉さんは呆れたようなジト目で私を見てくる。

 しかし私は銃についてほとんど素人だ。

 前世も日本人だったので、撃つ機会なんてなかったし。

 

 てか普通の人は銃の威力なんて知らないと思う。

 どの銃でも撃たれたら怪我するから。威力まで調べたりしない。

 

「という訳で解説はよ。」

 

「そうね、まず22口径の威力を100とすれば、9mmパラが350ぐらいよ。」

 

 ふむふむ、だいたい3.5倍になるのか。

 銃自体は同じように見えても全然威力が違うのね。

 これぐらいが普通の念能力者が防げる限界なのかな?

 

「それからアサルトライフルが1350、50口径オートが1500ぐらいね。

 これぐらいあれば普通の念能力者は傷を負うわ。」

 

 おおう、更に4倍とか。この辺からは念能力者も必死に避ける威力か。

 てかこうして比較すると22口径弱すぎでは?

 しかしここで一つ疑問が出てきた。

 

「アサルトライフルの銃身を短くするってダメなんですか?」

 

「銃弾の威力は『弾頭重量』と『発射速度』に影響される。

 アサルトライフルは銃身を長くし、弾丸が火薬のエネルギーを長く受けることで弾速を上げ、それによって威力を増やしてる。だから銃身を切り詰めると速度が落ちて威力も落ちる。」

 

ふむふむ。

 

「それとライフル弾は拳銃弾の2倍以上長い。

 だからハンドガンみたいにグリップにマガジンを入れられないし、全長が長くなるのは避けられない。」

 

 うーん、小さい銃でライフル弾を、なんて美味しい話はないってことか。

 まぁ出来るのなら銃会社がとっくに作ってるよなぁ。

 

「ちなみにスナイパーライフルはどれぐらいの威力なんですか?」

 

「対人用で2500ぐらいね。」

 

 おおーと、威力が更に倍になったぞぉ!

 これをコメカミに食らって「いてっ!」で済ます某旅団員さん……

 

「えーと、一度だけ対戦車バズーカを素手で防いでる人を見たって言ったら信じます?」

 

「詳しくは分からないけど、一番メジャーなバズーガでたぶん威力は5万以上だと思う。防ぐのは不可能。」

 

(22口径500発分て……やっぱウヴォーギンて強かったんだな。)

 

 威力350でクラピカがビビっていたのだ。

 威力5万超えを片手で防ぐとかやばい? やばくない??

 いくら強化系だからって防御力高すぎである。

 そりゃ凝なんて使わずに正面から殴りに行くわ。だって必要ないもん。

 

(クラピカもガチメタ張ってなければゴリ押しでヤられてたんだろうな。)

 

 まぁ私が受ける試験に限ってそんな人外が居る事はないはずだ(フラグ

 だからお姉さんが言うようにもう少し気楽に選ぼう。

 

 という訳で……

 

「もう面倒なんで必要そうなもの全部見繕ってもらえますか? 銃以外も。」

 

「OK、まとめ買いしてくれるお客は好きよ。」

 

 やはりこういう場合はプロに丸投げが一番である。

 銀お姉さんは沢山売れてハッピー。私は面倒が減ってハッピー。

 やっぱり取引はWin-Winが一番だ。

 

「あっ、あと比べてみたいのでこの店で一番威力が強い銃も下さい。アタッチメントも全部。」

 

「はいはい、了解。」

 

 銀お姉さんは左手をヒラヒラさせながら店の奥に引っ込む。

 その後はバズーカから地雷まで持ってきて、全て丁寧に説明してくれた。

 私はなんだかんだで途中から楽しくなってきて、言われるがままに全てを買いとった。

 

「じゃあ地下の射撃場で順番に撃ってみましょうか。」

 

「はーい。」

 

 それから私は今までの訓練と並行して、銃の練習を始めた。

 やっぱりぶっ放すのはとても楽しい。

 

 待ってろよハンター試験、必ずヤってやるぜ!!(合格的な意味で

 




銃の元ネタはウージーとデザートイーグルです。
子供の手だと撃てないって? 大丈夫だ、念があればきっと撃てる。

威力で参考にしたのはWikiにある『マズルエネルギー』のページ。
バズーカはAT4の弾頭重量と初速から着弾時の爆発を加えたら
これぐらいになるんじゃね? という想像なので気にしないで下さい。

成形炸薬弾のジュール計算とかむりだよぉ……


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第16話 会場への道は危険が一杯

『お客様にご連絡いたします。当飛行船はあと5分でドーレ港に到着いたします。

 お降りの際はお忘れ物が無い様、ご注意ください。繰り返します……』

 

 備え付けの船内スピーカーからアナウンスが流れる。

 飛行船前方の展望エリアで読書していた私は、それを聞いて視線を地上へ向けた。

 進行方向の先には、遠くに賑わってそうな港町が見えた。

 

(フフフ……)

 

 自然と口元が吊り上がる。

 現在は1986年の12月1日、ハンター試験の約1ヶ月前。

 私はちょっと早めに闘技場を出て、長距離用の飛行船に乗りこんだ。

 今回は密航ではない。ジャポンから出たときと違い、シンジの名前を使うことで客としての乗船である。ただし入国ビザは取ってないので、このまま降りると空港で捕まる。

 

(ようやく着いた……!!)

 

 読んでいた本――"古代スミ族の入墨集"を閉じて腰のポシェットに仕舞い、側に置いていたリュックに手をのばす。リュックは子供が背負うには不釣り合いなほど大きく、また片側には崖登りで使われる頑丈なロープが束ねて取り付けられていた。

 

 私はリュックを背負って歩きだす。

 この飛行船は長距離用だけあって大きく、施設も充実している。

 展望エリアから客室エリアへ、さらにその先の娯楽エリアを通って飛行船の後部へ。

 そのまま乗るときに使った後部乗降口へたどり着くと、ちょうど奥の方からアテンダントさんがやってきた。恐らく着陸に備えての見回りだろう。

 

「お客様? もうすぐ着陸致しますので、お席にお戻りください。」

 

 アテンダントさんはやんわりと注意を促した。

 やはりそうだ。地球の飛行機と同じで、飛行船も離着陸時に立っているととても危ない。

 だが残念ながら私にその注意は意味がない。

 

「あっ、お構いなく。私は()()で降りますから。」

 

「はっ?」

 

 アテンダントさんの笑顔が、何いってんだコイツ? という顔に変わった。

 私は構わずリュックから防風ゴーグルを取り出すと、ズレないようにしっかりと頭に装着する。

 それから筋肉で無理やり乗降口のドアを開けた。

 

「おお……!!」

 

 外には突き抜けるような青空が広がっていた。

 飛行を補助するプロペラの音と共に、冬の冷たい風が吹き込んでくる。

 

「ちょっ、ちょっと!?」

 

 アテンダントさんが慌てて私を止めようと手を伸ばした。

 しかしそれよりも私の行動の方が早い。

 

「お仕事頑張ってくださーい!」

 

 私はアテンダントさんにお別れを告げると、()()()()()()()()()()()()

 そして吹き飛ばされないよう外壁に掴まりながら、きちんと出たドアを締める。

 最後に巻き込まれないようにプロペラの位置を確認すると、手を離して大空に身を投げ出した。

 

「ん~、気持ちいぃ~!!」

 

 手足を伸ばし風を全身に受けて空を舞う。

 いくら今日が快晴とはいえ、やはり上空は風が強い。

 もちろんこのままだと地上へ落下してしまうが、焦る必要はない。

 

 私は素早く能力を発動させ、一匹の出目金を具現化する。

 さらにその上にしがみつくと、その出目金はゆっくりと高度を下げながら、そのまま前へと進みだした。

 

「よろしくね、デメちゃん。目標はあの一本杉だよ!」

 

「ぎょぎょぎょ!!」

 

 初めてデメちゃんを具現化してから約2年。

 日々訓練に励んだかいがあり、現在のデメちゃんは全長1mまで巨大化。

 更にこうして私を乗せて飛ぶことも可能になった。

 

「まぁ高度は10mが限界。速度も時速20キロ程度しか出ないけどね。」

 

 緩やかになったとはいえ、落下していくのは変わらない。

 それに速度もまだまだ遅くてとても戦闘では使えない。だが移動手段としては十分だ。

 そして当たり前のことだが、()()()()()()()()()()()()()

 

 私はまず背中のリュックに付いているロープを伸ばし、デメちゃんの体に巻き付けて固定する。

 それからさらにリュックの中から飛び出ていた紐を引っ張ると、リュックが()()され人工的に作られた翼が飛び出した。

 翼は正三角形の形をしており、発生する揚力によってデメちゃんの飛行を安定させる。

 

 つまりこのリュックは折りたたみ式のハンググライダーだ。

 私の実力不足で未だに上手く飛べないデメちゃんを補助する為に作ってもらった特注品。

 いわばマ○ンガーにおけるパイルダーみたいなものである。

 

「デメちゃん、GO!!」

 

 ハンググライダーと合体し、飛行モードとなったデメちゃんが空を行く。

 目指すのは原作で主人公組が寄っていた一本杉。

 標的は根本に住んでいる魔獣さん一家である。

 

 この一家は原作でナビゲーターという仕事を請け負っていた人たちだ。

 試験の会場は毎回変わるが、その会場へ見込み有りと思われる受験生を案内する役目を持つ。

 いわば、会場への直通券のようなもの。

 

「引き受けてくれるといいなぁ。」

 

 ハンターの知り合いなど居ない私にとって、試験会場までの道はこの原作知識だけが頼りだ。

 まぁまだナビゲーターになってない、というパターンも考えられるが。

 その場合は改めて試験会場を目指す事になるだろう。時間的にそのぐらいの余裕はある。

 

 しばらく進むと眼下にゴーストタウンのような建物が見えてきた。

 

(おお、あれがドキドキ2択クイズをやってたところか。)

 

 ハンターファンとしては是非訪れてみたいポイントだ。

 色々有って天空闘技場は感動してる暇がなかったが、やはりこうして原作に出てくる場所を見ると、心にこみ上げてくる物がある。

 上手く交渉がまとまって時間が出来たら、一度遊びに行ってみてもいいだろう。

 あといらっしぇーいの定食屋も。

 

「ちゃんと"古代スミ族の入墨"についても学習済みだからね!」

 

 原作で魔獣の娘さんが腕に彫り、クラピカが解読して褒められていた物だ。

 やはり共通の話題が有ったほうが会話は弾む。

 学習に使った本では分からない部分もあったので、個人的にも色々と聞いてみたい。

 

「楽しみだなぁ。」

 

 私は久しぶりにワクワクとした気持ちになりながら、そのまま空を飛び続けた。

 

 

 

 

 

■□■□■□■□■□■□

 

 

 

 

「ここが今回の試験会場です。」

 

 世界地図の南東大陸を代表する国、"オチマ連邦"。

 そしてその国土の西側に広がる砂漠、その入り口に立てられた街、"六四市"。

 その中にある巨大な大学の正門前に、シズクとナビゲーターのキリコ夫婦は居た。

 

「門横の警備員に"配管の修理に来た"と言えば通じます。あとは案内に従って下さい。」

 

「はーい、ありがとうございました!」

 

 大学の前でここまで連れてきた子供――シズク、に後向きのまま片手を振り、キリコ夫婦は来た道を戻りだした。

 そうしてしばらく油断せず歩き続け、角を曲がった所でようやく肩の力を抜いた。

 キリコはその場で足を止めて壁に寄りかかると、ポケットからタバコを取り出して火を点け、ゆっくりと煙を吸い込んだ。

 

「……ふぅ~。やれやれ、なんとか死なずに済んだな。」

 

 吐き出された紫煙は、倦怠が混じったかのような灰色だった。

 一ヶ月にも及ぶ緊張から解放され、体にどっと疲労の波が押し寄せてきた。

 

「あなた……」

 

「ああ、もう大丈夫だ。」

 

 キリコは一緒に来た妻と抱き合い、幸せを噛みしめる。

 

 あの日、今から丁度1ヶ月前。

 ハンター試験のナビゲーター役の仕事に受かった事を祝い、妻と二人で慎ましいパーティを開いていた時のこと。

 

 シズクと名乗った少女は金魚に乗り、空から窓をぶち破ってやってきた。

 

『あー、いたいた! すみませんハンター試験の会場まで案内をお願いします。』

 

 そして一言目がこれである。当たり前だが、キリコ達の家はタクシーの待合所ではない。

 夫婦はしばらく空いた口が塞がらず、ようやく言葉を発せたのは5分も経ってからだった。

 

「ハンターを目指す者の中には、たまに可笑しな輩が混じっているとは聞いていたがな。」

 

 だがまさかナビゲーターを引き受けた最初の年に、こんなのが来るとは思わなかった。

 それでも何とか役目を果たそうと"実力を見せてほしい"と頼んでみれば、その子供はどこかから取り出した大型の拳銃を遠慮なくぶっぱなし、凄まじい威圧を発しながら『もっと見ますか?』だ。心臓が止まるかと思ったほどの恐怖だった。

 

「本来なら案内したくなかったんだがなぁ……」

 

 ナビゲーターの役目には、ハンターに相応しくない人物を事前に除く事も求められる。

 だが『そう言えば息子と娘さんがいるんですよね? 古代スミ族の入墨について話が聞きたいんですけど』なんて言われてはどうしようもない。

 

 家族構成まで完全に把握され、大学に通う娘の専攻までバレているなんて完全に詰みだ。

 もはや黙って従うしか選択肢は残されていなかった。

 せめて自分たちの情報の入手元だけは聞いておきたかったが、彼女が漏らしたのは"ヒミツです♪"の一言だけで、結局は有耶無耶のままだ。

 

 そんな感じでこの一ヶ月、キリコたちは胃を痛める日々を送ってきたのだった。

 

「オババも大変そうでしたね。」

 

「そうだな。お土産でも買っていこう。」

 

 彼女の被害にあったのはキリコたちだけではない。

 山の中腹に住む老婆、通称ドキドキクイズオババ――キリコと同じく事前に受験者を振るいに掛ける役割を持つ、も同じような目にあったらしい。

 

 なんでもクイズの不正解者を案内する通路に入られ、その先の獣が殺されたとかなんとか。

 おまけに失格にするぞ、と脅せば『別にいいですよ? だってまだ申し込んでませんから。』だったそうだ。

 

 当たり前だが、()()()()()()()()()()()人間を不合格にする事はできない。

 

 ハンター協会は試験において、必要なのは実力のみと公言している。

 試験への申込みはネットで簡単に出来、それも自己申告の名前を入力して受験番号を受け取るだけのお手軽さだ。そこに戸籍や経歴などは一切問われない。

 それはつまり殺人鬼だろうが暗殺者だろうが、申し込み前に何をやらかしていても受験は可能だということ。

 

 また、仮にキリコ達の報告で不合格になっても、それは今年だけで来年はまた受験することが出来る。

 ではそうなった場合、彼女はどうするか? 間違いなく()()()()()だろう。

 そうなっては最悪である。なので結局は素直に案内することにしたのだ。

 

「出来れば受かってくれよ……」

 

 キリコ夫婦は彼女の合格を願った。もう二度と会いませんように、という意味で。

 

 

 

■□■□■□■□■□■□

 

 

 

 

 

「ふーん、九八亜姫大学か。配管工にクッパと姫……マ○オかな?」

 

 私は堂々とそびえ立つ正門を見上げる。

 そのデザインは開いたアワビを模した、ちょっとキモい形をしていた。

 ここまで案内してくれたキリコさんの話では、街の周囲が砂漠ばかりなので"いつか海みたく沢山の水に囲まれるように"という願いを込めてこのデザインが採用されたらしい。

 

(作った奴も採用した奴も正気じゃない。)

 

 一本杉の根本に住む魔獣、キリコさんはいい人だった。

 最初はこちらを警戒していたが、外を飛んでいた鳥を銃でぶち抜き、全力の練を行いながらお話をすると快くナビゲーターを引き受けてくれた。

 着地をミスってぶち破ってしまったガラスも、後でちゃんと弁償したら笑って許してくれたし。

 

 まぁどうやってキリコさんを知ったのかを問われた時は焦ったが。

 流石に"原作知識です"なんて言えないので、秘密ということでごまかした。

 

「ドキドキ2択クイズの場所も楽しかったな。」

 

 不合格の道は迷路のように折れ曲がり、ちょっとしたアスレチックのようになっていた。

 途中では何匹も獣が襲ってきたが、銃の威力を確かめるにはちょうどよかった。

 確か人を襲った獣は処分してOKだったので、殺しても文句は言われない。

 

 ザバン市では定食屋がまだオープンしてなくてがっかりだったが、代わりに街を観光して回ったのでいい気晴らしになった。

 

 そうして12月31日に試験を申し込み、改めてこの会場へ連れてきてもらったのだ。

 

「さて、ココからは気合いれて行かないとね!」

 

 楽しかった旅はここまで。ココから先は泣く子も毒を盛られるハンター試験の本選だ。

 会場に入る前に改めて装備を整える必要がある。

 

 私は一旦正門から離れ、身を隠せそうな場所に移動。

 そこでゲートで取り出しておいたバッグを下ろす。

 ジッパーを動かして中を開けば、入ってるのは試験で使うための装備類だ。

 

 私はそれらを取り出して一つずつ身につける。

 まずは防具類。シャツの上からボディアーマーを着る。

 ベスト機能がついたモジュラータイプのものだ。

 手にタクティカルグローブを嵌め、鉄板入りの軍用ブーツを履く。

 念のため肘と膝にもパッドをつけ、雨具兼用の防刃コートを羽織る。

 

 次に取り出したのは武器類。

 ベストの胸下モジュラーに破片・閃光・催涙・発煙手榴弾を1個ずつ取り付ける。

 原作では4次試験でポンズが使っていたが、やっぱりデバフ系は便利である。

 これだけあれば大抵の状況に対応できるだろう。

 

 左太腿のレッグホルスターにはサバイバルナイフを。

 ワイヤーなどの小物もポケットに仕舞う。

 

 それからサブ武器であるオートマチック。

 銀お姉さんにお勧めされた50口径の自動拳銃だ。

 スライドを引き初弾を装填、セーフティを掛けて右腰のホルダーへ。

 

 メイン武器はサブマシンガン。

 マガジンキャッチを押してマガジンを排出、弾を確認してから戻してセーフティを掛ける。

 こちらはサスペンダーを使って左肩から吊るし、予備マガジンは腰に3本挿しておく。

 

 あとは戦闘用ヘルメットを被り、()()()()のガスマスクをつければ完成だ。

 ちなみにこれらの防具はサイズを子供用に直してもらった特注品で、ガスマスクだけは銀お姉さんのお下がりである。マジであの人は何をやってたんだろう? 製薬会社でウィルスを回収してたのか、それとも3つ首の部隊で伝説になっていたのか。

 

「よしっ!」

 

 全ての装備を身に着けた私はその場でくるっと回転。

 続いて各装備に手を伸ばし、使いやすい位置に収まっていることを確認する。

 

「フフフ、もはや試験は受かったも同然っ! 矢でも鉄砲でももってこいや!!」

 

 全身に武器を身につけると気分が高揚する。

 これなら念を併用して戦闘すれば、小隊数個ぐらいは消し飛ばせるだろう。

 

 最後にデメちゃん経由で別の武器バッグとバイクを引っ張り出す。

 バイクはパッソルと呼ばれるジャポン製スクーターだ。私が地球で愛用していた機種で、銀お姉さんと二人で魔改造し、前面にはデメちゃんを模した金魚の顔を描いてもらった。

 原作みたいに長距離マラソンがあるかもしれないからね。もちろん自爆装置付きだ。

 デメちゃんが大きくなったおかげでゲートも巨大化。知恵の輪を解くように上手くやりくりすれば、バイク程度の物ならこうして取り出せるようになった。

 

 完全装備になった私は、バイクを引きながら再び大学の入り口へ。

 

「……一応お聞きしますが、どのようなご用件で? テロリストじゃありませんよね?」

 

 正門に近づくと警備員さんは緊張した様子で用件を聞いてきた。

 だが私は慌てない。落ち着いて先ほど聞いた合言葉を告げる。

 

「"配管の修理に来た"」

 

「……本館の来客受付でこのカードをお渡しください。」

 

 引き気味の警備員さんから渡されたカードを受け取る。

 私は内部がウネウネと動いているキモイ正門を通って、大学の中へ踏み込んだ。

 

 




■主人公の装備一覧
左手:Uzi Pro(ロングマガジン)
右手:デザートイーグル
左腿:サバイバルナイフ
胸下:手榴弾4種

頭:戦闘用ヘルメット
顔:ガスマスク
体:ボディアーマー
手:タクティカルグローブ
足:鉄板入り軍用ブーツ
外套:防刃コート
乗物:パッソル改(ニトロ付)


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第17話 狂気が渦巻く試験場

誤字脱字の報告有難うございます。毎回大変助かっております。
ちょっとだけタグを整理しました。


「や、やっと着いた。」

 

 本館の来客受付に行くと、そこから校内をたらい回しにされた。

 校舎を3つか4つぐらい移動しただろうか。まるでゲームのお使いイベントのようだった。

 

「まさか本当に配管の修理をやらされるなんてね……」

 

 途中の家庭科室では『どうぞお好きな配管をお直し下さい』なんて言われた。

 部屋の中にあった蛇口は100個以上だ。一体どんだけ壊れているのか。

 

 そうして最後に辿り着いたのが、目の前にある大講堂である。

 それは亀を模した様なデザインで、手足の部分が入り口になっており、緑の甲羅からは鉛色のトゲトゲが飛び出ている。

 おまけに45度の角度で伸びている首がすごく卑猥だ。水揚げされる前のク○パかな?

 

「ようこそいらっしゃいました。」

 

 左前足の入り口から中に入ると、そこには豆のような人が立っていた。

 

(おお、会長秘書のビーンズさんだ! あれっ、マーメンだっけ?)

 

 確かマンガがビーンズで、アニメの方はマーメンだったはずだ。

 私の格好とバイクを見ても一切の動揺がないのは流石である。

 

「こちらが番号札になります。」

 

 丁寧に差し出された札を受け取る。番号を確認すると999番だった。

 

(999番、むりやりゴロにすれば"苦苦苦"かな? ……不吉だなぁ。)

 

 出来ればあと一人通ってから来るべきだっただろうか。

 まぁ覚えやすいから、これはこれでヨシとしておこう。

 

「試験は時間になり次第始まります。奥のメインホールでお待ち下さい。」

 

(番号札を配ってるってことは、試験はこの場所でって事だよね。)

 

 ということは1次試験は室内で行われる物になる。

 キルアが受けた2回目の試験みたいに、プレートを求めて殴り合うのだろうか?

 手榴弾の全種投擲、からのサブマシンガン斉射でどれぐらい片付けられるか……

 

 私は番号札を胸に付け、バイクを引きながら講堂の奥へと進む。

 通路を抜け、大講堂のメインホールに入ると、そこには巨大な空間が広がっていた。

 奥に目を向ければ中央に舞台があり、そこから半円形に座席が広がっている。

 天上を見上げればゆうに3階分以上の高さが有った。

 

(……広い。)

 

 今の私では全力で垂直跳びをしても届くかどうか。

 途中で読んだ案内板によれば、最大で5000人を収容できるらしい。

 ここまで大きいと、もう小さめのスタジアムと呼ぶべきだろう。

 

(ここが1次試験の会場か。)

 

 中にいる人達も多種多様だ。

 巨大なアフロのおじさんに、額からアンテナが伸びている学生、頭から黒い布を被っている集団もいれば、動物の着包みを着た人達もいる。逆に股間に葉っぱ一枚だけの人もいた。

 

(わあぉ、流石ハンター試験。一筋縄じゃいかなさそうな人達ばっかりだ!!)

 

 こういう正気と狂気の境目を歩いていそうな人たちを見ると、ここがあのハンター試験の場なのだということが実感できる。オラわくわくしてきたぞ!!

 

「よぉ、君新人だろう?」

 

 私が入り口で立ち止まっていると、胸に108番の札を付けた、四角い鼻をしたおっさんが話かけてきた。

 横にしたカロリーメイトを2本貼り付けたような鼻だ。骨とかどうなってるんだろう?

 というか、この人はもしかして……

 

「俺はトンパだ。よろしくな!」

 

(で、でたぁ! ハンター試験における影の主役! 新人つぶしのトンパさんだぁ!!)

 

 原作キャラとの会合により更にテンションが上がる。

 トンパさんは原作で44歳。ということは今は31歳だ。間違いなく肉体的に全盛期だろう。

 その体からは"新人はみんな俺様の玩具だぜグヘヘヘヘ"というゲスい雰囲気が溢れているッ!

 壁により掛かり、顔を斜めに傾けながらニヤリと笑う様はまさに試験のベテランッ!

 これはできる男の顔(キチガイ)ですわッ!!

 

「まずはお近づきの印だ。まぁ飲みなよ。」

 

 私が感動に身を震わせていると、トンパさんは自然な動作で缶ジュースを差し出してきた。

 その動きはあまりに滑らかで、まるで何千回も繰り返したような流麗さだ。

 一体どれほどの受験者を貶めればこれほどの域に達する事が出来るのか……

 

(おお、これが噂のトンパ汁!!)

 

 もちろん貰わないという選択肢はない。

 原作と同じなら3日も下痢が止まらなくなるという、素晴らしい嫌がらせアイテムだ。

 後で他の受験生に飲ませてあげなきゃ(使命感

 

「ありがとうございます。でも今飲むと()()()()()()()なので、後で(他人が)頂きますね。」

 

「……ほう。」

 

 遠回しに"お前のジュースは知ってんぞ"と告げると、トンパさんは一瞬だけ真顔になり、少しだけ雰囲気が変化した。

 オンゲで初心者を見つけたので狩ろうとしたら、知り合いのセカンドキャラだった事に気づいた、そんな微妙な変化である。まぁオンゲだと結局狩るんだけどね、ネタになるから。

 

「ところで()()()()()()()()()()、良ければ面白そうな人を教えてもらえませんか?」

 

「……良いだろう。ただしそっちも顔を見せてくれないか?」

 

 更に黙っているから他人の情報プリーズ! と暗に告げてみれば、トンパさんはあっさりと了解してくれた。

 他人を売るのに躊躇なさすぎて草が生える。しかもちゃっかり元を取ろうとしてくる辺りが流石である。

 

「これで良いですか?」

 

 私はガスマスクを外して素顔を晒す。

 天空闘技場で何度も戦っている私にとって、今さら顔を隠す意味はあまり無い。

 他の受験生の情報と引き換えなら安いものだろう。

 トンパさんは私が女の子であることに多少は驚いたようだが、すぐに気を取り直して話を始めた。

 

「良いだろう。では特に注目の人物を4人ほど教えてやろう。

 まずは舞台横に座っている210番。

 自宅警備のプロである"ネオ=ニートキング"だ。

 室内戦闘の達人で、敵対した相手は今まで誰一人逃したことがないらしい。」

 

 あのボロジャージにボロマント羽織ってる人かな?

 その人、鼻提灯を膨らませてガン寝してますけど。

 逃したことがないって、それ今まで誰も部屋に来た事がないだけじゃね?

 

「それからホール奥でリフティングしているのが721番、コジロウ=ガッヒュー。

 サッカーのジャポン代表エースストライカーだ。

 その電獣シュートはゴールネットを軽々とブチ破るとか。」

 

 なんでスポーツ選手がいるのかな? 大人しくサッカーしてろよ。

 契約チームとスポンサーがガチ切れすんぞ。

 

「あとは舞台前で優雅にお茶を飲んでいる461番。

 ジャポン貴族の末裔を名乗っている、マロ=オジャルンルンだ。

 あれでも武芸百般の達人らしい。」

 

 ほえー、ジャポンに貴族とかいたんだ。

 見れば頭に烏帽子を乗せ、顔に白粉を塗っている。試験中に溶けたりしないのかな?

 その出で立ちは地球の教科書で見た平安貴族といった感じだった。

 

「最後は君と同じ新人。奥の壁際に立っている291番、キャシャリン=ドナルド軍曹。

 元ワカメ王国の特殊部隊―ザ・セクシー―の出身だ。

 なんで知ってるのかって? 所属してた部隊が有名だったからさ。

 ミリタリーの雑誌にも乗ってたしな。」

 

「ふーん、元軍人さんかぁ。」

 

 トンパさんに言われた場所を見る。

 そこには腕を組んで立つ、ムキムキの筋肉……の肉襦袢を着たガリガリの男がいた。

 筋肉に憧れる中学生かな? 下にはピッチリとした黒いタイツを履いている。

 

「んんんん?」

 

 服装はとても酷い。しかしよく見れば、彼はしっかりと纏を行っていた。

 しかもそれは淀みなく力強い、深い海を思わせるような纏だ。

 もしかしたら私よりも上の念能力者かもしれない。

 

(ていうか念能力者いるじゃないですかヤダー!!)

 

 私は慌てて凝をしながら、時間を掛けて会場の人間をチェックしていく。

 すると念能力者だと思われる人物はもう()()もいた。

 

 一人目は壁際に黒い大型バイクを停め、その上に腰掛ける男。

 ちょっと短いリーゼントに、ぶっとい眉。それから鼻下の髭がモミアゲと繋がっている。

 ……この顔は覚えがある。恐らく、いやほぼ確実に原作のバショウだろう。

 

(バショウってこの期だったのね。ていうか試験受かる前から念使えてたんだ。)

 

 たぶん俳句読んでたら覚醒したとかそんなんだろう。

 贋作を作ってた人も作品にオーラ込めてたし、芸術分野は覚醒しやすいのかもしれない。

 

 そしてもう一人。入り口そばの壁際に立ち、ジト目でこちらを窺っている男。

 腰まで伸びる長い黒髪に、感情が無さそうな大きな眼。

 そして胸と手足に刺さっている針のようなもの……

 

 どうみてもイルミです、本当に有難うございました。

 

(どうしてここにイルミがいるの? なんで?? 試験受けるの13年ほど早いよ??)

 

 イルミ=ゾルディック。

 ハンター屈指の超絶ブラコンな、弟のキルア大好きマン。

 キルアに殺されて心の中で永遠に生き続ける……!! とかやろうとするガチの狂人である。

 ただし困ったことに念使いとしての実力は抜きん出ており、今の私では勝ち筋が見えない。

 しかも胸に163番の札を付けているので、正式に試験に参加しているようだ。

 

「ん、なんだ気になるやつでも居たか?」

 

「……い、いえ大丈夫です。ではお互い頑張りましょう。必要なら手伝いますので。」

 

「おう、そっちも頑張れよ。」

 

 最後に少しだけ不思議な顔をしたトンパさんと別れ、急いでホールの奥へと移動する。

 もちろんイルミから逃げる為だ。姉の子供とは言え、正直あまり関わりたくはない。

 

 私はねっとりと纏わりつく視線を無視してホールの中ほどまで移動すると、壁際にスクーターを停めその上に座った。

 そして何も気づかなかった振りをしながら試験の開始を待った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ねぇ、君がシズクでしょ? なんで無視するの?」

 

「ぎょわあああああ!!」

 

 しかし気づいたら横にイルミが居た。私は思わず悲鳴を上げる。

 恐らく"絶"+無音歩行のコンボだ。全く気づけないとか余りにも反則すぎる。

 

「ひ、人違いです。」

 

 それでも私はなんとか誤魔化そうと試みた、しかしそれは無駄な努力だった。

 

「いや合ってるよ。ほらこれ、うちの執事が撮ってきた写真。」

 

 イルミは胸ポケットから1枚の写真を取り出した。

 そこに写っていたのは、初のフロアマスター戦でリングに上がった時の私の写真だ。

 どうやらガスマスクを取ったのは高くついた模様。

 

「母さん泣いてたよ? 『どうしてシズクちゃんは会いに来てくれないの!?』 ってさ。」

 

「えっ、いやだってまだ1の門も開けれないし(ていうか行ったら帰れなさそうだし)」

 

 適度に相槌を入れながら私はイルミを観察する。

 近くで見るとイルミは原作のような不気味さが少なく、代わりに少年らしい無邪気さが残ってるように感じた。まぁまだ10歳だし、キルアも生まれていないからだろう。

 パっと見はクール系のイケメンショタの為、そっち系のお店に出ればお姉さん達に大人気になりそうだ。……できればこのまま育ってほしい(色々な意味で)。

 

「それで母さんから、様子見てきてくれって頼まれたんだ。」

 

「ふ、ふーん、そうなんだ。」

 

 しかし油断してはいけない。イルミはゾルディック家の長男だ。

 恐らくは幼少期から拷問のような訓練を受けてきたであろうスーパーサラブレッド。

 一般家庭や闘技場でヌルゲーやってた私ではちょっと太刀打ち出来そうにない。

 

(でも念だけは互角ぐらいかな? うーん、逃げられるか?)

 

 私はホールの入口を見ながら、どうすれば逃げだせるかを考える。

 いやゾルディック家からの招待は、そのうち来ると思ってたよ?

 原作のキキョウさんの性格を考えたら、家族に執着しそうだしね?

 

 でも()来るのは予想外だ。私の予定ではライセンスを取った後、世界中に接続ポイントを作り、いつでも逃げられるように準備を整えてからゾルディック家に行くつもりだった。

 その頃にはデメちゃんももっと大きくなり、私自身がゲートを通れるようになっているはずだ。

 しかし今はまだゲートも私が通れるほど大きくはなく、天空闘技場にしか接続ポイントがない。しかも闘技場の部屋はすでに割れているだろう。

 

 つまりココで捕まると逃げ場がない!

 致命傷ッ! 余りにもひどい致命傷だッ! いわばリカバリー不可のデッドロック(行き詰まり)!!!

 

「あと試験が終わったらそのまま連れてこいってさ。……だから逃げないでね? 外に執事もいるから。」

 

(おわた……)

 

 私の人生終了のお知らせ。

 ゾルディック家が恐ろしいのはその戦闘力だけではない。

 いやそっちも十分恐ろしいが、真に怖いのはその情報収集能力だ。

 その気になれば、十老頭――マフィアの頂点たちの会合場所ですら見つけ出してしまう。

 ぶっちゃけ追われたら逃げるすべはないのだ。

 

「じゃあ俺は適当にそのへんにいるから。」

 

 そういうと、イルミは言いたいことを言い終わったのか、最初に居た場所へ戻っていった。

 私は余りにも大きな心のダメージに言葉が出せず、ただ呆然とその背中を見送った。

 

 

 

 

 

 

 ――ピロリロリンッ! ピロリロリンッ! ピロリロリンッ!

 

 しばらく時間が経つと、突然ホールに某ゲームの1UP音が鳴り響いた。

 まるで『これから沢山死ぬから増やしとかないとね!』と言わんばかりの音だ。

 もちろん受験生達の残機が増えたりはしない。誰か私の残機増やして。

 

「諸君、よく集まったな。」

 

 ステージの奥から試験官が姿を表す。

 オールバックの短髪に鹿の角のような白眉、そしてドラゴンの紋章のような形の髭。

 間違いない、この人は原作で大活躍だった垂直跳びおじさん……

 

「試験官のツェズゲラだ。時間になったのでこれよりハンター試験を始める。」

 

 ツェズゲラさんはステージの前に出て、ビシっとポーズを決めると説明を始めた。

 

「今年は1818人も集まったそうだ。一応聞いておくが辞退する者はいないな?」

 

 当たり前だがココまできて帰る者はいなかった。

 誰か操作系の能力で9割ぐらい帰してくれないかなぁ。

 

「結構だ。ではまずは全員、係員から封筒を受け取れ。」

 

 ツェズゲラさんがそう言うと、大勢の係員さんがホールに入ってきて茶色の封筒を配りだした。バイクを置いて受け取りに行くか迷っていると、係員さんの一人がまっすぐ私の方にやってきたので、そのまま渡された物を受け取った。

 

「全員受け取ったな? では開いて中の物を取り出せ。」

 

 空けると中には用紙が一枚と、消しゴム付のシャーペン1本が入っていた。

 更に用紙に目を向ければ、その上部にはこう書かれてあった。

 

『ハンター試験(1次)――筆記試験用紙』と。

 

 うん……うん?

 

「ひっき……しけ、ん? ふぁっ!?」

 

 私はあまりのショックに思わず用紙を2度見する。

 しかし無情なことに、描いてある内容は1文字も変わっていなかった。

 まさかの追撃(心理ダメージ)に心が悲鳴を上げ、左肩のサブマシンガンがずり落ちて床に落下した。

 

 私は目の前が真っ暗になった。

 




会場内の様子でした。


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第18話 積み上がる1次試験

感想欄読んだらカンニング一択で草。楽しんで頂けると幸いです。


「嘘でしょ、いきなり筆記試験なんて……」

 

 私はあまりのショックにサブマシンガンを肩から落とした。

 周囲の他の受験生も唖然としている人が多い。

 まさか会場が大学だからって、1次試験が筆記だとは思わなかったのだろう。

 

 しかし試験官のツェズゲラさんは、そんな私達を無視して話を進めていく。 

 

「私はこの世に嫌いなものが2つ有る。

 1つ目は何も学ばず、無知で仲間を窮地に陥らせる"馬鹿"。

 そして2つ目が自ら動かず、口ばかり一人前の"ウジ虫"だ。」

 

 辛辣な発言だが、言い返す者はいなかった。

 受験生の大半は自身の用紙に釘付けでそれどころではない。

 それは念能力者とて例外ではなく、もちろん私もその一人だった。

 

「この試験では、諸君らにどちらでも無いことを証明してもらう。

 まずは5分与える。自分が引いた用紙の"番号"と"問題"を確認したまえ。」

 

 ツェズゲラさんはそう言いながら、リモコンのような物を操作する。

 すると舞台の上から大きなモニターが降りてきて、5分のカウントが表示された。

 

(いきなり筆記とか嫌がらせ? いや待て、落ち着け、クールになるんだ。)

 

 私は心の中で必死に自分に言い聞かせる。

 さっきツェズゲラさんは、今年の受験生は1818人もいると言った。

 とすれば手動で一人ずつ採点するのは、時間と労力が掛かりすぎる。

 ならば採点は機械で行われる可能性が高いのではなかろうか?

 

(それならきっと回答は選択方式のはず! まだワンチャン残ってる!!)

 

 諦めるのはまだ早い!!

 心のゲージを回復させた私は急いで問題に目を通した。

 

『 問題No.0003

 Q.500年前に起こったピタゴラ王国の32回目の崩壊。

   その原因だと思われる事柄を4つ選び、番号を合計した数を答えなさい。

 

   1.ドミノ川の氾濫   2.シーソーブリッジの崩落

   3.フライパン城の炎上 4.スイッチ姫の乱交パーティ

   ~~

   100.ビーダマ砲の暴走                     』

 

 ………

 ……

 …

 

 私は用紙を睨みつけるように見つめる。

 

 全 然 分 か ら な い !!

 

 なんとか理解できたのは、この王国が崩壊し過ぎという事だけだ。

 もう誰か新王朝築けよ。あと乱交姫は自重しろ。

 

(こうなったら勘で選ぶしか。100個の中から4つを選ぶ組合わせは幾つだっけ……)

 

 確か組み合わせの計算はrCnだから100C4で……392万1225通り!

 

 ……無理じゃね? いくら何でも多すぎる。

 こんなのを勘で当てれるのは原作キャラのマチちゃんぐらいだろう。

 少なくとも私には不可能だ。

 

 私は最後の悪あがきとして携帯を取り出してみるが、画面には『圏外』と表示されていた。

 おそらくこの建物全体が電波妨害されているのだろう。

 

 私は頭を抱えて、その場にうずくまった。

 

 

 

 ――そして5分後。

 

「各自、問題の確認は終わったな? ではこれより改めて試験内容を伝える。

 用紙の裏を見てくれ。問題番号と解答を記入する欄が()()()()()()()()あるな?

 ……この1次試験は5問以上の正解で合格とする。」

 

 ん、どういうことだ? 用紙の表に問題は()()しか書かれていない。

 

「残りの4問はどうするんだよ?」

 

「印刷ミスか? ってことはやり直し?」

 

「ペーパー試験とか……止めてくれめんす……」

 

 気づいた周りの受験生が騒ぎ出した。これはもしかして……

 

 

「慌てるな、問題数が足りないと思ったな?

 だがこの会場には全部で1818個の問題が用意されている。

 そう、諸君に配った用紙の問題は1枚1枚()()()()。問題の難易度もな。

 足りない4問は他の受験生から入手しろ。」

 

 なるほど。つまり受験生同士で用紙を奪い合うわけね。

 

「入手方法は一切問わない。

 必要なのは用紙の表に書かれている"問題番号"と"解答"の2つ。

 ただし、正解が出た問題は以後無効となる。正解として数えられるのは一度だけだ。

 また採点できるのは一人一度、用紙1枚分。が、用紙自体は()()()()()()。」

 

(よかった。純粋なペーパーテストじゃなくて本当によかった!!)

 

 まとめるとこうだ。

 ・1枚の用紙には表に1つだけ問題が書かれている

 ・問題と難易度は用紙毎に違う

 ・合格に必要なのは5問の正解

 ・採点できるのは一度だけ(最大10問まで)

 ・誰かが正解した問題は無効

 

 ここにいる受験生は1818人。

 一人5問でクリアしたとしても、受かるのは最大363人。

 だが解答欄は10箇所もある。ならばみんな全て埋めようとするはずだ。

 そうすると合格者は1/10以下になるだろう。

 

「採点は私が入ってきた扉を抜けた先の部屋で行う。

 だが一度入ればもうこのホールには戻ってこれない。

 そして最後に、試験時間は2時間だ。」

 

 さてどうしたものだろう。暴力有りで気は楽になったが、これでは銃が使いづらい。

 血で用紙が汚れる、あるいは穴が開いて問題が読めなくなったら台無しだからだ。

 となれば方法は素手かデバフ武器しかない。だが幸いなことにどれぐらいの力で殴ればいいかは、天空闘技場のおかげで身についているし、まとめて周囲を昏倒させる武器も有る。

 

(つまりボコリまくればOKね! なーんだ、簡単じゃん。焦って損したぁ。)

 

 私の心のゲージがもりもり回復していく。

 面接で履歴書を忘れたと思ったら、別の用紙に挟まっているのに気づいた時のような気分だ。

 

「以上、質問はないな? では10秒後にスタートする。準備しろ!」

 

 舞台上の巨大モニターにカウントダウンが表示される。

 それを見て受験生たちがみんな武器を取り出した。

 私も床に落ちたサブマシンガンを拾ってバイクに置き、代わりにバッグを開ける。

 

 中から取り出したのは――2つの()()手榴弾。

 

 それぞれ閃光・催涙手榴弾()()を一括にし、同時に破裂するようにしたものだ。

 これならある程度の人数を纏めて無力化できる。

 

(フフフフフ、いきなりこれを使えるなんてね。)

 

 私はアリの巣に溶けた鉛をブッパする寸前のような、そんなウキウキする心を抑えて、時間を計算しながらピンを抜くタイミングを図った。

 

 そして……

 

「――始め!」

 

 試験官の開始の合図とともに、私は近くにいた受験生の集まりに向かって収束手榴弾を放り投げた。

 

 

 

 

 ――試験開始から1時間後

 

「さっさと用紙をよこすでおじゃぁ!!!」

 

「お前の頭にボールをシューッ!! 超エキサイティングッ!!!」

 

「Zzzzzz……」

 

 ホール内は阿鼻叫喚の地獄のような有様となり、みんなが血眼になって用紙を奪い合っていた。

 白粉を塗った貴族風の男が銃と刀をもって暴れまわり、サッカー選手がボールで他の受験生を吹き飛ばし、プロニートっぽい人はまだ寝続けている。

 

 そんな中、私はホールの一角に陣取り、手に入れた問題に悪戦苦闘していた。

 

『Q.アイジエン大陸において、総面積中に湖が占める割合(%)を答えよ。』

 

 だめ。そもそもアイジエン大陸の湖なんて1つも知らない。

 これ大学で地理学とか学んでないと無理じゃね?

 

『Q.カキン帝国が成立してから今日までの、年間経済成長率の平均値(%)を答えなさい。』

 

 ぱす。経済学者でもないと無理でしょこれ。

 もっと難易度が低い問題プリーズ!

 

『Q.ネテロ会長の最近のお気に入りの朝ごはんは? 下記から4つ選び……』

 

 んなもん知るか! 茶漬けでも食わせてろ!!

 

 

 

「んああああ、全然解けない!! お前らもっと簡単な問題引いとけよぉおおお!!」

 

「ひっ、そんな事言われても……へぶしッ!!」

 

 今しがた答案を奪った三人を殴って気絶させる。

 私は更に解けなかった問題をビリビリと破り、余りの引きの悪さに叫び声を上げた。

 

(ふー、落ち着け。まだ時間はある……早く次を探さないと。)

 

 この試験は予想以上にめんどうな試験だった。

 最初は用紙を奪って解くだけの試験だと思った、だがネックになったのは問題の難易度である。

 奪っても奪っても、なかなか解ける問題が手に入らなかったのだ。

 

(てか、大半が大学院とかで出されそうなレベルの問題ってどういうことなの? これ解かせる気ないよね?)

 

 いくら私が早熟とは言え、学習したのはミドルスクールの分までだ。

 その後は時間のほとんどを念と肉体の修行に費やしてきた。

 なので私はこちらの世界の知識が足りてないし、それを抜きにしても解けない問題が多すぎる。

 すでに手に入れた用紙は30枚を越えたが、しかし解けたのはたった5枚だけ。

 

(ゲート経由で携帯使ってシンジに解かせるか? いやこの難易度だとたぶん無理。それに解けるとしても、時間内に間に合うとは限らないし……正解すると以後無効なのが面倒だなぁ。)

 

 また会場の誰かに解かせる、あるいは他人の解答を覗くという方法も取れない。

 採点する以外に答えが正解である保証が無いからである。

 しかし採点してしまえば、その問題は無効になってしまう。

 なので基本的に他人の力は当てに出来ない。

 

(さて今気絶させた3人を積んで、っと。起きてる人は……うん、まだいないね。)

 

 そして一番めんどうなのが、用紙を奪うと同時に、()()()()()()()()必要がある事だ。

 だって例え用紙を奪われても、問題番号と解答さえ覚えていればまだチャンスがある。

 他人から用紙を奪えば、それで採点に進むことが出来るから。

 また気絶してる受験生を放置すると、起こして問題を聞き出されてしまう。

 そうして先に正解されてしまうと、せっかく手に入れた解ける問題が台無しだ。

 

(わざわざ最初に5分の確認時間を与えたのは、問題番号を記憶させる為か……)

 

 封筒を開く前に試験が始まれば、見る前に気絶させて身柄を無視できたのに。

 おかげで私の後ろには気を失った受験者が30人以上積み上がっている。

 本来なら解けた問題を持ってた者だけ抑えれば良いのだが、初めにまとめて気絶させたせいで、誰がどの問題を持ってたか分からない。

 

 

(もうちょっと自重するべきだったかな? いや無理だな。)

 

 この人混みに手榴弾を投げ込めるチャンスとか、先を知ってても我慢できる自信はない。

 オンラインゲームをした経験がある人なら、きっと分かってくれるだろう。

 満員電車に乗った時、思わず大規模魔法をブッパしたくなってしまう、そんな気分だ。

 

(さーて、どうするかなぁ。いちおう解決方法はあるんだけど……)

 

 この場合、一番手っ取り早いのは、奪った相手を殺していくことだろう。

 だがそんな事をすれば、試験官の印象が最悪になるのは間違いない。

 原作の試験でも印象値で最終試験の難易度が変わった。

 ならば出来るだけ良い印象を与える為にも、殺すという方法は取れない。

 

 つまりこの試験は用紙を奪う武力、簡単な問題を引き当てる運、答えを導く知力に、それらの時間配分。そして更に目的のためならどこまでやるか? というハンターとしての倫理も問われている訳である。

 

 ……まだ1次試験なのに、初っ端から厳しすぎますよツェズゲラさん!!

 

(ああもう、色々詰め込み過ぎだよ。どうせなら原作みたいにただ走るだけの試験がよかった。)

 

 これではせっかく持ってきたバイクが台無しである。

 むしろ守らなければいけない分、逆にお荷物になってしまっている。

 

(他の人はどうしてるんだろ?)

 

 チラっとホールの中を見渡せば、私以外の念能力者()()も同じような状況になっていた。

 バショウはともかく、元特殊部隊員のキャシャリン軍曹は頭が良さそうなので、これは恐らく念能力者の近くには、意図的に難しい問題が配られていた、という事だろう。

 ただしイルミだけは姿が無いので、きっと針で他の受験生を操ってクリアしたのだ。

 

(くっ、逆シードかよ。こんな手段で難易度調整してくるなんて……)

 

 その証拠に、すでにホールにはトンパさんを始めとした何人かは姿がなかった。

 きっと彼らは、もうとっくに合格しているはずだ。

 

 しかしそれが分かったとしても、今更やれることは変わらない。

 私はバッグの中にこっそりと30cmほどのデメちゃんを具現化すると、ゲート経由で追加の手榴弾を取り出した。

 

 そうしてイライラしながら、簡単な問題を求めて他の受験生を襲い続けて30分後。

 私はようやく10問全部を埋めて採点に向かった。

 

 ……後ろに積み上がっていた受験生の数は、優に50人を超えていた。

 

 

 

 

 

 

■□■□■□■□■□■□

 

 

 

 

 

「今年も始まりましたね。」

 

 ビーンズはホールの入り口に立ち、そこからこっそりと中を眺めていた。

 

 ハンター試験でプレートを配るのは、毎年ビーンズの密かな楽しみだ。

 本来であれば、会長の秘書という地位にいる者の仕事ではないのだが、これだけは誰にも譲る気は無い。

 

 差し出したプレートを受け取る時、受験生の顔には様々の感情が表れる。

 ルーキーは不安と怖れ、初めてからくる緊張と期待。

 ベテランは自信と希望、今年こそはという気負いと焦り。

 また極稀に一言では言い表せないような人外が来ることもある。

 

 そんな彼らに共通しているのは、ハンターになる為にあらゆる苦難を乗り越えようとする、強い意志を宿している事だ。

 ビーンズはそんな受験生達の生の感情に触れる瞬間がとても好きだった。

 

 ビーンズは目を閉じ、今年の受験生たちを思い出す。

 今年は例年に比べ、会場まで辿り着いた受験生が多い。いわば豊作の年ということだろう。

 その中でもっとも強く記憶に残っているのは、バイクを引いて入ってきた二人だ。

 

 ハンター試験は原則として、持ち込み自由という事になっている。

 剣でも銃でも、各々が得意とする得物を持ってきて構わないということだ。

 だが審査する側としては、乗り物は遠慮してほしいというのが本音である。

 これはできる限り素の身体能力を見せてほしいからだ。

 

 そのため試験会場にたどり着くまでは、何度も室内を移動するようになっている。

 そうすることで途中で、自然と乗り物が排除されるようになっているのだ。

 

「しかしそれが通じないマイペースな人たちがいましたね。」

 

 今年の会場へ辿り着くには、まず大学の正門から本館の来賓受付へ。

 次に校内を通って3階の家庭科室に向かい、更に階段で屋上に上る。

 そこから屋上伝いに4つ先の別館へ移動し、エレベーターで1階へ降りる。

 そして最後に専用の通路を進むと、ようやくこの大講堂へたどり着く。

 ちなみに途中で来た道を戻ることは出来なくなっている。

 

 つまりバイクを持ち込んだ二人は、この間ずっとバイクを引いたままだったということだ。

 どうしてバイクじゃなくて常識の方を置いてきているのかな?

 

「確かに"校内へのバイクでのご入場はご遠慮下さい"なんてどこにも書いてませんけどね。」

 

 なぜ書いていないのか? 普通はいないからだ。そんな馬鹿は。

 ちなみにこの大学にはちゃんと来客用の駐車場もある。

 

「でも今年は2人もいた……」

 

 しかも揃って念能力者である。これで不安になるな、というのは無理な話だ。

 

「どうやら荒れそうですね……」

 

 ビーンズは無事に試験が終わることを祈った。絶対に無理だろうなと思いながら。

 ホールの中は何度も強烈な光が輝き、目を押さえて転げ回る受験生で一杯だった。

 




ツェズゲラさん「試験ガチ勢ですまんな。」

ツェズゲラさんは無能を嫌いそうなのでこんな感じに。気に触ったら申し訳有りません。
1次試験については、自分でも書いた後でちょっと色々詰め込みすぎたかな、と思ったり。
2次試験以降はもうちょっとまったりした物になる予定です。


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第19話 下ネタだらけの2次試験

丁度いい所で切れなくて2話分のボリュームに。
タイトル通りの内容なのでご注意下さい。


「あっはっはっはっは! 最高だぜぇぇぇぇ!!」

 

 薄暗い地下通路を、持参したバイク――パッソル改で爆走する。

 乗せているのは無理やり移植した、何とかR500γというすごいバイクのエンジンだ。

 アクセルを捻る度にエンジンが回転を上げる。周囲にパン!パン!! と、空気が割れるような音が響き渡り、車体が更に加速する。

 いい音だ。 余裕の音がする、これは馬力が違いますよ!!

 

「たーのしぃー!!」

 

 前の試験のストレスを解消するようにバイクをかっとばす。

 1次試験は私が合格してから20分後、合格者124名で終了となった。

 

 採点室は6畳ほどの部屋で、中にはツェズゲラさんと採点用の機械が待っていた。

 採点自体はほんの数秒だ。用紙裏の解答欄はマークシート形式だったので、塗り潰した番号を機械に読み取らせれば終わりである。

 

 ちなみに私の点数は5/10点。合格基準は5点以上なので、かなりギリギリだった。

 

(危なかった……面倒くさがらずに、ぎりぎりまで粘ってよかった。)

 

 特に最後に手に入れた3問が全部正解なのが大きかった。

 もし途中で妥協していたら受からなかっただろう。

 50人以上ボコったかいがあったというものだ。

 

 私は採点結果を思い返し、出てきた冷や汗を振り切るようにアクセルを吹かした。

 すると隣のバショウも負けじとスピードを上げる。

 

 その後、進むように言われたのが、今走っているこの地下通路である。

 ツェズゲラさんいわく『まっすぐ進めば2次試験の会場に着く』とのこと。

 どうやらマジで単純な移動用だったようで、曲道や障害物など何もない真っ直ぐな道だ。

 まさに爆走して下さい、と言わんばかりの道である。

 

 もちろん私はすぐにパッソルに乗ってキーを回し、他の受験生を置き去りにして走り出した。

 ちゃんと『先にいって罠とか沢山仕掛けとくね!』と言っておいたので、今頃他の受験生は警戒しながら進んで、精神をすり減らしていることだろう。

 特に私は1次試験で手榴弾やら使いまくったので、余計に慎重になるはずだ。

 

(まぁ実際は何も仕掛けてないけどね!)

 

 勝手に警戒して消耗してくれれば御の字である。

 ちなみに走っているのは私だけではない、バショウも持ち込んだバイクですぐ横を走っていた。

 やはりこういう通路を見ると走りたくなるのだろう。気持ちはよく分かる。

 横幅は3m程あるので、並んで走ってもまだ余裕があった。

 

「まっ、私のほうが速いけどね!!」

 

「あっ? おい、今なんつった?」

 

 おっといけない。心の声が漏れてしまっていた。

 だが一度も私の前を走れていないのだ、煽られてもしょうがないだろう。

 どうやらバショウのバイクは市販品のようで、私のパッソル改の方が早い。

 金を掛けて改造したかいがあった。やはり世の中は金だな。

 

「文句があるなら先を走ってみたら?」

 

「言ったなおい。……上等じゃねーか。」

 

 バショウの雰囲気が変わる。どうやらガチになった模様。

 

(バショウは悩みが無さそうでいいなぁ。)

 

 実は私にはもう一つ厄介事が残っている。

 それはイルミ、いやこの場合はゾルディック家についてだ。

 イルミは『母さんから様子を見てきてと頼まれた』と言っていたが、これをそのまま受け取ることは出来ない。

 ゾルディック家に暗殺を依頼してから1年も経っているのだ。

 本当に様子を見たいだけなら、天空闘技場にいた時に執事を一人送れば済む。

 

 つまりココにイルミを送ってきた以上、試験を通して知りたいことが有るのだろう。

 恐らくそれは私の人となりや戦闘力、そして念能力について。

 ぶっちゃけると、私がゾルディック家の利になるかどうか。

 

(うーん、でもあんまり警戒しすぎても、身動きが取り辛いからなぁ。)

 

 当たり前だが、技術とは使うために身につけるのだ。

 特に念能力は、断じて部屋に金魚を浮かばせて遊ぶ為のものではない。

 人の居ない所以外で使わないというのは勿体ないし、それに今後は一方的に倒せる相手ばかりとは限らない。

 中には1度の戦闘で倒しきれない強敵だって出てくるだろう。

 いつまでも隠し通すことは不可能である。

 

(ならもう、物を出し入れ出来る事ぐらいは、知られても良いかもね。)

 

 自分で言うのもなんだが、私の能力はかなり汎用性が高いと思う。

 対策しようにも、道具を沢山使ってくるから気をつける、ぐらいしか思いつかない。

 知られても手数が多いことが分かり、むしろ相手は警戒を強めるはず。

 

 一番てっとり早い無効化方法は"道具を使えないように両腕をへし折る"ぐらいだが、そこまで追い込まれてしまったら能力関係なく敗けだろう。

 

 重要なのは本質を知られないようにすることだ。

 私の能力であれば、"空間を繋ぐ"という部分。

 ここさえ隠し通せれば、他は知られても何とかなるはず。

 

(よし決めた。当面はアイテムボックスみたいな能力に偽装しておこう。)

 

 そうして考えていると、痺れを切らしたのか、バショウが懐から色紙と筆ペンを取り出した。

 続けてバショウは色紙にサラサラと筆ペンを走らせ、最後に小声で何かを呟いた。

 すると急に向こうのバイクの速度が上がった。

 

「わりぃな、先に行かせてもらうぜ!」

 

 バショウはニヤリと笑いながら、徐々に私を追い抜いていく。

 

(こ、こいつ。私が能力で悩んでいる時に! 遠慮なく使いやがった!!)

 

 お前それ反則じゃね? どんだけ負けず嫌いなんだよ。

 1回ぐらいならバレないと高をくくっているのか、それともバレても構わないと判断したのか……

 

(この場合はたぶん両方かな?)

 

 原作と同じなら、バショウの能力は"読み誌した句を実現する"というもの。

 殴ったものを燃やしたり、嘘をついた人を燃やしたり、とこちらも汎用性はかなり高い。

 さっきは『おれさまが のったバイクは かそくする』とでも書いて読んだのだろう。

 事前に知っていなければ、私も何が起こったのか分からなかったはずだ。

 

(こっちはもう今のスピードが限界……どうする? ケツを拳銃で撃ち抜くか? )

 

 いやダメだ。先行されてた状態でそんな事をすれば、中身が私に降り注いでしまう。そうなったら最悪だ。バショウの中身なんて絶対に浴びたくない!!

 

(でも代わりにバイクを撃っても、クラッシュに巻き込まれるよね。)

 

 とすれば、何とかして前に出るしか無いか。

 

(そしてデメちゃんを具現化して車輪に突っ込む……これだ。)

 

 そうすれば盛大にスピンしてくれるだろう。

 巻き込まれてデメちゃんもグチャるだろうが、必要な犠牲だと割り切るしか無い。

 ごめんねデメちゃん、でもデメちゃんならきっと納得してくれるって信じてる。

 

(となるとまずは前に出ないとね。オーラは使いたくなかったんだけど。)

 

 私は周を使い、バイクにオーラを纏わせて"走り"を強化し、バショウに追いつく。

 1次試験でも何度かゲートを使ってしまったので、残りのオーラは温存しておきたかったのだがしょうがない。

 

(だって他人からニヤニヤされるのはムカつくからね!)

 

「ちっ、まだ速くなるのかよ。」

 

 再び追いつかれたバショウの顔が悔しそうに歪む。

 しかしそうして競っているうちに、通路の終点が見えてしまった。

 ここに入った時に下った物と同じような上り階段だ。その先に両開きの大きなドアがある。

 本来であればスピードを落とすべきなのだが、しかし私とバショウは一切アクセルを緩めない。だってここで引いたら負けみたいだし。

 

「…………」

 

「…………」

 

 今は競馬の鼻先争いのように、ほぼ横一線だ。

 私はチラッと横目でバショウを見る。向こうもこっちを見ていた。

 そして同時に理解する。あのドアを先に潜ったほうが勝ちだと!!

 

 きっと今の私達はとても危険だろう。200kg超えの車体がオーラを纏い、時速何百キロのスピードで走っているのだ。きっと轢かれたら念能力者でもタダじゃ済まない。

 

 だが私達は暴れる車体を筋肉で無理やり抑え、エンジン全開で階段を駆け上がる。

 

 そしてその勢いのまま階段を飛び上がり、その先のドアを体当たりでぶち開けて――

 

「えっ?」

 

「「あっ。」」

 

 ――ドアを抜けた先に立っていた、青いドレスを着た人を撥ね飛ばした。

 

 

 

 

 

■□■□■□■□■□■□

 

 

 

 

「本当に反省していますの?」

 

「「してまーす。」」

 

 私達が轢いた青いドレスの女性に、バショウと二人で返事する。

 個人的にはドアの前に突っ立ってたら轢かれてもしょうがなくね?

 と思うが、ここは謝罪一択だ。なぜなら彼女は試験官だから。

 でも過失割合は3:7ぐらいだと思うよ!

 

「……その顔は反省してないみたいですわね。」

 

「「……チッ。」」

 

 地下通路を抜けて地上に出た先は、町の外に建てられた倉庫だった。

 窓から外を覗いてみれば、そこから見えるのは地平線の先まで広がる砂漠だけ。

 内部は100m四方ぐらいの広さで、端には一定間隔でコンテナが積み上がっている。

 

(原作でも思ったけど、街中から外までこんな通路掘って大丈夫なのかな? ちょっと街のセキュリティガバガバすぎない?)

 

 受験生たちはそんな倉庫の一角に集められている。

 ただし私とバショウだけは端で正座だ。念を込められたロープで簀巻きにされて。

 私はバショウに煽られたせいって言ったのに、バショウも同じことを言ったから両成敗だそうである。……ぐぬぬぬ。

 

「さて、これで1次試験の合格者は全員ね? では2次試験を始めるわ。」

 

 そんな受験生達の前に、一人の女性が立っている。

 この人こそ私とバショウが撥ね飛ばした女性である。

 だが彼女は結構な武闘派だったようだ。ぶつかる寸前に堅を行い、さらに体を捻りつつ自分から後ろに飛ぶことでダメージを大幅に軽減した。

 それにより若干の怪我は負ったものの、こうして無事に2次試験が始まったのだ。

 

(よかった。これがインドア派の試験官だったら、危うく殺してるところだった。)

 

 その場合、私達二人は間違いなく不合格だっただろう。

 ていうか普通に捕まっていた可能性が高い。強い試験官で本当によかった。

 試験官は集まった受験生を見回し、最後に私とバショウを一瞬だけ睨む。

 それからすぐに続きを話し始めた。

 

「ごきげんよう皆様。私は2次試験の試験官、ルビィ=ゼリィですわ。」

 

 すごく美味しそうな名前だ。高級レストランでデザートに出てきそう。

 見た目は気位の高そうなツリ目に、腰まで伸びた金髪を左側だけドリルな縦ロールにした髪型。

 服装はそのままパーティにでも出れそうな青いドレスだ。

 体は胸もお尻もバインバインで、すごく男受けしそうな体型である。

 

「イメージは家出したお嬢様、もしくは悪役令嬢って感じかな? どう思う?」

 

 私は小声でバショウに話し掛ける。

 

「うーむ、……アナルが弱そうだな(ボソッ」

 

 試験官を舐るような視線で見ていたバショウがぼそっと呟いた。

 周囲の受験生たちが、確かに。という視線をバショウに向けながら頷いた。

 

「お前だって思っただろ?」

 

「思ってないよ。」

 

 ごめん、めっちゃ思った。

 だってこんな"ザ・貴族令嬢"みたいな人って初めて見たんだもん。

 いい声で鳴いてくれそう、なんて思っても無罪だよね?

 

「私は美味しそうな名前だと思ったかな。」

 

「つまり高級アナルゼリー試験官か……なるほどな。」

 

 おおっと、お尻とゼリーが混ざったぞ? なんか一気に美味しそうじゃなくなったな。

 周囲の受験生もみんな微妙な顔をしている。きっと頭の中では高級デザートのイメージが、スカトロプレイに変わってしまったのだろう。高貴な雰囲気が台無しだよ!!

 

「それでは早速2次試験を始めましょう。

 内容は"おにごっこ"ですわ。鬼は私と従僕が3人。

 貴方達は捕まらずに目的地まで辿たどり着くこと。」

 

 そんな事をやっている間にもゼリー試験官の話は続く。

 ふむふむ、今度のは単にぶっちぎればOKかな?

 ついにバイクの時代が来てしまったか……。

 

「目的地はここから西に広がる砂漠、その中にあるオアシス"パフパフ"ですわ。

 制限時間は12時間。夜の22時までに辿り着くこと。」

 

 残念、来てなかった。砂漠はちょっと無理だ。帰ったら改造しなくちゃ。

 それにしてもパフパフか。なんて心躍る名前だろう。

 きっと夜はカーニバル衣装で、陽気なお姉さんが踊っているに違いない。

 

「距離は大体150キロぐらいですわ。ハンターを目指している皆様なら余裕ですわね?」

 

 150キロを12時間ってことは、時速12.5キロで走ればOKだ。

 普通の道なら余裕。でも砂漠は走ったことがないので、どれぐらいキツイか分からない。

 

 だが地球にも"サハラ砂漠マラソン"というレースがあって、それが7日で240キロ前後だったはずだ。1位の人は平均時速12キロぐらいだったはずで、記録を見た時に『この人たち人間じゃねぇ、きっとモンハン世界の人たちだよ!』と思ったことを覚えている。

 

 とすれば、この世界の人間なら割と簡単なのかな?

 

「鬼は5時間経つまで砂漠には入りませんわ。

 それと捕まった、もしくはリタイアした者は飛行船に収監させて頂きます。」

 

 ふむ、鬼は遅れてスタートか。いや違うな、試験官は"砂漠に入らない"と言っただけだ。

 

(つまり街で車とか買ってこようとする奴は捕まえるってことね。)

 

 砂漠近くの街なので、砂上用の乗物も売られているはずだ。

 だが流石に許す気は無いらしい。

 

 それにしても……。

 

「随分とお優しい試験官だな。」

 

「そうだね。」

 

 バショウも同じことを思ったらしい。

 確かにそうだ。わざわざ飛行船に収監とは、受験生を死なせないためだろう。

 ぶっちゃけリタイアしても砂漠に置き去りで見殺しだと思った。

 サトツさんなんて、ヌメーレ湿原で何百人も殺してたのに。

 轢いた私達を許してくれたこともそうだが、どうも今回の試験官はツンツンしてそうで実際は優しいらしい。

 

「きっとこれがツンデレって奴なんじゃないの?」

 

「ほう、アナルだけにツンとくるってか? ナイスジョーク。」

 

「ねーよ。」

 

 お前どんだけケツ好きなんだよ! 周りもみんなドン引きだよ!!

 しかもなんで私が考えたみたいに言うの?

 おかげでアナル試験官がこっちを睨んでるし。額に青筋浮いてるんですけどぉ!!!

 

「以上、何か質問は? ……無い様ね。では今から地図とコンパスを配りますわ。受け取ったものから出発なさい。」

 

 額をピクピクさせた試験官の話が終わると、受験生たちは続々と行動を始めた。

 馬鹿な事を言っていた私とバショウも、痺れる足を引きずって立ち上がろうとする。

 

「ああ、一つ言い忘れたわ。

 163(イルミ)291(軍曹)893(バショウ)999(シズク)番の4人は1時間遅れでスタートよ。

 あとそこの馬鹿二人、貴方達は出発時間まで正座してなさい。良いわね?」

 

 お、横暴だ! てか1時間も正座とか地味にきついんですけど?

 それに私達二人だけ準備出来なくね? 下手したら方位磁石と地図が残ってなさそう。

 

「横暴だと思いまーす! 試験官さんはもうちょっと子供(わたし)に優しくするべき!」

 

 私はダメ元で抗議してみる。バショウは正座でいいけどね。

 ツェズゲラさんもそうだったけど、ちょっと念能力者だけ逆贔屓しすぎだと思う。

 

「嫌なら失格にしてもいいのよ?」

 

 だが残念ながら判定が覆ることはなかった。

 私達はしょうがなくそのまま正座を続け、スタートする時間になっても、足が痺れて立ち上がれなかった。

 

 

 

 

 

 

 

■□■□■□■□■□■□

 

 

 

 

 

「どこ見ても砂、砂、砂……つまらないなぁ」

 

 2次試験がスタートして2時間が経過した。

 太陽はちょうど真上に昇っており、今が一日で一番熱い時間だろう。

 私も流石に大学に入る時の装備は脱いだ。今はTシャツと短パン、それから紫外線避けに砂色のゆったりとしたコートを頭から羽織った格好だ。

 

(砂漠っていうから、てっきり砂鮫(ガ○オス)とか蛇竜(ガ○ラス)とか角竜(ディ○ブロス)とかいると思ったのに。)

 

 最初はこの世界で初めてみる砂漠を楽しみにしていた、だがスタートして10分も経つと飽きてしまった。

 どうやらここは完全な砂砂漠のようで、ずっと同じような景色が続くだけだ。

 残念なことに、今の所は襲ってきそうなモンスターは見当たらない。

 

 今は黙って遅れてスタートした他3人(能力者組)と一緒に、ダラダラと砂漠を走っている。

 

(無理にバラける必要もないからね。)

 

 まぁ私はデメちゃんに乗って飛んでいるので、実際は走っているとは言えないが。

 もちろん外からは分からないように工夫している。

 飛んでいるのは地面スレスレ、デメちゃんはコートの中でL字に折り曲げ、シャチホコのようなポーズにし、その頭部分に腰掛けている。

 普通の出目金なら辛い姿勢だろうが、しかし私のは念魚だから問題ない。

 

(やっぱり便利、私のデメちゃん♪)

 

 ただ、前に出ると足跡が付かずに不審がられる為、居る位置は一番後ろだ。

 ここなら先に行った人の足跡の上を走っていると誤解してくれるだろう。

 

 ちなみにバイクは倉庫に置いてきた。この砂漠では役に立たないから。

 まぁ実際は空いたコンテナの中に隠す振りをして、ゲートで闘技場の部屋に送還だ。

 

(なかなか自爆装置を使う機会がないね。)

 

 せっかく銀お姉さんに頼んで、すごい爆薬を積んでもらったのに残念だ。

 名前は"ドデカニトロ"。聞いた時はギャグだと思ったが、マジでそういう名前らしい。

 しかも威力はC4なんて目じゃないんだと。これはどこかで爆発させねば。

 

 

 

 

 そうして一人だけズルをしながら1時間も進むと、ついに最後尾が見えた。

 意外な事に、なんとその人はトンパさんだ。

 

「よお、待ってたぜ。」

 

 トンパさんは片手を上げて挨拶してくる。

 その姿には疲れてる様子は見られない。

 どうやら彼は遅れた訳ではなく、自発的に速度を落としていたようだ。

 

「何か御用ですか?」

 

「ああ、ちょっと手伝ってほしい事があってな。」

 

 何やら用事がありそうなので聞いてみると、トンパさんは持っていたバッグを開けた。

 中には大小様々なジュースがぎっしりと詰まっていた。

 缶もあればペットボトルもあった。紙パックまである。

 ざっと見て40本以上、最低でも10kgは下らないだろう。

 

「まさかこれって……」

 

「――もちろん、全て下剤入りだ。」

 

 なんということだ。この砂漠マラソンにおいて、水分はまさに命綱に等しい。

 この容器に倉庫の水道から水を入れてくれば、どれだけ有利になったことか。

 しかしこの人はそれを放り投げ、代わりに下剤入りジュースを持ってきたのだ。

 

「殆どは渡したジュースとは別の奴だ。こんな事もあろうと準備しておいた。

 それと1次試験前に配っていた物もラベルを張り替えてある。」

 

 流石である。このクソ暑い砂漠で走りながらそんなことまで。

 というか、代えのラベルまで持ってきてるってやべーな。

 私もかなり準備してきたが、この人もこの人で、かなり緻密に準備してきている。

 ……私とはちょっと方向性が違うけど。

 

(すごい。流石は何十回も試験を受けてる人だ。)

 

 それでも私の目に尊敬の光が宿る。

 デメちゃんで飛びながら、キンキンに冷えたコーラを飲んでいる私とは覚悟が違う。

 

「ここで見せた意味も分かるだろ?」

 

 分かる。つまり、これから追い抜く受験生達にプレゼントしようぜ! という事だ。

 しかしトンパさんでは恐らく誰も受け取ってくれない。このロマンを完遂するのは、協力者が必要だ。

 

「私に配れって言うんですね?」

 

「その通り。駅前で配ってるチラシやティッシュと一緒さ。

 ゴツイ男やうさんくさい野郎では相手にされなくても、女の子なら警戒も薄れるってな。」

 

 なるほど、道理である。そしてそのためにわざと最後尾にいたのか。

 このやり取りを見られてしまえば、私が渡しても受け取られないから。

 

「というわけだ。配るのを手伝ってくんねーか?」

 

「わかった。トンパさん、喜んで手伝うよ。」

 

 状況を理解した私はニッコリと笑う。するとソレを見たトンパさんは一瞬だけびっくりした顔をしたものの、すぐに満面の笑顔になった。

 うん、やっぱり人助けは大事だからね。

 元日本人としても、この先にいるだろう、水に困っている人は放っておけない。

 

「じゃあよろしく頼むぜ。」

 

 トンパさんから水の詰まったバッグを受け取る。

 なんて素晴らしいのだろう。

 ライバル同士が手を取り合い、困難に挑む。これもまた試験の醍醐味だ。

 

 だが残念ながら、それが分からず空気が読めない男もいた。

 

「ねぇ、それ何の意味があるの? 脱落させたいなら殺せばいいじゃん?」

 

 声のした方を振り向けば、そこでは私達のやり取りを聞いていたイルミが首をかしげていた。

 ダメだ。まったくもってわかっていない。

 

(やれやれ、でもまだ子供だからしょうがないか。)

 

 私はトンパさんに目配せすると、彼は頷いて静かに語りだした。

 

「いいか、重要なのは"選ばせる"ことなんだ。押し付けるんじゃなくな。」

 

「選ばせる?」

 

 別に私から話してもいいけど、やっぱりこういうのは説得力がある人じゃないとね!

 

「ああ、この場合は()()()()()()ジュースを飲むことだな。

 人間ってのは不思議でよ。同じ不利益でも、そこに辿り着くまでの過程によって受け取り方が違うんだ。不意打ちでリタイアしても、相手は憤るだけ。災害や事故と同じさ。それが自分のせいだとは思わない。」

 

 確かに。例えば台風で天井が飛んでいっても『どうして家が』とは思っても、『自分のせいだ』とは思わないだろう。

 

「だが選んで失敗した場合は違う。納得して受け入れられる奴なんて稀さ。

 そして大抵は憤りよりも後悔が先に来る。

 なんであんな事したんだろう、あの時にああしていればってな。

 俺はよ、そうして絶望する奴の顔を見るのが何よりも好きなのさ。」

 

「ふーん。」

 

 そうそう、"失敗した"って悟った瞬間の顔って良いよね!

 闘技場で沢山見てきたからよく分かる。最初はシンジの顔だったっけ。

 なんかこう、見てると体がゾクゾクしてくるんだ。

 これはもう、必殺のシズクちゃんスマイルで、乾いている受験生たちを潤してあげるしかない!

 

「へへへ、馬鹿だって思うかい? ああ、分かってるさ。

 貴重な水を捨ててまで、こんな物を持ってくるなんておかしいよな?

 でも止められないんだ。俺の魂が叫んでいるのさ。

 だから俺は配り続ける。……この下剤入りジュースをよ!!」

 

ト、トンパさん……!!!

 

「えー……ごめん全然分からない。」

 

 そこには確かな信念があった。譲れない男の意地が輝いていた。

 ただしヘドロのようなドス黒さだ。でも個人的には嫌いじゃない。

 きっと私も某神父や金ピカ王と同じ、あっち系の人間なのだろう。

 ライセンス取れたら愉悦部を作るのもいいな。

 

「じゃあペース上げて追いつこう。あっ、丁度いいからイルミも手伝ってね。」

 

「なんで?」

 

「協力してくれたらバショウの念能力を教えてあげる(ヒソヒソ」

 

「……分かった。」

 

 それから私は他の受験生を追い抜く度に笑顔でジュースを渡していった。

 もちろん、中には警戒して受け取りを拒む人もいた。

 だがそんな時はイルミの出番だ。

 

「いらないってさ。はいこれ飲んでいいよ。」

 

「分かった。」

 

 そうして一口飲んで見せれば、大抵は『やっぱりくれ!』と言ってくる。

 イルミは持ってたものをそのまま相手に渡す。

 もちろんイルミが飲んだのは下剤入りだ。

 だがゾルディック家は訓練により毒無効体質なので効かない。

 あとに残るのは、お腹を抑えて倒れる受験生である。

 

(この歳のイルミは素直で可愛いなぁ。)

 

 その後、数時間でジュースはあっという間に無くなり、その分だけ受験生が脱落した。

 私は最後に、出会った時にもらったジュースを取り出し、トンパさんの喉に無理やり流し込む。

 

「じゃあせっかくだし、トンパさんにも飲ませて上げるね。」

 

「えっ、おい馬鹿止めろ。て、てめぇ! やめもがががががが!!!」

 

 キュー、ゴロゴロゴロ、ギュルルルン、ギョギュギュ……。

 やりきった私達を祝福するかのように、トンパさんのお腹がファンファーレを奏でる。

 

 よし。これで砂漠でやることは全て終わった。ミッションコンプリート。

 倒れた受験生たちは、これから来るルビィ試験官が保護してくれるだろう。

 きっと飛行船の中は匂いで酷い事になるだろうが、プロのハンターならどうにかするだろう。

 私はルビィ試験官を信じている。

 

「終わったねイルミ。やりきった感想はどう?」

 

「俺の為にやったみたいに言わないでくれる?」

 

 私は空き缶を砂漠に投げ捨て、後ろを振り返らずに進んだ。

 

 ……その日の砂漠はとってもう○こ臭かった。

 

 




以上、2次試験でした。
1次試験以上に酷い事になってしまいました。
投稿するか書き直すかすごく迷いました。
でも結局投稿しちゃった。

・ルビィ=ゼリィ試験管
イメージは型月のルヴィアゼリッタ・エーデルフェルト。
この試験では碌な目に会ってませんが、二世の事件簿では一番好きです。
でもしょうじきすまんかった。


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第20話 明るく燃える3次試験

またちょっと長くなってしまいました。


「それで次の試験官はなんと?」

 

「こっちは間に合ってるから、先に()()()()()()()に行け、ですって。」

 

 2次試験のスタート地点だった倉庫、そのすぐ外でツェズゲラとルビィは話をしていた。

 内容はもちろん試験についてだ。歴戦のハンターであるツェズゲラから見ても、今期はなかなか面白そうな輩が多い。最後に誰が合格するか、とても楽しみにしていた。

 

「大丈夫なのかね? オアシスには飛行船が着いてるとは言え、協会側の念能力者は試験官だけだろう。少々不用心だと思うが。」

 

「まぁ大丈夫でしょう。アレでも私のライバルですことよ? それにしても、全くこっちは最低の試験でしたわ。」

 

「……なんというか、お疲れ様だな。」

 

 ルビィが忌々しそうに呟いたのを聞き、ツェズゲラは苦笑いを浮かべた。

 恐らく次の試験官も2次試験の惨状を知ったのだろう。匂いが染み付いてそうなので先に行けという事だ。ツェズゲラもこっそり鼻栓をしているので、気持ちはよく分かった。

 

 

 

 2次試験の開始から5時間後。ついに砂漠へ入ったルビィ達を待っていたのは、腹を抑えて倒れ伏す大勢の受験生達だった。

 

「ルビィ様ダメです、こちらも同じ症状です。これではもう……」

 

「そんな、もう飛行船のトイレは一杯でしてよ!?」

 

 受験生たちのあまりの有様に、ルビィと鬼役の従僕3人は悲鳴を上げた。

 

 試験官とは委員会より選ばれたハンターが無償で就くものだ。

 協会に加入させるべき人材、いわば将来の同僚を選別する権利を与えられた、と考えれば名誉な仕事だと言えるだろう。

 だがハンターには癖の強い者が多く、特に実力主義者は簡単に受験生を見殺しにする。

 

 そんなキワモノ揃いのハンターたちの中で、ルビィはかなり善良な部類に入る。

 試験自体は砂漠の横断というきつい内容であるものの、出発前に方位磁石と地図を配ったり、リタイアした受験生の保護を考えたりと、出来る限り死人が出ないように準備していた。

 

 さらに捕まった受験生を収監する為の飛行船だって自前の物である。

 内部には十分な水を用意してあったし、医療室から医者まで備えていた。

 しかし流石にこの状況は想定外すぎた。

 

「どうして誰も彼も漏らしていますの!!?」

 

 倒れていた受験生達は、全員が脱水症状を起こしていた。

 始めは砂漠の熱によるものだと思ったが、近づくとどうやら違うことが分かった。

 

「うぅぅ、臭いですわ。ちょっと貴方たち、巫山戯てますの?」

 

 付近にはものすごい悪臭が漂っていたのだ。

 そう、受験生たちはみんな大きい方を漏らしていた。

 ニュースでたまにある集団食中毒とか、砂漠中がそんな感じだった。

 

「ルビィさま、これでは……」

 

「いいからとっとと仕事をなさい!」

 

 それでも我慢してなんとか飛行船に収監したが、その後も状況は悪化し続けた。

 受験生にはすぐに水を与えたが、しかし与えた端から漏らしてしまうのだ。

 おかげでトイレは溢れ、飛行船の中は悪臭で一杯になった。

 

「それで何か分かりまして?」

 

「今の所はなにも。みんな意識が朦朧としているので、もう少し時間がかかるかと。」

 

 また捕まえた受験生から事情を聞こうにも、極度の脱水症により意識が有るものはほとんど居なかった。

 なんとか口が聞けた者も『水』『子供』『二人』『きっとトンパの仕業』等と呟くだけで、詳しい事情は不明のままだ。

 

「許せませんわ。私の試験をこんなにして……」

 

 ルビィは誓った。必ず犯人を見つけ出して報いを受けさせると。

 ツェズゲラはとっととココから離れたいと思った。鼻栓がバレないかドキドキしながら。

 

 ルビィが自身に匂いが移っている事に気づき、そのことを黙っていたツェズゲラが責められるのは30分後のことである。

 

 

 

 

 

■□■□■□■□■□■□

 

 

 

 

 

 トンパさんにジュースを飲ませてから数時間後。

 私達はゴール地点であるオアシス"パフパフ"にたどり着いた。

 

「お疲れさまでした。3次試験は明日の朝9時に開始となります。」

 

 この日は先回りしていたビーンズさんに2次試験の合格を告げられて解散となった。

 受験生たちは停まっていた協会の飛行船にゾロゾロと乗り込んでいく。

 

 私は余裕があったのでオアシスを見て回った。

 ココは有名なリゾート地のようで、ホテルから商店、ボウリング場まで備えた村があった。

 店員さんに聞けば、今は協会の貸し切りとのこと。だが50人程度の住人は残っているらしい。

 あと探してもエッチな衣装のお姉さんはいなかった。楽しみにしてたのに残念である。

 

 一通り見て回った後は、私もハンター協会の飛行船に乗り込む。

 もちろんテントや濾過器を始め、キャンプ用具は一式用意してあった。

 だがやはり砂漠で寝袋に入るよりは、ちゃんとした部屋のほうが良い。

 

 飛行船内では全員が個室をもらえた。合格した人数が少なかったせいだ。

 2次試験の合格者、オアシスまで走りきったのは何と28人だけ。

 スタートは124人も受験生が居たと考えると、恐ろしい脱落率である。

 えっ、落ちた半分は私のせいだって? 何のことですかね(すっとぼけ

 

「まぁ私は楽勝だったけど。ねー、デメちゃん。」

 

『ぎょーぎょっぎょ。』

 

 個室なので堂々とデメちゃんを具現化して撫でる。

 普通に走って合格した人たちは、足の裏の皮が酷いと言っていたっけ。

 通路に座りこんで手当している人がいたが、皮がベロベロに剥がれていて痛そうだった。

 

「念が使える3人は多分平気だろうね。ダメでもイルミは針で治せそう。」

 

 顔を別人にすることすら出来るのだ。刺した部分の治療を促進できても不思議じゃない。バショウも能力を使えば同じことが出来るだろう。キャシャリン軍曹だけはちょっと分からない。走ってる間も全く喋ってくれなかったし、かなり不気味な存在である。

 

「それにしても今日は疲れた。でも楽しかったなぁ。」

 

 ゲートを何度も使ったため、オーラは割とかつかつだ。

 私はご飯を食べてシャワーを済ませ、ベッドで横になって1日を振り返る。

 1次試験はイライラしたが、2次試験は楽しかった。

 

 特に最後のトンパさん。ジュースを飲まされ、お腹から音が鳴った時の顔。

 私を選んだのを心底後悔したような表情は最高だった。

 やはりトンパさんは最高のエンターテイナーだ。別にリスペクトはしないけど。

 

 私はワクワクした気持ちを思い出しながら、次の試験に備えて眠りについた。

 

 

 

 翌日、時間になると船内放送があった。

 受験生たちは案内により飛行船を降りる。私も再びフル装備だ。

 降りた先では砂の上にパラソルが立っていて、その下には涼し気な顔をした女性がいた。

 

「よく集まったわね。私は試験官のリン=イシュガールよ。よく覚えておきなさい。」

 

 3次試験の試験官は推定30越えのアラサーの女性。

 黒い髪をツインテールにし、上は白で下が黒の三角ビキニを着ている。

 

(いや、いくら砂漠だからって、その格好はマズイよね? てか年を考えようよ。)

 

 特に下の方は角度がやばい。エグイV字で見えちゃいけない所まで見えそう。

 もしかしたら後ろは半ケツになってるのかも。……これは痴女ですわ。

 でも私が望んでいたエッチなお姉さんとはちょっと違う。バショウはまたネットリした視線を向けてるけど。

 

「3次試験は宝探しよ!! この砂漠からダイアモンドを見つけてきなさい!!」

 

「あたま」

 

「おか」

 

「しー」

 

 上から順に試験官、私、バショウ、イルミの言葉である。

 

 うん、どう考えても頭おかしいわ。酷いのは格好だけじゃなかったんだね。

 確かにそういう例えはあるよ? でもそれはあくまで例えであって、実際にやれって言われても無理だと思うんだ。

 

「なによ、もしかして文句あるの?」

 

 しかし悲しいかな、試験内容は試験官に一任されるのがハンター試験である。

 それがどれだけ酷い内容だろうと、私達は黙って従うしか無いのだ。

 だが流石にこの試験は無理だ。ならば、もう次善の策に切り替えるしかない。

 

「ねえ二人共、どうせ失格になるなら、試験官に稽古を付けてもらうのも一興だと思わない? プロの実力を知れるよ。」

 

「ほう」

 

「……ありかな。」

 

 そう、どうせ落ちるなら、もういっそ喧嘩を売ってもいいよね。

 プロハンターは果たしてどれぐらい強いのか? 私、興味あります!!

 

「んじゃ誰から行く?」

 

 私達は完全に開き直り、相談して挑む順番を決めようとする。

 すると私達が念能力者だと気づいたのか、試験官が急に慌てだした。

 

「ちょ、ちょっと待ちなさいよ! そこの3人、何物騒な事いってるのよ!?」

 

 そんな事言われても、だって私には原作知識がある。

 例え試験官を半殺しにしても、また来年受けられることを知っている。

 

 なら遠慮する必要はない。できるだけ元を取って帰らなければ。

 その点、試験官と戦うというのは、戦闘経験を増やせて丁度良い。

 現在選べる手段としては、きっと一番良い選択のはずだ。

 

「あ、お構いなく。喧嘩売る順番を決めているだけなので。」

 

 バショウとイルミ、そしていつの間にか加わっていた他の受験生でジャンケンを行う。

 みんなノリノリである。やっぱりプロと手合わせ出来る機会は見逃せないよね!!

 

「だから待てって言ってるでしょ! 3次試験は遺跡探検よ!! 砂漠は比喩だから!!」

 

「あっ、そうなんだ。」

 

 リン試験官が顔芸を披露しつつ叫ぶ。

 なーんだ、そういう事か。でもそれなら始めにそう言ってほしかった。

 ちょっと早とちりしちゃったな。稽古を付けてもらうのは試験の後にしよ。

 

 

 

 試験官の案内に従って移動する。オアシスを挟んで反対側へ。

 10分ほど歩くと、キノコを模したような造形の建造物が在った。

 私達は入り口から中へ入り、続いて地下への階段を下る。

 

 その先にあったのは岩で作られた広い空間だ。10本の通路が扇上に伸びている。

 ローマの水道かな? あれ、あっちは11本だっけ?

 

「あなた達にはチームを組んで、この遺跡を攻略してもらうわ。」

 

 そう言いながらリン試験官が箱を取り出す。

 屋台のクジ引でよく見る四角い箱だ。箱の上半分は白で塗られ、下は黒で塗られている。

 恐らく試験官のイメージカラーなのだろう。えっ、もしかして何時もその格好なの?

 

「中の札に書かれている数字がチームの、そして進む道の番号よ。」

 

 改めて通路をよく見れば、上部には1~10の番号札が貼られてあった。

 チームでダンジョン探索……実にゲームっぽい。

 私は地球でドハマリしたダ○ジョンキーパーを思い出した。

 

(自軍のLV上げが面倒だったから、トラップで高LVの敵を倒して、拷問で寝返らせて使い潰してたっけ。またやりたいな。)

 

 ゲームでは通路に罠を敷き詰めるのが好きだったが、この先はどうなっているんだろうか。

 もしかして原作のトリックタワーみたいな感じなのかな?

 

 ここには28人いるので、2チームだけは二人組になる。

 足手まといは少ない方が良いから、出来れば二人組を希望。まともな人と組めるといいんだけど。

 

「それじゃあ2次試験の合格順に札を引きなさい。」

 

 1位のキャシャリン軍曹から順に、箱の中に手を突っ込んで札を取る。

 私が引いた札には10と書かれていた。そして組む相手は……

 

「よろしく頼むでおじゃ。」

 

「こちらこそ宜しくお願いします。」

 

 マロ=オジャルンルンさん。

 相変わらず顔におしろいを塗っている貴族風の人だ。

 他に居ないことから、二人チームに当たった模様。幸先いいぞぉ~。

 

「全員引いたわね? さて試験内容だけど、指定の通路から遺跡に入って、隠してあるダイアモンドを見つけてきてもらうわ。制限時間は24時間。」

 

 ふむふむ、今回はオーソドックスな宝探しか。

 途中で道が合流してたりもするのかな? 奪い合いにもなりそうな予感。

 

「それと注意点が3つあるわ。

 1つ。一個のダイアで合格出来るのは1人だけ。

 2つ。全員がダイアを持って、2人以上の人数で私の元に来ること。

 3つ。出入りに使えるのは引いた番号の通路だけ。」

 

 と思ったらぜんぜんただの宝探しじゃなかった。

 これむしろ少人数のバトルロイヤルじゃね?

 

(なんて意地が悪い……この試験官とはいい酒が飲めそう。)

 

 これではせっかく見つけても、まず誰が持つかで荒れるだろう。

 一度に人数分が見つかれば良い。だが問題は一個だけだった時だ。

 

 だって自分の分さえ確保できれば、それでこの試験は突破できるのだ。

 そのまま来た道を帰ればいい。人数の問題も、この広場かオアシスの村で待っていて、別のチームに混ぜて貰えば解決だ。

 

 当然、所持しない人間はそんな事を許すはずがない。

 ではそれを防ぐには、どうすればいいのか?

 

(うーん、私なら先頭を歩ませるかな。逃げられないように。)

 

 だが遺跡に罠があったりする場合、先頭はもっとも危険なポジションになる。

 しかも8チームは3人組だ。ダイアを持っても、後ろから2人に狙われる可能性を考えればみんな嫌がるだろう。

 

 更に二個目のダイアが見つかると、3人チームはもっと状況が逼迫する。

 誰が持つかで一個目以上に荒れるはずだ。

 

 きっと所持できなかった一人は気が気でなくなるだろう。

 なんせダイアを確保した2人は、協力して残りの一人をボコれば合格が確定する。

 でも相討ちになる可能性もゼロじゃない。それに残りの一人がどちらに向かうかは分からない。確率的には50%。倒せても足を怪我したら戻れなくなるから、なかなか行動に踏み切れないと思う。

 

 つまりこの試験は、いつ裏切り裏切られるかの、ドキドキ裏切りゲームだ。

 なかなか酷い試験である。私も他人が裏切るor裏切られる様をみたーい!!!

 

(まぁ私を裏切った奴は殺すけどね。)

 

 絶対に許さないよ!!

 

 私はチラっと横目でマロさんを見る。彼は試験官の説明を聞きながら、腰に下げていた刀と銃を再確認していた。間違いない、この試験が裏切りゲーだと気づいている。さて、どういう形で進むことになるのか。

 

「それから明かりとしてランタンを用意したわ。各自で持っていきなさい。

 それじゃあスタートよ。私は飛行船で待っているから、せいぜい頑張りなさいね。」

 

 リン試験官は説明を終えると、そのまま階段から外に出ていった。

 やはり後ろは半ケツになっていて、安産型のお尻が左右にプリプリ揺れる。

 受験生たちはランタンを手に取り、指定された通路へ進みだした。

 

「では我々も行くでおじゃ。」

 

 一応この広場で待って、戻ってきたものを狩るという方法もある。

 なので少しだけ待ってみたが、今の所は残る者は居ないようだった。

 

 私はすぐにランタンを持って、急いで10番の通路へ駆け出した。

 

 

 

 

 

■□■□■□■□■□■□

 

 

 

 

 

 最初に居た広場は明かりがあったが、指定の通路の先は完全に真っ暗だった。

 すぐ用意されていたランタンを点けたが、あまり明るくならない。

 電気式の癖にパワーがしょぼいのだ。まぁ恐らくワザとだろう。

 これでは逃げたり、隠れたりと、余計に裏切りやすそうだ。勉強になるなぁ。

 

「マロさん、ちょっと待って。」

 

 私はランタンをその場に投げ捨て、代わりにバッグから軍用ライトを2本取り出す。

 1本は自分のヘルメットに装着し、もう1本をマロさんに渡す。

 お値段5桁もする超強力な奴だ。その明かりはランタンとは比べ物にならない。

 

「準備が良いでおじゃるな。」

 

 そうして通路を20mほど進んだ先にあったのは、吹き抜けの螺旋階段だった。

 下の方を照らしてみると、ものすごく長い事が分かった。

 

 上から軽く見ただけでも、余裕で30m以上は降りる事になりそう。

 階段はボロボロなので結構危ない。一体何時の遺跡なんだろうか。

 

「どう思いますか?」

 

「もしかすると通路ごとに探検する階層が違うのかもしれぬの。」

 

 3mで1階層下がるとすれば最低でも10階分になる。

 ここが作られたのが何時かは分からないが、昔はエレベーターなんて無かった。

 ならこうして階層毎に直通路を作っていても不思議じゃない。かなり無駄だと思うけど。

 

「まっ、進んでみれば分かる。」

 

「そうですね。」

 

 マロさんは私の前に出ると、そのまま階段を下り始めた。

 あれ、どうして前を行くんだろう? トラップを考えれば前は危険なのに。

 

(まぁいっか。自主的なカナリア役だ。私に損はないからね。階段崩れたら乙。)

 

 特に文句も無いので、何も言わずに後をついていく。

 落ちないように気をつけながら、ぐるぐると回りながら階段を下る。

 そうして降りた先の扉を開けると、中は5m四方の小部屋になっていた。

 

 更にライトで部屋を照らしてみると、早速1つ目のダイアが見つかった。

 中央の盛り上がった台座のような場所、その上にポツンと置かれていた。

 

「「……」」

 

 何ということだ。これには私達もびっくりである。

 もしどの通路も同じ作りだとすれば、すでに殺し合いになっている部屋もあるのではなかろうか? 今すぐ戻って、別の通路を覗きたい。

 

「えっと、どうしますか? 私にくれるなら先を歩きますけど。」

 

 どうするか迷った私は、とりあえずマロさんに聞いてみる事にした。

 この回答によってこの人の考えがある程度分かる。

 自身が持つならリターンの確保を優先。私に押し付けるならリスク回避を優先だ。

 さぁ、マロさんの選択はどっちかな?

 

「……ソナタが持つとよかろう。ああ、先頭はこのままマロが歩くでおじゃ。」

 

 あれー、どういう事だ? どっちでも無いなんて、得が無さそうなんだけど……

 考えられるのは、先にトラップを見つけて私をハメようとしてるとか?

 

「なんでですか? それじゃあマロさんにメリットが無いと思いますけど。」

 

「これはおかしな事を言う。童を守るのは大人の務めでおじゃろう。」

 

「えっ」

 

 なん……だと……。まさかこの人、単純にいい人なのか?

 うっそだろおい。ここハンター試験だよ? 本当なら天然記念物だこれ。

 

「というのは、まぁ建前でおじゃる。本音はソナタと敵対したくないだけでおじゃ。どうやっても勝てそうにないからの。」

 

 そう言いながらマロさんは両手を上げた。武器からは完全に手を離している。

 

 ああ、そういうことか。私はやっと理解した。

 つまりこの人は戦闘力で敵わないとみて、最初から白旗を上げていたのだ。

 

(そう言えば、私って今までの試験では結構どんぱちやってたね。)

 

 それらを見ていたのなら、勝てないと思っても不思議じゃない。

 普通の人から見れば、念使いなんてみんな化け物だ。

 やっぱり暴力って最強のコミュニケーションツールだわ。

 何も言わなくても相手が勝手に下手に出てくれる。

 

「でもよくそんなすぐ決断できますね。私ってただの子供ですよ?」

 

「ほほほっ、これでも高貴な生まれ故な。人の扱いには慣れておるでおじゃ。」

 

 さりげない生まれ自慢うぜぇ。いい笑顔で言いやがって。

 でもこの人、なんか憎めないな。

 

「ソナタこそ良いのか? ここでマロを倒してしまえば、3次試験は突破したも同然でおじゃるぞ。」

 

 まぁ確かにそうなんだけどね。

 念能力という破格のアドバンテージにプラスして、持ってる武装にも差がある。

 マロさんは小口径のハンドガンだが、私はロングマガジンのサブマシンガンだ。しかも弾薬は幾らでも補充可能。この小さい部屋なら、適当に流し打ちするだけで倒せるだろう。

 

(でも不思議とやる気にならないな。)

 

 たぶん全面的に降伏するスタイルだからだろう。

 不安そうにこちらを見てる視線とか、まるで白い大型犬が様子を窺っているようだ。

 うん、ちょっとこれは撃てないわ。

 

「じゃあダイアは有り難くもらっておきます。それと帰り時間を考慮して、12時間までは探検を続けましょう。」

 

「良いのでおじゃるか?」

 

「私は別にバトルジャンキーじゃありませんから。それに今は余裕がありますし。」

 

 私がそう告げると、マロさんはようやく緊張を解いた。

 12時間前に帰るのはちょっと早いと思うが、ルールを考えればしょうがない。

 合格に必要なのが2人以上というのがミソだ。仮に1~9の通路から一人ずつダイアを持ち帰ったらどうなるか。

 

 最初の広場で合流するとしても、みんな二人組になったらさっさと外に出るはずなので、最後の一人は誰とも合流できなくなる。つまり余裕ぶっこいていると、ダイアを持ってても合格はできない事態に陥るのだ。

 

「ところで、時間になっても二個目が見つからなかったら? どうするでおじゃるか?」

 

 まぁそれもあるよね。だってこの先に()()()()()()()()()()()

 

「その時はもちろん、マロさんを気絶させて一人で戻ります。」

 

「……その年でその判断が出来るとは大したものよ。普通は甘さがでるんじゃがの。」

 

 他人に情をかけるのは余裕がある時だけだ。基本的に私は私を最優先で行動する。

 もし原作知識なしで多数決の道の"最後の分かれ道"に辿り着いてしまったら、私は迷わず2人を手錠に繋ぐだろう。そして遠慮なく"短い道"を行く。あっ、でもキルアなら余裕で手錠の鎖を引きちぎりそう。あれ、壁壊すより早いんじゃね?

 

「では話も付いた所で、先に進むとするでおじゃる。」

 

 そう言ってマロさんは歩き始めた。

 私は急いでマロさんに追いつくと、そのまま()()()()()通路を進んだ。

 

 

 

 

 

■□■□■□■□■□■□

 

 

 

 

 

 一個目のダイアを手に入れてから6時間後。

 私達は順調に遺跡を攻略していった。

 

 予想通り、道中には悪趣味なトラップが沢山仕掛けてあった。

 壁から飛んでくる矢、振ってくるギロチンとタライ、落とし穴にベアトラップ。

 あと変わったものでは、床が抜けて三角木馬や便器がせり上がってきたりもした。

 協力者に影の王女でもいるのだろうか。一体どんなプレイをお望みなのか。

 

 あとはたまに岩っぽいロボゴーレムも襲ってきた。

 私は普通にオーラを纏った拳で粉砕したが、マロさんも刀でぶった切っていた。

 流石にここまで残ってるだけに、抜刀術も一流のようだ。

 

 そうして私達は、ついに二個目のダイアがありそうな部屋に辿り着いた。

 

「マロさんあれは。」

 

「ふむ、宝箱でおじゃるな。」

 

 壁一面には大小様々な数式がこれでもかと書かれ、中央にはちょっと盛り上がった台座。

 その上にはダイヤル式の南京錠が付いた、RPGっぽい宝箱があった。

 

「きっと壁の数式の答えがダイヤルの正解番号、ということでおじゃろう。」

 

「あっ、もう答え出てるんで大丈夫です。」

 

「なぬ。」

 

 私は周で自動拳銃にオーラを纏わせ、グリップを勢いよく振り下ろす。

 部屋にガチャーン!! という音が響き、宝箱の鍵が弾け飛んだ。

 

「この手に限る。」デデーンッ!!

 

「答え(物理)とは。これは酷い脳筋でおじゃ。」

 

 やっぱそう思うかな? 私もそう思った。

 でも体当たりで補強した窓をぶち割るよりはマシだよね。

 中を覗けば、そこには二個目のダイアモンド。

 

「なんか普通に手に入っちゃいましたね。」

 

「そうでおじゃるな。開け方は普通ではおじゃらんかったが。」

 

 別にいいじゃん。ちゃんと二個目が手に入ったんだから。

 これで後は戻るだけだ。意外と簡単だったな。

 

 あっ、でも用意されたランタンの明かりはかなりショボかった。

 そうすると罠は中々見つけづらいし、距離感や方向感覚もおかしくなる。

 そう考えれば、他のチームはもっと苦労してるのかもしれない。やっぱ準備は大事だね。

 

 

「そういえば一つ聞いてもいいですか?」

 

「なんでおじゃるか?」

 

「マロさんはどうしてハンター試験に?」

 

 オアシスへの帰り道。私とはふと気になったことを聞いてみた。

 トンパさんの情報が本当なら、この人って貴族の末裔なんだよね。

 そりゃあ受かればメリットも大きいけど、死亡率とか考えたら高貴な人は中々受けないと思う。

 

「一言で言えば……趣味でおじゃる。身につけた技術を使ってみたくなっての。」

 

 しゅ……み……?

 

「やはりハンター試験は良い。これほどの緊迫感は中々ない。

 これで3回目じゃが、受ける度に身も心も若返るような気がするでおじゃるよ。」

 

 えーと、こういうのって『死中に活あり』だっけ?

 つまりこの人は、危険の側に身を置く事を楽しんでいるんだ。

 ある意味でトンパさんと似たようなタイプ。やっぱり普通の人じゃなかったわ。

 

「まぁそれでも限度はあるがの。ソナタやもう一人の子供。それと元超長期刑囚なぞは、危なすぎて近寄れんわ。」

 

 ふーん、超長期刑囚ねえ。そんなのいたんだ。一体何をやったんだか。

 でも私が知ってる一番強い刑囚ってジョネスなんだよね。キルアに心臓を取られた奴。

 殺人146人で刑期900年ぐらいだっけ? あんまり強く無さそう。

 

「ちなみにどの人なんですか?」

 

「キャシャリン・ドナルドという元軍曹でおじゃ。」

 

 ふぁ!? 今回の試験で一番強そうな人じゃん。よりにもよってコイツかい。

 

「麻薬の売買及び使用で捕まっておったが、去年の暮に恩赦で出所したでおじゃ。あとこれは噂じゃが、ハンター協会に強い恨みがあるようでおじゃるの。」

 

「ハンター協会に?」

 

 はい危険人物確定!! 今後は出来るだけ近づかないようにしとこ。

 君子危うきに近寄らず、だ。いざとなったらバショウに押し付けよう。

 

「ほほほっ、とは言え飛行船には試験官も係員もおる。流石に試験の最中に騒ぎを起こす事はないじゃろうて。マロたちが心配する必要はないでおじゃ。」

 

「あはははは、ですよねー。」

 

 そうだよね。まさか私が参加した試験に限って、そんな何かが起こるわけがない。

 まぁ何か有っても、試験官達が対処するだろう。なんたって天下のハンター協会様だ。

 念使いの元特殊部隊員だろうが、一人ぐらい余裕余裕。きっとボコって終わり。

 それにツェズゲラさんとルビィさんも、すでに()()()()()()()だろうし。

 

「あとは飛行船でダイアを渡せばこの試験もクリア。あと2つぐらいですかね?」

 

「そうでおじゃるな。今年こそマロも合格できそうな気がするでおじゃ。終わったら寿司でも食べるかの。」

 

「良いですね、私もお寿司大好きです。パインサラダも付けましょう。」

 

 それともステーキのほうがいいかな?

 まぁどちらにしろこの試験は勝った。第3試験完だ。

 私達はワイワイと今後のことを話しながら、油断せずに来た道を戻った。

 

 

 

 そうして適当に喋りながら最初の広場まで戻ると、そこにはイルミが居た。

 周りには誰も居ないので一人のようだ。おっ、ボッチかな?

 

「よぉ、奇遇だな。」

 

 と思ったら別の通路からはバショウが一人で歩いてきた。お前もボッチかい。

 まるで広場にいたイルミが怖くて、通路の奥でずっと待機していたような登場だ。

 まぁ私も一人だったら隠れて待つけどね。ダイア奪われるかもしれないし。この試験だとイルミは怖い。

 

「バショウさん、一応聞くけどチームの人は?」

 

「死んだ。」

 

 まあそうだろうね。用意されたランタンだけだと、全く明かりが足りなかったし。

 罠か同士討ちかは分からないが、他にも結構な人数が死んでいるだろう。

 

「イルミの方は?」

 

「殺した。」

 

 そして小さくてもやはりイルミはイルミだ。容赦なさすぎて草生える。

 

「じゃあとりあえずダイア見せて。」

 

 それでも念の為、全員がダイアを持ってるかは確認する。

 ココまで来て後ろから襲われるのは馬鹿らしいからね。まぁみんな普通に持っていた。

 ちなみにダイアには刻印がされていたので、ゲートで同じサイズの物を持ってきてもダメだ。

 

 

 それから私達は一団となって地上への階段を上がった。

 すでに3次試験が始まってから10時間ちょいが経過している。

 もう太陽は地平線の先に隠れ、砂漠は暗くなっているはずだ。

 

 しかし――

 

「あれ、なんか昼間みたい?」

 

 だがなぜか外は明るいようだった。そしてその原因はすぐに分かった。

 階段を上りきり、外に出た私達は、そこで驚くべきものを見た。

 

 

 

 ――()()()()()()()()()()

 

「……はっ?」

 

 村も協会の飛行船も炎に包まれ、もはや消火は不可能と思えるほどに炎上していた。

 

 それは今回のハンター試験における、イレギュラー(緊急事態)の始まりだった。

 

 




イ ベ ン ト 発 生 の お 知 ら せ。

という訳で次はイベント戦になります。読んで頂き有難うございました。


・リン=イシュガール試験官
イメージはFGOのイシュタルです。
エロい格好と卑猥な乗物がすごい好き。


あと主人公は3次試験を"裏切りゲーム"だと思っていますが、実際は"新遺跡の調査"を模したものです。財宝を見つけても仲間を裏切らせない統率力と、すでに盗掘されてる可能性を踏まえた上で、どこまで進むか? という判断力をみる試験でした。オアシスが燃えてそれどころじゃないけど。

そろそろ"愉悦部"タグを付けても許される気がしてきました。


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第21話 始まらない4次試験

タグに愉悦部を追加よー。


 3次試験の試験官、リン=イシュガールは飛行船でダラダラしていた。

 リンは受験生を遺跡へ送り出すと、飛行船へ戻ってすぐシャワーを浴び、それからベッドで横になった。

 

 ここから3次試験の会場である遺跡まではたった10分の距離だ。

 とは言えそんな短時間でも砂漠を歩けば砂塗れになることは避けられない。意外と砂漠は風が強い。遮るものがないからだ。

 

「今頃、あの子達は遺跡の中を彷徨ってるのかしらね。」

 

 それとも殺し合いでダイアを手に入れ、他の受験生と合流して戻ってきてるのだろうか。

 

 リンは定期購読しているファッション雑誌を広げると、ストローをくわえてジュースを飲んだ。

 そこには厳格に試験を執り行なおうとする気配は全く無かった。

 

「全く、ルビィとツェズゲラは真面目すぎるのよ。」

 

 リンはライバルであるルビィと、仕事人間であるツェズゲラを頭に浮かべた。

 二人は少しでも良い同僚を選ぼうと、準備の時点でとても張り切っていた。

 

 だがリンは違う。二人ほど真面目にやる気はなかった。

 むしろ試験を通して、組めそうな新人を見つける事に比重を置いている。

 

 その為にわざわざリゾート地を貸し切りにし。近くの遺跡を試験場にした。

 財宝ハンターである自分について来れるかを測るためである。

 

 どうせ金は出ないのだ。ならば代わりに少しぐらい私情を挟んでも構うまい。

 むしろソレぐらいの役得がなければ、試験官など受けようと思わなかっただろう。

 

「すぐに戻ってこないなら、トップは10時間後ぐらいかしらね。」

 

 渡したランタンは明かりが最低限の物。遺跡の中はトラップで満載。

 念能力者でなければ、探索には大いに時間がかかるはずである。

 

 

 

 そうして部屋でダラダラ過ごすこと10時間弱。

 外では日が落ち始め、砂漠の空に星が輝き出した頃にそれは起こった。

 

 ――突如、飛行船全体が【円】に包まれたのだ。

 

「えっ、なに。これは……念のオーラ?」

 

 リンは慌ててベッドから飛び起きる。

 そのまま急いで部屋から出れば、廊下には慌てて駆けてくる職員がいた。

 

「ビーンズ! 何があったの?」

 

「緊急事態です! 船が、飛行船が燃えています!!」

 

「……とりあえず協会に連絡を! その後は外に脱出しなさい!!」

 

 リンは職員達に脱出を指示すると、すぐに火元へ向かった。

 辿り着いたのは機関室。そこに有ったのは壊れたエンジンだ。

 しかもそれはそのまま動き続けており、炎と煙を吐き出し続けながら暴走していた。

 

(ちっ、これはもうダメね。)

 

 リンは一瞬で止めるのは不可能だと悟る。次いで少しでも炎上を遅らせる為、エンジンを念弾で吹き飛ばすことに決めた。それには膨大なオーラを放出する必要があったが、プロハンターで熟練の念能力者であるリンならば容易い。しかも放出系のリンにとって、念弾は得意中の得意である。

 

「ああもう、誰よこんなことしやがったのは!!」

 

 リンは両足を開き腰を落として踏ん張り、両手を右腰の横で構えた。それはまさにカメ○ハ波の構え。全てのオーラが両手に集中し、ボールサイズの塊へと圧縮されていく。

 

 だがその念弾が放たれることはなかった。

 

 ――ブスリッ!!

 

「はぅあ!?」

 

 今まさに放たんとした寸前、半出しの()()に強烈な衝撃が走ったのだ。

 集中が阻害され、集めたオーラは放たれること無く霧散した。

 

 すぐに首を曲げ確認すれば、刺さっていたのは病院で使われる注射器だった。

 後ろから飛んできたそれは、中身は不気味な液体が満ちていた。

 

(やばっ、これたぶんダメになるやつ……)

 

 リンの脳裏に昔ルビィと行ったハプニングバーの思い出が浮かび上がる。

 突発的なハプニングを楽しむ場を、酔って暴れてもOKだと勘違いして店を全壊させた日。酒が抜けた後は、丸1日土下座しっぱなしだった。その後にどちらのせいかでルビィと争い、隣の店までも全壊させたのは苦い記憶である。

 

(あれ、なんで今あの時のことが……)

 

 それは俗に走馬灯と呼ばれるものだった。

 注射器は何らかの念能力によるものか、自動で中の液体を押し込んだ。

 

 その度に頭に靄がかかっていく。それはまるでリン自身が消えていくようだった。

 リンは必死に足掻こうとしたが、意識に反して体は動かなかった。

 

 だから最後に、どうしても気になったことを口にした。

 

「どうしてお尻に刺すのよ……」

 

 その言葉を最後にリンは意識を失い、飛行船の炎上を止められる者はいなくなった。

 開けたままだったドアからは一人の受験生が顔を出し、リンを担ぎ上げて別の場所へ運んでいった。リンの最後の問いに答えながら。

 

「――そこに尻があるからさ(お尻フェチのこだわり)」

 

 

 

 

 

■□■□■□■□■□■□

 

 

 

 

 

「おいおい、こいつぁひでぇな。」

 

 遺跡から出た私達――私、マロさん、イルミ、バショウの4人。

 まるでRPGのパーティのように合流した私達は、村の入口まで急いで駆け、燃え続けるオアシスの前で足を止めていた。

 

 炎は砂漠の風に吹かれて燃え上がり、建物を容赦なく灰に変えていく。

 村は巨大なキャンプファイアーの会場となっていて、もはや消火は不可能だ。

 

「一体何が起こっているでおじゃ?」

 

 第三次大戦かな? いやこの世界じゃそんな事やってる余裕なさそうだけど。

 流石にハンター試験でも、リゾート地を丸々燃やして『実は試験の一環でした、テヘ☆ペロ』なんてことはやらないだろう。……やらないよね? つまりこれが何らかの緊急事態であることは明らかだ。

 

「どうするの?」

 

 イルミがどうでも良さそうに呟く。私も村自体はどうでもよかった。

 

 というのも、実は私は村(街)が燃える様を見るのは初めてじゃない。

 転生する前の地球でも、一度だけ燃えあがる首都から脱出した事がある。

 

 仕事で某国を訪れた時、たまたま内乱に鉢合ってしまったのだ。

 そこかしこで警備隊と市民がぶつかり、火炎瓶や手榴弾が爆発して建物を焼いた。

 それは地獄のような光景だったが、しかしその時と今では決定的に違うことが有る。

 

 ――地球では()()()は出てこなかった。

 

 

 

「うひひひひゃひゃひゃひひひ……!!!」

 

 奇声を挙げながら物陰から飛び出してきた人物に対して、容赦なくサブマシンガンの引き金を引く。銃口から9mmパラペラム弾が1秒間に20発も発射され、容赦なく相手を蜂の巣にした。

 

「い、いきなり撃つでおじゃるか。」

 

 そりゃあ撃ちますとも。だって相手は明らかに正気を失っていた。

 眼は血走り、口は垂れた涎でグチャグチャ。おまけに左足はあらぬ方向に折れ曲がった状態で、手には血のべったり付いた斧を持って近づいてきたのだ。

 

 むしろ撃たない理由がなくね? たとえソレが()()()()()村のお姉さんでも。

 

 ていうかなんで村がバイオってんの? ようやくこの試験も終わりだと思ったのに。

 これ絶対に誰かがフラグ建てたせいだよ!!

 

「はーい注目。遺跡で"もう試験は終わった"とか"合格余裕"とか言った人はいませんかー?」

 

 私は片手をあげ、教師っぽいポーズを取りながらチラっと3人を見渡す。

 すると全員が視線を反らした。あっ、これ全員だわ。

 

 イルミとバショウもプイっと顔を反らしてる。お前らそういうキャラじゃねーだろ。

 

「い、今はそんな事を言ってる場合では無いでおじゃろう。」

 

 そっすね。私達も盛大にフラグ建てたもんね。でもこんなことならもっと沢山建てとけばよかった。そうすればきっとギャグ扱いで無効化されてたはずだ。だが今さら後悔しても遅い。

 

「それでどうすんだ? このまま村の中を通って飛行船まで行くか?」

 

 村は50人程度しか住んでいないので、建物はそれほど多くない。

 それにいざとなればオアシスに飛び込めばいいので、服に火が燃え移っても焼死することはないだろう。

 

「そうじゃの。どちらにしろ試験官は探す必要があるからの。」

 

 3次試験の合格条件は、飛行船にいるリン試験官にダイアを渡すこと。

 そして飛行船はオアシスを挟んで反対側。このまま村を抜けるのが最短ルート。

 

 だが問題は村を丸ごと包み込む形で【円】が展開されている事だ。

 その半径はざっと200メートル以上。中心は恐らく飛行船の真下だろう。

 私達がここについた瞬間に展開された事から、犯人はコチラに気づいている。

 

「まぁその飛行船も盛大に燃えておるがの。」

 

 飛行船は大型だったので、ここからでもボウボウ燃えている様がよく見える。

 それでもプロハンターは全員が念使いだ。火事ぐらいで死ぬとは考えづらい。

 

 【円】で把握されてしまうが、ここは速度を取るべきだろう。

 

「ではこのまま突っ切って、飛行船の下まで行きましょう。」

 

 その後の作戦は、高度な柔軟性を維持しつつ臨機応変に。

 個人的にはとっとと合格をもらって、次の4次試験の会場に行きたい。

 無理かな? たぶん無理だろうなぁ……。

 

「決まったんなら、とっとと行こうぜ。」

 

 方針が決まった私達はすぐに行動を開始する。

 

 途中で村人っぽいのが襲ってきたが全員殺した。

 みんな正気を失ってたし、体中に火が付いていたのでどうせ死ぬ。

 こんな状況では助けようがない。

 

 そうして私達は火に気をつけながら、村の中を飛行船に向かって走り抜けた。

 

 

 

 

 

 

■□■□■□■□■□■□

 

 

 

 

 

 飛行船の下に辿り着くと、そこには複数の人が折り重なるように倒れていた。

 飛行船に乗っていた協会の職員さん達だ。驚くことにこの3次試験の担当であるリン試験官の姿もあった。

 

 だがその様子は明らかにおかしい。特に仰向けで倒れている試験官。

 彼女は白目を剥き、体中から液体を垂らしながらビクビクと痙攣していた。

 

 ぶっちゃけその姿は凄くエッチだった。男だったら股間がスタンダップしてたかもしれない。

 その証拠にマロさんとバショウは前かがみになっている。

 

 しかし油断はできない。こんな状況だが、一人だけ倒れていない男がいた。

 燃える飛行船をバックに、腕を組んで堂々と仁王立ち。

 上半身には肉襦袢を装備し、下半身は黒いスパッツを履いている。

 

「やぁ、遅かったな。」

 

 それは私達と同じ受験生の一人。遺跡の中で話題にあがった男――キャシャリン軍曹だ。

 

 

 

 ……コイツが犯人じゃね?

 

 そう思った私はすぐにサブマシンガンの引き金を引いた。

 試験官が倒れている以上、【円】を展開しているのはこの人で間違いない。

 ならば遠慮する必要はない。

 

 銃口から2秒弱で50発の弾丸が発射され、軍曹に雨のように降り注ぐ。

 併せてイルミが針を弾丸以上の速度で投げ、バショウは懐から色紙を取り出して読んだ。どうやら書き置きしていた句でも使える模様。すぐにバショウの両手からニョキニョキとウルヴァ○ンのような爪が生えた。

 

 だが軍曹は展開していた【円】によって全てを感知。

 マト○ックスのような動きで銃弾と針を避けると、接近して殴りかかったバショウを逆に蹴り飛ばした。

 

「いきなり撃ってくるとはな。」

 

 そのままキャシャリン軍曹が口を開く。吐き出された言葉こそ非難じみていたが、驚いた様子は全然ない。

 

 いやだってどうみても敵でしょこれ? なら話しかける前にぶっ放すのは当たり前だ。

 ゲンスルーが『疑わしきは爆する』と言っていたように、この世界では疑わしい者は殴られてもしょうがないのだ。

 

 間違いだったら? その時はごめんなさいしよう。

 シズクちゃんのラブリー笑顔なら、謝ればきっと許してくれるでしょ(ゲス顔)

 

「一応、倒れている職員は人質のつもりだったのだがな。」

 

 えっ、それ死体じゃなかったの? でもその人達って朝にあったばっかりだし。ほとんど話したことないし。

 それで人質とか言われてもね。そのなんだ、ちょっと困る。助ける気にならない的な意味で。

 

「これはどういう事でおじゃるか? のう、キャシャリン軍曹。」

 

 初動を躱され、そのまま隙を窺っていた私達。

 そんな中、唯一様子を見ていたマロさんが軍曹に問いかけた。

 丁度いいので、私はその後ろでこっそりとマガジンを交換する。

 

「ふむ、どうもこうもない。()()()()()。それだけだよ。」

 

 帰ってきたのは元軍人さんだけあってシンプルな答え。

 

 でもまじで? 試験官までやっちゃうとか、ちょっとはっちゃけ過ぎじゃない?

 まぁどうせ理由は聞いても教えてくれないだろう。こんな事をしでかすやつだ。どうせ碌なもんじゃない。さっさとぶち殺さなきゃ。

 

「理由は? 理由はなんでおじゃるか?」

 

「むしゃくしゃしてやった。反省はしている。とでも言えば満足かな?」

 

 それでもマロさんは聞くようだ。

 そっかー、むしゃったかー。じゃあしょうがないね。殴っていいかな?

 

「というのは冗談で、本当はハンター協会に復讐するためだ。」

 

「わりぃ、すまんがそれ来年にしてくれねぇか?」

 

「ダメに決まっているだろう。常識的に考えろ。」

 

 ですよねー。バショウのお願いはあっさりと却下されてしまった。

 

 だがいいぞ。これだけ派手にやったのだ。

 すでにハンター協会へ状況は伝わっているだろう。

 

 つまりこのまま時間を稼げば、原作2次試験のようにネテロ会長がやってくる可能性が高い。

 そしてバショウもその事に気づいている。でなければあんなアホなことは言うまい。

 

「あの、復讐ってどういう事ですか?」

 

「良いだろう、冥土の土産に教えてやろう。」

 

 そんな訳なので時間稼ぎに詳細プリーズ!! してみると、軍曹はなんか普通に語りだした。

 嘘だろお前しゃべるの? まじで? もしかして聞いてほしかったのかな?

 

「元々、私は特殊部隊の出だ。国に忠誠を誓った兵士だった。

 国王から国の誇りだと言われ、雑誌の表紙を飾ったことすらあった。」

 

 軍曹がノリノリで話しだしたので、今のうちに武器の交換を試みる。

 未だに【円】は展開されたままだ。なので行動は把握されるがしょうがない。今は装備を整える方が大事だ。相槌はマロさん辺りがやってくれるだろう。なんか聞き上手っぽいし。

 

「このまま国のために働き、その結果が国をよくしていくのだと信じて疑わなかった。

 そう、私達を邪魔だと思った政治家がハンターを雇い、そのハンターが100倍の成果を上げるまではな。」

 

 マロさんの背中に隠れ、こっそりとデメちゃんを具現化。

 ゲートを開いて短機関銃(ウージー)を仕舞い。代わりに私の切り札その1――汎用機関銃MG42を取り出す。

 

「……周りの全てが手のひらを返した。

 国王すら『もう全部ハンターでいいんじゃないかな?』等と言いだした。

 同調した大臣等により、あっという間に部隊は解散になった。」

 

 さらにマガジンを変えておく。チーム戦だと射線の関係で撃ちっぱなしという訳には行かない。

 ゲートを開きっぱなしにするとオーラの消耗が酷いので、長期戦も考慮して単独のマガジンの方が良いだろう。

 

 機関銃(MG42)からゲート越しに部屋の弾帯に繋がっているベルトリンクを外し、代わりに100連発装填のドラムマガジンを取付ける。銀お姉さんに師事して練習した動作だ。淀みなく動いた手は、おおよそ1秒弱でマガジン交換を終了させた。

 

「おまけに国の保護を失った隊員達は情報が漏れ、復讐されて一人ずつ死んでいった。

 生き残ったのは私だけだ。麻薬に溺れて捕まっていた為、見せしめも兼ねてそのままにされたのだ。」

 

 最後にコッキングレバーを引き、初弾を装填。これでこっちの準備は整った。

 よかった、準備が終わる前に話が終わらなくて。

 

「分かるかね? 私にはもう何も無いのだ。せっかく収容所で目覚めたこの力(念能力)も、使って守る相手はもういない。」

 

 で、なんだっけ。交換に集中してて半分ぐらい聞いてなかった。

 まぁたぶん、ハンターがやり過ぎて仕事無くなったふざけんな!! ってことだよね。

 

「だからどうせなら嫌がらせでもしてやろうと思ってな。リゾート地が一つなくなれば、いかにハンター協会とて政治的な責任は逃れられないだろう。」

 

 そう言えば原作でもカイトの仕事について『調査機関の200年分に値する』って言われるシーンがあった。私はハンターすげーと思うと同時に、200年分の仕事が無くなっちゃったんだ。調査機関乙w とも思ったものだ。

 

 まぁこういうのは極論すれば出来ない側が悪い、という事になる。

 予算が有限である以上、コスパが優先されるのは当たり前のこと。

 1回雇うだけで100回分の仕事が終わるなら、専用部隊なんてイラネ、ってなってもしょうがない。私が政治家でも喜んで解散させる。

 

「残念だが、君たちもその犠牲になってもらう。……OK?」

 

「OK!!」

 

 ちょうどよいタイミングで話が終わった。

 私はマロさんの背から飛び出して、遠慮なく汎用機関銃(MG42)の引き金を引く。

 

 陣形は私とマロさんを中央に、バショウが左、イルミが右に位置どった。

 私の銃撃に巻き込まれないためだろう。

 

 ついでにマロさんにその場で伏せ、タイミングをみて離脱するように伝える。

 いくら武芸の達人でも、念能力が使えないのでは足手まといだから。

 

 対してキャシャリン軍曹は【円】を止め、オーラを肉体強化に回して器用に弾を避ける。

 予想以上に動きが速い。これは強化系か、その両隣の系統だろう。接近されると厄介だ。

 

 私は弾を温存するため一旦トリガーから指を離す。

 チッ、砂漠だと砂塵が上がって邪魔だ。姿が見えづらくなるため撃ちっぱなしに出来ない。

 

 代わりにバショウとイルミが接近戦を仕掛けた。

 イルミは隙を窺っているのか牽制程度だが、バショウは驚くほど動きが速い。

 先程避けられたので、今度はスピード重視に切り替えたのだろう。

 恐らく自身を加速させる句を読んだのだ。バイクで地下通路を走ったときのように。

 

(うーん、どうせなら相手の動きを止める系の句を使ってほしいんだけどなぁ)

 

 と思ったものの、この状態で温存はしないだろうから、恐らく出来ないのだろう。

 よく考えたら"読み誌した句を実現する"って汎用性高すぎるし、何らかの制限があるはずである。

 

 原作の使用シーンも踏まえて考えれば、可能性が書いのは"近距離限定"。

 もしくは"生物に効果を与えるには読んで内容を理解させないとダメ"といった辺りだろうか。

 もしかしたら両方かもしれない。

 

(これはもう近接要員として扱った方が良さそうだね。)

 

 頭の中でこっそりバショウの評価を下方修正。

 私は何時でも援護が出来るように備えつつ、念の為に全力で【練】を行った。

 

 今の私は闘技場に登録した頃よりかなりオーラが増えている。

 これなら攻撃を受けても、ある程度ダメージは軽減できるだろう。

 

「いい【練】だ。まだまだ発展途上だがな」

 

 しかし相手が隠していた実力は私の予想以上だった。

 軍曹は再び二人の攻撃を華麗に捌くと、距離を取って構えながら更にオーラを滾らせた。

 

「!?」

 

 その瞬間、私は息を呑んだ。目の前で行われた、恐らく軍曹の本気の【練】。

 それにより相手が纏ったオーラは、私の何倍もあろうかという量だった。

 

「まじかよ……」

 

「……」

 

 その圧に当てられたのか、イルミとバショウも距離を取る。

 バショウは冷や汗をかいているが、イルミは不思議そうに首を傾げてしきりに手を開閉していた。

 なにか気になることでもあったのかな? まぁゾルディックだし、なんかの儀式でしょ(適当)

 

「ほう、やる気は失わんか。」

 

 しかしまだだ、まだ終わっていない!! 確かにこれがタイマンなら勝ち目は薄いだろう。

 だが今の私は一人じゃない。ココには一緒に試験を乗り越えた頼もしい仲間達がいる。

 

 それにどれだけ強くても念戦闘は相性ゲーだ。3対1ならきっと余裕。

 

 ……すごい。もう何も怖くない!!

 

(絶対にチ○コもいで逆マミさんにしてやる!! せっかくクリアした試験をむちゃくちゃにしやがって!!)

 

 私は怒りによってさらにオーラを滾らせる。

 

 こちらは私かイルミが一発当てればほぼ勝ち。

 オーラを増した軍曹は更に早くなるだろうが、接近戦はバショウに任せれば良い。

 

 私は再び汎用機関銃(MG42)を発砲し、それをきっかけに再び全員が戦闘に入った。

 

 だがやはり弾は当たらない。汎用機関銃は圧倒的な射程と速度だが、その攻撃はあくまで直線的。

 軍曹は念によって強化された動体視力と反射神経を用いて、数多の戦闘経験から銃口の向きとタイミングを見切り、撃たれる前に射線から身を反らして避けているのだ。

 

 ちっ、やはりこのクラスの能力者が相手だとただ撃つだけでは有効打にならないか。船のような閉鎖空間なら驚異になるのに。ここはもう割り切って回避方向を限定させたほうが良いかも知れない。イルミなら動きが読めれば一発で決めてくれるはずだ。

 

 ……と思ったが予想に反して、私以外の2人の動きが鈍かった。

 

 特にバショウは意識が切れたかのように体を傾かせ、そのまま砂の上に倒れ伏した。

 よく見れば、マロさんも伏せたまま動く様子がない。

 

「!?」

 

 軍曹はその隙を逃さない。明らかに速度が落ちたイルミの針を躱して接近。驚いた私に容赦なく左足で蹴りを放った。

 

 私はとっさに持っていた銃を盾にする。銃口が折れ曲がり、出口を塞がれた銃弾が中で暴れて破裂した。私は衝撃で飛ばされ、砂の上を転がった。

 

(一体何が?)

 

 起き上がりながら慌てて現状を把握する。

 汎用機関銃(MG42)は銃身が半ばから折れていた。これではもう撃つことは出来ないだろう。

 

 切り札その1をアッサリ損失したことに苛立ちが募る。

 だが幸いなことに体は無事だ。左腕は多少火傷しているがまだ動く。

 

「ふむ、何が起こったか分からない。といった顔だな。これは私の発によるものだ。」

 

 どういうことだ? 戦闘が始まってから私はずっと凝をしていた。

 軍曹は何か能力を使った様子は無かったのに。

 

「ところで君は麻薬を使ったことがあるかね?」

 

「はっ、あるわけないじゃん。ついでに今後もやる予定はないよ。」

 

 もし変な影響が出て、シズクちゃんのプリティボディが育たなくなったらどうすんだ?

 お前責任とれんのか? あぁん??

 

「使用法としては溶かした物を注射器で打ち込むのがメジャーだ。だがもう少しお手軽な方法として"そのまま粉末を吸い込む"という形があってな。」

 

 麻薬? 粉末を吸い込む?

 

「ってまさか」

 

 もしかして、こいつが【円】を行っていたのは……

 

「気づいたようだな。私の【発】、【夢の始まり(ハッピーセット)】はオーラ(の特性)を麻薬に変える能力だ。更に【円】を併用することで空中に飛散させることも出来る。まぁオーラを体から離すと効果が落ちるし、その分だけ症状が出るまで時間がかかるがな。」

 

 なるほど。ご丁寧にベラベラ喋ってたのはこのためか。

 おかしいと思ったんだ。あまりにも二人の攻撃が当たらないし。

 

 だが最初から不調だったならば納得だ。

 恐らく思考が鈍って攻撃パターンが単調になっていたのだろう。

 

 村まで丸ごと【円】で覆ったのも、きっと私達に少しでも多くオーラを吸わせる為。

 

「ガスマスクで君だけは無事だったようだが、その三人はしばらく動けんよ。それにもう少し進行が進めば、凶暴性が解放されて暴れだす。その後は暴力の虜になり、最後は人格の崩壊だ。オアシスの村人達のようにな。」

 

 あのゾンビもお前のせいかよ!! マジでやりすぎだろコイツ。

 

 でも言ってることが本当ならこの能力はやばい。

 他2人はまだしも、イルミまで影響を受けている。つまり通常の毒耐性は効果が薄く、吸い込んでしまえばその時点でほぼ敗け。なんてひどい初見殺し。

 

「そしてこれが私のもう一つの【発】。」

 

 軍曹の右手にオーラが集まっていく。

 それはある程度の塊になると圧縮され()()()の形となって具現化された。

 見るからに針が大きい。刺されたら一発で気持ちよくなっちゃいそう。

 

「麻薬と化したオーラを圧縮して撃ち込む注射器。

 相手を即座に中毒(幸せ)にする能力――【幸せの魔法(ドナルドマジック)】」

 

 軍曹は見せつけるように注射器を握り、こちらにゆっくりと歩いて近付てくる。

 

「――さぁ、君も一緒に幸せ(中毒)になろう。」

 

「なるか馬鹿っ!!」

 

 くっそ、某ハンバー○ーチェーンに喧嘩を売るような能力名を付けやがって!! 私まで訴えられたらどうすんだ? あなたの人生も一緒にBANしましょ、ってか?

 

「ふざけやがってぇ!!!」

 

 私は即座に足にオーラを集めてバックステップ。ついでに砂を蹴り上げて目潰しにする。

 同時に左手で胸に付けていた手榴弾3つ放る。私と軍曹の直線状に置くように投げ、すぐに右手で自動拳銃を抜いて発砲。

 

 狙いは投げた手榴弾の一つだ。相手に回避運動を取らせつつ、芯を撃ち抜いて起爆させた。軍曹の手前で破片手榴弾が爆発し、続けて誘爆により催涙ガスと煙幕が辺りに拡散する。

 

 更にイルミも諦めずに針を投げる。さすがゾルディック家の長男!!

 残念ながら投げ終わるとイルミは倒れてしまったが、一瞬でも気をそらしてくれたのは十分な援護だ。

 

「――ちぃ!!」

 

 これは流石にマズイと思ったのだろう。軍曹は注射器でイルミの針を弾きながら横に飛び、ガスの影響化から脱した。だがソレこそ私が望んでいた動き。飛んだことで一瞬だけ動きが固定される。

 

(――ココだ!!)

 

 私は勝ちを確信して自動拳銃(デザートイーグル)を連射する。頭と心臓はきっちりガードされているので狙えない。

 だが元より私が狙おうとしたのは別の部位だ。天空闘技場で()()()()()()()は、例え強化系でも防ぐことは出来ない。

 

 右手の自動拳銃が火を吹き、重い金属音が鳴り響いた。

 残り6発の弾丸が一瞬で撃ち出され、全てが相手の()()に吸い込まれていった。

 

 しかし……

 

 ――カン! カン! カン! カカンッ!! カンッ!!

 

「……はっ?」

 

 放った銃弾は全てが()()()()()()、あらぬ方向へ飛んでいってしまった。

 

 何が起こったのか分からない。

 私が撃ったのは小さな22口径じゃない。50口径の大威力弾だ。

 例え純粋な強化系だろうと、チ○チンで防ぐのは不可能なはず。

 

「惜しかったな。」

 

 あまりの事態に私が呆然としていると、キャシャリン軍曹は一歩私に近づいた。

 銃弾でゴムが切れてしまったのか、履いていたスパッツがずり落ちる。

 丸見えになった股間は、驚くことに()()に輝いてた。

 

「……って灰色ぉ??」

 

「知らないかね? これは特殊部隊時代の知恵でな。"金的ファールカップ"という。」

 

 ファールカップ。それはチ○チンとタマ○マを守る為に作れた専用の防具。

 男の弱点を克服すべく、長い年月をかけて作り上げられた人類の英知の結晶。

 主に野球で股間丸出しで構えるキャッチャーが装着する物。

 

(や、やろう。なんかすごいオムツ履いてやがった!!)

 

 本来はプラスチックで作られるファールカップだが、色と音からしてキャシャリン軍曹が付けているのは恐らく鉄製。念で強化されたそれは、驚くことに50AE弾すら弾く強度になっていた。

 

「では続きだ。」

 

 軍曹は自慢気に腰をクイクイと動かしながら、容赦なく注射器をぶっ刺そうとしてくる。

 その姿は、幼女にお医者さんゴッコを強制しようとするロリコンのよう。

 

(おまわりさんコイツです!!)

 

 私は脳内のおまわりさんにセルフ通報して心を落ち着ける。

 

 状況は最悪だ。手持ちの武器をほとんど損失し、残っているのは閃光手榴弾が1個だけ。

 本来なら逃げて仕切り直すところだが、しかしイルミだけは見捨てられない。それをやると例えここで生き残っても未来はない。

 

 だってイルミが死んだらきっと一生ゾルディック家と鬼ごっこだ。もしくは捕まって拷問室行き。それはちょっと勘弁してほしい。しょうがないので、苦肉の策として飛行船から離れるように移動する。

 

(ダメだ。何とかして隙を作らないと……)

 

 それからの私は防戦一方だった。

 捕まえようと伸ばされた左手に弾切れの自動拳銃を叩きつけて撃退。牽制で放たれた軍曹の右中段蹴りをしゃがんで躱す。更にぶっ刺そうとしてきた右手の注射器は、とっさにデメちゃんを具現化して防ぐ。

 

『んぎょぎょーーー!!?』

 

 盾代わりにされ、いきなり注射器をぶっ刺されたデメちゃんが悲鳴を上げる。

 針先から強制的に軍曹のオーラ(麻薬)を注ぎ込まれ、防ぐ度にデメちゃんはブクブクになっていく。何度か繰り返すと、最後は内側から破裂してしまった。

 

(ぎゃあああ、私のデメちゃんがぁ!!)

 

 そうしてしばらくすると体勢が崩れ、倒された状態で踏みつけられた。

 体は仰向けで大の字の状態。体の中心を左足で踏まれて体重を掛けられ動けず、私は砂漠に固定されてしまった。

 

「どうやら決着のようだな。」

 

 そう、確かに決着の時だ。でもまだ諦めるには早い。

 私は怖がってる振りをしながら両手を顔の前で組み、こっそりとデメちゃんを具現化する。

 

 軍曹の予想以上の力にかなり追い詰められてしまったが、実は私にはまだ()()()()()()切り札が残っている。ただしこれは()()()()だ。外せばたぶん私は死ぬ。

 

(まだだ、まだ引きつけろ。ギリギリまで堪えるんだ。)

 

 何時ものように心を沈め、バレないように集中してタイミングを図る。

 

 私を踏みつけたまま、キャシャリン軍曹が右手を構える。

 注射器を刺そうと前屈姿勢になり、私と軍曹の距離が近づいた。

 

(いまだっ!!)

 

 その瞬間、私は自分の()()()に具現化していたデメちゃんでゲートを開く。

 繋いだ先は闘技場の部屋の一室、そこには一丁の銃が()()()()されていた。

 

 ――対物狙撃銃(アンチマテリアルライフル)、バレットM82である。

 

 12.7ミリ弾をセミオートで連発出来る、有効射程2キロの化物銃だ。

 トリガーには自動発射装置が付けれており、ゲートを開けば即座に発射されるようになっている。

 

「モガモガモガァ!!」

 

 私は限界まで口を開く。その中で更にデメちゃんがヒョッコリと口を開き、その先のゲートから銃弾を吐き出した。

 

 機関銃(MG42)の5倍以上の威力の弾だ。連続で発射された11発の弾丸はガスマスクの口部分を吹き飛ばしながら飛び出し、突然のことで避ける事が出来なかった軍曹の体に風穴を開けた。

 

「なん……だと……ゴフッ!!」

 

「モガガガァ!!(やったぜ!!)」

 

 軍曹は撃たれた衝撃で後ろに倒れ込んだ。

 流石、対物狙撃銃(アンチマテリアルライフル)だ。威力マジぱない!!

 

 これが私の切り札その2。

 デメちゃん越しに撃つから命中率に難があるが、その分当たればイチコロだ。

 しかも今回は不意をうつため、口の中にデメちゃんを具現化した。

 

(でも出来れば使いたくなかった。)

 

 ひどい撃ち方だ。下手したら私の前歯が全部吹き飛んでた可能性もあった。

 

 しかも闘技場には爆音が鳴り響いていただろう。

 数発とはいえ、対物狙撃銃(アンチマテリアルライフル)をぶっ放したのだ。もしかしたら今頃は大慌てで職員さんが部屋に踏み込んでいるかもしれない。

 

「ふふふっ、でも私の勝tウオロロロロロロ……」

 

 私は立ち上がり、口の中のデメちゃんと胃の中身を吐き出す。

 数秒とは言え口に金魚を詰め込んでいたのだ。地球で死んだ時のトラウマを思い出して最悪な気分になる。その上、嬉しそうに振られる尻尾が喉奥をビチビチと刺激して気持ち悪かった。

 

 そうして吐き終わってから軍曹を見れば、彼の体はボロボロだった。

 

「うわー、なかなか面白い格好になってるね。」

 

 特に左半身が酷い。左腕と左足は千切れ、左脇腹には大きな穴が開いていた。

 でも狙ったのは心臓なので、これではやはり精密射撃は無理そうだ。

 

「うぐぐぐ、わ、私はま、まだだ。」

 

 だが、そんな状態でも軍曹はまだ諦めていなかった。

 彼は残っている意識を繋げ、むりやり自分の首筋に注射器を刺す。

 

 中の液体が自動で押し出され、彼の体にどんどん注入されていく。

 すると出血が止まった。さらに軍曹の体がまるで戸○呂弟のように膨れ上がり、肉襦袢が内側から弾け飛んだ。

 

「うわー、まだそんな【発】を残してたんだ。」

 

 恐らく軍曹の最後の【発】だ。ラリるほど強くなる、とかそんな能力だろう。

 変化系(麻薬化)をベースに、具現化系(圧縮注射器)、強化系(ラリってパワーアップ)とバランスよく能力を作ってやがる。

 

(その合理的思考を別の方向に使えばよかったのに。)

 

 だが吹き飛んだ左半身はそのままだ。流石に欠損した部位は治らない模様。

 当たり前だが失った血液も戻らないようで、これ以上動く様子は無い。

 

 ならばもはや逆転はありえない。

 私は油断せず軍曹にトドメを刺す準備を始める。

 

「軍曹さん聞いてもらえますか? 私、昔から言ってみたいセリフがあったんです。なんだと思います?」

 

 壊れたガスマスクを外し、笑顔で軍曹に問いかける。

 

 軍曹の右手に気をつけながらその場で1メートルのデメちゃんを具現化。

 そしてゲートから愛用のバイク――()()()()()を取り出す。

 

 一体何を? そう視線で告げる軍曹。私はそれを無視して話を続けた。

 

「それはね――死なばもろとも、だよ。」

 

 ただし、死ぬのはお前一人だけどな!!

 

「!!?」

 

 私の言葉でこれから起こることを察したのだろう。キャシャリン軍曹の眼が見開かれた。

 

 ふむ、やはりまだやる気だったのか。

 近づいたら最後の力を振り絞って右手を振るつもりだったのかな?

 でも私は余裕ぶっこいて軍曹に近づいたりはしない。

 

 私はその場でバイクの調子を確かめるとハンドル中央部のカバーを開き、その中に躊躇なく右手を叩きつけた。"こんな事に巻き込みやがって!!"という怒り共に。

 

 中にあった"ニトロ"と書かれたボタンが押下されたバイクは、異音を発しながらブルブルと震えだし、私はそのバイクを軍曹の方に蹴り飛ばして全速力でその場から離脱した。

 

 ……そしてバイクが軍曹にぶつかった瞬間。

 

「た~まや~♪」

 

 パッソル改は巨大な爆発を引き起こし、夜の砂漠を明るく染めた。

 雷のような光と音で周囲を満たされ、灰となった軍曹の体は砂漠の風に吹かれて空を舞った。

 うん、やっぱ念能力者は念入りに殺しておかないとね!!

 

 

 こうして3次試験中に起こった事件は幕を閉じた。

 あとに残ったのは燃え尽きた村と飛行船、そしてラリった村人と目を覚まさない協会の職員達。

 私は飛行船の下に戻って助かりそうな人を助け、砂の上に腰を下ろして夜空を見続けた。

 

「砂風や 混ざり起るは 薬の乱

 

 そに残るは 不祥事のみかな

 

 くすりだめ ぜったい。 ……字余り。」

 




読んでくれて有難うございます。実質的なボス戦でした。
ハンター試験編は次で最後になります。

軍曹「注射器で不意打ちよー。ランゴスタアタック!!」
リン「お尻を刺されたんご。虫プレイは勘弁してクレメンス。」
ビーンズ「焼き豆になっちゃった。」

■キャラクター紹介
・キャシャリン=ドナルド(変化系) モデル:磯辺強(すごいよマサルさん)
元ワカメ王国の特殊部隊―ザ・セクシーの部隊員。
逆恨みから試験中のリゾート地でテロを起こした。ハンター協会涙目。

念能力:
1.《夢の始まり(ハッピーセット)》 変化系。オーラを麻薬のような性質に変化させる
2.《幸せの魔法(ドナルドマジック)》 具現化系。オーラを圧縮する注射器を具現化
3.《満員御礼(マックスドナルド)》 強化系。ラリるほど強くなる
※能力名は某バーガーチェーンとは一切関係ありません。

夢(幻覚)を見て、幸せ(多幸感)を感じ、満員(依存)に至る。
麻薬中毒になった経験と、軍人として培った合理的な思考が合わさり生み出されたバランスのよいクソ能力。割と初見殺し。何らかの形で摂取すると、意識の混濁→凶暴性の発露→暴力の虜→人格崩壊 といった風に症状が重くなっていく。


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第22話 立つ鳥が跡を濁す最終試験

暑すぎてトロけそうです。オマケに台風も来るとか。
今年は屋根が吹き飛ばないといいなぁ。


 軍曹を消し飛ばして10分ほど経つと、途中で倒れた3人――イルミ、バショウ、マロさんは動けるようになった。どうやらあの能力の持続時間は摂取した量に依存するらしい。

 

 その後は協力して倒れていた人たちの救助に当たり、やってきた協会の飛行船でまとめて回収された。残念ながら村の方は全滅だったが、協会の職員は半分が生き残った。リン試験官もだ。今頃彼女達は協会が運営する病院で治療を受けているだろう。

 

 そうした諸々があって現在。

 私達は次の試験会場へ移動中である。

 繰り返す、次の試験会場へ移動中である。

 

「やっぱ協会って頭おかしー。」

 

 そう、試験は当たり前のように続行された。これだけの不祥事を起こしておきながら。

 流石は天下のハンター協会である。分かってたことだが組織自体がめちゃくちゃ図太い。

 

 まぁハッカーハンターなんてのが居るのだ。きっと今回の事件も、何らかの情報操作が行われるのだろう。個人的には政治家に幾らバラまくのか興味が尽きない。

 

(裏でどんな取引をするんだか。まっ、試験が続行なら何でもいいけどね。)

 

 私が一番恐れていたのは今年の試験が中止になること。

 だってあんな高位能力者と戦って取り止めだなんて、骨折り損のくたびれ儲けだ。

 だからこればかりは協会の英断に感謝しかない。

 

(試験は後2つぐらいかな? 早く終わるといいんだけど。)

 

 そんな事を考えながら割り当てられた個室で寛いでいるとアナウンスがあった。呼び出されたのは軍曹と戦った時の4人。私は座っていたベッドから腰を上げ、指定された部屋へ向かった。

 

 

 

 

「失礼しまーす。」

 

 呼ばれた部屋の扉を開くと、中は4畳半の和室になっていた。

 床には畳が敷かれ、壁には”心”と書かれた絵が飾られている。

 

 中央には足の短いテーブルが一台。上には7人分の湯呑がある。

 向かい側には中央にネテロ会長が、その右にツェズゲラさん、左にルビィさんが座っていた。

 

「さっ、早く入りなさい。この人数だとちと狭いがの。」

 

 私達はゾロゾロと部屋に入室する。確かにこれだけ居るとちょっと狭い。

 それでも詰めて何とか全員が座ると、ネテロ会長は話を始めた。

 

「さて、ワシは協会会長のネテロじゃ。ついでにこの試験の最高責任者でもある。」

 

 知ってる。というかハンターファンでこの人を知らない人はいないだろう。

 感謝の正拳突き1万回。百式観音。蟻の王とのバトル。そして最後の散り様……一度でも読めば忘れようはずがない。

 

 そしてその実態は、最強の念能力者でありながら、他人に無茶振りをしまくるスーパーワガママおじいちゃん!!

 

(だがソレが良い!!)

 

 原作ではシズクと同じぐらい好きだったキャラだ。

 

 私は会長をじっくり見据え、殺気を込めながら全力で【練】を行う。

 ついでにデメちゃんも最大サイズで頭の上に具現化する。

 正面からの挑発だ。自重? やつならオアシスでバカンスしてるよ。

 

(さぁどうでる?)

 

 私はワクワクしながら会長の様子を窺う。だがこれは別に会長と勝負がしたい訳ではない。というかもし戦闘になってしまったら、ゴンさんでも無ければプチっと潰されて終わりだろう。

 

 私は少しでもいいから会長の念が見たいだけである。『研磨された針みたい』と言われてた練とか特に。

 

(ん~、ダメか。)

 

 しかし会長に動きはなかった。他の全員が臨戦態勢に入る中、一人だけ平然と座ったままだ。オーラも驚くほど"静か"。そこには一切の動揺が見られない。

 

(うーん、すごい。これが文字通り"年季の違い"ってやつか。)

 

 私の【纏】が風で揺れる稲穂だとすれば、会長のは巨大な樹木だろうか。

 ミョンミョン動きまくってる私達のオーラとはLVが違う。

 

「……気が済んだかの? ならばちと抑えてくれ。一人気絶しかけておるわい。」

 

「はーい。」

 

 みればマロさんが気を失いそうになっていた。おっといけね。

 

 私はすぐに【練】とデメちゃんを解除する。会長が動かないならこれ以上続ける意味はないからね。ついでに軽く謝っておく。

 

「ごめんなさい。」

 

「うむ、では始めるかの。」

 

 会長は場を仕切り直すと、何もなかったかのように話を再開した。マロさん大丈夫かな?

 

「まずは礼を言っておこう。お主らのおかげでうちの職員が助かった。迅速な救助を感謝する。」

 

 そう言いながら会長達3人は一度頭を下げた。

 その様子に私達受験生は驚く。もちろん私もだ。

 

 だってこれが出来る大人は強いから。必要なら躊躇なく『わざわざ俺らが頭下げたんやぞ? だからこの件はこれで終わりね』という武器を振り回せる、という意味で。

 

「残念ながら村の方は全滅じゃったが、それでもお主らが今回の件に尽力してくれたことは間違いない。」

 

 そうだね。今回はめっちゃ頑張った。

 なにげに本気で死ぬかと思ったのは、この世界に生まれてから初めてだった。

 

(でも個人的にはお礼より、何かの"形"で返してほしいなぁ。)

 

 地球のすごいバッターは言いました。『誠意とは言葉でなく金額』と。

 だからもういっそ合格にしてくれるとか。何ならライセンス2枚くれてもいいのよ?

 

「ついてはその功績を鑑み、お主達4人は残りの試験を免除することにした。つまりお主達にとっては、この面接が最終試験の代わりと言うわけじゃ。」

 

 まじで!? 流石ネテロ会長! 話が分かるぅ~!! 頑張って戦った甲斐があったぜ。

 

「良いのでおじゃるか? マロはただの足手まといだったでおじゃるが。」

 

 だがマロさんはちょっと思うところがあるらしい。

 

 くれるっていうんだから遠慮せずにもらっとけば良いと思うんだけどね。

 生真面目だ。念を覚えたら具現化系かな?

 

「確かに戦闘では役に立ったとは言えんの。じゃが回復してからは職員の救助に最も尽力してくれたと聞いておる。ならば問題なかろう。他の3人も文句はあるまい?」

 

 私としては異存はない。他の二人も同じようだ。

 てか麻薬中毒の処置法とか知らなかったし。そっちはほとんど大人二人に任せっぱなしだったからね。

 

 職員は麻薬化したオーラを長時間摂取させられていた。そのせいでなかなか意識が戻らなかった。だから知識のある人が居てくれたのは助かった。それに他の受験生は時間ギリギリまで戻ってこなかったし。

 

「ふむ、ではまずハンターになったら何をしたいかを聞かせてもらおうかの。番号の若い順からじゃ。」

 

 番号順か。てことは私は最後だ。

 ちなみに番号は163(イルミ)461(マロさん)893(バショウ)999(ワタシ)

 

「特に無い。」

 

 最初はイルミ。まぁ私の様子を見に来ただけっぽいしなぁ。

 てか今さらだけどライセンス取っちゃったよ。もうキルアと一緒に試験受けれないじゃん。これでまた一つ原作崩壊が加速した。まぁどうせ崩壊させるつもりだからいいか。

 

「マロは一から鍛え直すでおじゃる。実力不足を痛感したからの。」

 

 マロさんは鍛錬か。そういえばまだ念に気づいてないっぽいんだよね。

 まぁ裏の試験官がすぐ送られるだろうから、次に会う時には習得しているだろう。

 

「俺は植物のハンティングだな。幾つか使ってみたい葉っぱがあるんだ。」

 

 バショウは植物か。意外な答えだ。でも原作では"キレイなハッパ"とかいう合法麻薬作って特許まで取ってたっけ。あれ、じゃあコイツめっちゃ頭良いんじゃね? うーん、似合わない。けどこれは金の匂いがする。

 

「それでお主はどうじゃ?」

 

 そして最後は私だ。

 

「そうですね、強いて言えば……私も修行かな? 他にもやりたいことはありますけど。」

 

 誰がなんと言おうが、この世の中心は暴力だ。どんな聖人でも頭を弾かれれば終わり。どれだけ言葉で着飾っても否定することは出来ない。暴力は大きければ大きいほど良い。

 

「ふむ、しかし此度の犯人はお主が最後に一人で倒したと聞いておるが?」

 

「それでも全然足りないです。」

 

 私が勝てたのはガスマスクで麻薬化したオーラを吸わずにすんだから。あと不意打ち出来る能力を持っていたからだ。つまりたまたまである。これではとても俺Tueee!! なんて思えない。

 

「もっと強い暴力を身に付けて、その暴力でお金を稼いで、お金で政治家に恩を売って傀儡にして権力を握るんです。……そうするとほら、大抵のことは出来るようになるでしょう? だからもっと修行して稼がないと。」

 

 具体的にはまず賞金首狩り。お金と戦闘経験を稼げて一石二鳥。

 んでお金が溜まったら島でも買って本拠地を作る。

 それから金策の為に会社起こして権力者にコネを作って。

 あとは金と暴力でじわじわ支配を広げていくって感じ?

 

 我ながらスカスカのフローチャートで嫌になるが、まあ全てはこれからだ。

 今後はライセンスでどこでも行けるようになるからね。

 

 ……と、考えていた大まかな予定を話してみれば、部屋の全員が微妙な顔をしていた。

 あれ、私おかしなこと言ったかな? 割とどこでもやってる事だと思うんだけど。

 

「お主……その年で恐ろしい野心家じゃな。」

 

「え~、そんな私なんて普通ですよ普通。」

 

(((((ねーよ!!!)))))

 

 暴力・財力・権力……この世界を楽しむには全部が必要だ。

 これから愉悦部をやるなら特に。大きいほど活動に幅が広がるだろう。

 

 待ってろよ世界。面白おかしく引っ掻き回してやるからな!!

 

「それならいっそ、もうハンター協会の会長を目指してみんか?」

 

「あっはっは、やだなぁ。そんなのタダの罰ゲームじゃないですか。」

 

「ワシの前でそのセリフを堂々と言えるのは大したもんじゃわい。」

 

 何を言ってるんだろうか。

 だって会長になってもV5から無理難題を押し付けられるだけでしょ?

 原作のネテロ会長だってそれで体に薔薇を仕込んで戦うハメになった。

 

「あっ、でも100億くれるなら考えてもいいですよ?」

 

「ちょ、ちょっと貴方!! 何言ってるか分かってますの!?」

 

 ルビィさんがテーブルを叩きながら勢いよく立ち上がった。

 衝撃で湯呑の中に波が立ち、青いドレスに包まれたおっぱいがタプンと揺れる。

 

 でもこれぐらいポンともらえなきゃ、会長を目指す気にならないんだよなぁ。

 だってこのまま行けば十数年後の協会はパリストンに侵食されてガタガタになる。

 会員の1/3と本部職員が言うこと聞かないとか、運営の難易度はナイトメアだ。

 

 そしてトドメが暗黒大陸への進出。ビヨンドがカキンと組んでる以上、これは必ず始まる。原作で説明されていたとおり、カキンが動き出すと止めようが無いからだ。ネテロ会長が死ななくても時間の問題。もちろんV5は無茶を押し付けてくる。

 

(やっぱないわー。てか会長の椅子の価値って、これから下落するだけだよね。)

 

 誰がなるかは分からないが、将来の会長に期待しておこう。生贄(犬の人)的な意味で。

 

 

 

 

 そうしてその後も幾つか質問が続いたが、面接自体は1時間ほどで終了となった。

 

「うむ。ではここにいる4名を新たなハンターとして認定する。」

 

 最後に会長から合格をもらうと、私達はライセンスを受け取り部屋を出る。

 

(っしゃー!! ライセンスゲットぉおおお!!!)

 

 ねんがんの ライセンスを 手に入れたぞ!!

 この世界に生まれてから定めた目標の2つ目を達成だ。念を覚えたときと同じぐらい嬉しい。

 

(これが1枚何十億かー。)

 

 手に入れたライセンスを頭上に掲げる。

 スポーツ選手が表彰台で金メダルを両手で持つように。

 何となくめっちゃ輝いてる気がする。

 

 説明された特権を要約すればこんな感じである。

 ・大体の場所に入れるよ!

 ・公的施設使い放題だよ!

 ・融資も一流企業並みに受けれるよ!!

 ・でも再発行はしないよ! 頑張って守ってね!!

 

 これでもう密航する必要はなくなった。むしろこれから公共の乗物はほとんどタダ。

 子供だからってホテルの宿泊を断られる事も無ければ、電脳ページもめくり放題だ。

 

 このカード1枚で今までネックだった部分が全部まるっと解決である。

 

(うひひひひ、嬉しいなぁ。……でも意外と小さい。しっかり管理しないと。)

 

 ライセンスカードを軽く曲げたりして触ってみる。

 大きさは銀行のキャッシュカードぐらいだ。サイフに入れれば他のカードと紛れるだろう。こっそり盗まれても気づかなそう。

 

(普段は金庫にでも入れといて、必要なときだけ能力で取り出せばいいか。)

 

 世間では『売れば7代遊んで暮らせる』と言われているが、時価は10~15億ぐらいだろう。ジンがビヨンド組の一人に払ったのが30億で、それがライセンスを2回売った額らしいから。

 

(確かに派手な事をしなければ7代暮らせるね。)

 

 一生独身貴族ならだけど。まぁ嘘は言ってない。

 私達は各自の部屋に戻ると、飛行船から降りる準備を始めた。

 

 

 

 

 

■□■□■□■□■□■□

 

 

 

 

 

「さてあの4人じゃが、一番気になったのは何番じゃ?」

 

 新たにハンターとなった4人が部屋から退出した後。

 ネテロは備え付けの窓から外を見ながら、隣に座るツェズゲラとルビィに問いかけた。

 

「「……999番。」」

 

 その答えを聞き、ネテロはやはりそうか、と頷いた。

 

「会長、最初のアレはよかったのですか?」

 

「うむ、正面から挑発されるなぞ何時振りじゃろうな。しかも堂々と手札まで晒しよって。」

 

 もちろんネテロは事前に報告は受けていた。

 だが実際に会ってみれば、それ以上にハジケた子だった。

 

「それにあのテロについては、幾分かはあの子が原因ですわよ?」

 

「じゃが全く気にした様子はなかったのぉ。」

 

 更に報告にはバイクで爆走して試験官を轢き、下剤を配って砂漠を阿鼻叫喚の地獄に変えたともあった。結果、3次試験に同行する試験官と職員が少なくなり、テロを起こす隙を与えてしまった。

 

「恐らくですが、過去を一切気にしないタイプなのでしょう。」

 

「そうじゃのう。ワシが言うのもなんじゃが、随分とぶっ飛んだ性格のようじゃの。それに面接での吹っかけ方も。年齢から考えれば、念の方は良い感じなんじゃがのぉ。」

 

 999番は素晴らしい才能を持っていながら、それを己の欲望の為に使う事に躊躇がない。

 ネテロを含めた3人は面接を通じて、その事をハッキリと確信した。

 

「実は8歳の子供ということもあり、審査委員会からは教育し直しましょう、という意見があったのじゃ。」

 

「それには同意いたしますわ。」

 

 すぐにルビィが頷いた。だがネテロはそんな事に意味を見いだせなかった。

 

「いや無駄じゃろう。あれはあの歳ですでに確固たる自我を持っておる。今さらどんな教育をしても変わったりはせんじゃろ。」

 

 正直、せめてもう少しだけ心根が真っ直ぐならと思わんこともない。現状はあまりにもねじ曲がりすぎているのだ。だが同時に、だからこそ面白いともネテロは思った。

 

 ハンターというのはある意味、望みに向かって突っ走る者ばかりだからだ。

 その点だけを鑑みれば、999番はハンターとして優れた資質があるということになる。良くも悪くも、だが。

 

(フォフォフォ、さて将来はどうなることやら。)

 

 ハンターとして星を得るのか、それとも大犯罪者として捕まるか。

 あれほどの欲望を持っているのなら、辿り着くのはどちらかしかないだろう。

 

 ネテロは楽しみじゃのぉ、と呟きながら湯呑をとってお茶を飲んだ。一時間前に入れたままだったお茶は、当たり前のように冷めていて不味かった。

 

 

 

 

 

 

■□■□■□■□■□■□

 

 

 

 

 

 4次試験の会場に飛行船が着いた。

 部屋の窓から外を見れば、残りの受験生たちがゾロゾロ降りていく所だった。

 

 私達はしばらく待機だと言われたので、私はその間にお世話になった人達を訪ねることにした。狙いはコネ作りだ。日本ではあまり良いイメージがないが、他人との繋がりだって一種の力なのだ。

 

 特にハンターなんて次は何時会えるか分からない。だからこのチャンスは逃せない。

 

「という訳でツェズゲラさん。私の師匠ポジが空いてるんですけど、幾らで買ってくれますか?」

 

「頭は大丈夫かね?」

 

 最初に向かったのはツェズゲラさんの部屋。懸賞金(マネー)ハンターで仕事を金で選ぶと公言している彼は一番気が合いそう。割の良い仕事も沢山知ってそうだし、最低でもホームコードか名刺は欲しい。

 

「私はこれから星を取ります。そしたらほら、貴方の星も増えますよ。」

 

 頭を心配されたことは気にせず、私を弟子にした場合の利益を説明する。

 

 プロのハンターは業績を残すと星が一つ与えられ、シングルハンターと呼ばれる。

 だがそこから星二つのダブルハンターに昇格するには、面倒をみた後輩が星を得る必要があるのだ。

 

 そうして考えると、8歳でハンター試験に受かった私はとても良い商品になる。念能力も見せたので、修行をサボる雑魚とは違うということも分かってもらえてるだろう。

 

 だからこの売り込みだ。身も蓋もない言い方をすれば、要は『将来貴方を二つ星にしてあげるから金をくれ』ということである。

 

「なるほどな。……値段次第だ。」

 

(っしゃあ!)

 

 ツェズゲラさんは顎に指を当てて数秒考えると、アッサリと私の申し込みを受けた。

 普通のハンターなら切れるだろうが、金至上主義のこの人はその辺に頓着がない、という予想は当たっていたようだ。

 

 まぁ名声が増えればその分だけ美味しい仕事が入ってくるだろうし。

 私としても売れるタイミングは今しか無かったからね。今回の試験にこの人が居てくれたのは運が良かった。

 

 そうしてツェズゲラさんへの売り込みが終わったら、その次はルビィ試験官。

 

「私を轢いた事と砂漠で下剤を撒いたことは許せませんわ。」

 

 部屋に入ると、私を見た彼女はプリプリ怒り出した。

 

「ごめんなさい。」

 

 まぁやったことを考えたらしゃーない。私は素直に頭を下げる。

 ついでに部屋に入る前に指しておいた目薬の効果で涙を出して、本気で反省してます度をアピール。幼女の泣き顔謝罪だ。果たして彼女は耐えられるかな?

 

「……しょ、しょうがないわね。まぁ貴方は私のライバル(親友)のリンさんを助けてくれましたし。なのでその件と併せて特別に帳消しにして差し上げます。いいこと、と・く・べ・つ・に、ですわよ?」

 

 デレキター!! もちろんしっかり録音中だ。あとでリン試験官に送らなきゃ(使命感

 

 それからマロさんとバショウとも連絡先を交換した。

 

「まさか同郷だったとはの。言われてみればソナタの名前もジャポン風でおじゃるな。」

 

 マロさんとはジャポンの話をした。私が同じ国の出身だと知るとマロさんとてもは驚いてた。最後には美味しいお寿司屋に案内してもらう約束をした。再びジャポンに行く日が楽しみだ。

 

「世話になったぜ。」

 

 バショウからは本人の発――【流離の大俳人(グレイトハイカー)】について教えてもらった。句にすれば何でも実現できるが、効果は数秒しか持たず1メートル以内にしか及ばないとのこと。しかも何かを作り出すような句じゃないと駄目。つまりコッテコテの具現化系の発だ。ちなみにバショウ自身も具現化系の模様。

 

 バショウは最後に『てめぇが倒さなきゃ俺様も死んでたからな。特別だぜ。』等と言っていたが、私は原作知識で知っていたので収穫としては微妙だった。

 

 

 

 

 そうして過ごしていると、ついに私達が降りる時間がやってきた。

 最初にバショウが、次にマロさんが去り、最後に私が降りる。

 

 タラップから少し離れた辺りで振り返れば、飛行船の出入り口から顔を出した会長達がいた。

 私は会長に向かって手を振りながら叫んだ。

 

「会長ー! 今度、百式観音を見せてくださーい!!」

 

「おまっ……」

 

 私の発言を聞いて会長がほんの一瞬だけ固まった。

 おお、会長が驚いてる。流石に能力バレは予想外だったようだ。

 

 私はそんな会長達を背に走り出す。

 ハプニングは有ったが、念願のライセンスは手に入った。

 これでもう行動を制限されることはないだろう。

 

 私はどこにでも行けるし、どこにでも入れる。

 

 そう、私の人生は、改めてここから始まるのだ!!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「じゃあゾルディック家に連れて行く(連行する)から。」

 

 はい。

 

 駄目だったか。途中まで、おっ? これは行けるんじゃね? って思ったのに。

 

 やっぱりイルミは誤魔化せなかったよ……

 

 まぁライセンス受け取ってから()()()後ろを付いてきてたもんね。

 しかも今は手に縄を持ってるし。全く信用されてなくて草生える。

 

 私の人生……始まるといいなぁ(ゲームオーバーの予感)

 

 

 




これでハンター試験編は終わりになります。
読んでくれて有難うございました。


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グリードアイランド編
第23話 突撃!隣のゾル家訪問


みんな大好きゾルディック家の巻。
微妙にグロい描画があります。ご注意下さい。


「ゴトーさん、写真撮ってー。」

 

「畏まりました。……はい、チーズッ!」

 

「いえーぃ!!」

 

 皆さんこんにちは、無事ハンターになったシズクちゃんです。

 私は今、龍の頭がついた巨大な門の前で笑顔ダブルピースを決めています。アヘ顔は無いけどね!!

 

 現在の場所はなんとゾルディック家の正門前だ。ハンター世界屈指の超人気スポット。デカくて見た目も格好いい。本拠地を作ったら、私も是非こんな門を建てたい。

 

「ありがとうゴトーさん。」

 

「どういたしまして。」

 

 私はゴトーさんから撮影に使った携帯を受け取る。原作にも出てきた執事さんだ。

 容姿はほぼ原作のまま。ピッチリとした黒スーツにオールバック+三角眼鏡のチンピラフェイス。ただしまだ顎髭は生やしていない。イルミを迎えにきてからココまで一緒だった。

 

「それで、ココから先は全部ゾルディック家の敷地なんですよね?」

 

「その通りでございます。」

 

 私は門から先を見通す。

 門から山まではかなり遠い。原作では下山に30分だったか。途中には森なんかも有り、恐らく山の向こう側も全部敷地なのだろう。地球で例えれば、富士山とその周辺全てが私有地になってる感じだろうか。広すぎぃ!!

 

「これだけ広いと税金やばそうですね。その辺ってどうなんでしょう?」

 

「……税金? ああ、そう言えばそんなものもありましたね(苦笑」

 

 そんなもの? ……あっ(察し。

 これは間違いなく払ってませんわ。まぁ普通に考えたら治外法権だよね。ゾルディック家の本拠地が有るって、それだけで国防にめっちゃ貢献してそうだし。侵攻しようとした国の御えらいさんはみんな首チョンパだ。

 

 それにこの国の政治家も命まで懸けて税金を取ろうなんて思わないだろう。居ても法案を出したら即暗殺されて終了だ。表向きは特区にでもなってるのかな。

 

「それでなんで門の()で降りたの? まだ何か試すの?」

 

 ココまで私達が乗ってきた飛行船は門の近くに着陸した。

 そのまま中まで行くと思っていたのだが、何か用事でもあるのだろうか。遠慮せず住まいまで直行でいいのよ?

 

「ご安心下さい。シズク様は奥様が招いた大切なお客様です。我々執事ごときが試すなどという事は絶対にありえません。」

 

 ゴトーさんはそう言いながら、惚れ惚れしそうな動作で優雅に頭を下げる。

 

 すごいよねこの人。こんな事言いながら、飛行船の中では私のことをずっと実験動物にしてたんだよ? 血液検査やらDNA検査やらやって、仕舞いには毒まで盛りやがった。解毒剤を持ってたのにすぐ渡さず、私が苦しんでる様子をメモしてたことは絶対に忘れない。

 

「じゃあこの門はどうするの?」

 

「はい、これは"試しの門"と言いまして、奥様が是非シズク様に開けてほしいと。」

 

 やっぱ試す気満々じゃねーか!! ……まぁそんな事だろうとは思ってたけど。じゃなきゃこんな所で降りないよね。

 

 私は改めて門を見上げる。門は7重の入れ子構造になっていて、内から外に向かって1~7の数字が書かれていた。

 

「つまり入る前に実力を見せろってことね。」

 

 だが乗ってやろう。だってハンターファンとしてこの門は押さずにはいられない。

 確か1の門が4トン。それから数字が増えるごとに倍の重さだ。

 

(さて今の私はどこまで開けるかな?)

 

 これでも私は6歳の頃から過酷な肉体改造を行ってきた。

 闘技場の部屋でも水袋を押していたが、床が抜けると困るので試したのは4トンまでだ。

 それからどれぐらい力が付いたかは自分でも気になるところ。

 

(いっちょやってみますか!!)

 

 両手を押し当てた状態で限界までオーラを絞り出し、全身の筋力を使って門を押す。

 

「っらぁあああああ!!!」

 

 ズゴゴゴゴ、という音と共に門がゆっくりと開いていく。動いた門に書かれた数字は……3!!

 

 ということは16トン。特質系の私としては頑張った方だろう。

 えっ、キルアは念無しで余裕だったって? 公式チートとの比較はNG。オーラ有りだと5の門(64トン)まで開けていたし。私じゃ一生掛かっても無理な気がする。

 

「素晴らしい。その歳でよくぞそこまで。」

 

 パチパチパチパチ。ゴトーさんは拍車しながら喝采を述べる。

 しかし私はとても喜べなかった。だって

 

 ――ギィィイ、ゴトンッ! ギィィイ、ゴトンッ!! ギィィイ、ゴトトンッ!!!

 

 横でイルミがオーラ無しで3の門を開けているからだ。しかも何回も。

 

「これぐらいなら念は要らないよね?」

 

 そう言いながら首を傾げるイルミ。

 なんで対抗意識燃やしてるの? お前ちょっとぐらい空気読めよ。今は私が褒められるターンでしょ。

 

「よっと。」

 

 あっ、今度はオーラ使って4の門まで開けだした。ドヤ顔うぜぇ……

 

 イラッとした私はデメちゃんからバズーカ(携行対戦車弾)を取り出し、そのままイルミが押さえている門に向けて発射した。イルミは躱したがロケット弾はまっすぐ着弾し、爆炎を上げて1の門の左側を吹き飛ばした。

 

「どうして壊したの?」

 

 イルミがジト目でこちらを見てくる。ゴトーさんは笑顔で固まったまま。

 

 ……思わずやっちゃった。でも全く後悔が湧いてこないのが不思議だ。

 まぁ一週間以上この二人と飛行船に缶詰だったからね。自分でも気づかないうちにストレス溜まってたんだなぁ。だから

 

「スッキリしたからもう大丈夫。さっ、先に進も。」

 

「あのさぁ……」

 

 片門ぐらいならきっとセーフ!!

 

 

 

 

 

 

■□■□■□■□■□■□

 

 

 

 

 

 ノリで破壊しちゃった門から中に入る。ゴトーさんに聞いてみたけど、うっすらと笑うだけで特にお咎めはなかった。まぁ原作でも壊す人がいるって言ってたし、意外と良くあることなのかも。

 

 中に入ってからは数十分進むと山の麓に辿り着いた。そこには巧妙に隠された入り口があり、石で作られた通路が伸びていた。

 

 どうやらゾルディック家は山の中に住まいを作っている模様。

 防空壕、いやこの場合はシェルターかな? この作りなら爆撃とかされてもかなり耐えれそう。私はゴトーさんの後を追って中を進む。

 

「こちらでございます。」

 

 案内された部屋は10畳ほどの大きさで、大きなテーブルと椅子があった。

 そこに座っていたのはゾルディック家の主要な面々だ。

 

 前当主のゼノさん、現当主のシルバさん、その妻であるキキョウ姉さんと5歳のミルキ。

 あとは後ろの方の壁にムキムキの女性――ツボネ先生と執事達が立っていた。こちらを警戒しているのか、執事たちの視線にはどことなくピリっとした緊張が有る。

 

(原作よりみんな若い! 十年以上前だから当たり前だけど。)

 

「ゼノじゃ。」

 

「シルバだ。」

 

 ゼノさんとシルバさんはカッコいい。白龍と銀狼って感じだ。ただ座ってるだけなのに、出来る仕事人という雰囲気が溢れている。

 

「ミルキ。」

 

 ミルキは全然太ってない。見た目は髪の短いアルカ。今なら魔法少女で売り出せそうだ。こんな可愛い子がどうしてあんなデブオタになってしまうのか。時間は残酷である。

 

「キキョウよ。貴方がシズクちゃんね? やっと会えたわね!!」

 

 そしてキキョウ姉さん。

 黒髪を頭に巻き付けたような髪型に黒い和服。振舞も優雅で、まさに美人令嬢といった雰囲気だ。

 

 でも眼にはやっぱりバイザーが付いていた。お気に入りなのかな? いやもしかしたら念の制約なのかもしれない。どっちにしろダサイのは変わらないが。視線が動くたびにウィンウィン音がする。髪も着物も黒いせいで、もう黒い三連星用のザクⅠにしか見えない。

 

「ツボネ、結果はどうだった?」

 

「はい、DNA検査及び念具による調査、共に奥様と血縁だと判定が出ております。」

 

 シルバさんがツボネ先生に確認を取る。まぁこの辺はここまでの飛行船内で散々やられた事だ。個人的にはもうちょっと手加減してほしかったが。でももし血縁じゃなかったら飛行船から叩き落とされてただろう。

 

「そうか。ならば君は俺の義理の妹ということだな。歓迎しよう、自分の家だと思って寛ぐと良い。」

 

 シルバさんが義妹宣言をすると、部屋の雰囲気が和らいだ。

 キキョウ姉さんは椅子から立ち上がると正面で膝を突き、私を抱きしめながら頭を撫でた。そこには原作で見たヒステリックな狂気は一切感じられなかった。私としてもこの反応は予想外だ。ちょっと恥ずかしい。

 

(あれっ、むしろ思ってたりフレンドリーだぞ? ていうか優しいお姉さんじゃん。なーんだ、警戒して損した。)

 

 私はそのまましばらく撫でられ、それから椅子に座った。

 その後は少しずつこれまでの話をしたが、キキョウ姉さんは家族思いの良いお母さんといった感じ()()()

 

 しかしマゾラーやキャシャリン軍曹と戦った時の話を聞くと豹変。

 

「んぎぃいいい! 私の家族になんてことを!! 私の(・・)シズクちゃんに手を出すなんてぇえええ!!!!」

 

(えぇーー……)

 

 キキョウ姉さんはバイザーをウィンウィン動かしながら叫びを上げた。……ドン引きである。

 

「ちょ、ちょっとイルミ!! キキョウ姉さんの様子がおかしいんだけど!?」

 

「大丈夫、いつものことだから。」

 

 イルミは一切気にせずお茶を飲む。

 いつもこうなの!? 前言撤回、超怖いんですけどこの人!!

 

 そんなやり取りをしている間に、キキョウ姉さんはいつの間にか側に来ていて、両手で私の肩を叩きながら絶叫を上げ続けた。その威力はやたらと高くて、少しでも油断すると肩が砕けてしまいそう。

 

 いやとっさに【凝】でガードしなければ、きっと砕けていただろう。というか、一体いつ私はこの人の()になったのか。

 

「許せないわ。許せないわ。許せないわ。許せないわ。許せないわ……」

 

(何この人!? いきなり変わりすぎぃ!! こわいっ!!!)

 

 どうやらこの人は家族が他人に傷つけられるのが許せないタイプらしい。

 しかしもう全部始末済みだ。なので落ち着いてもらおうと、その事を告げると……

 

「じゃあもっと鍛えましょう! そんな雑魚にやられないように!!」

 

 という事になってしまった。ごめん、ちょっと意味が分からない。

 

 しかしこのままこの人達に任せてしまえば、きっと修行という名の拷問が始まってしまう。私も強くなりたいとは思うが、流石にソコ(拷問)までは望んでない。どうにかしてココから逃げなきゃ。

 

「あっ、わたし用事思い出したので一旦帰りたいんですが。」

 

 なので、私は一縷の望みを掛けてゼノさんに視線を送る。この家で一番まともな(だと思う)人だ。助けておじいちゃん!!

 

「……ふむ。イルミ、お主から見て嬢ちゃんはどうじゃった?」

 

「ぜんぜんダメ。弱すぎて何時でも殺せる。」

 

 おまっ!? 砂漠で助けてやったのに酷い!!

 くそっ、こんな事になるならイルミが倒れている間に弱みを確保しておくんだった。パンツ下げて写真取るとか。鼻フラワーとか。どうして私はやっておかなかったのか。

 

「では修行したほうが良いの。まぁ死なないように配慮はしよう。」

 

 そんなー。私知ってるよ、それ絶対に配慮(ゾルディック家式)だよね?

 

「それともう一つ」

 

 まだあるの?

 

 

 

 

 

 

「門を爆破した件じゃ。」

 

 あっ、これ帰れない奴だ。

 

 

 

 

 

■□■□■□■□■□■□

 

 

 

 

 

 そうしてゾルディック家に迎えられた翌日から、修行という名の拷問が始まった。

 

 起きて顔を洗ったら庭に出て【流】をしながら体操。

 終わったら"ペケ"という名の大型犬に追いかけ回され、ぶっ倒れるまで山を走る。

 

 ペケは恐らく原作に出てきた"ミケ"の先代だろう。この犬野郎、畜生の癖にオーラを纏ってて、しかも本気で食いに来るから怖い。私はお客様やぞ? 一度だけ足止めしようとデメちゃんを出したら一瞬でモグモグされて砕け散った。全長4メートル超えのワンコはさすが咬合力もすごかった。

 

 朝食を取ったらイルミと組み手だ。

 もちろん全く手も足も出ず、ボコボコにされて土を舐める毎日。

 特に肢曲とかいう技がチートすぎてクソゲー。念無しで分身するのマジ止めて。

 

 それが終わったら昼からはツボネ先生による念の訓練。

 これはよかった。今まで分からなかった系統ごとの訓練方法が知れたし、駄目な部分も遠慮なく指摘してくれるからかなり楽しい。

 

 そしてたまに拷問訓練、もしくはゼノさんとの実戦だ。

 ゼノさんは原作通りの好好翁だったのだが、修行については一切容赦がなかった。

 

 繰り出される【発】――【龍頭戯画(ドラゴンヘッド)】は一撃でデメちゃんを噛み砕いちゃうし、拷問訓練でも遠慮なく電流を流してきて洒落にならない。

 

 こんな感じで日が沈む頃には指一本動かせなくなり、オーラも枯渇して倒れるのが最近の日常となっている。

 

「では今日はこの辺にしておくか。イルミ、其奴を運んでおけ。」

 

「うん、分かった。」

 

 その後はイルミに食堂まで運ばれ、執事さんに無理やりご飯を口に詰め込まれる。

 

「ではシズク様、失礼します。」

 

「待ってゴトーさん死ぬ、死んじゃうくま! ……せめて食事は毒抜きにして!!」

 

「申し訳ございません。奥様のご指示でございますので。」

 

「やだああああああ!!!」

 

 もちろん出される食事は全部毒入りだ。

 ゾルディック家としてはこれが普通なのだろう。

 

 しかし私は今まで毒物なんて摂ったことはないのだ。

 特にここ数年は保護者がいなかったので、好きな時に好きなものを食べていた。

 

(闘技場のレストランで食べたステーキが恋しいよぉ……)

 

 なので毒耐性なんて全く無い。

 つまりここの食事を摂ると体が割と洒落にならない事になる。ていうか気を抜くとマジで死ぬ。

 

「大丈夫じゃ、ちゃんと死なないギリギリの線を見極めておる。」

 

 いや違う、そうじゃない。

 いまから毒を摂り出しても耐性は付かないんじゃないかなって。

 

 だから普通のご飯にしよ?

 

「それにキキョウからも限界までやって欲しいと言われておるからの。

 まぁ安心せい、死んでも3秒以内なら生き返らせてやる(心臓マッサージ的な意味で)」

 

 それどこに安心する要素があるんですかね?

 むしろ不安しか無い。ていうか鍛えるのは体術と念だけでいいのに。

 

 こんなの絶対おかしいよ!!!

 

 私はキキョウ姉さんの方に視線を向ける。

 そこにあったのは歳の離れた妹を強く育てようとする、母性全開のお姉ちゃんの姿だ。

 

 ただし手段は選んでくれない。

 キキョウ姉さんは頬に手を当て『あらあら、まぁまぁ』なんて言いそうな顔でこちらを眺めていた。

 

(早まった。キキョウ姉さんが教育ママなのは分かってたのに。もうちょっと成長するまで、どんな手段を使っても逃げ回るべきだった……)

 

 最初に電話(暗殺依頼)した時、すごい好感触だったから油断した。

 いやもしかしたら、あれもこちらを油断させる罠だったのかもしれない。

 

(生きて出れるのかな?)

 

 不安すぎてリバースしそうになってくる。

 ふと隣を見れば、そこではミルキが私のより強い毒入り食事を平気な顔で平らげていた。

 まだ5歳なのに。やっぱゾルディック家ぱねぇわ……

 

 

 

 

 そうして1日が終わると、寝る前に反省会が行われる。

 担当は念に引き続きツボネ先生。あとゼノさん。

 

「シズク様は念は独学とのことですが、今まではどのような訓練を?」

 

「えーと、系統訓練は満遍なく? 強化系では砂を叩いてましたね。」

 

「なぜ砂を?」

 

 ああ、これだけだと意味わからないよね。でもしょうがないんだ。私だって強化系LV1の修行が"石割り"だって事は知っている。でも街の中に石千個なんて有るわけがない。町の外に行けばあるだろうが、しかし1日に何百個も割ってたらすぐ無くなる。

 

 だから私は発想を変えた。この修業で重要なのは【周】による強化を千回連続で成功させることだ。石はそれを分かりやすくする為に使ってるに過ぎない。

 

 なので石を割る代わりに砂に叩きつけることにしたのだ。これなら石は手に持つ一つだけで済む。あとは砂場で千回をクリアしてから、最後の締めとして石割りを行った。

 

「なるほど。独自に工夫されていた訳ですな。」

 

「あと操作系の修行は掌に置いた弾丸をオーラで回したり、壊れた時計の針を動かしたりしてました。」

 

 ジョジョ7部の序盤でジョニィがペシペシやってたやつである。

 いきなり物を動かすのは難しいと思ったから、とりあえず回転させてみる事にしたのだ。

 これなら体から離さないから放出系は混ざらないし、弾丸と時計を丸ごと【周】すれば変化系とも区別できる。

 

「ぶっちゃけ、私の念ってどうなんでしょう?」

 

「そうですね、四大行は中々。特に【練】はとても優秀かと。」

 

 ふむふむ。私の現在の【練】の持続は3時間。マゾラーとの戦いで追い込まれたのが良かったのか、それからは月に10分ずつ伸びていった。オーラは多いほど戦い方に幅が出るからね。これからも続けてもっと増やしたい。

 

「応用の方は【堅】【凝】【硬】【陰】【流】は及第点。逆に【周】【円】は修行不足ですな。それと【流】は格闘の訓練をしてないせいで、現状は宝の持ち腐れでございます。」

 

 こっちは中々厳しい。銃弾ブッパがメインだから【周】はそんなにやってなかったんだよね。

 てか私は限界まで極めても離れた物体の強化は本来の24%しか出来ないし。100オーラ使っても24オーラ分しか強化されないんだよね。それなら【周】を使うより沢山撃った方がマシかなって。

 

 そして【円】。実は私はこれがめちゃくちゃ苦手。現状で広げられる距離は半径2.5メートルが限界。幻影旅団のNo1であるノブナガさんの半分以上!! と考えれば強そうだが、実際はただしょぼいだけである。

 

 ただし【周】とは違い、こっちは時間を掛けて修行した結果がこれだ。

 なので恐らく私は【円】の適性が無いのだろう。遠距離攻撃が主体の私としては、広ければ広いほど良いんだけどね。ゼノさんみたく300メートルまで広げたかったなぁ。

 

「ふむ、8歳の時のイルミと比べれば念に関してはどっこい。筋力と回避はそこそこ。格闘は未熟。耐性はイマイチ。といったとこじゃな。【発】の方は"物を出し入れできる能力"自体は利便性が高いが、しかしその起点となる念魚がちと脆いのぉ。」

 

 ゼノさんが現在の総評を教えてくれる。

 うーん、デメちゃん駄目ですか。まぁ今までもポコポコ壊されてたからなぁ。

 闘技場では鉄バットで殴られ、砂漠では注射器でめった刺しにされ……

 

(デメちゃんはこんなに可愛いのに、みんなどうして攻撃出来るんだろう? この世界の人達はあまりにも人の心がなさすぎる。)

 

 でもこのままだとマズイのも確かだ。離して使うことも考えれば強化は必須だろう。

 なんせ私は純粋な特質系。どれだけ修行を積んでも具現化系は8割、放出系は6割の精度でしか扱えない。100オーラ使っても、具現化されたデメちゃんは80オーラ分の性能しか無く、体から離すと更に48オーラ分まで低下する。これではとても安心出来ない。

 

(うーん、もうちょっと様子を見たかったけどなぁ。でも軍曹戦みたいな事もあるし、思い切ってもうやっちゃうか。)

 

 実は解消する為のアイデアはすでに考えてあった。制約と誓約である。

 ヒントをくれたのはデメちゃんだ。部屋で眺めている時に頭に浮かんできたイメージ。

 

 出目金、飛んだ、窒息、死因、魚面、邪神、黒渦、転生、そして()()()()()

 

 そう、具現化を具現化(生み出す)と考えるのだ。

 つまりデメちゃんは()()()()。あとはそれを形にすれば良い。

 

 ただしただ誓約として誓うだけではダメだ。

 

「ゼノさん、お願いがあります。」

 

「なんじゃ? 改まってどうした?」

 

 例え話をしよう。

 『次のフルマラソンで1時間を切れないと死ぬ』という誓約を掛けた二人がいるとする。

 

 一人は"シヌシヌ君"。彼は自分の体に爆弾を埋め込み、スタートの1時間後に起爆するようにセットした。解除装置はゴールに置き、誓約を守れなかったら確実に死ぬ準備を整えた。

 

 もう一人は"スカスカ君"。彼は特に何の準備もしなかった。きっと1時間切れると思っており、出来なかったらその時に死ぬ方法を探そうと考えていた。

 

 さて、この二人は同じ誓約を掛けている訳だが、果たして得られる力は同じだろうか?

 

 ハッキリ言おう。()()()()()()()

 同じならクラピカはわざわざ念の鎖を心臓に刺したりはしない。

 

 念にとって誓約(リスク)とは()()なのだ。誓いを()()()()()()()ほど働く力は強くなる。

 

(だから私も覚悟を決める必要がある。)

 

 守れるかも分からない上辺だけのなんちゃって誓約では、きっとこの先は生き残れない。指を切り落としたりする奴らが敵になるかも知れないのだ。だからどうせやるなら徹底的に。

 

 私の覚悟を、()()()()()()()。つまりは……

 

「――私の子宮を、えぐり出して下さい。」

 

「……はっ?」

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 ――女としての子宮(しあわせ)は、いらない。

 

 

 

 

 

■□■□■□■□■□■□

 

 

 

 

 

 で、思い立ったが吉日と言うことで、手術は翌日にすぐ実行された。

 流石はゾルディック家、腕の良いお医者さんがしっかり完備されている。

 

 ちなみにこの誓約に対して、ゾルディック家の人たちの反応は概ね好意的だった。

 シルバさんは薄く笑っていたし、キキョウ姉さんは『さすが私の妹だわ!!』と言っていた。理解のある家族って最高だね!! ただゼノさんだけは何か言いたげな顔で終始無言だったが。

 

 私は全身麻酔で眠りにつき、そして再び起きたときには全てが終わっていた。

 

「気分はどうだ?」

 

 目を開けると部屋にはゼノさんとシルバさんが居た。

 

「特に問題はなさそうです。」

 

 私は上半身を起こし、調子を確かめながらおヘソの下に手を伸ばす。

 しばらく撫でていると、有るはずの物が無くなったせいか奇妙な損失感が湧いてきた。

 だがそれ以上に【念】が強くなったという確かな実感があった。どれぐらいパワーアップしたかは分からないが。

 

「やれそうなら【念】を使ってみると良いじゃろう。きっと覚悟に応えてくれるはずじゃ。お主の……そういえば【発】は何という名前なんじゃ?」

 

「名前? 付けたほうがいいんですか?」

 

「そうじゃの。付けたほうが安定すると思うぞ。」

 

 そういえば決めてなかったな。誓約は考えてもこっちは考えてなかった。

 思い起こせば今まではデメちゃんとか、ゲートとか、そのまま呼んでたっけ。

 

 しかしいきなり言われても困る。改めて名前を付けるとしても何がいいのか。

 

(えーと、似たような能力だと何があったっけ?)

 

 私は前世の記憶からそれっぽい能力を思い出す。

 どこでもドア、通り抜けフープ、四次元ポケット、アイテムボックス、道具袋、口寄せの術、エニグマ、クリーム、スティッキーフィンガース、4次元マンション、ファンファンクロス、位相空間、転移装置、ワープゲート……

 

(うーん、どれもしっくりこない。……あっ、ゲート・オブ・バビロン!!)

 

 Fateというゲームに出てくる英雄王と呼ばれる英霊の宝具だ。

 物の出し入れだけに限らず、物を飛ばして攻撃も出来る強力な能力。

 

 漢字で書くと"王の財宝"。でも私は王って感じじゃないんだよね。むしろ王様っぽいのはデメちゃんの方。だって死んだ時のブヨブヨ太った王様っぽい出目金がモデルだし。

 

 おっ、いいんじゃね? 金魚の王で"デメキング"。

 財宝の方もちょっと変えて……この場合は遺産かな? 金魚もゲートも、前世のおかげで手に入れたようなものだし。うん、そう考えるとすごくしっくり来た。

 

「決まったか?」

 

「はい、私の【発】は(前世からの)遺産。名前は――【金魚王の遺産(ゲート・オブ・デメキング)】にします!!」

 

 噛みしめるように呟きながら、オーラを込めてデメちゃんを具現化する(呼ぶ)

 今までの何倍ものオーラが失われ、それが()()()()()()()()で実を結んだ。

 

 すると次の瞬間、私の目の前には()()()()()を超える巨大な出目金が出現した。

 

「ぎょっぎょーーーぉ!!!」

 

 生まれ変わったデメちゃんが雄叫びを上げる。

 飛び出た両目、ブヨブヨ太った王さまのような躰はそのままだ。しかし今までと違う点が一箇所だけあった。

 

 それはウロコ。そこにはムンクの叫びのような、不気味な顔が張り付いていた。

 これはきっと、将来生まれるはずだった子供たちの()()に違いない!!

 

「うわー、格好良くなったねー!!」

 

 大きさから見て3倍ぐらいのパワーアップかな? でも離しても弱体化した様子がないから、たぶん放出系にも補正が入ってる。そう考えると全部で3.5倍ぐらいだろうか。想像以上のパワーアップだ。

 

(これだけ大きければ1メートルぐらいのコンテナなら飲み込めるね。やっべ、運び屋とかやったら儲かりそう。)

 

 大陸から大陸へ一瞬で移動できるのだ。先に目的地へ【接続ポイント】を作ってから受け取りに行けば、輸送中のリスクもほぼゼロ。やればやっただけ儲かる(確信)。

 

 それに、これなら今まで使えなかった大型の兵器だって使える。しっかり買い込んでおけば、今度はキャシャリン軍曹だって消し飛ばせる。

 

「フフフフフフ……アハハハハハハハハハ!!!!!」

 

 私はnewデメちゃんの頭を撫でながら、これからの事に思いを馳せる。私達の未来は、きっと明るい!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そんな具現化した念魚を撫でる新しい義娘(シズク)を見ながら、ワシは隣に立つシルバに語りかけた。

 

「なんと言うか、頭おかしいの。そう思わんか?」

 

 言葉にどこか呆れたような口調が混ざってしまったのは、やったことがワシ的に有り得ないからじゃろう。

 

 ワシのような古い人間にとって、子を作り家を継ぐというのは何よりも重要なことじゃった。それをこんなにあっさり捨ててしまうなんて理解出来んわい。確かに脆いとは言ったが、アレはこれから集中して鍛えろという意味じゃ。それがどうしたらこんな発想になるんじゃ?

 

「そうか? 俺は流石キキョウの妹だと思ったぞ。ククク、まさか()()()()()()()をするとはな。」

 

「同じような? ああ……」

 

 シルバの言葉に、ワシは昔を思い出して天井を見上げた。

 

 そう言えばキキョウ(シルバの妻)も似たような事をしとったなぁ。

 キキョウの【発】は一種の千里眼。オーラを込めた物体を通して離れた場所を見る能力じゃ。それがシルバと結婚する前に『これからは貴方だけを見るわ!!』と言って()()()()()()()()()()()んじゃったな。

 

「なるほど、確かに姉妹じゃの。」

 

「ああ、こうして見ればそっくりだ。」

 

 パワーアップしたキキョウの【発】(千里眼)は距離が飛躍的に伸び、対象を24時間監視することも可能になったんじゃったな。もしシルバが『俺だけじゃなくて家族や周りも見てほしい』と言わねば、きっと本当にシルバだけを見ておったはずじゃ。お早うからお休みまで。食事から風呂トイレ、仕事までずっと見ていたのじゃろうの。……考えただけでぞっとするわい。

 

「別に時間を掛けて修行すれば良いと思うんじゃがな。」

 

 ワシが言うのもなんじゃが、最近の若者は生き急ぎすぎじゃ。それとももしかして、こういうのが最近の流行りなんじゃろうか? まさかイルミもいずれ『チンチン焼いて食べたい』なんて言い出すのか? だとしたらその時にワシはどうしたらいいんじゃ。『よーし、じいちゃんが上手にもいでやろう』とでも言えと? ……いかんな。ショックでワシまで頭がおかしくなっておる。

 

「ちなみにキキョウの目玉はどうしたんじゃ?」

 

「……なかなか美味しかったぞ」

 

「食ったんか!?」

 

「ああ、キキョウがそう望んだからな。全くカワイイよな。」

 

 ……どこが??? 今の会話にカワイイ要素なぞあったか?

 

 やれやれ、全くワシの息子ながら、女の趣味といい、こういう所だけは本当に分からんわい。まぁその辺も含めて、キキョウとは似たもの夫婦という事なのかのう。

 

「ならこの取り出した子宮もそうするか?」

 

「ああ、ステーキにでもしておいてやろう。キキョウの妹ならきっと喜ぶはずだ。」

 

 本当か? ワシならきっとドン引きなんじゃが。料理長もびっくりしそうじゃな。

 だがその辺はシルバとキキョウがどうにかするじゃろう。

 

 ワシはそっと部屋から出る。

 なんだか今日は疲れた。あとはもうシルバ達に任せて、自分の部屋でゆっくり休むことにしよう。

 

 

 

 

 

 なおこの後に出されたステーキは予想通りドン引きされた模様。

 




シルバ「ステーキにしておいたぞ」
キキョウ「たーんとお食べ」
ゼノ「(最近の若者って怖い)」
シズク「(そこまでやれとは)言ってねぇ!!」
※ステーキは主人公がしっかり頂きました。更に(微妙に)パワーアップ。

読んで頂き有難うございました。
ゾル家&主人公のパワーアップ回でした。そしてようやく能力に名前が付きました。
倍率3.5倍は話の都合です。ちょっとやりすぎかとも思ったんですが大目に見て貰えると助かります。


■以下、現在の主人公のスペック
名前:シズク=ムラサキ 年齢:8歳 筋力:【練】有で16トン
系統:特質系 オーラ量:約1万(【練】3時間)

念能力:【金魚王の遺産(ゲート・オブ・デメキング)】(特質系)
口の中を別の場所へ繋ぐ念魚(出目金)を具現化して操る能力。
空間越しの攻撃、乗って移動、道具の出入等、色々出来る。
最大サイズ:30cm(闘技場)→1m(H試験)→3m(ゾル家)

〈制約1〉ゲートは以下の方法で作った"接続ポイント"にしか繋げられない。
     ①周囲を記憶 ②念で金魚の絵を描く ③絵の上で練を30分続ける
〈制約2〉ゲートを開く(延長時も)にはオーラの先払いが必要(10秒分)
〈誓約1〉デメちゃん以外の子を産まない(具現化も含む)

※併せて12話:ゲート(仮)の後書き(制約説明)を修正しました。
※説明文を変えただけで制約の内容自体は同じです。


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第24話 お前のものは私のもの

誤字脱字報告ありがとうございます。いつも大変助かっております。


 雲一つ無く満天の星が輝く夜。

 某国の山奥で盛大な宴が開かれようとしていた。

 

 会場は金持ちが別荘として建てたであろう屋敷。

 相続放棄により廃棄されていたソコには明かりが灯っていた。ダンスホールとして使われていた三階の広間には大量の料理と酒が運び込まれ、集った者たちが一人の男の声を待っている。

 

「野郎ども酒は持ったな!? んじゃあ今回の仕事の成功を祝って!!」

 

「「「かんぱーい!!!」」」

 

 部屋の中央奥で豪華な椅子に座った男が音頭を取る。

 鍛え上げられた筋肉に黒い革ジャン。前を開けっ放しなせいで、胸についた7つの傷がよく見える。彼こそがこの集団のトップ()である"ジャギン"だ。ちなみにヘルメットは被っていない。

 

「ひゃー、うんめー。」

 

「何だこの酒! こんなの飲んだことねぇよ!!」

 

 宴の開始が告げられたことで、お預けを食らっていた大勢の男達が一切に騒ぐ。

 料理を素手で鷲掴みし、酒をラッパ飲みして喉を潤していく。

 

 彼らは"邪悪の花(イービルフラワー)"と呼ばれる強盗団だ。

 構成員は40人。全員が屈強な男たちであり、奪った火器で武装したその武力は警察すら恐れるほど。10日前には銀行を襲撃して大金をせしめ、現在はその成功を祝う馬鹿騒ぎの真っ最中である。

 

「まったくジャギン様様だぜ。」

 

 そんな組織の一員である"ジョージ"。

 彼もまた他の団員にもれず、この世の春を満喫していた。

 

「くぅ~、うめうめっ。」

 

 酒瓶を開け中の液体を胃に流し込む。

 途中で奪ってきた酒だ。一本何万ジェニーもする高級品である。遠慮なくラッパ飲みしているが、ここにはコップで飲め等と言うお行儀の良いやつは居ない。

 

「しかもおかわりもいいなんて最高だな。」

 

 ジョージは遠慮なくグビグビと酒を煽った。

 

 この団に入ったのはちょうど1年前だっただろうか。

 酒場で自暴自棄になって居た時、ここのトップであるジャギンと出会った。

 

 その時の事をジョージは一生忘れないだろう。

 愚痴から始まり途中から泣きながら話した自分の過去を、ジャギンは最後まで真剣に聞いてくれた。そしてこの団に誘われたのだ。

 

 それまでジョージの人生は後悔の連続だった。言わずもがな、強盗団とは人として最低の生き方だ。だがもはや他に行く場所などありはしない。では一体何が悪かったのか?

 

 格闘家を目指したのに全く勝てなかった事か。

 段々と自分より弱い相手を探すようになった事か。

 それともある街の路地裏で()()()()()()()()()事か。

 

 おそらくはその全てだろう。つまり結局は自分がただのクズだったというだけだ。

 そうしてこんな所まで落ちてしまった訳だが、しかし自覚すればこの場所はとても居心地が良かった。

 

(シンジ達も今頃は楽しくやってるのかな)

 

 ここには同じように世間からドロップアウトした仲間がいた。更にジャギンはジョージにとって憧れだ。自分を拾ってくれた恩人というのも有るが、なんと言っても単純に強い。殴れば壁にヒビが入り、蹴れば車が何メートルも飛んでいくのだ。敵であれば恐ろしいが、しかし味方ならこれほど頼りになる人はいない。

 

 そんな彼らと愚痴を言い合い、計画を立てて実行し奪う日々である。

 特にこの前の仕事は最高だった。トラックで銀行を強襲した。荷台から一斉に先端に()()()()が付いた武器をぶっ放し、建物ごと吹き飛ばした。その後は金庫からありったけの金を頂いてスタコラさっさである。あまりにも刹那的な生き方だが、もはや将来などどうでも良かった。

 

「うっぷ、やべぇ飲みすぎたか。」

 

 そうしてしばらく飲み続けたジョージの顔は真っ赤に染まっていた。

 彼は風にあたって酔いを覚まそうと、ふらつく足で立ち上がる。

 

「あ~雨は降ってねぇよな……いや今日は満月だったか。」

 

 ジョージの頭にふと嫌な記憶がよぎり、歩き出そうとした足が止まる。

 

 人は月を見上げる時、一体何を思うだろう?

 青い炎を操るいかつい兄ちゃんか、それともエロタイツの美少女戦士か。あるいは逆さに咲く桜の迷宮か。

 

 ここに来る前のジョージは月が嫌いだった。

 見上げて頭に浮かぶのは、いつも失敗した時の記憶ばかりだったからだ。

 日雇いの仕事で怒られ、安酒と共に見る月など好きになれはしない。

 

 だが今は違う。少しだけ『綺麗だな』なんて思えるようになった。恐らくやっと居場所を見つけたことで、心が軽くなったからだろう。

 

「……まぁたまには月見酒なんて洒落た飲み方もいいか。」

 

 ジョージは酒瓶を持ったまま改めて歩き出し、鍵を外して窓を開いた。

 入り込んだ冷たい夜の空気が肌を撫で、体から火照った熱を奪っていくのが心地よい。

 

 彼はそのまま、昔と今の違いを笑いながら夜空を見上げ――

 

 

 

 

 

『ギョギョッ?』

 

 ――月をバックに空に浮いた、真っ赤な金魚と目があった。

 

 

 

 

 

■□■□■□■□■□■□

 

 

 

 

 

 それが一体何なのか、ジョージは全く分からなかった。

 だがその金魚の上に乗る一人の幼女を見た時、彼の体に雷に打たれたような電撃が走った。

 

「こんにちは♪」

 

 まるでピクニック中に出会ったような陽気さで幼女が言葉を紡ぐ。

 

「あ……あっあっ…………」

 

 対してジョージは上手く言葉が吐けなかった。

 なぜならこの幼女こそ、ジョージがココまで落ちることに成った元凶。

 男として最も大事な玉を潰して心を折り、トラウマを刻み込んだ悪魔である。

 

「な、ん……で…………」

 

 なんとか絞り出せたのは掠れたような声だ。

 思考が上手く働かない。燻っていた酒精が吹き飛び、体が芯から冷たくなっていく。

 水を掛けられたなどという生易しいものではない。手足を縛られて氷風呂に放り込まれたような、あるいはケツに氷柱を刺されたような冷え方だ。

 

 しかしジョージの驚きはソコで終わりではなかった。

 

「ここにいるのって"邪悪の花(イービルフラワー)"の人たちだよね? ってことは私が一番最初だ! やったぁ!! よし、デメちゃんあーんして。」

 

『ぎょぎょーーん!!』

 

 ジョージを完全に無視して幼女は金魚へ命令を下す。

 主人の命令に従って金魚が口を開き、中に黄金の波紋が揺らめく。その先にあった光景を見た瞬間、彼の顔は真っ青になり全身から汗が滝のように流れ出した。

 

 中にあったのは綺麗に整列した細長い筒だ。

 先端には()()()()が付いており、ちょうど中間辺りにはトリガーがあった。

 

 ジョージはそれが何なのか一瞬で把握した。

 なんせ前回の仕事で自分たちが()()使()()()物だ。しかもそれは一つだけではなく、()()()()に綺麗に並んでいるではないか。

 

「ふふふ、いいでしょこれ? 貴方達が大好きだって聞いたから、ここに来る前に買ってきたんだ。」

 

 楽しそうに笑う幼女とは対象的に、ジョージの頬を汗が滑り落ちる。

 これから起こることを理解してしまった故の緊張。どうにかしなければと思った彼はガチガチの体を必死に動かし、腰に下げていた愛用のリボルバーに手を伸ばそうとした。

 

 しかしそんなすっとろい動きを待つ幼女ではない。そもそもジョージの事など端から眼中にないのだ。先程の言葉も独り言のようなもので、返事など最初から聞く気はなかった。

 

「パーティの開幕だよ!!」

 

 幼女はそう叫ぶと、ポケットからテレビのリモコンのような物を取り出し、躊躇なくボタンを押した。とたんに筒の後方から反動相殺用のガスが噴射され、装填されていた菱型の弾に火が付く。

 

 ソレを見た瞬間、ジョージは反射的に横に飛び、力の限り大声で叫んだ。

 

 

 

 

 

 

 「対戦車ロケット弾(RPG)ーーーーーーーーーーーー!!!!」

 

 ダンスホールに爆炎の花が煌めき、会場は悪魔の狩場へ変貌した。

 

 

 

 

 

■□■□■□■□■□■□

 

 

 

 

 

「あ”あ”あ”あ”!! 誰か助けてくれぇえ!!!」

 

「俺の足がぁ~~!!」

 

「メディック! メディーック!!」

 

 "邪悪の花(イービルフラワー)"の宴会場は阿鼻叫喚の地獄と化していた。

 最初に打ち込まれた対戦車ロケット弾(RPG-7)16発により団員の半数が死亡。運良く生き残った者もどこかしらに傷を負っていた。

 

「フフフフフ、まだまだ行くよ~♪」

 

 さらにそれを行った金魚は、次は凄まじい威力の弾丸を吐き出し始めた。彼らは知るよしもなかったが、それは"4連装重機関銃(ミートチョッパー)"によるものだ。オマケによく見れば幼女の右にも小さな金魚が浮いており、こちらはポンポンと擲弾(グレネード)を吐き出していた。

 

(何だあのデタラメな金魚は!?)

 

 そんな中、"邪悪の花(イービルフラワー)"の(ヘッド)であるジャギンは床に伏せたままチャンスを伺っていた。念能力者である彼をしても、この火力はキチガイ染みていた。逃げようと起き上がれば周辺ごと弾幕で薙ぎ払われ、ダメ押しとばかりに擲弾を飛ばされる。そのため動くことが出来なかったのだ。

 

(どれぐらい生き残った?)

 

 しかし彼らも殺られっぱなしではない。中には武器を持ち出して反撃に出る者も居た。

 だがあまりにも火力が違いすぎて勝負になっていなかった。なんせ相手の弾はコンクリートの壁すら貫通しているのだ。それも機関銃並の連射速度で、弾が()()()()に飛んでくる。まさに弾幕と表現する他無い超火力である。

 

(俺の強盗団が……)

 

 大型の金魚が吐き出す弾丸が壁越しに肉片を量産し、小さな金魚の擲弾が壁ごと仲間を吹き飛ばしていく。おまけに上に乗る幼女を狙おうとしても、ちゃっかりと大型の"防弾盾(バリスティックシールド)"に隠れているではないか。おかげでこちらの銃撃は全く効いていない。まるで軍用の戦闘ヘリに拳銃で挑んでいるような有様だ。

 

(くそがっ!!)

 

 ジャギンは悲しかった。何年も前から一緒だった仲間たち。

 同じ苦労を背負い、少しずつ団を大きくしていった。それがまるでゴミのように死んでいく。もちろん自分たちがやったことを考えれば、報復されるのは当たり前のことだろう。だがこんな死に方は考えていなかった。あまりにも突然すぎた。

 

 そうして1分も掛からずほとんどの団員がただの肉袋へと変わり果てた。

 だがまだ終わってはいない。反撃が無くなり油断したのか、それとも何かを探すつもりなのか、幼女は金魚から降り部屋の中に乗り込んできたのだ。ご丁寧に最初に叫んだ仲間を撃ち殺しながら。

 

 ――勝機!!

 

 それを見たジャギンは息を殺してタイミングを図る。

 そして幼女が付近に来た瞬間、全身の筋力を使ってバネのように飛び起き駆けた。あの火力を前に遠距離戦など愚の骨頂。ならば活路は接近戦しかない。

 

 もちろん未だに2匹の金魚は存在している。だがそれらは左右に別れ、外からでは狙いづらかっただろう場所を撃っていた。つまり正面と背後は空いているのだ。今のうちに接近戦に持ち込めればまだ勝ち目がある。

 

「おおおぉぉぉ!!!」

 

「おっ?」

 

 ジャギンは全身にオーラを滾らせて、背後から幼女へ右手を叩きつける。

 仲間の敵を取らんと筋肉が膨れ上がり、腰の捻りにより加速した右フックがギリギリで差し込まれたシールドにぶち当たった。金属製の盾はビキビキとヒビが入り、衝撃により左方へと吹き飛んでいった。

 

(……ちっ! だがこれでもうコイツに防具はねぇ。あとは一発入れれば終わりだ!!)

 

 ジャギンは心の中で舌打ちしながら次の一手を考える。

 一撃で決着とは行かなかったが、幼女はもう攻撃を防げそうな物は持っていない。

 ならば次の一撃こそが確実に相手の命を刈り取るだろう。

 

 ジャギンは2メートルほどの距離を置き、金魚を従える幼女と対峙する。

 こんな見た目をしているが、実はジャギンは操作系である。【発】の【羅操撃(らそうげき)】は指で貫いた部位を動かせなくするという能力で、簡単に言えばどこぞの暗殺一家長男の超劣化素手バージョン。

 

 地味な能力だと思うが接近戦ではかなり有効だ。人間の体は複雑に組み合ってできている。故に一箇所が動かせないだけでも複数の部位に影響がでる。例えば肩を止めれば腕も動かせなくなり、腰が動かせなければ重心の移動などまともに出来ない。

 

「このクソガキが、絶対に許さねぇぞ!!」

 

 ジャギンはオーラの全てを手足の先に集中し、逃さんと言わんばかりに幼女を睨む。

 対して幼女は特に気負った様子はなく、盾の損失もどうでもいいようだった。

 

「あっ、生きてたんだ。でもごめんね、私が欲しいのって貴方の首だけなの。」

 

 でもそのままだとちょっと切り落としづらいから……跪いてくれる?

 

 そう言いながら幼女は大型のナタを取り出す。ジャギンは初め言われた意味が分からなかった。

 だがそうしている間に幼女は一歩前へ出た。まるで楽しい遊園地に踏み込むような気楽さで。

 

 彼我の距離が2メートルを切る。ジャギンは向こうが不利だと考えていたが、幼女には逃げ出す気配は微塵もない。

 

 ――ふざけるな。

 

 幼女の言動の余りの酷さに、ジャギンは怒り叫んで殴りかかろうとした。

 両側の金魚がコチラを向く前に踏み込み、ナタを躱しつつ相手の心臓を突く。血流が止まれば死なない人間は居ない。これまであらゆる敵を屠った必殺の一撃である。

 

 ――思い知らせてやる!!

 

 ジャギンは殺意を滾らせ一歩目を踏み出す。……だがそこで躓いた。足に力が入らなかったのだ。思わず下に目を向ければ、両足はいつの間にか撃ち抜かれていた。吹き出す大量の血が床に広がり、足元に血の池が作られていく。

 

「はい、残念でしたー。……ちゃんと【凝】しないからそうなるんだよ? 来世では反省しようね?」

 

 ジャギンは気づかなかったが、幼女の足元には()()()の金魚が浮いていた。【陰】で姿を消していたその金魚は、怒りによって【凝】を怠ったジャギンの両足を撃ち抜いたのだ。

 

「て、め、ぇ……」

 

 ジャギンの体が支えを失い、つんのめった様に倒れこむ。

 ジャギンは必死に両手をついて体を起こすが、しかしそこまでだった。

 一瞬で真横に移動した幼女は、一切の慈悲無くナタを振り下ろした。

 

 ――奇しくもその時のジャギンの姿は、まるでギロチンの前に傅く死刑囚に似ていた。

 

 こうしてあっさりとジャギンの首は落ち、邪悪の花(イービルフラワー)強盗団は全滅した。逃げ出せたものは一人もおらず、ジャギンの首と銀行から奪った現金は幼女がどこかへと持ち去った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「っしゃー!! 懸賞金&奪われた現金ゲットだぜ!!!」

 

 なお、現金は返却されなかった模様。銀行涙目。

 

 

 

 

 

■□■□■□■□■□■□

 

 

 

 

 

「うめうめうめっ!!」

 

「はー、よく食べるわねぇ。」

 

「だって美味しいんだもん!!」

 

 はい、そんな訳で強盗団を壊滅させたシズクちゃんです。

 "邪悪の花(イービルフラワー)"は実に強敵でしたね。現在はあれから数日後。私は天空闘技場内のレストランで、久しぶりに銀お姉さんとご飯を食べています。

 

「もっと追加する?」

 

「ステーキ2人前おねがいしまーす!!」

 

 おかわりも遠慮なく頼む。

 やはりここのステーキは美味しい。今の所この世界のステーキで一番だ。

 特にフォークを指しても緑色の汁が出てこないのが最高。ゾルディック家のステーキは食べると全身に激痛が走ったり、目と耳から血が飛び出たりしたからね。やっぱ普通が一番なんだなって。

 

「やっぱ料理は毒無しの方がいいなぁ。」

 

「それは当たり前の事では?」

 

「ですよねー。」

 

 そうそう、それからゾルディック家といえば、こうして外に出してもらえるようになったよ。3ヶ月経ってようやく毒耐性の獲得が無理って理解してもらえたのだ。出来ればもっと早く気づいてほしかった。

 

 あと誓約でパワーアップしたのも効いたみたい。金策として暗殺の仕事を回してもらえる事になったし、つまり後は実践で経験を積めってことかな。だからゾルディック家にはこれからも定期的に顔を出す予定だ。えっ、暗殺に忌避感? そんなの有るわけない。むしろ金になるならバッチこいだ。

 

「それで新しい装備はどうだった?」

 

「んー、かなりいい感じ。特に4連装の重機関銃はすごかったよー。」

 

 追加で運ばれてきた料理をバクバクと平らげながら前の戦闘を思い出す。

 今回の強盗団退治はパワーアップしたデメちゃんと、一新した装備のテストを兼ねていた。

 

 まずはデメちゃん。

 誓約によるパワーアップによりサイズ・耐久・速度が上昇。更に複数の具現化が可能になった。

 多く具現化するほど一匹が小さくなってしまうが、やはり多角的に敵を狙えるのは強い。

 

 大きさは全体で上限が決まっていて、金魚ごとに振り分ける感じ。

 例えば1匹なら3メートル。2匹なら2メートルと1メートルだ。強盗団との戦いでは主武装用の2メートルと、副武装用の50センチ×2の3匹を具現化していた。

 

(50センチなら6匹同時に具現化できるけどね。でも3匹ぐらいが一番使いやすい。)

 

 そして距離は5メートルまで。それ以上離れると消えてしまう。

 だがそれでも十分だ。複数具現化と併せれば、よっぽど熟練した念能力者でなければ躱せないだろう。十字砲火どころか、3次元的なキルゾーンを作れるのだから。もちろん複数場所を同時攻撃することも出来る。また、私の念能力が成長すれば距離はもっと伸びるだろう。

 

(おかげで殲滅速度が格段に上がった。これならもう数だけの雑魚に後れは取らない。)

 

 それから一新した装備類。

 最初に16発ぶっぱしたのは"RPG-7 対戦車ロケット擲弾発射器"。

 昔の戦車なら壊せるだけの火力が有り、発射筒は使い回しが可能。しかもコピー品が多く出回っているため弾が安い。強盗団の様子を聞いて仕入れたものだが、中々使い勝手が良いので今後も使っていく予定である。お値段は16丁で720万ジェニー。

 

 次に4丁同時斉射していたのが"ブローニングM2 重機関銃"だ。

 今まで使っていた手持ち用の機関銃とは違い、戦車やヘリに()()()()使われる()機関銃である。

 元々は低空飛行する航空機を撃ち落とすための武装で、対物狙撃銃の弾を連発する恐ろしい兵器だ。愛称はミートチョッパー。値段は4丁で680万ジェニー。

 

 それから小型デメちゃんがポンポン撃ってたのが"Mk19 自動擲弾銃"。

 グレネード弾を分間40発連射する。弾速が遅くて念能力者との戦闘では微妙だが、今回のような殲滅戦ではかなり有効だと分かった。

 一発で半径15メートル内の人間を殺傷出来るので、適当に撃ちまくればだいたい死ぬ。こちらも設置型の武装で、上記のM2重機関銃と選択になっている事も多い。値段は160万ジェニー。

 

 最後に構えていた盾が"バリスティック・シールド(防弾盾)"。

 地球ではSWATとかが使ってる盾だ。流石にオーラを込めた攻撃には耐えられないが、ただの銃撃なら十分防げる。子供のわたしなら全身を隠せるし、防御にオーラを使わなくて済むのも良い。値段は70万ジェニー程度なので使い捨てでおk。

 

 もちろんこれらは金が有っても普通は手に入らない。だが早速ライセンスを使ってみた所、効果は抜群だった。すごいよね、ちょろっと提示するだけで子供でも軍の兵器が買えちゃうとか。協会の権力やべーわ。

 

(ライセンス万歳!! 余計な戦いもあったけど受けてよかった。)

 

 そしてこの全ての火器に遠隔発射装置を取り付け、リモコンで操作できるようにした。

 今まではこういう使い方は出来なかった。なんと言っても誤射が怖かったのだ。急にゲートを閉じる時もあるだろうし、そうすると部屋の壁が吹き飛んでしまう。

 

(キャシャリン軍曹にバレットM82(対物狙撃銃)を射ち込んだ時も、発砲音で闘技場の職員さんが部屋に踏み込もうとしたらしいし。)

 

 だがすでにこの問題は解決済みだ。

 付近に誰も住んでない郊外の土地を買い、地下室を作ってこれらの銃を設置したのだ。今までは身元不明で土地なんて買えなかったからね。これでもう大型の兵器も遠慮なく使えるよ!!

 

「という訳で、一ヶ月後のバトルオリンピアに備えてもっと強い兵器を用意したいんですけど。」

 

「もう十分だと思うけどまだ増やすの? 例えば?」

 

「20mmか30mmのガトリング砲。」

 

「うーん、この火力厨め。」

 

 そう言われてもガトリングはロマンだからしょうがない。

 それに大火力を一方的に撃ち込むって気持ちよくなれそうでしょ?

 

「まぁライセンスがあれば買えるでしょうけど。でも本体価格と弾代が幾らか知ってる?」

 

「……全然知らない。幾らなの?」

 

「そうね、20mmガトリング砲(M61A1バルカン)が本体3千万ぐらいかな。」

 

 ふむ、まぁそんなものか。ブローニングM2重機関銃が1丁で170万だったからね。大型になって精密な部品も増えるだろうし、それぐらいはしょうがない。

 

「それから弾薬なんだけど。」

 

 うん? 12.7mm弾が300ジェニーだから、700ジェニーぐらいかな?

 

「20mm弾は3600ジェニーよ。」

 

「3600? ああ、4発ぐらいで?」

 

「いえ一発で。この砲の発射速度は6600発/分だから、一分間で2376万掛かるわね。」

 

 ふぁ!? ちょっとまって、いきなり高くなりすぎじゃね?

 

「で、30mmガトリング砲(GAU-8アベンジャー)は本体2200万なんだけど。」

 

 おっ、ちょっと安くなったぞ。ならもうこっちを4台ぐらい仕入れるべきかな。

 

「30mm弾は一発18000ジェニーするの。一分間撃つと7560万が飛ぶ。」

 

「たかすぎぃ!!!」

 

 もうそんなの万札を打ち出してるようなもんじゃん!! 全然気持ちよくなれないよ!!

 

「あと銃身の回転は電動式だから電気も必要だし、メンテナンスも大変よ。それでも買う?」

 

「今はちょっと手が出せないかな……」

 

 ぐぬぬぬぬ。欲しいけど流石にこれは無理か。特に今はグリードアイランドの為にお金が必要だし。めっちゃ欲しいけど!! ああああ、アベンジャー撃ちたーーい!!!

 

「ところで噂では銀行から奪われたお金が行方不明らしいけど? 確か20億だったかしら。」

 

「……早く見つかるといいね。」

 

 早々に話を打ち切ってステーキを口にかっこむ。

 銀お姉さんがジト目で見てくる。だが私は返したりしねぇ!! 犯罪者が持ってた物は倒した人の物。これは異世界転生の常識だ。まぁハンター世界ではロンダリングしないと使えないけど。ゾルディック家に帰ったらこっちも頼まなきゃね。手数料で半分引かれるとして……10億ぐらいは残るといいなぁ。

 

 

 

 

 

■□■□■□■□■□■□

 

 

 

 

 

 そして1年後の1987年7月1日。

 今日は待ちに待ったグリード・アイランドの発売日である。

 

 半年前に発売が発表されると58億の一括払いのみにも関わらず申し込みが殺到。

 倍率は200倍だったらしいが、私はなんとか購入することが出来た。

 この1年ずっと金策で走り回った努力が報われて嬉しい。

 

「いやぁバトル・オリンピアは激戦でしたね。まぁ予定通り優勝したけど。」

 

 事前にデメちゃんの口に爆薬を詰めといて自爆特攻させたり、3メートルのデメちゃんで殴って頭をかち割ったり、決勝では原作ジョネス戦時のキルアを真似して心臓をくり抜いたりした。

 

 これは実はせがんで教えてもらったゼノさんの直伝だ。技術的には未熟の一言だが、オーラの量に物を言わせて強引に抜き取った。放送事故? 知らんがな。

 

 おかげで通り名も"血塗れ姫"にチェンジだ。8才の女の子にはちょっとおどろおどろしい名だと思うが"玉砕姫"よりはマシだろう。私が呼び出すのは緑の子鬼じゃなくて真っ赤な金魚だけどね。

 

 それと優勝のインタビューで『銃器や殺し方などは全てツェズゲラさんに習った』と言っておいたので、これで私の師匠がツェズゲラさんだと世間に広まった。

 

 実際すでに一部では『才能ある少女に銃器と殺しの味を教え込んだ鬼畜おやじ』として有名になってしまっている。ヘイトが向かって大変そう。

 でも連絡しても『この程度の中傷で慌ててはマネーハンターは名乗れない』なんて言っていた。さすが師匠だ。顔の面が厚い。きっと顎髭もクッションになっているのだろう。自身の知名度も上がったからとお祝い(お金)までくれた。

 

「やっぱり持つべきは話の分かる師匠だね。」

 

 ちなみに58億の内訳はこんな感じ。

 200階までのファイトマネーが4億(内1.5億は使用済み)。

 強盗団から回収した金が10億(ロンダリング済み)。

 闘技場の賭けの勝ち分が1.5億。

 バトルオリンピアの優勝品の売却が10億。ココまでで計24億。

 

 残りは賞金首を狩ったり、暗殺依頼を受けたり。特に賞金首は溜め込んでる金品も丸ごと頂けるからかなり美味しかった。もう何人狩ったか覚えてない。

 

「でもほとんど使っちゃったんだよなぁ。」

 

 GI購入の当選通知が来てから速攻で振り込んだので、もう預金は1億ぐらいしか残っていない。ちょっと心もとないが、まぁこれからはしばらくGIに専念するから構わないだろう。

 

 ちなみに購入申込みはハガキとメールの両方で行った。ちゃんと宛先には開発会社名の横に『開発総責任者のジン=フリークス様へ』って書いておいたよ。あと裏には念字で『レイザーによろしく!』とも。知らないはずの情報を書いて目立つ作戦だ。おかげで楽々当選である。

 

 ゲームマスター達にはなんで知ってるんだ!? って思われるだろうけど、ジンなら『おもしれぇ』の一言で済ませてくれそう。なんたって十二支ん一の破天荒だから。まぁこの辺は原作知識でジンの性格をある程度知ってる故の遊びも入っている。

 

 あと連絡が来る事も期待していたが、こっちは残念ながら来なかった。もしかしたらジンとコネが作れるかも、なんて思ったんだけどね。ちょっと残念だ。

 

「で、振り込み後に送られてきた確認通知書には『同封した"引換券"をテーブルの上に置き、発売時刻をお待ち下さい』とあったけど。」

 

 指定された発売時刻まであと1分。私ドキドキしながらその時を待つ。

 そうして時間になると……

 

「おおっ?」

 

 引換券が強烈な光を放ち始めた。

 そしてそれが収まると券を置いていた場所には"GREED ISLAND"と書かれたパッケージが。恐らく念能力を使って入れ替えたのだ。まさに"引換券"だったという訳だ。

 

 私はパッケージを両手でつかみ、頭上に掲げて叫んだ。

 

「キタ━━━━(゚∀゚)━━━━!!」

 

 ついにねんがんの グリード・アイランドを てにいれたぞ!!

 




読んで頂き有難うございます。
パワーアップしたデメチャンのお披露目&金策回でした。
次からグリードアイランド攻略が始まります。


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第25話 美女とセクハラは蜜の味

誤字脱字報告・感想・評価・お気に入り有難うございます。
今回からGIに突撃です。よろしくおねがいします。


「ドキドキ☆グリードアイランドプレイ、はっじまっるよー!!」

 

 私は上がりすぎたテンションそのままに声を上げた。

 

 長かった。この世界に生まれ直して9年と半年。

 ついに、ついに夢にまで見たこのゲームをプレイできるのだっ!!

 

「フフフフフ、じっくり堪能してあげるよ。()から()までね。」

 

 もちろんこの時の為の準備は万全だ。

 まずプレイ場所。これは専用の地下室を作ることにした。場所は私が郊外に買った土地、銃器の設置所の真下である。とはいえ勝手に掘って小さなコンテナを埋めただけなので設備は最低限しかない。明かりとモニターとジョイステーション、そしてそれらを動かす大型バッテリーだけ。

 

「どうせグリードアイランドをやるだけの場所だからね。余計なものは要らないよね。」

 

 もう上部は埋めてしまったのでゲートでしか入れない。頑張って100mぐらい掘ったのだ。

 大げさかもしれないが、プレイ中はグリードアイランド本体が放ったらかしになるので、コレぐらいの防犯は必須である。なんせ1本58億だから。あっ、一応、空気穴は通ってる。

 

「それでもこの場所がバレたら掘り返されるだろうね。」

 

 次にゲームで使う道具。

 新品のROMカードが3枚。方位磁石と腕時計。目立たない外装。

 あとは新調した大型リボルバー、S&WのM460。拳銃弾の中で()()の弾が撃てる銃だ。弾数は5発なので、命中率重視で丁寧に撃つ。

 

 えっ、デザートイーグル(自動拳銃)? 奴は威力も速度も足りないことが分かったので、その……今までありがとうってことで。代わりにこのリボルバーでプレイヤーの手をバンバン撃ち抜くよ!!

 

「私に呪文(スペル)カードを唱える奴は許さない。」

 

 ゲーム内には呪文カードという物が用意されているが、それだって念能力の一種には違いない。

 

「ならいきなり念を掛けるような人は撃たれてもしょうがないよね?」

 

 だから遠慮なくバンバン撃とうと思います!! たのしみぃーーー!!

 

 それから【発】も新しく作った。その名も【深淵を覗く者(アクセル・マインド)】。

 操作系の【発】であり、効果は自身の脳を操作して思考を加速させること。

 一言でいえばアクセル・ワ○ルドのパクリである。

 

 名前の由来は英雄王が持つ千里眼"全知なるや全能の星"から。

 これは元々はギルガメッシュ叙事詩の一節なのだが、私のはその別訳のアレンジだ。

 この世界の前に邪神の祭壇を見ている事にも掛けていて、個人的にしっくりきた名前だと思っている。

 

 この【発】はLv1~3の段階が有り

 Lv1はほんの少しだけ脳を活性化させる"防護用"

 Lv2は脳内麻薬を強制分泌し集中力を高める"戦闘用"

 Lv3は脳機能の一部を停止させ、思考を極限まで高速化する"切り札"

 

 基本的に睡眠時以外はLv1で常に発動させたままにする。というのも、このゲームには相手を()()するアイテムが多すぎるのだ。なのでこの【発】はそれらの防止用。操作系は早いもの勝ちなので、こうして先に自分で操作しておけば効かない。

 

「移り気リモコン、コネクッション、なんでもアンケート、魔女の媚薬、レインボーダイヤ……私が覚えてるだけでもこんなにあるからなぁ。」

 

 原作で描かれたのは念戦闘と呪文カードでのやり取りだったが、真に恐ろしいのはアイテムの方だと思う。せめて脳だけでも保護しなければおちおちプレイ出来ない。

 

 それこそ移り気リモコンなんて離れた所から感情を操作できるからね。何時の間にか見知らぬ人にぞっこんにされたら目も当てられない。これを作った連中には間違いなく愉悦勢が混じってると思う。

 

 ちなみに付けた制約は3つ。

 〈制約1〉Lv1の発動にはペンダントが必要。

 〈制約2〉Lv2はペンダントを身に着けていた1時間に付き3分しか使えない。

 〈制約3〉Lv3を発動した場合、この能力は1週間使えなくなる。

 

 1つ目は原作シズクの格好(コスプレ)で必要になるペンダントを発動条件にしてみた。すでに装備済みだが、私のは原作の逆十字ではなく通常の十字架だ。色はもちろん金色。

 2つ目はチャージ式。どうせ1つ目で常に身に付けるのでついでだ。対象は過去の24時間。

 3つ目はLv3の使用後を制限。これを使うときは生きるか死ぬかの瀬戸際だと思うので、後のことは考えない。

 

 他にも色々用意したが、今回持っていくのはこれぐらいだ。

 

「よし、忘れ物はないね。それじゃあ早速、行ってみよう。」

 

 私はROMカードをジョイステーションの1P側に指す。

 それからグリードアイランドのディスクをセットしパワーをONにする。電源が入ったら手を当てながら【練】を行い、ゲームの世界へ旅立った。

 

 

 

 

 

■□■□■□■□■□■□

 

 

 

 

 

 気づけば小さな部屋の中に居た。さっきまで居た地下室とは違う場所だ。

 

 私は周囲をぐるっと見渡す。小さな球場の部屋だ。黒い壁には白い幾何学模様が無数に描かれていて、その宇宙映画のようなSF感は見ているだけで心をワクワクさせる。くぅ~、テンション上がってきた!!

 

 私は一つだけあったドアに近づく。自動で開いた先の通路を進めば、そこには再び小さな部屋があった。

 

「グリードアイランドへようこそ。あなたのお名前をお教え願えますか?」

 

 部屋の中央、浮いている台座に乗っているお姉さんが名前を聞いてくる。

 ジンの仲間でゲームマスターの一人である"イータ"さんだ。

 

「"ちんちん"で。」

 

「えっ……」

 

 私は考えてあった名前を告げる。イータさんは困惑してしまったが、どうせこの1周目はテストだ。あとでやり直すのでこんな名前でも困らない。

 

「だから"ち↑ん↓ち↑ん↓"です。はよっ。」

 

「そ、そう。……んんんっ!! では"ちんちん"さま。コチラの指輪を。好きな指に嵌めて下さい。」

 

「ちんちんに嵌めるのは?」

 

「あなた女の子でしょ!?」

 

 若干頬が染まったイータさんから指輪を受け取る。裏側を見ればびっしりと神字が書き込まれていた。すぐに左手の中指に嵌めると大きさが変わり、私の指にピッタリのサイズになった。

 

「ではコレよりゲームの説明をいたします。"ちんちん"様、ゲームの説明を聞きますか?」

 

「結構です。」

 

「えっ……」

 

 もちろん説明はスキップする。原作知識で知ってるから聞く必要はない。

 それにしても初回なのに強制じゃないとか、やっぱジンは分かってる。チュートリアルが強制だとリセマラがだるいんだよね。

 

 一言でいえばグリードアイランドはカードを集めるゲームである。

 クリアに必要な枚数は100枚。それも指定されたカードが必要だ。

 

 そしてクリア報酬は集めたカードの中から3枚をゲーム外に持ち出せる事。その為、原作では3人組でプレイしてる人たちが多かった。クリアしたら一人一枚ずつ選ぶという訳である。難易度を考えれば、それが一番効率的なプレイだろう。

 

 だが私は()()()欲しい。強欲すぎる? その通りだ。だってめちゃくちゃ便利なカードが沢山あるんだもん。1枚だけじゃとても足りない。

 

 だから私の目標はこのゲームを()()()()()する事。

 レイザーとの戦いがネックであるが、手段を選ばなければ勝てる算段は有る。

 例えばゾルディック家の人たちに依頼するとか。まぁこれは最終手段だけどね。

 

「それでは御健闘をお祈りいたします。そちらの階段からどうぞ」

 

「はーい。"ちんちん"、イきまーす!!」

 

 私は某ロボットアニメの主人公のノリで駆け出す。自分でも良くわからないテンションだがしょうがない。だってここはグリードアイランドだから。

 

 階段は途中から外に出てもまだ続いていた。大きな柱の周りをぐるっと一周する感じだ。

 吹いてきた風に目を細めて周囲を見渡せば、ここは見渡す限りの草原だった。

 

 私はそのまま階段を下り、ワクワクしながら大地に一歩目を踏み出して……

 

 ――ふにょん。

 

「えっ」

 

 予想外の感触で我に返った。

 慌てて足元を見れば、そこには草を貼りつけた服(ギリースーツ)の人が大の字で寝ていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「それは私のおいなりさんだ。」

 

「へ、変態だぁああああああああああ!!!!!!!」

 

 足はその人の()()()()()()の上に乗っていた。

 私は思わず悲鳴を上げ、全力で階段を駆け上がった。

 

 

 

 

 

 

■□■□■□■□■□■□

 

 

 

 

「はぁはぁはぁはぁ……。」

 

 先程踏んだ変態を縛って階段の裏に放る。変態は白目のまま口元をにやけさせ、とても幸せそうに気絶している。流石に寝転がっていただけなので殺してはいない。縛る途中で殺しといた方がいいんじゃね? とは思ったが。

 

「迂闊だった。考えてみれば今はゲームが始まったばっかりだ。」

 

 まだ原作のギスギスオンラインじゃないんだから、こんなエンジョイ勢が居ても不思議じゃない。でもこんな変態はもう居ないで欲しい。いや本当に。

 

「ふー……。」

 

 私は一旦深呼吸。

 

「よし、落ち着いた。」

 

 それから改めて行動を開始する。

 

「まずは"魔法都市マサドラ"を目指そう。」

 

 その街は呪文カードが唯一売られている場所で、このゲームで最も重要な街といっても過言ではない。地理的にもゲームが行われている島のほぼ中央にあるので、拠点にするには持ってこいだ。

 

 私は右のポケットに手を突っ込み、用意しておいた方位磁石を取り出して方位を確認する。

 

「えーと、北はあっちか。ん~、ここからだと建物なんて見えないね。」

 

 目を凝らしても見えるのは草原に生える木と、地平線の向こうにそびえる山だけ。

 普通のプレイヤーならここでどの方向へ進むか迷うだろう。だが私は原作知識である程度は島の地理を知っている。この先にはちゃんと街がある。

 

「さて行く方向は分かったから……おいでデメちゃん。」

 

 進む方角を決めたら次は移動手段の確保。

 私は何時ものように、自身のもっとも信頼する念魚を具現化する。体からオーラが吹き出して形となり、すぐ目の前に()メートルの巨大金魚が出現した。ゾルディック家に連れ込まれてから今日まで、1年半の修練で更に大きくなったデメちゃんだ。

 

「今日は沢山移動する予定だから宜しくね。」

 

『ぎょっぎょー!!』

 

 沢山飛べると知ったデメちゃんが嬉しそうに跳ねる。

 振り回される尻尾はブオンブオン!! と風を切り、ぶつければ大の男を吹きとばせそうな迫力だ。もうその辺の雑魚ぐらいなら尻尾だけで無双できそう。

 

「よっし、行こうか。」

 

『ぎょっぎょっぎょっ!!』

 

 私は何時ものようにデメちゃんの頭の上に乗り空へ飛び立つ。デメちゃんを【陰】で隠し、私自身も航空迷彩(灰色)の外装を着ているので、よっぽど注意して空を見ていなければ気づけないだろう。

 

 そうして進むと『懸賞の街アントキバへようこそ』という垂れ幕が見えてきた。

 

「おっ、あれがパスタの街かな?」

 

 巨大パスタの大食いチャレンジがある街だ。また優勝すると指定ポケットカードがもらえる月齢大会もある。

 

「まぁ寄らないんだけどね。」

 

 アニメで見たパスタは美味しそうだったのでちょっと心を惹かれるが、パスタは逃げないので今はスルーだ。月齢大会も開催は15日だからまだ余裕がある。ただし何度も飛んで来るのはめんどうなので【接続ポイント】だけは作っておく。

 

「この辺りで良いかな。」

 

 まず郊外で人が近づきそうにない場所を探し、周囲を観察して記憶する。

 

 実は【接続ポイント】の作成数の上限は私の記憶力に依存していて、試しに周囲の光景を思い出さないようにしたら使えなくなった。そのため私は記憶が薄れないように、起床時と睡眠前に全ての場所を思い出す事を日課にしている。おかげで今の所、故意に忘れた場所以外で使えなくなった【接続ポイント】は無い。

 

 そうして記憶が終わったら次に地面に念で金魚の絵を描き、その上に立って【練】をスタート。そのまま30分経てば完了だ。

 

「よし終わり。さっさと進もう。」

 

 さくっと【接続ポイント】を作ると、再び北上を開始する。

 すぐに山賊が出る山林地帯が見えてきた。土下座攻撃で身ぐるみを剥いでくる山賊がいる場所だ。当然ながらここはスルー。

 

 用が有るのはその先の岩石地帯だ。ここでモンスターを倒してカードを手に入れておく。

 

「おー、予想よりでっかい。」

 

 最初に見つけたモンスターは"1つ目巨人"。4メートルを超える長身が振り回す棍棒はかなりの威力だ。だが攻撃パターンは2つしか無く軌道が丸わかり。オマケに弱点である眼も丸出しである。

 

 言わばチンチン(弱点)をブラブラさせたまま襲ってくる巨大蛮族だ。これぐらいならデメちゃん無しでも全然余裕。棍棒を避けながら肩を登り、眼に蹴りを入れるとカードに変わった。

 

「はいサイクロプスもどきゲットー。……G-333か、レア度低いなぁ。」

 

 このゲームのレア度はSS~Hまでの10段階。つまりこのカードは下から2番目という事になる。

 すぐに『ブック』と唱えてバインダー()を出現させる。コレは指輪を付けていると誰でも使える呪文で、本の中には指定カードしか嵌められないポケットが100個と、どのカードでも嵌められるフリーのポケットが45個ある。

 

 私のその後者、フリーポケットへカードをはめ込む。巨人はまだまだ居るが残りは放置だ。どうせこれはテストで使うだけなので1枚で十分。終わったらデメちゃんに乗って先を急ぐ。

 

 それからしばらく北上を続けると湖が見えてくる。

 そこから北西へ進めば、ついに目的地に到着だ。

 

「マサドラ到着ーっと。飛んできたせいか意外と早かったね。」

 

 左手に付けたデジタルウォッチを覗き込む。

 ゲームに入ってからは約2時間が経過していた。中々いいタイムだ。

 

 まぁなんたって今のデメちゃんの飛行速度は時速60キロだからね。グリードアイランド時のゴンキルが70キロを2.5時間で走ってバテていたのを考えると破格の速度である。やっぱり私のデメちゃんは最強だな。

 

 この街では郊外に【接続ポイント】を作ってから、トレードショップへ"1つ目巨人"を売りに行く。原作では沢山の人がいたが、まだ始まったばかりなせいかプレイヤーは一人も見かけない。

 

「はいよ2000ジェニーね。」

 

「やっす。もうちょっとオマケしてよ。」

 

「無理だ。」

 

 思ってたよりも金額がしょっぱい。今後は巨人に出会っても相手せずにガン逃げしよう。得た金はそのままショップに貯金する。

 

 これでこの街での用事は終了。すぐ街から出て、今度は西の港を目指して進む。

 距離は約50キロだ。途中の森には二足歩行の狼人型モンスターが武器を持ってウロウロしていたが、空を進む私には関係なかった。もちろん着いたらすぐに【接続ポイント】を作る。

 

「これでよしと。んじゃ一旦戻ろ。」

 

 終わったら悪人面の所長を倒し、手に入れた"通行チケット"を使ってゲーム外に出る。

 ログアウト用の部屋に入ると、そこにはログイン時のお姉さんと同じ外見の人が居た。ゲームマスターの一人、入口に居たイータさんと双子の"エレナ"さんだ。

 

「いらっしゃい。島から出るのですね? それでは行き先を決めて下さい。」

 

「ログインした場所も可能ですか? 出来るならそこでお願いします。」

 

 この時に選択できる現実の港は50個以上あるが、今回は使用したジョイステーションの場所を指定する。原作でキルアが数時間で出戻りしてたので選べるはずだ。

 

「畏まりました。それではまたのご来島をお待ちしております……」

 

 予想通りログイン元への帰還は可能だった。

 エレナさんが手元のボタンを押すと、退出用の瞬間移動が発動。気づけば私はプレイを始めた部屋に戻っていた。無事にグリードアイランドから帰還したのである。

 

「よし、一周目終わり!! ……なんだログアウトするの簡単じゃん。」

 

 用意してあったジュースを飲んで一息つく。

 手元の時計を確認するとログインから約4時間が経過していた。120キロぐらい移動し、【接続ポイント】を3箇所も作ったにしては中々のタイムだろう。

 

 さてここで、この行動に一体何の意味があるんだ? と思う人も多いだろう。だがこれは今後の事を考えると必要なことである。

 

「めんどくさいけど、今のうちにやっとかないとね。」

 

 何かを利用しようとするならば、誰よりもそれに詳しくなければならない。悪徳弁護士が真摯に法律を学ぶように、クラッカーが気が狂うほどプログラムを弄り回すように。

 

 このグリードアイランドというゲームを()()()()()()()為には、他の誰よりも仕様を詳細に()()する必要があるということだ。

 先程の1周目はそのための布石である。なんせ私の目標はソロクリアだからね。

 

「という訳で早速、仕様確認を始めよう。まずはROMカードの有効性から。」

 

 指定ポケットのデータは指輪に保存される事が分かっている。

 ゲーム外で指輪をはめ直せば、新しい方のデータが上書きされるのだ。

 

 しかしこれは逆に考えれば、指輪にはカード以外のデータは入っていない、という事になる。

 

 では他のデータはどうなっているのだろうか?

 自分の名前、出会ったプレイヤー、訪れた街、建てたフラグ、入手したアイテム、掛けた呪文。これらのデータはどこに保存されているのか? ROMカードだとすればどこまで? 調べなければならない。

 

「一旦、電源オフにしてっと。」

 

 私はジョイステーションからグリードアイランドを外し、使っていた1P側のROMカードのデータを、未使用のROMカードへコピーする。それが終わったら()()()()()()を1P側へ差し替えた。

 

「さて、はたしてこのコピーROMカードは有効かな?」

 

 もし何時セーブしたROMカードでも有効なら、色々と()()()な使い方が出来るだろう。ダメでもその場合の対応が分かる。データが丸ごとリセットされるのか、それとも一部は残るのか。

 

「めんどうだけど、この調査は今しか出来ないからね。」

 

 今ならデータがリセットされても痛くない。逆にゲームを進めてからは怖くて出来ない。途中で全リセなんてやらかした日にはガン泣き不可避だ。地下世界……ゾーマ戦前……デロデロデロリン……うっ、頭が……。

 

「よ、よーし、んじゃ2周目に行ってみよう!!」

 

 私は飲み終えたジュースを置き、頭を振って過去の苦い記憶を追い出す。

 それから電源を入れてグリードアイランドを起動。ジョイステーションに【練】を行い、再びゲームへ飛び込んだ。

 

 

 

 

 

 

「グリードアイランドへようこそ。おお、あなたはもしや"ちんちん"さまでは?」

 

「はーい、お姉さんが大好きな"ちんちん"です!!」

 

 中に入るとイータさんが1周目のプレイヤーネームを呼んだ。

 よかった。どうやらコピーしたROMカードでもOKな模様だ。ちんちんは続行!!

 

「フフフ、綺麗なお姉さんが嫌々卑猥な言葉を喋らされるのって興奮しちゃう。」

 

「……フフフ、誤解されそうな発言は止めてくれる?」

 

 イータさんが青筋を立てながらコチラを睨んでくる。その表情からはとっとと先に行け、という無言のプレッシャーを感じる。だが私はそこで草原への階段を降りず、()()()デメちゃんを具現化した。

 

「えっ、ちょっと」

 

「またすぐ戻ってきまーす!!」

 

 そして堂々とゲートを使い、マサドラへ移動した。能力を把握されてしまう事になるが、これはしょうがない。元々ゲーム内ではゲートによる転移を遠慮なく使う予定だったし、そうするとばれるのは確実だ。

 

 タダでさえこれから何度もゲームに出入りする予定なのだ。ログイン→ログオフ→再ログインにかかる時間から、瞬間移動系の【発】を持ってるのは一発で気づかれる。なのでもう開き直って、最初から堂々と使うことにした。

 

「1000ジェニー引き出しで。あと"キングホワイトオオクワガタ"について教えて。」

 

 マサドラでは()()()()()()()為に金を引き出し、ついでに今後に必要なカードについても聞いておく。トレードショップではランクAのカードまで情報が買える。SとSSの情報も売ってよ。

 

「はいよ。その情報は3万ジェニーになります。」

 

「たかーい。」

 

 残念ながら高すぎて手が出せない。

 だが金額は分かったので次は稼いでくればいい。そしてこれで2周目でやることは終わりだ。

 

 私は人が居ないところでゲートを使って港へ。

 そこでリポップしていた所長の首を天蓮華でコキャッ!! っと圧し折り、チケットを手に入れ現実に戻った。

 

「これで()()()()()()()()の新旧ROMカードが出来た。」

 

 引き出して1千ジェニーの新ROMカード。そして2千ジェニーのままの旧ROMカードだ。

 

 私は早速、旧ROMカード(2千ジェニーの方)を1P側に差し替える。

 さてこれはどうなるかな? もし有効なら貯金の()()()()が可能になるが……

 

「まぁ流石に無理だろうね。」

 

 恐らく対策はされているだろう。この手のバグはゲームの寿命を致命的に縮めるからね。相場が崩れた世界などディストピアと変わらない。引退者が続出するから。

 

 それでも私はダメ元でゲーム機に【練】を行い、三度ゲームへと飛び込む。

 

「あれっ?」

 

 ゲームに入った瞬間、違和感に気づく。付けていた指輪が無くなっていたのだ。

 

「あちゃー、やっぱダメかぁ。」

 

 そのまま先に進んでみると案の定、プレイヤーネームの設定が始まった。

 

「お名前をお教え願えますか?」

 

「"パイパイ"で。」

 

「パっ!?」

 

 私は別の名前でゲームを再スタートする。

 それからすぐマサドラのトレードショップに行ってみるも貯金は0だった。つまり全部がリセットされたと言うことだろう。すぐに港からログアウト。

 

「4回目はROMカードを外してっと。」

 

 それから今度はROMカード()()でプレイを始める。

 ちゃんと指輪も外して置いていく。入ったら"シリシリ"という名前でスタート。

 すぐにログアウトしてみると、外に置いていた指輪が消えている。

 

 続けてROMカード1(パイパイ)でログインすると、やはりこちらの方もリセットだ。

 そのまま"オッパオ"という名前でスタートしてすぐログアウト。

 

 最後に3枚目のROMカード3でログインし"カモカモ"という名前でスタートする。

 ログアウトしたらROMカード1(パイパイ)に差し替えてログインだ。するとこちらもリセットだった。

 

「はい検証完了ーー。あー、疲れた。」

 

 だが何度も出入りを繰り返した事で、データの保存方法はだいたい見当が付いた。

 私は記録を残すため、ノートにペンを走らせる。

 

 ココまでの行動を箇条書きにするとこうなる。

 なお()内はプレイヤー名、セーブ=ログアウトである。

 

 ①普通に初めて普通にログオフ

 ・ROMカード1でログイン(ちんちん)

 ・ROMカード1にセーブ(ちんちん)

 

 ②コピーしたROMカードを使ってみる

 ・ROM1のデータをROM2にコピー

 ・ROM2でログイン(ちんちん)→前回の続きから

 ・ROM2にセーブ(ちんちん)

 

 ③過去のROMカードでログイン

 ・ROM1でログイン(ちんちん)→リセット確認→(パイパイ)で再スタート

 ・ROM1にセーブ(パイパイ)

 

 ④一度ROMカード無しでログインした後にセーブ有のROMカードで入り直す

 ・ROM無でログイン(シリシリ)→ログアウト

 ・ROM1でログイン(パイパイ)→リセット確認→(オッパオ)で再スタート

 ・ROM1にセーブ(オッパオ)

 

 ⑤2垢目を作ってから、1垢目でログイン

 ・ROM3でログイン(カモカモ)

 ・ROM3にセーブ(カモカモ)

 ・ROM1でログイン(オッパオ)→リセット確認

 

「うーん、流石ジン一味。やはり不正出来そうなとこはきっちり対策済みか。」

 

 以上を簡単に纏めるとこうなる。

 ①ROMカードのデータは最後にログアウトした物のみが有効。

 ②無効なROMカードを使うとゲームの進行がリセットされる。

 ③一人一データしか保存出来ない。複垢禁止。

 

 原作でミルキが解析していた事を踏まえると、ROMカードには解ける暗号化しか施されていない。上記にプラスして考えれば、プレイヤーのデータは島側に保管されている、というのが無難だろう。

 

「とするとROMカードに書き込まれるのは……使い捨てのパス辺りかな?」

 

 おそらく仕組みはこうだ。

 ゲームにログインするとユーザーの生体情報が参照され、前回ログオフ時に"島側に保管されたパス"と"ROMカードに書き込まれたパス"が比較される。この2つが一致した場合のみ、前回の続きのデータが使用可能になる、と言う感じだ。

 

 いわばプレイする本人が1次パスで、ROMカードはワンタイム(一時)パスだ。

 これなら複垢プレイは出来ないし、ROMカードを使い回すことも出来ない。

 

「……まぁあくまで私の想像だけどね。」

 

 過去のROMデータが無効なのは想定内だが、複垢が出来ないのはちょっとめんどう。

 ゲーム内は呪文カードで粘着が可能だから。

 

 まぁ原作でツェズゲラさんが"No75 奇運アレキサンドライト"について『本にほぼ空きがない、手持ちカードを全て渡す条件クリアは不可能。』と発言していることから、複垢は不可能だとは思ってたけどね。出来れば簡単に取れるはずだし。

 

 可能なら攻略用、交渉用、PK用で3垢作ったり、一時的にカードを複数垢に分けて保存したり出来たんだけどなぁ。

 

「それから他人のデータが入ったROMカードを使った場合だけど……」

 

 多分ダメだろう。ROMカード無しでもリセットされたのだから。

 

 まぁダメなのはダメでしょうがない。

 最後に入った時のROMカード以外でログインするとデータが消える、と分かっただけ良しとしよう。

 

 特にROMカード無しで入ると、保存してあるデータまで消える事は知れてよかった。

 知らなかったら多分やらかしてただろう。例えば一人一度しかチャンスがないアイテムを取り直すとか。やっぱり試しといてよかったね。

 

「あとは残ってるパターンはゲートで外に出た場合ぐらいかな。」

 

 でもこっちは試すのは止めといたほうが良いだろう。

 きっと島の出入りは厳重にチェックしてるだろうからリスクが高い。最悪、ゲームマスター達を敵に回す可能性さえある。ポ○モンで手持ちに変な名前を付けて煽るのはOKでも、回線の切断はNGだ。

 それに港に行けばすぐ出れるので、わざわざゲートで島を出る意味は無いし。

 

「さてこれで一旦検証はストップかな。あとはゲームの進行が必要だし。次はもう()()の目的の方だね。」

 

 私はROMカードからデータを消し指輪も外す。

 まっさらな状態で最初から始めるということだ。それからジョイステーションを包むように手をかざして【練】を行った。

 

「――さぁ、今度はグリードアイランド()()を始めるよ!!」

 




以上、悪用する為に仕様チェックを欠かさない幼女でした。
なお、データに関する考察は独自設定です。
次こそ普通に攻略が始まる予定です(たぶん

■以下、新しい念能力
念能力:【深淵を覗く者(アクセル・マインド)】(操作系)
自身の脳を操作して思考を加速させる能力。
アクセル・ワ○ルドのパクリ。3段階制。
Lv1:ほんの少しだけ脳を活性化させる"防護用"
Lv2:脳内麻薬を強制分泌し集中力を高める"戦闘用"
Lv3:脳機能の一部を停止させ、思考を極限まで高速化する"切り札"

〈制約1〉Lv1の発動にはペンダントが必要。
〈制約2〉Lv2はペンダントを身に着けていた1時間に付き3分しか使えない。
〈制約3〉Lv3を発動した場合、この能力は1週間使えなくなる。

※制約1は金色の十字型のみ。制約2は過去24時間が対象。


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第26話 アヘ顔デビュー

GIに突撃の2話目です。使えるものは何でも使っていくスタイル。


 グリードアイランドのスタート地点である"シソの木"。

 広大な草原の真っ只中に立つ巨木の中で、私は再びイータさんと向き合っていた。

 

「こんにちは。えへへ、また来ちゃいました。」

 

 本日だけで実に6回目の再スタート(リセマラ)である。

 これでキレないイータさんは受付の鑑ではなかろうか? 私なら確実に殴ってると思う。

 

「……グリードアイランドへようこそ。あなたのお名前をお教え願えますか?」

 

 対してイータさんは冷静に役割をこなそうとするも、その声には呆れと疲れが入り混じっていた。まるでクレーマー対応中の中間管理職のようだ。だが安心してほしい。垢の作り直しは今回で最後だから。

 

「"プーリン"で。」

 

「ちゃんとした名前……ですって!?」

 

 プリンじゃないよ!! プーリン!!

 リアルがバレるとめんどうなのでプレイは偽名で行うことにした。

 

 名前の由来はFGOにおけるグランドろくでなしお姉さん、プロトマーリンから。

 ギルガメッシュとかも考えたけど、やっぱり女性キャラの方がいいかなって。千里眼+ろくでなし繋がりだね。もちろん顔バレを防ぐためにガスマスクも装備している。

 

「それでは御健闘をお祈りいたします。そちらの階段からどうぞ。」

 

「たぶん私がそこの階段を降りることは二度とないと思います。」

 

「えっ」

 

 だってゲートで転移する方が便利なんだもん。

 それに階段は降りた先でガン待ちする奴が多そうだし。最初の時の変態とか。もう全く降りる気にならない。

 

「行ってきまーす。」

 

 私はイータさんから6回目のお祈りをもらいつつ、今度は"懸賞都市アントキバ"に転移。

 黒猫の看板を出しているカフェを探して入ると、腹ごしらえも兼ねて大食いパスタにチャレンジした。

 

「それではスタート!!」

 

「いただきます。」

 

 胸の前で両手を合わせつつ、目の前に置かれたパスタを見る。

 大皿にでかでかと盛られたパスタは軽く5キロ以上ありそう。だけど私は結構な大食いだ。筋トレしすぎ+念使いなせいだろうが、これぐらいなら軽くいけちゃう。

 

 金がないので飲み物は水で我慢しつつ、遠慮なくバクバクと食べていく。

 

「アイヤーやられたアル」

 

「ごちそうさまでした。」

 

 そのまま約15分、規定時間の半分で完食した。

 トマトソースだったけど具も多くて美味しかった。時間が空いたらまた食べに来よう。

 

 終わったら商品をもらって、トレードショップで売却。

 

「《ガルガイダー》売りで。」

 

「はいよ3万ジェニーね。」

 

 更にその金で《キングホワイトオオクワガタ》の情報を買う。

 

「ここから北に80キロ進むと湖がある。そこから今度は北東に150キロほど進んだ先にある、巨大な大木に棲んでるって噂だ。」

 

 これで場所が分かった。北の湖ってことはマサドラから行ったほうが早そう。

 

 だがその前にすぐ北の盗賊の村へ行きフラグを立てておく。

 このイベントはバインダーのカードを全て渡すだけなので今なら楽勝だ。

 

 一応バインダーが完全に空だとイベントが起きない可能性を考え、念の為にその辺の石を拾ってカード化していく。

 

「助けて下さい!! お願いします!!」

 

「はいはい。とっととバインダーの石ころと、中古屋で買ってきたボロ外装を受け取って。」

 

 村に近づくと盗賊が『息子が風土病だけど薬を買う金がない』と土下座してくるので、今持っている全財産(バインダーの中身)と着ている上着を差し出して恩を売っておく。

 

 これでフラグ建ては完了だ。後で別のアイテムを持ってくれば《奇運アレキサンドライト》を手に入れることが出来る。

 

 終わったらゲートでマサドラに転移し、デメちゃんに乗って湖から北東に飛んだ。

 

 

 

 

 

「どうだい、でかいだろう?」

 

 木こり風のおじさんNPCに言われて見れば、そこには巨大な木があった。

 幹の太さは目測で約20メートル以上。余りの大きさに圧倒されるが、ここで怖気づいてはカードは取れない。

 

 なんせ《キングホワイトオクワガタ》の取得方法はこの木をぶっ叩いて揺らすこと。

 特質系の私には苦手な分野だが、まぁそこはオーラ量でどうにかなると思っている。

 

 現在の私のオーラ量は推定で内蔵21600で化現1700ほど。1月に10分ずつしっかり伸ばしていった成果だ。

 

 原作で3匹を落としたゴン君のジャジャンケン、これが500オーラ使われていたとすれば、私はその3倍以上のオーラを使える。これは得意系統による精度差を補って余りある量。

 

 さらに……

 

「じゃじゃーんっ!! スレッジハンマ~~(特注)!!」

 

 ゲートから用意しておいた大型ハンマーを取り出す。

 全長2メートル、総重量100キロのおばけハンマーだ。持ち手部分には衝撃が来づらいようにゴムを貼り、その上から布を巻いて固定している。

 

 これでこの木の良い所(意味深)に一発きついのを叩き込む。そうすれば気持ちよくなった木は、きっとクワガタさんを吐き出しちゃうに違いない。んっほぉおおおお!! クワガタでちゃうのぉおおお!!! って感じで。

 

「せーっ、のっ!! ……しねぇえええええ!!!」

 

 私は練ったオーラを【凝】でハンマーに集めてフルスイング。遠心力による加速を加え、その大質量を木に叩きつける。――ドゴォオオオオオン!! と何かが爆発したような音が響き、遅れて揺れた木から大量の虫が降ってきた。

 

「やったか!?」

 

 【円】を展開して探してみれば《キングホワイトオオクワガタ》を()匹も発見!!

 準備してる時は不安で、ハンマーの後ろにロケットを付けようと思ったりもしたが必要無かったようだ。

 

 すぐに()匹を拾うと、ボンッ! という音と共にクワガタがカードに変化した。

 

「っしゃー! 《No.053 キングホワイトオオクワガタ A-30》ゲットー!!」

 

 このゲームを初めて最初の指定ポケットカードだ。幸先いいぞぉ~。

 ただしこのクワガタは珍しいだけで何の効果もないけどね。

 

 私はカードをバインダーに収納し、続けて木に2発目を打ち込む。

 木が揺れてから再び【円】を展開すれば、落ちていたクワガタは()匹。最初にあえて拾わなかった1匹はそのまま残っていた。

 

「ふんふん、なら最後に纏めて拾えばいいね。」

 

 そうと分かれば後は簡単。

 君がっ!! 泣くまでっ!! 殴るのを止めないっ!!

 

 ゴン君は木が可愛そうと手加減していたが、もちろん私は全力で殴る。

 ていうか多分これ具現化された木だし、仮に倒してもまた来たらニョキニョキ生えてるよね。

 

 私はそのまま木をハンマーで叩きまくる。

 疲れたら時々休憩を挟みつつ、1時間以上ずっと木を叩き続けた。結果、クワガタを120匹手に入れた。これだけ多いと流石にキモイ。

 

 そのうちカード化が出来たのは30枚だけだ。これは"カード化限度枚数"というシステムのせいで、要は"同じカードはゲーム全体で規定の数しか存在出来ませんよ"という事である。

 

 ただしすでにあるカードのカード化が解除されると、後から取った順にアイテムがカードに変わるので、残りの90匹にもちゃんと意味がある。なので30匹ずつ袋に詰めておく。

 

 終わったらマサドラに飛んでカードショップに直行だ。

 

「《キングホワイトオオクワガタ》1枚を売却で。」

 

「はいよ。百万ジェニーになります。」

 

 あれっ、安くね? これランクAのカードだよ? 確か月齢大会の商品ってランクBカードでも1千万以上なんだけど。……もしかしてこっちは何時でも取れるからかな?

 

 まぁ幾らだろうが売るんだけどね。

 すると袋の中に詰めていたクワガタの一匹がカードに変化した。限度枚数に空きが出来たからだ。

 

「1枚を売却で。1枚を売却で。1枚を売却で……」

 

 この調子でまずは1枚ずつ50枚を売る。

 実はトレードショップで50回取引すると、Bランクの指定ポケットカードが買えるようになるのだ。

 

 その後はまとめて売ってOK。何時でも取れるので残しておく必要はない。

 

「全部で1億2千万か。……クワガタ錬金術と名付けよう。」

 

 売るだけ売ってバインダーを空にしたら、次はこれから使うアイテムを買い込む。

 

「《移り気リモコン》《コネクッション》《ウグイスキャンディー》《クラブ王様》を購入で。」

 

「はいよ。」

 

 心を操り、声を偽り、時間の流れが違う部屋を作る。ちょっと狂ったアイテム達だ。これらがこうして簡単に買えてしまうのだからこのゲームは面白い(ただし対策が無いとクソゲー確定)。

 

「ゲイン。」

 

 早速、手に入れた内3つのカード化を解除する。

 カードはそれぞれ、10個のボタンと2種類のメーターがついたリモコン、水色でフリル付きのクッション、赤白黄で塗られた飴が入った袋、へと変わった。

 

 試しに飴を一つ口に放り込んで喋ってみる。

 

「アーアーテステスッ……『グリードアイランドへようこそ。おお、あなたはもしや"ちんちん"さまでは?』」

 

 おっ、ちゃんとイータさんの声が出せた。やったね、これで何時でもお姉さんの声で卑猥なセリフが聞けるよ!!

 

「色々喋って録音しとこ。クリアした時にプレゼントしてあげよっと。」

 

 これでグリードアイランドを狩る準備が整った。

 私はニヤリと笑うと、アイテムを持ってアントキバの街へ転移した。

 

 

 

 

 

 ■□■□■□■□■□■□

 

 

 

 

 

 アントキバについたら隠れながら他のプレイヤーを探す。

 【絶】を使い、こそこそと街の端の方から探っていくと、ちょうど公園で駄弁っている3人組を見つけた。

 

 私は気配を消して茂みに隠れ、そのまま限界まで彼らに近づく。

 

「……それで"ドエムノアニキ"殿、本日の成果は如何ですかな?」

 

「ガハハハハ、順調に決まっておるだろう。本日も3人のおなごにナニを踏ませてやったわ!!」

 

「おお、流石でござるな。ドMの鑑でござるぞ。」

 

 よく見れば、内一人は私にナニを踏ませた草の服の変態だった。

 一緒に居るのは貴族風の服を着た痩せた男と、忍者っぽい格好をした卑怯そうな男。

 

 あれっ、この集まりってもしかして……ちょっと嫌な予感がしてきたぞ。

 

「くくくくく、階段の下に潜みスタートの小屋から出てくるおなごを見定め、素早く下半身を晒す。俺にかかれば造作も無いことよ。」

 

「大抵はゲーム世界とは思えない景色に驚いて、足元が疎かになりますから。アニキの作戦勝ちですな。」

 

「うむ、そういう事だ。で、二人はどうなんだ? なぁ"ペロンダンシャク"よ。」

 

「私の方はいまいちですぞ。中々ペロペロしたい! と思える脇が見つかりませんで。」

 

「ふむ、流石ダンシャクはマニアックだな。"オニンニンジャ"はどうだ?」

 

「素敵なショタが見つからないでゴザル。」

 

「……ショタは無理だろ?」

 

「オニンニンジャ殿もですか、お互い苦労しますな。」

 

 ……酷い会話だ。プレイヤー名も内容も、とても子供には聞かせられない。

 

(こいつら何なの? 3人共エンジョイ勢か? ……性癖満たしに来てんじゃね―よ!!)

 

 恐らくココがマジでゲームの中だと思っているのだろう。だから彼らはハジケてしまっているのだ。ある意味、全力で楽しんでやがる。というかこのLvの変態が3人揃ってるとかどうなってんだこのゲーム……売る相手は選べよジンンンンン!!!

 

(現実だって知ったら黒歴史確定かな? ……さてやるか。)

 

 でも此奴らは逆に吹っ切れそうだなぁ、等と思いつつ、私は持っていた《移り気リモコン》をドエムノアニキとペロンダンシャクに向ける。そして"憎悪"のボタンを押し、メーターを最大に回した。

 

「所でおいダンシャク。お前のその格好と言動はなんだ? エセ貴族みたいでウザイんだが!?」

 

「ア”ア”ッ!? それならそっちだって服に生えてる草が臭いですぞ!!」

 

(ウザイのも臭いのも今さらでござる……)

 

 とたん、ワイワイと楽しそうだった二人が相手を罵り合い、殺伐した雰囲気が漂いだした。そしてしばらく口論を続けると、最後はバラバラに分かれてしまった。

 

 デデ~ンッ!! 残念ながらPTは解散してしまった!! 音楽性の違いかな?

 

 ……酷い効果だ。使った私が言うのもなんだけど。

 

 このアイテムは、他人が他人へ抱く10種類の感情を、10段階の強弱で操作できる。

 効果時間と距離は要検証だが、この結果を見るだけでも恐るべきアイテムだ。

 

5メートル先(遠距離)から他人の感情を操れるとか頭おかCー。)

 

 リモコンには憎悪以外にも、愛情、信頼、恐怖、嫉妬などヤバそうなのが目白押し。

 もし原作で使われてたら、GI編はもっと殺伐としたものになっていただろう。

 

(やっぱり脳を操作する能力は作っといて正解だったね。こんな物が簡単に買えるとか、オチオチ街を歩けないよ。)

 

 私は分かれて歩き出した内の一人、ドエムノアニキの後をつける。

 全身に草が生えてるからめっちゃ目立って追いやすい。

 

「ちっ、あのガリ野郎、俺の草を侮辱しやがって!! ……うっ!?」

 

 それから頃合いを見て近づき、膝カックンで相手をコカす。試しにちょっと匂いを嗅いでみると、確かに洗ってない犬の匂いがした。これは洗濯してませんわ。

 

 そのままドエムノアニキが尻もちを着く前に素早く《コネクッション》を差し込んで座らせ、首の横から書類を突き出し()()()()()()()()()でお願いを告げる。

 

「振り向かずにコレを書くでござる。」

 

「……分かった。」

 

 《ウグイスキャンディー》はどんな声でも自在に出す事が出来るようになり、《コネクッション》は座った人が能力の及ぶ範囲で一回だけお願いを聞いてくれるアイテムだ。

 こうしてコンボで使えば、他人の振りをして言うことを聞かせることが可能になる。

 

 書類を受け取ったドエムノアニキは、そのままサラサラとペンを走らせはじめた。

 

(おっ、意外と達筆だ。ちゃんと全部書いてくれるかな?)

 

 この時の為に私が用意した書類は2枚。

 

 1枚目はグリードアイランドの譲渡書だ。中にはゲームを私に譲る旨が書かれている。初期参加組はほとんど死ぬか自力で出られない事が分かっているので、この書類さえあれば勝手にゲームを回収しても大丈夫。もちろん契約の部分は見えないようにしてある。

 

 2枚目は情報収集用である。

 現実世界の氏名、住所などの個人情報、それから念能力の詳細、そしてグリードアイランドを開始した場所と入り方などだ。これで簡単にゲームを取りに行ける。購入者を現実で調べるなんて私には無理だからね。それよりもこうして本人に直接教えてもらったほうが早い。

 

(うーん、この行為はゲームアイテムの効果だから灰色? いやぎりぎり真っ黒か。)

 

 私は自分でも性格が破綻していると自覚しているが、それでも別に犯罪行為が大好きという訳ではない。他に手段がない場合は遠慮なく使うが、合法的に目標が達成できるならそれが一番だ。

 

 なので最初はマサドラで"離脱屋"を開いて、ゲームからの離脱の対価として合法的に譲ってもらおうと考えた。命との交換ならきっと安いものだ。だがそもそもマサドラに辿り着けずに死ぬ人も多そうだし、チンタラしてたら他の誰かが勝手に持っていくだろう。

 

 だから折衷案だ。まずは回収を優先。そしてもしこの人達が生き延びて帰りたそうにしていた場合には改めて声をかけ、譲渡を条件にこのゲームから離脱させる予定である。

 

 そういう訳でココで《縁切り鋏》――写真を切ると、その人と2度と会わずにすむようになるアイテム、は使わないでおく。この変態だけには使ってもいい気がするけどね。

 

「書き終わったぞ。」

 

 しばらく待つと記入が終わったようだ。

 私は即座にドエムノアニキを気絶させて書類をチェック。

 

「なになに……職業:某社の社長、念系統:放出系、念能力【ドエム砲】:気持ちよく踏まれる程オーラが引き出され、それを股間から解き放つ能力、か。……能力まで変態かよ。」

 

 イメージとしては股間から撃つ霊丸かな? もちろん色は真っ白。うわぁ、想像しちゃったけど、ちょっと気持ち悪すぎるね。

 

 でもこの能力は使えるかも。引き出したオーラを減衰なしで放てるから、レイザー戦に連れて行って踏みまくったらワンチャン? ……レイザーも全力で避けそうだな。私も嫌だけど一応、覚えておこう。

 

 ちなみに気絶させた後は、ちゃんと近くの壁にもたれ掛かからせてある。

 安全? ズボンは下げておいたから大丈夫だ。間違いなく誰も近づかない。

 

「ふむふむ、しっかり書かれているね。……《コネクッション》さんぱねぇ。」

 

 これって、座らせて『カード全部ちょうだい^^』って言ったら丸ごと奪えるのでは? なんか普通に出来そうで怖いな。店なんかでも座る時は注意しなきゃ。

 

 私は書類を2枚ともチェックすると、引き返して今度はペロンダンシャクを追いかけた。

 

 その後はアントキバのプレイヤー達に書類を書いてもらうと、シソの木を挟んだ反対側にある街"ルビキュータ"でも同じ様に書類を配った。そうして3日掛けて40人分の情報を手に入れた。

 

 

 

 

 

■□■□■□■□■□■□

 

 

 

 

 

 2つの街のプレイヤーから粗方契約(物理)を勝ち取ったら、次はいよいよグリードアイランドの回収に向う。

 

 がその前に港の近くで《クラブ王様》を使って店を出現させた。

 これは中の一時間が店外の一日になるという、竜宮城のような店だ。

 

 すぐに扉を開けてストップウォッチを放り込む。カウントは直前にスタート。

 それから他のアイテムは持ち出せないので、箱にいれて近くの地面に埋めておく。

 

 このゲームは念能力で作られているが、それを行なっているのが人間である以上、アイテムの具現化数には必ず限界が存在する。

 

 例えば城と城下町(1万人付)を出現させる《支配者の祝福》というカードがあるが、これを1万回ゲインしたらきっと途中から何も出なくなるはずだ。処理能力を超えてしまいパンクするから。

 

 なのでGMたちは使わないリソースを回収しようとするはず。

 それがどういう方法かは分からないが、少なくともこれでゲインした本人がゲーム外に出た場合に、アイテムがどうなるかは分かるだろう。

 消滅するのか、それとも効果が止まるだけでログインしたらまた動き出すのか。

 

 まぁ消えてもまた買えばいいけどね。だって全部Bランクだし。

 ただ、もしゲーム内に居なくても動き続けるのなら、将来的に《リサイクルーム》で武器の修理場を作れる。または《7人の働く小人》を10枚ぐらい集めて内職場とか。まぁ今後次第か。

 

 アイテムを埋め終わったら何時ものように所長の頭をパーンッ!! して港へ。

 

「こういう時、世界中の港に出れるのは便利だよね。」

 

「あら、今回は港に行くの?」

 

「はい、ちょっと用事で。」

 

 ゲームから出ると、すぐに契約書に書かれた住所へ向かう。

 全部の書類をチェックし、最適な回収ルートは構築済みだ。もちろん私のゲートと港へのログオフ機能も最大限に活用する。

 

 最初はペロンダンシャクとかいう変態の家。

 書いてもらった書類によれば、掌に相手を舐める口と舌を具現化するキモイ能力の持ち主だ。ペロペロは自分の口だけで我慢しろよ。それとも両脇を同時に舐めたかったのかな?

 

「オクションの最上階なんて、変態のくせに良いとこ住んでるなぁ。」

 

 入り方はしっかり分かってるので、堂々と正面から踏み込む。

 チラっと見れば部屋の中には性グセマガジンだの女性の下着(盗品?)だのが山積みになっていた。がそっちは一切関与しない。

 

(おっ、あったあった。)

 

 ゲーム機から繋がっていたモニターにはペロンダンシャクの顔が映っていた。つまりまだ生きているということだ。

 見つけたらジョイステーションごとグリードアイランドを回収して、すぐにマンションを離脱する。こんな犯罪者の部屋に居られるか!! 私は帰るぞ!!!

 

 それから私はしばらく時間をグリードアイランドの回収に費やした。

 超高額のゲームだけにセキュリティの高い部屋でプレイしていた人が多かったが、事前に入り方を聞いていた私には楽勝だ。無理な時は筋肉でお邪魔させてもらった。やっぱり筋肉さんは万能だね!!

 

 結果、丸々2ヶ月かけて私が手に入れたグリードアイランドは合計22本。

 着いた時すでに半分は奪われて無くなっていたが、それでもこれだけ回収できれば大成功だろう。

 

「アハッ!! アハハハハハハハハハ!!!!」

 

 笑いを抑えきれない。原作と同じ様にバッテラさんの恋人が倒れていれば、1年後にはこれが1本170億に変わる。全部売れば3740億だ。

 

 あ~、お金の想像したら体が勝手にアヘ顔になっちゃう~~~ッ!!!

 

「今ならダブルピースで気絶するほどイケそう。」

 

 だがまだだ。まだグリードアイランドのクリアが残っている。

 2ヶ月も遅れてしまったが、これからは本格的に攻略していく。こちらに帰ってくることも激減するはずだ。

 

 まずは向こうで拠点を作って基盤を整えなくては。

 

「よしっ、やってやるぜ!!」

 

 ただし明日からな!! だってニヤケ顔が止まらないんだもん。だから今日は休みだ。

 そうして私はゲートから買っておいた酒を取り出してあおり、そのまましばらく笑い続けた。




ゲームを回収してご満悦の幼女。
マンションの鍵は筋肉さんが開けてくれました。
次回からやっとカード集めが始まります。


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第27話 呪文カードとブラックな館

前回拠点を作ると言ったな? アレは嘘だ。


 皆さんこんにちは。グリードアイランドが22本も手に入ってホクホクのシズクちゃんです。

 

 内12本はプレイヤーが死んでいたのでゾルディック家に預けてきた。

 ミルキがめっちゃ欲しそうにしていたので『頑張ってお金を貯めたら売ってあげる』と言っておいたよ。

 

 もちろん値段は()()だ。来年にはきっと170億になっちゃうけどね!!

 それでもミルキならやり遂げてくれるだろう。私も伊東ラ○フ風に応援してきたし。

 

「ミルキがんばれ♥ がんばれ♥」

 

「むりだよぉ。」

 

 涙目でオロオロするミルキ(5才)は可愛かった。

 

 それと生まれたばかりのキルアにも会ってきた。誕生日は原作通り7月7日だ。

 私が訪れたときはすでに生まれてから1ヶ月以上立ってたけど、キキョウ姉さん達は未だに大はしゃぎしていた。

 

 なんせ初めての銀髪の子供――ゾルディック家の血を強く引いている、だ。よっぽど嬉しかったのだろう、さっそく緑色のミルクを飲ませたり電流を流し始めたりしててドン引きだった。……ちょっと可哀想だけど、あの家に生まれちゃったからしかたないね。

 

「キキョウ姉さんの子供……ということは、つまり私の弟ってことだよね!!」

 

「はっ? おばさんが何いってんの?」

 

「おばさん言うな、ちんこもぐぞ!!」

 

 残念ながらイルミはすでにメロメロに魅了されていて手遅れだった。

 念を込めた針でほっぺプニプニとかしてるの。きっとあれには『お兄ちゃんが大好きになる』なんて念が込められてるに違いない。ブラコンからは逃げられないんやなって。あとおばさん呼びは許さねぇ。

 

 それからまだプレイ中だった残りの10本は近くの山に別々に埋めた。

 自分ので試してみたけど、ログオフ時にゲーム機の周囲が埋まってると、転送されるのは一番近くの空き空間になる仕様っぽいんだよね。

 

 これはウィズで言う"石の中にいる"を避ける為なんだろうけど、()()すればプレイヤーを勘違いさせることが出来る。

 初めてのログオフで山の中に出てしまえば、きっとこれが()()だと思うはずだ。つまりゲームからの退出は、現実の()()()()な場所に出現するものだと。

 

 あとは数日おきにバインダーを確認し、プレイヤー名が灰色になっている(死んだかゲームから出た)人のグリードアイランドを回収すれば良い。

 ちょっと面倒な作業ではあるけど、1回で何十億だと考えると全く苦にならない。むしろ不安要素が一つずつ消えていくので気分はルンルン。

 

「まとめてゾルディック家に預かってもらうのも手だけど、流石にこれ以上借りを作るのもなぁ。」

 

 ただでさえ修行でお世話になっているのだ。それに敷地の中に他人が瞬間移動してくるゲーム機など、彼らとしても預かりたくはないだろう。

 

 気がかりなのは港から"ゲーム機の場所"を選んで出た場合だけど、まさか真下に埋まってると思う人は少ないはず。むしろゲームのバグを疑う人の方が多いんじゃないかな。リスクは多少あるが、あまり時間を掛けてられないのでこれで行くことにした。

 

 

 

 

 

■□■□■□■□■□■□

 

 

 

 

 

 さて、これからいよいよカードを集めていく訳だけど、まずは情報を集める。

 

 えっ、拠点はどうしたのかって?

 いやだってこのゲームには〈磁力(マグネティックフォース)〉と〈同行(アカンパニー)〉って呪文があるんだ。指定したプレイヤーの下に飛べるから、どんなに巧妙に拠点を作っても一発でバレちゃうのね。

 

 ならいっそ定住はしない方がいいんじゃないかって。街には宿屋もあるからね。

 

 もちろん空いた時間で良さそうな洞窟は探す。誰かが集団で追いかけてきたら皆殺しに出来るように。爆薬を仕掛けて引き込んで崩壊させれば一網打尽だ。入口側から崩せば移動用の呪文でも出られないだろう。

 

 なので拠点は置いといて、まずはカードの番号・名前・ランクをはっきりさせる。流石に私も100枚全部を覚えている訳じゃないからね。

 

「ソロなんだから計画を建てて効率的に進めないとね。がむしゃらに集めるなんて柄じゃないし。」

 

 幸いなことに、このゲームには呪文(スペル)カードという便利なものが有る。

 その中でこれから主に利用するのは〈解析(アナリシス)〉と〈名簿(リスト)〉の呪文だ。

 

 これはいわゆるTRPGにおける情報収集用の占術呪文。使用して番号を指定すると"カードの説明"か"所持人数"を教えてくる。だが実はその時に一緒に"カード名"も表示されるのだ。

 

 例えば原作でツェズゲラさんが〈名簿(リスト)〉を使った時は

 

『現在 2「一坪の海岸線」を所有しているプレイヤーは0人』

 

 とバインダー()の呪文用ページに文字が浮かんでいた。

 

 カード名さえ分かればあとは簡単だ。

 トレードショップ(交換所)で購入を申し込み、カード自体が買えるならランクB。情報だけならランクA。どちらもダメならランクS以上が確定する。

 

「やっぱこういう呪文は最高だね。……使いすぎるとGMが泣くけど。」

 

 ドラゴンとダンジョンをハックするTRPGでGMを泣かせた事を思い出す。

 占術特化キャラで洞窟に入る前に全部調べ尽くしたっけ。あれは確かGMが1週間掛けて作ったダンジョンだったはずだ。……あの時はマジすまんかった。

 

「60万(ジェニー)引き出しで。」

 

「はいよ。」

 

 さっそくトレードショップで貯金を下ろし、バインダーに限界まで1万J札カードを詰め込んでスペルショップ(呪文店)へ。フリーポケットは45個しか無いので15枚はカード化が解除されてしまうが、これも必要なのでこのまま持っていく。

 

「ああああああ!!! 〈名簿(リスト)〉が5枚被りやがったぁああ!!!!」

 

「拙者の10万Jが溶けたでござるぅううううう!!!!」

 

 道中、何人かのプレイヤーとすれ違った。

 

 流石に2ヶ月も経ってるだけあって、マサドラにたどり着いた人もポツポツ居るようだ。まだ多くは無いが、それでもチラホラと呪文ガチャで爆死した叫びが聞こえてくる。

 

「おいダンシャクよ。3パック開けたら〈堅牢(プリズン)〉とかいうのが出たんだが。……もしやこれはレアなのか?」

 

「おお、それは中々のレア(ランクS)ですぞ。私の出した〈神眼(ゴッドアイ)〉にも引けを取りませんな。早速使ってみましょ「拙者のジェニィイイイ!!」……オニンニンジャ殿うるさいですぞ。」

 

 なんか今、変態さんたち居なかった? しかも超レアなカード出してたような。……ちっ、奪おうにもすぐ使いやがった。

 

「カードパック45袋下さい。」

 

「45万Jになります。」

 

 スペルショップでは持ってきた金で買えるだけ買う。

 カードは1袋3枚入りで1万Jだ。受け取ったらすぐに全部開ける。

 

「〈堅牢(プリズン)〉来い、〈堅牢(プリズン)〉来い、〈堅牢(プリズン)〉来い、〈堅牢(プリズン)〉来い、〈堅牢(プリズン)〉来い、〈堅牢(プリズン)〉来い、〈堅牢(プリズン)〉来い!! あの変態に来て私に来ないはずが……ちくょう、来なかった!!」

 

 どうせならランクSカード来ないかな? なんて思いながら引けば、なんとランクAのカードすら来ない有様。ぐぬぬぬぬ……!!

 

 でも最初だしこんなもんだろう。ゴン君は最初の20パックで引いてたけどな!!

 

「物欲センサーさん仕事しすぎじゃね。」

 

 ちょっとぐらい休んでもいいのよ? まぁ今必要な2種はどちらもランクGの呪文カード、いわゆる外れのせいか10枚ずつ出たので良しとしよう。

 

 さてこうして手に入れた大量の呪文カードだが、まずはその中から〈再生(リサイクル)〉を使う。

 これはランクC以下限定であるが、ゲイン済み(カード化解除)のアイテムを再びカードに戻すことが出来る呪文だ。

 

「〈再生(リサイクル)〉オン、対象:1万J。」

 

 出た5枚をすべて使い、持ってきていた1万J札を再びカードに戻す。

 面倒であるが、この世界ではカード状態の金しか使えないからしょうがない。

 

「カードパック5つ下さい。」

 

「5万Jになります。」

 

 そしてこの金でまたパックを買って開ける。

 これを〈再生(リサイクル)〉が出なくなるまで繰り返す。

 

「ガチャは回転率こそが全て。欲しいなら無心で回せッ!! ……って誰の言葉だったっけ。」

 

 今度はランクCすら出なかったぜ!! ……いや知ってたけどね。

 

 という訳で無事に呪文ガチャで爆死したら、次はやっと〈解析(アナリシス)〉と〈名簿(リスト)〉のターンだ。

 No.000~003は分かってるから、No.099から逆にやって行く。

 

「〈名簿(リスト)〉オン、No.099。」

 

 出た情報はちゃんとノートにメモしておく。

 全部使うことで20枚の指定ポケットカードの番号と名前が分かった。

 

 ちなみにバインダーに嵌めていないカードは1分経つと自動でカード化が解除されてしまうが、この店の中なら呪文カードは何分経ってもそのままのようだ。

 

「原作では『徹夜で列に並んだ』って言ってて不思議だったけど、こういうことだったんだ。」

 

 サクっと買って出るだけだと思っていたが、カード化が解除されないなら厳選で悩む人が多かったのだろう。

 早漏の呪文カードちゃんが寸止めされるので、みんな焦らずプレイできた訳である。人によっては何時間も店に籠もってたんだろうね。

 

 まぁ私はすでに優先順位を付け終えてるから厳選はすぐに済む。

 必要な分をバインダーに入れたら店の外へ。入りきれなかった呪文カードは店を出た瞬間に消えた。

 

 それからはデパートで島の地図を購入。したら〈贋作(フェイク)〉で偽カードを作り、〈漂流(ドリフト)〉で行ったことのない街へ飛んで【接続ポイント】を作り、トレードショップでランクの判別を行う。

 

「No.099、《メイドパンダ》の情報を売って。」

 

「《メイドパンダ》? なんだそりゃ。」

 

「はい、ランクSカード確定。……〈道標(ガイドポスト)〉オン、対象:《メイドパンダ》。……ふむふむ、"城下町 リーメイロ"から西に50キロの集落ね。」

 

 ランクSの場合は〈道標(ガイドポスト)〉で取得できる場所を把握する。

 

 後はこの行動を繰り返す。ただし島の地図は一つだけで十分だ。

 取っておく呪文カードが増えるので、一度に買える量は徐々に減っていくが、10回目でやっと指定ポケットカードの情報が揃った。

 

 ついでにランクS以上のカードが取れる場所の把握と、全ての街の【接続ポイント】作りも完了だ。途中でオーラが切れそうになったので、休憩を挟みながらだけどね。

 

 そして最後に取っておいた〈堕落(コラプション)〉を使い、あるチートアイテムを入手すればターン終了である。

 

「〈堕落(コラプション)〉オン。〈強奪(ロブ)〉を《聖騎士の首飾り》に変身。」

 

 《聖騎士の首飾り》。これは全ての攻撃呪文を跳ね返すアイテム。しかも装備中はずっと有効。いわば永続マホカンタだ。原作でも使われた、あまりにも簡単に取れるチートアイテムである。攻撃呪文さんは泣いていい。ついでに対策用の防御呪文さんも。

 

「この性能でランクDなのはびっくりだよね。」

 

 どう考えても〈堕落(コラプション)〉とのコンボ用。

 〈堕落(コラプション)〉はランクB以上のカードを、ランクD以下の指定したカードに変える呪文だからね。

 

 まるで『呪文で遊んでないで、はよ自力でカード取りに行け』というゲームマスターさん達の思考が透けて見えるよう。まぁとっととイベントに向かわせたいんだろう。せっかくこんな島を用意したんだから、ずっと同じ街で呪文のやり取りをやられたんじゃ興ざめだろうし。

 

「まっ、私としては好都合だけどね!!」

 

 ゲーム内で用意されている物は遠慮なく使う。F○Tのエクスカリバーしかり、ペ○ソナ3の全能の真球しかり。当たり前のことだよなぁ?

 

 それにいちいち防御呪文を持ち歩く必要がなくなるのはありがたい。ソロの私はフリーポケットの数が限られるからね。

 

ゲイン(カード化解除)っと。」

 

 さっそくアイテムに戻して装備する。盾と剣を組み合わせたようなデザインのペンダントだ。ぶつかって煩いので、すでに付けている十字架のペンダントは服の中に仕舞う。

 

 さてここまでで

 ・指定ポケットカード100種の番号、名前、ランクが判明

 ・ランクSS、S、Aカードの取得場所の把握完了

 ・全ての街に【接続ポイント】作成完了

 ・攻撃呪文は全種無効

 

 これだけの準備が出来た。RTAかな? やっぱり事前に知識が有るのって最強だ。

 あとは順番に取りに行くだけ、なんだけど……

 

「別に全部の取得イベントをこなす必要は無いんだよね。」

 

 指定ポケットカードは全部で100枚。

 

 しかしそのうち

 ランクDの1枚は呪文で取れる。

 ランクBの34枚は金で買える。

 ランクAの39枚は《リスキーダイス》と〈宝籤(ロトリー)〉のコンボで出せる。

 

 つまりイベントをクリアしきゃいけないのはランクS以上のカード26枚だ。

 ただしこのうち3枚は取り方が分かっていて、更に別の3枚は情報がある。

 

 つまり0から探さなきゃいけないのは、()()()()()()()()

 

 おおっと、めちゃくちゃ行けそうな気がしてきたぞ!!

 

「これならソロでも何とかなりそう。」

 

 まぁ実際は先に取っておきたいランクAカードが有るから少し増えるけどね。

 

 あとは時間だ。出来ればこれから10ヶ月以内にクリアしたい。

 理由は原作通りなら、発売から1年後にバッテラさんが懸賞金を掛けてしまうから。

 

 そうすると金目当ての輩が入ってきて足を引っ張り出す。ギスギスオンラインになっちゃう訳である。なのでそうなる前にクリアしたいのだ。ゆっくり遊ぶのはクリアの()で。

 

「ってことは月に2~3枚か。」

 

 出来ればランクSは1週間に1枚のペースで取って、SSはちょっと長めに見ときたい。

 

 でもこうして情報を整理すると分かりやすくなるから良いね。

 先行きが分かると心も軽くなる。やっぱり計画って大事だなぁ。

 

「まぁ今は他人の足を引っ張る人は居ないだろうし、堂々と集めていけばいいか。」

 

 私はさっそくゲートを開き、必要なアイテムの有る場所の近くへ転移した。

 

 

 

 

 

■□■□■□■□■□■□

 

 

 

 

 

「おいガキィ!! その扉を閉めるなぁああああ!!!」

 

 今なら足を引っ張る人はいない……そう思っていた時期が、私にもありました。

 

「どけぇえええええ!!!!」

 

 ソロの私にとって絶対に必要な《7人の働く小人》のカード。取るためにヒントにあった洋館へ踏み込むと、そこにいた先客だろう男はいきなり私に掴みかかってきた。

 

「――ふんっ!!」

 

「ごぱぁあ!!!」

 

 もちろん黙って掴まれる趣味はないので、手の下に潜り込んでヤクザキックで蹴り飛ばす。男はそのまま後ろへすっ飛んでいき、部屋の中央にあったテーブルへ背中から華麗に着地を決めた。

 

「いきなり何なの? 殺されたいの?」

 

 右手親指に専用の指輪をしている所から、どうやらこの男もプレイヤーのようだ。

 見た目は瓶底眼鏡に青いジージャン。ちょっとポッチャリしてて運動は得意じゃなさそう。

 

 私はそのまま部屋の中へ進む。後ろからはバタンッ、と今通った玄関の扉が閉じた音が聞こえてきた。

 

「おっ、中々いい部屋だね。」

 

 見れば正面の壁には大きな暖炉が一つ。中央には高級そうな木製のテーブルと柔らかそうなソファー。左右の壁には1つずつドアが付いていた。

 

 入ったらすぐに何かイベントが起きると思っていたが、今のところは()()()()()()繋がっていたこと以外に可笑しな部分はない。何かイベントの開始に必要な物でもあるのかな?

 

「どうして閉めたんだ!!!」

 

「うるさい。そんなに開けたきゃ自分で開ければ?」

 

 そんな私に起き上がった男が喚き散らす。だが何となく事情は分かった。

 この様子からして、恐らく入ってきた扉は中から開ける事が出来ないのだろう。私としては、だから何? って感じだけどね。

 

「さーて、何かヒントとかないかなー?」

 

「おっ、おい!!」

 

 男をガン無視して部屋の中を調べると、暖炉の右上の方にこのイベントのルールらしきものが書かれているのを見つけた。

 

『小人からお客様へ。』

 

という言葉から始まる7つの文である。

 

『入れるのは7人まで』『外へのドアは開けない』

 

 ふむ。これはイベントの参加人数は最大7人、一度参加するとクリアまで出られない、ということだろう。

 

『もう さいくつ は いやでち』『まいにちまいにち ぐーるぐる なの』『だれか ひめ を おこして』

 

 こっちは小人さんたちは強制的に働かされていて、姫を起こせばイベントクリアってことかな? 7人の小人と言えば白雪姫だけど、これじゃブラックな鬼姫だね。

 

『茨の化け物は敵』『開けた扉は閉められない』

 

 最後の一つがちょっと難しいとこだが、スタートすると安置が無くなるってことだろうか。要は出会った化け物は全部倒せってことだ。ホラーハウスの謎解きかな?

 

「OKOK、中々楽しそうじゃん。」

 

 茨に囲まれるのは『白雪姫』じゃなくて『眠りの森の美女』だと思うけど、たぶん色々な童話が混ざってるのだろう。もしかしたら()()には王子様が襲って来るかもしれない。

 

「お、おい、先に進むのなんて許さねぇぞ!!」

 

 何か勝手なこと言ってる男が居るが関係ない。

 私は壁のドアに向かって歩き出す。

 

「良いかよく聞け! ここの裏庭には恐ろしい化け物どもがいた!! 俺はそいつらに追いかけられてこの屋敷に入っちまったんだ!! だが恐らく館の中にはもっとすごい化け物が居るはずだ。なんせここからがイベントの本番みたいだからな!! だから先に進むのは止めろ!!! ……分かったか?」

 

「分かった。じゃあ私は先に行くね!!」

 

「わかってねぇええええええ!!!!!」

 

 いやちゃんと分かってるよ? つまり裏庭を覗き見してたら捕まりそうになったから、この館に駆け込んだってことでしょ? そんなの自業自得じゃん。

 でも私はココでダラダラする気はないんだよね。ここのカードは寝る前に取っておきたいから。

 

「私はこっちに進むから、行くなら逆に行ってね? じゃーねー。」

 

「やめろぉおおおおお!!!!!」

 

 私は玄関から見て右のドアを開けた。遠慮なくババーン、と全開にする。

 中に居たのはごっつい両手剣を持ちそれっぽい冠を被った茨の()()()だ……出てくるのがはえーよ。

 

 

 

 

■□■□■□■□■□■□

 

 

 

 

 

 

「ヴォォオオオオオオオ!!!」

 

 襲ってきた茨王子(仮)に対して、私は反射的にリボルバーを抜く。

 地球ならオリンピックで金メダルが取れそうな早撃ちだ。一瞬で撃ち出された5発の銃弾は頭に3発、心臓部に2発着弾。王子の一部を吹き飛ばす。

 

 しかし全身が茨で出来ているせいか、相手の疾走は多少速度が落ちただけで止まらなかった。

 なんで体まで茨って分かるのかって? 全裸だからだよ!!

 

「身につけてるのは大剣と冠だけのくせに!!」

 

 代わりに体の方はきっちりチンチンまで作り込まれてやがる。

 これはちょっと可哀想じゃないですかね? どうせならちゃんと服も作ってあげろよ。

 

「ヴォォオオオオオオオ!!!」

 

「ちぃっ!!」

 

 正面からまっすぐに振り下ろされた両手剣、それを左前方に飛んで回避する。同時に具現化したデメちゃんを逆側に飛ばす。

 

「へいパース!!」

 

 私は着地した左足を軸にそのまま一回転。回し蹴りで相手を蹴り飛ばした。

 

『ぎょーぎょっ!!』

 

 対して、反対に居たデメちゃんも横に一回転。勢いをつけた尻尾を叩きつけ、相手をコチラに吹き飛ばし返した。

 

「ヘイヘイ!!」

 

『ぎょっぎょっ!』

 

 ――ドゴンッ! バチンッ!! ドゴンッ! バチンッ!! ドゴンッ! バチンッ!!……

 

「ヴォォオオオオォォォ……」

 

 サッカーのパス回しのように、そのまま交互に相手を蹴り(?)返す。

 棘があるので素手では殴りたくない。一番効果的っぽいのは火炎放射器だろうけど、ここは館の中だから使えないんだよね。館ごと燃やしたらイベントが強制終了しちゃいそうだし。

 

 なのでひたすら蹴り続けると、王子は途中で砕け散ってカードに変わった。

 

「どれどれ、《No.602 茨に汚染された盗賊王子 C-100》……うわ、ざっこ。」

 

 ゲームから出るための港の所長がランクB。港の手前にある森のボスがランクCで最強のモンスターだ。これぐらいなら【練】じゃなくて【纏】のままでも行けるね。

 

「つーか()()王子ってなんなの? もしかして姫を盗みに来た設定なのかな。」

 

 そういえば『眠りの森の美女』って、眠ってる100年の間に何人もの王子が姫を奪いに来てたっけか。元になった民話に至っては、王さまがこっそり姫を孕ませてたはずだ。うーん、考えても意味がなさそう。

 

 さて敵が居なくなったら部屋の探索だ。

 有り難いことに右側の壁には、調べろと言わんばかりに巨大な振り子時計が鎮座している。

 さっそく針を適当に動かしてみると、短針を6時にした時、取っ手に"剣が描かれた鍵"が出てきた。

 

「剣の鍵? ……何かのゲームで見た事があるような。」

 

 私はそのまま次の部屋へと進む。先へのドアは一つしか無いので迷うことはない。

 部屋に居たのはグツグツ湯だった大きな鍋を、洗濯板のような物でグルグルと掻き混ぜていた茨の魔女。……だから出てくるのがはえーよ!!

 

「お前らビジュアル的に中ボスポジでしょ!! なんで初っ端に出て来てるの!?」

 

「ギィエエエエエエエエ!!!」

 

 魔女は私を見つけると、叫び声を上げて襲いかかってきた。

 洗濯板をビート板に見立てた見事な飛び込みフォームで頭から突進してくる。くそっ、コレだから話を聞かない奴はダメなんだ。シナリオの都合でザコ敵は全部削除になりました、みたいな顔しやがって。

 

「潰れて死ね!!」

 

 すぐにデメちゃんを鈍器代わりにして振り下ろす。銃撃は効果が薄い事が分かったので使わない。

 潰れた魔女をさらに横スイングで壁に叩きつけると、あっさり砕け散ってカードに変わった。

 

「さて、怪しいのはグルグルしてた鍋だよね。」

 

 中身を全部ぶちまけてみると、底には"盾が描かれた鍵"が沈んでいた。

 

「んんんん? 剣と盾ということは兜とか靴もあるのかな?」

 

 集める鍵が多いとダルいが、考えても楽にならないので次に進む。

 今度も先へのドアは一つ、左の壁にしかない。開けると中庭に繋がっていて、茨の犬が10匹以上ウロウロしていた。

 

「そうそう、こういうのでいいんだよ。こういうので。」

 

「ギャルルルルルルルル!!!」

 

 即座にデメちゃんを3匹具現化。口から榴弾を吐き出させて纏めて爆殺する。

 カードになった犬のランクはD。うーん、普通に殴って倒してもよかったかも。

 

 中央にあった噴水を調べると、台座には剣、盾、兜、鎧の4つのマークが描かれた鍵穴があった。しかし他に進めそうなところは見当たらない。

 

「最初の部屋から逆のドアに行って取ってこいって事ですね分かります。その後は噴水から地下にでも行くのかな? 採掘場があったりして。」

 

 急いで今までの道を逆走し、その先にあった部屋で()()()を倒して"兜"と"鎧"の鍵を入手。

 再び中庭に戻って4つの鍵を嵌めると噴水が止まり、予想通り地下への階段が出てきた。

 

 不意打ちを警戒しながら下れば、そこには死んだ目でツルハシを振り続ける7匹の妖精さんたちがいた。

 

「採掘はんたーい!!」

 

「眠りたいでちぃいい!!」

 

「もう疲れたのー!!」

 

「休暇をくださいぃいいい!!」

 

 酷い光景だ。まるで某ブラゲの昔の潜水艦達のよう。

 

「姫の部屋は中庭から見て一番大きな窓の部屋でち。」

 

 それでも何とか話し掛けると改めて姫の討伐を頼まれた。もう完全に姫がモンスター扱いだな。

 中庭に出ると、恐らく裏庭に続いているであろう鉄格子が開き、そこから茨の犬が入ってくる。

 

「なんだ追いかけられた恐ろしい化け物ってこのワンコかよ。」

 

 館の外なので遠慮なくグレネードを使い、さくっと退治する。鉄格子はすぐに閉じてしまったが、今は特に意味もなさそうなのでほっといても構わないだろう。

 

 終わったら教えてもらった3階の姫の部屋へ、中庭からデメちゃんで直接乗り込んだ。 

 窓を破って入った広い部屋には、意外なことに白い棺桶しか無かった。そしてどの方向の壁にもドアがない。どうやらどれだけ館の中を進んでもこの部屋には入れないようだ。クソゲー。

 

「出入り口は窓だけとか酷いなぁ。」

 

 本来は館の中をさまよい続けるハメになる訳だ。

 ということはモンスターもリポップしそうだね。知らなかったらすごいイライラしそうなイベントだなぁ。

 

 棺桶に近づくと蓋がゆっくり開きだしたので、その間に隙間から手榴弾を幾つも放り込む。

 

「よくぞ参っ……おっボォッ!!!」

 

 姫が話し出すとちょうど手榴弾が爆発した。完璧なタイミングである。

 姫はそれでも倒れずに話を続けようとするが、着ていたドレスが爆発で吹き飛んで素っ裸だ。だが全身が茨なので全然エロくない。だれかエロMODはよ。

 

 つーか何で姫まで茨の化け物なの? もうどの童話がベースか分からないけど、これは絶対にオカシイでしょ。

 

「あの奴隷(小人)は妾の物じゃあああああ!!!」

 

 話が終わると姫のお腹から金と銀の子供が出てきた。でも特に強くも無かったので先に倒させてもらった。

 

 あとは今までと同じ様にデメちゃんと連携して戦う。

 姫は胸の先端の乳首のように咲く花から、種っぱいをマシンガンのように撃ち出してきた。

 

 私はそれを躱しつつ接近、クワガタを取ったときのハンマーで何度も頭を殴り、銃弾を撃ち込みまくると倒れてカードに変わった。

 

「《No.252 茨に汚染された白雪姫 B-070》。あっ、一応ベースは白雪姫だったんだ。」

 

 それからは地下採掘場に行き、泣いて感謝する小人さんたちを連れて地上に出た。

 すると館そのものが茨に変わって襲いかかってきたので、小人さんの忠告に従い裏庭への鉄格子をこじ開けて逃げればクリアだ。

 

「黒幕は館そのものだった、ってことなのかな。」

 

 なんかモヤっとするがランクAカードのイベントなのでこんなものだろう。

 ブラックな館から逃げ切った小人さんたちは手をつないで喜び、そのまま一枚のカードに変わる。

 

「《No.026 7人の働く小人 A-20》、確保っと。」

 

 これが私が欲しかったカードだ。小人さんたちは私が眠ってる間に働いてくれる。

 使い道は多岐にわたり、銃を持たせて他プレイヤーへの()()()にしたり、ランクSカードの取得場所に配置しておくことで()()()()()()()()事ができる。

 

「まぁ小人がNPCと会話が出来るかは分からないけどね。」

 

 こればかりは試してみるしかない。だが出来ない場合でも街の中の地図は作れるので、私一人で調べるよりは格段に効率が上がるだろう。

 

 最低でも街のNPCの配置を調べてくれれば大助かりだ。一つの街には結構なNPCが居るので、それっぽい相手を探すだけでも大変だから。

 

 まぁどのように使うにしてもソロには大変ありがたいカードである。

 単純に労働力を増やせるからね。だからどうしても最初に、それも寝る前に手に入れておく必要があった。

 

「それじゃあ攻略法も分かったことで……2周目行くか。」

 

 情報の無い指定ポケットカード20枚、その全ての場所に小人を配置するには1枚の7匹では足りない。最低でも3枚の21匹、出来れば一箇所3匹+警戒3匹で9枚の63匹+保存用1枚で10枚ほど欲しい。

 

「慣れれば1枚10分で行けるかな? よーし、タイム計っちゃうぞ。……目指せ5分針!!」

 

 私は逃げてきた道を逆走し、もとに戻っていた館で再びイベントを開始する。

 スタート地点の部屋の中には、ビリビリに破れた青いジージャン()()が残っていた。




占術っぽい呪文を使い、奴隷を集めに行くシズクちゃんでした。
まぁ情報集めはゲーム攻略の基本ですよね。

今の所、ランクS以上のカードに関しては以下の感じです。
条件を把握してるカード:《支配者の祝福》《一坪の海岸線》《大天使の息吹》
少しヒントが有るカード:《一坪の密林》《不思議ケ池》《美を呼ぶエメラルド》
他のカード:取得場所のみ把握

ちなみに館のギミックはバイオ1から。
部屋に先にいた男のモデルはカイジの安藤。館がモンスター化した際、中に居たので無事死亡しました。本来はもっとクズっぽいことをしてたのですが、長くなったので丸々カット。使い捨てキャラだからしょうがないですね。

読んで頂きありがとうござました。


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第28話 珍入者と一坪の密林

お気に入りが3000超えてました。
有難うございます。


 暖かな日差しを受けながらアントキバ(懸賞の街)を歩く。

 季節は夏を過ぎ秋に入ったが、ゲーム内の様子に変わったところは見当たらない。せいぜい呪文カードを使うプレイヤーが増えてきたぐらいだろうか。

 

 原作では12月を過ぎても雪が降る描画はなかったし、もしかしたらゲームの舞台であるこの島は1年中同じ気候なのかもしれない。

 

「私達プレイヤーにとっては有り難いね。」

 

 今日は9月15日、この街で指定ポケットカードを商品とした月齢大会が行われる日だ。

 ただし参加しに来た訳じゃない。商品のカードはランクBなのでここで取る必要はない。

 

 私の目的は最後に取るカード《支配者の祝福》の取得イベント――指定ポケットカード100種の詳細を問うクイズ大会、に備えての情報収集。なので大会の内容だけ知れれば良いのだ。

 

「うーん、大会まであと30分。何して時間潰そうかな……」

 

「おい待て!! そこのガキ!!」

 

 そんな訳で街をブラブラ歩いていると、急に路地裏から男が飛び出してきた。

 ボサボサの髪に痩けた頬と怪我の跡。死ぬ思いをしてマサドラまで行ってきました、と言わんばかりの格好である。

 

「〈窃盗(シーフ)使用(オン)!! プーリンを攻……ぎゃああああ!!!」

 

 男はバインダー()を開いて呪文(スペル)カードを掲げ、使用するための文言を口にしようとする。

 

 だが呪文が発動することはなかった。その前に手を撃ち抜かれカードを落としてしまったからだ。見れば掌の中央には綺麗に穴が空いている。これでは片手はしばらく使い物にならないだろう。

 

「よーしっ、綺麗に撃てたっ!!」

 

 抜き打ちした大型リボルバー(M460)を手の中でクルクルと回す。グリードアイランド用に新調した銃だ。9mmパラに比べて弾速が2倍なのでかなり当てやすい。威力もアサルトライフルの7割増しなのでその辺の念能力者を撃ち抜くには十分だ。

 リロードだけがネックだが、それも段々と楽しくなってきたから不思議だ。そのうち『銃に命を吹き込んでいるようだ』なんて思えてくるのかな?

 

「……で、お兄さんは何の用?」

 

「ひ、ひぃいいい。」

 

 もしかして的になりに来てくれたのだろうか。

 そのまま銃を突きつけてちょっと脅してみれば、尻餅をついて泣いていた男は必死に頭を地面に擦り付けてペコペコしだした。……なんだか天空闘技場(むかし)を思い出す光景だ。

 

(あー、最初にシンジに会った時もこんな感じだったっけ……。)

 

 そういえば、あいつは今何やってるんだろ?

 最後に見たのはハンター試験に出発した時だ。マゾラーにやられた怪我の治りが遅くてまだベッドの上だった。その後はゾルディック家に連れ込まれたせいで今まで完全に忘れていた。

 

 本人は銀お姉さんに師事して鍛え直したいって言ってたけどどうなっているやら。師事が叶ってもたぶん有料だろうから、きっとケツの毛まで毟られてそうだなぁ。

 

「でもゲームだからっていきなり人に攻撃したらダメなんだよ? 反省した?」

 

「はっ、はい、反省しました!!」

 

 男がおっ、このまま逃してくれるのかな? という期待に満ちた目で私を見上げてくる。

 私としても何時までもこんな雑魚に構ってるつもりはない。反省して二度と私にちょっかいを掛けないなら命まで奪う必要はないだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――じゃあピョンピョンしよっか。」

 

「えっ」

 

 でも金目の物は置いていってもらうけどね!!

 おう、全部出すんだよ。はやくしろよ。ていうかもうパンツ以外全部置いていけ。

 

 私は男にバインダーを出させその中身を没収する。

 

「うーん、見事にゴミカードしかない。……もう行っていいよ、次は無いからね?」

 

「す、すみませんでしたぁあああ!!」

 

 そうして全部を奪い取ると、パンツ1枚になった男は泣きながら走り出した。

 私はその背を見ながら大分手に馴染んできたリボルバーに弾を込め直し、クルクル回しながら腰のホルスターに戻す。

 

 まったく、どうしてこんな様でこのゲームに参加したのだろう。原作でもそうだが弱いやつほど呪文に頼ろうとするから困る。

 

「弾と時間の無駄だったね。せめてランクBのカードぐらい持ってればなぁ。」

 

 ランクAのカードを持っているせいか、最近はこうして呪文カードで襲われる事が増えてきた。

 別に防がなくても《聖騎士の首飾り》で無効化されるのだが、しかしだからといって無条件に受けるのは駄目だ。油断大敵、回避出来る攻撃はしっかり回避しないとね。

 

「もしかしたら呪文カードはブラフで、こっそり念能力を掛けようとしてる可能性だって有るからね。」

 

 ちなみに殺さないのは慈悲じゃない。

 このゲームはプレイヤーが死ぬと自動でログオフされ、別の人が入れるようになってしまう。つまり殺しても次が来るだけのイタチごっこなのだ。なので出来るだけ心を折って放置したほうが長期的に見ると楽なのである。

 

「まっ、雑魚は置いといて久しぶりにパスタでも食べに行こう。せっかくアントキバに来たんだからね。」

 

 私はそのまま街を歩き、前と同じ黒猫の看板を出しているカフェに入る。

 ドアを開け、暖簾を潜って猫人のような店長に注文を告げようとして……

 

「あっ、シズク姉ちゃん!!」

 

 ――美味しそうに大盛りのパスタを頬張っている、姉の次男(ミルキ)を見つけた。

 

 な に し て ん だ お 前 !!!!

 

 

 

 

 

■□■□■□■□■□■□

 

 

 

 

 

 

「ミルキはどうしてココにいるの? どうやってログインしたのかな?」

 

 見つけてしまったものはしょうが無いので、同じテーブルに付いてコーヒーを飲みながら事情を聞く。

 

 もしかしてゼノさんに買ってもらったのだろうか? あの人って何だかんだで子煩悩っていうか、孫に甘いからなぁ。次点でキキョウ姉さん辺り? シルバさんは買ってくれないイメージだ。

 

「姉ちゃんがうちに置いていった奴。」

 

 私のゲームじゃねーか!! 何勝手に使ってんだコイツ。

 

「あんなに沢山あるんだから一つぐらいいいでしょ?」

 

 全然よくない。その一つだけで幾らすると思ってるの?

 ……いや待て、預けたときにこのゲームの危険性はちゃんと伝えた。プレイヤーを中に引きずり込むって。なのにこうしてプレイできてるのはオカシイんじゃない?

 

「誰に許可をもらったの? キキョウ姉さんはなんて?」

 

「駄目って言われたからこっそりプレイした。……言われた通り頑張ったよ!!」

 

 おぃいい!! それ一番駄目なやつぅううう!!

 つーか(不正を)頑張れなんて言ってねぇぞ!!!

 

「そっかー、頑張ったのかぁ。」

 

「うん! 使用人に爺ちゃんの名前で命令して出させたんだ!!」

 

 5歳の癖に悪知恵働かせすぎぃ!! てかその使用人もう処分されてるんじゃね?

 ミルキはめっちゃ嬉しそうだけど、やってることはかなり残酷だな。使用人を道具としてしか見ていない原作ゾルディック家の片鱗が伺える。

 

 あれっ? 勝手に使ったってことは、急にミルキが消えたと思われてるのでは?

 

 ……まずい。早く電話で弁明しないとキキョウ姉さんが。下手をしたら子供大好きな姉さんは怒り狂ってゲーム自体を壊そうとしてるかもしれない!!

 

「……ちょっと急ぎの用事が出来たからココで待ってて。いい? 絶対にココから動かないのよ?」

 

「分かった!!」

 

 店長に1万ジェニー札のカードを押し付け、パスタを食べながら元気に返事をするミルキを店に置いて外に出る。私は人の居ない場所に移動すると、すぐにデメちゃんを具現化。

 

 そしてゲーム外に繋げたゲートを使い、携帯電話でゾルディック家に連絡を取った。島の中では不思議な力で携帯が不通になるが、ゲートから外に出してしまえば使うことが可能だ。

 

 ただし体が出てしまうとGMに目をつけられそうなので、あくまで出すのは携帯だけ。そして電話に出た執事さんに頼んでゼノさんに繋げてもらう。焦るな私、まだ大丈夫だ。きっと平気……たぶん。

 

「もしもし、ゼノさんですか? シズクですけど。」

 

「んっ、おおシズクか。悪いが今ちょっと『私のミルキちゃんがぁあああああ!!!』取り込んでおってのぉ。」

 

 あっ、これもう駄目だわ。すでに激おこぷんぷん丸だわ。

 

 私の頬を汗が滑り落ちる。全身から冷や汗が吹き出し、脳裏に鬼の顔になって暴れまわるキキョウ姉さんの姿が浮かんだ。

 

「えーと、ゲーム内でミルキを保護したんですけど。」

 

 それでも一縷の望みをかけてゼノおじいちゃんにミルキを見つけたことを告げる。……頼む間に合ってくれ! 頼む!!

 

「おおそうか、それは有り難いの。……しかしこのゲームはすごいのぉ。どれだけ殴っても全く壊れそうにないわい。」

 

「……はっ?」

 

 言われて耳を澄ましてみれば、電話の向こうからは ドゴォオオ!! と巨大な何かを叩きつけるような音が聞こえてきた。しかも連続でだ。

 

「あの後ろから聞こえてくる音って。」

 

「キキョウがゲームを殴っておる音じゃ。【硬】でな。……もう1時間になるかの。」

 

 止めて止めて止めて!! 私のグリードアイランドちゃんがぁあああああ!!!

 

「ごめんなさい、ゲームを壊さないように伝えてもらえませんか? ミルキが出るときに困るので。」

 

「分かったすぐに伝えよう。」

 

 私は努めて冷静に執り成しを頼む。こうなったらゼノおじいちゃんだけが頼りだ。

 シルバさんは何だかんだでキキョウ姉さんにダダ甘だから、こういう時は頼りにならない。

 

「それでその代わりと言ってはなんじゃが、しばらくミルキを頼めんか?」

 

 どういうことなの? すぐに帰さないとキキョウ姉さんがやばくない?

 

「シルバ達はどうにもミルキを甘やかしてばかりでの。前からどうにかしたいと思っとったんじゃが丁度いい機会じゃ。適当に鍛えてやってくれい。」

 

 えー、自分たちで出来ないからって、外部に丸投げするのは違うんじゃない?

 それは育児放棄ですよおじいちゃん!!

 

「ちなみにミルキって念を覚えてどれぐらいですか?」

 

「だいたい3ヶ月ぐらいじゃな。」

 

 ……雑魚じゃん。下手したら他のプレイヤーにすら勝てないんじゃね?

 

「えーと、残念なことに今とても忙しくてですね。ぶっちゃけ足手まといはいらな……」

 

「ならば残りのゲームもワシが保護しておく、という条件でどうじゃ?」

 

 うーん、それなら有りかな? 流石にゼノさんの部屋にあれば誰も持ち出せないだろう。

 ただしミルキを預かると移動にゲートを使えなくなる。まぁこれは移動用の呪文カードを買い込んでおけばリカバリーは可能だが。うーん、めんどうが増えるな。

 

「分かりました。でもダメそうならすぐ帰しますからね?」

 

 ……ちょっと迷ったけど、結局私は受け入れる事に決めた。

 

「では頼んだぞ。」

 

 だってよく考えれば、これは元々が私のミスっぽいからね。

 預けた時に見せびらかして頑張れって煽りすぎた。ゲーム好きの子供にそんな事をすれば、我慢出来ずにプレイしちゃうのは当然のこと。ならば受け入れるしかないだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――でもそれはそれとして、私のグリードアイランドを勝手に使ったのは許さないよ!!

 

「ごめんなさぃぃいいいいいい!!!」

 

 電話を終えた私は携帯をしまい、再び黒猫のカフェへ戻った。

 しかしミルキは当たり前のように居なくなっていて、私は捜索に街を走り回ったせいで月例大会を見れなかった。……まったく移動用の呪文カードが無い時に面倒を起こしやがって。

 

「ねえミルキ、私の言ったこと聞いてなかったの? それとも聞く必要ないって思ってるの?」

 

 だから空に浮くデメちゃんからロープで逆さ巻きにしたミルキを吊るす。

 場所はアントキバ北部の岩山ゾーン。そこに生息する1つ目巨人の前だ。

 

「GYAAAAAAAA!!!!」

 

「ひいいいいぃぃ!!!」

 

 巨人が振り回す棍棒がミルキの鼻先をかすめる。

 5mを超える巨体が持つ武器だけあって山ごと砕けそうな威力だ。その度にミルキは悲鳴を上げ、涙と鼻水が顔をグチャグチャに濡らしていった。

 

 つーか待ってろって言ったのに、勝手に出歩いて買い食い(NPCから強奪)してるとか何なの? いきなり強盗プレイとかどんだけ甘やかされてたんだよ。

 

「謝ってるのにぃいいいい!!」

 

「だから何? あのねミルキ、そもそも謝って許される程度の事じゃ人はわざわざ怒ったりしないの。」

 

 逆に言えば怒らせたときにはもう手遅れ、そして世の中には謝っても許されない事が沢山ある。

 

 今回は一つ数十億のゲームが壊されそうになったのだ。地球で例えれば勝手にブラックロー○ス(数千万のカード)を持ち出して対戦(デュエル)してたようなもの。……誰だって切れる、私だって切れる。

 

「あなたが理解出来るまで何時までも続けるから。……きっちり()()()あげる。」

 

 これからしばらく一緒に行動するなら、上下関係は最初に叩き込んでおかないとね。

 大丈夫だよ、例え手足が潰れて使い物にならなくなったって、このゲームには綺麗に治せるカードが存在するんだから。

 

「ア”ア”ア”ア”ア”ア”ア”!!!!!!」

 

 それからしばらく岩山ゾーンにミルキの悲鳴が響き続けた。

 時々他のプレイヤーさん達が通り過ぎていったが、彼らはみんなドン引きしていた。

 

 

 

 

■□■□■□■□■□■□

 

 

 

 

 

 ミルキを預かることになった翌日。

 マサドラで呪文カードを補充した私達は《一坪の密林》を求め、島の北東にある山林の奥へ足を運んでいた。

 

 ミルキの躾はあれから半日ほど続けた。

 最後には『ごめんなさい』を繰り返す壊れたロボットみたいになったので、恐らくもう逆らったりはしないだろう。上下関係はきっちり体に叩き込んだ。

 

 まぁそれでも時間が経てばまたやらかしそうではあるけどね。

 呪文カードなんかはリストを一度見せただけで全て覚えてしまったのに、どうも興味のないことはどうでも良くなってしまう質のようだ。好きなことだけやる趣味人の片鱗が伺えるね。ミルキは生粋のオタク体質なのかもしれない。

 

 それからモンスターとは試しに私も戦ってみたが、倒し方を知ってるせいか割とサクサク倒せてしまった。

 きっとここは事前情報無しの方がよかったと思う。その方がもっと成長に繋がったはずだ。ゲーム的に言えば初見ボーナスが無くなった感じ。

 

「まさか知識があるせいで経験値が低下するなんてね。」

 

 なのであまり修行にはならなかったが、楽しかったのでストレスの発散にはなった。ミルキ関係でイライラしていたので丁度よかったと言えよう。

 特にメラニントカゲの体中にプラスチック爆弾(C4)を貼り付けて爆破するのは面白かった。このトカゲは全身に大小様々なホクロがあり、その内の一つが弱点なので気分は逆黒ひげ危機一発だ。

 

「シズク姉ちゃん、これどこに向かってるの?」

 

「レア度が高いカードがあるとこよ。」

 

 カードは取り方がはっきりしていないものから集めていくことにした。

 順番としてはランクSSの《一坪の密林》→《ブループラネット》を取り、他のランクSカードを取ってから《一坪の海岸線》→《大天使の息吹》→《支配者の祝福》を予定している。

 すぐ取れるカードは持ってても襲われる可能性が増えるだけでメリットがないからね。

 

 私は夏休みの宿題を初日に全部終わらせるタイプなのだ。

 そして夏休み中は『え~、宿題なんて何時でも出来るでしょ~』なんて言って遊びまくる。そうすれば何人かは真に受けて宿題を放ったらかしにするからね。2学期の始業日に徹夜明けで出てきた子を眺めるのは密かな楽しみだったなぁ。

 

「シズク姉ちゃん、あそこに村っぽいのが有るよ。」

 

「おっ、ミルキナイスー。」

 

 そんな訳で調べた取得場所に向かってデメちゃんで飛び、そろそろ2時間が経過した頃。

 飛行中のデメちゃんから見下ろす大地に広がる樹海、その中に紛れるように存在する小さな集落を見つけた。

 

「デメちゃんあそこに降りて。」

 

『んぎょっぎょ。』

 

 私達はその集落の入口にゆっくりと降り立つ。

 入場用っぽいアーチには『わくわく☆動物村』と書かれた看板があった。

 

 

 

 村に入ったら中をザッと一通り見て回る。

 人口は20人ぐらいだろうか。やたらとマッチョで傷の多い男しか居なかった。周囲のモンスターと戦ってる設定なのかな? オマケにみんな犯罪者のような目つきで、私達を興味深そうにジロジロと見てきて不気味だった。

 

 家として使われているのは白いテントのような物で、木で作った格子状の骨組みに分厚い布を被せたものだ。

 その見た目はモンゴルのゲルにそっくり。移動を前提にした作りのように思えるので、もしかしたらこの村は定期的に場所を移しているのかもしれない。何のためかは今の所わからないが。

 

 村の中には他に目を引くものは無かったので、最後に村人に案内してもらい長老の家を訪ねた。

 

「失礼しまーす。」

 

「おっ、お客さん? ……えっ、まじで??」

 

 中に入るとそこには一人の中年の男性がいた。

 ボサボサの髪にサングラスを掛け浴衣のような服を着ていて、柔らかそうなソファーに寝そべって煎餅をボリボリたべている。まるでダメな男(マダオ)の見本のようだ。

 

「こちらの方がこの村の長である、"ヒマ長老"でございます。」

 

「"ヒマ長老"どぇーす。よろピク☆」

 

 案内してくれた村人が目の前の男を紹介する。

 紹介されたダメ長老は左手の人差指と小指だけを立てながら挨拶してきた。もちろんソファーに寝そべったままだ。

 

 長老っていうか、これただのニートじゃねーか!!

 

「姉ちゃんコイツムカつく。」

 

「ミルキはどうしたい?」

 

「殺したい。」

 

「待って、君らいきなり何言ってるの?」

 

 長老が焦ったようにコチラに問いかける。

 奇遇だな、私も同じ意見だ。でもちょっと待とうか。コイツには()()生きててもらわないと困るから。

 

「《一坪の密林》について知りませんか?」

 

「《一坪の密林》? 一坪どころかこの辺は全部密林よ? ……もしかして俺に仕事しろっつーの? ……っかー、つれーわー。仕事したくても動物が居ないからつれーわー。あーあ、動物がいれば仕事するんだけどなぁー。」

 

 ウズウズし出したミルキを抑えてダメ元で訪ねてみれば、帰ってきたのは何とも言えなくなるようなセリフだった。話題の転換がちょっとオカシすぎない?

 

「姉ちゃんコイツすごいダメそう!!」

 

 将来の引きこもりが言いおる。

 でも全くやる気が感じられないのは同意。普通ならこのセリフがヒントだなんて誰も思わないだろうね。どう考えてもダメな大人の戯言、サボるための口実だ。

 

 だが私はこのマダオ(ヒマ長老)が重大なヒントをくれるキャラだと知っている。ならばこのセリフにもちゃんと意味があるはずだ。

 

 《一坪の密林》のカードテキストが

 

 『「山神の庭」と呼ばれる巨大な森への入り口。

  この森にしかいない固有種のみが数多く生息する。

  どの動物も人によくなつく。』

 

 であることを踏まえて考えると、大事なのは恐らく"動物"というワード。

 

「どう思うミルキ?」

 

「1発だけ撃っていい?」

 

「1発なら誤射ね。」

 

「ちょっ。」

 

 ――パンッ! パンッ! パンッ! パンッ! パンッ! パンッ! パンッ!

 

 

 ミルキが大型自動拳銃(デザートイーグル)を連射する。ここに来る前に渡しておいた私のお下がりだ。

 

「姉ちゃん弾切れた。」

 

 ……一発って言ったのに聞いてなかったのかな? ダメオの全身から血が流れてるじゃねーか!!

 まぁそれでも平気そうだから念人形っぽいし、教えた通りしっかり構えて撃ててる。お姉ちゃんはうれしいから今回は不問にしよう。

 

「はいマガジン。ちゃんとリロードしなさい。」

 

「分かった。」

 

 しかしどうしたもんだろう。このダメオの言葉をそのまま受け取れば、動物を連れて来いってことだよね?

 

 動物、あるいは獣って説明があったカードは……

 

 《No.022 トラエモン A-22》

 《No.035 カメレオンキャット S-06》

 《No.098 シルバードッグ S-08》

 《No.099 メイドパンダ S-06》

 

 この4枚。試しに取ってくるにしてもS3枚にA1枚って地味に大変。

 

「どうするの? もう殺っちゃっていい?」

 

 どうするって、こうなったら一枚ずつ取ってくるしかないだろう。

 しかもこれはゲイン(カード化解除)する必要が有るパターンだね。何度も取り直すのは手間だから、増やすために〈複製(クローン)〉も必要だな。

 

「……流石にランクSSだけあって面倒だね。」

 

 それでもまだヒントをくれるキャラを知ってるだけ私達はマシな方なのだろう。

 原作知識がなければココでキレて終わりだっただろうから。

 

「いったん帰るよ。〈同行(アカンパニー)〉だして。」

 

「使ってみて良い?」

 

「飛ぶのはミルキが行ったことない街だからダメ。」

 

 私達は動物村を一旦後にし、必要だと思われる4枚のカードを取りに向かった。

 

 

 

 

 ――そして2ヶ月後。

 

「"ヒマ長老"どぇーす。よろピク☆」

 

 4種の動物を揃えて訪れた長老宅、そこでは相変わらずダメオがダラダラしていた。

 

 だが今回は無策だった前回とは違う。

 

「フフフ、残念だけどニートライフは今日でお終いだよ。」

 

 揃えてきた4種の動物を長老の前に並べる。

 私のお気に入りはシルバードッグだ。見た目は銀毛のレトリバー。手に入れてまだ2週間だが、人懐っこくてすごく可愛い。

 

「くぅーん……。」

 

 そんなシルバードックが床で仰向けになり、お目々をウルウルさせながら鳴き声を上げる。更にそのお腹の上でカメレオンキャットも子犬バージョンに変身。仕草と鳴き声を真似始めたではないか。

 

「なん……だと…………。」

 

 それはまさに可愛いと可愛いのハーモーニー。人生に疲れた大人ほどイチコロなアニマルセラピーである。マダオもじっと見入ってるよ!!

 

 しかしまだだ! まだ私のターンは終わっていない!!

 

 追加でダメ押しのメイドパンダの効果を発動!!

 きれい好きで料理が趣味の便利パンダさんである。私が合図を送るとメイドパンダは優雅な仕草で一礼、マダオの後ろに回りその柔らかな肉球でマッサージを開始した。

 

「あっあっあっ……。」

 

 プニプニとした肉球で指圧される度にマダオの全身から力が抜け眼がトロンとしていく。

 心が動物たちを受け入れ始めたのだ。くっくっくっ、たとえダメな長老でもこの圧倒的な癒やし攻撃には耐えられまい!!

 

 えっ、トラエモン? ……アイツなら隅っこで静かにしてるよ。だって袋が本体だからね。出来ることは何もなかった。これがランク格差だ。

 

「ところで《一坪の密林》について知りませんか?」

 

 プニュプニュと肉球による刺激で脳を破壊しつつ尋問を始める。

 すでに全身を解きほぐされてしまったマダオは、口から涎を垂らしながら意識が朦朧としていた。もはや抵抗する力など残っていないのは一目瞭然だ。

 

「あっあっあっ、確か北にそんな名前の祠がっ。あっ……でもその入口を……あっ、サクサク山賊団が、あっ、根城に……おふぅ……。」

 

 ふんふん、にゃるほどにゃるほど。北の祠で山賊を倒せばいいのね。

 なんだ楽勝そうじゃん。これはもう密林取っちゃったかな?

 

 でもこの動物たちはどうしようか。

 

「この子たちならココでっ、あっ、預かるかららっらっらっ。」

 

 首周りをマッサージされ、肉球のやんわりとした暖かさにマダオの体が跳ねる。

 そういう事ならここで預かってもらおう。マダオはこのザマだし大丈夫でしょ。

 

「くぅ~ん。」

 

「後で迎えに来るから待っててね。」

 

 長老に動物たちを預け、私達はさっそく北の祠に向かう。

 ただし山賊団は出払っているのか丁度いなかった。なのでこれ幸いにと罠を仕掛けつつ、祠の中にあった巨大な狼の石像の裏に隠れて山賊団を待った。

 

 ――そうして半日が過ぎた頃。

 

「姉ちゃん、誰も来ないね。」

 

「おかしいな……。」

 

 山賊団は一向に来る気配がなかった。

 ゲーム的に考えれば戻ってくる日数に乱数が使われているのかな? 遠くに遠征している設定なのかもしれない。

 

 だがそれから更に半日、丸一日立っても来ないので、私達はしょうがなく動物村に戻ることにした。

 

「どういうことなの?」

 

 しかし有ったはずの村は忽然と姿を消していた。始めからココには何も無かったかのように。

 

 まさか私達が居ない間に山賊団に襲われた?

 でも争ったような後は全く無いんだよね。ていうか私のシルバードッグちゃんはどこだよ。結構取るのに苦労したし愛着があったんだけど。

 

「これじゃあまるでアイツ等が山賊だったみたいだね。」

 

 !!?

 

「なん……だと……。」

 

 ミルキの言葉で私の脳に電流が走るっ!!

 

 えっ、そういうことなの? ……いや、そう考えれば辻褄があう。

 

 とするとこのイベントは、山賊団が化けた村に動物を預け、その後に祠に行き、そしてそれから()()()()()逃げようとしてる山賊団をブチのめす、のが正解だという事になる。

 もしかしたら"ヒマ長老"というのは、プレイヤーという獲物が来なくて()()してる()()って意味なのかもしれないね。

 

「ふ ざ け ん な !!!」

 

「姉ちゃん動物たちは?」

 

 恐らく戻ってこないだろう。きっとこれがこのイベントの失敗ペナルティだ。

 《一坪の海岸線》はPTの組み直しだったけど、こっちは動物の集め直しってことだね。

 

 ちくしょうー。ゲインしたのは〈複製(クローン)〉で増やしたカードだからオリジナルは残っている。とは言えそれでもまんまと盗まれてしまったのは悔しい。どうしてあんなニートを信じてしまったのか。

 

 だが良いだろう。なんせこれはランクSSカードの取得イベント。

 これぐらいの難易度は最初から想定内だ。この失敗は必要経費として受け入れよう。

 

「でもそれはそれとして、あの長老達は許さんっ!!!」

 

「どうするの?」

 

 そんなの決まっている。目には目を、歯には歯を。

 昔のなんか偉い神の子どもは言いました。右の頬を打たれたら全力でカウンターを打ち込め、と。

 

 という訳で。

 

「ハロー、シンジ。元気にしてた? ……今から言うものを大至急用意しろ。」

 

「おいちょっと待て。いきなり何を……」

 

 私はミルキから離れてゲート経由で電話をかける。

 

「まず――プラスチック爆弾(C4)()()()()。」

 

「はぁ!? 何言ってんだお前!! そんなの急に用意できるわけ……」

 

 村を丸ごと吹き飛ばすにはこれぐらいの量が必要だろう。ダイナマイトでも良い気がするが、周囲の木に貼り付けたりも出来るからこっちの方が便利だ。あとは予想される逃走経路にクレイモアやベアトラップなんかも必要だな。

 

「3日以内にやれ。他に必要な物もメールで送るから。出来なかったら……分かってるよね?」

 

「」

 

 よし、これで必要な物は揃う。流石にもうシンジの体も治ってるだろうからね。遠慮なくこき使ってオッケーだ。もしかしたらレイザーみたいにゲームマスターが出てくるかも知れないし、出来る限り念入りに準備しないとね。

 

 くくく、待ってろよ村人(山賊)ども。……全員綺麗に 皆 殺 し にしてやるぜ!!

 

 




ミルキ:まだ5才&初めての外出&ゲームの世界に大はしゃぎ。
    でもはしゃぎ過ぎてきっちり躾られた。念は覚えて3ヶ月。

ヒマ長老:ニート。見た目は銀魂のマダオ。
     念人形なので村に入りし直すと怪我は治る。対決は次回。


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第29話 GMをハメ殺そう

一坪の密林の攻略回です。


 《一坪の密林》の取得イベントに失敗した私達はマサドラに帰還した。

 すぐに食事を摂り宿屋の部屋に入る、するとミルキはそのまま寝てしまった。ゾルディック家の次男とはいえまだ5歳だ。肉体もそうだが精神的な疲労も溜まっていたのだろう。

 

 私も日課の修行をこなしたらシャワーを浴びてベッドで横になった。

 格好はTシャツとパンツだけ。バストアップ体操は毎日欠かさず行なっているがまだ胸に膨みはなく、ツルペタロリボディなので色気なんて欠片もない。もちろん下の毛も生えておらずツルツルである。

 

 ちなみにこんな所で眠って良いの? と思うかも知れないが、その辺はすでに検証済みだ。

 呪文カードによる攻撃は発動時にカードが光の玉になって飛び、相手に命中することで効果を発揮する。だが何らかの方法で当たらなければ不発扱いになるのだ。

 

 本来は自動追尾のため回避不可能であるが、物理的な壁は超えられなかった。

 つまり閉め切った部屋の中を外から呪文カードで攻撃する事は不可能という事である。

 隣の部屋から呪文連打とか無理ってことだね。きっと出来たら隠れて呪文撃つだけのクソゲーになっちゃうから禁止にしたんだろう。

 

 翌日、起きたら攻略の準備を始める。

 朝はご飯を食べて軽く訓練をしたら、まず貯金を下ろして呪文カードを買いに行く。

 

 必要なのは〈複製(クローン)〉8枚。これでイベントの発生に必要な動物カード4種を各()()ずつ増やす。

 イベント1回分多いのは失敗前提で情報収集をする為である。逃げ方や逃走経路を把握しなければ罠が仕掛けられないからね。

 

 それからグリードアイランドを譲って(強制)くれた、親切なおじさん2人が路肩に座っていたので〈離脱(リーブ)〉を渡してゲームから出してあげた。

 

 彼らは泣きながら感謝の言葉を述べてログアウトしていった。やっぱり人に感謝されるのは気持ちいいね。きっと彼らは外に出ても泣き続けただろう(ここどこ? 的な意味で)。

 

「なんであんなのにカードあげちゃったの? 〈離脱(リーブ)〉ってレアだよ?」

 

 ところがミルキは私の行動が不思議だったようだ。

 確かに譲渡書の下りを知らないと意味不明だよね。だが説明が面倒なのでココは適当な事をいって誤魔化しておく。

 

「フフフ、それはね。私が困っている人を見たら助けずにはいられない、とっても優しいお姉さんだからだよ。……アライメント(属性)で言えば極善的な?」

 

「嘘だっ!!」

 

 ミルキは目を見開いて大声で叫んだ。

 どうして全力で拒否するのかな? もう2ヶ月以上も世話してやってるのだから少しぐらい同意しなさいよ。

 

「今日から修行は3割増ね。ミルキは才能が有りすぎるから。」

 

「……嘘だっ!!!」

 

 今度は泣きそうになりながら叫ぶミルキ。

 ……信じてもらえないって悲しいね。

 

 あとせっかくなので〈離脱(リーブ)〉を渡す時に《コネクッション》で別の実験もしてみた。試してみたのは『私のことを忘れて』と頼む事による記憶の忘却だ。

 

 当たり前だが効果は無かった。このアイテムは座った人の能力を超えてのお願いは無理だからだ。座った人が"記憶を自由に出来る【発】"を持っていれば可能だろうけどね。

 

 しかも無理なお願いをしたせいか、クッションは壊れて消滅してしまった。

 実は最初の時も何回か使うと壊れてたので、どうやらこのゲームのアイテムにはカードに書かれている以外にも隠された仕様があるようだ。

 

 《コネクッション》はクリア時に持ち出す候補だったんだけど、この分だとちょっと選ぶ気にならないね。下手したら最初のお願いで消滅する可能性だってあるから。

 

 それから最後にバインダーで出会ったプレイヤーリストを確認してみれば、初期に譲渡書を書いてくれた40人で残ってるのはもう数人しか居なかった。

 ちょっと死に過ぎだと思うが、まぁ私的には死んでくれたほうが後腐れがなくて良い。

 

 

 

 

 その後、私達は再び"ワクワク☆動物村"に出向き、長老に動物を預けてイベントを起こした。

 

「"ヒマ長老"どぇーす。よろピク☆」

 

 設定された挨拶なんだろうけどすごくイラつく。

 長老は相変わらずソファーに寝そべってダラダラしていた。イベント失敗によりリセットされたのか、どうやら私達のことも覚えていないようだ。山賊の癖に……今に見てろよてめぇ。

 

「メイドパンダよ、やれ。」

 

 しかし今はまだ手出し出来ない。なので代わりに私はメイドパンダに合図を送る。

 するとメイドパンダは前回と同じ様に長老へマッサージを始めた。……ただし今回は力任せの整骨マッサージである。

 

「痛い痛い痛い……ちょっ、やめっ!!」

 

 ぐえぇー、という叫び声とともに長老の体中からパキパキと嫌な音が鳴り響く。

 骨が外れたのかな? もう盗まれる事は分かっているからね。前回の恨みも兼ねて辛口対応だよ!!

 

「死ななきゃ大丈夫だから()()()()揉んであげてね。」

 

「(・ω・)おk」

 

 働き者のメイドパンダにそのままご奉仕を続けるよう指示すると、私は村を出て山神の祠に移動する。ミルキには村から少し離れた場所に残ってもらい、村の様子を監視してもらうことにした。

 

 私は祠に入ると〈交信(コンタクト)〉でミルキに連絡を入れる。

 そして逃げる準備が始まった事を聞いてから急いで村に引き返した。

 

「さて、どんな感じかな。」

 

 そのままミルキを回収し浮いたデメちゃんに乗って眼下を伺う。

 森の中では木が邪魔で把握が難しいが、上からなら何をしているのかよく分かる。

 

 ココまでの移動もそうだけど、やっぱり飛べるってすごいアドバンテージだ。まぁデメちゃんはどんどん巨大化が進んでいるから【陰】で隠さないとめちゃくちゃ目立つけどね。

 

 見れば村人たちはテキパキと逃げる準備を進めていた。家代わりに使っていた天幕を折りたたみ、木材の骨組みは手荒に崩して放置だ。特に燃やしたりはしていないので、このままココに置いていくのだろう。

 

 そして準備が終わると村人に偽装していた山賊共は一団となりそそくさと逃げ出した。

 私達はそれを隠れながら追いかける。するとしばらく進んだ所で山賊達は完全に()()()しまった。

 

 恐らくそこがこのイベントの境界線。つまり失敗ラインって事だろう。

 超える前にどうにかしろってことだね。

 

 また動物たちを持っていかれてしまったが、おかげでこのイベントの流れは把握できた。

 

 箇条書きにするとこんな感じである。

 1.動物4種を集めて長老に預ける

 2.山神の祠に向かう

 3.祠に着くと村人(山賊)達が逃げる準備を始める

 4.準備開始から10分経つと逃走がスタート

 5.祠と真逆の方向に10キロほど進まれるとイベント失敗

 

 中々面倒なイベントだが、ここまで分かれば後は容易い。

 

 

 

 

 

■□■□■□■□■□■□

 

 

 

 

 

 敵の動きを把握した私達は次の準備を始める。

 

 第1目標は預けた動物たちを取り返すことだ。これが出来ればたとえ山賊共に逃げられたとしても、またすぐにイベントを起こすことが出来る。

 

 なのでまずは救助用の穴を掘る。場所は長老の家の真下まで。イベントが始まった時にすぐ乗り込めるようにだね。

 

「ミルキは今どれぐらい【練】を続けられる?」

 

「うーん、たぶん30分ぐらい……」

 

 おっ、結構伸びたな。この2ヶ月間はずっと【練】の訓練に費やしたとはいえかなり優秀だ。

 ていうか私が5歳だったときより長いんですけど? とすると幼少時はオーラが増えづらいという考察は間違いだったのかもしれない。それとも個人差があるのか。

 

 ……いや、考えてみれば私のオーラが増えるようになったのはゲートを制御する【発】を作ってからだ。

 

 ってことは、もしかしたら魚面共が関係しているのかも。こっそりオーラが吸われてたとか? ……ちょっと気になるけど私だけでは調べようがないか。

 まぁすでにアルカは生まれているので、あと数年経って言葉が分かるようになったらナニカにお願いして教えてもらおう。という訳で今はこのイベントに集中だ。

 

「はいこれ持って。こんな風に物にオーラを纏わせるのが【周】だよ。」

 

 ミルキにマサドラで買ってきたスコップを渡し、目の前で【周】を実演してみせる。

 これさえ出来れば地面なんて熱したバターと変わらない。

 

 ロープ付きの大きなバケツで掘った土を排出し、二人で交代しながら数十分も掘り続けると、直径1メートルで深さ5メートルほどの穴ができた。

 

「ここからは村に向かって掘っていくよ。それから……ゲイン。掘った土はここに放り込むように。」

 

 私は穴の中で村と反対側の壁に向き《バーチャルレストラン》のカード化を解除する。

 すると土の壁にドアが出現、開けて入ると中は豪華なレストランになっていた。

 

 これなら土を上まで一々持っていく必要はなくなる。えっ、レストランを土置き場にするはどうだって?

 

 良いんだよ。だってこのレストランはどんな料理でも出してくれるが、食事をしても食べた気になっているだけで何も腹に入っていない、というゴミみたいな場所だから。

 オマケに最後に栄養剤を渡して帳尻を合わせようとする酷い店である。……ゴミ置き場にされてもしょうがないね。

 

 ちなみにこのカードはランクBなので予備も含めてあと数枚買ってきている。

 いちいちマサドラまで帰るのは面倒なので、私達が寝る仮宿にするためだ。そして終わったあとは入口を土で埋めてみて、消えないようなら【接続ポイント】を作って私の物置として利用する予定である。

 

「じゃあ方向と距離に気をつけながら掘っていこう。」

 

 穴は子供一人が通れる幅でいい。あんまり広く掘ると崩れちゃうからね。いちおう一定間隔ごとに木材で補強もしておくが。

 

 一番問題なのは方向と距離だったが、これは《スケルトンメガネ》を使うことで解決した。

 このメガネは物を透かして見る事が可能で、メモリで強弱の加減が出来るのだが、メモリを最大にすると地面まで透かせたのだ。

 

 おかげで地面の下からでも村の場所を把握することが出来る。

 持ち出して下水道の中で使えば、歩いている人のスカートの中身を下から覗きまくれるね。

 

 欠点としては私とミルキもお互いにスッポンポンに見えてしまうことだが、しかし二人共まだ子供なので考える必要はないだろう。ミルキがすごく気に入ってるのがちょっと不安だが。

 

 半日かけて長老の真下まで到達すると、次は沈下しない程度に地上に向かって掘る。これでイベントが始まったらこっそりと(長老にはバレるだろうが)動物たちを救助出来るだろう。

 それから村の中にも坑道を広げ、何時でもプラスチック爆弾(C4)を設置出来るようにすれば完了だ。

 

 私達は最初に掘った縦穴まで戻ると、土を放り込んでいたのとは違う《バーチャルレストラン》をゲインする。そしてその中にベッドや風呂を設置すると、掘っている最中についた土を洗い流してから睡眠をとった。

 

 

 

 

 

■□■□■□■□■□■□

 

 

 

 

 

 シンジに連絡を入れてから3日後、天空闘技場の最上階。

 バトルオリンピアの優勝者だけが使えるペントハウスに移動すると、そこには沢山の物が置いてあった。

 

 主にC4を始めとした爆発物だ。新旧の地雷から起爆用の信管、果ては怪しげな液体が詰まった大きな瓶などパッと見では良くわからない物まで、ある程度の間隔を取って種類ごとに綺麗に整列されている。

 

 わざわざ距離を空けているのは事故ると大変だからだろう。だが仮に一つでも爆発すれば残りも全部誘爆するだろうから、せいぜい心持ち気が休まる程度の意味しかない。

 

「でも足りない? ……足りなくない?」

 

 10トン注文したはずのC4が3トンしかない。

 他のも注文した量の1/3~1/5程度だ。ちょっと努力が足りないんじゃないですかね。

 

「無茶言うなよ。これでも頑張ったんだぞ。」

 

「ほんとぉ?」

 

 まぁこれは多分本当だろう。見ればシンジは目の下に隈を作って、今にも死にそうなほど疲れているようだった。恐らくこの3日間一睡もしてないんじゃないかな?

 

 確かに今回は急だったし、私のハンターセイランスを使った訳じゃないからね。まぁこれだけあれば小さな村を吹き飛ばすには十分だろう。

 

 私はゲートで郊外の倉庫へこれらを運び、再びグリードアイランドの中へ戻った。

 

 

 

 

 

 

「"ヒマ長老"どぇー「《一坪の密林》って知ってる?」……」

 

「確か南にそんな名前の祠が「動物たちを預かっとけ。」……あっ、はい。」

 

 村の地下に爆弾を仕掛け終わったら、早速《一坪の密林》イベントをスタートさせる。

 もう3回目なので会話はスキップだ。祠の場所を聞き、動物たちを預け、デメちゃんに乗って祠に飛ぶ。

 

「ミルキ、そっちはどう?」

 

 ミルキとの連絡はトランシーバーで行う。爆発物のついでに注文しておいた長距離用の物だ。祠までは10キロないのでこれで十分連絡を取ることが出来る。

 〈交信(コンタクト)〉は時間制限もあるしバインダーを出さないと使えないから面倒なんだよね。

 

「村人が逃げる準備を始めたよ。」

 

「おっけー。〈同行(アカンパニー)使用(オン)、ミルキ。」

 

 イベントがしっかり始まったことを確認したらすぐに呪文カードでミルキの場所に飛ぶ。

 そこから掘っておいた穴を通って長老の家の下へ。出来るだけ静かに穴を貫通させて地上に出ると、長老は未だにソファーでだらけていた。

 

「!!?」

 

 地下から出てきた私達に驚いた長老の口を即座に塞ぎ、猿ぐつわを噛ませてロープで縛る。

 終わったら部屋の壁にC4を設置していく。長老の家は村の中央に有るので、いい感じに爆発を撒き散らしてくれるだろう。

 

「そっちはどう、ミルキ?」

 

「ちょっと待って。」

 

 それが終わってふと見れば、なんとミルキは余ったC4を()()に設置していた。

 顔と背中、そして()()()()にまで、まるで親の仇と言わんばかりにペタペタと貼り付けている。

 

「ん”ん”ん”ん”~~~!!!」

 

 長老はこの世の終わりのような顔でイヤイヤと体をくねらせてる。

 だがそれを見ても全く可愛そうだとは思わない。むしろこの後に爆発で吹き飛ぶ事を考えると心がスッとする。……汚い花火になりそうだな。

 

「終わったら行くよ。」

 

 私達は設置を終えると動物たちと共にデメちゃんに乗り、長老宅の天井を突き破って飛び出した。よし、これで最低限の目標はクリアだ。失敗してもまた動物を集めてくる必要はない。

 

「ってことでミルキ、もう人質は居ないからやっていいよ。」

 

「はーい!! ……ポチっとな。」

 

 村から飛び出したら爆発に巻き込まれないように十分な距離をとる。

 そして爆破の許可を出すと、ミルキは遠慮なく手に持っていたスイッチを押した。

 

 瞬間、眼下の村から雷が落ちたような凄まじい轟音が響き、熱を持った風が押し寄せ頬を叩いた。地下に仕掛けたC4が一斉に起爆し、村を丸ごと吹き飛ばしたのだ。

 

 土砂が何十メートルも巻き上げられ、死亡判定を受けてカードに変わった村人がヒラヒラと宙を舞った。数えてみると20人の内13人が死んだようだ。

 長老宅以外は地下からの爆発だった為、運良く生き残った人もいたのだろう。

 

「残りを狩るよ。」

 

「はーい。」

 

 だがそれも想定済み。上空に待機していた私達は対物狙撃銃(アンチマテリアルライフル)を取り出し、スコープ越しに生き残りを一人ずつ仕留めていく。

 更にそれも回避して周囲の森に逃げ込んだ人も居たが、予め仕掛けておいた地雷で吹き飛んだ。

 

 こうしてイベント開始から数分後、村人に偽装していた山賊達はあっさりと全滅した。

 本来であれば樹海で生き残りの確認など難しいところだが、こちらは空を飛べる上にスケルトンメガネで樹木を透かすことが出来るので確実だ。

 

 全員死んだことを確信した私は残った地雷を処理し、改めて山神の祠へ向かった。

 

 

 

 

 

■□■□■□■□■□■□

 

 

 

 

 

 祠の近くに降り立つと、その入口には2つの人影が有った。

 

「おいおい、よくもやってくれたじゃねーかよ。なぁ"ドロリ"?」

 

 一人はくたびれた中年の男性。

 赤い帽子を被って丸メガネをかけ、工場の作業員のような上着とズボンを身に着けていた。

 ……まるで何十年も生命の創造を行なってきたような風格だ。

 

「まったく、困っちゃうよねー。ねぇ、"サクサクさん"?」

 

 そしてもう一人は着ぐるみのような黒い熊だ。

 二本足で立ち言葉を喋ってる所からかなり高度な念獣だと思われる。胸の部分に5と書かれた横縞のシャツを着て、下には赤いズボン。そして瞳にはすごく野心を秘めていそうな輝きが宿っていた。

 

 先程の二人の会話から赤帽子の中年が"サクサクさん"、そして熊の方は"ドロリ"という名前だと分かる。

 

 サクサクさんの方は纏っているオーラがかなり強いから、恐らくゲームマスターの一人だろう。念獣を連れている所を考えると、ゲームでの担当はたぶんモンスターの具現化かな?

 

「えーと、あなた達もサクサク山賊団の人って事でいいんだよね。」

 

「その通り、サクサク山賊団は私の団だ。だからこそ君たちを許すわけには行かない。」

 

 やっぱりそうか。名前の時点でほぼそうだと思ってたよ。

 そしてということは倒してもOKだ。早速、対物狙撃銃(アンチマテリアルライフル)を構えて狙いをつける。

 

「……一坪の密林の中の動物たちは私たちの物だ。残念だけど、君たちはココから先には進めないね。」

 

 しかし私が撃つ前にサクサクさんはポケットから携帯用の平らなケースを取り出した。

 更にそれを開いて呪文を唱えだすと、合わせてドロリがクルクルと回りだしたではないか。

 

「ムーンプリズムてくまくま……メイクアップ!!」

 

 呪文の途中に変なの混ざってなかった? クマだからかな??

 私は今のうちに頭を撃ち抜きたくなったが、イベントが中止になると困るのでしょうがなく黙って見守る。

 

 ケースから七色の光が飛び出して周囲が満たされ、その光が消えたときには……ドロリは巨大なクマへと姿を変えていた。その姿は某狩りゲーに出てくる青熊獣にそっくりだ。

 

「ここから先は行き止まりだもんねー? 祠に入りたければボクを倒してみなよ。」

 

 目の前に出現した巨大熊――ドロリが流暢にしゃべる。

 言ってることが正しければこのモンスターを倒すのがクリア条件なのだろう。

 

 だがその身には膨大なオーラを纏っており、簡単には行かないことは一目瞭然だった。

 普通なら急にこんなモンスターが出てくればビビって逃げるか、あるいは一旦引いて戦略の立て直しを考えるのではなかろうか。

 

 ……それが私でなければ。

 

「やるよミルキ。」

 

「えっ、まじで!?」

 

 事前に言ってたにも関わらずビビっているミルキに活を入れ、私はすぐにデメちゃんに乗って空へと舞い上がる。

 

 うん、まぁ()()()()()()出てくると思ってたよ。

 だって村にいた山賊共はみんなNPCっぽかったからね。誰一人強いオーラは纏っていなかった。だから言ってみればあの村はただの前座、その先に本当のボスが居ると当たりを付けるのは難しくはない。

 

 そしてだからこそ幾つか作戦も考え、――その準備はすでに終わっている。

 

「デメちゃん飛んで!!」

 

 繰り出してきたドロリの前爪を避けながらデメちゃんを上昇させ、その間に私はサクサクさんに向かって何度も引き金を引く。それは身を挺して庇ったドロリに止められてしまったが、その間に十分に距離を取る事ができた。

 

「ブック!!」

 

 次にバインダーを出し、用意しておいたカードをゲインする。

 カード化を解除されて出現したのは液体が詰まった巨大なガラス瓶だ。私はそれを合計10枚分ゲインすると、すぐにサクサクさんに向かって蹴り落とした。

 

「そんなの効かないよ~?」

 

 当たり前だがガラス瓶はドロリによって迎撃されてしまった。

 だがそれでいい。空中で破壊された事により瓶の中身が撒き散らされ、中の液体はドロリの体とその周囲にベットリと付着した。

 

 これが私が用意した作戦その1。

 そう、原作で主人公たちが対ボマー戦で使った戦法の丸パクリである。ただし準備したのはガソリンなんてチャチな物じゃない。瓶の中身は主燃焼材のナフサに増粘剤を混ぜた混合液、――一言でいえば"ナパーム弾の中身"である。

 

「ぽいっと。」

 

 最後に複数のライターを着火してまとめて下に放り投げる。

 付着していた液体が発火し祠の周囲はあっと言う間に炎に包まれ、高温によってドロリとサクサクさんが悲鳴を上げた。

 

「「アツゥーーーーーーーイ!!!!!」」

 

 しかしそれで終わりではない。私はすぐにマガジンを変え、ドロリをその場に足止めするためにサクサクさんに向かって銃弾を飛ばし続ける。

 

 そうして数分も経つと、急にサクサクさんが片膝を突いた。体中から汗を噴き出しており呼吸もかなり荒い。よく見ればドロリも存在が薄くなって消えかかっていた。

 

「おっ、どうやら成功したね。」

 

 私が撃った銃弾は一発もサクサクさんには当たってないがそれでも十分だった。

 元より目的はダメージを与えることでなく時間稼ぎ。

 

 私が最初にばら撒いた混合液は着火により発生する高温もやっかいであるが、同時に急激な燃焼により周囲の酸素を奪い尽くすのだ。

 

 サクサクさんは酸欠、あるいは一酸化炭素中毒によって急激に体調が悪化。ドロリの具現化を維持できないほど集中力が乱れているということである。

 

 もちろん私とミルキは事前に超小型の酸素ボンベを咥えている。

 上空にいるから大丈夫だとは思うが念の為だ。ココまでやって相打ちとか笑えないからね。

 

「すごい! すごいよ姉ちゃん!!」

 

「フフフ、もっと褒めてもいいのよ?」

 

 私って天才じゃね? ……ごめん嘘。酸欠の方も原作でモラウさんがライオンのキメラアントを倒すたのに使った戦法のパクリなんだ。まぁ念獣の方はオート型で消えない可能性もあったが、今回は運が良かったね。

 

 ちなみに撒き散らした混合液は長年の戦争によって改良を加えられた物で、一度火が付けば10分以上燃える最新型だ。オマケに親油性なので落ちないし、水を掛けても火は消えない。

 

 特に今回のイベントはフィールドが森林であり、山神や山賊などのキーワードから、モンスターが出てくる場合は獣、樹木、もしくは爬虫類系の辺りだと当たりをつけていた。オマケに森が燃えてしまうことを考えれば、それらやゲームマスターが炎系の能力を使ってくる可能性は低かった。

 

 とすれば対策として逆に炎攻撃を用意するのはゲーマーとして当たり前のことだ。

 そうして持ってきたのがナパーム弾に使われている混合液である。もちろんゲームマスター対策の酸欠効果も兼ねている。

 

「でも森もすごい勢いで燃えてるけどいいの?」

 

「……大丈夫よミルキ、だってココはゲームの世界なんだから。」

 

「そっかー。」

 

 ごめん嘘、本当はココは現実なんだ。

 それでも私は村ごと爆破するし森だって丸ごと燃やすのは止めない。クリアの為だからしょうが無いね。まぁゲームだと思ってたと言えば多分許してもらえるでしょ(ゲス思考

 

 

 

 それから適当に銃を撃ちながら待つこと数分。

 ついにドロリが消え、完全に意識を失ったのかサクサクさんはその場に倒れてしまった。おっとぉ、ゲームマスターなのにちょっとダラシないんじゃないですかね?

 しかも倒れた体はすぐに光に包まれて飛んで行ってしまった。それはまるで〈同行(アカンパニー)〉を使ったときのようだ。

 

 プレイヤーが死んだ時とは様子が違うから、恐らくこれはゲームマスターに不測の事態が起こった場合に設定されていた、緊急プログラムみたいな物が発動したのだろう。

 きっと命が危険になったら、別のゲームマスターの下へ強制ワープとかそんな感じ。

 

 カード取得のイベントとはいえ念能力者と対戦するのだから、ゲームマスターだって死ぬ可能性はゼロじゃない。

 そう考えれば保険のようなシステムは有るのが当たり前だと思う。なんせプレイヤーとは違い、彼らゲームマスターには代わりが居ないのだから。

 

 私としても死んでしまうことは一番の懸念だったが、これなら心配する必要は無さそうだ。

 

「これで後は祠に入れば終わりかな?」

 

 ゲームマスターを倒した私達はそのまま山神の祠に踏み入る。

 すると正面の壁中央にあった巨大な狼の石像に穴が空き、人が通れる程度の通路が開いた。

 

 中を見ればその先には巨大な山林と湖が広がっており、私が近づくとその景色が切り取られて1枚のカードに変わった。

 

 慌ててキャッチしたカードには《No.001 一坪の密林 SS-03》と書かれていた。

 

「っしゃー!! ランクSSカードゲットォオオオ!!!」

 

「シズク姉ちゃんやったね!!」

 

 最初の挑戦から実に2ヶ月半。私達はついに《一坪の密林》を手に入れた。

 




サクサクさん:モデルはワクワクさん(作って遊ぼ)
強制ワープにより別のGMの元に運ばれ無事に回復しました。
燃やしちゃった山もどうにかしてくるはず。たぶん。


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第30話 海賊たちの厄日(前)

楽しい海賊狩りRTAはっじまっるよー!!!


 ――1988年6月1日。

 

 ハロー、みなさんこんにちは。

 一人だけ別ゲーやってると噂のシズクちゃんです。

 

 《一坪の密林》を取ってから約7カ月が経過した。

 私達はあの後も順調にカードを集め続け、ランクS以上の残りは《支配者の祝福》《大天使の息吹》《一坪の海岸線》の3枚のみとなった。ついにクリアが見えてきたね。

 

 なので次はいよいよ《一坪の海岸線》にチャレンジする。

 待っているのは幻影旅団の面子をして『強ェなコイツ』と言わしめたこのゲーム最強のゲームマスター、レイザーさんとのガチ対決だ。

 

 ただしこのカードの取得イベントを開始するには()()人のプレイヤーが必要である。

 当然、私とミルキの二人だけでは全く足りない。しかしその辺の雑魚を引き入れても戦力にならない。

 

 ということで今回はゲーム外から助っ人を呼んできたよ!!

 

「久しぶりじゃの。また会えて嬉しいでおじゃるぞ。」

 

「よう、面白そうだから来てやったぜ。」

 

 私達が待っていたスタート地点の"シソの木"、まず降りてきたのはマロさんとバショウだ。

 ハンター試験の同期であり、私も含めて3人共が同じ国の出身。言わばジャポントリオだね。ちょうど暇していたらしく、声をかけたら二つ返事で手伝いを引き受けてくれた。

 

「マロは覚えた念を丁度試してみたかった所でおじゃる。ここでは遠慮なく使って良いのでおじゃろう?」

 

「俺さまも似たようなもんだな。」

 

 なるほど、二人は腕試しか。

 見ればマロさんは念を習得しバショウはオーラが力強さを増してと、二人は以前より格段に強くなっていた。一緒に受かったハンター試験からはもう2年と数ヶ月が経つがその間に鍛え直したのだろう。この分ならマロさんは【発】も作ってるだろうね。どんな能力を見せてくれるのか今から楽しみだ。

 

 それから少し待つと次の人が降りてきた。

 

「今日は君が我々の雇い主だ。(金額に見合う範囲で)遠慮せず使いたまえ。出来ればお手柔らかにな。」

 

「もちろん(払った金の分はこき使うつもり)ですよ。」

 

 来てくれたのは仮面夫婦ならぬ仮面師匠であるツェズゲラさんと仲間たちだ。

 この人達は1日だけという契約で金を払って雇った。もちろん引き受けてくれたのには、仮とは言え弟子がクリア1号になれば自分の評判も上がるという算段もあるはずだ。

 

 クリアしたらハンター協会に申請して盛大にアピールしなくちゃね。流石にこれだけでシングルはもらえないだろうけど、評価の足しにはなるはず。それに仲間も併せて4人で来てくれたので人数的にも大助かりである。

 

 そして最後の一人。

 

「ちょっと来るの遅くない?」

 

「いや時間通りのはずだろ!?」

 

 建物から階段を降りてきたのは、グネグネした青いワカメのような天パのチンピラだった。

 

 軽薄な笑みを受けながら髪をかきあげる男――その名はシンジ。

 今までさんざん無様を晒していたこの男が、念を覚えてまさかのエントリー(強制)である。

 

「まさかこっそり念を練習してたなんてね。」

 

 気づけなかった、このシズクの目を以ってしても!!

 

 4月に戻った闘技場で【纏】を習得してるのを見た時はびっくりしたよ。

 思わず敵の念人形かと思ってぶん殴っちゃった。

 

「まっ、僕が来たからには大船に乗ったつもりでいるといいさ。」

 

 フッっと笑いながらシンジが自信有りげに軽口を叩く。しかしこの男は本当に分かっているのだろうか?

 

「ちなみに貴方が今やってる【纏】は念の基礎中の基礎で、そこから【絶】【練】【発】って難しくなるからね? ここのモンスターは無限湧きの雑魚でも応用技の【凝】とか使ってくるから調子こいてると死ぬよ?」

 

「えっ……」

 

 シンジが目と口を見開いて硬直した。

 ……この驚き様、さてはこいつ【纏】しか修めてないな。ヨークシン編のレオリオかな? いやここに入れてるから一応は【練】も出来るのか。でもしょっぱそうだね。

 

「おいおいおい……でおじゃ。」

 

「死ぬぜアイツ。」

 

 マロさんとバショウが楽しそうに煽る。

 だが言ってることは間違っていない。今のシンジだとたぶん原作のモタリケ君とどっこいぐらいじゃないかな。街から出たら30分ぐらいで死にそう。

 

 しかもどうやって学んだのか聞けば、銀お姉さんに付きっきりで教えてもらったと来たもんだ。

 なんでもマゾラーにボコられたときに半分ぐらい目覚めていたらしい。そこから【纏】まで2年半掛かるとか遅すぎて草生える。

 

 その上、それを縁に銀お姉さんと付き合い出したとか。これはもう許せないよ!!

 男なんて選り取り見取りのはずなのに、銀お姉さんはどうしてこんな男を選んだんだろ? 意外とダメンズ好きだったのかな……

 

「きっとベッドの上で習ってたに違いない。美人のお姉さんに手取り足取り念授業なんて良いご身分だよね。……これから行くのは私が増援を呼ぶぐらいの最強ボスが居る所だから、期待してるね?」

 

「お、おい。いきなり中傷は止めろよ!! てかそんなの聞いてねぇぞ!!?」

 

 他のメンバーが『ああそういうキャラなのね』という視線をシンジに向ける。

 これでどういう扱いをすればいいか分かってもらえたかな。まぁ実力的には最初からカースト最下位だったけど。

 

 シンジは自身がLV1でこれから連れて行かれるのがラストダンジョンだって事をやっと理解したのか、顔色がどんどん青くなっていった。でも今更逃したりはしない。

 

「それからこっちの子はミルキ。」

 

「ミルキです。……みんなあんまり強く無さそうだけど大丈夫なの?」

 

 全員が揃ったので最後にミルキを紹介……したんだけど、お前なんでいきなり喧嘩売ってんの?

 そりゃ弱そうな人もいるけどさ、でも恐らく今のミルキじゃほとんどの人に勝てないと思うよ。

 

 もちろん私達だってカードを集める合間に修行もしていた。

 ミルキは念の応用を一通り覚え、ぎこちないが【流】も行えるようになった。血筋に恵まれているとは言え、1年未満でこれはかなり優秀なペースだろう。

 

 ただし【発】はまだ作っていないので念能力者としては中途半端だ。

 年齢的に経験も知識も不足しているし、ゾルディック家としての都合もあるだろう。なので水見式で操作系だと分かった時点で止めている。

 

 あとはこのゲームが終わってからのお楽しみだ。ゼノさん達に相談しながら考えれば、欠陥品の【発】を作ってしまうことはないだろう。

 

 まぁ最近は暇さえあれば爆弾をいじってるから、恐らくそれを操る能力になりそうだけどね。どうも動物村を吹き飛ばしたのがお気に召したらしい。順調に育てば原作の爆弾魔に成り代われるね。私としてもオーラを込めた爆弾は喉から手が出るほど欲しいから頑張ってほしい。

 

「ではみなさん、今日は一日よろしくお願いします。」

 

 という訳でこの9人がレイザーに挑む主力メンバーだ。

 ちょっと不安なのが2人いるが、策は()()()()()()()用意したので勝算はある。逆にこれでダメならもうゾルディック家を雇うしか無いだろう。ちなみに策を説明した時にミルキはドン引きしていた。

 

「それで一応聞くが……()()はそこに転がっているアレらかね?」

 

 ツェズゲラさんが右手でクイッと階段の裏を指差す。

 そこにはプレイヤーが6人居た。みんなロープでグルグル巻きで、目隠しと耳栓、口にはギャグボールを噛まされ、完全に拘束された状態で転がされている。

 

 何時ものように女性に股間を踏んでもらうために階段の下に潜んでいた"ドエムノアニキ"、そんな彼を迎えに来て捕まった"ペロンダンシャク"と"オニンニンジャ"の変態3人組だ。そして街から数合わせに連れてきた3人の計6人である。

 

「そうです。これから取りに行くカード(一坪の海岸線)の取得イベントの開始条件は、〈同行(アカンパニー)〉を使って()()()以上でソウフラビへ飛ぶことなので。」

 

 しかしここで重要なのはあくまで()()であり、それが()()である必要はない。なのでこうして事前に数合わせ要員を確保しておいたのである。

 

「なるほどの。足りない分は強制的に連れて行く訳でおじゃるな。」

 

 ホホホ、お主は全く変わっておらんの。なんて言いつつマロさんが笑った。

 それでも止める素振りが無い辺り、向こうも全く変わってないね。他の人達も苦笑してるだけだし、ここで辺に正義感を出さないのがこの面子の良い所だ。

 

 これは元々グリードアイランドに入る前に考えていた作戦だ。

 このイベントをソロでクリアするにはどうしても人数がネックになる為、本来は人が多く集まっている場所、マサドラの呪文ショップ前辺りで〈同行(アカンパニー)〉を使い、14人以上を無差別に連れて行く予定だった。

 

 まぁなのでソレに比べれば被害者はかなり減ったと言えよう。

 それに変態組とは別の3人は私達を襲ってきたクズ共なので遠慮や気遣いは無用である。

 

 ちなみに銀お姉さんには現実でゲーム機を見張ってもらっている。

 今回は私以外をログインさせる関係上、ゲームは闘技場の私の部屋に設置せざるを得なかった。助っ人さん達はそこから銀お姉さんの案内に従ってログインし、私とミルキはゲーム内で数合わせプレイヤーの確保など、イベントに備えて準備を進めていたのである。

 

「では時間も惜しいので早速行きますね。〈同行(アカンパニー)使用(オン)、ソウフラビ!!」

 

 私は高々とカードを掲げ呪文の使用を宣言する。

 私達はすぐに光に覆われ、一組の矢となってソウフラビへ飛んだ。

 

 

 

 

 

■□■□■□■□■□■□

 

 

 

 

 

 

「《一坪の海岸線》について、教えてくーださい。」

 

「あんた達になら…話してもいいかもしれないわね。」

 

 ソウフラビに着いたらキーキャラのNPCへ直行してイベントを進める。

 沢山の張り紙がされている壁の横で野菜や魚を売っている路上の店、そこでヘッドバンドを付けて店番をしているお姉さんだ。場所も容姿も特徴的で覚えていたので、街に配置した妖精さん達の活躍により事前に位置は把握済みである。

 

「海賊が仕切っているのよこの街は。レイザーと14人の悪魔…! もし追い払ってくれたら教えてあげてもいいわよ。一坪の海岸線の場所…!!」

 

 よしこれでフラグは建てた。あとは海賊を追い払うだけだ。

 早速、私達は教えられた海賊の居場所、街の一角にある酒場に向かう。

 

「たのもー!!」

 

 勢いよく扉を開けると、中には3人の海賊たちが居た。

 

 一人はカウンターの奥でシェイカーを振っていた。長年続けたような様になった姿だ。

 二人目はカウンター席でバーボンをロックで呷っていた。瓶に付いているラベルが正しければ結構良い値段の酒のはずだ。

 そして3人目はテーブルで高そうなチキンのソテーを食べていた。胸元にはしっかりとハンカチを付け、まるで高級レストランで食事をする上流階級のような所作で肉を口に運んでいた。

 

 ……なにこれ? 海賊さんも店内もめっちゃ綺麗なんですけど。原作の荒れ果てた酒場はどこにいったのかな? ていうかコイツら犯罪者の癖にいい生活しすぎだろ。ちょっとは自重しろ。

 

「なんだテメェら?」

 

「あっ、うん……えっと、この街から出ていって?」

 

 私が入口であまりのギャップに驚いていると、カウンター席で酒を飲んでいた一人が口を開いた。2メートルを超す巨体に突っ張った腹のデブ、原作でキルアに絡みまくっていた"ボポボ"だ。

 実はコイツラは念で作られたNPCではなく、雇われて海賊の役をこなしている人間(犯罪者)である。

 

「くくく、なるほどもう来やがったのか。俺としては今すぐペシャンコにしてやりてぇが……全ての決定権は船長(ボス)にある。」

 

 それってつまり"ボクは下っ端なんで権限無いんですごめんなさい"ってことだよね。カッコつけて言ってるけどただの雑魚じゃん。はー、つっかえ。

 

「……どうしたらそのボスに会えるの?」

 

 ぶっちゃけどこに居るかは知っているが、それでもイベントの為には聞くしか無い。

 するとボポボは円を描くように酒を床に撒き、火を付けて即席の土俵を作った。

 

「オレをこの土俵から外に出せたらボスに会わせてやるぜ?」

 

「なるほど、相撲で勝負か。それで誰がやるかね?」

 

 ツェズゲラさんが全員に問いかける。

 何人か戦ってみたそうにしているが、ここはただの前座なので私が片付けることにする。

 

「はーい! もちろん私がやります。」

 

「ガハハハハ、お前みたいなガキがやる気かよ!!!」

 

「おいおい、潰れすぎないように手加減してやれよボポボ!!」

 

「ヒヒヒ、漏らさないように気をつけろよお嬢ちゃん!!」

 

 私が名乗りを上げると海賊3人が笑いだした。

 なんて失礼な奴らなんだろう。まぁせいぜい今のうちに笑っておけばいいさ。私としても手加減するつもりは無いからね。

 それに時間的にも()()()()()だ。さっきスイッチを入れたから、きっと今頃は()()()()()楽しいことになっているだろう。

 

「それで念と道具は使っていいの? 怖いなら無しにしてあげるけど?」

 

「くくくく、構わねえぜお嬢ちゃん。念でも何でも使っていいからかかって来いや。」

 

 軽く煽ってみれば、向こうはコチラを舐めているのかあっさりと許可をくれた。

 

「おっ、おい馬鹿、コイツに何でも有りでOK出すとか……」

 

「シンジうるさい。」

 

 脇腹を軽く殴ってシンジの口を止める。どうして敵を心配しようとしているのかな?

 まぁいいや、とりあえず何でも使って良いという言質は取った。ならば見せてやろう、この私の戦い方をな!! そして後悔するがいい!!!

 

「ブック!!」

 

 私はすぐにバインダーを出現させ、土俵の中に踏み込みながらカードを取り出す。

 

 使うのはこの時のために用意した《小悪魔のウインク》だ。

 このアイテムはサキュバスのような小悪魔を呼び出し、ウインクを受けた者にこの世のものとは思えないほどの絶頂感を与えること。

 

「ゲイン。ゲイン。ゲイン。ゲイン。ゲイン。ゲイン。ゲイン。」

 

「おっ、おい!?」

 

 私はそれを()()まとめて取り出して、即座に全てをボポボへと使用する。

 つまり感度3000倍(比喩表現)並の超絶頂感の7重撃ちだ!!

 

「アヘ顔晒して死ね、ボポボ!!!」

 

「お前それははんそ……ん”ほ”ほ”お”お”お”お”お”お”!!!!」

 

 現れた紫髪の小悪魔達が一斉にウィンクを飛ばす。

 するとそれを受けたボポボは、まるで公衆トイレでいい男に尻を刺されてしまったかのような汚い声を上げて気絶した。

 白目を向きビクンビクンと何度も痙攣している体は、至る所から体液を吹き出してグチョグチョ。それからちょっと遅れて部屋にイカ臭い匂いが広がった。

 

「はっ、たあいなか。」

 

 私はそんなボポボを某妖怪首置いてけのマネをしながら土俵から蹴り出す。

 これでこの勝負は私の勝ち。ついでに近くの別の海賊にもアイテムの効果を発動させる。

 

「小悪魔さん、やっておしまいなさい。」

 

「なんで俺まで……ん”ほ”ほ”お”お”お”お”お”お”!!!!」

 

 このアイテムの良いところは使い切りではなく、何度でも使用する事ができる点だ。

 現れた小悪魔による7重絶頂ウィンクを食らい、2人目の海賊もボポボと同じ様に汚い声を上げながら倒れた。

 

「くくくく、見事な交渉だ。……だがもうちょっとマシな倒し方は無かったのかね?」

 

「コイツラは敵でもあるので。能力を温存して倒すならこれが一番てっとり早いんです。」

 

 振り返ればツェズゲラさんたちは微妙に引いていた。ミルキとシンジだけはあー、やっぱりね。という顔だ。こっちの手の内は全く見せずに倒したのに酷くね?

 まぁこれでこの二人はしばらく使い物にならないだろう。最低でもこのイベント中に復帰することは無いはず。

 

 コイツらをこのまま船長に合流させると敵の戦力が増えちゃうからね。それを知っていればココで人数を減らしておくのは当たり前のこと。案内役は一人で十分。

 

「じゃあ私の勝ちだから、とっとと船長のところに連れて行ってくれる?」

 

 それともお前も同じ目に遭いたいか? と暗に告げると、残った最後の1人は非常に丁寧な態度で外へのドアを開けた。私達は彼の後に続いて、本番の対決が待つ灯台へと移動した。

 

 

 

 

 

■□■□■□■□■□■□

 

 

 

 

 

 グリードアイランドのゲームマスターの一人であるレイザー。

 彼は《一坪の海岸線》取得イベントにて、海賊の船長としてプレイヤーたちの前に立ちはだかる、このゲームにおけるラスボスのような存在だ。

 

 しかしそれはあくまで役割(ロール)としてであり、実際のあり方は海賊とは真逆のものだった。

 

 まず見た目が海賊らしくない。

 髪型は邪魔にならないよう綺麗に切りそろえられた短髪、身につけているのは動きやすさを重視したTシャツと短パン、その下にあるのは鍛え上げられた山のような筋肉だ。

 仮に『この人の職業は何だと思いますか?』なんてアンケートを取れば、殆どの人がスポーツ選手だと回答するだろう。

 

 さらにその見た目のイメージ通り生活はとても規則正しい。

 彼は何時も同じ時間に起き、同じ時間に食事と休憩を取り、同じ時間に眠る。ゲームが始まってからこの生活が乱れたことは一度もない。

 

 もちろんこれには理由があった。

 レイザーがこんな生活を送るのは、自分を初めて仲間だと呼んでくれた(ジン)から託された役割を完璧に果たす為だ。いずれくる彼の息子に失望されないためにも、レイザーは油断なく自身を鍛え続けているのだった。

 

 ……しかし規則正しいということは、逆に言えば()()()()()()()()()という事。

 レイザーにとっては残念なことに、今グリードアイランドのトップを爆走しているプレイヤー(シズク)から見れば付け入る隙そのものであった。

 

「おい、これはどういう事だ?」

 

「そ、それが俺達が来たときにはもうこの有様で……」

 

 挑戦者が現れたと聞き自身の部屋から駆けつけたレイザー。

 食事後の念訓練を終え睡眠を取ろうとした所を呼び出された彼は、イベント用の大広間に入った時、その惨状に困惑を隠せなかった。

 

 ――手下の海賊たちがみんな床に倒れていたのである。

 

 その場で倒れている者、壁に寄りかかっている者、中には口から泡を吐いている者までいる。共通しているのは意識を失っていること、これでは治療を施しても時間をおかなければ戦うことなど出来ないだろう。

 

 更に困惑した原因はもう一つ。

 

「おっ、貴方がボスかな? とっとと街から出ていってくださーい。」

 

「ん”ん”ん”ん”~~~~~!!!」

 

 それは堂々と退去要請を行なった少女の後ろに転がっている6人のプレイヤー。

 彼らは全身をグルグル巻きにされ、口にはギャグボールをハメられて拘束されていた。

 

(これは酷い。確かにこのイベントは人数が必要だが、まさかこんな方法で無理やり突破する馬鹿がいるなんてな……)

 

 もとよりこのイベント開始の条件、15人という設定はプレイヤー達に仲違いを促す為。

 一番手っ取り早いのはチーム同士で組むことだが、仮にクリアしても《一坪の海岸線》のカード化限度枚数はたった3枚。誰が持つかで必ず揉める。

 

 そのため出来るプレイヤーなら数合わせを連れ、最低限の人数で勝とうとするのは予想されていた。しかし流石に縛って無理やり連れてくるのは、しかもそれがこのゲームが始まって()()の挑戦者などという事態は完全に想定外だ。

 

「しかし空調に催眠ガスを仕掛けるなどよく考えたな。」

 

「えへへへへ、だって海賊さん達って強そうでしたから。それに私達が受けたのは"街から海賊を追い払う"ことです。なら方法は何だっていいでしょう? あっ、でも殺すのはダメですよ。コイツ等は念で具現化されたNPCなんで、殺すとリポップしちゃいます。」

 

 少女が鹿角のような白眉をした顎髭の男にこうなった原因を話す。

 ちっ……。レイザーは小さく舌打ちした。この惨状が挑戦者の仕業だと分かったからだ。

 

 確かに街に配置したNPCは『海賊を追い払って』としか言わない。

 ならばその方法として先に手下を気絶させるのはそれほどおかしな事ではない。このイベントは"15対15のスポーツ対決"だが、それを説明するのは自分の役割、つまりこのプレイヤー達はまだそのことを知らないのだから。むしろ手下が殺されていないだけ御の字だろう。

 

(まいったな……)

 

 彼女たちは現状では何ら違反をしておらず、むしろ全力でこのゲームを楽しんでいると言える。

 それは自分たちがプレイヤーにこうあって欲しいと願っていた姿そのものだ。これではここで一旦帰れなどと、イベントの流れ的にオカシナ事は言い出せない。

 

 もちろんこういった怪我や体調不良に対してもしっかり備えは用意されている。

 しかし今回はタイミングが悪い。なんせその方法とはゲームマスター専用の呪文カードだ。プレイヤー達の前で軽々しく使うことは出来ない。勘のいい者ならそれだけでここが現実だと気づいてしまうから。

 

 ゲームだと思っているプレイヤーにここが現実だと教えること、それは重大なルール違反なのだ。

 

(こうなったら多少変則的になるが残った面子でやるしかないか。)

 

 レイザーは周囲を見渡してこのまま勝負を始めることを決める。

 残っている海賊は自身も含めて5人だけ。だが挑戦者がいる以上、もうこの人数でやるしかない。別の部屋に連れて行って回復させようにも、彼らはボスである自分を逃がしたりはしないだろう。

 

「クククク、俺たちに出ていけって? じゃあ早速勝負しよう。」

 

 レイザーは任された役割を演じるため、この惨状など何でも無いことのように笑う。

 それは彼の人生において、後に『思い出したくない』と語るほどの、最悪な1日の始まりだった。

 

 

 

 

 

■□■□■□■□■□■□

 

 

 

 

 

(よーし、良い感じ良い感じ。)

 

 私は油断して貰えるようにヘラヘラ笑う振りをしながらレイザーを観察する。

 その心中は仲間がやられて怒り狂っているのか、それとも冷静に役割をこなそうとしてるのか……手下に仲間意識とか少なさそうだしおそらくは後者だろう。

 

 ここまでは全て()()()()だ。

 

 私はこのイベントをクリアする為に徹底的にレイザーを調べた。

 主に活躍したのは《遊魂枕》だ。このアイテムは使って寝ると幽体離脱することができ、これにより気づかれずに相手を観察することが可能になる。ストーカーにとっては夢のようなアイテムである。

 

 これを使い私が調べたのは主に3つ。

 1.1日の活動時間はどれぐらいか?

 2.修行はしているのか?

 3.手下の海賊は何人ぐらいいるのか?

 

 1と2は私達にとって最高の、レイザーにとっては()()のタイミングでイベントを起こすためだ。

 

 ここの海賊たちは全員が実在している人間で、当たり前だが飯も食えば睡眠も取る。役割を考えれば念の修行だってするだろう。

 それを上手く利用すればコチラの有利な状況で勝負を始める事が可能だ。例えば今回は修行でオーラを使ってしまった状態に合わせたので、すでにレイザーは消耗した状態だ。

 

 次に手下の数。

 このイベントの勝負方法は"15対15のスポーツ対決"だ。先に8勝したほうが勝ちだが、しかしこちらが7連勝するとレイザーが出てきて、自身+念獣7体を使った8対8のドッチボール対決で全てを台無しにしてくる酷い仕様である。

 

 ならば先に人数合わせを出して7敗すればいいのでは? と思うかもしれないが、その場合は恐らく残り1勝になるまでレイザーは出てこない。

 

 なんせドッチボールは人数調整が可能な競技だからね。

 最悪7勝7敗で迎えた最終戦で1対1でレイザーと戦うハメになるだろう。きっと海賊の手下どもはコチラの主要面子を削るために居るのだ。でなければわざわざ14人も手下を集める必要はない。

 

 ではどうすれば良いかというと、事前に手下を減らしておけば良い。

 人数が足りない状態で勝負が始まれば、途中でもレイザーが出ざるを得なくなる。

 

 そしてその状況を作り出すために、事前に空調に催眠ガスを仕込んでおいた。

 それもゾルディック家から高値で仕入れた超強力な物である。例え念を使えるような能力者でも、これならちょっと吸い込むだけでイチコロだ。こっそり忍び込むのはちょっと大変だったけど、それでもやるだけのメリットはあった。

 

(残りの海賊はレイザー含めて5人だけ。……これなら行ける。)

 

 反則のように思えるが、この行為は()()ギリギリ白のはずだ。

 だって私達が街のお姉さんから引き受けたのは『海賊を追い出す』こと。ならば見つけた海賊をまとめて無力化しようとするのは攻略方法としては普通の思考だろう。そして先に私達が部屋に付けばゲームマスター権限での回復も出来ない。原作でも言っていたが、ここが現実だとバラすような行為はタブーだから。

 

 オマケに手下は殺していないし、その理由も()()()()()()()。リポップするからってね。殺して恨まれたり予想できない動きをされるのはゴメンだからね。これならレイザーだって文句は言ってこないだろう。

 

 もちろん私はこのイベントが"スポーツ対決"だと知っている。でもそれが判明するのは船長(レイザー)が現れてからだ。なので今は知らない振りをすれば良い。無知は盾にはならないが、上手く使えば強力な鉾になるのである。

 

「それで勝負方法は?」

 

「俺達とスポーツで勝負。勝ち数の多い方が勝ちだ。」

 

 私はレイザーに続きを促す。

 なるほど、あえて~勝という言い方を避けたか。敵は5人しかいないから、人数合わせを3人出して3敗するとその時点で終わりって言われそうだね。

 

(猪口才な……でもまぁその程度は予想済みだよ。)

 

 なんたってこのイベントをクリアするために、勝つ方法を何年も前から考え続けて来たのだから。

 

 私は笑う振りをしながらこの先の展開を想像する。

 用意しておいた策はまだまだあるのだ。絶対に逃さないぞ、レイザー!!




海賊狩り前編でした。対決は次回になります。
読んで頂き有難うございました。


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第31話 海賊たちの厄日(中)

書いてたら長くなったので切りの良いところで投稿。
海賊さん達が酷い目にあう中編です。


 ついに《一坪の海岸線》を賭けたイベント戦が始まった。

 

「俺が一番手だ。勝負形式はボクシング。」

 

 海賊達はまず原作と同じ様にボクシングで勝負を仕掛けてきた。

 だが敵の切り札である瞬間移動攻撃は事前に伝えてあるので余裕で勝利。

 

 続いてフリースロー、ボーリング。これらもツェズゲラさんの仲間が出て瞬殺した。原作でも活躍していたバリー、ロドリオット、ケスーの3人である。

 

「これでコチラの3勝でおじゃるな。」

 

「おいおい、なんだ余裕じゃねーかよ。」

 

 仲間の快勝にマロさんとバショウが感想を述べる。

 やっぱちゃんと鍛えてるハンターは強いね。念の基本技能だけでボコボコにしちゃった。これで役割に応じた【発】まで持ってるんだから、やはりこの人達は有能だ。敵の海賊達も固有の【発】を持ってて弱くは無かったけど、こっちに比べると見劣りする。

 

「それでまだ続けるの? そっちは5人しか居ないし、もう勝負は付いたと思うけど。」

 

 5対5で先に3勝したのだ、もうこっちの勝ちでよくね? 

 普通ならこの時点で終わりのはずである。だがレイザーからは止めようという気配が微塵も感じられない。

 

「まだまだこれからさ。確かにこっちが不利なようだが、勝負はやってみないと分からないぜ。」

 

 嘘つけ、どうせ自分の番になったら念獣出して俺TUEEEE!! するつもりなんだぞ。私は原作知識で知ってる。どっかのナーロッパ主人公みたいな立ち回りしやがって。

 

「では次の勝負だ。」

 

「俺の勝負方法はリフティングだ。」

 

 レイザーが先を促して次の勝負が始まる。

 相手の4人目はアゴがタプタプして二重になってる海賊だ。きっとあだ名は"タプタプ顎"に違いない。彼は何時の間にかサッカーのユニフォームに着替えており、フローリング床なのにスパイク付きのシューズまで履いていた。お前もう海賊やめてサッカー選手に転職したら?

 

「ルールを説明しよう。球を落とした方の負け。手で触るのは禁止、念アリ、攻撃アリだ。球が味方に当たっても負けだぞ。」

 

 タプタプ顎がルールを説明する。

 念アリ以外は普通のリフティングだね。問題はどんな能力を使ってくるかだけど、こればかりはその時にならないと分からない。

 

「ではコチラはマロが行くでおじゃる。」

 

 味方からはマロさんが出てくれるようだ。もしかして蹴鞠とかやってたのかな?

 

「大丈夫? 向こうはこの競技に有利な能力を使ってくるはずだよ。」

 

「任せるでおじゃ。これでもマロは蹴鞠道飛鳥井流の皆伝。数百年に渡って受け継がれてきた華麗な技を見せてくれようぞ。」

 

 蹴鞠に流派とかあったんだ。全く知らなかった。

 

「OKでは……レディ、ゴー!!」

 

 スタートと共に二人は頭上へボールを投げる。

 

 ――そして同時に念能力が発動された。

 

 先に形に成ったのはタプタプ顎の方。

 彼のオーラは投げたボールに纏わり付き、鳥のような羽が具現化された。まるで某魔法使い小説の150点みたいになったボールは、伸びた羽を羽ばたかせて室内をビュンビュン飛び回り始めた。

 

「これでもう俺のボールが落ちることは無くなった。フフフ、つまり負けは無いってことだ。」

 

 タプタプ顎がドヤ顔しながら勝ちを宣言する。

 ふむ、ボールに飛行能力を与える能力か。本人から離れて飛び回ってるところから、操作系あるいは放出系ベースの念獣かな。仮に名前をつけるなら……【海賊の奴隷妖精(ぼーるはともだち)】でどうだろう? ボールは一方的に蹴りまくって使い潰す物だからね。友達と書いて奴隷と読んでも不思議じゃない。

 

「リフティング勝負でそれは汚くねーか?」

 

「せやかてバショウ、これ念アリの勝負だし。」

 

 ルールも向こうが決めてるし、ぶっちゃけ敵側は何でも有りだよね。

 ボクシングだって相手の海賊は手から先を瞬間移動させたりしてきたからね。この勝負も端からまともな戦いになるとは思っていない。恐らく海賊たちは各々の勝負方法にあった【発】を作っているのだろう。

 

「ほほほ、中々やるようじゃの。」

 

 それにこちらも負けてはいない。

 マロさんは被っていた烏帽子をうまく使い、それをクッション代わりして落ちてきたボールを受け止め、なんと帽子の上にボールを乗せてしまったのだ。……おい、リフティングしろよ。

 

「では次はこちらの番でおじゃるな。」

 

 続いてマロさんの体からオーラが溢れ出し、一体の人形が具現化される。

 

 トゲトゲしたデザインの漆黒のメタルボディ。

 右手にデコボコしたロングソードを、左手にはトゲ付きのハンマーを握っている。そして尻尾の先にはクロスボウだ。眼は単眼の真っ赤なモノアイになっていて、この先の宝物庫には絶対に通さねぇと言わんばかりに相手を睨みつけている。

 

 ……ちょっと待って、これどっかで見たことあるよ???

 

「これぞジャポンの国民的RPGよりヒントを得て作った我が能力。

 その名も――【火落理武者(キラーマジンガ)】でおじゃ!!」

 

 ネーミングそのままぁ!!! っていうかこの世界にもド◯クエあんのかよ。

 

「ところでお主は2年前に砂漠でテロリストと戦った事を覚えているでおじゃるか?」

 

「えっ、そりゃもちろん覚えてますよ。」

 

 忘れるわけがない。イルミですら立てなくなるほどの激戦だったのだ。

 アレは今までの人生で一番きつい戦いだった。ガスマスク、狙撃銃、パッソル改……何か一つでも準備を怠っていたら死んでいただろう。

 

「あの時、マロは見ていることしか出来なかったでおじゃ。目の前で子供二人が戦っていたのに。何度思い出してもマロはそれが悔しくての。念を覚えながらずっと戦うための力を願い続けたのじゃ。」

 

 その答えがキラーマジンガ(これ)なの???

 

「うむ、どうせ戦うなら強くてカッコよく、そして称賛される方が良い。それにこれなら子供受けもバッチリ……完璧でおじゃろう?」

 

「ええぇぇ……」

 

 無力を嘆いて他人の為に戦う力を欲したのかと思ったら、カッコよく戦って自分が称賛されたいだけだった……なんという煩悩の塊。まぁ念は思い入れが強いほうが強力になるから、自分に正直なのは良いことだけどね。

 

「持ってる能力もだいたい同じ。……最強の念獣でおじゃ。」

 

「手の内バレバレじゃん。」

 

「なに、海外でド◯クエは人気がないゆえ大丈夫でおじゃろう。」

 

 そういう問題なのかな?

 

 そんなことを言ってる間にマロさんの念獣が動いた。

 帽子の上からボールを取り上げると、自分のボディに生えているトゲの一つに思いっきり刺したのだ。ボールからはプシューと空気が抜ける音がして、トゲに刺さったまま動かなくなった。これではこの念獣を倒さなければボールは落とせないだろう。蹴鞠の華麗な技どこ?

 

「さて、では始めるとするでおじゃ……殺し合いをの!!」

 

「いやこれそういう勝負じゃねーから!!」

 

 マロさんが相手を指差しながらノリノリでデスゲームの開始を宣言する。

 テンション高いなぁ。タプタプ顎は必死に弁明を始めたが、やってることはどっちも大差ないよね。二人とも最初からリフティングする気なくて草生える。

 

「やれい! 【火落理武者(キラーマジンガ)】!!」

 

 しかし相手の弁明虚しく突撃が開始された――()()()()()()に向かって。

 確かにボールが飛んで逃げるなら、先に相手そのものをKOしてしまうのはアリだよね。気絶させてからゆっくりボールを落とせばいいんだし。

 

 【火落理武者(キラーマジンガ)】は素早い動きで近づき、両手に持ってるゴツい武器を振り回しながら無慈悲に相手に襲いかかる。高威力の1ターン2回攻撃だ。……これはキラーマジンガ(みんなのトラウマ)ですわ!!

 

「うおおおおおおお!!」

 

 振り回される武器を相手は必死になって避ける。

 直撃すれば真っ二つにされそうなロングソードを横っ飛びで避け、スイングされるハンマーを【硬】で防ぎながら距離を取ろうと必死だ。

 

「まだでおじゃ!! マロの【火落理武者(キラーマジンガ)】は火を纏う力を持つ。お主の体を灰にしてくれようぞ。」

 

 マロさんがさらなる能力を発動させると、両手の武器が火に包まれた。

 ああ、だから【"火落"理武者】なんだ。火を具現化しているのか、特性を変化させているのかは分からないが、本体から離して使えるのなら自傷しなくて便利だね。

 

 それに火は対人戦だととても強い。

 人間がタンパク質で出来ている以上、毒や電気と違って耐性なんてつけられないし、高温になった空気を吸い込んでしまえば喉と肺が焼けて大ダメージだ。そして何より服が燃えちゃえば社会的な意味で死ぬ。

 

「どう思う?」

 

「なんでこの人は降参しないの? 露出狂なの??」

 

 タプタプ顎は室内を必死に逃げ回る。

 すでに服は全部燃やされ全裸状態だ。そこにはボールに羽を生やしてドヤ顔していた余裕は全く残っていない。

 

 私としては自分に羽を生やして飛べばいいと思うんだけど、やらないってことは出来ないんだろうね。ボクシングの瞬間移動もリング上限定&体の一部しか出来なかったし、こいつらって典型的な才能(メモリ)不足な能力者だ。

 

 対してマロさんの方は工夫で苦手な分野を補っている模様。

 恐らく具現化系のマロさんは放出系が苦手なはずだけど、それは電源ケーブルのようなものを伸ばすことでクリアしていた。

 

 先端がガソリンスタンドで使われる給油ガンのような形をしたそれは、マロさんの左手から出て【火落理武者(キラーマジンガ)】の背中に接続されている。これはアンビリカルケーブルを参考にしたのかな? もしかしてマロさんてオタクなのだろうか。

 

「そーれ、ついに追い詰めたでおじゃ!!」

 

「ごぱぁあああ!!!」

 

 そのまましばらくすると相手は部屋の角に追い詰められ、腹に【火落理武者(キラーマジンガ)】のハンマーが炸裂して決着となった。

 

 倒れた相手は口から血を吐いてるけど、マロさんはたぶんNPCだと思って手加減してないんだろうね……説明するの忘れてた。

 

 まぁいいかどうせコイツラは重犯罪者だし、死んでも刑務所から代わりが連れてこられるだろうから平気でしょ。

 

 それにしても二人とも一度もボール蹴らなかったな。リフティング勝負とはなんだったのか。

 

「はいこの勝負もこっちの勝ち。そろそろこの街から出たくなった?」

 

「だがまだだ、まだ終わらんよ。」

 

 ちっ、やっぱダメか。一応主張してみたら、レイザーはどこぞのロリコン総帥みたいなことを言い出した。こうなったらもうヤルしかないな。

 

 

 

 

■□■□■□■□■□■□

 

 

 

 

 

「では最後は俺がやろう。俺の勝負は5対5で戦うドッジボールだ。5人、メンバーを選んでくれ。」

 

 そう言うとレイザーは5体の念獣を具現化させた。

 それぞれの念獣には胸に『0』『5』『6』『7』『10』の番号が書かれている。本来なら1~4がいるはずだけど、どうやら最初から合体して10になってる模様。原作と違って8対8じゃないのは、事前に手下の数を削ったからだね。

 

「ちょっと待て。それだと勝敗はどうなる?」

 

「もちろん勝った方に5勝入る。簡単だろ?」

 

 ツェズゲラさんの質問に対して、レイザーは当たり前のようにズルい答えを返してくる。

 はいこれで今までの4戦は全部無駄になりました。……分かってたことだけど本当に酷いなこのシステム。目の前でやられるとめっちゃうざい。簡単だろ? じゃねーよ。

 

 しかし悲しいかな。この場でルールを決める権限はレイザーにある。

 私はしょうがなく5人のメンバーを選出する。

 

「こっちのメンバーは私、バショウ、ツェズゲラさん、ドエムノアニキ、そしてシンジだよ。」

 

 もともとこの辺は対レイザー戦を念頭に集めたメンバーだ。

 この5人なら用意した策も使えるし、十分に勝算がある。

 

「いやいやいや、なんで僕が入ってるんだよ!? オカシイだろ、そっちのミルキってガキでいいだろ!!」

 

「うるさい、ミルキは別に大事な役割があるの。」

 

 と思ったらシンジがゴネ出した。ここで逃げるとかお前は何のために来たんだよ。

 それにミルキはゾルディック家から預かってる大事な御曹司だぞ? 死ぬかも知れない勝負になんて怖くて出せるか!!

 

「大丈夫だよシンジ、各々にあった役割がきっとあるから。……自分を信じて!!」

 

「僕が信じられね―のはお前だよ!!」

 

 ちっ、なんてノリが悪いやつなんだ。せっかく私が優しく諭してあげてるのに信じられないなんて。ムカついたから口に無理やりクッキーを詰め込んでやる。もちろんこのゲーム特有のクッキーである。

 

「ちょっ、なに食べさせようとしてモガガガガ……。」

 

 シンジが呑み込むとすぐに効果が現れた。

 胸がロケットのように飛び出し、お尻が水風船のように膨らんだ。シンジの体が女性へと変わったのだ。

 よく見れば腰もちょっと細くなっていてかなり良いスタイルである。どうせならチアガールの衣装でも持ってくればよかったな。

 

「「「「おおおおお!!!」」」

 

「なんじゃこりゃー!!?」

 

 残った男衆がエロい視線をシンジに向ける。

 上はTシャツ一枚なせいで胸部分がパツンパツン、おまけにブラをしてなくて乳首が透けてるからしょうがないね。

 

 これは《ホルモンクッキー》という、性別を変えるアイテムだ。

 効果は24時間持続するので、この勝負中に切れることはない。実は地味にランクSのアイテムで貴重品だったりする。

 

 それからシンジが驚いている間にドエムノアニキの拘束を解き、《コネクッション》に座らせてお願いをした。

 

「私達と一緒に戦って。」

 

「分かったぞ幼女よ。この俺にドーンと任せるが良い。」

 

 すると二つ返事で戦いを了承してくれたアニキ。

 やっぱり《コネクッション》は話が早くて良いね。現状の説明とか報酬とか、面倒な話が全部スルーできちゃう。私的にこのゲームのMVPアイテムだ。

 

「よし、ではルールを説明しよう。」

 

 コチラのメンバーが決まったと見て、レイザーがルールをつらつらと延べる。

 これは原作と同じだ。念アリ、クッション制、外野一人、バックで戻れるのは一人だけ、ってことだね。

 

「質問が3つあるけどいいですか?」

 

「どうぞ。」

 

 私は追加で質問をする。これはどうしても聞いておかなければならない。

 

「まず1つ目。途中で人数が減ったらどうなりますか? 最初から全部やり直し?」

 

「いや一度スタートしたら最後まで続行だ。やり直したりはしない。」

 

 つまり味方がいなくなっても大丈夫っと。

 まぁ途中で念獣を消す予定のレイザーとしてはこう言うしかないだろう。

 

「2つ目。そっちは念獣を人数に含めてるけど、こっちが使う場合はどうなります?」

 

「具現化された物は手足の延長として扱う。武器でも念獣でもな。」

 

 ふむ、こっちも予想通りだね。私もデメちゃんを使ってオッケーだ。浮かべて地面に付かなければ、相手コートに念獣を入れるのもセーフだろう。

 

「3つ目。ボールには念を込めて投げていいんだよね。じゃあ何らかの理由で()()、照明や天井()が落ちてきて当たった場合は? 避けられなかった人が悪いってことで良いの?」

 

「それは……まぁそうだな。とはいえココはかなり頑丈に作られている。その心配は無用だと言っておこう。」

 

 OK、()()()()()()

 よし、これで条件は整った。私はミルキに近づき、対レイザー戦の開始を告げる。

 

「ミルキ、予定通りよろしく。すみませんバリーさん達、この子の護衛をお願いします。」

 

「分かった行ってくるね。〈同行(アカンパニー)〉使用、マサドラへ!」

 

 出番の終わったツェズゲラさんの仲間3人を護衛に、ミルキが呪文カードでマサドラへ飛んだ。

 準備しておいた仕込みを発動させる為だ。上手くいけば更にレイザーを追い込むことが出来るだろう。

 

「よし、他になければ早速始めよう。」

 

 いよいよ勝負が開始される。

 グリードアイランドクリアにおける最後にして最大の関門だ。しかし倒せばクリアしたも同然。気合い入れて行くよ!!

 

『それでは試合を開始します。審判を努めますNo.(ゼロ)です、よろしく。』

 

 胸に"0"と書かれた念獣が審判として中央に立つ。

 向こうの外野はNo.5で、コチラの外野は()である。

 

「……ってなんでお前が外野に行ってんだよ!? オカシイだろ僕と替われよ!!」

 

「……スローインと同時に試合開始です。」

 

 シンジはまた納得いかないようだけど、試合は何事もなくそのまま開始された。選択権がシンジに無いって理解されてるのだ。賢い念獣だなぁ。

 

『レディー……ゴー!!』

 

「ふんっ!!」

 

 審判が頭上へボールを投げ、それを追ってツェズゲラさんがジャンプする。

 タイミング、勢い共に完璧だ。ボールが最高地点に到達した瞬間にはすでに追いついていて弾く体勢に入っていた。垂直跳びおじさんの面目躍如である。

 

 えっ、なんでお前は内野じゃないのかって? ハハハ、そりゃレイザーの全力ボールが飛び交う危険な場所なんてノーサンキューだよ。まぁバックは私が使う予定だけどね。それまでは外から様子見だ。最後をきっちり()()()ためにも、私は余力を温存しておかなければ。

 

「先手はくれてやるよ。」

 

「随分と余裕じゃねーか。」

 

 ツェズゲラさんは高く飛び上がったが、しかしレイザー側の念獣はジャンプせず、最初はこっちのボールでスタートとなった。

 どうせこの後はこっちの投球を片手でキャッチしてビビらしてやろう、なんて思っているのだろう。馬鹿め、私がそんな余裕を与えると思っているのか。その余裕が命取りだ。

 

 これが原作と同じ8対8の勝負であれば、レイザーは外野に念獣を3体揃える為に、最初の2体はわざと倒させてくれるだろう。

 

 だが今回は私が事前に手下の数を減らしているので5対5の勝負だ。内野が4人しか居ないのにわざと2体も倒させてくれるとは考えづらい。

 

 ならば最初からガンガン行くべきだろう。恐らく一度でも相手にターンを回してしまえばアニキとシンジは瞬殺されてしまう。そうなる前に全力の一撃をぶっ放すのだ。

 

「審判、タイム!!」

 

 私は一旦試合を止めドエムノアニキの能力と、それを利用して強力な一撃をぶっ放してほしいという旨を説明する。名付けて"チンチンからオーラをぶっ放してボールをかっ飛ばせ!!" 大作戦である。

 

「なるほどな。だが一つ問題があるぜ。」

 

「分かってる。誰がボールを持つかでしょ?」

 

 バショウが言い出した問題点は最初から分かっていたこと。

 アニキがオーラを放出する際、持ち手が自分の手を大量のオーラでガードしてしまうと、そのオーラが障壁となって威力を殺してしまう。つまり持ち手はオーラで手をガード出来ないのである。

 

「素手で大砲の弾を打ち出す筒の代わりをしなきゃなんねぇ……ちょっと無理じゃねーか?」

 

 確かに普通はそう思うよね。しかし私はこの解決方法を知っている。原作でも散々やったやり取りだからね。

 

「甘いよバショウ。超一流の念能力者ならオーラの超高速移動術によって打ち出す瞬間に手をガードするなんて余裕なんだよ。そしてそれが出来る人がこの中にはいる。」

 

 そう、出来る、出来るのだ。

 

「――ツェズゲラさんならね!! という訳で師匠、よろしくお願いします。」

 

「わ、私か? 確かにできんこともないが……」

 

 全員の視線がツェズゲラさんに集まる。

 会ったのも知ったのも全くの偶然だけど、アニキの能力ってレイザー戦で有効だからね。それを上手く使うためにツェズゲラさんを呼んだのだ。まぁこれも原作知識のちょっとした応用である。

 

「し、しかしだな、例え撃てても何処に飛ぶか分からんだろう? ならばやはり別の方法を取ったほうが……」

 

 と思ったらツェズゲラさんはめちゃくちゃ嫌そうにしていた。

 まぁ実際、オナニーの手伝いみたいな役割だしね。チンチンの前で球を優しく両手で持つんだから。でも大丈夫、狙う方法についてもちゃんと考えてあるよ!!

 

「おっと、そういう事なら狙いは俺サマに任せてもらおう。レイザーって野郎にぶち当たるようにしてやるぜ。」

 

「って訳だから大丈夫ですよ師匠。」

 

「そ、そうか……。」

 

 という訳でこちらはバショウの出番である。

 バショウの能力は書き記した句を実現すること。上手く使えばボールの進行先を固定するぐらい簡単だろう。フフフ、抜かりはないよ!!

 

「あと股間を踏む役目だけど、それはシンジ……いやシン子ちゃんお願いね。」

 

「どうして言い直した!?」

 

「なるほどな。だからシンジって奴を女にしたのか。いい尻してるぜ。」

 

 バショウがネットリした視線をシン子の尻に向けた。

 ……85ぐらいかな? 安産型のいい形をしている。このムチムチバインバインのシン子ちゃんなら、きっとアニキから沢山(オーラを)絞りとってくれるだろう。

 

「あとはアニキ次第なんだけど……」

 

「フフン、どうやらみな俺を当てにしているようだな。……いいだろう、ならば見せてやろうこの俺の能力を!!」

 

 そう言うとアニキはババッ! と素早くズボンとパンツを脱ぎ捨て床でM字になった。

 セリフと行動のギャップがすごいな。その顔には紅がさしており、すでにスタンダップ!! し始めてる股間からはこの状況に興奮していることが伺える。

 

「こんな変態どこから連れてきたんだよ……。」

 

 私だって会いたくて会った訳じゃないのよ? あれから階段の最下段は必ず確認しないと落ち着かなくなっちゃったし。

 

「いいからグダグダ言わずに踏め。限界を超えて踏み続けろ。」 

 

 私は死ぬほど嫌そうな顔をしているシンジに指示を出し、タイムを解除して外野に戻る。

 

 内野では残された4人が集合し、一塊となって必殺技の発射態勢を取っていた。みんなが各々の役割をこなそうとしてる。素晴らしいチームワークだね。

 

「ああくそ、結局こんな役目かよ。せっかく念を覚えたのにさぁ!!」

 

 やけくそになったシン子ちゃんの無慈悲な連続スタンプがアニキの股間を襲う。スタンプ! スタンプ! スタンプ!! その姿はまるでヒソカを踏みつける団長のよう。

 

「くっ、まさかこんな事をやるハメになるとはな。……おい、オーラ以外は飛ばすなよ? いいか絶対に絶対だぞ? 違う物まで出したら殺すぞ。」

 

 ツェズゲラさんが片膝を突いて両手でボールを持つ。

 チンチンに触れるか触れないかの絶妙な位置だ。なんだかこれから手コキするみたいだな。その顔は本当に私が持つの? えっ、まじで? みたいな顔だった。

 

「オ”オ”ーン”!! オ”ン”! オ”ン”! オ”ン”! ……もっと!!!」

 

 そしてドエムノアニキ。

 シンジに踏まれる度に汚い声を発し、溢れ出したオーラが股間に集まって行く。まだMAXでないにも関わらず、すでに私の顕在オーラの2倍以上の強大さだ。これならレイザーとて簡単には止められまい。

 

「『飛翔物 渦巻き撃つは 敵首領』。……よし書けたぞ。」

 

 そこにバショウが句を作り誘導性能を付与する。

 良いね良いね。きっとバショウは回転させて威力を増す為に渦巻きって入れたんだろうけど、弾が回転してればレシーブもどきで跳ね返すことも難しくなる。

 

「これならきっと貴方もイチコロだね。ねぇねぇ今どんな気持ち? どんな気持ち?」

 

 俳句は詳しくないのでどのへんが季語なのか分からないが、ボールがレイザーに当たるなら駄作でも何でも良い。

 果たしてこれから発射される誘導機能付きビッグマグナムを受けるレイザーの心境はいかばかりか。

 

「そうだな、威力はどうでもいいから早くしてほしい。大の男が丸出しでM字開脚してる姿は……あまり見ていたくない。」

 

「あっ、はい。」

 

 軽く煽ってみると素で返された。4人係の合体技なのにリアクション薄くね?

 原作ゴンキルの時はめっちゃワクワクしてたのになぁ。まぁ確かに絵面は最悪だけど、でもその分、きっと威力はすごいはずだよ!!

 

 なんせアニキの性癖にシンジの尊厳とツェズゲラさんの技術、そしてバショウの駄作を合体させた最強の念能力だ。見ればアニキの股間はすでにパンパンになっていて、そのドロドロのオーラは今まさに解き放たれんとしていた。

 

「――名付けて、ハイパーオチンポキャノン!!」

 

「ネーミングが最低すぎるぞ。」

 

お前に食らわせる技だから最低でいいんだよ!!

 

「ア”オ”オ”オ”オ”オ”ン”ン”ン”!!!」

 

「いっけぇええええ!!!!!」

 

 犬の遠吠えのようなイキ声と共に、ついに溜め込まれたオーラが発射された。

 生命の濁流と化したオーラがボールを押し出し、バショウの能力によってライフル弾のように回転しながらレイザーへ襲いかかる!! 更にそれを追いかけるように、遅れて白い液体もドピュドピュと飛び出した。

 

 対してレイザーは……

 

「あれは……まさか合体!?」

 

 レイザーは2体の念獣を自分の前に並べ、即席の盾を作っていた。

 前から7,10、レイザーの順だ。これでは念獣を抜かなければレイザーにボールは当たらない。どうしても触りたくないんですね分かります。

 

 そんなレイザー達に光の尾を引きながら流星と化したボールが迫る。

 しかしあろうことか2体の念獣は前進し、上からボールに覆い被さった。地面にボールを押し付ける、それが無理でも下方向に軌道を逸すつもりだろう。一度床にボールが付けば、その後に当たってもアウトにはならない。

 

 ……ちっ、この動き、ボールの回転を警戒しやがったな。

 無理にレシーブで浮かせるようなら、デメちゃんで奪ってやろうと思ってたのに、なんて冷静な判断力なんだ。流石はレイザーと言うべきか。

 

 最初にボールに触れたNo.7が勢いと回転によって弾き飛ばされる。

 しかしそのせいで一瞬だけ回転が落ち、そこへ更にNo.10が覆い被さった。

 

 だがボールは止まらない。なんせアニキが赤玉出るまで絞り尽くした全オーラを使った一撃だ。そのまま念獣を巻き込みながらレイザーに迫るっ!!

 

「――ふっ!!」

 

 だがレイザーは冷静だった。

 両手を振り上げて握りしめると、そこにオーラを集めて念獣の背中に振り下ろしたのだ。直進していたボールが念獣ごと押し潰され、フォークボールのように下方向へ向きを変えられた。

 

 けれどボールの軌道をズラすということは、その後ろにある念弾に対して無防備に体を晒すということだ。ボールを追い抜いた念弾が炸裂し、前後から攻撃を受けたNo.10が風船の様に破裂した。

 

 だがそこまでだ。念獣と床への衝突により勢いの大部分が削られたボールは、跳ね返った所をレイザーに片手で受け止められてしまった。

 

「嘘だろおい。」

 

「あれを止めるでおじゃるか。」

 

 味方から落胆の声が漏れ、レイザーが会心のドヤ顔を決める。

 

 しかし真に驚くことはその直後に起こった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――ビチャッ、ビチャビチャチャッ!!

 

 オーラに遅れて発射されたアニキの白いナニカ、それがレイザーの顔に、跳ねられたドロのようにくっついたのだ。

 何ということだろう、バショウの能力は発射した時に飛んだ全てのものに効果を及ぼしていたのである。

 

 頬に付いた感触を不思議に思ったレイザーは、ボールを持ったまま手で顔を拭う。

 

「……おい。」

 

 そしてそれがナニカを理解すると恐ろしくドスが利いた声を発した。

 瞬時に場内が凄まじいプレッシャーで覆い尽くされる。その恐ろしさにシンジが尻もちをつき、他のみんなも――海賊の手下ですら冷や汗をかき固まって動けなくなった。

 その場で唯一何も変わらなかったのは、アヘ顔ダブルピースで気絶しているアニキだけだ。こいつ大物だわ。

 

『接触後にボールが床に触れたため、No.7、10はアウトです。』

 

 だがそんな中でも審判は冷静に役割を果たした。

 念獣なせいか空気を読まずにアウトを告げる。それによりみんなの硬直が解け固まっていた時間が動き出した。

 

 アレだけのオーラを放出して取れたアウトは2つだけ。後少しでレイザーをアウトに出来たのに惜しい。でもNo.7と10は消えちゃったし、実はレイザーもそれほど余裕は無いのかもしれない。

 

 うん、レイザーからアウトは取れなかったけど、念獣2体をアウトにして更にオーラまで消耗させたと考えれば及第点だね。ならばこのまま追い込めばいい。さあ、このまま油断せずに行くよ!!

 

「ちっ、悪いがタイムだ。顔を洗ってくる。それとコートも移動だ。白いアレが飛び散ってるからな。」

 

「すまんが私も手を洗ってくる。……その、ちょっと掛かってしまってな。」

 

 よく見ればコートにはアニキの前から白いナニカが真っ直ぐ線を描くように残っていて、ツェズゲラさんの手にもベットリとくっついていた。うわぁ、すごい生臭そう。

 

「――巫山戯たマネしやがって。」

 

 レイザーは最後にボソッと言葉をつぶやくと、ドスドスと歩いて部屋を出ていった。

 これちょっとキレてるんじゃね? 爆発しなかったのはまだゲームマスターとしての責任が勝ってるからかな?

 

 でもコメカミの辺がピクピクしてたし次の投球は危険かもしれない。まぁ私は外野だから余裕だけどね。……一応10メートルぐらい離れとこ。

 

 私達はすぐにコートを移動し、勝負は次のラウンドへ突入した。

 




条件は整った(キリッ!! ※ただし予定通り行くとは言っていない。

■以下、新しい念能力と試合状況
能力名:【火落理武者(キラーマジンガ)】(具現化系)
ドラクエⅥのキラーマジンガを具現化する能力。
ロングソードとハンマーとクロスボウを装備。武器に炎を纏わせる力を持つ。
背中からはケーブルが伸びていて本体の左手に繋がっている。切断されると5分で動けなくなる。

・現在の試合経過(◯勝ち ●負け)
◯バリー    vs ●ボクシングの人
◯ロドリオット vs ●ボーリングの人
◯ケスー    vs ●フリースローの人
◯マロ     vs ●リフティングの人

ドッジボール(5対5)
シズク(外野)vs レイザー
バショウ   vs 念獣No.5(外野)
ツェズゲラ  vs 念獣No.6
シンジ(TS化)vs 念獣No.7→アウト&消滅
アニキ(赤玉)vs 念獣No.10→アウト&消滅

いまこんな感じです。対海賊戦は次で終わる予定。読んで戴きありがとうございました。


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第32話 海賊たちの厄日(後)

vs海賊団の後編です。


 身を汚されたレイザーとツェズゲラさんが戻ってくるとコートの移動が行われた。

 ちょうど良い間が出来たので、私はそれを利用してこれからの行動を味方に告げておいた。

 

「ってことで二人共よろしく。」

 

「おう、任せとけ。」

 

「先程のようなのはゴメンだぞ?」

 

 現在、内野に残ってるのはお互いに二人ずつである。

 コチラはバショウとツェズゲラさん。全力を出し尽くして真っ白になったアニキと、役割が終わったシン子はリタイアさせた。残っていても味方の邪魔になるだけだからね。

 

「ドエムノアニキ……。」

 

「大往生でおじゃ。」

 

 今の所、MVPはアニキのドM砲かな? アニキは味方に引きずられ、壁に寄りかかって燃え尽きている。

 

 対して向こうの内野はNo.6とレイザーだ。

 更に消滅したNo.7と10は再具現化されていない。それはオーラの消耗を避けるためか、あるいは何らかの制約があるのか。どちらにしろ外野がNo.5だけでは原作のような高速パスは出来ないだろう。コチラとしては願ったりだ。

 

「……。」

 

 そんな中、レイザーは仏頂面でボールを持ったまま立ち尽くしていた。

 こちらは正々堂々とボールを打ち出したのに一体何が不満なのか。オチンポキャノンはお気に召さなかったのかな?

 その様子は会社の忘年会で一人酒するコミュ障みたいだ。キレてるにしてもちょっと沸点低すぎない?

 

『レイザーチームの内野ボールで試合を再開します。』

 

 試合が再開されるとレイザーはそのまま黙ってボールにオーラを込め始める。

 怒ってるんだぜ? と言わんばかりの荒々しいオーラが彼の体から溢れ出し、それが万力で締め付けられるように無理やりボールに集約されていく。その光景たるや、余りの量と質にボールの色が霞んで見えてしまうほど。

 

 更に念が込められた物体は重量が増す。恐らく今のボールは、ボウリングの球以上の重さになっているだろう。

 そしてそのボールを持つレイザーの視線は――まっすぐバショウに向けられていた。

 

「ほう、俺サマ狙いか。NPCの癖に見る目あんじゃねーか。」

 

「当たり前だろう。貴様が余計なモノまで飛ばしたせいだぞ。」

 

 軽口を叩くバショウにツェズゲラさんが苦言を弄する。

 確かに私が当てるように頼んだのはボールだけだったからね。流石に顔射プレイは注文してないよ!!

 

「ならココは任せろ。『俺サマが 触れたボールは みな止まる』……こいやぁ!!」

 

 しかしバショウも黙って待ち受けたりはしない。

 レイザーに対して堂々と色紙をさらし書いた俳句を読む。

 

 元々バショウの能力は汎用性が高い。けど代わりに準備時間が必要で、おまけに距離が短くて接近されると弱かった。

 しかしこの試合はエリアが区切られていて常に一定距離が取れ、投げる前に句を書けるから欠点が問題にならない。

 

「ふむ、それが実現できるならある意味無敵だが……本当に大丈夫なのかね?」

 

「ああ、もちろんだぜ。」

 

 ツェズゲラさんは不安そうだが、逆にバショウは自信満々に答えた。

 

「……いいだろう、行くぞッ!!」

 

 それを見たレイザーが投球モーションに入る。

 投げ方はオーソドックスなオーバースローだ。右手でボールを握りしめ、オーラで筋肉を強化し、全身を使って体重を乗せ、集約させた力を上から叩きつけるように腕を振る。

 

 そうして放たれたボールはレーザービームもかくやという勢いでコートを駆け――

 

「『我が陣に 入りし球は 破裂する』」

 

 ――る直前に、バショウが更に能力を発動させた。

 

 それによりバショウの2メートル前でボールは粉々に破裂。風船が割れるような音が炸裂し、バラバラになったボールの破片が周囲に散った。

 

『念能力によるボール破壊によりバショウ選手アウト、外野へ移動です。』

 

「ヒューッ!! おお怖い怖い、まともに受けてたら死んでたかもしれねーな。」

 

「――おいっ。」

 

 バショウの軽口に対してレイザーが再びドスの利いた声を出す。

 真っ向勝負だと思ったら直前でスカされてしまったのだ。その形相にははっきりと不満が現れており、コメカミのピクピクもちょっと増えていた。それはまるでやり場のない怒りがドロドロのマグマとなって詰まっているかのよう。

 

 だがこれも作戦の内である。

 最初の俳句はただのフェイクだ。だってバショウの能力は俳句の出来によって強弱が変わるから、本当に止まるか分からないからね。

 

 だから本命の俳句の最後も"停止する"にはしなかった。

 もしコートの境界線近くで止まった場合、レイザーならキャッチしてそのまま連投も可能だろうから。

 

 でも破裂させればボール交換で試合は必ず止まる。

 そして破裂地点がコチラ側のコートならボールも奪えるという訳である。

 

「審判1つ質問。敵の外野にパスするのはあり? その時にキャッチしようとしてボールを壊しちゃった場合は?」

 

『敵へのパスはルール上は可能です。そして壊した場合はただの取りこぼし扱いですので、その場合は外野ボールで再スタートになります。』

 

 もちろんレイザーがやりそうな行動は先んじて潰す。

 これで後は距離を取って気をつけておけば、ゴレイヌさんの二の舞にはならないだろう。

 

「オッケー。バショウ聞いた?」

 

「ああ、ボールをぶつけられねぇように気をつけろってことだろ。」

 

「……ちっ。」

 

 やろうとした事を私に当てられたせいか、レイザーは舌打ちをすると再び黙った。

 

『では挑戦者チームの内野ボールで試合再開です。』

 

 しかしこのレイザー、急に言葉が少なくなったな。

 イベントNPC(の振り)をしてるんだから会話しないとダメなんじゃね? シーズン終盤に連敗して優勝レースから脱落したスポーツチームの監督じゃないんだからさぁ。まぁ私は《一坪の海岸線》が欲しいだけで真剣勝負とか興味ないからどうでもいいけどね。

 

「さて、あまり投げるのは得意じゃないんだがな……っと。」

 

『No.6アウト、外野へ移動です。』

 

 その後はツェズゲラさんがボールを投げ残っていた念獣を討ち取った。これで後はレイザーのみだ。

 

「「……バック。」」

 

 当然、レイザーはすぐにバックを使う。

 内野の最後の一人がアウトと同時に使うのは禁止だからね。

 

 私も同じタイミングで使い内野に戻った。

 レイザーもNo.6を内野に戻すが……

 

「おおっと、手が滑ったー(棒!!」

 

 所がそこへツェズゲラさんが全力で念弾を発射。

 

「――はっ?」

 

『ツェズゲラ選手反則によりアウト、外野へ移動です。』

 

 棒読みセリフと共に放たれた念弾が直撃したNo.6は粉々になって消えてしまった。

 よしっ! これで内野の念獣が消えたぞ!!

 

「お前ら…………」

 

 レイザーが一瞬だけポカンとし、それからすぐ苦虫を噛み潰したような表情でコメカミに青筋を浮かべだした。

 

 私はその様子にガチメタされたRPGのボスキャラを思い浮かべた。

 炎とイオ系呪文を対策した上でラリホーを連打されるバラモスだ。それをリアルで見たら多分こんな感じなんじゃないかな。

 正面から戦えば負けないのに戦わせてもらえない。そんな遣る瀬ない怒りが心の中で渦巻いているかのよう。

 

「すまんな。だがこれもリーダーの指示でね。」

 

「まっそういう事だね。……そろそろ私達の戦略が理解できた?」

 

 さてここまで来ればもうレイザーも気づいただろう。

 

 そう私達は最初から()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 ちょっと卑怯だと思うが、正面から投げ合うとか不可能だからしょうがない。

 無理に取ろうとしても間違いなく怪我をするし、挙げ句にリバウンドを取られでもしたら最悪だ。それなら最初からアウト前提の反則で道連れにした方がマシだろう。

 

 元よりこのドッジボールは放出系のレイザーに有利なスポーツだ。

 対してコチラの放出系はアニキだけで、残りはみんな見事に具現化系や操作系ばかり。放出系どころか強化系すら居ない。

 

 ならば正面からボールを投げあうなど愚の骨頂だろう。

 たとえ勝負するスポーツを決められたとしても、戦い方まで相手に合わせる必要はないのである。

 

 という訳で私達がやるべきは正面突破ではなくハメ殺し。

 気づかれないようにギリギリまで相手の長所を削り続け、最後の一瞬にコチラの長所を押し付けて勝つ。まぁ私のいつもの戦い方だね。

 

「じゃあみんな、あとは私がやるから。」

 

 そしてその削りはだいたい終わった。

 レイザーは念獣を再具現化しようとしない。恐らく"具現化は試合開始時の一度のみ"とかの制約があると思われる。ならば後は1アウトでコチラの勝ち。なので助っ人の力を借りるのもココまでだ。

 

 みんなにその事を告げ、一箇所に集まってもらう。もちろん無理やり連れてきた6人も一緒にだ。残られると邪魔になるんだよね。

 彼らは未だに縛られたままギャグボール越しにモガモガ言ってるが、たぶん誰かが何とかしてくれるだろう。

 

「おう、一発ぶちかましてやれ。」

 

「勝て。私がこんな目にあったのだから絶対にな。」

 

「あ~、何するか知らないけど、まぁ後は頑張れよ。」

 

()()()殿、健闘を祈るでおじゃ。……〈同行(アカンパニー)使用(オン)、ミルキ!!」

 

 渡しておいた呪文をマロさんが使い、私以外の全員が光になって飛んでいく。

 私はそれを見送り、改めてレイザーと対峙する。

 

「途中で人数が減っても続行。そうだったよね?」

 

 残ったのは私一人。だがこれはちゃんと試合前に確認したから問題ないはずだ。

 

「ああ、だがまさか一人で勝つつもりか?」

 

 何を当たり前のことを言っているのか。でなければこんな所まで来ない。

 私は元々ソロクリアをするつもりで、その為にレイザーをタイマンで倒すつもりだったのだ。家出同然で乗り込んできたミルキや、アニキを中心とした合体技なんて偶然のオマケにすぎない。

 

 それに彼らが残っていると()()()()()()()()使()()()()

 彼らのことは信用も信頼もしているが、それでも見せたくない物はある。この世界には口を割らせる能力なんて幾らでもあるから、本当の切り札は誰にも教えないものなのだ。だがら私にとってはここからが本番だ。

 

「当然。私は勝つためにココに来た。」

 

 レイザーをまっすぐ見つめながらオーラを練り上げ、何時ものようにデメちゃんを具現化する。

 サイズは全長1.5メートル。余裕を持ってボールが口に入る程度の大きさだ。私の左側に並ぶようにデメちゃんを浮かばせ、そのままレイザーの正面に立つ。

 

「行くぞレイザー――――、オーラの貯蔵は十分かっ。」

 

「……面白い。どうやら俺は君を誤解していたようだな。」

 

 対してレイザーはこの試合が始まってから初めて嬉しそうな顔をしていた。

 それはやっとまともに投げ合える事に対する歓喜か、それとも今まで溜め込んだ怒りを吐き出す為の仮面か……。どちらにしろまだ私のことを誤解していると言わざるを得ないだろう。

 

「行くぞッ!!」

 

 レイザーは持ったボールに、振り絞った渾身のオーラを込め――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――ガゴンッ!!!

 

「おぼんっ!!?」

 

 天から降ってきた、めちゃくちゃ重そうな()()()に当たってその場に崩れ落ちた。

 デデーン!! レイザー、アウトー!!!

 

 

 

 

 

■□■□■□■□■□■□

 

 

 

 

 

 一方その頃、一足先にマサドラへ飛んだミルキは近くの森の中に居た。

 ミルキは言われていた通りシンジ達が飛んでくるのを待ち、合流するとすぐにその両手で骨のような杖を天に掲げ、とある人物の名前を繰り返し叫び続けた。

 

「レイザー!! レイザー!! レイザー!! レイザー!! レイザー!! レイザー!!」

 

 この杖は事前に用意しておいたランクAのアイテム《天罰のつえ》である。

 効果は罰を与えたい人の名前を唱えながらこの杖を天にかざすことで、使用者か相手の今までより多くの悪行をなした方に強い災いを振りかけるというもの。

 

 本来なら自分に降りかかる可能性を考え、使うのを躊躇してしまうアイテムだが、今回の相手に限ってその心配は皆無だった。

 

「レイザー!! レイザー!! レイザー!! レイザー!! レイザー!! レイザー!!」

 

 なんせ名前を唱えられている男は元死刑囚だ。

 今はジンに雇われこの島でゲームマスターとしての役割を負っているが、だからといって過去が消えてなくなる訳ではない。

 暗殺一家の生まれとはいえ幼くてまだ仕事に関わっていないミルキが使えば、天罰が与えられるのは100%相手である。

 

「レイザー!! レイザー!! レイザー!! ……あっ、もう無い。次の取って。」

 

「おう、次はこれだな。」

 

 呪文カードで合流したバショウは、地面に置かれている袋から新しい杖を取ってミルキに渡す。

 

 杖はミルキがその名前を叫ぶ度に天へ光を昇らせるが、その度に砕けて消滅してしまっていた。一本の杖で起こせる天罰は一回だけということだ。

 

「レイザー!! レイザー!! レイザー!! レイザー!! レイザー!! レイザー!!」

 

「しかしよくこんなに集めたでおじゃ。」

 

「ああ、聞いてはいたが全く周到な奴だぜ。」

 

 しかし一回しか使えないのであれば、代わりに()()用意すればいい。

 そのため何度も取得イベントを周回し、シズクは今回の作戦の為に大量の杖を用意した。その数は全部で()()()

 

「レイザー!! レイザー!! レイザー!! レイザー!! レイザー!! レイザー!!」

 

 普通に考えればたった一度のイベントの為に、ここまでやるのは頭がおかしいと言わざるを得ないだろう。だがシズクはレイザーこそがこのゲームの実質的なラスボスだと知っていた。

 

 しかし正面からは勝てないので遠距離攻撃でダメージを与え、体力とオーラを出来る限り削ることにしたのだ。

 その為に選んだのがこの《天罰のつえ》である。もちろんゲームマスターにアイテムの効果があるのは、事前にサクサクさんで実証済みだ。

 

「レイザー!! レイザー!! ……あっ、もう全部無くなった。」

 

「おっ、終わったか。じゃあ後はアイツ次第だな。」

 

 全てはレイザーに勝つために。

 どんな手段を使っても《一坪の海岸線》を手に入れるというゲームクリアへの執念。その為にはシズクは手段など一切選ばないのだった。

 

 

 

 

 

■□■□■□■□■□■□

 

 

 

 

 

 ――ガゴンッ!! ガゴンッ!! ガゴンッ!! ガゴンッ!!

 

 タライ、雷、植木鉢、SM用蝋燭……。

 室内にも関わらず降り注ぐ天罰の雨を受けながら、レイザーの心はある感情に支配されていた。

 

 ――それは目の前の敵への際限なき"怒り"

 

 実は試合が始まって最初の一投を受けた時、すでにレイザーは半分キレていた。

 

 なんたって挑戦者が使ってきたのは股間にオーラを集めてぶっ放す【発】である。

 作る方もおかしいが、それを試合で使おうなんて考えるのはもっとおかしい。

 

 見せられたときには相手の頭を疑った。

 いくら勝負に勝つためとは言え、大の大人が丸出しの股間を女性(?)に踏まれて喘いでいるのは最低の絵面だった。

 

 だがもっと最低なのはその後に訪れた。

 なんと挑戦者はオーラだけではなく男の白いアレまで飛ばしてきたのだ。しかもそれは別の男の念能力によりホーミングされ、レイザーの顔にベットリと張り付いた。

 

 最低どころではない。最悪だった。まさに悪夢だ。

 レイザーは元死刑囚であるが、ここまでコケにされた経験は初めてだった。この時にキレなかったのは奇跡と言っても良い。もしジンに捕まる前のレイザーだったら、間違いなくプッツンして襲いかかっていただろう。

 

 しかしゲームマスターとしての職務と責任がその怒りをギリギリで押し留めた。

 怒りはそのままそっと蓋をされ、表面上は何事もないように振る舞った(本人基準)。

 どうせ敵は逃げないのだ。ならば怒りはボールに込めて晴らせばいいと思うことで、何とか自分を保つことに成功した。

 

 だがその怒りを込めたボールは途中で爆破された。

 おまけにバックで内野に戻した念獣は念弾で粉々にされ、さらにそれだけ好き勝手やった連中は〈同行(アカンパニー)〉を使ってとっと逃げ出す始末である。

 

 振り上げた拳は叩きつける先を失い、全くこれっぽっちも解消されないまま更に怒りが溜まっていく。

 

 そして最後に《天罰のつえ》が使われた時、レイザーの心は完全に()()()()()()

 心の蓋が内側から吹き飛び、さんざん溜め込まれた怒りが中から湧き出る。もはや手加減やゲームマスターとしての役割など余計な考えは頭から吹き飛んだ。

 

 レイザーの心境は完全に犯罪者時代まで戻っていた。

 

「ククククク、そうか、そんなに……死にたいのか。」

 

 壮絶な笑みを浮かべながらレイザーは立ち上がる。

 さらに右手をズボンの後ろポケットに回し、そこから一枚のカードを取り出した。

 

 それは本来であれば使ってはいけないはずのカード。

 だがレイザーにとっては幸いなことに、そして挑戦者(シズク)にとっては最悪なことに、それを使う許可はとっくの昔に出されていた――このゲーム開発の総責任者によって。

 

 

 

『なぁレイザー、未来を予知する能力ってあると思うか?』

 

 ある時、ジンが前置きなくそんな事を言い出した。

 曰く、購入応募ハガキの一枚に『開発総責任者のジン=フリークス様へ』と書かれたものが有ったと。しかもその裏には念字で『レイザーによろしく!』とまで書かれていたと。

 

『おもしれぇだろ? もし本当に未来予知ならコイツは俺らに対する挑戦状だぜ。』

 

 何を以ってジンが未来予知という結論を出したのかは分からない。

 だがあのジンがそう言うのなら恐らく本当にそうなのだろう。

 

 それに挑戦に関しては確かにそうかも知れないと思った。

 本当に未来が分かるなら、それを自分からバラす必要などないのだ。直接買わなくてもゲームに入る事なんて簡単なはずだ。

 

『だからよ、もし来たら全力で相手してやれよ。()()()()()()()()()。お前を名指ししてるんだから遠慮なんて不要だぜ。そうそう、そいつの名前は"()()()=ムラサキ"っつーんだ。……頼んだぜ、レイザー!!』

 

 その時にジンから告げられた名前、図らずもそれは先程〈同行(アカンパニー)〉で飛んでいった者が、直前に残った少女へ告げた名前と同じだった。

 

 

 

 

 

■□■□■□■□■□■□

 

 

 

 

 

 目の前で倒れ伏すレイザーを観察する。

 

 オーラは大分消耗させられたようだ。

 修行直後を狙ったため最初からMAXでなく、そこから念獣と投球で更に消費。おまけにアウトにした念獣は消滅させたので、自身に戻してオーラ化出来るのは一匹しか残っていない。

 

 さらに身体も傷だらけだ。

 《天罰のつえ》によって降ってきた様々な物による傷である。重量物による殴打に、蝋燭による火傷、右足には包丁まで刺さっている。

 

 どこを見てもボロボロ。

 MPが尽き、HPが一桁に入ったラスボスといった感じだろうか。そこにはある種の哀愁が漂っていて、海賊の手下の中には目をそらしている者までいた。

 

 もはや死にかけ。

 あとは私が最後のトドメを刺すだけだ。ただし殺すとこのゲームにどんな影響が出るか分からないので、気絶させるぐらいにしといた方が良いだろう。

 

「ククククク、そうか、そんなに……死にたいのか。」

 

 しかしそれでもレイザーはゆっくりと立ち上がった。

 今までの策によってオーラも体力も消耗しているはずの男は、しかし不気味な笑みを浮かべていた。まるで全てを吹っ切ったと言わんばかりだ。なんて諦めの悪い男なんだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……このレイザーはいわゆる元死刑囚だ。」

 

 ……おや!? レイザーのようすが……!

 

「今まで何人も殺しているし、ここから出ればすぐに捕まってそのまま処刑台に送られるだろう。」

 

 えっ、ちょっとそれバラしていいの? 私まだNPCだと思ってる振りしてるよ??

 

「だがこんな俺にも仲間が託してくれた役割がある。誰にも譲れない思いがある。……そして貴様がそれを冒涜しようとしているのは分かる!!」

 

 なにそれ!? そもそも思いとか知らねーよ!! てか私ってこのゲームの最初からずっとこんな感じだったじゃん! 今更グチグチ言うのやめろォ!!

 

「許さねぇ!! お前は!! 俺達の心を裏切った!! ……つーかもうぶっ殺す!!!」

 

 お前最後が本音ェェ!!!!!

 

 そうして急に叫びだしたレイザーは、左手のカードを私に見せつけるように前に掲げた。

 

「外法には外法を。ゲームマスターだけが使える特別スペル――《()天使の息吹》!!」

 

「超……天……使……?」

 

 なんだそれは。そんなカード知らない。えっ、待って。そんなの原作に無かったよ??

 

 驚く私の前で、レイザーはカードの効果をツラツラと説明する。

 

「このカードは瀕死の重傷、不治の病なんでも一息で治し、ついでに()()()()()()()()()()()()、オマケで一定時間、対象者の顕在オーラを()()に引き上げる。」

 

「……はっ?」

 

 ふ ざ け ん な !!

 

 なんだそのチートは!! 大天使の息吹の上位交換じゃねーか!!!!

 

「おいちょっと待て!!」

 

「ゲイン。」

 

 私は急いで止めようとしたが、レイザーは一切の躊躇なく手に持ったカードを使用した。

 

 カードが光と成って消えていき、その代わり目の前に漆黒の翼を持つ天使が出現する。

 大天使の息吹はワンピースを着たお姉さんだったはずだけど、こっちは際どい三角ビキニだ。イメージはDxDのレイ◯ーレ。……これ天使じゃなくて痴女い堕天使じゃねーか!!!

 

『この私に何のご用かしら?』

 

「……俺を治してくれ。」

 

『お安いご用よ。』

 

 レイザーは即座に自身の体を治すよう天使に依頼する。

 吹きかけられる漆黒のオーラ(息吹)によってレイザーの傷があっという間に治っていき、それが終わるとレイザーの全身から今まで何倍のものオーラが溢れ出した。

 

 あ”!あ”!あ”!あ”!あ”!あ”!あ”!あ”!あ”!あ”!あ”!あ”!あ”!あ”!あ”!あ”!あ”!

 あ”!あ”!あ”!あ”!あ”!あ”!あ”!あ”!あ”!あ”!あ”!あ”!あ”!あ”!あ”!あ”!あ”!

 あ”!あ”!あ”!あ”!あ”!あ”!あ”!あ”!あ”!あ”!あ”!あ”!あ”!あ”!あ”!あ”!あ”!

 

 ど” ぼ” じ” で” え” え” え” え” え” え” え” ! ! ! ! ! ! ! !

 

 調査に、アイテム集めに、指定ポケットカードを揃えながら何ヶ月も掛けて準備したココまでの行動が全部無駄にいぃいいいいいいいいい!!!!

 

 何なのコイツ? これがゲームマスターで大人のやることか!?

 

「可愛い子供のイタズラにマジギレしてゲームマスター権限を行使だなんて、そんなの大人のやることじゃないよッ!!!!」

 

「煩い黙れ。このレイザー、もはや容赦せんっ!!」

 

 私の心の底からの抗議(さけび)を、レイザーは自身に一切非は無い、と言わんばかりに堂々と開き直った。

 

 この野郎……!! オンゲで最終ボスが倒されそうになった時、気に食わないからって管理者コードでボス全回復+強化するクソ管理者みたいなムーブしやがって!!!

 

 つーか私の行動は全部このゲームで許されてた行為だよ?

 少なくても禁止にしなかったコイツ(ゲームマスター)に批難される覚えはなくね??

 

 それなのに急に仙豆+3倍界王拳って。どう考えてもおかしいでしょ!!

 

「ムカついた。お前まじふざけんなよ。もう容赦しないぞちくしょぉおおお!!!」

 

 殺したらまずいから弱らせて気絶で済ませようと思ってたのに!!

 もう激おこスティックファイナリアリティぷんぷんドリーム(死語)だぞ。

 

「来いよレイザー! 念獣なんて捨てて掛かってこい!! お前の尻にぶっといの打ち込んでアヒアヒ言わせてやんよ!!」

 

「奇遇だな、俺も丁度同じことを思っていた所だ。……行くぞっ!!」

 

 ブチ切れた私達はお互いに相手をにらみながら対峙する。

 その周りでは降ってきたタライや植木鉢を手下の海賊さん達が必死に片付けていた。長かったこのイベントにもついに終止符が打たれる時が来た……!!

 

 

 

 

 

■□■□■□■□■□■□

 

 

 

 

 

 レイザーは外野のNO.5を解除し、身に纏っていたオーラをボールに込め始めた。

 

 正真正銘、これを最後の一投にするつもりだろう。

 その量は今までの比ではない。まるで周囲の空間が丸ごとボールに凝縮されて行くような、極小のブラックホールが発生したかと見紛うほどの重々しさだ。

 

 対抗して私も限界までオーラを練り上げる。

 許さない許さない許さない。私なりにこのゲームのルールは守っているつもりだったのに。ここまで来てちゃぶ台返しされるなんて思わなかった。

 もはや引く事など出来ない。残りの策は後()()しかないが、それでもヤルしかないだろう。

 

 私は自身の操作系能力【深淵を覗く者(アクセル・マインド)】をLv2で発動させる。これは自身の脳を操作して思考を加速させる能力で、Lv2は脳内麻薬を強制分泌し集中力を高める"戦闘用"だ。

 

 頭の中で何かがハジけ、意識のチャンネルが切り替わる。思考が研ぎ澄まされ、視界を通じてレイザーの動きの一つ一つがつぶさによく見える。しかしこれでは()()()()()()

 

 私は両手をズボンにポケットに突っ込み、呼吸を整えながらその時を待った。

 

「……勝負だ。」

 

 ゆっくりとした世界の中で、ついにオーラを込め終わったレイザーがボールを頭上に放り上げる。原作でも最後に使っていたレイザーの必殺技、バレーの空中スパイクだ。

 

 それを見た私も負けじとポケットから両手を引き抜き、握っていた全ての()()()をバックハンドで後ろの床に放り投げる。

 片手に10個ずつ、計20個のダイスが床の上を一斉にカラカラと転がり、ついでベルトの中からパキパキと()()()()()()ような音が()()鳴った。

 

 ダイスを投げ終わった私は続いてこの時の為に作った能力――【深淵を覗く者(アクセル・マインド)】をLv3に切り替える。これは思考を更に高速化する代わりに一週間に一度しか使えない"最後の切り札"だ。

 

 効果はすぐに現れた。

 まず音が消え、ついで匂いが消え、それから肉体の感触すら消えてしまった。恐らく味覚も消えているだろう。思考と視覚を更に高めるため、その二つに必要ない脳の一部が強制的に停止されているのだ。こうなるともはや私は指一本動かすことができなくなる。

 

 しかしその代わりに得るのは極限の思考速度である。

 自身が世界と一つになるような錯覚、その後に訪れる全能感。まるで走馬灯を見ている時のような、ネテロ会長の時間の圧縮のような、そんな状況を自分限定で引き起こすこの能力は、このような距離をとった戦いにおいて圧倒的なアドバンテージを与えてくれる。

 

「おおおおおおお!!!!!」

 

 落ちてくるボールのタイミングを見図り、レイザーが叫び声を上げながら空中に飛び出す。

 

 ボールを打ち出される前に、私はそっと二匹目のデメちゃん(B)を具現化した。

 【陰】を施した状態で呼び出されたデメちゃん(B)は即座に移動、飛び上がったレイザーの真下にスタンバらせる。

 

 これで事前にやれることは全てやった。あとはもう自分を信じてレイザーを仕留めることだけだ。私の準備と執念が勝つか、レイザーの誇りと怒りが勝つか、結果は比べてみなければ分からない。

 

 そして直後、ついにレイザーによりボールが打ち出された。

 超天使により限界すら超越したオーラは【硬】によって全てが一箇所に集約される。それによって強化された腕は、まるで死神の鎌のように振り下ろされ、私の首を落とさんと大砲のような轟音を発しながらボールを発射した。

 

 もし能力で思考を高速化していなければ、その圧倒的な速度により一瞬で距離を詰められ、私は気づくまもなく吹き飛ばされてしまっていただろう。

 だが今の私はそのボールが認識出来ていた。進んでくる軌道も回転もはっきりと()()()

 

 レイザーが撃ち出したボールは少しだけホップアップしていた。

 具現化系は具現化した物や生物に特殊な力を付与することが多い。それを知っているレイザーは抜け目なくデメちゃんを警戒し、着弾地点をずらし、あわよくば胴狙いと見せかけて私の頭をふっとばそうとしたのだろう。

 

 熱くなっているのに流石だ。流石はジンが選んだゲームマスター!! ……だが残念ながら無意味だ。

 

 私はゆっくりと感じられる時間の中で、焦ることなくボールと自身の間に一匹目のデメちゃん(A)を割り込ませる。全ての能力を全解放した今の私の前では多少の小細工など問題にならない。

 

 ボールの進行方向が口に対して垂直になるように、掛かっている回転も計算に入れ角度がずれないように慎重に注意を払いながらデメちゃんを動かす。

 

 続けてボールが口に入る寸前、二匹のデメちゃんに、二つのゲートを同時に発動させた。

 レイザーの撃った殺人ボールが一匹目のデメちゃん(A)の口の中に飛び込み、その勢いをそのままに、二匹目のデメちゃん(B)の口から飛び出していった。

 

 もちろんその先に居るのは球を撃ち出したレイザー本人だ。

 

 事前に作っておいた二つの【接続ポイント】、30センチしか離れていないその二つの場所へ同時にゲートを開くことにより、デメちゃん二匹の()()()()()()。それにより相手の遠距離攻撃を、そのまま相手に返すことが可能になる。

 

 名付けて――お返し二重門(ツヴァイ・リフレクション)

 

 もちろんレイザーは私の狙いにすぐ気づいた。

 なんせ一匹目のデメちゃん(A)の口の中には、デメちゃん(B)の口の先の映像――()()()()が映っているからね。

 ギリギリまで引きつけてゲートを開いたけど、それでもバレてしまうのは防ぎようがない。

 

 レイザーは即座にオーラを集めてガードしようとする。だがしかし甘い。

 その少し前、たまたま外れた天井の換気扇がブーメランのように飛んだ。

 その少し前、たまたま飛び方を間違えた鳥が窓を突き破り場内に飛び込んだ。

 その少し前、たまたま片付け忘れられていた釘打機が暴発した。

 

 その全てが今、申し合わせていたかのようにレイザーへと襲いかかった。

 事前に振った20個の《リスキーダイス》――出た目に応じた吉凶を引き起こすサイコロ、により起きた3つの()()が、ベルトの中に仕込んでおいた《闇のヒスイ》――自身の厄災を他人に渡す宝石、によってレイザーへと()()された結果である。

 

 私がこの戦いに用意した策は7つ。

 1つ目は修行直後を狙ったオーラの消耗

 2つ目は空調に仕込んだ睡眠薬による手下の損失

 3つ目はアニキのハイパーオチンポキャノン

 4つ目は天罰の杖30本による遠隔攻撃

 5つ目は【深淵を覗く者(アクセル・マインド)】LV3による超知覚と高速思考

 6つ目はデメちゃん二匹による転送攻撃

 

 そして最後の7つ目がこの《リスキーダイス》と《闇のヒスイ》のコンボによる不幸の押しつけだ。

 

「何っ!!?」

 

 予想外の攻撃によりレイザーの対応が遅れた。

 これが地面の上であればそれでもレイザーはこともなげに対処してのけただろう。しかし残念ながらレイザーは飛び上がったままだった。そして空中では姿勢制御は地上の何倍も難しい。

 

 レイザーは高速回転している換気扇の刃を防ぐ為にオーラを足だけに集中出来ず、鳥にぶつかられた事でバランスを崩し、足に釘が刺さったせいで身体が硬直した。

 

 これらは全てほんの一瞬だけのことだ。もしほんの少しでも時間があったなら、レイザーは瞬く間に体勢を立て直したことだろう。

 

 しかしダイスの神は有象無象の区別なく不幸(ファンブル)を押し付ける。

 

 空中にいたレイザーの尻に、真下から自身の全力ボールが突き刺さった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ン”ア”ア”ア”ア”ーーーーーーーーーーーーーーーーッ!!!!!!」

 

「っしゃー!! ストライークッ!!!!」

 

 レイザーは叫び声を上げながら臀部と股関節をグチャグチャに破壊され、錐揉み回転しながらぶっ飛んで壁に突っ込んでいった。ボールは反動で床に付いた為、もはやアウトなのは確実だ。

 

 私は能力を解除しながら喝采を叫ぶ。やった、ついにレイザーを討ち取ったぞ!!

 用意した策の1~4は超天使とかいうチートカードのせいで台無しにされてしまったが、怒りを累積させたおかげで5~7で勝つことが出来た。煽って怒らせるって最強のデバフだわ。

 

 私は勝利宣言を期待して審判の方に視線を向ける。

 しかし勝敗を宣言する前に審判の念獣は消え、レイザーはサクサクさんと同じ様に光になって飛んで行ってしまった。

 意外と致命傷だったのか、ゲームマスター用のセーフティーが発動したのだ。きっと戻ってきたときにはお尻も治療されている事だろう。

 

「うーん、締まらないなぁ……ケツだけに、なんちゃって。……まっこの勝負、最後に残った私の勝ちってことで。」

 

 私はしょうがなく、自分で勝ちを宣言する。

 海賊の手下はまだ残っているけど、彼らは文句なんて一切言わなかった。

 

 こうしてこのゲームを開始して約11ヶ月。私はやっと《一坪の海岸線》を手に入れた。

 それは同時にこのゲームクリアへの、最後の障害を乗り越えたことを意味する。

 

 私はカードをバインダーに嵌め、〈同行(アカンパニー)〉を使いミルキたちに合流した。

 




やっと一坪の海岸線イベントが終了。
ボケツはすでに掘られていたのだ(爆

気づいたら途中からレイザーが主人公っぽくなっていました。
シズクちゃんが酷いことしすぎなせいですね。でも今更変えられない。
あと元をたどれば大体ジンのせい。


ちなみにやろうとしていた主人公のソロ攻略はこんな感じです。
1.呪文ショップ前で〈同行〉。足りなければは拉致して15人揃える
2.事前に手下の海賊を全て行動不能にしておく
3.1対1でレイザーと戦い、挑発して全力ボールを投げさせる
4.デメちゃん二匹のゲートで反射して勝利

手下を全部戦えなくして行けばタイマンできるんじゃないかなって。


グリードアイランド編は次で最後になります。
読んで頂きありがとうごいました。


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第33話 ゲームクリアと欲塗れの報酬

GI編のラストです。よろしくお願いします。


 ミルキたちに合流した私は空いているスペースに腰を下ろした。

 ハメ殺したとは言えあのレイザーと対峙したのだ。精神的にも肉体的にも疲労が溜まってしまっている。

 

「おかえりねーちゃん、それでカードは?」

 

「もちろん取ってきたよ! ほらこれ。」

 

 取ってきた《一坪の海岸線》を見せながら周囲の質問に適当に答え、合間に用意しておいたチョコバーをコーヒーで流し込む。混ぜているのは砂糖でなくブドウ糖タブレットなので苦い。

 

(ううぅ、やっぱこの能力きっつ……。)

 

 レイザーを倒すために使った【深淵を覗く者(アクセル・マインド)】は操作系の能力だ。操って無理やり脳みそを酷使する仕様上、どうしても疲労が嵩むのは避けられない。

 

 これがLV1(防護モード)ならエネルギー消費が増える程度で済むが、LV3(切札モード)の使用後は反動で靄がかかったように思考が鈍くなり、加えて酷い頭痛と吐き気がしばらく続く。

 まるで女の子のあの日みたいだ。作っておいてなんだがLV3はよっぽどの時じゃないと使う気にならないね。

 

 私は周囲の警戒をみんなに任せ、【絶】を使いそのまま2時間ほど身を休めた。

 

「それでこれからだが、どうするのかね? ミルキ君の話ではカードはまだ半分も集まっていない、とのことだが。」

 

「もちろん()()()()クリアします。」

 

 ツェズゲラさんからの質問へはっきりと断言した私に周囲のみんなが驚く。

 だがこれはもはや確定事項だ。《一坪の海岸線》を手に入れた以上、クリアまでの道筋に私を阻めるような障害は残っていない。ならばこうして味方がいる内にクリアしたほうが良いだろう。

 

「現在の手持ちの指定ポケットカードは40種。残り60枚の内訳はランクSSが2枚にA23枚、B34枚、D1枚です。」

 

「ふむ、それだけ聞くと残りも随分と大変そうに思えるな。」

 

「いえ大丈夫です。残りの取り方は()()分かっているので。……早ければ1,2時間で揃うでしょう。」

 

 もちろん最初から揃えておくことも可能だった。

 しかしこのゲームはトレードショップで全体のランキングを聞ける――つまり上位のプレイヤーが今何種類集めているのか分かるのだ。

 あまり大量に抱えてしまうとクリア間近だと警戒される上、他のプレイヤー達が徒党を組んで襲ってくる可能性が高い。

 

 だから今までは何時でも取れるカードはあえて取らずにいた。

 敵を大量に作り《一坪の密林》《一坪の海岸線》を取る間に邪魔が入るのは避けたかったからだ。

 

「なるほど攻略法はすでに分かっているのか。ではなにか手伝えることはあるかね?」

 

「もちろん。皆さんには幾つかやってほしいことがありまして。」

 

 でもこの2種を手に入れた以上、もはや自重する必要はない。

 それに今なら頼もしい味方もいるからね。

 

「という訳で私達はこれから

 

 ――呪文(スペル)カードショップを()()()()()()。」

 

 これからはクリアまで一直線、ずっと私のターンだよッ!!!

 

 

 

 

 

■□■□■□■□■□■□

 

 

 

 

 

「ちっ、まーだ進まねぇのかよ。」

 

 中々進まない列の前方、自分の番まであと3人という所で愚痴を零している男がいた。

 

 彼は1ヶ月前にこのグリードアイランドに参加した"ネロネロ"というプレイヤーである。

 今はここに一緒に来た仲間である"ああああ"、"ラオウ"と共にマサドラの呪文ショップ前の列に並んでるところであった。

 

 このゲームにおいて呪文カードは最も重要だ。

 相手のカードを奪う攻撃に、それを防ぐ防御、そしてゲーム内の移動と情報収集。一度でもその便利さと凶悪さを知ってしまえば無視することなど出来ない。

 

 結果として唯一呪文カードが買えるこの呪文ショップは連日多くのプレイヤー達が押しかけ、いつの間にか長蛇の列が出来るようになっていた。

 

「まぁまぁそうイラつくなよ。」

 

「そうだぜ、あと30分ぐらいじゃねーか?」

 

 イライラしだした仲間に、残りの二人が落ち着けと声をかける。

 だがそれもしょうがないだろう。彼ら3人が並んでからはすでに3時間以上が経過しているのだ。人気アイドルのチケット即売会でもあるまいし、使い捨てのカードを買う度にこうして並ぶのは苦痛でしか無い。

 

 だがそれでも彼らは列に並び順番を守る。

 割り込みなどで列を乱せば周囲によって袋にされてしまう事を理解しているからだ。人は多く集まると自然とルールを作ろうとする。好き勝手争ってはお互いに不利益しか産まないから。この呪文ショップの列も、そうして出来たこの街のローカルルールの一つであった。

 

 だが彼らは気づいていなかった。

 ルールというのは()()()()()()()()()初めて意味を持つという事を。

 

 そう、世の中には『そんなの知ったこっちゃねぇ!!!』と好き勝手振る舞おうとする輩が確実に存在するのだ。それはつまり将来における中二病の集まり(幻影旅団)のように、そして彼らにとっては不幸なことに、このゲームの中にもそれは居た。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「うごくなぁああああ!! この店はこれから私達が占拠する!! 邪魔する人間は蜂の巣になってもらうッ!!!」

 

「分かったらその場に伏せて両手を上げろぉ!! おいそこのっ! 聞いているのか!!!」

 

 呪文ショップに並んでいた彼らは見た。

 いきなり空から降ってきたガスマスクと重火器で武装した怪しい集団を。その集団は上記の口上を叫びつつ一斉に催涙ガスのような物を投げる。彼らは驚きによって身を硬直させたまま意識を失い、そのまま呪文ショップは占拠された。

 

 

 

 

 

■□■□■□■□■□■□

 

 

 

 

 

「じゃあ外はお願いしますね。」

 

「任せるでおじゃ。」

 

 呪文ショップの内外、両方からプレイヤーを排除した私はみんなに外を任せて一人で店の中に踏み込む。

 

 その際、一枚のカードを設置した。カードは一分経つと自動でカード化が解除され、5メートルを超える巨大な岩となって入り口を塞いだ。これでもう物理的にも入ることは出来なくなった。

 

 さて、こんな事をした理由はもちろん呪文カードを買うためだ。

 しかしちょっと()()な買い方をするので、他の人には一時的に退出してもらったのである。

 

「呪文カードパックを()()()()下さい。幾らですか?」

 

「えー、あるだけですと……全部で1515万ジェニーになります。」

 

 おっ、かなりの数を買えるね。

 今はまたプレイヤーも増えてきたからそんなに買えないと思ってたんだけどね。

 

 呪文カード全種の合計したカード化限度枚数は5135枚だ。

 これは同時に、ゲーム内に出現する呪文カードの限界数でもある。つまり出回っている呪文カードが多いほど買えるパックは少なくなるということ。

 原作でもハメ組が死んだ後に大量のパックが入荷されている描写があったからね。仮に幾らでも買えるのならそんな描写はやらないだろう。

 

 だからこんなにまとめて買えるということは、みんな呪文カードはすぐ使ってしまっているということだ。まっ、私としては好都合、これは嬉しい誤算だね。

 

「いまお金を出すからちょっと待ってね。」

 

 値段を聞いた私はすぐに()()()でゲートを開き、その中に上半身を突っ込む。繋がっている先は別の街――不人気で誰も来ないような場所、のトレードショップの中である。

 

「1515万ジェニー引き落ろしで。」

 

「はいよ。」

 

 店主の前に上半身だけを出現させた私はそのまま貯金を下ろす。これはこの時のために貯めておいた金だ。

 受け取ったらバインダーには入れず、すぐ用意しておいた袋に丸ごと突っ込む。

 

 本来であれば下ろしたお金はバインダーに入れて持ち運ばなければならない。

 この島ではカード化された状態でないとお金とは認められず、さらにバインダーに入れずに1分たつとカード化は強制解除されてしまうからだ。

 

 しかしそれは逆に言えば1分以内ならばバインダーに入りきれない額でも問題無く使えることを意味する。

 

 必要なのはすぐに下ろした金を持ってくる瞬間移動の能力と、すぐに使えて邪魔されないように店を占拠する武力だ。だが今の私はその両方を満たしている。

 

「はいこれ。1515万ジェニー。」

 

「確かにお支払い頂きました。しばらくお待ち下さい。」

 

 すぐに上半身を戻し、下ろした金でそのまま支払いを行う。

 これで1515パック、合計4545枚の呪文カードが手に入った。あとは片っ端から開けて行くだけだ。

 

「最初は一種ずつ集めてっと。」

 

 まずは《No.017 大天使の息吹 SS-03》を手に入れる。

 このカードの取得条件は呪文カードを40種全て集めること。呪文パックを買い続けるだけで理論上は誰でも手に入れることができる、ランクSSの中ではかなり入手しやすいカードである。

 

 続いて〈堅牢(プリズン)〉を〈擬態(トランスフォーム)〉で増やしながら使用し、指定ポケット全部をコーティング。これでもう呪文で私からカードを奪うことはできなくなった。

 《聖騎士の首飾り(永続マホカンタ)》は呪文を反射してくれるが、残念ながら〈徴収(パルプンテもどき)〉だけは跳ね返せないのだ。だが〈堅牢(プリズン)〉は全ての呪文を無効にしてくれる。この先に呪文合戦をやる可能性はほぼ無いけど念の為だ。

 

 それが終わると最後はいよいよ〈宝籤(ロトリー)〉の出番である。

 これはランダムに一枚何かのアイテムカードに変身する呪文カード。そのままだとゴミアイテムが量産されてしまうが、しかし《リスキーダイス》と組み合わせることで、ランクAまでの指定ポケットカードを高確率で手に入れることができる。

 

 原作ではボマー組が捕まえた奴隷君(モリタケ)で行っていたコンボだが、しかし《闇のヒスイ》を大量に所持している私はその奴隷すら必要ない。

 

「もしもしミルキ? これからダイスを振るからみんなは次の場所に移動して。」

 

 味方に不幸がいかないよう無線機でみんなに退避してもらったら、いよいよガチャ祭りの始まりである。

 

 必要なランクAカードは23種。

 先程買ったパックで手に入れた〈宝籤(ロトリー)〉は330枚。

 《闇のヒスイ》の残りは30個。大凶が出る確率は1/20なので、よっぽど運が悪くなければ足りるだろう。

 

「パーティの始まりだよ!!」

 

 私は早速一個目のダイスを振る。ダイスはカツカツと音を立てて床を転がり、始まりの一歩目を私に示した。

 

 ……あっ、大凶。

 

 とたんに店のレジが爆発し、売り子のお姉さんの顔がグチャグチャになって潰れた。

 

 

 

 

 

■□■□■□■□■□■□

 

 

 

 

 

「プレイヤーの方々にお知らせです。たった今あるプレイヤーが99種の……」

 

 ランクAカードを揃えた後、私はトレードショップで残りのランクBカードを購入しバインダーにセット。すると指定ポケットカードを99枚集めたことにより最後のイベント――《No.000 支配者の祝福 SS-01》を賞品としたクイズ大会が始まった。

 

「しかしわざわざこんな場所まで来る必要があるのでおじゃるか?」

 

「フフフ、それはすぐに分かりますよ。」

 

 このクイズ大会はゲーム内全体に告知される、言わばプレイヤー全員参加型のイベントだ。

 なので今までまともに活動出来なかったプレイヤーにもワンチャンある。もしも入手出来れば交渉で大量の対価を引き出せるのでは? なんて想像するのは難しくないだろう。

 

 しかしせっかく手に入れても交渉まで守りきれるとは限らない。ではどうするか?

 

 一番簡単なのは99枚を揃えたプレイヤーの近くでクイズに挑戦することだ。

 これなら《支配者の祝福》を取った場合について事前に交渉しておくことが出来るし、相手が弱そうならそのまま暴力で奪うことも出来る。

 

 しかも都合のいいことに、このクイズ大会が始まるのは告知から10分後。

 ちょっと頭の回るプレイヤーならその間にトレードショップでランキングを聞き、誰が99枚揃えたかを把握するのは簡単である。そして分かったら後は呪文カードで飛べば良い。

 

 実際、原作でもゴン君が99枚を揃えたら他のプレイヤーが飛んで来て、『もしカードを手に入れたら25億で買ってくれ』なんて言っていた。

 

 私としても最終的に譲ってくれるならある程度の便宜を図るのは吝かではない。

 しかしながら、それよりもっと簡単で単純な方法が存在する。

 

 それは――クイズ大会に()()()()()()こと。

 

「おい、なんか飛んできたぜ。」

 

「こっちからも来るでおじゃる。」

 

 99枚を揃えれば他プレイヤーが飛んでくるとは原作知識から予想できていた。

 だから私は手に入れたカードをすぐに指定ポケットには揃えず、街からと()()()()に移動してから揃えたのだ。 

 

 空を見れば四方八方からプレイヤー達が飛んで来ていた。

 しかしながら私は慌てない、飛んできたプレイヤーたちはすでに()()()だから。

 

 さて、ここで呪文による移動について説明しよう。

 手にカードを持ち呪文を唱えると、プレイヤーは光に包まれて飛び上がる。そして指定した街かプレイヤーの付近に着地するわけだが、実はこの時に降りる場所は付近の誰も居ない場所に限定されるのだ。

 

 これはきっと交通事故を起こさないための仕様なのだろう。しかしこれを逆手に取り、周囲のスペースを上手く埋めるか削ることが出来れば、着地する場所を()()することが可能になる。

 

 今飛んできている彼らはきっと私を指定して呪文カードを使ったのだろう。

 しかし残念ながら私がいるのはデメちゃんの背中。

 

 ――()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 おまけに9人も乗っているせいで開いてるスペースは頭の先端しか残ってない。

 

 そんな所に呪文によって飛んできた彼らは着地しようとし――

 

『――ぎょっ!』

 

 ぷいっ! と、デメちゃんが頭を動かしたことで着地地点が無くなり、そのまま海に落ちていった。

 

「はっ? ……うわぁああああああ!!!」

 

 もちろん私が選んだのはただの海ではなく、複数の海流が流れ込んで荒れ狂っている海峡だ。落ちた先には幾つもの大渦が待ち構えており、これならさすがの念能力者も10分以内に陸に上がることは不可能だろう。

 

「よっし、これで頭の回るプレイヤーが減ったね。」

 

 くくく、チャンスなんて与えないよ? お前らはそこで渦っていけッ!!

 

「おいおい、ひでぇな。」

 

「最後まで容赦が無いでおじゃるなぁ……。」

 

 なんかみんながドン引きしてるけどコレぐらい当たり前じゃないかな?

 相手がどこにいるか確認もせず瞬間移動の呪文を使う方が悪いよね。TRPGをやったことのある人なら絶対にやらないと思う。魔法禁止フィールドで赤竜が待ってたら詰むからね。

 

 さてこうなったらあとは普通にクイズを解けばOKだ。問題は100問でその全てが指定ポケットカードに関するもの。私達が自力で取ったのは40種だけど、まぁ多分行けるだろう。

 

 私はそのままバインダーを開き、クイズ大会が始まるのを待った。

 

 

 

 

 

 

■□■□■□■□■□■□

 

 

 

 

 

「ようこそグリード・アイランド城へ。」

 

 入り口で出迎えてくれた人に案内され城の中を進む。

 

 あの後、クイズ大会は65点をあげ無事に最高点を取ることが出来た。

 はっきり分かったのは半分の50問だけ。クイズは全て5択だったので、まぁこれでも頑張ったほうだろう。

 

 それから私の元に飛んできた一羽の梟から《支配者の招待》というカードを受け取り、中の地図に書かれていたのがこの城である。

 原作ではクイズ大会後もカードを奪おうと他プレイヤーが飛んできていたが今回は誰も来なかった。きっとそういうプレイヤーはみんな先に海へ落ちてしまったのだろう。

 

「お邪魔しまーす。」

 

 案内された部屋の中にはゴミに埋もれてゲームをしているボサボサ頭の人が居た。ジンと共にこのゲームを作ったゲームマスターの一人だ。名前は確か――

 

「"ドゥーン"さんですよね? それから出迎えてくれたのは"リスト"さん。」

 

 自己紹介される()に二人の名前を呼ぶ。

 リストさんはスーツにサスペンダーを付けた敬語でしゃべる丁寧な男性。

 ドゥーンさんは髪がボサボサでいかにもガサツそうな男性だ。

 

「ああ、やっぱり分かるんですね。」

 

「つーことはジンの予想通り本当に未来予知かよ。瞬間移動も併せて持ってるとかお前ハンパねぇな。」

 

 それだけで二人は私の能力を理解した。

 うん、まぁバレてるよね。瞬間移動も原作知識を利用した行動もゲーム内で散々見せたし。まぁ正確には未来予知とはちょっと違うんだけど、似たようなもんだから説明しなくていいだろう。

 

 それにそれが分かってもそのままプレイさせてくれた事には感謝したい。私がゲームマスターなら私を即効でBANしただろうから。ジンの仲間が度量の大きな人たちで助かった。

 

「と言っても全部が分かる訳じゃありませんけどね。まぁ呪文と指定ポケットのカード、あとレイザー戦を含めた幾つかのイベントの中身を知ってたぐらいです。」

 

「いやそれだけ分かれば十分だろ。特にレイザーなんて初見クリアされたせいでガチ凹みしてるんだぜ。あと下半身も色々やばかったからな。」

 

 おっ、レイザー生きてたんだ。よかった、体の下半分がグチャグチャになってたから心配だったんだよね。……クリアの為とは言え、自分でもちょっと酷いことし過ぎたと思う。反省も後悔もしないけどね!!

 

「レイザーさんにはその……ごめんなさい、とお伝え下さい。それと今度また改めて遊びに行く、とも。」

 

「えっ、また挑むの!?」

 

 私の言葉に二人が驚いた顔をする。

 けど別に周回しても構わんのだろう? これは割と本気だ。だってかなり良い修行になると思うんだよね。原作開始までにタイマンで倒せるようになるのが理想かな。よっぽど頑張らないと無理だろうけどね。

 

「……いや分かった。っと、この辺に、ほらよ。」

 

 そう言いながらドゥーンさんはゴミ山の中から一枚のカードを探して私に投げた。

 最後の指定ポケットカード《No.000 支配者の祝福 SS-01》だ。更にカードが3枚だけ入る特製バインダーももらった。これに入れたカードは現実に持って帰って使えるようになる。

 

「さて、これで晴れてゲームクリアだが、なにか質問はあるか?」

 

「2周目クリア時はまた報酬をもらえますか?」

 

「ダメに決まってんだろ。」

 

「常識で考えて下さい。」

 

 チッ! やっぱりダメか。可能なら限界までアイテムを持ち出したかったんだけどなぁ。

 

「ではクリア後もこのゲームで遊ぶことは可能ですか?」

 

「それなら可能だ。つってもゲーム状況は一旦全リセットされるぞ。」

 

 チチッ!! 出る前に味方にカードを渡しておくのもダメか。それじゃ〈擬態(トランスフォーム)〉〈複製(クローン)〉を使ってクリア者を量産するのも無理だね。

 

「それとお前さんが外に出たらゲームは一旦メンテに入る。期間は……恐らく一ヶ月ぐらいだな。誰かさんのおかげで修正しなきゃいけねぇ箇所が沢山出てきたし。」

 

「貴方が今回使った多くのグレー行為は恐らくほとんど使えなくなるでしょう。」

 

「えー、そんなに褒めても何もでませんよ? あっ、でも報酬増やしてくれるなら歓迎……」

 

「それはない。」

 

 チチチッ!!! ちょっとぐらいオマケしてくれてもいいのに。

 まぁ仕様だろうからしょうがないね。

 

「それでもう質問はねーか? ならエンディングに入るが。」

 

「あっ、じゃあ最後に一つだけお願いします。」

 

 私は最後にどうしても聞きたかった事を聞く。

 原作を読んだときからずっと気になっていたこと。それはゴン君の母親についてだ。

 

「ぶっちゃけ、ゴン君を生んだのってジンさん本人なんですか?」

 

「ブッフゥーーー!!!!」

 

 私の質問にドゥーンさんが勢いよく飲んでたジュースを吹き出した。

 

「……どうしてその考えに?」

 

「だって普通なら用意したアイテムは一度使ってちゃんと動くか確認しますよね? ジンさんならきっと《身重の石》も使ってみたんじゃないかって。」

 

 《身重の石》とは持っていると男女問わず必ず身籠るアイテムだ。つまり男性でも妊娠して出産を経験できちゃうびっくりな石である。

 どうして作ろうと思ったのか理解できないかなりキチガイなアイテムだが、用意した以上は一度使ってみたはずだ。とするとそれで生まれた子として一番確率が高いのはゴン君だと思うんだよね。年齢的にもだいたい合うし。

 

「で、どうなんです?」

 

「……その辺はノーコメントで。知りたければジン本人に直接聞いてくれ。」

 

「ええ、僕たちからはちょっと。コレ以上は何も言えません。」

 

 ん~? ノーコメント、これ以上は言えない……あっ(察し。

 

「ま、まぁ、趣味は人それぞれだよね!!」

 

「そう言ってもらえると助かります。……色々な意味で。」

 

 ゴン君……強く生きろ。例えパパがママだったとしても私は差別したりはしないよ!!

 

 その後は当たり障りのないことを話し、外で待ってもらっていたみんなも城に入れてもらい宴会になった。空に花火が打ち上げられ、運ばれてきた豪華な料理と酒に舌鼓を打つ。

 

 もちろん私とミルキもグビグビ酒を飲む。ゾルディック家の耐毒訓練のおかげかもうアルコールじゃ酔わないんだよね。なんで酒なんてジュースと変わらない。あの拷問訓練で得た数少ない耐性の一つである。

 

「それじゃあ記念にみんなで写真を取ろう。」

 

 そうして宴が終わったら、城の前で9人で写真を取った。

 集めた指定ポケットカードを各員のバインダーに9枚セット(私は10枚)+2枚を手持ちして広げ、100種のカードを全て表示した状態で撮影だ。これはきっと一生忘れられない思い出になるだろう。

 

 

 

 

 

■□■□■□■□■□■□

 

 

 

 

 

 城でのエンディングが終わると港に向かうように指示された。

 そこから外に出れば晴れてこのゲームはおしまいである。

 

「さて問題はクリア報酬の3枚だけど。」

 

「シズク姉ちゃん、俺《スケルトンメガネ》が欲しい!!」

 

 ミルキはなんで自分も貰えると思ってるのかな? お前、私のゲーム勝手に使って入ってきた上に、基本的にフリーポケット係であんまり役に立ってないのよ?

 

「その眼鏡は機械で代替出来るから却下。」

 

「えええぇー。」

 

 壁の向こうを見るだけならサーモグラフィーとか色々あるからね。つーか許可しても絶対に碌な事に使わないだろうし。

 

「どうしても欲しいならいっそそういう【発】を作りなさい。千里眼系は放出系の領分だから、隣の操作系であるミルキなら多分出来るよ。」

 

「ほんとぉ?」

 

 原作でも強化系のパームが似たような能力作ってたし多分行けるだろう。問題は作って役に立つか? と言われると微妙なとこだが。まっ、ココを出たらもう私に責任は無くなるからね。適当なこと言っても平気平気。

 

「ていうかもう3枚は決めてるから。」

 

 私が持ち出すのは

 《No.000 支配者の祝福 SS-01》

 《No.017 大天使の息吹 SS-03》

 《No.065 魔女の若返り薬 S-10》

 

 の3枚である。

 大天使と若返り薬はよくある長寿セット。

 そして支配者の祝福は金策だ。

 

「最初は《金粉少女》と《聖騎士の首飾り》のコンボを考えたんだけどねー。」

 

「えっ、なんでクリア報酬までコンボするの?」

 

 だってこのゲームでは、その辺に転がっている石や木もカードにすることが出来るから。

 

「例えば《金粉少女》は入浴で一日500グラムの金粉が取れるでしょ。これを()()()()用意して()()()()放置したらどれぐらいの金が取れる?」

 

「えーと、200体ってことは一日で100キロでしょ。なら十年で……()()()トン?」

 

「正解。」

 

 そう、これを一塊の金塊に加工し一枚のカードにして持ち出す、というのが最初に考えていた案だ。

 

 「〈擬態(トランスフォーム)〉で偽装すれば、指定ポケットのカードでなくても持ち出せるんだよ。」

 

 この方法については原作でもやってたことだ。偽装の解除に《聖騎士の首飾り》がいるから二枚分の枠が必要になるが、それでもやる価値はあると思っていた。

 

「なんせ金の相場は今1グラムで5000ジェニー。

 だとすると365トンはなんと――()()()()()()()になるからね。」

 

「な、なんだってー!!?」

 

 思いついて計算してみた時はびっくりしたよ。気づいたらヨダレが垂れててやばかった。

 持ち出した金は売って良し、使ってよし、賄賂にして良し。なんなら担保にして融資を引き出しても良い。

 

 そして何よりこれだけの量があれば何時でも金相場を破壊できる。

 金関連の会社の株を空売りしてから流せば、更に大儲けできるはずだ。まぁ代わりに国の経済もボロボロになりそうだけど、その辺は政治家さんの仕事だから知ったことじゃないね!

 

「でもまぁこの方法はすぐに諦めたんだ。」

 

 一応、ゲームに入る前は第一候補だったんだけどね。

 でも問題が多すぎた。まずクリアを10年も先延ばしにするのは現実的じゃない。それにアイテムはゲインしたプレイヤーが中に居ないと停止するから、やろうとすると10年間ずっと中で生活することになってしまう。

 

 それよりはとっととクリアして別の方法で稼いだほうが良いという判断だ。

 

「そこで持っていくのは《No.000 支配者の祝福 SS-01》にしたの。」

 

 これはゲインすると城と城下町とそこに住む住人が貰えるカードだ。

 しかしぶっちゃけ城と街はどうでもいい。せいぜい数十億の価値しか無いから。

 

 重要なのは()()()で付いてくる()()()の住民の方である。

 なんせこの一万人は念によって具現化された人形。しかも私の作った法に従う、つまり絶対服従で絶対に裏切らない一万人だ。これがどれだけ破格の報酬かはちょっと想像すれば分かるだろう。

 

 例えば地下に隠し部屋を作って兵器を搬入、メンテナンスを任せれば私だけの武器庫ができちゃうし、仕事を与えれば莫大な富を生み出す事が出来る。

 仮に年収100万円の単純なアルバイトをさせたとしても、これだけの人数がいれば年()()()()の収入になる。もっと上手く使えれば更に収入は増えるだろう。

 

 そしてこのゲーム内と同じ仕様なら念人形達は食事も休憩もいらないから、無休で24時間働かせることが出来る。つまり経費はかからず、それでいて稼ぎは全て()()()()()という事だ。……夢が広がるってLVじゃねーぞ!!!

 

「ウヒヒヒヒ、沢山沢山働かせて上げるからねぇ(欲に染まった瞳」

 

「これは酷いでおじゃ。」

 

「ブラック企業ってLVじゃねーぞ。」

 

「ボクの扱いって、まだマシな方だったんだな……。」

 

 軽く周囲を見渡せばまたみんながドン引きしていた。今日ちょっと引きすぎじゃね?

 っていうか流石に人間には給料払うよ。人間にはね。でも幼女を襲う犯罪者はタダでこき使ってOK。

 

「という訳なんで、良ければこれをゲインするための拠点を探すのを手伝ってもらっていいですか? 私としてはジャポンの島を買い取ろうと思ってるんですけど。あっ、資金はちゃんと宛があるので。」

 

「そういう事なら任せるでおじゃ。」

 

「ジャポンを拠点にするなら俺サマも手伝うぜ。」

 

 よし、これで拠点にする島については見つかりそうかな。マロさんは顔が広そうだし何とかしてくれるだろう。バショウには期待してないけど。

 やはり元日本人としては拠点はジャポンにしたいと思うのだ。スシとか焼き鳥とか食べたいからね! ビールにお菓子に漫画にゲームもある!! 夜はフグチリとジャポン酒で乾杯だ!!!

 

「それからツェズゲラさんにも教えてほしいことが有りまして。」

 

「ほう、なんだね? 今更私が教えられることはそんなに無いと思うが。」

 

()税と資金()()についてです。師匠ならどっちもやってますよね?」

 

「……()税と資金()()だ。間違えるな。いいか、絶対に間違えるなよ?」

 

「はーい!」

 

 私からすればどっちも似たようなもんだけどね!! まっ、物は言いようだ。

 ツェズゲラさんならきっとこの手の事はやっていると思っていた。

 

 もしかしたら会社が必要になるかもしれないが、その時には顧問になってもらおう。やはり法律について相談出来る人は重要である。必要な経費をケチって大損したら意味ないから気をつけないとね。

 

「じゃあそろそろ出ましょうか。私はデメちゃんで()()()()()()ので皆さんは先に出ていて下さい。」

 

 これから他のプレイヤーたちの最後の行動としては、港の前で待ち構えることが予想される。

 

 しかし私は事前に所長を倒し、出る為の通行チケットはすでに入手済みだ。

 つまり後はココからログアウト用の部屋に()()ゲートで飛べばいいだけ。待ち構えている人たちは残念だろうが、これならもう他のプレイヤーに会うことはないだろう。

 

 私は全員にゲインした《挫折の弓》の矢を配り、みんながログオフしたのを見届けてから港へ向かった。

 

「ゲームクリアおめでとうございます。ではバインダーの指定ポケットからカードを3枚選んで下さい。」

 

「記念にエレナさんとイータさんの同人誌を作って売ってもいいですか?」

 

「駄目。やったら殺すわよ。……最後ぐらい大人しく出来ないの?」

 

「そういうのはちょっと、たぶん無理かなって。」

 

 私はエレナさんの案内に従いカードを3枚選んでログアウトする。最後の会話としては締まらないが、まぁ私だししょうがないだろう。自重? やつならレイザーのお尻に刺さってるよ!

 

「では私はこれで。イータさん、有難うございました。」

 

「ええ、外でも元気でね。」

 

 こうして11ヶ月に及ぶ私のグリードアイランド攻略は一旦幕を閉じた。

 ミルキの乱入を始めとしたイレギュラーも多かったが、おおよそ望んだ形でクリア出来たと言えよう。なんというか……感無量である。

 

「銀お姉さんただいま~。」

 

「おかえり。無事にクリア出来たみたいね。」

 

 現実に戻った私はゲーム機の側で待っていた銀お姉さんの胸に飛び込む。

 

 念能力、ハンターライセンス、そしてグリードアイランド。

 この世界に転生してから定めた目標は全て手に入った。でもここで終わりじゃない。

 なんせこれから拠点の作成、集めたグリードアイランドの売却と、まだまだやることは沢山あるのだから。

 

 

 ――私の物語は、まだまだこれからも続いていく!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ところで私の彼氏(シンジ)が女になってるんだけど? どういうこと??」

 

 あ っ 、 わ す れ て た !!!!




という訳でこれでGI編は終わりになります。
気づけば予定より随分と長くなってしまいました。

読んで頂き有難うございました。


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第33.5話 GI編終了時点でのステータス

主人公のデータです。参考までに。

 

■パーソナルデータ(1988年6月1日時点、GIクリア時)

 

名前:シズク=ムラサキ 年齢:10歳(1月1日生) 念系統:特質系

属性:中立・悪(自己利益優先。その為に全てを利用する)

※D&Dやメガテンでなく、Fate的な属性。メディア、玉藻の前タイプ

 

好きなもの:お金、権力 嫌いなもの:自分の邪魔をする相手 通名:血塗れ姫

貯金:5億ぐらい GI:1+22本所有 住まい:天空闘技場最上階のペントハウス

 

ステータス:筋力D(押し16トン) 耐久D(微妙) 敏捷E(ダメダメ)

      オーラ量C(28200) 幸運E(最低) 念能力C+(そこそこ)

 

一言でいうと自分勝手なクズ。あらゆる全てを利用し目的を遂げようとする。

現在はオーラ量だけはそこそこ、他は全体的に微妙。戦いは近代兵器と戦術で補っている。

なお幸運がEなのは邪神に目をつけられて一度殺されている為。

 

 

■念能力詳細

 

【金魚王の遺産/ゲート・オブ・デメキング】(特質系)

 空間を繋ぐ出目金を具現化する能力。現在は最大で全長4.5メートル。

 複数具現化も可能、ただし数に応じてサイズが小さくなる。

 

 破壊力E(攻撃能力無し) スピードC(時速60キロ) 持続力A(1日でも平気)

 射程距離D(6メートル) 精密動作性D(苦手) 成長性A(成長中)

 

 〈制約1〉ゲートは以下の方法で作った【接続ポイント】にしか繋がらない。

     ①周囲を記憶 ②念で金魚の絵を描く ③絵の上で練を30分続ける

 〈制約2〉ゲートを開くにはオーラの先払いが必要(10秒分)

 〈誓約1〉デメちゃん以外の子を作らない(実子出産、他具現化の禁止)

 

【深淵を覗く者/アクセル・マインド】(操作系)

 自身の脳を操作して思考を加速させる能力。アクセル・ワ○ルドのパクリ。3段階制。

 普段は常にLV1を発動させている。これにより他の操作系能力から脳を防護している。

 

 Lv1:ほんの少しだけ脳を活性化させる"防護用"

 Lv2:脳内麻薬を強制分泌し集中力を高める"戦闘用"

 Lv3:脳機能の一部を停止させ、思考を極限まで高速化する"切り札"

 

 〈制約1〉Lv1の発動にはペンダントが必要。

 〈制約2〉Lv2はペンダントを身に着けていた1時間に付き3分しか使えない。

 〈制約3〉Lv3を発動した場合、この能力は1週間使えなくなる。

 

 

■今までに使用した武器とか

 

闘技場編

 ・グロスフスMG42/ヒトラーの電動のこぎり

  7.62mm弾を1200/分連射できる汎用機関銃。マゾラー組の殲滅に使用

 

H試験編

 ・ウージープロ

  最新の小型サブマシンガン。H試験での対一般人用

 ・デザートイーグル

  大口径の自動拳銃。H試験での対念能力者用。役割を果たせなかったのでリストラ

 ・M81Aバレット

  12.7mm弾を使うオートマチックの対物狙撃銃。キャシャリン軍曹を倒すのに使用

 ・パッソル改

  魔改造バイク。キャシャリン軍曹への止めに自爆させられた

 

GI編

 ・M45機関銃架/ミートチョッパー

  12.7mm弾を1200/分連射できる重機関銃を4丁束ねた銃架

 ・Mk19

  グレネード(手榴弾)を40発/分連射できる自動擲弾銃

 ・RPG-7

  対戦車ロケット擲弾発射器。強盗団に向かって16発同時に使用

 ・防弾盾/バリスティックシールド

  防げるのはハンドガンまで。割られたので使い捨てに

 ・M460

  めっちゃ速い460S&Wマグナム弾を使用するリボルバー。GI中のメインウェポン

 ・C4

  粘土状の爆薬。ワクワク山賊団を村ごと吹き飛ばす為に使用

 ・ナパーム液

  10分以上燃え続ける液体。水をかけても消えない。サクサクさんを倒すのに使用

 



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ジュニアスクール編
第34話 初めてのパパ活


あらすじとタグを修正。
各話タイトルに話数を追加。
GIクリア時の主人公の設定を33.5話として記載。

新章になります。よろしくお願いします。


「お客さん、どちらまで?」

 

「ハンター協会本部ビルまでお願いします。」

 

 駅前でタクシー乗り場の列に並び、やってきた車に乗り込む。

 てんとう虫のようなマークを付けた会社の車だ。車種に高級車を使っている所を見るとかなり儲かっているらしい。

 

 今はゲームから戻ってきてちょうど一週間後。私は"スワルダニシティ"という街を訪れていた。

 

 ここはハンターハンターの選挙編でメインとなった場所であり、なんと言ってもハンター協会の本部がある。ある意味、私達ハンターにとっては世界で一番重要な街だ。

 

「うーん、来たのは初めてだけど、やっぱ賑わってるなぁ。」

 

「おっ、そうなんですかい? ここはいい街ですぜ。」

 

 タクシーの運転手さんと話しつつ、買っておいた地図を広げながら窓から外を伺う。

 片側8車線もある道路には多くの車が走っていて、歩道にも沢山の人影があった。

 

「何時もこんな感じなの?」

 

「大体はそうですぜ、なんせ協会の本部がありやすから。おかげで他の街と比べて大きな犯罪が少ない、てか滅多にありませんや。」

 

 ああ、それはそうだろう。そりゃハンターが何十人も待機してる所で馬鹿なんてやらないよね。犯罪者だってどうせなら難易度が低くて成功しやすいほうがいいだろうし。

 

「ふーん、平和なのは良いことだね。車出せなきゃ稼げないし。」

 

「ハハハ、ちげぇねぇ。」

 

 適当に返事をしつつ今度は広げた地図に目を向ける。

 

 この街はハンターとそのお客が集う、まさにハンターの為の街だ。

 そのせいか特に移動関係がコレでもかとばかりに充実している。巨大な滑走路を備えた空港に、張り巡らされた交通網、驚くことに人工の河川まで引かれているのだ。恐らくはアチコチへ移動するハンターの為だろう。

 

「そういえば(地球でも)有名な漫画家の上京を阻止するために、自治体が専用の道路を作ったなんて都市伝説があったっけ……。」

 

 しかしソレをガチでやっちゃうのがこの世界のハンターという人種である。

 地図には飛行船を緊急着陸させる為としか思えない空白スペースがアチコチに有ったり、協会のすぐ側に巨大な病院が有ったりと、まるでリアルシムシティやっちゃいました! と言わんばかりの有様だった。

 

(まぁ市長も協会の意向は無視出来ないよね。)

 

 ココまでガッツリ根幹に食い込んでると他に移られたらそれだけで街が廃れちゃうだろう。

 市長とか協会の言いなりになってそうだね。たぶん優遇して引き抜きを阻止してるんだろうな。だって協会は()()()()だから国に縛られない、つまりやろうと思えば何処にでも移れるだろうし。

 

「お客さん、もう着きますぜ。」

 

「まだ10分経ってないんですけど。」

 

 そんな事を考えていたらいつの間にか目的地の近くまで来ていた。

 外に視線を向ければ、その先にはX字を二つ並べ中央を赤く塗ったロゴを掲げる巨大なビルが見えてきた。

 

「空港から道路一本かぁ……。」

 

「迷う心配がなくてウチラとしては有り難いですがね。」

 

 一度も()()()()()()()()()事に驚きを隠せない。きっと鳥山先生もびっくりだ。

 私は急いで降りる準備を始める。着く前にも関わらず協会の権力をひしひしと感じながら。

 

 

 

 

 

■□■□■□■□■□■□

 

 

 

 

 

 本部ビルに入るとまず受付に向かった。

 内部は訪れた人たちで中々に混雑していて、途中で何人ものハンターとすれ違う。だが私を子供だと侮る人は居なかった。

 

 ハンターは全員が念の使い手、その上で各々が何らかのプロフェッショナルだ。

 歩く際の動作、重心の置き方、視線を向ける先……そして纏っているオーラから、私がただの子供では無いことを悟ってくれる。

 

 そう言えば原作でも、主人公たちを子供だからって馬鹿にするプロハンターは居なかったね。あくまで私が覚えてる範囲でだけど。

 

「お待たせ致しました。それでは部屋にご案内致します。」

 

 受付のお姉さんの案内に従って内部を歩きながら、キョロキョロと通路を見渡す。

 さすが本拠地だけあって内装は見事。その金のかかり方は恐らくその辺の銀行を上回っているだろう。

 

 床は一面がピカピカの大理石、壁も白亜の石材が使われ、良くわからない彫刻や絵が至るところに飾られていた。

 ただしそれらは恐らく芸術関係のハンターが作ったのだろう。込められているオーラにより、普通の人は畏怖のようなものを感じてしまうのではなかろうか?

 

 どこぞの地下大墳墓ではないが、これを見れば大抵は協会の力を理解()()()()()しまうだろう。

 あとは念による防御や防犯用の仕組みとかもありそう。落とし穴とか隠し部屋とか。考えたら少しワクワクしてきた。頼んだらちょっとだけ冒険させてくれないかな?

 

「こちらになります。」

 

 そうして案内された部屋、そこは驚くことに()()()だった。

 どうやらネテロ会長が直々に話を聞いてくれるらしい。暇なのかな? それとも面白そうな匂いを嗅ぎつけたのか。まぁ私としては願ったりだけどね!!

 

「会長ぉおおおおお!!!!!!!」

 

 私はノックして部屋に入ると即座にデメちゃんを具現化。

 

「おお、久しぶりじゃのぉ……っておい。」

 

 そしてそのまま会長に向かって()()()()()()

 サイズは部屋の備品を壊さないギリギリまで巨大化、更にそれを私も後ろから筋肉で押しながら突撃する。

 

 全長3メートル超えの巨大金魚+16トンの扉を開けられる私の全力プッシュだ。普通ならその衝撃によってふっ飛ばされ、壁に叩きつけられてペシャンコになるだろう。

 

 しかし――

 

「うわっ、全然動かない!! 会長ぱないッ!!」

 

「……挨拶にしてはちと過激すぎじゃないかのぉ。」

 

 それでも会長はビクともしなかった。

 ()()でデメちゃんを受け、まるで巨大な山のごとくその場から一ミリも動かずに静止している。私は更に力を込めるが、しかしどれだけ押し込もうとしても微塵も揺るがない。うーん、ちょっとぐらい動かせると思ったんだけど残念。

 

「見た目は完全におじいちゃんなのにすごすぎない?」

 

「ちょ、ちょっとシズクさん何やってるんですか!?」

 

 私の凶行に会長秘書のビーンズさんが慌てる。

 あっ、居たんだ。でもこんなの会長にとっては何てことないだろう。この人は伊達に世界最強の念能力者なんて呼ばれていない。というかこの程度で慌てるようでは、きっとハンター達の長など務まらないのだ。

 

「今の私の実力を見て貰いたかった……。あっ、もしくは単に子供がじゃれ付いたってことで。」

 

「……はぁ~、お主は相変わらずのようじゃのぉ。」

 

「いいんですか会長?」

 

「まっ、確かにこの程度は子供の悪戯みたいなもんじゃ。」

 

「てへ☆ぺろ。」

 

 この安心感よ。私が言うのもなんだけど、こうして力をぶつけられる相手って貴重だよね。

 私は前世を覚えてるから精神は完全に大人だけど、それでも()()()()()は10歳だからね。使えるものは何でも使わなきゃ。

 

 という訳で久しぶりの挨拶も終わったのでデメちゃんを小さくする。大体50センチぐらいだ。今度はそれを()()()()に宙に浮かべる。

 

「ほほう、それほどの数を一度に具現化できるようになりおったか。」

 

「フフフ、これだけじゃありませんよ? なんと()()、念空間経由で瞬間移動が出来るようになったんです!!」

 

「……まじで?」

 

 おっ、流石にこれはちょっと驚いてくれた。こっそり抜け出す算段でも考えたのかな? 後で会長室にも【接続ポイント】を作っていいか聞いてみよう。

 

「マジですマジです。何ならどこか行ってみますか? 天空闘技場でもククルーマウンテンでもマーキング済みのところならどこでも飛べますよ。」

 

「ソレが本当なら便利そうじゃな。しかしなぜそれをワシにバラす?」

 

「話しておけば美味しい仕事を回してもらえるかなって。」

 

 こっそり何処かに行きたい時、あるいは要人や危険物の輸送等、瞬間移動は幾らでも使い道がある。だからこうして話しているのだ。

 それに会長なら言いふらしたりしないだろうし、何よりも操作系に操られるなんて無いだろうからね。ビーンズさんはオマケ。

 

「あとこうして話せば代わりに【百式観音】を見せてくれるかなって。……山に籠もって毎日一万回、感謝の正拳突きをしたんですよね?」

 

「うーむ、そこまでバレてるおるなら一度ぐらい見せてやってもよいが……どうやって知ったのかも話してもらうぞ? まぁその前にグリードアイランドの件が先じゃな。」

 

 よっし、言質を取った! コレでついに【百式観音】が見れるぞ!!

 

「では詳しい話の聞き取りを始めます。あと向こうにある書類に記入もお願いしますね。」

 

「書類?」

 

 ビーンズさんに促されて隅のテーブルに目を向ける。

 そこには私の為に用意されたであろう大量の書類が待っていた。

 

 あれ、認定って報告して終わりじゃないの? なんか大学の卒論みたいな数のレポート用紙が積まれているんですけど?

 

「あの、毎回こんなに書類書くんですか?」

 

「いや普段はここまではせん。どんなハントであれ目に見える形で成果が残るからの。じゃが……」

 

「今回はゲームのハントということで、クリア確認に時間が掛かりますので。」

 

 あー、そういうことか。しかし言われてみればその通りだ。

 

 クリアしたと言っても私が提出出来る物なんてROMカードぐらいしかない。

 しかしROMカードの中のデータなんて幾らでも複製できるから証拠にはならない。

 クリア報酬の3枚のカード? あれは他人に見せる気はないし、見せてもそれが本当にそうか分からない。それお前の念能力じゃね? って言われたらどうしようもないよね。

 

「これが普通に運営されているゲームであれば電話で済むのですが。」

 

 グリードアイランドは中に入らないと運営と連絡は取れないね。

 しかも入っても必ず会えるとは限らないし、更にゲームから戻ってくるにはある程度の戦闘力が必要だ。……うん、めっちゃ面倒だわ。

 

「そういう訳じゃ。では分かった所でちゃっちゃと済ますとするかの。」

 

「しょうがないにゃぁ。」

 

 私は会長達にゲームの話をしつつ用紙にペンを走らせる。

 最低でもスタート地点から港までの地理と脱出方法、そしてクリア時に訪れたゲームマスターがいるお城辺りは書かなければならないだろう。

 まぁカードの詳細やイベント、クリア報酬については秘密にするけどね。まっ、クリアを確認して戻ってこれそうなら問題ないはずだ。

 

「ところで"プーリン"というプレイヤー名はどういう意味なんじゃ?」

 

 えっ、そこも説明するの? ……これちょっと恥ずかしいかも。

 

 

 

 

 

■□■□■□■□■□■□

 

 

 

 

 

 

 聞き取りが終わったので協会ビル地下の訓練場で会長と向かい合う。

 普段なら誰かしら訓練している人がいるらしいが、今は会長権限で私達の貸し切りだ。

 

「地下とはいえビルの中で大丈夫なんですか?」

 

 建物の中で念能力を使うって危ないのでは? 人によってはやばい能力作ってたりするだろうし。ウヴォーギン連れてきて【超破壊拳】を撃たせたらビル崩壊しそう。

 

「それなら安心せい、ココは特別頑丈に作られておる。それこそミサイルをダース単位で撃たれでもせん限りビルに影響はないわい。」

 

 ふむふむ、誰かが念で強化しているのだろうか。それとも壁紙の裏にびっしり神字が書かれているのかな? ……想像したら呪いの部屋みたいだね。落ち着かないからこれから作る予定の拠点で真似るのは止めておこう。

 

「しかし人型サイズのキメラアントとは、どうにも穏やかじゃないのぉ。」

 

「そうなんですよ、もう嫌になっちゃいますよね~。」

 

 ちなみに情報の入手方法に付いては予知能力ということにした。

 私は特質系ですよー、自分が未来で体験する事を夢で見ますよー、だから全部が分かる訳じゃありませんよー、という良くあるお決まりのパターンである。

 

 ただし全てを正直に話した訳ではない。

 会長が蟻の王と戦い薔薇で自爆したまではそのまま、だがその後に王が復活し()()()()()()()、という風に結末は変えさせてもらった。

 

 戦いたがりの会長も流石に人類が滅亡するとなれば、王が生まれる前の()()()()に賛成してくれるだろう。チート蟻の女王には上陸してすぐに死んでもらう。この大陸にお前の席ねーから!

 

「それじゃあ早速お願いします。」

 

「会長、殺さないように気をつけてくださいね。」

 

「言われんでも分かっておるわい。」

 

 さてそういう訳でこれから念願の【百式観音】を経験する訳だが、もちろん黙って殴られるつもりはない。

 

 そもそも【百式観音】とはハンター世界最強の念能力である。

 推定5メートル超えの巨大な観音様を具現化(変化?)し、相手を手でぶっ叩く。言葉にすればシンプルだが、しかしその速度と威力がとにかくハンパない。

 

 ポケモンで例えれば威力250で優先度+10の格闘技ってところだろう。

 もちろんゴーストタイプにも当たるし攻撃回数は1~99回。もうココまで来ると諦めるしか無い完全なぶっ壊れ技だよね。

 思考停止して適当にポチポチ繰り出すだけで大抵の相手は完封できてしまう、そんな恐ろしい能力である。

 

 そしてそんな技を私は自分から望んで受けようとしている。

 もちろん自殺したいわけではなく、これには複数の事情がある。

 

 まぁ一番大きい理由は原作ファンとしての興味だけどね。

 アイドルとの握手券目当てに身銭を切ってCDを買い漁るファンのように、私もたとえ怪我をする事になろうと、どうしても体験してみたかった。……握手するにはちょっと相手の手が大きすぎるけど。

 

 そしてもう一つは自身の成長の為。

 私の念能力はぶっちゃけ行き詰まってる。固有の【発】として【金魚王の遺産(ゲート・オブ・デメキング)】【深淵を覗く者(アクセル・マインド)】を持っているが、この先の成長プランが浮かばないのだ。今のままではデメちゃんが多少大きくなるぐらいしか変わらないだろう。

 

 キルアが【電光石火】【疾風迅雷】を、ゴン君が【あいこ】によるジャジャン拳の連発を思いついたように、私の力ももっとすごい応用方法がありそうな()()はある。しかし幾ら考えても思いつかなかった。

 

 なのでもう荒療治だ。

 念能力は超常の能力であるが、そこには大抵しっかり理屈と仕組みが存在する。なので【百式観音】を少しでも理解できれば、自身を成長させる何かを掴めるのではないかと思ったのだ。

 百聞は一見にしかずという言葉があるように、グダグダ考えるより一度体験してみた方が良い場合も多い。

 

「ではこっちも準備しますね。」

 

 もちろんバカ正直にそのまま受けたりはしない。

 仮に受けたら間違いなく一発でグチャグチャになるからね。蟻の王以外で生身で耐えられるのはゴンさんぐらいだろう。

 

 そんな訳ですぐに3メートルのデメちゃんを具現化し、ゲートから特注の盾を取り出す。

 

「ふむ、物も出し入れできるのか……本当に便利そうじゃの。」

 

「ふふふ、でっしょー。でも貸しませんよ?」

 

 コレはこの時のために用意した高さ2メートル、厚さ100ミリの鋼板。……早い話が戦車の装甲板だ。

 

 流石の【百式観音】と言えども、これならきっと耐えることが出来るだろう。対策としてガチガチに防御を固めるのが有効なのは原作で蟻の王が証明してくれたからね。

 

「っしゃー、ばっちこーい!!」

 

 私はその特製の盾を前に構え、デメちゃんの体をUの字に曲げ周囲をガードさせた。

 恐らく来るであろう壱の手――上からの手刀、に対してこの二つをつっかえ棒にすることで身を守る算段である。

 

「本当に撃っていいんじゃな? ……ではいくぞい。」

 

 そしてついにドキドキ【百式観音】体験が始まった。

 目の前で会長が両の手のひらを合わせようとする。発動条件である感謝である。

 

 私はどんな小さなことでも見逃すまいと【深淵を覗く者(アクセル・マインド)】LV2を発動して思考速度を上げていたが、もうこの時点で時間の感覚がおかしかった。

 

 ――()()()()()()()()()

 

 会長の動作ははっきり見えるのに、自分の体は全く動かない。

 

 強いて言うならジョジョ3部でディオと戦ってた承太郎みたいな感じだ。

 時間を止められて動けないけど、何故か相手を認識して動きを追うことだけは出来る、そんな状態である。うん、ちょっと何が起こってるのかマジで分からない。

 

 そしてついに会長の両手が合わされる。

 その瞬間、後ろに出現する巨大な像。百本の手を持ち血涙を流す黄金の観音様だ。超かっけぇええええ!!!!

 しかし一体何時現れたのか分からなかった。気づいたら居たって感じだ。今度はディアボロのキングクリムゾンかな?

 

 そのまま会長の手の動きに合わせて振り下ろされた観音様の手刀――チョップによってデメちゃんが一瞬で破裂し、前に構えた金属盾がグニョンと飴のように凹む。

 

 ――ふぁっ!?

 

 さらに百式観音の手刀は私めがけて降り注ぐ。まるで魚を捌く板前さんの包丁のように勢いを衰えさせないまま。ちょっと想定より威力が大分強いんですけどォ!!?

 

 ――あっ、これ無理だわ。

 

 私は脳裏に死を連想し、衝撃と共に意識を失った。

 

 

 

 

 

■□■□■□■□■□■□

 

 

 

 

 

 ――ハンター協会本部を訪れてから二週間後。

 

「失礼します。本日面会予定のシズク=ムラサキです。バッテラさんはいらっしゃいますか?」

 

「シズク様ですね、お待ちしておりました。ご連絡いたしますので少々お待ち下さい。」

 

 無事にグリード・アイランドのクリアが認定され、協会の電脳ページで告知されたので早速バッテラさんに連絡を取ってみた。

 

 ゲームを売りたい旨を伝えるとすぐに折り返し連絡がきた。

 普通なら詐欺を疑うだろうけど、私はちゃんと天空闘技場の最上階から()()()()で掛けたからね。

 ここに住めるのはバトルオリンピアの優勝者だけ、つまりココから掛けられるのは私だけという事だ。そしてそれは調べればすぐに分かる。

 

 それからすぐに会うことが決まり、こうして私はバッテラさんが指定したホテルの部屋を訪れたという訳だ。

 ホテルで年上のおじさんにお強請り(弱みにつけ込む)してお金を巻き上げる(億単位)って、すごく派手なパパ活だね。だが私はやりきってみせるぞ!!

 

「やぁ待たせてしまったかな? よく来てくれた。」

 

「お会いできて光栄です。ご存知だと思いますがプロハンターで天空闘技場のチャンピオンでグリードアイランド唯一のクリア者のシズク=ムラサキです。今日はよろしくお願いします。」

 

 もちろんアピールは欠かさない。こうして並べると私の経歴って結構すごいな。小さい頃(0歳)から頑張ったかいがあった。

 

 通された部屋で挨拶し、勧められたソファーに座る。

 上等な毛で作られた高級なソファーだ。フワフワしてるし肌触りも最高。商談が成功したら帰りに買っていこう。

 

 正面の椅子にはバッテラさん本人が座り、その隣に秘書、そして後ろには護衛の人たちがずらずらと並んでいた。念能力者も3人いる。パパ活会場にしては物々しすぎない?

 

「ところで何やらボロボロだが大丈夫かね? やはりグリードアイランドはそれほど厳しいゲームなのかな?」

 

「あっ、この怪我はゲームと無関係なのでお構いなく。ちょっとネテロ会長に(自分から望んで)やられただけなので。ハハハ、(ガードを固めて)棒立ちしてたら、(一瞬で)何も出来ずにボコボコにされちゃいましたよ。」

 

「そ、そうか。(無抵抗の幼女を殴るだと!? ネテロ会長と言えば高潔な武人と聞いていたが……噂は当てにならんな。)」

 

 おっと、コッチの身を心配する振りをしていきなり探りを入れてきたか。とりあえず全部会長のせいにしたろ。全く、こんなカワイイ幼女をボロボロにしやがって。

 

 バッテラさんに指摘された通り、現在の私は結構な怪我を負ってる。

 右手が2箇所も折れてるし、肋骨も3箇所骨折していて、亀裂が7箇所入っている。その他にも色々ある。デメちゃんと盾一枚で【百式観音】に挑んだ結果がこのザマである。

 

 とは言えアレに殴られて頭がぱっくり割れなかっただけマシだろう。特製の盾とデメちゃんが無かったら体が爆散してたかもしれない。それほどの衝撃だった。

 

「それでグリードアイランドを売ってくれるという事だったが。」

 

「はい、一本250億でどうですか?」

 

 もちろん額は吹っかける。

 現在バッテラさんは電脳ネットで1本170億、クリアデータ入りのROMカードを500億で募集している。ということは原作と同じく恋人さんは寝たきりで、それを直す為のアイテムをグリードアイランドに求めているという事だ。

 

 ならば売買の主導権は私にある。

 彼は恋人の為に全てを賭けていて、情報封鎖の為にもゲームは全て買い占めるつもりだからだ。

 つまり前提としてバッテラさんには()()()()という選択肢がないのだ。これはジャンケンでパーを使わずに勝負するようなもの。

 

 だが忘れてはいけない、相手は経済界を牽引する歴戦の雄。恐らく一挙一動を理由にあの手この手で値切ってくるはず、気合を入れてぼったくらなければ。

 

 ……やってみろよ、私! (原作知識で)何とでもなるはずだ!!

 

「少し高くないかね? 私がネット上で募集している額は知っていると思うが。」

 

「実は購入したいという方が他に何人かいまして。協会からも購入したいと言われております。」

 

「ほう。」

 

 私のブラフにバッテラさんの眼が鋭くなる。本当かどうか慎重に私を図っているのだろう。まっ、そんなの居ないけどね!!

 

「それとその方たちはゲーム内の情報も欲しいようでして。セットでこの値段となっております。ただ私としては商売敵のハンターよりは他の人に譲りたいと思っておりまして。今回はまずバッテラさんに声をかけさせて頂きました。」

 

「……確かに協会公認クリア者の情報となれば信憑性は高い。先に聞いておきたいのだがそのゲーム内情報とはどの程度かね? よければ差し支えない範囲で教えてほしいのだが。」

 

「えーと、まずクリアに必要なカード100種と呪文カード40種の詳細ですね。それからランクSSカード5枚の取得イベント。あとは全ての街の場所が記載されている地図もお付けします。そして最後がゲームからの脱出方法とクリア報酬です。まぁちょっとした攻略本程度の情報ですね。」

 

「マップ・データ・イベント……まさにゲームの攻略本だな。だが私が1本170億で募集していることは知っているだろう? 流石に情報だけで80億は高すぎないかね?」

 

 高すぎると思いまーす!! まぁ+80億は無いよね。どう考えてもボッタクリすぎだわ。しかもこれ半分は本で読んだ情報だし。元は数千円(コミック数冊)ぐらい?

 

「では幾らぐらいで?」

 

 でもここであっさり値下げするシズクちゃんじゃない。

 私をただの子供だと思うなよ? これでも前世では言葉が通じない外人相手に交渉(物理)してたんだ。もっとギリギリまで粘ってみせる(キリッ

 

「……200億でどうだろう?」

 

「売ります。」

 

 はい売った―!!! ()()()()()()とか神か。

 えっ、ぎりぎりまで粘る? ハハハ、会社経営してるガチの億万長者(資産数千億)相手になんちゃって交渉術なんて役に立つ訳ないんだなこれが。それにコレはまだただのジャブ、()()()()()()()()この辺が落としどころだろう。

 

「ではこれが契約書だ。金はゲームが本物だと分かり次第振り込もう。」

 

「オッケーです。」

 

 私は差し出された書類を読んでサインする。

 続けてバッテラさんの後ろにスタンバってた念能力者がゲームを実行し、体が消えると本物だと判断されてお金が振り込まれた。よし、これで最低200億は確保出来た。

 

「では早速グリードアイランド内の事を教えて欲しい。このゲームは生きて戻ってきた者がほとんど居ないせいで情報が少なくてね。内部のプレイヤーたちはどんな感じかね?」

 

「そうですね覚えてる範囲だと……はっちゃけてる人が多かったです。」

 

 いきなり呪文撃ってくるぐらいなら可愛い方だったな。参加したのはオープンすぐだったとは言え、余りにも変態が多かった気がする。

 

「ふむ、多少ハメを外してしまったという事かな?」

 

「いえ例えば下半身丸出しで歩いてる人だとか、

 脇を舐めようとして女性を追いかけてる人だとか、

 匂いをかぐためにショタを探している人だとかが居ました。」

 

「そ、そうか……」

 

 ちなみにあの変態3人組はとっくにゲームから脱出してる。

 プレイヤーが残ってると売りづらいので強制的に出てもらったのだ。きっと今頃は現実でこっそり変態行為を続けているだろう。

 

「あとはギャグボール付けて転がってた人とか、

 アイテムで性転換して女になったチンピラとか、

 酒場で絶頂しすぎて赤玉出して気絶した海賊とか、

 スポーツの試合中に顔射されて切れた船長とかもいました。」

 

「……どうやら予想以上に厳しいゲームのようだな。」

 

 私の言葉を聞いたバッテラさんの顔付きが微妙に変化した。

 恐らく彼の中でグリードアイランドはデスゲーム(ガチ)からデスゲーム(同人エロゲ)に変化してしまったのだ。本当にクリアで恋人が助かるのか不安になったのかな。

 

 しかしこうして思い出すと碌なのが居ねぇな。

 山奥に引きこもって自分のクマと戯れてたサクサクさんはまだまともな方だったんやなって。

 

「ランクSSのカードは取るのが難しいのかね?」

 

「そうですね、森の中で5メートル以上の巨大クマが襲ってきたりします。」

 

「参考までに聞きたいのだがどうやって倒したのだね?」

 

「ナパームで森ごと焼き払いました。」

 

「えっ」

 

 あれは普通に戦ったら厳しかったな。2週目は炎無しで戦ってみたけど、あの念獣のクマ野郎、なんか自動修復機能が付いてて銃撃じゃ大したダメージにならなかったし。

 サクサクさんも2週目からは酸素ボンベ背負ってやがった。山の中でお互いにダイビング装備で戦うとかシュールすぎた。

 

「あと海賊を追い払う時は根城の空調に催涙ガスを仕込んだりしました。」

 

「そんな事して大丈夫なのかね?」

 

「平気ですよ、だってゲームですから。NPCは街に入り直したら復活してますし、燃やした森も次に見たときには戻ってました。」

 

 まぁもうこの方法は対策されてるだろうけどね。きっと海賊さんたちは必死に灯台の設備を見直してることだろう。

 

「でもグレーな方法は禁止にするって言ってたのでもう使えませんけどね。」

 

「それは誰が?」

 

「ゲームマスターです。あっ、写真あるけど見ますか? クリア時に呼ばれた城で撮ったんですけど。」

 

「拝見しよう。」

 

 ……こんな感じで私はバッテラさんにゲームの事を話した。

 あとは取っておいた写真から起こした攻略本を渡して売買は完了である。

 

「では今のお話とその他のデータについてはコチラに纏めてありますので。何か有りましたらご連絡を下さい。」

 

「有意義な取引だった。感謝する。」

 

 私とバッテラさんは握手を交わす。ここまではまずまずだ。

 

「それでキミはこれからどうするつもりかね? 良ければ私の方から頼みたい仕事があるのだが……。」

 

「ごめんなさい、この後は埋まっておりまして。……まずは()()()とのグリードアイランドの売買交渉の予定がありますので。」

 

「……どういうことだ?」

 

 おっと、()と聞いてバッテラさんの顔色が変わったぞ。

 

「あれっ、言ってませんでしたっけ? 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 私が持ってるグリードアイランド、全部で()()本ですよ?」

 

「…………はっ?」

 

 驚いて固まったバッテラさんに向けて、私はニッコリと笑う。さぁ、ココからが本番だ!!!

 

 

 

 

 

■□■□■□■□■□■□

 

 

 

 

 

 っしゃー!! 自分用に3本残して全部売れたぁ!!! もちろん一本200億だ。

 

「有難うございました―!」

 

 私はバッテラさんにお礼を言いつつ部屋から出る。

 

 所持数をバラした時のバッテラさんは苦虫を噛み潰したような顔をしていたけど、まぁ買うしか無いよね。だって買わなかったらせっかく手を回して止めてる情報が流出しちゃうからね~!! くーっくっくっく!! 全部お買い上げで4000億ッ!!!!

 

 あぁ~、ニヤニヤが止まらないんじゃぁ~~~。

 

 なんか不意打ちみたいになっちゃったけど、手札を隠しておくなんて当たり前のことだからね。向こうは情報収集に自信があったんだろうけど、流石にゲームを経由した取引(強制)は掴めていなかったみたいだ。

 

 これで後はこの人がプレイヤーを集めてくれるだろう。

 原作みたいに大人数のハメ組が出来るかは分からないが、複数のグループが鎬を削るのは間違いない。とすれば時間が経つほどギスギスオンラインが酷くなるはず。

 

 そうなればクリア間近に()()()()()()()()()()隙も出来る。私は無理だが知り合いにクリアさせるのは可能なんだよね。もしくは私がプレイヤーを雇っても良い。

 

 えっ、恋人さんは助けないのかって? 

 そんな事したら()()()()()()()()()()()()じゃん。

 

 確かに私のゲートなら恋人さんをゲーム内に連れてって大天使を使うことも可能だろう。でもバッテラさんは最後まで恋人の事は話してくれなかった。

 ていうか恋人の事を悟られないようにする為か、《大天使の息吹》どころかクリア報酬についてすら聞かれなかったし。まぁこの二つについては攻略本に乗せてるから後で文句言われたりはしないだろうけどね。

 

 でも向こうがコチラを信用しなかったのだから、コチラが無理やり踏み入ってまで相手を助ける必要はないよね。

 

 それに人は感情の生き物だ。手を伸ばしても場合によって感謝の()()()が違ってくる。

 例えば100メートルの崖下にロープで吊るされてる時、最初の50メートルを引き上げてくれた人の顔はすぐ忘れる。でも最後に手を取って引き上げてくれた人の事は絶対に忘れない。たとえその人が引き上げたのがたった50センチだけでも。

 

 という訳で助けるのはギリギリまで待つ。

 原作通りなら恋人さんは2000年までは生きてる事はほぼ確定しているからね。まぁ別に助けるのは私じゃなくても良いし。

 

 ゲートを使ったゲーム内外への移動は一度も試さず温存している、だからまだ対策はされていないはず。私はクリア報酬で《大天使の息吹》を持ち出してるけど、それとは別に一度だけなら無理やり大天使を使えるということ。隠札としては破格の切り札だ。

 

「さてと、お金は手に入ったし、これからどうするかな……。」

 

 私はホテルから出て道を歩きながら、頭の中でこれからやるべき事をリストアップする。

 

 まずは拠点にする島の購入。

 これはマロさん待ちだ。出来れば早めに連絡が欲しいね。

 

 次に兵器のアップデート。だけどこれも運搬の関係で拠点を作ってから買うべきだろう。ガトリング砲に多連装ロケット、そしてミサイル……今から楽しみだ。

 

 それから神字も覚えたい。

 神字とは念を補助する為の文字で、言わば自転車における補助輪のようなもの。これだけで【発】のような効果は使えないが、それでも苦手な分野を補うことは出来る。

 

 今までは忙しくて手を出せなかったけど、色々と便利そうなのでぜひ習得したいね。

 銃に刻んで強化すればもっと強力な火薬を使えるようになるだろうし、もういっそ専用武器を作ってもいいかも。ハンター協会に頼めば大丈夫かな?

 

 あとはナニカにお願いするための生贄も用意しとかないとね。

 ナニカは1つお願いを叶えてもらうと、代わりに3つおねだりしてくる。最初から仕様が分かってるんだから、遠慮なく使わなきゃもったいない。

 

 確かミルキの『代わりにこいつ殺して』のおねだり失敗が13人死亡。

 執事の『億万長者(4億円)』が67人ねじ切れだ。だから200人ぐらい用意しとけば足りるだろう。

 出来るだけ賞金首の強盗団なんかを捕まえておこう。トップだけ殺して換金し、残りは死んだことにして生かしておけば問題ないはずだ。

 

 そして原作キャラへの対応。

 まずはパッと思いついたのは主人公4人組の一人――レオリオ。

 彼は親友が治療費を払えず亡くなったことでハンターを目指した。ならばその親友を救えば味方に引き込めるのではなかろうか?

 

 今の内に場所を調べておいて、死ぬ寸前で手を差し伸べればきっと感謝してくれるだろう。義理堅い彼はハンターでも医者でも役に立つ。

 

 次にクラピカ。同じく主人公4人組の一人だ、だがこっちは放っておく。

 関わりのない民族を無償で助ける義理なんて無いからね。それに幻影旅団が襲撃すれば、その後の展開で私以外に()()()()()が居るかが分かる。

 

 原作試験時にクラピカが死んでいたら旅団の関係者にいる。

 最初からクラピカが念を覚えていたらクルタ族の関係者にいる。

 つまりクラピカはトリッパーを釣り出す為の()()()だ。放っておくほうが私には都合がいい。

 

 それからネオン=ノストラード、こいつには()()()()()()

 すでにこの世界の流れは変わり始めている。時間が経てば経つほど原作知識は当てにならなくなるだろう。

 そんな中で未来が分かる能力なんてのは邪魔でしかない。ほっといたらダメな父親が顧客増やしまくってアチコチに影響及ぼすようになるからね。

 

 本人も占いが無かったらただのワガママお嬢様だし。うん、ぶっ殺すしかねぇわ。

 占いで予知されるんじゃね? と思うが抜け道は有る。彼女の占いは100%当たるが()()()()()()()()()しか分からない。

 つまり2月1日0時5分に死ぬとしても1月の占いには出ないのだ。なので恐らく月が変わった瞬間に狙えば何も出来ないはず。

 

 そして最後はメンチ。

 私がダブルハンターになる為には弟子が星を取ることが必要だ。しかし普通ならそんな簡単に才能のある人材なんて見つからない。

 けど私には一人だけ宛がある。それが原作二巻で登場したシングルの美食ハンター――メンチちゃんだ。

 

 彼女は1999年に21歳だとはっきり明記されている。

 つまり私とほぼ同い年で現在は10歳だ。ならば今の内に弟子にしてしまえば良い。念を教えて料理に必要な物を支援しておけば、後は勝手に星を取ってくれるだろう。まぁ駄目でも私の専用コックとして雇えば良いし。

 

 という訳で、まとめるとこんな感じかな。

 ・本拠地の作成(島購入)

 ・兵器の購入(軍用品)

 ・神字の学習(専用武器の作成)

 ・ナニカ用の生贄確保(目標200人)

 ・人探し(レオリオ、ネオン、メンチ)

 

「こうして考えると、やること沢山あるなぁ。」

 

 まぁ一つずつやっていけば良いだろう。

 幸い金は腐るほど手に入ったし時間もある。

 

 まずはメンチちゃんを探し出してお近づきになるところから。

 そのためには……

 

「――小学校に入学しよう。」

 

 10歳ならきっと学校に通ってるはず。まずは同学年としてアピールだ!!

 




という訳で小学校編になります。
教師陣の胃は破裂しそう。ついでに校舎と保護者も。

後本文には関係ありませんが、まとめて濁点を振る方法に今更気づきましたorz
説明書はちゃんと読まないとダメですね。


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第35話 エロジュース学園

学園編(メンチちゃんを堕とすエロゲ)はっじまっるよー!
邪魔な子はマネーパワーで(強制)転校だ!!
※非ログインでも感想書けるように変更しました。


 バッテラおじさんとのパパ活から二週間後。

 私はメンチちゃんの通う学校を突き止め、無事に入学へと漕ぎ着けていた。

 

「ここがあの女(メンチちゃん)のハウス(学校)ね。」

 

 門の手前から中にそびえ立つ4階建ての校舎を見上げる。

 お城を模したデザインの建物だ。外壁は白い石造、端の方には塔まである。なんでも元々は王族が通うために作られた学校だとかで、結構な古い歴史を持つらしい。

 

「表に出せない不祥事も沢山溜まってそうだね。」

 

 校名は"()リート・()イヤル・()()ニア・()()ル"。

 直訳すれば優秀な王族の小学校という意味になる。通称は"エロジュース学園"。……理事長はエルフの姫騎士かな? 水道管に媚薬が流れてそう。だが街の人からは意外と親しまれているようだ。

 

「やっぱ王族とエロスの組み合わせは、何時の時代も人を引きつけるんやなって。」

 

 そんな元王族用学校も今は試験さえ突破出来れば、誰でも入学出来るようになっていた。

 そこで私は()()()()()()()()()入学試験をクリアした。ここでハンターライセンスを使うと大事になりそうだからね。

 

 国民バンクに登録されているDNAを調べられれば一発でバレてしまうが、たかが子供一人の入学でそこまでやることは無いので大丈夫だろう。

 

 そして今日がその入学日。時期的には微妙なタイミングになってしまったが、まぁその分だけ目立てると考えれば良いだろう。

 学期の途中に入ってくる転校生はチヤホヤされると相場が決まっているのだ。そこにシズクちゃんのプリティフェイスが加われば、10歳の子供など一網打尽に違いない。

 

「待っててねメンチちゃん、私がしっかりと育ててあげるから!!」

 

 私は校門をくぐり職員室に向かって歩き出す。

 その先に待っている担任とクラスメイト(おもちゃたち)に思いを馳せながら。

 

 

 

 

()()が転校してきた"孤児"か。」

 

()()が私の担任になる"教師"ね。」

 

 職員室で挨拶を済ませた私は早速、担任による洗礼を浴びていた。

 

 目の前にいるのはものすごく神経質そうな男性教師。室内にも関わらず赤い丸サングラスを掛けているツルッパゲだ。名前は"バズク=オムム"。毒ガスで大量虐殺しそうな名前である。

 

「チッ、やはり孤児では言葉の使い方すら分からんか。」

 

 コイツは最初から侮蔑を隠そうともせず、"孤児"を強調して見下した態度を取ってきた。孤児の子に出し抜かれたトラウマでもあるのかな? ……しかし間違いない、これはクソ教師!! なので私も相応の態度を取る。

 

「まったくなぜ貴様のようなモノが私のクラスなのだ。」

 

「……はぁ、そんな事も分からないの?」

 

「何?」

 

 それはね、私が裏から手を回したからだよ!!

 

 せっかくここまで来たのに別のクラスじゃ意味がないからね。

 なので職員の一人に鼻薬を嗅がせて編入先は改ざんしておいた。これでスクール水着みたいな服でドンパチやる小説のセカンド幼馴染みたいに、転校したけど別クラスなんてアホな事にはならない。

 

「てか言葉使いは先程の先生の真似ですけど。あれっ、ってことは先生って孤児以下なのでは?」

 

「なんだと貴様、孤児の分際で! この私を侮辱するつもりかッ!!」

 

 という訳で金は遠慮なく使う。せっかく大金を手に入れたんだから、介入出来る所はガンガン行かないとね! 操作系の念能力なんて無くたって、金でぶん殴れば大抵の人間は言うことを聞いてくれるのだ。

 

「てかクラス配置の理由が知りたかったら校長に聞けば良いのでは? それともそんな事も判断出来ないの? あっ、そうか信用がないから教えてもらえないんだ。うわっ、はずかしー!」

 

「き、貴様ぁ! あまり調子に乗るなよ――ッ!!」

 

 でもそれはそれとして大人を正論で殴るのもたーのしー!!

 

 掴みかかってきた手をひょいっと避ける。念無しでも余裕で避けられちゃう遅さだ。

 まぁ傍から見れば完全にクソガキムーブだけどね。でもコイツは無能そうだから扱いはこんなんでいいや。

 

 ぶっちゃけこの学校で興味あるのってメンチちゃんだけだし? 駄目そうなのは急に湧いてきた海の軽石みたいな扱いでいいでしょ(適当

 

「よーし! じゃあ早速ファーストコンタクトに行ってみよう!!」

 

「おい貴様っ、勝手にどこに行くつもりだ!? まだ話は終わってないぞ!!!」

 

 私はピーピー喚く担任を無視して廊下に出て、教室に向かって移動を開始する。

 すでに校舎の全体図から名簿まで入手済みなので迷うことはない。更にこの教師やクラスメイトについても情報屋を雇って調査中だ。なので情報はおいおい集まってくるだろう。フフフ、どんなネタが上がってくるか今から楽しみだね!!

 

 

 

 

 

■□■□■□■□■□■□

 

 

 

 

 

「シズク=()()()()()()です。本日よりこのZクラスに編入になりました。よろしくね。」

 

「何かの間違いでこのZクラスの一員になった孤児上がりだ。……みな()()()するように。」

 

 教室に入った私は教壇の前で自己紹介を行う。ちなみにこの名字は買った戸籍のものだ。

 そのままざっとクラスを見渡せば、そこに居るのは20人の子どもたち。その全員が女子である。

 

 ここは共学だったはずなので、おそらくは意図的に集められた子達なのだろう。

 全身から私は特別なんだ! という雰囲気を醸し出している子が多いから、金持ちか権力者の子供の隔離場って所かな? もしくは邪魔だと思われてる子とか。

 

 ……悪い意味で特別なクラスっぽいね。

 とすると担任の言った()()()も裏の意図が込められていそう。

 

「貴様の席は空いているあそこだ。」

 

「えっ、好きな所に座れって? じゃあ遠慮なく。」

 

「少しは話を聞けッ!!」

 

 私は用意されていた机と椅子を()()()()()()()()、メンチちゃんの横に無理やり居座る。窓際一番奥の隣だ。元から空いてた場所なせいか誰にも反対されなかった。

 

「これからよろしくね、メンチちゃん!!」

 

 そしてついにエンカウント!! 私に星をくれる(予定)のメンチちゃんだ!!

 

 今の彼女は緑色の髪を肩口で切り揃えていて、薄青色のワンピースを着ていた。見た目は良家のお嬢様といった感じである。原作と雰囲気違いすぎィ!!

 

「う、うん……あれっ、私の名前って教えたっけ?」

 

「まぁまぁ名前なんていいじゃん。」

 

 こっちは前世から知ってるんだよなぁ。ついでにムチムチボディになることも!

 

 でもこの子がどうしたら原作の格好になるのだろう? 将来はヒトデみたいな髪型に、スケスケの網Tシャツ+ブルマみたいな短パンの痴女になるよ! って言っても誰も信じそうにないね。

 

「それより一つ聞きたいんだけど良い?」

 

「えっと、……なに?」

 

 さてそんな彼女だが、現在はちょっと面白い事になっていた。

 原作のイケイケどんどん感はまったくなく、逆にコチラの言動にビクビクし、しきりに周囲をキョロキョロしているのだ。

 

 俯いて声も小さいし、何かを必死に堪えてる子供って感じ? 小動物みたいでこれはこれで可愛いが、まぁその理由はすでに分かっている。

 

 なんせ彼女の机の上には()()()()()()()()

 オマケに机にはマジックでびっしりと落書きが書かれていて、横に掛けられている手提げバッグもぐっしょりと濡れていた。

 

 そう、つまり彼女は()()()()()()()ということだ。……ペロッ! これは被虐系ヒロイン!!

 

「それ片付けないの? リアルで乗ってるとこ初めてみた。」

 

「あっ、これ、くっついてて取れなくて……。」

 

 メンチちゃんは目に涙を浮かべながら悔しそうに両手を握りしめる。

 取れないってことは接着剤か何かでくっついてるのかな? 一体誰がこんな事したんだか。

 

「ふーん、すごく邪魔そうだね。」

 

 首を動かしてクラスを見渡してみれば、()()()()がコッチを見ながらニヤニヤしていた。

 問題が有る子供しかいねぇな。特に担任が一番楽しそうにニヤニヤしているのがタチ悪い。

 

 ……はい、これはもうゴミクラス決定ですよ。早く爆破しなきゃ(使命感)

 

 だがこれは私にとってはチャンスだ。この状況を解決すればきっとメンチちゃんも感激して弟子になってくれるだろう。私も人を雇って周囲にいざこざを起こそうと考えていたけど、これは手間が省けたね。

 

 あれっ? ということは、わざわざ私の踏み台になってくれるってコイツら良い奴らなんじゃね? よっしゃ遠慮なく踏み潰したろ。

 

「フフフ、なんだ意外と楽しくなりそうじゃん。」

 

「……えっ?」

 

 私の笑顔を見たメンチちゃんが更に不安そうな顔になる。

 もしかして他の子と一緒になっていじめに加わるとでも想像しちゃったのかな? でも大丈夫、私はそんなチンケな事はしないよ。だってもっと大きな事をするからね。

 

「じゃあそれちょっと退かすね。」

 

「あっ」

 

 私は返事を待たずに手を伸ばし、筋肉でベリベリと()()()花瓶を剥がした。表面がデコボコになっちゃったけど、そこは下敷きでも敷けば問題ないだろう。

 

「所でメンチちゃん。私コッチに来たばかりでね。……よかったら友達になってくれる?」

 

「……うんっ!!」

 

 そのまま笑顔で友達申告してみると、メンチちゃんも初めて笑顔をみせてくれた。

 

 おっ、この感触はかなり好感度アップしたんじゃね? チョロインかよ!

 しかし最大ゲージが分からんな。誰かエロゲみたいに感情メーター出せる念能力とか持ってないかな? ……原作のミルキなら持ってそうだね。

 

 しかし私のこの行動は他の子の癇に障ったようだ。

 すぐにクラスメイトの3人が席を立って私達を囲み、周りでキャンキャン騒ぎ出した。

 

「ちょっと貴方何様なの? 調子に乗りすぎよ!!」

 

「そうですわ、せっかく私達がメンチさんにプレゼントした花瓶でしたのに。」

 

「……貼るの大変だった。何度も指がくっついて二人が泣いた。」

 

 モコモコした茶髪の子、耳の大きな子、黒い長髪の子だ。なるほどコイツラが主犯格か。

 

 まぁ苛めてる側からすれば救いの手を伸ばす奴なんて邪魔だよね。

 どうやらメンチちゃんを助けて仲良くしようとしたせいで、私まで敵認定されてしまった模様。だが私は何も言わずにそのままにしていた。

 

「どうして喋らないのよ? それとも言葉が喋れないの?」

 

「あら本当に喋れないのかもしれませんわよ。だってしょせん孤児ですもの。」

 

「……さっき自己紹介してた。二人は鳥頭過ぎ。」

 

 コントかな? でも流石に子供と言い合いする気にはならないんだよね。やっても虚しくなるだけだし。

 それに10歳児だと何言っても可愛く見えてしまうから卑怯だ。上流階級出なのか容姿が整ってる子達だから特に。

 

 なんていうか……構って欲しくて必死に吠えてる子犬って感じ?

 イメージ的にはプードル(モコモコ茶髪)、チワワ(耳デカ)、ダックスフンド(黒いロン毛)ってとこだね。

 

 これでここがドッグカフェなら頭を撫でながらコーヒーでも頼むのだが、残念ながら今はドッグフードは持ってない。

 別にどれだけ騒がれても私は何とも思わないけど、近くで吠えるのはまた今度にしてもらおう。メンチちゃんは辛そうだし。

 

「授業が始まりそうだけど席に戻らなくていいの? 先生が睨んでるけど。」

 

「「「えっ」」」

 

 なので授業を出汁に使い彼女達を席に戻す。

 念を込めて殺気を飛ばせば二度と近寄らなくなると思うけど、そんな勿体ないことはしない。

 

 だって私にとっては()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 酷すぎ? 今すぐどうにかしろ? ごもっともな意見だろう。

 だがこのままにしておいて何かやられる度に助ければ、時間が経つほどメンチちゃんは()()()()する。

 

 という訳で根本から解決するのはギリギリまで待ってからだ。

 まぁ今はせいぜい私の役に立ってもらおう。そして最後にまとめて転校(意味深)してもらえばいい。

 

「それじゃ余計なのも居なくなったし、この街について聞いてもいいかな?」

 

「えっ、あっ……私でよければ。」

 

 私が彼女たちを相手にしなかったせいか、メンチちゃんはちょっと嬉しそうだ。

 

 それから私はそのまま話しを続けた。始まった授業はもちろん無視。

 最優先するべきは好感度上げだからね。ロリメンチちゃんの上目遣い良いぞ~~。

 

 

 

 

■□■□■□■□■□■□

 

 

 

 

 

 一日の授業が終わったので一度泊まっているホテルに戻った。

 登校したのが昼過ぎだったので実質2コマしか受けていない。まぁ授業中はずっと念の修行してたんだけどね。今更小学校の勉強とか無駄すぎる、時間は有効に使わなきゃ。

 

 さてそんな訳で昼の好感度上げが終わったら、次は夜の情報収集ターンだ。

 小学生のシズク=パープルトンはおねんねし、ハンターのシズク=ムラサキが目を覚ます。最終話で二回も寝返る悪女から正統派の美少女主人公に変身である。

 

「あんまりゴツゴツした装備は止めたほうが良いか……。」

 

 私はベッドの上に広げた武器類の中から大型のダガーナイフを手に取る。

 流石に街中では銃より音の出ない刃物の方が良いだろう。左手で握って感触を確かめてからホルスターに収めて腰のベルトに装着、上からフード付きの黒いコートを羽織る。

 

 後は外出時に銀お姉さんにもらった白い仮面を付ければ変身完了だ。

 コードネームはSM201。見た目は不審者丸出しだが、ゾルディック家仕込の暗歩と【絶】を駆使すれば誰かに声をかけられることはない。

 

 さて私がたった2週間でココまで来れたのには理由がある。

 一番大きいのはメンチちゃんがすぐ見つかったことだろう。

 

 調べ始めた時に最初に手を付けたのは電脳ページだった。

 それは地球におけるWikipediaのようなもの。早速『メンチ 料理人』でめくってみると、子供の料理大会で何度も優勝した記録が出てきたのだ。

 

 つまり良くも悪くもすでに彼女は目立っていた。こんな歳から料理人として活躍しているだなんて、やっぱ若くして星を取っちゃうマジチートは違うね。……最後に出た大会は()()()()になってたけど。

 

 そこからハンター権限と金を使って情報を辿っていくと、彼女が現在住んでいるこの街にたどり着いた訳である。

 驚くことにそこは"()()()()()()()()"。原作における旅団編の舞台であり、マフィアさん達が大量にコロコロされまくった街である。

 

 そんなヨークシンにせっかく来たのだから、街に繰り出さないという選択肢はない。私はホテルのルームサービスで軽く夕食を取り、それから情報屋との待ち合わせ場所へ向かった。

 

 あっ、ちなみにブハラ――原作でメンチの相方ポジに居たキャラ、の方は探していない。どう見ても食べる専で、原作でも星を持ってなさそうだからだ。可愛そうだが一人で豚の丸焼きでも食っててくれ。

 

 

 

 

「この先は会員制となっておりまして。」

 

「……これを。」

 

 私はムキムキマッチョの扉番にバショウからの紹介状を見せる。

 すぐ開けてもらった扉をくぐると、その先には薄暗い通路が続いていた。私は事前に聞いていた通りに進み、途中で地下への階段を降りて目的地の地下バーにたどり着いた。

 

「また随分と若いお嬢ちゃんだな。何を飲むか?」

 

 中に入るとカウンター席に案内され飲み物を頼んで相手を待つ。

 ちなみに仮面はとっくに外している。視界は狭まるわ呼吸はし辛いわで邪魔すぎ。こんなの付けて戦闘するとか正気じゃねーわ。ノリでSM201(キリッ、とかやったのが恥ずかしい。

 

「えーと、じゃあバーボンをロックで。銘柄はおすすめのやつ。」

 

「おいおい、そこはミルクが定番だろ? まぁいいほらよ。」

 

 青いつなぎを着た店主がすぐにグラスと丸氷を用意し、そこに黄金色の液体がトクトクと注ぎ込まれて差し出される。

 私はソレを手に持ち、グラスに氷が当たらないように数度回すと、中身を一気に飲み干した。バニラの香りに口いっぱいに広がるコーンの甘み。舌と喉に続く余韻が心地よい。

 

「……美味しい。」

 

 甘い銘柄にしたのは私が子供だからかな? 男臭い店主さんなのに気配りができる人だ。

 

「2杯目、いややっぱりボトルごとちょーだい。合いそうなフルーツがあればそれも。」

 

「ヒューッ! お前さんいける口だな。だが酔っても介抱はしないぞ?」

 

 遠慮なく追加を頼んだ私に、店主が楽しそうに口笛を吹いた。

 だが介抱なんて元からいらない。コレぐらい飲めないとゾルディック家の夕食は生き残れないからね。あの家でミルクを頼んだらエイリアンの体液みたいな、グッロイ緑色のが出てくるんだぞ? 最初に飲んだときなんて鼻から吹き出してぶっ倒れたわ。

 

「よう、待たせちまったかな?」

 

 そうしてしばらくボトルを楽しんでいると、ちょうど時間通りに相手がやってきた。

 スーツを着て後ろ髪をゴムで束ねたオールバックの男性だ。額にホクロがあって肌が若干黒い。年は20歳前後かな? 情報屋というには少し若すぎる気がする。

 

「何か飲む? えっ、スピリタス一気する? まじかよすごいね。店長さんお願い。」

 

「どうなっても知らんぞ。」

 

「いやそんなの飲まねーよ。なんで勝手に頼んでるんだ!?」

 

 ちっ、先んじて注文してやったら断りやがった。

 店に入ってから落ち着かない様子でキョロキョロしてたから、リラックスしてもらおうと思ったのに。しょうがないので代わりに私が飲む。

 

 席に着いた相手は嘘だろお前、みたいな顔をしていたが、まぁ今ちょっとテンション上がっちゃってるからね。その理由はもちろんこの情報屋さんである。

 

「じゃあまずは自己紹介からだな。……この街で情報屋をやってる"スクワラ"だ。よろしく。」

 

 そう、この人は原作で大活躍だった犬使いの"スクワラさん"だ!

 ハンター界屈指の犬大好きお兄さんである!! 原作キャラだぜひゃっほー!!

 

 情報収集のためにチェックしたハンター専用情報サイト、そこで見たヨークシンの情報屋リストに名前が載ってた時はびっくりしたよ。もうすぐに連絡取って仕事頼んじゃった。

 

「シズクです。よろしく。」

 

 私は挨拶を返しつつ握手代わりにグラスを掲げる。

 この世界ではおちおち握手なんて出来ないから困るよね。まぁ私はこの人が大丈夫だって知ってるけど。

 

 ちなみにこのスクワラさんがどれぐらいの犬好きかと言うと、操作系で犬を操る能力でありながら旅団の追跡には()()()()()()()、車が旅団に囲まれた最後は()()()()()()()ほどである。能力的には犬がメインウェポンのハズなのに、ワンちゃん達にやばそうな事はさせないのだ。

 

 つまり自分の命より犬を優先しちゃう系のお兄さんである。おまえどんだけ犬好きなんだよ!! だがそんなキャラが私は結構好きだぞ!!

 

 さてそんな彼だがすでに念能力に目覚めている。

 この仕事をやっていることから恐らく原作と同じ犬を操る能力だろう。確か犬はスパイも可能って表記されていたから、情報屋というのはすごくいい選択だ。1000匹ぐらい使ったらすごい情報網が出来そう。

 

「じゃあ早速調べてもらった事について聞かせてもらえる?」

 

「OK、オレもその方が助かる。」

 

 なんだか居心地が悪そうにしているので先に報告を聞く。

 私がこの人に頼んだのはメンチちゃんの実家のレストランについて。それと失格になった料理大会についてだ。

 

「まずレストランの方だが、現在は差し押さえられて停止中だ。原因は借金。」

 

 んんん? あれ、結構な老舗の店だったはずだぞ? この街が作られた時からあるとかなんとか。……リピーター客多そうなのに、それが借金で差し押さえだと?

 

「その借金の理由は?」

 

「どうも店主が裏カジノで拵えちまったみたいだな。恐らく顧客に誘われてドツボにハマったって感じだろうぜ。」

 

「それだけならよくある話だね。」

 

 職人さんの中には意外とこの手の失敗をする人が多い。

 ずっと仕事一筋でやってきたせいで遊び方が分からないのだ。そこをマフィア(ヤクザ)に唆されればもう地獄まで一直線である。

 

 でもこれが本当なら話は早い。

 借金を肩代わりしたらメンチちゃんが丸ごと買えるんじゃね? 名目上は弟子入りってことにして、目の前に札束積んだら全部解決しそう。

 まぁ地上げか何かが目的で陥れられたって線も残ってるけど。普通なら誘われても裏カジノなんて行かないからね。

 

「んで料理大会の方だけどよ。」

 

「何か面白そうなことあった?」

 

「優勝候補の子が失格になってるな。料理に違法な物を混入させたって理由だ。本人は絶対にそんな事しないって泣きわめいてたらしいが。」

 

 うーん、これはどうなんだろ? 何らかの事情で本当にやったのか、それとも間違えたのか事故か、あるいは誰かにハメられたのか……ちょっと情報が足りないね。

 

 まぁ個人的にはメンチちゃんがそんな事するはずないと思う。原作であんなに料理に拘っていた訳だしね。とするとこっちは確実に裏がありそうだな。

 

「店が差し押さえられたのって何時頃? 料理大会の後?」

 

「いや料理大会の前だ。時系列としては裏カジノに通い出したのがちょうど1年前で、その4ヶ月後に差し押さえ、そして2ヶ月後に料理大会、という順番になる。」

 

 とするとこの二つは別々の事案かな? 何かの脅し、あるいは見せしめで失格にさせたとしても、もうすでに店は差し押さえられてる訳だし。

 

 ……うーん、分からん!! 情報が出揃ってない以上、幾ら考えてもしょうがないか。もうこうなったらもう力づくでやるしかないね。

 

「OK、どうやらスキップ案件のようだね。」

 

「はっ? スキップ?」

 

 途中のイベント(お使い)を無理やりスキップ(処理)するってことだよ。

 TRPGの高LV帯でよく見られるやつだ。占術か神託が使えるNPCを雇って、パパっと情報収集を終わらせちゃう。えっ、歩いて探しにいけ? ハハハ御冗談を。金があるのにそんな事するわけ無いんだよなぁ。

 

 まっ、関係者を全員調べれば何か出てくるでしょ。どちらも誰かの意思が介在してそうだしね。

 

「料理大会の出場者と審査員、それから元店主の周囲を全部調べる。どれぐらいかかる?」

 

「んー、オレ一人じゃ手が回らないな。他の情報屋も雇っていいなら何とかなるかもしれないが……」

 

「1億出すから1週間でやって。全額前金で今すぐ振り込むから……はい振り込んだ。」

 

「ふぁっ!?」

 

 驚いている間に無理やり口座へ金を振り込む。

 これぐらいは必要な経費だろう。私はメンチちゃんに()()()()()弟子になってほしいんだ。これからの付き合いを考えたら金を惜しんでる場合じゃない。

 

 まぁこれで後は勝手に調べてくれるだろう。私がプロハンターであることは直接会う前から伝えてあるから、逃げようなんて思う可能性は低いはずだ。本当に逃げたらその時はゾルディック家の出番だけどね!!

 

「てかもうこのまま私の専属にならない? 給料弾むよ?」

 

「いやオレを買ってくれるのは嬉しいが、いきなりそんな事を言われてもな。」

 

 能力的にも人格的にも好みなのでぜひ欲しい。

 後どっかにヴェーゼとセンリツも落ちてないかな? 出来えば一緒に囲い込みたい。ノストラード組は地味に有能な人が多いよね。……相手が悪すぎてガンガン死んでいったけど。

 

「まぁ専属の話は保留でいいや。じゃあ携帯教えておくから1日おきに連絡して。なにか重要な事が分かったらこの店で落ち合うってことで。」

 

「ふー……分かった仕事は受ける。だがこの店は止めてくれ。」

 

「何か問題でもあるの?」

 

 なんでだろ? 内緒話するには中々いい場所だと思うんだけどなぁ。

 お客さんも()()()()()しか来ないみたいだし。わざわざ別の店にする必要なくね?

 

「いやオレも15からこの仕事やってるけどよ、こんな所を待ち合わせ場所に指定した客はあんたが初めてなんだよ。」

 

「そうなの? でも好きな場所指定しろって行ったのはそっちじゃん。」

 

「そうだけど、そうだけどよ。でもだからってこの店はねーだろ。だってここ……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ()()()()だぞ。」

 

 紹介状をくれたバショウはきっと二刀流なんだろうなって。

 

「それなら俺からも頼む。」

 

 おっ、店長。いたのか。

 

「悪いがココを待ち合わせに使うのは止めてくれ。お前さん達みたいなノンケが居ると、俺らはみんな緊張しちまうんだ。……だからそれ飲んだら帰れ、なっ?」

 

「「あっ、はい。」」

 

 店長の思わぬ嘆願に私達は店を出た。

 次は待ち合わせ場所は私が泊まっているベーチタクルホテルのロビーだ。

 

 さて、鬼が出るか蛇が出るか、こればかりはしばらく待つしか無いだろう。出来れば余計なものが出ないといいんだけど……。




■原作のスクワラさん
・旅団の気球を追う時
ダルツォルネ「念のため犬を5頭ほど残していけ(残りは連れて行けよ)」
スクワラ(危険っぽいからみんな残していったろ) ※一匹も連れて行かない

・旅団に車を囲まれた時
ノブナガ「降りろ」
スクワラ(さり気なく犬を降ろして逃がすんご) ※犬は一匹も死ななかった

スクワラさんほんと好き。
なお教師陣とクラスメイトは特に覚える必要はありません。

いつの間にか感想が300超えていました。
ありがとうございます。何時も励みになっております。


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第36話 自重とは投げ捨てるもの

酒は飲んでも飲まれるなっ!!


 ――学園生活二日目の朝。

 

「おはようメンチちゃん。今日もすごくかわいいね!!」

 

「か、かわっ!? ……お、おはよう。」

 

 教室に入るとすでにメンチちゃんが居たので挨拶しながら席に向かう。

 ちょっと褒めただけで下を向いてモジモジしちゃう彼女はやはりチョロインだ(確信)

 

「今日は何もされてないみたいだね。」

 

「う、うん。あっ、でも……」

 

 今日の彼女は半袖のシャツに短めのスカートでしかも色は上下ともに白だ。もしこのまま水を掛けられれば全身がスケスケになってしまうだろう。どうして今日に限っていじめっ子は自重してるのかな?

 

 ……まぁ代わりに私の机からは立派な花瓶が生えてるんですけどね。

 

 何なのコレ? やることが違うでしょ。私じゃなくてメンチちゃんに絡めよ。まったくこのクラスは空気読めねぇな。

 

「いつ頃からあった?」

 

「えっと、私が来た時にはすでに。」

 

 その花瓶は球体から上半分を切り取ったような形をしていた。直径は50センチ程もあり、深さも10センチ程度ある。更にその材質は見るからに陶器で出来ていて縁が分厚く頑丈そう。オマケに熱が伝わらなさそうな取っ手まで着いていた。

 

 ……花瓶じゃなくて土鍋じゃねーか!!!

 

「こんなの何処から持ってきたんだろ……」

 

「た、たぶん家庭科室じゃないかな? 前に同じのを見たことがあるよ。」

 

 なるほど。昨日私が帰った後に取りに行ったのかな? それとも今日の朝か。どちらにしろ無駄な努力だ。その行動力をもっとマシな事に使えよ。

 

「邪魔だから片付けよう。」

 

 試しに軽く持ち上げてみると机ごと持ち上がった。どうやらこれも机にくっついているようだ。

 境目を見れば固まったゼリーみたいな物が付着していて、引いた椅子の上には使い終わったボンドと書かれた容器が置いてあった。

 

 ……昨日は簡単に剥がされたから、今日は接地面を広くして接着剤もたっぷり付けましたってか?

 うーん、この小学生的発想。あっ、こいつら小学生だったわ。横目で見ればクラスメイト達はまたコソコソとコチラを伺ってるし。

 

「全くやれやれだぜ(無理やり絞り出した低音」

 

 まぁ私には通用しないんですけどね。

 鉄の溶接さえネジ切れるパワーの前に市販の接着剤など無駄無駄無駄ぁ!! こうなったら見せてやろう、何もかも打ち破る真のパワーというものをな!!

 

「危ないからちょっと離れて。」

 

 私は片手で机を押さえ、もう片方の手で土鍋の取手も持ってゆっくりと力を込めていく。

 

「えっ、えっ、えっ……。」

 

「うそでしょ!?」

 

「なぁにこれぇ。」

 

 周囲のクラスメイト達、その中でも主犯であろうワンコ3人組が唖然とする教室にベリベリという音が響き、まるでガムテープを無理やり引っ張ったかのように土鍋が剥がれていった。

 

「よっし! 意外ときれいに剥げたね!」

 

「どこが?」

 

 そうして残ったのは表面の大部分が無くなった机だ。

 もはや授業では使いものにならないだろう。だがそもそもここで勉強する気など最初から無いので問題ない。学園物の最適解は学力を上げる暇があったらヒロインにひたすら構うことだってはっきり分かんだよね。

 

 それよりも問題は貼り付けられていた土鍋である。

 虐めのためとはいえ、()()()()()の前に鍋を置くという意味をコイツラは分かっているのだろうか? ……たぶん分かってないんだろうね。

 

 うん、家庭科室があるのは先程のメンチちゃんの発言で確定したし、ちょうど隣には料理人もいる。ならばやるしかないだろう。そう言えば最近はご無沙汰だったし丁度いい。

 

 私は周囲をぐるっと見渡し、そして宣言した。

 

「――今日のお昼はすき焼きにするッ!!」

 

 せっかくしっかりとした土鍋があるのだ。ならば作らねばなるまい。

 

 私はクラスメイトの『なんでアレが剥がせるのよ!?』『机がボロボロですわ』『アイエェェ、スキで焼き!? なんで!!?』などという言葉を聞きながら土鍋を持って廊下へ出た。もちろんメンチちゃんも引き連れて。

 

 

 

 

 

■□■□■□■□■□■□

 

 

 

 

 

 

 教室から出た私は近くのスーパーに宅配の電話をかけ、届いた材料を校門で受け取ってから家庭科室へ向かった。……授業? そんなものは(必要)ない。

 

 ドアには鍵がかかっていたが念を込めたナイフを振り下ろすと簡単に開いた。……どうやら壊れていたみたいだね。まぁほっとけば学校側が直すだろう。今は鍵穴に棒でも突っ込んで固定しておこう。

 

「さてじゃあ早速作ってみようか。」

 

「本当に作るの?」

 

 私の発言にメンチちゃんが驚く。だが料理人の性か未知の料理には興味津々と言った感じで目を輝かせているのは隠せていない。

 正式に弟子になってくれたら世界中を食べ歩きするのもいいかもね。もちろんジャポンにも連れて行こう。最高級の大トロで舌をトロットロにしなきゃ(使命感

 

「いーい? ジャポンには鍋奉行または鍋将軍という言葉があってね、目の前に鍋を置くことは戦争を意味するんだよ。」

 

「そ、そうなの? すごい過激な人たちなんだね……。」

 

 そうすごく過激な人たちなんだ。場合によっては首置いてけとか腹切れとか言って、何でも片っ端から鍋で煮込んで食べちゃう。必要なら乗ってきた馬だってバラすんだぞ。

 

「私は鍋の準備をするから切る方をお願いね。」

 

「えっ、私も?」

 

 そうだよ、だってちゃんとした料理人がいるなら手伝ってもらわない手はないし。もしかして見てるだけのつもりだったのかな? だが食べるなら労働は当たり前のことだろう。

 

「適当に一口サイズにしてくれれば良いから。」

 

「う、うん。分かった。」

 

 私はメンチちゃんに包丁と食材を渡し、代わりに鍋を洗ってコンロにセット。それから割り下を作り始めた。

 

 使うのは醤油・味醂・砂糖・水だ。最初の3つを1:1:1の割合で混ぜ、そこに砂糖を放り込めばOK。個人的に甘目が好きなので砂糖は心持ち多く入れる。家庭によっては料理酒や昆布だしも使うんだろうけど、面倒なので今回はこれでいいだろう。

 

「どれぐらい切り終わった?」

 

「えーと、こんな感じで良かったかな?」

 

 言われたままにテーブルの上を見れば、そこには綺麗に切り揃えられた材料があった。

 

 今回私が用意した食材は牛肉、長ねぎ、玉ねぎ、椎茸、しめじ、焼き豆腐、糸こんにゃく、絹さや、しらたき、春菊、白菜。すき焼きに入れそうな物は全部注文したんだけど、それらが()()切り分けられ、食べやすいサイズにされて並べられている。

 

「えっ、今の間(液体3つと砂糖混ぜただけ)にこれ全部切ったの?」

 

「だ、駄目だった?」

 

 まじかよ切るの早すぎて草。それも種ごとに最適な斬り方をしたって感じだし。特に長さと幅がミリ単位で揃ってるのがビビる。オドオドしてるくせにこの子パネェ……。やっぱ料理の腕は本物なんだなって。

 

「全然駄目じゃないよ! メンチちゃんはすごいね!!」

 

「そ、そうかな……えへへ。」

 

 それでも褒めれる所はきっちり褒める。好感度上げのチャンスは逃してはならない。

 そしてここまでくれば残りは簡単だ。牛脂を溶かしてネギ類を焼き、牛肉を焼き、両面に色が着いたら割り下と残りの材料を投入してグツグツ煮込む。

 

 台所の下にあったガスの元栓にはご丁寧に鍵が付いていたけど、ちょっと力を込めて回したら簡単に開けることが出来た。こっちも壊れてたみたいですねぇ。

 

 後はこのままアクを取りつつしばらく待てば完成である。ちなみにアク取りはメンチちゃんが自発的にやってくれた。この子いい奥さんになりそうだわ。原作の性格だと絶対に結婚できないと思うけど。

 

 さてそうして30分後、ついにすき焼きが完成。私達は小鉢を持ちいざ実食しようとしたのだが……

 

 ――ドンドンドン!!

 

「おい開けろ!! 貴様ら何をやっておるか!!!」

 

 しかしそんな私達に水を差す存在が現れた。やってきた担任がガンガンとドアを叩いてきたのだ。はぁ~(クソデカため息)、このクラス本当に空気読めねぇな(2回目

 

「はいはいはい、今あけまーす! ……よっとっ。」

 

 しょうがないのでタイミングを合わせて一瞬だけドアを開け、空振った担任の手を掴んで中に引きずり込んだ。

 

「きさまぱぷぁ!?」

 

 そしてそのまま首に衝撃を与えて意識を失わせる。本気で撃てば首くらいわけなく落とす手刀だ、他の人が居たとしても何が起こったか分からなかっただろう。

 

「さっ、それじゃあ()()()()()()()()()()()()()食べようか。」

 

 気絶した担任を奥に転がしつつ私達は改めて食事を始める。グツグツ煮える鍋からただよってくる甘い香りが鼻腔をくすぐり、煮込まれた食材から溢れる汁が食欲を唆る。……間違いない、これは絶対に美味しい――!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――食べ始めてから30分後。

 

「ちょっとシズク、聞いてるの!? ……ヒック。」

 

「はいはい聞いてますよー。はい、あ~んっ。」

 

 愚痴を聞きながら肉を取ってメンチちゃんの口に運ぶ。注文したスーパーで一番高い牛肉だ。自国産の高級肉らしく柔らかく、牛汁と染み込んだ割り下が合わさってとっても美味。メンチちゃんも気に入ったのかバクバク食べている。

 

「全く何なのよあいつ等!! 前は私が大会で優勝する度にすごいすごい言ってたのに!! ……ヒック。」

 

「分かる分かる。急に手のひら返す人っているよねー。本当にどうしようもない奴らだよ。」

 

 そんな彼女は現在進行形で愚痴を吐き出し続けていた。やっぱりストレス溜まってたんやなって。

 

「まぁまぁメンチちゃん、私でよければ幾らでも話を聞くから。さぁ飲んで飲んで。」

 

「もっと注いで! それがパパが借金したからって急にあんな態度になって!! 」

 

 私はそんなメンチちゃんに相槌を打ちつつオチョコに熱燗を注ぐ。すき焼きを煮込んでいる間にレンジで温めておいたものである。やっぱり鍋にはジャポン(日本)酒だよね!

 

 これぞジャポンに伝わる由緒正しい人身掌握術――飲みニケーションだ。

 主に会社の上司によって使われるこの技は、酔わせて本音を吐き出させ、さらに酔い潰して弱みを握ることで新人社員を従わせやすくする為に使われる。フフフ、私もこのままメンチちゃんの心を握ってやるぜ!!

 

「一体私が何をしたっていうのよ! つまんないことばっかりしてきて! もうこんな学校大嫌い!!」

 

「そうそう、メンチちゃんは何も変わってないのにねー。」

 

 うーん、メンチちゃんは今の方が素なのかな? だんだん喋り方が原作そっくりになってきた。話をまとめると今の立場は家が没落してコミュからハジかれたって感じのよう。あの3人も元はただのよいしょ係みたいだ。……メンチちゃんは追放系主人公だった?

 

 まぁそれはそれとして料理もしっかり堪能するけどね。やっぱ久々のすき焼きは最高やね。特にシメジの三角傘から続く美しくも禍々しい流線!! 白滝の…!! 肉汁と割り下を孕んだ隆起!! どちらも独自の食感と共に溢れ出す煮汁がうめぇ……。

 

「てかそんなに嫌なら来なくていいじゃない? 今は通信制の学校だってあるんだし。家でお父さんに料理習っとけば?」

 

「最近のパパは嫌い!! ずっと『お前がこの店を継ぐんだぞ』って言ってたのに、ちょっとお金借りたからってお店を捨てちゃって!! ……ヒック!」

 

 確かに闇カジノにドハマリしちゃう人には習いたくないよね。っていうか関わりたくないわ。どんなに料理が上手くても人としてダメなのはちょっとね。……ああ~、力強い春菊白菜と牛肉群のハーモニー!! 最高すぎて箸が止まらないッ!!

 

「私の話聞いてる?」

 

「聞いてる聞いてる(頭に入っているとは言っていない)。じゃあお母さんに習ったらいいんじゃないかな?」

 

「ママもやだ!! 最近は『しっかりしろ』しか言わないし! 自分こそダメダメのくせに!! 何が『しっかりしなさい』よ、自分がしっかりしろってーの!! ……ヒック!」

 

 これは酷い。まぁ結果だけみれば駄目な男を選んだあげく、手綱を締めきれずに店を失ってるからね。子供から見てもまずお前がしっかりしろって言いたくなるわな。ふむ、これは今の家にも良い感情持ってなさそうだね。……甘い鍋に辛口の酒はあうなぁ。

 

「メンチちゃん家ではどうなの? 両親と一緒なのは好き?」

 

「今の家は嫌い。前はもっと広かったのに。パパとママもずっとイライラしてるし。」

 

 ふむふむ、これは家でも上手く行ってないと見た。どこにも居場所がないって感じだね。このまましばらく味方して土壇場で裏切ったらすごい良い顔を見せてくれそう。……まぁ流石にやらないけどね。やったらここに来た意味が無くなるし。

 

 でもこれは予想以上にチャンスっぽいね。ならもういっそ勧誘しちゃっていいんじゃないかな? 褒める度に照れてるし、好感度も十分に溜まってるに違いない。……よしっ!!

 

「ふーん、それならもういっそ私のコックにならない?」

 

「えっ、シズクの? で、でもそれは……」

 

 顔を赤らめたまま両手の人差し指を合わせてツンツンしちゃうメンチちゃん。

 ……くっ、私がロリコンなら逆に落ちてるほどの可愛さだ。だがこの反応はもうフラグ立ってるだろう。ならば後は押し込むだけだ。わずか二日でココまで進めた自分の才能が怖いっ!!

 

 私はゴニョゴニョと言いよどむメンチちゃんに人差し指を突きつけ、目の前でクルクルと回す。

 

「私のコックにな~る。コックにな~る……

 

 コックになろう。コックになった!!

 

 よーし、これから私のコックね?」

 

 ファイナルなファンタジーの8作目で魔女が主人公を落とした由緒正しい呪い方である。無口なクールボーイだって意識せずにはいられなくなった。これならきっとイチコロじゃて!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「えっと、ご、ごめんなさい。」

 

 なん……だと……。

 

 しかし予想に反してメンチちゃんは落ちなかった。

 

 おかしいな。これぐらいの年齢ならノリでゴリ押しすれば断れないはずなのに。もしかしてメンチちゃんて精神年齢高かったりするのかな? どうみてもチョロインなのに??

 

「お母さんがそういう約束はしちゃ駄目だって。」

 

 ……どうやら母親の方はまだまともみたいだね。だがまだだ! まだ諦める時間じゃない!! なんたってまだこの学園にきて二日目だからね。メンチちゃんが余りにも無防備だからちょっと焦っちゃったけど、むしろ勝負はこれから。

 

「じゃあコックは保留ってことで。今日はもう行けるところまで行こう! ……さぁ飲んで飲んで!!」

 

 私はメンチちゃんのオチョコに熱燗を継ぎ足す。とりあえず酔わせて介抱すれば更に好感度上がるでしょ。……たぶん。

 

 

 

 

 

■□■□■□■□■□■□

 

 

 

 

 

「……もっと早く。もっと小さく。もっと鋭く。」

 

 帰ってきたホテルの部屋でゲートを開く。

 具現化したデメちゃんは最小の30センチ。だが開かれたゲートはデメちゃんの口よりも小さかった。それも一瞬だけ開きすぐに閉じる。それを集中してただ繰り返し行う。

 

「くっ、やってみたら予想以上に難しい。それにオーラも割増で消費しちゃうね。」

 

 すき焼きを食べ終わった私は泊まっているホテルに帰ってきた。

 もちろんメンチちゃんも一緒に連れてきて今はベッドで寝ている……全裸で。

 

 他意は無い。飲酒してるので学校には置いとけなかったし、そのままだと服が皺になる、もしくは寝ゲロしちゃうと汚れてしまうからである……本当だよ? 振られたからってヤケになった訳ではない。

 

 まぁ服は全部脱がして汗は拭いたし、せっかくだからついでに巨乳マッサージもしておいたけどね!! もちろんココにはゲート経由で直接来たのでメンチちゃんを連れ込んだ事は誰にもバレていない。私は一度出て玄関からチェックインし直したけど。

 

 家庭科室の方も担任に酒をたらふく(無理やり)飲ませてきたので、きっと今頃はアレが自分の責任にならないように走り回って何もなかったことにしているはずだ。ただでさえ邪魔なのでこういう時は利用しないとね!

 

 さてそんな訳でお昼前に学校が終わったので、空いた時間は修行タイムである。

 

 約1ヶ月前に行われたネテロ会長とのパパ活。【百式観音】は見事に私の中で燻っていた靄を吹き飛ばしてくれた。行き詰まっていた思考がリセットされ視野が一段上へ引き上がったのだ。

 

 あとはその後に緊急入院させられた病院のベッドで今までを振り返りながら考え続けた。考えて考えて考えて考え抜いて……そうして一週間かけてようやく結論が出た。

 

 ――()()()()()()()()()()

 

 何ということだろう。自分ではハジケていたつもりが、会長に比べれば縮こまっているだけのガキでしかなかったのである。まさに井の中の蛙というやつだ。

 

「人の成長とは未熟な過去に打ち勝つこと、か……。」

 

 自分の【発】と会長の【百式観音】を比べてみれば違いは一目瞭然だ。受けて分かったが、あれは勝負する為の能力じゃない。ただただ勝つ事を突き詰めた果ての力だ。

 

 なんせその実態は相手に何もさせず超スピードで一方的に殴りまくるだけだからね。

 武術家だと言われておきながら相手と拳を合わせるだとか、念能力を出し合うだとか、そんな甘えはどこにも存在しなかった。瞬きするまもなくブチのめして終わりである。

 

 まさに勝負にこだわり続けたネテロ会長がたどり付いた"勝つ為"に特化した能力である。

 

「文字通り世界最強の能力だったね。」

 

 ではそれに比べて私の方はどうか。別の場所に空間を繋ぐ? でっかい念魚で飛ぶ? ハハハ、そんなの誰だって出来るじゃないか。現にどちらも原作でノヴとシュートが似たようなことをやっている。

 

「現実を見ろよシズク。お前はこれっぽっちも特別になれちゃいない。」

 

 魚面に引きずり込まれるのが怖くてデメちゃんを具現化した。邪神の祭壇が怖くてゲートはマーキングした場所にしか繋がらない制約を付けた。確かにこれらによって能力は安定したがその本質は逃げだ。なんてことはない、私は自分の能力にビビって無意識に遠慮していたのである。

 

 だが視野が広がった今なら分かる。あの時の【百式観音】の攻撃はきっと会長なりのメッセージだったのだ。

 キッズ相手に全盛期ファイアロー(中二炎鳥ポケ)で無双するようなあの一撃を、私は『遠慮して縮こまるな』というメッセージだと受け取った。

 

 なのでこれから私は(能力的な意味で)自重を捨てようと思いまーす!!

 

 自分にも周囲への影響も一切考慮せずに強くなることを目指す。実はそのための方法、これだ! という能力の使い方はすでに思いついている。

 

「日本のサブカルチャーは本当にすごいよね。どんな時でもヒントになりそうな物が転がってる。」

 

 私が今までの【発】で参考にしたのは"Fate/StayNight"というゲームである。

 古今東西の英雄でバトロワるという内容上、その作中には様々なチート武器が出てくるのだが、中でもそれはねーだろ、と言いたくなる剣が2つ存在する。……私はその剣を目指そうと思う。

 

 一つ目は"乖離剣(エア)"。ゲーム内でラスボスを務める英雄王ギルガメッシュの切り札であり、発動すると世界を丸ごと崩壊させる、ちょっと意味わからない剣だ。

 

 普通に考えれば真似するなんて無理だと思うだろう。……だがちょっとまってほしい、例えば私のゲートを()()させて、制約を無視して()()()()()()()()()に空間を繋いだらどうなるだろう?

 

 私も詳しくは知らないがブラックホールはコイン程度の大きさで地球より大きな質量を持つ。重力も地球の100京倍以上の為、出現すれば足元から何もかも吸い込まれてバラバラになるとどこかで読んだことが有る。

 

 ……これなら星ごと崩壊させることが出来るのでは? つまり擬似的な乖離剣(エア)の再現だ。

 

 もちろん私も確実に死ぬだろうが、そこは逆に考えればいい。――死後の念として発動すれば良いのだと。

 ぶっちゃけ私を殺した相手を道連れに出来るなら星なんて壊れてもいいよね。どうせ私は死んでいるんだし。

 

 そして二つ目は"宝石剣(ゼルレッチ)"。これはヒロインの一人である遠坂凛の切り札で、発動すると魔力が実質無限になる。殺し合って魔力を集めるという物語の根本を台無しにしちゃう剣である。

 

 こちらの世界風に言えばオーラの無限増殖ってとこかな? まぁ普通に考えたらこれも無理だろう。……だがちょっとまってほしい。ゲートは邪神の居る祭壇に繋がった、それはつまり()()()()()()()()()()()()()()()()()ということなのでは?

 

 ならば十分に可能性があるのではなかろうか。ゲートには"予め作った【接続ポイント】にしか繋がらない"という制約を付けてあるが、しかし平行世界ならどうだろう? 

 

 例えば私がこの場に【接続ポイント】を作る。

 終わって"すぐベッドの上に移動し(基本世界)"、そこから"作った【接続ポイント】の上に残っていた世界(並行世界)"へ繋げればどうだろう?

 

 これなら先程の制約には矛盾しない。【接続ポイント】を作った後に別れた世界だから。そしてその世界の私からオーラを分けてもらえば? もし出来るなら実質的にオーラを無限に増やせるんじゃね?

 

 問題はどうやって意思疎通をするかだけど、そこは【深淵を覗く者(アクセル・マインド)】でカバー出来そう。

 こちらは自分の脳みそしか操れないが、平行世界の住人でも自分は自分である。この能力を調整して思考をやり取り出来るようにするのだ。そう考えれば意外と行けそうな気がする。

 

 という訳でこれから私が目指すのはこの2つである。

 どちらも理論上は可能だと思うから、後はゲートの練度次第。そう、私が鍛えるべきはデメちゃんではなくゲートの方だった。

 

 まぁ考えてみれば当たり前だよね。だって私は特質系なのだから。それがずっと具現化物のデメちゃんを鍛えてましたって本末転倒も甚だしい。

 

「これってゴン君がチョキだけ鍛えてたようなもんじゃん……私って本当にバカ……ッ!!」

 

 だがどこぞの青い魔法少女さんと違って私はまだリカバリー出来る。それに大きなデメちゃんはこれはこれで便利だし役に立ったからね。

 

「まぁゲートは制御に失敗したらどんな影響が出るか分からないけど(時空間的な意味で)」

 

 下手したら魚顔どもがウジャウジャ出てきそう。6番目の厄災かな? でもまぁその程度なら構わないよね。

 私はもう自重は捨てたのだ。それに会長だって時間の圧縮とかやってるんだし? 私が同じようなことをしても文句は言うまい。 

 

「まずはゲートを小さく早く発動させる。次に徐々に大きくしていって、内側からデメちゃんを破裂させるのが目標かな……。」

 

『ぎょぎょ!?』

 

 何言ってんだお前止めろよ巫山戯んな、そんな声で鳴いたデメちゃんを無視して制御に集中する。

 オーラが無くなったら【絶】で回復しながら少しずつ。会長は感謝の正拳突きに10年も掛けたのだ、ならば私もそれぐらいのスパンでやるべきだろう。

 

 それに自分から望んだとは言え、全身をグチャグチャにされた恨みは忘れていない。つーかちょっとは手加減しろよ。人としても念能力者としても半世紀以上も修練した時間に差があるんだからさぁ。

 

 まぁだから次はきっちり会長にやり返してあげようと思う。やられっぱなしは趣味じゃないからね。

 

「――待っててね会長! 必ず不意打ってコテンパンにして上げるから!!」

 

 私はオーラを回復させながら修業を続ける。会長へのお礼参り(世界最後)の日を夢見ながら。




振られたので幼女を酔わせてお持ち帰りする幼女の回でした。
なお会長からのメッセージ伝々は主人公の妄想です。

■それから習得しようとしてる新しい念能力(使い方)
【天地乖離す終焉の星/デヌマ・エリシュ(未完成)】
 死後の念でゲートをブラックホールに繋げ世界を崩壊させる能力。
 たぶん発動するとみんな死ぬ。規模によっては暗黒大陸ごと消せそう。

【多重次元食摂現象/シズク・ゼルレッチ(未完成)】
 平行世界の自分からオーラを回収する能力。発動中はオーラが無限に回復する。
 デメちゃん(マスコット)いるしカレイドステッキの方があってるかも。


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第37話 これは実質合意ですね

シリアスにしようとして頑張った。でも売り切れてた。そんな37話です。
誤字脱字報告ありがとうございます。特に何度も報告してくれた方々。大変助かっております。


『――私頑張る! いつかすごい料理を作って、パパ達をびっくりさせてやるんだから!!』

 

 鍋を食べてる最中に意識を失った私――メンチ=カートレットは夢を見ていた。それは今よりもっと小さかった時の記憶。パパが料理を振るい、ママが私を抱き上げ、店に来た人達が笑顔で料理を食べていた頃の思い出だ。

 

『ああきっと出来るさ。なんせこのパパ――"別大陸帰りの男"モテテマスと。』

 

『"コロコロ回る味のスパイ"と呼ばれたママ、レアコの子ですからね。』

 

 あの頃は朝も夜も勉強ばかりだった。だけど料理を習うのはすごく楽しくて、上手く出来たときに褒めてもらえるのが嬉しくて頑張り続けた。料理大会で優勝する度に『よくやった!』と頭を撫でてくれる両親が好きだった。……そんな日々がずっと続いていくと思っていた。

 

『いいかメンチ、このパパが頑張るのはハーレムのためだ。でも責任は取りたくないんだ。お前なら分かってくれるだろう?』

 

『もちろん分かるよ!!』

 

 全然分からなかったのでママに聞いたら翌日パパは吊るされてた。

 

 私の家――"カートレット家"は代々続く料理人の一族だ。ママがしてくれた話によれば一番古い記録は200年前にも遡る。

 元々はヨルビアン大陸辺境の雇われコックだったらしいご先祖様が、ヨークシン街の開拓に参加したことで自分の店を持ったのが始まりらしい。

 

『いーいメンチ。ママ達のご先祖様は頑張って偉い人にわいろ……じゃなかった心付けを送って店を大きくしていったのよ。』

 

『ご先祖様すごい!!』

 

 それから先祖は何度も起こった街の変革を料理の腕と培った人脈によってくぐり抜け、100年も経つ頃には街の一等地へ店を構えていた。お客も市長を始めとしたお偉方が続々と訪れるようになった。たゆまぬ向上心と歴史の積み重ねにより、街の人々から信頼を得ていったのだ。

 

『でもわいろってなーに?』

 

『利権の保証書……じゃなかった店が繁栄するお守りみたいなものね。めちゃくちゃ高いけど効果は抜群だったわ。』

 

 しかしそんな幸せな夢は徐々に曇っていった。私は先なんて見たくないと思った。しかし無意識の深層からはあざ笑うかのように思い出(トラウマ)が溢れ出した。

 

 

 ――何時からだろう、常連さん達の顔を見なくなったのは。

 

『何故だ。私はただ昔からの夢(ハーレム)を叶えようとしていただけなのに……。それもこれもあの市長のせいだっ!!』

 

『まぁまぁ、モテテマスさんなら簡単に取り返せますって。それよりどうです、また今日も例の店でパイパイしましょうよ。』

 

 パパが言うには今度当選した新しい市長はマフィアという悪い人たちの言いなりで、きょうそうのびょうどう? とかで昔からある店を潰そうとしてるらしい。パパが行ってる怪しいお店も潰してくれればいいのに。

 

 

 ――何時からだろう、両親が喧嘩ばかりするようになったのは。

 

「入婿の癖になにしてくれとんじゃワレェ!!!」

 

「ぐわぁあああああ!! タップ! タップだレアコ――――!!」

 

 前は夜のプロレスごっこでもママが鳴いてばかりだったのに、今は必殺のスリーパーホールドでパパが悲鳴を上げてばっかり。ママはこのままパパと別れて店を取り戻そうとしてるみたいだけど、でもそんな簡単に戻ってくるのかな?

 

 

 ――何時からだろう、私が料理を作るのが楽しくなくなったのは。

 

『おおーと、審査の前に物言いが入りました! なんとメンチ選手の料理に違法な薬物が……それも媚薬が入っていたようです!! これは明らかな反則行為!! いやまさか審査員を発情させるつもりだったのかー!? 何か弁明はありますかメンチ選手?』

 

『びやくってなに? 美味しいの??』

 

『それはねオジサンのお稲荷さんだよ』『はぅう~お持ち帰りぃ~。』『中々のトラップですわね。』『やっぱ幼女にエロアイテムは最高だな!!』『この料理は後でみんなのお口に突っ込むのです。』

 

 半年前にでた料理大会。私は反則で失格になっちゃった。用意された物しか使ってないのにどうしてだろう?

 

『みんな来たわよ! エロエロ料理のメンチよ!!』

 

『大会で審査員にエロジュースを飲ませたんですって?』

 

『エロジュース学園生がエロジュースを使うとはこれ如何に。……ちょっと飲んでみたいかも。』『えっ』『えっ』

 

 しかもその事がいつの間にか学校のみんなに知られていて、気づいたら私は苛められるようになっていた。もう何も楽しくない。なんでこうなったんだろう。

 

 

 ……でも最近、そんな日常に少しだけ変化があった。

 

『シズク=パープルトンです。本日よりこのZクラスに編入になりました。よろしくね。』

 

 原因はこんな時期にやってきた転校生だ。シズクと名乗った彼女は、教室に入ってきた時から妙に迫力があった。他の人は気づいてないようだけど、店や大会で食べる人を観察し続けた私には分かった。

 

 ――それはまるで稚魚達の生簀の中に、脂の乗った肉食魚が放流されたみたいだった。

 

 彼女は先生もクラスメイトも全く()()()()()()()()。まるでお腹が減ったら何時でも食べれるからと小魚を放置してるような……前にどこかで見たピラニアという魚みたいだと思った。

 

『これからよろしくね、メンチちゃん!!』

 

 そんな彼女はやっぱりめちゃくちゃだった。先生に言うことは何も聞かない。勝手に机を移動させて私の隣になっちゃうし、クラスメイト達が置いた花瓶(土鍋)もあっさり剥がして逆に料理に使っちゃった。

 

『おはようメンチちゃん。今日もすごくかわいいね!!』

 

 でも何故か私には優しい。盛んに話しかけてくれるし貼り付けられた花瓶も取ってくれた。

 おまけに私の知らない料理を知っているし、家庭科室では担任をあっさり気絶させちゃった。……一体シズクは何なんだろう?

 

 そうしている内に私はシズクから眼を離せなくなっていた。

 最初は怖かったし頭のネジが外れた子だと思ったけど、一緒に作ったお鍋は美味しくて、料理が楽しくて笑えたのは本当に久しぶりで、気づけばシズクのことばかり考えてしまう。

 

「シズク、私はどうしたらいいのかな?」

 

 私は朦朧とした意識の中で、薄っすらと浮かんだシズクの背中に手を伸ばそうとして――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「グッモーニンッ、メンチちゃん! いい朝だね!! ……おっとこの()は修行のせいだから気にしないで欲しい。」

 

 目を覚ました先で()()()()で倒れているシズクをみつけた。

 部屋中に蔓延する血の匂い。びしょびしょの血の池の中に俯せになり顔と右手だけを上げている彼女、それはホラー映画に出てきそうなスプレッターな光景だ。

 

 私は数秒掛けてそれが現実だということを理解して……

 

「きゃあああああああああああああ!!!」

 

「待って今叫ばれるとホテルの人きちゃう!! あああああ待ってぇええええ!!!」

 

 自分でもびっくりするほどの悲鳴を上げ再び意識を失った。

 

 

 

 

 

■□■□■□■□■□■□

 

 

 

 

 

「はい、はい。今の叫び声はただのホラー映画なんで。ええ、何も問題ありません。」

 

 ではお構いなく。そう言いながら電話を切る。

 

 メンチちゃんと飲み明かしてから数時間後、私は部屋で血まみれになっていた。

 ゲートを制御する修行をしていたらいつの間にか出血が始まり、気づいたら全身から血が流れていたのだ。メタリカされたディアボロかな?

 

「あの邪神の使徒(魚面)達は暗殺チームのメンバーだった?」

 

 人を捕まえて生贄にするのが仕事だとすればそんなに違わない気がする。

 現在は制御訓練を止めて【絶】で回復に努めたおかげで血は止まっているが、しかし出血した分が戻ったわけではない。おかげで全身が酷い倦怠感に覆われている。

 

「うーん、この典型的な貧血症状……まじで血が足りないね。」

 

 一応造血剤は飲んだし輸血パックも付けたからしばらく待てば良くなると思うが、もしダメだったら病院に行くしか無いだろう。まぁ大丈夫だと思うけどね。

 

「あ~あ、せっかくゲートの新しい使い方を思いついたのになぁ。」

 

 当たり前だが私は念能力に"全身から出血する"なんて制約は付けちゃいない。ゲートは気軽に使えるのが利点の一つなのだ。それを台無しにするなんてナンセンスである。

 

 まぁそんな訳だからこれは当然【念】とは別の要因だ。そう、きっとあの邪神様と愉快な魚面たちの仕業だろう。

 

「ま た あ い つ ら か。」

 

 最初に水見式を行った時、私は水に色を付けるために血を使った。その血はゲートを経由し向こうへ流れてしまっている。おそらく今回の件はそれが原因だと思われる。

 

「血が共鳴でもしてるのかな?」

 

 出血が始まったのはデメちゃんを掴むために伸ばしていた手の指先――ゲートに一番近かった部位からだ。そして時間が経つとそれが胸、足、鼻と徐々に全身に広がっていった。最後は眼と耳からも血が飛び出て、ホラー映画のクリーチャーみたいな有様だった。

 

「つまりゲート能力を成長(制御力アップ)させる→邪神との繋がりが深まる→送った血が共鳴(?)→もっと血を送ってくれめんす(^^→全身から出血、って事?」

 

 まだ推測でしか無いけれど当たってたら最悪だ。私はただ気軽にぶっぱ(ブラックホールクラスター)したいだけなのに、どうしてこんな面倒なデメリットが付いてきてしまうのか。

 

「……定期的に生贄でも放り込んでみるか?」

 

 制約をいじれば可能ではある。とは言えやっても何も変わらないこともあり得る訳で。

 オマケに制約は追加は出来ても削除は出来ない。なので確実な事が分かるまではいじりたくない。しかも繫がりを完全に断ってしまうとゲート自体が使えなくなりそうなのが悩みどころだ。

 

「とするともうナニカに頼るしかないね。」

 

 不思議な力(厄災)で何でも叶えてくれるあの子に期待だ。幸いなことにアルカが生まれていることはすでに分かっている。だから後大事なのはタイミング。

 

 早すぎて言葉を理解してもらえない状態だと意味ないし、遅すぎると隔離されてしまい会えなくなる。回想でキルアがダーツを投げてたから隔離されたのは6歳前だと思うんだけど。

 

「コレについてはこまめに訪問するしかないか……。」

 

 とするとどうにかして邪神と対話したい所である。何かこう、良い感じで取引がしたい。

 年に10人ぐらいの生贄で納得してもらえないかな? 成功したらついでに制約にしてしまえばゲートもパワーアップして一石二鳥に出来るんだけどね。

 

 あっ、ちなみにココで出血した血は普通に落ちるだけだったのでそこは一安心だ。まぁ一度血を洗い流したせいで、せっかくのジェットバスが血の海だけどね!!

 

 背中側の吹き出し穴から真っ赤なお湯が飛び出てくるとかこれが本当の地獄温泉かな? 見てる分には面白いけど、チェックアウトするときには幾ら請求されることやら。

 

「だから拠点が出来たら邪神像でも作って飾っとこう。」

 

 それでもどうにもならなかったら? その時は大人しくD4Cするしかないね。つまり別の世界にいるノーダメの私に記憶を渡して入れ替わってもらうのだ。

 

 ここまで来てジョジョの能力はどうかと思ったが、だがよく考えたら型月世界でも魔導元帥や人形師が同じようなことやってるんだよね。ならギリギリセーフじゃね?

 

 なので能力については一旦保留。今はメンチちゃんの方に全力を注ごう。まぁそれも勧誘は学校では一度断られてしまったが、ならば最終手段を使うまでである。

 

 と言う訳で……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はい、これが"念能力"だよ。」

 

『ぎょっぎょっぎょ。』

 

「うわぁ、本物の金魚みたい。」

 

 メンチちゃんを【念】で釣りましょうね~♪

 

 私がプロハンターだと明かし、目の前でデメちゃんを具現化してみせるとメンチちゃんはすごい勢いで食いついた。

 本当はもっとドラマチックに正体を明かしたかったけど、全身血まみれの姿も見られちゃったからね。

 

「これで私が本当にプロハンターだって分かってくれた?」

 

「すごいすごいすごい!!」

 

 それにせっかくホテルに連れ込むことに成功したのだ、ならもう既成事実(意味深)しちゃってもいいよね。だってよく考えたら私って料理の指導とか出来ないし? もう念だけ教えて実質弟子ってことにすればよくね?

 

「うーん、メンチちゃんがどうしてもって言うなら教えて上げてもいいけどなぁ~。」

 

「もしかして私にも使えるようになるの?」

 

『んぎょんぎょんぎょぎょ。』

 

 具現化したデメちゃんが『罠だ騙されるな』と言わんばかりにメンチちゃんの肩で跳ねる。だが逆効果だ。むしろ彼女はデメちゃんが動く度に目を輝かせていた。

 

「教えるのは今だけ、本当はダメだけど、メンチちゃんは特別だよ。っか~、本当はダメなんだけどな~。」

 

「……教えて!!」

 

 このくらいの年の子が不思議な力(ガチ)を体験しちゃったのだ。それも虐められて追い詰められてる状況で倍率ドン! である。我慢なんてできようはずがない。

 

「じゃあ最初は私のぶっといの(オーラ)でメンチちゃんの慎ましい穴(精孔)を開けるから。」

 

「何をしたらいいの?」

 

 まぁ教えると言っても無理やり精孔を開くんだけどね。

 せっかく才能はあるんだからとっとと目覚めさせるに限る。私の体調も大分回復したし今ならそれほど難しくはないだろう。それにゾルディック家にいた時にコツは習ったからね。

 

「じゃあまず服を脱いで全裸になります。」

 

「……分かった!!」

 

 私はメンチちゃんを手中にした事を確信しつつ、裸になった彼女のペチャパイへ慎重にオーラを流し込み始めた。

 

 

 

 

 

■□■□■□■□■□■□

 

 

 

 

 

「(レストランの)地上げも料理大会もただの賭博ぅ~?」

 

「ああ、どうもマフィアが新しい飯の種にしようとしたらしいな。」

 

 D4Cでドジャーン! する姿を想像してから、あるいはメンチちゃんを釣ってから6日後。

 

 私はホテルのロビーでスクワラさんから報告を受けていた。あれから情報は順調に集まったらしく、テーブルの上にはそれらがまとめられた資料が並べられている。

 

 払った金の分はきっちり仕事してくれたみたいだね。やっぱり囲い込みたいなぁ。この街に事務所でも作って任せたら情報収集が捗りそう。

 

「てか地上げ賭博って初めて聞いたんだけど。何をどういう形式でやってるの?」

 

「どうもクジで幾つか店を決めてどこが最初に落ちるか競ってたらしい。対象の店はそれぞれ別の組が落としに行く。んで客はその順番を賭けるって寸法だ。」

 

「ふーん、なんだかとても地味そうな賭博だね。」

 

 用意された資料を読みながら重要な部分を聞いていく。

 

 しかし地上げ賭博て。結果が出るまで時間掛かりそうだし、面白そうな要素が欠片も思いつかない。レストランなんて4ヶ月も掛かってたぽいし、ぶっちゃけ途中で飽きるんじゃないかな? 賭けたのを忘れてる客もいそう。

 

「(メンチちゃんの実家の)レストランが標的になった理由は?」

 

「それは老舗だったからだな。すぐ地上げに応じられたら賭けにならねーだろ? だから断りそうな店が対象になってた訳だ。ちなみに主導してたのは"扇組"ってマフィアだ。」

 

「そういえばこの街ってマフィアが支配してるんだったね。裏側は(ゲイ)バーぐらいしか行ってないから忘れてた。」

 

 説明しよう! ハンターの世界におけるマフィアとは雑魚の群れである。

 一言でいえばマリオにおけるクリボーだ。小さいのから大きいの、羽がついてるスペシャルまで色々いるが、出てくると大抵すぐ死んでしまう。

 

「ちなみに料理大会の方はなんて組?」

 

「そっちは"雛見会"だな。どっちも数年前からこの街で活動してるそこそこの組だよ。」

 

 だがそんなマフィアが私は嫌いではない。上下関係が厳しい彼らは、上役さえ従わせれば命令を出すだけで簡単に動かすことが出来る。使い捨てにするにはうってつけの人材なのである。念能力も取得せずにイキるって本当にすごい。

 

「ふーん、その賭けってまだやってるの?」

 

「いやもうやってないみたいだ。人の集まりが悪かったらしくてな。」

 

 残念、もう終わっちゃってるのか。同じ手段でやり返すのは無理そうだね。

 

 ……そうするとそのマフィアを襲撃するのがてっとり早いかな? とりあえず店の権利書だけは手に入れておきたい。メンチちゃんにプレゼントして好感度アップしてもいいし、両親に突きつけて雇用(奴隷)にしてもいい。

 

 いや私が色々調べているのはすでに裏で広がっているはずだ。特に隠しもせず堂々と情報屋を雇ってたからね。なので今襲撃するのはまずいかも。私が第一容疑者になってしまう。

 

 ならば片方に成りすましてもう片方を襲うか? これなら同士討ちの形になる。あとは最高のタイミングで殴りつければ良い。お相手の組にヘイトが向かえば私はスルーされるのでは?

 

 ……いやダメだな。それでもきっと私までたどり着く。二組の共通点を洗ったら一発だわ。たとえ両方潰しても上の組が私に報復に来るだろう。マフィアは面子を傷つけられると虫みたいにわらわら湧いてくるからなぁ。

 

 戦いなら何とかなると思うけど、でも口座の凍結とか経済攻撃をやられると非常にだるい。

 

 とすると一番良いのは……

 

 ――どこか別の組に雇われてからその二組を襲う。

 

 これだ!! これなら責任(ヘイト)は私を雇った組に行く。それでいて襲った組の戦利品は全部私の物にすればおk。……完璧じゃね? よし、これで行こう!! 幸いなことに使えそうな組には当てがある。

 

「ふーん、それじゃあもう一つ聞きたいんだけど。」

 

「なんだ?」

 

「"ゼンジ"って組長、この街にいる?」

 

「……ゼンジ? 確か新しく十老頭の直系になった組の頭がその名前だったような。」

 

 説明しよう!! ゼンジとはヨークシン編でクラピカが所属したノストラード組に絡みまくり、その上で最後まで生き残ったある意味伝説のマフィアだ。覚えているだけでも彼の活躍は沢山ある。

 

 例えば彼はネオンの父親――ライト・ノストラードを煽るも煽り返されて逆ギレ。それから一方的に何度もライトを殴るのだが、しかし鼻血以上の怪我は負わせられなかった。

 

 続いてクラピカも煽ったのだがこちらは逆に殴られ撃沈。その後、意地になってオークションで張り合うも27億が用意できずに敗北。

 

 オマケに帰り道でクラピカにメンチ切りバトルを挑むも、ビビッて動けなくなり更に敗北を重ねてしまう。エロゲならメス落ちの完全敗北だ。無様を晒しすぎィ!!

 

 とまぁつまり武闘派と言えるほどの武力はなく、金を稼ぐ知力もなく、人を従える胆力もないという、まさにクラピカの為に用意された踏み台キャラである。

 

 当時読んでいて抱いたイメージは”キレやすい無能中年”。しかしそんなゼンジだが一つだけ他には無い物を持っている。

 

 ――それは十老頭の直系組頭という地位。

 

 十老頭とはハンター世界において世界中のマフィアの頂点に立つ10人の組長である。

 当たり前だがその直系というのはかなりすごい。言わば裏の大統領の直属兵だ。

 

 先程言った通りマフィアの上下関係は厳しい。そこでこの地位を名乗れば相手は萎縮して大抵の行為は泣き寝入りしてくれるだろう。例えるなら水戸黄門の印籠だ。……勝手に使うのにはうってつけだね!!

 

「……いけるやん!!」

 

「はっ? いきなりどうした。」

 

 まぁそんな十老頭も某暗殺一家に電話一本掛けるだけで全滅しちゃうんだけどね。全大陸のマフィアのトップをまとめてコロコロして平気って何なん? ちょっとゾルディック家さん強すぎませんかね。

 

「なんでも無いよ。お金を積むだけで交渉のテーブルに着いてくれそうな相手(人間)は楽でいいなって。」

 

「おいおい魔獣でも飼うつもりかよ。」

 

 残念、ゲートの向こうにいるのはもっとやばい奴なんだよなぁ。あっちは単位が一魂とかになりそうだから困る。会話するだけでも厄災の力が必要だし。

 

「じゃあ次の仕事を頼みたいんだけど。女の子の護衛って幾ら? 同い年の子なんだけど。」

 

「ん~、まぁ事情によりけりだな。」

 

 私によって無理やり非処女(念能力者)にされたメンチちゃんはアレからずっとホテルの部屋にいる。つまり同棲しているという訳である。これはもう実質夫婦(弟子入り)なのでは? 作ってくれるご飯がすっごい美味しいんだ。

 

 だから念の為に護衛は付けとかないとね。聞けば今住んでるボロアパートに両親はめったに帰ってこないらしく、このままここに居ても問題ないとのこと。同じ様に育児放棄された身としては親近感湧いちゃうなぁ。

 

「てかあんたと同い年ってその子も年齢詐欺なのか?」

 

「どういう意味かな?」

 

 私はピッチピチの10歳やぞ? 見た目は子供、頭脳は大人、その名は天然美少女シズクちゃん!! ……ないわ。この街に来てからたまに思考がおかしい気がする。

 

 まぁここまで大人しくしていたおかげで情報はほぼ集まった。学園や教師の不祥事からクラスメイトの家の後ろ暗い事情まで。そしてスクワラさんのおかげで賭博に関わるマフィア関連もばっちりだ。

 

 ……という訳でそろそろ動き出す頃合いだろう。ていうか一週間も大人しくしてたんだからもう暴れてもいいよね? 我慢しすぎてもう心のチンチンはガッチガチだぞ。

 

「経費は全部こっち持ちでいいからよろしく。」

 

「OK、あんたにはこの一週間で随分と稼がせてもらったからな。分かった引き受けよう。」

 

 私はスクワラさんを連れて部屋に戻る。フフフ、メンチちゃんを泣かせたクズ野郎どもめ、今度はお前らが泣く番だっ!!

 

 

 

 

 

■□■□■□■□■□■□

 

 

 

 

 

 一方その頃、開始から一年も経たずにクリアされてしまったグリードアイランドでは、再開に当たって変更される仕様の最終確認が行われていた。

 

 そこは最後のイベント後に呼ばれる城の中の一室。

 円卓を模したテーブルにはジンを除く9人のゲームマスター達が着いていた。全員来て大丈夫か? と思うかもしれないが、現場には代わりの念人形が置かれているので問題ない。

 

「ではこれより変更点の説明を始めます。」

 

 司会はデータ管理の補佐担当のリストである。いつもどおりシャツとズボンにサスペンダーを着用している彼は、用意した資料とホワイトボードを使い、一ヶ月掛けてようやく定まった新仕様を発表していく。

 

「まずは島の入退場に関して。イータさんとエレナさんの要望通り卑猥なプレイヤー名は禁止になりました。ただし短時間での出入りへの対処は今回は保留です。」

 

「何度も同じことを言うのは地味に辛いんだけど。まぁしょうがないわね。」

 

「そうね、転移能力を持ってるプレイヤーなんて滅多に来ないでしょうからね。」

 

 リストの発言にイータとエレナ――島の出入りを管理している双子の女性が頷く。要望していた変更の片方が保留になったというのに、そこに悲壮感は全くなかった。なぜなら重要なのは名前の方だったからだ。

 

「初日にチンチン、チンチン、チンチン言わされた時は頭が爆発するかと思ったわよ。」

 

「ちょっとイータ、品がないわよ。私もチンチンは正気を疑ったけど。」

 

 彼女たちはとあるプレイヤーにより何度もセクハラにあった。特に規制していなかったプレイヤー名を悪用され、"チンチン"だの"パイパイ"だの"カモカモ"だの卑猥な名称をゲームに出入りする度に呼ばされていたのだ。

 なのでそのセクハラさえ防げれば残りは保留でも文句はなかった。

 

「次に交換ショップについて。こちらは一部カードの買取価格が下方修正されます。」

 

「まぁあんな荒稼ぎされるのはちょっとな。……クワガタ錬金術だったか? 流石にアレはダメだろ。」

 

 ドゥーン――データ管理を担当しているボサボサ髪のダラしない男性がリストに同意する。

 

 こちらはゲーム開始すぐにゲーム内マネーを荒稼ぎされた方法である。クワガタを大量に取って売る。言葉にすればそれだけだが一匹の買値を高く設定していたのが仇となった。当たり前のように悪用され結果的に何億も稼がれてしまった。

 

 オマケにその金でランクBカードの中でも凶悪な洗脳系が買い込まれ、序盤から多数のプレイヤーが支配されてしまっていた。当たり前だがそんな状況はまっとうなゲームとは言えない。

 

「それと呪文ショップについても、無制限の選択タイムは無しになりました。」

 

「店の中で大量買いされると簡単に全種類揃っちまうからなぁ。」

 

 呪文カード購入時の選択時間、必要なカードをじっくり選べるようにという仕様も当たり前のように悪用された。

 

 店の中では呪文カードはバインダーに入れなくても消えなかったのだ。だがそれを利用して一度に何千枚ものカードを揃えたプレイヤーがいた。

 本来であれば持ち運べる金には限度があるため不可能なのだが……瞬間移動で何千万ジェニーも持ってくるなど想定外であった。

 

「そして特に強く要望が上がっていた、イベントに関わるキャラ(GMとNPC含む)へのアイテム効果についてですが、今後は全て無効となります。」

 

「「……っしゃぁ!!」」

 

 望みがかなったことにサクサク――赤帽子にメガネをかけた中年と、レイザー――スポーツマンのようなガッチリした男、が歓声を上げた。

 

 更に二人はハイタッチした上で、拳をつくって軽くぶつけ合った。喜びに溢れたガンガンガンという音が室内に響く。

 

「おい、キャラが崩れてるぞ二人共。」

 

「まぁまぁいいじゃない。」

 

「そうそう、流石に全身こんがりローストと下半身大爆発はちょっとね。」

 

 そんな微笑ましい光景にドゥーンが突っ込み、イータとエレナも微笑しながらちゃちゃを入れる。だがそれだけだ。行動そのものを止めようとはしない。

 

 なぜならハシャいでいるこの男二人は他のゲームマスターと違い、イベントのボスとしてプレイヤーの前に立ちふさがる立場だからである。

 

 そうつまりは。

 

 ――アイテムを悪用したとあるプレイヤーに虐められた一番の被害者達だからだ。

 

「できれば最初から無効にしておいてほしかった……。」

 

「全くだね。ゴロリ共々、夜中に天罰されるのはもうごめんだよ……。」

 

 ようやく落ち着いたレイザーとサクサクが着席する。見れば目の端は薄っすらと涙の跡があった。

 彼らがやられたことはとにかく酷いの一言である。もはや筆舌に尽くし難い。ゲームマスターの保護がシステムに組み込まれていなければ何度も死んでいたほどである。だがその分だけ今回の変更は嬉しかったのだ。

 

「よしじゃあコレでようやく再開だ。なんだかんだで一ヶ月ちょい掛かっちまったな。」

 

 ドゥーンはやれやれと首を回す。彼らは念能力によって島一つをゲーム化している。当たり前だがその為の制約と誓約は沢山有り、だからこそ今回の仕様変更に多大な時間を要してしまっていた。

 

「あ、そういえばもう一つだけ報告がありました。クリア報酬ですが《支配者の祝福》が持ち出されたので、()()()()今後同じカードは選択不可になります。」

 

「それはしょうがねぇ。一万人の念人形なんて何度も具現化させられたらリソースが幾ら有っても足りねーよ。」

 

「あらそれじゃあ《大天使の息吹》と《魔女の若返り薬》もダメになるの?」

 

「ああ、カードごとに調整なんて面倒だからな。全部早いもの勝ちでいいだろ。」

 

 イータの質問にドゥーンが答える。それは最初から決めてあったことなので誰からも文句はでなかった。

 

「ふふ、クリアされたのは一ヶ月前なのに、もう何年も前の気がするわね。……そう言えばあの子は今頃何をしているのかしら。」

 

「あらイータ、案外ネテロ会長にでも挑んでいるのかもしれないわよ?」

 

「おいおいそんな訳ないだろ。あのガキがそんな玉かよ。」

 

「確かにそうだな。……どうせどこかでまた誰かを嘆かせているんだろう。」

 

 イータとエレナの軽口に答え、サクサクとレイザーは中空を見上げた。そんな二人の瞳には深い悲しみがあった。どこか別の場所で起こっているだろう悲劇を悼んで。

 

 ――だが彼らは知らない。これからやってくるプレイヤーの大部分が、その大天使と若返り薬を求めていることを。そう、悲劇はすでに起こることが確定してしまっているのだった。

 

 絶望してブチ切れたバッテラ氏が残った全財産でありったけの傭兵を雇い、とあるプロハンターの拠点へ攻め込むのはこれから十年後のことである。

 




バッテラ「絶対に許さねぇ!!」
シズク「キレやすい老人こわっ!!」


読んでくれて有難うございました。


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第38話 第一回ヨークシン不幸王決定戦

過去分まで誤字脱字報告してくれた方々、本当にありがとうございます!!


 スクワラさんに護衛を依頼した翌日、私は早速行動を開始した。

 

 時刻は日付が変わる5分前。格好はこの街にきて初日のSM201装備である。眼下には四方を壁に囲まれた200坪ほどの敷地があり、その中には二階建ての屋敷が一つ。出入口には門番役だろう組員が二人立っていた。

 

「ふむ、カメラは通常品のみ。赤外線センサーとかは無さそうだね。」

 

 便利な機能を詰め込んだ特注ゴーグルで屋敷とその周囲をチェックする。

 科学が発達している現在、拠点にはほぼ確実に監視カメラが設置されている。しかしそれは普通の人間を想定したものだ。地上の通路は死角なく撮っていても、上空までカメラを向けてる事はまずない。

 

 つまりデメちゃんに乗って空に浮いている私には誰も気づいていないということだ。

 

「やっぱ裏でこそこそするより、こうして実際に行動する方が楽しい。ねっ、デメちゃん?」

 

『んぎょー! んぎょんぎょっ!!』

 

 ひゃー! 待ち切れねぇ!! そんな顔で跳ねるデメちゃん。私は一緒になってテンションを上げると、バックパックから装備を取り出した。

 

「さーて、ちゃっちゃと壊してお邪魔しようね~。」

 

 まずはサイレンサー付きのライフルで外の監視カメラをすべて破壊。次に仕掛けておいた爆弾で電線を切り電気の供給をストップさせる。これで機械的な監視はしばらく使い物にならなくなった。

 

 私はすぐにデメちゃんを降下させ、音もなく敷地内に降り立った。

 

「おいおい何だこれは?」

 

「分かりません兄貴、何もしてないのに壊れました。」

 

 バレてない事を確認し、半身で壁の角からこっそり入り口の様子を窺う。するとまるでパソコン初心者みたいなことを言い、カメラを見上げている門番役がいた。隙だらけだが誘っているのだろうか。

 

 私はすぐに駆け出しながらその背中に向かってナイフを投げる。両手で一本ずつ。

 

「はぁ↑うぅ↓あっ↑!?」

 

「あ、兄貴の中……あったかいなりぃ。」 

 

 ナイフは狙い通り二人のお尻にプスプスと命中。刃にはたっぷりと麻痺毒を塗っているのでしばらくは動けないだろう。ちょっと汚いがどうせこの投げナイフは使い捨てだ。

 

 門番役の男達はビクビクしながら重なり合うように倒れた。殺さないのは相手の手間を増やすためである。死なない程度の傷を負わせる事でその介護に人が取られる。戦場でスナイパーがよくやる手だね。

 

 しかも今回は治るまで下の方が垂れ流しになっちゃうので、同時に彼らの尊厳もボロボロになる寸法だ。メンチちゃんの家庭をボロボロにしたのだ、ならお返しにコレぐらいはやっとかないとね。

 

「お邪魔しまーす。」

 

 私は倒れた二人を乗り越え正面から侵入する。声はボイスチェンジャーで変えているので聞かれても問題ない。まぁどうせ覚えてないだろうけど。

 

 屋敷の中は予想通り真っ暗だったが、特注ゴーグルのサーモグラフィー機能で視界は確保できている。

 

「これでもうちょっと見た目がどうにかなればなぁ。」

 

 ただし白い仮面の上に付けているので見た目はとてもカッコ悪い。だが暗闇でもしっかりと周囲を視認できるのは、それを引いても余りあるメリット。特に【円】の範囲が小さい私には必需品だ。

 

「さてまずは下から片付けていこう。」

 

 それから私は組員を見つけ次第お尻にナイフを刺していった。一階に居た組員は全部で6人。ナイフは沢山用意して来たのでこのペースなら十分に足りるだろう。

 

「ここは絶対死守するぅーー!!」

 

「残念だったな、ココは行き止まりだ。」

 

 それから二階へ向かおうとすると、階段には登りきった所からこちらに銃口を向けている二人組がいた。暗闇に眼が慣れてきているのだろう。普通なら登ろうとした所を蜂の巣だろうが、残念ながら念能力者に常識は通用しない。

 

「これがバグ技の二段ジャンプだ!!(ゼルダ感」

 

 私はすぐさま足にオーラを集めてジャンプ。撃ってきた銃弾を途中で一度壁を蹴ることで躱しながら、いっきに階を上がって彼らのすぐ後ろに着地。そのまま逆手に握ったナイフを後ろに突き出せば、組員二人は麻痺しながら階段を滑り落ちていった。

 

 そうして組員を荒方片付け終わったら、ついに組長の部屋へ突入だ。

 

「く、くせものだぁー!!」

 

「構えろぉおおおお!!」

 

 扉を蹴り破って飛び込むと、中には組長と思われる男と4人の護衛が居た。手にはフルオート射撃可能な散弾銃だ。

 

 護衛達は私に向かって一斉にトリガーを引いた。ショットシェルと呼ばれる特有の弾丸が連続して発射され、その中に詰まったペレット(金属の塊)が撒き散らされて部屋の装飾品をボロボロにしていく。

 

「しねぇええ!!」

 

「絶対にここで仕留めるんだァあああ!!」

 

 個人的には中々に良い銃のチョイスだと思う。私も散弾銃は大好きだ。だが残念なことに念能力者に散弾はあまり意味がない。オーラによる防御を貫くには、手数より一発の威力が重要だからだ。これがスラッグ弾だったら話は違ってたんだけどね。

 

 私は慌てずオーラと防弾服によって弾幕を防ぐ。さらに暗歩を応用した無音高速移動を使い一人ずつ護衛を仕留めていった。ついでに【円】での探査も並行して行い、見つけた隠しカメラを壊しておく。

 

「4人掛かりで5秒……中々の忠誠心だね。」

 

 それが終わればようやくこの屋敷で一番偉い人と話し合いである。ただし床に引き倒して頭に足を乗せたまま。

 

「て、てめぇ、どこの組のもんだ!? このケーイチ様が雛見会の長だって分かってるのか?」

 

 頭をグリグリと踏んで立場を分からせてやってるのに、それでも相手は自らが優位だと信じて疑わない。

 

 こうなるとマフィアもその辺の一般人と変わらないね。襲われてる最中に警察がどうこう言い出す学生みたいだ。他者に依存した暴力は来るまで時間が掛かるって分からないのかな? 

 

「私は……SM201。これは報復。ゼンジ組長の命令できた。」

 

「SM201……ゼンジ……ま、まさかSMクラブ201号室のチンコが黒い死神!?」

 

 何処の誰だよ!? チンコが有名って、まさか竜玉のパイパイみたいにコメカミに黒いチンコを刺して相手を殺すんか!? ビュッ、ズンッって!! ……おっといけない。今はそんな事を考えてる場合じゃない。

 

「そ、そうだ。私が、その、黒いチンコ(仮)だ。これからお前を尋問する。」

 

「チンコは! チンコだけはやめてくれぇえええ!!!」

 

 何か誤解して組長さんがすごい叫びだしたけど、私は聞かなかったことにしてコメカミに自白剤を打ち込んだ。いちいち拷問とか面倒だからね。そんな手間を省いてくれる科学アイテムは最高だね。

 

 それから全てを聞き出した私は、アヘアヘになった幹部のお尻にナイフを2本刺すと、すぐさま金目の物を回収して回った。

 

「おっ、これめっちゃ高いワインじゃん。ついでにもらっていこ。」

 

 最後に絵画の裏にあった金庫にゼンジの組の組員バッジを放り込んでおく。来る前にちょっと寄って借りてきた物である。

 

 当たり前だが普通に行っても雇ってもらえる訳ないので、このバッジがゼンジに雇われたという動かぬ証拠である。これでヘイトは全部ゼンジの組に行くだろう。

 

「よし、まずは一組目完了!!」

 

 全てを終えると屋敷の電話から救急車にコールして外に出る。続けて扇組の方へも同じ様に襲撃を行った。こちらも拠点は似たような屋敷だったので、同じように外の監視を潰して正面から突撃だ。

 

「おらおら、十老頭直系組頭! ゼンジ組長の命令でエントリーだあああ!!!(雇われたとは言っていない」

 

「敵襲だぁああああ!!!」

 

 構成員は拳銃とサブマシンガンで武装していたが全く問題にならない。発射される9mm弾は念能力者からすれば遅い。

 

 だってここは声が届く前に反応して耳をふさげる世界である。盗賊団の()()()()でもだ。その音速とほぼ同じ速度の弾など回避できて当たり前だろう。ちなみに私がグリードアイランドで使っていたM460の弾は音速の2倍以上の速度である。

 

「て、てめぇ、どこの組のもんだ!? このカナメ様が扇組の長だって分かってんのか?」

 

「ちょっとぐらい言うことアレンジしろや(マジレス」

 

 組員を全員のしたら組長のセリフが全く同じで草生えた。せっかくなのでナイフを多めに刺しておいた。予想より構成員が少なかったんだよね。もしかして人望ないのかな? まぁこれで彼の括約筋は1ヶ月は開いたままだろう。満足した私はそのまま()()()に向かった。

 

 そうして初日は六組目の襲撃を終わらせたところで切り上げた。ゲートのおかげで保管されていた物資は丸ごと頂いてきた。金目のものから違法な薬物、そして銃器まで全部である。

 

 一番のお目当てだったレストランの権利書も無事に手に入った。これであとは両親を説得(脅迫)すればメンチちゃんの体は晴れて私のものになるだろう。

 

 沢山の物品を手に入れた私は、ホクホク顔でホテルに戻った。

 

 

 

 

 

■□■□■□■□■□■□

 

 

 

 

 

 シズクに精孔をこじ開けられてから一週間後、メンチは久しぶりに登校した学校で再びピンチを迎えていた。

 

(なんで? これってどうしたらいいの?)

 

 最初は良かった。学校へ出てきたメンチに対して、イジメっ子3人組はまた絡んできた。だがオーラを込めながら睨み返すと震えながら去っていった。

 

 担任も同じだ。偉そうな事を言ってきたので、シズクを真似して鼻で笑い返してやると、今度はピーピー怒鳴りだした。しかし結局はそれだけだ。メンチが何も反応を返さないと分かると、乱暴にドアを締めながら教室から出ていった。

 

(すごい、本当に世界が変わっちゃった!!)

 

 あまりの違いにメンチは驚いた。ただし実際には変わったのは世界でない、メンチ自身の方である。

 

 前までは登校するだけで鬱になってしまっていたが、今はもう何を言われても心が揺れることはなかった。念を覚えたことでメンチの視野は広がり、心に余裕が出来たのだ。教室における強者と弱者の立場はとっくに入れ替わっていた。

 

 そうなればもはやイジメっ子などキャンキャン煩い子犬である。それも躾のされていない駄犬だ。シズクが雇ってきた護衛の人(スクワラ)が連れている犬達に比べれば、ウルサイだけで全く可愛くない。

 

(フフン、貴方達は一生そのままよ。世界にはこんなすごい力があるのに。それを教えてもらえないなんて。……ざまあみろ。)

 

 むしろ念を覚えた分だけ(気分的に)上からマウントが取れてご満悦である。まだ小学生だからね、しょうがないね。

 

 それからメンチは授業が始まるまで、シズクの教えを思い出して過ごした。

 

『いーいメンチちゃん、念におけるオーラとはずばり生命力そのもの。つまり女の子にとっての母乳だよ。』

 

 シズクは軽い冗談のつもりだった。しかし念について全く知識が無いメンチは、完全に本気にしてしまっていた。何度か両手で乳首を撫でると、いつものイメージ修行を始める。

 

(おっぱいの先端から出た液体が、全身を回るイメージ……。)

 

 メンチは教わった通りに自らの胸を意識する。すでに意識せずともオーラは維持できるようになった。だがもっと練習は必要だ。【纏】はギリギリ及第点と言われているし、何よりシズクに比べれば何もかもが未熟だからだ。

 

 メンチはちらりと隣に座るシズクに視線を向ける。

 

「ん~、どうしたのメンチちゃん? あっ、今良いところだから、読みたいならもうちょっと待ってね。」

 

 そこには机に足を載せ椅子を傾け、フーセンガムを膨らませながら漫画雑誌を読んでいるシズクがいた。驚くことに彼女は担任が朝礼している時からこうなのだ。薄々分かっていたことだが余りにも精神が図太い。

 

「いや別に漫画はどうでもいいの。……シズクってすごいね。」

 

「今更気づいたの? もっと褒めてもいいのよ?」

 

 そんなオーラなど全く意識していないだろう状態でありながら、シズクの【纏】はメンチとは比べ物にならないほどスムーズだ。オーラは淀みなく全身を回り、圧縮されているのか色も濃い。それはつまり質・量共にメンチを圧倒的に上回っているということ。

 

(シズクは生まれた時からこの力が使えたって話だし。……私も早く追いつけるように頑張らないと。)

 

 メンチは再び気合を入れ直し、目を閉じてスムーズなオーラの流れをイメージする。

 

 そんな事をしている間に一時限目の時間になった。担任とは別の教師が教室に入り、手慣れた動作でプリントを配る。それが全員に行き渡ったところで宣言した。

 

「――ではこれより期末テストを始める。」

 

「えっ」

 

 当たり前だが念とは肉体を強化するものであって頭が良くなる訳ではない。特にこの一週間、念の訓練に没頭していたメンチはテストの範囲すら知らなかった。オマケに頼りの綱のシズクは3分経つ頃に退出してしまった。

 

(なんで? シズクだって全然勉強してなかったのに……どうしたらいいの?)

 

 シズクの意外な頭の良さに焦りが募っていく。それから時間ぎりぎりまで粘るも問題は全然解けなくて――メンチは泣いた。

 

 

 

 

 

■□■□■□■□■□■□

 

 

 

 

 

 教室を退出した後、私は別の部屋に移動して寛いでいた。

 

 期末テストは白紙のまま提出した。名前すら書いていない。歴史科目だったけど、この国の歴史なんて全然知らないからね。そういえばメンチちゃんがショックを受けてたけど問題が簡単すぎたのかな? まぁテストは受ける意味ないし、今日はこのままココで過ごしたほうがマシだろう。

 

「えーと、昨日のニュースっと……おっ、もう載ってるじゃん。」

 

 私はソファーに寝転んだまま、お腹の上に乗せたノートパソコンを操作する。

 

 携帯用の回線を利用すればどこでもネットに接続することが出来る。それに外付けのカードリーダーを使えばハンターライセンスの使用も可能だ。要はカードの磁気情報を読み取って送れれば良いわけだからね。

 

「さすがに(情報ハンターは)仕事が早いなぁ。」

 

 画面に映っているのはハンター専用サイト。金を払ってページを進めていけば、そこにはもう昨夜の出来事――六組のマフィアの拠点が襲撃された事件が掲載されていた。

 

(よしよし、良い感じに拡散してるね。)

 

 中にはしっかりゼンジの組の事も書かれていた。その事に満足した私はパクってきた高級ワインを飲む。のど越しがよく後を引かない。中々飲みやすいワインだ。

 

 このまま一週間ほど襲撃を続ければマフィア界隈は大騒ぎになるだろう。ついでにお金も沢山稼げそう。つーか今更だけど、もし旅団ルートで盗賊になっていたらエースになれたかもしれない。私の能力って物資を奪うことに対して適性が高すぎる。

 

 えっ、今もやってる事が強盗と変わらないって? 良いんだよ。だって今回手に入れた物の半分は献上しちゃう予定だし。ていうか送りつけるんだけどね。宛先はすでに知ってる。

 

(まさか十老頭全員の住所から電話番号まで乗ってるなんてね。金払えばプライベートの予定表も見れるみたいだし、情報ハンターまじパネェ。)

 

 もちろんその相手は十老頭の一人である。ゼンジの上にいる人だ。その時にはしっかりとゼンジの名前を使う。襲われた組は悔しがるだろうが、一度トップに献上されてしまえば返せなんて言えないだろう。

 

 それに手柄にしちゃえばゼンジももうそれは違うなんて言えないよね? 言ったらせっかくの手柄が無くなる。そして残るのは組の名前を使って好き勝手やられた事実だけだ。ゼロに戻るどころか一気にマイナスである。

 

 それなら手柄ということにして裏で犯人を探すだろう。そしてその間は滅茶苦茶恨まれるのは間違いない。ゼンジの組を中心にヘイトが広がり、恨みがクルクル回り、マフィア界全体も釣られてぐるぐる回る! これが本当の地獄のメリー・ゴーラウンドだ!!(悪魔感

 

(憎しみの連鎖って外から視てる分には最高の娯楽だよね。……巻き込まれたらだるいけど。)

 

 そうして騒がせれば十老頭から何らかのアクションが有るはずだ。

 その時はどうなるか分からないが、どうにかして和解したい。どうせコネを作るなら一番上が良いよね。裏カジノで遊びたいし、ブラックオークションを始めとした違法物の売買も利用したいのだ。

 

 それから数年後に出回る緋の眼対策も。餌にすればクラピーは大抵の事に折れてくれるらしいからね。頑張って出来る限り回収しとかないと。彼にはぜひ真っ赤な三角ビキニでアヴァロンっぽいボートに乗ってもらいたい(モーちゃんの声優的な意味で)。

 

「まっ、まだ初日だし今はこんなとこかな。」

 

 満足した私は画面を一般のニュースサイトへ切り替えた。目を引いたのはザバン市での連続殺人事件。被害者は万力のようなもので体がバラバラに。ってこれはジョネスだね。もうちょっとしたら捕まえに行こう。

 

 

 

 他には特に目を引く情報は無かったのでノートパソコンの電源を切る。それから私はソファーに深く体を預けた。柔らかながらしっかりと体を受け止めてくれる。流石に()()()だけあって良いものを使っているね。

 

「で、そろそろどうするか決めた?」

 

 私はパソコンの画面を見ていたときとは変わって、冷めた声で床に這いつくばっている老人に声をかけた。

 

「そ、それはその、わ、わたしでは判断がつかないといいますか」

 

 そう言いながら顔を上げたのはこの学園の長である"ジャミトーフ=パイマン"校長だ。彼は滝のように汗を流しながら床に正座したまま体を震わせていた。

 

 その理由は来賓用の机の上に置かれている4つの物である。

 

「それこの書類みた上で言ってるの?」

 

「い、いえそれはその……。」

 

 一つ目はこの学園の不祥事の証拠。この学園に転校すると決めたときから集めていたものだ。今の教師がやっていることから、歴代の校長が闇に葬ってきたものまで盛りだくさん。もし一部でも漏れてしまえば彼の首は飛ぶだろう。下手したら物理的な意味で。

 

「つーか貴方()助かるんだから別にいいじゃん。」

 

「本当に私は助かるのですか?」

 

 二つ目は契約書。上記の不祥事の調査を()()()私に依頼していた、という書類である。ただし『解決まではあらゆる手段を用いて協力し、かつ全ての損害について一切の責任を問わない』と記載されている。簡単にいえば期間限定の()()()()()である。

 

「これ以上時間かけるなら額を減らす。」

 

「……。」

 

 三つ目は金。現生で1億ジェニー。これはこの人への慰謝料だ。だって完全に巻き添えだからね。でも欲しがらないはずはない。

 

 当たり前だが1億というのは軽い金額ではない。普通の人であれば何十年も汗水たらして働き、一生をかけてようやく稼ぐことが出来る額なのだ。まぁこれは昨日マフィアの金庫からパクってきた金だけどね。

 

「それともマスコミに全部ぶちまけられたいの?」

 

「それだけは……それだけは勘弁して下さい。」

 

 そして四つ目がハンターライセンスだ。思っていた以上に効果は抜群だった。出した瞬間に校長の体が固まり、眼の前でデスクを真っ二つに割ってみせたら態度が激変した。それからはずっと土下座のまま。

 

 弱みを握られているとはいえ、60過ぎの大人がその1/5も生きてない小娘にこれってやばいね。……正直、ちょっとライセンスの効力なめてたかも。

 

「このままだとどうなるか分かるよね? じゃあちゃっちゃとサインして。」

 

「……分かりました。」

 

 だがそんなライセンスを私はガンガン使う。脅しながらカードサイズのそれでほっぺを軽くペチペチだ。

 

「これでよろしいですか?」

 

「OK、これで貴方の潔白は保証された。事が起きる時には連絡するからそれまで待ってて。」

 

 そうして遠回しに脅せばジャミトーフ校長は油の切れたロボットのような動作で契約書にサインした。これでもう後には引けないぜ!

 

 まぁ1億も上げるんだし? これから学園が吹き飛んだり、マスゴミさんが連日押しかけてくるけど許してくれるよね!! あっ、不祥事は全部あの担任のせいになるんで校長はたぶん大丈夫だよ!!

 

「あ、あと今やってるテストなんだけど。」

 

「まだ何かあるのですか?」

 

「私のは全教科()()に、それから今から言う三人は全部()()にしといて。」

 

 ついでにテストもどうにかしてもらおう。校長権限で命令させれば平教師なんてイチコロだ。まぁメンチちゃんは自力で解いてたっぽいからそのままで。イジメっ子3人組には本当の権力というものを見せてやろう。

 

「じゃあお互いに合意も成ったことだし乾杯しよっか。」

 

 私は用意しておいたグラスにワインを注ぐ。お互いの器を合わせて乾杯したとき、校長は今すぐ死にそうな顔をしていた。

 




Q.メンチちゃんのおっぱいからビームは出ますか?
A.残念ながら出ません。ミサイルも。

なお、メンチの【纏】の誤解はしばらくそのままな模様。


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