コズミック・イラ のコンスコン! (おゆ)
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第一話  次なる世界

 

 

「サイ、貴男とのことはパパの決めたことだけど、そのパパももういないわ」

「は? な、何? ここはいったい……」

 

 

 俺はたまげてしまった!

 あれ? 俺は確かに死んだはずだ。

 土星圏の最初のコロニー、コンスコン・シティの病院で。

 

 周りにはフォウやジュドー、キャラ・スーン、ギュネイ、ケリィなどがいて、皆涙目になっていた。

 俺が病死していくのを悼んでくれている。

 ただし俺としてはあまり思い残すことはない。フォウにだけは、先に逝くのは申し訳ないと思う。しかしながら成すべき仕事はもう終わっている。

 

 人類社会に並び立った三つの勢力は、もう戦争には至らない。

 地球表面や月の勢力、サイド1と2を中心とした勢力、サイド3と土星圏の連合勢力、この三つの政治ブロックは健全な競い合いをしているだけであり、軍事的緊張はない。

 それよりも、人類社会は新しい拡大期に入ったのだ。政治的な区別がもはやあまり意味を持たないくらいに。

 

 木星圏コロニーも土星圏コロニーも発展し、コロニー数においてサイドと言う言い方が相応しいくらいに多くなった。

 おまけに天王星圏までも開拓の射程に入っている。

 そして何よりも惑星に依存しない独立宙域コロニーたちが存在感を増しつつあるのだ。

 それらは既存の惑星を周回するのでなく、太陽系内で独自の軌道で浮いていて、通商の中継基地になるものである。むろん惑星から資源を得られないので工業や農業はできないが、逆に交易の中継地として適切な位置に置かれている。それにより、まるで太陽系内をネットワークのように繋ぎ、全ての交易をスムースなものにしている。

 つまり今や太陽系内全体が等しく発展を始めているのだ。地球圏にこだわることはなくなり、もちろんアースノイドとスペースノイドの差なんて誰も気にしない。どこの出身の人間だとか、どこの勢力に属しているかなんて大した意味はない。

 

 俺はそれに至る道筋をつけてから死んだのだ。

 

 

 

 ……ところが俺は生きている? しかも立っている?

 

 そして目の前には赤い髪をした女がいる。目が大きく、可愛らしいといえばそうだ。

 しかしながら言ってることが全く分からない。

 

「ちょっと待ってほしい。意味が分からない。パパとはどういうことだ? 何を決めたと…… 大体にして君は誰なのか」

「サ、サイ? 何を決めたか分からないなんて、とぼけるのもいい加減にして! こっちはあなたに気を遣って話してるのよ! 急に言うのも悪いと思って。でも、状況が変わったんだから、仕方ないでしょう!」

「だから何の話なのか」

「はっきり言ってほしいなら言うけど、婚約のことよ! 本当に悪いとは思ってるのだけど…… もう解消したいの」

「婚約だと!?」

 

 髪の赤い女が何を言っているのかと思えば、婚約なんかの話をしているのか!

 

「いや余計に意味が分からない。婚約なんて覚えはない」

「サイ、あなたらしくもないわ。本当はわたしのことが好きで好きでどうしようもないくせに!」

「何だそれは。会ったばかりでそんなことを思うわけがない」

「え……そんな…………」

 

 女はかなりのショックを覚えた様子だ。

 表情を面白いほどくるくる変え、最後は顔を伏せてこの場を走り去る。

 

「結局君の名前は……」

 

 女は問いかけにも答えてくれず、俺がここにいるヒントをもらうことはできなかった。

 だが俺は自分で気付いた。

 声が若い?

 しかも体が軽い?

 視界に腹が入ってくることもなく、足元が見えるじゃないか。

 

 うわっ、体が別人だ!

 眼鏡をかけている。服も黄色で、これはジオンの制服ではないし、連邦のものでもない。

 ただし分かることもある。ここが軍艦の内部であることは間違いない。この造りから俺は簡単に判断できる。

 おまけに大気圏を航行中であることも分かる。俺の経験によれば、ひっきりなしに感じる微振動は艦外壁を流れる気流による揺れだろう。

 

 

 

 俺はこの異常事態に直面し、慎重に行動せざるを得ない。そして何人かに会って話をすれば少しずつ入ってくる情報がある。

 

 この体の名前はサイ・アーガイルという。

 年は若く、元の体とは真逆で痩せ気味だ。なぜかこの体に俺が成り代わっている。どんな現象でこうなったのかは分からない。

 そして乗っている艦の名前はアーク・エンジェルというものらしい。その名前はともかく……小窓から見える艦外形には本当に驚いた!

 何だこれは! 連邦の木馬か? と思って怯んでしまった。

 俺の木馬とガンダムに対するトラウマはとっても深いんだ。しかし驚いたのは一瞬だ。よくよく見ると細かいところは木馬に似ておらず、俺の知らない武装がてんこ盛りで、逆にメガ粒子砲が見当たらないではないか。

 

 ともあれもっと情報が欲しい、そう思って俺は苦労して艦橋に辿り着く。そこのコンピューターにアクセスすれば何がしかの情報があるはずだ。

 そうして中に入ったはいいのだが……

 

 

 

 

「サイ・アーガイル。今は非番のはずだが?」

 

 艦橋には航海士や通信士とおぼしき人間がいたが、その他に黒髪を妙な方向に流した女がいて、俺にそう聞いてきたのだ。

 小柄ではあるがしっかりした口調で、言い方からするとこの体の上官に当たる者なのだろうか。

 

「い、いえちょっと確認したいことがありまして……」

「なるほど、いい心がけだな。職務に熱心なのは自覚が出てきたせいか」

「は、はあ……」

「ん? どうした」

 

「端末は、どこでしょう?」

「…… 本当にどうした。お前の席は艦長席の右側だ」

 

 そして俺は軽い体に感謝しながら席によじ登り、さっそく情報を検索する。このおかしな世界でも文字が一緒なのは助かる。

 

 

 

「はあっ!!! こんなことが!!」

 

 俺は何を見ても表情に出さず、声も上げないつもりだった。

 だが、端末から得られた情報は予想のはるか上を行くもので、思わず大声を上げてしまったのだ。

 

「何だこれは…… この戦争はいったい…… 目的が、まるで気違いじみている!」

 

 俺がそんな声を出すのと同時に艦橋へ一人の人間が入ってきた。

 それはともかく、先ほど俺に声をかけてきた女が銃を抜いている!

 そしてピタリと銃口を俺に向けて動かず、所作はいかにも訓練された軍人のそれだ。

 

「サイ・アーガイル二等兵。さっきから様子がおかしい! 薬でもやっているのか」

 

 俺としては咄嗟にどう言ったらいいのか分からない。まさか俺はコンスコン大将です、自分でもよく分からないんです、とでも言ったらいいのか?

 それでは間違いなく病室から出られない。といっても言い訳をすぐには思いつかない。

 

 しかし、今しがた艦橋に入ってきた人間に救われた。

 

「サイ君、あなたは疲れているんでしょう。ヘリオポリスでやむを得ずあなたたちを連れ出して…… 特にあなたにはまとめ役をお願いしたから申し訳ないと思っているわ」

「艦長、しかし」

「ナタル・バジルール中尉、サイ君を定刻まで休ませなさい」

 

 この黒髪の女はナタル中尉というのか。

 正直俺は嫌いではない。職務に忠実で、規律を重視するのは悪いことじゃない。

 

 それよりも艦橋に入ってきた茶色髪の女が艦長とは。

 これは意外だ。ジオンでは女の艦長というのはとても珍しいし、連邦だってそうだろう。しかも若いからにはよほど能力が高いのだろうか。

 

 しかしまあ口添えしてくれてありがたいな。性格は優しいのだろう。

 

 

 

 



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第二話  砂漠の戦術

 

 

 俺はマリュー・ラミアス艦長に助けられ、艦橋を出る。

 

 そして考え込んでしまう。この世界でも戦争があるのだが…… まあ人類に戦争があるのはことさら不思議ではないのだが、問題はその原因なのだ。

 

 戦争はナチュラルとコーディネイターという二つの陣営で行われている。その他に小さな中立国オーブというものがあるが、これは俺の知るサイド6のようなものなのか。

 ナチュラルはほぼ地球に、コーディネイターはほぼ宇宙のプラントと呼ばれるコロニーに住んでいる。というより宇宙時代に合わせて遺伝子を改変したものがコーディネイターだ。

 

 コーディネイター…… 俺は思い返す。

 確かプルプルーと言っていた十二人の少女たちもその部類に入るものではなかっただろうか。遺伝子を組み替えて誕生したということも、同じである。

 その少女たちの成長を近くで見ていたが性格は別に普通だったはずではないか。確かに力が強いとかいろいろな特徴はあったのだが、それだけのことである。コーディネイターだろうと人間は人間、当たり前の話だ。

 

 

 この世界ではナチュラルとコーディネイターが戦争をしているようだが、それは地球連邦とジオン公国で行われたあの戦争と構図は似ている。

 ただしその内容は大違いなのだ。

 記録を見て俺は気付いたのだが、戦いには戦術などを考えている形跡がない。

 これは相手を憎み、殺す、それだけを考えてやっているせいであり、正確に言えば戦争でもなんでもない。

 

 ただの殺し合いだ。

 

 そして戦争初期には核攻撃まで行われている。

 かつてジオンのギレン・ザビ総帥も大量殺戮を伴う作戦を実行したが、これは超短期決戦でなければ国力的にジオンの勝利がない、連邦を屈服させられない、そういう戦略的理由があった。

 だがここでは純粋に相手の命を奪い絶滅させる意図がある。

 

 こんな殺し合いなど認めることはできない。

 いや、認めない!

 俺はコンスコン。平和と命を守るものだ。

 この戦争を止めなくてはならない。そのためにできることは何なのだろう……

 

 

 

 

 そんなことを考えて歩いていたら、誰かとぶつかりそうになった。

 

「あ、サイ」

「いや悪かった。考え事をしていたものでな」

「考え事って、まさか僕のこと…… 僕とアスランが……」

「全然違うぞ」

「この艦で、僕はコーディネイターだから、信用されないのは分かってる」

「だからそうじゃないと言ってるんだ。ん? 君がコーディネイター?」

 

 ここで俺は茶色髪をした少年の話を聞く。

 この少年の名はキラ・ヤマト。純粋そうな性格で、何やら悩みを抱えている。それが大きすぎるせいで、俺の中身がサイ・アーガイルでないことにも気が付かない。

 

「僕はコーディネイターだけど、この艦を守りたい。守らなきゃいけない人がいる。戦って……そうしたいんだ」

「いいじゃないかキラ君! 何が問題なんだ」

 

 そして俺は一つだけ当たり前のことを付け足した。

 

「ちょっと聞きたいが、君はナチュラルかコーディネイターか、選んで生まれてきたのかね」

「いや、まさかそんな……」

「だったら何の問題もない。ナチュラルかコーディネイターかということは全く君の責任じゃない。自分がどの陣営にいるかは自分で決めるものであって、生まれで決められてしまう方がおかしい。そして守るために戦うとは、なかなかいい心がけじゃないか」

 

「でも僕はコーディネイターで、それはどうにもできないことだから」

「悩むということは人間だからだ。だったら君はナチュラルでもコーディネイターでもない、一人の人間だ。そう宣言してしまえ。それ以外に言いようがない」

「サイ……」

 

 何か俺はいいことを言ったんだろうか。

 この少年の瞳に光が戻ってきたような気がする。

 あれ、このキラキラ感は…… まるでかつてのガトーのようじゃないか?

 

 

 

「ありがとうサイ。そう言ってもらえて嬉しかった。でも、何だかおかしいな。サイがいつものサイじゃなくて、別の人みたいだ」

「え、それは気のせいだぞ。俺の名はサイというものらしいからな!」

「…………」

 

 おまけにサイという二等兵だ。

 階級にこだわるわけじゃないが、さすがに俺は二等兵になったことはない。士官学校を出た時には准尉だったからだ。

 そして二等兵の立場ではやれることの幅がだいぶ狭いかもしれないな。

 

「でも本当にサイは大人だね」

「はは、そうか。では名前も変えて、コンスコンとでも呼んでくれ」

「何それ」

 

 そしてちょっと元気の出たらしい少年と別れる。

 キラ・ヤマト、君も純粋だから悪い人に騙されないようにな!

 

 

 

 

 そしてアーク・エンジェルが軍艦であるからには、やっぱり戦いに出くわす。

 しかもそれは夜半だった。

 

「全艦緊急警報発令! 第一級戦闘配備!」

 

 いやあ懐かしい、とばかり言ってもいられない。やっぱり戦いとなれば緊張が伴うのが当たり前だ。今から命のやり取りをするのだから。

 

 俺は慌てて走り艦橋に入る。また昇って自分のシートに就くが、さて問題がある。CICというものがさっぱり分からない! そんな訓練なんか受けたことないからな!

 ただし背中合わせに座っているもう一人の要員がこなしてくれているようで、これは助かる。

 

「キラ・ヤマト、ストライク発進せよ!」

「ストライク、出ます!」

 

 うわあ、俺が見ているものは何だ!?

 ここでガンダムを見てしまうとは! 見事なほどにガンダムの形をしたMSが艦から出ていく。これ味方、味方だよな?

 俺のメンタルに悪すぎる。トラウマをぐいぐい突いてこられるじゃないか。

 驚いたことにパイロットはさっきの純粋な少年だった。なるほど、貴重なMS戦力をあの少年が担い、この艦を守っているというわけだな。

 

 ここに座っていると戦いの様子がよく分かる。

 ガンダムがガンダムであるからには、その圧倒的強さで戦いは簡単に終わるのかと思いきやそうはなっていない。

 相手のMSは何と犬のような形をしている! その機動力の高さがガンダムを上回っているのだ。犬のような四つ足を使うから砂漠の砂でもうまく反発力を使い、接地と同時に動きを変えることができる。

 

「何あのMS…… ザフトはこんなものまで…… やはりザフトはMSの開発で一歩も二歩も先を行っている」

 

 艦長もそう言っているからには、たぶん初めて出くわしたタイプなんだろうな。

 

 

 

 そして戦闘命令は主にナタル・バジルール中尉が行っている。副長兼火器管制官なのだろう。

 

「敵MSをこれ以上アーク・エンジェルに寄せるな! それが難しければ……止むを得ない。対艦ミサイル、スレッジハマー用意!」

「ナタル、それではキラ君に当たる可能性があります」

「しかし戦況は押されつつあり、ここは使用許可を、艦長!」

 

 うむむ、なるほど敵MSを排除するため、艦からの武器で一掃しようという考えか。しかし味方のMSを巻き込むのはいかにもまずいし、しかも対艦ミサイルなど敵MSに当てられるだろうか。それができるくらいなら最初から苦労しない。

 第一、戦況がそんなに悪いのか?

 

「それはもう少し待って…… 敵部隊の後続はいるの? サイ君」

 

 ここで艦長が俺の方を向いて聞いてきた。まあ今の俺の役割は索敵や航行管制のようだから当然だ。

 しかし、斜め上の回答を返してやろう。

 俺はコンスコンなのだ!

 

 

「そんなことをする必要はない。()()()()()()()()、マリュー・ラミアス艦長」

「な、何を言ってるの」

 

 そして俺は驚いて固まる艦長を置いて、ナタル中尉の方を向く。

 

「あの敵MSは砂漠の戦いに特化している。だが俺から言わせれば特化し過ぎだ。そこを突けばいい。ナタル中尉、バリアント発射用意!」

「素人が何を言う! 砲撃など当たるものか!」

「当然そうだ。当てるのではない。射軸は敵MSから50mほど前方にずらせ」

「口を出すな! サイ、貴様何の権限で」

「言い争う暇はないぞ中尉。撃て!」

 

 この様子を見ていた艦長は、俺の意図が何となく分かったようだ。

 

「ナタル、その通りにして。バリアント斉射!」

 

 そしてアーク・エンジェルから放たれた攻撃は敵MSには当たらず、というか当てず、砂漠に呑み込まれる。そこから柔らかい砂を激しく巻き上げる!

 これが俺の狙いだ。

 味方ガンダムに危険を与えることなく、先ずは砂塵によって相手の視野を妨げる。夜間の暗視装置は光と砂には弱かろう。これでひとまず動きを止める。

 

「この艦は新鋭艦らしく、武装が豊富で戦術ヴァリエーションが広く取れる。ナタル中尉、次はゴッドフリート発射用意! 敵MSの進行方向を薙ぐように砂に当てろ」

 

 今度はビームの出番だ。これで撫でてやれば、その高温で砂の表面は溶ける。犬型のMSは重心が低くて全体が砂地に接しているようなものだから、高温の砂地は辛いはずだ。帯状に作られた熱砂で行動が狭められてしまう。

 

 そこをすかさずキラ君のガンダムが仕留める。

 

 犬型MSを二機墜とすと、敵の母艦は砲撃を止め、増援のMSを出すこともなく撤退していった。

 

 

 

「単なる様子見で一当てに来たといったところだろうか。敵の指揮官は優秀だな」

「貴様はいったい……」

 

 思いが顔に出やすいのだろう、ナタル中尉は複雑な表情を見せる。

 俺はそこから目を離し、艦長に向く。

 

「武装というものは敵に当てるばかりが能ではない。もう一度言うが、()()()()()()()()

「サイ君、あなたは……」

 

 

 



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第三話  これからの道

 

 

 まあ俺はちょっとカッコつけ過ぎてしまったようだ。

 

 戦いに口を出した件については微妙な処分となった。

 軍というものは結果オーライとはいかず、やはり命令系統がしっかりしていないといけない組織である。そうでなければ各人が勝手気ままに動き始め、良かれと思ってしたことでバラバラになってしまう。だから結局はナタル中尉の考え方の方が正しいのだ。

 しかし、やはり俺の判断と戦闘指示が砂漠の戦闘に寄与したことは間違いなく、処分は謹慎一日という形ばかりのものになっている。

 

 

「サイ、ありがとう。スレッジハマーの発射を止めてくれたんだって」

「戦術を考えたからだ。キラ・ヤマト君、生還できてよかった。戦いというものはどんなベテランでも必ず還れるとは限らない。俺はいつも将として見送る方だったが、かつてのジオンの勇士たちもそうだった」

「…………」

 

 わざわざ俺のところへキラ・ヤマト少年が来てくれた。

 またしても目を輝かせて…… 相変わらず一本気な少年だ。

 

「サイにはいつも大事なところで助けてもらうね。僕がラクスをザフトに返した時も、また戻ってくると信じてくれた」

「ん? それは前のことだろうから、何の話か分からない。俺はコンスコンだからな!」

「またそんな」

 

 目の前の少年は、俺に対し屈託のない笑顔を見せている。

 年相応でしかない。

 コーディネイターかなんだか知らないが、普通じゃないか。この少年が厳しい顔でMSに乗らされているのがそもそもおかしいんだ。

 

 

 

 

 同じ時、砂漠の片隅では明るい髪の色をした少年が双眼鏡を下ろしながら呟く。

 

「砂漠の虎を退治するのに罠を張ったのだけど…… 無駄になった。しかしあの攻撃を難なく退けるとは、アーク・エンジェルという艦は強いなあ。サイーブ隊長、あれの協力を得られれば」

 

 横に立っている男へ向けて視線を上げ、そう言うと、男は強くうなずいた。

 これのすぐ後、アーク・エンジェルに連合軍回線で通信が入る。

 

「こちら連合軍レジスタンス『明けの砂漠』、アーク・エンジェルに共闘を申し入れる。ザフトの部隊『砂漠の虎』を退治しよう。そうでなければこのアフリカに安息はない」

 

 

 アーク・エンジェルは地球降下に際し、ザフトの襲撃によって予定より早く降下を始めてしまった。追われつつの緊急事態だったので突入角度もめちゃくちゃだ。そのため目的地であったアラスカ連合軍本部からはるか離れたアフリカに着いてしまった。

 しかし、アフリカにだって連合軍の基地はある。

 そのビクトリア基地には艦艇のドックもあり、修理と補給ができる。それに何よりマス・ドライバーがある。このマス・ドライバーは地球でも指折り数えるくらいしか存在しない。これなくして重い艦は重力に逆らって宇宙に帰ることができず、宇宙用の艦艇であるアーク・エンジェルを活用するにはそれが必須である。

 そのビクトリア基地に行けば事足りるはずだ。

 

 だが、その希望はあっさりと打ち砕かれた!

 レジスタンスのサイーブ隊長がアーク・エンジェルのクルーたちに残酷な事実を告げてきた。

 

「連合軍ビクトリア基地は既にザフトによって陥落させられた。もしもアーク・エンジェルが行動を続けるなら、どうしても他の基地に行かなくてはならない。ここからならやはりアラスカ基地だろうが…… しかしそれには砂漠を突っ切ることが必要になる。ならば共にザフトの部隊を叩こうではないか。いや、それしか活路はないのだ」

 

 

 

 艦長マリュー・ラミアスはこの事態に頭を抱え込む。

 

 情勢は刻一刻と変わり、思わぬことの連続だ。しかも多くの場合は悪い方へと転がっている。休息の時ははるか先に延び、しかもその前に厳しい戦いが待っているとは。

 

 結論を出しあぐねて艦橋に入ると、そこには自分でCICの特訓をしようとしているサイ君がいた。

 思い切って聞いてみようか…… 先日以来妙に落ち着きを見せているサイ君に。

 いや基本的には軍人ではなく学生である者に聞いても仕方がない。艦長として自分が考え、重大な判断を下さねばならない。

 そうしたところへナタル中尉も追って艦橋へ入ってきた。

 

「艦長へ具申。直ちに『明けの砂漠』と共にザフト部隊を叩き、紅海へ出るべきです。まごまごしているとアーク・エンジェルの情報が伝わり、大部隊を呼び込む可能性が出るでしょう。宇宙で我らを追っていたザフトのクルーゼ隊が放っておくとも思えません」

「確かにそうだわ、ナタル。皆は砂漠の戦いに慣れていないでしょうが、戦うしかなさそうね」

 

 

 

 そしてマリュー・ラミアスは思わずサイ・アーガイル、つまり俺の方を見た。

 

 俺も艦の行く末に関心があるものだから、つい途中から手を休めてそっちの方を見てしまっていた。

 だから目があってしまう。

 ならば俺も少しは語ってしまっていいのだろうか?

 

「それでいいのかな、艦長。よく考えた方がいい。なるほどレジスタンスはここに拠点を置いている以上、戦い、守るのに必死だろう。その気持ちはよく分かる。ただしこの艦はそれに引きずられる必要は無い」

「サイ、貴様また勝手な意見具申を! 軍の規律を乱す者としてまた謹慎させねばならなくなるぞ」

 

 ナタル中尉がそう言ってくるが、また艦長が宥めてくれる。

 

「ちょうど私からサイ君に聞こうと思っていたのよナタル。だから続けて」

「では言うが、この艦は戦いを避けてもいいのではないか。ひたすら隠れて動くか、あるいは回り道をしてでも」

 

 俺はそう言い切ったが、やはりナタル中尉が反論を返し、それに艦長も同意を示す。

 

「サイ二等兵、そんなことは机上の空論に過ぎない! 大体にして連合軍レジスタンスを支援することもアーク・エンジェルの立派な任務だ」

「そうね。レジスタンスたちは劣勢の中、よくやっていると思う。アーク・エンジェルが彼らの希望になってしまった以上、期待に応えず見捨てることもできないわ」

 

 マリュー・ラミアス艦長は気持ちが優しく、いや甘く、正直ナタル中尉と足してちょうどいいくらいだ。しかしながら、俺としては決して嫌いではないぞ。

 だがここで言わねばならない。

 状況があまりに似過ぎているからだ。かつてのジオンと連邦の戦いに。

 

「二人とも、大局を見るのだ」

「貴様まだ口を……」

「断言するが、絶対にそのザフトとやらの攻勢は続かない。いずれはこんな地上戦など意味がなくなり、ただの小競り合いとして記録されるだけになる。今戦って死ぬのは無駄死にしかならず、レジスタンスのことを思うならむしろ戦わせない方がいい」

 

 俺はかつてのジオンのことを思う。だからこそ言い切れる。

 ジオンは開戦初期から大攻勢に出て、一気呵成に地球表面を席巻していったが、やがては撤退せざるを得なかった。オデッサの敗退がその大きな契機になったのだが、それがなくとも結局は同じだったろう。

 つまり圧倒的に兵員数の劣る側が頑張っても、伸びきったゴムのようにいずれ限界が来て押し戻される。

 兵器の優位でごり押しできるのはわずかな期間に過ぎず、このザフトというものにしたところで、いずれ主力は宇宙に帰らざるを得ないと予想される。

 だったら無理をすることはない。

 今、血を流すのは無駄であり、ザフトが撤退に移った時こそ頑張ればいいのだ。

 

 まあザフトはいざ知らずジオンの場合は地球作戦の合い間を縫い、せっせと鉱物資源の方を製錬してサイド3へ持ち去っていたのだが。

 それはマ・クベ大佐の個人的なファインプレーとでも呼ぶべきものだ。

 そして地表では、もう一人ファインプレーをしていた天才がいたのだが、残念なことに失われてしまった。

 その天才とはガルマ・ザビ大佐のことだ。

 地球で政治的にもっとも重要な場所である北米大陸において、何とジオン軍と住民が宥和をしていた!

 これは通常では考えられない。

 ジオンへの憎しみ一色になって当たり前の住民がジオン側と歓談するなど奇跡としか言いようがない。そのままガルマ大佐がアースノイドと結婚し、憎しみが消滅していけばどんなに未来が変わっただろうか!

 地味ではあるが、キシリア閣下とは別の意味でガルマ大佐は間違いなく政治的天才だったのである。

 

 

 

 

 俺がふと我に返ると、マリュー・ラミアス艦長が考え込んでいた。

 

「戦いを、避ける……」

 

 そんな艦長と俺を交互にナタル中尉が見ている。何も言わないのは少し俺の言ったことを考えているのだろうか。

 

「艦長、本当にそうしたいのなら、俺はいくらでも方策を考えてやる。なに、決して慣れたくはないがこれくらいの危機など幾度も経験しているのだ。そもそも地球降下作戦は初めてではないしな」

「…………」

 

 艦長とナタル中尉を置き、俺は先に艦橋を出た。

 扉のところでちょうど艦橋に入ろうとしていた男とすれ違う。今度の体は腹が出てないからすれ違いも楽でいいな!

 俺はスピードを落とさず立ち去ったので、その男が言っていた言葉はあまり聞こえなかった。

 

「こりゃおかしい。あいつはなんか普通じゃないぜ。俺は勘が鋭い家系に生まれたんで分かるが、少なくとも青二才って感じがしない。不可能を可能にしてしまいそうだ」

 

 

 

 俺は艦橋を出るだけではなく、そのまま艦を出た。

 なんでもレジスタンスたちが艦のクルーに対し歓迎会をしてくれるそうだ。

 

 急に冷えてきた砂漠の中、わずかな灯のところを歩いていたが、何やら少年たちの声がするではないか。

 

「カガリっていう名前だったんだ…… 僕は人が死ぬのを見過ぎてしまったから、こうして生きててくれる人がいるのが、とっても嬉しい」

「ヘリオポリスではお前に助けてもらった…… 感謝してる」

 

 あのキラ君がレジスタンスの少年と話しているらしい。明るい色というかむしろ黄色の髪をした少年はぶっきらぼうなしゃべり方をするが、感謝しているという気持ちは充分伝わってくる。こうして見ると二人はまるで兄弟のようだな。

 

 だが、ここへいきなり乱入者が現れる!

 あの赤い髪をした女が場の空気も読まずに踏み込んできたのだ。

 

「キラ! こんなところにいたの! あたしがせっかく誘ったのに、何で断ったのよ!」

 

 俺がそっと見たところ、キラ君はなんだか困ったような顔をしている。

 そしてそれ以上に明るい髪の少年が憤慨しているようだ。

 

「横から話に割り込むとは失礼なやつだな。キラ・ヤマト、この女とはどういう知り合いだ」

「何よあんたこそどっか行って! キラはあたしがいっぱい慰めてやらないと…… 保たないんだから!」

 

 

 するとキラ君は赤髪の女の顔も見ず、ポツリと言ったのだ。

 

「フレイ、やめてよね。僕がサイを裏切るはずないだろ」

 

 

 



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第四話  進路の提案

 

 

 なんだかややこしそうな話になってきたな、と俺は思う。

 多感な時期の若者たちらしいといえばそうだが、感情のもつれは厄介なことだ。

 俺はそっと立ち去ろうとする……

 しかし、その前に皆から気付かれてしまった。

 

「あっ! そこに居たんだサイ。今まで話さなくてごめん。フレイとのこと、言い辛くて……」

「ん? キラ君、何か勘違いしてないか。俺にはどうでもいいことだぞ」

「で、でも、別になんでもなかったから……」

 

 

 するとやはり赤髪の女がいきり立っている。

 

「キラ…… とにかくいっぱい戦って! あんたはコーディネイターが相手だから、手を抜いてるでしょ。いっぱいコーディネイターを殺して!」

「フレイ……」

 

「そしてサイ、ほんとに私のことどうでもいいの? 婚約者だったのに、吹っ切っている訳がないわ! やせ我慢のくせに!」

「いや本当に婚約なんか知らんのだから仕方がない」

「くう…… 二人とも……」

 

 赤髪の女は悔しそうに震えている。

 すると興味なさげにこの様子を見ていた明るい髪の少年が止めを刺してしまった。おそらくそういう方面のことが嫌いな、潔癖な性分なのだろう。

 

「どう見ても、嫌がる二人を追っかけてるようにしか見えないね」

 

 

 

 

 そんな騒動の翌日、俺はまた艦橋でCICを扱おうと奮闘していた。

 だがどうにもこのパネルスイッチの多さが覚えられず、俺はもうげんなりとする。正直ダメかもしれないな。

 

 この艦は航行管制無しで飛んでくれ。

 

「何してるのサイ。カレッジではあんなに優秀だったでしょ。出来が良すぎてムカつくくらいだったわ」

 

 俺と背中合わせのシートにいて、同じようにCICを取り扱っている少女がそう言ってくる。

 名前はミリアリア・ハウという者だ。彼女は口ではそう言いながら、俺の分のデータ処理までやってくれている。彼女はCICとはいってもMS管制が主な仕事で、俺の分まで肩代わりするのは大変な仕事だろうに…… つまり根はかなり優しい少女なのだ。

 

 しかしながら仕事は不意に中断される。

 艦橋に入ってきたナタル中尉が俺を呼び出したからである。

 

「サイ・アーガイル二等兵、ちょっと艦長が呼んでいる。済まないが作業を中断し、一緒に来てくれないか」

 

 

 

 そして俺はナタル中尉に先導され、艦長室へ向かう。

 

「……お前はこの艦の学生上がりたちの中では落ち着きがあり、まとめ役ができる人間だと評価していた。学生上がりでは分からないかもしれないが軍人と民間人とは違う。軍人とは常に落ち着き、感情より任務を優先する人間のことだ。しかしサイ、先日以来お前はおかしい。軍の規律を驚くほど無視してくれるが……しかし言う事は軍人的な思考だ。私もどう考えたらいいか戸惑う」

「うむ、ナタル中尉、そう思うのは当然だ。俺が一番戸惑っているのだからな」

 

 俺の口調でナタル中尉はわずかに表情を硬くしたが、何も言わなかった。軍の規律についてはやかましく言うも、ナタル中尉は自分に対する言葉使いについては比較的寛容らしい。つまり威張りたがりとは無縁で、自分の感情はしっかりコントロールする、とてもいい軍人なのだ。

 

 俺とナタル中尉が艦長室に入ると、そこには艦長だけではなくもう一人の人間がいた。

 

「よう、サイ・アーガイル。なんだか色々凄いって噂だぜ。この会議に呼ぼうって艦長が言ったんだが、俺も賛成だ」

「それは光栄だ。よろしく頼む」

 

 そいつは気安い感じの男だった。

 自己紹介がなかったってことは、元からこのサイという者と親しかったのだろうか。

 確かに面倒見の良さそうな男で、頼れる兄貴分風という感じである。

 

 

「さっそく会議を始めるわ。このアーク・エンジェルをどこに進ませるか、どうザフトの部隊を避けるかの話よ」

 

 艦長マリュー・ラミアスが会議の本題に入る。

 なるほどそれは最重要課題であり、この艦の命運を決めてしまう話だ。ここを間違えたら目も当てられない。

 おや、と思ったのは、先日俺が交戦を避けるべきと言ってたことを、きちんと考慮してくれているではないか。

 

 

 

 そして図表を投影しながらナタル中尉が説明している。

 

「ビクトリア基地が失われたとなれば、本艦はアラスカ基地に向かわざるを得ません。現在位置はリビア砂漠の西端、ここから東に向かって砂漠を突っ切り、インド洋方面に向かうのが基本方針です。戦いを避けるという艦長の方針には同意しますが、努力しても限定的にならざるを得ず、交戦と多少の犠牲は覚悟の上となります」

 

 なるほどな。それが順当といえばそうなのだろう。誰しもそう考える。

 ただし俺としては若干近視眼的に見えるのだ。

 これは敵にとっても順当なことであり、ならば敵の待ち構える中に飛び込んでしまう。どうしても戦いは厳しくなるだろう。

 

 説明を聞いて考え込む艦長と気安い男に対し、俺が言ってしまう。

 

「本当にそのコースで良いのか。それでは砂漠戦に慣れた敵の思う壺になる。完全にそのコースしかないのなら仕方がないが、別の考えもあるのではないか」

 

 皆が不審な顔になった中で、俺が答え合わせをする。

 

「敵の予測を外し、引っ掛けることが必要なのだ。意見として言うから聞いて判断してくれ」

 

 そして俺は投影された地図の上に手をかざす。

 そこから、少しばかり右に動かした後…… いきなり真っすぐ下に下ろす!

 

「東に行くと見せかけて、実際はそこへ行かない! 行くのは南だ」

「南だと! し、しかしそれでどうしようと」

「都合がいいことに南には敵に陥とされたビクトリア基地があるのだろう? そこの攻略だ」

 

 俺の言葉に皆が呆然とする。余りに予想外だったのだろう。

 最初に反応してきたのはさっきと同じナタル中尉だ。

 

「馬鹿な…… 絶対に不可能だ。いかにビクトリア基地の守備隊が少数でも、このアーク・エンジェルの戦力で陥とせるものか!」

 

 

 

 俺は若い三人に対し、講義をしているような気分になった。

 

「まあそうだな。実はそれも引っ掛けであり、つまり二度に渡って敵を引っ掛ける。ビクトリア基地に行くと見せかけたら、いきなり西に行くんだ。緑地帯ならば艦を隠すのも比較的簡単だろう。そのまま西に進んでいけば大西洋に出られる。そして最終目的地はここ、パナマ基地だ」

 

 これには驚きのあまりナタル中尉も黙り込んでしまう。

 最初に声を出してきたのはあの陽気そうな男だった。ちなみに後で知ったのだが名はムウ・ラ・フラガというらしい。

 

「俺は気に入ったぜ! サイ・アーガイル、大胆な作戦じゃないか! 敵を躍らせて常に先手を取るとは、どこでそんな戦法を学んだか、後で教えてくれ。俺にだけな」

 

 男はそう言ってくれたが、あとの二人であるナタル中尉と艦長は黙ったままだ。

 まだちょっと消化できていないのだろう。

 

「艦長として、まだ判断がつきません。この件は数日で決定します。サイ君、ご苦労でした」

 

 

 いずれのコースを辿るにせよ、それに合わせて俺は細かな戦術を考えよう。

 まさに乗りかかった船だからな!

 

 

 

 



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第五話  心を忘れるな

 

 

 その後アーク・エンジェルは補給を急いでいる。

 

 物資はまだ枯渇しているわけではないが、この先どうなるか分からないからだ。特に洋上に出てしまうと補給のしようがない。洋上戦力でいえば連合の方が圧倒的に勝るのだが、それに対抗するためザフトは逆に潜水艦隊の方を充実させている。そのため物資の輸送船が確実に航行できるとは限らない。そのため補給はできる時になるべくやっておかなくてはならないのだ。

 

 そして軍事物資はともかく、食糧は大きな街なら手に入れることができる。

 偵察のためアーク・エンジェルのキラ君とレジスタンスのカガリ君が街の市場に潜入したはいいのだが……

 

 

 

 かなり時間が経ってからキラ君が帰ってきた。

 しかし何か様子がおかしい。

 くるくる目を泳がせ、おまけに何かぶつぶつ言っているではないか。出迎えた俺はそれを耳にしてしまったが、よく意味が分からない。

 

「カガリが…… 女の子……」

「ん? 何だそれは」

「あのカガリが女の子だったんだ! 全然分からなかった」

「…………」

 

 正直どうでもいいな!

 そんなことは。聞いて損した。

 しかしキラ君の様子が変なのには、別に大きな理由があったのだ。

 

「サイ、僕は敵の隊長と話をしたんだ。その隊長は『戦争はどこで終わりにすればいい? 敵であるものを全て滅ぼしてか』と言ってた。僕はそれに言い返すことができなかった。そこまで考えたこともなく、答えを持ってなかったからだよ。そして隊長は……僕らをそのまま帰してくれた。アーク・エンジェルの兵士と知っていたのに!」

「なるほどな。敵の隊長は大した奴だ」

 

 そういうことだったのか!

 つまりキラ君は敵の隊長の器があまりに大きくて、それに圧倒されてしまい、完全敗北したらしい。

 しかしキラ君は若いのだから、その答えをゆっくり探しながら成長すればいいと思うんだが。

 

「迷うのはいい。迷いは成長する土壌だ。ただしキラ君、大事なことをしっかり握っておくことだ。君はこの艦を守りたいと思って戦っているのだから、その正しいことを忘れてはいけない」

「サイ……」

「なに、戦争を終わらせるとかいう難しいことはとりあえず大人に任せておけ。キラ君、俺が何とかしてやる。俺は決してMSに乗れることはないが、ジオンのコンスコン大将である限り、戦術で引けを取ることはない」

「…………」

 

 思わず大見得を切ってしまったが、それもまあいいだろう。

 このキラ君の悩みを軽減させて上げるのが優先だ。

 そう、今のように純粋に、瞳をキラキラさせているのがこの少年には似合う。

 

 

 

 だいたいの補給が済んだ頃、俺はマリュー・ラミアス艦長から知らされる。

 

「サイ君、検討した結果、あなたの案で行くことにしたわ。アーク・エンジェルは砂漠を行かず、南下して緑地帯に紛れ込む。ただし……」

「ただし? なんだろう」

「これからレジスタンスを説得しないといけないわね。移動の支援で納得してくれるかしら」

 

 確かに難問かもしれない。

 レジスタンスは砂漠の街を守ることに固執している。

 だからザフトの砂漠の虎と戦うことばかり考えている。

 

 そしてやはり…… 艦長の説得は失敗してしまったのだ。

 

 

 

 結果は一目瞭然である。

 

 レジスタンスはせっせと地雷を埋設している。つまり決戦をする準備なのだ。

 おそらく地雷原で罠を作り、そこへ敵を誘導して動きを止め、囲んで叩くというつもりらしいな。

 決して悪い作戦ではない。

 作った側は地雷の位置を知っているわけだから、機動力で格段に優位に立てるだろう。

 だがそれでも…… 作戦が成功するためにはどうしても二つの条件がある。一つは地雷を破壊する兵器を敵が持っていないこと、もう一つはレジスタンスのあまりに貧弱な兵器でも撃破できることだ。

 

 

 

 地雷原を全て敷設し終わらないうちに、その結果が出た。

 砂漠の虎から多弾頭弾が発射され、地雷原を一掃していく。どのみち人の手で敷設されるような軽量地雷では砂を巻き上げられれば無力化される。

 

「緊急出動! 本艦はこれよりレジスタンスを保護し、撤退の支援をする」

 

 マリュー・ラミアス艦長がそう命じる。

 やっぱりいい艦長じゃないか!

 非情な人間なら、レジスタンスの犠牲をこれ幸いと目くらましに使い、とっとと逃げ出すところだ。

 

「スカイグラスパー、発進して」

 

 そんな艦長だからこそ、俺も補助のしがいがある。

 

「艦長、それではお互いに戦力をつぎ込み、泥沼の総力戦になるぞ。撤退支援なら他に方法がある」

「それは何? サイ君」

「対ミサイル用のフレア弾とチャフ弾があるだろう。それを目の前にぶちまけてやれ。敵も深くは追ってこないはずだ」

 

 この会話を聞き、次にナタル中尉が口を挟んできた。しかし以前と違うところは問答無用で口を閉じさせるわけではなく理由を聞いてくるところだ。ナタル中尉も少し軟化してきているのだろうか。

 

「フレア弾をそんなことに使うというのか! しかもサイ二等兵、敵が深追いしてこないという理由は」

「あれを見るんだナタル中尉」

「あれとは……」

 

 砂漠の虎には犬型のMSだけではなく、普通タイプのMSが二機いるのだ!

 ただしその二機は砂漠に足を取られ、そこに立っているだけで悪戦苦闘している様子である。

 最近砂漠に来たのだろうか。

 ともあれ戦力的に何の足しにもならず、むしろ足を引っ張るだけになっている。まともな指揮官なら、これを知れば新規巻き返しを選ぶだろう。

 

「な、何! デュエルとバスターだと!? あれは、ザフトのクルーゼ隊だ! やはり宇宙からアーク・エンジェルを追ってきたのか! 第八艦隊を叩いたことに飽き足らずに……」

 

 俺には意味が分からないのだが馴染みの敵らしく、ナタル中尉が驚いている。

 

 

 

 

 ともあれアーク・エンジェルとレジスタンスは大きく後退し、その場を逃れることができた。

 アーク・エンジェルに被害はないが、レジスタンスには若干の被害がある。

 地雷の誘爆に巻き込まれたせいだ。

 

 

 その死者を哀悼する場で声を上げている者たちがいた。

 見れば、キラ君と明るい髪のレジスタンスの少年、いや少女だ。何と二人は激しく言い争っている。

 

「キラ・ヤマト、何が無駄だ! もう一度言ってみろ! みんな必死で戦った! 大事な人や大事なものを守る為に、必死で」

「必死だからどうだっていうんだ。気持ちだけで、一体何が守れるっていうんだ!!」

 

 キラ君が少女に向かい、感情のままに言い返している。

 これはまずい。

 キラ君は本来そういうことを言う人間じゃない。

 戦いを続け、疑問を抱き、心を壊してきているんだ。その言葉は自分に言い聞かせているのだろうか。

 俺は思わず介入せざるを得ない。

 

「それは違うな、キラ君。少し早いがここで答え合わせをしてあげよう。むろん、どこが戦いの終末かという話についてだ。戦いの終末は心にある。確かに力がなければ何も守れない。無謀な戦いなど馬鹿のすることだろう。だが力と心、どちらが大事かと言われれば、もちろん心だ。心を失えば敵を殺すだけになって止まらない。しかし守るために戦うという心を忘れなければ、()()()()()()()()()()()()()()

「サ、サイ……」

「その時だ。きっと戦争は終わる」

「戦争が、終わる……」

「今はゆっくり考えればいい。心を忘れるな、キラ君」

 

 

 そして俺は側にいたレジスタンスの隊長に向き直る。

 

「サイーブ隊長とお見受けする。俺はジオンのコンスコンだ」

「む……」

「この馬鹿者が!! 若者を悩ませ、傷つけてどういうつもりだ!」

 

 

 

 



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第六話  イザーク・ジュール

 

 

 俺はなおもレジスタンスのサイーブ隊長に言う。

 言葉は自然とキツくなるが、大事なことなのだから仕方がない。

 

「故郷を守る、それはいいだろう。だがそれで死んだ者がいるのだぞ」

「我らに支配者など要らぬ。そのための戦い、そのための犠牲だ」

「だから馬鹿だと言っている。今日の損害が少ないとでも言うつもりか! 死んだ者はもう還らないんだ! 昨日まで家族と会話をし、仲間と飯を食った、若者には思い描いていた未来があっただろう。やってみたい夢もあっただろう。これからという時に、それらは全て消え失せた。その事実を考えろ」

「……」

「信念を曲げろとは言わん。だが俺に騙されたと思って、戦いを止めてくれ。ザフトはいずれ必ず撤退する。それまでの間だ」

 

 サイーブ隊長は信念はあるが、元は大学の教授らしく理解力があった。こうしてレジスタンスは撤退に同意したんだ。

 その場で会話を聞いていた艦長やナタル中尉は困惑を隠せない。

 スカイグラスパーのパイロット、ムウ・ラ・フラガだけが呟く。

 

「あいつ…… 本当に不可能を可能にしやがる……」

 

 レジスタンスは再び地下に潜り、戦いは止んだ。

 もとからザフトの砂漠の虎は別に街を搾取しているわけではなく、横暴なことはしていない。むしろ友好的なくらいなのだ。それなら現状維持で問題はない。

 

 

 

 アーク・エンジェルもここから南に向かう。

 驚いたことにサイーブ隊長がカガリという少女と精鋭たちを付けて送り出してくれた。せめてアフリカでの道案内ということだ。

 

 砂漠を外れ、緑地帯に入り……

 順調かと思われたが、やはり予定外のことというものはある。

 

「クルーゼ隊のデュエルとバスターが追ってきている! 戦闘用意!」

 

 

 

 

 その数日前のことだ_____

 

「グレイト!」

「うるさいディアッカ! ただでさえここは重力もあるし空気も粘つく、苛々する」

「そうカリカリするなよイザーク。俺に当たるだけならいいが、基地司令と揉め事を起こされちゃ、何かと面倒だ」

 

 クルーゼ隊のディアッカとイザークはザフトのジブラルタル基地にいる。

 

 ラウ・ル・クルーゼやアスランは一緒ではない。というのもクルーゼはとりあえずこの二人を先に向かわせ、アーク・エンジェルの牽制をさせるつもりだったからである。

 その際、この二人が沈めてしまっても構わないと言い添えている。

 むろんそうなれば一番いいという願望はあるが、実現可能とは思っていない。それでも言ったのは二人の若者の士気を高める操縦のためである。

 その通り、二人が発奮しないわけがなく、勇んでジブラルタル基地に来た。アフリカのどこかに降りたアーク・エンジェルを必ず仕留めてやろうと意気込んで。

 

 しかしながらジブラルタル基地では思わぬ冷淡な反応をされている。

 共闘どころか厄介者扱いされたのだ。それはザフトにおけるクルーゼ隊というエリート中のエリートに対する反感が根底にある。

 二人の誇りである赤服がここでは仲間外れの目印だ。

 

 

 アーク・エンジェルの居場所がリビア砂漠と判明すると、二人はさっさと基地を出て、その場所を押さえている砂漠の虎へ合流した。

 そこでもあまり歓迎はされていない。

 

「クルーゼ隊から来たのか……わざわざあの艦のために。せいぜい頑張んな」

「し、しかし、奴らとの戦闘なら俺たちの経験が」

「負けの経験だろう?」

 

 どうも砂漠の虎のバルトフェルド隊長はエリートだからという理由ではなく、クルーゼ隊そのものに対する悪感情があるようだ。ラウ・ル・クルーゼに盲目的に従う二人にその理由は分かりようもなかったが、バルトフェルド隊長はまるでザフトの悪い面を体現するかのようなラウ・ル・クルーゼの冷徹ぶりをたいそう嫌っていたのだ。

 

「アンディ、そんな言い方は…… 若い二人に嫌味を言っても」

「おお、アイシャはやっぱり優しい」

 

 おまけに二人はバルトフェルド隊長と恋人アイシャを見せつけられる羽目になってしまったとは。

 

 しかしながら二人には強烈な自負心があり、戦闘になれば実力の違いを見せ、否が応でもバルドフェルド隊長に自分たちを認めさせられると思っていた。だが実際は……散々なものだったのだ。砂漠に足を取られ、何もできない。射撃もまるでダメだった。

 かえって無様を晒しただけに終わる。

 加えて目的とするアーク・エンジェルにはさっさと南に逃げられ、いいとこなしの体たらくだ。

 ここで引き下がるわけにはいかず、二人はなおも追っていこうとする。そんな二人にむしろ優しくバルトフェルド隊長が言ってくる。

 

「砂漠の虎としちゃ南の森林地帯は管轄外だ。もしお前たち二人だけでもあの艦を追っていくのなら、MSの整備はしといてやる。砂でかなり傷んだんじゃないか。補給も順次送ろう。何かあれば救難信号を出せ。この前の戦闘で少しは懲りただろうから、決して無茶はするなよ」

「……」

 

 アイシャがとりなすせいもあったが、バルトフェルド隊長としては生意気さが少し引っ込んでくれれば、見捨てる気はなかったのである。嫌いなのはラウ・ル・クルーゼだけであり、その若い二人ではない。

 

 

 

 二人はそこからアーク・エンジェルを苦労して見つけ、攻撃を仕掛けたがあえなく撃退されている。

 

「くそ、なんだこの緑は! 鬱陶しい!」

「チィッ、それだけじゃない。イザーク、射線がズレるぞ! 砂漠では熱気流のせいだったが…… ここでなぜこうなる!」

「ディアッカ、たぶん水蒸気のせいだ! 密度が濃すぎる!」

 

「まいったな。俺たちが苦労してるのに、どうしてストライクの奴は対応してるんだ」

「認められるか! こんなはずじゃ…… 地球でさえなけりゃ、仕留めたはずだッ! この俺が」

 

 あっけなく後退させられた後、なおもイザークは神経を高ぶらせ、きつい言葉を吐く。

 さすがにディアッカも呆れざるを得ない。

 

「……イザーク、お前最近おかしいぞ。あれか、避難民のシャトルを墜としたせいか」

「何を! あれは…… 悪くない! どうせナチュラルどもの避難民、墜として何が悪い!」

「何だ図星だったか」

 

 

 

 イザークは宇宙においてデュエルガンダムを駆り、連合第八艦隊を相手に激しく戦った。

 その終盤、第八艦隊が出してきた脱出シャトルを撃ってしまったのだ。

 特に必要な攻撃ではなかった。

 ストライクガンダムとの戦いの中、なかば八つ当たりのように、近くを横切っていくシャトルに攻撃をした。どうせ連合第八艦隊のお偉方が敗け戦でさっさと逃げ出すのだろうという頭もあった。

 

 しかし、しかし、そのシャトルにはただの避難民たちが乗っていたのだ!

 

 爆散の瞬間、イザークは見てしまった。

 多くの避難民たちが切り裂かれ、焼かれ、宇宙に放り出されるのを。

 戦闘服ではなく、ごく普通の格好をした市民たちが、自分のビーム一発であっけなく死んでいく。その中には幼い子供さえ……いたというのに!!

 

 その光景がイザークの心を痛めつけてやまない。

 哭いても取り返しがつかない。

 軍法会議では無罪など望んでもいなかった。しかしながら最初から軍法会議など形ばかりのもので、茶番に過ぎない。プラントがナチュラルを誤射したイザークを咎めるはずはなかったのだ。

 

 

 

「イザーク、それを気にしない方がいい。それとも今さらママの教えに疑問でも持ったのか」

「余計なことを言うな! 母上は…… 関係ない!」

 

 今に限らず最後に一言余計なのはディアッカの悪い癖である。

 

 確かにイザーク・ジュールの母エザリア・ジュールはプラントでも高名な政治家だ。しかも急進派で知られるパトリック・ザラを信奉し、そのシンパとして活躍している。当然ながらコーディネイター優先主義者であり、またザフトの拡充を求めている。

 

 しかしながらイザークにとって母エザリアは優しく、しかも美しく、自慢の母だった。

 思想信条とは関係がない。

 むろん、多少は影響されたところがあったのかもしれない。

 イザークは学校において優秀な成績を収め、ザフトでもエリート中のエリートであるクルーゼ隊に入れた。母エザリアもそれを良しとしている。

 そこから上官であるクルーゼに認められるため、ザフトを勝利に導きコーディネイター優位の社会を実現するため、何よりも母に喜んでもらえるために頑張ってきた。

 

 しかしそれでも…… 子供を殺して平気なほど染まり切ってはいなかったのだ。

 

 

 

 後の世においてキラ・ヤマト、アスラン・ザラらと共に称賛される「銀髪の守護者」なる者がいる。

 その者は自己犠牲と苛烈な戦いで貢献し、有名になった。

 

 

 イザーク・ジュール、今はまだコンスコンと出会ってはいない。

 

 

 

 



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第七話  保身か、正義か

 

 

 キラ君はもちろん密林という周辺環境は初めてだ。

 だがそんな環境へ、あっという間にストライクガンダムのOSを修正し、適合させていく。

 そしてクルーゼ隊からのデュエル、バスターを難なく撃退する。襲撃者は逆に自滅状態にあったので難しいことではない。

 

 さすがにキラ君は凄いな!

 

 脅威を排除し、ほっと一息つくアーク・エンジェルだが、その余波は意外なところに回っていた。

 

 ザフト支配下のビクトリア基地はその戦闘をキャッチし、アーク・エンジェルの目的が自分たちにあるものだと断定してしまったのだ。

 そのこと自体はアーク・エンジェルにとって朗報かもしれない。

 最初からそう誤認させ、備えさせたところで素通りする予定だったからには。

 

 しかし、ここで誤算が生じる。

 ビクトリア基地はアーク・エンジェルに対して過剰な恐怖心を抱いてしまったのだ。

 あのザフトの誇るクルーゼ隊に幾度も勝ち、そして宇宙での戦いの最後、連合第八艦隊が壊滅する中でも無傷で終わっている。そんな最新鋭艦アーク・エンジェルなのだ。

 それが今ビクトリア基地に向かっているとは……

 アーク・エンジェルの事情でリビア砂漠から南下していることを知らないビクトリア基地としては、充分な戦力で攻略に来たものだと勘違いしても仕方がない。

 

 それでも普通ならば戦力を基地に集中し、ハリネズミのように構えるものだろう。

 しかし恐怖心により、むしろ出て行って航路途中を襲う方を選んだ。

 

 

 

「ロケット砲撃来ます! 前方7キロメートルから! 密度レベル2! 更にその右側、自走砲らしい噴煙多数!」

 

 おお、相変わらず俺の後ろのミリアリア・ハウはいい仕事をしている。俺のやらなくちゃいけない索敵と解析を肩代わりしてくれているのだ。自慢じゃないけど俺は未だに分からんからな!

 

「スカイグラスパーに爆装を急がせろ! その間の牽制として、バリアント、撃てーー!」

 

 いやしかしナタル中尉も本当にいい判断をする。

 各種攻撃オプションを適切に選択し、迷いなく対処していく。とにかくナタル中尉は立派な軍人なのだ。

 この程度の部隊が相手なら、俺が何か言う必要もないな。

 戦況を心配するほどではない。

 向こうは確かに数は多いとしても、通常の地上軍だ。MSは未だ見えない。ならばこのアーク・エンジェルの強力な武装をもってすれば、そうそう沈められることはないだろう。

 

 と楽観視していたのだが…… 

 しばらく後、俺は驚いて呟く羽目になる。

 

「むう、向こうの基地司令は馬鹿なのか? 戦力をただつぎ込んでくるとは……」

 

 なぜなら向こうはどんどん戦力を出してくるのだ!

 これは…… 軍事常識に照らし合わせて考えたら最も悪手だろう。

 

 いや、そうとばかりも言っていられないかもしれない。

 こうなればアーク・エンジェルとしても下手な応戦はできなくなる。なぜならアーク・エンジェルの持つ砲弾やミサイルには限りがあるのだ。ビームでさえペレットを消費してしまう。

 よほど節約して使わねば、早々と使い果たし、武装は役に立たなくなる。後は攻撃に対し何もできないではないか。

 

 

 

 これは地味にピンチだ。

 むろん、ナタル中尉も艦長もそれを憂慮している。

 

「艦長、スカイグラスパーによる爆撃を行いつつ、急速撤退を進言します」

「そうねナタル、下手にストライクを出すよりいいわね。ストライクといえども数で囲まれれば撃破されてしまう」

「逃避について、山の傾斜面に沿って行えば、敵の車両に追ってこられる可能性は減ります」

 

 

 うむ、ここで俺も口を出そうかな。

 

「いや待てナタル中尉。傾斜面に沿って進めば、確かに追われることは減る。しかし森に隠れることはできず、しかも防御の弱い側面を晒すことになる。向こうが長距離砲を並べてくればいい的にしかならん」

「サイ二等兵、だがこのまま平地で戦闘を続ければ弾薬を使い尽くしてしまうぞ。とにかく動くべきだ」

「慌てるなナタル中尉。いぶり出しに乗ることはない。そして敵が弾薬の消耗を狙っているとは思えん。なぜならこちらの持つ弾薬の量を向こうが知るはずがないからだ」

「それもそうだが……」

 

「それよりも、敵がなぜこんな無茶な作戦を取ってくるのか、先にそこを考えねばならない」

 

 しかしその答えは簡単には得られない。

 どうして敵は基地を固めて防御しないのか…… ひたすら戦力を出してくるのか。

 何か忘れていることはないか。

 

 

 

 俺はようやく考えをまとめて艦長とナタル中尉に言う。

 証明する術はないが、確信めいたものを持っている。

 

「分かったぞ。敵はどうしてもアーク・エンジェルを基地に近付けさせたくないのだ。なぜなら……ビクトリア基地にはマス・ドライバーがある」

「マス・ドライバー!? 確かにそうだが」

「ナタル中尉、向こうはその破壊を恐れているのだ。だからアーク・エンジェルを寄せないのに必死になる」

「確かにそうかもしれず、この猛攻はそれで説明できる…… しかし、だからといって現状の打開には役に立たない」

 

「いや、役に立たせればいいだろう。これからビクトリア基地を攻略するのだから」

「な!? ば、馬鹿な!!」

 

 ナタル中尉が絶句する。

 理由は言うまでもない。このピンチに加えて基地攻略など荒唐無稽だと思っているのだろう。確かに戦力的には100%あり得ない。

 

 

 

「サイ君…… そう言うからには何か考えがあるのね」

「むろんそうだ」

「聞かせてもらえるかしら」

 

 艦長マリュー・ラミアスはそう聞いてきた。俺は基地攻略の根拠と理屈を説明していく。

 

「一つ、基地を攻略すれば今相手をしている地上軍は逃げ出すだろう。もう一つ、基地の防衛戦力は実力を出したくても出せない」

「それはどうして」

「このアーク・エンジェルの主砲ゴッドフリートは射程が長い。それでマス・ドライバーを撃っていけば、向こうは気が気でなくなる。それが大いなる弱点なのだ」

 

 現在アーク・エンジェルで最も威力の高い武器は特装砲ローエングリンであるが、これは放射能をまき散らすためにこの地表では使えない。しかし、主砲であるゴッドフリートでも射程的には差し支えない。

 だが、これで撃つことを聞くと、艦長もまたナタル中尉と同様に絶句してしまった。

 そして我に返るとすぐに反論してきたのだ。

 

「サイ君、残念だけど何も分かってないわ…… ビクトリア基地のマス・ドライバーは連合にとっても貴重品よ! 今、連合のマス・ドライバーはアラスカ基地とパナマ基地にしかないの。ここのマス・ドライバーを破壊すれば…… 取り返しがつかない。将来連合がここを攻略しても何にもならず、それだけはできないわ」

「とてもいい判断だ。艦長。まさにその通りだ。ただし本当にゴッドフリートを当てるのではない。兵器管制のナタル中尉を信用して、ギリギリのところで当てようとして当てられないフリをすればいい」

 

 

 ここでナタル中尉もまた絶句から復帰してきた。

 

「撃ってもギリギリで当てられないフリか…… それは難しいな」

「仮に当たっても仕方がない。確かにマス・ドライバーが失われるのは手痛い。だがそれはザフトの方こそ遥かに痛いんだ。向こうにとり、宇宙に還れない恐怖は想像できないほど大きい」

 

 そう、俺は知っている。

 かつての俺はドズル閣下の下にいたから、ソロモン宙域をベースにしていた。だから地球には降りていなかった。しかし多くのジオンの勇士たちは地球に降下し、地表で作戦行動を行い、連邦を追い詰めた。

 だがジオンは連邦本部を攻めきれず、結局連邦の物量に押し返されてしまったのだ。そこからは悲惨なものとなった。ジオン将兵の多くが地表に取り残され、宇宙に還る手段を失ってしまった。そこで仕方なく、絶望的でしかも戦略上意味のないゲリラ戦を行うしかなくなり、あたら多くの命を散らしていった。

 

 このザフトだって同じ、宇宙に還る手段を決して失いたくない。

 彼らの家と故郷はここではなく宇宙にある。

 

「ザフトの持つ大規模マス・ドライバーは現状こことカオシュン基地のものしかない。ジブラルタル基地とカーペンタリア基地のものは建設を始めたばかりであり、それほどの能力はないと聞く。向こうの方こそ宇宙との行き来が生命線なのにだ」

「…………」

 

 

「逆にナタル中尉に問いたい。ビクトリア基地のマス・ドライバーは、ザフトとってより重要だと理解してくれただろう。だが、万一破壊してしまえばきっと連合のお偉方に詰問される。近視眼の輩というのはどこにでもいるからな。それでもやるか。安全と自己保身が優先か、それとも正しい戦略を選ぶか、どうする」

 

 俺はこの質問が非常に厳しいものだということを知っている。

 

 かつての俺はコンスコン大将として、ジオン軍内において自由な裁量が大きかった。ドズル閣下もキシリア閣下も俺を信頼し、それを認めてくれた。だからこそ俺は自分が正しいと思うことをやってこれたのだ。

 

 しかしナタル中尉の置かれた状況はそれと全く違う。

 まだ若い。そして彼女からすれば雲の上のような上官があまた存在する。

 その機嫌を損なうかもしれないということがどれほどプレッシャーになるだろう。下手したら一生閑職になり、輝かしい未来をすっかり失ってしまうのだから。家族も軍人だという話からすると、それにも顔向けできなくなる。

 

 さあどうするナタル・バジルール……

 しかし俺は彼女を信じ、心の底では安心していることに自分で気付く。

 

 なぜならこのナタル中尉は邪な部分がなく、正義の価値を奉じている。それは純粋で美しい心だ。

 必ず成長し、素晴らしい姿を見せてくれるだろう。

 それはたぶん、我々にも世界にも必要なことなのだ。この悲惨な戦争を終えさせ、未来に光をもたらすために。

 

 

「…………」

 

 じっとり汗ばむ瞬間が続く。だがその時間はやがて終わる。

 

「やってみよう。それが正しいことだから」

 

 息を吐く俺に対し、ナタル中尉は続ける。

 彼女らしからぬ傲然とした笑みを浮かべながら。

 

「だがサイ二等兵に言っておく。あいにくだがこの私がやる以上、万が一にも当てたりなどするものか!」

 

 

 

 



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第八話  攻略

 

 

「よし。ラミアス艦長、基地攻略作戦の是非を」

 

 俺が作戦を進めるのではない。

 あくまで決定は艦長がするもので、他の者がやってはならない。

 

 艦長とは、少しばかりの権利と、膨大な責務を負う者のことをいう。だがらこそ他の者は全力で艦長をサポートするのだ。

 俺には少しの反省がある。

 前の世界で俺は艦長たちを充分に理解し、報いてきただろうか。確かに俺は艦隊司令としては珍しくMS隊と交流を多く持ったが、艦長たちにはそれほどでもなかった。コンスコン機動艦隊を地味に支えてくれた艦長たちを理解してあげてただろうか。

 

 

「私の責任において、アーク・エンジェルはこれより敵ビクトリア基地に対し、攻略戦を行う。本艦が敵部隊を全て引き付けている隙に、ストライクガンダムを中心とした別動隊で基地を叩く。おそらく敵にはとっておきのMS戦力があると予想されるが、それも排除する」

「いい作戦だ、艦長」

「最終的には歩兵で基地に潜入しシステムをダウンさせれば完了となる。元は連合の基地なのだから、その辺の情報には詳しい」

「素晴らしい」

 

 マリュー・ラミアス艦長は俺が感心するくらいの戦術を組み立ててきた。

 さあ、これでうまく行ってくれよ。

 

 

 

 先ずはナタル中尉がゴッドフリートの射軸を調整する。

 ここは宇宙ではなく、気流や空気密度によって微妙にビームの進路が変わってしまう。

 ナタル中尉は傍目で見ても緊張を隠せず、汗を流し、浅い呼吸になりながらそれを行っていく。

 やがてかちりと照準が合う。

 

「よし、これで…… ゴッドフリート、発射!」

 

 アーク・エンジェルから薄緑の衣を纏ったビームが伸びる。

 それは見事にビクトリア基地のマス・ドライバーの支柱の間をすり抜けていったのだ! 傷一つ与えることがない。

 見事だぞ、ナタル中尉! 俺はかつてのダリル・ローレンツを思い出す。

 

 これでビクトリア基地は大騒ぎだろう。

 戦力をアーク・エンジェルに向けて全て吐き出してくるはずだ。

 頃合いを見て、フラガ少佐のスカイグラスパーが爆撃を始め、機先を制して基地のMS格納庫を叩く。同時にキラ君のガンダムも突入を開始する。

 

 

 しばらくの後…… 吉報が入った!

 

 キラ君のガンダムに目を奪われた守備隊の隙を突き、基地に入った歩兵が、なんとか端末からウィルスを仕込んだのだ。

 これで基地はシャットダウンの状態になる。

 

「やりました! これで基地はしばらく動けないはずです!」

 

 その声はトールという若者のものだった。

 その若者はブリッジ要員なのに「キラにいつも助けられているのは嫌だ。そういう仕事になるなら、まさに工学科の学生の出番じゃないか!」といって出て行ったのだ。

 キラ君、きみにはいい友達がいる。決して一人ではないぞ。

 

 そして俺の睨んだ通り、一度こうなってしまうとザフトは何がなんでも抗戦しようとはしない。こちらがやけになってマス・ドライバーを壊したら向こうにとっては悪夢になる。誰も責任がとれないのだ。

 敵は数で勝るにもかかわらずじりじりと後退し、やがて去っていった。

 

 ここにアーク・エンジェル単艦で基地を攻略するという快挙を成し遂げたのだ。

 幾つもの条件が重なった結果にしか過ぎないが、それでも事実である。

 

 

 

 艦内には歓声が上がる。何度聞いても勝利の後の歓声はいいものだ。

 

 しかしながら俺はこの後を考えなくてはならない。

 基地内を探ったところ、アーク・エンジェルの補給に使えそうなものはあまりなかったのだ。

 かつてここが連合の基地であった頃は、もちろんふんだんに置かれていただろう。だがそれら連合の補給物資は既にスクラップにされている。代わりにザフトがこの基地を手に入れてから持ち込まれたザフト用の物資ばかり置かれている。

 当然のことながら、ザフト用のミサイルなど規格が違うのでどうにも使いようがない。

 

 簡単に言えばアーク・エンジェルはここを長く保持できず、ザフトの本格的な反攻が始まる前に立ち去る必要がある。

 

 むろん連合軍本部に通信を入れ、この基地を守備すべき要員を可及的速やかに送ってもらえるよう要請する。

 だが本部の返事は薄く、期待したほどの大部隊は来そうにない。

 不安を残しながらアーク・エンジェルは基地を後にする。

 

 

 

 

 皮肉なことにアーク・エンジェルの戦いは連合ではなくザフトの方で正しく評価されていた。

 結果、ザフトでも有数の基地、ジブラルタル基地がアーク・エンジェルを危険視し、大西洋上でその撃滅を狙うことになったのだ。今まではディアッカとイザークに任せきりで傍観者の立場にいたのだが、ここで基地が本気になった。

 

「艦長、水中から幾つか反応あり! データバンクによればザフトの新型MS!」

「水中って、潜水型のMS……」

 

 ミリアリアの報告を受け、マリュー・ラミアス艦長が苦慮する。

 宇宙用の艦船であるアーク・エンジェルにとって想定外の戦いが目前に迫っている。

 

 だがこんな地球上ならではの攻撃に対し慌ててばかりはいられない。

 そもそもアフリカの西海岸とヨーロッパとの間は多くの艦船が行き交うところだ。それに楔を打つという戦略的価値を持つザフトジブラルタル基地なのだから、有力な潜水部隊を用意しているのは当然なのである。既にアーク・エンジェルの進路を囲むように配備していたのだろう。

 しかし結局、アーク・エンジェルは限界いっぱいまで艦を傾け、海へ向けて砲撃を可能にすることにより難局を乗り切った。思い切った発想だ。

 マリュー・ラミアス、なかなかやるな!

 

 だがそれで安心はできなかった。

 今度は空中からの攻撃だ。

 

「前方空域にザフトMS! ジンタイプが十機弱、それにバスター、デュエルがいます!」

「けっこうな戦力ね。防空イーゲルシュテルン用意! ストライクは緊急発進! フラガ少佐のスカイグラスパーも出して! しかしながら敵の撃破は難しく、アーク・エンジェルの進路確保を優先!」

 

 おっ、艦長の命令は適切だな。俺から見ても本当に成長著しい。

 だが、ここでナタル中尉が何か言いたそうだ。

 

「艦長に具申! スカイグラスパー二号機の発進を提言いたします」

「二号機…… というとナタル、それはカガリという少女を出すということね」

「現状、戦力を出し惜しみしている場合ではないかと。それにシミュレーションでは戦闘支援を行う分には差し支えない技量です」

 

 ただしここでラミアス艦長はとても興味深いことを言っている!

 

「ナタル、私たちはヘリオポリスで民間人の少年少女を巻き込んだわ。軍の機密保持のためと言いながら連れ出し、そして戦争の手伝いをさせてしまっている。そういうことは…… 良くないのよ。いくらスカイグラスパーの操縦ができるからといって彼女を出すべきじゃない」

「し、しかし、このままでは」

 

 なるほど、艦長はこんな事態なのに正しいことを正しいと言っている。

 とても立派じゃないか。

 

 だったら…… この俺がなんとかしないでどうする!

 

 

「話は聞いた。ではナタル中尉、スカイグラスパー二号機を使わないで打開すれば、何も問題はないのだな」

「サイ二等兵、また士官の意見具申に横から口を出すとは…… もしもつまらない意見だったら謹慎は覚悟するんだな」

「確認するがナタル中尉、この艦の対空ミサイルで一番射程が長いのはコリントスだったろうか」

「それは間違いないが…… しかしミサイルをMSに当てられる可能性は低いぞ」

 

「いや、そのまま使うのではない。それらの自動追尾システムを切ってくれ」

「なっ、どういうことだ!」

「自動追尾をさせるのではなく、ただの旋回をするようにセットして発射だ。これで敵は戦場を回るミサイルを墜とすのにやっきになればよし、そうでなくとも気になって戦いどころではない。いつミサイルが急に方向を変えてくるのか分からないのだからな」

「……」

 

 これも一つの戦術だ。

 MSなら向かってくるミサイルを避け、叩き墜とすくらいできるだろう。しかし向かってこないミサイルだったら? よほど厄介に違いない。

 

 ラミアス艦長は俺の戦術にゴーサインを出した。ミサイルを撹乱として使う意義を理解してくれたんだ。

 結果、戦場の外側を取り囲み、ひたすらミサイルが飛び回る。

 その支援のせいもあってキラ君のガンダムは無事に敵MSを一機、二機、墜としていき、最後は敵を退かせるのに成功している。

 

 しかしまあ、視界に敵味方三機ものガンダムを見るのは俺の心臓に悪いけどな!

 このサイ君の若い心臓でなければショック死したかもしれない。

 

 

 

 

 



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第九話  紐解き

 

 

 当面の危機は去った。

 といっても純粋な戦闘ならば分かりやすく、目の前の困難を打開すれば済む話である。

 

 しかしもっと厄介なことがあったんだ。

 それは味方、である。

 

「これはいったい…… どうしたらいいのかしら。ナタル」

「原則としては最終命令を優先させるべきですが…… しかしながらこれほど真逆の命令をどう解釈すべきか、難しいところでしょう」

 

 このアーク・エンジェルに連合軍上層部から命令が届いている。

 むろん、最も重要なこの艦の行き先についてだ。

 初めに受けた指令では必ずしもアラスカ本部行きにこだわる必要はないということだった。

 アーク・エンジェルは一応第八艦隊所属であったが、その部隊が壊滅した以上、そうそう直ぐに再配備は決まらない。そして通常なら所属艦隊が決まってからその場所に移動する。今は仮の停泊地にするならどこでもよい、それが普通だ。

 だからこそアーク・エンジェルは当初ビクトリア基地を目指したのだし、今もパナマ基地に向かって大西洋上を進んでいるところなのだ。

 

 しかし、急に違う命令が届いた。

 必ずアラスカ基地に来いというものだ。そこには補給や修理といった事情を一切考慮しないとある。つまり言い訳は一切聞かず、パナマ基地にも寄ることなしに何が何でもアラスカ基地に来いという命令だ。これほど強い軍令は滅多にない。

 それだけでも混乱せざるを得ない。

 

 だがそのすぐ後に、やはりパナマ基地でもいいという命令が来たではないか!

 

 いったいどういうことだろう。

 連合軍本部の言うことが二転三転、短期間でこれほど変わるとは……

 

「ナタル、これはザフトの謀略で、ニセ命令という可能性はないかしら」

「いえ、これは連合の秘匿回線を使った命令ですので、それはないでしょう」

「そう……」

 

 ここでナタル中尉は一つの考えを口にする。

 

「難しいところですが…… 艦長、ここはサイ二等兵の意見も聞いてみるべきかと考慮します」

「え、サイ君の意見を? ふふ、あなたも少し柔軟になったわね、ナタル」

「本来は一般兵に聞くべきではない案件だと理解しており、むろん秘匿の確約を得てから行います。そして意見はあくまで参考としての扱いになりますが」

 

 

 

 そしてこの俺が現状の説明を受けることになった。

 なるほど、不思議なこともあるものだ。

 

「……というわけなのよ。サイ君」

「そうか。もちろん俺にだって理由が分かるはずはない。だがそれを聞いて、一つ思い出すことがある。今回当てはまるか分からないが一応聞いてほしい。俺はかつて敵艦隊の不思議な動きに直面し、意図が不明だった時があった。そこで忠告を受けたことがあるんだ。『軍略ではなく、政略で考えたら容易に紐解ける』と」

「政略……」

「思い当たる節があるのではないか。軍と言えども不合理なところはあり、派閥争いといった下らないことがあるものだ」

 

 俺は今こそキシリア閣下に感謝しよう!

 

 かつて連邦艦隊が妙にちぐはぐな動きをしていた際、キシリア閣下は優れた政治感覚で連邦内部の派閥争いを見抜いたんだ。

 おそらくここでも同じなのだろう。連合軍とやらも一枚岩ではない。

 

「確かにそうかもしれないわ。アーク・エンジェルに同情的だったハルバートン提督はもういない。そして、今アラスカにいるサザーランド本部参謀は逆にアーク・エンジェルを疎んでいるような…… ましてやユーラシア連邦のガルシア少将は、快く思っていないでしょうね」

 

 そういった軍内派閥のごちゃごちゃにより、命令がころころ変わるのだろうか。

 いい迷惑だ。

 アーク・エンジェルはひとまずスピードを緩め、パナマ基地に行く前に停泊地を求めた。様子見とエンジン調整を兼ねてカリブ諸島に数日留まるのだ。ここは連合の支配領域なので襲撃の心配は少ない。

 

 

 

 すると確かに島で襲撃されることはなかった…… だが、敵がいないという意味ではなかった!

 

 先客がいたのだ。

 それもアーク・エンジェルの宿敵であるクルーゼ隊とやらのガンダム二機が!

 だが彼らは何もできない。弾薬を使い尽くし、ビームのペレットもない。そして機体は連戦のためにあちこち疲労し、動きもままならない。

 

「くそッ! こんなところでッ!! ジブラルタル基地の連中が!」

「イザーク、俺も珍しくたしなめる気にならん。またあのクソ連中に会えば俺が必ずぶっとばしてくれる」

 

 ジブラルタル基地はこの二人を都合よく戦力として加え、アーク・エンジェル討伐に同行させたのに、いざ戦いが始まって不利になるとさっさと自分たちだけで撤退してしまったのだ!

 むろんこの二人が制止も聞かず、ストライクガンダムを深追いし過ぎたという要因もあったろう。

 それでもMSを洋上に取り残せばどうなるかは明らかなことだ。

 ジブラルタル基地はそのあり得るべからざることを行い、勝手なことに早々とMIA認定をしてしまっている。

 そこで慌てた二人はとにかく陸地を目指して進む他はなく、連合の支配領域であると知りつつもこの島に降り立った。

 

 そこへアーク・エンジェルが後から来てしまったのは何の因果だろう。

 

 二人はさっさと島の奥にでも逃げてしまえばよかったのだが、自分たちのデュエルとバスターを捨てようとしなかった。

 

 

 

 そのために制圧されてしまったのだ。

 屈辱ではあるが仕方がない。立ち向かう術のないこの状況ではどうにもならない。

 

 しかしその時、事件が起こった!

 

「お前がッ! デュエルのパイロットか!」

 

 動けないガンダムから砂浜に降り立ったザフトのパイロットに向け、キラ君が猛然と駆け寄る。

 キラ君はそのままザフト兵を殴り飛ばしてしまったのだ! その銀髪のパイロットは手を上げて無抵抗だったのにもかかわらず。

 

「お前が避難民を撃った! お前があの子を!」

 

 

 その時、キラ君の足元の砂が弾けた!!

 

 銃撃音がする。

 これを見ていたナタル中尉が素早く銃を抜き、そしてきっちり足元を撃ち、キラ君を無理やり制止させたのだ。

 

「キラ・ヤマト少尉。感情的だな」

「で、でも、このパイロットがシャトルを!」

「問題が別だ。軍人なら理解しろ。これ以上やるなら捕虜に対する暴行で問題にさせてもらう」

 

 それでこの場は収まった。

 しかしさすがだ、ナタル中尉は。自分をしっかり抑えてるじゃないか。ザフトのパイロットに向けている目は、キラ君に勝るとも劣らない冷ややかなものなのに!

 

 

 

 しかしながら、これで収まるものだろうか。

 この戦争は憎しみが憎しみを生み、感情的にこじれている。

 俺はかつて自分が捕虜にしたサウス・バニングやヘンケン・ベッケナーを思い出すが、彼らは立派な男たちであり、俺は友情に近いものを感じたものだ。

 しかしこの世界ではそんな概念はない。敵は敵、それしか思わないのだろうか。

 

 俺はキラ君のことが気になる。

 同じようなことを考えたカガリ少女がキラ君のところに走り、後ろから抱きとめた。

 えらく積極的だな! しかしキラ君はそれに反応することもなかった。

 

 

 そしてやはり…… 収まることはなかったのだ!

 夜半になり、そっとキラ君は抜け出した。むろんあのザフトのパイロットのところへ行くに決まっている。

 そう予期したのは俺ばかりではなく、トール君やミリアリア君も同様だった。それで俺たちは協力してキラ君を見張っていたのだ。

 

 キラ君の後を付けていくと、やはり捕虜のところだった。

 しかし、そこには先客がいたのだ!

 

 

「死ね! このコーディネイター!」

 

 あのフレイという赤髪の少女が捕虜にナイフを向け、追い詰めているではないか!

 それに対するのはキラ君が殴ったパイロットではなく、金色の短髪にしているもう一人の方だった。

 むろん、そのパイロットは襲ってきたフレイに対して敵愾心を露わにしている。

 

「こいつがナチュラルのやり方か! やはり野蛮人だ! お前たちは劣った人種、消し去るべき過去なんだよ!」

 

 慌ててトールやミリアリアがそのフレイを取り押さえている。

 

「よくもよくもパパを! あんたたちコーディネイターがパパを殺した!」

「パパ!? 何だそりゃ……」

 

 フレイは無理やり押さえつけられても顔を向け、言葉を投げつけていく。

 短髪の捕虜はそれに対して当惑を隠せない。

 

 

 

 



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第十話  俺の話

 

 

 だが、俺たちはここで気付いた。

 言動も行動も激しいフレイにばかり囚われ、キラ君の方を見ていなかったことに。

 そもそもここに来たのは、キラ君を抑えるためだったのだ。キラ君は…… ザフトの銀髪のパイロットを殺したりしていないだろうか。

 

 慌てて目をやると、やはりキラ君は銀髪のパイロットのところにいたのだ。

 早く抑えなければ…… しかしキラ君の動きはとてもゆっくりしたものだった。

 

「また俺を殴りたいのか? さっき貴様は避難民がどうとか言ってたが。ああ、そうさ、シャトルに乗っていた避難民は俺が殺した」

「…………」

「俺が撃ったんだ。ナチュラルなんてゴミくず、撃って当たり前だ。どうだ、これで殺したくなったか!」

「殺してやりたい。しかし、それであの子は戻ってこない。これを見るんだ」

「何だと……」

 

 キラ君は殴ることも殺すこともせず、手に持ったものをザフトのパイロットに見せる。

 それは、風車の形をした折り紙だった!

 

「これは、避難民の女の子が僕にくれたものだ。別れ際に」

「避難民の、子供……」

「いつもストライクに置いてるんだ。その女の子はとっても明るくて、元気で、いい子だったよ。殺した者のことは知りたくないか? いや、知っておくべきだ」

「俺が殺した、子供。俺が……」

 

 銀髪のパイロットはそれでも謝罪や後悔の言葉を言ったりしない。

 だが、泣いていたのだ!

 

 

「ナチュラルの避難民なんて…… どうして戦闘の最中に…… だったら艦隊のお偉方が逃げたと思っても仕方ないじゃないか。あの時は、そんな余裕なんてなかったんだ!」

「でも、武装のないシャトルをわざわざ撃たなくてもよかったよね。僕と戦っていたんだから」

「し、しかし」

「どうして泣くの、今さら」

 

 これを見て俺は理解する。

 銀髪のパイロットは強がっているが、とても後悔しているのだ。

 心に傷を負ってしまっている。それこそ顔の傷の比ではないくらいに、深く。

 キラ君は自然と追い詰める形になってしまったが、それは意図してのものではなく、どうしても伝えたいことを伝えたのだろう。

 

 

 

 俺はやはりこの戦争は悪だと思う。

 どちらの立場の若者たちも悩み苦しんでいるのだ。

 ならば俺もまた伝えるべき言葉がある。

 

「君が避難民を殺したパイロットかな。一つ話しておきたいことがある。いや、偉そうな説教じゃない。俺がかつて知っているパイロット、シーマ・ガラハウ中佐の話だ。彼女は軍の命令に従い、自分が何をしているのかも分からず作戦を行った。それは民間人の虐殺だった」

「なんのことだ……」

「住民を虐殺した彼女は、それでどんなに苦しんだことか! 苦しみ続け、心の痛みに耐えかね、夜も眠れず…… 最後は亡霊を見るまでになった。宇宙の闇の中、自分の乗るMSを数えきれない恨みの目玉が取り囲んでいるということだった。しかし、彼女は立ち直ったのだ。いや、立ち直らずにはいられなかった。死者に対する贖罪は死ぬことではなく、正しい道を歩むことしかない。いくら苦しくとも、まっすぐに」

「…… 俺は……」

「今はよく考え、そして生き方を決めろ」

 

 そう、これはシーマ・ガラハウの物語だ。

 彼女は立派に立ち直り、再建したマハル・コロニーをついに守り通したんだ。

 どうかそれと同じようになってほしい。

 

 そして崩れ落ちる銀髪のパイロットを置き、俺はもう一人の短髪のパイロットに向かう。

 

「別の者の話もしておこう。アナベル・ガトーという者の話だ。彼は誰よりも強く、戦い続けるパイロットだった。信念があったんだ。それは差別も搾取もない社会を目指すことだ。しかし彼は決して敵を無駄に殺すことはせず、逃げ遅れた整備兵がいたので敵MSを見逃すことすらあった。つまり大事なことは理想であって殺すことじゃない」

「お前はいったい、何だ」

「俺か、俺はコンスコンだ」

「…………」

「別にナチュラルにもコーディネイターにも与する気はない。この体はナチュラルというものらしいが、俺は宇宙の民の方が近いから複雑だな。しかし、この戦争を止めさせたい。ナチュラルもコーディネイターも人間だろう。違うか」

 

 俺の言葉が通じただろうか。

 まあ難しいが…… 少しだけでも心に残ればいい。

 

 

 

 

 その頃、俺の知らないところでわずかな事件があった。

 

「ディアッカとイザークがMIA!? そんなことって…… クルーゼ隊長、それは何かの間違いでは!」

「アスラン、事実だから仕方がない。ジブラルタル基地がそう言っているのだからな。突出しすぎて見失い、回収できなかったらしい。もちろん私も残念に思っているのだ」

「いえしかし、まさかあの二人が…… それに二人が撃破されたところを見たのではないんでしょう? だったら今からでも捜索して」

「そんなことはできない。冷静になれ、アスラン。そういう気持ちがあるなら足付きにいずれ仇討ちをするんだ」

 

 ザフトのカーペンタリア基地においてアスラン、ニコル、そしてラウ・ル・クルーゼがそういう話をしている。

 むろん、話題はMIA認定をされたディアッカとイザークについてである。

 地表上でやっと皆が合流し、クルーゼ隊として態勢を整えるはずだったのにまさかの事態だ。

 

 クルーゼは冷静にその事実を伝えるが、聞いているアスランやニコルは動揺せざるを得ない。

 決してまとまりがいいとはいえないクルーゼ隊ではあるが、お互いの力量は知っている。おまけに乗っている機体は連合とオーブが作り上げた最新鋭MSデュエルとバスターなのである。簡単に撃破されるはずがない。

 この事態に際し、とりわけアスラン・ザラには後悔がある。

 アーク・エンジェルのストライクには親友キラ・ヤマトが乗っている。そのキラに対し、幾度もコーディネイターとしてザフト側に来るよう呼びかけたが、それはいつも無駄に終わっている。お互いに守るものができ、立場はもう乗り越えられないものになっていたのだ。しかしアスランはどうしても諦めることができず、ストライクを自分のイージスで冷酷に葬ることができないでいた…… その結果、ディアッカとイザークの二人が失われたのではないだろうか。

 

 

 しかし問題はその後だった。

 クルーゼ隊の中でもニコル・アマルフィは心優しい少年である。その心の通りに優しくピアノを弾けるくらいだ。

 

 そしてクルーゼ隊の中でもアスランの悩みを理解している者だった。

 自然、もう一度探索をクルーゼ隊長にお願いする気になった。ディアッカとイザークの探索を気の済むまでやり切らなければ、アスランにいつまでも心残りが存在し続ける。

 数日間逡巡した挙句、無駄でもいいから言うべきだと思い、クルーゼ隊長のオフィスに向かう。軍令時間外の夜半だ。

 

 そしてノックしようと息を止めた瞬間、かすかに声を聞いてしまう。

 

「オペレーション・スピットブレイクは間違いなく発動される。いや、パトリック・ザラはどうしてもやらざるを得ない。クライン派を追い落としたばかりで、その反撃を断つためには自らの勝利が欲しいところだ」

「…… 狙いどころはアラスカ基地か。なるほど分かった、協力者C。こちらもそれに対応して考えよう」

 

 この会話は何だ!!

 ニコルは驚きながら考える。

 クルーゼ隊長が何かを語っている。その内容は分からないが、プラントの動きであることだけは間違いない。

 話している相手は分からない。たぶん通話なのだが……

 

 それにしても協力者というのがとてつもなく嫌な響きに感じるではないか。

 

 突き止めるよりもとにかく離れた方がいい。予感がそう告げる。

 ニコルは後ずさり、来た通路を急いで帰る。

 

 

 角を曲がって消える瞬間、その緑髪をオフィスから出てきたクルーゼが見てしまった。

 

「今のはニコル・アマルフィか? さて……」

 

 

 

 



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第十一話 スピット・ブレイク

 

 

 アーク・エンジェルはまたしても連合軍上層部に振り回される羽目になっている。

 

「暗号解読、終了しました。新たな軍令です」

「また? どういうものなの、ナタル」

「今度は…… 厳しいものです。パナマ基地に寄らず、可及的速やかにアラスカ基地に来るように、しかもアラスカでは査問会が予定されるので出頭せよと」

「アラスカ基地へ直ぐに!? そして査問会とは……」

 

 これには戸惑うしかない。

 上層部からの命令がコロコロ変わっている。しかも今度は査問会までちらつかせているとは!

 マリュー・ラミアスは正直いえば査問についてはある程度覚悟していた。

 思い当たる節が多すぎる。最大のものは、コーディネイターであるキラ・ヤマトを連合軍最高機密ストライクガンダムのパイロットに据えていることだ。他にもアルテミス基地陥落の経緯について、あるいは第八艦隊壊滅について、いちゃもんを付ける気ならばいくらでもできるだろう。

 

「ナタル、二人の捕虜を降ろすことも、補給を完全にすることもできないのね……」

「残念ですがこれは軍令ですので、艦長。それに当初予定していたアラスカ基地降下よりかなり遅れているのも事実です」

 

 

 しかしながら補給についてだけは目途が立った。

 何とパナマ基地から巡洋艦一隻、駆逐艦一隻がアラスカ基地まで随伴してくれることになったのだ。

 

 アーク・エンジェルは飛び立ち、上空からパナマ基地を横目に見つつ一路北を目指す。ここまで来て、という思いもあるが軍令であれば仕方がない。

 途中で随伴艦と合流し、補給物資の受け渡しが行われる。しかし不思議なことにそういう物資のこと以外では随伴艦は一切交流を持とうとしなかったのだ。

 

「これじゃ、護衛じゃなくて護送、だな。囚人のようなものさ。ご丁寧にもアーク・エンジェルが余計なことをしないように見張りを付けたんだ。上層部は」

「そうかもしれないわね。仕方ないと思うけれど」

 

 ムウ・ラ・フラガと艦長がそんな会話をしている。

 聞いている俺としては、今一つこの艦の経歴が分からないために不思議に思ってしまうが、そういうものなのか? 艦もクルーもとてもいいのに上から疎まれているとは。

 

 

 

 そして結局アーク・エンジェルはアラスカ基地に辿り着けない。

 

「ザフト艦発見! 進路方向に二隻!」

「向こうはまだこちらに気付いていない。対艦ミサイルスレッジハマー用意! 先制攻撃をかける」

 

 不意にザフト戦力と遭遇戦になってしまう!

 ナタル中尉やキラ君の頑張りにより、そう大事にならないうちに対処はできるのだが……

 それが一回では済まなかったのだ!

 遭遇戦が二回、三回と続いていく。

 パナマ基地からの随伴艦は戦闘になれば弱く、ザフトのMSジンによりどちらもあっさり沈められてしまった。

 MSを考慮していない時代に造られた艦はあまりに脆い。

 直線的に動く戦闘機には自動で弾幕を張れても、高機動のMSには何もできない。火器管制OSがそれに対応していないからだ。対空防御は無きが如しになり、戦闘にならない。乗員が脱出できたのはせめてもの救いである。

 

 図らずもアーク・エンジェルとストライクガンダムの強さを再確認する結果になり、再びアーク・エンジェルは単艦に戻ってしまった。

 しかしここで考えるべきは遭遇戦の多さだ。尋常なものではない。

 

「妙だ…… 遭遇戦が一回ならまだしもこう続くだろうか」

 

 ナタル中尉がそう漏らすが、俺もそう思う。

 もちろん艦長マリュー・ラミアスも同意見だ。

 

「ナタル、確かに妙ね。これは、もしかするとザフトが大作戦を行おうとしているのかしら。それで部隊を多数動かしている……」

「艦長、とすればザフトの狙いはアラスカ本部かも知れません。そこに備えて集結しつつある可能性が」

「アーク・エンジェルもアラスカに向かう以上、このままだと敵中に突っ込み、無理やり通らなくてはいけなくなるわね。少し様子を見なければ危ない」

「いえそれでも時間を置くことはできません。軍令はあくまで速やかな到着、これに背けば更に問題になります」

「ナタル……」

 

 これには正解はない。

 自分の命が危険なのに軍令を順守するナタル中尉は立派だ。

 しかし現実的に無理なことを避ける艦長もまた正しい。

 結局アーク・エンジェルは様子見をすることになった。ザフトの動きを見て、通りやすいところを見極めてから突破することを選んだのだ。アラスカ手前の太平洋上でぐっとスピードを落とし、索敵を充分にする。むろん通信傍受も最大限だ。

 

 

 

 すると…… 電波妨害の厳しい中、一つの通信が入ってきた。それは意外にも連合軍回線の緊急用のものだった。

 

「……至急来援を乞う!! 傍受した連合艦は発信地点へ来援を! こちら連合軍参謀本部、ザフトに襲撃された! 発信地点へ直ちに来援を!」

 

 それはもはや悲鳴に近いものだ。緊急回線とはいえ、もしも解読されたら余計にザフトを呼び寄せる結果にもなりかねない。それでも発信するからには直面している戦況が末期的であることを如実に表している。

 

「発信地点の特定を急げ! そこへ向け、アーク・エンジェル発進! 機関最大戦速へ!」

 

 ナタル中尉が即断し、そこへ向かおうとする。もちろんラミアス艦長もうなずいている。

 今、味方の危機に駆け付けるのは当然だ。

 それに…… 発信源は連合軍の参謀本部と言っている。それが本当なら連合の中枢ではないか。

 

「発信地点出ました! それが……アラスカ基地近辺ではなく…… 洋上です! ここから至近!」

「何だと! 有り得ん! 参謀本部がアラスカ基地付近の偵察ならまだしも、どうしてこんなところに! ザフトが多数接近する中、自分で出てきたとでもいうのか!」

 

 ミリアリアの報告に対し、ナタル中尉が叫ぶのは尤もなことである。

 まるで意味が分からない。

 思わずザフトの謀略を疑いたくなる。しかしアーク・エンジェルが通信傍受を強化したのは自分たちで決めたことであり、偶然に過ぎず、謀略の線は有り得ない。

 アーク・エンジェルは戸惑いながらも急行する。

 

 

 

 

 その少し前のことだ。

 アラスカ基地を出て、太平洋上を南下している一団がいた。

 タラワ級、デモイン級の水上艦艇が密集し、全速力で航行している。総数は十二隻という数だったが……出発時においては。

 しかし途中ザフトの哨戒に引っ掛かり、たちまち有力部隊と交戦する羽目になっている。

 ザフトの快進撃の原動力である量産型MSジンの猛攻を受けているのだ。連合軍初の量産型MSストライクダガーはようやく部品生産を始めたばかり、とうてい間に合っていない。

 

「右舷より敵MS五機急速接近! 更に後方より五機!」

「撃ち墜とせ! 何をしている!」

「し、しかし至難の業かと……」

 

 艦橋に連合軍本部参謀のお偉方がいるのだが、オペレーターに向かって声を上げているのはその中の一人、ウィリアム・サザーランド大佐である。

 

「犠牲はやむを得ん! この艦だけ守ればいいんだ! この艦だけ! それと最大出力で救援信号を出せ」

「……」

 

 そんな自分勝手な命令をオペレーターは伝えざるを得ない。

 しかしそれでも逃げ切れるだろうか。

 

「し、進路はこのままでしょうか? 安全を考えればアラスカ基地へ引き返すべきでは……」

「それだけは絶対にできん!」

 

 余計にオペレーターは当惑する。

 そもそも敵の多い中、どうしてこのタイミングでアラスカ基地を出てきたのか。

 おまけに絶対戻らないと言い切る理由は何なのか……

 サザーランド大佐を始めとした参謀たちの行動はおかしい。

 

 

 そのサザーランド大佐の方では、そんなオペレーターたちを見ながら苦り切った表情だ。

 むろん、心中はそれ以上に焦りがあり、呟きとなって漏れてしまう。

 

「くそッ! こうなったのもアーク・エンジェルのせいだ! あれがもっと早くアラスカに来ていれば問題なかったはずが……」

 

 

 

 

 



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第十二話 裏切り

 

 

 サザーランド大佐はアーク・エンジェルに悪態をつく。それがまだアラスカ基地に到着していないからだ。

 

 しかし、それは筋違いとしか言いようがない。

 アーク・エンジェルに対する命令が二転三転したのは主にサザーランド大佐のせいなのである。

 

 極秘開発のガンダムを奪われ、ヘリオポリス崩壊のきっかけを作ってしまったアーク・エンジェルの存在を初め疎んじていた。当初はアラスカ基地へ呼ぶ気もなく、どこかで撃破されれてしまえば都合がいいとまで考えていたのだ。

 しかし詳細を知り、機密兵器をコーディネイターの民間人に任せていることを知ると、むしろ査問をするために呼ぶ気になった。勝手なものだ。

 ところが、アラスカ基地にジェラード・ガルシア少将がやってくるとまた様相が変わる。

 ガルシア少将は自分のいたアルテミス基地が損壊したので、その修理の間地表に降りてこのアラスカ本部にいる。重要なのはそこではなくガルシア少将がユーラシア閥の筆頭だということだ。そんな折に大西洋連邦で建造したアーク・エンジェルを改めて問題視するのはいかにもまずい。問題を大きくすれば大西洋連邦の失点になるし、逆に問題をもみ消せばユーラシア閥が黙っておらず、いかにも都合が悪い。大西洋連邦閥の中心であるサザーランド大佐にとっては。

 

 そのためにアーク・エンジェルへの軍令が変わった。

 つまり軍令がころころ変わったのは連合軍内部の派閥争いという下らないことが原因だったのだ。

 

 しかし、大至急アラスカ基地に来いという最後の軍令だけは、絶対に必要なものであった!

 

「アーク・エンジェルが来ていればもっとザフトを引き付けられていたはずだ! このままでは中途半端になる。しかもこんなところで哨戒に引っ掛かったのも、全部あの艦のせいだ」

 

 ザフトが目の仇にするアーク・エンジェルは格好の囮になる。それを利用すればザフトをきっちりアラスカ基地に集めておける、そういう目算があった。

 サザーランド大佐はザフトがスピット・ブレイクという作戦を発動させ、アラスカ本部を大部隊で攻めることを知っている。

 しかし、それを完全にする最後の一ピースがアーク・エンジェルだったのだ。

 

 

 アーク・エンジェルは結局間に合わない。

 ザフトのスピット・ブレイクにも、それを利用した連合のサイクロプスによるザフト殲滅にも。

 

 アラスカ基地にいるはずのガルシア少将は死んでくれるだろう。ほとんどユーラシア閥で構成される本部守備戦力も同様である。彼らは基地を離れられないからだ。

 しかし、大西洋連邦の方も犠牲を被ったと言い訳するためのアーク・エンジェルはいない。そして何よりザフトの完全殲滅は難しくなった。

 

 いや、もっと重大な問題がある!

 自分たちだけでとっととアラスカ基地を脱出にかかったのに、途中でザフトと戦う羽目になったとは。

 そんなはずではなかった。

 ザフトがもっと基地へ集中していれば……

 おまけに本当なら自分たちのアラスカ基地脱出に潜水艦を使う予定だった。それが最もザフトに見つけられにくい。ミサイル一発でお終いになる航空機は使えないし、水上艦は哨戒に引っ掛かる可能性がある。しかし潜水艦はどうしても船足が遅い。アーク・エンジェルの到着を待っていたために脱出のタイミングが遅くなり、その点を思案した結果水上艦を使ったのだが……却って仇となったとは。

 

 

 

 アーク・エンジェルはそのサザーランド大佐たちの戦闘には間に合った。

 

「交戦位置に間もなく到達! 連合の残存艦、二隻のみ。他は沈没寸前、あるいは操舵不能のようです! その周囲にザフトMS多数!」

「状況は良くないけれど…… 対空ミサイルウォンバット用意! そしてストライク及びスカイグラスパー発進! ザフトMSを排除し、友軍を救い出して!」

 

 通常なら戦力的に見て無茶な介入ともいえる。

 だが、救援信号では確かに参謀本部と言っていた。それならアーク・エンジェルとしては多少のリスクを負ってでも救援の責務を果たすべきである。

 

 

 しかし、ここで何とザフトに新手が加わった!!

 

「ふふ、足付きを追ってくれば面白いことになった。これに乗じて撃破しよう。アスラン、ニコル、行ってくれ」

 

 それはクルーゼ隊だ!

 彼等はアーク・エンジェルを密かに追ってきていた。

 ザフトのカーペンタリア基地を出たところでアーク・エンジェルの情報が入っていた。遭遇戦でアーク・エンジェルに叩かれたザフト部隊は、せめてその位置ぐらいは発信していたからだ。

 それを掴んだクルーゼ隊は密かに追尾し、襲撃するタイミングを図っていたところだった。

 この混戦で戦力を分散させたアーク・エンジェルを叩けるのは実に都合がいい。

 

 今、この戦場は連合首脳部、それを囲むザフト部隊、アーク・エンジェル、クルーゼ隊が会している。

 

 

 

 ザフトのジンたちを墜としていたストライクガンダムは、アーク・エンジェルに慌てて引き返す。クルーゼ隊から発進したイージスが取り付きそうになっているからだ。

 

「やめろアスラン! アーク・エンジェルには大事な仲間たちがいるんだ!」

「キラ! お前の方こそ! バスターとデュエルはどうした! 墜としたのはお前か!?」

「いや、それは違う! そしてパイロット二人のことを言ってるのなら艦にいる」

 

 これにアスランは驚く。やはりディアッカとイザークは生きていた!

 それはいいが、捕虜として乗せられている!? こうなるとアーク・エンジェルを下手に攻撃できない。

 

 普通だったらそれでも命令として遂行しなければならないが…… アスランはそれをできるわけがなく、まるでごまかしのようにストライクガンダムに立ち向かう。

 ストライクとイージスが互いに見合う。

 しかしキラとアスランはどうしても本気で戦うことはできない。どちらにも恨む理由はない。大切な友達なのだ。斬り合いは浅く、そこに殺気はない。

 

 

 

 そんなところへ通信が入る。

 何と一般回線であり、その発信元は壊滅に瀕している連合軍首脳部だった。

 

「サザーランド大佐だ! 協力者C、何をしている! 早く救え!」

 

 これを聞いたラウ・ル・クルーゼは仮面の奥で呟く。

 

「ふむ、やはり愚物は放置できんな……」

 

 そしてイージスとブリッツに新たな命令を伝える。

 

「アスラン、ニコル、足付きは後でいい。あの連合艦へ向かえ。そして必ず沈めてくれ」

 

 むろんこの命令にアスランは喜んで従う。もうキラと戦わず、ディアッカとイザークの乗っているだろうアーク・エンジェルを攻撃しないで済むからだ。急に命令が変更されたことについて深く考えることはない。

 だが…… もう一人のニコルの方は動けなかった。

 

 その様子を見たラウ・ル・クルーゼは「私もシグーで出る」と言い残し、戦場へと向かう。

 

 

 

「クルーゼ隊長! 協力者とは何です! それは隊長のことですよね。まさか隊長は…… ザフトを」

「勘がいいな。ニコル・アマルフィ、とても残念だ。そして少しだけ認識を正しておきたいが私は裏切ってなどいない。地球連合を潰したいのは本当だ。ただし、ザフトともども」

 

 ニコル・アマルフィは信じたくないものを聞いてしまう。

 だが、ニコルは心が優し過ぎて、それで戦闘行動に出ることはなかった。

 

「分かりたくありません。どうして…… 隊長は」

「人というものはとても業が深いものだよ。それを知るにはニコル、君は今まで幸せ過ぎたのだ」

 

 そしていきなりだった!

 クルーゼのシグーがニコルのブリッツを斬り払った!

 このタイミングではブリッツのミラージュコロイドも使っておらず、それ以前に戦闘態勢に入ってもいない。

 斬られたブリッツは空中から転げるように落ちていく。システムは完全にダウン、推進装置も何も働かない。

 

 ニコルを乗せたまま、海中に没した。

 

 

 

 その頃、アスランのイージスはサザーランド大佐の艦にとどめを刺している。

 

「こんなところで、私が、なぜだ!」

 

 この言葉を残し、脱出途中で艦の轟沈に巻き込まれ、サザーランド大佐は戦死した。

 

 

 それを見届けてアスランが帰投にかかるが、なぜかクルーゼ隊長のシグーが出ている。

 逆にニコルのブリッツが見当たらないではないか。

 

「アスラン、ご苦労だった。見事に連合艦を沈めたな」

「隊長、ニコルは? どこに?」

「…… 私にとっても意外なのだよ。ニコル・アマルフィは敵の謀略に引っ掛かり、裏切る行動を見せた。そのため反逆罪で私自ら討伐せざるを得なかった」

 

 この言葉にアスランの思考は停止した。

 何を言っているのか分からない。

 分かることはニコルがここにいないという事実だけだ。

 

「ニコルが…… ニコルがどうして……」

「アスラン、足付きを追うのはいったん中止だ。実はカーペンタリア基地に補充要員を待機させてある。先ずはその顔合わせとなるな」

「訳がわからない…… ニコルが、なぜいないんです? 裏切るって、そんなことあるわけないじゃないですか。ニコルですよ、隊長」

 

 どうしてもアスランには受け止められない。

 ニコルこそ、アスランにとってかけがえのない友、ザフトで唯一親しくしている者なのだ。

 戦いに向かないほど心穏やかなニコル、彼と裏切りという言葉とどうしても結びつかない。

 

 絶対に……そんなことがあるはずがない! という思いしかない。

 

 

 

 



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第十三話 パナマ基地

 

 

 しかし、ニコルは死んだわけではなかった。

 

 ブリッツガンダムの高性能に救われる形となった。深く斬られ、海中に落ちてはいるが、自動で回復シークエンスが発動している。再起動後に補助推進装置くらいは息を吹き返したのだ。ただし飛び立つほどの力はなく、海上を進む。

 ただしその行き先は……カーペンタリア基地に戻るわけにいかない。

 おそらく何を訴えても聞いてもらえず、かえって処罰対象にされるだけだ。濡れ衣は晴らせない。クルーゼ隊長とでは信用のされ方がまるで違うだろう。

 

 とすれば行くべき場所はたった一ヵ所しかない。

 

 ここは太平洋上なのだから、南に行けば中立国オーブがある!

 むろんザフトがニコルを脱走と認定すれば政治的問題でオーブは受け入れないかもしれないが……どのみちそこしか行き場がない。

 

 そこまで行くにも一苦労で、実際ニコルとブリッツはオーブに到着する寸前に力尽きた。そこを救助という形でオーブが拾い上げていたのだ。

 

 ニコルが目を開けると、栗色の髪をした大人の女が見えた。

 

「ここは……」

「気が付いた? ここはオーブのオノゴロ島よ。正確に言えばそこのモルゲンレーテ社の病院ね」

「僕は、クルーゼ隊長に! このことをアスランに知らせないと」

 

 しかし女は慌てるニコルに構わず、というかそういうところに興味も見せない。

 

「さて、ブリッツは里帰りというところかしら。救助の見返りにデータは頂くわ。ブリッツの登録パイロット、ニコル・アマルフィ君」

「……」

「私はモルゲンレーテの開発主任、エリカ・シモンズ。どうしてもオーブ独自のMSを作りたいの。M1アストレイの完成まであと一歩、いいえ半歩なのよ。協力、よろしくね」

 

 

 

 

 

 同じ時、アーク・エンジェルの全クルーが愕然としている!

 

 やっとのことでアラスカ基地に到着したはずが……

 そこには何もなかった。

 

 死の静寂が支配している。

 基地があったはずの中心部は陥没し、まるで湖だ。ここであまりにも大きなカタストロフィがあったのだろう。

 基地守備隊の残骸も、ザフトMSの残骸も数多く転がっている。

 それら全ては動くことがない。戦いが終わり、しかし勝者は存在しない。いるのは死者だけだ。

 

 しかもその死者の姿は、ただの戦闘とは思えないほど酷いものだった。人間の形を……まるでとどめていない。探索したクルーは例外なく吐いている。連合兵もザフト兵も死の間際にどれほど苦しかったのだろうか。

 

「どういうこと…… これは……」

 

 マリュー・ラミアス艦長の問いに誰も答えることはない。

 

 

 だが長居はできないのだ。

 これでは補給もなにもやりようがなく、アーク・エンジェルは仕方なくパナマ基地に向かって引き返す。

 その途上で連合兵のわずかな生き残りを拾ったのだが、彼らは異口同音に驚くべきことを言っている。

 

「基地は中心から溶けた…… ザフトの攻撃じゃない! 味方がやったんだ!」

 

 もしそうなら恐ろしい結論が導き出される。

 連合軍はザフトの部隊を全滅させるために基地を囮にして引き付けた。それだけならいい。だが実際は基地に連合の守備隊もいたのだ! それら勇敢に戦う連合軍兵たちはこともあろうに味方に殺された。ただの捨て石、いや餌として。

 そしてアーク・エンジェルも……おそらく餌にされていたはずだ!

 急にアラスカ基地に呼ばれたのはそれ以外に有り得ない。

 

 首脳部から疎まれていたのは分かっていたが、まさか味方に殺されるところだったとは。余りに衝撃的である。

 アーク・エンジェルは不穏な空気に包まれる。

 マリュー・ラミアス艦長はいつも通りに振る舞っているようだが、やはり心中の動揺は隠せない。唯一いつも通りに見えるにはナタル・バジルール中尉くらいなものだ。

 

 

 

 しかし、アーク・エンジェルの過酷な試練はまだこれからだった。

 

 パナマ基地に到着し、補給を済ませてわずか三日後、ここにザフト軍が攻め寄せる!

 

「パナマ基地にザフトが! アーク・エンジェルも支援しなくては」

 

 当然のようにマリュー・ラミアス艦長がそう言ったのだが、基地の方からすげなく断ってきた。

 厄介ものの艦の支援など必要ない、ということだ。

 

「言い方は悔しいけれど基地の判断がそうであれば、従うしかないわね。ナタル、アーク・エンジェルを最前線から後退させて」

「艦長、基地の判断は決して悪くありません。ここではアーク・エンジェルは部外者であり、守備の統率のためには下手に手を出させない方がいいと考えたのでしょう。それにこの程度のザフトの部隊に基地は陥落させられませんし」

「大丈夫かしら…… 連合軍にとって、アラスカ基地を失った今、パナマ基地の存在は大きいわ」

「ザフトの戦力は艦数八隻、MSは六十機というところです。パナマ基地の堡塁を抜けるほどとは思えません」

 

 ザフトの戦力は決して少ないとも言えないが、一気呵成にパナマ基地を攻略できるほどのものではない。

 連合は量産型MSの生産を始めたばかりでパナマ基地に配備されたのは僅かしかない。しかしさすがに主要基地だけあり、幾重もの頑強な堡塁と多数のミサイル発射台、装甲車両によって守られている。

 

 アーク・エンジェルは後方に下がり、待機の姿勢を取った。

 これが幸運だったのか……

 

 

「あっ、回路に異常!」

 

 激戦が繰り広げられる戦場で異変が生じた。

 ザフトの新兵器、グングニルが牙を剥いたのだ!

 それは電磁波兵器であり、強力な電磁波が連合の守備戦力に襲い掛かる。

 人体に影響するほどではなく、ミサイルなども爆破されることはない。ただし、それを制御する装置を無力化したのだ。回路を巡る過電圧がたちまちのうちに部品を焼くか、安全装置を働かせてシャットダウンさせる。

 この瞬間、連合軍パナマ基地は無力化された。

 いくら兵器があっても動かなければどうにもならない。

 

「アーク・エンジェルCIC、シャットダウン! 再起動利きません!」

 

 CICのミリアリア・ハウが悲鳴を上げる。

 この異常は、彼女の目の前の管制装置だけの問題ではなかった。アーク・エンジェルはザフトの電磁波攻撃によって広い範囲で被害を被ってしまったのだ。

 

「ザフトの電磁波兵器…… アーク・エンジェル、どこまで稼働できるの!? ナタル!」

「兵器管制、全て落ちています! ミサイル、砲撃とも不能。しかし艦長、エンジン稼働だけは落ちておらず、マニュアル操舵で航行可能と思われます」

「そう、それは良かったわ。ならパナマ基地の様子は? スクリーンを上げて、光学投影に変えて」

 

 幸いにも後方に移動していたおかげでアーク・エンジェルは最悪の事態は避けられていた。戦う力は全くないが、移動はできる。

 ならば成すべきことは味方の撤退支援ではないか。

 本当ならパナマ基地はザフトの攻勢を撃退できるはずが、戦況は一気に暗転した。

 基地は…… もう保たない公算が高い。見える様子では基地からの砲撃もミサイルも全て沈黙している。おそらく連合軍兵士たちは突然の事態にあわてふためいているのだろう。

 その逆にザフトのMSジンは動けている! むろん、電磁波兵器を使うと分かっているので事前に防護措置をしていたのに決まっている。それらジンたちは今、思うさま猛威を振るっているのだ。

 張り子の虎になった連合装甲車や砲台を破壊しまくっている。

 

 

「ストライク、動けます!」

 

 ここで艦橋にMSカタパルトから通信が届いた。

 

「えっ? キラ君、ストライクが動けるって、OSは?」

「OSは落ちてます。起動は物理階層だけです。武装は何も使えませんが、ゆっくり動くだけならなんとか」

「そんなわけがないわ! OSの支援がなくて、姿勢制御できるはずがない」

 

 思いがけないことにマリュー・ラミアスもナタル中尉も驚く。むろん根拠があり、MSというものは各種駆動装置が連携し、完全な姿勢制御プログラムに沿ってこそ稼働できるのだ。OSがなければMSは立つこともできない。むろん技術畑のマリュー・ラミアスはそれを熟知しているから言っている。

 

 しかし、現実的にキラ・ヤマトは動けると言っているのだ。

 やはり違う…… 改めてコーディネイターというものの力を思い知る。

 

「だったら、味方の撤退支援をお願い。でも、決して無理しないで」

 

 

 

 その間にもザフトは侵攻を続けている。連合兵は命からがら逃げるばかりだ。

 

 そこへストライクガンダムが降り立つ。

 むろんザフト側は驚く他ない。電磁波兵器で敵戦力はもう完全に無くなったと思っていたのに、あのストライクが出現したのだから。クルーゼ隊をも退け続ける恐るべき難敵ストライク、ここは退いて警戒態勢に移る。

 

 こうしてストライクガンダムはザフトの目を引き、連合兵の後方移動を助ける…… だがそれなのに、連合兵は心無い言葉を言ったのだ!

 

「化け物!」

 

 連合兵の少なくない数がストライクに助けられておきながら、この言葉を言った。ストライクの動きは本来のものではなく、そのギクシャクした感じから電磁波兵器にやられたことが分かる。本来なら自分たちの扱う兵器同様、何も動けないはずなのに…… 化け物が動かしているのか。

 

 この言葉がキラ・ヤマトに届いた。

 

「僕が…… 化け物だって……」

 

 

 

 



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第十四話 オーブから

 

 

 その頃、アーク・エンジェルの艦橋に二人の者が連れてこられていた。

 捕虜になっているディアッカとイザークだ。

 

「何の真似だ? こんな場所に俺たちを」

「あなたたちに、兵の撤退支援をお願いしたい。デュエルとバスターの整備は終わっているわ。今は電磁波兵器にやられてOSは使えないけれど」

「はっ、お断りだ! 誰がお前たちなんかに。捕虜を協力させようってのが理解できないね。だいたいにしてOSがなけりゃMSが動かせるわけがない」

 

 マリュー・ラミアスは、キラがストライクを動かせるなら、コーディネイターであるディアッカとイザークも動かせるのではないかと思ったのだ。

 それをすげなくディアッカが断った。

 

「無理なのなら、仕方がないわ。キラ君が特別なのね」

「何だって!? じゃあ奴は、まさかOS無しで動けてんのか…… 参ったね。俺には全然無理な芸当だ。最初から協力する気もなかったが」

「本当なら捕虜虐待になるのかもしれない…… 捕虜を無理に協力させることは。でも、今は本当の緊急事態だった。これを見てもらえるかしら」

「何……」

 

 マリュー・ラミアスに言われ、ディアッカとイザークは見ることになった。

 

 ストライクから離れた戦場、そこではザフトが思うさま暴れていた。新兵器によって一気に有利になったのだから、当然そうなる。それは戦争だから何もおかしなことではない。

 だがしかし…… 堡塁や装甲車から出てきて、丸腰のまま逃げ惑う連合兵を撃ちまくっていたのだ!

 もう手を上げて、降伏しているのに。

 負けを認め、憐れみを乞うている兵を…… いや、撃つのならまだしも敢えて踏み潰していく。苦痛と断末魔の悲鳴が続く中、容赦なく命を刈り取っていく。

 

「こ、これは…… お前ら、止めろ!」

 

 ザフト兵にそんな声が聞こえるはずもないのにディアッカは叫んでしまう。逆にザフト兵たちが言う、「ナチュラルの捕虜なんざ、要らねえんだよ!」という声も聞こえてはいない。

 ディアッカはザフト兵らしくナチュラル差別主義だが、さすがに降伏している兵の虐殺は見かねたのだ。

 そしてイザークの方は無言である。またしても自分が避難民を殺したことを思いだしているのだろうか。

 

 

 

 

 陥落したパナマ基地を後にして、アーク・エンジェルは洋上を飛ぶ。

 

 行き先はオーブだ。

 艦長マリュー・ラミアスがそう決めた。

 

「アーク・エンジェルは中立国オーブにしばらくいることにするわ」

「…… 艦長、それはどういった必然性が? 確かにここから近い連合の基地はないのですが、それでも中立国に寄港するのは政治的に問題となります。いわば連合がオーブに借りを作ることにもなりますから」

「ナタル、あなたも分かっていると思うけど…… 連合の上層部のやり方は酷いものよ。アラスカ基地でそれが判明した」

「上層部批判はそれまでにした方がいいでしょう、艦長。アーク・エンジェルは連合の艦であり、そんな理由でオーブへ行くというなら問題になります」

 

 ナタル中尉はあくまで反対の構えを見せたが、それでもアーク・エンジェルはオーブへ向かった。

 

 

 

 しかしオーブの方がアーク・エンジェルを簡単には受け入れなかったのだ。

 思いがけず、洋上戦力を出してアーク・エンジェルを拒む態度を見せた。

 一時寄港であることを訴えても埒が明かなかったが、何とその通信へ割り込む者がいる。

 

「カガリ・ユラ・アスハだ! 私が乗っているんだぞ!」

 

 驚いたことにカガリ少女はオーブ首長の娘を名乗った! それでオーブの洋上戦力を牽制にかかったのだ。

 しかしまあこの少女が姫だとは…… どんな教育をしたらこうなるのだろう。

 別に悪い意味で言うのではないのだが。

 

 しかしながら俺が見るところ、状況はさほど深刻ではない。オーブ側が本気で戦闘をするような態勢には思えないからである。

 そういった機微は、数多くの艦隊戦をくぐってきた俺にはよく分かる。

 結局のところ中立国としての単なるポーズであって、アーク・エンジェルを本気で阻んでいるのではなく、事実ほどなくして入港できた。

 

 

 

 さて、俺はここオーブにおいて少なくとも当初は何もやることがない。

 気楽といえばそうだ。

 まあ、周りの人間は多少バタバタしていたのかもしれないが。

 

「サイ…… やっぱり僕はコーディネイターだから、仲間にはなれないのかなあ」

「ん? またそんな話か、キラ君」

「僕はパナマ基地で化け物だって言われたんだ」

 

 キラ君が俺のところに来てそう言う。

 パナマ基地でかなりショックだったのだろう。ストライクガンダムに乗り、連合の役に立つことで自分なりに打開策を求めていたのに…… しかしその結果は、かえって連合兵たちから化け物呼ばわりされたのだから気の毒だ。

 

「キラ君、一つ言っておこう。昔、俺の知っている中でニュータイプと呼ばれた者たちがいた。MSに乗って特別な戦果を挙げた者たちだ。それはもう凄い戦いぶりだった。だがな、ニュータイプだって実に人間らしかったんだ。失敗もしたし、勘違いも多かったし、色々ひどいものだ。戦いで凄いからといって何も変わることはなく、ただの人間だからそうなる。単に見る側が特別な目で見てしまっただけの話だ」

「……」

「コーディネイターとやらも同じだろう。どういう目で見られたとしても、人間であることには変わりがない。まさかキラ君は自分が人間じゃないとでも思っているのか? そして大事なことを言うが、見る側の問題までいちいち考える義務はない。ならば君がブレる必要はなく、堂々としていればいい」

「サイ、そうなんだね。見る側の問題まで背負うことはない……分かった気がする」

 

 話が通じないかもしれないが、俺はかつてニュータイプと呼ばれた人たち、特にシャア・アズナブルのことを考えながら言った。

 奴は能力が多少違うからといって排斥されることなど恐れてはいなかった。いやそれどころじゃない。むしろ奴は堂々とし過ぎていて、困るくらいだったじゃないか? 

 キラ君も周りのことなど気にしなくていい。

 

 

「あ! ここにいた。キラ! 思い詰めることはないぞ! お前は何も悪くない」

 

 またしてもカガリ少女がやってきて、いきなりキラ君を抱きとめる。

 そういう癖があるのか? たぶんキラ君の様子を見て心配になったのだろうけれど。

 これで大丈夫だ。

 俺の言葉のせいなのか、カガリ少女によしよしされたせいなのか、キラ君の瞳に光が戻っている。

 

 そして俺はふと気付いた。

 この様子を離れたところからあの赤髪の女が見ていたのだ。

 特にカガリ少女を見ている。憎らし気な目で。

 一つ思ったのだが、たぶんカガリ少女は何も考えていないからこそ簡単にキラ君に抱き付くのだ。そこに他意はない。まあ、俺にはそれを赤髪の女に説明する義理はないので放置するが。

 

 

 

 そういった個人事とは別の動きがある。

 オーブはアーク・エンジェルが寄港する見返りにストライクガンダムのデータ供与とキラ・ヤマトの開発協力を求めてきた。

 それにはキラだけではなく、欲張ってディアッカやイザークのデータまで欲しがっていた。オーブのモルゲンレーテ社からすれば棚からぼた餅の気分だろう。これで一気にオーブ独自MSの開発が進むのだから。

 

 そして…… 思わぬ再会があった。

 

「まさか…… おい、嘘だろ? どうしてニコルが、ここにいる!」

「ディアッカ! イザーク! そっちこそどうして! MIA認定されてるんだよ。二人が死ぬなんて思っていなかったけれど」

「ああ、それはジブラルタル基地のクソッタレのせいだ。置いてけぼりにされたからな。仕方なく足付きの捕虜になっちまったってわけさ。で、ニコルも捕虜か? ブリッツが負けたのか、足付き以外に」

 

 驚きは三人とも似たり寄ったりだ。

 オーブで再会するなど想像の範囲外である。しかし喜んではいられない。特にニコルは伝えなくてはならないことがある。

 

「僕は、敵にやられたんじゃない。クルーゼ隊長に墜とされた」

「隊長に!?」

 

「聞いてほしい。クルーゼ隊長はザフトを裏切っている。連合の協力者になってザフトの情報を流してる」

「おい! おかしなことを言うな。クルーゼ隊長はあんなに連合を叩いてるんだぞ。それがどうしてスパイのような真似を」

「でも本当なんだ。隊長は連合もザフトも潰したいとかよく分からないことを言ってたけど…… とにかくこれを早くアスランにも伝えなくちゃ」

 

 ニコルが話すのでなければとうてい信じなかったろう。

 しかしディアッカもイザークもニコルがそんなことを冗談で言ったりしないことを知っている。

 

 

「その坊やを信じてやるべきね。ブリッツはザフトのシグーに斬られてる。精査すれば科学者の目をごまかすことはできないわ」

 

 横からモルゲンレーテ社のエリカ・シモンズも言い添える。

 とにかくこの事実をディアッカとイザークはどう受け止めるべきか。

 

「ちょっと待ってくれ。世の中が一気に複雑になった気分だぜ」

 

 そしてどうすればいいかは自分で考えるしかない。

 

 

 



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第十五話 それぞれの覚悟

 

 

 今、地表上の情勢は混沌としている。

 

 ザフトは連合のアラスカ基地自爆という大胆な策にはまり、大きな痛手を受けてしまった。

 地表におけるMSジンの半数は失われてしまい、ザフトの優位性の原動力であるMSがそんな有様では快進撃など今後不可能だ。つまり当初目指した急戦での決着が難しくなった。一度の失敗でこうなるとは……元々生産力では綱渡りだったのだ。

 

 アラスカ基地の次に重要な戦略目標は連合パナマ基地だが、そこを明らかに過少の戦力で攻めねばならなくなってしまった。結果的にパナマ基地を奪取できたのだが、それは電磁波兵器を使った奇襲が有効だったからであり、その切り札を切ってしまったのは痛い。

 電磁波兵器は一度目ならたいそう有効でも二度三度は使えない。防護手段の開発においてザフトが先行するのは当たり前だが、連合も直ちに追従してくるだろう。その技術自体は大したハードルではない。

 

 ただし、無理をしてもザフトがパナマ基地を奪ったのには意味がある。

 

 これで連合は完全にマス・ドライバーを失った。

 宇宙とのやりとりは片道になった。もはや連合が物資を宇宙に送ることはできない。これでは再建途中のアルテミス要塞、そして月面最大の連合軍基地であるプトレマイオス基地への補給もままならないではないか。連合の宇宙拠点が軒並み干殺しにされてしまう。

 そして宇宙艦を送ることもできない。パナマ基地のマス・ドライバーは本来その機能はないが、転用可能との目算があり、アラスカ基地の自爆はそれを前提としたものだ。

 今、連合がいくら宇宙艦を建造しても宇宙に送ることはできず、ザフトとの戦争で土俵に乗ることさえ無理となった。

 

 連合が戦いに勝つためには絶対にマス・ドライバーが必要となる。

 

 

 現状打開のため最初に狙ったのはザフトに奪われたばかりのパナマ基地だ。連合は物量を投入した大戦力で奪回を目指した。

 確かに無理やり基地を奪い返すことはできたのだが……

 しかし攻防戦の最後にザフトはマス・ドライバーを自爆させた。これではパナマ基地を得た連合も呆然自失、元の木阿弥になる。

 

 連合はザフトの持つ他のマス・ドライバーを奪わねばならなくなったが…… アジアのカオシュン基地のものは、ザフトの最大地表基地であるカーペンタリア基地から近過ぎる。もしここを狙えば乾坤一擲の大勝負になってしまうだろう。

 最後に残された可能性、それはアフリカのヴィクトリア基地のものである。

 これはせっかくアーク・エンジェルが陥とし、連合のものとしたのにもかかわらず、既にザフトによって奪い返されている。

 その当時はアラスカ基地もパナマ基地も健在で、連合にとって戦略的価値が低いと見なされてしまったからだ。

 

 連合は再度奪還を目指すが…… これが簡単にはいかなかった。

 ザフトだって馬鹿ではなく、連合の意図を理解して備えている。

 地政的な理由も大きい。ヴィクトリア基地は海岸の近くにはなくアフリカの中央にある。そこを攻めるには陸上戦力を送らねばならないが、それができないのだ。

 ザフトのジブラルタル基地がまさに要所を占めており、連合がヨーロッパ方面からアフリカに進軍しようにも阻まれる。

 逆の中東方向から向かうのは……それもまた無理だった。スエズから南下しようにも途中でザフトの砂漠の虎が襲撃してくる。

 大幅に増強されたバルトフェルドの砂漠の虎は、連合軍を迎え撃って通らせない。得意の砂漠で戦わせたら砂漠の虎はほぼ無敵である。

 

 

 

 連合はついに禁じ手に手を出す!

 

 もう一つだけ、地表にはマス・ドライバーが存在する。

 中立国オーブのものだ。

 そこでオーブを連合の属国にしてしまい、そのマス・ドライバーを使おうとした。

 名目はいかようにも付けられる。ザフトの攻撃が迫っているとでっちあげ、保護してやろうとでも言えばいい。

 これまでオーブは独自に宇宙開発を進め、ヘリオポリスやアメノミハシラといった自国製の宇宙拠点を持ち、そのためにマス・ドライバーを所有していた。それが仇となったのだ。

 

「速やかに連合に加わり、傘下に入られたし。国家主権の一時放棄を勧める。これは全てオーブの安全と発展のためである」

 

 連合からオーブへ通告されるが、ただの脅迫であることは隠しようもない。

 オーブという国家の消滅、そして中立という概念の破棄を迫っている。

 

 

 

「断れば軍事侵攻か…… どこまでも連合は傲慢だな」

 

 そうオーブのウズミ・ナラ・アスハ国家元首は呟く。

 連合の要求はさほど強いものではなく、連合に入ってもとりあえずはマス・ドライバーの自由な使用と軍事技術の供与くらいなものだ。

 しかし、それで済まないことは目に見えている。

 連合に組み入れられたら、オーブはナチュラルとコーディネイターが仲良く共存する楽園ではなくなる。ウズミは連合軍の背後にブルーコスモスという強硬派が存在することを気付いており、いずれオーブ国内が小さな戦場と化してしまうのは目に見えている。連合の一部になった時点で国民は守れなくなるのだ。

 

 かといってのらりくらりと先送りにすることもできない。

 いくらオーブ側が交渉を申し込んでも連合は応じない。連合は落としどころを全く考えず、あくまでオーブが素直に要求を呑むか、軍事で決着をつけるか、どちらかしか考えていない。マス・ドライバーを手に入れるのがもはや既定路線である。

 

 連合の要求を蹴れば戦いになり、もしも戦えば…… 結果は目に見えている。

 技術的に優れたモルゲンレーテ社を抱えるオーブといえども連合の物量を撃退できるはずがない。

 大きな流れに押し流され、中立国オーブはその崇高な理念と共に消え去る運命なのか…… 

 

 だがせめて抵抗はしよう。

 

 それは連合へ利することがないよう、マス・ドライバーを破壊することと、モルゲンレーテ社の情報を消すことである。オーブにとって痛手となるものだが、中立の理念を見せなくてはならない。

 むろんオーブは独裁国家ではなく国家元首だけで決められない。ウズミ・ナラ・アスハは他の氏族長とも相談して同じ結論に達している。それしかないのだ。

 

 

 

 そしてウズミはアーク・エンジェルの士官とモルゲンレーテ社の主任技術者エリカ・シモンズを臨時の作戦会議室に呼んで話をする。

 またカガリ少女も呼ばれている。

 おまけに……なぜか俺もいる! 二等兵の分際でなんだが、俺の場合はマリュー・ラミアス艦長から頼まれたからである。

 

「オーブの国家元首として言おう。現在、我がオーブは地球連合から国家主権の返上、つまり属国になるよう求められている。これは容認できるものではない。かといってそれを拒絶し、軍事侵攻を受ければどうにもならない。そこでアーク・エンジェルには避難民の保護をお願いしたいのだ。オーブにいるコーディネイターたちは命の危険にさらされ、置いてはおけない。そしてコーディネイターではないが、シモンズ女史とこのカガリも同乗させてほしい」

「それは…… どういった意味でしょう」

「もう逃げ場がない。連合の艦隊は早くて二日後に到着する。アーク・エンジェルは連合艦なのに何も指令を受けていないと聞く。ならばオーブに脅かされたとでも言ってマス・ドライバーに乗ってはくれまいか」

 

 ウズミはアーク・エンジェルのことを薄々察している。連合首脳部からの扱いが決して良くはなく、疎んじられていることも、そして逆にアーク・エンジェルのクルーたちが大いに反発していることも。決定的になったのはアラスカ基地の生贄になりかけたことだ。

 

「虫のいいお願いだということは分かっている。それでも頼みたい」

「それは…… 検討いたします」

 

 マリュー・ラミアスはそう返答した。快諾ではなく、拒絶でもない。

 

 

 

 だがこれに対して鋭く割り込んできた者がいる。ナタル・バジルール中尉だ。

 

「艦長! 明確な拒絶を! それしかありません。アーク・エンジェルは確かにオーブと連合が共同で作ったものですが、現在の所属は連合です。ならば変な約束などせず、連合艦らしく首脳部に問い合わせて行動を仰ぐべきです」

「ナタル、連合はオーブを攻めようとしているのよ。中立国を攻めるのが正義だと思う? もしもアーク・エンジェルが内部からオーブを破壊するように指令されたら、私たちを救ってくれたオーブを叩くの?」

「そ、それは…… しかし、どんな理不尽な命令でも従うべきです。連合艦として。もしもそうしないのならアーク・エンジェルは脱走艦になります」

 

 ナタル中尉の表情は苦しげだ。連合に忠誠を尽くすのは正義、軍人として当然のことであり、ナタル中尉に染み付いた行動理念だ。しかしアーク・エンジェルがオーブの要請を受ける形で連合から離反するのも、また別の正義なのである。この正義と正義の間で板挟みになっている。

 

「……少なくとも私はアーク・エンジェルを降りさせて頂きます。連合から脱走する艦にとどまる理由がありません」

「分かったわ。今までありがとうナタル。そしていい形で再会したいわ。本当よ」

「全く、そう思います艦長。お世話になりました」

 

 ここでナタル・バジルール中尉はアーク・エンジェルと袂を分かつのだ。

 ラミアス艦長、フラガ少佐と握手をして、会議室を出ていく。

 

 しかしマリュー・ラミアス艦長を始め、皆が分かっていることがある。

 実のところナタル中尉はアーク・エンジェルの離脱を肯定している。

 もしも本当に反対なら、推進装置を爆破するなりしてアーク・エンジェルを無理やり止めにかかっただろう。ナタル中尉ほどの者ならいかようにもできるはずだ。

 そうしないのは彼女なりに連合のやり方を批判し、アーク・エンジェルのクルーたちを思い、行く末を祝福しているからである。

 それがとても不器用な表現方法になっているだけだ。

 

 

 

 

 それとは別にもう一つのドラマがあった。

 カガリ少女とウズミ・ナラ・アスハだ。

 

「どうして私がアーク・エンジェルと! 父上、ここで共に戦います」

「我が儘を言うな、カガリ。オーブの明日を継ぐ者として今は宇宙に退避するんだ。ステーションアメノミハシラまで行けば、イズモ級一番艦イズモ、二番艦クサナギが竣工している。キサカ一佐と共にそれらを統率しろ」

「ならば、父上も一緒に!」

「それはできんのだ。オーブ首長として全てを見届ける責任がある。連合に最後まで抵抗し、理念に殉じる覚悟を見せつけねばならん」

「父上…… どうして!」

 

 ウズミは立派な首長、そして父親だった。

 最後まで抵抗して散ってみせる覚悟と、娘を愛する心と、両方を持っている。

 

「オーブの魂を持って行け、カガリ。そしてこれだけは言っておきたいが、そなたの父で幸せだったぞ」

「嫌だ、嫌だ嫌だ! 父上、一緒に……」

 

 

 この場は、カガリ少女に深く同情するものの、仕方のないことという雰囲気で満たされている。

 マリュー・ラミアス艦長がどうやってカガリ少女を納得させようか言葉を選びかねている。ウズミ首長の要請を受け入れてカガリ少女と共に宇宙へ脱走することを既に決めていたのだ。心優しい艦長なら、そう決断するのは当然かもしれない。

 

 

 

 ここで俺もまた考える。

 

 俺は今までどちらかというと傍観者だった。前の世界と違うこの世界、どんなものか見ていただけなんだ。

 その結果、自分やこの艦の仲間たちが目の前の困難を切り抜けることだけ考え、状況に振り回されていたに過ぎない。

 それでいいのか? いや、いいはずがない!

 

 ウズミ首長は立派だ。そしてラミアス艦長もまた脱走艦になることを決断した。軍人としての栄誉を全て捨てる覚悟を見せているのだ。

 ならば彼らが悲劇に見舞われることがないよう、問題の根本を解決しないでどうする。

 ここで俺ができることをしないでどうする。

 

 俺もまた決断し…… 力を使わねばならない。人々を幸せにして、新しい明日を作るために。

 

 決然としてこの場に口を挟む。

 

 

「つまり連合の大軍が来るのだな、この国に。しかしウズミ首長とやら、負けと決めてかかっているとはずいぶんと諦めが早いのではないか?」

「君は…… アーク・エンジェルのクルー? まあ気持ちだけは貰っておくが、しかし若いな。連合の戦力はオーブを一呑みにできるものだ。あまりに戦力差があり過ぎる」

「もう一度言うが、連合になぜ勝てないと思うのだろう」

「だからどうにもならないのだ。撃退できる見込みはなく、逆にどういう方策があるのか聞いてみたい」

 

 確かに状況は極めて悪いのだろう。俺だってそれを理解している。

 しかし、それでも。

 

 

「戦術だ」

「何だと…… 君はいったい」

「誰かと問うのなら、俺はコンスコンだ」

 

 ここで俺は言い切らねばならない。

 ウズミ首長にも、ラミアス艦長にも、カガリ少女にも。

 

「この機会に戦いというものを見せてあげよう。戦力は使い方で決まる」

 

 

 

 



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第十六話 オノゴロ島の死闘 前編

 

 

「サイ君…… あなた、戦術って……」

「偉そうで申し訳ないな、艦長」

 

 マリュー・ラミアス艦長が困惑してそう言ってきた。

 まあそうなんだろう。突然青二才がそんなことを言い出せば、戸惑うのが普通だ。しかしそこを信じてもらわねばならない。

 

 しかし、俺が口を開く前に別の者が話し出す。

 この会議に呼ばれているモルゲンレーテ社の主任技術者ということだったか。

 

「具体的な戦力として、モルゲンレーテ社の防衛設備はそんなにヤワではありません。地対艦ミサイル、地対空ミサイルは充分な数があります。気をつけるべきは機動戦力、つまりMSだけといっていいでしょう。連合がパナマ基地に独自開発のMSストライクダガーの先行量産型を置いていたということからすると、今頃はもう本格的量産が始まっています。だからこそオーブを狙う気になったのでしょうが」

「なるほどな。MSは厄介だ」

「それに対し、わが社で用意できるM1アストレイはわずかに十機ほど。しかも基礎訓練を終えたパイロットはたったの三人です」

 

 ふむ、戦力としてはやはり過小か。なかなか厳しくなりそうだ。

 

 

 

 ここでいきなり会議室の戸を開いて入ってきた者たちがいる!

 

「僕も……手伝います。手伝わせて下さい」「俺たちがいれば百人力だぜ!」「連合が相手なんだろ! 俺が、蹴散らしてやる!」

 

 それは、クルーゼ隊にいたパイロットたちだ。ニコル、ディアッカ、イザークの三人が揃って協力を申し出ている。

 ここでウズミ首長がエリカ・シモンズをちらりと見る。

 オーブでは戦争行為が禁止されているので、捕虜というものは存在しない。持ち込むこともできない。そのためアーク・エンジェルの捕虜二人も大幅な自由が認められていたのだ。

 しかしそれでもこの中枢部にある会議室へ簡単に踏み込めるはずがない。

 エリカ・シモンズが警備パスワードを事前に教えていなければ。

 

 

「君たちはザフトの軍人だな。確かにザフトからは連合の侵攻に際して、協力の用意があると申し出てきている。しかしそれもまた首長として断った。もしザフトの力を借りて急場を凌いだとしたらオーブは中立ではなくなり、いずれザフトの基地と化すだろう」

 

 ウズミ首長がそう言う。やはり立派なことだ。理念を捨てたりしていない。

 それに対してエリカ・シモンズが答える。

 

「ウズミ様、彼らはザフトの命令ではなく、自分の意志で戦うと言っているようです。ならば問題ないのでは」

「む……」

 

「僕はもうザフトには戻りません! いえ、戻れません」「少しばかり役に立って、貸し借り無しにしたいからな!」「俺はここで戦って答えを出したい」

 

 三人もまたそれを肯定する。

 今、ザフトでも最強クラスのパイロット三人が加わってくれれば、オーブにとってとてもありがたい戦力になるだろう。

 

 

 

 ここで一度会議を終わり、作戦の考案にかかる。

 会議室を出る時、キラ君が俺に話しかけてきた。キラ君も一応少尉だからこの会議室に呼ばれていたんだ。

 

「サイは…… 本当に強いね。なんだか上手くいく気がする」

「はは、そうありたいものだな」

「うまくいくよ! サイが作戦を考えるんだから」

 

 声が弾んでいるのは、キラ君も気分が高揚しているからだろう。

 今から始まるオーブ防衛戦はすなわち非戦中立の理念を守る戦いだ。それなら戦争を止めたいキラ君の願いに叶うというもので、心置きなく力を尽くせる。

 そうだよな? なんかキラ君が俺に瞳を輝かせているような。

 これは……やっぱりガトーと同じじゃないか!

 

 

 

 

 しかしこの時、洋上では連合の悪意がオーブに迫ってきていた。

 

「アズラエル理事、オーブからまた交渉要求が来ていますが」

「無駄無駄、無視しちゃって下さい。オーブなんかちゃっちゃと潰しちゃいましょう。ちゃっちゃと。早く戦って、ストライクダガーの戦闘データを取れればそれでいいんです。むしろ素直に降伏してこなくて助かりましたよ」

「……」

 

 連合のオーブ攻撃艦隊の旗艦に軍人ではない者がいる。その姿も水色のスーツ姿であり、軍服を着ていない。

 コーディネイター排斥主義者からなる結社ブルーコスモスの理事、ムルタ・アズラエルだ。

 通常ならばそのような者が作戦行動中の艦に乗るなど考えられないし、ましてや作戦に指示を出すことはない。それをやっているからには、如何にブルーコスモスが連合に深く根を張っているか分かる。

 今の連合はその傀儡に成り下がっている。

 治安を守るべき連合軍は変質し、コーディネイター根絶のために動く力に変わってしまった。

 この艦隊の指揮官は連合のダーレス少将である。不満はあるものの、ブルーコスモスの命令に逆らうことは許されず、今も事前の命令によりアズラエルに従うようにされている。

 

「それから、戦いが始まってからあれを投入するタイミングはこっちで決めますから。しっかり従って下さいよ、ダーレス少将」

「それは……あのパイロットたちでしょうか。今回の作戦で旗艦をイージス艦ではなくこのパウエルにしたのもそれが理由と拝察しますが」

「そうそう、あいつらは戦闘時間の調整が一番難しいですからねえ」

 

 そのムルタ・アズラエルは今、演習気分でいる。

 やっと配下の生体CPU三人を実戦で試す機会を得たのだ。

 生体CPUとは脳を薬漬けにされ、強制的に力を出させられる者たちで、ブーステッドマンとも呼ばれる。代わりに寿命は極度に短くなる。こうして人間を機械部品のように扱い、戦争に投入し、壊れたら捨てられる。

 そういう恐るべき手段さえ用いてブルーコスモスはコーディネイターを追い詰めようとしているのだ。

 むろん連合の一般兵には生体CPUの存在も知らされていない。わずかにそれを知る上層部は心の中で忌避する。ダーレス少将もそうであり、危うく気の触れたパイロットという言葉を呑み込んでいる。

 ついでながら今の旗艦はタラワ級の強襲揚陸艦パウエルだが、それはアズラエルが連れてきた不気味な三人のパイロットを使うためだ。

 

 

 

 

「連合の艦隊、オーブ領海に侵入! 空母一、アーカンソー級大型イージス艦四、パウエル級強襲揚陸艦が十二! フレーザ級駆逐艦その他を合わせて総数四十隻!」

「その編成からMS戦力を予測して!」

「概算で最大百から百十機と思われます!」

「それは……思ったより大きい戦力ね」

 

 戦いはあっさり始まる。

 連合の艦隊は警告を無視し、スピードを落とさずオーブの領海に入り、そして戦闘準備をしている。要求を蹴られたのだから戦争状態に入っていると見なして当然だと思っているのだろう。

 その艦隊の進路はオーブの島々の中でも明らかにオノゴロ島を目指している。そこにあるモルゲンレーテ社が最も頑強であると判断しているのだ。それは当然であり、予測の通りだ。

 

 既に戦いの火蓋は切られた。

 連合の艦隊から中射程対地ミサイルが次々と放たれる。

 雨のようにモルゲンレーテ社周辺の堡塁に注がれるが、これは迎撃ミサイルとバルカン砲によってほぼ完全に防がれる。さすがに毎分四千発もの機関砲たちはとりあえず防御に成功した。

 

 連合の艦隊から撃ってきたことを確認すると、今度はオーブからの反撃だ!

 

 盛大に対艦ミサイルが放たれ、連合の艦隊を狙う。だが、これもまた防がれてしまう。優秀な迎撃システムを持つイージス艦が含まれていれば当然そうなる。

 これでお互いに攻撃が手詰まりになってしまう。

 いや、連合の艦隊にやや有利か。

 このまま航行すれば、間もなくオノゴロ島の居住区を含めた主要部分がイージス艦の高速弾道ミサイル射程内に入り、それを完全に防ぐことはできない。

 

 しかし連合はそういう撃ち合いよりも、機動兵器の侵攻で決着を付けることを望んでいるようだ。確かにミサイルで地上施設ばかり叩いても仕方がない。しっかり地下施設まで叩き切ることを考えればそれも妥当である。

 強襲揚陸艦から連合の量産型MSストライクダガーが出撃準備をしているのが分かる。

 

 

「MSが出て来るわ。サイ君…… そろそろかしら」

「慌てなくていい。ラミアス艦長。向こうのMSの動きに囚われることなく、予定通り揚陸艦を叩けばこちらの勝ちだ」

 

 そう、俺の狙いは戦艦でもなく、MSでもない。

 MSの母艦だ。それさえ叩いてしまえば、大量のMSといえども立ち往生である。整備や補給のできないMSなど戦力ではない!

 俺は自分の経験に照らし合わせて、かつての土星圏会戦を思い出す。その時はシロッコのジュピトリスがアキレス腱なのを見抜き、そこに攻撃を集中し、継戦能力を奪って決着を付けたものだった。

 

 要するにブレることなくただ一点、敵の弱点を狙い続けるのが肝要なのである。それが俺の戦い方だ。

 

「よし、頃合いだ。キラ君たちに連絡を」

 

 

 

 戦場に変化が訪れた。

 

 キラ君のストライク、そしてデュエル、バスター、おまけにオーブのアストレイ三機、合わせて六機のMSが初めから高空にいる。

 むろんそれらは連合の艦隊からも見えている。しかしこの数が絶妙なのだ。少な過ぎず、多過ぎない。たかが少数のMSと侮り、主要攻撃目標と思われない数である。

 連合は陸上へ大量MSの投入を開始した時点で、ついでにうるさいハエを追っ払おうとでも思ったのだろうか、ようやくMSを上空にも上げて向かってきている。ちなみに最初から無駄だと分かっている攻撃ヘリなどは出しもしていない。

 それらの高度を上げてくる連合MSにはフラガ少佐とトールのスカイグラスパー二機が牽制を掛ける。

 まあ、これは一瞬の足止めだけで構わないのだが。

 

 ここで突如としてストライクたちが急降下を始める!

 ぐんぐん速度を増し、連合の強襲揚陸艦へ向かって突き進む。

 

「ミサイルの長所はもちろん自動誘導になる。しかし短所は砲撃のような速度もなく、機動性もないことだ。だから途中で撃ち落とされる。しかしミサイルを目標の近くまでMSが運んだら? これほど命中率が高くなる攻撃方法もないだろう」

「サイ君…… 恐ろしい方法ね」

 

 俺は先ずこの戦術を仕掛ける。

 ストライクたちは一発で強襲揚陸艦を大破できる大型ミサイルを運んでいるのだ。

 ミサイルを保護しつつ、MSならではの高機動と防御性能で連合艦からの弾幕を難なくいなしていく。

 予知した距離まで来ればミサイルを思いっきり揚陸艦に向かって投げつける。ここまで近づき、しかも高い初速では、これらのミサイルに対処するのは難しい。

 

 

 確かに宇宙戦でMSをミサイルランチャーに使う戦術は珍しくないが、それでもビーム攻撃の方が普通だ。

 まして水上艦ではそういうMSからの大型ミサイル攻撃は想定の範囲外だろう。

 投げ下ろされたミサイルたちは一発しか迎撃されず、残りは全て強襲揚陸艦に吸い込まれる。しかも防御の弱い上部甲板にだ。

 轟音と共に装甲が破壊され、たちまち使用不能の大破となる。

 

 幸先よく、それら十二隻のうち実に五隻も仕留めることができた。

 

 

 



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第十七話 オノゴロ島の死闘 後編

 

 

 ここからはオーブ側の守勢に移る。

 

 吐き出されていく大量の連合MSストライクダガーがオノゴロ島に取り付き始めた。

 これらを一旦は止めなくてはならない。

 ミサイルを投げて身軽になったキラ君たちは降下方向を曲げて海岸に降り、直ちに向かう。

 そしてストライクダガーと戦闘に入るのだが……キラ君は当然としても、意外にディアッカ君、イザーク君も強いじゃないか! 意外と言っては失礼なのか? ザフトではエリートらしいから……ともあれ数多いストライクダガーに負けていない。

 頼むぞ。ここで踏ん張り、もっともっと連合のストライクダガーを引き付けてくれ。

 

 ただ…… 俺は最も見たくないものを見てしまった!

 

 連合のMSはストライクダガーだけではなかった。

 ガンダムだ!

 連合にも新たなガンダムがいるぞ。しかも三機、もう俺は具合が悪くなりそうだ……

 そしてやはりガンダムは強く、オーブの装甲車両を蹴散らし、堡塁を破壊し、どんどん進んで行くではないか。

 通常戦力ではとうてい相手にならない。

 

 

 

「必殺ゥ! 邪魔するなァ!」

「ちッ、うるせえなクロトは。しょうがねえ」

 

 この様子を見て危険だと思ったのか、そこへオーブのMSアストレイ三機が駆けつけてきたのだが……

 これはまずい! たぶん連合側の新しいガンダム三機にかなわず、やられてしまうだろう。

 

「はァン? 何なの、敵のMS? なら死になよ」

「シャニ、そいつらは僕がやる!」

「命令なんか……しないでくれるかなあ!」

 

 動きがまるで違う。常識外なほど戦意に溢れた連合のガンダムがオーブのアストレイに襲い掛かる!

 立ち向かおうとしたアストレイたちはその速さと火力に戸惑うばかりだ。

 

 ついにアストレイ一機がビームを肩に受け、動きを止めてしまったところ、更に脚を撃たれる。もはや倒れるしかない。

 コックピット直撃でなかったのは幸いだ。そのはずだったのだが……大破したアストレイに対し、連合のガンダムは何と止めを刺しに来ている!

 たまらずもう一機のアストレイが間に入り、阻止に動いた。

 だが、それもまた斬り払われて直ぐに大破だ。

 

 

 そこで応援が来た!

 デュエルと呼ばれるガンダムだ。キラ君のストライクやバスターは多数の連合MSと戦っており、動ける余裕がない。

 

「こいつ滅殺ゥ! 旧型のくせに! たった一機で!」

 

 しかしながらデュエルは退かない。

 一機だけで相手取るのだから損傷は避けられないが、それでもアストレイたちを庇いつつ、攻撃をいなし続ける。これは見事としか言いようがない。

 

 

 

 オノゴロ島の陸上戦は佳境に入った。

 連合のMSは数にものを言わせて戦いを優位に進めている。逆に言えば、揚陸艦からMSが出尽くしたということでもある。

 

 この時、もはや勝負はついたのだ。

 俺の戦術は連合の艦隊を破る。それが確定した。

 

「ラミアス艦長、次はあれを出す。連絡をお願いする」

「分かったわサイ君。オーブ国防軍第一護衛艦隊に連絡! 出撃を!」

 

 すると島陰からオーブの護衛艦が六隻ほど姿を現した。

 今まで地形を利用して隠れていたのだ。

 そして全速をもって真っすぐに連合の艦隊へ突進していく!

 

 これには連合の方も一瞬驚いたようだが、別に不思議な魔術というものではない。いつかはオーブだって水上戦力を出してくる、ホームならではの奇襲といえども予想外ということには値しない。

 連合は直ちに艦対艦ミサイルにより迎撃を始める。加えて砲撃や雷撃が続く。ある意味MSがない時代の水上戦そのものだ。

 むしろ連合の艦隊にとっては本懐ともいうべき戦い方なのだろう。

 これに対し、オーブの護衛艦は沈黙を保っている。そのまま速力を緩めることなく突進だけを続けているのだ。

 

 だが、連合の熾烈な攻撃の前に一隻また一隻と足が止まり、やがて轟沈していく。

 

「連合からすれば無謀な特攻に見えるだろうな。破れかぶれの自殺志願だと」

「そうねサイ君。無人艦だけど……」

「多少もったいないとも思うが、どのみち護衛艦の使いようはなく、目くらましに使えればいい。この撃沈で海中は何も探査が効かなくなっただろう」

 

 そう、これだけの激しい攻撃と撃沈なのだ。海は泡立ち、ソナーも何も使いようがない。

 

 そこで俺の決め手が牙を剥いた!

 

 海中に潜んでいたブリッツと呼ばれるガンダム、そしてアストレイたちが今、浮上しつつ連合の強襲揚陸艦を狙う!

 

 俺は以前アーク・エンジェルが海中のザフトMSと戦うのを見ている。その時、驚いたことにキラ君のストライクガンダムは海中で動けていた! 俺の記憶では、ジオンのザクなんかは全く海中で使えず、そのためにズゴックというような水中用MSが開発されていたものだが。ここのガンダムは違うらしい。

 だったら…… こういった戦術も使える。どのみちオーブの浅い海では水圧も大したことはなく、MSは宇宙戦が本領なのだから酸素なども全く問題ない。

 

「これで縦軸戦術の完成となる。連合の艦隊は撤退以外の選択肢はない」

「本当に恐ろしいわサイ君。高空からの攻撃と海底からの攻撃のコンビネーションなんて」

「これが戦術なのだ。ラミアス艦長、ゆっくりと学べばいい」

 

 今回の戦いに当たって俺のとった戦術は縦軸戦術だった。

 といっても数多くの宇宙戦を戦ってきた俺にすれば、三次元的思考をするのはむしろ普通であり、最初から水面に囚われることはない。

 

 

 

 たちまち連合の強襲揚陸艦が沈み始める。近距離からのビーム、あるいは艦底を斬られたら当然そうなる。

 これには連合の方も大慌てだ。

 

「ダーレス少将、何を無様な!」

「これはMSの攻撃…… アズラエル理事、オーブがこんな手を」

「いいから早く反撃を! 駆逐艦がいるんだから爆雷でも何でもあるでしょう!」

 

 そして連合は海中へ反撃を試みるが……全く無駄だった。

 充分な防御と戦艦のような火力、このコンセプトで生まれたのがMSなのだ。爆雷では直撃でもしない限り問題ない。ましてやミサイルよりはるかに鈍足な魚雷など何の脅威にもならない。

 

「全然ダメ! ならば砲撃です!」

「アズラエル理事、斜め方向から撃つのでは、砲弾が海面で弾かれますが」

「もっと頭使ったらどうなの! ビームで撃てば届くはず、早く!」

 

 連合の方は思い切ったことをしてきた。

 本来対空用のビームを海中に撃ち込んでくるとは。浅い海ではMSの場所もうっすら分かるから、それもまた良い手だろう。

 だがしかし、そんなことを俺が考えていないはずがない。

 俺はコンスコンだ。

 

 

 

 連合が雨あられと撃つビームは、しかしちっとも当たらない!

 

「当然そうなるな。ラミアス艦長」

「連合がビームを使っているのに、全然当たってない…… 不思議だわ、サイ君」

「屈折だ。ビームは海面で曲がる。しかもMSが目で見えていればなおさら厄介になるんだ。見える光とビームでは屈折の形が違うからな。余計に当たらなくなる。つまりMSを何とかするにはやはりMSしかなく、連合が今さらそれに気が付いても、MSを陸から戻す前に揚陸艦は全て失われている」

 

 マリュー・ラミアスは感嘆の表情だ。

 これで勝った。勝ってしまったというべきか。

 全てのピースがはまり、予定されていた勝利を掴むことができた。

 

 

 一方で連合は敗北を認められず、未だ艦隊をジグザク航行させている。

 

「オーブは揚陸艦ばかりを…… 旗艦も危ない! 空母に移らせて頂く。あの三人も空母へ」

「アズラエル理事、あのMSたちを空母へ!? しかし航空機用の空母にMSを収容する設備はないはず」

 

 このダーレス少将の言葉にムルタ・アズラエルは苛立ちを隠せない。アズラエルは決して馬鹿ではなく、決断力もある。

 

「だからそういう思い込みをするから軍人さんはダメなんです! とりあえず載せて運べればいいでしょう。邪魔な飛行機なんか蹴り落とさせます。どうせ使いようもないんだから。ああ、空母の医療設備にあの三人用のグリフェプタンがあることだけ確認しといて下さい」

 

 連合はガンダムたちだけを先に空母へ戻させる。そのうちに無事な強襲揚陸艦はなくなり、他のストライクダガーという量産MSはどこにも戻る場所をなくしてしまう。

 それでもしばらく陸上戦で戦っていたが、どのみち無駄なのだ。オーブ側が弾薬を消耗させる持久戦に切り替えたら、もはや降伏は時間の問題ということが誰にでも分かる。

 むろんMSという攻め手を欠くことになった連合の艦隊もどうしようもない。

 ようやく負けを認め、順次ストライクダガーを海中のオーブ側MSの牽制に使っては、乗員だけ救助して使い捨てる。それでようやく艦隊も撤退する。

 

 

 

 こうしてオーブ防衛戦は終わった。

 

 俺は帰還してくる者たちを出迎える。むろんそこには激闘を終え、高揚したキラ君たちがいる。

 他にも…… 俺は面白いものを見た。

 

「ほら、お礼言いなさいよ、マユラ」

「分かったわよアサギ。あんたもでしょ」

 

 アストレイというMSのパイロットらしい少女三人が、遅れて帰還してくるデュエルガンダムを出迎える。そしてデュエルから出てきた銀髪のパイロットに言うのだ。

 

「あの、助けてくれて、ありがとうございます!」「凄く強いんですね! 私も守ってもらいました!」

 

 すると、それを見た銀髪のパイロットは一瞬きょとんとしたようだった。

 

「俺が守った? あ、ああ、無事だったか」

 

 少女たちが顔を赤らめ、それぞれ礼を言った後に走り去る。銀髪のパイロットの方は立ち止ったままだ。

 

「俺が守った…… 俺が」

 

 

 それを見ていた俺が声をかける。

 

「君は確か、イザーク君だったかな。どうした不思議そうな顔をして。誰かを守って戦ったことはなかったのか」

「…………」

「素晴らしい戦いぶりだったぞ。未熟なパイロットたちをとにかく庇っていた」

「いや、俺はただ…… しかし途中から力が湧いてきて」

「守って戦うのはいいものだろう。君は本来、そうして戦いたがっているのではないかな」

 

 

 あとは戦いつつ、自分で答えを見出してくれイザーク君。

 偉大なパイロットというのはそうやって成長していくものだ。

 

 

 



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第十八話 破滅への道

 

 

 オノゴロ島におけるオーブと連合との死闘は、むろんザフトも重大な関心を持って見ている。

 なぜならオーブを連合が取ってしまえばその意義は計り知れない。特にマス・ドライバーが戦略上の焦点だ。

 ザフトは今、地球表面をやみくもに侵攻することはなくなった。既にそれが無理だと悟り、途中から連合のマス・ドライバーを奪う戦略に切り替えている。連合の物量をもってしても輸送ができなければどうしようもないからだ。

 しかしここでオーブのマス・ドライバーを奪ってしまえば……ザフトの方は必然的に戦略の修正を余儀なくされてしまう。

 だから戦いの様子を宇宙からしっかり監視しているのだ。

 

 その映像を今、ラウ・ル・クルーゼがアスランに見せている。

 

「分かるかな、アスラン。足付きが連合の艦隊と戦うのも実に興味深い。どうしてそうなったのかは分からないが不思議なものだ。ただし見てほしいところは別にある。戦場にブリッツ、バスター、デュエルの姿があるだろう」

「こ、これは!? ディアッカもイザークも、ニコルまで! ニコルが生きていた……」

「しかしアスラン、喜ぶのは早い。言っておくが彼らはザフトとして戦っているのではない。もはやザフトと関係なく勝手にやっているのだから、脱走兵の扱いになる。言い方を変えれば裏切り者ということになるな」

 

 裏切り者という言葉はしかしアスランには刺さらない。

 なぜならあの三人が生きていてくれたことで充分嬉しいのだ! 特に……ニコルが生きているとは何より嬉しい!! クルーゼがいなければ泣いていたくらいだ。

 

 それを見透かした上で、クルーゼがアスランに残酷な言葉を告げる。

 

「どうしたアスラン。彼らと戦って討ち果たしてもらえるだろうか。脱走兵をこのままにしておけばクルーゼ隊としてもたいそう見栄えが悪い」

「えっ、彼らを……討つ!?」

「別にニコルでも誰でも、脱走兵の処罰に逡巡してはいけないね。アスラン、君がザフトの軍人である限りは当然ではないか。君たちが常に唱えているザフトのために、という言葉は何の意味か、もう一度思い起こしてもらいたいな」

「で、ですがニコルは……」

 

 こうしてクルーゼはアスランを追い詰めていく!

 

 実はクルーゼはアスランがキラ・ヤマトと親友であることを熟知している。そのためにアスランはキラと本気で戦えないことも。そしてザフトの軍人であることの義務感と板挟みになり、深く悩んでいることも。

 

 

「ともあれ、先ずはアスラン、カーペンタリア基地で補充兵と顔合わせをしておいてほしい。シホ・ハーネンフースとアイザック・マウの二人だ。どちらもまだ若いが腕はいい。特にハーネンフースはエリートの赤服だ」

「了解しました」

「その後、プラントへ上がって新型MSを受領してくれ。既に二機が出来上がっているが、君はフリーダム、ハーネンフースはジャスティスがいいかもしれない」

「え? 隊長が新型を使わないと? なら隊長は先行配備のゲイツでしょうか」

「私はそれらではなく、間もなく出来上がるプロヴィデンスの方を気に入っているのでね」

 

 こうしてアスランは送り出される。

 緊張するシホ・ハーネンフースとアイザック・マウに挨拶を交わし、まとまってプラントへと向かう。

 

 

 

 

「こらこら、グリーンちゃんはいけない子ですねえ。ピンクちゃんを見習ってほしいものですわ」

 

 アスランがプラントに着くと、軍務の他にもやることがある。

 婚約者であるラクス・クラインと過ごすのもその一つだ。

 

 ラクス・クラインのいる離宮はプラントの中でも緑が多く、まるで理想郷のように美しい。穏やかな水面となだらかな草原、蝶さえ舞っている。

 そんなところでラクスはハロ型ロボット数台と共に遊んでいる。今もロボット同士で鬼ごっこをさせているらしい。一人っ子であるラクスは昔からこういう愛玩ロボットが好きだったが、近頃はその数を増やしているようだ。

 絵になるような光景に、戦争のことなど忘れてしまえる……はずだった。いつものアスランならば。

 

 だが、今のアスランには心の負荷があまりに大きい。

 親友のキラとは未だ隔たりがあり、同じコーディネイターの陣営にいることは叶わない。そこへ更に追い打ちがかけられている。なぜかザフトを脱走したニコルたちを……もしかすると自分が討たねばならないとは。とてもそんなことはできそうにない。

 

「悩み事ですか? アスラン様?」

 

 ラクス・クラインはその雰囲気もしゃべり方も能天気なお嬢様に見える。しかしそこには洞察力と決断力が隠し持たれている。そうでなければプラント随一の歌姫をやれるはずはない。

 ついついアスランはラクスに自分の悩み事を話してしまう。婚約者にまで負担をかけたくないが、悩みを聞いてもらえることが今は嬉しい。

 

「どうしたらいいんだ…… キラも、ニコルも、討てない」

「友達を思うのは大事なことですわ。討ちたくないという心も。では、そうならないようにお祈りいたします」

 

 

 

 

 そんな二人の会話をはるか遠くから予測している者がいる。

 未だカーペンタリア基地にいるのだが、ラウ・ル・クルーゼにはそれくらい充分に予想できることだ。

 

「うまくいくと思ったことが仇となり、うまくいかないことが益になる。面白いものだ」

 

 その上で呟きを漏らす。

 うまくいったことというのは、プラントのスピット・ブレイク作戦の情報を連合のサザーランド大佐に伝えたことだ。これにより連合は痛みを受けたが、それ以上にザフトに大打撃を与えた。

 結果としてこれがターニングポイントになり、地表ではザフトが劣勢に追い込まれ、ますます水を開けられつつある。いずれ拠点を守るだけしかできなくなるだろう。何よりも連合のMSストライクダガーの量産を邪魔できず、物量の戦いにされていくのが痛い。

 ここまではラウ・ル・クルーゼの筋書き通りだ。ザフトの一方的勝利にはさせない。

 

 しかし、プラントにおける強硬派パトリック・ザラの権威を失墜させたのが誤算だった。パトリック・ザラは、自分が強行させたスピット・ブレイクが失敗に終わったことの責任を問われている。

 それに代わり、いったん抑え込まれていたシーゲル・クラインの穏健派たちが再び台頭しつつある。

 

 ラウ・ル・クルーゼとしてはプラントと連合が憎み合い、とめどなく戦争を続けるのが望ましい。

 全てを巻き込み人類を破滅させるためには。

 ここは是非パトリック・ザラがプラントの政権を握り続け、暴走してもらいたい。

 

 そして今、意外なところから使えそうな芽が育ってきた。

 偶然にもニコルを脱走兵にしてしまったことだ。これが実に都合がいいピースに変わった。

 更にアスランを追い込むことができる。やがてアスランもザフトから離反するだろうが、それにはおそらくシーゲル・クライン、あるいはラクス・クラインが手を貸すだろう。

 それを理由にしてパトリック・ザラはクラインたち穏健派を一気に排除する。これは確信だ。

 

「ロミオとジュリエットでは、二人の子供が死んだことで両家が和解するハッピーエンドだったな。しかし現実ではそうならない。パトリック・ザラは必ず息子アスランを切り捨て、政敵シーゲル・クラインを倒す」

 

 

 

 今のラウ・ル・クルーゼにとって自分のクルーゼ隊などもはやどうでもいい。

 戦果を挙げ、出世をして、影響力を持った今、役割を終えた。そして既に最終段階への道を考えている。

 

「最後には連合に核を使わせて、プラントを消し去ってもらう。それには早いところニュートロンジャマーキャンセラーの情報を手に入れなくてはな。新型MSは核動力なのだから、その筋から手に入れようか。そして情報を流す相手は…… サザーランドが死んだ今、適当な者をまた見つけねばなるまい。コーディネイターを憎んでいるブルーコスモスの中で誰がいいだろう」

 

 ブルーコスモスの理事、ムルタ・アズラエルの名をちらりと考える。

 なぜならブルーコスモスの幹部は決して表に出てこないものだが、アズラエルはオーブを攻める連合の艦隊に随伴していたところからすると、自分が出ることを厭わない性格らしい。それもまた面白いことではないか。

 

 

 だがクルーゼにとってそれだけではいけない。プラントを破滅させるだけではなく、地球を破滅させる手も必要になる。

 

「プラントの秘密戦略兵器ジェネシス、この完成度の情報も必須だ。これが最大の鍵となる。きっちりタイミングを合わせて連合の核とプラントのジェネシスをどちらも撃たせることができれば、戦略兵器同士の相討ちになり、そこで人類は終わる。最高の結末になるじゃないか」

 

 

 

 

 人類の歴史はあまりにも多くの人々の考えが絡み合っているが、たった一人が変えてしまうこともありえるのだ。

 今、ラウ・ル・クルーゼという最悪の天才が人類を憎むあまり、その破滅へと舵を切らせていく。

 壮大な謀略が形をなし、それに使うピースも着々と揃いつつある。

 

 これを阻止することのできる者はいないのだろうか!

 人類に巣食った憎しみと嫌悪、侮蔑と嫉妬、それらを全て打ち消し、未来を創る。そんな明けの明星はいないのだろうか。

 ラウ・ル・クルーゼはせっかくオーブでの戦いを見ておきながら、予想外の結果に驚きはしたものの、そこに非凡な戦術家が存在していることまで思い至らなかった。せいぜいオーブも考えたな、というくらいだ。

 

 

 希望は残されている!

 マリュー・ラミアス、ナタル・バジルール、キラ・ヤマト、アスラン・ザラ、他にもカガリやニコル、イザークなどが不滅の名将コンスコンと出会うことになる。

 

 後の世に「奇跡の五隻同盟」と呼ばれる戦力が生まれるまで、あとわずか。

 

 

 

 



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第十九話 プトレマイオス救援作戦

  

 

 

 オーブを巡る攻防戦に勝ち、ひとまず連合を撃退することに成功した。

 

 これからオーブは少なくない被害を受けたモルゲンレーテ社の施設再建に注力することになる。そのM1アストレイというMSの量産を始めなければ、これからのオーブ防衛ができないからだ。

 

 しかし、オーブは勝利したのだが、結局のところ目指した非戦中立はかなわなかった。

 少なくとも非戦の夢は破れたのだ。連合とは決定的に手切れになり、ついに実力を行使されてしまい、防衛にせざるを得なくなった。かといってオーブは別にザフト側に立ったわけでもなく、その意味でとても中途半端になっている。そしてオーブが堂々と自立した第三極になるのは……国力戦力的にとても難しいことだ。まさに綱渡りともいえる。

 

 ただし戦局が難しいのはオーブだけではない。

 連合はマス・ドライバーを未だ一つも手に入れられていない!

 そこで、ようやく他からの奪取を諦め、新たに建設する方に踏み切った。むろん連合の持つ物量からすればそれも不可能ではない。

 ちょうど今、ザフトが地上戦力の減少に伴い占領地の縮小に転じ、インド洋基地や黒海基地を放棄しつつある。そのため妨害を受ける恐れのないままマス・ドライバーの建設ができる。

 それでも、どんなに急いでも新規建設に時間がかかるのは間違いない。とすればただ一つ、まずいことがある。

 

 それは宇宙基地への補給だ。

 

 食料だけでも一日に数トン、いや数十トン単位で必要である。それほど宇宙基地の維持というものは多くの物資を要するもので、今までは大量に効率的に打ち上げられるマス・ドライバーに頼り切っていた。それが使えないとなっても、ロケットやシャトルなどで賄えるはずがない。

 この非常事態に、連合は再建途上のアルテミス基地の放棄を命じた。月面のローレンツ基地なども同様である。

 そして連合最大の宇宙拠点である月面プトレマイオス基地へ人員・物資の集約をさせ、節約を重ねても、それほど長くは持たない。もちろん人員を順次帰還させてはいるが、旅客用シャトルも足らず、このペースでは基地の物資が底をつく方が早い。

 

 このためプトレマイオス基地は悲鳴を上げる。文字通り死活問題なのだから。

 だが連合首脳部は冷酷だった。

 見捨てる判断をしたのだ!

 連合がザフト根絶のため本格反撃をするのは、マス・ドライバーの建設が終わってから一気に行う。もったいないが、今の基地を絶対に保存する必要を認めてはいない。

 

 

 

 

「オーブも苦しいことは苦しいが、直ちに生きる死ぬではなくなった。それもアーク・エンジェルの若い軍師サイ君のおかげだろう」

 

 オーブの首長ウズミ・ナラ・アスハがそんなことを言ってくれる。

 気恥ずかしいな!

 そして若い軍師と言われると…… いや実は首長、あなたより若くないんだと言いたくなる。

 

 今、俺はまたオーブの会議室に呼ばれているのだ。

 むろん、これからの方向性を決めるための重要な会議であり、主要メンバーがみな集められている。

 

「だが今、正に生きるか死ぬかに直面している者たちがいる。月面のプトレマイオス基地の連合兵だ。いや、悪いことに民間人も多数含まれ、数としては兵より多いくらいだろう。食料の枯渇を目前にしてどんな思いか。もしかすると暴動や粛清も始まっているかもしれない……話が伝わってこないだけで。そうなれば地獄だな」

 

 ここまで聞けばウズミ首長が何を言いたいのか、この場の全員が分かっている。

 

「だからこそオーブのマス・ドライバーを使い、食料だけでも運び、人道的な支援をしたい」

「父上の言う通りだ! 人道による支援は大事だ! 今、連合側の月面基地を支援すれば、中立非戦のオーブの理念がみんなに分かってもらえる!」

 

 ウズミ首長に対しカガリ少女が即座にそう答える。

 この親子は……

 なぜかよく似ているところがある。

 政治家としてはあまりに考えが理想的で、純粋過ぎて、いっそ美しいくらいだ。

 

「おまけにオーブの理念が実を結んだら、それを見た連合もザフトも戦争を見直すかもしれないじゃないか! そうだろ! なあ艦長も、キラも、そう言ってくれ!」

 

 カガリ少女が同意を求めるように視線を動かすが、そこに返事はない。

 真剣な声が空回りし、会議室は静まり返る。

 一つは、ザフトも、連合も、そんなことくらいで戦争を見直すわけがないという政治的なことだ。

 もっと大きい問題がある。

 呼吸を三回も置いたのち、ようやくマリュー・ラミアス艦長が皆を代表し、沈痛な表情で言う。

 

「……しかしウズミ首長、それが可能でしょうか」

 

 むろん可能でないと言いたいのだ。その輸送が素直にいくはずがない。

 唯一にして絶対的な懸念はザフトの襲撃だ。

 

 

 

 プトレマイオス基地だって背に腹は代えられず、連合を見限ってザフトにすり寄ることも検討しただろう。

 しかしそれは却下せざるを得ない。なぜならナチュラルを憎むザフトとどんな協定も結んでも意味がなく、必ずやナチュラルを虐殺にかかるはずだ。この懸念がある以上、ザフトに物資を求めることは有り得ない。虐殺と餓死、どちらがいいかなど悪夢だ。

 

 逆にザフトにとっては何も手を出す必要もなく連合の宇宙勢力を根絶できる。これは来たるべき連合の反撃を迎え撃つ上で願ってもないことだ。

 だからオーブから物資を積んだ輸送船を飛ばそうものなら、ザフトは決して見逃さず妨害してくる。当然のことだろう。

 

 そしてザフトの襲撃から輸送物資を守り切るのは無理である。戦力が余りにも足りなすぎる。

 

「もちろんウズミ首長、分かってほしいのですが、人道的な作戦ならアーク・エンジェルが協力するのにやぶさかではないと言いたいのです。しかし現実的ではなく……残念です」

「そうか、やはりそうかもしれない。アメノミハシラにいるイズモとクサナギを加えたところでたった三隻だ。ザフトの宇宙戦力を防げはしない、か」

 

 ラミアス艦長も決してドライに割り切っているはずがない。

 どちらかというと艦長というには情が多過ぎ、甘く、打算的な判断ができないタイプである。今も餓死に直面しているプトレマイオス基地の人々を思いやり、どうにかしてやりたい気持ちでいるんだ。

 そういう判断を口にしたのも苦渋の末のことだと分かる。

 

 

 

 さすがの俺でも簡単に「可能だ」とは言い切れない。

 言ってやりたいのは山々なのだが……無理なものは無理、仕方がない。

 

 戦力も先の攻防戦以上に大差がある。

 それ以前の問題で、長距離輸送の護衛というものは想像よりずっと難しいものなんだ。

 航路の全てに神経を使い、しかも襲撃を受けてから何かを守りつつ戦うのは大変である。どんなに優れた戦術家にとってもその困難さは変わりがない。だからこそ軍において補給線の守備と確保が生命線だと言われるのである。

 

 

 あ、まずい!

 

 今、キラ君が俺の方をチラリと見た。

 これは…… 何かを期待しているな!

 また俺が、何とかしてやるから任せとけと、言ってくれないかと。

 

 キラ君、お願いだからカガリ少女の思いをこっちに振らないでほしい。

 

 キラ君よりはまだ現実感覚のあるラミアス艦長も、フラガ少佐までも、何かわずかばかりそんな雰囲気を出している。

 うわあ……

 腕組みをして、ふん、とでもいいたげなディアッカ君とイザーク君でさえもそんな感じだ。ニコル君はその二人と俺をせわしなく見ている。

 

 

 

「ちょっと宇宙航路図を見せてほしい」

 

 たまらず俺も少しは検討をしてみる。

 行くとすれば、輸送船団の航路図は地球の赤道近くから、S字のカーブを描きつつ、月表面に到達するものだ。もちろん護衛するアーク・エンジェルも同様のコースになる。これにオーブの宇宙ステーションアメノミハシラからの戦力が途中で合流する算段だ。

 

 俺は一つのことに気付いた。

 

 航路は地球と月を結ぶ、とあるポイントを掠めることになる。

 そのポイントはラグランジュポイントと呼ばれる場所だ。むろんラグランジュポイントというのは地球と月の重力が釣り合う場所であり、一番安定的に存在できる場所のことをいう。それはいくつもあるが、ここもその一つなのである。

 

「ここは…… 縁起がいいと言うべきなんだろうか」

 

 俺はそのポイントの名を、以前の世界での名で思い返す。

 かつては幾度も呼んだものだ。しかもその都度戦いの場にしてしまっている。

 

 その名は、ルウム。

 

 その場所で劣勢のジオン軍が連邦の大軍に立ち向かい、存亡を賭けて大会戦を行った。

 しかも二度、三度……

 俺もまた永遠のライバル、連邦最強の魔術師グリーン・ワイアットと渡り合ったものだ。奴の繰り出す華麗な戦術の前に宇宙に放り出され、あやうく死ぬ目に遭ってしまった。しかしながら最終的にジオンは負けず、連邦と共存する未来を作り上げているのだ。

 

 

「なるほど。俺は物資護衛が簡単でないと言おう。少なからず傷つくこともあるだろう。だがしかし、戦術を組み立てられる」

 

 俺は皆を見渡し、言った。

 

「つまり、不可能ではない!」

 

 

 

 

 



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第二十話 シーゲル・クライン

 

 

 今、プラント最高評議会議長室に一人の者が押しかけている。

 

「前最高評議会議長として、物申したい!」

 

 その者こそがプラントにおける穏健派のリーダー、シーゲル・クラインだ。

 わずか一か月前に最高評議会議長の座を追い落とされてしまっている。

 

 対抗する急進派が水面下で評議員たちに根回しをしていて、会議の席上、突然議長を解任されたのだ。それ以来急進派が評議会の主導権を握るようになってしまった。

 そのため、連合との泥沼化した戦争で疲弊していくプラントはもう落としどころを探ることを放棄し、勝つ以外を考えなくなった。

 おまけにプラントの一般市民のレベルであっても、急進派によって繰り返されるユニウスセブンの悲劇とスローガンが思想を支配してしまい、戦争継続が熱狂的に支持されるようになっている。

 

 

 

 部屋の警備員が慌てて部屋の主であるパトリック・ザラ、つまり今の最高評議会議長に問い合わせる。

 すると、通せという指示が出された。

 直ぐにシーゲル・クラインは部屋に入り、そこにパトリック・ザラがいるのを認めた。

 

「もはや命令する権限はなく、お願いしかできないのは分かっている。君をはじめとした急進派にうまくしてやられたからな。だがしかし、これは言わねばならない。プトレマイオス基地は連合の基地だが、民間市民も多いと聞く。ここはプラントからの支援が必要ではないか」

「挨拶もなしでいきなりそれか。答えはノーだ。クライン、相変わらず甘すぎる。一般市民といえども連合であれば敵であり、むろん戦略的な攻撃目標に含まれる。そんなことも忘れているとは、もはや引退すべきだな」

 

 お互いこうした言葉は予期したものだ。

 水と油、決して分かり合えることはない。

 

「それでも餓死させることはないだろう。市民は退路さえないのだ。ナチュラルといえども市民に罪はない」

「それが見解の相違の根本だと思える。プトレマイオス基地の餓死、大いに結構だ、弾の一発も使わないで済むのだからな。気にすることはない。しょせんナチュラルはコーディネイターからすれば古い種だ。むろん母体として尊敬はするさ。だが、コーディネイターの邪魔をしようというなら滅んでもらう、いや滅んだ方がいい。それが自然の摂理というものだろう」

 

「ナチュラルだってただ滅ぼされたりはするまい。君は高いところから立って見ているようだが、そのために戦って苦しんでいる者たちが見えていないのだ」

「私が犠牲を払っていないと言うのか? アスランは未だ思想がしっかりしていない不出来な息子だが、それでもクルーゼ隊で頑張っている。ああそうだ、オーブがプトレマイオス基地への支援をするようだが、それの迎撃にも参加してくれる」

「中立国オーブの人道的支援まで妨害するか…… 後悔するぞ、パトリック・ザラ」

 

 そこで話し合いは終わり、シーゲル・クラインは部屋を出ていく。

 結局プトレマイオス基地の支援など望むべくもなく、その意味でクラインは無力だった。

 だが……全くの無駄骨ではなかったのだ。

 

 

 たった一つの情報を得た。

 パトリックの息子、アスラン・ザラが出る。近ごろザフト最新鋭MSを受領したらしいので、ならばそれの運用のために造られた新造艦エターナルに乗ることは確実だ。

 加えてシーゲル・クラインはアスランについて知っている。

 ラクスから聞いたところによると、アスラン・ザラは父パトリックと違い、差別主義はどこにもない。とても心の優しい少年なのだと。友と戦うことで悩み、涙を見せるくらいに。

 

「決断すべき時が近いのかもしれない。アスラン君も、うちの娘も、巻き込みたくなかったが」

 

 

 一方のパトリック・ザラもまた議長室の窓の前に立ち、呟く。

 

「こっちがスピット・ブレイクの失敗で、少しは甘い顔をするとでも思ったのか。いいや、ナチュラルとの戦争で妥協は有り得ない。ともあれシーゲル・クライン、もはやプラントの邪魔にしかならんか。お互い、息子と娘を結婚させて宥和するなど、迂遠過ぎて無駄だったな」

 

 

 

 

 それと同じ頃、地表のオーブでは急いで輸送船団とアーク・エンジェルの打ち上げの準備が進められていく。

 マス・ドライバーへの据え付けと各種設定が必要になる。

 

 その様子を少し離れたところから見ている人間がいる。

 俺はそれを見つけてちょっとばかり驚いた。常に軍服が似合っている人間なので、他の姿を想像できなかったからだ。

 今、そのナタル・バジルール中尉は茶色を主としたシックな私服を着ている。

 

 そしてナタル中尉の方でも俺に気付いたようだ。

 

「サイ二等兵、いや、もはや連合から脱走したのだからサイ君と呼ぶべきか。先日の戦いは見事だった。あんな戦術をいったいどうやって考えたのか」

「はは、経験と年の功かもしれないな」

「…………」

「いや冗談だ」

 

「……だが、アーク・エンジェルからの砲撃はなかったようだ。ゴッドフリートの射程内だったろうに。それをすればもっと楽に勝てたはずだろう、違うか? 思うに、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。連合から脱走したばかりで、艦長も、クルーたちもまだ気持ちが揺らいでいるだろう。そのために直接砲撃で連合兵を殺すことをさせたくなかった、というところか」

 

 なるほどそこに気付かれたか。

 さすがにナタル・バジルール中尉、よく見ている。そして思慮が深い。

 正解だ。俺はその通り、アーク・エンジェルをいきなり連合との死闘に叩きこむことはしなかった。

 そうしなくても勝てる戦術はいくらもあったのだから問題はない。

 

「サイ君、不思議だがお前にはそういうところがあるからな。いや今はそれを言いたいんじゃなく、お前にちょっと聞きたいことがある。私がアーク・エンジェルを降りたことをどう思っている? 軍人としての枠を超えられない者だと思ったか、正直に言ってほしい」

 

 ん? ナタル中尉が物憂げなのは、そんなことを考えていたからか。

 マリュー・ラミアス艦長やアーク・エンジェルのクルーたちが自分の正義を信じ、脱走を決めたことについて非難していない。

 ナタル中尉はむしろうらやましいというのに近い感情を持っているのだ。

 彼らは自由で、信ずべきものを自分で決める。反対にナタル中尉は軍人としての本分を守り、とにかく連合に忠誠を誓うことを変えられなかった。

 

 ナタル中尉は俺にどういう答えを求めているのだろうか。

 

「ナタル中尉、一つ言っておく。忠誠を尽くすのも正義だと思ったのだろう。それでいいじゃないか。それを自分で決めたのだから」

「それが正義かどうかは、まだ分からない。個人のレベルで正しくとも、連合が正義であり続けるのかどうか自信がないのだ。戦争は果てしなく続き、コーディネイターたちとどこまで戦い続けるのだろう。コーディネイターにはキラ少尉のような者もいるのに」

「ふふ、それはいい。ナタル中尉は立派に自分で考え、自分で決めているじゃないか。なら問題はない。自信がないだけなんだろう」

 

 それならば俺は言うべき言葉がある。いつか、役に立つことがあるだろうか。

 

「忠誠も正義だ。俺が保証する。それでももし悩むのなら、心に一つの基準を持てばいい。上からこれを命じられれば断固として拒否するといった、絶対的なものを。それを自分で決め、ブレずに持ち続けることだ」

「一つの基準…… それを心に決めるのか…… 分かった。感謝するぞ、サイ君」

 

 それでナタル中尉は去っていった。これからオーブを出て連合軍に戻るのだろう。

 マリュー・ラミアス艦長が良い形で再会したいと言っていたが、俺も全く同じ気持ちだ。ナタル中尉とはいずれ同じ陣営に立ち、同じ正義のために戦いたい。

 

 

 

 ちょっとばかり真剣な話をしてしまった俺だが、次にはもう少し明るいものを見ることになる。

 

「嫌だ! この服がいいんだ。これのどこが悪い!」

「お嬢様! もう男物の服はおやめ下さい。Tシャツやズボンではなく、ドレスをお召し下さい。ええ、最初は窮屈でもきっと慣れます」

「そんなものが着られるか!」

 

 カガリ少女が誰かに追いかけられている!

 それはメイド姿のおばさんで、おそらくアスハ家についている侍女か何かだろうな。カガリ少女も一応は首長の娘、つまり正統的なお嬢様なのだ。今も服装について何か言われている。

 しかしほんと、変わり者のお嬢様だ。いい意味で言うのだが。

 

 そこへまた別の者が近づいてくる。

 確か…… モルゲンレーテ社の主任技術者だったか。

 

「ここにおいででしたか、カガリ様。注文の品は仕上がりにもうちょっとかかりますので、今度の打ち上げには間に合いませんが、早いうちに上にあげて差しあげます」

「本当か! シモンズさんならきっといいのができるんだろうなあ。これでキラと一緒に戦える」

 

「M1アストレイだって連合の量産ストライクダガーに比較して、少なくともソフトウェアは優れていると自負しますが、やはりストライクの方が一枚も二枚も優れています。そんなストライクをナチュラル用に再設計したストライクルージュ、きっとカガリ様に合うでしょう。パーソナルデザインはどういたしますか?」

「いやそれは任せる。とにかく楽しみだ! 早く造ってくれ」

「ふふ、カガリ様ならそう言うと思っていましたわ。それともう一つ、これはウズミ様からの依頼なんですが、防御力に特化して絶対的にレーザーを通さない、アカツキという特殊MSの製作にも着手しています。やはりウズミ様はカガリ様のことが心配なんですのね」

「父上は心配性過ぎるんだ。少しはキサカを見習ってほしい」

 

 エリカ・シモンズは微笑む。そのキサカ一佐はカガリの世話役のようになっているが、実のところはウズミから厳命されたカガリの護衛だ。アフリカに連れて行ったり、カガリを見かけ上奔放にさせているようだが、キサカは常にカガリを守る立場にいる。

 

 

 

 そしてついに、多くの人の思いと運命を乗せて、アーク・エンジェルが飛び立つ。

 漆黒の宇宙へと向かって。

 

 今からどれほどの戦いが待っているだろう。その全てに勝たなくては人類の未来はない。

 

 

 

 




 
 
 
さあ地表扁が終わり、次回ついに宇宙扁に突入します
コンスコンの冒険はいかに……

本作品は前作の余禄ですが、さほど需要がなく、ここまでの隔日更新から切りよく、今後未定になります




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第二十一話 織りなす色

 

 

 やっと宇宙に来たな!

 俺はそれを万感の思いで言ってみる。

 

 宇宙は闇だ。むろん空気は存在せず、代わりに危険な放射線があり、当たり前だが人間に決して優しくない。それでも俺には故郷に感じられてしまう。やっぱり俺はサイド3出身の生粋のスペースノイドなのだ。

 

 なんてことを思いながらアーク・エンジェルの食堂でジュースを飲んでいる。

 決して紅茶ではないぞ。いや別に嫌いなことはないのだが、なんとなく。

 

 

「キラ、私は政治家に向いてると思うか? この前も思い知った。理想論では誰も何も動かすことができなかった」

「この前の会議のことを言ってるの? カガリ。でもいいんじゃないかな。会議では結局プトレマイオス基地の救援をすることになったし」

「そんなことを言ってるんじゃない! 分かってるだろ!」

 

 おっ? ここでカガリ少女とキラ君が話しているのか。

 いつになくカガリ少女が難しい顔をしているな。聞こえてきた会話の内容も……政治家としての資質とはなかなか厄介な問題だ。

 

「あはは、なら今度は僕がカガリに大丈夫だと言ってあげるよ。いつもいつもカガリに僕の方がそう言われてるから、今度はお返しだ」

「何だそれは……根拠もないくせに」

「その方がなんだか妹みたいでいいな」

「バカにするな! だいたいキラと私は、たしか同い年だったはずじゃないか!」

 

 見ていると言い争いさえ微笑ましいと思う。

 この少年少女はザフトと連合の戦争さえなければ、こうやって楽しく会話を続けられたのだろう。

 

 しかしま、このカガリ少女の言う事に対し、俺も年寄りじみたことを言ってやろうかな。

 

「ちょっといいかな、カガリ君」

「お前、いやサイ、君?」

「さっきの会話を聞いていたが、理想主義と政治家の問題でいいんだろうか」

「そ、そうだ。私は全然皆を動かせず、サイ君の戦術という具体的なものがなければ、今回の救出作戦も始められなかった」

「君は理想を語ったんだな。いいじゃないか。政治家としてそれだけではいけないのだが、しかし理想の無い政治家はもっと有り得ない。いや、いてはならない」

 

 俺はドズル閣下から聞いたことがある。

 あの偉大な政治家キシリア閣下も若い時は理想主義者であり、それに走りがちだったと。

 サイド3が次第に階級社会に陥り、支配層が固定化していくのを打開しようとしたらしい。まあ、結局はキシリア閣下の政治家としての芽はギレン総帥に押さえつけられてしまった。

 しかしギレン総帥がいなくなって後、キシリア閣下は見事に政治家としての能力を開花させた。

 しかもそれだけではない!

 初めに描いた理想の青写真を大切に持ち続け、粘り強く歩み、ついには成し遂げたんだ。

 

 理想は大事だ。決して時局がそぐわないからといって投げ捨てるものではない。理想を捨てない者こそ政治家たるべきだ。

 だからカガリ君は良い道にいる。

 

「カガリ君、理想主義、大いに結構だ。政治家としての第一関門は突破だな。あとは勉強して視野を広げた方がいいが、まだ焦ることはない」

「そうか! それを聞けてなんだか嬉しいな。よし、勉強をしよう。じゃあな、サイ君、キラも」

 

 俺は焦るなというのに動きの早い少女だな。

 話が終わるともう駆けていった。

 残されたキラ君も唖然としているようだが、むろん良かったという安堵が感じられる。

 

 

 

 

 宇宙の一方では、まさにその理想主義のゆえにとんでもないことになりつつある。

 

「誰かの悪意を感じざるを得ない。勝手に料理され、皿に載せられた嫌な気分だ。きっと悪意の塊クルーゼあたりの仕業だな」

「そうだとしても、機会であることは確かだ」

 

 初めの発言は、アンドリュー・バルトフェルドのものだった!

 

 ザフトの上層部は砂漠の虎の隊長バルトフェルドを宇宙に呼び戻していたのだ。

 そこに誰かの思惑が隠されているのかもしれないが、れっきとした名目が存在する。日増しに高まる連合の物量という圧力に耐えかね、ザフトはついにヴィクトリア基地をマス・ドライバーごと破壊することに決めたのだ。以後、地球表面のザフト勢力はカーペンタリア基地と、その近傍にあってマス・ドライバーを持つカオシュン基地に集約していく。長いことザフトの主要基地であったジブラルタル基地でさえ放棄する。

 そんな情勢ならアフリカの砂漠の虎も用済みになってくる。

 ならば数々の功績をあげたその隊長を宇宙に呼び戻し、新たな任につかせるのは何もおかしいことではない。

 ただし、バルトフェルドとその恋人であり優れた砲撃手でもあるアイシャが、何と新造艦エターナルに配備されたとは!

 

 むろん、バルトフェルドの洞察は正しい。

 裏でやはりラウ・ル・クルーゼが糸を引いていたのだ。クルーゼはザフトに批判的な者を調べ上げ、バルトフェルドに目を付けた。

 それを陰謀の最後の一手として使う。

 エターナルに乗せればプラントの穏健派が接触し、まとまってザフトを脱走するだろうというお膳立てだ。

 

 そして今、バルトフェルドと話しているのはまさにそのシーゲル・クラインである。

 

「ラクスもエターナルに乗せる。それを既にダコスタに頼んである。後は、よろしく頼む」

「お嬢様までザフトを脱走するとなれば、そりゃ大ごとだ。急進派がこれを利用し、ただで済ますはずはない。なら一緒にどうですか。親子でエターナルへ」

「ありがたい申し出だが私は残らねばならない。私が責任を取り、処罰されねば、残された穏健派のカナーバ君たちに累が及ぶ」

 

 シーゲル・クラインはもはや通常の方法ではパトリック・ザラを止められないのが分かっている。

 今、プラントの最高評議会はパトリック・ザラや、それを信奉するエザリア・ジュールらの意のままになり、全てが決められていく。

 連合との戦いは果てしなく続くだろう。

 核兵器を消滅させることでやがて和平に至るという自分の選択は無駄になった。

 やむを得ず今、クラインは非合法の手段をとることを決断した。むろんそれにより自分は処罰されるだろうが、どのみち何もしなくとも排除されることは明らかだ。その前にザフトに懐疑的な者をエターナルに乗せ、ザフトから造反させる。穏健派も独自の戦力を持つために。

 

 おまけにこれは唯一のチャンスである。

 少数でもできるだけ高い戦力を持たせるため、新造戦艦と新規開発MSを奪取すべきなのである。

 そして…… 都合が良いことにアスラン・ザラもいるのだ。

 つい先日アスランは父パトリックと会い、完全に手切れになったと聞いている。それなら穏健派に賛同し、エターナルに乗ってくれるだろう。

 しかし、シーゲル・クライン本人は残ることに決めている。

 

「その覚悟は、きれいなんですがねえ」

 

 バルトフェルドは皮肉っぽく締めくくったが、シーゲル・クラインの決意を変えるには至らない。

 

 

 

 そしてエターナルは勝手に出港する。フリーダムとジャスティスを乗せて。

 そのまま行方をくらませてしまった。

 パトリック・ザラはこれを穏健派による裏切り行為と断定し、直ちにシーゲル・クラインの捕縛を命じた。むろん、シーゲル・クラインは従容としてそれを受け入れる。

 

 同時にパトリックはザフトを動員し、エターナルの追跡を図るのも当たり前である。

 その任務に、何とクルーゼ隊を充てたのだ!

 むろん脱走兵を立て続けに出したクルーゼ隊に対する懲罰という意味合いもある。

 しかしながら、圧倒的多数で袋叩きにする以外にフリーダムとジャスティスを討てるMSといえば性能的にプロヴィデンスくらいしか考えられないが、このパイロットとしてラウ・ル・クルーゼが登録されている以上、クルーゼを出すのが妥当といえる。

 

 今、追手となったクルーゼ隊のヴェサリウスがプロヴィデンスを積んで発進する。

 ラウ・ル・クルーゼは仮面の裏側で笑みをこぼす。

 

「自分でも思うが、なかなか強運の下にいるようだ。これで宇宙を自由に航行できる。ニュートロンジャマーキャンセラーの情報を手に入れたとしても、プラントにいるのでは連合に渡しようもないだろうと困っていたところだ。これで思うタイミングで渡せるようになった。それにエターナルを見つけても直ぐに戦闘をする必要はない。命じられたのはその所在確認と呼びかけだけで、つまりパトリック・ザラもプラント一の人気歌姫を問答無用で殺す気はないらしい」

 

 

 

 

 宇宙は様々な思惑が同時進行している。それが織りなす色は何色だろうか。

 

 アーク・エンジェルでもまた、会議が開かれていた。むろん輸送船団の護衛についてである。

 その席上、マリュー・ラミアス艦長が驚きの声を上げていたのだ!

 

「な!? サイ君、そのやり方って! まさか逆襲撃……」

「そうだラミアス艦長。このまま囲んで守るのは下策だ。そこで罠をかけ、先手を取る」

 

 

 

 



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第二十二話 ルウムの罠再び

 

 

 オーブによるプトレマイオス救援作戦が発動された。

 

 それは幾つかの段階に分けられて順次行われる。

 最も早い行動として、オーブの宇宙ステーションアメノミハシラから戦艦イズモとクサナギが進発している。

 なぜなら地球から見れば、アメノミハシラは月と反対側に位置し、距離的に最も遠くなるため、今回の作戦に使う艦は早く出発させておく必要があるからだ。

 それら二隻の艦はオーブの各首長家の中でも、特に宇宙軍事を担当しているサハク家の管轄下にある。しかし今回、ウズミ・ナラ・アスハの要請に対し素直に従っている。サハク家の当主であるロンド・ミナ・サハクはオーブ本国から距離を置いている不思議な人物だが、元々アスハ家との仲は悪くなく、人道的支援にも理解があった。

 

 次に頃合いを見て地球表面からアーク・エンジェルが出発した。

 二隻と予定宙域で合流し、この時点でカガリとキサカ一佐はアーク・エンジェルを離れ、その中の一隻、クサナギの方へ移動することになる。

 

「キラ、死ぬんじゃないぞ」

「カガリも……」

 

 キラとカガリは最後にそういう挨拶を交わしている。

 もちろんカガリの方がよほど無鉄砲で危なっかしいのだが、どうやら自分ではなくキラの方を心配しているらしい。

 キラは、いつも自分のことを後回しにするカガリらしさに苦笑するしかない。

 

「やっぱり妹みたいだ。カガリは」

「ん? 何か言ったか。また妙なことを考えたんだろう、キラ」

 

 

 

 最後にオーブのマス・ドライバーから輸送船団が続々と上げられてくる。

 

 むろん積み荷は月面の連合プトレマイオス基地を救援するための食糧である。

 しかしその他に、M1アストレイたちがざっと十機ほども載せられているのだが、先に上がったアーク・エンジェルに搭載し切れないのでそうなったのだ。アーク・エンジェルはMSを数機程度運用するように造られていて、最大収容でも全部を詰め込むことはできない。

 むろん、それらのアストレイはイズモとクサナギに分けられ、収容される。

 ちなみにアーク・エンジェルで運んできたブリッツ、デュエル、バスターも同様にクサナギに移動する。

 各艦の戦力バランスを考えた結果であるが、それらのパイロットであるニコル、イザーク、ディアッカにとり、元々連合艦であるアーク・エンジェルよりも中立国オーブの艦の方が過ごしやすいだろうという配慮もある。

 

 肝心の輸送船の数は合計十五隻だ。

 宇宙で編隊を組み直し、護衛役であるアーク・エンジェル、クサナギ、イズモに囲まれながら月への航行を始める。

 

 だがしかし、途中からアーク・エンジェルだけがぐんぐん増速し、編隊を離れて先行していくではないか!

 

 

 

 これは護衛作戦を検討する会議の結果によるものだ。

 その会議で、皆は自然とサイ・アーガイル、つまり俺の方を見ている。

 プトレマイオス基地救援を決めたのは俺のせいだから当たり前なのだが。

 

「サイ君、それで輸送船団をどうやって護衛したらいいのかしら。ザフトは必ず途中で襲ってくるわ。さすがに十五隻の輸送船をたった三隻で守るのは……無理ね」

「まあそうだな、艦長」

 

 マリュー・ラミアス艦長が嘆息している。

 

 予め分かっていたことではあるが、改めて見るといかにも心もとない。たった三隻の護衛ではどこから見ても隙だらけで、襲撃されても守れるようには思えない。

 

「ラミアス艦長、なかなか難しいことだが、だからこそ戦術を駆使しなくてはいけない。今からアーク・エンジェルを一気に先行させてほしい」

「え!? ただでさえ護衛が三隻しかいないのに、一隻が抜けては……」

「艦長、なぜ護衛が難しい任務なのか分かるだろうか。それは襲撃側が好きなタイミングで好きな方向から攻められるだけではない。もっとも重要なことは、護衛の戦力を見て、それを翻弄するために必要充分な戦力を推測し、準備できるところにある。つまり絶対有利な後出しだ」

 

 これは実に基礎的な戦術論である。

 残念なことにこの世界ではあまり戦術を重視していないらしいので、俺はまずそこから話を始めなくてはならない。

 

「その上で狙いすました襲撃など受けたら守り切れるわけがない。だったら艦長、それを待つのではなく、積極作戦を行う。これしかない」

「積極作戦……」

「アーク・エンジェルは早いうちに離れ、隠れておき、ザフトが輸送船団を襲撃すると同時に背後から叩く。ザフトは予定にない戦力の出現に慌てるだろう」

「な!? サイ君、そのやり方って! まさか逆襲撃……」

 

 これにはラミアス艦長もキラ君たちも驚いただろうな。

 護衛が襲撃側を騙し、逆に襲うというものだから。

 

「ラミアス艦長、このまま囲んで守るのは下策だ。そこで罠をかけ、先手を取る」

「それが理想的に行けば…… ザフトの不意を突いて、しかも挟み撃ちの態勢にできるわね。しかしごめんなさいサイ君、うまくいくかしら。離れていったアーク・エンジェルが先にザフトに捕捉されたら、護衛どころか単艦で戦うことになってしまうわ」

 

 しかしこれを行おうとした場合、当然存在する欠点にラミアス艦長が気付く。

 ここまで黙っていたフラガ少佐も、それに補足してくる。

 

「その懸念がある。おそらく月に近付くほどザフトの哨戒は多くなるはずだ。輸送船団を叩きに行くザフト艦隊が出てくるタイミングが分からないのに、それまでアーク・エンジェルが見つからない保証はない」

 

 お、よく考えたな。艦長も、フラガ少佐も。

 その通り、ここが肝心のポイントだ!

 

「二人ともいいところに気付いた。このやり方は実のところ普通ならうまくいかない。しかし今回に限っては可能だ。月の手前に絶好の隠れ場所がある」

「隠れ場所が!? 月の手前のどこに!」

「ラグランジュポイントが存在する! そこに漂流してきたガラクタはもう月にも地球にも落ちることはなく、ラグランジュポイントの周辺を回り続けるだけだ。その場所を仮にルウムと名付けよう。アーク・エンジェルはルウムの漂流物に潜み、ザフトの襲撃艦隊の通過を確認し、一気に出る。まさか襲う方が追いかけられているとは思うまい」

 

 細かいことを言えばラグランジュポイントというものは幾つもあるが、それぞれ安定性に差がある。プラントの存在するラグランジュポイントはこのルウムより安定的なのだ。だからこそこのルウムの場所はプラントに無視され、何にも使われていない。

 まあ、俺の前の世界ではコロニーが増えてしまい、結局全部のラグランジュポイントを使うことになり、ここにサイド5ルウムが設置されたというだけなのだが。

 

 しかしまあ、ルウムの場所を再び戦いに利用するとは、もしもグリーン・ワイアットが聞いたらどんな顔をするだろか。

 

 

 

 そして俺の言う通りにアーク・エンジェルが行動する。

 月に向かって先行し、ラグランジュポイントに入ると、果たして本当にガラクタの山があったのだ!

 

 ザフトと連合が宇宙において幾度も激しく戦ったのだから、破壊された艦の残骸が大量に出たのは当然である。むろん艦もMSも建設資材も補給物資も、壊され、打ち捨てられたものが際限なくある。それらの中にはここに流れ着いたものも少なくない。

 俺の見立て通りのことに、キラ君たちが感嘆してくれる。

 

「やっぱりサイは凄いや。どうしてそんなに戦術を考え付くんだろう」

「はは、そういう必要があったからかな」

 

 かつてはジオンの存亡を担って戦ったんだよ。

 それはともかく、今までで最大級に瞳を輝かせてキラ君がそう言ってくれる。

 おまけに……

 今ではフラガ少佐も、ミリアリアたちもそういう瞳になっているではないか!

 

 

 

 だが戦いはこれからだ。

 アーク・エンジェルは素早くガラクタに突入し、身を隠した。

 ただ紛れたのではなく、比較的大きな塊を連結し籠のようにしてからその中に入ったのだ。

 これならエンジンを止めて慣性航行をしている限り、決してザフトに気付かれることはない。

 そして俺はキラ君に重大な任務を託す。

 

「ここが大事になる。プラントから襲撃のために発進し、この辺りを通過するはずのザフト艦隊を見つけてほしい。それはキラ君にしかできない」

「サイ、任せてよ!! サイの作戦だったらいくらでも頑張れるから!」

「それは光栄だ……」

 

 ともあれキラ君にしかできない任務というのは本当だ。なぜなら、コーディネイターしかザフトのMSは操縦できない。

 壊れたザフトMSジンがいくつも付近を漂っているが、そのうちの一つを適当に見繕い、推進部だけでも修理する。

 それを使ってキラ君を索敵任務に就かせる。オーブの輸送船団を襲うために派遣されたザフト艦隊を見つけられなければ、その後を追うこともできず、作戦は破綻する。キラ君に是非とも見つけてもらいたい。

 その任務には一目で敵と判ってしまうストライクを使ってはならず、たまたま漂うザフトMSに見えなくてはいけない。

 

 

 そして…… しばらく我慢して待つ時間が続いた。

 

 ついにキラ君がそれを発見した!

 定期的に散布していった索敵ポッドに反応があり、そこに向かうと果たしてザフト艦隊がいた。割り出された進路から狙いは間違いなくオーブの輸送船団だ。

 

 その情報を得て、アーク・エンジェルがゆっくり発進していく。

 

 

 

 



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第二十三話 戦いの形

 

 

 キラ君が撮影してきた映像から、さっそくザフト側の戦力が分析され、皆に告げられる。

 

「今回ザフトが動員してきた戦力は映像からみてローラシア級小型艦八隻、ナスカ級大型艦四隻、合計十二隻…… ローラシア級はともかくナスカ級がこの数、かなりの戦力ね。これは輸送船団を全滅させる気だわ」

 

 ラミアス艦長は嘆息せざるを得ない。

 かなり厄介なことなったのは間違いない。ザフトはオーブ輸送船団の戦略的意義を十分に理解し、これを叩くため出し惜しみはしていないのだ。

 

 問題となるザフトのナスカ級は大きさだけを見たらアーク・エンジェルよりも小さいくらいだ。しかしアーク・エンジェルは元々強襲揚陸艦に分類され、艦体の大半は格納庫が占める。ナスカ級はその点で逆であり、戦闘艦に最小限のMS搭載機能を持たせているようなものだ。そのため艦自体の戦闘力で見ればアーク・エンジェルと遜色ない。

 その内容を比較すれば、アーク・エンジェルは実験艦の趣があるため多彩な砲を載せているが、ナスカ級は逆に兵装はシンプル、しかし強力なエンジンにより連射能力に優れている。ついでに言うと艦隊戦において重要になる航行速度ではナスカ級の方が速い。

 

 ただしそれでも作戦を決行する。

 

「やるしかない、艦長。敵の索敵範囲に気を付けながら追尾だ。神経を使うことだがよろしく頼む」

 

 アーク・エンジェルはとにかく敵ザフト艦隊に見つかってはならない。

 離れすぎてもダメなのだが、向こうの索敵範囲に入ったらその時点でアウトだ。

 だが追尾自体は決して無理ではない。

 ザフト艦隊が航行した後に残るエネルギー粒子の拡散状況で、だいたいの距離を掴みつつ進めばいい。

 どうせ目的地は分かっているのだ。

 ザフト艦隊とこちらの輸送船団の予定航路との位置をモニターで逐一チェックし、その交点を見定める。

 

 

 

 ついにその時が来る!

 ザフト艦隊がオーブ輸送船団を襲うため、戦闘速度へ加速を始めたのを確認する。

 これでかくれんぼは終わりだ。

 

「アーク・エンジェル第一級戦闘配備! 推力最大! アンチビーム爆雷用意! ミサイル発射管第一から第六まで対艦ミサイルスレッジハマー装填!」

 

 おお、ラミアス艦長、今ナタル中尉がいないので火器管制指令も自分でやっているな。

 その通り、今のアーク・エンジェルは人員不足なんだ。

 ナタル中尉の他にもカズイとかいうブリッジクルーは既にオーブで降りていたし、トールという若者も志願してMSに乗りたがっている。

 

 そして何より、自慢じゃないが俺はCICとして役に立たないしな!

 

「只今をもって通信封鎖解除! 俯角10度に修正! ゲートオープン! 特装砲ローエングリン回路起動! その発射後格納して冷却中にMSを出すわ。キラ君、トール君、フラガ少佐は待機」

「ラミアス艦長、分かっているとは思うが少数が仕掛ける戦術は一撃離脱が基本となる。面倒なことは考えず、敵陣に突入し、突っ切ればいい」

「もちろんよ、サイ君!」

 

 頼もしいことを言ってくれる。なら俺が付け加えることはない。

 

 

 さて、見えてきた戦場はほぼ思った通りだ。

 ザフト側は護衛側よりも戦力上かなりの優位にある。それを自覚していれば、固まって襲撃をかける必要はない。三方向に分かれ、突入する隙を窺っている。

 つまり護衛側の手が回らなくなったところから効率よく攻め立てる気だ。このやり方は相手を逃さず全滅させるのに適している。

 なかなかいい戦術を取るじゃないか。

 

 対する護衛のクサナギとイズモは既にMSを出している。機動性で戦力不足を補うということだ。ほんの小さく、デュエルやバスターの姿が見えている。

 

 そしてアーク・エンジェルの到着前から戦端が開かれてしまった。

 MSたちの放つビーム、ひとまず迎撃するための弾幕、ミサイルが花火のように見えている。

 

 生と死と、人の思いの輝きだ。

 

 そのうちにひときわ大きい光が生まれた。これはザフトローラシア級の一隻が爆散したものだ。続けてもう一度光が輝く。

 

 しかし、そこから爆散の光が生じることはなかった。

 ザフト側は護衛側のMS機の中に強敵が混ざっていることを知り、輸送船団に向けて放ったザフトMS隊をいったん呼び戻した。それで直掩を強化させる。

 MS同士の格闘戦が同時にいくつも繰り広げられる。

 むろん、数で数倍にも及ぶザフト側が押す展開になる。

 

 

 

「きゃあッ、後ろに付かれた! 右にも別の一機が!」

「待ってて、助けるわ、ジュリ頑張って!」

 

 このMS戦の中、主力であるオーブのMSアストレイたちは動きが良くない。ただでさえ練度が低い上に、無重力の戦いは初めての経験である。これではザフトに対して分の悪い戦いを強いられるのも当然だろう。アストレイはオーブ製新素材である発泡軽量装甲のため、本来は機動性が良く、パイロットの技量不足をある程度補ってくれてはいるが……これではいずれ墜とされる。

 しかし、この時。

 

「いったん俺の後ろに下がっていろ! ここのザフト機は、俺のデュエルが薙ぎ払ってやる!!」

「あ、ありがとうございますイザークさん!」

 

 デュエルガンダムがその窮地を救い、意気込み通りにザフト機を叩いていく。

 

 

「ありゃりゃ、イザーク何張り切ってんだ。ザフト機相手に容赦なしかよ」

「相手が何かは関係ない! 俺は、足付きにいた時、サイとかいう奴に言われたんだ。自分の思いに従い、守るために戦うのがいいと。だったらあの連中を守ってやりたい。ディアッカこそ何で戦う!」

「さあてね。俺の方はそこまで面倒なことを考えちゃいない。ただ事実だけ言っとくが、こういう戦いならバスターの方が役に立つぜ!」

 

 その通り、瞬間火力の高いバスターガンダムがザフトMSを一撃で葬っていく。

 

「口より行動で示せってなあ! 俺に負けてんじゃねえよ、イザーク!」

 

 

 

「ローエングリン、撃てーー!」

 

 戦場にようやく突入を果たしたアーク・エンジェルはのっけから最大火力を叩きつける。

 うむ、即決果断、ラミアス艦長のやり方は嫌いじゃないぞ。見敵必殺の俺と似たようなものだ。

 

「着弾しました! ナスカ級の艦尾付近、大破以上確定です!」

「次はゴッドフリート用意! 同時にMSを順次射出!」

 

「キラ、ストライク出ます!」

「フラガ、アストレイ発進!」

「トール、アストレイい、行きます!」

 

 わずかな局地戦ではあるが、既に勝利は確定している。

 

 敵ザフト艦隊を背後から襲ったのだ。

 混乱を引き起こすのは当然、しかも砲撃が当たれば……それは艦尾のエンジン部になるのだ!

 むろん艦における最大の弱点である。一発で航行不能、あるいは爆散に持っていける。だから後背からの急襲は絶対有利の態勢なんだ。

 

 続けてアーク・エンジェルから三機のMSが出ていく。なおも戦意を持ちアーク・エンジェルに取り付こうとするザフトMSを排除しなくてはならない。

 キラ君はいつものストライクだが、フラガ少佐とトール君はオーブ製ナチュラル用MSアストレイを供与されている。

 

 やがてザフトの分かれていた三手のうち、一つを壊滅に追い込むことができた。

 

 

 

 アーク・エンジェルは敵の戦意を刈り取ると、掃討戦に入らず、続けて近隣の戦場に向かって動く。

 

 そこではオーブのイズモが苦闘していた。

 ザフトのナスカ級だけでも大変なのに、他のローラシア級何隻かに翻弄されて防戦一方である。今はかろうじて蛇行回避とアンチビーム爆雷で凌ぎ、致命傷を避けているだけだ。

 砲撃戦はそんな四苦八苦の有様、頼みのMSアストレイ隊はMS戦で更に苦戦している。

 

 その場所へアーク・エンジェルが参戦する。

 しかしザフトも馬鹿ではなかった。

 既に待ち受けて、ナスカ級が砲撃のチャンスを狙っている。アーク・エンジェルといえどもさすがにナスカ級と正面から撃ち合うのは危険が伴う。

 

「ジグザグ航行に入り、同時に対艦ミサイルスレッジハマー発射! 向こうからもミサイルが来るわよ。防空イーゲルシュテルン、惜しみなく撃って!」

 

 先ずはお互いに砲撃の射線上を回避する操艦を続ける。

 同時にミサイルで牽制するが、これは決定打にならない。こうなれば操艦ミスを待つ我慢比べになるかと思われた。

 しかし、意外なところから転機が訪れる。

 

「ミラージュコロイド! 僕のブリッツはね、ナスカ級でも防げないよ」

 

 ニコル・アマルフィだ!

 ブリッツガンダムがクサナギの戦場から長駆し、ここに来てくれていた。

 今、ナスカ級はアーク・エンジェルに注視していたおかげで弾幕が薄く、そこへミラージュコロイドを張ったブリッツガンダムが忍び寄る。

 むろん、よく知ったナスカ級の弱点へビームを叩き込んでいく。

 操舵不能までナスカ級を追い込めば、後はアーク・エンジェルが砲撃で片付けるのは容易い。

 

 

 これで短くも激しかった戦闘は終わった。

 

 おそらくそのナスカ級がこのザフト艦隊の総旗艦だったのだろう。

 ザフト艦隊は混乱を立て直すことができなくなり、やがて散り散りに離脱していった。指揮系統が失われ、損害が累積すれば撤退するのは軍事上の常識である。

 ただし、それでも任務を果たそうという気概があったらしい。

 最後にザフト艦隊はこちらの護衛艦隊を無視し、射程外から輸送船団へ向けて斉射を放った!

 むろんほとんどは外れたが、輸送船の三隻だけは轟沈に追い込んだのだ。これを成果にしてザフトは退いた。

 

 戦闘の結果、ザフト側の損失はナスカ級三隻大破、一隻小破、ローラシア級四隻撃沈、二隻大破だ。むろんこれでは成果に対し余りにも割に合わない。

 対する護衛側はイズモが応急修理可能な中破で、クサナギとアーク・エンジェルは稼働に差し支えない小破だ。

 この戦いは快勝である。

 

 

 

「逆襲撃、見事に成功したわね…… サイ君。これで物資をプトレマイオス基地に運べるわ。これで多くの人が飢えないで済むでしょう」

「ああ、そうだな。物資は全て無事だった」

「それもやっぱりサイ君のおかげね。サイ君の言う通り、アストレイを運んできて空になった輸送船ばかり前にならべておいたから、沈んだのはそれだけだったわ」

 

 とにかく輸送船団の護衛は成功し、あとはプトレマイオス基地の領空に急ぐだけである。

 

 ついでながらそれ以外にも収穫がある。

 今回アーク・エンジェルとイズモ、クサナギが共闘した。

 共に敵に立ち向かえば、言葉にできない絆が結ばれるものだ。背中を預ける信頼というのに近い。ここで三隻同盟ともいうべき形が出来上がってくる。

 

 

 

 



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第二十四話 基地の裏側

 

 

 だがしかし、快勝の陰でわずかな懸念があった。

 

「なあイザーク、少し意外だったな」

「ああ、ディアッカが言いたいのはあのことか。まさかジンが既に主力じゃなかったとはな。シグーの方が多い」

「それだけじゃない。変わった機体が何機か交ざってた…… そいつらはちょっとばかり、いやかなりすばしっこい」

「それは噂のゲイツかもしれん。もう量産化されてるとは、いくらなんでも早過ぎる」

 

 そう、その通り、ザフトのMS開発は加速している。

 これまでザフトの快進撃を支えてきた傑作機ジンが旧式扱いされつつある。その後継機であるシグーが主役になろうとしていた。

 それだけではない。更にその次のゲイツまでもが実戦投入されているとは。

 

 つまり連合がストライクダガーを大量に製造し、いずれは地表のみならず宇宙でも物量で圧倒しようと図っている。連合の考えとしてはMSは簡易で、性能はほどほどでいい。量産性と整備性にとにかく注力する。つまり数と稼働率によって問答無用の戦力を作り上げればいいのだ。

 ザフトがそれと同じような真似ができようはずもない。

 そこで数の競争ではなく、質のリードを広げることで対抗しようとしている。

 

「だが何であろうと、俺はデュエルで戦うだけだ」

「おいおい、何かの騎士のつもりかよ。ま、イザーク、そういうの嫌いじゃないぜ。俺たちはザフトを抜けても赤服の誇りは捨てちゃいない」

 

 

 

 

 やっとオーブからの輸送船団がプトレマイオス基地宙域に入った。直ちに降下し、救援物資を降ろしていく。

 今、地球表面は全般的に飢餓状態にある。そしてオーブはお世辞にも国土が広いとはいえない島国だ。しかし幸いなことに気候的には亜熱帯に属し、気温も雨量も一年を通して農業に申し分ない。そのためオーブに限って言えば飢饉に無縁で、余剰すらあった。だからこうして支援ができる。

 

 一方の連合プトレマイオス基地は表向き平穏に見えた。

 その意味で言えば、ウズミ・ナラ・アスハが食料不足による暴動や混乱を心配していたのに、その予想が外れたことになる。

 だがしかし、内容は…… 悪い方向で外れていたのだ。

 

 食料不足が明らかなのに不穏にならないはずがない。逃げ場がないのに暴発しないはずはない。

 

 それを何と軍事力という力で抑え込んでいたのだ。

 やはり軍事力を握っている者が強く、階級の高い軍人には潤沢に、末端兵士でも飢えない程度には食料が与えられている。

 だが民間人には既に滞っていた。しかしそれらの者が不満を口にすれば問答無用で治安維持という名の処罰が待っている。いや、口減らしのため、積極的にそこへ追い込んでいるといっても過言ではない。声も上げられない地獄だったのである。

 

 

 最初はアーク・エンジェルのクルーにそういう事情は分からなかった。

 

 プトレマイオス基地はオーブからの支援を大歓迎し、式典まで開いてくれたからだ。

 高官たちがカガリ少女やラミアス艦長とにこやかに握手を交わす。

 つい先日オーブと連合が戦火を交えたことなどまるっと無視されている。おまけにアーク・エンジェルが脱走艦であることに触れることもない。不自然なほどにへりくだられている、

 艦を出て基地内を歩くことについて当初渋られていたのだが、ようやく許可を得て歩き回ったおかげで本当の実態が分かったのだ。生気のない民間人の群れがそこにはあった。

 

「胸糞悪い! 軍人が偉そうにして、市民を圧迫してるなんてな!」

 

 フラガ少佐がそう吐き捨てる。実態が知れた今、改めて連合軍の矛盾を突き付けられた思いがした。

 そしてもちろん、カガリ少女はもっと苦い顔をしている。

 だがなかなか面白いことを言ったのだ。

 

「ひどい状況だ…… でもこれが『現実』なんだ。しっかり受け止めなきゃいけない。そしてどうすればいい。政治で何とかできるのか?」

 

 カガリ少女も成長している!

 答えを自分で見出せるところまではいかないが、かつて砂漠において思いだけ先走っていた頃とは違う。

 だったら俺もまた何とかせねばならない。思いつく方法をカガリ少女に口添えする。

 

「ふむ、ここは民間人を基地から連れ出すのが最善だ。幸いなことに船はある。輸送船は物資を降ろして空になったのだから、少し改造すれば避難船にできるだろう。武装がないのもこの場合都合が良く、非武装避難船ということでオーブへ行ける。今ならザフトも途中襲撃してくる余裕はなかろう」

「そうか! サイ君、そういう方法があった! オーブに連れて行けばいい!」

 

 ただし、この場合にも問題がある。

 それは軍事や技術のことではなく、政治的なことだ。

 

「難しいのはここの連合軍高官どもを宥めすかすことだ。簡単には認めず、必ず自分たちを優先して避難させろと言ってくるだろうからな。そこで輸送船の国籍とオーブの主導権を強く主張し、向こうが何だかんだ言っても丸め込まれないように頑張るんだ。そうすれば、少なくとも口減らしができることだから、高官どもも最後は折れざるを得ない。できるか?」

「もちろんだ! 任せてくれ!」

 

 カガリ少女は快諾する。

 オーブにプトレマイオス基地の民間人を救う義理はない。だが、ここまできて哀れな民間人を見過ごしにはできない性分なのだろう。

 

 頑張ってくれ。

 プトレマイオス基地への提案と折衝はカガリ・ユラ・アスハにしかできない。

 ここでは彼女だけがオーブ主権を担っているからだ。

 そしてこれが彼女の政治家としてのスタートになる。一歩一歩、偉大な政治家に成長していってほしい。

 

 

 

 その一方、俺はこっそりラミアス艦長に重大な懸念を伝えなくてはならない。

 

「避難を実行する前に、基地の軍部が輸送船を強奪に動く可能性がある。艦長、警備を厳重に」

「分かったわ、サイ君。強奪なんてさせない。アーク・エンジェルを第二種戦闘配備のままにしておき、そんな事態になればゴッドフリートで軽く注意してあげればいいのね」

「…………」

 

 うわ、なんだその危ない発想は!!

 ラミアス艦長は口にこそ出さなかったが、ここの民間人圧迫について深く怒っていたらしい。普段穏やかな人はそうなると怖いんだよな……

 

 その気迫のせいか、基地の軍部が輸送船を強奪しようとすることはなかった。

 そしてカガリ少女も折衝をやりきった。最初は高官たちに侮られたが、きっちり主張を通し、民間人だけ避難する話を通した。

 こうしてお膳立ては整ったのだ。

 輸送船の改造が終わり次第、続々と民間人が避難民として乗り込んでいく。

 

 

 

 そうした中、避難民の一人に幼い少女がいた。しばらく続いた食料不足のために痩せている。

 あどけない顔だが、そこに笑顔はない。

 ただでさえ疲れきっているのに、住んでいたところを離れて船に乗り、新天地へ向かうのだから不安がないわけがない。

 

「大丈夫なの……?」

 

 そんなかすかな呟きを、側にいたカガリ少女が聞いた。

 もちろん直ぐに答えている。

 

「大丈夫さ! オーブはいいところだぞ! きっと楽しいことがいっぱいだ」

 

 それは彼女ならいかにも言いそうなことで、ある意味予想の範囲内だ。

 しかし意外なことにもう一人、赤服で銀髪の少年、イザーク君までが口を出してきたとは。

 

「絶対に大丈夫だ! 途中のことなら心配するな。何があろうと俺が守ってやる。守ってやるぞ」

 

 実は、ザフトの襲撃はないと思われるものの、それでも護衛は必要である。

 その任にはどのみちドックでの修理が必要になっているイズモがつくこととなった。

 しかし避難民のことを聞きつけると、イザーク君が護衛を買って出ていたのだ。わざわざそのためにデュエルガンダムごとクサナギからイズモに乗り換える。

 

 

「お兄ちゃん、どうして泣いてるの……」

「……」

 

 イザーク君が自分でも意識していないのだろうが、泣いている。

 過去との決別の涙なのかもしれない。

 かつて自分が民間避難船を撃ち、子供さえ含めた大勢の命を奪ってしまったことへの贖罪ではなく、清算でもない。

 ただひたすら前を向き、明日を作る。そのための涙だ。

 

 その様子を離れたところからキラ君も見ている。

 限りなく、優しい笑顔で。

 

 

 

 



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第二十五話 コンスコン vs クルーゼ 前編

 

 

 イズモが十二隻の改造避難船と共にオーブへ向けて旅立った。

 

 予定通り避難民たちは初めにオーブへ降り立ち、そこからそれぞれの故郷へと散っていく。むろん中にはオーブに留まる人たちもいるはずだ。これらの措置についてカガリは父であるウズミ首長も同意してくれる確信があったが、通信でその通りであることを知り安堵している。

 

 ほどなくしてクサナギもまたプトレマイオス基地を去る。こちらの方はアメノミハシラへ向かう。先の戦いで無傷というわけではない以上、いったん修理と整備をそこで行うためだ。

 

 それら二隻と異なり、アーク・エンジェルは直ぐにプトレマイオス基地を動かず、密かに修理を受けている。やはり連合艦は連合基地の方が都合がいい。そしてプトレマイオス基地の方では連合から見捨てられたという意識が強く、その反発もあってアーク・エンジェルの修理には協力的だった。

 いずれアーク・エンジェルはイズモ、クサナギと再び合流し、宇宙からザフトと連合の動きを監視する予定だ。しかし次の作戦行動が差し迫っているわけではない。そのため三隻は一端バラバラになったのである。

 

 

 

 そんな時だ。

 オーブを通してアーク・エンジェルに重大な情報が入ってきた!

 

「艦長、オーブ本国から秘匿回線を使って入電!」

「何? どんな内容なの? この艦のクルーは連合を脱走した仲間のようなものだわ。そのまま読み上げて構わない」

「で、では、……まさか、そんな!」

 

 その内容に驚く他ない。

 何と、ザフトの最新鋭戦艦エターナルが脱走したという話だった!

 

 更にエターナルの指揮官は軍人ではなく、プラントの穏健派トップであるシーゲル・クラインの娘であり、プラント一番の人気歌姫でもあるラクス・クラインだ。

 艦長はあの砂漠の虎のアンドリュー・バルトフェルドである。

 何もかも驚きの連続で、どうしてそうなったのか想像もできない。

 

 おまけにエターナルはザフトの新型MSの運用のために造られた艦であり、今もそのMSを二機載せているとのことである。

 

「信じられない…… 自分たちが連合を脱しておいて言うのもなんだけど、今度はザフトから脱走艦が出るなんて、何があったの。でも、いいことかも知れないわね」

 

 ラミアス艦長の言う通り、これは吉報なのだろう。

 やはりザフトはザフトで戦争に疑問を持っている者が少なからずいたのだ。それが図らずも証明された。

 

 入電には続きがある。

 単なるニュースではなく、その次が大事なことだった。

 そのエターナルが、中立国オーブとの提携を申し入れている。

 また、連合軍を脱し、そればかりか連合と戦っているアーク・エンジェルと共闘したいということだ!

 この申し入れの方が重要なのだろう。しかしエターナルにとってアーク・エンジェルの位置が分からない以上、通信を取るためにはオーブを経由しなくてはならなかった。

 

 アーク・エンジェルの方としては願ったりかなったり、むろん歓迎したい。

 

 これからの方向性を考える上で、共闘できる味方は一隻でも多い方がいい。

 これまで同様ひたすらオーブを防衛したり、人道的な支援をするのもいいが、それにも意味があるとはいえ限界がある。抜本的な解決を目指すにはやはり戦争をどうにかしなくてはならない。

 こうして味方が増えていけば、やがては連合にもザフトにも影響を与えられる第三勢力になれる。

 ちなみにエターナルへの信頼については問題ない。

 罠という可能性はない。一時期ラクス・クラインを乗せたこともあるアーク・エンジェルは、彼女の人となりをよく知っている。その平和志向も度胸も。またアンドリュー・バルトフェルドについても、これはキラ君の報告では、単純な軍人ではなくその先を考えるタイプらしい。

 

 

 通信文ではエターナルがアーク・エンジェルとなるべく早く合流を望むということで締めくくられていた。

 また、エターナルの方は既に一つの場所に向かっているということだ。もうザフトから補給を受けられないので、それができる地点へ。

 その唯一の場所とは、かつて破壊され、戦争の引き金となった農業プラントユニウスセブンだ。現在、その残骸がプラント本国から見て月の反対側のラグランジュポイントに漂っている。むろん無人のままで。

 そこなら少なくとも水や資材を手に入れられる。

 

「アーク・エンジェルもユニウスセブンへ向かいます。エターナルと会見し、その意思や戦力を再確認しましょう」

 

 こうしてアーク・エンジェルはプトレマイオス基地を発った。

 結果的にタイミングとして最悪に近かったのかもしれない。アーク・エンジェル単艦で行動してしまったという意味では。

 せめてイズモかクサナギが一緒ならば、だいぶ違っていただろうに。

 

 

 アーク・エンジェルはもちろんエターナルも知らず、ザフトからの追手が既に忍び寄っていたのだ!

 むろん、ラウ・ル・クルーゼの一隊である。

 

 

 

 

「では改めまして、アーク・エンジェル艦長マリュー・ラミアスです。階級は連合を脱走したので、もはやありません」

「ふふ、初対面ではありませんがこちらも改めまして、ラクス・クラインですわ」

 

 アーク・エンジェルとエターナルの合流はスムースにいった。

 ユニウスセブンの場所は分かっている。その周辺宙域に到達し、通信封鎖を解いて最小出力で呼びかけを行うとエターナルから直ぐに反応が返ってきた。

 合流が済むと、エターナルの乗員数名がアーク・エンジェルに移乗し、先ずはそんな堅い挨拶が交わされる。

 

 その横では万感の思いが交錯していた。

 

「………… キラ」

「…… アスラン……」

 

 ようやくなのだ。

 今、二人の少年は敵同士ではない。

 同じ陣営の者として共に戦える。ザフトでも連合でもなく、今、二人の守るべきものが同じものとなった。

 もうMSで辛い思いをしながら戦うことはない。キラとアスランはかつて親友として過ごした時に戻れるのだ。

 

 それ以上の言葉は要らない。

 

 まるで二人の感情を表すかのように、周りをトリィが舞い、ラクスが一つだけ持ってきたピンクのハロが跳ねている。

 

 

 

「それでアーク・エンジェルの艦長さん、これからどうする。エターナルの方は安全な補給基地を確保したい。ユニウスセブンではやはり足りないものがある」

 

 アンドリュー・バルトフェルドがそう言った。

 お互いに脱走艦であり、ザフトでも連合でもない立場で共闘し、平和を求めることで合意した。その甘いムードに酔うことなく、直ぐに実務に入るのはいかにも歴戦の闘士バルトフェルドらしい。

 

「アーク・エンジェルだけならプトレマイオス基地と良好な関係を保てますが、エターナルは元はザフト艦、流石に無理でしょう。ここはまとまってオーブの宇宙ステーションアメノミハシラに厄介になるべきです」

「なるほどアメノミハシラか、それがいい。こっちはいざとなれば連合が放棄したアルテミス要塞を奪って立て籠る気だったが、確かに人がいないので整備もなにもありゃしない」

 

 アーク・エンジェルとエターナルはとりあえずアメノミハシラへ行き、そこでクサナギとも合流することに決めた。

 

 

 

 しかし、二隻がそろって進発しようとした矢先、特大の凶報が舞い込んだ!

 

「ラミアス艦長、前方宙域に艦影あり!」

「敵!? 早く解析して!」

「ザフトのナスカ級が三隻です! 急速に接近しつつあり! あ、一隻の艦影照合出ました、ザフトのヴェサリウス! あれはクルーゼ隊です!」

「偶然……ということは有り得ない。アーク・エンジェルかエターナルを追ってきていたんだわ。クルーゼ隊なら強敵ね」

 

 こんなところでクルーゼ隊と戦うのは想定外だ。

 

 だがこの時点ではまだラミアス艦長を始めとして、クルーたちにわずかゆとりがあった。

 なぜならクルーゼ隊に追われて幾度も戦ってきたが、その都度苦戦はするものの逃げることができていたからだ。ならば今度も厳しい戦いになっても逃げるだけなら可能だろう、と。

 おまけにクルーゼ隊の力は四機のガンダムタイプMSによるところが大きく、母艦のヴェサリウスが直接砲撃戦に参加することはあまりなかった。

 しかしもうガンダムタイプMSはいないはずだ。アスラン、ニコル、イザーク、ディアッカ全てが離れた。ならばクルーゼ隊といえども戦闘力は以前ほどではないと考えられる。

 

 しかし逆にいえばクルーゼ隊は今までヴェサリウス単艦で行動することも多く、せいぜいローラシア級小型艦を伴うだけだった。しかし今度はナスカ級大型艦三隻で編隊を組んでいるようだ。MS戦力の弱体化をそれでカバーするのだろうか。

 その形は、やや左右に距離を空けて二隻が先行し、その中間に一隻が遅れて続く、いわゆる凹形陣になっている。

 

「MS発進! それによって牽制をかけながら、アーク・エンジェルは左舷にわずか回頭、敵艦隊の横をすり抜け、そのまま戦闘宙域を脱出します」

 

 ラミアス艦長がそう命じる。カーブを描きながら敵艦隊から逃げる構えだ。戦闘を最小限にするにはそれが順当なのだろう。阿吽の呼吸なのか、エターナルもまた同様の行動を始めた。

 

 

 だがしかし、俺の目は違うものを見ている。

 ラミアス艦長は逃げ切れると思い込んでいるが、それは違う。

 いや、それどころではない! アーク・エンジェルはもはや詰んでいるといってもいいくらいな危機的状況にあるのだ。

 

「ダメだ! 艦長、それをすれば確実にこの艦は沈むぞ」

「え? ど、どうして、サイ君」

「俺には分かる。この態勢は絶体絶命の危機にある。相手はかなりの戦術家だ。嬉しいくらいにな」

 

 

 



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第二十六話 コンスコン vs クルーゼ 中編

 

 

 マリュー・ラミアス艦長に対し、そんな謎かけで終われば不親切だろう。

 今は尋常ではない危機にあるのだ。

 俺はラミアス艦長に向き、その理由を具体的に説明する。

 

「艦長、敵の三隻は絶妙な隊形をとっている。戦術家というものはたったそれだけでレベルを推し量れるものなんだ。優れた音楽家は一秒の演奏で分かるというが、同じことだろう。今の敵は並の相手ではないぞ」

「で、でもサイ君、クルーゼ隊は脅威ではあったけれど、今までそんなに難しい戦術を仕掛けてきたことはなかったし、いつもMSを繰り出すくらいしか……」

「以前の戦いを俺は知らない。ただ、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()のかもしれないな。敵の戦術家は何度も失敗するような、そんな奴であるはずがない」

「そうだとしてもサイ君、今はいったい何が問題なの? 分からないわ」

 

 ラミアス艦長はいっそう不思議そうな顔をしている。

 それはそうだろう。今まで幾度も逃げ切った相手、今度もそうなると思うのは自然だ。

 

 

 

「サイ君、隊形はともかく向こうは三隻のナスカ級、こちらは二隻だから確かに不利になるわね。火力に直結するから、単純な砲撃戦を行えば負けるでしょう。でも、こちらにはキラ君がいるし、エターナルには新型MSが二機もあるそうよ。MS戦で押し込めば、逃げる隙くらい作れるに違いないわ」

「敵をMS戦で押す? 艦長、それはとんでもない!」

「え……」

「見れば敵はMS戦で引けを取らないことを確信している隊形にある。だったら何かあると思わなければならない。仮に敵がMSを警戒するなら対空砲火が重ならない距離まで三隻が離れているはずがないだろう」

「…… それは確かにおかしいけど……」

 

 そう、俺は今回はMSに頼れず、艦隊戦になると予想する。キラ君が頑張ってもそうなる。

 

「つまりだ。敵はMS戦で少なくとも負ける気はなく、その上で艦同士の砲撃戦を仕掛け、こっちを仕留める気でいる」

「それなら、厳しいかもしれないわね」

「いやラミアス艦長、厳しいどころか確実に敗けてしまう。敵は戦術の上でも三隻である利点を活かし、凹形陣をとっている。むろん内部に取り込んで多方向から集中砲火をかけるのを意図したものだ。それは分かるな? そして三隻の距離はギリギリまで広くしてあるが、もしあれ以上広げれば急進されて一隻ずつ各個撃破されてしまう。それを防ぐ絶妙な距離に置いてあるんだ。だからこそ敵の指揮官は上手い」

 

 俺の言葉により、ラミアス艦長は頭に戦いの図形を思い描いている。敵の上手い戦術も。

 

「で、でもサイ君、それが分かっているのなら、わざわざ三隻の包囲の中に飛び込むことはないわ。脇から逃げればいいだけよ」

「それこそが敵の思うつぼなのだ。こちらが迂回するコースを辿ろうとする瞬間、敵艦隊はまとめて回転運動をしてくるだろう。するとどうなる。向こうからすれば絶対有利な横撃の態勢に持ち込める。ついでにいえばこの艦の最大火力ローエングリンは前にしか撃てない。残りの砲ではどうあがいても火力不足、撃ち負けて沈められる」

 

 つまりこういうことなのだ。

 敵の三隻の包囲陣に立ち向かうとすると、砲火を集中され、確実にこっちの二隻のうち一隻は沈められる。たぶんその標的はアーク・エンジェルなのだろうと想像できる。

 かといって最初から逃げを図っても無駄なのだ。

 敵の艦隊運動により余計不利になってしまう。おそらく敵はアーク・エンジェルの足がナスカ級に劣るのを知っている。

 エターナルはともかく、アーク・エンジェルは圧倒的に不利な砲撃戦から逃れられない。

 

 敵の指揮官は大した戦術家で、しかも非情らしい。

 なぜなら、こちらが最初から腹を決めてかかれば、アーク・エンジェルは失われてもナスカ級を一隻、あるいは二隻葬ることはできるだろう。逆にいえば敵の指揮官は最大で味方の二隻を犠牲にしても構わない、それでもお釣りがくると踏んでいる。

 そして憎らしいことにその判断は戦略的に正しい。

 宇宙をちょろちょろするアーク・エンジェルを片付け、ザフトが完全に制宙権を確保するのは重要なことだろうな。そのために必要な犠牲を割り切って考えている。

 

 

 

 俺の言葉が続くにつれ、ラミアス艦長は現状を理解し、顔色がだんだん悪くなっていく。

 最後は蒼白だ。

 

「じゃあサイ君、アーク・エンジェルはもう絶体絶命ということ…… 沈められるしかない……」

 

 会話を聞いていたブリッジクルーもみな同じ、声も出せずに震えている。

 苦しくともここまで旅路を重ねてきたのに、その甲斐もなく、宇宙に散るのが目前に迫っているのだから。

 

 

 

「キラ・ヤマト、ストライク出ます!」

 

 準備が整い、キラ君がストライクガンダムで出る。先ほどの俺と艦長の会話は聞こえていない。

 だから普通通りに敵を叩く気だ。

 むしろ念願だった親友のアスランとの共闘ができるのだから心は弾み、声も明るい。

 

「キラ君に、いつも以上に気をつけるように言ってちょうだい……」

 

 そう艦長がMS担当CICのミリアリア君に命じている。

 アーク・エンジェルはそんなキラ君に望みを託すしかない。MS戦でなんとかできなかったらお終いだ。

 

 

 

 

「さあ因縁の決着といこうか。足付きとは長いこと戦ってきたが、悲しいことにここでお別れとなる」

 

 ナスカ級ヴェサリウスの艦橋でラウ・ル・クルーゼが独り言をいう。

 

「正直言えば今回の作戦行動にヘルダーリン、ホイジンガーを付けられたことは不快だったが、足付きを仕留めるために役に立ってくれるとはな。つくづく私は強運のもとにいるようだ」

 

 ヘルダーリンとホイジンガーというのは今いるナスカ級の僚艦二隻のことだ。

 実は、クルーゼからザフト上層部に戦力増強のため要望して付けられたのではない。

 ザフト上層部はいかにも恩着せがましく付けて同行させてきたが、本音は違う。さすがに立て続けに脱走兵を出したクルーゼ隊に対して疑念があり、その警戒と監視のための艦なのだ。そこをクルーゼは見透かしている。

 

 だが今、その二隻と自分のヴェサリウスを併せて三隻で襲えば、間違いなくアーク・エンジェルを仕留められる。

 

 クルーゼはこれまで長きに渡ってアーク・エンジェルを追撃してきた。もちろんわざと見逃してきたのではなく、いつも墜とす気でいたことは確かかもしれない。

 しかし本当の死闘にすることは避けていたのだ。

 なぜならクルーゼの意識の片隅には、アーク・エンジェル追撃という名目があるからこそ自分が自由に動けるという事実を認識していた。アーク・エンジェルはその意味で最大限役に立っていたのだ。その自由を利用して、密かに連合と渡りをつけ、陰謀を巡らすことができた。

 しかし、もう遠慮は要らない。

 なぜならエターナルという別の脱走艦がいる以上、自分はその追討ということで自由に動くことが許される。アーク・エンジェルよりエターナルの方がよほどザフトにとって重要な問題だ。

 とすると、アーク・エンジェルは今こそどんな意味でも不要になった。

 ならばこの機会に因縁を清算するべきだろう。

 

 

「クルーゼ隊MS、全機発進。一気に行く。私もまたプロヴィデンスで出るとしよう。アデス、しばらく艦隊運動と砲撃戦は任せる。先に伝えた通りにすればいい」

 

 ヴェサリウスの実直な艦長アデスにそう言い残すと、クルーゼは自ら最高性能MSプロヴィデンスに乗って出撃する。

 

「ドラグーンシステムOS起動、砲台分離射出よし、か。さて因縁のストライクを片付けるとしよう。いや、フリーダムの方が先になるか」

 

 

 

 



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第二十七話 コンスコン vs クルーゼ 後編

 

 

 砲撃戦に先立ち、どちらの側もMSを発進させている。

 

 アーク・エンジェルから出て、加速を続けたストライクガンダムが真っ先に交戦に入る。

 相手はむろん三隻のナスカ級から発進してきたクルーゼ隊のMSだ。驚いたことにその全てが高機動を誇る新型のゲイツである。

 

「十、十一、十二…… 多い…… フラガ少佐、トール、気を付けてください!」

「分かったよ、キラ君。大丈夫、といいたいところだが、ちょっと荷が重そうだ。俺とトールは支援に回る。牽制ができれば御の字だな」

 

 さすがにストライクといえども、この数の新型ザフトMSを相手にすれば、足が止まってしまう。

 フラガ少佐は自分の実力をわきまえているがゆえに決して前面には出ない。ストライクの死角から迫ろうというザフトMSを牽制しつつ、動き回ることに徹している。まともに戦えばたちまち囲まれて墜とされると分かるからだ。

 

 

 

 そんなところへ、エターナルから発進してきた味方MSが二機接近してきた。

 速い! 尋常な速度ではない。

 

「キラ…… 一緒にゲイツを倒そう!」

 

 フリーダムに乗るアスラン・ザラが戦場に割り込み、四門のビームを同時に放つ。これでたちまち一機のゲイツを火球に変えた。

 

「アスラン、その機体は何!?」

「イージスは置いてきた。これはザフトが新開発したフリーダム! 核動力で今までよりパワーが四倍なんだ」

 

 もう一機、二機、ゲイツを墜としていく。

 クルーゼ隊はエリート部隊であり、操縦技量も人並み外れて優れている者が志願して入ってきている。決して弱くはない。それでもフリーダムの機動力とパワーには対抗できない。それほど隔絶した性能差があるのだ。

 

 

 だが、一方的な戦いはそこまでだった。

 

「ふむ、やはりというべきかフリーダムは強いな。アスランもさすがだ。もう適合している。しかし、私のプロヴィデンスに敵うかな」

 

 クルーゼのプロヴィデンスがドラグーンシステムを展開しつつ迫ってきた。

 そのシステムは遠隔操作のできる砲台の群れを指す。恐ろしいことに瞬く間に局地制圧できる性能を持っている。

 最大で40門を超える膨大な火力を同時に叩きつけられるのだ!

 そして、それはラウ・ル・クルーゼの破格ともいうべき技量によってしか操作できない。それほど特異なMSなのである。

 

「私はフリーダムをやる。ルナマリア・ホーク、レイ・ザ・バレル、他のMSは任せてもよいか。なに、ここに足止めすればいい。初の実戦なのだから無理はするな。戦いはどのみち艦隊戦で勝てる」

 

 クルーゼ隊はザフトの憧れの部隊であり、英雄クルーゼに続けとばかりに志願者はいくらでもいる。ただし操縦技量で厳しく選抜され、それをくぐり抜けられるのは多くはない。

 そして今、何と士官アカデミーの学徒兵まで動員されているのだ。

 ルナマリア・ホークなどは卒業時にはエリートの赤服間違いなしの逸材だが、この時点でクルーゼ隊に配属されている。

 

 

 

 一方、アスランの方もプロヴィデンスの存在は知っている。

 

「隊長のプロヴィデンスが!? 稼働はまだ先だと思っていたのに、実戦に出られる状態まで仕上がっていたとは……」

 

 そしてアスランは通信のスイッチを入れ、一息ついてから話す。

 

「クルーゼ隊長、ここまで育ててくれた恩は忘れないつもりです。でも、ここは負けられません。僕はやっと見つけた答えに従い、ラクスやキラと一緒に戦います」

「アスラン、君の見つけた答えというのは興味深いな。だが、おそらく私の持つ答えほど強くもなく、深くもないだろう。ともあれ、戦場では結果でしか正しさを証明できないのだよ」

「では、全力で証明してみせます、隊長!」

 

 アスランのフリーダムがプロヴィデンスに挑む。火力と機動力で一気に接近しようとする。

 だが…… 簡単ではなかったのだ!

 プロヴィデンスのドラグーンシステムは尋常なものではない。多数の砲台から放たれるビームは接近など全く許さぬ密度であり、しかも正確だ。

 フリーダムはたちまち防戦に追われることになる。

 

 

 

 もう一機、フリーダムに続くべきMS、ジャスティスはその力を発揮できないでいた。

 操縦しているのはシホ・ハーネンフースだ。

 彼女はアスランがザフトを脱走する際、それに付いてきていた。正直なところを言えば、事の善悪について確信はなかった。

 ただ、アスランやラクス・クラインという人物を信頼していて、それが良き方向だと信じたのだ。ちなみに同時期にクルーゼ隊に入ったアイザック・マウはクルーゼ隊に残ることを選んでいる。

 

 シホ・ハーネンフースの技量は低くはなく、ザフトの赤服にふさわしいものである。

 ただし、それでもいきなりジャスティスに乗り換えたのだからあまりのパワーの違いに振り回されてしまう。いずれは今のアスランのように充分に扱えるのかもしれない。ただし、それは今ではない。

 

「アスラン、君は私の言ったことに対して馬鹿正直に従ったようだな。ジャスティスに乗せたのがハーネンフースとはな…… ならばまだ実力は発揮できまい。まあ全力のフリーダムとジャスティスが相手でも私のプロヴィデンスが劣ることはないと思っていたが、より楽になった。感謝するよ」

 

 ラウ・ル・クルーゼがそんなことを言う。

 実際、押しているのはクルーゼである。

 やっとキラがゲイツたちを振り切って、アスランのフリーダムへ支援についた。二人は上手い連携を取り、防戦しながらも時折ドラグーンの砲台を叩き切っている。

 だが、そんなことでクルーゼは動じない。砲台を少しばかり墜とされようと全く問題ではない。

 どのみち時間を稼ぐだけで決着がつく。

 

 

 

 

「MS戦ははかばかしくないようね…… まさかこれほどザフトのMSが進化してるだなんて……」

「そうだな、ラミアス艦長。やはり敵の指揮官はそこまで想定していた」

「キラ君も上手にやってるけれど、とても直ぐには敵艦に取り付けないわ。時間切れね。艦隊戦に入らざるを得ない」

 

 マリュー・ラミアス艦長はMS戦の様子を見て、そう言った。

 それは膠着状態に入り、MSで敵艦を何とかしてくれるという希望は断ち切られた。

 ただし艦長は失望しても悪態をつかず、キラ君たちの頑張りに対して正当な評価をすることを忘れない。

 やはり素晴らしい艦長なのだ。

 

「アーク・エンジェル、砲雷撃戦用意! エンジン出力最大、緊急時加速! 有効射程までの時間はあとどのくらい?」

「あと2分でレッドゾーン入ります!」

「進路そのまま! ローエングリン発射シークエンス起動、射程に入る前に撃つ! 向こうを混乱させて、そのまま一気に中央を突破する。エターナルにもそう連絡して頂戴!」

 

 ふむ、なるほど。

 思い切った作戦だ。ラミアス艦長は度胸もある。

 

「ラミアス艦長、これは死中に活を求めるというやり方かな」

「そうなるわね、サイ君。下手な進路変更はできない、となれば思いっきり行くしかないわ」

 

 

「合格だ、艦長。よくそこまで決断した。後は俺に任せて安心していい。俺がいる限り、こんな危機など物の数ではない」

「ええっ、サ、サイ君、どういうこと! あなた、何とかできるの!?」

「向こうの指揮官は優れた戦術家であり、褒めてあげてもいいくらいだ。ただし、この程度で沈められると思ってほしくない。俺はコンスコンだ」

 

 そう、敵は優秀だよ。だが残念だ。俺の前の世界で言うならば最上級ではない。そこで俺が戦ってきたグリーン・ワイアットに及ぶレベルではないのだ。

 俺がジオンのコンスコン大将である限り、なんとでもしてみせよう。

 ラミアス艦長の成長を思い、ここまで任せていたが、後は俺の出番になる。

 

 戦術というものを見るがいい。

 

「艦長、一時戦闘指揮を任せてもらえないか」

「そ、それはいいけど……」

「よし、ならば速度を微速まで落とせ。そしてアンチビーム爆雷投下用意!」

 

 

 

「今のは助かった。キラ。しかし気を抜けないぞ。さすがにクルーゼ隊長のプロヴィデンスは凄い」

「アスラン、こうして一緒に戦えて、とても嬉しい」

 

 今もドラグーン砲台によるフリーダムへの連続射撃をすんでのところでストライクが遮り、逸らすことができた。

 こんな危うい防戦は何度目だろう。

 

「それは…… 僕もだ。キラ。でも話は戦いが終わってからだ。見ればエターナルと足付きが艦隊戦に入ろうとしている…… だが、これはあんまり良くなさそうだ。早くなんとかしないと」

「アスラン、アーク・エンジェルの心配をしてくれてるの? それは要らないよ」

「え……」

「アスランは知らないんだ。アーク・エンジェルにはサイっていう友達がいる。そのサイが居る限り、絶対に負けることなんかないから」

 

 

 

 



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第二十八話 戦術の華

 

 

 俺は既に考えていたことを伝える。

 

「アンチビーム爆雷、艦前面にどんどん投下するんだ。敵の砲撃を充分に防げるまで」

「サイ君、先ずは防御ということね。分かったわ」

「エターナルにも連絡してほしい。アーク・エンジェル同様、アンチビーム爆雷を惜しまず使えと」

 

 アンチビーム爆雷が次々とアーク・エンジェルの艦尾部から前面に向けて投げられていく。それらは直ぐに爆発し、雲状の霧を発生させる。

 単なる煙幕とは違う。

 霧には重金属の粒子が含まれており、レーザーなら乱反射させる。ビームなら磁場を発生してビーム粒子を捻じ曲げ吸収する。そうやって砲撃から艦を守る働きをするのだ。

 だがそれほど長くは保たない。

 砲撃のエネルギーによって加熱されると拡散してしまうからである。

 しかし今、通常よりはるかに分厚く使ったので、数発、いや十発程度の直撃までは対処できそうだ。

 

 ただし、これには一つ弱点があり、砲弾や対艦ミサイルなどの実体弾には効果がない。

 

「対空防御ミサイル、ヘルダート1から8まで用意。それとラミアス艦長、キラ君たちに連絡してほしい。直ぐにMS戦から戻り、アーク・エンジェルへの砲弾やミサイルを迎撃させるんだ。なに、敵のMSが深追いしてくることはない。今から艦同士の砲撃戦となるのは向こうの方が百も承知だからな」

 

 向こうが実体弾を使ってくれば、短距離ミサイルで対処し、それでも迎撃し損ねた分はキラ君たちのMSによって何とかしてもらう。それでひとまずは大丈夫だろう。

 

 

 

 やがて砲撃戦が始まる。

 といっても一方的なものだ。敵の三隻から放たれるビーム砲撃をアンチビームの霧が受け止める。

 むろん、敵の方でもその様子は見えている。

 ビームの効果が薄いのを見ると、やはり対艦ミサイルを織り交ぜて攻撃してくるが何とか迎撃する。

 敵はこの持久戦のような恰好は予想していなかったらしい。

 しかしながら、それならそれでゆっくり構えればいいと思ったようだ。どうせアーク・エンジェルとエターナルに援軍はない。沈めるのが早いか遅いかだけの差で、いずれ結果は同じことになると。

 

 

 

「…… サイ君、信用していないわけじゃないけれど……」

「ん、ラミアス艦長、言いたいことは分かるつもりだ」

 

 ラミアス艦長がおずおずと言ってくる。ひたすら守りに徹している現状に疑問があるのだろう。

 

「これでは戦況が変わらない。いいえ、悪くなったのかもしれないわ。確かにアンチビーム爆雷は防御にいいものだけれど、こちらから撃つことはできなくなった。攻撃できなければいっそう距離を詰められて、益々逃げられない……」

 

 そう、アンチビーム爆雷は諸刃の剣だ。

 防御にはいいが、こちらからも攻撃できなくなってしまう。

 アーク・エンジェルの主要な攻撃手段であるローエングリンもゴッドフリートも使えないのだ。どちらもビームの一種であり、それこそ目の前の霧に吸収されて終わる。

 一応実体弾として副砲のバリアントという装備があるものの、威力はあまりに心もとない。撃ち合いにもならないだろう。

 

 その上、アンチビーム爆雷の霧を有効に使うためには艦の速度を変えられない。今も微速程度だ。つまり機動力も失ったことになる。

 

「ひょっとしてサイ君、一気に加速して霧を突き破り、攻勢に転じる? いいえそれは無理だと思うわ。加速のためのエンジン噴射を気取られたら、霧を抜ける瞬間のタイミングで砲火を浴びせられてしまうだけよ」

「いや艦長、そんなことはしない」

「じゃあいったい…… 何のための時間稼ぎを」

「焦らなくていい。さっき艦長も言っていたろう。相手は距離を詰めてくると。一撃必中の距離になったところからが勝負だ」

 

 こちらがアンチビーム爆雷の霧の中に身を潜め、動いてこないのを知った敵は当然近くに寄ってくる。確実に包囲に取り込み、アンチビーム爆雷で守れていない側方を狙うためだ。

 ラミアス艦長はじわじわと追い込まれるのを感じ、汗を滲ませ、顔色を悪くしている。しかしそれ以上言葉を出さず、俺に希望を置いてくれている。

 

 

 

「よし、頃合いだ。対艦ミサイルスレッジハマー1から6まで装填!」

「え!? ミサイルで今から攻撃を? でもそれが有効になるとは……」

「艦長、そうじゃない。別にミサイルを攻撃に使うと決まってるわけではないだろう」

「どういうこと…… まさかサイ君、アンチビーム爆雷の霧へミサイルを!」

 

 艦長は分かってくれたらしい。

 そう、これが俺の戦術の核心だ!

 大型ミサイルで艦前面の霧を吹き飛ばし、その瞬間にローエングリンを撃つ。

 

「いいえ無理だわサイ君。威力は充分でしょうけど、それゆえにミサイルは艦から距離がなければ起爆しないのよ。そういう自艦を守る安全装置は急にどうにかできるものじゃないわ」

「ああ、むろんその安全装置は知っている」

 

 ミサイルは間違って自分の艦を追尾して攻撃してしまうことがないよう、艦と一定の距離以内に近付いていれば爆発しない仕組みになっている。

 だが問題ではない!

 

「艦長、こちらには二隻あるじゃないか。アーク・エンジェルのミサイルはエターナルに撃つ。エターナルはこちらに撃つ。お互いに撃てばいい」

「つまり味方同士でミサイルを撃つ!?」

 

 ラミアス艦長は驚きのあまり二の句が継げない。

 味方艦へミサイルを撃ち、アンチビーム爆雷の霧を吹き飛ばす。そんなことは想像もしていなかったようだ。

 

「艦長、それだけではない。このやり方の要点は、ミサイルに不発弾を紛れこませることにある。いいや、不発弾の中に本物を混ぜ込むと言った方がいいか」

「それは……」

「つまりだ。そうすれば、敵の立場からするとどのミサイルがどのタイミングで霧を吹き飛ばすか分かりようがない。そしてミサイルが爆発したと思った瞬間、もう攻撃されているわけだ」

 

 これは我ながら悪辣だ。こっちは盾に守られながら、好きなタイミングで攻撃を仕掛けられる。艦数で劣っていてもこれで勝てないはずがない。

 

 

 

「サイ君、本当に驚いたわ。そんな戦術……聞いたこともない」

「そうだろうな。実は俺も初めてだ。だが戦術家というものは常に新しいアイデアと実践を繰り返し、進化していかなくてはならない。でなければ直ぐに立ち遅れてしまう」

 

 まあ、今回のは工夫という範疇で、艦隊行動による本来の戦術とは違うがな。

 

 ともあれこの作戦はエターナルにも伝え、実行された。

 やがてエターナルからミサイルが飛来してアーク・エンジェルの鼻先を掠めていく。そして示し合わせたタイミングで爆発する。

 

「ローエングリン、撃て!」

 

 その瞬間、アーク・エンジェル最大火力のローエングリンを撃つ、しかしこれは惜しいところで外れてしまった。

 撃ったと同時にまたアンチビーム爆雷をつぎ込んで霧を修復する。

 しかしながらエターナルが放った主砲の方は見事ナスカ級に直撃した! 俺が知るはずもないが、かつて砂漠の虎の持つ地上空母レセップスの砲手をやっていたアイシャの腕は確かだった。

 

 同じことを繰り返す前に敵の方もこの作戦を理解したようだ。エターナルとアーク・エンジェルでミサイルを撃ち合うのだからおかしいと思わないわけがない。

 反撃が始まり、撃たれる密度が濃くなる。

 チャンスはあとわずかだ。

 二度目、今度こそローエングリンが敵艦を捉えた! さすがの威力でナスカ級といえども一瞬で大破させる。

 

 

 

 ここで敵は退却に転じた。それもまた思い切った判断だ。

 理由はよく分かる。

 ナスカ級はMSの母艦でもある以上、全滅だけは避けなくてはいけないのだ。

 刺し違えるような無理な戦いはせず、かといって慌てた艦回頭もしない。冷静に逆噴射で距離を取りにかかる。

 なかなか敵の艦長もやるじゃないか。

 こちらはアンチビーム爆雷の霧を利用するため、速度を上げることができないのだが、そういうことも見通しているらしい。

 その時点ではナスカ級二隻に大破を与えていた。後退に転じてからもまたアーク・エンジェルとエターナルが攻撃を加え、その中の一隻を爆散に追い込んでいる。

 

 ただしそこまでだ。

 互いに射程外まで離れると砲火は止まり、睨み合いとなる。

 

 

 

「これはいったい…… 誰が考え付いた戦術なのか。まずいな。艦隊での戦力は大きく逆転され、このままでは負けるのは我々の方だ。仕方ない。MSで足付きをやるしかない」

 

 ナスカ級がとんでもない方法で逆撃を食らった瞬間、ラウ・ル・クルーゼはそう判断した。

 動ずることはない。しかし必要な決断はする。クルーゼもまたそれができる傑物なのだ。

 多少の無茶は承知でアーク・エンジェルへ突進する。

 

 

 

 



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第二十九話 メンデル

 

 

 クルーゼのプロヴィデンスがここにきてアーク・エンジェルを狙う。

 そうなればむろん、配下のクルーゼ隊も慌てて付いてくる。

 

 しかしこれに対してフリーダムやストライクが食い付く。思うようにはさせない。それだけならまだしも、接近すればアーク・エンジェルの持つ16基ものイーゲルシュテルンが熾烈な防空弾幕を張ってくる。おまけにやっとジャスティスに馴れてきたシホ・ハーネンフースも戦力になってきた。動力が動力だけに単に撃ちまくる火力だけでも脅威になるのだ。

 プロヴィデンスといえどもそれらへの牽制にドラグーン砲台を使わざるを得ない以上、早急にアーク・エンジェルを沈めることはかなわない。

 

 そうした中、ついにプロヴィデンスが被弾した。フリーダムがやったのではなく、イーゲルシュテルンの弾幕をたまたま側にいたゲイツが直前で回避してしまったため、とっさに対処できなかったからである。

 むろんプロヴィデンスにとってかすり傷に過ぎない。

 しかしクルーゼは戦闘の潮時であることを悟り、潔く作戦の中止を決め、全面撤退の指示を出す。

 

「各機、小破程度のヴェサリウスと、大破したが航行だけはできそうなホイジンガーに戻り、戦闘宙域を離脱だ。ぎりぎり収容は可能だろう。私のプロヴィデンスが入らなければな」

「えっ、隊長は!?」

「その声はレイ・ザ・バレルか。なに、心配は要らない。プロヴィデンスは核動力によって航続時間ははるかに長い。一度この辺りに隠れ、足付きをやり過ごしてから回収してくれればいい。そして隠れ場所なら心当たりがある」

 

 

 

 こうして会戦は終了した。

 難しい戦いだった。しかしながら結果としてザフト側はナスカ級ヘルダーリンを失い、ホイジンガーが大破、ヴェサリウスが小破という被害を被った。

 それに対してエターナルもアーク・エンジェルも損傷は軽微、つまり快勝である。

 

「サイ君…… おかげで勝てたわ。戦術というのは凄いのね」

 

 マリュー・ラミアス艦長の驚きは覚めやらない。他のブリッジクルーも同じような感じになって俺を見ている。

 あの危機からまさかの大逆転、これが奇跡でなくて何だろう。

 少し照れるな。

 

「艦長、一応言うが戦術は最後の段階に過ぎない。きちんと戦力を整える戦略の上に成り立つものであって、例えていえばケーキに乗っているクリームのようなものだ。それがないと完成しないが、それだけでは成り立たない」

 

 とは言ってみたものの、照れ隠しであることは既にバレていて、温かい視線を投げられている。

 

「ま、まあ今回はやむを得ない状況であり、我ながらちょっと奇策に過ぎた。本当に敵が有能なら最初から持久戦に構えられたかもしれないな」

 

 俺はここでちょっとばかり妄想を膨らませてしまった。

 敵がグリーン・ワイアットだったらどう対処しただろうか……

 アンチビーム爆雷を使った段階で意図を見抜き、こっちの恐れる持久戦に切り替えられたかもしれない。ザフトの側は付近に連絡して応援を頼めるのだからそれも確実な方法だ。

 あるいはザフト艦隊もアンチビーム爆雷を使用し、超接近戦を試みた可能性もあるな。いずれにせよ考えても仕方のないことだが。

 

 

 

「フラガ少佐のアストレイ、帰投してきません!」

「何ですって!?」

 

 そんな時、驚くべき事態が待ち受けていた。

 

「ま、まさか、フラガ少佐がロスト……」

 

 マリュー・ラミアス艦長が思わずそう口に出す。

 恐れの感情が溢れ、最後の声は震えている。

 

「い、いえそうではありません。アストレイの識別信号は健在です。あ、少佐から通信が入りました。切り替えます」

 

 そしてフラガ少佐の声が艦橋に流れる。

 フラガ少佐は、ここで自分の因縁を清算したかったようだ。

 

「アーク・エンジェルへ、聞こえてるか。ラウ・ル・クルーゼは自分のMSと共にこの辺りへ潜伏するつもりだ。なぜか俺にはそんな動きが分かる。これはチャンス、逃さず叩いた方がいい! いくらクルーゼが高性能MSに乗っていても稼働時間が切れたらお終いだ。これからじっくり追跡してその隙を狙い、勝負をかける」

 

 何とクルーゼのプロヴィデンスを追っているらしい。

 この時、フラガ少佐はプロヴィデンスが核動力を使っていることは知らず、これまでの戦いでそろそろ稼働時間が切れると思い込んでしまった。

 

「危険よ! 帰投を優先して!」

 

 この艦長の声はしかし、電波妨害のために届かなかった。

 

 

 

 

「またここに来るとはな。まるで運命の力で引き寄せられたかのようだ」

 

 ラウ・ル・クルーゼは眼下のプラントを見てそう言った。

 

 そのプラントの名はメンデル!

 

 かつて遺伝子研究の総本山と言われ、様々な実験が繰り返された場所だ。しかし重大な生物汚染事故が起こり、そのために放棄されてしまった。消毒は完了したものの二度と使われることはなく、誰もが恐れて近寄らず、無人のまま放置されている。このラグランジュポイントを虚しく漂うばかりだ。

 物理的な損傷があるわけではないので水も空気もエネルギーもある。だからこそクルーゼはここが格好の隠れ場所と判断した。

 

 しかしそこのゲートに接近した時、あるものに気付いた。

 

「なぜだ。なぜメンデルのゲートに小型旅客艇がある…… 軍事用ではなく民間の個人艇か。メンデルに近付く者などいるはずがないのに、いったい誰が」

 

 そしてゲートにそっとプロヴィデンスを置き、そこからメンデルの中へ向かった。

 クルーゼにとっては忌々しい施設ではあっても恐れるような研究施設ではない。

 深くまで到達し、使われているらしい部屋に入ったが……そこで余りにも意外な人物に出会ってしまった!

 

「まさか、どうして君が!? メンデルに!」

 

 それは黒い長髪で、痩身、いかにも研究者の趣をまとった者だった。

 瞳には強い意志の光が宿っている。

 そして重要なことは…… クルーゼにとって旧知だったということばかりではなく、ほぼ唯一の友人と呼べる人間だった。

 

 

 

「それはこっちの言うことだ。驚いたぞラウ。里帰りでもしたくなったか」

「冗談にもそんなことを言ってくれるなギルバート。本当なら私にとって見たくもないほど忌々しい施設だ。しかし、こんなところで君に会うとはな」

「不思議なことか? 研究者が研究をするのに一番いい場所を選ぶのは当たり前だろう。まあ、勝手に借りてるわけだが」

「そうか…… やっぱり君は研究者だ。それも肝が据わっている」

 

 ここメンデルにいたのはギルバート・デュランダルなる者だった!

 第一線級の遺伝子学者であり、同時にプラント評議員の一員でもある。

 

「ギルバート、プラントと連合が戦争をしているのだから私としては研究よりも政治活動をしているものと思っていた。ここで一人研究とは、意外としか言いようがない。差し出がましいようだがタリアとまだ結婚していないのか」

「タリアとは…… そうならなかった。だからこそ研究に没頭している」

「そうだったか。あれほど仲がよく見えたのに」

 

 クルーゼはギルバート・デュランダルとその恋人タリア・グラディスが単純に別れたものだと思った。その勘違いをデュランダルも敢えて正さない。その別れの理由が原動力となってデュランダルは研究に走っているのだが。

 

「こっちのことはともかく、ラウはどうなんだ。相変わらず世界の破滅のために頑張っているのか」

「もちろんそうだ。私がザフトにいる理由はそれしかない」

「しかし上手くいってないようだな。プラントも連合もまだ存在しているぞ」

「……自分なりに策は練っているつもりだよ。きちんとね」

 

 ギルバート・デュランダルはラウ・ル・クルーゼの秘密を知る数少ない者である。隠されている狂気じみた破滅願望を今もそうやって茶化す。

 

 

 

 しかしそんな歓談の時間は長くない。

 クルーゼは自分を追ってきているムウ・ラ・フラガの気配を察知した。クルーゼとフラガはかすかな気配を互いに認識できる。

 

「久しぶりに会えたんだ。もっと話をしていたいが、これで失礼するよギルバート。どうやら宿命という奴が離してくれないらしい」

 

 そしてクルーゼはプロヴィデンスに急ぎ戻り、メンデルから発進しようとする。

 驚いたのはフラガの方だ。

 メンデルのゲートでプロヴィデンスを見つけた時には、てっきり稼働時間の限界を超えていたからだと思っていたのに、通常通りに発進していくのだから。

 慌ててビームライフルを撃つ。しかしプロヴィデンスに難なく防御され、却って付近にあった旅客艇の方を壊してしまう。

 

 プロヴィデンスの方はフラガのアストレイに構うことなく姿を消した。ただしその前にメンデルへ通信を入れている。

 

「ギルバート、済まない。こっちの戦闘に巻き込んでしまって旅客艇をダメにしてしまったようだ。しかし心配はいらない。我々が足付きと呼んでいる船が付近にいるはずだから救助してもらうといい。その船は以前ラクス・クラインさえプラントに返したくらいだから、きっと君も返してくれる」

 

 

 フラガの方ではクルーゼに逃げられてしまった格好だが、それ以上は追えない。逆にアストレイの稼働時間が限界に近かったからだ。

 そしてメンデルにおいてギルバート・デュランダルと出会い、共にアーク・エンジェルに収容される。

 

 

 

 

 



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第三十話  奇妙な客人

 

 

 フラガ少佐は無事にアーク・エンジェルに帰投していく。

 そのついでにアーク・エンジェルはギルバート・デュランダルという奇妙な客人を乗せることになった。

 

 むろんデュランダルはプラントの要人ではあるが、民間人だ。おまけに戦闘に巻き込んでしまっている。そこでアーク・エンジェルは最も近いザフト基地付近まで赴き、シャトルにて送り届けることにした。

 この件について実はエターナルからも頼まれていたのだ。ラクス・クラインが言うにはデュランダルは決して群れることを好まないが、分類すれば穏健派の議員とのことである。

 

 

 

 それにしても変わった人間だった。

 ナチュラルやコーディネイターというものに対する反応が驚くほど薄く、自然体なのである。

 その意味で確かに穏健派と言えなくもないが、むしろ意に介していないというのが本当のところだろう。遺伝学者だからそんなものなのだろうか。

 俺も少しは興味が惹かれた。

 この世界では、全員がナチュラルとコーディネイターの違いについて多かれ少なかれ意識している。それが排斥に働くか、意識して宥和しようとするかは別にして、必ず緊張というものがある。

 だから俺以外にそういう意識のない人間は初めてだ。というか俺がこの世界の生まれでないから分からないだけの話なのだが。

 

 そこでちょっとこのデュランダルという男に対し質問したくなった。

 

「デュランダル議員、いや博士、あの施設で研究をしていたそうだがそれは何だろうか」

「君は興味があるのか。少し難しい話になるが、より良い生き方を予め調べ、失敗のない人生を送らせるものだと言っておこう。ナチュラルも、コーディネイターも関係なく」

「なるほど…… 正直いって生き方を調べておくとは、話が壮大過ぎてどんなものか分からない。しかし、博士が本当に偏見というものを持っていないことは分かる。今、その二つで深刻な戦争をしていることが嘘のようだな」

 

「そもそもナチュラルとコーディネイターを分けて考えるのがおかしい。コーディネイターが宇宙移民に適していることは間違いない。しかしナチュラルより一方的に優れているということはなく、少なくとも出生率の低下といった副作用があるのも事実だ。パトリック・ザラは技術でそれを克服しようと思っているらしいが、まだ解決していない」

「ナチュラルとコーディネイター、どちらも良いところも悪いところもあるということか。現状では。それをどうする」

 

 俺はこのギルバート・デュランダルとしばらく話をして、おぼろげながら対立の構図を変えられるヒントを得たような気がした。

 

 

 

 

 それから二ヵ月ばかりは平穏な日が続いた。

 それもそのはず、クルーゼ隊のような特務隊を除けば、連合とザフトの主力同士が戦うことはない。

 

 連合にマス・ドライバーが無い限り、大艦隊を宇宙に上げることはできない。マス・ドライバーを使わず、ブースターによって少数の艦を上げるだけなら不可能ではないが、そんなことをしてもたちまち潰されてしまい、意味がない。

 ザフトの方でも地球表面に再度侵攻することは考えられない。今や連合は食料不足などにかまわず、ひたすら軍拡に走っている。膨大な数のストライクダガーを生産しているところにザフトが攻めて行っても無駄だ。

 

 だがしかし、そんな小康状態は長く続かない!

 いずれ宇宙に圧倒的戦力で侵攻すべく、連合は着々とマス・ドライバーを建設している。途中で邪魔されないよう、形ばかりのダミー工事を数か所並行して行い、的を絞らせないという徹底ぶりだ。

 連合もザフトも来るべき戦いに身構えている。

 

 

 

 この間、アーク・エンジェルはエターナル、クサナギと共にオーブのアメノミハシラに停泊している。

 さすがにここにいればザフトも手を出してこない。下手なことをして、オーブを敵に回したら戦略的にまずいという認識があるのだろう。オーブが小国とはいえ中立にしておく価値はあるのだ。

 

 オーブ本国でやっと修理を終えたイズモがこのアメノミハシラへ上がってきた。

 これで我々の艦隊戦力は四隻になる。

 また、そのイズモにはカガリ少女が待ち望んでいた最新MS、ストライクルージュが収められていたのだ。エリカ・シモンズ女史は約束通り間に合わせている。

 

 

 

「それ、それそれ! キラ、その程度か!」

「カガリ…… 模擬戦で危ないことをしない方がいいよ」

 

 元気だな!

 カガリ少女は早速ストライクルージュに乗って訓練を始めている。もちろんその相手はキラ君だ。傍から見ると性能のいいオモチャを振り回すようなカガリ少女をいなす構図になっている。パイロット技量としては明らかにキラ君の方が上なのだが、それでもカガリ少女は突っかかるのが面白いらしい。

 何のことはない。いつも二人でやっていたじゃれ合いをMSに乗って続けているだけの話だ。

 

 

「二人とも隙だらけだぞ!」

「いやアスラン、そう見えるのはフリーダムの機体性能のおかげだろ! 友達だと思っていたのに……」

「友達だと思うからこそ、弱点を見つけてやってるんだ」

「それ絶対今考えた屁理屈だから!」

 

 カガリ少女とキラ君の模擬戦にアスラン・ザラ君のフリーダムが加わる。

 さすがに核動力のフリーダムは段違いの性能で、キラ君のストライクといえども分が悪い。まあ、交わす会話はただの冗談だ。

 

 

 

「皆さん楽しそうですわ。ふふ、ハロたちの追いかけっこみたい」

 

 そんな様子をエターナルの艦橋から見ながら、ラクス・クラインが曇りのない笑顔で呟く。その例えが的確なのかズレているのかよく分からない。

 

 しかししばらくすると、じゃれ合いからようやく搭乗訓練らしいものに変わる。

 そうさせたのはアンドリュー・バルトフェルドだ。

 

「歌姫さん、ちょいと行ってくる」

 

 バルトフェルドはエターナルの艦長という職にありながら、いざという場合には自分もまたMSに乗って出撃するのをやめる気はないらしい。そして今、搭乗するのに格好の機体があった。

 アスランがフリーダムに搭乗するのに伴い、不要となったイージスガンダムである!

 バルトフェルドが目を付け、いち早く手を挙げ、イージスのパイロット登録を自分に変更させていたのだ。どのみちコーディネイターでパイロットでもあるのは残りがバルトフェルドくらいなものなので問題はない。

 

「ガキども、強くなりたきゃ俺の真似をしろ!」

「え……」「いや……」「でも……」

 

 

 

 

 …… そして俺は猛烈に後悔している。

 出来心だったんだ。

 

 前の世界で俺はMSに乗れなかった。いや、乗ろうと思ったこともなかった。

 ジオンでザクが開発された頃には、俺は既に中年で腹が出ていた。つまり体力的にMSパイロットなど最初から無理だったのだ。俺はドズル閣下のような体力お化けではない。

 しかし今ならどうだろうか?

 サイ君の若い体はもちろん腹など出てはおらず、これならMSに乗れるんじゃないか?

 

 もちろんコーディネイター用のMSには乗れないだろう。しかしナチュラル用のアストレイとかなら少しはやれるかも……

 

 俺の方からねだったわけではない。うかつにもそれを口に出したら、たまたまラミアス艦長に聞かれてしまった。

 そして何と試してみる許可をくれたのだ。普通なら艦の職種は厳密に守られるべきだが、今はブリッジ要員にあまり仕事がないから良しとしたらしい。

 

 俺は調子に乗ってしまい、一機のアストレイを貸してもらって搭乗し、アメノミハシラのゲートデッキから宇宙に出た。艦からの発進を選ばなかったのはカタパルト発進というハードルがあるからだ。

 

「あ、え、よっと」

 

 MSで宇宙を疾駆してさぞ気分が良かろう、なんて想像とは全く違う!

 どっちが上か下かも直ぐに分からなくなる。計器を見れば分かりそうなものだが、体感とズレが生じると本能的に計器の方を疑ってしまい、どうにも収まりが悪い。

 更にゆっくりスラスターをふかそうとするが…… 全く意図しない動きになってしまうじゃないか。修正もできやしない。だいたいにして二つの動作を同時にするということが致命的にできなかった。

 無理なものは無理、俺は現実という壁に当たったというわけだ。

 俺は戦術家であり、別にMSパイロットとして戦おうなんて思ってもいないのだが、可能性の段階で粉微塵に砕かれてしまった。

 

 まさにほうほうの体でアメノミハシラのデッキに戻る。

 どっかにすっ飛んで行って救助されないだけマシだと思おう。実際はわずか100mも離れるまで行かなかったわけだが。

 

 

 

 ……さて、ここからが大変だった。

 

 ゲートから中に戻ると、なぜか人が多いじゃないか!

 知った顔がほぼ全員だ!

 皆、俺の帰りを待っていたのか。悪い意味で。たぶん俺がMSで悪戦苦闘している様子を見ていたんだ。

 

 マリュー・ラミアス艦長が複雑な表情をしている。何も言わないが、これほど酷いとは思わなかった、と顔に書いてあるようだ。

 キラ君はあからさまに心配げな表情をしている。

 フラガ少佐はさすがに大人なだけあって、いつも通りのクールな……いや、微妙に口角が上がっているぞ。

 

 そしてディアッカ君は…… はっきり笑っている。大声を出さなきゃいいってもんじゃない。笑い転げる寸前だってことが一目で分かる。そしてニコル君がディアッカ君の口を押さえるべきかどうか迷っているじゃないか。

 

 

「みんな、笑うことはないだろう! サイ君も頑張ったんだ! ただ、才能が別のところにあるから仕方ないんだ!」

 

 ああ…… ここで言われてしまった。

 カガリ少女が善意でそう言ってくれるのは想定内なのだが、打撃になる。分かっていても言われたくない場合があるものだな。

 

「MSに乗れるかどうかは、関係ない! でもどうしても乗るならいい方法があるぞ。モルゲンレーテのシモンズ女史にサイ君専用のOSを一から開発してもらえばいい。難しいかもしれないが、そうすればきっと大丈夫だ!」

「…………」

 

 地味にとどめだな。

 もう諦めているから、そっとしてくれ。

 

 

 

 



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第三十一話 対峙する時

 

 

 俺のことはただのお笑いで済むが、ここでイザーク君が妙なことを言った。

 腕を組み、体を壁にもたれさせながら、深刻な表情で。

 

「MSのパイロットといえば…… 俺は今回イズモと一緒に地表へ降りている。そこで妙な噂を聞いた。連合がとんでもないパイロットを作り出しているらしい。本来はパイロット適性のない人間を脳内麻薬漬けにして、異常な戦闘本能を引き出し、めちゃくちゃな戦いをさせる。最初から使い捨てのパイロットだ。本当にそんなことが有り得るのか、調べようもないが」

「そんな…… 明らかに非人道的だわ!」

 

 マリュー・ラミアス艦長が一番早く反応した。

 

 ただし、反応の強さでいえば間違いなく俺が一番だ。驚きが強すぎて言葉が出なかっただけである。

 なぜなら俺はそれに類するものを見ているのだ!

 かつて連邦軍が似たようなことをしていた。いわゆる強化人間だ。記憶さえ作り変え、戦うための人形にして磨り潰す。死ぬよりもはるかに酷く、あらゆる意味で人間を冒涜するやり方である。俺が知るだけでもロザミア・バタムやフォウ・ムラサメがその犠牲となって人生の記憶を失った。

 それと同じようなことをこの世界の連合が行おうとしているのか! ただ単に、戦争に勝つために、弱い人々を踏みにじって。

 断じて許すことはできない!

 

「…… もしもそうなら、俺が必ず叩き潰す。コンスコンの名にかけて」

 

 この呟きは、自分に向けて言ったものだ。

 

 

 

 

 同じ頃、地球表面ではナタル・バジルールが青空を見上げている。

 

 パナマの空は抜けるように澄み渡っている。南国らしい美しさだ。

 その下の地表には巨大な建造物がある。

 連合が新しく建設したマス・ドライバーだ。ザフトの目を欺くため地球各所でダミー工事が行われているが、ここパナマ基地のものが紛れもなく本物である。

 

 更にナタルが視線を大きく動かすと、艦の建造ドックが見える。その覆いからわずかはみ出た脚のようなものまで見えている。

 あれこそが竣工寸前のアーク・エンジェル級強襲揚陸艦二番艦だ。

 アーク()エンジェル(天使)より位が高いドミニオン(主天使)の名が付けられている。

 

「何から何までそっくりだな。同型艦だから当たり前だが……」

 

 ナタルが当然過ぎることを言ってしまったのには理由がある。

 この度、ナタル・バジルールは昇進して少佐となった。同時にこの新造艦ドミニオンの艦長に就任することが内定しているのだ。

 普通なら脱走艦の副長だったものが昇進することはない。多少なりとも関与を疑われるからである。

 だが、ナタルはアーク・エンジェルで数々の戦闘をくぐり抜けてきた経験があり、同型艦でそれが活かされることを期待され、この人事となっている。

 

 しかしナタルの呟きは、これから乗艦する艦への単なる感想ではない。

 どうしても思い出すのだ。

 かつてアーク・エンジェルの副長として長い旅をした。その途中艦長を始めとしたクルーたちと本当に何度も衝突した。ナタルは自分なりの最善を主張したつもりだったが…… 戦闘行動でも政治的行動でも、真っ向から対立したことが少なくない。

 

「ラミアス艦長、フラガ少佐、そしてサイ君……」

 

 しかしそんな思い出は、今では貴重なものになっている。

 対立とはいっても、原因はたいてい自分より皆の方が甘く、優しかったせいだ。皆はナタルと違い、最善の軍事行動よりも人の気持ちを優先した。それに対して自分はついつい厳しい、軍人的な発想を口にしたものだ。

 どちらが正しかったのかどうか考えることは意味がない。結果的にアーク・エンジェルは沈むことはなかったが、まさに結果論にしかならないだろう。

 それよりもナタルにとってはそういう自分さえ皆の優しさによって包み込んでくれたことが大事なのだ。あのオーブでの別れの時、マリュー・ラミアスが名残惜しく、いい形で再会したいと言ってくれたのは本心からだ。

 

 そんな甘酸っぱい記憶がアーク・エンジェルと同じであるドミニオンの形を見ることで思い出されてやまない。

 

 

 

 

 しかし運命はナタル・バジルールに対して少々意地が悪かった。

 

「出港、でしょうか? しかしドミニオンは完成したとはいえ各部テストがまだ35%しか終わっていないはずでは。急いでもあと7日はかかるものかと」

「そんなの出てからやればいいでしょう。まったく」

「し、しかしアズラエル理事、計画書ではマス・ドライバーで宇宙へ行くとあります。不具合が出てからでは対処が難しいでしょう」

 

 今、ナタルとドミニオンへ急な出港命令が来ている。

 それを伝えているのは連合司令部参謀ではなく、百歩譲ったとしても上官ですらない。軍服も身に着けていなかった。

 

「いいからさ、ナタル艦長も頭の固い軍人さんなわけ? そんなことはどうでもいいから、出港するかしないかは僕が決める。艦のことは艦長に任せるけれど、そういう上の判断に口を出さないでくれるかなあ」

「…………」

 

 ドミニオンでは艦長であるナタルが全ての判断をする、のではなかった。

 ブルーコスモスの理事ムルタ・アズラエルが一緒に乗艦し、口を出してくる!

 アズラエルは確かに艦の調整や点検、各部署の報告などについてナタルに任せっきりで、その線引きはしっかりしている。ただし、肝心な出港日時や作戦範囲というものについて命令してくるのだ。

 

 そしてナタル・バジルールには反対する権限はない。

 連合司令部からはムルタ・アズラエル理事に従うよう厳命されているからだ。

 軍人であるからには司令部命令に従うが、ナタルとしては連合軍とブルーコスモスの歪んだ関係について嘆息せざるを得ない。あまり政治的なことを考えないようにしているナタルでさえ、ブルーコスモスが極端なコーディネイター排斥主義者の集まりであり、それゆえに軍を私物化しようとしていることを知っている。

 

 これでは戦争が終わるはずがない。

 

 平和が尊いなどという発想はどこにもなく、コーディネイター根絶に駆られているだけだ。ザフトという過激武装集団の鎮圧という目的は忘れ去られ、ブルーコスモスが中心となってコーディネイターに対する憎悪と嫉妬が煽り立てられているのだ。連合がそれに巻き込まれている。人は理性によって力を抑制すべきなのに、もはやそんなことを考える方が少数派になった。

 

 

 

 それはともかく、ドミニオンの出港直前に奇妙なことがあった。

 

 アズラエルの指示で何かが積み込まれた。普通の備品や物資ならば敢えて問う必要はないが、艦の医務室を改造することまで含まれれば話は大きくなる。戦闘中に負傷した兵の拠り所はそこしかない。

 

「アズラエル理事、艦を勝手にいじるのは止めて頂きたい。せめて目的くらいは事前に相談があって然るべきでしょう」

「ああ艦長、それは悪かったね。でも仕方ないんだよなあ。あいつらを収容するためなんだから、どうしても必要なんで、そこは事後でも了承してくれなきゃ」

「あいつらとは…… 乗艦名簿に病人はいないはずですが」

「これはまだ秘密なんだけど、三人、いや三体が追加されるはずなんだよ。MSのパイロットとして使う優秀な部品でね、暴れたり面倒なことがあるかもしれないが、見て見ぬフリをしてくれればいいから」

「理解しかねますが……」

 

 そしてアズラエルのいう奴らというのが乗艦してきた。

 艦長である自分に敬礼どころか挨拶もしない! いや、単に不遜だということではなく、三人とも目つきがおかしかったりゲームを手放さなかったり、どうにも違和感がつきまとう。

 確かにこれは変だ……人間として壊れているような。これでは医務室が常時必要というのもうなずける。

 そして見てしまった。

 ほどなくして図ったようにその三人が同時に倒れ、もがき苦しんでいる!

 医務室に作られた隔離部屋のベッドに縛り付けられ、目は焦点が合わず、うめくしかできない状態にいる。

 

 いったいこれは何だ!

 

 直ちにドミニオンのデータベースを開ける。艦長権限でアクセスできる深層ぎりぎりまで調べたのは初めてのことだ。

 その結果…… 恐るべき実態を知ることができた。

 あの三人は病気ではない!

 それどころか元は普通の人間である。それなのに脳の中に薬剤注入器を仕込まれ、その薬剤で狂わされてしまった。時折禁断症状でああいう姿になってしまうのだ。それもこれもMSパイロットとして使い潰すために。もっとはっきり言えば、ナチュラルがコーディネイター以上の力を手に入れるために。むろん、そんな無理をする代償は計り知れない。

 

「アズラエル理事、あの三人は!?」

「何か問題あるの? 戦争に勝つためだから、それくらいするでしょう」

「それくらいって……あまりに非人道的に過ぎます!」

 

 ナタルは直ぐにアズラエルのところへ行き、問いただした。自分のドミニオンでそんなおぞましいことが行われるのは、容認できない。

 

「戦争をしているのに何を悠長な…… それにさあ、あの三人の記憶は奪ってるけど、元は志願してああなってるんだよ? だったら僕の責任じゃないわけだから、非難されるのはおかしいねえ」

「志願!? あんな状態にされるのに!」

 

 そんなはずはあろうか。少なくとも分かっていて志願するはずがない。

 

「何か疑ってるの? 僕の言うことに。奴らなりの事情っていうのがあるのさ。データベースの一番深くまで見たら理由も書いてあるから」

「ですが、それでも……」

 

 

 しかし、ここで逆に信じ難いことを告げられてしまった。

 

「そんなことより、出港を急いでくれないかなあ」

「急がせてはいますが、通常より遠距離の試験航海となりますと、装備面だけでもそれなりの準備が」

「ああそうそう、大事なことを言うけど、実は試験航海じゃないから。僕だって試験航海に付き合うほど暇じゃない。今回の目的はオーブの宇宙ステーションアメノミハシラを潰すこと、そして脱走艦アーク・エンジェルを沈めることだよ。やってくれるよね、ナタル・バジルール艦長」

 

 

 

 



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第三十二話 上の事情

 

 

 ムルタ・アズラエルが出航目的をようやく明かしてきた。

 

 今回のドミニオン発進は試験航海どころかあまりに無茶な出撃だった!

 何とオーブの拠点アメノミハシラを叩くというのだ。

 

「ア、アズラエル理事、それは本当のことでしょうか? それほどの大作戦が計画されているとは……」

「本当だよ艦長。だから僕がいるんじゃないか。連合は今からコーディネイターどもの根城、プラントを叩き潰す! ドミニオンはね、その先遣部隊の旗艦なんだよ」

「連合の先遣部隊…… ドミニオンがその旗艦になるのは光栄です。しかしアメノミハシラにはかなりの守備戦力があるものと予測され、おいそれと手を出せないと思われますが」

 

 もちろんナタルの頭にはアーク・エンジェルがある。

 アメノミハシラを攻めるとなれば、むろん庇護下にあるアーク・エンジェルが出てくる。それとまともに対決してしまう。

 かつての同僚だったクルーたちのことが頭を掠める。

 これも運命なのか。

 アーク・エンジェルが連合から脱走した結果、こうなることもあり得たが、本当にそうなってしまうとは…… 考えられる限り最悪の再会ではないか。

 

 しかしそんな感傷とともに考えることがある。戦力的にアーク・エンジェルの怖さは誰よりも知っている。

 艦長マリュー・ラミアスの意外な度胸、フラガ少佐の冷静な判断力、キラのストライクの強さ、その上……恐るべき戦術を繰り出すサイ・アーガイルがいるのだ。

 簡単な戦いになるはずがない!

 

「反対しても無駄だよ。だからさ、そういう戦略のことは僕が決めるの。オーブの守備戦力は分析済みで、今度の先遣部隊はネルソン級戦艦が四隻、ドレイク級宇宙護衛艦が四隻、ドミニオンと併せれば九隻の戦力を用意するから。それならできるでしょう?」

「九隻もの艦隊…… 通常なら充分過ぎるほどの戦力かもしれませんが、それでも声を大にして言わねばなりません。相手を過小評価しているきらいがあります! アーク・エンジェルのMS戦力は見かけ以上のものがあり、しかも常に発展しています。また戦術面において非凡な力量があることも考慮すべきです」

「どうしたの艦長、そんなことばかり言って。まさかアーク・エンジェルと戦いたくないとかいう個人的な感傷じゃないだろうね。それなら大きな問題になるよ」

「いえ、決してそのようなことは」

 

 このムルタ・アズラエル理事は自信を持っているようだが、おそらく充分に分かっていない。

 

 

 

「アズラエル理事、もしかするとあの三人をMS戦力の切り札と思っていらっしゃるのでしょうか」

「ああその通り、思いっきり使うつもりさ。今後の資料としてそうした方がいいから」

「しかしそれでも…… いえ失礼しました。ところでアメノミハシラを叩く戦略的必要性について伺ってもよろしいでしょうか。プラントが最終目標なら、真逆の位置にあるアメノミハシラを敢えて無力化する意味はどこに」

「それは、艦長に詳しく説明することはないけれど、大人の事情だからねえ。ま、簡単に言うと幸先のいい勝利が必要ってところだよ」

「……」

 

 それ以上は聞いても無駄なのだろう。

 一介の艦長には上層部の考えることを知る権利すらない。

 

 

 そしてついに出撃の時が来る。

 

 連合パナマ基地の大型マス・ドライバーが地に響く唸り声を上げ、いよいよ稼働状態に入る。

 最初に新造艦ドミニオンを乗せ、宇宙へと飛び立たせる。

 その後も次々と艦を送り出し、ドミニオンと併せて九隻が宇宙に浮かぶこととなり、それらはすみやかに隊列を組む。大型艦を中心として九隻、それなりの威容を持つ艦隊だ。

 すぐさまアメノミハシラへ向かって針路を取る。

 

 

 

 

 その様子を見てはいないが、充分に予期している者がいた。

 全ての陰謀を操るラウ・ル・クルーゼだ!

 

 クルーゼはメンデル宙域での追撃戦失敗の後、むろん艦の修理のためにプラントに戻っている。しかしその前に一つの仕事をやってのけていた。

 それは本来の任務に入らない連合プトレマイオス基地襲撃だ。

 名目が無いわけではない。アーク・エンジェルがそこで修理や整備を受けていたのは事実であり、今後のためにも無力化するのは悪いことではない。

 

 先の戦いの鬱憤を晴らしたかったのだろう。レイ・ザ・バレルなどは勇躍して発進し、熾烈な迎撃ミサイル弾幕を恐れずに搔い潜り、プトレマイオス基地の迎撃陣地を次々に破壊していった。

 むろんプトレマイオス基地は残されていた戦力であるメビウス二十機余りを急遽発進させ、抵抗を試みている。

 しかしながらクルーゼ隊の優秀なパイロット相手ではあまりに無力だった。結果、クルーゼ隊にただの一機の損害もなく、メビウスは全滅させられている。

 

「見たか連合め! これがクルーゼ隊の力だ!」

 

 若者たちはそう言って紅潮する。

 一つの大規模基地を無力化したことは大きな自信になる。多くの者はかつてクルーゼ隊が単独で連合アルテミス基地を叩いた時に参加していないが、もちろんその驚くべき大殊勲を知らないはずがない。今、それと同じような戦果を挙げたと思っているのだ。

 

「皆、よくやってくれた。これでプトレマイオス基地の戦力は潰した。基地自体の破壊は不要、帰投に入ってほしい」

 

 クルーゼはMSパイロットをねぎらいつつそれ以上の行動はさせなかった。

 若者たちの多くは戦闘に満足している。戦闘継続を望んだ者がいなかったわけではないが、クルーゼ隊長はエターナルを逃した埋め合わせにプトレマイオス基地を叩きたいだけで、つまりザフト上層部への単なる言い訳だろう、と想像するばかりだ。

 ラウ・ル・クルーゼの深い陰謀に気付く者は誰一人としていない。

 

 

「これでいい。プトレマイオス基地を利用してデータを渡せる。実にいいタイミングだ。足付きに敗退させられたが、それすら逆手にとれるとは本当に運がいい」

 

 

 

 全てクルーゼの思い通りにいった。

 

 実はこの頃、ザフトの最終兵器ジェネシスが完成したという情報がクルーゼにも入っている。後は動作テストを待つばかりだという。

 しかし、それが終わったとしても直ちにジェネシスを使う気配はない。

 プラントの政治情勢は急進派が最大派閥だが、それでも大量破壊兵器による先制攻撃に慎重論を唱える者が多かった。

 一刻でも早く撃ちたいパトリック・ザラは歯がゆく思うも、慎重論へ一定の配慮が必要である。

 

 ならば背中を押させる!

 

 先に連合が核兵器を使う意思を示せば、プラントもジェネシスを使うに決まっている。

 だからこそクルーゼはこのタイミングでニュートロンジャマーキャンセラーの技術情報を連合に渡すのだ。

 その技術情報の入手は簡単ではなかった。しかし都合が良いことに、自分のプロヴィデンスはまさにその一つを積んでいるではないか。しかも整備情報としてあらかたの設計がデータにあったのだ!

 

 戦闘終了間際にクルーゼのプロヴィデンスが出てきたことについて、若者たちはダメ押しの後詰めに来たものかと思い、何も訝しむことはない。クルーゼは悠々と設計情報をプトレマイオス基地に投下した。

 そしてクルーゼが若者たちにプトレマイオス基地を破壊し尽くすまで攻撃させなかったのは当たり前である。

 ニュートロンジャマーキャンセラーの技術を解析し、連合上層部へ送ってもらうためには。

 

 

 

 クルーゼの思惑通り、プトレマイオス基地は大慌てで情報を地表に送り、ついに連合は核の使用を可能にすることができた。

 

 最初は連合の中でも大西洋連邦がその情報を独占していた。

 しかもそれをミサイルの弾頭に組み込み、核爆発を使用可能にする方向で開発を進めていく。つまり軍事利用だ。

 しかしながら、大西洋連邦以外もやがてそれに気付く。プトレマイオス基地は基本的に大西洋連邦主導の基地ではあったが、今では他の基地の人員を集約している関係上、情報をずっと秘匿することはできない。

 結果、ユーラシア連邦が大西洋連邦に噛み付いた。

 ニュートロンジャマーキャンセラーの技術を地球のエネルギー不足解消に使う、それを優先させるべきではないかと。

 だが大西洋連邦は核の軍事利用に固執し、それを撥ね退けている。

 正確には大西洋連邦と関係の深いブルーコスモスがそうさせなかったのだ。

 

 だからこそ、ここで大西洋連邦とブルーコスモスは目に見える勝利を手に入れたい。

 

 その実績をもとに連合の主導権を握り続けるためである。

 それがムルタ・アズラエルの言う上の事情であり、今回のアメノミハシラ攻略戦の本当の理由だった。

 

 

 今、宇宙はラウ・ル・クルーゼの舞台と化している。

 

 

 

 



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第三十三話 激闘! 大天使vs主天使

 

 

 ナタルのドミニオンを含む連合先遣艦隊九隻がアメノミハシラに接近していく。

 艦隊形としてはドミニオンがやや前に出る雁行陣の形をとっている。

 

 この艦隊を察知し、アメノミハシラでも守備戦力を繰り出す。オーブ本国に引き続き、またも連合が侵攻の意図を持っているのは明らかである。

 迎撃に出る艦隊はむろんアーク・エンジェル、クサナギ、イズモ、エターナルの四隻だ。こちらはやや距離を狭めた横陣であり、まとまることで互いの弾幕を重ね、先ずは防御に適した隊形にしている。

 アーク・エンジェルのクルーたちは緊張を隠せない。

 迎撃といっても普通に考えたら連合艦九隻の前に劣勢は明らかだからだ。

 しかも連合の艦隊にはアーク・エンジェル級二番艦、ドミニオンがいる! その建造計画があることは知っていたが、もう竣工し、ここで対峙することになるとは。

 

 

 

 そして驚いたことに戦いに先立って通信が入ってきた。

 オーブと連合は既に戦争状態である以上、わざわざ通告は必要ないはずである。

 

「地球連合所属強襲揚陸艦ドミニオンからアメノミハシラ及びその艦隊に申し上げる。速やかに降伏されたし。特にアーク・エンジェルは連合からの脱走艦ならばこそ、戦いに入ることなく、連合に復帰することを切に望む」

「ナタル!」

 

 アーク・エンジェル艦橋の全員が等しく絶句する。

 内容のことはさておき、通信の声はまさしくナタル・バジルール中尉のものだったからだ!

 

 

「…… お久しぶりです。ラミアス艦長。小官は少佐になり、このドミニオンの艦長を拝命しております。決してこんな形で再会したくはありませんでした。艦長、繰り返しますが、今のうちに原隊復帰をお勧めします。微力ながら小官も弁護に尽力いたしますので」

「それはできない、ナタル。いえドミニオン艦長。私たちアーク・エンジェルはただ逃げたのではないのよ。はっきり言うけど、連合の在り方に疑問を感じてるの」

 

「とても残念です。……()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、艦長」

「……それは同型艦だから、性能は互角ね」

 

 通信はそれで終わった。

 アーク・エンジェルの原隊復帰など無理だし、そうする気もない。拒否は当然だ。

 するとドミニオンとの戦闘は不可避となる。

 

「ナタルと戦うのね…… できれば、そんなことはしたくなかった」

 

 マリュー・ラミアス艦長がとても残念そうに言うが、素直な心情だろう。

 ナタル・バジルールは厳格で、いつも衝突していたが、その内面は優しさと正義感に溢れている。それが分かり切っている以上、戦いたいわけがない。

 

 だがしかし、俺は全く別のことを考えていたのだ!

 

「なるほどな。そういうことか。ナタル・バジルール中尉も戦っているのだ。自分の心と、周りの環境に」

「え? サイ君、それはどういう意味なのかしら。何か気付いたの?」

「簡単なことだ。しかしラミアス艦長、今それを説明している暇はない。敵は動き出したぞ!」

 

 

 

 

 一方のドミニオン艦橋では通信を終えてもナタルに表情の変化はない。アーク・エンジェルが原隊復帰など望みえないことは分かっている。

 

「気が済んだかい、ナタル艦長。堂々の通告だなんてご苦労さん。どうせ意味ないのに」

「アズラエル理事、この戦いは戦力差に意味はなく、戦術で劣った方が負けます。そして向こうの戦術能力は生半可なものではありません。よほどの覚悟が必要と予め申し上げておきます」

「分かった分かった。じゃ、さっそく戦ってよ」

「ではドミニオン第一戦闘速度! 対艦ミサイルスレッジハマー全門装填! 各艦、それに倣いミサイル攻撃用意!」

 

 

 

 戦闘が始まった!

 先手を取ったのは連合先遣艦隊である。

 突進をかけつつ、接敵直前に左方向へややカーブする。

 

 それと同時に次々とミサイルを撃ちかけていく。

 合計すれば百を超える数のミサイルの群れが飛んでいくが、それらは単純にアーク・エンジェルらに向かって放たれたものではない。

 まるでアーク・エンジェルの進路を遮り、頭を抑えるコースへと扇状に撃たれているのだ。

 

 

「回避! 減速しながら右舷三十度回頭!」

 

 当然、マリュー・ラミアス艦長が回避を命じる。

 イーゲルシュテルンによる弾幕では撃ち漏らしが出てしまうと判断した。おそらく連合先遣艦隊は牽制と進路妨害を図ってきたのだろうが、ミサイル群は予想よりはるかに濃密なものだ。回避し、いったんやり過ごす指示を出す。

 

 普通ならそれでいいのだろう。

 だがしかし、俺はそんな対処では不充分だと見切った。

 

 想像が正しければ、ナタル・バジルールの戦術は単純なものではない!

 

「ラミアス艦長、まずい! それではやられるぞ!」

「え!? 何?」

「あのミサイル群は単なる牽制ではない! 直ちに全力で逆噴射しながら急速回頭だ。できるだけミサイルから距離を取れ!」

「わ、分かったわ、サイ君。アーク・エンジェル急速回頭! 他の艦にもそう連絡して!」

 

 ラミアス艦長は俺の言う事に理由も聞かずに従ってくれた。今は一秒でも無駄な時間はなく、そうするのが正しい。

 そして理由などは……間もなく判明する。

 

「あっ! ミサイル群が急に曲がって……こっちへ! デコイは間に合わない。防空弾幕最大!」

 

 扇状に撃たれたミサイルのうち、何割かが急にコースを変えてアーク・エンジェルの方へ向かってきたではないか!

 

 これは誘導ミサイルの動きだ。

 

 だがしかし、俺の指示により各艦はミサイルから急ぎ距離を取っていたため、ほぼ迎撃することができた。これがギリギリで回避しようとしていたら防げなかったに違いない。

 結果アーク・エンジェルとエターナルは無事、イズモとクサナギは運悪く被弾してしまったが、どちらも小破程度の被害に収めている。

 

「サイ君、これは……」

「ナタル中尉、いや少佐はなかなかどうして戦術も上手い!」

「つまりナタルは()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()!」

「その通りだ。ラミアス艦長、そういう戦術だろう。ミサイルを扇形に撃つことにより、直進するタイプだとこちらに誤認させる心理作戦だ。そして油断を誘い、回避を必要最小限にさせるつもりだった」

「もしも、こちらがそうしていれば……」

「仕込まれた誘導ミサイルがいきなり近距離から襲い掛かり、仕留められてしまっただろうな。簡単だが嵌れば必殺の策だった」

 

 面白がってもいるわけではないが、俺はナタル少佐が味な戦術を使ってきたことに対して敬意を払わずにいられない。判断を誤れば、こっちはたった四隻の艦隊、壊滅していたかもしれないのだ。

 マリュー・ラミアス艦長は驚きから回復し切れていない。

 その様子を見て俺はラミアス艦長に言っておく。ラミアス艦長は技術畑にいたのだから、戦術でナタル少佐に及ばなくても仕方がないし、本人のせいではない。

 

「そんな戦術を打ってくるのも不思議ではない。俺は艦隊戦を指揮した経験など山ほどあるが、ナタル少佐だってずっとブリッジクルーの第一線にいたのだ。戦いというものを知っているだろう」

「……」

 

 

 

 

「いやいやナタル艦長、凄かったねえ。あなたもやればできるじゃない」

「恐縮です、アズラエル理事。しかし褒めて頂くほどのものではなく……ここからの艦隊行動が勝負になります」

 

 一方、こちらはドミニオンの艦内だ。

 手を叩いて喜ぶアズラエルに対し、ナタル・バジルールは固い表情を崩さない。

 初手の結果はこんなものになった。

 あのサイ・アーガイルを騙せないと思っていたが……やはり通じなかったとは。戦いは厳しくなる。

 

 

 

 そして今度はアーク・エンジェルから仕掛ける。お返しだ。

 

「マリュー・ラミアス艦長、古来より少数が多数を撃破するパターンは幾つかある。おびき出して罠に嵌める、補給を断って自滅させる、奇襲で中心部を叩く、といったものが挙げられるだろうか。さて今回は最もシンプルなやり方がいいだろうな。分断を行い、各個撃破に持って行こう」

「そ、そうね。しかしサイ君、どうすれば」

「向こうは九隻といえどカーブしながらのミサイル攻撃を終えたばかり、隊列は伸びている。こちらがまとまったまま横合いから突進すれば分断が可能だ」

 

 それに従い、アーク・エンジェルらは一気に増速しつつ、連合先遣艦隊の横合いから突っかかる。

 これにより丁度半分に切り分け、しかも混乱を招いたはずだが……

 

 俺の方が結果に驚いてしまう。

 

「む…… これはしまった! 分断をしたのではなくさせられた。もっと熾烈な主砲の撃ち合いがあってしかるべきなのに、手応えが無さ過ぎる」

 

 俺としたことが、読まれていたのだ!

 

 ナタル少佐はこっちが積極戦術をとり、分断を図ってくると予期していたのだろう。

 連合先遣艦隊は何も慌てたりしない。無理に抵抗することもない。その代わりに分断されてもすぐさま回頭し、艦首を向けてくるではないか。

 するとどうだ。アーク・エンジェルらはまるで挟撃されている態勢となった。

 

 

 

 俺は正直に認めねばなるまい。無意識に侮っていたのかもしれないことを。

 その結果足を掬われ、二方向から狙われるという艦隊戦では極めて不利な立場に立たされた。

 

「やるな、ナタル少佐。こちらの動きを逆手にとったのか。一杯食わされた」

「サイ君、それでは……」

「慌てるな、ラミアス艦長。見方を変えれば実はチャンスとも言えるのだ。MS戦に移行するには都合が良く、砲撃戦が始まる前にMSを出せば押し切って勝てる。ラミアス艦長、ここはキラ君たちにお願いしよう」

「分かったわ。ストライク、アストレイ、緊急発進!」

 

 本気でやるしかない。

 スピード勝負だ。一気にMS戦に移行させる。

 なぜなら今、敵味方の艦が狭い範囲で近接している、MS戦には願ってもない条件なのだ。何よりもMS戦では艦隊がまとまって防空できる方が有利で、包囲や挟撃をしている側がかえってやりにくい。

 

「ストライク、出ます!」

 

 アーク・エンジェルの誇るストライクガンダムが飛び立つ。

 そしてエターナルからはフリーダム、ジャスティスが出る。クサナギからはブリッツ、バスター、デュエル、むろんアストレイらも出る。

 少数ながらこれは充分に信頼できるMS戦力である。

 

 

 

 



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第三十四話 企み

 

 

「やはりそうなるか……早いな」

 

 ドミニオン艦橋でナタル・バジルールが独り言を言う。表情は複雑だ。

 ミサイル攻撃に工夫を凝らしたが、それはあっさり防がれた。しかし、その後の艦隊運動ではアーク・エンジェル側を一手上回ることができた。あの恐るべきサイ・アーガイルを出し抜く形になったことは、軍人としての矜持を守ると共に、多少の満足感をもたらしてくれる。むろん、艦数の優位という下地があったからできたということを忘れてはいない。

 だがその果実を得ようとする矢先に対応され、素早くMS戦に切り替えられた。

 

 

 ナタルはもちろん、アーク・エンジェル側のMSについて、その恐るべき戦力を知っている。

 だが、その理解はアズラエルと共有できない。

 

「いい感じになってきた! ナタル艦長、MS戦になるならあの三人を出せばいい」

「……やはり向こうは上手い。逡巡することなくMS戦に切り替えられてしまったようです。その前に一隻でも二隻でも沈めておきたかったのですが、うまくいきませんでした」

「構わないんじゃない? 砲撃戦にならないとしても、MSだってこっちは九隻分の搭載で四十機はあるよ。それに加えてあの三人だから」

 

「いいえ、それには反対です。アズラエル理事、MS戦になれば向こうにはストライクがいます。そして元はクルーゼ隊にいたデュエルなども認められる以上、かなりの戦力と思わねばなりません。こちらが数の上では圧倒的とはいえ難しい戦いになるでしょう。ここは優勢のうちに距離を取り直し、艦隊形を再編します。あくまで艦隊運動を基軸とした砲撃戦にこだわるべきです」

「それは認めない! とにかくレイダー、フォビドゥン、カラミティを出すんだ!」

「し、しかしアズラエル理事、それで抑えられるかどうかは……」

 

 ナタルとしては反対せざるを得ない。

 だがムルタ・アズラエルはMS戦の継続を主張し、三人の出撃を強行させた。

 

「それはこの僕が決める。僕の判断が優先なんだ。連合司令部からそう言われてるはずだよね、艦長。それで上手くいかないとしても別に……いや、何でもない」

 

 

 

 むろんその三人、クロト、オルガ、シャニは出撃命令に従う。

 最初から従うように調整されている。脳内麻薬に操られ、本来の人格はとうに吹き飛んでいるのだ。そして戦意を無理に引き出された状態で出撃していく。

 随伴するストライクダガーが四十機いるが、それらとの連携や編隊などまるで無視し、とにかく獲物を求めるだけの戦い方だ。

 

「どいつからだァ! 瞬殺ゥ!」「旧型でも新型でも、とっとと出てこい!」「ダルいからさあ、早くやられちゃってよ」

 

 

 

 たちまちMS同士が交戦に入る!

 むろんアーク・エンジェルらの側は絶対的に少数なので、そのまま乱戦というわけにはいかない。それなりの秩序を保って戦う。

 

「しっかり下がっていろ。俺が前に出るから、それに注意が向いた奴に忍び寄り、三人で囲んで叩け。決して単独で仕掛けようと思うな。分かったか」

「了解、イザークさん!」

 

 今、イザーク・ジュールのデュエルガンダムは、アサギ、マユラ、ジュリたちのアストレイ隊と共にいる。

 そして彼女らが安全に戦いを進められるよう先導している。さりげなく危機から遠ざけるように動き、徹底して守りにかかっているのだ。

 一方でディアッカは視野を広く構えつつ、アーク・エンジェルなどに近付こうとするストライクダガーがいれば狙い撃ちにかかる。長射程のバスターガンダムがそれに一番適しているし、ディアッカもそれを自覚している。結果、アーク・エンジェルらを目指すストライクダガー別動隊を寄せ付けない。

 逆に攻撃面ではニコルの独壇場となる。

 ミラージュコロイドを起動したブリッツガンダムは弾幕の薄いところを掻い潜り、連合先遣艦隊に接近、先ずは小型のドレイク級護衛艦を大破に追い込む。

 

 そして……

 やはり主力はアスランのフリーダム、シホのジャスティス、キラのストライクだ。

 

 そこへあの三人のMS、レイダー、フォビドゥン、カラミティが挑みかかる!

 

 もはや隊列も秩序もない。あたかも獣のように、いや獣でさえ恐れというものを知っているが、三人にはそんなものもない。あるのは戦いたいという衝動だけであり、それに完全に支配されている。

 

 アスランたちは彼らの異常な戦意に戸惑ってしまう。

 しかしそれはわずかな間のことであり、対応していけば、やがて優位に立つ。機体性能でも技量でもはっきりした差がある。

 

 

 

 

 

「戦況は…… ご覧の通りです。ストライクダガーの損失はこの時点で十機を超え、艦隊ではドレイク級一隻、ネルソン級一隻が大破です。今一度速やかな後退を進言します」

「くそっ、どうして……こんなことに。常識ではあり得ない。いいや違う。僕としたことが常識に捉われてしまったのか」

 

 MS戦の結果は思わぬことになりつつあり、ドミニオン艦橋でナタルとアズラエルがそんな会話をしている。

 ここで突然割り込んでくる声があった。MS担当のCIC要員だ。

 

「レイダーの動きに異常! あ、続けてフォビドゥン…… カラミティも!」

「まずい、あいつらが時間切れか。いつもより興奮させたからだ」

 

 そんなことを言うアズラエルにナタルが毅然として正す。

 

「アズラエル理事、やはり人間を薬物によって無理やり戦わせるなどあってはなりません! 少なくともこのドミニオンでは認められません。直ぐに彼らを収容し、しかるべき治療を」

「うるさい! 命令をするのはこの僕だ! あの三人は収容しない。もっと前に行かせろ」

「そんなことをすれば……」

「そうさ、三人の役立たずはここで使い潰す」

 

 

 

 ここでナタルは思い出すことがある!

 

 オーブでアーク・エンジェルと決別する時、サイ・アーガイルと最後に話をした。

 いったいサイに何と言われていた? 

「自分が決めたことに迷う必要はない。その代わり、自分の中にしっかりとした基準を持て。決して譲れないことを」という話ではなかったか!

 ならば自分の持つ正義の基準とは何だろう。

 

 これまでの自分はきっちりと連合に従う軍人である。だがしかし連合の方が大きく正義を逸脱し、その基準を越えてしまった時、大きな決断を迫られる。

 マリュー・ラミアスが連合から離脱した、それと同じ種類の決断だ。

 自分は愚かにも後れてしまったが、結局はそうなってしまうのか。

 

「ナタル艦長、まだ何か言いたいの? それよりドミニオンを少しだけ退かせるんだ。あの三人が暴れていれば、ちょうど囮になってくれる」

「人間を人間とも思わない、あなたって人は……」

「無駄無駄、どうせ今頃三人ともおかしくなってるさ。誰の言う事も聞こえちゃいない。だったら最後まで使う。そして勝つんだ。僕はここで負けたりしない」

 

 ここでナタルは微妙に違和感を持つ。

 アズラエルの言う事はおかしい。

 今では、少し退くという選択肢は有り得ず、大きく撤退すべきなのは自明である。MS戦ははっきりと不利であり、もう挽回はできない。そして被害は艦隊にまで及び、既に九隻のうち二隻は爆散、一隻は航行不能の大破を受けている。

 これ以上の損害を受けないうちに退けば再戦を挑むことも充分に可能だ。しかし諦めをつけず、下手に勝とうともがけば、逆に壊滅してしまう。

 アズラエルは決して馬鹿ではないのに分からないのだろうか。

 

「僕を疑っているのかなあ。勝てるんだよ、艦長」

「現況では困難ですが……そうおっしゃるからには、どういった理屈があるのでしょうか、アズラエル理事」

「なあにこのドミニオンへ運び込んだのはあいつらの医療設備だけじゃない。スレッジハマー用の特別な弾頭を二発入れてある。急いでこれに入れ替えて撃つ用意をするんだ」

「……対艦ミサイルの弾頭を、入れ替え…… アズラエル理事、それは」

 

 ナタルの疑問は、やがてある物に結び付く。

 いや、しかし……

 

「あはは、もう分かってるはずだよね。核だよ核。核を使えばあんな四隻、直ぐに片付くだろう?」

「まさか!」

「さっきみたいに、通常のミサイルに紛れこませて核ミサイルを撃つ。艦長、最初から負ける要素はなかったんだよ。核を今使うか、後で使うか、たったそれだけの違いさ」

 

 そんな馬鹿な!

 

 核を使えるというのは、アズラエルの自信たっぷりの様子から事実だろう。

 それをアーク・エンジェルに使うというのか…… 

 しかしそんなことをすれば、艦隊戦に勝つとか負けるとかいう次元ではない問題が生じるのだ!

 連合が核を使えることが明らかになれば、プラントの側は態度を硬化し、死に物狂いで戦うことだろう。宇宙に浮かぶプラントは核攻撃に対してあまりに無力であり、事実ユニウスセブンはたった一発の核で全滅している。プラントにとってその記憶はあまりに鮮明だ。

 

 もはや和平の可能性は吹き飛ぶ。

 歩み寄りも妥協もなく、この戦争はどちらかが死滅するまで続く……

 

「ナタル艦長、言わないで悪かったね。本当はその核をアメノミハシラに使う予定だった。馬鹿でかい宇宙ステーションを核で粉砕し、威力を見せつけるんだ。それでユーラシア連邦を黙らせる。戦争をしてるんだから、先ずは勝たなきゃダメでしょう? そんなことも分からないユーラシア連邦の目を覚まさせる。核の民間エネルギー利用なんてどうでもいいこと、核は戦争に使うべきなんだ」

 

「そんなことのためにアメノミハシラとオーブ国民を……」

「おまけにプラントの奴らも慌てるだろうねえ。コーディネイターが連合、いや僕たちナチュラルに命乞いをするのは見逃がせないショーだ。ワクワクする。ま、最後には一匹残らず駆除するつもりだけどね」

 

 

 

 核で全てが一変し、今までの戦いの比ではない激しさになる。

 悲劇なのは戦略攻撃の名のもとに堂々と民間人を焼き殺していくことだ。いや、アズラエルはまさにそれを目的としている。コーディネイターを生かしておく気がない。

 

「核を軽々しく使うこと……認めるわけにはいきません。アズラエル理事」

「僕がそう命令している艦長。これを使わないうちにさっさとやるんだ」

 

 アズラエルはここで上着から銃を取り出した。

 

 

 

 



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第三十五話 阿吽の呼吸

 

 

 ムルタ・アズラエルは本気だ!

 どうしても核を使って勝つ気でいる。

 

 これに対してナタルがいかに抵抗しても……長くは保たない。いざとなればアズラエルは銃を使うことに躊躇しないだろう。それに対してナタルは銃を持っていない。

 そして艦のクルーたちは心情的には艦長であるナタルの側であり、指揮系統的にもそうなのだが、やはりブルーコスモス理事という絶対権威に対し逆らう踏ん切りはついていない。急にそれを求めるのは無理なことである。よって共にアズラエルに立ち向かうことはせず、動作が固まってしまっている。

 

 

「分かってくれ、アーク・エンジェル!」

 

 ナタルの小さく漏らした声をアズラエルが聞きとがめる。

 

「ん、何を言ってるんだい? ナタル艦長」

「アズラエル理事、あなたこそアーク・エンジェルの力を知らない。そこにいるサイ・アーガイルという恐るべき者のことも」

 

 

 

 

 俺はそんなドミニオン内部での緊張なんか知る由もない。

 しかし、それでも感じたことをマリュー・ラミアス艦長に言う。

 

「妙だな。どうも向こうの艦隊の対応がおかしい」

「どういうこと、サイ君」

「この戦況なら、普通は攪乱工作をしながら退くだろう。無理押しは考えられない。いずれにせよナタル少佐ともあろうものが無策過ぎる」

「サイ君、連合にはフリーダムやジャスティスの情報はなかったはずよ。MS戦で圧倒できる目論見だったのに、あまりに予想外だったからじゃないかしら」

「それもあるかもしれない。しかしナタル少佐だったらなおさら素早く退き、冷静に分析するだろうな。その方が自然だ」

 

 わざわざ俺がそういったことを口に出したのには、実は理由がある。

 ラミアス艦長は不思議そうな顔をしているが、今こそ話しておくべきだ。

 

「ラミアス艦長、ここで敵の旗艦であるドミニオンに強襲をかけよう」

「ええっ、ドミニオンに? それはさすがに……」

 

 これこそがあらゆる意味で俺の結論となる。

 戦いに勝つことも大事かもしれないが、それだけではなくナタル少佐を救う! 大事なところはそこだ。

 

「沈めるための強襲ではない。ドミニオンを乗っ取るためだ」

 

「そんな! 乗っ取りだなんて、よっぽど無茶だわ!」

「分かっている。ラミアス艦長、普通ならそう考えるのが当たり前だ。しかし、この場合に限っては違うんだ。ナタル少佐は戦闘前に何と伝えていたか覚えているだろうか」

「え…… そういえばドミニオンのことをアーク・エンジェルと同型艦だと…… でもただの事実よ」

「事実であっても、普通は言わない言葉だ。ナタル少佐は目的があってあえて強調した。それはすなわち、もしアーク・エンジェルのクルーがドミニオンに取り付けば、その構造は熟知している。だから乗っ取りが可能だと」

 

 そう、ナタル少佐は大きなヒントをくれていた! 同型艦ならではの作戦ができることについて。

 今、ラミアス艦長はその深いところを知り、驚きに目を丸くする。

 

「サイ君、まさかナタルは最初から考えて、伝えていた…… そんな」

「つまり、ナタル少佐にも迷いがあったということになる。ミサイルの戦術なんかを見ると本気の戦意を感じる。その一方でわざわざそんなヒントを出しておくということは、この戦いが正義なのかナタル少佐が悩んでいたからだ」

「分かったわ。だったらナタルの気持ちを無にはできない。フラガ少佐とトール君に連絡を」

 

 

 

 阿吽の呼吸だ。直ちに乗っ取り作戦を開始する!

 キラ君のストライクを援護に付け、フラガ少佐とトール君のアストレイが突進する。

 それに対するドミニオンの弾幕はおかしいと言えるほどに薄いものだった。

 

 目指す場所は、ドミニオンの副艦橋ともいうべき戦闘指令所である。

 

 アーク・エンジェルやドミニオンは通常の艦橋とは別の場所に戦闘指令所を持っている。機能分担をするためだけではない。万が一、艦橋が被弾しても艦の制御を維持できるためだ。

 ということは、ここに情報端末が集中していて、辿り着けば艦中枢コンピューターを押さえることができる。トール君というコンピューターに明るく、しかもパイロットである者がいたのは幸いとしか言いようがない。

 

 

 

 

「MSが来る!? ナタル艦長、あれを早く墜とせ!」

「防空ミサイルヘルダートは間に合わない。イーゲルシュテルン最大火力!」

 

 一方、ドミニオンでは一直線に迫るストライクたちを目にしてアズラエルが慌てている。ここにきてカラミティらを帰還させなかったことが裏目に出た格好だ。

 そんなアズラエルを横目に見ながら、ナタルは一応迎撃のフリをする。

 全て茶番に過ぎないが。

 ヘルダートが間に合わないと言ったのは嘘である。そしてイーゲルシュテルンではストライクを墜としたりできないのを知っている。

 

「艦体に取り付かれました! 被害拡大中!」

「どうなってるの!? 他の艦から予備のストライクダガーを出させて、対処させればいいでしょう!」

 

 艦橋オペレーターの報告にアズラエルが苛立つ。

 それに対し、ナタルは無表情のままに従うが、その一方で手先をそっと動かし艦内モニターを切っている。異常を自動的にスクリーンに出されて、アズラエルに気付かれたりしないためだ。

 

 そして間もなくオペレーターが絶望的な声を上げる。

 

「ドミニオン、艦稼働率30%を切りました! 空調、エレベーターが停止、間もなく操舵も不能の予測!」

「くそ、早すぎるっ、ここまで来ておきながら…… もういいから核を撃っちゃって!」

「それが、兵装に反応ありません!」

 

 ここでアズラエルは銃を握りつつ拳にコンソールに叩きつける。紙一重で計画が破れた悔しさのためだ。

 そこへナタルが抑揚のない声をかける。

 

「アズラエル理事、ドミニオンにはエネルギー漏れすら認められます。このままでは爆散の危険があり、今のうちに退艦をお勧めいたします」

「ナタル艦長、よくそんな平気な顔で…… 」

「最善を申しているだけです」

 

「僕は、ここで死ぬわけにいかないっ! 必ずコーディネイターに勝つんだ! 艦長、シャトルの準備を。それと核は持ち帰る」

「退艦の準備、了解しました。アズラエル理事」

「で、ナタル艦長はどうするの?」

「小官はこのまま艦の復旧に全力を挙げるつもりですが」

「なら勝手にしたらいい。もしもこの艦を復旧できたら地表へ戻って修理を受けるんだ。……でも艦長、残念なことを言わなくちゃいけないけど、他の艦は僕の護衛として連れて行くよ」

 

 さすがにアズラエルも気がとがめたのかもしれない。

 最後はナタルから目を逸らし、そのまま艦橋の出口に向かって歩いていく。

 アズラエルが言葉通り五隻ほど残った連合艦を連れて撤退すれば、ドミニオンを敵中に孤立させてしまう。それも損傷を負い、爆散の危機にあるという酷な状態で。

 

 

 

 そんなアズラエルを見送り、退艦用シャトルの発進を確認し、ようやくナタルは表情を取り戻す。

 

「ふう、行ったか。連合の疫病神め…… オペレーター、艦コンピューターを直ぐにリセットだ」

「それはいったい、艦長」

「今出ている表示は偽物だと思って構わない。艦稼働率も含め、全てだ」

 

 

 こうしてドミニオンの乗っ取りが成功した!

 

「やはり、サイ・アーガイルは分かったようだな。食えない奴だ。期待以上の手筈じゃないか」

 

 そう言ってナタルは微笑むしかない。

 サイ・アーガイルは意味を分かってくれた。このドミニオンとアーク・エンジェルが同型艦であることをわざわざ示唆した意味を。

 それで乗っ取りを考え、方法として戦闘指令所から艦中枢コンピューターを押さえさせたのだろう。

 

 おまけに単にコンピューターをシャットダウンするのではない!

 また気の利いたことをするじゃないか。偽の被害状況に差し替えさせたとは!

 艦稼働率が30%以下というのは有り得ない。

 感じる振動などからドミニオンがそこまでの損傷を負ったようには思えず、欺瞞であることをさっさと見抜いていたが、その上でアズラエルに対して演技を続けていた。

 サイが指示したであろうこのおかしな欺瞞工作は、おそらく異分子をドミニオンから追い出すためである。

 恐ろしいことにサイはそこまで状況を読み、策を打っていたらしい。

 

 

 現に艦にそこまで詳しくないアズラエルはドミニオンを出て行った。

 サイ・アーガイルの指示と、自分の演技の見事なコンビネーションがもたらした結果である。

 

 

 

 



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第三十六話 失われた過去

 

 

 その一時間後、アーク・エンジェルの艦橋は緊張と喜びの両方に満たされていた!

 

 ナタル・バジルールがそこにいるからである。

 ついこの前までその風景は当たり前のものだった…… ナタルと艦のクルーたちは共に協力し、次々とやってくる難局を切り抜けていたものだ。

 それがオーブにて袂を分かち、ついにナタルとアーク・エンジェルは激しく戦い合った。

 まさに運命の悪戯である。

 しかしそれは悲劇に終わることはなく、今、再び元の光景に帰っているのである。これが喜びでなくて何だろう。

 

「ラミアス艦長…… 改めてお久しぶりです」

「ええ、久しぶりというべきね、ナタル。でも実はそんなに久しぶりという感じはしないのよ。ここにあなたがいるのがいつもそう、自然だったから」

「…… そうですか」

 

 ナタル・バジルールはそれほど表情を変えない。

 しかし今、やはり相応の感情があることは間違いない。アーク・エンジェルはそんな心に染み入る言葉をかけてくれる艦なのである。

 

「初めにお詫び申し上げます。ラミアス艦長、戦闘になったことは残念でした。しかしながらアーク・エンジェルは強い。敵となって初めて分かりましたが、MS戦でも、戦術戦でもとてつもなく強く、比肩する連合艦はいないでしょう」

 

 ナタル少佐は最後にラミアス艦長ではなく、俺の方を向いて言っている。

 アーク・エンジェルの行った多くの策は俺が発案したものだと分かっているからだ。それならこっちも一言返してやらねばなるまい。

 

「いやナタル少佐の戦術も見事だったぞ。俺が過去に戦ってきた敵の中でもかなり上位だ。正直慌てさせられてしまった」

「……」

 

 

 

 まあそんな挨拶が終わると、次は実務の話になる。

 

「ナタル、それで連合を脱走する気持ちは確かなの?」

「本当に遅くなりました。連合の内部があれほど腐っているとは……本来ならオーブにいた時点で分かるべきでしたが、自分が不明のために気付けず、恥ずかしい限りです。しかし以後は連合を脱し、本当に人類の未来を良くするために努力したいと思います」

「嬉しいわ、ナタル。ということは私たちと共同歩調をとってくれるのね」

「今さら、受け入れて頂ければですが」

 

 ナタル少佐の口調は硬い。

 その言葉は正直なものなのだろう。自分が連合を脱するのが遅すぎたのを引け目に思っている。おまけにオーブでアーク・エンジェルが脱走するのを大いに批判したものだ。

 しかし、その逆にラミアス艦長は溢れるほどの嬉しさを口調でも表情でも表している。

 

「受け入れないわけはないわ! 今からは同志よ、ナタル」

「ありがとうございます…… それとドミニオンのクルーで脱走に合意しない者は既に去っており、今残っているのは脱走を決意している者です。つまり修理が終わればドミニオンごと合流できるでしょう」

 

 災い転じて福と成す、だ。

 ナタル少佐のおかげでこちら側にドミニオンが転がり込んだようなものである。

 

 艦隊戦力はこれで併せて五隻となった。

 この五隻は固い絆で結ばれ、これから長きに渡って足並みを揃え、戦いに身を投じることになる。

 

 

 

 ラミアス艦長はここで少し話題を変えた。

 気になっていたことが一つあるのだ。

 それは救助した……と言っていいか分からない連合のMSパイロットたちのことである。

 

「それとナタル、あの妙なパイロットのことだけど…… 教えてくれた通りに治療しようとしても、良くならなかった」

「それはかなり難しいことですから。今回の出撃時点で、もはや脳内麻薬により廃人の一歩手前まで来ていましたので」

 

 その話をしながら、ラミアス艦長はナタル少佐や俺などを連れてアーク・エンジェル内の医務室へ赴く。

 すると見えたのは、短髪で長身の男がベッドに縛り付けられている姿だった!

 

 目をうっすら開けているが、何も映っていないようだ。

 明らかに精神がおかしい。

 今はじっとしているが、しかし縛られているところが激しい傷になっており、かなり暴れていただろうことが分かる。

 

 その横はカプセル付きのベッドが置かれている。重傷患者治療のためによく使うものであり、そのガラス越しに中を見れば、青年というよりは少年に近い者が昏睡状態にあるようだった。髪は明るい茶褐色である。

 実は医務室の隅にもう一つのカプセルが片付けられている。その中には誰もおらず、今はもう使われていない。

 

「ナタル、三人のパイロットを救助できたのはできたのだけれど、本当の意味で助けられたわけではないのよ。一人は軽傷、一人は重傷、でもどちらも体より脳の破壊が酷いみたいで…… 医師の診断では長くとも数年の命らしいわ。そして三人のうち一人は既に……狂死してしまった」

 

 

 

 そう、話題は動きに異常をきたした三機の連合MSのことだった!

 戦闘末期から既におかしくなっていたが、ドミニオンが乗っ取られて艦隊戦が終了してもなお暴れ続けていた。それら三機は敵も味方も関係なく攻撃し、まさに狂っているという表現がぴったりくる。

 

 そこへナタル少佐からできればパイロットを収容してほしいという要請が届いた。

 しかしこれはかなりの難題である。

 手が付けられない。そして三機が三機とも機体性能は高く、しかも暴れている以上そう簡単には無力化できない。

 

 特にそのうちの一機はビームを全て屈曲して無効化するという防御を持ち、おまけに接近戦にも長けていた高性能機だった。背後からシホ・ハーネンフースのジャスティスが忍び寄ったが、やはり途中で気付かれた。さすがにジャスティスは逆襲を受けてもやられることはないが、戦いになってしまった以上、やむを得ず斬り払わなくてはならなかった。そして斬った場所は運が悪いことにエネルギーの集中部であり、小爆発がパイロットシートまで及んでいる。

 他の二機はアスランのフリーダムとキラのストライクが苦労の末に無力化している。といっても同様に機体を大破させなければ動きを止めることができなかった。

 

 狂ったように呻いているパイロットをなんとかシートから引きずり出し、アーク・エンジェルに収容したのだが……

 

 最も重症だった薄緑髪の少年は死亡した。

 体の損傷が直接の原因ではなく、脳破壊が治療のしようもない状態だったからだ。それで治療カプセルが既に一つ空いていたというわけである。

 他の二人も決してまともな状態から程遠く、人間性を取り戻せるかどうかは分からない。

 

 

 

「それでどういうことなのか確認したいのよナタル。連合が恐るべき生体実験をしているという噂はここにまで届いているけど、これがその結果なのかしら」

「ラミアス艦長、噂は全く事実です。連合は唾棄すべき研究を行っています」

 

 場が一瞬凍る。

 やはり連合はそんなことをしていた!

 そしてナタル少佐は顔をしかめながら、連合の暗部を淡々と語った。それらの情報についてはアズラエルに言われた通りにデータベースの深部を見て知っていたからである。

 

 

「ビームを無効化するという厄介なMSはフォビドゥン、ということはパイロットはシャニ・アンドラス。最も薬物の強度が強かったので狂死したのでしょうか」

「そこまで人間に薬物を…」

「そして知っておいて頂きたいのですが、この者の過去を言えば、よくいるタイプの不良でした。そして不良グループ同士の抗争の最中、誤って相手を殺してしまったのです。その相手がコーディネイターだったので普通に喧嘩をしたのでは敵わないと思ったらしく、武器を持って行ったのが仇となり、重罪と認定され、判決は無期懲役に…… そして服役していました。そんなシャニ・アンドラスに連合の軍部が目を付け、甘いエサで釣ったようです。外に出す代わりに実験体になることにサインさせてしまった。コーディネイターに対する恨みもあったかもしれません」

「…………」

 

 

「そしてこちらのカプセルに入っているのは、レイダーのパイロット、クロト・ブエルでしょう。元は気の弱いエンジニアだったと記録されています。ところがある時連合軍絡みの大きなプロジェクトを失敗させてしまいました。そのため皆から疎まれ、どんどん孤独になっていき…… 本人は自分のせいじゃなく、ただの冤罪だと言っていたのに、誰もそれに耳を貸すことはありませんでした。最後には軍による実験体の募集に応じるよう周りの人間全てからがんじがらめにされてしまった。他の生き方を許されないほど強く追い詰められて」

「そんな…… 酷いことを。そういえば昏睡前に、もうMSに乗らなくともいい、戦わなくともいいことを伝えると『僕は……やっと自由に』とつぶやいたそうよ」

 

 

「ベッドに縛られているのはカラミティのパイロットでオルガ・サブナックという者です。このオルガは元はというと売れない小説家だったようです。それが家族や恋人の生活のため、自分が犠牲になることを決意し、金と引き換えに実験体になったのです。むろん家族や恋人は彼が望んだような笑顔になることはなく…… 涙ですがることになったのですが、オルガには既にその記憶はありません」

「哀しいわナタル。そんな哀しいことがあったなんて!」

 

 ラミアス艦長はもう涙目だ。それほどの悲劇が隠されていた。

 

「ところがオルガは記憶を失っても、いつも本を手にしていました。その繰り返し読んでいるのが、かつて自分が世に出した、たった一冊の小説だということさえ忘れてしまっているのに! 記憶がなくともその本に何かを感じていたのでしょうか。本人にしか分からない、いや本人にも分からないことを」

 

 

 難敵であった三人のパイロットは、それぞれの過去を持っていたのだ。

 何と酷い実験をして、人生を破壊したのか。わずかな戦闘能力などというものと引き換えに。

 

 

 ナタル少佐が語った後、ラミアス艦長が声を震わせる。

 

「せめて生きている二人は脳内麻薬を断ち、穏やかに過ごしてもらいましょう。残り少ない寿命でも、記憶が戻らなくても」

「そうお願いします、ラミアス艦長」

「そしてナタル、私たちがやらなくちゃいけないのは、連合の増長を叩くことよ! これ以上の犠牲を出さないために!」

「もちろん、それこそが我々の為すべきことです」

 

 ラミアス艦長とナタル少佐の言う事は感情論であるが正論だ。

 青き炎のように燃え上がる感情もまたいいことだ。

 

 

 当然、俺もまた激しく心を動かされている。

 連合の力は強い。

 

 だが、俺はコンスコンだ。必ずや連合に鉄槌を下し、正義の旗を打ち立てよう。

 

 

 



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第三十七話 来るべきもの

 

 

 連合先遣艦隊との戦いが終わってしばらく経った頃のことだ。

 エターナルの艦内でシホ・ハーネンフースがバルトフェルド艦長に話を切り出している。

 

「バルトフェルド艦長、お話があります」

「改まってなんだろう、嬢ちゃん」

 

 のっけからシホは表情を硬くする。

 その様子を見て、慌ててバルトフェルドも言い方を変える。このシホ・ハーネンフースに軽口は通じなさそうだ。

 

「あ、いや、一人前のパイロットに嬢ちゃんは失礼だったな。ハーネンフース。それで話とは」

「…… それが、真に言いにくいのですが、搭乗MSを変えて頂きたく…… 今のジャスティスからジンでも、シグーでも」

「つまりジャスティスが気に入らないってことか?」

「いえ、決してそういうわけではありません。ただ自分がジャスティスの性能を引き出しているようには思えなくて、他のパイロットの方が良いのではないかと。その方が全体の戦力の底上げにつながりますし」

「なるほど、それを気にしてるんだな」

 

 実はバルトフェルドはシホ・ハーネンフースの考えていることが最初から分かっている。

 シホは自分がジャスティスを任せられているのが重荷に感じているのだ。

 ジャスティスが高性能機であるほどそう思う。先のメンデル宙域の遭遇戦においても、プロヴィデンス相手の戦いに何も貢献できなかった。そしてついこの前の戦いでも、できれば穏便に無力化という指令を受けたのにもかかわらず連合MSを斬り払わざるを得ない羽目になった。

 自分ではなく別の人間がジャスティスに乗るべきではないのか。

 そういう思いが強くなり、ようやくバルトフェルドに話しているのだろう。

 

 それを理解した上で、バルトフェルドはやんわり諭す。

 

「そう考えるのは分からんでもない。しかし逃げるより努力した方が建設的って奴だ。シホ・ハーネンフース、何も今すぐ凄腕のパイロットにならなくてもいい。ゆっくり待ってやる。俺はとっても気が長い方でな。少なくとも見かけよりは」

「……」

「おいおい、そこ笑うとこだろ」

 

 生真面目なシホが笑うはずはない。逆に提案で返してきた。

 

「そして……考えていたのですが、例えばバルトフェルド艦長がジャスティスに乗れば使いこなすのではないかと」

「俺がジャスティスを? いいや、要らない。なぜなら俺は元から強いからな。イージスで充分だ」

 

「そんな…… 本当に率直に申しますと、バルトフェルド艦長がフリーダムに乗り、アスラン隊長がジャスティスに乗るのが最善だと思えます。なぜならジャスティスは兵装のバランスが良くて、おまけに形態のオプションも豊富にあります。そのため、戦いの引き出しの多いアスラン隊長の戦闘スタイルに最適だと思えるからです。アスラン隊長は固定兵装にこだわらず、最も良いオプションを確実に選びますから」

「よく見ているもんだな、シホ・ハーネンフース。アスランのことを」

 

 ここでバルトフェルドは違和感を持った。

 シホが言うパイロットの適正配置は戦力上重要だろう。ジャスティスの性能を活かす、その理由もよく考えていたもので、非常に合理性がある。ただし、それだけの意味で言っているのか。

 バルトフェルドは勘を働かせる。

 

「俺にはジャスティスもフリーダムも要らないとして、他にパイロット……例えば歌姫さんがジャスティスへ乗ったらどうする?」

「え!? そんな!」

「冗談だよ冗談。そんなわけはない。だがお前さんの表情を見て分かっちまった。シホ、アスラン・ザラがそんなに好きかい? だからその婚約者の歌姫さんへ過剰に反応したってわけだ」

「違います! 突然妙なことを言われて、驚いただけですッ! そんなはずありません!」

 

 シホ・ハーネンフースが説得力のない反論をするが、バルトフェルドは手を振ってそれを遮る。別にそれが悪いというわけではないのだ。

 シホはたまたまチームリーダー的な人物に過剰に憧れを持ってしまうタイプだった。そういうことなのだろう。

 

「分かった分かった。そんなことは構わない。若いうちはまあ……いろいろあってもいいからな」

「だから違うと!」

「ま、こいつも俺の勘だが、アスランと歌姫さんはどうもそんな雰囲気じゃないようだぜ」

「…………」

「いやそれは言い過ぎた、忘れてくれ。とにかく話は保留だ。しばらくジャスティスで訓練を続けるといい」

 

 

 

 

 そしてこちらはクサナギの艦内である。

 アストレイ三人娘と言われる三人組が今日もまたおしゃべりを始めている。みなオーブ本国の出身で、訓練時代からとても仲がいい。

 ただし今の話題はちょっと変わったことだ。

 

「ジュリ、それでどうなのよ。誰がいいの?」

「え?」

「え、じゃないでしょ。誰が目当て? やっぱりイザーク隊長?」

「そんな……」

「違うの?」

「………… じゃあ、そういうマユラは誰なの?」

「隊長、カッコいいもんね。あ、あたしは違うわ。緑の髪の優しい君の方がいいかもって」

 

「ジュリ、マユラ、あんたら暇ねえ。それしか考えることないの? イザーク隊長やニコルさんの方はね、そんなこと全っ然考えてないから。言っておくけど完全に無駄よ」

「へえ、まあアサギの方は聞くまでもないか。ディアッカさんでしょ」

「どうしてそうなるのよっ」

「単純で行動力のある男の子が好みだからね、アサギは」

「ディアッカさんはさばけて見えるだけで、単純ってことはないわ。むしろ気を遣う方で、そう見せないところが凄いのよ!」

 

 三人娘がそんなことを話しているのは、単なる暇つぶしではない。

 彼女らには大いに不安がある。

 これまでの戦いも劣勢の中で繰り返したもので、それなりに苦しかったが、今からの戦いはそんなものでなくなる。

 おそらく連合の大軍、あるいはザフトの精鋭が相手になるのだろう。

 国家間の戦いへ介入するということは、むろん国家規模の戦力を相手取るということでもあり、そこへ蟷螂の斧を振りかざすようなものだ。それへの不安を紛らわすかのように彼女らはおしゃべりをしている。

 

 

 

 

 その通り、連合は何物も踏み潰す暴力的な力を用意していた。

 ザフトを叩き潰し、プラントを敗北へ追い込むための絶対的な力だ。

 

 艦艇総数九十四隻。

 

 圧倒的な大艦隊がマス・ドライバーによって打ち上げられつつあった。

 連合は地球表面からザフトをほぼ駆逐し、邪魔されずに工業力を駆使できた。それでここまでの物量を用意している。

 今なお飢餓のために死んでいく人々がいる一方で、軍事力への投資は決して減らされることがない。その結果だ。今、プラントへ問答無用の戦力で侵攻し、そして……どのような形であれ戦争を勝利で飾る。

 

 この情報をオーブ本国でもキャッチし、直ちにアメノミハシラへ伝えている。

 

 

 今、アーク・エンジェルを始めとした五隻は怯むことなく、来るべき連合大艦隊との戦いに闘志を燃やす。

 

 ただし無策ではどうにもならない。

 

 五隻の首脳部はアーク・エンジェルへ集まり、会議を開く。

 というのは自然とアーク・エンジェルが艦隊の旗艦とみなされているからだ。確かに五隻の絆の中心になっているのは事実である。他は……例えばエターナルとドミニオンには接点がない。

 だがしかし、それだけが理由ではない!

 これまでの戦いで常に驚くべき洞察力と戦術を発揮したサイなくして戦いは成り立たない。連合の大艦隊を相手にどうしてもそれが必要、これが全員の持つ共通認識である。

 サイ・アーガイルの年は若く、むろん軍人のキャリアなど欠片もなく、それどころか教育も受けていないはずである。だがこれまでの戦いで幾度優れた戦術を見せつけていたことか! それはいつも信じられないほど高次元の戦術だった。

 ここには出自にこだわるような心の狭い者はおらず、実力を素直に尊敬する人間しかいない。

 

 今、皆がサイ・アーガイルの言葉を待っている。

 

 

 

 俺はそんな雰囲気に構わず、意識を戦いに集中させる。

 どういう戦術を組み立てるか。

 かつてジオンと連邦は幾度も会戦を行ったが、常にジオンは劣勢を強いられてきた。性能はともかく、数の上ではそうだ。それでも戦力比としてこれからの戦いほど離れていたことはないだろう。今、味方はたった五隻である。それでもやらねばならぬとしたら……

 

「正面切って決戦を挑むのは論外だ。小手先の戦術でどうにかなる戦力差ではない。作戦目的を極力絞ることにする。向こうの持つ核を見分け、それだけを叩くことに集中しよう」

「そうね、サイ君。核さえ何とかすれば、連合もプラントへ直行するのをためらうかもしれない。プラントの制宙域では連合の大艦隊といえどもリスクがあるわ。ボアズとヤキンドゥーエという大型要塞も存在することだし」

 

 俺の言葉に反応してきたのはもちろんマリュー・ラミアス艦長だ。

 それには幾つかの事実が含まれている。

 

 

 

 



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第三十八話 再戦

 

 

 ラミアス艦長の言うことには意味があるのだ。

 

 連合の艦隊は確実に核を持っている。

 おそらく狙いはプラント、そこにいるコーディネイターの一掃だろうと思われる。かつてユニウスセブンを住民ごと破壊したのと同じ、決して許してはならない蛮行だ。もはや戦争の範疇ではない。いや、戦争の皮をかぶった途轍もない犯罪である。

 

 そしてもう一つ、プラント本国の前に、プラントの持つ宇宙要塞ボアズかヤキンドゥーエを核で叩くに違いない。それらの要塞は地球から見るとプラントの直前に位置していて、攻撃に対し脆弱なプラントを防る要になっている。

 連合の艦隊が地球からプラントへ直行しようとするなら、どうしてもその二つのうちどちらかを抜かなくてはならない。しかしながら小惑星を使った堅固な宇宙要塞は通常戦力で容易に陥とせるものではなく、核でも使わなければ短期で攻略するのは困難だろう。

 

 

「とはいってもなあ。核を持っている艦を見分けるだけで大変だ。妙案があるかねえ」

 

 そしてアンドリュー・バルトフェルド艦長が困難さの核心を突く。

 連合の核だけは何としても潰したいが……

 どの艦が核を持っているのだろうか。それが分からなければ、手の出しようもない。とても全部の艦を相手にできないからには。

 

 すると今度はナタル少佐が意見を出してくる。

 

「役に立つ情報かどうかは分からないが、連合内でもユーラシア連邦と大西洋連邦の溝は深い。あのムルタ・アズラエルが自分の口でそう言っていた。そして核を使うのはおそらく大西洋連邦の方だろう。核を携え、アズラエルが再びやってくるものと予想する」

 

「それは多いに役立つ鍵になる。付け入る隙があれば作戦が立てられるというものだ」

 

 俺はそう答えつつ、思案に入り、ついに策を出す。

 

「よし、先ずはユーラシア連邦を引き剝がし、分断を図る。それに使う格好の餌は既にある」

 

 

 

 

 作戦が発動された。

 

 エターナルが単艦で先発するが、その行先はアルテミス要塞だ!

 

 アルテミス要塞は既に無人のはずであり、奪取は容易である。そこにいた連合の兵は食料不足のために全て月面プトレマイオス基地に集約されているからである。

 そしてアルテミス基地はもちろん連合が建造した宇宙基地だが、連合の中でもユーラシア連邦の所属だったことが重要なのだ。

 

 つまり連合の艦隊をアルテミス要塞で足止めするのが狙いではない。

 

 連合の艦隊がアルテミス基地を無視してプラントへ向かうならば空振りに終わる。あるいは、連合の全艦でアルテミス基地に来るのなら意味がない。

 だが、期待するのはユーラシア連邦の艦隊だけがアルテミス基地へ引き寄せられることである。そうなれば分断と戦力の減少という果実を得られる。

 

 

 

 そして…… 事実そうなった。

 これには若干の幸運がある。

 連合の艦隊における総指揮官はユーラシア連邦閥のジェラード・ガルシア少将である。

 大西洋連邦はむろん自分の派閥のダーレス少将を総司令官に推したが、ダーレス少将は宇宙戦の経験がほとんどなく、そこを問題視されてしまった。

 そしてムルタ・アズラエルもまた大いに不満ながら副司令官になったダーレス少将のところに付いている。

 

 それだけならまだ派閥間の不協和音という程度に収まったであろう。

 

 だがしかし、総指揮官ガルシア少将ははっきりと大西洋連邦を憎んでいる!

 なぜならアラスカ基地におけるサイクロプス自爆作戦で殺されかけたからだ。

 

「ふん、何が通信不良による行き違いか。何が事故か。よくそんな取ってつけたような理由を捻り出したものだ。大西洋連邦は明らかに私やユーラシア連邦の将兵を始末しようとしていたんだ。これ以上奴らの思惑通りにさせてたまるものか」

 

 ガルシア少将はちょうどその時だけアラスカ基地を離れていて、すんでのところで自爆から逃れることができている。ユーラシア連邦からの補給船団が到着間近だったために、それらをザフトの襲撃から守るべく、自ら出迎えていたのが幸いした。

 総指揮官がこんなでは、連合の艦隊にまとまりがつくはずもない。

 悪態をついても諫める者はおらず、誰もがそれにうなずくばかりだ。ガルシア少将はもちろん側近をユーラシア連邦閥で固めている。

 

 

 更に、連合の宇宙戦力は大幅に再編されている。

 従来は各種艦艇を組み合わせて作られた艦隊単位で運用されていたが、それらは一度解体されている。

 むろんこれまでの戦いで大打撃を被った第三艦隊や第八艦隊を組み替えるという意味もあったが、それだけではなく、よりいっそうユーラシア連邦閥、大西洋連邦閥、その他という区分けが鮮明になった編成になっている。

 

 そんなところへアルテミス基地がザフトによって占拠されたという報が届いた。

 正確にはエターナルのことなのだが、連合からすればザフト艦にしか見えない。いや、だからこそエターナルがこの役に就いたのだ。

 

「アルテミス基地をそのままにしてはおけない! ザフトから再奪取し、後方補給基地化してからプラントへ向かう」

 

 そうジェラード・ガルシア少将は宣言した。

 作戦としてはそう悪くない。

 大艦隊の運用に当たってはどのみち補給物資の集積場所は必要なのだ。でなければいちいち物資輸送艦は軌道を計算し、ランデブーしないといけなくなる。

 

 ところがこれに対して大西洋連邦閥は猛反対する。

 

「ガルシアは自分の基地だったからアルテミス基地にこだわっているだけだ! 全体を見ることもできない総司令官など必要ない。ここはザフトが防衛網を構築する前に急進し、攻勢をかけるべきなのに、理解できないほど馬鹿なのか」

 

 会議ではどちらの閥も一歩も退かない。

 最終判断は総司令官が行う以上、結論は揺るがないものなのだが、閥としての力関係で見れば大西洋連邦も負けてはいない。

 

 

 

 そして……

 会議の終わりは意外な人物が付けることとなった。オブザーバー的な立場にいるムルタ・アズラエルだ。

 

「はいはい、ユーラシア連邦のおっしゃることも理があることだし、アルテミス基地奪還に行くのもいいでしょう。ここは艦隊を二分し、大西洋連邦は月面プトレマイオス基地を経由して先に戦線を構築するというのは」

 

 こんな折衷案で折り合いが付き、連合の艦隊は二分された!

 ユーラシア連邦や小国家の艦隊四十八隻はアルテミス基地へ向かい、残りの大西洋連邦四十六隻はそのまま月面に行くことになる。

 

 

 この成り行きにダーレス少将は同乗しているアズラエルに不安の声を投げかける。

 

「アズラエル理事、どうも小官としては敵に乗せられた感が拭えません。うまいこと計略にかかり、分断させられたのでは」

「そうさ。当たり前だろうダーレス少将。このタイミング、どこからどう見ても陽動さ。なぜなら敵の立場で考えてみればすぐ分かる。今さらアルテミス基地を持つ意義なんてどこにもないんだからねえ」

「何と! 確かに……ならば理事、それが分かっていながらなぜ」

「僕としてはダーレス少将がそこに気付かない方が驚くよ」

 

 ムルタ・アズラエルはあまり熱量のない声で淡々と説明する。自分も思案に忙しく、それどころではないからだ。

 

「上手く乗せられたのは業腹だが、艦隊を分けるのは悪いことばかりじゃない。混成艦隊の弱みが一番出るのは戦闘時だろう? そこで一気に混乱を作り出されるリスクを考えれば、むしろ最初から分けた方がマシだと思わないかい」

「なるほど理事、分けたとしてもこれだけの数になるなら、逆にリスクを抱え込まない方がいいと」

「それだけじゃない。実はプトレマイオス基地はプラントに近すぎて、全艦隊を停泊させるには適さない。反復しての波状攻撃をかけられたら厄介だ」

「理事、そこまでお考えでしたか……」

 

 軍人ではないアズラエルがそこまで考えていることにダーレス少将は感嘆する他ない。経済界で確かな地歩を築いているアズラエルはこの面でもやはり傑物だったのだ。

 

「ダーレス少将、もう一つ理由があるよ。別にユーラシア連邦の艦隊が無くなったわけではないのだから、理想的な位置に後詰が用意されているとも見えるじゃない? どのみち予備兵力は必要なんだし、万が一の場合の最終撤退ラインとしてアルテミス基地を使う」

「いやはや、そんな構想まで。理事にかかればガルシア少将が手駒のようですな」

「ま、事実上その必要はないだろうけどねえ」

 

 

 ムルタ・アズラエルはそこいらの軍人を超える戦略眼を持つ。

 

 今、コンスコンの立てた分断工作を理解しつつ、逆に自軍に有利になるよう、優秀な頭脳を駆使しプランを組み立てていく。

 戦いは、始まる前から激しい応酬が繰り広げられている!

 

 

 ただしアズラエルは知らない。

 コンスコンにとってそれが第一段階に過ぎないということを。

 

 

 



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第三十九話 証人

 

 

「ふむ、連合の艦隊は四十六隻になったか。分断してもそれだけの数……厄介なものだな」

 

 俺はアルテミス基地を使った陽動で連合の戦力を減らしにかかったが、それが上手くいってもなお圧倒的大戦力を相手にしなければならない。

 これにたかが五隻で戦いを挑むのは無理である。

 

「まあいい。次の作戦を発動する。これにはアーク・エンジェルとドミニオンが必要になり、しかも艦長には苦労をかけるが、宜しく頼みたい」

「サイ君、私も演説は得意じゃないけれど、やれるだけのことはやるつもりよ」

 

 本来ならば小勢の側が戦術を駆使するなら、岩礁などの障害物を用いたり、ゲリラ戦を行うものだろう。

 しかし連合の通る航路に障害物の類いは用意できない。

 当初はガラクタと化しているユニウスセブンを引っ張ってこれないか検討したが、とても牽引力不足で実現できないと分かった。使える艦が五隻しかないのだから仕方ない。

 そして今さらゲリラ戦をやっても無意味、ここまでの戦力差では侵攻を押しとどめることなどできはしない。

 

 そこで俺の選んだ戦術は……心理作戦だ。

 

「ラミアス艦長、では向こうの鼻先まで行こう。最大戦速でお願いする」

 

 

 

 

 今、連合の中でも大西洋連邦所属の艦隊と思われる四十六隻はプラントへ向かう航路を変えず、粛々と進んでくる。

 

 その目の前までアーク・エンジェルとドミニオンが急進する!

 別に対峙するわけではない。

 スピードを維持し、つまりカーブを描きながら離脱に転じる予定だ。

 これの目的は一つ、連合全艦に向けてメッセージを伝えるためである。

 

 先ずはアーク・エンジェルのラミアス艦長が通信画面を送る。

 

「私は元連合所属艦アーク・エンジェルの艦長、マリュー・ラミアス少佐。この宙域にいる全連合艦に伝えます。なぜ当艦が脱走したのか、それはアラスカ基地において味方を捨て駒に使い、丸ごと殺したことを知ったためですが、そのことだけが理由ではありません。この戦争は無秩序に拡大し、互いの憎しみが際限なく膨れ上がるばかりです。むろんプラントの急進派勢力であるザフトにも多大な責任があります。しかしながら連合の側も理性的な対応が必要ではないでしょうか。感情論に乗せられたままでいいのでしょうか。アーク・エンジェルはその疑問のため連合を脱し、公平な立場から和平を求め、その先導役になることを決意しています。このまま戦争を続け、人類の未来が奪われることのないようにしたいのです。どうか同じように戦争を疑問視している艦があれば、戦いをしない道を共に探しましょう!」

 

 この演説はアーク・エンジェルの立場とその目指すものを明確にしたものだ。

 もちろんこれを聞いているムルタ・アズラエルは一顧だにしない。

 

「はは、何だい今さら。おそらく自分たちが蹴散らされることを恐れて、手を打ったつもりなんだろうねえ。馬鹿馬鹿しい。そんな姑息な言葉で惑わされる艦があるもんか。軍は命令系統に沿い、組織で動くんだよ。そもそも敵であるコーディネイターを憎んでいない艦などあるはずないじゃないか」

 

 賢いアズラエルでも自分がコーディネイターを憎むあまり、若干目が曇っている。

 その演説を下らない策だと切り捨てたが、実は思ったよりも連合艦の間で波紋が広がっていた。

 もちろん即座にアーク・エンジェルに賛同する艦はいない。

 しかしながら、表明はせずとも戦争の拡大を憂慮する者たちがいないことはなかったのだ。

 

 

 そして…… 演説の本番はまだこれからなのである。

 続けてドミニオンから発信される。

 

「ドミニオン艦長、ナタル・バジルールから艦隊諸君に申し上げる。ここに連合の罪を告発する。先ごろ当艦は、人間を戦闘機械に仕立て上げ、MSに乗せるという非道な実験の舞台に使われた。人間を人間たらしめる尊厳を丸ごと奪い、魂を獣に変えるとは、いかなる理由があっても許されない。こんな実験を推し進め、連合の軍部を歪めているブルーコスモスを排除すべきである!」

 

 これには続きがあり、ナタル少佐に代わって話を引き継ぐ者がいる。ゆっくりとその者が通信画面に出てくる。

 

「俺はオルガ・サブナック、その実験の生き証人だ。脳内麻薬のせいで見ての通りのザマにされた。寿命も長くなく、人生は下らない結末に終わりそうだ。連合は味方殺しが得意だそうだが、いっそのこと殺す方がまだ慈悲がある。俺はナタル艦長によって一応人間らしい言葉がしゃべれるようになれたが、そうでなけりゃMSに乗せられたまま体がバラバラになるまで戦わされていただろう。その前に狂っていたか、あるいは両方かもしれなかったな。ああそうだ、俺の他にも一人、クロト・ブエルという証人がいるんだが、そいつはまだ治療カプセルの中で暴れてる。できたらそこを見てもらいたいところだが、しゃべれなきゃ証人にもなれやしない」

 

 オルガ・サブナックが証人として非道な脳内麻薬実験のことを話してくれた。特に強く説得して証人になってもらったわけではなく、むしろ自発的にやっている。脳内麻薬が切れ、判断力が戻りつつある結果だ。

 しかし脳の破壊が治ったわけではない。記憶が戻ることはなく、しかもその姿は……車椅子にやっと座っている有様で、時折おかしな動きもあり、本人の言う通りまともな状態とは程遠い。自分から言われなければMSパイロットだったとは誰も信じないだろう。

 

 通信を受けている連合艦は粛然としている。

 噂で恐ろしい人体実験がなされていることを漏れ聞いていたのだが、今、それが事実であることを知って当惑しているのだ。

 

 

 

「くそッ、何をしてるんだ! 通信妨害を早く!」

 

 ムルタ・アズラエルが慌てて通信妨害をかけさせる。これ以上アーク・エンジェルやドミニオンの話を連合艦に聞かせないためだ。

 下手に途中で遮れば余計疑念を抱かせてしまうと判断し、対応を遅らせていたのだが、もう待っている余裕はない。

 

「ダーレス少将、あれを中心に編成して、アーク・エンジェルとドミニオンを追わせるんです。必ず討ち果たすように。早く!」

 

 そして連合艦を十四隻ばかり急発進させる。

 このままにしてはおけない。連合の暗部を知りすぎている脱走艦二隻は言うだけ言うと離脱に転じていたが、それらを追わなければとんでもない禍根が残る。

 もちろんアズラエル、ゆとりを持たせた戦力にして先発させるところは抜かりがない。

 

 

 

「追撃に出てきたのは十四隻か。向こうにはそれなりの目を持った人間がいるようだ。予想よりやや多くなったが、これは仕方のないことだろう。まあ作戦を変更する程ではないな」

「サイ君、とりあえず釣り出しはできたようね」

「それもこれもラミアス艦長とナタル少佐の演説のおかげだ。挑発ではあるが、話は誇張でも何でもなく、本物の事実というのがやり切れないが」

 

 俺は作戦の第二段階が順当にいったことを確認する。

 釣り出しをして、罠まで誘導するのが目的だった。戦術としては定石というのに近いが、むろん有効性が高いからこそ定石なのだ。

 

「さあ、取り敢えずは逃げよう。クサナギやイズモが待ち構えている宙域まで」

 

 そしてそこにはエターナルも到着しているだろう。エターナルはアルテミス基地を占拠し、そこに連合の艦隊の半数を引き付けるという仕事をしてもらった。もちろん基地で籠城させるつもりはない。連合艦の到着前にさっさと抜け出し、こっちへ再合流してもらう手筈である。

 

 

 

 逃げるアーク・エンジェルとドミニオン、追う連合艦十四隻、付かず離れずを続ける。

 それは言うほど簡単ではない。普通でも逃避行は難しいのに、この二隻は能力の高い艦であっても唯一速力だけは凡庸なのだ。そこを的確な操舵と牽制によって惑わし、追い付かれずにやり切った。

 

 

 

 

「よし、来たぞ! さすがサイ君、位置も時間もドンピシャだ。イズモ、メインエンジン始動! MS発進準備! 私もストライクルージュで出る」

「それは危険です。ウズミ様がいらしたら許可しないでしょう」

「キサカ、せっかくシモンズ女史が作ってくれたストライクルージュを今使わないでどうするんだ!」

 

 イズモとクサナギは探知されないようエンジンを切り、静かに潜伏していた。だが今、所定の位置まで連合艦が誘導されてきたと知った瞬間、猛然と始動する。

 それを命じたのはもちろんカガリ少女である。

 おまけに自分までMSで出撃しようとしたが、キサカ一佐がそれを制止する。この戦いはこれまでになく激しく、危険が大きいからだ。しかしどうしても出たいカガリの意を汲み、結局はイズモの発光信号が届く範囲内という条件付きで許している。

 

 

「歌姫さん、エターナルは任せた。俺もちょいとばかり行ってくる。年を取ると適度な運動もしなきゃ腰が悪くなるんでな」

「ふふ、バルトフェルド艦長、そんなお年ですか? むしろやんちゃは子供のすることですよ」

 

 エターナルからはフリーダムやジャスティスばかりでなく、アンドリュー・バルトフェルドもイージスで出撃する。もちろん歌姫ラクス・クラインが見かけよりはるかに豪胆であり、ある程度の操舵と戦闘指令をこなせると知ってのことだ。

「アンディ、年寄り! そしてガキ!」とうるさいピンクのハロを指先で押しのけ、MS発着場へ向かう。

 

 

 イズモ、クサナギ、エターナルからMSが出撃していく。

 漆黒の宇宙を背景に、細く白い糸のような推進剤の粒子をたなびかせ、加速しながら連合艦へ突き進む。

 

 

 

 



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第四十話  欺瞞の光

 

 

 こっちの各艦はMSを発進させれば、もちろん砲撃戦の準備に入る。

 

「主砲、発射!」

 

 この言葉をイズモ、クサナギ、エターナルの三隻が同時に叫ぶ!

 絵に描いたような奇襲攻撃だ。

 

 それは当たり前だろう。アーク・エンジェルとドミニオンをとにかく追っている連合艦たちが索敵をやれるはずもなく、そもそもエンジンを切って潜伏しているものに気付けることはない。

 アーク・エンジェルらにもう少しで届くと思っていた連合艦たちは……突如として横から砲撃を食らってしまう。

 一撃では終わらない。第二撃、第三撃、これで連合艦は大混乱に陥る。

 

「アーク・エンジェル反転します。それが終わると同時に対艦ミサイルスレッジハマー発射、そしてローエングリンのチャージを開始して!」

 

 味方の攻勢が始まったのを見て、すかさずアーク・エンジェルとドミニオンも反転攻勢をかける。俺が命じるまでもなくラミアス艦長の好判断だ。

 

 これで多方向からの同時攻撃という罠が完成した!

 

 

 先発して追ってきた連合艦たちは十四隻、圧倒的戦力とはいえ、初手は完全にこちらの思惑通りになった。戦いの主導権をひとまず手に入れたといっていい。

 もちろん本気で立て直されてしまえばまずい。数の差というものは伊達ではないのだ。

 だからこそ矢継ぎ早の攻勢でそんな暇を与えない。

 今、この態勢ならそれが可能になる。多方面からの攻撃の良い点は、砲撃とミサイルを的確に使えば艦の回頭を惑わし、妨害できることにある。つるべ撃ちに撃ちかけ、効果的な防御の態勢を取らせない。

 

 それはもう一つ巨大な利点を生む。

 なぜなら艦が回避行動などで急速に動いていればMSを出せなくなる。MSの総数なら当たり前だが連合側はこちらの数倍以上ものMSを持っているだろう。しかし出せなければそんなものに意味はない。せいぜい無理して発進させても全部ではなく、結果的に五分五分程度の数にしかならない。

 するともちろん、続けて行われるMS戦では個々の性能が高く、入念に準備していた分だけこちらが優勢となる。

 

「先ずは一機!」

 

 ストライクルージュに乗ったカガリ少女が連合MSを撃ち墜とす。動きは軽快でビームの威力も高い。通常動力のMSとしてはかなりの完成度、さすがエリカ・シモンズの自信作だ。むろんカガリ少女のパイロット度胸があってこその性能である。

 おまけにただ戦っているのではなく、マユラ、ジュリ、アサギを含めたM1アストレイたちを庇っている。比較的弱い部分をイザークのデュエルと共同でカバーしているのだ。

 

 

「戦い方を見せてやるぞ。……おいおい先に行くな! そこ待ってるとこだろ」

 

 このセリフはアンドリュー・バルトフェルドのものだ。

 勇んでエターナルから最初に発艦したのだが、機体性能の差は如何ともしがたく、フリーダムとジャスティスにあっさり追い越されてしまった。

 

「済みません、バルトフェルド艦長」

「アスラン、冗談だよ冗談、半分だけな。いいから先に連合艦を叩いとけ。真打ちは後から登場といこうじゃないか」

 

 

 

 

 時間が経つにつれ、戦いの趨勢がはっきりしてくる。

 何とか主導権を維持し、連合艦十四隻のうちついに四隻を爆散に追い込めた。もちろんそれ以上の数の艦に損傷を負わせている。

 

 しかし…… 俺の目的はこれら釣り出した連合艦に勝つことではない。

 

 局地戦で多少叩いたところで意味がない。そんなことよりもっと重要なことが残されている。

 

「ラミアス艦長、頃合いだ。こっちのMSはたいそう頑張ってくれたが、それぞれの艦に撤収させよう。それが終わったらゆっくり後退してほしい。作戦を最終段階に進める」

「ええ、サイ君。勝ち過ぎる前にそうしないと危ないわ」

「そういうことだ。距離を確保すれば……あれを使う」

 

 そう、決して勝ち過ぎてはならない。

 このままいけば連合艦は核を使ってくるはずなのだ!

 

 もちろん連合艦としてはこんなつまらない艦隊戦に一発だって核を使わず、温存しておき、ザフト側のボアズ、ヤキンデゥーエといった要塞に使う算段をしているに決まっている。

 しかしここで艦隊が撃滅されたら何も意味がない。

 それよりは、今ここで核を我々に向かって投入する、必ずその決断をしてくる。

 こっちにとり、最初からこの戦いは綱渡りともいえる戦い、まさに薄氷を踏むようなものである。

 

 タイミングが全てなのだ。

 善戦しておきながら、しかし本当に核を使われる前に後退しなくては危険である。

 

 

 

 それ以上に難しいのが次に来る。

 今度は逆に連合側に核を撃たせるようわざと誘わねばならない。

 それこそが作戦の目的であり、そうならなければ意味がない。できればここで核を消費し尽くさせる。

 もちろんプラントへの核攻撃をさせないためだが、我々にとっても核を残されていてはこの先戦いようがないからである。

 

 そのために俺は仕掛けを用意した。

 ラミアス艦長にあれと言ったのはそのことだ。

 

「よし、距離は取った。ラミアス艦長、あれを放て!」

 

 アーク・エンジェルから三発の対艦ミサイルが放たれ、真っすぐ連合の艦隊へ向かっている。

 もちろん向こうもそれに気付き、撃ち落とすべく迎撃ミサイルを放つ。たった三発であることに疑念を持ちながら。

 迎撃ミサイルと接触する直前、三発の対艦ミサイルはセットされた距離で同時に自爆した!

 

 それは通常のミサイルとは全く違う。桁違いといえる眩い閃光を放ったのだ。

 

 仕掛けは簡単である。

 弾頭の威力なんか最初から無い。なぜならそこにデコイに使うフレア弾とチャフ弾を詰めるだけ大量に詰め込み、とにかく閃光ばかりを強くしている。

 しかも重要なオマケを付けてある。

 ある程度の放射性物質も仕込んであり、自爆と同時にそれが散らばり、連合艦はそれによる放射線もキャッチするだろう。

 

 何のためか。

 それは、こっちが核を使ったと連合艦に誤認させるためだ。おかしなミサイルの弾頭は見せかけの疑似核弾頭とでも言うべきものである。

 

 

 

「あれは何だ! 核じゃないのか!」「向こうも核を持っているなんて! 聞いてないぞ!」「そんな馬鹿な……助けてくれ!」

 

 たちまち連合艦たちはパニックに陥る!

 そして次々とミサイルを放つ。もちろん、連合のものは本物の核ミサイルに決まっている。

 

 

 

「冷静に考えたら、核爆発があの程度の閃光や放射線で収まるはずがないのだろうに。連合側で核ミサイルを持つ艦は、自分が核を持っているからこそ勘違いをしてくれる。つい相手も持ってるのではないかという疑心暗鬼が根底にあるからだ」

「サイ君、とにかく連合の核ミサイルを全て始末しないと」

「そうだな。フリーダムのアスラン君とジャスティスのシホ君を中心に片付けてもらおう」

 

 俺がフリーダムとジャスティスを指名したのには意味がある。

 MSの中でも特に核エンジンを内蔵しているフリーダムとジャスティスならば、パイロット防御のための放射線シールドもしっかりしていると思うからだ。

 核ミサイルは撃ち落としてもバラバラになるだけで、核爆発を引き起こすことはない。熱で簡単に誘爆するような代物ではない。しかし万が一の起爆ということも有り得なくはなく、その場合を考えている。

 

 キラ君のストライクと、ディアッカ君のバスターがひたすら遠距離からミサイルを狙撃している。

 フリーダムとジャスティスだけはミサイルに接近し、墜としていく。

 それでも通過させてしまった分は艦からの長射程砲で片付ける。

 

 そして…… 合計三十発もあったろうか。

 それらの核ミサイルは無事に消し去ることができた。懸念通り一発は不完全であっても核爆発を起こしてしまっているが、むろんフリーダムやジャスティス、艦にも被害はない。

 これで作戦は見事完了になる。

 

 

 

 

 ちょうどその時、連合艦の残りが戦場に到着した。

 むろん先発させた十四隻を除いた三十二隻のことであり、こちらの方にムルタ・アズラエルとダーレス少将がいる。

 

 そして見たのだ。

 

 先発させた十四隻がとっくにアーク・エンジェルとドミニオンを撃滅していると思っていたのに、逆に振り回されているではないか。戦力的に充分なはずなのに誤算も誤算だ。

 それだけならまだマシだ。

 念のためと付け加えていた核搭載艦が不様にも疑似核攻撃に惑わされ、虎の子の核ミサイルを撃たされてしまっている!

 せっかくの核が何の意味もなく浪費された。

 

 この状態を見てムルタ・アズラエルが苛立たないはずがない。

 

「何をしてるんだ! あんな閃光ばかりの爆発、少しでも考える頭があれば分かるでしょうが! 向こうが恐れるのは核、こっちは核があれば負けやしない。つまり絶対的に核がキーなんだ。だったら向こうが仕掛けを打つのは当たり前なのに!」

 

 自分ならばそんな欺瞞に引っかかるわけがないのに…… なぜそんなことが分からないのか。

 

「……しかしこれで手持ちの核は失われてしまったようですな。アズラエル理事、残念ですが」

「くそ、地表に残している分を急ぎ宇宙に運ぶか、ユーラシア連邦に渡しておいた分を頭を下げても分けてもらうしか…… ダーレス少将、とにかくプラントに直ぐ攻めかかるわけにいかない」

「確かに、核がなく、ここの大西洋連邦の戦力だけでは……ザフトの艦隊を叩けても、ボアズを抜くまでできるかどうか微妙なところです」

 

 ダーレス少将の見立てはだいたい合っている。

 アズラエルにすれば大きく計画が狂い、眩暈がする思いだ。

 

 だがしかし、絶対的に取り返しのつかない事態ではない。

 連合の生産力にはまだ余裕があり、核ミサイル自体は地表で今も製造中である。

 ただ単に大西洋連邦とブルーコスモスがユーラシア連邦に先駆けてプラントを撃滅できなくなったという話でしかない。

 

 

 もちろんアズラエルはこの状態に追い込んでくれた五隻の敵を睨む。

 大局に意味がないことは分かっていても、この五隻を叩かなければ気が治まらない。

 そして今、ムルタ・アズラエルの手には大きな戦力があり、また並の将では及びもつかない優れた戦術能力がある。

 

 

 



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第四十一話 監視の目

 

 

「核を失ったことはもう仕方がない。それにしてもこっちの先発艦隊十四隻がたった五隻の相手に敗退寸前とは、おそらく先手を取られて翻弄された結果なんだろうね」

「おそらくそうでしょう、理事」

「よし、ではダーレス少将、ここにある三十二隻を使い、あの五隻を逃さず叩く」

 

 ムルタ・アズラエルは苛立ちはするものの、思考を停止することはない。

 先発させた連合艦十四隻がこの体たらくなのは罠に誘導されたせいだろう。そして多方向から攻められた結果、数の優位を活かせる暇もないまま一方的にやられたのだ。

 最後は核の応酬をしたと信じ込みまされ、すっかり怯え、十二分に戦える戦力が残っているのに反撃もできなくなっている。

 

 それを見て取ったアズラエルの洞察力も驚くべきことだが、逆に自分が同じことをやってやろうとする。

 

「ダーレス少将、直行をしないで回り込むんだ。その間の時間を使って何列かの単縦陣を作り上げ、最後はそれらで大きく取り囲む形にする」

 

 アズラエルは単純に攻めず、ダイナミックな包囲網を形成する戦術を選択した。この三十二隻という圧倒的な数の優位を活かしての包囲である。

 

 つまり、当てにならない先発艦隊ともどもアーク・エンジェルら五隻を取り囲む。

 それは完成すれば必勝の策になるだろう。

 あらゆる方向から濃密な砲撃を浴びせかければあの五隻に抵抗する術はない。軽く消し飛ばすだけのことだ。優秀なMSを持っていようが母艦を失えばお終いなのは、アズラエル自身がかつてオーブ攻防戦でやられたことであり、しっかり学習している。失敗を糧とするのがアズラエルの美点でもあるのだ。

 

 

 

 俺の方でもその三十二隻の本隊を見ている。やはり素直に帰してくれる気はなさそうだ。

 

「さて核を片付けてしまえば、撤退したいところだが……」

「そうもいかないようよ、サイ君。連合の本隊が到着して、こっちの退路を上手いこと封じにかかっているわ」

「確かにな。最初にそれを行っておいて、包囲を形成する。ナタル少佐の話ではムルタ・アズラエルなる者がいるそうだが、これはなかなかの戦術家だ」

 

 ラミアス艦長が緊張を隠せない。まあ、それはそうだろう。これまでに戦ったことのない程の圧倒的大戦力が迫り、こっちを吞み込もうとしているのだから。

 

「サイ君。早く、完全包囲の前に食い破って逃げないと」

「それもそうだが、別にそれを我々が行うこともないだろうな」

「え? どういうことなの?」

「アズラエルはたいそう優秀だが、残念なことに場数を踏んでいない。まだ二十代と聞いているがやはり若過ぎるようだ」

「…………」

 

 ラミアス艦長が呆れた目をしている。アズラエルが若いのは確かでも、それを俺が言ったからな。

 

 とにかく、早いところ手を打つ。ラミアス艦長に指示し、向こうの半壊した先発艦隊に再び接近させた。

 そしてわずかばかり砲撃を加えてみる。まるで突っつくかのように。

 思った通り先発艦隊はあっさり逃げ散る。既に戦意を喪失しているからだ。必然的にそれらは助けを求め、包囲網を作りつつある味方の方へ殺到していく。

 これが狙いである。

 すると包囲網がかき乱され、うまく機能せず、机上の空論となる。これが場数を踏んでいない者のよくある失敗例なのだ。

 

 

 

「なんなんだあいつらは! 役に立たないなら立たないで、縮こまって防御に徹すればいいだけなのに。それをじっとしていることもできないのか! ダーレス少将、アーク・エンジェルの閃光弾は核じゃないともう一度伝えるんだ! このままでは包囲しても撃てやしない」

「これはちょっとまずいですな、理事。せっかくの作戦を味方に邪魔されるとは。こうなれば打開策は一つくらいしかないかと」

「打開策が一つ? 邪魔な先発艦隊を…… はは、まさかダーレス少将、僕にあれをやれと言うんじゃないだろうね」

「さすがアズラエル理事、直ぐにお分かりとは」

 

 ダーレス少将は明言しないが、指し示すことは明らかだ。

 しかし、それが分かっていてもムルタ・アズラエルは躊躇している。

 

「それは味方殺しのことかな? 敵であるコーディネイターはいくら殺してもいいが、味方を殺しちゃダメだろう」

「正論に聞こえますが、この戦争では今更というものでしょう、理事」

 

 ダーレス少将は不思議そうな顔をする。

 

 しかし意外なことではあるが、アズラエルは自分なりの倫理観を持っている。

 自軍の損失は少なく、敵の損害を大きくすることで勝利するのが戦争のやり方であり、それはアズラエルの慣れ親しんだビジネスにも一脈通じるものである。

 実はアラスカ基地自爆にもアズラエルは一枚嚙んでいた。味方の犠牲はあるが圧倒的に多くの敵を倒せる機会と見ていたからだ。しかしそれで全く平気かと言われたらそうではない。今、五隻を葬るのにそれ以上の味方艦を塵と化すのは間尺にも合わず、信念にも合わない。

 結果、包囲網の中に猛撃を加え、先発艦隊の残存ごとアーク・エンジェルを始末することは考えなかったのだ。

 

 仕方なくアズラエルは困難な道を取った。

 自ら細かい指示を出しながら、それでも包囲網を効果的なものにする努力を続ける。そして驚くべきことにアズラエルの優秀な頭脳と執念はそれなりの形にすることに成功した……いや、成功する一歩手前まで行った。

 

 

 

 その時のことだ。

 

 思わぬことが起きた。

 指示を出しても応じない艦が出てきたのだ。

 

「こちら戦艦クルック、これ以上の戦闘参加は致しかねる。アーク・エンジェルやドミニオンの言葉を信じたわけではないが、少なくとも連合が核を持っていることはこの目で見た! 核の存在はプラント側の憎しみを増し、戦争は終わらなくなる。もはや際限のない戦いになるのは自明であり、当艦がその道具になるのは御免蒙る」

 

「戦艦ハイライン、司令部に申し上げたい。核爆発を起こしたミサイルと同型のミサイルが数十もあった理由は何か。ボアズ要塞ではなく、プラントへ使うつもりではなかったのか。そういう戦いになるのなら、ハイラインは決して同行しない。歴史に残るような罪の共犯になりたくないからだ」

 

 他にもいくつもの連合艦が疑念を呈する。

 核の存在は、核ミサイルを持たされた艦にはもちろん教えられていたが、それ以外の艦へ知らされていなかった。

 

 今、全艦隊が驚愕と共にその事実を知ると、その意味について考えざるを得ない。

 

 核で戦争は一変する。戦争の勝ち負けではなく、遠い未来まで残る禍根を思えば慄然としてしまう。それを理解する艦は積極的な造反はしないまでもわざと動きを鈍らせる。

 

 

 ダーレス少将はそんな連合艦の様相に対し、アズラエルが激発するものと予想した。常に部下が自分の命令に従うことを当然視しているアズラエルのことだから。そして子供っぽく、短気な性格でもあると分かっている。

 しかし意外なことにアズラエルはかえって落ち着きを取り戻しているようだ。

 

「ああ、ダーレス少将、とてもつまらないことになった…… ひとまず退くとしようか。もう一度自軍を引き締める必要がありそうだしね。包囲網は無理、というかあの五隻はすばしこくてもう脱出している。追っても無駄、僕は無駄は嫌いなんだよ」

 

 その内心はどういうものだろうか。ダーレス少将には推測もできない。

 思わぬことが続いて放心状態なのか、錯乱しているのか。

 

 あるいは少しばかり成長しているのか。

 

 ともあれアズラエルの指示により撤退だ。損傷のある艦については護衛を付けて月面プトレマイオス基地のドックに向かわせ、残りはいったんアルテミス基地にいるだろうユーラシア連邦との合流を図る。先ほどの通信を送ってきた戦艦クルックやハイラインのことはひとまず不問にして同行させた。

 

 

 

 

 …… だがその頃、宇宙の片隅では決定的なことが起こっていたのだ!

 

「とんでもないわ! 本当に連合が核を使えてるなんて…… クルーゼ隊長、今からその画像を送ります!」

「よくやってくれた。ルナマリア、レイも。その画像を撮れたのは君たちが地味な監視に耐えてくれたおかげだ。もはや連合の大罪は暴かれた」

 

 連合の艦隊をひっそりと追尾し、監視していた者たちがいた。

 むろん、それはザフトのクルーゼ隊である。

 

 最も大きい連合の艦隊を追っていたため、先発艦隊がアーク・エンジェルやエターナルと戦うところは見ていない。ザフトではない妙な相手と戦っただろうことと、先発艦隊が敗けたという事実を知っただけだ。

 だがしかし、最重要のものを見るのには間に合っている。先発艦隊から放たれたミサイルが核爆発を起こしたところを。

 それをしっかり撮影し、急ぎラウ・ル・クルーゼに伝えている。

 

 

 クルーゼは平易な声で報告を受け取り、そして通信を切る。

 しかしその後、喜びのあまり笑みがこぼれ出し、最後は高笑いに近いものになる。

 

「やっとだ。やっと念願が叶う! 運命はまたしても私に味方してくれた。これはもはや天意としか言いようがないな。ともあれ監視させていた甲斐があったというものだ。連合が核を使えるという証拠が手に入り、これこそ最後のピースとなる。パトリック・ザラにそのまま渡すだけでいい。奴は大手を振ってジェネシスを起動させるだろう」

 

 ジェネシス、それは未だミラージュコロイドによって隠されている究極の兵器だ。

 人口も生産力も劣るプラントは、リソースをそこに傾け、一撃の破壊力に特化したものを作り出した。

 その安易な使用についてプラントの穏健派が抵抗していたが、もはや事情は一変する。連合が核を持っているならば考える余地も余裕もなく、先制攻撃しかあり得ない。元々プラントの市民を守るための兵器なのだから。

 

「ジェネシスの力によって連合軍どころかナチュラル全てが終わる。パトリック・ザラの願いはそうなのだから、必ずやる。本当なら連合からプラントへ核攻撃をさせて、同時にコーディネイターも滅ぼせれば良かったのだが…… そこまで欲張ることもないな。なぜならパトリック・ザラの近視眼では見えていないのだろうが、コーディネイターだけになれば自然と出生減で滅ぶのだ。どのみち人類はこれでいなくなる。未来が絶たれるという未来こそ最高だ」

 

 

 超強力兵器ジェネシスが目覚める。

 世界を破滅させる、そのクルーゼの願いが空想ではなく確定的に近い未来へと変わった。

 

 

 

 



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第四十二話 究極の兵器

 

 

 ムルタ・アズラエルは連合アルテミス基地への航路を辿っている。随伴する艦艇は三十隻ほどであり、残りの損傷艦艇は既に月面プトレマイオス基地に送っている。

 アルテミス基地に行く目的は一つ、それは核ミサイルをいくらかでも融通してもらうためだ。

 

 また核を手に入れ、取って返す。それでプラントのボアズ要塞を叩き、続けてプラントそのものも消し去る。

 これで人類の悪夢を終わらせる。人工の怪物、つまり遺伝子を改変した変異種コーディネイターは人類の範疇に入るものか。それを取り除いた時、やっと人類は本来の姿を取り返す。

 アズラエルはそう信じており、戦意は衰えていない。

 

 先にアルテミス基地へ通信を送ったが、そこにいるガルシア少将はたっぷり皮肉をもって返してきた。むろん嫌なことではあっても予想通りだ。

 

「アズラエル理事、何か成果は? 勇んで先行したからには何か成果を持ち帰ってきたはずでは」

「…… 敢えて言えば、脱走艦どもが邪魔するという情報かな、ガルシア少将」

「これは面白い仰りようだ。つまり当たり前のようなことを確認してきたと。大きな代償を払ってそれでは子供の使いのように聞こえるのは気のせいですかな。はは、まあ正直でいいでしょう。私はともかく他の者は納得しないでしょうが、そこまで関知は致しかねる」

 

 アズラエルは感情を抑え、押し黙るしかない。

 ガルシア少将はアズラエルと大西洋連邦の失敗に嬉しくて仕方がないようで、言う必要のない当てこすりを言ってくる。それは癪に障るが仕方がないのだ。アズラエルはアルテミス基地に着いた後、核ミサイルについて交渉しなくてはならないのだから。

 

 

 

 それはあと三時間ほどでアルテミス基地に到着するという頃だった。

 

 アズラエルは宇宙に光の筋を見た。

 それは一直線に白く輝き、わずかな時間で消えた。

 とてつもなく禍々しく、嫌な予感が鼓動を速くする。

 

「今の光は何だ!? ダーレス少将」

「分析させております! 結果は…… 硬X線レーザー、直径2km、総エネルギー量は少なくともエクサジュール単位!」

「つまり物凄いレーザーということじゃないか!? では兵器だ! いったいどこからそんなものが!」

「発信源の特定、出ました! ザフトのヤキンドゥーエ要塞近傍、そして到着予想点は……アルテミス要塞かと」

 

 要するに敵の兵器だ。

 あの小癪な五隻なんかではなく、プラントという国家規模の戦略兵器なのである。

 

 それが並大抵のものでないことはアズラエルにも分かる。本来X線レーザーが目に見えるはずはない。それが見えたということは、宇宙にほんの僅か漂う粒子を発光させているということになり、強い光であればあるほどエネルギーが高いということに直結する。実際それはもう眩しいほどのものだったのだ。

 

 

 

 アズラエルと大西洋連邦の艦隊が急ぎアルテミス基地に着くと……いや着いたとは言えない。

 もはやアルテミス基地は存在していないからだ。

 半分は蒸発し、残り半分は元の形をとどめていない残骸だった。

 

 基地もそこに停留しているはずのユーラシア連邦艦隊も永遠に失われた。

 

 もちろんガルシア少将も今度こそ戦死している。戦ってのことではなく一方的に蒸発させられたのだから戦死と言わないのかもしれないが。

 その残骸の周りを十隻近くの艦が動いている。おそらく基地周辺の哨戒任務に就いていた艦だけは惨事を逃れたのだ。目の前のことが受け入れられず、全く無駄な救助活動をする気なのだろう。

 

 一発でそこまでの破壊力を持つ兵器、どうやってレーザーに変えられたのかは不明だが、エネルギー源は核と推定される。

 

「こっちの核ミサイルなんかより、コーディネイターの方がよっぽど野蛮な兵器を持っているじゃないか! くそ、だから戦争には勝たなきゃいけないし、コーディネイターを生かしてはおけないんだ!」

 

 アズラエルはそう歯がみする。アルテミス基地を撤退ラインにしながらの艦隊戦、そんな構想もまるで意味がなくなった。一発の暴力で灰燼に帰したとは。だがそこにあったはずの核も丸ごと失われた今、もはやアズラエルはどうしようもできず、進路を地球表面に変えての敗走しかない。

 

 

 

 

 そんなアルテミス基地の様子を、当然ジェネシスを撃った方も観測している。

 

「敵アルテミス基地の完全破壊を確認! コンピューター予測モデルと98%一致」

「素晴らしい! ジェネシスの発射後精査はどうなっているかね」

「レーザー発振シリンダー、底部固定ミラー共に異常は認められず、順調に冷却中です、パトリック・ザラ議長」

「よし、では第二射の用意に取り掛かってくれたまえ」

 

 予想通りの威力だ。

 究極兵器ジェネシスは存分にその力を発揮した。

 

 原理としては単純なものであり、核爆発のエネルギーをガンマ線レーザーに変えて撃ち出すだけだ。

 しかし技術的な難易度はあまりに高い。

 核のエネルギーをいったん閉じ込めるシリンダーも、レーザー発振をさせる制御力も、照準をつけるソフトウェアも、何もかもがそうである。それをプラントは手探りの状態から巨大な実体の建造に持ってきた。連合によるプラント侵攻の恐怖がその原動力だったとはいえ、努力は驚くべきものだ。

 

 そして核の威力をレーザーにわざわざ変えることには重要な意味がある。

 はるか遠距離まで真っ直ぐに到達させることができるのだ。核ミサイルをわざわざ運ぶ必要もなく、もちろん途中で撃ち墜とされる心配はなくなる。

 もう一つ、いっそう大事なことがある。

 意外なことにレーザーにすれば元の核爆発より段違いに強力になる。なぜなら通常の核爆発なら四方八方へ威力が分散して消えてしまう。しかしレーザーに変えて一方向とすれば、目標へ純粋にエネルギーを叩き付けることができる。

 

 こんな兵器に対抗できるものなど存在するわけがない。

 アルテミス基地はそれなりに強固な基地であり、艦砲に対する抵抗力はあったはずだ。しかし、ジェネシスは予測通りあっさりと完全破壊してのけた。

 

 このジェネシスをもしも地球に向けて撃てばどうなるだろう。

 

 実はこれについては分かっていない。

 宇宙空間であれば計算が可能で、コンピューターのシミュレーションが有効になり、破壊力が予測できる。

 しかし、地球表面についてはシミュレーションが難しく、どうやっても確定的な予測はできなかった。

 純粋な熱量による破壊だけならともかく、付随した現象が起きるからである。

 地球には大気も水もある。例えば大気中に大量のプラズマが発生し、それが広がることで大半の地表が焼かれると見積もることもできたが、核一発分のエネルギー量では過大な予測に過ぎると思われた。

 逆に少なく見積もったとしても、通常核とは違い十キロ単位どころか桁の違う範囲を死の荒野に変えられるだろう。

 しかしながら、実際の威力の大小は関係ないのかもしれない。それに応じてジェネシスが連射すればいいだけの話である。ジェネシスのフロントミラーだけは使い捨てるとしても、それだけを次々交換すればいい。また一方的に撃つだけなのだから、その気になれば地表にいる全ての人間を葬ることは決して難事ではない。

 

 

 ともあれ喜色満面のパトリック・ザラは一番の功労者に通信を送る。

 

「クルーゼ君、あの映像を送ってくれたおかげでジェネシスが使えるようになった。初の実戦だが何の問題もなく、威力も充分だ」

「お役に立ててなによりですが、私は偶然にも連合の核兵器を撮影してしまっただけです。足付きやエターナルを追うという任務に就けて頂いた結果に過ぎません。しかも議長。ジェネシスに関してはプラントの優秀な技術者たちのおかげでしょう。彼らこそ真の功労者では」

「謙遜だな、クルーゼ君。とにかくジェネシスさえ使えれば連合との戦争など問題ではない。そしてそれ以上も」

 

 ラウ・ル・クルーゼはまだプラントへ戻っていないが、連合の核ミサイルが爆発する映像情報を先にパトリック・ザラへ送信していた。

 

 それを受け取ったパトリック・ザラはもちろん最大限に有効活用する。

 プラントの穏健派を黙らせ、ジェネシスによる先制攻撃を実行に移した。

 しかも自分がヤキン・ドゥーエ要塞にあるジェネシス管制室に乗り込み、陣頭指揮を執っている。むろんこの時が来るのを夢見て、ジェネシスの構造や使用手順も充分に理解していた。

 わざわざプラント最高議長自らがジェネシス管制室に来たことについて、誰も疑問に思わない。それほどジェネシスは重要な戦略兵器であり、ザフトと連合との戦争を決定づける切り札だ。

 

 しかし、パトリック・ザラの思惑は全く別のところにある。ラウ・ル・クルーゼが見透かした通りに。

 アルテミス要塞の破壊? 連合の艦隊を叩いて脅威を排除? あるいはジェネシスを脅しに使って連合に白旗を上げさせ、戦争に勝つ?

 

 そんなことはどうでもいい。

 

 実際にジェネシスを地球表面に向かって撃つ!

 ナチュラルどもが滅ぶまで、何度でも。それをするためにジェネシス管制室まで来たのだ。

 

 

 

 



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第四十三話 嵐に向かう者

 

 

「さて、プラントの市民に演説をしなくてはならんな。この歴史的勝利を共に祝い、コーディネイターこそ人類の新たなステージであることを告げ知らさなくては」

 

 パトリック・ザラはクルーゼとの通信の後、演説の準備をさせる。

 それはプラント全域に行き渡るもので、更にはそれを越えて宇宙、地球表面まで届くものである。

 ジェネシスが初の作動であるために懸念された不具合も存在せず、圧倒的威力が証明された以上、もはや誰に対してもジェネシスを秘匿する必要を認めなかったからである。連合の軍事力など一顧だにすることもなく、事実上の勝利を述べるだけだ。

 

 

「プラントの市民諸君! これを見たまえ! プラントの所有する戦略兵器ジェネシスが悪しき連合の基地に鉄槌を下す瞬間を! これが創世の光である! 我らコーディネイターこそ人類の正しき進化であり、未来へ歩みを進めるものである。それを認めず、我らに抵抗する旧来の人類は不要であり、過去の遺物、足かせに過ぎない。そんな足かせをいつまでも放置せず、ついに取り払う時が来た。それは今ここに生きているコーディネイターとしてやらねばならぬ義務でもあるが、同時に栄光なのだ。諸君、語り継がれる栄光を共に掴もうではないか!」

 

 ジェネシスからの一撃によって連合アルテミス基地が崩壊する様子も共に流された。

 このパトリック・ザラの演説はプラントの急進派勢力を狂喜させた。

 穏健派ですら最初は戸惑ったが、勢いに呑まれて高揚感を覚えている。究極兵器ジェネシスは圧倒的であり、それほどの説得力を持っていたのだ。

 

 

 

 

 この演説をもちろんアーク・エンジェルらも受信している。

 驚くばかりだ。

 

 ジェネシス…… そんな恐ろしい兵器をプラントの側では持っていたのか。

 

 連合は大量の核ミサイルを持っていたが、そればかりが人類の脅威ではなかった。プラントの方でも強大な戦略兵器を造り上げていたのだ。しかも単純な核兵器よりもはるかに洗練され、威力はもとより射程において事実上地球圏の全てを含んでいる。

 ラミアス艦長は直ちにエターナルへ問い合わせたが、ラクス・クラインもバルトフェルドもジェネシスの情報を知らなかった。それほどジェネシス建造は徹底的に隠されていたということになる。

 

「どうすればいい…… サイ君」

「どうもこうもない、ラミアス艦長。あれは危険な兵器だ。存在させてはならない。あのパトリック・ザラ議長とやらはその力に酔っているように見える。一方的に虐殺できる兵器を使わないではいられない、そんな感じだ」

「だったら…… 叩きに行くべきね!」

「そうだ。それも今から直ぐに」

 

 実は連合との戦いの後、アーク・エンジェルらは修理と休養を兼ねてそこにとどまっていた。

 つまり、補給は受けていない。

 エンジンは稼働するが推進剤の残量は半分を切り、プラントへ行くことはできても帰りが心もとない。おまけにミサイルの残りもわずかだ。対艦ミサイルも迎撃ミサイルもそうなっている以上、攻撃は主砲でも可能だろうが、少なくとも防御の面ではかなり低下した状態なのである。

 

 しかし、それでも……

 行かねばならない。手遅れにならないうちに。

 

 

 

「手短に説明する。この五隻で向かうが、二手に分かれる。アーク・エンジェル、イズモ、クサナギの三隻であのジェネシスの方へ行く。つまりヤキン・ドゥーエ要塞に挑むのと同義だな。そして残りのエターナルとドミニオンはプラント本国へ行ってくれ。別に要塞近辺を通らなくてはいけない法はなく、大きく迂回して裏からプラントへ向かってくれ」

 

 俺はまた味方艦五隻の首脳部を集めて方針を説明している。

 此方の戦力がわずか五隻なのに二手に分けるのは痛いが仕方がない。俺の構想ではジェネシスだけではなくプラント本国への突入が必要なのだ。

 

 そういえば俺は思い出す。かつて連邦がジオンを攻めた時、ソロモン要塞、そしてア・バオア・クー要塞と順々に来たものだ。それはおそらくジオンをじわじわ苦しめ、屈服させるためだったが、それだけか? いや違う。おそらく功名を分配するような政治的配慮もあったのだろう。だからジオン本国へ直撃する別動隊はなかったのだ。

 しかし今その轍を踏むことはなくエターナルとドミニオンはプラントへ向かわせる。

 

 

「どうしてエターナルがプラント本国へ行くんですの?」

 

 ちょっと端折りすぎて説明をすっ飛ばしたので、俺はラクス・クラインからそう問われた。

 

「それには理由がある。プラント本国にはそこそこザフトの艦隊がいるだろう。確かザフトの艦隊戦力は全部併せて三十隻程度と聞いているが……」

「それくらいだと思いますわ。とすれば、プラント本国に五隻から十隻は居てもおかしくないかしら」

「その通りだ。そこを突破するには正攻法ではなく、スピードと誤魔化しが必要になる。エターナルは立派なザフト艦、とにかく苦しい言い訳でも続ければ直ぐには攻撃を受けないだろう。連合の新鋭艦ドミニオンを拿捕して曳航中とでも言えば」

 

 ラクス・クラインも風変わりな少女で、怯えや戸惑いを見せない。

 表情に乏しいのではなくむしろ豊かな方なのに、この少女の芯は強く、肝が据わっている。だから死地に向かう話を当然のように受け止めていられる。

 

「分かりましたわ。でも、エターナルがプラント本国に着いたら何をすれば」

「もちろん破壊や脅しをやってもらうわけではない。そんなことをすれば逆効果だ。頼みたいのはプラント市民に対する説得になる」

「説得でしょうか…… 今までもわたくしは地下放送などをしてきましたが、なかなか芽が出ませんでしたのよ」

「それでも君にしかできない。俺は長いことこの戦争を終わらせる方法を考えてきたが、一つしか思い至らなかった。核などの大量破壊兵器を何とかしても一時凌ぎにしかならず、結局は無駄になる。つまり力によって戦争を止めることはできない。自発的に市民が戦争をやめようと思わなければ終わらない。そうなれる扉の鍵を君に預けよう。これを使って上手く説得してくれ」

 

 俺はラクス・クラインに録音メモリーを渡した。俺ととある人物との会話が納められたものだ。

 

 

 次に俺はドミニオン艦長ナタル少佐の方へ顔を向ける。

 

「ナタル少佐に頼みたい。何としてもエターナルをプラント本国へ辿り着かせてくれ。無理をしない範囲で」

「ふっ、サイ・アーガイル、無理をするなという方がよっぽど無理だぞ」

「以前俺を驚かせてくれた戦術の冴えを、再び期待していいか」

「任せろ」

 

 ナタル・バジルールの表情にはどこか余裕がある。これから立ち向かう困難さを思えばおかしなことに思えるが、おそらく迷いがないせいなのだろう。もはや肝が据わっているのだ。どんなことになっても最善を尽くすだけのことだと。

 

 

 

 

「サイ君、ヤキン・ドゥーエにもザフト艦隊がいて、それだけでも脅威なんだけど、その前にあのジェネシスで撃たれてしまわないか。そうなったら何もできないうちに終わってしまうぞ」

 

 今度はカガリ少女から俺に質問が来た。確かに尤もな質問だ。

 

「その心配はない。戦略兵器というものは敵の主戦力、基地、工場やそこで働く人員を叩くものだ。つまり継戦能力を奪うためにある。たかが数隻の艦相手に使うものではない。おそらく戦うべき相手はザフト艦だけだろう」

 

 俺はそう答える。

 頭にあるのはジオンのソーラ・レイのことである。

 ソーラ・レイは太陽電池を使った巨大コロニーレーザーであり、ジェネシスと似たような立ち位置の戦略兵器だ。俺はかつて連邦の大艦隊を迎え撃った本国会戦の時にそれを見せ玉に使った。欲を出し、ついでにガンダムと木馬を葬ろうとしたのだが……見事に失敗したものだ。戦略兵器はそういうところに使うものではない。

 

 

「さあ行こう。ここにいる五隻の戦いが未来を決める。だったら精一杯戦わない法はない」

 

 俺の最後の檄にラミアス艦長も、カガリ少女も、ラクス・クラインも覚悟を決める。

 バルトフェルド艦長も、キラ君も、イザーク君などもそうだ。

 

 この一戦、確かな歴史の分水嶺になる。やれるだけのことは全てやり切る。

 

 

 

 

 だが、いくら急いでも直ぐに辿り着けるわけではなく、刻一刻と事態は進展していく。

 ジェネシスはまたしてもその強大な牙を剥いた。

 

「核材料、定位置にセットオン! フロントミラー、スライド終了! オールグリーン! ジェネシス、間もなく第二射シークエンス可能!」

「第二射の目標は月面プトレマイオス基地だ。準備が整い次第、発射シークエンスを開始してくれたまえ」

 

 ジェネシスを使い、パトリック・ザラは再び連合軍を叩く気でいる。もちろん最後は地表を滅ぼす気でいるので、その意味では遊びともいえるだろう。しかしプラントへ脅威を及ぼさないためには近くの連合軍事力を叩くのも意味がある。地表の惨状を見た連合の残存艦がプラントへ特攻をかけてきたらたまらない。

 

「三、二、一! ジェネシス発射態勢!」

「撃て!」

 

 

 核爆発の威力が丸ごと整えられ、一方向のレーザーと化す。精緻にコントロールされたフロントミラーを透過する時、更に純化され、そして目標へ照準を付けられる。

 

 この第二射はプトレマイオス基地を直撃し、完全に破壊した。もちろん駐留していた艦隊も逃れられることなく道連れにされた。そして後に判明したことには、アルテミス基地と違ってプトレマイオス基地は月面岩盤の下にも各種施設を持っていたのだが、ジェネシスはそれさえ破壊してみせたのだ。

 

 

 

 



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第四十四話 クルーゼの野望

 

 

 ザフトのヤキン・ドゥーエ要塞深部、そこにあるジェネシス指令室でパトリック・ザラが愉悦と満足の声を上げる。

 

「完璧だ。ジェネシスの前にナチュラルどもはカスにしか過ぎん。ついに人類の大掃除ができるというものだ。ジェネシスを作り上げた時点でコーディネイターの方が優れていることは明らかであり、ならば劣ったナチュラルを粛正することこそ当然の行為だろう」

 

 実際には少数勢力の側であるプラントが身を守るため、必死の努力で技術を開発し、ジェネシスを作り上げた。

 パトリック・ザラはそれを百も承知の上で、コーディネイターの優位の証明にすり替えている。それもこれもジェネシスの途轍もない威力に酔いしれているからだ。

 

「ジェネシス、各部冷却中、レーザー発振シリンダーから点検実施」

「よろしい。では精査して問題がなければ、第三射の用意をしてくれたまえ」

 

 報告しているオペレーターにパトリック・ザラはそう返した。

 

「……了解しました、議長」

 

 ジェネシスのオペレーターたちはもちろんその指示に従うが、わずかな戸惑いを隠せない。

 なぜならもう連合の宇宙基地はない。アルテミス基地もプトレマイオス基地も消した以上、目標が無いではないか。もちろん連合の艦隊は残っているだろうが、基地破壊と共に主力は消し去ったはずだ。

 いったい何を狙うというのだろう。

 

 第二射後の点検には若干の時間を要した。どんな亀裂も隙も見逃してはならず、もしもそんなものがあればジェネシスが核爆発のエネルギーに耐えられない。設計的には繊細なものなのだ。熱や放射線によって劣化した部分が見つかれば交換しなくてはならない。

 

 その時間中、オペレーターの抱いた疑問は多くの者に共有されていく。

 

 

 

「ジェネシス、各部点検終了。オールグリーンです」

「では第三射の用意をしてくれたまえ」

「了解しました…… 核材料、定位置にセットオン。フロントミラー、スライド開始! 議長、照準方向を」

「狙うのは地球表面だ。射軸調整を頼む」

「!?」

 

 ジェネシス指令室が一瞬凍り付く。

 

 フロントミラーを交換している時点で大まかな射軸を定めておき、そして交換後に微調整を行いつつ目標へ照準を合わせるのがジェネシスの運用方法である。

 そして今パトリック・ザラ議長は何と言った?

 狙いが地球表面とは、どういうつもりだろう。

 ジェネシスの威力で地表を撃てば、単純な破壊力だけにとどまらず、大気と水分へ影響を及ぼし、計算不能な大災害を引き起こす。議長もそれを知っているはずだ。何億人もの人間が一瞬の高温で焼き尽くされる可能性すらある。プラントの全人口六千万人と比べるのもおかしな話だがそれだけ大きなことなのである。

 

 指令室にいるオペレーターたちは直ぐには動けない。軍事施設だけを破壊するならともかく、平和に暮らしている人間を巻き込み……一方的に殺すのだ。

 オペレーターもザフトの軍人、命令に従うのが正義と盲目的に信じてきたし、連合と戦争をしているからには連合の軍に対する憎しみは少なからずある。それでも、大量の市民を殺すこの命令には躊躇してしまう。

 

「何をしている。どうして答えない?」

 

 パトリック・ザラが催促するが、それでも誰も動けない。空気が読める政治家であるパトリック・ザラでも、ここにきて命令が通らないとは思ってもいなかった。願望の一歩手前に来ているので気が逸り過ぎていたのだ。

 

「…… 本当に、地球表面なのでしょうか、議長」

「当たり前だ! プラントへ脅威を及ぼす連合は徹底的に叩く。今こそその機会なのだ」

「ジェネシスの存在だけで、降伏を引き出せると思うのですが……」

「馬鹿なことを言うな。降伏させてナチュラルどもを生かしておく? いいやダメだ。徹底的に叩いておかなければ、将来必ず災いを招く。それを考えたら消し去る以外の選択肢はない」

 

 その消し去るというのが連合の軍事力や政府機構のことではなく、地表の一般市民のことだと明らかになった。

 禍根を絶つとは、皆殺しのことだ。

 

「それは、明らかにやり過ぎでは……」

「いいからジェネシスを撃て! 今しかない! 狡猾なナチュラルどもが対抗策を考える前にジェネシスで消してやれ!」

「…………」

 

 オペレーターたちはこれに従えない。といってもプラントの最高議長に手を出すわけにもいかず、葛藤の時間が続く。

 しかし、誰かがやっと穏便な言葉を考え付いた。

 

「議長はお疲れです。別室で休養を取られたらいかがでしょう」

「何を! どういうつもりだ! それは叛乱ではないか!」

 

 警備兵とオペレーターたちはパトリック・ザラを囲み、強制的に指令室から連れ出した。やんわりとしたものだが、大勢で行えば抵抗を封じることができる。

 しかし問題はここからだ。

 やってしまったことは間違いなく命令違反であり、オペレーターたちの未来に暗雲が立ち込める。今更ながら大それたことをしたと恐れおののくしかない。いくら自分たちの良心に従ったことだとはいえ、現実はそうである。

 

 

 

 宇宙でただ一人、そんな状況をうっすら読んでいる者がいた。

 

「ふむ、ジェネシスが中途半端な状態で止まっている。これは有り得ないな。単純なトラブルではなく、おそらく指令室で何かがあったのだろう。パトリック・ザラが地表攻撃を躊躇するとも思えず、とすれば命令がうまく機能しない、つまり反対する者たちが制したのだ」

 

 ラウ・ル・クルーゼがそう看破した。

 というよりもそんな可能性すら考えて急ぎヤキン・ドゥーエ近辺まで帰ってきていたのだ。

 

「パトリック・ザラも詰めが甘かったな。やはり軍人でないものには荷が重かったようだ。まあ、道化の役割はそこまでとして、後は私が引き継がせて頂くとしよう」

 

 

 そして自分の乗艦ヴェサリウスをヤキン・ドゥーエ要塞の着艦ドックへ突入させる。

 きちんとした手順も踏まず、まさに無理矢理だ。

 しかしながら要塞の方も高名なクルーゼ隊の旗艦のすることに驚きや不快感はあっても拒絶まではしない。一応の誰何にとどめる。

 

「クルーゼ隊のヴェサリウスッ! どういうつもりだ! 緊急着艦ならせめて理由を述べ、指示に従うべきだろう。見たところ損傷もないというのに」

「済まないね、ヤキン・ドゥーエの諸君。まさに緊急着艦が必要なのだよ。理由は……これから生じる」

「意味が分からない。何を言ってるんだ……」

 

 それだけに終わらない。ラウ・ル・クルーゼは何とヴェサリウスからMS隊を発進させた!

 しかも完全武装した臨戦態勢とは、こんな着艦ドックでやることではない。要塞に詰めている守備兵も陸戦隊も呆然としてそれを見送る。

 その六機ほどのMS隊は要塞の深部へ進み、それ以上MSで進めないところにまで来ると乗り捨て、更に奥へ行く。

 目指すはジェネシスの指令室である。

 

 

 

 そしてついに指令室に踏み込む。

 

「私はクルーゼ隊のレイ・ザ・バレル。隊長ラウ・ル・クルーゼの名のもとにここを占拠させて頂く」

「く、クルーゼ隊がどうしてここに……」

「パトリック・ザラ最高議長がいたはずなのに、なぜいない?」

「議長閣下なら別室に行かれている」

「そうなのか? 別にいいが、我らクルーゼ隊の目的は最高議長の為そうとしたことを行うことだ。これに逆らうことは許さない」

 

 指令室のオペレーターたちはクルーゼ隊に威圧されてしまう。そのザフトの赤服はエリートの象徴、クルーゼ隊といえば精鋭中の精鋭だ。

 それでもやはり、ジェネシスの稼働には反対せざるを得ない。パトリック・ザラに叛逆したという負い目もある。

 

「クルーゼ隊は特別なエリート部隊、しかしジェネシスを動かすとは…… 越権としか思えない。そして何よりジェネシスが地球に向けられるという意味を分かっていないのでは」

「ご託はどうでもいい。隊長が命じたのだから、我らにとってそれが全てだ」

 

 クルーゼ隊のレイ・ザ・バレルやルナマリア・ホークに迷いはない。元よりラウ・ル・クルーゼを盲目的に信じ切っているのだし、逆にそうだからこそクルーゼは彼らを派遣したのだ。

 そして彼らによりジェネシスは再び威力を振るう。ついに地表に向かって。

 

「ジェネシス、発射態勢へ向けて稼働開始しろ!」

 

 

 

 

 それと同時期、アーク・エンジェル、イズモ、クサナギの三隻はヤキン・ドゥーエ要塞の防衛網へ殴り込みをかける。

 

「ラミアス艦長、見たところザフトの艦艇は十隻弱といったところか。それもあまり大型艦はいないようだ」

「そうね、サイ君。たぶんザフト艦は連合を警戒してボアズ要塞やプラント本国へ分散しているんだわ」

「よし、ここは下手な小細工はせず、突っ切った方がいいな。質の優位はこちらにある。それとミサイルは使い切るつもりで派手に撃つといい」

 

 アーク・エンジェルを先頭に三隻が錐のような単縦陣で突入する。

 ザフト側はもちろん迎撃を試み、激しい撃ち合いになるが、俺はちょっとした違和感を覚えてしまう。

 

「……おかしい。向こうが迎撃してくるのは当たり前だが、妙に動きが鈍い。こっちが単縦陣ならば普通に考えて横撃や包囲を仕掛けるものだろうに。艦隊行動に工夫が無さ過ぎる。まあ、結果的には大いに助かるな」

 

 俺が知るわけがない。

 ヤキン・ドゥーエ要塞の司令部はクルーゼ隊による強行突入により慌てふためいていたのだ。

 単純な敵ではなく、あのクルーゼ隊だ。要塞に入るやいなやジェネシス指令室へ向かったという意図も不明ながら、何かの密命によるものかもしれず、余計頭を悩ませなくてはならない。そのためアーク・エンジェルらに対する対処が薄くなってしまっていた。

 

 

 三隻はシンクロさせた攻撃を集中することにより、ザフト側の艦列に隙間を作り出し、そこをすり抜けて突破した。それでようやく要塞の姿を捉えるところまで接近できた。横にはジェネシスらしいものがかすかな点のように見えている。

 しかし…… ここからは簡単ではない。

 

 最強の難敵が立ちはだかっている。

 

 

 



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第四十五話 自由と戦い

 

 

 ラウ・ル・クルーゼはジェネシス司令室に向かっていない。

 そちらはレイやルナマリアに任せ、自分はヴェサリウスの艦橋にとどまっていた。

 そしてヤキン・ドゥーエ要塞内の混乱した通信を傍受しながら情勢を見ていたのだが、そこで妙なことを聞いた。

 アーク・エンジェルらがヤキン・ドゥーエに接近しているのだ! むろんヤキン・ドゥーエの側も駐留艦隊を送って迎撃を試みているが決してうまくいっていない。結果、アーク・エンジェルを押し止めるに至らない。

 

「なるほど、足付きがここに来ているのか。おそらく狙いはジェネシスを止めることにあるのだろう。連合を脱したという足付きは戦争を止めようと足掻いているようだから、それも自然かもしれない。連合と戦った次にザフトとも戦うとは、大した働きぶりだと褒めてもいい。だがしかし、私と真逆のことを考えている足付きに下手なことをされては堪らないな」

 

 今まで戦った経験からクルーゼはアーク・エンジェルの強さを知っている。このままいけばジェネシスに手を出され、クルーゼの悲願を邪魔される可能性がある。ジェネシスは巨大だが、同時に繊細な兵器であり、わずかな攻撃を受けても稼働できない代物である。

 

「足付きの実力からするとヤキン・ドゥーエの艦隊に任せておくべきではなく、私が決着をつけてやるのも一興だ。よし、私がプロヴィデンスで出迎えてあげよう。足付きを沈めればよし、時間を稼ぐだけでも私の勝ちとなる。造作もないことだ」

 

 ここでクルーゼはプロヴィデンスに乗り込み、出撃する。

 ジェネシス指令室へ出向かせた以外のクルーゼ隊も一緒だ。

 

 

 

 

「む、あれは敵のガンダム…… 多くの子機を背負っているタイプは以前にも見たことがある。かなり強いぞ。だがあれを抑えないと突破はできない」

 

 俺はヤキン・ドゥーエ要塞からMSの一隊が出てきたのを認めた。

 そこには一機、明らかな強者がいたのだ!

 

 その名がプロヴィデンスであることを俺は聞いて知っている。

 パワーもスピードもあるが、何より多くの子機を操って網目のようなビーム攻撃を仕掛けてくる。その空間内は死地そのものだ。

 

 そんな特異なMS、キラ君やカガリ少女で勝てるだろうか……

 以前とは違い、ここには今エターナルのフリーダムもジャスティスもいない。

 

 

「戦ってくるよ、サイ。あれは僕が何とかするから」

 

 ストライクに乗り込んだキラ君がそんな頼もしい言葉を言ってくる。

 しかしここで他からも一斉に声が上がった。

 

「ふん、引っ込んでろストライク。あのプロヴィデンスはクルーゼ隊長だろうが。ならばクルーゼ隊の俺が戦うのが筋だ」

「おいイザーク、口は達者だが、お前だけで敵うのか? 俺がお守りしてやろう。どうせなら腐れ縁は最後まで続けようぜ」

 

 イザーク・ジュールとディアッカ・エルスマンが闘志を掻き立て、自分がプロヴィデンスと戦うと主張する。

 

 

 

「二人とも、戦い方を考えてるの? おそらくプロヴィデンスを捉えることもできないよ。射撃でも接近戦でもプロヴィデンスは本当に強いから。だけど僕のブリッツだけはミラージュコロイドで近付けるはず。二人は援護して」

「え……」「ニコル……」

 

 不意にそんな声を聞いてしまい、イザークとディアッカも黙り込む。

 意外だったのだ。

 いつもあまり意見を言わず、穏やかな表情を崩すことのないニコル・アマルフィがそんな強い言い方で割り込んできたからである。

 ニコルもこの一戦で隊長と決着を付ける気でいる。

 長きに渡って尊敬してきた上司。自分を引き上げてくれた恩師。しかし今、そのクルーゼ隊長を戦って打ち破らねばならない。秘めた闘志を表に出し、全力で戦う時だ。

 

 

 

 

 アーク・エンジェルなどからMS隊が出ていく。数としては十機ほどだ。

 奇しくも敵のクルーゼ隊もまた総数十機であり、数の上では互角である。

 

 MSは出撃するとスピードを上げながら展開し、やがてクルーゼ隊のMSと交錯する。

 敵味方どちらも勇気は充分、スピードを落とさず一撃を加えて離脱、そこから格闘戦に移る。MS特有の運動性を使って回り込みながら、互いに仕掛け、防御するのだ。

 一帯の宙域はMSたちの戦場と化した。

 

「接近し過ぎるなよ。そして死角を作らないようまとまるんだ」

 

 カガリ少女がストライクルージュを駆りながら、アストレイたちに注意深く指示を出している。

 オーブからここまで戦い抜いたアストレイたち、マユラ、ジュリ、アサギも経験を積み、立派に成長している。だがしかし…… 今の相手はザフトの誇りと象徴たるクルーゼ隊なのだ。養成学校の成績上位者から更に選抜された精鋭しかいない。

 油断していたらやられてしまう。

 MSもクルーゼ隊にはゲイツという最新の高運動MSが与えられ、軽量高機動を旨とするアストレイよりも速いくらいだ。

 

 それでカガリ少女がまとめ上げていたのだが…… 相手からすればそういう指揮官機こそ狙い目になる。

 もちろんラウ・ル・クルーゼもそう見た。

 

「ふむ、先ずはあれを叩いておこうか。戦いが楽になる」

 

 そう言うや否やプロヴィデンスが一気に加速し、ストライクルージュに迫る。

 気付いたストライクルージュがビームを放つも当たらない。プロヴィデンスの加速が常識外なのだ。

 逆にプロヴィデンスの撃ったビームがストライクルージュに当たり、あっさり中破させる。

 だがとどめは刺せない。

 

「カガリを墜とさせやしないぞ!」

 

 キラ君のストライクがビームを連射しながら割って入り、最後はビームサーベルを手にして庇う姿勢を見せる。

 それに対し、プロヴィデンスは余裕をもって後退した。先ずは一当てしただけの話であり、指揮官機を潰すという目的は既に達成している。

 

 その時だ。

 ずっとプロヴィデンスを狙っていたデュエルとバスターが撃ち掛けた。しかし……全て外されてしまう。核動力の強力なパワーを持つプロヴィデンスを捉えられるものではない。

 

 

 

 

「そろそろ遊びも終わりにしようか。残念だよイザーク、ディアッカ。なに、人類が滅びる時なのだ。わずかばかり早く死ぬだけと思えば大したことではない」

 

 そんなことを言いながら、クルーゼはついにプロヴィデンスのドラグーンシステムを稼働する。

 これこそがプロヴィデンスの真骨頂である。ドラグーンシステム、それは多くの子機を射出し、同時にあらゆる角度からの攻撃を可能にする。

 合計すれば四十門にもなるビーム砲台が、今こそ空間に解き放たれた。

 

「先ずはそこかな」

 

 クルーゼは軽く十門ほどを稼働し、空間の一点に浴びせかける。

 そこには何もないはずだった。

 ただの試し撃ちだったのか……

 だが驚くべきことに、ビームが過ぎた後、一機のMSが見えてきた。しかも大破した姿で。

 

「なぜ、隊長は……」

 

 ブリッツガンダムだ。

 もう少し、あともう少しで確実にプロヴィデンスを撃破できる位置についていた。高運動のプロヴィデンスにそこまで詰めていたのは素晴らしいが、最後にそれは届かない。

 大雑把なビーム攻撃でもミラージュコロイドとフェイズシフト装甲を同時に使えない以上、ブリッツの防御は弱く、一発でも当てられれば大破となってしまう。

 ブリッツのニコル・アマルフィは驚きを禁じ得ない。この結果は有り得ない!

 

「どうして! 僕のブリッツはミラージュコロイドで見えなかったはずなのに!」

「ふふ、経験と勘だよ。別に難しいことじゃない。君が狙ってくるタイミングも方向も私には読めてしまうのだ。素直なニコル・アマルフィ。次にデュエルとバスターが助けに来ることも予想の範囲内だな」

 

 何とラウ・ル・クルーゼはブリッツの姿も見えないのに、その襲撃を予測し、完全に位置を読んでいた。

 これでは撃破されるのも当たり前だ。

 そして慌てて接近しようとするデュエルとバスターもドラグーンシステムで迎え撃ち、何もさせないまま退ける。

 

 圧倒的に強い! 機体も、パイロットのクルーゼも。

 

 ここに核動力のMSはプロヴィデンスしかいない。しかもラウ・ル・クルーゼの卓越した空間把握能力を活かしたドラグーンシステムを稼働させている以上、余りにも一方的だ。クルーゼがその気になった時、邪魔なMSは全て殺戮されるだろう。

 

 

 

 

 だが、この戦いにおいて結果的にクルーゼは勝者になれなかった。

 その一つの原因となるMSが今、アーク・エンジェルを発進しようとしている。

 

「それでも行くのか、クロト。確実に死ぬぞ」

「承知だよオルガ。それでいいんだ。僕は今、自分で行くと決め、自分で戦うと決めた。それが僕の自由だ。今、やっと自由になれたんだ」

 

 アーク・エンジェルのMS発着場でオルガ・サブナックがおぼつかない足取りながら一機のMSを宇宙に出そうとしている。

 オルガが車椅子を使っていたのは、実はフェイクだった。健全とは言えないながらある程度は動くことができていたのだ。

 

 そしてMSに乗るのはクロト・ブエル。

 

 一時期は酷い状態だったが、ある程度回復している。加えて今、自分の意志で脳内麻薬を少量打っている。脳の破壊が急速に進行し、間もなく狂死することが分かっていても。

 それはMSに乗って戦いに出るためだ。

 クロト・ブエルは知った。

 長く敵であったアーク・エンジェルは悪ではなく、正義のために戦っていたのだ。今も戦争を止めたいと願っていること、それで連合と戦い、ザフトとも戦っていることも。ならばどうせ短い寿命、自分もMSで出ることを決意した。せめてもの贖罪だ。

 

「オルガ、ありがとう。このMS、大切に使わせてもらうよ」

「不格好だけどな」

「いいや、シャニの形見みたいで本当に嬉しい」

 

 本当なら彼らは三人の仲間だった。三人は特に親しいというわけではなかったが、同じ境遇の戦友であったことも確かである。そのうちの一人、シャニ・アンドラスは脳内麻薬を最も強く与えられ、そのせいで既に死んでいる。

 

 そして三人の乗っていたMS、カラミティ、レイダー、フォビドゥンはいずれも連合の技術をこらしたプロトタイプ機であり、性能は高かった。戦いで三機とも大破してしまったが、捨てられることなくアーク・エンジェルに収容され、片隅に積まれていた。

 誰も手を付けないガラクタ、しかしオルガがなんとか一機だけでも動けるようにしたのだ!

 むろん継ぎはぎの応急しかできない。元々クロトの乗っていたレイダーに無理矢理シャニのフォビドゥンのパーツがつなぎ合わされている。

 レイダーを修理するためそうしたという意味もある。しかし同じく大破しているとはいえフォビドゥンには優れたパーツが残されていた! フォビドゥンの最大の特徴、ビームを受けても全て偏向し、無効化する特殊兵装パーツである。まさしく取ってつけたような不格好でも、肉体的に限界であるクロトのためにせめて防御だけでも強くしようとオルガが考えたためである。

 

「頼みがあるんだ、オルガ」

「何だクロト。俺にできることか」

「そう、オルガにしかできないことだよ。この戦いが終わったら本を書いてほしい。僕たちがどう生きたのか、その記録を残して……皆に知ってほしいんだ。また僕たちのような不幸が生まれないために」

「分かった。俺は小説家の端くれだったらしいから、書いてやる。いや、必ず書く」

 

 

 最後にクロト・ブエルは微笑んだ。

 そして自由なる意志で戦場に飛び込む。

 

 

 

 



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第四十六話 願いの彼方

 

 

「あの坊主は行ったのか?」

「世話になったな、おっさん。あれに乗ってクロトは出て行った。そして……もう戻ってこない」

「そんな覚悟で…… 好い奴からそうなるもんだが…… せめてお前さんは違う道を歩けよ」

 

 アーク・エンジェルのMS発着場でそんな会話がされている。

 クロトを見送った後、いつまでも視線を動かさないオルガ・サブナックと年配整備兵との間で交わされたものだ。

 MSをオルガが組み上げようとしても、一人でできるはずもないし、またそんな大がかりな作業を整備兵に見つからずに済むわけがない。人の足りないアーク・エンジェルとはいえMS発着場は艦の最重要部である。こそこそ始めても、早い段階でその動きはバレたのだが、しかしクロトとオルガの強い意志が逆に整備兵の側を動かした。その崇高な願いは理解されたのだ。

 熟練の年配整備兵の手伝いにより、かろうじてパーツのつなぎ合わせは上手くいった。

 本来クロトの乗っていたレイダー、その大破した部分をカラミティのパーツで最低限埋め、更に外側にフォビドゥンの特殊兵装パーツを取り付けている。エネルギー系だけは繋いだやっつけ仕事だ。

 この結果、カラミティとフォビドゥンは完全にスクラップとなったが一機の動けるMSは出来上がった。格好は妙だが仕方がない。

 

「整備兵として言うが、若い奴らを死なせるのは決して楽しくないぜ」

「クロトは自分らしく生きるために行ったのさ。せめて最後ぐらいは。そしてあいつのやることは無駄には終わらない」

 

 

 

 MS戦が続き、その間アーク・エンジェルらは足止めを余儀なくされる。せいぜい微速でしか進めない。なぜならMSの補給と収容を考えたら艦だけで行くことはできないからである。

 これではラウ・ル・クルーゼの目論見通り、時間稼ぎをされたことになる。

 

 すると悪夢は二度ばかりか三度も繰り返されたのだ!

 

 

「ジェネシス、第三射シークエンス終了。最終目標、連合パナマ基地。発射!」

 

 超強力兵器ジェネシスが再び放たれてしまった! しかも今度は地球表面に向かって。

 宇宙から見るとジェネシスのガンマ線レーザーがまるで地球に吸い込まれるように見える。近くで見たら恐ろしく巨大なレーザーでも、地球の大きさからすればわずかなものである。

 特に白い雲があれば猶更だ。レーザー線が最後に細く消える。

 

 しかし、圧倒的破壊は次に来る。

 レーザーが落ちたのは中米にある連合パナマ基地だが、そこを中心にしてオレンジ色の点が生じ、輝きを増していく。点は直ぐに円になり、周囲へと広がっていくのだ。

 オペレーターがそれを客観的な言い方に変えて伝えてくる。

 

「大気分子の超高熱プラズマを観測、着弾点から時速千五百Kmで拡大中!」

 

 輝くオレンジはどこまで周囲を呑み込むのかと思われたが、やがては消えた。

 宇宙から見ればたったそれだけのことだ。

 いやそれは違う。宇宙からでも見えるということがどれほど凄いことなのか。

 実際の地表は地獄絵図だろうことは容易に想像できる。高熱と暴風が荒れ狂い、そこに何も残されるものはない。

 

「破壊半径……約二千Km。コンピューターシミュレーションの予測値からやや下方」

 

 一撃で地表を全滅させるとはいかず、ジェネシスはそこまでとんでもないエネルギー量ではなかった。しかし今まで存在したどんな兵器より桁違いの破壊を成し遂げている。既存の核兵器など児戯のようなものだ。

 パナマ基地は塵のごとく消滅し、連合は唯一のマス・ドライバーを失った。

 もちろんそればかりではなく軍需工業の集積も、完成させた核ミサイルもきれいに無くなった。ついでにいえば、新しく造られつつあった生体CPUの秘密実験施設も丸ごと消えた。

 

 もはや連合は継戦能力をほぼ失ったといえる。

 これが単純な戦争ならいったん勝負はついたと言えるだろう。互いを異生物とみなすような戦争でなければ。

 

 また大西洋と太平洋が広くつながれ、おまけに南米アマゾンの密林まで多く焼かれたことに関して、やがて気候の変動と食糧生産に影響がでてくるかもしれない。

 この恐るべき巨大破壊を知り、誰もが青褪める。命じたレイもルナマリアさえ言葉を失う。

 しかしただ一人、ラウ・ル・クルーゼは平然と受け止めたばかりか別の感想を持つ。そして……更なる指示を出しているのだ。

 

「ふむ、思ったより威力が小さかったな。まあいい。ジェネシスのフロントミラーの在庫はまだまだある。次からは軍事基地ではなく人口稠密地域から順に潰していこうか。レイ、第四射の狙いは北米ニューヨークだ。準備が終わり次第発射して構わない」

「え…… 隊長、人口稠密地域とは、まさか連合軍ではなく一般市民を狙うということでしょうか」

「むろんそうなる。戦争で犠牲が生まれるのは悲しいことだよ。しかし戦略兵器とはそうやって使うためのものなのだ。古今東西、戦略兵器は全てそうではないかな」

「……了解」

 

 クルーゼにはそんな会話ができるだけの余裕がある。

 MS戦の真っ最中でも危険はない。

 ミラージュコロイドという高度なステルス性を持ち、唯一脅威になりえたはずのブリッツを早くに戦線離脱させている。

 デュエルとバスターは戦意を失わず、尚もクルーゼのプロヴィデンスを付け狙ってくるが、ドラグーンシステムはそれらをあっさり退け、逆に損傷を与えていく。

 

 勝ちを確信し、いよいよ殲滅に入ろうとしたクルーゼに一機のMSが見えてきた。

 恐れも知らずドラグーンシステムの空間に踏み込もうとしているではないか。

 

「自殺志願なのだろうか。意気込みだけは大したものだが、それだけでは何も為せないだろうに」

 

 

 

 

 その少し前、クロト・ブエルの乗るレイダーは持ち前の高推力を活かし、一直線に進んでいた。

 レイダーは元々強攻用の実験機だ。火力ではカラミティに劣り、防御ではフォビドゥンに劣る。しかしこの速さが武器である。この戦場にプロヴィデンス以外にもクルーゼ隊MSがいるのだが、全て置き去りにして進む。それらがレイダーの後を追おうとしても無理である。

 

 しかし、ここからはプロヴィデンスが誇るドラグーンシステムの間合いなのだ。

 たちまち濃密なビーム網に捉えられる。

 数十の火線から逃げ場はないはずである。だがしかし……損傷はない! 四方から浴びせられたビームは全て偏向され、レイダー本体に命中することがない。

 

 天敵だったのだ。

 

 空間を支配し、どんなものも多数のビームで破壊できるはずのドラグーンシステムがまるで役に立っていない。

 

「妙なことだが……なるほどそういうことか。あのMSはビームを捻じ曲げる防御を持っていたのだな。ならば近接戦闘で片付けるまでのことだ。ビームと物理を両方防御できるはずはなく、プロヴィデンスの刃で消してやるのも一興だろう」

 

 クルーゼが元々フォビドゥンのものであった対ビーム用特殊兵装のことを知っているはずはないが、その能力をあっさり看破した。

 だが、それでも自分の優位が揺るがないことを確信している。

 プロヴィデンスは強大なパワーを持ち、近接戦闘能力でも隔絶しているからだ。

 

 

 

 プロヴィデンスは一気に接近し、クロトのレイダーと交錯する。

 結果、レイダーは大きく斬り払われ、逆にプロヴィデンスは無傷だ。レイダーで接近戦を戦っても相手にならない。プロヴィデンスの機体性能もさることながらクルーゼの技量は確かである。

 

 もはや損壊の限度を超えたレイダー、何とか立て直し、無駄な斬り合いを繰り返すかに見えたが……クロトはそこまで愚かではなかった。

 

 今のクロトはかつての狂戦士ではない。

 

 冷静なエンジニアだった頃の性格に戻っている。その証拠に戦いながら各種パーツの微調整を行っている。異種のパーツをただ繋いだだけでまともに動作するわけがなく、優秀なエンジニアだったクロトがほんのかすかな記憶を活かし、動かしていた。

 

「残念。あのMSには到底勝てない。でもやれることはあるんだ。自爆コードを入力、これでよし。僕は自分の自由のままに死に、脳内麻薬で狂って死ぬんじゃない。ああ……爽快だなあ」

 

 ガンダムタイプMSは手元のキーに自爆コードを打ち込むことによって自爆できる仕様になっている。クロト・ブエルは実力を考えれば通常に戦ってもダメだと悟り、自爆を選択した。それが一矢を報いる方法と信じて。

 もちろん、事前に脱出など考えてもいない。止めを刺すために接近してくるプロヴィデンスへタイミングを合わせるためである。

 

 バッテリーを完全ショートし、全てのエネルギーを開放して散る。

 宇宙に閃光が閃いた。

 

「後は任せた、ストライク」

 

 こうしてクロトは死んだ。

 

 元々繊細で心優しいクロト・ブエル。だが決して幸せな人生ではなく、脳内麻薬の実験材料にされるというとんでもない目に遭った。

 しかし、最後の最後だけは自分らしくできた。それが救いになっただろうか。

 

 クロトの死を知ったオルガが「俺は寿命までやるべきことをやるから、待っていろ。どうせ長いことじゃない。でも……寂しいな、クロト」と呟いた。

 そして一雫を落としてくれたことが手向けになっただろうか。

 

 

 

 

「チィ、自爆したか。それが最善手なのだろうが、このプロヴィデンスに小破すら与えられないとは悲しい現実だな」

 

 レイダーであった爆散の塵からプロヴィデンスが抜け出す。クロトの行った自爆は、何も意味がなかった……ことはない!

 

 今、プロヴィデンスの目の前にはキラ・ヤマトのストライクが立っている。

 

 キラはストライクでクルーゼ隊のゲイツをあらかた無力化した後、プロヴィデンスと戦うために来ていた。ドラグーンシステムの攻略を考えていたが、ここでクロトのレイダーがそれを強行突破するのを見た。

 ならばその後を行けばいい。

 クルーゼがそう言った通り、クロトの自爆による損傷など無きに等しいプロヴィデンスだが、少なくとも観測装置にリセットを余儀なくされている。

 

 その一瞬の隙にストライクはここまで接近できた。

 後はビームサーベルを迷いなく振るだけだ。今のキラ・ヤマトにはそれができる。幾多の助言と戦術で精神的支柱となったサイ・アーガイルがいる限り、キラは戦いに迷いがない。迷う必要もない。サイと共に未来を拓くと分かっている。

 

「お前はここで倒すッ! 倒さなくちゃいけないッ!」

 

 

 

 



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第四十七話 最後の航海

 

 

 ストライクが鋭くビームサーベルを振るい、プロヴィデンスを斬り払った。ほんの一瞬の差でプロヴィデンスの刃を制することができたのだ。

 

 その後ストライクは一歩退がり、ビームを浴びせる。これでプロヴィデンスの背にあるドラグーンシステムのマザー部が限度以上の損傷を受け、エネルギー漏れを起こしてしまう。

 クルーゼがたまらずそれを分離しようとしたが遅かった。

 ドラグーンシステムマザー部はエネルギー量が多いだけに盛大に爆発し、プロヴィデンス本体も巻き込んでしまう。損壊は深部に及び、制御も利かず、推力も失う。

 もはやプロヴィデンスはクルーゼを乗せたまま爆発の余波で飛ばされていくだけになる。

 

 ここにようやく絶対強者プロヴィデンスは倒されたのである。クロト・ブエルの思いは叶ったのだ。

 

 

 

「ふふ、こういう結末もあったのかな。元より薬漬けで生きながらえてきただけの人生、ただの亡霊のようなものだ。残念な感じが少しもないのは当然か」

 

 ラウ・ル・クルーゼはこうなっても慌てるでもなく、悔しがるでもない。

 それよりむしろ落ち着いた気分である。

 戦いに負けることでやっと妄執から解かれたのだ。

 これもまた望みだったのか…… そもそも自分がプロヴィデンスで戦いに出る必要などなかった。ヴェサリウスにとどまり、そこでアーク・エンジェルを迎撃しても構わなかったはずである。むしろ指揮官としてその方がずっと順当だ。

 それなのに自分が前線に立ち、危険に身を晒したとは、どこかで終わりにしたいという願望が無かったと言い切れるだろうか。

 

 とにかく今はプロヴィデンス本体の爆散を待つだけ、それも長い時間ではないだろう。

 

 だがしかし、そこへ妙な声が届いた。

 

「おい、聞こえるか? ザフトの周波数はこれで合ってるか? ラウ・ル・クルーゼ、まだ生きてるだろ」

「ん、誰かと思えばムウ・ラ・フラガか……」

「俺たちは近くにいれば分かるんだ。お互いにな。だから生きてることぐらい分かるさ。今救助してやる」

「余計なことはしなくていい。もはや夢は充分見た。これ以上は不要であり、意味がないのだよ。どうせこの体も老化で長くはもたないからな。クローニングの失敗作など放っておいてくれないか」

「そんなことが言えるのは、まだ生きているからだ。クルーゼ、いいから降伏して救助されておけ」

 

 不思議な巡り合わせと言うべきだろう。

 この戦場ではムウ・ラ・フラガもまたアストレイに乗って戦っていた。そして他の皆と同様クルーゼを止めようと思っていたのだが……いざクルーゼが敗れると別の感情がある。

 クルーゼが何の理由で戦い、謀略を駆使したのか、本人から聞いてみたい。

 

 

 

 そんなMSたちの決着を待たず、アーク・エンジェルは加速を再開した。

 

 待てないのだ。

 もはや一刻の猶予もない。

 もうジェネシスは地球表面へ放たれた。それが繰り返されるのは明らかであり、直ぐにもジェネシスを止めないと何十億人もの人間が命を失い、地表は灰燼と帰す。

 

 ここからは三隻そろっての行動はできない。

 MSたちへの補給と収容を考えると、一隻はここに残さざるを得ない。その任務をイズモに担ってもらう。それと同時に、追いすがってくるだろうザフト艦を抑えるという役割があり、それにはやはりMSを使わなくてはいけないが、もはや満足に動けるMSはストライクを含め何機もいない。それでも頑張ってもらうしかない。

 

 そしてアーク・エンジェルとクサナギだけで前へ向かう。

 

 ただでさえ少ない艦数だったが、今やたったの二隻になってしまった。

 その上で死地へ向かわなければならない。

 前方にザフト艦はいなくとも、ヤキン・ドゥーエ要塞がそびえ立ち、そこには強力な砲台が大量に備えられているのだ。それらによる熾烈な迎撃砲火に突入し、抜けなければジェネシスには届かない。

 

「無理だな。いかにアーク・エンジェルが頑丈でも、いかに上手く操舵しようと躱せないだろう。俺は別に魔法を使えるわけではない」

「サイ君……」

 

 その言葉通り、俺は戦術家であって魔法使いではないのだ。

 冷静に考えると要塞の砲火により撃滅されてしまう未来しか見えない。

 

「ただし姑息なトリックなら使える。ラミアス艦長、大変申し訳ないがアーク・エンジェルは沈むことになる。長く不沈艦として名声を博してきたが、ここで終わるのだ。しかしその犠牲でクサナギを守ることはできるだろう」

「そんなことは構わないわ。サイ君が言うのならきっと正しいのよ」

 

 俺がアーク・エンジェルを犠牲にせざるを得ないことを話しても、マリュー・ラミアス艦長に動揺はなく、平然として見える。

 だがしかし、ここまで艦長としてやってきたアーク・エンジェルに思い入れが無いはずはない。長いこと生活し、色々なことがあったのだ。別に正式に任命されたものではなくとも、また苦しい戦いの連続であっても、アーク・エンジェルは家、あるいはふるさとに近いものであった。

 ラミアス艦長はそんな感傷をおくびにも出さず別のことを聞く。

 

「サイ君、アーク・エンジェルが沈むことでジェネシスが止められるなら安いものよ。でも、それでどうやってクサナギを守るの?」

「通常なら迎撃砲火により二隻とも葬られるところだが、アーク・エンジェルが全ての攻撃を引き受け、最後の最後まで囮になればいい。ラミアス艦長、そのための方策を伝えよう。手順通りに行ってほしい」

 

 戦術としては単純極まりなく、アーク・エンジェルが囮となる。ただし普通にやったのでは不可能だ。要塞の砲火は二隻をまとめて片付け、まだお釣りがくる。

 そこを何とかする策を考える。

 

 

 

「ローエングリン発射用意! 目標、ヤキン・ドゥーエ要塞! エネルギー量が不足でもとにかく撃つわよ! それが終わればヴァリアントも斉射、射程範囲外なのは承知の上、とにかく撃つ!」

 

 マリュー・ラミアス艦長の指揮の下、アーク・エンジェルはひたすら攻勢に出る。もちろんまだ射程のはるか彼方、しかも艦のエネルギーのほとんどを推力に回している以上、フルチャージの攻勢にとうてい及ばない。本来の威力から大幅に減じられ、ただの花火のようなものだ。ヤキン・ドゥーエ要塞にとって痛くも痒くもない。

 しかしこれでいい。

 せいぜい派手にやり、要塞の目をアーク・エンジェルに引き付けるだけでいい。

 

 今頃要塞では多くの砲門がアーク・エンジェルに狙いを定めているだろう。

 

「ラミアス艦長、充分に増速したら慣性航行に移行、そして艦の反応炉を完全閉鎖する。核燃料も推進剤も放棄だ。通常にエンジンを止めるだけではいけない。あらゆるところを閉鎖し、それも徹底的に。もはや二度と艦を動かせないくらいにしてほしい」

「分かったわ。艦としての命は……これまでになるわね」

 

 アーク・エンジェルはこうして終わる。

 爆散ではなく、自らひっそりと命を失う。

 

 そしてこれこそトリックのキモになる。

 

 こうなればいくらアーク・エンジェルがビームを食らっても爆発はせず、せいぜい穴が開くだけになる。爆発するようなエネルギーはどこにも無いのだから。

 向こうからすればどれほど撃ってもアーク・エンジェルは平気に見える。これは不気味だろう。

 もちろんミサイルのような実体弾を食らえばそうはいかない。当たったところからごっそり削り取られていくに決まっている。しかしこのトリックに気付き、攻撃を実体弾に切り替えるまでは相応の時間が稼げる。

 それでクサナギを前に進められる。

 

 実のところ、俺がこの戦術を使うのは初めてじゃない。

 焼き直しである。

 思い起こせばジオンのソロモン要塞攻防戦の時にも同じことをやった。あの時は乗艦チベのエネルギーを落とし、連邦のガンダムの攻撃を凌いだ。

 あの化け物ガンダムはどうやっても墜としようがなく、それぐらいしか方法がなかった。そして思った通り、ガンダムの方ではどうしても爆散しない艦に驚き、時間を浪費してくれたのだ。

 

 

 先頭を行くアーク・エンジェルは予想通りビームの雨に晒される。それに紛れてクサナギが静かに離れ、ヤキン・ドゥーエの傍に浮いているジェネシスへコースを取る。

 そう、それでいい。

 俺は次に……というか最後の指示をラミアス艦長に伝える。

 

「総員退艦だ。艦長、俺だけを残し、全員脱出シャトルへ行くんだ」

「そんな…… サイ君を残してだなんて」

「俺でもできる作業をするだけで、それには一人で足りる。他は全員艦を降りるように」

 

 だがこの指示にだけはラミアス艦長は従わない。

 ああ、優しい艦長だな。

 

 しかし俺は元々人生を終えている。

 ジオンのコンスコン大将は充分に長く生きて、やるべきことをやり、もう死んでいる。

 ここでの人生などオマケのオマケ、今さら命冥加なことをする必要はどこにもない。消えても構いやしないのに。

 

 

 

 



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第四十八話 ナタルの奮闘

 

 

 俺は既に一生を過ごした以上、今さらどうということはない。

 しかし、ラミアス艦長や多くのクルーたちはこれからが人生なのではないか。

 生きて大いに楽しまなければならない。

 だからこそ……早く退艦してほしいのに。

 

 それでも、俺の思いとは裏腹にラミアス艦長は艦橋に残った。他のクルーたちを脱出させたのにもかかわらず。

 

「頼むから艦長も脱出してくれ。本当に一人でいいんだ」

「……」

 

 俺はそう言いながら作業を続ける。

 今、艦橋はエンジンからのエネルギー供給がない以上、非常用のバッテリーで最小限の機能を果たしている。そして明かりも通常よりよほど暗い。

 

 そんな中で行うのだが、作業自体はとても簡単なことである。ビームを食らったアーク・エンジェルは爆散はしないまでもどうしても方向を曲げられてしまい、そのままだとヤキン・ドゥーエ要塞へ向かう進路を保てない。それではクサナギを守る囮の役を充分果たせないのだ。要塞へ向かってこそ焦りを誘い、攻撃を釘付けにできる。

 進路を曲げられたなら、それに応じて適当なハッチを開け、艦内の空気を噴出させることで元に戻す。この方法ならスラスターを使わないで済む、というかスラスターのエネルギーは既に空にしてある。

 

 こういったことをしながら見やると、どうやらクサナギは無事にジェネシスへ接近できているな。間もなくジェネシスを攻撃できるだろう。アーク・エンジェルを犠牲にした甲斐があったのだ。

 

 やや安心した。

 

 その瞬間、不意に不幸が訪れた。いや、いままでそうならなかった方が幸運だったのか。

 アーク・エンジェルはビームを食らい続けていたのだが、ここで一発が艦橋の直下にぶち当たった!

 それは激震なんてものじゃなく、艦橋にあったあらゆるものを衝撃で吹き飛ばした。もちろん、それには人体も含まれる。

 

「……!? サイ君ッ、サイ君ッ!」

 

 俺は遠い耳でそんな声を聞いた。

 目は見えない、というより艦橋に明かりはもう無くなったのだろう。

 そして俺は……どうやら重傷を負ったようだ。体を動かそうとしても動かない。これは命に関わるな。まあ、これも仕方がないことか。

 俺はこの世界に来て、やるべきことをやった。悔いなどあるはずがない。

 

 逆にマリュー・ラミアス艦長はどうなのか。声を出せているのだから重傷ではないのだろう。

 良かった……本当に。

 巻き添えにしたらそれこそ心残りになる。

 シャトルはまだあるはず、早く脱出を! そして、願わくば次の時代を創ってくれ。

 

 それが俺の思う最後の言葉になり、意識が遠くなっていく。

 

 

 

 

 一方、ヤキン・ドゥーエ内のジェネシス指令室ではレイ・ザ・バレルとルナマリア・ホークが動きを止めていた。呼吸だけが浅く、速い。

 これほど重大な岐路に立たされたことはない。

 単純な戦いでは恐れを知らない勇者でも、今の問題は自分だけの話ではないのだ。

 

 ジェネシスは第三射を終え、点検を済ませたところである。結果はオールグリーン、つまり第四射が可能だということだ。準備は粛々と整い、後は発射シークエンスの起動を待っている。

 だがそのまま撃てば……地表の大都市を幾つもまとめて消し去ることになる。

 人間の数でいえば少なくとも数億人が死ぬ。それも軍事に関係なく平和な日常を繰り返している市民だ。

 

 もちろん第四射はクルーゼ隊長に命じられたことであり、レイもルナマリアもそれに逆らう気はない。

 だが今、その隊長に最終確認をする術がなくなっている。

 アーク・エンジェルらのMSと戦いに入った隊長は優勢だったのだが、現在のところ生死不明であり、プロヴィデンスの識別信号もなくなった。

 まさかあのクルーゼ隊長が敗けたのか? しかしそれ以外に考えようもない。

 

 それを心の中で言い訳にしてしまった。

 ジェネシス第四射は最終確認が取れなくとも発射する命令だったが、それでも決められず、ここまで先延ばしにしている。

 

 そんな時だ。

 

 ヤキン・ドゥーエ要塞からメッタ撃ちにされていたアーク・エンジェルがついに突っ込んできた。そのまま要塞に激突し、爆発はしなかったが、本当の残骸に成り果てる。

 もちろん要塞の方ははるかに頑丈であり、軽く振動しただけで済んでいる。

 

 それが問題ではなくもう一隻の艦であるクサナギが密かに進み、ジェネシスに迫っている。

 そして撃ってきたのだ。

 まだ射程外なのに、その中の一発がフロントミラーを掠めた。それでミラーの一部が砕けるのは仕方がない。ミラーごと交換すれば済む話である。しかし破片の幾つかが本体のレーザー発振シリンダーに入ってしまい、これを精査して取り除かなければ発射できず、作業には少なくとも数時間を要すると見込まれる。

 

「くそッ、やられた。ルナマリア、復旧作業を頼む。あの艦がこれ以上接近しないよう俺が墜としてくる」

 

 レイ・ザ・バレルがそう言ってジェネシス指令部を後にする。自分がゲイツに乗ってクサナギを撃破するために。

 

「同期だから命令しないでよね。そんなこと言って責任から逃げるんでしょ。まあ、気持ちは分かるわ。発射がかなり延期になってほっとしたのは私も同じよ。それより単機でいいの?」

「充分だ。俺の方は」

 

 

 レイの乗るゲイツがクサナギに迫る。

 今、クサナギの指揮を執っているのはレドニル・キサカ一佐であり、操艦も対空砲火も一流の腕を持っている。

 

「クサナギをお嬢さんに返さなくてはな。無傷とはいかないが」

 

 名目上の艦長であるカガリ・ユラ・アスハはここにおらず、ストライクルージュに乗って出たきりだ。

 それは今、イズモの方に収容されている。プロヴィデンスによってストライクルージュの機体は損傷を受けたが、カガリ自身は無事であると分かっている。

 できればこのクサナギを墜とされず、カガリに返したい。

 しかし相手が悪い。レイ・ザ・バレルはクルーゼ隊の中でも一頭抜きんでた技量を持っている。おまけにクサナギに対空ミサイルの類いは全く残っていない。

 レイのゲイツは、クサナギの乏しい防御砲火を軽くをいなしながら接近し、その都度確実に損傷を与えていく。

 直ぐにクサナギを撃破できていないのは、クサナギの持つ主砲を常に意識し、邪魔しなくてはならないからである。レイとしてはジェネシスを使う使わないはともかく、これ以上壊されてはたまらない。

 

 

 

 

 それらジェネシスを巡る戦いとは別に、もう一つの戦いがある。

 

 プラント本国を目指したエターナルとドミニオンの二隻だ。

 こちらもまたザフトの守備陣を突破しなくては辿り着けない。

 ザフト艦は一、二、三……合計八隻いた。しかも本国の守備に就いているからには士気も高く、必死の戦いをしてくるだろう。まともにやってもこっちの二隻が突破できるようには思えない。

 

 しかしここでエターナルのラクス・クラインは堂々と宣言したのだ。

 

「わたくしはラクス・クライン。プラントの皆様にメッセージを届けるために参りました。このエターナルにプラントを攻撃する意図はありません」

「だ、脱走艦が! そんなわけがあるか!」

「それでも真実です。わたくしは真実しか語ったことはないはずです」

 

 欺瞞や嘘に依らず、事を行う。それは彼女のこれまでの生き方に沿っている。

 それが分かるだけにザフトの側に動揺が走る。

 ラクス・クラインは人気歌姫でもあるが、そもそもプラントに独立を志向させた立役者シーゲル・クラインの一人娘である。そしてクライン派が力を失っても謀略などを一切せず、主張を述べるだけだった。それが今、言葉に一定の信用を持たせる。

 そしてここにいるザフト側もまた決してプラント急進派に従う艦ばかりではなく、クライン派の言う事にも一理あると思う艦も多かったのだ。

 

 エターナルを先頭にしてドミニオンが続く。

 ザフト艦の動揺を突いて相応の距離を稼げたが、そのまま押し通る……ことができるはずがない。

 

「……脱走艦は捕らえないわけにいかん。それに抵抗するなら撃滅する」

 

 これを最後通牒にして、やがてザフト側は発砲してくる。

 もちろんMSも展開させて進路を阻む。

 

 それに対応し、エターナルからアスランのフリーダム、シホのジャスティスが出撃する。

 個の力で見れば、この二機はもちろん圧倒的だ。ザフトのジンやシグーはもとより、ゲイツでさえ相手にならない。しかしアスランもシホもできればザフト側に死者を出したくない思いがある。そのため戦いはザフト機を無力化する方法をとり、最低限エターナルらに迫るザフト機を排除することに専念している。それでも速さで翻弄し、多くのザフト機を相手にするのは立派だ。

 

 一方で艦対艦の砲撃戦では、数に勝るザフト側が連射してくるため、ひたすらエターナルとドミニオンは回避行動を取らざるを得ない。その回避操艦はどちらも見事であり、ここまで損傷らしい損傷は受けていない。

 ただし反撃ができるほどではない。

 特にドミニオンのローエングリンは相手を一撃で大破に追い込める威力を持ちながら、使う事が出来ない。なぜなら回避行動によって艦頭が動き続けていては射線に捉えるタイミングがなくなる。

 

「なるほどザフトの守備隊も戦巧者のようだ。数を活かし、手数で追い込んで勝ち切る気でいる。このままでは本当に拙いが…… ここにもしサイ・アーガイルがいればどうやっただろう」

 

 ナタル・バジルールは考え込む。

 自分でも埒もないことを思ってしまったと分かっている。

 単なる仮定の話、いや夢想に近い。それでも考えてしまう。もしもサイなら、あの憎らしいほど凄い戦術家なら、ここでどうするのだろう。どんな策を思いつくのだろう。

 

「おそらくトリックでも使うだろうな。そういう奴だ。きっちり正攻法を使いこなす一方で妙に斬新な工夫をしたりする不思議な奴だから。ならば私とてトリックの一つくらい使ってやる」

 

 

 

 

 



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第四十九話 終結への鍵

 

 

 そしてナタルは現状を打開するため、一つの案をまとめる。

 

 エターナルに通信を入れ、ドミニオンの目の前へ布陣してもらう。

 もちろんこうなるとエターナルはザフト艦の砲撃を回避できなくなる。避けたらエターナルは良いが、ドミニオンに直撃してしまうからだ。

 しかしエターナルは了承した。

 エターナルのエネルギーを全て装甲強化に回し、短時間凌いでもらえばいいということだからだ。逆に攻撃の方はドミニオンが担う。

 

 ただし、この態勢ではエターナルが邪魔でドミニオンのローエングリンが撃てるはずがない。

 どうやって攻撃するのか。

 エターナルがスラスターを使って動き、ドミニオンのローエングリンの射線を空けようにも遅すぎるだろう。

 

 

 

 何と、ナタル・バジルールは奇策を使った!

 

 ドミニオンから四機のストライクダガーを発進させて、エターナルの艦体に取り付かせたのだ

 それらは元々ドミニオンに積まれていたのだが、MSパイロットがいないため死蔵されていた。もちろん今も訓練されたパイロットではなく整備兵が乗っている。

 だが今は戦闘をさせるわけではなく、整備兵でもできる仕事をさせる。それはエターナルを押すだけのことだ。つまりエターナルのスラスターに加え、それらMSの推力で俊敏にエターナルをどかせる。

 

「ローエングリン、発射!」

 

 タイミングよくエターナルを動かし、後方からドミニオンがローエングリンを撃つ。この方法でザフトの守備艦を大破させていく。ナタルの火器管制は確かであり、まず外れはない。

 それにザフト艦を撃滅しなくていい。艦列を乱れさせ、エターナルだけでも隙間からプラントへ行かせればいいのだ。

 頃合いを見てエターナルは一気に増速し、プラントを目指す。ローエングリンのような砲を持たず、火力に劣るエターナルは代わりに高速を出せる。ザフト艦をすり抜け、そのままプラント本国へ直進する。

 

 しかしドミニオンはそうはいかない。

 高速性能がないことも理由の一つだが、今、ザフト艦にエターナルを追わせてはならない。足止めとして働くのだ。

 

「行け、エターナル。戦争を止めてくれ!」

 

 エターナルを見送った後、ナタル・バジルールは粘りに粘り、ザフト艦相手にドミニオン単艦で戦いを続ける。しかしさすがに無理があり、損傷が重なっていく。艦の稼働率が下がっていく一方だ。

 ミサイルは使い尽くし、ヴァリアントなどの砲台も破壊され、満身創痍となる。それでもナタルは決して諦めたりしない。エターナルという希望を持っているからだ。

 

 正確に言えば、エターナルをプラントへ行かせようとしたサイ・アーガイルを信用している。

 

「ここまでやってやったんだ。私の期待を裏切ってくれるなよ、サイ・アーガイル!」

 

 

 

 

 エターナルはようやくプラント本国に接近し、そこに潜んでいるダコスタらクライン派に指示を出す。

 今は地下放送などやっている場合ではない。彼らに蜂起させ、プラントの正規放送局を占拠させるのだ。そこからでないと全域にメッセージを伝えることができない。

 プラントの全市民、ヤキン・ドゥーエ要塞、そればかりではない。地球表面のオーブや連合、つまりコーディネイターだろうがナチュラルだろうが区別なく、全ての人類に放送を届ける必要がある。それは艦からできるものではないのでこうして本国へ来たのだ。

 

 フリーダムとジャスティスが素早くプラントの抵抗を排除した。そしてアンドリュー・バルトフェルドの精密な操艦により、エターナルはプラント本国の宇宙港にやっとのことで強行突入できた。

 

 

 

 ここからが全ての仕上げになる。

 今、人類の歴史を変えるメッセージが発信されていく。

 

 コーディネイターであるプラントの一般市民に。

 地球表面に住んでいる多数のナチュラルに。

 また今現在、大破になってしまったドミニオンやザフト側にも。

 そして撃沈される寸前のクサナギ、攻撃しているレイらヤキン・ドゥーエ要塞にも。

 イズモにいるキラ・ヤマト、無理やり救助されたクルーゼらにも。

 

 

「プラントの皆様、そして地球にいる連合の皆様、ここに重大な発表を致します。わたくしラクス・クラインが歴史を変える案内役を務めるのは大変光栄に存じます。今からお伝えするのは純粋な科学のことなのですが、その影響は全てを塗り替えるでしょう。もちろん、現在も行われているザフトと連合との戦争も意味を無くします。この瞬間、まさに平和の到来を喜ぶ時なのです。前置きはそこまでとして、さっそく聞いて頂きましょう。それで充分理解されるはずです。今から流すのは先日録音された二人の会話なのですが、一人は連合艦アーク・エンジェルのクルーであるサイ・アーガイル、もう一人はプラントの議員、というより最高の遺伝学者であるギルバート・デュランダル博士です」

 

 驚くべきメッセージはラクス・クラインの声で始まった。

 その内容とは……たった二人の会話のようだ。それはいったいどういうものか、聞く者はみな訝しがる。

 

 

「デュランダル博士、遺伝学者というからには一つ意見を聞いていいか? 今現在ナチュラルとコーディネイターが戦争をしていることは知っているだろう。俺はその意味が分からない。どちらも人間にしか見えないしな。遺伝で何がどう違うんだ」

「サイ君と言ったか。正直でいいな。分からないのも当たり前、どっちも人間なのだから。それこそ遺伝学者からすればほんのわずかな差にしか過ぎず、それを理由にした戦争など話にならない。それこそ下らんと言い切って構わない。遺伝子を変えるといっても別にネズミや魚に変えたわけでもあるまいに」

「なるほどそうか…… 過去の人類は言葉や民族の違いで戦争をしたものだが、それと似ているな。ほんのわずかな違いを理由にした戦争か」

 

 会話はそこから始まっている。

 その中でギルバート・デュランダル博士はナチュラルとコーディネイターの差は些細なことだと切って捨てた。

 それが戦争の原因なのに。

 聞く者は戸惑うしかない。普通の市民の意見ならともかく、あの高名なデュランダル博士が言ったのだから。

 そして会話は始まったばかり、これから何を話されるのだろう。

 

 

「プラントの急進派はもとより穏健派も区別にこだわるところは同じで、滑稽だ。しかしサイ君はこだわりのない目を持っている。まだ若いからか」

「若い? まあ……体はな。それはともかく、単刀直入に聞くが戦争をどうにかできないのか。博士の、遺伝学者としての知恵があれば聞きたい」

「それは難しいというほかない。これほどお互いに憎しみが積もり重なったのだから、行き着くところは…… だが確かに戦争を止めなければ人類は破滅に至る。どちらもいなくては成り立たないというのに」

「それはどういう意味なのだろう。ナチュラルとコーディネイターのどちらも必要とは?」

「これから人類はどうしても宇宙開発を進めていかなくてはならないが、それにはコーディネイターの能力が必要不可欠になる。地球環境に適応しきったナチュラルのままでは無理があり、それは分かり切ったことだ。しかし逆にコーディネイターには重大な欠陥がある。子孫を残せない組み合わせができてしまう……いやそんな軽い言い方では深刻さが伝わらないか。数世代のうちに消滅が避けられないくらいその組み合わせは多い。せっかく宇宙開発をしても人がいなくなるという馬鹿げた結果になってしまうだろう。だから絶えずナチュラルの遺伝子も必要となり、多数のナチュラルに依存しなくてはならない」

 

 これが現状なのだ。

 プラントでも連合でも、この単純な事実に敢えて目を塞いでいる。戦争をしたがる連中にはコーディネイターとナチュラルの相互依存など都合の悪いワードでしかない。

 

「なるほど分かった。しかしまあコーディネイターの欠陥とは、どうしてそうなる?」

「遺伝子の傷がその理由になるのだ。コーディネイターはもちろん優秀な遺伝子を組み込んで作り出すものだが、それにより寸断されたり、弾き飛ばされた遺伝子が出るのは仕方がない。必要な分までそうなれば、欠陥と言わざるを得ない。コーディネイターは欠陥という言い方は好まないだろうがね」

「それはどうにかできない種類のものかな」

「そう、そこだサイ君。だから私は人間の遺伝子を徹底的に調べ上げ、それぞれの意味を突き止める研究に没頭している。すると恐ろしく大きなものが見えてきた。コーディネイターがナチュラルに依存しなくなるように? そんなことではない。遺伝子の意味が分かれば、それぞれの人間の遺伝子に合わせ、予め最も良い人生を定めておくことができる!」

 

 デュランダル博士はようやく自分の研究のことを話し出した。その目指すところと意義を熱っぽく語る。

 しかし会話はその方向ではなく、思いもよらない方へ向かう。

 

「…… 人生を予定するとは、なんだか怖いな。率直に言えば。しかし博士、話を戻すようだが遺伝子が分かってくればコーディネイターの遺伝子の傷を治せるのではないか」

「悲しいことに傷自体をどうこうはできない。付けられた傷は受け継がれ、元に返ることはない。大きく丸ごと入れ替えでもしなければ」

「大きく入れ替える……」

「それにはコーディネイターになる前の遺伝子情報が保存されていなければならない。しかもそんなことをすれば、コーディネイターとしての優秀な遺伝子も捨て去ることになる。せっかくコーディネイターになったのに元の木阿弥だ」

 

「な、何ッ!? 今何と言った! デュランダル博士!」

 

 

 

 



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最終前話  暁の光と共に

 

 

 会話中、ひときわ大きな声が上がった! 

 その理由はいったいどういうことか。

 

「博士、遺伝子を大きく入れ替え、コーディネイターを捨て去る…… それはまさかコーディネイターがナチュラルに戻れるということなのか! それが可能なのか!」

「そこに驚くのかな、サイ君。その通りだ。さっきも言った通り研究を進めて遺伝子の意味を突き止めた後の話になる。おまけに戻れるとしても、コーディネイターとなる前のナチュラルだった頃の遺伝子を保存していたことが前提となる。つまり未来の話であり、既にコーディネイターになっている者には何も意味がないのだが」

「いや、今のことじゃなくていい。コーディネイターがナチュラルに戻れるという事実が大事なんだ! 失礼ながら博士は科学者だからその意味を分かっていない。これは社会的に物凄いことであり、そして戦争を止める決定打になりえる」

 

 科学が戦争を止めるとは…… ここにきてようやく鍵が見つかった! 未来を開く扉の鍵が。

 

「何だその社会的とは……」

「先ずは意識の話をしよう。博士、元々この件はナチュラルからコーディネイターへの一方向しかできないのが最大の問題なのだ。だからナチュラルは嫉妬し、コーディネイターは見下げる。両者の断絶は決してなくならない。しかし、ナチュラルが誰でもコーディネイターになれるようにすれば? そしてコーディネイターが次の世代でナチュラルに戻れるようにすれば? 一体どうなるだろう。その差は限りなく手軽なものになり、まるで衣服を着替えるような感覚になりはしないか」

 

「なるほど。そうなれば、同じ人間として差別もなくなる……」

「必然的にナチュラル至上主義はまるで意味をなくす。なぜならコーディネイターを別の生物と見ることはできなくなる。異種ではなく、せいぜい悪くても病人という認識しか許されない。またコーディネイター至上主義の方でも子孫存続のためにナチュラルに戻ったコーディネイターをまさか差別はするまい」

「すると……今の戦争の火種は確かに消えるな」

「それしかないのだ。この戦争は決して武力で終わることはない。戦力が枯渇し、停戦したとしても一時的なもので、何年か経てば必ず再戦だ。博士、是非ともその研究を進めてくれ。意識を変えた時にこそ本当の平和が来る」

 

 

 二人の会話はそこで終わる。

 

 内容は……間もなく実現可能な科学である。

 その事実を聞いた人間は声を無くす。

 ナチュラルとコーディネイターが自在に変えられる未来社会、そんな思いもよらない可能性をいきなり突きつけられたのだ。

 しかもそれが人類の発展のために最適解になるとは。

 

 理解が追いつかない。

 たっぷりと考える時間を与えてから、ラクス・クラインが放送を締めくくった。

 

「これではっきりしました。結局のところコーディネイターとは怪物として見るべきものではなかったのです。逆に進化の発展形というわけでもありません。最初から大層なことを考える必要はなく、たかが一つの技術でした。同じ人類同士、もう戦争は止めましょう。これからの戦闘はただの人殺しになります。プラントと連合は話し合い、歩み寄り、平和のうちに過去を清算するのです」

 

 

 

 

「ふっ、やってくれたなサイ・アーガイル。まさか我々の思いもよらない方法で戦争の根を断つとは驚いた。これだから奴には飽きないんだ」

 

 ドミニオン艦橋でナタル・バジルールがそう呟く。

 実は全く余裕はなく、危ういところだったのだ。ナタルの操艦を以てしてもドミニオンは多く被弾し、大破という段階を通り過ぎようとしていた。

 しかし戦闘は止まった。ザフト側は今の放送に戸惑い、戦意を無くしたからである。

 

 

 

 一方、多くの者が光明を見出しても、そうではない者も存在する。

 

「詭弁だな。今はそれで治まっても、いずれ必ず争いは起き、人類はその限界を思い知らされる時がくる。人類の業というものは決して無くなったりはしない」

「クルーゼ、お前の境遇には確かに同情する。だからといって人類を破滅させるという考えは非難させてもらう。お前は単に生まれながらの……病人だった。たったそれだけというのは心苦しいが、そこに囚われ過ぎたのはお前自身の責任だ。冷酷な言い方と承知で俺はそう言う」

「ムウ・ラ・フラガ、下手な同情はよしてくれ。病人、確かにそうだな。老化というだけではなく、精神の面でもそうかもしれない」

 

 今やラウ・ル・クルーゼは仮面を取り、長いこと隠してきた素顔を晒している。

 それは年齢とは全く異なる老いた顔である。最初から過酷な運命を背負わされ、いくら願っても普通の人生など無縁だ。クルーゼの劣等感と恨みの源泉はそれであり、時が経つにつれ人類全体への復讐という思いに囚われていった。

 自分がクローンの失敗作だという秘密をムウ・ラ・フラガに語っている時、あの放送を聞いている。

 

「クルーゼ、だったら今度は見届けたらいい。人類が本当にどうしようもないか、業とやらを越えられないものなのか、せめて寿命まで見ているんだ。俺はもちろん、軽々と乗り越えられると思っているがな。なぜならサイ・アーガイルのような奴がいるのだから」

 

 

 

 彼らと同じくキラ・ヤマトはイズモに着艦しているが、放送を聞いて素直に感嘆している。

 

「やっぱりサイだ。本当に凄いな! 話はよく分からなかったけど、もうコーディネイターもナチュラルも大した差ではなくなるっていうことだろう? もう何て言ったらいいんだ……」

「何だ、男のくせに泣いてるのかキラ。お前、ナチュラルの中にたった一人のコーディネイター、ずっと苦労してきたんだな。でもシャキッとしろよ。戦争が終わっても政治は終わらないし、苦労はこれからなんだ」

「カガリは……少し強くなったね」

 

 そしてキラもカガリもそういう新しい時代を切り拓いたサイ・アーガイルを思う。

 今まで恐ろしく高い戦術能力を発揮していたサイだが、本当に戦争を止める算段まで付けていたとは驚くほかない。

 そんなサイ・アーガイルやラミアス艦長のいるアーク・エンジェルは無事でいてくれてるだろうか。

 

 

「グレイト! やりやがったなあいつ。すっげえ」

 

 ディアッカ・エルスマンも彼なりの軽い言葉で賛辞を贈る。

 その横ではイザーク・ジュールが壁に体を凭れかけ、何も言わない。しかし心の中では同じことを思っている。

 

 

 

 そして同じ時…… 多くの仲間たちに心配されているサイ・アーガイルは脱出シャトルにいる。

 同じくアーク・エンジェルの艦橋にいたが軽傷で済んだマリュー・ラミアスが乗せたのだ。そして二人はアーク・エンジェルがヤキン・ドゥーエにぶつかる前にシャトルで出ている。

 しかし、サイは傷が深いのか意識は戻らないままだ。

 

「サイ君、どうやら上手くいった…… まるで夢のようだわ。サイ君の智謀のおかげね。たった五隻で戦争を止める、本当にそうなったなんて信じられない」

 

 マリュー・ラミアスは返事をすることもないサイに話しかける。

 

「あなたは英雄よ。戦いで強いだけじゃなく、先の先まで見ていたなんて、どうしてそんなことができるのかしら」

 

 脱出シャトルはクサナギに向かっており、間もなく収容されるだろう。

 クサナギはまさしく大破しているが今は安全だ。

 先ほどまで執拗に攻撃していたMSは、クサナギの主砲副砲を潰して攻撃能力を奪ったことで満足したのか、もうヤキン・ドゥーエ要塞に帰還している。

 

 

 

 そのMSに乗っていたレイ・ザ・バレルは要塞内のジェネシス指令室に踏み込む。

 そこで見たのは放心状態のルナマリア・ホークだ。

 

「あの放送を聞けば……これ以上ジェネシスで虐殺はできないわ。でも今までは何だったの! 全部無駄だったの! ジェネシスは一体何のために」

「確かに余計だったかもしれない。でも俺たちは見たろう。連合が核を持っていたのは事実じゃないか。途中でアーク・エンジェルの連中が片付けてくれなかったら、プラントをやられる可能性があった。だからジェネシス自体は必要だったんだ。でも……もう要らない。地表のナチュラルはコーディネイターにとって母体であり、敵じゃない。それが分かった」

 

 レイとルナマリアはジェネシスの動力を切らせ、その発射態勢を解く。こんな恐ろしい武器は必要ない。

 永遠に使われないのが一番良いことなのだ。

 

 

 

 一方で地団駄踏んで悔しがる人間がいる。

 地表に降下しようという時にあの放送を聞いている。

 

「はは…… つまらないね。本当につまらない。ナチュラルに戻れるコーディネイターだったら許せって、そんなのできるわけないじゃないか! そもそもコーディネイター自身が不要なんだ! そして自分が優位に立つためにコーディネイターになろうという考え自体が汚らわしい!」

「アズラエル理事…… それでもコーディネイターによる宇宙開発を未来永劫やらないという選択は少々無理があるかと。それにコーディネイターになるのは親が決めたことで、本人ではありますまい」

「僕だって分かってるさダーレス少将、それぐらい。でもブルーコスモスの理念として認められないんだよ。くそッ、まさかこんなことに」

 

 ムルタ・アズラエルは馬鹿ではない。

 放送の内容を誰よりも早く理解し、新しい時代が来ることをしっかりと分かっている。

 しかし感情と折り合いを付けられないのだ。

 自分の矜持はコーディネイターを憎むことで成り立っていたのだから。

 

 そして自分だけの問題ではない。ブルーコスモスという団体は今後大幅に修正を余儀なくされる。もちろん誰かがきちんと舵を取り、混乱を鎮めなければならない。

 それは盟主である自分しかいないではないか。

 苦労が待ち構えているのは当然だ。地表に着いたら気分を切り替えてそれに取り組むが、せめて今ぐらいは感情を出してもいいだろう。

 

 

 

 



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最終話&エピローグ1 それぞれの道

 

 

 

______ プラントと連合の激しい戦い、それから二年が過ぎ去った。

 

 

 プラントの独立宣言から始まって、ユニウスセブンの悲劇、ザフトの電撃降下作戦…… 

 互いの憎しみは極限まで高まり、恐ろしいほどの死闘を人類は経験した。

 最後はジェネシスによって地表環境ごと抹殺される寸前までいったのだ。

 もちろんその傷痕は色濃く残されており、たった二年で癒されるはずはなかった。

 

 ただし、もう戦争にはなっていない。

 

 あのラクス・クラインの放送後、プラントと連合は和平協定を結び、それはずっと維持されている!

 放送で語られたことは未来への鍵であり、どう使うかは聞く者に委ねられた。そしてプラントも連合もそれを使うことができたのだ。憎しみよりも未来を選択する、そんな人々の方が多かったのである。

 もちろん戦闘は無くともゴタゴタは数限りなくあり、プラントと連合、そしてオーブとの間で飽きもせず駆け引きや工作が繰り返されている。

 しかしながら本気で再戦を考えないならば、いずれは落としどころがつく。

 

 プラントは地球表面における占領地を全て放棄した。軍事拠点も同様だ。カーペンタリア基地という最大拠点さえ放棄し、代わりにプラントの国家承認と食糧生産の自由を手に入れた。そして無重力でしかできない工業を発展させ、それを資金にしてプラントのコロニー数を増やすことを選択したのだ。つまりコーディネイターの本分である宇宙開発の方に注力する。その方が地表での権益にこだわるよりも建設的である。

 唯一の懸念は軍事組織ザフトの独走だったが、結果的にそれは無かった。なぜなら自他ともに認めるザフトの中核、クルーゼ隊が率先して平和路線に転じたからだ。その陰にはラウ・ル・クルーゼの意向があった言われている。もはや権力を持たないとはいえ、クルーゼの影響力は大きい。

 

 

 一方、連合はしばらくの間、戦後復興に力を入れることになるが…… とても順調とは言えず、それはジェネシスによる傷痕が主な要因ではない。

 むしろ政治的な理由のためだ。

 プラントにおける政治派閥とは比べ物にならないくらいユーラシア連邦と大西洋連邦との間には溝があり、そう簡単に埋まらない。

 力の拮抗は健全な競争をもたらしたり、独走を防ぐという効果があるが、この場合は二大陣営が互いに足を引っ張り合うというマイナス面が目立つ。そんなことはお互いに分かっていてもどうにもならない。

 

 そして何の因果だろう。

 

 ナチュラル至上主義のブルーコスモスをやっと鎮火させたばかりで、おまけに本来は経済人であるムルタ・アズラエルが調整役に担ぎ出されたのは。

 アズラエルの皮肉っぽい性格はともかく、少なくとも能力は認められていたのだ。

 結果的にアズラエルはその役目を見事にやってのけた。危ういところで連合は分裂を回避し、発展基調に乗ることに成功している。

「僕は無駄は嫌い、みんなも同じだよね。だったらお互い利益を得ればいいでしょう。面子で何の利益が得られるっていうの」こういった言葉を幾度繰り返して説得したことか。

 

 

 そしてオーブはというと、小国ながら確固たる地位を築いている。

 余剰食糧だけではなく、地表にたった一つ残されたマス・ドライバーの独占という大きな優位を手に入れているからだ。

 それで莫大な利益を得るが……いつまでも続くものではない。それが分かっている以上、今のうちに独自宇宙基地の拡充を成し遂げ、併せてモルゲンレーテ社を中心に先端技術開発を進めていく。それ以外に永続的にオーブを繁栄させる道はない。

 

 

 

 そういった大まかな政治的潮流はさておき、個人についてもいろいろな出来事があった。

 この間、どれだけのカップルが誕生し、またゴールインしただろうか。

 

 キラ・ヤマトとラクス・クラインは急接近し、仲の良いカップルとなった。間もなく婚約する段取りとなっている。

 それは別に驚くべきことではないのだろう。以前キラは救出ポッドに入っていたラクスを見つけ、助け出したという出会いがある。おまけにアーク・エンジェルに迎え入れられたはいいものの、孤立しがちなラクスを気遣っていたものだ。

 しかしそれらのことはきっかけに過ぎず、二人はお互い最初からシンパシーを持っていた。要するに縁があったということだ。

 

 そしてラクス・クラインはプラント評議会議員でもある。

 むろん一介の議員というわけではなく、穏健派、つまり旧クライン派をまとめ上げているという重要な立場だ。その手腕と市民からの人気でいずれは評議会議長の座に就くと見なされている。

 

 

 一方、アスラン・ザラはシホ・ハーネンフースとカップルになっている。こちらには緊張や尊敬といった要素が入り、自然体とも言い難いが、それでもお互いに愛情がある。穏やかで、しかも初々しい愛情だ。この二人にはそれが似合う。

 アスランはまたプラント急進派である旧ザラ派を率いる立場にいる。

 それは急進派を代表して意見を主張するということではない。誰かがしっかり手綱を付け、御さなければ急進派はたちまち分裂してしまうだろう。威勢のいい言葉ばかりが幅を利かすのが急進派の危ういところなのである。結果的に過激な行動に出てしまう者が出るかもしれない。

 だからこそアスランが旗印となり、そういった動きを抑えつつ、ゆっくりと諫める必要がある。

 

 アスランの方でもそれを一つのケジメと考える。

 父パトリック・ザラは戦後引退を余儀なくされた。狂気的な戦争推進論者であり、最高議長として行動に幾多の問題があったが、戦時のことにつき罪にまで問われなかった。しかし政界から追放されるのは当たり前だ。アスランとしては最後まで意見が合わなかったとはいえパトリック・ザラは父親であり、その父の後始末をつけてこそ先へ進めると思っている。

 

 かつてクライン派とザラ派は協力してプラント独立の旗を掲げた。

 その後、穏健派と急進派ということで袂を分かっている。

 しかしそのままでもいけない。両派の宥和という政治的願いのため、それぞれの令嬢と子息、つまりラクスとアスランが婚約したものだ。

 むろんそれは解消されてしまったが、別の形で両派はしっかりと信頼関係がある。

 

 ラクスの傍にいるキラ・ヤマトはアスラン・ザラの親友である。

 

 二人は今後、永遠の友情を結んでいく。

 もはや誰によっても、どんな嵐があっても決して崩されない友情を。

 

 今度の戦争で学んでいる。それこそが人生で最も尊い。

 

 

 

 地表でもカップルが誕生している。

 カガリ・ユラ・アスハはレドニル・キサカ一佐と婚約している。いつもカガリを見守り、時には叱り、共にいたレドニル・キサカと自然な形でそうなった。実態は思考よりも行動が先走ってしまうカガリをキサカが諫めることに変わりはないのだが……

 年齢や立場はともかく、本来なら有力氏族同士で婚約するのがオーブの習いである。

 しかし、カガリの父ウズミ・ナラ・アスハは敢えてその慣習を無視している。連合との戦争でオーブは大きな痛手を被ったが、その責任をアスハ家が首長の列から一歩引くことで周知させる、その目に見える形の一環とした。

 

 ただし、それは大人しくしているという意味ではない。

 

 オーブ内で俄然大きな顔をしだしたセイラン家を裏で牽制したのだ。オーブのような小国は政治的に失敗したらお終い、ウズミはそれをよく分かっている上で、セイラン家の当主ユウナはオーブを率いるに相応しくないと見た。

 政争の末、オーブの次期代表首長をサハク家にすることに成功した。

 今からはそこの当主である女傑ロンド・ミナ・サハクをアスハ家が支えていく構図となる。面白いことにロンド・ミナ・サハクとカガリは妙にウマが合う間柄となった。

 

 ついでに言えば、オーブは先の戦争を教訓として、国家自衛のための必要充分な軍事力を持つことを決意している。小さくとも簡単に踏み潰されない殻を持つ国になるのだ。

 そこに参加し、大いに辣腕を振るったのがナタル・バジルールである。

 彼女は口癖のように「諸君、そんなことではサイ・アーガイルにコテンパンだぞ。せいぜい実戦で奴と戦うことがない幸運に感謝するがいい」と語っているという。

 

 ちなみにナタルのドミニオンは激戦の末、自力航行ができないほど損傷を受けたが、オーブまで曳航された。そして修理され、今ではオーブの艦隊旗艦として係留されている。

 

 

 マリュー・ラミアスもオーブに住み、ナタル同様オーブ自衛戦力の構築に参加している。

 そして恋人であったムウ・ラ・フラガと最近結婚した。

 

 この二人はドミニオンを見るごとに思い返す。

 ドミニオンと同型艦……

 それはかつて過ごし、もう失われてしまったアーク・エンジェルのことだ。

 

 あまりに厳しく、紙一重の戦いを繰り返した日々だった。

 ヘリオポリス脱出からクルーゼ隊に追われ、地表に降りてからもアフリカの砂漠で戦い、それからアラスカ基地、パナマ基地、オーブ防衛……転戦を続けた。そして再び宇宙に上がれば、それまでと比較にならないほど激しく連合やザフトと戦った。ひたすら必死だったのだ。

 

 しかし、それを含め今は思い出となってしまった。

 胸には懐かしさばかりが溢れてくる。

 

 

 

 

 




 
 
残りエピローグ一つ、サイにご注目!


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エピローグ2 俺の名はコンスコン!

 

 

 そのアーク・エンジェルは既に沈み、思い出の中にしか存在しない。

 

 しかし、クルーたちはしっかりとそれぞれの明日を生きている。

 

 単純で陽気なオペレーター、ミリアリア・ハウはこれまた裏表のないトール・ケーニヒと賑やかなカップルのままだ。喧嘩もするが直ぐに仲直りもする。この二人なら結婚まで行くことを誰もが疑わない。

 

 

 だが、注目を集めるのはやはりサイ・アーガイルだ!

 サイは脱出シャトルと共にクサナギに収容されたのだが、そこからたっぷり一週間も意識不明が続いていた。

 その後ようやく目覚めている。

 しかし、奇妙な後遺症が残っていたのだ。

 何とここ数か月間の記憶がきれいさっぱり失われていた!

 それにはマリュー・ラミアスを始め誰もが驚いたが、むろん本人が一番混乱している。記憶がないということは、いきなり時間をすっ飛ばしたのと同じことである。本人はアーク・エンジェルで地球に降下した頃までしか分からない。

 

 しかし、あの激闘の日々を覚えていないとは……

 

 それでいい、いやその方がずっといいのかもしれない。

 もう連合とプラントは武力を行使することはなく、ならばサイ・アーガイルの戦術能力が必要とされる機会は訪れない。

 もちろん惜しむ声は多々ある。

 それでも軍人ではなく、エンジニアとして生きるのもいい。そしてサイはとびっきり優秀なエンジニアなのだ。要するに本来に立ち返ったというだけのことである。

 話にはオマケがある。今までを大いに反省したのか、人が変わったように献身的に看護を続けていたフレイ・アルスターとサイは再び仲良くなった。フレイは長く誰にも相手にされず、艦では孤独が続き、たっぷりと後悔する時間があったのだろう。それに法的にいえばフレイとサイはまだ婚約者なのだ。

 

 

 

 そういった和やかな事例とは別に戸惑いと驚嘆を経験するカップルがいた。それも三組もいる。

 

 ディアッカ・エルスマンとアサギ・コードウェルがカップルとなっている。

 ところが…… アサギがプラントにあるディアッカの家に行って驚いた! 良い言い方をすればさばけている、悪い言い方をすればおちゃらけているディアッカなのだ。アサギは勝手に庶民的なイメージを持っていた。

 ところが、ディアッカの家は庶民とは程遠い上流階級だった!

 少し考えれば分かることだった。ザフトのエリート中のエリートなのだから、ディアッカもそれなりの教育を施せる、格式のある家の出身なのだ。アサギは戸惑いながらも順応するしかない。

 

 しかし、それはまだ序の口である。

 ニコル・アマルフィとマユラ・ラバッツの場合は段違いに戸惑いが大きい。

 なにせニコルの家はグランドピアノが置物程度にしか見えないほど広く、立派である。調度品もそれなりの値打ち物ばかり、しばらくマユラは紅茶を飲んでも、ティーカップを壊しやしないかと味も分からない程だったという。

 

 だがアサギとマユラの場合はまだいい。ジュリの立場に比べれば。

 ジュリ・ウー・ニェンはイザーク・ジュールの家に挨拶に行くと、もちろん母エザリア・ジュールの出迎えを受ける。

 上品で穏やかな態度のエザリア・ジュールだが、目は決して笑っていない。

 ジュリは内心怯えつつも、怜悧な政治家として高名なエザリア・ジュールなのだからある意味当然だと思った。それから何回会談しても表面上は打ち解けたように見えるが、やはりちっとも距離が縮まる気配がない。

 最後にジュリは気付いた。

 エザリア・ジュールが特に冷たい人柄なのではなく、ジュリのことを蔑んでいるのでもない。エザリアは息子イザークを取ろうとするジュリだからこそ、どうしてもそういう態度になってしまうのだ。

 つまりエザリアはその点、どこにでもいる普通の母親だったのである。

 

 

 

 ここで物語は終わる。

 

 最後は見事なまでにハッピーエンドになった。

 コーディネイターとナチュラルの戦いは止み、両者の共存によって人類は発展する。

 

 平和がもたらされた経緯を語っていくと、どうしてもサイ・アーガイルの用いた数々の戦術についての記述が多くなってしまう。それらは驚くべき神算鬼謀ばかりであり、伝説級なのだから。

 しかし言うまでもないが、そればかりが平和をもたらした要因ではない。

 アーク・エンジェルという奇跡の艦、奇跡のクルーたち、奇跡の五隻同盟が活躍したおかげである。

 

 人類はこのことを決して忘れてはならない。

 

 もう分かっただろう。願いと意志がどんなに大事かを。

 状況が悪くても、諦めず、歩みを続ければ未来が拓けるのだ!

 アーク・エンジェルは現実に存在した手本なのである。

 将来、人類に再び争いと悲劇が起こるかもしれない。今回のナチュラルとコーディネイターの区別ではなく、もっと別の形で分断が生じる可能性がある。戦争の火種が永遠にないとは言い切れない。

 だがしかし、その時こそアーク・エンジェルのことを思えばいい。

 きっとそれに倣い、勇気を持って同じことをする者が出てくるはずだ。心からそう願う。

 

 

 正直に言えば戦争終結から二年後という中途半端ではなく、もっと長く状況を確認してから、物語を終わらせるべきかもしれない。

 いや、できればそうしたかった。

 

 ただしもう限界だ。

 

 この戦記を書き上げた著者、つまり自分はそろそろ寿命が尽きてしまう。

 脳内麻薬の過剰で壊された脳は間もなく破綻の時を迎える。加速度的に意識の飛ぶ時間が増え、自分でも死期が間近だと分かっているのだ。

 

 そういえばラウ・ル・クルーゼも先日逝っている。

 寿命を無理やり引き延ばす薬の服用を止め、やがて自然死した。彼の苛烈な人生に似合わない穏やかな最期だった。

 薬を飲むのを止めたのは、彼の言うところの人生唯一の善行を成功させ、思い残すことが無くなったためらしい。それは親友ギルバート・デュランダルとタリア・グラディスを半ば強引に説得して、別れるに至った行き違いを修復し、二人を結婚させたことである。結果、ギルバート・デュランダルは再建されたメンデル研究所の主任として忙しくも楽しく仕事をしている。

 

 なぜラウ・ル・クルーゼの話を最後に出したのか。

 

 この戦記を書くのに当たり、敵の側からの視点を提供してくれた貴重な助言者だったからだ。彼なくして戦記の完成はなかった。

 そして彼はこの戦記の最初の読者でもあるのだが、終始苦笑し、最後は満足そうだった。

「はは、私が後世の人間にどう思われるのか気になるのはおかしなことだな。その後世を消そうとした私だから、矛盾というものになる」とても彼らしいコメントを残したものだ。

 

 さあ、次は自分の番になるだろう。

 クロト、お前はMSに乗って逝ったが、間もなく会いに逝くからな。

 そして必ず伝えたい。

 俺たちの人生は途中良くないものだったかもしれないが、最後にはちゃんと意味があったんだよ。それは、プロヴィデンスが倒されたという事実と、この戦記とで証明された。

 

 二年も待たせてしまって悪かった。

 だが褒めてくれ、クロト。

 俺は約束を守ったぜ。

 

 

 

 

 

 

 

______ ん、どういうことだ?

 

 

 俺は目を開けると、全く予期しない事態に面食らった。

 ここは……医務室のベッドではない!

 それはおかしいだろう。俺はアーク・エンジェルが直撃弾を食らった余波で重傷を負ったはずだ。あの艦橋でそのまま死んだのでなければ医務室か病院にいてしかるべきだ。

 

 しかし現実、俺はベッドに寝ていることはない。

 それどころか自分の足で立っている。

 おまけに……この場所は戦闘艦の艦橋らしい。およそ見たこともない艦だが、俺の習い性というべきもので戦闘艦だということくらい直ぐ分かる。

 だが、そんなことがどうでもよくなるくらいに衝撃的なものが見えている!

 

 艦橋の正面窓を通し、大きく見えているのは……

 ガンダムだ!!

 

「あれは!? キラ君のストライクか? いいや違う。アスラン君のフリーダムともまた……細かいところで違いが多過ぎる」

 

 何なんだろうか、あのガンダムは。正直ビビる。

 俺が一番怖いのはガンダムなんだよ!

 

 そして気付いたが、自分で出した声がサイ・アーガイルのものではなかった!

 

 とすればまさか…… 妙な予感がする。

 二度目になるので驚きはない、ということはない! こんなことに慣れてたまるものか。

 うわっ、俺が、また違う体で生きている!

 意識はジオンのコンスコンである俺のままで、再び別人になってしまった!?

 

 そしてガンダムが見えているということは…… ここは少なくともガンダムのいる世界に間違いない。

 ジオンや連邦の世界ではなく、ザフトや連合の世界でもない。

 見たことのないガンダムのいる別の世界なのである。

 

 どうして俺が突然こんなところへ来てしまったのか。

 

 答えはおぼろげながら分かる気がする。

 おそらく、ここでも果てしなく戦いが続いている。

 そんな状況を何とかするために俺が来た。逆に言うとキラ君たちの世界はもう俺が必要ないくらい上手くいったということだろう。

 

 次はこの世界で、この体で俺の取り柄である戦術能力を振るうのか。

 よし、それもいい。

 ガンダムのいる世界がいったい幾つあるのか知らないが、再び俺は俺のできることをするだけだ。

 

 

 俺の名はコンスコン!

 

 やってやろうじゃないか。

 助けを必要とする世界であるなら、俺は必ず助け、平和へと導こう。

 全ての人の幸せのために。

 

 

 

 

      ― 完 ―

 

 

 




 
 
 
これで「コズミック・イラのコンスコン!」、完結します。

いかがでしたでしょうか。
不滅の名将コンスコンを中心に、マリュー・ラミアス、ナタル・バジルール……多くのクルーたちの生き様を描いたつもりです

SEED世界の幸せを願いつつ、筆を置きます
 
 
 


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