追放ムーブ直後に前世記憶が覚醒した元阿呆勇者の俺は、ざまぁルートから離脱、強く生きていきます (辰の巣はせが)
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第1話 勇者覚醒

「トシロー! お前はクビだ! 無能な奴は俺のパーティーには必要ない! 出て行け!」 

 

 ジリマーハ王国の王都。冒険者の酒場で雄々しくも宣言した俺は、この世界で三人存在する勇者の一人、ファルディオ・ヒューイ。由緒正しいヒューイ家の跡取りにして、勇者の一人だ。大事なことなので勇者の件については二回言わせて貰った。剣に纏わせた風による斬撃強化のみで敵を倒す、とても格好いい勇者の一人なのだ。おっと今ので三回目か。大事なことなので何回言っても構わないだろう。

 では、俺のパーティーメンバーについて紹介しておこうか。

 まず、この俺。現在二十歳で……。(三千文字ほど使うので涙を呑んで割愛) 

 次に頼りになるサブリーダー、マスル。男性重戦士で、スキンヘッドが特徴的だ。性格は豪快だが俺に従順。自分から意見することは滅多に無いので、俺を信じて諸々任せてくれているのだろう。年齢は三十代後半だったはずだ。

 二人目は、癒やしに定評がある大地神の女性神官、サキ・バスビーチ。ウェーブのかかった金髪とナイスバディが魅力的な、ゆるふわ系美人。俺とは男女の仲で……大きな声では言えないが、もう何度も寝床を共にしている。外に出してるから避妊はバッチリだ。

 三人目、王国の魔法学院で首席卒業を果たした才媛、クーロン・キジョウ。通称はクー。学院で学んだ魔法に関する豊富な知識は、魔法関連では本当に頼りになる。魔法も一つ一つが強力だ。ドジっ子気質なのか、たまに妙なことを言っては失敗するが、それはチャームポイントのようなものだろう。俺より二つ年下で、見た目は幼い感じだから妹のようなものかな。

 そして最後の四人目。この男こそが、たった今クビにしたトシロー・ザマフリー。

 パーティーの荷物持ちで、支援魔法の使い手だ。俺と同じ二十歳だったはずだが、冴えない風貌で見るべき点がない。だいたい、荷物持ちで支援魔法って何だよ。戦闘中は俺達の後ろでモゾモゾ動いてるだけだし、変に口出しはするし。荷物ぐらいなら、各自持ってるんだから、わざわざ荷物持ちなんて雇わなくていいだろう。希少なアイテムボックス持ちらしいが、重要なのは戦闘で役に立つかどうかだ。その戦闘面で支援……ぷっ……おっと失笑してしまった。そのよく解らない支援魔法しか取り柄がないトシローは、栄えある俺のパーティーには不要だ。第二王女から推薦されて、やむなく雇っていたが……試用期間は過ぎたと見て、俺の判断でクビにして問題なかろう。

 

「ちょっと待てよ! 俺が居なくなったら、お前らどうするんだ!? 支援魔法がなくなるんだぞ!?」

 

「支援魔法と言うなら、サキのホーリーシールドや、クーのマジックシールドがあるだろう? そこへ来て物理攻撃にはマスルの装甲だってある。鉄壁じゃないか?」

 

「いや、その魔法や、マスルを底上げしてるのが俺の支援魔ほ……」 

 

「見苦しいわねぇ。勇者であるファルディオ様が、不要だと言ったらなら貴方は不要なのです。言い訳を並べ立ててないで、風のように消えてくださらないかしら?」

 

 サキがトシローの言い訳を封殺しつつ、俺の援護射撃をしてくれている。普段は優しい物言いなのだが、ここぞというところで厳しい態度が取れるのは、やはり優れた神官である証拠だろう。

 

「トシローには、目に見える戦闘の成果を示して欲しかったと思う。もっとも、敵を倒すのはファルディオ達と、僕の魔法があれば十分なのだけど」

 

「クー! その魔法だって、俺の支援魔法で強化が……」

 

 またトシローが、訳のわからないことを言っている。ちなみにクーは『僕っ娘』だ。物静かな振る舞いにマッチしていて、実に可愛い。もう手を出してもいいんじゃないなぁ。

 ダン! と机を叩く音がした。見るとトシローが立ち上がって酒場テーブルを叩いている。酒場テーブルは木製だが、頑丈な造りなのでトシローが叩いたところでビクともしない。まったく、激昂して机を叩くとか下品でいけないな。ここは勇者として華麗に叱責するべきだろう。だが、俺が口を開く前にマスルが席を立った。そのまま右隣で居たトシローの胸ぐらを掴みあげると、右手一本でトシローの足を浮かせる。う~む、さすがの腕力だ。大の大人を軽々と……。マスルが仲間で良かった。トシローと違ってな。

 

「いい加減にしろ。とっとと失せやがれ! そして別な仲間でも見つけるんだな!」

 

 そうだ、そうだ。言ってやれ。けど、豪快さが売りのマスルにしては、仲間を見つけろだとか優しさが見えてるな。ちょっと意外だが、これもまた彼の魅力の一つだろう。うむ、仲間の美点を発見するとは、今日は何て良い日なんだ。

 その後、トシローは少し粘っていたが、俺が「迷惑料として、有り金全部置いていけ!」と命令したところ、顔を真っ赤にして激昂している。ふん、すぐにムキになるなど見ていられないな。奴は金袋をテーブルに叩きつけて去って行った。

 

「ふふん。いい気味ですわ!」

 

「ちょっと気の毒だけど……。ファルディオが決めたなら仕方ない……」 

 

「有り金全部は、ちょっと言い過ぎだったんじゃないか?」

 

 仲間達がトシローの出て行った方を見ながら言っているが、マスルは困り顔で俺に聞いてきた。ハハハ、本当に優しいなぁ。

 

「かまわないさ。あれぐらい言ってやった方がトシローのためだ……って、えっ? ぐああああああっ!?」

 

 瞬間、俺の頭痛が激しい痛みに震えた。

 え? 日本語がおかしい? 今、そんなことを気にしている場合では……って、日本語? 日本語って……あ、ああああああっ!?

 思い出したぁああああああ! 俺、トラックに撥ねられて転生した日本人じゃん! 本名は野仲悟郎。元は会社員で……ここは異世界か! 剣と魔法の世界で勇者様で、美人神官と僕美少女と仲良くしてて、もうハーレム決定じゃないですか、しかも勇者転生!? やったぁあああ!

 ……じゃなぁあああい! 仲間追放して得意げとか、ざまぁな目に遭う阿呆勇者じゃん! うっそだろ、マジかよ! これ、トシローに隠れた才能があるとかってパターン……いや、それ以前にトシローの支援魔法で、パーティー戦力が底上げされてたのを『俺』がまるで理解してなかったって展開か! やっべぇええ! て言うか、なんて人物に転生させて、なんてタイミングで記憶覚醒させてんだ、あの糞女神! 絶対に許さん! 

 ともかく、今はトシローを引き留めるのが先だ。俺は仲間達を放って、酒場から飛び出した。 

 




万事、こんなノリで行きます。

そんなに長く続かないと思うのですが……。


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第2話 転落の始まり……に俺は抗う!

「はぁっ、はぁっ! 待て、待ってくれ! トシロー!」

 

 俺は、ジリマーハ王国の都で、息を切らせながら走っている。お昼時だから通行人がやたらと多い。ええい、邪魔だ! そこをどけ!

 ああ、もう! 前世の記憶が覚醒したばかりで、今世の『阿呆勇者』としての記憶と融合してるとか、そんな感じだろうか。上手く頭が働かないし、吐き気がする。てか、このまま走ってたら絶対に吐く!

 ついさっき、おそらくは有能な仲間、トシロー・ザマフリーを得意げにクビにして叩き出した俺は……この世界で三人居る勇者の一人だ。最悪なことに、追い出した直後に自分が転生してきた日本人であることを思い出し、今はトシローを探して走っているところなのだ。

 なぜ、そのような行動を取っているかと言えば、転生前の日本でネット小説を読んでいたことによる。異世界転生とか最高だろ。剣と魔法の世界で成り上がれるなら、トラックに撥ねられるなんて屁でもないわ。運送トラックの通行量が多い道路で、一日寝転がることだって苦ではないな。

 いや、今はそんな場合ではない。

 ネットで読んだ異世界転生系小説では、『ざまぁ展開』が人気ジャンルの一つだった。有力パーティーから無能呼ばわりで追放された主人公は、実は隠れた才能持ちだとか、単に理解されていないだけだとか、加えて言えば転生した日本人だとかで成り上がり、一方で、追放した側は主人公が抜けたことで一気に転落していくのだ。その無理解や阿呆さから来る自業自得の転落劇。それを楽しむことを『ザマァ展開』と言うのだが……。

 最大の問題点は、転生者たる俺が追放した側の勇者であること。そして、すでにトシローを追放した後であることだ。タイミングが悪すぎて、走りながら口元が笑みで引きつっちまうよ~。ああ、違う。笑みで引きつるんじゃなくて、引きつった笑みが浮かぶだ。走ってると酸欠で脳が麻痺してくるのでいけない。

 よくある『ざまぁ展開』だと、主人公はパーティー追放後、物凄く早い段階で理解のある有能な仲間とパーティーを組んだりする。別パターンだと、似た感じで追放された同じ境遇だったり、更に別パターンでは奴隷を買ったりとかだな。ああそうだ、才能を見いだしてくれた有力冒険者パーティーに引き取られたりってのもあるな。

 そんなことになったら、終わりの始まりだ。俺のな!

 主人公は、良い環境と仲間の協力を得た途端、ドンドン成り上がっていく。作品によっちゃあ仲間の協力も必要なしで勝手に成り上がることもあるんだぜ? お前、覚醒しすぎだろ?

 ……居たっ! トシローだ! んんっ? 一緒に居るのは……冒険者パーティーか! やばい! 案の定、王都で有名なSSSクラス……女性だけのパーティー、ブルーローズじゃねーか! あ、それとAクラスの上がSってのは、外国じゃ通用しないって聞いたような……いや、そんなことはどうでもいい!

 俺は、何か話している風のトシロー達に駆け寄ると、トシローの左肩を掴んで振り向かせた。トシローは希望に満ちた明るい表情だったが、俺の顔を見た途端、路地裏の汚物を見るような目で見てくる。気持ちはわかる! だが、俺の話を聞いてください!

 

「はあ? 転生してきたニホンジン? 俺を追放した後で記憶が覚醒した? 何言ってるんだ? 気でも狂ったのか? 言い訳するにしても下手すぎだろ?」

 

 くっそぉおおお! お前、トシローなんて名前のくせに、転生日本人じゃなくて現地人なのかよ! 同じ日本人なら話が早かったのに!

 無理だと思うが、救いを求めてブルーローズの面々に目をやると、こちらも事情は聞いているのかゴミを見る目つきだ。全員、美人に美少女なので御褒美とも言えるが、今は俺を助けてくれ!

 

「ちょっと? 貴方、今更トシローを引き戻そうだなんて、虫が良すぎるんじゃない?」

 

 金髪をポニーテールにした女剣士が言う。こいつがリーダー、シャーノ・タカビーか。俺と違い、実力が伴った高飛車さが有名だが、その高飛車さでトシローを見放せば良いのに……。くそ、見る目は確かってことか……。どうせ高飛車なのは表面だけで、実は人格者なんだろうな~……ちくしょー。

 

「いや、嘘みたいに聞こえただろうが、本当なんだ! 俺は、日本人なんだよ! だから、さっきトシローに言ったのは俺の本心じゃなくて、前世の記憶が覚醒する前……勇者が勝手に言ったことで……」

 

「その勇者は、お前だろうがよ!」

 

 褐色で長身の女性が口を開く。噂に聞いたブルーローズの盗賊……いや、盗賊は聞こえが悪いから冒険者ギルドが、『偵察士』って呼び方に変えたんだったな。名前は、キミコだったか? ちなみに俺の勇者パーティーに偵察士は居ないが、実はトシローが罠の解除とかやってくれてたんだぜ? どんだけ器用なんだよ。阿呆勇者は気がついてなかったけどな!

 

「私達はトシローの真価を見抜いたわ。諦めた方が良いと思うの」

 

 淡々と言うのは魔法使いのユーノ・マダラトゥか。確か、クーとは魔法学院の同期で、この娘は次席卒業だったな。実は、阿呆勇者はクーとユーノを天秤に掛けて、クーの方を勧誘したんだ。勿論、首席卒業者というのが理由だ。実地訓練ではユーノの方が上だったらしいから、選択ミス……いや、クーは世間知らずなところがあるが、磨けば光る! 俺が、『ざまぁ展開』を突き進まなければの話だけど……。

 

「貴殿の行いは誤りだったと言える。それを悔いている姿勢は評価に値するが、すべては遅かった。トシローは我らのパーティーに加入したのだ。諦められよ」

 

 お侍さんみたいな口調で黒髪の僧侶が言う。うはー、めっちゃ大和撫子。あんたも日本人じゃないんだろうな~……見た目が和風美人なのに。イクネス・クリッサンスマム。貴族出身で、クリッサンスマム家の御令嬢。もっとも三女だそうで、気ままに出家して冒険者生活を送っているのだとか。

 ……で、結局のところ、俺はトシローを説得しきれなかった。

 土下座までしたのに! 地面に額を擦りつけたのにぃぃぃいい!

 腹を割って話そうと思って「俺は転生した日本人だ!」とか話したのが不味かったのかな~……。直前にやらかしたことがアレなので、心証悪いところから話が始まったのも良くなかったか。路上でへたり込む俺の前から、ブルーローズが去って行く。トシローを連れて……。

 これで、初期段階で主人公を引き戻す作戦は頓挫したな。上手く行けば、チート主人公におんぶに抱っこな感じで、富と名声が手に入ってたろうにな~……。馬鹿なことしたよな、覚醒前の阿呆勇者。いや、俺なんだけどさ。記憶が覚醒する前のことだから、俺のせいじゃなくていいだろ? ……わかってるよ。こっちの世界の人々からしたら、俺がやったことにしか見えないし、そうとしか思えないんだよな~。

 いや、待てよ。よくある『ざまぁ展開』だと、阿呆勇者が名声を落とすのは、主人公を追放して暫くたってからだよな。主人公不在の状態で、それまでどおりの感覚で高難易度依頼に手をつけて、失敗して……失敗を繰り返すんだ。痛い目を見たらなら、何でそうなったのか考察すりゃいいのにな。解決策を見いだせたら良し、それで駄目なら、次善の策を模索するとか……。少なくとも、俺にはまだ猶予はあるはずだ。そうだ、まずは仲間に聞いて、普段よりランクの低い依頼を取ろう。魔王を倒すのが勇者の仕事だが、路銀稼ぎで冒険依頼を引き受けたり、国からの討伐依頼を受けたりしてたし。控えめなところから手を付けてレベルアップとかを頑張ろう。なぁに上手くやれば、今のメンバーだけでも……あ、トシローの代わりが必要だな。ここは同じ支援魔法の使い手を雇うしかないな。そいつは……たぶんトシローより劣るだろうから、俺達と一緒にレベルアップだ。

 だが、そんな俺は、遅れて駆けつけてきた仲間……サキの言葉を聞いて絶望の底に突き落とされることになる。

 

「どうしたのよ、ファルディオ。トシローをクビにしたら、明日からの依頼について話し合う予定だったでしょ? ほら、昨日私が頼まれてた、手頃な冒険依頼の依頼書! ギルドで受付も済ませて来たし、もう私達以外じゃ請けられない高難易度なんだから!」

 



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第3話 え? キャンセルできないとかマジ?

 

 ワイバーンの討伐。

 これが俺が……ではなく、記憶覚醒前の俺が女神官のサキに命じて依頼取りさせた内容だ。

 かなりの高難易度依頼である。

 ドラゴン程じゃないし、勇者的に楽勝だろうって? 

 いやいや、空飛んでるモンスターなんて、それだけで難儀な代物なんだよ。魔法が届かない高さまで飛ばれたらどうしようもないし、もちろん剣や矢だって届かない。一応、火だって吹くしな。尻尾の先に毒針とか有るんだっけ?

 ああ、こういう時にトシローが居てくれたら、魔法や矢の射程を伸ばしたりできたんだろうけどな~。もう居ないしな~。

 わかってるよ、俺のせいだよ。正確には記憶覚醒前の(以下略)。

 くそ~……言い訳も全部言わせてくれやしない。

 取り敢えず酒場に戻るか。高難易度の依頼なんてキャンセルして、もっと手頃なのを引き受け直せば良いんだよ。

 で、戻ってみて落ち着いたら、嫌なことを思い出した。

 勇者がさ、引き受けた依頼を破棄とかキャンセルするって……ヤバくね?

 酒場には冒険者ギルドの出張窓口があって……地方だと、酒場の親父が雇われて兼任してるんだが……そこで確認したら、キャンセルすることはできる。ただ、違約金は依頼報酬の倍。それは良いにしても、勇者としての名声に傷がつくって受付嬢は言うんだ。

 中身が日本人の俺としては、勇者の名声なんて無くて良いんだけど、覚醒前の記憶からすれば、名声の低下は物凄くマズい。

 第一に、勇者は国家としての威信であり名誉。

 他国に出向いて行った場合でも、勇者の肩書きは大きく働く。出張先の国王だって頭下げちゃうんだから、勇者って凄いよな。そもそも勇者というのは、神から与えられたギフトが強大で、魔王に単体で対抗できる戦闘力を有しているから、勇者なんだ。

 そういう勇者が生まれると国としてはお祭り騒ぎ。国家の英雄様扱いだ。

 けど、考えてみるとだ、この転移後世界に三カ国で一人ずつしか居ないって……少ないと思うわけよ。この先増えたらいいんだけど、どうも四人以上になったことがないそうで、誰か死んだら何処かで勇者が一人出現するらしい。

 赤ん坊で出現することもあれば、いい歳したオッサンが勇者として目覚めたりする。

 てことは三人が上限なのか、望み薄だな~。 

 まあ、人数が少ない分、一人あたりの戦闘力は強大だ。なにせ勇者様だもんな。

 もっとも、頭数や手数で押し切られたりするからパーティーを組んだり、こっそり行動して魔王と少数決戦に持ち込もうとするんだけど……。

 あ、魔王ってのは、いわゆる魔族やモンスターの親分なんだ。数百年に一度の割合で生えてくるんだと。それで、魔王が出現すると魔族の力が強くなったり、モンスターが凶暴化するわけだ。あと、モンスターの数も増える。

 魔王軍が大々的に攻めてくることは、歴史上無いんだけど、一部の将軍なんかが演習と称して都市を襲ったりするもんで、当然、大勢の人間が死ぬ。だから、人類側としたら魔王が生えてきたら早い段階で始末したいわけよ。面白いことに、魔王が生える直前まで勇者は寿命で死んでたりするんだけど、魔王が生えた途端、三人まで人数が復活するんだそうな。

 こりゃマジで、勇者は三人までなんだな。そういう人数制限って世界的なシステムみたいなものなのかね。知らんけど。

 ……そんな勇者の中身に、日本人の俺が転生したってのは異例だと思うんだけど、このあたりの事情は、また今度だ。

 さて、そんな阿呆な縛りがあっても魔王と真っ向勝負できる勇者は、その所属する国家にとって大きな政治的武器でもある。

 

「お前の国、危ないんだってな? うちの勇者を派遣してやろうか? ただし見返りを……」

 

 って感じだ。

 そんな風に運用されることがある勇者がだぞ? 一度引き受けた依頼をビビって「やっぱり止めます」なんてやれば、評判は落ちるし国王からも睨まれるわけだ。勇者側としては「うっせー! ばーか! 国の都合なんて知ったこっちゃねーよ! じゃあな!」とか言って余所の国に行くこともできるけど、そんな奴を誰が信用する? 勇者認定だって外されるだろうし、強力なギフトを持ってる一般人なんて危険視されるか、就職先はヤクザの用心棒ぐらいが良いところ。それどころか『次の勇者』を生えさせるために、国を挙げて討伐されかねない。場合によっちゃ、他の勇者も差し向けられるんだろうな~……恐ろしい話だ。

 何処かの土地で国でも作ればいいって? 誰も支配してない土地なんて、何処にあるんだよ。……富士山みたいな高所とかか? そんな住みにくい土地なんて支配したかないわ。仲間だってついて来ないだろうし。

 寝返り目的で魔界に乗り込むにしても、魔王側で話し合いの余地が無いらしい。歴代魔王の全員が、勇者を見るなり話も聞かずに襲いかかってきたそうだし。

 マジで、システム的な何かみたいな気がしてきた……。

 結論、真面目に依頼をこなして、実績と経験を積む。で、強くなったら魔王を倒す。これしかないよな……。できれば他の勇者と共闘したいところだけど、魔王城の中に勇者が複数居ると、勇者の力や魔力が一割程度まで低下するそうなんだ。しかも、パーティーメンバーまで戦力低下するとか嘘やろ? 

 聞いた話じゃ、「じゃあ、勇者一人あたりのパーティーメンバーを増やせば?」……とか考えた人が昔居て、色々と試したらしいんだよ。

 単純に勇者を指揮官にして、パーティーメンバーは百人……とか。

 三人の勇者が、一定期間ずつ数人のパーティーメンバーを鍛えて、魔王城の門前で全員集めて百人ぐらいにする……とか。

 いやいや、そうやって集めた精鋭ってのは、実は勇者とは何の関係もなくて、勝手に集まって来た冒険者だから! 勇者パーティーのメンバーとしてはノーカンだから! ……みたいなことも……。

 まあ、全部駄目で、城に入るなり戦力低下したらしいけど。

 更に検証が進んだ結果、勇者パーティーって、勇者以外は四人までじゃないと、魔王城の外でも戦力ダウンの法則が発動するんだと。五人以上集めて訓練したら、途端に弱体化したそうで、当時の勇者は愕然としたらしいね。気持ちは解る……。

 って、おいおい、出先でモンスターに襲われてる美少女とか助けたらどうするんだよ? 助けるだけ助けて放置か? ……と思ったら、保護対象ならパーティーメンバーとしてカウントされないんだそうな。実際、記憶覚醒前の俺が、そういうシチュエーションに遭遇してたわ。

 だったら「そいつら、途中で見つけた難民なんです」みたいな感じで戦力を……というのを、前述した色々試した中でもやったそうで、それも駄目だったみたい。

 なんかゲームマスターみたいなのが居て、あれは不可だとか、自分の判断ではアウトとかやってるのかね~。さしあたり神様あたりとか……。その神様ってのが、俺を転生させた女神じゃなくて、よその神様だとしたら、女神は無能だな。雑魚だよ雑魚。

 結局、歴代の魔王については勇者パーティーが一組で倒してるそうだから、真面目に修行してレベル上げろって事なんだろうな……。裏技対策が完璧すぎて泣ける……。

 もう、なんなんだよ! 意地でも勇者パーティー一組で魔王と対戦させたいのかよ。そんなとこをゲームみたいに再現しなくて良いっての。

 そう思って、周囲の奴に「変だよなぁ」って聞いても、皆、それが当たり前みたいな顔しやがるし。不思議に思って対策しようとしたのって、勇者自身とか極一部ってことか? そいつらだけオツムが特別製だったとか?

 やっぱ、この世界おかしいわ。もっとネット小説にあるみたいな、ありふれた剣と魔法の世界に来たかった……。

 



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第4話 勝てばいいのよ、勝てば……

 考えれば考えるほど、この世界が嫌になる。

 ネット小説で「スキルガチャでチート無双します」とかってあるけど、「異世界転生ガチャで失敗しました」ってのはあまり聞かないよな。アハハハハ。

 ……探せばあるんだろうな~、ここにネットなんて無いけどな。いや、この変な世界に飛ばされた理由も、ある程度知ってるんだけど。その辺は、転生したときの糞女神関連だから、やっぱり後で話すわ。

 って、話す相手も居ないってのに何言ってるんだろうな、俺。疲れてるのかな……。疲れてるけどさ……。

 ともあれ、勇者の立場から逃げるわけにもいかない……つまりは、真面目に依頼をこなすしかないんだよな~。けど、ワイバーンだなんて、どうやって倒すんだ? ああ、トシローが居ればな~……いや、こうなったら作戦だ。作戦さえ練れば何とかなる。

 俺は、パーティーメンバーを連れて酒場へ戻ることにした。戻って最初に話し合ったのは……何故、トシローの後を追いかけたか……だ。何だよ? お前ら、俺の気合いのこもった土下座を見てなかったのかよ。ああ、後から来たんで見てないよな。

 しかし、どうしたもんかな。さっきは『俺は転生した日本人だ!』の話をまるで信じて貰えなかったし。

 ……このパーティーメンバーならいけるか? いや、駄目だ。ここは適当に話を作って、ワイバーン依頼の方を話し合おう。「お前、気でも狂ったんじゃないか?」なんて目で見られるのは一度で充分だからだ。思い出したら恥ずかしさの余り、布団かぶって寝込みたくなってきたよ。 

 

「トシローを追いかけた理由か? 考えてみたら、支援魔法も役に立つと思ったんでな。さっきの話を撤回し、謝り倒して戻って貰うように言ったんだが。駄目だった。ま、当然だな。俺も馬鹿なことしたよな~……」 

 

 こう説明したところ、サキのポカンとした顔ったらなかったな。

 まさに理解できていない状態だ。この娘、このままパーティーに置いてて大丈夫なのかね? いや、手は付けたけどさ。あ、記憶が覚醒してからはヤッてないよ? 記憶が覚醒したのって、ついさっきだもの。

 マスルは、「ようやく気がついてくれたか……。遅かったわけだがな……」と呟いている。ごめんな~……俺が、もうちょっと早く記憶覚醒してればね~……。

 その辺はマジで俺に責任が無いから、俺の転生を担当した女神を恨んで欲しい。具体的にどんな経緯だったかは……また同じ事を言うようだが、後で思い出すとしよう。

 クーロン……クーは、少し考え込んでいたようだが、やがて頷いてから俺の方を見ている。何をどう納得したんだろうな、聞いて確認したいが怖くて聞けねーよ。

 

「まあ、戻って来ないものはしかたない。今は、サキが持ってきたワイバーン討伐依頼を遂行することを考えようじゃないか」

 

 トシローのことは惜しかったが、悔やんでてもしかたがない。作戦タイムと行きますか……。

 

「ワイバーンを倒す作戦だが……」

 

 俺が話し出すと、マスル達は真剣な顔で頷いた。

 記憶が覚醒する前の俺だったら、どうしてたっけ? 出没場所にキャンプを設営して、ワイバーンが再び姿を現すのを待つだろうな。同じ所に来るとは限らないのにな。

 では、記憶覚醒後の俺としちゃあどうするかと言うと……。

 

「まず、情報を買い集める。そのワイバーンが直近で姿を見せた場所についての情報だ。どうせ依頼書の場所だけじゃないだろうし? 依頼書の目撃場所とはズレてるかもしれないからな。そこを確認したら、レンジャーを雇って見張りや捜索をさせる。最終的には、ワイバーンが飛んでいく方向を……幾つかあるんだろうけど調べて、奴の巣を探り当てるんだ。そういうのはレンジャー職の奴が得意だろ? なんなら偵察士を雇ってもいいし、双方を組ませて行動させてもいい。とにかく巣を探すんだ」

 

 そうして巣が見つかったら、ワイバーンが戻ってくるのを待って寝込みを襲う。これで依頼遂行だ。ま、倒すのは、それはそれで苦労するだろうけどさ。やりようってのは、あるもんだよ。

 この作戦の問題は人件費。間違いなく成功報酬よりも高くつく。すなわち赤字だ。だが、なぁにトシロー効果でパワーアップしていた時期に金は貯めた。ワイバーンを倒せて名声を稼げるなら許容範囲だろう。経験値だって稼げるしな! 言ってなかったかもだけど、この世界ってレベル制なんだぜ? ステータス画面は……自分のしか見られないがな。

 で、資金面について話の続きだ……。

 幸いなことに、俺がパーティー資金を確保しているので、パーティーメンバーによる無駄遣いは発生していない。やらかしそうなのはサキだが、それ系のイベントが発生してたら、俺の後頭部に十円ハゲができていたかもしれないな。

 

「なんだか……卑怯っぽくありませんこと?」

 

 サキが不服そうだ。聞けば、もっと勇者らしく正々堂々、華麗にワイバーンを倒して欲しいとのこと。

 え? 飛んでるワイバーンを真っ向勝負で? できねぇ! 

 と言うか、俺のギフトから来る技で、飛んでる奴を的確に攻撃できるってのが少ないんだよ。あってもレベルが低いから、威力不足だったりな……。

 魔法や弓矢に関しては先に言ったとおり届かないし。いや~、勇者認定されたあたりから頑張ってれば、飛ばす斬撃で倒したりできたかもなんだけど、記憶覚醒前の俺って努力とか嫌いだったんだ。

 勇者だから勝てて当たり前とか、事情を知らん無責任な連中が言うならまだしも、本人が言っちゃ駄目だよな

 まあアレだ、今から頑張るからいいんだよ。

 

「昔、偉い人が言った。卑怯もラッキョウもないってな。非道は勇者的に駄目だろうけど、モンスターの寝込みを襲うぐらいなら問題ないって。猟師だって、獲物の巣穴とか探したりするだろ? それと同じさ。でも、他に上手いやり方があるなら教えて欲しいな。俺、それが名案なら乗り換えるし?」

 

 そう言ってやるとサキは黙り込んだ。ちょっとキツい物言いだったかもだけど、対案の無い反対は無能か、足引っ張りたいだけの害虫がやることだ。関係ない第三者ならともかく、身内や同じ立場の奴がやるのは特に罪深い。と、俺は思うんだが、どうだろうか?

 その後、特に反対意見が出るでもなく、行動計画の調整が進み、本日中に冒険者ギルドでレンジャーや偵察士募集の広告を出すことにした。捜索対象がワイバーンなので危ない依頼だが、その分、手当や成功報酬には色を付けているので人は集まるだろう。ちなみに先着十五名とした。どれぐらい居たら間に合うのか解らんかったので、感覚で決めた数字だ。駄目なら増やす。

 雇用期間は十日にしている。これも感覚で決めた日数だ。できれば、最初の捜索隊で成果が出ますように……。

 こうしてワイバーン討伐の方針が固まったが、これだと捜索隊から報告が来るまで暇になる。

 その間、俺は王都の外……街道から外れた荒野でモンスターを狩ることにした。ちょっとでもレベルアップしておかないと不安なんだよ。『ざまぁ展開』の主人公(この場合はトシローの方)は成長早いのが定番だからな。気を抜くと実力差が広がっちまう。俺の記憶に無いだけで、元々引き離されてたりして……。

 と、取りあえず勇者って言える程度には強くなろう。最終目標は、魔王を倒せる程の強さだけど、目先の目標がないと息切れしちゃうわ……。

 この荒野での修行に関しては、マスルとクーが付き合ってくれることになった。サキはさっきの話でヘソを曲げたのか、宿で休むんだってさ。……これ、パーティー離脱ってことになるのか? サキが居ない状態で、新たに二人パーティーメンバーを増やしたらどうなるんだろうな? 試してみたいが、そのために二人雇って、駄目なときには一人辞めて貰うってのもな~。トシローを放り出してすぐ後なもんで、マスルが嫌な顔しそうだし……。

 こうして見てるとマスルって、阿呆な勇者からトシローを解放しようとしてた節があるんだよな。サキの場合は、出世欲とかで勇者に付いて来てるっぽい。最高司祭になりたいとか言ってた気がする。クーは……クーは何で俺に付いてくるのかな? 勧誘したのは記憶覚醒前の俺だけど、あの頃はトシローが居たらから俺は強かったし、ついて行って大丈夫と思ったのかな? わからん……。

 ここで「俺に惚れてるからだ!」って感じで自惚れたら痛い目を見そうだから、自重しないとな……。

 この作戦会議の後……マスルに、トシロー追放に賛同した真意を聞いてみたら、図星だったようで驚いていた。「なんで突然、察しが良くなったんだ?」とも言われたが、俺は記憶が覚醒した時点で、覚醒前とは別人に近いし……。そんなの説明できないから、適当に誤魔化しておいた。

 でも、マスルが良い奴だと解ったのは収穫だ。魔王を倒すまで、よろしくお願いしたい。

 



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第5話 転移した経緯

 

 冒険者ギルドで、レンジャーと偵察士の臨時雇用広告を貼りだした後、明日は荒野に出かけるんだが……そこで一度自由行動とした。

 ちょっと疲れたのもあるから、俺は宿に入る。腹が減ったら一階酒場で飯だな。

 サキが付いて来ようとしたが、疲れてるからお断りした。美人が相手だからベッドで、腰の運動でも……と、それを考えた瞬間、頭が重くなったからだ。やっぱ疲れてるんだな。

 装具を外して剣をベッド脇に立てかける。町で居るのに鎧とか着たくないんだが、そこは勇者。見る者を安心させる義務? 暗黙の了解ってやつがあるのよ。気が安まらないったらないわ~。

 ……勇者って、定年退職が無いらしいんだけど、俺……爺になっても、こんなことしてなくちゃいけないのか? いや、さすがに高齢化したら、日常の鎧着用は免除して貰えるはず。

 静かな老後が期待できそうか?

 ……魔王の生える周期は数百年……。いや、二、三百年周期だっけ? 俺が生きてる間に、前倒しで生えてくるとかなければいいな……。ないよな?

 そんなことを考えつつ、俺はベッド上で横になった。夕飯時の前だけど、横になりたいんだよ。特に腹も減ってないし、もう飯抜きで寝ちゃえ。

 けど、そのまま一眠りしようとしても、頭から離れないことがある。

 トシロー……のことではなく、俺が異世界転移したとき、俺の担当だとか言って対応していた自称女神のことだ。

 

 

◇◇◇◇

 

 

 その日の深夜。

 俺は帰宅途中、歩道でトラックに撥ねられた。

 仕事疲れでボウッとしていたのもあるが、夜に無灯火のトラックが突っ込んできたんだぜ? 避けられるかよ。しかも、街灯に照らし出された運転手は居眠りしてた……ひどい話だよな。

 そして俺は、蹴られたサッカーボールみたいに飛んで、歩道脇のビルの壁に激突したってわけ。まあ、即死だな。トラック運転手の野郎、この異世界転生がらみで許せねぇ奴の第一号だわ。この先、ゲームクリア的な何かがあって、幾つか願いを叶えましょうって展開があったら、お前が不幸になるように願ってやるからな。絶対にだ。

 さて、話の続きだが、すっごい衝撃を感じた瞬間、俺の意識が暗転。気がつく足下に白い……ドライアイスの煙みたいなのが流れる空間に居た。周囲は『白』って感じだったな。奥行きが無限大な感覚だから、白い壁があるから白いんだか、遙か地平線の向こうまで白いんだか解らない感じ。太陽や電灯みたいなのは無かったけど、上の方も空だか天井だか区別が付かなくて、やっぱり『白』だった。ただ、明るかったのは覚えてるね。感覚的に白色LED灯で照らし出されてる感じだ。

 ここが天国って奴か? 地獄……じゃないよなぁ?

 なんて、後から思えば気楽極まりないけど、そんなことを俺が考えてると……目の前に女が出現した。金髪で、身長百七十五センチの俺より数センチ低い感じだったかな? 巨乳過ぎない程度にナイスバディで白人美女って感じだったから、なんとも嬉しかったねぇ。服装が、RPGに出てくる女神様風で、腰に金属ベルト。パルテナかイシュタルだったか?なんとかの塔って言う、昔のアクションRPGに出てくる女神様風と言えば解るかな? 

 で、俺が見とれてると、その女神っぽい女が話しかけてきた。

 ……。

 ……ああ、やっぱり眠いな……。

 ここからは、回想風じゃなくて当時の状況に立ち返って考えようと思う。その方が俺の寝付きが良さそうだから……。

 

 

◇◇◇◇

 

 

「あなたは死にました」

 

「直球だな~……」

 

 この状況で出てきた女神っぽい人だから、これは異世界転移って奴か……と思ってると、開口一番で死亡宣言である。気になるのは、金髪ナイスバディの女神様が、嫌そうな顔をしていること。

 俺の面構えが気に入らないとかか?

 ともかく話を聞きたい。トラックに撥ねられて死んだのは解るが、わざわざ会いに来たってことは……異世界転移や転生ってことでいいんだよな?

 転生を選ぶか、地獄行き覚悟で復讐を選ぶか……とかだったら、素直に転生するか……。トラックの運転手野郎に復讐したり、地獄行きにしてやったりしてみたいが、それは俺の地獄行きと引き替えにするようなもんじゃないしな。

 

「で? 御用件は?」 

 

「あなたは死ぬべくして死にましたが、異世界への転生が確定しています」

 

 ほうほう、やっぱり異世界転生か。と言うか転生なのか……。

 ……。

 ……。

 ……ちょっと待て。今、死ぬべくして死んだとか言ったか?

 あのトラック事故……偶然じゃなくて、意図的なものだったとか?

 ……俺を異世界転生させたくて、この女神が仕組んだんじゃあ……。

 

「違いますよ? あなたをトラックに轢かせた……ああ、撥ねられたんでしたか。まあ、どっちでも良いですね」

 

 おい、こら。どっちでも良いだぁ? そうかもしれんが、言葉には気をつけろよ?

 

「言っておきますが、考えてることは読めますので」

 

「ああ、そうですか。遠慮しなくて良いってこってすね?」

 

 ……数秒ほど、俺と女神の間で沈黙が続く。

 

「気持ちはわかりますけど、態度には気をつけた方がいいですね。では、事情説明に移ります」

 

 再開された説明は、俺の想像を超えるものだった。

 実は、俺の家系には物凄い呪いがかかっていたらしい。何でも七代ほど前の先祖が悪徳商人で、あちこちから恨みを買っていたんだとか。で、あるとき通りすがりの娘を拉致して手籠めにして、殺してから川に捨てたんだとか、マジかよ? 鬼畜生ってのは、まさにこのことだ。

 さて、その殺された娘の父親が凄腕の陰陽師だか術士ってやつで、当たり前だが大激怒した。それはもう血の涙を流すほどにだ。そして、俺の先祖の悪徳商人を真っ当な方法で罪人にできないと知ると、跡継ぎの長男と協力して強烈な呪詛をかけたんだと。

 

「それで、俺がトラック事故で死亡? ……七代前の先祖がやったこととか、俺に関係あるのか?」

 

「ほら、日本の時代劇で良く言うじゃないですか。『末代まで祟ってやる!』って……。あなたが色々あって『末代』なんですよ。だから特に、念入りに……ねっ?」

 

 ねっ? じゃねーよ……。

 ご先祖様……いや、先祖の悪行のとばっちりで死ぬ羽目になるとか……。そんな事情、知りたくなかったわ。わざわざ、死んだ後に聞かせやがって……。

 ……。

 おい……まさか……。

 

「御明察。訳もわからないまま異世界に飛ばしたんじゃあ、『呪詛』にならないって……術士殿の呪いを聞き入れた神がね~、言うのよ~……」

 

 うわ~……嫌がらせするためだけに、この女神を寄越したのか。何処まで念入りな『呪詛』なんだよ。けど、俺は異世界転生するんだっけ? 呪いで地獄行きにあれる展開の方がキツそうだけど、死んだことで『呪詛』から解放されたってことなのか?

 

「ぶっぶ~っ。ハズレです。地獄行きの方が辛くて苦しいでしょうけど、そこまでやったら術士も地獄行きですからね」

 

 ああ、相手の地獄行きを願ったら、自分も地獄に落ちる系か。そりゃあ、憎い相手を苦しめたいけど、それで自分が地獄に落ちるんじゃあ割に合わないものな。その辺、術士って奴とは気が合うな。

 

「ひょっとして、末代で呪詛殺しされる羽目になった俺が気の毒だから、異世界転生を?」

 

「だったら良かったんですけど。あなたが異世界へ転生するのは、『呪詛』とは関係ありません。と言いますか……『呪詛』の最後の一撃……。そのために、異世界転生が妙なことになってるんですよ。あなたの場合は……」

 

「はっ!?」

 

 そのとき、俺は自分史上で最高に珍妙な顔になっていたと思う。

 

「はぁああああああああああっ!?」

 



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第6話 糞な事情と糞女神の本性

 俺が元居た世界の『呪詛』は、同じ世界でしか通用しない。

 そもそも俺の家系にかけられた呪詛は、術士からの働きかけにより、神様経由で俺の家系が不幸になるという仕組みだ。 

 初回一発で呪い殺したのでは術士の気が晴れないから、俺の家系は何代にも渡って事業に失敗したり、不本意な結婚をしたりと長々酷い目に遭わされてきた。それが、俺の代で限界点に達したらしい。神様による呪詛執行期間の終了って感じか? 

 最後の最後だからって文字どおり、死ぬ目に遭わされたのが俺で、その俺で家系が終わるから、俺が末代ってことだな。

 で、話は戻るんだが、神様の力というのは他の世界まで及ばないんだ。別世界まで神力を飛ばせないとかだっけ? だったら、異世界転生する俺にとって、呪詛はトラックに撥ねられて死んだあたりで終わりってことになるが……。

 

「という認識だったんだが……。……違うのか?」 

 

「その考え方で合ってますよ。で、異世界転生ですが……。これは元々、私の世界の都合による働きかけです。異世界の息吹が欲しい状況でして……。ですから、本来は呪詛とは関係なし。特別サービスで、トラック撥ねなしで転移できる予定でした!」

 

「じゃあ、トラックに撥ねられたのは、マジで呪詛とかのせいなんだな……」

 

 悪徳商人だったとかいう御先祖さんよ。子孫で末代の俺は、大変に迷惑しているぞ? 死ねよ……。……あ、もう死んでるのか。

 

「あなたも現世でネット小説を読んだように、大当たり! 死んだけど、別世界に転移してチート無双! となるはずだったんです」

 

 本来は? はずだった?

 え? このまま異世界でチート無双させてくれるんじゃないの?

 ……あれか? 貴族に転生したけど、才能が無いから虐げられてて追い出されて、能力が覚醒して成り上がる系とか?

 てゆ~か、さっきから『転生』と『転移』が入り交じってない?

 どっちなんだよ? 

 

「あなたの世界は、本当に想像力が豊かですね~……。そういう物語もあったとは……。でも、違います。呪詛を執行する神……その最後の呪いが……」

 

 ……ここで、おさらいだ。

 俺の家系に対する『呪詛』は、俺で期限切れらしい。

 最後の最後で地獄行きにしたいだろうが、それをやると術者が地獄に落ちる。

 術者は、とっくの昔に死んでるが、最初に地獄行きは無しと決めたので実行できない。

 本来なら、トラックに撥ねさせたところで『呪詛』が終了するはずだった。

 異世界へ行く件については、本来は『転移』だった。

 転移に関しては、他世界の女神の都合によるもので『呪詛』とは関係なし。

 

「私達の画策した異世界転移に干渉して、あなたを『転移』から『転生』に切り替えさせろ……と。そう言ってきたのは、呪詛を引き受けた神なのですけど……」

 

「転移と転生? ……それ、何か違うのか? ああ、違うのか……」

 

 『転移』だと、野中悟郎のままで異世界転移するが、『転生』だと何かに生まれ変わることになる。後者の場合は、例えば赤ん坊からのスタートになったりするが……。

 

「虫に転生させろとのことでしたが、さすがに横暴が過ぎますので抵抗しました。私の面子が潰れますからね。転生先は人間です。ならば転生先を、活動中の勇者にするよう言われまして……」

 

「けっこうな話じゃん? 勇者とか、格好いい~」

 

「実力と人格……それらが未熟かつ劣悪な勇者ファルディオ。その彼が、パーティーの要とも言うべき仲間を、言いがかりと無理解の末に追放したところ。そこから、記憶が覚醒するという……」

 

「待てや、こら……」

 

 それって、『ざまぁ系異世界転移』の悪役の方じゃねぇか!

 言い換えると悪役令嬢系の転生なわけで、冗談じゃないぞ! 

 

「あんたら、神様同士なんだろ? 俺が居た世界の……呪詛神か? そんな奴の言うことなんか無視しちゃえよ。さっきの虫転生の件みたいに、その転生指定のことも抵抗してくれよ!」

 

「それが、その……異世界神同士の会合で彼と会ったとき、お酒が入った状態でカードゲームをしまして……」

 

 ボロボロに負けてデカい貸しを作ったことを盾にされ、要求を呑むしかなかっただとぉおおお!?

 

「あんた! 麗しいのは見た目だけか!? んなことに、俺を巻き込むな!」

 

「し、仕方がない事なのです! 私の負けを帳消しにするためには……と、とにかく! きちんとした異世界転移は、いずれ時期を見て行います! 二百年ほどは無理ですが……。……下手をすると、世界の流れが魔族側に傾いて……人類側に被害が出ちゃうけど……。きょ、許容範囲かな~……。滅びはしないだろうし……」

 

 この女神、どんどん最低になっていくな……。

 虫転生の件で抵抗してくれたのも、自分の面子のためだし。

 てか、俺が勇者に転生しても、そういう事になるって予想しちゃうのかよ。

 余程追い込まれてるのか、勇者が無能なのか……。

 

「勇者が無能の方ですね。他に二人居ますけど、そっちは、そこそこ有能ですよ? ……そこそこ、ですけど……。本当、今世の勇者はハズレ揃いだわ……」

 

「今、何か言ったか?」

 

「いいえ、なにも。元々は、あなたを転移させて三勇者の対抗馬にし、競争意識を芽生えさせ……。今回、転生先になった勇者の……人格矯正の一助にしようとしていたのですけど……」

 

 回りくどいな……。

 いっそのこと、俺の世界から過去の英雄とか呼べば良いんじゃないか?

 源義経とか織田信長だとか、宮本武蔵とか舩坂弘だとか。 

 外国にだって色々と居るだろうに……。

 

「英雄や偉人の召喚は、コストが……」

 

 なんのコストだよ……。 

 

「とにかく、俺は嫌だ! そんな糞みたいなタイミングで、人格も未熟って勇者なんかに転生するのは絶対に嫌だ! そいつ、どうせ色々とやらかしてるんだろ? それを背負うとか真っ平御免だ! 修正を要求する!」

 

「無理です。もう決定しました。ここでこうやって説明しているのは、あなたの世界の神からの要求で、嫌がらせの一環ですが……。私は諦めましたので、あなたも諦めてください。それに、今回の『異世界転移』じゃなかった、『異世界転生』も悪いことばかりじゃないですよ。なにしろ勇者への転生です。あなたの世界の言葉で『ボロは着てても心は錦』というのがありますが、それって素晴らしいと思いませんか?」 

 

「ボロ着が勇者で、錦の心は俺ってことか。高く評価して貰って光栄だけど、そういう事じゃねぇえええ! オンボロ勇者に最悪のタイミングで転生させられる、俺の身にもなれよ!」

 

「ええい、しつこいですね! 仕方がないと言ったら仕方がないんです! 勇者としての人生は好きに送ってください! 魔王を倒してくれたらありがたいですけど、そこは追放される人が優秀だから、無理に頑張らなくてもいいかも? ああ、勇者だから魔王討伐の使命からは逃げられませんね。残念でした!」

 

 うわ、逆ギレし始めやがった!

 

「逆ギレじゃありません! 態度の悪い人間への正当な怒りです! 慈悲の心でペナルティは付けませんから、とっとと転生してください! あ、転生したら今度こそ『呪詛』とは縁が切れますから、安心してくださいね~っ!」

 

 お、おお!? 俺の身体が消えて行く! 異世界転移……ではなくて、異世界転生が始まるのか!?

 女神は、悪い笑顔で手を振ってやがる。

 てめぇ、覚えてろよ! 絶対に戻って来て、手籠めにしてやっからなぁああああああ!

 

 

◇◇◇◇

 

 

「むにゅ! 色々開発して、アヘ顔ダブルピースで御主人様と呼ばせてや……あっ……」

 

 朝か……。

 転生した経緯を思い出してるうちに寝てしまったら、夢の中で追体験するとはな……。

 あの糞女神め……。

 そういや名前を聞いてなかったな……もう糞女神でいいだろ?

 俺が思うにな、最初に『呪詛』をした術士や、代執行してる神とかは別に良いんだよ。先祖の悪徳商人が元凶だから、そいつに対する恨みとか怒りは仕方ないことだからな。俺を撥ねたトラックの運ちゃんも……まあ良いだろう。本人の前方不注意じゃなくて、『呪詛』のせいらしいし。

 だがな、だが……あの女神は許さん。先祖の悪徳商人も大概だが、もう死んでるだろ? けど、糞女神は生きてる。しかも俺的には、直接に恨みがあるんだ。

 強くなって……絶対に復讐してやる!

 ……手籠め云々は、まあ無しにしておくか。先祖の悪徳商人と同じことするのもムカつく話だしな。俺の鉄拳を手術道具にして、顔面を造成工事。このぐらいで勘弁してやろう。

 これがネット小説なら、タグに『リョナ』とか付くところだぜ。

 ……それも考えてみたら、嫌な話だな。

 ぐぬぬ。報復を考えている内に頭が冷えてきた……。

 いや、駄目だ! 女神に対する報復は絶対にやる!

 よし、最低でも一発ぶん殴ろう。

 昔見た、洋画のモンスターパニックもので、最後の最後で諸悪の根源みたいな女を殴って終わったのがあったけど、あんな感じだ。

 よ~し、やる気が湧いてきた!

 



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第7話 鍛え直し

 まあ何だ、女神に対する復讐は努力目標だな。

 一発殴りたいのは、かなり本気だけどさ。当面は勇者活動を継続しよう。

 あとは、『ざまぁ小説』の悪役勇者みたいに落ちぶれないこと。

 これ、最重要。

 ボロ着レベルとは言え、せっかく勇者に転生したんだ。いい目だって見たいし、少なくとも……今一緒に居る仲間のためぐらいは頑張らないとな。

 さて……起きるか。

 今日は三人で荒野に出かけて、モンスターを狩ったりして修行だ。

 

「ステータス、オープン」

 

 俺は装具を身につけると、自分のステータス画面を開いた。

 

 職業 :風の勇者

 レベル:2

 名前 :ファルディオ(本名、野中悟郎)

 年齢 :18歳

 剣技レベル:2 法力レベル1

 

<習得魔法>

 治癒(小)

 

<勇者スキルレベル>

 風斬2、飛び風斬1、風壁1

 

 俺がスキル覚醒したのって、身体に残る記憶だと……確か14歳の頃だっけ? 他2人の勇者より2~3歳遅れてるけど、それでも4年ほどは勇者としての実働期間があって……なのに今の歳でレベル2って……。

 どういうことだよ……。

 魔王軍を舐めてるの?

 今まで何してたんだ……って、低ランクの依頼をチョコチョコこなしては、国からの援助金で飲み食いしてダラダラしてたんだっけか……。

 サキはともかく、他の2人は良く俺を見放さなかったな……。あと、トシローもだけどさ。正直、今の俺は駆け出しも良いところだが、これでもトシローがバフ魔法で底上げしてくれてたから、何とかなってたんだよな~……。

 他の勇者はどうかというと……え~と、炎の勇者と水の勇者だっけ? 最近聞いた記憶じゃあ、確かレベル30だったはず。

 この引き離され具合よ……。

 てか、地水火風の『地』だけ居ないのか。糞女神が何かサボったからじゃないだろうな?

 しかし、記憶覚醒前の俺は、レベルで引き離されていても「他の勇者と互角の強さだぞ!」とか言って鼻高々だったっけ。トシローのおかげだっつ~の。俺のバ~カ。

 むしろ、20レベル以上引き離されてて、それでもなお互角と思えるほど強化されてたってことなんだから、トシロー、やっぱスゲーわ。

 勇者スキルの風斬は、武器に風を纏わせるスキルだ。真空の刃を作って相手の装甲を断ち割り、直後に剣をブチ込むというエグい戦い方ができるんだぜ? 

 飛び風斬は、風の刃を飛ばすっていう良くあるアレだ。剣自体で斬りつけるのが無くなるから普通の風斬よりは威力が落ちるけど、3メートルぐらい飛ぶから、離れた敵にもバッチリ対応だ。

 ……射程距離がしょぼいのは、これから頑張って伸ばすから問題なし。

 風壁は……風のバリアだな。もっとも今のレベルじゃ、飛んでくる矢を払うぐらいしかできない。将来的には、ドラゴンブレスを遮ったりできる……ようになればいいかな?

 治癒魔法(小)については、RPGの勇者が基本的に魔法剣士ってのに由来してるのかね? 小規模の怪我なら直せるんだ。これは外傷の面積と深さが関係していて、指一本なら一発で接合できるけど、掌サイズの擦り傷になると数回行使しないと治癒できないって感じだ。これもまあ、ちゃんと修行やらしてたら、もっと使える感じになってたんだろうな。

 え? 将来的に「俺の治癒の方が凄いだろ! この役立たず!」とか言って、サキを追い出せるぐらいになるかって?

 無理。追い出すのは色んな意味で無理。

 だって俺、アンデッドを浄化するターン・アンデッドとかできねーし。神官職に特化した、法術とか使えねーんだもん。

 それにな、本当はサキより素行の良い神官を雇いたいところなんだけど、トシローを追放したばかりで、サキも……って訳にはいかないんだ。さすがにマスルが怒るだろうし、サキって貴族の娘さんなんだよね~……。言いがかりで追い出したら、親父さんに何されるか……。

 誠意を持って接したら、サキも解ってくれて、真面目になるのかな? 望み薄だけど、頑張ってみるか……。

 今度は俺が、サキに追放……捨てられそうな展開しか見えないけどな……。

 ええい、とにかく頑張るしかねぇ!

 さあ、出発だ! あ、いや……弁当とか調達してから出発だな。うん……。

 

 

◇◇◇◇

 

 

 そんなわけで、やって参りました。

 ジリマーハ王国の王都……の西側街道を、南に外れた荒野。

 ちゃんと弁当持参だぞ?

 ここで日がな一日、モンスター狩りをするんだ。

 荒野で居るだけでモンスターが出るのかって? 出るよ。

 そもそも街道というのは、人が通るための道だ。金持ちの国だと、砂利を敷いたり石畳を敷いたりするが、人が通るという点については同じだな。

 で、そういう街道の通行人をモンスターが襲うと、冒険者や軍隊を差し向けられて徹底的に討伐される。モンスターにとって、街道は危険地帯で近づくと危ない。そういう風にモンスター達が認識することで、街道でのモンスター遭遇率は低くなるわけだ。そして、その分だけ街道外でのモンスター遭遇率は高くなる。

 こういう剣と魔法の世界じゃ、人間なんて基本的に弱者だから、街道から離れるほどに捕食者たるモンスターが……。

 

「あ、居た。しかも、アーマーライノス!」

 

 真っ先に俺が発見した。

 同行する重戦士のマスルと、魔法使いのクーロン・キジョウは顔を見合わせていたが、俺が見ている方向から黒い点が徐々に大きくなってくるのを見て、戦闘態勢を取った。

 

「ファルディオ。この距離で見つけるとは凄いな……」

 

 マスルが感心している。そりゃあ腐っても勇者ですし? 身体能力は、各部分で常人超えしてるんだよ~。レベルは低いけどな……。

 で、アーマーライノスっていうのは、デカいサイだ。見た目は甲冑を着込んだ黒いサイで、その背が大型運送トラックの……コンテナ天板に届くと言えば、大きさが想像できるかな。やっぱファンタジー世界って、すげーわ。

 地上ではダンジョンの狭さとか関係ないから、モンスターってのは種類によっちゃあ大きくなるんだよ。その中には、ダンジョンの階層ボス(その階層で一番強い個体)より強いってのが出没するんだが……アーマーライノスは、そういった強い奴の端くれだな。でも、魔法を使わないし、オツムは野生動物。その突進力と装甲の厚ささえ気をつければ、どうにかなる相手だ。

 ……普通の冒険者じゃあ、蹴散らされて終わりなんだけど。

 じゃあ、俺の勇者パーティーではどうかというと、トシローを追放したせいで勝てるかどうか怪しい相手になってる。トシローが居た頃には、倒したこともある相手なんだけどな。

 ちなみに、ワイバーンと強さを比べた場合、ワイバーンに軍配があがるね。前にも言ったが、空を飛べるってのがデカい。そして火を吐く。アーマーライノスは逃げながら焼殺されたり、背中から装甲を剥がされて喰われたりするわけだ。地上での取っ組み合いなら立場が逆になるだろうが、ワイバーンの方で地上戦に付き合う理由がないものな。

 

「ファルディオ! アレとやるんだな!」

 

「おう! ときに……マスルが、アレの突進を盾で受け止めるってのは……」

 

「俺が死んでしまうから却下だ! だが、受け流すぐらいなら……」

 

 そりゃそうか。異世界物の小説では、盾職で最強とかを見かけたけど、主人公枠じゃないとそんなものだ。マスルも、レベルとか上げたら、アーマーライノスを止められるようになるかな? 

 興味深いけど、今は目の前の獲物だ。

 

「クー! 突っ込んでくるところで、<閃光>を顔面にくらわせろ! マスル! 目の眩んだ奴を俺の方へ受け流せ! 転がしてくれたら、なお良し!」

 

「ん、わかった……」

 

「了解したぞ! 勇者殿!」 

 

 クーは、いつもどおりの反応だが、マスルの声が弾んでいる。喜んでるっぽいけど、今の会話で嬉しい要素とかあったか?

 とにかく指示は出したので、位置取りのために移動開始。

後方に魔法使いクー、アーマーライノスの真正面に重戦士マスル、マスルの右側……少し離れた場所に俺だ。

そして状況は、俺が描いた絵図どおりに進行した。

 

「<閃光>」

 

 ボソッと呟くような声と共に、クーが光の魔法を発動させる。それが目の前で生じたことで、アーマーライノスが一時的に視力を喪失。驚きか戸惑いで足が鈍ったところで、マスルが盾を使って俺の方へ受け流した。しかも、自分は吹っ飛ばされたが上手く着地し、アーマーライノスに関してはリクエストどおり、すっ転ばしてだ。

 やだ! マスルさん、格好いい!

 そして、アーマーライノスは横転や前転をしながら横倒しになり、今は俺に背をさらしている。

 

「よっしゃあああ!」

 

 俺は盾を放り出すと、愛用の長剣を両手持ちしながら駆け上がった。

 

「うおおおおおお! 風斬!」

 

 レベル2勇者の風スキルが発動し、俺の剣を風の刃が取り巻いていく。これ……他の勇者も似たようなことができるんだけど、炎や水と違って目に見えないから、一般大衆からの評判は芳しくない。くそ……地味だなぁ……。

 とか一瞬考えたが、俺は狙い目……装甲の継ぎ目目がけて剣を突き刺した。

 うわ、硬ったぁああ!?

 継ぎ目でも、こんなに硬いのかよ! 剣が止まっちまっただろ! 

 

「びぎぃいいいいい! ぐもぉおおおお!!」

 

 アーマーライノスが暴れ出したので、刺さった剣を握ったままの俺は振り回される。

 ちょおおおお!? このまま地面でローリングとかされたら、俺、潰れちゃう!

 

「ふ、風斬! 風斬! 風斬! 風斬! 風斬ーーーーーっ!!!」

 

 俺は声を限りに叫び続けた。

 重複発動した風斬は、アーマーライノスの身体と共に剣自身をも削り取っていく。だが、俺が上の方で居る内に、この剣を押し込まなければならない。

 くっそー! 早う死ね、アーマーライノス! さもないと俺が死ぬぞ!

 




 ストック使い切りました。
 この後は1~2週間隔ぐらいで不定期になります。
 ちなみに、前話で話題に出た映画は『リバイアサン』。
 ピーター・ウェラー主演の映画です。ネタバレして申し訳なし。


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第8話 レベルアップからくる不可解

 

「や、やっと死んでくれた……」

 

 へたり込んでる俺の前で、アーマーライノスが死んでいる。

 背中の装甲の継ぎ目、そこから急所を貫いた結果だ。

 急所の位置を知っていた理由は、トシローが居た頃に倒してたからだな。記憶覚醒前の俺は、トシローの話をろくに聞かなかったが、モンスターに関しては興味があったので部分的に覚えてたんだよ。子供の頃は、「モンスター、すげー! 格好いい!」とか口走る変わった少年だったんだな~。

 そのまま純真に育ってくれてたら、俺が苦労しないで済んだのに……。  

 

「マスル~、怪我とか大丈夫か~」

 

 離れた場所に目をやると、こちらに向けて歩いてくるマスルが右腕を上げた。大丈夫らしい。怪我してないって意味じゃないんだろうけど、とにかく大丈夫のようだ。見れば、マスルの後方からクーが駆けてきている。自分の身長より長い杖を抱えているので、何となく可愛く感じてしまうな。 

 

「どっこらせ……(いだ)ぁああああああ!?」

 

 俺の、俺の左腕に激痛がああああああ!

 今、右手で身体を起こそうとしたんだけど、ダランと下がってる左腕が地面に当たって……って、なんじゃこりゃああああ! 左腕の関節が二つほど増えてる!

 

「て、てて、手の甲を骨とか突き破って……」

 

「アーマーライノスが転がったときだな……。身体が潰れなくて良かった……」

 

 近くまで来たマスルが膝を突いて分析しているが、怖いこと言わないでくれよ。

 サキに頼んで治癒を……って、今は居ないんだった!

 サイドポーチに右手を伸ばすと、不思議と割れていないポーション瓶に手が当たる。高級ポーションなので、これほどの大怪我でも治癒は可能だけど、片手じゃ……。

 

「私がやる。貸して……」

 

 遅れて到着したクーが、俺のサイドポーチからポーション瓶を出して俺の口元へ持ってきた。

「いや、右手が無事なんだし、栓さえ抜いてくれたら自分で……」

 

「黙って飲む……」

 

 言いつつ口に押し当てるので、やむなく飲んだ。くそう、恥ずかしいじゃねーか。

 そしてポーションの効果だが……。

 

 バキバキバキ! うじゅるるるる!

 

 聞こえてはいけない音と共に腕が修復されていく。打撲による身体の痛みも同時に治癒されたようで、すっかり楽になった。

 

「複雑骨折した腕が! こんなに重い石も持て……あ、手頃な石がないな……」

 

 昔読んだ漫画のシーンでも再現しようかと思ったが、いい感じの石がなかったので断念する。俺は、身体の各所を点検して、異常が無いことを確認すると立ち上がった。 

 

「助かったよ、クー。ありがとうな!」

 

「いい。勇者を助けるのは当然の務め……」

 

 素っ気なく言って顔を逸らすが、クーの頬が何となく赤くなってる気がする。わかりやすいな~……とは思うんだが、記憶覚醒前みたいに手を出すのは良くないだろう。俺自身、記憶はともかくとして、感情的にはサキやクーとどう接して良いか迷ってるし……。

 女の子に好かれているのは、悪い気はしないんだけどな~。

 ここから嫌われたりしないように頑張らなくちゃ!

 

「マスルは、怪我とかしなかったのか?」

 

「いや、擦り傷と打ち身程度だ。次の狩りに支障が出る可能性があるので、下級ポーションで治癒しておいた」

 

 おお! マスルも、アーマーライノスだけで帰る気はなさそうだな。

 クーも同じようで、俺達は修行の狩りを継続することにした。

 お互いに無事を確認した後は、アーマーライノスの処分に取りかからなくてはならない。俺達は、アーマーライノスを俺の魔法鞄に収納した。この魔法鞄は、いわゆるアイテムボックス的なマジックアイテムで、国からの貸与品。勇者スキルで、容量無限のアイテムボックスとかがあれば良かったんだけど、そうそう上手い話はないってことだ。

 普通の冒険者だと部位だけ確保して、後は放置するぐらいしか出来ない。それを考えると、丸ごと持ち帰って冒険者ギルドで売りさばける俺達は、楽してると言えるんだろうな。

 さて、次の獲物探しの前にステータスチェックだ。

 

 

 職業 :風の勇者

 レベル:2→7

 名前 :ファルディオ(本名、野中悟郎)

 年齢 :18歳

 剣技レベル:2→3 法力レベル1→2

 

<習得魔法>

 治癒(小)

 

<勇者スキルレベル>

 風斬2→3、飛び風斬1→2、風壁1→2

 

 

 おお~、上がってる上がってる!

 MPとか『素早さ』とかの表示は無いが、身体能力も増してる気がするぞ!

 試しに飛び風斬を使ったら、射程距離が3メートルから6メートルぐらいに伸びてた。威力も増してる。

 法力がレベルアップしてるのに、治癒法術が(小)のままだけど、使用回数とか効果範囲とかが増えてるのかな? 次に怪我したときに試してみるか……。

 しっかし、変だな……。

 アーマーライノスを倒したのってさ、今回が初めてじゃないんだよ?

 なのに1回だけ倒して、こんなにレベルアップするとか……おかしくね?

 トシローが居た頃には、もっと高難易度のモンスターを倒しまくってたのに、何で俺のレベルに反映しなかったんだ? レベル2とかじゃなくて、他の勇者みたいにレベル30ぐらい軽く到達してそうじゃん?

 見れば、マスルとクーも数段階ほどレベルアップした様子で、顔を見合わせて驚いている。

 どうなってんだ? トシローが居たときと居なくなった今で、何か違うことでもあるのか?

 そう考えた俺は、あることに気がついた。

 

「トシローの支援魔法が無くなってるからか?」 

 

 俺の口からトシローの名が出たので、マスルとクーが俺を見る。

 

「どうした、ファルディオ? トシローが何か?」

 

「ああ、いやな……」

 

 俺は思いついたことを話してみた。

 トシローの支援魔法の有無で、俺達の経験値取得に影響があるんじゃないか……と。マスルは唸っていたが、「そう言われると、そうかもしれんが……もう少し様子を見てみるべきではないか?」とのことだ。そりゃそうだよな、俺だって確証とかねーもん。

 

「クーは、どう思う?」

 

「私も保留。ただ、仮説で良いなら話すことは可能……」

 

 仮説、大いに結構!

 参考になるんだから、是非聞かせて欲しい。そう伝えるとクーは頷き、皆で座り込んで彼女の話を聞くことにした。

 

「まず、ファルディオが言っている……アーマーライノスを倒して急激にレベルアップをした件。それに不可解な思いをしているのは、私もマスルも同様。ちょっとだけレベルアップするならまだしも、以前に討伐実積のあるアーマーライノスを倒して、それでレベルが数段上昇するなんて、本当に不可解」

 

 そう前置きをして、クーは本題を語り出す。

 

「ここから、トシローに原因があると仮定して考える。彼の追放……パーティー離脱によって、私達には支援魔法がなくなった。パーティーとしての能力が落ち込む、あるいは元に戻ったことで戦力低下するのは当然。だけど、支援魔法の有無で、取得経験値に影響があるとしたら……何が考えられるか? それは……」

 

「「それは?」」

 

 溜めを入れたクーに、俺とマスルが顔を寄せた。クーは、俺を見て恥ずかしそうに目を伏せたが、やがて上目遣いで俺を見ながら口を開く。

 

「トシローの支援魔法が特別で、発動中に入った経験値は、トシローに多く分配される仕組みになってる……とか」

 

「「……」」

 

 俺とマスルは顔を見合わせた。

 つまり、クーの言ってることが正しいなら、トシローが支援魔法でパーティーを増強している間、ほとんどの経験値はトシローに吸われていく仕組みだ。なるほど、そりゃあ俺がレベル2のままなわけだよ……。

 

「だが、クーよ」

 

 マスルがクーに質問した。

 

「俺達のパーティーは、どんどん強くなっていたぞ? それは、どう解釈するのだ?」

 

「私達が成長しない代わりに、魔法で支援するトシローがレベルアップで成長していくとしたら? 支援魔法が強力になっていくのだから、強くなるのは当たり前」

 

「むう……」

 

 マスルが唸っている。俺も唸りたい。

 クーは仮説って言ってるけど、これ当たってる気がするな……。

 いや、本当に確証とかはないけどさ……。

 



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第9話 その頃のトシロー

 トシローの支援魔法が発動している間、パーティーに入る経験値はトシローに集約される。その結果、トシローだけがレベルアップし、他のパーティーメンバーはレベルアップしないか、レベルアップが遅れる……。

 というのが、クーロン・キジョウの仮説だ。

 俺的には、結構いい線行ってる気がするけど……証拠とかが無いんだよ。今からトシローに合流して、検証させてくれって頼むわけにもいかないし……。

 それと、仮にクーの言ってることが当たってたとしてだ。

 気になるのはトシローが、意図的にやってたかどうかだな。

 俺の思うところ? 俺は……意図的じゃなかったと思う。

 トシローはトシローで、頑張ってパーティーを増強してたんだよ。俺みたいな『無理解の阿呆』に、こき使われながらな!

 マスル達に聞いてみると、俺と同じ意見のようだ。

 

「言ってみりゃあ、トシローに楽させて貰ってた代わりに……トシローには多く経験値が回っていただけだしな!」

 

 俺がそう言って話を締めると、マスルとクーは意外そうに俺を見た後で頷いてる。

 

「……なんだよ?」

 

「あ、いや……。トシローが、内緒で経験値をネコババしてたんだ! とか言って怒り出すかと……」

 

 失敬だな。そんなこと言うもんかよ~。

 ……記憶が覚醒する前の俺なら、まんまそのとおりに言ったと思うけど……。

 

「クーの話が正しかったとしてだ。結果的には、トシローが居たおかげで大物食いができた。その素材を売った金があるから、暫くは金には困らない。ワイバーンを捜索するのだって、金の力で何とかなりそうだしな。あとは普通に頑張ればいいんだよ。頑張ってモンスターを狩ってぇ、強くなって素材は売り飛ばし、金儲け……じゃなかった、資金稼ぎすりゃとかするんだ。地道な努力ってやつだ」

 

 ハン! と鼻で笑って言い放つと、マスル達は感心したような顔になる。う~ん、思ってた以上に俺の評価って下がってたんだな……。

 わかってたことだが、ちょっとショックだ。

 

「まあ、それはともかく……。俺としちゃあ、トシローを加入させたブルーローズが気になるね」

 

「……ああ、なるほど。このパーティーに居たときのように、トシローが経験値を吸ってしまう……か」

 

 俺はマスルの視線を受け、頷いて見せた。

 クーの仮説が正しい場合、またもやトシローだけが成長して、ブルーローズは現状維持に近いか、レベルアップが遅れるという事になるだろう。

 

「忠告するべき?」

 

 クーが小首を傾げつつ聞くので、俺は肩をすくめた。

 

「あくまで仮説だしな~。俺が言っても信用して貰えないだろ? マスルやクーが言ったとしても、今が上手く回ってるのに耳を貸すと思うか? しかも、俺のパーティーメンバーの忠告だ。俺が悪いこと考えて、指図してるとか思われるんじゃないの? んまあ、知ってて……と言うか、確定じゃないから心配事か……。心配事を伝えないってのも何だから、手紙ぐらい出してみるかな……。マスルの名前を借りていいか? ……筆跡でバレそうだから、代筆してくれる?」

 

「承知した。お安い御用だ」

 

 追放したトシローが面倒な状況になるのが心配だったのか、マスルは白い歯を剥いて笑った。だが、すぐに笑みを引っ込める。

 

「ファルディオ。トシローのことだがな……。今のままだと、彼はパーティーの経験値を吸い取る存在でしかなくなる。本人は真面目に頑張ってるんだろうがな……。ただ……」

 

 俺達……じゃなかった、クーが考えついた仮説にブルーローズが行き着いた場合。トシローは『役立たず』ではなく『経験値泥棒』として再度追放されるかもしれない。

 まあ、不憫だよな。俺が言うのも何だけどさ……。

 トシローが実力を発揮しつつ、ブルーローズのメンバーに経験値が行き渡るようにするには、どうすれば良いかって? 

 それをマスルが聞いてくるんだけど、俺に聞かれてもな~……。

 んん~……。トシロー自身が成長やら覚醒とかして、上手いこと経験値を分配できるようになるとか……。

 

「手っ取り早いのは、時々、支援魔法なしで戦うとか……そんな感じじゃないのか? 経験値吸ってる仮説が確定の場合……だけどさ……」

 

 危ない敵やモンスターと戦うときだけ、全面的に魔法で支援させて、それ以外では支援魔法なしで戦うとか……だな。

 

「要は、肝心なときの切り札的として、トシローには頑張って貰うんだよ。普段の戦闘は……支援魔法なしで修行だ。トシローのレベルアップに注力したいときは、支援魔法をバンバン使う感じ?」

 

「なるほど……。そのことも手紙には書いていいだろうか?」

 

「書いちゃえ書いちゃえ。手紙のことで何か言われたら、俺のせいにしていい……あ、駄目か。上手いこと説明してくれる? そもそも……これ、仮説なんだから、心配のしすぎで済めば……それが一番いいんだしさ」

 

 これで、上手くいくかな?

 俺にとっちゃ、トシローを追い出したのは記憶覚醒する前のことだけど、責任は感じてるし……。

 トシローには気分良く、第二の人生ってやつを楽しんで欲しいんだよ。

 ざまぁ系創作の主人公みたいに……。

 

 

◇◇◇◇

 

 

 ファルディオ(野仲悟郎)やマスル達は、トシローのことを心配している。

 だが、多くの『ざまぁ展開』小説の主人公がそうであるように、勇者パーティー追放後のトシローは、自分を重要視して貰える喜びを噛みしめ、かつてのパーティーメンバーについては時折思い出す程度であった。思い出した場合でも、追い出してくれて良かったと考えている。

 そして、現在はファルディオ達が向かったのとは逆方向の地方都市で依頼を受け、モンスターの討伐中だ。なお、討伐対象は山の麓の村を襲撃した……アーマーライノスである。

 奇しくも、ファルディオが死ぬ思いで倒したモンスターと同種であるが、トシロー達……ブルーローズはどうだったかと言うと、実にアッサリ倒していた。

 リーダーであるポニーテールの金髪女剣士、シャーノ・タカビーが先頭に立ち、トシローの支援魔法を受けてパワーアップ。突進してくるアーマーライノスを前に跳躍するや、背の装甲を切り裂いて心臓に攻撃を加えたのである。

 

「やりましたね! シャーノさん!」

 

「え? あ……うん、そうね……」

 

 無駄なく、素早く、力強く。そして鮮やか。

 そう評するしかない戦いぶりであったが、興奮するトシローをよそに、シャーノは呆然としている。 

 

(こ、こんなに? こんなに凄かったの? トシローの支援魔法って……) 

 

 シャーノが知る支援魔法とは段違いの増強ぶりなのだ。

 その違いはどこから来るのか、そう思って最初にチェックしたのがトシローのステータスであるが、トシローからステータス・シートの内容を聞き、パーティーメンバー全員で目を剥くことになる。

 

 

 職業 :支援魔法士

 レベル:130

 名前 :トシロー・ザマフリー

 年齢 :16歳

 魔法レベル82 

 

<習得魔法>

 範囲筋力増強(大)、範囲増速(大)、範囲高耐久化(大)

 範囲体力回復(大)、範囲耐魔法(大)、範囲高速治癒(大)

 範囲魔力回復(大)、範囲疲労回復(大)、範囲耐毒(大)

 範囲魔法強化(大)

 範囲減力(大)、範囲鈍化(大)、範囲低耐久化(大)

 範囲体力減衰(大)、範囲耐魔法減衰(大)、範囲治癒阻害(大)

 範囲魔力減衰(大)、範囲疲労回復阻害(大)、範囲耐毒減衰(大)

 範囲魔法阻害(大)

 

 ※範囲魔法は、対象を単独に変更することが可能。

 

 

 味方は徹底的に強化し、その一方で敵対者の弱体化。

 パーティーが『強く』なるわけだ。

 

「我ら、ブルーローズのレベルは平均で27ぐらいだったか? トシロー……。貴殿、これほどの実力があって勇者のパーティーを放り出されたのか。勇者達は、この数値を知っていたのか?」

 

 和風黒髪美人の僧侶、イクネス・クリッサンスマムがいつもの口調で言うのだが、その表情は困惑に満ちている。

 

「ま、前のパーティーメンバーは知らない。ファルディオが……勇者が、『お前のステータス値など知る必要はない。お前もまた、僕たちのステータス値を知る必要はない!』って言って……」

 

 これは事実だ。

 記憶覚醒前のファルディオは、トシローを見下していたので、トシローからの発言はほとんど聞く耳を持たなかった。それを聞いてシャーノ達は納得しかけたが、魔法使いのユーノ・マダラトゥが「ちょっと待って」と挙手する。

 

「私達は、トシローからの情報と、噂で聞いた風の勇者の言動しか知らないわ。けれど、先日見た風の勇者は、石畳に額を擦りつけて謝っていたよね。……何だか、良くわからなくなってきたわ……。もしかして、トシローに何か……あるのかしら?」

 

 この発言を受けて、褐色の長身偵察士……キミコが自身の赤い髪を手櫛で掻き回し、ユーノに食ってかかる。

 

「ええい、まどろっこしい! トシローが有能なのは確かなんだろ! 気になることがあるんだったら、ユーノが好きな『検証』とかすれば良いじゃん!」

 

「検証……この場合、誰の何を検証しろと言うの? 勇者のこと? トシローのこと?」

 

 ユーノが聞き返す。

 キミコは深く考えての発言ではなかったようで黙り込んだが、ここでシャーノが先程のユーノを真似て挙手した。

 

「二人とも、興奮しないの。ファルディオ……風の勇者のことは、後で良いと思う。今ここに居ないのだし……。けど、トシローについては、本人を何か疑ってるようで嫌だし……」

 

「俺は構わないよ!」

 

 トシローがシャーノの言葉を遮って発言する。

 勇者パーティーに居た頃は、無我夢中で支援魔法を使っていたが、解ったことと言えば『自分の支援魔法は成長し、有効に発動している』ぐらいのものだ。

 

「他のメンバーのステータス値を詮索するな! って勇者に言われてたし……。俺、自分が他と比べてどうなのかも良くわからないんだ……」

 

 これを聞いて顔を見合わせたブルーローズの面々は、アーマーライノスの討伐報告をした後で、数日を費やし、トシローの『支援魔法』について検証を行うこととなる。

 結果、支援魔法の発動中に倒したモンスターの経験値が、ほぼトシロー一人へ集約されることが判明し、トシローの立場が一時的に危うくなるのだが……。

 直前に届いた一通の手紙によって、事なきを得る。

 その手紙の内容とは、マスル直筆による『トシローの支援魔法に関する懸念について』というものだった。

 




今回、起承転結の『転』部分かな?
ファルディオ(主人公)が次に活躍するのは、第11話となります。
第10話は早ければ、今夜に投稿できそうです。

考えてみたら、本来の悪役で転落役(ファルディオ)が頑張ってるので
この作品、ざまぁ脱落するキャラって居ないかも。

サキや、ブルーローズのキミコあたり、危ないかもですけど。


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第10話 マスルからの手紙

「何よ、これ……。ドラゴンワームを倒したのに……。トシロー以外、まるでレベルアップしてないじゃない!」

 

 街道を離れた……夕暮れ前の荒野。

 冒険者パーティー、ブルーローズの前で巨大なモンスターが倒れていた。ドラゴンワームと呼ばれる全長25m、胴の太さが直径2mほどのミミズのようなモンスター。全身から脂分を分泌して刃を滑らせ、先端部からは溶解液を放散する難敵である。

 普段は地中に隠れているので、冒険者にしてみれば探しにくいモンスターなのだが、今回は頻繁に出没し、街道を彷徨いている姿が目撃されていた。このことで討伐依頼が冒険者ギルドから出ており、依頼を受けたシャーノ達は首尾良く討伐に成功したわけだ。

 しかし、その倒れたドラゴンワームの前でシャーノ・タカビーが叫んでいる。

 今日までの三日間、依頼遂行を兼ねて荒野でモンスターを狩っていたのだが、大物を何度倒しても、トシロー以外のメンバーがレベルアップしないのだ。一方で、トシローは順調にレベルアップしている。パーティー加入時にすでに高レベルであったため、何か1体倒すたびにレベルアップ……とはいかないが、それでも他のメンバーに比べて、かなり早い周期でレベルアップしていた。

 ところが、試しに支援魔法を使用しないで戦ってみたところ、個々の差はあるが皆がレベルアップしたのである。

 

「間違いない。マスル殿からの手紙……あれに書かれた情報は真実だ……。このレベルアップの差……その原因は、支援魔法の有無だ……」

 

「じゃあ、本当に? トシローが私達の分も経験値を……」

 

 僧侶のイクネスと魔法使いのユーノが呟くと、皆がトシローを見る。女性4人からの視線を浴びたトシローは、一瞬、後ずさったが……すぐに頭を下げた。 

 

「すみません。どうやら、マスルの手紙にあった指摘どおりだったようです。俺の支援魔法は、仲間の経験値を奪う……。俺は……薄汚い経験値泥棒だったんだ! ぶ、ブルーローズの皆さんには、ここ何日かで御迷惑を……」

 

 下げ続ける頭の下……地面に水滴が落ちた。

 自分は、なんて滑稽で大馬鹿野郎なんだ……と、トシローは思う。

 風の勇者ファルディオから受けた扱いは、今でも許せない。ブルーローズで過ごした数日間、本当に居心地が良かったので、この気持ちが揺らぐことはない。しかしだ、自分は勇者パーティーに居た頃、ファルディオ達に何をしてきたのか……。

 

(必死に頑張ってるようで、ファルディオ達の成長を邪魔してきたんだ。経験値を盗んでたんだ……。俺は……俺は……追放されて当然のクズ野郎だったんだ……。それに……)

 

 言いがかりで追い出された悲劇。

 ブルーローズに拾われた後で、それを心地よく感じてはいなかったか。

 そこに考えが及ぶと、今度は吐き気も催してくる。

 

(恥ずかしい。もう誰にだって合わせる顔が無い……。ここから走って逃げたい……)

 

 だが、ブルーローズのリーダーであるシャーノの裁定を仰がなければならない。勝手に逃げ出すなど、それこそ卑怯者のすることだ。

 

「頭を上げなさい、トシロー……」

 

「は、はい……」

 

 涙と鼻水でグシャグシャの顔を上げると……シャーノが困り顔で微笑んでいる。 

 

「何て顔をしているの。そんなに気に病むことはないわ。だって、勇者パーティーのマスルさんから来た手紙の内容、そのままだっただけ。そうでしょ? 勇者パーティーの人達と違って、私達は先に知っていたんだから……」

 

 シャーノが腰のポーチから預かっていた手紙を取り出す。

 勇者パーティーに所属する重戦士、マスルからの手紙は『検証』を初める前日に届けられたものだが、その内容とは次のようなものだ。

 

『トシロー、元気でやっているか? マスルだ。先日はキツい物言いをして追い出すことになって、本当に申し訳ない。あの頃のファルディオは、増長が過ぎる状態だったので、君はパーティー外での活路を見出すべきだと思ったのだ。許されることではないが、本当にすまなかった。

 さて、君がパーティーを抜けてから、あることが問題となった。支援魔法が無くなってパーティーが弱体化するのは当然だが、以前に討伐実積のあるモンスターを倒して、大きくレベルアップできたのだ。……かなり前に倒したモンスターを再び倒し、それで数段階のレベルアップ。しかし、トシローが居る間は、そんな派手なレベルアップは無かったように思う。妙だとは思わないか?

 ここからはクーロンの仮説に寄るのだが……』

 

 支援魔法の発動中は、モンスター討伐によって得た経験値はトシローに集約される。

 この記述を呼んだとき、トシローやシャーノ達は一笑に付した。パーティー結成の盟約を結ぶ以上、倒したモンスターの経験値はパーティーメンバーに分配される仕組みになっている。これは子供でも知っている常識だ。

 なのに、トシロー一人が経験値を総取りに近い状態であると、マスルは手紙で述べている。これは、風の勇者ファルディオが、メンバーのマスルを使って嫌がらせをしてきたに違いない。

 そうトシロー達は判断し、途中で手紙を読むことを止めた。

 しかし、マスルからの手紙を廃棄することなく、シャーノに預けていたのは、手紙が届いた時点で既にトシローの能力を検証することが決まっていたからだ。加えて言えば、「もしかしたら……」という思いがトシロー達にはあった。

 言わば、念のために取っておいたのである。

 

「トシロー?」

 

 シャーのは手紙を、以前に読むのを止めた所まで読みあげてから、トシローを見た。

 

「色々心配してるだろうし、私達も思うところはあるのだけど。安心していいわ。あのとき、この手紙を途中までしか読んでなかったけど。ごめんなさいね、私……一人で最後まで読んじゃったの。さっきは、まあ……本当に経験値が入らなくて驚いちゃったけど……」

 

「それは構わない……。だって、読みたくないから好きにして良いって言って、シャーノに預けたのは俺だし……」

 

 今、手紙の内容を話題に出すと言うことは、手紙の続きが何か重要な内容だったのだろうか。トシローが布切れで顔を拭いていると、シャーノが手紙の続きを読み上げていく。

 

『……というわけで、君の「経験値集約取得」がブルーローズで問題視された場合、再び君の立場が危うくなることもあるだろう。しかし、安心して欲しい。支援魔法を使うと、メンバーに経験値が行き渡らないのであれば……支援魔法を使わなければ良いのだ。

 そして、支援魔法が有益な魔法であることに変わりはない。

 トシローを集中して鍛えたいのであれば、支援魔法をバンバン使えば良い。

 そうすることで、ブルーローズは大きく成長することだろう。君も含めてな。

 それだけのことだ。恐れることは何もない。

 そちらのパーティーメンバーが怒って耳を貸さない場合は、この手紙を見せると良いだろう。なに、シャーノ・タカビーは人格者と聞く。きっと理解してくれるはずだ。

 君とは行く道を違えてしまったかも知れないが、我々は皆が君のことを気にかけている。今ではファルディオも……だ。彼は大きく変わった。機会があれば、話し合うべきだろう。

 トシロー、君の支援魔法は本当に素晴らしい。

 トシロー・ザマフリーの名が、この空の下で響き渡る。

 そんな日が来ることを切に願っている。

 

 マスルより 』

 

 シャーノが読み終えると、荒野に立つブルーローズの面々は皆が黙り込んだ。それぞれが俯き、足下を見ている。中でも、再び涙腺の緩んだトシローは肩を揺らして泣いていた。

 

「マスルさん……。いい人よね?」

 

「……はい……」

 

 泣き続けるトシローは、それだけしか言えなかった。

 




 基本的に、主人公視点以外では、この書き方でいきます。
 トシロー・パート、なんて真面目な流れなんだ……。
 
 ファルディオ・パートは基本ノリで突き進むので
 また雰囲気が変わると思います。

 なんか勢いで、次話が書けたので
 このまま第11話も投稿します。


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第11話 ワイバーンの洞窟

「スタジオの皆さん。俺達は今、真っ暗闇の中、ワイバーンの巣……洞窟まで来ています。ジリマーハ王国の王都から北東の山岳地帯の中腹。途中でキャンプしましたが、ここまで登ってくるのは実に辛かった。そして、聞こえるでしょうか? このワイバーンの寝息。完全に熟睡しています。これから巣をあさって、目覚めのバズー……」

 

「何をブツブツ言ってるんだ、ファルディオ?」

 

 後ろに居たマスルが話しかけてきた。

 今、イイ感じで昔の番組を再現してたのにな~……ネットの動画で見たんだっけ? 芸能人の寝室に忍び込んで、バズーカをブッ放すやつ。トークが軽快なレポーターのおじさん、好きだったな~。

 おっと、ワイバーン討伐の話だ。

 アーマーライノスを倒した後、俺達は順調にモンスター狩りを続け、大きなレベルアップを果たした。僧侶のサキ・バスビーチに関しては「そんな修行まがいの泥臭い活動、私は嫌です!」と、ごねていたが、俺が「じゃあ、もう来なくていいよ。いくら御実家が貴族でも、勇者パーティーの活動に非協力的なら困るし。親父さんには、俺から言っておくから。サキは、パーティー抜けってことで……」と言ったら、宿の部屋から飛び出してきた。さすがに、勇者パーティーをクビになった状態で、実家帰りする勇気は無かったようだ。

 俺としちゃあ、不安要素の彼女をクビにしたかったんだけどね~……。良い機会だったし……。でも……まだ、見込みはあるのかな? もうちょっと様子見かな~。

 で、そのサキを加えた状態で、雇った偵察士やレンジャーから連絡が来るまで、ひたすら修行。結果、ワイバーンの巣の場所が判明した時点で、パーティーメンバーの平均レベルが50を超えるところまで成長した。

 俺? 俺は……以下のとおりってやつよ。

 

 

 職業 :風の勇者

 レベル:7→67

 名前 :ファルディオ(本名、野仲悟郎)

 年齢 :20歳

 剣技レベル:3→27 法力レベル2→8

 

<習得魔法>

 治癒(小)、風刃(中)、風歩(中)

 

<勇者スキルレベル>

 風斬3→38、飛び風斬2→30、風壁2→33

 

 

 ふふふ……うわーはっはっはっ! げほごほ!

 どうだ、この数値! この勇者っぷり! 俺は、やれば出来る子なんだよ!

 魔法の風刃(中)は、風の刃を任意の方向に飛ばす魔法だ。スキルの飛び風斬があるじゃないかって? いや、魔法で出す風の刃は、スキルとは別なんだ。早い話、正面の敵に飛び風斬をかまして、同時に背後に向けて風の刃を飛ばしたりってのが可能になったわけ。訓練は必要だと思うけどね。スーパーロボットが、ビーム剣を振り回しつつ、肩のミサイルポッドからミサイルを乱射する……みたいな。まあ、そんな感じ? 

 風刃は、飛び風斬より威力と射程距離で劣るんだけど、複数出せて、今は10発同時までだな。発射方向は自由自在だけど、基本的に大雑把。イージス護衛艦じゃないんだから、複数同時捕捉とかできねーし。いずれ、できればいいな……。新人類的な『テキーン!』て感じでさ。

 風歩(中)は、風の足場を作って空中を走る魔法だ。今は20歩程度で、そこそこ使える感じだ。攪乱もできるし、階段を駆け上るように発動すれば、ジャンプの限界高度が上がる。

 ……高く跳びすぎると着地の時に「ぐきっ!」ってなるから要注意だ。あれは痛かった……。足首を大破しましたぁ! って感じだったな~……。

 マスルも、盾に精神力を纏わせるフォース・シールドとか、色んなスキルを覚えてる。フォース・シールドって魔法攻撃とかを弾くんだぜ? どんどん頼もしくなっていくのな。

 クーは、クーで、魔法の二重発動なんてスキルを覚えたから、パーティー戦力は増し増しだーっ!

 と、大喜びしたいんだけど、これで他の勇者に追いつけたかどうか……不安もある……。

 そもそも俺、立ち位置的に『ざまぁ系』の悪役だからな。これだけ頑張っても、他の勇者はともかく、トシローには置いて行かれているんじゃないか?

 ハハハ……まさかね~……。俺、レベル67だよ? 

 ……せ、せっかく強くなったんだし、今後は高難易度の依頼も引き受けていくか。

 まあ、アレだよ。レベルを極限まで上げて、ラスボスを一発で粉砕するとか! 可能なら、そういうのを狙っていこう。時間を掛けすぎると、人類側で被害が増えたりするから、その辺の見極めも重要だな。他の勇者が魔王を倒してくれるなら、それはそれでオーケー。俺、今の状態でもメチャクチャ強いから、冒険者として食べていくのに困らないんだもん。あ、ちなみに、この国の王国騎士団の団長さんで、レベル25ぐらい。

 一般人の喧嘩が強い人で、レベル3ぐらいってところだ。

 俺のレベル67が、どれ程やばい数値か解っていただけただろうか?

 このまま頑張ってレベル100ぐらいまで上げておけば、俺でも魔王を倒せるのかな? わからないな~。なんで、そういう目安的な情報が失伝してるんだろ? 魔王は何回も生えてるってのに……。

 そこは普通、重要な話だよな? ……また何かあるのか? 糞女神がらみとか?

 ……まあ、それは置いておくとして、そう言えば、トシローが抜けた後のメンバー補充をしてなかった。偵察士かレンジャーが欲しいんだけど、今のところモンスター討伐しかする気がないもんで、特に募集はしていない。そのうち、真面目に考えなきゃだな。

 

 グゴォオオオオ。グァアアア。ぴすぴす。

 

 迫力のある寝息なんだけど、ところどころ気が抜ける。

 本当に、噂で聞くほど強いのか? ワイバーン……。

 と言うか、寝込みを襲うんだから強さとか関係ないけどな!

 ……なければいいんだけど。

 一応、気づかれたくないので、俺達は慎重に洞窟を進んで行く。どれくらい慎重かと言うと、ランタンに当て木を貼り付け……簡易シャッターにして、必要最小限の照明で進んだりしてるわけ。もちろん、抜き足、差し足してるぜ!

 そして、洞窟の奥の凄い開けた場所……直径60m、高さ30mぐらいのドーム状の空間で、2頭のワイバーンを発見した。

 誤字? 違うね、2頭居るんだよ! 目の前に!

 嘘やん、1頭じゃなかったのか……。つがいってやつか?

 ん~……偵察士やレンジャーは個別で雇ってたから、情報を統括する役目の奴とか居なかったからなぁ……。

 しかし、困った……。

 当初のプランは、ワイバーンの寝込みを襲い……具体的には、俺が風斬で首チョンパすることだった。ワイバーンは高難易度の討伐対象だけど、過去に討伐事例があったから、外皮なんかはアーマーライノスより弱いってのが知られてる。俺の今のレベルだと、アーマーライノスの外皮装甲なんか問題にならないので、ワイバーンの首も切断できるだろうって考えだ。

 ただ、2頭居るのが面倒くさい。

 片方を倒してる間に、残った1頭が目を覚まし、それで飛んだりしたら厄介なんだ。

 え? 洞窟の中だろって?

 寝床にしてるところは、ある程度の高さが確保(自分達で掘ったのかね?)できてるから、ちょっとしたジャンプぐらいはすると思うんだ。サイズは全然違うけど、目の前にキリンが居たとして、それが全力で跳ねて上から降ってくるんだぜ? 

 ちびるわ~。あと、潰されて死ぬ。

 俺はクルッと身体ごと振り向き、マスル、サキ、クーを手招きして呼び寄せる。

 

「2頭居るんだが……。想定と違ってて大いに遺憾なんだけど……。こうなったら、2頭まとめてやっつけたい。どうかな?」

 

「ちょっと!?」

 

 声をあげたのは僧侶のサキだったが、マスルに睨まれて口元に手を当てた。美人だから絵になる仕草だけどさ、騒いでワイバーンを起こすのは勘弁して欲しいんだぜ。

 

(「ファルディオ! 正気ですの!? 1頭だけでも危険なワイバーンが2頭! ここは王都まで戻って国軍の出動を要請すべきですわ!」)

 

(「それをやったら、やむを得ないとは言え依頼放棄だろ? 勝ち目はあるんだから、頑張るの! 俺達は勇者パーティーだぞ!」)

 

 サキの言うことにも一理あるし、俺もそうしたいんだけど……俺の勇者って立場がね~、それを許してくれないのよ。これが自分の実力を弁えない、面子だけ優先させた方針決定なら敗北フラグだよな? けど、荒野のモンスター狩りで修行した後だから、確固たる自信はあるんだ。

 ワイバーンの首切りは任せろ~、ズバッシュ! てなもんよ。

 で、問題の2頭目だが……ここでクーの出番だ。

 

「俺が1頭目の相手をしてる間に、2頭目の翼を壊して欲しい。ファイアーボールを二重発動で当てたら、翼の皮膜とかボロボロに出来るんじゃないか?」

 

 ワイバーンやドラゴンは、羽ばたきだけで飛んでるんじゃなくて、おもに皮膜から魔力を放出して飛んでるんだとさ。羽ばたいてるのは、放出魔力に勢いをつけてるからだとか、飛行姿勢を安定させてるんだとか……。

 細かい理屈はさておき、皮膜自体も魔力とかで防御力はあるはずだけど、ファイアーボールを連発でくらって無事に済むとは思えない。少なくとも、使い物にならなくなるはずだ。

 

「……やってみる!」

 

 クーは乗り気だ。マスルには、クー達を護って貰い、1頭目が死んだら俺に合流して2頭目も倒すんだ。サキとクーは、法術や魔法で俺達を支援だ。

 割りと脳筋なことを言ってると思うけど、この十日間ほどの修行の成果を見せてやんよ~。

 ドラゴンもどきめ、中身が日本男児の勇者様を舐めんなよ。

 ……フラグとかじゃないからな? たぶん。

 



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第12話 風の勇者、大勝利(ネタバレ)

 

 

 

 そろり、そろりと忍び寄る~。

 俺が着ているのはプレートメイル。板金鎧で、本来なら少しはガチャ付くところ。だけど、着慣れているから注意すれば音はほとんどしないんだ。もうちょっと早く動ければ……と思うけど、それをやると音がね~。この辺、偵察士やレンジャーは革鎧着用だし、装具を鳴らさない動き方とかも凄いらしいんだけど……。

 と言ってる間に、1頭目のワイバーンが目の前です。

 怖ぇえええ……。恐竜だよ、恐竜にしか見えねぇ……。

 しかも、フォルムはアーマーライノスより細身なのに、サイズ的に上回ってるって、どういうこと? 首か? 首の長さなのか?

 肩越しに振り返ると、少し離れた位置に居るマスル達が頷くのが見えた。

 プラン的には、首尾良く一発で首を落とせたら、クーが2頭目の翼目がけてファイアーボールを2連発。飛べなくなった2頭目を地上戦で仕留める。

 プランBも、ちゃんとあるぞ?

 1頭目が死ぬか戦闘不能になる前に、2頭目が起きて行動するようなら撤退だ。クーのファイアーボールで牽制しつつ洞窟出口まで行き、待ち伏せに移行。追いかけてきたワイバーン……おそらく2頭目を倒して、洞窟内へ戻り、1頭目にとどめを刺す。そんな感じだ。

 プランBでも、その場で2頭とも倒せると思うけど、最初に怪我した1頭目が生きてたら、火炎ブレスで攻撃してくるかもしれないしね。あと、毒針尻尾の攻撃も要注意。

 マスルとサキが居れば火炎ブレスも防げるんだろうけど、喰らわないに越したことはないんだ。

 ……できれば、最初のプランどおりに事が進んで欲しい。

 神に祈りたい気分だよ。でも、俺の祈りを聞いてくれる神様なんて存在するのかね~。

 さて、剣を……ああ、アーマーライノスを倒したときに風斬を連発したから、あのときの剣が駄目になってて、王都で新調したんだ。頑丈さ重視で切れ味は並だけど、そこは風斬でカバーだな。

 と、言うわけで俺は剣を抜いた。目の前にある土管みたいな首目がけ、剣を振り下ろす。勿論、歯を食いしばって声を出さないようにしてるぜ。何かの漫画で見たんだよ、「不意打ちするのに掛け声は良くない。良くないね……」って、敵のキャラが言ってるのをな……。

 

(風斬!)

 

 振り下ろしつつ風斬を発動。剣の本身よりも先に、風の刃がワイバーンの首……外皮に食い込んで……そこに剣が直撃。発動したままの風斬効果も相まって……。

 

 ざざざざっ……ずぱん! ガチン!

 

 肉を掻き分け、首を一刀両断。勢い余って首の下にあった岩肌を叩いてしまった。

 うげっ! これって……。

 

「ぶるる! ウガァ!?」

 

 このワイバーンの向こうに居る、2頭目が目を覚ましたのか! だよなー!

 みんな、ごめーん! 俺は、やっぱり阿呆勇者だーっ!

 け、けど、1頭目を倒しきった後だから、プラン変更なしだ!

 ということは予定どおり、後方からクーのファイアーボールが飛ぶ。スキルの二重発動を使っているから、2発同時だ。これが俺と死んだワイバーンを飛び越して、2頭目に着弾。俺達側の……左翼をボロボロにした。

 やったぜ! 洞窟の開けた空間だけど、これで飛んだり跳ねたりはできなくなったな!

 

「ファルディオ!」

 

 もう声を殺す必要もないと見たのか、マスルが呼びかけてくる。

 チラ見すると、マスルが駆けよって来てて、サキとクーは後方で待機。

 よし、打合せどおり。

 つがい(?)を殺されたことで、2頭目のワイバーンが怒り狂ってるが、俺達目がめて火炎ブレスがくるか? だとしたら、マスルのフォース・シールドと、俺の風壁で防ぐだけだ。と思いきや、重い風切り音が聞こえ、右側から……尻尾が飛んできた。

 

「任せろ!」

 

 マスルが前に出て、大盾で尾の攻撃を受け止める。フォース・シールドが発動している上に、自前の筋力増加スキルも使っているので、余裕とは行かないが上方へと尾を跳ね上げた。

 後で、マスルに聞いたら尾の一撃が、アーマーライノスの突進と同じくらい威力があったんだと。恐ろしすぎる……。魔力で強化でもしてたのかね。それを受け止めて弾いたマスルも、凄い成長ぶりだ。アーマーライノスの時は受け流しに成功したけど、吹っ飛ばされてたのに……。

 何にせよ助かった。俺の風壁は物理で殴られると、今の一撃なんかは受け止めるの無理っぽいんだよ。こいうのは水の勇者なんかが、氷の壁とか作って受け止められるのか?

 しかし、ワイバーンの攻撃は終わらない。

 跳ね上げられた尾の先端、毒針が俺を向いて突き出されてきた。

 尻尾を弾いたマスルじゃなくて、俺狙いか。もう1頭を殺したのが俺だってことを認識してるのか? やっぱり、つがいか?

 だが、俺狙いだろうが構うか! おっ(ぱじ)めた以上は最後までやる。逃げないプランなんだから、戦って倒しきるまでだ!

 俺は駆け出すや、頭上に向けて飛び風斬を撃ち出して毒針を迎撃する。もう毒針自体を見てないので、完全に勘での攻撃だ。しかし、レベルアップで刃の範囲が広がったおかげか、命中はしたらしい。

 

 バキーーン!

 

 金属音のようなものが聞こえる。

 

「ガゥッ!?」

 

 ワイバーンが驚いているようだが、俺は駆け続けた。

 尻尾をほぼ相手しない、ワイバーン側が驚いていて、俺は走り続けている。

 これらの要素が合わさり、俺は毒針攻撃以外、何の迎撃もされないままワイバーンの懐……下腹部に到達した。

 

「風斬!」

 

 繰り出した横なぎの一撃は、ワイバーンの下腹部を切り裂き、大量の血液と臓物を外へ放出させる。だが、俺はそれらを浴びていない。風歩によって空中を駆け上がり、途中で跳躍したからだ。着地地点は顔を下に向けたワイバーンの……後頭部。そこに降り立つや、俺は再度発動した風斬で首を斬りつけた。

 ぐはぁっ! 1頭目と違って、足で踏ん張ってないからスッパリと斬り飛ばせねぇ!

 アーマーライノスの時みたいに、風斬を連発するか?

 いや、ここは魔法……風刃だ!

 俺は、斬りつけたことによって生じた傷口付近に、風刃を連発した。飛び風斬より射程と威力で劣るけど、数だけは連発できる。これなら!

 

「グギェエエエエ!?」

 

 ワイバーンが絶叫した。

 見る間に、傷口が増えて、最初の傷には剣が食い込んでいく。風斬の効果が切れたので、再度発動!

 そりゃあ絶叫もしたくなるだろう。

 そして……。

 ワイバーンの首が切断され、その巨体は地響きを立てて崩れ落ちた。俺も華麗に着地だ。ちょっと足首にきたけど、グキッ! とはなっていない。

 やったぜ! 大勝利ぃ!

 2頭居るのを見た時は、かなりビビったけど何とかなるもんだ!

 まあ、あれだけ事前に調査しても想定外のことがあったから、今度から気をつけないとな。気をつけてどうにかなるものか不安だけど……いい教訓だったってことだ!

 

「やったな! ファルディオ!」

 

 一番近くに居たマスルが駆け寄ってくる。

 よし、怪我とかしてないな。遅れて駆けてきているサキとクーも無事だ。言うまでもないけど、俺も無傷!

 万事めでたしじゃないか。

 いや、慢心駄目! 絶対! ……けど、素直に喜ぶぐらいは良いと思うんだ。

 

「ファルディオ! 素晴らしいですわ! さすがは私の勇者様!」

 

 サキが飛びついてきて俺を抱きしめる。くそー、鎧着用じゃなければバインバインのオッパイの感触とか楽しめたのに……。

 

「ファルディオ、怪我はない?」

 

 息を切らせているクーが、ローブのフードをまくり上げて見つめてきた。

 うっ……瞳がキラキラしてて、可愛い……。子犬系ってやつ?

 俺はバインバインのナイスバディ派だが、クーのような美少女も、ストライクゾーンだ。

 クーは今、十八歳だっけ? 女子高生……いや、学校卒業してるから女子大生ぐらいか?

 ハハハ、モテてモテて困っちゃうな。

 ……しかし、サキは大丈夫なんだろうな? 

 このまま浪費とか、一般大衆に傲慢な態度とかかまして、パーティーの足を引っ張ったりしない?

 身体に残る記憶だと、そういう事やりそうなんだけど……。

 一応、気にはとめておいて、知らないところで何かしでかしたら……理由の立たない庇い立てとかしないように気をつける……ってところかな?

 下手すりゃパーティー崩壊……って、切り捨てる前提かよ……。

 我ながら吐き気がする。

 だけど、やらかした事に目を瞑ると、俺の方に悪いフラグが立ちそうだし……。

 サキが、『ざまぁ系』勇者パーティーの、落ちぶれ枠みたいになりませんように。

 俺だって、自分のことを慕ってる女性を切り捨てたくないんだから……。

 ……トシローは、今は上手くやってるかなぁ。

 例の『経験値集約取得』をイイ感じで取り回して、パーティーの戦力底上げに真っ当に貢献してたら、追い出されたりしてないと思うんだけど。

 今度は、俺が手紙とか書いてみるか?

 ……差出人の名前を見た時点で、破り捨てられそうだけどな……。

 




そう言えば、感想レスで書きましたけれど

・レベル上限なし
・種族及び称号によって、成長速度に格差あり(人間は底辺)
・魔法使用は、MPの『ゲージ』や『残量』が隠し扱い

と言ったシステムになっています。

称号は『力持ち』とか『軽業師』とか、そんな感じで
レベルアップ時の筋力増加と過敏症度の増加が、増し増しになるとか……。

ところがステータス値は隠し要素なので、お互いにステータスシートを見ても、把握はできない感じ。
レベルでしか上下を測定できないんですね~。
主人公の記憶覚醒前は、トシローのステータスを見ない方針だったので
彼の異常な成長には気が回らなかった……みたいな。
ちょっと無理がありますかね~……でもまあ、そんな感じです。

主人公は、レベルを上げるだけ上げて、ラスボスを一撃必殺……とやりたい感じなのですが、そうは上手くいかないかもなのです。

ラスボス一撃必殺は昔、ドラゴンスレイヤー6の英雄伝説でやったことがありまして。
レベルを上限まで上げて、ラスボス戦に突入し、味方の強化と、敵の弱体化をMPが尽きるまでやって、王子様に攻撃させました。
相手HPが9999だったような記憶があるのですが、3~4万のダメージが通って、即死したという……。
当時つきあいのあった友人に見せたら爆笑してました。
できれば、この路線で行きたいんですけど、書いてる内に変更になる可能性があります。


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