マチカネフクキタルとの3年間 with ゴルシ (あぬびすびすこ)
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1、運命の人

 2作目です。
 今回の主役はお目々がシイタケで可愛らしいあの子!

 前作はこちら。

ゴールドシップとの3年間
https://syosetu.org/novel/255533/


 ――今日は大安吉日。だって、神様がそう言ってるから!

 

「見つけました! 私の運命の人!」

 

 

 

 

 

   ◆ ◆ ◆

 

 

 

 

 

 トゥインクル・シリーズ。ウマ娘たちが競い合い、誰が一番速いのかを決めるレース。

 そこに出場するためには、チームに所属しなければならない。

 そして、そのチームは5人以上いなければならないのだが……。

 

「なあ、トレーナー。3人しかいねーけど、どーすんだ?」

 

 話しかけてきたのはゴールドシップ。俺の初めての担当ウマ娘だ。

 新人トレーナーの専属システムを使って、チームを作らず二人三脚でトゥインクル・シリーズを3年間勝ち進んできた。

 

 そしてついにチームを作らなければならないということでウマ娘たちを呼んだ。今ここにいるのは俺がスカウトして見つけてきた3人だ。

 銀メッシュのソーラーレイ、長身のコルネットリズム、金髪ロングのトモエナゲ。

 ゴールドシップは初めてのURAファイナルズで優勝した、初代チャンピオン。

 そんな彼女に憧れて、とりあえずお話なら……と言ってくれた3人だ。

 

 というか、ここまでの実績を経ても3人って……。自分の実力不足を嘆いた。

 このままでは、3人がはいったとしてもレースに出走することができない。

 

「うっし! こういう時はゴルシちゃんに任せろ!」

 

 グッとガッツポーズをするゴールドシップだが、任せると大変なことにしかならない。

 ただ、もうあてもないのでこの破天荒にかけよう。

 

「レーダー受信、レーダー受信。ウマ娘の反応アリ」

「私たちもいますけど……」

 

 妙な動きでふらふらと動くゴールドシップ。

 少しして、ハッと顔を上げた。そして俺を担ぎ上げる。

 

「え?」

「あ、あら?」

 

 あ、いつものことだから気にしないでほしい。

 そう言った直後、ゴールドシップがトレーナー室の扉を蹴破った!

 

「えぇ!?」

「あっちが匂うぜ! ゴルシちゃんダーッシュ!」

 

 今日は解散して明日連絡するからなああああー。

 ドップラー効果を起こしながら2人で去っていく。

 

「……大丈夫かな、トレーナーさん」

「ゴールドシップさんですし、しかたないよ」

「僕、心配だー」

 

 残されたトレーナー室の面々でそんな話があったとかなかったとか。

 

 

 

 

 

「ここだ!」

 

 着いたところは神社だった。

 トレセン学園の近くにある、長くて急な階段がある有名な練習の場所だ。

 その階段の前で下ろされる。本当にここにいるのだろうか?

 

「まあ、上ってみようぜ。運試しもしてーからさ」

 

 どうやらおみくじを引きたかっただけらしい。

 ゴールドシップは占いが好きなわけでもないのに、やたらとやりたがる。

 特におみくじみたいな当たりハズレのあるものは大好物で、絶対にやるのだ。

 

 何故そんなに引きたがるのか聞いたら、おもしれーじゃんと答えられた。

 まあ、うん。確かにそうだけど。

 

「相変わらずの階段だよな。アタシがマンボウだったら血吐き出してるぜ」

 

 虚弱すぎる! 確かにトレーニングに使われるぐらいだからキツいけど。

 ゴールドシップにペースを合わせてもらい、階段を上がっていくと小さめの神社が見えた。

 正月お参りに行くところはまた別の場所だから、少し新鮮だ。

 

 おみくじを引きたがるゴールドシップを引っ張り、先にお参りを済ます。

 チームに入る娘たちが楽しく怪我せず走れますように……そしてもう1人入ってくれますように!

 

「………」

 

 ゴールドシップも目を閉じて真剣にお参りしている。何を願っているのやら。

 ま、ゴールドシップのことだからな。きっと自分のことよりみんなの健康のことをお願いしているのだろうけど。

 言動は奇怪だけど、気遣いできて優しい娘だからな。

 

「ふぅ……んあ? なんだよ、深海魚みてーな顔しやがって」

 

 温かい目で見ていたら随分と失礼なことを言われた!

 おみくじを引いてくると言って手を差し出してきたので、500円渡すと小走りで引きに行った。

 

 メンバーはどうしたものかなーと木の下で考えてると、視界の端にピコピコ動くものを見つけた。

 何だと思って目を向けると、1人のウマ娘がドドドドドと音を立てて走ってきた!

 

「おおおおーーーーっ!!!! その襟についたバッジ! まさしくトレーナーさん!」

 

 目がキラキラしたウマ娘が突撃してきて、俺の目の前でブレーキ。

 そのまま感極まってぎゅっと手を握り締めて体を揺らしている。

 な、なんだこの娘は……?

 

「シラオキ様が言っていました! この神社に現れる人物! それこそ待ち人であると!」

 

 むふーっと得意げに話し、ピンと指を立てる。

 ……とりあえず話を全部聞いてあげよう。腰に手を当て、続きをどうぞと促す。

 

「そして今日は大安吉日! つまり、スーパーラッキーデイ! これを信じずして何を信じればよいのでしょうか!」

 

 ニコニコ笑顔になって体を左右に揺らし、機嫌よく話を続ける。

 なんか怪しい勧誘みたい。

 

「わわっ!? 違いますよ! 決して怪しいウマ娘なんかじゃありませんから!」

 

 慌てて手を振るウマ娘だが、どうにも怪しい。

 トレセン学園の制服を着ているから学園の娘なんだろうが、何をしにここにいるのだろうか。

 

「目的ですか? もちろん、待ち人を探していたのです!」

 

 待ち人って探すものなのか……?

 

「運命の人を今か今かと待っていましたが、ようやく現れましたね!」

 

 運命の人……やはり宗教勧誘だろうか。

 一歩下がろうとしたら、また慌てて手を振り出す。

 

「ち、違いますって! 運命の人というのはトレーナーさんです!」

 

 トレーナー……? ウマ娘がトレーナーを探しているということは、スカウト待ちということだろうか。

 今は模擬レースの時期だ。俺もそこでゴールドシップと出会っている。その後はひどい目に合ったけど。

 

「さかのぼること数時間前……シラオキ様からのお告げに導かれてこの神社に来たのです。そして、おもむろにおみくじを引いてみました」

 

 まずそのシラオキ様というのが何なのかわからない。そしてそのお告げというのも怖い。

 俺が若干引いて見ているのを知らず、こぶしを握って目を閉じ、粛々と話を続ける。

 

「そしたらなんと! 『運命の人が来る』と書いているではありませんか! ほら、これです!」

 

 懐から取り出したおみくじを見せられる。

 末吉だ。

 

「き、吉兆はどうでもいいんです! 見てくださいここ! ここですってば!」

 

 ぐいぐい押し付けるように見せつけられる待人と書かれたところを見る。

 ……確かに、『運命の人来たれり』と書いてある。

 

「はい! このおみくじに書いてある通りです! そしてじーっと待っていたらトレーナーさんが来たのです! これはまさに運命ではありませんか!」

 

 人違いです。そう言ってゴールドシップのところへ行こうとすると、服にしがみつかれた。

 ええい、なんだこのウマ娘は! ゴールドシップとはまた違った方向で奇怪だぞ!

 

「待ってくださいぃいーーーっ!!! 人違いじゃないですぅーーっ!」

「おいおいトレーナー、何してんだ? マルゼンが持ってたしがみつく人形みてーなの連れて」

 

 ゴールドシップがおみくじを引いて帰ってきたようだ。

 よく分からないウマ娘が怪しい勧誘を! そう言うとしがみついているウマ娘は違うんですーっ! とまた叫び始める。

 

「なんだ、ぶつかり稽古か? ならアタシもやるぜ! おれぇい!」

「なんとっ!? うぎゃーー!」

 

 うわーっ! しがみついていたウマ娘ごと俺を吹き飛ばしてきた。

 うまくかばいながら受け身を取って立ち上がり、倒れている娘に手を差し出して起こしてあげる。

 

「うぅ、ありがとうございます……ってあれ? あなたはゴールドシップさんでは!?」

「あん? ゴルシちゃんのこと知ってんのか?」

「知ってるも何も、URAファイナルズを優勝した最強のウマ娘じゃないですかー! え! トレーナーさんがゴールドシップさんの!?」

 

 そうだよ、と頷くと、えぇーっ!? と驚く。

 ゴールドシップに注目が行き過ぎて、トレセン学園のウマ娘の中では俺の存在が薄いということは聞いていた。

 SNSだと何故か人気らしいけど。

 

「こ、これは生涯に1度のチャンス……! お願いします! 私のトレーナーになってください!」

「お、なんだ。勧誘してたのか?」

 

 なんというか、もうわけがわからないよ。

 状況が全く理解できないが、とにかくこの娘は担当してくれるトレーナーを探しているということらしい。

 チームに誰か入れたいという気持ちは山々だけど、この娘について何も知らないからなぁ。

 

 まず、キミのことを知りたいから、名前を教えてくれる?

 そう言うと、ハッとした顔をした。

 

「そういえば、言ってなかったですね……」

 

 困ったように頬をかき、改めてこちらに向き直る。

 

「申し遅れました! 私の名前は、マチカネフクキタルです!」

 

 ――こうして俺は、マチカネフクキタルと出会ったのだった。




 マチカネフクキタルってかわいいですよね。
 何がかわいいって感情が素直なのがいいです。


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2、練習風景

 1話目からたくさんの感想と評価ありがとうございます!


 マチカネフクキタルと名乗るこのウマ娘。なにやらゴールドシップとは違うタイプのクセ者の匂いがする。

 とにかく俺に担当トレーナーになってほしいということらしい。

 理由はおみくじに書いてあったからという話だ。

 

「おめー、中々おもしれーじゃねえか! そういうのアタシは好きだぜ」

「おおぉ! わかってくれますか! いやぁ、流石は初代チャンピオンですね!」

 

 クセ者とクセ者が意気投合している。

 ……チームに入れないといけない雰囲気になってきたな!

 

 とりあえず、何も知らない状態では担当できないよと話をすると、ハッとして頷いた。

 

「それもそうですね! では次の選抜レースで私の走りをお見せしましょう!」

「あん? 選抜レース?」

 

 選抜レースというのは、ウマ娘がトゥインクル・シリーズへ参加するために、トレーナーにスカウトしてもらうレースだ。学園の一大イベントだな。

 要はトレーナーに今の実力を見せるためのレースだな。トレセン学園内のレース場で開催される。

 公開練習にも使われるレース場のため、観客席もしっかり整備されているから本番同様の環境で走ることができるわけだ。

 

 ゴールドシップと出会ったのは選抜ではなく模擬レース。模擬レースは選抜レースよりも簡素で、トレーナーたちでも組むことがあるし、トレーニングでも組むことがある。

 昔は選抜で実力を出せなかったウマ娘が、ベテラントレーナー主催の模擬レースでスカウトされるというのが通例だったようだが、今はどちらも差はない。

 むしろ、常にトレーナーや学園が開催している模擬レースで早めにスカウトするのもトレーナーの腕だと言われているぐらいだし。

 

「そうと決まれば早速練習してきます! 開運ダ~~~ッシュ!」

「おぉ、天運にかけた走りじゃねえか。宇宙までぶっ飛びそうだな。天の川見にいくか?」

 

 彼女は凄まじいスピードで走り去っていった。

 選抜レース、果たしてどうなるのだろうか。絡んでくるゴールドシップをあしらいながら、マチカネフクキタルの走って行ったほうを見ていた。

 

 

 

 

 

   ◆ ◆ ◆

 

 

 

 

 

 後日、選抜レースに向けたトレーニングを行っている練習場を見に来た。

 現在チームに入る予定のソーラーレイやトモエナゲたちもここでトレーニングを行っている。

 というのも、まだ担当ではないのだ。一応チーム入り希望というだけで、正式には契約していない。スカウトはしたが、よければ見学にどう? ぐらいの感じなのだ。

 マチカネフクキタルと同じで、まだ彼女たちの実力をしっかり把握しているわけではないからな。ゴールドシップにはそれはスカウトじゃねーだろと珍しく突っこまれたけど。

 

 とはいえ一応入りたいとは言ってくれているから、様子を見に来たわけだが。

 先輩トレーナーたちも結構いて、トレーニング風景をしっかり見ている。今やっているトレーニングを見て、スカウトするウマ娘を絞っているのだろう。

 俺も同じように見ていると、仲良く3人で準備運動していたソーラーレイたちがこちらに気づいた。にこやかに手を振ってくれている。

 

「バナナはおやつに入らねーよな? リンゴだっておやつ扱いじゃねーし」

 

 手を振り返していると、隣でももを食べているゴールドシップが話しかけてきた。

 好きなものを好きに食べていいと言ってはいるが、この場所この状況で食べるのはやめなさい。

 ぺしっと肩を叩くと、しゃーねえなと言いながらももを鞄にしまった。

 

 他によいウマ娘がいないか探していると、視界の端で調子がよさそうに体を動かすウマ娘を見つけた。

 

「さあ、スズカさん! ラッキーナンバーの数だけ走りましょう! 今日のナンバーは39ですよ!」

「39!? 1周で2,000mあるけど……」

「大丈夫です! なんせラッキーナンバーですからっ!」

「本当にラッキーなの……? 無茶だと思うんだけど……」

 

 マチカネフクキタルだ。もう1人のウマ娘は、サイレンススズカだろうか。

 女性トレーナーの先輩が凄まじい素質があるウマ娘を見つけたと珍しく興奮していたのを思い出す。既に機能美溢れる体つきをしていると言っていたし、きっとあの娘だろう。手足のしなやかさが群を抜いている。

 

 2人で併走を始めたのだが……明らかにペースが速い!

 ランニングとしては相当飛ばしている。ゴールドシップが併走トレーニングのアップをしている時にたまにふざけてあのペースで走ることもあるが、5周で相手が確実に潰れる。

 デビューもしていないウマ娘だと、3周、よくて4周で限界だと思うが……。

 

 鞄から新たにみかんを取り出そうとするゴールドシップの腕を掴んで抑えながら見ていたら、結局4周で完全にバテていた。

 そりゃあそうだろう。途中から時間を計っていたが、1周70秒だ。準備運動の速さではない。

 

「ぜえ……ぜえ……」

「はあ……はあ……もう、だから言ったのに……」

 

 ラッキーナンバーの39周を走り切るペースで、ということではない走りだった。一体どんな意図があるのだろう。

 

「で、ですが、流石はラッキーナンバーです! この数字があったから、こんなに頑張れたのですから!」

「4周しかしてないけど……」

 

 特に意図はなかった。頑張って走っただけのようだ。

 トレーニング風景だけ見ると、真面目なのか真面目じゃないのか。一応やる気はあるようだ。

 

「へへっ、やるじゃねーかトレーナー。だけどアタシがキウイを食うのは止めれねーからな!」

 

 ついに抑えきれずに鞄からキウイを取り出されてしまった。どれだけ果物入っているんだ……。

 でも切らないと食べれないと思うぞと言うと、それもそうかと言って鞄にしまいこむ。

 いつものようにゴールドシップと少し騒いでいたら、何事かとトレーニング中のウマ娘たちの視線を集めてしまう。

 

「あっ、トレーナーさんじゃないですか!」

 

 見つかってしまった。この前の神社を彷彿とさせる素早さでフクキタルがこちらに走ってきた。

 よう、とゴールドシップも手を上げてあいさつする。

 

「見に来てくれたのですね! これも今日のにんじん占いで『併走トレーニングが吉』と出たご利益ですね!」

「そんな理由で併走を頼んだのね……あ、こんにちは」

 

 随分と天運に身を任せたトレーニングの選び方だったらしい。

 サイレンススズカに呆れられてしまっているが、幾分か慣れている様子だ。仲のいい友人なのだろう。

 

「こちらはサイレンススズカさんです! とっても凄いウマ娘ですよ!」

「サイレンススズカ、です」

 

 ぺこっと頭を下げられたので、こちらもよろしくと頭を下げる。

 

「トレーナーさん、お願いがあります!」

 

 お断りします。

 

「ちょっ!? 最初から断らなくてもいいじゃないですか~!」

「あの、ゴールドシップさん、ですよね? URAファイナルズ、凄かったです」

「おう! しかしすげーマイペースだな、お前」

 

 俺がマチカネフクキタルとやり取りをしている間、サイレンススズカは全く気にしないでゴールドシップに話しかけていた。

 ゴールドシップとは別の方向でマイペースだ。なんというか……みんな個性が強いな!

 

「朝に占いアプリでかしこみしたら『詳しい人の話に耳をかたむけるのが吉』と出たのです! なので、なにとぞなにとぞぉ~!」

 

 必死に手をすり合わせて拝まれた。ゴールドシップと目を見合わせる。

 クイっ。ちょいちょい。スッ。

 

「ま、それで許してやるか」

「えっと……何をしてるの?」

 

 ゴールドシップのトレーニング時間がなくなっちゃうけどどうするか。ゴルシちゃんの時間けずるたぁいい度胸だな。ラーメン奢るから許して。

 このやり取りをジェスチャーでしただけ。そう話すと、マチカネフクキタルがおぉ、と声を上げた。

 

「これが人バ一体ということですね……!」

「ちょっと違うと思うけど……」

 

 困ったようにこちらをチラ見するサイレンススズカ。うん、これは付き合いが長いからできるだけだと思う。

 とりあえず少しぐらいならいいよと話すと、飛び上がって喜び出した。

 

「ありがとうございます! では早速、どんなトレーニングを?」

 

 あそこの3人と2,000mの併走を3回やってきてと話す。

 手を差し出したその先にいるのは、こちらを見ているソーラーレイたち。

 とりあえず中距離の走りを見て走りや体の特徴を確認しよう。そう言うと、わかりました! と言って走って行く。

 これでうまいこと目星をつけた全員の走りが見れるな。うんうんと頷いていると、サイレンススズカがふぅ、と息を吐いた。

 

「ありがとうございます、トレーナーさん。おかげで普通のトレーニングができそう」

 

 困ったように笑う彼女を見て、クセウマ娘の相手は大変だよな。

 そう思いながら、隣でサクランボを食べているゴールドシップを見るのだった。




 選抜レースと模擬レースでわけましたが、その理由は前作で模擬レースって最初に書いてしまったからです!
 次作にツケが回ってきましたね!!!

 一応ストーリーを見ると、模擬レースはトレーニングの一環としてトレーナーが組むことがあるようなので、非公式のものみたいです。
 選抜レースはウマ娘の実力を見せるレースで、実況もついています。多分、学園主催のレースで、学園での一大イベントになっています。

 スカウトしたりするのは選抜レース! 模擬レースではないです!


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3、トレーニング

 トレーナーくんの奇抜なトレーニングは果たして通用するのでしょうか


 選抜レースのトレーニングを見た後日。

 トレーナー室にてゴールドシップと次に出るレースについて作戦を話していた。

 というのも、実は海外のレースに出てほしいと理事長から依頼が来ているのだ。その名も凱旋門賞。

 ゴールドシップが以前競い合ったナカヤマフェスタが出たレース。世界規模で有名なレースということで、ゴールドシップもそこそこやる気だ。

 

 芝や気候の違いについて説明し、知識をすり合わせていたら、コンコンと扉がノックされる。

 この部屋の扉がノックされるとは珍しいと思っていると、扉が開かれた。

 

「突然失礼します!」

「あ? なんだ、フクキタルじゃねーか」

 

 マチカネフクキタルだ。

 自信満々に入ってきたわけだが、何か用だろうか。

 

「トレーナーさんにお願いがあってき、ましたけど……」

 

 ホワイトボードに貼られたレース場の図と俺が持つマグネットを見て、ビシッと固まり、尻すぼみになってしまった。

 

「あのー……すみません、また後から来ます」

 

 頬をかき、そそくさとトレーナー室から出ていった。

 そして静かに扉が閉められる。

 うん……なんというか、ウマ娘が扉を静かに開け閉めしているのを見るだけで感動してしまうな。

 

「なあトレぴっぴよお、おフランスに行くんだろ? じゃあドレスも必要ザマス!」

 

 おーっほっほと笑うゴールドシップ。

 この前見たウマ娘でこんな感じで笑っている娘がいたなーと思いながら、必要ないザンスと答えた。

 

 

 

 

 

「連れてきたぞー。オラァ、開けろ! ゴルシ警察だ!」

「ぴゃああ~~! ゴールドシップさん! 扉が壊れてしまいますよ~!」

 

 レースの話し合いが終わったので、ゴールドシップにマチカネフクキタルを連れてきてほしいと伝えた。

 お駄賃としてにんじんせんべいを渡すと、レースのスタートでは見せてくれないだろう好スタートで走って連れてきてくれた。

 ただし、扉を思いきり叩くおまけつきで。

 

 扉を開けると、マチカネフクキタルを肩で抱えているゴールドシップがいた。

 予想通りだな、うん。

 

「ほらよっと。なあトレーナー」

 

 トレーナー室に入ってマチカネフクキタルを降ろしたゴールドシップにさっき入れたばかりのお茶を渡す。

 

「お、さんきゅーべりーまっちんぐ!」

 

 イスに座ってにんじんせんべいをお茶につけてぬれせんべいを作ろうとする彼女をよそに、どんなお願い? と聞く。

 すると、マチカネフクキタルはハイ! と元気よく返事をした。

 

「選抜レースに向けて、本格的なトレーニングをしようと思っています」

「星座占いでも、この期間が大切だとでていましたので!」

 

 ピンと指を立ててそう説明する彼女。

 続けてパンと手を合わせ、そして頭を下げた。

 

「というわけでご指導のほどよろしくお願いします!」

 

 まだトレーナーになってないんですけど!? 思わずツッコんでしまう。

 確かに担当トレーナーではなくても、選抜レースに向けたトレーニングを見てあげることはある。

 実際この前俺がそれをやっていたし、ソーラーレイたちにも指導を少しだけしていた。

 

 ただ、今みたいに専属で教えるということは普通はやらない。

 だってそれならもう担当でいいんだから!

 

「今日テレビで見た占いに『識者に教えてもらうのが吉』とあったんです~! お願いします~! なにとぞぉ~!」

 

 この前と同様に拝み倒されてしまった。

 今日はゴールドシップのトレーニングがある。流石に自分の担当をないがしろにはできない。

 どう断ろうかと思っていたら、せんべいを食べ終えたゴールドシップが手を拭いて立ち上がった。

 

「今日はどーすんだ?」

 

 ぱかプチダッシュでいこうか。

 

「うっし、じゃあごるプチ大をもっていってやるか。行くぜ、アタシのオプション!」

「あ、あの~……私はどうなるのでしょう……というかぱかプチダッシュとは?」

「あん? おめーも来ればいいじゃねえか」

 

 えっ、と俺とマチカネフクキタルの声が重なる。

 

「だってよー、トレーニング見てほしいんだろ? ならぱかプチダッシュさせりゃあいいだろ。面白そうだしな!」

 

 ゴールドシップは部屋の隅にあるダンボールの中からウマ娘のぬいぐるみを取り出して、マチカネフクキタルに1つ投げる。

 彼女が受け止めたのは、トーセンジョーダンぱかプチ大。

 ……後でジョーダンに謝っておこう。

 

「え、いいんですか!?」

「おう! ゴルシちゃんがルールだって古事記にも日本書紀にも書いてあるからな! 細かいことはいーんだよ!」

 

 楽しそうに部屋から出る2人を見送る。

 しばらくうーんと悩んだが、まあいいか、別に禁止されてないし。そう思いなおして部屋から出た。

 

 

 

 

 

   ◆ ◆ ◆

 

 

 

 

 

 練習場でゴールドシップたちと合流し、早速トレーニングをと思ったわけだが。

 

「おせーぞトレーナー! このゴールドシップ様を待たせるとはいい度胸じゃねーか!」

「準備出来てます! いつでもいけますよ~!」

「ハウディ~、トレーナーさん!」

 

 1人増えている……!

 ゴールドシップよりもデカいあのウマ娘、間違いない。

 既にデビューしてもおかしくないぐらいの強さを見せつけているタイキシャトルだ。

 かなりの能力はあるが、先輩たちが言うには落ち着きがなくスタートもしくじりやすいとかなんとか。

 それぐらいなら別にいいのでは? と俺が話したら何言ってんだコイツという顔で見られたのが記憶に新しい。

 

「まさかぱかプチでカウガールが釣れるとはな……わからなかったぜ、このゴルシの目をもってしても!」

「カワイイぱかプチを持ってたので、いっしょに来てみマシタ!」

 

 タイキシャトルはそう言って持っていたぱかプチをぎゅうっと抱きしめた。

 すさまじいパワーのようで、ジョーダンの顔がはちきれんばかりに歪んでいる。

 

 ちょっとしたハプニングだが、まあよしとしよう。

 丁度いいし、タイキシャトルも一緒にトレーニングしてもらうことにした。

 ゴールドシップに目配せして、マチカネフクキタルの腰にひもを括り付けて、ぱかプチも同じように縛る。

 

「あの、トレーナーさん。私はいったい何をされているのでしょうか……?」

「オゥ! ぱかプチが縛られてマース!」

 

 ゴールドシップ、見せてやろう。

 

「しょうがねえな。一瞬たりとも目を離すんじゃねーぞ!」

 

 自分でぱかプチを縛ってセットしたゴールドシップがそのまま走り出し、ターフを走っていく。

 後ろに縛ってあるぱかプチは落ちず、そして謎の笛の音が聞こえてくる。ごるプチについているフエラムネの音だろう。

 

「ワオッ! ぬいぐるみを落とさないで走ってマス!」

「忍者みたいですね! ……あれ、もしかしてこれがトレーニングなんですか?」

 

 そうだよ、と答えるとマチカネフクキタルはとても驚いていた。タイキシャトルもオウ! とびっくりしている。

 

「こ、個性的なトレーニングですね……むむむ、しかしこれもまたシラオキ様のお導き……よーし、やってやりますよぉ~!」

「イエース! ワタシもトレーニングしマース!」

 

 2人もぱかプチを身に着けてゴールドシップを追いかける。

 以前やった時は坂路だったが、今回は芝だ。2,000m地面につかないように走るのはそこまできつくないだろう。

 

 と、思っていたのだが……。

 

「ぴゃあああ~~!!! ジョーダンさんが草まみれにぃ~!」

 

 マチカネフクキタルはコーナーでスピードが足りず、ぱかプチがターフに叩きつけられている。

 

「ハァ……ハァ……ちょっとだけ長いデース!」

 

 タイキシャトルは2,000mが長かったのか、最初は調子が良かったが後半垂れてしまい、最後はズルズル引きずっていた。

 というか途中でよそ見が多くて何度か落としかけていた。すごい落ち着きがない娘だな……。

 

 ミホノブルボンも楽しそうにこなしていたと先輩に聞いていたが、トゥインクルシリーズでも抜きんでた力が無いとキツイトレーニングなのかもしれない。

 ゴールドシップはどんなトレーニングをやっても普通にこなしてきたから、楽しさと負荷以外意識していなかった。

 

「今日のフエラムネもいい音色だったな! 次はヘヴィメタルに挑戦するぜぇー!」

 

 1周終えて調子を整えたゴールドシップがまた走り出していった。フエラムネでヘヴィ部分はどうやって出すつもりなんだろうか。

 少しして戻ってきた2人を迎えると、ぜぇぜぇ言いながら息を整えていた。

 

「ぜぇ……ぜぇ……面白いですけど、できないと辛いですねこれ……」

「アンビリバボー……スゴいトレーニングデース!」

 

 評価は高いが中々大変なようだ。

 ……もしかして、今までゴールドシップを基準にしてトレーニングを作っていたけど、これってハイレベルなのかもしれない。

 

 チームを作るうえでトレーニングも見直さなければならないな。

 楽しそうに走って帰ってくるゴールドシップとヘロヘロになっている2人を見てそう思うのだった。




 通用するけどキツすぎました
 ぱかプチダッシュとは、一定以上の速度で走り続け、かつコーナーでも減速しすぎてはいけないというかなり難しいトレーニングなのです!
 坂路はまっすぐですが上り坂なので、また別の辛さがありますね


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4、選抜レース

 フクキタルのキャラストーリーはコメディとシリアスが絶妙な匙加減でいいですよね。
 占いも大事だけど、それよりなにより走るのが大好きというのがわかるからヨシ!


 先日のことを踏まえて、俺は反省してトレーニングを色々考えてみた。

 デビュー前だから基礎が大事ということで、筋力や体幹を鍛えるトレーニングをメインに考えたわけだ。

 その中でも、バランスボールに乗ってジェンガをやっていた時は白熱していたなぁ。限界を迎えたフクキタルがジェンガごと吹っ飛んでいく光景を何度見たことか。

 ちなみにゴールドシップはバランスを崩すことなくずっと正座してジェンガをやっていた。

 

 時折フクキタルのやる気を継続させるために、サイレンススズカやタイキシャトルなどに協力してもらうこともあった。

 筋力や体幹ばかりだと飽きるだろうからと、試しにやってみたペットボトルロケットショットガンタッチは凄い戦いになっていたな。

 ゴールドシップが2Lのペットボトルで作り上げた2段式ロケット。なんと空中で分離してさらに飛んでいくという代物だ。どういう機構なんだろうか……。

 シャレにならないスピードで飛んでいくペットボトルをキャッチするだけなのだが、これが低空の軌道で100mぐらいぶっ飛んでいくものだから中々取れない。

 正直フクキタルよりもスズカやタイキのほうがムキになっていたが、楽しんでくれていたから良しとしよう。

 

 そんな感じで俺とゴールドシップにとっていつも通りのトレーニングしてきたわけだが。

 レース前日の昼、フクキタルがトレーナー室にやってきた。タイキシャトルも連れて。

 

「トレーナーさん……今までありがとうございました……」

 

 意気消沈した別れの挨拶を初手で受けた。

 がっくり頭を垂れていて、隣にいるタイキも困り顔だ。

 どうしたのかと聞いてみると、タイキが携帯を見せてきた。

 

「コレを見てくだサーイ!」

 

 携帯に映っているのは選抜レースのメンバー表の写真だ。

 ……なるほど。どうやらフクキタルはデビューは確実だろうと言われるそうそうたるメンバーの中に組み込まれている。

 タイキから名前を聞くたびに青ざめる彼女の姿が幻視できるな。

 

「もうダメなんです~~~! 私の選抜レースはもう終わってしまったんです~! 占いの通りですよぉ~!」

 

 うわあーーん! と頭を抱えて叫ぶフクキタル。

 どうやら選抜レースの占いをしたら『最悪』とでてしまったらしく、それも相まってこんな状態になっているようだ。

 

「トレーナーさん、なんとかしてくだサイ! フクキタルのフレンドとして、ほうってはおけまセン!」

「うう……いいんです、タイキさん。私はこうなる運命にあったのです……ああ、シラオキ様、何故私にこんな試練を……」

 

 ついに膝崩れになって天に祈り始めた。

 ずっと気になってはいたけど、シラオキ様って誰?

 

「シラオキ様ですか? シラオキ様は私の夢の中にだけ現れる神様です。私を福へと導いてくれるありがた~い神様なのですよ!」

 

 ですが今回ばかりは何故~……と嘆くフクキタルを見て、どうやって話をしようか考えていると、肩をポンと叩かれた。

 振り向くと、そこにはサングラスをかけたゴールドシップが! いやまあ、一緒にお昼ご飯食べていたからいるのは知っていたけど。

 

「フクキタル、このゴルシちゃんがほんのちょっぴりだけ教えてやるぜ」

「ゴールドシップさん……?」

 

 腕を組み、フクキタルを見下ろすゴールドシップ。その顔にはいつのまにか白いヒゲがくっついていた。

 どこから持ってきたんだそれは。

 

「神様はの……乗り越えられる試練しか与えないのじゃよ」

「乗り越えられる、試練……?」

「そうじゃよ。ゴルゴル星の神、シップオブゴルーシもそう言っているのじゃ」

 

 ふぉふぉふぉとヒゲを撫でながらどこからともなく取り出したラップを通して空を眺めるゴールドシップ。ラップ越しに空を見ると故郷の星が見えるとかなんとか言ってたな。

 横目でゴールドシップを見ていたら、フクキタルが急に立ち上がった。

 

「私には、このレースを乗り越えられる……そういうことなのですね、シラオキ様!」

 

 ゴールドシップの言葉を受けて、少しばかり元気が出たようだ。

 

「しかし、占いは最悪です……どうすれば乗り越えられるのでしょう……悲しいことですが、勝てるとは思えません~!」

「あん? 走ればいいだろ」

「うぇ?」

「オゥ?」

 

 不思議そうにするフクキタルとタイキ。ヒゲをいじりながらゴールドシップは話す。

 

「勝つか負けるかとかそんなのはどーでもいいだろ!」

「ホワッツ!? どうでもいいんデスカ?」

「面白いレースができりゃあそれでいいからな! とりあえず走るんだよ!」

 

 自信満々に答えるゴールドシップを見て、2人は驚いていた。

 だが、ゴールドシップの言っていることは、俺も共通認識だ。

 

 今までのトレーニングはさ、何のためにやってきたんだ? そう聞くと、フクキタルは俺を見る。

 

「それは、トレーナーさんにスカウトしてもらうためです」

 

 だったら、楽しく走ってきてほしい。

 そう言うと、えっ? とフクキタルは声を漏らした。

 

 俺は楽しく走ってくれれば、最高のパフォーマンスが出せると思っているし、そうやってゴールドシップと共に戦ってきた。

 だから、勝ち負けという結果じゃなく、フクキタルらしい走りをしよう。そうすれば結果は後からついてくるから。

 

 そう話すと、ぺたりと頭と一緒に垂れていた耳がピンと跳ね上がり、目をキラキラと輝かせた。

 

「おおぉぉ~! その通りですっ! 私がすべきことは、精いっぱい走ること! たとえ占いの結果が最悪だったとしても、トレーナーさんにスカウトしてもらうのが目標なのですから!」

「元気ハツラツになりマシタ! よかったデスネ、フクキタル!」

「ご心配おかけしました! もう大丈夫ですよ~!」

 

 グッと拳を握るフクキタルの顔は、先ほどと違ってやる気に満ち溢れている。

 どうやら気持ちを切り替えられたようだ。

 

「明日の選抜レース、がんばります! トレーナーさん、見ていてくださいね!」

 

 フンスと体を揺らして気合を見せるフクキタル。

 選抜レース、楽しみにしていよう!

 

 

 

 

 

 選抜レース当日。

 今回は芝1,800mの右回り。メイクデビューでよく選択される距離だ。

 ゴールドシップは焼きそばを売りに行ってしまったため、1人でレースを見ようとゴール前で待っていた。

 レース前に準備運動をしているフクキタルを見ていたら、声をかけられた。振り向くとそこにいたのはサイレンススズカとタイキシャトルだ。

 

「こんにちは、トレーナーさん」

「ハウディー! 昨日ぶりデスネ!」

 

 タイキからむぎゅうとベアハッグを受けてすぐさまタップする。

 親交があると誰彼構わずハグするのはどうなんだ。担当トレーナーでもないんだけど、俺。

 

「オウ! ソーリー!」

「もう、タイキったら……」

 

 タイキに放してもらうと、手をすり合わせて謝られた。

 スズカは困ったようにこちらを見ている。ゴールドシップで慣れているから、この程度なら可愛いものだ。

 気にしないでと手を振って、改めてフクキタルを見る。

 

「緊張はしていなかったわ。当たって砕けてきますって言ってたのが気になるけど……」

 

 どうやら昨日話した通り、とにかく精いっぱい走ろうという気持ちでいるようだ。

 うんうん頷いていると、タイキが嬉しそうに体を揺らす。

 

「トレーナーさんと話したおかげデスネ! ナイスコミュニケーションデス!」

「だから昨日騒いでたのね……」

 

 どうやら昨日のやる気満々な状態がずっと続いていたようだ。スズカがふぅ、と息を吐いていた。

 2人は今日の選抜レースは走らないの? そう聞くと、どちらも頷いた。

 

「今日はフクキタルだけです。来週の選抜レースに出走します」

「トレーナーさんも見てくだサイ! がんばりマス!」

 

 グッと拳を上げてやる気を見せるタイキ。

 是非見にいくよと言うと、嬉しそうに笑っていた。

 

 近況を聞いたり話したりしていると、ついにレース開始時間となった。

 各ウマ娘がゲートに入り、スタートを待つ。

 

『各ウマ娘、ゲートイン完了しました!』

 

 実際に実況してくれている方もお呼びして、いよいよ始まる。

 ――ガタン!

 

『スタートしました! 各ウマ娘、綺麗なスタートを切りました!』

 

 全員好スタートだ。距離が短めな分、逃げ先行が有利になるため、先頭集団のポジション争いが始まる。

 

『出走メンバーが実力者ぞろいという注目のレースです!』

 

 メイクデビュー確実と言われるウマ娘ばかりと言うだけあって、斜行してのポジション確保や内側に入りすぎる事などもない。

 直線を進みコーナー前でバ群が整い始めているところで、明らかに1人遅れているウマ娘がいる。

 

『マチカネフクキタルはズルっと下がって後方へ。先行するウマ娘たちについていけないか!?』

 

 フクキタルだ。バ群の集団から置いていかれ、ポツンと後ろにいる。

 デビュー前ということを考えるとハイペースではあるが、それ以上にフクキタルのスピードが遅いのだろう。

 

「フクキタル、大丈夫かしら……」

「ノープロブレム! 問題ありまセーン!」

 

 スズカが心配する中、タイキは自信満々に話す。

 今日までたくさんトレーニングしてきたし、やる気という面では出走しているメンバー内で1番だ。

 だってそうだろう。最後方で走っているのに、あんなにも楽しそうに笑っているのだから。

 

 

 

 

 

   ◆ ◆ ◆

 

 

 

 

 

「やっぱりみなさん速いですね……!」

 

 マチカネフクキタルは最後方で走りながら独り言つ。

 コーナーに入ったところで、既に何バ身も差が開いてしまっている。これではこのレース、かなり厳しいだろう。

 

 しかし、フクキタルにとって、順位というものはこの瞬間はどうでもいいと思っていた。

 

「しかし、私のやることはただ1つ! 精いっぱい走って、レースを楽しむことです!」

 

 トレーナーに言われた、楽しんで走ること。自分らしく走ること。

 それがこのレースで1番大切なこと!

 

『さあ、最終コーナー抜けて直線に入ります! ここからラストスパートだ!』

 

 コーナーを抜け、最後の力を振り絞るウマ娘たち。直線で横並びとなった集団は、ゴールめがけてスパートをかけていく。

 全員死力を尽くして走る中、その最後方でキラリと目を輝かせるフクキタル。

 

「ここからです! 行きますよぉ~~!! 開運ダァ~~~~ッシュッ!!!!」

 

 グッと足に力を入れると、バシュウ! と風を切って一気にスピードを上げていく。

 誰もが彼女を見て驚愕した。このレースでは終わった娘だと思われていたのだから。

 

『ここで後ろにいたマチカネフクキタルがすごい末脚であがってきた! 差し切れるのかっ!?』

「おおぉぉ~~~!!!」

 

 凄まじい加速力で、先頭集団に肉薄する。

 他の誰よりもフクキタルが速い! グングン追い上げていく!

 

「フクキタルー! がんばってー!」

「ファイト! フクキタルーッ!」

 

 ――フクキタル! いけーっ!

 

 見ていたウマ娘たちやトレーナーたちは大歓声を上げていた。

 あんなに後ろにいたのに、実力だって負けていたのに! 凄まじいスピードで突っ込んできているのだから!

 

 ワアアアァァ~~~ッ!!! 歓声がレース場に響く中、ウマ娘たちはゴールした。

 

 

 

 

 

   ◆ ◆ ◆

 

 

 

 

 

「いやぁ~、先頭に立てるかとも思ったのですが……」

 

 頭を掻くフクキタルは、結果最下位。

 苦笑してダメでした~と話す彼女だが、ダメだなんてとんでもない!

 

「と、トレーナーさん?」

「そうよ、フクキタル。あと50mあれば、全員抜かしていたと思うわ」

「ですねデスネ! 順位は最下位でも、1番インパクトがありマシタッ!」

 

 うんうんと頷いて強くそう言うタイキ。本当に、目が覚めるような走りだった。誰よりも凄かったな。

 その証拠に、褒めすぎですよぉ~と恥ずかしがるフクキタルの元に、様々なトレーナーが近づいてくる。

 

「あ、ここにいたんだね! マチカネフクキタルくん! キミをスカウトしたいんだ!」

「凄い末脚だったわ! 私と一緒に勝利を目指しましょう!」

「ボクは君の力をもっと発揮させられると思う。どうか共にがんばってみないか!」

「わわ! み、みなさん、私をですか~!?」

 

 驚くフクキタルに、どんどんスカウトの話が舞い込んでくる。

 それもそうだろう。メイクデビューのレースを見た時、俺もゴールドシップの走りに感動して惚れこんだ。

 フクキタルには、それと同じような魅力とさらなる伸びしろを感じる。誰だって彼女と一緒に歩んでみたいと思うはずだ。

 

「ありがとうございます、みなさん! しかし、私にはもう"運命の人"がいるのです!」

 

 そういってフクキタルはじっとこちらを見てくる。

 待ってほしい。相当な語弊がある。いや、彼女にとっては真実なのだけれども!

 

 周りにいた先輩たちはあって顔をするのをやめてくれ。別に変なことしてないんだから。

 後輩のトレーナーはそんなキラキラした目で見ないでくれ。確かに字面だけ見ればドラマチックかもしれないけど。

 

「ふいー、売れた売れた……あん? 何してんだ?」

 

 そして丁度よくないタイミングでゴールドシップが帰ってきてしまった。

 彼女の姿を見た後輩たちが、さらにキラキラした目をしている! 別にすごいトレーナーじゃないからね、俺は! たまたまゴールドシップに誘拐された人だから!

 俺がどうしたものかと思っていると、フクキタルが困った顔をし始めた。

 

「あのー……あんまり焦らされると口からおみくじが出そうです……」

 

 うぅ、と胸を抑えるフクキタル。

 ……あの走りを見たら、一緒にやってみたいと思うよな。

 

 これからよろしく。そう言って手を差し出すと、嬉しそうに手を握り締めた。

 

「その言葉を待っていましたっ! よろしくお願いします~!」

 

 占いを信じ、占いでやる気も変わる個性的なウマ娘。

 マチカネフクキタルとの3年間が始まるのだった。




 というわけで、選抜レースは最下位でした。
 しかしインパクトはイッチバーン! 末脚大爆発を見ると、順位が低くてもおぉ! ってなりますよね。


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5、チームメンバーズ

 ゴールドシップとトレーナーくんのチームには誰が入るのでしょうか


 フクキタルが正式にチームメンバーになったところで、ある問題が発生している。

 それは、かなりヤバい問題なのだ。

 

「えぇ~!? トレーナーさん、まだチーム登録してないんですか!?」

 

 そう、チームの登録ができていないのだ!

 何故かというと、結局スカウトした3人と正式なトレーナー契約を結べていないから。

 結局未だに保留中なのだ。選抜レースにも参加したのにはしたのだが……。

 

「その、大丈夫ですか?」

「トレーナーさん、口からゴーストがでてマース!」

「おぉ! アレ捕まえれば魂ゲットできんじゃねーか! おいフクキタル、虫取り網!」

 

 大型新人2人の内の1人、サイレンススズカにぶっちぎられたのだ。

 トレーニングを見ていた時、トップスピードを維持して走りっぱなしだとは思っていたが、まさかレースの最初から最後まで誰にも先頭を譲らないとは思わなかった。

 その後速攻で先輩にスカウトされていたようで、早速トレーニングをしている様子。フクキタルにとって手ごわいライバルになるになるだろう。

 

 タイキシャトルは前半よかったのだが、コーナーに差し掛かったところでよそ見をして減速。そのまま結果を出せずに終わっていた。

 理由は体調不良のウマ娘がいて、気になってしまったからだ。その後体調不良のウマ娘を保健室へ連れていくのを手伝ったからな、間違いない。

 というかその体調不良のウマ娘が話をしていたソーラーレイだったわけだが。

 2人とも残念ではあったけど、レース中にケガをしなくてよかった。

 

「でも、フクキタルとゴールドシップで2人よね。5人いないとレースに出れないんじゃ……」

 

 スズカの言う通り、現状チーム所属は2人だ。

 あと3人いないとチーム結成にまで至らない。

 一応理事長やURAの方からは、専属システムを使って1年目からトゥインクル・シリーズに参加してもらったし、4年目でまだまだ新人だからそこまで気にしなくていいとは言われているが。

 ただ、学園や後輩のことを考えると、特別扱いというのもあまりよろしくない。なんとか今年中にはチーム結成したいところだ。

 

「ふっふっふー。トレーナーさん、心配いりまセン!」

「タイキ……?」

 

 タイキが自信ありげに笑っている。

 スズカは不思議そうに、そして不安そうに見ている。かくいう俺もすごい不安だ。

 

「2人ではなく3人になりマース!」

「えっと……どういうことです? チームに誰か入るのが決まっているんですか?」

「そうデス! ワタシが入りマース!」

 

 フクキタルとスズカがえっ、と声を漏らす。俺とゴールドシップは顔を見合わせ、タイキを見る。

 やる気満々で両手を上げ、楽しみデス! と機嫌よさそうに体を揺らす彼女を見て、友人2人は尻尾と耳をピンと立て、後ろにのけぞった。

 

「「ええええぇぇ~~~っ!!!!」」

 

 トレーナー室から驚きの叫びが響き渡るのだった。

 

 

 

 

 

   ◆ ◆ ◆

 

 

 

 

 

 突然のことで驚いたが、タイキシャトルがチームに加わった。

 そしてその次の日、選抜レースで体調を崩していたソーラーレイがチームに入りたいとトレーナー室まで来てくれるという嬉しいニュースもあった。

 タイキと俺に恩を感じて、タイキが入るなら自分もということらしい。気にしなくてもいいと言ったのだが、誘われていたしここがいいと言ってくれた。

 

 これであと1人いればチームを結成できる……!

 しかし気合いを入れても中々他の娘たちがこないことが判明したので、とりあえず選抜レース出走者や新入生のトレーニングを見て声をかけることにした。

 

 そんなこんなでチームが4人まで増えたことで、トレーニングの内容も少し変わってくる。

 

「と、トレーナーさ~ん! 次はどこですかぁ~!?」

「ヘイ、フクキタル! 体が落ちてきてマス!」

 

 体幹と体の柔らかさを鍛えてもらおうとツイスターゲームをやってもらっているが、フクキタルがそろそろ限界を迎え始めた。

 一緒にやっているタイキが下敷きになっているが、パワーが違うのかのしかかられても微動だにしていない。

 やはりタイキはゴールドシップ同様に元々のフィジカルが違うな。体が大きいのもあってかパワーがかなり高い。

 

 手に持っているルーレットを回す。

 フクキタル、右手を青ね。

 

「青ですかぁ~!? うぎぎ……うぎゃああぁ~~!」

「オウ! 大丈夫デスカ?」

「フクキタルさーん!」

 

 体を捻りながら手をつこうとしていたフクキタルだったが、体勢を崩してゴロゴロと転がっていった。

 ソーラーレイが慌ててフクキタルの様子を見に行った。ぷるぷる震えているので大丈夫だろう。

 

「うっし、ゴルシちゃんのツイストスピンショットを見せてやるぜ!」

「スピン! 楽しそうデス! よろしくお願いしマース!」

 

 余裕そうなタイキに対して、ゴールドシップが参戦した。

 さっきも2人でやってもらったら10分以上お互いになんともなかったので、実質フクキタルとソーラーレイの休憩時間だ。

 

「うぅ……体中からおみくじが出てしまいます……」

「フクキタルさん、体からはおみくじなんて出ないよぉ」

 

 芝の上で寝そべるフクキタルたちを見ていると、遠くで先輩が模擬レースをやっているのが見える。

 ゴールドシップたちに指示を出しながら横目で見ていると、コースをぐるりと回り、こちらに向かってウマ娘たちが走ってきた。

 

「はっはっは……」

 

 その中に最近よく見る顔がいた。サイレンススズカだ。

 デビュー1ヶ月前と聞いていたし、デビュー前の調整だろうか。選抜レースのような大逃げではなく、先行で抑えて走っている。

 その隣にはつい先日オークスを制覇したエアグルーヴがいる。いつもゴールドシップがお世話になっています。

 

 エアグルーヴは最初に他のウマ娘がバランスを崩して斜行してしまい、不利を受ける場面もあった。

 しかしそこから最終直線で抜け出すと、一気に駆け抜けていったのだ。他のウマ娘が渾身の末脚で追いすがったのに、距離を詰められずに走り切った。

 

 そんな絶好調のエアグルーヴとは対照的に、スズカは調子が悪そうにしている。

 体調不良というか、楽しくなさそうな表情だ。むっつりしている。

 そんな彼女をエアグルーヴは心配そうに見ていたが、仕掛けどころに入るとそのまま抜け出していった。

 

「あっ……!」

 

 スズカはエアグルーヴを追うようにスパートをかけようとしたが、脚が思うように動かないのかスピードが上がらない。

 そのまま後ろから追い上げてきた集団に追い抜かれてずるずると順位を下げていった。

 

 なんというか……トレーニングの時にむきになっていたスズカを見ていたから、少し心配だ。

 しかし、先輩はウマ娘のことをしっかり見ているし、俺は彼女の担当なわけじゃないからな。あまり見すぎるのも良くない。

 そんなことを考えながら、ルーレットを回して指示していくのだった。

 

 

 

 

 

 新入生やまだスカウトされていない娘たちに声をかけていたある日。

 フクキタルに占ってもらい、大吉と出たトレーニング場に寄ってみると、スズカがコースを走っていた。

 

 先日の模擬レース後に話をしたフクキタルたちから色々聞いてみたら、デビュー戦を遅らせると言われたようだ。

 まだスピードを抑えて最後に抜け出す走りが完成していないからとのこと。先輩らしい、慎重な姿勢だな。

 

 メイクデビューが伸びたから自主練習かと思って見ていたが、なんというか、表情が暗くスピードも遅い。

 しばらくするとゆっくり歩き出し、立ち止まってしまった。

 近づいて声をかけると、沈んだ様子でこちらを見た。

 

「トレーナーさん……」

 

 どうかしたのかと聞いてみると、脚が重いのだという。

 

「鎖がついて止められてるみたいに重いんです……走ってみても、何も見えなくて……」

 

 きゅっと手首を握って耳と頭を垂れるスズカ。

 フクキタルにめちゃくちゃ走らされても楽しそうにしていたのに、今は全然楽しくなさそうだ。

 無理して走っているのではないかと話すと、首を振る。

 

「無理なんて……いつもは、もっともっと走っているんです」

「でも、今はもう、走りたくないって思ってしまって……」

「こんなこと初めてなんです。どうしよう……」

 

 目に涙をためるスズカを見て、どうにかしてあげたい。そう思った。

 本当は先輩に話してフォローしてもらうことが大事なんだろうけど、今にも泣き出しそうな娘を放ってはおけない。

 よし、後で怒られよう!

 

 走りたいのに走りたくないということは、走りたいと思わせてあげればいいのだろう。なら、話は速い。

 手を上に伸ばし、パチンと指を鳴らす。

 ゴールドシップ!

 

「おう!」

「え?」

 

 近くの木からゴールドシップが飛び出し、スズカの前に着地する。

 驚くスズカだが、それを無視してゴールドシップは彼女を担ぎ上げた。

 そのまま2人で走り出すと、ええぇ~!? と叫び声を上げ始める。

 

「トレーナーさん! ゴールドシップ!? どこに連れていくの!?」

「そんなの決まってんだろ! おもしれーところだよ!」

 

 困惑するスズカに答えながら、楽しそうに走って行く。

 

「あれ? トレーナーさんとゴールドシ……え、スズカさん!?」

「お、フクじゃねーか! おめーも来い!」

「ええぇぇ~~っ!? ぴゃああぁ~~!」

 

 道中に出会ったフクキタルも誘拐し、目的の場所にたどり着く。

 トレセン学園の駐車場、俺の車だ。

 スズカとフクキタルを車に乗せ、俺とゴールドシップも乗りこむ。

 

「ど、どこにいくの?」

「そうですよ! というかトレーナーさん、トレーニング場に行ったのでは!?」

「細けぇことはいいんだよ! オラァ、行くぜトレーナー!」

 

 混乱して頭を抱える後部座席の2人をよそに、ゴールドシップの合図で車を走らせるのだった。




 というわけでタイキシャトルとモブウマ娘ちゃんが1人チーム入りしました。
 なんと贅沢なことに、今作はフクキタルが主人公なので他のチームメンバーはそのサポートっぽい役回りになります。つまりタイキはサポカ。

 スズカを誘拐したゴールドシップとトレーナー。
 その先に待つものとは!


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6、静かな景色

 フクキタルが主人公です
 主人公なのです……(目そらし)


 しばらく車を走らせてついた先は、自然の多い町。景色も良く、静かなところだ。

 そこにあるのはトレセン学園のようなトラックではないが、ぐるりと回れるランニングコースのような道。1周2,000mあるかないかぐらいだろうか。

 彼女もここはお気に入りのようで、ただランニングするという時はここに来たいと言われることも多い。

 

「トレーナーさん、ここは……?」

「空気が澄んでていい場所ですね! ちょっと占ってみましょう! エコエコマンボウ……エコエコクリオネ……」

 

 フクキタルが謎の呪文を唱えながら、ポケットから取り出したサイコロを地面に転がした。

 出たのは……大吉? 数字ではなく吉凶が書いてあるようだ。

 

「おお! 大吉ですよ、スズカさん! ここはとってもいい場所みたいです!」

「そう……」

 

 機嫌よさそうにウキウキ腰を振るフクキタルだが、スズカは全く興味なさそうに周りを眺めている。

 ……今まで感じていなかったが、スズカも中々クセがすごいのではないだろうか。

 

「うっし、とりあえず走るぞ!」

「え? あ、ええ、わかったわ」

「あ、ちょっと待ってください~!」

 

 走り出すゴールドシップとスズカを追いかけるフクキタル。

 急に連れてこられた2人は困惑しながら、ゆっくりコースを走って行く。

 

 ここは近所の方々と話をして、ゴールドシップと2人で道を整備したのだ。ゴールドシップ曰く、暇だったから。

 おかげでランニングで脚に負担がかかりにくい道ができあがっている。ついでにここを使う高齢の方々に歩きやすいと感謝された。

 近くに住む方でゴールドシップが焼きそばを作るのに使う野菜をトレセン学園に納品しているのは、多分偶然じゃないだろうな。

 

 ペースを考えずに好き放題走るゴールドシップに、スズカとフクキタルが続く。

 1周回ってきたゴールドシップは、楽しそうに俺を見る。グッと親指を立ててやると、へへっと笑い、そのままもう1周と走り出す。

 続いてスズカとフクキタルが走ってくる。2人ともまだ不思議そうにしているが、好きに走れータイムは気にするなーと声をかけると、ゴールドシップと同じように走っていく。

 

 さて、これで少しは気分転換になるといいけど。

 

 

 

 

 

   ◆ ◆ ◆

 

 

 

 

 

「大丈夫ですか、スズカさん」

「ええ、問題ないわ」

 

 隣で走るスズカさんに声をかけて、様子を窺う。

 最近調子が悪そうだったので、ずっと心配していましたから。

 

 トレーナーさんが占ってみてと言ってくれたので、大吉とでたトレーニング場に行ってもらったのに、なんでトレセン学園の外にいるのでしょうか。

 怒涛の展開に首を傾げてしまいますが、このチームでのトレーニングはこういうものなのでしょう。ゴールドシップさんに振り回されるのも慣れてきました!

 

「スズカ! フク! このゴルシちゃんを抜かしてみな!」

 

 前で舌をペロペロしながら楽しそうに走るゴールドシップさん。

 むむむ、相変わらずすごいスタミナですね……。

 

「む……」

 

 隣を見ると、ちょっとだけむっとしているスズカさん。

 ゴールドシップさんの挑発がきいてしまったのですね、ちょっとペースが上がりました。

 かくいう私もペースをあげているのですけどね! 負けませんよ~!

 

 そのあとゴールドシップさんを抜かせずに2周して、一旦休憩ということでトレーナーさんのところで立ち止まりました。

 ドリンクをもらって、1口飲みます。火照った体に冷たい飲み物が染みわたりますね~。

 

「んく、んく……」

 

 スズカさんも汗を拭きながらドリンクを飲んでいます。

 ちょっとだけスッキリした顔です。

 もっと走る? トレーナーさんにそう聞かれて、もっと走ります! とすぐに答えました!

 走っていて景色もいいですし、空気もいいです! 何より大吉ですからね!

 

「はい、もう少しいいですか?」

 

 スズカさんも走りたいみたいです。

 ドリンクを置いてコースに戻ろうとしたら、ゴールドシップさんが先に走っていきました。

 

「ふぉふぉふぉ! ワシがゴルゴル星のウマ娘、セントウハシルじゃよ!」

「むぅ……!」

 

 スズカさんがむくれたと思ったら、凄い速さでコースに走っていきました!

 前から思っていましたけど、負けず嫌いですね~スズカさんは。

 

「でも、私も負けませんよ! 開運ダ~~~~ッシュ!!!」

 

 2人を追いかけるようにコースに入って、景色と空気を楽しみながら走ります。

 タイムを気にしないで、好きなだけ好きなように走るなんていつぶりでしょうか。

 小さい頃はいつだってそうだったのに、逆に新鮮ですね!

 

「おりゃ~~~!」

「お、やるじゃねえかフク!」

 

 夢中で走っていたら、ゴールドシップさんに追いつきました。

 ……あれ? スズカさんは?

 

「スズカならもう抜かしていったぜ。スペースシャトルかってぐれー一気に飛んでったな」

 

 ゴールドシップさんの話を聞いて前を見ると、スズカさんがかなり前のほうで走っていました。

 私よりも先に走ったとはいえ、凄い速さですね……! さすがはスズカさん! タイキさんと同じく、すぐにでもデビューできると言われているだけはありますね!

 

「私も頑張ります! ふににぃ~~~!」

「いい気合いだな! ゴルシちゃんもいくぜいくぜーッ!」

 

 ゴールドシップさんと2人でスズカさんを追いかけます!

 今日の私は吉でしたが、コースは大吉! 調子もいいですし、いけるとこまでいってみますよぉ~!

 

 

 

 

 

   ◆ ◆ ◆

 

 

 

 

 

 物凄いものを見ている気がする。

 本番のレースさながらの走りで先頭を走っていくスズカと、それを追いかけていくフクキタル。ゴールドシップはそんな2人を後ろで眺めながら()()()走っている。

 スズカは後ろのことを全く気にしていないらしく、自分のペースでどんどん走っていく。明らかに加速していってるな。

 フクキタルもコーナーで息を整えて、直線で一気に差を詰めるという末脚一気の走り方でスズカを追いかけている。脚質で言うと差しの走りだろうか。

 

「おもしれーやつらだな、あいつら」

 

 ゴールドシップがスピードを緩めて俺のところまで戻ってきた。

 彼女から見ても、かなりいいウマ娘のようだ。

 

「いやー、暇つぶしにキツツキ探しに木に登っててよかったぜ! 久々にこっちこれたしよ!」

 

 チーム結成のために色々やっていたからか、最近はゴールドシップの要望通りにはいかなくなってしまった。

 後輩のために気を使ってサポートしてくれているのはわかっているので、本当に頭が上がらない。

 ありがとうと言って背中を叩くと、ま、そんなもんだろと言われて尻尾で手を叩かれた。

 ゴールドシップはゴールドシップで、後輩たちの走りを楽しんでくれているようだ。

 

 思いっきり走ってスッキリしたのか、戻ってきたスズカは穏やかな顔で息を整える。

 次いで戻ってきたフクキタルも、追いつけませんでしたー! と悔しそうにしながらも、晴れやかな顔つきだ。

 タオルとドリンクを渡してあげると、笑いながら受け取ってくれた。

 

「ふぅーーー……ありがとうございます、トレーナーさん」

「いやぁ、速いですねぇスズカさん。追いつけませんでしたよ!」

「え? フクキタル、後ろにいたの?」

「気づいてすらもらえてなかったんですか!? よよよ~……」

 

 さめざめと泣くふりをするフクキタルを見て、スズカは苦笑していた。

 スッキリした? そう聞くと、はい、と楽しそうに頷く。

 

「頭が空っぽになるぐらい、全力で走りました……誰もいない、先頭で」

 

 穏やかに話してくれるスズカ。

 先頭を走る。それこそが、スズカが求めていた走りのようだ。

 速く走るために脚を溜める練習は大切なものだが、スズカはそれが合っていなかった。でも、先輩の言葉を信じてがんばっていた。

 ちょっとしたすれ違いだな。どちらが悪いというわけでもない。

 

「一番前にある静かな景色……そこだけは、誰にも譲りたくないんです」

 

 なら、それをトレーナーに伝えないとな。

 そう話すと、そうですね、と口にする。が、少し困ったようにもじもじし始めた。

 

「スズカさん? もしかして……」

「ええ、その……私って話すのが得意じゃないから……」

 

 チラッと上目遣いでこちらを見てくる。

 どうやらついてきてほしいみたいだ。うーん、まあどっちにしろ勝手に連れてきたことを報告しなきゃいけないからな。連絡自体は学園を出る前にしてあるんだけどな。勝手にトレーニングさせたわけだから、詳しい説明をしないと。

 一緒にいこうか。そう言うと、ありがとうございます、と頭を下げられた。

 

「あと、その……」

 

 言いづらそうにまた手指をすり合わせ、こちらを見た。

 

「もう少しだけ、走ってもいいですか?」

 

 まだ走るの!? どれだけ走るのが好きなんだ。

 スズカの提案に驚きつつも、空が暗くなる手前まで、好きなだけ走ってもらうのだった。




 友人のスズカと全力で走って楽しむフクキタル。そしてそれを認知していないスズカでした。
 ゴールドシップは後方先輩面。

 この小説は今のところ、フクキタルをメインにしつつタイキシャトルとサイレンススズカの2人のキャラストーリーを組み合わせて書いています。
 つまり、フクキタル世代の物語なのですッッッッ

 ただ、あくまでもフクキタルが主役なので、他のウマ娘はそんなに書かないのでご了承くださいませ


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7、チーム結成

 スズカのキャラストーリーを見てくださると、トレーナーたちがどれだけ出来た人たちなのかということがよく分かります。
 ブルボン育成のプロローグもそうですね。彼女を心配する声が非常に多いです。
 みんな優しい人たちなのです!


「そういうことだったの……」

 

 トレセン学園に戻り、スズカと一緒に先輩と話し合う。

 先にどうして俺が連れて行ったのかを説明して、勝手に行動してすみませんと頭を下げた。

 

「あの、違うんです! 私が困っていたのを、トレーナーさんが……」

「大丈夫、わかっているわ。このトレーナーはちょっと……かなりおかしな人だけど、ウマ娘のことを誰よりも思いやっているトレーナーだから」

 

 おかしな人とはどういうことでしょうか。ちょっとむすっとしていると、2人に笑われた。

 変なことはそこまでしてないと思うんだけどな……。

 

「ごめんね、スズカ。たくさん悩ませてしまって。あなたも気にかけてくれてありがとう」

「いえ、そんな……」

 

 俺のほうこそ、勝手に動いてしまいましたから。

 そう言うと、うん、と先輩は頷いた。

 

「トレーナー。私、トレーナーが教えてくれた走りがいいってわかってます。でも、その走りは、私には……」

「ええ、そうみたい。調子を崩していたのは、私もわかっていたもの。けど、私はどうしても型通りに指導してしまうから」

 

 困ったように笑う先輩。

 先輩はビワハヤヒデを指導している凄腕のトレーナーだ。

 レースにおいてセオリーとされる、先行抜け出しの戦法を指導する巧者。

 しっかりと管理されたトレーニングをするし、その指導にも自信があるからウマ娘たちの信頼も厚いのだ。

 

 先輩の指導法と相性がこんなにも悪い娘がいるものだなぁと思っていたら、先輩がこっちを見た。

 ……え、何故俺を見るんですか、先輩。

 

「だから、どう? スズカ。こっちのトレーナーに指導してもらうというのは」

「え……?」

 

 えっ? 思わず声が出てしまう。

 

「あなた、とても伸び伸びと走らせるじゃない。あのゴールドシップがあんなにも走るなんて、最初は凄い騒ぎだったのよ?」

 

 最近になって言われるようになったが、当時はあの芦毛の奇行子ゴールドシップをあんなにもうまく走らせるやつがいるなんてと話題になっていたらしい。

 その後、夏合宿あたりから変なトレーニングばっかりしていたから俺も相当おかしいやつだと思われていた。というか今でも変なトレーナーだと思われている。

 結果はしっかり出せたし、何よりゴールドシップが楽しく走ってくれたのだからいいだろう。

 

 少しそっぽを向いて頬をかくと、また2人に笑われた。

 

「あなたは自分のことだし、わからないと思うけどね。スズカはきっと、あなたみたいに自分の好きなように走らせるトレーナーが合っているのよ」

「でも、いいんですか……? せっかくスカウトしてもらったのに……」

「ええ……正直に言うと、とても惜しいわ。でもね、スズカがスズカらしく走るのが一番だもの」

 

 それに、あなたもあと1人いたほうがいいでしょう? 先輩はそう言って俺を見てきた。

 そう言えば、この前あと1人でチーム結成できるんです、と話をしたっけ。覚えててくれたんだ。

 思わず頭をかいて、すみません、と口にする。いいえ、とウインクされた。か、かっこいい……!

 

「移籍という形で、あなたのチームに入れてちょうだい。スズカはそれでもいいかしら?」

「は、はい……あの、トレーナーさんはいいんでしょうか? こんな私で……」

 

 スズカが困ったように体を揺らし、こちらを見る。

 楽しく走るって約束してくれるなら、ぜひ!

 そう言ってスズカに手を伸ばす。

 

「……! ありがとう、ございます!」

 

 嬉しそうに笑うスズカは、差し出した俺の手を握った。

 こうしてサイレンススズカは、俺たちのチームへと移籍したのであった。

 

 

 

 

 

   ◆ ◆ ◆

 

 

 

 

 

 というわけで、チームが5人になりました。

 トレーナー室でみんなを呼んでそう話すと、おぉ~! と声が上がる。

 ゴールドシップはどこからともなく取り出したクラッカーを凄い勢いで鳴らしている。紙が飛び散ってるから!

 

「おほ~! これで5人になりましたね!」

「コングラチュレーション! 早速パーティをしまショウ!」

「一緒に頑張ろう、スズカさん」

 

 嬉しそうに体を揺らすフクキタルと、フンスと気合を入れるタイキ。

 スズカが入ると聞いて一番喜んでいたのはこの2人だ。ソーラーレイも、実力者ぞろいのチームに入れて嬉しいと闘志を燃やしていた。

 

「うっし! それじゃあチームゴルゴル星の誕生を祝うとすっか!」

「そんなチーム名だったの!?」

「初耳ですよ~! あれ、トレーナーさん。そう言えば、チームの名前って聞いたことないですよ?」

 

 だって決めてなかったからね。

 そう言ってチーム申請の書類に書き込んでいく。

 

「それなら、みんなで決めまショウ!」

「決まってねーならゴルゴル星でいいじゃねーか!」

「あの、ゴールドシップ。その名前はイヤよ、私」

 

 スズカのドストレートな発言にやるじゃねーかと出ていない額の汗を拭う。

 先輩と話している時はあんなに困っていたのに、ゴールドシップに物怖じしないとは……。

 

「こんなのはどうでしょう! フクライマネキネコ!」

「フクキタルさんの願望が強すぎるよぉ」

「なら、チームファットボディなんてどうでショウ!」

「太っ腹かー。中々いいセンスしてんじゃねーか!」

 

 こうして会話を聞いていると、全員個性的というか、我が強いな。

 少し落ち着いて周りと合わせようとしているのはソーラーレイぐらいだろうか。

 なんとも苦労する立ち位置にいるが、強く生きてほしい。

 

「チーム名って何かルールとかあるんでしょうか?」

 

 1等星の名前を付けることが通例になっているな。

 ゴールドシップが買ってきた星座の本を取り出して、みんなに見せる。

 

「それならアタシはスピカだな! すげー爆音出そうだしよ!」

「イットーセー……ムムム。あ、ワタシはこれがいいデス! リギル!」

「私はリギル……いえ、スピカもいいかしら……」

 

 それぞれが自分のお気に入りの星を考えている。

 フクキタルとソーラーレイも考えこんでいるが、中々決まらないようだ。

 

 あーでもないこーでもないと話をしているところ申し訳ないけど。そう言って書類をみんなに見せる。

 みんながそれを見て、ん? と首を傾げた。

 

「チーム、フォーマルハウト?」

「なんだそれ。どこの星だ? ゴルゴル星の別名か?」

 

 当たらずとも遠からず、かな。

 星座の本をめくって、目当ての星を指さす。

 

 フォーマルハウトというのは、秋に1つだけ見える1等星。

 みなみのうお座にある星で、大きな魚の口という意味の名前を持っているのだ。

 

「お、デカい魚か! カクレマンボウだな!」

「むむむ、お魚ですか。ちょっと占ってみましょう!」

「フクキタル、何を占うつもりなの……?」

 

 フクキタルが謎のルーレットらしきものを取り出し、手を合わせて祈り始めた。

 

「ふんにゃかはんにゃか……天運よ、カムトゥミ~~っ!」

 

 全身全霊でルーレットを回す! 気合を入れすぎて、額から汗が流れている。

 でも、さっきスズカも言っていたが、これは何を占っているんだろうか。

 くるくる回るルーレットの針が止まった先は、『8』だった。

 

「8ですね~、ふむふむ……おお! トレーナーさん、素晴らしいですよ! このお魚さんの星も8文字じゃないですか! それにスズカさんも8文字です! いや~、縁起がいいですねぇ!」

「オウ! それはグッド! スズカがラッキーフィッシュになりマシタ!」

「お魚の星じゃないと思うんだけど……」

「口だからね、お魚の口」

 

 同期2人の勢いに困惑しながらストレートに返答するスズカとフォローするソーラーレイ。

 納得してくれたようでよかった。うんうんと頷いていると、ゴールドシップが俺の肩を叩いた。

 

「なあ、トレーナー。適当に付けたわけじゃねーんだろ? もし適当だったらゴルゴル星に改名すっからな!」

 

 適当ではないよと話して、本の中のある部分を指さす。

 

「んあ? 別名?」

 

 フォーマルハウトには、日本の地域で別名があったのだ。

 例えば秋に輝いているからアキボシ、1つだけ輝いているからヒトツボッサン。

 そして、ポツンと1つだけ浮かんでいるので、船の目印となったことから、フナボシ(船星)

 

 ゴールドシップがリーダーのチームにぴったりだろ?

 そう言うと、彼女はへへっと笑って背中を叩いた。

 

「相変わらずおもしれーやつだな! ま、豪華客船に乗ったつもりでいろよな!」

 

 楽しそうにしながら4人に突撃していくゴールドシップを見て、今年もまた頑張ろうと思うのであった。

 

 

 

 こうして、後年個性派の魔境と呼ばれるチームフォーマルハウトが結成されたのであった。

 なお、ゴールドシップが常に自分たちのチームをフナボシと呼ぶため、チームフナボシだと思われているのはまた別の話。




 というわけで、ついに結成しましたチームフナボシ(フォーマルハウト)!
 この小説における、本当の意味でのオリジナル要素ですね。

 ここからフクキタルの育成ストーリーが始まっていきます。
 アプリ版主軸なのでifストーリーなわけですが、フクちゃんが楽しく走る姿をお見せできればと思いますのでお楽しみに!


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8、フクキタルというウマ娘

 書いてて思ったんですが、どうしてもゴールドシップが目立ちすぎちゃいますね。
 3年共に過ごした愛ゆえに……。


「よくきたなおめーら! フナボシのヌシ、ゴールドシップ様が直々にぶつかり稽古してやるからな!」

 

 チーム結成後初めてのトレーニングということで、全員で練習場に集まったわけだが。

 珍しくゴールドシップが先に来ていたと思えば、タイヤ引きトレーニング用のデカいタイヤの上で仁王立ちして待っていた。タイヤのそばには一緒に用意させられたらしいソーラーレイが疲れた様子で座っている。

 あのタイヤ、「古代エジプトじゃねーか! ピラミッド創成期かよ!」と言って絶対使わせてくれなかったのに。自分から用意するなんて。

 

「ぶつかり稽古って、タイヤを使うんですか?」

「あん? こんなの使うわけねーだろ」

 

 使わないのに用意したのか……。ソーラーレイがギョッとした顔でゴールドシップを見ている。

 ここまでやったのに使わないと言われればそうなる。

 

「ぶつかり稽古……知ってマース! リキシデスネ! スーモ!」

「相撲よ、タイキ」

 

 タイキは今一単語や慣用句を覚えきれていないらしく、時々変な言い方をすることがある。

 苦笑いしながら訂正するスズカに、オウ? と不思議そうにしていた。

 

 まず先に説明したいことがある。そう話すと、全員がこちらを見る。

 俺はゴールドシップの専属トレーナーだったから、みんなに適正なトレーニングをやってもらえるかわからない。

 もしおかしいとかやる気が出ないとか楽しくないと思ったら、すぐに言ってほしい。

 

「わかりました! でも大丈夫です! 今日のトレーニングを占いましたが、身を任せるのが吉と出ましたから!」

「それは大丈夫とは言わないんじゃ……」

「ま、細けーことはいいだろ。今日は何すんだ?」

 

 とりあえず最初だし、みんなの今の走りを見たいから併走トレーニングをしよう。

 メイクデビューに向けて確認したいし、ゴールドシップもレースが待っているからな。

 

「レース? ゴールドシップ、何に出るの?」

「ん? わかんねー」

「オウ! ゼンダイミモンデスネ!」

 

 本当に前代未聞だ……ま、いつも通りだけど。

 凱旋門賞……の前に、宝塚記念だよ。そう言うと、おお! とフクキタルたちが声を出す。

 

「GⅠレースじゃないですか! しかもファン投票!」

「今のところぶっちぎりで1位だよ、ゴールドシップさん」

 

 ソーラーレイが新聞を渡してきたので確認する。

 投票の中間発表のようだが、既に1位と2位で1万票ぐらい差が出ているらしい。

 連覇しているし、今年はURAファイナルズでも大活躍だった。期待も高まるはずだ。

 

 実は投票前から1位は確定だろうから、是非出走をと言われていた。なので、とりあえず出走登録だけしておいたわけで。

 走る? そう聞くと、おう! と元気よく答えた。

 

「ま、アタシを応援してるやつらが走ってくれっつーならよ。やるぜ、ゴルシちゃんは!」

 

 グッとガッツポーズをして、既にやる気満々のようだ。

 とんでもないことさえ起きなければ、今まで通り楽しく走れるだろう。そしたら3連覇も夢じゃない。

 

「すごいですねぇゴールドシップさん! そうと決まれば、早速トレーニングですよ~!」

「やる気じゃねーかフク! よっしゃ! アタシの爆運ダッシュを見せてやるぜ!」

 

 スペース運勢ダ~ッシュ! と言いながら併走して去っていく2人。うん、個性が走っているようだ。

 とりあえずゴールドシップ以外はメイクデビューに向けてトレーニングしていくから、まずはしっかり走ってみよう。

 

「はい、行ってきますね」

「レッツゴー!」

「あ、待って! 速いよ~!」

 

 全員デビュー前とは思えない速さで走り去っていく。

 これからの成長が楽しみだ!

 

 

 

「よし! 次はタイキさん! よろしくお願いします!」

「わかりマシタ! 行きまショウ!」

 

 フクキタルがタイキに併走を頼んでいた。

 トレーニングへのやる気は十分で、5人の中で1番精力的に走っている。

 ただし……。

 

「あ、待ってください! ムムム……フォーチュン、テリング、ミィ~~!」

 

 手をこすり合わせて何かを唱えたかと思うと、ポケットから鉛筆を取り出してコロコロと転がす。

 止まったところに書いてある吉凶を見て、フクキタルは飛び上がった。

 

「なんと"大吉"ですっ!」

 

 タイキが喜ぶフクキタルを見て笑顔でパチパチ拍手している。

 そう、これなのだ。とにかく占いによってやる気というか、気持ちが左右されるのだ。

 大吉や中吉ぐらいの時はいい。これが凶や大凶だった時どうなるか。

 先ほどのソーラーレイとの併走を思い出す。

 

『うぎゃあぁ~~っ!? 大凶です~~~!』

『だ、大丈夫? フクちゃん』

『大丈夫じゃないですよ~! ああ~、走ってる最中に転んでウマ娘として終わってしまうんです~!』

『終わらないよぉ!?』

 

 この調子だ。なんとかソーラーレイが励まして走り切ったが、タイムも走りもボロボロだ。

 あまりにも他のメンバーのトレーニングにも影響が出そうな気がする。

 ……スズカもタイキもフクキタルの話を半分以上聞いていない様子だから、もし影響が出るならソーラーレイだけな気もするが。

 

「行きますよぉ~~!」

「レッツゴー!」

 

 2人とも併走しながら走っていく。

 後で全員と話をしよう。手元のメモにみんなの走りを書きこみながらそう考えた。

 

 

 

 

 

   ◆ ◆ ◆

 

 

 

 

 

 トレーニングを早めに切り上げて、みんなと話す時間を作った。

 1人1人話を聞きたいから、トレーナー室でお茶を飲みながらゆっくりと会話する。

 他の4人は、チーム結成時にもらえた部室で待ってもらっている。今頃ゴールドシップのボードゲームで盛り上がっているんじゃないだろうか。

 

「トレーナーさん、お話とはなんでしょう」

 

 最初に呼び出したフクキタルが、緊張した様子で座っている。

 厳しいことを言うわけじゃないよと前置きをして、フクキタルを知りたいだけだと話す。

 

「私ですか? 聞いたってなんにもないですよ~」

 

 頬に手を当ててまたまたーと手を振っている。

 ずっと聞きたかったことを先に聞いておこう。

 なんでそんなに運勢とか吉凶を気にしてるんだ?

 

「えっと……私って、トゥインクル・シリーズで幸せを掴めるほど、実力はないじゃないですか」

「私にはよくできたお姉ちゃんがいるんです。とっても優秀で、だから比べられることが多くて……」

「あっ! 決してお姉ちゃんが嫌いというわけではないですよ!」

 

 楽しそうに姉のことを話すフクキタル。

 続けて、と頷くと、もじもじしながらこちらを見た。

 

「……どうしても、自分とお姉ちゃんを比較しちゃうんです」

「本当はトレセン学園に入ろうか迷っていたんです。でも、そんなときにシラオキ様が夢の中にやってきて、こう告げたのです」

「『走りなさい、さすれば道は開かれる』と」

 

 手を合わせながら神妙な面持ちで語る。

 

「シラオキ様を信じてここまで走ってきたのです」

「シラオキ様や占いに、不安なときに進むべき道を示してもらってきました」

「だからこそ、私には必要なのです!」

 

 グッと拳を握り、目を光らせるフクキタル。

 どうやら姉の存在がコンプレックスになっていて、それを払拭させてくれているのがシラオキ様や占いの結果ということらしい。

 だからこそ、凶が出ると姉に劣る自分が……と自信を無くしてしまうようだ。

 

 シラオキ様という神様や占いは、彼女にとっては走る理由になっているようだ。

 俺が思っていたよりも、重要なものだったらしい。

 無意識に軽んじてしまっていた。ごめん、と謝ると、そんな! と声を上げた。

 

「いいんですよ、トレーナーさん! だってあなたは私の運命の人!」

「占いの通り、私のトレーナーになってくれたのですから!」

 

 ニコニコ笑って両手で親指を立てる。

 そうか、フクキタルにとっては俺も運命で導かれた人ということなのか。

 変な感じがするけど、信頼してくれているみたいだからよしとしよう。

 

 ただ、あまりにも頼りすぎているとそれは依存だ。

 楽しそうに占いの話をし始めたフクキタルを見ながら、少しだけ考え方を変えてあげられたらと思うのであった。




 お話し的にはフクキタルのキャラストーリーの復習に近いです。
 ここからいい方向に変わっていくフクちゃんにご期待ください。


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9、幸運

 フクキタルの重い部分をジャブ程度に放ちつつゴルシで中和するッ!


 フクキタルの占いへの考え方を変えてあげられないかと考えていたら、意外にもそのチャンスはすぐに来た。

 

「ゲーセン行くぞ!」

 

 ゴールドシップの号令により、フォーマルハウトのメンバーはゲームセンターに来ていた。

 もちろんトレーニングの日ではなく、お休みだ。自宅でメンバーのメイクデビュー後の出走レースを考えていたら、ゴールドシップが突撃してきたわけで。

 俺の前に連行されていた4人の中で、タイキだけが楽しそうにしていた。フクキタルに至ってはもう顔面蒼白だ。

 

「ドレーナーざぁ~んっ! 聞いてくださいよぉ~!」

 

 フクキタルは今日外出する予定だったらしい。そこで運勢を占ってみたところ、なんと大凶!

 ショックを受けながらも開運グッズをかき集めてなんとか外に出かけようと必死になっていたところ、ゴールドシップが突撃してきたらしい。

 そしてその場に合った開運グッズとフクキタルを担いで走り出し、トレーナー室にグッズを全て封印されてしまったのだとか。

 

 まずトレーナー室に封印というのもおかしな話だが、大凶なのに開運グッズを持っていけばなんとかなると思っているフクキタルも随分な力業だな。

 

「カレーが凶って出たのに、インドカレーはカレーじゃないです! って食べてたよね、フクちゃん」

「フクキタルはパワータイプデス! やりたいようにやってマス!」

「ちょ、ちょっと待ってください! 私は占いを信じているのですよっ!? 好き勝手にしてるわけでは……」

「でも、フクキタル。今日も運勢悪かったのに出かけるんでしょう? 開運すればいいわけじゃないと思うけど」

 

 スズカのドストレートなツッコミにぎゃぼーん! と叫んでがっくりと肩を落とした。

 仲いいな、この同期たち。

 

「ま、運がどうこうとか関係ねー! やりたかったらやるんだからな!」

 

 行くぜ行くぜー! と歩き出すゴールドシップを見て、俺もついていく。

 後ろでフクキタルを励ます声を聞きながら、どうしたものかと考えるのだった。

 

 

 

 

 

「行くぜッ! インド人を右に!」

「インド人!?」

 

 車のレースゲームでハンドルを右に思いきり切っているゴールドシップと、セリフにツッコミながらも華麗なドリフトを見せるソーラーレイ。

 2人とも白熱した1位2位争いをしていて、周りのギャラリーは大盛り上がりだ。

 

「ゴールドシップ! そのままぶっちぎれ!」

「そっちのウマ娘のねーちゃん頑張れ! もっとインだよ!」

 

 若い世代の子たちがこぶしを握りながら応援している。

 しばらくこの熱狂は続くだろう。

 

 チラッと後ろを振り向くと、スズカとタイキがガンシューティングゲームで遊んでいた。

 スズカは多分、誘われてやり始めたのだろう。少し困った様子で銃をふらつかせている。

 

「BANG! BANG!」

 

 タイキは驚くべきスピードで画面にいる敵に弾丸を当てていた。

 銃の使い方に慣れているというべきか、スズカと比べるのがかわいそうなぐらいの上手さだ。

 

「スズカ! ワタシだけで終わらせちゃいマスヨ?」

「む……」

 

 タイキの声で負けず嫌いが刺激されたのか、スズカの動きがよくなった。

 なんというか、スズカは色々と素直な娘だなと改めて思う。

 

 そして俺が気にしている肝心のフクキタルだが。

 1人でポツンとクレーンゲームのぬいぐるみを眺めていた。

 

「………」

 

 ぽやんとした気の抜けた表情だ。

 欲しいのか? そう声をかけてみると、ぴぃ~! と耳と尻尾を上にピンと張り、勢いよくこちらを見た。

 

「トレーナーさんじゃないですか! おどかさないでください~!」

 

 怒られてしまった。

 熱心に見ていたから、欲しいのかと思って。

 そう言うと、すこししょぼくれた顔でもじもじし始めた。

 

「可愛いな~とは思うのですが、クレーンゲームで景品が取れそうにないんです」

 

 何度かやれば取れると思うけど。

 そう言うが、フクキタルは未だ浮かない顔つきだ。

 

「ゴールドシップさんにいきなり連れてこられたから、開運グッズを持ってないんです! だって、大凶なんですよ!? 動いてくれないかもしれないじゃないですか~!」

 

 バタバタ手を動かしてダメなんです~と悲しむフクキタルを見て、ふと思いついた。

 彼女の背を押して、目当てのクレーンゲームにまで近づく。

 そして、お金を入れて彼女を見る。

 はい。

 

「え、やるんですか、私が!?」

 

 そうだよ。とりあえずやってみよう。

 彼女の手をボタンに添えてあげると、嫌そうな、でもやりたそうな顔ですすす、と筐体に近づいた。

 

「ええい、南無三!」

 

 意を決してボタンを押してクレーンが動く。

 クレーンゲーム特有のピロピロした音楽が鳴り響く。

 その後もう1度ボタンを押して、ぬいぐるみの頭の上にクレーンが動いた。

 

「あっ……」

 

 うまいことアームが頭をがっしり掴んだまま、クレーンは上に戻っていく。

 そしてそのまま排出口に……行く前にころっとぬいぐるみが落ちてしまった。

 

「あぁ~! やっぱり駄目でした……」

 

 がっくりと肩を落とすフクキタルをよそに、もう1度お金を入れる。

 はい。

 

「はいじゃないですよ~! 見たじゃないですか、落ちちゃったの!」

 

 まあまあ。

 なだめながらもう1度手を添えると、しぶしぶボタンを押した。

 

 これを繰り返すこと数回。

 ――ガタッ。

 

「とれた……」

 

 ぽかんとするフクキタルの背中を叩いて、取ろう、と声をかける。

 ゆっくりしゃがんで取り出したフクキタルは、ぬいぐるみと俺を交互に見て、だんだん笑顔になってきた。

 頬が赤く色づくと、嬉しそうに体を左右に揺らす。

 

「とれましたよ! 運勢が大凶だった私が!」

 

 キラキラした目で見てくるフクキタル。

 開運グッズが無くたって取れるだろ? そう話すと、嬉しそうにうんうんと頷く。

 

「純度100%の大凶ウマ娘でしたが、それでも幸運は起こせるのですね……」

 

 穏やかな顔つきでぬいぐるみをだきしめ、くるくるとその場で回った。

 相当嬉しいようだ、先ほどとは雰囲気が違う。

 

「いや~、とっても気持ちが楽になりました! 開運グッズをたくさん持たなくてもいいと思うと!」

 

 グッと親指を立てて見せてくる。

 そういえばトレーナー室に封印してあるんだったか。

 ゴールドシップとフクキタルに後でどうにかしてもらおう。

 

「今日は大安吉日になりました! このぬいぐるみは縁起ものですね!」

「お、フク。ぬいぐるみとったのか?」

「フクちゃん、すごい! クレーンゲームできるんだね!」

 

 ゲームが終わったらしいゴールドシップとソーラーレイがこちらに歩いてきた。

 フクキタルは今一番の幸運グッズですよ! と楽し気にみせつけている。

 

「はっ! でもこれは運命の人、トレーナーさんが近くにいたからでは……」

「あん? トレーナーは手伝ったのか?」

 

 何もしてないよ。

 

「じゃあフクが取ったんだろ。やるじゃねーか!」

「オウ! フクキタル、可愛いぬいぐるみデスネ!」

 

 ゴールドシップがにやりと笑ってぬいぐるみの頭をぺしぺし叩いていると、ガンシューティングを終わらせたタイキたちも合流した。

 

「えへへ、開運グッズです!」

「よかったわ、フクキタル。いつも変なグッズを持っていたから」

「変じゃないですよ~スズカさん!」

 

 後日トレーナー室で開運グッズを見たら、プリンのケースとかアイスのあたり棒とかそんなものがたくさんあったので、スズカの言っていることはとても正しかった。

 

「それじゃあ、記念にプリ撮ろうよ」

「プリ? レイ、プリってなんデスカ?」

「なんだ、急にブリ食いたくなったのか? 近くに港はねーぞ」

「プリクラだと思うけど……」

「プリクラって写真撮るやつじゃないですか!? 魂抜けちゃいませんか!? ねぇ、聞いてくださいよ~!」

 

 やいのやいのと盛り上がりながら、プリクラを撮りに向かっていく5人。

 フクキタルは慌てているが、出かける前のような沈んだ雰囲気はなくなっていた。

 

 少しだけ、いい方向に考え方を変えてあげられたみたいだ。

 楽し気に遊ぶ彼女たちを見て、メイクデビューで成功させてあげよう。そう思うのだった。




 ちょっぴり気持ちが晴れやかになるフクキタルでした。
 次回はメイクデビューになります。
 果たしてトレーニングとメンタル面の成長の結果は出るのでしょうか。


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10、メイクデビュー!

 メイクデビュー戦です!
 新規メンバーはいかにして走るのでしょうか。

※予約投稿をミスして一度早めに投稿しちゃいました。
 先に読まれた方、内容は変わりません!


 メイクデビューの日がやってきた。

 2日間の遠征で、1日目にスズカ、ソーラーレイ、フクキタルだ。

 そして2日目のメインレースは宝塚記念。つまり、ゴールドシップのレースになる。

 タイキは東京レース場で走るため、先輩にお願いして他の娘と一緒に引率してもらっている。

 

 というわけで、みんなで阪神レース場に来ているわけだ。

 スズカは芝の2,000m、ソーラーレイはダート1,800m。フクキタルもスズカと同じく芝2,000m。ただし、別レースになる。

 誰もが大なり小なり緊張していたが、ゴールドシップからの闘魂注入(ハリ手)を受けて気合を入れ直していた。

 

 スズカとソーラーレイはメンタルも万全で、楽しそうに行ってきますと答えていた。

 その結果がこれだ。

 

『サイレンススズカ! スタートで一気に前に出ました! 猛烈な勢いです!』

『1,000mを通過しましたが先頭は変わらずサイレンススズカ! しかしペースが速い! このまま逃げ切れるのでしょうか!』

『最終直線に入りました! 先頭はサイレンススズカです! 脚色は衰えません! 後ろの娘たちは間に合うのか!』

『サイレンススズカ、強すぎる! これはセーフティリード! 何バ身あるのでしょうか! そのまま逃げ切ってゴールイン!』

『勝ったのはサイレンススズカ! 2着との差はなんと7バ身差です!』

 

『スタートで少し出遅れたか、ソーラーレイ! 後方からのレースになりました!』

『コーナーを回っていきますが、ここでソーラーレイが進出してきました! じりじりと順位を上げていきます!』

『最終直線に入ります! ソーラーレイ! 後方から一気に上がってきました!』

『先頭集団のウマ娘たちを交わして一気に先頭に躍り出たのはソーラーレイ! 力強い走りでまだまだ加速していくぞ!』

『ソーラーレイが差し切ってゴールイン! 今後が楽しみなレースになりました!』

 

 スズカは一度も先頭を譲らずに走り切ってぶっちぎり、1着。

 ソーラーレイもスタートは出遅れたが、そこから追い上げていき、直線に入って一気に差し切った。

 2人とも強さを見せつけたレースだった。

 

 そしてタイキ。持ってきたタブレットで府中の中継を見る。

 府中のダート1,600m。ちょっと脚の調子が不安だったのでダートにしてみたが、どうなるだろうか。

 

『スタートしました! 先頭でポジション争いしていくのはタイキシャトル!』

『先行の位置を取ってコーナーを回ります! 少し集中できていないようですが大丈夫でしょうか!』

『コーナー回って直線に入りました! ここでタイキシャトルが一気に抜け出したっ!!』

『速い速い! タイキシャトル、どんどん後続を突き放していきます!』

『全員置いてきてゴールイン! 強い走りですタイキシャトル! 誰も追いつけませんでした!』

 

 大楽勝のレースだ。最後は少し力を抜いていた上、それでも他のウマ娘たちより速いなんていうおまけつき。

 やはりあの恵まれた体躯から出るパワーは凄まじいものがある。

 

 さて、こちらでは最後のメイクデビューとなるフクキタルだが。

 

「エコエコアザラシ、エコエコオットセイ……勝利よ、カムトゥミ~~ッ!!!」

「よしっ! 中吉です! いつも通りに走れそうですね!」

 

 相変わらずレースを占っている。今回は中吉なので、絶好調とまではいかないが好調の様子。

 とはいえ、先日のゲームセンターの一件から少し気持ちが変わったのか、占いの結果を見てもそこまで悲観しなくなった。

 大吉で喜び、大凶ではなんとか幸運を起こそうと考える。それだけでも、彼女にとっては大きな進歩だろう。

 

「トレーナーさん! 行ってきますね! ここで勝って、マチカネハヤスギルになりますよぉ~!」

 

 フンスと鼻息荒く気合を入れているフクキタルに、楽しんで走ってくるといい、と声をかけて控室の外に出る。

 外では先に話をして待っていたスズカとソーラーレイがいた。

 ゴールドシップは観客席で焼きそばを売っている。

 

「トレーナーさん、大丈夫でしょうか?」

「スズカさん、フクちゃんを信じよう」

 

 ソーラーレイの言うとおり、フクキタルを信じよう。

 緊張もそこまでしていないみたいだから、いいレースができるだろうからね。

 それに、作戦も教えてあるから。そう言うと、それなら大丈夫、かなと頷いた。

 どんなレースになるのだろうか。期待を胸に、2人と観客席へと戻るのであった。

 

 

 

 

 

   ◆ ◆ ◆

 

 

 

 

 

 ゲートの前に立って目を閉じ、ゆっくりと深呼吸します。

 きゅっと手を握ると、今日までやってきたトレーニングを思い出せますね。

 チェス将棋に野菜の収穫、あとは水上ゴザ走りにおみくじダッシュ……これってほんとにトレーニングとして正解なんでしょうか?

 でも、考えたのは他でもないトレーナーさんです! きっとすごく意味があるはずです!

 

 パッと目を開けて、ゲートに入ります。今日の私は7枠7番。7番は今日のラッキーナンバーです! と言っても、このレースは9番までしかないので、外枠ですけどね。

 いつも以上に体が動くような……そうでもないような……。でも、それだけ好調ってことですね!

 

『各ウマ娘、ゲートイン完了しました』

 

 全部のゲートが閉じたみたいです。

 この瞬間は、周りの音も、観客の声だって静かになります。

 集中して、グッと腰を低くして……。

 

 ――ガタン!

 

『スタートしました!』

『みんなキレイにスタートしていますね!』

 

 出遅れることなくスタートできました!

 私は外側ですからね、ゆっくりポジションを取ります。

 トレーナーさんから、直線が長いから枠順不利もないし好きなところを陣取るといいよと教えてもらいました。

 

『先頭は2番トモエナゲ! それに並んで4番リボンエチュードと5番テイクオフプレーン!』

『逃げウマ娘が不在のようですね。先行を得意とするウマ娘たちが引っ張る形になりそうです』

 

 事前に聞いた通り、逃げで走る娘はいないみたいです。

 一番前で走ってる3人がペースメイクしてくれそうですね。

 ちょっと早めのペースみたいなので、内側に入ってゆっくり行きましょう!

 

『後方では7番マチカネフクキタルが内に入りました。それに続いて8番コルネットリズムも隣につけました』

『メイクデビューのタイムとしては早いですからね。いい判断です』

 

 コーナーを回って向こう正面に入っていきます。

 変わらずちょっぴり早めのペース。掛かってしまっている……のでしょうか。

 それだと脚を使っちゃうので嫌ですね……でも、私じゃどうしようもありません。

 とにかく作戦通り行きます! 最後のコーナーまではぐっと我慢です!

 

『向こう正面に入りました。1,000mのタイムはメイクデビューとしては早めです』

『少し掛かってしまっているかもしれません。スタミナは大丈夫でしょうか』

 

 少しきつくなってきましたが、まだまだいけます!

 今日は中吉ですからね! シラオキ様が、今日は頑張ればやれると言ってくれた証拠です!

 応援してくれているトレーナーさんやスズカさんたちもいるのです! 負けませんよ~!

 

『第3コーナーに入りました! 先頭は5番テイクオフプレーン! 4番のリボンエチュードは少し下がってきましたね』

『距離適性でしょうか。しかしまだ諦めていませんよ! 直線で仕掛けるために息を入れているのかもしれません!』

 

 先頭にいた4番の方が下がってきました。

 あ、あれ? 私の前に下がってきたら、隣の方もいますし、どうやって抜け出したらいいんでしょう。

 もしかして、ピンチですか~~っ!?

 

『第4コーナーに入ります。ここから最終直線まで坂があります!』

『どこから仕掛けるのかが見所ですね!』

 

 ま、まだ大丈夫です! 作戦ではもっと我慢して、一気にいくんですから!

 ここからスパートはしません!

 で、でも、不安ですよ~~! 中吉だったのに、これじゃあ大凶じゃないですか~~!

 

「やあぁーーーっ!」

『ここで1番のクロニクルオースが仕掛けた! 一気に先頭の2人に追いつきます!』

『続けて9番アーケードチャンプ、3番エコノアニマルも追走!』

『6番のスノーフロストは最後方で苦しそうです。距離が合っていないのかもしれません』

 

 前のほうで一気に仕掛けましたね!

 それを見た周りの2人も、ペースを上げていきました!

 私も行きたいですが……しかし、トレーナーさんを信じます! 作戦通り、直線で勝負です!

 

『最終直線に入りました! 後ろの娘たちは間に合うかっ!』

『先頭集団は団子になっています! 誰が勝つか分かりません! 先頭はテイクオフプレーンとトモエナゲ! すぐ後ろはクロニクルオース!』

「いけー! つっこめー!」

「そのまま行くのよっ! そのままっ!」

 

 観客の皆さんや、それぞれのトレーナーさんが必死に応援しているのが見えました。

 そうですよね、みなさん応援してくれています。だって、勝ちたいし、勝ってほしいです。

 

「フクちゃーんっ!!!」

 

 坂を駆け下りている時に、ふと声が聞こえました。

 ゴール前で、必死に声を出しているのは……レイさん?

 

「フクキタルー! がんばってー!」

「フクーッ! おめーの力を見せてやれーッ!」

 

 スズカさんとゴールドシップさんも、身を乗り出して応援してくれています。

 あっ……トレーナーさん。

 

 ――フクキタルー! そこだぁーッ!

 

 トレーナーさんの声が聞こえてきたその時、目の前がパッと光りました。

 そしてターフの上に、光の道が見えるのです。

 それを見た私はハッとしました。

 トレーナーさんが言っていたのはこのことなのですね! つまり、今です!

 

「いきますよおぉ~~~っ!!!」

 

 体を低くして、一気に坂を駆け下ります!

 そしてスピードをどんどん乗せたまま! 最後の上り坂を駆け上がるのです!

 

『後方からマチカネフクキタル! とんでもない末脚で一気に突っ込んできた!』

『ごぼう抜きです!! 凄まじい末脚ですよ!』

 

 ふににぃ~~~! スタミナが少ないところでこの上り坂は辛いですね!

 ですが、とっても楽しいです! だって、走った先に幸運が来ているのですから!

 

『マチカネフクキタル! バ群を貫いて一気に上がっていく!』

『最後の上り坂も意にも介さないとてつもないパワーです!』

 

 あとちょっと! ほんのちょっとです!

 来てください、来てください幸運! トレーナーさんが起こしてくれたあのときみたいに!

 

『坂を上り終えて残り100m! 先頭はクロニクルオース! しかしすぐ後ろからマチカネフクキタル! さらに加速していくぞ!』

『差し切れるでしょうか! マチカネフクキタル! クロニクルオース少し苦しいか! マチカネフクキタルがぐんぐん伸びてくる!』

 

 光を辿ってどんどん走ります! この道の先には、大吉が待っているのです!

 そうですよね、シラオキ様!

 

「開運ダ~~~~ッシュ!!!!」

『マチカネフクキタルが並んだ! いや、抜け出した! 交わしたか!?』

『クロニクルオース苦しい! マチカネフクキタルはまだ伸びる! そのまま差し切ってゴールインッ!』

 

 ぜぇ……ぜぇ……ぶえぇ……。

 どうなったか、全然分かりません……。息を整えて、掲示板を見ます。

 一番上に輝いているのは、7番。ラッキーナンバー!

 

「や、やりました~~っ」

 

 両手を天に向かって突き上げると、おめでとう! よかったぞ! と観客のみなさんが声をかけてくれました。

 メンバーのみなさんとトレーナーさんも、よくやった! と手を振ってくれています。

 

 えへへ、こんな私でも幸運にありつけました!

 祝福してくれているチームメンバーとトレーナーさんを見て、にっこり笑うのでした。




 というわけで、なんとか1着でした。
 他2人は史実準拠のバ身差で勝利です。スズカは史実とアプリ版ではレース場と距離が違うんですけどね。

 次回はゴールドシップの宝塚記念です。
 フクキタルたちはそのレースに何を見ることになるのか……。


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11、3度目の宝塚記念 in ゴルシ

 我らがゴールドシップの宝塚記念です。
 3度目の、ね。


「ゴルシちゃんがマジに面白いレースってやつを見せてやるからな! いくぜ、トレーナー!」

 

 そう言って控室に入っていった、真っ赤な勝負服を着たゴールドシップさんとトレーナーさん。

 中でバタバタ色々な音がします。しばらくして手を痛そうに擦るトレーナーさんが出てきて、観客席に戻ってゴール板前に陣取りました。

 

「GⅠレース! 楽しみデス!」

「うん、わたしも楽しみ!」

 

 今日はタイキさんも来ています!

 レイさんと一緒にウキウキしながら手すりにつかまっています。

 

 私も、今日はどんなレースになるのか楽しみにしていたのですが……。

 

うるせーぞおめー! 頭ン中で般若心境唱えろよな!

『ああっと! ゴールドシップがゲート内で暴れています!』

『きゃーっ!?』

 

 ――ガタン!

 

『きゃーっ!』

『スタートしました! ゴールドシップ! 大きく出遅れていますっ!』

 

 こんなことになるなんて~~~!?

 周りのみんなが大絶叫していますよぉ~!

 

やっべ!

 

 ああ、耳のいいウマ娘であることが今は恨めしいですぅ~~~!!!

 昨日ゴールドシップさんに占ってほしいって言われて占った結果が凶でしたけどぉ~!

 まさかこんなことになるなんて……シラオキ様、何故こんな試練をぉ~!

 

「ゴールドシップ!?」

「ホワッツ!?」

「隣の娘がうるさかったみたいだけど、そんなぁ!」

 

 何バ身も後ろで慌てて走ってます……あぁ、もうダメですよぉ~。

 みんなお悔やみムードです……。いつもなら1度目の正面で応援の声が出るのに、ざわめきしかないです。

 トレーナーさんも苦笑いしてほっぺをかいてます。

 ……あれ? あんまり慌ててないですね。

 

「トレーナーさん、なんでそんなに普通なんですか? ゴールドシップさん、すっごい出遅れていますよ!」

 

 特に気にもしない雰囲気で言いました。まあそんなもんじゃないかな。

 トレーナーさんの言葉を聞いて、私も含めてみんなが唖然としてしまいます。

 あのクールなスズカさんもぽかんと口を開けているぐらいです。すごい衝撃ですよ!

 

「トレーナーさん、あの……もうレースにならないぐらいの出遅れだと思うんですけど……」

「そうデス! すっごい出遅れデスヨ!」

 

 出遅れはいつものことだしなー。

 そう言って気にしない様子でいます。

 と、トレーナーさん……もしや今の出遅れを見ておかしくなってしまったのでは……。

 

「うぅ……トレーナーさん、壊れてしまったのですね……。ならば、マルゼンさんから教わったこの斜め45度のチョップで!」

 

 私が手刀をトレーナーさんに向けると、突然体をターフ側に乗り出して、大声を上げました!

 ――ゴールドシップ! プランGだ!

 

 ターフを見ると、丁度バ群が通り過ぎるところでした。その後方で、ポツンとゴールドシップさんがターフの中央を走っています。すごい外にいますね……。

 チラッとこっちを見たかと思うと、ニヤリと笑って舌なめずりをしました。

 ……え? ここからやる気なんですか!?

 

 ――やっちまえー!

 トレーナーさんの声が響いたその時、ゴールドシップさんからとんでもない爆発音が聞こえてきました!

 

レースと爆発は同じだよなァ!?

 

 ドォン! ドォン! ととんでもない音を出しながらコーナーに入っていきます!

 あ、あれは! ゴールドシップさんのレースの映像で何度も見ました!

 

「トレーナーさん! ゴールドシップが凄いパワーで走ってマス!」

「ええ……映像で何度も見たけれど、迫力が違う……」

「す、すごい……」

 

 最後方にいたはずなのに、コーナーを回り終わって向こう正面に入ったところで、もうバ群後方につけてます!

 あ、あんな最初からスパートをかけるんですか!? トレーナーさんを見ると、そうだよ? と当たり前じゃないかって顔でこっちを見ました。

 どれだけ非常識な走りなんですか!

 

『ゴールドシップがじわじわと上がってきました! あんなにも出遅れたのに、既に中団の後ろにつけています!』

『全体のペースも上がってきましたね! ゴールドシップの得意なレースになっていますよ!』

 

 向こう正面なのに、ここまでドン! ドン! と走る音が響いてきます。

 あんなプレッシャーをかけられたら、勝手にペースが上がっちゃいますよ。併走トレーニングで普通に走ってもすっごい圧なんですから!

 

「トレーナーさん、もしかして……」

 

 スズカさんがトレーナーさんを見ると、うん、と頷いた。

 

 ――出遅れは想定外だけど、第1コーナーからスパートっていうのは作戦だよ。

 

 驚いて口からおみくじが出るかと思いました。

 確かにスタミナがすごいのは知ってます。トレーニングしていて、いつも息を切らさないですから。

 だからって、第1コーナーなんて……最初からずっとスパートしてるようなものじゃないですか!

 

「すごい作戦……トレーナーさんは、ゴルシさんができると思って決めたんですか?」

 

 できるできないじゃないんだ。やるんだよ、ゴールドシップは。

 絶対の自信をもってニッと笑い、コーナーを走ってくるゴールドシップさんを見つめています。

 これが、人バ一体ってことなんでしょうか……私は関係ないのに、ほぅと息が漏れてしまいます。

 

「とっても素敵デス!」

「ええ。そう言ってもらえるように、走らないと」

「かっこいいなぁ……」

 

 みんなも同じみたいで、目がキラキラしてます。

 これが先ほど言っていた、プランGなのですね……。すごい作戦です!

 

『さあ、最終コーナー回って最終直線に入ります! ここから誰が出てくるのでしょうか!』

『中団から突っこんできたのはやはりこのウマ娘! ゴールドシップ!』

 

 ゴールドシップさんが最終直線で一気に走りこんできました!

 あんなに出遅れたのに! 運勢だって凶だったのに! そんなの関係ないとばかりの勢いです!

 

「っぱゴールドシップよォ! いけェーーー!!!」

「きゃーーーっ!!! ゴールドシップーーッ!!!」

「爆発だー! つっこめー!!!」

 

 観客の皆さんもヒートアップしてきました!

 もちろん、私たちも体がどんどん熱くなってきて、おみくじがこみあげてきます!

 

「ゴールドシップ! ゴーゴーッ!」

「頑張って! ゴールドシップー!」

「ゴルシさーん! いってー!」

「ゴールドシップさ~ん! 1着は大吉ですよぉ~~~!」

 

 ――見せつけてやれー! ゴールドシップーッ!

 

 声が聞こえたのでしょうか。ゴールドシップさんは目を見開いて、歯をむき出しにして笑いました。

 そして舌なめずりを一度すると、今まで以上のパワーで踏みこみました!

 

これがゴールドシップ劇場じゃーーーーいッ!!!

 

 ドゴォン! ドゴォン! とすごい音を立てながら、一気に坂を駆け上げります!

 す、すごいです……みんなブレーキがかかっているのに、ゴールドシップさんだけ加速しています!!!

 

『ゴールドシップが一気に上がってきた! 坂を駆けあがってごぼう抜きだぁー!』

『残り100mです! 先頭はゴールドシップ! もう誰にも止められない! ゴールドシップが一気にマクってゴールインッ! ゴールドシップ、前人未到の3連覇ッ! 黄金の不沈艦! 航路はまだ続いてゆきますッ!』

 

 うわぁーーーーーー!!!! と歓声が爆発しました!

 私たちも飛び上がって、みんなで喜びます!

 トレーナーさんはグッとガッツポーズしてますね……ちょっと控えめです。

 

 たくさん喜んで動き回っていたら、ゴールドシップさんがこちらを見ました。

 トレーナーさんがグッと親指を立てて見せると、ゴールドシップさんはニッと笑ってこぶしを突き上げます。

 その姿を見て、また歓声が爆発するのでした。

 

 

 

 

 

「おれぇい!!!」

 

 ぐわあーーっ! と叫びながらトレーナーさんが吹き飛んでいきます!

 

「ゴールドシップ!?」

「オウ! ビューティフルなドロップキックデス! エルにも見せたいぐらいデス」

 

 器用に受け身を取って、何事もなかったかのように立ち上がるトレーナーさん。

 あっ、ウマッターで見たことあります! 「ウマ娘のドロップキックを受け流す最強のトレーナー」ってトレーナーさんだったんですね!

 

「だ、大丈夫? トレーナーさん」

「平気だろ。そんなやわじゃねーからな! だろ?」

 

 もちろん、と言ってゴールドシップさんと拳をぶつけ合ってます。

 すごい信頼関係です……私も、運命の人であるトレーナーさんと、あのぐらい信頼し合えるように頑張らないとですね!

 みんなもそう思っているのか、グッと拳を握って気合を入れていました。

 

 そうこうしている内にインタビューの準備ができました。でも、ゴールドシップさんが台に乗るのを嫌がってます。

 トレーナーさんがタックルするように押し込んでなんとか乗せていますけど……ゴールドシップさんもトレーナーさんも、やりとりを楽しんでませんか?

 

「宝塚記念、前人未到の3連覇です! おめでとうございます!」

「おう! 世界線の違いを見せつけてやったぜ! 平行世界のゴルシちゃん、見てたか?」

 

 危ないレースでしたが、なんとか勝てましたとのことです。

 トレーナーさんが通訳してます……あ、これもウマッターで見ましたね!

 一昨年ぐらいから話題になってたトレーナーさんがまさか運命の人だったとは……。

 

「大きく出遅れてしまっていましたが、何かあったのでしょうか」

「隣のやつがブツブツすげーうるさかったんだよな。がんばるがんばるってよ」

 

 やっぱり隣の娘が原因だったみたいです。

 静かに待ったほうが自分にもいいんですが、気合を入れたり集中するためにちょっとつぶやくのはレースだとままあることだと聞きます。

 ゴールドシップさんはそれがすごいイヤみたいです。

 

「ま、レースはアツかったしおもしろかったからな。おめーらは気にすんなよ!」

 

 集中するために呟いたりというのはありますから、問題だと捉えないで下さいと言っています。

 ……トレーナーさんの通訳がないと、別の方向に捉えてしまいそうですね。

 

「トレーナーさんはチームを結成したとお聞きしましたが、いかがでしょうか?」

 

 全員メイクデビューで1着ですし、強い走りを見せてくれています。今後のレースで活躍すると自信を持って言えますよ。うちのメンバーは、強いです。

 

 トレーナーさんの回答を聞いて、少しほっぺたが熱くなります。にへっとしてしまいますね~。

 チラッと他の方を見てみたら、タイキさんもニコニコしていますし、スズカさんも少し嬉しそうです。レイさんはほっぺたに手を当てて目をキラキラさせてます。

 

 トレーナーさんは、私たちを強いと言ってくださいました。

 フクキタルの名前に恥じないように、トレーナーさんに福をあげたい! そんな思いを抱くのでした。

 

「トレーナーさんがプランGと仰っていたと聞きましたが、今日の作戦の名前なのでしょうか?」

「プランG? んなもんねーぞ」

 

 その場にいた全員がずっこけました。




 というわけで、この小説のゴールドシップには3連覇していただきました。
 何故こうしたかは、活動報告に詳しく書きます。ちょっと長くなっちゃうので。
 興味がある方は見てくださいね。

 トレーナーくんのヤバさと、2人の人バ一体となっている姿を見て、がんばりたいと思うメンバーたち。
 どのように成長していくのか、お楽しみに。

【追記】
活動報告
→https://syosetu.org/?mode=kappo_view&kid=263089&uid=303554


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12、出走予定

 ウマ娘でのレース登録ってどうなってるんでしょうね。
 現実だと獲得賞金とか抽選とか、優先出走権とかありますけど。
 やっぱりファン数なんでしょうかね。


 さて、宝塚記念が終わったということで夏合宿の時期になるわけだが。

 今年はゴールドシップが凱旋門賞に向けて体調を整えなければならないため、ゴールドシップは参加しない。

 そしてデビューしたばかりのジュニア級のメンバーは合宿に参加できない。レースを始めてすぐのウマ娘には、合宿所でのキツいトレーニングはケガの可能性が高いからだ。

 

 正直フォーマルハウトのメンバーは、ゴールドシップ用のトレーニング以外に、筋肉や関節をしっかり鍛えてもらっているから負荷がキツくてもいけそうだけど。

 ケガをしないようにと思って基礎のトレーニングをかなり重視しているが、みんな文句や弱音を吐かずにやってくれている。

 

「トレぴっぴよー、飽きてきたぜ」

 

 ゴールドシップを除いて。

 学園内のトレーニングルームにて、懸垂用のバーに足の甲を引っかけて、逆さまになりながらバーベルスクワットをしている。とんでもない体幹だなぁ。

 バランスボールトランプタワーに切り替えてもいいよと話すと、うっし! と気合を入れて飛び降り、バーベルを片手で振り回しながらバランスボールを取りに行った。

 

「すごいパワーね……あ、レイ。もう少しだけ押してもらえる?」

「このぐらい?」

 

 規格外のフィジカルを見せるゴールドシップを横目に、スズカはレイと協力してストレッチを行っていた。

 スズカは速いスピードで走り続けるからな、脚は念入りに柔らかく、強くしてもらわないと。特別に毎日足首トレーニングもしてもらっているから、変に踏みこまなければケガもしづらいはず。

 

「レッツ、サイクリング!」

「ふにぃ~~~っ!!!」

 

 タイキとフクキタルは2人でフィットネスバイクを使って脚を鍛えてもらっている。

 とにかくタイキは足が本調子ではないから、調整しながらトレーニングをしなければならない。

 フクキタルは単純に末脚の強化だ。力強くターフを踏めれば、その分加速力も増す。成長がわかりやすいのもプラス……だと思う。

 

 正直に言うと、トレーニング方法が正解かはわからない。

 何故かと言うと、ゴールドシップにトレーニングしてもらっていた時は、成果が出てるのか出てないのかあんまりわからなかったから。

 だって最初から明らかに身体能力がおかしかった。クラシック級でシニア級に勝てる上、長距離レースで最後方からロングスパートをかけてもスタミナが切れない。

 

 そんなフィジカルを基準にしてトレーニングをやってもらっているから、もしかしたらかなり辛いかも。

 そう思いながら、みんなの様子を見ている。今のところは不平不満はない、と思う。

 

 うんうん悩んでいると、急に後ろから耳を抑えられた。

 

「だーれだ」

 

 何してるんだゴールドシップ?

 声をかけて振り向くと、口をとがらせていた。

 

「なんだよ、つまんねえなー。そこは火星人とか言えよな!」

 

 久々に理不尽だ! というか普通は目を隠さないと。

 

「それじゃあ普通だろ。爆発でもしねーと面白くないぜ」

 

 そこは普通でよくない?

 そう言うと、またぶーぶー言い出した。

 

「細かいことはいいんだよ! ほら、トレーナーもやるんだからな!」

 

 そう言ってゴールドシップのバランスボールトランプタワーに付き合わされた。

 なんというか、ちょっと気を遣わせてしまったようだ。

 ありがとうと話すと、苦しゅうないと答えられた。どこかの将軍なのだろうか。

 

 

 

 

 

 今日はフォーマルハウトの部室にて次の出走レースについて話し合いだ。

 ホワイトボードにレース名と距離を書いて、どれがいいのかを決めていく。

 距離適性のあるレースで走るのがいいだろうから、ある程度は絞ってあるけれども。

 

 フクキタルは中距離、スズカはマイルから中距離、タイキは短距離からマイル、ソーラーレイはダートのマイルまで。

 フクキタルとソーラーレイはスタミナを鍛えれば距離が伸びても問題なさそうだ。

 スズカとタイキはスタミナを鍛えても距離は伸ばさないほうがいいだろう。明らかに短い距離がいい走り方だし。

 

 というわけで、現時点でよさそうなレースをいくつかあげてみた。

 

「ワオ! シンザン記念! 重賞デスネ!」

 

 タイキシャトルは現時点でマイラーとして非常に優秀だ。なので、年明けのGⅢ、シンザン記念を勧める。

 重賞を取れたなら、その次にGⅠレースのNHKマイルカップに挑戦するという算段。

 そのためのステップレースにしようということだ。タイキもやりマース! と気合十分だ。

 

「わたしは、カトレア賞です」

 

 ソーラーレイはOPのカトレア賞。こちらはダートの1,600mだ。

 デビュー戦の1,800mとは少し違うだろうが、後半一気に加速していったあの脚なら問題ないだろう。

 

「あの……わがままじゃなければ、これがいいです」

 

 スズカはGⅠレースの朝日杯フューチュリティステークスを選んだ。

 デビューは2,000mだったが、スズカはマイルでも大逃げでそのまま行けるだろう。

 

 因みにタイキが朝日杯に出ない理由は、スズカと被るからではなくタイキの脚の調子がまだまだ整わないから。

 メイクデビューでもなんとなくモヤモヤしていたらしい。なので、万全を期して年明けのレースを目標にしたのだ。

 

 そして最後。ずっと悩み続けているフクキタルだが。

 とりあえずあげているのが、スプリングステークス、毎日杯、そして弥生賞。

 フクキタルはクラシック路線に向かうから、ステップレースとしてこの3つを提案してみた。

 

「うぐぐ……トレーナーさん! なんで全部重賞なんですか~!」

 

 うぎゃあ~! と言いながら頭を抱えるフクキタル。

 毎日杯はGⅢ、それ以外の2つはGⅡだ。特に弥生賞とスプリングステークスは皐月賞へのトライアルレース。勝てば有力バとして出走できるのだ。

 だからこそ、是非にと思ってあげてみたのだが。

 

「私なんかじゃ絶対勝てないですよぉ~! それに、弥生賞なんてスズカさんも出る予定じゃないですか!」

「ええ。朝日杯の後、もう1つレースを走りたいし」

「無理ですよ~! 私だけの力じゃ勝てませんよぉ~!」

 

 あびゃあぁ~と泣き出すフクキタルに、それじゃあ力を借りればいいと肩を叩く。

 

「え……? 力を借りる?」

 

 不思議そうに俺を見るフクキタル。

 ゴールドシップに声をかけて、手を差し出す。

 

「ふぉふぉふぉ。ゴルゴル星の神からのお告げじゃよ」

 

 見えないひげを撫でながら手の平に乗せてきたのは、ウマ娘の人形が乗せられた、穴が開いている樽。

 そして3色のプラスチックナイフたち。これをフクキタルの目の前に置く。

 

「あの……トレーナーさん?」

「オウ! 見たことありマス! キキイッパツというやつデスネ?」

「ウマ娘危機一髪だね……え、もしかして、フクちゃんこれでレース決めるの?」

 

 みんなが不思議そうにしながらこちらを見てくる。

 フクキタルの信じる占いや神様に、俺も頼ってみようと思って。

 そう言って、フクキタルにナイフを手渡す。

 

 赤はスプリングステークス、青は毎日杯、黄色は弥生賞だ。刺して飛び出した時に使ったナイフの色で出るレースを決めよう。

 そう話すと、少し迷った様子だったがナイフを受け取った。

 

「トレーナーさんが私に与えてくれた占いチャンス……ここでやらねば、マチカネフクキタラズです!」

「どちらにしても、福は来ないと思うけど……」

「いきますよぉ~! ハッピーカムカム! 福よこ~~~い!」

 

 勢いよくナイフを突き刺すフクキタル。

 いくつものナイフが樽に刺さっていくが、一向に飛び出さない。

 謎の緊迫感に包まれているこの部室。フクキタルは一筋の汗を垂らし、手で拭う。

 

「フクちゃん……!」

「ファイト! フクキタル!」

「フク! そこだ! 刺せ!」

「みなさん……いきますよぉ~!」

「そういう催しじゃないと思うんだけど……」

 

 スズカ以外がフクキタルを応援し、それに応えるようにナイフを刺しこむ。

 そして残り少なくなってきたところで、フクキタルがひと息つく。

 

「ふぅ……残りわずかですね。これで決めますよ! シラオキ様、私に幸運を!」

 

 ズムッとナイフを刺しこんだ瞬間、ウマ娘が樽から勢いよく飛び出した!

 そのままテーブルに落ちてゴン! と音を立てながらゴロゴロと転がっていく。

 

「や、やりました~!」

「コングラチュレーション! フクキタル!」

「やったね、フクちゃん!」

 

 わいわい祝われているフクキタル。

 そんな中、スズカは樽を手に取り、そしてフクキタルを見た。

 

「フクキタル、よろしくね」

「はい! よろしくお願いしま……はい?」

 

 ほら、とスズカに見せられたのは、最後に刺しこまれたナイフ。

 その色は黄色。つまり……。

 

「弥生賞、一緒に走りましょう」

「あ、あぁ……!」

 

 段々と顔面蒼白になっていき、最後には頭を抱えて大きくのけぞり、叫びを上げた。

 

「ぎゃぼ~~~~ん!!!」

 

 こうしてフクキタルは弥生賞に出走することになったのだった。




 というわけで、フクキタルは弥生賞に出走します。
 スズカvsフクキタルの1戦目ですね。

 ゴールドシップ以外はアプリ版に沿って出走してもらいます。
 なので、スズカにはファン数5,000人の目標達成のために、とりあえず朝日杯を走ってきてもらいます。
 ホープフルステークスでもいいんですけど、弥生賞までの休養を考えて朝日杯です。ケガ無く楽しくがモットーのチームですからね。


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13、ゴールドシップの走り

 本作のゴールドシップは前作主人公なので、アプリ版メインストーリーより活躍してます。代わりに前作で大体完結しちゃったので、後はもうサポート要員になってますね、ハイ。


 じゃあ今日もトレーニング始めよう。

 そう言ったトレーナーさんのお顔には、蹄鉄の跡がくっきりとついてました。

 とってもげっそりとしていて、いつも通りの楽しそうな雰囲気もありません。

 

 これにはとっても悲しい理由があるのです。

 なんと、トレーナーさんは凱旋門賞に行けないのです!

 ゴールドシップさんだけフランスに行くことになってしまいました。

 

 ゴールドシップさんと仲のいいウマ娘さん、それにとっても強いウマ娘さんとの3人が凱旋門賞に出走する予定になってました。

 しかし、URAからトレーナーさんはチームを発足したばかりだから、私たちのトレーニングを優先したほうがいいよと言われたようなのです。

 海外遠征はウマ娘だけで行くことが多いと聞きますし、現地にいる海外遠征中のトレーナーさんが見るのが普通みたいですね。

 ただ、それを聞いたゴールドシップさんはトレーナーさんが来ないなら行かないと空港で暴れてしまって。

 

『なんでこねーんだよー。まったくよー。トリコロールにうらみでもあんのかよ』

 ごめんな、ゴールドシップ。俺も行きたいけど……。

『うるせぇ! 謝ってんじゃねー!』

 うげぇーーッ!

 

 凄まじいパワーのドロップキックを受けて吹き飛んでいました。宝塚記念の時に見た楽し気なものではなく、かなり痛そうでした。

 機嫌が悪そうに目を細めてむいっと口をとがらせて腕を組んでいましたけど、ちょっと寂しそうでした。目線はずっとトレーナーさんを向いてましたから。

 

 結局暴れるゴールドシップさんをトレーナーさんがなんとか説得して押し込んで、フランスに行ったわけなんですけど。

 トレーナーさんはかなりどんよりしてます。朝の運勢で最下位を引いた日の私みたいです。

 

「トレーナーさん……大丈夫ですか?」

 

 スズカさんが憔悴しているトレーナーさんを心配そうに見ています。

 大丈夫だよ、と言いますが、全然大丈夫そうには見えません。

 それもそうです、トレーナーさんとゴールドシップさんは人バ一体なんですから。

 

 トレーナーさんは、話してくれました。

 自分が一緒に行けないのは悔しいけど、現地のターフを知ってるトレーナーが調整したほうがいいからね。今までもそうやってきているわけだし。

 ただ、ゴールドシップが凱旋門賞を楽しく走れるのか、それがすごい気がかりなんだ、と。

 

「そんなにぐったりしちゃうくらい、心配なんですね」

 

 私がそう言うと、疲れてるのは別の理由なんだと言われました。

 えっ、とみんなで驚いていると、トレーナーさんがふぅと息を吐きます。

 ――寝不足なんだ……ゴールドシップがずっと電話かけてきて……。

 

「あっ。ゴルシちゃん、時差とか気にしないで電話してるんだ」

 

 そうなんだ、とトレーナーさんは頷きました。

 どうやら疲れているのは心配しているからじゃなくて、ゴールドシップさんが夜中に電話しているからのようです。

 聞くところによると、夜中の2時ぐらいがフランスの夜7時だそうで、夕ご飯食べ終わってから町を歩き回ってずっと電話しているらしいのです。

 フランスの街並みやその場で起きていることをテレビ電話で見せてくるから、興味深いのもあってずっと話しちゃうんだ、と目を擦っています。

 

 ……ゴールドシップさん、寂しいのでしょうか。

 そう思っていたら、他のみなさんも同じことを思っていたみたいで、おめめをパチクリしていました。

 

「ゴールドシップはサミシガリなんデスネ! ワタシといっしょデス!」

「あはは……でも、ゴルシちゃんらしいかな」

 

 ゴールドシップさんってトレーナーさんとの時間を大切にしていましたからね。

 もちろん、私もトレーナーさんと話したり、トレーニングしたりする時間は大切ですよ!

 

「トレーナーさんが見てくれているわけですからね! がんばりますよ~!」

「そうね。トレーナーさん、よろしくお願いします」

 

 みんなでぐっと気合を入れると、トレーニングが始まりました。

 今日はぱかプチダッシュをやるみたいです。ゴールドシップさんと違って、小さいぱかプチを使います。

 大きいものはまだまだ実力不足で、コーナーで減速している時にターフにこすっちゃいますからね。

 

「今日のラッキナンバーは56です! いきますよぉ~!」

「フクキタル、56周はしないわよ……?」

「あはは……トレーナーさんにもやめなさいって言われてますから……。自分のペースで、5.6周! いってきます!」

「10分の1……成長した、のかしら」

 

 スズカさんのつぶやきを背に、走り出します!

 ぱかプチダッシュは直線なら落とさないでいけますね! これもトレーナーさんのトレーニングの成果です!

 問題はコーナーです。スピードを落とさないと回れないんですが、落としてしまうとぱかプチも落ちちゃいます。

 ゴールドシップさんは減速しないでものすごい綺麗に回ってましたけど、私はあんなに足腰が丈夫ではないです。

 

 でも、ゴールドシップさんにコツを教えてもらいましたからね!

 

「ゴールドシップさん直伝のコーナーワークですよぉ~~!」

 

 体を傾けても、頭だけは必ずまっすぐに、傾けない!

 これがゴールドシップさんの教えです!

 

「開運ダ~~~~ッシュ!!!!」

 

 外に膨らまず、スピードも落ちずに綺麗に回れました!

 するとそこで後ろから足音が聞こえました。

 

「っ!」

 

 スズカさんです。

 ゴールドシップさんから教えてもらった通りに走っています。グンッと加速して、私を追い抜かしました。

 流石スズカさん……もうコーナーリングのコツを身につけたのですね!

 

「でも、負けませんよぉ~!」

 

 私だってちゃんと教えてもらったんですからね!

 ゴールドシップさんとメンコで勝負した時のことを思い出しながら、私はスズカさんを追いかけるのでした。

 

 

 

 

 

   ◆ ◆ ◆

 

 

 

 

 

 凱旋門賞当日。

 部室にあるテレビをつけて、ゴールドシップの走りを見守る。

 

「トレーナーさん! 始まりますよ!」

 

 フクキタルに手を掴まれて揺すられた。

 俺の担当ウマ娘が海外レースか……なんか実感が無いな。

 

「ゴールドシップ、調子はどうでショウ」

「昨日電話した時は元気そうだったけどね」

 

 昨日のトレーニング後、フォーマルハウト全員でテレビ電話を繋げて、ゴールドシップにエールを送ってある。

 3日目の佃煮ぐれーだなと言っていたから、そこそこ調子はいいはず。

 ただ、とても気になる点がある。

 

「トレーナーさん?」

 

 不安そうに見ていたのがわかったのか、スズカが首を傾げていた。

 走る気があるかどうかが気になる。そう言うと、みんな不思議そうにする。

 

「ゴールドシップさん、レースに乗り気だったじゃないですか」

「そうデス! 楽しそうデシタ!」

 

 フクキタルとタイキはそう言うが、うーんと唸ってしまう。

 ゴールドシップはレースへのフラストレーションを溜めなければ、レース当日にやる気がなくなってしまう。

 今までは楽しく走ってもらえるようにトレーニングを考えたり遊びに行ったりしてきたが、現地のトレーナーはやれてないだろう。電話で聞く分には、手が付けられないと言っていたし。

 

 やりたいことしかやらない稀代のクセウマ娘だ。レース当日までまともに何もできていないとなると、もうどうなるかわかったものではない。

 ……入場を見て大丈夫かどうか判断しよう。

 

「あ、みなさんターフに出てきましたよ!」

「すごいボディデス! みんなパワフルデスネ!」

 

 出走するウマ娘たちが順番にターフへと入ってきた。

 そんな中、1人のウマ娘が観客たちの前に姿を現した。

 

「……何しているのかしら?」

「ファンサービスかなぁ……ゴルシちゃんだねぇ」

 

 観客たちを見ながらくるくる回ったりムーンウォークをしたりと好き勝手し始めた。

 同じく日本から参加しているウマ娘たちは、ゴールドシップを完全に無視している。同じ国出身だと気づかれたくない様子だ。

 

「いや~、ゴールドシップさんですね~」

「ファイト! ゴールドシップ!」

 

 いや、これはヤバい。

 そう言うと、えっとみんながこっちを向いた。

 

「ヤバいってどういうことです? ゴルシちゃん、調子よさそうですけど」

 

 レースを走りたいっていう気分じゃないぞあれは。

 フランス観光に来た旅行者の顔だ。

 げんなりした様子でそう言うと、みんな驚いてテレビにかじりついた。

 

「……わ、わからないです」

「ムムム……ゴールドシップ、そんなにやる気ないデスカ?」

 

 見ればわかるよ。頭をかきながら椅子に座る。

 今日はヤケ酒かなぁー。

 

 しばらくしてレースが始まった。

 相変わらずの出遅れで、内枠から最後方へ。まあ、これはいつも通りだ。

 実況解説は唸ってるけど。

 

 そのまま隊列が変わらず最終コーナーに差し掛かった。

 バ群が横並びになり、ここからだ、とウマ娘たちがスパートをかけ始める。

 と、そこでゴールドシップの前方にいたウマ娘がブン! と大きく腕を振った。

 

「危ない!」

「あわわ……大丈夫ですか!?」

 

 ゴールドシップの顔に当たりかけたが、なんとか避ける。

 いつもならこの辺でニヤリと笑って圧をかけるわけだが……なんだこいつとチラ見しただけで、全然上がってこない。

 

「ゴールドシップ……?」

「スパートかけないねぇ……」

 

 そのままスピードもあまり上がらず、残り100mぐらいで腕を振り上げたウマ娘をぶち抜いてゴールイン。

 結果は14着。うん、やっぱりフラストレーション溜まってなかったな。

 

「あぁ……」

「オウ……」

 

 かなりずぼらな走りだったせいか、みんな唖然としている。

 よく覚えておいてほしい。これが、楽しく走れなかったウマ娘だよ。

 そう言うと、神妙に頷くフォーマルハウトの面々だった。




 凱旋門賞は史実通りでした。
 アニメでもトレーナーは海外に行かないで、トレセン学園で指導していたのでそのようにしました。
 やべーやつのタッグは離してはいけない。

 フナボシメンバーは、今のところ曲線のソムリエのコツは覚えたけどスキルポイントが足らないです。なのでコーナー加速だけとってる感じですね。
 コーナーで減速しないスズカはアカン。


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14、勝負服

 前回凱旋門賞にトレーナーくんがいけなかった理由はただ一つ。
 そういうものだから!

 アニメのウマ娘でも、エルとかスズカとか、チーム所属の娘が海外遠征行ってもトレーナーは行ってなかったので、それに合わせてみました。
 活躍させすぎると主役のフクキタルがかすみます故……すまぬ……。


「よう、トレーナー。海行こうぜ海!」

 

 フランスから帰ってきたゴールドシップの第一声がこれだった。

 来ていたトレーナーや一緒に帰ってきたウマ娘たちは、何とも言えない顔でこちらを見ている。

 それもそうだろう。トゥインクル・シリーズであれだけ活躍したウマ娘が、凱旋門賞であんなレースをして帰ってきての一言目がアレでは誰だってそうなる。

 メディア関係者も一緒に出待ちしていたが、唖然としてインタビューもできていなかった。

 

 まあ追及されると面倒だろうし、さっさと連れて帰ろう。

 手荷物をもらって、自然な流れで出口に歩いていく。

 後ろからドタバタと慌てた足音が聞こえてくるが、ゴールドシップが振り向いて一言。

 

「おぉ! ウィンブルドン制覇したウマ娘じゃねーか!」

 

 驚いたように遠くを眺めるゴールドシップを見た取材陣が、えっと声を漏らして後ろを見た。

 いるわけないんだけどね。

 

「うぇひひ、さっさと行こうぜ」

 

 いたずらが成功してニヤつくゴールドシップと共に、そそくさと空港を後にした。

 

「おかえりなさい、ゴールドシップさん!」

「おかえり、ゴールドシップ」

「ハイ! ゴールドシップ!」

 

 車に乗り込むと、後部座席で待っていたフクキタルたちが出迎えた。ソーラーレイはもうすぐレースがあるからトレセン学園でトレーニング中だ。

 ゴールドシップは苦しゅうないぞ、と言いながらお土産が入った鞄を3人に渡す。

 わいわい盛り上がっている間にエンジンをかけて、見つからない内に発進する。

 トレセン学園に戻ったら、どうせやまほど記者の人たちがいるんだろうからな。帰国後ぐらいはゆっくりしてもらいたい。

 

 運転してからしばらくすると、騒ぎすぎたのか後ろの3人が静かになる。眠ってしまったらしい。

 空港に来るまでフクキタルとタイキがずっとはしゃいでいたからな。挟まれていたスズカはずっと困っていた。

 思わず苦笑していると、ゴールドシップがチラッとこっちを見る。

 

「レース、つまんなかったわ」

 

 ぽつりと一言。

 見ててわかった。そう言うと、腕を組んでそっぽを向いた。

 

「次は来いよな」

 

 飛行機にしがみついてでも行くよ。

 肩をポンと叩くと、手を掴まれた。

 何だろうと思っていたら、どこからともなくとりだしたペンで左手にラクガキをされてしまった。

 

「ま、これで許してやるよ。フナボシのヌシたるゴルシちゃんのマントルを突き抜けるぐれーの懐に感謝しろよな!」

 

 ははーと頭を下げると、ふぉふぉふぉと機嫌よく笑う。

 「船」と書かれた左手を見ながら、学園へと帰るのだった。

 

 

 

 

 

   ◆ ◆ ◆

 

 

 

 

 

 相変わらずの暴走インタビューで、業界とトゥインクル・シリーズファンにいつも通り激震を与えてからしばらくして。

 

 スズカが年末にGⅠレースに出るということで、勝負服の申請をしていた。

 どうせみんな年度明けにGⅠレースへ挑戦する計画だから、いっぺんに出してしまえということで全員分出したわけだが。

 ゴールドシップが帰国して数日後、みんなの勝負服が届いた。

 

 ということで、着用してメンバーにお披露目することに。

 

「イメージ通りデス! 明るく楽しく狙い撃ちマース!」

 

 カウガール風の意匠が爽やかなタイキ。

 嬉しそうにくるくる回りながら、腰のホルスターからリボルバーを取り出してくるくる回す。

 なんでそんなものつけてるんだと思うところはあるが、ライスシャワーも短剣を腰に忍ばせていたからそういうものなのだろう。

 試しに撃ったら本当にパン! と破裂音がして、みんな飛び上がって驚いていた。

 

「動きやすい! いっぱい走れそう!」

 

 ソーラーレイは水色のスポーティな見た目の勝負服。

 フォーマルハウトには入らなかったが仲のいいコルネットリズム、トモエナゲと同じメーカーで作ってもらったのだとか。

 嬉しそうに跳びはねて、勝負服の感覚を確認している。

 

「うん、いい感じ」

 

 スズカはスッキリとした制服のような勝負服だ。

 彼女らしい静かで清楚な印象。なんとなく、そのまま走り去ってしまいそうな感じに見える。

 

「幸運に満ち溢れています! ラッキーパワー全開ですよぉ~!」

 

 そしてフクキタル。肩が少し出ているセーラー服……のように見えるが、体中にフクキタルらしいグッズがたんまりと。

 まず左腕に数珠のブレスレットを2つ。腰には「大吉」「必勝」と書かれた絵馬。背中の襟には陰陽マークに八卦。

 何より一番目立つのは、背中に背負っているでっかい招き猫! 鞄紐にはお守りもくっついているが……招き猫のバッグなのだろうか。

 

「ふっふっふ~。見てくださいトレーナーさん! にゃーさんです!見覚えありませんか?」

 

 嬉しそうに背中を見せて体をゆらゆらと動かすフクキタル。バッグの招き猫の名前はにゃーさんと言うらしい。

 ……確かにその招き猫、なんとなく見覚えがある。

 

「そうです! トレーナーさんと一緒に取った最強の開運グッズです!」

 

 あぁ、ゲームセンターで取ったぬいぐるみ!

 ぬいぐるみだと思っていたが、どうやら背負うタイプのバッグだったらしい。

 

「部屋に戻ったらファスナーがついているのに気付いて……いやぁ、私もぬいぐるみだと思っていたんですけどね~」

 

 バッグとして使えるように、紐が中に入ってたのですと楽しそうに語る。

 ニコニコしながらバッグを降ろすと、ファスナーを下ろして中身を取り出した。

 ……でっかい水晶玉だ!

 

「お、フク! 随分いい水晶玉じゃねーか!」

「わかりますか、ゴールドシップさん! この水晶玉はですね、それはもうすばらしいもので……」

 

 水晶玉の周りを手でふにゃふにゃと撫でまわすように動かし、得意げに話しているフクキタル。

 あれ、走る時にバッグに入れないよな……? いや、フクキタルならやりかねん。

 それ入れて走らないでねと言うと、なんでそんなこと言うんですか~! と詰め寄られた。

 

「霊験あらたかな、とってもご利益のあるお寺から譲り受けたものなんですよ! これを持たないなんてとんでもないです!」

「フクキタル、パワーストーンと勘違いしてないかしら……」

「パワーがあるならいいんです~! だって、スズカさんだって幸運があるほうがいいと思いませんか!」

 

 流石は占いアプリで凶が出たら怒りながら大吉が出るまで連打するパワー型だ。

 ふんぎゃろー! とスズカに詰め寄っていくフクキタル。

 なんというか、運でなんとか走り抜きたいという気持ちはあんまり変わっていないみたいだ。

 

 

 

 

 

 フクキタルが水晶玉をバッグに入れていても走れると豪語したため、じゃあやってみようと言うことで練習場に来た。ついでにみんなの勝負服がきちんと体に合っているかも確認するために。

 それぞれ1,600mと2,000m、どちらかのタイムを計って確認してみようとストップウォッチを片手にみんなで走ってみたわけだが。

 

「イエース! 調子は絶好調デス!」

「いくらでも走れそう……もう少しだけ走ってもいいですか?」

「うん、いい感じかなぁ」

 

 タイキやスズカは、いつも以上に好タイムを叩き出した。やはり走りやすいらしく、それでいてやる気や気持ちが前向きになるようだ。

 そして問題のフクキタルだが。

 

「どうですかトレーナーさん! これが開運パワーですっ!」

 

 みんなと同じように好タイムだ。さすが勝負服、不思議な力がみなぎるようだ。

 でも、そのバッグはないほうが走りやすくないかなぁ……そう思っていると、フクキタルが俺の袖をぎゅっと握った。

 

「いやですよぉ~! このバッグだけは、絶対にいります!」

 

 涙目で縋りつかれてしまった。

 フクキタルが走りやすいなら別にいいんだよ。ウマ娘じゃない俺からすると、スズカみたいにスッキリしてるほうがいいのかなって見えるからさ。

 そう言うと、このバッグを背負っている方が力が出ます! とキッパリ言われた。

 

「あの、トレーナーさん。トレーナーさんから見ると、ちょっと走りにくそうに見えるかもしれません。でも、私たちはとてもよく走れるんです」

「イエス! トレーナーさん、ワタシたちを信じてくだサイ!」

 

 スズカとタイキにそう言われる。

 確かに、ホープフルステークスの出走前、ゴールドシップに腰のバッグ走りにくくない? って聞いたらあったほうが気分がいいって言ってたし。

 気持ちよく走れるなら、あったほうがいいな、うん。

 じゃあ、招き猫で幸福呼び込もうか。そう言うと、フクキタルは目を輝かせた。

 

「はい! トレーナーさんの幸運パワーを身につけた私は、つねに大大吉ですよ~!」

 

 グッと拳を突き上げたフクキタルを見て、ウマ娘って不思議な力が働くんだなーと思うのであった。




 フクキタルの勝負服についてのお話でした。
 ゲーセンでとったぬいぐるみは「にゃーさん」だった!
 ちょっと無理やりでしたかね?


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15、弥生賞

 スズカとフクキタルの弥生賞です。
 ここから一気にレースが盛りだくさんになってきます。
 クラシック級のメインレースが目白押しですからね!


 ゴールドシップが戻ってきてから、フォーマルハウトのメンバーは次々にレースへと参加していった。

 まずは11月のカトレア賞。ソーラーレイが出走した。

 

『全員好スタートです。注目の1番人気ソーラーレイ、後ろからのレースになるようです』

『コーナー回りまして、外からソーラーレイが上がってきている! 綺麗なコーナリングから早めのスパートです!』

『最終直線でソーラーレイ! 一気に上がっていきます! 先団をごぼう抜きだ!』

『そのまま差し切ってゴール! 1着はソーラーレイ! 素晴らしい走りでした!』

 

 丁寧なコーナリングで上がっていき、そのまま早目にしかけて一気に差した。

 トレーニングでゴールドシップが教えた通りの丁寧なコーナー加速。身につけているようだ。

 

 お次はサイレンススズカ。

 新規メンバー初のGⅠレース、朝日杯フューチュリティステークス。

 作ってもらった勝負服を身にまとい、気合を入れていたわけだが。

 

『各ウマ娘一斉にスタートしましっ、おっと! サイレンススズカがすごい好スタートだ! 一気に前に出た!』

『かなり速いペースです! そして大逃げ! このペースで持つのでしょうか!』

『コーナーに入りました! サイレンススズカ、ほとんど減速せずに回っているぞ! 後続は追いつけるのか!』

『最終直線です! 先頭は後続を大きく突き放してサイレンススズカ! これは誰も追いつけない!』

『サイレンススズカ! 1着でゴールイン! なんという大逃げでしょうか! ジュニア級王者は間違いなくこのウマ娘ですっ!』

 

 大逃げも大逃げ、しかも距離がマイルとあってぶっちぎりで1着だ。

 レース慣れしていないジュニア級の強者たちをハイペースで潰して、好きなように走ってきたわけで。

 楽しかったと笑顔で語る彼女に、一緒に走ったウマ娘たちは戦々恐々としていた。

 

 続いてタイキシャトル。

 年明けのシンザン記念。

 

『少し出遅れたかタイキシャトル! しかし一気に上がって先団に取り付きました!』

『コーナー回りまして、タイキシャトルが少し前進! 位置を上げています!』

『最終直線に入りました! タイキシャトルが抜け出した! 先頭に出てそのまま突き放す!』

『強い走りだ! そのままゴールイン! 勝ったのはタイキシャトルです!』

 

 相変わらずよそ見してスタートを遅れたが、明らかに他のウマ娘たちとは違うパワーでずんずん走ってそのまま勝った。

 ポテンシャルはあるから、もっとレースに集中して楽しめればいいんだけどなぁ。

 

 そして本日。中山レース場にて、弥生賞が始まる。

 芝2,000mの中距離。出走するフクキタルとスズカはどちらも得意な距離だろう。

 

「うぅ……スズカさんと走るなんて、口からおみくじが……」

「よく言ってるけど、口からおみくじってどういうこと……?」

 

 控室で気持ちを落ち着けている……はずの2人。

 フクキタルは緊張しすぎて顔が青いが、レースで走ればなんとかなるだろう。

 2人にこのレースでの作戦を伝える。自分のチームで2人出るからといって、結託したり潰しあったりはしない。

 真っ向勝負でどちらが速いのか、その勝負を楽しんでもらうための作戦だ。

 

「わかりました! スズカさんに追いつけるようにがんばりますよ~!」

「フクキタル、よろしくね。私、先で待っているから」

 

 バチバチするのとも、仲良くするのとも違う、互いに尊重し合いながら勝ちたいと走る不思議なライバル関係だ。

 ちょっとズレているフクキタルと天然なスズカだからこそなのだろうな。

 笑い合って気持ちを高める2人を見て、レース本番がより楽しみになった。

 

 

 

 

 

   ◆ ◆ ◆

 

 

 

 

 

 ゲートの前でぎゅっと手を握り、シラオキ様に祈ります。

 なんにもない私ですけど、トレーナーさんに言われた通り、作戦を成功させます! 幸運をください、シラオキ様!

 

 私がゲートに入る番になったので、ゲートインします。今日は18人フルゲートです。4枠8番と真ん中になりました。

 今日のラッキーナンバーは3だったのでムムムって感じですけど、トレーナーさんのラッキーナンバーは4でした。4枠と8番! つながりがあっていいですよね!

 気合を入れてスタートの体勢を取ります。いきますよぉ~!

 

『各ウマ娘、ゲートイン完了しました』

 

 ――ガタンッ

 

『スタートしました! サイレンススズカ、今日も素晴らしいスタートです!』

『常に勢いがあるウマ娘ですね! GⅠレースも大逃げしてそのまま勝ってしまいましたから!』

 

 流石はスズカさん! タイキさんと一緒にゲート練習をがんばっている成果が出てますね!

 タイキさんはゲートが狭いって暴れてましたが、スズカさんは落ち着いてましたから。

 

 他の逃げが得意なウマ娘さんたちはスズカさんに追いつこうと追いかけてますけど、好スタートで行ってしまったスズカさんに追いつくのは容易ではありません。

 あの瞬発力がすばらしいタイキさんでもスタート勝負で追いつけないんですから!

 

『先頭はサイレンススズカ! 大方の予想通り、大逃げをしています!』

 

 最初の坂を駆けあがりながら、スズカさんの背中を追いかけます。

 ゴールドシップさんからの教えで、上り坂のコツは知ってますよ! もちろん、スズカさんもですけど。

 周りのみなさんを見ながら内側に寄ります。脚をしっかり溜めますよ!

 

『サイレンススズカが最初のコーナーに入ります! 先頭から先団にかけては5バ身ほどとなっています』

『かなりハイペースですね。朝日杯同様、一気に逃げ込むつもりなのでしょう』

 

 スズカさんは計算して逃げるなんてことはしません。トレーナーさんが言っていましたから。

 好きなだけ、好きなように走ればいい。一番楽しく走っておいでと。

 

 そう言われてから、スズカさんはいつだってハイペースでぶっちぎるんです!

 模擬レースでもですよ! 計算した逃げなんて見たことないです!

 

 中団にいる私たちもコーナーに入っていきます。

 スズカさんのハイペースに押されてみなさんかなり焦っています。わかっていても、このペースは困りますよねぇ~。

 もちろん、私も困ってるんですけど!

 

『先頭のサイレンススズカが向こう正面に入りました。1,000mは58.6! クラシック級ではかなりのハイペース! しかし脚色は衰えません!』

『すばらしいスピードとスタミナです! しかし少しずつですが後続も近づいてきましたよ!』

 

 前走を見て、今から動かないとダメだと思ったのでしょう。

 先団も中団も、ぐいぐいと前に進出しています。でも、一緒に走ってるからわかります。

 このペースで行っても、まだ追いつけません。

 

『先頭から先団まで3バ身程度空きまして、コーナーに入っていきます』

『そろそろ仕掛けどころですね。どのウマ娘が出てくるのでしょうか!』

 

 先団はコーナーに入って、一気に仕掛けていきました。スズカさんを必死に追いかけています。

 私たち中団も、コーナーに入るところで仕掛ける方がいました。

 

「ここで……!」

「わあぁ~~~!!!」

 

 中山の直線は短い、トレーナーさんも言っていました。

 ですが、もう少しだけ、もう少しだけ脚を溜めます!

 私の仕掛けどころは、第4コーナーです!

 

『さあ最終直線に入ろうとしています! サイレンススズカが未だ先頭! 後ろの娘たちは間に合うのか!?』

 

 第4コーナーに入ったところから、一気にスピードを上げます!

 スズカさんのペースで走ったせいで、みなさんコーナーで膨らんでます。その間を、バ群の中央を突っ切ります!

 これがトレーナーさんが授けてくれた、マチカネハリイトトオシです!

 さあ、来てくださいシラオキ様! ここからが運の使いどころなのですから! 

 

「ここですねっ!」

 

 ぐっと足に力を入れると、目の前に進むべき道に光が差し込みました。

 ここを行けということですね、シラオキ様!

 ゴールドシップさんに教えてもらったコーナリングで、光差す方へ全力ダッシュです!

 

『最終直線、先頭は依然としてサイレンススズカ! 後続は追いつけない! このまま独走か!』

『脚色は衰えないどころか、さらに加速していますよっ! なんてウマ娘なんでしょう!』

 

 流石はスズカさんです! みんなと特訓していた最終直線でもう一回ギアを入れて、逃げて差す走り。もう実戦で使えるんですね!

 でも、私だってたくさん特訓したのです! 祈るだけでは、罰が当たってしまいますからね!

 トレーナーさん! シラオキ様! 見ていてください!

 

 ――行けぇー! スズカーッ!

 ――つっこめー! フクキタルーッ!

 

 ……聞こえました! さあ、行きますよ~!

 

「開運ダ~~~~ッシュ!!!」

『ここでバ群を切り裂いて抜け出したのはマチカネフクキタルだ! 驚異的な末脚! サイレンススズカを猛追!』

『すごい末脚です! サイレンススズカのハイペースの中でもしっかり脚を溜めていたようです!』

 

 他のみなさんは追い抜きました! あとはスズカさんです!

 ですが、ぐうぅ~~!! やっぱり速いですよぉ~~~!!!

 

『残り100m! マチカネフクキタル追いつけるか! 4バ身! 3バ身! 2バ身っ!』

「ふににぃ~~~~!!!!」

「っ!」

 

 あともう少し! あともう少しですっ!!!

 あと……もう少しなんです~~~!

 

『マチカネフクキタル伸びていくが届かないか! サイレンススズカが先頭でゴールイン!』

『2人ともすばらしい走りでした! クラシックのレースが楽しみですね!』

 

 あぁ……届きませんでした……。

 

「はぁ……はぁ……」

 

 ……やっぱり追いつけないのですね。

 スズカさんはすごいです。私と違って、あんなに速くて、あんなに強いです。

 今日はラッキーナンバーも外しちゃいましたから、運が悪かったですね。

 

 ……でも。

 

「はぁ……ふぃ……うぅ~~~!」

 

 くやしいです~!

 あそこまで追いつけたのに!

 あとちょっとだったのに!

 あぁ~、これではトレーナーさんから失望されてしまいますよぉ~……。

 

 とぼとぼ歩いて涙を拭っていると、背中をトスンと叩かれました。

 振り向くと、スズカさんが手を伸ばしていました。なんでしょう?

 

「フクキタル、すごかったわ」

「ふぇ?」

「最後の直線、あなたの足音だけが聞こえてきたの。抜かされちゃうかと思ったわ」

 

 微笑んでいるスズカさんを見て、私は言葉が出ませんでした。

 ぽかんとしていると、スズカさんが観客席のほうを指さしました。目を向けると、ゴールドシップさん、タイキさん、レイさん。

 そして、笑顔で手を振っているトレーナーさんがいました。

 

「スズカー! フクキタル! おめーらやるじゃねーか! アツいレースだったぜ!」

「アメイジング! とってもホットデシタ!」

「すごいすごい! 2人とも圧倒的だったよ! 感動したぁ!」

 

 ――2人とも最高だったぞ!

 

「あ……」

 

 みなさんの声を聞いて、きゅっと胸の前で手を握りました。

 何か、体の奥からこみあげてしまいそうなんです。

 

「私、とても楽しかったわ。フクキタル、また走りましょう」

 

 スズカさんにそう言われて、目から涙があふれてしまいそうでした。

 私……みなさんに認めてもらえる走りができたんですね。

 慌ててゴシゴシ目を擦って、スズカさんを見てはっきり答えました!

 

「はい! 次は負けませんよ~!」

 

 ぎゅっと手を握ってそう言うと、スズカさんはにこりと笑って頷いてくれました。

 ――私の弥生賞は、1バ身差の2着で終わったのでした。




 フクキタルは2着。スズカは1着でした。
 アプリ版準拠なので、スズカは既に大逃げ路線ですし、フクキタルも開運パワーでバ群をぶち抜きます。でも今はスズカが優勢ですね。

 いっぱい仲間がいるので、フクキタルは育成ストーリーよりはかなりいい方向に前向きです。キャラストーリーのフクキタルの精神面で育成ストーリーって感じで考えていただけるとわかりやすいと思います。


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16、次走に向けて

 次のレースは、フクキタルの育成ストーリーに合わせますよ!


 弥生賞での白熱したレースから、しばらくして。

 フクキタルにお願いされて、2人で神社にやってきた。

 

「トレーナーさん! よろしくお願いします!」

 

 そう言って渡されたのは、その神社のおみくじ筒だ。

 何がしたいのかわからないが、とりあえずじゃらじゃら動かして棒を出す。

 

「56番ですね!」

 

 番号を見たフクキタルは、そそくさと56と書いてある箱からおみくじの紙を1枚取り出した。

 

「ムムム……南無参!」

 

 おみくじを開いたフクキタルは中身を見て、耳と尻尾がピン! と跳びはねる。

 

「みぎぃ~~~!!! 日本ダービーですか~~!?」

 

 日本ダービーは左回りだぞ。

 

「そんな小ボケはいらないんですよぉ~! 見てください、これをっ!」

 

 おみくじの紙を渡されたので受け取って中身を見る。

 なるほど、これはウマみくじというおみくじらしい。可愛らしいデフォルメされたウマ娘の絵が……これゴールドシップか?

 

 まあ、それはそれとして。

 『あなたの運勢はGⅠ! ラッキーレースは日本ダービー!』と書いてある。

 なんだ、大吉だぞ。そう言うと、そうじゃないんです~! と半泣きですがりつかれた。

 

「このおみくじで次のレースを決めようと思って、トレーナーさんを誘ったんですよぉ~! そしたら、まさかダービーが……いぎゃあ~~! こんなことってぇ~~!!」

 

 顔を青くしながら頭を抱えるフクキタル。どうやらピンポイントにクラシックのGⅠレースを引き当ててしまったようだ。

 運がいいのか悪いのか。でも、別に挑戦してみてもいいと俺は思っている。だって、弥生賞であれだけの好走だからな。

 

「でもぉ……スズカさんだって出るじゃないですかぁ~」

 

 弥生賞後の話し合いで、スズカは皐月賞には参加しないことになった。が、ダービーには出るというのだ。

 フクキタルに差されかけたことで、自分の走りがまだまだ足りないことを痛感したらしく、もっとトレーニングしてからレースに臨みたいらしい。

 走る楽しさ以外に、レースの楽しさを覚えた結果、もっと走らなきゃ……という結論になって、皐月賞ではなくダービーを見据えるとか。走るのが好きだなぁ、スズカ。大舞台のレースに興味が薄いのもまた面白い。

 

「あぁ~~! どうしたらいいんですかぁ~!?」

 

 タイキもマイル以下、ソーラーレイはダート路線ということで、王道のクラシックGⅠはフクキタルとスズカだけしか参戦しないことになったわけだが。

 どうするかと思っていたらおみくじでダービーが出たのでちょうどいい。

 がんばろうね。肩をポンと叩くと、ぐぬぬと悔しそうに上目遣いで見てきた。

 

「ぐぬぬ……」

 

 本当にぐぬぬと言い出した。

 

「うぅ~~……しかし、トレーナーさんがおみくじで引いた以上、出ないわけにはいきません。わかりました、わかりましたよぉ~!」

 

 俺から距離を取ってビシっとこちらに拳を出す。

 

「やりましょう! 日本ダービーで、走り切りますとも!」

 

 ヤケクソ気味にそう宣言したフクキタル。

 こうして彼女の日本ダービー参戦が決まったのであった。

 

 

 

 

 

   ◆ ◆ ◆

 

 

 

 

 

「フクー! もっと脚を前に出せー! そんなんじゃヤドカリにも負けちまうぞー!」

「ふぎぎ……ふんぎゃろぉ~~!!!」

 

 ゴールドシップがフクキタルと並走しながら檄を飛ばす。それを聞いて残っている力を振り絞り、一気に加速していく。

 フクキタルがゴール地点に来たところでタイマーを止める。うん、いい調子だ。

 

「ぜぇ……ぜぇ……」

「お、いい感じじゃねーか! フク、タイムまた縮まってるぜ!」

「ご、ゴールドシップさん……すごいスタミナですね……」

 

 必死に息を整えている彼女をよそに、ゴールドシップは俺の手元の記録用紙を見ていた。

 スタミナで勝るものなしと言わんばかりの体力だからな。あの天皇賞春連覇のマックイーンに相当するレベルだし。

 

「2,400mの併走はオラつくんだよなー。がんばらねーといけないっつーかさ」

 

 ダービーやオークスなど、クラシックディスタンスと呼ばれる2,400m。

 長距離を走るウマ娘も中距離を走るウマ娘も、丁度限界ギリギリになる距離だ。

 しかも直線が525mもある東京レース場。とにかく根性と運がものを言う距離……と、先輩たちからは聞いている。

 

 正直ゴールドシップが今一ノらなかったレースだからトレーナーになってからはあんまりいい思い出がない。

 トレーナーになる前は熱狂して見てたんだけどなぁ。

 

「ふぅ~……落ち着きました。あ、お水お水」

 

 フクキタルがようやく落ち着いたようで、水分補給をしていた。

 弥生賞が終わってからトレーニングに真剣で、とてもよく頑張っている。

 頑張りすぎてこの前はバランスボールごと転がって壁に激突したぐらいだ。転びそうになったら降りなさいとあれだけ言ったのに。

 

「トレーナーさん! 終わりマシタ!」

「あの、もう少しだけ走ってもいいですか?」

「スズカさん、まだ走るのぉ……?」

 

 ウッドチップコースで上り坂のトレーニングをしていた3人も戻ってきた。

 スズカはまだまだ走りたそうにしているから、フクキタルと併走トレーニングしてもらうか。

 

「スズカさんとですね! わかりました。今日こそは負けませんからね!」

「私も負けないわ。じゃあトレーナーさん、行ってきますね」

 

 少し水を飲んだスズカは、フクキタルと一緒にスタート地点に向かう。

 2人ともやる気は十分で、併走というか模擬レースだな、これは。

 ゴールドシップがスタートの合図をすると、2人とも駆け出していった。

 

「2人ともグレイトデスネ!」

「うん。いつも楽しそうに走ってるよねぇ」

「あれがきのことたけのこのライバル関係というものじゃよ。ふぉふぉふぉ」

 

 目を細めてうんうん頷くゴールドシップ。

 なんというか、2人の関係は言葉で言い表せないな。

 仲のいい友人で、チームメンバーで、勝ちたい相手。でもバチバチに対抗しているわけでもなく、本当に仲がいい。

 タイキとソーラーレイも入れたら仲良し同期組だ。不思議な関係性だなぁ。

 

「いきますよぉ~!!!」

「抜かせないからっ」

 

 楽しそうに走る2人を見て、いいな……と語彙力の低下を感じるのだった。

 

 

 

 

 

 次のレースに向けて作戦を考えなければならない。

 一番近いのはタイキ。オークスの前週、GⅠレースのNHKマイルカップだ。

 タイキについてはとても簡単だ。先行につけて、そのまま最終直線でぶっちぎる。それだけで今のクラシック級ウマ娘には勝てる。

 単純にパワーが違うのだ。ゴールドシップでも思っていたが、タイキはクラシック級にいていいウマ娘のパワーではない。ダート専門のソーラーレイも追いつけないパワーで走るからな、マイルではほぼ無敵だろう。

 

 さて、問題の日本ダービーのフクキタルとスズカだが。

 

「エコエコアザラシ、エコエコオットセイ……勝利よ、カムトゥミ~~!!!」

 

 ころころと鉛筆をころがすフクキタル。

 部室にいるみんなで見守っていると、止まったところで書いてあるのは中吉だ。

 

「……まあ、そこそこですね!」

「チューキチ! 知ってます! ビミョーというヤツデスネ!」

「ぴぃ~! そういうこと言わないでくださいよタイキさん!」

「でも、本当のことだし」

「スズカさんもひどいですよ~! 少しぐらいこう、盛り上げてくれてもいいじゃないですか~!」

 

 占いで決めます! と自信満々に言っていたので見守っていたが、どうしたらいいのだろうか。

 結局普通に考えればいいのか?

 

「えっと、それでお願いします」

 

 まず、皐月賞で1着をとったシャインフォート。彼女は逃げウマ娘で、スズカとは違いペースを巧みに操るタイプだ。

 人気が11位なのに勝ち切って、次走のダービーでは逃げますと自信満々に言っていた。あれは間違いなくスズカなどの逃げウマ娘への牽制だろう。

 浮かれていると言われていたインタビューをゴールドシップと見て、2人して思ったことがある。

 

「こいつ、本気だな」

 

 明らかに作戦だ。自分をマークさせないために、あえて浮かれたように見せかけている。

 ゴールドシップを見てるからよーくわかる。あれは演技だ。しかも、マジで勝ちにいこうとしている、本気の作戦だ。

 

 ダービーで走ったら間違いなくペースメイクされて逃げられる。差し追込は不利だ。ならば、先行するのがいいだろう。

 トレーニングで鍛えたわけだし、先行でいってみよう。そう話すと、少し驚いていた。

 

「せ、先行ですか? あんまり経験ないですが……ペースを合わせて走ればいいんですかね」

「あの、私はどうすれば……」

 

 スズカは好きに走っていい。ただし、シャインフォートには気をつけて。前に行かせたら間違いなく負ける。

 そう強く言うと、フクキタルもスズカも真面目な顔になった。

 

「シャインフォートさん……皐月賞ウマ娘ですね」

「わかりました。私、もっと速く逃げます」

 

 今回のダービーはかなり難しいレースになると思う。気を引き締めて頑張ろう。

 そう言うと、2人は力強く頷いた。

 

 日本ダービー果たしてどんな展開になるのだろうか。




 というわけで日本ダービーです。
 スズカも史実ではダービーに出走していたので、一緒に出てもらいます。
 ボスキャラとして登場するのはサニーだれだれくんことシャインフォートちゃん。陣営が本気で勝ちにいくために、様々な策を練ったお馬さんですね。
 若葉Sからダービーまでの一連の流れが美しいので、是非特集や記事なんかを読んでいただけると!


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17、日本ダービー

 この話の主役は誰なのか。
 それを知るために我々は東京レース場へ向かった。


 日本ダービー。

 もっとも幸運なウマ娘が勝利する、一生に一度しか出走できないレースだ。

 全てはダービーのためにと全力を尽くすウマ娘たちは数知れない。

 

 その最もたるウマ娘が、今パドックで浮かれているように笑顔ではしゃいでいるシャインフォートだ。

 皐月賞と比べても、明らかに仕上がっているのがよく分かる。別のウマ娘かというぐらい、線の細さがなくなっている。

 正直人気薄でフロックだのなんだのと言われているが、そんなことはない。

 本当に最後の最後、ゴール手前まできちんとペースを作って、バテて失速しないあの走りは逃げウマ娘としてはかなり稀有なものだ。

 

 そして今回の逃げ宣言。

 あれだけ豪語してるのに、他のウマ娘たちはあまり気にしていない。

 むしろ大逃げをかました上に最終直線で加速するという派手な走りを見せたスズカに注目している。

 フクキタルもそこそこ注目株のようだが、スズカの走りがあまりにも派手だったのだろう。人気はスズカに向かっている。

 

 しかも、大外枠の8枠18番だったのに、すごい喜んでいたのだ。

 逃げは内枠有利だというのに、外枠で喜ぶ。徹底してマークされたくないという気持ちが爆発している。

 それだけの作戦を、レースの前からやってきているのだ。

 

「あいつ、すげーな」

 

 うん、とゴールドシップの言葉に頷く。

 シャインフォートは、このダービーを本気で勝ちにきている。

 ……スズカの走りがもし失敗したら、勝つのは彼女だろうな。そのぐらい気合が違う。

 

「大丈夫デス! スズカとフクキタルは強いデス!」

「うん。たくさんトレーニングもしてきたし!」

 

 タイキとソーラーレイは元気よくそう話す。

 2人の言う通り、こちらもしっかり準備してきた。勝つために。

 日本ダービー、すごい戦いになりそうだ。

 

 

 

 

 

   ◆ ◆ ◆

 

 

 

 

 

 目を閉じて、トレーナーさんの言葉を思い出します。

 

 ――スズカとフクキタルが一番気にしなければならないのは、シャインフォートだ。多分、一気に前に出て逃げるはず。

 ――スズカはペースを乱されるかもしれない。フクキタルは仕掛けが遅れるかもしれない。そこを気をつけて。

 ――作戦は前に話した通りだ。スズカは大逃げ、フクキタルは上り坂の前から。もしシャインフォートが先頭なら早めに、それこそコーナー回ってすぐに行くんだ。スローペースで抑えられていると、逃げ切られる。

 ――周りに合わせないで、楽しく自分の走りをしておいで!

 

「……がんばりますよ~!」

 

 ぎゅっと手を握って気合を入れます。

 今日の運勢は中吉でした。ラッキーナンバーは10。私は7枠14番で全然掠ってないですけど……でも、7っていい数字ですからね!

 

 チラッとスズカさんの様子を見ます。

 

「………」

 

 静かに足首を回して、調子を確かめてます。

 私と目が合うと、小さく微笑んでくれました。私も両手でグッと親指を立てます!

 

「へへっ……」

 

 そして誰よりも気合が入っているシャインフォートさん。

 トレーナーさんが言っていた通り、みなさんシャインフォートさんを気にしていません。

 スズカより先に逃げたらもう勝てないって言ってましたし、私はしっかりと見ておきますからね!

 

『各ウマ娘、ゲートインしていきます』

 

 時間が来たので、順番にゲートに入っていきます。

 日本ダービー……一生に一度の晴れ舞台です。今できる全力で、がんばって走りたいです!

 

『ゲートイン完了しました』

 

 ――ガタンッ

 

『スタートしました! 一気に前に出るのはサイレンススズカ! しかし外からシャインフォートが突っ込んできた!』

 

 スタートして走り出すと、私の外側からシャインフォートさんが一気に前に出ました!

 外枠なのに堂々と逃げ! トレーナーさんの言った通り……スズカさんは大丈夫でしょうかっ。

 

『サイレンススズカとシャインフォートが先行争いだ! シャインフォートが少し有利か!』

 

 前の様子を窺いながら、自分のポジションを取りにいきます。

 スズカさんはシャインフォートさんをとても気にしています。トレーナーさんの言った通り、ペースを乱されてるみたいです。

 ……あっ、スズカさんが下がりました!

 

『サイレンススズカ下がる! 先頭はシャインフォート! そのまま第1コーナーを回っていきます!』

『そのまま先団に入りましたサイレンススズカ。走りにくそうにしていますが大丈夫でしょうか!』

 

 スズカさんが競り負けてしまいました! でも、シャインフォートさんも最初相当飛ばしていました。スズカさんも後方にいますから、ハイペースになるはずです。

 ……そうですよね?

 

『第2コーナー回りまして、先団のアタマにはフジノヤマ。サイレンススズカ、ダイニチヨウ。マチカネフクキタルもここにいます』

『先行の位置にいますね。サイレンススズカの逃げを気にしての位置だったのでしょうか』

 

 スズカさんとシャインフォートさんの逃げを想定して、前残りになるから先行で走るというのが作戦でした。

 目の前で走るスズカさんはかなり苦しそうです。フジノヤマさんもスズカさんを閉じ込めようとしていますし、もう最終直線まで前に出られないかもしれません……。

 

 私も私で、スズカさんばっかり気にしてはいけませんね!

 大きく離して逃げているシャインフォートさんをしっかり見て追いかけます!

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、まだまだいけますよ!

 

『向こう正面に入りまして、先頭は変わらずシャインフォート。ここまでの1,000mで時計は61.5です。スローペースですね』

『先団、中団共にけん制し合っていますね。人気ウマ娘のキヌノセイギやメジロブライトたちは後方で息を潜めています』

 

 シャインフォートさんが変わらず先頭で引っ張ってくれています。

 ペースは……遅い、んでしょうか? 何となく、走りに違和感があります。

 普通に走っているつもりなんですが、ちょっと走りにくいというか、なんというか。

 脚はまだまだ残っているので、もっと前に出たいし走りたい……ずぅ~っとそんな感じです。

 

『第3コーナー入りました。バ群は一団となってコーナーを回ります』

 

 後ろの足音を聞いていると、みなさんとても近いです。

 隊列がきゅっと詰まっているみたいですね。

 差されないようにしないといけません! でも、脚も残ってますし大丈夫です!

 

『第4コーナーに入りました。二番手はフジノヤマ。サイレンススズカは苦しいか』

 

 フジノヤマさんがちょっとだけポジションをずらしました。シャインフォートさんを抜かしにいくつもりなんですね。

 チラッとスズカさんの様子を見ます。

 

「………っ」

 

 かなり脚が重そうです。スズカさんはずっと速く走り続けるウマ娘ですからね……抑えられていると、やっぱり走りにくいですよね。

 ……()()()()()()

 

 そう思った時、私の前に光の道が見えました。えっ、シラオキ様今ですか!?

 確かにトレーナーさんもシャインフォートさんが先頭なら早めにとはおっしゃってましたけど!

 まだ第4コーナー終わる前ですよぉ~!? みなさんまだまだ抑えているのに~!

 

『第4コーナー回って最終直線に入りました! ここからが仕掛けどころだ!』

「ふぅー……らぁっ!」

 

 最終直線に入ったところで上り坂を一気に駆け上がりました!

 私も行かなきゃ、そう思って上り坂の前からスパートをかけようとしました。

 そしたらなんと! 光の道が消えてしまったのです!

 な、なんでですかシラオキ様!? さっきまで私を導いて……!

 

『先頭はシャインフォート! マチカネフクキタルも上がってきた! 内、間を突くはサイレンススズカ! メジロブライトも上がってきた! キヌノセイギも外から追い込んでくる!』

「くううぅ~~!!!」

 

 坂を駆けあがって、余っていた脚を使って全力で走りますが、シャインフォートさんに追いつけません……!

 それどころか、後ろから物凄い勢いで足音が近づいてきてます~!

 

『メジロブライト! キヌノセイギ! 追い込んでくるがこれはセーフティリードか!』

 

 私の横をメジロブライトさんとキヌノセイギさんたちが追い抜いていきます……!

 私たちの前でシャインフォートさんがゴール板へ突っ込んでいくのを見て、あぁ……と声が漏れてしまいました。

 トレーナーさんが言っていたことは、正しかったのですね……。

 

『シャインフォートだ! シャインフォートだ! これはもうフロックでもなんでもない! 2冠達成ーッ!』

『これはもうフロックでもなんでもない! シャインフォート堂々と2冠達成です!』

「やったぞ、トレーナーッ!!!」

 

 シャインフォートさんが脚を震わせながらトレーナーに向けて拳を突き上げたのを見て、信じ切れなかったんだなぁ……と肩を落としたのでした。

 

 

 

 

 

   ◆ ◆ ◆

 

 

 

 

 

「トレーナーさん……」

「あっ……」

 

 地下バ道でフクキタルとスズカを待っていると、2人が俯いて肩を落としながらやってきた。

 ゴールドシップはタイキとソーラーレイと一緒に待ってもらっているため、俺1人だ。

 

 気まずそうに立ち止まる2人に近づき、頭をポンと叩いて撫でる。

 がんばったな。

 そう言うと、2人とも悔しそうにぎゅっと勝負服を握った。

 

「私、先頭に立てませんでした……シャインフォートさん、彼女の気持ちに、負けて……」

「でも、私、わかった気がします……自分の走り……どうしたいのか」

 

 スズカはシャインフォートの勢いに負け、彼女に合わせてしまった。抜け出せば、レースは変わっていたかもしれない。

 しかし、スズカは次のステップが見えたようだ。この敗北が、その後の走りの糧となってくれればいい。

 悔しさをバネにして成長してほしいところだ。

 

「ドレーナーざぁ~~ん……わた、私ぃ~!!!」

 

 スズカの話を聞き終えたと思ったら、フクキタルがびええぇ~~! と泣き出してしまった。

 俺とスズカは驚いて目を見合わせ、慌てて2人で落ち着かせる。

 そんなにダービーに思入れがあったのかな……と思っていたら、全く違った理由だった。

 

「私、トレーナーさんが教えてくれたこと、信じ切れなかったんです……」

 

 俺がレース前に教えていた作戦。それを聞いていたのに信じ切れず、結果として作戦は失敗、末脚勝負も他のウマ娘たちに負けてしまった。

 シャインフォートが先頭なら早めに仕掛けるって話か……確かに、フクキタルの仕掛けはそれより遅かった。

 しかし、アレはフクキタルが遅かったというより、シャインフォートのペースメイクがうますぎた、それに尽きる。

 

「でもぉ~……トレーナーさんが、運命の人が教えてくれたのに……シラオキ様も、占いも、いつも絶対に信じてるんですよ! なのに、こんな時にぃ~……」

 

 どうやら作戦の失敗とか負けたとかではなく、俺の作戦を信じ切れなかったことが悔しいようだ。

 なんというか、フクキタルらしいな、と少し笑ってしまった。

 別に気にしなくてもいいんだよ。

 

「うぅ~……」

 

 フクキタル、レースを走ってるのはフクキタルだ。

 作戦は確かに伝えたけど、本当にどう走るかはフクキタルが考えるんだよ。

 

「でも、私はなんにもないんです……トレーナーさんやシラオキ様がいないと……」

 

 完全にマチカネヤミキタルだ。スズカも困っている。

 ねえ、フクキタル。フクキタルは、走ってる時に光が見えるって言うだろう?

 

「ふぇ? はい、そうですけど……」

 

 それを信じればいい。それは自分だけの、フクキタルだけの走りなんだから。

 そう言うと、少し俯いて困ったように頭を振ると、はい……とか細く答えて頷いた。

 

「フクキタル、難しく考えないで」

「スズカさん……?」

「私たち、負けちゃったわ。でも、その先に見える景色まで、まだまだ走れるの」

 

 そう言うとスズカは、ごめんなさい、私口下手だから……と困ったように俺を見た。

 俺は苦笑いして、ぽんぽんと2人の頭を軽く叩く。

 今日は負けた! でも、次は勝つ! これでいいんだよ。

 そう言ってみんなのところに戻るぞー、と振り返って走っていくと、慌てた足音が聞こえてきた。

 

 ――2人に見られないように、ぐっと唇をかみしめて、拳を握る。

 次は、負けない。

 大きなくやしさを胸に残して、フクキタルとスズカの日本ダービーは、7位と9位で終わったのであった。




 史実通り、サニーむにゃむにゃくんことシャインフォート1着!
 メジロブライトは、一応メジロのお馬さんが名前を使わせていただいてるので、ちょっとだけなら……と思って入れました。

 スズカは逃げれず、フクキタルは仕掛けが遅すぎた。
 作戦通りに走れず、フクキタルは自分が見た光もトレーナーくんも信じ切れず。
 悔しい結果でしたが、後に繋がると信じて……。

 今後2人はどう成長していくのか、ご期待くださいませ。
 ちなみにタイキはさらっとNHKマイルカップに出場していました。


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18、夏合宿 上

 予約投稿を間違えてそのまま出してしまいました(掛かり)
 お昼ごろに出したやつの再投稿です!

・追記
 前作のゴールドシップとの3年間でおまけを投稿したのでお暇な方は是非!


「ウミィー!」

「海だぁ!」

「ヨーソロー!」

 

 夏合宿。7月から8月にかけて行われるトレーニング期間。

 より負荷の強いトレーニングができる場所で練習するということになるが、海での練習ということでいつも以上にみんなのテンションは高い。

 

「ゴールドシップ、よかったの?」

「あん? 唐突激突太郎だな」

「宝塚記念。出なかったでしょう? 走りたかったんじゃないかなって」

 

 ゴールドシップは今年の宝塚記念に出走しなかった。

 それはもうぶっちぎりの人気投票1位だったのだが、「その日は山でウニを獲るからパス」と言ったために登録もしなかったのだ。

 ちゃんとした理由があるのだが、理事長からまだ公表しないでほしいと言われているからゴールドシップの気まぐれということになっている。

 彼女の名誉のために早く言える日が来ることを願っている。

 

「他におもしれーことがあるからいいんだよ。それによー、おめーらもデカめのレース走っただろ? それで帳消しだな!」

「イエス! 勝ちマシタ!」

「まあ、確かに走りましたけどぉ」

 

 タイキはフクキタルとスズカがダービーに出る前に、NHKマイルカップに出走していた。

 見事なまでに全員を千切り、マイルで4バ身開いての1着というパワーの違いを見せつけたレースになっていた。

 

 そして同じ時にソーラーレイも走っていた。青龍ステークスという、ダートのOP戦。

 ここでタイキ同様後方から千切って1着。ダートではこのウマ娘! そのぐらい注目の娘になったわけだが。

 

 この2人をフクキタルたち同様、同じレースに出した。

 それはユニコーンステークスという、ダートのGⅢレース。

 タイキはダートでも通用するパワーがあることと、とにかくマイル戦を走りたいという彼女の希望に合わせた結果の出走だ。

 ソーラーレイは今月前半に行われるダートGⅠレース、ジャパンダートダービーに出走するための力を示すため。

 

 結果としては、タイキが余裕の先行で走り、そのまま上がり最速の脚で駆け抜ける結果になった。

 ソーラーレイはタイキを追いかける他のウマ娘たちに押し上げられて仕掛けが速めになり、苦しい展開になったがそれでもタイキに次ぐ末脚を見せて3着。

 2人とも素晴らしい結果となった。

 

「うぅ……私は全然でした……やっぱりダメダメです」

「フクキタル、ここから頑張りましょう」

「そうだよぉ、フクちゃん。私も頑張るから!」

「レイさん……そうですね、いつまでもじめじめしたマチカネヤミキタルでは、シラオキ様にも怒られてしまいます」

 

 ぺちぺちと顔を叩き、むん! と気合を入れるフクキタル。

 ダービー後から1ヶ月、ようやく立ち直ってきたようだ。

 ソーラーレイは最後の調整、他のみんなはしっかりトレーニングをがんばろう!

 

「「「「おー!」」」」

「なあ、アタシのスキレット知らねーか?」

 

 こうして夏合宿が始まった!

 

 

 

 

 

   ◆ ◆ ◆

 

 

 

 

 

「おっとっとっとぉ~! みぎゃ~~~す!!!」

「オウ、フクキタル!」

 

 50mのござを往復する水上ござ走りで海の中に吹き飛んでいくフクキタル。

 ゴールドシップ専属だった時に一緒にやっていたトウカイテイオーやメジロマックイーンもかなり苦戦していたし、やはり難しいみたいだ。

 今のところ完走者はゴールドシップのみ。タイキは片道だけなら余裕で走っているので、完走に一番近そう。

 

「次は、私が行きますよぉ!」

「がんばって、レイ」

 

 ソーラーレイがヤケクソ気味にござへ突撃していった。

 先日出走したジャパンダートダービー。やる気も十分、スタートも良好。

 しかし、今までの活躍のおかげで1番人気になっていたため、ブロックされたり不利を受けたりと厳しいレースになってしまった。

 最後はなんとか抜け出して一気に突っこんだものの、脚を溜めれず5着。悔しい結果となってしまった。

 

「次は、勝つんだぁ~~! わぁ~~!」

「レイさ~~~ん!」

 

 叫びながら走っていったソーラーレイは、声を上げたまま海の中へと吹き飛んでいった。

 次は私が、とスズカがござへと走っていった。

 

「これで忍者の弟子が増えたぜ」

 

 そう言って笑いながら隣に立つゴールドシップ。

 水筒を手渡されて一口飲み、キャップを閉める。冷たい水がこの暑さの中で心地いい。

 

 ゴーフォーイット! いけますよー! と応援しているみんなを見ていると、ゴールドシップがべしべしと尻尾で背中を叩いてきた。

 何だと思って彼女を見ると、ニヤっと笑っている。

 

「アタシって強すぎただろ? 罪な女だぜ」

 

 本当にそうだよ、俺はそう答えた。

 

 そう、ゴールドシップは強すぎたのだ。

 彼女と走り切った3年間。その中でゴールドシップが走ったのは、メイクデビュー以外すべてがGⅠレースだった。

 ホープフルステークス、クラシック三冠に宝塚記念を2回、天皇賞春秋制覇と有マ記念も2回。そしてURAファイナルズ。

 その中で日本ダービー以外は全て1着。走りは強くて盛り上がる追込から先行までもできる。その上ケガなんてほとんどしなかった。

 

 やる気があって楽しく走れば勝つと思っているのも、ゴールドシップがそうだったからだ。

 そうすれば誰にも止められない走りをしてくれていたのだから。

 他のウマ娘たちも同じ……そんなわけはなかった。

 

 ゴールドシップのように最初から凄まじいフィジカルがあるわけじゃない。

 完成されたストライド走法のような、しっかりした走りを体得しているわけでもない。

 無尽蔵のスタミナや規格外のパワーで、自分の走りを押し付けられるわけはない。

 

 全て彼女のを基準に考えすぎていたんだ。

 ふぅ、と息を吐いて眉をひそめていると、また尻尾で背中を叩かれた。

 

「トレーナー、フクキタルがチームに入ってから浮かれてたからなー。ちょっとは落ち着いたろ?」

 

 落ち着いてねーならごぼうしばき合い対決だからな、と言ってにししと笑う。

 確かに、かなり浮かれていたように思う。

 トレーニングでも答えがわかったみたいに指導してたし、楽しく走ろうなんて、ふわふわした目標を立てていた。

 これで勝てていたのは、ひとえにフクキタルたちが元々持っていたポテンシャルによるものだ、と改めて感じる。

 

 1年も大分失礼なことをしてきたな……そう言ってはぁ~とため息を吐くと、そんなもんだろと言われた。

 

「楽しきゃいいだろ? アタシはそこそこ満足してるぜ!」

「次はゴールドシップさんの番ですよ~!」

 

 フフンと笑ったゴールドシップは、そのままござに向かって走っていった。

 テイクオーフ! といいながらござの上を突っ走る彼女を見て、もっとみんなと向き合うべきだな。そう思うのだった。

 

 

 

 

 

 というわけで、午後のトレーニングを抜いて、たくさん話をする時間にすることにした。

 

「つまり、昼はバーベキューってことだな!」

 

 そういうことである。

 

「どういうことですか!?」

「バーベキュー! 嬉しいデース!」

 

 フクキタルやスズカたちは驚いていたが、タイキは同時に跳びあがって喜んでいた。

 ゴールドシップとタイキに協力してもらい、サクサクと火を起こして肉を焼き始める。

 

「お肉はワタシに任せてくだサーイ!」

「あん? ゴルシちゃんとやりあおうってのか! 受けて立つぜ! 河原で釣りしてたおっちゃんに教えてもらったこの竿さばきで!」

 

 焼くのは2人がやってくれるということなので、その間にフクキタルたちと話すことにした。

 まずはごめんな、と謝ると3人ともキョトンしていた。

 訳を話すと、ほえーとフクキタルから声が漏れた。

 

「トレーナーさん。私、トレーナーさんでよかったと思ってます」

「あ、私もですよ! 運命の人ですから!」

「うんうん。最初はちょっと不安だったけど、よかったって思うなぁ」

 

 ありがたいなぁ……と照れくさくて頬をかく。

 楽しく走れば勝つっていうふわっとした指導だったけど、本当に楽しくやれているならそれはそれで嬉しい。

 

「確かにこう、変わったトレーニングだな~って思う時はありますけどね」

「でも、私がトレーニングの後に走りたいって言うと、たくさん走らせてくれるわ」

 

 スズカは走りたがりだから、いつも走りたいと言ってくるのだ。

 トレーニング後に走るのを見越して、わざと脚への負担が少ないトレーニングを組むこともあるぐらいだ。その時は好きなだけ走らせている。

 

「そういうところですよぉ。わたしたちが、嬉しいなって思うのは」

「トレーナーさんは今のままがいいんです! 優しいままでいてください! もっと優しくなってくれてもいいんですよ~?」

 

 ぐっと両手で親指を立てるフクキタル。

 でも、結果が中々ということもあるしなぁ……そう思っていると、スズカが腕にそっと触れてきた。

 

「あの、トレーナーさん。私、自分の好きなように、楽しく走って勝ちます。必ず。見ていてください」

「私も、絶対にトレーナーさんを信じます! もちろんシラオキ様も! あと、ほんのちょっとだけ自分も……」

「うん。わたし、トレーナーさんにあげるからねぇ。ダートのGⅠレース1着」

 

 3人の強い言葉に、思わず熱いものがこみ上げてくる。

 この娘たちを、必ず勝たせる。それも、自分の走りで。

 そのためにがんばろう、改めて決意した。

 

「おう、焼けたぜ!」

「カモン! 食べまショウ!」

「おぉ、おいしそうな匂いです! 行きますよ~、トレーナーさん!」

 

 フクキタルに手を引かれ、ゴールドシップたちのところに走っていく。

 気持ちを新たにして食べるバーベキューは最高に美味しい。笑顔のみんなを見て、そう思うのだった。




 というわけで気合を入れ直すトレーナーくんでした。
 みんなはモチベーション高くやれているので、次は勝つから待っててねという感じです。
 トレーナーくんが思っているより、みんな成長しているのです。

 ゴールドシップが宝塚に出なかった理由は別に出走予定のレースがあるからです。
 アプリ版で定期的にある特別なレース、アレです。


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19、夏合宿 下

 合宿要素が少な目かもしれません。


「や、サイレンススズカ、マチカネフクキタル」

 

 竹ウマでのトレーニングの休憩中、意外な人物が声をかけてきた。

 

「?」

「シャインフォートさん!?」

 

 シャインフォートだ。にこやかに笑っている。

 そしてその脚には、包帯が巻かれていて、両手には松葉杖。

 

「大丈夫なんですか……?」

「うん、とりあえずはね。実はダービーで走ってる時、イヤな感じはしてたんだ」

 

 シャインフォートは、日本ダービーでの激走で骨折。全治3ヶ月と新聞で発表があった。

 いつも寡黙な先輩トレーナーが、無茶をさせすぎたと悔やんでいた。ダービートレーナーになったというのに、喜びよりも悲しみのほうが強い結果に。

 

「でもさでもさ、面白かったじゃん? ダービー逃げ切り!」

「ええ、本当に凄かったわ。本当は私がそうしたかったけど……」

「ま、キミを先頭に行かせないのが作戦だったから」

 

 にひっとシャインフォートは笑う。

 絶対に前を走ろうとするスズカを大外から急襲してハナを奪って逃げる。

 言うのは簡単だが、かなりキツイ作戦だ。

 

「本当はキミが意地でも前に出ようとしたら、その後ろを走る策もあったんだけどね」

「おぉー……すごいですね。トレーナーさんみたいです」

 

 さすが先輩だなと思った。

 俺は1つの作戦を通すためにトレーニングやコースの位置取りを考えるが、先輩は勝つまでにいくつも作戦を考えていた、ということだ。

 今回はそれにやられた。絶対に前へ出るように言うべきだったみたいだ。一枚上手だったかー。

 

「それで無茶しすぎて脚を壊しちゃったわけだけどね。合宿だって、無理言って連れてきてもらったし」

「本当ですよぉ~。病院で安静にしていないとダメじゃないですか?」

「そうなんだけどさ。どうしても2人に会いたくて」

「私たちに……?」

 

 そう話すと、先ほどまでの飄々とした雰囲気から一変して真面目な表情になった。

 

「わたしは菊花賞には出れない」

「………」

「っ、は、はい」

 

 彼女にとっては事実。

 それはウマ娘にとって、本当に苦しい現実だ。

 

「全治3ヶ月じゃあ、リハビリ含めても菊花賞には間に合わないからね。だから、3冠の挑戦はできないんだ」

「そうね……」

「あ、必ず治して戻ってくるよ? でもさ、この時期に走れないってやっぱり悲しいじゃん」

 

 だからさ、その、なんだ。そう言って、言いづらそうにもじもじし始めた。

 ……遠くで心配そうに見ている先輩が、ぐっと拳を握って応援している。

 

「うんと、えっとな」

「シャインフォート?」

「シャインフォートさん?」

 

 顔を赤くして、口をもごもごと動かす。

 照れてる……?

 

「はずいな、これ……2人に頼みがあるんだ!」

「わたし、レースで走りたい! 菊花賞に出たい! でも出れない!」

「だから、代わりに、わたしの分まで走ってくれないか!」

 

 思いを吐き出すように、フクキタルとスズカにそう話した。

 2人は驚いて、互いに目を見合わせ、シャインフォートを見る。

 

「逃げの才能はスズカのほうがあると思ってる。朝日杯も弥生賞も、正直感動したんだ。こんな逃げがあるんだって」

「シャインフォート……」

「最初から最後まで先頭を譲らないで、ずっとハイスピードで走り続ける。逃げウマ娘にとって理想の存在なんだ、サイレンススズカは」

 

 ぎゅっと杖を持つ手に力が入る。

 

「マチカネフクキタル。ダービーで警戒してたのは、サイレンススズカとキミだったんだ」

「わ、私ですか?」

「うん。弥生賞で見せたあの末脚、わたしの作戦が頭から吹き飛んでしまう可能性だってあったんだ。本当に怖かったよ」

 

 なんとか作戦通り行ったけどね。シャインフォートは苦笑する。

 

「2人はもっともっと強くなって、上にいくウマ娘だと思っているんだ。でも、わたしは今、立ち止まってる」

「わたし、2人に期待してるんだ! だから、わがままかもしれないけど、お願い!」

「最高の逃げを、最高の菊花賞を見せてほしいんだ! わたしの想い、受け取ってほしいんだ」

 

 目を閉じ、ふぅ、と息を吐き出す。

 この2冠ウマ娘は、シャインフォートは。2人に想いを背負ってくれと話すために、無理をしてこの合宿に来たのか。

 

「……ねぇ、シャインフォート」

「なんだろう」

「私、どこまでも走るわ。前に誰もいない、一番先頭で」

 

 すっとシャインフォートの肩に手を置くスズカ。

 微笑んでいるが、その目は覚悟の炎が見えている。

 

「サイレンススズカ……」

「私、私も……っ! なんにもない私ですけどっ!」

 

 フクキタルはぎゅっと拳を握り締めて、力強く叫んだ。

 

「届けます! シャインフォートさんに、幸運を! 福を届けますから!」

「マチカネフクキタル……うん、ありがとう」

 

 へらっと笑うシャインフォート。

 こうして、走る想いは受け継がれたのだった。

 

 

 

 

 

   ◆ ◆ ◆

 

 

 

 

 

「トレーナーさん! レースに出たいです!」

「私も走らせてください」

 

 シャインフォートとの話をした日の夜、2人から出走登録のお願いをされた。

 予想していたことだったが、2人のやる気や気持ちの高まりは今まで以上だ。

 

「やる気MAXだな! イカスミパスタでも食ったか?」

「歯が黒くなってやる気になるかなぁ」

「でもでも、とってもいい顔デス!」

 

 ミーティングの始まりで急に言われたので、他の3人は少し驚いている。

 だが、フクキタルたちのやる気がわかるのか、みんな嬉しそうだ。

 

「菊花賞に出たいです! でも、今の私は出走資格が足りません……」

 

 GⅠレースに出るためには、実績を残さなければならない。ダービーは弥生賞2着の好走があったが、その後は7位。

 菊花賞に出る実績が、まだまだ足りないのだ。

 

「私は自分の走りをもっと強くするために、走りたいんです」

 

 スズカは菊花賞を目指さず、中距離からマイルの重賞に出走してその走りを磨きたいと話す。

 2人とも希望通り、いくつかレースに登録してあげよう。

 

「ありがとうございます! で、どれがいいんでしょうか?」

「フクちゃんは菊花賞があるし、トライアルレースがいいんじゃないかなぁ」

 

 ソーラーレイの言う通り、フクキタルにはトライアルレースに出てもらう。

 菊花賞に優先して登録させてもらえるレースは、神戸新聞杯とセントライト記念の2つだ。

 距離を考えると、少しでも長い神戸新聞杯がよさそうだ。

 

「神戸新聞杯ですね……わかりました!」

「トレーナーさん、私もそのレースに出たいです」

「お、いいですねぇ! 一緒に走りま……ぁえ?」

 

 スズカの一言を聞いて、フクキタルはピシッと固まった。

 

「スズカさん……? 同じレースに出るのですか……?」

「ええ。自分の適正距離をきちんと見極めたいの……ダービーでは、逃げれなかったから」

 

 そう言うと、フクキタルはうぐぐ……と唸りながら、ポケットからすっとサイコロを取り出した。

 

「ふんにゃかはんにゃか……神戸牛っ!」

「コウベビーフ! エンギヨシ、デスカ?」

「コンビーフってなんであんなうめーんだろうな。トレーナー、ちょっとコンビニで買ってこようぜ」

 

 喧騒をよそにサイコロを転がした。出目は1だ。

 ……これはどっちなんだ?

 

「1ですか……つまり、私とスズカさんのどちらかが1着ということですね!」

「そういうことなのかしら……?」

「そうです! あ、でもスズカさんが1着ですよね……もう一回かしこみっ!」

 

 ころころとサイコロを転がす。出目は2だ。

 

「おぉ~! 2着ですよ! これならいけますね!」

「1から6までしかないと思うんだけどなぁ」

「そういうのはいいんです~! 幸運が来ているのですから!」

 

 盛り上がるフクキタルをよそに、スズカがすすっと近づいてきた。

 

「あの、トレーナーさん。もうひとつ相談があるんです」

 

 神妙な様子で聞いてきたので、なんだろうかと返すと、何やら同室のウマ娘のことだった。

 

「今年から同室の娘がきたんですけど、どう接していいかわからなくて……」

 

 何やらすごい憧れと尊敬を抱かれているらしく、少し困っているんだとか。

 弥生賞の逃げを見て気持ちが入ってしまったのだとか。まあ確かに、あのレースはすばらしかった。フクキタルもね。

 

「とてもいい娘なんです。田舎から来たみたいで、こっちのことがわからないから、支えてあげたいんですけど」

 

 その気持ちがあるならいいんじゃないかな。自然と上手に動けているよ。

 そう言うと、そうでしょうか……と不安そうにもじもじするスズカ。

 気にしすぎても居心地が悪くなっちゃうからね。普段通りでいいと思う。そういうスズカを見て憧れたんだろうから。

 ただ、ちょっとだけ話す機会を増やしてあげればいいんじゃないかな。

 

「……はい、わかりました。がんばってみます」

 

 そう言って、小さくガッツポーズをとり、気合を入れた。

 走りのことよりも悩んでいる気がするなぁと思うのであった。




 シャインフォート骨折。そして意識していた2人に想いを託しました。
 成長できるかどうか、お楽しみに。


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20、神戸新聞杯

 何かと有名なレースですね。
 フクキタルのことを話すとき今でも語り草という凄いレースです。


 神戸新聞杯当日。

 夏合宿で力をつけたフクキタルとスズカは、パドックでその成長した姿を見せつけた。

 

「マチカネフクキタル、ダービーから随分成長したな」

「トモの張りが違う……でも体はしゅっとしてるわ」

「ゴールドシップのトレーナーなだけあるぜ。全体的なまとまりが完璧だ」

 

 フクキタルは最大の武器である末脚を鍛えるために、しっかりと脚を強化した。

 そしてその末脚を長く速く使うために、スタミナも身につけてもらった。

 水上ゴザ走りと素潜り漁はかなりいいトレーニングになったみたいだ。

 

「サイレンススズカはしっかりした印象だな」

「線の細さは変わらないな。しなやかだ」

「でも見て。筋肉はしっかりつけてきてるわ」

 

 スズカは最初からハイペースで突っ走るせいで、体への負担が大きい。

 だから、クラシック級中盤ではあるが、とにかく丈夫な身体にしようとしている。

 ゴールドシップを基準に柔らかさと強靭さを仕上げているから、未だにどこにも異常は無い。

 

 2人のやる気もあって、今の段階では他のウマ娘の誰よりも仕上がっている。

 鍛え上げた体と成長した精神。それを発揮する時だ。

 

 

 

 

 

   ◆ ◆ ◆

 

 

 

 

 

「フクキタルー! スズカー! グッドラック!」

「がんばってねぇー!」

「フクー! スズカー! あの日の誓いを思い出せー!」

 

 タイキさんやレイさん、ゴールドシップさんの応援を聞いて、そちらに手を振ります。

 あの日の誓い……ゴールドシップさんはいつも通り自由に言ったのでしょうけど。

 

『届けます! シャインフォートさんに、幸運を! 福を届けますから!』

 

 あの時シャインフォートさんに約束しました、幸運を届けますって。

 どこかにいるシャインフォートさん。見ていてください。

 シラオキ様と占いがないと何もできないこんな私ですが、必ずあなたに届けます。

 

「フクキタル」

 

 呼ばれて振り向くと、スズカさんが立っていました。

 

「私たち、大きなものをもらったわね」

「スズカさん……」

「だから、負けないわ。フクキタル、あなたにも」

 

 きゅっと胸の前で手を握って、私を見据えます。

 少し戸惑ってしまいます、けど。手をぎゅっと握り締めて、スズカさんを見ます。

 

「私も、負けませんよ! 福を届けますからね!」

「……ふふっ」

 

 スズカさんに笑われてしまいました!

 なんでぇ~!? いいこと言ったと思うんですけど!

 

 わたわたしている内に、出走準備になりました。

 みなさんゲートのほうに向かっています。

 

「いきましょうフクキタル。私たちの走り、見せてあげないと」

 

 2人で頷き合い、ゲートに向かいます。

 

 ゲートの前で深呼吸。靴の調子を確認してゲートインします。

 今日はちょっぴり雨が降っています。でも、芝の感覚は良好です。

 ……私の朝の占いだと、今日は吉。あんまりいい運勢ではありません。

 ですけど、さっきトレーナーさんに教えていただきました。

 

 ――運勢が悪いなら、幸運を来させればいい。

 

 今まで来てくださいって願ってばかりでした。

 でも、私はシャインフォートさんから想いをもらったのです。

 シラオキ様! 今日ばかりは、私のところに幸運を呼びますから!

 

『各ウマ娘、ゲートイン完了しました』

 

 ――ガタンッ

 

『スタートしました! サイレンススズカ! 一気に前に出ます!』

『好スタートですね! あっというまに先頭をとりました!』

 

 予想通り、スズカさんが先頭にいきました。

 ダービー後にトレーナーさんと相談して、どのレースでも、どんなことがあろうとも、誰よりも前に出るという作戦でいくと話していましたからね!

 気づけばグングン先にすすんでいます。私は前と後ろ、2つに分かれたバ群の内最後方につけています。

 スズカさんと走る時はどれだけ脚を溜めれるかが勝負です。内側でぐっと我慢しますよ。

 

『コーナー回りまして向こう正面に入ります。依然として先頭はサイレンススズカ』

『1,000m59.3! やや速めのペースでしょうか』

 

 コーナーをゆるりと回っていきます。

 ペースは速め……いつものハイペースですね。

 周りの皆さんは私と同じように、後方から一気にと思っているようです。

 

 ですが、やはりハイペースで脚が持つか不安なのか、前に行きたそうにしていますね。

 特に、ダービーでも一緒に走ったキヌノセイギさん。前回はシャインフォートさんのペースメイクされた逃げでしたから。

 こんな最初からスタミナ勝負のようなハイペースで大逃げされたら、追いつけるかどうか不安ですよね。ダービーでも逃げ切られてしまったわけですし。

 

 でも、ここで無理をしては勝てません。

 ゴールドシップさんが言ってました。この阪神レース場では、最後の坂を上るスタミナを残しておけって。

 まあ、ゴールドシップさんは気にせずスパートするんですけどね!

 

「まだまだ、まだ溜めますっ」

 

 私の走りは、最後の直線! それまではぐっと我慢します!

 それがトレーナーさんとの作戦なのですから!

 

『向こう正面を抜けて第3コーナー! 先頭は変わらずサイレンススズカ!』

『後ろの娘たちはそろそろ仕掛けどころとなりますが、脚はまだあるのでしょうか!』

「行かなきゃ!」

「ここからっ」

 

 周りの皆さんが少しスピードを上げました。これで私が一番後ろです。

 ちょっとだけ不安になりますけど、まだです! 仕掛けどころは、次のコーナーの先!

 今度こそ、トレーナーさんを信じます!

 

『先頭が最終コーナーを抜けて直線に入った! 後ろの娘たちは間に合うか!』

 

 スズカさんが直線に入りました!

 私は最後方の最内。しかし、ここからです!

 

「いきますよぉ~!!!」

 

 今日は来させますよ、シラオキ様!

 私に道を教えてください! それを信じて走ります!

 

 足に力を入れて跳び出そうとすると、シラオキ様が導いてくれました!

 大きく外に向かって光が差し込んでいます。

 はい、わかりました! 今日は大外の日なんですね!

 

『最終直線! 先頭は変わらずサイレンススズカです! このまま逃げ切ってしまうのか!』

 

 コーナーでわざと膨らんでバ群の外側に出ます。

 目の間に広がるのは、邪魔されない、目の前に誰もいないターフと、10バ身以上は離れたスズカさんの背中。

 やっぱりスズカさんはすごいです! 最初から最後まで、誰も前に行かせていません。

 

 ですが、私も! この菊花賞トライアルレースで見せるんです!

 最高の菊花賞にするための走りを!

 

「開運、ダアアァ~~~~~ッシュ!!!!」

『大外から来たのはマチカネフクキタル! マチカネフクキタルがぐんぐん上がっていきます!』

 

 ドッ! ドッ! ドッ! と地響きを鳴らせるぐらい強く踏みこみます!

 ゴールドシップさんに教えてもらいましたからね! 強く踏んで、それをバネにして跳び出せと!

 それが末脚のエクスプロージョン! やる気MAXですっ!

 

「スズカー! フクキタルー!」

「スズカさんがんばってぇー! フクちゃん差せぇー!」

「そこだ! いけー! お前は富士山だー!」

 

 ――スズカー! そのまま逃げろーっ!

 ――突っ込めー! フクキタルーっ! 

 

「っ!」

「うにぃ~~~!!!」

『マチカネフクキタルだ! マチカネフクキタルがその差を詰める!』

 

 歯を食いしばって! 上がりそうなあごを下げて!

 

『2バ身!』

 

 重い脚をもっと動かして! もっともっと、速く走るんです!

 

『1バ身!』

 

 スズカさんに勝つんです! 勝って、シャインフォートさんに幸運を届けるんです!

 

『半バ身!』

 

 あとちょっと! あとちょっとです!

 

「ふんぎゃろおおぉぉぉ~~~~!!!!」

『並んだ! 並んだ!』

 

 来ます来てます!

 

『かわした! マチカネフクキタルがかわしてゴールインっ!』

 

 ゴール板を駆け抜けて、ぶはぁ! と息を大きく吐きます。

 ぜぇ……ぜぇ……が、がんばりましたよっ!

 あれ、そういえば途中でスズカさんの姿が見えなく……あ、あれ?

 

「ふぅ……おめでとう、フクキタル」

「あぇ……? ス、ズカさん?」

 

 息を整えてスズカさんを見ます。

 なんだか悔しそう……?

 

「凄い末脚だったわ……私もまだまだみたい」

「あの、スズカさん?」

「? どうしたの?」

 

 なんでしょう。見たことのないスズカさんの雰囲気です。

 よく分からなくて首をひねっていると、観客のほうから大きな声が聞こえてきました。

 

「フクキタルー! スズカー!」

「シャインフォート、さん?」

 

 トレーナーさんと思わしき人に支えられながら、こっちに手を振っています。

 

「最高だった! ありがとう! すごいよ2人とも! フクキタルもあそこから差しきるなんて!」

「ふぇ?」

 

 差し、きる……?

 思わずぽかんとして、ゆっくり掲示板を見ます。

 4番が1着……今日、4番です、私。

 え……? い、1と1/4バ身!?

 

「フクキタル、次は負けないから」

「え、あ、は、はい!」

 

 とてもやる気に満ちたスズカさんの声に、思わずビクッと跳ねて返事をしてしまいます。

 ……わ、私、勝ったんですね。

 

「や……やりましたよ~!」

 

 シャインフォートさんやトレーナーさんたちに手を振ると、観客の皆さんにも大きく声をいただいたのでした。




 阪神で福が来た! ということで末脚大爆発です。
 バ群から突き抜けてくるのは神戸新聞杯じゃないんですよね。
 こちらは大外から突然ぶち抜いてくるという衝撃的なレースでしたけど。


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21、京都大賞典

 京都新聞杯の開催日が変わってる!?
 なら大賞典に出ればいいじゃない。


 京都大賞典。

 フクキタルはこのレースに出たいと言ってきた。

 京都大賞典は神戸新聞杯、セントライト記念とは違ってシニア級ウマ娘も出走するレースだ。

 菊花賞に向けてもう1レースということらしいが、それだと菊花賞まで期間を開けずに3連戦のようなもの。

 

「お願いします! 菊花賞の前にもう一度だけ走りたいんです!」

 

 みんなの心配をよそに、フクキタルは強くお願いしてくる。

 ……足の調子は大丈夫?

 

「はい! 大丈夫です! 問題ありません!」

「気合入ってるじゃねーかフク! うっし、ゴルシちゃんが教えてやるぜ! レース前の過ごし方ってやつをな!」

「お願いしまああぁぁ~~~!?」

 

 ゴールドシップがフクキタルにズタ袋をかぶせて担ぎ、走り去っていった。

 いぎゃ~~!! と悲鳴を聞きながら、今日のトレーニングメニューについてみんなに説明する。

 

「トレーナーさんだなぁ」

「慣れるとこうなるのかしら……」

「クレイジーデスネ!」

 

 散々な言われようだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「体中からおみくじがでてしまうかと思いました……」

 

 京都レース場。

 その控室で、フクキタルはぐったりとした様子で椅子に座っていた。

 

「フクのやつおもしれーんだ。足ツボ連れてったらすげー叫び声出してよ」

「だって痛いんですよ~!? トレーナーさんもやればわかりますよぉ!」

 

 ゴールドシップによって連れまわされたフクキタルは、様々なところで体中をいじめられたようだ。

 といっても、ゴールドシップのレース前の過ごし方といえば、とにかく遊んで体を休めるだからな。気疲れの反面、体は絶好調だろう。

 

「なんであんなに色々されたのに体が軽いのでしょうか……」

「フクちゃん、おかしくなっちゃったかなぁ」

「もとからフクキタルはストレンジャーデスヨ?」

「ちょっと待ってください! 聞き捨てなりませんよタイキさん!?」

 

 やいのやいのと盛り上がる控室。

 パンッと手を叩き、空気を変える。

 ――フクキタル、作戦を伝えるぞ。

 

「は、はい!」

 

 といっても、大きく何か変えるわけではない。

 フクキタルの長所を存分に活かしてもらうだけだ。

 

「私の長所? ありますか、そんなの?」

 

 フクキタルは最終コーナーから直線に入る前、光の道が見えるという話をしていた。

 ゴールドシップたちに聞くと、そんなものは見えた試しがないと言う。

 

 しかし、10人ぐらいの模擬レースで光の道どおりに進んでもらったら、なんと密集したバ群の中を接触なしで、妨害や降着になる動きもなくぶち抜いた。

 ゴールドシップのロングスパートのような、フクキタルだけが持つ長所だ。

 

「シラオキ様のお告げですね! でも、それを信じるのなんてあたりまえなんですよ?」

 

 そのあたりまえが、フクキタルの長所なんだよ。

 そう言うと、う~んと唸っていたが、うんと1つ頷く。

 

「わかりました! トレーナーさんがそう言ってくれるなら、信じましょう!」

 

 むん! と気合を入れるフクキタル。

 

「フクキタル、がんばってね」

「はい! スズカさんも見ていてください! 私、やりますよぉ~!」

 

 スズカの声援を受け、目をギラギラ光らせている。

 今日のレースもかなりいいものになりそうだ。

 

 

 

 

 

   ◆ ◆ ◆

 

 

 

 

 

 ゲートの前で足首をしっかり回して、調子を整えます。

 今日は2,400mですからね。長めの距離ですから、しっかり準備運動をしますよ!

 

「マチカネフクキタル!」

「ぴぃ! は、はい!」

 

 急に声を駆けられてビクッとしてしまいます。

 振り向くと、腕を組んで仁王立ちしているウマ娘が。

 

「キヌノセイギさん?」

「そうだ!」

 

 キヌノセイギさんでした。ダービーで2着になった強い方です。

 神戸新聞杯ではスズカさんの逃げで掛かってしまったようで、奮わなかったみたいですけど。

 

「神戸新聞杯、すばらしかった」

「あ、ありがとうございます」

「故に! 今日はこのセイギが勝つ!」

 

 そう言ってキヌノセイギさんはゲートへ入っていきました。

 ……あ! 宣戦布告ですかぁ~!?

 

『各ウマ娘、ゲートイン完了しました』

 

 少しびっくりしながらゲートイン。

 気持ちを落ち着けます。

 トレーナーさんをちゃんと信じれば勝てるとわかりました!

 なので、今日も信じますよぉ~!

 

 ――ガタンッ

 

『スタートしました! 全員好スタートです!』

『クラシック級とシニア級が混じる本日の京都大賞典! どうなっていくのでしょうか!』

『先頭はメジロファラオ! 快調に飛ばしていきます!』

 

 ゲートを出て走り出します。

 ゴールドシップさんのおかげで体がとても軽いです! ありがとう、足ツボ! ありがとう、ドクターフィッシュ!

 そして今日は7枠7番! 数字も絶好調です! 力が溢れますよぉ~!

 

『1番人気3枠3番ドゥーブルパッセ、2番人気7枠8番キヌノセイギは共に後方からのスタートです』

『3番人気マチカネフクキタルは中団後ろを進むようですね』

 

 キヌノセイギさんは私の後ろです。後方からの追込みが強い方ですからね。

 お互いに仕掛けどころは同じ……ですが、負けませんよ!

 

『京都芝2,400mは最初の直線が600mもあります。枠順有利はほとんどありません』

『さあ、最初の直線です。観客からの声援を受けながら進んでいきます、11人のウマ娘たち! 果たして誰が勝利するのでしょうか!』

 

「いいポジションだぞー! そのまま火星に行けー!」

「フクちゃん、ファイトー!」

 

 みなさんの声援が聞こえてきます!

 私としても、自分が走りやすいポジションを取れました。

 まあ、直線が長いですからね。トレーナーさんも好きなところを位置取りするといいよと言ってましたし。

 ただし、それはみなさんも同じですよね。少し気を引き締めて、コーナーへと意識を向けます。

 

『先頭のメジロファラオ、第1コーナーに入りました。バ群はやや詰まっているでしょうか?』

『少しペースが遅いかもしれません。前残りがありそうです』

 

 コーナーを回っていきます。

 ゴールドシップさんに教わった通りに走れば、体力も使わないで楽々走れます!

 走る体勢もブレませんからね。トレーニングの成果がでてますよ!

 

『向こう正面に入りました。1,000m61.1秒です』

『シニア級の混ざるレースとしてはスローです。しかし、京都には坂がありますからね』

 

 コーナーが終わって直線に入ります。

 体感では結構遅いですね……日本ダービーのシャインフォートさんみたいな走りにくさがあります。

 でも、この後上り坂がありますからね。スタミナを残しにいっているのでしょう。

 

『さあ京都の上り坂! 高低差4mの坂を駆けあがっていきます!』

 

 ゴールドシップさんから坂の上手な上り方を教えてもらいましたからね!

 どれだけキツい坂でも、スピードを落とさずに走れますよ!

 でも、加速しすぎても前に他の方がいますからね。前に出れないのでスタミナを温存します。

 

『第3コーナーに入りました! 坂を上り切ってここから下り坂!』

『ドゥーブルパッセがじりじり上がってきました! スローな展開を嫌ったか!』

 

 ドゥーブルパッセさんが前に上がってきましたね……!

 下りで加速してそのまま一気に行くつもりなのでしょう。

 ですが、私はまだ動きません。シラオキ様が道を示してくださるまで。

 トレーナーさんがそれを信じろと言ってくれたのです! だから、作戦通り最終直線まで待機します!

 

『下り坂を駆け下り、最終コーナー! 先頭は変わらずメジロファラオ!』

 

 先頭はメジロファラオさん。ペースをしっかりと守っています。

 長めの直線のおかげで、一息入れやすいこのレース。だからこそ、先行が有利とも言えます。

 ですが! 脚を溜められる分、末脚で追いかけますからね!

 

『さあ最終直線に入った! 後ろの娘たちは間に合うか!』

「しゃーっ!!!」

『ここでドゥーブルパッセが一気に上がってきた! 凄まじい勢いだ!』

『後ろからキヌノセイギが追い上げてくる! どんどん追い抜いているぞ!』

 

 ドゥーブルパッセさんがついに行きました!

 よし、私もコーナー終わりから一気に行きますよ~!

 ここに幸運を来させます! シラオキ様、ハッピーカムカム!

 

「いきますよ~!」

 

 ぐっと足に力を入れると、目の前に光の道が見えました!

 おぉっ!? ば、バ群の中ですかぁ~!?

 しかし、トレーナーさんは言ってくれました! 私の見えるこの道こそが私の長所なのだと!

 ならば! ちょっと怖いですけど……!

 

「信じますよぉ~~!」

 

 光に沿って、一気に走るだけです!

 

『後方からキヌノセイギが一気に上がってくる! ドゥーブルパッセも伸びる!』

『あっ! ウマ娘たちの間を縫って! バ群の中からマチカネフクキタルだ! マチカネフクキタルが突き抜けてきた!』

 

 す、すごい……! 光の道を進んだら、だっっっれにも当たらずに前に出てしまいましたぁ!

 これなら!

 

「全く負ける気がしませんっ!」

『マチカネフクキタル! 驚異的な末脚だ! 一気に前に出た!』

『キヌノセイギはドゥーブルパッセを抜いた! しかしマチカネフクキタルがどんどん差を詰めていく! すごい末脚ッ!』

 

 キヌノセイギさんがちょっとだけ前にいます!

 でも、直線はまだまだありますよ……!

 

「フクキタルー! もう少しデース!」

「かませー! フクーッ! 信楽焼の仇を取れー!」

「フクちゃーん! フクちゃーんっ!」

 

 みなさんの声が聞こえます。

 体にどんどん力があふれてきそうです!

 

「フクキタルー! 行ってー!」

 ――フクキタルーッ! ぶち抜けーーーッ!!!

 

 スズカさんとトレーナーさんの声を聞いて、さらにグッと力を入れます。

 さあ! ここから、もっともっと頑張りますよ~!

 

「開運ダ~~~~ッシュ!!!!」

『残り200を切った! マチカネフクキタルだ! さらに加速していく! キヌノセイギは苦しいか!』

『マチカネフクキタル! その差を1バ身! 半バ身! 並んだ! 並んだ!』

 

 もう視界には外側にいるだろうキヌノセイギさんが映りません!

 キヌノセイギさんが隣なのか、ちょっと前にいるのか、後ろなのか。

 わかりませんけど、私はただ、精いっぱい走るだけです!

 

『マチカネフクキタルが少し優勢か! キヌノセイギも追い上げている! ドゥーブルパッセもまだまだ粘っているぞ!』

『マチカネフクキタル! キヌノセイギ! マチカネフクキタルだ! マチカネフクキタルが前に出た! マチカネフクキタルが今先頭でゴールインッ!』

『神戸に続いて京都でも福がやってきた!』

 

 ゴール板を駆け抜け、ゆっくりスピードを落としながら息を整えます。

 さ、流石にあの長さの直線は辛いです~!

 

「ぜぇ……ぜぇ……ど、どうでしょう?」

 

 掲示板を見ると、一番上の数字は7番。

 私も、7番……よ、よし!

 

「や、やりましたぁ~!」

 

 ぐっと手を上げると、ワァーーーッ! と歓声が上がりました。

 また勝てました! この私が! す、すごいっ。

 

「マチカネフクキタルっ」

「ひぃ!? あ、キヌノセイギさん……」

 

 急に声を駆けられてビクッとなります。

 さっきと同じですね……。

 

「やはり素晴らしい! とてもすごい末脚だった!」

「ありがとうございます! キヌノセイギさんもすごかったです。今日は何とか勝てました」

 

 掲示板を見たらクビ差での勝利でした。ドゥーブルパッセさんもクビ差。

 ほとんど変わらないですね。

 

「菊花賞! 出るのだろう?」

「はい! 菊花賞のためにレースに出ていますから!」

「なら、次は負けない! 菊花賞で勝負だ!」

 

 そう言って歩いていきました。

 そうです、今日は菊花賞に向けたレース。

 本番は次……頑張らないとですね!

 トレーニングもそうですけど、神社にお参り、占いもたくさんやらないと。あと、お守りもいっぱい買いたいです!

 

 この後の運気アップをどうするか考えながら、みなさんに手を振るのでした。




 というわけで、さらなるライバルとの戦いでした。
 京都大賞典は、シルクもにょもにょさんことキヌノセイギくんが本来1着です。
 話の展開上勝たせていただきました……すまぬっ。

 自分の長所がすごいことに気づいてしまったフクキタル。
 そう、君は強いんだよ。


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22、菊の舞台

 マチカネフクキタルにとっての折り返し、ターニングポイントまでようやく来ました。


 2度目の京都レース場。

 ここに立っているのは、未知の領域へと足を踏み入れるウマ娘たち。

 3,000mという誰も走ったことのない長い長い距離で、クラシック級最後の冠を賭けて競い合う。

 

 菊花賞。

 この菊の舞台は最も強いウマ娘が勝つレース。

 ここに立つだけでも、相当な強者なのだ。

 

『2枠4番。マチカネフクキタル』

 

 パドックにて、バサッとジャージを脱ぎ去ったフクキタル。

 ほぼ3連戦と言ってもいい短いスパンで菊花賞への挑戦。

 しかしその体は、これまで以上に仕上がっている。

 

「おい、すごい体だぞ……」

「京都大賞典でも思ったけど、さらに仕上がってる」

「トモも素晴らしいわね。人気があるのも頷けるわ」

 

 自信満々にキリッとした顔をして、胸の前で何かを撫でまわしている。

 ……水晶占いの動きだろうか?

 

「すげーなフク。この状況でCEOパワーを見せるなんてよ……」

「ろくろをまわしてるからかなぁ」

「オウ? ロクロ?」

 

 確かにそう見えなくもない。

 こちらに気づいてグッと親指を立てると、1つ頷いて戻っていった。

 

「うっし、速めに戻ろうぜ」

「そうデスネ! 久しぶりにお会いしたいデス!」

 

 そう言って俺たちも会場内へと戻っていく。

 

 いつものゴール板前に行くと、スズカと先客が3人。

 

「やあ、ゴールドシップ、タイキ。それにトレーナーたちも」

「こ、こんにちは! 初めまして!」

 

 シャインフォートと先輩。

 そしてスズカのルームメイトであるスペシャルウィーク。

 どうやら菊花賞を見に行くと言ったらスペシャルウィークも見たいとのことで、担当の先輩トレーナーに許可をもらって一緒に来たというわけだ。

 

「おう! おめーがスズカの言ってたスペシャルウィークか!」

「は、はい! ご、ゴールドシップさんに会えて嬉しいです!」

「見る目があるじゃねーか! うっし、スペ! 一緒にフクキタル応援するぞ!」

 

 こうだ! と言って謎の念をフクキタルのほうに送り出す。それを見てスペシャルウィークもこ、こうですか! と念を送り始めた。

 先輩に怒られるからやめなさい。

 

「はは、相変わらずだな」

「あはは……シャインフォートさん、脚はどう?」

「うん。もう歩いても大丈夫。来年の天皇賞に向けてリハビリ中だよ」

 

 やる気に満ちた表情で、グッと親指を立てる。

 かなり良い調子で回復しているみたいだ。先輩と目を合わせて、互いに頷き合う。

 

『今年もこの舞台がやってきました。京都レース場、芝3,000m、菊花賞! ウマ娘たちが続々と入場していきます』

「みんな入ってきマシタ!」

 

 出走するウマ娘たちが入場して来る。

 一番最初に入ってくるのはもちろん1枠1番のウマ娘。

 しかし、入場した瞬間、隣にいたゴールドシップが急に落ち着かなくなっていた。

 

『1枠1番、キンイロリョテイ』

「おぉーーーーいッ! 頑張れよぉーーー!」

 

 ゴールドシップがキンイロリョテイにぶんぶん手を振る。

 少し前からとんでもなく気に入っているウマ娘がいると聞いていたが、それがキンイロリョテイなのだろう。

 ゴールドシップは彼女に何を見出しているのだろうか……? 確かに、ゴールドシップに似た筋肉のしなやかさは素晴らしいから、俺も注目しているウマ娘ではあるが。

 

 ちらっとこちらを見たキンイロリョテイは、嫌そうな顔をすると完全に無視して準備運動をし始める。

 なんというか、ゴールドシップが気に入っている割には反応がマジだ……。

 

「相変わらずつれねーやつだぜ」

「困っているように見えるけど……」

「すごいなぁゴルシちゃん」

 

 そうこう話をしていると、フクキタルも入場してきた。

 こちらの存在に気づくと、力強く頷く。シャインフォートも頷き、お互いに親指を立てる。

 静かに闘志を燃やしながら、キンイロリョテイと同じように準備運動を始めた。

 

「この菊花賞、マチカネフクキタルは厳しいかもしれない」

「どうした急に」

 

 チラッと声がした方を見ると、以前にも見たことのある2人を見つけた。

 相当なウマ娘ファンのようだ。いや、レースのファンと言ってもいいだろうな。

 マナーもいいし、データもしっかり集めて観戦している。目が合うと、慌てて一礼された。こちらも一礼して、気にしないでと手を振る。

 

「うん……1番人気のキヌノセイギ、2番人気のメジロブライトは、どちらも長距離レースを目標にしてきたウマ娘だ。特にメジロブライトはメジロ家、天皇賞を目標に定めている。そんな中、マチカネ軍団の中にはステイヤーは存在しない。マチカネフクキタルは、彼女たち2人と同じ役者と成り得るだろうか?」

「確かに。マチカネタンホイザも長距離で走れるとはいえ、GⅠレースでは結果を出せていないからな」

「ノープロブレム! フクキタルなら勝てマース!」

「おぉ……!? た、タイキシャトルっ!?」

 

 データに裏付けされた事実を話す2人にタイキが笑顔で寄っていくと、驚いてわたわたしていた。

 別にタイキは怒っているわけじゃないんだが、ニコニコしながら詰められるとびっくりするんだよな。

 

「2人とも見ていてくだサイ! フクキタルがウィナーになりマス!」

「うん。ここにいる誰よりも、フクちゃんが強いよ」

「……うん。フナボシのメンバーがそういうなら、きっとそうなんだろうな」

「よし。俺たちも迷惑にならないように応援するぞ」

 

 イエーイ! タイキと一緒に、やや遠慮がちに拳を上げる2人。

 ……あ、もうフナボシで通ってるんだ、うちのチーム。

 

 

 

 

 

   ◆ ◆ ◆

 

 

 

 

 

「すぅ~……ふぅ~……」

 

 ゲートの前で、ゆっくりと深呼吸します。

 今日は菊花賞。京都大賞典と同じ、京都レース場です。

 つい先日走ったばかりですから、コースの流れはよくわかっています。

 

 トレーナーさんと取ったにゃーさんの紐をしっかり締めながら、ゴールドシップさんからの教えを思い出します。

 

『いいか、フク。淀の坂はよー、どんだけ遅れてても上りから攻めるなよ』

『坂からスパートってのはタブーだからな。下りで加速しながら最後の直線でかませよな!』

 

 菊花賞をちぎって勝ったゴールドシップさんからのアドバイス。

 しっかり参考にします! ゴールドシップさんは上り坂からスパートしてそのまま勝っちゃいましたけど!

 

 ゲートインして、準備が整うのを待ちます。

 キヌノセイギさん、メジロブライトさん。

 今日だけは、絶対に負けません!

 

「見ていてください、シャインフォートさん。あなたに幸運を、最高の菊花賞をお見せしますから」

 

 ふぅ~と息を吐いて猛る気持ちを落ち着けていると、出走準備が整ったようです。

 さぁ、いきますよ~!

 

『各ウマ娘、準備が整いました』

 

 ――ガタンッ!

 

『スタートです! 各ウマ娘好スタートを切りました!』

 

 スタートは上手くいきました! 特訓のおかげですね!

 ありがとうございますスズカさん!

 

 今のところ先頭争いです。私は今回の作戦だと先頭じゃなければ好きなところにいていいので、このまま好位につけていきましょう。

 逃げて前に出る2人のウマ娘さんたちにペースは合わせず、その後ろを走ります。

 最初から上り坂ですが、かの有名なミホノブルボンさんと一緒に走った坂路に比べたら!

 

『先頭は逃げウマ娘2人の競り合いとなった! すぐ後ろにマチカネフクキタル! 内にはキンイロリョテイ!』

『メジロブライトとキヌノセイギは後方からのレースとなりました!』

 

 まずは1度目のコーナーです。

 ここは全員小手調べ。隊列を崩さずにゆっくりと下っていきます。

 私は最内で脚を溜めながらペースを確かめます。シャインフォートさんのようにペースを握られるのは困っちゃいますからね!

 

『さあ第4コーナー抜けまして、1度目の直線です! 先頭は3番タケゾノイチバン! その後ろをトージンサイクロン! そして先団となります!』

『1,000mは61.8。かなりのスローペースですね』

「ちょっと失礼するわね」

 

 正面に入ると、私の外側に他のウマ娘さんたちが来ました。

 声をかけてきたのはヤマトユーロさんです。キタノロードさんが既に前に出ています。もう少し先に行くみたいですね。今のペース、確かに遅めでしょうから。

 私は脚を溜めたいのでこのペースで行きます。目を見て頷き、少しだけ内に寄ります。

 

 私の動きを見てくれたのか、少し微笑んで先にいきました。

 すぐ近くにいるキンイロリョテイさんの邪魔にならないようにして内側を走ります。

 リョテイさん、体は小さいんですけどオーラが強くてわかりやすいんですよね~。

 

 リョテイさんもゆっくり前に出て、私のすぐ左後ろぐらいに来たところで、次のコーナーに来ました。

 ここからが本番ですね。

 

『正面抜けて第1コーナー! 先頭は変わらずタケゾノイチバン! しかし後続が徐々に前へ来ているぞ!』

『マチカネフクキタルは先団のバ群の中に入っていきました。キタノロードとヤマトユーロが前に出ましたね』

 

 コーナーはゴールドシップさんに教えてもらった通りに回ります。

 全然体に負担もなく回れるので、思わず前に出そうになりますがなんとか抑えました。

 ヤマトユーロさんたちが少し前に空間を開けてくれているので、走りやすくて加速しそうになってしまうんです。

 

『第2コーナー抜けて向こう正面に入りました! ここからが本番だ!』

『高低差4mもの上り坂。そして坂を下れば未知の領域です!』

 

 じりじりと先頭のタケゾノイチバンさんに距離を詰めながらスタミナを持たせていきます。

 まだ坂前なので、私はかなり余裕があります。この坂でいかにスタミナを消耗せずに走れるかが大事ですね!

 

『タケゾノイチバンが上り坂に入った! 続いて先団のウマ娘たちも上り坂を駆け上がっていく!』

『2,000m通過タイムは2分8秒0! 超スローペースですよ! これは前残りがありそうです! キヌノセイギたちは大丈夫でしょうか!』

 

 上り坂に入りました。1,800m、駆け引きありきで全力で走ってからの上り坂は精神的にも肉体的にもかなり苦しいです。

 ですが、私たちチームフナボシには上り坂のスペシャリストがいますからねっ!

 少し辛いですけど、こんな坂! 開運パワーで乗り切れます!

 

「まだまだ、いけますよ~っ」

 

 しっかりターフを踏みしめて、ぐんぐん上っていきます!

 トージンサイクロンさんはかなり辛いのか、苦し気な声と共にゆっくりペースが落ちてきています。

 私の外にはリョテイさんがいて動けないので少し下がります。代わりに、リョテイさんに目配せして前のスペースへ先に出てもらいます。

 

「………」

 

 わかってもらえたようで、ちょっとだけ動いてくれました。

 少しだけ気にした様子の視線をもらいましたが、大丈夫です。私の勝負所はここじゃないですから。

 そうですよね、トレーナーさん!

 

『第3コーナーに入りました! ここから下り坂!』

『先頭を走っていたタケゾノイチバンとトージンサイクロンはかなり苦しい! 既に後続との距離が詰まっているぞ!』

「くっ……」

「うぅ……!」

 

 周りからかなり苦しそうな声が漏れ聞こえてきます。

 それもそうですよね、だってこれだけ走っているのにあと800mぐらいありますから。

 ですが! ラッキーナンバーの数だけ走り続けてきた私ですから! まだまだ走れますとも!

 

『第4コーナーに入りました! ここからは未知の領域だ! 2,400mを抜け、残り600m!』

「む、りぃーっ」

「むりぃぃ~!」

 

 周りのウマ娘さんたちが前に出れず、最後のコーナーで耐えきれずに膨らんでいきます。

 私も苦しいですが、なんとか曲がっていきます。

 

「うぐぐ……」

 

 ヤマトユーロさんやリョテイさんに前を渡したおかげで、目の間に壁があります。

 既にスパートをかけ始めて、みなさんが前へ前へとなんとか進出しています。私の目の前にはメジロブライトさん。もうここまで上がってきてしまいました。

 

 最後の直線で一気に行く作戦ですが……いえ、心配しなくても大丈夫ですね。

 トレーナーさん、あなたを信じます。

 

『最終直線に入った! ここから仕掛けどころだ!』

『抜け出すのは誰でしょうか!』

 

 最終コーナーが終わり、直線に差し掛かる手前。

 そこで私は、作戦通りの動きをしました。

 

 シラオキ様、お願いします! 勝利を、私に来させてください!

 

 コーナーを回る遠心力に従って、体を外に出します!

 目の前の壁から抜け出した先に見えたのは、勝利に向かって走る他のみなさんの姿。

 

 そして、その先まで続く、まっすぐな光の道です……!

 

「いきますよぉ~~~っ!!!」

 

 思いきりターフを踏み抜いて、今まで溜め続けたスタミナを全部吐き出しますっ!

 光の道へと全力で駆け出していくと、みなさんが止まったかのように私が前へと出ていきます。

 自分でも驚いてしまいますが、残りの距離はあと少し! このまま一気に! バ群の中から抜け出しますっ!

 

『先頭ではタケゾノイチバンまだ粘る! トージンサイクロンも粘るがかなり苦しい!』

『バ群から! 中からマチカネフクキタルだ! マチカネフクキタル驚異の追い上げ!』

 

 まだです! まだまだっ!

 ヤマトユーロさんの横から一気に上がって、そのまま行きますっ!

 

『メジロブライト先頭! ヤマトユーロも競り合っている!』

『マチカネだ! マチカネフクキタルだ! またまたマチカネフクキタルだ!』

 

 ヤマトユーロさんを抜きましたっ! 他には誰もいないはずです!

 メジロブライトも見えません! 抜け出しましたっ!

 

「ファイトー! フクキタルー!」

「おぉー! 行けーッ!」

 

 観客の皆さんからの声が聞こえます。

 脚が軽くなりました。

 

「フクキタルー! 頑張ってー!」

「フクちゃーん! フクちゃーん!」

「フクキタルっ! もっとデス!」

「フクー! 行けーッ! 粉塵爆発だぁー!」

 

 みなさんの声が聞こえますっ。

 体にもっともっと力がみなぎります。

 

「フクキタルーッ! 行けッ! 行ってくれーッ!」

 ――フクキタルッ! ぶち抜けェーーッ!!!

 

 シャインフォートさんとトレーナーさんの声が聞こえます!

 体が熱くなって! 光の道が、私を包みます!

 これが、大大吉状態なのですね! シラオキ様!

 

「大開運ダ~~~~ッシュ!!!」

『マチカネフクキタル! マチカネフクキタル! 福が来た京都ー! またまた福が来た! 神戸、京都に次いで、菊の舞台でも福が来たーっ!!!』

 

 ゴール板を駆け抜けて、思いきり息を吸います。

 でゅえっへ……つ、疲れましたぁ~!

 け、結果はどうなんでしょう? 私は? 1着は!?

 

 掲示板を見て、一番上に出た数字は4。

 私の数字は、4番です。

 

「あ」

 

 思わず口を開けて、ぽかんと立ち尽くしてしまいます。

 私……か、勝ったんですね……。

 

「や、やりましたっ~!!!」

 

 す、すごい! 私、やったんですね!

 大吉を越えた大大吉! スーパーラッキーウマ娘ことマチカネフクキタルっ!

 これはジャパンカップも有マ記念も勝ってしまうぐらいの幸運パワーですよぉ!!!

 

 

 

 

 

 

 なんとも言えないふわふわした感覚で歩いていたら、ウィナーズサークルまで来ました。

 トレーナーさんやメンバーのみなさんが待ってくれています。

 

「フクキタルーッ!!!」

 

 声がしたほうを見ました。

 シャインフォートさんが突撃してぐえぇっ!?

 

「うぎゃぃ~!?」

「フクキタル! すごいよ、すごかったよ!」

 

 思いきり抱き締められてすごい苦しいですっ!!!

 ……あれ、なんだか肩が温かく、濡れて。

 

「最高の菊花賞だ! くそー、なんでわたしは参加できなかったんだ」

「シャインフォートさん……」

 

 体を離したシャインフォートさんは、その目から大粒の涙をこぼしていました。

 思わず声をかけると、とてもきれいな笑顔を見せてくれます。

 

「フクキタル」

「スズカさん……」

「おめでとう。とてもすごい走りだったわ。思わず、私も駆け出したくなるような」

 

 スズカさんが褒めてくれました。

 穏やかに笑うスズカさんの後ろから、ニコニコしているタイキさんがひょっこり現れました。

 

「スズカはいつも走りたがってマス!」

「そうだねぇ。フクちゃん! おめでとう。すごかった!」

「オウ、そうデシタ! フクキタル! コングラチュレーション!」

 

 ソーラーレイさんとタイキさんも称えてくれます。

 なんというか、調子に乗ってしまいそうですねぇ~!

 

「フク! やったな!」

「ゴールドシップさん!」

「おめーもいい走りするじゃねーか! 3日目の佃煮ぐれーの仕上がりだな!」

 

 相変わらずの言葉をもらいました。

 これは……評価してくれているということでいいんですよね?

 

 みなさんが称えてくれると、シャインフォートさんがぎゅっと手を握ってきます。

 そしてブンブンと振られました。 

 

「一緒に走らせてくれてありがとう、フクキタル!」

「…ぁ……」

 

 ……そうでした。

 大大吉パワーだから勝ったとかじゃないですね。

 私、シャインフォートさんからもらった思いと一緒に走ったから勝てたんです。

 他にもゴールドシップさんやスズカさんに特訓してもらって、たくさんもらってばっかりです。

 

 運がいいから勝てたんだと調子に乗ってしまうところでした……。

 シャインフォートさんの想いをもらって、皆さんと一緒に頑張ったから、こうやって幸運を届けることができたのです。

 反省です。シラオキ様、怒らないでくださいね!

 

 ――フクキタル。

 

 トレーナーさんに声をかけられます。

 シャインフォートさんから離れて近づくと、頭を優しくなでてくれました。

 

 ――最高の走りだった! 楽しかったか?

 

 そう言われて。

 何もなかった私が、トレーナーさんと出会ってからたくさんのものを色々な人からもらって。

 スズカさんやシャインフォートさん、キヌノセイギさんたちと競い合って。そして、今日、がんばって走って。

 

 自分の中で、この菊花賞での勝利がじ~んと沁み込んできて。

 

「あ、ぅ。わ、私ぃ~!」

 

 思わずボロボロと涙がこぼれて。

 トレーナーさんをぎゅうっと抱きしめて。

 

「勝ちましたぁ~!!! 私、すごい楽しくてっ! やりましたっ! が、がんばりましたぁ~!」

 

 小さい子みたいに、わんわんと泣いてしまいました。

 トレーナーさんは私が泣き止むまで、ずっと優しく頭をなでてくれたのでした。




 菊の舞台で福が来た!
 というわけで、フクキタルが菊花賞を勝利しました。

 この小説のフクキタルはキャラクター性をキャラストーリー側に寄せていることと、明確にスズカやシャイフォートのような仲間とライバルを設置したので、育成ストーリーのように調子に乗らず、自分に悩む素直な女の子のまま成長したのでした。

 育成ストーリーの調子に乗りがちなおかしいフクキタルも面白いですが、できるお姉ちゃんとの差に悩んで、それでもがんばってがんばって走るキャラストーリーのフクキタルが健気でかっこいいのです。なのでそちらの成分多めですね。


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23、反省会

 菊花賞を勝ったフクキタル。
 そんな彼女を襲うものとは……?


 菊花賞で大活躍して次の日。

 フクキタルは俺のトレーナー室で頭を抱えながら叫んでいた。

 

「あぁ~~~!!! 終わりですぅ~~~!」

 

 何をこんなに騒いでいるのかというと、今朝の新聞だ。

 トレセン学園に来る前にいくつか買ってみたが、どれもこれも菊花賞について1面で記載されている。

 ただ、すごい勝利だという書き方じゃなかった。

 

「『フクキタル泣いた!』『マチカネフクキタル号泣!』『マチカネ軍団涙の勝利!』『チームフナボシ新星、泣く!』」

「全部泣いたことばっかりじゃないですかぁ~~!!!」

 

 そう、菊花賞で勝った後、フクキタルが大泣きして俺に縋りついたときの写真ばかりだったのだ。

 確かにタンホイザを含めてマチカネ軍団ウマ娘の中で、唯一長距離で多大なる結果を残したわけだ。泣くのもわかる、と思われているのだろう。

 

 でもそういう理由で泣いたわけじゃないと思うけどな。

 シャインフォートの想いと一緒に走って勝ったことが誇らしいからなんだと思うんだが。

 

「うう、どうしましょう……家族みんな明日の新聞買い占めるとか言ってたんですよぉ~! これじゃあ恥ですよ!」

 

 結果を残したんだし恥ではなくない?

 

「私が恥ずかしいんですよっ! だってこんな、小さい子みたいに泣いてる写真ばっかりじゃないですか~!」

 

 ああ~~! と濁点ばかりの叫び声を上げながら絶望しているフクキタル。

 この後たくさん取材の予定もあるのに大丈夫なのだろうか。

 

「失礼します。トレーナーさん、いらっしゃいますか?」

 

 ノックと共にたづなさんの声が聞こえた。

 返事をすると中に入ってくる。

 フクキタルを見てまあ、と少し驚いていたが、気にせず封筒を手渡される。

 

「取材したいと連絡があった出版社の一覧と名刺です。以前と同じく月刊トゥインクル優先で大丈夫なら、乙名史記者には連絡しておきますよ?」

 

 それでお願いしますと言うと、楽しそうに頷いてトレーナー室から出ていった。

 封筒を開けて中身を見る。

 ふーむ、月刊トゥインクルに週刊トゥインクル、週刊ウマ娘、あとはクラシック特集の雑誌のものと、女性誌まである。

 一緒に覗いていたフクキタルに、人気になったなと声をかけると、嬉しそうに体を揺らす。

 

「はい! みなさん、私を応援してくださっているんですね~」

 

 依頼書を見てうきうきしている。

 そう言えばレースの勝利者インタビューも、キチンとやったのは京都大賞典からだ。

 取材やインタビューみたいなものは新鮮なのかもしれない。

 

 だからといって浮かれすぎると変なウマ娘だと思われるから気をつけるように言っておかないと。

 菊花賞後のインタビューを少し思い出す。

 

『この勝負服もにゃーさんも水晶も私に力をくれたのです! ハッピーカムカム! 福は来れり!』

『す、水晶玉……? バッグにそれを?』

『はい! 霊験あらたかなとてもご利益のある水晶玉で……』

 

 もう怪しげな商品の販売みたいになっていた。

 昨日帰ってからエアグルーヴさんに怒られましたとしょんぼりしたフクキタルを見たとか見ないとか。

 あとよく頑張ったなと褒められてたぬきの信楽焼をエアグルーヴにプレゼントしたという話も。さっき本人から困った様子でどう処理したらいいか相談されてしまった。

 

「新聞はもう諦めます……雑誌のインタビューでは、がんばりますよ!」

 

 やる気満々のフクキタル。

 後日全てのインタビューで泣いたことを聞かれて、また叫ぶことになるのを彼女はまだ知らない。

 

 

 

 

 

   ◆ ◆ ◆

 

 

 

 

 

 そんなこんなでチームとしてはそこそこの結果を出した年末。

 タイキがジャパニーズパーティーをしたいと言うので、鍋を楽しむことになった。

 

「昆布だしはアタシがとっといたから、そのタラ入れてもいいぞ」

「わかりマシタ!」

 

 ゴールドシップが海鮮鍋を作ってくれている。

 わくわくしながらこたつでのんびり待っていると、フクキタルとスズカがすすすっと近づいてきた。

 

「トレーナーさん。あの、大丈夫なんですか?」

「ゴールドシップ、変なもの入れないといいけど……」

 

 どうやら何かしら変なものを作らないかと心配しているようだ。

 そう言えば、みんなはゴールドシップの料理の腕を知らないのか。合宿の時はバーベキューだったし。

 楽しみにしてるといいよと声をかけるが、信用できないのがむぅっと頬を膨らませるフクキタル。

 

「トレーナーさんは慣れているかもしれませんが、私たちはふつーのウマ娘なんですよ!」

「フクちゃんは普通かなぁ?」

「フクキタルって変わっているところがあるから……」

「ちょっとレイさんスズカさん!? そこは頷いてくださいよぉ~!」

 

 わいわい盛り上がっていたところで準備が終わったらしく、ゴールドシップが鍋に蓋をして温め始めた。

 

「うっし、こんなもんだろ」

「ゴールドシップ、シェフみたいデスネ!」

「ゴルシちゃんはなんだってできるんだぜ! 測量とかな!」

 

 本当にできるから手がつけられない。

 

「しっかし今年は全然走らなかったぜ」

「ゴルシちゃん、いっぱいサポートしてくれてたからね」

「確かに少なめ……かしら」

「ゴールドシップさん、クラシックの時GⅠレース5回出走とかしてたみたいですからね」

 

 鍋ができるまで、今年の振り返りをみんなで話す。

 

「フクちゃんは3月ぐらいまでお休みだっけ」

「はい。ちょっとゆっくりさせていただきますね」

 

 フクキタルは3度の激走でかなり脚を使ったため、年明けの3月ぐらいまで長期休養とした。

 理由はシャインフォートだ。

 

「へへ……やっちゃった」

 

 菊花賞の熱に押され、リハビリとトレーニングを早く速くとやりすぎた結果、屈腱炎。

 復帰は早くても再来年となってしまった。

 ただ、メジロマックイーンが屈腱炎を克服したことが知られているため、メジロ家主治医監修のもとでじっくりと治していくことになった。

 

 これを聞いたフクキタルは顔面蒼白となって、長期の休みを申し出てきたというわけだ。

 俺も連続した出走を心配していたから、休むのは賛成だった。次の出走レースはかなり余裕をもって、3月前半に行われる金鯱賞に定めた。

 

「スズカもいっしょデスヨネ?」

「ええ。フクキタルと同じレースに出るわ」

 

 スズカも金鯱賞に出走を決めた。フクキタル以上に間隔をあける理由は、そこまでに自分の走りを完璧に仕上げるためだ。

 フクキタルに差されたことが相当悔しかったらしく、納得できるまではレースに出たくないんだとか。

 一緒に金鯱賞に出走して、自分の走りがどこまで仕上がったか確認すると言っていた。すごい負けず嫌いだ……。

 

「わたしは今年、悔しい結果だったな」

「レイもすげー活躍だぞ? アタシはダートはわかんねーけどよくやってると思うぜ」

「えへ、ありがとぉ」

 

 ソーラーレイは、ダートのGⅠレース、JBCクラシックとチャンピオンズカップに挑戦。

 結果としては、JBCクラシックは入着できず7着。

 それを悔しがりめちゃくちゃ仕上げに仕上げて挑んだチャンピオンズカップは接戦の末、3着。しかも、1着2着とはほぼ差がなくハナ差だった。

 シニア級ウマ娘たちと戦ってここまでの結果は素晴らしい。本人は涙を流していたが、次のレースでは1着を取りにいけるだろう。

 

「ワタシは絶好調デスネ!」

「タイキさんはもう、怪物って感じですね」

「ええ。クラシック級で既にマイルの王者って言われてるもの」

「でも、年度代表ウマ娘は逃してしまいマシタ。来年は必ずとりマス!」

 

 次に無敗のタイキシャトル。

 マイルチャンピオンシップに出走した。

 最終直線まで先団でじっくり脚を溜め、最終直線で一気に爆発させた。

 嘘だろ……と声が漏れるようなスピードで先頭で粘りに粘っていたウマ娘をあっさり追い抜き、そのまま2バ身半差をつけて圧勝した。

 マイルの王者はこの子だ、タイキが目指している年度代表ウマ娘に選ばれるはず! そう思っていたら、ティアラ路線から十数年ぶりに天皇賞を勝ったエアグルーヴが年度代表ウマ娘に。まあ、オークスも勝ったしな。

 

 そしてゴールドシップだが。

 

「レジェンドレース、やっぱりすごかったですよ!」

「ええ。私、まだまだだって思ったわ」

「アタシもそこそこ満足したぜ。次はあずきバーぐらいガチガチでもいいけどな!」

 

 なんとURA主催のレジェンドレースという大型イベントに参加していた。

 これはトゥインクル・シリーズ、ドリームトロフィー・リーグで多大なる活躍をしているウマ娘と本気のレースができるというイベントだ。

 今回はシンボリルドルフ、マルゼンスキー、ナリタブライアン、ゴールドシップの4人がレジェンドとして選ばれている。

 それぞれの得意な距離、レース場で戦うことになっていて、ゴールドシップはもちろん阪神レース場芝2,200m。

 

「阪神レース場はよ、コースが変形するんだぜ。でもそのコマンドを忘れちまったな」

 

 いつも通りのゴールドシップ。

 もちろん参加者をぶっちぎって勝利。他3人もレジェンドと言われている理由を見せつけた。

 ただし、一緒に走れて嬉しい! というウマ娘もそこそこいたので、なんとなくカジュアルなレースだったが。

 ゴールドシップはそういうのもまたオツだぜと言って面白がっていた。懐が深い。

 

「チームフナボシとしてはそこそこ活躍したんじゃねーか?」

「そうですね! 理事長さんからお褒めの言葉もいただきましたから!」

 

 先日、トレーナー評価の面談で素晴らしい! と理事長から実績を褒められたのだ。

 入着率の高さと誰もケガをしないというところが特に評価されたようだ。確かに、みんな頑張ってくれたからな。

 何故か近くを歩いていたフクキタルが外でそれを聞いていたらしく、退室したらキラキラした目でやりましたね! と声をかけてきたのだ。

 驚いて理事長室まで届く叫び声を上げたのは秘密である。

 

「そろそろいいだろ。くらえ! スーパーアルティメットまろやか出汁鍋!」

「オウ! まろやか羅刹ご飯デスネ!」

 

 ゴールドシップが夜に見ている謎の料理番組、まろやか羅刹ご飯。

 トレーナー室で見るから俺も知っている。アルティメットまろやかおでんはいつ完成するのだろうか……。

 

「そんじゃ、チームフナボシの活躍とロケット打ち上げ計画の完成を祝って食うか!」

「そんなのあったかしら……?」

「ないよぉ」

 

 ふんわりとした雰囲気ではあるが、来年も頑張ろう。

 チームのみんなで気持ちを1つにしたのであった。

 

 あと、チームはもうフナボシになったんだな。フォーマルハウトはどこに行ったのだろうか……。




 フクキタル、羞恥するの巻。あと年末反省会。

・フナボシ今年のトゥインクル・シリーズ結果
ゴールドシップ:1戦1勝
マチカネフクキタル:5戦3勝
サイレンススズカ:3戦1勝
タイキシャトル:4戦4勝
ソーラーレイ:6戦2勝
計 19戦11勝 内GⅠ3勝
入着率 84.2%

つ、強い……。


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24、年始からの行事

 一気に話が進みますぞ。


 年始ということで、みんなで神社へ行くことになった。

 ゴールドシップと以前から来ているお馴染みの神社だ。天皇賞春の出走もここで決めたんだっけな。

 

「さあトレーナーさん! いきますよぉ~!」

 

 フクキタルにぐいぐい引っ張られていく。

 あまりにもやる気が満ちていて止められない!

 

「トレーナーさんが引きずられていくわ……」

「飼い主を引っ張りまくる犬みてーだな」

 

 スズカとゴールドシップは遠目から見て全然助けてくれないっ!

 諦めてされるがままになっていると、神前まで連れてこられた。

 

「いっしょに参拝しましょう! あれ、みなさんはどこに?」

 

 フクキタルが夢中で進んでいたせいで置き去りにしていったぞ。

 

「なるほど~……あの、すみませんでした」

 

 手をスリスリしながら謝ってきた。

 頭をぺしぺし叩いていると、ゴールドシップたちが遅れてやってきた。

 

「フクキタル、ソーファスト!」

「気合入ってたねぇ」

「もちろんです! 年に1度のお参りですから!」

 

 ささ、とみんなを引っ張って並ばせ、代表してスズカが鈴を鳴らした。

 ルドルフが喜びそうだな。

 

「ゴルシちゃんの5円玉、ありがたく受け取りな!」

 

 ゴールドシップが賽銭箱にお金を入れると、みんなも入れていく。

 そして礼をしてから手を合わせ、願い事を想う。

 

 みんなが楽しく走って、勝てますように。

 あと、フクキタルの夢に出てくるシラオキ様、今後も一緒に頑張りましょうね。

 

 しっかりと願ってから、ちらっとみんなの様子を見る。

 真剣に祈ってるなぁ……特にフクキタル。タイキはニコニコしながら手をすりすりしてるけど。

 

 祈り終わってから、ゴールドシップの提案でおみくじを引くことになった。

 相変わらず好きだな、こういうの。

 

「いくぜ! おみくじの王にアタシはなる!」

「おみくじに王はないと思うけど……」

「ま、まさか……ゴールドシップさんは王のおみくじを狙っているのですか!?」

「うそでしょ……あるの……?」

 

 スズカが困惑している中、みんなおみくじを引く。

 そして棒に書かれた番号を見て、箱から紙を取り出して、確認。

 

「また凶かよーー! なあトレぴっぴ、交換しようぜー」

「交換していいものじゃないと思うんだけど……あ、大吉」

「私は吉ですか~……むむむ!」

「チュウキチ? デス!」

「わたしも中吉だねぇ」

 

 みんな内容に一喜一憂している。

 ゴールドシップがぐいぐい肩で押し込んでくる中、自分のものを確認する。

 ふむ……大吉だ!

 

「おうおうトレーナーよぉー、アタシを差し置いて大吉たぁいい度胸じゃねーか!」

「トレーナーさん大吉だったんですか! むむむむむ! ふんぎゃろー! もう一回です!」

 

 ゴールドシップにオラつかれていたら、フクキタルがまたおみくじを買いにいった。

 多分大吉が出るまでやり続けるな、あれは。

 

 フクキタルのおみくじガチャガチャを遠目で見ていたら、不意にお守りを売るところで目についたものがあった。

 近づいて見てみると、それは神社にあるものにしてはかなりポップな見た目をしていた。

 

「お守り……じゃないんですね」

「ほんとだ。ミサンガかなぁ」

 

 1つ手に取ってみると、どうやら身につけることができるお守りのようだ。健康運を高めてくれる……らしい。

 (かん)むすびというもので、腕につけたりストラップにしたりできるんだとか。ウマ娘用もあり、つけて走っても壊れにくいと書いてある。

 見た目も可愛らしいお守りなので、みんなに買ってあげよう。それぞれの勝負服の色を考えて購入し、みんなに渡す。

 

「ありがとうございマス! とってもキュート!」

「綺麗……ありがとうございます」

 

 タイキとスズカはその場で開けて腕につけてくれた。

 緑色を基本にした神むすび。シンプルですっきりしているから、違和感を感じない。

 ソーラーレイはストラップにしますと鞄につけている。

 ゴールドシップはというと、取り出してじっくり観察をしている……そんなに見るものだろうか。

 

「へへっ、けっこういいな、コレ」

 

 機嫌よさそうに腕につけた。赤と白だから、一番それっぽいお守りだ。

 

「大吉出ましたよぉ~! ふべっ!?」

「フクちゃーん!?」

 

 フクキタルが大吉のおみくじを掲げながら走ってきたと思ったら、転んでしまった!

 しかもおみくじが木の枝に引っかかって破けている。ああ、なんとも……。

 とにかくケガはないか確認すると、顔が痛いだけらしい。むくっと起き上がって頭をかく。

 

「えへへ、つい調子に……はわ~~っ!? わ、私の大吉!」

「オウ……残念デスネ」

「せ、せっかく引けたのに~~!」

 

 涙目になっているフクキタルの頭を軽くなでて、彼女の分のお守りを渡す。

 受け取ってきょとんとしている彼女に、フクキタルにプレゼントと言うと、涙が引っ込んだ。

 

「と、トレーナーさんからですか!? なんと……! これはご利益万点っ! えーと、お守り……なるほど!」

 

 早速封を開けて手首につける。フクキタルの勝負服に合わせた赤青白の神むすび。

 それをじっくり見て、嬉しそうに頷いた。

 

「ありがとうございます! いやぁ、破けてしまいましたけど、大吉を引けたご利益はありましたね!」

「何度も引いたら意味がないんじゃ……」

「ラッキーがあったのでいいんです! あ、でも一応これも持っておきましょう」

 

 破けたおみくじを拾い集めるフクキタル。

 レースを頑張ったおかげで前向きになってきたが、こういうところは最初と変わらないなぁと思うのであった。

 

 

 

 

 

   ◆ ◆ ◆

 

 

 

 

 

 はさみ跳びでの高跳びをやってもらい、周囲からの視線を浴びに浴びた本日。

 トレーニング後にフクキタルから呼び出されたので、指定された場所に向かう。

 

「あ、トレーナーさん!」

 

 フクキタルが先に待っていたようで、こちらに手を振っている。

 

「急に呼び出してすみません。でも、大変なんですよ!」

 

 上を指さしたので、夜空を見上げる。

 綺麗に星が見えている。どれがフォーマルハウトだろう。いや、見えないか。

 

「たくさん星がありますからね! だから、1つ落ちてきちゃったんです! ほら!」

 

 そういってフクキタルが取り出したのは……箱?

 受け取って開けてみると、中にはチョコレートが入っていた。

 

「今日はバレンタインデーですからね! やっぱり占い好きですから、行事は大事にしませんと」

 

 楽しそうに話すフクキタル。なにやらデカいチョコが1つだけ入っている。

 

「私が改良に改良を重ねた十二星座チョコ! あ、その大きいのはふたご座です」

 

 だから他のより倍大きいんですよね~と語る。

 全部は食べきれないと思うぞと言うと、ダメですよ! と叱られた。

 

「こういうのは自分の星座を食べるからいいんです! ささ、どうぞ!」

 

 勧められるが、なんだかんだでどれも大きい。

 フクキタルも一緒に食べよう。そう言うと、私もですか? と不思議そうにしていた。

 

「私はふたご座なのでそのおっきいやつですね。で、トレーナーさん。2人で食べませんか?」

 

 大きいから、仲良く半分こということで。

 フクキタルからの提案に乗り、2人でゆっくりチョコを味わう。

 想像以上に甘くて美味しい。しっかり作ってくれている。

 

「おいしい~! ね、トレーナーさん、おいしいですか?」

 

 美味しいよ。そう言うと、嬉しそうに耳や尻尾を動かす。

 

「やっぱり私はこういう風に、円満甘々って感じがいいですね~。誰かに渡してドキドキしたりするより、トレーナーさんと一緒がいいです。感想も言えますし」

 

 えへへ、と照れながら笑うフクキタル。

 美味しい贈り物をありがとう、そう言うと、少し赤くなった頬をかいて笑う。

 

「ハッピーを上げようと思ったら、なんだか私までハッピーになっちゃいました!」

 

 またハッピーをあげますからね!

 楽しそうに体を動かして嬉しさを伝えてくれるフクキタル。

 チョコの甘さを感じながら、2人でぽつぽつと話をするのだった。




 年始からバレンタインまで一気に飛びました。
 何故ならここからレースが沢山始まっていくから!
 シニア級ではメンバーそれぞれの活躍を多めに書きますのでよろしくお願いします。


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25、金鯱賞に向けて

 フナボシの現状はこんな感じ。


 トレーニングをしっかりと積んだ我らがチームフナボ……フォーマルハウト。

 メンバーで一番最初にレースへ挑んでいたのはソーラーレイだ。

 

 2月後半のフェブラリーステークスに出走するため、前哨戦として1月後半の根岸ステークスへ参戦。

 ここでなんと驚異的なパワーを見せつけ、フクキタルのように後ろからバ群の中をぶっちぎる快走。2バ身差をつけてフェブラリーステークスへと挑んだ。

 そしてフェブラリーステークス。スタートで出遅れ最後尾につけたものの、レース半分過ぎてからゴールドシップのようなロングスパート。

 そこからグングン加速していき、先頭でぶっちぎっていたウマ娘に追いついて競り合い、ハナ差での勝利となった。

 1着2着から4バ身差離しての3着だったため、2人がどれだけ強いのかを知らしめたレースだった。

 今回は素晴らしい勝ち星だったが、ダートは他にも強いウマ娘がさらに出てきている。ソーラーレイは今年、大きな戦いとなるだろう。

 

 GⅠ初勝利に号泣して喜ぶソーラーレイの姿は新聞に載り、『フナボシのウマ娘、再び号泣!』と書かれたのは記憶に新しい。

 本人はとても恥ずかしがっていたけど。

 

 次に走る予定なのはフクキタルとスズカの金鯱賞だ。

 現時点で2強と言われている。それぐらい同年代ではぶっちぎって強いと俺も思ってるし実際そうだ。

 フクキタルは神戸新聞杯などで見せたあの末脚と、バ群の中をまっすぐ抜いてくるあの走り。ブロックしようにも、何故か接触もなくするりと抜けてしまうから、中々マークできない。シャインフォートがアドバイスをくれるおかげで、逃げのペースメイクにも強くなった。

 スズカは逃げに磨きがかかりすぎている。2,000mだと、1,000mを58秒台で逃げて残り1,000mも58秒台で逃げる。しかも最終直線で失速しない。もうスタートで止めない限りもう止められないのだ。

 

 俺なりに考えてみんなのやりたい走りをしてもらえるようにトレーニングを作ってやってもらっているけだけど。

 うーん……この娘たち、みんな天才すぎやしないだろうか。

 タイキもマイル全勝で、そのパワーに期待したURAから海外レースへの挑戦を期待されているし。

 ゴールドシップはドリームトロフィー・リーグに移籍して暴れる予定だ。物理的にではなくレースで。

 

 チーム全体が大活躍しているわけだから、俺も気を引き締めてみんなを見ないとな。

 

「ふぅ……トレーナーさん、タイムはどうでしたか」

 

 気合を入れていると、スズカが1周して帰ってきた。

 スタートからハイペースで走った上で2分を切っている。スタミナも脚の状態も良く、いい調子。上がり3Fもハイペース逃げを考えればかなり速い。

 かなりいいよと言ってタイムを見せると、少し微笑んで頷くが、まだ納得できない様子。

 

「あの、もう一回走っても……」

 

 おずおずと聞いてくるスズカに、休憩してからもう一回やろうかと声をかける。

 嬉しそうにしながらとことこ水分補給へと向かった。

 

「ふぃ~~! どうですか、トレーナーさん!」

「この10kgの蹄鉄思ったよりめり込むぜ! ウッドチップじゃなかったら農耕だな! 目指せコンバイン!」

 

 続いて併走していたフクキタルとゴールドシップが戻ってきた。

 フクキタルのタイムは併走のおかげかスズカ同様好タイム。上がりはウッドチップの練習場であることを考えると、かなり速い。流石の末脚だ。

 ゴールドシップはあの重量の蹄鉄を履いてフクキタルとほとんど同時にゴールだからもう意味が分からない。多分走りのフォームが丁寧だから負担がかからないんだと思うが……。

 タイムを見せると、うんうんと満足そうに頷いた。

 

「そこそこいいですね! でも、まだコーナーが甘いんでしょうか? もうちょっと縮むかなと思ったのですが」

 

 うーんと唸りながらフォームの確認をし始める。

 それを見ていると、ゴールドシップが楽しそうな表情で近づいてきた。

 

「フクのやつ、アタシがプレッシャーかけてんのにアレだぜ? 自信ついてきたみてーだな」

 

 ゴールドシップの言葉に強く頷く。

 菊花賞以降、未だに占いに頼る部分はあるが、走りについてはかなり前向きだ。

 最初の選抜レースの時のように占いの結果で勝てないと叫ぶこともないし、スズカと一緒のレースになっても泣き言を言わなくなった。

 むしろ頑張ります! とやる気になっている。シャインフォートとの一件は、フクキタルに良い影響を与えたみたいだ。

 

「ゴールドシップさん、もう一回コーナーの走り方を教えてください!」

「おう! じゃ、また行ってくる」

 

 フクキタルに呼ばれたゴールドシップは、にっと笑いながらコースへと駆けていく。

 みんなシニア級になって、さらに本格化している。次走がとても楽しみだ。

 

 

 

 

 

   ◆ ◆ ◆

 

 

 

 

 

 金鯱賞での作戦を考えるため、スズカとフクキタルを別々に呼んで相談することになった。

 まずはスズカだが。

 

「はい。大逃げ、ですね」

 

 今まで通り、最初から最後まで、誰にも先頭を譲らないで走り抜く。

 スズカの走りで、ぶっちぎりで勝つ。正直作戦も何も無いとは思う。だって駆け引きとかも無いからな。

 

「金鯱賞は、私、勝ちます」

 

 真剣な表情で、ぐっと拳を握る。

 フクキタルに差された神戸新聞杯。スズカにとっては本当に悔しい一戦だったようで、闘志の炎が見えるぐらいの意気込みだ。

 それとは別に、自分の走りを見せたいという気持ちがあるのだとか。

 

「スペちゃんに見せてあげたいんです。私の走り」

 

 同室のスペシャルウィークは、今年クラシック級となる。

 そして、今年のクラシック級は素質のあるウマ娘たちだらけ。黄金世代と呼ばれている。

 スペシャルウィーク、セイウンスカイ、キングヘイロー、グラスワンダー、エルコンドルパサー。

 この5人はデビュー前からここまでのレースの中で有り余るほどの才覚を見せ、クラシックの冠は誰の手に、と今までにないほど盛り上がっている。

 

 スペシャルウィークは日本一のウマ娘になるという夢のために頑張っていると聞いていたが、スズカはそれを後押ししたいということらしい。

 走りで勇気を与えたいというのは、なんというか、ウマ娘って感じだ。でも、それをスズカから聞くとは思わなかった。

 だって、ただただ走りたい気持ちが強い娘だったから。

 

「もう、トレーナーさん。私だって、走ること以外も考えているんですよ」

 

 少し不満げなスズカ。ごめんな、と頬をかく。

 シャインフォートやスペシャルウィークとの交流や、フクキタルとの走り。

 それらを経て、精神的にも成長しているんだなと思うのだった。

 

 

 

 

 

 続いてフクキタル。

 スズカは先頭でぶっちぎれと言うだけだが、フクキタルは違う。

 そのハイペース大逃げの対策をしなければならないのだ。

 

「金鯱賞は中京レース場ですよね……スズカさん有利ですねぇ」

 

 中京芝2,000m。坂はあるものの、基本的には平坦なコースだ。

 しかもスタートは坂の中間から始まるから、そこを抜けられたらもう止められない。

 まあ今のスズカを止めるということ自体相当難しいけど。スタートダッシュとんでもなく上手になってるし。集中力が違う。タイキも見習ってほしい。

 

「むむむ……スタミナ切れはもう期待できませんからね……」

 

 ゴールドシップに頼んで、最初から最後まで全力で走ってしまうスズカに一息入れるという技術をつけてもらった。

 つまり、最後の直線でもう一段階加速するというスズカの走りをさらに強化したわけで。

 正直どうやってこの走りに追いつけばいいのか……。

 

 多分、正解は神戸新聞杯のように、最後の最後でスズカ以上のスピードで末脚を叩きこむ。それか、ゴールドシップのように中盤からどんどん加速する。この2つしかない。

 だってあの走りをそもそも邪魔できないんだから、自分の走りをする以外に勝ち筋がない。

 

「最後に全力で差すしかないんでしょうか……うーん、やっぱり強いですねぇ、スズカさん」

 

 うーむと頭をぐるぐる回しながら考えるフクキタル。

 とにかく、最終直線に行った時に5バ身以上離れていたら、フクキタルの末脚であってもおそらく間に合わない。

 周りのウマ娘のことは一切考えないで、自分のペースで走るしかない。スズカとトレーニングでタイムを競う時と同じ走りをするわけだ。

 スズカに合わせていたら、ゴールまでには絶対に追いつけない。そういう走りができるようにしたんだ、俺は。

 

「わかりました! 私はトレーナーさんを信じます! 私は私の、スズカさんはスズカさんの走りをします! それで勝負ですね!」

 

 むん! とやる気を見せるように、ぎゅっと拳を作る。

 ……成長したなぁ。なんともいえない感動で、腕を組み頷いてしまう。

 

「あ、一応占っておきましょう。えーと、何がいいですかね」

 

 そう言ってトレーナー室の占いグッズ置き場を漁り始めた。

 俺の感動を返してくれ。楽しそうに探しているフクキタルを見て、思わず苦笑してしまうのだった。




 スズカ、ほぼ完成。
 ハイペースで逃げてるのに最終直線前のコーナーで回復してしまうという。
 結局勝つには末脚を叩きこむしかないですね、うん。

 因みにタイキシャトルは安田記念を目指しているので、普通にトレーニングです。


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26、金鯱賞

 伝説のレースとなった金鯱賞。
 その伝説とは、誰なのか。


 金鯱賞。

 今年のこのレースは、大きな賑わいを見せていた。

 デビュー当初から大逃げで人気を博したサイレンススズカ。

 そしてスズカを差し、菊花賞で大勝利を収めたマチカネフクキタル。

 その上、出走する他のウマ娘たちも、重賞を連勝してきた娘ばかりだ。強いウマ娘と走りたいと、やる気が違っていた。

 

「みんなキラキラしてマス!」

「そうだねぇ。勝ってる娘たちばかりだから、みんな自信があるね」

 

 パドックで見ていると、みんな顔つきが違う。

 流石はシニア級で活躍しているウマ娘だ。自分たちの走りに自信があるって表情をしている。

 

『5枠5番。サイレンススズカ』

「お、スズカだぞ」

 

 ジャージをバサリと床に落としたスズカ。

 昨年よりも体をしっかりつくってあるから、よりしっかりした印象を受けるはず。

 ただ、他のウマ娘よりもほっそりしているけど。

 

「サイレンススズカ、やっぱりいいよなぁ」

「ああ。今回も流石の仕上がりだ、バランスがいい」

「細いわね、サイレンススズカ……でも、しっかり筋肉はついてる」

 

 スズカはチームの中でも特に気を使って体を鍛えている。

 ハイスピード逃げは体に負荷が常にかかるからな。今のところゴールドシップのお墨付きだ、ケガの心配がないぐらい体ができている。

 

「スズカ、かなり調子がよさそうだな」

「ハイ! いつでも行けマス! そんなフインキデス!」

 

 穏やかに微笑んで頭を下げると、ジャージを拾ってパドックを後にする。

 

 しばらくして出てきたのはフクキタルだ。

 

『8枠9番。マチカネフクキタル』

「むん!」

 

 バサッとジャージを投げ捨て、いつも通り自信満々にエア水晶を撫でまわす。

 フクキタルはスズカよりスピードを出すため、少しだけ体重を落とすことにした。

 前よりちょっぴりスッキリしているが、体はバッチリだ。

 

「マチカネフクキタル! 俺ぁあの娘にかけてるぜ!」

「好きなんだよなー、あの走り。胸に響くっつーかさ」

「前より顔つきがよくなったわね。私、なんだか親の気分で泣けてきちゃう」

 

 周りからはファンの声が多く聞こえてくる。

 菊花賞勝利後のやりとりがトゥインクル・シリーズファンに刺さったらしく、特にコアなファンはフクキタルをとても応援してくれている。

 

「フクも調子よさそうだな」

「今日の朝はスズカさんもフクちゃんも大吉でしたって喜んでたよ」

「全員調子はグッド! いいレースになりそうデスネ!」

 

 自信満々にお辞儀をしたフクキタルは、ジャージを拾って去っていく。

 俺たちも戻ろう。

 

 

 

 

 

 フクキタルが最後の外枠なので、レース場内のいつもの場所へと戻る。

 

「やあ、トレーナーくん。ゴールドシップ。タイキシャトル、ソーラーレイも」

「先に来ておいたぞ」

「よう、エアグルーヴ! 相変わらずギラギラしてるな!」

「わっ、か、会長さん。こんにちは」

「ハイ! エアグルーヴ! カイチョー!」

 

 ゴール板前にいたのはシンボリルドルフとエアグルーヴだ。

 ルドルフの威光のせいかぽっかり周りが開いている。

 ゴールドシップは気にせず2人に絡んでいるが、ソーラーレイは少し引き気味だ。

 

「スズカとフクキタルを見にきたんデスカ?」

「ああ……お前のトレーナーが、随分と仕上げたと聞いた。2人ともシニア級だ、ぶつかることがあるだろうからな」

 

 だが、私は負けん。自信たっぷりにそう言うエアグルーヴ。

 前にも増してエネルギッシュだな、この娘。オークスと天皇賞に勝利して、年度代表ウマ娘に選ばれただけのことはある。

 

「エアグルーヴ、おめーなんか女騎士みてーだな。捕まるタイプの」

「たわけ! 誰が女騎士だ!」

 

 ゴールドシップの煽りにエアグルーヴが怒る。

 うん、いつもの光景だな……。

 

「騎士……ナイトか……」

 

 何かを考えこむシンボリルドルフ。

 ()()()は捕まらないようにがんばら()()()とぼそっと呟く。

 

「んふっ!」

「会長!?」

 

 息を吐いて大きくむせるルドルフ。

 中々カオスな状態で、レース開始を待つのであった。

 

 

 

 

 

   ◆ ◆ ◆

 

 

 

 

 

「フクキタル」

 

 ゲート前で手首の神むすびに触れていたら、スズカさんに声をかけられました。

 

「今日は私、勝つわ」

 

 キッとエアグルーヴさんのような表情で私を見ます。

 負けず嫌いなのは知っていますが、まさか私に向けられるなんて……。

 でも、私だって!

 

「負けませんよ、スズカさん!」

「ふふ……勝負よ、フクキタル」

 

 目を合わせて、お互いに頷いてゲートに入ります。

 スズカさんはトレーナーさんにお願いして、今日までじっくりとトレーニングをしてきました。その分、すごい力を身につけています。

 だけど、それはスズカさんだけではありませんよ! 私もトレーナーさんに末脚をもっと強くしてもらったのですから!

 

『各ウマ娘、ゲートイン完了しました』

 

 ――ガタンッ

 

『スタートしました! 綺麗にスタートです。先頭を行くのはやはりこのウマ娘、サイレンススズカ!』

『スタートダッシュが綺麗ですね! 誰にも邪魔されずに先頭へ行きましたよ!』

 

 ゲートから出てどこにつけるか流れを見ていると、スズカさんが凄い勢いで跳び出しました!

 トレーナーさんが合同トレーニングで連れてきてくれたツインターボさんのような、先手必勝の抜け出しです!

 

「やばっ!?」

「止めらんないっ!」

 

 スズカさんをマークしようとしていた他のウマ娘さんたちは、あまりにも素早く先に行ってしまったから何もできなくなってしまいました。

 よ~くわかりますよぉ~。私も、何回もスズカさんにやられていますからね。

 

『サイレンススズカが先頭のままコーナーへと入っていきます。ペースが速いのか、既に縦長の隊列です』

 

 私は中団でレースを進めます。でも、スズカさんが前にいったら、もう今の位置は関係ありませんからね……。

 仕掛けどころを失敗したら、もう勝てませんから。

 しかしスズカさん……ちょっと速すぎじゃないですか?

 

『第2コーナーを回っていきますが、既にサイレンススズカが後続を4バ身5バ身離して逃げています! これは大逃げですサイレンススズカ!』

 

 今中団でハイペースの中走っているんですけど、この中団がもう後方集団みたいな位置にいます。

 第2コーナー出る前からこんなに差があると……ちょっと早めに動かないとダメでしょうか、トレーナーさん。

 シラオキ様、信じていますので! 早めに行くときはすぐ教えてくださいね!

 

『サイレンススズカがコーナーを抜けました! さらにさらに後続を離していきます!』

『1,000mは58.1! かなりのハイペースです! これは後半までもつのでしょうか!』

 

 スズカさんはスタミナが持ちます。

 だって、そのためのトレーニングをずっとしてきたんですから。ゴールドシップさんが教え込んだ、最終コーナーでの息の入れ方。

 ほんのわずかな時間しかないから、その隙を突こうと加速しても間に合いません。

 というか、もうすごい前にいます……何バ身離れてるのでしょうか。これじゃあスズカさんの1人旅ですよ!

 

 ……トレーナーさんは言いました。

 最後の直線で一気に末脚勝負する。これはもう、距離が離れすぎて、ダメかもしれません。

 ならどうするのか。勝ち筋はあと1つだけ。

 

「ゴールドシップさん……力をお貸しください!」

 

 覚悟を決めて、ターフを踏みしめます!

 シラオキ様! 私、行きますっ!

 不沈艦の抜錨ですよ~!

 

 

 

 

 

   ◆ ◆ ◆

 

 

 

 

 

『サイレンススズカ、先頭で1人旅! 悠々と走っていま……あっと! マチカネフクキタル! マチカネフクキタルが後続から跳び出してきたッ!』

「フクッ! あいつ、やる気だ!」

 

 隣で見ていたゴールドシップが思わず声を上げた。

 スズカの独走状態になっていた金鯱賞。誰もがスズカはいつ落ちてくるのかと考えてみていたことだろう。

 しかし、俺たちはスズカがこのまま逃げ切ってしまうことを知っている。そしてこの差だ。もう追いつけないか……そう思っていた。

 

 フクキタルは違った。わかっていたからこそ、勝ち筋を通しに行こうと、全力を出していた。

 

『残り1,000mでのスパートです! しかし、このハイペースからのロングスパート、スタミナはもつのでしょうか!』

『かなり厳しいと思いますが、サイレンススズカがこのまま逃げ切ってしまうと考えたのでしょう』

「フクちゃん……!」

「フクキタル……」

 

 ソーラーレイとタイキは、必死に追い上げていくフクキタルの覚悟を感じ、身を乗り出す。

 俺も拳を握って、フクキタルの激走を見守る。

 

「フクキタルは、勝ちに行っているんだね」

「会長……ええ、そうですね」

 

 ルドルフもエアグルーヴも、真剣な表情でレースを見ている。

 行け、スズカ……がんばれ、フクキタル……!

 

『第3コーナー入りました! 先頭は変わらずサイレンススズカ! しかしマチカネフクキタルが少しずつ差を詰めている!』

『末脚が自慢の彼女ですが、脚は残るのでしょうか!』

 

 コーナーに入り、スズカは美しい曲線を描いてカーブしていく。

 真っすぐ走れていないというのに、スピードを落とさず加速しているかのような走りだ。

 もちろん、フクキタルも同じ。コーナーに入ると、直線からの加速をそのままにカーブしていく。

 

「いいコーナリングだ」

「うん、とても綺麗だ。ゴールドシップが教えたのかな」

「おう。あいつらはもう曲線のソムリエだぜ」

 

 ゴールドシップはニィっと笑う。

 曲線のソムリエとはまあ、言い得て妙だ。

 確かに専門家と言ってもいいぐらいコーナーは上手いからな、みんな。

 

『コーナーをぐるっと回っていきます! サイレンススズカに少しずつ近づくマチカネフクキタル!』

 

 第4コーナーにさしかかる。

 ここでスズカは息を入れる。これで最後の直線も全力で走れるようになるのだ。

 遠目で、スズカが少しだけペースを落として息を大きく吸うところが見える。フクキタルはこの隙に少しでも近づこうと、息を入れずにコーナーを回っていく。

 

「それじゃあダメだ、フクッ」

 

 ゴールドシップが苦し気にそう声を出す。

 最終コーナーで息を入れられないのはかなり辛い。ゴールドシップも最終直線前にパフォーマンスを維持するため息を入れるのだ。

 いかに長距離を走るスタミナがついているといっても、それでは最後の最後に力を出せない……!

 

『最終直線に入った! サイレンススズカただ1人が、直線に入ってきます!』

『後ろから猛追するのはマチカネフクキタル! しかしその差は縮まらない!』

 

 スズカは直線に入ると、今までのスピードを取り戻すかのようにグンッと加速した。

 「逃げて差す」。この表現が最も的確な走りだ。

 フクキタルは何バ身も後方で差されてしまった。もう詰めていくだけのスタミナは残っていない。

 

『後続とは5バ身ほど差があります! サイレンススズカ、拍手で迎えられています!』

 

 直線で少し差は詰まるが、そこからどんどん引き離していくスズカ。

 あまりの逃げっぷりに観客たちから拍手で迎えられた。驚きを通り越して、ショーを見ている気分なのだろう。

 フクキタルはスタミナが限界を迎えてずるずると後ろへと下がっていく。

 しかし、まだ諦めず、全力で脚を動かしている。

 

「スズカー! 行けー! フクっ! 根性だ! 根性見せろ!」

「スズカさーん! フクちゃーん!」

「スズカ! フクキタル! ゴー!」

 

 ――行けー! スズカー! フクキタルー! あと少しだーっ!

 

 チームみんなでスズカとフクキタルを応援する。

 スズカはチラッとこちらを見ると、さらにグン! と速くなった。

 フクキタルもこれ以上ないほどの根性で食らいつくが、道中のロングスパートで末脚を使えるスタミナがない。減速しないようにするのがやっとだった。

 

『サイレンススズカ圧勝でゴールイン! 後続とは10バ身以上の差があったでしょうか!』

 

 誰が見ても分かるレベルの大差でスズカは圧勝した。

 2着がゴール板を駆け抜けたのは、2秒も後だったのだから。

 穏やかに手を振る彼女に、惜しみない拍手と歓声が上がった。

 

 フクキタルは6着だ。

 しかし、スズカに迫ろうとしたあの覚悟と根性の激走は評価されるべきだろう。

 俯いて下唇を噛み、拳を握って悔しそうに体を震わせる。

 

「サイレンススズカ、すごかったな!」

「ほんとにな! でも、マチカネフクキタルもよく頑張ったよな」

「1人だけわかってたみたいにスパートしてたもんな!」

「菊花賞勝ったから期待してたけど、ダメだったかー」

「それだけサイレンススズカが強かったんだ。ほら、ダメな時だってあるだろ!」

「そうだな。マチカネフクキタルー! よく頑張ったなー!」

「マチカネフクキタル! ナイスファイトよー!」

 

 観客もフクキタルの激走をちゃんと見ていた。

 6着だったにもかかわらず、フクキタルは惜しみない声援を受ける。

 彼女は困惑して、なんで……といった風に口をぽかんと開けて観客たちを見ていた。

 そんな彼女にスズカは近づき、何かを話している。

 

「今日のレース、スズカに対抗していたのはフクキタルだけだ。エアグルーヴ、いいライバルがいるな」

「はい、会長。スズカもフクキタルも、勝ちたい相手です」

 

 ルドルフとエアグルーヴも、その健闘を讃えていた。

 スズカはとんでもなく凄かった。でも、それに向かって頑張ったフクキタルも凄かったのだ。

 

「うっし! ウィナーズサークル行くぞ! 胴上げ世界記録更新だぜ!」

「ハイ! ワッショイデスネ!」

「やりすぎだよぉー!」

 

 ゴールドシップを先頭に駆けていくメンバーたち。

 ルドルフたちに声をかけて、俺も追いかける。

 

 今日のレースはスズカの劇的な勝利だった。しかし、フクキタルもその力を存分に見せつけた。

 2人とも今日のレースを糧にしてほしい。そう願わずにはいられない、いいレースとなったのだった。




 というわけで、サイレンススズカ大差で逃げ切りでした。
 フクキタルは史実通りに6着。育成ストーリーだと不甲斐ない走りでボロボロでしたが、今回は頑張ったけど健闘むなしく……。

 ただ、スズカの走りに対抗しようという走りはみんなに伝わったようです。
 頑張れフクキタル! ファンは応援しているよ!


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27、回顧

 激走の後、フクキタルとスズカはどうなったのでしょうか。


 金鯱賞から少しして。

 

「はぁ~……あぁ、口から幸運が逃げていきます……」

 

 フクキタルが凄い沈んでいた。

 この前は公園の池に身投げすると言って全員に止められるという騒動があったぐらいだ。

 

 原因は2つ。

 1つはスズカに勝てなかったから。

 これはわかりやすいし、それぐらいでは今のフクキタルはこんなに沈まない。次は勝ちます! と躍起になるはず。

 

 問題は2つ目。

 俺は手元にある週刊トゥインクルという雑誌を見る。

 表紙に写っているのはスズカ。そして目玉は金鯱賞の回顧記事だ。

 

 めくって読んでみると、割とぼろぼろに批評がされている。

 『大逃げをそのままさせるなんて普通じゃない』『何故後ろの娘たちはきちんとマークしないのか』

 そんな感じで結構強めの口調で書いてあるのだ。

 

 そして、フクキタル個人について言及がある。

 『マチカネフクキタルの走りっぷりは目に余るものだった』

 『ハイペースなのにレース中盤からのロングスパートなどありえない』

 『ファンに応えるショーマンシップばかり目立ち、勝負しようという走りを感じられない』

 『レースを愛する者として、私はこんな走りをするウマ娘をウマ娘とは呼びたくない』

 

 とんでもない言いようだ。

 改めて読んでいたら、後ろから大きなため息がまた聞こえてくる。

 振り向くと、沈んだ様子のフクキタルが覗きこんでいた。

 

「やっぱり私、だめだめなんですね……菊花賞でちょっとは変われたと思ったんですけど……」

 

 どんよりとした空気を纏うフクキタル。

 彼女の周りだけしっとりしていそうだと思うぐらいに湿りきっていた。

 菊花賞以前の、占いと運に身を任せて大凶を引いた時のフクキタルに逆戻りしている。

 

 自分でがんばって気持ちを整えて解決できるならそれでいいが、フクキタルはずぶといと思いきや妙に繊細なところがある。

 神様がいるおかげで私は友達がいるんですと言い切るぐらい自分に自信が無いからな。少しのつまづきで大きく転倒してしまう娘なんだ。

 

 とりあえず、少しだけ気持ちを上向きにしてもらおう。

 フクキタルの頭を軽く叩いて、指をパチンと鳴らす。

 

「参上!」

「ゴールドシップさん……?」

 

 ゴールドシップが上から降ってくる。

 俺が持っている週刊トゥインクルを差し出すと、おう! と応えて、受け取る。

 そして、勢いよく真っ二つに破り捨てた。

 

「電流いらいら棒っ!」

「あっ! えぇ~!?」

 

 ビリビリに破かれた雑誌を見て驚いているフクキタルに、別に買ってきた月刊トゥインクルを手渡す。

 不思議そうに受け取り中身を見て、さらに首を傾げだした。

 

「えっと……あ、あれ?」

「フク、何が書いてあんだ? 流鏑馬パーティか?」

 

 フクキタルが困惑しているのには理由がある。

 ゴールドシップが一緒に中身を読んで、あぁ、と声を出した。

 

「浅漬けぐれーの評価だな」

「あ、あさ……? いえ、よくは書いてますけど」

 

 月刊トゥインクル。まあ、あの叫びがちな乙名史さん記事だな。

 金鯱賞の回顧記事だからさっきの週刊トゥインクルと同じなわけだが。

 フクキタルの激走を称えていて、決して下げるようなことは書いていない。

 

「あの、トレーナーさん。これは……」

 

 正当な評価をしてくれている雑誌だよ。

 そう言うと、驚いたようにまた月刊トゥインクルを見る。

 

 単純な話、週刊トゥインクルはかなり辛口なのだ。

 圧勝して勝ったはずのスズカにも、『今後あの走りをできるとは思えない』『前を塞がれたら走ることはできない』と批評している。

 昔ゴールドシップと記者がバチバチにやり合ったこともあるぐらいだからな。

 辛口すぎるせいで情報収集にも使いにくいことから、トレーナー間でもあの雑誌は必要ないと断じられているぐらいだ。

 ゴシップ雑誌としては、そこそこ人気みたいだけど。

 

「私……がんばったって書いて……」

 

 記事を覗いてみると、フクキタルがロングスパートしたことについて記載があった。

 『あのロングスパートはサイレンススズカが落ちてこないことをわかっていたスパートだった。あのレースで勝ちにいく走りをしていたのは、間違いなくマチカネフクキタルだけだった。すばらしい頑張りだったが、今回はサイレンススズカが上手だったようだ』

 うん、書いてある通りだ。流石の観察眼というかなんというか。

 

 ぽかんと口を開けるフクキタルに、見ている人はちゃんと見ているものだよと話した。

 信じられないという表情でこちらを見上げてくる。そんな彼女の頭をぽんと叩く。

 もし信用できないなら、今度の感謝祭でファンに聞いてみるといい。

 

「感謝祭……あっ、トークショーでですかぁ!?」

 

 トレセン学園のファン感謝祭では、全種目終了後にウマ娘とのふれあいトークショーというものがある。

 トゥインクル・シリーズで活躍しているウマ娘たちと話ができることで人気なわけだ。そこに立てば、フクキタルがどれだけ評価されているのかすぐわかる。

 だって、フクキタルのファンはたくさんいるんだから。

 

「で、ですが、元ファンの方々に詰め寄られてお星さまになってしまいますよぉ~」

 

 不安なのか俺の服を掴んでぷるぷると震えるフクキタル。

 ゴールドシップと目を合わせると、糸目になって肩をすくめていた。

 大丈夫だよと言うが、うぅ~と唸るばかりだ。

 

「ま、あのレース見てファンじゃねーって言うなら、アタシは気にしねーけどな」

「えぇ~!? なんでですか!?」

「フクキタル、元気出てきたのね」

 

 叫びを聞いたのかスズカもやってきた。

 さっきまで自主練で練習場で走っていたからか、水を片手に持っている。

 レースであれだけ激走したのにもう走っているとは……体をちゃんと休めてくれよ。

 

「はい。でも、ちょっとだけと思って……」

「スズカさんは相変わらずですね~……」

「フクキタルもじゃない。叫び声、ずっと聞こえてたわよ」

 

 どうやら周りに響いていたようだ。

 驚きと恥ずかしさが同時に来たのか、顔を赤くしてぎゃぼーん! と奇怪な悲鳴を上げている。

 

「でも、いつも通りに戻ってよかったわ。心配してたのよ?」

「あの、スズカさん。私がいつも叫んでると思ってませんか?」

「? そうでしょ?」

「違いますよっ! せめて占いをしているのをいつも通りって言ってくださいよ~!」

 

 スズカに詰め寄るフクキタルだが、全く気にすることなくマイペースに水を飲んでいる。

 うん、ほんの少しだが元気が出たようだ。

 

「ところでフクは感謝祭何すんだ? アタシは木魚ライブすっけど」

「木魚……?」

「私ですか? 私はドトウさんと占いをやろうと思ってます」

 

 そう言って携帯を取り出し写真を見せてくれた。

 フクキタルと自信なさげなウマ娘。確か、メイショウドトウだったか。

 そして後ろにあるのは看板だ。『表はあっても占い』と書いてある。

 

「もう看板まで作ってあるのね」

「はい! 会長さんが期待しているぞと言ってくださったので!」

「あいつも変わんねえなー」

 

 確かにこの看板はルドルフが喜びそうだ。

 近寄りがたいと気にしているのだから、この看板みたいに感謝祭でギャグ100連発でもやればいいのにと思う。

 実はエアグルーヴとトウカイテイオーに止められていたことを俺は知らない。

 

「スズカさんは何をするんですか?」

「私は紅白対抗リレー。エアグルーヴも出るっていうから……」

 

 どうやらエアグルーヴに誘われてリレーに出るようだ。

 感謝祭の目玉イベントだから、多くのファンが見に来るはず。

 いいところを見せないとな。そう言うと、スズカの耳がへにょんと垂れてしまった。

 

「そうですね……」

「あぁ、スズカさんはファン対応苦手ですからね~」

「どう話していいのかわからなくて。うぅ~ん……」

 

 今度はスズカが沈んでしまった。

 うーん、みんなとのコミュニケーション難しいなぁ。ゴールドシップだと楽なんだけど。

 

「ピースしとけピース! 盛り上がっからよ!」

「おぉ! 流石はゴールドシップさん! スターウマ娘として何かアドバイスはありませんか!」

「アドバイスー? そりゃあおめー、なにもしなくていいだろ!」

「さっきと言ってることが違うけど……」

 

 ゴールドシップの回答に2人とも困惑していた。

 まあ、言わんとしていることはわかる。

 ゴールドシップのファンは、ゴールドシップというウマ娘が好きなのだ。

 彼女と交流がしたいから感謝祭に来ているわけで。だから、特別に何かをしなければならないなんてことを気にしなくてもいいわけだ。

 

「そういうものなんでしょうか……?」

「そーだろ。フクもシラオキに何かしてほしいって思ってるわけじゃねーんだろ? そういうわけ」

「様をつけてくださいっ。でも、確かにそうですね~。道を示してほしいと思ってますが、特別色々お願いしますとは思ってないです」

「普段通りにしていればいい……のかしら」

 

 成程~と手をポンと叩いて納得するフクキタルと、うーんと空を見上げるスズカ。

 ファンは会うだけでも嬉しいからな。気にしすぎなくていいのだ。

 でも、ゴールドシップはファンサービスが凄いからなにもしないわけじゃないけど。

 

 少し前向きになったフクキタルとスズカを見て、感謝祭がうまくいくといいなと思うのであった。




 というわけで、ちょっぴりナーバスなフクキタルでした。
 週刊トゥインクルはオリジナルです故……。前作でも色々ありましたっていうキツめなところだと思っていただければ。

 次回はファン感謝祭です。
 フクキタルが前向きになれるイベントになるでしょうか。


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28、ファン感謝祭

 ファンの反応やいかに!


 ファン感謝祭。

 去年と一昨年はURAファイナルズやら初のチームのクラシック級だったりでわさわさ忙しく、感謝祭にきちんと参加できなかった。

 今年はある程度落ち着いているし、みんなレースが直近に無いから素直に楽しめる。

 

 というわけで、朝一で始まったゴールドシップの木魚ライブを見に来た。

 感謝祭スタート直後だというのに、人混みがすごい。

 関係者特権で一番前で待機していたが、それはもう許してほしい。

 

「あれフナボシのトレーナーじゃ?」

「マジだ! ゴルシのトレーナーじゃん!」

 

 何か俺が凄い注目されている気がする。

 早く始まってくれ、と思っていつものように指パッチンすると、ゴールドシップがステージ上に降ってきた。

 ズダン! と音が鳴り、みんなの視線がステージへと向かう。おお、とどよめきが聞こえると、用意されていた木魚を布でひと撫で。

 

「おっしぇーーーい! 木魚ライブのはじまりじゃーーーい!!!」

 

 凄まじくリズミカルに木魚を叩き始めた!

 まるで生きているかのようにポクポク音が鳴り響き、まるで魚が泳いでいるかのようだ!

 

「流石ゴールドシップ! 俺たちが想像もしていないことを平気でやってのける!」

「痺れるぜー! でも憧れねーっ!!」

 

 あまりのパッションに見ているみんなのボルテージも上がっていく。

 ゴールドシップのライトファンは相当困惑しているが。許せ、これがゴールドシップだ。

 

「すごいっ!! いいリズムだね!」

 

 わいわい盛り上がってるところに現れたのは、チケゾーことウイニングチケット。

 次の演目であるダービークイズに出演するためにここにいるのだろう。

 

「よーし! あたしも挑戦だあ~っ! いくよ、エアギター!」

 

 ギュインギュイン! と言いながらゴールドシップの横に立つと、ギターをかき鳴らし始める。

 ゴールドシップはチケゾーの出現を見て楽しそうにしながら、さらに鮮やかなバチさばきを見せた!

 

「わぁ……す、すごい……」

「嘘でしょ……本当に木魚を叩いてる」

 

 困惑した声がしたので見てみると、スペシャルウィークとスズカが木魚ライブを見てドン引きしていた。

 スズカはゴールドシップの奇行に困惑しているが、スペシャルウィークはあふれ出る木魚の生命力に驚いているようだ。

 いや、木なんだけどね。でも水の中を泳いでるかのような生命のパワーを感じるパッションがある。

 

「何してんのチケット……」

「ふむ、随分と奇抜なライブだな」

 

 チケットがステージに来たからか、一緒にいたであろうタイシンとハヤヒデも出てきた。

 かの有名なBNWがそろったことで、観客たちも色めき立つ。

 

「あっ、ハヤヒデー! タイシ~~~~ン!」

「うるっさ……てか何してんの」

「見てよっ! エアギター!」

「おめーらも来い! 一緒にバンドやろうぜッ!!!」

 

 チケットとゴールドシップが楽しそうにしているのを見て、ハヤヒデはうんと頷く。

 そしてステージに上がると、ゴールドシップがどこからともなく取り出した鍵盤ハーモニカを吹き始めた。

 あまりにも自然に動くから思わず笑ってしまう。そういえばハヤヒデも結構お茶目だったな。

 

「ハヤヒデも……」

「タイシンタイシンタイシ~~~ン! いっしょにバンドやろうよーっ!」

「ああ、私とタイシンはファンに楽しんでもらう機会があまりないだろうからな。こういうのもたまには、な」

「~~~~っ!」

 

 すごく嫌そうな恥ずかしそうな顔をしながらステージに向かうタイシン。

 ゴールドシップから子供用のおもちゃマイクを手渡され、ボーカル!? と驚いている。

 そして何かを相談をすると、バチでリズムを取り出す。

 観客がみんなゴクリと息をのむと、音色と歌声が響き出した!

 

「凄いです、みなさん!」

「ええ……そうね、本当に」

 

 純粋にキラキラした目で見ているスペシャルウィークと、やや困った様子のスズカ。

 ゴールドシップ with BNWの木魚ライブは感謝祭にふさわしい大盛況となったのだった!

 

 

 

 

 

「いやー、面白かったな!」

 

 ご満悦のゴールドシップを連れて屋台を練り歩く。

 タイシンによるGIRLS' LEGEND Uはとても素晴らしかった。あまりライブで見ないが非常に人気の歌だったため、もう大盛り上がりだった。

 楽器はエアギターと鍵盤ハーモニカと木魚なのにね。

 

「ところでフクの店ってどこだ?」

 

 多分今行ってる方向で合ってると思う。

 しばらく進んでいくと、この前見せてもらった看板が見えた。

 

「表はあっても占い……ここだな!」

 

 占いの店らしく、紫っぽい布をかぶせてある。

 そこそこ繁盛しているようで、一般のお客さんやウマ娘たちも並んでいる。

 占いは結構人気らしく、マチカネ相談室という占い相談もやっているのだと聞いたこともあるぐらいだ。

 フクキタルの占いでレースを勝ったりとかもあるからな。実はメジロパーマーの爆逃げを勧めたのはフクキタルだと言うし。あの逃げは本当に凄い、なんで長距離で勝てるんだろうか。

 

 自分はあんなに自信なさげなのにな。よくやってると思うよ。

 

 ゴールドシップがファンサービスでサインしたり写真を撮ったりして順番を待つ。

 俺たちの番になって中に入ると、フクキタルが座っていて、その前には水晶玉が置いてあった。

 そして背後にはメイショウドトウ。うーん、あの娘の役割ってなんなんだ?

 

「おや! トレーナーさんとゴールドシップさんじゃないですか!」

「この方がトレーナーさん……あの、初めまして。メイショウドトウですぅ~……」

 

 挨拶されたのでこちらも挨拶を返す。

 メイショウドトウかぁー……デビュー前だからあんまり詳しいことはわからないが、トレーナー間では自信のなさを指摘する声が多い。

 本人はそれを直そうと頑張っているから、俺は評価しているんだけど。この前なんかアイスのあたりが欲しいと言ってアイス食べまくってたからな。フクキタルが10年前のアイスのあたり棒を渡して応援していたのを見た。

 結果あたりを引いて特賞のいい布団をもらったらしく、すぐにその布団を使っていたとか。アイスの食べ過ぎで。

 

 まあ、がんばろうと思ってるけど空回りしてしまうっていう娘だな。

 フクキタルとウマが合うらしく、最近は一緒にいる所をちょこちょこ見る。

 よろしくねと声をかけると、は、はいぃ~……と小さくなってしまった。

 

「あの~、気になっていたんですけど、トレーナーさんはなんで胸を擦ってるんですか?」

「アタシがドロップキックしたからだな!」

「さっきの大きな音はゴールドシップさんのせいですか~!?」

「救いはないんですかぁ~……?」

 

 何故かファンサービスでドロップキックが見たいと言われたのでやったのだ。

 リクエストするのはいいけど結構な衝撃だからな、ドロップキックって。

 

「ま、いいだろ! フク、占ってくれよ。アタシの時代が来るかどうかをな!」

「いいでしょう! 占いますよ! ふんにゃか~はんにゃか~」

 

 水晶玉を見つめながら手をくねくねと動かして周りの空気をなでつける。

 毎回思うが、水晶占いのこれは何の意味があるのだろうか。

 

「きませいきませいっ! はいっ、出ましたよ!」

「おぉ……っ!」

 

 ゴールドシップが身を乗り出し、フクキタルは力強く頷く。

 

「来ません!」

「ぶっとばすぞ」

 

 この後必死でゴールドシップを止めるのだった。

 

 

 

 

 

   ◆ ◆ ◆

 

 

 

 

 

 その後もタイキとソーラーレイのにんじん食い競争や、スズカの紅白対抗リレーでエアグルーヴとのデッドヒートを見たりと楽しんだ。

 そしてファンお待ちかねのふれあいトークショー。

 時間的な問題で、チームごとのトークとなった。俺たちのチームからは代表してゴールドシップ、マチカネフクキタル、サイレンススズカの3人を出すことに。

 タイキシャトルとソーラーレイは個別にファンと交流するブースで楽しんでいる。そちらはそちらで面白そうだ。

 

「次の目標は決まっていますか?」

「おう! ゴルシちゃんはおめーらの頭の中に入りこむからな!」

 

 ドリームトロフィー・リーグへの参戦です。

 そういうと、ファンや混ざっていた記者からおぉ! と声が上がる。

 最近イベントレースへの出走が多かったからな。期待されていたのだろう。

 

「私はたくさん走ります」

 

 スズカはとにかく走りたいレースに出る。

 基本的にはマイルから中距離。欲を言うなら、1,800mが理想だ。

 

「マチカネフクキタルはどうでしょう?」

「私ですか……えっとぉ~……縁側でおせんべいを食べながらお茶を飲むことです。ずずず……」

 

 本人にとっては真面目なはぐらかし、ファンからするといつも通りの小ボケで笑い声が聞こえてくる。

 

「あはは。それで、本当の目標は?」

「げぼっ! 容赦ないですねこの人!?」

 

 ガンガン聞いてくるインタビュアーに思わず声を出すフクキタル。

 困った様子でこちらを見るので、好きに言っていいよと促す。

 

「うぅ~……え、えっとですね……宝塚記念に出たいな~と思って、ます」

 

 頬をかきながらそういうと、周りからパチパチと拍手が鳴り、口笛を吹くファンもいた。

 歓迎されていることに困惑しているフクキタルに、声援が上がる。

 

「頑張れよー、マチカネフクキタルー!」

「応援するからなー!」

「えっ、えっ……み、みなさん? 私、金鯱賞であんな走りをしたのに……」

 

 そう声を漏らすと、ファンやインタビュアー、そして記者も不思議そうな顔をした。

 

「あんなって……すごい頑張ってたじゃないか」

「そうそう。サイレンススズカに追いつけるのはマチカネフクキタルしかいないって思ったもんな!」

「素晴らしい走りだったよ! でも次は、いつもの末脚を見たいかも!」

「もしダメだったとしてもさ、いい時も悪い時も一緒だよ。俺たちはファンだからな」

「み、みなさん……!」

 

 フクキタルが感動した様子で、目をキラキラと光らせる。

 ぱっとこちらを見るフクキタルに、うんと頷く。

 

「宝塚記念、私、がんばります! だからみなさん、不束者ですが、なるべく投票してくださいね!」

 

 最後の一言でわはは、と笑い声が上がる。

 ファンからの期待を受けてやる気になってくれたようだ。フクキタルは、誰かに想いを託されると強くなれるのかもしれないな。

 よかったよかったと頷いていると、スズカがおずおずと手を上げた。

 

「あの……私も、宝塚記念に出たいです」

「ほほう! スズカさんも宝塚記念に……あぇ?」

 

 一瞬場の空気が凍った。

 そして次の瞬間、おおぉぉ!? と一気に声が上がる。

 

「聞いたか今の!」

「ああ! またサイレンススズカとマチカネフクキタルのレースが見れるなんて……生きててよかった!」

「私、絶対にレース場に行くわ! すごい楽しみ!」

 

 どよめきと歓喜に包まれている会場をよそに、フクキタルは驚いた様子でスズカを見ていた。

 

「あの、スズカさん……?」

「ごめんなさい、フクキタル。でも、元から出ようと思っていたの」

「……いえ、聞いてなかったので驚きましたけど、スズカさんも出たいですよね。距離だっていい感じですから」

 

 あはは、と苦笑いするフクキタル。

 しかし、先ほどまでとは違い、しっかりした表情でスズカを見た。

 

「ですが! 今度ばかりは負けません! 次はスズカさんに勝ちますよ!」

「ふふっ。ええ、私も負けないわ、フクキタル」

 

 2人が楽しそうに闘志を燃やす様子を見て、会場は大盛り上がりだ。

 ゴールドシップと目を合わせ、ふっと笑い合って肩をすくめる。

 

 フクキタルとスズカのレースがまた見れるのかと思うとわくわくするな。

 みんなのレースを楽しみにしてくださいと言って、会場を後にするのだった。




 フクキタル、ファン投票レースにでたいの巻。そしてファンはフクキタルの頑張りを応援しているの巻。

 みんなが見てくれているよ、フクキタル。君は強いウマ娘なんだから。


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29、タイキの安田記念

 宝塚記念、の前のタイキシャトル。


「うわああああぁぁぁぁん!!!!」

 

 日本ダービー。

 トゥインクル・シリーズで最も特別なレースともいわれるこのクラシックレースで、スペシャルウィークは勝利した。

 大歓声を浴びながら泣きじゃくり、先輩トレーナーがその隣で勝利を喜びながら同じように泣いている姿はあまりにも感動的で美しい。

 先輩、ダービーだけは勝たせられないって悩んでたからなぁ。10年ぐらいかかってたみたいだし。

 

「スペちゃん……よかったわね」

「いいレースだったぜ。スペー! よくやったなー!」

「楽しいレースデシタ!」

「うん、いいレースだった!」

 

 一緒に観戦に来ていたスズカとゴールドシップ、タイキ、そしてシャインフォートもスペシャルウィークの勝利を喜んでいた。

 

「次はワタシたちの番デスネ!」

「ええ、そうね。頑張りましょう」

 

 タイキは安田記念、スズカは宝塚記念に向けてさらに気持ちを高める。

 特にタイキは安田記念後、フランスのGⅠレースへと出走予定だ。しっかり勝ってもらって、フランスに旅立たせたい。

 勝つぞ、タイキ!

 

「ハイ! トレーナーさん、ワタシ、勝ちマス!」

 

 やる気十分なタイキ。

 安田記念に向けて、しっかり頑張ろう。歓声の中、そう思うのだった。

 

 

 

 

 

   ◆ ◆ ◆

 

 

 

 

 

 そして安田記念当日。

 圧倒的な1番人気を引っ提げて迎えたわけだが、なんとこの日、とんでもないどしゃぶりの雨!

 稀に見る超不良バ場だ。もうどこを走ってもぐしゃぐしゃでまともに走れたものじゃない。

 タイキには関係ないけど。

 

「イエス! 走れマス!」

 

 元々パワフルな走りでガンガン加速するタイプだったが、ゴールドシップにパワーの使い方を教えてもらったおかげでさらに走りにキレが増した。

 芝もダートも関係なく、短距離とマイルならどこでも走れる真のマイラーとなったタイキ。正直、この超不良バ場はタイキの有利に働く……そう思っている。タイキはまだ不良バ場でレースしたことないけど。

 ゴールドシップが太鼓判を押すパワーがあるんだから、バ場が悪くても問題ないと思ってるけどな。

 

「タイキさん! 頑張ってください! でも転ばないようにしてくださいね!」

「滑りやすいから、気をつけてね」

「ハイ! 気をつけマス!」

 

 フクキタルとスズカが心配しているが、ぐっと親指を立てて応える。

 ニコニコといつも通りのタイキだ。初の不良バ場がこんなどしゃぶりなのに、心配していない。

 やっぱりこの娘、心臓強いよなぁ。

 

 こんな天気だけど、楽しく走っておいで! そういうと、イエス! と元気よく拳を上げる。

 安田記念、どんなレースになるのか楽しみだ。

 

 

 

 

 

「すごい雨デース……」

「ええ。少し心配になってしまいますね」

「ケガしないといいんですけど……」

 

 雨合羽を着て心配そうに見守っているのは日本ダービーに出走していたウマ娘たち。

 エルコンドルパサー、グラスワンダー、そしてスペシャルウィーク。タイキシャトルと交流があり、応援に来たと話す。

 

「タイキ先輩は、アタシたちが寂しくないようにっていつもパーティーを開いてくれるんデス!」

「ええ。トレーニングでもプライベートでもお世話になっていますから」

 

 タイキのトレーニングに2人が参加しているのは知っていたが、寮でもしっかり面倒を見てあげているというのは初耳だった。

 どうやらいい先輩をしているようだ。1人になると寂しくて泣いちゃうぐらい自分も寂しがりだから、気にかけてるんだろうな。

 

「私も、タイキさんからピッチ走法を教わりましたから!」

 

 スペシャルウィークは上り坂の走り方をタイキに教えてもらっていた。

 元はゴールドシップの技術なんだが、巡り巡ってスペシャルウィークのところまでいったようだ。

 そのおかげか、ダービーでは最後の直線、上り坂で一気に抜かしに行けたのだと嬉しそうに語ってくれた。

 上り坂とコーナリングはフナボシの特徴みたいになってるからな。それがいい方向に働いてくれているようで何より。

 

「へへっ、タイキはアタシが育てたからな!」

「うん、そうだねぇ」

「私たちも育てられましたからねぇ」

「ええ、そうね。おかげで速く走れているもの」

 

 タイキが褒められるのを見て、ゴールドシップも嬉しそうにしている。

 彼女からパワーを存分に受け継いでるからな、タイキ。俺とゴールドシップが育てたと言っても過言ではない。メンバーみんなそうだけど。

 

 ファンファーレが鳴り、ウマ娘たちが続々とゲートインしていく。

 

『どしゃぶりの雨となりました安田記念。どのウマ娘が栄光を勝ち取るのでしょうか』

『圧倒的1番人気のタイキシャトル。今日はどのようなレースを見せてくれるのでしょうか』

『4番人気のシーキングザパールにも期待がかかるところです』

 

 今回の安田記念、1度も負けずにここまで来たタイキに人気が集中している。

 数値で見ると、タイキとシュバルツファルケの間には2ケタぐらい人気に差がある。どれだけタイキが期待されているかよくわかるな。

 ただ、シーキングザパールも侮れない。タイキと合わせて一緒に行く予定をURAに付けてもらったぐらい、俺は期待している。

 本人が行きたがっていたし、何よりここ一番でやってくれそうな気もしたからな。相当クセが強いらしいけど。

 

『各ウマ娘、ゲートイン完了しました』

 

 ――ガタンッ

 

『スタートしました! 各ウマ娘、綺麗にスタートしました!』

「大丈夫ね。トレーニングの成果が出てる」

 

 スズカがタイキになんとか教え込んだスタート技術。

 ゲートが開くところだけに集中するその技術を完璧にマスターし、スタートがかなり上手になっている。

 おかげでレース開始からタイキが走りたいコースに付けることができるようになり、さらに安定感が増した。

 

『この超不良バ場です。横に広がるレースとなっています』

 

 あまりのバ場状態の悪さから、泥がとにかく跳ねあがる。

 いつものレースのように真後ろに陣取るというのは難しいがマイルという短めな距離、とにかくいい場所を走ろうと横に膨らむというレースとなった。

 

「すごいレースになってマス……」

「走りにくそうですね……」

 

 みんなスタート直後から相当苦しそうにしている。

 とんでもなくグチャグチャになっているせいで、中々思うように踏みこめないのだろう。

 タイキはなんか、余裕そうだけど。

 

「タイキさん、楽しそうです」

「ええ。楽しく走っているみたい」

 

 たった1人だけ、キリッとした顔だが口元を緩め、ニコニコしながら走っている。

 こんなレースは中々ないから、楽しんでいるのだろう。

 うん、もう勝ったな、これ。

 

「だな。こりゃあもうスタートからウイニングランみてーなもんだろ。タイキだけエクスプロージョンしてるぜ」

「うん。タイキさんだけ楽しそうだもんねぇ」

 

 コーナーを回り、今のところすんなりと好位につけている。

 流石にこの状況ではマークしたりブロックしたりする余裕もないのだろう、タイキの周りにはあまりウマ娘がいない。

 

『最終コーナー抜けて直線に入りました! さあ、横並びとなったこの状況! 誰が抜け出すのか!』

 

 直線に入り、誰もがぐっと内外へと逃げる。

 ここで作戦通りなら、タイキはあそこに出るはずだが。

 

「タイキ先輩が中央にいマス!」

 

 よし、作戦通りコースの中央、ど真ん中に出たな。

 これでどう頑張ってブロックしても抜け出せる。最も、今ブロックできる余裕はなさそうだけど。

 

『1番人気のタイキシャトル! 上り坂からぐんぐん伸びてくる! バ場はおかまいなしだ!』

「すごい……!」

 

 グラスワンダーが口に手を当てて驚いている。

 この不良バ場の中、1人だけ桁違いの加速力でどんどん伸びていく。

 他のウマ娘たちが止まっているかと思うぐらいの速さ。銃から放たれた弾丸みたいだ。

 

『残り200! 先頭は完全にタイキシャトルだ! タイキシャトル先頭!』

「タイキ! がんばって!」

「行けーッ! タイキー! お前は大砲だーッ!」

「タイキさーん! タイキさーん!」

「タイキさ~ん! 1着大吉でフランスに行ってくださ~い!」

 

 ――突っ込め! タイキーッ!

 

 俺たちの声が聞こえたのか、タイキはニッと笑い、さらに加速してゴールへと突っ込んでいった。

 

『タイキシャトルです! タイキシャトルです! タイキシャトルが一気に突っこんでゴールイン! 勝ったのはタイキシャトル!』

『もう日本に敵はありませんタイキシャトル! 後は世界に旅立つだけ!』

 

 うわああああああと歓声が上がり、タイキシャトルを祝福する。

 これでタイキは5戦5勝。このまま最高の仕上がりでフランスに行ける。

 

「すごいです、タイキさん! よーし、私もけっぱるべ!」

「あれがタイキ先輩……すごいスピードデース……」

「ええ……もっと頑張らなければ……」

 

 どうやらクラシック級で活躍する娘たちにもいい影響を与えられたようだ。

 

「タイキ、凄かったわ……私たちも。ね、フクキタル」

「はい! 私、がんばりますよ!」

 

 スズカとフクキタルも、タイキのレースでやる気がさらに上がったようだ。

 来週の宝塚記念、どんなレースになるのか楽しみだ!




 土砂降りの中たった1人だけ桁違いの速さで走り切ったタイキでした。
 実際のレースの上り3Fを見ると、タイキと上がり2位のタイム差が0.6もあるんですよね。タイキの次に早いお馬さんがタイキより0.6秒も遅いってどういうことなの……。
 因みにトレーナーくんが期待していたシーキングザパールは10着です。重バ場苦手だからね……。

 実況はマイルCSを混ぜてます。タイキの名実況入れられなかったのでね、ちょっと入れました。

 エルとグラスはアプリ版準拠なのでダービーに出てます。黄金世代揃い踏みッ!
 それでもスペちゃんが勝ちました。主人公すぎる。


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30、宝塚記念

 スズカとフクキタルの宝塚記念。
 その運命やいかに。


 宝塚記念。

 今年の宝塚記念は、例年以上の盛り上がりを見せていた。

 いや、少し違うか。ゴールドシップが出走した時もすごい盛り上がってたから、例年通りか。

 

 まず、今年はレースのレベルが違うと言われている。

 ぶっちぎりの1番人気、大差の大逃げをしたサイレンススズカ。

 2番人気は天皇賞春を制覇したメジロブライト。

 3番人気に去年の天皇賞秋を制覇したエアグルーヴ。

 その他にも有馬記念を制覇しているキヌノセイギ、ティアラ二冠のメジロドーベル。常に2着3着としっかり入着を続けるキンイロリョテイ。

 

 そして菊花賞ウマ娘、マチカネフクキタル。

 正直、本当に有力なウマ娘がぎゅっと集まっており、誰が勝ってもおかしくないレース。

 スズカも今回は金鯱賞のような大逃げは厳しいだろう。

 しかし、だからこそスズカを大逃げで走らせる。それがスズカが一番早く走れるから。

 

「トレーナーさん」

 

 控室でスズカに作戦を伝えようと中に入ると、イスに座っていたスズカから声をかけられた。

 

「今回も大逃げ、ですよね」

 

 そうだよ。そう言うと、嬉しそうに頷く。

 ただ、今回は外枠だし実力者揃いだから、前回みたいにぶっちぎれはしないよと話す。

 

「そう、ですね……どうしたらいいでしょうか」

 

 気にせず逃げればいいよ。そういうと、不思議そうな表情になった。

 どちらにせよ、大逃げじゃないとこのメンバーには勝てない。半端な逃げだと絶対に捕まるからな。

 最終直線で追い上げられると思うが、意地でも先頭を譲らない。そういう気持ちがあれば勝てるよ。

 

「……はい、そうですね。ふふ、トレーナーさんはいつも走りたいように走らせてくれます」

 

 そう言って、彼女は左足首につけていた神むすびを見た。

 スズカは足に付けてくれているようだ。

 

「これをつけていると、なんだかトレーナーさんが一緒に走ってくれているような……そんな気がするんです」

 

 穏やかに語るスズカは、少し嬉しそうにしていた。

 

 しばらく話した後、真剣な表情でぐっとこぶしを握る。

 

「トレーナーさん。私、勝ちます。フクキタルにも、エアグルーヴにも」

「先頭は誰にも譲らない……!」

 

 強い決意を語るスズカに、楽しく走ってきて! と言うと、嬉しそうに頷いてくれた。

 

 

 

 

 

 次に、フクキタルの控室に入る。

 扉を開けると、水晶玉を見つめているフクキタルの姿があった。

 

「あっ、トレーナーさん!」

 

 俺を見てすすすっと近づいてきた。

 大丈夫か聞くと、調子は絶好調です! と元気よく答える。

 

「ファンの皆さんがくれたチャンスです! ここで精一杯走って恩返しします!」

 

 ふんすと鼻息荒くそう話し、やる気を見せてくれる。

 感謝祭以降、フクキタルはさらに変わった。

 菊花賞後以上に、レースへのモチベーションが高まっているのだ。

 

「こんな私でも、トレーナーさんやファンの皆さんを喜ばせることができる。それがレースなんです!」

 

 自分が走ることで、みんなに楽しんでもらえる。

 だから、もっともっと一生懸命、精いっぱい走ろう! そう考えられるようになったのだ。

 最初に会った時から見ると、すごい成長だ。これを聞いたときは思わずそうか……! と思わず噛みしめてしまった。

 

「今日はスズカさんに追いつける気がします……それぐらい、今の私は調子がいいですよ! 金鯱賞の時も調子よかったですけど」

 

 目をむん! と輝かせて親指を立てるフクキタル。

 実際トレーニングも好調で、スズカとの併走でも全く遅れずに走れている。

 今回はスズカにとってはちょっと長い2,200m。距離的にはフクキタルが有利だが、どうなるか。

 

 今回の作戦を伝えると、わかりました! と即答された。

 あまりにすぐ頷いたから大丈夫なのかと思ったが、フクキタルは自信たっぷりだ。

 

「大丈夫です! ほら、トレーナーさんも一緒にいてくれますから」

 

 そう言って右手の神むすびを見せてくれる。

 

「これをつけてると、トレーナーさんが私といっしょに走ってくれているような気がするんです。レイさんもフェブラリーステークスの時に言ってましたし、タイキさんも安田記念でそう言ってました」

 

 スズカもソーラーレイもタイキも同じようなことを言っていた。

 なんというか、少し恥ずかしいな。でも、それだけ大切につけてくれているのだからいいか。

 

「ちなみにゴールドシップさんはいつも一緒に走ってるって言ってました!」

 

 ゴールドシップはそうだな、うん。

 もう常に一緒に走ってるような気分だ。

 

「むむむ……やはり差がありますね。ですが、私の運命の人でもありますから!」

 

 改めて気合を入れるフクキタル。ぐっと握る拳には、かなり力が入っている。

 やる気がみなぎっているようだ。金鯱賞同様、好走が期待できるな。

 

 宝塚記念、どんなレースになるのだろうか……?

 

 

 

 

 

   ◆ ◆ ◆

 

 

 

 

 

 観客の皆さんの前に立ち、ゆっくり息を吸って、ゆっくり吐きます。

 今日のレースは宝塚記念。金鯱賞の時はスズカさんに思いっきり逃げられてしまいましたが、今回は頑張ります!

 

「マチカネフクキタル!」

「うげっ!? だ、だれですか!」

 

 ゆっくり気持ちを整えていると、後ろから声をかけられました。

 

「あ、キヌノセイギさん」

「そうだ!」

 

 キヌノセイギさんです。

 有マ記念でエアグルーヴさんやメジロドーベルさんたちに勝利していました。

 学園だとちょこちょこお会いしてましたが、レースで走るのは菊花賞以来です。

 

「菊花賞以来だな!」

「そうですね! 今日も負けませんよ!」

「いや、今日こそ私がかーつ!」

 

 お互いにニッと笑います。

 キヌノセイギさんはいつもスカッとしていますからね、お話していて気持ちがいいです。

 

「セイギ、フクキタル」

「エアグルーヴさん」

 

 キヌノセイギさんとお話していたら、エアグルーヴさんも話に来てくれました。

 いつも通り、レース前に目元のお化粧をばっちりつけなおしています。

 ルーティーンだから、私もやると気持ちが切り替えやすいぞと言ってくださったので、最近は水晶玉をみつめることにしました。

 

「有馬記念では負けてしまったが、今回は勝つぞ」

「今日も勝たせていただきます! センパイ!」

「ふっ、望むところだ」

 

 好戦的な笑みを浮かべています。

 やはりエアグルーヴさんはカッコいいですね~!

 

「フクキタル」

「はい、なんでしょう」

「今日、お前と走れることを嬉しく思っている。全力で戦おう」

「おぉ~! 私も嬉しいです! エアグルーヴさんと走れるなんて楽しみですからね!」

 

 でも、負けませんよ! そういうと、ふっと笑ってくださいました。

 いやぁ、クールですねぇ……でも、クールならスズカさんも負けませんよ。

 

「エアグルーヴ、フクキタル。そろそろ行きましょう」

「ふむ、なら行こう。スズカ、今日は勝たせてもらう」

「ううん、私が勝つわ」

 

 仲がいいからか、バチバチ火花が散っています……!

 

『阪神レース場、芝2,200m。今年もまた、あなたの夢が、わたしの夢が走ります』

『あなたの夢は、サイレンススズカか、メジロブライトか、エアグルーヴか。わたしの夢は、マチカネフクキタルです』

 

 ゲートの前で深呼吸をして、ゆっくりゲートに入ります。

 今日は8枠14番です。13番のスズカさんの外側、大外ですね。

 

 ゲートの中でスズカさんと目を合わせ、頷きます。

 お互い全力で、真っ向勝負です!

 

『各ウマ娘、ゲートイン完了しました』

 

 ――ガタンッ

 

「ふっ……!」

『スタートしました! 好スタートを切ったのはやはりサイレンススズカ!』

 

 ゲートが開いた瞬間、隣のスズカさんがスッと前に出ました。

 流石の集中力です……他のウマ娘さんたちは1拍置いてスタートダッシュをします。

 私もスズカさんから教わっているので結構自信がありますが、やっぱりスズカさんには勝てませんね……。

 

 スズカさんは先頭を取った勢いで、そのままぐんぐん前に出ていきます。

 いつも通りの大逃げですね。大外から行ってますが、スタートが速すぎてもう誰も止められません。

 

『先頭で抜け出したのはサイレンススズカ! このウマ娘が先頭です』

『メジロドーベルも先頭を取ろうとしていたようですが、サイレンススズカのほうが速かったようですね』

 

 メジロドーベルさんが内枠の有利を使って前に出ようとしていましたが、既に先頭まで走っていたスズカさんが内側に寄せて前に出るのをやめてしまいました。

 これはかなり苦しいですよ、ドーベルさん……。

 

 私は内側にすーっと入って、エアグルーヴさんとキンイロリョテイさんの後ろにつけます。

 トレーナーさんから、この2人の近くにいるようにと言われました。仕掛けのタイミングを合わせる作戦のようです。

 エアグルーヴさんは仕掛けが上手ですからね! 頼りにしています!

 

『コーナーを回りますが、先頭は変わらずサイレンススズカ! しかし大逃げにはならないようです!』

『あまり差が開けていないようですね。他のウマ娘たちが最初からペースを合わせに行っているようです』

 

 流石GⅠを勝ち上がってきた方々です。

 スズカさんのペースに最初から合わせることで、距離を離さない作戦で大逃げを止めにいこうとしています。

 ですが、流石にハイペースすぎます。ちょっとずつ離されていくのがわかりますね。

 

『先頭は変わらずサイレンススズカ! 2バ身から3バ身のリードで2コーナーへと入っていきます!』

『もう既に縦長の展開です!』

 

 コーナーが終わり、直線に入ります。

 ぐるりと回っている間は近かった気がするのですが、コーナーを抜けたらさらに遠くへ行ってしまいました。

 流石はスズカさん。コーナーで加速しましたね! ゴールドシップさんからの教えが効いてますね~。

 

 今日もペースが速めですが、距離的には私の方が有利です。スズカさんはどちらかというとマイラー寄りですからね。

 マイルと中距離をスプリンターみたいに走るのはどうかと思いますけど!

 

 エアグルーヴさんやキンイロリョテイさんはどこで仕掛けようかとタイミングを探っています。

 そうこうしているうちに、スズカさんはもう1人だけ第3コーナーに入っていきました。

 

『サイレンススズカが速くも1人だけでコーナーに入ります! リードは7、8バ身10バ身ぐらいあるでしょうか!』

「っ!」

 

 スズカさんが一足二足も先にコーナーを回り、私たちもコーナーへと入ります。

 ここでキンイロリョテイさんが動きました! まだ800mぐらいありますけれど!

 スズカさんがコーナー終わりで息を入れるタイミングで攻めるつもりですね!

 ゴールドシップさんが注目するだけあってすごいロングスパートですね……!

 

『ここでキンイロリョテイが速めに動いていった! スタミナはもつのか!』

『エアグルーヴとマチカネフクキタルは中団インコース!』

「ちょっとだけ下がりますよ~!」

「すまないっ!」

 

 エアグルーヴさんがチラッとこちらを見たので、外側に出られるように後ろに下がって横を空けます。先に出てもらった方が私はいいですから。

 後ろのウマ娘さんたちも少し位置をずらして、エアグルーヴさんと一緒に追い上げられる体勢をとっていますね。

 このコーナーが終わってからが本番ですよ!

 

『先頭はサイレンススズカ! リードはまだ、4バ身から5バ身で第4コーナーカーブ!』

『さあコーナーから直線! 外からはキンイロリョテイ! キンイロリョテイ!』

 

 キンイロリョテイさんが一気に追い上げて差を詰めています!

 スズカさんが息を入れたところに合わせられたようです。

 ……ええ、息を入れられてしまいました。前のスズカさんなら、そのまま走っていたと思うんですが。ちょっと強くなりすぎていませんか!

 これじゃあ後半のスピードダウンもあまり期待できません!

 

 でも、私だって、みなさんに幸福を渡したいっ! 勝ちたいですっ!

 シラオキ様! 見ていてください! 私、行きます!

 

 思いきりターフを踏んで、ぐっと体を前に出します。

 行きます~! キラキラ輝いている、この道の先に!

 

「開! 運! ダァ~~~~ッシュ!!!」

「はああぁぁぁーーっ!!!」

 

『サイレンススズカ先頭! キンイロリョテイが食らいついていく! 外からはエアグルーヴ! 内からはバ群を切り裂いてマチカネフクキタルだ!』

 

 距離が遠い~っ! でも、今日はまだまだ脚が残ってます!

 やっぱりゴールドシップさんみたいにずっと加速するのはつらかったですね!

 外側で突っ込んでるエアグルーヴさんも距離が遠すぎてかなり辛そうです! 中々追いつきません!

 

「ぬおおぉああああーーーーッ!!!」

『キヌノセイギも差を詰めてきた! しかしサイレンス! サイレンス!』

 

 キヌノセイギさんも凄い勢いで後ろから上がってきます!

 でも、やっぱり前が遠すぎますっ!

 大逃げを止められても、これだけ離されたら結構きついですよぉ!

 

「くぅ……っ!」

『外からエアグルーヴ! 外からエアグルーヴが差を詰める! 内からはマチカネフクキタル! 驚異的な末脚だ!』

 

 エアグルーヴさんも私も猛追しますが、距離が足りません……!

 2,200mは、スズカさんにとっては長めでしたけど、私にとってはちょっと短めです~~!

 

「っ!!!!」

『キンイロリョテイ! キンイロリョテイ!』

 

 スズカさんに最も近づいているキンイロリョテイさんも、あともう少しなんです!

 でもっ! 距離が、足りない!

 

「スズカー! フクー! ぶっこめー!」

「ゴースズカ! ゴーフクキタル!」

「フクちゃーん! スズカさーん!」

 

 みなさんの応援が聞こえます!

 あとほんのちょっと! あとちょっと前に出たいっ!

 

 ――逃げ切れ、スズカ! 差しきれ、フクキタルッ!

 

 トレーナーさんの声が聞こえました!

 グッと足に力を入れて、最後の末脚ですっ!

 

「うあああぁぁぁ~~~っ!!!」

『内からフクキタル! しかしサイレンススズカ先頭! 先頭はサイレンススズカ! サイレンススズカ逃げ切ったぁーー!』

 

 ゴール板を駆け抜け、一気に疲れが体中に押し寄せてきます。

 ぐっはぁ~~~!!! 届きませんでしたぁ~~~!!!

 思わずぐでっと体を芝の上に投げ出してしまいます……キヌノセイギさんも私の隣でばたっと倒れて息を整えています。

 

「届かなかった……!」

「うぅ……遠かったです~」

 

 スズカさんにあとちょっとというところまで詰めることができましたが、まだまだ足りませんでした……。

 やっぱりスズカさんは凄いです……。

 

『サイレンススズカが逃げ切りました! 2着はキンイロリョテイ、健闘しました! 3着にはエアグルーヴ、4着はマチカネフクキタルとなりました!』

 

 掲示板を見ると、どうやら私は4着だったようです。

 外から差したエアグルーヴさんにも届きませんでしたか……うう、3着は行けたと思ったのですが……。

 

「フクキタル」

「ほぇ……? あ、スズカさん。エアグルーヴさんも」

 

 声をかけられて体を起こすと、スズカさんとエアグルーヴさんがいました。

 スズカさんの差し出す手を借りて立ち上がります。

 

「今日は私の勝ちね、フクキタル」

「ぐぎぎ……スズカさんは相変わらず容赦ないですね」

「ふっ、私も同じことを思ったよ」

 

 どうやらエアグルーヴさんも同じことを言われたようです。

 スズカさんはすごい正直に何でも言ってしまいますからね……そこがいいところなんですけど。

 

「今日はとても苦しかった……クラシック級とは違う、GⅠレースの凄さを感じたわ」

「ああ。皆、切磋琢磨して勝利を手にしようと燃え上がっているんだ」

「ええ。今日は勝てたけど、私の目指すスピードの向こう側。その先はまだまだ遠いわ……」

 

 もっともっと速く走らないと……そういってスズカさんはグッと拳を握りました。

 ……これ以上速く走るつもりなのですね。

 スズカさんの話を聞いて、エアグルーヴさんと2人で目を合わせて苦笑するのでした。




 というわけでフクキタル4着でした。
 実際のレースには出走しておらず、フクキタルの宝塚記念はその次の年です。
 その時は5着でした。南無南無……。

 感謝祭で気持ちが変わって、一喜一憂すれど重く考えすぎないように成長しました。
 フクキタルが前向き……イイネ!


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31、おみくじ

 次のレースはいかに。


「トレーナーさん、突然失礼します!」

 

 フクキタルがトレーナー室にやって来た。

 宝塚記念でスズカに負けてちょっと沈んでいたのだが、今は立ち直っているようでいつも通りだ。

 

「あ、お仕事中ですよね。終わってからでよいので~」

 

 そう言って部屋の隅にある箱からタロットカードを取り出してイスに座った。

 暇つぶしで占いをするみたいだ。

 暇つぶしに占いってなんだろう……変な感じだ。

 

 しかしタイミングは良かった。

 明日から始まる夏合宿前に、フクキタルの次の出走レースを決めようと思っていたから。

 

 スズカは最終目標を天皇賞秋に定めて、秋の初戦に毎日王冠を選択。

 元々レベルの高いウマ娘たちが出走するレースだが、ダービーなどで力を見せていたエルコンドルパサーとグラスワンダーの出走が決定。

 2人ともクラシック級ながら既にシニア級のウマ娘に匹敵する。それ故、走っていないのにもかかわらず、既に史上最高のGⅡレースになると言われているのだ。

 「怪鳥」エルコンドルパサー、「怪物2世」グラスワンダー、そして「異次元の逃亡者」サイレンススズカ。

 どんなレースになるのか、俺も楽しみにしている。

 ま、スズカが勝つけど。

 

 タイキは7月後半からフランスへ飛び、8月後半開催のGⅠレースであるジャック・ル・マロワ賞に出走する。

 直線しかない芝1,600mのレースだが、タイキなら普段通り走るだけで勝てるだろう。

 心配なのは俺やメンバーが誰も応援に行くことができないから寂しくないかということだ。

 一応シーキングザパールが一緒に行くから大丈夫だと思うが。みんなで電話をしてあげよう。

 

 ソーラーレイは9月後半のシリウスステークスだ。

 フェブラリーステークスからは帝王賞で勝つために特訓し続けていたわけだが、帝王賞はまさに魔境。芝も凄いが、今のダートのウマ娘たちもとんでもなく強いのだ。

 特に今年凄い活躍を見せているアフクママルコ。シニア級になってから本格化して、そこからずっとぶっちぎりの1着。

 フェブラリーステークスでは出走しなかったので当たらなかったが、今回の帝王賞は出走が決定。初対戦でかなり白熱した勝負になったが、ギリギリスピードが足りず2着。

 JBCクラシックとチャンピオンズシップ、東京大賞典と次の大舞台での勝利を目指し、悔しさをバネに次走をシリウスステークスとした。

 

 ゴールドシップは今年度開催される2度目のURAファイナルズに向けて調子を整えている。

 流石に大阪杯や天皇賞春もあるから、連続で開催できなかったので、3年に1度ということになったのだ。

 というわけで、今年も出走予定である。ドリームトロフィー・リーグに行く前に、自分で華やかなゴルシ道を作り出すと言っていた。

 どの距離で出るかはまだ決まっていない。フィーリング的なアレで決めるとか決めないとか。

 

 そしてフクキタルなわけだ。

 今年の最終目標をどこにするのか、その前にレースは出るのか。

 それを決めようと今調べていたわけで。

 あらかたピックアップし終わったので、フクキタルに声をかける。

 

「終わりましたか! あれ、トレーナーさんもお話があるんですか?」

 

 タロットカードをそそくさと片付けるフクキタルに、レースの目標はある? と聞いてみる。

 すると、待ってましたと手をパチッと合わせる。

 

「それを相談しに来たんです! えっと、とりあえず何かしらレースには出たいと思っていまして……」

 

 でも特にコレっていうのはないのですと話す。

 他のみんなと同じぐらいのタイミングがいいかと思って、さっきピックアップしたレースは7~8月のレースだ。

 函館記念、小倉記念、札幌記念。遠い場所なのは、パワースポットとか名所など、普段いけないところに行かせてあげたいから。

 

「おお~! トレーナーさんはこんなにも私のことを……ありがたや、ありがたや~」

 

 何故かフクキタルに拝まれてしまった。手をスリスリしている。

 とりあえずどれがいい? と聞くと、う~んと唸り始めた。

 

「北海道でジンギスカン、いいですねぇ~。福岡でめんたいこを食べるのもまた……」

 

 食べ物目当て……少しじっとりした目で見ると、わたわたと慌てだした。

 

「うぎっ! ち、違いますよ~! 確かに美味しいものは食べたいですけど、決してそれを優先しているわけでは!」

 

 でも、中々決められないですね~と首を傾げながら考えていたので、フクキタルらしい決め方をすることにした。

 

「私らしい決め方?」

 

 不思議そうにするフクキタルを連れて、出かける用意をするのであった。

 

 

 

 

 

 駐車場で待ち構えていたゴールドシップも連れてやってきたのはフクキタルと出会った神社だ。

 

「ここは、トレーナーさんと会った神社ですね。わ~、懐かしいです」

「そういや最初に会ったのはここか。やべーやつだったな、最初のフク」

 

 ゴールドシップにヤバいやつと言われるウマ娘は果たして世の中に何人いるのだろうか。よっぽどだぞ。

 

「ぎょえ!? あ、あの時は必死だったんですよ~! トレーナーさんがいないとレースに出れないんですから!」

「それもそうか。アタシも誰でもいいから連れてかねーとと思ってたからな」

 

 よく考えるとゴールドシップも最初のコミュニケーションが拉致だったから、どっちもどっちだ。

 いや、ゴールドシップのほうが明らかにおかしいな、うん。

 

「あぁん? アタシはおかしくねーだろ! UFOも牛を誘拐すんだから当たり前だ!」

「大分おかしいと思いますけど!?」

 

 相変わらずの理不尽にフクキタルもツッコむ。

 とりあえず、キャトルミューティレーションとかアブダクションとかは置いておく。

 

「で? 何しに来たんだ? とりあえず面白そうだからくっついてきたけどよ」

「そうですよ! ここで何をするんですか? 参拝です?」

 

 フクキタルの出走レースを決めようと思って。

 そう話して指さしたのは、ウマ娘おみくじの販売所。

 それを見たゴールドシップは顎に指をあててほう? と面白そうに声を漏らす。

 

「つまりあれの中身で決めるっつーことだな!」

「あ、それって、ダービーの……」

 

 フクキタルが次のレースを決めたいと言っておみくじを引きにきたことがあった。

 それと同じことをするわけだ。

 フクキタルらしいからいいだろ?

 

「確かに占いで決めるのはいいですけど……でもいいんでしょうか」

「……あぶねー、フクが占いを渋るから思わず気絶するとこだったぜ」

「私のことを何だと思ってるんですか!?」

 

 占い狂いでしょ。

 

「げぼっ! トレーナーさんも容赦ないですねっ!」

「でもよー、どういうことだ? いつもならやるやるって乗り気じゃねーか」

「えっと、そのー……今までは運頼りで決めてたんですけど。ファンの皆さんに見てもらうのに、適当なのはよくないなって思って……」

 

 どうやら運だけでコレ! という今までの決め方は、レースを見てくれるファンに失礼ではないかと思うようになったみたいだ。

 ファンとの交流やライバルとの戦いを通して、レースの見方がかなり変わったな。

 成長を実感して、思わずうんうんと強く頷いてしまう。

 

「フクってよ、今までの占いも適当にやってたのか?」

「真剣でしたよ! だって、それで私の運命が決まるのですから!」

「ならいいだろ」

 

 ほえ? とフクキタルが驚いてゴールドシップを見る。

 

「最初に会った時みてーによ、本気で運に任せるってのはふざけてるわけじゃないんだろ? だったら別に気にすることねーよ。本気なんだからな!」

「ゴールドシップさん……」

「ま、どんな運命が来てもぶちかましてやるぜ! って思いながら引きゃあいいだろ!」

 

 そう言ってフクキタルの背中をバシッと叩く。

 一瞬ビクっとするフクキタルだが、俺とゴールドシップが頷いているのを見ると、意を決しておみくじを引きに行った。

 

「気にしなくていいのにな。真面目なヤツだぜ」

 

 占い以外に信じるに足るものができたんだろう。そういうと、違いねーと嬉しそうに胸を張っていた。

 

「引いてきました!」

「お、何番だった?」

「64番です! さあ、開けますよ!」

 

 えいえいむん! と謎の掛け声でおみくじを空けた。

 タンホイザも言っていたが、マチカネ軍団特有のものなのだろうか……?

 

「あ、中吉ですね」

「そこそこだな。で、レースは?」

「待ってくださいね~……」

 

 デフォルメされたマルゼンスキーが可愛らしく指さしているところに、ラッキーレースが書いてある。

 そこにあったのは、札幌記念の文字。

 

「札幌記念! 8月後半のレースですね!」

「夏場に北海道か! いいじゃねーか! 海鮮食いに行こうぜ!」

「いいですね~。トレーナーさん! やっぱりジンギスカンも食べたいです!」

 

 結局食べ物優先になるか!

 ウマ娘の食への欲求は凄い。そう思うのであった。




 次走は札幌記念に決定しました。
 あのランダムレースって走ってない奴も含まれるので、どういう選出なのかなって毎回思ってます。


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32、夏合宿 前

 シニア級での夏合宿!
 アプリだとこの時点で最終的なパラメーターがどうなるか大体わかりますよねぇ。
 スピードがBとかだともうやばいかなってなります。


 フクキタルたちの2度目の夏合宿が始まった。

 今回はタイキがフランスに行くまで、タイキの調整を優先してトレーニングを組むことになる。

 といっても、トレーニング内容を少し変えるぐらいだけど。

 

「行きマース!」

 

 毎年恒例の水上ござ走り。脚にあまり負担がかからないので、遠征前のタイキには丁度いい。

 タイキはゴールドシップからの教えをマスターしたおかげか、ふらつきもなくすいすい走っていく。

 そのまま50m先まで走ってUターン。帰りも落ちることなく帰ってきた。

 

「やりマシタ! どうデスカ、トレーナーさん!」

 

 踏み込みもそれをバネにした走りも仕上がりはバツグンだ!

 褒めるとニコニコしながらハグして来るので、甘んじてそのパワーを受ける。肋骨が折れる日は近い……!

 

「よ~し、次は私が行きますよ~!」

 

 フクキタルが助走をつけて一気に走り出す。

 フナボシの中ではスピードの最高速だけで言うとフクキタルがトップだ。上がり3Fの速さは随一。

 タイキ以上の速さで走っていくフクキタルを見て、その成長を噛みしめる。

 

「フクキタル、いい調子ね」

「うん。フクちゃん、宝塚記念のときよりも速くなってる気がするなぁ」

 

 スズカやソーラーレイもそう感じているようだ。

 元々フクキタルは占いの良し悪しでタイムが変わるところがあったからな。

 精神的な成長が、身体に影響しているみたいだ。やる気もあるし、いい傾向だな。

 

「遅くなりました~」

「こんにちは! トレーナーさん!」

 

 声をかけてきたのはグラスワンダーとエルコンドルパサーだ。後ろには先輩もいる。

 バスの中で2人が一緒に練習してみたい! と話していたため、こちらのトレーニングに合流することになったのだ。

 先輩、大事な時期によくこっちに合わせたな……大丈夫なんですか?

 

「お前のチーム滅茶苦茶強いんだから、トレーニングも理に適ってるだろ? なら大丈夫さ」

「それに、常にやる気が最高の状態でトレーニングできる方法を知りたいのもあるからな」

 

 流石はクラシックで大活躍の2人を指導しているだけあって、なんでも吸収しようとしている。

 先輩のそういうところ、本当に凄いと思います。

 

「俺はお前の方が凄いと思うけどな……いっぺん頭の中見てみたいぜ。なんだよ入着率8割以上って」

 

 何やらぶつぶつ言いだしてしまった。

 こうなると中々長いので、エルコンドルパサーとグラスワンダーにトレーニング内容を伝える。

 と言っても、ござの上を走るだけだが。

 

「ふぅ……もう少し速く行けそうね」

「なるほど……わかりました」

「最初はエルが行きマース! とーーーう!」

 

 調子よく戻ってきたスズカを見てメラっとやる気の炎が燃えたのか、エルコンドルパサーがござへと突撃していった。

 

「あわわ……うわーーーっ!」

「エル!?」

 

 そしてすぐに海へと投げ出された。

 うん、最初のころのフクキタルよりマシだけど、やっぱりこうなったか。

 俺がそうなるよなーと思っていたら、その顔を見ていたグラスワンダーがむっとして走っていった。

 

「っ!」

「オウ! グラス、いい走りデス!」

 

 タイキが褒めているように、グラスワンダーの走りはかなりいい。

 踏み込みが強いから海の上でもしっかり前に進める。エルコンドルパサーよりも1発1発の瞬発力はすごいかもしれないな。

 

「あっ!?」

「グラース!」

 

 ただし長くは続かない。少し体がブレたところで、海へとダイブ。

 真っすぐ着地していかないとござが斜めになってバランスを崩してしまう。体幹が大事ってわけだな。

 

「体幹ってわけか。なるほどなぁ……フナボシのウマ娘たちが安定して強いわけだ」

 

 ゴールドシップがみんなにコーナー加速を教え込んでいるからな。体が振り回されないよう、体幹はバッキバキに鍛えてある。

 だからみんな体の中心がしっかりしていて、走りが安定するのだ。そうすれば、いつもの走りをいつだってできるというわけで。

 

「2人とも大丈夫?」

「レイさん……大丈夫デース」

「くっ……もう一回、行きます!」

 

 グラスワンダーは悔しかったのか、海から上がってすぐにまた走っていった。

 彼女はケガをした復帰戦で毎日王冠ということだったから、あまり負担にならないござ走りは丁度いいかもしれないな。

 

「うん、いいトレーニングだな。体に負担もないし、もし転んでも外側は海だ。ケガの心配も少ない」

 

 先輩もうんうんと頷いている。

 一応体の動かし方を研究している人たちにトレーニング内容を見せて、大丈夫かどうかを確認しているからな。

 危険性はかなり少ない……と思いますよ。

 

「そこまでやってんのか、こんなので……いや、結果を出してるわけだからな」

 

 先輩は苦笑いして頭をかいた。

 ゴールドシップのやる気を出させるために色々なトレーニングを考えていたけど、それがかなり好評だったから今もこうして作っている。

 実際いい感じにみんな結果を残してくれているから、よしよしって感じだ。

 

「……うん。いいな、これ。合宿中使わなくなったら、貸してもらってもいいか?」

 

 いいですよ。楽しく使ってくださいね。

 そういうと、相変わらずだなぁと背中を叩かれた。

 

 後日貸し出したところ、その後のタイム計測で記録更新したウマ娘が増えたそうな。

 楽しんでトレーニングするって、やっぱり大事なんだな……と先輩から感心されたのであった。

 

 

 

 

 

   ◆ ◆ ◆

 

 

 

 

 

「それでは、行ってきマス!」

「おう! アタシの仇とってこいよな!」

「ゴルシちゃん、生きてるよぉ」

 

 7月後半。タイキはフランスへ行くため空港に来ていた。

 シーキングザパールもトレーナーやチームのウマ娘たち、エルコンドルパサーやグラスワンダーと会話を楽しんでいる。

 エルコンドルパサーも海外出走を目指しているため、一足先に先輩が暴れてくるというところだ。

 

「トレーナーさん! ワタシ、とっても楽しみデス!」

 

 タイキに海外遠征の要請が来ていたから、ちょっと行ってみない? と話したら、喜んでいたが少し不安そうだった。

 海外で日本のウマ娘がGⅠレースを勝つなんてことはまだなかったし、俺たちはついていけないから。

 でも、そんなワクワクすること、逃がせマセン! とやる気を見せてくれたのだ。

 

 先に走るのがシーキングザパールだから、彼女が勝てば史上初めての海外GⅠ勝者。タイキは2人目となる。

 俺はシーキングザパールが勝つと思っているから、タイキは2人目になるけどいい? と先に言ってある。だってあの娘、明らかに調子がいいんだもの。

 タイキは1人目でも2人目でも、それが偉大な1歩となるなら走りたいと言ってくれた。だからフランスへと送り出すことになったのだ。

 

 とりあえずフランスへ行ってからのトレーニングについて説明する。

 といっても、特別なことはしない。いつも通り、併走してもらったりするぐらいでいいよと話す。

 そもそもタイキは強い。ならば、同じようにマイペースに行ったほうがいいとだろうから。

 

 話し終わると、フクキタルとスズカがすっと前に来る。

 

「タイキさん! 応援していますよ! いつも通り走ってきてくださいね!」

「ええ、タイキなら勝てるわ」

「フクキタル! スズカ! センキュー!」

 

 いつものようにぎゅう~~っとハグされ、フクキタルもスズカもぺしぺしとタイキの腕をタップする。

 相変わらずのパワーだ……。

 

「レイもゴールドシップもハグしまショウ!」

「うぇっ、わ、わたしも?」

「おっしゃ、こい! サバ折り祭りじゃーー!」

 

 タイキに突撃していってぐわあああああと悲鳴を上げながら肋骨を締め上げられるゴールドシップ。

 ソーラーレイは控えめにタイキとハグ。

 うーん……これは俺もやられるな?

 

「トレーナーさん!」

 

 ニコニコしたタイキにぎゅむぎゅむといつも通り強めのハグをされて呼吸ができず、背中をタップする。

 解放されてふぅーと息を整えてから、頭を軽くぽんと叩いた。

 行ってらっしゃい。楽しんでおいで、フランス。

 

「ハイ! トレーナーさんに、ビッグなオミヤゲ、もって帰りマス!」

 

 ぐっと親指を立てたタイキは、シーキングザパールと一緒にフランスへと旅立った。

 

 後日2人がとびきりビッグなお土産を持って帰ってくることになるのは、また別の話。




 タイキ、フランスへ。
 エル、グラス、参戦ッ!

 水上ござ走りは脚に負担をかけず、ふとももや体幹を鍛えられるトレーニング解いて採用しております。
 あと楽しいからモチベーション上がるよね! っていうやつです。
 元々ゴールドシップ用でしたが毎年恒例の行事になりましたね。


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33、夏合宿 後

 タイキ遠征後の夏!


 タイキがフランスでいつも通りトレーニングしている間、俺たちもいつも通りのトレーニングをしていく。

 

「おっしぇーい!」

「また負けたデース!!!」

「もう一回! もう一回やりましょう!」

 

 今日は50m走ビーチフラッグで反射神経と走力を鍛えてもらうことにした。

 今回はなんと黄金世代が全員揃って合同トレーニングだ。

 

「いや~、相変わらずだねぇゴルシさん」

「ようスカイ。そっちもいつも通りぽわぽわしてんな!」

「セイちゃんはいつでもゆったりで~す」

「スカイさんは変わりませんね~」

 

 セイウンスカイがデビューする前、先輩トレーナーが駆け引きに強いウマ娘なんだと言うので併走トレーニングしてもらったことがある。

 そんなわけで、今もちょこちょこ話すのだ。フクキタルもその流れで知り合った。

 皐月賞を勝って、かなり好調のようだ。菊花賞ではどうなるか楽しみだな。

 

「次もがんばろーね」

「はい、レイさん! よーし、けっぱるべ!」

「次は勝つわよ!」

「キングちゃん! うん! 一緒に頑張ろうね!」

 

 スペと一緒にいるのはキングヘイロー。

 今のところ同期対決では負け越しているが、どの距離でもしっかり走れるいいウマ娘だ。ハッピーミークを思い出す。

 瞬発力やトップスピードがずば抜けているから、きっと凄い差しができるようになるんだろうな。

 

「もう一回勝負デース!」

「ええ。次は勝ちます」

「ふふ……いいわ、やりましょう」

 

 エルとグラスはスズカに突撃している。

 2チーム対抗でビーチフラッグをやっていて、今のところはフナボシが全勝だ。

 伊達にシニア級でもすごいと言われているウマ娘たちばかりじゃないからな、負けられない。

 

 もしタイキがいたら、1人でぶっちぎりそうなもんだけど。

 砂浜を見て、そう思わざるを得ない。

 

「やっぱ強いな、フナボシのメンバー」

「そうだね。とにかく体の仕上がりが違う。基礎を本当にしっかりやってるんだね」

 

 先輩たちもトレーニングを見てウマ娘の仕上がりを確認している。

 俺のチームはいつでも楽しく走れるように、絶対にケガをしない体を作るのを目標にしているからな。

 ゴールドシップがそうだったように、ケガ無く走ることが大事だから。

 だから、ゴールドシップの筋肉や体の柔軟性を参考にして、みんなの体を仕上げているわけだ。

 

「なるほど……確かにあれだけ激走してるのに、ゴールドシップは少しもケガしてなかったな」

「凄いことだよ。僕は何度かケガで走れないウマ娘を見てきたからさ。ここまで活躍してケガなしっていうのはね」

 

 きっと負荷をかけないように気を使っていたからなんだろう。あと、ゴールドシップによる強制休養か。

 誰かが体を使いすぎると、ゴールドシップがズタ袋をかぶせて誘拐。その後いろいろなところに連れまわされるのだ。

 帰ってくるときには体の調子が絶好調で帰ってくるが、代わりに精神的ダメージを負ってくる。

 やってるのはマッサージとかサウナとか銭湯とか、休んでるだけなんだが。

 

「いい先輩じゃねえか。なんつーか、変わったな、ゴールドシップ」

 

 うんうんと頷く先輩に、別に何も変わってないと思いますけどと話す。

 元々ゴールドシップは面倒見がいいし、ケガしないように自分でコントロールする。

 ちゃんとしてる娘ですと言うと、うーんと困ったような表情をされた。

 

「まあ、そうなんだろうけど……」

「君が来る前のゴールドシップを知っているから、ちょっとね」

 

 2人とも苦笑いだ。

 なんというか、本当に問題児だったんだなぁ。

 

「うっし、次はアタシの番だ! 行くぜフク!」

「はい! スカイさんには負けませんよ~!」

「にゃはは、どうでしょう~?」

「私も負けません!」

 

 みんなのリーダーとして引っ張っているゴールドシップを見て、彼女なりに成長したのかな?

 そんな風に思うのであった。

 

「おれぇい!」

「ぶええ!! 砂撒き散らしすぎですよぉ~!」

「ぺっぺっ!」

 

 ……成長したのか?

 

 

 

 

 

   ◆ ◆ ◆

 

 

 

 

 

「ドキドキしますね……!」

「ええ……頑張って、タイキ」

 

 宿泊所にあるテレビで、フランスでのタイキのレースを見守る。

 ジャック・ル・マロワ賞。直線しかない1,600mという特殊なレース。仕掛けどころの非常に難しいレースだ。

 

 今回タイキはなんと1番人気での出走である。

 これにはちゃんとした理由があった。

 

「パールがタイキのがつえーって言うんだもんなぁ」

「でも、パールさんも勝ちましたよ!」

 

 そう、シーキングザパールが日本トレセン学園史上初の海外GⅠレース勝利を収めたのだ。

 先週の短距離レース、モーリス・ド・ギース賞でコースレコードを叩き出しながら逃げ切り勝ちをして見せたあの雄姿は忘れられない。

 ロケット弾とも言われている彼女が、自分よりもタイキシャトルのほうがもっと強いとインタビューで話したのだ。

 それならば! と圧倒的な1番人気となっていた。

 

 そんな彼女だったが、レース前に電話してみたら全く緊張していなかった。

 

『楽しく走ってきマス!』

 

 いつも通りの笑顔を見せてくれていた。

 ちょこちょこ電話で聞いていたが、遠征先でのんびり過ごせたようで、お昼寝がとても気持ちよかったと聞いている。

 トレーニングも普段と変わらないぐらいの強さでやっていたし、併走トレーニングも楽しくやっていたようだ。

 最初に相談していた通りに生活したおかげで、絶好調のまま臨んでいる。これはかなりいいレースになるぞ。

 

「バ場は重いみたいだよぉ」

「タイキなら問題ないと思うわ。安田記念であれだけ走れたんだもの」

 

 今日のフランスのレース場は重バ場。

 しかし、タイキにとってはバ場状態は関係ない。

 ただそれがマイルのレースなのか、短距離のレースなのか。その距離の違いでしかない。

 

『各ウマ娘、ゲートイン完了しました』

 

 テレビから実況の声が聞こえる。

 始まるぞ……。

 

 ――ガタンッ

 

『スタートしました! タイキシャトル好スタート! 一気に前に出ます!』

「よしっ」

 

 タイキのスタートダッシュを見て、スズカが珍しく声を出す。

 今までずっと一緒にスタートのトレーニングをし続けた甲斐がある素晴らしい先駆けだ。

 ただし、とても不安なところが。

 

「なあ、トレーナー。タイキ、ずっとキョロキョロしてねーか?」

「そうですね……すごい物見してますよ」

 

 タイキは初めてのレース場で初めてのレースだったせいか、興味ありありでずーっと横を見ながら走っている。

 ぜんっぜん集中できていないッ! それでも先行してしっかり走れているけど。

 まあ、作戦通りではあるけど。

 

「げえぇっ!? 作戦なんですかぁ!?」

「トレーナーさん、やっぱり変だよぉ」

 

 ゴールドシップ以外から物凄い目で見られている。

 俺は残り100mぐらいからいつも通りガツンと弾むようなスパートをかければいいよと言っただけだ。本当に最後の最後だけでいいって。

 それまではペースを合わせて好きに走っていいよとは言ったけど。

 

「それだと思うんですけど……」

「好きに走れって言われてあんなに物見しっぱなしってのも、すげーと思うけどな!」

 

 未だに楽しそうにキョロキョロしていて、実況解説の人もすごく不安そうに話している。

 いや、なんだ。申し訳ない、うちのタイキが。

 でも勝つから安心してほしい。どれだけタイキが強いのか最後の100mですぐにわかるから。

 

「なあ、トレぴっぴよう。なんで最後の100mでスパートなんだ?」

 

 ゴールドシップがニヤニヤしながら俺の脇腹をつついてくる。

 作戦がかなり無茶を言っているから面白いのだろう。

 つついてくる腕を掴みながら、テレビを指さす。

 

 まず、フランスのレース場は芝でも日本のダート並に重いと聞いている。その上重バ場だから、走りにくいはず。

 相手はあのバ場に慣れているウマ娘ばっかりだから、とりあえず最後の方までペースを合わせておけば問題ないだろう。

 そして、相手のスパートにも合わせてペースアップをする。その上で最後の最後にぶっ飛んでちぎるのだ。

 

 正直タイキはパワーもスタミナもぶっちぎってるからいつも通りに走っても勝てると思うが、念には念を入れて最後だけ弾丸みたいに突っ込めばいいよと話をしてある。

 

「はえー……相変わらずすごいですねぇ」

「無茶な作戦で走れる体だもんねぇ、みんな」

 

 まあ、自分の好きに走れるように鍛え上げてるからな。

 その結果が、これだ。

 

『残り200mだがタイキシャトルはどうだ! タイキシャトルも上がってきた! しかしまだ伸びないぞ! 大丈夫か!?』

「タイキさん頑張ってくださ~い!」

「タイキさーん!」

「タイキ!」

「おう行け行けー! 仇をとれー!」

 

 タイキは残り200mでも涼しい顔でペースを合わせる。

 ペースは速くなっているが、普段スズカと並走しているのだ。このぐらいのハイペース、問題ないだろう。

 

『残り100m! あっ!? タイキシャトルがグンと伸びた! タイキシャトル伸びた! 逃げていたナミビアを一気に競り落としたっ!』

『そのまま先頭に出る! タイキシャトルグングン伸びていく! インターヴァルが追い込んでくるが届かない!』

『タイキシャトル抜け出したままゴールインッ!!! やりましたタイキシャトル! 2週連続! 日本トレセン学園のウマ娘が、欧州GⅠレースを勝利しましたぁ!!!』

 

 わあぁーーー!!! と様々なところから声が上がる。

 もちろん俺たちも立ち上がって大喜びだ!

 

「すごい! すごいよタイキさん!」

「すごかったですね、スズカさん!」

「ええ、本当に……私も頑張らなきゃ」

「タイキ、本マグロの仇をとってくれたか……」

 

 しみじみと感動するゴールドシップをよそに、他の3人は手を取り合ってはしゃいでいる。

 

「よーし! 次は私の番ですね! 勝ちますよ、札幌記念! まあ、GⅡレースですけどね」

 

 あはは、と笑って恥ずかしそうにもじもじするフクキタルを見て、彼女もレースに勝たせてあげようと思うのだった。




 というわけで、タイキシャトル勝利!
 これで日本初の海外GⅠレース勝利を収めましたね。
 シーキングザパール書かないと他のウマ娘を海外レースで勝たせてあげられないのでちょっぴり一段落。


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34、札幌記念

 北海道はなんであんなに美味しいものばかりなんでしょうか。


 札幌記念。

 北海道と聞いてすずしいかと思いきや、そこそこ暑い今日この頃。

 フクキタルは13番のゼッケンを身につけて、やる気を出していた。

 

「今日こそは勝って美味しいものを食べに行きますよ~!」

「うににいくらにぶりはまち! 海の宝石箱を食いに行くからな!」

「ジンギスカンもありマス!」

 

 完全に食道楽で来ているゴールドシップと、レース後すっとんで帰ってきたタイキ。

 おみやげデス! とジャック・ル・マロワ賞のトロフィーを持って帰ってきたのを見て、とんでもない大物がチームにいるんだなと思った。

 その後のハグという名のサバ折りで危うく病院送りになるところだったけど。ゴールドシップとは違う意味で危ない娘だ。

 

「タイキさんは疲れてませんか? 先週までフランスにいたじゃないですか」

「プリティグッド! 問題ないデス!」

「いつも通りに元気だねぇ」

 

 フランスでも日本と変わらない生活をするよう伝えていたからか、ケガもなく元気に帰ってきた。

 一緒にトレーニングしていたフランスのウマ娘から、ニンジャッ!!! とすごい興奮して話しかけられたとか。水場があると聞いてござを持って行かせたのは良かったのかよくなかったのか。

 ただ、食べ物が美味しかったようでちょっぴり丸くなってきた。次走は短距離のスプリンターズステークスを予定しているから、少し絞ってもらわないと……。

 

「相変わらずにぎやかだな」

 

 みんなで話をしていたところに声をかけられた。

 振り向くと、同じくゼッケンをつけたウマ娘の姿が。

 

「エアグルーヴ?」

「エアグルーヴさん!」

 

 エアグルーヴと先輩トレーナーだ。

 今日は札幌記念に出走する予定になっている。

 つまり、フクキタルと戦う相手というところだ。

 

「夏合宿ではあまり会えなかったな」

「そうね。トレーニング、全然違ったから」

「海でござの上を走っているのだからな……」

「エアグルーヴさんたちはトライアスロンしていましたからね~」

 

 遠泳先の島はある程度道が整備されているから、トライアスロンを行ってトレーニングするチームは多い。

 エアグルーヴたちのチームは毎年やっているのをよく見る。

 

「今日はフクキタルと同じレースだ。準備はできているな」

「はい! 今日は大吉でしたから!」

 

 ぐっと親指を立てるフクキタルを見て、笑みを浮かべてクールに去っていった。

 

「エアグルーヴのやつ、調子よさそうだな」

「ええ。強敵ね、フクキタル」

「エアグルーヴさんは強いですからね……宝塚記念でも負けてしまいましたから」

 

 きゅっと手を握って拳を見つめる。その目は闘志に燃える目だ。

 

「でも、今日は勝ちます! リベンジですよ~!」

「がんばって、フクちゃん!」

「はい! では、行ってきます!」

 

 気合を入れてパドックへと向かうフクキタル。

 今日のレース、どんなものになるのだろうか。

 

 

 

 

 

   ◆ ◆ ◆

 

 

 

 

 

 腕に付けている神むすびに触れながら、ゆっくり息を吸ってゆっくり吐きます。

 トレーナーさんからもらったこのお守りに触れているだけで、一緒に走っているような気分になれるのです。

 ゲート前で気持ちを整えていると、後ろから声をかけられました。

 

「フクキタル」

「エアグルーヴさん?」

 

 エアグルーヴさんです。先ほども声をかけていただきましたが、どうしたのでしょうか。

 

「ああ、悪いな……恥ずかしい話だが、少し浮ついているんだ」

「珍しいですねぇ~……どうかしたんですか?」

「……宝塚記念でスズカに負けて、少し思うところがあってな」

 

 私もエアグルーヴさんも、スズカさんに逃げられて負けました。

 あの敗北をバネにして頑張ってきました! エアグルーヴさんも同じようです。

 

「この夏、私はかなり強くなったと実感している。その成果を出せることに高揚しているのかもしれん」

「なるほど……よ~くわかりますよ、その気持ち!」

 

 私も大吉が出た時はいつも気合が入って、さあやるぞ! ってなりますからね!

 今日も大吉だったので、気分がいいです! まあ、吉でも凶でもやる気はありますけどね。

 

「ふっ、そうか。フクキタル、今日は私が勝つ」

「いえ! 残念ですが私が勝ちますよ!」

 

 じぃっとエアグルーヴさんの目を見ます。

 少しして、お互いに笑い合ってゲート前に戻りました。

 さあ、行きますよ! トレーナーさん! シラオキ様!

 

『各ウマ娘、ゲートイン完了しました!』

 

 ――ガタンッ

 

『スタートです! 各ウマ娘、好スタートです!』

『1番のシズカナシカクが快調に飛ばします! 4番エアグルーヴもかなりいいスタートを切れていますね!』

 

 逃げウマ娘のシズカナシカクさんが枠番の利を活かして一気に前に出ましたね。

 エアグルーヴさんもかなり好スタートだったようで、かなり前目につけてます。これだとエアグルーヴさんは誰からもブロックされない位置取りになりそうです。

 もっとも、エアグルーヴさんはコース取りが極めて得意ですから。どこに行っても臨機応変に対応することでしょう。

 慕っているメジロドーベルさんなんか、レーンの魔術師だって言ってましたからね。

 

『10番マインオオハシも外から前に出ます! シズカナシカクに取り付きに行くようです!』

 

 私の隣のほうからマインオオハシさんが結構な勢いで前に行きました。

 逃げの脚質じゃないと思うのですが……エアグルーヴさんを抑えたいのでしょうか。

 ですが、差しで一緒に走るだろうと思っていたマインオオハシさんが前に行ってくれたのは好都合です。ブロックされにくくなりましたからね。

 走りやすくなると思うので、早めに中団後ろに付けてしまいましょう!

 

『シズカナシカクとマインオオハシが逃げたまま第1コーナーへと入ります』

『13番マチカネフクキタルはこの位置。中団につけています』

 

 エアグルーヴさんたちのいる集団のやや後ろ側につけました。

 このままペースを合わせていきましょう。今のところほんのちょっとだけ遅めのペース……だと思いますから。

 でも、トレーナーさんに教えてもらいましたけど、札幌レース場ってほとんど平坦です。

 スタミナ消費が少ないから、先行で抜け出すのが一番いいみたいですね~。エアグルーヴさん有利です。

 

『第2コーナー回りまして、隊列は変わらず。バ群はあまり離れていません』

 

 前との差はありますが、すぐに詰めることができるぐらいの距離です。

 ただ、最終直線が短めなので、ちょっとだけ早めに仕掛けないとですけど。

 

『先頭は変わらずシズカナシカク。1,000mは59.9。平均やや遅めのタイムと言ったところでしょうか』

 

 この平坦なコースにしては……やっぱり遅くないですか?

 トレーナーさんから札幌レース場は芝がフランスのような海外の芝だから、少し重くてタイムが遅くなるとは聞いていますが。

 

 これだとエアグルーヴさんが最後にグンと抜け出して勝ちというのが濃厚です。

 トレーナーさんの言っていた通りですね……なら、作戦通りに行けばいけるはずです!

 

『シズカナシカクが第3コーナーに入りました。後続がじわじわと前に詰めていっています』

『マインオオハシは少し苦しいか! ペースが落ちているようです!』

 

 マインオオハシさんがゆっくりと落ちてきました。

 先行有利なコースですし、1着を掴むために最初から前に出るつもりだったのでしょう。

 必死に上がっていく顎を下げながら頑張っています。

 私はまだまだスタミナが残っていますからね。あまり息を入れずにそのまま回っていきますよ。

 

『マインオオハシがバ群に飲まれました! シズカナシカクは第4コーナーを回っています!』

「ハァーーーっ!」

 

 マインオオハシさんの横をするっと抜けるように、エアグルーヴさんが前へ抜け出しました!

 エアグルーヴさんがいたポジションにマインオオハシさんがずるずると入っていきます。内側で差すために待っている中団後ろのウマ娘さんたちはかなり苦しいです。

 

『エアグルーヴが第4コーナーから前に出ていった! 後続も追走していく!』

「ここですねっ!」

 

 トレーナーさんからの作戦!

 それは、第4コーナーから一気にスパートをかけること!

 私のスタミナであれば、ここから行っても最終直線の末脚分は残るはずとのことです!

 

 行きますよ~! シラオキ様! カムトゥミ~~!!!

 

『ここで後ろからマチカネフクキタルも前に出てきた! バ群の中を突っ切って前に出てきた! さあ、最終直線!』

 

 光の道を突き進み、マインオオハシさんの横も通り抜けて前に出ます!

 エアグルーヴさんが上手にポジションを取ってくれたおかげで、いつもよりバ群の中を進みやすかったですね!

 

『エアグルーヴが一気に突っこんでいく! シズカナシカクは苦しいか! 伸びないぞ!』

『そこにマチカネフクキタルが突っ込んできた! とんでもない末脚だ! どんどん差を詰めていく!』

 

 エアグルーヴさんは完璧な抜け出しです! シズカナシカクさんを一気に追い抜いて先頭に出ました!

 ですが、私も負けません! 私の勝利を信じてくれているトレーナーさんたちやファンのみなさんのためにも!

 幸運をこさせますよ~~~!!!

 

「開! 運! ダ~~~~ッシュ!!!!」

「きたかっ!」

 

 洋芝はパワーがあるウマ娘のほうが有利だと聞いています!

 パワーだけなら、差しウマ娘の私がエアグルーヴさんに勝っています!

 スピードはエアグルーヴさんのほうが凄いかもしれませんが、今日は私に向いてますよ!

 

『エアグルーヴ先頭! しかしマチカネフクキタルが一気に追い上げる! 驚異的な末脚だ!』

 

 洋芝とは言え平坦なコースです! エアグルーヴさんもスタミナが有り余っているはず!

 全力で追っているのに、ほんのちょっとだけ届きません!

 

『エアグルーヴ粘る! しかしマチカネフクキタル食らいつく! マチカネフクキタル抜いたか!? しかしエアグルーヴも内から差す!』

 

 エアグルーヴさんを抜いたかと思ったら抜かれて、それをまた抜き返して抜かれて。

 どれくらい差しあったでしょうか。もうゴールは目の前です。

 

「行けー! フクー! メロンパフェが待ってるぞー!」

「フクちゃーん!」

「ゴー! フクキタル! ゴー!」

「フクキタルっ!」

 ――フクキタル! 突っ込めーーーッ!!!

 

 みなさんの声が聞こえますっ!

 力を振り絞って、行きますよぉ~~~!!!

 

「ハァーーーっ!!!」

「うわああぁぁ~~~!!!」

『エアグルーヴ! マチカネフクキタル! エアグルーヴ! マチカネフクキタル! どっちだあぁーーー!?』

『2人ともほぼ並んでゴールインっ! 写真判定です! 写真判定となります! 3着はシズカナシカクです!』

 

 ぜぇはぁとエアグルーヴさんと並んで息を整えます。

 うぐぐ……直線で抜け出した時は抜群の手ごたえだったのでいけると思ったのですが……。

 

「やっぱり強いですね~~エアグルーヴさん!」

「ふぅ……お前もだ、フクキタル。来るとは思っていたが、あそこまでの勢いとは思わなかった」

 

 お互いに健闘を称え合います。

 いやぁ……どっちが先にゴールしたのでしょう。

 写真判定になったみたいですけど……うぅ~ん、ちょっと自信がないですね。

 

『判定の結果が出るようです! 掲示板をご覧ください!』

 

 実況の声が聞こえて、エアグルーヴさんと掲示板を見ます。

 1番上に出た数字は……4。

 

『エアグルーヴです! 1着はエアグルーヴ! なんと、5cm差で2着はマチカネフクキタル!』

「みぎぃ~~! 負けましたぁ~~!」

 

 数字を見て頭を抱えてしまいます!

 あぁ~! また勝てませんでした……。うぐぐ、次こそは……!

 がっくり肩を落としていると、隣でエアグルーヴさんがくつくつと笑っていました。

 

「ああ、悪い。なんというか、変わったな、フクキタル」

「ほぇ?」

「前は負けたら世界の終わりだと落ち込んでいたのに、次は勝つと思っているだろう?」

「な、なんでわかったんですか?」

「そういう表情をしているからな」

 

 表情……? 顔をむにむに触りますが、よくわかりません。

 

「ふっ。また走ろう、フクキタル。次も私が勝つ」

「むむっ! 次は私が勝ちますからね!」

 

 差し出された手を握って握手します。

 観客の皆さんが歓声を上げてくれて。次こそは勝ちます! そう思うのでした。




 というわけで惜しくも2着でした。
 実際の札幌記念ではエアグルーヴと走ってません。エアグルーヴが勝った札幌記念の一年後のレースに出走していますから。
 その時の勝ち鞍はセイウンスカイです。いい世代だぁ……。


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35、スズカの毎日王冠

 伝説のレースが始まる。
 タイキのレース?
 カットじゃよ……。


 夏合宿を終えて、フクキタルたちはシニア級の秋へと走り出した。

 まずはタイキのスプリンターズステークス。

 前走、フランスのジャック・ル・マロワ賞で勝ったことでさらなる期待を寄せられ、ダントツの1番人気。

 

『タイキシャトル先頭! 後続を突き放していく! タイキシャトルが先頭だ! 欧州GⅠ勝者は伊達じゃない!』

『タイキシャトル強い! タイキシャトル文句なし! タイキシャトル文句なし! 圧勝ーーーッ!!!』

 

 最終直線で抜け出し、そのままグングン加速して1着。

 帰国後に短距離レースのため、ちょっとキツめのトレーニングで体を絞ったからな。いい加速力だった。

 次走のマイルチャンピオンシップも無敗で勝てそうだ。

 

 そして今日、史上最高のGⅡレースと言われているレースが始まる。

 その名も毎日王冠。

 出走するウマ娘の中で特に注目されている3人。

 

 ダービー以外無敗で勝ち進んでいるエルコンドルパサー。

 朝日杯でレコードを叩き出し、その後ダービー以外やはり無敗できているグラスワンダー。

 そして現在本格化して異次元の逃げを見せ、ぶっちぎりの人気を誇るサイレンススズカ。

 

 この3人との勝負を避ける陣営も多く、出走するウマ娘はなんと9人。

 天皇賞秋の前哨戦とも言われるレースであるのに、回避するウマ娘がかなり多かった。

 ハイペースになることはわかっているから、消耗を避けるという意味合いもあるだろうけど。

 

 回避していないウマ娘たちは、それだけ強いということになる。

 全員重賞を制覇した経験のあるウマ娘しかいないし、全員調子は最高のようだ。

 先ほどパドックで見ていたが、全員仕上がりが完璧だ。やる気が凄く、スズカに勝つという気迫を纏っている。

 

 そんな中、スズカは落ち着いていた。

 控室で神むすびを左足にしっかりとつけ直し、時間になるまで椅子に腰かけ、ゆっくりするという余裕。

 非常に高いレベルのレースになるが、この様子だとスズカがぶっちぎるな。そう思った。

 

 

 

 

 

 東京レース場のゴール前にて、俺たちはレース開始を待っていた。

 今日はチームメンバー以外に、スペシャルウィークとシャインフォートが応援に来ていた。

 

「スズカさん、エルちゃん、グラスちゃん。みんな頑張って……!」

「スズカ、今回はどんな走りするんだろう」

 

 きゅっと手を握り、ゲート前で準備運動している同期と先輩を応援しているスペシャルウィーク。

 そして楽しそうに笑っているシャインフォート。脚のケガは順調に回復しているらしく、今は走れるまでになったようだ。

 

「今日のスズカは今までと違ったな」

「そうだねぇ。いつものスズカさん以上に調子がよさそう」

「今日は私が大吉だったので、幸運パワーを差し上げたのです!」

「オウ! ジンツウリキというやつデスネ!」

 

 相変わらずわいわい盛り上がっている我らがチーム。

 楽しそうだなと思っていたら視線を感じた。振り返ると、後ろの観客席後方でエアグルーヴがこちらを睨んでいた。隣には苦笑いするシンボリルドルフもいる。

 彼女たちもこのレースに注目しているみたいだ。

 

『東京レース場のメインレース、毎日王冠。京都レース場では、同じくメインレースの京都大賞典が行われています。西も東も今日は本当にどきどきわくわくそわそわ、どっちもGⅡレースなんですが……すごいことになっています』

 

 京都大賞典はセイウンスカイが出るレースだ。他にもフクキタルとしのぎを削っているメジロブライトやキヌノセイギ、宝塚記念2着のキンイロリョテイも出走する。

 今の世代がスターウマ娘だらけ、黄金世代と言われているのも頷けるぐらい、みんな華々しい実績を持っているのだ。

 

『さあ、各ウマ娘。ゲートイン完了しました。まもなく始まります毎日王冠!』

 

 ――ガタンッ

 

『スタートしました! 少し出遅れたかグラスワンダー!』

「グラスちゃん!」

 

 グラスワンダーがほんの少しだけ出遅れた。

 やはり怪我をして春シーズンを休んでいた影響が出ているようだ。

 

『先頭をとるのはやはりこのウマ娘! 2枠2番サイレンススズカ!』

「やっぱり速ぇな、スズカのやつ」

「うん。もうわたしじゃあ前に出れないかも」

 

 ゴールドシップの言う通り、スピードの違いが如実に出ている。

 スタートし始めてすぐにグンと加速して一気に前に出て先頭を走っていた。ダービーのシャインフォートのように、スズカの前をとって逃げを防ぐことはかなり難しいだろう。

 

「でもスズカ、飛ばしすぎじゃない?」

「そうでもないですよ? もっと速く走っても大丈夫なぐらいです!」

「ほんとに!? くはー! スズカ速くなりすぎだよ!」

 

 フクキタルからスズカのスピードを聞いて嬉しそうに頭を抱えている。

 ライバルがさらに強くなったのがよかったみたいで、いい笑顔だ。

 

 今のところ後続との距離はそこまで離れていない。1、2バ身程度だろうか。流石に突き放させてはくれないか。

 しかし、ペースはかなり速い。コーナーに入るころには4バ身ぐらいは差がつき出すだろう。

 

『サイレンススズカ先頭でコーナーを回っていきます。バ群はその後ろで固まっています』

 

 スズカがコーナーを回り、後続も少し離されるがついていく。

 グラスワンダーとエルコンドルパサーも差しにいけるよう集団の前のほうで待機している。

 

『1,000m通過タイムは57.7! ハイペースで逃げていきます!』

『先頭集団からグラスワンダーが少しずつ上がってきています! 直線前にしかけるつもりか!?』

「グラスは早めにいくつもりデス!」

「うん。きっと息を入れるところを差すつもりなんだろうねぇ」

 

 グラスワンダーがコーナーに入ってから少しずつ進出していた。

 直線前のコーナーで息を入れるスズカに狙いを定めたのだろう。

 しかし、出遅れからペースを上げてついていっている上、ここで仕掛けるのはかなりキツそうだが……。

 

『大ケヤキを越え、最後のコーナーへ! グラスワンダーが詰めていった! サイレンススズカを捕えることができるのか!?』

「スズカさん! グラスちゃん!」

「うぅ~、スズカさん相手に早めの仕掛けはまずいですよ……前のレースもそうでしたからね」

 

 身を乗り出すスペシャルウィークと耳を畳んで困ったような顔をするフクキタル。

 フクキタルが思い出しているのは、恐らく金鯱賞。

 ロングスパートをかけたが逃げからの末脚をくらってぶっちぎられたあのレースだ。

 

『9番のヒュージミサ! そして6番グラスワンダーが上がってくる! しかしサイレンススズカが先頭のままコーナーを出て最終直線へ!』

「おっしゃー! スズカー! ()()()()()ーッ!」

 

 先頭を保ったまま直線へと入ってきたスズカに、ゴールドシップは声を上げる。

 観客たちも東京レース場の長い直線、どんなレースになるのかと大歓声を上げてウマ娘たちを迎えた。

 

『坂を上る! サイレンススズカまだ逃げる!』

「スズカー! ゴーゴー!」

 

 ゴールドシップ仕込みの上り坂へのアプローチはまさしく登山家のごとく。

 全く失速せず、今までと同じハイペースで一気に駆け上がる。

 あれだけの逃げをした上で最後の直線の坂でスピードが落ちないというのは脅威でしかない。

 

 しかし、スズカの独走を許さないウマ娘が後ろから追い上げてきた。

 

『内外に少しヨレながらエルコンドルパサー!』

『グラスワンダーは伸びが苦しい!』

「来たね! スズカ、がんばれ!」

 

 突っ込んできたのはエルコンドルパサー。ハイペースでの走りで体が少しブレてヨレるものの、唯一スズカに食らいついている。

 グラスワンダーは息を入れたところに差せず、そのまま苦し気にずるずるとスピードを落としていく。

 

『200を通過っ!』

「エルちゃん!」

「スズカさん! そのまま逃げ切ってくださ~い!」

 

 エルコンドルパサーがここだと仕掛けたようだが、全く差が縮まらないことに驚愕している。

 目を見開きながら追いかけていくが、スピードはこれ以上上がらない。消耗しているのだ、ハイペースのレースによって。

 

『サイレンススズカだ! サイレンススズカだ!』

『2番手はエルコンドルパサーだが離れている!』

『グラスワンダーは3番手も苦しい!』

 

 スズカは全くペースを落とさず、脚を溜めて解放したはずのエルコンドルパサーと同じスピードの末脚で一気にゴールまで駆けていく。

 ほんのちょっとずつだがエルコンドルパサーが差を詰めている。しかしその差は3バ身かそれ以上ある。

 これではもう、スズカには追いつけない。

 

「スズカさん、すごい……! エルちゃんもグラスちゃんも、がんばってー!」

「すごいデス! スズカー!」

「スズカさーん! スズカさーん!」

「スズカー! わたしの分まで逃げてくれー!」

「スズカさ~ん! スピードの向こう側まで行きましょ~~~う!」

「行けー! 先頭の景色はぜってー譲るんじゃねー!」

 

 ――スズカー! ぶっちぎれー!

 

 スペシャルウィーク、シャインフォート、そしてチームのみんなで応援する。

 スズカが少しだけこちらに目線を向けると、小さく微笑んでからグン! と駆けていく。

 詰め寄るエルコンドルパサーに影も踏ませず、最速の機能美を見せてゴール板を抜けていった。

 

『サイレンススズカが1着でゴールイン!』

『グランプリ・ホースの貫禄ッ! どこまで行っても逃げてやる!!!!』

 

 ゴールの瞬間、俺たちを含めた観客みんなが大歓声を上げた。

 誰も見たことがないような、信じられないような走りを見せたレース。

 喜びながらスズカを見る中で、肌でその興奮を感じていた。

 

「サイレンススズカ、なんてウマ娘なんだ!」

「あのエルコンドルパサーとグラスワンダーにぶっちぎるって……ありえるのかよ、そんなこと!」

「最強だ……最強のウマ娘だ!」

「逃げて差すってマジかよ!? 見たこともねーぞ!?」

 

 近くの観客たちからも驚きと感動の声が聞こえてくる。

 タイキといいスズカといい、なんというか、凄いウマ娘たちがチームに入ったものだなぁと改めて感じる。

 穏やかに笑いながら手を振るスズカを見て、思わず声を上げながら手を振るのであった。




 というわけで、伝説のGⅡレースこと毎日王冠でした。
 実際のレースを見ると、本当に逃げ馬なんだよなコレ……? っていうレース展開です。
 最終直線でもう一回加速して上がり最速に近い速さで走るってどういうこと……?


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36、それぞれの天寿

 フクキタルの育成イベントの中で最も切なくなるアレです。


 毎日王冠を終え、天皇賞秋目前。

 スズカを鼓舞すべく、たくさんの来客があった。

 

「スズカさん! 応援してます!」

「負けないでくだサイ! スズカさんを倒すのはアタシデース!」

「大逃げの走り、見せてくださいね~」

 

 スペシャルウィークたち黄金世代の5人。

 エルコンドルパサーとグラスワンダーは毎日王冠で敗れたが、スズカの次走に大きな期待をしているようだ。

 交流が少ないセイウンスカイとキングヘイローも、がんばってほしいと声をかけていた。

 

 菊花賞でレコード達成した逃げをかました黄金世代きってのトリックスター、セイウンスカイ。

 他の追随を許さないスピードで先頭を譲らないサイレンススズカ。

 去年は皐月賞、ダービーとレースを完全にコントロールしたシャインフォート。

 どうやら逃げウマ娘の時代が到来しているらしい。

 

「や。スズカ」

「シャイン」

 

 そんなことを考えていたらシャインフォートがやってきた。

 脚にサポーターは付けているが、全く問題ないようだ。

 そろそろ復帰戦だと張り切っていて、楽しそうにトレーニングをする姿が見られる。

 

「天皇賞、楽しみにしてる」

「ええ、ありがとう」

 

 逃げウマ娘同士、何か通ずるところがあるらしい。

 多くは語らず、目を見合わせて去っていった。

 

「今日は来客が多いのだな」

「エアグルーヴも来てくれたのね」

 

 苦笑しながら入ってきたのはエアグルーヴだ。

 先輩ではあるがあのスズカが敬語を使わないぐらい気を許している友人でライバル。

 去年の天皇賞秋の勝者でもある。

 

「緊張は……していないようだな。スズカらしい」

「ええ。私はただ、先頭で走るだけだから」

「ふっ、そうか」

 

 いつもと変わらないスズカを見て、エアグルーヴはクールに笑う。

 しばらくはお互いの調子を聞き合っていた。札幌記念での勝利や、次のレースなど。

 

「エアグルーヴはエリザベス女王杯に出るのね」

「ああ。女帝として、是非とも欲しいタイトルだ。私の適性にも合っている」

 

 静かに闘志を燃やすタイプのスズカと対照的に、エアグルーヴはぐっと拳を握って闘志を燃やす。

 どちらもクールなのに、こういうところでは違いがあるのだなぁと思わず見比べてしまう。

 

「お互いに勝つぞ、スズカ」

「ええ。がんばりましょう」

 

 フッと笑ってエアグルーヴは去っていった。

 ようやく来客が落ち着いたとスズカに水を渡していたら、トレーナー室の扉がノックされる。

 開けてみると、そこにいたのはシンボリルドルフ。

 

「やあ、トレーナーくん。スズカがここにいると聞いたんだ。少しいいかな」

「ルドルフ会長?」

「こんにちは、スズカ。少し話をしたくてね」

 

 ルドルフもスズカと話がしたいようだ。

 部屋に通すと、不思議そうなスズカと対面する。

 

「毎日王冠の走り、見事だったよ」

「ありがとうございます」

「天皇賞秋。またあの走りを見せてくれるのかな」

 

 どうやらルドルフも期待しているようだ。

 それだけスズカの大逃げが目を引くのだろう。

 あの走りを見せられたら、そりゃあ注目するけどな。俺のチームで良かった、うん。ありがとう先輩。今度菓子折りをあげます。

 

「はい。私はただ、誰よりも早く先頭で走るだけです」

「ふふっ、そうか。楽しみだ」

 

 ケガだけはしないようにね。そう言ってルドルフは部屋を出ていった。

 色々な人から期待されているな。

 

「そうですね。ちょっと驚いてます」

 

 少しだけ困ったように笑うスズカ。

 

 喉を潤して休んでから部室に向かう。

 既にチームメンバーがそろっていて、遅れてきたスズカを見てお迎えしてくれる。

 

「やっときたか! 随分もみくちゃにされてたみてーだな」

「大人気ですねぇ~。気持ちはわかりますよ! 期待しちゃいますもん!」

「わたしも応援しちゃうなぁ」

「あの走りはすごかったデス! ゼンブ1番人気デスヨ!」

 

 タイキが見せてくれた新聞には、天皇賞秋の人気が書いてあった。

 11月1日の1枠1番で1番人気という1尽くし。天に勝てと言われているぐらいの最高の条件だ。

 

「こんなにみなさんから期待してもらえるなんて、スズカさんは幸せですねぇ~。私もこのぐらい注目されたいものです」

「幸せ……ねえ、みんなって今、幸せ?」

 

 ふとスズカが話す。

 俺もフクキタルたちも不思議そうな顔をするが、みんな笑顔で頷く。

 

「私は幸せですよ~! 大切な人が周りにいっぱいいます! トレーナーさんとか、フナボシのみなさんとか、ファンのみなさんとか! 思いっきりレースして応援してもらうのがとっても楽しいです!」

「ハイ! フランスでフレンドができマシタ! それに、レースにもたくさん勝ててマス! とってもシアワセ? デス!」

「うん。強いみんなと一緒に走れるし、がんばってがんばってレースに勝ったりして。すっごい充実してるなぁ」

 

 それぞれがそれぞれの幸せを感じている。

 トレーナーとしては、とても嬉しいことだ。

 

「ゴルシちゃんはおもしれーことがありゃあいつだって幸せ者だぜ! 当たりのラーメン屋見つけたりとかな!」

「そう……みんな充実しているのね」

 

 スズカはそう言って穏やかに笑う。

 急にどうしたの? と聞いてみると、顎に手をあててうーんと唸った。

 

「私、手ごたえは感じているんですけど、普通ぐらいというか……まだたどり着けてないんです」

「――スピードの向こう側」

 

 以前からスズカが話していた、スピードのその先。

 金鯱賞や毎日王冠でのぶっちぎった走りをしても、まだ目指すところには行けていないらしい。

 

「あともう少しなんです。その先に、私の幸せがあると思うから……」

「感じられるのは、ほんの一瞬かもしれない。でも、みんなに負けないぐらいの幸せ。つかんでみせるから」

 

 グッと力強く拳を握るスズカ。その決意はとても強いものだ。

 それを見て、フクキタルがふっふっふと笑う。

 

「ならばスズカさん! 幸せを掴んだその先に、最強最大大吉級の幸せになれる方法を教えてあげましょう!」

「おお! 随分と言うじゃねーか」

「それは……?」

「それは、長生きすること!」

 

 親指を立てて自信満々に答えるフクキタル。

 それを見て、俺とゴールドシップ以外はぽかんとした顔をした。

 

「ほら、大事な人と一緒にいるには長生きしなきゃじゃないですか。50歳より100歳! 100歳より200歳! マチカネチョウジュキタルです!」

「オウ! 確かにそうデスネ!」

「フクちゃん、思ったより考えてるんだねぇ」

「レイさん!? 思ったよりってどういうことですか~!?」

 

 やいのやいのと騒ぎだすフクキタルたち。

 ゴールドシップがケガに気を付けまくっているのを知っているし、俺もケガだけはさせないようにと思っているから、フクキタルの言う長生きが幸せというのはとてもよくわかる。

 ぎゃいぎゃいと叫ぶフクキタルを見ながら、ゴールドシップと顔を見合わせて笑うのだった。

 

 

 

 

 

   ◆ ◆ ◆

 

 

 

 

 

 天皇賞秋の前日。

 全員のトレーニングを終えると、スズカに話があると声をかけられた。

 夕焼けを見ながら、学園の外を2人で歩く。

 しばらく景色を楽しんでいると、スズカがぽつぽつと話をし始めた。

 

「トレーナーさんには、お話しておこうと思って」

「私、少し前に脚が痛くなったんです」

 

 思わずスズカを見て、すぐさま脚を見る。

 しゃがもうとする俺を慌てて止めてきた。

 

「今は大丈夫です! あの、ゴールドシップが、ケアしてくれたんです」

 

 話を聞いてみると、毎日王冠の後に、好調だったものの少しだけ脚に痛みを感じていたらしい。

 それでも走りたいと思ってトレーニングに行こうとしたら、ゴールドシップに捕まって脚休め地獄めぐりの旅に連れていかれたのだとか。

 ……そういえば、毎日王冠の後にゴールドシップとスズカが突然いなくなったことがあったな。

 

「左の脚首が少し炎症を起こしてたみたいで。でも、今はメジロ家のお医者さんからも完治して問題ないと言われてます」

 

 ゴールドシップからシャインフォートに話がいって、その流れでメジロ家の主治医に見てもらったと。

 軽めの炎症だから特に問題がなかったのですぐに復帰したということだった。

 レース後は長めの休みをさせるから、スズカが足を痛めていたなんて気づかなかった。ゴールドシップがいなければどうなっていたか……。

 露骨にへこんでいると、スズカがそれを見てクスっと笑う。

 

「ゴールドシップが言ってました。トレーナーが凹むから早めに言ってやれって。トレーナーさん、今まで言えなくてごめんなさい」

 

 いや、俺も悪かったよ、と互いに謝る。

 

「……トレーナーさん。私、走ります。ようやく行けそうなんです」

 

 そう言って俺を見る。その目から強い決意と覚悟を感じられた。

 スズカは顔を下ろして、足首についた神むすびを見る。

 

「このお守りがあれば、きっと大丈夫です。だって、トレーナーさんと一緒に走れるから」

 

 顔を上げたスズカは、穏やかに微笑んでいた。

 そんな彼女を見て、思わず頭をぽんぽんと手でたたく。

 頑張って。でも、無理はしないように。そう言うと、スズカは嬉しそうに頷いた。

 

「はい。トレーナーさんにも見せます。私の夢、スピードの向こう側を」

 

 ――楽しみにしてる。

 2人で顔を合わせて笑い、しばらく夕日を眺めながら歩いていくのだった。




 ※この小説の主人公はフクキタルです。
 でも次回もスズカの回じゃよ。

 フクキタルの世代であれば、スズカとタイキは欠かせませんからね。
 ちょっと群像劇のようになってしまいますが、しばしお楽しみください。

 キリよく楽しんでほしいので、次の話は18:00に投稿しますよ!


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37、サイレンススズカの天皇賞(秋)

 あなたにとってはどんな日曜日になるのでしょうか。


 天皇賞秋。

 完成したと言われているサイレンススズカが、最高のパフォーマンスを見せてくれるだろうと観客たちが大勢なだれ込む東京レース場。

 天候は晴れ、芝も良、11月1日、東京第11レース、1枠1番、1番人気。そして、スズカの得意な左回りのコース。

 最高の条件がそろった最高の舞台。スズカに走れと言っているようなものだろう。

 

 レース場が熱狂に包まれている中、控室では静かな時間が過ぎていく。

 スズカはイスに座り、神むすびを手に持ち感触を確かめている。目を閉じて集中している、でも穏やかな空気がそこにはある。

 そんな彼女に気をつかって、チームのみんなも静かに見守っている。フクキタルはスズカのレースをタロットカードで占っているけど。

 

「……ヴッ」

 

 ぺらっとめくったカードが、まさかの13、死神。

 しかも正位置だから、破局とか終焉とか、穏やかではない意味ばかりだ。

 

 流石にカエルがつぶされたような声が聞こえたからか、スズカは不思議そうに振り向いた。

 フクキタルやソーラーレイが慌ててタロットカードを見えないようにと隠そうとするが、すでに遅し。

 バッチリと見られてしまった。

 

「あら……」

「あぁ~! 見られてしまいました! なんと不吉な……およよ……」

 

 フクキタルがどんよりと肩を落とす。

 他の人を占ってるのに自分が落ち込んでどうするんだろうか。

 ちょっぴり変な空気になっているが、スズカはふふっと笑う。

 

「フクキタル。私から見たら逆の位置よ」

「え……?」

 

 確かに、フクキタルが置いた死神は、フクキタルから見ると正位置。

 だが、その向かいにいたスズカにとっては逆位置だ。

 つまり、やり直しや次のステップへ進むという意味になる。

 

「占いって、見え方で変わる物でしょう?」

「そう、ですね。そうですね! たとえ凶が出たって、がんばればいいのですから!」

「いいこと言うじゃねーか、スズカ! うっし、ゴルシちゃんも占ってくれよ、フク!」

「いいですよ! むむむ、はい! 凶です!」

「ぶっ飛ばす」

 

 スズカもフクキタルも心に余裕があるなぁ。

 暴れるゴールドシップをみんなで抑えながらそう思うのだった。

 

 

 

 

 

   ◆ ◆ ◆

 

 

 

 

 

「………?」

 

 地下バ道を歩いている時、脚に違和感を感じた。

 下を向くと、左脚の靴の留め具が外れている。しゃがんでしっかりとつけなおす。

 

「………」

 

 靴を履き直してから、左脚首につけたお守りを撫でる。

 トレーナーさんがくれた、私へのお守り。ケガをしないようにってくれたお守り。

 これをつけると、なんだかトレーナーさんと走っているみたいで。息が切れて苦しい時、励ましてくれているみたいで。

 私を守ってくれているみたい。なんとなく、そう思う。

 

 地下バ道から出ると、観客席から大きな歓声が聞こえてきて、思わず耳がぺたんと倒れてしまう。

 期待してくれているというのは感じるけれど、ちょっと大きすぎないかしら……。

 

「スズカー! 今日も見せてくれー!」

「大逃げ期待してるぞー!」

「ぶっちぎってくれよー!」

 

 ファンのみなさんから声をかけられる。

 私の大逃げは、みんなに夢と感動を与えられているみたい。少し、嬉しい。

 

 ゆっくり歩きながら集中していると、ゴール前にいるみんなを見つけた。

 トレーナーさんにフナボシのメンバー。スペちゃんも来てくれている。シャインフォートも。

 遠くにはエアグルーヴ、会長もいる。見に来てくれたのね。

 

 トレーナーさんが私を見て、グッと親指を立ててくれる。

 私の好きに走っていい……そういうことですよね、トレーナーさん。

 出走前インタビューでのことを思い出す。

 

 ――スズカは今回も先頭を走りますよ。

『大逃げですね! 毎日王冠では57.7とオーバーペースでしたが、天皇賞では抑えるのでしょうか?』

 

 トレーナーさんの回答に、記者の人がペースを聞いてくる。

 その時、トレーナーさんは楽しそうに笑って答えた。

 

 ――オーバーペースで逃げますよ。

 

 会場にいた人たちは、みんな驚いていた。

 だって距離も伸びているし、最初から速いタイムで逃げないから。

 でも、トレーナーさんは自信満々に答えてくれる。

 

 ――オーバーペースが、スズカのマイペースなんですよ。だから、自分の好きに走るだけです。

 

 私はそれを聞いて、きゅっと胸が熱くなりました。

 最初にスカウトしてくれたトレーナーにはごめんなさいと言わなければならないけれど。

 トレーナーさんが私のトレーナーでよかったって。嬉しさで自然と息が漏れたから。

 

 トレーナーさんを見て頷く。

 私、走ります。誰にも邪魔されない先頭に。

 だから、トレーナーさんとの作戦通り、気持ちよく走りますね。

 

 

 

 

 

『ウマ娘たちが追い求める一帖の盾。鍛えた脚を武器に往く栄光への道! 13万人のファンたちが集うここ東京レース場で行われます、天皇賞秋!』

『実力、人気共に備えたキヌノセイギ。今日は3番人気です』

『2番人気はメジロブライト。春に続いて秋の盾を手にすることはできるのか!』

『そして1番人気はここまで3連勝! 異次元の逃亡者! サイレンススズカ!』

 

 ゲートに入って目を閉じる。

 ひとつ息を吐いて目を開けて、体にぐっと力を入れる。

 今日もいつも通り。最初から最後まで、一番前に……!

 

『ゲートイン完了! 出走の準備が整いました!』

 

 ――ガタンッ

 

『スタートしました! 各ウマ娘、きれいなスタートを切ります!』

 

 ゲートが開いた瞬間、グン! と思いきり前に出る。

 ゴールドシップから教えてもらった加速の仕方。流石に爆発するみたいにはできないけれど、スタートで使うぐらいなら。

 

『先頭に躍り出るのはやはりこのウマ娘、サイレンススズカ!』

『逃げにとっては最高の条件がそろっていますよ!』

 

 今日は苦労せず先頭に出ることができた。

 トレーナーさんが言った通り、誰にも邪魔はされなかった。一緒に行ってしまうと、スタミナが切れてしまうから。

 

『シズカナシカクも追いかけるが、サイレンススズカが速いッ』

 

 ……200m走ったから、もういいのよね。

 グッと足に力を入れて、好きなように、好きなスピードでどんどん走る。

 トレーナーさんから、最初の200mだけゆっくりして、そこから突き放そうと言われた。

 今回は邪魔されないから、最初の1ハロンをゆっくりさせてもらおうということ。

 ヘタすればそのまま沈んでしまいそうなのに……凄い作戦ですね、トレーナーさん。

 

『サイレンススズカが加速した!? 後続をどんどん突き放していきます!』

『誰も彼女についていけません! 1人だけ別の次元でレースをしているかのようです!』

 

 今日は調子がとてもいい。フォームも崩れないし、脚も軽い。なのに力を入れれば入れただけ速く走れる。

 これならいけるかもしれない……スピードのその先へ!

 

『サイレンススズカ独走! 一体何バ身差がついているのかわからないぐらい、大きく大きく差をつけていますサイレンススズカ!』

 

 気持ちいいぐらいスピードが出る。

 スタミナだって全然余っている。みんなとトレーニングしてきた成果だ。

 もっともっと走りたい! もっと速く!

 

『サイレンススズカが1,000mを通過! た、タイムは57.4ッ! 超ハイペースです! 前走の毎日王冠を超えるスピード!』

『このままいけばとんでもないレコードがでますよっ!』

 

 第3コーナーに入る。

 ゴールドシップから教えてもらったコーナリングで減速せずに回り、ほんの少しだけ息を入れる。

 ここから加速してコーナーを抜けて、そうしたら最後の直線。

 そこに行けば見えるはず、スピードの向こう側……!

 

 息を入れ終えて、加速のために左足を地面につける。

 グッと力を入れようとした瞬間、物凄く変な感覚がした。

 ここで行ってしまえば、全てが終わってしまうような。スピードの向こう側どころか、何もできなくなってしまうような。

 背筋が凍ってしまって、涙があふれてしまうほどの恐怖が私を襲った。

 

 でも、怖くても左足はもうターフに降りてしまっていて。

 あとはもう、踏みこむだけ。

 怖い……! 思わず心の中で叫んだ時。

 

 

 

 行こう、スズカ!

 

 

 

 トレーナーさんの声が聞こえた。

 そうしたら、怖さも何もなくなって。

 思いきり左足を踏みこんだ。

 

 ――プチッ

 

 思わず「あっ」と声が出た。

 

 

 

 

 

     ◆ ◆ ◆

 

 

 

 

 

『大ケヤキを通って第4コーナーへ!』

 

 俺たちは手を握り締めてコーナーを睨みつける。

 このレースを見ていた誰もが見ているんだ。サイレンススズカに、夢を。

 最初から最後まで、ありえないほどのスピードでぶっちぎる異次元の逃亡者を!

 

『最初に見えてくるのは、たった1人! たった1人です!』

『――サイレンススズカッ!!!』

 

 うわああああああああああ!!!!! と大歓声が上がり、誰もが立ち上がって身を乗り出した。

 スズカが最初と変わらないスピードで、コーナーをグングンと回ってきたのだ!

 

『サイレンススズカッ! とんでもない走りだ! サイレンススズカだけが! サイレンススズカだけが! この最終直線のターフを走っています! なんということだッ! なんてウマ娘なんだサイレンススズカ!』

 

 スズカが坂を駆け上がる間に、ようやく2番手の逃げウマ娘、シズカナシカクが最終コーナーを回って直線へと入ってくる。

 上り坂を超えるとふぅと息を吐き、大きく吸うと、さらにグン! と加速する。

 

『ここでさらに加速したサイレンススズカ! 先頭の景色は譲らない! 先頭の景色は絶対に譲らない!』

「スズカー! 最高だぁー!」

「スズカさ~ん! ぶっちぎりですよぉ~!」

「スズカさーん! すごいよぉーー!!!」

「ファンタスティック! スズカー!」

 

 ――スズカーッ! 走れぇーーーッ!!!

 

 みんなで声を上げると、スズカがこちらを見た。

 フッと、今までにない充実した笑顔を見せると、そのままさらにグン! グン! とゴールに突っ込んでいく。

 

『サイレンススズカ独走! サイレンススズカ独走! こんなことが今まであったでしょうか! 異次元の逃亡者サイレンススズカ! 今、ゴールインッ!!!』

 

 わあああああああああああああ!!!!!!!!!!!

 大歓声が上がり、誰もが飛び上がって喜んだ。

 まだレースは終わっていないのに。とんでもない状況だ。

 2着以降は、スズカからかなり遅れてゴールインしていく。一体どれほどの差ができたというのだろうか。

 

「なんてウマ娘なんだ……サイレンススズカ!」

「底がしれないわ……! なんて速さなの!」

「最強……いや、伝説だ……! 俺たちは今、伝説を見ているんだ!」

 

 観客は誰もがみな今のレースに心を揺り動かされた。みんなの夢がそこにあったのだ。

 

 レースが終わり、一緒に走った誰もが唖然としている中。

 スズカはゆっくり観客の前を歩き、控えめに手を振っていた。

 

『栄光の日曜日の主役となったのはサイレンススズカ!!! 第4コーナーの向こう側から、みごと盾の栄誉を勝ち取りました!!!』

「スズカさーん! 最高だったよぉー!」

「スズカー! コングラチュレーション!!」

「トレーナー! ウィナーズサークル行くぜ!」

「私も行きますよ~! みなさん、カムトゥミ~~!!!」

 

 全員でスズカに手を振りながら、ウィナーズサークルへと走っていく。

 伝説になるレースを見てしまったと、未だにドキドキする心臓を抑えながら。

 

 ウィナーズサークルに向かうと、既にスズカの周りにチームメンバーが集まって祝福していた。

 

「すっごいレースでしたよ、スズカさん!」

「うんうん! 最高だよぉ!」

「ありがとう、フクキタル、レイ。うむむ」

 

 フクキタルとソーラーレイは大興奮で、謎の儀式のように周りで踊っている。

 タイキはぎゅむぎゅむとスズカをハグしていた。タップされているのに全くの無視。気づいていない様子だ。

 

「やったみてーだな、スズカ」

 

 スズカの満ち足りた表情を見て、ゴールドシップが口にする。

 うん、と俺は頷く。

 みんなのところに歩いていくと、スズカがぱぁっと明るい顔で近づいてきた。

 

「トレーナーさん! 私、この天皇賞で、あの景色を見ることができました!」

「たくさんのウマ娘の鼓動をかきわけた先……その向こう側」

「――今までで1番静かで、綺麗で……!」

 

 興奮気味に話すスズカ。

 自分が目指したスピードの向こう側、そこへたどり着けた感動を俺に伝えようとしてくれている。

 

「私、出られてよかった! このレースで走れてよかったです!」

 

 笑顔でそう話すスズカに、ただ一言。

 

 ――おかえり!

 

 そう伝えた。

 スズカは嬉しそうに、大きく頷いた。

 

「はい! ただいま帰りました、トレーナーさん!」

 

 

 

 

 

 

 興奮しっぱなしの記者たちが詰め寄せる中始まったインタビューは、今まで受けてきた中で1番の熱気だった。

 それもそのはず。このレースでスズカが出したタイムは1:55.9。2着のタイムは1:59.3。なんと3.4秒差だ。しかも、2度と更新されないであろうと言われたトーセンジョーダンのレコードタイムを0.2秒も更新したのだから。

 スズカならワールドレコードの更新も見えるはずだ! と記者たちも大きくときめいていた。

 

 勢いが凄まじいインタビュアーや記者にちょっと困りながらも一生懸命応えているスズカに、ある記者から質問が飛んできた。

 

「あの、ぶしつけかもしれませんが。サイレンススズカさんって、左足にトレーナーからいただいたというミサンガのようなものをつけていたと思うんです。今は外しているんですか?」

 

 俺も記者も、スズカも左足を見る。

 そう言えば神むすびが見当たらない。

 レース前に外したのか? そう聞くと、スズカは嬉しそうな表情で首を横に振った。

 

「トレーナーさんが守ってくれたんですよ」

 

 そう言われた。んん?

 首を傾げていると、スズカが説明してくれる。

 

「第4コーナーに入る時、脚を踏み出したら変な感触がしたんです。このまま踏みこんだら、もう走れないかもって不安になる感じです」

「怖くなってどうしようと思った時、トレーナーさんの声が聞こえて。そうしたら、怖さがなくなったんです」

「それで思いきり踏みこんでみたら、お守りが切れてしまったみたいです。健康祈願のお守りだったので、トレーナーさんがケガから守ってくれたからかなって」

 

 そうだったのか……。

 よかった、スズカが無事に帰ってきてくれて。

 思わず顔を見合わせて安心していると、記者たちからおぉ……! と声が漏れ、パシャシャシャシャ! と激しいシャッター音が。

 いつでもいる乙名史さんなんかすばらしいです!!! っていつも通り大声を出しているし。

 

 でも、神むすびが守ってくれたなら、本当に良かった。

 うん、と1つ頷くと、スズカが服の裾をちょんと引っ張った。

 

「トレーナーさん。また、もらえますか? お守り」

 

 少しだけ不安そうに聞いてくるスズカに、もちろん! と答える。

 よかったですと笑顔になるスズカを見て、今日は最高の日曜日だったと思うのだった。




 栄光の日曜日を迎えたフナボシ。
 未来は明るい。


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38、お休み

 お休みをいただきます!
 彼女がね!


 伝説となった天皇賞秋からしばらくして。

 スズカは来年までの長期休みを取ることとなった。レースは勿論出ないし、トレーニングもしばらくは軽いものばかりになる。

 これは驚くべきことに、スズカからの提案だったのだ。

 

「トレーナーさん。私、少し休もうと思います」

 

 チームの部室で言われた時、全員が驚いてぽかんとしてしまった。

 いつも通りルービックキューブで遊んでいたゴールドシップもギョッとして手を止めていたぐらいだ。

 

 どうしたのか聞いてみたら、毎日王冠から脚に負担がかかりすぎたからと話してくれた。

 しばらく休んで、万全の状態でまた走りたいと。

 あまりにも衝撃が強すぎて、みんな本物か……? と疑いの視線をぶつけていた。

 その状況を見て、困った様子で俺を見る。

 

「あの……そんなに驚くことですか?」

 

 うん。大きく頷く。

 

「スズカってほら、マグロみてーだからよ」

「マグロ? フィッシュ?」

「……あ、マグロってずっと泳ぎ続けてるんでしたっけ」

 

 泳ぎ続けないと息ができなくて天に召されてしまうんだよ。

 

「スズカみたいデスネ!」

「スズカさんだねぇ」

「そうですね~」

「だろ?」

「うそでしょ……」

 

 自分が走り続けないと生きられないウマ娘だと思われていたことにショックを受けている。

 いやぁ、夕食後にもちょっとだけ……と言いながらターフを走っているからな。ターフが好きすぎる。

 

「でもいいんじゃねーか? 最近走り詰めてただろ。コアラぐらい休んどけよな」

「寝っぱなしだねぇ」

 

 俺もそう思う。スズカも少し休むと言っていることだし、思い切って今年いっぱいは休めばいい。

 来年のURAファイナルズもあるわけだからね。

 

「そうですね……はい。ちょっとゆっくりしてみます。スペちゃんにも迷惑かけたし……」

 

 同室のスペシャルウィークに心配をかけていたらしい。

 毎日王冠後に脚の不調を感じていたみたいだし、同室だったというならその変化にも気づいていたはず。

 学生らしく、ゆっくり遊んでおいで。

 

「はい。あ、でも……」

 

 もじもじしながら、こちらを上目遣いで見てくる。

 

「少しは走ってもいい、ですよね?」

 

 その言葉を聞いて、部室から大きな笑い声が聞こえてくるのだった。

 

 

 

 

 

   ◆ ◆ ◆

 

 

 

 

 

 スズカは今年の出走レースが終わったが、他のみんなはまだまだ走る。

 ソーラーレイはJBCとチャンピオンズカップ、東京大賞典があるし、タイキはマイルチャンピオンシップがある。

 

 そしてフクキタル。フクキタルは、年末の大一番。有マ記念に向けて、強度の高いトレーニングを行っている。

 

「ふにぃ~~~!」

「ゴーゴー!」

 

 坂路でぱかプチダッシュを懸命に行う。

 既にシニア級ウマ娘としてしっかりと体ができている。4、5回と坂路で走っても、くくりつけたぱかプチが落ちることは無い。

 加えてやる気もある。次こそは勝つ! という気合を入れて走っているのだ。

 菊花賞以降、掲示板には残るものの1着にはなれていないからな。

 

「フィニーッシュ!」

「~~~っ! はふぅ~! ゴールです!」

 

 俺の目の前を通り抜けて速度を落とし、ゆっくり帰ってくる。

 汗を拭いながら近くに置いてあるドリンクを手に取り、ぐびぐび飲む。

 

「ぷふぅ。あ~、上り坂はやっぱり辛いですね~~」

 

 前言撤回しなければならないかもしれない。耳をぺたんと垂らして疲れた表情を見せている。

 やる気があったのは最初の1、2回だけだった可能性が……。

 

「中々な登山家になったじゃねーか、フク」

「そうですか? まだまだキツいんですけど……」

「坂路で走り切ってあんまり息切れしてないのはすごいよぉ」

 

 ソーラーレイが言う通り、坂路を何度も走っているのに、そこまで息切れはしていない。スタミナがついている証拠だ。

 というか、上り坂を走りまくって辛くないわけないからな。

 

「ゴールドシップは坂路、ソーファストデス!」

「坂は駆け上がって駆け下りねーもんだからな」

「逆だと思うけど……」

 

 スズカが困惑しながらやってきた。

 結局走る魅力に勝てず、予定がなくなるとトレーニングに合流している。今日は坂路だから走りこみはしてないけど。

 

「ちょっと回復しました。もう1回行ってきます!」

 

 そう言ってフクキタルは駆け下りていく。

 前言撤回を撤回しよう。やる気はある。

 

「気合入ってんなー、フクのやつ」

「ウィナーになれないっていってマシタ」

「悔しいよねぇ……うん、悔しいよね」

 

 ソーラーレイもライバルと勝ったり負けたりしているから、その気持ちはよく分かるだろう。

 タイキとスズカもわかるだろうが、今現在別格の強さだからな……タイキなんて無敗だし。

 

「うっし! ゴルシちゃんも見せてやるか! 怒りのデスロード!」

「何を見せるつもりなの!?」

 

 はしゃぎながら坂を下りるゴールドシップを見て、思わずツッコむスズカだった。

 

 

 

 

 

 トレーニングを終えて部室に戻る。

 この時ばかりは学生らしく、部室でガールズトークに花を咲かせる。

 まあ、俺もいるんだけど。戸締りしなきゃいけないから。

 

「スズカさん。この前走るのお休みするって言ってましたけど、どうしてですか?」

「あの時言った通りだけど……ちょっと無理しすぎちゃったから」

 

 フクキタルが机にぺったり体を預けてスズカに話す。

 先日話題になった『スズカ走るのを休む』事件。何やら気になるところがあるようだ。

 

「あ、えっとですね~。今までスズカさんって調子が悪くてもなんでも走ってたじゃないですか」

「そう……?」

「そうですよ! ケガしててもトレーニング行こうとしてたの知ってるんですからね!」

 

 フクキタルにそう言われて、スズカは驚きながら俺を見た。

 ちょいちょいとゴールドシップを指さすと、むっとした表情で睨む。

 ゴールドシップは全く気にせずにタイキとソーラーレイの3人でサイコロを投げまくっている。ヤッツィーでもしてるのだろうか。

 

「だから、急に休むって言ってたので……ちょっと気になったんです」

「そういうことね……はぁ……」

 

 自分の失態をバラされて、少し恥ずかしそうに息を吐くスズカ。

 あはは、とフクキタルも苦笑い。

 

「本当は調子も良かったし、脚も痛みなんてなかったの。でも、トレーナーさんからもらったお守りが切れたから」

「脚に付けてた神むすびですね」

「ええ。私の代わりに切れたと思うと……目標も達成できたから、休ませてあげないとって」

 

 そう言ってスズカは左脚を見る。

 そこには新しい神むすびが巻かれていた。

 

「それに、きちんと休んだほうがいいって言われてたから」

「エアグルーヴさんですか?」

「何で知ってるの……?」

「だって、スズカさんがエアグルーヴさんと会ってからずっと言われてるじゃないですか」

 

 みんな知ってますよ。フクキタルにそう言われると、うそでしょ……とがっくり肩を落とす。

 正直俺もスズカに会う前から知っていはいた。エアグルーヴから走るのが好きすぎて休まないやつがいる。どうするのが正解だ? と困った様子で助言を求められたことがあるから。

 トレーナーたちの中でも有名だぞと話すと、手で顔を隠してうぅ……と唸っていた。

 客観的に見ると、じゃじゃウマ娘だなぁ。そう思う。

 

「はぁ……気をつけないと」

「エアグルーヴさんには色々教えてもらってばっかりですね~」

「そうね……でもフクキタル。フクキタルの話を聞いて、最終的に休むことにしたのよ」

 

 え? とフクキタルが驚いてスズカを見る。

 ふふっと笑いながら、スズカは思い出すように少し上を見た。

 

「幸せになるにはどうすればいいか。フクキタルが教えてくれたじゃない」

「……あ! アレですか! 長生き!」

「そう。フクキタルに言われて、確かにそうかもって思ったの」

 

 スズカさんも同じですね! フクキタルはぐっと親指を立てる。

 それを見て、そうね、とスズカも頷いた。

 

「私、やっぱり走ることが好き。たくさん走るには、やっぱり長生きしなきゃ」

「そうですね~。私もたくさん走って、長生きして、大切な人と楽しくいたいです」

「うん、そうね。だから、長生きするために、ケガをしないようにって思って。だから休むことにしたの」

「そうだったんですね~」

 

 ははぁ~と納得してうんうんと頷いた。

 フクキタルの占いとか考え方の影響が、いい方向に出たみたいだ。

 やっぱり長生きって大事ですよねと神妙に頷くフクキタルを見て、幸運を運んでくれたんだなぁと思うのだった。




 というわけでスズカ、お休みの巻。
 なおトレーニングには積極的に顔を出す様子。休みじゃないじゃん!

 というわけで、この小説のスズカは育成ストーリースズカなのでとっても元気に、その先の景色を見て帰ってきました。
 湿っぽい展開なんてなかったんや!


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39、クリスマス

 フナボシのクリスマス!


 有マ記念まであと少し。

 チームではフクキタルとソーラーレイ以外、今年に出るレースを終えていた。

 

 ダートで3連戦という挑戦をしているソーラーレイ。

 9月に出走したシリウスステークスでは快勝したものの、JBCクラシックではやはり現在ダート最強と言われるアフクママルコに2バ身差つけられ敗北。

 GⅠダートで2バ身差か、と驚愕していたが、なんと次走のチャンピオンズカップでスズカのような魂を燃やす走りと末脚の爆発。最終直線前に6バ身差もつけられていたのに、そこから差して1着。

 あまりの逆転劇と凄まじい追い上げにレース場は沸きに沸いた。俺たちも見ていてうおお~! と盛り上がっていたし。

 ライバル関係となってバチバチになっているソーラーレイとアフクママルコ。次走の東京大賞典で、今年の総決算が行われる。今から楽しみだ。

 

 タイキシャトルはマイルチャンピオンシップ。

 今まで無敗かつ海外GⅠ勝利という輝かしい結果から絶対的な1番人気で出走。

 同じく海外GⅠを勝利したシーキングザパールも出走し、大きな賑わいを見せた。

 スプリンターズステークスから距離が伸びるので、いっぱい食べてねと言ってたらスペシャルウィークたちと大食いに行きまくって凄い体重を増やしてきた。

 大丈夫なのかと不安だったので、最終直線は全力で走ってほしいと言ったらなんとぶっちぎりもぶっちぎりの凄まじいスピード。

 マイルGⅠレースの最大着差タイの5バ身差をつけて勝利した。とんでもないウマ娘をスカウトしちまったもんだぜ……と他人事のように頷いていたのも記憶に新しい。

 

 そんなこんなで12月に入って最後の調整となった。

 ソーラーレイは2ヶ月の間に3レースということもあって、ゴールドシップにより強制休養の旅に連行されている。今頃温泉に沈められていることだろう。

 タイキも温泉に入りたいということでゴールドシップたちについていった。マイルチャンピオンシップも終わってお休み期間だからな。

 フクキタルもフクキタルであまり強めのトレーニングは行っていない。

 疲労を抜きつつ、レースに向けた体の動かし方を身につけているところだ。

 

「このあたりからですか?」

 

 そういって第4コーナー前で立つフクキタル。

 どこから仕掛けるのかをある程度決めている。

 というのも、フクキタルはバ群に埋もれてもそこから何事もなく突っこんでいくので、タイミングさえ決めておけば末脚は発揮されるからだ。

 バ場状態や出走ウマ娘、レースでの状況によって多少アドリブは必要だが、フクキタルなら大丈夫だろう。

 最近アドリブが上手になってきたからな。かなり落ち着いて考えられるようになっている。

 

「ちょっと前から走ってみますね」

 

 そう言って向こう正面へと走っていく。

 コーナー前ぐらいまで行くと、そこから走ってきて指定の場所で強く踏みこみ、加速。

 ギュン! と風を切りながら直線に入っていく。うん、ゴールドシップ直伝のコーナリングで綺麗に回って加速も抜群だ。

 スピードをゆっくり落として止まり、こちらに戻ってくる。どう?

 

「う~ん、もう少し後ろからのほうがいいんでしょうか? 有マ記念って早めに動き出す方多いみたいですから」

 

 それもそうだな。

 ゴールドシップの時に学んだが、中山の直線は短い。だから、早めの仕掛けやペースアップが多くなる。

 だからそのまま抜け出せる先行が有利だと言われるわけだが……まあ、ゴールドシップみたいに最後方からぶっちぎってくるタイプもいるから参考程度だけど。

 正直直線までに加速して抜け出せるなら、フクキタルの末脚で勝てると思っている。

 だってゴールドシップより速いんだ、フクキタルの上り3F。ならいけるだろうと考えるよ、普通。

 

「そうですかね~。う~ん……とりあえず1回2,500m走ってみます!」

 

 そう言って親指を立てるので、ストップウォッチを取り出す。

 よーい、スタート! と声をかけると、フクキタルは駆け出していく。うん、スタートもいいな。

 

 ヒシアマゾンのボードがあるゴール地点に戻ると、スズカが水分補給をしていた。

 フクキタルのトレーニングに付き合うと言ってゴールドシップたちに付いていかずここにいるのだが、明らかに走りたくて残っている。

 ふぅーと息を吐くと、ちょっとバツが悪そうに耳をぺたんと倒して俺を見た。

 

「えっと……フクキタル、調子いいみたいですね」

 

 話題を振ってごまかそうとしてきた。

 珍しいこともあるものだなと思って、かなり仕上がっているよと乗ってあげる。

 

「今も楽しそうに走っていて……あの、トレーナーさん。ありがとうございます」

 

 どうした、急に。

 首を傾げてスズカを見ると、フクキタルの走りを嬉しそうに眺めている。

 

「フクキタルって、ちょっと変わっているから……開運グッズがないと友達になれなかった、なんて思ってたんですよ?」

 

 以前フクキタルとスズカ、ドーベルでこっくりさんをやっていた時にそう言われたのだとか。

 状況からしてツッコミどころばかりだが、とにかくそれぐらい自分に自信がなかったのだろう。最初に会った時のフクキタルは確かにそんな感じだった。

 自分には何もない、空っぽだってずっと言っていたし。

 

「でも、トレーナーさんと会ってからしばらくして……急に謝られて」

 

 フクキタルがさめざめと泣きながら謝ってきたらしい。

 どうやら自分が失礼なことを言っていたと理解できたようで、友達でいてください~! と一時騒然としたそうな。

 なんというか……フクキタルらしいなぁ。

 

「菊花賞に勝ってから、自分に自信が持てるようになったみたいです。開運グッズだって、少ししかないんですよ?」

 

 机の上や枕元に、1つ2つあるぐらいらしい。

 勝負服のにゃーさんがあるし、トレーナーさんもいるからもう必要ないです! と自信満々に言っていたとスズカは話す。

 

「信頼されてますね、トレーナーさん」

 

 ありがたいよ、ホントに。

 スズカの顔を見て、互いに笑う。

 落ち着いたところでフクキタルがスパートをしっかりかけて帰ってきた。タイムもかなりいい。

 

「ふぅ~! どうでしたか?」

「スピードだけ見ると、やっぱり私よりフクキタルのほうが速いわ。凄いと思う」

「そうですかね~。あ、タイムもそこそこいいですね! 脚も使い切る形で走れそうですし、スパート位置はこのくらいでいいかもしれません」

 

 自信満々にそう答えるフクキタルがなんだかおもしろくて、俺とスズカはまた笑ってしまう。

 不思議そうに首を傾げるフクキタルを見て、なんでもないよとごまかすのだった。

 

 

 

 

 

   ◆ ◆ ◆

 

 

 

 

 

 今日は12月25日。クリスマスだ。

 トレーナー室でクリスマスパーティをやるぞ! とゴールドシップが号令をかけて、チームフナボシによる有マ記念前のパーティが行われた。

 フクキタルがツリーの入ったでかい袋を持ちながらマチカネサンタキタルです! と豪快に入ってきて袋を破くなんて事件がありつつ、にぎやかに過ごした。

 

 しばらく経ってメンバーたちでプレゼント交換会が始まった。

 

「オウ! ユタンポというアイテムデスネ!」

「うん。あったかいんだよぉ」

 

 ソーラーレイの湯たんぽはタイキに。

 

「4つ葉のクローバーの押し花ね」

「幸運のお守りです! しおりに使ってくださいね!」

 

 フクキタルの押し花はスズカに。

 

「あん? なんだこれ」

「あったからなんとなく……」

 

 スズカの髪留めはゴールドシップに。

 

「すごいですねぇ~……いや、ほんとにすごいですね!?」

「たくさんたべマショウ!」

 

 タイキのバケツサイズのクッキー箱はフクキタルに。

 

「ありがとぉ、ゴルシちゃん」

「おう! ま、暇なときにやるといいぜ」

 

 ゴールドシップの釣り竿セットはソーラーレイに。

 

 それぞれ交換が終わると、みんな俺のほうを見た。

 なんだろう? と思っていると、ゴールドシップがニヤニヤし始めた。

 

「おう、トレぴっぴよー。なんかプレゼントねーのか?」

「ワタシ、トレーナーさんからプレゼント欲しいデス!」

 

 ニコニコしているタイキや静かに笑うスズカ。

 圧をかけられている……!

 まあ、一応あるんだけど。トレーナー机の引き出しから5つプレゼントを取り出してみんなに渡す。

 

「トレーナーさん、これ……」

「綺麗だねぇ」

 

 渡したのはスノードームだ。

 綺麗だなと思ったのと、その時近くにいたウマ娘がいいなーと言っていたのを聞いて買ってみたのだ。

 

「ワオ! 宝物が増えマシタ!」

「ええ。とても綺麗ね」

「相変わらずいいセンスしてるじゃねーか」

 

 好評のようで良かった。

 みんなからは何かもらえるの? そう聞くと、フクキタルがはい! と手を上げた。

 

「私はトレーナーさんにあげますよ! 今はないですけど……」

 

 あはは、と頬をかく。

 何をくれるんだろうと思っていると、フクキタルが真面目な顔で、だけども笑顔で答えてくれた。

 

「有マ記念の1着! トレーナーさんにあげますからね!」

 

 自信満々でやる気に満ち溢れたその言葉を聞いて、スズカ以外のみんなが驚く。

 頼むぞ! そう言うと、はい! と元気よく応えてくれる。

 

 その後、同じように1着をあげますと宣言したソーラーレイと共にみんなからいじられるフクキタルを見て、成長の証が見れるのだろうなと年末のレースに期待を寄せるのであった。




 というわけで、有マ記念に向けて気合を入れるフクキタルでした。
 自信を持ったフクちゃんは強いぞ!


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40、有マ記念

 遅くなりましてすみませんでした。
 ちょっと加筆しておりました。


『今年もやってまいりました有マ記念! 強くて豪華なメンバーがそろっています』

 

 年末の中山レース場。

 いつもとは違う雰囲気の中、レース場にウマ娘たちが集まってくる。

 

「今年はクラシック級からの挑戦者が強いわ」

「そうだねぇ……みんなすごい実力者ばっかり」

 

 黄金世代筆頭と言われている2冠ウマ娘のセイウンスカイ。

 勝負根性は誰よりも勝るキングヘイロー。

 そしてここにきて調子を万全に整えてきたグラスワンダー。

 みんな実績ある強豪ばかりだ。

 

「シニア級も強そうなのばっかだな」

「フム……みんなエネルギッシュデス」

 

 去年の有マ記念覇者のキヌノセイギ。

 春の天皇賞で勝ったステイヤーメジロブライト。

 女帝エアグルーヴと、その彼女をエリザベス女王杯で下したメジロドーベル。

 そして常に上位争いをしているゴールドシップお気に入りのキンイロリョテイ。

 

 流石は有マ記念といったところで、人気の実力者しかいない。

 だが、その中でフクキタルが劣るわけじゃない。大いに期待されるべき実力だ。

 

『3番人気のメジロブライト。ステイヤーである彼女には、この長丁場のレースで実力が発揮されるでしょう』

『メジロ家の実力は誰もが認めるところ。メジロブライトの走りは期待できますよ』

 

 メジロブライトが準備運動をしながら気持ちを高めている。

 彼女は後方から一気に突っこんでくる追込。何度もその末脚を見ている。

 5枠10番と走りやすい枠にいる。ポジション取りはうまくいけるだろう。

 

『2番人気は女帝エアグルーヴ。前走の悔しさをバネに頑張ってほしいですね』

『ジャパンカップではエルコンドルパサーに完敗してしまいましたが、今日に向けて仕上げてきています。距離不安もあまり見られないでしょう』

 

 エアグルーヴは目を閉じ、集中している。

 エリザベス女王杯ではメジロドーベルに渾身の末脚で敗北し3着。続くジャパンカップではエルコンドルパサーがぶっちぎり2着。

 それでも2番人気なのは、やはり彼女はそれでもなお強いと思われているからだろう。

 短い期間で出走しているために少しだけ疲労が心配だが、長丁場でも脚色は衰えない。それが彼女の走りだ。

 

『1番人気は今年のクラシック級主役! セイウンスカイ!』

『中・長距離がベストですからね。彼女には大きな期待がかかっていますよ! 私のイチオシウマ娘でもあります』

 

 いつも通りのほほんとしているのはセイウンスカイ。

 菊花賞で見せた幻惑の大逃げはシャインフォートを思い出させる見事な逃げだった。

 今回の有マ記念でも、その逃げを遺憾なく発揮してくれるだろう。

 

「フクキタル……頑張って」

 

 スズカが小さくつぶやく。

 フクキタルは5番人気だ。ここのところ勝ち切れていないことが理由だろう。

 枠は1枠1番とありがたい場所だ。フクキタルの走りなら、内から突っこんでいけるし。

 しかし、今日の彼女の気合いは今までとは全く違う。最終直線でその恐ろしさを全員が味わうことになる。

 

 ……ちらっとフクキタルがこちらを見た。

 

「フクキタル、ゴー!」

「フクちゃん、がんばって!」

「……行ってこい、フク」

 

 みんなが応援して手を振ると、フクキタルは笑顔で親指を立てた。

 ――楽しく走ってくれよ、フクキタル。

 

 

 

 

 

   ◆ ◆ ◆

 

 

 

 

 

 すぅ~と息を吸って、ふぅ~とゆっくり吐きます。

 今日は1年の総決算、有マ記念です。

 いっしょに走る皆さんは、誰もが本当に強い方々。

 お友達のメジロドーベルさんも、今日はライバルですね。

 

 目を閉じて、手を合わせて願います。

 シラオキ様。今日は私がみなさんに幸運を渡したいと思ってます。

 いえ……幸運をわけます、必ず。

 

 応援してくれているみなさんに福をもたらす、私にとってのシラオキ様になります。

 だから、見ててくださいね。シラオキ様、トレーナーさん、チームのみなさん、ファンのみなさん。それに、死んじゃったお姉ちゃん。

 私、みなさんに届けます! だって、マチカネフクキタルだから!

 

『各ウマ娘、ゲートイン完了しました』

 

 ――ガタンッ

 

『スタートしました! 先陣を切ったのはやはりこのウマ娘! セイウンスカイ! その他好スタートです!』

 

 スタート直後、スピードを上げて駆け抜けていったのはやはりセイウンスカイさん。

 セイウンスカイさんは先頭でペースを操るタイプの逃げウマ娘。

 トリックスターとも言われ、様々な幻惑をしてくるタイプだから、過去のデータは信用しないで自分だけ信じてとトレーナーさんには言われています。

 なら見せましょう! スズカさんとのトレーニングで培った、対逃げウマ娘の走り方を!

 と言っても、自分のペースで走るだけですが。遅いと思ったら勝手にペースを上げちゃいます。

 

『ハナを走るのはセイウンスカイ! しかしマークがキツい! 第4コーナーに入っていきますがまだ後方を離せません!』

 

 流石に菊花賞ウマ娘を先行させたくないのでしょう。みなさん食らいついてます。

 セイウンスカイさんはどう走るのか読めませんが、これだけは言えます。

 スズカさんみたいに飛ばして飛ばして一気に行くのではなく、シャインフォートさんのようにペースを作って乱して走ろうとしているのだと。

 正直スズカさんと走ってるせいで勘違いしてしまいますが、普通ハイペース逃げはあんまりしないみたいですね。ペースメイクして脚を残すのが普通なようです。

 やっぱり癖が強い方が多いですねぇ~フナボシは。

 

『第4コーナーから1度目のホームストレッチへ! 大歓声の中、ウマ娘たちが駆け抜けていきます!』

『ここでセイウンスカイが前に出ていきました! 少しずつ差を広げていきます!』

 

 セイウンスカイさんが直線で仕掛けました!

 ポジション争いが落ち着いて隊列が決まったところで一気に逃げるみたいです。

 単騎逃げは得意みたいですからね、気をつけて進まないと。

 私の後方にいるキヌノセイギさんやキングヘイローさんにも注意しないとですね。差し脚はすばらしいものがありますから。

 

『コーナーに入りまして、先頭でセイウンスカイが差をつけています! 4バ身から5バ身ほどでしょうか!』

『バ群はやや縦長となっております。1,100m地点でタイムは67.2。1,000m60秒ペースです』

 

 ペースは普通……ぐらいですかね?

 そんなに速くないと思います。これなら最後も脚を溜めれます。

 でも、それは逃げているセイウンスカイさんや先行しているエアグルーヴさんたちも同じ。

 脚が残ったままだと、中々差しにくいんですよね~。

 

『向こう正面入りまして、セイウンスカイがまだ飛ばしていきます。先頭集団ではメジロドーベル、その後ろにグラスワンダー。エアグルーヴにキンイロリョテイ』

『後方で脚を溜めているのはマチカネフクキタル、キングヘイロー、キヌノセイギ。最後方にメジロブライトもいます』

「………!」

 

 前のほうでグラスワンダーさんが少しずつペースを上げています。セイウンスカイさんを捕えるためでしょう。

 それにつられて他のみなさんもペースアップしました。いいですね~、差しやすくなってますよ!

 半分過ぎましたし、私もペースを上げていきます! みなさん、スタミナは十分ですか~!

 

「やってくれる……!」

「でもそれが正解っ」

 

 みなさんもゆっくりですがペースを上げてくれました。最内の私がグイッと行ってますからね、上がっちゃいます。

 第3コーナー前にいるセイウンスカイさんの逃げは明らかにペースダウンしています。

 息を入れながら、脚をじっくり溜めているのでしょう。

 しかし、後ろからのペースアップに気づくはずです。そうすると、あまり息も入れられません。

 少し苦しくなっちゃいます。大丈夫でしょうか。

 

『セイウンスカイが第3コーナーに入りました! 少しずつですが差が詰まってきています!』

『ここで少しペースを上げたかグラスワンダー! 先団に進出しています!』

 

 そう言えばスペシャルウィークさんが言っていましたね。

 グラスワンダーさんは差すと決めたら絶対に差してくる怖さがあるって。

 セイウンスカイさんは今、それを強く感じていることでしょう。

 

『セイウンスカイかなり詰められています! これは大丈夫か!』

『先団は上がってきている! 誰が抜け出すのでしょうか!?』

 

 第4コーナーに入って、みなさん加速していってます。

 私もじっくりと加速を……むむむむむ!

 

『最終コーナー回っていきます! 全員上がってきています!』

「ここ入るよ!」

「いるから気をつけて!」

 

 みなさん結構横に広がっていきますね!?

 空間が空きすぎて、私の前にもぐっと入られてしまいます!

 うぐぐ……しかし、トレーナーさんからは、セイウンスカイさんが逃げたなら直線に入った瞬間全開でと言われています。

 なら、ここはなんとかして加速しますよ!

 

「ゴールドシップさんの妙技!」

 

 バランスを崩さないようにしながら、邪魔にならないようにスピードを上げていきます!

 そして、好位につけたなら、一気に行きます!

 

「タイキさんのパワー!」

 

 グッと脚を踏みこんで、溜めていた脚を解放します!

 さあみなさんご覧あれ!

 マチカネフクキタルが福を届けますよ~!

 

「行きますよぉ~~~!!!」

『最終コーナー回って直線に入った! 集団は横並び! 誰が抜け出すのか!』

『先頭のセイウンスカイ粘る粘る! しかし外からグラスワンダーが追いかけてくる! 驚異的な末脚!』

『最後方からはメジロブライト! 一気に突っこんできているぞ! このまま追い抜けるか!』

『内から突っこんできたのはマチカネフクキタル! マチカネフクキタル! バ群をすり抜けて福が来る!』

 

 スズカさんのように体を伏せて、グングンとスピードを上げます!

 今日だけは! 今日だけは絶対に先頭に立ちたいんです!

 絶対に負けません! だって、トレーナーさんに約束したんです!

 有マ記念の1着を上げるんだって!

 

『残り200m! グラスワンダー! セイウンスカイを抜いてグラスワンダー先頭! しかし後方からはメジロブライト! 内からはマチカネっ!? マチカネフクキタル! 爆発するかのような末脚っ!』

 

 少し前にグラスワンダーさんが見えます!

 さっき後方にメジロブライトさんもいたので、今突っ込んできていることでしょう!

 ですが、このレースの最速は譲りません!

 みなさんに、フナボシのマチカネフクキタルが1番速いんだって教えるんです!

 それが福なのです! だから……!

 

「うぅ~! うわあああぁぁ~~~!!!」

『マチカネフクキタルが一気に上がってきた! グラスワンダーと並ぶ! しかしグラスワンダーも粘る! メジロブライトもあと少し! マチカネフクキタル少し前に出たか!?』

 

 先頭ですか!? 先頭ですね! 私が今1番前にいますね!

 なら、この景色だけは絶対に譲りません! もっと、もっと速く!

 ゴールまで走るんです!!!

 

「フクー! 突っ込めー! あとちょっとだあああぁー!」

「フクキタル! 頑張って!」

「フクキタルー! ゴー! ゴー!」

「フクちゃーん! いっけぇー!」

 

 ――フクキタルッ! 走れええェーーー!

 

「い、きます、よぉおおおお~~~!!!」

『マチカネフクキタル! マチカネフクキタルだ! さらに伸びていく! これは決まったか!? グラスワンダーも前に出るがっ! マチカネフクキタルだ! マチカネフクキタル!』

 

 みなさんに、福を、届けるんですぅ~~~!!!

 

『マチカネフクキタルが差しきってゴールインッ! 大勢のファンが詰めかけるこの有マ記念! 中山レース場に福が来ましたぁー!!!』

 

 ぜぇ、はぁ、と息を整えて掲示板を見ます。

 1番……私、ですね。

 

「か、勝ちました……プレゼント、渡せましたよ、トレーナーさん」

 

 ヘロヘロのままトレーナーさんのほうを見て手を振ると、みなさんが笑顔で手を振ってくれました。

 ファンのみなさんも、私にたくさんの声をかけてくれています。

 ああ……福を届けられたんですね……。

 

「フクキタル」

「あ……エアグルーヴさん」

 

 声をかけられて振り向くと、エアグルーヴさんがそこにいました。

 

「完敗だ……フクキタル、強くなったな」

「はい。みなさんのおかげで、私、福を届けられるようになりました」

「そうか。次は勝つ。また走ろう」

 

 そう言ってエアグルーヴさんは歩いていきました。

 ぼーっとその姿を見ていたら、一緒に走ったみなさんからドン! と体当たりをっ!?

 

「ぎゃぼぼ!?」

「おめでとうフクキタル!」

「すごい速かった! 悔しいけど凄いよ~!」

「楽しかった! またやろうね!」

 

 みなさんから祝福を受けました。

 ああ……一緒に走ったみなさんにも、福が届けられた……のでしょうか?

 でも、楽しく走れたのであれば、嬉しいです!

 

 色々な人にもみくちゃにされながら、ウィナーズサークルまで歩いていくのでした。




 というわけで、グラスちゃん1着の有マ記念でしたが、今回はフクキタルの勝利。
 実際は13着と大敗でした。
 でも育成だと1着じゃなきゃいけないのでね。はい。


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41、第2回URAファイナルズ開催!

 URAファイナルズ開催!


「久しぶりだなー、URAファイナルズ」

「私見てましたよ! ゴールドシップさんが会長さんたちに勝つところ!」

「ええ。本当にすごいレースだったわ」

「ま、ゴルシちゃんは腑抜けたやつらには負けねーってことだな!」

「会長さんたちに腑抜けはすごいよぉ……」

 

 ついに始まった、第2回URAファイナルズ。

 今日はその抽選発表の日。

 俺たちは理事長がレースの抽選をしている映像の配信をトレーナー室で見ている。

 

 フナボシのメンバーはそれぞれ出走するレースが決まっている。

 ソーラーレイはダート。タイキはマイル。スズカとフクキタルは中距離。ゴールドシップはなんと長距離に出走する。

 スタミナは問題ないだろうけど、本来ゴールドシップは中距離が最適のウマ娘。大丈夫なのかと聞いたら、2回も同じのとってもつまんねーだろと言われた。

 ……多分、スズカとフクキタルの邪魔をしないようにとしてるんだろう。いいリーダーだよ、本当に。

 気をつけろよと言って背中を叩くと、おう、と短く答える。手に触れる尻尾がこそばゆかった。

 

 そんなこんなで全員参加できることとなったわけだが。

 今回一番気合が入っているのがソーラーレイだった。

 

「次は絶対にがんばるぞぉ!」

「やる気満々ですね~」

「東京大賞典、ファンタスティックデシタ!」

 

 フナボシ今年度最後のGⅠレースだった東京大賞典。

 ソーラーレイとそのライバルアフクママルコがそれぞれ人気を集中させていたわけだ。

 実際のレースではアフクママルコが好位につけて、ソーラーレイは中団でじっくりと待つ形に。

 1,000m走ったところでソーラーレイがロングスパートをかけて少しずつ前に進み、最終直線手前からバ群をすり抜けるようにアフクママルコの隣にまでつけた。

 そして最後の直線。大井の長い直線を2人が他の追随を許さない末脚でデッドヒートを繰り広げる。

 差して差し返しての凄まじい1着争いにレース場が大盛り上がり。大歓声の中重なるようにゴールイン。

 

 結果は何と同着。1着が2人出たのだ。

 観客たちは歓声と共に祝福し、ソーラーレイとアフクママルコは笑顔で握手していた。

 ただ、2人ともできれば勝ちたかったらしく、勝利者インタビューでは次は勝ちます! と2人で宣言していた。

 そしてこのURAファイナルズダート部門に2人とも参戦。決勝で戦うことを誓っているのだ。

 

「スズカさん! 私も頑張りますよ!」

「ええ。決勝で戦えるといいわね」

「えっ。私が負けるかもってことですか……?」

「あっ、違うの! 予選で当たらない方が嬉しいって話で……」

 

 スズカの話下手でフクキタルは顔を両手で隠し、不穏な空気がし始める。フクキタルもわかって楽しんでいる節があるけど。

 わたわた慌てるスズカとニマニマしているフクキタル。楽しそうな雰囲気だ。

 

『注目! これよりレースと出走者の発表を行う!』

「スタートしマス!」

「最初はダート部門からですね」

 

 理事長によるレース抽選が行われる。

 一回目は紙を箱から取り出して選んでいたが、重労働過ぎたのかデジタル化していた。

 理事長の後ろにあるモニターに出走者名と枠番が表示されるようになっただけなんだが。

 

 特にエラーもなく進んでいき、ソーラーレイの名前が呼ばれる。

 東京1,600m。フェブラリーステークスで使用されるレース場だ。ソーラーレイはフェブラリーステークスの勝者。

 かなり有利だろう。本人も自信満々にむふぅ~と鼻息荒く頷いている。

 

「勝つぞぉ!」

「レイなら勝てマス!」

 

 タイキからパチパチと拍手をもらい、闘志を燃やしている。

 かなりいい勝負ができるはずだ。楽しみにしておこう。

 

 続いてタイキ。タイキは正直1,600mならなんでもいい。

 絶対に負けないから。

 断言してもいい。

 

 それに、恐らく今なら2,000mまで走れると思うから1,800mでも負けないだろう。

 マイルの王者は伊達じゃないぞ。なんせ短~マイル無敗のウマ娘だからな。しかもぶっちぎりで。

 でも、適正を考えると1,600mがベストだ。スズカがいなければ誰にも負けないと言えるぐらいには、タイキは完璧に仕上げているからな。

 

『京都1,600m! 1枠1番! タイキシャトルだ!』

 

 遠くからギャアアーー! という叫び声が聞こえてきた。

 まあ、俺もタイキのトレーナーじゃなかったらうめき声を出すかもしれない。

 なんせこの前5バ身差つけて圧勝したのがこの京都1,600m、マイルチャンピオンシップなのだから。

 

「楽しく走りマース!」

「頑張ってくださいね!」

「タイキならいけるわ」

 

 楽しそうに拳を突き上げるタイキ。

 どんなレースになるのか楽しみだ。またマイルで5バ身というおかしい差をつけて勝つぐらいのレースを期待しよう。

 

 中距離部門の発表だ。先に呼ばれたのはスズカ。

 

『阪神2,200m! 2枠3番! サイレンススズカ!』

 

 また遠くでイヤァ~~~! と声が聞こえる。

 まあ、うん。タイキと一緒で、俺もスズカは相手にしたくない。

 だって勝ち筋があまりにも少ない。スズカの逃げを止めるか、脚を溜めに溜めた上でスズカの最後のスパートよりもっともっと速く走るか。そのどちらかだろう。

 もしくは……有り余るスタミナでくっついていって、差しに行くか。ただ、これは相当なスタミナがないとできないけど。

 

「宝塚記念と同じかー。スズカ、ゴルシちゃんぐれー面白く走ってくれよな!」

「ええ。最初から最後まで、先頭のまま走ってきます」

 

 穏やかに笑っているが、その目は速さの向こう側をみた目だ。

 静かに闘志を燃やしている……なんか、前よりもっと落ち着いた気がするな、スズカ。

 

 さて、フクキタルはどうなるか。

 しばらく雑談しながら見ているが、中々呼ばれない。

 最後の最後、その日の最終レースでフクキタルの名前が出た。

 

『阪神2,000m! 4枠7番! マチカネフクキタル!』

「やっとですか~! 不安になってしまいましたよ! 呼ばれないものかと!」

 

 フクキタルは阪神2,000m。

 唯一スズカに勝ち越したレース、神戸新聞杯と同じ条件だ。

 2,000mならばその末脚の切れ味は凄まじいことになる。差しが決まった時が楽しみだ。

 

「がんばりますよ~! トレーナーさん!」

 

 ウキウキしながら俺を見てきたので、全力で楽しんでくれと頭をぽんぽん叩いた。

 すると直後、思わぬ名前が現れた。

 

『8枠18番! シャインフォート!』

「うぇ……? シャインフォートさん!?」

「シャインフォート……復帰できたのね」

 

 2人の友人であり、クラシック級で勝ち逃げをされていたシャインフォート。

 なんと出走となっていた。特にそんな話も聞いていなかったから驚いたが、脚はよくなったみたいだ。

 俺が先輩に電話しようと携帯を取り出していると、フクキタルたちのほうで電話が鳴った。

 

「おや? あ! シャインフォートさんですよ!」

「出てみたら? フクキタル」

「もちろんです! あ、シャインフォートさん? もしもし、マチカネ相談所にようこそ~」

 

 謎の営業トークをかますフクキタル。

 スピーカー越しに笑い声が聞こえてきた。

 

『ははっ、相変わらずだね』

「抽選会見てましたよ! シャインフォートさんも走るんですね!」

『うん! 色々な協力のおかげで、回復したんだ。もう今まで通り走れる!』

 

 シャインフォートの声は喜びで満ちていた。

 やっぱり走れることが嬉しいみたいだ。

 

「よかったですよ~! 会って話すたびにぼちぼちとしか教えてくれないんですもん」

『ちょっと秘密にしたくて。URAファイナルズの参戦、驚いたでしょ?』

「とても驚いたわ。でも、嬉しい」

『ありがとうスズカ。ま、今回も勝たせてもらうけどね?』

 

 それを聞いたフクキタルは、むむむむむ! と不満をあらわにした。

 不満な時にむむって言う娘、フクキタル以外で見た時ないなぁ。

 

「残念ですが勝ちますよ! シャインフォートさんがどんなに強くても、勝負ですからね!」

『それもそうだね』

「そうです! 占いだって一発勝負ですからね! 凶が出たらやり直しますけど!」

『どっちなの。相変わらず、ずぶといなぁ』

 

 こちらでも電話越しでも、クスクスと笑い声が聞こえる。

 いいライバル関係だ。微笑ましくなる。

 

『フクキタル』

「なんでしょう?」

『レース、楽しみにしてる』

「はい! 私もです! 楽しく全力でいきますよ~!」

『うん! じゃ、またね』

 

 そうして電話が切れた。

 サプライズだったんだね。

 

「そうみたいです。いや~、驚きましたよ!」

「少し羨ましい。私も、シャインフォートと走りたかったから」

 

 もじもじして少しだけ切なそうにするスズカ。

 この後もまた走れるよ。またレースするんだから。

 そう言うと、スズカは少しハッとした後、笑顔になった。

 

「……ええ、そうですね。また次の機会に、走りたいです」

「その時は3人で走りましょうね!」

 

 親指を立てて楽しそうに体を揺らすフクキタル。

 シャインフォートとのレース、楽しみだ。俺がメモしたノートの名前を見て、対策を練っていくのだった。




 というわけで、初戦はサニブさんことシャインフォート。
 屈腱炎から復帰しました。やったぜ!


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42、URAファイナルズ予選

 まずは予選。
 阪神芝2,000mです。


 URAファイナルズ予選初日。

 阪神レース場に俺たちはいた。

 と言っても、フクキタルとスズカだけではあるが。

 他の3人は別のレース場にいる。大変申し訳ないが、阪神で丁度2人出走だから、こちらに来ている。許せ。

 

「トレーナーさん! スズカさん! 行ってきます!」

「ええ。フクキタルも上がってきてね」

「任せてください! 今日も福をみなさんに届けますよ~!」

 

 一足先に1着勝利で準決勝に上がったスズカがフクキタルを応援している。

 ハイペース大逃げから最終直線で加速という絶望的な走りを見せつつ、最後の上り坂では無理せず加減して1着をとっていた。

 脚への負担を少なくしつつ勝利。非常にいい結果だ。

 

 応援の声掛けを終えて、いつものゴール前に陣取る。

 最近レース場に行くとゴール前だけ空いているんだが、もしや空けてくれているのだろうか……?

 スズカの応援の時にもいた顔見知りのレースファンがこちらに気づいて会釈してくれる。こちらも手を上げて挨拶した。

 

「楽しみですね、トレーナーさん」

 

 そうだな。

 フクキタルはシニア級で1年間かけて精神的に大きく成長した。

 それが走りにも繋がっている。チーム全員で走っていると思える走りをするんだ。

 有マ記念でそれが完成して差しきった時には本当に嬉しかった。そして、またあの走りが見れるというのは、トレーナーとしてもフクキタルのファンとしても光栄なわけで。

 

 楽しく走ってくれよ、フクキタル。

 小さくつぶやいて、レース開始を待つのだった。

 

 

 

 

 

   ◆ ◆ ◆

 

 

 

 

 

「ふぅ~。すぅ~、ふぅ~」

 

 いつものように息を吸って吐いて、気持ちを落ち着けます。

 今日は第2回URAファイナルズの予選。ここで勝たないと、トレーナーさんに優勝という福を届けられません。

 落ち着いて、でも勝つという気持ちだけは燃やして。ゆっくりゆっくり呼吸します。

 

「や、フクキタル」

「ぽえ……あ、シャインフォートさん!」

 

 声をかけてきたのはシャインフォートさんです!

 いやぁ、とっても久しぶりな気がしますよ~!

 学園では時々お話しているんですけどね。

 

「わたし、嬉しいよ。フクキタルと走れるの」

「はい! 私も嬉しいです! また一緒に走れるなんて!」

 

 ついつい体が嬉しさのあまり揺れてしまいます。

 ウキウキしている私を見て、シャインフォートさんはからからと笑ってくれました。

 

「相変わらず素直なこと。ね、フクキタル……負けないよ」

「私だって負けませんよ! 大切なみなさんに福を届けるんですから!」

「ふぅーん? それがフクキタルの走る理由なんだね」

「そうです! みなさんに福を届けて、私もみなさんもハッピーになるのです!」

 

 ぐっと親指を立てると、うんうんと楽しそうに頷いてくれました。

 

「そっか……強くなったな~。こりゃ前みたいに勝てないかも」

「ふっふっふ~。スズカさん相手に鍛えられてますよ~?」

「そいつはいやだねえ。ま、それでも勝っちゃうけどね?」

 

 お互いに目を合わせて、バチバチと火花を飛ばします。

 絶対に負けませんよ~!

 

 

 

 

 

 ゲートの中で、右腕についたお守りに触れます。

 トレーナーさん。一緒に走りましょうね!

 前を向いて、ぐっと体を低くします。

 

 さあ、行きますよ~!

 

『各ウマ娘、ゲートイン完了しました』

 

 ――ガタンッ

 

『スタートしました! 好スタートを切ったのはシャインフォート! その他ウマ娘全員揃ったスタートとなりました』

『ケガ明け1発目で大舞台に立つ2冠ウマ娘シャインフォート。どのような走りを見せるのでしょうか!』

 

 スタートで大外からグン! と加速してシャインフォートさんが走っていくのが見えます。

 スズカさんとは違う先頭の走りをするので少し注意が必要ですね。

 スズカさんは絶対1番前で走りたいから先駆けていきますが、シャインフォートさんは前をとって走りやすくしたいから前に出ます。

 先行でも走れると聞きましたから! ペースメイクには注意です!

 

『先頭でペースを作るのはシャインフォートになるでしょうか。1枠2番のテイクオフプレーンも飛ばしていますよ』

 

 逃げとそれに近い先行の走りが2人……でしょうか。

 この場合、逃げの後ろのウマ娘がペースを作ると言います。シャインフォートさんもですが、テイクオフプレーンさんにも気をつけないと。

 

『阪神2,200mは直線が長いです。コーナーまでのポジション争いは緩やかですよ』

『徐々に隊列ができています。先頭にシャインフォート、その後ろにテイクオフプレーン。2バ身離して一団がひとかたまりとなって進んでいきます』

 

 ゴールドシップさんに阪神レース場は最初から最後まで好きに走れるから、やりたいように走っていいぞと教えてもらいました。

 ゴールドシップさんはここが得意でしょうから、あまり参考になるかはわからないですけど……。

 

 でも、基本的には最終直線に入るまでに加速して一気に行くのがいいってトレーナーさんも言ってました。

 その教えでゴールドシップさんは宝塚記念3連覇ですからね。ポジションをきちんととって、仕掛けるのは最終コーナーです!

 

『歓声を受けながら直線を駆け抜けていきます! 第1コーナー入って先頭は変わらずシャインフォート! テイクオフプレーンは2バ身程離れているでしょうか』

『後方の一団には1番人気のマチカネフクキタル。少し囲まれていますが大丈夫でしょうか』

 

 コーナーに入るところですが、マークされているみたいですね、私。

 ちょっとびっくりです! そこまでの実力だと思われてるんですね!

 

 左側でついている2人に注意しながらコーナーを回っていきます。

 コーナーが得意になったおかげで少し問題があるのです。

 最初のコーナーで加速しそうになって前にぶつかりそうになることがあるんですよね~。

 鍛えてもらったおかげなのですが。

 

『向こう正面に入りました。1,000mは61.1! かなりのスローペースです! 観客のどよめき!』

『これは前がかなり残りそうですね! シャインフォートとテイクオフプレーンには5バ身程の差があります!』

 

 ……はい。2回目の直線で分かりました。

 これ遅いですね! スズカさんと比べるのはアレですけど、すっごい遅いですよ!

 う~ん、トレーナーさんに言われた通り、スローで仕掛けられてしまいました。

 

 ということは、プランGですね!

 

「失礼します!」

「えっ!?」

「うそ!」

 

 残り半分というところで、ターフを強めに踏みしめて内から前に進出します!

 ゴールドシップさんのように、自由に抜錨です!

 今回は()()()()()()()()()()()()! これならシャインフォートさんにすぐ追いつけますよ!

 

『マチカネフクキタルが上がってきた! バ群の中をするすると上がっていきます!』

「信じらんない!」

1()()()()()()()()()()()()!」

 

 スタミナはまだまだ余ってますからね!

 阪神で勝ち続けているチームリーダーのように行きましょう!

 

 みなさんの間を抜けると、前にいたのはテイクオフプレーンさん。

 それを見ながら第3コーナーに入ります。

 

『第3コーナーに入りました! 先頭は変わらずシャインフォートですが、後方から一気にマチカネフクキタルが上がってきている! それに釣られてペースが上がってきた!』

『前2人に有利でしたが、一気に厳しくなりましたよ!』

 

 テイクオフプレーンさんがコーナーで回りながらこちらを見てギョッとしていました。

 まさかこんなに早く進出すると思ってなかったみたいですね。

 ですが、スローペースならドンドン前に行くことが正解です!

 前にこれをやられてダービー負けてしまいましたから! 2回目はやらせませんよ!

 

 第4コーナーに入ったところで、私はもう1度グッとターフを踏みこみます。

 直線がちょっと短いですからね。さらに加速していかないと、脚を残しちゃいますから。

 

「いきますよ~!」

『第4コーナー入ってぇ! マチカネフクキタルがさらに詰めてくる! テイクオフプレーンが膨らんだところに内から入った! 後方集団も前に出ていきます!』

『シャインフォート逃げ切れるのか!? リードは4バ身しかないぞ!』

 

 コーナーを回って内から上がっていきます! 好位につけていますね! どんどん行きますよ!

 ゴールドシップさんの言う通り、URAファイナルズでの芝は走りやすいですね~!

 内側は荒れていることが多いのですが、そんなことはありません!

 好きなように走れます!

 

『最終直線に入った! さあこれから坂! 仁川の舞台はここから坂がある!』

 

 緩い下り坂を駆け下りながら出てくるのは最終直線の上り坂。

 そして目の前にいるシャインフォートさん!

 

「幸運をみなさんにぃ~!!!」

『マチカネフクキタルが一気に突っこんできた! シャインフォートとの距離をどんどん詰めていく!』

 

 直線に入って、全力で駆け抜けます!

 これが今の私ですよ! シャインフォートさん!

 絶対に勝ちますからね!

 

『シャインフォート逃げ切れるか! 最後の上り坂ァ! シャインフォート駆け上がる! スピードは落ちていないぞ!』

 

 シャインフォートさんは必死に上り坂を駆け上がってます!

 ですが、知っていますか? シャインフォートさん。

 私たちは、上り坂が得意なんですよ!

 

『マチカネフクキタルが上り坂っ!? 伸びる伸びる! マチカネフクキタル、上り坂で伸びていく!』

「うそ!」

「ほんとです!」

 

 びっくりしているシャインフォートさんに追いつきました!

 さあここから勝負です!

 

『シャインフォート逃げる! しかしマチカネフクキタルがさらに差を詰める! 1バ身! 半バ身! 並んだ! 並んだ! シャインフォート粘る! シャインフォート粘る!』

「フクキタルー! がんばってー!」

 

 ――フクキタルーッ! 差せーーーッ!!!

 

 スズカさんの声が、トレーナーさんの声が、歓声と一緒に聞こえてきました!

 よぉ~し……行きます!

 

「はぁ~~~!!!」

「ぐぅ、あああああ!!!」

 

 坂を駆けあがって最後の最後!

 突っ込みます!

 

『シャインフォート粘るか!? 粘るか!? マチカネフクキタルが前に出た! マチカネフクキタルだ! マチカネフクキタルが抜け出した! とんでもない末脚だ! ロングスパートからとんでもない末脚で一気にゴールイン! 勝ったのはマチカネフクキタル!』

 

 ゴール板を駆け抜けて、乱れた息を整えます。

 くはぁ~! と息を吐いて掲示板を見ると、私の枠番が1番上に光っていました。

 

「よ~っし! 勝ちました!」

「くっそお! 負けたあ!」

 

 シャインフォートさんが私の隣でぐてっと倒れました。

 すごく悔しそうな表情です。

 

「フクキタル強かったなあ。スローなのわかって突っこんできたでしょ」

「そうですね~。トレーナーさんの作戦でした!」

「トレーナー……ああ! そうか、フクキタルのトレーナーってゴルシ先輩の……そっかー!」

 

 作戦じゃ勝てないかー! と頭をガシガシしていました。

 いやぁ~、勝てて良かったです! 絶対にリベンジしたい相手でしたから!

 

 お互いに健闘を称え合いながら、観客の皆さんに手を振ってお礼を伝えるのでした。




 シャインフォートとの一騎打ちみたいな形でしたね。
 見事勝利しました!


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43、逃げ差し

 準決勝抽選とトレーニング!


 予選を勝ち抜き、準決勝へと進んだフクキタル達。

 フナボシはとてもありがたいことに、全員準決勝へと進むことができた。

 

 ゴールドシップは勝つだろうから安心して見ていたら最後までやる気が持たなかったのか、ぎりぎりで抜かれそうになってハナ差だったから、実際のレースを見たときはもう汗びっしょり。

 トレセン学園に戻ってきたときに叱ったら逆切れでラリアットを食らってしまった。

 

「トレーナーが来ねーからだろ! 分身して来いよな!」

 

 とんでもない理不尽を言われたが、こればかりは許してほしい。

 だって全員ほぼ別の場所なんだから!

 しょうがないじゃないか、俺では決めれないし。

 まあ、今後の反省ということで理事長には報告しておこうと思った。痛い思いしたくないしね。

 

 タイキとソーラーレイはもうマイルなのに3バ身差で完勝。

 世代での強さを見せつけた。

 特にソーラーレイは前から注目されていたが、今回のレースで思い切り目立ってしまった。

 雑誌でURAファイナルズダート部門優勝候補筆頭として特集を組まれたぐらいだ。誇らしい反面、マークがきつくなるから警戒が必要だ。

 

「がんばるよぉ!」

 

 雑誌を見たソーラーレイはやる気満々だったけど。

 雑誌でこういう特集を組まれていないのはソーラーレイだけだった。

 ダートの賑わいの問題もあるのだろうが、少し気にしていたのでいいタイミングだと思っている。

 

 そんなこんなで全勝で迎えた準決勝抽選。

 第1回の時は抽選会場で着飾って参加していたわけだが、今回は注目度が前回より上がっている

 トゥインクル・シリーズの新聞や雑誌以外のマスコミたちも大勢取材したいとのことだったため、予選同様ライブ配信となった。

 

「注目されてるよなー、URAファイナルズ。アタシんときはそこそこだったのによー」

「それだけ盛り上がってる証拠だねぇ」

「距離別の最速を決めるレースですからね。こちらも気合が入りますよ!」

 

 トレーナー室でワクワクしながらみんなでテレビをじぃっと見つめる。

 今日も理事長とたづなさんが映っている。相変わらず忙しそうにしているなぁ。

 たづなさんもあれだけ忙しいのに夜通しレースについて語ってくるのだから、その熱意は半端ではない。

 理事長の補佐をしているだけある。

 

『注目! URAファイナルズ準決勝の抽選を始める!』

『みなさま、こちらのモニターをご覧ください』

 

 予選同様、モニターにレースと距離、そして出走するウマ娘が表示されるようだ。

 準決勝ともなると、レースの数も限られる。予選のようにバラバラになってレースを見れないということもないだろう。

 

『では始めるぞ! たづな!』

『はい』

 

 たづなさんが操作し始めると、モニターにレース場や距離が映し出されていく。

 

「次はどこになるんでしょうか……」

「私は1,600mがいいデス!」

「私も2,000mぐらい短いほうが好き。レース場は東京かしら」

「ゴルシちゃんはなんでもいいけどなー」

「ゴールドシップさんはなんでもできますからね~」

 

 それぞれ距離の得意不得意があるため、なるべく得意な距離、コースが望ましい。

 正直スズカは2,000m以外だとちょっと長い。タイキも1,800mは長い。

 うまくハマるといいんだけど。

 

『東京1,600m! 3枠5番! タイキシャトルだ!』

 

 前回同様ぎえぇ~! と叫び声が聞こえる。

 URAファイナルズでもマイルで3バ身つけれるような娘だからな。パワーありすぎてブロックもできないし。

 東京も距離もかなりいいところ。今回もかなり走りやすいだろう。

 

 タイキは次も頑張りマス! と気合を入れていると、次のレースで名前が呼ばれた。

 

『中京2,000m! 4枠7番! サイレンススズカ!』

 

 またもやうわぁー! と声が聞こえた。

 中京2,000mと言えば、聞きしに勝る伝説の金鯱賞。

 毎日王冠、天皇賞同様、これはもう無理だと思わせるぐらいの走りをしたレースだ。

 距離もいいし、レース場もまた素晴らしい。スズカも気持ちよく走れることだろう。

 

「頑張ります。次も1番最初にゴールしますね」

 

 静かに微笑みながらも闘志を燃やすスズカ。

 きゅっと手を握り、メラメラと音が鳴っているようにも見えるぐらいのオーラをまとっている。

 やる気がありすぎてフクキタルとソーラーレイはビクッとしている。尻尾も落ち着かない様子でぶるぶると震えているし。

 

 やる気MAXのスズカを横目に見ながら抽選を見守る。

 続いて呼ばれたのはフクキタルだ。

 

『東京2,400m! 7枠13番! マチカネフクキタルだ!』

「お! 来ましたね~! 枠も7! ラッキーナンバーですね!」

「でも13番だよぉ?」

「ああ! 確かに不吉です~! でも大丈夫です! ラッキーナンバーとアンラッキーナンバーでぶつかり合うので実質吉です!」

「どういうことなの……?」

 

 自信満々に親指を立てて説明するフクキタルに困惑するスズカ。

 プラスとマイナスがぶつかって相殺されるという謎理論だ。フクキタルらしいと言えばフクキタルらしい。

 

「スズカさんが言ってたじゃないですか。占いは見え方で変わるって! だから、できるだけ前向きに考えようって思ったんです」

「そう……でも、いいことよね」

「フク、前はアプリで凶でたらやり直してたからなー」

「ぎゃぼぼ! 何で知ってるんですか~! ゴールドシップさん!」

「エントランスでやってただろ。しかもでけー声でかしこみっ! て叫んでたじゃねーか」

 

 フクキタルの奇行にトレセン学園の奇行士が突っ込んでる……。

 きゃいきゃい騒ぐみんなを見て、良くも悪くも緊張感がないなぁと思うのだった。

 

 

 

 

 

   ◆ ◆ ◆

 

 

 

 

 

「スズカ! ここで息を入れて!」

「――ッ!」

 

 練習場のターフのコーナーで息を入れたスズカは、勢いそのままに直線へと駆け出していく。

 並走してアドバイスしているのはシャインフォートだ。

 タイプの違う逃げをするウマ娘なので、さらにスズカの走りを強化してくれるかもということで応援を頼んだわけで。

 

「はっ、はっ……ふぅ」

「ふぅー。いやあ、その逃げながら差す走り。すごいね」

「シャインフォートもアドバイスありがとう。的確でわかりやすいわ」

 

 スズカの息の入れるタイミングをずらしたりするテクニックを教えてもらっている。

 シャインフォートのおかげで息を入れるタイミングをあえてズラすなどのテクニックを手に入れた。おかげでスズカの逃げが差しにくくなっている。

 

「うんうん。結構慣れてきたね」

「ええ。でも、トレーナーさんからの提案だったけど……レースで2回息を入れるなんて考えもしなかったわ」

「そりゃあ、普通は無理だし、私も無理だと思ったよ。でも、スズカの走りだからできるわけ。バレないと思うし、足への負担も少なくなる。いやあ、羨ましいよ」

 

 あれだけ離せるならいけるんじゃないか? ということで、思いついたレース中2回息を入れるという戦法をやってもらっている。

 脚への負担が軽減されてかつハイペースで走れるというのは、スズカにとってかなりありがたいことだ。

 ケガの心配を少なくして走れるということは、全力で走れるということ。スズカの全力は、GⅠレースでもぶっちぎって逃げ切れる。

 なら、負ける要素は限りなく少ない。だって逃げは相手の作戦とか関係ないんだから。

 

 現状2回のスタミナ回復はかなり効果がありそうで、スズカも満足気だ。

 実戦でうまく使えるといいけど。

 

「いやぁ~……スズカさん、これもうどうやって勝てばいいんでしょう」

「そりゃあ一緒にぶっちぎるか、最後にスズカよりも速い速度で追いかけるかだろ」

「それはそうなんですけど」

 

 フクキタルとゴールドシップが、スズカの走りを見ながら戻ってきた。

 俺の提案した走りを見てげんなりしている様子。

 

「トレーナーさん! なんてこと考えるんですか~! 差せないじゃないですか!」

 

 スズカを指さしながら俺に怒るフクキタル。

 いや、自分の担当ウマ娘を強くするのは普通じゃないか。

 

「うっ……それはそうなんですけど~」

「フクだってシャインフォートに逃げを差すコツ教えてもらってたからお互い様だろ」

「普通の逃げなら自信ありますよ! でもスズカさんは普通じゃないんですもん!」

 

 うはぁ~! と頭を抱えるフクキタル。

 シャインフォートに逃げを捕えて差すコツや、ペースを握られた時の対処法をがっつり教えてもらっている。

 それでもスズカをどう差すかわからないとなると、もう別の方向から勝ち方を考えるか、ゴールドシップが言った通りに走るしかない。

 

 フクキタルがスズカとぶつかるのはURAファイナルズ決勝。

 それまでに、あの大逃げの差し方を2人で見つけよう。

 彼女を慰めながらそう話すのであった。




 スズカを差すためにがんばっていたらスズカがさらにパワーアップしてへちゃむくれるフクキタルでした。
 誰と走るのかは次回に続く。


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44、URAファイナルズ準決勝

 東京2,400!


 URAファイナルズ準決勝中距離部門。

 東京レース場に俺たちは来ている。

 ここで走るのはフクキタル、タイキ、ソーラーレイだ。

 スズカは中京、ゴールドシップは京都とまた離れてしまった。ものすごい文句を言われたが、チームのトレーナーとしてはメンバーが多いところに行きたいからさ。許してほしい

 

 今度ゴールドシップのお出かけに付き合う約束をして、なんとか行ってもらった。

 メジロマックイーンが同じく京都のため、頭を下げて2人で行ってもらうことに。レースは違うが、楽しくやってくれている……はず。

 

 

 

 

 

 ダートから始まった準決勝なわけだが、まずはソーラーレイの勝利という吉報からスタートした。

 後方でバ群の中を切り裂いて、上り坂から一気に突っ込んでくる走りは圧巻。抜け出してそのまま1着だ。

 後方集団は砂を被りやすいからあまり好かれないんだが、あえてそこを陣取ることでマークを散らす作戦だったわけだけど。うまく決まってよかった。

 

「やったよぉ!」

「いい走りでしたよレイさん!」

「グレイト! 次はワタシデスネ!」

 

 やる気満々で次のレースとなったタイキのマイル部門。

 そのレースはもう鎧袖一触というかなんというか。同じように上り坂から一気に抜け出すと、グングン加速して全員を置き去りにしてぶっちぎりの1着。

 マイルの無敗王者が爆誕しようとしている。そんな期待しかないレースだった。

 問題は決勝戦にドリームトロフィー・リーグのスプリント兼マイル王、マルゼンスキーがいることだが……まあ、うん。タイキならやってくれるだろう。

 

「アイムウィナー!」

「流石はタイキさん! 強すぎますね~!」

「本当に凄いよぉ。ダートで対決じゃなくてよかったぁ」

 

 ソーラーレイはレースを見てホッとしている。

 あの走りをダートでもできると考えると末恐ろしい。

 瞬間的なパワーだけなら、ゴールドシップよりもタイキのほうがあるかもしれないからな。

 

「よ~し! 次は私です!」

「頑張ってきてくだサイ!」

「がんばれー! フクちゃーん!」

 

 2人から気合いを受け取り、やる気絶好調のまま控室へと駆けていく。

 フクキタルもこのままの勢いで勝ってほしいが、果たしてどうなるか……。

 

 

 

 

 

   ◆ ◆ ◆

 

 

 

 

 

 地下バ道からターフへと出ると、歓声がわぁっと聞こえます。

 いつもみなさんの声を聞くと、なんというか、燃え上がるものがありますね!

 

 ターフの上で軽く脚の準備運動をします。

 私たちは控室で念入りに体を温めてますし、ゲートに行くまでに軽く走ってアップをしたりもします。

 レースで最高のパフォーマンスを発揮するためです。でも、ファンのみなさんへの感謝も忘れません。

 手を振ってみなさんの声に応えます。今日も頑張りますよ~!

 

「フクキタル」

「はえ? あっ、エアグルーヴさん!」

 

 声をかけられたので振り向くと、エアグルーヴさんが腕を組んで立っていました。

 おお……なんという闘志。体から蒼い炎が見えますよ!

 

「有マ記念は負けてしまったからな。今回は勝たせてもらう」

「むむ! 今日も私が勝ちますよ!」

 

 ぐっと拳を握ってやる気を見せると、エアグルーヴさんはふっと笑ってくれました。

 メラっと炎を揺らすと、いいレースにしようと言って去っていきました。

 

 いつもクールですね……とその背を見ていると、視線の先にいた黒い勝負服のウマ娘さんがこちらを見ていました。

 キンイロリョテイさんです。腕を組んでじぃっとこっちに視線を向けていますね……。

 グッと親指を立てると、フン! と顎を上げて別のほうに顔を向けました。

 相変わらず気が強いお方ですね~。

 

 ……みなさん強敵ですが、今の私は絶好調ですからね!

 今日はいけますよぉ~!

 

 

 

 

 

 ゲート前で深呼吸して気持ちを落ち着けます。

 ゲートに入ると体の中からパワーが満ち溢れてきます!

 おおぉ~……こ、これがスーパーラッキーナンバーの力!

 シラオキ様! 今日は凄いことになりそうです!

 

『各ウマ娘、ゲートイン完了しました』

 

 ――ガタンッ

 

『スタートしました! 全員好スタートを切りました!』

 

 ゲートから出て走り出します。出遅れはありませんね。

 左右の動きを確認しながらポジションを取りに行きます。

 ラッキーナンバーの枠にいますが、それは7枠。外枠です。

 内には入りにくいので少し様子を見ましょう。

 

『先頭でハナをとったのは6番ネレイドランデブー! 一気に飛ばしています! 1番のリードマガジンも追走!』

『ネレイドランデブーいいスタートですよ! これは先頭でペースを作れそうです』

 

 逃げウマ娘のネレイドランデブーさんが先行しました。

 事前の話ではシャインフォートさんのようなタイプだと聞いていますが、この走りを見るとどうでしょう。

 何が何でも先頭を取りに行くって走りですけど……あっ、まさか。

 

 真ん中の枠番で出走したエアグルーヴさんを見ると、ネレイドランデブーさんが元々いたポジションにすっと動きました。

 序盤からプレッシャーをかけてポジションを確保したのですね。圧のかけ方が会長さんみたいです。

 エアグルーヴさんはレーンの魔術師と言われるぐらいコース取りが上手いです。こういう細かい動きがそれに繋がっているのでしょう。

 

『1番人気の7番エアグルーヴはリードマガジンの後方を位置取りました。2番人気13番マチカネフクキタルは中団の外側といったところ』

 

 エアグルーヴさんに抜け出されると困りますからね。

 今回の作戦も最後に差すわけですが、ロングスパートをかけずに機を見て差すという王道の走りを予定しています。だから、今回は少し前のほうにつけますよ。

 奇をてらった走りだと、エアグルーヴさんに咎められる可能性があるとトレーナーさんが言ってましたからね。やるならゴールドシップさんぐらい弾けないとって。

 私はゴールドシップさんにはなれませんからね~。なら、強い走りで強い方に勝ちますとも!

 

『第1コーナー回りまして、先頭はネレイドランデブー。2番手のリードマガジンから3バ身ほど距離が開いています。その後方1バ身開いてエアグルーヴ。その外並んでキンイロリョテイ。中団外にはマチカネフクキタル』

 

 キンイロリョテイさんはここのところ2着3着が多くて中々人気が前後しています。

 しかし、入着率が高いということはそれだけ実力があるということです!

 ゴールドシップさんも、ブロンズコレクターと言われているナイスネイチャさんは滅茶苦茶強いぞと言ってましたからね。

 1着をとっていないとしても油断はできません。全力でいきますよ!

 

『第2コーナー抜けまして向こう正面へ。隊列は12バ身ほどでしょうか。ぎゅっと詰まっていますね』

『エアグルーヴとマチカネフクキタルを警戒してのことでしょう。キンイロリョテイも抜け出してからの末脚は素晴らしいものがあります。そこをマークするとなると、中団に固まってしまうということです』

 

 みなさんがこちらをマークしているのはわかります。

 少し目線を内に向けたり走る位置を動かすと、内側から圧をかけられますからね。

 できるだけ外側を走らせて距離を稼ぐようにという狙いでしょう。

 キンイロリョテイさんもエアグルーヴさんにそれをやられて大いに怒っています。もう怒気がここまできてます! こわいですよ~!

 

『ネレイドランデブーが1,000mを通過しましてタイムは60.5! 良バ場では平均ペースといったところでしょうか?』

『そうですね。ここからどうペースを変えるかですが、後ろにはリードマガジン。その後方にエアグルーヴもいます。スローペースにすると簡単に抜かれてしまうでしょう』

 

 ペースとしては普通ぐらいでしょうか?

 スズカさんと流しで2,000mを走る時と同じぐらいだと思うので、大体1分ぐらいだと思います!

 いやぁ、逃げのウマ娘さんといっしょにトレーニングするとペースを覚えられるのでいいですね~。

 

『先頭は変わらずネレイドランデブーですが、少しペースを緩めたか? リードマガジンとの差は2バ身ほどになっています』

『リードマガジンとエアグルーヴの差は2バ身になりました。エアグルーヴはペースを維持しているようです』

『後半のスタミナを残すためでしょう。前の2人はかなり厳しくなりそうです』

 

 コーナーまで来ていますが、リードマガジンさんとの距離は少し離れました。

 エアグルーヴさんはペースを変えていないと思うので、きっと逃げているネレイドランデブーさんとリードマガジンさんで競り合いがあるのでしょう。

 ペースメーカーがエアグルーヴさんだと走りやすくていいですね。いい状態のまま直線まで行けますよ!

 

『第3コーナー入って、リードマガジンがネレイドランデブーに詰めていく! 差が1バ身になったぞ!』

『ロングスパートでしょうか! しかしスタミナが持つのでしょうか!』

 

 先頭での競り合いを見て、周囲が少しだけ動揺したのがわかります。

 ですが、エアグルーヴさんもキンイロリョテイさんも動きません、もちろん私も。

 スタミナが余っているのだから、最後の直線で抜かせますからね。東京レース場では焦ってはいけないのです。

 直線が525mもありますし、上り坂だってあるんですから!

 

『大ケヤキを越えて第4コーナーへ! さあどのウマ娘が前に出てくるのか!』

『先頭はネレイドランデブー! しかしリードマガジンもすぐ後ろにいるぞ! 後ろの集団も差がなく一気に上がっていく!』

 

 ネレイドランデブーさんは少し引きつけてから逃げたかったのでしょうが、リードマガジンさんにブロックされてしまいました。

 でも、これだとリードマガジンさんもスタミナがなくなってどっちも落ちてしまいそうです。

 上り坂で気をつけないと壁になりそうですので……ここから行きましょう!

 

 トレーナーさん発案! 大外ぶん回してこいや大作戦!

 

『さあ誰が先に出てくるのか! まず仕掛けたのはキンイロリョテイだ! キンイロリョテイが上がっていく!』

「――ッ!」

 

 私がコーナーでの遠心力で外側に行っていると、キンイロリョテイさんが先に動きました!

 少しペースを上げて集団の先頭に来ましたね! 天皇賞春も2着をとれるスタミナがありますから、それを武器に行くつもりでしょう。

 エアグルーヴさんはまだ待機しています。坂を上がってから勝負するつもりですね。

 

 なら、私が先に行かせてもらいますよ!

 

「登山家ダ~~~~ッシュ!!!」

『大外からマチカネフクキタル! 上り坂を駆け抜けていく! 一気にキンイロリョテイと並んだ! 並ばない! そのままネレイドランデブー、リードマガジンに差を詰める!』

 

 私も長距離走れるんですからね!

 スタミナと上り坂は得意です! あとコーナーも!

 

『坂を上る! キンイロリョテイとマチカネフクキタルがグングン伸びていく! 後方からエアグルーヴも飛んできた!』

 

 坂を上って一気に行こうとすると、後ろからエアグルーヴさんの圧がきました!

 ここからは真っ向勝負です!

 

「――ッ!!!」

「開運ダ~~~~ッシュ!!!」

「はあぁーーーっ!!!」

 

 思いきりターフを踏みしめて、全身全霊でゴールまで突っ込みます!

 スタミナは十分です! パワーも溢れんばかりです!

 スピードは、いつもよりもっともっと速いですよ~!

 

『抜け出しているのはマチカネフクキタル! マチカネフクキタルだ! エアグルーヴがキンイロリョテイと並ぶ! しかしマチカネフクキタルが抜けている! 残り200m! 先頭は変わらずマチカネフクキタル!』

 

 グン! とさらにスピードを上げて走ります!

 大外にいるからエアグルーヴさんもキンイロリョテイさんもどこにいるか分かりません!

 でも、きっと私が先頭です!

 だってこんなにもいい景色が見えているんですからね!

 

『マチカネフクキタルがさらに抜け出したぁ! さらに距離が開いていく! エアグルーヴがキンイロリョテイを抜かした! キンイロリョテイ食らいつく! マチカネフクキタルまだ伸びるっ!』

「フクちゃーん! そのままいっけぇー!」

「フクキタル! ゴーファスト!」

 

 ――フクキタルーッ! そのまま一気に行けぇー!

 

 みなさんの声を聞いて、さらに力がみなぎります。

 さあ、一気に行きますよ~!

 

「うわあああぁぁ~~~!!!」

『マチカネフクキタルだ! これはすごい! もう誰も届かなぁい! 一気に突っこんでゴールイン!』

 

 ゴール板を駆け抜けて、息を整えます。

 ふひぃ~~~! こ、今回はかなり良かったんじゃないですか!?

 今まで以上の力を出して走れましたよ!

 

 少し落ち着いてから掲示板を見ると、13番が1番上。私が1着です!

 2着はエアグルーヴさん……え!? エアグルーヴさんと2バ身差ですか!?

 

「フクキタル……素晴らしい走りだった」

「あ、エアグルーヴさん」

 

 私が驚いていると、エアグルーヴさんが声をかけてくれました。

 悔しそうですが、笑顔で話してくれています。

 

「ありがとうございます。私、勝ちましたよ!」

「ふぅ。有マ記念といい今回といい、フクキタルには完敗だな。これからは私が追いかける番だ。覚悟しておけよ?」

 

 フッと好戦的に笑って、エアグルーヴさんは去っていきました。

 いつでもクールですね~と思っていたら、背中をドン! と叩かれました。

 げぼぼ! な、何事!?

 

「………」

「あ、キンイロリョテイさん」

 

 キンイロリョテイさんが凄く不満そうな顔で立っていました。

 少しビクッとしてしまいますが、別に悪い方ではありませんからね。

 

「今日は私の勝ちです! 次も勝ちますよ!」

 

 そう言ってグッと拳を突き出すと、フンと鼻で笑ってキンイロリョテイさんも拳を突き出してタッチしてきました。

 それで満足したのか、そのまま無言で歩いていきました。

 キンイロリョテイさんも変わらずクールですね……獰猛ですけど。

 

 少し苦笑いしながら、応援してくれていた観客の皆さんに手を振って感謝を伝えるのでした。




 というわけでエアグルーヴとキンイロリョテイに勝利して決勝進出!
 スーパーラッキーセブンはやはり強かったのだ……。

 フクキタルが2人に比べて抜群に強いのではなく、差しが勝ちやすいレース場とフクキタルに得意な上り坂、そして謎のラッキーパワーが合わさった結果です。
 時の運というものを見方に付けたのです……。


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45、決勝の相手は

 ついに決勝のお時間がやってまいりました


「『フナボシ全勝! URAファイナルズはこのチームで決まりか!』だってよ」

 

 そう言ってゴールドシップがもたれかかって雑誌を見せてくる。

 我がチームは非常にうれしいことに、全員勝利して決勝へとコマを進めた。

 

 スズカは予想通りのぶっちぎりな上、2回息を入れる走法を実戦投入して大成功。

 いつも以上に走りやすかったと嬉しそうに報告してきた。

 

 ゴールドシップはまたギリギリのハナ差勝利。

 やる気の限界かと思って予選と準決勝のレースを何度か確認したが、どうやら長距離レースが連続だから調整している節がある。

 予選から準決勝にかけてトレーニングもほとんどしていない。フクキタル達のトレーニングに少し付き合うとかぐらいだ。

 

 体重を物凄いかけてくるゴールドシップを押し込みながら雑誌を見ると、俺がゴールドシップにドロップキックをくらって他のみんながビックリしている写真が載っている。

 これ宝塚記念3連覇した時のやつだな。なんでこんな写真なんだ。せめて菊花賞とかのほんわかしたやつにしてほしかった。

 ちらっとゴールドシップを見ると、凄いニヤニヤしている。まさかと思うが……。

 

「乙名史ちゃんがチームの写真ほしいっていうからよー。トレーナー室のアルバム渡したんだよ」

 

 ソーラーレイの発案で、チームの思い出ということでレース場に行ったり勝利した時に写真を撮っている。

 そこから使ってもらうのはいいけど、なんでこれなんだ本当に。

 

「ま、アタシのおススメを教えといたんだけどな!」

 

 結局ゴールドシップじゃないか!

 お返しに頭の帽子をわさわさといじくる。

 帽子にこだわりがあるから、変に触れると結構怒るのだ。

 

「あっ! トレーナー! やめろよな! アタシの魂だぞ!」

「失礼しま……え、何してるの……?」

 

 ゴールドシップと一方的に負ける取っ組み合いをしていると扉がガラッと開いた。

 動きを止めて視線を向けると、困った様子のスズカたちが立っていた。

 みんなどうした?

 

「フナボシ集結だな。待ってろ! 今からトレーナーをイワシのつみれにすっからよ!」

「すり潰すってことじゃないですか~!?」

「オウ! ミルデスネ!」

 

 どこからともなく取り出したわさびをすり下ろす板を取り出して顔に押し付けてくる。

 押し付けられてるだけだから別に痛くもないけど。

 ただのじゃれ合いだ。

 

「ところで何しに来たんだ? マグロ漁船にでも乗るのか?」

「遠洋漁業じゃないよぉ」

「はっ! ゴールドシップさんの奇行で忘れるところでした! 見てくださいコレ!」

「フクキタルって変に度胸あるわよね」

 

 ゴールドシップが目をかっぴらいてフクキタルを見ているところを無視して、フクキタルが突き出してきた新聞を受け取る。

 何が書いてあるのか……ああ、決勝戦のメンバーか。

 準決勝が全て終わったから出走者は決まっている。あとは枠番ぐらいだから、先んじてメンバーを紹介しているのだろう。

 

 ダートは……うん、ソーラーレイとアフクママルコが1番人気と2番人気だな。差はないけど、アフクママルコが人気優勢って感じだ。

 マイルもタイキとマルゼンの2強みたいな雰囲気で書いてあるな。マイル王者、激突! だって。こっちもマルゼンが人気優勢。だが、ケガを克服したフジキセキもいるため、マイルもかなり盛り上がっている。

 そして中距離が……ああ、そうか。ルドルフが長距離にいったからいないんだな。

 

「そうなんです! いやぁ、知ってはいましたけど、決勝で会長さんと当たらないのは嬉しい反面残念と言いますか……」

「私も1度走ってみたかったです……でも、会長さんはリベンジに燃えているみたいで」

「リベンジ? フクシューということデスカ?」

「再挑戦かなぁ。えーとね、わんもあたいむ?」

「オーケー! のみこみマシタ!」

 

 タイキの日本語勉強が突然始まったが……リベンジ? リベンジか……ああ、そうか。

 ゴールドシップがURAファイナルズ中距離部門に勝った時、ルドルフは2着だ。ドリームトロフィー・リーグで既に活躍していたし、負けたのが相当悔しかったのだろう。

 URAファイナルズが始まる前にゴールドシップはどの部門に出るのか聞いてきたのは、つまりそういうことだろう。

 

 まあ当の本人はのほほんとわさびをすり下ろしているが。

 すごい匂いがするな……。

 

「リベンジだかシリンジだか知らねーけど、ゴルシちゃんはいつでも大噴火だぜ!」

「わああ~! 勢いよくすり下ろさないでください~! は、鼻がツ~ンとしてきますよ~!」

「へいらっしゃい! 本マグロの大トロトロシャリ抜きがお勧めだよー!」

「わさびだけじゃないかしら……?」

 

 突然板前の服装になったゴールドシップが寿司を握る手の動きをしながらわさびだけ提供しようとしてくる。

 相変わらずのはじけっぷりだな。おかげでチームの空気が悪くならないというのもあるけど。

 

 わさびだけ渡されて困っているフクキタルたちを横目に新聞を改めて確認する。

 中距離で注目されているのはやはりスズカ。前走めざましい走りで完勝したフクキタルもピックアップされている。

 それ以外だと……んん?

 

「思ったよりも爽やかね……おいしい」

「あ、本わさびって辛くないんですね~……あれ? どうしましたか、トレーナーさん?」

 

 首を捻りながら新聞を見ていた俺にフクキタルが気づいた。

 これ、と新聞を指さす。みんなが寄ってきて新聞を読み、あっと声が漏れる。

 

「ミホノブルボンさん! トウカイテイオーさんもいます!」

「会長さんを気にしていて、ちゃんとメンバーを見ていませんでしたね……」

 

 出走者はちゃんと見ると、とんでもないメンバーだ。

 俺もルドルフ出ないのかーと思って長距離メンバーに目を移してしまったが、決勝なんだからどう考えても猛者しかいない。

 特に中距離と長距離はレースの花形とされているから、強いウマ娘がとにかく集まりやすい。それ以下の距離やダートは、クラシックディスタンスのレースに比べるとやや……といった感じ。

 タイキの大活躍のおかげでかなり注目されているし、今後はまた印象が変わると思うけど。

 

「お、チケゾーとタイシンは中距離か。ハヤヒデとブライアンは長距離なんだな」

「今回はBNWはわかれたんだねぇ……いやぁ、すごいメンバーだよぉ」

 

 中距離の注目ウマ娘! と書かれているメンバーは、誰もがGⅠ制覇を成し遂げているメンバーだ。

 サイレンススズカ、トウカイテイオー、ミホノブルボン、ウイニングチケット、ナリタタイシン、トーセンジョーダン、エイシンフラッシュ、そしてマチカネフクキタル。

 これは……距離とレース場によってはとんでもないぐらい有利不利が出そうだな。東京レース場だったらフクキタルは相当厳しそうだ。

 ほとんどみんな東京レース場でGⅠとっているウマ娘ばかりだし。

 

 長距離は長距離でもう、魔境だ。

 ゴールドシップが1番人気だが、2番人気に差はなくシンボリルドルフ。そしてメジロマックイーンと並んで、ケガから復活して決勝まで駆け上がってきたライスシャワー。

 そこにナリタブライアンとビワハヤヒデ、ヒシアマゾン。さらにはハッピーミーク。

 うぅん……やっぱり距離別で最強を決めるとなると、決勝は凄まじいな!

 

「改めてみるとすごいレースになりそうですね……」

「ええ。でも、私はただ走るだけ。先頭は譲らないわ」

「おっと! 私もですよ! 今度こそスズカさんを追い抜きますからね!」

 

 スズカがきゅっと拳を握って気合を入れると、フクキタルも合わせてむん! と気合を入れた。

 こんなに自分に自信を持てて……成長したなぁ。

 

「トレーナーさん! スズカさんを差せるように作戦考えましょう!」

「トレーナーさん。最初から最後まで先頭を走るための作戦を教えてください」

 

 2人からそれぞれ勝つための作戦をとお願いされ、がんばろうか、と答える。

 チーム内で対決すると、中々複雑だなぁと改めて思うのだった。




 オールスター+スズカです。
 フクキタルは今まで超強力な相手が少ないところにいたというわけですねぇ。
 果たしてどんなレースになるのか、お楽しみに。

 8/13に最終話を投稿しますので、今日から3日間は2話投稿しますのでよろしくお願いします!


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46、束の間の休息

 決勝前のお休み


「むむむむむ……お願いします理事長さん! 東京以外で!」

「私はどこでもいいけど……」

「ワタシもどこでも大丈夫デス!」

「ゴルシちゃんはどこでもいいぜ! 阪神来い!」

「どこでもよくないよぉ?」

 

 トレーナー室にて最後の抽選をみんなで待っている。

 レース場と距離によってはかなり展開が変わるからな。

 これもまた運の要素でもある。天気でバ場が変わるのもまた運だし。

 

『注目! 抽選を始める! 決勝は全て同じレース場で開催する!』

『それでは参ります』

 

 どるるるるとドラムロールと共に、モニターでレース場の名前がバババババと出ては消え出ては消え。

 俺もなんとなくドキドキしてしまう。できれば全員に有利になる場所がいいが……。

 

『決勝の地は、ここだ!』

 

 バン! と音楽が止まる。

 モニターに出たレース場は……京都!

 

「おおぉぉ~~!!! 来ました! 来ましたよ~! 福の大地です!」

 

 フクキタルが大はしゃぎだ。

 京都大賞典に菊花賞と、京都での勝率が高いからな。

 それに、菊花賞はフクキタルを1つレベルアップさせたレース。思入れもあるのだろう。

 

「京都かー。ま、いつも通り坂でぶっこわしゃいいだろ!」

「オウ! ブレイクスルー!」

「ちょっと違う気がするよぉ?」

 

 ゴールドシップはいつも通り上り坂で加速するという掟破りをやるつもりのようだ。

 多分他の陣営もわかっているだろうが、上り坂で妨害するとやったほうもスタミナがものすごい削れるから何もできない。

 果たしてどんなレースになるか見ものだ。

 

『続いて部門別の距離だ!』

『ダートから短距離、マイルと決まっていきます』

 

 先ほどと同じようにドラムロールが流れ、距離が次々と決まっていく。

 ダートは1,800m、マイルは1,600m。ソーラーレイとタイキは得意な距離だ。

 

「次は勝ーつ!」

「がんばりマス!」

 

 2人ともやる気満々でこぶしを突き上げている。

 しっかり仕上げて決勝に臨めるようにしてあげよう。

 

『中距離は、これだ! 2,400m!』

「よぉ~~~~し!!! よしよしよしよし!!!」

「フクキタル、ちょっと」

 

 ものすごい大きな声を出して立ち上がり、狂喜乱舞している。

 流石にうるさかったのか、スズカがフクキタルの制服を掴む。

 俺も鼓膜が吹き飛ぶかと思った。

 

「あ、すみません……でも、これは私に追い風が来ていますよ! 感じます……幸運のそよ風が!」

「微風じゃねーか」

 

 テンションが上がりすぎておかしくなったのか、発言も適当になってきている。

 たまらずゴールドシップがツッコミを入れた。ゴールドシップが冷静にツッコムのは中々ないぞ。

 

「うーん……2,400m。少しペースを考えるべきかしら……? どうでしょう、トレーナーさん」

 

 どうなのだろう……今のスズカは2回息を入れる走りをしている。

 ただ一緒に走る相手にはミホノブルボンがいるからな……シャインフォートに頼んで調整してもらおう。

 

「はい。お願いします」

「トレーナーさん! 私はいつも通りでいいですか!」

 

 フクキタルは今やっている秘策のトレーニングでいいだろう。

 とにかくそれをモノにしないと大敗する可能性もあるからな。

 

「わかりました! あ、次は枠番ですね」

 

 テレビを見ると、長距離の発表が終わって枠番の抽選が始まっていた。

 因みに長距離は3,000mだ。菊花賞と同じだな。

 

 枠番が順々に発表され、中距離になった。

 最初に呼ばれるのは誰だろうか……。

 

「これだ! 1枠1番! サイレンススズカ!」

「よしっ……」

 

 最内の枠番を引いて、小さくガッツポーズをとるスズカ。

 かなりの幸運だ。フクキタルとスズカの日ごろの行いの成果だろう。

 

「これは来てますよスズカさん! 私もラッキーナンバーがいいですね~」

「フクキタルもきっと望んでいる枠に入れると思うわ」

「そうだといいんですけど。期待しましょう!」

 

 次々に枠番が呼ばれるが、フクキタルは呼ばれない。

 フクキタルのラッキーナンバーと言っているのは7だ。つまり、4枠7番か、7枠。

 大きな枠で考えているから、7枠に入りたいと思っているはずだから、今のところはいい……のか?

 

「来ますよ~、来てますよ~……来させますよ~! ハイ!」

『7枠14番! マチカネフクキタル!』

「おっほ~~~! す、すごい……! 全く負ける気がしません! 幸運パワー全開じゃないですか!」

「ワオ! ラッキーガールデスネ!」

 

 フクキタルの狙い通り、7枠を引き当てた。

 一瞬体が淡く光った気もするぐらい幸運パワーがみなぎっている。

 周りもその幸運に驚いてフクキタルを見てぽかんとしている……ゴールドシップは何やらしたり顔でニヤニヤしているが。

 

「ふぉふぉふぉ……ゴルゴル星の神からの思し召しじゃよ……」

 

 シラオキ様はゴルゴル星の神だったのか……?

 首を傾げながらはしゃいでいるフクキタルを見るのだった。

 

 

 

 

 

   ◆ ◆ ◆

 

 

 

 

 

 URAファイナルズ決勝が数日後に迫ってきました。

 フナボシでは最後のリフレッシュということで、ゴールドシップさんに連れられてマッサージを受けたり酸素カプセルでお昼寝したりと、体の疲れをとるツアーに来ています。

 スズカさんやレイさんは強制的に連れてこられたことがあるからか、苦笑いしていましたけど。

 

「うっし! 次は銭湯に行くぜ! ウマ娘専用のとこがあんだよ」

「楽しみデス! セントー! ミルク! 腰に手を当てるんデスネ?」

「タイキ、おめーベテランだな?」

 

 銭湯に行くからと事前に言われていたので着替えや石けんを持ってきました。

 いや~、どんどんリフレッシュして体も心も軽いです!

 ふんふん鼻唄を歌いながら歩いていると、スズカさんにクスクス笑われてしまいました。

 

「ご機嫌ね、フクキタル」

「はい! みなさんとお出かけするの楽しいですからね! トレーナーさんも来れればよかったんですけど」

「ゴルシちゃんが首絞めて誘っても無理だからーって言ってたもんね」

 

 作戦がちゃんと通用するかのシミュレーションとか情報の精査とかを最後までやるからって断られてしまいました。

 ゴールドシップさんの美しいスリーパーホールドでも拒絶してましたからね……ありがたいんですけど、ちょっと心配です。

 

「おめーら、あんまり気にしなくていいからな。どうせ後で合流するから」

「え? トレーナーさん来るんですか?」

「おう。銭湯出たら飯食うだろ? そん時に来るってよ」

 

 ほら、と携帯のメッセージアプリの画面を見せられた。

 何々……。

 

<トレぴっぴ
☎三

魚の内臓って黒くないらしいぜ 

 

 あれって胆汁なんじゃないの?

 

学者並みの発見じゃねーか! 

ノーベル賞とりにいこうぜ! 

 

 ノーベル何賞なんだろうね

 

ゴルシちゃん賞 

 

 破天荒な賞だなぁ

 

それはそうと明日昼にいつもんとこ集合な 

 

 急だなぁ!

 いいよ

 明日楽しんでおいで

 おやすみ

 

おやすみ 

+□

 

「急ですねぇ!」

「急だわ……」

「急だねぇ」

 

 かなり唐突な話でびっくりしましたが、いつものとこでいいよってなるトレーナーさんもトレーナーさんですねぇ。

 

「つーわけだから銭湯入って飯行くぞー」

「オー!」

 

 タイキさんはノリノリでゴールドシップさんについていきます。

 よく分からなければスルーしていきますからね、タイキさんは。

 流れがよく分からないけど楽しそうだからいいかって感じでしょう。

 

「トレーナーさんは変わりませんね……」

「そうね。会った時から、ずっと楽しそう」

「そうですね~」

 

 どんな走りをしても、どれだけ弱音を吐いても、いつだって私たちのことを考えて、楽しそうにしてくれています。

 今日だって忙しいはずなのに来てくれますし。

 

「……お返し、たくさんしないとですね」

「ええ。まずはURAファイナルズのトロフィーからかしら……?」

「あ、いいですね~! 第2回の中距離部門もトレーナーさんにあげましょう! もちろん私が!」

「フクキタル。私がトレーナーさんにあげるわ」

「いいえ、私ですよ~!」

 

 むむむっとスズカさんと視線を合わせてバチバチと火花を散らします。

 少しして、お互いにぷっと息を吐いて笑います。

 

「ふふ……ねえフクキタル。勝っても負けても、トレーナーさんにトロフィーをあげましょう」

「そうですね。負けるつもりはないですけど、トレーナーさんには絶対にトロフィーをあげますよ!」

「私もがんばってあげるよぉ!」

「ワタシもとりマス!」

「ゴルシちゃんはどーすっかなー。最近つめてーからなー」

 

 みんながやる気を出す中、ゴールドシップさんが片目を閉じて、ニヤっとしながらこちらを見ました。

 ふふっとみなさん笑ってゴールドシップさんを見ます。

 

「もちろん! ゴールドシップさんも勝ってくださいよ!」

「みんなでトロフィーをあげマショウ!」

「へへっ、しょうがねーな! ま、アタシがすげーってとこを見せてやるか!」

 

 イエーイ! と盛り上がりながらみなさんで決意します。

 決勝でトロフィーを勝ち取って、トレーナーさんにあげますよ! それが私たちの、トレーナーさんへのお返しです!

 やる気と闘志に満ち満ちながら銭湯でしっかりと体を休めるのでした。

 

 お昼に合流したトレーナーさんが、私たちがものすごいやる気になっているのを見て首を傾げていたのはまた別の話です。




 フナボシ、勝利を願うの巻。
 フクキタルに追い風が来ております。
 京都レース場、果たして結果やいかに。


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47、URAファイナルズ決勝

 ついに決勝です!


 URAファイナルズ決勝。

 その舞台となる京都レース場に俺たちはいる。

 

「ついに来ましたね……」

「そうだねぇ……ドキドキしてきた」

 

 GⅠレース同様の雰囲気にチームのみんなはいつも以上に緊張していた。

 あまり緊張しないタイキでさえ、少し落ち着かない様子で体を揺らしたりそわそわと視線をあちこちに向けている。

 

「トレーナー、焼きそば食おうぜ。500円くれ」

 

 全く変わらずいつも通りなのはゴールドシップと俺だけだ。

 みんなから半分尊敬半分呆れた視線を受けながら、500円を握りしめて焼きそばを買いに行った。

 これからレースなのに……まあ、長距離は最後だから時間あるけども。

 

「最初はわたしなんだよねぇ……よ、よーし! がんばるからね、みんな!」

「いつもの力を出せば勝てるわ、レイ」

「そうデス! たくさんトレーニングしてきマシタ!」

 

 ぷるぷる震えながら気合を入れるソーラーレイに、みんなが声をかけていく。

 いったいどんなレースが見れるのか……期待して待とう。

 

 

 

 

 

『最後の直線! 先頭は後ろから突っ込んできたアフクママルコが抜けだした! しかしバ群の中からソーラーレイ! やはりこの2人なのか!』

「いけー! レーイ!」

「いけますよぉ~! ここから一気です~!」

「レイ! がんばってー!」

「レーイ!」

 

 ――差せええぇーーー! ソーラーレェーーーイッ!!!

 

 俺たちが身を乗り出しながら全力で応援して、ソーラーレイのゴールを待つ。

 ダートは1,800m! マイルが得意なソーラーレイが有利かもしれないが、中距離で強いアフクママルコにも有利だ。頼むぞ……!

 

 バ群を切り裂いて一気に直線をぶち抜き、すさまじい砂埃を上げながらソーラーレイが突っ込んでいく!

 

『残り200m! アフクママルコ懸命に粘る! 逃げ切れるか!? しかしソーラーレイの勢いはさらに増しているぞ! その差は4バ身! 3バ身! 2バ身!』

 

 残りの距離は少ない! だけどあともう少しだ!

 差せ! 差せぇーーー!!!

 

『1バ身! 半バ身! 並んだ! 並んだ! 差したか!? アフクママルコも差し返す! ソーラーレイ前に出る! どっちだ! どっちだ! どっちだああぁーーー!』

 

 ソーラーレイとアフクママルコは並んでゴールインした。

 ゴール板前で見ていても、どちらが勝ったのか全くわからないぐらいの差だ。

 アフクママルコの粘り強い走りとソーラーレイのとんでもない末脚で、観客は大盛り上がりだ。

 2人のどちらが勝ったのか、ざわめきは収まらない。

 

『どちらが勝ったのか、まったくわかりません! 写真判定ですが……結果が出たようです。掲示板をご覧ください!』

 

 ソーラーレイは5番! アフクママルコは2番!

 どっちだ、どっちが勝った……!?

 

『掲示板……5番! 5番です! 1着は5番のソーラーレイ! 2着はハナ差でアフクママルコです!』

「よっしゃああーーっ! やったぜトレーナー!」

「やりました~~~!!! 凄いですよ、レイさん!」

「本当にすごかったわ……レイ、頑張ったわね」

「ヴィクトリー! パーフェクトラン!」

 

 っしゃあ! ゴールドシップとハイタッチしてグッとガッツポーズをする。

 今までライバルのアフクママルコと何度も何度も戦って切磋琢磨した結果が出せて、本当に良かった。

 

 喜びの感情で満ち溢れながらウィナーズサークルに向かうと、号泣したソーラーレイが突撃してきた。

 

「トレーナーさぁん! ありがとぉ~~!!! 勝ったよぉ~~!!!」

 

 大泣きしながら感謝してくるソーラーレイ。

 こちらこそ担当トレーナーにしてくれてありがとう! それしかいう言葉が見つからないぐらい、嬉しいひと時だった。

 

 

 

 

 

『最終直線に入った! マルゼンスキーが抜けだしている! その差は5バ身ほどでしょうか! 追いつけるのか!?』

「タイキさーん! タイキさーん!」

「タイキ! 追いついてー!」

「タイキー! 弾丸みてーに突っ込んでこーい!」

「タイキさ~ん! 行けますよ~!」

 

 ――タイキー! 一気に行けぇーーーッ!!!

 

 マルゼンが好きに逃げまくってそのまま直線で5バ身差だ。

 正直怪しい。マルゼンのスタミナは中長距離でも逃げっぱなしで行けるぐらいのフィジカルがある。

 頼む……! タイキ……!

 

『マルゼンスキー快調に逃げている! これはセーフティリード! このまま逃げ切ってしまうのか!』

 

 違う、ここからだ!

 タイキが思い切りターフを踏み込むと、弾丸のように一気に突っ込んでいく!

 ドン! ドン! という爆発的な踏み込みとともにグングン距離を詰める。

 良いぞ、タイキ! パワーを活かせ! 自分の持ち味を存分に出せ!

 

『タイキシャトルが猛然と追い上げる! 凄まじいスピード! 一気にマルゼンスキーと差を詰めていきます!』

「よっしゃー! まわりが止まって見えるぜ!」

「タイキさーん! あとちょっとですよぉ〜!」

 

 マルゼンも大概だが、タイキシャトルもその恵まれた体つきから出る力を存分に発揮している。

 余裕そうに逃げていたマルゼンに3バ身2バ身とすぐに差を縮め、あっという間に並んでしまった。

 

『タイキシャトル! マルゼンスキーにあっというまに並んだ! しかしマルゼンスキーもさらに加速! 先頭を譲らないぞ!』

 

 並んだはいいが、互いにフィジカルの強さは人一倍。

 先ほどのソーラーレイとアフクママルコとは違い、差して差し返してではなく、そのまま横一線でグングン加速していく。

 どっちも必死の形相だ。がんばれ、タイキ……!

 

『マルゼンスキーか! タイキシャトルか! どちらも一歩も譲らない! どっちが先にゴールするんだ! 100mもないぞ!』

 

 ――タイキッ! 勝てーーッ!

 思わず叫んで身を乗り出す。

 すると、タイキがフッと笑みを見せ、グンっと体が前に出た。

 

『タイキシャトルが前に出た! 少しだけ抜け出したか!? マルゼンスキーと半バ身差だ! マルゼンスキーこれを詰めれない! タイキシャトル先頭! タイキシャトルが先頭でゴールイン!』

 

 ゴールの瞬間、うわああああ!!! と歓声が爆発した。

 同時に俺たちもよぉーし! と声をあげ、ゴールドシップが体ごとドン! とぶつかってくるのを同じように押し返してもみくちゃになる。

 タイキもやった! フナボシで2連勝だ!

 ウマ娘たちの中で、ソーラーレイとタイキが1番強いんだ!

 思わずうるっと来てしまう。全て終わるまで泣かないって決めていたんだけどな……。

 

 ウィナーズサークルでタイキを迎えると、ぎゅうぎゅうといつも以上にパワフルなハグを受けた。

 

「トレーナーさん! ワタシ、トレーナーさんにトロフィープレゼントできマシタ! センキュー!」

 

 タイキから涙ぐみながら感謝の言葉をもらって、思わずこっちも泣きそうになる。

 とても嬉しいよ……みんなのトレーナーでよかった。

 

 

 

 

 

   ◆ ◆ ◆

 

 

 

 

 

 ゲート前で、いつものように深呼吸します。

 トレーナーさんの、私たちの集大成。それを見せる舞台です。

 巻いてあるお守りごと手首をきゅっと握って、気合を入れます。

 

 1枠1番で同じように静かに気持ちを整えているスズカさんを見ます。

 俯いていますが、私と同じようにお守りを見ていますね。左脚を軽く振ってます。

 

 ふと、目が合いました。

 お互いにうん、と力強く頷いてゲートに入ります。

 今までみなさんから受け取ってきた全てを使って、勝ちます!

 

『始まりましたURAファイナルズ中距離部門! 京都の舞台で、最強のウマ娘が決まります!』

『1番人気から紹介しましょう。今日も大逃げを見せてくれるのでしょうか。異次元の逃亡者! 1枠1番、サイレンススズカ!』

『2番人気はドリームトロフィー・リーグでも大活躍中の帝王! 4枠7番トウカイテイオー!』

『3番人気、稀代の逃げウマ娘とサイボーグの対決! 坂路の申し子こと2枠3番ミホノブルボン!』

『4番人気が少し不満でしょうか。粘りの走りで勝ち切るウマ娘、8枠17番トーセンジョーダン!』

『5番人気はBNWの1人! ダービーウマ娘! 5枠10番ウイニングチケット!』

『6番人気は同じくBNW! 鬼脚は今日も見れるのでしょうか! 8枠18番ナリタタイシン!』

『7番人気! 今日も福は来るのでしょうか! 7枠14番マチカネフクキタル!』

『8番人気、ダービーウマ娘にして閃光のような末脚! 3枠6番エイシンフラッシュ!』

『9番人気は――』

 

 解説の方が紹介してくれている間に、みなさんのゲートインが完了しました。

 ……体に力が宿ります。前のレースと一緒ですね。

 人気が低いかもしれませんが、それはラッキーナンバーの7です!

 私にとっては、良い数字なんですよ?

 

 だから、絶対に負けません。勝ちますよ、みなさん!

 

『各ウマ娘、ゲートイン完了しました』

 

 ――ガタンッ

 

『スタートしました! 全員好スタート! 1番サイレンススズカは絶好のスタートを決めています!』

 

 ゲートから出ると、視界の端で誰かが跳び出たのが見えます。

 十中八九スズカさんですね! ミホノブルボンさんもスタートは上手ですが、スズカさんはすり抜けるみたいにシュン! って出ますから。

 

『京都の長い直線、リードしているのはサイレンススズカ! それを追いかけるように3番ミホノブルボンが2番手に上がっています』

 

 ミホノブルボンさんが先駆けて前に出ています。

 あの方はハイペースで同じラップを刻み続ける走りが特徴ですが、それは周りに誰もいないからできる走りだとトレーナーさんは言っていました。

 スズカさんより前に出るか、飛ばして先に行くスズカさんを無視して2番手で刻むかどちらかの戦法をとるだろうとも。

 今回はどちらでしょうか……?

 

『ミホノブルボンの1バ身後方には17番トーセンジョーダン。並んで6番エイシンフラッシュ。後ろには7番トウカイテイオーです』

 

 先行で走る3人はまとまって走るみたいですね。その後ろに他の先行勢の方々がついていっています。

 

『中団には10番ウイニングチケット。最後方には18番ナリタタイシンと、13番マチカネフクキタルです! 今回は後方でのレースになりました!』

 

 ウイニングチケットさんが中団にいて、私はナリタタイシンさんと一緒に最後方で走ります!

 ナリタタイシンさんが不思議そうにこちらをチラチラ見ていますが、これでいいんです。

 ポジション取りに失敗したわけじゃないですよ!

 

『ホームストレッチに入ってきました! 先頭はサイレンスッ!? サイレンススズカがグッと加速しました! 後続との差を離していきます!』

 

 スズカさんが行きましたね!

 ゴールドシップさんとのトレーニングでスタート後にうまく速度を上げるコツを覚えていましたからね。

 天皇賞でモノにしていたのを見ていましたけど、実際やられると衝撃です。

 ゴールドシップさんも同じようなことしますけどね!

 

『サイレンススズカが快調に飛ばしていきます! 2番手のミホノブルボンとの差を広げていきます!』

 

 グングン飛ばしていますね!

 私たちはまだ直線ですけど、スズカさんは既にコーナーに入るところです。

 ミホノブルボンさんはペースを変えずにいるみたいです。スズカさんは常にオーバーペースですからね、それもいいのでしょう。

 

 ただ、それだと困るのです。だって、スズカさんに逃げ切られてしまうでしょうから。

 だから、ゴールドシップさんから教えてもらった技を使っていきますよ!

 思いきりターフを踏んで、こう、ニィ! って笑顔を作ります!

 ドン! ドン! と爆発音が鳴り、中団後ろの方が振り向きます。

 すると、ヒィッと声を上げてペースを上げてくれました。それに押される形で中団がペースアップしましたね。

 ナリタタイシンさんが凄い顔で見てきますが気にしません。

 

『コーナーに入りまして、先頭はサイレンススズカ! 4バ身程差がついてミホノブルボン。おっと、ここで中団がペースアップです。サイレンススズカの逃げについていくためでしょうか』

 

 ゴールドシップさん直伝のプレッシャーです!

 こうすれば序盤でペースアップさせられるから、京都の上り坂でスタミナ削りに行けるぜ! って言ってました。

 思いのほかうまく決まったので嬉しいですね~!

 

『第2コーナー抜けまして、向こう正面へ。1,000mのタイムは58.4! かなりのハイペースですが大丈夫でしょうか!』

 

 ペースはやっぱり速いです。でも、スズカさんは今コーナーで1度息を入れたはずです。

 この後下り坂でも息を入れる可能性がありますからね。スタミナ切れはしないでしょう。

 

 私たちもコーナーを回りました。

 前方に見えてくるのは京都の上り坂。いいですね~、私の勝利の象徴ですからね、この坂は。

 この坂を駆けあがって、私は勝ったのです。あの菊花賞に!

 

『サイレンススズカが坂を駆けあがります! ペースは落ちないが、後方からミホノブルボンが飛ばしてくる! 坂路の申し子は伊達じゃないぞ!』

 

 スズカさんが先んじて坂を上り始めました。

 ミホノブルボンさんも上り坂は得意です。ペースを緩めずに飛ばしていきます。

 上り坂の手前で残り半分ぐらい。坂を駆け下りてから、勝負どころです。

 

 ……トレーナーさん、ゴールドシップさん。正直、このレースに出る前からずっと不安ではありました。

 だって、作戦が作戦なんですもん。ゴールドシップさんしかできないような、そんな作戦。

 ですが、レイさんとタイキさんの走りを見て! ここまで走ってきて! あの上り坂を見て覚悟が決まりましたよ!

 

 フナボシはですねぇ!

 みんな無理だってことをやるんですよ!

 

「行きますよぉ~!」

 

 少し外にでて前の状態を確認します!

 ここからならみんなお見通しです!

 誰もいませんね……なら、行きますよ~!

 

 私はみなさんが上り坂を駆け上がろうとしたその時に、思いきり駆け出したのでした。




 タブー?
 勝ちゃいいだろ!


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48、Lucky Comes True!

 ここまで読んでくれた皆様に感謝を。


「スズカに勝つ方法?」

 

 天皇賞秋が終わってから、私はゴールドシップさんに相談しました。

 勝ちたい相手であるスズカさん。あのオーバーペースがマイペースな方に勝つには、どう走ればいいのか。

 私もたくさん考えましたけど、結局いい案が思いつきませんでしたから……。

 

「スズカより速く走るしかないんじゃねーか? それかスタートを止めるとか」

「スタートも止めれないぐらい速く出ちゃいますよ~……」

 

 ゲートが開いた瞬間、スズカさんはもう1歩目を出しているのです!

 私たちが1歩目を出した時には、既に2歩目。まず初速で負けてます。

 

「ゴールドシップさんだったら勝てると思います?」

「フクよー、アタシを誰だと思ってんだ? 最高にすげー強いウマ娘ゴルシちゃんだぜ?」

 

 自信満々に自分を指さして胸を張っています。

 

「ま、2,000mだったらかなりキツいと思うけどな。あのスピードには中々ついていけねーし」

「そうですか……ということは、距離が伸びれば?」

「おう。アタシもフクも長めのが走りやすいだろ? でもスズカはどっちかっつーとマイル派だろうしな。トレーナーも言ってたけど1,800mがベストなんじゃねーかな」

 

 確かに、スズカさんはあまり長めの距離は……って言ってましたね。

 トレーナーさんもマイルのGⅠを登録するか相談したりしてましたし。

 

「だからよ、きっとスズカはペースを落とす。それか、息を入れる時間が長くなる。そこで近づいてからスズカより速い末脚でちぎる」

「なるほど……でも、ハイペースで走ってるスズカさんに近づけますか?」

「半分ぐらい走ってからスパートかけりゃあいけんだろ!」

「それできるのゴールドシップさんぐらいですよ!」

 

 結局その時はそれで終わってしまいました。

 でも……URAファイナルズ決勝に出走が決まって、スズカさんに勝つには、本当にそれしかないって気づきました。

 だって、スズカさん細かく息を入れるテクニックを身につけているんですから!

 

 トレーナーさんに相談したら、たった1つだけ。

 ゴールドシップさんだからできた信じられない走り。

 それを組み込んだ、対スズカさん用の作戦を考えてくれました!

 

 ……スズカさん、息を細かく入れるのでペースは途中で落ちるかもですけど、最終直線でもスピードが保つのは確実です。

 なら、直線までに少しでも近づいて、そこから一気に行くしかありません!

 

 それなら、この京都のレース場ではどこからスパートすればいいのか。

 決まっています!

 

「ここからです!」

『京都の上り坂ァ!? 上りでマチカネフクキタルが仕掛けました! 最後方から一気に駆け上がっていきます! バ群の中を突き抜けて、一気に前に出ていきます!』

 

 隣にいたナリタタイシンさんも、ウイニングチケットさんも驚いていました。

 上り坂で仕掛けてますし、しかも集団の中を突っ切ってますからね。

 ですが、少しでもスタミナを残しながら前に出るためには、これしかありません。

 これを邪魔されないために、コーナー前でプレッシャーをかけてスタミナを削ったんですから!

 

 トレーナーさんが鍛えてくれた、信じてくれたこの私が走るための光の道!

 これを信じて走るだけです!

 

『マチカネフクキタルが上がってくる! これは大丈夫なのか! トウカイテイオー、エイシンフラッシュたちに合流しました! トーセンジョーダンと並んだぞ!』

「うそ!?」

「あそこから仕掛けてきたの!?」

「これは、ゴールドシップさん……!」

 

 いきなり後ろから突っこんできた私にみなさん驚いています。

 テイオーさんを抜かしてエイシンフラッシュさん、トーセンジョーダンさんと並びます。

 

 ここで坂を上り終えて、下り坂です。

 私はここで息を入れるためにペースを少し落とします。

 それを見たトーセンジョーダンさんがものすごい嫌そうな顔をしました。何故でしょう?

 

『サイレンススズカが坂を下る! それに差を詰めるようにミホノブルボン! その差は3バ身から2バ身半!』

 

 前に来てわかりましたが、ミホノブルボンさんがスズカさんと差を詰めていますね!

 すごいスピードとスタミナです……スズカさんよりも速く走ってるってことですからね。

 しかも少しずつ近づいていってるので、かなりのスピードですよ!

 

 第3コーナーの下り坂が終わり、第4コーナーにはいりました。

 ここから緩やかな下りで、最後にゆるやかな上りです。

 ここからみなさん動き出す時です!

 

『第4コーナー回ってサイレンススズカ逃げる逃げる! ミホノブルボン追走するが、差がもう詰まらない! 3バ身差のまま最終コーナーを抜けてしまうのか!』

『後ろからはウイニングチケットが上がってくる! ナリタタイシンも外から上がっているぞ!』

「行っくよー!」

「ここからです!」

「ここだし!」

 

 後ろからの圧が一気に強くなって、並んでいたみなさんもペースを上げました。

 私も合わせてペースを上げながら最終直線に入ります!

 

『最終直線に入った! 誰が最初にゴールするのか!』

「すぅー……ふっ!!!」

 

 スズカさんがコーナーの終わり際に少しだけペースが緩んだと思ったら、一気に加速しました!

 仕掛けが思ったよりも早いですね……! ですが、前みたいに、金鯱賞のような差ではありません!

 

「遠いっ……!」

「これがサイレンススズカの逃げ!」

 

 テイオーさんやトーセンジョーダンさんがスパートをかけていますが、全く追いつく気配がありません。

 エイシンフラッシュさんも苦し気に走っています。

 それもそうです。だってずっとハイペースのままなんですから。

 

 ですが、今日は2,400!

 まだ間に合います! この距離ならば!

 

「先に行きます!」

 

 思いきりターフを踏みしめて、一気に駆け抜けます!

 最終直線は400m! 私の全力で差せなければ負けです!

 

『先頭は変わらずサイレンススズカ! 逃げて差す! 直線で加速した! しかしミホノブルボンも追走! マチカネフクキタルも一気に上がってきた!』

『マチカネフクキタルに続いてトウカイテイオーが上がってきている! 外からはエイシンフラッシュ! トーセンジョーダン! ウイニングチケットもツッコんできた! ナリタタイシン凄まじい末脚ッ!』

 

 誰もが先頭を行くスズカさんを追いかけています。

 その差はミホノブルボンさんでさえ3バ身。そこから距離が詰まりません。

 ハイペースで差すだけのスタミナがもう残っていないんです。ただでさえ速いのに淀の坂を越えなければなりませんからね。

 

 ……体の丈夫さとスタミナ強化を大切にするフナボシで、私ができるって信じてくれるトレーナーさんでよかったです。

 だって!

 信じてくれた通りに!

 

「まだっ! 行けます!」

 

 差すだけの力がまだまだ残っているのですから!!!

 

『ミホノブルボン差が詰まらない! 後続も上がってくるがサイレンススズカに近づけていなっ! マチカネフクキタルだ! マチカネフクキタルが少しずつ差を詰めている! このハイペースのレースで、マチカネフクキタルだけがサイレンススズカへと肉薄しています!』

 

 みなさんが必死に走る中、ドン! ドン! と力強くターフを踏みしめてスズカさんに近づきます!

 あの人は本当に厄介ですね!

 レースに出るだけで、1番に対策しなければならない相手になるのですから!

 

「うわあああぁぁ~~~!!!」

『マチカネフクキタル! ミホノブルボンに並ぶ! 抜かした! 残り200mを切った! サイレンススズカはまだまだ伸びる! しかしマチカネフクキタル! これは届くのか!? 距離は!? 足りるのか!』

 

 脚が重いです……肺も苦しいです……っ!

 でも、まだ走れますっ!

 

 何をしてもダメダメだった私をここまで連れてきてくれたトレーナーさんに、お返ししたいんです!

 するんです! 絶対に! 私が、恩返ししたいから!

 だって! トレーナーさんは、勝ちたいって夢を叶えてくれる! 私の運命の人だから!

 

「スズカー! フクキタルー! ゴー!」

「スズカさーん! フクちゃーん!」

「スズカー! フクー! 最高にぶっちぎれー!」

 

 ――スズカー! 逃げろーッ!!! フクー! 差しきれーッ!!!

 

 必死に走っていたら、ゴール前のみなさんが見えました。

 タイキさんも、レイさんも、ゴールドシップさんも。

 トレーナーさんも、みんな笑ってます。楽しんで応援してくれています。

 

 私の走りを、楽しんでくれているんですね。

 あんなにも笑顔で……!

 

 やっぱり、勝ちたいです!

 このレースを楽しんでくれているみなさんに福を届けたいから!

 笑う門には! 福来たる、ですよ~~~!!!

 

「あああああ~~~!!!!」

「はぁーーーっ!!!」

『サイレンススズカ粘る粘る! まだ加速しているぞ! しかしマチカネフクキタル! 他のウマ娘の時が止まっているかのような末脚ッ!』

 

 ――来たわね、フクキタル。私が勝つわ。

 ――来ましたよ、スズカさん! 抜かしちゃいますからね!

 

 目もあってません。しゃべってもいません。

 でも、お互い通じ合ってます。

 絶対に勝つという意志も通じ合ってますけどね!

 

『マチカネフクキタルが追い上げる! 残り100を切る! 2バ身差! いや1バ身! 並ぶか!? あと少し! もう距離はないぞ! サイレンススズカがまだ前にいる!』

 

 あと少し! あと少しでスズカさんに勝てます!

 ずっと負けっぱなしは嫌です! スズカさんには絶対に勝ちたいんです!

 だって! 友達で、ライバルだから!

 

『マチカネフクキタルッ! 前に出る! しかしサイレンススズカがさらに差す! マチカネフクキタルか!? サイレンススズカか!?』

 

 見ててください! トレーナーさん! スズカさん! チームのみなさん! ファンのみなさん! シラオキ様!

 

 ――お姉ちゃん!

 

 これが自信も実力も何もなくて! 幸運だけで勝とうとして!

 それでもいろんな人から大切なものをもらった!

 マチカネフクキタルの走りです!

 

「うあああああ~~~!!!!」

『マチカネフクキタルだ! マチカネフクキタルが最後に抜け出した! サイレンススズカもう届かないか!? マチカネフクキタルだ! マチカネフクキタルだ!!! 京都に3度目の福が来たァーーーっ!!!』

 

 スズカさんと一緒にゴール板を駆け抜けて、そのままフラフラになりながら地面に手をつきます……ぜぇ、ぜぇ……。

 もう無我夢中で……どうなったのか、全然分かりません……。

 隣を見ると、スズカさんがゴロンと横になっています。いやぁ……お互い全てを出し切りましたね……。

 

「はぁ……はぁ……フクキタル、やっぱりあなただけね。追いかけてきたの」

「ぜぇ……ぜぇ……そ、そうでしたか?」

「ふぅ……。そうよ。だって、フクキタル以外の圧は近づいてこなかったもの」

 

 今回は得意な京都でしたし、作戦もうまくハマりました。

 ゴールドシップさんの教えもありましたから。

 

「ぶへぇ~……そういえば、どっちが勝ったんでしょうか」

「ふぅー……そうね。どうかしら。私、差されたと思うけど」

 

 2人で体を起こして掲示板を見ます。

 1番上の数字は、14。2番目が1。そしてアタマ差。

 ……か、ったんですか? スズカさんに。

 

「……フクキタルの勝ちね」

「や、やりました……! やりました~! 私! スズカさんに!」

 

 思わず立ち上がって跳びはねてしまいます!

 ついにリベンジできました!

 負け続けて、ずっと勝ちたかったスズカさんに!

 ううぅ~~~! 熱いものがこみあげてきますよお~!

 

「フクキタルー!」

「うええぇ~! やりまぐぇっ!?」

 

 横から誰かに突撃されました!

 おぶぶ! く、くるしい! 涙も引っこみましたよ!?

 

「やったねえぇー! くやしいけど感動だあああぁぁーーー!!!」

「うべべ!? ウイニングチケットさん!?」

 

 のしかかっているのはウイニングチケットさんでした。

 他にも一緒に走ったみなさんが、悔しそうにしていますがおめでとうと言ってくれます。

 

「今日はボクの負け。でも次は勝つよ!」

「テイオーさん……!」

 

 あのすごいウマ娘のテイオーさんにも宣戦布告を……!

 でも、次も私が勝ちますよ!

 

「新しいライバルだね! にしし、これからもっと楽しくなるよ!」

「そうですね。次は負けません、フクキタルさん」

「いい追込だったよ。次は負けない」

 

 み、みなさん……!

 

 感動しながら立ち上がった時、ふとトレーナーさんたちが視界に入りました。

 視線を向けると、みなさん笑顔で手を振ってくれていて。

 

 トレーナーさんは……泣いてませんか? ゴールドシップさんがしょうがないって顔で背中を擦ってますね。

 

「えへへ。勝ちましたよ、トレーナーさん!」

 

 トレーナーさん。私を育ててくれてありがとうございます。約束通り、福を届けましたよ。

 私の担当でよかったと言ってくれますか?

 そうならとても嬉しいです。

 

 万感の思いでトレーナーさんたちに手を振ります。もちろん、ここ一番の笑顔で!

 笑う門には福来たるですからね!

 

 

 

 

 

 見ててくれましたか? お姉ちゃん。

 私、みんなに福を届けることができましたよ。

 ふわりと暖かい風が私の体を撫でたような、そんな気がするのでした。




 待ちかねた福来たる!


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49、ウイニングライブ

 うまぴょい……じゃない!?


 大号泣。

 今の俺はまさにそれだった。

 ウィナーズサークルで周りのみんなからすごい気を使われるぐらいに大泣きしている。

 フクキタルも俺にしがみついてしゃびしゃびに泣いているけど。

 

「かぢましたよおぉ~~~!!!」

 

 だってそうだろう!

 俺の担当しているウマ娘たちが、みんなその距離部門で1着をとっているんだから!

 すごいよ、みんな……本当にすごい。

 みんなの担当で本当に良かった。もう伝説だ、このチームは。

 

 自分のチームだと思えないというか、単純にみんなの功績が凄すぎて当事者に思えない。

 これはもうだめだ。何が起きているんだ……。

 

「おいおい泣きすぎだろ。アタシのレースもあんだからな! アタシの分も残しとけよ!」

 

 ゴールドシップに背中を思い切りバシッと叩かれる。

 凄い衝撃で思わず涙が引っ込んだ。同時に俺に引っ付いていたフクキタルが吹き飛んでいった。

 ふ、フクキタルー!

 

「ぎゃぼーん!?」

「ああ、フクちゃーん!」

 

 ソーラーレイが飛んでいったフクキタルにあわてて駆け寄っていく。

 むすっとしたゴールドシップを見て、ほったらかしにしてしまったと頭をかく。

 ごめんなと言うと、しょうがねーなあと肩をべしべし叩かれた。

 

「ま、ゴルシちゃんが京都の走りを見せてやるぜ!」

 

 自信満々に親指でビシっと自分を指さした。

 京都嫌いだって前に言ってたのにね。

 

 

 

 

 

『上り坂で一気に詰めていくのはゴールドシップだぁ! やはりこのウマ娘! 既に先頭集団の外に着けているぞ!』

「こ、これがゴールドシップさん……!」

「すごい……」

 

 ゴールドシップが淀の坂を駆け上がっていくのを見て、フクキタル達が戦慄している。

 中距離であればまあ少しはわかるが、長距離でやっているのはもう狂気でしかない。

 ミスターシービーも決死の覚悟でやっていたのだろうなぁ……ゴールドシップはいつもやるけど。

 

『最終コーナー回って直線に入った! ゴールドシップが外からきているぞ! しかし! 後方から一気に駆け抜けてくるのはシンボリルドルフ! メジロマックイーンとライスシャワーも上がってきているぞ!』

『ナリタブライアンとビワハヤヒデも追走! 後続も上がってくるが間に合うのか!』

「来た……!」

「みなさんステイヤーデス!」

 

 ルドルフが一気に突っ込んでくる! マックイーンとライスシャワーも来た! ブライアンとハヤヒデも上がってきたな……!

 ゴールドシップも大外に出ながらグングン加速していく!

 

『シンボリルドルフ強烈な末脚! 一気に前に出て先頭に抜け出した! ゴールドシップも追走! その後ろにはメジロマックイーン! すぐ後方にはライスシャワー!』

 

 ゴールドシップが加速している中、ルドルフはその瞬発力を最大限使って追い抜かして先頭へ。

 マックイーンは抜け出してきたが、ライスシャワーが後方からびっちりとついてきている。

 苦しい流れだ……しかし、ゴールドシップの本領はここからだ。

 

 ――ゴールドシップー! かましてやれー!

 

 ニィっと歯をむき出しにして目を見開くと、ゴールドシップが爆発音とともに突っ込んできた!

 

『ゴールドシップが追い上げてくる! シンボリルドルフとの差がどんどんなくなっていく! しかしシンボリルドルフ粘っている!』

『メジロマックイーン伸びないか!? ライスシャワーも苦しい! ビワハヤヒデが外から上がっていく! ナリタブライアンは苦しそうだ!』

 

 ドォン! ドォン! と爆音を鳴らしながら突っ込んでくるゴールドシップ。

 何度も聞くが、この爆音は俺にとって勝利への鐘の音だ。いつだってこの音が俺とゴールドシップを勝利へと導いてくれる。

 

「ゴールドシップさ~ん! 全勝しましょ~!!!」

「ゴールドシップー! 勝ってぇー!」

「ゴーゴー! ゴールドシップ!」

「ゴルシちゃーん! いっけえー!」

 

 ゴールドシップがどんどんスピードを上げてルドルフへと肉薄する。

 スタミナ勝負では圧倒的に分がある。他のみんなは道中ゴールドシップのプレッシャーや、それに伴う強制ペースアップを受けているからな。

 中距離では大丈夫だろうが……長距離では致命的だ。

 

 おかげでヒシアマゾンとハッピーミークは道中で完全にやられてしまった。

 マックイーンとライスシャワーはスタミナは大丈夫だが仕掛け時が遅くなってしまったせいで伸びきれていないし、ハヤヒデとブライアンは互いに牽制しすぎてさらに遅くなっている。

 これはチャンスだ!

 

『ゴールドシップがシンボリルドルフに並ぶか!? 並んだ! ゴールドシップ並んだ! しかしシンボリルドルフも負けていない! 前には行かせない気迫の走り!』

『残り100mを切った! どちらが前に出るのか! どっちだ!? 並んだままだ!』

 

 ――勝つぞー! ゴールドシップゥーーーッ!!! 全勝だァーーー!

 

 ゴールドシップがフッと笑い、ヒュッと一瞬前に出た。

 勝つには、それで十分だった。

 

『どっちだ! どっちだ!? 並んでゴールインッ! どちらが先着したのか! 写真判定です!』

 

 場内は最高の盛り上がりを見せ、どっちだ!? とざわめきが聞こえてくる。

 フクキタル達も固唾を呑んで見守っていたが、俺はもう既に泣きそうだった。

 ゴールドシップも乱れた息を整えてからこちらを見て、汗を拭いながらニッと輝かしい笑顔を見せてくれる。

 俺がぶわっと涙があふれるのと、掲示板が表示されたのはほとんど同じタイミングだった。

 

『結果が出ました! 1着は18番! ゴールドシップ!!!』

 

 わあああああああ!!! 歓声を浴びながら、ゴールドシップは思い切り腕を突き上げた!

 フクキタル達はやった~! と大喜び。周りの観客たちはおめでとう! と祝福してくれる。

 こうしてフナボシことチームフォーマルハウトは、URAファイナルズ各部門で優勝できたのだった。

 

 いつも以上のパワーでドロップキックを受けて、体に蹄鉄の跡がついたのはご愛敬。

 

 

 

 

 

   ◆ ◆ ◆

 

 

 

 

 

 都合4度うまぴょいを見ることになったわけだが、URAと理事長たちから提案を受けた。

 何かと言うと、チームで最高の成績を出したということで、チーム全員をメインにしたライブを最後にやろうということだった。

 当日なわけだができるかなと思ったが、全員が必ず覚える曲が1つだけあった。

 みんなに提案してみると、全員ノリノリでオッケー! となったので、最後のアンコールでの1曲で披露することとなった。

 

 ライブ会場でアンコールをしながら待っていると、準備ができたのかライトが輝きだした。

 この集大成の時に聞く曲がアレかと思うと……なんだろう。胸が熱くなるな。

 曲が流れて、うっすらと見える。フクキタルと、左右にスズカ、タイキだ。

 

響け ファンファーレ

届け ゴールまで

 

輝く未来を

君と見たいから

 

 Make debut!

 一番最初に聞きたいライブの曲であり、全てのはじまりの曲だ。

 笑顔で段差を降りてくるフクキタルたち。ゴールドシップはセンターを後輩に譲った。ソーラーレイも、フクちゃんたちがメインのほうが盛り上がるよぉ! と譲っていた。

 

 メロディーが聞こえてくるとともに、みんなと最初に出会った時の記憶がぽつぽつと出てくる。

 

駆け出したら

きっと始まるstory

 

いつでも

近くにあるから

 

 フクキタルはゴールドシップと神社に行った時に突撃してきたんだっけ。

 またすごい個性派なウマ娘だと思ったものだ。

 今は少し落ち着いたかな?

 

手を伸ばせば

もっと掴めるglory

 

1番目指してlet's challenge

加速してゆこう

 

 タイキはトレーニングしようとしたらついてきたんだっけ。

 それから急にチーム入りしたんだよな。それと一緒にソーラーレイもついてきた。

 ゴールドシップと似て感情に正直な娘だなぁと感じていたし、ソーラーレイは思ってたよりも図々しい娘だった。ゴルシちゃんって呼び始めた時はすごいと思ったよ。

 今もそれは変わらない。2人とも真っすぐだ。

 

勝利の女神も

夢中にさせるよ

 

 スズカは最初はフクキタルと一緒にいて出会った。

 その後あった時に悩んでいたからゴールドシップと誘拐したなぁ。

 あれはうん、相当な問題行動だったな。後々エアグルーヴにすごい怒られたし。

 今ではチームのエース的存在だ。

 

スペシャルな明日へ繋がる

 

Make debut!

 

 最初はみんなトレーニングについていけなくて大変だったなぁ。

 ゴールドシップ用のものから改良して強度を下げていって。

 それでもみんな頑張ってくれていたから、メイクデビューは全勝だった!

 ゴールドシップも宝塚記念3連覇という歴史的偉業を成し遂げたしな。

 

響け ファンファーレ

届け ゴールまで

 

輝く未来を

君と見たいから

 

 ゴールドシップとは違った苦労がたくさんあったな。

 フクキタルはずっと占いに固執していて自信はないし。

 スズカは走りたがりだし。

 タイキは集中力は足りないし。

 ソーラーレイは1番体ができていなかったし。

 

 それでも、常にその存在感をみんなに見せつけていたと思っている。

 

駆け抜けていこう

君だけの道を

 

 クラシックは色々あったなぁ。

 ダービーでの惨敗、シャインフォートからの願い、フクキタルの成長、そして菊花賞の勝利。

 タイキはもうこの辺から明らかに強すぎて存在感がおかしかったな。未だに無敗のマイル王だし。

 ソーラーレイは唯一のダート路線で必死に駆け抜けてくれた。おかげでたくさんの勝利を見ることができた。

 

もっと 速く

 

I believe

夢の先まで

 

 シニア級に夢は続いていった。

 スズカの覚醒が始まったのはここからだったなぁ。

 タイキの海外遠征を考えていたのもこのころだったっけ。

 

響け ファンファーレ

届け ゴールまで

 

輝く未来を

君と見たいから

 

 未だに思う。

 スズカにお守りを持たせて本当に良かったって。

 オカルトかもしれないが、きっとスズカを守ってくれたんだって思っている。

 フクキタルの影響かもしれないけど。シラオキ様本当にありがとう。

 

駆け抜けていこう

君だけの道を

 

 タイキは海外に行って歴史的な勝利をお土産にしてくれた。

 勝てると思っていたけど、本当に強すぎるよあの娘。

 集中力も大事な時はしっかり発揮できるようになったし。

 

走れ 走れ 誰より速く

 

 ソーラーレイはダート3連戦、よく頑張ってくれたと思う。

 故障せず、楽しく、そして燃えるような戦い。

 ダートの星として、後輩たちから尊敬されるウマ娘になるだろうなぁ。

 

いつか笑える

 

最高だけ目指して

 

 フクキタルはずっと悩んで、色々な人たちから勇気をもらって。

 有マ記念でその全てを出すことができた。

 あの自信がなくて、姉にコンプレックスをもっていた女の子はもういない。

 

 いるのは、マチカネフクキタルという最高のウマ娘だ!

 

ゆこう

 

 キラキラと輝く笑顔で踊るフクキタル。

 ふわりとクールで可愛らしい笑顔のスズカ。

 元気いっぱい動いて笑うタイキ。

 満面の笑みでファンサービスをするゴールドシップ。

 控えめに微笑んでみんなを目立たせようとするソーラーレイ。

 

 みんなよくここまで走ってくれたなぁ……。

 

I believe

夢の先まで

 

 バッチリポーズを決めて、拍手と歓声を送られるチームのみんなを見て。

 みんなの担当トレーナーとして駆け抜ける機会を与えてくれて。

 

 本当によかった……本当にありがとう。

 その言葉しか出てこないぐらい、暖かなもので胸がいっぱいになるのだった。




 というわけで、影も形も見せていなかった始まりの曲で締め!
 うまぴょいと一緒で、絶対にみんなが歌う曲ですよね。

 ここまで読了ありがとうございました。
 ……もうちょっとだけ続くんじゃよ。

 最終話は18:00更新です!


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50、エピローグ

 終!


「いや~、また来てしまいましたねぇ」

 

 しみじみとそう話すフクキタル。

 俺たちは今、神社にいる。

 フクキタルと初めて出会った神社だ。

 

「突撃取材から逃げんのに神社に来るってファンキーだよな」

「迷惑にならないかしら……?」

「大丈夫ですよ! パワースポットですから!」

 

 何が大丈夫かわからないが、とりあえず今は取材陣を撒けたらしい。

 フナボシがURAファイナルズで4部門独占というとんでもない成績を残したおかげか、もう凄いことになっている。

 学園でも先輩後輩問わず色々なトレーナーから祝福されたりトレーニングやウマ娘への対応を聞かれるし。

 みんなも凄い色々聞かれているとか。もう大スターだ。

 

 特にフクキタルは、ずっと伸び悩んで勝ち負けをしてきて、ようやく掴み取った栄光。

 しかも芝の花形中距離部門。現在校内人気がとんでもないことになっているとか。

 

 そんな活躍ができたお礼にということでパワースポット巡りに学園外連れ出されたら、あっという間に取材にきた人たちに囲まれかけたということだ。

 久々にゴールドシップ運送を使ったが、やはりあれは腰にくるな。いてて。

 

「ここもパワースポットなんデスネ!」

「そうです! ものすごーいところなんですよ!」

「そうなんだねぇ」

 

 先ほどから巡ってきたところは、タヌキの置物が塗り替えられて招き猫になった居酒屋。

 店員の対応が良いゲームセンターなどなど。

 パワースポット……? と首を傾げてしまうようなところばかりだった。

 フクキタル的パワースポットは自分にいいことがあったかどうかで決まっている気がするなぁ。

 

「うっし! それじゃあとりあえずおみくじ引いてくっか! 行くぜおめーら!」

「レッツゴー!」

「おぉー!」

「境内であまり騒いじゃ……」

 

 フクキタルを残してみんなおみくじを引きに行った。

 ゴールドシップは相変わらず好きだなぁ……凶ばっかり出るのに。

 

「神社と言えばおみくじですよね~。わかりますよ~」

 

 うんうんと頷くフクキタル。

 ところでここはどういうパワースポットなんだ?

 

「ふっふっふ。ここはですねぇ~、最近できたパワースポットなのです! しかも最強の!」

 

 両手をパッと上にあげて自信満々に話すフクキタル。

 ふむ、と聞く体勢を見せると、嬉しそうに語りだした。

 

「むかしむかしあるところに、神社に少女がいました」

「少女はずっと悩んでいたのです。どうすれば自分の夢をかなえられるか知らなかったから」

「どういう夢なのか、あんまりわかっていなかったんですけどね」

 

 そう言って頬をかくフクキタル。

 1つ頷いて続きを促す。

 

「しかし、そこに神の使い……運命の人が現れたのです!」

「その人は奇跡をくれました。天の川をともに駆け抜けて、星を掴むという力を」

 

 嬉しそうに体を揺らしながら、上にあげた手をきゅっと握る。

 

「天の川では色々な星といっしょに駆け抜けて……最後には大きな大きな星も掴めたんです」

「おかげで少女はハッピーカムカム! 自分が輝ける星となったのでした」

「その少女はとても感謝しているそうですよ! 風のウワサですけどね~」

 

 ニコニコと笑いながら嬉しそうにしているフクキタル。

 どうやらお礼を言ってくれているみたいだ。

 

「でもですね、トレーナーさん。私、思うのです」

「夢をかなえてくれたことに感謝しているのではないんじゃないかって」

 

 何に感謝しているんだ?

 そう聞くと、手を組んでもじもじと体を揺らす。

 少し恥ずかしそうだ。

 

「それは……それはですね」

「――幸せな時間をくれたこと!」

「勝っても負けても、悩んでたときも、くじけた時も!」

「どんな時でもいっしょにいてくれたから……だからとっても幸せだったんです! 私!」

 

 満面の笑みできゅっと胸の前で手を握るフクキタル。

 俺もフクキタルと一緒に駆け抜けることができて幸せだったよと話すと、えへへ、と照れたように笑った。

 

「あっ! えっと、少女です少女! 私じゃなくって!」

 

 急に慌てだしたが時すでに遅し。

 あはは~と少し困ったように目を細める。

 

「ぐちゃぐちゃになっちゃいましたけど、ここはそういうパワースポットなのです!」

「だから最強のスポットということで……いいですよね?」

 

 ちょっとだけ不安そうに上目づかいで見てくる。

 ……ここからチームが始まったんだなと思うと、ここは本当にパワースポットなのかもしれない。

 いいんじゃないかな。俺もパワースポットだと思う。

 

「おほー! そうですよね! いや~、トレーナーさんならわかってくれると思いましたよ!」

 

 嬉しそうにパチッと手を合わせる。

 せわしなく感情を表現するのもまたフクキタルの良さだ。

 

「それじゃあお参りでもしましょうか。あ! あんな話をしましたけど、お別れじゃないですからね! 私とトレーナーさん繋ぐ糸は鋼でできてますからね!」

 

 ちょっとやそっとじゃ切れませんよ~!

 俺の手を掴んでぐいぐい引っ張っていく。

 まだまだフクキタルとの関係は続いていくようだ。

 

 お賽銭を入れて手を合わせてお参りする。

 今年もまた、みんなケガ無く楽しく走れますように。

 

 お参りし終わると、フクキタルがあっと声を出した。

 

「そういえばトレーナーさん。みなさんとおみくじ引きに行かなくていいんですか?」

 

 フクキタルが不思議そうに首を傾げる。

 そもそもフクキタルが手を引いたからこっちに来たのではと言うと、まあそうなんですけど……と頬をかいた。

 

「だってほら……ちょっと話をしたかったんですよ~」

 

 えへへと目を細めて笑う。

 フクキタルはおみくじ引かないのか?

 そう聞くと、神妙に頷く。

 

「はい。今日はいいんですよ」

 

 思わずフクキタルを2度見してしまう。

 神社に来ておみくじを引かないなんて……本当にフクキタルか?

 

「ちょっと! 流石にひどいじゃないですか!」

 

 だっていつも真っ先に引きに行こうとするから。

 

「うぎぎ……今までの行いが返ってきてますね……」

 

 フクキタルはしょぼくれてがっくり肩を落とす。

 でも、本当にどうしたんだ?

 

「いえ、いつもは引きますよ? でも、今日はいいんです」

 

 穏やかな笑みを見せてそう話す。

 何かあったのか?

 

「あ、別になにかあったわけじゃないですよ。でもいいんです」

 

 え、でも……。

 

「いいんですよ~! ほら、お汁粉でも食べに行きましょう! みなさ~ん! お汁粉食べましょ~!」

 

 そう言ってフクキタルはみんなのところに走っていった。

 不思議なこともあるものだなぁと首を傾げながら俺も歩いていくのだった。

 

 

 

 

 

   ◆ ◆ ◆

 

 

 

 

 

 トレーナーさん。

 おみくじはもう、引かなくてもいいと思うのです。

 

 だって、何が出るかは分かってるから。

 

 今日は大安吉日。

 だって――

 

 

 

 

 

 幸せをわけあえる人たちが隣にいるから!




 フクキタルに幸あれ。

 ここまで読んでいただきましてありがとうございました!
 フクキタルたちの物語は一旦完結です。

 登場人物が多くなって描写しきれてないところもあったと思いますが、楽しんでいただけたでしょうか。
 少しでもフクキタルたちを好きになってくれたなら嬉しいです。
 読了ありがとうございました!

次回作
・アグネスタキオンは超光速の夢を見るか
https://syosetu.org/novel/265964/


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おまけ、ウマウマ大百科

 おまけの某動画サイトの大百科
 今回はフナボシについて


ウマウマ大百科()

 

チームフナボシ  単語 

チームフォーマルハウト

 

ほめる ↓掲示板へ

 >概要 >メンバー >フナボシ伝説 >関連動画 >関連静画 >関連商品 >関連チャンネル >関連項目 >掲示板 

 

チームフナボシとは、トレセン学園にあるレース出場の活動母体のチームである。

 

この記事は第565回の今週のオススメ記事に選ばれました!

よりうまぴょいできるような記事に編集していきましょう。

 

 概要

日本各地からウマ娘が集い、「トゥインクル・シリーズ」で活躍する一流選手の育成が行われているトレセン学園に存在するチームの一つ。

フナボシは正式なチーム名ではなく俗称。正式なチーム名はチームフォーマルハウト。チーム内外において誰もがフナボシと呼称するため、正式なチーム名ではない俗称が名前として定着してしまった大体ゴルシのせい。

フォーマルハウトとはみなみのうお座にある恒星で、1等星の1つ。別称でフナボシと言う。

 

チーム結成してから日が浅いものの、チームメンバーの実力はトゥインクル・シリーズでもトップクラス。他チームに次ぐ強豪チームとして台頭している。

チームの特徴は、クセウマ娘が非常に多いこと。トレセン学園内で問題のあるウマ娘や真面目に走らず評価が低いウマ娘たちを、国内外トップにまで育て上げている。

また、トレーナーの行うトレーニングが傍から見るとふざけているとしか思えない特徴的なものとして話題になることもある。

 

総じて個性派の巣窟として話題になりやすいチーム。

 

 メンバー

詳しくは個別記事を参照されたし。ここには書ききれないぐらいの個性的なエピソードと成績が書かれている。

トレーナー 

チーム<フナボシ>のトレーナー。20代の若いトレーナーで、ゴールドシップよりも長身。度重なるクセウマ娘からの可愛がりのせいか、体つきが年々よくなっている。新人1年目にしてトレセン学園史上最強のクセウマ娘と出会い、現在進行形で伝説を打ち立てている。海にござを置いてその上を走らせたり、ぱかプチを体にくくりつけて落とさないように走らせたりと話題に事欠かない奇抜なトレーニングでトレセン学園内外でも有名。それらは全てケガせずに走れるようにするためのものであり、実際フナボシではケガがほぼ0という驚異的な結果を残している。ゴールドシップと仲が良く、常に一緒にいる。

ゴールドシップ 

競争成績:19戦17勝 / GⅠ10勝 / URAファイナルズ中距離・長距離部門優勝者


チームフナボシのリーダーにしてトレセン学園史上最強のクセウマ娘。気が向かなければトレーニングもレースもまったくやらない、仲のいいウマ娘にはいたずらし放題なのに実力はあるという本物の問題児。トレーナーと出会ってから奔放さを残したままレースへと向かい、そのまま連戦連勝。グランプリ2年連続制覇に加えて宝塚記念3連覇という偉業を成し遂げた。チームリーダーになって落ち着いたかと思いきや、凱旋門賞にてトレーナーがおらずイマイチ気分が乗らなかったのか適当に走って大凡走したりとこちらも話題に事欠かない。トレーナーとのやり取りが人気であり、レース後のドロップキックは恒例行事となっている。

マチカネフクキタル 

競争成績:13戦8勝 / GⅠ2勝 / URAファイナルズ中距離部門優勝者


周りの時が止まったかのような末脚とバ群の中央からすり抜けてくる走りが人気。後述するサイレンススズカを唯一差したウマ娘として有名になっている。占いの結果でやる気が上下するらしく、学園外にある神社にて叫び声が聞こえたらおおよそこのマチカネである。最近はそんなこともない様子。普段はふんにゃかはんにゃかと占い好きのお調子者という雰囲気で、ファンとの交流も占いや相談などが多い。不運で大泣きするマチカネタンホイザからの伝統かマチカネ軍団の特徴か、時々異様な叫び声を出す。詳しくはこちら→マチカネ絶叫

サイレンススズカ 

競争成績:12戦9勝 / GⅠ3勝


最初から最後まで先頭で走り続け、最終直線でさらに加速する逃げ差しを確立した最強の逃げウマ娘シニア級から本格化し、マチカネフクキタル以外には1度も先頭を譲らないという凄まじい逃げを見せつけている。金鯱賞天皇賞秋の大差で制した大逃げは今もなお話題に出るほどの強烈な走りとして人気のレース。余談だが天皇賞秋でのトレーナーとのやり取りで神むすび(神社のお守り)が大人気になり、ウマ娘たちがこぞってつけるようになった。普段から走る事ばかり考えているらしく、雑誌のインタビューのQ&Aにほぼ全て走ることですと答えるほどの筋金入り。現在は海外への挑戦を表明しており、どのような走りを見せてくれるのか期待が高まっている。

タイキシャトル 

競争成績:11戦11勝 / GⅠ7勝 / URAファイナルズマイル部門優勝者


デビュー後1度も負けていない最強のマイラーであり、日本のウマ娘として2人目の海外GⅠ制覇者。芝やダート、バ場の状態など一切関係なく強い走りができるパワーを持つ。反面集中力がないらしく、レース中キョロキョロしたりスタートで遅れそうになったりと多岐にわたる問題を抱えている。が、トレーナーがそうしてても勝てるようにするという方針で育てた結果、最強のマイラーとして成長した。ジャック・ル・マロワ賞での物見しっぱなしで勝利したレースは何で勝てるんだとフランスで一時期話題になるほどだった。

ソーラーレイ 

競争成績:16戦10勝 / GⅠ3勝 / URAファイナルズダート部門優勝者


チームフナボシの良心まとも枠。まとも枠と言われているが、競争成績はまともではないダート部門で最強格と言われているアフクママルコとしのぎを削り、凄まじいレースを何度も見せた。その結果ダートへの注目度が上がり、ダートレースの動員数が増加。トゥインクル・シリーズにおけるダートの地位向上に貢献している。チームメンバーそれぞれの特徴を濃縮したような走りは圧巻。フナボシの中ではコアなファンが多く、トゥインクル・シリーズに詳しいファン程のめりこんでしまうウマ娘とも言える

 

 フナボシ伝説

・チーム結成後のメイクデビュー4人全勝

・3連覇のかかる宝塚記念でゲート内で乗りあがり歴史的出遅れ

でも3連覇する

・チーム発足1年目で入着率8割強

・2年目も8割弱。3年目は9割弱。4年目の現在10割

・凱旋門賞にトレーナーがついていかず大凡走。その後空港でじゃれ合う姿が記事になる

日本ダービーでボロボロに負けたと思いきや秋になると覚醒して連戦連勝

菊花賞バ群を切り裂いてぶっちぎりの末脚を見せる

・ついでに金鯱賞で大逃げしてぶっちぎる

・豪雨で歴史的不良バ場だった安田記念でもぶっちぎる

・よそ見しながらジャック・ル・マロワ賞制覇

・史上最速の大逃げで天皇賞秋制覇

・URAファイナルズ短距離部門以外同時制覇

 

これが全て4年目までの功績である。どうなっているんだ……。

今後新しいウマ娘を育てていきたいと宣言しているため、今後のトゥインクル・シリーズも大いに盛り上げてくれるだろう。常識は敵

 

 関連動画

 

 関連静画

 

 関連商品

 

 関連チャンネル

 

 関連項目

 

トレセン学園

トゥインクル・シリーズ

ゴールドシップ

マチカネフクキタル

サイレンススズカ

タイキシャトル

ソーラーレイ

トレーナー




 同サイトのチームスピカとかのテイストで書いてます
 掲示板は長くなるのでキャンセル!

 こうして見ると、やっぱり濃ゆい面子でしたね!


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おまけ、フクフク大百科

 おまけのフクキタル


ウマウマ大百科()

 

マチカネフクキタル  単語 

マチカネフクキタル

 

ほめる ↓掲示板へ

 >概要 >活躍 >人物像 >関連人物 >関連項目 >掲示板 

 

マチカネフクキタルとは、トレセン学園に所属するウマ娘である。

夏合宿を経て急激に力をつけてGⅠレースをにぎわせる「秋の上がりウマ娘」の代名詞。

個性派の魔境チームフナボシのメンバーで絶叫担当

 

この記事は第566回の今週のオススメ記事に選ばれました!

よりうまぴょいできるような記事に編集していきましょう。

 

概要


キャラが濃く叫ぶことが多いとされるマチカネ軍団の中で最も叫ぶマチカネと言われる。とにかく叫ぶうえに叫び声が異様なために初見のファンは驚くこともしばしば。

 

外はねした栗毛とキラキラ輝く瞳を持つウマ娘で、とにかくよく笑いよく叫ぶ。

笑う門には福来るを体現しており、常に笑顔でいられるように心がけているという。そのチームで笑えるのだろうか。

 

勝負服は白地に青襟のセーラー服で、アクセントとして所々に赤いラインが入っている。後ろ襟には八卦太極図が描かれており、スカートに絵馬、髪飾りにはダルマなど、幸運グッズコーデ。

極めつけには背中に背負ったドでかい招き猫のバッグ。どう考えても邪魔だと思われるが、実際は招き猫のカバン。トレーナーがゲームセンターでとってくれた思い入れのあるものなんだとか。最近そのバッグの中に水晶玉が入っていることが判明した。やはり邪魔なのでは。

 

活躍


ジュニア級6月のメイクデビューに出走。

同時にデビューした最強マイラータイキシャトル、異次元の逃亡者サイレンススズカ、砂塵の太陽ソーラーレイと共に1着。おかしい

 

その後はじっくり力を溜め、クラシック級にて弥生賞から始動。

持ち前の末脚を活かすもサイレンススズカの大逃げに届かず2着。ここから2人のライバル関係は始まっていくのだが、今はまだ素質のあるウマ娘たちという程度の評価だった。

その後共に出走した日本ダービーではシャインフォートの逃げに翻弄され7着と敗北。

サイレンススズカも9着と奮わず。フナボシのクラシックディスタンスは苦しい始まりとなった。

 

しかし夏を経て、フクキタルの評価は一変する。

まずは神戸新聞杯に、またもや2人で参戦。サイレンススズカが逃げ切るかと思っていたら、大外から一気に差しきり1着。

ここで勝ち方を身につけたのか、続く京都大賞典ではバ群の中を切り裂いてぶち抜き1着。

 

もう誰にも止めることはできないという流れの中、菊花賞に出走。

連続での出走にファンは不安を隠せなかったが、レースが始まると稀に見るスローペース。

ずるずると走っていき、最終直線に入るとまたもやバ群の中から時が止まったかのような末脚で突き抜け、一気に全員を差しての1着。

菊花賞を勝利し、マチカネ軍団初のGⅠウマ娘の1人となった。

勝利後、ウィナーズサークルにて号泣しながらトレーナーにすがりつく姿がメディアに取り上げられ、本人はいたく絶叫していたとの噂。

その後のインタビューで猫のカバンであるにゃーさんからデカい水晶玉を取り出し通信販売のような解説を始める。やはりゴールドシップのチームメンバーだとファンを再認識させた。

 

その後は長めの休養をとる。

本人曰く、シャインフォートが屈腱炎を発症してかなり怖がり、年内は絶対に休むと宣言したのだとか。

 

年明けは金鯱賞から始動。

本格化したサイレンススズカが始動したこのレース。サイレンススズカに追いつこうとロングスパートをかけるも失敗。

そのままスタミナを切らせて6着と惨敗。

ここからフクキタルは長いトンネルに潜り続けることとなる。

 

次のレースは宝塚記念。ここでもサイレンススズカとフクキタルの両名が参戦。

ここでもかなりいい走りを見せるが、サイレンススズカを捕えきれず4着。距離がもう少しあれば……といった結果になった。

 

続く札幌記念。ここでは宝塚記念でも競ったエアグルーヴが出走していた。

第4コーナーから少し早めのスパートをかけてエアグルーヴに競りかけるも、抜きつ抜かれつの激しい叩き合い。

ほぼ同時にゴールし、長い写真判定の結果5cm差で2着。悔しい結果となったが、あのエアグルーヴを差しかけたことで、さらに評価が上がっていた。

 

その後有マ記念へ出走。

クラシック級から黄金世代で2冠、ワールドレコードを樹立したセイウンスカイが参戦。さらに有マ記念前に急激に調子を上げたグラスワンダーも出走。

それに加え、去年の覇者キヌノセイギメジロ家のステイヤーメジロブライト、女帝エアグルーヴ、その女帝にエリザベス女王杯で勝利したメジロドーベル、そして上位争いの常連ことキンイロリョテイ

そうそうたる面子の中、フクキタルは5番人気で出走。

セイウンスカイが早めに仕掛けてペースをコントロールしていく中、後方でじっくりと待機。

レース後半、最内で圧力をかけながらペースを上げ、流れるようなコーナリングに爆発するかのような加速、とんでもない鋭さの末脚で内から一気に差し込み、1着。

バ群から突っこんでくる不可思議な走りで沸かせたウマ娘が、長い時間をかけて2つ目のGⅠレースで勝利したのだった。

 

その後はURAファイナルズ中距離部門にまたもやサイレンススズカと共に出走。

予選ではバ群の中をすり抜けながらロングスパートをかけてシャインフォートに肉薄、上り坂で加速するというフナボシ名物を見せつけて差しきる。

準決勝ではエアグルーヴ、キンイロリョテイと直線勝負に打ち勝ち、なんと2バ身差をつけての勝利となった。

 

URAファイナルズ決勝では、やはりライバルのサイレンススズカが待っていた。京都レース場で2,400mとフクキタルが有利な状況。

他にも有力ウマ娘たちが多くいる中、レースではやはりサイレンススズカが大逃げ。

ハイペースで進む中、淀の坂に差し掛かるとフクキタルは上り坂からどこかで見たようなロングスパートを開始。

坂を駆けあがって一気に先行集団に追いつくと、下り坂でひと息入れて最終直線へ。

凄まじい末脚でただ1人サイレンススズカへ追いつき、叩き合い、最後の最後で差しきって勝利。中距離部門を優勝し、最強のウマ娘の称号を手にしたのであった。

 

人物像


とにかく叫ぶ

トレセン学園内外でも非常に有名で、理由は本当に何かと叫ぶから。

これはフクキタルだけの特徴ではなく、マチカネ軍団の特徴でもある。マチカネタンホイザが記憶に新しい。

 

占いが好きで、自己流の占いをいくつも持っており、それ用のグッズも常備している。

最近では月刊トゥインクルにてマチカネ占いコーナーを担当。真面目にアドバイスが書かれておりかなり好評。

トレセン学園内でもマチカネ相談所をやっており、盛況しているらしい。

 

ファンに対して幸せであってほしいと願っており、レースで走る姿を見せて幸福を届けたいと思っている。

いつでも笑顔でいるのは、笑う門には福来るということを信じているから。

彼女の笑顔で元気が出るというファンも多く、グッズも満面の笑みを浮かべた姿であることが多い。

 

関連人物


トレーナー

チームフナボシのトレーナー。フクキタル曰く運命の相手。自分から神社で突撃してスカウトしてほしいとお願いしたエピソードは有名。トレーナーに対して全幅の信頼を寄せており、勝負服のカバン(にゃーさん)もトレーナーがゲームセンターのUFOキャッチャーで入手したものだったりする。

 

サイレンススズカ

同期の友人にして最大のライバル。現在6戦2勝3敗1分。稀代の逃げウマ娘にして大逃げをして逃げて差す彼女を差せるウマ娘として名前が上がる筆頭。性格的な相性がいいのか悪いのか、少々天然気味な彼女にフクキタルが振り回されるという意外な一面も。しかしフクキタルもかなりのクセウマ娘のため、サイレンススズカが困惑することも多い。

 

タイキシャトル

同期の友人。マイル路線で無敗の王者。サイレンススズカ含めて仲のいい同期3人組だが、それぞれ絶叫・先頭民族・アメリカンカウガールと個性が爆発している上、かなりのクセウマ娘。トレーナー曰く、タイキシャトルはフクキタルの話を8割聞いていないとのこと。

 

ソーラーレイ

同期の友人。ダート専門のため戦うことはないが、同じチームでとても仲がいい。フナボシの良心と言われているソーラーレイとフクキタルの相性は良く、2人だけだとかなり落ち着いた雰囲気となる。

 

ゴールドシップ

チームのリーダーにして最強のクセウマ娘。フクキタルの走りは彼女に影響されている部分が多大にあり、走りの師匠とも言える。やる事為すことに絶叫でツッコミしながら巻き込まれているが、ゴールドシップはフクキタルをかなり気に入っているようでお世話している姿が散見される。

フクキタル曰く、姉のような存在。

 

関連項目


マチカネ軍団

トレセン学園

トゥインクル・シリーズ

チームフナボシ

マチカネ絶叫集

 

 

 

 

 

マチカネフクキタルについて語るスレ


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≪前へ 1 … 564- 594- 624- 654-

 

659:ななしのうまんちゅ ID:BMuL1UuQS

>>657 それな

 

660:ななしのうまんちゅ ID:RkR5fkS1+

あの差し脚マジでおかしい

サイレンススズカ差せるのにGⅠ2勝ってどういうことなん

 

661:ななしのうまんちゅ ID:0yrcZNAqh

前後のレベルが高すぎるんだよなぁ……

ゴールドシップの世代、エアグルーヴの世代、そしてフクキタルたちの世代、下は黄金世代

最近有力ウマ娘多すぎない?

 

662:ななしのうまんちゅ ID:n7VGz446w

>>661

ゴールドシップの世代前後からヤバいウマ娘がたくさんでてるイメージ

前の世代もトウカイテイオーとかメジロマックイーンだからな

 

663:ななしのうまんちゅ ID:oNd4OZplL

この時代に生まれてよかった

 

664:ななしのうまんちゅ ID:wA52xjl/a

ところで負けた時のインタビューで「今度は水晶玉のサビにして差し上げます!」ってどういうことなん

 

665:ななしのうまんちゅ ID:3smgyX7bh

水晶玉にサビとは

 

666:ななしのうまんちゅ ID:EJcoGX16r

そもそも水晶を武器に使うな

 

667:ななしのうまんちゅ ID:jlFpINje6

水晶は金属じゃない定期

 

668:ななしのうまんちゅ ID:q6bumZW+p

そんな定期あるか

 

 




 客観的に見ても叫びまくっていることがバレているフクキタル


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