ドールズフロントライン ~ネゲヴちゃんの新婚日誌~ (弱音御前)
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ネゲヴちゃんの新婚日誌 1話

夏を前に、いよいよ暑くなってきた今日この頃皆様、いかがお過ごしでしょうか?
私はもうダメです。
どうも、弱音御前です。

新作は、前回のネゲヴちゃんのお話の後日談になります。
以前はややシリアス(なのかな?)に進めたので、今回は甘めに仕上げてみました。
ええ、それはもうハチミツをブチまけたかの如く。

なので、いつも以上にゆる~い感じで読んでもらえればと思います。

それでは、今回もどうぞお楽しみください~



 目が覚める。

 毛布は寝ている間に蹴飛ばして剥がしたのだろう、寝ぼけたままの意識でも少しだけ肌寒さを感じる。

 

「ん・・・ぅ~ん・・・」

 

 温もりを求めて無意識に腕を伸ばすが、シーツを撫でるだけで、お目当て、指揮官の身体は探り当てられない。

 ならば、反対側はどうかということで逆の腕を伸ばしてみるが、今度は腕がベッドから落ちて

手がフローリングの床をゴツンと叩いた。

 ちょっと痛かったので、小さく舌打ちをして体を起こす。

 

「ふぁあぁぁ~~~~」

 

 大きなあくびと共に身体を伸ばして意識を引き上げにかかる。

 窓から差し込む陽の光のもとで見ても、このベッドの上にはやっぱり私1人だけ。昨夜、一緒に寝たはずの指揮官の姿は影も形も無い。

 トイレにでも行ったのだろうか? と部屋の中を一周見渡した後になって昨日の話をようやく

思い出した。

 

「ああ、ファマスの朝トレか・・・」

 

 一体どういう風の吹き回しなのか、ファマスが日課としている早朝トレーニングにあのお寝坊

さん指揮官が付き合うと言っていたのだ。

 どうせ、朝になったらヤル気無くなっているんだろう、と昨夜は散々からかったのだが、本当に起きて行ったらしい。

 このまま日課として早起きが定着してくれれば私としても嬉しい。

 大好きな人には健やかでいてもらいたいと思うのは人形の私だって同じなのだ。

 ベッドに備え付けの時計に目を向けると、時刻はいつもの起床時間を少し過ぎたところ。

 朝トレ終わりのファマスといつも廊下ですれ違う時間までは、まだ朝食を準備するだけの余裕は十分にある。

 

「よっと」

 

 ベッドから飛び降りてまず向かうは洗面台。

 冷たい水で顔を洗い、完全に目を覚ましたら次は着替えだ。

 いつものジャケットに手が伸びてしまったが、今日は私服で良いというのを思い出したので、

一番気軽な服装を選んでさっさと着替えを済ませる。

 そのころには、窓からオレンジ色の気持ちいい陽光が差し込んできていて、室内はすっかり明るくなっていた。

 

「えっと・・・フレンチトーストにスープかな」

 

 冷蔵庫の食材から朝食のメニューを決めるや、調理に取り掛かる。

 

「♪~~♪」

 

 すでに私用にカスタマイズしているキッチンなので、手際はもう快速。自然と鼻歌だって出てしまおうというものだ。

 

「ただ~いま~」

 

 フライパンの上でトーストが良い声で鳴きだしたのと時を同じくして、エントランスから耳に

馴染んだ声が聞こえてきた。

 これから指揮官がシャワーを浴びて出てくるころにはスープの調理も終わって、ちょうど良い

温度になったトーストを出してあげられる。完璧なスケジューリングである。

 

「おはよう、ネゲヴ。ん~、すっごい良い匂い」

 

「おはよう。出来るまでもう少しかかるから、先にシャワー浴びてきなさい」

 

「りょ~かい」

 

 スポーツウェア姿の指揮官が軽い足取りで私の背後を通り過ぎる。

 この指揮官、普段はめんどくさがってほとんど運動しないくせに、実は運動性能がメチャクチャ高い。

 初めて彼女が本気で動いたのを見た時、あまりの衝撃で私を含めた数人の娘も揃って数秒間

フリーズしちゃったくらいだ。

 頑張り屋さんファマスの事なので、しっかりとトレーニングをしたのだろうが、それに付き合った指揮官は軽く汗をかいている程度でケロッとした顔をしている。

 こういう所も含め、やっぱり私の指揮官は世界で一番カッコいい指揮官だと思う。

 異論は認めない。

 

「わ~、美味しそう! 食パンの・・・タマゴ炒め?」

 

「フレンチトーストっていう料理よ。メープルシロップをかけて召し上がれ」

 

「おっけ~。それじゃあ、両手を合わせて」

 

 2人でかけてちょうど良いくらいの大きさのテーブルに向かい合い、両手を合わせる。

 

「「いただきます」」

 

 お互いの声をハモらせたところで朝食に手を付ける。

 

「シロップどれくらいかけるの?」

 

「お好きなだけどうぞ。私はこれくらい」

 

 私は甘いのが好きなので多めにシロップをかける。

 それをマネて、私と同じような手つきでシロップをかける指揮官の様子がちょっと可愛らしい。

 

「やっぱり、気分が良いとご飯の美味しさも格別ね。業務を1週間も放っておいて良いなんて、

逆に落ち着かなくなりそうでちょっと不安にはなるけど」

 

「どうしてもっていうなら、模擬戦闘訓練で調子を整えるのもいいかもね。でも、せっかくの連休なんだからちゃんと休まないとダメよ?」

 

 本日より、我らがグリフイン基地は1週間の休暇に入る事となった。

 この基地が稼働して以来、これだけ長い休暇を与えられたのは初めての事で、指揮官の話では

前回の特別任務・・・指揮官風に言えばイベント任務・・・の戦績がとても良かったようで、

全基地にローテーションで長期休暇を与えるという運びになったらしい。

 

「1週間程度の休みでどうこうなるような戦闘勘してないわよ。うちの戦線を他の支部のヤツらに任せて割られないかっていうのが心配なだけ」

 

「受け持ってくれている以上はあっちの責任下に入るわけだから、戦線を割られたってうちは

知ったこっちゃないわよ。事前に聞いてる情報だと平気そうなメンバーだけれどね。隊長はFALで〝Valkiry〟小隊っていったかな?」

 

「ふ~ん・・・それなら安心していいかも」

 

 FALが隊長をしているその名前の小隊ならば偶然にも心当たりがあった。

 数ヵ月前、ちょっとした、ほんと~にちょっとしたトラブルに巻き込まれた際に世話になった

他支部の小隊に違いない。

 その時の手際を思い出してみれば、手放しに任せてしまって問題ないだろうと思える。

 

「だから、業務の事は気にしないで新婚の思い出たくさん作ろうね」

 

 ふにゃりと表情を崩しながら言う指揮官を前に、不覚にも顔が熱くなってしまう。

 この女はこういう嬉し恥ずかしい事をストレートに言ってくるのだから油断ならないのだ。

 

「そ、そうね・・・私たち、新婚だものね」

 

 指揮官に見えないよう、テーブルの下で左手の指輪を軽く撫でながら言葉を返す。

 ・・・と、長い前置きで申し遅れたが、私の名前はネゲヴ。この基地で唯一、指揮官と誓約を

交わしている戦術人形だ。

 色々とあった末に指揮官から指輪を受け取ってから数ヵ月。新婚だというのに忙しさにかまけてロクにそれらしい出来事も無く、私は悶々とする日々を余儀なくされていた。

 そんな私のもとにようやく訪れてくれたこの長期連休は、世に言う〝新婚生活〟というハッピーな生活を送るのに絶好のビッグイベントである。

 まずは2人でスイートな朝食を採って出だしは好調。

 この勢いもそのままに、指揮官にも必ずや満足してもらえるスペシャルな新婚ウィークの幕が

ここに開けるのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 1日目 午前

 

「まったく・・・ちゃんとゴミ箱に捨てろっていつも言ってるのに」

 

 デスクの下を覗いてみれば、そこに潜むかのように空き缶が2つ転がっていた。

 床に這いつくばり、手を伸ばして空き缶を掴み取る。

 エナジードリンク特有の変に甘ったるい香りにやや顔をしかめながら、傍らのゴミ袋へ缶を放り込んだ。

 

「でもまぁ、以前よりはずっとマシか」

 

 私がすっぽりと入れるくらいの大きさのゴミ袋が一杯になり、ようやくスッキリした室内を見渡して一息。

 連休初日の午前。さっそく指揮官と一緒に遊びまわりたいところではあるが、そんな欲望をぐっと押し殺し、私がまず取り組んだのは指揮官の部屋の掃除だ。

 誓約を交わし、私が指揮官の部屋を定期的に掃除するようになったことで、部屋の状況は以前よりもだいぶ良くなった。

 指揮官も、私が掃除をしているという事で少しは綺麗に部屋を使おうという気になっているのだが、そもそもがだらしない性格というのは簡単に治るものではない。

 私が綺麗にして指揮官がちょっと汚して。また私が綺麗にしてまた指揮官がちょっと汚して・・・というイタチごっこの繰り返しなのが私たちの日常なのである。

 まずは連休初日のこの時にガッツリと部屋を綺麗にして、これから続く休暇を気分よく過ごそうというのが私の思惑。なお、指揮官が一緒にいると効率が大きくダウンするのは眼に見えているので、午前中だけ外に追い出した次第だ。

 連休中の私はずっと指揮官の部屋に泊まることになっているので、私が眼を光らせているその間だけは、この床にゴミの1片たりとも存在する事を許さない。

 もう床にゴミは転がっていない事を確認。今度は各所の埃落とし作業に入る。

 掃除は高いところから低いところへ、という基本に従って掃除を進めていく。

 私の身長では天井付近まで手が届かないので、踏み台に乗っかって埃をパタパタ。

 頭巾を被り、私服の上にエプロンを掛けて掃除に勤しむ私の姿なんて、他の戦術人形の娘達が

見たらきっと目を丸くするような光景だろう。

 自身そう思う。私ってば、指揮官と誓約してからかなり丸くなったなぁ・・・と。

 超幸せ一杯だから良いんだけどね。

 

「さて、次は・・・デスクかな」

 

 スペシャリストの名に恥じぬ手際の良さで天井隅から壁4面にかけての埃を落とし終え、次に向かうは指揮官のデスク。あまり小物類を置かない人なので、デスク周りも実に殺風景で掃除しやすい。

 まずはデスク上部のラックから、と踏み台に足をかけたところで私の目線がある物に止まった。

 ラップトップPCや作戦資料が纏められたファイルくらいしか置かれていないデスクの上で、

唯一、仕事に関連のない代物。片手に収まるくらいの大きさの写真立てだ。

 写真に写っているのは純白のウェディングドレスに身を包んだ女性と、彼女をお姫様抱っこしている赤いグリフィン制服の女性の2人。

 言わずもがな、ドレスを着ているのが私で、それを抱っこをしているのが指揮官である。

 

「あの時の指揮官、カッコ良かったな~。ふふ・・・」

 

 私の部屋に飾ってあるのと同じ写真だが、何度見ても知らず頬が緩んでしまう。

 人間が行うような厳正な式ではなかったけど、みんなが私たちの事をお祝いしてくれて、

スプリングフィールドのカフェで飲めや歌えやの大パーティーが開催されて、と数ヵ月前のあの日の事は私のメモリーに決して消え去ることのないデータとして記録されている。

 何かの手違いでこのメモリーを消されたら、マジでブチギレである。

 

「指揮官好き~♪ すきすき大好き~♪」

 

 写真を胸に抱き、指揮官への想いを言葉と共に発散させる。

 言葉だけではたまらず、身体もちょっと捩ってみたりして・・・それがいけなかった。

 

「っ! ととととぉ!?」

 

 そこら辺に転がっていた空き箱で見繕った歪な踏み台だったのが災いし、身体を捩った拍子に

踏み台が傾いてバランスを崩してしまう。

 倒れるまい、と反射的に全身を総動員して態勢を立て直す。

 その際、思いっきり腕を振ってしまった勢いで写真立てが手からすっぽ抜けてしまったのだ。

 

「あぁぁぁぁぁ~~~!」

 

 私の手を離れた写真立ては弧を描いて宙を舞い、デスクと壁との僅かな隙間にジャストイン。

そのままカタカタと音をたてながら奥へと落ちていってしまった。

 

「私としたことが! キズ付いてないかな・・・」

 

 崩れた態勢のまま踏み台から飛び降り、デスクの横に回り込む。

 音を聞いた感じでは写真立てが割れてしまっているようなことはないだろうが、危惧すべきは

キズである。指揮官も大切にしていたのだろう、綺麗に飾ってあった写真立てに私がキズを付けたとあってはもう、私は自爆して詫びるほか無い。

 デスクの裏側を覗き込んでみるが、手が入るような広さではなく、写真立てを視認することも

出来ない。

 

「よいしょっ」

 

 それならばとデスクを少しだけ持ち上げてズラし、壁との隙間を広げる。

 パタン、という音を聞いて再びデスク裏を覗くと、そこには目当ての写真立てと、その手前に

別の物が倒れていた。

 

「? 何かの資料かしら?」

 

 写真立てよりもサイズの大きいそれは普段から使っている作戦資料のようにも見えるが、よく見てみれば表紙の装いが明らかに違う。

 グリフィンの資料には、こんな可愛らしい女の子の絵なんて描かれていない。

 

「写真立ては・・・良かった、無傷だ。んで、これは、本?」

 

 写真立ての無事を確認してから例の書類らしきものを拾い上げてみて、それが何冊も折り重なっていた本であると気が付く。一冊は数十ページくらいで、和服を着たアニメチックな女性の絵が

描かれている表紙に目を惹かれてしまう。

 

「もしかして・・・これが世にいう薄い本・・・」

 

 昔、とある国の文化で〝薄い本〟というエッチな本を示す隠語が使用されていたらしい。

 確かに、この本は本にしてはやけにペラペラだし、あの指揮官がデスクの裏に隠すかのように

何冊もしまっておいたというのが何よりも怪しい。表紙の絵からはそれほど卑猥な雰囲気は感じられないが、隠語を用いるくらいなので、表紙にもそれなりのカモフラージュを施してあっても

不思議ではないだろう。

 

「んもう! 指揮官ったら、私というものがありながらこんなっ!」

 

 指揮官だって人間である。欲だって当然あるわけで、私ではどうしても満たしてあげられない

ことだってあるわけだ。

 悔しいが、ソレ故のコレという事なのだろう。

 

「・・・少しだけ見てみるか」

 

 そうなれば、指揮官を喜ばせる立場にある私だって内容が気になるのは当然だ。もちろん、今後の参考資料として、である。

 表紙に書いてあるタイトルは読めない・・・否、読める言語で書かれているのだが、どうしてか、私にはその言葉を理解することが出来ないのだ。

 すごい気持ち悪い現象なのだが、分からないのならそれでもいいか、と思えてしまうので今は

良しとしておく。

 いざ、中身を拝見と表紙に指を引っ掛けた、そんな矢先だった。

 

「忘れ物しちゃった~」

 

「っ!!?」

 

 ドアが開く音と共に響く指揮官のお気楽な声を耳にして、一気に背筋が凍り付く。

 指揮官が隠すようにしまっていた本だ。それを私が見ているのが知られたら、さしもの指揮官もきっと怒るだろう。

 怒られるならまだしも、泣かれでもしたらもう後味が悪すぎて仕方ない。

 

(このタイミングで!? ど、どうしよう!)

 

 焦りまくる私の心境など露知らず、足音がエントランスから近づいてくる。

 幸いにも指揮官が向かってくる方に背を向けているが、悩んでいる猶予など無いに等しい。

 もう、手に持っているこの本をコンマ秒単位で何とかしなければっ!

 

「あらら、もうこんなに綺麗になったんだ。さすがネゲヴちゃん」

 

「当然よ。私は戦闘だけじゃなくて掃除に関してもスペシャリストなのだから」

 

 指揮官に向き直り、両手を前で組んだまま言葉を返す。

 両手を前組みとは私にしては珍しい姿勢なのだが、今はそれも止むを得ない。そうしていないと、服の中、お腹の所にしまいこんだ本がドサリと落ちてきてしまうのだ。

 少し不格好だが仕方がない。指揮官が忘れ物を取って部屋から出ていくまで逃げ切れば私の勝ちである。

 

「購買のプリペイドカード忘れちゃって。どっかに落ちてなかった?」

 

「そこのテーブルの上に置いといたわ。次からはちゃんと財布に入れておきなさい」

 

「は~い、気を付けま~す」

 

 手は離せないので、目線で示すと指揮官は暢気にテーブルに向かっていく。

 いくら薄い本とはいえ何冊もあればそれなりの厚みになっていて、ちょっとお腹の部分が膨らんで見えるのが心配事ではあった。だが、この時点でツッコまれないのなら、もうやりすごせたも

同然だ。

 そう思うと、途端に背中のヒヤヒヤ感がひいて肩の力も抜けてくる。

 

「ねえ、それ服の中に何か入れてるの?」

 

 あ、マズイ。やっぱ気付かれてたっぽい。

 

「え? な、何のことかしら?」

 

「なんかお腹のところ膨れてるかな? って思ったら、そこに何か入れてるんでしょ。珍しく前で両手組んだりしてるのも、それが落ちないため?」

 

 しかも、推理までバッチリときたものだからもう言い逃れのしようが無い。

 やっぱり私が指揮官に関しての大抵の事を分かるように、指揮官も私のことを良く分かってくれちゃってるのだ。

 以心伝心。それは素晴らしい心の通い合いであり、そして、時にはこのように残酷。

 

「よ、よよよく分かったわね。そうよ、お腹に入れて膨らませてるのよ」

 

「なんで?」

 

「理由は・・・その・・・」

 

 指揮官のきょとんとした表情を見る限り、私が何を隠しているのかまでは察しがついていないようだ。

 私の目的は、このお腹の中の本を指揮官に見つけられないこと。それさえ達成できるのなら、どんなきわどい状況だって押し通してみせる。

 お腹を膨らませている理由。考えろ。考えろ私。そして、指揮官に勘繰られないうちに早く

答えろ!

 

「・・・あ、赤ちゃんが出来たらどんな感じかなって」

 

「・・・・・・はぇ?」

 

 お腹が膨れている、といえばそれが真っ先に思い浮かんでしまったものだからつい口から出てしまった、実に苦しい言い訳である。

 正直、言った私でも意味が分からない話だが、それはやっぱり指揮官も同じようで、口を半開きにしたまま頭の上に?マークをいくつも浮かべている。

 

「あの・・・・・・ネゲヴちゃんは・・・子供が欲しいの?」

 

「当然でしょ! なにを当たり前のこと聞いてんのよ、バカ!」

 

「あ、はい! なんか・・・スイマセンでした」

 

 私が不条理にも怒鳴り返すものだから、指揮官はもう完全に狼狽えてしまっている。

 幸運にも場のイニシアティブは私が取った。乗るしかない、このビッグウェーブに!

 

「でも、私も女性だから赤ちゃん作ってあげられないの。ごめんね」

 

「そんなの知ってるわよ! だからこうして雰囲気だけでも味わってるんでしょ!」

 

 すっかりしょげてしまっている指揮官だが、私は攻めの勢いを緩める事などしない。

 勝機を見つけたら勝ちが確定するまでとことん攻め抜く。

 これは貴女が私に教えてくれた言葉です、指揮官。

 

「まだ掃除が残ってるんだから、用が済んだらさっさと出ていってちょうだい!」

 

「はい。ごめんなさい。ごめんなさい」

 

 ペコペコと頭を下げながら部屋を出ていく指揮官を見送り、ようやく1人っきりに戻れた。

 

「はぁ~~~」

 

 大きく息を吐き、腕の力を抜くと服の中から薄い本がドサドサと滑り落ちる。

 山場を乗り切った安堵感から思考がクリアになったおかげで、さっきまでの私たちのやり取りを冷静に思い返してしまう。

 

「・・・・・・なんてアホな話してたんだろ」

 

 あまりにも恥ずかしい会話だったことに気が付き、その場に崩れ落ちる。両手で抑えた頬は

オーバーヒートしてるんじゃないかってくらいにアツアツだ。

 お腹が膨れているイコール妊娠、という構図を思い浮かべてしまったとはいえ、そのまま話を

通すというのはどうだろう? そもそも、戦術人形だから妊娠しないし、私。

 指揮官も指揮官である。私の話に流されてトンデモナイ事を口走っていたが、もっと女性としての恥じらいというものを持ってもらいたいものだ。

 後でこの話を蒸し返されたらめんどくさいのだが・・・まあ、この本の存在を守りきるという

最低限の目標は達成したので僥倖か。

 

「っていうかさ、デスクの裏に戻しちゃえばよかったじゃん。服の中に入れる余裕あったらそれ

くらい出来たわよね?」

 

 自分に根本的なツッコミを入れたところで、私が守り抜いた可愛い本たちに改めて手を付ける。

 ページをペラペラとめくってみれば、中身はなんていうことはないイラスト資料集のようで、キャラクターの色々な立ち姿や説明が載っているだけのものだった。

 ちょっとドキドキして損した気分だ。

 

「なるほどね~。指揮官、こういう服装好きって言ってたからなぁ」

 

 本の中身に載っているキャラクターはいずれも表紙に書かれているような和装で頭にG41の

ような耳、いわゆるフサフサ耳にしっぽも生えているものばかりだ。

 中でも、〝アカギ〟と〝カガ〟という名前の白黒対のキャラクターが指揮官は好みのようで、

それらが載っているページには折り目がくっきりと残されている。

 確か、79式がこれに近い着せ替えを買ってもらっていただろうか。それを着た時の79式を

前にした指揮官のテンションといったらもう、興奮しすぎで鼻血が出ていたくらいだ。

 かたや私の着せ替えはというと、幼児退行にイタイ感じの黒バラ姫。

 

「私だって、和装があればこれくらい・・・」

 

 そこまで呟いて、本の中の相手にヤキモチを妬くことのバカらしさに気が付く。

 

「くだらない。掃除しよ、掃除」

 

 あえて大きな声で言う事で自分にキリを付け、本をデスクの裏側に戻す。

 

(でも、なんでこんな所に本を隠すんだろう? 見られてマズいような本じゃないよね。誤って

落としてそのままにしちゃったとか?)

 

 ちょっとした疑問が浮かぶも、掃除を手際良く進めていくうちに頭からすっかりと抜け落ちてしまう。

 そうして、指揮官の襲来から1時間もしないうちにお掃除終了。

 見違えるほど綺麗になって、心なしか空気もおいしく感じられて私は大変満足である。

 

「まだお昼まえ。ロスったわりには上出来ね」

 

 お昼ご飯の事を考える前に、基地内をフラついているだろう指揮官を探すべく部屋を出る。

 エレベーターフロアまでまっすぐに伸びる廊下には戦術人形の娘達がちらほら。

 そんな中でも特に目立つ、長いブロンドのちびっ子に目が留まる。

 

「こんにちは、ネゲヴ副官」

 

「こんにちは。とても可愛らしい服装じゃないの、41」

 

「えへへ、ありがとうございます。今日からしばらく戦闘が無いので、このお洋服で過ごそうと

思います」

 

 ちびっ子のくせにやたらとスケスケセクシーな戦闘服とは打って変わり、リボンの付いた白い

ワンピース姿の41は見た目相応でとてもよく似合っている。

 これも確か、指揮官が41に見繕ってあげていたものだったのでちょっと悔しい。

 

「・・・」

 

 それよりも私が気になっているのは、ちょうど私の目線の位置でパタついている41の耳だ。

 何気なく手を伸ばし、耳をニギニギしてみる。

 

「ひゃあ! どうしたんです? お耳が気になるんですか?」

 

 髪と同様に毛が滑らかで、耳自体の感触はとても柔らかく温かい。

 今まで、41をはじめとする幾人かの娘達のこれは〝飾り〟だと思っていた私だが、改めて

まじまじと観察してみると、どうやら本物っぽい。

 

「ねえ、これってどうなってるの?」

 

「ど、どうなってるって言われても・・・どういうことです?」

 

「こんにちは、副官。と、G41も居たんですね。2人して何を?」

 

 これはどういった神の思し召しか、耳としっぽフルセットの着せ替え持ちの79式がちょうど

いいところにやってきてくれた。

 今は私服なので件の耳としっぽは付いてないが、部屋に行けばアレに着替えができるはずだ。

 

「2人とも、これからちょっと時間をもらってもいいかしら?」

 

 この後、お昼ご飯に入る時間まで2人の耳としっぽをめちゃくちゃ解析した。

 

 

 

 




原作中だとこんな感じの娘じゃないんですけどね。なんだか、自分が考えてしまうとこうなってしまうネゲヴちゃん。

終始こんな感じで進めていくので、次週もどうぞお楽しみに。

以上、弱音御前でした~


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ネゲヴちゃんの新婚日誌 2話

雨降りですっかりと出不精な今日この頃、皆様、いかがお過ごしでしょうか?
どうも、弱音御前です。

比較的、短めな新婚ネゲヴちゃんのお話ですが、最後までお楽しみいただければ嬉しいです。

それでは、今週もどうぞごゆるりと~


 ごきげんよう。私はネゲヴ。戦闘のスペシャリストであり、このグリフィン基地で唯一、指揮官と誓約している戦術人形よ。

 私たちの日々の活躍が認められ、当グリフィン基地に7日間の休暇が与えられることになった。

 誓約したはいいものの、これまで忙しさにかまけてそれらしいことができなかった私にとっては絶好のイベント到来である。

 初日は、まず肩慣らしという事で指揮官の部屋のお掃除。最中、ちょっとしたトラブルがあったのだが、思い出すとメンタルがオーバーヒートしそうなのでそれは置いておこう。

 本日からが本番。さあ、スイートな一日の幕開けといきましょう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 2日目 午前

 

 朝食を終え、今は午前のフリータイム。本日の私と指揮官は2人揃ってお部屋で読書に没頭していた。

 もっとみんなの事を知りたいという事で、勉強タイムに突入した指揮官に私がお付き合いした

という次第である。

 

「・・・」

 

「・・・」

 

 デスクに座る指揮官と、その後ろでテーブルに頬杖を付く私。お互いが部屋にいるのに無言の

ままで1時間近く過ぎるなんて、未だかつてなかったことである。

 どうせすぐに飽きて私に絡みついてくるんだろうとタカをくくっていたので、ちょっと驚き。

 むしろ私の方がもう飽きてしまって、いつのまにか指揮官の背中観察になってしまっていたり

する。

 

「ん~・・・いよぉ~し」

 

 パタン、と本を閉じて指揮官が大きく伸びをする。

 よし、これでもうお勉強は終了! と思いきや、指揮官は今まで読んでいた本をデスク横の棚にしまい、また新しい本を取り出す。

 その様子を目の当たりにして、心底ガッカリした私はテーブルに思いっきり突っ伏してしまう。

 私たちの事、つまり、銃器に関しての事をもっと知りたいと言って勉強してくれているというのはとても嬉しい。

 どれだけ勉強してくれても構わない・・・と言いたいところなのだが。

 

(寂しい! さみしいさみしいさみしいさみしい! さ~み~し~い~!)

 

 もう私が限界だ。指揮官に構ってほしくて仕方がない。

 お勉強が終わったら一緒に出掛けるという約束をしているが、何時からという話までしていなかったのは私のミスだった。

 だって、指揮官がこんなに集中して勉強に取り組むだなんて思っていなかったのだ。私の予定

ではもうとっくに2人で外のマーケットに移動中である。

 

(はぁ~・・・負けた気分だけど、仕方ないか)

 

 私の方が折れる事になってしまうのは悔しいが、人形の私にだって欲求というものはある。

 せっかくの休暇の最中にまで我慢するなんてそれこそ愚かしい行為だ。という言い訳で自分自身を納得させて立ち上がる。

 

「随分と熱心に勉強してるじゃない」

 

 ちょっと偉そうに声をかけてみるが、内心は裏腹。ようやく指揮官とお話できるきっかけが

できた事が超嬉しい。

 

「うん。やっぱり、履歴書だけじゃ分からないことって沢山あるのね。今まで知らずに話を聞いたり編成を組んだりしてて反省だわ」

 

 私たちの分身ともいえる銃器は、世界各地で数えきれないほどの種類が生み出され、千差万別の道を歩んできた。

 もっとも輝かしい功績を残したと称えられるものもいれば、ライバルに蹴落とされて表舞台から姿を消してしまったもの、果ては、計画段階で開発が中止されて幻のモデルとなったものも存在する。

 この基地に在籍する100名近い娘達の事を完全に理解しようだなんて、それはいくら私の最愛の指揮官であってもおこがましい事だと思う。

 資料には書かれない、私達だけが知る事実というのも沢山あるのだから。

 

「休暇明けからは、もっとみんなに頼られる指揮官になれるよう頑張らないとね」

 

 でも、例え私達の過去の全てを知らなくたって、指揮官は今の私達を誰よりも理解して想ってくれている。

 私も、きっと他の娘達もその事実だけで十分。それだけで私たちの疑似感情モジュールは彼女のもとで最高のパフォーマンスを発揮することが出来るのだ。

 だから・・・もう勉強は終わりにしてお出かけの時間にしませんかね?

 

「そっちは読むもの無くなっちゃったの? じゃあ、一緒にお勉強する?」

 

「ふん、スペシャリストの私がなんの勉強をするっていうのよ? ・・・でも、指揮官の指導、

っていう事なら付き合ってあげてもいいわ」

 

 お勉強続行というのは残念だが、指揮官からご同伴のお誘いをいただけたのは僥倖。心の中でガッツポーズである。

 

「で、どんな本を見てるの?」

 

 指揮官の胸の前、デスクの上には5.56ミリ弾30連装マガジンくらいの厚さの本が一冊。

 どうせ、〝世界の名銃とその歴史〟とかいう月並みな題名の資料集なのだろう。

 そんな風に予想をたてつつ指揮官の肩越しに表紙を覗き込んでみる。

 そこには〝変態銃図鑑〟の文字が。

 

「なんて本読んでんのよ!?」

 

 今までの綺麗な気分を台無しにしてくれた題名を目の当たりにして、思わず指揮官の後ろ頭を引っぱたいてしまった。

 スパ~ン、と軽やかな音が室内に木霊する。

 

「いった~!? い、いきなり何するのよ!」

 

「そんな本で私たちの歩んできた道が分かるものか!」

 

「これはさっきまで読んでたのじゃないもの。ちょっと気分転換で読もうと思っただけ

なのにぃ~」

 

 思いのほか力を入れすぎてしまったので結構痛かったのだろう、頭を押さえながら抗議の眼を

向けられ、つい怯んでしまう。

 冷静に考えてみれば確かに、デスクの上の本は読み終えた本と入れ替わりに出したものだった。実際、本を戻した棚に目を向けてみれば、そこには私が思い浮かべていたような題名の本が戻されている。

 手を出したのは少しやりすぎてしまったかもしれない。

 

「もう怒った! お返しっ!」

 

 言葉と共に指揮官が繰り出した閃光の平手が私のおでこに直撃した。

 

「あだっ!!?」

 

 ぺち~~ん! と、やや情けない音が室内にエコー。私はヒリヒリとするおでこを押さえながらたたらを踏んでしまう。

 私がおでこを嫌がると知ってから、指揮官は私へのお仕置きに〝おでこの刑〟を用いるようになってしまった。

 今のように1撃で済むのは良い方で、ヒドイ時は身体をホールドされ、それはもう拷問みたいなおでこ責めを浴びせられたこともある。

 とにかく、私にとってはかなり効果的なお仕置きなのだ。

 

「はい、これでおあいこ。いいね?」

 

「うぅ~・・・はい」

 

 指揮官がトンデモナイ本を読もうとしていたのが原因とはいえ、先に手をだしてしまったのは

私だ。大人しく終戦協定に同意して頷いておく。

 

「うん。じゃあ、こっちおいで。仲直りしよ」

 

 可愛らしい怒り顔から一変、指揮官が笑顔で自分の膝をぽんぽんと叩いてお招きする。

 これは、お膝に座って良いよ、という私が大好きなヤツである。

 大好きだからといって、あからさまにはしゃいで駆け寄っていったりしない。犬や猫じゃないんだし、私。

 

「むぅ~・・・」

 

 まだちょっと拗ねています感を醸しつつ、でも、素直に指揮官のもとに歩み寄ると少し乱暴に

お膝の上に腰を降ろす。

 本当は上機嫌でお座りしたいところだが、機嫌を直していると分かったら指揮官は調子づくに

決まっている。なので、不機嫌に見せているのはちょっとした駆け引きというやつだ。

 

「仲直りのぎゅ~~~っ♪」

 

 幸せそうに言いつつ、指揮官が私のことを背後からぎゅっと抱きしめてくれる。

 柔らかい感触と仄かな温もりと優しい香りに包まれ、どうにかなってしまいそうな心地よさに

自然と頬が緩んでしまう。

 ・・・うん、いい。心底気持ちいんだから、もう駆け引きとかどうでもいい事は気にしないで

素直に喜んでおけばいいのである。

 

「機嫌直してくれた?」

 

 口を開いたら気の抜けた声が出ちゃいそうだったので、頷いて答えを返しておく。

 悦楽の海に浸って物言わぬ私は、今や指揮官のぬいぐるみ状態だ。

 

「よしよし。このままお勉強の続きやろっか?」

 

「このまま? 私は良いんだけど、その位置から見えるの?」

 

「頭をちょっと横にズラせば平気よ」

 

 お母さんに本を読んでもらっている子供のような状態になっているが、私は一向に構わない。

 むしろなんか、新しい境地に足を踏み入れてしまったような気すらしてくる。

 

「指揮官がそう言うならいいけど」

 

「それじゃあ、変態銃図鑑はっじまっるよ~」

 

 お気楽な掛け声と共に私を抱くように回された指揮官の手が図鑑を開く。

 目次のようなページをペラペラと捲り、まず現れた銃は、ハンドガン〝Thunder〟だ。

 ・・・今更ながら、もし自分がこの本に掲載されていたらどうしようか、という不安に駆られてきてしまう。

 

「おぉ~、サンダーちゃんだ。確かに、ちょっと変わった見た目の銃だなって思うけど、そんなに他の娘達と違うの?」

 

「まあ、あの娘はハンドの中でも抜きん出て変わり種よね」

 

「ふ~ん、どんなところが?」

 

 本にはその説明がイラスト付きで丁寧に載せられているので、それを読めばいいじゃんか、

というところだが説明を求められては仕方がない。

 指揮官への指導開始だ。

 

「あの娘は使用している弾丸が別格なのよ。弾丸の種類に関しては勉強したかしら?」

 

「ん~・・・大きく分けて拳銃弾とアサルト弾とライフル弾の3種類っていうくらいしか

知らない」

 

 それは、以前に私が教えてあげた話だ。その時は私が忙しかったので簡略化して答えたのだが、今にして思うとちょっと粗すぎる説明だったかな、と思えなくもない。

 

「ハンドっていう枠ぐりから見ると拳銃弾を使うところなんだけど、あの娘はライフル弾を使用するのよ」

 

 それも、最大クラスの50BMG弾である。本来なら、DSRをはじめとする対物ライフルの

奴らが使う弾をあの小さい銃身で撃とうというのだから、規格外と呼ぶ他にない。

 

「たしか、コンちゃんもそうだったよね。2人とも親戚みたいな?」

 

 指揮官がコンちゃんと呼んでいるのはコンテンダーの事である。

 

「高威力の弾丸を使用する単発拳銃っていうコンセプトは同じだけど、弾のサイズも機構も出身も全然違うわよ」

 

 特に目立つ違いは給弾方式か。

 コンテンダーはトップブレイク式で、ブレイクしたバレル内から薬莢を直接引き抜いてリロードを行う。

 かたや、サンダーはバレルの最後尾に蓋が付いており、そこを開いてバレル内に薬莢を装填

する。さながら、旧世代の戦車主砲のような感じだ。

 可動部を極力減らした、見るからに頑強そうなあのフレームは発砲時の衝撃に耐えるためのものに他ならない。

 

「ふと思ったんだけど。DSRなんかと同じ弾丸なのよね? にしては2人の火力に大きな差が

出ているような気がするんだけど」

 

「それはバレルの長さが違うからね」

 

「バレル長で弾丸の威力も変わってくるの?」

 

「弾っていうのは火薬の炸裂で推力を得ているわけなんだけれど、その炸裂によって弾が加速されるのはバレルの中を通過している時だけなの。50BMG弾のような大口径弾をしっかりと速度を乗せて撃ち出すには、ライフルくらいのバレル長が最適なのよ。拳銃サイズとして開発された

サンダーはどうしてもバレル長を短くせざるを得なくて、その分、弾の速度が落ちて威力も

下がってしまうの」

 

 おそらくは、そういった無理を抱えてしまったニッチな設計がこんな本に載ってしまった原因なのだろう。

 

「そっか・・・じゃあ、本当は戦闘が苦手な娘なのかな?」

 

「ハンターのサイドアームとして使われることが多かったみたいね。そんな出自だから、今は

あの娘なりに頑張ってるのよ」

 

 そもそも、大火力の単発拳銃というもの自体が対人には不向きな銃である。

 サンダーは技量と立ち回りでソツ無く戦闘をこなしているが、これからはその事も踏まえた編成で彼女をフォローしてもらえればいいだろう。

 

「サンダーに関しての説明はこんなものかしらね」

 

「おっけ~。お次は・・・と」

 

 指揮官が次のページをめくり現れたのは、これまた独特のフォルムをもつ銃である。

 

「ヴィヴィちゃんだ! スリムな見た目でカッコいいよね」

 

 指揮官がヴェクターの事を褒めているのはちょっと気にくわないが、彼女とは何度か同じ部隊で出撃したことがあるので実力はよく知っている。

 褒められるのに値する相手に対してとやかく言うほど私は傍若無人なつもりはないので、これは黙認としておく。

 

「んで、ヴィヴィちゃんはどう変わった銃なの?」

 

「あの娘は発砲時の反動を軽減する機構が付いてるんだけど、それが特殊ね」

 

 発砲によるマズルの跳ね上がり、マズルジャンプは銃火器にとっては付きものの現象であり、

精確な射撃を妨げる要因の一つでもある。

 銃本体のウェイトバランスを調整したり、コンペンセイターと呼ばれる、燃焼ガス圧で跳ね上がりを抑える部品を取り付けたりと、マズルジャンプを抑制する方法はいくつかあるが、ヴェクターは銃の機構としてマズルジャンプ対策が織り込まれているのだ。

 

「45口径弾だと、ガバ子ちゃんと同じだったよね? 訓練で使ったことあるけど、あれだけの

反動が抑えられるならすごく楽になるね」

 

「身を以って知っているのなら話は早いわね。あの娘の戦績が優秀なのはそういうことよ」

 

「それで、どういう構造で反動を軽減しているの?」

 

 そう指揮官に言われれば、喜び勇んで答えを返したいところなのだが、残念ながらそれはでき

ない相談だ。

 ヴェクターがどうやって反動を軽減しているかなんて、私はこれっぽっちも知らないのである。

 だって、私が日頃から気にしているのは指揮官だけなのだし。

 

「そこに書いてあるでしょ? たまには自分で読解してみなさいよ」

 

「そうね。勉強しようって言いだしたのは私だし、少しは自分で理解しないとだよね」

 

 いかにも知っている雰囲気を醸しつつ話を逸らした私にあっさりと流される指揮官。ちょっと

悪い事をしたような気になってしまうが、私のプライドの為だ。仕方ない。

 私の肩越しから図鑑にじっくりと目を通す指揮官に並び、私もこっそりとページに目を通す。

 本来、炸裂反動は弾が発射される方向と反対側に発生するものだが、ヴェクターは、平べったいフレームに内蔵されたスライダーという特殊な部品で反動のベクトルを下方向に逃がしている

らしい。

 銃を構えた際にトリガーを握る手の位置が銃身とほぼ同一線上に位置しているというのも、

サブマシンガンにしてはやたらと精密な射撃ができる理由の一つになっているようだ。

 なるほどね~、と思わず口からこぼれてしまいそうになるほど独特の構造をもったヴェクターは先ほどのサンダーとは違った意味でとても稀有な銃だといえるだろう。

 ・・・それにしても、この反動軽減機構の名前〝クリス・スーパーVシステム〟とか、いちいち名前がカッコよすぎてちょっと羨ましい。

 この後に続き、G11、キャリコ等々・・・クセのある銃が軒を連ねていたが、指揮官と一緒に読み進めていく中で私はこの図鑑を少しだけ見直してあげた。

 この図鑑は特異な部分を持つ銃をけなすのではなく、それを長所として取り上げてくれていたのだ。図解も分かりやすいしスペックも歴史も正確だし、これなら勉強するのにとても良い資料になるだろう。

 まったくもって、こんなタイトルになってしまっているのがとても惜しい図鑑である。

 

「ふぁ~・・・気が付いたらこんな時間か。マジで読み耽っちゃったわね」

 

 本を閉じたところで時計に目を向けてみれば、もうお昼ご飯真っただ中の時間だった。

 レストランエリアはこの時間になると大混雑必至なので、早めに行こうと指揮官と話していたのだが・・・これではもう時間を遅らせて混雑を回避するのが賢明だろう。

 

「みんなが掃けるまでもう少しゆっくりしていましょうよ。慌ただしい中で食事なんてしたくないわ」

 

 言って、指揮官の身体に背中を預ける。

 机の上に置かれていた指揮官の両腕が私の優しく抱いてくれて、それはもう私にとってはまさに至福の瞬間である。

 

「また、カリンちゃんに本を頼んでおこうかな。目標はうちにいる娘全員のスペック全部記憶!」

 

「はいはい、頑張ってみなさいな。私の事はまっさきに記憶してよね」

 

「ああ、ネゲヴの事なら既にバッチリ記憶済み」

 

「言うじゃない。なら、本人の前で発表してみなさいよ」

 

 能天気指揮官のくせに自信満々でのたまうものだから、どの程度のものかけしかけてみる。

 

「えっと~・・・5.56ミリ弾を使用する軽機関銃で、名前は砂漠地帯の名に由来する。

バリエーションはスタンダードモデル、伸縮ストック仕様のアサルト又はコマンド、フルサイズ弾モデルのNG7、5.56ミリ弾の特殊部隊モデルNG7SF。基本設計は別の軽機関銃をベースに

しているが、砂漠地域での使用に合わせたオリジナル機能を搭載する。フルオート射撃に3つの

モードが存在し、ポジション1はマガジン給弾用でファイアレートは分速850-1050発。

ポジション2はベルト給弾用でファイアレートはポジション1と同等。ポジション3はガス圧を

高めて砂まみれの状態でも使えるようにした悪環境モードでファイアレートは分速950-1150発。サイズは、スタンダードモデルが全長1020mm。重量は」

 

「もういいもういい! 私の事よ~く理解してるって分かったから!」

 

 放っておいたら余計なことまで言われそうなので、早めにストップをかけておく。

 指揮官に私の事を理解してもらえるのはとても嬉しい事なのだが・・・ここまでいくと

ストーカーじみていてちょっとキモイな~とか思ったり。

 そんな、連休2日目の午前である。

 




銃知識編、といった感じの内容になりました今作。
ガンオタな当方なので、ちょくちょくこういった回を挟んでおります。
ちょっとした戯言なので、ゴマ塩程度に覚えておいてくれればと思います。

次週の投稿も、どうぞお楽しみに。
弱音御前でした~


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ネゲヴちゃんの新婚日誌 3話

ちらほらとセミが鳴きだして、暑くなりはじめた今日この頃。みなさん、いかがお過ごしですか?
当方はもうダメです。暑いのは苦手なもので。

ネゲヴちゃんの休暇のお話、お楽しみいただけてるでしょうか?
何事もなく過ぎていく日々なので、ちょっと退屈かもしれないですが・・・
適度にくつろぎながら読んでもらえたらいいなぁ、と思っています。

それでは、今回もどうかごゆるりと~


 ごきげんよう。私はネゲヴ。巷では製造率が低いと噂のスペシャルな戦術人形よ。

 上層部からのご褒美として、長期休暇をもらった私たち一同は優雅なお休みを満喫していた。

 1日目、2日目、と私は指揮官と過ごす甘い一時を心ゆくまで堪能。メンタルまですっかり

トロけていそうなほどである。

 ・・・え? なに? 初日から見てるけど、あまり甘々に見えない?

 いいの! 私にとってはスィ~トな毎日なの!

 では、ぐうの音も出ないほどの甘い本日の一日をとくとご覧いただこう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 3日目 午後

 

「そちらのチームが負けた理由。その大部分がアナタにあるという事、ちゃんと理解して

いらっしゃいますの?」

 

 苛立ちを隠そうともしないタボールのトゲトゲしい言葉が響き渡る、休暇3日目午後の

模擬訓練ルーム。

 

「はい・・・把握しています。申し訳ありません、タボール」

 

 その言葉を向けられたファマスはすっかり委縮してしまって、仁王立ちのタボールに向け、

ただ頭を下げて謝る事しかできないでいる。

 

「なら、先ほどの戦闘で自分のどういった行動が致命的だったか、私に説明していただけます

こと?」

 

「それは・・・えっと・・・」

 

 一方的な会話のやり取りを、私を含めた6人は傍で佇んだまま見守る。

 まだ口を挟むタイミングではない、と考えているのはみな同じようだ。

 さすがに3日間もダラけたせいで、そろそろ身体が落ち着かなくなってきたな~、という

ことで、私が模擬戦闘訓練を提案したのがこの状況の始まりである。

 私と特に仲の良いヤツ、及び、休みなのに訓練なんてしたがる物好きなヤツを募ったら、

私を含めて8人も集まってくれたので4対4のチーム戦とした。

 私が率いる〝アネモネ小隊〟はSAT8、ファマス、ヴェクター。

 MG4が率いる〝ベゴニア小隊〟はウィンチェスター、タボール、UMP9。

 普段の戦績を鑑みて、ちょうど良いバランスの戦力に纏められたと思う。

 そうして、コンベアや配電盤などの機械設備満載の廃工場を舞台に殲滅戦がスタートしたわけ

である。

 結果はタボールが言っている通り、ベゴニア小隊の勝ちで終わった。

 戦闘の内容はワンサイドゲームなどでは決して無く、お互いに同程度の消耗度で展開していった良い戦いだと私は見ている。

 ・・・ただ、アネモネ小隊のメンバーの脱落にファマスが絡みまくっていたのがちょっと

マズかった。

 最近では練度も上がってきたとはいえ、今回はベテラン揃いという事もあり、ファマスには少しツラい戦いだったか。

 それでも、自分にできる事を考え、行動し、戦力として活躍してくれていた。

 みんなそれが分かっているから、ファマスの事を責めたりはしない。むしろ、この経験が彼女の糧になってくれればそれでいいと思っている。

 なのに、タボールの奴ときたら、勝ったチームのくせにファマスに食らいついて全く離そうとしないのだ。

 

「ちゃんと自分の戦力を鑑みて動く事ですわ。これが実戦であったなら、指揮官様に眼もむけられない事態になっていたという事をお分かり?」

 

「はい・・・申し訳ありませんでした」

 

 タボールもファマスの事をイジメようとして噛み付いているわけではない。彼女なりに思うところがあってこういう風に言っているだけなのだ。

 しかし、これ以上は本当にイジメになってしまうので、そろそろ口を挟んだ方が良さそうな

タイミングだ。

 

「まあまあ、反省会はこれくらいにしましょうよ」

 

 とか思っていた矢先にSAT8が2人の仲裁に入ってくれた。

 

「私、夕食にピザを焼こうと思っているんですが、みなさんもご一緒にいかがですか?」

 

「せっかくですけど、そんな気分ではありませんので私はお暇させていただきますわ。

御機嫌よう」

 

 SAT8がやんわりとまとめてくれようとしてくれたのに、タボールはそんな彼女の気遣いを蹴っ飛ばすと、踵を返し、つかつかと歩き出してしまう。

 いくら出身が同じで仲の良いタボールといえど、この態度には少しだけ腹が立つ。

 

「ちょっと、タボール。いい加減に」

 

「それじゃあ、私達とご飯に行こうよ。副官のチームに勝った祝勝会だよ!」

 

 話をしている私を無視して、UMP9がいつもの無邪気さでタボールに飛びつく。それと

タイミングを合わせたかのように、MG4とウィンチェスターが私に歩み寄って来た。

 

「少し言いすぎな点はありますが、タボールにも悪気は無いのです。後で角が立たないように注意しておきますので、私に任せてもらえないでしょうか?」

 

 優等生MG4にそんな風に言われてしまい、温まっていた思考が一気に冷える。

 周りがこんなに冷静でいるのに、私だけイラついてしまったのは副官としてちょっと情けない事だった。反省。

 

「ん・・・分かったわ。あのワガママお嬢様の事、お願いね」

 

「ありがとうございます、副官。ファマス、以前同じ部隊で任務に就いた時よりも良い動きができるようになりましたね。次に一緒に戦える時を楽しみにしています」

 

「は、はい! ありがとうございます! 頑張ります!」

 

 優しく微笑みながら言葉をかけてくれるMG4に向けてファマスが深々と頭を下げる。

 そういえば、MG4がこの基地に着任したての頃は今のファマスみたいだったな~、なんて

しみじみと思い耽ってしまう最古参のワタシ。

 

「ステージに置かれていたオブジェクトを利用して戦闘を優位に進めていたね? 良い戦い方だったわ」

 

 ぐっ、と親指を立てて見せるウィンチェスターおなじみの仕草に釣られてしまったのか、

ファマスも親指を立てて返す。その様子があまりにも似合わなくて思わず吹き出しそうになってしまった。

 こういう天然なところが可愛らしいくて、ついファマスの事を構ってあげたくなってしまうのである。

 

「私たちは4人で夕食に行きますので、ピザはまた次の機会に誘ってくださいね、SAT8」

 

「は~い。みなさん、お疲れさまでした~」

 

 ひらひらと手を振って、SAT8はMG4達を見送る。

 

「私も失礼するわ。今夜は先約があるの」

 

 MG4達が部屋を出ていくタイミングを待っていたかのように、ヴェクターが静かに歩き出す。

 

「あ、あの! 私の反応が遅れたせいでヴェクターさんに火力が集中してしまって・・・申し訳

ありませんでした」

 

「前衛が私のポジション。火力が集中するのは当たり前の事よ。いちいち頭を下げる必要なんて

ない」

 

 けっこう辛辣で有名なヴェクターがファマスに対してこれくらいしか言わなかったのだ。つまりは、ヴェクターも少しは納得できるくらいファマスの練度が上がっている何よりの証拠なのである。

 

「あらぁ、それは残念です・・・。 お2人はどうでしょうか?」

 

 5人が部屋を出ていき、残ったのは私とファマスとSAT8だけ。ちょっと寂しい人数ではあるが、今夜は指揮官と約束をしているわけではないので私はお呼ばれされても良いかなと思っている。

 なにせ、SAT8の自家製ピザは基地内で有名になっているくらいの美味なのだ。トマトソースを隠すようにチーズで覆われたマルゲリータピザの、あの味を思い出すだけでつい涎が垂れてしまいそうになる。

 

「えっと、私はぜひお呼ばれされたいと思っているのですが・・・」

 

 言って、ファマスが私に視線を向けてくる。

 SAT8の好意を断れないが、かといって自分1人では寂しいので私の出方を伺っている、

といったところなのだろう。

 そもそも、もう夕食はピザにすると決定していた私であるが、こんな不安げな表情を向けられて知らぬフリを出来るほど私は冷血な人形ではない。

 ファマス・・・可愛いヤツめ。

 

「ええ、私もご馳走になろうかしら」

 

「それは良かったです~。今日は好評のマルゲリータと新開発のテリマヨコーンを作ろうと思ってたんです。ぜひ感想を聞かせて下さいね」

 

 なんだろう、その異国の呪文のような名前のピザは?

 とはいえ、ピザマイスターであるSAT8の作るピザにハズレなどあろうはずもないので、心配は無用である。

 そうと決まれば、さっさと訓練場の後片付けを済ませてSAT8の部屋に向かう。

 道すがら、指揮官に夕食は済ませて帰るという旨の連絡も忘れずに入れておく。どうせなら

指揮官も呼んでしまってもいいかな? とも思ったが、今回は戦術人形水入らずという方針にしておいた。

 SAT8の部屋に増設されていた超本格的なキッチンテーブルと竈に驚いたり、頭上で高速回転しながら広がっていくピザ生地に目を輝かせたりしているうちに、ファマスの表情にもいつもの

笑顔が戻ってきていた。

 ・・・しかし、それはやはり私たちに気を遣ってのものだったようである。

 ピザ生地を竈に滑り込ませると、SAT8は焼き上がるまでつきっきりで火の番をするとの事なので、私とファマスは先にリビングで休むことに。

 ジュースが注がれたグラスを煽って一息。それからファマスに目を向けてみると、彼女の顔には再び暗く沈んだ表情が張り付いている。

 どうやら、真面目な性格をしている娘というのは立ち直るまでが難しいものであるらしい。

 

「まだ模擬戦の内容に納得いってないの? 昨日の今日でいきなり強くなれるようなヤツなんて

いやしないんだから、みんなアナタみたいに一歩ずつ着実に進んできたのよ」

 

 もちろん、中には飛びぬけた強さを持つ人形も存在する。例えば、そう、戦闘のスペシャリストであるこの私のように。

 ただ、話の腰を折りかねないのでそれは言わないのがお約束だ。

 

「自分の戦闘能力に関してはもう納得ができています。私がこれまで以上に研鑽を積んでいけば

良いだけの話ですから」

 

「んじゃあ、なんでそんなシケた表情してるのよ?」

 

「これは・・・先ほどの件でタボールに心底嫌われてしまったのではないかと心配になってしまっていて・・・」

 

 自分の事というよりも相手の事で真剣に悩んでいるところなんかが、いかにも彼女らしいところである。

 

「以前、タボールと仲良くなってみてはどうか、という提案を私にしてくれたことを覚えていますか?」

 

「うん、そんな事も言ったわね」

 

「それ以来、頑張って話しかけてみたり食事に誘ってみたりと試みていたのですが、あまり好意的ではない様子だったんです。それでさっきのように言われてしまったので。・・・はぁ~」

 

 私だって、2人は絶対に気が合うという確信があって言ったわけではない。お互いにブルパップ式だし、図鑑ナンバーも・・・みたいな軽い気持ちで薦めてみただけだ。

 どうしても噛み合わない相手だというのなら、無理して仲良くなる必要なんてない。

 変ないざこざを持ち出されるのは副官である私としてもノーサンキューだ。

 しかし、相手が機嫌を損ねて出ていってしまった事を気にするような娘だ、何らかの手応えを

感じているからタボールを気にかけているのだろう。

 ファマスなら上手くやってくれるだろうと信用できるので、私が2人の事をとやかく言う必要もない。

 

「副官はタボールとどうやって仲良しになったのですか?」

 

「私たちは出身が同じだからね。自然と一緒にいる事も多かったから、それでなんとなく仲良くなってたって感じ」

 

 ファマスはタボールが自分を避けているという風に話していたが、正確には、あの娘は銃としての年式が古い相手に対して素っ気ない態度をとる傾向にある。

 傍から見ればそれは、最新式という自分の肩書を利用して相手を見下しているようにしか見えないのだろう。

 でも、決してそうではないと私は声を大にして言える。

 最新式であるからこそ、他の人形達よりも一層に堂々と、一層に活躍しなければならない。

そんな重圧を勝手に感じて、それ故のあんな態度なのだ。

 なにも、自分で自分の生活を窮屈にすることなんてないのに。生真面目さでいえば2人は同じ

くらいのレベルで、本当に気が合うんじゃないかと思える。

 

「あんな風に言われたからって怖気づかないで、今までと同じようにあの娘に接してあげて。そうすれば、あの娘の方から寄ってきてくれるようになるわよ」

 

「・・・・・・ありがとうございます。副官の期待に沿えるよう頑張ります! 自信はありませんが」

 

「アンタはやればできる娘なんだから、もっと自分に自信を持ちなさいよ。そういうの、アンタの悪いところよ?」

 

「ぁ、はい・・・善処します」

 

 一旦持ち上げてから落としてやったことで、またしょぼくれるファマスだが、その表情には先ほどのような陰りは見えない。

 どうやら、副官として的確なアフターケアをしてあげられたようで私もご満悦である。

 

「もうすぐ焼き上がりますので、テーブルの支度をお願いしても良いですか~?」

 

「はい、お任せください!」

 

 SAT8の言葉に機敏に反応してファマスが立ち上がる。

 私は焼き上がりのピザがテーブルに運ばれてくるまでゆったりくつろぎつつ、グラスに注がれたジュースをクピリ。

 

「いよぅ、大将! もう焼き上がってるか~い?」

 

 そんな矢先、突如として部屋にやってきた闖入者・・・もとい、指揮官の声を耳にして、驚きのあまり口からジュースを吹き出してしまう。

 同時に鼻からもちょっと出ちゃったせいで、鼻がツ~ンとして涙が滲んでくる。

 

「いらっしゃいませ、指揮官様~。もう少しですので、お席について待っていてくださいね~」

 

「そんなツレないこと言わないで、お誘いしてくれたお礼にちょっとくらい手伝わせてよ~。

ああん、もう! サっちゃん髪モフモフでき~も~ち~い~♪」

 

 サっちゃん、基、SAT8が指揮官にもお誘いをかけていたとは知らなかった。食事は人数が多いほど良いものだが、よもや、誓約を交わしている私のすぐそばで他の娘とイチャつくとは良い

度胸だ。

 

「うふふ。こんな私は好きですか~?」

 

「スキスキ大好き~!」

 

 あぁ、本当に良い度胸してやがる。

 

「あ、あのあの! どうか落ち着いてください、副官! せっかくの会食なのですから、ね?」

 

 立ち上がり、ゆらゆらとキッチンに向けて歩みを進める私をファマスはうろたえながらも

宥める。

 自分でもなんとなく分かるが、きっと今の私は目に見えるくらいのに濃い憎しみのオーラを纏っている事だろう。

 

「す~は~す~は~。髪の毛イイ匂い~・・・・・・」

 

 SAT8の大ボリュームな髪に顔を埋めて恍惚の表情に浸る指揮官が、ふと、キッチンの向こう側に立っていた私に気が付く。まるで、人間の接近に気が付いた猫のようにピタリと体が固まった。

 そうそう、それくらい戦慄してくれなければ、私がわざわざ怒りを露わにしている甲斐が無いというものだ。

 

「ハロー、ネゲヴちゃん♪ 今夜はお外で食事をとるって言ってなかったっけ?」

 

「そうよ。だからここにいるんだけれども?」

 

 何事もなかったかのように笑顔で挨拶してくる指揮官に向けて私も笑顔で返す。

 

「あらあら? お2人とも、もうすぐお食事なのにケンカを始めてはダメですよ~」

 

「そうだそうだ! 少しサっちゃんと仲良くしたからってそんな怒ることないじゃんか!」

 

「は?」

 

 SAT8を盾にしてイキがる指揮官をジロリと睨みつけてやる。

 ここが基地内で私たちは銃器を使えないという事で随分と強気なようだが、これは少しだけ思い知らせてやる必要がありそうだ。

 

「助けて、サっちゃん! 鉄壁理論アクティブ!」

 

「あっそ。シールド展開してんなら、遠慮なくやっちゃっていいわよね?」

 

 そうして、割といつものようにああでもないこうでもないと口論を始める私達。

 そんな私達の様子を初めはオロオロしながら傍観していたファマスだったが、しばらくしたところで、それがちょっとした戯れだと気付いてくれたのか、少しづつ笑みを零してくれた。

 私も指揮官も、それが確認できればもう十分。焼き上がっていたピザが冷めないうちに、揃ってなんとなく示し合わせ、口論を綺麗に締め切った。

 こんなめんどくさいマネをしてファマスを宥めてあげるなんて、指揮官はバカみたいに人が良すぎる人間である。

 ・・・まぁ、私も一緒になってやってたんだからヒトのこと言えやしないか。

 

 

 

 PS SAT8が焼いた新作のピザはそのあまりの美味しさに満場一致でグランドメニューに加えられましたとさ。

 




当方の過去作を読んでいただいている方はお気づきと思いますが、別支部のファマスとタボールのやり取りですね。
やはり、この2人がいないと気がノらないというかなんというか。
今後の展開もちゃんと考えていきたいところですね。

それでは、来週の投稿もどうかお楽しみに。
弱音御前でした~


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ネゲヴちゃんの新婚日誌 4話

雨降りな日が続いていますね。これから激暑な日がやってくると思うと憂鬱な今日この頃。
どうも、弱音御前です。

ネゲヴちゃんの休暇は折り返しに差し掛かりました。お話の内容も、それに伴ってちょうど半分といった所です。
特にシリアスな内容もないので、このままのんびりと読んでいただけたらな~、とか思っています。
それでは、今週もどうぞお楽しみください~


 皆様ご機嫌よう。私は戦術人形ネゲヴ。このグリフィン支部の副官にして、指揮官と誓約を交わしている唯一の人形よ。

 特別任務(指揮官はこれをイベントと呼んでいる)の戦績が良かったとして、当グリフィン支部に7日間の休暇が与えられることになった。

 数日が過ぎ、指揮官とのラブラブな毎日を送っている・・・とは言えないけど、まぁ、それなりに楽しい休暇にはできているだろう。

 しかし、そんな平和もこれまで。今回は私の副官としての立場を脅かしかねない事件が起こってしまう。

 私の身に何が起こったのか、すべからくご覧いただこう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 4日目 午前

 

「行ってきま~す。お留守番ヨロシクね~」

 

「は~い。気を付けて」

 

 緩い感じの声をかけられ、私もまた気の無い風を装って答えを返す。

 指揮官が部屋から出ていったのを確認すると、私は特に興味があるわけでもないのに開いていた雑誌を閉じ、部屋の一角に備え付けられた窓へと歩み寄った。

 この時期にしては珍しく天気は快晴。3階の部屋の窓から見下ろす地上は心地よい陽光が降り

注ぎ、まさに絶好のお出かけ日和。

 そんな外の様子を、私は窓辺にしがみついたままジッと眺める。

 窓ガラスに半反射して写る私の顔は、自分でも分かるくらいに拗ねた表情だ。

 そうして、自分の顔と睨めっこを続ける事10分あまり、基地から外へ出る正面ゲートを1台の車両が通過したのが目についた。

 青い色の自家用車両は私も乗せてもらったことがある指揮官の車だ。

 戦術人形である私の視力を以って、助手席に長い茶髪の女性が乗っているのも確認ができて、

ちょっとだけ溜め息が出てしまう。

 車は基地から数キロ離れたマーケットへと続く旧国道にのると、ものの数秒で私の視界から完全に消え去っていった。

 もう窓辺にかじりついてても仕方が無いので、部屋のソファーに寝転がり、やっぱり興味が一切わかない雑誌をなんとなく広げた。

 不本意な事であるが、私はこの7日間の連休中ずっと指揮官と一緒にいることはできない。

 指揮官は私と誓約した身ではあるものの、その前提として、みんなの指揮官なのである。

 みんな、指揮官と同等に接する権利がある。私はその権利がみんなよりも少し優遇されている

程度のものだ。

 そんなわけで、今日はスプリングフィールドが指揮官と一緒に過ごす日である。

 特に予定を組んでいない私は、こうして部屋で1人ヒマを持て余す。

 

「・・・」

 

 パラパラと適当にページを捲っていき、半分くらいまで進んだところで時計に目を向けてみる。

 たったの3分しか経っていなくて小さく溜め息。

 

「・・・・・・」

 

 雑誌に視線を戻し、再びページに目を通していく。そうして、最後まで読み終わったところで

また時計に目を向けてみた。

 今度はほんの2分くらいしか経っていなくて、本気の溜め息をついた。

 

「あぁ~、もう」

 

 ポイっと放り投げた用済みの雑誌は緩やかな弧を描き、指揮官のデスクへと胴体着陸。

 

「コラっ! お行儀の悪い事しないの!」

 

 なんていうお叱りの言葉は指揮官から飛んでこない。

 そんな静けさがツマラなくて、寂しくて仕方がない。

 

「・・・・・・出ようかな」

 

 部屋に居ると余計に指揮官の事を考えてしまってダメだ。

 お昼の時間までは時間があるし、何をするという考えもないが、とにかく、少しでも気が違う方に向いてくれればと願って私は部屋を出る決意を固めた。

 楽しそうに行き交う娘達とすれ違いながら、宿舎棟の中をアテも無くフラフラと彷徨う。

 そうして、いつの間にか全フロアを踏破して、また指揮官の部屋の前に戻ってきたとこでようやく気が付くのである。

 

「アカン。なにやっても駄目だ」

 

 もう、指揮官とスプリングフィールドが何をやって楽しんでいるのか、想像だけが先行しまくっちゃってヤバい。

 こんなことなら、スプリングフィールドが私に気を遣って、3人で一緒に出掛けようと誘ってくれたのに乗っておくべきだった。

 私の方もスプリングフィールドに気を遣って断ってしまったのが完全に裏目に出てしまって

いる。

 やっぱり来ちゃった、テヘ♪ なノリで今から2人を追いかけるか? いや、断ってしまった

手前、そんな甘ったれたことを言うのはスペシャリストの誇りが許さない。

 2人の様子を伺いたいのなら、バレないようにこっそりと、だ。

 

「でも、今から外出申請しても間に合わないか。そもそも、マーケットまで行く足も無いし」

 

 スプリングフィールドに気を遣う、なんていうさっきまでのイイ子ちゃんな私はどこへやら、

監視体制に移行してしまった私はどうにかできないかと思考をフル回転させる。

 そんな矢先だった。

 

「こんにちは、副官。・・・何かお悩みのようですが?」

 

 壁に背中を預け、腕組みで唸っていた私に掛けられた声。

 私のすぐそばに立っていたのは、ライフルタイプの戦術人形〝TAC-50〟だ。

 いや、割とロクでもない事で悩んでるだけなので、そこまで心配そうな表情をされても困るんだけどね。

 

「ん? ああ、こんにちは。今後の編成の事でちょっと考えてただけよ。あなたはヒマでも持て

余しているクチかしら?」

 

「いいえ。楓月のスラスターとカメラをアップグレードしてもらったので、これから外で試験飛行をするところなのです」

 

 そう嬉しそうに言うTACは相棒ドローンの楓月を両腕で大事そうに抱えている。

 私なんかと違い、楽しみな事があって本当に羨ましい限りである。

 

「新しい部品に変えると操作性も変わるものだから、気を付けて飛ばしなさいね」

 

「はい、お気遣いありがとうございます」

 

 丁寧なお礼とお辞儀を返し、TACが再び廊下を進みだす。

 他人を羨んでいる場合じゃなくて、今は自分の事だ。

 さて、どうやって指揮官達を観察したらいいものか?

 2人に気付かれないくらいの距離で監視できて、かつ、この基地からマーケットまで、ひゅ~ンと飛んでいけるような方法が何か・・・・・・

 瞬間、まるでフラッシュバンが炸裂したかのような天啓が私のこめかみを貫いた。

 求めた答えは今まさに私のすぐ傍!

 

「TAC! ちょい待ち!」

 

「ふぁい!? な、なんでしょう?」

 

 私の突然の大声にTACは驚いて振り返る。

 まるで小動物のように委縮してしまっている様子を見て、ちょっとだけ申し訳なく思って

しまう。

 

「試験飛行の飛行路は決めているのかしら?」

 

「い、いえ、決めてはいません。必要だったのでしたら、これから申請し直しますが」

 

 私たちの基地の周囲には居住区が存在しないため、演習関連の規制はとても緩い。ドローンを

飛ばすのも紙ヒコーキを飛ばすのも大差ないくらいだ。

 

「申請なんかはどうでもいいわ。決まっていないのであれば、私が決めてもいいかしら?」

 

「ええ、構いませんが・・・あまり無茶なコースはやめてくださいね?」

 

 ぎゅっ、と楓月を抱えるTACの腕に力が入ったのが眼につく。それだけTACにとって楓月は大事なものなのだ。

 私の益の為に協力してもらうのだから、その安全だけはしっかりと保障してあげなければならない。

 

「もちろんよ。じゃあ、準備にとりかかりましょうか」

 

 やや不安そうな表情を浮かべながらも同意してくれたTACを引き連れ、私は指揮官及び

スプリングフィールドの監視作戦準備を進めるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 出来るだけ目に付かないよう、マーケットまで直通の旧国道は避け、迂回して森林地帯と

旧市街地を抜けるルートで楓月を飛ばしてもらう。

 TACの腕前なら、木々の隙間や廃屋の瓦礫を縫うように飛ばすことなどお手のもので、颯爽と空を駆け抜けていく映像は見ていて非常に気持ちが良い。

 まるで鳥のように、なんてガラにもない感想そのままになってしまうが、まさにその言葉通りの爽快感である。

 いつまでも空からの景色を見ていたい気持ちもあるが、林を抜けたところで目的地のマーケットエリアが見えてきたので気分を切り替えよう。

 

「よし、地上の様子が確認できるギリギリの高度を保ちながら指揮官とスプリングフィールドを

探すわよ」

 

「探すといっても、どこから探せばいいのでしょうか?」

 

「ちょうどマーケットに到着したくらいの時間だろうから、駐車エリアから見てみましょう。ここにポールが何本も立っているのが見えるでしょう? そこに飛ばしてちょうだい」

 

 TACとの無線接続によって、楓月からのカメラ映像が映し出されているテレビモニターを使い指示を出す。

 レクリエーション施設であるモニタールームを借り、2人してテレビの前に座って、テーブルにお菓子とか飲み物まで置いとけばカモフラージュは完璧。部屋の外からちょこっと覗いたくらい

では、指揮官達を監視しているのがバレる事はないだろう。

 

「っと、それそれ。画面下の列の真ん中に止まってる青い車にズームして」

 

 彩りも形も様々な車両がズラリと並ぶ中に指揮官の車を見つけ、カメラを寄せさせる。

 ちょうど良い事に指揮官達も今しがた到着したばかりだったのだろう、まさに車から降りている真っ最中だ。

 車の前で楽し気に会話を交わしてから、2人は手を繋いでマーケットに向けて歩き始めた。

 

「距離を維持したまま2人の後を追ってちょうだい」

 

「・・・もしかして、とは思っていたのですが。やはりこれは2人のプライバシー侵害に該当してしまうのでは?」

 

「違うわよ! 指揮官は今や私達グリフィンの要と言っても過言ではない存在。いつどこで命を

狙われてもおかしくないのよ? いくらスプリングフィールドが同行しているとはいえ、100%

安全とは言い切れない。これはいざという時に備えての保険なの。いいわね?」

 

「あ・・・はい」

 

 TACの明らかな正論を私の不条理な正論で押し潰し、強引に納得させる。

 だが、これは何もTACにとって不利益ばかりの行為ではない。

 目標に対して一定高度、一定距離でドローンを安定させて飛ばし続けるのは難しい技術であり、シェイクダウンを行うには絶好のシチュエーションである。

 そしてなにより、今回の任務は監視目標にスプリングフィールドが含まれているという点も非常にポイントが高い。

 ライフルの娘達が装備するカモフラージュマントをちょっと加工して楓月に被せてあるので、

一般人では遠目に楓月の姿を視認するのはまず無理だろう。だが、狙撃の名手である彼女の眼で

あれば、下手な動きをしたらすぐに見つかってしまう事請け合いだ。

 この任務をやり遂げた暁には、TACのドローン操作スキルは飛躍的に向上している事であろう。

 などというこじつけで自分の中の罪悪感を封じ込め、再び画面に意識を向ける。

 居住区の一画に露店が集まり、いつの間にかエリア最大級の規模にまで発展してきたマーケットは敷地面積が広く、行き交う人間の数も非常に多い。

 はぐれてしまう事を嫌い、スプリングフィールドが半歩くらい前に出て、指揮官をエスコート

するように人ごみの中を進んでいる。

 なんだか、とてもサマになっていて超くやしい。私なんか、指揮官と並んで買い物していると

姉妹みたいだ~とか馬鹿にされたりするのに、今の2人は本当に友達同士というか恋人同士のようにも見える。

 

「ネゲヴ副官は指揮官と一番お付き合いの長い戦術人形でしたね?」

 

「うん。そうよ」

 

「スプリングフィールドさんはどうなのですか? 私、あの方とはカフェでしかお話をしたことがなくて、素性をあまり知らないのです」

 

 TACはグリフィンに着任してからまだ日の浅い娘である。しかし、それにしたって同じ

ライフルタイプの大先輩であるスプリングフィールドとほとんど会話したことがないというのは

相当だ。

 引きこもって楓月をいじくってばかりいるからそういう事になるのだ。

 

「あの娘は、そうね・・・私よりも大分遅いし、もう何人も着任した後になってようやく、って

ところよ」

 

「そうだったのですか? あんなに指揮官から信頼されているので、てっきり副官のすぐ後くらいなのかと思っていました」

 

「あの性格だし、要領も良い娘だからね。そりゃあもう指揮官からの信頼も鰻登りよ。あの娘が

副官をやってたっていいくらいだわ。・・・ああ、そこの路地を抜けると視界が開けちゃうから、建物の陰に隠れてね」

 

 スプリングフィールドは性格が良いし、戦績も優秀。料理も家事もできるし、他人をちゃんと

気にかけることだってできる。おまけに、スタイル抜群だ。

 私だって、彼女に負けないモノを持っていると自負はできる。

 ・・・でも、スプリングフィールドという存在を羨ましいと思ったことは何度もある。

 このグリフィンの中で、指揮官の傍に相応しい戦術人形は彼女なのだろうと、そう感じさせられたことは数えきれないくらいある。

 今、私の手で煌めいている指輪は、彼女のもとに行っていたとしてもなんら不思議はなかった

のだ。

 マーケットでショッピングを楽しんでいる2人を見ると、やはり、選ばれるべきだったのは

スプリングフィールドで然るべきなのだろう・・・と幻想してしまう。

 私は、指揮官から指輪を受け取るにふさわしい存在で居られているのだろうか?

 

「そうですね。スプリングフィールドさんは優しいし、とても強い方だと思います。・・・でも

副官は、やはりネゲヴ副官の方がふさわしいかなと私は思いますよ」

 

「スプリングフィールドは優しいし強いのに?」

 

「指揮官がとても優しい方ですから。その分、厳しい眼で見てくれて、強く言ってくれる方が良いかな、と。バランスの問題ですよ」

 

 私が欲しかった答えとはちょっと違かったけど、真面目さんなTACらしい答えを聞き、知らず笑みが零れる。

 少なくとも、良い票を1票手に入れられた事で今は良しとしておこう。

 いつか、私が本当に納得できる答えを得られる日が来るのを楽しみにしながら日々を過ごす、

というのも悪くはない人生な筈だ。

 しかし、TACはちょっとだけ思い違いをしているようである。

 スプリングフィールドってば、本気で怒るとメッチャクチャ怖いヤツなんだから、そこんとこ

ヨロシク。

 

「あ! 2人のテーブルにパンケーキが運ばれてきましたよ。あのお店はカフェだったのですね」

 

「そうよ。けっこう有名なお店みたいで、基地の中でも話題になっていたわね。今度、他の娘と

外出の機会があったら行ってみれば?」

 

「はい。では、お誘いをお待ちしていますね。あぁ~・・・透き通った琥珀色のメープルシロップがとても美味しそうですよぉ~」

 

 私を連れていけとさりげなく要求されてしまったが、こうしてストーキングに協力していただいてる手前、断るのも忍びない。

 この休暇の最中は難しいが、近いうちに外出申請の手はずを整えておくか。

 

「くっそ~・・・仲良く食べさせ合いなんかしやがって」

 

 1口大に切ったパンケーキを指揮官がスプリングフィールドに差し出し、スプリングフィールドが指揮官にそのお返しをする、というお約束がモニターに展開され、あまりの甘々っぷりに恨み節が口をついて出てしまう。

 指揮官の口元に付いたシロップをちゃんと拭いてあげている辺り、本当に抜け目の無い奴だ。

 やり場の無い怒りの捌け口に、とテーブルの上に置いていたチョコバーを鷲掴み、乱暴に包装を破いて噛りつく。

 うん、美味しい。

 

「あ、あの、私なんかで代わりになれば・・・どうぞ」

 

 私が何に憤っているのか察して気を遣ってくれたのか、TACが恐る恐るといった様子で

チョコバーを私に差し出してくる。

 

「・・・・・・じゃあ、お言葉に甘えて」

 

 目の前のチョコバーを狙って噛り付く。

 うん、美味しい。

 相手がTACだというのに、さっきよりも美味しく感じられてしまったことはちょっと納得いかないんだけどね。

 

「はい、お返し」

 

「ありがとうございます」

 

 そして、私が差し出した食べかけのチョコバーをパクリと齧り、TACは可愛らしく微笑んで

くれる。

 ん~・・・・・・なんか、変な感情が芽吹いてしまいそうなので、あまり深入りするのはやめておこうかな。

 しばらくしてカフェから出てきた指揮官とスプリングフィールドは、服飾店と雑貨店で何やら

調達し、次に入った材料屋で指揮官の身長くらいの長さの細い木材を仕入れて出てきた。

 

「木材なんて何に使うのでしょうか?」

 

「あの娘、自分の店のインテリアは自分で弄ってるみたいだから、その材料なんじゃないかしら」

 

 そうして、ウィンドウショッピングを続ける2人を空から見下ろすこと1時間あまり。私も

TACも話しのネタが尽きかけてきた時の事である。

 

「あれ? スプリングフィールドさんだけどこかに行ってしまいましたね」

 

 マーケットの中央部に設置された休憩ベンチに座り、しばらくお喋りをしていた2人だったが、スプリングフィールドだけ立ち上がると指揮官の傍を離れてどこかに歩いていってしまう。

 一緒に買い物という目的ではあるが、たまには1人で行動したくなる時があっても不思議ではない。

 上空から見下ろしていても、マーケット内に指揮官の脅威になるような存在は確認できないので、少しくらい放っておいても平気だろうとスプリングフィールドは判断したのだろう。

 

「スプリングフィールドさん、楓月のカメラ範囲から出ていってしまいましたが、追いかけ

ますか?」

 

「放っておいていいわ。指揮官だけを見張っておいて」

 

 スプリングフィールドが何をしに行こうと私の知った事ではない。それよりも、万が一の事態を考えて指揮官に目を付けておく方が賢明である。

 ・・・

 ・・・・・・

 封を開けたばかりのスナック菓子と缶ジュースが空になったところで時間を気にしてみれば、

もう30分が経過していた。

 指揮官は親の言いつけを守る子供のように、ベンチに座ったままスプリングフィールドを待ち

続けている。

 周囲をきょろきょろと見回したり、たまに足をパタパタ振ってみせる仕草がもう可愛らしくて

仕方ない。

 

「戻ってこないですね。1人でどこに行っているのでしょうか?」

 

「トイレが混んでるのか、もしくは指揮官を連れていけないようなお店にでも行ってるんじゃないのかしら?」

 

「指揮官を連れていけないようなお店!? い、一体どんなお店なのでしょうか?」

 

 私がちょっとからかってやっただけで顔を赤らめてしまうTAC。

 そんな事よりも、私は指揮官の可愛らしい仕草をもっと見ていたいんだ! と、再びモニターに視線を移した・・・その矢先だった。

 突然、スピーカーから激しい金属音が鳴り響いたかと思えば、画像が左右に激しく揺れだした。

 

「っとぉ! な、なんなのよコレ!?」

 

「何かが楓月に当たったみたいです! 姿勢が崩れて・・・!」

 

 操作している本人が言うのならそうなのだろうが、今の楓月の高度には激突するような障害物は存在しない。飛んでいた鳥が激突した? いや、この付近には元気に飛び回れるような鳥は生息していないはずだ。

 一体、何が楓月に激突したというのか?

 今までの穏やかさから一変、TACは苦い表情を浮かべながら必死にリカバリーを試みる。

 TACの腕前もあり、映像の揺れは瞬く間に収束していくが、そこで再びスピーカーから金属音が響き渡る。

 音も映像の揺れも一発目とは段違いに大きい。

 そうして、ついにコントロールを完全に失ってしまったのか画像はグルグルと回りながら

急降下。

 

「あぁあぁぁぁ~~~~!」

 

 TACの悲痛な叫びに絡め、ガシャ~ン! と、耳を覆いたくなるような破壊音が室内に響く。

 カメラが上を向いた状態で墜落したのだろう。私たちの心境とは180度反対の晴れやかな蒼天がモニターに広がっている。

 

「楓月・・・私の・・・ふうげつ・・・」

 

 ガックリと肩を落とし、放心状態でモニターを見つめるTAC。

 いきなりの事で私も言葉を忘れてしまっているが、ここは可及的速やかにTACをフォローしなければいけない状況だ。

 何か気の利いた言葉を・・・今の状況を打開できる奇跡の一言を!

 

「ま・・・まだ楓月が壊れたって決まったわけじゃないわ! ほら! もう一度飛ばしてみるの! 諦めたらそこで試合終了ですよ!?」

 

 はい、いざという時にスベっちゃうポンコツ副官で本当にすいませんでした。

 

「うぅ・・・うええぇぇぇえぇぇん! ふうげつぅ~! ふうげつぅぅぅ~~!」

 

 そんな私の力説がトリガーになってしまったのか、TACは堰が崩れたような勢いで泣き出してしまった。

 こうなってはもう私もダメだ。なにせ、こうなってしまった大本の要因が私なのだし。

 

「ごめんごめん! 楓月はちゃんと回収してすぐに修理するわ! だからもう泣かないで! ね?」

 

 頭を抱いて宥めてみるが、もうそんな事にも気づいてくれないくらいTACは超泣きである。

 それでもなんとか落ち着けようと試行錯誤を繰り返している最中、モニターに動きがあったのを視界の端で捉えた。

 

『休暇中の指揮官様を付け回すとは、とんだ不届き者も居たものですね。聞こえていますか、

ドローンの持ち主さん。アナタの事ですよ?』

 

 そこに映っていたのは、楓月を足蹴にカメラを見下ろすスプリングフィールドの姿。

 怒り心頭の声色も、氷柱のように鋭く冷たい視線も、まるで、すぐ目の前で向けられているかのような迫力で思わず息を呑んでしまう。

 あれだけ離れて尾けていたというのに、存在に気づかれていた事も驚きだが、それよりも恐ろしいのは彼女が楓月を撃墜させた方法である。

 休暇中なので、スプリングフィールドは銃を携行していない。その代わりに、モニターに映る

彼女の右手に握られているのは、両端をナイロンワイヤーで結わき、しならせた木材。

 銃よりもはるか昔に人間が考案した狩猟武器、〝弓〟である。

 楓月に気付いていた彼女は、買い物を楽しむ最中に弓の材料を調達。指揮官をあえて囮として

残し、楓月が指揮官に気を取られている隙に即席の弓と矢を作ったのだ。

 弓なんて化石みたいな武器を使った事あるのかよ!? と、ツッコミを入れたいところだが、ぶっつけ本番でこんなことできるわけ無いので、たぶん使ったことあるのだろう。

 ね? だから言ったでしょう? スプリングフィールドが一番怖いんだ、って。

 

『鉄血か、それとも〝白い勢力〟なのかは知りませんが、次は無いと肝に銘じておくことですね』

 

 冷たく言い放ち、スプリングフィールドが矢を番える。

 そんなものどこで調達したのか、黒く光る矢じりがモニター越しに私に向けられる。

 

「待って待って! 尾けていたのは謝るから、そんな物騒なもの向けるんじゃないわよ!

・・・向けないでください! お願いします!」

 

「ふぇえぇぇぇえぇえん! ふうげつぅぅ~~~」

 

 せっかくの休暇だというのに、もう、室内は大パニックである。実戦任務だってこれほどの騒ぎに陥ることは滅多にない。

 楓月には出力装置が付いていないので、こっちが土下座して謝ったってスプリングフィールドが手を止めることはない。もう、このドローンは敵であると確信されてしまっており、彼女は敵に

対してはとことん容赦ない人形なのである。

 こんな至近距離でカメラを思いっきり射抜かれたら、楓月は間違いなく全損だ。そうなれば、

TACからの信用も失ってしまうのはもちろん、指揮官からも盛大なお叱りを貰うこと請け合い。

 ありとあらゆる悪い事が私の頭の中でグルグルと飛び回り、もうどうしたら良いのかわからなくなって、涙がちょっとだけ出てきてしまう。

 ギリギリ、と引き絞られたワイヤーが今まさに矢を撃ち出さんとして・・・

 

『ちょい待ち、春ちゃん!』

 

 それはまさに天からの救いの一言。

 駆けつけてきた指揮官の制止を耳にして、春ちゃん・・・スプリングフィールドは矢を挟む指に力を入れ直してくれた。

 

『何かあったのですか、指揮官様?』

 

『そのドローン・・・タっちゃんのふうちゃんじゃないかな?』

 

『誰の・・・何ですって?』

 

『うちのTACちゃんのドローン、楓月よそれ』

 

 本当にもうあと半歩で断崖絶壁から真っ逆さま、という状況で命綱を手繰り寄せた気分だ。

 安堵の息を大きくついて、椅子の背もたれに思いっきり寄りかからせる。

 

『確かに、TACのドローンによく似ていますが・・・私たちの基地のTACのモノだとも限りませんよ?』

 

『ん~・・・識別コードが同じだから間違いないわね。ほら、ここ』

 

『・・・・・・20桁もあるコードをよく覚えていらっしゃいますね』

 

 指揮官の話で納得してくれたのか、スプリングフィールドはここでようやく構えを解いてくれた。

 

「良かった~・・・TAC、私たち助かったわよ」

 

「くすん・・・ぐす・・・」

 

 まだ鼻を啜りながらではあるが、私の言葉にTACはコクコクと頷いてくれる。

 全損という最悪の結末は回避できたし、楓月を持ち帰る目途も立った。状況は少しづつ好転してきてくれているようだ。

 

『しかし、なぜ楓月が私たちを尾行していたのでしょうか?』

 

『護衛のつもりだったんじゃないのかな? タっちゃんからは何も聞いていないけど、春ちゃん

だけじゃカバーしきれない事もあるかもしれないから、って心配してくれたのかも』

 

 いいぞいいぞ。このまま護衛の為だと思っていてくれれば、それで話を合わせて勝手に尾行した罪を軽減する事だってできる。

 風は今、私の為に吹いている!

 

『それなら、わざわざステルスカモフラージュを施す必要はありませんよ。大抵、こういう事を

するのは後ろめたい事があるからと相場が決まっています』

 

『タっちゃんが何か悪い事を考えてるとは思えないけど。確かに、春ちゃんの言わんとしている事は分かるわ』

 

 スプリングフィールドぉ~。余計なことを言ってからに・・・

 

『なんかイマイチ納得がいかない状況なのよね。・・・まぁ、いつまでも考えてたって仕方ないか』

 

『基地に電話ですか?』

 

 スプリングフィールドが電話と言ったのを聞いてドキリとしてしまう。

 今の状況で指揮官が電話する相手なんて、もう考えるまでもない。

 モニターの向こうで2人の会話が止まってからほんの数秒後、私のポケットから軽い電子音が

鳴りだした。

 

「ですよねぇ・・・」

 

 基地でお留守番している副官の私に電話がかかってくるのは当然の事である。

 出ないわけにはいかないし、もう、言い訳をして乗り切ることもしたくない。

 下らないヤキモチを妬いたせいでTACまで巻き込んで迷惑をかけてしまったのだ。せめて、

経緯を全部正直に話して償いをしなければ、後ろめたくてTACとまともに顔を合わせる事もできなくなってしまうかもしれない。

 

『案外、ヤキモチ妬いたネゲヴがタっちゃんをそそのかしてストーキングさせた、とかいうオチだったりして』

 

『ふふふ、ネゲヴらしい話です。でも、流石にそこまで愚かな事を実行するような娘ではありませんよ。それは指揮官様もよくご存じでしょう?』

 

『まぁね。あの娘だって、伊達でスペシャリストを自称してるわけじゃないんだしね』

 

 天井知らずに上がっていくハードルに心底嫌気が差してしまうが、これも自分が撒いてしまった種だ。自分で刈るのがスペシャリストの務め・・・いや、スペシャリスト関係ないか、これ。

 天井を仰ぎ、大きく深呼吸を一つ。せめて、誓約解消とか言われませんように、と心の中で祈りつつ、私は取り出した携帯端末の通話ボタンを押した。

 

 




TACは個人的に上位に入るくらい好きなキャラです。ハロウィン衣装のハンター姿とカッコ可愛いですね!
一説によると、実銃のTAC-50は対人狙撃における史上最長記録を有しているのだとか。いつか、これをネタにしてみようかしら?

来週の更新もどうぞお楽しみに~


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ネゲヴちゃんの新婚日誌 5話

最近はマンイーター(鮫ゲー)で獲物を食い散らかす日々を送っております。
どうも、弱音御前です。

ネゲヴちゃんのお話も終わりに近づいてきました。
何気ないお話の内容で進めてきた今作、少しでもお楽しみいただけてればいいな~と思います。
それでは、今週もどうかごゆっくりと~


 え~・・・皆様、ご機嫌いかがでしょうか? 私、戦術人形のネゲヴと申します(ペコリ)

 此度、7日間の連休を与えられた私達は各々、初めての休暇を満喫してきました。

 楽しい日々を過ごす者もいれば、私のようにやらかしちゃった者もいるわけで・・・

 今回は反省の意味を込め、こうして自重している次第です。

 長々とした前説もなんですので、連休5日目の様子をどうぞご覧くださいませ(ペコリ)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 5日目 夜

 

 カウンター席に腰かけ、今日一日の疲れを吐き出すように小さく息をつく。

 スプリングフィールドのカフェは休暇中の特別仕様としてバーに装いを変え、いつも以上の

賑わいを見せている。

 すでに出来上がっているヤツらも何人かいて少々騒がしさを感じるが、せっかくの休暇なの

だからこれくらい羽目を外してくれたって構わない。

 むしろ、その方が私の気分も無理やり引っ張られてくれるから都合が良い。

 

「いらっしゃいませ」

 

 私の来店に気付いたバーテン姿のスプリングフィールドがお手拭きを私の目の前に置いてくれる。

 

「いえ、どうぞお構いなく」

 

「ふふ、お構いしなければ店主の意味がありませんよ。昨日の事はもうあれで終わりですので、

どうかお気になさらず」

 

 スプリングフィールドの言う通り。昨日の事件がフラッシュバックしてしまって、私はつい

へりくだった言い方をしてしまった。

 彼女が昨日の事を気にしていないというのはその通りかもしれないが、私まで気にしないで済むかというと、それは無理な話だ。

 あんな失態を昨日の今日ですぐに忘れるなんて・・・ムリ。

 

「ご注文はお決まりですか?」

 

「ん~、いつものでいいわ」

 

「ミルクのチョコレートミックスですね。承りました」

 

「言わんでいい! 言わんで!」

 

 スプリングフィールドが復唱したせいで私の傍に座っている娘達が反応して、お子ちゃまとか、甘ちゃんとかヒソヒソ話している。

 バレていないと思ったら大間違いである。休暇が明けたら、指揮官には内緒でお前ら全員の査定を下げてやる。

 

「いえいえ、オーダーの確認は大事ですから。ジルちゃ~ん。3番のネゲヴさんにミルク

チョコレートお願~い」

 

 絶対に昨日のこと気にしてるよね。その復讐だよね、これ。

 指揮官がどこからかいつの間にか連れてきた、無口な紫髪のバーテンがグラスを私のもとへ

持ってきてくれる。

 グラスをごくりと煽って大きく一息。お気に入りを口にして少しは気が落ち着いたが、でも、

ブルーな気分である事には変わりない。

 本当は、今日は指揮官と一緒にお買い物に出る予定だったのだ。

 しかし、昨日の件・・・楓月ストーキング事件を起こしてしまった罰として予定はキャンセル。私は1人で謹慎という事と相成った。

 指揮官もスプリングフィールドも私を散々に叱って満足したのか、そこまですることはないと言ってくれたのだが、そのお言葉に甘えてはスペシャリストの名が廃るというもの。

 本日のコレは私が自身に化した罰なのである。

 指揮官と2人きりのお出かけを楽しみにしていた私だ。今日一日、ずっと憂鬱だったのは

言うまでもない。

 ・・・ただ、いつまでもしょぼくれて1日を棒に振るのは愚かしい。

 今日、指揮官と一緒に買い物に行ったときに実行しようと思っていたことを少し違うカタチで

実行してみたのだ。

 

(ん~・・・選んでみたはいいけど、こんなので喜んでくれるかな?)

 

 私の上着のポケットには、苦心して選んだ指揮官へのプレゼントが入っている。

 本当は指揮官に何が欲しいのか聞いて、その場でプレゼントしてあげようと考えていたのだ。

 それを、指揮官が何を欲しいのか自分で考えて自分で選んだ。

 買ったときには、これで大丈夫だろうと腹を括ったのだが、時間が経つにつれて本当に良かったのだろうか? という不安が段々と募ってきてしまった。

 そうして、ついに自信も無くなってしまい、渡すタイミングも見失ってしまったのだ。

 ここに私1人でやってきたのも、指揮官から逃げてきてしまったという事実に他ならない。

 こんなにも臆病な自分が本当に恨めしい。

 

「こんばんは~、春ちゃん。お~! 夜のお店もすっごい賑わいだね!」

 

 コロンコロン、と店の入り口ドアのベルが鳴る音に混じって指揮官の声が耳に届く。

 こんな喧騒の中でも、指揮官の声だけはどれだけ小さくたって捉えられる私である。

 

(やばいやばい)

 

 今夜は基地に在籍している数の半分くらいの人形がこの店に来ているのだ、指揮官が来るかもしれないというのは予想していた。

 

「グッドイブニング、愛しのマイシスター達! 今夜は特別に私の奢りだ、存分に楽しむが

よいぞ!」

 

 人形達の大歓声に包まれ、指揮官は堂々とした歩みでカウンター席に近づいてくる。

 指揮官が来てしまった事を想定して入り口付近から見えない位置に座っていたのだが、念のため、カウンター席からも完全に死角になる一番奥、壁際のテーブル席にこっそりと移動する。

 途中、通り際の席に座っている娘達に不思議そうな目を向けられたが、酔っぱらっているので

どうせすぐに忘れるのだ。気にしない。

 

「いらっしゃいませ、指揮官様。あのような事を言って良かったのですか? 相当なお勘定になってしまいますよ?」

 

「へーきへーき。この前のイベント任務で臨時ボーナス入ったし、私じゃあロクな使い道なんて

ないんだし」

 

 遠目で覗き見る限り、指揮官はいつも通りな様子である。

 勝手に昨日の事を気にして指揮官から逃げ隠れしている私がちょっと惨めだ。

 

「ご注文は何になさいますか?」

 

「ん~・・・リンゴジュース。あと、ネゲヴが来なかった? 一緒に連れてきてほしいな~」

 

「ネゲヴですか?」

 

 考えるフリをしながらスプリングフィールドが私にチラリと視線を向ける。私の位置は

カウンターから死角になっているが、仕切りやラックの隙間、それこそ針の穴を通すようなラインで彼女と目が合う。

 

(黙ってて! 頼む!)

 

「来店された様子はありませんよ」

 

 アイコンタクトが成立し、スプリングフィールドが話を合わせてくれた。情けない事だが、また彼女に借りが一つできてしまった私である。

 

「そっか。もう気にしなくていいって言ったのに。しょうがない娘ね」

 

「ネゲヴなりのけじめというものでしょう。気が済むまで好きにさせてあげればいいですよ・・・と、リンゴジュースお待たせいたしました」

 

「うん、ありがとね春ちゃん」

 

「お疲れ様です、お姉さま! かんぱいをしに来ましたよ~」

 

「えへへ、41ちゃんに連れられて私も来ちゃった」

 

「おっと? こんな時間にバーに来ちゃったのかい、マイ・リトルシスター。そんな悪い娘達は・・・私が美味しく食べちゃうぞ~!」

 

 指揮官のもとにG41とUMP9が加わり、店内の喧騒に混ざっていく。

 周囲の空気に引っ張られて自分の気分も少しは晴れるだろうかと思ったが、やっぱり来なければよかった。

 指揮官と楽しそうにしている周りの娘達が羨ましく見えてしまって、自分がどんどん惨めになっていくだけだ。

 

(これ飲んだらどっかで頭冷やしてこよう)

 

 さっさと飲んでお暇しようと決心するが、こんな時に限ってミルクはキンキンに冷えているしチョコレートの比率が多くて甘いしでなかなか喉を通ってくれない。

 ゴクリと煽っては喉を落ち着け、を繰り返してようやくグラスの底まであと少し、というところ。

 指揮官の周囲がまた少し騒がしくなった事に気が付く。

 

「いよぅ、指揮官! お言葉に甘えてご馳走になってるぜ~」

 

「ど~おし~! ハ~ラショ~!」

 

「16ちゃんにモシンちゃん、おっつかれ~。随分と楽しんでいるみたいでなにより」

 

 妹達とイチャついていた指揮官に絡んできたのはM16とモシンナガンの酒飲み筆頭2人組だ。

 2人揃ってジョッキとショットグラスを手にすっかりご機嫌な様子だが、足取りはしっかりしているようなので、まだまだこれからが本番なのだろう。

 

「ねえ、同志? 私ね、こんな優秀な指揮官のもとでお仕事ができて、ほんっと~に幸せな人形だと思ってるのよ~」

 

 酔っ払い2人の乱入で少し怯えてしまった41と9を自分の右側、酔っ払い達とは反対側にさりげなく避難させるあたり、本当に指揮官は優秀な人だと思う。

 

「そうそう! んで~、そんな優秀な指揮官様のもっとカッコいいとこ見せてもらいたいな~

って2人で話してたんだよ」

 

「? というと?」

 

「この場で見せるカッコいい事なんて決まってるじゃないの。コレよ、コレ」

 

 指揮官に寄り添うように座ったモシンナガンは、テーブルに置いたショットグラスを指で軽く

弾きながら答える。

 つまり、指揮官と飲み比べをしたいという事か。

 

「あ~・・・ごめんね2人とも。私、お酒は飲まないのよ。その代わりにこのグラスで乾杯って

ことでひとつ」

 

 お酒を飲めないというのは初耳だ。思い返してみれば確かに、指揮官がお酒を飲んでいるところを見た記憶はない。

 飲みそうな性格してるので、ちょっと意外な事実である。

 

「せっかくの席なんだから、そんな硬いこと言わないで。ちょっとだけ、先っちょだけだからいいでしょ? ね?」

 

「なんだったら、あたしが指揮官用に弱めの酒を作ってやるからそれを飲めばいいさ。

えっと・・・スプリングフィールド~。ウィスキーとテキーラあるか~? ボトルで」

 

「もう、16ったら。その2つを混ぜたら薄まるどころか強烈なのが出来上がっちゃうわよ~」

 

「あぁ~そっかそっか、飲めない奴には余計キツイ酒になっちまうか~。にゃははははは~!」

 

 2人ともいかにも酔っ払いらしく、何が面白いのか分からないことでゲラゲラと笑っている。

 指揮官はそんな2人に付き合って笑顔でいるが・・・私は指揮官を小バカにしているような2人の態度がちょっと気に喰わない。

 

「ほらほら、指揮官様がご迷惑していますよ。ウザ絡みもほどほどにしてくださいね2人とも」

 

 そう言ってスプリングフィールドは2人の前に透明の液体が注がれたグラスを置いた。

 いい加減にしなさい、という意味を込めた冷たい水である。

 

「オーケーオーケー、分かったよ。邪魔したな、指揮官」

 

「今度、気が向いたらお相手して頂戴ね、同志」

 

 スプリングフィールドにまで文字通り水を差されてしまっては敵わない、と2人は指揮官のもとから離れていく。

 何事もなかったことを遠目に確認できて一安心・・・とはいかなかった。

 酔っ払い2人組は次に絡む相手を求め、キョロキョロ周囲を見渡しながら私の方に向かって歩いてくる。

 そうして、案の定である。

 

「おや? 副官じゃないか。こんな隅っこボッチで何してんだ?」

 

 出来るだけ関わらないよう目を逸らしていたが、私を見つけるやM16に絡まれてしまう。

 

「同じお店にいるのに、なんで同志と別の席に? 喧嘩でもしたのかしら?」

 

「そんなんじゃないわよ。一人で飲みたい気分なだけだし」

 

 負け惜しみを言ってグラスを煽る。

 

「んな甘っちょろいもん飲んでないでよぉ、アタシ達に付き合ってくれないか?」

 

 4人かけのテーブル席に1人で座っていた事が災いし、酔っ払い2人は私の正面に鎮座。早いところ撤収しようとしていた矢先に全くもってツイていない。

 

「これを飲んだらお暇しようと思ってたの。悪いけど、他をあたってもらえる?」

 

「ツレない事いうなよぉ~。さっき、お前さんの〝コレ〟に振られたばっかりでさぁ」

 

 小指を立てながら私に食い下がるM16。

 

「そうそう。そんな硬いこと言わないで、ちょっとだけ、先っちょだけだから。ね?」

 

 さっき指揮官に言ってたのと同じことをのたまうモシンナガン。

 これだから酔っ払いの相手はイヤなんだ! 酒臭いし!

 

「もう~、戦闘部隊のトップ2名が揃いも揃ってお酒も飲めないなんて、恰好が付かないと思わないのかしら?」

 

 いや、別に酒を飲める飲めないは関係ないと思う。

 思うのだが、指揮官の事を舐めているような言い方が私はやっぱり気に入らない。

 

「副官の~♪ ちょっとイイとこ見てみたい~♪」

 

 2人が私を焚きつけているのは明白だ。こんな挑発に乗るなんて、それこそ愚か者のやる事。

 そして、私は愚か者で構わない。大好きな指揮官の事を小バカにされっぱなしで黙っていろだなんて、私にはどうしたって無理な事だ。

 

「分かったわよ! 付き合ってやるわ! その代わり、やるなら飲み比べ勝負よ」

 

「そうこなくっちゃね! んで、勝負ってことは何かを賭ける?」

 

「私が勝ったら、さっき指揮官に絡んだ事をちゃんと頭下げて謝ってきなさいよね」

 

「? 私達、何か失礼な事を同志にしたのかしら?」

 

「ん~・・・覚えてねえ。でもまあいいさ、それで受けて立つぜ」

 

 自覚してないというのがまた失礼な話だが、行かせる前に私がちょっとばかり説教してから

行かせればいいだろう。

 

「じゃあ、アタシ達が勝ったら、そうだな~・・・それ貰うぜ」

 

 M16が私のおでこの辺りを指さす。

 なんだ? 私の首でも欲しいというのだろうか? と、指さす先に手を触れてみてM16が何を欲しがっているのかが分かった。

 私、ネゲヴの象徴ともいえる六芒星の髪留めである。

 

「私達、飲み比べで負かした記念に相手のシンボルを集めてるのよ。副官のその髪留めなんか

とってもちょうどいいわね」

 

 打ち取った敵将の首を・・・みたいなものか。

 これくらい、くれてやることになったって構わない。スペアがメンテナンスルームに転がってるだろうし、無かったらダミーから剥ぎ取ってやればいいんだ。

 

「良いわよ。そっちが勝ったらあげるわ」

 

 髪留めを外してテーブルに置く。

 

「オーケー、早速始めるか。ショットグラスを3人で同時に飲み干していって、先にダウンした奴の負けだ。こっちはアタシとモシンナガンのどっちかがダウンした時点でネゲヴの勝ちってことで良いぜ」

 

 M16はテーブルに小さなグラスを3つ並べると、懐から取り出した中程度の大きさのボトルの中身を注いでいく。

 薄い琥珀色の液体が表面一杯まで注がれ、グラスが私の正面に置かれた。

 

「・・・」

 

 さっきは頭がヒートしていて大口を叩いてしまったが・・・実は私はあまりお酒を飲めない。

お酒の苦い味が嫌だし、甘く調合したお酒であっても、そもそも、アルコールへの耐性が低いようですぐに酔ってしまう。

 この事は口外していないので、知っているのは私と仲の良い娘達と指揮官だけ。M16とモシンナガンは知らずに私に絡んでしまったのだ。

 そんな私がこの基地でトップクラスの酒飲みとやり合おうというのだから、結果は火を見るよりも明らか、というやつである。

 

「は~い、まず1杯目~」

 

 モシンナガンの合図で3人揃ってグラスを持ち上げる。

 これがどれだけアルコール度数の高い酒なのかは知らないが、もう匂いを嗅いでいるだけでちょっと頭がクラクラしそうになる。

 

「「「かんぱ~い」」」

 

 キィン、と3つのグラスが小気味良い音を鳴らす。

 2人がグラスを引いた流れのまま一気飲みしたのを見届け、私も意を決してグラスを思いっきり傾けた。

 

「~~~~~~っ!」

 

 常温の液体を飲んだはずなのに、身体の中を流れていった道筋が灼けるように熱い。

 味だってやっぱり苦いしなんかクスリっぽい風味がするし、私はどうしたって好きになることができない飲み物だ。

 

「うぇ~、何これ? 鉄血人形の冷却液だってもっと上品な香りよ?」

 

「いやぁ~、これが何度も飲んでるとクセになってくるんだよ。今じゃあすっかりアタシの常備酒さ」

 

 2人はまるで水でも飲んでいたかのようにケロッとしているが、私はまだ声も出せない状況である。

 なんだか視界もすでに霞みはじめているように感じるのは気のせいだと思いたい。

 

「はい、2杯目~・・・って、大丈夫かよ、ネゲヴ?」

 

 次をグラスに注ごうとしたM16に頷いて返す。

 

「16が変な酒を飲ませるからよ。別のお酒に変えましょうか? ウォッカとか」

 

 それ知ってる。かなり度数の高い酒だ。今飲んだ奴よりも段違いに強かったら困るので、

とりあえずモシンナガンの言葉には首を横に振って答えておいた。

 

「吐かれたら困るから、あんまり強がるなよ?」

 

 心配してくれつつも2杯目を注がれる。

 合図と共に2人に合わせてそれも一気に飲み干すが・・・

 

「はふぅぅぅ~~・・・・・・」

 

 もうどうしたって限界だった。

 頭の中がぐわんぐわんとシェイクされるような感覚に耐え切れず、おでこをテーブルへと着地させる。

 木製のテーブルの柔らかな感触とヒンヤリした温度がとても心地良い。

 

「お~い、ネゲヴさ~ん? 大丈夫ですか~?」

 

「ん~、平気~。まだやれるお~」

 

 頭をツンツンしてくるM16に言葉だけ返すが、頭はすでに鉛でも詰められたかのように重くて上がらない。

 

「もうダメね、これは。お酒弱いのなら無理に付き合わなくて良かったのに」

 

「せっかくの席だからネゲヴも気を遣ってくれたんだろうさ。でもまあ、勝負っていう話だったから、もらうもんはキッチリともらっとくぜ?」

 

 睡眠薬でも入っていたんじゃないかと疑うほど酷い眠気に襲われ、勝負続行の意思を示すことも出来ない。

 私の負け。

 指揮官の為に勝負に挑んだというのに、私は手も足も出せずに敗北を喫してしまった。

 なんて情けない。もう、いっそのこと回収分解されてコアから出直さざるをえない。

 

「ちょいちょい! どうしたのよ、ネゲヴ?」

 

 などと、私が酷い焦燥感と吐き気と戦っている最中、耳鳴りに混じって指揮官の声が聞こえた。

 私たちが騒いでいるのを感知して駆けつけてきたのだろう。

 

「いやぁ、ネゲヴが酒に付き合ってくれるって言うから飲み比べしてたんだが、もしかして、

ネゲヴって酒弱い?」

 

「ほとんど飲めないようなものよ」

 

「そうだったのね。ごめんなさい、同志。私達、そのこと知らなくて・・・」

 

「この娘がやるって自分で言ったんでしょ? あなた達のせいじゃないわ。んで、そのテーブルに乗ってる髪留めはもしかして景品のつもり?」

 

 そうだ、とM16が答えると指揮官が大きく溜め息をついたのが聞こえる。

 もう、顔を上げる力も無いので見えないが、きっと呆れた表情をしている事だろう。

 

「そんなのを景品にしたらダメよ? あなたを象徴する大事なモノなんだから」

 

 指揮官が髪留めを拾い、私の顔の横に置いてくれる。

 でも・・・こんな状態ではあるが、私はその好意に甘えるわけにはいかなかった。

 

「ぅ~~~やらぁ! これはけ~ひんで! あらしはまけたからこれをあげんの!」

 

「だからダメだっての! 大体、お酒飲めないくせになんだって賭け勝負なんてしてるのよ?」

 

「あらしはぁ! ひきかんがしゅごいんだっていうのをわからせてくってぇ~! こぉのふたりにあやまってもらおうとしたの! れも! まけちゃったろよぉ~~」

 

「な、何を言いたいのか全然分からないんだけど・・・」

 

 多少呂律が回っていなかったが、自分なりに言いたいことはしっかりまとめて言ったつもりだ。

 それがなぜ伝わらないのか?

 

「まあ、ネゲヴが酒弱だったとはいえ、ひとまず双方同意の上での勝負だし、景品は頂きたいところなのだが」

 

「そうね。いちおうこちらもリスクを背負っていた勝負なのだし」

 

「ん~・・・・・・分かった。そういう事なら仕方ないわね」

 

 指揮官も諦めてくれたのか、私の髪留めを拾うとM16とモシンナガンに手渡してくれた。

 そう。それでいい。私は負けたのだから、敗者が失うのは当然の摂理だ。

 

「はい、じゃあこれでネゲヴとあなた達の勝負は終わり。んで、次に私があなた達に勝負を申し

込むわ」

 

 そして、指揮官が何か言い出したが、もう会話の内容を理解するのも難しくなってきた。

 

「おお!? アタシ達と飲み比べしてくれるってのは願ってもない。景品はこれかい?」

 

「もちろん。私が勝ったらネゲヴの髪留めを返してもらう。私が負けたら・・・そうね、2人が

欲しいモノなんでもあげるわ。何が良い?」

 

「な、なんでもいいのかしら!? ・・・じゃあ、指輪でも?」

 

「良いわよ。2人にひとつずつあげるわ」

 

「マジか!? イイねイイねぇ! 燃えてきたぜ~!」

 

 今の会話はなんとか理解できた。

 それはちょっとヤだな、と思ったが瞼が重くて視界が段々と暗く染まっていく。

 指揮官が私の真横に腰を降ろした。

 視覚と聴覚がおぼろげになっているせいか、指揮官の香りがとても良く感じられて余計に眠気を煽ってくる。

 

「3人同時にショットで1杯ずつ飲んでいく。先にダウンした奴が負けだ。こっちは2人がかりだから、どっちかがダウンした時点で指揮官の勝ちでいい」

 

「オーケー。始める前に、もう2人ともそれなりに飲んでいるでしょ? それだと不公平だから

私も相応のアルコールを飲むわ」

 

「私たちに合わせたら結構な量を飲むことになるけど、平気なのかしら?」

 

「勝負はフェアにいかないとね。春ちゃ~ん。この店で一番強いお酒、瓶で持ってきて~」

 

 指揮官達の勝負の噂を聞きつけたのだろう、いつの間にか周囲には人だかりができていた。

 そんな見物客を縫って、スプリングフィールドが透明なボトルを1本抱えてやってくる。

 

「忠告はしましたからね。ウザ絡みはほどほどに、と」

 

 M16とモシンナガンに諭すように言ってボトルを置くと、スプリングフィールドは多くを語らずにカウンターへと戻っていった。

 

「これ、1本飲んだらちょうどおあいこになるかな?」

 

「は!? それ、〝デスペラード〟だろ? ちょうどいいどころか、アタシ達が飲んだ量の数倍に相当するぞ?」

 

 M16が言い終わる前に指揮官は栓を開けると、躊躇もせずにそのままボトルをラッパ飲みしだす。

 真正面に座る2人を含め、ギャラリーからもどよめきが上がるが、なんでみんな騒いでいるのか私にはよく分かっていない。

 ゴクリゴクリ、と勢いよく飲み込む音が止み、空っぽのボトルがテーブルに戻される。

 

「うえぇ~・・・苦いしマズイ。さぁ、これで条件は五分って事で勝負開始よ」

 

 ついに寝落ちする寸前。やっぱり私の指揮官は男らしくてカッコいいなぁ~、なんて暢気な感想を漏らして私は心地よい眠りにつくのだった。

 

 




酒飲み対決になった今回のお話。
モシンナガンとM16は当然として、ネゲヴが酒弱というのはなんとなく決めちゃいました。

次回はネゲヴちゃんの新婚日誌、最終話になります。
結局、大した展開もないですが、どうぞお楽しみに!
弱音御前でした~


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ネゲヴちゃんの新婚日誌 6話

ついにセミが鳴き始め、暑さで溶けそうな今日この頃。皆さま、いかがお過ごしでしょうか?
どうも、弱音御前です。

ネゲヴちゃんの休暇、今回で最終話となります。
相変わらずなんの変哲もない内容ですが、最後までお楽しみいただけたら幸いと思います。
それでは、今回もごゆるりとどうぞ~


 皆様ごきげんよう。毎度おなじみ、スペシャリストな戦術人形のネゲヴよ。

 グリフィン7日間の休暇もいよいよ最後の日。楽しい時間が過ぎるのはあっという間なものね。

 指揮官とのシンコンセイカツを満喫するべく奔走していた私だけど、ドえらい事件をしでかしてしまったせいで今のところは少しマイナス。

 さて、この失態を巻き返し、最高の休暇と相成ったのか否か。どうぞご覧あれ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「よし! で~きた、っと」

 

 指揮官の声が聞こえたような気がして目が覚める。

 身体は馴染みのあるベッドの上。どうやら、指揮官の部屋のようだと暗がりの中でも判断

できる。

 

「ぅ~頭イタ~・・・喉乾いた」

 

 キリキリと締め付けられるように痛む頭を抱えつつ、水分を求めて本能的に身体を起こす。

 すると、ベッドの枕元にミネラルウォーターのボトルを発見。栓を開けるや、思いっきりボトルを傾けて口に水を流し込んだ。

 

「んく・・・んく・・・・・・ふはぁ~」

 

 ボトルの中身半分を一気に飲み込んだところで、ようやく思考回路が活動を開始してくれる。

 

(M16達と飲み比べして酔い潰れたんだっけ。その後に指揮官が来て・・・指揮官が私を部屋に運んでくれたのかな?)

 

 しかし、指揮官も部屋に戻ってきたのなら、ベッドの上に私だけしかいないというのはおかしい。

 時計に目を向けてみれば、時刻は午前2時。こんな夜中にどこかへ出かけるような人ではない

はずなのだが・・・

 

「絶対に似合うと思うんだけど・・・やっぱり、本人が気に入ってくれるかっていうのが一番肝心よね」

 

 そもそも、この指揮官の声、というか独り言を耳にして目が覚めたのだという事を思い出す。

 声が聞こえる方に目を向けてみれば、その先には部屋を半分に仕切るパーテーションが展開されていた。

 基本、グリフィン宿舎の部屋というのはキッチン、シャワールーム、レストルーム、リビングが一室、という構成になっている。しかし、臨時で誰かを招いた時や今のようにリビングと寝室を

仕切りたいといった時の為にスライド式のパーテーションを展開できるようになっているのである。

 指揮官の声はパーテーションの向こう側から聞こえてくる。この休暇の間もこんな時間まで起きていなかった彼女が、今夜に限って一体何をしているのだろうか?

 好奇心に駆られた私はベッドから静かに降りると、足音を殺し、ゆっくりとパーテーションの

ドアに歩み寄っていく。

 ノブに手をかけてドアを押し開くと、淡い白色の光が寝室側に差し込んでくる。

 

「指揮官?」

 

 ドアから顔を出してみると、指揮官は執務用のデスクについていた。休暇だというのに書類を

並べてお仕事を・・・などという事はなく、デスクの上には、なにやら見慣れない機械と大きな布が広げられている。

 

「あら、ネゲヴ。うるさくして起こしちゃったかしら?」

 

「ううん、なんとなく目が覚めただけ。こんな時間に何をしているの?」

 

「これは・・・・・・見つかっちゃったらしょうがないか。ちょうど出来上がった事だし、もう

プレゼントしちゃお」

 

 指揮官はそう嬉しそうに呟くと、布を両手で掴み、私に見せるようにバサリと広げて見せてくれた。

 

「え? え? それって・・・衣装?」

 

「そう。ネゲヴに似合うかなって思って、和服を拵えてみました」

 

「拵えてみた、って指揮官が作ったの? 作れるの?」

 

「昔、ちょっとだけ縁があったのよ。マーケットでミシンと布生地なんていう珍しい物が手に入ったから、腕の調子が良い時にコツコツと作ってたの。驚かせたかったから、あなたには内緒でね」

 

 まさか、指揮官にそのような技量があったという事は驚きだが、それ以上に嬉しさで私は言葉をすっかりと忘れてしまっていた。

 だって、大好きな人が私の為にこんな綺麗な衣装を作ってくれたのだ。これが嬉しくなくてなんだというのか。

 

「着てみてくれる? 寸法はしっかり合わせたつもりなんだ。まぁ、採寸した時よりもネゲヴが太ってなかったら、だけどもね」

 

「あ・・・うん、分かったわ」

 

 よく考えてみればかなり失礼なことを言われていたが、私はそんなの完全にスルーしてしまう。つまりは、それだけ心ここにあらず、だという事である。

 私が上着を脱ぐと、歩み寄ってきた指揮官が着物を羽織らせてくれる。

 スルリと、まるで滑るように私の身体を覆ってくれる優しい感触は、普段着ている洋服では決して味わえない心地よさである。

 64式やカルカノ姉妹は今までこんな異次元感触を堪能したとは。全くもってけしからん。

 

「うんうん。サイズぴったりだし、デザインも中々ね。やっぱりネゲヴには黒と赤が似合う」

 

 ベースの色は黒で裏生地と刺繍に濃い赤色が使われている。それでも衣装全体が攻撃的な雰囲気になっていないのは、華柄の刺繍が入れられているからなのだろうと、私なりに分析を試みた。

 

「これ・・・〝アカギ〟っていうが着てたのに近い?」

 

「あれ!? もしかして、あの本見つけちゃった?」

 

 数日前、指揮官の部屋を掃除していた時に見つけた本のキャラクターが着ていた服のデザインに近いということに気付く。

 

「あの本に書いてあったデザインをお手本にしてたのよ。別に、やましい事があってあそこに隠したわけじゃないんだからね?」

 

 着物を作っている事を気取られたくなくて本を見つからないようにしていたのだろう。まあ、

あんなところに隠しているのを見つけたら、どうしたってやましい事があるように思えてしまうので、今度からはもっと考えて隠してもらいたいものである。

 

「と、そんな事は置いておいて。そろそろネゲヴからも感想を聞けたら嬉しいな~、なんて思ったりなんかしたりして」

 

「ふぇ? か、感想? 感想ね。え~と・・・その~・・・あの~・・・これはなんていうかとても・・・・・・い、イイものだわ」

 

 この究極に最高な気分をしっかり伝えようとメモリーからあらゆる言葉を引っ張り出した結果、こんなの陳腐なセリフが口をついて出てしまった。

 あぁ・・・私ってホント馬鹿。

 

「あははは! また、ド直球な感想ね。でも、本当に良い時ってそんな単純な言葉しか浮かばなくなるのかもね。それだけ気に入ってくれたって判断して良いのかな?」

 

「うん、いい! 本当に最高! すっごく気に入ったわ!」

 

「そこまで喜ばれちゃうとなんか恥ずかしくなってきちゃうな~。と、そうそう。これもちゃんと付けてあげないとだよね」

 

 何かを思い出したかのように指揮官はポケットに手を突っ込み何かを取り出した。

 

「酔った勢いとはいえ、もう賭けの景品になんてしたらダメだからね」

 

「ぁ・・・これ! そうだった!」

 

 私の前髪に六芒星の髪留めを付けてくれた事で、私はつい数時間前の大失態を思い出した。

 指揮官からのサプライズを受けて暢気に喜んでいる場合じゃないぞ、マジで。

 

「たしか、M16とモシンナガンに負けて髪留めを持っていかれて、それを取り戻すので指揮官が勝負を挑んでくれたんだったのよね。ここにあるってことは、あの2人に勝ったの?」

 

「もちろん。私はむりやり巻き上げるなんて真似はしないわよ」

 

「よ、よく勝てたわね。指揮官、お酒飲めないんでしょ?」

 

「飲めないっていうか、飲まないっていう方が正しいかな」

 

 その2つの言葉は何が違うのだろうか?

 

「私ってお酒を飲んでも少しも酔わない体質なのよ。お酒って、酔って気分が良くなるのが目的の飲み物でしょう? 酔わない私にとってみたらあんなの苦いし薬臭い水みたいなものだから、わざわざマズいものを飲む意味ないのよ」

 

「へぇ~、そういう体質の人間もいるのね」

 

 そもそも、普段から酔っぱらっている奴と同じくらいテンションが高い指揮官だ。そもそも、

酔う必要も無いのだろう。

 

「じゃあ、甘いお酒とかにして飲むだけ付き合ってあげればいいのに」

 

「あのね、酒飲みってのは自分よりも酒が強い奴がいるって分かるといつでもどこでも絡んでくるようになっちゃうものなのよ。昔、それで嫌な思いして以来、お酒は飲まないようにしてるの。

あと、酔わない副作用なのかお酒飲むと目が冴えちゃってその夜は眠れなくなっちゃうの。それも飲まない理由のひとつかな」

 

 それで珍しくこんな夜更けまで起きていたのか。そういった諸々の事情が分かったので、これからは私も指揮官の面倒回避に手を貸すよう心掛けるとしよう。

 

「そんでさぁ、酒に弱いくせになんで飲み比べ勝負なんか受けたの? 煽られたにしても、普段だったらそんなのにノるあなたじゃないでしょ?」

 

「あぁ、あれは・・・」

 

 本人を目の前にして言うのは恥ずかしくて仕方ないが、巻き込んでしまった以上、誤魔化すわけにはいかないだろう。

 M16とモシンナガンが指揮官が酒を飲めないことを馬鹿にしたような態度だったのが気に入らなかった。それを謝って貰おうと思い勝負を受けた、という旨の説明をすると、指揮官はケタケタと笑いだしてしまった。

 こういう反応をされるのはある程度予想の範疇だが、いざこうなってしまうと顔が熱くなってしまうほど恥ずい。

 

「あんな酔っ払いの言う事を気にしなくていいのに。あの娘達だって、そういうつもりで言った

わけじゃないんだからさ」

 

「うぅ・・・それは分かってたけど、でも我慢できなかったんだもの」

 

「そっかそっか、私の為に勝負を挑んでくれたのか。ありがとうね、ネゲヴ」

 

 恥ずかしくて俯いたままの私を指揮官がそっと抱きしめてくれる。

 ここ最近は色々とあってご無沙汰だった指揮官の柔らかな体の感触、頭を撫でてくれる手の優しさは身体が蕩けてしまいそうなくらい心地よい。

 こういった温かさも和服のサプライズもそうだったが、指揮官は私に沢山のモノをくれる。

そんな指揮官に私は何かお返しできることがあるのだろうか?

 ふと、そう考えたところで大事なことを思い出した。

 今こそ、アレを実行する好機じゃないか! と。

 

「あのね、指揮官。実は、私からも指揮官に贈り物があるの」

 

「私にプレゼント!? ウソ~! 何を用意してくれたの? 超楽しみなんですけど!」

 

 子供のように目をキラキラ輝かせて期待している指揮官を見ると、ちょっと怖気づいてしまいそうになるが、勢いで言ってしまった手前、もう退くことはできない。

 さっき脱いだ上着を拾い、ポケットにしまっていたプレゼントを取り出す。

 

「これ・・・どうぞ!」

 

「なになになに~? なにが入っているのかな~・・・おお? イヤリングだ!」

 

 指揮官の為に私が選んだものは、たまにグリフィン購買エリアに表れる個人のアクセサリー屋で売っていたイヤリングである。

 銀と鉱石を加工した精巧な作りが綺麗で、グリフィンの娘達の間ではちょっと話題になっている店だったので、私も思わず足を運んでみたら目を奪われてしまった次第なのだった。

 

「剣みたいな葉に紫の花が並んでいるのかな? これ、なんていう花?」

 

「グラジオラスっていう花よ。勝利を象徴する花らしくて、指揮官にピッタリかな・・・なんて」

 

「ああ、花言葉っていうやつか。良く知っているわね」

 

 そう、グラジオラスの花言葉は〝勝利〟。私にしては珍しくそんな願掛けをして指揮官の為に

選んだのだ。

 ただ、その裏で〝紫のグラジオラス〟にはまた違った面の花言葉があるのだが・・・それは、

わざわざ指揮官に言う必要は無い事だ。

 

「どうどう? 似合うかな?」

 

 いつの間にかイヤリングを付けていた指揮官が嬉しそうに見せてくる。

 普段、アクセサリーを全く身に付けない指揮官なので、その反動もあって、耳元でゆらゆらと

揺れる紫の石はとても美しく艶っぽく映る。

 

「すごく似合ってるわ。それ、重さとか気にならない?」

 

「まったく問題無し。ありがとう、ネゲヴ。大事にするからね」

 

「うん。私も、指揮官が作ってくれた着物、大切にする」

 

 休暇の最終日は作戦開始に備えての前準備に充てなければならないので、6日目の今日が実質の休暇最終日になってしまう。

 この休暇中に指揮官にプレゼントを渡せて、こんなに嬉しそうな笑顔が見れて本当に良かった。

 これでもう、私の休暇はミッションコンプリートである。

 

「明日はみんなにネゲヴからのプレゼント見せびらかしちゃうんだ~♪」

 

「ちょっと、基地中を見せびらかして歩きまわるつもり? それは流石に疲れるからやめておきなさいよ」

 

「? もしかして、イベントの事を知らない? メールで回ってきたの見てないでしょ」

 

「え? メール?」

 

 確かに、この連休中はメールの確認なんてしていない。

 だって、仕事がお休みなんだから確認の義務なんてないじゃんか! ということで言い訳とさせてもらいたい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 6日目 夜

 

 グリフィン基地内の各棟で四方を囲った中庭。普段は私なんかを含めた教官達の罵声と訓練に

勤しむ娘達の泣き言が飛び交う場所だが、今夜はその装いを一変させていた。

 幾つも並べられた長テーブルには絢爛豪華な料理がズラリと並べられ、一角には10段重ねの

グラスタワーが鮮やかな蛍光色を放っている。

 立食パーティーの装いではあるが、テントが建てられたその下にはテーブル席も用意されていて、持ってきた料理をそこでゆったりと味わうことだってできる。

 普段、この時間は基地内の各地に散らばっている百数十名の戦術人形達だが、今夜は全員この

広大な中庭に集合していた。

 決して強制ではない。みんな、この場を支配している楽し気な空気に引き寄せられて足を運んでくれたのである。

 

「ごきげんよう、ネゲヴ。・・・珍しい衣装を着ていらっしゃいますが、そんなのグリフィンの

ラインナップにありましたの?」

 

「ふふふ、実はこの衣装、指揮官が私の為に作ってくれたのよ。綺麗でしょう?」

 

 着物の裾と帯を翻しながらその場でクルリと一回転。タボールに私の装いを見せびらかす。

 

「まあまあ! 指揮官様お手製の衣装だなんて、羨ましい限りですわ! 私も今度頼んでみよう

かしら?」

 

 案の定、私の着物姿を羨ましがっているタボールだが、私は今タボールが着ているバニー姿も

少しだけ羨ましい。

 やっぱり、そういう悩殺系の衣装も指揮官の眼を惹きつけるためには必要だと思うんだ、うん。

 タボール、ガリルと暫し談笑してから席を離れる。

 

「おぉ~? 副官が珍しい装いしてるって聞いたから来てみれば、これは中々に〝映える〟衣装

だねぇ! 写真撮ってアップしてもいい?」

 

 すると、次はMDR達ブルパップ組に絡まれて・・・といった事をさっきから何度も繰り返し、指揮官からもらった着物はみんなから絶賛の嵐である。

 まるで、ファッション雑誌に載っているモデルになったような感じで、まんざらでもないと思ってしまう。

 

「でしょでしょ? 実はこのイヤリング、ネゲヴがプレゼントしてくれたのよ。グラジオラスっていう花を模していて、花言葉は・・・」

 

 少し離れた場所では指揮官も私と似たような事をしている。

 誓約を交わした者同士、似た者同士ということなのだ。

 

「あら? そろそろ始められるみたいですよ。お食事は一旦止めて、あちらに行きましょうか」

 

「オッケー。私はアレやったことないからさ、95式がやってるのを実況生中継させてよ」

 

「撮影するよりも実際にやった方が楽しいですよ。危ないものではないですから。副官も一緒に

行きましょう」

 

「私は指揮官を拾ってから行くから、お先にどうぞ」

 

 中庭の一角に向けて流れ始めた娘達を見てRFB達も私のもとを離れていく。

 流れに逆らうようにテントまで移動すると、そこでは蒼いドレスを纏ったスプリングフィールドと指揮官がお話の真っ最中であった。

 私の着物だって決して負けていない。負けてはいないのだが・・・どうしたって彼女のドレス姿はサマになりすぎて勝てる気がしないと思ってしまうのは私だけじゃないだろう。

 

「ネゲヴからのプレゼントなのですか? 紫色のグラジオラス・・・ねえ」

 

 スプリングフィールドにもプレゼント自慢をしていたのだろう、指揮官の話を聞いた彼女はちょっと思案に耽るような面持ちを浮かべていた。

 

「もう始まるみたいよ。移動しましょう」

 

「そだね。じゃあ、ネゲヴと先に行ってるから、あとで合流しましょう」

 

 スプリングフィールドはテント席の片づけを少しこなしてから来るという事なので、ここで一旦お別れ。

 先に歩きはじめる指揮官についていこうと足を出した、そんな矢先だった。

 

「ネゲヴ」

 

 スプリングフィールドに肩を叩かれ、小声で呼び止められる。指揮官は抜きの話で、という

雰囲気だ。

 

「何かしら?」

 

「紫のグラジオラス、〝情熱的な愛〟とは随分と乙女チックなところがあるじゃないですか。見直しましたよ」

 

 含みを込めた笑みで言われ、一瞬にして顔がアツアツになってしまう。

 

「そ、そそそそそそれ、指揮官に言った!!?」

 

「もちろん言っていませんとも。これは、私達だけの秘密ですよね。フフフ」

 

 口に指を当てたまま、スプリングフィールドは踵を返して去っていく。

 〝勝利〟という花言葉はグラジオラス全般に該当するもの。そして、花言葉というのは花の色

ごとにまた別のものも割り振られたりする。

 紫のグラジオラスは〝情熱的な愛〟。そう知った瞬間、私はもうこれしかないと即決してしまったのだ。

 そんな事を知っている奴はいないだろうとタカを括ったのが大きな間違いだった。

 この基地には、常識では考えられないような技能を持った人形が1名存在するのを思い知っていたというのに。

 これから先の人生、私はもうスプリングフィールドの言いなりになって過ごしていくしかないのだろう。

 

「顔が真っ赤だけど、どうかしたの?」

 

「いや・・・なんでもないわ。気にしないで」

 

 しかし、そんな先の事を考えていても仕方がない。今だ。人生というのは今を楽しむことこそが大切なのだ。

 指揮官と並んで人形達が集結している一角に到着する。

 みんなが囲んでいるその中心には長テーブルが幾つか並べられ、その上には長さや太さの様々な色とりどりの棒が何百本も置かれている。

 さっきまでの立食会はあくまでもオマケ。今夜はこの棒がメインイベントなのである。

 

「みなさ~ん。まずは私がこの〝花火〟についてご説明させてもらいますね~」

 

 白い着物姿の95式がみんなの前に出て注目を集める。

 

「まず、筒の端に紙が付いていない方が持ち手になるので、こちらを持ってくださいね。そして、紙に火を付けます。導火線のように紙から筒に火が燃え移ると・・・」

 

 95式が手にした筒に火が到達した瞬間、勢いよく火の粉が噴き出してきた。

 それを見て、周囲の娘達から驚きの声が上がる。普段はクールな娘達も、一様に目を丸くして

驚いているのは、遠目に見ていてもちょっと面白い。

 

「火薬が燃えていますので、絶対に人に向けないこと。しばらくして火薬が燃え尽きると火の粉も収まりますので、終わったら水に付けて完全に消火してください。それでは、みなさん十分に注意して思いっきり楽しみましょう。花火大会、開幕で~す」

 

 95式の宣言と共に、まるで鉄血の部隊に襲い掛かるかのような勢いで人形達がテーブルに押し寄せていく。

 

 お目当ての花火を手にした娘達は各々、95式の注意に従って危なくない範囲にまで広がり、

各地では、その名の通りの火の花が七色に咲き誇っている。

 

「ふわぁ~! これ、初めと色が変わってきてすごく綺麗です~」

 

「ねえ、41ちゃん、火をつけたままこうやって回すともっと綺麗だよ! 一緒にやろうよ!」

 

「サイガ、そいつをしっかりと抑えておけ。さぁ、さっき私を盗撮した映像データを渡せ。

綺麗なお肌を焦がされたくはないだろう?」

 

「し、知らない知らない! ドラグノフが鼻からワインを吹き出した画像なんて知らないよ~! アッつ!? 花火を他の人に向けたらダメだって95式が言ってただろう!? 誰か助けて~!」

 

 一部、なにやら危険な様子も見受けられるが、みんな初めての花火に大はしゃぎで良きかな

良きかな。

 私達も傍から眺めてばかりいないで遊びたいところなのだが、いかんせん、大人数がテーブルに押し寄せているような状況だ。花火を取りに入る隙間も見つからない。

 

(ん~・・・でも、見ているだけでもいいかな。綺麗だし)

 

 副官という立場もあるし、傍観を決め込むのもいいかと考えて・・・

 

「ネゲヴ~! こっちこっち~!」

 

 そこで指揮官に呼び掛けられる。

 

「指揮官? いつの間にあんなところに」

 

 つい今しがたまで私の傍に居たと思ったら、会場の隅っこで座り込んで私に手招きをしていた。

 花火の喧騒から少し離れ、指揮官の傍で私も同じようにしゃがみ込む。

 

「みんなに楽しんでもらってるのを見ながらさ、こっちはコレをやりましょう」

 

 言って、指揮官が手に持ったモノを私に差し出す。

 

「? なにこれ?」

 

 長さは15センチくらいだろうか。紙を捩らせた〝こより〟のようなものだ。

 これをやるって、何をどうやるのか私にはさっぱり分からない。

 

「これ、線香花火っていって、れっきとした花火なのよ」

 

「せ、閃光・・・花火?」

 

 まさか、こんな細くて頼りない紙が、火をつけるとフラッシュバンのような閃光を放つとでもいうのだろうか?

 恐るべき、先人達の知恵っ!

 

「その表情、絶対にすごい勘違いしてるわよね。まあ、見てみれば分かるわよ」

 

「待って待って! まだ心の準備が!」

 

 私の事もお構いなしに閃光花火に火を付けようとする指揮官。それよりも数瞬早く、私の防御姿勢が間に合った。

 目をしっかり閉じて耳を塞ぐが、しかし、いつまでたっても閃光の炸裂は感じられない。

 不審に思って恐る恐る目を開けて・・・私は目の前の光景に嘆息を漏らした。

 

「ちょっと地味だけど、すごい綺麗でしょ?」

 

 火を付けたこよりの先端にはオレンジ色の火球が浮かび、その周囲では、まるで小さな爆発でも起こっているように火花が散っている。

 確かに、指揮官が言う通り他のみんながやっている花火より派手さは無い。

 しかし、この宵闇の中で静かに、でも鮮烈な橙色の輝きを放つこの花火に私の眼はすっかり

釘付けにされてしまっていた。

 

「あ、落ちちゃった」

 

 何の前触れもなくポトリと地面に落ち、溶けるように消えていく花火を見て思わず言葉が出てしまう。

 そんな私を見て、にやにやと笑っている指揮官に気付き、恥ずかしさのあまり俯いて誤魔化す。

 

「はい、ここを持って。火を付けるからそのままね」

 

「うん」

 

 言われたように花火を持っていると、再びあの小さな火球が私の前に現れてくれた。

 見ていただけでは分からなかったが、持っていると火花が炸裂する感触が指に伝わってきてちょっと面白い。

 どうなっているのか不思議に思い、近くで見てみようと腕を上げる。瞬間、火球がポトリと地面に落ちてしまった。

 

「え? もう?」

 

「揺らすとすぐ落ちちゃうのよ。長持ちさせるコツは息を殺して身じろぎひとつとらない。狙撃と同じよ」

 

「な、なるほど。花火っていうのは奥が深いのね」

 

 指揮官から次をもらって火を付ける。

 今度は言われた通り、息を殺してジッとしているだけでさっきよりも長い時間花火を見ていられた。

 

「・・・これも火薬なのよね。すごい不思議だわ」

 

 ふと、思ったことが口をついて出てきた。

 すぐ横で指揮官は私の言葉の続きを待って耳を傾けてくれている。

 

「ガンパウダーも爆薬も、私にとって火薬は戦闘の道具っていう認識しかなかった。でも、こんなに綺麗で盛大で、みんなを楽しませるものになるのね。ちょっとビックリした」

 

 例えば95式や64式のように出身によっては花火の存在を良く知っている娘も何人かいるだろうが、ここにいるほとんどの娘は、今夜初めて花火を知ったことだろう。

 そして、殺しの道具として慣れ親しんだものだからこそ、きっとみんな驚いているのだ。

 

「そうね。見方、使い方の問題ってやつね」

 

「使い方の違い。・・・・・・私達もそうなれたりするのかな?」

 

「もちろん、そのために私がいるんだもの。ネゲヴは、そうなりたい?」

 

 ちょっとだけ思考を巡らせて、首を縦に振った。

 彼女に会っていなかったら、私はもしかしたら首を横に振ったのかもしれない。

 ただ、戦闘の効率化を追求するだけのスペシャリストの私だったのなら・・・

 

「よしよし。私に任せておきなさい」

 

 指揮官が肩を抱き寄せてくれたので、それに抗うことなく身体を寄せる。

 せっかく最高記録の大きさにまで育ってくれた花火が落っこちてしまったが、今はもう指揮官の温もりと優しさに浸る方が優先なのでそんなのはシカトである。

 

「来年には鉄血の事件が片付いてて、のんびりとした中で、今いるみんなでまた花火をやりたいわね。こんな塀の中じゃなくて、もっと広~い平原まで出てさ」

 

「ん~・・・それ、なんか死亡フラグっぽい言い方だけど大丈夫かしら」

 

「ネゲヴちゃんはさぁ、せっかく私が綺麗に纏めようとしたのに、どうしてそう水を差すような事を言うかな?」

 

 人形達の姦しい声が響く中、夜は更けていく。

 36時間の後、私たちはまた硝煙に塗れた戦場に赴くことになるが、せめて、それまでの間は

平穏な時を過ごす少女であれ、と全力で日常を楽しむのだ。

 

 

                                  

END

 




ネゲヴちゃんの休暇、最後まで読んでいただいてありがとうございます。
前作、男性指揮官のお話では不遇な扱いだったネゲヴなので、今回は甘々でいこうと決心した
つもりなのですが・・・どうにも、不遇な扱いになっちゃうのはあまり変わらないようですね。
まぁ、お話を考えてる当方のせいなので、お前が言うか! ってところなのですが。

男女2人の指揮官を主軸に置いた、隙の生じぬ二段構えでお送りしている当方のお話ですが、
次回作は男性指揮官編でいこうかな~、と考えています。
何週間か時期を置いてからの投稿になると思いますので、気が向いたらまた足を運んでやって
くださいな。

以上、弱音御前でした~





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