元世捨て人の気ままな旅路(艦隊これくしょん編) (神羅の霊廟)
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プロローグ
プロローグ 異形との出会い


 はい、という訳で性懲りもなく新しい物語の開幕です。新たな世界、新たな仲間、そして新たな家族。二人のドタバタ珍道中はどんな結末になるのやら……


 それでは始まり始まり~





 この世には、様々な物語がある。

 

 

 

 

 

 

 バトル、恋愛、ホラー、冒険、謎解き、日常、その他etc.……。

 

 

 

 

 

 そして物語にこれだけの種類があるように、世界もまた多くの種類がある。

 

 

 

 

 

 

 では、この世界の物語はどうかーー?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「旗艦、大破です!」

 「くっ、そんな……!皆、輪形陣で旗艦を守りながら後退しなさい!」

 

 ここは日本の太平洋側の領海内。その海上では、何やら戦いが起こっていた。戦っていたのは、片や漆黒が目を引く艤装に身を包んだ人形や鯨のような何かが海上を埋め尽くす程に沢山、片や鈍色の艤装に身を包んだ女の子達が数人。それらが艤装の砲から弾を撃ち合い、飛行機を飛ばして戦い合っている。が、戦況は誰が見ても分かるように、数で優位な前者が押している状態だった。後者は旗艦である女の子をやられ、指示もなかなか行き届かない有り様である。

 

 「提督、聞こえますか!?旗艦大破しました!直ちに撤退の許可を!」

 

 旗艦であろう女の子が、インカムのような物で何処かと通信を行う。が、

 

 『駄目だ、撤退は許可できない。そのまま交戦し、敵をその場に足止めするのだ』

 「そんな……!今私達の中で戦えるのはほとんどいません!このままでは全滅します!」

 『そんなの知った事ではない。お前達の役目は、ここで命を賭けてでも深海棲艦共を駆逐する事だ。泣き言は許さんぞ』

 「提督!」

 『くどい!動けんならば、そのまま奴等に特攻でも仕掛ければ良いだろう!貴様らの代わりはいくらでも用意出来るわ!』

 

 そこまで言って通信は一方的に切られてしまった。

 

 「……っ、あの疫病神が!」

 

 通信をしていた女の子は、信じられない命令に通信器を乱暴に切る。その表情は憎悪に満ちていた。

 

 「五十鈴さん、司令官は……?」

 

 その様子に、側に控えていた銀髪の少女が問い掛ける。

 

 「……そのまま特攻しなさい、ですって。私達は、あいつに見捨てられたみたいだわ」

 「そ、そんな……!」

 「……響。あんた達はこの海域を早く脱出しなさい。ここは私が抑えておくわ」

 「な……無茶だよ五十鈴さん!一人でこの大軍を相手するなんて……!」

 「ごめんだけど、もうまともに動けるのは私と貴女しかいないの。でも一人でも多く生き残る事が出来れば、まだ希望はあるわ。早く行きなさい!」

 「……っ、ごめんなさい」

 

 響と呼ばれた少女は五十鈴と呼ばれた女の子に謝ると、近くにいた仲間達と合流し、そのまま後退を始めた。

 

 「響がいれば大丈夫よね。さぁ、ここからが五十鈴の戦場よ……かかって来なさい!」

 

 五十鈴は両手に持った単装砲を構え、迫り来る敵に対し応戦を始めた。突っ込んできた鯨のような見た目の怪物を蹴飛ばし、そこへ至近距離で弾を当てる。更にその後ろから現れたもう一体の怪物にも蹴りを入れ、艤装に付けられた副砲をブチ当てる。弾を当てられた怪物は爆発炎上し、ズブズブと海中へ沈んでいく。

 一方空からは髑髏にも似た見た目の飛行機が爆弾を落とそうと飛んできた。五十鈴はそれを単装砲で次々と撃ち落としていった。しかし飛行機の数は多く、五十鈴一人では焼け石に水。撃ち落としても撃ち落としても、次々と数は増えていった。

 

 「ちっ、やっぱりろくに整備されてない艤装じゃ無理があるわね……!」

 「五十鈴さん!」

 

 とそこへ、後退していた筈の響が中破・大破した仲間と共に戻ってきた。

 

 「響!?あんた後退した筈じゃ……!」

 「……退路を完全に塞がれたよ。もう逃げる事もできない。瑞鳳さん達も私も、被弾して中破や大破だ、もう逃げられるような状態じゃないよ」

 「……万事休すってやつね。けど、ただではやられないわ……!」

 「手伝うよ、五十鈴さん。私も、最後まで戦う」

 「ええ、行くわよ!」

 

 二人はそれぞれの砲を構え飛行機に対して砲撃を行おうとした。その時、空を飛んでいた敵の飛行機が次々と黒煙を上げて墜落し始めた。

 

 「っ!?何!?敵の艦載機が、次々と……!」

 「援軍?いや、援軍が来るにしては早すぎる……五十鈴さんの電探にも反応なし……なら一体……?」

 

 二人が困惑していると、にわかに敵の様子がおかしくなり始めた。しきりに後方を気にし始め、やがて敵軍はそのほとんどが後方に向け進行方向を変え始めた。彼女達への包囲も段々と解け始めている。

 

 「後方で何かあったのかな……?五十鈴さん、どうしますか?」

 「……ひとまず様子を見るわ。私達の包囲を解くという事は、私達の撃破よりも重要な何かが起こったという事かもしれない」

 

 五十鈴はそう言って接近してきた鯨形の怪物を単装砲で撃ち抜いた。

 

 「響。あんたは皆を連れてすぐに撤退できるようにしておきなさい。もしもの時は五十鈴が殿を務めるわ」

 「……了解」

 

 残党と交戦しつつ、五十鈴は敵が向かった方向を気にするのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして残党と交戦し続ける事数十分。苦戦したものの、なんとかその場にいた敵を五十鈴と響の二人で全て倒す事が出来た。

 

 「これで全部かしら……ソナーに反応はなし。海上も至って静かね」

 「五十鈴さん、簡単にだけど皆の治療終わったよ」

 「ありがと。敵が戻ってくる事もあり得るし、私達は急いで鎮守府に戻るわよ」

 「了解」

 「おーい、そこの二人!ちょっと待ってくれないか!」

 

 突然響く声に、二人は砲を声のした方向へ向け警戒した。見るとそこには、

 

 「ふぅ……久々に深海棲艦の相手をしたな。ところでお前達、何処の鎮守府の艦娘だ?」

 

 美しい白髪をポニーテールにまとめ、剣と銃が合体したような武器を持った一人の女性が立っていた。彼女の目は蒼と薄緑のオッドアイになっており、服は何処かの学校の制服のようであった。

 

 「あんた何者?人間?」

 「だとしたら私達のように海上に立てるのはおかしいよ……もしかして新種の深海棲艦かい?」

 「奴等と私を一緒にするな、侵害だ。少なくとも、私はお前達の敵ではない。むしろ奴等から私に攻撃してきたのだ、私はそれに応戦しただけだ」

 「応戦って……あの数を一人でかい!?」

 「それで無傷って……あんた本当に何者!?」

 「私か?そうだな……元人間、と言うべきか」

 

 白髪の女性は、余裕綽々な笑みでそう答えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 そしてこちらは大西洋の中央あたり。

 

 「Hey、ピッド!制空は!?」

 「No!不味いわ、制空権損失ギリギリよ!」

 

 巨大な砲が目を引く艤装をつけた女性と、何やら甲板のような物と銃のような物を身につけた女性が共に戦っていた。彼女達の後方には戦闘で重症を負ったのか、小型の艤装をつけた三人の少女と、三人を守るように立つ甲板のような物を身につけた一人の女の子の姿があった。

 

 「くっ、長かったOperationが終わってようやくHOMEに帰れると思ったのに……!なんでここにこいつがいるのよ!?」

 「アイオワ、そんな事考えてる暇ないワ!援軍を呼ぶalarmは鳴らしたけど、これじゃいつ来るか……」

 「そうね、イントレピッド。Me達でなんとかするしかないワ!」

 

 悪態をつくアイオワという女性とそれを嗜めるイントレピッドという女性。二人は目の前にいるたった一体の怪物の前に翻弄されていた。

 

 「キャキャハハハ!オ前達、ナカナカ楽シメルナァ!モットアタシヲ楽シマセテクレヨォ!!」

 

 その怪物はフードを被った小柄な少女のような見た目であったが、特筆すべきなのはその少女の後ろから伸びた尻尾のような艤装だろう。その尻尾の艤装から少女は弾を放ち、魚雷を撃ち、飛行機を飛ばすのだ。一人三役とも言えそうな器用さに、二人は追い詰められ始めていた。

 

 「キャキャハハハ、モットモットアタシト遊ボウzーーブゲッ!?」

 「!?」

 「What!?」

 

 と、突如怪物少女の顔が弾け、吹き飛んだ。怪物少女はなんとか体勢を立て直し海上に着地する。そして元々自分がいた方向を見ると、

 

 「……随分楽しそうじゃないか。次は俺が相手だ」

 

 そこには漆黒の袴に紫の軽装の鎧を身につけた青年が立っていた。青年は背中に背負った薙刀を抜き、怪物少女にその刃を向ける。

 

 「オ前、誰ダ?……マァ何デモ良イヤ、楽シメレバネ!!」

 

 怪物少女はその青年に飛びかかるが、

 

 「……フッ!!」

 「ボゲラッ!?」

 

 青年はその顔面を鷲掴みにすると、そのまま海面に叩きつけた。そしてそのまま頭を踏みつける。そして少女を引っ張り起こすと、

 

 「そおいっ!!」

 「ビャアアアアアア!?」

 

 自身の後方へ放り投げた。怪物少女は変な声を上げながら彼方へ飛んでいってしまった。それを確認し、青年は置いてけぼりだった二人の女性に近寄る。

 

 「あー……Are you all right?で良いのかな……?」

 「えっと……No problem。ところで貴方は誰?」

 「んー……異形……あー、Variant、かな?」

 

 たどたどしい英語で青年は答えた。

 

 

 

 

 

 

 

 さて、この世界は、どんな物語が待っているのかーー。

 

 

 

 

 




 とまあ導入はこんな感じです。

 質問、意見は常時受け付けてますのでジャンジャン送って下さい。

 それではまた!



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箒ノ章 純白に潜む純黒
艦娘という存在とは


 今作は途中までは2sideからお送りします。まずはこちらから。





 「よっと」

 

 遡る事数分前。五十鈴達が交戦していた海域からそれほど離れていない海上に、ジッパーの形をした裂け目ーークラックが現れた。そしてそこから一人の女性が飛び降りてきた。

 

 「おっと……ここは海上か?」

 

 白髪ポニーテールに蒼と薄緑のオッドアイ。そして見覚えのある白を基調とした制服。そう、篠ノ之箒だ。

 

 「この世界は一体何なのだろうな。なぁ牙yーー牙也?」

 

 箒は返事を求めるが、反応がない。辺りを見回しても、箒以外には誰もいなかった。考える事数十秒、そして箒は一つの結論に至る。

 

 「……もしかして、別々の場所に飛ばされたのか?」

 

 元々二人そろってクラックに飛び込んだのだ。本来なら二人共同じ場所に現れるのが自然だろう。それで離れ離れになってしまったというのなら、それ以外には理由はない。

 

 「念話も反応なし。かなり遠くに牙也はいるようだな……仕方ない、ひとまず陸地を探すか」

 

 当てもない状態を理解した箒は、取り敢えず上陸の為陸地を探す事に決めた。早速背中から蔦を伸ばし、レーダーの如くピコピコ動かす。

 

 「……向こうは微かに潮の香りが薄い。取り敢えず向かってみるか」

 

 そしてある一方に目をつけ、その方向へ海面を走り出した。

 

 

 

 

 

 そうして走る事数分、

 

 「む?」

 

 箒の目の前に何やら見覚えのある怪物が現れた。それは鯨のような見た目で、巨大な口からは砲が見え隠れしていた。それが全部で十体ほどいる。が、箒にはまだ気づいていないようだ。

 

 「こいつは確か、『深海棲艦』……という事は、この世界には『艦娘』がいるのか?」

 

 『深海棲艦』ーーそれは突如海から現れた厄災。漆黒を基調とした体や艤装に、鯨や人形の姿を持つ。神出鬼没に現れては海を行く船等を手当たり次第に沈めていく。その目的は依然として不明。

 『艦娘』ーーそれは突如海から現れた希望。かつての世界大戦において活躍した軍艦の特性を持ち、様々な艤装を用いて深海棲艦と戦う少女、ないしは女性達。こちらも何故現れたかは依然として不明。

 箒は以前牙也と共に艦娘と深海棲艦が存在する世界を訪れた事があり、一応はそれらの事を理解していた。

 

 「真偽を確かめねばならんが……まずはこれを突破せねばな」

 

 箒は剣と銃が合体したような見た目でマスカットの意匠を凝らした武器『マスガンド』を取り出すと、目の前の敵へ向けて海面を走り出した。そして手前で大きく足を踏み込み、

 

 「とうっ!」

 

 大きく跳躍した。そして空中から敵に向けてマスガンドの銃弾を次々と放った。駆逐艦達はようやく気づいたのか砲を向ける。が、それよりも早く銃弾が駆逐艦達の眉間あたりに着弾し、爆発。銃弾を受けた駆逐艦達は十体全て沈んでいった。

 

 「ふむ、まぁ駆逐艦程度ならこんなものか。さて、先を急ごう」

 

 駆逐艦の残骸をその場に残し、箒は海面を更に走り抜けていった。

 

 

 

 

 

 

 その後も箒は次々と深海棲艦と接敵し、その度に撃破していった。駆逐艦をはじめ軽巡洋艦や重巡洋艦、空母に戦艦。様々な種類の深海棲艦が箒の行く手を塞ぐが、箒の前には壁にすらならなかった。向かってくる敵艦を、箒は次々と撃ち抜き、斬り捨て、叩き潰していった。時にやって来る魚雷は海面を斬り裂くという離れ業で対処し、空母がとばしてくる飛行機は、飛行機より高空からクラックを使って無花果型の手榴弾『イチジグレネード』を大量投下する事で纏めて吹き飛ばす等、予想もしなかった方法で切り抜けていく。あまりの無双ぶりに、終いには恐慌状態に陥り逃げ出す艦も現れる程であったという。

 

 「よし、粗方片付いたか。先を急ごう」

 

 それでいて箒本人は疲れている風でもなく、むしろ余裕綽々で、しかも無傷なのだから、どれだけ彼女が強くなっているかが良く分かる。

 

 「まだ陸地は見えんなぁ……私はだいぶ沖合に降り立っていたのだろうか……ん?」

 

 引き続き箒が陸地を目指していると、遠目に誰かが見えた。数えるに六人はいるだろうか。その内ツインテールの女の子と銀髪の少女の二人は動けるのか、残りの四人を曳航する為に紐で互いの体を結んでいた。

 

 「艦娘か?見覚えのある者もいるが、取り敢えず……おーい、そこの二人!ちょっと待ってくれないか!」

 

 箒は急いでその二人を呼び止めた。と、その二人は振り向くと同時に艤装の砲を箒に向けてきた。かなり警戒している様子だ。

 

 「……ふぅ、久しぶりに深海棲艦を相手したな。ところでお前達、何処の鎮守府の艦娘だ?」

 

 箒は二人の艦娘であろう女の子達に問い掛ける。

 

 「あんた何者?人間?」

 「だとしたら私達のように海面に立てるのはおかしいよ……もしかして新種の深海棲艦かい?」

 

 深海棲艦扱いされ、箒は少しムッとした表情になる。

 

 「奴等と私を一緒にするな、侵害だ。少なくとも、私はお前達の敵ではない。むしろ奴等から攻撃を仕掛けてきたのだ、私はそれに応戦しただけだ」

 

 箒が説明すると、二人は驚いた表情を見せる。

 

 「応戦って……あの数を一人でかい!?」

 「それで無傷って……あんた本当に何者!?」

 「私か?そうだな……元人間、と言うべきか」

 

 箒は余裕綽々の笑みでそう答えた。二人は顔を見合わせて呆然とするばかり。

 

 「それよりも、彼女達を早く連れて帰った方が良いのではないか?大怪我していると見えるが」

 「……はっ!?そうだったわ、急がないと……!」

 

 二人は我に返り、急いで曳航用の紐を引っ張る。しかしツインテールの女の子は三人分の紐をくくりつけているせいか、思うように前に進まない。

 

 (重そうだな。これではいつ陸地に辿り着けるか分からぬ……私も手を貸すか)

 

 箒は早速背中から蔦を沢山伸ばし、その三分の二を使って 大きめの籠のようなものを作り上げた。そして曳航されている四人を纏めて残りの蔦で持ち上げ、籠の中に寝かせた。急に起こった出来事に、またもや二人は驚き呆然となる。

 

 「これで良し。四人は私が連れて帰ろう、二人は周辺の警戒を頼む」

 「え、えぇ……」

 「……本当に、貴女は何者なんだい?」

 「言っただろう、元人間だと。さ、敵の援軍が来る前に戻らなければ。案内してくれ」

 

 納得いかない表情の二人だったが、ともかく四人の安全を優先すべきと考えたのか、先行して進んでいく。箒もまたそれについて行くのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 こうして海を進む事数時間。ようやく三人は鎮守府の港へ辿り着いた。そこは陸上にポツンと建物が二つ三つほど建てられただけの小さな島であった。

 

 「はぁ、ようやく戻ってこれたわ……」

 「生きて帰ってこれたのが不思議なくらいだね」

 「ふむ。ところでお前達。この子達は何処へ連れて行けば良い?」

 

 箒は蔦の籠に寝かされた四人を指差して聞く。

 

 「向こうに修理ドックがあるわ、そこへ運んで。響、補給がてら案内してあげなさい」

 「了解。五十鈴さんは?」

 「私はあいつへの報告が必要なの、補給したら執務室に行くわ」

 「そう、か……気をつけて」

 「五十鈴だったか、私はどうすれば良い?」

 「四人を運び終わったら貴女も執務室に来てちょうだい。詳しい説明に貴女が必要なの、行き方は鎮守府内に地図がいくつかあるからそれを頼りにして」

 「分かった、ではまた後で」

 「えぇ。響、お願いね」

 「了解。こっちだよ、ついてきて」

 

 

 

 

 

 

 

 「ここだよ。さ、皆を運びいれて」

 

 修理ドックのある建物に到着した箒は、響の招きで中へ入る。そこには通常の物よりやや大きめの風呂が四つあった。

 

 「ここに一人ずつ寝かせれば良いのか?」

 「そうだよ。後は妖精さんが全部してくれるから」

 (妖精?)

 

 箒が不思議に思いながら四人を艤装を付けたままの状態で風呂ーーいや修理ドックに寝かせると、何処からともなく小人のような何かが数人現れて、ドックをうろちょろし始めた。そして力を合わせて四人から艤装を外し始めた。

 

 「なるほど、この小人みたいなのが妖精か」

 「……!妖精が見えてるのかい?」

 「あぁ、見えてるが……そんなに珍しいのか?」

 「うん。私達艦娘は、この子達ーー妖精との繋がりが不可欠なんだ。けど、妖精は常人には絶対に見えない。見えるとしたら、それは提督の素質がある人だけなんだ」

 「つまり妖精が見えてる私は……」

 「そういう事だね。さ、後は私と妖精さんでやるから、貴女は五十鈴さんのところへ行って」

 「そうだな。では頼むぞ、響」

 「了解……あれ?私名前は教えて……」

 「さっき五十鈴と名前で呼び合っていただろう」

 「あぁそっか。じゃあ貴女は?」

 「……箒だ。篠ノ之箒」

 「分かった。じゃあ箒さん、また」

 「あぁ」

 

 箒は五十鈴と合流する為修理ドックを出ていった。それを見送り、響はその場に一人座り込む。

 

 (篠ノ之箒さん……彼女には妖精が見えていた。もしかしたら、これからの私達の力になってくれるかもしれない……)

 

 「瑞鳳さん、隼鷹さん、龍田さん、文月。もうすぐだよ」

 

 響はドックに寝かされた四人にそう優しく声をかけるのだった。

 

 

 

 

 

 

 「さて、執務室は……と、ここか」

 

 ドックを出た箒は、そのまま執務室へ直行した。あまり五十鈴を待たせるのも失礼だと考えたからだ。五十鈴の言っていた通り、内部に張られていた地図を頼りにして執務室前までやって来た箒は、早速中へ入ろうとドアをノックしようとした。その時、

 

 『この愚か者が!!』

 

 何かを叩く音が執務室内から響いた。同時にに何かが倒れる音も聞こえる。

 

 (取り込み中か?)

 

 『誰とも知れぬ輩に助けられただと!?馬鹿も休み休み言え!深海棲艦共と戦えるような奴など、貴様ら以外に誰かいるというのか!おめおめ逃げ帰って来ておいて、言い訳がそれか!?』

 『五十鈴はこの目で見た通りの事を話してるだけよ……信じられなければ、本人から聞けば良いじゃない……!』

 『貴様ァ!』

 

 中から五十鈴の声ともう一人、男と思われる怒号が響く。そしてまた何かを叩く音。

 

 『しかも勝手にドックを使いおって!いつワシが使用許可を出した!?』

 『ドック使わないといけないくらいの重症たったのよ!?使用許可なんか待ってられないわよ!』

 『貴様等の怪我なぞほっといても治るだろう!必要ないわ!』

 『まだ分からないの!?そんなんで治るように五十鈴達の体はできてないのよ!』

 『この、まだ言い訳を並べるかぁ!』

 

 (……これは、そろそろ止めなければな)

 

 五十鈴が危険と判断した箒は、意を決してドアをノックした。

 

 コンコンコンーー

 

 『誰だ、こんな時に!』

 『っ、多分、五十鈴が連れてきた客よ……ここに来るよう伝えてたの……入って』

 『貴様、勝手に……!』

 

 五十鈴の許可が出たので、箒は室内へ入った。

 

 「失礼するぞ」

 

 室内に入ってすぐ、箒は室内の様子に渋い表情を見せた。

 室内はきらびやかな装飾や調度品で豪華絢爛に飾り付けられ、正面の壁には誰とも知らぬ巨大な肖像画が存在感を示すように置かれている。床は高級と見てすぐ分かる絨毯が敷かれており、そこには顔を叩かれたのか頬が腫れた五十鈴が倒れていた。そして正面の机にもまた多くの調度品が置かれ、机の横には白い軍服を着た40代とおぼしき小太りの男が立っていた。

 

 「五十鈴、大丈夫か?」

 

 その男を無視し、箒は五十鈴に近寄る。五十鈴の周りは叩かれた際にぶつかってしまった為なのか、机の上に置かれていたのであろう書類が沢山散らばっている。

 

 「えぇ、大丈夫……殴られただけよ、これぐらい何ともないわ」

 「頬が腫れているぞ、早く治療した方がいい」

 「お気遣いありがと」

 「フン、化け物に治療だと?そんな物必要ないわ!どうせすぐ治るのだ、ほっといても問題なかろうて!ほれ、さっさと書類の続きをやらんか!」

 

 軍服の男は喚き散らし、五十鈴の腕を掴んで無理やり立たせようとする。がそれは箒の手刀によって阻まれた。

 

 「何をする、貴様ァ!このワシを誰だと思っている!?」

 「部下の扱い方も知らんばかりか部下に仕事を押し付けるような、無能を地で行く哀れな男」

 

 喚く男を箒はバッサリと切り捨てた。

 

 「で、五十鈴。こいつは何だ?」

 「これでも五十鈴達の司令官よ。親の七光りって分かる?」

 「なるほど、それだけでよく分かった」

 「そんな説明があるかァ!ワシはこの宿毛湾鎮守府司令官の亜道義治だぞ!ひれ伏せぃ!」

 

 亜道という男は箒に向かって更に喚く。が箒は意にも介さず、未だ五十鈴を気にかけている。

 

 「くそっ、このワシを散々無視しおってーーむ?」

 

 と、亜道はふと箒の隅々を観察し始めた。そして観察が終わると舌なめずりをする。

 

 「五十鈴、貴様はもう下がれ。ワシはこの女に話がある」

 「はぁ?仕事はどうするのよ?」

 「そんなもの明日で良いわ!とっとと下がれぃ!」

 「はぁ……分かったわよ」

 

 五十鈴はフラフラ立ち上がり、箒の横を通って執務室を出ていく。

 

 「全く、いつもワシに口答えしおって……化け物が。貴様、とっととそこへ座れ」

 

 亜道はブツブツ言いながら箒に座るよう促し、執務室備え付けのキッチンへと消えていく。心底イラッとしながらも、箒はそれを必死に隠しながら客用のソファに座った。

 

 (目が眩しい……豪華絢爛過ぎて逆に酔うぞ……)ウップ

 

 部屋の豪華さに箒が気分の悪さを覚えていると、亜道がキッチンからカップに淹れた紅茶を持ってきた。それを箒の前に乱暴に置く。そして自身もソファにドカッと座り込んだ。

 

 「ふん、奴の客と言うが、貴様は何者だ?場合によっては……」

 「貴様は部下を助けてもらっておいて礼の一つも出来ないのか?礼儀の一つも知らないとは、呆れるな」

 

 箒の一言に亜道はたじろぐが、

 

 「ふん、あれはワシが『使ってやってる』だけだ、部下などではない。故に礼など必要ないのだよ」

 「なるほど、つまらん屁理屈か。聞くだけ無駄たったな」

 

 箒は呆れた表情で出された紅茶を飲む。

 

 「で、私が何者かだったな。一言で言えば、私は深海棲艦の敵だ」

 「ほぅ。ではあの数の深海棲艦を倒したというのは貴様の事か」

 「そうだ」

 「なるほどなるほど。ならば聞こう、ワシらと共に奴等深海棲艦と戦わんか?一人でずっと戦い続けるのはちと無理があろうて」

 「断る」

 

 亜道の誘いを箒は速攻で断った。

 

 「何故だね?ワシらと共に戦えば、すぐに奴等などこの世界から駆逐出来よう」

 「残念だが、私は信用出来ぬ者の近くで戦う気はないのでな」

 「何?貴様、ワシが信用出来ないと言うのか?」

 「出来ん。そもそも彼女達に対する扱いも雑を通り越して下手くそな奴の下でなど、私は戦いたくない」

 「ハッ、化け物の扱いなどあれで充分よ!むしろワシらに使ってもらえる事を奴等は感謝すべきだ!」

 「なるほど。ならばますます貴様と共に戦うのが嫌になった」

 

 箒は非常に不機嫌であった。あまりにも自分勝手で、かつ自分こそ正しいと思い込んでいる目の前の男に、箒は嫌悪感しか沸かなかった。

 

 「貴様、もしやあの化け物共に情が沸いているのではあるまいな?」

 「情?」

 「知らぬようだから教えてやる。奴等は深海棲艦と同じ化け物よ。人間の姿をしていようとも、その中身は人間とは違う。やろうと思えばワシら人間など一捻りできる化け物よ。そんな奴等を、何故ワシら人間と同等に扱わねばならん?」

 

 箒は亜道の言葉を静かに聞き、そして考えていた。

 

 「フッ、ワシの正論に言葉も出んか。まぁあんな化け物に情の沸く阿呆だ、理解できる筈もないか」

 

 亜道が得意げにしていると、

 

 「ならば一つ聞いて良いか?」

 

 ここで箒が口を開いた。

 

 「フッ、今のワシはすこぶる機嫌が良い、なんでも答えてやるぞ?」

 

 亜道のその言葉に、箒はため息を吐きながらこう問い掛けた。

 

 

 

 

 

 

 「もし仮にあの者達が化け物だとしよう……それならば、その化け物を好き勝手に扱える貴様等は、あの者達と同じ化け物ではないのか?」

 

 

 

 

 

 




 いかがでしたか?質問、意見は常時受け付けてますのでジャンジャン送って下さいね。



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今すべき事は

 第二話、箒sideです。




 「……なんだと?」

 

 箒からの質問に、亜道は目を鋭くした。

 

 「貴様……ワシ等提督の事を奴等化け物と同列に扱うというのか!?」

 「化け物を使役できるのは所詮化け物だけだ。力も持たぬただの一般人が化け物を支配・使役する事など不可能だろうに。貴様が言うように艦娘が化け物ならば、必然的に化け物を使役できる貴様ら提督もまた化け物という事になるぞ?」

 「ワシ等提督は人間だ、化け物ではないわ!力も持たぬただの人間だぞ!」

 「力ならあるだろう、艦娘を思うままに使役できる、という力がな。まぁ所詮後付けの力だが」

 「屁理屈を……!」

 「あぁ、屁理屈だな。だが事実だ」

 

 箒は更に踏み込んで言う。

 

 「お前は一つ勘違いをしている。お前は先程『自分達が艦娘を使ってやってる』と言ったな?訂正してやろう、『自分達は艦娘にこき使われている』とな」

 「なんだそれは……!?ワシ等があの化け物共より劣っていると言いたいのか!?」

 「劣っているではないか。深海棲艦を倒すだけの力もなく、艦娘達の力を借りなければどうにもならない程の雑魚だ。しかもその艦娘にも力で勝てないのだぞ?劣っていると言われて当然だろう」

 「貴様……!海軍と海軍に仕える提督全員を侮辱しているのか!?」

 「侮辱?何を馬鹿な。貴様のような勘違いをしている馬鹿がいるから、海軍も提督も馬鹿にされるのだ」

 「グググ……貴様ぁ!!」

 

 亜道は遂に我慢ならなくなったのか、執務机から拳銃を出して箒に向けた。

 

 「今の言葉を訂正しろ!そして土下座して謝罪しろ!」

 「まったく……口では勝てないと分かれば、次はそれか。つくづく愚か者だな、貴様は」

 「愚か者は貴様の方だ!海軍と提督を堂々と

馬鹿にしおって……!逆らったらどうなるか、思い知らせてやる!」

 

 箒は呆れた表情を見せたまま、亜道が何をしようとしているのか観察し始めた。

 

 「動くなよ!動けば貴様はこの拳銃で死ぬ事になる!死にたくなければ無駄な抵抗は止める事だな!」

 「……それだけか?」

 「ふん、随分と余裕だな……その余裕がいつまでもつかな?」

 

 亜道は意味深な含み笑いを見せる。

 

 「何が言いたい?」

 「ふん、分からぬならば教えてやろう。貴様に出した紅茶にはな、痺れ薬を混ぜていたのよ!いずれすぐに貴様の体は痺れて動けなくなる!その時こそ、貴様は後悔する時よ!ワーッハッハッハッハ!」

 

 亜道は勝ち誇った笑い声をあげる。が、箒の表情に絶望や恐怖はない。それにイラついたのか、亜道は拳銃を向けたまま箒に近寄る。

 

 「……貴様、随分と余裕綽々な表情だな。死ぬのが怖くないのか?」

 「怖いとも。誰だって死ぬ事に恐怖くらいはするものだ」

 「ならば何故そのように余裕を見せられるのだ?」

 「教えてやろうか?」

 

 そう言うと、箒は亜道の拳銃を持った腕を掴むと、そのまま自身が座っていたソファに引き倒し、亜道にのし掛かった。更に拳銃を奪い取って亜道の頭に押し付けた。

 

 「ば、馬鹿な……!貴様、痺れ薬入りの紅茶を飲んで、何故普通に動ける……!?」

 「あの程度の痺れ薬など私に効くものか、馬鹿め。それに痺れ薬の存在など最初から気づいていたわ」

 「な……!?」

 「貴様が私を見る目は、はっきり言って下品極まりなかった。故に、何か不都合が起こった時の為に手を打つだろうと予想していたが……ここまで雑な策とはな」

 

 箒は呆れながら亜道の首根っこを掴み、執務室のドアに叩きつけた。そして拳銃を亜道に向けた。亜道に向けたその目は侮蔑と怒りに満ちていた。

 

 「今度は私の番だ……今すぐここから消え失せろ。さもなくば、貴様は永遠の眠りにつく事になる」

 「ひ……!」

 「三秒待ってやる。失せろ。はっきり言って貴様は目障りだ……今すぐ消えろ!!」

 「ひ……ひいいいいいいい!!」

 

 亜道は泣きわめきながら執務室を飛び出していった。箒にビビって漏らしてしまったのか、床はびちゃびちゃに濡れていた。

 

 「愚か者め」

 

 箒はそう言い捨てて拳銃を元の場所に戻し、改めてソファに座り直す。そして「はぁ……」とため息をこぼした。

 

 「やってしまった……つい出来心とは言え、ここの提督を追い出してしまった……私の馬鹿!」

 

 よくある『よく考えず行動してから後悔する』パターンである。箒は心中「どうしたものか……」と頭を抱えた。

 

 「……取り敢えず掃除か」

 

 心を落ち着かせる為、箒は取り敢えず掃除をする事にしたのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 こうして掃除する事十分、執務室はすっかり綺麗になった。

 

 「勢い余って部屋全部掃除してしまったな……まぁ元々汚かったから良いか」

 

 ソファで一息ついていると、ふと執務室の机に箒の目がいった。そこには大量の妖精達が机の上から箒を観察していた。

 

 「……どうかしたのか?」

 

 箒が妖精達に問い掛けると、妖精達はふよふよと箒の近くまで寄ってきた。そして彼女の目の前に整列した。ざっと五十人はいるだろうか。

 

 「アナタガアタラシイテイトクサン?」

 

 その中から作業服を着た妖精が進み出て箒に聞いてきた。

 

 「いや、そういう訳ではないが……」

 「デモボクタチノコトガミエテルンダヨネ?」

 「まあな。こうやって話も出来るし」

 「ジャアアタラシイテイトクサンデマチガイナイネ!ミンナ,コノヒトガアタラシイテイトクサンダヨ!」

 『(ノ≧∀≦)ノ』ワーイ

 (えぇ……)

 

 唐突に提督認定され困惑する箒。が、妖精達はそんな事露知らず、喜びの舞をしている。

 

 「テナワケデナニカメイレイシテ!」

 「う……」

 

 妖精達から好奇と期待の目線を向けられ、箒は困惑を更に深めていく。

 

 (命令と言われてもな、具体的に何を命じれば良いのかさっぱり……だがこの目線に耐えるのは……)ウーン

 

 少し考えて、箒は「よし」と決心して言った。

 

 「……取り敢えず、鎮守府を全体的に掃除してくれないか?ここもそうだったが、だいぶ汚く感じたからな。それと、誰か五十鈴か響あたりをここに呼んで来てほしい」

 「リョウカーイ!サァミンナ,シゴトダシゴトダ!」

 『オー!』

 

 妖精達は箒の命令を受けて次々と執務室を飛び出していく。と、先程の妖精が立ち止まって言った。

 

 「ホウシュウハナニカアマイモノデオネガイネ!」

 

 そう箒に言うと、妖精Aも出ていった。妖精達がいなくなり、箒はまたため息をこぼした。

 

 「私は単に牙也を探しに行きたかったのだが……どうしてこうなった……?」

 

 完全に自分のせいである。

 

 「はぁ……取り敢えず甘い物、か。チョコレートとかで大丈夫だろうか?」

 

 何処かに買いに行こうかと箒が立ち上がると、頭上からクラックが開く音がした。顔をあげると、天井に小さめのクラックが開き、そこから何かが投下された。箒がキャッチすると、落ちてきたそれは板チョコと金平糖だった。

 

 「随分とまぁ都合良く……ありがたく使わせてもらうがな」

 

 箒はそれらを机に置いておき、誰かが執務室に来るのを大人しく待つ事にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 待つ事数分ーー

 

 「箒さん、響だよ。入って良いかい?」コンコン

 「来たか。入って良いぞ」

 

 執務室にやって来たのは響の方だった。

 

 「五十鈴はドックか?」

 「うん。代わりに私が来たんだけど……それで、何かご用かな?」

 「あー、実はな……」

 

 箒はこの短い時間で何が起こったのかを響に話した。

 

 「なるほど、それでさっき司令官が泣きわめきながら鎮守府を逃げ出してたんだ……」

 「本当はこんなつもりではなかったのだがな。が、やってしまった物はどうにもならん……それでどうしたものかとな」

 「妖精さん達から聞いたよ、新しい司令官としてここに着任するんだって?」

 「そうと決めた訳ではないのだが……」

 「でももう決まっちゃってるみたいだよ?さっき妖精さん達が申請書を大本営に提出しに行ってたし」

 「仕事が早過ぎないか!?というかそんな事して大丈夫なのか!?」

 「問題ないよ。だってあの司令官は近い内にここから別の鎮守府に移る事が決まってたみたいなんだ」

 「なんでそんな機密を知ってるんだ……」

 「秘書艦してたからね」

 

 響は執務机の書類の束から一枚の書類を引っ張り出して箒に見せた。それは亜道の異動に関する内容を記した書類だった。

 

 「それに大本営は、貴女みたいな妖精の見える人を長らく探し続けてるんだ。多分ここから逃げ出しても、威信を賭けて探し続けると思うよ」

 「どういう事だ?」

 

 箒が聞くと、響の表情は暗くなった。

 

 「……最近、各地に着任させる司令官の質の低下が問題視されていてね。今着任している司令官のほぼ全員は、妖精が見えない軍人ばかりなんだ。後は妖精の見える一部の軍人と、同じように妖精が見えるだけの一般人なのさ。ちなみにあの司令官は一般から提督になったボンボンだよ」

 「堂々とボンボン呼ばわりするか……というかそれ、色々と不味くないか?」

 「不味いなんてもんじゃないよ。私達艦娘は妖精との繋がりーーコミュニケーションが不可欠。勿論司令官もね。けど、妖精が見えないとコミュニケーションが取れないから、任務や戦闘に少なからず影響が現れるんだよ」

 「軍のいろはを知るが妖精と話せぬ軍人と、軍のいろはを知らぬが妖精と話せる一般人が提督として深海棲艦に立ち向かう……この世界、本当に大丈夫なのか?」

 「深海棲艦との戦いが始まってもう十年以上になるけど、はっきり言ってしまえば……全然大丈夫じゃない」

 

 響の表情は曇っていた。

 

 「提督の数を補う為に、大本営が妖精の見える一般人を提督としての教育課程をすっ飛ばして次々各地に着任させたものだから、何処も深海棲艦とまともに戦える状況じゃなくて、各地の戦線は崩壊寸前なんだ。ショートランド近辺、トラック諸島等、主要な泊地は既に壊滅してしまって、このままじゃ本土も危ういよ」

 「げ……」

 「しかも、大本営でも内輪揉めが起きてて……」

 「内輪揉め?」

 「簡単に言えば、戦力の分散だよ」

 

 響の表情は更に曇る。

 

 「今日本にある四大鎮守府ーー横須賀・舞鶴・呉・佐世保。ここに着任してる歴戦の艦娘達を各地に分散させて、戦線維持に務めようって案が元帥から出てるんだけど……四大鎮守府全部がそれに反対しててね」

 「何故だ?歴戦と言うのだから相応の実力はあるのだろう?戦線維持が目的なら、何の問題もないと思うが」

 「『彼女達はこの日本本土を守る最終兵器。易々と前線に出す訳にはいかない』ってさ。他の鎮守府のほとんどもそれに反対してて、思うように進んでないのが実情だよ」

 「……国の存亡に関わる時に、戦力の出し渋りとは。何を考えているのか……」

 「しかも更に厄介なのが、四大鎮守府の艦娘達もその案に反対してるんだよ」

 「艦娘もか!?」

 

 思っても見なかった事に、箒は思わず声を張り上げてしまった。

 

 「同じような理由を付けて、自分達から進んで前線に出撃しようとしないんだ……お陰で前線で戦ってるのは、私達みたいな新人ばかり。それで士気が、戦果が上がると思うかい、箒さん?」

 「上がるものか!まったく、奴等はどこまで盲目なのだ……!これでは滅びを待つのと同義ではないか……!」バンッ

 

 箒は怒りのあまり机に拳を打ち付けた。響もまた悲しそうな表情を見せる。するとその時、けたたましくサイレンが鳴り響いた。

 

 『緊急放送、緊急放送!鎮守府近海に深海棲艦の群れが接近!戦闘可能な艦娘はすぐに出撃せよ!繰り返す、戦闘可能な艦娘はすぐに艤装を付けて出撃せよ!』

 

 「なんだって!?戦力が少なくなってるこんな時に……!」

 「響、今戦える艦娘はどれだけいる?」

 「それが……私と五十鈴さんだけだ」

 「二人だけなのか!?さっきドックに運んだ四人はともかく、他にはいないのか!?」

 「後の皆は長期遠征に行ってるか、修理や出向と言った目的でここを離れてる。今から帰投しても、確実に間に合わないよ」

 「他の鎮守府からの援軍は!?」

 「……期待できない。近くの鎮守府も艦娘がカツカツ状態で、とても援軍を出せる余裕はないんだ」

 「そうか……」

 

 箒はため息をはくと、クラックを開いて中から双剣『ライムラッシュ』を取り出した。

 

 「……私が出る。響は五十鈴と共にここの守備を頼む」

 「一人で行くのかい!?無茶だ、私もーー」

 「お前達は帰投したばかりで体調は万全ではない。そんな状態で戦っても、足手まといになるだけだ」

 「足手まといって……」

 「心配するな。私は必ず生きて戻る、約束だ」

 

 箒はそう言って響の頭を帽子の上から軽く撫でてあげると、執務室の窓から飛び降りてそのまま海へと走り出す。そして堤防から海面に着地すると、沖合いへと駆けていった。響はそれを心配そうに見送る。

 

 「響、敵が攻めてきたわ!私達も出撃をーー響?」

 

 そこへ五十鈴が駆け込んできた。五十鈴は響の様子がおかしい事にすぐ気づいたが、響は「分かってる」と言うと艤装装着の為五十鈴と共に工廠に向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 「えっ!?箒さんが一人で!?」

 

 工廠に着いてすぐ艤装を装着した五十鈴は、響から事情を聞いて酷く驚いた。

 

 「箒さんから私達にここを守るよう言われたけど……心配だから私も箒さんの後を追いかけようと思うんだ。どうかな?」

 「うーん……でも鎮守府を守る人が五十鈴以外にいなくなるんじゃあねぇ……」

 「あ……そうか、そうだったよ」

 

 響は箒の言った事の真意をようやく理解した。

 

 「信じて待つのが良、かしら……心配だけどね」

 「そう、だね。心配だけど」

 

 二人はいの一番に駆けていった箒の無事を祈った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 鎮守府から十数キロの沖合い。箒は双剣を構えて佇んでいた。その目線の先には、100を優に越える数の深海棲艦が見え始めていた。

 

 「……来たか」

 

 箒は双剣を構え直し、数多の敵を見据える。と、先頭を進んでいた敵駆逐艦が砲撃を仕掛けてきた。それを皮切りに、他の深海棲艦も次々と砲撃・雷撃を仕掛けてきた。

 

 「さぁ……殲滅の時間だ」

 

 箒はオッドアイを蒼と薄緑にそれぞれ光らせ、深海棲艦の群れに突撃した。

 

 

 

 

 

 その時、確かに海は突風と共に震撼したーー。

 

 

 




 いかがでしょうか?

 質問・意見は常時受け付けてます、お気軽にどうぞ。




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貴女は何者?

 第三話、箒sideです。






 箒が深海棲艦の群れと戦闘を始めて数時間後ーー

 

 

 「ハァ……ハァ……皆、急いで!」

 

 箒が戦闘を始めた場所から数キロ離れた海上を、ドラム缶や小型の船のような物を持って急ぐ艦隊があった。

 

 「ハァ、ハァ……あ、阿武隈さん、待って下さい……!他の皆がついてこれてません!」

 「あ、あれ?」

 

 阿武隈と呼ばれた女の子が振り向くと、後ろについて来ていた筈の数人が、だいぶ遠くにいた。焦りすぎて置いて行きそうになっていたのだ。

 

 「あ……ご、ごめんなさい!ありがとね、朧ちゃん」

 「いえ……とにかく、皆が追い付くまで待ちましょう」

 

 こうして待つ事幾ばくか、残りの艦娘が追い付いた。

 

 

 

 「ごめんなさい!皆を置いて行っちゃって……」

 「大丈夫ですよ、阿武隈さん。でも必死になると周りが見えなくなるところ、早く直した方が良いですね」

 「うぅ……面目ないです」

 「まぁまぁ三日月。こういうところあっての阿武隈さんなんだから」

 「松風さんは気楽で良いですね。それよりも海風さんと山風さんは?」

 「もうすぐ追い付く筈ーーあ、来た来た」

 

 「ほら山風、頑張って」

 「うぅ……海風姉、重たいよぉ……」

 「鎮守府まであと少しよ、私も少し持ってあげるから頑張って、ね?」

 「うん……がんばる……」

 

 「良かった、ちゃんと追い付いて来たね」

 「鎮守府まであと少しですよ~、頑張りましょう、山風さん!」

 「うぅ……ごめんなさい、ついて来れなくて……」

 「最初は皆そうだよ。山風ちゃんは最近来たばかりなんだし、これから頑張れば良いんだよ。多分」

 「多分なんだ……あれ?」

 

 ここで阿武隈が海面に何かが浮いているのを見つけた。周囲の安全を確認しながら近づくと、それは何やら真っ黒く硬い鉄板のような物だった。

 

 「これ、まさか深海棲艦の……?」

 「そうですね、多分。それにしても……何ですか、この残骸の山は?」

 

 朧が指摘した通り、周辺には深海棲艦の装甲と思われる残骸が山ほど散らばっていた。中には砲のような物や魚雷のような物が残骸に混じっている。

 

 「お姉ちゃんからの通信だと、この辺りで深海棲艦の気配が途切れたって言ってましたけど……」

 「一体誰がこんな数の深海棲艦を倒したんだろうね?気にならないかい?」

 「何処かの鎮守府から援軍が来てくれたのでしょうか?」

 「多分ないよ。このご時世、援軍を出せる余裕なんてどこもない筈だから」

 「じゃあ誰が……山風?どうしたの?」

 「……」ブルブル

 

 何やら山風の様子がおかしい。何かに怯えているようだ。

 

 「あっち……誰か、いる……怖い、怖いよぉ……」ブルブル

 「あっち?」

 

 山風が震えながら指差した先は、一際残骸が多く積もっている場所だった。しかし今いる場所からは誰かがいるようには見えない。

 

 「怖いよぉ……怖いよぉ……」

 「だ、大丈夫よ!お姉ちゃんがついてるから!」

 「阿武隈さん、どうしますか?」

 「うーん……山風ちゃんがこうなっちゃった以上、ここにいるのは危険かも。それより早く鎮守府に戻らなきゃね……あれ、また通信?」

 

 阿武隈が鎮守府への帰還を決めた時、鎮守府から通信が入ってきた。

 

 「もしもし?」

 『あ、繋がった繋がった。阿武隈、今どの辺りにいるの?』

 「あ、五十鈴姉さん。今なら鎮守府まであと数キロの所だけど……」

 『そう。なら一つ頼まれてくれないかしら?』

 「良いけど、何をすれば良いの?」

 『今阿武隈達がいる辺りに、白髪ポニーテールの女の人がいる筈なのよ。その人を鎮守府まで連れて帰って来てくれない?』

 「良いけど……その人誰なの?」

 『五十鈴達の恩人よ。五十鈴の名前を出せば大人しくついて来てくれると思うわ』

 「わかった、探してみるね」

 

 通信を終え、阿武隈は周囲を見回す。が、五十鈴が言っていた特徴の人の姿はない。

 

 「阿武隈さん、五十鈴さんは何て?」

 「うーん、なんか連れて帰って来て欲しい人がこの辺りにいるらしいんだけど……白髪ポニーテールって、誰なんでしょう?」

 「思い当たる人がすぐに浮かばないね。取り敢えず探すかい?」

 「そうだね。松風ちゃん、朧ちゃん、三日月ちゃんは周辺を探して。それらしき人がいたら連れて来てくれない?あたしは海風ちゃんと山風ちゃんといるから。あ、資材は私達が持っとくから」

 「分かりました」

 

 朧達三人は捜索の為思い思いに散らばっていく。残った阿武隈と海風は、未だに怖がって涙目の山風を優しく慰めながら捜索をするのだった。

 

 

 

 

 

 「それにしてもこんなに沢山の残骸、結構な数の深海棲艦が迫ってきてたと見るべきだね」

 

 多くの残骸が浮かぶ海面を縫うように捜索する松風。軽口を叩きながらも、その目は鋭かった。

 

 「この数を相手して、しかも殲滅……余程歴戦を体験した艦娘なのかな?果たして……おや?」

 

 ふと耳をすませると、山となった残骸の向こう側からジャブジャブと何かを洗う音がする。松風は息を殺し、最低限静かに音のする方へと進んでいく。そして残骸の陰から覗いてみると、そこには下着姿で制服を洗う箒の姿があった。海水で制服をジャブジャブと洗い、深海棲艦の真っ黒い血をできる限り落とす。そして海水を吸った制服をバサバサと上下に振って水切りをする。

 

 (……白髪ポニーテールだね。彼女がそうなのかな)

 

 松風は引き続き観察する。と、箒は空中に小型のクラックを開くと、そこへ洗った制服を上下とも投げ込んだ。そしてクラックに手を突っ込むと、新しい制服を上下取り出して着替えた。着替え終わると、今度は海水で自身の顔を洗い始める。

 

 (え、なんだ今の?裂け目みたいな、穴みたいなのを開いて……誰なんだ、彼女は?)

 「私に何か用でもあるのか?」

 「っ!?」

 

 松風が気づいた時、目の前にいつの間にか箒が立っていた。思わず松風は距離を取って砲を構える。

 

 (な……!?あの一瞬で僕に近づいたって言うのかい!?本当に何者なんだ……!?)

 「……お前は、艦娘か?」

 「……そうだけど、お姉さん何者だい?ただの人間には見えないけど」

 「まぁ人間ではないな。かといって、深海棲艦でもないし……」

 「ふぅん……あ、そうだ。お姉さん、五十鈴さんを知ってる?」

 

 と、松風は阿武隈が五十鈴としていた会話を思い出して箒にそう聞いた。

 

 「五十鈴?お前は五十鈴と同じ鎮守府の艦娘か?」

 「知ってるんだね、それなら話が早いよ。五十鈴さんに貴方を連れて帰って来て欲しいって頼まれたんだ」

 「そうか、五十鈴が……分かった、案内頼む」

 「任せて……あ、いけない。僕達は海面を走れるけど……」

 「心配するな、私も同じ事ができる」

 

 そう言うと箒は自らも海面の上に立って見せた。あり得ない光景に、松風の目は点になる。

 

 「……本当に何者なんだい?」

 「ハッハッハ……化け物だ、所詮はな」

 

 そう言うと箒はさっさと歩き出す。松風は少しの間ポカンとしていたが、

 

 「……あ、ちょっと待ってよ!鎮守府の場所分からないのに先に行ったら駄目じゃないか!」

 

 箒が先へ先へ進んでいくのに気づいて慌てて追い掛けていった。

 

 

 

 

 

 その後二人は同じく箒捜索をしていた朧、三日月と合流した。朧も三日月も、海面を普通に歩く箒の姿に開いた口が塞がらない状態だった。取り敢えず阿武隈達と合流する為、四人は元来たルートを戻っていく。と、四人が進む方向から砲の音が響いてきた。

 

 「砲撃音……まさか阿武隈さん達ですか?」

 「接敵してるのかも……急がなきゃ!」

 「貴方はここで待っててーーあ、ちょっと!?」

 

 松風が止めるより早く、箒は砲撃音の鳴り響く方向へ走り出していた。置いていかれた三人も慌てて箒を追い掛けていく。

 

 

 

 

 

 

 「もぉぉ!生き残りがいるなんて聞いてないんですけどぉ!?」

 

 その阿武隈は、目の前の深海棲艦ーー『戦艦ル級』と呼ばれる個体を相手に一人で戦っていた。海風は未だ怖がって戦えない山風を守っており戦闘に参加出来ず、阿武隈はル級を砲撃で自身に引き付けながら一人で戦わざるを得なかった。

 

 「グゥ……セメテ、オ前ダケデモ……!」 

 

 とは言え、ル級は前の戦闘での傷が癒えていないのか、艤装はボロボロで余裕を持って戦える状態ではなかった。それもあってか、阿武隈とル級の戦闘は拮抗していた。

 

 「絶対にやらせないんだから!」

 

 阿武隈の14cm単装砲から次々と砲弾を放ち、更に隙あらば魚雷を投げて当てにいく。一方機動力に差がある為か、はたまた傷が癒えていない状態故か、ル級の砲撃はなかなか命中しない。

 

 「グギギ……軽巡ハ無理カ、ナラバ!」

 

 阿武隈に肉薄するのは不可能と見たのか、ル級は艤装を海風と山風に向けた。

 

 「駆逐艦一体ダケデモ!」

 「海風ちゃん!山風ちゃん連れて逃げて!」

 「は、はい!山風、こっち!」

 「で、でも資材が……!」

 

 助けに行くのは間に合わないと見た阿武隈は海風に逃げるよう叫ぶ。

 

 「また取りに行けば良いわ!早く!」

 「う、うん……!」

 

 海風は山風の手を取り急いでその場から離れる。とその時、ル級が主砲を派手に撃ち放った。

 

 「ぴゃっ!?」

 「山風!?駄目っ!」

 

 砲撃の音にびっくりしたのか、山風がその場にうずくまってしまった。海風は慌てて山風を庇うように覆い被さる。そこへル級の放った砲弾が雨のように降り注いできた。砲弾が次々と海面に着弾し、爆発が起こる。

 

 「海風ちゃん、山風ちゃん!!くっ、このぉ!」

 

 阿武隈はル級へ主砲と魚雷をありったけ放った。放たれた砲弾と魚雷は次々とル級に命中。

 

 「グゥ……!ダガ一矢、報イタ、ゾ……」

 

 それで力尽きたのか、ル級は爆発しながら沈んでいった。

 

 「海風ちゃん、山風ちゃん!」

 

 阿武隈は急いで着弾地点へ駆け寄った。未だ爆煙の残る中を必死になって二人を探す。と、煙の中で何かにぶつかり阿武隈は思わず尻餅をついてしまった。

 

 「いたた……なんですか、これ?」

 

 やがて爆煙は徐々に晴れてきた。阿武隈が目を凝らして見ると、そこには何やら透明なバリアのような物があり、バリアの向こう側には箒が立っていた。その後ろには、海風と山風が何が起こったのか理解できないといった表情で箒を見ていた。着弾の瞬間に箒が海風と山風の二人を庇い、バリアを張って砲撃を防いだのだ。箒は危険がなくなった事を確認すると、張っていたバリアを消して海風達に手をさしのべる。

 

 「大丈夫か?」

 「は、はい……」

 「そうか。後ろの子も大丈夫のようだな、良かった」

 「ち、ちょっとぉ!あ、貴女一体何者なんですか!?」

 

 阿武隈は箒を見て慌てて砲を向けて警戒する。

 

 「私の事は後で良いだろう。それより彼女達だ」

 「あ、海風ちゃん、山風ちゃん!大丈夫!?」

 

 言われて阿武隈はハッとなり、急いで二人に駆け寄り無事を確認した。無事だった事にホッとした阿武隈は、改めて箒に向き直る。

 

 「貴女が二人を助けてくれたんですね……すみません、砲を向けちゃって」

 「いや、構わんさ。警戒して当然だ、お前の行動は正しい」

 「でも……あれ?白髪ポニーテール……もしかして貴女が、五十鈴姉さんの言ってた……」

 「姉さん?お前は五十鈴の妹なのか?」

 「あ、はい!長良型軽巡洋艦の末っ子、6番艦の『阿武隈』と言います!」

 「そうか。さっき同じ事を聞いてきた駆逐艦がいたが……おぉ、あれだ」

 

 箒が指差した先には、箒を追いかけてきた松風、朧、三日月の三人がいた。

 

 「松風ちゃん、朧ちゃん、三日月ちゃん!」

 「やっと見つけたよ……まったく、勝手に動かないで欲しいなぁ」

 「それはすまん事をしたな。だが緊急事態だったのだ、許してくれ」

 「はぁ……まぁ良いですが。阿武隈さん、多分五十鈴さんが言ってたのはこの人ですよね?」

 「うん、多分そう。すみませんが、阿武隈達が鎮守府まで案内するので一緒に来てくれませんか?」

 「あぁ、勿論」

 

 するとふと箒は海風と山風に目を向けた。海風は大丈夫そうだが、山風は箒が怖いのか海風の後ろに隠れて震えていた。時々顔をちょっとだけ出すが、箒と目が合うとすぐに隠れてしまう。

 

 「すみません、この子はとても怖がりで……ほら山風、ちゃんとお礼は言わなきゃ、ね?」

 

 海風が山風にそう優しく諭すと、山風は怯えながらゆっくりと顔を出した。

 

 「あの……えと……あ、ありが、とう……ござ、います……」

 「どういたしまして。怪我はしていないか?」

 「」コクリ

 「そうか。痛かったらすぐに言うのだぞ」

 

 箒は優しくそう言うと、山風の頭を優しく撫でてあげた。撫でられた頭を恥ずかしそうに抑え、山風は再び海風の後ろに隠れる。

 

 「それじゃ、鎮守府までご案内します。ついて来て下さい!」

 「あぁ」

 

 無事だった資材を持ち、阿武隈達は一路鎮守府を目指すのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 「やれやれ、一時はどうなるかと思ってたけど、良かったわ」

 

 執務室の通信機を切り、五十鈴はホッと息を吐く。鎮守府防衛の為、響と共に近海で待機していた五十鈴だったが、戦闘したのは精々箒が撃ち漏らした潜水艦数体のみ。それも五十鈴の高い対潜能力によって瞬時に発見され、瞬く間に轟沈させられた。これ以上は敵が来ないとみた五十鈴は、近海警備を終わらせた後鎮守府に戻り、遠征から帰還途中の阿武隈に通信を繋ぎ、箒の回収を頼んで今に至る。

 

 「箒さんがいてくれて良かったよ。私達だけだったらどうなっていたか……」

 「帰ってきたら沢山お礼してあげなきゃいけないわね。響、手伝ってくれる?」

 「да(了解)」

 

 響がロシア語で返事したその時、

 

 「貴様等ぁ!あの女は何処に行った!?」

 

 執務室のドアが勢い良く開け放たれた。そこに立っていたのは、箒にボロクソに叩かれ逃げ出した筈の提督『亜道義治』と、数十人はいるであろう武装した男達であった。

 

 

 

 

 

 




 いかがでしょうか?質問・意見は随時受け付けています、作者まで気軽にどうぞ。


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着任決定なのです

 第四話 箒sideになります。




 「……」

 「……」

 

 五十鈴は不機嫌そうに、響は少し心配そうな表情で目の前のソファに座る男ーー亜道義治を見る。亜道は拳銃を持ったままイライラした表情で座っている。また彼と五十鈴達の周りには、複数人の男がアサルトライフルを持って待機している。亜道達が乗り込んできてから、既に数時間が経過していた。

 

 「遅い……!まだ戻らんのか、あの女は!?」

 「仕方ないでしょ、遠出してるんだから。すぐには帰って来ないわ」

 「貴様になど聞いておらんわ!まったくあの女め、儂に恥をかかせおって……!」

 

 亜道はイライラを隠す事なく、自らに恥をかかせた女ーー箒が来るのを待つ。その周りには、亜道の部下であろう数人の男がアサルトライフルを持って五十鈴達を囲うように待機している。と、

 

 「……帰ってきたみたいだよ」

 

 響のその一言に亜道が執務室の窓から身を乗り出すと、港に阿武隈達遠征部隊と箒の姿を見つけた。

 

 「おい、そこの白髪の女ァ!」

 

 亜道が大声で箒に向けてそう叫ぶと、箒は忌々しそうな表情で執務室の窓に目を向けてきた。

 

 「……ちっ、また奴か。性懲りもなく……何の用だ?」

 「喧しい!儂は貴様に用があるのだ、さっさと上がってこい!」

 

 亜道の言動に怒りを露にしながら、箒は両足に力を込め、大きく跳躍した。そして執務室の窓枠に着地しそのまま中へ入る(ちなみにこの鎮守府の執務室は三階にある)。そこでふと外を見ると、阿武隈達がアングリ口を開けて呆然としていた。

 

 「お前達、ボケッとしてないで艤装や資材を降ろしてきたらどうだ?」

 

 箒に大声でそう言われ、阿武隈達は慌てて資材を倉庫に運び込んでいく。それを見送り、箒は亜道に目を向けた。

 

 「さて、今度は仲間を連れて来たか」

 「そうだ!前回は儂一人だったからこてんぱんにやられたが、複数人なら貴様も抵抗は出来まい!」

 

 亜道は得意げに胸を反らす。一方箒はと言うと、「やれやれ」といった表情で亜道を見ていた。

 

 「……お前は実力の差という物がまだ分からんのか?」

 「分かっておらんのは貴様の方だ!この光景を見よ!貴様は一人、しかし儂には仲間がおる!勝敗は歴然としておるわ!」

 

 再び得意げに胸を反らす亜道だが、箒の顔には少しも焦りはない。それどころか暢気に欠伸すらできる程の余裕っぷりであった。それが亜道の怒りを加速させた。

 

 「……貴様は命知らずの馬鹿なのか?この状況を見て欠伸などと……諦めて自棄になったか?」

 「いや……やはり貴様は実力の差も分からん無能なのだと思うと、な」

 「……ほぅ?これでもその減らず口が叩けるか!?」

 

 そう叫んで亜道は周りの男達に合図を送る。すると男達は五十鈴達を押し退けて前に進み出て、箒にアサルトライフルの銃口を一斉に向けた。

 

 「箒さん!」

 「お前達は引っ込んでおれ!女、大人しく儂に屈服せよ。そうすれば許してやらんでもないぞ?」

 「断る。貴様のような犬畜生にも劣る輩に下げる頭はない」

 「そうか。ならば今ここで死ね!」

 

 亜道が手を高々と上げると、周りの男達の持つアサルトライフルが火を噴いた。箒に向けて多量の銃弾がばら蒔かれる。

 

 「箒さん!」

 「ちょっとあんた達、止めなさいよ!」

 

 二人が止めようとするが、数人の男に突き飛ばされそのまま制圧された。その間にもアサルトライフルからは銃弾が止めどなく放たれていく。やがて弾切れを起こすまでアサルトライフルが撃ち尽くされ、男達はライフルを下ろす。箒が立っていた窓は穴だらけになり、ガラスも粉々であちこち煙が立ち込める。

 

 「ふん、儂に逆らった報いよ!おい、さっさとこやつの体を何処かへ捨てに行け!」

 

 亜道に命令され、男達は煙の中へ入っていく。と、突然男の一人が天井まで吹き飛ばされた。天井と床を交互にバウンドし、最後は床に叩き付けられて気絶する。

 

 「な、なんだ!?」

 

 亜道が驚いて煙の方を見ると、煙の中から次々と男達が吹き飛ばされてきた。壁に叩き付けられたり、天井に頭からめり込んだり、窓ガラスを突き破ってそのまま落ちていったりして、男達はそのほとんどが戦闘不能になった。亜道と五十鈴達、それに彼女達を制圧した男達が呆然としていると、

 

 「だから言っただろう……実力の差に気づけと」

 

 服の汚れを払いながら箒が煙の中から出てきた。銃で撃たれた筈の体は全くの無傷で、その左手に気絶した男の首根っこを掴んでいる。それを投げ捨て、箒はズカズカと五十鈴達を抑える男達に向かっていく。

 

 「このっ!」

 

 男の一人が殴りかかってくるが、箒はそのパンチを華麗に避け、その首筋に当て身をして気絶させた。その次に襲ってきた男にはカウンターで上段蹴りを叩き込み、その次の男はパンチを受け止め裏拳で意識を刈り取った。そのまま五十鈴達に近寄り、その体を起こしてあげた。

 

 「怪我はないか?」

 「え、えぇ。大丈夫だけど……貴女強過ぎでしょ」

 「」コクコク

 

 五十鈴は心中を正直に話すが、箒は「そうか?」と首を傾げるばかり。その周りには箒に叩きのめされた男達が転がっている。

 

 「あ……あ……馬鹿な……!?儂自慢の最強ボディーガードだぞ……!?元格闘家や軍人もいたのだぞ……!?それが、全滅……!?」

 

 一方ボディーガード全員を全滅させられた亜道は思いもしなかった結果に呆然とするばかり。

 

 「さて……後は貴様だけか」

 「ひっ!?」

 

 五十鈴と響の無事を確認した箒は、残った亜道に目を向ける。目をつけられビビる亜道に、箒はズカズカと歩み寄り、どこから取り出したのか刀を抜いて亜道に向けた。

 

 「さて、貴様に選択肢を与えてやる。ここでくたばるか、尻尾巻いて逃げるか……選べ」

 「ひ、ひぃ……!」

 「ストップ,ストーップ‼️」

 

 とそこへ、甲高い声を響かせて何かが箒を止めに入った。

 

 「?誰だ?」

 「アーヨカッタ,ギリギリマニアッタヨ」

 

 目を凝らして見ると、それは箒が一番最初にであったあの作業服の妖精であった。手には何やら封筒のようなものを二つ持っている。

 

 「ひっ!?ふ、封筒が、浮いて……!?」

 「おぉ、最初に会った妖精か。何故止める?」

 「ココハオンビンニスマセナイトダメ‼️アタラシイテイトクサンヲ,コンナコトデテバナシタクナイモン!」

 「私情が入ってないか?」

 「キノセイキノセイ。ソレヨリモ,ハイコレ!」

 

 妖精Aはそう言って持っていた封筒を一つは箒に、もう一つは何が起きているのか理解できていない亜道に渡した。いきなり封筒が自身に飛んできた事にビビったのか、亜道はまた「ひっ!?」と小声で叫ぶ。

 

 (奴は妖精が見えていないのか?妖精が見える故に提督になったと聞いたが)

 

 亜道の反応に疑問を持ちつつ、箒は封筒を開封して中の書類に目を通した。それには、箒を少佐としてこの宿毛湾泊地の提督に任命する旨の文章と、元帥のサインがあった。

 

 「正式な任命状か。というかここ(宿毛湾泊地)から大本営までかなりの距離があっただろう、いくらなんでも速すぎないか?」

 「エット……ソコハヨウセイドクジノギジュツッテコトデナットクシテ?」

 「はぁ……で?そっちの封筒はなんだ?」

 

 箒は亜道に渡された封筒を指差しながら聞く。

 

 「アァ,アッチハソコノオジサンノツギノイキサキダヨ。タシカクレチンジュフニイドウダッタハズ……」

 「なるほど。おい、さっさと正気に戻って封筒の中身を確認せんか」

 「ぴいっ!?」

 

 もはやトラウマなのか、箒の剣幕にビビった亜道は慌てて封筒を開けて中の書類を読む。

 

 「わ、儂が呉鎮守府へ……?日付は、明後日……?」

 「以前から決まってた事だよ、貴方は書類を一つも読んでなかったから知らなかったみたいだけど」

 「そ、そうか……儂の仕事ぶりが評価されたか……!ハハハ、これで儂も出世ルートに乗れるという事だ……!」

 「……駄目だ、聞いてないね」

 「そうね、都合の良い事しか頭に入ってこないみたいだわ」

 

 五十鈴と響は呆れた表情で亜道を見ている。

 

 「よし、そうと決まれば早速準備をせねばな!こらお前達、さっさと起きんか!引っ越しの準備だぞ!」

 

 亜道は気絶していたボディーガード達を叩き起こし、箒達には目もくれず意気揚々と去っていった。

 

 「……駄目だな、あれは」

 「でしょうね」

 「だろうね」

 「騒ぐだけ騒いで詫びの一つもなしか。心底腹立たしいな」

 「オイダセタカラヨシ!」

 

 「ちょっとぉ!?何ですか今の銃声は!?」

 「のんびり酒も飲めやしないよぉ。執務室で砲雷撃戦でもあったのかい?」

 

 するとそこへ阿武隈が騒ぎを聞き付けて執務室に飛び込んできた。更に彼女を追ってもう一人、ワインレッドのブラウスと狩衣風の上着、それに緋色のズボン袴の女性が瓢箪を持って執務室に飛び込んできた。

 

 「そんな訳ないでしょ、隼鷹。て言うかあんたもう晩酌してるの!?」

 「硬い事言うなよぉ、五十鈴ぅ。小皺が増えるぞ?」

 「誰のせいよ!?」

 「五十鈴さん、ドウドウ。隼鷹さん、ほかの三人はどうしたんだい?」

 「瑞鳳は艦載機の整備、龍田は文月を寝かしつけてるよ。この後暇なのあたし一人だし、晩酌したって良いじゃん」

 

 隼鷹と呼ばれた女性はヘラヘラ笑いながら瓢箪の酒を呷る。

 

 「という訳で、あたしが止めたんですけどこの有り様で……」

 「はぁ……まったく。新しい提督が来るっていうのに、呑気なものね」

 「新しい提督?提督が代わるんですか?」

 「そりゃ良いねぇ!あたしあいつ大嫌いだったんだよぉ!で?その新しい提督ってのはどこよ?」

 「あんたの目の前よ」

 「え?」

 

 五十鈴に指摘され、隼鷹は目の前にいた女性ーー箒を見た。箒はムスッとした表情で隼鷹をジロジロ見る。その表情を見た隼鷹の顔は一気に青ざめ、酒による酔いもまた急速に冷めていく。

 

 「えっと……新しい提督さん?」

 「あぁ」

 「新しい艦娘じゃなくて?」

 「違う」

 「……なんでキレてんの?」

 「お前が原因だバカタレ!!」

 

 堪忍袋の尾が切れたのか、箒は隼鷹の顔面を右手で鷲掴みにすると、指に力を込めて圧迫した。

 

 「あばばばばばばば!?」

 「うわぁ……あのアイアンクロー凄い痛そう……」

 「まぁ100%隼鷹さんが悪いし、ほっといて良いんじゃないかな」

 「えっと……御愁傷様です」

 「ちょっと見てないで助けてーーあばばばばばばば!?」

 

 そのまま約10分ほど、隼鷹はアイアンクローを受け続けるのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 「で?私はこれから何をすれば良い?」

 

 10分後。アイアンクローによって気絶した隼鷹を投げ捨て、箒は五十鈴にそう聞いた。

 

 「今日は特にないわ。全員との顔合わせは明日に回しましょう」

 「今日は色々あったしね、皆疲れてるだろうし」

 「分かった。ならば取り敢えず夕飯にするか、皆何が食べたい?」

 「夕飯?」

 「何だい、それ?」

 「え?」

 「え?」

 「え?」

 「え?」

 

 箒の問いに首を傾げる三人。少し考え、箒は自身と彼女達に認識の齟齬がある事を理解した。

 

 「ふむ……ならば質問を変えよう。お前達は食事はするのか?」

 「食事……聞いた事はあるわね。人間とかの動物は食事しないと生きていけないって」

 「でも私達は艦娘だよ?本当に必要かなぁ?」

 「しかし酒は嗜むのだろう?そこで潰れてる奴のように」

 

 箒は未だ気絶中の隼鷹を指差して聞く。

 

 「まぁそうだけど……味のしない安酒だよ?」

 「隼鷹さんは気に入って呑んでますけど、あたし的にはブッブーです」

 「そうか。まぁ物は試しだ、食事をしてみると良い」

 「でもーー」グキュルルル

 

 途端の静寂。

 

 「……穴があったら入りたいわ///」

 「まぁまぁ五十鈴さーー」グキュルルル

 

 再びの静寂。

 

 「……流石にこれは恥ずかしいな///」

 「二人揃って元気な腹の音だな。待ってろ、簡単な料理でも出してやる」

 『言わないで!!///』

 「あ、あはは……」

 

 恥ずかしさのあまりソファの後ろに隠れてしまった二人に苦笑しつつ、箒は執務室備え付けの小さなキッチンに向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 そうして待つ事15分。

 

 「できたぞ。取り敢えずお粥とうどんだ、付け合わせはお粥が梅干し、うどんはネギだ」

 

 いきなり派手な料理は腹がびっくりすると見、箒はお粥とうどんを調理してきた。それらを机に置き、お箸を脇に置く。

 

 「さぁ、どちらか選ぶと良い」

 「私はお粥にしようかしら」

 「それなら私はうどんかな」

 「あたしもうどんにします」

 「では私はお粥で、隼鷹はーー早く起きろ!」ベシッ

 「ほべっ!?」

 

 隼鷹を叩き起こし、箒は三人に座るよう促す。

 

 「それではいただきまーー」

 

 食事の挨拶をしようとしたその時、執務室のドアが砲撃のような衝撃で吹き飛び、お粥とうどんを置いていた机が衝撃につられてひっくり返った。お粥やうどんを入れたお椀が盛大にひっくり返り、辺りにお椀の破片と共に散らばる。

 

 「あらぁ~?貴女、今何をしようとしてたのかしら~?」

 

 破壊されたドアを跨いで入ってきたのは、紫かがった黒髪が特徴で、背中に箱のような形の艤装を背負い、手には薙刀を持った艦娘だった。

 

 

 

 

 

 

 

 



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着任なのです

 第五話、箒sideです。




 「あらぁ~?見覚えのない方がいるわね~、どちら様ですか~?」

 

 執務室のドアを破壊して現れたその艦娘は、薙刀を頭上で回転させながら狂気とも見てとれる笑みを見せる。

 

 「龍田!?あんた何してんのよ!?」

 「あら~、そこにいる方が毒でも食べさせようとしてるんじゃないかって思っちゃって~、ついついやっちゃったわ~」

 「やっちゃったじゃないですよぉ!見て下さい、隼鷹さんを!」

 「あちぃぃぃぃぃ!なんであたしばっかりこんな目にあわなきゃいけないんだよぉぉぉぉぉぉ!」

 

 箒からアイアンクローを食らい、気絶した後に拳骨で叩き起こされ、挙げ句の果てには龍田の乱入でお粥やうどんを頭から被る羽目になった隼鷹。運は高めの筈なのに、何故……。

 

 「あら~、ごめんなさいねぇ。ところで五十鈴ちゃん、この方はどちら様~?」

 

 龍田と呼ばれた艦娘は、執務室にぶちまけられたお粥やうどん、お椀の残骸を静かに見つめる箒を指差して聞く。

 

 「新しいここの提督よ。それよりもあんた、五十鈴達の心配よりも自分の心配したらどう?」

 「え~?それどういう意味ーー」

 「おい」

 

 声を掛けられ龍田が振り向くと、その肩に手を置きながら箒が自身を見ていた。満面な笑みの裏に濃密な殺気を込めて。

 

 「ぴっ!?」

 「ここに新しく着任した提督として貴様に命ずる……今すぐ破壊したドアや机、散らかしたお粥やうどんにお椀を片付けろ。貴様一人でな」

 「は……はい……」

 

 箒の圧に気圧され、龍田は大人しく床の片付けを始めた。「フン」と息を吐いて箒が辺りを見回すと、五十鈴と阿武隈は同じく殺気に気圧されたのか提督用執務机の後ろに隠れており、隼鷹は怯える響を守る態勢をとっていた(頭にお粥やうどんを被ったままなので格好つかなかったが)。

 

 「あぁすまん、驚かせてしまったみたいだな。食べ物を粗末にする奴が大嫌いなのでな、私は」

 「そ、そう……」

 「やれやれ……流石に今の空気では食事など出来たものではないな。また明日で良いか?」

 「あ、はい……あたし的にはそれでOKです……」

 「では皆は部屋に戻ってゆっくり休め。隼鷹はシャワー浴びておくのだぞ。それと龍田だったか……貴様は執務室を綺麗に片付けてから部屋に戻れ、もしサボれば分かってるな?」

 「イ、イエスマム!」

 

 綺麗な敬礼で返事し、龍田は掃除を再開する。その後ろを通って五十鈴達は執務室をそそくさと出ていった。

 

 (ごめんね龍田、今回ばかりはフォロー出来ないわ)

 (後で死に水すくいに来ますから!)

 (……この人には絶対逆らわないようにしよう、うん。艦娘として働けなくなるばかりか、あたしは命すら危なくなる)

 (……頑張って下さい)

 

 心の中で龍田の無事を祈りながら。

 

 

 

 

 

 

 

 「ふぅ……たった一日だと言うのに、一週間のように感じたな」

 

 それから約30分後。掃除を終えた龍田に軽い説教をしてから部屋に帰した箒は、ソファに倒れ込むように座った。

 

 「しかしまさか私が提督業務をやる事になるとはな……こういうのは牙也の方が様になるだろうに」

 

 元々指示を出すタイプでなく指示を受けて動くタイプの箒。トップとして部下に命令する立場になんとなく違和感を覚えていた。今までも箒は行動を起こす際、牙也から様々な命令を受けて動いていた。故に何をすれば良いのか、どのような命令をすれば良いのか、分からない事だらけだった。

 

 「はぁ……艦娘達から色々学ばなければな。さぁ、明日から忙しくなるぞ!」

 

 自身に喝を入れ、明日からの毎日に思い馳せる箒であった。

 

 

 

 

 

 

 

 次の日。

 

 「フッ!フッ!」

 

 時刻は午前4時過ぎ。鎮守府にも朝日が当たり始めようとしていた頃、日課の竹刀の素振りを行う箒の姿が鎮守府玄関前にあった。少しのブレもない綺麗な姿勢で行われる素振りは、まさに一つの芸術にも感じられた。

 

 「998……999……1000!」

 

 実に千回の素振りを終え、箒は一息つく。竹刀をその場に置き、首に下げたタオルで汗を拭く。微かに差す朝日に照らされた健康的な肌が、彼女の美しさを際立たせている。

 

 「あら箒さん、おはよう」

 

 その声に振り向くと、運動着に着替えた五十鈴がいた。

 

 「五十鈴か、おはよう。察するに、朝早くのジョギングか?」

 「ええ、日課なのよ。箒さんは?」

 「私も日課の素振りだ。さっき終わったがな」

 「そう……」

 

 そう返す五十鈴の視線は、箒の体の一部分に向けられていた。服の下から、これでもかと激しい主張をしている胸だ。

 

 「気になるか?」

 

 その胸を両手で持ち上げながら箒が聞く。

 

 「ええ、まぁ……五十鈴も自信あるけど、それには勝てないわ」

 

 同じように自身の胸を両手で持ち上げながら五十鈴が答える。

 

 「充分だろう、その大きさで。私が異常なだけだ」

 「そうなんでしょうけど……その胸+モデル顔負けのスタイルの良さってズルくない?」

 「スタイルに関しては『運動してたから』としか言えんな。胸は……察してくれ」

 「苦労してるのね、貴女も……」

 

 辺りを静寂が包む。

 

 「……よし!この話はもう終わり、もう止め!」

 「そうね、これ以上は不毛だわ。それじゃ一時間ほど走ってくるわ」

 「気をつけてな」

 

 ジョギングを始めた五十鈴を見送り、箒はシャワーを浴びる為部屋に戻っていった。

 

 

 

 

 

 

 部屋まで後少しと言ったところで、箒は部屋のドアの前に誰かが立っているのに気づいた。

 

 「あれは……確か松風だったか?それともう一人……」

 「松風ちゃぁん……本当に大丈夫なのぉ?」

 「大丈夫だよ、ふみちゃん。前の人に比べたら良い人だからね、それに僕もついてるから」

 

 松風ともう一人、膝まである茶髪をポニーテールにまとめ、黒セーラーを着た艦娘がいた。黒セーラーの艦娘は松風の後ろにしがみつくように隠れており、少し怯えているようにも見えた。

 

 「僕が先に入るから、ふみちゃんは僕について入ってね」

 「う、うん……分かったよぉ」

 「よしよし……さて、箒さん起きてるかい?」コンコン

 「こっちだ、松風」

 

 少し遠くから箒が声を掛けると、松風が気づいてこちらに来た。その後ろを黒セーラーの艦娘がひょこひょことついてくる。

 

 「なんだ、もう起きてたのかい?起こしに来たんだけど、必要なかったみたいだね」

 「さっきまで日課の素振りをしていたのでな。わざわざ起こしに来てくれてすまないな」

 「気にしないでほしいな、僕達の仕事でもあるからね」

 「そうか。ところでお前の後ろに隠れてる娘は?」

 

 気になったのか、箒は松風の後ろにいる黒セーラーの艦娘について聞いてみた。

 

 「あぁ、この娘はふみちゃん。僕の大事な友達さ」

 「えぇっと……む、睦月型駆逐艦、七番艦の『文月』です……よ、よろしくお願いします」

 「文月か、良い名ではないか。私は篠ノ之箒という、よろしく頼むぞ」

 

 軽く自己紹介すると、箒は怯えている文月の頭を優しく撫でてあげた。

 

 「ふぁ……気持ちいいよぉ……」

 

 撫で方が上手いせいか、文月は酔いしれたような表情になる。その表情に、箒も松風も表情が綻んだ。そして箒がその手を離そうとすると、

 

 「も、もう少しだけ……もう少しだけ……!」

 「ははは、分かった分かった」

 

 小さな両手で箒の腕を掴み、撫でるのを止めさせない。しばらくの間、箒は文月が満足するまでその頭を優しく撫で続ける事となった。

 

 

 

 

 

 

 「箒お姉ちゃん、またねぇ~」

 「すまないね、時間潰してしまって」

 「良いんだ、私も楽しめたしな。友達、大事にするんだぞ」

 

 一頻り撫でられ満足したのか、文月は松風を引っ張って戻っていった。別れる際手をブンブン大きく振っていたあたり、まだまだ幼さが垣間見えた。

 

 「おっと、早くシャワーを浴びて朝食の準備をしなければな」

 

 ここで本来の目的をようやく思い出した箒は、急ぎシャワーを浴びると、用意された軍服に着替えて地図に示されていた食堂へ向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 箒が食堂に到着した時、中から話し声が聞こえてきた。覗いてみると、響と龍田が食堂の掃除をしながら何か話しているようだった。

 

 「龍田さん、昨日は大丈夫だったのかい?」

 「え、えぇ……でも生きた心地がしなかったわ~、あの人掃除終わるまでずっと私の事見てたんだもの~……殺気全開で」

 「それはもう……御愁傷様としか言えないね」

 「終わってから必死に謝ったけど~……あの時ほど自分を責めた時は無いわ~」

 「龍田さんにも怖いものがあったんだね」

 「そうねぇ~、あの人の顔以上に怖いものは無いわ~」

 「誰の顔が怖いと?」

 

 その声に二人がビクッとしながら見ると、食堂の出入り口から箒が顔を出していた。

 

 「おはよう、二人とも。朝早くからご苦労様だな」

 「おはよう、箒さん。昨日はよく眠れたかい?」

 「まぁな。龍田もおはよう」

 「お、おはようございます~……あの、昨日はごめんなさい」

 「反省しているなら良いんだ。が、後で隼鷹にも謝っておけよ、一番の被害者なんだからな」

 「は、はい!」

 

 箒の忠告に龍田は綺麗な敬礼で答える。最早トラウマなのだろうか、顔面蒼白であった。対して箒はそんな龍田の頭を優しく撫でて言った。

 

 「あまり気負うな。お前は仲間達が危険だと判断してあの行動をした。結果的にああなったが、『仲間を守る』という点では正しい行動だ、誇れば良い」

 「ですけど~……」

 「私はもう気にしていない、だからお前ももう気にするな。それで終わりだ」

 「は、はぁ……」

 

 無理やり話を終わらせ、箒は厨房へと入っていく。

 

 「朝食を作るのかい?」

 「ああ。良ければ手伝ってくれないか?」

 「それは構わないけど……食材はあるのかい?ここの食堂は機能してなかったから、何もない筈だけど」

 「食材なら今から用意すれば良い」

 「今から?」

 

 響と龍田がキョトンとしている間に、箒はクラックを開いて中から大量の食材を引っ張り出した。米や野菜、肉に魚、調味料等々。山盛りになった食材を目の前に、箒は「さて、何を作るか……」と一人考え始めた。

 

 「えっと……それ、今どこから出したのかしら~?」

 「ん?それはまぁ、こうやってクラックの中からゴソッと」

 

 箒は再びクラックを開いて同じ動作をして見せた。

 

 「とまぁこんな感じだ」

 「」

 (そうだった、箒さん自分で言ってたっけ、人間じゃないって)

 

 龍田は信じられない光景に呆然とし、響は最初に会った時を思い出していた。

 

 「よし、決めた。昨日の事もあるし、簡単な和食にするか。龍田は野菜のカットを、響はご飯を頼む」

 「あの……私達やり方知らないのだけど」

 「あ、すまんすまん。教えるからその通りにしてくれ」

 

 色々グダグダしながらも、箒は二人とともに朝食の準備に追われるのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 こうして朝食作りに追われる事一時間弱ーー

 

 「よし、全部完成したな」

 

 食堂の大机にずらりと並ぶのは、大小様々な皿とバイキング形式で大皿に置かれた料理。焼き魚や野菜サラダ、煮物に漬物、卵焼きに味噌汁。種類は少ないが、どれもそれなりな量があり、良い匂いを食堂内から食堂外へと届けていく。

 

 「つ、疲れた……」

 「朝からもうヘトヘトよ~……」

 「だらしないぞ、お前達。艦娘なのだから、相応には体力はある筈だろう」

 「仕方ないわよぉ~、経験ないから余計に疲れるのよ~?」

 「まったく……」

 

 机に突っ伏す二人に箒が呆れていると、

 

 「あら、随分良い匂いじゃない!」

 「わ、食堂が凄いことに!?というか何ですかこの料理の数々は!?」

 

 匂いにつられたのか、五十鈴と阿武隈が食堂に入ってきた。二人とも机に並べられた料理に目を輝かせている。

 

 「五十鈴と……阿武隈だったな。昨日言った通り、簡単な料理を作った、好きなのを皿に取って食べるといい」

 「分かったわ。ところでなんで龍田と響は机に突っ伏してるのよ?」

 「提督のお手伝いよぉ~……」

 「一時間ぶっ通しで朝食作りさ……」

 「お、お疲れ様です……」

 

 突っ伏す二人に労りの声を掛け、阿武隈は先に料理を取り始めていた五十鈴についていった。

 

 

 

 

 その後も、

 

 「うわぁ~良い匂い~!」

 「そうだねふみちゃん。僕もお腹が……」クゥー

 

 「す、凄い……!どれも美味しそうです!」

 「朧、見ただけで分かります。どれも美味しい物です……多分」

 

 「うは~、こりゃたまらないねぇ!」

 「早く食べた~い!」

 

 「……!」キラキラ

 「あらあら、山風ったら……でも本当に美味しそう……」

 

 芳しい香りにつられ、艦娘が次々と食堂に集まってきた。それぞれが思い思いに料理を取り分けて着席し、大人しく待っている。そして最後に箒が自分の食べる料理を取り分けて着席すると、五十鈴がマイクを持って前に進み出てきた。

 

 「はい注目ー!知ってる娘もいると思うけど、今日から提督が変わります!こちらの篠ノ之箒さん!階級は少佐だったかしら?」

 「あぁ、手紙にはそう書いてあった」

 「はいはい、それじゃ箒さん、何か一言貰えるかしら?」

 「分かった」

 

 箒は五十鈴からマイクを受け取ると、彼女に代わって前に進み出た。

 

 「えー、ご紹介に与った篠ノ之箒だ。階級はさっき言った通り少佐だ。あまりこういう指揮系統は経験がないし、そもそも一般からの就任ゆえ、お前達の事はほとんど分からん。いわば私は提督業について何も知らぬペーペーだ、だからこそ、お前達の協力は必要不可欠……どうか未熟者な私に、お前達の力を貸してほしい。よろしく頼む」

 

 箒がそう締めて一礼すると、艦娘達から次々拍手が起こった。箒は一言「ありがとう」と言うと、五十鈴にマイクを返して席に戻った。

 

 「はい、それじゃ箒さんの挨拶も済んだし、早速食べ始めましょ!箒さん、号令をお願い」

 「分かった。今皆の前に用意されたのは、私、そして手伝ってくれた響と龍田で作った料理だ。皆、響と龍田に拍手を」

 

 箒がそう言うと、二人に向けて再び拍手が起こった。響も龍田も、照れ臭そうに顔を伏せている。

 

 「で、事前に料理を食べるのが初めてだという娘もいると聞いたので、ひとまず簡単な物をいくつか用意した。おかわりもあるから、気に入ってくれたらおかわりしてくれると嬉しい」

 

 そこまで言って箒が周りを見ると、一部の艦娘は話を聞いていないのか、目の前の料理に釘付けになっている。

 

 「……早く食べたい者もいるようだな。これ以上お預けも酷だろうし、早速食べ始めようか。では皆、手を合わせて」

 

 皆が箒のように手を合わせる。

 

 

 

 「では……いただきます」

 

 『いただきまーす!!』

 

 

 

 こうして、提督となった箒の一日目がスタートした。

 

 

 

 

 

 



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雲龍

 第六話、箒sideです。




 宿毛湾泊地の朝の食堂に、楽しげな声が響く。

 

 「美味しい……!やっぱりそうだった、美味しい物だったんだ……!多分じゃなくて、絶対!」

 「本当に美味しい~!あたし的にはものすごくオッケーです!」

 

 「ほらふみちゃん、ご飯が溢れてるよ。拭いてあげるからじっとしてて」

 「ふわぁ~、ありがと~松風ちゃん!ほんとご飯って美味しいね~、松風ちゃん」

 「そうだね、ふみちゃん。本当に、あの人が司令官になってくれて良かった……」

 「ほら、山風もご飯粒付いてるわよ?取ってあげる」

 「良い、から……自分で取れるし……海風姉も、食べよ?」

 「えぇ、もちろん!」

 

 「最高に嫌いじゃない……!」モグモグ

 「ふふっ、響さん嬉しそう……美味しいですね、瑞鳳さーー」

 「」プルプル

 「瑞鳳さん?」

 「……!」ダッ

 「す、凄い……凄い勢いで卵焼きだけ次々取り続けてる……!」

 「瑞鳳ちゃーん、独り占めはダメよぉ~?これは皆で食べる物なんだからね~?」

 「!?」ビクッ

 

 「何やってんのよ瑞鳳は……それにしても、これが食事か……存外悪くないわね」

 「あいつこんな旨いモンいつも食ってたのかよぉ!畜生、羨ましいぜ!」ガツガツ

 「ちょ、隼鷹あんた米粒散らさないでよ!汚いったらありゃしないわ!」

 「あ、悪い悪い。旨すぎてつい……」

 

 「どうだ皆、初めての食事は?気に入ってくれたか?」

 

 そこへ箒が盆に乗った食べ終わりの食器を持って現れた。そして食事の感想を艦娘達に聞く。

 

 「とても美味しかったわ、食事って凄いのね」

 「とても満足してます、本当にありがとうございます!」

 「こんな美味しい物を私達が頂けるなんて……嬉しいです」

 「昨日の私に蹴りをいれたい気分だわ~」

 「龍田だけ物騒だな……さて、見たところ何人かは食べ終わりそうだな。では響と龍田以外は注目」

 

 箒の命令に、名前を呼ばれた二人以外が注目する。

 

 「さーいしょーはグー、ジャーンケーン……ほい!」

 「え、ちょ、急に!?」

 「わわっ!?」

 「ちょ、それはズルいわよ!」

 「なんだい急に?」

 「ふえっ!?」

 「ひゃっ……!?」

 「な、何ですか!?」

 「ふみゃ!?」

 「朧、そういうの苦手です!」

 「ちょ、待って!」

 

 唐突に箒が始めたじゃんけんに、艦娘達は戸惑いながらも応じる。結果は箒がチョキを出したのに対し、グーが三日月、五十鈴、瑞鳳の三人、チョキが阿武隈、海風、山風、文月、パーが松風、朧、隼鷹となった。

 

 「私はチョキだ。パーを出したのは……松風、朧、隼鷹だな。ではその三人は残って私と共に皿洗いと片付けだ」

 「げっ!?」

 「その為のじゃんけんだったのかい!?」

 「提督、それはズルいです!」

 「黙らっしゃい。奇襲は戦いの常套手段だぞ、深海棲艦との戦いでもそんな文句を言うのか?」

 「む……!」

 「ぐ……」

 

 痛い所を突かれ、じゃんけんに負けた三人は黙り込む。一方じゃんけんに勝った、もしくはあいこになった娘は密かにガッツポーズしたり隣同士でこっそりハイタッチしている。

 

 「と言うか、何故響と龍田さんは外したんだい?」

 「あの二人は今朝の朝食作りと配膳を手伝ってくれたからな、今回は免除した」

 「いえい」ハイタッチ

 「いえ~い」ハイタッチ

 

 二人がハイタッチを交わすのを見て隼鷹が「ぐぬぬ、早起きしてたらあたしも……」なんてボソッと言っていたが、気にせず箒は話を続けた。

 

 「全員注目。食べ終わった食器は返却口に置いておいて欲しい。後で皿洗い担当が整理して洗うからな。ただしあまり散らかして置かないように、皿洗い担当が困る。で、皿洗い担当にならなかった者は一端それぞれの部屋に戻って指示あるまで待機。五十鈴と龍田は悪いが執務室で待機を頼む」

 「分かったわ」

 「は~い」

 「私からは以上。では各々、行動開始!」

 

 箒が手を叩いて話を締めると、艦娘達はバタバタと動き出す。食事の続きをする者、食器を片付けに行く者様々だ。それらを見届けながら、箒は余った料理を皿にまとめ始めた。

 

 「残った物は夜にでも出すか」

 

 すると軍服を誰かに引っ張られる感触があった。見ると文月が軍服の袖を小さな手で握りしめながら箒をジーっと見ていた。

 

 「文月?どうかしたのか?」

 「しれーかん……それ、あたしにちょうだい?」

 「ん?まだ食べ足りないのか?」

 

 箒がそう聞くと、文月は首を横に大きくブンブン振って答えた。

 

 「その……雲龍お姉ちゃんにも、食べさせてあげたくて……良い?」

 「雲龍?今ここにいた娘以外にもまだ艦娘がいたのか?」

 「うん。雲龍お姉ちゃんは、目が見えないの……それでずっと、お部屋に閉じ籠ってて……だから……」

 「そうか……分かった、一緒に料理を持っていってあげよう。美味しく食べてくれると良いな」

 「……!うん!」

 

 文月はニパッと笑顔で頷く。箒はそんな文月の頭を優しく撫で、「皿洗い終わるまで待っててくれないか?」と聞くと、文月は首を縦に大きく振って答えた。そしてさっき食事の時に自分が座っていた場所に座り、足をパタパタさせながら待ち始める。そんな姿が可愛らしくて、箒は思わず顔を綻ばせた。

 

 そして皿洗いの最中に三人にその話をしたところ、「それなら僕もついて行くよ」と松風も同行する事になった。そして隼鷹と朧に五十鈴と龍田へある伝言を任せると、箒は仲良しな二人を伴って雲龍がいるという資料室へ向かうのだった。

 

 

 

 

 

 

 この宿毛湾泊地はこのご時世では珍しい鉄筋コンクリートで作られた三階建てで、各階を繋ぐ階段は中央と東側にあり、最上階の三階に執務室や客室、更に提督用の私室がある。二階は艦娘用の私室が置かれているが、現在はその半分以上が空室となっている。一階は主に食堂や事務室(今は使用されていない)が占めており、箒達が向かっている資料室は一階西側の一番奥、中央階段からもかなり離れた場所にあった。

 

 「とうちゃ~く!」

 「ここが資料室か。ここに雲龍という艦娘がいるのだな?」

 「そう。雲龍さんはここに着任してからずっと、この資料室で大量の資料に囲まれて過ごしているらしいんだ」

 「詳しくは知らないのか?」

 「僕とふみちゃんがここに来たのは一年くらい前で、雲龍さんはそれ以前からここにいたんだ。雲龍さんを除くと、ここの一番の古株は龍田さんだし、彼女なら何か知ってるんじゃないかな?」

 「龍田か……後で聞いてみるか」

 

 この泊地を運営する為にも、最低限この泊地にいる艦娘達の事はある程度把握しておかなければなるまい。そう考えた箒は、追々龍田に話を聞く事を考え始めていた。

 

 「雲龍お姉ちゃ~ん!文月だよ~、入っていい?」

 

 そんな事を考えていると、文月は資料室のドアをノックして中にいるであろう雲龍に声を掛けていた。すると、

 

 「……良いわよ」

 

 微かだが、室内から声が返ってきた。誰かいるのは間違いないようだ。

 

 「お邪魔しま~す!」

 「失礼するよ」

 「失礼するぞ」

 

 文月を先頭に三人は資料室へと入っていく。すると、ドアを開けた途端に埃が舞い散ってきた。慌てて松風は持ってきた料理を体を張って埃から守る。

 

 「ケホッケホッ……随分埃だらけだな」

 

 咳をしながら箒が室内を見回すと、室内は沢山の資料や戦術書が本棚に収められており、入りきらなかった物は本棚の周りにうず高く積まれている。しかしどれも埃を被っており、床や窓も汚れ放題で長らく掃除されていないのかよく分かった。

 

 そしてそんな環境である部屋の奥ーー唯一汚れがそれほどなく他と比べて綺麗な窓際に置かれた椅子に、惚れ惚れするほどに美しい三つ編みにされた銀髪に露出の多い雲をモチーフとしたような服装の艦娘が座っていた。

 

 「雲龍お姉ちゃん!文月が来たよ!」

 「僕も一緒さ」

 「そう……よく来たわね、文月、松風。それと……どなたかしら?もう一人いるのは分かるけど……」

 

 雲龍は文月と松風の来訪を歓迎しながらも、誰か分からぬ人物ーー箒に対してやや警戒心を見せていた。

 

 「新しいしれーかんも一緒だよ!」

 「今日から司令官が代わったんだ。雲龍さんにも紹介したくて連れて来たんだよ」

 「そう……新しい、提督……」

 

 雲龍は警戒心を消さぬまま、机を支えにしてゆっくり立ち上がると、箒がいるであろう方向に目を向けた。金色の眠たげな目は霞がかったようになっており、文月と松風が話していた通り目が見えない事を伺わせた。実際雲龍は、箒がいる方向から少しずれた方向に目を向けていた。

 

 「……航空母艦、雲龍です。よろしくお願いします」

 「初めまして、この宿毛湾泊地に着任した篠ノ之箒という、階級は少佐だ。よろしく頼む」

 

 箒はそっと雲龍の手を握り締めると、軽い握手を交わした。これにより雲龍は箒の場所を把握したのか、その方向へ目を向ける。

 

 「……申し訳ありません、目が見えていなくて……」

 「いや、良いんだ。盲目の事は文月から事前に聞いていたが……寧ろ私が配慮すべきだったな、すまない」

 「そんな、提督が謝らなくてもいいのに……」

 「お前が気にしてなくても、私は気にするんだ」

 「そう、ですか……それで、どのようなご用件でこんな場所に?挨拶をしに来た、というだけではなさそうですが……」

 「用があるのは文月と松風なんだ。松風」

 

 箒がそう言うと、松風は雲龍の脇にうず高く積まれた本の上に、少し冷めた朝食の盆を置いた。冷めたとは言え、まだ良い香りを漂わせるそれは、雲龍の目の色を変えるには充分だった。

 

 「あら?良い香り……何かしら?」

 「実はここの艦娘達の為に私が朝食を作ったのだがな。文月がお前にも食べさせてあげたいと言ってきてな」

 「……文月が?」

 「これ、すっごく美味しいんだよ!雲龍お姉ちゃんも食べて!」

 

 文月はニパッと笑顔を見せながら朝食を雲龍に差し出す。一方雲龍はいきなり食べ物を差し出されて少し狼狽えているようだった。

 

 「……良いの?私が、食べて」

 「残り物とは言え、ここの艦娘の為に私が作ったのは間違いないからな。雲龍さえ良ければ食べて感想を聞かせて欲しいのだが……」

 「そう……ありがとう、ございます。でも、私、目が見えないから……」

 「だぁいじょうぶ!文月が食べさせてあげる!」エッヘン

 

 文月がそう言ってスプーンでご飯を掬って雲龍に差し出す。雲龍が少し戸惑いながらも口を開けると、文月は文月はゆっくりとご飯を雲龍に食べさせてあげた。

 

 「……美味しい」

 「そうか、良かった」

 「じゃあ次はこれー!」

 

 今度はフォークに持ち替えて卵焼きを差し出した。差し出された卵焼きを、雲龍はゆっくりと食べる。

 

 「……うん。これも美味しいわ」

 「わぁい!雲龍お姉ちゃんが喜んでくれたよ、しれーかん、松風ちゃん!」

 「良かったね、ふみちゃん」

 「そうか……気に入ってくれて良かった」

 

 その後も雲龍は文月に色々な料理を少しずつ食べさせてもらっていたが、

 

 「……ごめんなさい、もう食べられないわ」

 

 3分の1減ったところで、雲龍がストップを出した。少し苦しいのか、口元を抑えている。

 

 「お姉ちゃん、もう食べられないの?」

 「そうみたいね。もっと食べたいのに……」

 「ふむ……雲龍は少食なのかもしれないな。他の娘達はこの量で良いが、雲龍の分は少し考えないとな……」ブツブツ

 

 箒が思考の渦に入っている間に、雲龍は残ってしまった料理をそのまま置いておくよう松風に言った。お腹が落ち着いたらまた文月に食べさせてもらうのだと言う。文月もしばらくは雲龍と共にいると言うので、松風は箒を思考の渦から引き戻すと、文月を雲龍に預けて二人は資料室を出た。

 

 「それじゃあ僕は部屋に戻るよ」

 「あぁ。また指示を出すから、それまではゆっくりしててくれ」

 

 こうして箒は松風と別れ、執務室へと急ぐのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 「あら、お疲れ様。頼まれてた物、揃えておいたわよ」

 

 執務室に入ると、既に五十鈴と龍田は仕事を進めているようだった。執務机に山積みにされた沢山の書類を次々チェックし、判子を押し続けている。

 

 「え~と、これがこの泊地にいる艦娘の資料で、これが今の泊地の保有資材について纏めた書類よ~」

 「ありがとう、拝見する」

 

 事前に隼鷹と朧を通じて二人に頼んでいた二種類の書類を龍田から受け取り、箒はそれらに目を通す。

 

 

 

 宿毛湾泊地所属艦娘

 

 正規空母 雲龍(ただし戦闘不可)

 

 軽空母 隼鷹

 

     瑞鳳

 

     龍驤(現在修理の為大本営預り)

 

 軽巡洋艦 天龍(現在修理の為大本営預り)

 

      龍田

 

      多摩(現在修理の為大本営預り)

 

      五十鈴

 

      阿武隈

 

      酒匂(大湊警備府に出向中)

 

 駆逐艦 春風(現在修理の為大本営預り)

 

     松風

 

     文月

 

     三日月

 

     朧

 

     響

 

     初春(舞鶴鎮守府に出向中)

 

     初霜(舞鶴鎮守府に出向中)

 

     海風

 

     山風

 

     霰(佐世保鎮守府に出向中)

 

     浦風(呉鎮守府に出向中)  以上

 

 

 

 

 宿毛湾泊地保有資材

 

  燃料 30091

 

  弾薬 29275

 

  鋼材 29468

 

  ボーキサイト 14380    以上

 

 

 「……なるほどな」

 

 一通り読み終え、箒は一息つく。

 

 「修理組や出向組が多い事は響が話していた通りだな。しかし……それを抜きにしても保有資材が多すぎではないか?戦艦や重巡洋艦はいないし、空母は少ない。にも関わらずこれほど資材があるとは……?」

 「うちは大規模作戦の時に補給担当になる事が多いのよ。だから資材を多めに保持しておかないと、いざって時に大変なのよ」

 「これでも今は少ない方よ~、多い時はこれの3倍とか4倍、それ以上になったりするから~」

 「それは大変だ……つまりうちは常に遠征を回し続けて、資材が潤沢にある状態を維持しないといけないのか」

 「えぇ。しかもこの人数でね、厄介でしょ?」

 

 新人の、しかも右も左も分からぬ素人になんて無茶をさせるんだ……心の中で箒はぼやき、頭を抱えるしかなかった。そうこうしている間に、二人は溜まっていた書類を全て片付けてしまった。時間は既に昼前である。

 

 「はい、書類仕事はおしまい!さて、箒さん?お昼からは五十鈴達が貴女に、提督の何たるかをみっちり教えてあげるわ」

 「時間が限られてるから~、授業は詰め込み式よぉ~。貴女はついて来られるかしら~?」

 「……提督になった以上、避けては通れんのだろう?ならば……やるしかあるまい!」

 

 成り行きとは言え、提督となった身。ならは存分に手腕を振るえるようにならねばなるまい。箒は二人による地獄の授業に必死に打ち込み始めるのであった。

 

 

 

 

 

 



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元帥


 第七話、箒sideになります。




 「……であるからして、貴女達提督の仕事は一口に言っても沢山あるのよ」

 

 ホワイトボードに様々な言葉を記入しながら、五十鈴は目の前の生徒ーー箒に提督の何たるかを解説していく。時刻は午後2時半を回っている。昼食に山盛りの唐揚げやサラダを食べた後、五十鈴は龍田に遠征を任せ、提督の仕事についての授業を箒に課した。箒は執務室に用意されたホワイトボードを埋め尽くす程の量の内容を必死になってノートに書き込んでいる。

 

 「と言ったところで、質問はあるかしら?」

 「いや、今はない。また必要になったら質問する」

 「そう。それじゃ今日はここまでよ」

 

 手に持った教本を閉じ、五十鈴は箒の様子を伺う。詰め込み授業だった故か箒は酷く疲弊しており、机に突っ伏していた。

 

 「どうだった?提督業の大変さ、きちんと理解してくれたかしら?」

 「……充分過ぎる程にな。やはり私は指揮するよりも指揮される方が体に合っているようだ」

 「大将より一兵卒って事ね。貴女らしいわ……けど、明日もまた詰め込み授業よ、しっかりついて来なさいね?」

 「うげ……」

 

 再び机に突っ伏す箒。IS学園に在籍していた頃の成績は悪くはなかったが良くもなく……といった所だった故、授業に置いていかれる事も屡々あった。むしろ体を動かす方が好きだった彼女としては、詰め込み授業は苦手の部類に入るのだろう。

 

 「さて、五十鈴はこれから装備開発に行ってくるわ。今日の書類は全部終わってるから、箒さんは後の時間は自由にしてて良いわよ」

 「それは助かる……」

 「たた、大変ですぅ!」

 

 その時、執務室のドアを蹴破る勢いで阿武隈が飛び込んできた。顔は蒼白しており、顔面冷や汗だらけだ。

 

 「ちょっと阿武隈、もっと静かに入室しなさいよ」

 「あ、ごめんなさい五十鈴姉さん……じゃなくて!大変なんですよぉ!」

 

 阿武隈はいつも以上に慌てており、五十鈴の注意も右から左。とにかく焦っていた。

 

 「落ち着きなさいよ、一体どうしたの?」

 「お、お客様です!箒さんにお客様が来てます!」

 「私にか?」

 

 阿武隈の報告を聞き、箒は首を傾げた。そもそも箒は別の世界からやって来た存在なのでこの世界に知り合いがいる筈もない。一瞬牙也かと考えたが、もし彼なら正面から堂々と入ってくるなんて真似はまずやらないだろう。長年牙也と共に生きてきて性格を熟知している箒は、その可能性をすぐに消した。

 

 「一体誰が私を訪ねて来たんだ?」

 「そ、それが、その……えっと……」

 「阿武隈、一旦落ち着いて。ゆっくり深呼吸してから話しなさい」

 「ほぇ!?えっと、すぅ~はぁ~すぅ~はぁ~」

 

 五十鈴に注意され、一旦深呼吸して落ち着く阿武隈。その際無駄に深呼吸の動きが大きかったのは愛嬌という事で。

 

 「で?私への客というのは?」

 「げ……元帥、です」

 「は?」

 「だからぁ!海軍元帥が直々にここに箒さんを訪ねて来たんですよぉ!」

 「嘘でしょ!?」

 

 誰もが予想しなかった事態に五十鈴は慌て、阿武隈は狼狽えるばかり。そんな中、箒はいたって冷静であった。

 

 「落ち着け二人とも。取り敢えず阿武隈は元帥を客間にお通ししてくれ。五十鈴は元帥に出すお茶菓子の準備を、大至急だ」

 「り、了解!」

 「わ、分かったわ!」

 「その必要はないよ」

 

 突如執務室に響いた、女性の声。その声に導かれ、三人は一斉にその方向に目を向ける。そこには、齡60くらいだろうか、年季の入った軍服に身を包んだ白髪の女性が悠然と立っていた。その後ろには女性の部下であろう艦娘が少し距離を空けて控えている。

 

 「ヒッヒッヒッ……急な訪問になってすまなかったね、新人提督殿。あたしが今の海軍の元帥、『定藤日和』さね。よろしく頼むよ」

 「よ、よろしくお願いします!」

 「げ、元帥殿もご機嫌麗しく!」

 「何がご機嫌なもんかね。今の海軍の状況を見て、どこにご機嫌になるような要素があるのやら」

 

 海軍元帥ーー定藤日和は不気味な笑みを浮かべながらそう言う。五十鈴と阿武隈はガチガチに固まったまま敬礼している。まぁ目の前に自分達が仕えている海軍のトップがいるのだから当然だろうが、定藤の後ろに控えている艦娘が未だに一言も発さずに目を閉じたまま立っているのもあるのだろう。

 

 「……」

 

 そんなやり取りをしている間も、当事者の箒はいつも通り冷静であった。とは言え自身の上司にあたる方ゆえ、五十鈴達の見よう見まねで敬礼はしている。

 

 「……随分と肝の座った娘だね。大抵の新人ならあたしが目の前にいるだけでこんな風にガチガチになるもんなのにさ」

 「よく言われます」

 「そうかぃ。さて……」

 

 定藤は箒の返答にそう頷くと、おもむろに箒の顔を覗き込んできた。箒の顔のパーツ一つ一つを、まるで何かを確かめるような目付きで観察している。箒は相変わらず冷静な表情を崩さない。一方五十鈴と阿武隈は何が起こるのかと端の方で戦々恐々していた。やがて定藤は観察を止めてふぅとため息一つ。そして後ろに控えている艦娘に目を向けた。

 

 「決まりだね。神通や、こちらにおいで」

 「はい」

 

 定藤が名前を呼ぶと、その艦娘ーー定藤に神通と呼ばれていたーーはようやく目を開いて返事をし、定藤の横に立った。

 

 「篠ノ之少佐だったね。突然の頼みで悪いんだけどね、この神通をここで預かってはくれないかぃ?」

 

 定藤は神通の肩に手を置きながらそう頼んできた。突然の事に五十鈴と阿武隈は驚いた表情で定藤を見ていた。隣に立つ神通も予想外だったのか、同じく驚いた表情で定藤に目を向けた。

 

 「なぁに、この娘はあたしが手塩にかけて育てた自慢の艦娘さ。ここみたいな小さな鎮守府なら、充分な戦力にはなるさね」

 「元帥!?何故そのようなーー」

 「神通」

 

 神通の言葉を遮り、定藤は神通の両肩に手を置いてその目をじっと見つめてきた。五十鈴と阿武隈は何が何だか分からず困惑するばかり。一方神通は定藤の表情から、彼女の決意のようなものを感じ取っていた。

 

 「……頼んだよ、神通。ここが立派な鎮守府になる為には、お前さんの力が必要なんだよ」

 「元帥……」

 

 定藤は優しい笑みを見せると、神通の頭をポンポンと撫でてやる。その時の神通の表情は、何よりも悲しそうであった。定藤はまた「ヒッヒッ」と笑うと、再び箒に目を向けた。

 

 「……何故、私に彼女を?」

 「突然の事ですまないね、篠ノ之少佐。けど、あたしゃこれでもお前さんに期待してんだ。これからの海軍には、お前さんみたいな人材が一人でも多く必要なのさね。あたしみたいな老骨はいずれ、お前さんみたいな人材に全てを託さなにゃならん……お前さんは、あたしの認めた逸材さ、誇って良いさね」

 「そうですか……それが貴女の決意ならば、私はそれに従いましょう」

 「ヒッヒッヒッ。それじゃ早速今日から頼んだよ。必要な書類は明日送るからね」

 「はっ」

 

 箒の綺麗な敬礼に定藤は満足そうに笑みを見せる。そして神通に向けフリフリ手を振ると、鼻歌を響かせながら執務室を去っていった。その後ろ姿に箒と神通は深く礼をして彼女を見送った。顔を上げてふと見ると、五十鈴と阿武隈は未だにポカンとした表情で、定藤が出ていった執務室のドアを見ていた。

 

 「……五十鈴、阿武隈」

 「ひゃいっ!?」

 「な、何かしら!?」

 「五十鈴は当初の予定通り開発を頼む。阿武隈は暇している娘を捕まえて部屋の準備をするんだ。私は彼女を連れて鎮守府の案内をする。時間がないから素早く頼むぞ。はいダッシュ!」

 『り、了解!』

 

 二人は慌ててバタバタと執務室を飛び出していく。それを見送り、箒は神通に目を向けた。

 

 「では私が鎮守府を案内する。ついて来てくれ」

 「はい」

 

 

 

 

 

 

 それから二人は、鎮守府内の施設をぐるりと見て回った。最初に居た執務室や雲龍のいる資料室、工廠、修理ドック、食堂等。元々小さな鎮守府故に施設は少ないが、どこも充実した設備を兼ね備えていた。

 

 「なるほど。小さな鎮守府と聞いていたので、まだ設備が揃っていないと思っていましたが……意外と充実していますね」

 「あぁ。前任の提督が金にものを言わせて色々やってくれたらしいからな、私としてはタダでこんな充実した設備が使えてラッキーだ」

 「確かに設備がしっかりしている事は、艦隊運営にも少なからず影響を及ぼしますからね」

 

 そんな話をしながら、二人は施設内をあちこち回っていく。すると、二人の耳に何やら掛け声が聞こえてきた。はて、と思いその声のする方へ向かっていくと、そこは食堂の近くに建てられた木造平屋の建物があり、その中から掛け声が聞こえてきた。よく見ると、建物の出入口に『道場』と達筆で書かれた看板があった。

 

 「ほぅ、こんなものもあったのか。これは知らなかったな」

 「ご存知なかったのですか?」

 「私は昨日ここに来たばかりなのでな」

 

 箒は苦笑いを浮かべながら道場へと入っていき、神通も追い掛けて中へ入る。道場内部はそれなりに広さがあり、年季の入った汚れが壁や床にある。かなり長く使われていたのだろうか。そして道場の中央には、一心不乱に薙刀を振るう艦娘の姿があった。その艦娘は箒達に気づくと、一旦薙刀を振るうのを止めて二人に向き直った。

 

 「あら~、提督じゃないですか~。五十鈴ちゃんの授業は終わったの~?」

 「掛け声は龍田だったか。授業は終わって、今彼女を案内していたところだが……そちらこそ遠征は無事に終わったのか?」

 「あら~、そう言えば報告書がまだでしたね~。夜には提出しま~す」

 「分かった」

 

 ふわふわと掴み所のない話し方をする龍田に対し、箒はいつもの口調で答える。と、龍田が箒の後ろに控えていた神通に気づいた。そして彼女を見るなり、

 

 「うふふ……うふふ……うふふふふふ!!」

 

 狂ったような笑みを浮かべた。そして持っていた薙刀を神通に向けた。

 

 「あら~、神通ちゃんじゃない~。会うのは二年ぶりかしら~?」

 「正確には二年と四ヶ月ですね。龍田さんもお変わりないようで……」

 

 神通もまたどこから引っ張り出したのか、打刀を腰に差して居合の態勢を取る。

 

 「それじゃ~久しぶりの再会に~?」

 「久しぶりの再会に」

 

 互いに殺気全開で戦闘態勢となる二人。二人がしっかりと地に足付けている為にギシギシと軋む木の床。そしてその軋む音が二つ重なった時、凄まじい斬撃の応酬が

 

 「止めんか馬鹿共」

 

 始まらなかった。二人の間に箒が乱入して仲裁したからだ。龍田の薙刀と神通の打刀、それぞれの武器の刃の部分を両手の人差し指と中指で挟むように受け止めた箒は、涼しい表情で二人を宥める。これには二人も驚いたのか、ポカンとしたまま硬直していた。

 

 「再会を喜ぶのは良い事だが、すまないがそれは後にしろ。まだ神通に関する要件が終わってないからな」

 

 箒は指で挟んだまま二人の武器を取り上げると、一旦その武器を普通に持ち直してから二人に返した。まだ二人は呆然としており、半ば無意識に各々の武器を受け取った。

 

 「龍田は早急に報告書を書いて提出。神通は……」

 「あー!こんな所に居たんですね、てーとく!」

 

 と、そこへ阿武隈が現れた。急いで走ってきたのか少し息が上がっている。

 

 「阿武隈か。部屋の準備は終わったのか?」

 「はい、瑞鳳さん捕まえて一緒に。もういつでも使えますよ」

 「ありがとう、阿武隈。夕飯楽しみにしていてくれ、奮発するからな。神通は取り敢えず荷物を部屋に置いて来なさい」

 「は、はぁ……承知しました」

 「えへへ、どういたしまして!あ、それと瑞鳳さんが今度卵焼きの作り方教えてほしいって!」

 「分かった、夕飯の後にでも教えるからと伝えておいてくれ」

 

 阿武隈は「夕飯楽しみにしてまーす!」と言って笑顔で道場を出ていき、神通も彼女を追い掛けていった。二人を見送り、箒は龍田に目を向ける。相変わらず龍田は呆然としていた。そこで箒が目の前で両手をパンッと鳴らすと、ようやく龍田は我に返った。

 

 「報告書。夕飯終わってからで良いから必ず提出するのだぞ、龍田」

 「あ……は~い。ところで提督?」

 

 道場を出ていこうとする箒を、龍田が呼び止める。箒が振り向くと、

 

 「提督……貴女、本当に何者なのかしら~?」

 

 怪しみの目で龍田はそう問い掛ける。箒はその質問に一瞬キョトンとするも、すぐに笑顔を見せてこう言った。

 

 「人間さ……元、だがな」

 

 そう答えて箒はさっさと道場を出ていく。龍田は彼女の回答の意味を分かりかねているのか、こちらもキョトンとしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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やっちゃったZE♪

 第八話、箒sideになります。




 次の日。

 

 「~♪」

 「ふむ……」

 

 時刻は午後二時を回ったところ。執務室では箒と龍田が定藤元帥から送られてきた沢山の書類とにらめっこしていた。普段やり慣れているせいか、龍田は鼻歌混じりに書類を次々片付けていく。一方箒はまだ不慣れ故に、書類一枚一枚をじっくり読み返した上で押印をする。時間はかかるが、確実に内容を頭に入れる為には仕方のない事だろう。

 

 「よし、これは大丈夫だな。次はーーん?」

 

 そうやって書類を片付けていると、箒は次に手に取った書類に目を止めた。読んでみると、どうやら二週間後に大本営で各地の提督が一堂に会して会議が行われる、というものだった。

 

 「二週間後に大本営で会議か。何々、付き添いとして艦娘を二名連れて来る事……」

 「あら~、会議のお知らせね~。貴女は誰を連れて行くのかしら~?」

 

 いつの間にか龍田が箒の後ろに立ってその書類を覗き込んできていた。秘書艦用の机には、もう終わったであろう書類が山と積まれている。

 

 「ふむ……龍田、五十鈴、阿武隈、神通あたりを連れて行くのが順当か……む?まだ続きがあるな」

 

 書類の続きを読んでみると、こういう内容だった。

 

 

 

 『会議当日、各鎮守府の代表一名を選抜(これは付き添いの艦娘から選択)し、一対一のトーナメント形式単独演習を行う』

 

 

 

 「あら~……もうそんな時期なのね~……」

 「龍田、随分と憂鬱そうだな」

 

 龍田の反応の悪さに箒は何やら嫌な予感を覚えていた。

 

 「そうよ~……これ、単独演習を謳ってるけど、実際は四大鎮守府の実力を見せつけるだけの一方的なイジメみたいなものですし~……気が乗らないのよねぇ」

 「龍田はこれに出た事があるのか?」

 「えぇ、一回だけあるわよ~。その時は神通ちゃんに負けちゃったけど~」

 

 はぁ、とため息をつきながら龍田が言う。なるほど、龍田と神通はその時からの付き合いなのだろう。しかし龍田がこれほどに憂鬱そうにしているという事は、これは相当面倒な案件と見える。箒はそう考えて再びその書類に目を向けた。

 

 「今回は艦種別のトーナメントか。うちからは誰を出すかな……」

 「あら、選択肢は限られてるわよ?ほら、ここ」

 

 龍田が指差したところには、『着任一年未満の提督が務める鎮守府は、一番練度の高い駆逐艦を出場させる事』とあった。

 

 「む……龍田、確かうちの鎮守府で練度が一番な駆逐艦は……」

 「朧ちゃんと文月ちゃんよ~。二人とも練度は30ね~」

 「30か……低いな。他の艦娘の練度はどうなってる?」

 「軽巡は神通ちゃんが89でトップよ~。軽母は隼鷹ちゃんが48でトップ、後は軒並み25~40くらいかしらね」

 「なるほど。うちは艦娘達の練度上昇も急務になるな……よし、朧と文月は私が引き受けよう。他の艦娘は引き続き神通に頼んでみるか」

 「あら~、提督が直々に~?大丈夫かしら~?」

 

 からかうような口調にクスクス笑いの顔で龍田が聞く。

 

 「嘗めるなよ、私とて一介の武人だ。この数百年間、己の研鑽は一度足りとて怠った事はない。お前達とは年季が違うのだ」

 

 フンッと鼻を鳴らしながら箒はそう答えて立ち上がる。

 

 「さて、神通を探してこの事を伝えておかねばな。龍田、すまんが残りの書類は任せた」

 「行ってらっしゃ~い」

 

 箒は上着を羽織ると神通を探しに執務室を出ていった。彼女を見送った龍田は、箒が残した書類を片付けながら一人考え事をしていた。先程の箒の言葉に引っ掛かるものがあったのだ。

 

 (数百年間、ねぇ……本当に何者なのかしら、あの人は?)

 

 

 

 

 

 

 

 「三日月さん、反応が0.5秒遅いですよ!今のが深海棲艦との戦いだとすれば、貴女は確実に仕留められています!もっと気を引き締めて!」

 「は、はい!」

 「響さんは砲撃に気を取られ過ぎです!敵にせよ味方にせよ、攻撃手段は砲撃だけとは限りません、常に様々な可能性を頭に入れておくように!」

 「了解」

 

 鎮守府から少し離れた沖にある演習場に、神通の声が響く。現在神通は阿武隈率いる水雷船隊を一人で相手取っている。元々定藤元帥の下で育てられた神通は、この宿毛湾泊地の艦娘の中で最も練度が高く、戦闘技術もずば抜けている。箒は神通の実力に目を付け、宿毛湾の艦娘全員の練度底上げに力を貸してくれるよう頼んだ。定藤元帥よりこの鎮守府を任された神通は二つ返事で了承、自ら先頭に立って艦娘達を指導している。

 

 「いやー、元帥配下だったって聞いた時は本当かと疑ったけど、実際見たら凄いんだね、神通さん」

 「ですね。朧達六人を相手に息切れの一つもないなんて……凄いです。多分じゃなくて、絶対」

 「はひー、はひー……もうへとへと~」

 「そこの三人!無駄話をしていないでもっと積極的にかかってきなさい!私が見てないとでも!?」

 『は、はい!』

 

 遠目から彼女の動きを観察していた松風達を叱責しつつ、神通は阿武隈や三日月、響をまとめて相手していた。そこへ更に松風達も加わるが、神通は涼しい顔で六人を相手し、しかも一回の被弾もない。一方の六人は神通の圧倒的実力に対応すら出来ず、被弾ばかりが増えていく。流石は元帥配下、と言ったところか。

 

 「おーい、神通!ちょっと訓練中断して一旦集合してくれ!」

 「はい!皆さん、提督の元に集合!」

 

 そこへやって来た箒に呼ばれ、神通は一旦訓練を止めて全員を箒の前に整列させる。横一列に整然と並ぶさまを見て、箒はやや堅い印象を覚えた。

 

 「全員楽にしてくれ。ちょっと今後の訓練について話がある」

 「お話……ですか?」

 「あぁ。神通、すまんが朧と文月を私に預けてほしい」

 「朧さんと文月さんをですか?なぜ?」

 

 箒は先程龍田と話した大本営におけるトーナメントについて説明した。

 

 「なるほど、もうそんな時期になりましたか……ですが、提督が鍛えるというのは……」

 「不服か?」

 「いえ、そういう訳では……人間である貴女が艦娘を鍛えるというのは、無理があるのではと思い……」

 「ならば、試してみるか?私の実力を」

 

 箒はそう言うと、軽い跳躍で神通達の頭上を越え、演習場に広がる海面に着地した。そしてクラックから小太刀を取り出して左手に持ち、鞘から抜いて構えた。神通はあり得ない光景にまたポカンとし、一方の阿武隈達は一度見た事がある為か普通に「おー」と言葉を漏らしていた。

 

 「は……え……へ……?」

 (な、なんでですか?なんで提督が海面に……?馬鹿な、あり得ません!だって提督は人間、私達艦娘のように海面に立てる訳がないのに……)

 

 間抜けな声しか出せなくなり、そして思考の渦に沈んだ神通。まぁただの人間が海面に立つなんてあり得ないのだから当然だろう。

 

 『ただの人間なら』の話だが。

 

 残念ながら、箒は既に人間を卒業しているので、これには当てはまらないのだ。勿論神通達は知る由もない。

 

 「どうした?やらないのか?お前は私の実力を知りたいのだろう?」

 

 ポカンとしたままの神通に箒がそう声を掛けると、ようやく神通は思考の渦から引き戻された。心の動揺を隠しながら打刀を構える神通。その顔には冷や汗が流れていた。

 

 「阿武隈、審判頼む」

 「はい、任せて下さい!」

 

 阿武隈が二人の間に立ち審判を務める。他の五人はその様子をじっと見つめていた。

 

 「では行きますよぉ……よーい……始め!」

 

 阿武隈の合図と同時に神通が海面を強く踏み締めて箒に突撃、その勢いのまま居合斬りを仕掛けた。常人なろ視認すら出来ないスピードの居合斬り。防ぐのは不可能と誰もが思っていた。勿論神通本人ですらも。

 

 ガキンッ!

 

 ゴキッ!

 

 しかし演習場に響いたのは、神通の必殺とも言える居合斬りを、右手の小太刀の柄の部分で受け止めた音。

 

 そしてもう一つ、箒が小太刀の鞘で神通の脳天を殴打した音だった。

 

 「……ッ!?」

 

 脳天への強烈な痛みで一瞬意識が飛びそうになるも、神通は精神力でこれに耐え抜く。が、そんな彼女の腹部へ今度は強烈な蹴りが叩き込まれた。その威力は凄まじく、神通の体がくの字に折れ曲がって吹き飛び、大きな水飛沫を上げながら海面を滑り、演習場を飛び出し、そのまま港の近くに並べられた波消しブロックに激突してようやく止まった。激突による爆発のような水飛沫が消えると、神通は無惨に破壊された波消しブロックの上で目を回していた。

 

 「あ……しまった、加減を忘れていた」

 

 やり過ぎたと頭を抱える箒。一方観戦していた阿武隈達は、箒の圧倒的実力に思考停止したのか言葉を発する事なく呆然としていた。箒は慌てて神通の元へ駆け寄り、「大丈夫かー!?」と介抱している。そんな光景を見て、

 

 「……箒さんを敵に回さなくて本当に良かったね、僕達」

 

 松風がポツリと呟く。その呟きに他の五人も大きく頷いてそれを肯定した。

 

 「おいしっかりしろ、神通!神通ーーーーー!!」

 

 夕日が沈んでいく演習場に、箒の叫び声がこだまするのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 「貴女馬鹿なの!?」

 

 その夜の執務室に五十鈴の怒号が響いた。現在箒は執務室の中央で正座させられ、遠征から戻って事の顛末を聞いた五十鈴に説教されていた。

 

 「元帥から託された大事な艦娘を演習で大破させたってどういう事よ!?しかも神通さんは二週間動けない!?何をしたらそんな大惨事になるのよ、馬鹿じゃないの!?元帥にどー説明するつもりよ!?」

 「返す言葉もない……久々に楽しめそうな相手だったから、気分が高揚して……攻撃を加減するのを忘れていたのだ……」

 「その結果がこれじゃないのよ!神通さんさっき修理ドックで目を覚ましたけど、トラウマにでもなったのか貴女の名前聞いただけで頭を抱えて、小動物みたいに隅っこでガタガタ震えてるのよ!?どーすんのよこれ!?」

 「うぅ……」

 

 箒はすっかり小さくなっており、鬼のような形相の五十鈴の前になす術もない。

 

 「五十鈴ちゃ~ん、もうそれくらいにしてあげたら~?本人も充分反省してるみたいだし~」

 「馬鹿ね、これでもまだ怒り足りないわよ!せっかくの貴重な戦力を一日でスクラップ寸前にまでしたのよ!?怒らない方がどうかしてるわよ!」

 「スクラップという表現はアウトな気が……」

 「あぁん!?」

 「イエナンデモナイデス」

 

 五十鈴の剣幕の前に更に萎縮する箒。龍田が宥めるが五十鈴の怒りは治まらない。

 

 「それでどーするつもりなのよ、明日からの訓練は!?神通さんいないとまともに訓練出来ないじゃない!」

 「えーと……一応は考えてあるのだが……」

 「へーぇ……じゃあ是非とも五十鈴達に教えて貰えるかしらぁ?」

 「私も興味あるわぁ、貴女の訓練プラン♪一体どんな訓練を考えているのかしら~?」

 

 二人の眼光の前に、箒は観念したのか自身が考えた訓練内容を二人に説明した。

 

 「あら~、なかなか良い訓練じゃない~♪」

 「本当にね……けど心配だわ、貴女みたいなバトルジャンキーが生まれそうで」

 「む……ならば会議までの二週間で、朧と文月の二人を戦力になるように私が立派に育ててみせようではないか」

 「へぇ……出来るの?」

 「神通が私のせいで動けない今、育成が出来るのは私くらいだ。やるしかあるまい」

 「そうねぇ……じゃあお願いしようかしら~」

 「私からも、お願いします……」

 

 その声に三人が振り向くと、身体中あちこちを包帯でグルグル巻きにされた神通がいた。松葉杖をついてヨロヨロと歩いてくる。

 

 「神通ちゃん、無理しちゃ駄目よ~?」

 「……今回の件で、私は自分の未熟さを思い知りました。そして気づきました……ここの艦娘達を強く育てられるのは、私ではなく……貴女です、提督」

 「神通……」

 「この怪我を糧に、私は一からやり直します。そしていずれまた手合わせ願います、提督」

 

 そう言って神通は頭を下げる。

 

 「……分かった。その時を私は楽しみに待とう。五十鈴」

 「はぁ……仕方ないわね。他の皆の育成は五十鈴と龍田でやるわ。二人の育成は任せたわよ。その代わり……結果次第ではただじゃおかないわよ?」

 「……肝に命じておく」

 

 五十鈴は箒にそう釘を刺すと、神通、龍田と共に執務室を出ていった。三人が出ていき一人だけになった箒は、フラフラと立ち上がり執務室のソファに倒れ込んだ。

 

 「さっきはあぁ約束したが、しまったなぁ……本当にバトルジャンキーを作ってしまいそうだ」

 

 そうポツリと呟き、箒は神通との手合わせを振り返る。

 

 「失念していたな、私は普通ではない事を。しかし……まさか通常の『二割』の攻撃でスクラップ寸前まで追い込んでしまうとは……これは力の加減が難しいぞ……」

 

 さらっととんでもない事を口走りながら、明日からの訓練に一抹の不安を覚える箒であった。

 

 

 

 

 



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鍛練

 第九話、箒sideです。




 大本営での会議まであと数日に迫ったある日。この日は遠征の予定が入っておらず、所属する艦娘達は非番か自主練かの二択であった。前の提督ーー亜道が着任していた頃は休みなどまずあり得なかったが、箒が着任して以降は少しずつだが休みがあるというのが『当たり前』になり始めていた。また箒が街に出て様々なおもちゃや雑誌等を鎮守府に自費で仕入れた事もあり、艦娘達は自室でボードゲームして遊んだり、雑誌を読んで人間の文化等について色々話したりしていた。

 

 そんな中、鎮守府の演習場では派手に動く三つの影があった。

 

 「ほらほら!対応しないと叩かれるぞ!」

 「ぴゃあぁぁぁぁ!?」

 「ひぇぇぇぇ!?」

 

 凄まじい勢いで海面を走るのは、朧と文月、そして箒だ。朧と文月は模擬弾と模擬魚雷を詰めたいつもの艤装で全力疾走しており、それを箒が超スピードで追い掛けている。そんな彼女が手に持っているのは、

 

 「はい二発目だ!朧もあと一発で退場だぞ!」

 「んぎぎ……!そう簡単には朧は退場しませんよ!」

 「むぅ~!文月だって負けないんだからーーごめんなさいやっぱり箒さん怖いぃぃぃぃ!」

 「こら文月、演習場から逃げようとするな!叩いてもそんなに痛くない武器を使ってるんだから、怖がるな!」

 「そうだよ文月ちゃん!あれはただのハリセンなんだから!」

 

 そう、何故かハリセンである。箒はハリセンを二つ武器代わりに持って、鋭い眼光を放ちながら鬼ごっこのように二人を追い掛け回していた。

 

 「今日こそは十分間逃げ切ってみせます!」

 

 朧は魚雷管から模擬魚雷を引っこ抜くと、箒が振ってきたハリセンをそれでガードし、反対に至近距離から模擬弾を放つ。しかし放った弾は至近距離にも関わらず箒に避けられてしまった。そこへ二本目のハリセンが襲い掛かってきた。

 

 「させません!」

 

 と、朧は主砲でそのハリセンを打ち払い、そこからバックステップで後ろに下がろうとした。しかし箒がそれを簡単に許す筈もなく、朧を追撃しようとする。が、何故か箒は追撃をしなかった。箒の目線の先に、模擬魚雷があったからだ。それをハリセンで弾き落とし、箒はもう一度ハリセンを構え直す。

 

 「これでもくらえ~!」

 

 と、後方から気の抜けそうな声が聞こえてくると、箒は後方にハリセンを振るった。それにより模擬弾が叩き落とされる。

 

 「むぅ、当たらな~い」

 「声出して撃ってるんだからバレて当然だろうにーーあいたっ!?」

 

 突如左足に衝撃を受けて怯む箒。見ると箒の左足にいつの間にか模擬魚雷が直撃していた。

 

 「やった~、大当たり~!」

 

 ぴょんぴょん跳ねて喜ぶ文月。その手には模擬魚雷が握られていた。どうやら砲撃した際に投げつけていたようだ。

 

 「やるな……数日前と比べて、二人とも動きが見違えるようになったな」

 「提督や神通さんの指導のおかげですよ。以前は単調な訓練ばかりでしたから、どうにも自分が成長した実感を感じられなくて……」

 「まぁあんな形式的なのが訓練と言われたらなぁ……」

 

 朧は嬉しそうにはにかみ、文月も微笑ましい笑顔で喜んでいた。

 亜道が提督だった頃の訓練の内容を龍田に頼んで見せてもらった事があったが、あまりにも形式的・機械的で、箒にとっては手抜きにしか思えなかった。が、今は違う。

 

 「さぁ、続きをやりましょう!まだ時間はたっぷりありますからね!」

 「しれいかんに沢山おやつやゲーム買ってもらうんだから~!」

 「はっはっは、そう簡単には負けんぞ……さぁ残り三分!逃げ切れるかな!?」

 

 再び鬼ごっこが始まった。

 

 

 

 

 

 

 さて、ここで箒が行っている訓練について説明しよう。

 

 現在箒が行っているのは、前述した通りやや変則的な鬼ごっこのようなものである。そのルールは、

 

 

 ・プレーヤーは追い掛ける側と逃げる側に分かれ、交代しながら十分間ずつ行う

 

 ・追い掛ける側は模擬弾や模擬魚雷で攻撃をしながら逃げる側を追い掛ける。制限時間内に逃げる側のプレーヤーに三回攻撃を当てて全滅させるか、終了時に生き残った数が逃げる側より多ければ勝ち

 

 ・逃げる側は模擬弾や模擬魚雷で攻撃しつつ、追い掛ける側からひたすら逃げる。制限時間内に追い掛ける側に三回攻撃を当てて全滅させるか、終了時に生き残った数が追い掛ける側より多ければ勝ち

 

 ・被弾は追い掛ける側と逃げる側共に二回までは良し、三回目で退場となる

 

 ・使用可能な模擬弾と模擬魚雷の数は、追い掛ける側が最大十ずつ、逃げる側が最大三ずつ

 

 

 といった風である。ただ今回箒が追い掛ける側という事で、箒の武器も危なくないようハリセンに変わり、ハンデとして被弾回数が二回になっている。

 他にもいくつか訓練を箒は用意しており、艦娘の基本中の基本である砲撃・雷撃・対空等の訓練や、敵に接近された際の対処訓練(近接戦)等がある。

 

 「ははははは、逃げろ逃げろ!最後まで必死に足掻いてみせろ!」

 「ひゃ~!」

 「わわわっ!」

 

 再び鬼ごっこが再開され、朧と文月は必死になって箒かろ逃げ回る。箒は常に二人の逃げ道を塞ぐような立ち回りを披露し、反対に朧と文月は箒の隙を狙って逃げ道を作りつつ箒の攻撃を防いでいる。

 

 「朧ちゃ~ん、弾と魚雷はあといくつ~!?」

 「ごめんなさい、もう魚雷が一本しかないです!文月ちゃんはどう!?」

 「あたしは弾が一個と魚雷が一本~!ど~する~、攻撃する、それとも逃げる!?」

 「朧は『逃げる』で!文月ちゃんは!?」

 「もっちろん『攻撃する』だよぉ~!」

 

 二人の意見は見事に正反対となり、朧は箒から距離を取る動きを続け、逆に文月は箒に向かって攻め込んでいく。

 

 「来るか!」

 

 文月が迫ってくるのに対し、箒は横凪ぎにハリセンを振るった。それを文月は、なんと箒の腕を踏み台にして頭上を飛び越えて回避してきた。腕を踏み台にされた事で箒はバランスを崩し前のめりになる。そして文月は頭から海面に着水しながら最後の弾を箒に放った。

 

 「こなくそっ!」

 

 これを箒は、バランスを崩した状態から片足だけで海面を蹴って跳躍し、前転して見事に弾を避けて見せた。なんとか弾を避けて、箒は得意満面の表情をびしょ濡れ状態で素早く立ち上がった文月に見せる。しかしその表情は、すぐに鋭くなった。

 

 「ふふん♪」

 

 文月が笑っていたのだ。まるでこうなる事が分かっていたかのように。箒はハッと気づいた。今自分は前転の態勢になっている。それはつまり、

 

 「ここしかないです!!」

 

 朧が自身の死角に入るには充分過ぎたのだ。最後の魚雷を朧は思い切り箒目掛けて投げつけた。それに呼応するように文月も最後の魚雷を投げつけた。

 

 (間に合えっ!!)

 

 箒がハリセンを一つ文月が投げつけた魚雷に向かって投げつけ、同時にもう一つのハリセンで朧が投げつけた魚雷を防ぎに行く。文月の魚雷とハリセンはぶつかって互いに落とされた。そして朧の魚雷が箒に着弾ーー

 

 ビーーーーーーーッ!!

 

 「終了!そこまでです!」

 

 したと同時に、鬼ごっこ終了のアラームと海風の声が響いた。箒は背中からバシャンと海面に着水し、すぐに起き上がった。

 

 「ふぅ……文月の方は防げたが、朧の方がどうだったかが問題だな」

 「ですね。カメラ見て判断しましょう」

 「海風ちゃ~ん、カメラ見せて~」

 「はーい、ちょっと待って下さいね」

 

 三人は濡れた服を絞りながら陸に上がる。そして三人の様子を録っていた海風は、後ろにくっついている山風と共にビデオカメラの映像をスロー再生出来るように準備した。

 

 「はい、これで視れますよ」

 「よし。どれどれ……」

 

 三人がビデオカメラの映像を覗き込む。そこに映っていたのはーー

 

 

 

 

 「えっと……当たってませんね、これ」

 

 

 

 

 ーーハリセンにガードされた魚雷が、箒の背中スレスレで通り過ぎていく光景だった。

 

 「うわぁぁぁ!?ギリギリ当たってないぃぃぃぃ!!」

 「う~ん、ざんね~ん」

 「あ、危なかった……あと少しガードが遅れていたら負けていたか……」

 

 朧はショックのあまり『orz』の態勢になって悔しがり、文月は苦笑いを見せ、箒はもしもの事を考え戦々恐々していた。ちなみに二人の鬼ごっこの成績は、追い掛ける側と逃げる側をそれぞれ約二十戦行い、いずれも箒に圧勝を許している。今でこそ時間制限ギリギリまで追い掛けたり逃げたりが普通に出来るようになったが、最初の頃は一分掛からず全滅、ないしは体力切れでギブアップしていたのだから、大きな成長が窺える。

 

 「……と、とにかく今回も私の勝ちだな。しかし二人とも、この一週間で随分成長したな……最初は私の動きにまともについて来れなかったというのに」

 「それは提督が化け物みたいな動きばかりするからでしょ!?朧達と一緒にしないで下さい!」

 「それに一週間でしっかりついて行けるようになった朧さん達も大概だと海風は思いますが……」

 

 朧が悔しそうに箒に噛みつき、海風は超人的動きをする箒と、それについて行けている二人を見ながらボソリと呟いた。

 

 「カメラ役やってくれてありがとう、海風。お陰で助かった」

 「い、いえ……海風は当然の事をしただけで……」

 「……」

 

 手伝いのお礼を言う箒に、海風はあわあわしながら返答する。箒は「それが嬉しいのだ」と言って海風の頭を撫でてあげる。少し照れくさそうに微笑む海風に箒も癒されていた。そして今度は海風の後ろに隠れたままの山風の頭を撫で始めた。

 

 「山風もありがとうな。お姉ちゃんのお手伝いをしてくれて」

 「べ、別に良いのに……海風姉に頼まれて、手伝った、だけだし……」

 「それでもお礼を言わせてくれ。ありがとう、山風」

 

 優しく慈しむように箒は山風の頭を撫でる。山風はまだ恥ずかしいのか、海風に引っ付いたままで顔を真っ赤にしている。

 

 「さて、今日はもう終わりにしよう。明日からは訓練内容を緩くする、当日万全な態勢で挑む為にな」

 「はい!」

 「は~い」

 「ところで提督、一つお聞きしたいのですが……当日の会議は誰を連れて行くのか決めているのですか?」

 

 ここで海風が気になっていた事を箒に尋ねた。

 

 「ん?そうだな、会議には神通について来てもらう。五十鈴や龍田、それと阿武隈は私がいない間鎮守府を任せる予定だ」

 「トーナメントはどうしますか?」

 「前日に二人の練度を測って、それで判断する。それまでは秘密だな」

 「じゃあ、当日まで分からない、の?」

 「ああ……皆も、私もな」

 

 含み笑いを浮かべながら、箒は得意げに語る。

 

 「さぁ、夕食の準備だ。今日は何が食べたい?」

 「朧は生姜焼きが食べたいです!」

 「文月はねぇ、ハンバーグ食べたい!」

 「ハヤシライスも良いですね~」

 「えっと……か、唐揚げ……」

 「ははは、見事にバラバラだな!作り甲斐があるというものだ!」

 

 ワイワイ大騒ぎになる箒達。すると山風がふと箒を見てある事に気づいた。

 

 「てーとく……?あの、薬指の……それって……?」

 

 山風が指差したのは、箒の左薬指に光る指輪だった。それが気になったのか、他の三人もその指輪に目が釘付けになる。

 

 「うわぁ~、きれ~い」

 「指輪、ですか?もしかして提督はご結婚をされているのですか?」

 「これか?ああ、その通りだ。ここにやって来たのも、元々は私の旦那を探す為だったのだが……なんやかんやあって、ここの提督に落ち着いたという訳だ」

 「それで海上にいるのもおかしな話ですけどね」

 「まぁ確かに……」

 「提督の旦那さんはどんな方なんですか?」

 「ん、聞きたいか?話せば長くなるぞ、何せ沢山あるからな、自慢話が」

 

 鎮守府に戻る間、箒は話せる限りで牙也の話をした。皆興味津々で話を聞いてくれて、箒も思わず話が弾んでいき、夕食の間も話が止まらなかったので、龍田と五十鈴に揃って怒られてしまった。

 

 なおその際に牙也の実力についても話をしたのだが、「本気の私でも今まで一度たりとて勝てた事がない」という話を聞いた神通が、まだ見ぬ箒の旦那に対して静かに闘志を燃やしていたのは余談である。

 

 

 

 

 

 

 

 そして会議前日ーー

 

 

 

 

 「はいこれ」

 

 一通りの仕事を終えて一息ついていた箒に、五十鈴が二つに折った紙を手渡す。

 

 「お、練度測定が終わったのか」

 「ええ。ついでだから他の皆の練度も測定したわ。五十鈴もまだ中を見てないから、一緒に見ましょ」

 「待て待て、当事者の二人も呼ばなければ駄目だろう」

 

 箒はそう言って放送機を使って朧と文月を執務室に呼び出した。

 

 「失礼します」

 「お邪魔しま~す」

 

 数分後にやって来た二人は、いつも通りを装いながらも結果がどうなっているのか緊張した面持ちで箒の手元にある紙を見ていた。

 

 「よし、では発表するぞ。明日の会議について来るのはーー」

 

 

 

 

 

 

 



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Let's 大本営

 第十話、箒sideになります。




 朝5時。鎮守府の正門に、幾ばくかの荷物を背負った箒と神通の姿があった。二人は時計を気にしつつ、共に大本営に向かうあの艦娘が来るのを待っていた。

 

 「遅いな……大方緊張で寝られなくて寝坊してしまった、と言ったところか?」

 「恐らくそうでしょうね。あの子は朝に随分弱いようですし……ですが提督、そろそろ出発しなければ会議に間に合わなくなります」

 

 それは充分に理解しているので、箒は軽く頷いて合流を待つ。すると、

 

 「おーい提督ー!連れて来たぞー!」

 「ほら、急いで急いで!」

 

 正面玄関から隼鷹と松風が飛び出してきた。松風は荷物を、隼鷹は艦娘を背負っている。

 

 「来たか。すまんな隼鷹、松風。こんな朝早くから動いてくれて」

 「良いって良いって。大事な会議なんだし、文句なんて言ってらんないよ」

 「ごめんよ、まだ寝惚けてて準備が遅くなっちゃったんだ……ほらふみちゃん、しっかりしないと」

 

 隼鷹に背負われていたのは、文月だった。出発が朝早くという事で松風に起こして欲しいと頼んでいたのだが、きちんと起きられなかったようだ。松風が慌てて準備しているところにたまたま隼鷹が通りかかったのだろう。

 

 「むにゃあ……まだ眠いよぉ……」

 「まったく……まぁ良い。眠いならもう少し寝ておけ、私が背負って行く。神通、時間は大丈夫か?」

 「今からならまだ間に合います。提督、急ぎましょう」

 「あぁ。神通は文月の荷物を頼む。隼鷹、松風、皆によろしく伝えておいて欲しい」

 「あいよ。お土産楽しみにしてるよ、提督」

 「隼鷹さん、これは大事な会議なのですから……」

 

 呆れた表情の神通を箒が「まぁまぁ」と宥める。

 

 「では行ってくる。泊まり掛けになるから、帰りは三日後だな……それまでは龍田達にここを任せるから、そのつもりで」

 「なんであたしじゃないのさぁ?」

 「酒癖が悪いお前に頼むのはちょっとな。出来る限りで良い、五十鈴や龍田達を皆でサポートしてくれ」

 「うぐ……分かったよ、あたしも出来る限りサポートするよ」

 

 観念したのか隼鷹はそう言って文月を箒に預けた。松風も荷物を神通に手渡す。

 

 「では行ってくるぞ」

 「気を付けてー」

 

 箒と神通は荷物と文月を背負うと猛ダッシュで駆けていってしまった。三人を見送りながら、隼鷹がふとポツリと呟いた。

 

 「……あんだけの荷物と艦娘背負ってあのスピードって、うちの提督ヤバすぎるんじゃないのか?」

 「……隼鷹さん、それ今更だと思うよ」

 

 朝の正門に、松風の寂しげなツッコミが響いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 箒達がいる宿毛湾から首都に置かれた大本営に向かうには、一旦四国から本州に出る必要がある。深海棲艦が彷徨く海路など使える筈もない(艦娘が最低限しか連れて行けない為)上に、大本営まで結構な距離があるので、出来る限り移動は迅速に行わなくてはならない。

 箒達は鎮守府から離れた場所にある駐車場へと全力疾走した。滑り込むように駐車場に飛び込むと、まだ迎えの車は来ていないのか駐車場は車の一台も無かった。

 

 「良かった、迎えには間に合ったか……」

 「そうですね……ですが提督、考えてみれば鎮守府には買い出し等で使われる車が置かれている筈では?」

 「私は無免許なのだ。だから使えん」

 「え?では今までの買い出しは……」

 「全部自転車の全力立ち漕ぎだ」

 

 死んだ魚のように濁った瞳で箒は言う。相当大荷物で大変だったのだろう……と神通は考えたのか、それ以上は何も聞かなかった。すると駐車場に一台の軍用車が入ってきた。駐車場の一角に止まると、車から年季の入った軍服を着た体つきのガッシリとした壮年の男性が降りてきた。

 

 「やぁ、君が篠ノ之箒少佐で合ってるかな?」

 「はい、そうです。貴方は?」

 「や、挨拶が遅れたね。僕は龍瀬宗次郎(たつせそうじろう)、階級は准将だよ。定藤元帥の命で君達を迎えに来たんだ」

 「そうでしたか、元帥が……態々ありがとうございます」

 

 箒は文月を背負ったまま会釈する。本来なら失礼にあたるが、龍瀬は気にせず「いやいや、こちらこそ」と返した。

 

 「ご苦労様です、龍瀬准将。二ヶ月前の演習以来ですね」

 「やぁ神通、久しぶりだね。どうだい、新天地の生活は慣れたかな?」

 「はい、お陰様で。今日はよろしくお願いいたします」

 「こちらこそよろしく。さぁ、積もる話は大本営に向かいながらしよう。とにかく乗って乗って」

 

 龍瀬に急かされ、二人は荷物を車に積み込み、自分達も車に乗り込む。箒が助手席に、神通と文月は後部座席に座った。三人の乗車を確認し、車はゆっくりと目的地目指して動き出した。

 

 

 

 

 

 

 大本営に向かう道中、箒は龍瀬と今回の会議について等、様々な話をしていた。ちなみに文月はまだ眠っており、神通も到着まで仮眠を取り始めている。

 

 「そうですか、龍瀬准将は沖縄基地にお務めで……」

 「そうだよ、だから噂程度には君の話を聞いてる。宿毛湾と沖縄はよく海域奪還作戦で同じ役目を担う事になるから、情報共有がよく行われるんでね。勿論、今回の事も」

 「なるほど、では今後もお世話になるかもしれませんね」

 「だろうね。ところで篠ノ之少佐は、大本営での会議がどのような時に行われるか知ってるかな?」

 「はい、主に大規模な奪還作戦及び防衛作戦を行う際や海外への新規ルートの開拓、それに各鎮守府の提督や艦娘の人事を中心に会議が行われる、と教えられています」

 「うん、まぁそんな認識で良いよ。この会議は他にも艦娘や深海棲艦に関する新しい情報が入った時や、各国の艦娘達と連携する際にも開かれるんだ。覚えておいてね」

 

 龍瀬は車を運転しながら会議について説明した。

 

 「ちなみに今回は何をするかは?」

 「申し訳ありません、そこまでは……」

 「あー……そうだったね、まだ着任して間もなかったんだね。どうだい、鎮守府での生活や提督の仕事には慣れてきたかい?」

 

 龍瀬のこの質問に、箒は少し考えてから言った。

 

 「まだ何とも……艦娘達とはだいぶコミュニケーションが取れているので問題はありませんが、書類仕事がなかなか……」

 「あっはっは、やっぱりそうか。まぁ新任の提督は皆そうさ、沢山こなして慣れていかなきゃね。秘書艦はもう置いたのかな?」

 

 聞き慣れぬ単語に箒は首を傾げる。

 

 「秘書艦……ですか?」

 「あ、これは知らなかったか……簡単に言えば、君達提督の普段の仕事をサポートする役目を持った艦娘の事さ。大抵の鎮守府ーーまぁうちの鎮守府もそうだけど、大淀って娘が務めてるけどね。とにかく秘書艦は決めておいて損はないと思うよ」

 「そうですか……分かりました、鎮守府に戻ってから艦娘達と相談してみます」

 「そうすると良い。さて篠ノ之少佐、大本営までまだ距離があるし、しばらく仮眠でも取ってはどうかな?」

 「宜しいのですか?」

 「僕は別に気にしないさ。護衛の二人は既に夢の中のようだしね、朝早かったから当然だと思うけど」

 「……分かりました、ではお言葉に甘えて」

 

 箒はスッと目を閉じる。これから大本営で、どんな出会いがあるのか、またどんな話が持ち上がってくるのかーーそんな思考を巡らしながら、箒はゆっくりと夢の世界に落ちていった。

 

 

 

 

 

 

 

 どれくらい眠っただろうか。

 

 「篠ノ之少佐、起きて。大本営に到着したよ」

 

 龍瀬の呼び掛けによって箒は夢の世界から引き戻された。重たい瞼をゆっくり開けると、目の前には宿毛湾の建物よりも圧倒的大きさと広さの建物が聳え立っていた。車内から辺りを見回すと、目の前の建物には及ばないながら結構な大きさと広さの工廠とおぼしき建物も見えた。他にも大小様々な建物があちこちに建てられている。

 

 「ここが大本営……」

 「はい、その通り。よく眠れたようで何よりだよ」

 

 龍瀬はニコッと笑うと、車から降りて自身の荷物を下ろし始めた。箒も目を擦りながら車から降りると、既に神通と文月が荷物を下ろし終えていた。

 

 「しれーかん、おはよぉ~」

 「おはようございます。よく眠れましたか?」

 「あぁ、ぐっすりとな。荷物を下ろしてくれてありがとう、重かったろ?」

 「いえ、これくらいなら問題ありません。艦娘の力は伊達ではないので」

 

 神通は自身の荷物と箒の荷物を軽々背負って余裕の表情だ。流石艦娘、と言うところだろう。

 

 「ではここからは正面玄関の受付に向かって、そこで指示を受けてほしい。僕はこれから別の用事があるので、ここで一旦失礼するよ。また会議の時に会おう」

 

 龍瀬はそう言うと、荷物を背負って先に大本営へと入っていった。その後ろ姿に箒は「ありがとうございました」と一言。

 

 「では提督、ここからは私が案内します。ついて来て下さい」

 「分かった。文月、行くぞ」

 「は~い」

 

 三人は神通を先頭に、大本営の建物へと入っていった。

 

 

 

 

 

 

 

 受付は神通が箒の代わりにやってくれたお陰で、何も問題が起こる事なく建物に入る事ができた。そして三人は係の人の案内で併設された提督と艦娘用の宿泊施設にやって来た。案内された部屋は純和風と言った赴きで、三人が雑魚寝しても充分な広さがあった。

 

 「わ~い、お泊まりだお泊まりだ~♪」

 

 あまりに嬉しかったのか、文月は荷物もそこそこに部屋を走り回っている。

 

 「こら文月、あまり騒ぐなよ。他の部屋にも泊まる人がいるんだからな」

 「はぁ~い」

 「それでは会議までごゆっくりどうぞ」

 

 ここまで案内してくれた係の人はそう言って戻っていった。

 

 「さて、0900か。会議まで時間があるが、どうする?」

 「私は元帥の所にご挨拶に向かいます。提督と文月ちゃんはどうしますか?」

 「私は迷惑にならない程度に大本営を見て回ろうかと思うが……文月、ついて来るか?」

 「行く行く~」

 「では1030に大会議室で合流しましょう」

 

 こうして一旦神通と別れ、箒は文月を連れて大本営をあちこち見て回る事にした。

 

 

 

 

 

 

 「うわぁ~スッゴ~い♪」

 

 艦娘として生まれて初めて訪れた大本営。見た事のない艦娘、見た事のない装備、見た事のない景色……文月の目や体は右へ左へ忙しなく動く。箒が手を繋いでいるお陰で勝手に何処かへ行ってしまう事はないが、それでも危なっかしい。

 

 「あまりチョロチョロ動くものではないぞ、文月。誰かにぶつかったりしたら大変だ」

 「はぁ~い……でも見た事ないのばっかりだから、どれもこれも気になっちゃうよぉ」

 「まぁ確かにな。私も初めてここに来たが、なかなかどうして、素晴らしい所だな」

 

 箒も周囲を見回しながら文月に賛同する。食堂や娯楽施設、資料室に工廠。他にも様々で、何処も宿毛湾のそれより大規模で豪華で充実していた。

 

 「それにしても、本当に人や艦娘が多いな」

 

 人や艦娘犇めく廊下を縫うように通りながら、箒は大本営に集う人達の多さを実感している。宿泊部屋からそれなりな距離を歩いてきたが、事務員や大本営直属の艦娘以外にも、今日の会議の為にやって来た他の鎮守府の提督や艦娘の姿もあちこちで見かける。皆あちこちで挨拶を交わし、名刺を交換しあい、交流を深めていた。

 

 (私もいずれはああいう事をするのだろうか……いや、しなければならんだろうな。鎮守府運営の事も考えると)

 

 「あっ、しれいか~ん!あれ、何々!?」

 

 文月の呼び掛けに箒が目を向けると、文月が指差した先には仮設のテントがあり、そこに多くの提督と艦娘が列を作っていた。よく見るとテントの出入り口に『鎮守府対抗単独演習 受付』と看板があり、その横に艦種別のトーナメント表が張り出されていた。ほとんどが既に出場艦娘の名前で埋まっており、空きはもう少ししかない。

 

 「そうか、これだな。文月、お前が出場するのはこれだぞ」

 「ほぇ?」

 「忘れたのか、今日お前がついて来た目的を」 

 「文月、あれに出るの?」

 「そうだ。さぁ、受付を済ませておこう」

 

 箒は文月をつれて受付に向かった。受付には黒の長髪に白の鉢巻、改造されたセーラー服を着た艦娘が忙しなく受付を進めていた。二人は受付の前にできた列に並び、順番が来るのを待つ。

 

 「お次の方、どうぞ」

 

 そして遂に、自分達の番が来た。声に導かれて二人はテントの中へ入る。

 

 「初めまして、鎮守府対抗単独演習の受付をしています、『大淀』と言います。今回はどの艦種の部へ出場しますか?」

 「駆逐艦の部への出場だ。この文月が出場する」

 「はい、睦月型駆逐艦七番艦の文月ちゃんですね。失礼ですが、鎮守府はどちらですか?」

 「宿毛湾泊地だ」

 「はい、分かりました。ではこちらの用紙に必要事項を記入して私に提出して下さい。ペンはあちらのテーブルにご用意してあります。提出し終わりましたら、くじを引いていただきます」

 

 大淀は笑顔でそう言うと、テーブルに置いていた用紙を一枚取って文月に渡した。

 

 「その用紙への記入事項は、必ずしも全て記入する必要はありませんが、最低限必要な情報に関しては赤線で示していますので、そこは必ず記入をお願いします」

 「分かった。文月も理解したか?」

 「だいじょーぶ!」

 「ふふ、可愛いですね。では頑張って下さい♪」

 

 一旦場所を変え、文月は大淀から渡された用紙に必要事項を書き込んでいく。拙い文字ではあるが、文月は一生懸命にペンを動かしている。それが可愛らしくて、箒は思わずクスッとなった。

 

 「しれーかん、書けたよ~」

 「よし、じゃあ大淀さんに提出してくじを引こうか」

 

 用紙を握り締めて、文月は大淀の元へと駆けていく。そして用紙を彼女に渡すと、「ありがとうございます」と言って大淀はくじの入った箱を文月に差し出した。

 

 「この箱から一枚引いて下さいね」

 「はぁ~い」

 

 くじ箱に手を突っ込み、しばらくゴソゴソしていた文月。そして、

 

 「んぅ~……これっ!」

 

 箱からくじを一枚取り出した。それを大淀が受け取り、トーナメント表に文月の名前と鎮守府の名前を書き込む。そして大淀は更に別の箱を取り出して、そこからピンバッジを一枚文月に手渡した。

 

 「それを制服に分かるように付けておいて下さい。招集する際にそれを付けていないと出場出来なくなります、お気をつけて」

 「はぁ~い、ありがとうございま~す!」

 

 文月はバッジを制服の襟に付けると、箒を引っ張ってトットコ行ってしまった。それを見送り、大淀はため息をつく。

 

 「……大丈夫かしら。あんな可愛い娘が、こんな血生臭い大会に出るなんて……しかも相手は最悪よ……」

 

 さっき自分で書き込んだトーナメント表にチラリと目を向けながら、大淀は文月を心配していた。

 

 (横須賀鎮守府所属、白露型駆逐艦二番艦の『時雨』。数多いる我が日本海軍の駆逐艦の中でもトップクラスの駆逐艦が相手なんて……しかも試合がトップバッター。なんて運が悪い娘……)

 

 また何も知らない駆逐艦が蹂躙されサンドバッグにされるのだろう……この時の大淀はそう思っていた。

 

 

 

 

 

 

 それが根本的に大きな間違いである事には、当然全く気づく事もなく。

 

 

 

 



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会議風景/その頃のふみぃ

 第十一話、箒sideです。




 時刻は1020。大本営をぐるりと一回り見学してきた箒と文月は、会議参加の為に大会議室へとやって来た。

 

 「お待ちしていました、提督。ちょうど良い時間ですね」

 

 大会議室の扉の前には神通が既に待機しており、二人を見つけるとサッと駆け寄ってきた。

 

 「ああ、時間厳守だからな。私も提督の端くれだ、その辺りはしっかりしておかなければな」

 「当然ですね。あ、そう言えば朝言い忘れていましたが……提督、単独演習の受付は済まされましたか?」

 「大本営の見学中に受付を見つけたから済ませておいた、問題なく出場出来るぞ」

 「そうですか、良かった……連絡を忘れていて申し訳ありませんでした」

 

 神通の謝罪に、箒はその肩にポンと手を置く。

 

 「なに、結果的にきちんと受付出来たから良しだ。が、今後は気を付けるようにな」

 「はい、以後気を付けます。では提督、ここからは私がご案内致しますので、会議室へお入り下さい。文月ちゃんはあちらの控え室で待機をお願いします。くれぐれも他の艦娘の皆さんにご迷惑をかけないようにして下さいね」

 「は~い」

 

 文月は会議室から少し離れた場所にある控え室へトットコ走っていき、そのまま中へ入っていった。

 

 「さぁ、入りましょう。既に他の提督の皆さんがお待ちです」

 「あぁ」

 

 ギィィ……と重厚な音を立てて開かれる扉。神通に促され、箒は神通の後を追って大会議室に入っていく。

 

 大会議室には既に多くの提督が入っており、まだ提督に成り立てであろう気弱な提督とか、この道何十年と提督を務めているらしい威厳のある提督とか様々であった。それらの提督の目線は、皆一様に今入ってきた箒と、箒と共にいる神通に向けられている。しかし箒は意に介す事もなく、また神通もそれが当たり前のように会議室内を歩き、箒はちょうど空いていた後方の席に、神通は定藤元帥の所まで小走りで向かいその隣に座った。

 

 「さて、今ので全員揃ったかねぇ、神通や?」

 「はい、先程の篠ノ之少佐で全員になります」

 「はいよ。それじゃ時間は早いけど、大本営会議を始めようかね。まず会議の前に、今回新しく提督に着任した娘がいるから紹介しようかね。篠ノ之少佐」

 

 定藤元帥に呼ばれ、箒はスッと立ち上がり周囲に一礼する。

 

 「今月から宿毛湾泊地の提督に就任した篠ノ之箒少佐だよ。篠ノ之少佐、何か一言挨拶をおくれ」

 

 定藤元帥が自分で持っていた物とは別のマイクを神通に渡すと、神通は素早く小走りで箒の元へ向かい、箒にマイクを手渡した。

 

 「定藤元帥のご紹介に与りました、篠ノ之箒と申します。一般より提督となった身ゆえ、先輩方に遠く及ばぬ事が多々ありますが、少しずつ提督としての知識を吸収し、皆様のお役に立てるよう粉骨砕身して参ります。これからよろしくお願い致します」

 

 挨拶を終え、箒は神通にマイクを返して椅子に座り直す。

 

 「ふん、貴様のような一般上がりの馬の骨に艦隊運営が出来るのか?」

 「全くだわ。私達が大本営で育てた提督候補生達を差し置いて、どうしてこんな素人を宿毛湾のような大事な場所に置くのかしら?意味が分からないわ」

 

 先頭に座る提督達から侮蔑や罵倒の混じった声が上がる。それを皮切りに他の提督からも次々と文句の声が聞こえ出す。

 

 「黙るんだよ、馬鹿者共が」

 

 しかしそれらの声は、定藤元帥の圧を籠めた一言で強制的に止められた。

 

 「せっかく見つけた貴重な逸材を、お前さん達の下らない罵詈雑言でガラクタにするもんじゃないよ」

 「ほう。では定藤元帥、彼女はどんな逸材なのかご説明願えますか?」

 

 さっきまで箒に侮蔑の言葉を吐いていた一人の初老の男が定藤元帥にそう問い掛ける。定藤元帥は「やれやれ」と小声で呟きながら立ち上がり、マイクを握り直した。

 

 「今紹介した篠ノ之少佐はね、今のご時世では珍しい『はっきりと妖精が視認出来る』提督なんだよ。これを貴重と呼ばずして何て呼ぶ気だい?」

 「ほう!それでは妖精とも会話が出来るのですか?」

 「あたしも詳しくは知らないからね。どうなんだい、篠ノ之少佐?」

 

 話を振られた箒は(また面倒事か……)と頭を抱えながらも立ち上がった。

 

 「はい、妖精との会話も可能です。はっきりと、という訳ではありませんが」

 「ほほう!それは益々珍しい。どうだね篠ノ之少佐、私の下で働く気は無いかね?」

 

 初老の男のその質問を皮切りに、今度は箒の取り合いが始まった。私の所へ、いや私の所へ、いやいや私の所こそ相応しい、等々。本人の意思など露知らず、主に先頭に座る勲章持ちの提督達による貴重な逸材の奪い合いは熱を帯びていく。

 

 「だから黙るんだよ、馬鹿者共」

 

 再び定藤元帥の圧を籠めた一言。

 

 「今日はそんな事の為にお前さん達を呼んだんじゃないよ。勧誘なら終わってからにしな。本人が受け入れるかは別だけどね」

 

 そう言って定藤元帥は積み上げられた資料をいくつかのブロックに分けると、それぞれを職員に渡して提督達に配るよう命じた。

 

 「今配ったのは、今回この会議を招集した所以でもある『北方海域攻略作戦』に関する資料だよ。ここにいる全員が参加する訳じゃないが、皆一通り目を通しておくれ」

 

 提督達は皆配られた資料を黙読し始める。箒も資料を渡されると、それを同じように黙読し始めた。と言っても、すぐに理解出来るような内容ではなかったが。

 

 (……まったく分からん。ここにいる提督達はこういう資料の読み方等を学校で学んで熟知しているのだろうな)

 

 一般上がり故の理解の遅れを痛感しつつ、箒は引き続き資料を読み、元帥や職員の説明を聴く。

 

 「今日はこれを元に、進撃・撤退及び補給ルートの確認、それと予想される敵戦力について話し合っていこうかね。まず横須賀の所が提案したルートだがーー」

 

 

 

 

 

 

 (……まだかなぁ)

 

 一方こちらは控え室で待機中の文月。神通にここで待つよう言われて来たが、今の文月は非常に退屈していた。何せ控え室にはフローリングこそあれど他は十数個の椅子しか家具がなく、暇潰しになるような玩具もテレビも無かった。箒のお陰でゲームや玩具による暇潰しを覚えた文月にとっては、まさに地獄でしかなかった。

 唯一の救いが部屋の角に置かれたウォーターサーバーであり、喉が渇くであれ渇かぬであれこれを飲むだけでも少しは気が紛れる。

 

 (……やる事ないなぁ)

 

 と言っても暇である事に変わりはなく、文月は部屋の窓から外の景色をボーッと眺めてばかりいた。知り合いや姉妹艦がいれば少しは会話の一つでも出来ただろうが、生憎控え室には知り合いも姉妹艦もいない。と言うかそもそも、会話という概念すら無くなったのかというレベルで控え室は静かだった。

 更に追加で言ってみれば、控え室はあちこちで殺気が飛び交っていた。今日この大本営に来ている艦娘は、基本的に会議に参加する娘か、もしくは単独演習に参加する娘のどちらかしかない。現在会議中である事を考慮すると、今この部屋にいるのは全員単独演習に参加する艦娘となる。

 

 「……」ギロッ

 「……」ジロッ

 「……」ビクビク

 

 戦艦、空母、巡洋艦、駆逐艦、潜水艦。様々な艦がの艦娘が、それぞれが狙いを定めた者に殺気を飛ばし合う。殺気を飛ばす艦娘ばかりではなく、中には殺気に気圧されて震え上がっている艦娘もいた。恐らく初参加だったり、以前経験して痛い目をみている娘なのだろう。

 

 しかし文月はそんな状況を気にするでもなく、ただボーッと窓の外を眺めていた。部屋を飛び交う殺気を敢えて無視しているのか、そもそも殺気に気づいてないのか。それが分かるのは文月本人だけである。

 

 「失礼します」

 

 急に控え室のドアが開き、そこへ入ってきたのは、単独演習の受付をしていた大淀だった。何やら大きな紙を持っており、部屋にいた艦娘達がそれに目が釘付けになっている。

 

 「えー、今回の演習のトーナメントが確定しました。皆さんそれぞれで確認をしておいて下さいね」

 

 そう言って大淀は持っていた紙を広げて壁に張り付け、そのままサッと出ていった。途端にそのトーナメント表に大勢の艦娘が集まり、トーナメントの確認を始める。反応は様々で、ガッツポーズしたり呆然としていたり、はたまた絶望のあまり泣いていたりと喜怒哀楽がこれでもかとはっきり分かる光景だ。

 やがてある程度人混みが晴れると、ようやく文月はトーナメント表を確認しにやって来た。

 

 「んぅ~……あ、あった!」

 

 トーナメント表の文月の名前はトーナメントの一番左端にあり、演習相手の名前の欄には『横須賀鎮守府所属 時雨』とあった。

 

 「やぁ。君が僕の演習相手かい?」

 「ふみ?」

 

 すると突然後ろから声を掛けられた。振り向くと、声の主はセーラー服を着て三つ編みセミロングの黒髪から獣耳状の外ハネが特徴の艦娘だった。

 

 「だぁれ?」

 「僕は時雨。君の演習相手さ」

 

 時雨は自己紹介してから右手を差し出して握手を求めてきた。文月はキョトンとしながらトーナメント表を見返す。それで納得した表情を見せると、同じように右手を差し出して握手に応えた。

 

 「あたしぃ、文月って言うのぉ。よろしくぅ~」

 

 ニパッと笑顔を見せながら文月も自己紹介。時雨も同じく笑顔を返し、握手を続ける。

 

 「君は今回が初参加なのかい?」

 「んぅ~……あたし、ここに来るのも初めてなの~」

 「そうなんだ、じゃあ僕の事も、ここに集まってる娘達の事も知らないみたいだね。それは可哀想に……」

 「ほへ?」

 

 何の話をしているのか分からず、文月はまたキョトン。すると時雨は文月の肩に両手を置いてこう言った。

 

 「文月ちゃん。君はこの演習、棄権した方が良い。何も知らずに僕達に挑むのは、どう考えても自殺行為だよ」

 「???」

 「その証拠に、ほら見て」

 

 そう言って時雨が指差した先に、何やら紙に何かを記入している艦娘が数人いた。誰も真っ青な表情で必死に紙に記入している。

 

 「あの娘達が書いてるのは、棄権届だ。相手が相手だから、敵わないって分かってるからこその判断だよ。周りを見回してみて。君以外に棄権届を書いてない娘がいるかい?」

 

 そう聞かれて文月が回りを見ると、冷ややかな目線を送ってくる一部を除いた自分以外の艦娘は皆棄権届を書いて一目散に提出しに行っている。

 

 「書いてない娘いるよ~?」

 「彼女達は僕と同じ横須賀鎮守府か、それ以外の鎮守府ーー呉、舞鶴、佐世保の艦娘。君よりも圧倒的に強いんだよ」

 「強いの~?」

 「何年も深海棲艦と戦い続けてるからね。だからこそ、経験の少ない君達と戦うのははっきり言って無意味なんだよ」

 

 時雨の眼は、さっきよりも鋭くなっていた。

 

 「それに君を見た感じ、まだ君は改装すらやってないみたいだね。それで改二改装を済ませてる僕に敵うと思わない方が良いよ」

 

 そして更に眼を鋭くして言った。

 

 「もう一度言おう。君は棄権した方が良い。どう足掻いても結果は知れてるんだ。あのトーナメントに名前が載っただけでも素晴らしい事なんだ、寧ろ誇って良い。それでもやるって言うなら……僕は容赦しない」

 

 時雨は文月の肩から手を離すと、集まっている同じ鎮守府の艦娘の元へ戻っていった。そしてペチャクチャ会話を始める。

 

 「……?分かんないなぁ。なんでまだ演習してないのに、結果が見えてるんだろ?」

 

 違う、疑問に思うべき箇所はそこじゃない……

 

 「……しれーかんまだかな~」

 

 文月はまた窓の外の景色を眺め始める。まるで先程の時雨の話などどうでも良いかのように。

 

 結局文月は締め切りになっても棄権届を書いて提出せず、演習参加が確定した。トーナメント表では唯一、横須賀・呉・舞鶴・佐世保の艦娘以外の鎮守府から参加となったのである。

 

 

 

 

 

 

 



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たとえ弱くても

 第十二話、箒side

 胸糞表現あります、無理な方は読むのをお控え下さい。




 時刻は正午を過ぎ、会議は一旦ストップして休憩時間となった。受け取った資料をファイルにしまい、箒は一先ず文月と合流する為艦娘の控室に足を運んだ。すると控室からは既に沢山の艦娘が出てきており、それぞれが仕えている提督の元へ小走りで向かっていた。

 

 「あ~しれいか~ん」

 

 その中から一際気の抜けた声が聞こえる。見ると文月が小さな手を懸命に振りながらこちらへ走ってきていた。そのまま文月は箒に抱き付き「えへへ~」と可愛い笑みを見せる。

 

 「しれいか~ん、あたししれいかんや神通さんの言う事ちゃんと守っていい娘にして待ってたよぉ、偉い~?」

 「ああ、偉いぞ文月。さぁ、お昼ご飯にしよう」

 「は~い」

 

 箒は文月と手を繋ぐと二人揃って食堂へ向かった。

 

 

 

 

 正午を過ぎたばかり故か、二人が到着した時には食堂は沢山の人で混雑しており、厨房では十数人のコックが忙しなく動いて料理を提供していた。

 

 「ほぅ、やはり広いな。そしてこの混雑……料理も期待できそうだな」

 「良い香り~。あたしお腹ペコペコ~」

 

 二人は目の前にできた列に並び、順番が来るのを待つ。ふと箒は食堂の机が並ぶ方を見た。

 

 (……なんだこれは?)

 

 箒の目線の先では、異様な光景が広がっていた。席に座ってご飯を食べているのは提督や大本営で働く職員だけ。艦娘はと言うと、提督の後ろに立って眉一つ動かさず静止している。

 

 (一体なぜこのようなーーああそうか。認識の齟齬か)

 

 初めて鎮守府に来た時、箒は五十鈴や響と言った一部の艦娘に食事を提供した(龍田に妨害されて全部台無しになった)が、その時彼女達は食事の何たるかを知らないと言った。つまりこの世界の艦娘は、自分達も食事が出来る、美味しいという感情があるという事を知らないのだろう。ならばこの異様な光景も納得できる。

 

 「しれいかん、なんで皆ご飯食べてないのかなぁ?ご飯って美味しいのに……」

 

 文月もその光景が気になったのか、小声で箒に聞いてきた。

 

 「文月。お前達は私に会うまで、食事の何たるかを知らなかっただろう?それまでは燃料や弾薬の補給が食事のようなものだったのだろう?恐らく『艦娘に食事は必要なし』という考えが提督や艦娘に染み付いているのだろうな」

 「ふみぃ……よく分かんないなぁ」

 「癖のようなものだ。文月、お前は『その喋り方を今すぐ止めて普通に敬語で話せ』と言われて、すぐに変えられるか?」

 「う~ん……できないかもぉ」

 「だろう?それと同じだ。一度根付いた癖は、簡単には取り払えないのだ」

 

 そんな事を話していると箒達の順番が回ってきたので、箒は鶏天定食を、文月はハンバーグランチをコックに注文した。コックは何やら怪訝そうな表情をしていたが、箒が一睨みするとすぐに営業スマイルに切り替えて厨房に注文を通した。そして料理を受け取ると、二人は食堂の一番奥の席に陣取った。

 

 「いただきます」

 「いただきまぁす」

 

 二人揃って手を合わせて食前の挨拶をし、昼食を食べ始める。文月は口元がソースで汚れるのも構わずハンバーグにハグハグかじりついた。

 

 「こらこら、落ち着いて食べろ。はしたないぞ」

 

 ナプキンで文月の口元を拭いてあげながら定食の鶏天に手を付ける箒。サクサクと衣の食感が心地よい。ふと周りを見渡すと、食堂にいた提督も艦娘も、果てはコック達まで皆一様に箒達を見ていた。それほど艦娘が食事をしているのが珍しいのだろう。そして聞こえだす提督やコック達のヒソヒソ話。「何故艦娘に食事をさせているのか」だの「これだから何も知らぬ一般上がりは……」だの聞こえてくる。提督達の後ろに立つ艦娘達もまた、食事をしている文月を見て驚き、そして非難の視線を向けてきた。

 が、箒はそれを全て無視し、文月に至ってはそもそも声や視線に気づいてないのか相変わらずハンバーグにかじりついている。

 

 「ご馳走様でした」

 「ご馳走さまぁ~」

 

 やがて全て食べ終えると、二人揃って食後の挨拶。そして食器を返却口に置くと、仲良く手を繋いで食堂を出ようとした。

 

 「待ちなよ、君」

 

 と、二人を呼び止める声。箒が目を向けると、食堂の出入口付近に座っていた一人の提督が立ち上がって箒の前に立ち塞がった。顔立ちの良く、軍服の上に高そうな装飾品を沢山下げた二十代とおぼしき男の提督は、箒に向かって気味悪い笑みを向ける。

 

 「……何のご用ですか?」

 「用?それは君一番理解してるんじゃないのかい?艦娘に食事を取らせるなんて、随分とふざけた事をしてるんだね。人間の真似事を艦娘にさせて楽しいかい?」

 

 それを聞き、箒は(やれやれ)と内心だるそうにしていた。恐らくさっきの光景が気に入らなくてちょっかいを出そうと呼び止めたのだろう。艦娘達はともかく周りの提督達は止める風でもなくただそれを見ているだけなので、彼と同じ思考なのだろうと箒は読んだ。チラリ彼の軍服を見ると、どうやら目の前の提督の階級は少将らしい。

 

 「逆に聞きますが、艦娘に食事をさせる事が何か問題になるのですか?」

 「なるとも。僕達他の提督を不快にさせるっていうね」

 

 そう言って男は箒を睨み付ける。と言っても、目線は箒の体の一部分ーー豊満な胸に行っているのがまるわかりではあるが。

 ふと文月を見ると、繋いだ手を更にギュッと握り締めて心配そうに箒を見ていた。箒は「大丈夫」の意味も込めて文月の頭を撫でてやる。それで文月が少し落ち着いたのを確認し、箒は改めて目の前の男に向き直る。

 

 「その程度で不快感を覚えるとは、ここにいるのは随分狭い心をお持ちの方ばかりなのですね」

 「……何だと?」

 「そうでしょう?『艦娘が食事をしている』という下らない理由で貴殿方は不快感を露にしているのですよね?その程度の事もスルー出来ないとは、なんとまぁ薄っぺらい心の持ち主のようで」

 

 箒の挑発も含めた言葉に、食堂全体に殺気が籠る。

 

 「……僕は優しいからねぇ、誠意を見せてくれるのなら、君のその暴言を許してあげなくもないよ?」

 

 若提督も平静を装ってはいるが、額にはハッキリと青筋が出ている。

 

 「ちなみに誠意とはどのような?」

 「決まってるよ……こういう事さ!」

 

 若提督はなんと公衆の面前で箒の豊満な胸を鷲掴みにした。周りからは「おお……」と声が上がる。誰も注意しない辺り、黙認されているのかもしれない。

 

 「うーん、なんとも柔らかい……素晴らしい体をしているねぇ、君」

 「セクハラですよ、これは」

 

 ご満悦な表情で箒の胸を揉むセクハラをする若提督。箒の注意にも全く耳を貸さない。箒は心中殴りたい衝動を必死に抑えている。

 

 「まぁ簡単に言うとだね、僕の妻になりたまえ。そうすれば許してあげなくもないよ?」

 「……私は既婚者なのですが」

 

 箒は左手の薬指の指輪を若提督に見せながら言う。その額には青筋が出始めていた。

 

 「へぇ、ますます気に入ったよ。だったらそんな馬鹿な奴とはさっさと別れて僕と一緒になると良い。何一つ不自由のない生活が待っているよ?」

 

 若提督は箒の胸を揉みながらその肩に腕を回す。周りの提督は羨ましそうにそれを見ているだけで、助けようともしない。

 

 「お断りします。ボロ雑巾の如くこきつかわれて捨てられる未来が見えるので……というかそろそろ人の胸を揉むのを止めてくれませんか?」

 「だったら抵抗の一つでも見せたらどうなんだい?抵抗しないって事はこういう事しても問題ないって事なんだろう?」

 「もし私が抵抗の一つでもしたら、貴方はそれを上官に対する暴力とみなすつもりでしょう?そしてそれを傘に私に従うよう命令する。下らない魂胆が見え見えですよ」

 

 できる限り冷静になり、落ち着いた表情を繕って若提督に渡り合う。流石の若提督もイライラを隠せなくなってきたのか、同じくその顔には青筋が出始めていた。

 

 「ハッハッハ、随分と面白い事を言うんだね、君は。益々君の事が欲しくなったよ」

 

 そう言いながら若提督は後ろから箒を抱き締めるような態勢になる。そして箒の耳元でヒソリと囁いた。

 

 「ねぇ、別れちゃいなよ。奥さんにばかり働かせる『愚かで無能な』人とはさぁ」

 

 愚か、無能ーーその言葉を聞いたその時……箒の中で何かがプチンと音を立てて切れた。同時に文月も身の危険を感じたのか、手を離して箒から距離を取る。

 

 「……るな」

 「ん~?今何て言ったのかなぁ?」

 

 

 

 

 

 

 

 「私の旦那を……私の愛する夫を……私の前で二度と馬鹿にするなッ!!」

 

 

 

 

 

 

 箒は自らの胸を鷲掴みしていた若提督の腕を千切れん程に掴むと、そのまま豪快な一本背負いで投げ飛ばした。

 

 「うわぁぁぁぁぁぁ!?」

 

 投げ飛ばされた若提督はそのまま食堂の出入口から飛び出して背中から壁に激突し、頭から地面にずり落ちてそのまま気を失った。投げの勢いを物語るかのように、若提督が激突した壁は大きな皹が入ってしまっている。

 食堂にいた提督や艦娘は唖然としており、声すら出てこない。中には飲み物を飲もうとしてその光景を目にし、飲み物を入れたコップを傾けたまま呆然となってしまって飲み物が盛大に零れてしまっている提督もいた。

 

 「ハァ……ハァ……」

 「……しれいかん、大丈夫?」

 

 膝をついて肩で息をする箒に、文月が駆け寄って心配そうにしている。箒は「大丈夫だ」と言って無理に笑顔を作って文月の頭を撫でた。

 

 「お部屋、戻る?」

 「そう、だな……一旦落ち着きたい」

 

 文月の肩を借りて立ち上がり、箒はフラフラと歩き出した。その後ろを心配そうに文月が追い掛けていく。残されたのは、未だ気絶している若提督とあの光景を目にした提督達や艦娘。いつもは騒がしい食堂が、今だけは音という存在が無くなってしまったかのようにシーンとしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 フラフラと部屋に舞い戻ってきた箒は、部屋に上がるなり壁に寄り掛かってずり落ちるように座り込んだ。文月は自分の荷物をゴソゴソ漁ると、中からミネラルウォーターを出してコップに注ぎ、箒に差し出した。箒は「ありがとう」と弱々しく言ってそれを一気に飲み干す。

 

 「しれいかん……」

 「……心配かけたな。もう大丈夫だ」

 

 箒は弱々しい笑みを見せながら文月を撫でる。しかし文月はまだ心配そうにしている。

 

 「情けない姿をみせてしまったな……やはり私はまだまだ弱いなぁ……これしきの事で熱くなってしまうとは……」

 「……」

 

 箒は悲しそうに言葉を紡ぎだす。

 

 「……弱くないもん」

 「……え?」

 「しれいかんは弱くないもん!」

 

 文月が声を大にして叫ぶ。その目には大粒の涙が浮かんでいた。

 

 「しれいかんはあたし達を助けてくれた!あたし達を守ってくれた!あたしや朧ちゃんや皆を強くしてくれた!そんなしれいかんが弱い訳ないもん!」

 「文月……」

 

 掌から血が滲む程に強く手を握り締めて叫ぶ文月。そこにあるのは、箒に対する確固とした信頼。それが嬉しくて、箒にもまた静かに涙を流す。そして文月をそっと抱き寄せて優しく包み込んだ。

 

 「文月……ありがとう」

 「しれいかん……泣いてるの?」

 「あぁ……嬉しくて、な」

 

 泣き笑いを見せながら箒は文月を優しく撫でる。文月もお返しとばかりに箒をギュッと抱き締め返す。牙也とは違う、文月のほんわかとした性格を彷彿とさせる穏やかな暖かさを感じながら、箒は嬉し涙を流し続けた。

 

 

 

 

 

 

 「しれいかん、大丈夫?」

 「あぁ、もう大丈夫だ。心配してくれてありがとうな」

 

 しばらくしてお互いようやく泣き止み、まだ自身を心配してくれている文月に箒は笑顔で応える。文月もまた「良かったぁ」と安堵の笑顔を見せた。

 

 「……そう言えば文月、トーナメントの方は大丈夫なのか?」

 「ほぇ?」

 

 文月が時計を見ると、時刻は1320になるところだった。

 

 「ふわぁ、もう行かなきゃ!1330に集合って言われてた!」

 「そうか、じゃあ早く行って来なさい。私の事はもう良いから」

 「はぁい」

 

 文月は急いで制服にピンバッジを付け、簡易モードになった艤装を付ける。

 

 「……文月」

 「なぁに、しれいかん?」

 

 そして部屋を出ようとした文月を箒は呼び止め、もう一度優しく撫でてあげた。

 

 「良いか、文月。トーナメントの結果がどうなろうと構わん……お前が今出せる全力を相手に思い切りぶつけてくるんだ。そして……決して無茶だけはしないでくれ」

 「はぁい」

 

 相変わらず気の抜けた返事で応え、文月は部屋を飛び出していった。本当に分かったのだろうか、と箒は心配でならない。

 

 「さて、会議までまだ時間がある。私はどうするか……」

 

 会議再開は1600。時間はまだあったので、何をしようかと考え込み、そしてある事を思い出した。

 

 「そう言えば、この大本営に何人かうちの艦娘がここに預けられていたな。ちょっと会ってみるか」

 

 以前五十鈴と龍田に宿毛湾泊地所属の艦娘のリストを見せてもらった時、その中に数人ほど修理で大本営預りとなっている艦娘がいたのを思い出した。せっかく大本営に来たのだし、試しに会ってみよう。そう思い立って、箒は彼女達を探しにまた大本営を歩き回る事になった。

 

 この選択が、後にちょっとした運命の出会いを呼ぶのだが、それはまた追々。

 

 

 

 



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元帥と大将

 第十三話、箒side




 「元帥、即刻あの無礼な女を解任して下さい!」

 

 定藤元帥が普段使用している執務室に金切り声が響く。定藤は「やれやれ」といった表情でその金切り声を受け流してはいるが、目の前の女ーー腰まである黒髪が特徴の提督『中川秋穂(なかがわあきほ)』の表情はまさに鬼のようで、今にも定藤に噛み付かん勢いだ。

 

 「あの女は私の甥に大怪我をさせたんですよ!?いずれは私の跡を継ぐ事になる私の甥を!私が手塩にかけて育ててきた後継者を!あんな野蛮な女に提督業など任せられる筈がありません!」

 「まぁまぁ落ち着きたまえ、中川君」

 

 怒りが治まらず未だ吠えたてる中川を、隣に座る角刈り白髪の男ーー『瀬尾春隆(せおはるたか)』が諫める。

 

 「これが落ち着いていられますか!?本来私の甥が着任する筈だった宿毛湾に、一般上がりの素人が着任した事もそうですが、あろうことかその素人に私の甥が大怪我を負わされたんですよ!?黙ってられる訳がないでしょう!」

 「だからこそ落ち着くんだ。血気に逸ればそれこそ敵の思う壺……そうだろう?」

 「っ……分かりました」

 

 瀬尾に窘められ、中川は取り敢えず表面上は心を落ち着かせた。喧しい喚声がようやく止まり、定藤は小さくホッと一息つく。

 大本営の演習場で行われる『鎮守府対抗単独演習』の開会式に参加し、形式的な挨拶をして帰ってきた定藤を待っていたのは、鬼のような形相の中川と、彼女をなんとか落ち着かせようとしている瀬尾、そしてもう一人。

 

 「全く……怪我した程度の事でそんな金切り声を上げるとは、恥ずかしくないのかね?『舞鶴の荒鷲』の異名が泣くぞ、中川大将」

 「後継者が未だにいない貴方には分からないでしょうね、『横須賀の軍神』。さっさと後継者決めて一線を退いたらどうなんですか、齋藤大将?」

 

 中川の返しにイラッとした表情を露にする、無精髭の男『齋藤史龍(さいとうふみたつ)』。齋藤は忌々しそうに胸ポケットから煙草を取り出して吸う。本当は執務室は禁煙なのだがお構い無しの状態だ。てんで纏まりのない三人に、定藤の口からは思わずため息が零れる。

 この三人はそれぞれ、中川は舞鶴、瀬尾は呉、そして齋藤は横須賀と、日本を代表する四大鎮守府を指揮する提督達だ。もう一つ佐世保がこの四大鎮守府に含まれるが、現在佐世保の提督は単独演習の運営委員として動いておりこの場にはいない。

 

 「それよりも元帥、龍瀬君から聞きましたよ。そこの神通をかの宿毛湾に移籍させたとか……何の思惑あっての事ですか?」

 「思惑なんざたかが知れてるさね、瀬尾。あたしゃあの娘に期待を寄せてるのさ。だからこそあたしは神通をあそこに送った。それだけさ」

 「本当にそれだけなのかしら?私には別の思惑が見えてならないわ……例えば、緊急の避難場所の確保とか」

 

 中川が冗談めいた口調で話すと、定藤はケラケラと笑い始めた。

 

 「今さら避難場所なんざ作って何になるのさね?だったらもっとしっかりした場所にでもこっそり作っておくさ」

 「でしょうな。それに元帥はそう簡単にくたばる柔な方ではありますまい」

 「齋藤、それはあたしに対する僻みかい?」

 「まさか」

 

 そんな軽口を叩き合う四人。その様子を神通はやや緊張した面持ちで見つめていた。見てくれでは腐れ縁の如く仲が良さそうに見えなくもないが、実際は互いに牽制し合っている状況なのである。一歩間違えればそこから一気に転落するスレスレの状態。そこには素人では分からない空気の流れがあった。

 

 「ところで神通や。新しい職場はどうだい?慣れてきたかい?」

 「は、はい。育て甲斐のある娘が多く、忙しい日々です」

 「ふん、果たしてどうかな?神通の行う訓練はそれこそ地獄だ、表面上はついて行けていても、影では悪口の一つや二つはでているのではないかね?」

 「いえ、そのような事は……」

 

 この時神通は一つ嘘をついた。実際は宿毛湾泊地に移ってからほとんど仕事ができていない。何故なら着任して数日と立たぬうちに箒との演習で瞬殺され、この大本営での会議の前々日まで怪我の治療に追われていたからだ。

 神通は何とかそれを悟られまいと表情をあくまで冷静にするが、定藤は近況を尋ねた際に神通の表情が少し強ばったのを見逃さなかったが、ここでは口に出さないでおく事にした。

 

 「ふぅん……まぁ神通がそう言うのならそうなんだろうね。少佐はどうだい?」

 「篠ノ之少佐は覚えは良いのですが、書類仕事は不慣れのようで、それでよく私に色々尋ねてきますね。とは言え時間をかけて育てれば、立派な提督に成長するかと思います」

 「そうかい、それは良かった。瀬尾、あんた近場なんたから今後彼女を気にかけておくれよ」

 「はっ」

 

 瀬尾は軽く頭を下げて応える。瀬尾は定藤とは先輩後輩の関係で、初期の海軍では共に作戦を指揮した程の仲であり、定藤は彼にかなりの信頼を寄せていた。しかしここ最近は艦娘の運用法を巡っての対立もあってか、両者の仲は芳しくなかった。定藤は艦娘の減少を憂いて、防衛戦中心の運用法を挙げたが、一方の瀬尾は侵攻戦中心の運用法を挙げた。これが二人の仲に亀裂を生んだのだ。

 

 それに拍車をかけたのが、齋藤や中川と言った艦娘積極運用を推し進める一派、名付けて『征伐派』の台頭だ。簡単に言えばこの一派は、艦娘を次々建造したり、ドロップという海域を攻略した際に稀に艦娘が現れる現象を利用して艦娘を増やし、ガンガン攻めていこう、という考え方の提督が集まって形成されている。といっても、実際は建造・ドロップした艦娘をろくに育てず次々と海域に出撃させては轟沈させるのを繰り返してばかりの為、定藤は彼らの考えを否定的に捉えており、一方の瀬尾は形は違えどこれに肯定的だった。故に瀬尾の意思は、段々と齋藤達征伐派へと傾き始めていたのである。

 

 ちなみに定藤元帥のように艦娘達をできる限り温存し、なおかつ勝てる運用を進めようとしている一派を『雌伏派』と呼ぶのだが、征伐派の台頭により現在当初の勢いは鳴りを潜めている。この状況に定藤は頭を痛めていた。

 

 「それはそうと元帥!あの野蛮な女に対する処罰をどうするおつもりですか!?貴女が推薦なさった者でしょう!?然るべき処罰をお願いしますわ!」

 「何度も言わせないでくれるかねぇ……さっきも言ったが、今回は関係者全員に厳重注意で済ませるさね。確かに怪我を負わせた責任が篠ノ之少佐にはあるが、元を辿れば若提督のセクハラが原因なのは明白。そればかりか回りにいた者達は誰一人として止めようともしなかっただろう?そもそも誰かが止めさえすれば起こらなかった事さね」

 「まぁ当然だろうな。以前から彼のセクハラは目に余るものがあったと聞く……これを機に少しは自重をしてほしいものだ、まして中川大将の後継者だと言うのなら尚更な」

 「う……ぐ……」

 

 定藤と齋藤の前に言葉もでない中川。正論故に反論も出来ず、中川は大人しく引き下がるしかなかった。歯軋りしながら中川は来客用ソファに座り込む。と、ここで執務室のドアがノックされた。

 

 「龍瀬宗次郎、定藤元帥の出頭命令により参上しました」

 「おう、来たかぇ。入りなさい」

 

 「失礼します」と言って入ってきたのは龍瀬だ。左手に何やらファイルを抱えた龍瀬は執務室に入るなり、齋藤達大将が揃い踏みしているのを見て素早く敬礼した。

 

 「楽にしたまえ、龍瀬准将。別に咎める気がある訳ではない」

 「はっ」

 「龍瀬、頼んでおいた物は揃えたかい?」

 「はい、こちらに」

 

 龍瀬は持っていたファイルを定藤に手渡す。定藤がその中身を取り出すと、テーブルに綺麗に並べていった。

 

 「さてと、どう振り分けたものかねぇ」

 

 テーブルに並べられたそれは、大本営で建造された艦娘達のリストだった。彼女達はまだ着任先が決まっておらず、現在も元帥預りとなっていた。そのリストの艦娘はほとんどが駆逐艦で、たまに軽巡洋艦や重巡洋艦がいるくらいだ。

 

 「まったく、今回も駆逐艦ばかりか……たまには戦艦とか空母が来てほしいものだな」

 「文句を言っても仕方ないでしょう。建造で邂逅する艦娘はランダムなのですから、私達の一存では決められませんし」

 「そうは言っても言いたくなるものなのだ、これに関してはな……最近うちは空母が足りなくなっていてな」

 「あら、横須賀も?こっちも空母が足りないのよ、困ったわね……」

 

 三人の大将はぶつぶつ文句を垂れながら艦娘のリストを一枚一枚手に取って読み、渋い表情をしながら次のリストを手に取る。

 

 「選りすぐりするもんじゃないよ。きちんと育てれば皆充分な戦力になるんだ、文句ばかり言ってないでささっと選びな」

 「仰せのままに、っと……」

 

 定藤に対してもこの態度の三人に、定藤はまたため息を溢し、龍瀬もまた苦笑いを浮かべた。

 

 「ああ、そうだ。元帥、こちら今年の単独演習のトーナメント表になります」

 

 龍瀬が軍服の胸ポケットからA4サイズの折り畳まれた紙を取り出して広げ、定藤に手渡す。それを広げてみると、各艦種別にトーナメントが組まれ、広く名の知れた艦娘の名前が多く入っていた。更に龍瀬は同じ物を大将達にも手渡す。

 

 「なるほど、今年はこうなったか。では今年も優勝は我が横須賀が独占するとしようか」

 「いいえ、今年は舞鶴が制すわよ。去年の雪辱を果たして見せるわ!」

 「おっと、呉や佐世保もお忘れなきよう……簡単には負けませんよ」

 

 互いに火花を散らす大将達。それを横目に、定藤はトーナメント表をつまらなさそうに見ていた。

 

 「やれやれ、今年も四大鎮守府の独断場か……何とも色が無くなってきたねぇ」

 「四大鎮守府の艦娘達は他とは比べ物にならない実力を持っています、あまりこうは言いたくありませんが、当然ではないかと……」

 「馬鹿だね、当然になってはいけないんだよこういうのはさ……あたしとしては他の鎮守府からももっと出場してほしいんだけどねぇ」

 「なかなか難しいかと思います。彼女達の強さを理解しているならば尚更……」

 「だねぇ……何か新しい風でも吹いてくれれば楽しめそうなんだがね……おや?」

 

 そんな会話をしながら全艦種のトーナメント表を見ていた定藤は、駆逐艦のトーナメント表を見ている途中で目を止めた。定藤の表情は、本人も無意識に笑顔になっていた。

 

 「元帥、何か……?」

 「……ヒッヒッヒッ。篠ノ之少佐め、自ら新しい風を起こそうってのかねぇ?」

 

 定藤のその発言に、大将達や龍瀬はトーナメント表を覗き込む。そこには四大鎮守府以外で唯一出場している宿毛湾の文月の名前があった。

 

 「おや?確か宿毛湾は神通が移籍した鎮守府では?ならば神通を出場させれば良かったのでは……」

 「瀬尾、忘れたか。着任一年以内の提督は、鎮守府内で一番練度の高い駆逐艦しか出場させられんのだぞ」

 「あっ……そう言えばそういう規定でしたな、忘れていました。しかし運がありませんでしたな、この娘は」

 「そうね、まさか初戦が横須賀の時雨なんて、ついてないわぁ」

 「まあ時雨にしてみれば、次戦の準備運動にはなるだろう。消化試合という事だな」

 

 高笑いの響く執務室。と、外の廊下からバタバタと誰かが走ってくる音が聞こえてきた。その足音は執務室の前で止まり、更にドンドンとドアを強く叩く音も響いた。

 

 「お話中のところ失礼致します!齋藤大将はいらっしゃいますか!?」

 「その声は武藤か。儂はここにいるぞ、入ってこい」

 

 齋藤の許可で執務室に飛び込むように入ってきたのは、『武藤敦輝(むとうあつてる)』。齋藤の部下として下田に置かれた鎮守府を運営する提督で、階級は少将。齋藤の指揮の下様々な作戦に参加してきたベテランである。

 

 「どうした武藤。今日は単独演習の委員として佐世保の薙と共に動いていた筈じゃないのか?」

 「あ、はい、そうなのですが……と、とにかく大変なんです!」

 「落ち着きなさい。演習で何かあったの?」

 「は、はい……先程から潜水艦と駆逐艦の単独演習が行われているのですが……問題は駆逐艦の演習でして……」

 「何か不手際でもあったのかい?」

 「い、いえ!演習は滞りなく進んでおります!ですが……」

 「ですがなんだ?はっきり言え、武藤」

 

 何やら言い澱んでいる武藤に、齋藤が問い掛ける。

 

 「は、はい……実は、時雨が……」

 「時雨が?時雨は今単独演習に参加中だろう?」

 「まさか、誰かに襲われたのかね!?」

 「ち、違います!時雨は怪我もなくきちんと演習に参加しました!したのですが……」

 

 必死に説明している武藤の表情は落ち着きがない。

 

 「ふむ、何故そこまで言い澱むのかね?何か信じられない事が起きた、とでも言いたげだが……」

 「まさか、うちの時雨に限ってそんな事はあるまいて。ましてや相手は一般上がりの新参者の提督の艦娘、そんな雑魚など一捻りだろう」

 「は、はい……私もそう思っていたのですが……と、とにかくこちらをご覧下さい!」

 

 武藤は執務室のテレビのスイッチを入れた。

 

 

 

 

 

 

 『何という事か!?こんな事が果たして起こって良いものか!?横須賀鎮守府で一、二を争う実力で知られる駆逐艦、時雨!満を持して一回戦に登場しましたがなんと!なんと!その時雨が!敗れました!!』

 

 「……は?」

 

 武藤が点けたテレビの映像に映ったのは、艤装も制服もボロボロであちこち傷だらけの状態で海面に倒れ伏した時雨と、そんな彼女をハイライトのない瞳で蔑むように見つめるのは、茶髪ポニーテールで白セーラーに紺のパーカーの駆逐艦。そして聞こえてきた、実況者の悲痛にも聞こえる叫び。齋藤と武藤は勿論、その場にいた瀬尾や中川、更に定藤や神通も開いた口が塞がらない。

 

 『この単独演習では同じ横須賀所属の夕立や佐世保所属の不知火、そして舞鶴所属の綾波と並んで優勝候補に位置付けられていた駆逐艦、時雨!ですがなんと、突如現れたダークホースに敗れ、一回戦で姿を消す事に!こんな結末を、一体誰が予測出来たでしょうか!?』

 

 実況の声が未だ響く会場もまた、絶対に起こり得ない結果を前にシーンと静まり返っている。応援に来ていた提督達も、職員達も、艦娘達も、誰一人として声が出てこない。

 

 『そして優勝候補とも言われた時雨を破ったのは!今演習で唯一、四大鎮守府以外からの参加となった駆逐艦、文月!!一体この小さな体のどこに、あれほどの実力を隠し持っていたのか!?そして演習開始時点で改二どころか改にすら至っていなかった彼女に、一体何が起こったのでしょうか!?』

 

 そんな実況の声にも耳を貸さず、テレビに映った文月は自身の足下に倒れている時雨をジッと見つめている。その瞳からは、漆黒の瘴気のようなものがチラリチラリと漏れ出ていた。

 

 

 

 



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演習(前)


 第十四話、箒side




 

 遡る事30分前ーー

 

 

 

 「えー、ではこれより、鎮守府対抗単独演習・駆逐艦部門を開催致します!!」

 

 大本営に作られた他の鎮守府よりも広大な演習場。海上に作られたスタジアムのようなそれは、連合艦隊をを三つ四つも入れられるであろう広さはあった。その演習場に、放送席からの実況の声が響き渡る。そこに観客席からの歓声も混じり、熱狂の渦となっていた。

 

 「さぁ毎度お馴染みとなったこの単独演習!今回はどんな戦いを見せてくれるのでしょうか!?」

 「いやー楽しみですねぇ。去年の戦艦や空母、重巡に軽巡、そして潜水艦に駆逐艦の演習は凄まじかったですし、今年も期待大ですよ」

 「はい!さぁそして今回実況席には去年各艦種での演習で優勝した艦娘の皆さんにお越し頂いております!まずは戦艦部門より、横須賀鎮守府が誇る栄光のビッグ7、戦艦『長門』!」

 「よろしく頼むぞ。駆逐艦部門は毎回この私の胸を熱くさせてくれる。皆期待しているぞ」

 

 観客に向けてそう言い一礼する長門。観客席のボルテージが更に高まる。

 

 「お言葉ありがとうございます!続きまして空母からは、舞鶴鎮守府最強の空母!一航戦『赤城』です!」

 「皆さん、本日はよろしくお願いします……それにしてもお腹空きました~」

 

 こちらもお淑やかに挨拶をする赤城。しかし最後の言葉とマイクが拾ってしまった彼女のお腹の音に思わず笑い声が観客席から響く。

 

 「実況よりご飯ですか……いつも通りで何よりです。続いて重巡・航巡!強者集う重巡と航巡の中から前回頂点に立ったのは、横須賀鎮守府より重巡『摩耶』!」

 「へっへーん!あたしの実力なら当然さ!どんな奴でも、あたしにかかればくしゃくしゃにしてポイさ!」

 

 腰に手をやり誇らしそうにする摩耶。しかし横から何か視線を感じたのか、すぐに大人しくなって椅子に座った。

 

 「力強いお言葉ありがとうございます!長門さんの目線が気になるところですが……続きまして軽巡・雷巡!軽巡洋艦最強格の神通が不在の中、去年の単独演習を制したのは、呉鎮守府より、雷巡『北上』!」

 「あ~めんどくさーい……まーよろしく~」

 

 先に呼ばれた三人とは異なり、実況席に置かれたテーブルに上半身を投げ出しながら挨拶するのは北上だ。今にも寝てしまいそうな勢いである。

 

 「こちらもいつも通りですね~……最後に潜水艦!魚雷飛び交う海中戦を制したのは、佐世保鎮守府の潜水艦『伊19』だ!」

 「みんな~、よろしくなのー!」

 

 勢いよく立ち上がって観客席に向けてブンブン両手を振る伊19。演習か終わってすぐにここに来たのか、普段着のスク水はビショビショのままだ。スタッフが急いで周りを拭いたり伊19にタオルを渡したりしている。

 

 「解説の皆さんのご紹介も終わりましたので、早速始めて行きましょう!まずは一回戦!駆逐艦部門の先陣を切るのは、横須賀鎮守府が誇る駆逐艦!その高い戦闘力で数多の深海棲艦を屠った武勲艦!名を『時雨』!去年は惜しくも同じ横須賀の夕立に優勝を譲り渡しましたが、今年こそ優勝を飾れるのか!?」

 

 実況の紹介と同時に演習場のゲートの一つが開き、そこから黒髪の駆逐艦娘『時雨』が颯爽とした動きで演習場に現れた。途端に再び観客席から歓声が沸き起こる。

 

 「時雨ー!頑張れよー!」

 

 実況席からの摩耶の応援に、時雨は笑顔で手を振って応えた。更に観客席から聞こえる応援の声にも手を振って応え、そして自身の目の前のもう一つのゲートに鋭い目を向ける。

 

 「さぁそして彼女の相手となるのは、今回唯一四大鎮守府以外から参戦しました、宿毛湾泊地出身の艦娘『文月』です!」

 

 実況の声と同時に、今度は時雨が出てきたゲートとは反対にあるゲートが開き、そこから文月がゆっくりと出てきた。辺りをキョロキョロ見回しながら現れ、その広さに驚いているのか「ほぇ~」なんて声を漏らしていた。それを見た観客席の反応はと言うと、

 

 「引っ込め雑魚がー!」

 「四大鎮守府の艦娘に挑むとか、頭おかしいんじゃねぇのかー!?」

 「態々倒されに来るなんてお疲れ様だなー!」

 

 罵声と侮蔑のオンパレードであった。観客席にいた他の鎮守府の提督や大本営の事務員、果ては艦娘達からもヤジが飛ぶ。しかし文月は気にする様子もなく演習場を進み、時雨の前まてやって来た。

 

 「よろしくお願いしまぁす」

 

 そしてそう挨拶して文月は右手を時雨に向けて差し出す。が、時雨はその手をパシンと払い除けた。

 

 「ふぇ?」

 「……僕は忠告した筈だよ、君は棄権するべきだって。なんでここに出てきてしまったんだい?」

 

 そう言って時雨は鋭い目線を文月に向ける。

 

 「分かってたんじゃないのかい、君は僕には勝てないって。なのに君は、ここに出てきた……いや、出てきてしまった。何故かな?君の提督に意地でも出ろと命令されたのかい?」

 「ほぇ?箒お姉ちゃんはそんな事言ってないよぉ?ただ全部出し切って来なさいって言われただけだよぉ」

 

 キョトンとしながら文月はそう答える。すると時雨は頭を抱えてため息をついた。

 

 「そっか……君の提督は相当馬鹿なのかな、僕を相手にそんな悠長な事が君に言えるなんて。それともただの世間知らずなのかな?まぁ僕にとってはそんなのどうでも良い事だけどね」

 「?」

 「あぁ、君は分からなくて良い事だよ。いやーー」

 

 時雨がそこまで言ったその時、キョトンとした表情の文月の額に強烈な衝撃が襲った。そのまま文月はもんどりうって海面に倒れる。見ると時雨が右手に持った主砲から細々と煙が出ていた。

 

 「……君は何も分からないまま終わるんだよ。この演習も、艦娘としての生もね」

 

 そう言って時雨が両足の魚雷発射管から次々と魚雷を放つ。発射管から放たれた計十本の魚雷は、次々と海面を滑るように進んで未だ倒れている文月へと襲い掛かった。そして演習場に、十本の魚雷直撃による大きな揺れと巨大な水柱が上がった。揺れと爆発が治まると、魚雷の威力を物語っているのか、辺りは煙と水蒸気が入り交じって立ち込めている。

 

 「決まったーー!!横須賀鎮守府の時雨、必殺の瞬殺コンボ!主砲の弾で敵の額を正確に撃ち、怯んだ所へオーバーキルレベルの魚雷を撃ち込む、まさに必殺の攻撃!これを受けて立っていられた敵は指で数えられる程しかいません!」

 「終わったな。いつもながら見事な腕前だな、時雨は」

 「そーですね、長門さん!あたし達レベルでも回避に苦労する時雨の必殺技、深海棲艦共はおろかあんなチビにかわせる訳がないぜ!」

 

 実況に続けて長門と摩耶が得意げに解説する。観客席からも時雨の鮮やかな攻撃に拍手や歓声が沸き起こった。その歓声を聞きながら、時雨は得意げに主砲を降ろしてクルッと背を向け、歓声を背にゲートに向かって歩き始めた。

 

 「さぁ時雨は勝者の余裕を見せつけています!さぁ演習相手の文月はどうなっているのか?あの強烈な攻撃を受けて、無傷でいられる訳がーーあれ?」

 

 突然何に気づいたのか、実況者の表情と口調が変わった。その目線は、先程の魚雷による煙と水蒸気に向けられている。観客達も、実況席にいた長門達も、そしてゲートに戻ろうとしていた時雨も異変に気付き振り向いて、皆が一様にその煙を見た。と、煙の中に小さな影が見え隠れしているのを艦娘達は見た。

 

 「何やら煙の中に影が見えますが……何でしょうか?」

 「さっきの駆逐艦とかー?」

 「いやいやそんな訳ないだろ北上よぉ。魚雷直撃だぜ、立っていられる訳がーー」

 

 そうこう会話している間に煙が徐々に晴れてきた。そしてそこには、

 

 「もぉ~危ないなぁ」

 

 魚雷が直撃した筈の文月が平然と立って制服の煤を一生懸命に払っていた。見ると制服も艤装も軽く焦げた程度で、損傷らしい損傷は一つも見当たらない。あるとすれば、先程額に受けた砲撃の傷くらいだ。

 

 「馬鹿な、ほぼ無傷だと!?魚雷が直撃した筈ではないのか!?」

 

 長門の驚きの声と共ににわかに演習場がざわつき出す。

 

 「どういう事だ!?あの強烈な攻撃を受けて立っていられるなどおかしいぞ!」

 「何か不正でもしたんじゃないのか!?」

 

 様々な声が飛び交う中、最初にそれに気づいたのは他ならぬ時雨本人だった。

 

 「なるほどね。ただの世間知らずかと思ってたら……案外やるんだね、君」

 「ほぇ?」

 「惚けなくても良いよ。君が何をしたのか、僕には分かったんだ」

 

 時雨は文月の立つ水面に浮かぶ魚雷の破片を指差しながら、鋭かった目を更に鋭くさせた。

 

 「まさか僕の撃った魚雷に自分の魚雷を当てて相殺させるなんてね。しかもその時の爆発で他の魚雷も誘爆させる。なかなかやるじゃないか」

 「えへへ~、凄いでしょ~?」

 

 手を腰に当ててどや顔しながら答える文月。それが腹立たしいのか、時雨の表情は益々鋭くなった。

 

 「でも……それが何回も通用するとは思わない事だね」

 

 と、突然時雨の姿がその場から消える。そして次の瞬間、文月の体がふわりと浮かんだーー否、いつの間にか懐に潜り込んだ時雨の拳によって体が浮き上がったのだ。不意を突かれた強烈な一撃により文月は吐血してしまう。

 更に空中に浮かされ身動きも儘ならない文月の顔と全身に砲弾が数発直撃して爆発。文月は海面をバウンドして演習場の壁に激突して止まった。

 一方の時雨はバックステップしながらの砲撃で自身へのダメージを軽減した後、そのまま文月へ砲撃を続ける。残した魚雷は敢えて使わず、砲撃のみで文月を攻撃し続ける。

 

 「んー?時雨の奴、攻め時だってのに魚雷を使わねぇのか?」

 「恐らくあの駆逐艦のさっきの芸当を気にしているのだろうな。確実に仕留める為に敢えて使わず残しているのだろう」

 「めんどくさ~。あたしなら魚雷ばら蒔いてすぐおしまいだけどね~」

 「そりゃ北上ならそうだろ。けどまぁこれで終わるだろ、あのボディブローが効いたな」

 

 長門が指摘した通り、時雨は先程文月が使った魚雷による相殺を警戒しており、その為に敢えて魚雷を使わず砲撃で着実にダメージを与え続けていた。確実に魚雷で止めを差すその時の為に。

 一方の文月も壁に寄り掛かりながら負けじと砲撃を行うが、時雨の弾幕に遮られて精々挟射弾が数発程度。魚雷を放とうにも弾幕に邪魔され撃つのも儘ならない。しかも先程のボディブローが深く入った影響もあってかそもそもまともに立つ事すら危うい状況。文月の劣勢は誰が見ても明らかだった。

 

 「行けー時雨ー!そんな雑魚さっさと倒しちまえー!」

 「さっさと止め差しちゃえよー!」

 

 観客達の応援も更にボルテージが上がっていく。演習場は更なる歓声が響き渡り、応援も熱を帯びていく。

 

 (まだだ……まだその時じゃない。確実に倒せるその時は、まだ……!)

 

 未だ確実な一撃を与える機会を探り続けている時雨。文月が未だ抵抗している事もあり、簡単には止めを差せないのをよく理解していた。故に止めを急く気持ちを抑えつつ、時雨は確実に仕留めるタイミングを見計らっていた。そしてその時は訪れる。

 

 「ぴゃっ!?」

 

 砲撃戦がしばらく続いていたが、時雨が放った弾が文月の左目付近に当たると戦況は一気に動き始めた。砲撃の痛みに思わず文月が目を背けるのを時雨は見逃さず、残していた魚雷を全て発射した。そしてそれを追い掛けるように文月へ接近を始める。

 

 (止めを差すなら……今しかない!)

 

 接近しながらも時雨は文月を狙った砲撃と自身へ飛んでくる弾の回避は止めない。ここで止めを差す為、一発一発を狙い済まして撃ち、文月にダメージを与えていった。更に予め放った魚雷が次々と文月に命中していく。

 

 「あぎいっ!?」

 

 脚部に強烈な衝撃を何度も受け、文月はその場に崩れ落ちてしまう。それを見た時雨は一気に文月に接近し、その首を左手で鷲掴みにすると、演習場の壁に叩き付けた。そして右手の砲を文月の顔に向けて構える。

 

 「君はよく頑張ったよ。だけどここまでだ」

 

 瞳に光のない笑みを見せながら、時雨は砲身を文月の顔に押し付ける。砲撃の影響で熱くなっている砲身が文月の顔をジュウジュウと音を立てて焼いていく。

 

 「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!?」

 「確かに君も君の提督も才能はあるんだろうね。けど、君達に無くて僕達四大鎮守府の皆だけが持っている物がある。何だと思う?」

 

 熱さによる痛みに苦しむ文月に時雨はそう問い掛ける。そしてこう答えた。

 

 「……それはね、実力だよ。才能があっても、それが実力に反映されなければいけないんだ。僕達は必死になって実力を付けてきた……何年も。それこそ深海棲艦が現れてから、ずっとね」

 

 時雨は文月の首を掴む手を離し、ゆっくりと後ろへ下がっていく。時雨が手を離した事で文月は再び壁に寄り掛かる形となった。

 

 「今この国がこうして国家の形を保っていられるのは何故?簡単だよ、僕達のような長年研鑽を積んだ艦娘がいるからさ。その僕達さえいれば、君達なんていようがいまいが何の問題もない。もし君達に役目があるとしたら……それは精々『囮』じゃないかな?」

 

 そう言ってクスクス笑う時雨は、止めを差さんと砲を文月に向けた。

 

 「僕達の研鑽を、たった数日の努力で越えられると思わない事だね。それじゃ……お別れだ」

 

 そして残っていた砲弾・魚雷を全て発射した。砲弾と魚雷は既に大破寸前で動けない文月向かって一直線に突き進んでいく。そして、文月がいた場所に大きな水柱が上がった。

 

 

 

 

 

 

 「ふう……」

 

 砲弾と魚雷の爆発による水柱が完全に収まるのを確認して、時雨は一息ついた。演習による疲れもあったが、何よりこの演習では珍しく中々骨のある娘とぶつかり合えた事もあって、妙な重圧もあったのだ。

 さっきまで水柱が上がっていた場所をふとチラッと見ると、大破した文月が両膝をついた態勢でぐったりとしていた。両腕は垂れ下がり、頭は首が折れた人形のようにぐったりしており、髪は髪ゴムが切れたのか、綺麗に纏められていたポニーテールがほどけて見るも無惨な光景となっている。演習開始直前のあの可愛らしい姿は最早見る影もなかった。

 

 「ギャハハハハハ、無様だなぁ!」

 「とっとと諦めて帰れよ、弱虫が!」

 「横須賀の時雨に喧嘩売るなんざ五万年早いんだよ!」

 

 観客席からの心ない声が響く。誰もが文月に対して罵声や侮蔑の言葉を投げ掛けてくる。そしてそれを止めようとする者は誰一人としていない。さもそれが当然であるかのように観客達は騒ぎたてる。実況席の艦娘もまた然りで、観客の罵声を止めようとすらしない。寧ろ時雨の勝利が当然であるかのように振る舞っている。

 そんな罵声飛び交う中、時雨は文月にゆっくりと近寄っていく。そして意識のないと思われる文月に顔を近づけてこう囁いた。

 

 「君の提督にこう伝えなよ。『艦娘の扱いも知らない愚か者』ってね?」

 

 時雨は笑顔でそう告げると、もう文月には目も暮れずゲートへと向かっていく。観客からの声援に手を振って応えながら、そしてこの演習の勝利を確信しながら。と、

 

 「お、おい……何だよあれ?」

 

 急に観客席がざわつき出す。観客席で応援していた誰もが演習場の一角ーー文月がいる場所を指差して騒ぎ始める。いや、観客だけではなく、よく見ると実況席にいる長門達も釘付けになっている。何が起こったのかと時雨は振り向いた。

 そこにはあり得ない光景が広がっていた。文月の全身がゆっくりと浮き上がったかと思うと、その全身を光と闇が包み込み始めたのだ。更に彼女の背中には何やら巨大な白の翼と黒の翼が生えており、彼女を包むように守っている。

 

 「……応急修理妖精?」

 

 その時時雨だけははっきりと見た。文月の全身を包む光と闇の中に、大工のような格好をした妖精がいて、大急ぎで文月の艤装を修理している光景を。そしてみるみる内に文月の艤装や制服は今までの未改装時の物とはうって変わり、制服は黒セーラーから白セーラーへ、更にその上から紺のパーカーが羽織られた。艤装も拳銃型の単装砲から連装砲となり、他にも機銃や電探等が追加された。

 やがて全ての作業が終わったのか妖精がふぅと一息つくと、文月を守っていた二対の翼は掻き消え、それらが幾百もの羽根となって時雨に襲い掛かってきた。時雨は咄嗟に防御態勢を取るが、幾百もの羽根は防御を貫通して時雨に細かくだがダメージを与えて消えた。時雨の全身と艤装は、大破中破までは行かずとも羽根によってボロボロになってしまった。

 

 「何が……!?」

 

 見た事もない光景に時雨だけでなく観客席や実況席の面々が驚く中、新たな装いとなった文月はゆっくりと演習場の海面に降り立った。そして時雨を見るなり、満面の笑みでこう言った。

 

 

 

 

 

 「ねェ……貴女、ヤッちゃってい~イ?」

 

 

 

 

 

 



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演習(後)


 第15話 箒side


 最初に聞こえてきたのは あたしと同じ声

 

 「起きて」「起きて」って 何回も何回も聞こえてきたの

 

 だからあたし 顔を上げてみたの

 

 そしたら みーんな真っ暗で どこを見ても真っ黒

 

 けど声だけははっきりと聞こえてきた

 

 「起きたね」「起きたね」って 今度は聞こえてきた

 

 よいしょって起き上がったら 真っ黒の中から誰かがひょこって顔を出してきたの

 

 あたしびっくりしちゃった

 

 だって あたしそっくりの顔した娘が二人いるんだもん

 

 一人はあたしとは服が違った

 

 あたしは黒セーラー でもその娘は白セーラー

 

 背負ってる艤装もあたしのとは全然違ってるの

 

 背もあたしより高くて 大人っぽくて

 

 格好良いなぁ 可愛いなぁ って思ったの

 

 もう一人は顔はあたし でもあたしじゃないの

 

 なんかね 凄い真っ黒なの 全身真っ黒で だけど真っ白で 角みたいなのがあって

 

 艤装まで真っ黒なの でも真っ白なの

 

 でもね あたし怖くなかったの 

 

 格好良いなぁ 可愛いなぁ って思ったの

 

 でね その二人がね 文月に手招きするの

 

 「こっちにおいで」って言って

 

 あたし迷ったの どっちにしようかなって

 

 だってね 大人なあたしに手を伸ばすとね

 

 真っ黒なあたしが悲しい顔するの

 

 真っ黒なあたしに手を伸ばすとね

 

 大人なあたしが悲しい顔するの

 

 どうしてそんな悲しい顔するの?って聞いてみたの

 

 そしたらどちらのあたしもこう言ったの

 

 「貴女に選ばれなくて、悲しいの」って

 

 あたし分かんなくなっちゃった

 

 どっちのあたしの手を取ろうかなって

 

 どっちの手を取るのが良いのかなって

 

 そしたらね

 

 いつの間にか箒お姉ちゃんが後ろにいたの

 

 それでね 文月にこう言うの

 

 「無理に選ぶ必要はないんだ。どっちも欲しいなら、どっちも選べば良いんだぞ」って

 

 そう言われて二人のあたしを見たら 二人とも笑って手を差し出してきたの

 

 だから文月ね どっちの手も取ったの

 

 そしたらね パアッて眩しいのがきたのーー

 

 

 

 

 「ほわぁ……!」

 

 すっかり様変わりした自分の姿をあちこち見、その海面に映った自身を見、文月は感嘆の声を挙げた。

 未改装の時は黒セーラーだったが、今は白セーラーに紺のパーカー。拳銃型の単装砲は連装砲に変わり、他にも色々変化していた。心なしか背も伸びた気がする。

 

 「すっご~い!文月、大人になっちゃったぁ!」

 

 無邪気にぴょんぴょん跳び跳ねて喜ぶ文月に対して、相対する時雨や観客、それに実況は唖然とするばかりだった。

 

 (あの短時間で何が……!?それにあの姿は……まさかこの土壇場であの娘は、改二に辿り着いたって言うのかい!?)

 

 普通なら有り得ない光景に、時雨の表情は驚きと焦りに支配される。文月を包んだ白と黒の光と翼、そしてその中で一生懸命に動いていた大工姿の妖精ーーもしそれが本当に改二へのステップだったのだとしたら、自分は意図せず改二に至る手伝いをしてしまったのと同義になる。

 

 「よぉ~し!今度は文月の番だよぉ!」

 

 その声に思考を現実に戻された時雨は、急いで戦闘態勢に入る。生憎砲弾と魚雷は先程の攻撃で全て使いきってしまった。となれば勝つ手段はただ一つ、接近戦以外にない。そう考えて時雨は文月を見据える。

 と、突然文月が何かを投げ付けてきた。時雨がそれをキャッチすると、投げ付けてきたそれは、本来は対潜水艦用に利用される機雷だった。何故こんな物を投げ付けてきたのだろうーー二つ飛んできたそれを掌に乗せながらそう考えたその一瞬が、大きな隙となってやって来た。

 

 「がっ!?」

 

 突然新たに何かが飛んできたかと思うと、時雨が持っていた機雷を弾き飛ばした。機雷は爆発こそしなかったものの、弾き飛ばされた勢いそのままに時雨の肩にぶち当たり、強烈な痛みを呼び込む。機雷を乗せていた手も激痛が走り、両手の主砲はボロボロで使い物にならなくなっていた。何事かと時雨が文月を見ると、彼女が持つ主砲から煙が細々と出ていた。

 

 (僕が掴んだ機雷目掛けて砲撃したってのかい……!?なんて娘なんだ……!)

 

 驚愕しながらも時雨は態勢を立て直し文月を再び見やる。が、その目線の先に既に文月はいなかった。

 

 (何処に行ったーー)

 

 そう考える隙もなく、時雨の腹部に強烈な痛みが襲う。いつの間にか限界まで接近していた文月に膝蹴りを叩き込まれたのだ。膝蹴りの衝撃で体は「く」の字に曲がり、更に肺の中の空気が一気に押し出され、一瞬酸欠状態に陥る。

 と、今度は延髄に衝撃が走った。「く」の字に折れ曲がった時雨の延髄に、文月が一切の容赦なく肘を落としたのだ。その衝撃に意識が飛びそうになるもなんとかガッツで耐え抜く時雨。しかし体は耐えきれずその場に倒れてしまう。とそこへ間髪入れず蹴りが顔面に的確に入った。思い切り蹴飛ばされて時雨は海面を転がっていくが、何とか立ち上がって再び構え直す。既に顔も制服も艤装もボロボロだが、それでもなお時雨は立つ。

 

 「これでも食らえぇ~!」

 

 すると文月が、今度は魚雷発射管から魚雷を一本引き抜いて、ダーツの要領で時雨目掛けて投げ付けてきた。突然の事に時雨は咄嗟に魚雷を上空へ向けてレシーブする。上空へ打ち上げられた魚雷は、少しして時雨の頭上で爆発した。何とか対処する事が出来て内心ホッとする時雨。しかしふと文月を見ると、彼女はニッコリ笑っていた。何故ーーと考えたその時。

 

 時雨の足元で、魚雷が爆ぜた。

 

 

 

 

 (僕がやったのと、同じ戦法を……!)

 

 魚雷が諸に直撃し、時雨は爆風で宙を舞った。そのままバシャリと大きな音を立てて海面に落ちる。なおも時雨は立ち上がろうとするが、脚部に魚雷が直撃した影響か両足からは止めどなく血が流れ、立ち上がる事すら儘ならない。

 

 (動け……動いてくれ……!僕はこんなところで止まる訳にはいかないんだ……!もっと上へ行かなきゃいけないんだ……!僕は白露型駆逐艦二番艦の時雨……!横須賀の誇り高き駆逐艦なんだ……!)

 

 そう自分に言い聞かせて必死に立ち上がろうとする時雨。出血が酷くなろうとお構い無しに、必死に足を動かして立ち上がろうとする。

 

 そんな彼女の脳内に甦るのは、まさに生存競争とも呼べる地獄の日々ーー。

 

 

 

 

 

 

 今思えば 建造されてからずっと 戦いの日々だった

 

 僕が建造された時は 既に深海棲艦はほとんどの海を制していて

 

 早急に海を取り戻さなければ危険な状況だった

 

 とにかく何としても勝たなければいけない

 

 勝って海をあいつらから取り戻さなければいけない

 

 そんな使命感が 心のどこかにあった

 

 僕を建造した提督は とにかく個々の実力を重視してた

 

 いつも言っていた

 

 「どんな艦であれ強くなければ価値はない」って

 

 その言葉通り 弱い艦は置いて行かれ 邪魔者扱いされ やがて淘汰された

 

 弱ければ たとえ火力の高い戦艦でも切り捨てられた

 

 強い艦だけが生き残る そんな場所だった

 

 嫌だった 艦としての生を否定されてしまうのは

 

 嫌だった 弱い艦と呼ばれるのが

 

 嫌だった 誰にも必要とされずに捨てられてしまうのが

 

 だから 必死になって訓練した

 

 血反吐が出る程自分を追い詰め続けた

 

 ひたすらに強さを追い求めた

 

 全ては 僕が生き残る為に

 

 生き残る為なら たとえ姉妹でも容赦しなかった

 

 助けを求めてきても 迷う事なく蹴落とした

 

 そうして掴んだ 他の追随を許さない 強さと誇り

 

 僕は負けない 勝ち続けるんだ

 

 今までも そして これからも

 

 横須賀鎮守府の誇る 艦娘の一人としてーー

 

 

 

 

 

 と、パシャッパシャッと海面を歩く音が鼻歌混じりに聞こえてくる。辛うじて動く顔を上げると、

 

 「ふんふんふ~ん♪」

 

 文月がスキップしながらこちらへ近付いて来ていた。そして時雨の目の前に立つと、そのまましゃがんで彼女の顔をジーッと覗き込んできた。表情は相変わらず純粋無垢な笑顔である。時雨からすれば、それが非常に恨めしく思えた。まるで勝ちを確信しているような余裕の表情。諦めろと言わんばかりの屈託のない笑み。追い詰められた時雨には、それが腹立たしかった。

 

 「……僕を笑いに来たのかい?」

 

 自虐的な笑みをしながら時雨はそう聞く。しかし文月はそれを聞いてコテンと首を傾げた。

 

 「笑えば良いのぉ?」

 「笑えば良いじゃないか……あれだけ大言を吐いておきながら、君に無様にやられてる僕をさ……それとも、無様過ぎて笑えないかい……?」

 

 そう吐き捨てる時雨に、文月は「えぇ~?」と不思議そうな表情を見せ、「う~ん」と少し考えてからこう言った。

 

 「笑わないよぉ。文月はねぇ、そんな事で貴女を笑う悪い娘じゃないもん!」

 

 満面の笑みでそう答える文月。それが時雨は気に入らなかった。

 

 「はっ、随分と優しい心を持ってるんだね……けどね、戦場ではそんな物ーー」

 「でもねぇ~」

 

 時雨の言葉を遮るように、文月は右手に持った主砲を時雨に向けて構え直す。と、満面の笑みの下にあるつぶらな瞳が何故か片目だけ段々と黒ずんできた。何が起きているのかと時雨は目を見開いて文月を見る。

 

 「あたしはねぇ~、これでも怒ってるんだよぉ?だってーー」

 

 

 

 

 ーー箒オ姉チャンノ事、貴女サッキ馬鹿ニシタデショ?

 

 

 

 

 「……ッ!?」

 

 ドス黒いほどに重い声が響いたまさにその時、時雨は確かに見た。文月の隣に立って同じように主砲をこちらに向けてくる、彼女そっくりだが無表情な深海棲艦の姿を。

 その深海棲艦はかつて時雨がとある海域で邂逅した『駆逐棲姫』と呼ばれる深海棲艦の中でも特に『鬼級』『姫級』に分類される存在のように真っ白な体だが、全身を真っ黒なオーラのようなものが守り、更に所々艦娘であった頃の名残を残した深海棲艦特有の真っ黒な艤装を背負っていた。

 その深海棲艦は文月に倣って同じように主砲を向けていたが、やがて主砲を向けたまま文月の方へと歩み寄っていく。そして彼女の肩にそっと手を置くと、その体が段々と文月と同化していった。そして体全てが同化し最後は頭部だけという時、その深海棲艦は時雨に向けて口をパクパクさせた。声には出なかったが、時雨にだけは何と言おうとしていたのか理解出来た。

 

 ーー覚悟してネ。

 

 深海棲艦はそのまま文月と同化して消えた。観客や実況はまだ文月の事で騒いでいる。先程の深海棲艦は自分だけにしか見えていなかったのだろうかーー時雨の全身に悪寒が走る。

 

 (何だったんだ、今の……とにかく今は、目の前の彼女を倒す事を考えてーー)

 

 そう決めて時雨は文月を見やる。が、何を感じたのか両足の激痛に耐えながら咄嗟にその場から飛び退いた。途端にさっきまで自身が立っていた場所が大きく爆ぜた。見ると文月の主砲から煙が細々伸びている。

 

 (くっ、本気で僕を仕留めに来てるね……!今の状態でどこまで食らい付けるか……)

 「アッ、避ケラレチャッタ。デモ、逃サナイヨ?」

 (ッ!さっきと口調の雰囲気が変わってる……!?まさか、さっきの深海棲艦がーー)

 

 だがそんな事を考えている隙もなく、時雨の周囲に次々と砲撃が撃ち込まれてきた。砲弾が海面に着弾する毎に水柱が高く上がる。激痛に耐えながら回避を繰り返す中、時雨はある違和感に気づき始めていた。

 

 (くっ、何なんだこの威力は……駆逐艦なのになんて強烈な威力の弾を撃ってくるんだ……!?)

 

 そう、先程から文月が放ってくる砲弾の威力が桁違いなのである。普通なら駆逐艦の主砲の威力などたかが知れているのだが、この文月が先程から放ってくる砲撃は通常の戦艦の威力を優に越えるレベルの威力、それが駆逐艦の砲から次々放たれてくる。

 更にその異常さを増長させたのは、文月の容姿だ。先程まで普通だったその容姿は、攻撃を重ねる毎に段々と深海棲艦の要素が混じった姿へと変貌し始めていた。

 明らかに異常な状況に、観客も実況の面々もようやく気づき始めた。

 

 「はぁ!?なんだよあの威力、長門さんと同じくらいかそれ以上じゃねぇのか!?」

 「馬鹿な……駆逐艦の分際で、この長門に匹敵する火力だと……!?一体どうなっている……!?」

 「駆逐艦のくせに凄いね~。けど何か怪しくない?」

 「怪しいとか怪しくないとかそう言う問題じゃねぇだろあれ!明らかに異常だって!よく見ろよあの姿だって!」

 

 実況席の艦娘がざわついている中、一人演習の様子を冷静に観察している艦娘がいた。

 

 「あの様子は……」

 

 舞鶴鎮守府の艦娘『赤城』である。明らかに様子のおかしい文月を遠目に観察しながら、隣で騒いでいる長門達には目も暮れず考え事をしていた。

 

 (……彼女のあの恐るべきパワー、そして変わり行く容姿、覚えがあります。十中八九間違いないですが、私の知る『あれ』とは何かが違う……もう少し見てみましょうか)

 

 

 

 

 

 

 演習場はあまりにも一方的な状況が続いていた。前述した通り既に弾薬も魚雷も使いきってしまっている為、時雨は何とか接近戦に持ち込もうと奮闘しているものの、先程から絶え間無く降り注ぐ砲撃の雨と唐突に沸いてくる魚雷に苦しめられ、反撃も儘ならない有り様。劣勢は誰が見ても明らかだった。と、

 

 「あれぇ?あれあれぇ?」

 

 主砲の様子がおかしいのか、文月が困った表情を見せる。トリガーを引いても主砲はうんともすんとも言わない。よく見ると主砲から火花が散っていた。どうやら酷使し過ぎて故障してしまったらしい。

 

 (まだ改二に慣れ切ってないのか……なら今しかない!)

 

 好機。そう直感した時雨は、接近戦に持ち込む為一気に文月との距離を詰めに出た。足はそろそろ限界が近付いている、ならば今しか仕留める好機はない。足からの出血なと気にもせず、時雨は文月へ接近を試みた。文月はまだ主砲に目がいっており、時雨の接近に気が付いていない。このまま接近して一気に畳み掛ければ、どんな形とは言え勝利をもぎ取れるーー時雨はそう確信して拳を握り締めて構える。そして未だ気づいていないであろう文月へパンチを放った。

 

 (入った!)

 

 文月はまだ気づいていない。それにここまで接近されれば流石の彼女も避けたりガードしたりは出来ないだろう。そう確信して振るったパンチはーー

 

 

 

 スカッ

 

 「!?」

 

 虚しく空を切った。突然文月の姿が目の前から掻き消え、更にほんの一瞬だが腕にズシリと重い感触がやって来た。

 

 「どこに……!?」

 

 急に目の前から消えた文月、腕にズシリと来た重い感触。そこから導き出される結論は、

 

 「上か!?」

 

 時雨が頭上を見たその時、空から何やら細長い物が沢山降ってきた。そして降ってくるそれの隙間から時雨が見たのは、

 

 「バイバイ」

 

 そう言って故障した主砲を投げ付けようと構える文月の姿だった。そしてこのタイミングで時雨はようやく降ってきた物の正体が魚雷である事に気が付いた。しかし気付いたところで後の祭りーー

 

 

 空中に跳んだ文月の主砲が時雨に向けて投擲された時、その主砲は遂に爆発、そして時雨の周りに散らばった魚雷の一つが誘爆、更に他の魚雷に続けて誘爆して大爆発を引き起こした。時雨の全身を覆い尽くす程の爆発はおよそ一分続き、やがて爆発が収まると、爆発による煙の中から全身黒焦げ状態の時雨が姿を見せた。その場に立ち尽くす彼女の艤装は無惨に破壊されて中の機械が露出し、制服も焦げたり所々燃え尽きたりして見るも無惨であった。そして文月が海面に着地すると同時に時雨が海面に倒れ伏した。

 

 観客は誰一人として言葉の一つすら出てこない。まぁこんな結果を予測するなど出来る筈もないのだから当然だろうが。

 そんな中気を失った時雨に歩み寄る文月の目は変わらず黒ずんでおり、冷めた目線で時雨を見下ろす。何か声を掛ける訳でもなく、ただ無機質な漆黒の目で時雨をジーッと見つめるだけ。それがまた不気味さを醸し出していた。

 一方実況席は大騒ぎであった。

 

 「嘘だろ……時雨があんな簡単に……」

 「一体何なのだ、あの駆逐艦は……!?明らかに異常だ!あんな駆逐艦は今まで見た事がない!」

 「なんて末恐ろしい駆逐艦なのね……!絶対狙われたくないの……!」

 「いや~、久々に面白い駆逐見たね~。今度はあたしが挑んでみよっかな~、ねぇ赤城さんはどう思う~?」

 

 北上が赤城に問い掛けるが、赤城はブツブツと呟きながら考え事をしているのか、北上の声が聞こえていない。

 

 「ちょっと赤城さ~ん?聞こえてる~?」

 「え?あぁすみません、ちょっと考え事をしてました」

 「へ~、赤城さんが考え事なんて珍しいね~。何かあったの?」

 「いえ……ただ、あの娘の異常なまでの強さの原因に、一つ思い当たる事がありまして」

 

 赤城のその一言に長門達の目が釘付けになる。

 

 「ドーピングとかじゃねえの?」

 「いえ、ドーピングによる自己強化は私達艦娘にはリスクが高過ぎます。それにあの駆逐艦の小さな体では副作用に耐えきれないでしょう。今回の現象はもっと根本的な部分に原因あり、とでも言いましょうか……」

 「根本的……?何だそれは?」

 「それはですねーー」

 

 

 

 一方、この試合をハイライトで観戦した定藤達も大騒ぎであった。

 

 「馬鹿な、あり得ない!時雨はこの私が手塩にかけて育てたこの日ノ本一の駆逐艦だぞ!それをあんな……!」

 「異常……いえ、それすら生ぬるいわね。あれはまさに『怪物』……忌々しいわね、しかもあの新入りが勤める宿毛湾の艦娘だなんて……!」

 「あんな駆逐艦が今まで陽の目を見ずにいたとは驚きですな。我々は惜しい人材を見捨てた……悔しい限りです」

 

 大将達が騒ぐ中、定藤だけは試合のハイライトを見てからずっと腕を組んで下を向いていた。

 

 「元帥、どうかなさいましたか?」

 

 気になった神通が定藤に問い掛けると、ようやく定藤が気づいて顔を上げた。

 

 「……まさか再び出てきてしまうなんてね。あの異常さを秘めた艦娘が」

 「元帥……?何かご存知なのですか?」

 「あぁ、そうさね。龍瀬、篠ノ之少佐を探して大至急ここへ呼んでおくれ。武藤、すまないけど単独演習は中止するさね、関係各所へ連絡を。それとあの文月をここへ連れて来ておくれ。篠ノ之少佐が一緒だと言えば、あの娘はついて来てくれる筈だよ」

 

 定藤の命で龍瀬と武藤が敬礼もそこそこに慌てて部屋を飛び出していく。

 

 「元帥!?まさかあの駆逐艦を自らお調べになるのですか!?」

 「その通りさ、中川。神通、悪いけど『練度測定器』を工廠から借りてきておくれ」

 「わかりました」

 

 神通も部屋を出ていくと、瀬尾が体を机から乗り出して尋ねてきた。

 

 「元帥。あの駆逐艦の事、何か知っているのですか?」

 「駆逐艦の事というよりも、駆逐艦に起こった現象を知っているのさね。まぁあたしが以前見た時のそれとは異なる箇所もあるけどね」

 「現象……?それは一体……」

 「それはだねぇーー」

 

 

 

 

 

 「ーー『狂化』さね(ですよ)」

 

 定藤と赤城。二人はほぼ同じ刻に、同じ結論に達していた。

 

 

 

 



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療養組

 さて、演習場が大騒ぎしている中、箒は何をしていたかと言うとーー

 

 

 

 

 「……迷ってしまった」

 

 絶賛迷子であった。

 

 

 

 

 

 単独演習に出場する文月と別れた後、ふと思い立って大本営の医務室を目指す事にした箒。以前龍田に宿毛湾鎮守府の艦娘リストを見せてもらった時、修理の為大本営預りとなっていた艦娘がおり、その艦娘達に一言挨拶しようと医務室を目指していたのだが、完全に迷子になってしまった。

 

 「弱ったな、地図も近くにないからここが何処なのかさっぱりだ」

 

 時刻は1430。文月と別れてから一時間は歩き回っていたようだ。会議室からはかなり遠く離れており、会議再開の時間も考えると、これ以上は迷っていられない。

 

 「仕方ない、最初に会った人か艦娘に場所を聞こう」

 「何処か探してるのかにゃ?」

 

 不意に声を掛けられてくるりと振り向くと、水色のセーラー服に短パンの少女がいた。左腕に包帯が巻かれており、猫のような細目で箒を見上げてくる。

 

 「艦娘……で間違いないか?」

 「多摩は艦娘だにゃ。本当は宿毛湾所属だけど、治療でここにいるのにゃ」

 「宿毛湾?ならば私の鎮守府だな」

 「にゃ?」

 

 不思議そうにする多摩と言う艦娘に、箒は自身が新しく宿毛湾鎮守府の提督となった事を話した。

 

 「にゃんだ、あのおっちゃん代わったのかにゃ。良かったにゃ」

 「おっちゃんて……仮にも前の提督だろう」

 「あんなのおっちゃんで充分にゃ。多摩達の扱い滅茶苦茶だったから、あのおっちゃん大嫌いだったのにゃ、昼寝もさせてくれにゃいし」

 

 つまらなさそうに多摩は話す。なるほどと思いながらも、箒は多摩の愚痴や小話を聞き続ける。

 

 「宿毛湾の皆は元気にしてるかにゃ?」

 「あぁ。今日は文月もここに来ている、後で会うか?」

 「お願いするにゃ、久しぶりに同じ鎮守府の仲間に会えるのは嬉しいにゃ。にゃはは」

 

 特徴的な口調で話す多摩に、箒はマスコット的な印象を受けた。何とも可愛らしい。

 

 「ところで提督は何をしてたのかにゃ?」

 「あぁそうだ。多摩、すまないが医務室まで案内してくれないか?他の宿毛湾所属の艦娘に挨拶をしておきたいのでな」

 「医務室?目の前にゃよ?」

 

 多摩がそう言って右側を指差す。見ると指差した先のドアの上にデカデカと『医務室(艦娘用)』と書かれている。

 

 「あれ?」

 「もしかして迷子だったのかにゃ?だとしたらとんでもない奇跡だにゃあ」

 「だな……自分でもびっくりだ」

 「にゃはは。ま、取り敢えず入るにゃ、ずっと立ち話も何だしにゃ」

 

 多摩に連れられ、箒は医務室に入る。一つしかない出入口から見た医務室は存外広く、更に多くの医療ベッドが設置され、様々な艦種の艦娘が寝かされている。体のあちこちに包帯が巻かれ、ギプスで固定され、うんうんと苦しそうに唸っている。騒動激しい戦いに参加したのだろうと推測できる。そして医療担当のスタッフらしき人々が大量のベッドの隙間を世話しなく動き回る。

 

 「これは……見てて痛々しいな。ここの艦娘達は皆、戦闘での傷を癒している最中なのか?」

 「まぁある程度はそうだにゃ。普通にゃら多摩達艦娘はそれぞれの鎮守府のドックで傷を治せるのにゃ。けどたまに鎮守府のドックでは対応出来なかったり、ドックが満杯で溢れてしまったりする時っていうのがあるのにゃ。そー言う艦娘は、大本営に申請してこっちで傷を癒すんだにゃ。大本営のドックは、一番広くて快適だからにゃ」

 「なるほどな。ところでさっき『ある程度』と言っていたが……」

 「……まぁこれから話すにゃ。さ、こっちだにゃ」

 

 箒は多摩に連れられて医務室の奥へ奥へと進んでいく。そして唯一カーテンで区切られた区画へと案内された。

 

 「多摩達宿毛湾の艦娘はこの区画を使ってるのにゃ。ちょっと待ってくれにゃ」

 

 そう言って多摩は先にカーテンの中へ入っていった。小さくだが中から喋り声がする。やがて多摩がカーテンから顔だけ出して「どうぞだにゃ」と言うと、箒はカーテンの中へ入っていった。

 カーテンの中は三つベッドが置かれており、その内の右二つにはそれぞれ、眼帯を左目に付けた勝気な艦娘と、何故か室内なのにサンバイザーを付けた小柄な艦娘がベッドから体を起こした状態で箒に目を向けていた。眼帯の艦娘もサンバイザーの艦娘も双方共に体中に包帯が巻かれ、絆創膏等も貼られている。

 

 「紹介するにゃ。こっちの眼帯付けてるのが天龍で、こっちのサンバイザー付けてるのが龍驤だにゃ。もう一人春風って娘がいるけど、彼女はまだ集中治療室の方だにゃ」

 「……天龍だ」

 「軽空母龍驤や。キミが新しい司令官かいな?」

 「篠ノ之箒だ、階級は少佐だな。よろしく頼む」

 「ほほぉ~ん……」

 

 天龍は明らかに敵意を向けてきており、龍驤はジロジロと箒の全身を舐めるように観察している。やがて観察を終えたのか、龍驤は右手を差し出してきた。

 

 「……まぁよろしゅう頼むわ」

 「あぁ、よろしく頼む」

 

 箒も右手を差し出して握手する。と、右手に凄まじい痛みがやって来た。龍驤が握手している右手を思い切り握り締めたのだ。突然の事に驚き顔をしかめた箒だが、すぐに負けじと握り締め返す。ミシミシミシ……と聴くにヤバそうな音がする。

 

 「あだだだだ!?ちょ、悪かったて、悪かったから離してぇな!」

 

 耐えかねた龍驤が慌ててそう訴えると、箒はパッと手を離した。痛みが続いているのか、「おー、いちち……」と右手を押さえている龍驤。すると徐に彼女は今度は左手を差し出して握手を求めてきた。箒もそれに応えて左手を差し出して握手する。今度は普通にだ。

 

 「いやすまんなぁ。新しい司令官がとんなもんかちょーっとばかし試してみたんやけど……こりゃ大物やなぁ、うちのパワーに顔をしかめるだけなんてな」

 「剣道をやっていたので力は多少な。今はそこで習ったのを元に我流の剣術を極めている最中なんだ」

 「剣術!?」

 

 とここで天龍が食い付いてきた。さっきまで敵意丸出しだった目は、目映く光輝いている。

 

 「そ、その剣術ってどんなのなんだ!?」

 「興味があるのか?」

 「天龍は戦闘でそこにある刀を使うからにゃあ。その手の話は興味を示すんだにゃ」

 

 多摩が指差した先には、何やら変わった形をした刀が天龍のベッドに立て掛けられている。

 

 「そうなのか。まぁ一言で言うなら、『柔能く剛を制し、又剛能く柔を制す』か?」

 「?どういう意味だ?」

 「スピードに優れた剣さばきとパワーに優れた剣さばきをバランス良く使い分けする剣術だな」

 「おぉ……!な、なぁ!その剣術、オレにも教えてくれないか!?」

 

 天龍は包帯だらけの体を大きく乗り出して箒に聞く。すると箒はスッと右手を出して「待て」と示した。

 

 「教えるのは構わんが……まずは怪我を完全に治せ。私の剣術は身体に異常な負荷を伴う、治り欠けのその状態で習おうものなら、最悪二度と動けなくなるぞ……まぁ極めれば無類の強さとなるがな」

 「え~!?マジかよ、益々興味沸いてきたぜ!分かったぜ提督、オレ怪我をしっかり治すぜ!んで絶対その剣術を極めてやる!」

 

 天龍はワクワクが抑えきれないのか、立て掛けられている刀を手にとって抱き締めている。専用のカバーで刀身は覆われているとは言え、危ないのは自覚してほしいーー箒はまず天龍に対し刀の扱いについて教授する事を考えていた。

 

 「キミなかなかやるなぁ。天龍をあんなやる気に満ちさせるなんてなぁ」

 「偶然だ、誇る必要もない。それよりも龍驤、お前は軽空母と言っていたな?」

 「そうやで。どしたん?」

 「いや、な。今の宿毛湾は空母を育てないと不味いのでは、と考えていてな」

 「隼鷹や瑞鳳がおるやろ?」

 

 龍驤の言葉に箒は首を横に振る。

 

 「あの二人だけではいずれ限界が来る。今は一人でも多く戦力が欲しいのでな」

 「つまりうちも早く怪我を治せってか?わーっとるよ、こんなとこずーっと居座る気ぃは無いわ。それにうちがおらんと隼鷹も瑞鳳もスカタンやしなぁ」

 

 カラカラ笑いながら龍驤が言う。実際隼鷹と瑞鳳の訓練を見させてもらった事があったが、箒的にはどうにもしっくり来ない所があった。だが空母の戦い方についてよく知らない為箒は口出し出来ず、結局空母の育成は他の艦種と比べて遅くなっているのが現状だ。

 一刻も早く龍驤達には元気になってもらいたい。そう考えた箒は、龍驤と天龍、それに多摩が揃って他所の方向を向いている隙にこっそり小さく印を結んだ。と、淡い光が三人の周囲に現れ、三人の体にゆっくりと浸透していく。

 

 (『回復の印』をやっておいた。じきに良くなるだろう)

 

 光が完全に三人に浸透したのを確認した箒は、さっき多摩が言っていた事が気になって聞いてみた。

 

 「それで多摩。さっき言っていた『ある程度』と言うのは?」

 「ん、じゃあ話すにゃ。確かに大本営のドックにいる艦娘は、基本的に戦闘で受けた傷が鎮守府のドックではどーにもならない時に使われるのにゃ。けどそれ以外に、ここには別の理由で放り込まれた艦娘もいるのにゃ」

 「別の理由?」

 「まぁ分かりやすく言えば……四大鎮守府の艦娘との演習でボコされたのにゃ。徹底的ににゃ」

 

 多摩の顔は沈んでいた。

 

 「多摩は普通に戦闘での傷を癒してるけど、天龍と龍驤は演習の類いでの傷だにゃ。他にもここには演習でボコされた艦娘が沢山収容されてるのにゃ。たとえばーー」

 「あぁぁぁぁぁあ!」

 「ちょっと、誰かこの娘押さえて!これじゃ鎮静剤が打てないのよ!」

 

 突然カーテンの外から叫び声や暴れる音が聞こえた。何事かと箒がカーテンから顔だけ出して見てみると、隣のベッドで箒自身にも似た武人気質な顔の艦娘が大暴れしており、それを必死に職員が押さえ付けていた。見るとその艦娘は左肩から指先ーーつまり左腕が丸々無くなっている。

 

 「あー……また那智かにゃ。いつもの事だけどうるさいにゃあ……」

 「那智?」

 

 知らない名前が出てきて、箒は多摩に目を向ける。

 

 「にゃ。元は柱島の重巡洋艦の艦娘で実力はあったけど、見ての通り演習でボコされて左腕を無くしてるのにゃ。それでここに放り込まれたけど、いつもいつも『もう絶望した、私を解体しろ』なんて叫んでるのにゃ」

 「柱島の提督は何も言わないのか?」

 「言わないと言うか、もう完全に見捨てる方面なのにゃ。現に今まで一度もお見舞いに来てないしにゃ」

 

 やれやれと言う表情で多摩が言う。再び箒が那智に目を向けると、那智はようやく鎮静剤を打たれて大人しくなった所だった。周りの職員は彼女がようやく落ち着いてくれたので一息つくと、他の艦娘の応診の為一旦その場を離れた。それを見送り、箒はまた那智に目を向ける。と、

 

 「……何の用だ?」

 

 箒の目線に気づいたのか、那智が鋭い目を向けてきた。体に元気はなかれど、その瞳にはまだ闘気が滲み出ているようだった。箒は那智の前に姿を現す。ついでに多摩も出てきた。

 

 「その姿、そしてついてきた多摩……貴様は宿毛湾の提督か?」

 「あぁ。つい最近着任したばかりだがな」

 「フン、まさか女とはな。それで私に何の用だ?私のこの様を笑いにでも来たのか?」

 

 提督てある箒に対して尊大な口調で話す那智。恐らくこれがデフォルトなのだろう。

 

 「那智、だったか……ちょっとその怪我の箇所、見せてもらうぞ」

 「何をーー」

 「ちょっと触るだけだ。すぐに終わる」

 

 那智の言葉を聞かず、箒は那智の左腕の無くなった部分に触れる。その箇所はきちんと治療されており、職員の腕の良さを窺わせるものであった。これなら傷口からの感染症の心配もないと言って良い。

 

 (……行けるな。『あれ』を使えば、この娘はまだ戦える)

 

 何か確信を持った箒は触るのを止めて手を離し、ブツブツ考え事を始める。

 

 「何をしてたのかにゃ?」

 「フン、触れただけで貴様に何が出来る。よもやこの腕が治る、とでも言うのか?」

 「治りはしない。が……」

 「が、何だ?」

 

 箒は那智に向き直り、右手を差し出してこう聞いた。

 

 「その前に聞こう。那智、お前……私の下で再び戦う気は無いか?」

 「……何だと?」

 

 箒からの提案に那智と多摩の目が点になった。

 

 「ちょ、本気なのかにゃ!?」

 「本気も本気だ。那智、お前はまだ戦える。私には確信があるのだ」

 

 と、急に那智が箒の制服の襟を掴んで引き寄せてきた。箒を見るその目は怒りに満ちていた。

 

 「貴様は私を馬鹿にしているのか!?私は今左腕がないのだぞ!そんな奴がまだ戦える!?馬鹿も休み休み言え!左腕を失った私に何の価値がある!?貴様のような馬の骨に馬鹿にされるくらいなら、まだ私は解体された方がマシというものだ!」

 「馬鹿にするのが目的なら最初からお前に絡んだりはせん。というかそもそも相手にすらせんさ……まぁ私の話を聞くと良い」

 

 箒は那智の手を容易く振りほどくと、少し乱れた制服を整える。まだ疑いの目を向ける那智を気にも止めず、箒は話を続けた。

 

 「実はな、私の夫はこれまで様々な義手義足を作って来たんだ。『誰にでも使えて、かつ後遺症等も気にならない』をコンセプトにな。で、ようやく納得のいく物が出来上がったのだが……どうだ那智、お前がその義手使用者第ニ号とならないか?」

 「義手だと?ハッ、馬鹿な。私達は艦娘だ、人間が作った玩具程度で腕一本賄える訳がないだろう」

 「ならば問題ないな。私も私の夫もお前の言う人間ではないのでな」

 「何?それはどういうーー」

 

 那智が聞くより早く、箒はカーテン部分にクラックを作り上げると、中に上半身を突っ込んでゴソゴソ探し物をし始めた。目の前で起こる珍事に、またも多摩と那智の目が点になる。十秒ほど中を漁っていた箒は、やがてクラックから機械とガラスで作られた細長い容器のような物を引っ張り出して床に立てた。中は何やら透明な液体で満たされ、更に通常の成人女性のそれと同じくらいの長さの左腕が保管されていた。その左腕は所々皮の部分が透けて内部の筋肉と思われる物が見えており、肩の部分にはウニョウニョと細く短い触手のような物が蠢いている。

 

 「これがその義手だ。性能は私の夫が第一号として自分で試して保証している、何の問題もないぞ」

 「うげげ……一部筋肉丸見えだにゃ……気持ち悪い……」

 「これでも限りなく完璧に出来た方なのだぞ?それはここまで再現して見せた私の夫に失礼というものだ」

 

 気味悪がる多摩に苦言を呈し、箒は那智を見る。

 

 「で、これを見た上でお前はどうする?このまたとないチャンスに飛び付くか……それとも撥ね付けるか……まぁ焦りはしない、ゆっくり決めると良い。何せお前のこれからを左右する重要な決断となるだろうからな」

 

 未だ疑いの視線を向ける那智にそう伝えておき、箒は義手の容器をクラックの中に戻してクラックを閉じた。カーテンは元のように風に揺られている。

 

 「では私はこれで失礼する……まぁ悩め、いくらでもな。私はゆっくり待つ事にしよう」

 

 そして箒は最後にそう言うと、「また来るぞ」と多摩達にも言ってから医務室を去った。残された二人はポカーンとするばかり。

 

 「にゃあ……嵐みたいな人だったにゃ」

 「そうだな……」

 

 人の話を聞く事すらせず、ただ自分の言いたい事を簡潔かつ分かりやすく話す。二人には箒が暴君にも見え、また名君にも見えた。

 

 「……で、どうするつもりにゃ?あの人の誘い」

 「そうだな……まぁゆっくり考えよう。奴は今まで私にすり寄ってきた者とは違う……いや、そもそもの次元すら違うか」

 「何の事だにゃ?」

 「猫以下の頭のお前には理解できまい」

 

 隣で「それは遠回しに多摩を馬鹿にしてるのかにゃー!?」と騒いでいる多摩を放っておき、那智はこれからの自分の行く先を考える事にした。

 

 (どうせ時間はいくらでもある……何日、いや何ヶ月掛かろうと彼女は私の答えを待つだろう。自分で納得の行くまで考える事にしようーー)

 

 

 

 

 

 

 

 

 さて、多摩達と別れた箒はもと来た道を戻って宿泊する部屋を経由し、また会議室へと向かっていた。午前中に渡された資料を読み返す為だ。まだ資料の内容を半分と理解できていなかったので、何回か読み返して頭に入れておかなくてはならない。

 

 (まぁ新参の私達が参加する訳ではないが……知っておくに越した事はないだろう)

 

 会議室に向かう間も苦にならないスピードで資料を読み返す。と、

 

 「しれ~か~ん!助けて~!」

 

 聞き覚えのあるほんわかした声が聞こえてきた。振り返ると、

 

 「……文月?」

 

 文月が涙目でこちらへ走ってきた。よく見ると自分の知る文月とは容姿が異なっていた。体つきが今までの子供体型から中学生くらいの体型となりだいぶ大人びていたし、服も白セーラー服に変わっている。文月は箒の下まで走ってきて、そのまま箒に飛び付いてきた。頭をグリグリと押し付けて甘えてくる文月は、見た目は変われどまだ幼さを残している。

 

 「文月……か?どうかしたのか?」

 「しれ~かん、助けてよぉ~!しれ~かんと同じ格好の人がね、文月を凄い形相で追い掛けてくるのぉ!」

 「私と同じ格好?という事は私と同じ提督か」

 

 涙目で抱き付いている文月を軽く撫でて落ち着かせていると、文月が走ってきた方向から同じ提督用制服を着た男性が二人走ってきた。その内の一人が見覚えのある男性だが、もう一人のこわもての男性は知らない顔だ。

 

 「龍瀬准将?それに……どちら様ですか?」

 「あぁ良かった、篠ノ之少佐も一緒だ。良かった、探す手間が省けたよ……」

 「龍瀬、彼女が篠ノ之少佐か?」

 「そうですよ、武藤少将。篠ノ之少佐、こちらは下田の鎮守府を運営している武藤敦輝少将だ」

 「武藤だ。なるほど、君が元帥が言っていた……すまなかったな、今君の後ろに隠れている娘を連れてきて欲しいと元帥から頼まれて探していたんだが、私を見るなり逃げ出してしまってな」

 

 武藤はそう説明してポリポリと頬を掻く。こわもてな人相の武藤を文月が怖がるのも無理はないだろう。文月は背中に隠れて、武藤を見ては隠れるを繰り返している。

 

 「文月は人見知りですので、武藤少将が怖かったのでしょう……どうか許してあげて下さい」

 「いやいや、私の接し方が間違っていたのだ……君達が謝る必要はない。それよりも……」

 

 武藤は龍瀬にチラリと目を向ける。

 

 「篠ノ之少佐、すまないがその娘と共にすぐに元帥の執務室まで来てくれないか?単独演習の件で話があるんだ」

 「単独演習ですか?私はさっきまで医務室で艦娘達と話をしていたので、演習を観戦していないのですが……何か不都合でも?」

 「不都合……いや、予想外と言うべきかな」

 

 龍瀬の言う事が理解できず、箒は首を傾げる。何か文月が問題を起こしてしまったのだろうか。

 

 「まぁ話は元帥の所でやろう。さ、来てくれ」

 

 歩き出す武藤と龍瀬を追い掛けて、箒と文月も元帥の下へと向かう。その間箒と文月は、武藤の動きが気になっていた。自分達の方を振り返ってチラッと見たかと思うと、すぐに目線を前に戻して考え事をする。それの繰り返しである。龍瀬もまた二人が気になっていたのか、チラチラと目を向けてくる。一体何がしたいのだろうか。

 

 そうこうしている間に四人は元帥の執務室まで来ていた。武藤がドアをノックし、中から「入りなさい」と声が響くと、まず武藤と龍瀬が、次いで箒と文月が執務室に入る。執務室中央には左右に大型のソファが置かれ、右側に無精髭の壮年の男の提督と穏やかな表情の男の提督が、左側には目付きの鋭い女の提督と狐のような細い目が特徴的な男の提督が座っており、入ってきた箒達に鋭い目線を送ってくる。また提督達の後ろには秘書艦であろう艦娘達が直立不動で待機していた。

 

 そして正面の一人用のソファに、定藤が腕を組んで座っていた。

 

 「来たね、篠ノ之少佐。それに文月や」

 「はい。ところでこちらにいらっしゃる提督の皆さんは一体……」

 「四大鎮守府ーー聞いた事はあるだろう?横須賀、舞鶴、呉、佐世保。これらの鎮守府を運営する大将達さ」

 「そうですか……しかし元帥、一体これは何の集まりでしょうか?私にはとんと見当が付きません」

 「ほう?あの演習を見て、見当が付かぬと言うのか、篠ノ之少佐?」

 

 壮年の提督がそう言って鋭い目線を箒達に向ける。怖がっているのか、文月は箒の後ろに隠れてしまった。箒は文月の頭を優しく撫でて「大丈夫だ」と落ち着かせ、その壮年の提督に向き直る。

 

 「申し訳ありません。私は先程まで医務室にて宿毛湾所属の艦娘達と談話をしていましたので……演習を観戦しておりません」

 「……ならば仕方あるまい。しかし元帥、本当にこの者があの現象を引き起こしたと?」

 「まだ確証はないがね。齋藤、瀬尾、中川、薙。それと武藤、龍瀬。ここからは海軍の機密に触れる事になる……分かってるね?」

 

 定藤の問い掛けに提督達は首を縦に振って応える。それを確認し、定藤は改めて箒を見た。

 

 「篠ノ之少佐、今回お前さんを急遽ここに呼び出したのには明確な理由があってね。さっきもこやつらに言ったが、海軍の機密になる。絶対に他言無用でお願いするよ」

 「分かりました。それで、その理由とは?」

 「まぁそう焦らなくてもきちんと話すさ。さて篠ノ之少佐。まず一つ、お前さんに聞きたい事があるんだよ」

 「何でしょうか?」

 

 いつにも増して鋭い目線を送ってくる定藤に、箒も思わず身構える。そして定藤が重々しく口を開いた。

 

 「篠ノ之少佐……あんた、『狂化』ってのを知ってるかい?」

 

 

 

 



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狂化

 「『狂化』……ですか?」

 

 定藤の口から出てきたのは、箒も文月も聞いた事がない単語だった。

 

 「そう、狂い化けると書いて、狂化。どうだい?」

 「いえ……聞いた事はありませんね。察するに、艦娘に関する事とは予想出来ますが……」

 「まぁあながち間違いではないね。確かに艦娘に関する言葉さ。ただし……悪い方面でね」

 

 そう話す定藤の表情は沈んでいた。

 

 「『狂化』はね、分かりやすく言えば『艦娘の深海棲艦化』の事さ。艦娘ってのは、一度沈むと深海棲艦になる……そして深海棲艦もまた、沈むと艦娘になるって言うのが一般論さ。実際それは間違いではないのさね。轟沈した艦娘が目の前で深海棲艦になったり、逆に深海棲艦が艦娘に変わるってのは、よく各地で目撃されてるしねぇ」

 「最近の深海棲艦はどこか艦娘にも似た顔の奴が出てきたりするし、艦娘にも深海棲艦だった頃の名残があったりするらしいのですよ。まぁ本当にごく稀ですがね」

 「瀬尾の言う通り、つまりそう言う事さ。だけどねぇ……『狂化』ははっきり言って不味い。あたし的にも受け付けられない現象さ」

 「元帥がそれほどに嫌うとは……一体『狂化』とは?」

 

 瀬尾が聞くと、定藤は今度は真剣な表情に変わった。

 

 「皆心して聴いておくれ。『狂化』ってのはねぇ……轟沈していないにも関わらず、唐突に艦娘が深海棲艦に変わってしまう事さ」

 「!」

 

 箒達の表情が鋭くなる。轟沈という条件を経ずに艦娘が深海棲艦に変わるーー普通ならあり得ない現象だ。

 

 「何の前触れもなく、ある日突然に艦娘が深海棲艦に変わるーーそれも目の前で。手塩にかけて育ててきた艦娘が、目の前で、何の前触れもなく、深海棲艦と成り果てる……恐ろしい現象さね」

 「馬鹿な!そのような現象、今まで聞いた事もありませんぞ!」

 「まぁ齋藤達が知らなくて当然さね。『狂化』は今の今まで、一度しか起こってないからねぇ」

 「一度だけ?ならばそれほど気にする事もないのではないですか?」

 

 中川がそう言うと、定藤は胸ポケットから一枚の写真を出して机に置いた。その写真には、若い頃の定藤と思われる女性と、薄紅色の着物と紺の袴の格好で、身の丈程の和弓を持っている艦娘が写っていた。

 

 「この写真は……まさか元帥の隣にいるのは、あの鳳翔ですか?」

 「その通りさね。一番最初に顕現した十人の艦娘の内の一人で、唯一の空母でもあった鳳翔。そして……あたしの目の前で狂化した唯一の艦娘さね」

 

 定藤の言葉に、執務室に衝撃が走る。

 

 「十年前……あたしがまだ中将だった頃、鳳翔は当時あたしが運営していた鎮守府のエースとして、とある作戦に参加したのさ。そしてその作戦が無事に終わって鎮守府に帰投したまさにその時ーー奴等は残存勢力をかき集めて、手近だったあたしの鎮守府に強襲してきたのさ」

 「その話は聞いた事があります。私はまだ提督候補生でしたが、何でも随分激戦になったとか……」

 「あぁ、その通りさね。戦いは数日に及び、最後に残っていた艦娘は、大破した鳳翔とあと一人だけ。で、あと少しでこちらの資源が尽きるっていう時になって……突然鳳翔が苦しみだしたと思ったら、みるみる内にその体は深海棲艦のそれへと変わってしまった。幸い精神はギリギリまで呑まれなかったらしく、鳳翔は自身の最期を悟り、あたし等に別れを告げて奴等に特攻し、残り全ての深海棲艦を道連れにしたのさ……」

 

 定藤は一旦そこで話を切る。涙を堪えているのが表情からもよくわかった。

 

 「そんな……私は、鳳翔は深海棲艦との戦いで轟沈したと聞いていました」

 「まぁこの件は箝口令が敷かれたからねぇ、そう伝えられたのは当然さ。だから今となっては誰も真実を知らない。知っているのはあたしと……中川、あんたんとこの赤城だけさね」

 

 中川が驚いた表情で後ろに立つ赤城を見た。直立不動の赤城の目には、うっすらだが涙が浮かんでいる。

 

 「赤城、貴女……」

 「……申し訳ありません、提督。定藤元帥の命で、鳳翔さんの最期を誰にも話さぬようにしていました」

 

 涙ながらに説明する赤城。その手は強く握り締められ、ちょっとだけだが血が垂れている。恐らく元帥が言っていたあと一人というのが、中川の後ろにいる赤城という艦娘なのだろうーー箒はそう直感した。

 

 「士気の事や艦娘達の心身の事も考えて、赤城に内密にするよう言い付けておいたのさ。空母の長ともされる鳳翔の最期が、あんな残酷な最期だなんて……彼女を慕う娘達に話す訳にはいかなかった」

 

 定藤は話を締めて顔を伏せた。そして涙を拭うと、机の写真を手に取り懐かしそうに眺めた。

 

 「なるほど、元帥が過剰なまでに艦娘達の減少を懸念するのには、そのような理由があったのですか」

 「そうさ。もう二度と鳳翔のような娘を出したくない……そんな思いあっての事さ」

 

 定藤はそう言って写真を胸ポケットに仕舞い、今度は文月を見た。

 

 「が、今回……駆逐艦の単独演習において、その『狂化』を匂わせる娘が出てきてしまった……それが篠ノ之少佐、お前さんの連れてきた文月さ」

 

 その言葉に、その場にいた全員の目が文月に釘付けになる。文月は「ぴっ……」と小さく驚いて箒の軍服の袖に顔を隠してしまった。箒が文月の頭を軽く撫でて上げ落ち着かせる。

 

 「元帥。その『狂化』には、どのような特徴があるのですか?」

 「あぁ……特徴的なのは通常では出せる筈のない威力の攻撃。砲艦なら砲撃や雷撃、空母なら艦攻・艦爆での攻撃が該当するね。あとは身体能力の大幅な向上。齋藤たちも見たろう?あの娘の砲雷撃の威力を」

 

 言われて齋藤達はテレビで見た文月と時雨の演習を思い出す。確かに文月の砲雷撃は、普通なら戦艦のーーいや、戦艦を優に上回るレベルの砲雷撃だった。もし直撃すれば、時雨は無事では済まされなかっただろう。

 

 「はっきり言ってしまえば……危険なんだよ。いつ深海棲艦に変貌して味方に牙を向くのか分かりゃしない。前例も鳳翔の時しかないから、他にどんな危険を孕んでいるのかも分からない。だからーー」

 「だから……文月を解体せよ、と仰るのですか?」

 

 定藤の言葉を遮るように箒が言う。危険だからこそ、それが起こってしまう前に災いの芽を摘み取る。確かにその通りではあるが、箒にはそれが受け入れられなかった。しかし定藤は小さく首を縦に振る。

 

 「まぁ妥当でしょうな。そんな危険な艦娘を野放しにするのはリスクが高すぎるーーいや、リスクしかない」

 「私も齋藤大将に同意するわ。いつ私達に牙を向くのかって恐怖に怯えるくらいなら、さっさと解体してしまった方が安全よ」

 

 齋藤と中川は文月の解体を奨めてくる。齋藤は文月によって時雨をコテンパンにされているし、中川は後継者の件で箒とは確執がある(箒はその事を知らないが)故、この反応はまぁ仕方ないだろう。

 

 「私も同じ、ですかな。鳳翔の時のように、なってしまってからでは遅いのです。それなら早めに行動に移すのが普通かと」

 

 瀬尾もどうやら解体に肯定的だ。定藤の下で多くの作戦に参加してきた瀬尾は、定藤の心中をよく理解している。が、ここは海軍という組織。ならば主観は一切捨て置かなければならないーーそう考えての意見だろう。

 

 「薙。あんたここにきてからずっと黙りだけど、何か意見はないのかい?」

 

 ここで定藤は先程から何も喋らずただじっと文月を見ていた提督ーー『薙淳一郎』に意見を求めた。

 

 「佐世保の、お前はどう考える?解体か、それともそれ以外か……」

 「今年の単独演習を担当して、あの光景を間近で見てたあんたはどう考えてるのよ?」

 

 齋藤と中川にも聞かれ、薙は狐のような細い目を更に細めて考え込む。少ししてようやく薙は口を開いた。

 

 「……この娘はまだ解体するには時期尚早かと考えます」

 「何!?」

 

 齋藤が驚いて薙を睨む。思っていた返答とは違ったのだろうか。

 

 「……今まで『狂化』は、鳳翔以外の艦娘には起こらなかった。ゆえに僕達は、『狂化』の情報に乏しい。僕ならばこの娘をあえて生かしておき、様子を観察します。少しでも多く『狂化』の情報を集める為に。そして……以降に起こらぬよう対策を立てる為に」

 「危険な艦を野放しにするつもりか!?それで民間人に被害が出たらどう責任を取るつもりだ!?薙、貴様ふざけているのか!?」

 「何の対策も講じず、ただ危険だと言う理由で解体する方がふざけていると思いますよ?幸いまだ被害は横須賀の時雨一人だけで済んでいますし、『狂化』したと思われる当事者やその映像もあります。対策は立てておいてなんぼでしょう」

 「貴様……!」

 

 齋藤が立ち上がって掴み掛かろうとするが、瀬尾に制止され仕方なく座り込む。

 

 「それに僕は彼女ーー文月が、『狂化』を防ぐ為の鍵になりうると考えています。今回の文月ですが、間近で見たそれと元帥が説明なさったそれは、明らかに異なっていました。彼女は普通に意識を保てていましたし、何よりーー深海棲艦に変貌していない」

 「確かにそうだけど、だからと言って『狂化』ではないと決め付けるのは……」

 「ええ、そうです。故に僕は二つ案を提出します。まず一つは、篠ノ之少佐に命じて文月の様子を逐一レポートに纏めて提出してもらい、何か危険な要素あらば即刻僕達で対処する……もう一つは大本営預りとして常に監視し、危険な要素あらば即刻対処する。いかがでしょうか?」

 

 妥協案を出してきた薙に齋藤等は不満を露にしたが、定藤は「ふむ……」と考え出した。

 

 「篠ノ之少佐。お前さんはどうしたいかね?正直に言ってごらん」

 

 定藤は箒にも意見を求めてきた。箒はまだ怯えている文月をあやしながら自身の意見を述べた。

 

 「……私としては、薙大将の提示した案ーー前者の案に賛同します。後者の案は大本営預り、それに近くに横須賀鎮守府がある。確かに何か起こった際の対処は容易いでしょう。ですが見ての通り、文月は私に良くなついています。もし長期に渡り離ればなれにされて、文月の心身に影響を及ぼし、それが『狂化』のトリガーになれば……」

 「その時は我等で対処すれば良いだろう」

 「果たして出来るのですか?『狂化』は予測すら出来ないのですよ?何なら今この場で文月が深海棲艦になってしまうかもしれない。もしそうなったらこの場にいる私達は間違いなく全滅。指揮系統を失えば、今ここにいる艦娘達だけで対処出来るとは思えません」

 

 箒の発言に、後ろに控える艦娘達の目が鋭くなり、箒を捉える。薙以外の大将達の目も同じく鋭くなった。

 

 「ほう……つまり私達の艦娘では力不足と?」

 「提督の存在あっての艦娘でしょう?艦娘達は貴方達を慕い、そして戦っている。もし貴方達がいなくなれば、彼女達の精神的ダメージは間違いなく大きい。そんな状況で、まともな指揮など出来る訳がないです」

 

 その言葉に、齋藤の後ろにいた艦娘がズカズカと箒に近付き、襟を掴んで無理やり立ち上がらせて睨み付けてきた。

 

 「しれいかん!」

 「長門、止めんか!」

 「貴様は私達の事を馬鹿にしているのか!?私達はこれまで数々の作戦に挑み、そして成し遂げてきた!こんなちっぽけな奴を相手して、後手に回る訳がないだろう!私達の愚弄は、私達の提督への愚弄と取るぞ!」

 

 長門と呼ばれた艦娘は怒りのままに叫び箒を睨み付ける。しかし箒は涼しい顔。

 

 「……好きに考えれば良い。だが」

 

 箒はそこまで言うと、自らの襟を掴んでいる長門の手首を右手で掴み、そして軽く力を入れる。

 

 「ぎいっ!?」

 

 途端に長門の手首を襲ったのは、軽く力を入れたとは思えぬ程の激痛。ビキッという音まで響いた。思わず襟を掴んでいた手を離してしまう。長門は呆然として先程軽く掴まれた自身の手首を見、そして箒を見た。

 

 「……貴様のーーいや、貴様達のその傲慢は、いずれ貴様達自身を滅ぼす。忘れるな」

 

 箒はそう言って乱れてしまった襟を整え始める。長門はまだ呆然としており、他の艦娘達もあり得ないといった表情で箒を見ていた。大本営所属の大和型戦艦に匹敵するパワーを持ち、横須賀でもトップクラスの実力を備えた長門。それを箒は赤子の手をひねるかのように軽々と退けてみせた。明らかに異常である。

 

 「しれいかん、大丈夫?」

 「大丈夫だ。だから泣くな、文月」

 「……全く、わんぱくな娘が多くて困るよあたしゃ」

 

 涙目で箒を気遣う文月に、箒も優しく応えてまた頭を撫でてあげる。その光景に定藤は思わずため息をつく。と、執務室のドアが三回ノックされた。

 

 「神通です。工廠から練度測定器を借りてきました」

 

 入ってきたのは先程まで工廠に出向いていた神通だった。手には何やら箱型の機械を持っている。

 

 「来たかぇ神通。どれ、ちと文月の練度を測らせてもらうよ。『狂化』を知る為にも、様々な可能性を探らなくちゃいけないからね」

 

 定藤は神通から箱型の機械を受け取ると、それを机の上に置いた。箱にはちょうど一人分の手が入るくらいの隙間があった。

 

 「文月や、ここに手を入れてごらん」

 「……怖い事、しない?」

 「大丈夫だよ、あたしゃ文月の練度が知りたいだけさ」

 

 文月は心配そうにしていたが、ふと箒を見ると箒も小さく頷いて文月にそれを奨めた。文月も小さく頷き、恐る恐る右手を箱の隙間に入れる。ピピッ、ピピッ……と音がする。

 

 「よし、もう手を抜いて良いよ。さて……」

 

 文月が機械から手を抜くと、定藤はお茶を啜りながら何か機械に打ち込み始めた。

 

 「これは今文月の所属とかを打ち込んでるのさ。そうすればこの機械が、登録された艦娘を検索して練度等の情報を出してくれるーー!?」

 

 と、機械の液晶に何かが表示された時、定藤は思わず飲んでいたお茶を噴き出してしまった。慌てて龍瀬が拭く物を取ってきて噴いてしまったお茶を拭く。

 

 「げ、元帥?いかがなさいましたか?」

 「篠ノ之少佐!あんた一体、この娘にどんな育成をしたんだい!?」

 「え?」

 

 唐突に定藤からそう聞かれ、箒は頭上に?マークを浮かべる。何の事かと齋藤達大将や艦娘達が機械の前に集まって機械の液晶を覗き込む。途端に齋藤達の表情も驚愕のそれになった。

 

 「なん……だと……!?」

 「じょ、冗談でしょ!?神通、貴女壊れてる機械工廠から借りてきた訳じゃないでしょうね!?」

 「そ、それは有り得ません!借りてきたのは最近使い始めたばかりの新品同然の物です!」

 「じゃあこれは一体どういう事ですか!?こんな事ケッコン(仮)していたとしてもあり得ません!」

 

 何やら機械の前で騒いでいるが、箒と文月は何の事やらさっぱりで首を傾げるばかり。

 

 「元帥、何をそんなに驚いているのですか?」

 「篠ノ之少佐、お前さんもこれ見てご覧よ!」

 

 定藤に急かされて箒と文月も液晶を覗き込む。そこに表示されていたのは確かに文月の練度を含めた情報だった。

 

 

 

 宿毛湾泊地所属 睦月型駆逐艦七番艦 文月

 

 練度 250

 

 

 

 頭おかしい練度が表示されている事を除けば、どれも正常な文月の情報だった。

 

 「に、250!?昨日の時点では練度99だったのに、何故倍以上に……!?」

 「通常の艦娘の練度限界どころか、ケッコン艦の限界すら越えてるだなんてーーん?ちょっと待っておくれ。篠ノ之少佐、聞き間違いじゃなけりゃ今お前さん、練度99って……」

 「はい、文月は昨日の時点で練度99でしたよ?」

 「そんな馬鹿な!?あたしが以前確認した時はまだ練度30くらいだったじゃないか!?」

 「一体誰が文月の育成を担当したのですか!?こんな馬鹿げた練度は今まで一度もありませんよ!?」

 

 定藤と薙が机から体を乗り出して箒に迫る。箒はまだ実感が沸いていないのかキョトンとしていた。

 

 「私ですよ?今回の単独演習の為に、文月ともう一人……朧という駆逐艦が当時最高練度で並んでたので、他を神通に任せて私が二人を重点的に育てていました。最終的に同じ練度99で並んだので、くじ引きで誰が演習に出るかを決めました」

 

 箒の爆弾発言に、定藤達は呆然とするばかり。やがて我に返った定藤は、フラフラよろめきながらソファに座り込んだ。

 

 「ははは……どうやらあたしゃ、とんでもない掘り出し物を提督として迎えちまったんだねぇ……」

 

 最早頭を抱えるしかなく、そう言った定藤はそのまま黙り込んでしまった。齋藤と長門達艦娘はまだ測定器の液晶と文月を交互に見ており、中川はショックのあまり腰が抜けて床に座り込んでしまっている。瀬尾や龍瀬、それに武藤は呆然としたままで、薙に至っては口をパクパクさせており、言葉も出ないようだ。

 

 「こんな事があり得て良いのか……!?時雨どころか長門にも勝るのか、この駆逐艦の練度は……!」

 「時雨は練度89、私でもまだ練度165だぞ……!元は練度30ぽっちの駆逐艦、それをこの提督はたった数週間で私達の練度を越える程に育て上げたと言うのか……!」

 

 ちなみに通常の艦娘の練度限界は99で、ケッコン(仮)した艦娘でも限界は175である為、文月の練度は明らかに異常である。

 

 「元帥、発言しても良いでしょうか?」

 

 とここでさっきまで口をパクパクさせていた薙が挙手した。その表情はさっきと違い真剣なそれである。

 

 「……何だい、薙や?」

 「これは僕の予想なのですが……もしや文月の異常な練度は『狂化』の影響なのでは?」

 「『狂化』の?」

 「はい。『狂化』の特徴に艦娘の攻撃力と身体能力の大幅な上昇があると先程元帥は説明されました。もしそれが練度にも影響し、練度限界の枠に納まり切らなくなって限界を突き破ってしまった、としたら……」

 

 薙の説明を聞き定藤達は考え込み始めた。確かに可能性としてはあり得なくはない。鳳翔の件も然り、文月の件も然り、駆逐艦や空母とは思えないパワーで相手を圧倒していた。

 

 「鳳翔さんが『狂化』してしまった際の練度は94……もしかしてその時の鳳翔さんも、今の文月と同じくらいの練度に達していたのでしょうか」

 「多分そうかもしれないね。そうでなければ、あの異常なパワーの説明がつかないよ」

 「今まで出た『狂化』のパターンは二つ。一つは身も心も深海棲艦に成り果てるもの、一つは艦娘としての姿を維持出来ているもの」

 「一体『狂化』とは何なのだ……?まさか艦娘達に与えられた新たな可能性とでも言うのか……?」

 

 その後も定藤達の議論は、理解が追い付いていない箒と文月を置き去りにして続いた。

 海軍の禁忌として今まで奥深くに封じられていた現象『狂化』。これの謎が解ける日は果たしてやって来るのかーーそれは誰にも分からない。

 

 

 

 



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あれよあれよと

第十八話、箒sideになります。


 午後から再開された大本営会議は滞りなく終わった。南方海域攻略戦での各々の艦隊の仕事の確認や、補給線・撤退航路等の確認ぐらいで、全て終了するまでにそれほど時間は掛からなかった。

 

 もし問題があったとすれば、それは定藤の話を全員がきちんと聴いていたのか、という点くらいである。というのも会議中、ほとんどの提督が配布された資料もそこそこにとある一点に目が行っていたからである。

 目線の先にいたのは勿論箒だ。原因は当然、あの単独演習での出来事である。

 

 一般出身の、しかもつい最近になって提督業にやって来たばかりの新人が育てた艦娘が、ウン十年の研鑽を積み重ねた歴戦の提督が育てた艦娘に逆転勝利したのだ。注目されるのは当然の事だろう。

 定藤が何回か確認のため提督達に呼び掛けるなどしていたが、ほとんどの提督が上の空で返事していたので、定藤が殺気を飛ばすと箒への目線は無くなった。

 

 とは言っても会議中の目線が無くなっただけで、会議が終わればまた数多の目線が箒に向かってくる。

 

 (……目障りな目線が多い)

 

 心底イライラしながらも、箒は無表情を崩さない事で平常心を保っていた。配布された資料を手早くファイルに仕舞って、箒はさっさと会議室を出ていく。とそこへ、午前と同じように艦娘の待機室で待っていた文月が駆けてきた。満面の笑みでポフッと箒に抱き付く。

 

 「お疲れさまぁ~。しれ~かん、ご飯行こ~?」

 「そうだな。夕飯は何を食べるかな……」

 「篠ノ之少佐」

 

 と、箒を呼ぶ声がした。振り向くと、齋藤と秘書艦の長門がこちらへ歩いてきていた。廊下に集まっていた提督や艦娘は齋藤の威厳とオーラに畏怖してか、左右に分かれて通り道を作っている。文月は怖がって箒の後ろへ隠れてしまったので、軽く頭を撫でてあげてから齋藤に敬礼する。

 

 「齋藤大将。ご用件は例の事ですか?」

 「そうだ。夕食が終わり次第、また元帥の執務室へ出頭せよ。まだ聞きたい事があるのでな」

 

 それだけ言うと、齋藤はさっさと行ってしまった。長門がその後を小走りで追い掛けていく。途中箒とすれ違った際に何やら鋭い視線を向けてきたが、箒はあえて無視した。

 齋藤らがいなくなると、途端に廊下は騒がしくなった。何やら箒や文月の事について話し声が聴こえてくるが、箒はそれを聴かなかった事にし、文月を連れて食堂へ向かった。食堂で料理を注文すると、やはりシェフからは嫌な視線が送られてきたが、これも箒は無視。注文した生姜焼き定食とハンバーグ定食の夕飯を手早く済ませると、二人はさっさと食堂を出ていった。昼食の時のようにちょっかいを出してくる提督がいなかったのが、箒にとって唯一の救いだった。

 

 

 

 「おや、篠ノ之少佐。もう夕飯を済ませたのかい?」

 

 二人が再び元帥用執務室へとやって来ると、ちょうど定藤がこちらへ歩いてきていた。手にはペットボトルのお茶と書類が抱えられている。

 

 「夕食が終わり次第すぐ出頭せよと、齋藤大将からの仰せでしたので」

 「そうかい。まあ入りなさいな」

 

 定藤に促され箒と文月も執務室へと入る。執務室のソファには既に齋藤達四人の大将と彼らが従える艦娘達が控えていた。午後と違うのは、齋藤達が連れている艦娘の数が増えている事だ。午後の時は大将一人に艦娘が一人付いていたが、今は三人から五人がそれぞれの大将達に付いている。

 

 「来たか。まあ座りたまえ」

 「齋藤、そりゃあたしが言うセリフだよ……まあ掛けなさいな」

 

 二人に奨められ、箒と文月はソファに座る。チラッと艦娘達を見ると、艦娘達はジロジロと文月を観察し始めていた。その中の数人は、明らかな敵意を見せている。

 

 「さて、続きと行こうかね。文月や、確かその姿になったのは横須賀の時雨との演習の時だったね。その時の事で何か覚えてる事はないかい?」

 「ほぇ?う~ん……」

 

 定藤に聞かれ文月はうーんと考え込む。その場の全員が前屈みになって文月に注目。そして一通り考えた文月が満面の笑みで一言。

 

 「忘れちゃった!」

 

 肩透かしを食らって全員がコケた。文月は「ほぇ?」と不思議がる。

 

 「あー……狂化の反動みたいなもので、多分まだ記憶が混濁してるのではないかと……」

 「かもしれないねぇ……まあ何か思い出したら知らせておくれよ」

 

 箒の言葉に対しフラフラ起き上がりながら定藤が言う。まだ未知が多い狂化。早く情報が欲しいところだが、当の本人がこれでは先はまだまだ長そうだ。

 

 「さて、ともすれば……今後の事も慎重に検討しなけりゃねぇ」

 「今後の事、ですか?」

 「そうさ。文月に狂化の可能性が出てきた今、深海棲艦に変貌しかねない娘を国民の近くに置いておくのは、はっきり言って危険極まりない。となると、篠ノ之少佐共々艦娘達を別の鎮守府に移すのが妥当なんだけどねぇ」

 

 そう言って定藤はため息をつく。あまり気乗りではなさそうだ。察して瀬尾が口を開く。

 

 「引っ越す場所の問題、ですか」

 「そうさ。狂化の事を考えると、できる限り遠くに、しかし手の届く場所に移したいねぇ」

 「しかし、主要な日本近海の島々は既に鎮守府や泊地が置かれています。他に置く場所は……」

 「一つあるぞ」

 

 齋藤が人差し指を立てて言う。その表情は何かを企んでいるような表情であった。

 

 「日本からは少し離れるがな。古くから立ち入り禁止とされている禁忌の地。そこなら大丈夫だろう」

 「まさかあそこに送るの!?冗談でしょ!?」

 「だが中川よ、あそこ以外もう移せる場所はないぞ?まぁあそこに移すにも下準備が必要だがな」

 

 そう言って齋藤は懐から日本地図を取り出して机に広げた。そしてある一点を指差す。そこは場所こそ小笠原諸島に近かったが、それでもかなり離れた場所であった。

 

 「ここだ。島の名は『硫黄島(いおうとう)』。数年前の深海棲艦との大戦で激戦となった地だ」

 「硫黄島、ですか。名前は聞いた事があります」

 「まぁかの世界大戦で激戦となった戦地だからな。が、今は深海棲艦の前線基地と成り果てている。小笠原諸島周辺の海域が落ち着かんのは、ひとえにここに陣取る深海棲艦のせいなのだ」

 

 忌々しそうに齋藤はぼやく。

 

 「いつでも攻める準備は出来ていると言わんばかりに守りを固めていてな、この際だから一掃してやろうと以前から作戦を練っていたのだが……こんな事で役に立つとは思わなかったな」

 「勝算はあるのかい?」

 「問題ありませんよ、元帥。あの周辺を何回か哨戒させて分かった事がいくつかあります。まず基本的にあそこは駆逐艦や軽巡洋艦、それに潜水艦を主とした艦隊で守られ、ちらほらだが戦艦や空母がいる程度。制圧するのは苦でもありません」

 「じゃあなんで今まで制圧が出来なかったのかねぇ?」

 「どうやら、定期的にあそこに姫級の深海棲艦が来るようでして。制圧に失敗した時は毎回姫級が訪れていた時とバッティングしてしまったと考えられます、ろくに準備もしないで姫級を相手して勝てるはずもない」

 

 齋藤は地図をしまいながら自信ありげに話す。まあ齋藤が務める横須賀は精強な艦娘が多い故、制圧は苦にもならないだろう……箒はそう読んでか口を挟む事はしなかった。

 

 「そうかい。じゃあ制圧は任せたよ、齋藤。篠ノ之少佐の引っ越しの件はあたしの方で詰めておくよ」

 「分かりました」

 

 齋藤は定藤へ頭を下げると、後ろに立っていた艦娘の一人に何か指示を出した。指示を出された艦娘は定藤達に敬礼すると急いで執務室を飛び出していった。恐らく作戦開始を鎮守府に伝えに行ったのだろうか。

 

 「失礼します」

 

 と、その艦娘と入れ替わりに白衣を着た三十代くらいの男性が執務室に入ってきた。両手に上半身が顔まで隠れるくらい沢山の資料を抱えている。

 

 「おお、来たか徳丸。待ちかねたぞ」

 「齋藤大将に頼まれていた艦娘と深海棲艦に関する資料とレポート、研究所にあるだけ全部持ってきました」

 

 徳丸と呼ばれた男性は両手の資料を机に置き一息つく。顔まで隠れる程の量だったので、相当重かったのだろう。

 

 「遅くにご苦労だったな、徳丸。礼に後で酒の一本でも送ろうか」

 「齋藤大将、それは以前私が酒絡みでやらかしたのを知っての事ですか?」

 「いやはは、冗談だ。あぁ、折角だからお前にも紹介しておくか……徳丸、彼女が件の新しい少佐だ」

 

 齋藤の紹介を受けて箒は立ち上がって徳丸と呼ばれた男性に敬礼する。

 

 「そうか、君が篠ノ之少佐か……僕は『徳丸義恭(とまるよしやす)』。大本営直属の研究所所属だけど、一応階級は大佐だから君の上司になるね」

 「初めまして、よろしくお願いします」

 

 箒が挨拶すると、徳丸はヒラヒラ右手を振って応えた。

 

 「徳丸や、これで全部かい?」

 「はい、元帥。かなり昔の資料も引っ張り出してきたので、これだけの量になりましたよ」

 

 机の上の山盛りの資料に手を置きながら徳丸が言う。

 

 「ここにあるのは全て、かつて艦娘が顕現した頃に行われた艦娘と深海棲艦に関する実験や調査の結果を細かに纏めたレポートです。狂化の解明に一役買ってくれる筈です」

 「ありがとうね。さて、何か有用な情報があれば良いんだけどねぇ」

 

 そう言うと定藤はレポートを一枚手に取って読み返し始めた。他の大将達もそれに倣ってレポートを取って読み返し始める。箒もまた「お好きに読んでみて下さい」と徳丸に促されてレポートを読み始めた。その内容はかなり凄惨で、艦娘や偶然捕獲できた深海棲艦を使った実験が主だった。

 

 「うーむ……読んでいて不快に思う程の実験の数々だな、これは」

 「艦娘に深海棲艦の体の一部を移植したり血を打ち込んでみたり……その逆もまた然り。良い気分じゃないわ」

 「当時はまだ艦娘や深海棲艦の情報に乏しかったからねぇ、無茶苦茶な運用や実験は当たり前のように行われてたんだよ。まあ今はあたしが禁止してるけど、それでも艦娘や深海棲艦を実験に使う馬鹿者は未だに無くならないよ」

 

 レポートを読み返しながら定藤達はレポートの内容について様々な意見を述べる。確かにレポートの中身は読んでいて不快で痛々しい内容ばかり。レポートを読む箒の表情は渋かった。

 

 (はぁ、どうしてこうも愚かしい事しか考え付かぬのだろうな……まぁ未知の存在ゆえ色々知りたいという気持ちは分からんでもないが……ん?)

 

  そんな事を考えながらレポートを捲っていた箒。するとある実験のレポートに目が止まった。それは艦娘の身体の構造や身体を構成する成分等を纏めたレポートであった。それによると、艦娘の基本的な身体の構造や身体に含まれる成分等を調べた結果、艦娘達の身体は人間とさほど変わりなく、寧ろ人間のそれよりも遥かに優れた性能を秘めた物であるという内容であった。

 

 (成る程、艦娘も人間も身体の中身はそれほど変わらないのか。しかし艤装も含めた身体は人間よりも頑丈に構成されているーー当然それは深海棲艦との戦いを想定している為……最もな理由だが、どうにも釈然としないな)

 

 何か引っ掛かるが、取り敢えず置いといて箒はレポートの続きを読む。すると、一枚のレポートのとある文に目が行った。

 

 『艦娘や深海棲艦の身体について研究を重ねていたある日、思わぬ事態が発生した。研究用として残していた艦娘の一人が、突如深海棲艦と化して研究所内を暴れだしたのだ。幸い動ける艦娘がいて鎮圧したお陰で事なきを得たものの、研究は一時中断を余儀なくされた。その艦娘は身体検査の際、極微量ながら深海棲艦の血が混じっている事が確認され、念のため隔離していた艦娘であった』

 

 (深海棲艦の血が……?これに書いてある事がもし狂化だとすれば……もしや文月の体内にも深海棲艦の血が?)

 

 隣でポケーッとしている文月にチラッと目を向けながら箒は熟考する。周りを見渡すと定藤達はレポートに関して議論を続けており、箒に気づく様子はない。箒は自身の胸元にクラックを開くと、そのレポートと他数枚をクラックへ押し込んだ。そしてクラックを閉じ、なに食わぬ顔でレポートを読むのを再開。読み終えた後にレポートとレポートの間にヘルヘイムの植物で作った栞を挟み込んでからレポートの束へ戻した。これで次にクラックを開けば必ず栞のある場所へ繋がるようになる。

 

 (さっきのレポートは、後で部屋でもう少し読み返してみよう。何か分かるかもしれん)

 

 そう考え、箒は別のレポートを読み始めるのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 時刻は2130を回り、箒達三人は部屋に戻り風呂に入る事にした。先に神通が風呂を使用し、その間二人は部屋のテレビを観賞していると、箒のスマホが鳴った。

 

 「もしもし?」

 『あ、ちゃんと繋がったわね。五十鈴よ』

 「ああ、五十鈴か。渡したスマホはちゃんと動くようだな」

 『ええ。じゃあ今日の報告をするわね』

 「頼む」

 

 電話してきた五十鈴の報告によると、今日は主に開発と鎮守府周辺の哨戒、それに訓練を行ったとの事だ。

 開発では軽巡の14cm単装砲や三連装魚雷等を作り、哨戒でははぐれの駆逐艦と軽巡を撃沈したという。

 訓練は事前に箒が作って五十鈴に渡していた艦娘としての基礎を高める為の訓練項目の通りに行ったのだが、五十鈴と龍田、それに朧は2セット行ったが、それ以外の艦娘は1セットも保たず潰れてしまったという。

 

 『聞くけど、あの訓練項目って人並みよね?』

 「ああ、人並みだ。成る程、予想はしていたがやはり基礎が身に付いてないのか」

 『五十鈴達は余裕でこなせたけど、箒さん的にはヤバいって思うのかしら?』

 「だな。艦娘に限らず戦う者というのは長時間戦闘を余儀なくされる時もあるから常に神経を張るし、何より長時間まともな動きが出来るような体力が必要だ。それがこれではな……」

 『そう……分かったわ、貴女が帰ってくるまでには2セット余裕で行えるようにしとくわ』

 「あまり無茶をさせるなよ、大事な時に動けないのはシャレにならん」

 

 呆れ顔で箒が忠告する。五十鈴も「冗談よ」と言って電話口で笑った。

 

 『あ、ところであれはどうなったの?ほら、鎮守府対抗の演習』

 「ああ、それなんだが……中止になった」

 『はぁ?なんでまた……まさか貴女、何かやらかしたんじゃないの?』

 「……すまん。文月と揃ってやらかしてしまった」

 

 箒が申し訳なさそうに言うと、電話口から「はぁ……」とため息が溢れてきた。

 

 『やっぱりそうなのね。まあ何となく予想はしてたけど……ていうか文月も?』

 「ああ……しかもそれが上で問題視されてな。近く私と宿毛湾の艦娘全員を纏めて異動させる事になるようだ」

 『五十鈴達全員を?ふうん……まぁ今は詳しくは聞かないであげるわ。他の皆にも秘密にしといてあげる。その代わり、帰ってきたら全部きちんと説明しなさいよ』

 「……迷惑をかける」

 『今更よ、そんなの。じゃあ出来るだけ早く帰って来なさいよ、貴女の帰りを駆逐艦達が今か今かと待ってるからね。それじゃ』

 「ああ、お休み」

 

 電話を切り、箒はため息をつく。文月が心配してかヒョコヒョコと近寄ってきた。

 

 「お電話、五十鈴さん?」

 「あぁ。こってり絞られたよ」

 「……ごめんなさい、しれーかん。文月のせいで……」

 「気負うな、文月。あれは誰も予想が出来なかったんだ……私も、お前も、他の皆も。誰も悪くないんだ」

 

 文月は小さく「うん……」と頷くが、まだ引き摺っているようで今にも泣き出しそうである。箒は文月を抱き寄せると、膝の上に乗せてそっと撫でてあげた。

 

 「ふぇ……しれーかん……」

 「大丈夫だ、文月。私がーー私達がついている。お前ばかりに背負わせはしないぞ」

 「うん……しれーかん、今日一緒に寝て良~い?」

 「勿論だ」

 「やぁったぁ!」

 

 文月がはしゃいでいる所へ神通が風呂から出てきたので、箒は先に文月を風呂へ行かせる。神通はその足で鏡台へと向かいながら聞く。

 

 「先程の電話は……」

 「五十鈴からでな、今日の鎮守府の報告を聞いていた。あと今日の件を話した」

 「そうですか……五十鈴さんは何と?」

 「予想してたのか、割り切った反応だった。鬼のように怒るかと思っていたが、案外淡白な反応だったな。信頼されているようで何よりだ」

 

 そう言って箒は先程抜き取ってきたレポートを取り出して目を落とす。その時神通は髪を整える為に鏡を向いていたのでそれが何なのか分からなかった為、特に注意されたりもしない。

 

 「信頼……というよりも、最早それが篠ノ之提督とだと思われているのでは……」

 「それならそれで私としてはありがたいものだ。変な噂をたてられるよりも余程気楽で動きやすい」

 

 レポートを読みながら箒が言う。神通は「そう、ですか……」と髪を整えながら返す。その表情は曇っていた。

 

 (……私には分かりません。篠ノ之提督が何を考えているのか……どのような理念でこの提督業に就いているのか……私は何かを見逃しているのでしょうか、私の知らない篠ノ之提督の事……)

 

 結局就寝時になっても神通の心中は箒の事ばかりで、なかなか晴れなかった。

 

 

 

 



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絡まれまして


 第十九話、箒sideです




 「貴様!僕と演習で勝負しろ!」

 

 開口一番。目の前に立つ男は決めポーズをしながら箒を指差して高らかに言った。男の背後には数人の艦娘が控え、敵意を露にしている。一方箒の表情は明らかに苛立っており、文月に至っては「フーッ」と猫の威嚇のように髪を逆立てている。

 周囲の提督や艦娘は野次馬となって興味深そうにその様子を観察し、箒の向かいにいた中川は頭を抱えていた。

 

 この状況になるには、時間を三十分程巻き戻さねばならないーー

 

 

 

 

 

 遡る事三十分前。

 

 「……」

 「むぃ~」

 

 箒達三人が泊まる部屋に来客があった。定藤と中川、そしてピンク色の髪に水色の長袖服とセーラー服の艦娘である。定藤は部屋に上がるや否や、そのピンク髪の艦娘に文月の諸々を念入りにチェックするよう命じた。最初文月は怖がっていたが、箒が手を繋いであげたお陰で今はリラックスしている。

 

 「明石、どうだい?」

 「もうちょっと待って下さいねぇ~。まだ全部見れてないんで」

 

 定藤に明石と呼ばれた艦娘は、文月の頬をムニッと引っ張って観察している。他にも腕や足を触ったり、血や皮膚を採取して比較用の検体と比べてみたりしていた。明石の艤装は世話しなく稼働し、明石の作業をサポートしている。やがて明石は「ふぅ」と息を吐いて作業の手を止めた。

 

 「んー、やっぱり身体は一般的な個体と変わらないですかね~。血も皮膚も私の保管してる検体と変わりありません。こんな娘が深海棲艦化しているとは考えにくいですね」

 「けど演習の時に身体や艤装の一部が深海棲艦のそれになってたのは貴女も見たでしょ?それでいて深海棲艦になってないのはおかしくないかしら?」

 「そうなんですよね、妙な話です。となると……文月ちゃん、ちょっと艤装を見せてくれない?」

 「うん、良いよぉ」

 

 文月は艤装を簡易展開して身体から下ろし、その場に並べた。と、素早く明石の手と明石の艤装のクレーンが伸びて文月の艤装を持ち上げ、ちょっとずつ解体していく。

 

 「あー!文月の艤装がー!」

 「あー、大丈夫大丈夫。終わったらちゃんと元に戻すからね」

 

 明石は文月を宥めながら艤装のパーツを一つ一つ丁寧に検査する。主砲や魚雷管、それに爆雷ホルダーなど、艦娘の艤装を構成する様々なパーツを念入りにチェックしていた。こうして検査する事十分。

 

 「駄目だ、艤装も特に問題なし。何の情報も出てこないなんて……」

 

 結局艤装を解体しても何も出てくる事はなく、頭を抱えながら明石は文月の艤装を元のように組み直して返却した。そして検査内容を逐一レポートに纏めていく。一つの抜けもなく、綿密に。

 

 「うーん、余計に分かんなくなっちゃった。身体に影響なし、艤装にも異常なし。となれば後は何だろう……?」

 「数ある明石という個体の中でも飛び抜けた解析力を持つ、大本営所属の貴女でもこれを解明出来ないのね……」

 「仕方ありませんよ、中川大将。そもそも情報が少なすぎるんです、手探り状態からのスタートなんですから」

 

 レポートを読み返しながら明石は唸る。艦娘を形成する身体と艤装は隈無く調べ尽くした。しかし異常も影響も全くなし。となれば他に考えられるものは無いだろうか。

 

 「せめて文月ちゃんが狂化した際の事を思い出してくれれば、それだけで一歩進みそうなんですが……」

 「ん~、まだ思い出せないのぉ」

 「これですもんね」

 

 文月を撫でながら明石はため息一つ。

 

 「唐突に改二になったのも驚きですけど!それは既に改二に改装できる練度だったと考えるとあり得ない話ではないんですよね」

 「実例があるのか、明石?」

 「はい。特に四大鎮守府の娘達は半分以上がその類いで、戦闘中に突如改二になってます」

 

 「そうか……文月、何か思い出せる事はないか?どんな小さな事でも良い、何かないか?」

 「んーとねぇ……」

 

 箒に聞かれ、文月はうんうん言いながら考えている。と、文月は何か思い出したような顔になった。

 

 「しれーかん、あのねぇ……声が聞こえたの」

 「声?どんな声だ?」

 「んとねぇ、あたしみたいな声だったの。何て言ってたかは分かんないけど……」

 「声、か」

 

 声。文月にしか聞こえないという声。誰の声なのか、何を伝えたいのか、何故文月にしか聞こえないのか。どれも答えは出ないまま更に疑問は増えていく。箒達もうんうん唸り始める。と、「グゥゥゥ~」と誰かのお腹の鳴る音が聞こえた。

 

 「しれーかん、あたしお腹空いちゃった……」

 「む……もうお昼前なのか。元帥、一先ずここで切り上げませんか?」

 「そうさね、ずっと唸ってても何も動きゃしないしねぇ。少し休憩といこうじゃないか」

 

 すると部屋のドアがノックされた。

 

 「神通です。定藤元帥はおられますか?」

 「あたしはここにいるよ。どうかしたのかぇ?」

 「元帥にお客様です。至急お戻り下さいますよう」

 「はいよ。中川、篠ノ之少佐、私は一旦これで失礼するよ。明石、引き続き文月の検査を任せたよ」

 

 定藤はそう言うと神通と共に行ってしまった。その場には箒達四人が取り残される。

 

 「しれーかん、ご飯食べよぉ~」

 「そうだな、私も腹ペコだ。中川大将と明石もご一緒にいかがですか?」

 「私は構わないけど……明石、貴女は?」

 「私も大丈夫ですよ~」

 

 四人は連れ立って食堂へ向かう。その道中、中川はずっと箒と文月を交互に見ていた。

 

 (……一体何をしたらこんな化け物みたいな駆逐艦が完成するのかしら。それに元帥がスカウトしたって言うこの一般上がりの小娘……一体何を考えて提督をやっているのかしらねぇ、読めないわ)

 「何か?」

 「……貴女、一つ聞いて良いかしら?」

 「何でしょうか?」

 

 中川は箒に鋭い目線を向けながら聞いた。

 

 「率直に答えて。貴女、『艦娘』ってどう思ってる?」

 

 箒の目の前に立ち塞がりそう聞く中川の目は真剣そのものだった。

 

 「どう思ってる、とは?」

 「そのままの意味よ。元一般人として艦娘と交流して、貴女は何を思ったのかしら?」

 

 箒はそう聞かれて考え込む。中川は真剣に、文月と明石はやや心配そうな表情で箒の答えを待つ。少しして、ようやく箒が口を開いた。

 

 「……まだ私はーーいえ私達は、艦娘の事を一割も知らないな、と思いました」

 「へぇ……それは何故かしら?」

 「曖昧なんです。艦娘がどういう存在であるのか……人間と同じだと言う人もいれば、兵器と同じだと言う人もいます。人間なのか、はたまた兵器なのかーーそこの境界線が曖昧なんです」

 「具体的には?」

 

 中川は更に踏み込んで聞く。

 

 「彼女達は、見た目は何処にでもいる普通の女の子、ないしは女性です。だから普通に街中を歩いてても艦娘とは気付かれにくいでしょう。しかし内包する力は人間のそれとは明らかに違う。普通の成人男性でも苦労するような重たい物でも、彼女達は楽々と運べる。どんな重傷でも、ドックに入ればあっという間に元通り。そして何よりーー深海棲艦という化け物相手に悠然と立ち向かい、そして勝利を納められる。少なくとも人間と同じとは言いにくいですね」

 「成る程。では彼女達は兵器かしら?」

 「いえ、そうとも言いにくいです。確かに彼女達は兵器と言える物ーー艤装を装着出来ます。そしてそれを使って深海棲艦に立ち向かう事が出来ます。しかし彼女達には、命令する者に逆らう意志がある。それを伝える言葉を話せる。そしてーー私達に反旗を翻す事も出来る」

 

 中川達の表情が一瞬だけ青くなる。しかしあくまで冷静になって箒の論を聞く。

 

 「ただの兵器だと言うのなら、使える限界まで使い潰されて、使えなくなったらゴミ箱行き。それに対する文句など出る筈もない。しかし彼女達はそれに対して文句を言える。命令に逆らえる。最悪、人間を見捨てて深海棲艦とーーなどと言うのは考えすぎでしょうか」

 

 言い終わって箒が中川を見ると、中川はすっかり肩を落として「はぁ~……」とため息をついている。文月はビクビクしながら箒にしがみついており、明石は戦々恐々して箒を見ている。

 

 「えっと……中川大将?それに二人とも、一体どうした?私何かマズイ事を喋ったか?」

 「(……随分達観した娘だこと)はぁ……もう良いわ、充分よ。それで纏めると、貴女から見て艦娘とは何か?答えてみなさい」

 

 中川に問われ、箒は答えた。

 

 「艦娘とは『艦娘』という未開の種族なのでしょう。それ以上でも、それ以下でもない。今はそう結論付けて私自身を納得させてます」

 「そう……それが現時点での貴女の出した答え、という事ね」

 

 箒は小さく頷く。と、傍でしがみついていた文月が更に箒にしがみついてきた。涙目で箒を見上げて「見捨てないで」と必死にアピールしてくる。箒は文月をそっと抱き上げると、優しく頭を撫でてあげる。

 

 「大丈夫だ、私はお前達を決して見捨てたりはしない。決してな」

 「……ほんと?」

 「本当だ。たとえ何があろうと、お前は宿毛湾鎮守府のーー私の艦娘だ」

 「……ふぇ」

 

 文月は箒に抱き付いてグズグズ泣き出してしまい、箒は「よしよし」と文月をあやす。一見親子のようにも見える光景に、明石はほっこりとし、中川は「やれやれ」といった表情。そんな事を話していると、いつの間にか食堂に辿り着いていた。

 

 「ほら文月、食堂に付いたぞ。何でも好きな物を頼むと良い」

 「……ハンバーグ。トロトロが入ったの」

 「チーズ入りのやつだな、分かった」

 

 箒は文月を抱き上げたままいつものように注文を行う。やはりシェフ達からは嫌な視線を向けられるが、中川が一緒と気づくと慌てて営業スマイルになる。中川と明石も定食をそれぞれ注文し、揃って席についた。食前の挨拶も忘れず行い、食事を始める。

 

 「そう言えば明石。お前普通に食事しているが、私達のように色々言われたりしないのか?」

 「あー……私は大本営勤務で、普段からここを利用してるから、文句とかはあんまり。確かに私も艦娘ですけど、修理とか開発がメインの非戦闘員ですから」

 「そうか。やはり他の提督達からすれば、私達は異端なのだな」

 「異端とかで纏められるものじゃないと私は思うのだけど……」

 「あはは……」

 

 そんな会話をしつつ食事を続ける箒達。と、そんな彼女達にズカズカと近寄ってくる人物がいた。

 

 「叔母上!何故そいつと仲良く食事などしているのですか!そいつが私に対して行った事をもうお忘れになったのですか!?」

 

 全身包帯だらけのその男は中川と目が合うなり箒を指差して文句を言ってきた。男の周りにいる数人の艦娘も、箒に敵意を向けてくる。

 

 「忘れる訳ないでしょ。私が彼女といるのは、それに関して話をしていたからよ。分かったら戻りなさい」

 「しかし……!」

 「しかしも案山子もないの。これは命令よ」

 「たとえ叔母上の命令であろうと、今回は退きません。そもそもこの私を怪我させておいて、処分が厳重注意だけとはおかしくないですか!?」

 

 男はなおも退かず中川に食ってかかる。しかし中川は至って冷静に答える。

 

 「聞けば貴方、最近ここでのセクハラが問題になってるらしいわね。今回の処分もそれを鑑みての決定よ。貴方も私の後継者を称するなら、それなりの自覚を持ってほしいものだわ」

 「ぐっ……」

 「まったく……あら、そう言えば篠ノ之少佐には紹介してなかったわね。『蛭間征治(ひるませいじ)』、私の甥で階級は少将。和歌山鎮守府所属で、昨日貴女にセクハラして投げ飛ばされた男よ」

 

 中川は涼しい顔で男ーー蛭間を紹介する。明石は吹き出しそうな笑いを必死に堪えており、文月は警戒心を露に、箒はそれを宥めつつ蛭間に頭を下げている。最悪な紹介をされた蛭間はご立腹のようだが。

 

 「そんな自己紹介がありますか!明石も笑うんじゃない!」

 「貴方には良い薬よ。これを期に少しは大人になって欲しいものだわ」

 「ぐぐぐ……ま、まぁ良いです。今日は文句を言う為に来た訳ではないですからね」

 「だったら何の用なの?」

 

 中川が聞くと、蛭間は格好よく箒を指差して言い放った。

 

 「貴様!僕と演習で勝負しろ!」

 

 そして冒頭に戻るのであるーー

 

 

 

 

 

 「蛭間、何のつもり?元帥の命令で、篠ノ之少佐及び彼女の連れた艦娘への接触は一部の提督を除いて禁じられてる筈よ」

 「そんなの関係ありませんね!私はこいつに酷い目に遭わされたんです!しかも私が被害者なのにこの仕打ち!これくらいの我が儘が通っても良いでしょう!?」

 

 何を言っているのかさっぱり分からない。箒達の表情はまさにそれであった。中川は再び頭を抱えてため息一つ。蛭間の後ろからは艦娘達が「そーだそーだ!」だの「提督の言う通りだー!」と訳の分からない肯定をしている。

 

 「はぁ……ルールは決めてあるの?貴方は一艦隊分艦娘がいるけど、篠ノ之少佐はそこまで連れて来てないわよ?」

 「大本営に余ってる艦娘で補填すれば良いでしょう?それなら演習も出来るし、大本営で着任を待っている艦娘達の練度上げも出来る。一石二鳥じゃないですか」

 「元帥の許可は取ってあるの?いくら非公式とは言え、許可なくして演習はーー」

 「面白そうじゃないかね」

 

 食堂の入り口からの声に箒達が目を向けると、定藤が「良い事を聞いた」というような表情で立っていた。

 

 「元帥……」

 「篠ノ之少佐、お前さんの所は出撃はともかく演習はまだ未経験だろう?なら今の内に慣れておいた方が良い。今後も練度上げを進めていくというのなら尚更ね」

 「どうだ?元帥の許可も出た、ここまで来て断るなんて事はしないよなぁ?」

 

 蛭間の含み笑いに箒は嫌な予感を覚えた。しかし仮にも相手は上司。しかも定藤は許可を出した。断る事は難しいだろう。

 

 「……分かりました、お受けします」

 「素直でよろしい。では後程演習場にて」

 

 そう言うと蛭間は艦娘を連れて鼻歌混じりに食堂を出ていった。蛭間がいなくなると、箒と中川は揃ってため息。

 

 「……私の甥が重ね重ね迷惑掛けるわね、篠ノ之少佐。それにしても元帥!何故許可を出したのですか!」

 「ん?まぁ先に言っていた通りさね。篠ノ之少佐には演習というのがどんなものか肌で感じてもらいたいのさ」

 「本当にそれだけですか?何か企みでもあるのでは?」

 「まさか。本当にそれだけさ」

 

 定藤はそう言うと箒に向き直った。

 

 「さて、篠ノ之少佐。少佐には申し訳ないんだけどねぇ、昨日の間に大本営に残ってる艦娘を幾ばくか大将達の鎮守府に振り分けてしまってね、もうあまり数が残ってないんだよ。幸い一艦隊は編成出来るけど、実質一択になるよ」

 「はぁ……分かりました、その艦娘達に会わせてもらえますか?」

 「はいよ。じゃあちょっとこっちにおいで」

 

 定藤に招かれて箒達は工廠へと向かう。

 

 

 

 

 

 工廠では多くの職員や妖精が世話しなく動いていた。戦艦用であろう巨大な主砲や潜水艦用に作り替えられた魚雷発射管、ソナーや電探があちらこちらに置かれている。

 

 「立派ですね、うちの工廠と違って。見た事もない物ばかりだ」

 「そりゃそうですよ、大本営の工廠にはありとあらゆる艤装が集まります。中には試験運用中の物だったり、新型が混じってたりするんですよ!それを間近で見ると本当ワクワクします!」

 

 明石が得意気に説明する。定藤はというと、近くを歩いていた男性職員に声をかけて何かを伝えていた。職員は急いで工廠の奥へと走っていく。するとその職員は奥から六人の艦娘を連れて戻ってきた。

 

 「篠ノ之少佐、この六人が今残ってる艦娘だよ」

 

 箒の前に横一列に並び、揃って敬礼をする艦娘達。疲労している様子はなく、至って健康そうだ。

 

 「潜水母艦『大鯨』です……どうか、よろしくお願い致します」

 「迅鯨型潜水母艦一番艦『迅鯨』です。よろしくお願いします」

 「同じく二番艦『長鯨』です!よろしくお願いします!」

 「『初雪』……です。よろしく」

 「んぁ~……『望月』で~す。よろしく~」

 「あの……その……綾波型駆逐艦の、『潮』です……えっと、もう下がっても良いでしょうか……?」

 

 「皆、よろしく。私は宿毛湾泊地の篠ノ之箒だ。ところで今回呼び出された経緯は何となく分かるか?」

 「あ、はい。何でも、私達居残り組で演習を行うとか……先程職員さんが話してくれました。それで一時的に貴女の下に入る、と……元帥、間違いありませんか?」

 

 代表して迅鯨が遠慮気味に発言する。

 

 「ん、それで問題ないよ。篠ノ之少佐は一般からの着任でまだ知らない事が多い。お前さん達、しっかりサポートしておくれ」

 『はい!』

 「元帥、サポートする側は私なのですが……」

 「それじゃあたしはこれで。少佐、編成が決まったらこの用紙に書いて提出しておくれ。あたしはいつものように執務室にいるからね。明石、彼女達の装備は少佐と話し合って決めておくれ」

 「分かりました!」

 「元帥、流石にスルーは……」

 

 定藤は用紙を一枚と艦娘達のデータが記されたファイルを箒に渡すと、手を振りながら工廠を出ていった。箒は頭を抱え、明石は苦笑い。と、中川も踵を返した。

 

 「私もこれくらいにするわ。あの子のセコンドに入らないといけないからね」

 「はい。ここまでありがとうございました、中川大将」

 「……また機会があれば、私の艦娘とも演習出来れば良いわね」

 「その時を楽しみにしています」

 「……可愛げのない娘だこと」

 

 中川はボソリと呟いて工廠を後にした。中川がいなくなると、箒は改めて六人に向き直った。

 

 「さてと……まずはお前達の事を知らなければならんな。駆逐艦三人は大体分かるが、潜水母艦とは聞いた事がないな」

 

 基本的な艦種は五十鈴の授業で習ったが、潜水母艦は説明されなかったので箒には分からない。それを聞くと、今度は代表して大鯨が進み出た。

 

 「潜水母艦は、簡単に言えば潜水艦のサポートが主の艦になります。潜水艦は艦の性質上、最低限の量しか武装や食糧を載せられないんです。私達潜水母艦は、そんな潜水艦への補給が出来る艦なんですよ」

 「ふむ。つまり三人は本来なら潜水艦とセットで運用すべき艦なのか」

 「そういう事になりますね。ですが現状、潜水艦は潜水艦のみでの運用で事足りる状況が多く、私達の出番はほとんどありません……」

 

 大鯨達はションボリ。活躍出来る場が無いというのは、艦娘からすればかなりの苦痛とも言えるだろう。

 

 「載せられる装備は?」

 「自衛用に小口径の主砲は積んでますが……後は副砲や偵察機、機関部強化系の装備や潜水母艦専用の装備くらいですね。他にもありますが、主な装備はそれくらいです」

 「機関部強化と言うと……タービンか?」

 「そうです、一つ載せておけばそれだけだも機動力が高くなります」

 

 箒は「そうか」と短く返すと、受け取っていたファイルを開いた。ファイルには大鯨達六人のデータが事細かに書かれており、ご丁寧に運用法や装備の内容、練度まで記されていた。練度は望月が14で六人の中では最大、次いで大鯨の10、他は軒並み一桁だった。

 

 「さて、何に重点を置くべきか……ん?」

 

 考え事をしていると、背後に誰かの気配を感じ、箒は振り向く。そこには茶色みのあるショートボブの黒髪にヘッドギアを付けた小柄な艦娘が何かが書かれた用紙を持って立っていた。

 

 「お前は?」

 「はい。私は装甲空母『大鳳』と申します。蛭間少将の遣いとして参りました」

 

 箒に似た真剣な表情をしながら、大鳳はそう挨拶して持っていた用紙を箒に差し出した。

 

 「これは?」

 「今回の演習における私達和歌山鎮守府の艦隊構成を記した物です。蛭間少将が貴女にお渡しするようにと」

 「そうか、態々すまないな。では拝見させてもらう」

 

 箒は用紙を広げて内容を確認する。

 

 

 

 和歌山鎮守府 演習参加艦娘

 

 旗艦 霧島改二 練度86

 

    日向改二 練度83

 

    陸奥改二 練度86

 

    比叡改二 練度85

 

    大鳳改 練度78

 

    天城改 練度80

 

 

 

 用紙には艦隊構成だけではなく、ご丁寧に彼女達の装備まで書かれている。流石におおっぴら過ぎではないかーー箒は疑問に思い、大鳳に尋ねた。

 

 「良いのか?事前にこんな物を私達に見せて。これでは対策して挑みに来いと自ら言っているようなものだろうに」

 「ご心配なく。そのような事で負ける程ショボい鍛え方はしておりません。特に私達空母は、舞鶴鎮守府の赤城さんに鍛えて頂きましたので、そうそう負ける事はありません」

 

 大鳳は自信満々に語る。それだけ実戦を重ねてきたのだろう、彼女の言には重みがあった。

 

 「……分かった、ありがたく使わせて頂く。蛭間少将によろしく伝えてほしい」

 「承りました。それでは私はこれで」

 

 綺麗な敬礼をして、大鳳は駆け足で工廠を出ていった。箒は大鳳から受け取った用紙を見ながら考え事をしている。そして駆逐艦三人を呼んだ。

 

 「望月、初雪、潮。お前達三人は対空はどうだ、得意な方か?」

 「んぁ……あたしは対空演習した事あるからそれなりには出来るよ~。けど練度低いし、あまり期待はしない方が良いかな~」

 「……同じく、私も」

 「あの、その……私も、です……」

 

 箒はそれを聞くと「そうか」と一言、そしてまた用紙に目を落とす。すると何を思い付いたのか、明石を呼んで何か耳打ちした。

 

 「大マジでやるんですか?はっきり言って勝てる要素一つもないですよ?」

 「あぁ、その通りだ。万に一つも勝てる要素はない。だからこその彼女達の装備でもある。私は考え方を変えてみる事にした」

 

 箒の真剣な表情に、明石も「……分かりました、準備します」とため息をつきながら工廠の奥へと消えていく。呆れてはいるが、足取りが軽やかなので内心ワクワクしているのがバレバレだ。と、おずおずと大鯨が進み出て箒に話しかけてきた。

 

 「あの……私達、この演習に勝てるとは思いません。今からでも棄権するというのは……」

 「それは無理だろうな。蛭間少将がそれを聞いてくれるとは思えん」

 「しかし……私達がこの演習に負けたら、貴女の名誉に傷を付けてしまいます。私達にはそれが耐えきれません……」

 

 すると箒は大鯨の肩に手を置いて言った。

 

 「大鯨。私はな、名誉・名声がほしくて演習をするのではない。ましてや勝利する為に演習をする訳でもない」

 「え?」

 「私はな、お前達艦娘の事をよく知る為に演習をするのだ。お前達がどのような特性・特徴を持っているのか、どんな欠点・弱点を持っているのか。それを理解する為の演習なのだ」

 「は、はぁ……」

 「口では理解出来ずとも、実際にこの目で見れば理解出来る事がある。私は一般上がりの素人だからな、誰よりも多く艦娘の事を知らねばならん」

 

 更に箒は「それと」と付け加えた。

 

 「戦いというのはだな、ただ漫然と勝てば良い訳ではない。勝ち方にも色々あるのだ。まぁ私を信じて演習に臨むといい」

 

 そう言う箒の表情は不敵で、何か企んでいるようだった。

 

 

 

 

 



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臨時演習(前)

 

 演習場は静まり返っていた。単独演習の時の喧騒は何処へやら、今は観客席に座る提督や艦娘の一人として声の一つ発さず、演習場を見つめている。彼らの目線の先には、演習の準備をしている蛭間達和歌山鎮守府の面々の姿があった。

 

 「良いかお前達。徹底的に敵を潰せ。練度、経験、装備、どれを取っても私達の方が圧倒的に上だ。私達の実力を、今この場に集まった提督や艦娘、そしてーー対戦相手の奴等に見せつけてやるんだ!」

 『はっ!』

 「うむ、良い返事だ。霧島、演習での大まかな動きはお前に一任する。旗艦として存分にその頭脳と手腕を振るってこい」

 「お任せ下さい。この霧島、提督に完璧な勝利をお届けします」

 

 今回旗艦として演習に参加する戦艦『霧島』が模範とも言える綺麗な敬礼で応える。他の艦娘も同じように敬礼した。

 

 「よし!では私は待機場から観戦している、しっかりやってこい」

 

 蛭間は高らかに言うと、待機場へ歩いていった。彼と入れ替わりに、霧島達の元へ六人の艦娘が歩いてくる。六人は霧島達の前に綺麗に整列し、揃って敬礼する。

 

 「え~と……今回旗艦になった望月で~す……よろしく~」

 「よろしく……あら、かの少佐殿は不在なのかしら?」

 「もう待機場に行ってま~す。もう演習での大まかな指示は受けてるので~」

 

 伸びやかな口調で話す望月。やる気の無さを具現化したような彼女に霧島の頭には青筋が浮かぶ。が、それを隠して話を続ける。

 

 「そうですか……しかしよく少佐はこの演習を受ける気になりましたね。勝てる要素など一つとして無いのに」

 「あ~……あの人も同じ事言ってた。練度や経験考えればまず勝てない演習だって」

 「あら、分かってらっしゃるのね。勝てる演習ではないと。ですが……だからと言って私達は手を抜くつもりはありませんよ?」

 

 鋭い目で望月を睨む霧島だが、望月は涼しい顔。

 

 「だろーね。ま、やれるだけやってみるよ」

 

 そう言うと望月は他の五人を連れて演習の準備に入る。艤装をチェックし、動作に問題が無い事を確認した上で海面に降り立ち、一先ず演習場内をぐるりと回り始める。

 

 「あら、あらあら……完全にこの演習を捨てる気でいるのかしら?」

 

 その様子を観察していた霧島に後ろで待機していた陸奥が話し掛ける。

 

 「十中八九そうでしょう。先程司令も言ってましたが、練度、経験、装備。どれを取っても私達が上。勝てないのは明白でしょう」

 「まぁそうよね。ま、気楽に行きましょ」

 「はい。比叡お姉様と天城さんもよろしくお願いします」

 「勿論!司令に良いとこ見せるんだから!」

 「はい。一空母として、最大限役目を果たさせて頂きます」

 

 比叡と天城はそう言って演習の準備を始め、霧島と陸奥もそれに倣う。そんな中、一人望月達を観察している艦娘がいた。

 

 「……」

 

 先程箒に演習参加艦娘の用紙を渡しに行った大鳳だ。望月達の動きを注視し、観察している。目線の先では、後方にいた大鯨がバランスを崩して転び、迅鯨が巻き込まれて転げていた。「ふえ~ん!」という声も聞こえる。

 

 「何か気になるのか?」

 

 それを見てか、唯一会話に参加していなかった日向が大鳳に声を掛ける。

 

 「いえ……ただ、何か違和感を感じてます」

 「彼女達にか?」

 

 大鳳は望月達に目線を向けたまま首を横に振る。

 

 「彼女達は気にするまでもないですが……問題は、彼女達を指揮する篠ノ之少佐です」

 「篠ノ之……ああ、最近元帥が直々にスカウトしたという一般出身の提督だったな。どうかしたのか?」

 「……日向さん、これから言う事はあくまで私の推測に過ぎません。心して聞いて下さい」

 

 いつもより鋭い目で話す大鳳に一瞬ビビる日向だが、取り敢えず頷き、心を落ち着けて話を聞く事にする。

 

 「恐らく篠ノ之少佐は、この演習……勝つつもりでいます」

 「何?」

 「少佐にメンバー用紙を渡して帰ろうとした時、少佐の話し声が聴こえてきたんです。曰くーー『勝ち方にも色々ある』と」

 「うむ、それが?」

 「少佐は、別角度からの勝利を目指しているのではないでしょうか?たとえば、B勝利ーー所謂戦術的勝利を狙うとか……」

 「まさか。彼女達は練度が軒並み低いのだぞ、B勝利ですら難しいだろう」

 「はい、あくまで可能性です。ですが……」

 

 大鳳はそこまで言って再び望月達を見やる。今度は最後尾の長鯨が転び、ドミノ倒しのように他の五人も転けてしまっていた。「ごめんなさ~い!」という声が聞こえる。

 

 「……見れば見るほどあり得ないと思ってしまうな。大鳳、お前は何を根拠にそう考えた?」

 「……篠ノ之少佐の目、でしょうか。何と言えば良いのでしょうか、戦闘中の私達に似たそれでした」

 「ふむ……まぁ気にかけておく事にしよう。大鳳、あまり考え過ぎるなよ」

 

 そう言うと日向も演習の準備に入った。大鳳も演習の準備に入る為艤装の準備をする。その反面目線は艤装ではなく、現在蛭間達がいるであろう待機場へ向いていた。

 

 (……何か嫌な予感がします。杞憂であれば良いのですが……)

 

 

 

 

 

 「……ふむ、まぁそういうものか」

 

 こちらは待機場。演習場全体を見渡せる特等席から、箒は望月達の様子を観察していた。艤装は異常なしのようだが、航行が見ていて危なっかしい。特にさっきから後方を進む潜水母艦の三人が何度も転けており、その度に「ごめんなさい!ごめんなさい!」という声が聞こえてくる。

 

 「大本営で置物状態で放置されて訓練が出来なかった影響か。さて、あれでどこまで食らい付いていけるやら」

 「本当にそう思ってるのかい?」

 

 その声に振り向くと、箒の後ろにはいつの間にか蛭間がいた。笑みを含んだその顔は、明らかに箒を見下していた。

 

 「本当に、とは?」

 「君だってわかってるんじゃないのかい?僕と君とでは、経験も練度も装備も劣っているという事がさ」

 「ええ、理解してますよ、充分に……それが?」

 

 平然とした表情で返す箒に内心イラつきながらも、蛭間は冷静を装って続ける。

 

 「はぁ……本当に君は馬鹿なんだね。やはり一般上がりだからか……いいかい?予め君には渡したし、さっきも言ったけど、僕の艦隊の練度は軒並み80くらいだ。それに彼女達が装備した物はどれも最新式の砲や艦載機。文句の付けようのない実力も持ってる。ここまでは分かるね?」

 「ええ、勿論。それで?」

 「対して君が指揮する艦娘はどれも練度が低く、尚且つ装備も大本営で野晒しにされていたジャンク品。整備したとは言え、それでも限度がある。隙どころか勝てる要素すら一つもない。であるにもかかわらず、君は無謀にも僕に演習を挑みに来た。ただただ無様に負けるのを、この観衆に見せる為にね」

 

 つらつらと語る蛭間を前に、箒は内心呆れていた。そもそも演習を挑みに来たのは蛭間からであり、立場的に断れないと見て箒は演習を承諾したのだ。それがいつから自分が演習を挑みに来た事に置き換えられているのだろうか。

 また艦娘や装備に関しても、箒は最低限の人数の艦娘と装備しかなく、逆に蛭間は謀ったかのように充実した艦隊を揃えている。

 この理不尽な有り様をどう表現すべきなのだろうか。箒はそんな事を考えながら、蛭間の自慢話を右から左へ聞き流していた。

 

 「つまり君はこんな無意味な演習を行わず、僕の前に屈して謝罪するべきなんだよーーねぇちょっと、さっきから聞いてる?」

 

 蛭間が気づいて問い掛けるが、箒は「聴いてますよ」と適当に応えておいた。するとまた蛭間の自慢話が始まる。また右から左へ聞き流しながら、その目線は演習場の望月達、そして同じように演習の準備をする霧島達へ向けている。と、

 

 「そのくらいにしておきなさいな」

 

 待機場のドアが開いて中川と定藤が入ってきた。箒と蛭間は素早く立ち上がり、入ってきた二人に敬礼する。

 

 「ほっほ。若いのは良いもんだねぇ」

 「自慢話は結構だけど、残りは後でゆっくり語りなさい。今は演習でしょう?」

 「失礼しました、元帥。そして叔母上。今日は僕達の研鑽の成果を存分に見ていって下さい」

 「ええ、しっかり見させてもらうわよ」

 「中川の教え子がどれだけ育ったか楽しみさね。どうだい、お前達も久々に演習してみてはどうさね?」

 

 定藤が後ろに向けて呼び掛けると、二人の艦娘が顔を出した。一人は目映い程に美しい焦げ茶色の髪に美しい程に白い肌、紅白のセーラー服といった見た目で淑やかな印象を受ける艦娘。もう一人はそれとは対称的に褐色肌の金髪で眼鏡を掛け、更にアレンジされた儀礼用軍服を着込んだ豪放磊落な印象を受ける艦娘。

 彼女達を見た時、蛭間は思わず「おぉ……」と口から感嘆の声が出ていた。

 

 「ご冗談を、元帥。私達二人が出ようものなら、ここに溜め込んである資材のほとんどを吹き飛ばしますよ?」

 「違いないねぇ。けど最近は訓練ばかりで退屈してるんじゃないかい?」

 「フッ……この武蔵、多少実戦に出ていないだけで鈍るような体ではないぞ、元帥よ」

 「大和に武蔵……大本営直属部隊が誇る最強の二角が観戦に……!なんと光栄な!」

 

 定藤はそれぞれ『大和』『武蔵』と呼ばれた艦娘と軽口を叩き合い、蛭間は感激のあまり涙が零れている。一方箒は顎に手を当てて二人を観察していた。

 

 (……練度は160ーーいや170くらいか?相当実戦を積み重ねてきたのだろうな)

 「それで元帥よ。そこにいるのが以前話していた新任の提督か?」

 

 と徐に武蔵が箒を指で差しながら聞いてきた。

 

 「そうさね、彼女がこないだから宿毛湾に着任した篠ノ之提督だよ」

 「ほう」

 

 武蔵が箒に近寄っていく。そして箒の前に立つと、徐に箒の腕や腹筋を触り始めた。

 

 「細身ながら随分鍛えているな。何かスポーツでもやっていたか?」

 「剣道をやっている。朝の素振りは日課だ」

 「ハッハッハ、それは良い。どうだ、いつか私と組手でもやらないか?」

 「止めなさい武蔵!」

 

 大和に諫められ、武蔵は「じ、冗談だ」と言って引き下がる。箒は迷惑そうな表情だ。

 

 「すみません、武蔵は血の気が強いもので……気を悪くしたのなら謝罪します」

 「いや、別に……」

 

 箒はそう言って顔を伏せる。

 この時大和は艦娘ーーしかも海軍では知らぬ者はいない大和型戦艦の武蔵から組手を挑まれた事に迷惑していたと考えているが、実は箒は武蔵と組手が出来る折角のチャンスを大和に止められた事に迷惑していたのである。まあそんな事は箒以外知る由もないが。

 

 「まったく……おや、そろそろ始まるようだね。では観てみようじゃないか?」

 

 定藤の言葉に、全員の目線は演習場に向けられる。

 

 

 

 

 

 「えー、それではこれより演習を開始致します」

 

 演習場のちょうど中央には蛭間の艦娘と箒が臨時で率いる艦娘が整列していた。二艦隊の間には、単独演習の際受付をしていた艦娘『大淀』が立ち、マイクを持って説明をしている。

 

 「勝利条件及び敗北条件等は通常の演習におけるルールに則って行います。また使用する弾や魚雷についても同様です。何か質問はありますか?」

 

 大淀が双方に問うが、双方共に質問は無く全員揃って首を横に振る。

 

 「分かりました、では両艦隊は所定の位置について下さい」

 

 大淀が指示を出すと、双方は大きく距離を取ってスタート地点に並ぶ。互いの艦隊の距離はおおよそ中距離。大淀も陸地に近い所まで下がり、双方が準備が済むのを待つ。そして待つ事数分、双方の陣営から準備が出来た事を示す信号弾がほぼ同時に上がった。

 

 「双方より信号弾を確認。演習を開始します!」

 

 

 

 

 

 

 

 「演習開始ですね……日向さん、天城さん、大鳳さん、お願いします」

 「任せろ」

 「天城、参ります!」

 「航空機、発艦!」

 

 霧島の指示を受け、空母と航空戦艦の三人が弓やボウガンを空へ向け放ち、艦載機を発艦させる。青々とした空を綺麗な編隊で飛んでいく艦載機。

 

 「さて、向こうはどう出てくるか……」

 

 それを見つめながら日向が呟く。

 

 「当然対空砲火くらいはしてくるでしょう。問題はその後です」

 「私達相手にどんな戦法を見せてくれるのかしら?まさか航空戦だけで終わり……なんて事はないわよね?」

 「それは無いと思いますがーー敵艦隊発見!これより航空攻撃を開始します!」

 

 そんな事を話していると、ギリギリ目視出来る地点に水柱が上がった。次いで艦載機の妖精から天城に通信が入ってくる。

 

 「こちら天城、現状報告をーーはい……はい、了解しました。一度戻って来て下さい、次いで第二陣を展開します」

 

 通信を終え天城は霧島に目を向ける。

 

 「第一陣の攻撃完了しました。あちらの被害は損害軽微1、小破3、中破1です」

 「思ったより向こうの被害が少ないですね……了解、引き続き第二陣の発艦準備をお願いします。比叡お姉様、陸奥。私達も動きますよ」

 

 霧島達戦艦も単縦陣で動き出す。その顔に決して慢心は無い。長年共に歩んできた蛭間に勝利を捧げる為、彼女達は歩を進めた。

 

 

 

 

 

 

 「お~、早速飛んできたね。初雪、潮、行ける?」

 

 空の向こう側から列を成して飛んでくる艦載機を見つけ、望月はいつもの口調で二人に聞く。

 

 「ん……大丈夫。訓練した通りにすればいける……多分だけど」

 「が、頑張ります!」

 

 初雪もいつも通りの口調で応え、潮はビクビクしながらも主砲を構える。

 

 「ん、分かった。大鯨さん達も大丈夫?作戦は頭に入ってる?」

 「は、はい……あの、本当に大丈夫でしょうか?」

 

 大鯨が心配そうに望月に聞く。後ろにいる迅鯨や長鯨も彼女と同じ表情だ。しかし望月は気にする様子もなく話す。

 

 「だーかーら……言ってたでしょ、あの人も。大丈夫だってさ。信じようよ」

 

 望月はそう言うとまた空に目線を向ける。敵の艦載機は目前まで迫っていた。

 

 「おーし、じゃあ作戦通りよろしくねぇ~。対空砲火、始め~」

 

 気だるげそうに望月が合図を出し、望月、初雪、潮の三人は一斉に対空砲火を始めた。一方その間潜水母艦の三人はひたすら回避行動。艦攻と艦爆、更に艦戦が次々と飛来し、六人を襲う。

 

 「さっすが実力のある人達は違うね~、なかなか落とせない……おっと」

 

 爆撃の雨や艦攻の魚雷を避けつつ、対空砲火を行う駆逐艦の三人。しかし練度の差を埋めるには至らず、次第に対応が後手に回り始め、徐々に被弾が増えている。

 やがて襲来した艦載機が去り、ふと望月が自身の艤装を見ると、演習用砲弾が当たっていたのか艤装が凹んでいた。どうやら避けきれずに被弾していたようだ。

 

 「ありゃ、いつの間に被弾してたみたい……おーい、皆は大丈夫かなぁ?」

 「ん……こっちは大丈夫。ちょっと被弾しただけ」

 「わ、私も大丈夫です!」

 

 他の二人にも通信で確認を取る。初雪も被弾したようで少し口調が重い。潮は大丈夫そうだ。

 

 「ん、二人はまだ大丈夫そうだね~。大鯨さん達は?」

 

 望月が呼び掛けると、少し間をあけて返答が来た。

 

 「こちら大鯨です。私は艦爆の攻撃を受けましたが損害軽微。ですが、長鯨さんが……その、迅鯨さんを庇って中破判定です……迅鯨さんも小破判定を受けました。ですが航行は問題ありません」

 「うぅ、ごめんなさい……」

 「そ。まぁ大破判定が一人も出なかったのが救いかなぁ……よぉし、次に行くよ」

 「……上手くいくでしょうか?」

 

 迅鯨が望月に聞く。正直なところ、迅鯨達潜水母艦の三人は、最初の対空戦闘において自分達は中破、ないしは大破してしまうだろうと思っていた。しかし実際は長鯨が迅鯨を庇って中破した事を除けば良い結果だ。

 とは言え依然不利なのは変わらない。こちらは幾分のダメージを背負って、反対に向こうは無傷のまま砲雷撃戦に入る。まず勝てる演習ではないのは誰の目で見ても明らかだろう。大鯨と長鯨も同様の考えなのか、心配した表情である。

 

 「んー、まぁ駄目だったらその時はその時。気楽に行こうよ、迅鯨さん」

 「……上手くいくなんて、思ってない。上手くいけば、ラッキー。私的には、それで良い」

 

 しかしそんな迅鯨達とは裏腹に、望月は涼しい顔。初雪は初雪で諦め顔。潮はと言うと相変わらずアワアワしており、落ち着きがない。

 

 「さぁて、次の艦載機が来る前に動くよ。皆、作戦通りによろしくね」

 

 望月を先頭に、彼女達は敵艦隊から距離を取るべく移動を試みる。陣形はスタート時の単縦陣から中破した長鯨と小破の迅鯨を囲うように輪形陣で行く。演習はようやく本番に移ろうとしていた。

 

 

 

 

 

 「霧島さん、彩雲より通信です。あちらの艦隊が後退を開始しました。陣形は輪形陣です」

 

 その様子は大鳳が飛ばしていた索敵機『彩雲』によって把握されており、大鳳は速やかに霧島に報告する。

 

 「ええ、見えています。はっきりとね……比叡お姉様、陸奥、日向!砲撃戦用意!昼戦の間に仕留めます!」

 『了解!』

 

 霧島の号令を受け、戦艦達は一斉に主砲を望月達へ向ける。その艤装に乗るは、本来なら大和型戦艦に積まれる46cm砲。砲塔がガコンと大きな音を立てて旋回、望月達を捕捉する。

 

 「主砲、敵を追尾して……!撃て!」

 

 霧島のその声と共に、四人の戦艦の主砲が火を吹いた。凄まじい轟音と共に放たれた砲弾は、弧を描くように飛んでいき、後退する望月達の周囲に大きな水飛沫を上げて着弾した。

 

 「挟射弾です!直ちに修正を行います!」

 

 それを受け、直ちに動く霧島達。次に望月達がどう動くかを予測、砲塔の角度を素早く修正、そしてリロード。リロードでそれなりに時間を要したが、それでも素早く準備を整えた。

 

 「第二射、撃て!」

 

 そして再び霧島の号令で主砲から弾が放たれる。また弧を描くように飛んでいき、大きな水飛沫が上がる。

 

 「どうかしら?」

 

 陸奥が顎に手を当てながら様子を見る。水飛沫は収まり、段々と様子が分かってきた。

 

 「大鳳、向こうの様子は?」

 「……中破1、ですね。他はさっきと変わりません」

 「外しましたか……もう一度修正します。大鳳、天城さん、追加の策敵機を飛ばして敵艦隊の状況把握をお願いします」

 

 霧島は眼鏡をクイッと上げながら艤装の妖精達に指示を飛ばす。陸奥達も妖精に指示を出し、次こそ命中させんものとしている。大鳳と天城は策敵機を飛ばす。

 

 「私達の信頼する提督の栄華の為……貴女達には無様な敗北を与えましょう」

 

 霧島は眼鏡の裏にある瞳を鋭くさせた。

 

 

 

 

 

 「フッフッフ、順調に進んでいるな」

 

 演習の様子を観戦しながら、蛭間は満足そうに笑みを見せる。現状演習は誰が見ても蛭間の艦隊が優勢だ。箒の艦隊は初っぱなの対空戦闘以後は目立った動きを見せておらず、しかも被害が大きいのか早くも後退を始めている。

 もしここから接近を試みようものなら、霧島達戦艦の砲撃や大鳳達空母の攻撃が襲ってくる。しかも相手の艦隊は既に中破が二人。その状況での接近は不可能に近い、寧ろ自殺行為だろう。

 ふと隣に座る箒を見る。相変わらず彼女は目を鋭くして演習を観戦している。何を考えているかは分からないが、こんな状況でもまだ勝てると思っているのだろうか。

 次いで定藤達の方もチラ見する。定藤も中川も顎に手を当てて演習を観戦している。大和型の二人も同様だ。

 

 (私と私の率いる艦娘達の実力を今ここにいる提督達や叔母上、元帥に存分に見せつけよう。そうすれば私の地位や未来は安泰も同然……フフフ)

 

 心の中でそんな事を考えながら蛭間は観戦を続ける。

 

 しかしこの時点で既に、箒がとある策を望月に命じていた事を感づく者はいなかった。そして演習は更に進んでいくーー。

 

 

 

 

 



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臨時演習(後)

 

 「ぺっぺっ……あー、海水飲んじゃった」

 

 口元をゴシゴシ擦りなから望月がぼやく。先程の戦艦四人の砲撃で起こった水飛沫を顔に受けてしまったのだ。砲撃は直撃こそしなかったものの、六人を怯ませるには充分過ぎる威力だ。次は確実に当ててくるだろう。

 

 「はーい被害報告ー」

 「うぅ……大鯨、中破しちゃいました……ごめんなさい……」

 

 大鯨の服は長鯨と同じようにボロボロになっていた。直撃こそ回避出来たが、痛い被弾だ。

 

 「大鯨さん中破ねー。まぁ直撃で一発大破よりはマシかぁ。他は大丈夫?」

 

 望月の気が抜けそうな口調の質問に対し、他の四人は「問題なし」という仕草で応えた。

 

 「ん、了解。多分次は艦載機来るだろうから、初雪と潮は対空の準備しといて。大鯨さん達はまだ動けるよね?」

 「だ、大丈夫です!」

 「了解了解。んじゃ、行くよ」

 

 望月達は輪形陣のまま再び後退を始める。

 

 

 

 

 

 「ん……敵艦隊、再び後退を始めました。まだ健在のようです」

 

 天城の報告に霧島の表情が曇る。霧島の計算ではこの演習、先程の三発目を放った時点で片が付いている筈だった。しかし現状、敵艦隊は中破2小破3損害軽微1とまだ健在だ。

 

 「珍しいな。お前の計算に狂いが生じるとは」

 「ええ……これ程までに計算の外れる時は今までありませんでした」

 「どうする?このままこの位置から砲撃を続けるか、それとも接近を試みるか……」

 

 日向に聞かれ、霧島は考え込む。確かにこのまま現状の位置から砲撃や航空戦を仕掛けるだけでも自分達は勝てるだろう。しかし蛭間が望んでいるのは完全勝利。敵に何の抵抗もさせる事なく蹂躙した上で勝つ事だ。ただバカスカと当たらぬ砲撃を繰り返すだけというのはナンセンスだろう。

 

 「……敵艦隊との距離を詰めます。砲撃の命中率が低い以上、接近して確実に当てなければなりません」

 「妥当だな。取り敢えず距離を詰めたら追加で艦載機も飛ばすか」

 「お願いします。陣形複縦陣に変更、前進します」

 

 霧島は陣形を複縦陣に変えて望月達への接近を試みる。先頭に大鳳と天城、次いで霧島と比叡、そして陸奥と日向といった風に並び、前進する。

 

 「大鳳さん、敵艦隊の様子は?」

 「変わりません、先程と同じように輪形陣でゆっくり後退しています。迎撃は無いと見て差し支えません」

 「了解……最大船速で距離を詰めます!続いて!」

 

 霧島の指示の下、六人は最大速で距離を詰めていく。戦艦や空母は駆逐艦と比べれば船速は遅く、本来なら全力で追い掛けたところで駆逐艦に追い付ける筈もないが、相手は現在比較的ゆっくりのペースで後退を続けている。ならば戦艦や空母の全速力でも充分追い付ける。

 

 「敵艦隊、船速変わりません!」

 「このまま一気に中距離まで詰めます!詰まり次第艦載機を飛ばして下さい!」

 

 敵の状況の確認もそこそこに、霧島は更に指示を出す。全速力で行軍しつつ、大鳳と天城、空母の二人と改装航空戦艦という特殊な艦種となった日向が艦載機発艦の準備に入る。

 

 「まもなく敵艦隊との距離、中距離に入ります!」

 「了解!大鳳さん、天城さん、日向さん、艦載機発艦を!」

 「はい!第二次攻撃隊、発艦始mーー」

 

 その時、大鳳と天城の足元が爆ぜ、大きな水柱が上がった。

 

 

 

 

 

 

 「んぉ……水柱確認。見事に当たってくれたね」

 

 遥か遠くで上がった水柱を確認し、望月は鼻をフンスと鳴らす。やはり篠ノ之少佐に言われた通りに動いて正解だったとそう確信した。あの人は他の提督とは明らかに違う。

 

 「命中……ぶい」

 「や、やりました!」

 

 初雪も水柱を確認してVサイン。してやったり、という表情だ。潮もまだオドオドしているが、表情は少し嬉しそうだ。

 

 「ほ、本当に一矢報いたんですね……」

 

 一方潜水母艦の三人はここまで上手く事が運んだ事に驚いている。潜水母艦は攻撃手段は精々小口径主砲での砲撃くらいで、それも駆逐艦にも劣る威力しか出せず、雷撃も出来ない。出来るとしたらあとは潜水艦のサポートくらいだった。それ故今までの自分達は潜水艦以外の艦娘と演習に参加した際は精々逃げ回る事しか出来なかった。

 しかし今はどうだろうか。砲撃や艦載機の攻撃から逃げ回る事はいつもと同じだが、それは先程の一撃を確実に当てる為の策の一つ。そう聞かされた時は疑心暗鬼だったが、今は実感出来る。自分達は、きちんと役目を果たせているのだと。

 

 「んー、ここからだと向こうの被害が分からないのがきついね~。まぁ当たっただけでも良しにするかぁ」

 「これでまた逃げ回る時間を稼げる……それで良い、と思う」

 「よーし、そんじゃまた逃げ回ろうかな。命中したら後は時間まで逃げ切れば良いって言ってたしね」

 

 望月達はまた後退を始める。その間望月は考える。

 

 (しっかし篠ノ之少佐は凄いねぇ……自ら提示した策が、こんなに綺麗に枠に嵌まるなんてさ。何もかも分かってたのかなぁ、提示した時点で)

 

 望月の中での箒の評価は、『何処にでもいるような一般上がりの提督』から『数々の修羅場を潜り抜けてきた歴戦の提督』へと大きくグレードアップしていた。

 ふと望月は制服のポケットを探り、メモ書きを取り出す。そこには自分達がこの演習でどのように動くべきなのかを事細かに記してあった。

 

 (……このメモ書き通りに進んでる。あの提督なら信じて良いかもね、これからの展開も)

 

 

 

 

 霧島達は狼狽していた。何しろ先頭を進んでいた空母二人の足元で突然爆発が起こったのだから無理もない。空母二人の回りは煙で覆われ、目視での確認は出来ない。

 

 「大鳳さん、天城さん、被害報告を!」

 

 霧島が大声で呼び掛けるが、反応はない。安否確認の為、四人は急ぎ両腕で煙を振り払って二人を探す。と、さほど遠くない場所に二人を見つけた。爆発の衝撃で吹き飛ばされていたようだ。

 

 「くぅ……!」

 「大鳳さん!大丈夫ですか!?」

 

 四人が大鳳に駆け寄る。大鳳の服と艤装は大きなダメージを受け艤装の一部は内部が露出している始末。近くには天城が倒れており、同じように服も艤装もボロボロだ。

 

 「私は何とか中破で耐えられましたが、天城さんが大破……戦闘続行は不可能です」

 「なんてこと……!一体何があったの!?」

 「分かりません……突然の事で、私にも何が何だか……」

 

 大鳳は比叡の肩を借りてフラフラと立ち上がる。天城は戦闘続行不可能と判断されたのか、待機していた救護班が担架に乗せて運ばれていった。それを見送り、霧島は歯噛みする。

 

 「こんな……こんな事、私の計算では……!」

 「霧島、どうするの!?航空戦力が減っちゃったら、向こうの艦隊倒すのも難しくなるよ!只でさえ主砲が全然当たってないのに!」

 「落ち着け、比叡。霧島、どうする?接近を続けて中距離を維持しつつ攻撃するか、今いるこの位置から攻撃するか……」

 

 日向に聞かれ、霧島は頭をフル回転させて考え込む。今回航空戦力は蛭間の意向で主に天城に重点的に乗せて演習に挑んだ。勿論大鳳や日向も艦載機を積んではいるが、天城程ではない。それが今、航空面において主戦力の天城が離脱し、戦力が大幅に減少する事態となった。こうなった以上、最早航空戦力で敵艦隊を撃破するのは無理と言っても良い。

 

 ならば砲戦はどうかと聞かれると、こちらもまた霧島の計算において撃破出来る確率は低かった。何しろ演習開始から今まで命中率が異常に低いのだ。

 

 おもむろに大鳳を見る。彼女は陸奥に支えられようやく立っている有り様だ。艤装はまだ動くだろうが、戦闘続行は難しいだろう。

 

 悩みに悩んだ末、霧島は決断した。

 

 「……現行の位置からの砲撃に変更します。これ以上の彼女達への接近は危険と見ました」

 「そんな……!命中率低いのに、まだ遠距離から攻撃するの!?」

 「恐らく……演習開始から今に至るまでに、既に私達の進行方向には第二・第三の罠が仕掛けられています。それを態々踏みに行く危険な行為は出来ません。それは私達を敗北へ導く悪手です」

 

 霧島の言葉に比叡は黙り込む。確かに霧島の言う通り、あの罠を仕掛けるには相応の距離と時間が必要だ。自分達が攻撃し続けている間に、彼女達は必死になって罠を仕掛けていた。そう考えると既に自分達の周囲は罠だらけ、という事になる。

 

 「これ以上の接近は逆に私達を追い詰めます。そうなれば……勝利すらも出来なくなります。幸い全体的な被害はあちらの方が大きいですから、このまま砲戦をするだけでも勝てはします。が……」

 

 そこまで言って霧島は口をつぐむ。蛭間の前にて完全勝利を約束したにもかかわらず、この状況は非常に最悪であった。蛭間の期待を裏切ってしまった事に、霧島は涙を流す。

 

 「……分かった。霧島がそう決めたのなら、私もそれを信じるよ。二人もそうでしょ?」

 

 比叡がそう声を掛けると、日向も陸奥も静かに頷いた。そして肩を落とす霧島の頭をクシャリと撫でると三人は揃って前に出る。

 

 「比叡お姉様……お二人も……」

 「霧島は大鳳をお願い。日向、陸奥、当てに行くよ!」

 

 大鳳を霧島に預け、三人は横一列に並び立つ。そして全主砲を望月達に向けた。完全勝利が出来ないのなら、せめて確実な勝利を掴もう。三人は目を鋭くして狙いを定める。

 

 「……撃ちます。当たって!」

 

 そして比叡の号令と爆音と共に、三人の主砲が火を噴いた。綺麗な放物線を描きながら砲弾は飛んでいき、敵艦隊付近で大きく爆ぜた。

 

 「……彩雲より報告!敵艦隊大破2、命中しました!」

 

 飛ばしていた彩雲からの報告を大鳳が三人に伝える。

 

 「よし!このまま押し込むよ!」

 

 比叡達は次の弾のリロードに入る。ようやく砲撃が命中した、ならばこれを逃さない手はない。追撃を掛けるべく、急ぎ次弾装填を進めていく。

 

 

 

 

 

 「うぅ……ごめんなさい、油断しましたぁ……」

 「後は頑張って下さい……すみません」

 

 救護班に連れられて、服と艤装がボロボロになった大鯨と迅鯨が離脱する。三度後退の最中、敵の砲撃が潜水母艦の二人に命中、大破と判定された。これで益々不利のなった状況だ。

 

 「う~ん、さっき命中したので気が抜けてたかぁ……気合い入れ直さなきゃなぁ」

 「望月……次、もう来てる」

 「え、もう?回避!」

 

 残された四人が一斉に回避行動を取ると、四人の周囲が水柱に包まれる。それが収まり砲撃が来た方向を見ると、遠くに戦艦が三人並び立っていた。その後ろにぼんやとだが二人程見える。

 

 「う~ん、一人姿が見えないなぁ。向こうも一人減ったかな?だとしたらラッキー」

 「望月……早く後退する」

 「はいはい、分かってるよ」

 

 四人は改めて後退を始める。と、それを追い掛けるように今度は艦載機が飛んできた。しかしその数は最初よりも遥かに少ない。

 

 「対空戦闘、始め~」

 

 相変わらず気の抜けた声で指示を出し、飛来した艦載機を撃ち落としていく。今度はさほど苦労せず対処が出来、被害も抑えられた。

 

 「はい終わり。後退を続けるよ」

 

 望月がそう言ってまた後退しようとしたその時、

 

 『演習終了です!双方共に撃ち方を止めて、艦載機は呼び戻し着艦準備に入って下さい!』

 

 大淀の声が演習場に響き渡った。望月達の目は点になる。

 

 「え?もう演習終わり?まだ時間とか余裕あるでしょ」

 「篠ノ之少佐か、もしくは相手方の提督が止めた……んだと思う」

 「お、終わりました……疲れた……」

 

 潮と長鯨はその場にへたり込み、ふぅと息をはく。初雪はそんな二人に「大丈夫?」と声を掛けに行った。望月はというと不完全燃焼気味のようで、顔をムスッとさせていた。

 

 見ると相手方の艦隊も大淀の声を聞くや否や艦載機を呼び戻して着艦させ、早々に引き上げていく。その表情は皆沈んでいた。

 

 観客席もまたザワザワと騒がしい。やけにアッサリとした終了に怒号が飛び交い、望月達を蔑む声も聞こえる。しかし望月達はそれを気にする事もなく演習場を去っていった。

 

 

 

 

 

 今回の演習の結果は以下の通りである。

 

 

 

 和歌山鎮守府艦隊    篠ノ之臨時艦隊

 

 霧島          望月 小破

 

 比叡          初雪 小破

 

 陸奥          潮 損害軽微

 

 日向          大鯨 大破離脱

 

 大鳳 中破       迅鯨 大破離脱

 

 天城 大破離脱     長鯨 中破

 

 

 B 戦術的勝利       C 戦術的敗北

 

 

 

 

 

 

 「こんな……こんな事が……!」

 

 待機場では、演習の結果に蛭間がワナワナと肩を震わせていた。蛭間の脳内ではこの演習、全くの無傷で完勝する筈だった。しかし蓋を開けてみれば思わぬ抵抗を受けたばかりか、大鳳の中破や天城が大破離脱するという全く想定していなかった事態が起きている。定藤や中川に良い格好を見せる筈が、最悪の赤っ恥という結果に終わってしまった。

 

 その後ろでは定藤が「ほっほ」と笑い、中川はため息一つつき、大和・武蔵姉妹は予期せぬ結果に呆然としている。

 

 「元帥、どうして切りの悪いあのタイミングで演習終了の旨を伝えたのですか?」

 

 ふと中川が定藤に尋ねる。時刻はまだ15時半過ぎ、演習を終わるには早すぎる。しかし定藤は演習を終了させた。

 

 「なんでってそりゃあ、あのまま続けてもどうせ結果は変わんなかっただろうしねぇ。続けるだけ時間の無駄さ。けど二人には良い薬になったろう」

 「そうですか……しかし分からない事があります。天城達が第二次攻撃隊を出そうとした時のあの爆発……あれが演習結果を運命付けた、と言っても過言ではないでしょうが……一体あれは?」

 「さぁ、何だったんだろうねぇ……篠ノ之少佐に聞けば何か分かるーーおや、少佐の姿が見えないねぇ」

 

 演習観戦に集中して誰も気づかなかったが、いつの間にか箒の姿が待機場から消えていた。代わりに箒が座っていた場所にはメモ用紙が残されている。大和が手に取ると、「少し席を外します」とだけ書かれていた。

 

 「……まぁ何も言うまいて。じきに戻ってくるさね」

 

 定藤はため息をつきながら言う。と、ガチャリと待機場の扉が開いて、霧島と望月が入ってきた。

 

 「お疲れ様だったねぇ、霧島や。望月もお疲れ様」

 「……お疲れ様です」

 「お疲れ様で~す」

 

 沈んだ返事の霧島と、いつも通り伸びやかな返事の望月。望月が定藤の前まで来ると、定藤はその場にしゃがんで望月の頭を優しく撫でて労った。望月は少し恥ずかしそうだ。

 

 一方霧島は未だワナワナしている蛭間へ近付き、深々と頭を下げた。

 

 「申し訳ございません、提督!最初あのような大言を申しておきながらこの結果……お詫びのしようもございません!」

 

 謝罪する霧島。蛭間から返答はない。と、

 

 「申し訳ありません、今戻りました」

 

 箒が戻ってきた。途端に蛭間が勢い良く立ち上がったかと思うと、ズカズカと箒に近寄り制服の襟を鷲掴んだ。

 

 「蛭間!」

 「提督!」

 「篠ノ之箒!貴様一体どんな卑劣な戦法をとった!?一体あの駆逐艦共に何を吹き込み、どんな卑怯な手段を使った!?」

 

 中川や霧島の制止も聴かず声を荒げて箒に噛み付く蛭間だが、箒は涼しい顔。反対に襟を掴む手を払いのけ、襟を正してから言った。

 

 「卑劣?卑怯?ならばその言葉、目的に反した艦娘の運用をする提督達や外海で暴れる深海棲艦に対して言ってみれば如何ですか?」

 「な……!?」

 

 悪びれもせず平然と言ってのける箒に蛭間は一瞬たじろぐ。その瞳は、深海の底のように真っ黒だった。

 

 「篠ノ之少佐、説明しておくれ。お前さんが一体、この娘達に何を命じたのか」

 

 定藤が進み出て箒に説明を求める。今回の演習はあまりにも疑問点が多い。本来なら箒が率いた艦隊は圧倒的大差で負けて然るべきなのだが、彼女達は全滅を免れたばかりか敵艦隊に一矢報いて見せた。普通では考えられない事である。故に定藤はどんな方法で蛭間の艦隊に立ち向かったのか興味があった。

 

 「何を、と言われましても……」

 「お話中のところ失礼します。篠ノ之少佐はおられますか?」

 

 箒が言い澱んでいると、神通と明石が待機場へ入ってきた。二人とも何か困ったような表情だ。

 

 「どうした、神通?」

 「それが、篠ノ之少佐が戻ってこない事を心配してか、文月ちゃんが泣き出してしまって……私達だけでは手に負えず……」

 「わかった、すぐに向かう。案内してくれ」

 

 箒は「失礼します」と一言定藤に言うと、急いで神通と共に待機場を飛び出していった。

 

 「愛されてるねぇ、篠ノ之少佐は。艦娘に」

 「はい。ですが演習の件ははぐらかされてしまいましたが……望月、明石、貴女達は何か知ってるんじゃないかしら?」

 

 中川が尋ねると、望月が「まぁね」と言って話し始めた。

 

 「篠ノ之少佐は今回の演習、対空を重視してた。空母の航空攻撃さえ凌いでしまえば、ちょっとでも油断しない限り他は然程苦にはならないって」

 「苦にならない……それはつまり、戦艦の攻撃は対策はしてなかったと?」

 「んにゃ、そうじゃないよ。対策しないんじゃなくて……対策は必要ないって言ってた。どうせ戦艦の攻撃はほぼ100%当たらないからって。そう言い切ってた」

 

 と、それを聞いた蛭間が今度は望月へズカズカと近寄りその肩を掴んできた。

 

 「当たらない、だと?しかもほぼ100%で……?何故彼女は……篠ノ之箒は何故、それが分かっていた!?答えろ!」

 「お、落ち着いて下さい蛭間少将!」

 

 明石が二人の間に割って入り、今度は彼女が説明を始めた。

 

 「演習の前に、蛭間少将は大鳳さんに命じて演習に参加する艦娘と彼女達の装備のリストを届けさせてましたよね?」

 「む……まぁそうだな。それが鎮守府同士の演習におけるルールだからな。勿論私も篠ノ之少佐から今回の演習に参加する艦娘と装備のリストを受け取っているが……それがどうかしたか?」

 

 蛭間が尋ねると、明石は一瞬躊躇いの表情を見せたが、すぐにその表情を隠して話を続けた。

 

 「彼女ーー篠ノ之少佐は、渡されたリストを一目見た後に何かメモを書いて望月ちゃんに渡してました。多分そのメモ書きに答えがある筈です」

 「メモ書きだと?」

 

 蛭間が望月に目を向けると、望月は「これでしょ」と言ってポケットからメモ書きを出して蛭間に見せた。蛭間は「貸せっ!」と言ってそれを奪い取り、メモ書きを読み始める。霧島も横からそのメモ書きを覗き込む。途端に二人の表情は驚愕と唖然に変わった。

 

 「なんだこれは!双方の艦隊の行動パターンからその後の展開まで、全てあの演習で起こった事と寸分の狂いなく同じではないか!」

 「そんな……全て見透かしていたというのですか、あの提督は……」

 「あたしも最初は半信半疑だったよ。でも後退中にこっそり投げておいた魚雷がストライクしたので確信したよ、篠ノ之少佐は他の提督とは別の土俵にいるってね」

 「魚雷……?天城さんと大鳳さんを襲った爆発は魚雷だったのですか!?」

 

 霧島が更に驚いて尋ねてくると、望月は頷いて説明した。

 

 「そだよ。霧島さん達の砲撃が着弾した時の水柱を壁にしてこっそり投げておいたのさ。勿論篠ノ之少佐の策でね。んであたし達は後退しつつ、投げておいた魚雷の射線上にそっちから近付いてくるよう仕向けただけ。でもラッキーだったね、あの魚雷で空母二人仕留められたのは」

 「しかし本当に魚雷なら、いくら霧島達であっても気づく筈じゃないのかい?」

 

 定藤が聞くと、望月は首を横に振って応えた。

 

 「気づけない程に焦らせたんだよ。あたし達がひたすら後退と回避に集中してたのもその為。霧島さん達はあたし達を全滅まで追い込もうとしてた。だから攻撃がなかなか当たらなければ霧島さん達は焦って、確実に当てられる位置まで移動する筈……少佐はそう読んだんだって。まぁ航空攻撃は避け切れなかったけど」

 「なら砲撃はどうなんだい?ほぼ100%当たらないというのは……」

 「さぁ、それはあたしも知らない。でも少佐の事だし、何かしら根拠はあったんでしょ。明石さんは何か聞いてる?」

 「あー……私もそれとなく聞いてみたんですが、答えてくれませんでした。でも確信のある表情でしたよ」

 「……私達は、篠ノ之少佐によって良いように踊らされていた、という事ですか」

 

 霧島はポツリと呟いて項垂れる。蛭間もフラフラと椅子に座り込み頭を抱えてしまった。声を掛ける者はおらず、部屋は静寂に包まれる。

 

 「……しばらくそっとさせてあげようじゃないか。声を掛けて怒らせるよかマシさね」

 

 定藤がそう言ってそそくさと部屋を出、後を中川、大和、望月、武蔵、明石が追い掛ける。蛭間と霧島だけになった部屋の中で、二人は静かに涙を流し悔しがるのであった。

 

 




今回より箒sideと牙也sideの投稿がランダムになります


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楽しき談話 めんどい因縁

 

 「ふぅ…」

 

 部屋の畳に敷かれた布団に文月を寝かせ、箒はようやく一息つく。先程まで「しれいかんどこぉ~」と顔をぐじゃぐじゃにして泣き叫んでいた文月を必死になってあやしていた箒。それがようやく泣き止み、泣き疲れたのか文月はそのまま眠ってしまった。泣きじゃくったせいか眼は紅くなっており、眠りながらも手は箒の着る軍服の袖を掴んで離さない。

 

 「やれやれ、疲れた。後は五十鈴からの定例報告を待つだけか」

 

 昼下がりの部屋、箒のそんな呟きが聞こえる。演習後の会議は恙無く終わり、神通は定藤の仕事を手伝うと言って何処かへ行ってしまった。お陰で残りの時間は丸々暇になり、箒は胡座をかいて頬杖を付きながら黄昏ていた。

 

 「ここを出るのは明日の昼あたりか。この三日間、本当に色々あったな」

 

 他の提督との顔合わせに始まり、文月が参加した単独演習、その最中に起こった文月の『狂化』への目覚め、食堂ではセクハラしてきた蛭間を投げ飛ばし、医務室で宿毛湾所属艦娘と雑談。並べるとなかなかカオスな内容だが、とにかく濃密だった。そして自分と他の提督達の艦娘に対する考え方の違いというものを思い知った。

 

 「出来る事なら、面倒事は避けたいものだがなぁ…私と他の提督とでは、明らかに考え方に違いがある。これが軋轢にならなければ良いが…いや、文月の事もあるしもう今更か」

 

 半ば諦めの表情で箒は独り言をブツブツ呟く。と、部屋のドアをノックする音が聞こえた。

 

 「誰だ?」

 『多摩だにゃ。入って良いかにゃ?』

 「おぉ、多摩か。鍵は開いてるから入って良いぞ」

 

 箒がドアに向けて声を掛けると、「にゃあ」と言いながら多摩が入ってきた。後ろには天龍と龍驤もいる。

 

 「お邪魔するにゃ…って、文月寝てたのかにゃ」

 「あぁ。お前達は医務室にいなくて良いのか?」

 「出歩く許可は取っとるから大丈夫や。にしても…」

 

 龍驤が眠っている文月を覗き込みながら言う。

 

 「文月の事、職員達のひそひそ話で耳にした時はまさかと思うたけど、間違いないんやな。すっかり格好が様変わりしとるわ」

 「む、もう噂になっていたか。まぁあれだけ目撃者がいれば当然か」

 「うちらもびっくりしたで。文月が単独演習でいきなり改二になって、しかもとんでもないパワー発揮して横須賀の時雨を倒したなんてなぁ」

 

 龍驤はケラケラ笑いながら言い、その言葉に多摩と天龍も頷く。この三人も箒も単独演習を観戦していなかったので、それぞれが文月の事を聞いた時は酷く驚いたものだ。

 

 「文月の体の方は大丈夫なん?」

 「本人は特に不調とかは訴えてないし、一先ずは大丈夫だろう。暫くは様子見するつもりだ」

 「そか」

 

 龍驤は納得したような表情で頷き、箒にしがみついて眠る文月の頭を優しく撫でてあげた。天龍と多摩も文月に近づき頭を優しく撫でる。と、

 

 「…うみゅ?」

 

 可愛い声を上げて文月が目を覚ました。寝惚け眼をゴシゴシ擦り、ゆっくりと顔を上げると、龍驤と目が合った。

 

 「…龍驤、お姉ちゃん?」

 「しまった、起こしてもうたか。おはようさん、文月」

 「ふぁぁ…おはよぉ~」

 

 大きな欠伸をしながら、文月は龍驤にぎゅーっと抱き付いてきた。驚きながらも龍驤はそれを優しく受け止める。

 

 「おっとと…なんや、背丈伸びても甘えん坊なんは変わらんなぁ。つーかもう背丈抜かされたんちゃうかなぁ、これ」

 「同じくらいじゃないかにゃあ。あ、龍驤、次は多摩の番にゃ」

 「あ、ずりぃ!じゃその次は俺な!」

 

 多摩と天龍が騒ぐ。と、文月がようやく二人に気づいて、まずは多摩に抱き付いてきた。

 

 「猫ちゃんだぁ~…久しぶりぃ~」

 「だから多摩は猫じゃないって…やれやれにゃ」

 「ほな語尾を改めんかい」

 「多摩のアイデンティティーだから無理にゃ」

 

 軽口を龍驤と叩き合いながら多摩は文月をヨシヨシと撫でる。一通り満足すると、今度は天龍に抱き付いてきた。

 

 「天龍ちゃんもぉ~、久しぶりぃ」

 「おう!文月も元気そうで良かったぜ」

 「お怪我、大丈夫なのぉ?」

 「へへ、心配ねぇよ。怪我もだいぶ治ってきて、近い内にそっちに戻れる事になったからな!しかも、三人揃ってな!」

 「ほんとぉ!?良かったぁ!」

 

 三人が戻ってくる事が嬉しいのか、文月は更に天龍に引っ付いて甘え出す。

 

 「ほう、それは良かった。これで少しは戦力が充実するというものだ」

 「んー?それどういう意味や?」

 「私が宿毛湾に着任する前に、鎮守府が深海棲艦の襲撃を受けてな。その時は一人の轟沈も出さず何とかなったが、人員不足が浮き彫りになっていたんだ」

 「なるほどなぁ。宿毛湾は元々数が少なかったけど、うちら修理組や出向組を抜くと更に数が減るもんなぁ」

 

 龍驤はうんうんと頷きながら机に置かれた水のペットボトルを掴み、蓋を開けてそれを一気に飲み干す。箒も机の上に用意された竹細工の篭から煎餅を取り、封を開けて齧り付く。文月もお腹が空いたのか、箒に倣って煎餅を篭から取り食べ始めた。

 

 「おいおい、良いのかよ?それ提督用のお菓子だろ?」

 「私は別に構わんぞ。食べたいのならお前達も食べると良い」

 

 そう言って箒は煎餅を差し出した。天龍達は遠慮気味にそれを受け取ると、封を開けて食べ始める。一口齧ると、そこからは脇目も振らずに食べ始めた。

 

 「んで?新しい提督は、一体うちらに何をさせるつもりなんかなぁ?」

 

 徐ろに龍驤が箒にそう尋ねた。彼女の質問に、煎餅に夢中だった天龍と多摩も目線を箒に向ける。

 

 「あぁ。まず龍驤だが、隼鷹達空母の育成をリハビリがてら頼む。怪我が完治して早々申し訳ないがな」

 「あいよ。まぁ宿毛湾じゃうちが空母ん中で練度高いしなぁ、妥当やろな」

 「天龍と多摩もリハビリからだな。特に天龍。私の剣術を覚えたいというなら、万全な体調でスタートせねばならんぞ」

 「うえ~…早く戦場に立ちてぇのによぉ…」

 「お前が戦場で活躍する為のリハビリなんだ、我慢してくれ」

 

 天龍は「ちぇっ、分かったよ…」と不満そうに了承。多摩も小さく頷いた。

 

 「ただリハビリとは言ったが、多少駆け足になるだろう。私が着任してからずっと遠征と訓練ばかりやっているから、任務が山と溜まっているのでな」

 「なんや、任務進めてないんかいな。多少は進められたんとちゃうん?」

 「私は一般上がりの素人でな、提督の仕事については何も分からん。故に着任してしばらくは五十鈴から教育を受ける時間に費やしていたのだ」

 

 多摩と天龍は何の事やら分からない表情だったが、龍驤は「なるほどなぁ」と一人納得していた。

 

 「本来なら軍学校で習う事を、つい最近まで五十鈴の指導の下必死に詰め込んどったんやな。提督の業務の何たるかを理解した上で提督の業務を行う…なるほど、そら任務が進まん訳や」

 「その間は五十鈴や龍田に代理で鎮守府を運営してもらっていてな。たしか任務は提督である私でなければ受けられなかった筈だったか」

 「せや。提督がきちんと任務を受注せんといけん、うちら艦娘が任務受注しても達成した事にはならんのや」

 

 龍驤の説明に二人が「なるほど」という表情になる。(…お前達は知っていなくては駄目なのではないか?)というような表情でいると、机に置いていたスマホが鳴り、箒はすぐに電話に出た。

 

 「もしもし」

 『もしもし提督?五十鈴よ。定例報告するわ』

 

 電話の主は五十鈴だ。懐からメモ帳とボールペンを出し「頼む」と一言紡ぐと、五十鈴は今日の報告を始めた。彼女が報告してくる内容を逐一メモ帳に記していく。

 

 「ふむふむ…分かった、報告ありがとう。あぁそうだ、今龍驤達がいるんだが、電話を変わろうか?久々に声を聞きたいだろう」

 『あら、そうなの?じゃあ変わってくれるかしら』

 

 箒は「分かった」と言い、スマホをスピーカーモードにして机に置いた。

 

 『もしもし龍驤?聞こえてる?』

 「おー、聞こえとるで五十鈴」

 「多摩と天龍もいるのにゃ」

 「五十鈴ー、元気にしてるかー?」

 『えぇ。お陰様ですこぶる元気よ、他の娘達もね。怪我の具合はどうなの?』

 「だいぶ良くなったで。近い内に三人揃うてそっちに戻れるかもなぁ」

 『あら、良かったじゃない!貴女達が戻ってくるって知ったら皆喜ぶわ!』

 

 スマホの向こうの五十鈴は嬉しそうだ。共に戦う仲間が復帰するのは当然嬉しい事だろう。

 

 「せやから隼鷹達に伝えといてくれや、そっち戻ったらしこたまシゴいたるってな」

 『えぇ、伝えとくわ。隼鷹は渋い顔しそうだけど』

 「カカカ、すぐにその面から渋さが消えるわ。腕落としとったらどうしたろかなぁ…」

 『程々にね』

 

 五十鈴はスマホの向こうで苦笑している。と、スマホの向こうからガタガタと何かが動く音が聞こえた。そして「あら、起きたの?」という五十鈴の声。誰かが寝ていたのだろうか、と箒達が不思議そうにしていると、音の主と思しき人物の足音が聞こえた。

 

 『…てーとく?』

 「なるほど、その声は山風か。私達の声で起こしてしまったみたいだな、すまん」

 『…ん。五十鈴さんのお手伝い、してて…あたしは先にお手伝いが終わったから』

 『お疲れみたいだったから五十鈴が仮眠を勧めたのよ』

 

 山風は起き抜けのようで口調がトロンとしている。

 

 「そうか、お手伝いか。お疲れ様山風、大変だっただろう」

 『ん…大丈夫。てーとく、明日帰る、んだよね?』

 「あぁ。何もなければ明日の夜にそっちに帰る予定だ」

 『分かった…早く帰ってきてね?てーとくのご飯、恋しい、の』

 

 ご飯が恋しいとはどういう事か。箒が首を傾げていると、スマホの向こうて五十鈴がクスクス笑っていた。

 

 『いやね、会議の前日に貴女が五十鈴達に渡した料理のレシピ本あったでしょ?あれを見ながら皆で代わる代わる食事を作ってたんだけどね…昨日一日で失敗が連続して食堂が大惨事になっちゃって、今他の娘達が大掃除してるのよ』

 「大丈夫なのか?」

 『あんまり…大丈夫じゃないわ。阿武隈は火力強過ぎて火柱上げて厨房の天井焦がすし、三日月は熱々のお鍋を素手で掴んで火傷するし、隼鷹は泥酔しながら調理して味付けめちゃくちゃにするしで、もう散々よ。慣れない事だから皆苦労してるわ』

 

 五十鈴の口からため息が零れる。取り敢えず隼鷹は帰ったら速攻ブッ飛ばす、箒はそう心に決めた。

 

 「そうか…こうなるのを予測出来ていたら、料理の作り置きでもしておくべきだったな。すまない」

 『貴女が謝る事じゃないわよ。それに皆、料理作るのを楽しんでるのよ。今までにない経験だって』

 「はっはっは、それは良かった。ならば今の内にしっかり失敗しておくと良い。それもまた経験だ」

 『えぇ、そうさせてもらうわ…っと、呼ばれたからそろそろ切るわね』

 「あぁ、分かった。お休み」

 

 電話が切れ、箒は一息つく。自分がいない間の鎮守府は何やら変な意味で騒がしかったようだが、とにかく皆平穏に過ごしていたようで安心した。ふと見ると、龍驤は怪訝そうな目つきて箒を見ている。

 

 「ほぉ~ん、料理なぁ…キミ、随分と変わっとるなぁ。艦娘には食事なぞいらん言われるんが世の常やろ」

 「私は艦娘の事をまだよく理解出来ていないのでな。色々試してみて、良い影響が出れば続けるし悪ければ止める。実験…という言い方は流石に失礼だが、まぁ物は試しというやつだ」

 「ホンマに必要なんかなぁ?ウチらは戦う為に生まれた存在やで。人の真似事なんかさせて怒られはせんのん?」

 「まぁ良い顔はされんだろうな。が、あんな激戦に彼女達を送り込んでおいて何の報奨もなし、というのは流石に酷だろう。そう思わないか?」

 

 そう言いながら箒は片手でスマホをつつき、空いた左手で煎餅を齧る文月を優しく撫でる。

 

 「それで報奨が人の真似事かいな…温い人やな、キミ」

 「温くて結構。彼女達にとって良い影響が出るならば、私は許される範囲内で何でもやるつもりだ」

 「それ多分科学者がよく使う言葉やろ」

 

 呆れ顔で龍驤がぼやく。と、彼女の手首に付けた時計がアラームを鳴らした。

 

 「ありゃ、『帰れ』コールや。もう医務室に帰らなあかん」

 「えー!?もうかよ、まだ寛ぎてぇのによ~」

 「しゃーないて、ウチらは怪我人なんやから。いつまでもウロチョロされたら医者が困るんやろ」

 「しょーがねぇなぁ…ほら多摩、帰るから起きろよ」

 「にゃ」

 

 退屈からか寝そうになっていた多摩を起こし、三人は出入り口へ向かう。外は既に日が落ち欠けていた。

 

 「ほなウチらはこれで。また戻る時になったら連絡が来るやろから、そん時にな」

 「あぁ、またな」

 「ばいばぁい」

 

 三人はゾロゾロと部屋を出ていった。二人だけになった部屋に静寂が訪れる。ふと文月を見ると、また欠伸をしている。

 

 「夕飯までまだ時間はあるし、もう一眠りするか?」

 「うん…あたしまだ眠いよぉ…」

 

 文月は敷きっぱなしの布団にモゾモゾと潜り込んだ。綺麗に敷かれた布団からピョコッと顔だけ出す。

 

 「しれーかんも一緒に寝る?」

 「や、私はそこまで眠たくないからなぁ…少しその辺を歩いてくる。夕飯になったら起こしに来るから、それまでゆっくり眠ると良い」

 「はぁい、おやすみぃ~…」

 

 文月はそのまま力尽きるかのように眠ってしまった。スヤスヤと寝息をたてる文月を優しく撫で、箒は文月を起こさないよう忍び足で動く。そして部屋の電気を静かに消して音を立てぬようそっとドアを開けて部屋を出る。

 

 (さて…私は私のすべき事をするとしようか)

 

 念のため部屋のドアには鍵を掛けておき、箒は何処かへと歩きだす。と同時に、箒の影がゆらりと動いたかと思うと影が箒から離れて動き出し、そのまま何処かへ消えた。

 

 「…」

 「…」

 

 箒がいなくなり、日が落ちて暗くなった廊下に、二つの影が動く。その影は暗闇の中しきりにハンドサインを出しながら箒を追い掛けていった。辺りが暗くなり始めたせいで箒の影が動いた事には勿論気づきもせず。

 

 

 

 

 すっかり暗くなった大本営の敷地内を歩く箒。周囲に街灯もなく、頼りは通り掛かる近くの建物から偶に漏れ出ている明かりのみ。暗すぎて足元も覚束ない中を箒はズンズン進んでいく。と、途中でその足が止まり、目線だけが左側にある建物と建物の間に向く。そこへ向け箒はどこからいつの間に取り出したのか、コンバットナイフを一本投げ付けた。音もなく投げられたナイフは勢いよく建物の壁に突き刺さった。途端に何かが建物と建物の間から飛び出す。

 

 「ちょ、危ないなぁ!?本気で仕留める気だったでしょ!?」

 

 建物の影から出てきてそう文句を垂れたのは、口元と首周りを白く長いマフラーで隠したツーサイドアップセミロングの女子。一瞬キョトンとした箒だったが、彼女の容姿を見るなり何か思い出したように訊ねた。

 

 「お前…神通の姉か妹か?」

 「え、分かるの?もしかして私の名前も知ってる?」

 「いや知らん」

 

 箒の即答にズッコケる女子。よくよく見れば確かに神通のそれに似た柿色の改造セーラー服を着こなし、どことなく印象も神通に近い。女子は「何よそれ…」とぼやきながら立ち上がる。

 

 「おほん。私は川内型軽巡洋艦の『川内』!横須賀の艦娘で名目上は神通の姉だよ」

 

 Vサインしながら改めて自己紹介する川内。横須賀ーーつまり斎藤大将の部下にあたる艦娘という事か。箒は一言「ふむ」と呟いてまた聞いた。

 

 「それで?斎藤大将の部下のお前が、私に何の用だ?」

 

 問い掛けに川内は「いや~、ははは」と笑いながら答える。

 

 「私がって言うより…後ろの二人がね、貴女に用があるって」

 

 川内が言い終わるが早いか、箒の背中に何かが押し当てられる感触があった。感触から察するに、それは艦娘の艤装の砲塔部分だろうか。

 

 「…動くなっぽい」

 「動いたら、お腹がドカンと吹っ飛ンじゃうよ?」

 

 チラッと後ろを確認すると、砲塔を構えるのは亜麻色のストレートヘア(先端のみ桜色)に犬耳のような癖っ毛が特徴の艦娘と、赤紅色の髪を三つ編みに纏めた艦娘の二人。箒はそれが誰なのか分からず「はて…」という表情。

 

 「その二人は時雨の妹の『夕立』と『江風』だよ。あんたのとこの文月が単独演習でボコした娘の妹さ」

 

 川内の説明を聞き、箒はなるほどと思う。部屋を出た時からずっと後をつけられていたように思えたが、そういう事だったか。

 

 「私への用件は、姉の仇討ちか?」

 「そうっぽい。あのちっこいののせいで、時雨は大怪我で苦しんでるっぽい…」

 「あンな勝ち方、江風達は認めないもンね!時雨姉があンな事になっちまった以上、仇は江風達が取らなきゃ気が済まないのさ!でもあいつには見張りが付いてて手が出せない…だから」

 「だから…私を標的にしたと」

 

 箒が代弁すると、江風は小さく頷き砲塔を箒に向ける。

 

 「ちっこいのには元帥さん達が付いてるから、手を出したら提督さんに迷惑かけるっぽい…だから貴女に代わりに痛い目に遭ってもらうっぽい!」

 

 夕立もそう言って砲塔を向けてくる。何とも理不尽極まりない理由と思考回路だ、と箒は呆れ顔。川内が止めようとしないあたり、彼女も肯定的なのか、それとも彼女達の気が済むように上手くやろうとしているのか…とにかく彼女は動く気配すらない。呆れ顔のまま頭を抱え、嘆息。

 

 (どうせ私をボコボコにした後で、脅迫するなり何なりして今回の事を口封じするつもりなのだろうな。やれやれ、どこまでお気楽な脳なのやら…その後何が起こりうるか考えずとも分かるだろうに)

 

 哀れな娘達だ、と心中ため息をつく箒に、夕立と江風はまだ噛み付いてくる。

 

 「黙ってないで何か言うっぽい!あ、もしかして怖くて足が竦んで動けない?」

 「ま、当然だよな!何せあたしらは誇り高き横須賀の艦娘だかンな!ビビって当然だよな!」

 『アハハハハ!!』

 

 そう言って高笑いする二人。

 

 

 刹那、二人の頬を一陣の風が突き抜けた。

 

 『ッ!?』

 

 突然の事に二人は少しも動けず、砲塔を構えたままその場に立ち竦む。気づけば二人の頬には一筋の傷が出来、そこから血がツゥと流れ落ちる。川内も川内で、あの一瞬に一体何が起こったのか目を見張る。

 

 「…遺言はそれだけか?」

 

 その声に三人の目線が一つの方向へ向く。目線の先には、いつの間に持っていたのか打刀を抜いた箒がいた。手に持った刀の切っ先を夕立達に向け、ただ一言そう言い放った彼女の眼は、深海の如く黒く染まっていた。

 一瞬に変わった空気に、三人の体を大量の冷や汗が伝う。

 

 (ウッソでしょ…ただの人間がこんな濃密な殺気飛ばせるなんてさぁ…ホントこの人何者なのさ?)

 (な、何…!?夕立、今一瞬、この人が『怖い』って感じたっぽい…!?どうして!?)

 (う、動けねぇ…!嘘だろ、今あたし…この人が提督以上に恐ろしく感じる!)

 

 周囲の空気は静かながらとても重く、濃密な殺気が三人の全身を覆う。手が震える。足が竦む。脳には絶えず『危険』の信号が飛ばされ、アラームがけたたましく鳴り響くかのようだ。そして殺気の中心にいる存在ーー箒は、恐ろしい程に無表情だった。無表情のまま、箒は三人に言い放つ。

 

 「…ゴチャゴチャ御託はいらん。三人共、私の命を刈り取るつもりで来い。あぁ心配するな…手加減なら『私が』してやる。私は今頗る機嫌が悪いからな。本気でやると…お前達を『消して』しまいそうなんだ」

 

 

 



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慢心って知ってる?

 

 張り詰めた空気の中、箒は右手に打刀を、左手に鞘を持って構える。夕立と江風は砲塔を箒に向け、川内もクナイを取り出して戦闘態勢に入る。

 

 「本気でやって良いの?さっきあんな大言カマしておいて、いざとなったらヘタれるなんてのは無しだよ?」

 

 冷静を保ちながら川内が聞く。背中を伝う冷や汗を誤魔化しながら、あくまでも平静で話をする。

 

 「構わん。最近体が鈍っていてな、ちょうど良い相手が欲しかったのだ。うちの艦娘はまだ練度が低く発展途上でな、私とまともに戦える者がいない。まぁ着任して日は経ってないから仕方のない事だが」

 「何それ?ただの人間のくせに、『私とまともに戦える艦娘がいない』って何の冗談?強がりも程々にしたらどーなのさ?」

 

 江風がそう言って笑うが、その表情に落ち着きは無い。夕立はというと、こちらは江風と同じく落ち着きの無い表情のまま砲塔を構えて静止している。

 

 (ふむ…夕立と江風はメンタル面に難あり、か。せめて表情に出さないように出来れば及第点なのだがな。川内は辛うじて隠せてはいる…が、いつ表情に出てもおかしくはないな)

 

 こんな状況でも、箒は三人を分析する事を忘れない。

 『考え、知り、そして理解する事。それが勝利を掴む為の一歩である』とは牙也の言である。その言を忠実に守り、箒は様々な思考を止めない。

 

 「…江風、二人で同時に攻めるっぽい。所詮は人間、夕立達艦娘には勝てないっぽい」

 「そだね…一気にやっつけちゃうか。川内さンには悪いけど、江風達で終わらせちゃう?」

 

 そんな彼女を観察しながら小声でそんなやり取りをする二人。そして互いに頷き合うと、体を屈めて両足に力を込める。そして

 

 「ぽいっ!」

 「はっ!」

 

 込めた足を思い切り踏み込み、短距離走者がよくやるロケットスタートが如くーーいや、それすらも生温い程の初速で一気に箒との距離を詰める。そして夕立は左、江風は右で握った拳を箒の顔面に叩き込んだ。

 

 

 ドゴッ

 

 

 という鈍い音が響く。夕立の拳は箒の右頬を、江風の拳は左目を正確に捉えていた。次いでミシリ…という音。

 

 (入った!的確に!)

 

 傍観していた川内は内心ガッツポーズしていた。常人なら反応すら出来ないスピードからの一撃。これを食らえばいくら頑丈な人間でも一溜まりもないだろう。確実に大怪我になってしまうのは上司である斎藤の立場的にあまりいただけないが、そこは上手く誤魔化せば良い。脅して言う事を聞かせるなり何なりすれば、この提督も自身の愚かさを思い知り自分達の事など何も言わないだろう。そう決め付けて安心していた。

 

 それは勿論夕立達二人も同じ。確かに最初箒が発した殺気には一瞬慄いた。しかしそれはあくまで殺気だけの話てあり、実力に関しても先程の打刀の一振りのみだがあれで大体の強さは把握出来た。やはり人間では艦娘には勝てない。最初油断して一筋程度の傷を受けはしたが、あの程度ならば先程のように油断さえしなければ余裕で回避可能だ。恐らくあれが彼女の全力だろう。この程度ならば本気を出さずとも数分後には向こうから音を上げる。そう確信していた。

 

 

 自分達が相手したのがどれ程に強大で恐ろしい存在だったのかを一寸たりとも理解していなかったが故に。

 

 

 「…まぁ所詮この程度か」

 

 発された声に二人は素早く飛び退いて箒から距離を取る。そして改めて箒を見て、その表情は驚愕に満ちた。駆逐艦とはいえあれだけ強烈で、尚且つ骨に罅が入ったと確信出来る音が鳴るレベルのパンチを食らってなお、箒は平然としていた。しかも拳が入った筈の右頬と左目には痣も傷もないーーいや青痣はあるにはあるが、そこまで酷いものでもない。三人が困惑を隠せずにいる中、箒は持っていた打刀を鞘に収めると、クラック内に収納。改めて三人に向き直る。

 

 「何のつもり?折角使ってた武器を仕舞っちゃって、降参でもするの?」

 

 川内が煽るように聞くが、箒はそれを意に介さず。なおも鋭い目線を三人に向けている。

 

 「…必要なくなったからしまっただけだ。お前達程度を相手にするのにあれを使えば、オーバーキルになりかねん」

 「は?何それ…つまり私達じゃあんたには勝てないって?」

 「勝てないな。何せーー」

 

 そこまで箒が言った途端、その場から箒の姿が消え失せた。

 

 「ぽぐっ!?」

 「ぐえっ!?」

 

 否、いつの間にか夕立と江風の目の前まで接近し、二人の首を掴んで押し倒していた。反応すら出来なかった二人は情けない声を上げてもがき苦しむ。何とか引き剥がそうとするが、箒の方が力が強い為か、それとも首を締めるように抑えられて上手く呼吸が出来ない為か、二人がもがいてもびくともしない。

 

 「これしきの攻撃すら見切れないのではな。まだうちの艦娘達の方が良い動きをする」

 

 唖然とする川内をよそに、箒はそのまま二人を持ち上げると川内の足元へ投げ捨てた。乱雑に投げ捨てられた事で派手に頭を地面にぶつける二人だったが、すぐに立ち上がって主砲を箒に向ける。

 

 「油断したっぽい…今度は捕まらないっぽい!」

 「夕立姉、攻めようぜ!こいつ、何か嫌な予感がする!さっさ終わらせないと!」

 「あ、ちょっと!?」

 

 川内が引き止めるのも聞かず、夕立も江風も攻めに掛かる。砲を持っているとはいえ流石に陸上で人間相手に派手にブッパなす事はまずいので、二人共格闘戦で箒に挑む。駆逐艦であるが故の小柄な身体を駆使し、息も付かせぬ連続攻撃と姉妹故の息の合った連携プレーで箒に立ち向かう。ストレート、フック、裏拳、ラリアット。ローキック、ハイキック、膝蹴り、踵落とし。使える技の数々を迷う事なく行使。

 勿論箒もただただやられっぱなしという訳ではなく、攻撃を払い、いなし、受け流す。

 

 (時雨の仇、夕立達が取るっぽい…!一分一秒でも早く、こいつを仕留めるっぽい!)

 (絶対に倒す!江風達横須賀の駆逐艦の力、思い知らせてやるンだ!)

 

 とにかく二人は、早々に箒を仕留めるつもりでいた。その為にはとにかく技を出し惜しみせず、更に箒に反撃の暇を一切与えない事。その点のみを胸に、二人は休む間もなく攻撃を続ける。これまで数多の戦場に立ち、いくつもの修羅場を潜り抜けてきた二人。その長年の研鑽で培った実力をもって、箒を叩き潰しにかかる。

 

 横須賀鎮守府の建造炉にて顕現した二人は、姉妹との再会を喜ぶ間もなく戦地へ出撃を余儀なくされた。その当時、世界の海はそのほとんどを深海棲艦に抑えられており、とにかく早急な海域開放が必要な時期だった。故にろくに訓練や演習も行えぬまま戦場へ放り出される艦娘がほとんどだった。夕立や江風、それに時雨はこれの類に含まれている。

 

 彼女達はそんな状況を生き残る為、とにかく様々な方法で戦場を切り抜けてきた。今なら非人道的とまて言われるような事まで平気でやってのけた。生き残る為なら味方を犠牲にし、更に味方たった残骸を用いて敵を撹乱して勝利をもぎ取ったり。もう何でもありだった。どんな手段を使ってでも生き残り、勝利をもぎ取った者だけが今の横須賀鎮守府の艦娘という地位にいた。

 

 故に横須賀鎮守府の艦娘達のほとんどは多少の荒事ならば斎藤達提督や大本営に黙認される事が多く、艦娘達もそれを傘にやりたい放題であった。今回もまぁ斎藤には多少怒られはすれど黙認はされるだろう。夕立も江風も、そして傍観している川内もそう思っていた。そういう心の余裕があった。

 

 「…?」

 

 しかし最初に違和感に気づき始めたのは、端から傍観している川内だった。確かに現状、攻め続けている夕立と江風が優勢のようにも見える。が、何か違和感があった。優勢にしては、何かおかしい…拭えぬ違和感に疑問を持ちつつ、川内は傍観を続ける。と、ある事に気づいた。

 

 「(…あの人、その場から一歩も動いてなくない?寧ろ夕立達がめっちゃ動き回ってる風に見える…まさか!?)夕立、江風、早く決着を付けて!そいつ長期戦仕掛けて消耗した隙を突くつもりだよ!」

 「っ!江風、ギア上げるっぽい!」

 「りょーかい!」

 

 川内の忠告に、二人の攻撃スピードが更に増す。常人ならば二人がその場から消えては別の場所から現れてを繰り返しているようにも見える程のスピードだ。互いに身体中の筋肉が悲鳴を上げる程に酷使し、常人どころか並の艦娘ですら視認出来ない速度で攻撃をする二人。改二となり今まで以上に動けるようになった二人は、その驚異的なスペックの真髄を余す事なく解放する。

 

 横須賀鎮守府に在籍する艦娘の中でも特に優秀な駆逐艦娘として知られるのが、時雨、夕立、江風といった『白露型駆逐艦』に該当する艦娘達である。彼女達は駆逐艦娘の中でも軒並み素のスペックの高い娘が多く、また改二に到達した娘も多い。特に先述した時雨や夕立、江風は駆逐艦らしからぬ火力や雷撃の数値を叩き出した事もあり、高難度の海域に常にお呼びが掛かる娘としても各地の鎮守府や泊地に知られている。

 

 故に彼女達にはプライドがあった。全鎮守府及び泊地における最強の駆逐艦としてのプライドが。だからこそ負けてはならない。最強の駆逐艦ーーいや最強と呼ばれる艦娘には『敗北』は許されない。その自負と誇り故に、勝たなくてはならない。たとえ目の前の敵が、『ただの』人間だったとしても。

 

 夕立の渾身のパンチが箒の頬を掠める。江風のハイキックが箒の背中を掠める。致命傷を辛うじて避けられているのは感心だが、それがいつまでも続く訳がない。このまま攻撃の手を緩めるな。一気にゴリ押しして倒してしまえ。そんな声が脳内に響く。

 

 「いい加減くたばれっぽい!」

 

 夕立の蹴りが、ゴオッと音を立てて箒を襲う。箒は顔を軽く動かすだけで躱す。

 

 「こンなろっ!」

 

 江風の拳が箒の顔面に飛んでくる。箒はまたも顔を軽く動かすだけで躱す。

 

 (大丈夫、始まってからずっとこっちが優勢なんだ…このまま行けば向こうが限界を迎える筈!)

 

 傍観中の川内もそう確信して戦いを見守る。戦いが始まってから既に五分が経過しようとしていた。

 

 

 

 

 「…中川、瀬尾、薙。お前達、篠ノ之少佐をどう思う?」

 

 外はすっかり暗くなり、人通りも無くなった大本営の廊下を歩く四人の大将達。僅かな明かりが灯る廊下に走る無言の空気を変えたのは、先頭を歩く斎藤のこの問い掛けだった。不意の問い掛けに三人は思わず斎藤を見る。

 

 「どう…とは?」

 「そのままの意味だ、瀬尾。篠ノ之少佐…彼女を見て、率直に何を思ったか聞きたい」

 

 斎藤の表情は真剣そのものだった。定藤が何処からともなく連れて来た新任提督、箒。斎藤から見たその第一印象は生粋の武人というものだった。とにかく実力こそ全て、『Power is Justice』という印象。

 だが蓋を開けてみれば、単に武人という訳ではなく、多少感情に波はあれど物事を至って冷静に行使出来る知略も持ち合わせた優等生であった。加えて上司である自分達に対しても物怖じせず意見する胆力。あれ程の能力を若くして得ている箒に斎藤は興味津々であったのだ。

 

 「…はっきり言えば、あの胆力は恐ろしいわね」

 

 最初に口を開いたのは中川だ。

 

 「単に恐れ知らずなのか、もしくはそういう性分なのか…分からないけど、とにかく胆力がダイヤ並に強いわね。私達だけでなくて、プライドが高いので有名なうちの蛭間に対しても堂々と言い返すくらいよ。しかも理に適った返答で。鳥肌が立ったわね」

 「ほう、蛭間に対して…あのプライドの塊に物怖じせず意見するとは中々だな」

 

 演習後の一騒動の事を思い出しながら中川はぼやく。

 

 「私としては…艦娘達の育成方法について色々聞きたいと思いましたね」

 「ほぅ、やはり薙はそこに目を付けたか。確かに彼女が育てた艦娘は異常な練度だったからな」

 

 薙は箒の艦娘育成方法に興味津々である。

 

 元々薙が提督を務めている佐世保鎮守府は戦果こそ横須賀や舞鶴、呉には及ばないものの、薙が時間を掛けて武・知・勇を満遍なく育てた艦娘達が多く、堅実な戦略で登り詰めた生え抜き叩き上げの鎮守府だ。特に薙の秘書艦を務める駆逐艦『不知火』は抜群の戦闘センスと状況判断能力を持ち合わせており、幾度となく艦隊の危機を救ってきた歴戦の艦娘として知られる。

 

 「不知火も最初こそ無関心でしたが、今では随分とあの娘に興味を示してます。横須賀の時雨を倒したその能力を直に感じてみたい、なんて言ってましたよ」

 「ふん、さり気なく嫌味を混ぜてきおったか…らしい、と言えばらしいが」

 

 斎藤はそこまで言って、今度は瀬尾に目を向ける。瀬尾はまだ考えているのか、顎に手を当てて考え込んでいた。

 

 「瀬尾。篠ノ之少佐についての情報は何か仕入れたか?」

 

 斎藤が聞くや否や、瀬尾は静かに首を横に振る。その顔は何やら不穏さがあった。

 

 「これは珍しいな、諜報に長けた者達を多く抱え込んでいるお前の所に情報が入らぬとは。諜報員達に衰えでも出てきたか?」

 「それだけならば良かったのですがね…」

 

 ため息混じりにそう呟く瀬尾を見て三人は怪訝そうな表情を見せる。

 瀬尾が運営する呉鎮守府は、表向きこそ多くの歴戦の艦娘を抱え込む鎮守府であるが、裏では日本各地へ人員を送り込みその地の鎮守府や泊地を監視したり、危険性のある人物や艦娘を秘密裏に始末する役目も担っている。

 今回も瀬尾は箒の宿毛湾泊地着任を聞くや否や、直ぐ様複数の諜報員を泊地へ送り込んだ。勿論定藤の許可を得た上である。

 

 「今回念のためベテランを四人宿毛湾に送りました。が…全員送り返されて来ました。ご丁寧に着任の挨拶文を記した手紙を添えて、鎮守府の前に気絶状態で放置されていました。それも、彼女が着任して二日も経たぬ内に」

 

 瀬尾の報告に三人は表情が鋭くなる。とりわけ斎藤は一段と表情が鋭かった。

 

 「馬鹿な!あの娘は諜報員の侵入を看破し制圧しただけに留まらず、裏にお前が通じている事すら見抜いたというのか!」

 「そのようです。後日人数を増やして送りましたが、これも二日経たぬ内に返却されてきました。元帥は真に末恐ろしい人材を海軍に招き入れてしまったようですな」

 

 頭を抱えながら瀬尾がぼやき、次いで言葉を紡ぐ。

 

 「ですが、ああいう人材はいずれ軍規を乱しかねません。今のうちに手綱を握っておくに越した事はないでしょう」

 「硫黄島に鎮守府置く予定なんでしょ?なら斎藤大将、一番近場の貴方が手綱握る役目を担う事になるわよ」

 「はぁ…勘弁してほしいものだ。艦娘達が好き勝手暴れて大変だと言うのに、これに更に面倒な新任提督の手綱まて握らされるとは…」

 「御自分の発言の結果なのですから、責任はキチンと取って頂かなくては困ります」

 

 薙の指摘にあからさまに不機嫌になる斎藤。と、

 

 ガチャン!!

 

 突如ガラスの割れる音が廊下に響いた。直ぐ様四人は固まり、何処のガラスが割れたのか注意深く目を凝らしつつ抜き足て前進。と、先頭を歩いていた斎藤の足にガラスとは違う何かを蹴った感触があった。それを手に取ると、

 

 「これは…川内の愛用するクナイ?」

 

 拾い上げたそれは、自身の鎮守府の艦娘である川内が普段から愛用しているクナイだった。目印に持ち手部分に柿色のリボンを巻いてあるので間違いない。クナイが飛んできたと思しき方向には、クナイによって割れてしまったらしきガラスがある。何故川内のクナイが…そう考えていた次の瞬間、砲撃音が辺りに響いた。斎藤はそれを聴くや否や顔色を変えて直ぐ様走り出した。

 

 「ちょっと斎藤大将!?」

 「急にどちらへ!?」

 「追い掛けましょう」

 

 急な事で置いて行かれた三人も慌てて彼を追い掛ける。

 

 

 

 

 

 斎藤達が何処かへ走り出した時から遡る事一分前。

 

 「ハァ…ハァ…ゴホッゴホッ!」

 「フー…フー…ゲホゲホ!」

 

 戦闘開始から既に十分経過していた。箒を危険視し全開で挑み掛かってきていた夕立と江風だったが、肉体の限界が近付いているのか息切れを起こし始めていた。呼吸もままならなくなり、全身の筋肉は金切り声で悲鳴を上げている。

 

 「なんで…!この人なんで平然としてられるのさ…!?」

 

 傍観を決め込んでいた川内も二人がペースダウンし始めたのに危機感を感じ途中から参戦したが、僅か数分間で疲労困憊に至るまて追い詰められた。二人を上回る圧倒的スピードからの徒手空拳に加えクナイ投擲で二人を援護していた川内。投擲されたクナイは箒の服を破り、肌を裂き、身体に刺さり…それでもなお箒は倒れない。そればかりかそんな状態でありながら三人の近接攻撃を回避し続けている。

 

 「いい加減諦めてよ…!そんな痩せ我慢なんてしなくて良いから…!」

 

 川内の悲痛な声が虚しく響く。しかしそんな声も箒には聞こえていないのか、はたまた無視しているのか、箒の動きは一向に止まらない。

 

 「だあっ!」

 

 江風の大振りのパンチが顔を掠める。その勢いで江風の体がふらつく。疲労困憊は明らかに進んでいた。しかしすぐに持ち直し裏拳を放つが、これも顔を掠めるだけ。

 

 「ぽいっ!」

 

 その後ろから夕立が拳を構えて突っ込んでくる。そして後頭部目掛けてパンチを放った。しかし箒は夕立に目線を向ける事なくそれを軽く避けた。勢い止まらず夕立は箒の頭上を飛び越え頭から地面へダイブしてしまう。すぐに態勢を整えるが、

 

 「ぐっ…!」

 

 足は既に限界を迎え、その場に膝を付いてしまう。足全体が痙攣を起こし、両腕も上がらなくなり、肩で息をしている有り様。江風も同様だ。川内も二人程ではないが疲労を溜めている。

 

 「終わりか?」

 

 そんな状態の三人へ箒は声を掛ける。

 

 「満足したか?満足したのなら帰ると良い。別に取って喰おうという訳ではないのだ、無理をせぬ方が身の為だぞ」

 「ッ…黙れ!」

 

 夕立が逆上して襲ってくるが、箒が右手で軽くいなすだけで倒れ込んでしまう。江風が駆け寄り夕立を抱き起こす。

 

 「このっ!」

 

 サポートの為川内がクナイを投げようとする…よりも早く、箒は自身に刺さったクナイを数本引き抜くと、それを川内目掛けて投げ付けた。クナイは川内の制服の袖とスカート、それにマフラーに当たり、更に川内を建物の壁に縫い付けてしまった。

 

 「川内さン!うわっ!?」

 「退いてろっぽい!」

 

 江風が川内を案じ声を張り上げる。だがその時江風に起こされた夕立があろうことか江風を突き飛ばして立ち上がり、そのまま箒へ襲いかかった。江風はバランスを崩し転倒してしまう。しかもどうやら転倒で頭を打ってしまったのか、そのまま気絶してしまったようだ。

 

 「くらえっ!」

 

 自ら突き飛ばし気絶させた妹に見向きもせず夕立は箒へ飛び掛かり、渾身のパンチを繰り出した。しかし、

 

 「な…!?」

 

 壁に縫い付けられた状態の川内は、その光景を見て唖然とした。夕立が繰り出した渾身のパンチは、

 

 

 

 「いい加減にしたらどうだ?」

 

 

 

 箒の人差し指に止められていた。拳に力を籠める夕立だが、人差し指はびくともしない。それどころか、握っている拳が痛い。痛みのあまり夕立はその場に崩れ落ちてしまう。思わず夕立はその拳を見、

 

 「…!?」

 

 そして唖然とした。拳を作っていた指が、本来曲がらぬ方向へ曲がっていた。一部は折れた骨が露出し、ザックリと皮膚を切っている。つまり…拳が砕けていた。驚愕し、そして思わず箒を見た。相変わらずの無表情である。

 

 「あ…あ…!?」

 

 あまりの無表情に、遂に夕立は腰を抜かしてしまった。表情は一瞬にして青くなり、口はパクパクと動けど声も発せず、全身はガクガク震えて動けない。呼吸は荒くなり過呼吸寸前、混乱と恐怖で思考も回らない。最早戦える状態ではなかった。

 そんな状態の夕立から目線を外す事なく、箒はゆっくりと夕立に近付いてきた。そんな箒に恐怖してか、夕立は腰を抜かしたまま後退りを始める。辛うじて動く右手で地面を這い、なんとか箒から距離を取ろうとする。

 

 「こ、来ないで…!来ないで…!」

 

 後退りしながらその辺の小石を投げて対抗するが、小石はあらぬ方向へ飛んでいく。そんな抵抗虚しく、やがて夕立は壁際まで追いやられてしまった。

 

 「夕立、早く逃げて!その人本気であんたを倒すつもりだよ!」

 「やだ…!やだ…!来ないで…!」

 

 磔状態の川内が必死に声を張り上げるが、夕立には最早そんな声も聞こえていない。身体も精神も恐怖に支配され、顔は涙と鼻水でグチャグチャだ。やがて投げる小石も辺りに無くなり、夕立は必死に辺りを見回す。と、自身の無事な右手が目に入った。

 その手に装備されたのは、長年使い続けている12.7cm連装砲B型改二。夜の闇の中で怪しく黒光りを放つそれを見た時、夕立は考える事なくそれを箒に向けた。否、最早考える暇などなく、とにかく目の前の恐怖を消し去らなきゃーーそれしか考えられなかった。

 

 「駄目、夕立!」

 「うわぁぁぁぁぁぁ!!」

 

 そして大本営中に、砲撃音が響いたーー。

 

 

 

 



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邂逅は突然に

 

 「はーっ…はーっ…」

 

 辺りに静寂が広がる。夕立は荒い息を必死に整えている。そして彼女が持つ12.7cm連装砲B型改二の砲塔から昇る白煙。自身のクナイで磔にされている川内は呆然とし、夕立の妹の江風は先程姉に突き飛ばされた挙げ句頭を打って気絶している。

 

 「はーっ…はーっ…グッ…!」

 

 未だ整わぬ息を必死に押し殺しながら向けた目線の先にはーー

 

 

 「…愚か者が」

 

 

 彼女ーー篠ノ之箒が、砲撃前と変わらぬ表情で立っていた。砲撃は運良く外れたようで、箒はクナイの傷こそあれど砲撃による怪我は一つもない。まぁ実際は外れたのではなく、箒が普通に避けただけなのだが。

 

 (う、嘘だ…ほぼ零距離だったんだよ…?零距離の砲撃を、彼女は避けたの…?あちこちクナイが刺さったあの状態で…?)

 

 川内は砲撃の瞬間の一部始終をその目ではっきりと見ていた。だからこそ、箒が夕立の砲撃を避けてみせたその光景を未だ信じられずにいる。

 実際にどうやって避けたかというと、あの時箒は砲撃の瞬間に素早く左手を伸ばし、夕立の連装砲の砲塔部分を持ち軽く外側へ引っ張ったのだ。これにより照準がズレて砲撃が外れたのである。夕立からすればこれは運が良かったと言えるだろう、何せ守るべき人間(箒は既に人間ではないのだが)を自らの手で○してしまう所だったからだ。とうの夕立はそんな事考える余裕などある筈もなく、ただ呆然とへたり込んでいる。

 

 「気は済んだか?」

 

 そんな彼女に箒は平然と声を掛ける。ビクッと身を震わせ、青くなった表情で箒を見上げる夕立。さっきまでの殺気は鳴りを潜め普通の表情になっているが、その顔は夕立にとっては恐怖でしかなく、ガタガタ震えるばかり。そんな状態の夕立へ箒はズカズカと近寄っていく。そして彼女の前にしゃがみ込む。磔状態の川内はそれをハラハラしながら見つめるしかない。

 と、しゃがみ込んだ箒は、夕立の砕けた左手をそっと両手て優しく包んだ。ふわり…と暖かく心地よい感覚が拳を包む。そして包んだ手を広げると、砕けた筈の拳は元通りに治っていた。

 

 「ぽっ…!?」

 

 驚いて思わず左手を握ったり開いたりする夕立。手は一体どうなっているのか完治しており、元のように動かせる。ふと全身を見ると、あれだけ動き回って泥だらけだった制服もすっかり綺麗になっており、艤装の掠り傷も綺麗さっぱり取れている。

 顔を見上げて箒を見る。先程までの無表情から、今は夕立を慈しむような優しい表情に変わっていた。唖然とした表情の夕立の頭を優しく撫でる箒。続けてこう言った。

 

 「あまり斎藤大将に迷惑をかけないようにな。あの人は上手いこと隠してはいるが、内心ではお前達を大切に思っている人だ。お前達がこんな事で怪我したと聞けば必ず悲しむぞ」

 

 そう言って箒は立ち上がり、今度は川内の方へと歩いていく。そして彼女を磔状態にしていたクナイを全て壁から引き抜き、また自身に刺さったままのクナイも引き抜いて綺麗に拭き取り、それらを彼女に返却。更に磔から解放された川内の両手を優しく握り締めると、ふわり…と暖かい感覚が川内を包み、同じように川内の制服も綺麗になり、身体や艤装の傷もすっかり消えていた。

 

 「ではな。治したとはいえまだ不完全だ、今日はしっかり身体を休めるようにな」

 

 そう言い残し箒はさっさと夜の闇に消えてしまった。

 

 

 

 

 「…」

 

 箒が去ってからも、二人は呆然として動かなかった。目の前で起こった事象に思考が追い付いておらず、周辺が騒がしくなり始めたのにも気づかない程に。先程の夕立の砲撃音によってか、提督や艦娘だけでなく陸軍所属の憲兵達まで集まってきた。

 

 「川内!夕立!一体何があった!?」

 

 聞き慣れた声にようやく思考が戻り、二人が振り向く。そこには険しい表情でバタバタと走ってくる自分達の仕える提督、斎藤の姿が。その後ろには中川や瀬尾、薙の姿もある。と、彼を見て緊張の糸が切れたのか川内はその場にへたり込み、夕立は前のめりに倒れそうになったところを斎藤に支えられる。慌てて斎藤が抱き起こすと、夕立は気を失っているようだった。近くにいた憲兵に声を掛け、夕立と江風を医務室へ運ばせる。

 

 「川内…話してもらうぞ。一体ここで、何があったのか」

 

 そして川内に向き直り事情を聞くと、川内は「あはは…」と自嘲気味に笑いながら今回顛末を事細かに話した。今回の単独演習での時雨の敗北に納得いかず夕立と江風が半ば暴走気味に箒に喧嘩を売りに行った事、十分くらい戦ったが自身のクナイ攻撃以外は全く攻撃が当たらなかった事、逆に三人揃って箒に制圧されてしまった事。因みにその時負った怪我を箒が一瞬で治した事は言わなかった。どうせ信じてもらえないだろうから。

 

 「…」

 

 話を聞き終えた斎藤は何とも言えない渋い表情だった。頭を抱え考え込む彼を川内は申し訳なさそうに見上げる。

 

 「…今日は取り敢えず部屋に戻れ。お前達三人への処罰は横須賀に戻り次第追って伝える」

 

 辛うじてそう言うと、川内は「了解…」と言ってフラフラと帰っていった。その後ろ姿を見送り、斎藤はため息一つ。

 

 「…また篠ノ之少佐絡みか。あの小娘は問題を起こさなければ気が済まんのか?」

 「問題を起こしている、というよりは問題の原因そのものと化してますよね、彼女」

 「目の上の瘤どころの話じゃないわよ、彼女。ほっといたら本当に何しでかすか分かったもんじゃないわ」

 

 呆れながらも斎藤達は今回の件を艦娘同士の喧嘩と結論付け、周りにいた人達全員をさっさと撤収させた。ガヤガヤ騒ぎながら撤収していく人々を遠目に、斎藤はまた考え込む。

 

 「薙…やはりお前の言う通り、私が彼女の手綱を握っておくべきのようだな」

 「えぇ。彼女、放置すると海軍という組織を壊してしまいそうですから…物理的に」

 「とんだじゃじゃ馬を押し付けられたものだ…只でさえうちの艦娘達はじゃじゃ馬揃いだと言うのに…」

 「誰の手綱を握ると?」

 

 突如背後から聞こえた声に思わず振り向くと、いつの間にそこにいたのか建物の壁にもたれた箒が腕組みをして立っていた。一瞬ビビる斎藤達だったが平静を装い咳払いをする。

 

 「…川内から話は聞いた。こちらの艦娘が先にちょっかいを出したと」

 「えぇ。うちの文月が倒した艦娘…時雨の敵討ちとか言ってましたね。彼女達は時雨の姉妹艦なんだとか言ってましたが」

 

 鋭い目で斎藤を見据える箒。斎藤は「分かっている」と言いまたため息をつく。

 

 「川内達は責任持ってこちらで処分しておく。それで構わないか?」

 「はい、それで構いません。私にそこまでの権限はありませんから」

 「本当に良いのですか?貴方は一応被害者側ですから、何かしら処罰に関して口出し出来る立場と思いますが」

 

 薙が尋ねるが、箒は首を横に振る。

 

 「彼女達の敵討ちという言い分も分からない事はありません。時雨を倒したのはうちの文月。そしてその文月を育てたのは私。恨まれても仕方のない事です」

 「でも提督である貴女に手を出した事は事実よ。それは決して覆らない」

 「えぇ。ですから…『相応の』処罰を彼女達に与えてくれるのでしょう?斎藤大将」

 

 にこやかに尋ねてくる箒にまた一瞬ビビる斎藤達。なるべく冷静を保ち質問に答える。

 

 「ああ、そのつもりだ。それは約束する」

 「では、後の事はよろしくお願いいたします。それでは」

 

 そう言いお辞儀すると、箒は四人の大将の間をすり抜けるように通っていく。と、ふと何か閃いたのか、箒は瀬尾の前で立ち止まる。

 

 「瀬尾大将」

 「何かね?」

 

 不思議そうにする瀬尾に対し、箒は胸元をゴソゴソ漁ると、その豊満な谷間から小さなビニール袋を取り出して瀬尾に渡した。

 

 「これは?」

 「貴方へお返しします。設置するのでしたら、もう少しバレないように設置すべきでしたね」

 

 その言に瀬尾は直ぐ様ビニール袋を開く。その中には、粉々に砕かれた盗聴器の残骸が山となって入っていた。途端に瀬尾は青褪める。

 

 「何故…!」

 「あぁそれから、私の事を間者に命じて色々お調べになられているようですが、これ以上は調べない方が宜しいかと。『知らぬが仏』…もしこれ以上踏み込むのでしたら、その時は…もしかしたら、『血を見るかも』、しれませんよ?フフフ…」

 

 悪戯っぽく微笑み、そのまま箒は夜の闇に消えてしまった。彼女がいなくなった途端、瀬尾が膝から崩れ落ちる。青褪めた顔に手を当て「ハハハ…」と乾いた笑いをこぼす。

 

 「まさか泊地どころか宿泊部屋の盗聴器まで見破るとは…やはり只者ではないようですな」

 

 青い顔のまま瀬尾はスマホをポケットから出して電話を始める。

 

 「あぁ、仁科ですか?命令です…諜報員をすぐに宿毛湾から退かせなさい。これ以上の詮索は危険です、命にーーいやそれだけではない、呉鎮守府の存亡にかかわる」

 『え!?それはどうして…!』

 「詳細は戻り次第話します。大至急撤収させなさい」

 

 電話口から何かまだ聞こえるが、それだけ言って瀬尾は電話を切りため息をつく。

 

 「まったく…こんな事、鎮守府発足以来初めての事ですよ」

 「優秀な人材を抱えたお前でさえ全力で匙を投げるか。まぁある意味正解だろうな、今回は本当にーー」

 

 そこまで言葉を出して斎藤が黙る。顎に手を当て考え込む仕草。

 

 「どうかしたの?」

 

 中川が尋ねると、斎藤は神妙な面持ちで話し出す。

 

 「…お前達は覚えているか?四ヶ月前の『あの妖精』の言を」

 

 斎藤のその言に、他の三人の表情は真剣なものとなる。

 

 「えぇ、覚えてるわ…まさか彼女がそうだと言いたいの?」

 「確証はない。が、タイミングが良すぎる。可能性としておくのも一考だ」

 「確かに…明確には話しませんでしたが、『あの妖精』の語った内容と彼女…一致する箇所が多い」

 

 四人は様々な考察を交えて話し合う。あの日の出来事を思い返しながらーー

 

 

 

 

 

 四ヶ月前。

 

 いつものように大本営での会議後に集まり談笑していた四人の前に、突如その妖精は現れた。

 

 『はじめまして』

 

 黄色いリボンで留めた茶色のおさげの上から被った白い帽子にセーラー服、そして両手でぶら下げた猫。何を考えているのか分からない笑み。あまりにも不気味なその妖精を前に四人は息をのむ。そんな四人の気持ちを知ってか知らずか、妖精は『まぁまぁ落ち着いて』と諭す。

 

 『お困りのようですね。海域解放が進まず、提督や艦娘が育たず、しかも運用方法で内輪揉め。さぞお疲れの事でしょう』

 

 笑みを崩さず淡々と話す妖精に、また四人は息をのむ。

 

 『ですがご心配なく。これより半年経つか経たぬか…その辺りに、現状を打破出来る者が現れます。その者は皆様方とは異なる理に腰を下ろせし者…その者が智を振るえば千の艦娘を動かし、勇を振るえば万の深海棲艦を滅ぼしましょう』

 「馬鹿な…そんな者がいる筈が」

 『いるのです。いずれ近い内に…その者はふらりと現れます。必ずその者と手を取り合い、深海棲艦を滅ぼすのです』

 

 そこまで言うと、妖精は四人が何か言いかけるより早くスッと消えてしまった。あまりに突飛な出来事に、四人は暫く何も言えずに呆然とするばかりであったーー

 

 

 

 

 「あの時はまさかと思っていたが…あの妖精の言が現実味を帯びてきたようだ」

 「では…いよいよ動き出すのですか?」

 「うむ。この期を逃してはならん、すぐにでも元帥に奏上し動かなくては」

 「でも貴方、先に硫黄島の攻略があるでしょ?」

 

 走り出そうとした斎藤を中川がそう言って諫める。斎藤は立ち止まり、また頭を抱えた。

 

 「…まずはそちらが優先か。瀬尾、日進と矢矧を借りたいのだがいけるか?」

 「ええ、大丈夫ですよ。作戦の日を教えてくれればその日に間に合うように向かわせますが…あの二人だけで大丈夫ですか?手早く済ませるなら戦艦もお貸ししますが」

 「今回戦艦は必要ない。報告によると、硫黄島に巣食う姫級は装甲こそ薄いが異次元級の回避力を持っているとの事だ。ならば火力ゴリ押しよりも、手数多めで行く方が良い。幸い練度は十分にある、ヘマをせん限りは軽巡メインでも撃滅は出来よう」

 

 斎藤の説明に瀬尾は納得の表情。

 

 「で、だ。瀬尾、お前はこのまま彼女を放置するつもりか?」

 「まさか。間者で駄目なら別の手段を使うだけですよ、お誂え向きの逸材がうちにはいますから」

 

 そう言い不敵な笑みを見せる瀬尾。瀬尾の企みを察したのかつられて斎藤達も笑みを見せる。

 

 「そうか…ならば私もそれに便乗させてもらうとしよう」

 「なら私もそうさせてもらうわ。あの娘に俄然興味が沸いてきたし」

 「ではそれぞれで彼女の逆鱗に触れず、かつお互いを邪魔しない程度に探りを入れる事にしましょう。彼女に関する新しい情報は私達全員で常に共有するという事で良いですね?」

 

 薙の提案に頷く三人。そして善は急げと、四人はそれぞれの鎮守府へ電話を掛け始めた。

 

 

 その様子を鋭い目で見つめる燕を彷彿とさせる姿の怪物が物陰におり、それが踵を返して夜の闇に溶けていった事に気づく事もなく。

 

 

 

 

 「…と、いうのが私が盗み聞きした内容です」

 

 波止場へ続く一本道。そこを腕組みをして悠然と歩く箒に、先程の燕の怪物が数歩後ろを歩きながら報告している。

 

 「そうか。まぁあの方々がそう簡単に諦めるとは思っていなかったが…御苦労だったな、『エファジェ』」

 

 箒はそう言いその怪物ーー『エファジェ』を労る。エファジェは「…いえ、王妃様の為なら」と返し恭しくお辞儀する。

 

 「しかし宜しいのですか?あの者共は王妃様の秘密を丸裸にせんとしております。お望みでしたら今のうちに闇討ちするという事も出来ますが」

 「それは無しだ。確かに私達の秘密に踏み込まれるのはこちらとしても不味い。が、あの方々はこの世界において重要の役割を持つ。『深海棲艦を撃滅する』という役割がな。だからこそ、多少の悪巧みには目を瞑らなくてはならん」

 

 そこまで言って箒はまだ理解できていない様子のエファジェに向き直り、話を続ける。

 

 「エファジェ。私達は本来この世界に存在する事、そしてこの世界に過干渉する事は禁忌だ、その理由は分かるな?」

 「はい、それはもう…もし過干渉すれば、本来その世界に訪れる筈の未来が変わってしまうが為…」

 「そうだ。確かにあの方々を秘密裏に始末すればそれ以上秘密を探られる事は無い。が、それは対深海棲艦における大事な人材を意図的に喪失させる…つまり過干渉と同義だ」

 「あの者共を始末すると人類と艦娘が深海棲艦に敗北する未来に変わってしまうと、王妃様はそうお考えなのですか?」

 「私が言いたいのはそういう事だ。まぁ未来が見える訳ではないから断言は出来んがな」

 

 立ち止まり軽く伸びをしながら箒はそう言う。

 

 そもそも箒達は別世界からやって来た異端の存在であり、この世界の人間達や艦娘達は決して知らぬ力を所持している。それは下手すれば世界のパワーバランスすら崩壊させてしまう程の強大な力。そんな物が世に解き放たれでもすれば、世界中がそれを奪おうと躍起になるだろう。そうなれば最悪世界が滅ぶ。

 箒達はそれを望んではいない。寧ろ自分達が余所者だと理解しているからこそ、極力それを行使しないよう努めている。自分の力のせいで世界を一つ壊してしまう事が単純に嫌だからだ。

 

 「私達の力は、最初こそ繁栄を齎すが、やがて必然的に滅亡を齎す禁忌の泉。他人に奪われる事があってはならん。表面の安全な箇所だけ情報を開示し、後は気取られぬよう封印する。それが善策だ」

 「なるほど、理解しました」

 

 エファジェ本人は納得いかない表情だったが、エファジェなりに箒達の事を考えているのだろう。

 

 「さて、ところでエファジェ。兄のエフィンムとは交信出来たのか?」

 

 箒は気になっていた事を聞いてみると、エファジェは首を横に振る。

 

 「まだ交信は出来ておりません。ただもしこの世界に神王様や兄上がいないのであれば、そもそも交信自体が出来ません。ですが交信の為の波動は正しく機能しておりますので、間違いなくこの世界におられるのは確信しております」

 「だろうな。私も牙也の力の波動をヒシヒシと感じている。この世界に来ているのは正しいだろう。場所までは分からぬが」

 「私が至らぬばかりに…申し訳ございません」

 

 そう言ってため息一つつく箒。察してかエファジェは平身低頭謝罪すると、箒は「止めろ」と言わんばかりに首を振る。

 

 「謝ってどうにかなるものではないのだ。だが可能性があるのなら…0%になるまでやり続けるしかあるまい。頼むぞ」

 「はっ」

 

 エファジェは頷くと、箒の影に潜ってその場から消えた。エファジェを見送った箒はふと真っ暗になった空を見上げる。その先には三日月がうっすらと輝き、地を照らしていた。

 

 「牙也…お前は今、何処で何をしているのか。あぁ…早くお前に会いたいものだ」

 

 ポツリと呟き、箒はその場を離れようとする。と、

 

 「〜♪」

 「?」

 

 微かだが何処からともなく歌声が聴こえてきた。静かな道に細々と響く淡く透き通った歌声は、箒の心を動かすには十分過ぎるもの。直ぐ様箒は歌声のした方向ーー波止場へと歩を進めた。歌声に導かれるように自然と早足になる。早鐘の如く心の臓が鼓動を打つ。この歌声の正体を早く知りたいと脳が叫ぶ。歩を進め近付く程にその歌声は鮮明に聴こえ、箒の心を打つ。

 

 そして遂に、箒は波止場に出た。

 

 

 

 「〜♪」

 

 

 

 波止場に出た箒の目の前で歌声を響かせていたその人物。

 

 柿色のセーラー服と黒のミニスカート、同じく黒の長手袋。美しい黒髪を左右に団子の形に纏めたその少女は、波止場に悠然と立ち美しい歌声を響かせていた。現役歌手も驚くであろうその歌声は、ビブラートやこぶしが効果的に乗ってより美しさを際立たせる。時に歌声に合わせて艶やかに舞う仕草も見せる。箒はその歌声や所作に目を奪われ、声も出さずに見つめていた。

 

 やがて歌が終わると、満足したのか少女は「ん〜」と体を伸ばす。終始見惚れっぱなしだった箒は、自分でも意識せぬ間に思わず拍手を送っていた。拍手に気づいたのか、少女がバッと振り返って箒と目が合った。

 

 「ご、ごめんなさい!ご迷惑おかけしました!」

 

 少女は慌てて謝罪してその場を去ろうと駆け足で箒の横を通り過ぎようとする。そんな彼女の腕を箒は掴み、自身へ引き寄せる。困惑する彼女へ、箒は彼女の肩に手を置いてただ一言。

 

 

 

 「お前、うちの鎮守府に来ないか?」

 「ほへ?」

 

 

 

 これが、後に『戦場の歌姫』の二つ名を与えられた軽巡艦娘『那珂』との初邂逅となった。

 

 

 



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接触禁止なのに誰も聴きゃしないんだから…





 箒と川内達横須賀鎮守府の艦娘との諍いから一夜明け、大本営での会議最終日。

 

 「ふぅ…会議も終わりか。何と言うかあっという間だったな」

 

 と言っても最終日は軽い連絡事項のみで終わり、後は各々の鎮守府へ帰るだけとなっていた。誰もいなくなった会議室で箒は大きく伸びをする。時刻は1100。お昼までまだ多少時間があるし、宿毛湾に帰るにも時間がある。何せ初日に迎えに来てくれた龍瀬がまだ仕事のため昼下がり頃まで帰れないのだ。

 

 「さて、龍瀬准将の仕事が終わるまでは文月と何かするか」

 「ややや!?そこにいらっしゃるのは!」

 

 独り言を呟いている所に会議室の出入り口から聴こえた声。箒が目をやると、立っていたのは白基調に青の襟袖のセーラー服、そしてキュロットという組み合わせの服を着た艦娘。手にはメモ帳とボールペン、そして首にはかなり使い込まれたのか年季の入ったカメラが目を引く。

 

 「もしや貴女が噂の新人提督さんですね!?是非取材させて下さい!」

 

 その艦娘は箒と目が合うや否や、ズカズカと近寄ってきて早口でそう聞いてきた。心なしか瞳が眩く輝いて見える。

 

 「話を聞くのなら、まずはそちらから名乗るのが常識ではないか?」

 「あっ…と、失礼しました。私、大本営部隊所属、兼広報部所属の『青葉』と言います!という事で、何か一言下さい!」

 

 青葉は依然としてキラキラ輝く瞳で箒を見てくる。対して箒は一言。

 

 「私への取材は禁じられているだろう」

 

 冷めた目で睨む箒。初日の演習が中止になった後、定藤は箒と文月へ他の提督や艦娘が接触するのを原則禁止していた。だが、青葉はそれを知ってか知らずか気にする様子もなし。何なら首に下げたカメラで写真まで撮り始めた。

 

 「いやー、そうなんですけどね~。どうにも記者魂が疼くというか…単純に個人的興味というやつです!」

 「尚更駄目だろう。元帥閣下が怒髪天と化すぞ?」

 「バレなければ大丈夫です!」

 「もうバレてるさね」

 

 突如聴こえた別の声に青葉の表情が一瞬で真っ青になる。震えながら振り向くと、仁王立ちした定藤ともう一人、青葉と同じ色合いのセーラー服にスカートを履いた艦娘が。

 

 「げ、元帥閣下…それにき、衣笠まで…」

 「もー、青葉ったら!篠ノ之少佐に接触するのは原則禁止ってお達しあったでしょ!悪いけど元帥閣下にチクったからね!」

 

 衣笠と呼ばれた艦娘は腰に手を当ててプンスカ文句を垂れている。その隣に立つ定藤はまさに鬼という表現が似合っていた。これには箒もそっと青葉から距離を取る。

 

 「このバカタレが…お尻ペンペンじゃ済まないからね、覚悟しとくんだね!」

 「ちょおおおお!?衣笠、裏切ったの!?」

 「最初から衣笠さんは接触を止めました!それを聞かなかった青葉が悪いんでしょ、少しは反省しなさい!」

 「うわぁぁぁぁん!」

 

 断末魔にも似た泣き声を上げながら、青葉は何処かへ引き摺られていった。残された箒は(お仕置きがお尻ペンペンとはこれ如何に…)なんてくだらない事を思いながら呆然とそれを見送るしかなかったが、同じく残された衣笠が頭を下げて謝ってくる。

 

 「うちの姉がご迷惑おかけしました…本当にすみません」

 「…あれがお前の姉なのか。大変だな」

 「そりゃ大変ですよ!事ある毎に取材と称して変な事に首突っ込むんですから!巻き込まれる衣笠さんの身にもなって欲しいくらいです!」

 

 プンスカ怒りながら衣笠がボヤく。普段から青葉の暴走に巻き込まれているのだろうと思うと、何となく衣笠が不憫に思えた。

 

 「まぁとにかく助かった。パパラッチは苦手な類なのでな、助けてくれて感謝する」

 「いえ、こちらこそ馬鹿姉がご迷惑おかけして…本当にごめんなさい」

 

 そう謝ると、「それじゃ青葉にヤキ入れてくるのでこれで!」と言って衣笠は足早に会議室を出ていった。一人残された箒は、

 

 「…部屋に戻るか」

 

 取り敢えず処分は二人に任せる事にして、机に広げた資料を纏めると会議室を出た。

 

 

 

 「しれいか〜ん」

 

 文月を迎えに艦娘の待機室に顔を出すと、文月が満面の笑みで飛び付いてきた。箒の豊満な胸に顔を埋めグリグリ押し付けてくる。

 

 「偉いな、ちゃんと大人しく待っていたな。お昼ご飯は好きな物頼んでいいぞ」

 「やぁったぁ!」

 

 文月はバンザイして喜んでいる。その姿に箒が微笑ましく思っていると、

 

 「ありゃ、その人が宿毛湾に来た新しい提督さんなんかなぁ、文月?」

 

 部屋の奥からテコテコと近付いてくる艦娘が一人。袖を捲ったセーラー服とスカート、それに水兵帽を被ったその艦娘は興味深そうに箒を見つめてくる。背丈は改二になった文月と同じくらいか、気持ち高めだろうか。

 

 「文月、彼女は?」

 「浦風ちゃんだよぉ。今浦風ちゃんはねぇ、呉にしゅっこー?してるのぉ」

 

 それを聞いて思い出すのは、宿毛湾から横須賀以外の四大鎮守府へ出向していた艦娘達の事。そして目の前にいる浦風という艦娘がその一人という事だ。

 

 「うち、浦風じゃ。新しい提督さん、よろしくね!」

 

 浦風はにこやかに挨拶して握手を求めてきたので、箒も自己紹介して握手する。握手しながらも、浦風は箒の顔を興味深くジーッと覗き込んでくる。

 

 「やぁ〜、えらい別嬪さんじゃねぇ」

 「ははは、それを言うなら浦風もそうだろう」

 「やぁん、照れるわぁ~」

 

 なんて言いながらも満更でもない表情の浦風。

 

 「今回は瀬尾大将のお付きか?」

 「そうじゃねぇ。ほんまなら単独演習出る筈じゃったけどねぇ、誰かさんのお陰でのぅなったし」

 「む…それはすまなかったな」

 「ええよええよ、別に怒っとらんけぇ。提督さんも予想しとらんかったんじゃろ?しゃあないよ」

 

 そう言って浦風はクスクス笑う。

 

 「やぁ〜、にしても宿毛湾に戻るんが楽しみじゃねぇ。けどうちはまだ戻れんしなぁ…」

 「浦風ちゃぁん、まだ帰って来ないのぉ?」

 「ごめんなぁ、まだ出向期間が残っとるんよ。もうちっと待ってぇな」

 

 小さな子を諭すように優しく話す浦風。何となく母親に似たものを思い出させるその姿が、箒には懐かしく見えた。

 

 実を言うと箒の父母は、箒が牙也と共に元の世界から去る以前に立て続けに病に倒れ、最善の治療も虚しく旅立ってしまった。そして牙也もまた早くに父も母も失っており、互いに親と呼べる存在がもういない。家族は何度でも作り直せるが、親は一度失えばそれっきり。だからこそ、今は亡き親を思い起こすような浦風の姿が箒にはありがたくも思えた。

 

 浦風と文月は仲良さそうに色々話している。箒が泊地に着任してからどう変わったのか、皆は元気でやってるか等々。姉妹艦ではないが、その光景は仲良し姉妹にも見える。他にもいる出向組にも会ってみたいものだーーそう考えていると、

 

 「失礼しますよ。浦風はここにーーおや」

 

 そう言いながら瀬尾が入ってきた。慌てて三人揃って敬礼するのを「あぁ、大丈夫だよ」と言って制す。

 

 「浦風、そろそろ呉に戻るよ。こちらでの仕事は先程片付けたからね」

 「了解じゃ。ほんじゃ文月、またの」

 「ばいばぁい」

 

 手を小さく振りながら浦風は瀬尾を追い掛け部屋を出ていった。文月は部屋から顔を出しながら、浦風達が見えなくなるまで手をブンブン振っていた。やがて二人を見送ると改めて箒に抱き付き、背中をよじよじと上って肩車状態に。

 

 「ふむ、時間も丁度良い。文月、お昼ご飯に行くか」

 「れっつごぉ〜♪」

 

 

 

 

 と勇んで食堂へやって来たは良いのだが…

 

 「食材切れ!?」

 

 食堂の出入り口に置かれた看板には、

 

 『担当の注文ミスにより、現在食材のストックが不足している状況です。ご利用されるお客様には大変申し訳ございませんが、本日のランチタイム及び酒保は臨時休業とさせて頂きます。ディナータイムは通常通り営業致します』

 

 と言う張り紙が。せっかく仲良くお昼ご飯を食べようとしていたのに、当てが外れてしまった。箒の肩から降りた文月も看板の張り紙を読んで残念な表情に。

 

 「しれーかん、お店閉まってるよぉ」

 「だな。弱ったな、酒保も使えないのか。となるとお昼はどうするか…」

 

 どうしたものかと箒は考え込む。このご時世な事もあり大本営周辺は関連施設以外は何もなく、街までは車でも三十分以上は掛かる。生憎箒達は移動手段が龍瀬の運転しかないので、街へ繰り出してのお昼ご飯は出来ない。

 ならばクラックに残しておいたご飯のストックを出そうかと考えたが、ストックは残りが少なかった事もあり全て宿毛湾泊地に残った艦娘達のお昼ご飯として置いて来てしまっていたのを思い出した。

 

 「ご飯、我慢するぅ?」

 「私はそれでも大丈夫だが、文月は平気か?」

 「うん!文月、ちゃんと我慢出来るよぉ!」

 

 腰に手を当てて得意げに言う。しかし次に聴こえたのは『グゥゥゥゥ〜』という元気なお腹の音。箒が思わずクスクス笑ってしまい、文月は顔を真っ赤にして「聴かないでよぉ〜!」とポカポカ叩いてくる。

 

 「あ、あの…」

 

 と、不意に二人の後ろから話し掛けられた。振り返ると、割烹着を着た女性が一人。その手にはラップを掛けられたお皿が。

 

 「今聞いたところ、お二人共空腹のようで…宜しければ、こちらお食べになりますか?」

 

 そう言って女性はラップを取りおずおずとお皿を差し出してきた。お皿には沢山のお握りが並ぶ。

 

 「良いのか?」

 「はい、お二人が良ければどうぞ。私や伊良湖ちゃんだけでは食べ切れませんので」

 

 そう言って半ば強引にお皿を渡してくる。断るのも悪いと思い、「ならばありがたく頂こう」と受け取った。

 

 「間宮さーん!食材がもうすぐ届くって連絡がきましたよ!」

 

 今度は同じように割烹着を着た別の女性が食堂から顔を出す。

 

 「分かったわ、すぐに受け入れの準備をしなきゃね。それでは私はこれで…あ、お皿は食堂へご返却お願いしますね?私『間宮』の名前を出せば大丈夫ですよ」

 

 そう言い間宮は「伊良湖ちゃん、コックさん達にも連絡入れてね」と言いながら食堂へ戻っていった。残された二人は思わず顔を見合わせる。

 

 「良かったな、空腹の我慢は避けられそうだ」

 「やったぁ〜、お握りお握り〜♪」

 

 飛び上がって喜ぶ文月と共に、箒は部屋に戻った。

 

 

 

 「あ、お邪魔してまーす」

 

 部屋に戻ると、そんな声が聴こえた。見ると部屋中央の机でお茶を飲みながら待っていたらしい二人の姿が。

 

 「神通と明石か。今日は何の用だ?」

 「いえ、単に文月ちゃんの様子が気になっただけですよ。その後はどうですか?」

 「あたしぃ?あたしはきょーも元気だよぉ」

 

 先程みたいに腰に手を当てて「えっへん」という仕草。しかし「グゥゥゥゥ〜」というお腹の音も同時に響き、文月は顔を真っ赤にして箒の背中に隠れてしまった。

 

 「あはは…まぁなんとも元気なお腹の音で」

 「あまり誂わないでくれよ。そうだ、食堂の間宮という艦娘からお握りを頂いたが二人とも食べるか?」

 「間宮さんからですか?是非とも!」

 「私も頂きます」

 

 お握りのお皿を机に置き、全員で食前の挨拶をしてから食べ始める。三人が各々お握りを手に取り食べ始めてから、箒もお握りを一つ取り食べる。米の甘味と程良い塩味が口の中に広がる。塩むすびらしく具材はないが、これだけでも充分美味しい。

 ふと見るとお握りを食べた各々の反応が微妙に違う。文月は口元を黒く汚しながら笑顔でお握りを頬張っている。恐らく具材は海苔の佃煮あたりだろうか。明石も笑顔でお握りを頬張っているのは同じだが、口元にはマヨネーズが付いている。ツナマヨだろうか。そして神通はというと、「〜〜〜!?」と声にならない叫びを上げながらお握りを食べている。これは具材が梅干しだとすぐにわかった。

 

 「…フッ」

 

 思わず笑みが零れる。

 

 「提督?どうかしましたか?」

 「ん?いや、やはり『食育』程に個人の感情をありありと曝け出してくれる物は無いな、と思ってな」

 

 三人は何の事か分からず頭に?マーク。箒はそれを気にする事なく「さ、どんどん食え食え」とお握りを推めていった。

 

 

 

 

 「お腹一杯…ご馳走様ぁ」

 「ご馳走様でした」

 

 やがてお皿に盛られたお握りは綺麗さっぱり片付き、後にはお皿が一枚。米粒一つさえ綺麗に無くなった。

 

 「ふぅ…間宮には礼を言わなくてはな。ところで神通、お前も私に用事があったのではないのか?」

 

 すると神通は「いえ」と首を振って答えた。

 

 「用事というより言伝です。龍瀬准将のお仕事があと少しで終わるという事でした。大本営出発は1430になります」

 「そうか…今が1330だからあと一時間だな。神通と文月は先に荷物整理を始めておいてくれ。私は間宮に皿を返しに行く」

 

 そう言い箒は皿を持って立ち上がり、そのまま部屋を出て行った。洗ってないが、部屋には皿を洗える洗剤やスポンジ等が無かったので仕方ない。後ろ姿に「お早めにお戻り下さいね」と神通の声が掛かるので、後手を振って答えておいた。

 

 

 

 「で、ご用件は?」

 

 そして食堂に着き間宮に皿を返してさぁ戻ろうと思い食堂を出たら、そこには蛭間と霧島、そして箒が知らない二人の艦娘の姿が。その二人の服装は似ているが微妙に違う。一人は白地に青縁の儀礼軍服に灰色のタイトスカート、そして銀縁眼鏡をかけている。もう一人は同じく白地に青縁の儀礼軍服にプリーツスカートで、軍服の一部にフリルが使用されている。前者がエリートOLを思わせるのに対し、後者は大学生くらいの若者を思わせる。

 

 「わぁ…この人があの娘を育てたんですねぇ」

 「蛭間少将、こちらの方が…」

 「そうだ、件の篠ノ之少佐だ。彼女を見てどう思う?」

 

 箒の問い掛けに答えず蛭間はその二人と会話中。代わりに霧島が答えを返した。

 

 「失礼しました…こちらのお二人は大本営所属の練習巡洋艦『香取』『鹿島』姉妹です。なんでも今回の件を聴いて是非とも少佐にお会いしたいと言っていたので連れて来ました」

 「私や文月には接触するなとお達しがあっただろう?」

 「今更かと。現に私達が演習で接触していますし」

 

 霧島の返しに納得した箒は蛭間と話す二人を見た。ふと鹿島と目が合う。鹿島は目が合うや否や箒に向け笑顔を返し、小さく手を振る。次いで香取も箒の目線に気付き挨拶してくる。

 

 「ご紹介に預りました、練習巡洋艦香取、そして妹の鹿島です。貴女の噂はかねがね…」

 「あぁ、よろしく。ところで練習巡洋艦とは何だ?聴くあたり演習に関連する艦種とみるが…」

 「あら、まだ私達の事はご存知ではないのですね。鹿島、簡単で良いからご説明してあげなさいな」

 

 姉に促され鹿島が「はい!」と元気良く返事して説明を始める。

 

 「練習巡洋艦は分かりやすく言えば、艦隊に編成して演習する事で艦娘の皆さんの練度向上を促進する事が出来るんですよ。演習に特化した分、戦闘はあんまり得意じゃないですけど…でも、だからといって皆さんの足を引っ張るつもりはありませんよ!」

 

 鹿島の説明に「はい、良く出来ました」と褒める香取。鹿島はまだ練習巡洋艦として未熟なのだろうか、と箒が考えていると、

 

 「私達練習巡洋艦は、提督の皆さんのお呼びが掛かれば余程の事情がない限りは何処へでもご指導に向かいますよ。少佐も如何ですか?」

 

 と尋ねられた。

 

 「ふむ…うちは艦娘の練度が軒並み低いからな。二人の指導というのを是非とも受けてみたいものだ」

 「あら、断るかと思ったのですが…例の文月ちゃんも貴女が育成したと聴いていますよ?」

 「それはつまり私一人で泊地の艦娘全員を育成しろと?だとしたら提督業と合わせて過労死まっしぐらだな」

 「香取姉、少佐さんは一応提督さんなんだから…無理難題押し付けちゃ駄目ですよ」

 「一応は余計だ、鹿島」

 

 箒に睨まれ「ご、ごめんなさい…」と縮こまる鹿島。香取はそれを見ても相変わらず「ウフフ」と笑っている。

 

 「用件は以上ですか?それなら私はこれで」

 「いや、もう一つある」

 

 帰ろうとする箒を蛭間が呼び止めた。

 

 「篠ノ之少佐、最後に一つ質問に答えて欲しい。うちの霧島達と演習をした際、君は『霧島達の砲撃は対策しなくて良い。ほぼ確実に当たらないから』と望月達に言ったそうだな。その根拠を教えてくれないか」

 

 蛭間の質問に箒の足が止まる。次いで霧島も

 

 「私からもお願いします。何故私達戦艦の砲撃を対策しなかったのか…何故対空にのみ重きを置いたのか…」

 

 質問を重ねてくる。振り返って蛭間達を見ると、香取や鹿島も興味津々のようでこちらを見てきている。仕方ないので答える事にした。

 

 「霧島。お前達戦艦四人は、今回の演習で46cm三連装砲を使ったな?」

 「はい」

 「その砲は普段から使っていたのか?それとも今回の演習にあたり蛭間少将に命じられて装備したのか?」

 「いえ、普段から使っている訳ではありません。普段は私や比叡お姉様は主に35.6cm砲を、日向や陸奥は主に41cm砲を使用しています」

 「霧島の言う通り、今回46cm砲を彼女達に使用させたのは私の指示だ。砲というのは口径が大きい分威力も段違いになる、私は君との演習を圧倒的火力で捩じ伏せる為に46cm砲を彼女達に装備させた」

 

 蛭間の補足を聴き、箒は「やはりな」と呟く。何の事か分からず蛭間達は頭上に?マーク。すると箒はその真意を話し出した。

 

 「大鳳が演習艦隊全員編成と装備を記した書類を持ってきた際に、私は戦艦の砲撃の対策不要を9割確信していました」

 「9割?」

 「はい。そして実際に演習場での霧島達の動きを見て、それが10割の確信になりました」

 「どういう…」

 

 箒は話を続ける。

 

 「霧島。46cm砲は本来誰が使用する装備だ?」

 「本来、ですか?本来なら大本営所属の大和型のお二人が使用するような装備ですね」

 「だな。それを考慮して尋ねようーー

 

 

 

 

 

 ーーいつもより艤装が重くなかったか?」

 

 蛭間や香取達はまだ理解出来ていなかったが、霧島はハッとした表情に。

 

 「いつもより動き辛いな、いつもより取り回しに苦労するな、いつもよりリロードに時間が掛かるな、と思わなかったか?」

 「…思いました。確かに少佐の仰る通り、普段なら素早く出来る取り回しやリロードが、あの時はだいぶもたついていました。それに距離を詰める際も、いつもよりスピードが出ないと感じていました」

 「だろう?私も演習場でのお前達の動きを見ていたが、そもそもの速度が遅い部類の日向や陸奥はともかく、高速戦艦を謳うお前や比叡までもが速度が遅かった。それで確信したのだ」

 

 ここに来て蛭間、香取、鹿島も真実に気付いた。

 

 「まさか少佐が砲撃を対策しなかった理由というのは…!」

 「装備のせいで、霧島さん達が鈍重になっているのを見抜いたから!」

 

 箒は姉妹を指差し「正解」と言って続けた。

 

 「しかも、だ。確かに蛭間少将が仰った通り砲は口径が大きい分威力も段違いに上がる。だがそれは同時に、砲撃時の反動やブレも段違いに上がるという事でもある」

 「反動やブレが大きいと、それは命中率にも影響してきます。特にブレは影響が砲撃に顕著に現れる…」

 「しかも少佐さんは望月ちゃん達に回避と対空砲火、それに後退だけを命じてた…距離が遠くなればなる程砲撃の命中率は更に下がります」

 「それらが組み合わさり、私達の砲撃の命中率が著しく下がっていた…これが真相ですか」

 

 霧島は真相を知りがっくりと項垂れる。全てを見抜かれ、対策され、自分達は演習場の中で箒の思うままに転がされていた。改めてその事実を直視させられ、目に涙を溜める。

 蛭間も同様だ。たった数週間という短い期間しか提督業をやっていない素人に良いように盤面を動かされた。結果こそ勝利だが、エリートの蛭間にとっては屈辱以外の何者でもない。

 

 「凄い…!少佐さん、凄いですよ!書類一枚でそこまで見抜くなんて!」

 「えぇ、素晴らしい以外の言葉が出てきません…一体少佐は何処でその頭脳と技量を手にしたのか…」

 

 鹿島が箒の手を取りピョンピョン跳ねながら箒を褒め、香取は銀縁眼鏡をクイッと上げて称賛の意を示す。そんな二人を意に介さず、

 

 「ご理解して頂けましたか?では私は今度こそ失礼します」

 

 そう言い箒は香取と鹿島に挨拶してその場を去ろうとした。

 

 「篠ノ之箒!!」

 

 と、響く大声。また振り返ると、蛭間が親の敵を見るが如き目で箒を睨んでいた。まだ何か言いたいのかと箒が呆れていると、

 

 「…確かに私はあの演習で貴様に勝った。だが…あれを私は、私の勝利とは認めない。結果こそ私の勝利だが、中身をひっくり返せば貴様の勝利…私の負けだ」

 

 蛭間のその言葉に箒以外の三人が驚く。蛭間は同期のエリートの中でも特にプライドが高く、敗北というのを認めようとしない性格だった。とにかく勝利に固執し、深海棲艦との戦いであっても味方との演習であっても、容赦せず勝利をもぎ取りに行く蛭間が、初めて負けを認めた。信じられない事である。

 三人が驚く中、蛭間は箒を指差して言った。

 

 「…だが次は勝つ!次に貴様と演習をする際は、貴様の艦隊を完膚なきまでに叩き潰してくれる!そして次こそ示してやる…私がーー私こそが、これからの海軍を率いるに相応しいのだという事を!」

 

 高らかに宣言した蛭間。その目はもうあの他人を見下すような下衆な目ではなく、敗北を知り更に高みへ至ろうとする強き者の目だった。

 

 (…もう大丈夫だな)

 

 蛭間の目を見てそう感じた箒は、蛭間に向け恭しく一礼して言った。

 

 「…いずれまた、今度は正真正銘私の率いる艦隊と演習をさせて頂きたく思います」

 

 そう言い箒は踵を返して去っていった。

 

 

 

 

 箒がいなくなると、蛭間は目に溜めた涙を拭う。

 

 「霧島!私達の鎮守府に帰るぞ!今日から和歌山鎮守府は新たなスタートを切るのだ!」

 「グスッ…はい!」

 

 霧島も涙を拭い愛用の眼鏡をクイッと上げて応え、蛭間を追い掛けていった。食堂前の廊下には香取・鹿島姉妹が残される。

 

 「…フフ。新しい風が吹きそうだわ。そう思わない、鹿島?」

 「はい、香取姉!鹿島も楽しみです!」

 

 会話する姉妹の表情は、いつも以上に晴れやかだった。

 

 

 



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三大将が動き出す

 

 「お帰りなさいませ、提督」

 

 舞鶴鎮守府。大本営に座す四人の大将の中で唯一の女性大将である中川秋穂が率いる鎮守府。中川は今回の大本営での日程が終わってすぐに帰路に付き、夕方になる前には鎮守府に戻ってきていた。

 

 「やっと終わったわ、ある意味忙しかった会議がね」

 「お疲れ様でした。提督、お荷物お持ちします。皆さんもお疲れ様でした、今日はゆっくり休んで下さいね」

 

 相変わらずムスッとした表情の彼女と今回会議に付いて行った艦娘達を一人の艦娘が出迎える。CA(キャビンアテンダント)のそれにも似た青を基調とした制服を着たその艦娘『高雄』は会議から戻ってきた中川達に恭しく礼する。

 

 「高雄、私がいない間に何かあった?」

 「いえ、これと言って報告する程の事は特に。強いて言えば、退屈過ぎて妹の愛宕がパンパカ騒いていたくらいです」

 

 中川は「そう」とだけ言って荷物を高雄に預ける。他の艦娘達もそれぞれの荷物を持って部屋に戻っていく。中川も高雄を連れて一旦自室へ戻り、荷物を部屋へ投げ入れた。そしてその足で執務室へ行き、業務机に置かれた放送機器に手を伸ばす。

 

 「業務連絡、業務連絡。駆逐艦初春と駆逐艦初霜はすぐに執務室まで来なさい。繰り返す、駆逐艦初春と駆逐艦初霜はすぐに執務室まで」

 

 それだけ言いソファにドッカリ腰掛ける。ふと見ると高雄が手際よく持って帰ってきた荷物を整理している。

 

 「高雄、それ後回しにすれば良いわよ。これから大事な話をするから」

 

 中川の言に反応し、高雄は神妙な面持ちに。途中だった荷物の片付けを止めて中川の隣に座る。

 

 「珍しいですね、提督からそんな話が出てくるだなんて」

 「今回の会議とは別の件で話があるのよ。初春と初霜はその件で今呼んだの」

 「彼女達を呼ぶ…宿毛湾で何かあったのですか?」

 「彼女達が来てから話すわ。それより何か飲み物用意しといてくれるかしら」

 

 

 それから三分。

 

 「失礼します。駆逐艦初霜、お呼び出しを受け参上しました」

 「駆逐艦初春、参ったぞ」

 

 二人の駆逐艦娘が執務室に入ってくる。一人は足元近くまで伸ばした藤色の髪とノースリーブタイプのセーラー服が特徴的の艦娘。一人は紺のブレザーとプリーツスカートに白のカッターシャツを多少着崩した学生風の艦娘。

 

 「よく来たわね。取り敢えずそこに座りなさいな」

 

 中川に促され二人は彼女の向かいのソファに腰掛ける。そして中川が話を始めるーー

 

 「赤城。貴女も扉の側に隠れてないで入って来なさいな」

 

 と思ったら、扉に向かってそう言った。高雄達が揃って扉に目を向けたのとほぼ同じくして、扉が開き赤城が入ってきた。頬がハムスターみたく膨らみ、その手にはバケツ一杯のお菓子が。恐らく会議から帰ってきてすぐ鎮守府併設の酒保で買い込んだのだろう。

 

 「はいはいっと…あ、提督もいります?」

 「後で。それよりもどうせだから貴女も座りなさい。立ち食いは感心しないわよ」

 

 そう言って赤城を半ば無理矢理座らせ、高雄が持ってきたお茶を啜り、改めて話を始める。

 

 「さて、何から話そうかしら…いえ、単刀直入に言うべきかしら…そうね。初春、初霜。貴女達二人に私から特別任務を与えるわ」

 「特別任務…ですか?」

 

 初霜は神妙な面持ちで中川を見、対照的に初春は興味なさそうに頬杖ついて話を聴いている。

 

 「そう。任務の内容は簡単…篠ノ之箒少佐の身辺調査よ」

 「篠ノ之…確かつい最近、私達が所属している宿毛湾泊地に新しく着任した提督ですね」

 「そう。貴女達二人、近い内に出向を切り上げて宿毛湾に戻す予定よ。そして彼女ーー篠ノ之少佐の下で戦う傍ら、彼女に関する情報を出来るだけ多く集めて来なさい」

 「情報と言うと、例えば?」

 「彼女に関する事なら何でも良いわ、とにかくひたすら集めなさい。で、集めた情報は逐一私に報告するように」

 

 任務内容を中川が説明している間、初霜はきちんと耳を傾けていたが、初春はやはりというか頬杖ついて聴き流しているようだった。中川と高雄は呆れて頭を抱え、赤城は我関せずとお菓子を貪っている。気づいて初霜が姉の脇腹に手刀を入れる。

 

 「ほばぁ!?何をするか初霜!」

 「何をするかじゃありません!提督の話をちゃんと聴いて下さい!姉さんったらもう…!」

 「分かった分かった…して提督よ。何故にそなたはその新参者に興味を示すのかのぅ。妾には分からぬ」

 

 初春は持っていた扇子をバッと開きながら聴いてくる。ちなみに開いた扇子には何故か『理解不能』という文字が。初春の純粋な疑問に対し、中川はこう答えた。

 

 「興味とかじゃないわ。あれはそう…危険視してるって表現が合うわね」

 

 その返答に、お菓子を貪る赤城以外の艦娘は表情が険しくなった。

 

 「この際だからはっきり言っておくわ。貴女達二人の新しい提督はね、海軍にとって有害性のある存在よ。海軍全体を引っ掻き回し、統率を乱しかねない人物なの。だからこそ大人しい今のうちに手綱を握っておかないと駄目なのよ」

 「ふむ…しかし提督よ。それほどに危険ならば、呉の瀬尾大将にお任せすれば良いではないか。呉に任せればその新参者も大して脅威にはなるまいて。何も妾達が首を突っ込まずともーー」

 「…瀬尾のオッサンも全力で匙を投げたのよ。一人じゃ無理だって」

 

 頭を抱えながらボヤかれたその報告に初春達は「はい?」と言いたげな表情に。海軍という輝かしい職の裏で暗殺等の汚い仕事を一手に引き受け、海軍という一組織のバランス取りを担ってきた瀬尾が匙を投げた。彼女達からすれば信じられない事である。初春の扇子には今度は『そんなアホな』の文字が。

 

 「あの小娘、只者じゃないのよ。瀬尾のオッサンが送り込んだ諜報員を全員戦闘不能にして送り返したり、仕掛けた盗聴器を全部見つけて破壊した上で私達の前で返却してきたり…」

 「…本当なのですか、それ。にわかには信じ難い事ですが」

 「高雄の疑問も最もよ。けど事実。挙げ句の果てには、斎藤のジジイんとこの『狂犬』と『紅速』、それに『無双の忍』をまとめて相手して、善戦どころか勝ってるのよ。私だって嘘だっ!て叫びたいくらいよ」

 

 中川から齎される情報の数々に頭痛を覚え始めた三人。艦娘、しかも横須賀どころか全国の鎮守府にその名を轟かす猛者を相手に勝つとは…最早その提督は正しく人間なのか?とすら思い始めていた。実際問題箒は既に人間ではなくなっているので、強ち間違いではないが。

 

 「ムグムグ…提督、『あの事』は話さなくて良いのですか?」

 

 と、我関せずを貫いていた赤城がここで話に入ってきた。お菓子を食べながらなので緊張感は皆無だが。

 

 「…本当は話すべきではないのだけど、彼女に接触する以上、知っておくべきかもしれないわね。海軍ーーというより艦娘に関する禁忌の情報を」

 

 そう前置きして中川が語り出す。この三日間の間で起きた、海軍を揺るがしかねない出来事を。

 

 

 

 

 「はあッ!?そんな大事な情報をずっと隠してきてたの!?バッカじゃない!?」

 

 時を同じくして、佐世保鎮守府。四大将の一人、薙淳一郎が統率するこの鎮守府でも、薙達が鎮守府に戻って来てすぐ箒に関する事で話し合いが行われていた。薙の話を聴いていた艦娘『霞』が大声を上げて薙に罵声を浴びせている。

 

 「霞、落ち着いて下さい。話はまだ途中ですよ」

 「あんたはもっと焦りなさい、不知火!私達の存在意義そのものに関係する事なのよ!?こんな話が国民に流れたら、それこそ海軍の存続すら危ぶまれるでしょうが!押され気味で戦線も安定してない現状に、プラスアルファでこの話が流れてみなさい!海軍が立ち行かなくなるわよ!」

 

 机をバンバン叩いて叫ぶ霞。彼女は佐世保鎮守府内では不知火に次ぐ実力を持つ歴戦の艦娘で、今まで多くの作戦に旗艦として参加し多大な戦果を上げている。また鎮守府のご意見番としての側面もあり、薙や多くの艦娘が彼女に意見を貰いに来る等信頼は高い。

 ちなみに先程まで薙が話していたのは、大本営で起きた艦娘の深海棲艦化現象、『狂化』についての話。それが実際に今回の会議の場ーー厳密にはそこで行われた単独演習の場で起きてしまったという事実。自分達艦娘の立場を揺るがす出来事にキレまくりの霞は更に薙に噛み付く。

 

 「どーすんのよこのクズ!というかそんな問題抱えた奴なんかさっさと切り捨てなさいよ!なんで放置する方面で事を進めてるのよ!?」

 「放置はしませんよ。既に事を進める準備を始めています。その一歩として…霰君、君には宿毛湾泊地へ戻り、彼女の情報を掻き集めて逐一報告してもらいたいのです」

 

 そう言い薙は喚く霞の隣に座る艦娘『霰』に目を向けた。

 

 「霰が、スパイ…するの?」

 「スパイ…まぁスパイではありますね。ただし彼女ーー篠ノ之少佐を刺激しないようお願いします。彼女は一度敵とみなした者は徹底的に消しに掛かるでしょうから」

 「何を馬鹿な事ほざいてんのよ!そんな危険な任務を霰にやらせる気なの!?巫山戯ないで!霰にやらせるくらいなら私が行くわ!」

 「駄目です。貴女を含め他の艦娘が出ては、逆に篠ノ之少佐に海軍に対する猜疑心を持たせる事になります。霰君にこの任務を任せる理由はそこにもあるんですよ」

 「どういう意味よ」

 

 言っている意味が分からない霞に対し、薙は続けた。

 

 「霰君は元々宿毛湾泊地からここに出向している身です。いくら彼女であっても、本籍が自分が運営する泊地の艦娘を受け入れ拒否する事は絶対にしません。受け入れざるをえないのです。つまり、向こうの本心に関わらず安全に情報収集者を紛れ込ませる事が出来る…無理矢理感はありますがそういう事です」

 「ふーん。クズなりにちゃんと考えてるのね…そういう事なら仕方ないわ」

 「でもさー司令、そのシノノメ、だっけ?その新しい宿毛湾の司令ってそんなにヤバい人なの?」

 

 霞が取り敢えず薙の説明に納得してソファに座り直すと、今度は不知火の隣に座る狐色ツインテールの艦娘が質問してくる。

 

 「…聴きたいですか?『陽炎』。彼女ーー篠ノ之少佐がどれだけ恐ろしいか」

 

 前屈みになってそう聴いてきた薙に陽炎は少し臆したが、興味あるのは間違いないので小さく頷いた。一応霞と霰にも確認を取り、了承を得る(不知火は既に知ってる)。

 

 「まず先程の『狂化』の話で話題に上がった宿毛湾泊地の文月ですが…現状の練度が250です」

 

 いきなりのぶっ飛び発言に陽炎と霞がソファから転落。

 

 「ちょ、ちょっと司令!冗談とか嘘はつける範囲でつくものなのよ、分かってる!?」

 「私も不知火も冗談であって欲しいと思っていました」

 「に、250ですって!?不知火、あんたそんな法螺話信じてるの!?」

 「不知火も最初は何の冗談かと思いました…ですがこれは練度測定器で出された紛れもない事実。信じるしかありません」

 「ていうかケッコン(仮)は!?練度99以上になるにはそれが必須でしょうが!?」

 「その常識すら完全無視されています。恐らく狂化は、そういう常識すら正面から破壊する現象のようで…」

 

 薙と不知火から齎される度肝を抜く情報の数々に霞は頭痛を感じていた。しかし話はこれで終わらず「この話にはまだ続きがあります」と薙が続ける。

 

 「ちなみに少佐に尋ねたところ、少佐が凡そ三週間前に宿毛湾泊地に着任した時点で文月の練度は30だったそうです。そこから単独演習までの三週間の間で、少佐は文月を練度99まで仕上げたそうです」

 「三週間で練度を約三倍に…頑張れば出来そうだけど、かなりブラック運営になるわね」

 「…陽炎。確かに私は今、『三週間の間で練度を30から99まで上げた』と言いました。実はそれ、厳密に言うとちょっと違うんですよ」

 「どういう事?」

 

 陽炎が頭に?を浮かべて尋ねると、薙からまたとんでもない返答が飛んできた。

 

 「詳しく尋ねたところ…少佐が文月の育成に使った期間は、会議前の『一週間だけ』だそうです」

 

 その返答の意味が分からずまた?を頭に浮かべる陽炎だったが、薙の今までの言葉を脳内で反芻した後、

 

 「はぁぁぁぁぁ!?」

 

 叫びながらまたソファから転落していた。派手に転落したのでスカートの中のスパッツとお気に入りの白の下着が見えてしまっていたが陽炎はお構い無し。その向かい側では、用意された紅茶を心を落ち着かせる為に飲んでいた霞がその話を聴いて思い切り紅茶を吹き出し、霰が慌てて吹き出した紅茶を拭いていた。

 

 「たった一週間で練度99!?どんな無茶苦茶な育成したら一週間で練度99まで行くのよ!?てか、残りの二週間は何してたのよ!?」

 「提督業の何たるかを勉強するのに費やしていたと。その間の運営は宿毛湾に残っていた艦娘達に一通り任せていたと聴いています。また本来なら遅くとも三週間前に会議と演習に関する書類は届いている筈なのですが、彼女の場合は司令官交代のゴタゴタもあって書類の到着が会議の一週間前と遅れていました。ですから育成期間が短かったのは仕方ない事ですが、果たしてどのような育成法を試したら一週間で練度99になるのか…見当も付きません」

 

 陽炎は頭を抱えて項垂れるしかなかった。

 

 「ごめん司令。もう聴かない。今メッチャ私の脳がキャパオーバーしてる」

 「そうですか…ちなみに少佐曰く、もう一人『朧』という艦娘も文月と一緒に育てていたらしく」

 「もう聴かないって言ったでしょ!?止めてよこれ以上私の脳に負担強いるの!」

 

 佐世保鎮守府所属、駆逐艦陽炎。陽炎型のネームシップで不知火に勝らずとも実力はあるのだが、ここでは他の艦娘だけでなく薙にすらイジり要員にされがちな残念な娘である。

 

 

 

 

 「…さて、お前達がここに呼ばれた理由は分かっているな?」

 

 また場所を変えて、横須賀鎮守府。こちらの執務室には、鎮守府を運営する斎藤史龍が目の前に立つ四人の艦娘ーー川内、夕立、江風、そして時雨に鋭い目を送っていた。

 

 「うん、分かってる…私達の処分内容でしょ?」

 

 川内が言うと「そうだ」と彼は返す。

 

 「夕立、江風。お前達二人は今回の単独演習の結果に納得いかず、篠ノ之箒少佐に襲撃を仕掛けた罪。川内はそれを知りながら二人を止めなかった罪がある」

 「うん…それは認めるけど、なんで時雨もここに?」

 

 川内が時雨を指さしながら言う。時雨はあの後緊急で専用ドックに運ばれ治療を受けた。幸い必死の治療の甲斐もあり早くに目覚め歩けるまでには回復したが、艤装は文月によって無惨に破壊されてしまい現在大本営の明石に預けられ修理されている。

 

 「今回お前達三人に罰を与えるにあたり、時雨を主に夕立と江風のストッパーとして呼んだのだ。別に今回の演習での敗北に関して何かペナルティを与える訳では無い事を時雨は理解するように」

 

 時雨は小さく頷いた。

 

 「ではお前達三人への罰は…」

 

 斎藤は一旦言葉を切り、一度深呼吸した。こんな罰を本人的には与えたくないのだが、そうしなければならない。まして箒の前で三人の厳罰を約束したのだから尚更だ。斎藤は決心して罰の内容を話す。

 

 

 

 「硫黄島攻略作戦の後、お前達三人は篠ノ之少佐が硫黄島鎮守府(仮)に移籍するタイミングで彼女の傘下に入れ。そして私が認可するまでの間、彼女に関する情報を集めてくる事。それがお前達への罰だ」

 

 

 

 「…え?」

 

 思わぬ罰の内容に三人はキョトン。時雨もビックリして斎藤を見ている。

 

 「そして時雨。お前もこの三人に付いていけ。そして三人を見張る傍ら、彼女の指導を受けてこい」

 「ちょ、ちょっと待ってよ!」

 

 ここで川内が口を挟む。一定期間営巣行きだとか暫く出撃訓練禁止といったキツイ罰を予想していた三人は、斎藤から与えられた考えもしなかった罰に困惑している。

 

 「何か文句があるのか?」

 「い、いや文句って言うか…篠ノ之少佐の傘下って、それって実質的な左遷って事?」

 「左遷…確かにそう思われても仕方ないだろう。だがその実情は違う。お前達も思い知らされただろうが、彼女ーー篠ノ之少佐はかなり危険な小娘だ。今後あの小娘が何をしでかすか誰にも予想出来ん。だからこそ、お前達にあの小娘を監視し何かあれば即刻私達に伝達する役目を与える。そういう事だ」

 「表向きは左遷だけど、裏を返せば諜報任務という訳だね」

 「その通りだ。中川、瀬尾、薙も宿毛湾泊地から出向している艦娘を使って諜報任務を任せる事になっている。彼女等と連携して任務にあたれ」

 

 斎藤の命を受け四人は揃って敬礼。と、

 

 「提督、一つ質問しても良いかな?」

 

 時雨が思い出したかのように尋ねてきた。

 

 「なんだ?」

 「今回の任務、諜報任務だよね。考えたんだけど、諜報なら呉の瀬尾大将が既にやってるんじゃないのかな?どうして関係ない横須賀や舞鶴、それに佐世保も協力する事に「0だ」え?」

 

 質問を遮るように斎藤の口から出た0という数字。何を意味しているのかと四人が頭に?を浮かべていると、斎藤が今回の経緯を説明し始めた。

 

 「約三週間前…篠ノ之少佐は適任者が来るまでの繋ぎとして着任していた亜道と代わる形で宿毛湾泊地に着任した。勿論瀬尾もその情報を聴きつけて直ぐ様諜報員を宿毛湾へ送り、自身も少佐に関する情報を様々な伝手から集めようとした。が…何も出てこなかった」

 

 四人の表情は忽ち「え?」とか「はい?」みたいな表情に。

 

 「少佐の出生、出身地、家族構成、履歴情報。他全てを洗ったが、彼女に関する情報は何も出てこなかった…つまり0だ。瀬尾が送った諜報員も、全て戦闘不能にされ送り返された。盗聴器も全て破壊された。つまるところ…事前情報が何もない。今回の諜報任務も、最早完全なノープラン状態だ」

 「事前情報無しってどんな縛りプレイなのさ…てか元帥はそんな怪しさ満点の人材をよく採用したね」

 「うむ、聴けば妖精達に強く推されたそうだ。この娘なら必ず期待以上の結果を持って帰ってきてくれるからとな。妖精達の推薦にゴリ押しされる形で採用となった経緯がある」

 

 これには川内達も納得せざるをえなかった。彼等提督や彼女達艦娘にとって、妖精の言は天啓に近い。一度妖精が何か喋ろうものなら、その言は必ず後に何かしらの影響を及ぼす。他の誰よりも信頼性が段違いなのだ。

 

 「何でも良い、どんな手段を用いても良い…とにかく一つでも多くの情報が欲しい。お前達にはあの小娘に関する情報を出来る限り多く集めて欲しいのだ。ただし…小娘の逆鱗に触れぬ範囲でな」

 「えぇ〜…そんな退屈な任務やるっぽい?つまんなーい!」

 「別に出撃や訓練を制限する訳では無いのだ、向こうでは小娘に怒られない限りは好きに動いてくれて構わない。何なら…あそこの鎮守府をこの横須賀と同じ色に染めてくれても良いのだぞ?」

 

 斎藤の言に、四人の表情は明るくなる。

 実を言うと、この四人は横須賀鎮守府の艦娘の中でも特に気性の荒い艦娘で、川内が「夜戦だぁぁぁぁ!!」なんて叫びながら毎晩鎮守府内や鎮守府近海を大暴れし、時雨、夕立、江風の三人が呼応してそれに続くというのが日常なのだ。

 度々こんな事を四人揃ってやってくれるものだから他の艦娘には呆れられ、最早スルーされる程に定着したそれを、箒の下でもやる気のようである。何せ最近は他の艦娘にスルーされるせいで退屈していたから、新たな遊び相手が作れると内心大喜びしている。

 

 「分かったな?では確かに命令は伝えた。出立の日付は後日また連絡する。それまではいつも通り過ごしてくれ」

 

 そう伝え四人を退出させた。自分以外誰もいなくなった執務室を見渡し、斎藤は座ったまま片手後手で窓を開け煙草に火を付けて吸う。ふぅと一服し、天井へ向けボヤく。

 

 「…あぁは言ったが、果たして情報と言える情報をどれだけ集められるやら。あの小娘は異常なまでにガードが固い。何か特殊な力でも働いているのか…それとも強力なボディガードでもいるのか…まぁどちらでも良い。私の役に立ち、私の道を邪魔しないのなら別にどうなろうと構わん。精々皆の興味を受け続ければ良いのだ」

 

 そう言い捨て煙草を灰皿に押し付け火を消す。と、扉の向こうから「提督、いるか?」という声が。

 

 「長門か。何か用か?」

 

 声に呼ばれ斎藤は執務室を出ていく。窓を開けっ放しになった執務室に静寂が走る。

 

 いや、開けっ放しの窓枠に降り立つ鳥ーー否、鳥に似た赤黒い何かがいた。それはキョロキョロと執務室全体を見回し、何かを探しているように見える。やがて執務室に置かれた立派な桐箪笥に目を付けた。その桐箪笥の一番上には精巧な戦艦の模型が鎮座している。そこへ移動すると、模型を埃や傷から防ぐガラスのガードに雫を一滴垂らした。すると雫が人の目のようになりギョロリと辺りを伺う仕草をした、と思うと目はすぐに消えてしまった。それを確認し、偽の鳥は窓から飛び立っていった。

 

 一体それが何だったのかーーそれを知るのは、彼女以外存在しない。

 

 



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どーしたものか…


 あけましておめでとうございます。

 ようやく新年一本目が出来ましたので投稿します


 

 「…うゅ?」

 

 文月が目覚めると、辺りは真っ白い空間。見渡しても何もない。ぽや〜と考えを巡らし、『あぁ、夢かなぁ』とすぐ気付く。だって少し前、会議に行くために迎えに来てくれたおじちゃんと合流して帰り始めたとこだったから。多分あたしは車が動き始めてすぐ眠ってしまったのかなぁ。なんて考えながら文月は起き上がる。

 

 「あ、起きたぁ」

 

 そんな声がした。後ろを見ると、文月によく似た見た目の女の子が一人。服装は今の文月と違い改装前の黒セーラーに白のパーカー。ただ艤装は明らかに深海棲艦の特徴たる漆黒の艤装。全身を覆う鎧のような艤装を付けている。

 

 「んぅ?だぁれ?」

 「あれぇ…覚えてないのぉ?あの時…あたしを受け入れてくれたでしょ?」

 

 そう言われ文月はうんうん唸って考える。で、

 

 「あ!」

 

 やっと目の前にいるのが、あの単独演習の際に改二の文月と共に現れた女の子であると気付いた。

 

 「わぁぁ!あの時のあたしだぁ!」

 「思い出してくれた!わーい!」

 

 二人揃って手を取り合って大喜び。そしてギューッと抱き合い再会の喜びを分かち合った。一通り喜び合った後、

 

 「今日はどぉしたのぉ?」

 

 と何気なく聴いてみる。すると

 

 「えへへ…ありがとうって言いたくて呼んだの」

 「ふえ?どうしてありがとう?」

 「だって、あたしを受け入れてくれたんだもん!あたしはお礼もちゃんと言えるんだよぉ」

 

 文月は「そっかぁ」と言ってまた抱き合う。お互い笑顔でハグし、幸せな時間が流れる。と、二人の体がゆっくりと透明になり始めた。

 

 「あれぇ、もう時間だぁ」

 「時間?もう話せないのぉ?」

 

 文月が聞くとその娘は「ううん」と首を横に振って答えた。

 

 「大丈夫だよぉ、あたしを呼んでくれれば、いつでもお話出来るから!またお話しようね!」

 「うん!」

 

 そしてお互いに手を振り合う間に、互いの体は透明になりその空間から消えたーー。

 

 

 

 

 

 「ーーき…文月?」

 

 聞き覚えのある声に瞼をゆっくり開けると、箒と神通が心配そうに顔を覗き込んできていた。車は何処かで止まっているのか、エンジン音は聴こえない。

 

 「…しれー、かん?おはよぉ」

 「おはよう。この三日間お疲れ様、文月。随分とぐっすり眠っていたな」

 「会議中色々ありましたし仕方ありません。さ、宿毛湾に到着しましたよ。荷物を降ろして泊地に帰りましょうね」

 

 二人が優しく文月の頭を撫でてあげると、文月は猫みたく気持ち良さそうな表情をして顔を箒の腕に擦り付けてきた。そんな文月に箒は微笑み、「さ、降りよう」と促して軍用車から降ろす。車から出ると少し冷たい風が頬を撫でた。起きるまでに荷物は箒達の手で車から降ろしたようで、近くのベンチに三人の荷物が置かれている。荷物の隣には龍瀬が立ち、煙草を吸いながら文月が起きるのを待っていてくれたようだ。三人に気付くとすぐに煙草を消し近寄ってくる。

 

 「やぁ、よく眠れたようだね。三日間の日程お疲れ様。今日はしっかり休むんだよ」

 「はぁい」

 「篠ノ之少佐も神通もお疲れ様。初めての大本営だったけどどうだったかな…と聞くのは野暮かな?」

 

 ハッハッハと笑いながら聞いてくる。対して二人共「やれやれ」といった表情を返す。と、ふと箒は気になっていた事を聞いてみる事にした。

 

 「そういえば今回の会議、龍瀬准将は艦娘を連れて来ていませんでしたね。どうしてですか?」

 「あぁ、実は会議中の三日間が、僕が担当しているとある作戦の真っ最中だったものでね。作戦に支障をきたす訳にはいかず、秘書艦にその間の運営を任せて僕一人でくる事になったというわけ。作戦の内容は話せないけど、今度の北方海域攻略作戦に関する事、と言っておくかな」

 

 なる程そういう事かと箒は納得し、それ以上は聞かない事にする。

 

 「それにしても良かったのかい、門の所まで送っても良かったんだけど」

 「いえ、ここまでで大丈夫です。時間が時間ですし、もう皆就寝する頃でしょうから、あまり騒がしいといけないと思いまして」

 

 時刻は既に2300になろうとしていた。休憩やガソリン補給、更に思わぬ渋滞で行きよりも時間を食ってしまった為に帰りがこの時間になってしまった。

 

 「そっか、それなら仕方ないね。それじゃ僕はこれで」

 「ここまでありがとうございました」

 「道中お気をつけて」

 「ばいばぁい」

 

 龍瀬は三人に挨拶して車に乗り込み、元来た道を引き返していった。彼を見送り、三人は顔を見合わせる。

 

 「さ、帰ろう。神通、文月、忘れ物のないようにな」

 

 三人はそれぞれの荷物を持ち、泊地への道を急ぐ事にした。

 

 

 

 

 歩く事幾ばく。正面口が見えてきた辺りで、

 

 「お帰り。だいぶ時間が掛かったのね」

 

 厚着をした五十鈴が出迎えた。

 

 「渋滞に捕まってな。遅くまでご苦労様、五十鈴」

 「良いわよこれくらい。さ、早く部屋に戻って暖まりましょ」

 

 五十鈴に連れられ箒達は執務室へ向かう。屋外や廊下は少し肌寒かったが、執務室に入ると五十鈴が暖房を入れておいたのか暖かった。荷物を乱雑に床に置き、箒はソファにどかっと座り込む。

 

 「ぁ゙〜…疲れた」

 「もう、提督ったら変な声出して…だらしないですよ」

 「出したくもなるさ…あんな事があったのだから尚更な」

 

 ふと周りを見回すと五十鈴がいない。何処に行ったかと思っていると、

 

 「三人共お疲れ様。提督と神通にはホットコーヒーね。文月はホットミルクよ」

 

 流し場から出てきた五十鈴は自分も含めた四人分のカップを持ってきた。それぞれにカップを渡し、自分もソファに座ってコーヒーを一口。箒達も倣って一口飲む。

 

 「ふぅ…ようやく落ち着ける」

 

 思わず呟きリラックスした表情の箒に対し、五十鈴の表情は鋭かった。その眼光は、何気なくそれが目に入った神通を一瞬だけ怯ませる程に鋭い。文月は相変わらずぽや〜んとした表情。

 

 「さて…約束よ、会議中の事を全部話してちょうだい」

 

 カップを机に置いてそう切り出した。箒もカップを置き「さて、何から話すか…」とブツブツ。すると五十鈴は痺れを切らしたのか、

 

 「三行で説明しなさい。早く」

 

 ドスの効いた声でそう言った。神通がまた一瞬だけ怯み、文月は今まで感じた事のない五十鈴の圧に「ぴっ…!?」と怯えている。今更隠すのも難しいようで、箒は五十鈴を一旦落ち着かせてから話し始めた。

 

 「文月、単独演習で横須賀鎮守府の時雨を撃破。その際文月に深海棲艦化の兆候が見られる。その影響か分からんが文月の練度がどういう訳か250というおかしな数字に到達。以上だ」

 

 きっちり三行で説明した箒。聴いた五十鈴はクソデカいため息を吐いた。

 

 「うん…練度に関してはもう何もツッコまないわ。だって一週間で文月と朧の練度カンストさせた貴女だもの…なってもおかしくないわよ。けど聞き捨てならないのは、文月に深海棲艦化の兆候ってとこ。何があってそうなったの?」

 「恐らく時雨との演習中に何か起きたのだろうな。私も神通も他の事をしていて演習を観戦してないから詳しい事は分からん」

 「帰り際に元帥に頼んで、今回の文月ちゃんの演習をDVDに焼いてもらってきました。後で確認してみましょう」

 「それも良いけど文月本人に聴くのが一番早いんじゃ…あら、文月?」

 

 よく見ると文月はスヤスヤ眠ってしまっていた。ホットミルクの入ったカップは空の状態で机に置かれている。飲んでいる最中に寝落ちしないで良かったが、これ以上文月をここに縛り付けるのもまずい。

 

 「時間が時間ですからね…私が部屋へ運んでいきます」

 

 神通は先程言っていたDVDを荷物から出して机に置いておくと、文月をおんぶして執務室を出て行った。箒は彼女の帰りを待つ事なくDVDを箱から取り出しプレイヤーにセットして再生を始める。

 

 「先に始めちゃって大丈夫なの?」

 「途中で戻ってきたなら、そこまでの事は私が説明するから大丈夫だ」

 

 そう言い箒は再生を続ける。最初に映し出されたのは文月と時雨が演習場に入場する場面。そこは飛ばし、演習が始まったところで再開。暫くの間文月が時雨相手に必死に善戦する様子が映し出される。

 

 「こうやって見ると本当に凄いわね…一週間であの横須賀の時雨とほぼ対等に戦えるまでに育ったのよね」

 「文月や三日月に限らず睦月型は容姿が幼い娘が多いらしいからな、そこを上手く活用出来れば…と思っていたが、予想以上だな」

 

 話をしながら映像を見る二人。映像は遂に拮抗状態が崩れ、時雨が文月に猛攻を仕掛けるところに。壁際まで追い詰められた文月は主砲と魚雷の連撃を受け、遂に膝を付いてしまった。その凄惨な姿に五十鈴が思わず目を背け、対して箒は齧り付くように映像を見続けている。そして時雨が文月に何かを耳打ちしてその場を去ろうとしたその時、

 

 「…ッ!五十鈴、これだ!」

 

 急に箒が声を上げた。目を背けていた五十鈴が映像に目を向けると、そこには文月の背中から黒と白の翼が生えて空中に浮き上がるという信じられない光景が。そして翼は文月の全身を包み、少しして翼が消えるとそこには改二の姿となった文月が。

 

 「何これ…!?」

 「分からん。私にも何が起きたのか…」

 

 箒も動揺してその光景を見ている。映像のその後は言うまでもなく、改二となった文月が時雨を圧倒して倒す、というもの。そしてもう一つ二人が驚かされたのが、文月優勢になってからだが彼女の容姿が段々と深海棲艦のそれへ変化している様子であった。そして時雨が倒された頃になると体の八割程が深海棲艦へと様変わりしており、海面に倒れ伏す時雨を冷たい目で見下ろした後は救護班に運ばれていく彼女を気にする事もなく演習場を出て行った。その時には容姿は元の改二の姿に戻っていた。

 映像を止め、二人は顔を見合わせる。

 

 「…説明出来る?」

 「無理難題を言うな…私にも分からん。多分神通も同じ反応をするだろうな」

 

 頬杖ついて考え込む箒。あまりにも説明の難しい映像に二人揃って渋い顔。そこへ神通が戻ってきた。

 

 「戻りました、同室の松風ちゃんが偶々起きていたのでお任せしてーーどうかしたのですか?」

 

 神通は渋い顔の二人を見てキョトン。そんな彼女に五十鈴が「これ見れば分かるわよ」と先程の映像を見せた。初めはキョトンとしていた神通も、映像が進むにつれて同じように渋い顔に。

 

 「これは…何と説明すれば良いか。私は勝敗が決した所しか観れていないので実際の映像を観るのは少佐達同様初めてですが…」

 「やっぱり神通も無理よねぇ、これの説明。で、これの後からの文月の容態はどうなの?」

 「別にいつもと変わりなかった。改二になりこそしたが、あれから深海棲艦の姿には一度もなっていない。大本営の明石にも診てもらったが何も分からず、彼女もお手上げ状態だ」

 

 箒は「だが…」と続ける。

 

 「文月の症状について、元帥に思い当たる節があると言っていた。なんでもまだ元帥が中将として艦隊運営していた頃、当時元帥の下にいた艦娘の一人に同じ症状が出たらしい」

 「そうなの?で、その艦娘は?」

 「深海棲艦との戦闘中に発症した為、彼女は自身の最期を悟り敵艦隊に特攻…そのまま生死不明です」

 「そう…あら?神通、その海戦ってもしかして『トラック諸島』で起きたやつ?」

 

 思い当たる節があるのか五十鈴が尋ねると神通も頷く。すると五十鈴は「やっぱり…じゃあ間違いないわね」とボソリ。

 

 「知っているのか?」

 「知っているって言うより、五十鈴も話を聞いただけよ。一年前に艤装限界で退役した五十鈴の姉ーー長良って言うんだけど、長良が元々トラック諸島の鎮守府にいた事があって。その時長良は海域攻略艦隊に編成されて鎮守府を離れてたみたい。で、帰ってきたらそこの提督と空母一人以外全滅してたって…」

 

 話を聴いて箒と神通は顔を見合わせる。五十鈴の情報は確かに定藤が話していた事と一致している。

 

 「その長良という娘と話は…流石に無理か」

 「退役した後の事は五十鈴も分からないわ。連絡も取ってないし、何をしてるかはさっぱり」

 「そうか…何か手掛かりの一つでも手に入るかと思ったが」

 「仕方ありません。地道に見つけるしかないでしょう」

 

 敢え無く振り出しに戻ってしまった。

 

 「で、だ。問題はこれをどう皆に説明するのかという事だ」

 「これを皆に見せるつもり?」

 「見せなくては説明すら出来んからなぁ…私個人の考えとしては秘密にするべきと思うが」

 「どちらにしても話さなくてはなりません。これを理解して貰った上での今後の進退決めですから」

 

 神通の言葉に箒は頭を抱える。会議の後、箒は定藤に呼ばれ今後について話し合っていた。その時、

 

 ・箒及び彼女について行く艦娘は、斎藤達横須賀鎮守府による硫黄島攻略作戦が完了、かつ泊地建設が終了し次第硫黄島へ異動(なお箒が自ら育成した艦娘である文月及び朧はこの括りに入れられる)

 

 ・箒について行かない艦娘に関しては大本営直属部隊として再着任させる

 

 ・他鎮守府へ出向中の艦娘の進退は彼女達の意見及びその鎮守府や泊地の提督の意見を聴いた後判断する

 

 ・今回の件は他鎮守府及び他泊地の提督達へ口外しない

 

 ・今後の他鎮守府及び他泊地との接触や艦娘達の異動は、元帥である定藤か斎藤達大将を通して行う(定藤や斎藤達が箒に直接接触する場合、その逆の場合はこの限りではない)

 

 という事が決められた。他の提督達が箒達へ何かしらの探りを入れないようにする為の措置だが、どこまで効力があるかは実際にやってみないと分からない。箒達の行動や定藤達の手腕次第だ。

 この内容を話すと五十鈴は何とも言えない表情に。

 

 「…分かってはいたけど、だいぶ行動が制限されるわね」

 「あぁ。ただその分私達の要望は叶えられる範囲で叶えるという事だし、運営に関しても今までと同じで問題ないとの事だ」

 

 箒の艦隊運営に関してはたとえ何処へ行こうとも変わる事はない。自分が試してみたい事は積極的に試し、尚且つ艦娘達と友好的に。そして戦果は十二分に挙げる。それを基盤にしており、艦娘達もそれに納得してついてきてくれている。

 だからこそある程度の制限こそあれど、他の鎮守府及び泊地のようにまともに運営が出来るのは箒にとってありがたかった。だがそれよりも先に、まずは泊地の艦娘達に事の仔細を説明しなくては。

 

 「…取り敢えず明日ね。明日これを全部説明して皆の反応を見る…ってところかしら」

 「あぁ。だが納得する娘がどれだけいるやら…」

 「無理に納得させなくてもいいわよ。一応大本営直属って逃げ道もあるんだから」

 「…そうだな」

 

 もう夜も遅いという事で話はそこで切り上げられ、五十鈴と神通はそれぞれの部屋へ戻っていった。一人だけになった執務室で箒はふぅとため息一つ。すると徐ろに立ち上がり執務机に近寄ると、置いてあった円柱ペン立てを引っくり返した。沢山のペンや万年筆に混じって、丸っこい物がコロリ。それを拾い上げ、

 

 「…誰かは知らんが、私の事をこれ以上探るのなら…命を捨てる覚悟をしておけ」

 

 そう呟きそれを親指と人差し指で潰した。粉々になったそれをゴミ箱へ捨てペン立てを元に戻すと、荷物の片付けを始めた。

 

 

 

 

 「あー…大将、やられました」

 「やはり気づかれましたか。まぁ彼女なら当然だね」

 

 時を同じくして、ここは呉鎮守府。箒達と別れ足早に鎮守府に戻った瀬尾は、念のためもう一度盗聴器の設置を試みた。しかし結果はこの通り、速攻で見抜かれ破壊されてしまった。

 

 「一度全部破壊したからまた仕掛ける事は無いだろうと思ってくれてたら良かったんだけどねぇ、ハッハッハ」

 「笑い事じゃないですよ大将…これじゃ我々諜報班の面目丸潰れですよ」

 

 ハッハッハと呑気に笑う瀬尾に、諜報班長の仁科薫(にしなかおる)がヘッドホンを外しながらボヤく。アプリ制作会社出身という異色の経歴を持つ彼女、実はその裏で盗聴マニアという変わり過ぎた趣味を持つが故に、その趣味を瀬尾に見出され鎮守府職員へ転職した。現在彼女は数十人程度の諜報班を統率する班長として瀬尾を支えている。

 

 「まぁまぁ仁科、これも良い刺激になっただろう。我々の諜報力もまだまだレベルアップ出来るんだ、それを知れただけでも収穫さ」

 「他の人が聴いたら今回の失敗をメッチャ誤魔化してるように聞こえる不思議…」

 「仁科っち、それは言いっこなしだよ〜」

 

 仁科の隣に座り同じようにヘッドホンを付けていた北上がケラケラ笑って諭す。そして彼女の後ろには姉妹艦の『大井』が「まったく…」といった表情で瀬尾達を見ている。

 

 「それで提督?彼女をどうするつもりですか?まさか放っておくつもりは無いですよね?」

 「そんな事はしないよ、大井。既に斎藤や中川、薙と相談して今後は決めてる。浦風」

 

 扉へ声を掛けると、扉の近くの壁に寄り掛かっていた浦風がテコテコ寄ってきた。

 

 「うちの出番じゃね」

 「近い内に浦風を篠ノ之少佐の所へ戻す。今後の諜報は浦風に頼む事にしたよ。勿論斎藤達の所からも同じ任務を受けた艦娘達が合流するから、彼女達と協力してね」

 「任しとき!」

 

 胸を叩いてふんぞり返る浦風に「油断しちゃ駄目よ?」と声を掛ける大井はやや心配そうだ。

 元々浦風がいた宿毛湾泊地は、箒が来る半年前に前々任の提督が経費の横領や虚偽報告、高速建造剤や修復剤の闇取引が発覚して更迭され、新しい提督が着任するまでの間亜道が仮着任していた。この亜道という男は提督達の中では評判が悪く、とにかく何の考えも無しに艦娘達を運用し轟沈させ続けてきたらしい。そのせいで着任から僅か数ヶ月で提督の座を追われ大本営で飼い殺し状態にされていた。

 前々任の更迭により人員不足の影響もあって已む無く宿毛湾泊地に仮着任されたが変わらず評判は悪く、今回箒が着任した事で亜道は瀬尾の管理下に置かれる事に。本人は栄転だ何だと喜んでいたが、実際はただの厄介払いな事に気付くのはそう遅くなかった。

 現在こそ窓際業務で大人しくしているものの、また次に何をしでかすか分かったものではなく、監視を付けて動向を見張らせている状況。

 

 (あいつが消えて宿毛湾も良くなるかと思ってたら、まさかの今回の出来事なのよね…)

 

 今回箒が育てた艦娘に深海棲艦化の兆候が現れた事で、宿毛湾泊地にいる艦娘達は他の提督達から軒並み危険視され始めた。当然出向中の身である浦風も例外ではなく、職員達からは心配の声が上がっている。そんな大変な時に今回の諜報任務。浦風からすれば気持ちは複雑だろう。

 

 「大丈夫ですよ、大井」

 

 そんな彼女の心情を察してか、瀬尾が声を掛ける。

 

 「篠ノ之少佐は艦娘の事を大事にする娘です。たとえどんな罵詈雑言が降り掛かろうと彼女は艦娘達を決して見捨てはしない。何なら自らが盾となって艦娘達を守ろうとする…そういう娘です」

 「それが上っ面だけでなければ良いんですがね」

 「なに、貴女もいずれ分かりますよ。彼女がどんな人物なのかが」

 

 気さくに笑う瀬尾に対して大井はまだ半信半疑の様子。まぁ北上と違いまだ箒と会った事も見た事もないのだから仕方ない。

 

 「気になるのなら大井、近い内に彼女に演習でも挑みますか?それなら彼女の人となりが分かるでしょう」

 「良いですけど…北上さんとセットでお願いしますよ?」

 「えぇ、勿論」

 「も〜、大井っちは心配性だな~。ま、気持ちは分からないでもないけどさ」

 

 北上がケラケラ笑って言うが、こういう彼女もまだ箒に対して半信半疑気味である事は瀬尾も気づいていた。がしかし口には出さない。と、何処からか通知音が鳴る。

 

 「おっと、私だ。では引き続き頼んだよ、仁科」

 

 そう言い瀬尾は足早に部屋を出ていく。そして届いたメールを開いて確認すると、送り主は大湊警備府から。内容は『警備府に出向している宿毛湾泊地の艦娘について』。中身を読むと、どうやら宿毛湾に戻すかこのまま大湊で運用するか決めかねており、瀬尾の意見を聴きたいとの事だった。取り敢えず適当に自分の意見を打って返信しスマホをポケットにしまい一息つく…

 

 「…貴様がここのトップか」

 

 濃密な殺気と共に背後から聴こえてきた声。思わず瀬尾はホルスターの拳銃を抜き背後へ構える。が、誰もいない。空耳かと辺りを見回していると、

 

 「探したとて無駄だ…貴様如きに私は見つけられない。命が惜しければ抵抗しない事だ」

 

 再び声が響く。瀬尾はまた拳銃を自身の背後へ構え…そして気づいた。抜いた拳銃がいつの間にか持ち手部分を残して綺麗にスライスされている事に。スライスされた拳銃がカランカランと音を立てて床に落ちる。

 

 「銃が…!」

 「抵抗するなと言った筈だが?貴様の耳は飾り物とでも言いたいのか?」

 

 その声と同時に全身に刃物の如き殺気が刺さる。瀬尾の全身から冷や汗が吹き出す。顔は蒼白し、呼吸が荒くなる。体の震えが止まらず、その場から一歩たりとも動けない。声の主はそんな瀬尾を気にする素振りもなく言葉を続ける。

 

 「まぁ抵抗したとてどうにかなる程の腕前もなし。王妃様どころか、私の足元にも及ばぬ。所詮は人間、何か誰かの助け無くば何も出来ぬ輩ばかりよ」

 「…王妃様というのは、誰の事かな?」

 

 冷や汗を流し唇を震わせながら聴く。

 

 「分かっていてなお聴くのか?おかしな輩よ…まぁ良い。今の私は貴様等の悪足掻きのせいで機嫌が悪い…が、王妃様の命とあらば貴様等を滅す事も出来ぬ。良かったな、儚き命が繋がって。王妃様の恩情に感謝するが良いぞ」

 「恩情だって?…冗談キツイな」

 「けして冗談ではない。何なら私より王妃様の方が余程お怒りだ。この世から貴様等を消してしまいたい程にな。だがしかし貴様のような弱者に王妃様は価値を見出しておる。故に貴様に手を出さぬ。私にはその意味が分からぬがな」

 

 声の主は続ける。

 

 「さて、私がここに来た理由はもう理解しているだろう…これ以上王妃様の周りを嗅ぎ回るな。もし懲りずに同じ蛮行をするのなら…貴様だけではない、貴様の部下達や家族にも危害が行くと思え」

 

 その声を最後に気配は消えた。圧迫されたような空気は消え去り、元の静かな廊下になる。蒼白した表情のまま瀬尾は壁に凭れ掛かり、乾いた笑いをこぼす。

 

 「『知らぬが仏』とはよく言ったものだけど…まさにこれだね。全く…元帥は本当に恐ろしい人を引き入れたようだ」

 

 弱々しく声を絞り出す。この日、瀬尾は仁科達諜報班に箒の諜報行為を止めるよう改めて厳命した。

 

 



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上手く、旨く

 

 大本営から帰還して一夜明けた。三日間の日程で何やかやあって酷く疲れていた箒は今日に限って珍しく寝坊してしまい、日課の竹刀の素振りをサボる羽目に。急いで厨房に駆け込み皆の朝食の準備を始めたが、その表情は普段よりも暗い。その理由は

 

 「んしょ、んしょ…」

 

 今目の前で籠山盛りのカット野菜を運んでいる文月の事だ。

 

 大本営で起きた文月の深海棲艦化問題。これを受けて定藤は箒や彼女に従う艦娘達を新しく造った鎮守府へ異動させる事に決まった。その事を今日、箒は朝食の後に他の艦娘達に伝えなければならない。箒としては自分について来る来ないは別にどうなろうと構わないのだが、問題は説明の際に見せる映像だ。これには本来なら艦娘達に見せるべきではない情報が入っている。これを見せた事で文月を悪く言う娘が出てこようものなら…そう考えると憂鬱だった。特に文月の姉妹である三日月や文月と一番仲の良い松風や雲龍あたりがどういった反応をするのかが気掛かりでもあった。

 

 「しれーかん、次は何する〜?」

 

 当事者の文月はあまりその辺を気にしてないのか、軍服の袖をクイクイ引きながら聞いてくる。

 

 「ん、ありがとう。次は冷蔵庫から肉とお味噌を出してきてくれ」

 「はぁい」

 

 お手伝いする文月の頭を撫でながら次の指示を出す。小さな体で厨房をセカセカ動き回り食材を揃えている文月を見て多少ながら笑顔を取り戻す箒だったが、この後の事が頭に浮かぶとまた憂鬱な表情になる。

 

 「ちょっと!貴女がそんなに気落ちしてたら美味しい朝食が作れないでしょ!」

 

 その声と同時に尻を思い切り蹴られてしまった。痛みに悶絶しながら振り向くと、エプロン姿の五十鈴がお玉片手に立っている。

 

 「気持ちは分かるけど、今は美味しい朝食作りが先決でしょ?今だけは考えないでいましょ、ね?」

 「あぁ…お前のポジティブ思考は是非とも見習いたいな」

 「何言ってるのよ、五十鈴だって今凄い憂鬱なのよ?それを必死になって我慢してるんだから…貴女がしっかりしてくれないと困るわよ、文月を見習って欲しいくらいだわ」

 

 文月を指さしながら言う五十鈴。(文月は事の重要性を分かってないだけでは…)と思ったがそれは口には出さない事にする。

 

 「それで、今日はこの後どうする予定?」

 「朝食の後、会議室に皆を集めて例の映像を観てもらう。今回の会議で起こった事を先に皆に説明して理解してもらった上でな。今後の進退については三週間の猶予を頂いてるから、その間に決めてもらう」

 「そう。ちなみに五十鈴はもう決めてるわよ。私は貴女について行くわ」

 

 箒は驚いた表情で五十鈴を見る。

 

 「…何よ、そんなにビックリする事?」

 「いや…個人的にお前が一番私の元を離れそうだったからな、予想外でビックリしたんだ」

 「あらそう?でも残念だったわね、もう決めたの。あいつーー亜道から助けてもらった恩があるし…それに貴女、五十鈴がしっかり見張ってないと何かやらかしそうでヒヤヒヤするのよ」

 

 よく分かってるなぁ…なんて事を考えながら「そうか」とだけ返事し朝食作りを進める。厨房には山盛り野菜と山盛り肉がズラリ。グリル内からは魚の焼ける香ばしい匂いが漏れ鼻腔をくすぐる。

 

 「今日は何を作るのよ」

 「アジの干物を焼いたのとお浸し、それにサラダと豚汁だな。五十鈴、寸胴鍋に油を入れて火にかけてくれ」

 

 コンロに寸胴鍋を置いて油を投入、火にかけて暫し待つ。そして一口大に切った豚肉を入れて炒め、そこへ大きめに切ったキャベツや大根、人参に白葱等の野菜を入れて更に炒める。火が通れば出汁と調味料をインして味噌を溶き入れる。味噌の香りが厨房を覆う。

 

 「良い香りね。肉入りの味噌汁なんて豪勢じゃない」

 「だろう?あ、文月。そこに置いてる調味料を小瓶に入れて蓋したら思い切り振ってくれ。分量はメモを一緒に置いてるからそれを見てな」

 「はぁい。これで何作るのぉ?」

 「サラダのドレッシングだ。振れば振る程美味しくなるからな、しっかり振ってくれよ。蓋はキチンと閉めて振るように、中身が飛び出て汚れるからな」

 

 分量通りに調味料を小瓶に入れ、シャカシャカ振る。全身を使って小瓶を振る文月にほっこりする二人。

 

 「くぁぁ…おはよーさん」

 

 と、食堂へノソノソと入ってきたのは隼鷹だ。寝起きなのかボンヤリしており、目の焦点が合ってないらしく忙しなく動いていた。いつもの制服をキチンと着こなしていると思ったら、よく見ると寝惚けた状態で着替えたのかボタンを掛け違えて一段ズレている。

 

 「おはよう隼鷹。ちょっとこっち来い」

 「んー…何さぁ?」

 

 箒に手招きされノコノコ近寄ってくる隼鷹を見て、五十鈴は何か察したのか文月を連れて距離を取っている。近づくや否や、箒が寝ぼけ眼の隼鷹の顔を鷲掴む。

 

 「ほべっ!?」

 「…五十鈴から聴いたぞ。貴様、酔っ払った状態で料理したそうだな…」

 

 心臓を射抜かんばかりに鋭くドス黒い視線と絶対零度の如く冷え切った言。瞬時に隼鷹の表情は青褪め、眠気が一気に覚めていく。

 

 「以前私はお前がいる場で言ったよな?食べ物を粗末に扱う者は大嫌いだと…その言をよもや忘れた訳ではないよな…?」

 「ひ…!?ちょ、待って、言い訳をーー」

 「いや、覚えていればあんなしょうもない事はしないか…そうだったな。さて隼鷹…お前には二つの選択肢がある。暫く私考案の地獄トレーニングを行うか…それとも今この場で私から制裁を受けるか…さぁ選べ」

 

 隼鷹は顔を鷲掴みにされた状態でガクガク震えている。と、

 

 「こーら、今はそれよりも朝食が優先的でしょ。隼鷹を張り倒すのは後でやりなさいな」

 

 五十鈴が仲裁に入って二人を諌めると箒は隼鷹の顔を掴む手を離した。「張り倒すのは確定なのかよぉ!?」と何やら隼鷹が叫んているが無視して豚汁の味見。タイミングを同じくしてグリル用で使っていたタイマーの音が鳴る。

 

 「よし、干物も焼けたな。五十鈴、グリル内の干物を全部取り出したら骨を外してほぐして小鉢に移してくれ。火傷に気を付けるようにな…文月、もうドレッシングは振らなくて良いぞ、もう出来上がってる。私がサラダを盛り付けるからその上にそのドレッシングを少しかけてほしい」

 

 箒が手際よくサラダを盛り付けるところに文月がドレッシングをかけていく。単純な野菜サラダだが、これだけでも旨い。五十鈴は干物を手際よくほぐしていく。時折「あちち」なんて言ってるので熱さを我慢しながらの作業のようだ。無理に熱々の内にやらなくても良いのだが…

 

 「おはよぉごじゃい、まぁ〜す…」

 

 今度は隼鷹よりも更に寝惚けた声が。厨房から見てみると入ってきたのは瑞鳳だった。隼鷹と違い制服こそキチンと着れているが、朝の手入れを忘れたのかセミロングの茶髪は酷くボサボサ。寝相が悪かったせいか所々縮れている。

 

 「おはよう瑞鳳…なんだ、折角の綺麗な髪が目茶苦茶ではないか。梳いてやるからちょっとこっち来い」

 「ふぁ〜い…」

 

 サラダの盛り付けを終えた箒がまだ寝惚けている瑞鳳を食堂の椅子に座らせ、ポケットから櫛を取り出して髪を梳く。だが髪がガチガチに固まっているようで上手く髪を梳かせない。

 

 「これはまたガチガチな…無理に梳かせば髪を痛めてしまうなぁ。えーと、ヘアウォーターヘアウォーター…」

 

 箒はクラックを漁ると、自分が愛用しているヘアウォーターを取り出す。そして「ちょっと冷たいぞ」と声を掛けながらヘアウォーターを吹き掛けた。そして吹き掛けた箇所をもう一度櫛で梳かす。今度はちゃんと髪が梳け、あっという間に元のサラサラヘアに。

 

 「わぁ…提督、ありがとうございます!」

 「あぁ、満足してくれたようで良かった。お礼は卵焼きでな」

 「はぁい!瑞鳳の卵焼き、いっぱい食べて下さいね!」

 

 言うが早いか瑞鳳は冷蔵庫から卵を出すと手際よく卵焼きを作り始めた。コンロに並べた二つの卵焼き専用フライパンを操り、二種類の卵焼きを焼いている。

 

 「右が駆逐艦用の甘い卵焼き、左が紅生姜入りの大人用卵焼きです!提督、味見すりゅ?」

 

 卵焼き作りを観察していると、瑞鳳がそう言って出来上がった卵焼きを丁度いいサイズに切り分け、小皿に乗せて差し出してきた。お言葉に甘えて味見。噛み締める程に溢れ出る甘みが心地よい卵焼きと、紅生姜の風味が卵を引き立てている卵焼き。どちらも美味しく焼き上がっている。

 

 「うん、旨い。卵焼きだけなら一人前だな」

 「ちょっとぉ、だけって何ですかだけってぇ!瑞鳳だってやれば他の料理だってーー」

 「何言ってんのよ瑞鳳。貴女この三日間朝昼晩ずっと卵焼きしか作ってないじゃない、それで一人前は名乗れないわよ?」

 「ちょ、言わないでよぉ!ていうか五十鈴ちゃんだって目玉焼きくらいしか作れないじゃない!」

 「こら、それは言わない約束でしょ!?」

 

 わちゃわちゃ言い合いを始める五十鈴と瑞鳳。どっちもどっちと箒達がワハハと笑っているその間に、料理のいい匂いにつられてか他の艦娘達もゾロゾロ集まってきた。

 

 「集まってきたな。皆、ちょうど料理が出来た所だ。配膳を手伝ってくれ」

 

 箒の指示に応じ艦娘達が料理を手際よく配膳していく。言い合いしていた二人もそれを見てか気まずそうに配膳を手伝う。その光景を観察しながら箒は一人ごちる。

 

 (…一体何人が私に付いて来てくれるだろうか。あの映像を見て、皆文月を軽蔑したりしないだろうか…)

 

 心配の種は多い。着任してまだ一ヶ月と経っていないにも拘らず異動辞令が出た事もそうだが、何より文月の事だ。箒としてはこれからも文月含め宿毛湾泊地の艦娘達とは良好な関係を続けていきたいと考えているが、それが叶うだろうか。ましてあの映像を見せて、他の艦娘達が一体どんな反応を見せるのか…

 

 「司令官。何か考え事かい?」

 

 響の声に思考の海から引き戻される。制服の袖を引っ張りながら心配そうに聞いてくる彼女に、まだここで話すべきではないと「まぁ少しな」と曖昧な返事を返し、箒は食卓に目を向ける。

 

 「ん?文月と松風がいないが…」

 「司令官が考え事してる間に雲龍さんを呼びに出ていったよ。多分もう少ししたら戻って来るんじゃないかな」

 

 響が食堂の出入り口を指差して言う。よくよく見れば少し考え事してる間に配膳も終わってしまっていた。

 

 「そうか…皆、文月達が雲龍を連れて来るまで座って待っていて欲しい。隼鷹、別で取り分けておくからお前は卓袱台で食え」

 「なんで!?」

 「酔っ払って料理して食材をダメにした罰だ。お前は今日から三日間三食全て卓袱台食い、お代わりもなし、酒も飲ませない」

 「そ、そんな…!勘弁してよぉ!」

 「一週間飯と酒抜き、それとどっちが良い?」

 「…大人しく卓袱台で食べます」

 

 箒の作る美味しい料理のお代わり禁止もそうだが何より大好きな酒を三日も禁止にされこの世の終わりのような表情で崩れ落ちた隼鷹をスルーし、箒は今日の朝食の説明を皆にする。

 

 「メニューは豚汁、お浸し、アジの干物、サラダ、それと瑞鳳作の卵焼き。アジは骨を取ってほぐしておいたが小骨が残っているかもしれんから気を付けて食べるよう」

 

 良い香りを漂わせる料理を前に説明する箒だが、艦娘達は早く食べたいのか話を聴いておらず目の前の料理に目が釘付け。これには箒も思わずため息が零れる。

 

 「今文月と松風が雲龍を食堂へエスコートしているから、三人が来るまで大人しく待て。そこ、つまみ食いするなよ」

 

 箒の忠告にこっそり料理に手を伸ばしていた阿武隈と朧がギクッ。慌てて手を引っ込めた。

 

 「は〜い、雲龍お姉ちゃんが通りま〜す」

 「雲龍さん、そこ段差あるから気を付けてね」

 「えぇ…あら、良い香り…」

 

 雲龍を迎えに行っていた文月と松風もちょうど彼女を連れて戻ってきた。二人の誘導で雲龍も椅子に座り、その両隣に二人が座る。それを確認し、箒が話し出す。

 

 「皆おはよう。私達が留守にしている間に主に料理関連で色々あったようだが、まぁ深くは追求しない事にする。慣れない事だらけで失敗するのは誰もがそうだからな。そこで正座している奴は別だが」

 

 卓袱台の前で正座する隼鷹を指差しながら言う。罰が悪そうに縮こまっている隼鷹は全員の視線を受けて針の筵。益々小さくなってしまった。続けて目をいつもより鋭くして言う。

 

 「はっきり言うと、私はこいつのように料理や食材を粗末にする奴は大嫌いだ。それを知っていたにも拘らずこいつは私の留守中にやらかした。その結果がこれだ。皆もこうならんように気を付けるようこの場で言っておく」

 『ハイ』

 

 隼鷹以外の全員が無機質な返事をする。

 

 「それで良い…では連絡事項が一つ。朝食を食べ終えて身支度が終わり次第、皆は会議室に集合してほしい。今が0730だから遅くとも0900。皿洗いは今日は私が済ませるから、朝食が終わり次第会議室に集合。分かったか?」

 『ハイ』

 「よし。では冷める前にさっさと食べてしまおうか…皆手を合わせて」

 

 箒の真似して皆が手を合わせる。

 

 「頂きます」

 『頂きます!』

 

 箒の食前挨拶に続けて皆も食前挨拶をし食べ始める。ただいつもと違い全員が喋りもせず静かに朝食を取っている。先程の箒のドスの効いた言が尾を引いているのだろうか。それはそれで寂しく感じる。

 

 「…別に食事中に喋るなとは言ってないのだがなぁ」

 

 豚汁を啜りながら小さくボヤく。ふと対面をチラッと見ると、文月と松風が交互に雲龍に『あーん』している。食べさせてもらう度に雲龍の表情は僅かながら笑顔が見える。

 

 「旨いか、雲龍?」

 「はい…こんな物を、私みたいな役立たずの為に…ありがとうございます」

 

 そんな事を言う彼女に箒はため息一つ。

 

 「…雲龍。私は役立たずだ何だとお前達を差別するつもりはない…私がいる限り、私に付いて来てくれる娘達は皆大事な仲間だ。戦えないからと言って自分を卑下するのは止めてほしい」

 「ですが…」

 「ですがも春日もない。戦えないのなら戦えないなりに出来る事は必ずある。たとえ非戦闘員とて、暇を持て余させるつもりはない。人も物も艦娘も使いようだ。下手に使えばすぐ駄目になるし上手に使えば頼もしい戦力となり得る。お前達を上手に使い熟す事こそが…私のこれからの仕事だ」

 「提督…」

 

 言葉は悪いが心強い箒の決意に雲龍も思わず笑顔に。

 

 「雲龍。お前は私が来るまでの間に、どんな本を読んだ?聞けば戦線を退いた後、長きに渡り資料室にこもり資料を読み漁っていたという事らしいが」

 「…主に戦術書でしょうか。あとは深海棲艦の生態に関する資料や日本近海の地理の本…他は様々です」

 

 箒はそれを聞き少し考え事を始めたが、すぐにニヤリと笑った。

 

 「ふむ、悪くない。戦術書ならば今後の戦いに間違いなく役立つし、地理が分かれば打つべき戦術が幅広くなる。雲龍、お前がこれまで得た知識、存分に私の下で発揮してもらうぞ」

 「…はい」

 

 頷く雲龍は無表情ながら少しニヤケが垣間見えた。

 

 「雲龍以外の皆も同じだ。私はお前達全員をむざむざ飼い殺すつもりも無ければ、無駄死にさせるつもりも毛頭無い。全員で勝利し、そして全員が生きて帰る。それが私の…提督としての向かうべき道だ」

 

 食堂全体を見回してそう高らかに宣言する箒。艦娘達は食事の手を止め箒の言に耳を傾けている。

 

 「…まぁこの後見せる映像で、私について来るか否かは変わるだろうが」

 

 最後にボソッと呟いたのを神通と五十鈴は聞き逃さなかった。

 

 「さ、飯の続きだ。旨い飯は温かいうちに食べるのが一番という物だぞ」

 

 そう言い食事の続きを促すと、艦娘達は食事を再開した。さっきとはうって変わって会話をしながらの食事。ワイワイ騒ぐ艦娘達の声が食堂を覆う。

 

 (うむ。やはり食事というのはこうでなければな)

 

 そんな光景に顔を綻ばせながら、箒もまた食事を再開した。ただ表面上笑顔の箒だが、この後見せる映像の事を考えると何とも憂鬱になる。最悪の結果にならなければ良いが…。

 

 

 

 

 

 「…事実なのか?」

 

 場所を変えて、ここは何処かの廃病院。長い年月で荒廃したエントランスのソファに座り会話する男が二人。一方は黒の上下スーツに白衣と丸眼鏡。もう一方はアロハシャツジーパンにサングラス。

 

 「事実さ。確かな情報筋からのタレコミだからな。あれは間違いなく、艦娘が深海棲艦に変わる光景だったと」

 「そうか。やはり艦娘は深海棲艦に変貌するのか…」

 「以前からお前が懸念していた通りみたいだな。この様子だと逆も然りなのかもな」

 「あぁ…是非とも見てみたいな、その艦娘を」

 「あぁ、近々叶うかもな。どうやらその艦娘を連れた提督が、近い内に引っ越しするらしい」

 「引っ越し?何処にだ。新しい鎮守府や泊地を置く場所はもう残ってない筈だが」

 

 白衣の男が尋ねると、サングラスの男はアロハシャツの胸ポケットから小さく折り畳んだ紙を渡してきた。紙を広げて中を読むと、

 

 「ほう。あそこへ飛ばすのか」

 「近く斎藤の奴からお前に声が掛かるだろうよ。それまでに準備しとけ」

 「あい分かった。だが良いのか?お前はともかく私は部外者だぞ」

 「今更だろ。あぁそれと…できる限りお前の目的を向こうの提督に悟られないように動けってさ」

 「それは分かっているが…そんなに気を付けるべきなのか、その新任の女提督とやらは」

 「らしい。瀬尾曰く『無情報』だとよ」

 

 その言葉に白衣の男の表情が変わる。

 

 「あの瀬尾が情報収集失敗だと…?珍しい事もあるな」

 「まぁこれから探れば良いさ。ちなみにこっちもあきつ丸を派遣する予定だ」

 「そうか、あきつ丸なら大丈夫だろう。彼女は口が固い」

 「あとまるゆも送る。人員は多い方が良い」

 「まるゆかぁ…大丈夫なのか?」

 「いざとなればあきつ丸がフォローに回るさ。ま、気長に待っててくれよ」

 

 男二人の密談はその後も続いた。

 

 



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牙也ノ章 純黒を照らす純白
新たな出会い


 第一話、こちらは牙也視点より。



 「ほいさ」

 

 バシャリ、という水飛沫と共に、海上に開かれたクラックから青年が現れた。漆黒の袴に紫の軽装の鎧に身を包むこの青年こそ、かの『篠ノ之牙也』である。

 

 「さて、どんな世界なのか楽しみだな、なぁ箒ーー箒?」

 

 言いながら振り向くも、牙也の周りには誰一人としていない。さっきまで開いていたクラックも、既に閉じてしまっていた。

 

 「あれぇ?おっかしいな、一緒にクラックに入った筈なのに……もしかして分断されたか?」

 

 少し考えて、牙也はその結論に達した。そして牙也は少し神経を集中させる。が、すぐに集中を切った。

 

 「駄目だ、念話が通じやしない。箒は別世界に飛ばされたか、それともこの世界のだいぶ距離のある場所に降りたか、だな」

 

 牙也は機嫌悪く頭を掻く。普段から共に行動する相棒であり、なおかつ大事な妻でもある箒がいない事に、牙也はやや不安を覚えた。

 

 「悩んでても仕方ない、とにかく陸地を目指すか。陸地の場所さえ分かれば、その後の動きも考えやすい」

 

 牙也はそう決めて海に右手をつけ、波紋を起こす。と、その波紋は通常とは比べ物にならないくらいの速度で広がっていった。そして牙也は再び神経を集中させる。

 

 「……ん?僅かだが、何か反応が返ってきた。これは、人か?海上に人……もしかして『あれ』か?」

 

 思い当たる可能性を見出だした牙也は、急ぎその反応があった方向へ向け海面を走り出した。

 

 

 

 

 

 

 かつては専用の装備が無ければ走れなかった海上を、まるでそこが陸地であるかのように走る牙也。そうして走る事数分、牙也の視界に何かが見えてきた。

 

 「!やっぱり『艦娘』だ。て事はここはあいつのーーいや、そうとは限らないか」

 

 牙也の前には、艦娘と思われる女性達が見えていた。見ると、巨大な尻尾型の艤装をつけ、体をフード付きコートが覆う何かと戦っているようだ。戦っているのは二人。一人は戦艦と思われる巨大な艤装、もう一人は板のような物がついた艤装を身に付けていた。空母だろうか。

 

 「俺も見た事ない艦娘と深海棲艦だな……ん?」

 

 見ると深海棲艦と戦う二人の艦娘の後方には、また別の艦娘が四人いた。背丈と艤装から察するに、駆逐艦と思われるのが二人、軽巡洋艦と思われるのが一人、空母と思われるのが一人だ。見ると駆逐艦と軽巡洋艦は大破しているのか艤装も服もボロボロだ。しかも駆逐艦の二人は気を失っているのか、空母の艦娘に抱きかかえられている状態だ。

 

 「ちっ、艦娘の方が劣勢か。これは加勢しないとな」

 

 牙也は彼女達が戦っている場所まで一気に走り寄り、

 

 「そおいっ!」

 

 そして深海棲艦を力一杯殴り飛ばした。深海棲艦は「ブゲッ!?」と変な声をあげて海面を派手に転がっていく。がしかしなんとか態勢を立て直して海面に着地した。

 

 「……随分楽しそうじゃないか。次は俺が相手だ」

 

 牙也は背中に背負った薙刀『紫炎』を抜くと、その切っ先を深海棲艦に向けて構えた。

 

 「オ前、誰ダ?……マァナンデモ良イヤ、楽シメレバネ!」

 

 その深海棲艦は狂喜して牙也に向かってきた。しかし牙也の表情に恐れはない。

 

 「……フッ!」

 

 襲い掛かってきた深海棲艦の顔面を鷲掴みにすると、海面に叩きつけた。そしてその頭を思い切り踏みつける。

 

 「ボゲラッ!?」

 

 また変な声をあげて悶絶する深海棲艦を鷲掴みして引き起こすと、

 

 「そおいっ!」

 「ビャアアアアアアア!?」

 

 牙也は掴んだそれを後方へ思い切り放り投げた。深海棲艦は奇怪な断末魔をあげてはるか彼方へ飛んでいく。それを見やり、牙也は「ふう」と息をはいて紫炎を背中に背負い直す。そして蚊帳の外状態だった二人の艦娘に近寄った。見ると二人の艦娘はどちらも顔や髪が日本人のそれではなかった。別の国の艦娘のようだ。

 

 「あー……Are you all right?……で良いのかな……?」

 「えっと……No problem。ところで貴方は誰?」

 

 空母と思われる艦娘にそう聞かれ、牙也は少し考えた。英語は通じるから、恐らくアメリカの艦娘だろうと考えはしたが、実は牙也は英語が苦手なのだ。どう表現したものか、と思案していたのだ。

 

 「んー……異形……あー、Variant、かな?」

 

 牙也はたどたどしい英語でそう答えるしかなかった。

 

 「Variant?……デモ、あれの仲間って訳じゃないわよね……?」

 「さっき盛大に放り投げたし……違うと思うわよ?」

 (危ねぇ、加勢してなかったら同類認定されてたのか)

 

 思わぬ事に冷や汗を流す牙也。

 

 「あー……まぁとにかくThanks、助かったわ。あぁ、MeはIowa Class戦艦一番艦の『Iowa』ヨ、よろしく」

 「Essex Class航空母艦五番艦『Intrepid』よ、よろしくね」

 「……牙也だ、篠ノ之牙也。よろしく。ところであっちは大丈夫なのか?」

 

 牙也はそう言って三人から少し離れた所にいる駆逐艦達を指差す。

 

 「いけない!早く鎮守府に連れて帰らなきゃいけないんだったわ!ピッド、鎮守府に連絡を入れて!」

 「OK!」

 

 二人は鎮守府に戻る為急いでそれぞれやるべき事を行動に移す。牙也もまた駆逐艦達を心配してか、四人の状態を確認に近寄っていく。と、軽巡洋艦と思われる艦娘がボロボロの艤装を構えてきた。どうやら敵と思われたようだ。

 

 「Hey、アトランタ!その人はEnemyじゃないわ!Me達を助けてくれたのよ!」

 「ふーん、この人が……へぇ……」

 

 アトランタと呼ばれたその艦娘は、牙也をジロジロと観察する。隣にいた空母の艦娘も、つられて牙也を観察していた。

 

 「ホーネット、どう思う?」

 「うーん……なんか胡散臭いけど、アイオワ達を助けてくれたのは事実みたいだし……信じても良いんじゃないかしら」

 (胡散臭いて……いやそうかもしれないけど)

 

 箒が聴いたら容赦なく袋叩きにしそうな言葉に頭を抱えながらも、牙也はこの二人がひとまず無事である事を確認した。

 

 「悪かったな、胡散臭くて。それよりちょっと見させてもらうぞ、そこの二人を」

 

 牙也はそう言って、ホーネットと呼ばれた空母が抱きかかえている駆逐艦達に軽く触れた。

 

 「何をするつもり?」

 「悪いようにはしない、まぁ見てろ」

 

 ホーネットが怪しむのを受け流し、牙也は触れた状態から印を結んだ。と、その二人が淡い光に包まれていく。数秒の輝きの後、牙也が触れるのを止めると、二人の傷は多少だが塞がっていた。

 

 「気休め程度の治癒法だ。後はドックでしっかり休ませれば大丈夫だろ。お前等にもこの法かけておくか」

 「いらないよ、この程度なら……」

 「アホ。分かってんだぞ、左足庇ってんの」

 「う……」

 

 牙也に指摘され、アトランタは口ごもる。「やれやれ」と呆れながらも牙也は先程の治癒法をアトランタとホーネットにかけてあげた。二人の傷も、ある程度塞がっていく。

 

 「……Thank you」

 「You're welcome」

 「それにしても、本当にYouは何者なの?」

 「言ったろ、異形ーーVariantだって。さて、後は援軍を待つばかりか」

 「Hey、皆!鎮守府と連絡が取れたわ、後少しで到着するって!」

 

 そこへ鎮守府に連絡を入れていたイントレピッドが駆けてきた。安全を確保出来そうなのか、その表情は安堵が見てとれる。

 

 「そいつは良かった、後は合流するだけdーー危ねぇっ!!」

 「ひゃっ!?」

 

 突如牙也は左手から蔦を伸ばして駆けてきたイントレピッドを引き寄せた。そして彼女を守るように抱き締め、自らはその体で盾となる。と、さっきまでイントレピッドがいた場所が大爆発を起こした。大きな爆風が牙也達を襲う。アイオワは自身の艤装で、駆逐艦達はアトランタとホーネットが盾となって爆風に耐えきった。

 

 「アハハ……逃ガサナイヨォ……ソコノ人間……!」

 

 その声に牙也達が爆風の起こった方向を見ると、さっき牙也が放り投げたあの深海棲艦が尻尾の艤装を向けて立っていた。

 

 「What!?あのレ級、もう戻ってきたの!?」

 「ちっ!アイオワ、イントレピッド!あの四人連れて急いでここを離れろ!奴は俺が引き受ける!」

 「それは構わないけど……You一人で大丈夫?」

 「あいつの狙いは今、お前等から俺に変わってる。俺が相手しておけば、お前等が逃げる事も容易いだろ。心配すんな、ここでくたばる気は毛頭ないからな」

 「OK、分かったわ……ピッド、早くしなさい!」

 「……」ポー

 「早く戻ってこい!」ビシッ

 「Ouch!」

 

 牙也の腕の中でトリップ状態だったイントレピッドは、牙也のデコピンで我に返った。

 

 「ほへ?えっと、私……」

 「駄目だ、聞いてなかったよこいつ……アイオワ、パス!」

 「Thank You!皆、急いでここを離れるわよ!Meについて来て!」

 

 牙也はイントレピッドを蔦を使ってアイオワに引き渡した。彼女を受け取り、アイオワが先頭となって六人はその場を撤退していく。それを見送り、牙也はアイオワが『レ級』と言っていた深海棲艦を見据える。

 

 「アハハ!アタシヲ放リ投ゲルナンテ、凄イネェ!デモ、オ前ジャアタシニハ勝テナイヨ!」

 

 レ級は魚雷を投げ、砲を撃ちまくりながら牙也に突進してきた。更に艦載機を飛ばし、牙也を完全に包囲した。そしてレ級の合図で艦載機が一斉に魚雷や爆弾を落として攻撃してきた。砲弾や魚雷、爆弾が次々と牙也目掛けて着弾する。あまりの攻撃の激しさに、その場は濃い爆風で覆い尽くされた。そして全ての砲弾や魚雷、爆弾が着弾したところで、レ級は一気に距離を詰めて爆風の晴れぬ中、牙也に襲い掛かった。

 

 

 

 

 「ほざけ。勝てないのはお前だ……」

 

 

 

 

 レ級が飛び掛かった爆風の中に既に牙也はおらず、レ級の突撃は不発となった。そして声がしたと思うと、

 

 「アレ?」

 

 レ級の尻尾の艤装が本体と分断され、海面にバシャリと音を立てて落ちる。切り落とされた部分からは、真っ黒い血がボタボタと流れ出てきた。何が起こったのか分からぬまま、レ級は海面に倒れ伏した。倒れる瞬間、レ級は自身の後方に目をやる。そこには、二本の撃剣を握った無傷状態の牙也の姿があった。牙也は撃剣に付いた血を払い、それをクラック内にしまう。

 

 「……お前が俺と対等になる事は、ない。尻尾巻いて、さっさと逃げる事だな」

 

 牙也はそう言うと、レ級に止めを刺す事なくアイオワ達を追い掛けていった。

 

 

 

 

 

 

 「……」

 

 海面に倒れたまま、レ級は考えていた。

 

 (……強カッタ、アイツ)

 

 今まで自分を相手に単騎で戦える者などいなかった。いたとすればせいぜい、深海棲艦の姫級や鬼級くらいだった。自分相手に勝てる奴など存在しないーー今までは、そう思っていた。しかしその考えは、たった一人の人間によって容易く打ち砕かれた。しかも少しのダメージも与えられぬまま敗北したばかりか、情けでもかけられたのか止めを刺される事もなくその場に放置された。

 

 (……悔シイ)

 

 レ級は思った。悔しい、悲しい、あんな奴に負けた自分が腹立たしい。そして同時に思った。

 

 (……アタシハ、アイツニ勝チタイ)

 

 レ級は痛みを堪えて立ち上がり、近くに落ちていた自身の尻尾の艤装を拾い上げる。

 

 (……一旦戻ッテ、修理カ)

 

 レ級はそう決めて、ズブズブと海へと沈んでいく。その瞳からは、漆黒の瘴気のようなものが溢れだし、その顔は狂気に支配されたように残酷な笑みが零れていた。

 

 (待ッテテネ……アタシノーー)

 

 

 

 

 

 

 

 

 「出迎えThank you、サウスダコタ」

 

 一方先に撤退したアイオワ達は、鎮守府からの援軍と合流に成功していた。アイオワは援軍の旗艦である戦艦『サウスダコタ』と話している。

 

 「You're Welcome。それよりレ級が出たんだって?Admiral、珍しくだいぶ焦ってたぜ」

 「Yes。Operationが無事終わったから油断してたわ」

 「……あの人、大丈夫かしら……?」

 

 他の艦娘達が合流を喜ぶ中、イントレピッドだけは自分達が逃げてきた方角を向いて心配そうにしていた。

 

 「Hey、ピッド。どうしたの?」

 「Oh、サラ……あの人が無事かなって、思っちゃったのよ」

 「?」

 「ピッド、あの人って誰よ?誰かに会ったの?」

 「Yes。レ級と交戦してたMe達を助けてくれたのよ。今その人がレ級を引き付けてくれてるんだけど……」

 「おいおい、そりゃ無謀って物だろ。いくら強い艦娘でも、レ級相手に単騎ってのは……」

 「No、サウスダコタ。あの人は艦娘じゃない。あの人は自分の事をVariantと言っていたわ」

 「ヴァ、Variant!?」

 「……どういう事よ?」

 「会ってみれば分かるわよ、コロラド。会えればの話なんだけどーー」

 「あ、いたいた!おーいアイオワ、イントレピッド!大丈夫か?」

 

 とそこへ、牙也が海面を駆けてきた。信じられない光景に、サウスダコタ達は目が点になる。

 

 「Oh、キバヤ!良かった、無事だったのね!」

 「まあな。そっちも援軍と合流出来たようで何よりだ」

 「怪我は!?怪我してない!?どこか痛い所はない!?」

 「落ち着きなさい、ピッド。Thank youキバヤ、貴方のお陰で皆無事に帰る事ができるわ、本当にThank you very much」

 「礼を言われる事じゃねぇよ。で、こちらが援軍の艦娘か?」

 「Yes。左からサウスダコタ、サラトガ、コロラド、ガンビア・ベイよ。皆、こちらキバヤ・シノノノ。Me達を助けてくれたのはこの人よ」

 

 予想だにもしなかった事実や光景に、サウスダコタ達は困惑してばかり。

 

 「あー、積もる話もあるでしょうけど、取り敢えず鎮守府に戻りましょ?彼から話を聞くのはそれからよ」

 「オ、OK……」

 

 釈然としない表情をしながら、サウスダコタは先導して鎮守府へと舵を取る。他の艦娘達も同じように彼女について行き始めた。

 

 「さ、行きましょ。キバヤ、貴方には沢山お礼がしたいワ!」

 「別にお礼が欲しくて助けた訳じゃないんだがな……まぁついて行くか」

 

 牙也もまたイントレピッドに手を引かれながら後を追い掛けるのだった。

 

 

 

 

 




 牙也sideはこんな感じでした。

 艦これに限らず登場キャラの多い作品は口調や性格をうまく表現するのが難しい……頑張ります。




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異文化交流は楽し

 第二話、牙也sideです。




 「艦隊が帰投したわ!」

 

 アイオワ達が母港に帰投した時、時刻は既に夜9時を回っていた。

 

 「Accidentですっかり遅くなっちゃったわ」

 「そうだね……取り敢えずあたしは二人をドックに運んでくる」

 「OK、報告はこちらでしておくわ」

 「俺はどうすれば良い?」

 「Me達と一緒に来て。Admiralに会って、状況の説明をしてほしいの」

 「分かった、案内頼む」

 

 牙也はアイオワに連れられて執務室へと歩いていく。その後ろ姿を追いかけながら、救援艦隊を率いていたサウスダコタは怪しみの目で見ていた。

 

 「サウスダコタ、やっぱり気になるの?」

 「そりゃ気になるさ。いかにも怪しさ満点だぜ?」

 「まぁ確かに……艤装もなしに海面を動けるなんてあり得ないわよ。しかも自分の事を堂々とVariantだなんて……どうかしてるわ」

 「だな。さて、アイツはあたし達の味方か敵か……見定めようか」

 

 サウスダコタもアイオワの後を追いかけていく。その後をコロラド、サラトガ、ガンビア・ベイが追う。

 

 

 

 

 

 

 

 

 「ここよ、ちょっと待ってね」

 

 執務室に到着し、アイオワがドアをノックしようとすると、それよりも早くドアが開いた。

 

 「皆帰ってきたんだね!大丈夫かい?」

 

 執務室から出てきたのは、真っ白な軍服に身を包み、黄土色のボサボサ髪が特徴の男性だった。

 

 「ちょっとAdmiral!急に出てこないでよ、びっくりしたじゃない!」

 「Sorry、コロラド。アイオワ達がレ級と交戦中と報告を受けて、いてもたってもいられなくてね」

 「心配が過ぎるんだよ、提督はさ。ほら、皆無事に帰ってきたんだからさ、喜びなよ」

 「そっか、良かった……!皆に何かあったらどうしようかと……あれ、そちらの人は?」

 

 ここでその男性は牙也の存在に気づいてアイオワ達に聞いた。

 

 「Admiral、この人はMe達を助けてくれた人よ、恩人ね」

 「おぉ、それはそれは……ありがとう、僕の大事な部下達を助けてくれて……」

 「礼を言われる程の事じゃないさ。ところでAdmiralって言われてたけど、ここのトップ?」

 「Yes。僕はこの『フロリダ鎮守府』の提督のマーク・フレイアだよ、よろしく。君は?」

 「篠ノ之牙也だ、よろしく。ってフロリダって事は……ここアメリカ?」

 「そう、ここはアメリカのフロリダ州に置かれた鎮守府さ。と言っても、ニューヨークやサンフランシスコの鎮守府よりは小さいけどね」

 

 マークは少年のような無邪気な笑みを浮かべてそう言う。

 

 「そうか、アメリカか……」

 「どうかしたのかい?」

 「いや、今人を探しててな。あいつなら何処を目指すかと思ってな」

 「誰か仲間がいたの?」

 「仲間っつーか……嫁だよ、俺の。一緒に旅してたんだが、トラブルではぐれちまってな」

 

 そう言って牙也は左手薬指の指輪を見せる。

 

 「Oh、結婚してたの?」

 「かなり前にな。あいつなら一人でも心配ないとは思うが、早めに合流しないとなぁ……」

 「心配事でもあるのか?」

 「そんなんじゃない。ただ俺が早く会いたいってだけだよ」

 「ふふ、随分と彼女にLoveなのね。ご馳走さま」

 「自慢の嫁だからな。さて、急いで探しに行かないと……」

 

 そう言って牙也が行こうとすると、それをイントレピッドが引き止めた。

 

 「Heyキバヤ、もう夜の9時よ。流石に夜間に捜索は危険だわ。それにレ級とも戦闘したんだし……今日は一旦ここに泊まって、明日改めて捜索したら?」

 「そうですね、それが良いです。貴方もあちこち探し回ってお疲れでしょう?」

 「うーん、けどなぁ……」

 

 牙也はそう言ってサウスダコタとコロラドの方を見る。

 

 「お前さん達はどうなんだ?」

 「どう、って?」

 「あからさまに俺を怪しんでたからな。お前さん達の返答によっては断る事も考えてる」

 「いや別にそこまでしなくても。まぁ怪しんでたのは事実だけどさぁ……」

 「Me達は別に構わないわよ。アイオワ達の恩人なんだし、無下に扱うのも失礼でしょ」

 「彼女達もこう言ってるし、是非とも泊まって行きなよ」

 「……まぁ良いか。それなら一日だけ泊まらせてもらうよ」

 「Thank you。ベイ、客間の準備をお願いできるかな?必要ならサムとかヒューストンとかにヘルプを頼みなさい」

 「イ、Yes……じ、じゃあすぐに……」

 

 ガンビア・ベイは急いで執務室を出ていく。何やら牙也を怖がっているようにも見えた。

 

 「うーん……やっぱ怖がられてるのかねぇ、俺」

 「Don't worry。あの子は元々怖がりなのよ、貴方が初めて会う人だから、萎縮してるんじゃないかしら」

 「多分そうだろうね。ガンビア・ベイの怖がりは早く直して欲しい事ではあるけど」

 「あの子の怖がりは筋金入りよ、なかなか直るものじゃないわよ」

 「そこが可愛いところでもあるけどね。はいAdmiral、報告書」

 

 アイオワはそう言ってマークに報告書を手渡した。受け取ったマークは素早く書類に目を通す。

 

 「OK、だいたい把握したよ。あのレ級は、今後も僕達の前に立ち塞がるかもね」

 「キバヤが乱入してくれなかったら、Me達も危なかったわ」

 「そうだね。キバヤ、改めてお礼を言うよ、Thank you very much」

 「良いって、礼なんか……たまたま通りすがっただけだし」

 「お礼と言ってはなんだけど、食堂に夕飯を用意してあるんだ、食べていってよ。勿論アイオワ達も一緒にね」

 「Oh、Yes!ハンバーガーはある!?」

 「ピザやポテトもあるよ」

 「Good!早く行きましょ!」

 

 アイオワはさっさと執務室を出ていってしまった。

 

 「もう、アイオワったら」

 「いつも通りで良いじゃない」

 「だな。さて、あたし達も食堂に行こうぜ。早くしないと全部アイオワが食べちまうよ」

 「ハハハ、彼女ならあり得るねぇ。さ、食堂に案内するよ、ついて来て」

 (……自由だなぁ。流石アメリカ、というべきか)

 

 牙也はマーク達と共に食堂へ向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 「Hey、遅いわよ!」

 

 牙也達が食堂に着いた時、アイオワは既に食堂の椅子に座って到着を今か今かと待っている状態だった。アイオワの周りには、アトランタとホーネット、ガンビア・ベイ、それに駆逐艦と思われる少女が三人と重巡洋艦と思われる女の子が一人いた。彼女達の目の前には、ハンバーガーやらフライドポテトやら沢山の料理が山盛りになって置かれている。

 

 「ごめんごめん。フレッチャーとジョンストンはもう大丈夫なのかい?」

 「あ、はい。ご心配おかけしました」

 「事後報告になるけど、高速修復剤使わせてもらったよ」

 「了解。後で報告書よろしくね」

 「ごめんね、Admiral。いきなり攻撃されたから、対応出来なくて簡単にやられちゃったわ」

 「仕方ないよ、レ級は鬼級・姫級の深海棲艦と同じくらいの強さだからね。次に活かしていこう」

 「そうですね……あら?そちらの方は?」

 

 フレッチャーは牙也を示してそう聞いた。

 

 「君達が苦戦してたところを助けてくれた人さ。二人とも、ちゃんとお礼を言いなよ」

 「そうでしたか。私はFletcher級駆逐艦の『Fletcher』です、この度はありがとうございました」

 「妹の『Johnston』よ。あたしからもお礼を言うわ、ありがとう」

 「どういたしまして。俺は篠ノ之牙也だ、よろしく頼む」

 「それと紹介してなかったけど、戦艦の『South Dakota』と『Colorado』、空母の『Saratoga』と『Hornet』、軽巡洋艦の『Atlanta』。あとアイオワの隣にいるのが重巡洋艦の『Houston』、それと駆逐艦の『Samuel・B・Roberts』、それに護衛空母の『Gambier・Bay』だよ」

 

 マークに紹介され、それぞれの艦娘は手を振ったり一礼したりして牙也に挨拶する。挨拶の仕方に、それぞれの艦娘の個性が見えた。

 

 「本当色々いるんだな、艦娘って」

 「艦種だけじゃなくて姉妹の数も多いからね。一人一人個性があって良いでしょう?」

 「確かにな。そんな彼女達を自在に指揮できるあんたもなかなかのもんだな」

 「素直に嬉しいね、そう言ってもらえるのは」

 「Hey、Admiral!話はそれくらいにして早く食べましょ!I'm very hungry!」

 「もう、アイオワったら!せっかく良い話だったのに……」

 「はいはい怒らない怒らない。それじゃ楽しく食事と行こうか」

 

 こうして遅い夕食が始まった。

 

 

 

 

 

 

 「AHAHAHAHA!ほらほら提督、もっと飲めよぉ!」

 「Me達のお酒が飲めないの!?」

 「分かった分かった、ちゃんと飲むからそんな怒らないで……うっぷ」

 「zzz……ヒック」

 「ベーイ……zzz」

 「むにゃ……」

 「もう飲めない……ウップ」

 

 始まって30分程で酒盛りに変わったが。マークは戦艦の二人にビールをガンガン勧められて沈没しかけており、一緒になって酒盛りを始めた娘達も早々に酔いつぶれて眠っていた。そして食堂の床はビール瓶や缶、ウイスキーの空瓶等が散乱している。なお駆逐艦達は酒盛りが過激になる前に、さっさと自室に引っ込んだ。

 

 「あーあ、食堂が大惨事だよ……」

 「まぁ今日くらいは許してあげましょ?どうせ明日は皆揃ってゆっくり休めるから……ね?」

 「このまま寝かせるので大丈夫よね?念のためタオルケット持ってきたけど」

 「Good。酔いつぶれたらそのまま寝かせてあげましょ、片付けは明日に回せば良いわ」

 「賛成、これ今から片付けるのはめんどいよ……あれ、キバヤは?」

 

 三人が食堂内を見回すと、いつの間にか牙也の姿がなくなっていた。酒盛りを嫌ってさっさと引っ込んだのだろうか。

 

 「あら、いつの間にかいないわ……何処に行ったのかしら……?」

 「Oh!もしかしてあれじゃない?」

 

 何かに気づいたイントレピッドが港の方を指差す。二人が指差した方を見ると、桟橋に誰かが腰かけていた。

 

 

 

 

 

 

 「ふぃ~……やっぱ酒はゆっくり自分のペースで飲むに限るよ」

 

 桟橋には、イントレピッドの指摘通り牙也がいた。ウイスキーと炭酸水と氷、それにおつまみをいくらか持ち出して酒盛りの現場から避難してきたのだ。自分で即席のハイボールを作り、持ち出したポテトやベーコン等を肴に、牙也はのんびりと酒を嗜む。

 

 「Hey、キバヤ!」

 

 と、後ろから誰かに呼ばれて振り向くと、イントレピッドが追加の酒とおつまみを持ってやって来た。

 

 「私も一緒に良いかしら?」

 「構わんよ。他の面子は?」

 「アイオワとサウスダコタはAdmiralと酒盛り中、他は酒盛りに参加して酔いつぶれたか部屋に戻ったかのどちらかよ」

 「やっぱ避難して正解だったか……イントレピッドはこっちに来て大丈夫なのか?」

 「No problemよ。どうせ明日はお休みだから」

 

 そう言うとイントレピッドは牙也の隣に座り込み、持ってきたビールを開けて美味しそうに飲んだ。「ぷはっ」と一息つくと、ビールと一緒に持ってきたポテトをつまむ。

 

 「ところでキバヤはビール飲まないの?」

 「苦味がちょっとな。飲むのはもっぱらハイボールか焼酎だな」

 「ふふ……大人なのか子供なのか分からないわね」

 「ほっとけ」

 

 牙也はそう言ってポテトをつまみ、左手に持っていたハイボールのグラスを一気にあおる。左手薬指に付けた結婚指輪が、月の光に反射してキラリと輝く。

 

 「……どんな人なの?奥さん」

 「ん?」

 「その指輪……結婚してるんだったわね。どんな人なのかなって」

 「んー……普段はキッチリしてるんだけど、デレるとめっちゃ可愛いな。何て言うか、からかい甲斐のある嫁だな。抱き締めたり撫でたりするとめっちゃ可愛い反応するんだぜ?」

 「ふーん。スタイルとかも良いの?」

 「剣道やってるからな、スタイルは良いぞ。背は俺より少し低いくらいかな」

 「そう……ご自慢のお嫁さんなのね」

 「おう。いずれ紹介するぜ、自慢の嫁をな」

 「ふふ、楽しみにしてるわ」

 

 嫁自慢を終えて再び一人酒を始める牙也を、イントレピッドは恋しそうな目で見ていた。

 

 「……ねぇ、ハニー」

 「!?」ブハッ

 

 突然の「ハニー」発言に、牙也は飲んでいたハイボールを盛大に吹き出した。

 

 「ゴホッゴホッ……!ハ、ハニー……!?」

 「Oh、Sorry。恋人でもないのについ」クスクス

 「ケホッ……ご、誤解招くから止めてくれ……てかなんで急にハニー?」

 「ん~……」

 

 イントレピッドは少し考えると、唐突に牙也の後ろに回って優しく牙也を抱き締めた。

 

 「……ちょっと羨ましく感じたのよ。貴方の奥さんがね。嫉妬、なのかしら」

 「嫉妬ねぇ……随分まぁ可愛らしい嫉妬だこと」

 「それと……寂しさを感じたのよね、貴方の背中から」

 「寂しさ、か」

 「Yes。何て言うのかしら、何かに飢えてるみたいな……そんな感じよ」

 「飢え……」

 

 思い当たる事があるのか、牙也は顎に手を当てて考え始めた。そんな表情の牙也を、イントレピッドは彼を抱き締めたまま見つめる。

 

 「寂しさから来る飢え、か……なるほど」

 「?何か思い当たる事がーーいえ、聞くのは無粋かしら?」

 「あぁ、思い当たる事はある。沢山ね……さて、話と酒盛りは終わりだ。酔いも覚めちまったし、時間も遅いから戻るか。お先に」

 「えぇ。Good Night、キバヤ」

 

 イントレピッドは事情を察し、パッと牙也から離れる。そして牙也は残った酒とおつまみをお盆にまとめると、イントレピッドに向けて軽く手を振りその場を後にした。それを見送り、イントレピッドもまた自分が持ってきた酒とおつまみをお盆にまとめ始める。その顔は少し赤らんでいた。

 

 (……少し大胆だったかしら。けどあれだけ押し付けても、キバヤは無反応だったわね。やっぱり奥さん一筋なのかしら)

 

 イントレピッドは牙也を抱き締めた際、彼の反応を観察していた。結果特に反応もなく空振りであったが。自身のスタイルに自信があっただけに、イントレピッドは少しショックであった。

 

 (でも分かったわ、彼は間違いなく飢えてる……『家族愛』に)

 

 客間へ戻る牙也の後ろ姿を見つめながら、イントレピッドは悲しそうな表情を見せた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




 いかがでしたか?

 質問・意見は常時受け付けてますので、ジャンジャン送って下さいね。



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対レ級、二戦目

 第三話、牙也sideです。






 次の日ーー

 

 

 

 「一晩だけだったが、部屋を貸してくれてありがとう」

 「良いよ良いよ、君は大事なお客さんなんだし……うー、いたた」

 

 鎮守府の堤防に、牙也と彼を見送りに来たフロリダ鎮守府の面々の姿があった。マークは昨日散々飲まされたせいか、酷い頭痛のようだ。アイオワとサウスダコタが申し訳なさそうに顔を背けている。

 

 「大丈夫ですか、提督?これを機に、少しは自重して下さいね」

 「ほとんど飲まされたんだけどね……まぁ気を付けるよ」

 「本当よ!アイオワ達のせいで昨日まったく彼と話せなかったじゃない!」

 「貴女は一緒になって飲んだくれてたからでしょ……自業自得よ」

 「ホーネットもでしょ……」

 「二人も大概にしとけよ。大事な時に提督が動けませんなんてシャレにならないからな」

 「すまん……以後気を付けるよ」

 「Sorry……」

 

 すっかりショボくれた二人は申し訳なさそうにマークに謝る。

 

 「まぁ今回は不問にするけど、その後の結果によってはキツイ罰を与える事になってたかもね。これからは気をつけてよ」

 「おぅ……」

 「Yes……」

 「さ、そんなショボくれてないで牙也君を笑顔で見送ってあげよう。ショボくれ顔だと、牙也君もいい気分じゃないだろ?」

 「……そう、ね。キバヤ、Me達を助けてくれて本当にThank youね。ちょっと違うかもしれないけど、これからの航海に幸運がある事を祈ってるわ」

 「疑ってすまなかったな。あんたは間違いなくあたし達の恩人だ。何かあったらあたし達に連絡をくれよ、すぐに飛んでってやるからな!」

 「おー、その時はよろしくな」

 

 その後も牙也は他の艦娘達からお礼の言葉を沢山もらった。更にフレッチャーとジョンストンからはクッキーを追加でもらった。

 

 「はい、私からはこれ!」

 

 そしてイントレピッドから渡されたのは、手作りのお守りだった。

 

 「インターネットで調べて、私なりに作ってみたわ。キバヤの無事を祈って作ったから、大切にしてね?」

 「ありがたいな……こういう贈り物、久々に貰った気がするよ、ありがとう」

 

 牙也はお礼を言ってイントレピッドの頭を優しく撫でた。イントレピッドは少し恥ずかしそうな笑みを見せる。

 

 「You're welcome。気をつけて行ってね?」

 「奥さん、見つかると良いですね。サラ、応援してます」

 「サムもー!次会ったら紹介してね!」

 「あぁ、その時が来たらな。じゃ、そろそろ行くよ」

 「またおいで。いつでも僕達は君を歓迎するよ」

 「あぁ、元気で」

 

 牙也はマーク達に手を振りながら大きく跳躍し、港から少し離れた海面に着地した。そしてそのまま沖合いへ向けて走り出す。マーク達はその後ろ姿へ向けて、その姿が見えなくなるまで手を振っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 そしてフロリダ鎮守府から十数キロ離れた沖合いにて。

 

 「さて、これから何処を探すかな……あ、このクッキー旨い」

 

 フレッチャーとジョンストンから貰ったクッキーをつまみながら、牙也はマークから貰った世界地図を広げる。地図には牙也が泊まったフロリダ鎮守府の位置と、現在の深海棲艦の活動領域が簡潔に記されていた。それによると、現在大西洋周辺の深海棲艦はヨーロッパ、特にフランスやドイツあたりに多く出没していると書かれていた。またアフリカ沿岸にも多くの深海棲艦ーー特に鬼級・姫級と呼ばれる個体ーーがたむろし、船の行く手を塞いでいるらしい。

 

 「戦闘を出来る限り避けて進むならヨーロッパ方面か……ヨーロッパ上陸して、ロシア経由して日本に行くルートが一番良いんだろうが……」

 

 これからの行き先をぶつぶつ考えていると、

 

 (……敵の気配。それも覚えのある奴の)ピクッ

 

 牙也は地図やクッキー等持っていた物を全てクラックに放り込み、薙刀『紫炎』を構える。いつでも迎撃できる態勢で敵の出現を待っていると、

 

 「見ィツケタァ……!」

 

 牙也の足元の海面が大きく揺れたかと思うと、海中から化け物とも言える巨大な口を持った艤装が現れて牙也に足元から噛みついてきた。それを牙也は跳躍してかわし、少し離れた場所に着地する。と、着地した海面が大きく揺れた。そして何かが海中から飛び出したかと思うと、牙也に向けて牙を剥いた。

 

 (しまった、フェイクか!)

 

 反応が少し遅れた牙也は、飛び出した何かに左腕を噛み千切られた。牙也の左腕を噛み千切ったそれは、左腕を咥えたまま牙也から少し離れて戦いの姿勢をとる。

 

 「ぐううううっ!?くそっ!」

 

 牙也は自己治癒能力を最大限引き出して噛み千切られた左腕部分を止血すると、止血した所から蔦を伸ばして腕の形にした。仮の左腕だ。

 

 「てめぇ……囮を使った奇襲とは、随分頭が回るな、レ級!」

 

 噛み千切った左腕を咥えたのは、前回牙也が圧倒したレ級だった。

 

 「引ッ掛カッテクレテドウモ!ソレジャコノ左腕ハアリガタクイタダクヨ!」

 「あっ、馬鹿!それを食ったらーー」

 

 牙也の忠告を無視し、レ級は咥えた左腕を尻尾の艤装に食べさせた。ゴクリと音をたてて尻尾は左腕を飲み込む。と、

 

 「ギッ!?ガガ……!カ、体ガ……グガッ!?」

 

 レ級の全身を激しい紫電と数多の蔦が包み込み、苦しみ出した。

 

 「やりやがった……!拒絶反応を起こしてやがる!」

 

 その様子に牙也は小さく舌打ちをする。そもそも牙也は黄金の果実を魂とし、それを人形に埋め込む事で作られた人造オーバーロードである。故に体の隅々までが黄金の果実の影響を持つ。一度彼の体の一部を取り込もうものなら、黄金の果実が拒絶反応を起こし取り込んだ者の体を瞬く間に侵食、最期を迎えるのみ。

 

 「おい、レ級!早く飲み込んだ左腕を吐き出せ!」

 

 苦しむレ級に牙也はそう呼び掛けるが、

 

 「ヤダネ……!アイツカラ聞イタンダ、オ前ノ体ノ一部ヲ手二入レラレレバ、アタシハ最強ノ力ヲ手二入レラレルッテ……!」

 「はぁ!?誰だそんな事言った奴は!?」

 「誰ガ教エルモンカ……!アタシハ最強二、ググ、ナルンダ……ソシテオ前ヲ……グガッ!?」

 

 レ級の体に更に強く紫電が走る。しかしレ級はそれでも飲み込んだ左腕を吐き出そうとせず、その苦しみに耐えている。

 

 「アタシハ負ケナイ……!コノ苦シミ二勝ッテ、オ前ヲ……オ前ヲォォォォォ!!」

 

 その叫び声と共に、レ級から放たれた紫電が海全体に広がり、強烈な光と爆発のような衝撃波が全てを包み込んだーー。

 

 

 

 

 

 

 

 

 イ「きゃっ!?」

 

 その衝撃波は、遠くフロリダ鎮守府の港まで届いた。この日非番のイントレピッドは牙也と別れた後も残って海を見つめていたが、襲ってきた衝撃波によろめき転んでしまった。ヨロヨロと起き上がり、イントレピッドは衝撃波がやって来た方向を見る。

 

 「キバヤ……大丈夫かしら?」

 

 ポツリと呟き、彼女は牙也の無事を心から祈った。

 

 

 

 

 

 

 

 「ケホッケホッ……な、なんとか耐えた……」

 

 衝撃波を至近距離で受けた牙也だったが、父・準也の武器である大剣を盾代わりにしてなんとか衝撃波を防ぐ事ができた。衝撃波は治まったもののまだ油断は出来ないと、牙也は大剣を構えて様子を伺う。やがて光が晴れてくると、

 

 「な……!?」

 

 そこにはあまりにも姿が変わり過ぎたレ級がいた。着込んでいたフードは漆黒に純白入り交じる物に変わり、尻尾の艤装は二本に増えている。その瞳は鮮やかな緑となり、紫のオーラのようなものが噴き出す。蔦が巻き付いた左腕に至っては、紛れもなく牙也の左腕そのものであった。

 

 「嘘だろ……まさかあれを克服したばかりか、自分の物にしやがったのか……!?」

 

 予想していなかった出来事に、牙也はたじろぐ。早く左腕を取り返さなければマズイ。そう直感した牙也は大剣を構え直す。

 

 「アハハハハ!凄イ凄イ!力ガミナギル!魂ガ震エル!アタシハ紛レモナク強クナッタ!コレナラ!」

 

 レ級は喜びの声を上げ、二本に増えた尻尾の艤装を両方とも牙也に向けた。そして主砲を放ち、魚雷を飛ばし、それらを追い掛けるように牙也に向かって全力接近してきた。

 

 「アタシハ、オ前二勝ツ!!」

 「やってみろ……コピーキャットごときが、オリジナルに勝てると思うなよ!」

 

 牙也は大剣を振るい、自身へ向けて飛んできた砲弾や魚雷を一振りで全て叩き斬った。そして突っ込んできたレ級をその大剣で迎撃する。大剣とレ級の左拳がぶつかり合い、衝撃波が起こる。そして互いに弾かれ、またぶつかり合う。

 

 「キャハハ、良イネ良イネ!ジャアコレナラドウ!?」

 

 そう言うとレ級は二本の尻尾型艤装の口内から漆黒の艦載機を次々と飛ばし、主砲・魚雷と合わせて多段攻撃を仕掛けてきた。しかし牙也は意にも介さず、それらを叩き斬ったりアクロバティックに回避して自滅を誘う。艦載機は『セイヴァーアロー』で爆弾や魚雷を撃ち抜く事で空中爆破させる。

 

 「アハハハハ!楽シイネ!」

 「こっちは全く楽しくねぇ!」

 「キャハハ!アァ……ヤッパリ強者トノ戦イコソアタシノ生キ甲斐ダ!昂ルヨ、心ガ!アタシハオ前ミタイナ強者ヲ待ッテタヨ!」

 「ちっ……まだ奴に果実の力が馴染んでないのが幸いってとこか。しゃあない、軽く本気を出すか……『サモンウェポン・プラム』」

 

 牙也がそう唱えると、頭上に小型クラックが開き、そこから二対の鉄扇『プラム鉄扇』が飛び出してきた。それをキャッチし、牙也は片方を広げもう片方は閉じた状態でレ級に向ける。

 

 「お前には勿体ない力だ……何としてもそれは返してもらう!」

 

 牙也は広げた方の鉄扇をブーメランのように投げつけ、それを追い掛けるようにレ級に突撃した。投げつけた鉄扇は仕込み刃によって次々と艦載機や砲弾を斬り裂いていく。牙也は閉じた状態の鉄扇を剣のように振るいレ級に直接攻撃を仕掛ける。一方レ級はその攻撃を左腕一本でいなし、尻尾の噛みつき攻撃で応戦してきた。牙也もまたそれを障壁で防ぐ。

 

 「アハハ、モットモット頂戴!」

 

 力に酔いしれ興奮状態のレ級は、更に艦載機を発艦させて次々と牙也に攻撃してきた。蒼天を覆う程の数の艦載機が牙也に魚雷や爆弾を落としていく。更に尻尾の艤装からの砲撃は着弾すると海を割り、そのパンチ一発で海に穴を穿つ。今のレ級は、最早『戦艦レ級』という一個体と呼ぶにはあまりにもかけ離れた存在と化していた。

 

 「無茶苦茶だな……黄金の果実を取り込んで、元々オーバースペックだったのが余計酷くなったってとこか。だが!」

 

 レ級の接近を障壁でいなしつつ、牙也は『火縄冥々DJ銃』を呼び出しスクラッチしてマシンガンモードにすると、上空の艦載機へ次々と弾をばらまくように攻撃した。艦載機はDJ銃とプラム鉄扇で次々と撃ち落とされていくが、その数が減る気配は一向にない。むしろレ級は止まる事なく尻尾から艦載機を飛ばし続け、更に牙也に接近戦を仕掛けている。

 

 「無尽蔵に呼べるのかよ……厄介なモン生んじまったなぁ」

 

 油断した自身を責めつつ、牙也は更に大量の蔦を槍の如く扱い、艦載機を落としていく。これにより、若干だが艦載機の減りが早くなった。また接近してくるレ級は念導力で押し返す事で、艦載機対処の為の時間稼ぎをする。

 

 「キャハハ!ターノシー!モットモット遊ボー!」

 

 と、レ級は急に艦載機の発艦を止め、近接戦闘に切り替えた。ボクシングのジャブの如く鋭い連続パンチで牙也を攻撃する。障壁で防ぐ牙也だったが、やがて段々と障壁によるガードが押し込まれてきた。

 

 「くっ……!」

 「ウリャッ!」

 

 対空戦闘を行いながら近接戦闘の対処をしている牙也だが、同時対処が出来なくなるのも時間の問題だった。そして、

 

 「ダアッ!」

 

 バキンッ!!

 

 「障壁が……!」

 「モラッタ!!」

 「ごふっ!?」

 

 遂に障壁が破られ、レ級の左拳が牙也の右脇腹にめり込んだ。脇腹を陥没させる程の一撃に、牙也はよろめき持っていた武器を取り落とし、口から血を吐く。

 

 「アハハ……!アタシノ勝チダ!!」

 「……それはどうかな?」

 「!?」

 

 レ級が気づいた時、いつの間にか空へ向けて牙也の仮の左腕から蔦が伸び、上空を飛んでいたプラム鉄扇を掴んでいた。そして右手は脇腹にめり込んだレ級の左腕をガッチリと掴んでいる。

 

 「その腕……ご返却願うぜ!」

 

 そして牙也は伸ばした蔦を思い切り引っ張った。引っ張られた蔦は仕込み刃を出したままのプラム鉄扇を急降下させ、勢いそのままにその左腕を切断した。

 

 「ギャアアアアアア!?」

 

 左腕を斬り落とされ、レ級は痛みに叫び声を上げた。斬り落とされた箇所からはボタボタと真っ黒い血が流れ落ちる。左腕を切り取られた影響か、レ級の姿も元に戻っていった。一方牙也はその左腕を自身にくっ付け、治癒能力を働かせた。そして軽く腕や指を動かして完全にくっついた事を確認する。

 

 「アハハ……ヤルネェ、敢エテ一撃受ケテ、腕ヲ取リ返スナンテサ……!」

 「悪用されるのは御免被るぜ……さて、今度はこっちの反撃ーー」

 

 そこまで言ったところで、牙也は横からの攻撃に意識を刈り取られた。

 

 

 

 

 

 「!?」

 

 突然起こった事に、レ級は目を見開いた。目の前にいた男は、突如横から攻撃を受けて海面を滑るように吹き飛び、そのまま気絶した。レ級は男を見、そして男がいた場所を見ると、そこには自分とはまた違う個体の『戦艦レ級』がいた。

 

 「アハハ、楽シソウナ事シテルネェ!アタシモ混ゼテヨ!」

 

 乱入してきた別個体のレ級は楽しそうにそう言う。そして倒れている男に近寄り首根っこを掴んで引き起こす。

 

 「ナンダ、コレクライデ気絶ナンテ、モロイネェ。コンナノデ楽シンデタノ、アンタ?」

 

 別個体のレ級はそう聞く。が次の瞬間、そのレ級の頭部が一瞬で吹き飛んだ。頭部を失った体が、スローモーションのように海面に倒れる。

 

 「……アタシノ獲物、勝手二取ルンジャナイヨ、馬鹿」

 

 先程まで男と戦っていたレ級が殺気全開の表情でそこにいた。同個体が視認出来ない程のスピードで接近したレ級の拳が、もう一方のレ級の頭部だけを吹き飛ばしたのだ。残った体を蹴飛ばし、レ級は男に近寄り、頬をプニプニつつく。

 

 「……コイツハアタシノ物ダ。誰ニモ渡スモンカ」

 

 レ級は男を背負うと、何処かへ走り去っていった。

 

 

 

 

 

 

 




 いかがでしたか?質問・意見等随時受け付けています、作者までお気軽にどうぞ。



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違和感がそこに

 第四話、牙也sideになります。




 「……ん」

 

 牙也が目を覚ました時、最初に見えたのは、ゴツゴツとした岩肌だった。体を起こし、牙也は辺りを見回す。そこは波による浸食でできたのであろう天然の洞窟だった。

 

 「起キタノカ」

 

 その声に後ろを向くと、レ級が焚き火の前で焼き魚に齧りついていた。魚は自分で捕ったのだろうか。

 

 「ここは?」

 「アタシノ拠点。オ前ハアタシトノ戦闘中二、他ノレ級二横槍入レラレテ気絶シタンダ」

 「……そうか。そのレ級は?」

 「アタシガ処分シタ。セッカク楽シンデタノニ、横槍入レラレテ激オコダヨ、興醒メシチャッタ」

 

 レ級はそう言って魚に齧りつく。牙也もまた焚き火にあたりに寄っていく。焚き火の周りには数匹の魚が手作りであろう串に刺さって焼かれていた。

 

 「食ベナヨ。オ前ノ分モアルカラ」

 「そうかぃ。じゃ遠慮なく」

 

 レ級に奨められ、牙也は魚の串を一本手に取り齧りつく。よく脂の乗った身からは、ほんのりとだが塩味がした。

 

 「……旨い」

 「ソリャ良カッタ。苦労シタヨ、右手一本デ全部準備シタンダカラ」

 

 レ級は牙也に斬り落とされた左肩部をペシペシ叩きながら言う。

 

 「修復できねぇのか?」

 「オ前ノ腕ヲ取リ込ンダオ陰デ、アタシノ左腕ハ深海棲艦ノソレトハ違ウ異質ナ物ニナッタ。アタシ達ノ技術デモ修復ハ不可能ダ。ソノ証拠トシテ……」

 

 そこまで言って、レ級は左肩に力を込める。と、斬られた箇所から蔦が数本伸びてきた。

 

 「それは……!」

 「オ前カラ得タ力ガ、アタシノ体ノ修復ヲ邪魔シテル」

 

 伸びた蔦は、レ級の肩周りをウネウネと動き回る。

 

 「サッキ直ソウトシタラ、コレガ出テキテ邪魔シテキタ。コレノセイデ、アタシハ修復剤ヲ受ケ付ケナクナッテイル」

 「なるほど。だとしたら……」

 

 何を思い立ったのか、牙也はレ級に近づきその肩に触れた。

 

 「何ヲーー」

 「じっとしてろ。すぐに終わる」

 

 牙也はレ級の肩に向け治癒能力を働かせた。淡い輝きと鈍い輝きが交わり、洞窟内を包み込んでいく。やがてゆっくりと輝きが晴れると、レ級の左腕は元に戻っていた。

 

 「よし、上手くいったな。やはり俺の力なら受け入れてくれるみたいだ」

 「……!」

 

 レ級は呆気に取られた表情で左腕を動かしてみる。左腕も指も、問題なく動いていた。治療が上手くいった事に、牙也は満足そうな笑顔を見せる。レ級が腕を一通り動かす様を見ていると、ふとレ級は牙也に問い掛けた。

 

 「……ナンデアタシノ左腕ヲ直シタンダ?」

 「なんでって言われてもなぁ……これは俺が直すべきだって思ったから、かなぁ」

 「ソレダケ?」

 「それだけ」

 「本当二?」

 「本当に」

 

 本心での牙也の答えに、レ級は更に質問を重ねる。

 

 「アタシハオ前ノ敵ナンダゾ?」

 「助けるという行動に、敵味方の区別が必要か?どっちにしても尊い命だ、助けて何が悪い」

 「今ココデオ前ヲ襲ウカモシレナインダゾ?」

 「その時はまた返り討ちにするだけだ」

 「アタシハシツコクオ前二戦イヲ挑ムゾ?」

 「何度でも来いよ、相手してやる」

 

 牙也の答えに、レ級は思わず洞窟の壁に寄り掛かるように体を預けた。その目からうっすら涙が零れる。

 

 「ハハハ……道理デアタシジャ勝テナイ訳ダ」

 

 涙を流しながら、レ級はガックリと項垂れる。自身と牙也の実力の差を思い知り、泣かずにはいられなかったのだろう。

 

 「敗北は恥にあらず……積み重ねた敗北の先に、必ず勝利はある、ってな」

 「ジャア負ケ続ケテタラ、アタシモイズレハ勝テルノカ!?」

 「まあな」

 「ヨーシ、ヤルゾ!ジャア早速ーー」

 「駄目」

 「ナンデ!?」

 「互いに手負いだろうが。そんな時に戦ってもろくな結果にならんわ」

 「グギギ……!」

 

 悔しそうな表情のレ級。しかし牙也は気にする様子もなく、焼き魚を齧る。するとそこへ艦載機が一機飛んできて、レ級の艤装に着艦した。周辺の偵察でもさせていたのだろうか。

 

 「フゥン……近クニ艦娘ノ姿アリ、カ」

 「どうするつもりだ?」

 「ドーシヨッカナ。コチラカラ出テイクモ良イシ、待チ構エルノモ良イシ……アリャ?」

 

 艦載機が撮った映像を確認していたレ級は、映像の中に違和感を見つけた。

 

 「ナァ、見テミロ。コレッテマサカ……」

 「あ?何だよ?」

 

 レ級に見せられた映像を見た牙也は、途端に顔色と表情を変えた。そこに映っていたのは、

 

 「これは……!」

 

 海上を進む何処かの国々の艦娘達が、次々と蔦のようなものに侵食されて異形に姿を変えていく光景だった。しかも侵食は他の艦娘達にも伝播し、次々と異形に変わっていく。

 

 「レ級!この映像撮ったのはどの辺りだ!?」

 「ココカラ東ヘ10数キロの海上。アタシ達ハコノ島マデ北上シテキタカラ、オ前ノ力ノ影響トハ考エニクイナ」

 「ったく、誰だよ!俺ら以外にヘルヘイムの力を持ち込んだ馬鹿野郎は!?」

 

 牙也は悪態をつくと、焚き火から離して置いてあった武器や荷物を背負い洞窟の海面に降り立った。

 

 「助ケニ行クノカ?」

 「悪いが今回の案件は、俺に深く関連する事だ。あんな映像見た後で、ほっとく訳にはいかねぇんだよ」

 「オ前ノ言ウ、『助ケル理由ガ無クテ何ガ悪イ』ッテ奴カ?」

 「今回ばかりは理由が付く。『あの光景は、出来れば二度と見たくなかった』って奴だ」

 

 牙也はそう言って洞窟を飛び出していく。レ級は「頑張レ」と一言呟いて彼を見送るのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 レ級の拠点を飛び出した牙也は、海上を跳ねるように走り抜ける。ただひたすらに、あの光景が起こった場所へ。

 

 (畜生……一体誰なんだ!?俺と箒以外でヘルヘイムの力が使える奴は!?)

 

 道中そんな事を必死に考える牙也だったが、考えても答えは出てこない。何せ自分達以外で他にヘルヘイムの力が使える者が思い浮かばないからだ。

 

 「……とにかく今はあいつらを助ける事、それが先決だ!」

 

 牙也は常人では視認できない程のスピードで海面を走っていく。辺りを彷徨く深海棲艦を悉く無視し、全力で走り抜ける事数分、

 

 「……!あれか!」

 

 やがて牙也は海面をさ迷う異形ーーインベスを発見した。目の前のインベスの見た目は、鮪や鮫、烏賊や鯨等海洋生物を模した見た目のインベスであった。

 

 「数にして十数匹。いずれも俺の知らないインベスだ……待ってろ、すぐ助けてやるからな!」

 

 牙也は右手を漆黒に、左手を黄金に輝かせてインベス達に突貫。一番近くにいた『サメインベス』の肩を右手で掴み、その腹に左手を突き刺した。途端に左手が目映い輝きを放ち、左手を引き抜くとインベスの体から何処かの国の将校の帽子を被った金髪ロングストレートの艦娘が出てきた。牙也はインベスを投げ捨てて艦娘は海面に寝かせ、またすぐ次のインベスに向かっていく。同じように左手を突き刺して引き抜くと、今度は白の水兵帽にプラチナブロンドの艦娘が出てきた。同じようにインベスは投げ捨てて艦娘は海面に寝かせる。

 

 それを繰り返す事また数分。

 

 「よし、これで全員だな。ただこのまま放っておくのもなぁ……」

 

 牙也の目の前には様々な髪型や服装の艦娘が海面に寝かせられていた。その数、12人。

 

 「複数の国の艦娘が合同で出撃したのか?国際色豊かだなぁ。さて、こいつらはこうするか」

 

 牙也は左手から蔦を伸ばすと、それを器用に操り編み上げて、一艘の船を作り上げた。それを海面に浮かべ、先ほどまで海面に寝かせていた艦娘達を順番に並べていく。全員並べ終わると、今度はその船に自らの力をほんの少しだけ注入した。

 

 「これで良し。俺の力が、こいつらを守ってくれるだろ。さて、後はこのインベス達だが」

 

 一安心したところで、牙也は残ったインベス達に目を向ける。インベス達は相変わらずわちゃわちゃしており、鳴き声を上げたり喧嘩したり自由気ままである。

 

 (……少し干渉してみるか)

 

 牙也は右手の指先から細い紐のようなものを何本も伸ばし、インベスの頭部に接続した。そして精神を集中させ、インベスの精神に自身の精神をダイブさせたーー。

 

 

 

 

 

 

 「ほいさっさ」

 

 インベス達の精神世界にダイブし、精神のみの姿となった牙也は、海上に降り立った。

 

 「さて、問題の艦娘達は何処にいる?」

 

 辺りを見回して艦娘を探す牙也。するとそこへ海面を滑るように複数の艦娘が牙也の方へ進んできた。その中には牙也がインベスから分離したあの金髪ロングストレートの艦娘やプラチナブロンドの艦娘の姿もあった。

 

 「あいつらだな。さて、この後何が起きる……?」

 

 艦娘達は精神体の牙也に気づく事なく、色々会話をしながら彼の隣を通り過ぎる。すると、

 

 「……!……!?」

 

 先頭を進んでいた金髪ロングストレートの艦娘が突如苦しみだした。他の艦娘達はその様子に驚きその艦娘に色々呼び掛けるが、その艦娘は反応すら出来ない程の苦しみ様だった。そして次の瞬間、彼女の艤装から突然蔦が伸びてきて、彼女の全身を覆い尽くしてしまった。そして蔦が弾け飛ぶと、そこには先ほど見たあのサメインベスがいた。途端に恐慌状態になる艦娘達。そしてサメインベスは背中から大量の蔦を伸ばして艦娘達に絡ませてきた。逃げようとする艦娘だが、蔦は次々と艦娘を捕らえ包み込んでいき、その姿をインベスに変えていく。

 

 「これは……!」

 

 唖然とした表情でその様子を見つめる牙也。やがて牙也は突然精神世界から弾き出されたーー。

 

 

 

 

 

 

 

 我に返り、牙也は目の前のインベス達に目を向ける。インベス達は牙也を恐れる様子も襲い掛かる様子もなく、ただジッと牙也を見つめていた。

 

 「取り敢えずこいつらはエフィン厶に預けるか」

 「お呼びでしょうか!?」

 

 そんな事を考えていると、突如牙也の目の前にクラックが開き、腹心のインベス『エフィン厶』が顔を出した。

 

 「呼ぶ前に来るあたり流石だな、エフィンム」

 「身に余る光栄です!それでこのインベス達を預かれば良いのですね?」

 「あぁ、頼む。教育はお前に任せるからな」

 「お任せ下さい!ところで神王様、王妃様はご一緒の筈では?」

 「この世界に来た時、別々の場所に飛ばされたみたいでな。エフィンム、今箒が何処にいるか探せるか?」

 「はっ、やってみましょう」

 「じゃあ頼む。俺はこれからヨーロッパに向かう」

 「ヨーロッパに?何ゆえ?」

 「……調べものだ。気になる事があるんでな」

 「……分かりました、お気をつけて」

 

 エフィンムはそう言って頭を下げると、インベス達をヘルヘイムの森に導き、クラックを閉じた。

 

 「……気になる事は数多ある。確実に解決していかなきゃな」

 

 牙也はそう決めて、蔦の船を引っ張りながらヨーロッパへ向かう。

 

 

 

 

 レ級の事をすっかり忘れた状態で。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「アー、早ク帰ッテ来ナイカナァ?」

 

 そのレ級は、牙也の心中など知る筈もなく、拠点で牙也の帰りを待ち続けるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 



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あり得ぬ出会い

 第五話、牙也sideです。




 未だに目覚めない艦娘達を蔦の船に乗せて引っ張りながら、牙也は一路ヨーロッパへ向かう。インベス達の精神世界から読み取った光景に、牙也はこの世界の違和感を見いだした。

 

 「ヨーロッパ……そこにあの惨劇を起こした元凶があると見て良いな」

 

 移動の最中も、牙也はあの光景について色々考えていた。何故艦娘の艤装にヘルヘイムの力が混じっていたのか。何故傷つけられた訳でもないのにヘルヘイムの侵食伝播が起こったのか。そしてーー何故この世界にヘルヘイムの力が存在するのか。疑問は尽きなかった。

 

 「誰の仕業か知らねぇが……ヘルヘイムの力を悪用しようとする輩がいるってんなら、絶対にとっちめてやる。どんな手を使ってでも……」

 

 並々ならぬ決意や覚悟と共に、海上をズンズン進んでいく牙也。その瞳は、本人も気づかぬ程に漆黒に満ちていた。

 

 

 

 

 

 

 

 そうして海上を進む事約3時間。牙也の目の前にようやく陸地が見えてきた。

 

 「お、到着したな。さて、まずはこいつらを何処においとくか……どっかちょうど良い場所はないものかーーん?」

 

 エンジン音に気づいた牙也が空を見上げると、頭上を偵察機と思われる飛行機が飛んでいた。その飛行機は牙也と蔦の船に気づいたのか、頭上をグルグル旋回しだす。

 

 「やべ、気づかれたか!?仕方ねぇ!」

 

 牙也は海面を叩いて水壁を起こすと、その隙に海中に潜った。水壁が無くなった時、そこには艦娘達を乗せた蔦の船しか残っていなかった。

 

 その後蔦の船は偵察機から知らせを受けた艦娘達によって回収されたが、蔦の船は陸上まで曳航し艦娘達を全員下ろした途端に崩れ去り、跡形も無くなってしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 「へっくしょい!」

 

 一方牙也は近くの海岸に上陸して、びしょ濡れになった羽織と袴を『炎刀鬼灯丸』の熱波で乾かしていた。代えの服に着替え、クラックから地図を取り出して現在地を確認する。

 

 「えーと、さっきまでいた小島が確かこの辺りで……そこからこのルートで来たからーーここフランスかな、多分。取り敢えず無事にヨーロッパに上陸出来た訳だが……」

 

 なんとか上陸出来た牙也だったが、この後の事まではまだ考えていなかった。何せ情報が少な過ぎるのだ。迂闊に動いて見つかりでもすれば、元凶に返り討ちにされかねない。それゆえに慎重に行動しなければならなかった。

 

 「取り敢えずさっき見つけた建物を目指してみるか。予想が正しければ、あそこは艦娘達のいる鎮守府だからな。何かしら情報が拾えるだろ」

 

 乾かした羽織や袴、それにその他の荷物をクラックに放り込むと、牙也は通常より大きめで桜が描かれたロックシードを取り出した。それを解錠して放り投げると、ロックシードは巨大化・変形してバイクとなった。それに乗り込み、鎮守府とおぼしき建物を探し始めるのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 「Admiral!ビスマルク姉さまの容態は!?」

 

 一方こちらは、蔦の船を回収した鎮守府。その執務室に、一人の艦娘が駆け込んできた。

 

 「こらプリンツオイゲン、お客様が来てらっしゃるんだから静かに入室しなさい」

 「あ……す、すみません」

 

 プリンツ・オイゲンと呼ばれた艦娘は、執務室の客用ソファに座ったスーツの男性客に気づき謝罪した。そして一端部屋を出て改めて入室し直した。

 

 「えっと、それでAdmiral。ビスマルク姉さまの容態はどうなんですか?」

 「うむ、私も彼女と同じ事が聞きたかったのだ。たまたま別の用事で近くにいた私に、君から情報が入った時は酷く驚いたよ、ハイリア君」

 

 プリンツと客人は目の前にいる提督ーー『アルト・ハイリア』に本題を提示した。すると彼女は渋い表情を見せながら説明を始めた。

 

 「ビスマルク達『欧州連合艦隊』に、今のところ目立った傷はなく、容態も今は安定しています。艤装は現在工廠にて検査中になります」

 「ふむ。では何故彼女達はあのような状態で戻ってきたのかね?」

 「それはまだ分かりません。抜錨して一時間ほど経過した時に突如通信が途絶し、以降連絡が取れなくなりました。その為急ぎ捜索艦隊を手配しておりました」

 「なるほど。そしてその間残っていた空母達が偵察機で周辺を捜索していた時に、海面を漂う蔦の船と、それに乗せられたビスマルク達を発見した、と」

 「はい。何者かがその蔦の船を引っ張っていたのが目撃されていますが、偵察機に気づいたのか逃走しました。ひとまず船は回収しましたが……」

 「彼女達を降ろした後消滅した、と。船を引っ張っていた人物も逃走し、現在手掛かりはなし、か」

 「申し訳ありません」

 「構わん。取り敢えず彼女達が目を覚まし次第、詳しい話を聞いてみたまえ。それと、船を引っ張っていたその人物についても急ぎ捜索するのだ、良いね?」

 「はっ!」

 

 客人は「うむ」と言うと、今度は横に立っていたプリンツに目を向けた。

 

 「君もできる限り、彼女に協力してあげて欲しい。今回の出来事は多くの謎が残っている、それらを一刻も早く解明するためにもな」

 「は、はい!」

 「頼んだよ。では私はそろそろ戻る、後の事は任せたよ」

 「はっ。プリンツ、門までお見送りしなさい」

 「いや、結構。大事な作戦の最中なんだ、私一人の見送りに時間を割く必要もないだろう」

 「……そう言われるのでしたら」

 「ではまた会おう」

 

 客人はそう言って執務室を出ていった。それを見送ると、ハイリアは倒れ込むように椅子に座り込んだ。

 

 「あ~……あの人の相手は何故か疲れるわぁ」

 「あの、Admiral。さっきの人は誰なんですか?Admiralが頭を下げるなんて珍しい……」

 「私の新しい上司よ。名前は『アイナス・デュノア』、階級は中将よ」

 「そ、そうだったんですか!?てっきり何処かの業者さんかと……」

 「まぁ提督には見えないわよね。でも有能よ、あの人は」

 

 ハイリアはそこまで言うと、提出された開発報告書に目を通した。

 

 「レ級をはじめとしたeliteやflagship、更に鬼級・姫級の多いこの欧州……その戦線を維持するどころか、押し返す程の技量があの人にはある。実際に敵の侵攻を何度も食い止めてるからね」

 「ほぇぇ……凄い方なんですね」

 「人は見かけによらないものよ。さて、私はビスマルク達の様子を見に行くわ、プリンツも来る?」

 「はい、是非!」

 

 ハイリアはプリンツを伴い医務室へ向かった。

 

 

 

 

 

 

 その道中、

 

 「おぉ、これはハイリア大佐。彼女達の所へ向かうのですか?」

 「お疲れ様です」

 

 反対側から歩いてきたのは、同じような軍服を着た壮年の男性と、ボブ風の赤毛の髪が特徴の艦娘だった。

 

 「お疲れ様、レイス中佐。貴方も彼女達の所へ行ってきたの?」

 「はい、先程。まだ目覚めてはいませんでしたがね」

 「そう、まだか。アークロイヤルもありがとうね、非番だったのに」

 「いえ、これくらいなんという事はありません。最もあれを見つけたのは私ではないですがね」

 「謙遜しないで、皆が協力してくれたお陰で素早く発見出来たんだから」

 「光栄です」

 「ありがとうございました、助かりました!」

 

 お互いにお礼を言い合い、握手を交わす四人。

 

 「それで、今後はどうしましょうか?」

 「本隊がああなった以上、作戦は練り直しね。今動ける娘達で再編成を行い、後日再度出撃するわよ!」

 「ビスマルク姉さま達が動けない分を、私達で補わないといけないですからね!」

 「微力ながら、私達も尽力させていただきます」

 「彼女達の為にも、この作戦を必ず成功させなければなりませんからね」

 

 

 

 

 「果たしてそう上手くいくかな?」

 『!?』

 

 突如響いた声に四人が辺りを見回すと、四人の周囲にクラックが開いて、その中から機械でできた兵士が溢れ出てきた。その数実に数十体。

 

 「な、何ですかこいつらは!?」

 「誰!?何が目的なの!?」

 「悪いが、お前達の作戦を成功させる訳にはいかないのだ。ここで消えてもらう……『カッシーン』達よ、こやつらを始末しろ!」

 

 その声に導かれるように、カッシーンと呼ばれた機械兵士は四人に襲い掛かった。その時、何処からかエンジン音が響いたかと思うと、四人の頭上を飛び越えてバイクが現れ、周囲のカッシーン達を次々と轢いていった。

 

 

 

 

 

 何者かが乗ったバイクはカッシーンを次々と蹴散らしていった。超スピードで突進して突き飛ばしたり、急なUターンで吹き飛ばしたり。派手に暴れてカッシーンを翻弄していく。やがて粗方蹴散らすと、バイクは呆然としている四人の前で停止し、運転手はバイクから降りてきた。

 

 「おいおい、主役の登場を彩るにゃやり過ぎじゃねぇか?」

 

 バイクから降りた牙也はそう言うと、ヘルメットを脱いでバイクのハンドルに掛け、ケラケラと笑う。そこへカッシーン達が三又槍で襲い掛かるが、牙也は襲ってくるカッシーンを次々殴り飛ばし蹴り飛ばしていった。

 

 「しっかしこいつら何なんだ?カッシーンとか言ってたみたいだが。ま、これから調べりゃ良いか」

 

 カッシーンを蹴散らした牙也は、愛用の薙刀『紫炎』を抜くと、迫ってきたカッシーンを斬り裂いていった。三又槍の槍術を紫炎でいなし、カウンターキックも入れていく。途中何体かがハイリア達に襲い掛かろうとしたが、牙也が『スネークサリガマ』で捕縛して妨害する。

 

 「めんどいから終わるか」

 

 紫炎にエネルギーを溜め、牙也はそれを斬撃にして複数飛ばした。斬撃はカッシーンを次々と斬り裂き、カッシーンはスパークを上げて次々爆散した。

 

 「ほほぅ、あの数のカッシーンを倒すとは。なかなかやるではないか」

 「けっ。隠れてないで出てきたらどうだ、えぇ?」

 

 牙也が周囲に向かって声を張り上げると、牙也の目の前の空間が突如歪み始めた。そしてその歪みの中から、ガシャリ、ガシャリと何かが歩いてくる音が聞こえてきた。やがてその音の主は歪みから出てくると、目の前の牙也を見据えた。白銀のアーマーに身を包むその主は、圧倒的な王者の風格を見せつけていた。

 

 「私は、『シャドームーン』。世紀王である」

 「シャドームーン?それに世紀王だと?」

 「左様。私は皆既日食の起きし日に生まれ、世紀王となる運命を、そして創生王となる資格を得た……そう教えられている」

 「教えられている?」

 「……この世界に降り立った時、私は全ての記憶を失っていた。あてもなくさ迷っていた私に、誰とも分からぬ者が私の記憶についてとうとうと語り更にこう付け加えた……」

 

 

 『今の私には君の力が必要だ。もし力を貸してくれると言うのならば、君の記憶を完璧に取り戻す手助けをしてやろう』

 

 

 「私はその者の提案を受け、先程貴様が倒したカッシーンを託された……」

 「なるほど。で、お前にカッシーンを託した奴の事は分からない、と」

 「そうだ。そしてその者はこうも言った」

 

 

 『もし貴様の前に立ち塞がる者あれば、それは私の敵。故に倒せ。お前の全力を以て』

 

 

 「私の前に立ち塞がる貴様は、敵。よってーー」

 

 そこまで言って、シャドームーンは専用武器『サタンサーベル』を抜いて牙也にその切っ先を向けた。

 

 「私の全力を以て、貴様を粛清する」

 

 サタンサーベルを構え、戦う姿勢を見せるシャドームーン。対して牙也は「ふぅ」とため息を吐いた。

 

 「この世界の謎を解く為にも避けられない戦い、か」

 

 牙也は懐から『戦極ドライバー』を取り出すて腰に付け、更にベルト部分のホルダーから『ゼロロックシード』を外して右手に、『絆ロックシード』を外して左手に持った。

 

 「シャドームーン……あんたのその姿勢に敬意を評し、俺の全力で相手しよう」

 

 《ゼロ》

 

 《フルーツアイランド》

 

 両手に持った二つのロックシードを解錠すると、牙也の頭上に巨大なクラックが開き、そこから果物を模した沢山のアーマーと、それらとは異なる漆黒で重厚なアーマーが現れた。牙也はゼロロックシードを戦極ドライバーにロックしてドライバーの小刀で切り、更に絆ロックシードを差して手前に捻った。

 

 「変身」

 

 《ロック・オープン!絆アームズ!名・冥・名・冥・名軍師!!》

 

 重厚なアーマーが牙也に被さって展開し、更にそこへ果物のアーマーが融合して、彼の姿を変えた。黒袴に紫の軽装鎧、『絆』と達筆で書かれた意匠が目を引く兜。そして肩から背中、腰を通り踵にかけてを覆い隠すほどの大きさのマント。その姿は古き日本の戦国武将にも見えた。

 

 《絆羽扇!》

 

 絆ロックシードを捻り、牙也は『絆羽扇』を呼び出して口元を隠すような持ち方をする。

 

 「俺の謀略……全て読み切れるかな?」

 「面白い……全て読み切った上で、私が勝利しよう!」

 

 シャドームーンがサタンサーベルを構えて突進、牙也に斬り掛かったーー。

 

 

 

 

 

 




 絆アームズのスペック

 身長 218cm
 体重 101kg
 パンチ力 12.5t
 キック力 20.2t
 ジャンプ力 一飛び25m
 走力 100m5.1秒

 牙也がオーバーロードとしての宿命を受け入れた事で到達した仮面ライダー零の最終形態。モチーフは直江兼続。
 戦闘スタイルは主に基本形態のブルーベリーアームズ専用アームズウェポン『紫炎』による近接戦闘。大群を相手取る際は絆ロックシードでのアームズウェポン召喚または専用アームズウェポン『絆軍配』による擬似ライダー召喚による物量押し。
 仮面ライダー鎧武極アームズと比べ純粋なパワーで劣るが機動力に優れる。また呼び出せるアームズウェポンの量は鎧武の比ではなく、余程の強者でなければ直接戦闘よりもアームズウェポンや擬似ライダーでの物量押しで終わらせる事も。
 また専用アームズウェポン『絆羽扇』を用い、『十の計略』を使用。炎攻撃の火・水攻撃の水・風攻撃の風・土攻撃の土・雷攻撃の雷・敵を鎖で縛り付ける環・敵のヘイトを自身に全て向けさせる挑・敵にデバフを付与する弱・味方にバフを付与する奮・味方を回復する浄の十つあり、必要に応じて使い分ける。



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なんでいるの!?

 第六話、牙也sideです。




 《火計!》

 

 『仮面ライダー零 絆アームズ』に変身した牙也。呼び出した『絆羽扇』のトリガーを引き、十の文字『火』『水』『風』『土』『雷』『環』『挑』『弱』『奮』『浄』が出てきた。その中の『火』の文字を扇ぐと、彼の周囲に火球が現れた。そして牙也が羽扇を振ると、火球は次々とシャドームーンに向かって飛んでいく。

 

 「小癪な!」

 

 対してシャドームーンは『サタンサーベル』で火球を次々斬り捨てていく。そして牙也に向け突き攻撃を加えるが、牙也はそれを羽扇で受け流す。再びトリガーを引いて火球を飛ばすが、それもシャドームーンは後退しながら斬り捨てていった。

 

 「あの程度の炎で、私を倒せるとでも思っていたのか?」

 「まさか。あの程度で倒れる程柔な体じゃないだろ?あんたの実力を推し量ってただけさ」

 「……その余裕は、貴様自身を滅ぼすぞ」

 

 シャドームーンはそう言って、両手を牙也に向ける。と、その両手から緑のビームが数発放たれ、牙也の足元に着弾、火花を散らした。それにより多少だが煙が上がり、牙也の視界を遮る。そして一瞬だが牙也が顔を背けた隙を見て、シャドームーンは再びサーベルを構えて一気に接近、サーベルを振るう。しかし牙也もまたこれを読んでいたのか、体を大きく捻って回避する。そして再び距離が取られる。

 

 「……なるほど。口先だけではないという事か」

 「あんたも『世紀王』なんて大層な名を背負ってるだけはあるな」

 

 互いに軽口を叩き合う二人。そして二人はほぼ同時に確信を得た。目の前にいるその者ーー仮面ライダーは、紛れもなく強いと。

 

 「良いだろう、貴様を認めてやる。そしてその上で、私は貴様を倒す!」

 「あぁ、俺もだ……あんたの実力は紛れもなく本物だ。だからこそ……俺は、あんたに勝つ!」

 

 《無双セイバー!》

 

 互いを認め合い、二人は再び刃をぶつけ合う。シャドームーンはサタンサーベルを、牙也は新たに『無双セイバー』を呼び出してそれぞれ構え、二人同時に接近して刃を交えた。と同時に、牙也は無双セイバーをガンモードにして銃撃を、シャドームーンは再び両手からビームを放ち、互いのアーマーから火花が上がり、よろめき後ずさる。しかし再び刃を交え、凄まじい剣劇の応酬が始まった。お互いの斬撃・刺突・居合い抜きにより火花は散り、アーマーは傷付き、それでもなお互いに一度も倒れる事なく刃の交わりは続く。

 

 「私は勝つ!そして示そう!私こそが、創生王であると!」

 「創生王だぁ!?また物騒な名が出てきたもんだなぁ!だが、最後に勝つのは俺だ!」

 

 二人の仮面ライダーの剣の交わりは五十合に及び、まだまだ続こうとしていた。すると、

 

 『何をもたついておる、シャドームーンよ。その程度の輩、貴様なら瞬く間に倒せるであろうに』

 

 周囲にシャドームーンとは違う別の人物の声が響き渡った。声色は老人のそれに近かったが、それにしては若々しさも感じられた。

 

 「……今私は、こやつと真剣勝負をしているのだ。無粋な真似はするな」

 『断る。このような下らない事でつまづいておる場合ではないのでな。ここで時間を掛けるようならば、私自ら実力行使させてもらうぞ……このようにな!』

 

 その時、蚊帳の外状態だったハイリア達四人の周囲に歪みが現れ、その中からカッシーンが四体出現した。それぞれが三又槍を構えて戦闘態勢をとる。

 

 「くっ、またこいつらか!」

 「もー、何がどうなってんのよ!?」

 

 「貴様ぁ!!」

 「折角の真剣勝負に水差してんじゃねぇよ!!」

 

 《挑発ノ計!》

 

 牙也は急ぎ絆羽扇のトリガーを引いて『挑』の字を扇ぐ。扇がれた『挑』の字は四つに分裂して飛んでいき、四体のカッシーンの体内に一文字ずつ張り付いた。すると四体のカッシーンは急に牙也に目標を変えて襲い掛かってきた。襲ってきたカッシーンの槍撃を、牙也は無双セイバーで防ぎカウンターで斬撃を当てていく。

 

 「はあっ!」

 

 よくみると、何故かシャドームーンも牙也に加勢してカッシーンに攻撃していた。サタンサーベルで槍を受け止めながらビームで応戦する。

 

 「おい、お前さっきの声の奴の味方だろうが。俺を手伝って良いのか?」

 「……私の楽しみに水を差す輩の味方などできるものか。確かに私は小細工を労する者は好かん。がそれ以上に、大事な勝負に水を差す輩が大嫌いなのだ。たとえそれが、味方であろうとな」

 

 シャドームーンはそう言い、カッシーンを斬り裂いた。

 

 「あぁそうかい!」

 

 牙也もまたカッシーンを斬り裂く。四体のカッシーンはスパークを上げて爆散した。カッシーンを片付け終え、二人は再び向き直る。

 

 「思わぬ邪魔が入ったが、続きと行こうぜ」

 「良かろう、決着を付けようーー」

 

 

 

 

 その時、突如シャドームーンがサーベルを取り落とし、その場に崩れ落ちた。

 

 「!?」

 

 地面に倒れ伏すシャドームーン。その背中には、何やらバルブのような物が付いた剣が突き刺さっていた。慌てて牙也は変身解除してシャドームーンに駆け寄る。

 

 「おい!しっかりしろ!」

 「ぐ……うぅ……」

 

 牙也がシャドームーンを抱き起こすと、シャドームーンの背中に刺さっていた剣が抜けて飛んでいった。そして飛んできたその剣をキャッチする者が、剣の行き先を目で追い掛けた牙也の、その目線の先にあった。

 

 「私の計画の支障になるのならば……最早貴様の存在意義はない。消えてもらおう」

 

 そこに立っていたのは、漆黒の装束に身を纏った60代くらいであろう男だった。その風貌は異質で、体の左半分が機械に置換されていた。その左手には先程の剣が、右手には何やら複雑な仕組みをした銃が握られている。その銃に牙也は見覚えがあった。

 

 「あれは『トランスチームガン』……?いや、あれとは色が違う」

 「これは『ネビュラスチームガン』。そして私の名は『最上魁星』」

 「最上……魁星?」

 

 聞いた事もない名前に、牙也は首を傾げる。

 

 「ただのしがない科学者だ。が……それは世間を騙す表向きの顔。私のもう一つの姿を、お前に見せてやろう」

 

 最上は懐から青いギアの意匠が施されたボトルのような物を取り出すと、ネビュラスチームガンに装填した。

 

 《ギアリモコン!》

 

 「カイザー」

 

 《ファンキー!》

 

 ネビュラスチームガンのトリガーを引くと、最上の全身はネビュラスチームガンから放たれた煙に覆われた。そしてその煙と共に、青の歯車のような装甲が現れて最上に装着された。

 

 《リモートコントロールギア!》

 

 「レフトカイザー……誕生」

 

 最上ーーレフトカイザーはネビュラスチームガンとスチームブレードを構える。

 

 「カイザーなんてまた大層な名前を……やれやれ、スケールだけはデカイ奴ばかりだな」

 

 《ブルーベリー》

 

 《ロック・オン》

 

 「変身!」

 

 《ソイヤッ!ブルーベリーアームズ!侵食者・Hell・Stage!》

 

 『仮面ライダー零 ブルーベリーアームズ』に変身した牙也は、薙刀『紫炎』を右手に、『無双セイバー』を左手に持ち、戦闘態勢になる。

 

 「これを見てなおも貴様は私に楯突くか……ならば、消すまで!」

 「じゃあやってみなよ」

 

 互いに軽口を叩き合い、最上はネビュラスチームガンの、牙也は無双セイバーの銃撃を相手に食らわせた。お互いのアーマーから火花が散り、銃弾同士がぶつかり弾ける。しかし互いに仰け反る事もなく、悠然とそこに立っている。

 

 「かかって来い」

 「言われずとも!」

 

 牙也は二つの武器を構えて一気に接近、最上に向けて紫炎を振り下ろした。最上もまたそれをスチームブレードで防ぎネビュラスチームガンの銃撃を当てようとするが、そこへ無双セイバーによる突きが襲ってきた。やむなく銃撃をせずそれを避け、続け様に襲ってくる紫炎の斬撃を再びスチームブレードで防いだ。

 

 「まだまだ!」

 

 牙也は攻撃の手を緩める事なく、更に紫炎で攻撃を続ける。今度は紫炎による突き攻撃をメインにし、常に一定の距離感を保った状態で攻撃している。もし最上が接近してこようものなら、紫炎の突きや無双セイバーの銃撃で近付かせず、接近戦を相手にさせない。

 

 「このカイザーを相手に、ここまで善戦するか……!私は貴様を見くびっていたようだな」

 「どんなに強い相手だろうが、常に相手が不利な状態に持ち込めば勝機は見出だせるものさ」

 「ふむ、難敵だな……ここらが退き時か」

 

 最上は遂に諦めたのか、一端牙也から距離を取った。

 

 「ここは退く。また会おう……仮面ライダーよ」

 

 そしてネビュラスチームガンから煙を撃ち出して視界を遮った。やがて煙が晴れると、最上はいなくなっていた。

 

 「不利を悟って撤退したか。敵ながらやるねぇ」

 

 牙也は変身を解除して、倒れているシャドームーンに駆け寄った。しかし牙也が生死を確認すると、シャドームーンは既に事切れており、最早手遅れであった。

 

 「駄目か……色々聞きたい事があったんだがな」

 

 せっかくの情報源を失い、牙也はため息をつく。と、シャドームーンの体が淡く光ったかと思うと、その体は小さな光の球に変わった。それはふよふよと空高く舞い上がっていき、やがてパンッと弾けて消えた。

 

 「……自分が本来あるべき場所に戻ったんだろうな」

 

 そう結論付けた牙也は、近くに停めてあったバイクに再び乗り込みヘルメットを被ろうとする。と、

 

 「待て」

 

 その背中に銃のような物を突き付けられた。振り向いてみると、先程まで蚊帳の外だったハイリア達四人がおり、その内の一人ーーアークロイヤルが艤装を牙也に突き付けていた。

 

 「悪いんだけど、貴方をこのまま帰す訳にはいかないわ。不法侵入者さん?」

 「大人しく私達について来い。そして知っている全てを話せ」

 

 アークロイヤルが艤装を更に牙也に押し当てながら言う。しばらくハイリア達を見ていた牙也だったが、逃げるべきではないと判断したのか、牙也は大人しくバイクから降りると、バイクをロックシードの形に戻してポケットに入れた。

 

 「……悪いが、話せる事はそれほどないぞ。それでも良いのか?」

 「今の私達は少しでも情報が欲しい状況なの。関連する情報があると言うのなら、それに越した事はないわ。レイス中佐、彼を拘束して」

 「分かりました」

 

 レイスがすぐさま牙也に走り寄って手錠を掛ける。牙也は抵抗する素振りもなく、大人しくそれを受け入れた。

 

 「彼を客間へ案内して。彼には色々聞きたい事があるわ」

 「客間にですか?大佐、それは危険な気がしますが……地下牢で充分なのでは?」

 「確かに彼は不法侵入者、罪人よ。でも同時に彼は、今回の件について何か重要な事を握っている可能性があるわ。作戦の途中で時間が限られてる以上、一刻も早く私は情報が欲しいのよ」

 「……そうおっしゃられるのでしたら」

 

 レイスは「こっちだ」と言って牙也を誘導すると、牙也は大人しく彼について行った。その後ろをプリンツとアークロイヤルが追い掛けて行く。その後ろ姿を見つめながら、ハイリアは先程の光景について考えていた。目の前で起こったのは、突如現れたカッシーンと呼ばれた謎の機械兵士による襲撃。シャドームーンを名乗った白銀の鎧の戦士。謎の科学者、最上魁星と彼が変身したレフトカイザーという機械生命体(と考えている)。そしてそれら全てを相手し、先程連行させた一人の青年。聞きたい事は山とあった。

 

 「……何かがおかしいわね。一体これから、何が起きようとしてるのかしら……?」

 

 疑問が尽きぬまま、ハイリアは先行した四人を追い掛けて行った。

 

 

 

 

 



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対話

 第七話、牙也sideです。




 手錠で拘束されたまま執務室に連れて来られた牙也は、来客用のソファに座らされた。その隣にはアークロイヤルが、後ろにはプリンツ・オイゲンが控えており、向かい側にはハイリアとレイスが腰掛けている。

 

 「さて、話してもらおうかしら。貴方が知っている事全て」

 

 全員が所定の位置についたところで、ハイリアが身を乗り出して牙也に話し掛ける。その表情は、これから始まるであろう牙也の話を一言一句聞き逃すまいという姿勢が見てとれた。

 

 「あぁ。だがその前に……」

 

 すると牙也は何を思ったのかクラックを開いて、中から『ブドウ龍砲』と『オリジン』を取り出した。突然の事に全員が身構える中、牙也はハイリアの背後にある棚目掛けて一発撃った。弾丸はハイリアとレイスの間をすり抜けるように飛んでいき、棚に置かれていたブタの貯金箱を砕いた。

 

 「あー!?私のお気に入りの貯金箱がぁぁぁぁ!?」

 「貴様!これは何の真似だ!?」

 

 アークロイヤルが牙也に掴み掛かるが、牙也はそれを払いのけ、棚に近寄り、撃ち抜いた貯金箱をゴソゴソ漁る。そしてその中から、何やらボタン電池のようなものを見つけ出した。

 

 「……やっぱり盗聴機か。ふざけやがって」

 「!?」

 

 牙也は発見した盗聴機を忌々しそうな表情をしながら指で握り潰し、他にないかと辺りを見回す。盗聴機が発見された事に、ハイリア達は驚いた表情を見せた。

 

 「……こりゃまだあるな。なぁあんたら、この部屋全部ひっくり返してみろ。まだ盗聴機が仕掛けてある筈だ」

 「何!?まだあるのか!?」

 「念のためだ。こんなんが見つかった以上、気軽に俺の事を話す訳にはいかなくなったぜ」

 

 自分が粉々に砕いた盗聴機の破片を踏みつけながら、牙也は執務室をあら捜しし始めた。

 

 「ちょ、ちょっと貴方!勝手に荒らさないでよ!」

 「うるせぇ!こんな盗聴機まみれの部屋で、オチオチ会話なんざしたくねぇんだよ、こっちは……ほら、あったぜ」

 

 牙也が次に目をつけたのは、窓際に置かれていた複数のプランターだった。全て掘り返してみると、やはり土まみれになった盗聴機が二つ隠されていた。それをレイスに投げ渡し、牙也はあら捜しを再開する。

 

 「あとはそこの水槽とか、そこの額縁とか、あの食器棚に置かれた皿の裏とか。まだある筈だぜ」

 

 牙也に指摘された箇所を試しにレイスが調べると、そこから出るわ出るわ大量の盗聴機。これにはハイリアもアークロイヤルもプリンツ・オイゲンも唖然とし、一緒になって盗聴機探しが始まった。

 

 

 

 

 

 

 

 「まさかこんなに盗聴機が仕掛けられてたとはね、うちの執務室にさ」

 

 こうして執務室全体をひっくり返してあら捜しする事三十分。手に持った袋の中にいっぱいに詰め込まれた盗聴機を机に置きながら、ハイリアはそう言ってソファに倒れ込むように座り込んだ。

 

 「しかしこれだけの盗聴機を、一体誰がいつ仕掛けたのだろうか?基本的に鎮守府は警備面を何処よりも厳しくしているから、簡単に侵入出来る筈はないのだが……」

 「何言ってんだ。侵入手段ならいくらでもあるだろ、ここに出入りしてる業者とか職員に化けるとかさ。簡単な事だろ?」

 「それはないと思いますよ?」

 

 アークロイヤルの疑問に牙也が淡々と答えるが、プリンツがそれを否定した。

 

 「何故だ?」

 「ここは最新の顔認証システムを導入してるんです。変装しても、システムに引っ掛かって一発アウトになるのがオチですよ?」

 「プリンツの言う通りよ。実際にここの職員に変装して侵入しようとして、システムにバレて捕まった奴が過去に何人もいたからね。どう、凄いでしょ?」

 

 ハイリアがプリンツの意見に付け加えるように言葉を繋ぎ、エッヘンと胸を張る。

 

 (……凄いのはあんたじゃなくてシステムだろうに)

 

 心の中でそんなツッコミを入れながら、牙也はまた別の可能性を挙げた。

 

 「なら……鎮守府内や鎮守府に出入り出来る奴の中に、裏切り者がいるとしたらどうだ?」

 

 牙也のその意見に、全員の目が鋭くなった。

 

 「……ここの職員や業者に接触して、スパイに仕立て上げた、という事ですか?」

 「あぁ。もしくは最初からスパイとして誰かが潜り込んでいたか、だ。それだけ優秀なシステムに誰も引っ掛からないなら、そりゃもう内部犯以外あり得ねぇだろ。日本の忍びの術に身虫の術ってのがあるが、それの応用だな」

 「蓑虫?」

 「身虫違いだ。組織の内部にいる人間ーー特に高い地位の奴をスパイに仕立てて内部から滅ぼそうって寸法だな」

 

 プリンツのボケに冷静なツッコミを入れ、牙也はソファに座り直し大きく伸びをする。よく見るといつの間にか手錠は外れていた。

 

 「な!?君、いつの間に手錠を!?」

 「手錠ごときで俺は拘束出来んよ。ちょちょいとピッキングすればすぐさ……取り敢えず盗聴機は他の安全な所に持ってっとけ」

 「そうね。オイゲン、これ全部工廠に持っていって、妖精さん達に解析してもらって」

 「分かりました!」

 

 プリンツは盗聴機(全部牙也が破壊し残骸と化した)を入れた袋を受け取ると、急いで工廠へ駆けていった。それを見送り、ハイリアは改めて牙也に向き直る。

 

 「さて、今度こそ貴方の知っている事全て話してもらうわよ」

 「あぁ」

 

 牙也は全てを語った。あの時連合艦隊に何が起こったのか、先程現れた敵が何なのか。知っている限りの事をハイリア達に語った。話を聞いていたハイリア達は、あまりにも荒唐無稽で馬鹿げた内容に信じられないという表情を常に見せていた。

 

 「……じゃあ何?ビスマルク達に起きた事も、さっきの敵も、全部他の世界から来た人や事象が原因だって言うの!?」

 「あぁ。あれらは全部、『本来ならこの世界に存在してはいけない』んだ。俺は今まで沢山の世界を見て回ってきたが、何処の世界も『存在する』と『存在しない』がはっきりしているんだ。例えばこの世界なら、艦娘と深海棲艦は『存在する』部類、さっき出てきた敵はいずれも『存在しない』部類だ。たまに例外もあるがな……俺みたいに」

 

 黙々と説明を続ける牙也。最後だけはハイリア達にも聞こえない程の小声で言葉を紡ぎ、話を終わらせた。

 

 「そんな無茶苦茶な……はっきり言って信じられませんが、先程のあれを見た後ではね……」

 「私達は深海棲艦以外の敵とも戦わねばならんと言うのか……」

 

 レイスは頭を抱えて俯いており、アークロイヤルもため息をつくしかできなかった。

 

 「……一つ聞くわ。仮に貴方の言った事が事実として、一つの世界に別の世界から人や事象を持ってくるなんて事が本当に出来るの?それこそ神様でなきゃ無理な気がするけど」

 「別に神様でなきゃ無理って訳でもないぞ?神に近しい力さえあれば、誰でも出来るからな」

 「はぁ!?そんなのあるわけないでしょ!?」

 「あるんだよ、別世界にはそういう力が。あんたらが知らない、知る由もないってだけだ」

 

 ハイリアはもう開いた口が塞がらない。当然だろう、自分達の理解の範疇には収まらないレベルなのだから。

 

 「さて、俺は全て話した。今度はそちらが話す番だぜ」

 「た、大変ですぅ!」

 

 その時、工廠に向かった筈のプリンツが大慌てで執務室に飛び込んできた。

 

 「オイゲン、どうしたの?」

 「こ、工廠が……工廠が、大変なことになってます!沢山の蔦に覆われてて……!」

 

 それを聞いた牙也は、体を弾かれたかのように立ち上がった。そしてプリンツを押し退けて執務室を飛び出した。

 

 「あ、ちょっと!」

 「何があったのかは分かりませんが、とにかく彼を追い掛けましょう!」

 

 ハイリア達も慌てて牙也を追い掛けていく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 大急ぎで牙也が工廠に滑り込んだ時、工廠は全体が言葉にならないほどに悲惨な状況となっていた。工廠の鉄筋造りの壁は蔦で完全に覆われ、鉄の扉から僅かに見える中も大量の蔦が占拠している有り様。しかも未だに内部から蔦がわさわさと暴れ出てきている。

 

 「こりゃぁ……マズイな。早急に治めねぇと」

 

 急ぎ牙也が工廠内へと飛び込むと、開発エリアも建造炉も全て蔦に覆われてしまっており、もう滅茶苦茶であった。

 

 「こんだけ蔦が溢れるって事は、どっかにデカイクラックがある筈だな……何処だ?」

 

 未だに蔦が蠢く工廠内を縫うように進んでいく牙也。すると一際蔦が多く溢れ出てきている部屋を目の前に見つけた。

 

 「あそこか。さて、鬼が出るか蛇が出るか……」

 

 蔦を刺激させないよう慎重にその部屋に入る。その部屋は見渡す限り沢山の艦娘の艤装が置かれており、その形は様々であった。駆逐艦用らしき小型の艤装から戦艦用であろう大型の艤装まで、色々だ。その中に、何故か他の艤装よりも沢山蔦に覆われている艤装があった。大きさからして、戦艦の物だろうか。

 

 「ん~……?なんで『艤装の中から』蔦が出てきてるんだ……?」

 

 不思議に思いながらも、牙也はゆっくりとその艤装に近づいていく。すると頭上から小さくか細くだが声が聞こえてきた。天井を見上げると、頭上に張り巡らされた蔦に、沢山の小人のような何かが絡め取られており、なんとか脱出しようと必死にもがいていた。その数実に数十体。

 

 「工廠の妖精さんか?待ってろ、すぐ助けてやるからな!」

 

 牙也は妖精達にそう声をかけ、目の前の艤装に近づいていく。そして艤装から伸びていた蔦を掻き分け、艤装の内部を覗いてみると、艤装の中心に何やら掌より少し大きめの本のような物があった。蔦はその本から伸びているようだ。牙也はその本に手を伸ばし、艤装の中から引っ張り出した。すると艤装も含めて工廠全体を覆っていた蔦はみるみると消えていき、やがて工廠は元の状態を取り戻した。蔦に捕らわれていた妖精達が、重力によってボテボテと牙也の頭上に落ちてくる。牙也はその妖精達を次々と優しくキャッチすると、近くの机に降ろしてあげた。

 

 「アリガトウナノデス‼️」

 「タスカリマシタ!」

 「アナタハイノチノオンジンデス!」

 

 助けた妖精達が、口々に牙也にお礼を言う。牙也も「どういたしまして」と手をフリフリ振る。とそこへハイリア達がバタバタと工廠に飛び込んできた。

 

 「ちょっとオイゲン、蔦なんてどこにもないじゃないの」

 「あ、あれ?さっきまで工廠全体が蔦だらけだったのに……」

 「あぁ、蔦なら消したぞ。どうやら保管してた艤装にこんな危険物入れた馬鹿がいるみたいだ」

 

 持っていた本をハイリア達に見せながら牙也が言う。

 

 「これが艤装の中に突っ込んであってな。取り出したら蔦が全部消えたよ」

 「それが原因……もしかしてそれも貴方が言ってた『存在しない』物?」

 「多分な。それと妖精達も蔦に捕らわれてたから助けといたぜ」

 

 牙也は机の上でおおはしゃぎしてる妖精達を指で示しながら言った。妖精は皆手を取り合って喜んだり、ハイタッチして楽しんだりしていた。

 

 「それは良かった……ちょっと待って下さい。君もしかして、妖精が見えているのですか!?」

 

 思わぬ事実にレイスが驚きながら問い掛けてきた。

 

 「ん?あぁ、見えてるぜ。てか見えてなきゃ妖精達助けられなかっただろ」

 「確かに……しかし今のご時世に妖精が見える者が現れるとはな」

 「んー?妖精が見えるのがそんなに珍しい事なのか?艦娘が存在する世界なんだ、妖精が見える奴はそれなりにはいる筈だろ」

 「珍しい……というよりも、見える人材が少なくなっているんだ、ここ最近はな」

 

 アークロイヤルが説明する。

 

 「以前は貴様の言う通り、妖精が見える者はそれなりにはいた。勿論ヨーロッパ各国の海軍はそう言った人材を次々発掘して提督として教育し、各地に着任させていたんだ。が……数年前の深海棲艦による大規模侵攻の際にその提督のほとんどが戦死してしまったのを境に、その数はみるみる減少していったのだ」

 「あれは酷かったらしいわね。私は当時まだ提督じゃなかったから詳しくは知らないけど、随分お粗末な作戦だったみたいね」

 「中破大破も構わずガンガン艦娘を突撃させるだけの、上っ面だけの作戦だったと聞きます。お陰で提督の数も艦娘の数も随分減少したようですね。艦娘に関しては今は持ち直していますが」

 「ほへ~……そんな大変な時期があったんですか」

 「オイゲンは二年前に建造されたから、あの戦いを知らないのも無理ないわね……ま、その結果が今の私達なのよ。未だにあの戦いの余波がきてて大変なのよ……」

 

 牙也はハイリア達の説明を黙って聞いていた。とそこへ、先程捕らわれていた妖精とは別の妖精が工廠に入ってきてハイリアに何か耳打ちした。

 

 「あら良かったわ、ビスマルク達が目を覚ましたのね」

 「ビスマルク姉さまが!?」

 

 途端にプリンツの顔に喜びが戻る。ハイリア達の顔にも安堵が出てきた。

 

 「さて、ビスマルク達を労ってこなくちゃね。オイゲン、アーク、貴女達も来るでしょ?」

 「もっちろんです!」

 「あぁ」

 「レイス中佐、彼は独房に入ってもらって。無駄だとは思うけど、一応不法侵入者だから」

 「分かりました。さ、もう一回手錠させてもらいますよ」

 

 ハイリアはプリンツとアークロイヤルを伴って工廠を先に出ていき、後からレイスと再び手錠された牙也が出ていく。独房に運ばれる間、牙也はあの艤装から取り出した本をじっと見つめていた。

 

 (……また、面倒な敵が出張ってくる予感がするな)

 

 その本の表紙にはこう書かれていた。

 

 

 

 

 

 『零 戦国異聞録』

 

 

 

 

 

 

 



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各々の動き

 第八話、牙也sideになります。




 「ビスマルク姉さま!」

 

 鎮守府の医務室に、ビスマルク達の見舞いに訪れたハイリア達四人。プリンツは既に目を覚ましていたビスマルクを見るなり、大喜びでビスマルクに飛び付いた。ビスマルクは困惑しながらも優しくプリンツを受け止めてあげる。

 

 「こらこらオイゲン、ビスマルクは一応怪我人なんだから止めてあげなさい。まだ目が覚めてない娘もここにいるんだから」

 「あ……ごめんなさい、ビスマルク姉さま」

 

 ハイリアに注意され、プリンツは少し残念そうにビスマルクから離れる。ビスマルクもまた困った笑みを浮かべながら彼女の頭を軽く撫でてあげた。

 

 「良いのよ、オイゲン。それとごめんなさい、Admiral。せっかくの作戦をこんな形で失敗に終わらせてしまって……」

 「気にしないで、ビスマルク。貴女達が無事に帰ってこれたのが一番の救いよ」

 

 ハイリアはそう言ってビスマルクを励ます。

 

 「それよりもビスマルク。貴女達に一体何が起こったのか、詳しく話してくれないかしら?」

 「えぇ……」

 

 ビスマルクは自身が覚えている限りの事をハイリア達に説明し始めた。

 

 「鎮守府沖40kmを航行中、妖精達が艤装の不調を見つけたのよ。それで一旦全員に警戒態勢を取ってもらって、簡単な応急処置をしてもらったの。その後は特に問題なかったのだけれど……50km地点で急に艤装から植物みたいなのが伸びてきて……それ以降は全く記憶にないわ」

 「艤装から、植物が?」

 「信じられないと思うけど、事実よ」

 「……いえ、信じるわ。大事な艦娘が実際に見たっていう事だもの。それに……」

 

 ハイリアがそこまで言った時ガラガラとドアが音を立てて、レイスが医務室に入ってきた。

 

 「お話中失礼します。ハイリア大佐、捕縛した彼と妖精達からも話を聞いてきました」

 「そう、ご苦労様。それで何か分かった?」

 「はい。まず妖精達の話なのですが……工廠を滅茶苦茶にしたあの蔦は、原因究明の為に保管していたビスマルクの艤装から伸びたもののようです。彼が艤装から取り出したこの小さな本が原因だと思われますが……」

 

 レイスはポケットから紫と紅の色鮮やかな本を出してその場の全員に見せた。

 

 「妖精達はこの本に覚えはないとの事。となれば、何者かが工廠に侵入してこの本を艤装に隠したと思われます」

 「ふーん……でももし工廠に侵入者があれば、いち早く妖精達が気づく筈じゃない?防犯カメラだってあるし」

 「それが、工廠の防犯カメラには何も映っていませんでした。妖精達に聞いても、ここ最近侵入者は一人としていなかったと証言しています」

 「えぇっ!?じゃあどうやってビスマルク姉さまの艤装にこれを……!?」

 

 「可能性なら一つあるぜ」

 

 聞き覚えのある声にハイリア達は辺りを見回し、ビスマルクは突然聞こえた声に警戒を強めた。

 

 「上だ、上」

 

 そう指摘され全員が上を見ると、ビスマルクの頭上に開いたクラックから牙也が顔を出していた。

 

 「誰!?」

 「落ち着きなさい、ビスマルク。牙也、その可能性について教えて?」

 「あぁ」

 

 牙也は一旦クラックを閉じると、今度はレイスの背後にクラックを開いてそこから出てきた。

 

 「俺も工廠の防犯カメラを確認させてもらった。確かに防犯カメラには何も……誰も映ってなかった」

 「そう……誰も侵入してないのね」

 「いや……深掘りして調べてみたら、内部の誰かが侵入した可能性が出てきた」

 「何!?どういう事だ!?」

 

 アークロイヤルが凄い剣幕で掴み掛かる。それを振りほどき、牙也は話を続けた。

 

 「防犯カメラのデータを確認したら……三日前の昼頃の映像の部分だけが綺麗に無くなってた。誰かがそこの映像だけ切り取って消去したんだ」

 「じゃあレイスが確認した映像は、誰かが編集した物って事?」

 「恐らくな。素人も玄人も分からない程に綺麗な編集がしてあった。ほら、これだ」

 

 牙也は防犯カメラから取り出したデータをレイスに渡す。レイスが急いでそれをノートパソコンに入れて中のデータを確認し始め、他の皆もパソコン画面を覗き込んだ。

 

 「切り取られてたのは二日前の昼下がりの頃だ……ほら、ここ」

 

 牙也が編集された箇所を指す。そこは普通に見ても分からないが、よく見ると一瞬だけだが映像が途切れていた。

 

 「なるほど、これは確かに分かりづらいな……見落としたのも無理はない」

 「犯人は相当手慣れていますね……ここまで正確に編集して私達を欺くとは」

 「けどここまで正確だと、自然と犯人は絞り易くなるわね。この手の作業に従事した経験のある人物……か」

 「このビスマルクをあんな眼に遭わせるなんて……ただじゃおかないわ!」

 

 その後も思い思いに意見を出し合うハイリア達。今後の対応について様々な意見・提案が次々出てきてちょっとした騒ぎになる。その間に牙也はレイスに渡していたあの小さな本を回収すると、書き置きを残してこっそり医務室を抜け出した。

 

 

 

 

 

 

 自身が入っていた独房に戻ってきた牙也は、独房の床に沢山の資料を広げた。その資料はハイリアが運営する鎮守府とレイスが運営する鎮守府の詳細な情報を含んでおり、その中には鎮守府に勤める人間や艦娘の情報も混じっていた。牙也はハイリア達にあの防犯カメラの映像を見せる前にこっそり情報を抜き取っていたのだ。乱雑に広げられた資料を片っ端から読み漁り、その全てを頭に入れる。

 

 「エフィンム」

 

 そして牙也は誰もいない筈の虚空に向かって名を呼ぶ。すると牙也の背後にクラックが開き、その内部からエフィンムが出てきた。

 

 「お呼びでしょうか、神王様」

 「あぁ。この鎮守府で働く全員の情報がこの資料に入ってる。お前はこれから、この全員の情報を洗い直せ」

 

 牙也はそう言って読み終わった資料の中から、鎮守府に勤める人間と艦娘の情報が入った資料を抜き取ってエフィンムに渡した。

 

 「ははっ」

 「良いか、俺達の行動は何者かに監視されている可能性がある。それを念頭に入れて動け、無茶な行動は絶対に控えろ」

 「はっ……お言葉、肝に命じます」

 

 エフィンムは軽く一礼すると、影に溶け込むかのようにスッと消えた。それを見送り、牙也は残った資料を全てかき集めると、その上に左手を置いた。すると積み重ねられた資料は一瞬で黒く染まり、灰のようにボロボロと崩れ落ちてしまった。それを牢の外に掃き出し、牙也は床に寝転がる。

 

 「さて、後は結果を待つだけか。それ次第では……」

 

 そんな事を考えつつ、牙也は眠りに落ちるのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 「ムキー!!アイツ全然帰ッテ来ナイジャンカァ!!」

 

 一方こちらは牙也と拳を交えたレ級の拠点である無人島。そこに出来た天然の洞窟の内部で、レ級は牙也がいつまで経っても帰ってこない事にキレてジタバタ大暴れしていた。

 

 「ヌガー!!スグ帰ッテ来ルッテ言ッテタノニー!嘘ツキー!」

 

 言ってません。

 

 「アラアラ、ゴ機嫌斜メネ、レ級」

 

 その声にレ級がガバッと起き上がると、レ級の目の前には、非常に長い黒髪にネグリジェ風の黒ワンピースという姿の深海棲艦が立っていた。

 

 「ナンダ、戦艦棲姫カヨ。テカナンデオ前ココニイルノサ?」

 「ウフフ、太平洋ノ方ガダイブ落チ着イタカラ、チョットコッチノ様子ヲ見二来タノヨ。元気二シテタ?」

 

 妖艶な笑みを見せながら戦艦棲姫はレ級を気にかける。

 

 「マァネ。向コウハソンナニ手応エ無イノ?」

 「建造シタテノ新人ラシイ娘バッカリ来ルカラ退屈ナノヨ。マダコッチデ戦ウ方ガ楽シメルワ」

 「ナーンダ、ソレナラチャチャット制圧スリャ良イノニ。新人バッカリナラ簡単デショ?」

 「ソノ代ワリ、後方ノ艦娘ガ滅法強イノガ揃ッテテネ。一回侵攻シテミタケド、追イ返サレチャッタワ」

 「フーン……」

 

 レ級は太平洋の戦況を退屈そうに聞いている。

 

 「ソレデレ級、コッチノ生活ハドウナノヨ?強イ娘見ツケタ?」

 「!ソウ、ソレナンダ!アタシ見ツケタゼ、将来ノ旦那様ヲ!」

 「ハイ?」

 

 突然聞こえた謎の単語に、戦艦棲姫が意味不明とでも言いたげな表情で聞き返す。

 

 「ダカラァ、見ツケタンダヨ!アタシヨリ滅茶苦茶強クテ、アタシノ将来ノ旦那様二ナル奴ガサ!」

 「……旦那様?」

 「ソウ!アタシソイツ二挑ンダンダケドサ、一撃デ負ケチャッタンダヨナ。ンデ、モウ一回挑ンダ時ハ勝負付カズダゼ!アタシヲ目ノ前ニシテ一歩モ退カナカッタ奴ナンテ、今マデデアイツガ始メテダゼ!」

 「ソ、ソウ……デモ旦那様ッテ一体……」

 「エ?強イ奴ト戦ッテ勝テバ、ソイツヲ旦那様二迎エラレルンジャナイノカ?」

 「……ソレ何処情報ヨ?」

 「集積地ノ奴」

 

 情報元を聞いて、思わず戦艦棲姫は頭を抱えた。

 

 「アイツカ……後デオ仕置キシナキャ……」

 「?ナンダ、違ウノカ?」

 「……イエ、貴女モイズレ分カルワヨ」

 「?」

 

 言葉を濁し、戦艦棲姫はため息をつく。思えばレ級は非常に純粋であった。他人から仕入れた情報は基本的に事実確認をせずにそれが正しいと思い込んでしまったり、己の欲望に常に忠実だったり。戦闘ではとても頼りになるが、それを楽しむあまり敵味方構わず攻撃する事も屡々あった。そのせいで仲間内ではとても浮いた存在として認識されてしまい、随分と苦労していた。そんなレ級を戦艦棲姫は常に気にかけ、当時レ級に似た境遇の深海棲艦が多かった大西洋の方に送り出したのだ。

 

 「ソレデ、貴女ガ言ッテタ奴ハ何処ノ鎮守府二イルノ?」

 「何処ッテ……ンー?ソウイヤアイツ艦娘ジャネェナァ。男ダッタシ」

 「分カラナイノ?」

 「分カンネ!ソレニアイツ、スグ戻ルッテ言ッテタ癖二、イツマデ経ッテモ帰ッテ来ナインダヨ!」

 

 言ってません(二回目)。

 

 「ソウ……ソレナラ捜シニ行ッテミル?」

 「行ク!」

 

 戦艦棲姫の提案に即答するレ級。戦艦棲姫はそんなレ級を見て「ヤレヤレ」と呟きながらふと洞窟の外に目を向けた。見ると、何やら外が少し騒がしい。

 

 「……誰カ外二イルワネ」

 「艦娘カ?」

 「イエ、違ウワ。何カ機械ガ動ク音ガ聞コエルワネ」

 

 二人は洞窟の出入口に集中する。と、突如洞窟の天井を破壊して何かが戦艦棲姫の頭上に降ってきた。それは何やら機械で作られた人形のようであった。

 

 「敵襲!?」

 

 戦艦棲姫は咄嗟に攻撃を回避すると、降ってきた機械人形の一体を蹴りで洞窟外に吹き飛ばした。残りはレ級に捕まえられて一瞬でスクラップに早変わりした。すると洞窟内部へ次々と同じ機械人形が三又槍を構えて侵入してきた。

 

 「レ級、ココハ狭イワカラ外デヤルワヨ!」

 「イエーイ!!」

 

 レ級がわんさか現れた機械人形をラリアットと尻尾の攻撃でまとめて外に追い出す。それを追い掛けて外に飛び出すレ級を、戦艦棲姫が追い掛けていく。外に出ると、戦艦棲姫の艤装が自立可動して沢山の機械人形を相手していた。その豪腕で近寄ってくる機械人形を粉々に砕き、その大きな口で機械人形を噛み砕いていく。

 

 「数ダケハ無駄二多イミタイネ……面倒ダワ、マトメテ沈ミナサイ!!」

 

 戦艦棲姫の号令で艤装の砲塔から漆黒の弾が放たれ、機械人形達に着弾し破片一つ残さず吹き飛ばす。一方レ級は次々現れる機械人形を殴る蹴るで応戦し、スクラップの山を築いていた。

 

 「アハハハハ!!コイツラ滅茶苦茶二ブッ壊スノターノシー!!」

 

 一発殴れば機械人形の体に大きな穴が空き、頭が吹き飛び、手足がもげ、一回蹴れば機械人形の体を切れ味の良い刀のように両断していく。更に尻尾が近づいてくる機械人形を噛み砕き、撃ち砕いていく。極めつけにレ級が発艦させた艦載機の絨毯爆撃で、襲撃してきた機械人形は丸々全部が破片一つ残さず吹き飛んだ。

 

 「オシマーイ!アー、楽シカッタ!」

 

 全部片付け終えて、レ級は艦載機を着艦させる。

 

 「フゥ……一体何ダッタノカシラ、コノ機械人形……人間ガ作ッタニシテハ精巧過ギルワ」

 「ソンナノ何デモ良イジャーン!ソレヨリ早クアイツヲ捜シニ行コウゼ!」

 「ハイハイ、分カッタワヨ」

 

 戦艦棲姫はレ級に引っ張られるようにして目的の人物ーー牙也を探しに行く。頭の隅っこに、あの機械人形の問題を残しながら。

 

 

 

 

 

 「……あいつらについて行けば、何か分かるかもしれないな。この世界がどんな物語を秘めているのか」

 

 そして、自分達の後をこっそり追い掛けてくる一つの影に気づく事もないまま。

 

 

 

 

 

 

 



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ちょっとした小話

 第九話、牙也sideになります。




 「おーい、起きなさーい」

 

 独房の中で気持ちよく寝ていた牙也は、聞いた事のある声によって夢の世界から引き戻された。寝ぼけ眼で声のした方を見ると、独房の外にはハイリアともう一人、プラチナブロンド髪の艦娘が立っていた。ハイリアの両手にはお盆があり、何やら美味しそうな匂いがする。

 

 「食事を持ってきたわ。お腹空いたでしょ?」

 「ありがたい……ちょうど腹が減り始めたところだ」

 

 牙也は大あくびをしながら檻に近づく。そして檻に作られた専用の通し穴ごしにお盆を受け取った。お盆に乗っていたのは、ご飯に味噌汁、魚の照り焼きにお浸し。そのままそのお盆を床に置き、「いただきます」と小さく呟いてから食べ始める。

 

 「料理本やネットの見よう見まねだけど、和食を作ってみたわ。口に合うかしら?」

 「んー……旨い旨い。見よう見まねとは思えん出来映えだなぁ」

 「それはどうも」

 

 牙也はその後も黙々と料理を食べ進めていく。すると急に箸を止めてハイリアを見、更に隣に控える艦娘に目を向けた。

 

 「で?お隣の艦娘は何か用でもあるのか?さっきからこっちをジーッと見てるが」

 

 鋭い目付きでその艦娘を見る牙也。艦娘は一瞬ビクッと表情を強張らせたが、すぐに冷静な表情を見せた。

 

 「彼女はビスマルクと共に貴方に助けられた艦娘よ。貴方にお礼が言いたいんですって。ほら、リシュリュー」

 

 ブロンド髪の艦娘ーーリシュリューはハイリアに背中をポンと押されながら前に進み出る。

 

 「……Richelieu級戦艦一番艦『Richelieu』よ。感謝するわ、私達を助けてくれて」

 「あぁ、気にすんな。たまたま通りかかっただけだしな……それより体調は大丈夫なのか?」

 「ご覧の通り、ピンピンしてるわよ。戦艦の体力を嘗めないでもらいたいわ」

 「そりゃ良かった。あの後なんか不具合でも起きてんじゃねぇかと考えてたが、杞憂だったか」

 

 そう言って牙也は食事を再開する。その間ハイリアはリシュリューとコソコソ小声で話していた。

 

 「それよりamiral、本当なの?私達が気を失ってる間にまた別の騒ぎが起きてたそうじゃない……アークロイヤルから聞いたわ、変な機械人形が襲ってきたんですって?」

 「えぇ、本当よ。彼が対応してくれたから事なきを得たけど……そいつらのせいで、今後の活動が苦しくなるのは確定ね」

 「まったくもう……せっかくのリシュリュー達の晴れ舞台が台無しよ!絶対に許さないんだから……!」

 

 二人のそんな会話を、牙也は自身の聴力を飛躍的に上げて聞いていた。普通の人からすれば他愛のない会話だか、牙也にしてみればどんな会話も多少なりとも意味のある会話なのだ。こういう普段の会話から、利益になる情報や思わぬ事実が出てきたりする事もある。

 先ほど鎮守府の情報を引っ張り出して暗記した上でエジョムに指示を出していたように、牙也は何より情報を大事にしている。敵味方関わらずとにかく多くの情報が手元にあれば、それだけ打つ手段や使う方法が増える。未知の敵と戦う際も、牙也はとにかく少しでも多くの情報を集めるようにしている。それは全て、確実な勝利の為だ。

 

 「ご馳走さん。お盆返すぜ」

 

 そうこうしている間に牙也は出された食事を平らげ、料理の無くなった椀を乗せたお盆をハイリアに返却して。

 

 「はいどうも」

 「そう言えば、ビスマルクやリシュリュー以外の艦娘はまだ目覚めてないのか?」

 「いえ、もう何人かがさっき目を覚ましたわ。体調は問題なさそうだけど、しばらく様子見ってとこね」

 「まぁ妥当だろうな。あんな事があったばかりじゃなぁ……」

 

 「やれやれ」といった表情を見せる牙也に、ハイリアもまた困ったような笑みを見せて頷く。

 

 「ところでamiral?さっきからの話は全部機密に相当する筈よね……彼に話して大丈夫なのかしら?」

 「今さらよ。彼も今回の件に片足突っ込んじゃってるし……隠したところですぐバレるわ。どうせこっそりここを抜け出して情報収集するんでしょ」

 

 ハイリアは首を横に振って答える。その様子見に牙也は思わずクスクスと笑ってしまった。気づいたハイリアはムッとした表情になり、牙也に詰め寄る。

 

 「あら、私何か間違ってたかしら?」

 「いや失礼……会って一日と経ってないのによく分かったなと思い、な」

 「人を見る眼は肥えてるのよ、私。根っからそういう性格でしょ、貴方は」

 

 ハイリアの得意げな態度と口調に、牙也は思わず両手を上げて降参の意を示す。

 

 「お見事。よく見てるな」

 「伊達に提督やってないわよ、私」

 「その肥えた眼、スパイを見破るのに有効活用出来ていればなぁ」

 「ちょ、それは言わないお約束でしょ!」

 

 痛い所を突かれてムキになるハイリアと、ゲラゲラ笑う牙也。つい最近知り合ったばかりであるにも関わらず、長年の友のようなやり取りをする二人に、リシュリューも思わずクスクス笑いだした。

 

 「ちょ、リシュリューまで笑う事ないでしょ!?」

 「ごめんなさい、面白くてつい……」

 「もう!」

 「www」

 「貴方は爆笑し過ぎ!」

 

 思わずその場に和やかな雰囲気が流れる。と、誰かが階段を降りてくる足音が聞こえた。

 

 「admiral、ここにいたのか」

 「探したわよ~」

 

 現れたのは二人の艦娘。一人は純白ベースの軍服を着、淡い金髪ツインテールと武人を思わせる鋭い目付きが特徴の艦娘。もう一人は紺色のコートと青系ベースのスカートを着、紺色の髪と柔和な瞳が特徴の艦娘。後者は何故か頭に灰色の毛に黒い地肌の羊が乗っかっている。

 

 「あら、グラーフにゴトランド。どうかしたの?」

 「どうかしたのじゃない。admiralは何処に行ったと駆逐艦達やUボートが騒いでいる、早く戻ってあげてくれないか」

 「彼の見張りはゴト達がやっておくわ。リシュリュー、貴女ももう休んだら?一応病人みたいなものなんだし」

 「……そうね、そうするわ」

 「あーもー、また遊び相手にされるのね……分かった、すぐ戻るわよ。牙也、また明日以降貴方にも手伝ってもらうからね。今日はしっかり休むのよ」

 

 ハイリアとリシュリューはそう言って独房を去っていった。残った二人の内、グラーフと呼ばれた純白軍服の艦娘は独房の前に用意された椅子に足を組んで座り牙也を観察し始め、ゴトランドと呼ばれた紺色コートの艦娘は頭に乗せた羊を相手している。その様子に牙也は吹き出しそうな笑いを堪えていた。

 

 「……貴様、何がおかしい」

 

 気づいたのかグラーフが鋭い目付きを牙也に向ける。

 

 「あ、悪い悪い……頭に羊乗っけてるのが笑えてな……プフ」

 「あら、この子が気になるの?触ってみる?」

 

 ゴトランドは頭に乗せた羊をそっと床に下ろす。すると羊は檻の隙間を器用に潜り抜けて中に入り、牙也の側まで寄ってきた。そして牙也を見て「メェ~」と一鳴きすると、床に胡座をかいて座っていた牙也の両足の隙間にすっぽりと収まった。その様子に、今度はゴトランドが「プフッ」と吹き出す。

 

 「あらあら、ゴトシープったらそこが気に入っちゃったみたいね」

 「ゴトシープってのか、この羊。にしてもモッコモコだな~」

 「でしょ?ここの駆逐艦の娘達に人気なのよ、凄いでしょ?」

 

 ゴトランドは得意げな笑みを見せる。牙也はゴトシープのモッコモコな毛を堪能しており、ゴトシープも居心地が良いのかまた「メェ~」と一鳴き。なんとも妙な光景である。一方のグラーフはと言うと、

 

 「…ッッ!くく…ッ!」

 

 顔を反らして必死になって笑いを堪えていた。今の光景がそんなにツボったのだろうか。

 

 「おいこら何笑ってんだよ。しょうもない理由で笑ってんなら、この羊顔面に投げつけんぞ」

 「メェ!?」

 「ちょっと、止めて頂戴!投げるならせめてこっちのゴトシープ人形を!」

 「人形なら良いのかよ……おいちょっと待て、その人形どっから出した?」

 「え?それは勿論むn」

 「OK、それ以上は言うな」

 「……ッッ!!プフッ……!」

 

 グラーフはまだ笑いを堪えている。するとそれにイラッときたのか、牙也が檻の隙間から左手を伸ばしてゴトランドが持っていたゴトシープ人形を奪い取ると、必死に笑いを堪えているグラーフの頭目掛けて投げつけた。人形は豪速球で飛んでグラーフの側頭部に直撃し、足を組んで座っていたグラーフは椅子から転げ落ちてしまった。

 

 「メェ!メェ~!」

 「んぁ?何だよ、自分の仲間を投げるなって?大丈夫だって、ありゃただの人形なんだから」

 「メェ!メェ!」

 「それでも投げるなと?分かったよ、次回からは気を付けるからさ」

 「メェ~」

 

 そう言ってゴトシープを宥める牙也。ゴトシープは気が済んだのか、また檻の隙間を通って「フンスッ」とした表情でゴトランドの元へと戻った。ゴトランドはクスクス笑いながらゴトシープを持ち上げて頭の上に乗せた。あそこがゴトシープの定位置なのだろう。

 

 「貴様ぁ!私の側頭部に人形当てておいて謝罪の一つも無しか!?」

 「お前が陰でクスクス笑わなけりゃ投げなかったよ。ったく、不愉快だぜ」

 

 グラーフが復活して牙也に噛み付くが、牙也はそれをいなすような対応でグラーフを牽制する。その後も噛み付き続けるグラーフだが、牙也は「はいはい」とか「あーそう」とか無関心を貫いており蛙の面に水。最終的にグラーフが完全に折れてしまい、椅子に座り直して不貞腐れてしまった。

 

 「あらあら、グラーフったら拗ねちゃったわ。せっかく仲良くなれるチャンスだったのに……」

 「フン……こんな奴と仲良くなろうと誰が思うか」

 「もう……ごめんなさいね。グラーフはいつもはこんな感じじゃないんだけど……」

 「気にすんな。俺だってお前達と仲良くなる為にここに来た訳じゃない……単に目的があってここに来ただけだ」

 「目的?」

 

 ゴトランドが首を傾げたその時、彼女の足元の影がユラリと揺れ、そこから何かがヌッと現れた。

 

 「神王様。調査が済みましたのでご報告に」

 「うにゃっ!?」

 「な、何者だ貴様は!?」

 

 いきなり背後から現れた何かに、ゴトランドは驚いて後退りし、グラーフも慌てて立ち上がって腰から拳銃を抜いて構えた。

 

 「馬鹿かエフィンム。出る所間違ってんぞ」

 「おや?これは失礼致しました」

 

 現れた何かーーエフィンムは再び影に潜り、今度は牙也の背後から現れた。

 

 「お待たせ致しました、こちらが頼まれていた調査結果になります」

 

 そう言ってエフィンムは左手に抱えた大量の書類を挟んだファイルを牙也に手渡した。牙也はそれを受け取り、十秒程でその中身全てを瞬読した。

 

 「ご苦労様……と言いたいんだが、早すぎやしないか?」

 「調査対象が全員個人情報の管理が杜撰だったもので、予想していたよりも数十倍早く調査を進められました。あまりにも進み過ぎて、敵の罠を疑いましたが……調査の限りではそんな事はなかったようです」

 「ふーん……まぁ良い。とにかくご苦労だった、エフィンム」

 「はっ。それと王妃様の捜索の件なのですが……」

 

 そう言うとエフィンムは牙也に何か耳打ちをした。牙也はエフィンムの話を聞いて少し考えていたが、何を思い付いたのか今度は牙也がエフィンムに何か耳打ちをした。それを聞いたエフィンムは「畏まりました」と言うとまた影に潜り込むようにしてその場から姿を消した。

 

 「そうか……また面倒な事になったな」

 「い、今のは何なの?」

 「あぁ、エフィンムか?俺の配下だ」

 「あ、あんな真っ黒い化け物が?」

 「いや、深海棲艦も真っ黒い化け物だろ。今更じゃね?」

 「何が!?」

 「さて、やる事は済んだ……俺は一眠りさせてもらう。あ、このファイルを彼女に渡しといてくれや」

 

 牙也はエフィンムから受け取ったファイルをゴトランドに半ば押し付けるように渡すと、そのまま床に転がり寝てしまった。

 

 「え、ちょっと……あーもう!」

 

 反論する暇すらなくファイルを押し付けられたゴトランドは牙也を起こそうとするが、牙也は既に爆睡しており反応なし。これにはゴトランドも諦めて椅子に座り込むしかなかった。

 

 「グラーフ、どうするの?」

 「どうもなるまい。ゴトランドはそのファイルをadmiralに渡してこい、私がこいつを見ておく」

 「……分かったわ、お願いね。ゴトシープはどうするの?」

 

 ゴトランドが聞くと、ゴトシープは彼女の頭から降りて再び檻の隙間から独房内に入ると、牙也に寄り添って一緒に眠ってしまった。

 

 「あらら、ゴトシープまで……まぁ良いか」

 

 苦笑いを浮かべながら、ゴトランドは押し付けられたファイルを持って執務室へと向かっていった。残ったグラーフは椅子に座ったまま、檻の隙間から牙也の様子を観察し始めた。

 

 「……仲間を助けてくれた事は感謝している。が……私はまだ貴様を信用していない。貴様と言い先程の化け物と言い……一体何が目的なのか、私達の仲間と成りうるのか……私がこの目で見極めてやろう」

 

 鋭い目付きのままグラーフは牙也を観察する。様々な事件が起こったこの日の夜は、いつもとは少し違う形で更けていくのであった。

 

 

 

 

 

 



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グレカーレ

 第十話、牙也sideになります。




 「ちょっとぉ!?」

 

 バターン!!という大きな音で、牙也は強引に叩き起こされた。まだ重たい瞼を開けると、今牙也が入っている独房の外に、分厚いファイルを持ったハイリアがいた。全力疾走して来たのか、ゼーハーゼーハーと肩で息をしている。

 

 「んぁ?あんだよ、こんな朝っぱらから……」

 「なんだよ、じゃないでしょ!?何よこの完璧過ぎる調査結果は!?」

 

 ハイリアがファイルをバンバン叩きながら牙也を問い詰める。このファイルは昨日、牙也がエフィンムに命じて調査をさせ、その日の内に牙也とゴトランドを経由してハイリアに渡された物で、この鎮守府の人員の身元調査の結果が収められている。

 

 「ああ、それか。俺の忠実な部下が昨日の内にここの人員全部洗い直してくれてな、その結果がそれだ」

 「もー、私達の仕事取らないでよぉ!これじゃ私達全然役立たずじゃないの!」

 「良いだろ、仕事が減って助かるだろ?」

 「助からないわよ!寧ろ余計な仕事が増えたわ!」

 「ありゃ?」

 

 手助けした筈なのに、何故か怒られている牙也。

 

 「あれ受け取ってから、うちの人員全員から事情聴取しようとしたんだけど、何人かに逃げられたのよ!しかもファイル内で貴方が予め目を付けてた人が全員よ!」

 「あらら……やっぱり虫が入り込んでたのか。やれやれ、これでまた振り出しに戻ったか」

 

 両手を上げて「やれやれ」というポーズをする牙也。執務室に盗聴機が仕掛けられていた事も考慮すると、恐らくどこかのタイミングで察知されてしまったのだろう。

 

 「もー、全部最初からやり直しよぉ……あーもーまた上司に叱られる……」

 「頑張れ」

 「他人事だと思ってぇ!?」

 「いや、実際叱られる事に関しては他人事だし」

 

 あっさりと返す牙也。本来なら部外者である牙也もまた叱られる筈なのだが……。

 

 「んぎぎ……まぁ良いわ、それよりもほら、早く独房から出なさいよ」

 「なんでだよ?」

 「今回の件、これからは貴方にも手伝ってもらうからね。部屋はこっちで用意したから、今日からそっちに移ってもらうわ……独房じゃ色々と不便だしね」

 

 そう言ってハイリアは独房の鍵を開けて牙也に出るよう促す。頭をボリボリ掻きながら牙也はのっそりと独房を出て、ハイリアの案内で自身が生活する部屋にやって来た。案内された部屋は鎮守府二階にある角部屋で、二~三人は余裕で床に寝られる広さはあった。

 

 「本来はお客さんが泊まる部屋なんだけど、今は使ってないから好きに使って良いわよ。ただし備品とか壊さないようにね」

 「了解」

 「はいこれ、この部屋の鍵。オートロックになってるから、出歩く時は常に携帯しててね。それじゃ必要になったらまた呼ぶから」

 

 ハイリアは部屋の鍵を牙也に投げ渡すとさっさと出ていった。彼女が出ていったのを見て、牙也はすぐに部屋の鍵を掛ける。そしてクラックを開くと、そこから『撃剣ラヴァアーク』を取り出して砥石で刃を磨ぎ始めた。シャコシャコと小刻みな音が部屋に響く。

 

 (シャドームーン……最上魁星……カッシーン……何れも仮面ライダーの敵として現れた存在だ。それが何故ライダーがいないこの世界に……?それにこの鎮守府に入り込んでいた虫共……そいつらが今回の件に関連していると考えると……こりゃ厄介なもんが裏側に隠れてそうだな)

 

 刃を磨ぎながら、牙也はこれまでの出来事を振り返る。ここは艦娘と深海棲艦が存在する世界。ならばそれに関係しない存在は基本的にあってはならない。もしこの世界がその『存在する筈のない存在』で溢れ返りでもしたら……この世界は簡単に滅んでしまうかもしれない。一刻も早く、この非常事態を納めなければならない。

 

 (その為には、元凶を見つけ出して叩くしかない……が、その元凶が誰なのか、また何を目的としているのか……疑問はまだ尽きないな)

 

 考え事をしながらひたすら刃を磨ぐ牙也。すると、

 

 「メェ~」

 

 聞き覚えのある鳴き声が聞こえた。刃を磨ぐのを止めて周りを見回すと、部屋のベッドの上に見覚えのあるモコモコがいた。

 

 「ゴトシープ?」

 「メェ」

 

 そのモコモコーーゴトシープはベッドから降りると牙也に近寄り、おもむろに高く飛び上がって彼の頭に乗っかってきた。そのまま頭の上で体を捻って向きを変え、自身の顔が牙也と同じ正面を向くように調整する。調整が終わるとフンスフンスとどや顔をした。端から見ると「テテーン」なんて効果音が聞こえてきそうな光景だ。

 

 「危ねぇなぁ、刃物扱ってんだから止めろよ……てかお前どっから入ってきた?」

 「メェ?メェ」

 

 牙也にそう聞かれたゴトシープは両前足を窓に向けて答えを示した。見るとゴトシープが足を向けた方の窓だけ少しだけ開いていた。牙也は部屋に入ってから一度も窓に触れていないので、恐らく最初から開いていたのだろう。

 

 「なるほど、窓からね……いや待て、ここ二階だよな?どんなジャンプ力してんだこの羊……」

 「?」

 

 ゴトシープの予想外な身体能力に牙也は思わず苦笑いし、頭の上のゴトシープは何の事かと首を傾げる。

 

 「……はぁ、もう止めだ止め。こいつのせいでいらん雑念が入る」

 

 牙也は引っ張り出していた物を全てクラックに放り込むと、ゴトシープを頭に乗せたまま立ち上がった。

 

 「ちょっとその辺散歩するか。お前も来るか?」

 「メェ!」

 

 ゴトシープの元気な返事にクスリと笑いつつ、牙也は鍵をポケットに入れて部屋を出た。

 

 

 

 

 

 ハイリアが運営する鎮守府は、牙也目線で見た限りでは中規模な鎮守府のようで、施設もそれなりに充実していた。かなりの人数が入れる広さの団欒用ルームや食堂、艦娘一人一人に割り当てられた自室。勿論工廠や資材倉庫等無くてはならない施設も充分な広さがあり、意外な所ではシアタールームや図書室なんてのもあった。

 

 「こりゃ随分と充実してるな。まぁ命賭けて戦ってる艦娘達にゃ、これぐらいやっても罰は当たらんだろ」

 

 鎮守府をあちこち歩き回りながら、牙也は鎮守府の待遇の良さに感心する。

 そして牙也がもう一つ驚いていたのは、この鎮守府が随分と国際色豊かな鎮守府であるという事だ。ドイツのビスマルクやグラーフ、フランスのリシュリュー、スウェーデンのゴトランド。ヨーロッパ各国の艦娘が集まっている。そして置かれている家具や雑貨等も国際色豊かだ。これだけ沢山の国々の物が置かれていながら、いずれも建物の内装と素晴らしくマッチしている。内部の人間のセンスの良さに感心するばかりだ。因みに牙也はその辺りは壊滅的で、袴以外の普段着は全て箒が買ってコーディネートしたものばかりである。

 がそれよりも牙也には、さっきから気になる事があった。

 

 「……プッ!」

 「クスクス……」

 

 さっきからすれ違う鎮守府の職員や艦娘が、自分を見るなり吹き出したり笑いを堪えているのだ。一応部外者なので、怪しまれて声を掛けられたり職質されたりするなら分かるが、これは一体どういう事だろうか。

 

 「ねぇ、ちょっとそこのお兄さん」

 

 すると後ろから誰かが声を掛けてきた。が、振り向いても誰もいない。

 

 「ちょっと、下よ下!」

 

 そう言われて目線を下げると、そこには緩やかなウェーブのかかったプラチナブロンドの髪で、白地に赤と緑のラインが入ったワンピースを着た駆逐艦とおぼしき艦娘がいた。

 

 「……ここの艦娘か?」

 「そうよ。あたしはMaestrale級駆逐艦、次女の『グレカーレ』!お兄さんは誰なの?見ない人だけど」

 「俺か?ここの提督の知り合いみたいなもんだよ、怪しい者じゃない」

 「あっそ。で……なんで頭に羊?」

 

 グレカーレに指摘されて自分の頭上に目を向ける牙也。その頭上ではゴトシープがグレカーレをジーっと見つめていた。

 

 「なーんだ、よく見たらゴトランドさんが連れてるゴトシープじゃない!良いなー!」

 「そんなに珍しいのか?」

 「別に珍しい訳じゃないけど……たまにゴトランドさんが触らせてくれるんだけどさぁ、その子全っ然あたしになついてくれないのよ!良いなぁ、お兄さんはなつかれて」

 

 グレカーレが羨ましそうに牙也と牙也の頭上のゴトシープを見ている。ゴトシープは機嫌が悪いのか、プイッとそっぽを向いていた。

 

 「……一つ聞くが、お前ゴトシープ触る時どんな風にしてる?」

 「え?普通に体をワシャワシャーってやってるけど?」

 「それだけか?」

 「それだけ」

 「どのくらい?」

 「えーっと……三時間くらい!」

 「なついてくれない原因絶対それだろ」

 

 牙也の指摘にグレカーレが「えっ、嘘!?」みたいな表情で牙也を見る。

 

 「やり過ぎなんだよ、スキンシップ。長過ぎて鬱陶しく思われてるんだろ、こいつに」

 「え~!?」

 「なぁゴトシープ。グレカーレのスキンシップ、長過ぎって思うか?」

 

 牙也がゴトシープにそう聞くと、ゴトシープは大きく何度も頷いた。これは普段から相当頭にきているのだろう。グレカーレはショックなのか呆然としている。

 

 「という事だ。スキンシップの時間短くしろ、せめて一時間だ」

 「うぅ……分かった」

 「そんな悄気るなよ、原因分かって良かったじゃねぇか。そこさえ気を付ければこれからはちゃんとなついてくれるさ」

 

 ショボンとしたグレカーレに牙也はそう言って優しく頭を撫でてやる。

 

 「うん……ごめんね、ゴトシープ。これからは気を付けるから、あたしを許してくれる?」

 「メェ~」

 「良いの?やったぁ!」

 

 許してもらって嬉しそうに跳び跳ねるグレカーレ。するとおもむろに牙也に近寄ってきて、

 

 「Grazie、お兄さん♪」

 

 牙也の頬に軽くチュッとキスをした。一瞬思考がフリーズした牙也だったが、すぐに持ち直してグレカーレを見た。グレカーレは「えへへ」と可愛らしい笑みを浮かべている。箒がこれを見ていたら烈火の如く怒りそうだが、一先ず牙也はそれを考えない事にした。

 

 「あ、そうだ。ねぇお兄さん、これからあたしとパフェ食べに行かない?」

 「パフェを?んー、まぁ今特にやる事もないしなぁ……分かった、付き合うかね」

 「やったぁ!あ、パフェはお兄さんの奢りだからね!」

 「(……だと思ったよ)へーへー」

 

 こうして牙也はグレカーレに連れられて食堂に向かった。勿論ゴトシープを頭に乗せたままで。

 

 

 

 

 

 

 二人と一匹が食堂に着いた時、既に時刻は0930を回っており、食堂に人はほぼ皆無だった。いるとすれば、遅い朝食を食べているビスマルクと、一緒の席に座ってコーヒーを飲んでいるハイリアくらいだ。

 

 「おー、ハイリア提督にビスマルクか」

 「Ciao、テートク!」

 「あら、グレじゃない……っと、牙也も一緒なのね」

 「散歩してたらそこでたまたま出くわしてな。それで一緒にパフェ食べようって話になったんだ」

 「ふん、このビスマルクを気安く呼ぶなんて、貴方も随分とまぁ偉そうーーブフッ……!アハハハハハハ!!」

 

 朝食のソーセージに齧り付きながら尊大な態度で話すビスマルクだったが、牙也を見るなり大爆笑しだした。

 

 「あ、頭にゴトシープ乗っけて……!フフフ……!ちょ、ちょっと似合い過ぎ……アハハハハハハ!!」

 「会って早々に失礼だなこいつ……あ、すんませーん!パフェ二つお願いしまーす!俺は莓のやつを!」

 「あたしはメロンで!」

 

 その場から厨房に向けて注文した二人は、ハイリア達の隣の席に座った。

 

 「あ、そうだ。牙也、さっき言ってた鎮守府から逃げた職員なんだけどね、一人だけだけど捕まえられたわ。後で詳しく話を聞こうとしてるんだけど、貴方も立ち会う?」

 「おー、そりゃ良いや。是非とも頼むわ」

 

 一人だけとは言え、今回の件に何かしらの関与が疑われる人間を捕まえられたのは追い風だ。これは是非とも情報を仕入れたい。そう考えた牙也はハイリアの提案を二つ返事で受けた。

 

 (これで少しは進展してくれると良いんだが……)

 

 「ねぇテートク!あたしもついて行って良い!?」

 「駄目よ、グレ。これは大事なお仕事なんだから」

 「えー!?じゃあなんでお兄さんは良いの!?」

 「牙也はこの件に深く関わってるからよ。分かったらパフェ食べて皆と遊んでらっしゃい」

 「はぁ~い……」

 

 不服そうな返事をグレカーレがしたところに、ちょうど二人分のパフェが運ばれてきた。気を取り直してグレカーレはメロンパフェを食べ始め、牙也も次いで莓パフェを食べ始める。お腹が空いていたところに果物とクリームの甘さが心地よい。空腹の勢いに押され、牙也はパフェを次々と口に運んでいく。

 

 「提督、いる!?」

 

 するとそこへゴトランドが駆け込んできた。何か一大事でもあったのか、だいぶ焦っている。

 

 「あらゴト。どうしたの?」

 「大変なの!捕まえた職員の様子がおかしいのよ!早く来て!」

 「なんですって!?分かった、すぐ行くわ!牙也もお願い!」

 「はいよ。グレカーレ、勘定ここに置いとくぜ」

 

 牙也は残りのパフェを掻き込むと、テーブルに二人分のパフェの勘定を置いて、先に飛び出していったハイリア達を追い掛けていった。やっぱり頭にゴトシープを乗せたままで。

 

 「ブフフ……頭にゴトシープ……ブハッ!」

 

 ビスマルクは未だにツボっているのか、笑いが止まっていない。そんな彼女に、グレカーレは呆れた表情を向けながらパフェを食べ続けるのであった。

 

 

 

 

 

 



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助ける理由

 第十一話、牙也sideです。




 牙也とハイリアがゴトランドの案内で取調室へ到着すると、ドアの隙間から中を覗いたハイリアは愕然とした。

 

 「な、何よこれ……!?」

 

 取調室は植物でビッシリと覆われてしまっていた。それは昨日工廠を埋め尽くしたあの植物と同じもので、意志を持っているかのようにワサワサ蠢いている。そして取調室の中央、ちょうど机と椅子が置かれていた場所には、何やら巨大な木が生えていた。思わずドアをそっと閉める。

 

 「昨日のあれと同じ事が……!?ゴトランド、何があったか説明して」

 「えぇ……捕縛した職員の取り調べをしようと思ってゴトとグラーフ、それからネルソンの三人で取調室まで連れて来たんだけど、突然苦しみだしたと思ったらあっという間に……」

 「グラーフとネルソンは無事!?」

 「二人とも咄嗟に逃げたから大丈夫。今は一旦執務室で待機してもらってる」

 「そう、良かった……他の娘達に影響とかはない?」

 「取調室はゴト達三人しかいなかったし、あれ以降はここには誰も近づかないようにしたから、少なくとも影響は無いんじゃないかしら」

 

 ゴトランド達の迅速な対応にハイリアはホッと一息。しかし取調室のこの有り様は迅速になんとかしなければならない。ハイリアは牙也に眼を向ける。

 

 「これ、なんとかできる?」

 「簡単だ。ついでに捕縛した職員も助けてやろう」

 

 牙也はそう言うと頭に乗せたゴトシープをゴトランドに返すと取調室の中へ入っていった。

 

 「おいこら大人しくしやがれ!別に悪い事する訳じゃないからいだだだだ!?だーもー利かん坊だなこいつは!大人しくしねぇなら痛い目見るぞ!覚悟しやがれあだだだだだ!?」

 

 部屋からそんな声と共にドタバタ暴れる音が聞こえる。

 

 「……簡単って何かしら?」

 「辞書で調べてきなさい」

 「メェ~」

 

 

 

 

 

 五分後。

 

 「ただいま」

 

 ようやく取調室から牙也が出てきた。あの植物と大乱闘になっていたのか服はボロボロになっており、あちこち傷もできている。ゴトランドがこっそり取調室を覗くと、中はすっかり元通りになっていた。

 

 「お帰りなさい。大変だったみたいね」

 「利かん坊の相手は疲れるよ……あとお土産」

 

 そう言って牙也は左手に掴んでいた男をハイリアに差し出した。気を失っているのかぐったりしている。

 

 「取り敢えずヘルヘイムの植物は全部剥がしたから安全だ」

 「どうも、じゃあ改めてお預かりするわ。ついでに怪我の治療してきたら?」

 「これくらいならなんともねぇよ。ほら」

 

 牙也はそう言うとゆっくりと息を吐く。すると牙也の体は淡い輝きを放ち始めた。そして全身の傷やボロボロになった服が修復されていく。三十秒程で牙也の全身はすっかり元通りになった。

 

 「あら便利ねぇ、その能力」

 「艦娘に使う高速修復剤レベルじゃないけどな、あると便利だぜホント」

 

 牙也はそう言って男の首から何かを引きちぎると、男だけをハイリアに手渡した。

 

 「はいお預かりします……っと、今何を取ったの?」

 「こいつが付けてたネックレスだ。男には似合わん代物だと思ってたが……これからヘルヘイムの植物と同じ気を感じる。多分これがさっきの植物大量発生の原因だ」

 「どういう事?」

 

 牙也はネックレスを見せながら説明を始めた。

 

 「このネックレス、恐らくだがヘルヘイムの森に生えてる樹木と果実を加工して作った物だ。身に付けた奴を任意のタイミングでインベスに変えちまう効果付きの代物だぜ」

 「げ……普段から身に付けてたのは覚えてるけど、まさかそんな危ない物を身に付けてたの?」

 「普段から、か……なるほど、こりゃこの職員がここに入る頃から監視されてると見た方が良いな」

 

 牙也はそう言ってクラックを開き、中から小箱を取り出してネックレスを入れ、しっかり施錠した。

 

 「これは俺の役目だな。そいつが目ぇ覚ましたら呼んでくれ」

 

 その小箱を持って、牙也は部屋へ戻っていった。その後ろをちゃっかりゴトシープが付いて行く。

 

 「ゴトシープー!彼の邪魔しないようにねー!」

 「メェ~」

 

 最早引き留めようともしないゴトランドは、牙也について行くゴトシープにそう声を掛け、ゴトシープも一声鳴いて応える。果たしてちゃんと理解しているのかは分からないが。

 

 「ゴトはこの人を医務室に寝かせてくるわ。提督はネルソン達の方へ行ってあげて」

 「ええ」

 

 

 

 

 

 

 「さて、このあたりの筈なのですが……」

 

 一方こちらは牙也達の拠点、ヘルヘイムの森。どれ程の面積があるのか誰も知らないその森の中をさ迷う影が一つあった。見た目はヘルヘイムの森でよく見かけるシカインベス、しかし体色は黒く、枯れ草色の外套を羽織り、腰に剣を差すそのインベス。

 

 「神王様と王妃様を早くに巡り合わせる為にも、急がなければ……」

 

 名を『エフィンム』、牙也と箒に仕える忠臣である。今エフィンムは、牙也に頼まれた任務遂行の為ヘルヘイムの森を探索していた。

 

 「しかし難儀なものですな、神王様や王妃様と連絡を取る為に、二つのクラックを行き来する事になるとは」

 

 エフィンムに与えられた任務、それは『箒の手掛かりを見つける事』そして『連絡を密に出来るようクラックを固定・維持する事』であった。箒の手掛かりは勿論大切なのだが、今回エフィンムはクラックの固定・維持に重きを置いていた。何故ならクラックは常時開いている訳ではないからだ。

 いつ、何処に開くかも分からぬクラックも開きっぱなしという事はなく、役目を終えたりクラックそのものを破壊すれば閉じるし、時には勝手に閉じる事もある。一度閉じてしまえば、次にまた繋がるまでそのクラックから行けた場所には行けなくなる為、クラックの維持という任務は別々の場所から連絡を取り合う場合に重要な事なのだ。

 そしてそのクラックの維持能力が、エフィンムは牙也と箒以上に優れており(エフィンム→牙也→箒の順で優れている)、よってこの任務を任されたという事だ。

 

 「おお、ありました。ここですな」

 

 やがてエフィンムは特に箒の反応の強い場所を見つけた。そこは牙也達の拠点から遠く離れた所にある小さな川の畔で、インベス達の水飲み場となっていた。

 

 「それでは、これこれこうして……はっ!」

 

 エフィンムはその川の真上に向かって右手を広げて円を描くように動かし、次にそこを腰に差した剣で斬った。すると斬った箇所に大きめのクラックが口を開けた。次いでエフィンムはヘルヘイムの植物を伸ばしてクラックを固定し、更にその植物をあちこちの樹木に接続した。植物はドクン……ドクン……と脈動して、樹木からエネルギーを吸い取りクラックへと次々流し込んでいく。

 

 「よし、これで暫くは保つでしょう。では、試しに向かってみましょうか……はっ!」

 

 クラックの維持エネルギー供給が安定しているのを確認したエフィンムは、箒を探す為そのクラックへと飛び込んでいった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「うーん……なかなか精密にできてるもんだな」

 

 再び場所を戻して、牙也の泊まる部屋。机の上にさっき回収したネックレスを広げ、いくつもの部品に分解してその仕組みを調べていた。その中身はヘルヘイムの植物で作られた物とは思えない程精密で、牙也も知らないテクニックが内包された、まさに技術の宝庫であった。

 

 「これを応用すれば、俺も何か面白い物が作れそうだな……っと、いかんいかん。今はそれよりもこれの解析だ」

 「メェ~」

 

 牙也がひたすらにネックレスの解析を行う中、ついて来ていたゴトシープはと言うと、牙也の頭に乗っかってだらけていた。何ならそのまま寝てしまいそうな雰囲気でもある。

 

 「退屈か?」

 「メェ」

 「だろうな。解析が済んだら飯でも行こうぜ、それまでゆっくりしてな」

 「メェ~」

 

 頭の上でだらけたまま気の抜けた返事をするゴトシープ。最早ここが定位置なんじゃないかと見間違う程だ。乗っかられている本人は特に気にしてないようだが。

 

 「すまない、グラーフ・ツェッペリンだ。いるか?」

 

 するとドアがノックされ、外からそんな声が聞こえた。牙也が「いるぞ、入ってきな」とドアに向かってそう声を掛けると、グラーフともう一人、薄い白金色のセミロング髪に首から下を覆う黒のウェットスーツの娘が部屋に入ってきた。

 

 「グラーフと……見ない顔だな」

 「ああ、この娘は『U-511』。ドイツの誇る『Uボート』と言う種の潜水艦娘だ。ユー、お客さんに挨拶しなさい」

 「えっと……潜水艦の『U-511』です。その……よろしくお願い、します」

 「よろしく。で、用件は?」

 

 牙也が聞くと、グラーフはおもむろに牙也の頭を指差してきた。

 

 「それだ」

 「これか」

 

 グラーフが指差した先にはゴトシープがだらけており、気づいた牙也はゴトシープを掴むとユーに差し出した。急に掴まれてジタバタもがくゴトシープだったが、ユーを見るとそれを止めて大人しくなった。ユーはゴトシープを受け取り大事そうに抱き締めると、小さく「……Danke」と言ってそのまま部屋を出ていった。

 

 「ゴトシープは暫く預けておくか。さて、続きをーー」

 

 机に向き直ろうとして、牙也はまだグラーフが部屋に残っていて、壁に寄りかかりながらこちらに視線を向けてくるのに気づいた。

 

 「……見張りか?」

 「いや、単に貴様を観察しているだけだ」

 「そうかぃ。体の調子はどうだ?ヘルヘイムの植物の奇襲もあったんだ、体に不調とか出てないよな?」

 「問題ない、あの程度の事でへたる柔な体ではない」

 

 グラーフは自らの腕をポンと叩きながら言う。「そうか」と返し、牙也はネックレスの解析を再開する。暫しの間、カチャカチャと牙也がネックレスを弄る音だけが部屋に響く。

 

 「……貴様は」

 「?」

 

 と、おもむろにグラーフが口を開いた。牙也は手を止めて目線だけをグラーフに向ける。

 

 「貴様は何故、初対面の私達の為にその体を張れる?何故利が無いと分かっていながらも助けようとする?」

 

 グラーフの問い掛けに、少し考えてから牙也は言った。

 

 「俺はな、グラーフ。誰かを助けるという行為に『利』の有無があってはならないと思ってる。もしそれに『利』を求めた時、人は助けるか否かの判断を常に『利』の有無で判断してしまう。結果、助けられたにも関わらず助けなかった事で恨みを買ったり、何かを失ったりする」

 「『利』の有無……」

 「だから俺は、常に直感で助ける助けないを判断してる。そして今回俺は直感で助けるべきだと判断した。それだけだ」

 「なるほど。だがそれが常に正しいとは言えまい?『何故助けた』と文句を言われる時もあるのではないか?」

 「まぁな。助けるって行為は所詮『善意の押し付け』と何ら変わりないしな、時には怒られたり恨まれたりもするさ。けど助けなかったから怒られるよりも、助けて怒られる方が俺は良いと思うな」

 

 そう言いながら牙也は再び手を動かし始める。

 

 「どんな行為も、正誤なんてやってみないと分かりゃしない。しかも常に答えが変わるから尚更だ」

 「だから直感で行動に移す、と」

 

 グラーフの問い掛けに牙也は手を動かしながら頷く。

 

 「どんな行動も、最終的には直感が全て決める。どんなに悩んでも、どんなに努力しても、最後は結局直感に落ち着くのさ。一番悪いのは、その直感による失敗を恐れて何もしない事だと俺は思うよ……よし、解析完了!」

 

 喋りながらも解析を進めていた牙也は、話し終えると同時に解析を終え、そのネックレスを再び小箱に仕舞ってしっかり施錠し、クラックに放り込んだ。時計を見ると、既に午後に入っていた。

 

 「……正午過ぎたか、結構早く終わったな。俺は飯にするが、グラーフはどうする?」

 「……私も行こう。お前には、まだ色々話を聞きたいからな」

 「そうか。じゃあ飯食べながら色々議論しようぜ」

 「ああ」

 

 二人は揃って部屋を出ると、牙也が鍵を閉めて先に向かう。それを追い掛けながら、グラーフは先程の牙也の話を反芻していた。

 

 (どんな行動も最後は直感、か……)

 

 牙也の話に何かを見出だしたのか、その表情はいつもより鋭くなっていた。

 

 後に『蒼穹の支配者』の異名を持つ事になる彼女の、新たな一歩が今、踏み出された。

 

 

 

 

 



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情報収集は大事

 第十二話、牙也side




 食堂に向かうまでの短い間、牙也とグラーフは様々な事を語り合った。艦娘や深海棲艦に関する研究の事や世界各地の情勢、それに牙也自身の事も。

 

 「存在し得ないものがこの世界に暴れ出ている、か……お前もそうなのか?」

 「まぁな。俺がこの世界に喚ばれたのも、それが原因だろう」

 

 秘匿すべき情報を上手く隠しながら、牙也は自身の話をする。話す必要のない情報ばかりなのでまぁ心配する必要はないだろうが、念のためである。

 

 「一体奴等の目的は何なのだろうか……依然として知れん」

 「情報が少なすぎるからな。何か収穫でもあれば万々歳なんだが……」

 

 と、グラーフのポケットからスマホと思われる振動音が聞こえだした。

 

 「私だ。あぁAdmiralか、何かあったのか?……そうか、分かった。今彼と共にいる、一緒に連れて行く」

 「何か進展でも?」

 「お前が先程助けた職員が目を覚ましたそうだ。事情を聞くからお前を連れて来てほしいとな」

 「分かった、じゃあ行くか」

 

 という事で、二人は昼食を後回しにして医務室に向かった。

 

 

 

 

 

 

 「Admiral、連れて来たぞ」

 「ありがとう、グラーフ。牙也も来てくれてありがとう」

 

 医務室に着くと、早速ハイリアが出迎えた。二人を中に招き入れ、患者用ベッドの一つへと誘導する。そのベッドには先程牙也が助けた男の職員が寝かせられ、点滴を受けていた。見たところ顔色は良く、多少痩せてはいるが容態は安定しているようだ。

 

 「牙也、紹介するわ。彼は『トマス・シャーロット』。ここの元職員よ」

 

 ハイリアの紹介を受けて、トマスという男は寝た状態から少し首を動かして礼をした。

 

 「無理に体を動かさなくて良いわ。トマス、寝たままでいいから、彼の質問に答えてあげて」

 「……わ、かりました」

 

 トマスが震える声で返す。まだヘルヘイムの植物の影響が残っているのだろう。

 

 「今からいくつか質問する。答えられる範囲で良いから答えてほしい」

 「……はい」

 「じゃあ始めるぞ。ますお前さんは、いつ頃からここでスパイとして活動し始めた?」

 「……だいたい、半年前になります。ビスマルク達『欧州連合艦隊』が結成された頃、です」

 「お前さんがスパイ活動を始めた時点で、他にスパイはいたのか?」

 「はい……既に二、三人活動していると、聞いています」

 

 半年前に既に二、三人……かなり長い期間スパイ活動が行われていたと見て良いだろう。

 

 「……なぜスパイ活動を了承した?」

 「……理由は様々です。お金の為、友達の為、権力の為……私の場合は、家族を人質に取られたからです」

 「人質か。たしかあんたの家族は妻と子供二人だったな。あと犬一匹」

 「な……何故、それを……」

 「優秀な部下がいるもんでな」

 

 牙也が目を向けた先、医務室のドアの所には、いつの間に入ってきていたのかエフィンムがいた。

 

 「エフィンム、頼んでた件は?」

 「ギリギリ間に合いました。取り敢えずこちらに連れて来ましたが、いかがなさいますか?」

 「連れて来たって、誰を?」

 

 ハイリアがそう聞いた時、ドアが強く開いて女性と二人の子供が飛び込んできた。

 

 「あなた!」

 「お父さん!」

 「お、お前たち……!無事だったのか……良かった……!」

 

 女性と子供はトマスに駆け寄り、互いの無事を喜んだ。

 

 「この方達は、トマスのご家族?」

 「はい。近くに監禁されておりましたので、助け出して参りました」

 「あぁ……ありがとうございます!良かった、家族と無事に会えて……!」

 

 トマスは涙眼でエフィンムにお礼を言い、家族で抱き合って再会を大いに喜んだ。その後家族は別室で待機してもらう事になり、グラーフが家族を一旦医務室から連れ出した。

 

 「エフィンム、彼の家族を拐った奴については?」

 「それが、どうやら人間に化けられる怪物のようで。それも、仮面ライダーの敵たる存在でした。今回出くわしたのは、オルフェノクと呼ばれる部類の怪物です」

 「オルフェノクか。たしか555の物語で出てくる怪物だな」

 「はい。ただ私に人質を奪われると、奴等は即座に建物ごと自爆致しました。恐らく奴等は下っ端の使い捨てなのでしょうな」

 

 エフィンムの話を聞くに、少なくともトマス達によるスパイ活動が始まる以前……遅くても半年前くらいから、先程のオルフェノクのようなライダーの敵が入り込み始めたと見て良いだろう。となれば、既にかなりの数がこの世界に根付いていると考えなければならない。

 

 「こりゃあ予想よりも深刻だな……下手したら海軍本部にすら入り込んでるぞ」

 「て事はまさか、今回のビスマルク達の件も裏でそいつらが糸を引いてたって事?」

 「まだ可能性の域だが、大いにあるな。エフィンム、また一つ仕事を頼みたい」

 「海軍本部への潜入任務ですな。神王様直々の命とあらば、喜んで承ります」

 「頼むぞ、それと箒の件も同時進行で頼む。仕事ばかり押し付けて申し訳ないが、俺が動けない今はお前だけが頼りだ。任せるぞ」

 

 エフィンムは「はっ」と頷くと背後にクラックを開き、その中に飛び込んでそのまま消えた。取り敢えず海軍内部の事はエフィンムに任せておけば大丈夫だろう……敵が何か仕掛けてこなければ、の話だが。

 

 「……引き続き質問をする。今回の件の黒幕について、何か知っている事はあるか?何でもいい」

 

 トマスは少し考えた後で話し始めた。

 

 「……二週間前くらいですかな、私にスパイの仕事を持ち掛けてきた者が仕えるトップに会う機会がありまして、一度だけですが会いました」

 「トップに?」

 「はい。顔は仮面やフードで隠れて分からなかったのですが、声色から察するに、二十代~三十代の男かと……」

 

 なるほど、なかなか濃い情報を拾ってきたようだ……牙也はトマスの話を聞きながら手応えを感じていた。

 

 「それと……トップは自分の事を、『ソロモン』と名乗っていました」

 「ソロモン?」

 「ソロモンと言えば、『旧約聖書』に登場する古代イスラエルの賢王の名ね。随分と大層な名前を……」

 「あと、小さくて分厚い本のような物を持っていたと記憶しています」

 「小さくて分厚い本?こんな感じのか?」

 

 牙也は懐から『零 戦国異聞録』と書かれた本のような物を出してトマスに見せた。トマスはそれをしばらく見ていたが、少しして首を横に振った。

 

 「似てはいますが、これよりももっと分厚かったです……色も赤に近かったような……」

 「そうか。今回の件、黒幕はそいつで間違いないな……なあ、そのソロモンって奴と何処で会ったかは覚えてるか?」

 「いえ……トップのいる場所へ行く際に目隠しをされていたので、場所まではどうにも」

 「あ~、そうだよな……簡単に場所バレなんてさせないよなぁ。また振り出しか」

 

 頭をボリボリ掻きながら牙也は悔しそうな表情を見せる。と、トマスが急にゴホゴホと咳き込み出した。よく見るとちょっとだけだが血が見えた。これ以上は無理させられないようだ。

 

 「もう良いかしら?あまり無理させてあげられないわ」

 「あぁ、充分だ。また聞きに来るとは思うがな」

 

 牙也は「お大事に」とトマスに一声掛けると医務室を出た。念のためトマスに自身の回復力をこっそり分け与えた上で。

 

 「終わったのか」

 

 医務室を出ると、ドアの横にグラーフが寄り掛かっていた。先程までの話を壁越しに聞いていたのだろう。

 

 「立ち聞きは感心しねぇぞ、グラーフ。一応機密だからな」

 「分かっている、箝口しておくとも。それよりも……」

 

 グラーフがちょいちょいと牙也に手招きする。頭上に?マークを出しながらもグラーフについていくと、牙也は艦娘達の寮まで連れて来られた。その三階にある一室ーー部屋のドアに『グラーフ・ツェッペリン』と書かれているので、グラーフの部屋だろうーーに着くと、グラーフは周囲を見回して誰もいない事を確認し始めた。そして「入ってくれ」と牙也を部屋に招き入れた。牙也が部屋に入ると、部屋は化粧台や数体の人形等の可愛らしい物が置かれたまさしく『女性』とも言えるような部屋で、きっちり整理整頓と掃除がされていた。

 

 「適当な椅子に座って待っていてくれ」

 

 グラーフはそう言って簡易キッチンに入っていく。牙也が近くにあった椅子に座って待っていると、キッチンからコポコポと音がする。

 

 「さぁ、飲んでくれ。私の自信作だ」

 

 更に待つと、グラーフはお盆にカップを二人分乗せて持ってきた。途端に部屋中にふわりと漂う香ばしさと湯気。中身はコーヒーだろう。彼女から差し出されたコーヒーを牙也は少しだけ飲む。

 

 「……旨い。コーヒーはあの苦味とか渋みが苦手だったんだが……これなら飲めるな」

 「そうか、分かるか。水出しコーヒーだからな、苦味とか渋みがそこまで無いんだ。それをポットごと湯煎した物がこれだ」

 「へえ、水出し……コーヒーは湯で出すもんだとばかり思ってたぜ」

 「私の辿り着いた最高のコーヒーだ。これ以上の物は無いだろうな」

 

 ハッハッハと笑いながら自身も一杯飲み、一息つくグラーフ。

 

 「で、話とは?」

 

 互いにコーヒーを半分ほど飲み終えたところで、牙也が話を切り出す。態々部屋まで招き入れたという事は、あまり人には聞かれたくない事なのだろう。

 

 「あぁ……お前が先程あの職員に見せていた本のような物。あれを私にも見せてくれないか?」

 「これか?」

 

 牙也は例の本のような物をグラーフに見せた。グラーフはそれを手に取るとまじまじと見つめ、表裏を見たり本の表紙を開いてみたりと色々調べていたが、やがてそれを牙也に返すと「ふぅ」とため息一つ。

 

 「……やはり似ているな。あの本と」

 

 一言そう呟くと、グラーフはポケットからスマホを出して何処かに電話を掛け始めた。

 

 「グラーフだ。忙しい所すまないが今から私の部屋に来れるか?……そうか、ならばすぐ来てくれ。あぁそれと、あれを持ってくるのを忘れないようにな」

 

 電話の主と何かを話し終えると、グラーフはスマホをポケットにしまい、例の本のような物を牙也に返した。

 

 「もう良いのか?」

 「あぁ。後は彼女が話してくれるだろう」

 

 残りのコーヒーを飲みながらグラーフはそう言って電話の主を待つ。そして5分後、ドアをノックする音が聞こえた。

 

 「入ってくれ」

 

 グラーフがドアに向かってそう声を掛けると、部屋に入ってきたのは銀髪でブラウス風の白と灰色の制服を着た艦娘。制服は胸元及び腕から脇にかけてに健康的な肌が見えている。

 

 「よく来てくれたな、カブール。適当な所に座ってくれ」

 

 カブールと呼ばれた艦娘は小さく頷くと、グラーフの隣に椅子を持ってきて座った。

 

 「牙也、紹介しよう。彼女は最近ここの鎮守府に着任したイタリアの弩級戦艦『Conte di Cavour』だ」

 「儂がカブールよ。よろしく頼むわ」

 「篠ノ之牙也だ、よろしく……女性で一人称が儂とは、稀有だな」

 「まあまずないだろうな。それでカブール、言っていた物は持ってきたか?」

 「勿論。これで良いか?」

 

 カブールは何故か胸元をゴソゴソ漁ると、胸の谷間から何やら四角くて真っ白い何かを取り出して机の上に置いた。それは見た目こそ牙也の持つそれと同じような物だったが、表紙は真っ白で何も書かれていない。牙也が手に取って中を見てみたが、中も白紙状態だった。

 

 「これは?」

 「儂がこの世界に顕現した際に何故か持っていてね。ゴミかと思って一度捨てたんだけど、翌日には戻ってきていたのだ。何度捨てても戻ってくるから、気味が悪くて今まで厳重に保管していた物だ」

 「牙也が見せてくれたそれに酷似していたのでな、何かヒントになるかと思っていたが……どうだ?」

 

 牙也は真っ白な本のような物をまじまじと見つめていたが、やがて首を振ってそれを机に置いた。

 

 「すまんがこれだけじゃな……俺もこれが何なのかまだ分かってない、これは俺も初めて見る物だ」

 「そうか……何か力になれると思っていたが、駄目か」

 「そう悄気るなよ、グラーフ。ところでカブール、これの事をグラーフ以外の誰かに話したりしたか?」

 「グラーフ以外で?そうね……アブルッツィ・ガリバルディ姉妹が知っているくらいか。あの二人は儂が顕現した当初儂の世話係だったから。が、少なくとも他には話していないわ」

 

 つまり現状カブールの持つ真っ白な本の事を知っているのは、カブール本人を含めて五人という事になる。

 

 「そうか……カブール、しばらくこれを俺が預かってて良いか?」

 「構わないわよ。儂が持ってても意味のない物だし」

 

 牙也は二冊の本のような物を小箱に入れ、しっかり施錠した。

 

 「こいつは俺の部屋で管理する。必要なら取りに来てくれ」

 「わかったわ」

 「じゃあ俺は部屋に戻る。グラーフ、コーヒーご馳走さま」

 

 牙也は小箱を持って部屋の窓から飛び降り出ていった。牙也が出ていった後、カブールがグラーフに耳打ちした。

 

 「……本当に大丈夫なのか、グラーフ?あいつに任せて」

 「少なくとも私達よりは大丈夫だろうな。それに、奴にも奴なりの考えがあるのだろう」

 

 グラーフはコーヒーを飲み干しながらそう言って、牙也の分と共にカップを片付け始める。カブールも出されていたコーヒーを飲み干して片付けを手伝うのだった。

 

 

 

 



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強襲

 第十三話、牙也side




 深夜の鎮守府。

 

 「……異常なしね。次はこっちを見に行こうかしら」

 

 真っ暗な艦娘寮の廊下を懐中電灯一本で歩くのは、ハイリアである。しかしいつものように艦娘寮を回るハイリアの表情は、いつもよりも鋭かった。

 

 『今回の件も考えると、奴等は暗殺者の一人でも差し向けてくる可能性がある。用心するに越した事はないぜ?』

 

 あの後今後の対応を牙也と話し合っていた際に牙也からそう注意されていたハイリアは、いつもの夜間巡回の人数を増やして警戒に当たっていた。懐中電灯の明かりのみの廊下には、カツカツカツ……という小さな足音が響くだけである。

 

 と、腰のインカムから受信音が聞こえた。

 

 「こちらハイリア、誰?」

 『レイスです。食堂等一階東側は異常ありません。これから西側を見に行きます』

 「分かったわ。誰か会ったりとかはした?」

 『グレカーレが水分補給の為食堂にいたくらいですね。さっき部屋に戻っていったので、他に誰もいないのを確認してから鍵を掛けておきました。他は特には……』

 「了解、引き続き警戒を続けて」

 

 インカムを切り、ハイリアは再び警備を再開する。廊下の隅々まで目を光らせ、怪しい物等が無いか探る。と、廊下の向こうからコツ……コツ……と小さく足音が聞こえてきた。

 

 「誰?」

 

 ハイリアがその方向へ懐中電灯を向けると、色白の肌の人影が見えた。その人影は懐中電灯の光に顔を背け腕でガードしている。

 

 「ア、Admiral……?ゆー、です」

 「あら、ごめんね。眩しくなかった?」

 

 人影の正体は、寝間着に着替えたU-511だった。ハイリアは懐中電灯を下ろして彼女に近寄り、優しく頭を撫でてあげた。

 

 「大丈夫、です……Admiralは、巡回?」

 「そうよ。ゆーはどうしたの、もう就寝時間は過ぎてるわよ?」

 「その……喉、乾いて……」

 「そう、分かったわ。私も一緒に食堂行くから、ササッと水分補給を済ませましょ」

 「え?でも、巡回は……」

 「大丈夫よ、行ってすぐ帰ってくるだけ。現状を踏まえると、ゆー達を危険な目には遭わせられないわ……さ、行きましょ」

 「……Danke」

 

 

 

 

 

 

 U-511を連れて食堂にやって来たハイリア。出入り口の前まで来ると、確かに食堂は真っ暗で誰もいない風であった。

 

 「ちょっと待ってね、今鍵を開けるから」

 

 ハイリアは腰に提げた鍵束を手に取り、食堂の鍵を開けようとしたが、何故か鍵を鍵穴に入れたところで手を止めた。

 

 「Admiral?」

 

 ゆーが不思議そうに尋ねると、ハイリアは左手で「待って」の仕草を見せた上で食堂の扉に手をかけた。と、レイスが閉めた筈の扉が何故かゆっくりと開いた。

 

 「Admiral……」

 「ゆー、ちょっとここで待ってて。決してここを動かないでね」

 

 ハイリアは警棒を左手にもち、まず顔と懐中電灯を隙間に通して中を見渡す。しかし誰かがいる気配はない。そこで音を立てないようにゆっくりと隙間から食堂の中へ入った。そして改めて懐中電灯で辺りを照らす。と、台所の方から何やらゴソゴソと物を漁る音が聞こえてきた。

 

 「誰かいるの?」

 

 ハイリアが声を掛けると、台所の奥から金髪リーゼントで筋骨隆々な大男がヌッと現れた。

 

 「貴方誰なの?ここは鎮守府、関係者以外は立ち入り禁止よ。出ていかないなら、貴方をここで捕らえるわ」

 

 ハイリアは警棒を構えてそう警告する。が、男は聞こえていないのかボーッとしており、表情も読めない。それが奇妙で、ハイリアは更に警戒を強めた。と、後方からガタガタと音がした。何事かとハイリアがチラッと後方に目を向けると、食堂の扉が勢いよく開いた。

 

 「ア、Admiral……助けて……!」

 「ゆー!?」

 

 入ってきたのは、茶髪の大男に拘束されたU-511だった。華奢な両腕をガッチリ押さえ付けられ、身動きが取れない状態だ。

 

 「あんた達何者なの!?今すぐその娘を離しなさい!」

 「そう言われて離すとでも?俺達は上に命じられてここで働く者達を消しに来た。悪いが見つかった以上、お前達を生かしておくつもりはない」

 

 茶髪の大男がそう言うと、大男の全身が灰色の怪物の姿に一瞬で変化した。その姿は象を彷彿とさせる灰色の怪物で、無骨な大腕でU-511の腕を更に強く掴んだ。

 

 「くっ……!」

 「おい、お前いつまでその姿でいる気だ?もう人間でいる必要はねぇだろ」

 「……」

 

 茶髪の大男がそう告げると、金髪の大男は小さく頷くとその姿を牛を彷彿とさせる灰色の怪物に変えた。岩にも見える巨大な拳を構え、ファイティングポーズを取る。

 

 「……こいつら消したら、ここの艦娘達で、楽しむ……か?」

 「良いねぇそれ。抵抗出来ない程度に痛め付けて思い切り楽しんでから消すのも面白いなぁ」

 「外道ね、あんた達……!」

 「誉め言葉だな。じゃ消えな」

 「お前等がな」

 

 と、突如食堂に声が響く。すると牛の怪物の背後にクラックが開いて、そこから牙也が飛び出してきた。牙也はそのまま牛の怪物を蹴り飛ばしてその場に着地し、牛の怪物は食堂の机や椅子を巻き込んでスッ転げてしまった。

 

 「な、なんだてめぇ!俺達の邪魔するつもりか!?」

 「邪魔するって言ったらどうする?俺達も消すか?」

 「当然だ!俺達の任務を妨害する奴は、皆消しちまうぜ!」

 「あぁそうかよ……エフィンム!」

 

 牙也が象の怪物の後ろへ声を掛けると、象の怪物の影からエフィンムがヌルリと飛び出してきて怪物の後頭部に思い切り裏拳を叩き込んだ。裏拳によって態勢が崩れた事によりU-511の拘束も緩み、彼女は急いでハイリアに駆け寄った。

 

 「Admiral……!」

 「ゆー……!良かった、怪我はない!?」

 「だ、大丈夫、です……」

 

 二人が無事を喜んでいる間に、牙也とエフィンムは二体の怪物を食堂の外へと叩き出し、自らもそれを追い掛けて外へ飛び出していた。

 

 

 

 

 

 

 

 波止場まで怪物を追い払った牙也とエフィンムは、それぞれの得物ーー牙也は薙刀、エフィンムは片手剣であるーーを抜いて戦闘態勢に入る。

 

 「野郎……!俺達の邪魔をするな!」

 「任務、邪魔する奴……消す。それが、役目!」

 

 二体の怪物は巨腕を振るって襲い掛かってきたが、牙也もエフィンムも得物でそれを受け流しカウンターで斬撃を加える。そして怪物達が態勢を整える暇すら与えず、得物を振るって怪物を斬り裂いていく。

 

 「グ、ググ……グルァァァァァ!!」

 

 と、牛の怪物が腕をブンブン振るいながら突進してきた。完全に何も見えていないのか、無我夢中で二人へ突進してくる。しかし二人に焦りの色は無く、得物を構え直す。

 

 「過ぎた蛮勇は身を滅ぼす……その身にしっかり覚えさせな」

 

 そして突進をスレスレで回避すると、すれ違い様にほぼ同時に牙也とエフィンムの斬撃が牛の怪物に叩き込まれた。牛の怪物は暫し硬直していたが、やがて全身が青白い炎に包まれて灰化消滅した。

 

 「呆気ないですな。こうも手応えがないと、折角鍛えて頂いた剣の腕が鈍ってしまいます」

 「違いないな。さて……」

 

 牙也がもう一体の象の怪物に目を向けると、怪物は慌ててその場から逃げ出そうとしているところだった。しかしその両足を牙也達が出現させた蔦によって拘束され転ばされてしまう。そのまま両手も拘束して空中に磔にし、牙也は薙刀を構えたまま象の怪物に歩み寄る。

 

 「それじゃ教えてもらおうか。知ってる事、洗いざらい全部」

 「へっ、馬鹿か!この俺がそう簡単に秘密をベラベラ喋ると思ってんのか!?」

 

 縛られた状態で尚も意気がる怪物に、牙也はケラケラと笑って見せた。

 

 「何がおかしいんだよ?」

 「別にぃ?どーせ口を割らねぇのは分かってたしな、予想通りの反応で良かったよ」

 「へっ、じゃあどうするつもりだ?拷問でもするのか?それとも俺を味方に引き込もうとでも?やってみろよ、どう足掻こうと、俺は口を割らねぇぜ!」

 

 尚も意気がる怪物に、牙也はため息一つ。そして怪物との距離を更に縮めた。

 

 「……じゃあやってみようか」

 「へ?」

 

 と、唐突に牙也は象の怪物の頭を鷲掴みにし、そして怪物と目を合わせるように顔を固定させる。すると、

 

 「あ……あぁ……アアアアアアアアアアアアアアア!?」

 

 突然象の怪物が発狂しだした。自らの手足を拘束する蔦を引きちぎらんばかりに暴れまわり、何とか目を合わせまいとするが、何故か目は強制的に牙也の目を見てしまう。そんな状態の怪物の事などどうでも良いかのように、牙也はそのまま象の怪物を目を合わせ続け、エフィンムもまたそれを止めるでもなくただ無表情でその様子を眺めていた。

 

 「wagjngtj@npg@mj@tbgwpd3tax/g!?」

 

 やがて怪物の声も呂律が回らなくなり、最早言葉を発する事すら儘ならなくなっても、なお牙也は怪物の頭を掴みその目を合わせている。彼の目は、目映い程に金色に光っていた。すると、

 

 「ちょっと、何の騒ぎなのよこれは!?」

 

 怪物の叫び声に起こされてしまったのか、ビスマルクを始めとした艦娘達が艤装を装着して駆け付けて来た。そして蔦に拘束され発狂しながら暴れている怪物と、その頭を鷲掴みにしている牙也を見て更に警戒を強める。

 

 そしてそのまま五分経過しーー

 

 「ァ……ァ……アァ……」

 

 ようやく牙也が頭から手を離し目線も怪物から外した。そして蔦の拘束を解くと、怪物は声にならない声をあげながらその場に倒れ伏した。

 

 「そいつに何をしたの?」

 「……ちょっと頭の中を覗かせてもらった。意地でも話さないと思ったんでな、最終手段だ」

 「頭の中を覗くって……大丈夫なの、あいつ」

 「いんや。半ば強制的に記憶を引っ張り出したからな、ありゃもう廃人同然ーーいや、そもそも人ですらないか」

 

 そう言って牙也が目を向けると、象の怪物もまたあっという間に灰化消滅してしまった。その光景に艦娘達の表情は驚愕に変わった。

 

 「なんで……!?」

 「あれが言ってた『オルフェノク』って奴だ。奴等にとって死=灰化消滅なんだよ」

 

 そう言うと牙也は近くに転がっていた竹箒でその場に堆く積もった灰を全て海に掃き捨てた。

 

 「取り敢えず詳しい事は明日話す。お前等も今日のところはもう寝ろ」

 

 そう言って全員を無理やり帰らせ、牙也は一息つく。エフィンムが然り気無くお茶を差し出してきたのでそれを一口飲む。そして牙也は思い出したかのようにエフィンムに何か耳打ちすると、エフィンムは「畏まりました」と頷き影に潜って消えた。それを見送り、その目を外海に向ける。

 

 「……本格的に不味くなってきたな。急いで対策を練らねぇと……いずれ取り返しが付かなくなる」

 

 

 

 

 

 

 

 次の日。

 

 大会議室にハイリア、レイス、そして二人が率いる艦娘達(近海警備中の艦娘を除く)を集め、牙也は昨日の夜に何が起こったのかを事細かに説明する。夜間の襲撃、オルフェノク、そしてオルフェノクの目的。一通りを説明すると、皆一様に信じられないといった表情をしていた。

 

 「何が何だか意味が分からないけど……Admiralとゆーが実際にそいつらに襲われた事を考えると、もう全部信じるしかないわね……」

 「いよいよここも危なくなってきた、という事か……牙也、そのオルフェノクとやらは私達だけでも対処出来るのか?」

 「どうだろうな、試した事ないから分からん……が、攻撃が効かないという事はないだろうと見てる」

 

 頭を掻きながら牙也は言う。と、アークロイヤルが挙手して尋ねた。

 

 「最初牙也と会った際に現れたあの……『カッシーン』だったか?あれは私達の攻撃が通っていた。そのオルフェノクとやらはあれとは別の存在なのか?」

 「そうだな。俺も又聞きした話なんだが、カッシーンはそもそも機械人形の類いらしい。だからぶっ壊してしまえばそれで問題はないんだと。が、オルフェノクは違う。奴等はカッシーン以上に危険だ……恐らく今後も不定期に奴等はここを襲撃するだろうな」

 

 にわかに艦娘達はざわつき出し、その表情は焦りに変わる。深海棲艦以上の更なる脅威が目前まで迫ってきているのだから、焦るのも無理はないだろう。

 

 「ハイリア大佐、今回の件を一度上層部に報告してみては如何でしょうか?このまま手をこまねいている訳にはいかないでしょう、ただでさえ現在進行中の大規模作戦に影響を及ぼしていますし……」

 「えぇ、それも考えたのだけれど……果たして上層部は動いてくれるかしら、そこが問題なのよ」

 「と、言いますと?」

 「以前牙也が言ってたじゃない、『上にも奴等が侵入してる可能性がある』って」

 

 ハイリアの言葉にまた艦娘達がざわつき出す。レイスもまたそれを思い出してハッという表情になった。

 

 「そうか、もし上層部の中にあの怪物達を率いる者が紛れ込んでいたとしたら……報告は全て握り潰される可能性がありますね」

 「えぇ。それに今回の怪物騒ぎはここでしか起こっていないわ。上層部としても、たかだか一鎮守府の問題だけで大規模作戦を中止する訳にはいかないでしょうし……まぁやってはみるけどね」

 「むむむ……となると、やはり我々だけでこの問題を対処せねばなりませんな」

 「えぇ。牙也、申し訳ないのだけれど私達に力を貸してくれないかしら?」

 

 ハイリアの問い掛けに牙也も首を縦に振って答えた。

 

 「ここまで来たら乗りかかった船だ、俺も手を貸す。流石にこれは俺も見過ごせないんでな」

 「ありがとう、恩に着るわ」

 

 牙也とハイリアは握手して互いの協力を確認し合った。と、会議室の通信機がけたたましく鳴り響いた。一番近くにいたレイスが急いで通信を始める。

 

 「はい……おや、ジャーヴィスか。近海の様子はどうかな……え、なんだって?もう一度言ってくれないかい……な、なんだって!?それは本当なのかい!?」

 

 レイスが思わず上げた大声に、牙也もハイリアも艦娘達も何があったのかと釘付けになる。そしてレイスは「ふむ……ふむ……分かった、すぐに!」と言うと通信機を切り全員に向き直った。

 

 「レイス中佐、何かあったの?」

 「ハイリア大佐、まずい事になりました……ジャーヴィス達近海警備部隊が、あの戦艦レ級に出会してしまったようです」

 「何ですって!?それでジャーヴィス達は!?」

 「今は近くの小島に避難しているとの事ですが、レ級の攻撃で中破大破した娘が半数以上で、身動きが取れない状況らしいです」

 「くっ、こんな時に……!ビスマルク、リシュリュー、オイゲン、ゴトランド、ネルソン、シェフィールド!貴女達は救援艦隊としてすぐに出撃しなさい!旗艦はビスマルクが務めて!」

 「分かったわ!このビスマルクに任せなさい!」

 「アーク、君も空母機動部隊を連れて向かいなさい!編成はヴィクトリアス、グラーフ、コマンダン・テスト、レーベ、マックスだ!」

 「了解!」

 

 ハイリアとレイスの素早い指示を受け、ビスマルク達が急いで会議室を飛び出していく。にわかに会議室が騒がしくなる中、牙也もまた動き出そうとしていた。

 

 「ハイリア、レイス。俺もあいつらに同行する、良いな?」

 「どうして?」

 「その近海警備部隊を襲ったっていうレ級だが……俺の勘が正しければ、そいつの目的は俺だ」

 「貴方が目的?どういう事ですか?」

 「ここに来る以前に、俺は二度レ級を相手しいずれも勝利してる。恐らく奴は、リベンジの為に俺を探しているのかもしれない」

 

 二人は驚いて牙也を見た。レ級と言えば、数ある深海棲艦の中でも一、二を争う程の実力を持ち、あの鬼級・姫級と呼ばれる指揮官クラスの深海棲艦に匹敵するとされる敵だ。戦艦クラスを優に越える威力の砲撃に並みの空母以上の艦載機を操り、更には雷巡レベルの魚雷も使う。化け物なんて言葉が似合う敵を二度も相手し、あまつさえ勝利しているという牙也に、二人は心強さと共に恐ろしさを覚えた。

 

 「……分かったわ、行ってちょうだい」

 「ハイリア大佐!?本気ですか!?」

 「今回の目標はあくまでもジャーヴィス達の救援よ。心苦しいけど……牙也が行ってくれないと全滅の危険さえあるわ。牙也にレ級を引き付けてもらって、その間にジャーヴィス達を救助し撤退……はっきり言って、それしか善策は浮かばないわ」

 「そういう事だ、俺は先行してレ級を出来る限り引き付けておく。救助はビス子達に任せるぜ」

 

 そう言うと牙也は会議室の窓から跳躍し、そのまま海面を駆けていく。あっという間にその姿は見えなくなった。

 

 「……レイス中佐、ビスマルク達に牙也が先行した事を伝えに行って。それと、ジャーヴィス達の救助が最優先事項だとも伝えてちょうだい。他の娘達も艤装を準備していつでも出撃できる状態にして」

 「分かりました」

 

 レイスと残っていた艦娘達も急いで会議室を飛び出していく。一人になった会議室の窓から、ハイリアは外海を見据える。

 

 「……頼んだわよ、牙也」

 

 無力な自身を呪いつつも、ハイリアは牙也に希望を託し、そして出撃していった艦娘達の無事を祈った。

 

 

 

 

 



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救援、奮戦


 遅くなりました、牙也sideです。




 牙也が鎮守府を飛び出していく僅か数分前ーー

 

 「うぅ……痛いよぉ、痛いよぉ……」

 「頑張って!もう少ししたら救援が来てくれるから!」

 

 ハイリアの鎮守府から少し離れた小島の洞窟に、六人の艦娘の姿があった。その内四人が中破、もしくは大破しており、脚部をやられて動けない状態であった。四人を洞窟のゴツゴツした地面に寝かせ、簡易ながら包帯を巻いて止血するなどの治療を行う駆逐艦の姿があった。

 

 「うぅ……お願い、早く助けに来て……!」

 

 涙目になりながら必死に治療をしつつ救援を待つプラチナブロンド髪の駆逐艦ーーグレカーレである。いつものように近海警備の為出撃したグレカーレ達だったが、その途中で何処から流れ着いて来たのか、深海棲艦の中でも特に狂暴で危険な『戦艦レ級』と出会し、戦闘に入ってしまった。轟沈こそ免れたものの、レ級の圧倒的火力に敵う筈もなくグレカーレ達は逃げ続けるしかなかった。

 ようやく小島の洞窟に逃げ込んだものの、ここに隠れていられるのも時間の問題。レ級が自分達をしつこく探しているのなら、恐らくここもじきに目をつけられてしまうだろう。

 

 「グレカーレ、皆の様子はどう?」

 

 とそこへ、別の駆逐艦が洞窟へと入ってきた。ストレート金髪にボアコート似の白ミニスカワンピースという服装の艦娘『ジャーヴィス』である。彼女達の中で唯一被弾を免れた為、彼女達の治療を自身の次に無事だったグレカーレに任せ周辺を警戒していた。

 

 「取り敢えず簡単だけど治療はしたわ。今は皆落ち着いてる。外はどう、ジャーヴィス?」

 「今のところレ級や他の深海棲艦の姿は無いわ。もう少し休んだら早急にここを離れるべきだと思うけど……」

 「賛成。ここもじきに危なくなるし、早めに動くのが良いかもね。ただ問題は……」

 「うん……」

 

 二人は頷き合って地面に寝かせられた四人の艦娘を見る。今回近海警備部隊として出撃したのはいずれもジャーヴィスとグレカーレの姉妹艦。いずれも中破ないしは大破しているので、自力では動けない。本来ならジャーヴィスとグレカーレが曳航するのだが、それだとレ級に気づかれて全滅の危険がある。が、ここにずっと隠れているというのもレ級に気づかれた時に同じく危険である為、この後の動きの選択はある種の賭けでもあった。

 

 「……絶対に見捨てないよ。テートクの所に絶対帰るんだもん、皆揃って」

 「当たり前でしょ!このラッキージャーヴィスがいるだもん、皆生きて帰れるんだから!」

 

 ジャーヴィスが腰に手を当てそう言う。それが空元気である事はグレカーレも気づいていたが、あえて口には出さない。

 

 「それでジャーヴィス、どうやってここを抜け出す?」

 「うーん、それなんだけど……この島をグルッと一周してみたらね、ここの反対側にもう一つ洞穴があるのを見つけたの。まずそこまで移動してから、ちょっと時間を置いてこの島を脱出するのはどうかしら?」

 「うーん、良いかもだけど……その洞穴ってここからどのくらいの距離?」

 「この小島はそれほど広くないし、素早く動けば本当にすぐよ?近くに敵はいないし、動くなら今だと思うけど……」

 

 選択一つで最良にも最悪にもなりうるこの状況で、とにかく二人は慎重であった。すぐとは言っても、その『すぐ』の間にレ級をはじめとした深海棲艦に出会す事も充分あり得る。が、生きてここから脱出する為にはここから動かなくてはならない。悩んだ末、

 

 「……行きましょう、その洞穴へ。少しでも無事に帰れる可能性を作っておきたいわ」

 「決まりね。行きましょ!」

 

 言うが早いか、二人は急いで移動の準備を始めた。今いる洞穴内で偶然見つけたモーター部分の壊れたボートに負傷した四人と艤装を乗せ、船首部分と自分達の艤装を丈夫な紐で結ぶ。結構な重さではあったが、ボートはしっかり海面に浮いている。重さで沈没する危険もない。

 

 「よし、行きましょ!」

 「ええ!」

 

 周囲の安全をしっかり確認しつつ、二人はボートを必死に引っ張って島の反対側にある洞穴を目指す。四人分の重さが直に来るのであまり速くは進めないが、確実に前進していた。

 

 「ジャーヴィス、あとどのくらい?」

 「もう少しの筈……待って!」

 

 ジャーヴィスが手で制して進むのを止める。見るとそこには、自分達を探しているのであろうか、レ級が彷徨いていた。

 

 「なんで……!?ここにあたし達がいる事をあいつは知らない筈なのに……!」

 「そんな、あそこに洞穴があるのに……これじゃ近付けないわ……!」

 「ど、どうする……?」

 「……諦めてさっきの場所へ戻るしかないわ。早くここを離れてーー」

 

 ジャーヴィスがそこまで言ったその時、二人の頭上をブオーンと言う音が通り過ぎた。空を見上げると、禍々しいデザインの黒い飛行機が二人の頭上を旋回している。二人はハッとしてレ級を見やると、レ級と目が合ってしまった。たちまちレ級の表情は残虐な笑みとなる。

 

 「しまった、気づかれたわ!」

 「は、早く逃げーー」

 

 二人が逃げ出そうとした時、レ級はいつの間にか二人の真正面まで接近しており、二人の服の襟を掴んで島の岩壁に叩き付けた。艤装とボートを繋げていた紐は千切れ、ボートは波に取られて流されていく。

 

 「ハハハハハ、見ィツケタ!鬼ゴッコハ楽シカッタカ?」

 「グ……離、して……!」

 「ヤダネ。サテ、オ前達ヲ沈メタラ、サッキ流レテッタボートモ沈メルカナ」

 「そんな事、させない……!」

 「悪足掻キハ止メタラ?ドーセオ前達ジャ勝テナインダカラサ!」

 

 レ級は二人の襟を掴む腕に力を籠めた。二人は空いた手でレ級の腕を叩くが、レ級に効果はない。そうこうしている間にボートは遥か遠くへ流されていった。

 

 「ジャ、止メ。バイバイ」

 

 レ級は尻尾の艤装を二人に向ける。

 

 (やだ……こんな所で、死にたくない……!)

 (誰か……誰か助けて……!)

 

 死への恐怖に、二人は目を閉じた。

 

 

 

 

 ボッ

 

 

 

 

 不意に聞いた事もない音が聞こえ、襟を掴んでの拘束が弛んだ。拘束から解き放たれた二人が恐る恐る目を開けると、目の前のレ級は首から上ーーつまり頭が無くなっていた。

 

 「ひっ!?」

 

 二人が驚く中、レ級の体はゆっくりと後ろへ倒れ、そのまま海中へ没していった。

 

 「なんだ、人違いならぬ艦違いか。もしやと思ったんだがな」

 

 そして聞こえた男の声。ジャーヴィスには分からなかったが、グレカーレにはその声が救世主の声に聞こえた。目の前に立つ人物が誰か知っているが故に。

 

 「お兄さん!」

 「おー、二人とも見つけた」

 

 グレカーレは思わず牙也に飛び付いていた。そのまま牙也に張り付きワンワンと泣き叫ぶ。ジャーヴィスは目の前の人物の事を知らない上に、一体今何が起こったのかも分からず呆然としていた。すると牙也はグレカーレを抱き締めたままジャーヴィスに近寄ってきた。思わず身構える彼女の頭を牙也は優しく撫でてあげる。

 

 「よく頑張ったな、二人とも。もう大丈夫だ」

 

 その言葉にジャーヴィスも緊張の糸が切れたのか牙也に張り付いて泣き出した。そんな二人を牙也はそっと抱き締めて頭を撫でる。しばらくの間、牙也は泣き叫ぶ二人を優しく慰めるのだった。

 

 

 

 

 

 一頻り泣いた後、二人はハッとして辺りを見回し始めた。

 

 「お、お兄さん!この辺にボートが無かった!?」

 「ボート?それってこれの事か?」

 

 グレカーレに聞かれて牙也が自身の背後に目を向けると、牙也の左腕から延びた蔦があのボートの船首に絡まっていた。二人が急いで駆け寄ると、ボートの中には確かに四人の艦娘と艤装があった。

 

 「良かった……!お兄さん、グラッチェ!」

 「ああ。お前達を探してたらこれが流れてきたんでな。もしやと思って流れてきた方向に行ったら大当たりって訳だ」

 「良かった、皆無事で……早く鎮守府に帰らなきゃ!」

 「そうだな……お、お迎えが来たぜ」

 

 牙也が自身が来た方向を指差すと、ビスマルク達が大急ぎでこちらへ走ってきていた。鎮守府から全速力で来たのか、全員息が上がっている。

 

 「ちょ、ちょっと牙也……!ゼェ、ゼェ……あ、貴方速すぎよ……!私達の事も、ハァ……考えなさいよ……!」

 「喧しい、俺がいなかったら今ごろこの二人が藻屑になってたんだぜ?ちったぁ感謝してもらいたいもんだ」

 「当たってるだけに、ゼェ、ハァ……釈然としないわね……」

 

 肩で息をしながら牙也と言い合うビスマルク。周りからは乾いた笑いが漏れる。

 

 「さて、目的は果たした。ビス子達は速やかにここを撤退しな」

 「ビス子は止めてちょうだい!……分かったわ、もうすぐグラーフ達も追い付いてくるだろうし、合流して鎮守府に戻るわ」

 「頼んだ。俺はしばらくこの周辺を回って残りを掃討しておく、ハイリア達に伝えておいてくれ」

 「ええ、後はお願いね」

 

 ビスマルク達はグレカーレ等を囲むように警戒陣を敷くと、急いで海域を戻っていった。彼女らが見えなくなるまで見届けた牙也は、腰に手を当てて軽く伸ばす。そして、

 

 「……そろそろ隠れてないで顔出したらどうだ?最上」

 

 周囲に向かってそう声を掛ける。と、空がグニャリと歪んだかと思うと、そこには大量のロボットが牙也を囲むように立っていた。その全てが重火器を持って銃口を牙也に向けている。

 

 「……我々に気づくとは、大したものだな」

 

 牙也を囲うロボットの大軍の一角が左右に割れ、奥から最上が歩いてきた。既にレフトカイザーに姿を変えており、手にはネビュラスチームガンを持っている。

 

 「おやぁ?もしや本当にさっきまでここでずっと待機してたのか。そりゃご苦労様だな」

 「……鎌をかけたか。食えない男だ」

 

 心中で舌打ちしながら最上はスチームガンの銃口を牙也に向ける。と、牙也は人差し指を立てて言った。

 

 「一つ聞こう……艦娘達をわざと逃がしたのは、そう言う指示あっての事か?」

 「……そうだ。私のーーいや、私達の目的はあくまでも貴様一人。塵屑に用はない」

 「そうかよ。じゃあ始めようか」

 

 牙也が言うと同時に彼の背後にクラックが開き、そこからアームズウェポンの『スイカ双刃刀』と『王子鎚(ジャックハンマー)』が飛び出してロボットを蹴散らしていく。それだけで三分の一が瓦礫に早変わりした。

 

 「……まぁそうするだろうな。私でもそうする」

 

 最上は新たにロボットを呼び出して戦力を補充し、スチームガンを牙也に向ける。そして、ロボットに向けて命令一つ。

 

 「……奴を倒せ。どんな手を使ってもだ」

 

 最上の命令と同時に、ロボットが銃火器を一斉掃射してきた。しかし牙也もそれを読んでか素早く回避行動を取り、向かってきたロボットを一刀の元に斬り捨てる。そして残骸を蹴飛ばして他のロボットに命中させてスクラップに変えていく。彼の頭上には絶えずクラックが開き、そこから次々とアームズウェポンが飛び出してきてロボットを破壊していった。

 

 「なるほど、そこそこやるようだな。だが、その余裕がいつまで保つかな?」

 

 しかしロボットは絶えず補充され、一向に減る気配はない。最上が合図を出す毎にロボットは増えていき、その数は最初の倍近くにまで到達していた。

 

 「切りがないな……あれやるか」

 

 このままでは多勢に無勢ーー牙也はそう考え、クラックから羽扇『絆羽扇』を召還した。そしてトリガーを引いて十の文字ーー『火』『水』『風』『雷』『土』『環』『挑』『弱』『浄』『奮』ーーを出現させる。

 

 《水計!》

 

 その内の『水』の文字を扇ぐと、ロボット周辺の海面が持ち上がったかと思うと、そのまま巨大な津波となって襲い掛かった。津波はたちまちロボットを呑み込み、残骸に変えてそのまま押し流していく。

 

 「おまけだ」

 

 《弱化ノ計!》

 

 《奮起ノ計!》

 

 更に最上が新たに補充したロボットには『弱』の文字を幾重に分裂させて張り付け、逆に自身には『奮』の文字を張り付けておく。これで敵は弱体化し、一方の自分は強化された。ロボットが銃火器で攻撃してくるが、玩具の銃の弾のようにボヨンッと跳ね返ってしまい少しのダメージもない。

 

 「効かねぇよ!」

 

 薙刀『紫炎』を振るって迫ってきたロボットをまとめて一刀両断、次々と瓦礫に変える。先程と逆に、ロボットが増えるよりもロボットが残骸・瓦礫に変わるスピードの方が早くなっていく。しかしロボットは決して怯む事なく、仲間の残骸を踏み潰しながら迫ってくる。

 

 「しゃらくせぇっ!」

 

 《連環ノ計!》

 

 『環』の文字を扇いで鎖を顕現、ロボットをまとめて拘束。

 

 《雷鳴ノ計!》

 

 「はいドーン!」

 

 次いで落雷を数本発生させた。落雷は数体のロボットに落ちて破壊、更にロボットを拘束する鎖を伝って他のロボットへ次々と伝播。感電したロボットは黒煙を出しながら機能停止した。

 

 「なかなか踏ん張るな……やはり私がーー私達が出なければ駄目か」

 

 そうして次々とロボットが破壊されていく中、遠巻きにその様子を眺めていた最上はそう呟くと、自身の隣に何やら裂け目のようなものの開き、中から祈祷師のような白い服の男が現れた。最上そっくりの顔をしたその男の手には最上と同じネビュラスチームガンが握られている。

 

 「……行くぞ」

 「イッツファンキーターイム!!」

 

 《ギアエンジン!》

 

 《ギアリモコン!》

 

 《ファンキーマッチ!》

 

 『……バイカイザー!』

 

 《FEVER!》

 

 ネビュラスチームガンから赤と青の歯車が射出される。最上ともう一人の最上の体は融合し、そこへ歯車が鎧のように装着されて変身が完了した。

 

 《PERFECT!》

 

 「バイカイザーのーー帝王の力を、思い知るが良い!」

 

 最上ーーバイカイザーがネビュラスチームガンで射撃しながら牙也に迫っていく。それと同時に一斉にロボットが後退して距離を取った為、牙也はバイカイザーに目を向け紫炎を高速回転させて弾を弾き飛ばす。そのままバイカイザーの蹴りを柄の部分で受け止めた。柄がミシリと音を立てる。

 

 (重い……!さっきよりも遥かに……!)

 「これでは終わらんぞ!」

 

 更に最上が徒手空拳を繰り出して攻め立てる。息も尽かせぬ素早い攻撃に、牙也は反撃をアームズウェポン召還による奇襲に任せ、攻撃をいなす事に専念する。しかし最上も次々繰り出されるアームズウェポンを余裕で回避する。

 

 「小手先の技で私を倒せると思うな!」

 

 最上の強烈なパンチが牙也の頬を掠める。牙也の頬が少しだけ切れ、風圧で顔が歪む。負けじと紫炎を振るうと、最上はバックステップて下がりながら射撃してきた。それを再度紫炎で弾いたその時、牙也の四方の海面が盛り上がり、ロボットが四体飛び出してきた。その機体はボロボロで最早壊れる一歩手前であった。四体のロボットは出現するや否や、そのまま突進してきた。その手には丸い何かを抱えている。

 

 (爆弾……?自爆か!?)

 

 牙也がそれに気づくより早く、ロボットの機体は遂に限界を迎え、爆発した。爆風に反応してロボットが抱えていた爆弾も爆発、爆風はロボットと牙也を纏めて呑み込んでいく。巨大な水柱が上がり、辺りは何も見えなくなる。やがて視界が晴れると、そこには自爆したロボットの残骸だけが残っていた。

 

 「フン、他愛もない」

 

 最上は残骸に近寄り牙也を探す。先の自爆でやられたなら何処かに死体の一つはあるだろう。そう考えての事だったが、散らばるのは残骸だけ。

 

 「死体がない?まさかーーぬぅ!?」

 

 突如最上の足元が揺れ、そこから水飛沫を上げて何かが飛び出してきた。咄嗟に回避したが、アーマーに斬撃による大きな傷ができる。よろめきながらも最上が顔を上げると、飛び出してきたそれは華麗に海面に着地した。その手には大剣が握られている。

 

 《ゼロアームズ!夢・幻・無・双!!》

 

 「ふう。間に合ったな」

 

 それは漆黒の重装に身を包んだ牙也であった。あちこちに傷のできた重装の鎧という出で立ちの牙也は、手にした大剣を構え直す。

 

 「自爆は失敗か……ならば再びこの物量で押し潰してくれる!」

 

 最上の命令で再び動き出すロボットの大軍。と突然砲撃音がしたかと思うと、大軍の一部が残骸になって吹き飛んだ。更に見覚えのある禍々しい見た目の黒い艦載機が次々飛来して爆弾の雨を降らせ、残骸すらも吹き飛ばした。

 

 「何だと!?新手か!」

 「あの艦載機は……!」

 

 最上が狼狽する中、牙也が目を向けた先から水飛沫を上げながら何かが急接近していた。真っ白い身体に真っ黒のフード、そして尻尾型の艤装。

 

 「見ィツケタァ!!」

 「レ級!?」

 

 戦艦レ級が全速力で牙也に飛びかかってきた。咄嗟に回避したお陰でぶつかりはしなかったものの、レ級は勢いそのままロボットの大軍に激突。そのまま大爆発に巻き込まれていった。牙也も最上も唖然としてそれを見つめる。と、爆発したロボットの残骸を吹き飛ばしてレ級が顔を出した。そしてズカズカ牙也に近寄る。

 

 「避ケンナ!折角ノ再会ダロウガ!」

 「避けるだろ普通!お前あの勢いで突っ込まれたら確実に骨逝くわ!」

 「知ラナイヨソンナノ!ソレヨリアタシヲ放ットイテ、今マデ何処ウロチョロシテタンダ!?」

 「お前は俺の嫁じゃねぇだろ!その言い方は誤解招くから止めろ!」

 

 ギャアギャア言い合う二人。最上は完全に蚊帳の外で、仮面の下で呆れた表情。そうこうしている間に、ロボットは次々と牙也達に迫っていく。

 

 『邪魔を……するな(ヲ……スルナ)!!』

 

 鋭い眼光を見せながら牙也は大剣を振るい、レ級は尻尾の艤装の巨大な口で迫ってきたロボットを薙ぎ倒す。その一撃は数多の機械を残骸どころか灰に変えた。そして二人は最上に向き直る。

 

 「さぁ、続きと行こうぜ!最上!」

 「アタシノ邪魔スルナラ……オ前モ喰ッテヤル!!」

 「まったく……次から次へと邪魔者が入る!」

 

 三人が刃と拳を交えんとしたその時、三人を分断するかのように巨大な剣の形をしたオーラが振り下ろされてきた。剣の一撃は海を割り、近くの小島の岩壁を破壊する。

 

 「なんだ!?」

 「マタ邪魔者カ?」

 

 三人が一様に剣の現れた方向を見る。そこには大量の赤黒いガスと金色の粒子が山のようになっており、中で何かが蠢いている。三人は警戒を強め、そのガスと粒子を注視する。ゴボゴボと音を立てるそれは、辺りに散らばるロボットの残骸を少しずつ少しずつ呑み込んでいく。やがて全ての残骸がガスと粒子に呑み込まれると、それらが突如変質し始め、人の姿を形成していく。

 

 《OPEN The Omnibus!Force Of Gods!KAMENRIDER SOLOMON!》

 

 荘厳な電子音声が響き現れたそれは、手にした金色の剣を三人に向けてこう言った。

 

 

 

 

 「ようこそ……『私の』世界へ」

 

 

 

 

 




 ゼロアームズのスペック

 身長 225cm
 体重 128kg
 パンチ力 20.2t
 キック力 25.7t
 ジャンプ力 一飛び10m
 走力 100m8.2秒

 武者修行の為に箒と共に異世界を渡り歩いていた際、とある異世界での戦闘中に目覚めた特殊なロックシードで変身する形態。変身に使用するゼロロックシードは人間の憎悪や狂気等の悪意の感情を感知し吸い取る力を秘めており、数百年以上経った今もなおその力は衰える事なく、数多の世界にアクセスし悪意の感情を絶えず吸い取り続けているという。
 スペックは仮面ライダー鎧武カチドキアームズをパワーで凌ぎ、反対に機動力で劣る。防御力もカチドキアームズの比ではなく、生半可な攻撃ではダメージの少しもない。また取り込んだ悪意の感情を戦闘の為のエネルギーに変換する事が出来、これによりスペック以上の実力を発揮可能。
 だが代償として変換したエネルギー量が多い程変身者に身体的負担を強い、一定量を超えるとエネルギーが暴走して変身者を悪意の権化そのものへ変貌させてしまう。現状牙也は普通に使いこなせてはいるが、いつこの代償が現れるかは牙也本人にも分からない。


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激動の緒戦

 金色と黒、そして赤に彩られた重厚な装甲。膝丈まであるマント。金色に輝く一振りの剣。そして、バックルの正面部で一際目を引く本の形をした物。その剣士は牙也や最上と同じように海面に立ち、悠然として聳えていた。牙也は大剣を構えて警戒の姿勢を崩さず、レ級も鮫のごとき歯をギラつかせて艤装の砲を向ける。

 

 「……何故ここに来た。出番はまだ先だろう」

 

 最上が現れた剣士に向かってそう聞く。すると剣士は最上の言う事が理解出来ないのか首を傾げた。

 

 「出番?何を馬鹿な事を。どうやら勘違いしているようだな、お前は」

 「勘違いだと?」

 「そうだ。私の出番がまだなのではない……お前の出番が終わるのだ」

 

 そう言うと剣士は懐から一冊の本を取り出してページを開いた。するとその本から何やら黒い靄が溢れだし、最上を包み込み始めた。

 

 「これは……!貴様、何をするつもりだ!」

 「お前はもう用済みだ。その程度の敵に苦戦するような者など必要ない。大人しく本の世界へ還るが良い」

 「貴様ァ……!あれだけ手伝ってやったというのに!私との約定を違えるつもりか!?」

 「約定?知らんな、そんな物は。寧ろ叶えてくれるとでも思っていたのか?だとしたらお前は随分おめでたい頭をしているな」

 「くっ……!詰めが甘かったか、あの時と同じように……なんと不甲斐ない……!だが!」

 

 最上は最後の足掻きとばかりにスチームガンでその剣士を撃った。しかし放たれた弾は、剣士によって埃を払うかのようにあっさり落とされた。

 

 「無駄だ。お前は私が本から呼び出した存在。私に攻撃する事は出来ん」

 「おのれ……!おのれぇぇぇぇぇぇぇ!!」

 

 最上は最後まて抵抗を続けたが、遂に全身を靄に呑まれてしまった。最上を呑み込んだ靄は、そのまま剣士が持つ本へと戻っていき、靄が全て本に戻ると剣士はその本を閉じて懐にしまった。

 

 「さて……これで心置きなくお前達と話ができるな」

 

 剣士は金色の剣をガス状にして一旦収納すると、牙也達に目を向けた。

 

 「改めて……ようこそ、『私の』世界へ。歓迎するよ、異界の戦士。そして異端なる深海棲艦」

 

 両手を広げて挨拶する剣士に、牙也とレ級は更に目を鋭くする。剣士は「はて……」と何か考えていたが、やがてハッとして手をパンと叩いた。

 

 「おっと失礼、自己紹介がまだだったな。名乗らずにいるは剣士の誇りに反するものだ……私は『ソロモン』。この世界の頂点たる者だ」

 「『ソロモン』……?お前、ハイリアの鎮守府に差し向けられた刺客の親玉か!」

 「親玉とは人聞きの悪い……せめてトップと呼びたまえ、異界の戦士よ」

 

 高笑いしながらソロモンは牙也にそう語りかける。その話しぶりに対し苛つきを覚えながらも、それを必死に抑えながら牙也は問う。

 

 「何故俺が異界から来たと分かる?」

 「ん、違うのか?そんな筈はないだろう。何せ君をここに呼んだのは他でもない、私なのだからな」

 「何……?」

 

 どういう事か。牙也、箒、そしてエジョムの三人は、ヘルヘイムの森に開いた異界同士を繋ぐクラックに導かれてこの世界へとやって来た。その過程に何者かが干渉するなど、たとえ神であったとしても出来る訳がない。だのにここに呼んだのが自分とは、一体何の冗談か。

 

 「お前……俺の何を知っている?」

 「知っているとも、全てではないがな。お前が綴った物語を少し読んでみただけの事だ」

 「物語を読む?どういう事だ?」

 

 牙也が聞くと、ソロモンの背後が揺らめいたかと思うと、そこに数多の本が揃えられた複数の本棚が現れた。ソロモンはその中にあるちょうど一冊分の隙間に先程の本を戻し、新たに別の本を本棚から抜いて開いた。

 

 「これは『記憶の本棚』。私の趣味は、この本棚に並んだ数多の物語を観賞する事……お前の事は、今私が持つこの本で知った」

 

 ソロモンは手に持った本を表紙が牙也に向くように見せつけてきた。その本の表紙には『零 戦国異聞録』と書かれている。

 

 「俺の、本……?」

 「そうだ。これにはお前がどのような道を歩んで来たか、どんな力を手にし、そして行使したかーーその全てが記されている。まだ読み臭しだがな」

 

 そう言うとソロモンは本を閉じて元のように本棚に戻した。本が戻されると、同時に本棚も消える。

 

 「どんな世界にも、必ず物語はある。何処の誰とも知れぬ輩が紡いだ物語が存在する。私は知りたいのだ。そんな物語を。そして、その根底にある『意志』を」

 「その為に、他の世界を我が物にするのか?」

 

 牙也の問いに、ソロモンは黙って頷く。

 

 「……私がいつ、何処で、どのような経緯で生まれたのかは分からぬ。が、生まれた以上何か意味がーー目的がある筈だと思っていた。しかしどれ程の年月が経とうと、私が生まれた意味も目的も、分からずじまいだった。そんな時に出会ったのが、この『記憶の本棚』だ」

 

 「この本棚の本を手に取り読んだ時、私の魂は今までに無い程に高揚した。そこにあったのは、私の知らぬ戦士達の記憶。私の知らぬ動物達の記憶。私の知らぬ植物や鉱物の記憶。高揚した。興奮した。そして確信した。私は、この本棚と出会う為に生まれたのだと。だが……」

 

 そこで言葉を切り、力強く拳を握り締める。

 

 「……長年この本棚に並ぶ本を読んでいる内に、私はある一つの疑問を持った。何故『私の』本がないのか。何故『私の』物語がないのかと。物語は数多ある。なれどそれは『他人の』物語だ。私のーー私『だけ』の物語が何故存在し得ぬのか。私は考えた」

 

 「そして気づいた。私には、『意志』がない。何かを為そうとする『意志』が欠落しているのだと。思えば私が生まれてからの年月は、今思い返せば常人からすれば異常とも言えるものだった」

 

 「誰に命令された訳でもなく、ただ流されるがままに食事をし、遊び、眠り、ただ悪戯に時を過ごす。誰かと出会い、話し、別れ、そしてまた出会う。そんな毎日だった。それが私だった」

 

 「私は求めた。己を突き動かせるだけの、ありったけの『意志』を。私が生きる為の『目的』を。そしてーー私の全てを記す、『私だけの物語』を!」

 

 両手を大きく広げ、狂った笑い声を上げながら語るソロモン。しかしその笑みはすぐに消えた。

 

 「しかし、手に入る事はなかった。『意志』も、『目的』も、『物語』も。私は嘆いた。何故私には、『意志』がないのか。何故私は『目的』を得られぬのか。何故私は『物語』を書けぬのか、とな」

 

 「ならば、己の手でどうにかすれば良い。『意志』が無ければ己で作れば良い。『目的』が無ければ身近なものから探せば良い。『物語』が無ければ己が書けば良い。そう決意した。そして追い求めた。何十年、何百年、何千年と」

 

 「そして今ーーその物語は一旦の終幕を迎える。この世界が我が物になるのと同時にな」

 

 凍り付く程に冷たい視線を牙也達に向けながら、ソロモンは語る。

 

 「が、ここに来て我が物語に思わぬ登場人物が現れた。それがお前だ」

 

 「私の書く物語に茶々を入れるばかりか、私の物語を否定し、更には私をも上回ろうとしている。強敵だ」

 

 「が……まぁ総じて物語にはよくある事だ。全てが順調に進んでいたその時になって、いきなり大きな壁にぶち当たるーーまさに今。この時、この瞬間こそ、間違いなく私に立ち塞がる壁ではないか。これほど嬉しい事はない」

 

 「私の物語は……着々と書き進められている。それを実感出来たのだからな」

 

 ソロモンはそう言うと、金色の剣を召還して構えた。仮面で見えないが、恐らくその下にある表情はまさに剣士のそれなのだろうか。

 

 「……抜け、強き者よ。小細工抜きの勝負と洒落込もうではないか」

 

 威風堂々とした姿勢で牙也を見やるソロモン。対して牙也もまた大剣を抜いて戦闘態勢に入る。そして互いに一歩ずつ前進し、二人は真正面から向かい合い、睨み合う。

 

 「フッ!」

 「ハッ!」

 

 そして二人同時に得物による攻撃を繰り出した。牙也は大剣を片手で持って振り下ろし、ソロモンは黄金の剣を逆手に持って振り上げた。刃と刃がぶつかり合う音が海上に響く。力はほぼ互角でどちらも押し負ける様子はない。

 と、先に牙也が動いた。大剣を持った腕に力を込めてソロモンを押し込み、力強く大剣を振るってソロモンを弾き飛ばす。ソロモンが空中で態勢を整えて海面に着地した所へ、牙也は間髪入れず攻め入る。低空の跳躍から大剣を上段に構え、振り下ろす。ソロモンは金色の剣を順手に持ち変えてそれを受け止めた。そのまま剣を振り抜いて弾き、今度はソロモンから攻め入る。『神速』とも表現できる程の速さの突きと斬撃で止めどなく攻め入り、反撃の隙を与えない。牙也もまた大剣で襲い掛かってくる突きと斬撃を受け止め続ける。

 

 「やるな」

 「そっちこそ」

 

 軽口を叩き合いながら得物の打ち合いを続ける二人。と、ソロモンが一旦距離を取った。そしてバックルに差した本を閉じると、バックルのボタンを二回押した。それにより本は別のページが開かれる。

 

 《Solomon Strash!》

 

 その音声と共に、金色の剣は巨大な剣のオーラを纏い、禍々しいエネルギーが集約していく。

 

 《ソイヤッ!ゼロオーレ!》

 

 対して牙也もドライバーの小刀でロックシードを二回切り、大剣にオーラを纏わせる。

 

 「むんっ!」

 「おおおっ!」

 

 そしてほぼ同時に二人は横凪ぎに剣を振るった。エネルギーの刃が衝突し衝撃波を生む。しかし威力は拮抗し互いに健在。ならばと二人は再び横凪ぎに剣を振るった。しかしまた拮抗。そして二人は止めと言わんばかりに突き攻撃を繰り出した。互いの刃が衝突し、今度は大爆発が起こる。

 

 「どわっ!」

 「むおっ!」

 

 三度威力の拮抗により双方共に弾かれ、二人は大きく飛ばされながらも何とか態勢を立て直して海面に着地した。牙也は大剣を構え直す。しかしソロモンは逆に剣を降ろし考え事を始めた。

 

 「正面から叩いて倒れる相手ではない、か。かといってしょうもない小細工や搦め手も効きそうにはない……ううむ」

 

 ブツブツ呟きながら思考の沼に嵌まっていくソロモン。見るからに大きな隙を作っているが、何故か牙也は攻め込もうとしない。ただ大剣を構えてソロモンの様子を伺っている。その様子にソロモンは「チッ」と舌打ちした。

 

 「乗って来んか。やはり小細工は効かんと見てよしーー」

 

 そこまで言葉を発したところで、ソロモンが咄嗟に防御態勢を取る。と、上空からエンジン音がしたと思うと、ソロモン目掛けて大量の爆弾が落ちてきた。爆弾はソロモンやソロモンの周囲に落ち爆発する。上空を見上げると、そこには禍々しい見た目の艦載機が複数飛び回り、ソロモンに向けて爆弾を落としていた。

 

 「アハハ!アタシヲホッタラカシナンテ良イ度胸シテンネェ!次ハアタシガ相手ダ!」

 

 飛んでいた艦載機は、レ級から発艦したものだった。尻尾型の艤装の口の部分から次々と飛び出し、ソロモンへ向けて飛んでいく。当のレ級も艦載機を発艦させつつ、猛スピードでソロモンに接近し殴り掛かる。ソロモンはそれを左手で軽々受け止める。が、次の瞬間ソロモンは大きく吹き飛ばされた。間髪入れずレ級の尻尾が体当たりの如く正面から突っ込んできたからだ。再び態勢を立て直して海面に着地するソロモンに、更に艦載機の爆撃が襲い来る。

 

 「嘗めるな!」

 

 《Solomon Strash!》

 

 ソロモンはまた本を閉じてバックルのボタンを二回押す。今度はソロモンが持つ剣の形をしたエネルギーが複数個周囲に現れた。剣を振るい、エネルギーを艦載機目掛けて飛ばす。剣のエネルギーと艦載機は正面から衝突し、次々と爆発四散していく。

 

 「アハハ、良イネ良イネ!オ前モアタシノ遊ビ相手ニナッテクレルノカ!?」

 

 ケタケタ笑い声を上げながらレ級は再びソロモンに殴り掛かっていく。ソロモンはそれを回避しつつ上空の艦載機に対処していくが、レ級はひたすらに拳打のラッシュを繰り返してくるし、艦載機はレ級が近くにいるのも構わず爆撃を続けてきた。

 

 「無茶苦茶な攻撃をしてくるか……鬱陶しい!」

 

 《Solomon Zone!》

 

 バックルに差した本を閉じ、バックルのボタンを今度は三回押す。すると本は今までとは違うページが開かれ、三人の周囲が異様な空間に変わった。三人が立つ場所が、ページの開かれた本の上にあるかのごとく変化し、やがて足元に広がる本のページが捲られると、三人が立つ場所の周囲は何もない荒野に変わった。

 

 「なんだこの能力!?」

 「海ガ陸地二!?」

 

 見た事もない能力に牙也もレ級も狼狽する。ソロモンは空中に浮かび、金色の剣を振るう。と、その後方から複数個の隕石が降ってきた。牙也は斬撃、レ級は砲撃で雨の如く降り注ぐ隕石を片っ端から破壊していく。

 しかし隕石は絶えず次々と落ちてくる。回避を織り交ぜつつ対処を続ける二人だったが、レ級の方は既に余裕がない状態だ。何せ敵の能力によって不慣れな陸上での戦いに急にシフトさせられたのだから、気持ちは分からんでもない。

 

 「アーモウ!海ジャナイカラ動キ辛イ!モウコレ脱イジャエ!」

 

 レ級は履いていた靴を脱ぎ捨て裸足になった。そして大地を蹴り、降り注ぐ隕石を避けつつ、着実にソロモンとの距離を詰めていく。時にソロモン狙って砲撃するが、ソロモンが隕石を盾にして防いでいく。

 

 「深海棲艦からしたら不利なフィールドだってのによくやるなぁ、レ級の奴。うし、サポートに回るか」

 

 一方牙也もまた刀を振るって隕石を破壊。何度か隕石を破壊したところで、ふと気づいた。自分へ隕石が落ちてこなくなり、代わりにレ級目掛けて落ちてばかりいる事に。ソロモンがレ級に狙いを定めたと読んだ牙也は、ソロモンに気取られぬよう静かに移動を開始した。

 

 

 

 

 

 

 「アハハ!沈メ、墜チロォ!」

 「チッ、ものともせず立ち向かってくるか……!深海棲艦とはどうしてこうも野蛮な輩が多いのか……!」

 

 レ級は空中に浮かぶソロモンのほぼ真下まで辿り着き、そこから砲撃を続ける。艦載機は使わず、あえて主砲・副砲による攻撃のみ。艦載機を飛ばしても良いのだが、隕石が降り注ぐ今の状況では逆に邪魔になるだけだし、そもそも隕石が空を埋め尽くしているせいで発艦すら出来ない。なのでとにかく砲撃をするしかレ級に手段は無かった。

 

 「面倒だ……ここで終わらせてやる!」

 

 ソロモンが天高く剣を掲げると、ソロモンよりも更に上空に今までより遥かに巨大な隕石が現れた。

 

 「デカッ!?」

 「これで終いよ……消え去れ!」

 

 剣が振るわれ、その隕石はレ級目掛けて落下を始める。それをなんとか破壊せんと、レ級はありったけの主砲と副砲を隕石に撃ち込む。

 

 「ウオオオオオ!壊レロ、壊レロ、壊レロォォォォォォッ!!」

 「無駄な事を……貴様の砲撃では、このデカさの隕石は壊せはせん。諦めろ」

 

 ソロモンはそう諭すが、レ級は尚も砲撃を撃ち込み続ける。しかし砲撃はせいぜい隕石の表面をちょっとだけ崩す程度しかなく、壊れる風ではない。

 

 「ウオオオオオ!諦メルモンカァァァァ!」

 「終わりだ……消えろ!!」

 

 レ級の必死の抵抗も空しく、遂に隕石はレ級の立つ地面に落下し、レ級を押し潰した。落下の衝撃で周囲に衝撃波が走り、大きな地震も起こる。それを見つめながら、ソロモンは一言。

 

 「他愛ない……やはりこの程度だったか」

 

 

 

 

 

 「他愛ないのはお前だって同じだろ?」

 「!?」

 

 突如聞こえた声にソロモンが振り返ると、いつの間に昇ってきたのか、牙也が両手に二本の零旗(ゼロ・フラッグ)を振りかぶってそこにいた。

 

 「遅い!」

 

 ソロモンが防御しようとしたが、それより早く零旗がソロモンに叩き込まれた。怯んだソロモンに牙也は更に零旗の乱舞攻撃で追い討ちを掛ける。横凪ぎ、突き、上段斬り、下段斬り。反撃どころか防御の隙さえ与えず、牙也はソロモンを追い詰める。

 

 《ゼロスパーキング!》

 

 「いい加減観念しやがれ!」

 

 ドライバーの小刀でロックシードを三回切り、牙也は零旗の突きをソロモンに撃ち込んだ。ソロモンが隕石の如く落ちていくのを目掛け、今度は零旗を投げ付ける。同じように隕石の如く落ちていく零旗はソロモンに突き刺さり、そのまま地面に激突して大爆発を起こした。爆風に吹き飛ばされ、ソロモンは荒野に転がされる。牙也は優雅に荒野に降りてきた。

 

 「ぐ、ふ……油断した……だが、あの深海棲艦だけは仕留めてーー」

 「まさか、俺が何の対策もしてないとでも?」

 

 ソロモンの絶え絶えな言葉を遮り、牙也はあの巨大隕石が落ちた方向を指差す。ソロモンが顔を上げてその方向を見ると、隕石は完全には地面に落ちておらず、何かによって受け止められていた。

 

 「巨大な、腕……?」

 

 隕石を受け止めたのは、巨人の如く太い緑色の腕だった。目を凝らして見ると、それは蔦が幾重にも絡まって作られた腕だ。それが十数本伸びて隕石を受け止めていた。更によく見ると、蔦の腕に隠れて見え辛いが、誰かが蔦の腕と共に隕石を受け止めていた。

 

 「レ級、大丈夫!?生キテル!?」

 

 黒の長髪にネグリジェ風ワンピースの女性と、彼女とコードのようなもので繋がれた異形の如き見た目の艤装。

 

 「セ、戦艦棲姫!?」

 

 戦艦棲姫である。彼女のか細い両腕と、彼女と真逆な艤装の太い両腕が蔦の腕と共に隕石を受け止めていたのだ。と言っても、隕石自体は蔦の腕が受け止めており、戦艦棲姫と彼女の艤装は支えている程度なのでそれほど負担はない。

 

 「いつの間に……」

 「ケケケ、詰めが甘いな。けどまさかレ級の仲間が来るとは俺も読めなかったな」

 

 してやったり、の表情で牙也が笑う。するとさっきまで荒野だったのが、本のページが捲られるようなエフェクトと共に元の海上に戻った。

 

 「お、能力が切れて元に戻ったな。さて、どうする?まだ続けるか?」

 「くっ……」

 

 腕を組みながら牙也がソロモンに問う。仮面に隠れて見えないがソロモンは悔しそうにしていた。

 

 「……やむを得ん、今回は私の負けだ。だが忘れるな……どれだけ貴様等が抗おうと、最後に勝つのは……私だ」

 

 捨て台詞を残し、ソロモンはマントをはためかせた。するとソロモンは金色の粒子となって消えた。牙也は「フン」と鼻を鳴らし、ドライバーからロックシードを外して変身解除した。

 

 「緒戦はギリギリで取った……さて、これからだな」

 

 ボソリと呟く。と、波の音と共に戦艦棲姫が牙也に近寄ってきた。艤装の両腕にはレ級が抱えられている。

 

 「……レ級ヲ助ケテクレテ、アリガトウ。貴方ネ、レ級ガ気二入ッタト話シテタ男ハ」

 「まあな……で、どうする?次の相手はお前か?」

 

 牙也が聞くと、戦艦棲姫は首を横に振った。

 

 「実力差ガ分カラナイ程馬鹿デハナイワ。私ハレ級ヲ連レテ引キ上ゲル。コノ娘モ疲レテ寝チャッタシネ」

 

 レ級の頭を優しく撫でながら、戦艦棲姫は鋭い目で牙也を注視する。牙也は腰に手を当て一言、

 

 「……別に追ったりはしねぇよ。こっちも消耗してるんだ、わざわざそっちの得意なフィールドに突っ込んで行く気は更々ねぇ」

 「ソウ。ナラ失礼サセテモラウワ」

 

 そう言うと戦艦棲姫は踵を返して歩き出した。その体と艤装はゆっくりと海中に沈んでいく。と、体全体が海中に沈む前にふと戦艦棲姫が振り向いた。

 

 「……マタ会イマショウ。強キ人」

 

 それを最後に、戦艦棲姫は海中に消えた。海上には牙也だけが残り、聞こえる音も波の音くらい。

 

 「周辺に敵影なし……帰るか」

 

 敵がいないのを確認し、牙也もまた帰路につく。

 最初の難は退けた。しかしまだ暫く難は続くだろうーー心中で牙也は今後の事を思案しつつ、鎮守府へと歩を進めるのだった。

 

 

 

 



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続く混迷

 

 鎮守府の港にハイリア、レイス、そして二人が率いる艦娘達が勢揃いして牙也の帰還を今か今かと待っていた。海上ではグラーフやアークロイヤル達空母が索敵機を飛ばして周辺の警戒及び牙也の捜索を行っている。

 朝早くからバタバタしていた鎮守府もすっかり落ち着きを取り戻していた。しかし牙也の帰りを待つハイリア達の表情は曇りがちだった。

 

 「遅いわね……何かトラブルでもあったのかしら」

 「どうしますか、ハイリア大佐。一艦隊編成して迎えに行かせましょうか?」

 「いえ、もう少し待ってみましょう。牙也の事だから滅多な事は無いと思うけど……」

 

 現在時刻は1530。朝早くからジャーヴィス達近海警備部隊の救援に出てから既に7時間以上経過していた。ビスマルク達救援部隊は1100までには全員無事に帰還し、ジャーヴィス達は帰還し次第即刻ドックに直行させた。すぐに牙也も帰ってくるだろうと踏んでいたが、いつまで経っても彼は帰還せず、心配になったハイリアは空母の艦娘達を総動員して捜索に当たらせたのである。

 また空母以外の艦種の艦娘も牙也を心配してかハイリアの元に集まり、捜索隊の編成をハイリアに進言したが、彼女はあえて返事を保留した。艦娘達の疲労の事もあるし、何より牙也には自分達より遥かに実力がある事を考慮してあえて捜索隊を出さずにいた。しかしあまりにも帰りが遅く、ハイリアはそろそろ捜索隊を編成すべきかと考え始めていた。

 

 「ん……?見つけた!アドミラール、牙也を発見したぞ!」

 

 グラーフがそう叫ぶと、全員がグラーフに目を向けてくる。

 

 「本当に!?彼の様子はどう!?」

 「ふむ……索敵機の妖精いわく、見た感じ怪我等はしていないようだ。だが幾分疲労が見えるという。誰か迎えに行った方が良さそうだ」

 「それだけ聞ければ充分よ!ビスマルク、当然行けるわよね!」

 「任せなさい!グラーフ、場所は分かる!?」

 「大丈夫だ、今索敵機を牙也のちょうど真上辺りで旋回させている。距離的にはそこまで遠くないぞ」

 「分かったわ、グラーフ含めて誰か三人ほど付いて来なさい!」

 

 ビスマルクの号令と共に、グラーフ、プリンツ、ゴトランドの三人が彼女に続き、牙也を迎えに行く。彼女らを見送り、ハイリアはホッと一息。

 

 「良かった、牙也が無事で。ジャーヴィス達も中破・大破こそあれど皆無事に帰還出来たし、万々歳ね」

 「レ級が出たと聞いた時は肝を冷やしましたが……彼がいてくれて良かったです。彼がいなければ、今頃被害は更に拡大していたでしょうね」

 

 レイスも安堵のため息を漏らす。ふとハイリアは「それにしても……」と漏らす。

 

 「凄い強さね、牙也は。あのレ級をものともせず撃破するなんて」

 「ジャーヴィスから報告を聞いた時はまさかと思いましたよ。敵に回していたらと思うと……ゾッとしますね」

 「そうね。彼が帰ってきたら盛大にお礼しなきゃいけないわ」

 

 

 

 

 

 そのまま待つ事幾ばくか。

 

 「アドミラル、どうやら帰ってきたぞ」

 

 アークロイヤルが指差した先に、ビスマルク達四人と彼女らに囲まれて談笑しながら歩いてくる牙也の姿があった。牙也は港に勢揃いするハイリア達に気づくと親指を立てて応える。

 

 「ただいま帰りましたよ……っと」

 「お帰りなさい。随分時間が掛かったのね」

 「あぁ。その事も含めて色々報告がある。大丈夫か?」

 「問題ないわ。寧ろ貴方こそ大丈夫かと聞きたいわよ」

 「その質問をするくらいなら、さっさと報告させてくれよ。ところで俺が助けた駆逐達は?」

 

 牙也が聞くと、ハイリアは親指をグッと立てて得意げな表情。

 

 「戻ってきてすぐドック直行よ。中破・大破こそあるけれど、皆命に別状はないわ」

 「そうか……そいつは良かった。んじゃ、順繰りに報告するとしようか」

 

 牙也は今までに何が起きていたのかを事細かに話した。牙也を追い掛けてきた個体とは別個体のレ級との戦闘、最上、次いで一連の出来事の黒幕たる存在『ソロモン』との邂逅、そして戦闘。牙也の話を聞いていた者達からは様々な反応が出た。

 

 「連合艦隊を組んでいても苦労したあのレ級を一捻りって……彼一人で私達何人分の戦力になるのかしら……」

 「あの人確かに強いけど……何か裏でヤバい事してるんじゃないのかなぁ……?見返りに私達に関係を求めるとか……考えてるんじゃないよね……?」

 「ソロモン……私達の戦いに水を差しただけに留まらず、挙げ句の果てにはこの世界を我が物に、ですって……!?ふざけているの!?」

 

 途中何やら誤解を生みかねない発言が混じっていたが、牙也は敢えてスルーする。ハイリアとレイスは報告を聞き顔を見合わせた。

 

 「まさかこんな早い段階で敵のトップが出張ってくるなんて。牙也が勝てたのは幸いだったけど……次回はそうは行かないかもしれないわね」

 「ソロモンもこれで諦める筈がありません。きっと更に戦力を整えて私達を徹底的に潰しに掛かるでしょうね……どんな手段を使ってでも」

 「それなら早く先手を打たなくちゃいけないわ。早急に本部に連絡をーー」

 「それはお止めになった方が宜しゅうございます」

 

 ハイリアの影が歪み、そこからエフィンムがゆらりと顔を出した。周囲の艦娘達が慌てて戦闘態勢に入るが、牙也が「俺の腹心だ。手出し無用」と言って右手でそれを制し、既にエフィンムを知るハイリア達も彼女達を宥める。

 

 「ご苦労、エフィンム。それで『本部への連絡は止めておくべき』とはどういう事だ?」

 「我が主の命で本部の職員に扮して潜入しておりました。その際私と同じように職員に扮して本部に出入りするソロモン配下とおぼしき輩を発見致しましたので、秘密裏に捕まえて尋問し、いくつか情報を得ました。こちらそれをまとめた資料でございます」

 

 エフィンムは山となった資料を牙也達に手渡す。三人は受け取った資料を黙読し、その内容に驚愕の表情を見せる。

 

 「やられましたね……既に手遅れと言っても過言ではない状況でしたか」

 「そんな……!奴等は既に、本部のほとんどを掌握していたの……!?私達の与り知らぬ所で、黙々と……!」

 

 レイスは資料の内容に頭を抱え、ハイリアもまた資料を持つ手に無意識に力が入り資料を握り潰していた。そこに書かれていたのは、ソロモンに協力しているとされる本部の将官達の名前だった。名前の挙がっている将官はそのほとんどが大将や中将で、本部の運営に多大な貢献をしている者ばかりだった。

 

 「ちっ、既に奴に先手を打たれていたのか……エフィンム、ここ以外で同じように怪物の被害を受けた鎮守府はあったか?」

 「はい、かなりの数の鎮守府がソロモン配下の怪物達に襲撃され壊滅しています。ですが裏でソロモンに協力している将官達が他の将官に悟られぬよう深海棲艦の奇襲が原因と偽って報告し、更に自らの配下の将官を襲撃された鎮守府に置いて内部から掌握。それを繰り返し、奴はいずれ本部どころか国ーー果ては世界すら掌握せんとしております」

 「既にソロモンの手中に堕ちたと思われる鎮守府の数は分かるか?」

 「正確な数字は分かりませんが……目算ではこの国に設置された鎮守府のおよそ三分の二ーーいえ、それどころではありませんな。この国どころかヨーロッパ各国に置かれたほとんどの鎮守府は既に堕ちているかと……」

 

 エフィンムの報告にハイリアとレイスは愕然とし、牙也も頭をかきむしる。艦娘達からもざわめきが聞こえ出す。

 

 「ハイリア、以前から鎮守府の壊滅の報告は上がってたのか?」

 「ええ。このヨーロッパは世界中を見ても特に深海棲艦の数が多く激戦になりやすい場所。だから鎮守府一つ壊滅なんて事もなくはなかったわ。けど半年前くらいからそれが顕著になってて、不思議に思ってたんだけど……まさかソロモンの仕業だったなんて……!」

 

 ハイリアは悔しそうに唇を噛む。

 

 「俺がここに来る以前から、既に末期状態だったって事か……くそっ!」

 「落ち着いて下さい、我が主。劣勢の時こそ冷静になれ……そう言ったのは我が主でしょう?」

 「……あぁ、そうだったな。ハイリア、レイス、リストの中に名前が載ってない提督で、お前達が一番信頼を置けるのはいるか?」

 

 牙也にそう聞かれ、二人はリストをもう一度読み返す。が、やがて二人は力無く首を横に振った。

 

 「いないわ。元々私やレイス中佐は本部の中でも鼻摘み者だったから、私達と仲良くしようなんて酔狂な人はいなかったわ」

 「今の本部は艦娘の運用について素人が多すぎるのです。艦娘など代えが効く、また建造すれば良いなどと言う安直な思考の人達ばかりで、私達は以前からその運用法の危険を指摘していたのですが……」

 「聞く耳持たず、か」

 「はい。逆にそれを咎められ、また以前行われた防衛戦で軍規違反したという根も葉もない理由でここに二人揃って左遷されました」

 「ビスマルク達ここにいる艦娘もほぼ同じ理由ね」

 

 牙也は頭を抱える。周辺に共同戦線を張れる鎮守府はなく、本部は気付かぬ間にソロモンにほぼ掌握され、人員も圧倒的に足りない。最悪な状況だ。

 

 「まさしく孤軍奮闘、か」

 「いかがなさいますか?ソロモンに加担している者達を消せ、とおっしゃられるのならばすぐにでもーー」

 「いや、それは無しだ。この問題が解決した後の事を考えると、その一手は一番やってはいけない悪手になる」

 「と言うと?」

 「アホ。これだけの人数全員消してみろ、全部解決した後の対深海棲艦の対応はどうすんだ」

 「あ……」

 

 資料を叩きながらぼやく牙也の言葉に、ようやくエフィンムも自身の発言のミスに気づいた。確かにソロモンに加担した者達を秘密裏に消してしまえば、ソロモンに対しては多少強気に出られるだろう。

 しかしソロモンの問題が解決しても、まだ深海棲艦との戦いが残っている。しかもソロモンに加担しているのは対深海棲艦において最も重要な海軍本部の幹部達だ。もし彼らを消せば、対深海棲艦での人員が足りず、更なる窮地に陥るのは目に見えている。

 

 「……出過ぎた発言でした。申し訳ありません」

 「もっと冷静になれ、エフィンム。今俺達が為すべきは、『今をどうするか』を『解決した後の事も含めて』考える事だ」

 「む。なかなか難題ですな」

 

 牙也の言う通り、今この鎮守府は冷静な判断を迫られていた。もしソロモンの対処に集中しようものなら、その隙を突いて深海棲艦が出張って来るだろうし、かといって深海棲艦に目を向ければたちまちソロモンの餌食となる。どうすれば良いのか、選択一つで生き残るか滅びるかが決まる。迂闊な判断は決して許されるものではない。

 

 「でもどうするのよ。深海棲艦に降るのは論外だし、かといって本部はソロモンの傀儡状態なのよ、八方塞がりじゃないの!」

 「それなんだよなぁ、他の鎮守府の協力者が一人もいないのは厳しい。本部の面子をとうにかソロモンから引き剥がす事が出来れば対応のしようはあるんだが……」

 

 牙也は頭を抱えるしかない。と、建物の方から二人ほど艦娘が走ってきた。その二人は赤を基調とし胸部が白の制服をお揃いで着こなしており、片方はピンクのロングヘアー、もう片方はピンクの短髪。恐らく姉妹なのだろう。

 

 「あらアブルッツィ、ガリバルディ。どうかしたの?」

 「大変だぜ、提督!今本部からオルディエン中将が来たんだ!」

 「本部より伝令を帯びて来た、との事です。すぐに応接室へお越し下さい」

 「げ、よりによってあの金髪デブかぁ……分かったわ、二人は先に行っておもてなししといて」

 

 それぞれアブルッツィ、ガリバルディと呼ばれた二人は揃って「了解」と言うと来た道を戻っていく。それを見送りながら、ハイリアは「はぁ~~」と長いため息をついた。

 

 「憂鬱だわ……なんとなく理由が分かるだけにね」

 「十中八九大佐が考えている通りでしょうね。さて、どう切り抜けるべきか」

 「取り敢えず話を聞くだけ聞いてみましょう。対応はその内容によるわ。そういう訳だから牙也、また後でね」

 

 ハイリアはレイスと共に応接室へ向かう。牙也はそれを横目にエフィンムに目配せすると、エフィンムは牙也の影に潜って消えた。

 

 「何か命じたの?」

 

 それを見ていたのか、ビスマルクが近寄ってきた。

 

 「ああ。二人の影に隠れて盗み聞きしてこいってな」

 「貴方サラッととんでもない事言うわね……それにしてもこんな大変な時に本部から伝令だなんて、絶対面倒な案件でしょ」

 「だろうな。さて……」

 

 牙也はそこまで言って応接室があるであろう方向に目を向ける。その頭脳は、これから先激しくなるであろう戦いを見据え目まぐるしく動き始めた。

 

 

 

 

 

 「お待たせしました」

 「遅い!この私を待たせるとは良いご身分だな!」

 

 ハイリアとレイスが応接室に入室した時、来客用ソファにドッカリ座る男がティーカップを乱暴に置きながら声を荒げた。リーゼントに近い金髪にそばかす、醜く突き出た腹に短足。『ブ男』という言葉がこれ程までに似合う男はそうそういないだろう。

 先におもてなししていたアブルッツィとガリバルディは壁際に待機している。表情はいつも通りだったが、醸し出す雰囲気は明らかな嫌悪感を見せていた。

 

 「失礼致しました。それで本日はどのような御用でこんな辺鄙な鎮守府にお越しになられたのですか、オルディエン中将?」

 

 ハイリアは臆する事もなく目の前の男ーー『ゼキア・オルディエン』に尋ねる。

 

 「全く……その嫌味な性格はなんとかならんものか。まぁそれもあと数日、と言ったところか」

 「何の事でしょうか?」

 

 レイスが尋ねると、オルディエンは懐から封筒を二つ取り出して二人に差し出した。二人が「拝見します」と言ってその封筒を開封して中を確認すると、

 

 「……転属、ですか」

 「しかも本部勤務……事実上の提督解任みたいなものね」

 

 中には本部への転属を命じた文書が入っていた。アブルッツィ姉妹は驚いた表情でハイリアを見る。

 

 「期限は明後日。それまでに荷物纏めと艦娘との別れの挨拶を済ませておく事だな。クックック」

 

 オルディエンはそう言うと満足そうに笑った。

 

 「ちなみにお聞きしますが……ここの後任についてはもう決定しているのですか?」

 「私だ。私が後任としてここに着任する事が決定している」

 

 それを聞いたハイリア達は露骨に嫌な表情を見せる。今目の前にいるオルディエン中将は、戦果こそ高いものの、その実態は練度の低い駆逐艦や軽巡洋艦等を盾にして敵を殲滅する所謂『捨て艦戦法』で得た戦果であり、多大な戦果の裏には数多くの艦娘の犠牲があった。

 逆にハイリアやレイスは艦娘一人一人を念入りに育てて練度を高め、全員が生きて帰ってくる事を善しとし、中破・大破が出れば即撤退。とにかく戦果より艦娘の命を優先する方法を取っていた。

 それぞれ別々の方法で戦果を上げているが故、ハイリアとオルディエンは普段から折り合いは悪く、本部ですれ違えば事有る毎に口喧嘩を繰り広げていた二人。そしてハイリアと同じ考えを持ち艦隊を運営するレイスもまたオルディエンには良い印象を持っておらず、自ら距離を置いていた。

 

 「はぁ……艦娘達の説得が大変だわ」

 「なに、貴様が気にする事はない。どうせ私の命令を嫌でも聞かねばならんだろうからな。はっはっは」

 

 オルディエンは窓際に立つアブルッツィ姉妹に目を向ける。その目線に姉妹の顔は青くなる。

 

 「……さて、私は帰るとしようか。あまり私の鎮守府を開けっ放しには出来ないのでな」

 「門までお送りします」

 「いらん。それよりさっさと荷物をまとめておけ」

 

 ハイリアに冷たく言い放ち、オルディエンはドカドカと出ていった。彼が出ていきしばし。ハイリアとレイスは肩の力を抜いてソファにもたれ掛かる。

 

 「あー……疲れたわ」

 「お疲れ様です。何か淹れますか?」

 「紅茶お願い。砂糖はいらないわ」

 「私にも同じものをお願いします」

 「姉貴、あたしも手伝うぜ」

 

 アブルッツィ姉妹は急ぎ厨房へ入っていく。それを尻目に、ハイリアは近くの鉢植えに顔を向けた。

 

 「……牙也達にも伝えといてね。そこにいるんでしょ?」

 

 そう声を掛けると、鉢植えの影が一瞬ユラリと揺れたかと思うと、黒い球のようなものが影から分裂して窓の隙間から出ていった。それを見送り、ハイリアはため息をつきながら天井を見上げる。

 

 (……残念ながら、私ではもうどうにもならないわね。牙也……貴方の戦略に頼るしか方法は無い。お願い、あの娘達を守るのに力を貸して!)

 

 

 

 

 

 「……というのが応接室での会話の内容になります」

 

 港に場所を戻し、エフィンムは鉢植えの影に隠れて盗み聞きした内容を牙也達に細かく説明した。艦娘達の反応は分かりやすく動揺していた。

 

 「嘘……提督達が、本部へ異動……?」

 「事実上のクビって事じゃない!馬鹿げてるわ!」

 「どうして……?提督は私達と一緒に国の為、民の為に必死に戦ってきたのに……!こんなのあんまりだよ!」

 

 非情なる本部の決定に艦娘達の表情は憤りや困惑に満ちていた。牙也もエフィンムの報告に憤り、拳を強く握り締めた。掌からはポタポタと血が垂れる。

 

 「牙也、何とか出来ないの?このままじゃ私達皆破滅なのよ、何か策は無いの!?」

 

 ビスマルクが牙也に詰め寄る。他の艦娘もまた全員の目が牙也に集中する。牙也は詰め寄ってくるビスマルクを一旦制止し、思考をフル回転させる。ハイリア達がこの鎮守府にいられるのは明後日までと僅かしかない。それまでにこの最悪な状況を打破しなければならない。

 

 「……今日含めて三日か。それまでにソロモンを倒すしか方法はないな。奴が倒れれば、本部はソロモンの傘下から切り離されて力を失う。後はそれを盾にして奴等を問い詰めて異動を撤回させる」

 「それなら……!」

 「だが問題がある。これは俺の長年の勘だが……恐らく奴等は待ってくれない」

 「奴等って……ソロモンの事?」

 「いや、本部の事だ」

 

 ビスマルク達は牙也が何を言いたいのか瞬時には理解出来なかった。牙也は続ける。

 

 「恐らくソロモンも本部の奴等に命じてここを潰しに掛かってくるだろうな。配下に置いた艦娘達をけしかけて、ここを潰しに来る。で、後は全部深海棲艦に罪を擦り付けておしまいーーってとこだろ」

 「実力行使でアドミラルを排除しに来るって事!?」

 「可能性は充分にある。本部にとってハイリア達はトップの運営に真っ向から逆らう目の上の瘤だ。邪魔になれば何かと最もな理由をつけて排除する……ハイリアやレイス、それにお前達がここに飛ばされたのもまさにそれだろ?」

 

 ハイリア達は本部の運営方法に疑問を持ち、それを何とか食い止めようとして左遷(実質的な追放とも言える)された。ならばその時と同じように本部はハイリア達を追い出しに掛かる筈だ。それも最も最悪な手段で。牙也の数百年の研鑽と勘がそう告げていた。

 

 「……させないわ。ここは私達にとって帰るべき家であり、居場所。そしてアドミラルは私達にとって親同然であり、誰よりも大事な人。誰にも奪わせはしないわ!そうでしょ、貴女達!」

 

 ビスマルクの言葉に、回りの艦娘達は「おぉぉぉぉぉ!!」と声を上げる。皆の心はもう一つになっている。牙也は確信した。

 

 「こうなったらとことん戦ってやるわ!私達の執念を、本部の椅子に座る醜い蛙共に見せつけてやるのよ!グラーフ達空母は急いで艤装の整備、及び艦載機を揃えられるだけ揃えてちょうだい!点検も念入りに行って、少しの異常も無い状態にしておきなさい!」

 「任せておけ!」

 「他の娘も艤装の整備を大至急行いなさい!特に駆逐艦!今日から近海警備の人員も増やして、いつでも迎撃出来る態勢にしておかなくてはならないわ。今回の戦いは貴女達がとても重要になってくるという事をよく覚えておきなさい!」

 

 ビスマルクの号令の下、艦娘達はビスマルクを先頭に急いで工廠へと走り出す。港には牙也とエフィンムだけが残された。

 

 「素晴らしい統率力ですな」

 「ハイリア達の指導と運営の賜物だろ。ハイリアはこれまで艦娘達の命を第一に考えて鎮守府を運営し、戦果を上げてきた。その結果がこれだ」

 

 牙也は工廠へ駆けていく艦娘達を指差して言う。エジョムも納得の表情だ。

 

 「して我が主。我々はどう致しましょうか?」

 「あぁ、お前はハイリア達に張り付いて影から護衛するんだ。恐らく奴等が暗殺者の一人や二人差し向けてくるだろうしな」

 「畏まりました」

 

 エフィンムは敬礼すると、牙也の影に潜って消えた。牙也は自分以外誰もいなくなった港を見渡し、次いで外海に目を向ける。

 

 「……確かにあいつらの団結力なら、この鎮守府を守り抜く事は出来るだろう。だが……まだ足りない。もう一押しが必要だ」

 

 そう呟き、牙也は外海へ走り出す。海面に着地しても勢いは止まらず、そのまま外海へ駆けていく。

 

 決戦は、目前に迫っていた。

 

 

 



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工廠でドンパチ

第十七話、牙也sideです、お待たせしました。




 

 鎮守府の工廠は、日が落ちて夜になっても煌々と明かりが灯っていた。中からは艤装の調整や修理に奔走する艦娘達の声が響く。

 

 「隅々まで綺麗にするわよ!大事な時に動かないんじゃシャレにならないからね!」

 「ちょっと、こんな所に魚雷とか爆雷放置しないでよ!危うく蹴っ飛ばしそうになったじゃない!」

 「艦載機が足りん!開発を急いでくれ!」

 

 工廠の床に乱雑に置かれた艤装の間を縫うように移動する艦娘達。そして忙しない彼女達の手伝いをする妖精達。皆が一丸となり大急ぎで艤装点検や装備開発を進めていく。

 

 「補給・修理用の資材だけは残して、他は全部開発に回して!出来る限り装備を充実させて、使い物にならなくなったらすぐ交換出来るように!」

 

 その中心にいるのはビスマルクだ。工廠の中央に陣取り、工廠内の全員に届く程に声を張り上げて指示を出している。

 

 「良いの、ビスマルク?勝手に資材をガンガン使っちゃって。後でamiralに何て言われるか……」

 

 そこへリシュリューが近寄ってきてビスマルクに尋ねた。本来はこのような準備は提督であるハイリアの指示が無ければ行ってはいけない事なのだが、ビスマルクはお構い無し。

 

 「良いのよ。admiralだって分かってる筈よ、これくらい準備を念入りにしとかないと危険だって。それに、いつ奴等が襲撃してくるか分からないのよ、指示なんて待ってられないわ」

 「それはそうでしょうけど……」

 「納得いかないなら、今ここで選びなさい。準備怠ってあいつらにボコられて屈服するか、きっちり準備してあいつらを迎撃してここを守り抜くか」

 

 そう聞かれリシュリューは「うっ……」と呻く。が、すぐに持ち直してため息一つ。

 

 「……私の負けね。本当感服するわ、貴女の胆力には」

 「そう。だったら貴女も早く艤装の調整済ませなさいな、まだ終わってないでしょう?」

 「確かに終わってないけど……そう言うビスマルクこそ艤装調整しなくて良いのかしら?」

 「オイゲンに任せてきたから問題ないわ」

 「自分でやりなさいよ!」

 

 リシュリューの的確なツッコミが入った所で、工廠の鉄扉が重々しく開かれた。

 

 「あら、言われなくても動いてるのね、皆。感心感心」

 

 そう言いながらハイリアが入ってきた。手には何かの書類を持っている。その場にいた全員が立ち上がってハイリアに敬礼し、ハイリアは対して右手を軽く挙げて応えた。

 

 「お疲れ様、admiral。勝手に艤装調整してるけど、問題ないでしょ?」

 「えぇ、問題ないわ。それと、はいこれ。今後の近海警備のメンバー表よ、皆確認しておいてね」

 

 ハイリアはそう言って工廠の壁にメンバー表を張り付けた。途端に書類の前に艦娘達が群がりワイワイ騒いでいる。

 

 「オイゲン、私の名前も確認しといてちょうだいな」

 「だから自分でやりなさいったら!まったくもう……」

 

 呆れ顔のリシュリューは置いといて、ハイリアはビスマルクと共に今後の予定を話し合う。

 

 「それじゃあ鎮守府内の夜間警備は主に私達が担当するのね?」

 「えぇ、基本的に近海警備を駆逐艦や軽巡洋艦が、建物内を戦艦や重巡洋艦が担当するように振り分けてるわ。空母は近海警備のサポートをやってもらうの」

 「良いんじゃないかしら?私達戦艦は航行だけで燃料やら何やら消費するし、節約の為と考えれば充分でしょ」

 「そうね、激戦になるでしょうし、出来る限り節約しなくちゃね」

 

 その後も様々話し合う三人。警備任務以外にも作っておく装備の量や別に残しておく資材の量、その他諸々の動きを詰めていく。

 

 「チャオ、提督!」

 「ラッキージャーヴィス、ドックから戻ったわ!」

 

 とそこへ、グレカーレとジャーヴィスが小走りでやって来た。彼女の後ろには他にもグレカーレと似たような制服を着た娘が三人。それとジャーヴィスと同じような制服の娘が一人ついてきている。

 

 「あら、皆入渠は終わったのね。体の方は大丈夫?」

 「皆すっかり良くなったワ!あのお兄さんが来てくれて本当Lucky!」

 「皆でお兄さんに改めてお礼を言いたいんだけど、何処にいるか知らない?」

 「あら、そう言えば……オルディエン中将と会談してからは牙也の姿は見てないわね……ビスマルク達はどう?」

 

 ハイリアに尋ねられるも、ビスマルク達は揃って首を横に振った。

 

 「夕方以降牙也は見てないわ。何処に行ったのかも聞いてない。エフィンム、貴方はどうなの?」

 

 ビスマルクがハイリアの足元に向けて声を掛けると、ハイリアの影からエフィンムが顔を出した。グレカーレ達が一瞬ビクッとなるが、ハイリアが「大丈夫、牙也の連れで味方よ」と言って安心させる。

 

 「残念ながら、私も神王様の行き先は存じ上げません。私にハイリア様とレイス殿の護衛を命じた後に何処かへ向かったのは確認致しましたが、何処に行ったかまでは……」

 「そう。まぁこういう事よ、お礼を言うのは牙也が帰ってきてからにしなさいな」

 

 グレカーレ達は「はぁい!」と元気良く返事すると、自身の艤装調整の為に他の艦娘達に混じっていった。彼女達と入れ替わりに、改造された軍服と黒のラップスカートを身につけた金髪碧眼の艦娘がズンズン近寄ってきた。

 

 「余の艤装の整備は終わったぞ。貴様、次は何をすれば良い?」

 「あらネルソン、もう終わったの?早いわね」

 

 ネルソンと呼ばれたその艦娘は、何故か不機嫌な表情でハイリアと話す。さっきまで顔を出していたエフィンムはいつの間にか姿を消していた。

 

 「余は艤装の手入れは自ら行っているからな。普段からキチンとやっていれば早く終わらせるなど造作もない事よ。おいビスマルク、貴様もお付きの重巡に任せっきりにしないでたまには自分で整備をやったらどうだ」

 「良いのよ私は。以前私が整備やったら、その後の出撃で艤装がバグ起こして全く動けなくなって皆に迷惑かけたんだから」

 「な……!?」

 「そうなの、amiral?」

 

 ビスマルクの暴露にネルソンとリシュリューは驚き、ハイリアに顔を向ける。

 

 「えぇ、本当よ。その後も何回か整備を自分でやったけど、その度に艤装がバグを起こしてね。それ以来ビスマルクの艤装はオイゲンが担当してるのよ」

 「なるほど、な。つまりビスマルクは手先が不器用という事か」

 「不器用どころじゃないでしょ、艤装がバグを起こしてるのよ、壊滅的って表現の方が良いわ」

 「五月蝿いわね!」

 

 平然とディスってくる二人にビスマルクが噛み付いていると、再び工廠の扉が開いてレイスが入ってきた。

 

 「ハイリア大佐、それに艦娘の皆さん、簡単な物ばかりですが食事を持ってきました。一旦整備は中断して一休みしませんか?」

 「食糧も節約しなければならんから、少量で腹に溜まる物ばかりだがな。皆しっかり食べておけ」

 

 彼の後ろにはアークやレーベ、マックス等が山盛りになった料理を持って入ってきて、近くのテーブルに並べている。途端に工廠にいた艦娘達が料理に群がっていく。並べ終わると、アークはレーベとマックスに追加を持ってくるよう頼み、二人が工廠を出ていくのを見送ってから艤装整備に入った。

 

 「ありがとう、レイス中佐。本館の方はどうだった?」

 「先程一通り回って来ましたが、特にこれと言って問題はありませんでした。まぁ警戒するに越した事は無いかと、いくつか罠を仕掛けて来ました。引っ掛かるかは分かりませんがね」

 「ご苦労様。まぁ書類とか機密に関わる物は全部こことは別の場所に隠したから、たとえ向こうが狙われても被害は無いに等しいわ。それより問題は……」

 「向こうの出方、ですか」

 

 ハイリアは頷く。

 

 「対策は出来ても予測は難しいのよね……いつここに攻めてくるのか、どんな手段を使ってくるのか……あのソロモンって奴は、私達の常識の範疇に収まらないのが厄介ね」

 「少しでも分かれば、これからの戦いに苦労しにくくなりますがね。まぁ無理でしょうな」

 「同時に本部の出方も気にしなきゃいけないのよね。面倒だわ」

 

 ソロモン、海軍本部、そして深海棲艦。三つの勢力に挟まれ身動きも儘ならない状況にあるこの鎮守府。生き残る為には、一つの判断ミスも許されない。ハイリア達の精神はゆっくりと磨り減り始めていた。

 

 「暫くラム酒はお預けか……あれが無くては気分も上がらぬというのに」

 「全部終わってからのお楽しみに取って置きなさいな、ネルソン。全てを達成した後の一杯は、それはもう格別よ?」

 「分かっている、分かっているが……」

 

 ネルソンは不満げだ。と、工廠の外が何やら騒がしい。

 

 「この声は、レーベ?何かあったのかしら」

 

 ビスマルクが怪訝な表情でそう言ったその時、工廠の扉が勢い良く開かれ、二人の艦娘が誰かを寝かせた担架と共に入ってきた。

 

 「て、提督!あの、さっき食堂の近くを通ったら、この人が血だらけで倒れてて!」

 「誰かベッドと救急箱を持ってきて、大至急!」

 

 担架と共に入ってきたのはレーベとマックスの姉妹。にわかに慌ただしくなる工廠。運び込まれた人物の顔を覗き込んで、ハイリアは驚愕の表情になった。

 

 「デュノア中将!?」

 

 担架で運ばれてきたのは、数日前に自身の直属の上司になったばかりのアイナス・デュノア中将だったからだ。全身にかなりの数の傷があり、軍服はあちこち切られ、血が滲んでいる。急いで持ってこられた医療用ベッドにそっとデュノアを寝かせ、すぐさま治療が行われる。

 

 「切り傷多数、銃創複数、その他傷が沢山……集団で襲われたのかしら」

 「銃創が多い……襲った者は明らかに中将の命を狙ってますね。思ったより軽傷なのとここまで来れたのが不幸中の幸いと言ったところでしょうか」

 

 レイスが治療をしながらそう言う。手早く傷の消毒を行い、包帯を巻いていく。手慣れた様子にハイリア達は感心していた。

 

 「レイス中佐、上手いですね」

 「提督になる以前、医療班に応援に行った事がありましてね。その時に色々教えてもらったんですよ」

 

 話しながらもレイスはてきぱきと治療を続ける。

 

 「よし、終わりました。後は目が覚めるまでゆっくり寝かせてあげましょう。レーベ、マックス、中将を別室に」

 「分かったよ」

 「了解」

 

 デュノアを担架に乗せ替え、レーベとマックスが工廠に設けられた仮眠室へ運ぶ。

 

 「中将が目を覚ましたら、色々事情を聞いてみなくちゃね」

 「そうですね。聞くべき事は様々です」

 

 二人の話にビスマルク達も頷く。と、急にハイリアの影からエフィンムが飛び出してきた。そして腰に携えた剣を抜いて工廠の扉を注視し始める。

 

 「エフィンム、どうかしたの?」

 「しっ……皆様、お下がりあれ。誰か来ます。それも明確な悪意を持った者達が……」

 

 それを聞きハイリア達は急いで扉から離れる。一つの集団になって扉に目線を集中させる。すると

 

 ドゴン!!

 

 ドゴン!!

 

 と何かが扉にぶつかるような音が響き渡った。それにつれて工廠の扉が少しずつひしゃげていく。そして

 

 ドゴシャアンッ!!

 

 工廠の扉が破られ、何者かがズカズカと入ってきた。グレー系のスーツに肩まで伸びた金髪が特徴的なその人物、胸部にビスマルクと競り合える程度の膨らみが確認出来るので、女性である事は間違いない。彼女はハイリアを見るなりクククと笑った。

 

 「アイナス・デュノアをどこに隠しましたか?大人しく私に引き渡して下さい」

 「…!デュノア中将を襲ったのは、貴方ね?」

 「正解です。あの男は我々の意志に反し、我々を追放しようとした。だから先手を取って始末しようとしたのですが…まさか逃げられるとは思っても見ませんでしたよ」

 

 金髪の女はそう言って指をパチンと鳴らす。と、工廠の外からバタバタと数人が走る音が聞こえる。闇夜で姿は見えないが、恐らく外で待機しているのだろう。ハイリアは警棒を抜き、レイスは拳銃を構え、艦娘達も拳を構えて戦闘態勢を取る。

 

 「貴女達の目的は何なの?こんな事して、ただで済むと思ってるの!?」

 「ええ、思ってますよ。どうせ貴女達にはこれから消えてもらうんですから」

 

 女はクスクス笑いながら、懐から何かを抜き出した。それは見た目こそUSBメモリのようだが、所々骨にも似た意匠が施されていた。見た事のないアイテムにハイリア達の警戒心は更に上がる。

 

 《TRICERATOPS》

 

 女は持ったメモリを自身の左肩に差した。と、女の姿はみるみる間に変化していき、かの有名な恐竜『トリケラトプス』を模した見た目の怪物に変わった。一部の艦娘が「ひっ…」と小さく悲鳴を上げる。

 

 「…『ドーパント』ですか。我が主から聞いていましたが、実際に見るのは初めてですな」

 「あら、ご存知だった?まぁ知ってたとしても、私達には勝てないけどね」

 

 『トライセラトップスドーパント』に変貌した女が言うと、体を縮めて力を溜め始めた。するとその体がみるみる間に大きく膨れ上がり、巨大な二足歩行のトリケラトプスに変貌した。その周りには頭部に骨と百足を模した仮面を付けた男達が揃い、戦闘態勢を取る。

 

 「あのドーパントは私めにお任せを。皆様は露払いをお願いします」

 「わかったけど、あの仮面の奴等は私達でも何とかなるの?」

 「所詮普通の人間に毛が生えた程度の強さです、恐れる事はありませんよ。戦艦のパワーであれば制圧は苦にもなりますまい」

 

 エフィンムはそう言って『ビッグ・トライセラトップス』に突撃した。阻止しようと掴み掛かってくる『マスカレイドドーパント』を払い除け、その紫色の表皮に一太刀浴びせると、斬り裂かれた箇所がパックリと割れる。が、すぐにその傷は塞がった。

 

 「なるほど、再生能力ですか。ならばこれはどうですか!?」

 

 エフィンムは剣に黒いエネルギーを纏わせて斬撃を飛ばした。同じ箇所が斬り裂かれ、また再生しようとするが、先程と違い傷が塞がらない。見ると傷口が黒いエネルギーに蝕まれ、再生を阻害していた。鋭い痛みに襲われ大気を震わす程の鳴き声が辺りに響き渡る。

 

 「この斬撃は斬り裂いた箇所から体内に侵入し、徐々に貴女の体を蝕んでいきます。やがてそれは全身を覆い、貴女自身を呑み込むでしょう。生き残るには、私を倒すしかありませんよ?」

 

 エフィンムが諭すように言うと、今度は尻尾や角を豪快に振るって攻撃してきた。しかし巨体故に攻撃スピードは遅く、エフィンムには余裕をもって回避される。すると今度は加えて噛み付き攻撃が挟まれるようになった。巨体と裏腹に素早い噛み付き攻撃、と言ってもそれまでの攻撃手段に毛が生えた程度のスピードなので、エフィンムにはそれほど脅威にすらならなかった。

 すると痺れを切らしたのか、トライセラトップスは金切り声に近い咆哮を上げ、ドスドスと足音を響かせながら突進してきた。エフィンムは再度剣を構える。と、その後方からマスカレイドドーパントが数体吹き飛んできて、トライセラトップスの顔面にぶつかった。ぶつかった箇所がちょうど目元だったため、痛みに奇声が上がる。何事かとエフィンムがチラリと目線を向けると、ネルソンとグラーフの二人がパンパンと手元や制服を払っていた。

 

 「いらん世話だったか?」

 「いえ、寧ろ助かりました」

 「そうか。では後は任せるぞ」

 

 どうやら二人がエフィンムのサポートの為に投げ付けたようだった。エフィンムの返答を聴くや否やネルソンはそのまま工廠へ引っ込み、グラーフも後に続く。

 

 「ふむ。早めの決着をご所望のようですし、終わらせてしまいましょうか」

 

 そう言った途端に、エフィンムの姿がその場から掻き消えた。そしてヒュンッ、ヒュンッ、と風を切るような音が数回。トライセラトップスの周囲を囲うように風が起こる。そしてエフィンムが元の場所に現れると、トライセラトップスは一瞬フリーズしたかと思うと、その巨体がフラつき後退りを始める。数歩後ろに下がったところでその巨体はバランスを崩し、そのまま防波堤を越えて尻尾から海に転落していった。巨体が海に落ちた事で水柱が高く上がる。

 

 「終了です。もう大丈夫ですよ、皆様」

 

 エフィンムはそう言って剣を鞘に収め、一息つく。工廠の壊れた扉からはハイリアが顔を出して様子を伺っていた。

 

 「終わったのね」

 「はい。周辺に敵影はありません、こやつら以外他にはもういないでしょう」

 

 ハイリアはホッと胸を撫で下ろす。エフィンムはというと、防波堤に近付くとそこから真下の海を覗き込んだ。そこには先程ドーパントになって襲ってきた金髪の女がプカプカと浮かんでいる。エフィンムはそれを蔦を器用に操って引き上げると、防波堤に寝かせ顔を覗き込んだ。

 

 「ぁ…う、ぁ…」

 

 女の顔は真っ青になっており、同じ人とは思えない程に痩せこけてしまっていた。目は虚ろで声も上手く出せなくなっている。それを見てエフィンムは深くため息を吐き首を横に振った。

 

 「…駄目ですな、これは。ガイアメモリの毒素が全身に回っている…」

 「治せないの?」

 「この女が使ったあのアイテム…あれは『ガイアメモリ』と言いまして、本来ならフィルターの役割を持つベルトがある筈なのですが…この女は直にメモリを体に差しています。ですのでメモリに含まれる毒素によって全身を蝕まれております。この感じだと、この女はかなりの年月メモリを使っていたと見えますな。こうなるともう手遅れとしか言い様がありません」

 「つまり治したところで尋問は無理って事ね…」

 「えぇ…致し方ありませんが、この女から直接情報を取り出すより他にありません。後は私めがやっておきますので、ハイリア様はもうお休み下さい」

 「分かったけど…貴方は休まなくて良いの?」

 「私は休まずとも動き続ける事が可能ですので。それに…そもそも私には『休む』という概念がございません。ご心配なく」

 

 それを聞きハイリアは「…そう」とだけ言って工廠に戻っていった。彼女を見送り、エフィンムは自身と寝かせた女を隠すように蔦のドームを作り上げた。そしてドームを作ったそれとは別に新たに蔦を伸ばすと、それを女の背中側に通して体を持ち上げた。

 

 「…貴女に恨みがある訳ではありません。ですが、ハイリア様やレイス殿、そして艦娘の皆様がこれからを生きる為…貴女の全てを使わせて頂きます」

 

 深夜の防波堤に、『何か』を頬張り咀嚼する音が夜通し響き渡っていた。

 

 



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露国の精鋭(?)と中将の怒り


 明けましておめでとうございました(遅)

 第十八話、牙也sideです


 

 深夜の襲撃から時間が経ち、夜が明け始めた頃。工廠はまだ明かりが灯り、艦娘達の声が響いている。敵に破壊された工廠の扉から次々と哨戒に向かう駆逐艦娘達が飛び出していき、その横では戦艦達が主導となって扉の修理を進めている。

 

 「よっこら…しょ!この辺で良いのか?」

 「あー、もうちょっと左…そう、そこ」

 

 妖精達の協力の下徹夜で新しく作り直した扉の設置場所を微調整しているのはビスマルクとネルソンの戦艦コンビ。かなりの高さと重さがある頑丈な扉を二人がかりで立て、ハイリアの指示の下正しく設置している。

 

 「よし、オッケーよ。妖精さん、後はお願いね」

 

 ハイリアが言うと、彼女の周りに群がっていたツナギ姿の妖精達がワラワラと扉へ向かっていく。それを見ながらハイリアは額に伝う汗を拭う。

 

 「ふー、何とか間に合ったわね。皆、協力ありがと」

 「このくらいなんてことないわよ。それで?次は何をすれば良いのかしら?」

 「いえ、一先ずすべき事は全部済んだわ。貴女達も少し休憩してきなさいな」

 

 ビスマルクは「分かったわ」と言って工廠の奥へ引っ込み、ネルソンも大欠伸しながらついて行った。それにつられてかハイリアからも欠伸が漏れる。

 

 「あふ…私も少し仮眠を取ろうかしら」

 

 眠い目を擦り工廠に入ろうとした時、港からアークロイヤルが駆けてきたのが見えた。

 

 「アーク、どうかした?」

 「哨戒部隊に同行したヴィクトリアスから通信が入った。なんでも、哨戒線で怪しい艦娘を二人見つけたと」

 「艦娘を?所属とかは分かる?」

 

 ハイリアが聞くと、アークの表情が曇る。キョトンとしていると、アークは重い口を開いた。

 

 「それが…どうやらその二人は、ロシアの艦娘らしい」

 「ロシア?なんでロシアの艦娘がヨーロッパまで出張って来てるのよ、おかしいじゃない」

 「あぁ。敵意は無いようだから、今こちらへ連れて帰ってきているとの事だ」

 

 アークの報告を聞きハイリアは考え込む。現状ヨーロッパは深海棲艦との戦闘が激しく、ヨーロッパ諸国以外の他国との艦娘を通じた連携は一部を除きほとんど行われていない。話に挙がったロシアもまた深海棲艦の侵攻激しく、自国の艦娘を他国に送る暇などない筈だ。

 

 「…取り敢えずその艦娘から話を聞くしかないわね。戻ったら私の所へ直行するようにヴィクトリアスに伝えて頂戴」

 

 アークにそう伝え、ハイリアは再び考え込む。

 エジョムの調べだと、既にソロモンの支配はヨーロッパ全土にまで広がっている。となれば、そこからロシア等のヨーロッパ周辺の国々にまで影響が出ていてもおかしくはない。

 

 (信じたくはないけど…もしやソロモンのスパイ…?それにしてはタイミングが悪過ぎる…目的は一体何?)

 

 悩んでも答えは出てこない。一先ずその二人の艦娘に話を聞く事にして、まずは工廠の奥で書類仕事をしているレイスを呼びに行った。

 

 

 

 

 

 「貴様がここの提督か…私はロシア海軍所属の戦艦『ガングート』だ。まずは勝手に領海に侵入した事を詫びねばならんな…本当にすまない」

 

 癖の強い銀のロングヘアーに左頬に鋭く付いた一筋の傷。白のコートに黒のプリーツスカート。右手には普段から喫煙するのかパイプ。戦艦『ガングート』を名乗るその艦娘はハイリアの前に立つなりそう言って頭を下げた。

 

 「私はこの鎮守府を運営するアルト・ハイリア、階級は大佐よ。それと後ろにいるのがエヴァン・レイス、階級は中佐。私と彼でこの鎮守府を動かしてるの」

 

 ハイリアの自己紹介を聞き、ガングートはハイリアとレイスの顔をじっと覗き込む。暫し二人を観察すると、ガングートは「ふむ」と一言。

 

 「二人の提督による共同運営とは…祖国では見なかった光景だな」

 「ちょっと訳ありでね。それで、貴女が首根っこ掴んでる隣の娘は?」

 

 ハイリアはガングートの右手に掴まれているもう一人の艦娘を指差して聞く。先程までジタバタ暴れていたその艦娘は、暴れ疲れたのか今は大人しくなっている。フレンチベージュのロングヘアーをツインテールに纏め、更にその上に三つの星の装飾を凝らした『ウシャンカ』という帽子のようなものを被ったその艦娘。

 

 「ん?あぁ、こいつは私の連れ…というか、私がここに来てしまったのは主にこいつのせいなのだ。タシュケント、挨拶くらいしろ」

 「いたた…同志がいつまでもあたしの首根っこ掴んでるから挨拶出来なかったんじゃないか…」

 

 タシュケントと呼ばれた艦娘は、先程まで掴まれていた首根っこを擦りながら挨拶する。

 

 「嚮導駆逐艦『タシュケント』だよ。ガングートと同じくロシア海軍所属さ」

 「ガングートにタシュケントね。それで、どうして二人はこのフランスまで来てしまったの?」

 

 ハイリアが聞くと、ガングートが頭を抱えながら話し始めた。

 

 「…このタシュケントは、ロシア海軍では『決断力のある方向オンチ』と言われていてな…出撃の際に毎回あらぬ方向へ進み艦隊から落伍してしまうのだ。困り果てた海軍が、比較的こいつと仲の良い私に目付け役を命じたのだが、それでも方向オンチは治らず…」

 「その方向オンチが今回も発動してここまて来てしまった、という事ですか?」

 「そういう事だ。以前はアメリカまで行ってしまった事もあって国家間で問題になりかけた事もあって、こいつには何度も『方向オンチを治せ』と再三言っていたのだが…」

 「それも虚しく、今回のようになったと。海軍本部に連絡は着くの?」

 

 ハイリアが聞くと、ガングートは首を横に振った。

 

 「ここに来るまでで、深海棲艦とは違う謎の敵と幾度も接敵してな。直近の戦闘で遂に通信機器が全て鉄屑になってしまった。こいつの方向オンチの事もあって帰ろうにも帰れなかった所に、貴様達の所の艦娘と出会した…という事だ」

 「そう、そういう事ね…ところて貴女達が接敵したっていう敵の事だけど、もしかして『カッシーン』って名前の三叉槍持った機械人形の奴じゃなかった?」

 「名前までは知らん。だが三叉槍を持った機械人形というのは間違ってないな。それがどうかしたか?」

 

 ハイリアは「やっぱり…」と呟き、軍服のポケットからスマホを取り出して一枚の写真をガングートに見せた。

 

 「それってこいつで間違いない?」

 

 スマホの画面に写っていたのは複数体のカッシーン。それを見てガングートの表情は鋭くなる。

 

 「そうだ、こいつらだ。何故貴様達がこいつを知っている?」

 「ここの鎮守府もこいつらの襲撃を受けたのよ。なるほどね、貴女達もこの件に片足突っ込んじゃってるのね」

 「そうか…つまりこいつらは私達艦娘にとって、深海棲艦とは形が違えど同じ敵になるという事か」

 

 ハイリアが「えぇ」と頷く。二人がカッシーンと接敵していた以上、二人は無関係という訳にもいかなくなった。となればやるべき事は一つ。

 

 「ガングート、タシュケント。申し訳ないんだけれど今回の件、貴女達にも協力してもらうわ。こいつらに会ってしまった以上、貴女達も立派な関係者よ」

 

 ハイリアは二人にそう告げた。タシュケントは驚いて面倒臭そうにしており、ガングートは「チッ」と舌打ちして被っていた帽子を更に目深にする。

 

 「分かった。本当なら一刻も早く祖国に帰るべきなのだろうが…やむを得まい」

 

 納得いかない表情ではあったが、ガングートはハイリアの要請を了承、タシュケントも「…仕方ないか」と呟いて了承した。

 

 「取り敢えず二人はうちの工廠で補給。怪我とかあればドックも使って良いわよ。うちの艦娘が案内するからついて行って」

 「さ、こっちよ」

 

 ヴィクトリアスとアークロイヤルが二人を工廠内部へ案内する。それと入れ代わりに、工廠からはカブールが出てきた。カブールは工廠に入っていくガングート達をチラリと見て聞いてきた。

 

 「あの二人がアークロイヤルが言ってたロシアの艦娘?」

 「えぇ。彼女達も襲撃されたって事だし敵のスパイという訳ではないから大丈夫でしょうけど、まぁ念のため警戒するに越した事はないわ」

 「んー、そうかしらね?ワシはあの二人はスパイとかじゃないと思うが」

 「あら、どうして?」

 「うーん…どうしてって聞かれると分かんない…まぁ勘、としか言えんなぁ」

 

 首を傾げながらそう話すカブールに「そう」とだけ返答しておく。勘だけではまだ弱いが、彼女達の反応を見るあたり少なくともカブールの言う通りスパイという訳ではないと見える。が、油断は出来ない。

 

 「あまり疑いたくはないですが…彼女らには見張りを付けておく事にします」

 「そうして頂戴」

 

 味方すら疑わなくてはならない今の状況にハイリアとレイスは頭を痛める。牙也もまだ戻ってきておらず、不安はつのるばかりだ。

 

 「それでカブール。貴女用があって来たんじゃないの?」

 「あ、そうだった。昨日助けた上司さんがさっき目を覚ましたってレーベが」

 「ほんと!?分かったわ、すぐに向かう。カブール、ここは任せたわよ。レイス中佐、行きましょ」

 「はい」

 

 

 

 「落ち着いて下さい中将さん!まだ貴方は怪我人なんですから寝てないと!」

 「通してくれ!私の大事な艦娘達に万一の事があったら…!」

 

 ハイリアとレイスが仮眠室の前まで来ると、中が何やら騒がしい。もしやと思い彼女が扉を開けるより早く、向こう側から扉が勢い良く開いた。そこには全身包帯や絆創膏だらけのデュノア中将が息急き切らして立っていた。

 

 「ハイリア君か!私を助けてくれた事は感謝している。だが私はすぐに鎮守府に戻らなくてはならないからこれで」

 「駄目です!貴方は命狙われているんですよ!?それに軽傷とは言え怪我人なんですから寝ていて下さい!」

 「駄目だ!行かないと…私が行かないと、鎮守府の艦娘達の命が…!」

 

 先程まて医務室にいたのであろうか、プリンツとレーベ、それにマックスが必死に抑えているが、デュノアは聞く耳持たず。何としてでも鎮守府に戻ろうとしている。

 

 「取り敢えずここまで来た経緯を私達に話して下さい!貴方の鎮守府の艦娘を助けに行くのはその後でも遅くありません!」

 「そうはいかない!私が行かないと彼女達の命の保証はないと…!上官命令だ、今すぐそこを退きなさい!」

 「流石に今回ばかりはその命令は聞けません!お願いですから一旦落ち着いて下さい!傷が開きます!」

 

 埒が明かないので取り敢えず二人も参加し、十分かけてデュノアを一旦落ち着かせ、ベッドに腰を下ろさせた。デュノアはようやく正気に戻ったのかため息をつく。

 

 「すまない…急な事で私も平静を保てていなかったようだ」

 「いえ…取り敢えず話していただけませんか?一体何があって命を狙われるようになったのか」

 

 一先ずプリンツ達を退出させた上でレイスが改めて聞くと、デュノアはようやく話し始めた。

 

 「一昨日夕方のことだ。私宛に本部から書類が届いた。そこに書かれていた内容を読んで、私は狼狽してしまったよ…内容が内容だっただけにね」

 「書類には何と?」

 「…君達の鎮守府に深海棲艦との繋がり、そして本部に対する謀反の疑いがあり、即刻艦娘達を向かわせて鎮圧せよ、との事だった」

 

 信じられない内容に二人は自身の耳を疑った。自分達が深海棲艦と繋がっている?しかも本部に対して謀反?馬鹿げている。寧ろ謀反の疑いがあるのは本部の人間達だと言うのに。本部の決定に二人は憤りを感じていた。

 

 「私も最初は耳を疑ったよ。だから本部に電話して事の真偽を確かめた。しかし本部から返ってきたのは、『これは元帥による決定事項であり、貴官に拒否権はない。命令書を受け取り次第、すぐに作戦を実行せよ』とだけだった」

 「馬鹿な…!そんな決定、元帥が出す筈がありません!あのお方は誰よりも艦娘を大事になさるお方の筈です!」

 「その通りだ。その後で私は元帥に電話を掛けたが繋がらなかった。恐らく本部で元帥は監禁され、発言権を失っているのだろう。今回の件は完全なる上層部の暴走だ」

 

 デュノアは重苦しい口調で更に語る。

 

 「元帥に電話したその後だ…私の鎮守府に、謎の武装集団が襲撃してきたのは。どうやったのかは分からんが奴等は艦娘達を無力化し、瞬く間に鎮守府を制圧した。私は秘書艦のウォースパイトの機転で何とか鎮守府を抜け出せたのだが…」

 「そうでしたか…とにかく中将がご無事だったのは幸いです。すぐに救援部隊を…と言いたいのてすが」

 「この鎮守府も先日、謎の敵に襲撃されていて…今厳戒態勢が敷かれています。中将の鎮守府へ救援を割くのは承服致しかねます」

 「何だと!?君達は仲間を見捨てるつもりか!?」

 「落ち着いて下さい!取り敢えず話を聞いて下さい!」

 

 レイスが憤るデュノアを宥める。

 

 「恐らくなんですが…中将の鎮守府を襲撃した武装集団と、この鎮守府を襲撃した敵は、本部の人間と繋がりがあります」

 「実は我々二人は、明後日を期日にここを去り後任となるオルディエン中将に運営を引き継がせる事が決定していました」

 「何だと!?そんな話私は聞いていないぞ!君達は私の直属の部下なんだ、もしそうなら上司の私にもその連絡が来る筈だ!」

 「連絡が中将の下へ来ていない…となれぱ、恐らく上層部はこの機会に、私達三人を『消す』つもりだったのでしょう。私達三人は本部において目の上の瘤ですから、ちょうど良いタイミングとも言えます」

 「何たる事か…!」

 

 デュノアは頭を抱えてしまう。ハイリアとレイスの表情も苦悶に満ちる。と、静かになった部屋にガチャリ、とドアを開ける音が響いた。

 

 「失礼致します。お話はお済みになりましたか?」

 

 三人が扉に目を向けると、立っていたのは昨夜襲撃してきたあの女だった。思わず身構える三人だが、いち早くレイスが違和感に気づく。本来なら出る所出た女らしい体付きである筈だが、今目の前にいるのは全体的にシュッとしているがどう見ても男らしい体付き。

 

 「体付きが微妙に違う…?それにその喋り方…まさか貴女は、エフィンムさん?」

 「え、エフィンム!?あんたその体は…!?」

 

 ハイリアが驚きながら訊ねると、女ーー改めエフィンムは恭しくお辞儀をして言った。

 

 「昨晩襲撃した者の体を頂戴させていただきました。いつまでもあの姿でいる訳にもいきませんので」

 「そ、そう…びっくりさせないでよ、もう」

 

 ハイリアとレイスは警戒を解くが、デュノアはまだ抵抗があるのか警戒を崩さない。まぁ自身の鎮守府を襲撃した者と同じ顔の者がいれば当然であろうが。

 

 「ハイリア君、この者は一体…」

 「今回の件での私達側の協力者です。あともう一人いるのですが、今は出払っています」

 

 ハイリアに紹介され、エフィンムは再び恭しくお辞儀する。

 

 「ところでエフィンム。一つ頼みがあるんだけど」

 「こちらの方がお務めの鎮守府の件ですね?既に私の配下を使って探りを入れておりますので、そのご報告に上がりました」

 

 早すぎだろ…そんな突っ込みを心の中でしながら、ハイリア達はエフィンムの報告を聞く事にする。

 

 「まず鎮守府の艦娘、及び鎮守府にお務めの事務員の皆様は現状無事でございます。ただ艦娘としての能力のほとんどを何らかの方法にて封じられており艤装使用も出来ず、また工廠等鎮守府の要衝も一通り制圧された為に反撃は不可能の様子。外への連絡手段も断たれております」

 「皆、無事なのか…?」

 「はい、皆様ご無事です。恐らく貴方を誘き出す為の手段として敢えて生かしているのではないかと」

 「そう…エフィンム、貴方すぐに行ってデュノア中将の鎮守府の艦娘達を助けられる?」

 

 ハイリアに聞かれエフィンムは暫し考えるが、首を横に振った。

 

 「正直に言えば難しいですな。目算ですが、向こうの戦力は多く見積もって数百。しかも鎮守府制圧後、敷地内のあちこちに敵を感知するセンサーやドローンをこれでもかと仕掛けております。実は運悪く鎮守府に潜入した配下がそれに引っ掛かってしまいまして…恐らく今行けば、更に警備が厳重になっているかと」

 「潜入が向こうにバレちゃったの!?」

 「申し訳ございません…私の落ち度にございます」

 

 悔しそうに唇を噛み締め頭を下げるエフィンム。

 

 「牙也に連絡は?」

 「まだ付きません。何処へ向かったのやら…取り敢えず襲撃に備え、この鎮守府内の要所要所に我が配下を置いて様子見させております。また哨戒部隊にも海上や海中での戦闘が得意な配下を密かに付けて対応を任せました」

 「うーん、牙也に連絡が付かないのが心配だけど…一先ずそれで行きましょう。因みにエフィンム、デュノア中将の鎮守府に誰か海軍関係の人が入っていったりしなかった?」

 「いえ、センサーに引っ掛かってしまった故に人の出入りまでは把握出来ておりません。ただ…彼奴らの通信を傍受したところ、海軍本部からと思しき場所との通信がいくつか行われておりました」

 

 エフィンムの報告に三人は渋い表情。

 

 「ほぼ確定、かしらね。やっぱり今回は元帥以外の上層部の暴走で決まりかしら」

 「なんと情けない…!また上層部はあの悪夢の一日を繰り返すつもりなのか!」

 

 憤ったデュノアは思い切り壁を殴り付けた。包帯が巻かれた手から血が滲む。ハイリア達も項垂れて悔しがり、エフィンムは「…心中お察しします」と呟くだけに留めた。と、

 

 「提督、哨戒部隊から緊急の通信だよ!」

 

 そう言いながらレーベが部屋に飛び込んできた。

 

 「緊急?何かあったの?」

 「哨戒線でデュノア中将の鎮守府所属らしい艦娘を発見したんだ」

 「何、本当なのかね!?彼女達は無事なのか!?」

 「は、はい!彼女達は怪我もなく無事です!無事なんですが…」

 

 そこまで言ってレーベが口を噤む。はて…と皆が首を傾げると、レーベの口から信じられない言葉が飛び出した。

 

 「僕達の所属を伝えた途端…いきなり攻撃してきたんだ!」

 「な、攻撃!?なんでよ!?」

 「分かんない…所属を伝えたら、少し考えた後でいきなり攻撃されたって…」

 「哨戒部隊の被害は!?」

 「大丈夫みたい。ギリギリ攻撃は回避したし、次の攻撃が来る直前に、鮫みたいなのが海中から出てきて気を引いてくれたんだ。お陰で皆無事に戻ってこれたんだって」

 「鮫?」

 「哨戒部隊に付けていた私の配下ですな。ところでレーベ様、あちらの編成について何か聞いておりませんか?」

 

 エフィンムが聞くと、レーベは少し考えてから言った。

 

 「確か…ウォースパイト、ローマ、イタリア、アクィラ、デ・ロイテル、パースだったかな。哨戒部隊のジャーヴィスが彼女達の事を知ってたみたいで、はっきり覚えてたよ」

 「中将、やはり…!」

 「うむ、間違いない。皆私の鎮守府の艦娘達だ…しかし何故そんな事を…まさか私が目的なのか?」

 「今はそれを考えていても仕方ありません。とにかく彼女達を止めなくては」

 

 エフィンムの進言に皆一様に頷き、急いで部屋を飛び出していく。鎮守府にまた、嵐が吹き荒ぼうとしていた。

 

 



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恐れるな!


 第十九話、牙也side




 

 「皆、大丈夫!?」

 

 ハイリア達が埠頭に到着した時、ちょうど哨戒部隊が帰還して上陸する所で、ハイリアを見るや否や駆け寄ってきた。

 

 「私達は大丈夫です。スクワーロ(鮫)みたいなのが私達を助けてくれて、皆無傷で帰ってこれました」

 「そう、良かったわ。マエストラーレ、それに他の皆も怪我なく戻ってきてくれて安心したわ」

 

 一番先頭で駆け寄ってきた駆逐艦『マエストラーレ』を撫でながらハイリアは安堵の息を洩らす。と、ハイリアの後ろからデュノアが進み出てきて訊ねた。

 

 「帰ってきて早々にすまないが、いくつか質問させてほしい」

 「デュ、デュノア中将!?」

 

 デュノアに気づき慌てて敬礼するも、デュノアは手でそれを制す。「今はそれどころではない」という意だろうか。そうしてデュノアは哨戒部隊の一人であったジャーヴィスに目を向ける。

 

 「ジャーヴィス、君達が出会した艦娘達は、確かに私の鎮守府の艦娘だったのかね?」

 「は、はい!間違いなくデュノア中将の鎮守府のオールドレディ(ウォースパイトの事)を旗艦にした水上打撃艦隊でした。随伴艦も中将の鎮守府の娘達で間違いありません」

 「そうか…恐らく私の鎮守府を制圧した武装集団に命じられて、私を捕えに来たのだろう」

 

 デュノアの言葉にザワつく艦娘達。

 

 「彼女達は話し合いが出来る状況だったか?操られていたりとかはなかったか?」

 「操られている風ではなかったです。何て言うんでしょう…仕方なく従ってる感じでした」

 「少なくとも本心ではないし、はたまた傀儡にされている訳でもない、と」

 

 デュノアは少し考えてから言った。

 

 「とにかく彼女達と話がしたい。連れてくる事は可能か?」

 「中将自ら話し合いにですか!?突然攻撃してきたんですよ、危険です!」

 「だが、彼女達にも何か事情があった故に攻撃せざるを得なかったのだろうか…私にはそう思えてならないのだ。どうか一つ頼めないか?」

 

 デュノアはそう言って頭を下げる。自分達の上司であるデュノアがこうやって自分達に頭を下げる姿に、マエストラーレ達は困惑するばかり。ハイリア達もどう返せば良いかと悩んでいると、

 

 「デュノア中将。その必要はなさそうです」

 

 不意にグラーフが進み出てきてそう言った。皆の目がグラーフに向く。

 

 「必要がない、とは?」

 「彼女達の帰投後索敵機を飛ばしたのですが…どうやら彼女達を追い掛けてこちらに来ているようです」

 「私の配下に撹乱を命じていたのですが、逆に砲雷撃を受けて追い払われたとの事。その後向こうも索敵機を使って彼女達を追い掛けてきたようですな」

 「ではもう近くまで?」

 「近くというか…」

 

 グラーフが申し訳なさそうに海を指差す。全員がつられて指差した方向を見ると、海上をスケートの如く進む六人の艦娘の姿が遠目に見えた。先頭を進むのは、玉座型の艤装に腰を下ろしセミロングの金髪が目を引く、いかにも高貴な印象の艦娘。

 

 「ウォースパイト!」

 

 先頭を進む艦娘を見て、デュノアがその名前を呼ぶ。埠頭に立ち自身を呼ぶデュノアに気づいたのか、その艦娘ーーウォースパイトは一旦艦隊をその場に停止させた上で艤装から立ち上がり、スカートの端を持って優雅にお辞儀。その後ゆっくりと埠頭へ近づいてきた。念のためビスマルク達が埠頭から海上に降りてデュノア達を護衛する。

 

 「アドミラル、ご無事で何よりです…鎮守府一同、皆貴方の事を心配しておりました」

 「心配かけてすまない…私はこの通り無事だ。君達も無事で良かった」

 

 ウォースパイトとデュノアが話し合う間も、互いに緊張感が走っている。

 

 「して、ここには何用で来たのかな?まぁ…大方予想は出来ているが」

 

 デュノアがそうストレートに聞くと、ウォースパイト達は気まずそうに顔を伏せる。「やはり…」とデュノアの口から声が漏れる。

 

 「鎮守府を制圧した武装集団から、私を捕えて来いと命令されたか。それも、鎮守府にいる他の艦娘達を人質に取って」

 

 更にデュノアが聞くと、ウォースパイトは「…はい」とか細い声で答えた。ウォースパイトと共に来た艦娘達も気まずそうに顔を伏せる。それを聞きデュノアは顎に手を当てて考え込む。

 

 「ふむ…しかし弱ったな。君達の話とハイリア君達の話を含めると、私が大人しく捕らわれていったとしても、他の艦娘達が無事に戻ってくる保証は無いと見える。寧ろ私も君達も、更には人質となった娘達も始末される可能性の方が高いな。かと言って君達を手土産無しに帰らせる訳にもいかない…」

 「そんな…では私達はどうしたら…!」

 「とにかく君達は一旦上陸しなさい。まだ他にも聞きたい事が山とある」

 

 デュノアにそう促され、ウォースパイト達は艤装を簡易型に収縮させてから埠頭に上がろうとする。と、突如彼女達の後方からザバッと何かが飛び出してきた。

 

 「な、何だこれは!?」

 

 デュノア達の見る先に現れたのは、白い球体という形の見た目と中央に主張する一つ目、明らかに機械であろう二対の腕という不気味な見た目のそれは数にして十体。海中から飛び出すや否や、ウォースパイト達やデュノア目掛けて襲い掛かってきた。驚きのあまり動けず目を瞑るデュノア。しかしいつまで経っても何も起きない。恐る恐る目を開けると、

 

 「…ご無事ですか?全て片付きましたよ」

 

 エフィンムが剣を抜いて立っていた。その奥に転がるのは、先程の機械達の残骸であろう物。十体いた機械は、あの一瞬でエジョムによってほぼ残らず駆逐されていた。

 

 「あ、あぁ…すまない、助かった。だがこれは一体…?」

 「分かりませぬ。が、彼女達ーーウォースパイトと言いましたかな?デュノア殿だけでなく彼女達にも攻撃したあたり、どうやらあの機械は彼女達の見張りを担当しており、目的に背く行動をすれば襲ってくるようにプログラミングされておりますな」

 

 エフィンムは残骸を拾い上げながら説明する。

 

 「そうなのか…待てよ、という事は今までの会話全てが…!」

 「行動含め全て敵に筒抜けだったようですな。こうなれば最早形振り構っていられませぬ…多少強引な手法を取らねばデュノア殿の鎮守府の艦娘の皆様が危ない」

 

 エフィンムはホイッスルを取り出すと「暫し耳を塞いでおいて頂きたい」と周りに言い聞かせる。そして皆が言われるがままに耳を塞ぐと、思い切りホイッスルを吹いた。甲高い音が埠頭に響き渡ったと同時に、鎮守府周囲や海中から次々とインベスが溢れ出てきた。そしてエフィンムを囲うように集結し、皆一様に頭を垂れる。その異様な光景にデュノア達も艦娘達もドン引きし、エフィンムから距離を置く。

 

 「…あなた達にはこれより例の鎮守府に向かい、武装した人間達相手に存分に暴れて頂きたい。そしてその鎮守府に囚えられている艦娘達を尽く救出し、ここへ連れて来て頂きます。そしてもし可能ならば、その武装集団を率いる人間も捕えて連れて来て頂きたい。緊急事態故にこの際手段は問いません…が、艦娘達に悪影響を及ぼさぬ範囲に限ります」

 

 エフィンムがオーバーロード語で大雑把に説明すると、インベス達は一斉に敬礼した。

 

 「情報は逐一あなた達へ直接送りますので、到着し次第行動を開始するよう。時間がありませんので、リミットは一時間以内とします。さぁ、行きなさい!」

 

 エフィンムの命が下されると共に、インベス達は一斉に散らばっていった。ふと周りを見渡すと全員にドン引きされているのに気づき、エフィンムは慌てて頭を下げる。

 

 「少し不快な光景でしたな、気を悪くさせてしまい申し訳ありません」

 「あ、いえ、それは良いんだけど…本当に大丈夫なの?明らかに命令が分かってる風には見えなかったけど…」

 

 心配そうに聞いてくるハイリアに対し、エフィンムは「ご心配なく」と言って続けた。

 

 「確かにインベスには思考能力は皆無です。が、そこは私や神王様の力によって補っております。ですから少なくとも簡単な命令であれば、インベス達は普通に熟してくれるのですよ」

 

 笑いながら説明するエフィンム。改めて牙也やエフィンムの心強さと人外故の並外れた能力に感心し、同時に恐ろしさすら覚えた。

 

 「さて、私はこれらの解析をする事にします。ハイリア様達は如何なさいますか?」

 

 大量の機械の残骸を背負いながらエフィンムに聞かれ、我に返った三人は顔を見合わせる。

 

 「…取り敢えず、ウォースパイト達から情報を聞き出す事からだな。それを踏まえて今後の対応を協議するとしよう。ウォースパイト達はついて来てくれ。他の皆は引き続き哨戒を任せてーー」

 

 デュノアがそこまで指示を出した時、

 

 『提督、聴こえますか!?こちら第三哨戒班旗艦のシェフィールド!』

 

 通信が入ってきた。西部方面の哨戒を担当していたシェフィールドからだ。いつも冷静な彼女だというのに、今の声は上擦り焦りが垣間見える。

 

 「こちらハイリア、聴こえてるわよ。どうしたの?」

 『一大事です!深海棲艦の大侵攻です!』

 

 その報告に周囲の空気が凍り付く。

 

 「規模は!?」

 『遠巻きから確認したので詳細はまだ…ですが、鬼級や姫級の深海棲艦が複数確認出来ました!』

 「なんですって!?もう、こんな時になんて事…!」

 

 歯噛みするハイリアの元へ、絶望を更に加速させる更なる報告が舞い込む。

 

 『Mon Amiral!こちら第二哨戒班旗艦コマンダン・テスト!北西より深海棲艦の大軍を確認致しました!至急ご指示をお願いします!』

 「嘘でしょ!?北西からも!?」

 『こちら第四哨戒班旗艦ガリバルディ!南西方面に深海棲艦の大軍を確認だ!指示をくれ!』

 

 相次いで哨戒班から報告される深海棲艦の侵攻。ハイリア達の表情は青くなっていた。

 

 「馬鹿な、何故今になって…あまりにもタイミングが良過ぎるぞ!」

 「まさか敵のトップ、ソロモンがここを徹底的に潰す為に深海棲艦達を誑かしたのでは…」

 「かもしれないわね、中将の仰る通りあまりにもタイミングが良過ぎるもの。中将、どうしますか?」

 

 ハイリアに意見を求められたデュノアの判断は早かった。

 

 「各哨戒班に命ず!各哨戒班は速やかに撤退せよ!迎えの艦隊をそれぞれに寄越すから、合流し次第反転攻勢に入れ!」

 『了解!』

 

 通信を終えるとデュノアはその場の全員に向けて命令を送る。

 

 「皆さん聴きましたね?ハイリア君とレイス君は各艦隊を編成し、至急哨戒班へ合流させなさい!私は一先ず彼女達から情報を入手、その後彼女達にも出撃してもらう!各員行動開始!」

 

 デュノアの命令と同時にバタバタしだす埠頭。艦娘達は慌てて艤装を準備し出撃準備を行い、ハイリア達がテキパキと部隊編成していく。ふとデュノアが目線をエフィンムに向けると、あの機械の残骸をクラックに押し込んでいる所だったので一応声を掛けてみる。

 

 「つかぬ事を聞くが…何故君はこの鎮守府へやって来たのかな?そして君の言う神王様というのは一体…?」

 「何故、か…そう言えばデュノア殿は私や神王様の事について説明しておりませんでしたな。この際ですからお話しておきましょう」

 

 エフィンムは以前牙也がハイリア達に説明した内容をそのままデュノアに語った。そのあまりにも常識から外れた内容が語られる毎に、デュノアの表情は何とも言えないものになる。全て話し終えると、デュノアは渋い表情で唸る。

 

 「うーん、どこからツッコめば良いやら…まぁとにかく、例の武装集団のトップが君達と同じ別世界の存在である、という事は理解したよ」

 「それだけご理解頂けたら結構です。あまり踏み込み過ぎるのは禁忌ゆえ…」

 

 説明しながらエフィンムは残骸を全てクラックに押し込み、クラックを閉じる。そして改めてデュノアに向き直った。

 

 「さて、まずはかの深海棲艦共を一通り片付ける事から始めましょう。デュノア殿はそちらの艦娘の皆様から情報を集めなされませ。こちらはこちらで上手くやりますので」

 

 恭しくお辞儀し、エフィンムは腰に下げた剣を抜く。そして懐から複雑な見た目をした錠前を取り出した。その正面には睡蓮の花が描かれている。

 

 「それは?」

 「神王様がお作りになった海上移動用の乗り物です。流石に私は艦娘の皆様のように海上を歩いたり走ったりは出来ませんので…出来ても短時間程度ですが」

 

 そう言ってエフィンムは錠前を解錠した。すると錠前は変形・巨大化し、バイクとホバークラフトが合わさったような見た目のマシンとなり海上に着地した。

 

 「『スイレンスプラッシャー』と言います。私はこれで各地に散らばる艦娘の皆様を援護致します」

 「なんとも便利な物を…いや、羨ましがっている場合ではないな。彼女達は君に任せる。どうか、艦娘の皆を…よろしく頼む」

 「お任せ下さい」

 

 エフィンムは左手に剣を持ったままスイレンスプラッシャーのエンジンを掛け、右手でハンドルを掴む。そしてアクセルを全開にして発進したかと思うと、あっという間にその姿は水平線の彼方へ消えていった。

 

 「…頼んだぞ」

 

 デュノアはそう小さく呟くと、ウォースパイト達を引き連れて工廠へ入っていった。

 

 

 

 

 

 「距離等から考えれば、ここからまずは第二哨戒班に合流し、その後反時計回りに戦線維持をするのが妥当ですかな」

 

 哨戒班へ合流に向かう道中、エフィンムはスイレンスプラッシャーを自動運転に切り替えてから周辺の海図を開いていた。途中はぐれの深海棲艦が沸いて出てきたが、すれ違い様に斬り捨てられたりスイレンスプラッシャーに轢かれたり、エフィンムにはさして苦にならない程度だった。

 

 「報告から察するに、かなり強力な深海棲艦が複数体出てきているのでしょうな。我が君がお戻りになるまでは、何としてもここを守り通さなくてはなりませぬ」

 

 そう心に決めエフィンムはスイレンスプラッシャーを走らせる。と、頭上を見覚えのある艦載機が通った。

 

 「あれは…確かゴトランド様お使いの艦載機。近いですな」

 

 頭上を飛んだのは、偵察機『S9 Osprey』。紅茶の国で造られ、スウェーデン海軍でも採用された偵察機。それがエジョムの頭上を旋回している。運転を一旦止め辺りを見回すと、十時の方角にこちらへ手を振る艦娘達の姿が見えた。エフィンムはそちらへ向かう。

 

 「エフィンムさん!救援に来てくれたのね!」

 

 ゴトランドが進み出てきてエフィンムの合流を喜ぶ。

 

 「皆様ご無事で何よりでございました。もうすぐ部隊が合流しますので、急ぎお下がり下さい。私は他の哨戒班の救援に向かわなくては」

 「そっか。気を付けてね」

 「肝に命じて。ところで皆様が見つけた深海棲艦の大軍は今どちらに?」

 

 エフィンムが聞くと、ゴトランドの後ろから艦娘が一人進み出てきた。青・白・赤のメッシュ入り金髪の上から赤いポンポン付水平帽を被った艦娘『コマンダン・テスト』はスカートの端をつまんで優雅に一礼してから話し始めた。

 

 「それが…妙なのです。あちらからも私達の姿は確認出来た筈なのですが、私達を追ってこないのです」

 「追ってこない?こちらの存在を把握しているにも関わらずですか?」

 「ええ。さっきから偵察機飛ばしてるんだけど、私達が発見してから今までずっとその場を動いてないのよ。こちらの偵察機を完全無視してる。まるで何か命令を待ってるみたいに…」

 

 報告を聞きエフィンムは考え込む。普通なら敵を発見し次第撃滅戦に入るのが当たり前。大軍の中に鬼級や姫級がいるのならば尚更だ。しかし深海棲艦達はそれを行っていない、それどころか見向きもしない。これはどういう事か。

 

 「我々の降伏を狙っている?それとも同士討ちからの漁夫の利か…?」

 

 考える内に、エフィンムは二つの仮説を立てた。一つは無血開城ーーつまり降伏をさせようとしているのではないか、という仮説だ。まず自分達に圧倒的戦力差を見せつけ、それに臆した者達の降伏を(表面上は)暖かく迎え入れる。そうして敵戦力を少しずつ削ぎ落とし、やがて全面降伏へ向かわせる。よくある自軍の戦力を減らさずに勝利を掴む手段だ。

 この手段は様々な形で活用されており、例えばかの羽柴秀吉(後の豊臣秀吉)は織田家に仕えていた頃、とある城を兵糧攻めしていた際に、敵兵達の前で美味そうな飯を食べる等して敵の戦意を削ぎ、更にそれを見た敵兵達の降伏を快く受け入れた。そしてそのまま落城へ導いたという逸話がある。

 自軍の威勢や圧倒的実力を見せたり、敵の弱点を突いてまともに戦えなくしたり等、降伏へ導く手段はいくらでもある。今回はそれが深海棲艦達を使った手段である、というだけだが。

 

 そしてもう一つ、漁夫の利を狙う手段だ。深海棲艦達を唆して自分達の鎮守府を攻めさせる。そしてこちらがある程度疲弊した時に現れてこちらを叩き潰す。ついでに厄介な深海棲艦もまとめて叩き潰す。至って単純明快な侵略手段だ。

 ソロモンの今までの行動を鑑みればこちらが当てはまりそうだが、果たして深海棲艦がそれを大人しく聴くような奴等なのたろうか、そこが疑問点ではある。

 

 「…とにかく皆様はこれから来る部隊に合流を。索敵も引き続き行って下され」

 

 そう言い残しエフィンムはスイレンスプラッシャーを走らせた。

 

 

 

 

 その後、西部担当のシェフィールド率いる哨戒班、そして南西方面担当のガリバルディ率いる哨戒班とも合流。双方の無事を確認し後方へ下がらせた。ガリバルディ達が下がっていった後、エフィンムは再び海図を開いて戦況の確認を行っていた。

 

 「三つの哨戒班の情報をまとめると、どうやら西部から侵攻してきた深海棲艦が本隊のようですな。他の二つも数こそ少なかれど、よく鍛錬された者達が多いようです。ここで抑えなくては鎮守府が危ういですな…」

 

 ブツブツ独り言を言いながら今後の動きを脳内で組み立てているエフィンム。しかし、エフィンムの脳内には何か引っ掛かるような情報があった。それは、

 

 『私達実際に敵本隊と接敵したんですが…私達を発見しても見向きもしなかったんです。目と鼻の先くらい近くにいたのに…』

 『あたし達を完全フル無視だぜ?索敵機も見向きもしない。なーんか不気味だったぜ。や、深海棲艦程不気味な奴はいないか』

 

 深海棲艦の動きが妙な点だ。降伏を奨めるのなら、何かしら接触を図り話し合いの一つや二つ行う筈。互いに目と鼻の先まで接近していた事もあるのだから尚更それをやらないのはおかしい。

 

 「これは一体…まさか深海棲艦達は、ソロモンの作戦に気づいている…?気づいた上で出撃した…?何故?それに何の利益があって…?」

 

 疑問は尽きない。しかし考えてばかりでは何も進展しない。とにかく今は目の前の脅威を片付けるのが先決だ。そうエフィンムは決めてスイレンスプラッシャーのエンジンを吹かす。と、エフィンムの持つ通信機に通信が入った。一旦エフィンムは通信に出る。

 

 「はい、こちらエフィンム。どなたですか?」

 『こちら第二哨戒班のコマンダン・テストです!敵艦隊に動きがありました!』

 「なんと…テスト様達は合流出来ましたか?」

 『合流はなんとか出来ました。他の哨戒班も無事に合流出来たようです。それで改めて偵察機を飛ばしたのですが…』

 

 コマンダン・テストは何やら怪訝そうな声色で話す。何かあったのだろうか。もし艦隊に何かあればそちらを優先せねば…そう考えながらエフィンムは通信の続きを聴く。が、その後届けられた報告は、エフィンムの予想の斜め上を行く物だった。

 

 『北西、南西に展開していた敵艦隊が、他の鎮守府に狙いを定めたようで…今、進路を変えて進軍を始めたと偵察機より報告が…』

 「他の鎮守府に…?」

 

 訳が分からない。深海棲艦達の狙いは我々の筈。ならば何故他の鎮守府を…思考を巡らしながらエフィンムは通信を続ける。

 

 「その報告、ハイリア様達には…」

 『先にお伝えしました。すぐに他の鎮守府に伝えると…』

 

 そこまで言った時、また別の通信が入ってきた。

 

 『皆、聴こえてる!?』

 

 焦ったような声色で通信をしてきたのはハイリアだ。

 

 「いかがなさいましたか?」

 『不味いわ…通信機器が軒並み使えない。他の鎮守府に通信が出来ないわ。多分鎮守府周辺のどっかに妨害電波飛ばしてる奴がいるわね』

 『そんな…!それでは他の鎮守府が…!』

 

 通信機器が潰されてしまったようだ。これでは他の鎮守府は深海棲艦に襲撃されるのを歓迎しているようなもの。海軍と敵対してしまっている状況とはいえ、流石にこの情報はすぐにでも報告しなければならない。

 

 『背に腹は代えられないわ、第二哨戒班とその合流部隊は北部地区の鎮守府へ、第四哨戒班とその合流部隊は南部地区の鎮守府へ急行!この事をすぐに知らせに行って!』

 『え!?で、ですが今私達は他の鎮守府どころか海軍とも敵対している状況ーー』

 『そんな事今気にしてる場合じゃないのよ!』

 

 通信機からハイリアの声が響く。

 

 『私達の仕事は何!?私達はまず何をしないといけない!?考えなくても分かってるでしょう!?今この時、この瞬間にもフランスがーーいえ、国だけじゃない…ヨーロッパ全土の滅亡の危機に瀕しているのよ!今そんなくだらない事で啀み合ってる場合じゃないのよ!分かったらさっさと行く!』

 

 言いたい事を言い尽くしたのか、ハイリアの通信は切れた。艦娘達は黙り込んでいたが、

 

 『…行きましょう。情報を伝えに』

 

 ビスマルクの一声に、どよめきが上がる。

 

 『ビスマルク姉さま、本気ですか!?』

 

 同じ部隊のプリンツオイゲンが尋ねると、ビスマルクは無言で頷いた。

 

 『私達の使命は一つ。深海棲艦を始めとした脅威と戦い、国や世界を守る事。それはたとえ、味方内で敵対関係になってしまっても同じよ。それを放棄するなんて…必死になって国を守ろうとした前世の私達に顔向け出来ないわ!』

 

 力強い演説に、艦娘全員の気が引き締まったように思えた。次いでビスマルクはエフィンムを呼ぶ。

 

 『エフィンム。敵本隊の対処は貴方と第三哨戒班、それにそっちに合流した部隊に任せるわ。出来るわよね?』

 

 ビスマルクの問い掛けに、エフィンムは力強く答えた。

 

 「当然です。ここの防衛は神王様直々に私に命ぜられたミッション。必ずやご期待に応えてみせましょう」

 『それが聴きたかったの…なら任せるわよ!艦隊、このビスマルクについて来なさい!』

 

 第二哨戒班に合流したビスマルク側の通信はここで切れた。

 

 『…全く、ビスマルクばかりにいい格好をさせられぬな。ここでたじろいでいては…ネルソンの名に傷が付くものよ。全軍、余について来い!旗艦ネルソン、出撃する!』

 

 次いで第四哨戒班に合流したネルソン側の通信が切れる。次いで静寂…

 

 「…こちらエフィンム。これより第三哨戒班に合流致します」

 

 それだけ言ってエフィンムは通信を終える。剣を持った左手が更に強く握られる。

 

 「…さぁ、始めましょう。命運を賭けた、超大戦を!」

 

 エフィンムはエンジンを吹かし、スイレンスプラッシャーを発進させた。

 

 



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かつてを知る者

 

 荒波の立つ海上を進む、ビスマルクを旗艦とした部隊。鎮守府を出撃後コマンダン・テスト率いる第二哨戒班と無事合流したビスマルク達は、ハイリアの命を受けて深海棲艦の侵攻情報の伝達及び迎撃の為船速一杯で急いでいた。

 

 「どう、敵は見つかった?」

 

 ビスマルクが後方から追い掛けてくるコマンダン・テストに聴くが、彼女は首を横に振る。

 

 「そう…引き続き索敵をお願い。これから索敵も難しくなるかもしれないから出来る限り急いで」

 

 そう伝えてビスマルクは空を見上げる。今朝あれだけ晴れていた空は、今やどんよりとした厚い雲に覆われ、今にも雨が降り出しそうだ。雨で視界が悪くなる中を索敵するのは、どれだけ艦載機の扱いに慣れた空母や水母でも大変。敵が見つからない内に奇襲攻撃を仕掛けられでもすれば艦隊は一溜まりもない。ビスマルクの胸中は焦りで一杯だった。

 

 「ビスマルク姉さま、落ち着いて下さい。焦ってばかりじゃ何も好転しませんから」

 「あら、何を言っているのオイゲン?このビスマルクに焦りなんて微塵も」

 「顔に出てますよ?」

 

 言い終わるより早くプリンツにそう返され、思わず自身の顔をペタペタ触るビスマルク。そんな彼女を見てプリンツはクスクス笑う。

 

 「姉さまったら焦ってる時とか悩んでる時とか、いつも眉間にしわが寄ってるんですよ。今日は特にしわが寄ってますよ?」

 「なっ…」

 「姉さま、もしかして今まで気づいてなかったんですか?」

 

 キョトンとしながら聞いてくるプリンツにビスマルクはタジタジ。まわりの艦娘達からはクスクスと笑いが起こる。やがて恥ずかしさのあまり膨れっ面になってイジケてしまった。

 

 「フンッ…どーせ私は思考回路の分かりやすい憐れな女なのよ…フンだ!」

 「ビ、ビスマルク姉さまー!ごめんなさい、誂い過ぎました!今度ご飯奢りますから拗ねないで下さいー!」

 

 プリンツが必死になってビスマルクの機嫌を取りに行く。事が済んだら自棄食いする気満々なのかビスマルクは食堂のメニューのお高いものばかりプリンツに要求しており、その度にプリンツの表情は青くなる。「それ以上は駄目ですよ〜!」と言っても聞きゃしない。

 

 「ビスマルク、それまでにしておけ。今成すべきは深海棲艦の侵攻を他の鎮守府に一刻も早く伝達する事。自棄食いの話は後回しだ」

 

 同じ艦隊としてついて来ていたグラーフが釘を刺すと、ビスマルクは「分かったわよ」とようやく大人しくなった。プリンツの表情は疲れ切りどんよりしていたが、自業自得である。

 

 「ところでオイゲン。このまま進めば最初の鎮守府に着くのはいつ頃かしら?」

 「あ、はい。今のペースで行けばものの十数分で到着すると思います。ただ…」

 

 そう話すプリンツの表情は優れない。どういう事かと全員が疑問に思っていると、プリンツは意を決したように言葉を出した。

 

 「…その鎮守府なんですが、あの『暴君』が運営する鎮守府なんですよね」

 

 プリンツの言葉にたちまち他のメンバーも表情が渋くなる。

 

 「『ハイネス・エンペリー大将』か。懐かしい名だ…」

 「そうか、確かグラーフの元いた鎮守府だったわね」

 

 特にグラーフの顔色が悪い。

 

 ハイネス・エンペリー…彼は主にフランス以北からイギリス周辺を中心に艦隊を展開している提督であり、深海棲艦の出現直後から艦隊運営に携わっているベテラン提督である。当時まだ22歳という若さとは思えぬ程の名采配で数々の作戦を成功に導き、着任僅か数ヶ月という異例の早さで大将の地位に就いた、まさに最強の提督。

 がしかし、陰で囁かれる彼の噂はそれほど良いものではなかった。曰く、

 

 「勝利の為に数多くの艦娘を酷使し、使い潰してきた」

 

 「味方を味方とも思わず、後方から砲雷撃させて前衛で戦う艦娘諸共深海棲艦を倒すなどした」

 

 「逆らう艦娘は容赦なく解体し、また逆らう提督は秘密裏に処分した」

 

 「まだ将校になる前に、自身の上司と艦隊運営で揉めた際に自身の意見を通す為にその上司を半殺しにした」

 

 など、とにかくマイナスな噂が絶えない。その噂に寄せられてついたのが『暴君』。ただハイリア達はまだハイネスと共に艦隊運営をした事がない為、噂の真偽は不明として多少距離を置いていた。

 

 「グラーフ。当時の貴女から見て、ハイネス大将はどうだったの?」

 

 ビスマルクが尋ねると、グラーフが重々しく口を開いた。

 

 「…少なくとも、噂とは大違いだった。私が在籍していた頃は、ハイネス大将は私を含めた全ての艦娘に分け隔てなく接し、また艦娘を大事にする方だった。中破大破すれば即撤退させ、身体顧みぬ行動あれば叱責し、皆が無事に帰ってくる事を良しとしていた」

 「ほぇぇ…聞いてた噂とは大違いですね」

 

 グラーフは頷くと、続きを話し始めた。

 

 「だが…それも長くは続けられなかった。たった一度の出撃であの方の心は砕け、暴走が始まった」

 「たった一度の出撃で…それってまさか?」

 「あぁ、皆も耳にした事はあるだろう?数年前の深海棲艦の大規模侵攻だ。あの激戦でハイネス大将は、当時所属していた鎮守府の艦娘のほとんどを失った。唯一生き残れたのが、後方支援にあたっていた私を含めた数人の艦娘だ」

 

 グラーフの暴露に皆が驚いてグラーフに目線が集中する。今まで知らなかった真実に皆唖然としている。

 

 「グラーフさん、貴女はあの激戦を経験していたのですか?」

 「ああ。まぁ後方支援が主だったから戦闘には参加していなかったが…はっきり言って酷かった。倒しても倒しても雪崩の如く沸いてくる深海棲艦の群れに、当時の私達は非常に苦戦させられた。最初こそ守れてはいたのだが…段々と侵攻範囲が拡大し、それに比例して被害も増えていった」

 

 グラーフは一旦言葉を切ってから続ける。

 

 「そしてあの日…海軍は最悪の命令を出した。それが艦娘の特攻だ。建造して間もない艦娘を次々出撃させて囮にし、襲ってきた深海棲艦を囮ごと吹き飛ばす…今で言う『捨て艦戦法』というやつだ」

 「ええっ!?捨て艦を当時の海軍が命令したんですか!?そんな話今まで一度も…」

 「まぁオイゲン達は知らないだろうな、当時まだ建造されていなかったから…が、当時はそれが合法的に認められていたんだ。実際問題、当時はそれで多くの深海棲艦を撃破していて、一刻も早く深海棲艦の侵攻を抑える為にはそれを実行するしかなかった程だ」

 「今も禁止こそされてないけど、捨て艦は余程の事がない限りしてはいけないと今は法で定まってる。けどそれでも、捨て艦を行う鎮守府は無くならない。難儀なものよ」

 

 ビスマルクの説明にグラーフは頷きながら続ける。

 

 「しかしそれも長くは続けられなかった。何せ大規模侵攻の影響で合間を縫っての遠征が出来ず、資源が枯渇を始めたからだ。お陰で新たに建造する事すらままならなくなり、戦線は後退を続け、段々と壊滅する鎮守府が増えていった…そしてハイネス大将は、遂に決断を迫られる事態になった」

 「それは…つまり」

 「…いよいよ、ハイネス大将も艦娘達の特攻という命令の決断を迫られた。元々艦娘を大事に育てていた方だ、特攻などという命令は聞ける筈もない。が…他の艦娘達はそうではなかった」

 

 グラーフは一旦一息つくと、続きを話し始める。

 

 「勝利の為なら…人々を守れるなら…この命など惜しくはなかった。勿論、当時の私もそうだった。ハイネス大将が止めるのも聴かず、皆が次々と深海棲艦目掛けて特攻した。そして数多の深海棲艦を道連れに、その命を散らしていった…」

 

 語るグラーフの目には涙が浮かんでいる。つられてプリンツやテストも涙を流し、ビスマルクは「もう聞きたくない」と言いたげな表情を帽子で隠している。

 

 「そしていよいよ私を含めた最後のメンバーの特攻の時…そのタイミングで、深海棲艦達は本土上陸を諦めて撤退した。運が良かったのか、はたまた悪かったのか…とにかく私を含めた数人は、結局特攻する間もなく生き残ってしまった。ハイネス大将の為にこの命を華々しく散らす覚悟でいたというのに…何も出来ぬまま生き残ってしまった」

 「『生き残ってしまった』だなんて、そんな事ーー」

 「事実そうなんだ。命を散らす覚悟でいたのに、その覚悟をぶつける目標も理由も失ってしまった。艦娘としての責務を果たす前に、戦いが終わった。戦場に立つ者として、これほどに情けない事があるだろうか」

 

 悔しげな表情で語るグラーフ。

 

 「それでその…ハイネス大将はその後は?」

 「あの激戦の後、ハイネス大将は生き残った私達を各地の鎮守府へ飛ばした。表向きは各地の鎮守府の復興の手助けを謳っていたが、恐らく…無様に生き残ってしまった私達に愛想を尽かしたのだろうな。現に私達の事を心配する素振りもなければ、私達を気にする手紙の一通もない。大将にすれば、私達は弱虫にも見えたのだろう」

 「そんな事…!」

 

 コマンダン・テストが反論しようとし、しかし言葉に詰まる。グラーフの悲壮な表情が目に入ってしまったが故に、返す言葉を失ってしまったのだ。グラーフは続ける。

 

 「風の噂で、ハイネス大将のその後は耳にした。私達を追い出した後建造で新たに艦隊を編成し直し、大将の鎮守府は持ち直しはした。が、一度壊れてしまった心は簡単には戻らない。あの日大事な艦娘達を失ってしまった悲しみや、それを止められなかった自身への怒りをぶつけるように、大将は狂ったように出撃を繰り返し、今の地位を確立した。そして現在に至る」

 

 話し終えたグラーフはハイネスの鎮守府がある方へ目を向ける。

 

 「彼の下を離れてもう何年になるだろうか…時間は進んだ。艦娘の数も増えた。提督の数も増えた。が、彼の心は今も修復されぬまま放置されている。出来る事なら、彼の心をかつての心優しき頃に戻せたら良いのだがな」

 

 そんな心の内を吐露しながら、グラーフは戻ってきた索敵機を着艦させる。ビスマルク達は黙り込んだままだ。気づいてグラーフが苦笑いを浮かべた。

 

 「…すまない、今語る事ではなかったな。敵の方に集中するとしよう」

 

 そう言って別の索敵機を発艦させる。コマンダン・テストもつられて索敵機を発艦。艦隊には重苦しい空気が流れる。と、グラーフの通信機がけたたましく鳴った。

 

 「はい、こちらグラーフ・ツェッペリン…ハ、ハイネス大将ですか!?」

 

 グラーフの驚く声に全員が釘付けになる。そして通信機から聴こえる聡明な男の声。

 

 『久しぶりだな、グラーフ。ダメ元で通信してみたが、まさか大当たりするとは…神はしっかり見ておられるのだな』

 「お、お久しぶりです…そ、それよりも大将閣下、お伝えしなければならない事がーー」

 『みなまで言うな。分かっている…私の鎮守府に深海棲艦が侵攻しているのだろう?こちらも偵察機で敵艦隊を捉えた。既にこちらも艦隊を編成して順次出撃させた』

 「なんと…では既に敵艦隊と接敵をーー」

 

 グラーフがそこまで言ったところで、通信機の向こう側が何やら騒がしくなった。何やら複数の人間の声が聞こえてくる。グラーフ達が怪訝そうな表情で待っていると、

 

 『…フン、通信先はどこぞの鎮守府の艦娘か。助けでも呼ばせようとしたか?』

 

 聞き覚えのない声が聴こえ、一瞬で空気が張り詰める。心の焦りを抑え、グラーフは通信機の向こうにいる人物に問う。

 

 「貴様、何者だ?大将閣下の所の人材ではないようだが」

 『貴様等艦娘が知る必要はない。悪い事は言わん、問題なかったとして今すぐ引き返すが良い…この男の命が惜しければな。心配するな、お前達がこちらに来ないのならば、この男の命は保証してやる』

 

 そう言って通信は一方的に切られた。辺りをまた静寂が包む。

 

 「…ど、どうするの?」

 

 後方を注視していたレーベがおずおずと尋ねてくる。自分達の役目は深海棲艦の大軍の情報をハイネスの鎮守府へ伝え、それを救援する事。ひとまずハイネス本人がいち早く深海棲艦の侵攻を察知し対応していたので、あとは彼の率いる艦隊に合流し救援を行えばクリア。が、問題はハイネス本人の方だ。通信から察するに、ハイネスは鎮守府を制圧され捕虜となっている。本来なら助けに行くべきだが、それだとハイネスの命が危ない。

 

 「…どうする?このまま進めば、大将閣下のお命が危ない。かと言って、閣下を見捨ては出来ない。二つに一つ…進むか、戻るか」

 

 マックスも静かな口調で聞いてくる。ビスマルクとグラーフは互いに顔を見合わせ、どうしたものかと考え込む。と、頭上を聴き慣れない音が通った。全員が見上げると、遥か上空に深海棲艦が運用する索敵機が通り過ぎていった。

 

 「不味い、向こうに先に見つけられたわ!全員対空警戒!グラーフとテストは急ぎ発艦準備を!」

 

 ビスマルクの指示ににわかに艦隊が騒がしくなる。航空戦の準備の為、グラーフとテストは慌てて飛行甲板から索敵機を飛ばし、更にタイミングをずらして航空隊を飛ばし航空戦に備える。他の四人も敵の索敵機が飛んでいった方向を注視し、対空戦に備える。が、

 

 「…おかしいわね。何も来ないわ」

 

 発見されて五分経っても、敵の航空隊が来ない。まあ来ないのならそれはそれでラッキーなのだが、ビスマルク達はどうにも腑に落ちなかった。コマンダン・テストの報告によれば、彼女達が発見した敵艦隊は空母棲姫を旗艦に空母ヲ級等の航空戦必須な個体を中心とした所謂『空母機動部隊』。となれば自分達を見つけ次第航空戦に入る筈。だが航空隊はただの一機も来ない。これはどういう事か。

 

 「グラーフ、こちらの索敵機は敵艦隊を捉えた?」

 「あぁ、敵の索敵機を追い掛けた先に確かにいた。が…先の報告通り、こちらの索敵機を無視しているようだった。空母棲姫はおろか、空母ヲ級や軽母ヌ級ですら艦載機を出さない。なんとも不気味だ…」

 「ここに来るまでに戦闘してて消耗してるとかはどうかな?」

 「いや、それはない。索敵機が捉えた敵艦隊は、どう見ても無傷だった。だから航空戦を行えるだけの艦載機が無いとは思えん」

 「うーん…ほんと変ですねぇ、ビスマルク姉様」

 

 プリンツの考えもすぐに否定された。ビスマルクは暫し考え込んでいたが、何かを思い出したのか今度はコマンダン・テストに目を向ける。

 

 「テスト、大将閣下の艦隊の方は?」

 「そちらも発見致しました。ですがどうやらあちらも私達と同じ状況のようです。航空戦を警戒しているが、何も起きず困惑している状況、というところでしょうか」

 「更に鎮守府は正体不明のテロリストに制圧されている…進むも戻るも出来ない状況なのね」

 

 ビスマルクは報告を聞きまた考え込んだ。この先自分達がどう動けば良いのか…暫し悩んだ末、ビスマルクは一つの決定をした。

 

 「取り敢えず大将閣下の所の艦隊に合流するわ。幸い深海棲艦達からこちらへの攻撃は今の所無い。だから今のうちに閣下の艦隊と連合して深海棲艦とテロリスト双方に備えるのが妥当だと思うわ」

 

 その案に全員が頷く。となれば急ぎ合流しなければ。ビスマルク達は船速一杯で進みだした。

 

 

 

 

 幸いハイネスの艦隊は彼の鎮守府からそこまで遠くには出ておらず、またビスマルク達とも離れていない海上で動けずにいたので、合流を決定してから時間はそれほど経たぬ内に合流する事が出来た。

 

 「わざわざ遠くから救援に来てくれて感謝する…私は大将閣下直属の艦隊を率いるアークロイヤルだ」

 

 艦隊旗艦のアークロイヤルが進み出て頭を下げる。

 

 「ハイネス閣下の所のアークね。状況が状況だから率直に聞くけど、貴女達の鎮守府が今どういう状況なのか把握できてるかしら?」

 

 ビスマルクが直球で問うと、アークロイヤルは拳を強く握り締めながら言葉を発した。

 

 「ああ…閣下御本人から通信が来た。どうやら鎮守府はテロリストに制圧されたという。前に深海棲艦の大軍、後ろはテロリスト…進むも戻るも出来ずここで待機している状況だ」

 「そう…私達の方にも閣下から通信が届いたわ。貴女が今話したのと同じ内容よ」

 「そちらにも…?何故?」

 「うちのグラーフが、元々閣下の部下だったのよ。その繋がりで通信が来たみたい」

 

 それを聞きアークロイヤル達の目がグラーフに向く。

 

 「そうか、貴女が閣下の話していた…閣下から貴女の事は聴いていた。かつての大戦にて、閣下と共に命を賭けて戦った大事な仲間だと聞いている」

 

 それを聞いたグラーフは思わず目を背けた。何か思う事があったのだろう。先程グラーフの過去を聞いたビスマルク達は敢えてそれに触れる事を避けた。

 

 「思い出話は後にしましょう。それより今は、これからどう動くかを早急に決めないといけないわ」

 「待って!」

 

 ビスマルクの言をレーベが制した。

 

 「…ソナーに感あり。近いよ」

 

 その報告に艦隊全体の気が引き締まる。ソナーに感ーーそれは周辺に潜水艦が潜んでいる、という事。対応できるのは駆逐艦や軽巡洋艦といった対潜装備を搭載出来る艦や軽空母等に限られる。レーベにマックス、そしてハイネスの艦隊の駆逐艦と軽巡洋艦が即座に対潜警戒に移った。

 

 「レーベ、数は分かる!?」

 「ちょっと待って…ソナーに引っ掛かったのは、潜水艦一。それ以外は今の所引っ掛かってない」

 「ソナーの範囲を広げて!一体いるなら周りに三十体いると思いなさい!」

 「Gじゃないんだから…」

 

 ぼやきながらもソナーを確認するマックス。と、

 

 「あら…?この動きは…」

 

 ソナーを確認したマックスが何かに気づいた。

 

 「マックス、何かあった?」

 「…近付いて来てる。というかこれは、潜水艦が段々と浮上してきてる?」

 

 その妙な報告に全員が頭に?を浮かべていると、ザバッと音を立てて海上に何かが浮き上がってきた。

 

 「…見ツケタ」

 

 現れたそれに全員が警戒する。目の前に現れたのは、ガスマスク型のレギュレーターを装備した『潜水カ級』という種の潜水艦。ビスマルク達を見つけるや否や、レギュレーターを口から外しながらゆっくり近づいて来た。更に警戒が強まる。

 

 「…コノ艦隊ノ旗艦ハ誰?」

 

 最接近すると、カ級はそう聞いてきた。全員警戒を崩さない。

 

 「…私よ。このビスマルクがこの艦隊の旗艦」

 

 少しだけビスマルクが進み出て答える。カ級は彼女をジーッと見つめていたが、徐ろに懐を探り始めた。何をしているのかと皆が注視していると、カ級は何やら防水対策を施された薄っぺらい物を取り出すと、それをビスマルクに差し出した。

 

 「…これは?」

 「空母棲姫様カラノ文。皆デ読ンデ内容ヲ把握シテオイテ欲シイ、ト」

 

 見るからに怪しい手紙をビスマルクは裏表クルクル返したり太陽に透かして観察している。そうこうしている間にカ級はレギュレーターを口につけ直すと、

 

 「ソレジャ、確カニ渡シタカラ」

 

 そう言って再び海中に潜ってしまった。レーベがソナーを確認すると、カ級が遠ざかっていくのが確認出来た。

 

 「…何だったんだ?」

 「さ、さぁ…」

 

 皆が呆然とする中、ビスマルクはその手紙を早速開封し始めた。便箋から手紙を取り出し、そこに書かれた内容を黙読する。そして全て読み終えた途端、ビスマルクの表情は喜びに満ちたものになる。

 

 「えっと…ビスマルク姉様?」

 「…牙也ったら、こんな回りくどい事するなら最初から言いなさいよ、まったく!」

 

 文句を垂れながらもビスマルクの表情は明るい。彼女は手紙を握り潰すと、新たに指示を出す。

 

 「皆、聴きなさい!これより私達は閣下の艦隊と連合して、敵の迎撃に向かうわ!準備なさい!」

 「敵って…やっぱりあの深海棲艦達は敵なの?」

 

 レーベの問いにビスマルクは首を横に振る。

 

 「奴等はスルーで良いわ。それよりも優先しないといけない敵がいるの、そっちを倒しに行くのよ」

 「おいちょっと待て!」

 

 理由を話さずさっさと行動に移ろうとする彼女をアークロイヤルが制す。

 

 「貴様、どういうつもりだ!?深海棲艦を倒さずに、他の敵を倒しに行くだと!?お前は私達艦娘の役割を放棄するのか!?それに今は大将閣下のお命も危ないのだぞ!それはどうするつもりだ、まさか見捨てるなどというのではあるまいな!?」

 

 怒りのままに問うアークに、ビスマルクはさっき思わず握り潰してしまった手紙を丁寧に広げて渡す。

 

 「貴女達も読んでみなさい」

 

 そう言い他の艦娘達にも黙読を促す。そして皆がアークの周りに集まり手紙を読むと、全員唖然とした。そして目線がビスマルクに向けられる。

 

 「もう既に牙也が裏で手を回してたのよ。大将閣下の方も、私達が何かするまでもないわ。私達がすべき事はただ一つ…」

 

 ビスマルクは自分達が進んできた方向を指さしながら言う。

 

 「これから現れる難敵…『ソロモン』を倒す事!臨時連合艦隊、旗艦ビスマルク!抜錨するわ!」

 

 『鉄血』が今、動き出す。

 

 



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前哨戦

 愛用の剣を構え、エフィンムは海上に悠然と立つ。その目が見つめる先には、水平線を埋め尽くす数の深海棲艦達。多過ぎて水平線の向こう側が見えない程。

 

 「ふむ。これだけの数を簡単に揃えるとは…流石深海棲艦という所でしょうか」

 

 何百何千と並ぶ敵を前にしても、エフィンムの表情は変わらない。寧ろこれだけの数の敵と戦える事にワクワクしている風だ。

 

 「随分と楽しそうではないか」

 

 背後からの声に振り向くと、アーチェリー用の弓に似た艤装を持ったアークロイヤルが腰に手を当てて立っていた。

 

 「おや、アークロイヤル様。もしや顔に出ておりましたか?」

 「あぁ、もろにな。貴様、まさかその執事の如き恭しさは隠れ蓑で、本性はバトルジャンキーというのではあるまいな?」

 

 エフィンムは「ハハハ、そこまで酷くはありませんよ」と言ってまた深海棲艦に目を向ける。本人はああ言って誤魔化したが、実際アークロイヤルの指摘は強ち間違ってはいない。

 

 

 

 

 さて、ここでエフィンムについて少し解説しておこう。

 

 このエフィンム、元々はヘルヘイムの森で生まれた普通のシカインベスである。本来ならインベスは思考能力や自我を持たず、ただ本能のままに動く生物なのだが、エフィンムは違った。それこそ何気なく置いてあった国語辞書を手に取ると、一心不乱に読み耽るくらいには。

 

 本来なら起こりうる筈のない現象が起きた原因。それは牙也にあった。元々牙也と箒が住んでいたヘルヘイムの森は、この二人以外は精々インベスしか存在しない。また先述したようにインベスは本能的に動く生物なので、何かしら問題が発生した際は二人だけで対処しなくてはならない。普段から常に問題が起きている訳ではないのだが、牙也としては自分達以外にもこれらの問題にある程度対処出来る者ーーつまりは新たなオーバーロードインベスが欲しかった。

 

 しかしオーバーロードが生まれる確率は低いなんて言う物ではない。オーバーロードが生まれるには、大前提としてヘルヘイムの森に実る果実を食し、その膨大な力に打ち勝つ必要がある。並の生物は果実を食した途端にその力に全身を喰われ、やがて身も心もインベスと成り果てる。しかしその力に打ち勝ち、なおかつヘルヘイムの森という環境に適応した者のみがオーバーロードインベスとなれる。が、その確率が低過ぎるのだ。

 

 そしてもう一つ、インベスは元を辿ってみると他世界から迷い込んだ生物がヘルヘイムの果実を食して生まれた存在である、という事。他の生物がインベス、若しくはオーバーロードインベスになる事はあれど、インベスがオーバーロードインベスになる事は無い。何故ならインベスとなった時点でその生物の意志は失われるからだ。意志を失ったインベスがオーバーロードインベスになったとして、じゃあ何処からその失った意志を持ってくるのか、またオーバーロードインベスを生み出す為に余所の世界から生物を攫って来て実験でもするのか、という話になる。

 

 そこで牙也の出番である。牙也は試しとして、自らを形成する黄金の果実の一部をとある下級インベスに与えた。インベスが自分の力の一端を取り込んだらどうなるか、という純粋な興味からである。結果、意志を持ったシカインベスが生まれ、牙也はそのインベスに『エフィンム』という名を与えて傍に置いた。次いで箒もそれに倣い、自らの体内に封印した禁断の果実の一部を別の下級インベスに与えた。勿論同じように意志を持ったツバメインベスが生まれ、箒は『エファジェ』の名を与えて傍に置いた。

 

 以来己の意志を持ったこの二体のインベスは、ほぼ同時期に生まれた事から兄妹のように仲良くなり、また牙也と箒それぞれの側近として数多のインベスを統率する立場となったのである。

 

 そして現在。エフィンムはヘルヘイムの森に迷い込んだ生物への対応を任されるまでに成長し、エファジェもまた数多のインベスを手足のように使い熟す部隊長に近い役割を与えられた。オーバーロードインベスとは違う存在となったとはいえ、それに近い部下をゲット出来た二人は大いに喜び、また次を生み出そうとした。しかしこれ以後同じように意志を持ったインベスは生まれる事は一度たりとてなく、二人は早々にこの手段を諦める事になった。

 

 とはいえエフィンムもエファジェも二人に狂信に近い忠誠心を持っており、寧ろ新たなインベスが生まれる事で嫉妬心からその忠誠心が揺らぐ事が無くなったと考えれば僥倖、だろうか。

 

 (我が主より承った大切な任務…必ずや完遂させて見せましょう!そしてこの素晴らしき私の勇姿を永遠の語り草に…フフフ)

 

 エフィンムは今後を左右するこの大事な任務を牙也から任された事に酷く感激しており、舞い上がっていた。本人も思わず真っ黒い笑みが零れており、側にいたアークロイヤルは若干引いていたが、エフィンムの表情にやや心配してか話しかけた。

 

 「舞い上がるのはいいが、これは大事な任務だ。目的を忘れて暴走してくれるなよ?貴様の尻拭いをするのはこちらも御免だ」

 「おっと、これは…御忠告ありがたく受け取ります」

 

 アークの発言にエフィンムも気を取り直し笑みを引っ込める。

 

 「しかし我が主は何をお考えなのか…このような時にまだご帰還なさらぬとは」

 「奴にも何か考えがあっての事だろうが…というか貴様は奴のお付きのようなものなのだろう?それくらい分からなくてどうする」

 「確かにそうですが…我が主のお考えになる事は、常に私の理解の範疇を超えていきますので」

 

 そう言い苦笑いするエフィンム。実際エフィンムは毎回理解不能な行動を取る牙也や箒に振り回されていたから、今回もつまりそういう事なのだろう、と思っていた。牙也達の行動について色々考えてはいけない、というのがエフィンムとエファジェの共通認識となっている。何故なら自分達の頭脳ではもう理解なんて出来ないから。それは最早諦めとかの境地である。

 

 「…しかし、こうも静かだと逆に不気味ささえ感じますな。互いに敵を目の前にしているというのに、動きがないとは」

 「向こうも様子見しているようだな。どうやら指揮する立場の深海棲艦は相当の手練れらしい」

 

 二人は極めて冷静に深海棲艦の軍勢を分析する。

 

 「まだ攻めないのか?」

 

 後ろからの声に振り向くと、ガングートがパイプを吸いながら退屈そうにしていた。

 

 「こうして互いに邂逅しているんだ、今攻めずしていつ攻める?」

 「ガングート様、今我々は互いの腹の探り合いをしている状況なのです。敵の腹を探らぬ内に攻めるは愚策でございます」

 「ならばどうする?このまま膠着したままでいるのか?」

 「まさか。お互いいつまでもこのままでいられる理由もなし…痺れを切らせた方が負ける。今は辛抱の時ですぞ」

 「よく分からんが、まだ攻め時でない事は理解した」

 

 ガングートはパイプを吹かしながら遠く向こうの深海棲艦を見つめる。

 

 「ところでガングート様。お連れの方は何故に紐で縛られているので?」

 

 ここで今まで疑問に思っていた事をぶつけてみた。よくよく見ればガングートの艤装と彼女の後ろにいたタシュケントの体は専用の紐で繋がれている。繋がれたタシュケント本人は「あはは〜」と呑気な表情。

 

 「こうでもしないとこいつはいつの間にか行方不明になってしまうんだ。こいつの子守をし始めてからはずっとこの戦闘スタイルだ」

 「何と言うか…持ち味を殺し合っていないか?」

 「それは分かっている。だがこうしないと後で面倒な事になるからな…要は慣れだ」

 

 二人を繋いだ紐を引っ張りながらそう言い、ガングートは吸っていたパイプを徐ろに片付けた。そして再び深海棲艦に目を向ける。

 

 「思えば…奴等との戦いが始まった頃は、こんな風に心身に余裕を持って戦況を見つめる事など出来はしなかったな。いつも生き抜く為に必死だった」

 「ほう」

 

 唐突に思い出話を始めたガングートにエフィンムが食い付く。

 

 「島国である日本や超大国アメリカ、それに今私達がいるヨーロッパ諸国が国家存亡の危機に陥っていた中、当然ながら我がロシアも同じように国家の危機を迎えていた。だが問題は山積みだった。何せ我が国ロシアは当時まだ艦娘の運用に懐疑的だったからな」

 「はて…貴公達が出現したのはつい最近ではなかったか?」

 「表向きはな。だが実際は深海棲艦が出現し始めた時点で、私やタシュケントは顕現していたのだ。ただ国に存在を認知されておらず、国家の助力無しで深海棲艦に対抗するしかなかった」

 「国が艦娘の存在に気づいていなかったと?」

 「らしい。信憑性は薄いが、まぁ艦娘という未知の存在を簡単に信じられるか、という点ではそうも言い訳出来るだろうな」

 

 ガングートは話を続ける。

 

 「最近になってようやく私達も国家に認知され、国家の庇護の下戦えるようにはなった。が、他国と違いロシアの艦娘の数はまだ少ない。しかも国家の面積の問題もあってな、未だ対応に苦慮しながら応戦を続けているのが現状だ」

 「ロシアは国土が世界一でしたな。それでいて艦娘の数が少ない…なるほど、それは大変な事で」

 「同情はいらん、これが事実なのだからな。だがそれでも…私達は戦わねばならん。祖国の為…そして国民の為にな」

 

 仏頂面で話すガングートは表情にイライラを募らせているようだった。それが深海棲艦の大軍と向き合っているこの現状からなのか、それとも祖国の為に戦いながらも現状打破が出来ない自分達にイライラしているのか、もしくはそれ以外の事なのかは分からないが、少なくとも強い愛国心と戦いに対する嫌悪感に近いものをエフィンムは彼女の表情から感じ取っていた。

 

 「…なればこそ、皆様は命を大切にしなければなりません」

 

 エフィンムの言に皆の視線が集まる。

 

 「国のためだ民のためだ、とはいくらでも言えますが…そのような事は所詮後付けの理由に過ぎません。結局のところ、全ては生き延びなければ為し得ぬ事。無為に命を散らす事は、貴女方一人一人が持つ命に対する冒涜に他なりません」

 「でもあたし達艦娘ってそういう存在だよ?造られて戦って、そして散っていく…そんな存在だよ」

 「果たしてそうですかな?」

 

 エフィンムの含みある言に皆の表情が引き締まる。

 

 「それではお尋ねしますが…皆様は、何かご趣味や普段から欠かさず楽しんでいる事等は御座いませんか?」

 「趣味?」

 

 エフィンムの質問に皆が考え込む。

 

 「私はあれだな…ウォッカを浴びる程飲む事だ。戦いは好まんが、戦いから戻って来てのウォッカほど喜ばしい物はない」

 「私は…酒よりも紅茶だな、それもアールグレイ。あれ無しにはいられん」

 「ピロシキ!同士達と食べるピロシキって凄い美味しいんだよ、分かる?あーでもボルシチも良いなぁ!」

 

 三人の回答に「そうでしょうそうでしょう」と頷くエフィンム。

 

 「全員飲み食いなのは気にしないとしまして…まぁ言うなればそういうご趣味というものは、時に生きる事への原動力となり得るという事です。人間もそうです。年老いた男性女性が、何か趣味を見つけた事で生きる気力を取り戻した、なんて話はよくありますよ」

 「生きる事への原動力、か…だがエフィンム。私は知っているぞ。戦地でそういう事を語る者にはフラ…フル…」

 「フラグ、ですか?」

 「そう、それだ。それが立ち、生きて帰ってはこれんと…」

 

 アークの説明にエフィンムは思わず吹き出してしまった。

 

 「貴様、何がおかしい!?」

 「ブフッ…いや、失礼しました。確かにそれは間違いではありません。が…それはあくまでも相対した敵があまりにも強大過ぎたが故にそうなっただけです。結婚話を仲の良い友人に語ってすぐに吸血鬼すら喰らう謎の生物に頭を半分喰われたとか、見てくれが子供と侮って攻撃したらとても強い敵で瞬時にサイコロステーキにされたりとか。単に『実力差があり過ぎた』だけの事。ですが今回は違います。艦娘の皆様が勢揃いしております。私がおります。そして何より…我が主がおられます。フラグなど圧し折ってご覧に入れましょう」

 「その発言がフラグにならなければ良いが…」

 

 他愛ない話をしていると、一瞬空がキラッと光った。

 

 「ハッハッハ、御冗談を…そうだアーク様、一つ付け加えておきましょう。先程のご趣味もそうですが、生きる原動力となり得る物というのは『思い』の強さと堅牢さだと思います。強さだけあっても脆さを露呈してしまいすぐ壊れてしまいますし、堅牢さだけでは状況打破するだけの心持ちは手に入りません。どちらも保有してこそ意味を持つのです。そして、この二つを持ち合わせた存在というのはですね…」

 

 そこまで言いエフィンムはアーク達の方を向いたまま自身の上空目掛けて剣を振るった。斬撃が空へ飛び、遥か上空で爆ぜた。いや、空から降ってきた『何か』とぶつかり合い相打ちとなった。少なくとも深海棲艦の艦載機ではない。高度が高過ぎるのだ。呆然とする三人に、エフィンムは剣を肩に担ぎニコリと笑顔を見せて言った。

 

 「『無敵』なんですよ」

 

 未だ呆然状態の三人を置いといて、エフィンムは深海棲艦の大軍に目を向ける。

 

 「さて…そろそろ傍観を止めて出てきたら如何ですか?えーと確か…ソロモン、でしたっけ?」

 

 そう大声を張り上げると、彼らと深海棲艦のちょうど中間辺りに金色の靄が出現した。靄は段々と形を成し、やがて絢爛なる金色の鎧の剣士となった。アーク達は艤装を構えて戦闘態勢に。一方ソロモンは、エフィンム達を一瞥してため息を吐いた。

 

 「…奴ではないのか。興が乗らん、引っ込んでいろ」

 「我が主はただいま出払っておりまして…僭越ながら私めがお相手させて頂きます」

 「逃げたか?」

 「いえいえ。そもそも逃げるつもりだったと言うのなら、最初からこの世界と関わりを持とうとはしませんからな」

 「一理あるか」

 

 ソロモンは金色の剣を抜いてその切っ先をエフィンム達に向ける。エフィンムも肩に担いだ剣先をソロモンに向ける。

 

 「ならば少しばかり暇潰しに付き合ってもらおうか…それくらいの減らず口が叩けるのだから、相応に強き者なのだろう?」

 「試されてみますか?」

 

 その言葉と共に、二人の姿が搔き消える。と同時に辺りから響く剣のぶつかり合う大きな音と強烈な衝撃波。衝撃波に耐えながら空を見上げると、速過ぎて視認すら出来ないがほんの一瞬だけエフィンムとソロモンが打ち合っている姿が見えた。双方打ち合った場に0.1秒といない。

 

 「何だ、奴等のあの速さは…視認すら出来ん。タシュケントよりも速いぞ」

 「同士…艦娘の速さとあれを一緒にしたら駄目でしょ」

 「どちらも人ではないからな。そういう能力を持っている、というだけだろう。しかし…」

 

 アークは二人の戦闘をまじまじと見つめながら呟く。

 

 「…私達と深海棲艦の戦いに奴等が早くに手を貸してくれれば今頃こんな泥沼になる事もーーいや、考えても仕方ない事か」

 「…奴等、一体何者なのだ?どうにもこの世の者とは思えん」

 「この世というよりもこの世界の者ではないと聴いた。この世界に起こったバグを排除するのが目的という」

 「どういう事?」

 「牙也によれば、牙也達が元々いた世界と私達がいるこの世界がどういう訳か繋がってしまったのだという。だから厳密に言えば、その理由を探り対処する為にこの世界に来た、というのが真実らしいが…」

 

 ガングートもタシュケントも彼女の説明を聴いても何も分からず、頭に?マーク。アークもアークで「これ以上は私も詳しく知らんぞ」という顔。

 

 「…まあ良い、詳しい事は全て片付いてから聴けば良いのだ。それよりも今は目の前の敵を倒す事に全力を尽くすのが先決。幸い奴は味方だ、奴の実力に期待しておく事にする」

 

 そう言ってガングートが見上げた空では、まだ打ち合いが続いているのか剣撃の音と小さくだが衝撃波が起きている。辺りにはその音以外に雑音はなく、精々が波の音程度。艦娘達も深海棲艦も互いの敵が目の前にいるのを忘れ、二人の戦いを固唾を呑んで見守っている。

 

 そして一際甲高い剣撃の音と衝撃波が起こると、エフィンムもソロモンも優雅に海面に降りてきた。まだ戦闘態勢を崩さないエフィンムに対し、ソロモンは剣を持ったまま唐突に拍手を始めた。

 

 「…何がしたいのですか?」

 「なに、気にする程の事ではない。ただ単に、貴様の実力を認めただけの事だ。確かに貴様は強者だ。奴には及ばんがな」

 「流石に我が主には及びませんよ。あのお方は私めに戦闘についての諸々をご指導なさった方ーー師匠にもあたる方ですので」

 「なるほど、貴様の攻撃一つ一つに奴を思わせたのはそういう事か…だが遠い。奴には遠いな」

 「えぇ、勿論理解しております。我が主の領域に至るには途方もない年月を積み重ねなければなりません。私はまだ若輩者、その境地に至るにはまだ年月が短すぎます」

 「よく弁えているな。それで良い…身の程を弁えぬ輩ほど愚かしいものはないからな。貴様はよく弁えている。だからこそーー付け入る隙がある」

 

 ソロモンが一際強く手を叩くと、後方のガングート達の周囲に無数の剣が出現して取り囲んだ。抜け出す事が出来ぬよう隙間なく設置された剣の切っ先は全て彼女達へ向けられている。

 

 「ほら、このように。悪いが暫しの間人質として預からせてもらうぞ」

 「何さこれ、まるで剣でできた檻だねぇ」

 「感心してる場合かタシュケント!くっ、これでは助太刀出来ん…!砲撃もここまで狭くては逆に私達自身を危険に晒す…!」

 「密過ぎで艦載機も飛ばせんぞ!エフィンム、なんとかならないか!?」

 

 アークが焦りながら叫ぶ。エフィンムは何とか助けようと後方へ下がろうとするが、それをソロモンが許す筈もなく、好機とばかりに一気に距離を詰めて来た。再び剣撃が始まる。

 

 「人質だと言った筈だ。簡単に取り返されては人質の意味がないからな…全力で阻止させてもらうぞ」

 「ご勘弁願いたいですな!」

 

 エフィンムが応戦しつつ彼女達を助けようと動きを見せるが、それを予期してかソロモンは新たに剣を召喚しエフィンムの足元を狙ってくる。それも動きを阻害しつつ人質となったアーク達から距離を取らせるように。エフィンムの表情は徐々に焦りの色が見えてくる。

 

 (このままではジリ貧…!しかし手の打ちようが…!)

 「ほれ、考え事をしている場合か?」

 

 ソロモンの連続攻撃に押されていくエフィンム。既に余裕を無くし始めており、攻撃もお粗末になっていく。

 

 「ふん、やはりこの程度か。少し心を揺さぶるだけでこれだからな。やはり奴には及ばん」

 

 剣撃を続けること数十合、

 

 ガキンッ!!

 

 「しまっーー」

 「終いだ」

 

 遂にエフィンムの剣が手元から弾き飛ばされた。一瞬途切れた集中を逃さずソロモンが剣を振るうーー

 

 

 「今ッ!」

 

 

 のを、突然響いた声と共に起きた爆発が阻止した。爆発が直撃したソロモンは蹌踉めきながらも一旦エフィンムから距離を取る。

 

 「あれは…深海棲艦の艦載機!?」

 

 剣の檻の隙間から見たアークが目にしたのは深海棲艦達が普段使う艦載機。それも急降下爆撃を行う艦爆の類のもの。何故深海棲艦が横槍を?しかも味方の筈のソロモンに?その疑問を他所に、ソロモンの後方におり今まで動きもしなかった筈の深海棲艦達が陣形を組んで動き始めた。その先頭にいたのは

 

 

 

 「ニャハハ…リベンジシニ来タゼ、ソロモン!!」

 

 

 

 尻尾型の艤装が二本に増えた戦艦レ級だった。

 

 



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