棺の織手と不死者の王 (ペペック)
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リスタート~再始動~
消える炎の先で


消える炎の先で

 

 

 

 

喪失する存在の力。薄らいでいく己の命。

 

(消える、私の……私達の、愛の証が)

 

己の全力などまるでそよ風のように異に返さない紅蓮の巨躯。青い炎は紅蓮の濁流に飲まれ、荘厳な肉体は火の粉となって消えていく。

 

(また………私は何も為せないのか? 何も守れず………失うのか?)

 

こんな自分を信じて付き従ってきた配下達の顔が、今際になって脳裏を過る。

 

(イルヤンカ………ウルリクムミ………ジャリ………モレク………フワワ………ニヌルタ………ソカル………チェルノボーグ………メリヒム……)

 

最後に思い浮かべたのは、愛する女の笑顔。

 

(ティス………)

 

成し遂げたかった、ただ一つの願い。もはや叶うことのない想い。

 

(すまない……皆、すまない………)

 

散っていった配下達の想いも果たせず、愛する者の願いも報われない。

ああ、なんて自分は愚かなのだろうか。

 

(願わく ば もう いちど かの じょ と )

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『願いは満たされた。ならばこそ、祈りの成就の時はきたれり』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

まず感じたのは、風だった。サワサワと優しく頬を撫でるそよ風に、アシズの意識は浮上する。次いで感じたのは四肢の感覚。爪先から翼の先までの、慣れ親しんだ己の肉体。

 

(…………生きて、いる?)

 

自分は天罰神の一撃をまともに食らったはずではなかったのか。ゆっくりと目蓋を開ければ、目の前に広がるのは青い青い空だった。

 

(死に損なったのか………? 戦いは………兵達はどうなった!?)

 

慌ててガバリと上半身を起こしたアシズは、しかし目の前に広がる光景に唖然とする。

 

「…………は?」

 

自身と天罰神の破壊の痕跡はおろか、砕かれたブロッケン要塞の塔も、黒い森さえそこにはなく、ただただ広い草原があった。

 

「…………なんだ、ここは?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

青空を当てもなく飛びながら、アシズは戸惑いつつも思考する。眼下に広がるのは僅かな野道しかない草原のみで、自分達の本陣であるブロッケンの面影はどこにも見当たらない。

 

(一体配下達はどこへ行ってしまったのだ?)

 

自身の悲願である『壮挙』が潰えてしまった以上、軍は前線を捨て撤退したのだろう。問題は彼らが無事にフレイムヘイズの追っ手から逃れられたのかどうかだ。指揮はウルリクムミが行っていたから大事ないと信じたいが、いつも軍の殿を努めているアシズが不在の現状では不安が募る。

 

(私がこうして存命しているのも気がかりだが………)

 

己の両手を眺めるアシズは、目覚める直前の光景を改めて思い返す。天罰神・“天壌の劫火”アラストールの圧倒的な炎の一撃を確かにこの身に受けきったはず。あれは幻覚でもなんでもないと、記憶の中の苦痛と肉体が消滅する感覚が証明している。だが今のアシズの身体は無傷そのもので、攻撃を受けた痕跡を欠片も見受けられない。

 

(天罰神が手心を加えた………。いや、それこそありえない)

 

彼こそは紅世真性の神、世界法則の体現者にして審判の化身。己が使命に誰よりも忠実な彼は、世界を乱す者を決して生かしはしない。自身が愛する女を犠牲にしたほどの使命感に忠実な男が、再び世界を乱す危険性を持った徒を見過ごすはずがない。

 

(いずれにしても、まずは配下達の捜索を優先すべきだ)

 

悲願が潰えたことに対する感傷に浸りたい気持ちはやまやまだが、今は配下の安否を確認しなければならない。これだけの労苦と犠牲を費やしておきながら何も成せなかった戦いで、これ以上彼らが傷つくことなどあってはならない。

もし彼らと相対した時は弾劾されるかもしれない。期待させるだけさせておいて、戦友を犬死させたことを深く深く責められるだろう。それらは甘んじて受けねばなるまい。なんならいつものように彼らを逃がす為の殿として最後まで戦い、今度こそ散ろう。

 

(それが………私のせめてもの償いだ)

 

決意を新たに眼下を見渡すアシズだったが

 

 

 

 

「?」

 

ふと視界の端に何かが見えた。翼を羽ばたかせて急停止してからよく見れば、何やら複数の人型が走っている。

先頭を走るのは丸裸の人間が数人で、その人間を追いかけるように走るのはあろうことか異形の群れだった。

 

「あれは………“徒”か?」

 

普通に考えれば“紅世の徒”が人間を喰おうとしているのかと思われるが、彼らの挙動を見てアシズは違和感を覚えた。

通常の“徒”は人間を喰らう際に“存在の力”に変換してから喰う。だが人間を追いかける異形はどういうわけか足の遅い人間から順に、喰らわずに傷つけ惨殺している。喰っている異形もいなくはなかったが、それは物理的な補食でしかない。せっかくの“存在の力”を喰わずに人間を殺すなど、ハッキリ言って無駄以外の何ものでもない。しかも彼らはじわじわといたぶるように人間を傷つけ、泣き叫ぶ彼らの姿を嘲笑している。一般的な“紅世の徒”は人間を麦の穂と思うことはあっても、自発的に人間を虐げようとする者はそうそういない。まるで殺すことを心底楽しんでいると言わんばかりの所業に、ますますアシズはわけがわからなかった。

 

(だがちょうどいい、彼らにこの辺りのことを聞いてみよう)

 

意を決してアシズは再び翼を羽ばたかせ、彼らのもとへ降下していった。




今さらながら灼眼のシャナのアシズ様熱が再熱し始めてしまい、オバロの敵対ルートでやってみました。

更新亀並みですが、よろしくお願いします


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青い天使

アシズ様は有能な自在師らしいし、大抵のことはできるはず!


足の裏が痛むのも構わずに少女は走り続けた。『家畜の運動』と称する悪魔達の残虐極まりない遊びに弄ばれ、足の遅い者から順に生き地獄を味わされて彼らの心は限界に達している。いっそそのまま死ねたのならまだ救いがあったのだろうが、悪魔達にとって自分達は貴重な『素材』でもあるのでおいそれと殺してはくれない。現に背後でなぶられる同族達は、四肢を刻まれ肉を喰いちぎられても絶命には至っておらず、いまだ苦痛の叫びをあげ続けている。

ああ、なぜ自分達がこんな目に会わなければならないのだろうか。つい最近まで平凡な村で穏やかに暮らしていたのが夢のようで、こんな運命を押し付けた神様を呪わずにはいられない。

無駄とわかっていても、少女は少しでも苦痛から遠ざかるべくただただ逃げ続ける。

 

「あ!!」

 

しかし走り続ければ当然疲れるもので、疲労で足はもつれて派手に転ぶ。転倒で痛む身体を必死に起こそうとするも、背後から近づく悪魔達の足跡に少女はついに諦める。

振り向けばニヤニヤケタケタと嘲笑する悪魔達が、わざとらしくゆっくりと歩み寄ってくる。ついに自分の番が来た。もはや希望などない光景に、少女は全身の力が抜け再び地べたに倒れる。後はこのまま奴らに蹂躙されるだけ、ならせめてこのまま死に絶えてしまいたいと願う少女にしかし

 

「すまない。少しいいだろうか?」

 

救いの手が、確かに伸ばされた。

 

 

 

 

 

 

異形達の頭上に浮遊した状態で、アシズは彼らを刺激しないように声をかけた。しかしアシズの存在に気づいた異形達は、彼を見て明らかに動揺している。何人か青ざめて震え、まるで化け物でも見たかのように怯えているようだった。

 

「て、天使………!?」

 

「なんで天使がこんなところに!?」

 

(………天使?)

 

異形達が口々に言う言葉にアシズは首を傾げ、ふと昔を思い出す。そういえば“紅世の徒”としてこの世に顕現して以降は、自分の姿を見た人間達からよくそう呼ばれていた気がする。とはいえそんなことはアシズにとってどうでもいいことで、怯える彼らを宥めるべく穏やかな声色で話す。

 

「その………色々と聞きたいことはあるのだが、ここはブロッケン山で合っているのだろうか?」

 

「ブロッケン山……?」

 

なおもアシズは彼らに質問していく。

ブロッケン山でないならここはどこなのか。

君達は“紅世の徒”なのか。

その人間に何をしていたのか。

異形達はアシズの言葉が聞きなれないのか、互いに顔を見合わせるだけだったが、そのうちのでっぷりとした蛙のような異形が警戒しながら前に出てくる。

 

「………そのブロッケン山だとか“紅世の徒”だとかはまったくわからんが、ここがどこかなら教えてやる。アベリオン丘陵だ」

 

「アベリオン丘陵だと………?」

 

まったく聞いたことがない地名だ。ブロッケン山の付近どころかドイツ中を放浪したさいにもそんな場所の存在を耳にしたことがない。

 

「あとこの人間に何をしていたかだが、見ての通り遊んでいたのさ」

 

「遊ぶ……」

 

「ああ、悪魔は悲鳴と絶望を楽しむのが性分だ。だからこうやって人間を使って遊ぶのさ」

 

足元の少女を見下ろしニヤニヤと嗤う異形に、アシズは意味がわからなかった。彼らが“紅世”のことを知らないのもそうだが、弱者を虐げることを遊びと称するその精神性になんとも言えない不快感を抱く。

見れば倒れる少女は這いつくばった状態で顔を上げ、瞬きせずにアシズを見つめている。一糸纏わぬ裸体は擦り傷と打撲痕で痛々しく、彼らにどのような仕打ちを受けたのかを嫌でも悟る。

その姿が、アシズの脳裏に残る『ある少女』と重なるようで……

 

「………お前達は、彼女を殺すのか?」

 

「ああ? まさか、こいつらは貴重な『素材』でもあるんだ。勝手に殺したら損害になるさ」

 

「だが、彼女をさらに苦しめるのだろう?」

 

「そこは俺達の気分次第だな。今日は天気が良かったから運動するにはいい気分だったよ」

 

「………そうか」

 

それまで穏やかだったアシズの声が、底冷えするように低くなる。片手を目線の高さまで上げるとパチンと指がなる。すると異形達の身体の一部を覆うように、青い宝石のような立方体が浮かび上がる。

 

「!?」

 

「ならば死ね。どのみち聞けることも無さそうだ」

 

突然のことに硬直する異形達を尻目に、アシズが吐き捨てるように呟く。と同時に立方体が光り輝き、飲み込んだ部分が抉りとられるように断裂する。一瞬の出来事に異形達は叫ぶ間もなく絶命し、あとには夥しい血を撒き散らしぶつ切りになった化け物の肉塊が転がるだけだった。

 

つい先ほどまで自身を虐げていた悪魔が、まるで虫けらのように惨殺される光景に少女は唖然とするほかなかった。

そしてそれを行ったであろう青い天使はゆっくりと少女の目の前に舞い降り、片膝をついて少女と目を合わせる。

 

「大丈夫か?」

 

「っ………うあああああああ!!」

 

優しく労るような声と差し伸べられた大きな手に、少女は久しぶりに喉が張り裂けるほど泣き叫んだ。

 

泣きじゃくる少女の頭を優しく撫で、アシズは倒した異形から得た情報を整理していく。まずやはりと言うべきか、今自分がいるのはブロッケンではなかったらしい。一体どうやってこのアベリオン丘陵なる場所に転移したのか、ブロッケンからどのくらい離れているのかが不明である以上、配下達を見つけ出すのは容易ではないだろう。

 

(それにしても、彼らは何者だ?)

 

顔をあげてみれば、先ほどまで少女達をいたぶっていた異形達の亡骸がまだ転がっている。“紅世の徒”が死亡した場合、肉体が炎となって消えるのが普通なのだが、亡骸は消えることもなく血を流しているだけ。“徒”に血液など存在しないので、必然的に彼らが同胞ではないことを確信すると同時に、アシズは彼らの種族がなんであるかを考える。

アシズの経験上、この世に元から生息する生き物で人間とは異なる容姿をし、なおかつ意志疎通をできるだけの知性を有した生物がいるなど聞いたことがない。彼らは自分達を『悪魔』と呼んでいたが、確かそういった言葉は人間達が“徒”に対する畏怖を込めてそう呼んでいた気がする。

 

(それに……)

 

手を握っては閉じてを繰り返し、アシズは己の存在が薄まっていないのを確認する。

“紅世の徒”がこの世に顕現し続けるには“存在の力”が不可欠だ。同じく自在法を発動するのにも必要な力だが、試しに人間を喰らわずに“聖なる棺”を使ってみたが、アシズの内包する“存在の力”は減っているようには見えなかった。

すなわち、今の彼は“存在の力”を消費せずに顕現し、なおかつ自在法が問題なく使える状態にある。

 

(一体、私はどうなってしまったのだ?)

 

考えられる要因としては複数ある。

この世に顕現した際に“紅世”との繋がりを絶ってしまったからか。

『両界の嗣子』を産み出そうとした時に己の存在が中途半端なまま分解されたからか。

天罰神の攻撃を受けて己の存在そのものがなんらかの変質をしてしまったか。

あるいはそれらが複雑に絡まってしまったのか。

 

(………自在法が使えるなら、配下達を探せるだろうか?)

 

“存在の力”の節約の為に使用を控えていたが、消費しないのであれば使っても問題ないのかもしれない。当初の目的だった配下の捜索をすべく、すぐさま探知の自在法を構築しようとしたアシズだったが

 

「っ……! ゲホッゴホッ!!」

 

目の前の少女が急に咳き込んでしまい、思わず手を止めた。

少女は自分の頭を撫でるアシズの手にしがみつき、荒く呼吸を繰り返している。見ればアシズの足元には血痕が垂れており、彼女の容態は思いの外深刻らしい。

 

「………!」

 

そこからのアシズの行動は早かった。まず生きた人間の病傷を癒す自在法を素早く構築して少女の身体に打ち込めば、彼女の身体に刻まれていた古傷が次々に消えていく。次いでアシズは翼を羽ばたかせてその場から飛び立ち、悪魔達が走っていた道を遡るように飛行する。道中で傷つく人間を見つければ次々自在式を打ち込み、人間達は欠損した部位を含めて肉体が健常な状態に戻っていく。最後の一人を治したところで今度は彼らを『清なる棺』に一人一人閉じ込め、棺を浮かせると元来た道を再び飛ぶ。少女のところに戻れば棺を解き、人間達をその場に集めた。

彼らは自分達の身に何が起こったのか理解できないようで、癒えた身体と眼前のアシズを見比べて目を見開いている。それを見届けたアシズはひとまず安堵する。

 

「傷のほうは問題なさそうだな。あとは衣服か………」

 

何せ男女問わず全員が丸裸だ。せっかく身体が癒えても寒さで容態が悪化してはもとも子ない。ついでに言うと、人間は他人に裸体を見られるのを恥じる性質があるらしく、このまま歩かせるのはアシズとしても忍びなかった。

とはいえいくらアシズでも無から有を生み出すのは至難の技だ。これが“探耽求究”であれば物質を好きなように生み出せたかもしれないが。

何かないだろうかとアシズが辺りを見渡していると、近くの草むらを虫が羽ばたいているのが見えた。草むらに近寄ってみると、枝の隙間から白くて丸い繭を見つける。アシズの記憶が確かなら、蚕と呼ばれる虫の繭に違いない。

 

(穴があるということは、丁度羽化したばかりか。これならば)

 

繭が破れないように優しく取ると、アシズは今度は増殖の自在法を構築して繭に打ち込む。すると繭から白い糸がほどけて中空で伸びていくが、増殖していくその糸の量は繭の量から見ても明らかに多くなっている。ある程度糸が増えたのを確認したアシズが指をパチンと鳴らすと、糸が踊るように規則的に絡み合い一枚の白い布に織られていく。完成した布が人間達と同数になると繭の糸が千切れ、アシズは布をすべて抱え人間達に一人ずつ羽織らせていく。

 

「すまない、今はこれぐらいしか作れない。人里を見つけるまでは我慢してくれないか」

 

最後に少女に羽織らせて優しく声をかければ、少女は両手で顔を覆ってまた涙を流す。それが合図になったかのように周囲の人間達も堰をきったように泣き出し、眼前のアシズに感謝を述べる。ありがとう、ありがとうございます優しい天使様。互いに抱きしめあい、生存を喜ぶ彼らを見てアシズはどうにも複雑な気持ちになってしまう。

 

(………もう、人間を守るのは止めたはずなのだがな)

 

それなのに、苦しむ少女の姿を見た途端に考えるよりも先に身体が動いてしまっていた。理由は明白だろう。彼女が吐き出した鮮血が、あの時を思い出させてしまったのだから。

 

(ティス………)

 

誰よりも、何よりも愛しい娘。“紅世の徒”に苦しめられる人々を救う為に、自らを削って戦いに身を投じた気高き娘。人間を愛しながらも、その人間に恐れられ、裏切られて生涯を閉じた悲しき娘。彼女を奪った人間達を憎み、彼女を必ず取り戻すと決め、道を踏み外しながらも足掻いたアシズはしかし、人間を救ってしまった。

 

(皮肉なものだな………)

 

アシズが今使った癒しの自在法と増殖の自在法は、本来はティスを蘇生させる為の自在法の試作品でしかなかった。それが憎いはずの人間達を救うのに役立つとは、なんという因果なのだろうか。思えば『壮挙』の失敗も自身の甘さが招いた結果ともいえるのだが、それを経てなお他者を救おうとするなどつくづく愚かなことだ。

自嘲気味にため息を吐くアシズだったが

 

「!?」

 

突如、探知の自在法に大きな気配が引っ掛かる。反射的に気配のしたほうを見れば、空間に紫色の穴が浮かんでいた。ここまで接近されるまで気づけなかったということは、転移の自在法を使われたということだろうか。再び怯える人間を見て、いずれにしても警戒すべきとアシズは穴の向こうから出てくる『それ』に身構える。

 

『平伏したまえ』

 

穴の向こうから響いたのは、低くも妖しげな色気のある男の声だった。声が響くと同時に人間達は地面に押し付けられるように倒れ、アシズの身体を重圧が襲う。だがアシズにとっては耐えられないほどのものではなさそうで、身を振りほどいてやり過ごした。

 

「………おや、『支配の呪言』に抗えるのですか」

 

それを見て驚いた声の主は、ついに穴からその身を現した。目元には眼鏡かけて口元は怪しい微笑みを浮かべており、やや色黒い肌と後ろに流した短い黒髪を持つ。細身の体格にピッタリ合った赤い衣服を纏う見た目は人間の成人男性そのものだが、臀部からは甲殻に包まれた尾が伸びており、男が人間でないことを証明している。

 

「さて、私の牧場から窃盗を行ったツケを払っていただきましょうか。羊泥棒さん?」




チュートリアル開始


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炎獄と青

というわけでデミウルゴスにはかませ犬になっていただきます。


羊の放牧に出た悪魔達が全滅した。

そんな報告を聞いたデミウルゴスは、少なからず驚きはしたものの努めて冷静に頭を回転させる。倒されていた悪魔達は総勢10体。レベルは50そこそこといったところだが、現地の人間からすれば脅威となるはず。つまり襲撃者もレベル50かそれ以上のレベルである可能性が高いのかもしれない。さらに詳しい状況を聞いたところ、目撃した影の悪魔によると襲撃者は青い炎を纏った六枚翼の天使で、見たことのないスキルで悪魔達を一掃したのだという。

 

(天使………六枚ということは威光の主天使(ドミニオン・オーソリティ)あたりでしょうか?)

 

天使は種族柄、悪魔に対する特効スキルを所持していることが多い。大方先の悪魔達を倒したのもそのスキルの力なのだろう。もっとも、威光の主天使であればレベル100の階層守護者であるデミウルゴスにとっては大した脅威にはなりえない。

 

「なんにせよ、せっかくアインズ様へ捧げるスクロール作成の目処が立ったところなのです。たかが野良天使ごときに素材を奪われるわけにはいきませんとも」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そうして足早に現場へ赴けば、デミウルゴスの予想とはだいぶ違った光景が目に入った。威光の主天使だと思っていたその天使の姿は、ユグドラシルでは見たことのないものだったのだ。デミウルゴスが知る限り天使は総じて金属的な人形のような姿をしているはず。だが目の前の天使は逞しい男性の肉体を持つ鳥を模した仮面をつけた姿だ。支配の呪言が効かなかったところを見るに40レベル以上はあるようだが、デミウルゴスとしては警戒するよりも好奇心のほうが勝っていた。見れば天使の背後にいる羊達はデミウルゴスの姿に恐怖と絶望に青醒めた顔で震えている。影の悪魔が語った見たことのないスキルとやらの力など、珍しい個体の発見はナザリックの利益になりえる。

 

(これは興味深い。アインズ様への手土産として贈呈すれば、さぞお喜びになるかもしれませんね)

 

あるいはさらに強いスクロールの素材になるかもしれない、そう考えてデミウルゴスはほくそ笑む。対する天使、アシズは鋭い目付きで仮面越しに睨み、警戒しながら口を開く。

 

「貴様が先ほどの異形達の首魁か?」

 

「まあそんなところですね」

 

問う声には怒気が滲み出ており、アシズがデミウルゴスに対して怒りを向けているのが明白であった。

 

「なぜこの人間達にかような仕打ちをする? 彼らが何をしたというのだ」

 

「別に何かをしたというわけではありませんよ? ただその羊達が、素材としてちょうどよかったというだけです」

 

偉大なるアインズ・ウール・ゴウン様より賜った、スクロールを作成せよという役割。あらゆる種族の皮を剥いで試行錯誤を重ねた結果、人間の皮膚が最適であることがわかった。だから必要な数の素材を集める、至って『普通のこと』であるとデミウルゴスは語る。

対するアシズは鋭い歯をギリギリと鳴らし内から出る怒りを必死に止めている。それを見てデミウルゴスは内心でやや呆れる。

 

(セバスみたいな天使ですね……)

 

脳裏を過った最も気にくわない同僚の姿につい眉間にシワを寄せてしまうが、デミウルゴスは眼鏡をクイと直して笑みに戻す。

 

「まあそういうわけですから、その羊達をこちらに返していただけませんか?」

 

最も、返したところでこの天使も捕らえるつもりだ。これだけ稀少性の高い個体をおめおめと逃がすのはもったいない。穏やかな口調でニコニコと笑いかけるデミウルゴスだったが

 

「…………そうか」

 

アシズが低く静かな声でつぶやくと同時に、その場が爆発するように燃えた。

 

「!」

 

見れば二人を中心に周囲の草原が青い炎に包まれており、眼前のアシズからはさらに火力を分けるように炎が溢れている。

 

「どうやら貴様は、私にとって一番気にくわぬ人種のようだ」

 

口から溢れる炎を息吹きのようにゴウゴウと燃やすアシズに対し、デミウルゴスは周囲を見渡して即座にその高い叡知をフル回転させる。炎の規模はレベル60から70相当、ここから推測するに彼の強さは70レベルは下らないはず。レベルが100とはいえ、守護者の中では最弱相当のデミウルゴスが真っ向から挑むのは些か骨が折れるかもしれない。

ならば先手必勝、確実に勝てる策を取るのみ。

 

「ジュデッカの凍結!!」

 

叫ぶや否や、アシズの周りを凍てつく氷河が包み始める。思わず腕を交差して顔を庇うアシズだったが、氷は彼の炎ごと飲み込まんと広がっていく。

しかし

 

「ガアアアアアアアアア!!」

 

アシズが力強く吠えると同時に、青い炎がより大きく燃え盛り氷を溶かしていく。

 

「な!?」

 

驚いたのはデミウルゴスのほうだった。スキル『ジュデッカの凍結』はいわゆる時間停止系のスキルであり、対策も無しに受ければ身動きはおろか思考することさえできない。なのにこの天使は超高温の炎を全身から沸き上がらせることでそれを消し去ったのだ。

 

「………ニヌルタの自在法に似た力を使えるのか」

 

アシズの言葉の意味はデミウルゴスには理解できない。ただ一つだけわかったことがある。

 

(この天使………危険すぎる!)

 

未知のスキルを使用できる未知の天使。これは間違いなく、ナザリックの脅威となりうる。

デミウルゴスは眼前の敵を屠るべく、戦闘形態になり炎を纏う。

 

青い炎が焼き付くす草原で始まる死闘。最初に仕掛けたのはデミウルゴスだった。

 

「来たれ、三魔将」

 

彼の目前に浮かび上がる三つの魔方陣からは、大柄な鬼神の悪魔、有翼の青年の悪魔、カラス頭の女の悪魔が現れ出でる。デミウルゴス直属、憤怒の魔将(イビルロード・ラース)強欲の魔将(イビルロード・グリード)・嫉妬の魔将(イビルロード・エンヴィー)・の三魔将だ。

 

「その天使を蹂躙しなさい」

 

「「「は!!」」」

 

デミウルゴスの指示と同時に魔将達はアシズに向け同時に飛びかかる。対するアシズは動じることなく構え、素早く自在法を構築する。

 

「………断絶せよ、『清なる棺』」

 

魔将達の爪が届くよりも早く、アシズを守るように青い立方体型の結界が現れて彼らの攻撃が阻まれる。しかしそれに怯む魔将達ではなく、拳で殴るなり大鎌で切りつけるなり魔法を放つなりで結界を破壊しようとする。しかしどれだけ攻撃しても、青の結界は皹すら入らない。アシズが内部でおもむろに片手をつきだすと、今度は魔将達の頭部や胴体に小ぶりな立方体が出現する。するとその部分を起点とするように魔将達の肉体が賽の目状に断裂した。

おびただしい血を撒き散らす様は凄惨そのものであるものの、デミウルゴスは意に介さずアシズの攻撃パターンを逐一分析していく。

 

(なるほど、攻防一体型のスキルといったところですか)

 

身を守るも良し、敵を屠るも良し。魔将すらも瞬殺できるほどの威力を持った結界は、肉弾戦主体のデミウルゴスとは相性が悪いだろう。

 

(ならば距離をとるまで!)

 

翼を羽ばたかせて高く飛び上がったデミウルゴスは、自身の翼を変異させる

 

「悪魔の諸相・触腕の翼!」

 

翼から放たれるのは無数の鋭い針のような触手。アシズも飛んでデミウルゴスを追いかけようとするが、ふとあることにきづきその場にとどまった。

 

「『清なる棺』!!」

 

再び自在法を構築して眼前の攻撃を防ぐ。なぜアシズはわざわざ飛行して回避という方法を使わなかったのか。

 

(そうでしょうねえ。今その人間達から離れるわけにはいきませんからねえ)

 

デミウルゴスはちょうどアシズの背後にいる人間達に向けて触手の弾丸を飛ばしていた。頭を抱えて震える人間達から離れられないアシズはその場にとどまり、デミウルゴスはまんまと彼の動きを封じることに成功する。

これでデミウルゴスは有利に遠距離から攻撃することができる。どんなスキルもいずれは魔力が切れるか時間切れで効力を失うもの。ゆえに後はこのままアシズが人間をかばい続けて力が尽きるのを待てばいい。

勝利を確信してほくそ笑むデミウルゴスだったが

 

ガン!!

 

「っ!?」

 

突如彼の後ろから、何か固くて平べったいものがぶつかった。慌てて振り向けばそこにあったのは、青いガラスの壁だった。

見間違えでなければそれはアシズが使う青い結界と同じもので、じわじわとデミウルゴスを押し出すように前へ前へと動いている。デミウルゴスは壁から遠ざかろうと飛行するが、またしても壁にぶつかった。

 

「これは……!?」

 

よくよく見れば文字通り四方から青い壁が現れ、それら四面がデミウルゴスに向けて迫ってきている。

 

(バカな! いつこんな大規模な魔法を!?)

 

ふと眼下を見たデミウルゴスは気づいた。結界は全て、アシズが最初に出した青い炎から伸びているのだ。

 

(最初の炎は………この巨大結界の発動を誤魔化すためだった!?)

 

結界はアシズと人間達をすり抜けるとデミウルゴスに向けて接近していく。大方このまま自身を結界に閉じ込めて殺す算段だろうが、それを甘んじて受け入れるデミウルゴスではない。

 

(癪ですがこれ以上の戦闘は危険ですね。ここは一度退いてアインズ様にご報告しなければ……!)

 

戦術的撤退の為に用意した転移のスクロールを開き、紫の穴が中空に出現してすぐさま入ろうとする。

だが、

 

「無駄だ」

 

なぜか入れなかった。穴は見えない壁が嵌め込まれたように固くなっており、デミウルゴスを拒んでいる。

 

「な!?」

 

「我が自在法、『清なる棺』は外との因果を断絶する閉鎖空間。貴様がいるそこはもはや別世界、転移の自在法ごときでは脱出すら叶わぬと知れ」

 

ここにきてデミウルゴスは己の考えが及ばなかったことを恥じた。アシズがジュデッカの凍結を無効化できる時点で魔法の異質さにきづくべきだったのだ。

壁が狭まれば狭まるほどにデミウルゴスの動ける範囲はなくなり、ついには身動きできなくなるほど小さくなった。

 

「お、お前は………一体何者だ!?」

 

もはや狭い小箱に詰め込まれた蛙のような有り様となってしまったデミウルゴスは、屈辱と憎悪の混じった目でアシズを睨み呪詛のごとき叫びで問う。

 

「棺の織手、アシズ」

 

そう答えたアシズが指を鳴らすと同時に、デミウルゴスを封じた結界が爆ぜた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ナザリック地下大墳墓の玉座の間。モモンとしての仕事を終えたばかりのアインズは、アルベドの報告を聞き危うく杖を落としそうになるところだった。

 

「デミウルゴスが………死んだだと!?」

 

すぐさま沈静化が働き醜態を晒すことはなかったものの、がらんどうの頭は一向に考えが纏まってはくれない。

 

「亡骸はすでに宝物殿に運んではおりますが………」

 

対するアルベドも平常心を装ってはいるが、指先を握る手に力が込もっている。彼女としても信じがたい事態なのだろう。

 

「………わかった、すぐさま蘇生を行う、案内してくれ」

 

「は!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ナント………コレハ……!」

 

「ひ、ひどい……!」

 

宝物殿につけばそこにはすでに階層守護者達が集まっており、デミウルゴスの遺体が安置してあるだろう台座を覗き込んでいる。大柄なコキュートスなどに隠れていてアインズの立場から見えないが、マーレが涙目になっているのはうかがい知れた。

アルベドが彼らに声をかけると、全員がアインズの存在に気付き慌てて遺体から離れて一列に並んだ。

 

「っ………!」

 

隠されていたデミウルゴスの遺体を見たアインズに再び沈静化が働く。台座の上の遺体は手の平大の賽の目状に全身が切り裂かれ、かろうじて見える肌の色でしかデミウルゴスの面影を確認できないという酷い状態だった。

思わず杖を握る手に力を込めるアインズだったが、止まない沈静化は内側から溢れる激情を少しずつ押さえつけていく。

 

「………パンドラズアクター。金貨の準備は?」

 

「こちらに」

 

いつなら大袈裟な身振り手振りを交える彼も今ばかりは真面目に答え、台車に乗せられた大量の金貨を遺体のそばに運ぶ。

 

 

 

 

 

 

 

 

「………っ、ここは?」

 

デミウルゴスの意識が戻ったのを確認し、ようやく一同は安堵の息を漏らした。デミウルゴスは最初こそ理解できない様子だったが、今自分がいる場所と自分の状態を見た瞬間、その高い知性は己が身に何が起こったのかを瞬時に理解した。

 

「あ、アインズ様! 私は………一体なぜ死んで!?」

 

「落ち着けデミウルゴス。今からそれを確認する」

 

デミウルゴスの肩に手を起き、アインズは混乱する彼を宥めた。後ろのアルベドに視線で合図をすると、アルベドは近くの影に声をかける。

 

影の悪魔(シャドウデーモン)、あの時お前が何を見たのかを説明しなさい」

 

影の形が角の生えた悪魔に代わる。デミウルゴスが非常時の為に自分の戦況を記憶させる為に召喚した影の悪魔だ。

彼によると放牧に行っていた悪魔達が襲撃されたという報せを受けたデミウルゴスが現場に赴き、その場にいた天使と思われる未知の異形種と交戦。ユグドラシルに存在しない魔法を使った天使に殺害されたのだという。

 

『天使はデミウルゴス様が飼育していた羊達を全て強奪し、現在はローブル聖王国の小都市ロイツに向かっております』

 

「………そうか」

 

影の悪魔の話を聞いて、一番青褪めた顔を浮かべたのはデミウルゴスだった。不覚を取って殺害され、ナザリックの貴重な金貨を消費しただけでもこの上ない失態だというのに、スクロールの材料である羊を敵に奪われてしまったのだ。頭を抱えて震えるデミウルゴスに、アインズは優しく語りかける。

 

「デミウルゴス、お前がそう気に病むことはない」

 

「で、ですがアインズ様! 私はなんということを……! この罪は万死を持ってしても償いきれません!!」

 

「よい、お前の全てを許そう」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「………」

 

自室に戻ったアインズは、ベッドに座りため息を溢す。あの後も泣き崩れるデミウルゴスを宥めたりなんだりしつつ、天使の動向の監視と対策会議をして切り上げられた。何人かはナザリック全軍を持って早急に天使を殺すべきだと主張していたが、ほかでもないアインズがそれを却下した。攻防一体、大規模かつ広範囲、果ては転移さえも阻害する青い結界。影の悪魔が語っただけでも天使の使う魔法は規格外だ。もしかしたらまだ奥の手を隠し持っているかもしれない強者相手に、無策で挑むのは危険すぎる。納得しきれない彼らを言いくるめたアインズだったが、その内心はやはり守護者達と同じだ。

 

「…………クソが!!」

 

支配者ロールというベールを脱ぎ捨て、口汚く叫び絶望のオーラを総身から溢れさせる。

 

「よくも……よくも俺の大事な配下を!! この報いはいつか必ず受けて貰うぞ………『棺の織手・アシズ』!!」

 

影の悪魔が述べた天使の名を、脳裏に刻み込むように唱えてアインズは誓った。必ずかの者に、死よりも重い罰を与えてやると………




Qアシズ様どうやって村人達運んでいるの?
A清なる棺を改良して即席の馬車を作りました。


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小都市に来た男

ロイツの風景とかはわからないので捏造です。

※キャラの名前を一部変えました


「……きもちいい」

 

穏やかな昼下がり。ベンチに寝そべる青年、ノゼルは心地よい日だまりに微睡んでいた。ここ最近は亜人による騒ぎを全く聞かず、小都市ロイツは平和そのものだ。仕事の合間に惰眠を貪れる幸福を甘受し、その意識は夢の中に落ちていく……

 

「何をサボっているんだお前は!」

 

「ぐげえ!?」

 

寸前に怒号とともに鳩尾に肘打ちを受け、再び意識が現実に引き戻された。

 

「ちょ、おま……内臓潰れたらどうすんだよ…!」

 

胸を押さえて痛みに悶えるノゼルは、恨めしそうに犯人を睨んだ。

 

「そんなヤワな身体してるわけでもないだろうが」

 

対する彼の親友ツァレンは悪びれもせずジト目で返す。

すでに休憩時間は終わっており、午後からの店番が始まるのを告げようした矢先に爆睡しようとする彼に呆れてしまう。

 

「んだよいいじゃねえか~。せっかくの平和な時間を享受したいもんだろう?」

 

「仕事時間も平和だからこそできることだろうが」

 

いいから早く立てと足蹴すれば、ブツクサ文句を言いつつノゼルは立ち上がる。ここまではいつも通りのやり取りだったが、今日は少し違っていた。

 

「………ん?」

 

ふとノゼルが大通りに目をやると、なぜか人だかりができていた。ツァレンもそれに気づいたようで視線を向け、訝しげな顔になる。いつもはここに人が集まるほどの催し物などないはずだがどうしたことだろうか。なんとなく気になったノゼルはツァレンが止めるのも聞かず人混みに入っていく。人の間を押し退けて前に出た彼は、人々の視線の先にあった光景に目を見開いた。

大通りの真ん中を歩いていたのは、一台の馬車だった。しかしそれはただの馬車ではない。およそ二十人の人間が乗れるほど大きい車体は、煌めく青い水晶を四角形に切り出したかのように美しく、かなり高価な代物であることを見る者に感じさせる。その馬車を引くのも青い毛並みを持つ二頭の馬で、歩くたびに鬣が光に反射して煌めいている姿は美しさと気品を兼ね備えている。極めつけはその馬車の御者台に座り手綱を引く人物だ。全身を青色のローブに包んだその人物は、渋さと若々しさがほどよく合わさった彫りの深い顔立ちの男性で、三十代ほどの年齢ながらも青い髪も相まって見目麗しい。男がたまに視線を群衆に向けると、何人かの淑女が頬を染めて狼狽えているのが見てとれる。

 

『やだ、あの人こっちを見たわ!』

 

『バカ言うんじゃないわよ、私を見たのよ!』

 

そんな会話が聞こえるようで、ノゼルも思わず見とれてしまう。追い付いたツァレンも男の引く馬車を見て驚くも、隣にいた中年男性に問う。

 

「なあアンタ、あの方はどこの貴族様なんだ?」

 

青い男は衣服も乗る馬車も馬も全てが一級品だと理解できる。そんなものを持つことができる人間など、貴族ぐらいしかいないだろうとツァレンは当たりをつけた。ところが問われた男性は首を振って否定した。

 

「いやそれがさ、旅の魔法詠唱者(マジックキャスター)様なんだとよ」

 

魔法詠唱者(マジックキャスター)?」

 

「なんでもここへ来る途中で、悪魔に捕まっていた村人を救出したって話さ」

 

門の前で一部始終を見ていた男によると、男は馬車いっぱいに乗っていた村人を連れてロイツに現れたのだという。村人達は丸裸に布を被っただけという有り様だったことから、憲兵達は彼が奴隷商人かと思って捕らえようとしたが、ほかでもない村人達が弁護してくれたのだ。彼らは数日前に悪魔に拐われて行方不明になっていた村人達で、男が悪魔達を倒し彼らを助けてくれたとのこと。村人の中に憲兵の一人の知り合いがいたことで信用してもらい、彼らは現在ロイツの病院に運ばれているらしい。

 

「へ~、どうりでただ者じゃない雰囲気なわけだ」

 

合点がいったように再び男を見れば、彼は大通りの中で一番安い宿屋の前に馬車を停めた。馬車から降りて馬の手綱を外すと指をパチンと鳴らす。すると青い水晶の馬車がまるで霞のようにその場から消えていった。

 

『!!』

 

驚く民衆をよそに男は宿屋の扉をノックする。扉が開かれると中から宿屋の主人である無愛想な老人が顔を出した。

 

「なんだい?」

 

「三日ほど泊まりたいのだが、よろしいだろうか?」

 

「……金はあんのかい?」

 

老人はジロジロと男を疑い深く睨む。とても客を持て成す態度ではないが、男は意に介さない。

 

「すまない、今は金銭を持ち合わせていなくてな。物々交換でどうだろうか?」

 

「ケッ、湿気てんなあ……。安物しかなかったら馬小屋で寝てもらうぞ」

 

老人のぞんざいな態度に、男に好意的な気持ちを寄せていた女達が不愉快そうに顔を歪ませる。男は背負っていた皮袋を下ろして中から大きな塊を取り出した。

 

「…………!?」

 

「この辺りでは魔獣の皮や牙でもそれなりの値打ちがあるそうだが、これでなんとかならないだろうか?」

 

それはモンスターの生首だった。緑色の鱗に赤い角、鋭い牙を持つそれはまごうことなき……

 

「ぎ………ギギギギギギギギ……ギガントバジリスクぅ!!!?」

 

老人は眼前に出された凶悪なモンスターの生首に、目玉が飛び出るのではないかと思えるほど驚愕する。

 

「あ、アンタこいつをどこで……!?」

 

「道中に見かけたのでな、路銀の足しにならないかと思い一頭だけ倒したのだ。たださすがにかさ張るので、頭しか持ち出せなかったのが悔やまれるのだが……」

 

どこか残念そうに肩を落とす男に、周囲の人間達は唖然とするほかなかった。ギガントバジリスクといえば難度およそ80の恐ろしいモンスターだ。アダマンタイト級冒険者でも対策を練っていても倒せるかどうかの化け物を、この男は小遣い稼ぎ感覚で倒してしまったという。

 

「目玉は危ないそうだからくり貫いてある。だから大丈夫だとは思うのだが………どうだろうか?」

 

ちょっと心配そうに老人の顔色を伺う男に対し、老人は顔面蒼白になり震えている。そしてあろうことか、その場で土下座をしだした。

 

「ととととんでもございません! 貴方様のような高名な冒険者様をうちのオンボロ宿屋なんかに泊めたらバチが当たります! 泊まるなら隣の立派な宿屋にしてくださいませ!!」

 

土下座の姿勢から片手で指し示す先には、見るからに高そうな宿屋が存在する。

 

「え、いいのか?」

 

「是非ともそうしてくださいませえ!!」

 

「むう……そういうことならそうしよう。助言感謝する」

 

どこか釈然としない様子ながらも男は老人に感謝を述べ、ギガントバジリスクの生首を片手に二頭の馬を引き連れて隣の宿屋に向かう。隣でも似たようなやり取りがあったものの、男はようやく中に入ることができたのだった。

 

 

「………マジかよ」

 

それを最初から最後まで見ていたノゼルとツァレンは、目を点にして呆けている。

悪魔に拐われた村人を救い、ギガントバジリスクを倒したあの魔法詠唱者(マジックキャスター)は一体何者なのか。

男が入った宿屋の前は、しばらくのあいだ人だかりが散ることはなかったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「………ふう」

 

ようやく宿屋の一室に落ち着けた青い男、アシズはベッドに腰かけて一息ついた。道中あの悪魔の追っ手を警戒して気を張り続けていたせいか、ずいぶん気疲れはしたものの無事街までたどり着いたことに安堵する。

 

(だが油断はできない。まずは状況を整理すべきだな)

 

ここへ来る途中で村人達からこの国、ひいてはこの世界に関する情報を聞いたアシズは自分の身に起きたことを改めて考察する。

まず今いるこの国はローブル聖王国という。アシズが知る限り欧州はおろかユーラシア大陸の歴史にもないはずの国だが、およそ二百年前に建国された歴史ある国家とのこと。

次にこの世界では『魔法』と呼ばれる自在法に似た力が一部の人間に使えるとのこと。

最後にこの世界では“紅世の徒”でない異形の生物が存在していること。

村人達もそこまで詳しくはないそうなので、まだこれだけで結論づけるのは早計かもしれないが、アシズはある可能性を思い浮かべる。

 

「ここは『この世』でも、ましてや“紅世”ですらない……?」

 

『この世』でも“紅世”でもない、『第三の世界』。ありえない、なんてことはないだろう。そもそも『この世』だって発見されるまで存在することすら考えられなかったのだ。ましてや“紅世”と『この世』の間にある『両界の狭間』は広い、まだ発見されていないだけで両界以外にも『歩いていけない隣』があったとしても不思議ではないだろう。

 

(まだ憶測でしかない。日を改めてから情報収集すべきだが、まずは休息だな)

 

成り行きで作った二頭の“燐子”は宿屋の馬小屋に預けたし、ひとまず英気を養うことにしよう。座った体勢からゴロリとベッドに寝転がると、アシズは目を伏せて眠りについた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

真っ暗だった。

どこまでもどこまでも続く闇の中で、アシズは佇んでいた。

姿は人化した姿から本来の姿である六翼の天使の姿になっており、辺りを見渡す。

 

(行かなければ)

 

どこへ?

 

(わからない、だが私は行かなければいけないのだ)

 

なんのために?

 

自問自答を繰り返しながら歩を進めるアシズはしかし、突然足が動かなくなる。

 

『主』

 

足元を見れば、左足に牛骨の異形がしがみつく。

 

『どうして、貴方は負けたのですか? 』

 

右足には、獣の耳の黒い女が纏わりつく。

 

『どうして、彼が死んだのですか?』

 

右肩を、口が胴まで裂けた狼がかじりつく。

 

『なあ、なんでアンタだけ生きているんだ?』

 

左手を、氷の刀剣が突き刺す。

 

『私は、私達は、御身を信じていたのに』

 

六枚の翼を、石の根が絡めとる。

 

『我々は、何も得られなかった』

 

眼前に、鈍色の巨竜と鋼の巨人が現れる。

 

『御身は、我らを裏切ったのか?』

 

『我が戦友達の死はあああ、無意味だったのかあああ?』

 

背後から、奇怪な三つの言葉が罵倒する。

 

『俺は全てを失った!』『私は何も為せなかった!』『貴様のせいで!』

 

そして、頭上から虹色の光を纏った騎士が降り立つ。

 

『俺は貴公を許さない、絶対に』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ーーーーー!?」

 

アシズは意識の覚醒と同時に、ガバリとベッドから上体を起こす。荒い呼吸と汗で濡れた衣服の冷たさが現実を教える。

 

「………夢?」

 

かつて自分を慕ってくれた配下達の、悲哀と怒りの眼差しが脳裏にこびりついている。

 

「………そうだ。私は『負けた』のだったな」

 

アシズは思い出した、自分の悲願が潰えたことを。

今まで村人達の護送に気を配っていたせいか、そちらに思考を傾ける余裕がなかった。だが一人になったことで、喪失感がじわじわと胸を蝕み始める。

 

「なぜ………っ!」

 

なぜ自分だけ生き延びてしまったのだ。

なぜあのまま死なせてくれなかったのだ。

それともこれが、私への罰だとでもいうのか。

ああ確かに、これ以上の地獄はあるまいよ天罰神。配下達と同じ場所にも逝けず、愛する女との子ももはや作れない 。紅世に帰ることもできないし、帰れたとしても同胞達は自身を咎めるだけ。配下を無駄死にさせた挙げ句、生きるための原動力も仲間も帰る場所さえ失ってしまった今、なんのために生きればいい?

 

「ふっ………くう………!」

 

片手で顔を押さえ、アシズは声を殺して涙を流す。

 

(すまない………すまない……)

 

 

胸中で仲間への謝罪を繰り返し、彼は一人孤独に部屋で泣き続けるのだった。




人化アシズ様のイメージは、FGOのオデュッセウスみたいな感じです。


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新しい出会い

アシズ様、ぶらりロイツの旅。


あれから一睡もできず翌日を迎えたアシズは、早々に街を散策し始めた。情報収集のためというのもあるが、少しでも陰鬱な気分を紛らわしたかったからだ。歩いていると道行く人々の物珍しげな視線が集まり、時にひそひそとかくれて耳打ちしている。よそ者に警戒しているのだろうかとチラリと見れば、女達が顔を赤らめてそっぽを向く。なんとなくそれが嫌悪からくる態度ではないとわかり、アシズは歩を進める。

 

たどり着いた先は小都市一番の図書館だ。ここでなら聖王国に関する情報が手に入るだろうと考え、扉を開き中に入る。

 

「………」

 

内部は図書館という肩書き通り、様々な本がところ狭しと並んでいる。正直どれがどれだかわからないが、受付で国の歴史に関する資料と魔法・魔獣に関する資料の場所を聞き、アシズはまず歴史資料のコーナーに向かった。

その中で目当ての本を片っ端から抜き取っていき、片手で軽々と抱えて持っていく。ある程度集まったのを確認すると、近くの机に置いて椅子に腰かけて本を開き始めた。ほかの客達の視線をいまだ感じて落ち着かないものの、気にしないよう努めてページをめくっていく。

 

六大神、八欲王、名ばかりの賢者、十三英雄。

リ・エスティーゼ王国、バハルス帝国、スレイン法国、アーグランド評議国。

 

 

読み解くほど入ってくる新しい知識から、アシズは昨日の自身の推測が間違いないことを確信する。

 

(やはりここは、両界とは全く異なる世界なのか)

 

一体なぜ自分だけがこの世界に転移してしまったのか。いまだわからないことはたくさんあるし、今後調べていくことになるだろう。

 

(………調べて、どうなる?)

 

調べれば、“紅世”に帰る方法があるとでも?

仮に帰れたとして、もはや自分の居場所などあの世界にはないというのに。

 

(いかんな………。気を抜くとまた嫌な思考に陥ってしまう)

 

これでは気晴らしの意味がないと、暗い考えを振り払う。窓から差し込む日向を見れば、影は十時半をさしている。

 

(………何か食べるか)

 

来る途中で昨日のバジリスクを換金し、得た金銭はまだたくさんある。美味い食事でもすれば気分も晴れるだろうと、椅子から立ち上がる。本を全て棚に戻してからアシズは図書館を後にした。

彼が去ったあと、受付嬢達がその後ろ姿をうっとりとした目で眺めていたのを、彼は知るよしもなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

今度は出店の立ち並ぶ繁華街にやってきた。相変わらず周囲の人々の視線が集まるが、慣れてしまえばどうということはない。アシズは物色するように出店を見渡し、その中で甘い匂いのする店に目を見つけた。それなりの行列ができているその店では、小麦粉を薄く焼いた生地で果物のジャムを包んだ菓子を客に手渡している。片手で食べられるその菓子は特に子ども達に人気なようで、気になったアシズはそれに決めた。

早速列に並ぼうとするが

 

トンッ

 

「?」

 

突然後ろから抱きつかれた。とはいえ抱きつく力は弱く、回された腕も腰の辺りというところを見るに、犯人は随分背の低い人物らしい。アシズが特に動じずに振り返ると、案の定抱きついてきたのは人間の子どもだった。

 

「………お前は」

 

しかしよくよく見れば、その子どもはアシズが先日助けた村の子どもだった。確か一番最初に接触した少女だった気がする。少女はアシズの腰に細長い腕を回し、まるで親を見つけた子どものように力強く抱きつく。

 

「なぜここにいる? もう身体のほうは大丈夫なのか?」

 

アシズは優しく少女の腕を剥がし、両肩に手を置いて向き合う。治癒の自在法をかけたとはいえ、少女はいまだ病み上がりの状態なので街の医者に預けたはず。こんな人混みの多い繁華街を出歩いて大丈夫なのだろうか。

問われた少女は元気がなさそうにうつむいており、来ている服は白いワンピースのみ。出かけにきたというよりは病院からこっそり抜け出してきたような出で立ちだ。

 

「まさか一人で来たのか?」

 

なおも問うが、少女は罰の悪そうにうつむくだけで答えない。周囲の視線もさらに増えていき困り果てるアシズだったが、ここで急にグウという音が鳴り響く。

 

「っ………!」

 

と同時に少女の頬が真っ赤に染まり、慌てて腹部を押さえる。どうやら彼女の腹の虫が鳴ったらしい。アシズは慌てる少女になんだか毒気が抜かれてしまい、その頭を優しく撫でた。

 

「これから食事にしようと思うのだが、食べるか?」

 

穏やかな笑みで問えば、少女はおずおずと頷いた。

 

返答を確認したアシズは人混みにはぐれないように少女の手を繋ぎ、二人は行列の最後尾に並んだ。少し時間を置いてから前の客が立ち去ってようやく自分達の番になり、アシズは店主に声をかけられる。

 

「らっしゃあせー、旦那! どのクラアプにしますかい?」

 

菓子の名はクラアプというらしい。品書きを見てみると果物を包んだものだけじゃなく、肉や野菜を包むおかず向けの味付けもあり大人でも楽しそうだ。

 

「お前は何にする?」

 

まず隣の少女の意見を聞いてみると、彼女は少し迷いつつも果物を包んだ甘い味付けの菓子を指差す。

 

「ではこの子にはこちらを。私は……こちらの肉を包んだものを頼む」

 

「あいよー!」

 

気前よく答える店主は丸い鉄板の上に生地を流し、手際よく伸ばしていく。香ばしい匂いとともに生地をひっくり返せば美味しそうな焼き色がついており、その上に果物を並べて包んでいく。ふと見れば少女はそのさまをキラキラした目で食い入るように見つめており、アシズは微笑ましい気持ちになる。やがてアシズの分のクラアプも出来上がり、店主に銅貨を数枚手渡して受け取った。

 

「すぐそこに噴水があったな。そちらで食べようか」

 

「………」

 

一つずつ片手でクラアプを持ち合い、二人は手を繋いで噴水に歩み寄る。噴水の縁に腰掛けてから早速クラアプを一口齧る。塩気のある味付けと肉の旨味がほどよく溢れ、香ばしい生地もなかなかに美味だ。あの店主は良い腕をしているなと心中で感心してふと少女を見ると、彼女は大きな一口でかぶりついている。

まるで飢餓状態からごちそうを得られたかのように、目尻に涙を浮かべる少女はクラアプの味を噛み締めている。その様からよほど飢えていたことをなんとなく察し、アシズはポンと頭に優しく手を置いた。

 

(よほど辛かったのだな……)

 

まだ十二歳ぐらいしかないであろう少女が、つい先日受けた悪魔達の残忍極まりない『遊び』を思い出す。相手を生きたまま苦痛と絶望を与える悪趣味な仕打ちは、普段滅多に怒らないアシズが殺意を抱いてしまうほどだった。あれだったら並の“紅世の徒”のほうがまだ良識的にさえ思えてしまう。

 

(そういえば………)

 

あの赤い悪魔が『主に献上するためのアイテム作り』のために、人間を家畜化していると言っていたことを思い出す。主………つまりはあの悪魔のさらに首魁、引いては同じことをしている仲間がほかにいるということなのだらうか?

脳裏を過った嫌な可能性に、アシズは唇を噛む。この少女と同じような人間達がまだほかにもいるかもしれない、ならば一刻も早く助けなければ……

 

(………助ける?)

 

ふと己の思考に疑問を感じる。なぜ見ず知らずの人間に、そこまでする必要があるだろうか。もはや自分は、世界の秩序を守るフレイムヘイズではない。なのになぜ今さら、人間を守る考えに?

これではまるで、討ち手として活動していた頃の思考そのものではないか。ティスを殺した人間達を救わねばならない気持ちに懊悩するアシズだったが、そこへかけられた大声が待ったをかけた。

 

「あー! こんなところにいたのか!!」

 

顔をあげて見てみれば、大通りの人混みを掻き分けて白い装束の青年が駆けてくる。

アシズはその青年に覚えがあった、確か昨日の検問所で村人を預かってくれた医者だったはず。

 

「全く、勝手に走りまわったらダメじゃないか!」

 

腰に手をあてて少女に怒鳴ると、ビクリと肩を跳ねさせて縮こまる。やはり彼女は無断で抜け出してきていたようだ。

 

「ほら、もう行くよ」

 

やれやれと青年が手を差し出すも、少女は隣に座るアシズの胴にしがみついた。

 

「っ………!」

 

「ちょ、何やって…! あれ?」

 

ここで青年はアシズに気づいた。

 

「貴方は………アシズさん、でしたっけ?」

 

「あ、ああ」

 

青年によるとアシズと別れてからの少女は、彼に会いたいと泣きわめいていたらしい。やむなく一夜明けてから彼に会いにいくという話になり、青年と同行させて宿屋まで行こうとしたところで目を盗んでいなくなってしまったとのこと。

 

「本当にすみませんでした……」

 

「いや、問題ない。むしろ迷子にならずにすんでよかった」

 

これだけの人混みで子ども一人を見失っては人攫いに会いかねない。早々に自分を見つけられたのは僥倖といえるだろう。ついでに青年に、村人達の容態はどうかと尋ねる。彼曰く肉体の怪我は思いのほか少ないものの、やはり精神的な傷が深い人々も少なくないため、退院までは時間を要するらしい。

 

「ほら、もう会えたんだからそろそろ帰るよ。まだ検査とかしないといけないんだから」

 

「や!」

 

「やじゃないの! アシズさん困っているだろ!?」

 

「やー!」

 

いやいやと首を振り、抱きつく力を強くする。青年の言う通り彼女はまだ本調子とは言えないはずなので、なるべく回復に専念すべきだ。だがアシズとしてはどうにも自身に縋る少女を振りほどく気にもなれず、どうしたことかと青年を見る。

 

「その………この子の親はいないのか? 親の指示ならばある程度は聞き入れてくれると思うのだが」

 

「ああそれなんですが、どうもこの子には親がいないみたいなんですよ」

 

曰く彼女はつい最近村の付近で行き倒れていたのを保護されていたらしい。倒れる前の記憶もないそうで、村人達全体で世話をしていたとのこと。

それを聞いてアシズは驚くと同時に納得する。なるほど、親の顔も自身の素性もわからないなかで悪魔に捕まり拷問され、それをアシズに助けられたことで彼に依存してしまったわけだ。

 

「………」

 

涙目で自身の胸に顔を埋める少女の姿に、アシズはチクチクと良心が痛む。十二歳の若さで酷い仕打ちを受けたために不安なのだろう。その姿がかつての配下達と重なるようで、アシズの元来の優しい性格がどうしてもほうっておく気になれない。

 

「もしよければ、私も療養所で寝泊まりしても大丈夫だろうか?」

 

「え?」

 

アシズの提案に青年が目をパチクリさせる。少女の不安定な精神面を考慮するに、このままただ治療するだけでは社会復帰は望めない。ならば彼女が安定するまでのあいだだけでも自分がそばにいたほうがいいとアシズは説明する。

 

「無論ただで居座るつもりはない。何かしらの手伝いはする」

 

「それは構わないのですが……」

 

青年は戸惑いつつも、アシズの意見に一理あることを理解し頷く。少女の頭を撫でれば顔をあげて嬉しそうに笑った。

 

「そういえば、お前の名はあるか?」

 

小首を傾げて問いかければ、少女は元気に答えた。

 

 

「シャナ! ニエトノノ・シャナ!」




アシズ様パートはここで一旦区切ります。


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トブの大森林

時系列はアシズ様が転移してくる少し前です。


正午を過ぎたカルネ村。家の手伝いをすませた少女は、お菓子の入ったバスケットを片手に玄関を開ける。

 

「お姉ちゃん!」

 

「あらネム」

 

開けた先には洗濯物を干す姉がおり、子どもらしい元気な声で自身を呼ぶネムに姉が振り返る。

 

「今日も森に行くの?」

 

「うん!」

 

嬉しそうに頷く妹を微笑ましく見るも、姉のエンリは心配そうに告げる。

 

「いつものことだけど、あんまり森の奥に行っちゃダメよ? 怖いモンスターがいっぱいいるんだからね」

 

「わかってるよ! じゃあ行ってくるね~」

 

はたして本当に理解しているのか、明るい笑顔で駆けていく後ろ姿を見送るように手を振った。そんな彼女に畑仕事から戻ってきた父親が歩み寄ってくる。

 

「またネムは森に行ったのか?」

 

「ええ……」

 

おやつを片手に定期的に森へ遊びにいく娘を見て、彼は複雑そうな顔を浮かべる。子どもが外で遊ぶのは良いことだが、せめて遊ぶ場所はなんとかしてくれないだろうか。このトブの大森林には猛獣はおろか亜人や恐ろしいモンスターが彷徨いていて、とても子ども1人が駆け回っていいところではない。幸い毎回ネムはケガ一つせずに帰ってくるが、次は無事に帰ってこれるかどうか冷や冷やする。

 

「まあ大丈夫だとは思うわよ。()()()もいるみたいだし」

 

ネムが森へ行く最大の理由、森で一緒に遊ぶという友達。ネムによると彼のおかげで森でモンスターに遭遇しないですむらしい。とはいえそれはそれで心配だ。恐ろしいモンスターを追い返せるだけの強さを持つというその人物とは、はたして何者なのか。危険な人間だったらかわいい娘に危害が及ぶのでないかと、父はネガティブな考えに染まっていく。

 

「大丈夫よお父さん。ほら、そろそろ休憩しましょう」

 

宥めるように背中を押し、エンリは家の中に入っていく。彼女も気にならないわけではないが、いつも楽しそうに友達に会いにいく妹を思い温かく見守っていこうと心に誓う。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

村から少し歩いていくと、ネムの視界にバツ印の入った大木が現れる。それを見つけた彼女は狼狽えることなく笑顔になり、バツ印の部分をノックする。

するとネムの周りの木々が動き出した。風で揺れたという話ではなく、木々の一本一本がまるで意思を持ったかのように蠢いている。やがてネムの目の前の木々が道を譲るように避け、伸びた枝が彼女の上でアーチ状に重なりあう。できたそれはさながら木でできたトンネルだ。

普通なら驚き警戒するところだが、ネムは一切動じることなく木のトンネルを駆けていく。トンネルの隙間からはネムの存在に気づいた熊や狼の姿が見え、彼女に襲いかかろうとする。しかしそれを阻むように木のトンネルが枝を伸ばして獣達を絡めとり、彼らは甲高い鳴き声をあげてもがく。枝はその見た目に反して固く、熊の怪力でも狼の鋭い歯でも砕けない。

しばらく道なりに駆けるネムはトンネルの先が明るくなっているのを見つけ、走るスピードをあげてそこへ向かっていく。ようやくトンネルを抜けると、開けた場所に出た。

ネムが顔をあげた先には、一本の大木があった。だがおびただしい数の枝には葉は一枚もなく、幹は非常に固い質感でできており、植物というよりは石を切り出して作った木の像というほうが近い。

 

「ソカルー!」

 

その大木に向かって手を振って大声をかければ、幹に刻まれた二つの割れ目がミシミシと音を立てて開かれる。黄土色の光が漏れる割れ目はさながら目玉のようで、眼下のネムをギョロリと見据える。大きなウロが動きだす。

 

「ふん、また来たのか。貧弱な人間め」

 

次いで大きなウロが口のように動き、甲高い男の声で喋る。まるで老木に取り憑いた悪霊のようなその異形はおぞましいことこの上なく、並みの冒険者が見れば腰を抜かして泣きじゃくるだろう。なのにその眼前にいる少女は怖がりもせず、どころかエヘヘと楽しそうに笑っている。

 

「今日はなにして遊ぶ?」

 

無邪気な笑みに大木は、忌々しそうに鼻を鳴らすのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(………なんていうか、度胸があるというか)

 

樹木の化け物との遊びに興じる少女の姿を、森精霊(ドライアード)ピニスン・ポール・ペルリアは離れたところから眺めている。

ウロと割れ目のみで構成された顔を不愉快極まりないといわんばかりに歪める化け物・ソカルに対し、少女ネムは枝を束ねて作った即席の滑り台でキャッキャッと楽しそうに滑っている。

 

「もう一回! もう一回!」

 

「ええい、しつこいぞ人間が!」

 

怒号を飛ばすのとは裏腹に、ソカルは枝を伸ばしてネムの小さな身体を抱えて滑り台の上にまた運ぶ。

そんなやり取りを繰り返す一人と一体の姿は見ようによっては微笑ましくもあったが、ピニスンとしては呆れている。そんなに嫌ならば構わなければいいのでは、と。

 

(多分、根が面倒見のいいやつなんだろうけど……)

 

樹木だけに、などとつまらない冗談を内心で付け足して、ピニスンはこの樹木と最初に出会った日を思い出していく。

 

 

 

 

 

 

 

 

トブの大森林の化け物、ザイトルクワエ。

太陽がたくさん登った頃にこの森を恐怖のどん底に陥れたそれは、今まさに長い眠りから覚めようとしていた。周辺の木々が枯れ朽ちていく様を戦々恐々と眺めるピニスンは、しかし逃げることなどできやしない。森精霊(ドライアード)である彼女は本体である木から移動することができず、自分で本体を運ぶなんて芸当は不可能だ。ましてや戦いなど無理で、竜王でさえ倒しきれなかった化け物をどうこうできるわけがない。かつて魔樹の半身が暴れだした時は、たまたま通りかかった七人組の冒険者が倒してくれたがそれでも完全に討つまでにはいたらなかった。

そんな魔樹の復活、もはやピニスンは半ば諦めてしまっている。これを倒せる存在がいるとするならばそれこそ竜王ぐらいなものだが、移動すらできないピニスンに助けを呼ぶすべなどない。

 

いつ死ぬかの恐怖に怯える日々の中、『それ』は現れた。

 

 

ある夜、いつものように魔樹への恐怖を抱きながら、何の気なしに夜空を見上げたピニスンは一つの星を見つけた。満天の星空のなかで一等輝くその星は、今までなかった場所に存在している。新しく生まれた星だろうかとボンヤリ眺めていた彼女だったが、ふとその星が()()()()()()()()()()()()ことにきづいた。見間違いだろうかと目を凝らして見ていると、やはり星は大きくなっている………否、近づいてきている。

異変に気づいたピニスンが目を見開いて眺めていると、接近するそれの姿がハッキリしてくる。

 

『それ』は星ではなかった。

黄土色の輝きを放ち、夜の暗闇に包まれた森を真昼のように照らす火球だったのだ。かつての冒険者達が使っていた炎の魔法に似ていなくもなかったが、空の火球の大きさはその比ではない。

ゴウゴウと燃え盛る炎を撒き散らし、トブの大森林に向かってくる火球に、森の獣達が喚き散らして逃げ惑う。あれだけ巨大な炎の塊がここに落ちれば、森は瞬く間に火の海に包まれてしまうだろう。ピニスンも突如振ってわいた災害に取り乱すが、やはり逃げられない。やがて火球はピニスンの頭上を通り過ぎ、森の奥に落下していく。

 

そう、『丁度ザイトルクワエの封印されている場所』に向かって。

 

ピニスンがそれに気づいた時にはもう遅く、火球が落下したであろう爆音と衝撃波が一拍置いてからあたりに響き渡る。衝撃波による爆風があたりの木々と土を根こそぎなぎ払い、大型の猛獣が宙を舞う姿が視界の端を横切る。ピニスンの本体にも吹き飛ばされた樹木がぶつかってくるが、かろうじて耐えしのぐ。少ししてから衝撃波が収まり、必死に本体にしがみついていたピニスンは恐る恐る顔を上げる。見れば木々が吹き飛ばされて開けた視界の先で、落下したと思われる火球が地表を焦がすように激しく燃え上がっている。このままでは火事になってしまうのは明白だが、それ以上にピニスンは今の衝撃でザイトルクワエが目覚めてしまったのではないかと青ざめる。そんな彼女の想像を具現化するように、炎が形を変え始める。

不規則に踊る炎から小さな火の粉が溢れ、束ねられるように固まる。固まった火の粉はやがて輝きを失うと、その下から確かな『存在』が現れる。

太く固く、ミシミシと触腕のように何本も生えて揺れるそれは、樹木の根だ。根は地表にしがみつくようにその場に突き刺さり、やがて中央の炎も確固たる形を取り始める。根の形を反映するように縦に長く高く、それでいてとても太い胴体は固い岩のような質感だが樹木の形そのもので、さながら岩石が樹木の形をとっているような姿だ。

その形を認識した瞬間、ピニスンは恐怖のあまり声を失う。あの禍々しい大木の姿こそ、魔樹ザイトルクワエに違いない。恐れていた事態に腰を抜かす彼女を他所に、魔樹の幹に大きく開いたウロから声が響く。

 

「まだっ…………だっ……!」

 

それは甲高い男の声だ。

 

「まだ………私は死なぬ………っ!」

 

驚いたことに、声が紡ぐのは意味のある言語だ。

 

「この私に、無駄死になどあってはならぬ……っ!」

 

言葉には確かな決意と魂が込められ、己を鼓舞するように叫ぶ。

 

「通さぬぞ『極光の射手』ぇ! 通さぬぞ同胞殺しどもぉ! 例え我が身が滅びようと、アシズ様の御許へは絶対に行かせぬわあ!!」

 

少し前まで『魔樹だったもの』は、黄土色の眼光を見開き誰かへ向けて高らかに吠えた。

 

 

「っ…………!」

 

それを見上げてピニスンは涙を浮かべてガタガタと震える。とうとう最も恐れていた事態になってしまった、あのザイトルクワエが長い眠りから完全に覚めてしまったのだ。

 

(もうダメだ………おしまいだ………)

 

自らの死を悟ったピニスンの脳裏を走馬灯が過る。かつて森にいた闇妖精達、たまに来る亜人や冒険者達、ほとんど森の中の風景しか浮かんできてくれないが、今のピニスンにはすべて色鮮やかな思い出のように思えた。

 

「…………むう?」

 

ギョロリと辺りを見渡す魔樹は、なぎ倒れる木々の中で唯一残ったピニスンに目をとめる。

 

(見つかった!)

 

やはり最初に魔樹の生け贄になるのは自分のようだ。無駄とわかりつつも頭を抱えて縮こまるピニスンに、魔樹はミシミシと巨体をねじ曲げて向き直る。

 

「貴様ぁ…………」

 

ウロから覗く歯をギリギリと軋らせ、魔樹は怒りを滲ませる。ああ、どうかせめて死ぬなら一瞬で終わらせてくださいと、いるのかどうかもわからない神様に祈り………

 

「なぜまだ残っている!? 早く逃げろと命じたはずだ!!」

 

「…………はい?」

 

怒鳴られた言葉の意味が理解できず、思わず気の抜けた声で返してしまった。

 

(…………今、こいつはなんて言った? 早く逃げろ?)

 

それがこれから殺す相手に言うべき言葉なのだろうかと、状況も忘れて唖然とするピニスンに構わず、魔樹はさらに喚き散らす。

 

「いや、そもそも『極光の射手』とフレイムヘイズ共はどこだ!? まさかすでに突破を………!? いかん、このままではアシズ様の下にあの忌々しい道具共が向かってしまう! いまだ両翼の二人がいるとはいえ、『炎髪灼眼』と『戦技無双』の行方がわからぬ現状では両人は温存すべき……!!」

 

早口に捲し立てる魔樹の言葉の意味は、ピニスンには理解できない。

 

「やはり私が足止めをせねば! お待ちくださいアシズ様、必ずや御身に集る虫を排除いたします!! 」

 

決意新たに明後日のほうへ向き直る魔樹だったが

 

「…………う!?」

 

何かに気づいたように身を強ばらせる。

 

「ば、バカな………なぜ動けぬ!?」

 

魔樹は幹の横から二本の腕のような枝を伸ばし、自身の身体をかきむしるように触れる。

 

「これは………『トーチ』!? 『トーチ』の中に私を封じ込めたのか!? おのれ『極光の射手』め、小賢しい真似を!!」

 

怒り心頭のままに腕を振りかざして地面を叩きつければ、地面が砕けてその場が大きく揺れた。

 

「ええい、しかもなんだこの身体は!? 胴は動くくせに足が全く動かぬではないか! これでは本当にただの巨木になったよu「ストップ! ストーーップ!! ちょっと一旦落ち着いて!!」ぬう?」

 

待ったをかけるようにピニスンが声を張り上げれば、魔樹が再び彼女を見る。正直なところいまだ恐怖心があるピニスンだったが、今この魔樹を止めなければこの周辺一帯が確実に更地になってしまう。幸い魔樹は意志疎通ができるようで、彼女の呼び掛けに反応した。

 

「貴様、まだいたのか! 戦地で退かぬその気概は誉めてやるが、今は生き延びて主のお役に立つことを優先しろ! ウルリクムミ率いる左翼と合流し、フレイムヘイズ共を止める守りを固めるのだ!!」

 

「だから落ち着いてってば! ウルリクムミて何? フレイムヘイズって何なの!?」

 

「はあ!? 貴様は何を寝ぼけたこと言って…………ん?」

 

さらに怒鳴ろうとして、魔樹はジロジロとピニスンを見る。

 

「貴様、私の部隊の兵ではないな。見覚えがない」

 

「だから違うんだって! だいたいあんた何なのよ!?」

 

おかしい、明らかにおかしい。言動もそうだが、この魔樹からは言伝に聞いた通りの狂暴さと邪悪さが見受けられない。つい普通の相手にするような喋り方で怒鳴ってしまったピニスンだったが、魔樹はその言葉を聞きピタリと動きをとめる。

 

「なんだとぉ………!?」

 

次いでまた怒りを滲ませた魔樹に、ピニスンは再び死の恐怖に震える。

 

「貴様、この私を知らぬというのか!?」

 

総身から黄土色の火の粉を落ち葉のように溢れさせた魔樹に、ピニスンは思わず瓦礫の影に隠れる。まずい、今度こそ怒らせてしまったようだ。

 

「この炎を見よ! この黄土の輝きこそが私を表す唯一無二の色、我こそはとむらいの鐘(トーテングロッケ)、九垓天秤が一人! 先手大将、“焚塵の関”ソカルであるぞ!!」




ソカルを出すなら、ここ以外にないだろうと思いまして……


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陽光聖典

前回のあらすじ

ザイトルクワエさんがソカルに喰われた。

ザ「解せぬ」







後で見返してみて、序盤の部分で抜けていた文章があったことに気づいたので急遽挿入しました。
申し訳ありません。


それから何度か口論しつつ、ようやく魔樹ことソカルはピニスンとの会話のズレに気づいていく。彼はその見た目に反してなかなか頭が回るようで、気になったことをいくつか質問していき現状の異常さを理解した。彼曰く、自分はブロッケン要塞なる砦をフレイムヘイズという敵兵団から防衛する役割を担っていたのだが、惜しくも『極光の射手』なる敵将に討ち取られたとのこと。致命傷で遠退く意識の中でも戦意を失わずに気張っていたはずなのだが、気がつけばこの見知らぬ森の中で目を覚ましていたのだという。ところどころピニスンが聞き慣れない単語を多様してくるため今一理解するのに時間を要したが、だいたいの話を要約するとこんな感じだ。

対するピニスンは一番気になっていた『ザイトルクワエなのかどうか』を聞いてみると、ソカルは否と即答する。自分は今までそんな名で呼ばれたことはないし、ピニスンが言うところの竜の軍勢とやらと戦ったこともないと語り、その疑問を彼なりに推測して説明する。

現在のソカルは『トーチ』という『知的生物の残りかす』の内部に寄生・封印されている状態で、恐らくはその『トーチ』の元になった存在がザイトルクワエではないかということだ。これを聞いたピニスンは思わず目眩がしそうになった。つまりこいつはあの化け物を内部から食い殺し、その身体を乗っ取ったということになる。

 

 

 

 

 

 

(最初の頃はザイトルクワエよりヤバい化け物が来ちゃったのかと思ったんだよね~………)

 

それから数日、いつ自分達やこの森が更地になるかという不安を抱えたピニスンとは裏腹に、ソカルが暴れだすことはなかった。むしろ彼が現れてから枯れていた周辺の木々が再び芽を出し始め、ようやく森としての姿を取り戻しはじめた。養分は必要としないのかと聞いてみたところ、「木々では良い存在の力は作れぬし、そもそも“存在の力”が有り余っているから喰らう必要がない」とまた知らない単語を交えて答えた。

ピニスンが何度か会話してみてわかったのだが、どうにもこの魔樹もどきは見栄っ張りで嫌味な性格のようだ。ピニスンが言葉の意味を理解できないと見るや否や、ニヤニヤとわざとらしく小馬鹿にし、頼んでもいないのに無駄に仰々しく説明してくる。その様がいちいち癪に触り、最初の恐怖心が薄れてからのピニスンはギャンギャンと騒いで文句を言うようになるなど、割りと対等な関係になっていった。

そんなソカルだが現状頭を悩ませていることがある。もともとの彼はザイトルクワエと同じ大木の姿をした異形なのだが、地から根を引き抜き移動することが可能だった。ところが現在寄生している『トーチ』はもとからそうだったのか根っこが引き抜けず、その場から動くことができない状態だった。ソカルとしては早くこの森を出て仲間達と合流したいようで、どうにかならないかと首を傾げるように幹をしならせる姿をピニスンは度々見かけた。

 

そしてある時、ついに彼は行動を起こすことにした。その方法とは『自身が埋まっている土を根で掘りおこし、少しずつ身体を移動していく』という、半ば強引なやり方だ。さすがに力ずくすぎやしないだろうかと思うピニスンだったが、ソカルが操る石の根は思いの外万能だったらしく1日数mは移動できた。

そうして一週間。順調に進むかと思われていたソカルだったが、ここで思わぬ妨害が入った。

 

「木……?」

 

ソカルの進行方向上に、人間の少女が現れた。片手に小さな花束を抱えた少女は、眼前の木の怪物を見ても怖がる様子を見せずキョトンと小首を傾げている。慌てたのはピニスンだ。以前ソカルから聞いた話によると、彼らは人間を主食にしているらしい。もしかしたらあの少女を喰うつもりではないかとオロオロするピニスンだったが、すでに彼女の活動範囲から離れてしまったソカルには届かない。しかし彼はいつも通りの嫌味ったらしい笑みを浮かべ、眼下の少女に声をかける。

 

「これはこれは、まさかこんなところで麦の穂に出くわすとはな。だが貴様は運がいい、今の私は“存在の力”が不思議なほど有り余っているゆえ食欲は満たされている。このまま大人しく立ち去るならば、その小さな“存在の力”を喰らわずにいてやろう」

 

いつも通りの仰々しい口調と文字通りの上から目線。どうやら少女を見逃すつもりのようでピニスンはひとまず胸を撫で下ろす。

しかし

 

「木が喋ったー! すごーい!」

 

「!?」

 

こちらの心配など露知らず、少女は無邪気な反応を見せあろうことか両手を広げてソカルの胴体に密着するように抱きつく。驚いたのはソカルは勿論、ピニスンもだった。

 

「お、おい人間! 馴れ馴れしく私の身体に触れるな!! 私を“焚塵の関”ソカルと知っての狼藉か!?」

 

知るわけないだろう、と内心でツッコミを入れるピニスン。

 

「ソカル………? かっこいい名前だね!」

 

少女としては率直な感想をのべただけの言葉、だがそれを聞いたソカルはふいにピクリと反応を示した。

 

「………ふふん、そうか。私の名はかっこいいか」

 

「うん!」

 

見てわかるほど上機嫌になるソカルに少女は屈託なく頷き、さらに気をよくした彼は聞いてもいないのに自分の名前の意味を解説しだした。どうやらこいつ、おだてられると調子に乗るらしい。ピニスンが彼の新たな一面を知ると同時に、少女がさらに目を輝かせていくとさらに調子をよくしだしたようで、今度は自分がかつて所属していたという組織・仲間・戦歴を立て板に水のごとく長々と話し出す。ああなってしまうとソカルの気がすむまでは話が終わらず、よくもまああんなに話せるものだとピニスンは遠巻きに見つつ呆れる。それを長時間聞き続けられるあの少女もたいしたものだ。

ある程度話すと少女は日が陰ってきていることに気づき、そろそろ帰るからまた明日続きを聞かせてほしいと言った。ソカル自身もまだ言い足りないようで、しぶしぶと話を切り上げて少女の後ろ姿を見送っていった。

 

その日はソカルがそれ以上動くことはなかった。

 

 

 

その日を境に、少女はソカルのもとへ定期的に遊びにくるようになった。その際には手土産のお菓子などを持ってくることもある。対するソカルは顔を見る度に疎ましげに悪態をつくも、少女・ネムが彼をすごいねかっこいいねと褒め称えれば、上機嫌になって遊び相手になる。思いのほかチョロいなこいつ、と内心で呆れるピニスンをよそに、二人の付き合いは数えて一年となったのだった。

 

 

 

「ねえソカル、ソカルってあんまり葉っぱがないよね」

 

ソカルの枝を階段代わりに昇り、枝が密集する彼の頭頂部に座るネムは枝を眺めて呟く。

 

「それがなんだ?」

 

「なんか、葉っぱやお花がないと寂しそうだよね………」

 

どこか寂しそうな顔で枝を撫でるネムは、純粋に悲しい気持ちで言ったのだと思われる。

 

「それは私がハゲていると言いたいのか!?」

 

だが対するソカルは悪い意味で解釈したらしく、怒りを隠さずに甲高く喚き散らす。ピニスンがブフッと思わず吹き出してしまったが、ネムは何か良いことを思い付いたかのようにパアッと表情を明るくさせる。

 

「そうだ! 今度私、家族で街に行くことになるんだけど、その時にソカルに似合うお花の髪飾りを買ってきてあげるね」

 

「いらん! 余計なお世話だ!」

 

枝を伸ばしてネムを地上に下ろせば、彼女はバスケットを手に持つ。

 

「色が綺麗なの見つけてくるからね! じゃあまたねー!」

 

「だからいらんと言っているだろうがあ!」

 

木のトンネルをくぐって帰路につく彼女の後ろ姿が見えなくなると、ソカルはフンッと鼻を鳴らしてトンネルを元の形に戻していく。

 

なんと忌々しい小娘か、と内心で毒づくソカル。これでこちらの嫌味に反応して怒るような相手であるならば、まだソカルとしてはやり易かったかもしれない。だがネムの称賛を聞くとつい上機嫌になって話しだしてしまうし、彼女は飽きもせずに耳を傾けてくれるので始末に終えない。それに輝くような目で見つめる姿が、かつての部下達と重なってしまい嫌な気にもなれない。

 

(おまけに………)

 

だいぶ遠くなってきた、自身が顕現した場所を見据えれば、ピニスンがニヤニヤ顔でこちらを見ている。そのさまがなんとも癪に触り、石の幹をしならせてどうにか堪え忍ぶ。

自身がトーチに封印されていなければこんな場所で足止めをくらうことなどなかったはずなのに、未だ思うようには進めていない。現在の位置を調べるために森に広げた『目」』に繋げてみると

 

「…………?」

 

ソカルはあるものを見つけた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

トブの森の外れに集まる集団。うち半数は覆面を被った法衣の魔法詠唱者、もう半数は鎧を纏った剣士達。彼らの前に立つのは平凡な顔に傷のある、黒目の男だ。

 

「これより、この先のカルネ村を襲撃する」

 

彼こそはスレイン法国が誇る実戦部隊『陽光聖典』を束ねる隊長、ニグン・グリット・ルーインだ。

本国から命じられた『王国戦士長ガゼフ・ストロノーフの抹殺』を実行するにあたり、改めて部下達に確認をとらせる。

まず帝国の兵士に偽装した班が村を襲撃し、ガゼフの部隊を誘き出す。次いで網にかかった彼らを包囲し一網打尽にしてから全滅させるという流れだ。

 

「では別動隊は速やかに出陣。主力部隊は本命が来るまでは待機せよ」

 

ニグンの指示に鎧の兵士達が敬礼し、馬に跨がり森に向けて走っていく。彼らが木々に隠れて見えなくなったのを確認し、残った部隊は定位置についた。

 

「…………いよいよだな」

 

隊員の一人が緊張した声で隣の同僚に呟き、彼も同意するように頷く。これから相対するのは王国最強と名高いガゼフ戦士長。隊員はみな第三位階を扱える手練れ揃いとはいえ、油断は禁物である。しかしそれと同時に『もったいない』という気持ちもなくはなかった。人類の守護を掲げる法国兵士から見れば、彼一人の価値がいかほどかは容易に想像がつく。敵対するからといってここで始末するのは惜しすぎる人材だ。とはいえ命令は絶対。手持ちのポーションを今一度確認し、胸に手を当て神へ祈る。気をひきしめて見据える先には、森が広がっていた。

 

 

 

そんな彼らを近くの木の枝の割れ目から、ギョロリと覗く目玉が見張っていたことを誰も気づけなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(…………なるほど、ようは人間同士の諍いか)

 

枝の目から一部始終を見聞きしていたソカルは、呆れるようにため息をつく。

会話から察するに、彼らはガゼフなる戦士の首をとるべく、いくつかの罠を張り巡らせていた。カムフラージュのために自国とは別の兵士に偽装、近場の村を襲撃してガゼフの部隊を走り回らせて消耗を促し、この森の近くにあるカルネ村で待ち構えて一気に叩く。なるほど、少数を始末する作戦としては悪くないと、先手大将としての視点から素直に感心する。

 

(まあ私には関係のないことだ。人間が勝手に争って勝手に死のうが、私に危害が及ぶわけではない……)

 

他人事に関わるだけ無駄と、もはや日課となった根掘り作業を始めようとするが

 

 

 

『今度私、家族で街に行くことになるんだけど、その時にソカルに似合うお花の髪飾りを買ってきてあげるね』

 

 

ふと先ほど別れたネムの姿が脳裏を過った。カルネ村、確かあの娘がすんでいるのもその村だった気がする。つまりこのままだと、家族と街へ遊びに行く予定の彼女もあの偽装兵士達に殺されるかもしれない。満面の笑みで自分のために髪飾りを買うと言ったあの顔が、血に染まるかもしれない。

 

「…………くだらん」

 

思い至った考えを一蹴するように、ソカルはない舌を打つ。知り合ってから一年ぐらいしか経っていない麦の穂が死んでなんだというのだ。千年も勒を並べてきた戦友達との絆に比べれば、あんな小娘との馴れ合いなど小動物の戯れと大差ない。ゆえに感情移入などするものか。

 

(そう…………あんな人間に情など沸かん。ゆえに『これ』は、そんな感情とは関係ない)

 

下半身を掘っていた根が、地面を鞭打つように激しく動く。

 

(今やこの森は私の縄張りも同然。それをやつらは断りもせずに、汚ならしい足で勝手に上がり込んだ)

 

これほど不愉快なことはないと、内心とは裏腹にウロの口が弧を描いて笑みを浮かべる。ああ全く、こんな無礼なやつらにはいささか折檻を与えてやらねばと、自身に言い聞かせるように呟く。

枝から黄土色の火の粉を木葉のように撒き散らし、ソカルは兵士達が走っているであろう眼下の森を見下すのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(ガゼフ・ストロノーフ、貴様はつくづく愚かな男だよ)

 

いずれあいまみえるだろう男に向けて、ニグンは内心で嘲笑する。法国が求める理想の戦士としての力を持ちながら、腐敗した王国にいまだ忠義を尽くす男。法国に鞍替えすれば地位も栄誉も望むがままに得られるというのに、なぜあんな無能な王に従うのかニグンには理解できない。

クククと笑うニグンだったが、ふと背後から何かの気配を感じた。

 

「………?」

 

「いかがいたしましたか、隊長?」

 

「ああいや、何か視線を感じた気がしたのだが………気のせいだったようだ」

 

さようですかと頷き、部下が引き下がる。

 

(いかんな。これから重要な任務に臨まねばならんというのに、余事に気をとられるなど)

 

瞑想の意味を込めて自身の胸に手を当て、神に祈りを捧げる。

 

「それにしても、ずいぶん森が騒がしいですね」

 

部下に言われて見てみれば、森からはガサガサと木々が擦れあう音が大きく響き、たくさんの鳥が鳴き喚きながら逃げるように羽ばたいている。大方先に行った別動隊が暴れてのことなのだろうと思い、ニグンは意に介さない。懐の水晶を確認し、もう一度ポーションが足りていないか確認しようとするが、

 

「…………ニグン隊長」

 

ふと、副隊長のイアンが声をかけてきた。

呼ばれてそちらに顔を向ければ、イアンは呆然と森をじっと見つめている。だがその表情には困惑と動揺の色が見てとれるようだった。

 

「なんだ?」

 

「あの、気のせいかもしれないのですが………」

 

イアンはニグンと視線を合わせることもせず、森のみを見続けて震える声で言葉を紡ぐ。

 

「森が、動いてませんか?」

 

「何?」

 

怪訝そうにイアンの視線の先を見て、ニグンも彼と同じ表情になってしまう。

そこにあったのは森林の一部である木々、だが木々が生える場所は、先ほどニグンが見た場所と違っていた。彼らと森までの距離の丁度真ん中にはやや大きい岩があったはずなのだが、今見たときには岩は木々のすぐ横にあった。しかし岩は微動だにしていない、動いていたのは木のほうだ。しかも木々はその岩を飲み込むように、何もない地面から次々と新しく生えてきていたのだ。

 

「は………?」

 

明らかに普通の樹木にはありえない成長スピードに、ニグンのみならずほかの隊員達にも動揺が走る。そしてニグンは、木々がこちらに近づいてきていることに気づいた。

 

「こ、これは一体………!?」

 

「総員、速やかに離れろ!」

 

困惑から固まるイアンの肩を引っ張り、すぐ我に返ったニグンは部下達に指示を出す。その言葉に弾かれたように一同はその場から走り出す。

しかし彼らが向かう先に、突如壁が現れた。

 

『ひい!?』

 

見ればそれは壁でない、先ほどと同じ木々が何十本も連なって地面から生えている。木々は彼らの行く手を阻むように聳えると、囲い込むように左右に広がっていき完全に包囲した。

 

「まずい、囲まれた……!」

 

「なんだこの木は、魔法なのか!?」

 

混乱する一同のなか、一番早く正気に戻ったのはニグンだった。

 

「狼狽えるな! このような雑草、天使を召喚して薙ぎ払えばいいだけだ!」

 

「り、了解!!」

 

ニグンの一喝に隊員達も我に返り、各々が召喚魔法を発動する。魔方陣から現れるのは白銀の鎧の天使で、隊員達に命じられたそれらは手にした剣を構えて眼前の木々に振りかざす。

だが

 

ガキンッ!!

 

「!?」

 

容易に切れると思った木は、植物にはありえない音を響かせて剣を弾く。思いのほか固いその幹はまるで岩石のようで、天使達の剣がほんの少しだけ刃こぼれする。

 

「ククク………そのようなナマクラでは我が『碑堅陣』は破れぬわ」

 

「誰だ!?」

 

驚愕する彼らを嘲笑うのは、甲高い男の声だ。

イアンの怒号に答えるように眼前の木の一本が太くなり、幹に三つの割れ目ができて顔のような形になる。

 

「我が名は“焚塵の関”ソカル。矮小なる人間よ、我が力に恐怖するがいい」

 

二つの割れ目から黄土色の眼光を光らせ、木の怪物が嘲笑を浮かべていた。

 

「こいつ………トレントか!?」

 

異形種と戦うことが多い陽光聖典にはその怪物・ソカルの姿に覚えがあった。植物系モンスターのなかでも強いとされるトレントとよく似ている。だが人語を介する個体は初めて見た。

 

「狼狽えるな! トレントならば火に弱いはずだ!」

 

しかし強いといっても所詮は植物、炎の魔法には耐性はないはず。ニグンの強化魔法を受けた隊員達は木々に向けて一斉に火球(ファイヤーボール)を放つ。ところが木の枝はあろうことか、向かってくる火球をまるで虫でも叩き潰すかのように次々に払っていく。

 

「は………!?」

 

「な、なんで燃えないんだよ!?」

 

弾かれた火球が燃やすのは足下の雑草のみで、石の枝には焦げ目すらついていない。

 

「やれやれ、この程度の炎弾で燃えるわけがなかろうよ」

 

 

木に浮かぶ顔が呆れたようにため息をつくのに対し、隊員達は負けじとさらに魔法を放つ。氷、雷、風などなど、ありとあらゆる魔法が枝や根に当たるもてんで効いているように見えない。

 

「それで終わりか? ならば次はこちらから行くぞ!」

 

その場にそそりたつのみだった枝が鞭のように動きだし、天使達を全て拘束しだす。締める力を強めていくと美しい銀の鎧がミシミシと音をたててひび割れ、最終的には紙細工のようにひしゃげて潰れた。

その恐ろしい光景に隊員達が悲鳴をげる中、ニグンは眼前の異常事態を打破すべく必死に頭を回転させる。自分達が全力で戦えばまだ逃げる算段はあるかもしれない。だが現在の陽光聖典はガゼフ抹殺という重要任務を控えているために、なるべくなら体力と魔力を温存しなければならないのだ。なんとかこれ以上の戦闘を避けるべく、ニグンはまずソカルと会話をすることにした

 

「き、貴様は一体何者だ!? なぜ我々を襲う!?」

 

ニグンはまず、ソカルに自分達と戦う理由を問いただした。

 

「名前ならば先ほど名乗ったであろうが……。お前達を捕らえた理由は、まあ極めて単純なものだ」

 

そう言うとドサリと、隊員達の眼前に何かが落ちてくる。

 

「あ………うああああああ!?」

 

落下物の形を確認した隊員のうちの一人が、それを見て悲鳴を上げて腰を抜かした。なんとそれは先ほど村の襲撃に向かわせた別動隊の生首だったのだ。

 

「こやつらは、私の領域に勝手に上がり込むという無礼を働いた愚か者どもだ。見張っていた限りは貴様達の仲間のようだが、どう落とし前をつけるつもりかな?」

 

嘲笑うソカルにニグンは冷や汗を流して固まる。なんということだ、どうやら彼らは村を襲撃する最中にこの怪物の縄張りに入ってしまったらしい。

 

(この愚か者どもめ! 我らにまで飛び火してしまったではないか!!)

 

もはや物言わぬ亡骸となってしまった生首に内心で罵倒し、ニグンはソカルと目を合わせる。一体どうすればこの状況を切り抜けられるのか、考えに考えてからニグンは口を開く。

 

「ま、待ってくれソカル殿! まずは彼らが貴殿に非礼を働いたことを詫びよう。だが我らにはどうしても果たさねばならない使命がある。ここで死んでしまえば我らはそれを成せず、同胞達に迷惑をかけてしまうのだ」

 

任務の詳細な内容は言わず、あくまでオブラートに包んで述べていくニグン。実際にこの作戦の失敗は、王国と帝国の今後に影響が出るのだから嘘は言っていない。

 

「そこでだ、取り引きをしないか? 賠償金として貴殿が求めるものを我々が献上しようと思う。それで此度の件は水に流してほしいのだ」

 

これに関しては半分嘘だ。もしここでソカルが提示するものが法国から見て『献上しても問題ないもの』であればそうするし、『献上してはいけないもの』であれば本国へ戻ってからでないと用意できないと適当に誤魔化してから拘束の解除を求め、帰国して十分な戦力を揃えてから改めて討伐しにいけばいい。

 

「ほお………」

 

ニグンの述べた話に、ソカルの顔が目に見えて上機嫌になる。それがいい反応であることを悟り、ニグンは内心でほくそ笑む。

 

「なるほど。それならば是非、欲しいものがあるのだが」

 

「ああ、何がいい?」

 

周りを囲む木から枝が1本伸び、ニグンに近づいてくると五指の手の形をとる。

 

「貴様の懐にある()()をくれぬか?」

 

「!?」

 

人差し指にあたる細い枝がニグンの懐、丁度魔封じの水晶がしまってある部分を指した。

 

(ば、バカな! なぜ『これ』の存在に気づいた!?)

 

てっきり餌として人間を要求されるだろうと予測していたニグンは、動揺が痩身に現れるように震える。この水晶は法国の秘宝の一つであるために献上などできるわけがないし、この場にあるから用意するために本国に戻るという口実も使えない。完全に詰んでしまった。

 

「どうした、くれぬのか?」

 

「い、いや………これは……!」

 

「そうか、くれぬというのだな。であれば残念だ……」

 

周囲の枝が天を覆うようにミシミシと伸び、鋭い先をニグン達に向けてきた。

 

「ここで死ね」

 

「ひ!!」

 

怯えのこもった悲鳴をあげたのは誰だったか。もはや逃げ場ない木の檻に、一同が背中合わせになり震える。ただ一人、ニグンだけは歯噛みしながら懐の水晶を握りしめる

 

「やむを得ない………最高位天使を召喚するぞ!!」

 

隊員達を鼓舞するように叫べば覆面越しの彼らの顔が輝いた気がした。ガゼフ抹殺の任務が失敗することは確実だが、切り札を出し惜しみして犬死してはもとも子もない。周囲に防御魔法を張り、ニグンは懐から水晶を取り出そうとした。

 

 

 

 

現断(リアリティ・スラッシュ)

 

しかしその手は、木々が一斉に切断されたことで動きを止めた。彼のみならず、隊員達も突然の事態に思考が停止する。

 

「ぬううう!?」

 

対するソカルは天使でも破壊できなかった自らの身体がバラバラになってしまい驚愕と苦痛の呻きをあげる。

 

生命の精髄(ライフ・エッセンス)………体力は表記されていないな。仕様が変わったからか?」

 

上空から聞こえたのは、ソカルとは違う低く重みのある男の声だ。一同が声のしたほうを見ると、そこには二つの人影が宙に浮いていた。一人は黒い甲冑に身の丈はある大きさの斧を持つ戦士、体格から見るに女のようだ。もう一人は黒いローブを纏った大柄な男の魔法詠唱者、だがその顔と服から覗く身体は肉のついた生きた人間のものではなく白骨だ。

 

「あ、ああ………!」

 

陽光聖典はその白骨の姿を見て身を震わせる。それは先ほどまでの恐怖の怯えでない、歓喜からくるものだ。彼らは誰からともなく感動のあまり膝をつき、手を組んで上空の魔法詠唱者に祈る。何人かは涙を流し、彼の名を呟くのだった。

 

 

 

「スルシャーナ様……!」




エンリ「なんか今日は森が騒がしいわね」

ネム「どうしたのかな?」


ガゼフ「邪魔するぞ」


村人『え、戦士長様!?』

エモット夫妻ほか村人達、ガゼフの部下達生存。


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初陣

原作と同じ箇所は省いていきます


遠隔視の鏡(ミラーオブビューイング)で周囲の様子を見ていたモモンガは、ある場面で鏡の映像を止めた。鎧を着た集団が、無数の植物の枝に襲われていたのだ。枝の先は鋭い爪や獣の顎の形に変質し、顎で腕を喰いちぎり爪でズタズタに切り裂くなど騎士達に猛威を奮っている。彼らが抵抗虚しく一人また一人と惨殺されていく様を、モモンガは至って冷静に観察していた。

 

(動く植物か。これはトレントの仕業だろうか?)

 

未知のモンスターに静観しようとしたモモンガだったが、隣に立つセバスが助けないのかと問いかける。モモンガとしては別に興味なかったし、メリットがあるとも思えない。だがセバスはそうもいかなかったようで、真っ直ぐな眼差しで主に諭していく。その姿に彼の創造主であるたっち・みーの面影を重ねたモモンガは、情報収集という建前で襲われている人間達を助けることにした。

 

 

 

 

 

 

 

(用心のために現断(リアリティ・スラッシュ)を使ってみたけど、効いてるのか効いてないのかいまいちわからないな)

 

眼下の細切れにされた木々を観察しながら、モモンガは小首を傾げて考える。刃は全て当たったはずなのだが、切られた枝の下からは新しい木々が次々と生えてきていたからだ。

 

「モモンガ様。あのような雑草、御方が手を下すまでもありません。私におまかせを」

 

その植物を忌々しげに見るアルベドは、準備運動をするようにバルディッシュを振り回している。

 

「まあ待てアルベド、HPが表示されないということはレイドボスの可能性もある。ここは慎重に行動せよ」

 

「はっ」

 

全体飛行(マスフライ)を解いて地面に降り立つ二人を迎えるように、やや太い樹木からソカルの顔がまた浮かび上がる。

 

「まだ伏兵がいたか………!」

 

ソカルが声を発したことにモモンガは少しだけ驚く。

 

(知性があるのか?)

 

しかもソカルはこちらにも理解できる言語で会話している。ある程度強く知性を持つトレントという珍しい個体を前に、モモンガのコレクター魂が少しだけ揺れ動いた。

 

「アルベド、スキルを発動して私を守れ」

 

「はっ!」

 

とはいえ強さがわからない以上は捕獲など難しい。攻撃はアルベドに防がせ、ある程度ダメージを与えてみて様子を見てみることにする。

まず繰り出してきた枝の槍は、モモンガの前に立つアルベドに向かってくる。彼女はバルディッシュを振りかざして向かってくる枝を切り落としていくが、枝は思いのほか速く何本かは彼女の鎧に当たる。

しかし守護者最硬度を誇るアルベドにそんな攻撃が効くはずもなく、漆黒の鎧が枝を全て弾いた。

 

「む?」

 

ソカルはアルベドの固さに若干驚き、警戒してか枝を引っ込ませて様子を見る。対するモモンガもソカルの攻撃を観察して相手の戦力を考察した。

 

(アルベドにダメージが通らなかったということは、攻撃力はそこまで高くはないか。だが素早さは向こうのほうが上だな)

 

何せタンクのアルベドは守護者の中では二番目に遅いので、ソカルの攻撃を全て捌ききるのは難しいだろうが、向こうの攻撃がきかない以上はそこまで重要ではない、ここままアルベドに敵のヘイトを引き付けてもらえればモモンガが倒せるはず。

 

「攻撃は私が請け負う。アルベド、お前はそのまま防御に専念しろ。なるべくギリギリまで体力を削るぞ」

 

「かしこまりました」

 

言われるがまま、アルベドは防御に専念すべくスキルを発動しようとする。だが次の瞬間、アルベドの足元から石の根っこが生えてきた。

 

「!?」

 

「アルベド!?」

 

根っこはアルベドの周囲を取り巻くと、彼女の姿が見えなくなるくらい固く分厚く覆い始める。一瞬の間にアルベドは木の根でできた巨大なボールに閉じ込められてしまった。

 

「これで守り手はいなくなった………!」

 

したり顔を幹に浮かべるソカルは今度はモモンガに向けて枝の突きを繰り出してくる。モモンガは咄嗟に飛行(フライ)を唱えてソカルの攻撃から逃れようとするも、枝はどこまでも伸びてモモンガを追いかけてくる。

一目見ただけでアルベドの能力と役割を見抜き、必要最低限の手段で彼女の無力化をなし得たこのトレントはかなり賢いようだ。モモンガは改めて警戒レベルをあげ、空中で躱しながらも冷静に戦況を把握する。アルベドは閉じ込められてしまったが、彼女の防御力を考えれば倒されることはないはず。現に木のボールをちらりと見れば、グラグラ揺れながら振動音が鳴る度に拘束する枝がさらに重ねて覆い被さる。アルベドが脱出するのも時間の問題だろうと判断し、モモンガは少しでもソカルの注意を引くべく次の一手を仕掛ける。

 

獄炎(ヘルフレイム)!」

 

指先に灯る黒い火が迫りくる枝に付着した瞬間、導火線のように全ての木々に燃え広がった。

 

「ああああああああ!?」

 

苦痛の悲鳴をあげるソカルを見て、どうやら第七位階でも十分効果はあるらしいことをモモンガは確信する。

そして

 

「小癪なあああああ!!」

 

反撃された怒りのままに、地鳴りを響かせて地中から一際大きな樹木が現れた。

 

(あれが本体か?)

 

それを見てモモンガは再び生命の精髄(ライフ・エッセンス)で確認すると、今度はちゃんとHPが表記されている。全体のうち三割が減っている数値から察するに、レベル70に相当すると思われる。そう思ったモモンガはソカルのHPをさらに削るべく中堅ぐらいの魔法を仕掛けた。

 

「ナパーム」

 

これでHPの半分ほどを削り、後は低めの魔法で残りダメージを微調整しようと思うモモンガだったが、ソカルを中心に上がる火柱が激しく燃え上がっていく。

 

「ぎゃあああああああああ!!」

 

「は?」

 

断末魔の叫びをあげると同時に一気に減りはじめるHP。ソカルを包む業火は赤から黄土色に変色していき、巨木は薪の如く黒く小さく萎み、数値が0になる頃にはその場から消えてしまったのだった。

 

「………え、今ので死んだの? マジで?」

 

そこまで強くしたつもりはないはずなんだが。なんだか腑に落ちないモモンガは念のために敵感知(センス・エネミー)で周囲を確認するが、やはり敵の反応はない。できれば瀕死にしてナザリックに回収するつもりだったのに、もったいないことをしてしまったと、コレクターとしての気持ちから内心で落ち込んでいると、アルベドを拘束していたボールも黄土色の火の粉となって消えていった。

 

「モモンガ様! ご無事ですか!?」

 

「ああアルベド、見ての通り敵は倒せた」

 

慌てて駆け寄るアルベドに優しく声をかけるモモンガだったが、彼女は安堵と同時に不覚を取った悔しさと自身の不甲斐なさに身を震わせる。

 

「御方の危機に肝心なところで役に立たないなど………私は守護者統括失格です! かくなるうえは、この命で償います!」

 

「よい、お前の全てを許そう」

 

手にするバルディッシュで自らの首を斬ろうとするアルベドを止めるように、モモンガは彼女の肩に手を置いた。

 

「さてと………」

 

そしてモモンガは、いまだしゃがみこんでいる陽光聖典に向き直った。

 

「はじめまして。最初に言っておくが、私は無償で君たちを助けたわけではない。見返りとして、このあたりの情報を教えてくれるかね?」

 

堂々とした、しかしなるべく威圧的にならない程度の態度で彼らと対話しようとするが、陽光聖典達はそれが合図になったかのように、モモンガに向けて突然しゃがみこんだ体勢のまま額を地べたに擦りつけた。

 

『救済の御手に、心よりの感謝を捧げます! 死の神スルシャーナ様!!』

 

 

 

「………え?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(やれやれ、思いのほか厄介な相手だったな)

 

モモンガの炎に焼かれて、あえなく燃え尽きたかと思われるていたソカルだったが、現在はその身体は最初と変わらず森の中にいた。

 

(『極光の射手』から受けた敗北が、このような形で役に立つとはな)

 

ソカルの自在法『碑堅陣』は、自分自身を中核にして周囲に強固な石の森を広げる防御陣だ。形成された石の木々は軍隊規模の敵の殲滅にもは勿論、味方の援護にも最適と攻防一体の強力な力で、ソカルはかつての大戦でもこの自在法と持ち前の優れた戦運びで自軍の勝利に貢献していた。そんなソカルだったが生涯で一度だけ敗北したことがあり、それが自身の死に直結してしまった。

『極光の射手』カール・ベルワルド。空中からの高速戦闘と高い攻撃力の狙撃を誇る彼の自在法に対し、ソカルの性格と自在法は相性が悪かった。ソカルは敬愛してやまない主を侮辱されたことで冷静さを失ってしまい、さらにはカールの部隊が劣勢になって油断したこともあり、不用意にも敵の眼前に本体を曝してしまい、そのまま討滅されてしまった。

 

しかし今回の戦いでは、その苦い経験を利用させてもらった。

まずソカルは自らの本体を眠らせて、意識の一部を小規模の『碑堅陣』に移した。そしてある程度敵の戦力を観察してから、地中に作って置いた『一際大きな“存在の力”持つ樹木型の“燐子”』を地中から晒したのだ。それを見てソカルの本体が現れたと思い込んだ敵が、攻撃を開始した瞬間に“燐子”を破壊。同じタイミングで『碑堅陣』を解除すれば、あたかもソカルはその場で倒されたかのように偽装できるというわけである。念のために本体の“存在の力”を可能な限り薄めて敵に感知されないように努めたが、どうやら気付かれずにすんだらしい。トーチに寄生していたのも功を奏したようだ。

改めて敵が追ってきて来ないのを確認すると、先ほどのモモンガとアルベドの戦力を分析する。

 

(観察した限り、あの女戦士のほうは大したことはない)

 

小手調べ用とはいえ、『碑堅陣』を防ぐほどの固さは確かに厄介だ。だが根の檻に閉じ込めたあとの彼女の戦い方を見て、ソカルはあることに気づいた。アルベドは口汚く罵りながら斧を乱暴に振り回して脱出を図っていたが、ソカルの目から見るとあまり頭のいい戦い方とは思えない。自分が同じ立場ならば、まず拘束するものの性質を見極めてからいくつかの攻撃パターンを試してみる。しかしアルベドは怒りに我を忘れて、バカの一つ覚えのように攻撃するだけでパターンを変えてはいなかった。力任せにやれば絶対に脱出できるはずと信じて疑わないその行動は、まるでそれしか戦い方を知らないようだ。

 

(同格以上との戦い方を想定していない………というよりは経験がないのか?)

 

ソカル自身も思い当たることがあるために、なんとなくそんな気がした。あの女は力が強いクセに………いや、あるいは強いからこそ弱者以外との戦闘経験が少ないのかもしれない。それならばまだ付け入る隙はありそうだ。

 

(問題は、あの骨の異形か)

 

アルベドと違い、モモンガは明らかに()()()()()()()。冷静な判断力、相手のだいたいの戦力を見極めて力を温存しつつ、適切な自在法を使い分ける分析力、さらにはあの強大な力。総合的な戦闘力だけならば“紅世の王”に匹敵する力を秘めているに違いない。

 

(まあ、アシズ様の足元にも及ばんだろうがな)

 

内心で偉大なる主を称える出汁にしつつ、ソカルは森を見渡した。

 

(さて、そろそろ()()()の片付けも済ませねばな)




その時のアルベド

アルベド「クソがああああああああ!! 雑草の分際で私を閉じ込めるたあいい度胸してんじゃねえかゴラア!!!! こんなところにいたらモモンガ様に私の活躍を見せられねえだろうがあ!! さっさとここから出せや!! 出せ出せ出せ出せ出せ出せ出せ出せ出せ出せ出せ出せ出せ出せ出せ出せ出せ出せええええええええええ!!!!」バルディッシュぶんまわしながら


ソカル(ええ………)(引)



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後始末

陽光聖典 は 生き延びた !
モモンガ の 信者 が増えた !

これにてソカル編は終了です


自身を神と崇める陽光聖典から可能な限り情報を聞き出したモモンガは、この世界に関するユグドラシルとの違いを改めて理解した。どうやらこの世界では平均的な強さが極端なまでに低いようで、彼らのように第三位階魔法を使えるだけで強者扱いされるほどだという。

 

(一番強い魔法詠唱者でさえ第六位階までなんて、どんだけレベル低いんだよ………)

 

そして彼らが所属するスレイン法国だが、話によるとモモンガと同じくユグドラシルプレイヤーが関与しているらしい。六大神が一人、死の神スルシャーナ。特徴から察するにそのプレイヤーもオーバーロードだったのだろう。

 

「御身がお隠れになってからも、我らは人類守護のために日夜身を削って戦い続けてきました。そして今日この日、我らが生きているうちに降臨なされる瞬間に立ち会えるなどとは………もはや今日死ぬとしても悔いはありません!!」

 

先ほどから涙を流してモモンガを称えるニグン達は、どうやら彼を自身が信仰する神と勘違いしているようだ。おかげでモモンガが聞きたい情報を何の疑いもなくペラペラと喋ってくれるので都合がいい。

 

「あ~、うん。それでそなた達は、これからどうするつもりだ?」

 

話によると彼らはガゼフという王国で一番強い戦士を抹殺するためにこのトブの大森林に来ていたらしいのだが、作戦中にあのトレントの縄張りに入ってしまい襲われてしまった。このまま作戦を続行するかと思ったが、ニグンは真剣な面持ちで答えた。

 

「いえ、まずは本国に戻ってスルシャーナ様のご帰還を祝うべきと思います。ガゼフの抹殺などはいつでもできますが、神に関することであれば急がなくてはなりません」

 

「え、いや。それはちょっと………」

 

動揺して思わず素が出そうになったモモンガに沈静化が働く。

現在のスレイン法国にはプレイヤーはいないとのことだが、彼らの配下のNPCはまだ残っているらしい。もしも六大神というのが敵対していたギルドであった場合は、いろいろとややこしい事態になるに違いない。しかもモモンガは先ほど出陣しようとした時に何者かに監視されているのを察知し、対情報系魔法の攻性防壁を作動させてしまった。あれがスレイン法国側の工作だったとしたら、敵対行為をしてきたモモンガが法国で袋叩きにされかねない。慎重派のモモンガとしては避けたい事態だ。

 

「あ~、気持ちは大変嬉しく思う。だが私にはまだやらねばならぬことがあるゆえ、今すぐ帰還はできない」

 

「そんな!!」

 

「それと、法国には全てを話すのはやめてほしいのだ。私が帰還したことは内密にせよ」

 

モモンガとしてもこの集団から聞けることはもうないが、これだけ盲信してくれるのであれば法国へのスパイとして利用できるかもしれないと考えた。

とはいえあまり自分達の情報を晒すのも危険なので、ここは最後まで『スルシャーナ』で通すことにする。

 

「私に変わらぬ信仰を捧げてくれるそなたらを信頼してのことだ。どうか聞き届けてほしい」

 

「す、スルシャーナ様……!」

 

信仰する神が自分達ごときを信頼していると言ってくれたことに、ニグン達は歓喜の涙を流す。

 

「………承知いたしました。御方のことは我々の胸にのみしまうこととします」

 

「うむ、では私は行く。私のほうから連絡用のシモベをつけさせるが、もし何か変化があればそちらから伝えよう」

 

「は!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「さすがはモモンガ様ですわ。あの人間達の信仰を逆手にとった懐柔、見事な手腕です」

 

「なに、大したことはしていないさ」

 

その後、ニグン達と別れてから二人は夜空の下を歩いていく。アルベドが内心で『夜空デート』を意識してニヤニヤしているのを知らず、モモンガは改めてソカルのことを考えていた。

この世界の強さの水準は確かに低い。だが先ほど倒したあのトレントは、ニグン達とは違った異質な何かがあった。

 

(なんだろうな………単純な強さ云々以前に、場違い感がすごいというか……)

 

まるでもともとの画像に、別の画像の一部を張り付けたような違和感。そこに存在するはずなのに、存在しないもの。

 

(………まあ死んじゃった以上、考えてもしょうがないか)

 

単にこの世界特有の生き物だったから、そう感じただけかもしれない。そう思い直してモモンガはナザリックに転移したのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

国王からの命を受け、周辺の調査をしていたガゼフ一行。最後にたどり着いたカルネ村はいまだ被害を受けていなかったらしく、村人達はみな何事もない様子で彼らを出迎えてくれた。

彼らに事情を説明した数時間後、周辺の森を調査しだしたガゼフ達はあるものを発見した。

 

「これは………!」

 

それは大量の、鎧を来た人間の死体だった。ある遺体は鋭利な五本の爪に切り裂かれ、ある遺体は大きな顎で頭ごと喰い千切られるという惨たらしい有り様だ。いずれも大型の獣に殺されたとみるのが妥当だろう。

 

だが遺体が着ている鎧は帝国兵士のものだ。おそらくここ最近の村の襲撃の実行犯に違いないが、問題はなぜ彼らが死んでいるのかだ。農民を徴収しているだけの王国兵と違い、帝国兵は末端に至るまでが鍛え抜かれた精鋭揃いばかりで、猛獣ごときに全滅するとは考えられない。一体彼らを殺したのは何者なのか。

こんな芸当ができるモンスターに、ガゼフは一つだけ心当たりがあった。

 

「『森の賢王』……」

 

トブの大森林に生息する強大なモンスター、『森の賢王』。

それならば帝国兵士である彼らが全滅したとしても不思議ではない。おそらく彼らは知らず知らずのうちに、森の賢王の領域に入り込み蹂躙されたのだろう。他者を蹂躙していた者が逆に他者から蹂躙されるなど、なんとも皮肉な話だ。

 

(………余計な気苦労がなくなったと、安堵すべきなのだろうか?)

 

あまり嬉しい気持ちではないが、今はそう思っておいたほうがよさそうだとガゼフは目を伏せる。

 

「とにかく、陛下にこのことを報せねばならんな」

 

「は!」

 

今日は一日中走り回って部下達も疲れている。今夜カルネ村で英気を養ってから明朝王都に戻るべきだろう。遺体をくるんでからその場をあとにしようとしたガゼフだったが、

 

「………?」

 

ふと、何か気配を感じた。振り向いてみるがそこには何もなく、気配は消えてしまった。

 

「戦士長?」

 

「いや、なんでもない」

 

疲労がだいぶ来てしまったのかもしれないと思い直し、ガゼフは今度こそ馬を走らせた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(これで後始末はすんだか)

 

『碑堅陣』の目を通してガゼフ達の動向を監視していたソカルは、彼らが森から出ていくのを見届けてようやく肩の荷を下ろす。

 

ソカルは偽装兵士達を殺すさいに生まれるであろう問題にまず頭を悩ませた。彼らをただ殺してしまうと、誰に殺されたかを調査することになり、王国からまた人が送り込まれてしまう。そうなると近い将来ソカルの存在が知られてしまい、あとあと面倒なことになってしまう可能性が高いのだ。

そこでソカルが着目したのが、カルネ村の周辺に生息しているという『森の賢王』というモンスターの噂だ。もとから存在するモンスターのせいということにしておけば、それ以上捜索しようとすることはなくなるはず。だからソカルは『碑堅陣』の枝の形を獣の牙や爪に変えてから彼らを殺すよう、細心の注意を払った。

そして目論見通り、ガゼフ達は兵士達を殺したのは『森の賢王』であると考えて森をあとにした。兵士の正体が法国の一団であるということには気づいてはいないので、王国と帝国の関係にいざこざが生じるかもしれないが、そちらは人間同士の問題ゆえソカルにとって知ったことではない。

 

(しかし今日は疲れた………慣れないことなどするものではないな)

 

久しぶりの強敵との戦い、もともとあまり得意なほうではない“燐子”作り。両界にいた頃であれば人間を喰らわなければいけないほどの消耗だったが、この世界に来てからは時間が経てば“存在の力”が回復するのだからありがたい。それに、労苦に見合った収穫は確かにあった。

モモンガとアルベド、おそらくこの世界に来てから初めて出会った強敵。近いうちにまたあいまみえることになるかもしれない二人に、今のうちに対抗する術を考えておくべきだろう。

 

(さて………村はどうだろうか?)

 

カルネ村の近くに配置した碑堅陣の視界を繋げてみると、ちょうどガゼフ一行が戻ってくるところだった。あたりはすでに暗くなっているため、彼らは今夜この村で一泊してから翌日王都に戻るつもりらしい。見届けたソカルが視界を切ろうとすると

 

「ほら、そろそろ寝なさい。明日は街へ出かけるんだからね」

 

「は~い!」

 

聞き慣れた声がして、思わずそちらを見てしまった。案の定視線の先にはベッドに乗っているネムの姿があり、彼女は窓を閉めようと身を乗り出している。ギイと古い家屋特有の音を響かせる窓を、すんでのところでほんの少しだけ隙間を作り、ネムはチラリと森を見る。

 

「おやすみなさい」

 

そう小さく呟くと、今度こそ窓を閉めた。

 

 

 

その挙動にソカルは一瞬だけ目を見開くも、次いであきれたようにため息をついた。

 

(まったく………誰に言っているのやら)

 

その意味に気づかないふりをしつつ。ソカルも意識を眠らせたのだった。




陰険悪辣の嫌なやつと言われるソカルでしたが、漫画版を見ると部下にはかなり慕われているんですよね。目下の相手には面倒見よかったのかな?



お気に入り100越えありがとうございます!!


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立ち塞がった壁

アシズ様パートはまだしばらく先になります。


最強の傭兵、ブレイン・アングラウス。

かつての御前試合でガゼフ・ストロノーフと互角に渡り合い、後一歩のところで敗北した彼は、彼へのリベンジの為に剣を磨き続けていた。

生まれついてのタレントの力もあり、その力はアダマンタイト級に相当するほどに磨き上げられた。もはや彼を倒すことができる戦士など、王国最強のガゼフしかいないとされている。

そのはずだった。

 

「はっ………はあ……!」

 

盗賊の用心棒として雇われていたブレインは、現在一人の男と相対していた。幾重にも巻いたマフラー状の布で顔を隠し、硬い長髪と暗がりに溶け込むような黒マントが特徴的で、厚手の皮つなぎとプロテクターで覆われた肌が露出していない背の高い男だ。

大方盗賊を捕らえにきた冒険者の類いか何かだろうと思ったブレインは、不謹慎ながら好都合だと思った。今の自分が、ガゼフにどこまで近づけたのかを知るまたとない機会だと。

そして現在、戦況は圧倒的であった。

ブレインの劣勢という形で。

 

「…………なんで!」

 

現在進行形で起きている事態に、ブレインは錯乱寸前の理性を必死にとどめる。眼前の男が手にしているのはどこにでもありそうな安価なダガー。長剣を扱うブレインと戦うにはとても心もとない武器のはずなのだ。なのに男はブレインの太刀筋を正確に読み取り、眼にも止まらぬ早業で彼の剣技をいなしている。ブレインががむしゃらに剣を振っても、男の衣服にすら刃先が掠ることがない。

そして卓越した剣士であるブレインは、男が全く本気を出していないことにも気づいてしまった。男にとってブレインとの戦いは、さながら寄ってくる羽虫を叩き落とす『作業』でしかないのだろう。

 

その事実を前に、ブレインのアイデンティティに皹が入っていく。

剣筋がまったく見えない。

そもそも敵と認識されているかどうかすらわからない。

なんだこれは。なんだこれは。

なんだこれはなんだこれはなんだこれはなんだこれはなんだこれはなんだこれはなんだこれはなんだこれはなんだこれはなんだこれはなんだこれはなんだこれは。

 

(なんなんだよ、こいつはあ!?)

 

俺の研鑽は一体なんだったんだ?

ただ棒きれを他人よりうまく振り回していただけで、いい気になっていただけではないのか?

否定的な思いとすがりたい思いで頭の中がぐしゃぐしゃになる。

 

そして、

 

 

 

 

 

ガキィン!!

 

 

 

ブレインの剣が、男のダガーで空高く弾き飛ばされた。ヒュンヒュンと回転しながら落下する剣の切っ先が地面に突き刺さった瞬間、ブレインの中の何かが粉々に砕けちった。

 

「うっ……………うああああああああああああああああああ!!」

 

もうダメだっだ。限界だった。断末魔にも等しい絶叫をあげて、男に背を向けてブレインは逃げ出す。できるだけ遠くへ、できるだけ男が視界から見えなくなるところまで。

だがそんな彼を、男が背後から押し倒す。

前のめりに倒れたブレインを馬乗りになるように地面に縫い付け、片腕を後ろ手に押さえつけて身動きが取れないようにされてしまう。

 

「ちくしょう! 放せ、放せよおおおおおおおおおお!!」

 

もうやめてくれ、これ以上俺を惨めにさせないでくれと、顔を涙でぐしゃぐしゃにし、空いた片手で地面を引っ掻き身をよじって暴れるブレインに返された言葉は、

 

「………すまなかった」

 

小さな、それでいて誠意のこもった謝罪だった。

 

「………は?」

 

男の言葉の意味がわからず、ブレインは暴れるのをやめて首を回して男を見る。

 

「お前が今、俺に対してどんな気持ちを抱いているのかはわかっている」

 

まるで影を人の形に固めたような輪郭は、およそ表情などわからない。

 

「恐怖、劣等感、圧倒的な強者を前にして己の限界に絶望している。そんなところだろう」

 

的確に指摘された己が感情に、ブレインの胸中が再び嵐のように荒れ狂う。

 

「っ………お前に何がわかるっていうんだよ!?」

 

「わかるさ。俺もそれを経験したからな」

 

「はあ!?」

 

嫌味のつもりなのかと睨みつけるブレインだが、男の目線は依然真っ直ぐだ。とても嘘をついているようには見えない。

 

「抗することなど不可能と分かる、圧倒的な力。あれを前にした者の、どうしようもない感覚を、俺は確かに感じた」

 

男はブレインを拘束する手を緩めて立ち上がる。

 

「だからこそというべきか、あれから見れば俺も、お前も、大して変わらぬ存在なのだと理解できた」

 

呟く男が夜空を見上げれば、満天の星が煌めいている。だがその視線は、ここではないどこかを見ているようだった。

 

「ゆえにお前には、()()()と同じ軛を踏ませるわけにはいかない」

 

ゆっくりと上半身を起こすブレインは、呆然と男の言葉に聞き入る。彼の言っている意味はブレインには理解できない。できないが、そこに込められた感情がなんなのなかはほんの少しだけ感じられた。

後悔、罪悪感、喪失感、そして………愛しさ。

ブレインは星空を眺める男の姿を、なぜか脳裏に刻まなければいけない気がした。

 

「強くなりたいならば一向に構わない。だが、俺の見えないところで勝手に死なれるのは寝覚めが悪い」

 

なぜ、この男は自分ごときにそれほど気を遣うのだろうか………当然の疑問のままに、ブレインは口から自然に出た問いを述べる。

 

「………一体、お前はなんなんだ?」

 

男は見上げていた顔をブレインに向ける。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「“壊刃”サブラク。小さき蝶を探す殺し屋だ」

 

黒い相貌から覗く茜色の眼光が、細められるように揺れた。




最初はとむらいの鐘メインで行こうかと思ってましたが、サブちゃん好きなので出しました。


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冒険者

なんか前回のあげてからお気に入り・アクセス数・コメント・評価が爆上がりしたんですけど………(゜ロ゜;)

みんなそんなにサブちゃん好きなの?


周辺の調査とナザリックの維持費確保のために冒険者を始めることにした、モモンガ改めアインズとナーベラル。彼は現在ギルドのクエストボードを見ながら悩んでいた。

 

(………読めん)

 

異世界に来たから当然と言えば当然なのだが、書かれている文字の内容がわからないのだ。アルファベットともアラビア文字とも違う模様の羅列は全く理解不能で、中身が小卒の鈴木悟であることもありお手上げ状態だ。

 

(もういっそ、何枚か適当に選んで受付で聞いてみるか)

 

最悪、異国出身であることを口実に依頼書の内容を聞いてみればいいだろう。そう思い立ち、依頼書に手をかけようとしたら

 

「あ~、こんなところにいたんすね!」

 

急に背後から声がして、ナーベとともに思わず振り向いた。そこにいたのは金色の髪の軽薄そうな冒険者で、弓を担いでいるのを見る限りレンジャーと思われる。明らかに見覚えのない男のはずだが、彼はアインズ達にずいぶんと親しげに話しかけてくる。

 

「予定の時間を過ぎても来ないから心配したんですよ~………ってあれ?」

 

ヘラヘラした笑みを引っ込ませ、男はアインズの漆黒の鎧をジーッと見つめる。それはもう、文字通り頭の天辺から爪先までだ。

 

「なんなのです? モモンさー……んをジロジロと眺めて、この失礼なゴミムシが」

 

見かねたナーベラルが汚物でも見るような目線で暴言を吐き、慌ててアインズがその頭を軽く叩く。

 

「失礼した」

 

「あ、いや………俺のほうこそ悪かったよ。知り合いに似てたもんで、人違いしちまったみたいだ」

 

頬を掻いて申し訳なさそうにする男に、アインズはそうですかと頷く。

 

「ルクルット、何をしているんですか?」

 

そこへさらにかけられる声。見れば三人の冒険者が歩み寄ってきた。

 

「いや~、思いのほかそっくりな人を見つけちまったからさ、つい話しかけちまったんだよ」

 

「そっくり……?」

 

金髪の男、ルクルットの言葉を聞いて三人の視線がアインズに集まる。やっぱりじっくりと全身を眺め、なるほどと互いの顔を見合わせた。

 

「あの………貴方達は?」

 

「あ、これは失礼しました!」

 

初対面の相手に失礼な態度をとってしまったと、青年戦士が頭を下げて謝罪する。どうやら彼がこの一党のまとめ役のようだ。

 

「我々は冒険者チーム『漆黒の剣』といいます。新参の冒険者の方ですよね?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「なるほど。私が皆さんのお仲間によく似ていたから、間違えて声をかけてしまったというわけですか」

 

「お恥ずかしい限りです」

 

ギルドのテーブルに座って自己紹介をしあった面々は、アインズを間違えたことに気恥ずかしそうにしている。とはいえこれだけいる冒険者の中、そんなに間違うものだろうかと疑問にもなる。

 

「だってさ、少なくともこのギルドで頭まで黒い鎧で隠してる冒険者なんて一人しかいないだろ?」

 

「確かに似てますね。黒っぽいフルプレートアーマーに、大きな武器も背負ってますし」

 

平凡そうな顔立ちの青年戦士、リーダーのペテルが頷く。

 

「背丈だって同じくらいじゃないでしょうかね?」

 

中性的な顔立ちの魔法詠唱者、ニニャが隣に聞く。

 

「アーマーのデザインはスマートではあるが、確かによく似ているであるな」

 

ヒゲの生えた大柄なドルイド、ダインが同意する。

 

「だろ~!? おまけに美人な相方までいるだなんて、うらやましい限りだよなあ」

 

「こっちを見るなフナムシ」

 

「くう~! なんて冷たい言葉のナイフ!」

 

胸を押さえて喜びに震えるルクルットを見てアインズはどうにも気になって仕方がなかった。ここまで似てる似てると言われるその冒険者とは、一体どんな人物なのだろうか。

 

「それで、その方は現在いらっしゃらないのですか?」

 

アインズの問いに、漆黒の剣はキョロキョロとギルドの周囲を見渡す。

 

「集合時間はすでに回っているんですけど、まだ姿が見えませんね………」

 

時間はしっかり守る人達なんですけど、とペテルが心配そうに呟き、何かあったのだろうかと一同の顔に心配の色が見てとれる。ちょっと様子を見ていこうと、ルクルットが立ち上がろうとした時だった。

 

「待たせたああああああ!!」

 

ギルドの扉がバンッと大きく開かれ、銅鑼を鳴らすような大声が屋内に響き渡った。その声に居合わせた冒険者達の肩がビクリと大きく跳ね、ナーベラルは思わず耳を塞いで綺麗な顔を苦悶に歪め、アインズの漆黒の鎧の内部で音が反響する。

 

(な、なん!?)

 

人間だったら頭が割れるんじゃないかと思う大音量に思わず音の発生源を見れば、ギルドの出入口から一人の大男が身を屈めて入ってくるのが見えた。身長はアインズと同じぐらいだが、両腕両足が彼よりも太ましく威圧感が尋常じゃない。全身を包むのは胸部に染料で白い双頭の鳥が描かれた、濃紺のフルプレートアーマー。頭部には三列のスリットがある同色のヘルムをかぶり、背中にはアルベドが持つバルディッシュよりも巨大なバトルアックスを背負っている。

 

(デカッ………!!)

 

何から何までが巨大で、とても人間とは思えない風貌に内心でドン引くアインズをよそに、大男はガシャンガシャンと鎧の音を響かせてゆっくりと歩を進める。

するとその後ろから、もう一人が入ってくる。重厚な雰囲気の大男とは対照的に、儚げな雰囲気を纏って後に続くのは線の細い美女だ。薔薇色のローブに切り揃えられた薄桃色のショートヘアー、彫刻のように整ったかんばせは両目を伏せてなおその美しさを際立たせ、さながら一輪の花のようだ。

 

「あ、ウルリクムミさん! アルラウネさん!」

 

そんな異質とも言える二人組に、あろうことかニニャが手を振って声をかけた。ほか三名も動じる様子なく笑顔を見せているところをみるに、どうやらあの二人が残りの仲間らしい。

 

「お怒りで?」

 

歩み寄る二人のうち、薄桃色の美女が申し訳なさそうに問いかける。

 

「全然平気っすよ~! むしろ美人を待たせるほうが申し訳ないっていうものっすよ!」

 

ルクルットが調子よく答えれば、隣のニニャがその横腹に肘鉄を食らわす。

 

「でもお二人が遅れるなんて珍しいですね。何かあったんですか?」

 

ペテルの問いに鎧の大男、ウルリクムミが腕を組んで肩を落とす仕草をする。

 

「実はあああ、ここへ来る道中にいいい、荷馬車が倒れるという事態になってしまったのだあああ。通りかかった身の上えええ、見て見ぬふりをするのも忍びなくううう、手を貸していたら遅くなってしまったあああ」

 

ウルリクムミが喋るたびに、鎧の反響のせいか語尾が伸びている。

 

「うむ、そういうことならば仕方がないであるな」

 

笑い混じりに話す彼らとは裏腹に、アインズはウルリクムにチラリと視線を移す。改めて間近で見ると、大男というよりは壁と形容したほうがいいほどの存在感だ。比較的大柄なダインが子供に見えてしまう。

 

「………そちらの両人は?」

 

ここでアインズとナーベラルの存在に気づいたアルラウネが口を開き、ペテルが手で指し示して紹介する。

 

「はい、こちらのお二人は今日ギルドに来たばかりの新参の冒険者さん達なんです」

 

「モモンです………」

 

「ナーベ………です」

 

紹介されて名乗るだ二人だったが、正直ウルリクムミの重圧に気圧されかかっている。対する二人は、アルラウネが淡々と、ウルリクムミが堂々と自身の名を告げた。

 

「“架綻の片”………アルラウネとお呼びくださいませ?」

 

「俺はあああ、“巌凱”ウルリクムミいいい。以後よろしく頼むううう」

 

 

 

ペテル達に紹介され、アインズ達はウルリクムミとアルラウネの経歴を聞くことになった。二人はもともと王国よりも遠方の土地から来た人間で、今から三年ほど前にこのエ・ランテルに訪れて冒険者になったとのことだ。成り立ての頃は冒険者の勝手がわからず困り果てていたらしく、同時期に冒険者になった漆黒の剣とパーティーを組んでからは一党の主力として活躍している。

ウルリクムミの職業は重戦士で、動きは鈍重ながらもオーガ数体を真っ二つにするほどの怪力とどんな攻撃にも耐えうる強靭な肉体を持っている。そんな見た目通りのパワー系戦士かと思えば、卓抜した戦術眼と統率力を持つ軍師の能力をあわせ持った武人だ。

対するアルラウネは第四位階に相当する多彩な魔法を駆使する魔法詠唱者で、ウルリクムミ達の補助に回ればこれ以上ないほど心強い存在だ。

そんな彼等の首にかかるプレートは「白金」、同じチームである漆黒の剣の四人が「銀」でありながら破格の階級だ。

 

「でも正直なところ、お二人は白金に収まるほどの強さじゃないと思うんですよね」

 

その気になればアダマンタイトにだってなれるはずと、ニニャは興奮するように話す。見れば漆黒の剣のみならず周囲の冒険者達もうんうんと頷いているので、相当な実力があるようだ。

とはいえこの世界の平均的な強さの水準はナザリックと比べるまでもないので、アインズとしては興味ない話だ。

 

「同じ異国育ち同士いいい、わからないことがあれば相談してくれえええ。可能な範囲であれば力になろううう」

 

「ありがとうございます」

 

とはいえかなり顔の知れた冒険者と仲良くなって損はあるまい。今のうちに好意的に接しようと、アインズは差しのべられた手を握り返す。

 

「では早速なんですが、銅の冒険者として最初に受けるべき依頼はどんなのがよろしいでしょうか?」

 

そしてこれ幸いと、依頼に関する相談をした。自分達はそれなりに強いと自負しているので、できれば現在受けれる依頼の中で難易度の高い依頼を受けたいとアインズは説明する。

それに対して案を出したのはウルリクムミだ。

 

「ならばあああ、我々の仕事を手伝うといいい」

 

彼らはこれからモンスターを狩りに行くところで、その手伝いで報酬を得るという比較的簡単な仕事を提案した。狩ったモンスターの分、金も上乗せされるので腕に覚えのあるアインズなら都合がいいはず。

他の面々もウルリクムミに賛同しているので断る理由はなかった。

 

「なるほど………ではその依頼、お受けします」

 

「うむううう。何かあったら俺達がフォローするゆえええ、安心するといいい」

 

ガシャンと、ウルリクムミは自らの胸を叩く。その姿にアインズはかつてのギンメンである武人建御雷の姿を重ねた。

 

(そういえば………武人さんも俺がクランに入りたての頃、こう言ってくれたっけな)

 

思わぬところで見た仲間の面影に感傷に浸っていたアインズだったが、ナーベラルは不愉快そうに眉間にシワを寄せる。

 

「別にお前の世話になる必要などありません。モモンさー…んは誰よりも強いのですか「ナーベ」っ……申し訳ありません」

 

「ふむううう……」

 

すんでのところでアインズが叱れば、ナーベラルはシュンと縮こまる。彼女としてはアインズのほうが彼らよりも強いことを知っているので、見下されているようで面白くないのだろう。だがアインズはたまったものではない、これから一緒に仕事する相手に悪印象を持たれたら今後の冒険者としての活動に支障が出てしまいかねない。チラリとウルリクムミの顔色を伺うが、その顔はヘルム隠されていてどんな表情をしているかはわからない。ただ彼の雰囲気から察するに言動そのものには不快になったわけではなさそうだ。ウルリクムミは顎に手をやり少し考えるこむ仕草をすると、間を空けてからナーベラルに語り始めた。

 

「ナーベとやらあああ。そなたがモモン殿を信頼しているのはよく理解できたあああ。しかし戦いとはあああ、いついかなる時も想定を上回る事態になるものだあああ。あまり過信しすぎるとどこかで足元を掬われるのを覚えておくといいい」

 

それは歴戦の強者が語るアドバイスだ。ウルリクムミの言葉には確かな重みがあり、聞く者はつい真剣な面持ちになって彼を注視してしまう。

 

「俺の古き戦友もおおお、強大な力を持ちながらあああ、己が力に慢心して討ち死にしたあああ。余計なお世話かもしれぬがあああ、お前はいささか慢心している気位があるううう。それではいつの日か身を滅ぼすことになると思ええええ」

 

なんともありがたい言葉か。漆黒の剣のみならず、アインズでさえもうんうんと頷く。

 

「ですから余計なお世話です!」

 

だが言われた当のナーベラルだけは、煩わしいと言わんばかりに返す。とても先輩を敬う態度ではないその様に、アインズが慌てて彼女を叱る。

 

「おいナーベ!」

 

これ以上でしゃばるな! と続けようとした言葉は、しかし別の声に遮られてしまった。

 

「………年長者の忠告には、耳を貸すべきでは?」

 

発言したのは、伏せた目のまま顔をしかめるアルラウネだ。大方身内を悪く言われたことを不快に感じてしまったのだろう。だが当然それを聞いて素直に頷くナーベラルではない。

 

「年長者だからなんだというのです? モモンさー……んが強いのは事実なのですから、そんなムシケラの戯れ言など余計なえた世話以外の何者でもありません」

 

さらにこの期に及んでのムシケラ発言。さすがに漆黒の剣のメンバーも仲間を侮辱する発言にムッとした表情になり、アインズは今度こそナーベラルを止めようとするが、

 

「他者をムシケラ呼ばわりとは………随分下品な殿方に教育されたお嬢様でいらっしゃいますね?」

 

「…………は?」

 

明らかに挑発の混じったアルラウネの発言に、それまでストッパーに撤しようとしていたアインズの声のトーンが下がった。

 

(今、この女はなんて言った?)

 

下品な殿方に教育されたお嬢様。お嬢様がナーベラルのことならば、教育した殿方というのは彼女の産みの親である弐式炎雷のことをさしているのだろう。

 

(弐式さんを………俺の仲間を、下品だと?)

 

その発言を聞いた瞬間、アインズの纏うオーラがドス黒くなる。そばでやり取りを見ていた、漆黒の剣とナーベラルが身震いするくらいに。

 

「それは………彼女の親を愚弄しているのですか?」

 

「いえ? ただ私が知る限り、初対面の御仁をムシケラと呼ぶ者は大抵が下品で粗野な輩ばかりだったもので?」

 

そのオーラを向けられているはずのアルラウネは、涼しげな顔で小首を傾げる。下品に次いで粗野などと付け足されたことで、アインズはガタンと椅子を倒して立ち上がる。

 

「なんだと、貴様ぁ……!!」

 

「事実でしょう? 礼儀作法のなっていない方を正すのは当然の行いでは?」

 

明らかに険悪なムードに、居合わせた面々が顔面蒼白になる。特に漆黒の剣のメンバーとナーベラルはおろおろと二人を交互に見合う。

まさに一触即発、この場で乱闘でも始まりかねない空気にほかの冒険者達は恐怖から身動きがとれなくなるが、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「渇ああああああああああああつ!!!!」

 

その空気を吹き飛ばすように、ウルリクムミの雄叫びが屋内に響きわたる。一同は耳を押さえて耐えるが、アインズは突然のことにしりもちをついてしまった。

 

「アルラウネえええ、これからともに仕事をこなす相手にいいい、無礼な態度を取るものではないいいい!!」

 

「ですが御大将!?」

 

「そなたの思いはしかと伝わったあああ。ゆえにこそおおお、このような些事で厄介事を起こすものではないいいい」

 

彼女はウルリクムミの言いたいことを理解したのか、申し訳なさそうにそこで口をつぐんだ。

 

「モモン殿おおお、我が副官が失礼したあああ」

 

「いえ……私のほうこそ、大人げなかったです」

 

差しのべられたウルリクムミの手を握り、立ち上がったアインズはばつが悪そうに項垂れる。沈静化も働いたことで冷静さを取り戻し、自身の醜態を恥じる。

 

「しかしいいい、連れの作法はしかとすべきであるぞおおお。此度のような事態があああ、今度は軽くすむとは限らぬぞおおお」

 

「全くもって、すみませんでした……」

 

ぐうの音も出ない正論。ナーベラルが横でまだ何か言っているが、構わずアインズは彼女の頭を鷲掴んで無理やり頭を下げさせる。

とりあえずここでの騒ぎはこれで収まったようだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

「あの~………冒険者モモンさんはいらっしゃいますか?」

 

そこへ、おそるおそるといった様子で受付の女性が声をかけてきた。二人のピリピリした雰囲気に近寄れなかったが、ウルリクムミのおかげでようやく入ることができたらしい。

 

「ご指名の依頼があります。依頼主はンフィーリア・バレアレ様です」




その頃のトブの森



ソカル「ぶえっくしょん!!!!」


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初めての依頼

アルラウネの自在法は完全に捏造です。


アインズを指名した薬師の少年、ンフィーレア・バレアレ。彼は薬草採取のためにカルネ村までの警護と手伝いを依頼した。とはいえ彼はすでに漆黒の剣の依頼を受けたばかりであるため、ならば彼らの依頼をすませたあとでアインズが漆黒の剣を雇うという形で協力しようという話になった。

 

 

 

 

一同は広い草原の岩肌で休憩し、アインズはウルリクムミに話しかける。

 

「いや~、早速お世話になってすみません」

 

「案ずることはないいい。遠方から来たばかりの貴公らにはこの辺りの土地勘は疎いはずううう。先達として我らが導くのも必然んんん」

 

「ウルリクムミさんの言う通りですよ。特にこの辺りはモンスターの討伐依頼が出たばかりで危険ですからね」

 

ナーベラルに言い寄るルクルットをよそに、談笑しあう一同は様々なことをアインズに教える。カルネ村の周辺に住む『森の賢王』のこと、塩や砂糖を作る生産魔法のこと、アインズにとってはどれも新鮮な話題のようでふむふむと聞き入っている。

ときにルクルットが二人の関係について下世話な質問をし、ついナーベラルがアルベドの名を漏らしてしまうなどのアクシデントがあったものの、ペテルが気を遣ってくれたおかげで余計な詮索はされずにすんだ。

 

 

ここでふと、ルクルットのふざけた態度が急に鳴りを潜める。

 

「早速おいでなすったぜ」

 

レンジャーとしての彼の聴覚が知らせる。すぐ近くの木々から、群れをなして歩むモンスター達の存在を。

 

「グオオオオオオ!!」

 

オーガ数十体、ゴブリン数十体の大群。アインズから見れば雑魚にすぎないそれらだが、平均レベルの低い彼ら人間には荷が重いだろう。

 

「奴らを容易く屠るところを見て頂きましょう」

 

冒険者モモンの見せ場を作るにはここしかない。そう判断したアインズは前に出ようとするが、そこへウルリクムミが待ったをかける。

 

「はやるなモモン殿おおお。一体一体は弱小でもおおお、数が増えれば難敵となるううう」

 

「お前に指図されるいわれは」

 

ベシッ!!

 

またいらんことを言いそうになるナーベナルをひっぱたき、アインズはウルリクムミの話に耳を傾ける。

 

「ここはいつも通りいいい、俺が奴らの注意を引き付けるううう。皆はその隙に一体ずつ始末するのだあああ」

 

つまりはウルリクムミ自らがタンクに徹するということなのだろう。ただこれだけの数のモンスターを一手に引き受けるのはさすがに荷が重すぎるのではないだろうかとアインズは思う。

 

「まあそうなりますよね」

 

「つうかウルリクムミさんしか適任がいないし」

 

「うむ、回復は任せるである」

 

「では、よろしくお願いします」

 

だがほかの漆黒の剣は慣れた様子で彼の案に頷く。そうこうしているうちにモンスター達は歩き続けており、一同は臨戦態勢になってその場にとどまる。先陣を切ってモンスター達に向かうのはウルリクムミのみだ。

 

「………」

 

次いで動いたのはアルラウネで、彼女がおもむろに右手を伸ばすと、拳大の薄桃色の花が手の平から咲いた。アルラウネが唇を尖らせて、その花にふうと優しく息を吹き掛けると、花は沢山の花弁を撒き散らす。散った花弁は舞うように風に乗ってウルリクムミに向かっていき、彼を守るように周囲を囲み始める。彼はそれを合図にしたように立ち止まると、背負ったバトルアックスを構えてモンスター達に向けて仁王立ちになる。

 

「来いいいいいいい!!」

 

その雄叫びに釣られるようにモンスター達の視線はウルリクムミに集まっていき、彼の後方に控えるペテル達には目もくれずウルリクムミに攻撃をしかけ始めた。

 

オーガのこん棒がウルリクムミの身体を鎧ごと潰さんと振り下ろされるが、

 

ガキンッ!!

 

「!?」

 

砕けたのは、オーガのこん棒のほうだった。ウルリクムミのその身体は潰れるどころか、微動だにすることなく攻撃を受けきり鎧にはへこみ一つ見当たらない。

驚愕するオーガの僅かな隙を見逃さず、ウルリクムミがバトルアックスを大きく振ると、眼前のオーガの胴体が真っ二つになる。それを見てほかのモンスター達が負けじとさらに猛攻を繰り出す。オーガの怪力、ゴブリンの剣・槍・弓矢。四方八方からくる攻撃はしかしウルリクムミを後方へ押すことさえできず、彼は以前として不動を維持する。

 

「さっすがウルリクムミさん!」

 

「では我々も行きますか」

 

「強化は私が受け持ちますゆえ、皆様は攻撃に専念してくださいますか?」

 

『はい!』

 

アルラウネの言葉に一同が頷くと、彼女の手の平に再び花が咲き誇る。再びアルラウネが吹き散らせば四枚の花弁が散り、一枚一枚がそれぞれ漆黒の剣の頭や胸に装飾品のように付着する。

 

「はあああああ!!」

 

まず先にペテルがゴブリンに切りかかる。ウルリクムミへの攻撃に集中していたそのゴブリンは避けることもできず、一刀のもと首を落とされる。

 

「うりゃ!!」

 

次いでルクルットが一度に二本の矢を構えて射ると、オーガの眉間・心臓に綺麗に命中して一撃で仕留められる。

 

「やあ!!」

 

ニニャの杖から炎の魔法が放たれると全てがモンスターの顔面に当たり、草原を転げるように悶絶する。

 

 

(ほう………良いパーティだ。役割もしっかり構成されているし、実力もかなりのものだ)

 

一歩引いたところからそれらを眺めていたアインズは正直驚きを隠せない。まずオーガ達の攻撃を一身に受けているウルリクムミの頑丈さは固いというレベルの話ではない。さながら鋼のごとき強靭な肉体は紛れもなく強者と呼ぶに相応しい。

そしてペテル達を強化し、彼らの補助に徹するアルラウネの魔法詠唱者としての技量もだ。先ほどからウルリクムミの横でペテル達に攻撃されているモンスター達が、それでもウルリクムミにしか攻撃をしていないのを見るに、ヘイトを味方の一人に集中させる魔法を同時に行っているのは見事としかいいようがない。

 

 

 

 

(………まぁ、俺のかつての仲間ほどではないがな)

 

だが、ギルドのみんなならばもっと素晴らしい戦いを見せてくれたはずだ。そう自分に良い聞かせるように心中で呟くアインズは、背中のグレートソードを構えて駆けだす。

ウルリクムミに向かうオーガの群れを、すれ違いざまに真っ二つになぎ払う。

 

「ライトニング」

 

続くナーベラルも指先から青白い雷光を放ち、一撃でオーガの息の根を止める。

 

横からその様子を見ていた漆黒の剣の四人は、目を見開き驚愕する。

 

 

「す、すげえ………!」

 

「あの力……ミスリルどころかオリハルコン……?」

 

「いや、まさかアダマンタイト!?」

 

 

「…………?」

 

興奮する仲間達に対して、ウルリクムミとアルラウネはアインズの戦い方を見て違和感を覚えた。

 

(なんだあああ? あの『動き』はあああ?)

 

2本のグレートソードを持ち、一刀でオーガを倒すアインズは間違いなくとんでもない怪力の持ち主だ。だがそれだけの力を持っているのに対し、彼の動きは戦士としては素人くさかったのだ。

 

(剣士としての基礎がまるでない? そもそも、あの武器をああ使うことにどんなメリットが?)

 

グレートソードは破壊力の高い大振りの剣だが、何も二刀流にして使う必要性はない。むしろ両手を使って一刀のみのほうがより戦技の幅が広がるはずなのだ。

 

二人が悩んでいるうちに、周囲のモンスター達は一掃されていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

正に死屍累々。物言わぬ骸と化したモンスターの身体を解体する漆黒の剣を見て、アインズはポツリと呟いた。

 

「………クリスタル等のアイテムがドロップするわけではないのですね」

 

「むううう?」

 

その言葉にガシャンと首を傾げるのはウルリクムミだ。聞き慣れない単語にアルラウネが問いかける。

 

「ドロップとはなんでしょうか?」

 

「ああいえ、こちらの話です」

 

アインズが慌てて誤魔化すのを見て一同は怪訝そうにしながらも、改めてアインズの力に感動する。

 

「でも凄いですねモモンさん」

 

「王国のガゼフ戦士長に匹敵する強さですな」

 

「正直、ウルリクムミさんレベルの戦士なんてそうそういないって思っていたんだけどな~」

 

「上には上がいると、納得しましたよ」

 

主人を称える一同にナーベラルが得意げに笑う。だがそんな四人とは裏腹に、ウルリクムミとアルラウネは腑に落ちない面持ちで二人を見ていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その後、まだ明るいうちにベースキャンプを作り寝床を確保した一同。竈から装われた野菜スープ等が銘々に配られると、円陣を組むように座る。

 

「ではいただくかあああ」

 

ガチャリとウルリクムミがヘルムの止め金を弄って脱げば、ついにその素顔がアインズ達の前に晒される。

濃紺色の固い髪質の短髪、大体三十代後半といった年齢ぐらいの厳めしい顔つきの浅黒い肌は、決して美男子と呼べるほどではない。だが溢れる男臭さと目鼻立ちそのものは整っているためか、『男前』という言葉が似合いそうだ。

 

 

そしてスープを食する漆黒の剣のメンバーだったが、アインズとナーベラルは匙に手をかけもせずにじっと固まってしまった。

 

(さてどうするか………アンデッドだから、飲めばダダ漏れだしな)

 

チラリと見れば漆黒の剣の不思議そうな視線が集まっており、どう切り抜けるべきか悩んでしまう。

 

「苦手な食材でもありましたか?」

 

アルラウネが心配そうに問うが、そうではないと首を振る。

 

「宗教的な理由でして………命を奪った日は、4人以上で食べてはいけないというものがあるんです」

 

だから皆様で先に食べててくださいと、咄嗟に嘘を言えば彼らはならば仕方がないと食事を進めていく。

 

その間は色々と談笑していく。漆黒の剣の名の由来、13英雄の一人である黒騎士と呼ばれる者が持っていた4つの剣のこと、そのうちの一つが王国の最高位の冒険者の手にあることなどなど……。

 

「………なんだか、懐かしく思えますね。そういう熱意って」

 

「モモン殿はあああ、ずっとナーベ殿と二人旅かあああ?」

 

「いえ、最初の頃はたくさんの仲間がいましたよ」

 

そんな彼らに、アインズはどこか寂しげな声色を漏らした。

かつて、弱くて一人だった自分を救ってくれた純白の聖騎士。彼に案内され、初めて仲間と呼べる者達と出会えた掛け替えのない日々。誇らしげに、けれども切なげに語る姿はありし日を思い出しているのか、ヘルム越しにも関わらず遠くを見ているような気がして、一同は胸が締め付けられるような思いになる。

 

「モモンさん………いつの日か、またその方々に匹敵する仲間が出来る日が来ますよ」

 

そんな彼を気をきかせて励まそうとするニニャだったが、

 

「そんな日は来ませんよ」

 

アインズは冷たく、バッサリとそれを切り捨てる。

そしてすっくと立ち上がると、彼らに背を向けるようにその場から離れていった。

 

 

 

「………悪いこと言ったみたいですね」

 

「何かあったのであろうな………」

 

「全滅………ってとこじゃないかな」

 

途端に暗い空気になり、落ち込むペテル達。どうやら下手に踏み込んではいけない話題をしてしまったらしく、罪悪感から俯く。

 

「………」

 

すると今度はウルリクムミが立ち上がり、アインズの後を追うように歩いていった。

 

「ウルリクムミさ……」

 

「行かせてくださいませんか?」

 

引き留めるペテルを、アルラウネが制するよう。なぜ、という視線を向ける一同に彼女は静かに微笑み返した。

 

「おそらく………御大将のほうが、モモン様のお気持ちを理解できると思いますよ?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「モモン殿おおお」

 

「………ウルリクムミさん」

 

歩いていけばモモンが草原にしゃがみこんでいる姿を見つけ、ウルリクムミは声をかける。

 

「………先ほどはすまなんだあああ。彼らも悪気はないゆええええ、許してやってくれえええ」

 

「いえ、私のほうこそちょっと言い過ぎました。すみません」

 

ガシャンガシャンと鎧の音を鳴らし、ウルリクムミがモモンの隣に立ち止まる。

 

「隣にいいかあああ?」

 

「どうぞ」

 

許可をもらって彼の隣にあぐらをかいて座り込むウルリクムミ。二人は頭上で煌めく星空をしばし無言で眺めた。

 

「………少しいいい、昔話をしよおおお」

 

「?」

 

静寂を破るように、最初に言葉を発したのはウルリクムミだった。

 

「俺にもおおお、かつて勒を並べた戦友がいたあああ。九垓を平らぐ天秤分銅おおお、唯一無二の誇れる仲間達があああ」

 

陰険悪辣で見栄っ張りな先手大将、公正に拘る謹厳実直な中軍首将、戦いにしか興味のない遊軍首将、奇怪な言葉ばかり喚き散らす大斥候、ひねくれ者の隠密頭、頭脳明晰なくせに臆病な宰相、場を宥めてくれた穏やかな長老、傲慢だが自分の想いに真っ直ぐな騎士。

どれもこれも灰汁の強い連中ばかり。先手大将と中軍首将は犬猿の仲で、宰相を慕う隠密頭は素直になれずに悪態ばかりついてしまっていた。

 

「そしてえええ、そんな一癖も二癖もある戦友達があああ、心からの忠義を誓った主がいたあああ」

 

誰よりも強く、誰よりも優しい、敬愛してやまない御方。自身らの醜悪さすら優しく包み込むような、慈しみの炎を纏いし者。

 

「皆が皆あああ、主の理想のために戦い抜いたあああ。一人いいい、また一人と散りいいい、その命を主に捧げたあああ」

 

命を救われたその日から、この身命を主に捧ぐと誓ったウルリクムミは、文字通りこの身が砕けるほどに戦い続けた。主の儚くも尊い願いを叶える、ただそれだけのために。

 

「だがあああ、理想は潰えてしまったあああ。我が主は死にいいい、俺は遠くからその様を眺めるしかできなかったあああ」

 

忘れはしない、忘れるものか。主の悲願を理不尽なまでに踏みにじった、あの忌々しい紅蓮の炎を。それをただ見ていることしかできなかった、無能な己自身を。

 

「ならば最期まで主に殉じようと願ったがあああ、見ての通り俺達は死に損なってしまったあああ」

 

副官ともども紫電に貫かれ、この命も終わったかに思われた。だが気がついてみれば、自分達は見知らぬ土地で無傷のまま生き残ってしまった。彼女が傍らにいなければ、ウルリクムミは絶望に気が狂い、自らその命を絶っていたかもしれない。

 

「恩義にも報いられずううう、誇りある死すら許されずううう、全てを失ったかに見えたあああ」

 

だが彼らは得た。ぽっかりと空いたその胸に、再び生きる意味を与えてくれた、漆黒の剣という新しい絆を。

 

「彼らと出会いいいい、共に過ごせた日々はあああ、主との時間とは比べるまでもなかろうがあああ、俺の胸の空白を僅かでも埋めてくれたあああ」

 

取るに足りない麦の穂。そんな認識でしかなかったはずの彼らとの日々、そしてエ・ランテルの人々との暮らした三年の日々は、いつしかウルリクムミにとって掛け替えのないものになっていった。

 

「過去を捨てるなとは言わんんん。だが過去に囚われたままではあああ、未来を手にすることはできぬと思ええええ」

 

言いたいことを言いきったのか、ウルリクムミは再び立ち上がり漆黒の剣のもとへと戻っていく。その後ろ姿を見送り、モモンは………いやアインズはギチリと拳を強く握る。

 

(………わかった風なことを)

 

ウルリクムミが自分に共感し、そのうえでアドバイスしてくれたのはわかる。彼が経験した喪失と絶望、そこから再起するまでの軌跡が、尊ぶべきものだということも理解できる。だが、だが()()()()()()()()()()のだと、もう一人の自分が荒れ狂う。

 

(アンタは、最後までみんなといられたわけじゃないか)

 

仲間と同じ志を抱いたまま、最後まで戦い抜いたウルリクムミ。

サービス終了まで、結局誰も残ってくれなかったギルドメンバー。

 

喪失という意味では同じかもしれないが、二人のそれは全く性質が異なっているのだ。

 

(羨ましい…………!)

 

自分達の絆も、彼の仲間達のように固いものだったら、どれだけよかったことだろうか。

アインズのジリジリと焦がすような妬みは、沈静化ともに消え失せたのだった。




このパートで書きたかったシーンやっと書けた


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カルネ村

御大将とアルラウネの喋りがめんどくさすぎる……;


一夜明け、再び草原を進む一行はようやくカルネ村にたどり着いた。見るからにのどかな村に入ると、一人の少女が彼らを出迎える。

 

「ンフィーレア、久しぶり!」

 

「エンリ!」

 

エンリに呼ばれたンフィーレアは、目に見えて嬉しそうに馬車から降りた。

 

「今日は薬草を採りにきたの?」

 

「う、うん」

 

ンフィーレアが彼女を前に照れくさそうに赤面する姿に、一同はふと何かを察したようにニヤニヤしだした。

 

(ほほ~う? ンフィーレアくんもすみに置けないねえ)

 

(ルクルット、わかっているとは思いますけどエンリさんにご迷惑かけないでくださいよ)

 

(いやさすがにそんな野暮な真似はしねえよニニャ!)

 

(どうですかね……貴方の女癖の悪さは見境ないですから)

 

(ペテルまで!)

 

(日頃の行いというやつである)

 

小声で話し合う四人を眺めるアルラウネは微笑ましそうにしており、ウルリクムミはやれやれと肩を落とす。

とここでエンリが彼らの存在に気づいた。

 

「そっちの人達は冒険者さん?」

 

「うん、エンリも聞いたことくらいはあるんじゃないかな? 漆黒の剣の人達だよ」

 

紹介された途端にエンリは目を見開いて彼ら……というよりウルリクムミとアルラウネの二人を見た。

 

「漆黒の剣………? もしかしてウルリクムミ様とアルラウネ様!?」

 

パアッと輝くような笑顔を見せ、エンリは二人の前に駆け寄ってきた。

 

「むううう?」

 

「お噂はかねがね聞いています! 未来のアダマンタイト級冒険者と期待されているとか!」

 

愕然とするンフィーレアをよそに、キャー! 本物だわー! 握手してくださーい!! と頬を染めてはしゃぐエンリの姿に、アインズはふとリアルのギルメンの姿を重ねてしまう。

 

(確か、憧れの大御所声優さんとの共演が決まったのを報告してきたぶくぶく茶釜さんが、こんなリアクションしてたっけなあ……)

 

だが当の二人は初耳だといわんばかりに顔を見合わせている。

 

「そうなのですか?」

 

「俺はそんな話聞いていないがあああ」

 

「いやいや………二人とも自覚なさすぎですよ」

 

呆れるニニャを筆頭に、ほか三人もため息をつく。エンリはウルリクムミとアルラウネに嬉しそうに話しかけてから、後の四人の存在に気付き慌ててお辞儀する。

 

「あ………ニニャさんとペテルさんとルクルットさんとダインさんですよね? ようこそいらっしゃいませ」

 

「そんで俺らはおまけかよ~」

 

「まあ、実際そんな感じであるな」

 

「うちのチームは我々四人とお二人の実力差が違いすぎますしね」

 

エンリが慌てるが、ペテル達は気にしていないのか苦笑するだけだ。そして最後に、彼女はアインズ達に向き合う。

 

「そちらの方も漆黒の剣の方なんですか?」

 

もはや恒例のように、ペテルが二人を紹介した。

 

「彼らは最近冒険者になった方で、ンフィーレアさんに依頼されて護衛として同行してきたんです」

 

「私はモモン。彼女はナーベです」

 

ペテル達が昨日の二人の勇姿を語ってきかせ、エンリがまた目を輝かせている。和気あいあいと談笑する一同だが、ただ一人危機感を抱いている少年がいる。幼なじみに密かな思いを抱く、ンフィーレア少年だ。

彼は幼なじみのかつてないはしゃぎぶりに昨夜の懸念が脳裏を過る。もしエンリが、モモンさんやウルリクムミさんに惚れてしまったら……と。

 

「あ、あー! エンリ!」

 

「なあに?」

 

ンフィーレアは少しでも彼女の気を引くべく、わざとらしく大声を出す。とりあえずは世間話でもしておこうと、改めて村を見渡した。

 

「いや~、ここも全然変わらないね! おじさん達も元気にしているようで安心だよ!」

 

「………本当ね」

 

ところが対するエンリの返事は、含みのある低いトーンの声だ。ンフィーレアは思っていたのと違う反応に冷や汗を流し、彼女を見ると心なしかエンリの表情は暗いものになっているのに気づく。

 

「?」

 

次いで彼女の変化に気づいたのはアルラウネだ。エンリは胸の前で祈るように両手を握っているが、その手から肩にかけて僅かに震えている。明らかにただごとではない様子だ。

 

「何かあったのかあああ?」

 

ウルリクムミが問いかければ、エンリは慌てて笑顔を作る。

 

「えっと………立ち話もなんですから、うちに来てから話しませんか?」

 

そう言って自身の家を指差し、エンリは一行を案内する。彼女は無理に笑顔を浮かべてはいるが、その表情は依然として強ばっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして家に招かれた一同は、エンリから聞かされた話に驚愕する。

 

「ええ、帝国の兵士が!?」

 

特にンフィーレアが信じられないといわんばかりにガタンと椅子から立ち上がる。

 

「うん、もしかしたらこの村も同じ目にあっていたんじゃないかって、ガゼフ様が………」

 

「そ、そうだったんだ……」

 

エンリは自分達の村に振りかかっていたかもしれない悲劇を想像したのか、自らの身体を抱き締めて震えている。それはンフィーレアも同じで、彼女の身に危害が及ばなかったことを心の底から神様に感謝する。

 

「だけどどうして、帝国の兵士達は全滅したんでしょうか?」

 

ここで疑問に思ったのはペテルだ。一部始終を見ていたアインズはあの、彼らがトレントモドキに惨殺されたのを知っているが、ほかのメンバーはそんなことを知るよしもない。エンリはほんの少しだけ緊張を緩めて笑顔を見せ、ガゼフから聞かされた話をする。

 

「それはきっと、『森の賢王』様が守ってくださったんだわ」

 

「そっか………エンリが無事で本当によかったよ。『森の賢王』に感謝しないといけないね」

 

(『森の賢王』………)

 

再び聞いたその言葉はアインズは思考を巡らす。アインズが倒したあのトレントこそが森の賢王だったのだろうか? だが昨日ペテル達から聞かされた森の賢王の特徴は、銀の毛並みを持つ四足歩行の魔獣のはず、植物モンスターのトレントとは一致しない。

 

(あるいは、この森にはまだ強いモンスターがいるということなんだろうか……?)

 

どうやらこの森の捜索をさらに広げる必要がありそうだと、アインズは内心で頷く。

 

「そういえば、ネムは元気?」

 

「ええ、最近は森でできたお友達と遊んでいるそうよ」

 

ようやく安堵してきたエンリと世間話に興じるンフィーレア。漆黒の剣もその姿を微笑ましく見つめている。ただ一人、ウルリクムミを除いてだが。

 

「…………」

 

彼は家に入ってから………というよりは村に入ってきた時から、じっと村の近くの森を見つめていた。まるでそこにいる『何か』を警戒しているようだ。

 

「ウルリクムミさん?」

 

それに気づいたニニャが声をかけると、ウルリクムミは今気がついたように彼女を見る。

 

「むううう、いやなんでもないいいい」

 

ガチャガチャとヘルムの音を鳴らしてゆるく首を振るも、彼は最後にまたチラリと森を見るのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それから本題の薬草探しをすることになったアインズ達。ここからはウルリクムミの案で二手に別れて探すことになった。

 

「俺達は向こうを探すううう」

 

ウルリクムミが指差す先には鬱蒼と繁る木々のせいで薄暗い森が広がる。人間が入るには危険そうだが、そのぶん希少な薬草が見つかりそうだ。

 

「ほかのみなはモモン殿がいるならばあああ、俺達がいなくても大丈夫だろううう。だが万一の場合はあああ、速やかに撤退せよおおお」

 

「わかりました」

 

そしてウルリクムミはアルラウネを引き連れ、森の奥へと進んでいくのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

しばらくのあいだ無言で歩く二人だったが、だいぶ奥まで来ると足を止めた。アルラウネがキョロキョロと辺りを見ると、確認するようにウルリクムミに声をかける。

 

「………そろそろ展開しますか?」

 

「うむううう、頼んだあああ」

 

彼の了承を得ると同時に、二人の足元に薄桃色の自在式が浮かび上がる。するとアルラウネを中心にして、足元から薄桃色の小さな花がたくさん咲きはじめた。薄暗い森の中に急に咲き乱れた花畑は、淡い光を放ち辺りを照らす。

 

「さてえええ」

 

花畑が問題なく広がるのを確認したウルリクムミは、腕を組んで森の奥を見据える。

 

「これで我らの存在は誰にも知覚されぬううう。ゆえに安心して出てくるがいいいい」

 

そう誰かに向けて話しかけた瞬間、美しい花畑の中から今度は石でできた木が生えてきた。両手で囲えるほどの太さになった木は、幹に両目と口にあたる穴を浮かび上がらせて言葉を発する。

 

「………よもや貴殿らもこちらにいらっしゃいましたとは。巌凱ウルリクムミ、架綻の片アルラウネ」

 

甲高い声で不敵に笑うのは、守りに長けた先手大将。

 

「それはこちらのセリフだあああ、焚塵の関ソカルよおおお」

 

対するは鋼の身体を響かせる、攻めに長けた先手大将。

 

 

 

今ここに、神さえ予期しなかった因果が、再び交差したのだった。

 




ジュゲム「あれ!? これもしかして俺らの出番ない!?」

「そうだよ」



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深い森の再会

ようやく三人を再会させられました~


カルネ村に入った瞬間から、ウルリクムミ達はトブの森から僅かに感じていた力に既視感を抱いていた。かなり微弱ではあったが、それは間違いなく紅世の徒の放つ存在の力だ。しかもこの気配の質はよく知っている人物のものに酷似しており、二人は確認のためにペテル達から離れて森の奥にやってきたのだ。

案の定、誘い込むためにかけた隠蔽の自在式に現れたのは、懐かしき石の大木の戦友だった。

 

「貴殿らがこちらにおられるということは……珍しく不覚をとったようですな」

 

「貴様もなあああ。『極光の射手』にまんまとしてやられたようだなあああ?」

 

開口一番の嫌味に返されるのも同じく嫌味。だがこのやりとりは彼らにとっては挨拶のようなものである。

 

「ぐっ………油断していたのは否定できませぬが、私とてただ討ち死にしたわけではありませんとも!」

 

「わかっているううう。最後まで戦い彼奴らを撤退させた手腕は大義であったあああ」

 

てっきり弄られるとばかり思っていたソカルだが、ウルリクムミが素直に彼の責務を称賛したため、思わず目を丸くする。

 

「………拾い食いでもなされましたか? なにやら気味が悪いのですが」

 

ガササとわずかに身を遠ざけるソカルに、ウルリクムミは軽く……だが常人ならふっ飛び兼ねない威力でゴンと幹に浮かぶ顔面を殴る。ふぐう! と小さく呻き声が漏れるも、木は微かに揺れるだけでへし折れることはなかった。

 

「いつからこちらに?」

 

「かれこれ一年と半分でしょうか。ご覧の通り動くこともままならぬ身ゆえ、この森の外のことは人伝にしかわかりませぬなあ」

 

殴られた顔を擦りながら、忌々しそうにソカルはため息をつく。

 

「その身なりいいい、トーチに寄生しているのかあああ?」

 

改めて二人はジロジロとソカルの姿を凝視する。ソカル自身がもともと木の異形であるため見た目だけならば大して変わらないが、存在の力の質はトーチのものに近くなっているのがわかった。

 

「好きでこのような姿になどなっておりませんよ……!」

 

強大なる紅世の王であるソカルにとって、矮小なトーチに封じられるなど屈辱以外の何者でもないだろう。移動もできないのであれば、早々に出させてやったほうがいいかもしれない。

 

「アルラウネえええ、封を破れそうかあああ?」

 

ここは自在師としての技量が高いアルラウネに試して貰おう。そう判断したウルリクムミに、彼女は小さく頷く。

 

「しばしお待ちを?」

 

右手でソカルの胴体に触れ、薄桃色の小さな自在式を起動させる。分解、解除、覚醒、その他彼女が使える自在法をいくつか試してみるが、ソカルを封じるトーチが破壊される兆候は見られない。

 

「………私では力不足かと?」

 

申し訳なさそうに俯く彼女曰く、寄生したトーチの性質が絡まった糸のようにぐちゃぐちゃに変質してしまい、下手に破壊すると封じられているソカルも死んでしまう危険性があるとのことらしい。

 

「そうですか………」

 

「ふむううう」

 

リスクが高いのであれば致し方ないと、ソカルは見るからに残念そうに肩を落とす。

 

「まあよいいいい。お前がここにいるとわかっただけでもおおお、いい収穫にはなったあああ」

 

薬草探しの手伝いで来たつもりが、死別した戦友と偶然再会を果たせた。それだけでも十分すぎる成果になったとウルリクムミは前向きに考える。ソカルをトーチから開放する術は難しいだろうが、いくつか実験を重ねていけば将来的には可能性だろう。

 

 

 

「そういえばあああ」

 

ここでふと、ウルリクムミがもう一つ気になっていたことをソカルに聞く。

 

 

「先日ううう、この近辺で帝国の兵士があああ、魔獣と思しきものに殺害されたそうだあああ」

 

王国の兵士達のあいだでは、その魔獣はこの森で噂されているという『森の賢王』ではないかという話で表面上は落ち着いているらしいと、先ほどのエンリから聞いた話を述べる。

 

「その『森の賢王』というのはあああ、お前のことかあああ?」

 

彼の自在法『碑堅陣』であれば、そのように人間を殺すことも不可能ではないはず。だがソカルはミシミシと枝を振り乱すように首を横に振り、それを否定する。

 

「いや違いますな、『森の賢王』とやらは別にいます。ただ、あの兵士どもを殺したのは間違いなくこの私です」

 

「なぜ?」

 

「話せば少々長くなるのですが……」

 

そしてソカルは語りはじめる。

村を襲撃しようとしたのは帝国の兵士ではなくスレイン法国の工作員であること、自身の縄張りを荒らされそうになり彼らを殺害したこと。

そしてその最中に現れた、紅世の王に匹敵する力を持った二人の強者と戦ったことも。

 

「なるほどおおお、この世界でも人間の国同士の諍いは変わらぬかあああ」

 

転移前の世界でも体感した人間の国同士の飽かず続いた泥沼闘争、かつての戦友達がうんざりしていた厄難の巷となんら変わらない現実に、ウルリクムミは呆れはてる。

特に、身に覚えのない自国の兵士の襲撃の報告を受けた帝国のお偉方は、今頃頭を抱えていることだろう。

 

だが、今問題にすべきはそこではない。

 

「モモンガとアルベドかあああ……話で聞くだけでもおおお、少々厄介な相手のようだあああ」

 

弱体化しているとはいえ、ソカルの『碑堅陣』でも傷一つ与えられないほどの固さの女戦士と、下手をしたらアルラウネに勝るかもしれない強力な魔法詠唱者。

法国の尖兵か、はたまた通りすがりの旅人か。正体を考察する二人に対し、

 

「…………アルベド?」

 

ふと、アルラウネが何かを思い出したように呟く。

 

「どうしたのだ?」

 

気づいた二人の視線がアルラウネに集中し、彼女は戸惑いながらもウルリクムミを見る。

 

 

「………御大将?」

 

「なんだあああ?」

 

「確かナーベ様が、そのような名を口にしていませんでしたか?」

 

「? …………おおおおおお!?」

 

思い返し、ウルリクムミの脳裏を電気が走る。そうだ、確か彼女がモモンの恋人と思しき女性に「アルベド」という人物がいることを示唆していた。つまりモモンが彼らの仲間である可能性が高い。

 

「いやあああ、ちょっと待てよおおお?」

 

次いでウルリクムミの頭がさらに回転しだし、今までの情報を整理する。

件の魔法詠唱者の名前は「モモンガ」。

そして例の冒険者の名前は「モモン」。

偶然にしても、出来すぎている。

 

さらにウルリクムミはモモンガとモモンの挙動を思い返す。

モモンは夕べの食事では宗教の問題といって一人だけ食べていなかった。対してモモンガは骨の異形、この世界ではアンデッドと呼ばれる種族は飲食は必要としないとのこと。

モモンは怪力に反して戦士としての技量が全くなかった。そしてモモンガは生粋の魔法詠唱者。

ここから導きだされる可能性は、もはや一つしか考えられない。

 

「モモン様は………アンデッドの魔法詠唱者モモンガ?」

 

「それしかありえぬだろうううう」

 

点と点が繋がった、間違いない。新参の冒険者モモン、彼こそがアンデッドの魔法詠唱者モモンガ本人だ。

 

「だがなんのためにいいい?」

 

ソカルの話を聞くだけでも、彼は魔法詠唱者としても十分冒険者として活躍できるはず。なぜわざわざ慣れない戦士職になったのだろうか? それにもう一人の仲間である『アルベド』は一体どこに?

先手大将としての頭脳を捻り出すウルリクムミだったが、どうにもそれ以上答えが浮かんでこない。

 

「となると、このままでは私が生存していることもバレるかもしれませんな」

 

トーチに寄生して存在の力を抑えているとはいえ、モモンが森の奥まで入り込んでくれば鉢合わせてしまいかねない。そうなれば彼は今度こそソカルを討滅してしまうだろう。

 

「ふむううう」

 

どうすべきか考えるウルリクムミに、アルラウネが小さく挙手する。

 

「私がソカル様に、隠蔽の自在式を持たせておきましょうか?」

 

「おおおおお、それならば大丈夫だろうううう」

 

確かにそのほうが安全そうだ。アルラウネが眼前に両手の平を差し出すと、手中に薄桃色の小さな炎が灯る。炎は小さく渦を巻くと蕾の形に固まり、薄桃色の大輪の花となって咲いた。花はアルラウネの手から離れるとふわりと浮かび上がってソカルの枝にくっつき、さながら枯れ木に一輪だけ咲いた花のようになった。

 

「こちらには、隠蔽のほかには遠話……一度きりしか使えませぬが転移も刻まれておりますゆえ?」

 

「うむ、感謝する」

 

ソカルは確認するように枝の指先で花に触れる。

 

これで一応の解決。話が纏まったかに思われたのだが……

 

「しかしソカルううう」

 

「なんですかな?」

 

まだ何か聞きたいのかと、黄土色の眼差しを向ける彼にウルリクムミは僅かに首を傾げる。

 

「本当にいいい、縄張りを犯されたというだけで彼らを殺したのかあああ?」

 

確かにソカルは自信家な生来であるため、自身のテリトリーを犯す輩には過激な報復をすることは多々ある。しかし今回壊滅させた偽装兵士達の目的は、あくまで戦士長ガゼフを殺害することだ。意図的にソカルに危害を加えようとしたわけでもない相手にそこまでする必要があるだろうかと、ウルリクムミはずっと不思議に思っていたのだ。

その質問にギクリと、ほんの少しだけソカルの身体が強ばったように見えたのを、長い付き合いのウルリクムミは見逃さなかった。

 

「なんだあああ? 何か拠ん所ない事情でもあったのかあああ?」

 

「い、いえその………」

 

ずずいと身を乗り出して接近するウルリクムミから、胴体をねじ曲げるように目線を反らすソカル。心なしか枝から舞い散る黄土色の火の粉が冷や汗を流しているようにアルラウネには見えた。

 

 

 

 

「ソカルー! ソカルどこー?」

 

「!!!?」

 

「「?」」

 

とそこへ、少女の声が響いてきた。ビクンと弾かれたように驚くソカルに対し、二人は声のしたほうに視線を向ける。

 

「おやつ持ってきたよー! 一緒に食べよー!」

 

見ればバスケットを抱えたネムが、ソカルの名を呼びながら辺りを探しまわっている。とはいえアルラウネの隠蔽の自在式のせいで、こちらの存在には気づいていないようだ。

慌てたのはソカルのほうだ。よりにもよって古い付き合いの仲間といる場で来られるのは気まずいなんてものじゃない。バッと振り向けば二人はソカルとネムを何回か見比べ、そしてニヤリと笑った。ウルリクムミはヘルムを被っているので表情は伺いしれないが、長い付き合いからくる勘で笑っているのを瞬時に理解した。

 

意味深に笑うアルラウネが自在式から出ると、ソカルがその場から出られないようにわざわざ式を弄っておく。

 

「あ、アルラウネ!?」

 

慌てるソカルが枝を伸ばすも、ウルリクムミが両腕で枝と胴体を押さえつけて拘束した。

 

 

 

「もし?」

 

キョロキョロするネムに声をかけると、彼女は顔を上げてアルラウネの存在に気づいた。

 

「わ~! 綺麗なお姉さんだ」

 

「ソカルとは、どなたでしょうか?」

 

込み上げる笑みを抑えるように頬をひきつらせるアルラウネが問いかければ、自在式の中のソカルが身をよじってウルリクムミを振り払おうとする。

 

「私のお友達だよ!」

 

満面の笑顔で答えるネムに、アルラウネの肩が小さく震える。尚も暴れるソカルだが、ウルリクムミの豪腕はその身を決して離さない。

 

「……っ………どのような方ですか?」

 

「面白いお話をいっぱいしてくれて、いつも遊んでくれるんだよ!」

 

ウガアアアアア!!と、ソカルが怒りと羞恥がない交ぜになった絶叫を放つも、その声は外には漏れない。羽交い締めするウルリクムミが肩を震わせて笑いを堪えている姿を横目に見ながら、アルラウネは口元を抑えて爆笑に耐える。

 

「ではっ………その方のもとに案内しましょうか?」

 

「いいの!? ありがとうー!」

 

差し出された手を何の疑いもなく繋いだネムは、アルラウネに導かれるように自在式の中に入った。

 

「あ、ソカル! こんなところにいたんだね」

 

「貴様あああああああああ!!」

 

やっとウルリクムミから解放されるも時すでに遅し。顔を反らして肩を震わせる二人を横目にソカルは当たり散らすようにネムに怒鳴る。

 

「来る時は合図しろと言っただろうが!! なぜよりにもよってこのタイミングで入ってきた!?」

 

「なんどもノックしたよ? でもソカル、全然トンネル作ってくれないから、入ってきちゃった」

 

ブフッと、とうとうアルラウネが耐えきれずに吹き出した。合図が通じなかったのは、おそらくアルラウネの自在式の中にいたせいで『碑堅陣』の感覚が鈍くなってしまったからだろう。

 

「だからと言って!! そんな丸腰でこんなところまで来るやつがあr」

 

「えい!」

 

「もご!?」

 

なおもぎゃあぎゃあ喚くソカルの口に、ネムが玉入れの要領でクッキーを放り込む。反射的に咀嚼してしまい、ソカルはクッキーを飲み込んでしまった。

 

「き、貴様! 急に食べ物を投げ込むなと言っているだろうが!」

 

「美味しいでしょ? 今日のは私もお手伝いして作ったんだよ~!」

 

「だからなんだというんだ!?」

 

明らかにネムのペースに呑まれているソカルの姿に、もはや耐えられないといったように二人は笑いだした。

 

「っ………っ……!」

 

「わはははははあああ!! 戦上手の先手大将も、幼子には敵わぬかあああ!」

 

「ええい笑うなあああああああ!!」

 

「ソカルー。クッキーならいっぱいあるからみんなで食べようよ」

 

「いっそ殺せえええええええええ!!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そうやって二人がネムを使ってひとしきりソカルを弄り倒したあと、彼女はようやく遊ぶのに満足したのか村へ帰ることにした。二度と来るな! と怒鳴りつつ、無事に帰るためのトンネルを忘れず作るソカルに、ネムは振り返りながら笑顔で手を振った。そしてトンネルに入っていき走っていく。

 

 

 

「………」

 

「………お前もおおお、丸くなったものだなあああ」

 

「ええい黙れ!!」

 

ウルリクムミはようやく合点がいった。どうやらソカルが偽造兵士を討ったのはあの少女が住む村を守るためだったらしい。人間など麦の穂程度、というのが共通認識の九劾天秤の中でも人間蔑視の強いソカルだが、あの少女に対する態度は明らかに寛容的だ。ほんの少しの時間で人がここまで変わるものかと、正直驚きを隠せない。まあそういう自分も似たようなものかもしれないが。

 

「そういう貴殿こそ、随分人間と仲よくしていましたな!?」

 

「まあなあああ、彼ら四人は気を許せる戦友だあああ」

 

負け惜しみとばかりに先ほどウルリクムミが一緒にいた漆黒の剣達のことを指摘するも、ウルリクムミは全くいに返さず堂々とする。彼にとってペテル達は冒険者新参時代からの付き合いで、何かと世話になった身だ。その繋がりを誇りこそすれ、恥じる要素など欠片もない。

ぐぬぬ……と歯軋りするソカルはそれ以上言い返せないのか押し黙った。

 

「御大将、そろそろ薬草を?」

 

「おおおお、そうだったあああ。つい楽しく話し込んでしまったあああ」

 

ソカルと接触するためとはいえ、自分達は薬草探しという建前でこの森に来たのだ。このまま何の収穫もなく帰っては仲間達に示しがつかない。

 

「薬草………ですと?」

 

「うむううう。こういった奥地のほうがあああ、珍しい効能の薬草が生えているそうだがあああ」

 

一年半ほどここで過ごしていたソカルならば、何か知らないだろうかとウルリクムミは訪ねる。ソカルは指先で頭を掻く動作をして少し考えこんだ。

 

「………少々お待ちを」

 

そう言うとズボッと木の身体が地中に潜って消え、しばらくするとまた生えてきた。

 

「こちらでどうでしょうか?」

 

両腕が抱えていたのは、淡く光る草の山だ。見ようによっては引っこ抜かれたただの雑草の山のようだが、僅かに感じる神秘的な力を感じる。

 

「これは?」

 

「どうやらこのトーチにもともと根を張っていた植物のようでしてな。ピニスン………この森で知り合った木精霊によると、万病にきく草だそうで」

 

無駄に繁殖力が高く、ソカルとしては身体が痒くてしょうがないので、生えてくる度に毟ってはいたが正直捨てる場に困っていたのだ。

 

「全て引き取ってくれるなら、先ほどの屈辱の数々は水に流してもよろしいですよ?」

 

「うむううう、ではありがたく頂戴しようううう」

 

持参した袋に薬草を全て詰め込み、ウルリクムミが肩に担いだ。これでンフィーレア達にいい手土産を渡せると安堵する二人だが、

 

「ああ、そうでした! 一番大事なことをまだ聞いておりませんぞ!」

 

「なんだあああ?」

 

いい加減ペテル達と合流しなければならないのに、今度は何を聞きたいのかとウルリクムミはいつでも歩きだせる態勢で振り向く。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ウルリクムミ、貴殿は『壮挙』の顛末をしかと見ましたか?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「………」

 

その問に、ウルリクムミの身体が彫像のように動かなくなる。アルラウネに至ってはビクリと肩を震わせてヒュッと息がつまる。

 

「まあ私と貴殿が討滅されたとはいえ、両翼のお二人と宰相殿の『ラビリントス』、チェルノボーグとジャリも控えておりますからな。最悪の場合は主が小夜啼鳥(ナハティガル)を持って逃亡すれば『壮挙』の実現は難しくな……………ウルリクムミ?」

 

饒舌に喋るソカルは、ここでようやく一言も発しない戦友に気づいた。その場を包むのは重く不穏な静寂のみで、ソカルに戸惑いを抱かせる。

 

静寂を最初に破ったのは、ウルリクムミだった。

 

「…………すまなんだあああ。まだそれを言うことはできないいいい」

 

「………!?」

 

ウルリクムミの口から語られるのは、是でも否でもなかった。彼の性格を考えれば、良い知らせであるならば回りくどい言い方はせずにはっきりと答えるはず。なのになんだこの反応は? この曖昧で、バツの悪そうな返答はなんだ?

 

「ま、待て! なんだその答えは!? 主は、アシズ様は無事に『両界の嗣子』を産み出せたのか!?」

 

ソカルの背筋を薄ら寒い何かが這う。まさか、まさかそんなわけがあるかと、必死の形相でウルリクムミに答えを求める。

 

「…………」

 

薬草が入った袋を背負い直し、ウルリクムミはポツリと呟く。

 

「俺達があああ、こうして再びあいまみえたのならばあああ、ほかの戦友達もこの世界のどこかにいるだろうううう」

 

そしてソカルからのそれ以上の詮索を避けるように、彼に背を向けた。

 

「全てを話すのはあああ、みなが揃った時だあああ」

 

気がつけば、三人の周囲を薄桃色の花びらが吹き荒れる。アルラウネが撒き散らした花弁は、ソカルの身体に沢山付着すると彼の動きを再び封じる。

 

「おい………!?」

 

自在法の強度から見てそう長く続くものではなさそうだが、二人がこの場を去る為の足止めとしては十分だ。

 

「ではさらばだソカルううう。因果の交差路でまた会おうううう」

 

そして、その場から逃げるように二人は全力で走っていった。ソカルは碑堅陣の根を伸ばそうとするも、付着した花びらは鉄のように重くソカルをその場に押し付ける。

 

「待て! 待ってくれウルリクムミ!!」

 

 

縋るように伸ばさせたその手が、二人に届くことはなかった。




その頃のモモンさーん達

森の賢王「こ、降参でござるよ~!」(´;д;`)

モモン(なんかあのトレントのほうが『森の賢王』って肩書きが似合いそうなんだけど………)


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森の賢王

タイトルハムスケ回ですが、途中からトーチになります(存在感的な意味で)


ソカルから逃げるように立ち去った二人は、重苦しい空気の中来た道を戻っていく。

 

「………よろしかったのですか?」

 

先に言葉を発したのはアルラウネだった。ソカルに『壮挙』の顛末を教えなくてよかったのかと、おそるおそる問う彼女にウルリクムミはギチリと拳を握りしめる。

 

「今やつに告げるのはあああ、酷というものだあああ」

 

それはウルリクムミなりの優しさなのだろう。陰険悪辣と評判のソカルだが、彼のアシズに対する忠義はまごうことなき本物だ。ただでさえ見知らぬ地に転移して右も左もわからない彼が、その主の末路を知ってしまえば心がへし折れて自暴自棄になってしまうのは想像に難くない。

かつて、ペテル達と出会う前の自分達のように。

 

「鍵はあの少女かもしれぬううう」

 

自分達が漆黒の剣達と友誼を結べたように、あのネムという少女がソカルにとっての新たな拠り所になってくれることを、ウルリクムミは切に願った。

 

 

 

 

 

 

 

そして森から出た二人は、ほかの面々との合流ポイントに来た。しかし彼らは、森の入り口でなにやら騒いでいるように見えた。

 

「今戻ったぞおおお」

 

彼らに聞こえるように大声をあげれば、一同が二人の存在に気づく。

 

「あ、ウルリクムミさん! ちょうどいいところに!」

 

「?」

 

ニニャが嬉しそうに振り向き、ウルリクムミに駆け寄ってくる。

 

「モモンさんが『森の賢王』を服従させたんですよ!!」

 

「なにいいいい?」

 

エンリ達が度々言っていた、トブの大森林で最も恐れられる魔物。それにモモンが単身で挑み、激闘のすえに勝利し服従させたのだという。

ニニャに手を引かれてその『森の賢王』と思しき巨大な毛の塊のもとへ誘われる二人が、そこで目にしたものは………

 

「すごいですよね! こんな見るからに強大な魔獣を服従させるなんて、モモンさんは本当に凄いんですね!」

 

興奮冷めやらぬペテル達だったが、一方のウルリクムミは唖然とするように硬直し、アルラウネに至っては拍子抜けした呟きを漏らす。

 

「これが………森の賢王?」

 

「むううう……?」

 

一見するとふわふわモコモコの毛並み、大きくて丸いつぶらな眼、口から覗くげっ歯類特有の2本の歯。爪は鋭いし、尻尾も蛇のようにしなやかで固い鱗で覆われて長くはあったが………。

 

「某、殿の力に服従を誓った身でござる!」

 

どう見ても、馬より一回りぐらいの大きさにしただけの、かわいらしい丸鼠のような生き物にしか見えない。

そんな生き物を前に、やれ立派だのやれ叡智に溢れているなどと口々に褒め称える仲間達の姿に、二人はただただ困惑するのみだ。

 

(彼らの美的感覚では、あれをかわいいとは思わないのでしょうか?)

 

(わからぬううう。単にこの世界の人間の感性があああ、両界とは異なるだけかもしれぬううう)

 

念話の自在法で互いにコソコソ話をしあう二人だったが、そんな二人の言葉を代弁するものが現れた。

 

「あの………本当に皆さんこいつが強そうに見えます? かわいいとかじゃなくて?」

 

それは、大鼠を従えたモモン本人だ。

 

『え?』

 

しかし彼の言葉に返されたのは驚きの声で、ウルリクムミとアルラウネを除く一同が眼を丸くしてモモンを見る。

 

「え、いやモモンさん………それはセンス的な意味で言ってます?」

 

「ええ!?」

 

ルクルットがかなりオブラートに包んだ言い方をするも、モモンは信じられないというように驚く。気持ち的にはモモンに同意したいウルリクムミとアルラウネだったが、自分達まで仲間から奇異の目で見られそうな気がして二人はぐっと我慢する。

 

「な、ナーベはどう思う?」

 

「強さは別として、力を感じさせる瞳をしていますね」

 

挙げ句には相方にさえそう言われてしまい、ヘルムをかぶっているはずの彼の表情が困惑と驚愕を浮かべているが手に取るようにわかるようだ。

 

「ウルリクムミさん! 貴方はどうですか!?」

 

食いぎみに今度はウルリクムミに迫るモモンは、一人でも多く賛同者を得ようと必死だ。

 

「これはあああ………そのおおお……」

 

正直なところ、モモンの意見に同感だ。力そのものは確かに強いのだろうが、正直愛らしい見た目のせいで勇ましいだのといった感想は沸いてこない。なんだか今にも孤立しそうなモモンが可哀想に思えてきたので、ここは素直に賛同してあげようとするウルリクムミだったが、

 

(いや待てよおおお………?)

 

ここでふと、ウルリクムミは先ほどのソカルとのやり取りを思い出す。

この男、モモンはアンデッドであることをかくしている魔法詠唱者のモモンガのはず。先手大将のソカルの観点では、彼は紅世の王に匹敵する力の持ち主であり非常に戦い馴れていたという。それだけの強者がただの薬草採取の依頼に、彼から見て格下ともいえる自分達を同行させる必要性があっただろうか? 最悪の場合、足手まといにしかならないかもしれないというのに………。

そう疑問に思った瞬間、ウルリクムミの脳裏をある可能性が過った。

 

(まさかあああ………!?)

 

まさか彼は我々を見て、ソカルの同族ではないかと勘づいてしまったのでは?

そして森の賢王に対する感性を通して、我々の正体に鎌をかけているのでは?

 

到った考えにヘルムの下で冷や汗をかきつつ、隣のアルラウネみ見る。彼女も同じことを考えたらしく、眉間に皺を寄せてモモンの挙動を注意深く観察している。

 

「…………」

 

お互いに顔を合わせた二人は、全く変わらないはずの表情でアイコンタクトをとる

 

「非常に強そうな獣に見えるかと?」

 

「うむううう、是非とも俺も一戦交えてみたかったものだあああ」

 

ひとまず無難に、仲間達と同じような感想を笑顔で並べ立てる。

 

対するモモンは、

 

(えええええええええ!?)

 

ほかの面々よりも確実に強いであろう二人にさえ賛同を得られず、完全に孤立してしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

近くの木に手をついて、どんよりとしたオーラを纏うモモンをよそにンフィーレアが言う。

 

「そういえば、ウルリクムミさんのほうはどうでした?」

 

彼らのほうは『森の賢王』の襲撃のせいで全く薬草を採取できないままここまで逃げてきたらしい。

 

「うむううう、取り敢えず得られるだけは得られたがあああ」

 

ウルリクムミが背負っていた袋を下ろし、紐を緩めて中身を見せると

 

「…………え?」

 

中身を見たンフィーレアの目が、今にも飛び出るんじゃないかと思えるほどに開かれた。

ンフィーレアはしばしその薬草の山を見て固まっていたが、数秒後その肩がこ刻みに震えだしていき、やがては肩から全身、しまいにはもの凄い勢いで震動し始めていった。

 

「う、ううううううウルリクムミさん!! ここここここの薬草をどこで!?」

 

震える手で袋の中身を指差すンフィーレアに、ウルリクムミは事前に考えていた言い訳を述べる。

 

「森の奥の巨大な倒木にいいい、たくさん生えていたのだあああ」

 

ソカルが現在寄生しているトーチに自生していた植物らしいので、あながち嘘は言っていないだろう。

 

「ンフィーレアさん、この薬草がどうかしたんですか?」

 

彼の今までにない反応に若干引き気味ながらも、不思議に思ったペテルが聞いてみると、ンフィーレアは早口にまくし立てるように喋りだした。

 

「この、この薬草は! あらゆる万病を癒すとされる超超希少な薬草で! 30年前にアダマンタイトのチーム一組とミスリルのチーム二組が合同で挑んでやっとの思いで採取できた薬草なんですよ!?」

 

『ええええええ!?』

 

ンフィーレアの言葉に、今度はペテル達が大絶叫を放つ。

 

「それをこんな大量になんて!! 本当にどうやって見つけたんですかウルリクムミさん!?」

 

「だから言っているだろうううう。倒木に自生していたとおおお」

 

ああしかしいいい、とここで思い出したように付け加える。

 

「その倒木ううう、どうにも不自然なものだったのだあああ」

 

「不自然……?」

 

ここからウルリクムミは、道中に考えた『アンダーカバー』を披露する。

 

彼が訪れた森の奥にあったその倒木は、いわゆる大きな枝の先にあたる部分だったのだが、木の幹に行くに従ってどんどん黒焦げになっていて、最終的にはボロボロの灰になっていたのだという。燃え残っていた枝の先には、木の灰が肥料になったのか薬草が山ほど咲いており、そこから取れるだけとったらしい。

 

「それって………」

 

その話にいち早く反応したのは、案の定モモンだった。

彼がこの世界に来て初めて戦って倒した植物モンスター、その残骸に違いないと確信する。

 

「あれほどの巨木が炭になるなど、随分大きな山火事でもあったのでしょうか?」

 

アルラウネも極力ボロを出さないように、言葉を選んでとぼける。

 

「エンリさんからは、そんな話は聞いていませんでしたけど………」

 

「帝国の兵士が火でもつけたんじゃないのか?」

 

「そんなことをしたら、『森の賢王』どころか森中の魔獣に袋叩きにされるである」

 

「じゃあどうして………」

 

各々が疑問に思う漆黒の剣をよそに、ウルリクムミはチラリとモモンを見る。彼は袋の中身の薬草をジッと見つめて考えごとをしているようだった。

 

(これでソカルが死んだことにいいい、信憑性がつけばいいのだがあああ)

 

かつての彼の戦友である、牛骨の賢者の言っていたことをウルリクムミは思い出す。

 

 

 

 

 

『他者を騙す時、一番効果的なのは「ほんの少しの真実を混ぜ混むこと」です』

 

 

 

 

 

モモンガは炎の魔法でソカルを倒したと知っているため、ウルリクムミの発言の一部が本当であると確信している。ここで無理に誤魔化すよりは、実際に起こったことを交えたほうがあとあと矛盾にならずにすむはず。

 

(いずれにしろおおお、やつが森に近づいた時は警戒すべきだあああ)

 

ひとまずはこれで様子見をするべきと判断するウルリクムミがふと周囲を見ると、ンフィーレアが頭を抱えてしゃがみこんでいた。

 

「いかがされましたか?」

 

アルラウネが同じようにしゃがんで優しく声をかけると、彼の口から大きなため息が出る。

 

「こんな希少な薬草を採取してもらえるなんて思ってなくて………うちの稼ぎ何十年分払えばいいんだろこれ……」

 

「依頼を受けたのはモモン殿なのだろうううう? ならばまずは彼に相談すべきではないのかあああ?」

 

「いやいやいや! だって見つけたのはウルリクムミさんですし!!」

 

 

 

 

「あの~、各々方。もしや某のこと忘れてござらんか~?」




モモンさーん、道具鑑定中。

モモン(この薬草………みんなかなり魔力高いやつばっかりだ………今ある赤いポーションの代用品とかになるかもしれない………。これがあのトレントに自生していたとしたら………あ~、やっぱりあの時生け捕りしとけばよかったあ!!)

モモンさーんに腹芸は無意味。


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襲撃者

ようやく死の螺旋編にこれた……


それから森の賢王のその後の扱いに関して、一同で話し合いが行われた。ニニャは是非ともエ・ランテルに連れていき、モモンの凄さを誇示するために騎乗して凱旋すべきと強く主張していたが、ウルリクムミが先の帝国兵士の襲撃を例に出してたためにそれは却下された。結局森の賢王はモモンから『ハムスケ』という名前を与えられ、ンフィーレアの哀願でそのまま森に残すこととなったのだ。

 

そしてその後、ウルリクムミが採取した薬草で十分すぎるほどの成果を得られたために、一行は街に戻ってきた。

 

(なんか………思ったより見せ場がなかったなあ)

 

モモンもとい、アインズは内心でため息をつく。今回の依頼で漆黒の剣に自身の凄さを見せつけ、冒険者モモンの名声を広めてもらうはずだったのだが、どうにもウルリクムミに色々と割を食われてしまった気がする。

特に彼が採取した薬草の件。例の植物は全て希少価値のあるものなので、かなりの依頼料を期待できたはず。しかし一本も採取できなかった自分が、ここで報酬を全部貰おうなんて言い出せば、『金にがめつい男』と思われて冒険者組合に吹聴されかねない。なので無難に漆黒の剣六人と自分達二人から計算し、モモン達が三割・漆黒の剣が七割の報酬を受けとるという話で落ち着いた。

 

(森の賢王を服従させたっていう話も、信じてもらえるかどうかはわからないし………)

 

口で語るだけならいくらでも言える。ニニャが言うように、従えた魔獣を連れてくれば街の住人も信じてもらえたかもしれないが、村が一度襲撃されかけていたというのに守護してくれる魔獣を連れていくのはあんまりだというウルリクムミの言い分もわからなくはない。第一あんなデカイだけのハムスターに騎乗して街を練り歩くなんて、恥ずかしいにもほどがある。

 

(まあ、まだ初日だから仕方ないか)

 

ひとまず報酬は得られるわけだし、明日以降また別の依頼で成果を見せればいい。気持ちを切り替えて臨もうとするアインズに、ここで急に伝言(メッセージ)が繋がった。

 

(誰だ?)

 

(失礼アインズ様、アルベドでございます)

 

発信者はアルベドだった。いつも通りの事務的な口調で話しかける彼女に、アインズは問う。

 

(どうしたアルベド、定時報告まではまだ時間があるはずだが?)

 

(はっ、現在火急の事態が発生したため、大至急アインズ様にナザリックへご帰還いただきたく思いまして)

 

(なに?)

 

アルベドのいつになく真剣な口調に、アインズも訝しむ。彼女が火急と称するなど、一体なにがあったのだろうか?

すぐに戻ると告げ、アインズは漆黒の剣達に向き直る。

 

「すみません。急用を思い出したので、先に宿に戻ってもよろしいでしょうか?」

 

「ええ、構いませんよ」

 

漆黒の剣のメンバーは、一足先にンフィーレアの店へ荷下ろしをすませることになっている。あとは彼らだけでも十分なのでモモンが抜けても問題ないだろう。

 

「では、私はこれで」

 

足早に宿屋に向かうモモンとナーベを見送り、ウルリクムミはチラリとアルラウネを見る。視線の意味を察した彼女は指先から小さな花びらを一枚生み出し、風に乗せて二人のほうへ気づかれないように流す。監視と盗聴・隠蔽の自在式も込められているため、そう簡単には気づかれないはず。

 

「じゃあ、私達も行きましょう」

 

馬の手綱を引き、馬車に続くように一向は歩いていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

宿屋からナザリックに転移したアインズが、デミウルゴスがアシズに惨殺されたという報せを受けたのは、それから間もなくのことだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

現在、クレマンティーヌは退屈していた。カジットが起こそうとしている『死の螺旋』の前倒しのために『叡者の額冠』を強奪したはいいが、それを唯一使いこなせるであろう薬師の少年が外出中だったのだ。しかたなく墓地の負のオーラを集めるために死体を集めてはいたが、さすがにカジットに咎められてそちらも中断だ。

情報によると少年は薬草採取の護衛を銅と銀と白金の冒険者に依頼し、トブの大森林の近くにあるカルネ村に向かったとのこと。街との往復時間を考慮に入れると、そろそろ戻ってきてもいいはず。

 

「カジッちゃ~ん、あの坊やまだ帰ってこないの~? いい加減待ってるの退屈なんだけど~」

 

少年の店のテーブルの上に寝転がり、手慰みにスティレットを弄る彼女に裏口から不機嫌そうな声がかかる。

 

「貴様はいい加減危機感を持たぬか。部下からの報告では、彼奴らはすでに街に戻ってきている」

 

カジットの言葉にガバリと起き上がり、クレマンティーヌの顔がニンマリと笑顔を見せる。それは嗜虐の笑み、新しいオモチャを得たことに喜ぶ殺人鬼の笑みだ。

 

「そっか~、なら早くお出迎えしてあげないとねえ」

 

「油断するな、小僧に同行している冒険者には『白金』も混じっているのだぞ」

 

「あ~、そうだったね~。確か『ウルリクムミ』と『アルラウネ』だっけ?」

 

三年の間に白金に上りつめた、エ・ランテルでも知らぬ者はいないとされる凄腕の冒険者。未来のアダマンタイトと期待されるだけのその二人が、果たしてどれほど自分を楽しませてくれるのか………

 

「楽しみだな~」

 

 

 

 

 

 

 

 

「ーーお疲れ様です」

 

と、表の入り口から話し声が聞こえてきた。

 

(来た!)

 

ようやくターゲットが帰ってきたらしい。テーブルから下りてクレマンティーヌは店の表へ、カジットは裏口から回って正面玄関へ向かう。

 

「おばあちゃん、いないのかな? 果実水が母屋に冷やしてあるはずですから、飲んでいってください」

 

「そいつはいいねぇ」

 

「ではこちらです」

 

これから血の惨劇を見るとも知らず、呑気な会話をしあうやつらを嘲笑いながらクレマンティーヌは暗闇の中から姿を表す。

 

「はーい、お帰りなさい」

 

無人と思われた店の奥から、見知らぬ女が現れたことに一同が固まる。

 

「……どなたでしょうか?」

 

最初に質問したのはターゲットであるンフィーレアで、戸惑いを隠せずクレマンティーヌを凝視する。当然だろう。今の時間帯は店じまいでお客は入ってこれないはず、この見知らぬ女はどうやって侵入したのだろうかと疑問に思う。

 

「ん? えへへ~、私はね。君を浚いに来たんだ~」

 

わざとらしく猫なで声で目的を明かせば、後ろの冒険者達が目を見開き身を固める。

 

「アンデッドの大群を召喚する『不死の軍勢(アンデスアーミー)』って魔法を、君に使って欲しいんだよね~。お姉さんの、お願い~」

 

ジリジリと歩み寄れば、ンフィーレアは恐怖から手にしたランプを落としてしまう。それを合図にしたようにペテルとルクルットが前に出て、ンフィーレアを守ろうとする。ニニャがンフィーレアの手を引いて玄関へ逃げようとするが、

 

「逃げられると困っちゃうんだよね~」

 

「遊び過ぎだ」

 

二人の眼前をカジットが阻む。退路を絶たれた状態に、追い詰められた一同の顔に焦りが浮かぶ。

 

「んじゃ、ちゃっちゃとやりましょうかね~」

 

ニタリと狂気の笑みを浮かべ、クレマンティーヌは跳ねる。まずは眼前の戦士で遊ぼうと、スティレットを彼の肩から袈裟懸けに切り裂いた。

 

 

 

 

 

ペテルの傷口から溢れたのは、鮮やかな赤い血ではなく、薄桃色の花びらだった。

 

「!?」

 

その光景に一瞬だけ思考が止まるクレマンティーヌとカジット。次の瞬間、ペテルのみならずほかの四人も形が崩れて花びらに変わる。部屋中を舞う花びらは二人の身体に大量に付着すると、その身が鉄のように重くなる。

 

「ガッ、カハ!?」

 

重量に耐えきれず二人はその場に倒れてしまう。そこへ正面玄関の扉を開けて何者かが入ってきた。

 

「…………『不死の軍勢』とは?」

 

一人は、クレマンティーヌ達を拘束する花びらと同じ色の美女。

 

「なぜアンデッドを大量に召喚する必要があるううう?」

 

もう一人は、濃紺のフルプレートアーマーを纏った大男。

 

「お前っ………らはあ……!」

 

その身体的特徴を見て、クレマンティーヌは確信する。この二人は例の白金級の冒険者、ウルリクムミとアルラウネだ。

 

(しくじった! さっきの冒険者達が四人しかいなかったことに違和感を持つべきだった!)

 

幻術系魔法か、はたまたそれとも違った魔法か。元漆黒聖典として名を馳せた自分ですら気づけなかったとは、この女は相当の腕を持った術師のようだ。

と、ウルリクムミが背中に担いでいたバトルアックスを、クレマンティーヌに向けて高く掲げる。

 

「!?」

 

バトルアックスは武器の重量と彼の腕力が上乗せされた勢いのまま、クレマンティーヌの右腕に振り下ろされる。

 

「ああああああああああああ!?」

 

切断された腕から血飛沫が溢れ、クレマンティーヌは苦痛の絶叫をあげる。肉体は苦痛を誤魔化すためにのたうち回りたいが、重い花びらのせいで転がることもできない。

 

「アルラウネえええ」

 

「お待ちを?」

 

部屋中に散らばる余った花びらが再び舞い、今度はクレマンティーヌの傷口を覆うように付着する。斬られた肉の断面が何枚もの花びらで見えなくなると、溢れる血は止血されて痛みも驚くほどに消えた。

それに安堵したのも束の間、ウルリクムミが今度はクレマンティーヌの反対側に立ち、再び彼女の腕に斧を振り下ろす。

 

「ぎゃああああああああああ!?」

 

またも激痛に悶えるクレマンティーヌだが、再び花びらが傷口を塞ぎ苦痛がなくなる。涙目でヒュウヒュウと浅く呼吸する彼女に、ウルリクムミは斧をしまって声をかける。

 

「手荒なことをしてすまなんだあああ。だが貴様は見る限りはあああ、かなりの強者であると見受けるううう。ゆえに念のためえええ、反撃の機会を奪う必要があるううう」

 

「クッ………!」

 

最悪だと、クレマンティーヌは内心で歯噛みする。屋内に潜んでいたことを察知されて偽物をあてがわれたうえに、戦士職である彼女の最大の武器である両腕を真っ先に奪われた。これで彼女が戦う術は完全になくなってしまった。

 

「物取り………ではなさそうですね?」

 

「であれば家主を待ち伏せする必要はないはずだあああ。それに先ほどの発言んんん、どうやら貴様らの狙いはンフィーレア少年であったようだなあああ?」

 

ここに来てクレマンティーヌは自身の浅はかさを呪う。この大男は鈍重そうな見た目のくせにかなり頭が回るようだ。

 

「彼に魔法を使ってほしいようで?」

 

「ンフィーレア少年はあああ、あらゆるアイテムを使用できるタレントを持っていると言っていたあああ。つまり彼になんらかの高位のアイテムを使用させえええ、アンデッドを召喚するつもりだったのだろうううう」

 

カジットが言うように、油断せず最初からいけばよかったのか?

それとももっと別の方法で挑むべきだったのか?

 

どうすればいい? どうすればこの場を切り抜けられる?

起死回生の一手を必死に導きだそうとするクレマンティーヌだったが、カジットは身動き一つ取れていなさそうで当てにならない。

 

「それで、貴方達はどちら様でしょうか?」

 

「アンデッドを大量に召喚して何を企んでいるううう?」

 

見下ろす二人を睨むも、クレマンティーヌには文字通り打つ手がない。もはやここまでかと彼女が俯いた瞬間、ガシャンと音を立てて店の窓から何かが投げ込まれた。

 

「?」

 

見ればそれは、先の鋭利な十字型の結晶体だ。そしてほんの数秒だけ、一同の動きが固まった瞬間、結晶体から蜂蜜色の炎が部屋中に溢れかえった。

 

「!?」

 

「なああああ!?」

 

明らかに強い火力の炎に、ウルリクムミは咄嗟にアルラウネの手を引き、彼女を守るように自身の胸に抱き寄せる。炎はアルラウネの花びらを全て焼きつくすも、彼らの身体はおろか店内の備品や壁が燃える様子はない。自らを縛る花びらがなくなったことでようやく自由になれた二人は、炎に乗じて裏口から逃げていった。

 

しばらくしてから部屋を包む炎は消え去り、その場に静寂が訪れる。

 

「…………逃げられたかあああ」

 

撹乱目的の炎に不覚をとったことを悔しむウルリクムミに、アルラウネがフォローするように優しく語りかける。

 

「印はついていると思いますが?」

 

「そうかあああ、ならば追うのは容易かあああ」

 

むしろ彼らのアジトを探るには絶好のチャンスだ。ひとまず憲兵に事情を説明して、応援を呼んだほうがいいかもしれない。

 

 

 

 

「ウルリクムミさん、アルラウネさん! 大丈夫ですか!?」

 

「なんか窓から炎が見えたけど、ケガとかしてねえか!?」

 

二人に外へ待機するよう指示されていたペテルとルクルットが、慌てた様子で正面玄関を開けて入ってきた。

 

「ただの幻術のようだあああ。それよりも侵入者を取り逃がしたあああ、すぐに憲兵と冒険者組合に連絡しいいい、ンフィーレア少年を保護してもらうのだあああ」

 

「了解したである!」

 

一同はンフィーレアの手を引き、冒険者ギルドに向かって走る。その後ろ姿を見送り、二人は顔を見合わせた。

 

「…………しかし御大将、今のは?」

 

「うむううう、間違いないいいい」

 

この世界の魔法と違い、紅世の徒の自在法で作られたアルラウネの花びらが燃やされた。今までの経験上、彼女の自在法が魔法の炎ごときで燃えることなどなかったはず。それにあの蜂蜜色の炎、あの炎の質に二人は覚えがあった。

 

 

 

「今のは徒の炎であったあああ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

両腕を失い逃走を余儀なくされたクレマンティーヌとカジット。二人はある者に抱えられて夜空を飛行していた。

 

「てんめえ………助けるんならもっと早く助けろよ鳥野郎!!」

 

「『薬師の坊やを捕まえるぐらいチョロいチョロい』。って言ってらしたのはどなたでしたっけ?」

 

苛立たしげに悪態をつくクレマンティーヌに返されるのは、襲撃前の彼女の言葉をそのまま引用し淡々とした口調の嫌味で返す異形の怪物だ。金色の羽毛に四対の翼、鋭い嘴と眼光、頭部からたなびく烏の濡れ羽色の髪。黄色のローブを羽織り、両腕にそれぞれ二人を抱えて空を飛ぶその姿は、バードマンと呼ばれる異形種だ。

 

「うるせえな! あんなに強いとは思わなかったんだよ!!」

 

「まあご自慢の逃げ足が斬られずにすんだのは、不幸中の幸いでしたね。『疾風走破』殿?」

 

バードマンがさらに嫌味で返せば、黙っていれば麗しいであろう顔を歪ませて、クレマンティーヌは思いつく限りの罵詈雑言を並べたてる。だがそんな彼女を無視してバードマンはもう片方に抱えたカジットに声をかける。

 

「宝珠は奪われてませんか?」

 

「こ………この通りだ……」

 

弱々しい声で片手に握りしめる宝珠を高く掲げるのを見て、バードマンは頷く。

 

「なら大丈夫そうですね」

 

「何が大丈夫なものか! 件のタレント使いがいなくば『不死の軍勢』は使えんのだぞ!?」

 

『叡者の額冠』を使えそうな人材の誘拐に失敗した以上、もはや『死の螺旋』の前倒しは不可能。おまけに冒険者組合と憲兵に連絡がいくのも時間の問題。もはや自身の悲願は潰えたも同然だ。

 

「ああ、それならなんとかなりますから」

 

「は………?」

 

だというのに、バードマンはなんでもないかのように淡々と答える。

 

「大丈夫ですよ。私がなんとかしますから」

 




その頃のナザリック


デミ「私の牧場と羊があああああああああ!!」(´;□;`)

コキュ「ゲ、元気ヲ出セデミウルゴス! 羊ナラマタ飼育スレバイイ!!;」

アルベド「今すぐナザリックの全軍をもってロイツに進軍よ! 我らに歯向かった愚かな天使に死よりも重い苦痛と絶望を与えるのよ!!」

アウラ「そのアシズとかいう天使を取っ捕まえて、ニューロニストに拷問して貰おうよ!!」

マーレ「こ、ここは恐怖公さんの眷族のご飯にしたほうがいいんじゃないでしょうか?」

シャルティア「そんなんじゃぬるいでありんす! 飢食孤蟲王の新しい住みかにしてやるほうが苦痛に違いないでありんす!!」

アインズ「まあ待て、まずは相手の戦力を見極めてから作戦を練るのだ」







アインズ(アシズ殺すアシズ殺すアシズ殺すアシズ殺すアシズ殺すアシズ殺すアシズ殺すアシズ殺すアシズ殺すアシズ殺すアシズ殺すアシズ殺すアシズ殺すアシズ殺すアシズ殺すアシズ殺すアシズ殺すアシズアシズ殺すアシズ殺すアシズ殺すアシズ殺すアシズ殺すアシズ殺すアシズ殺すアシズ殺すアシズ殺すアシズ殺すアシズ殺すアシズ殺すアシズ殺すうううううううううううう!!!!)(゜言゜)


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ズーラーノーン

前回のあらすじ

漆黒の剣生存。
ンフィー君誘拐阻止完了。

モモンさーんは出ません


薬師バレアレの店に現れた侵入者の話は、ペテル達を通して冒険者組合と憲兵に通達され、現在ンフィーレアは組合に保護されることとなった。

 

「ンフィーレア! 大丈夫か!?」

 

「おばあちゃん!」

 

騒ぎを聞き付けたリィジーが組合の応接室の扉を乱暴に開けると、椅子に座る孫の姿がそこにあった。

 

「おお儂の孫よ………! 無事で何よりじゃ」

 

二人はお互いに抱き締めあい、ンフィーレアが元気な姿であることにリィジーは安堵する。

 

「しかし一体どこのどいつじゃ、 お前さんを浚おうなどとした不届き者は!?」

 

「それについては、我々が説明します。」

 

そう言って前に出たのは、ンフィーレアと一緒にいたペテル達だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

荷下ろしのためにンフィーレアの店の前に到着した一向は、彼が扉を開けようとしたところでアルラウネに肩を掴まれた。そのまま入ってはいけないという彼女になぜなのかと聞くと、店の中に二人ほど何者かが潜んでいるのを察知したからと言った。リィジーとお客ではないかというルクルットに対し、アルラウネは潜む人物からは得体のしれない雰囲気を感じとったらしい。

それを聞いたウルリクムミは、まずアルラウネの幻術でンフィーレア達の偽物を作り、中の様子を確かめてみることにした。案の定、潜んでいたのは明らかに堅気ではない女戦士と年老いた魔法詠唱者で、彼らはアンデッドを大量に召喚する魔法を使うためにンフィーレアのタレントを必要としていたらしい。

 

 

 

 

 

 

 

「犯人には逃げられてしまいましたが、アルラウネさんが犯人に『印』をつけておいたからすぐに追跡できると言っていました」

 

印の方角から察するに、彼らは街の共同墓地に逃げたと思われる。

 

「そんなところに大量のアンデッドが出たら……!」

 

ニニャが想像して身を震わせる。ただでさえ負のオーラが蔓延している墓地にアンデッドが大量召喚などされれば、より強い負のオーラが生まれて凶悪なアンデッドが生まれてしまう。最悪の場合、エ・ランテルがアンデッドの蔓延る地獄と成り果ててしまう。

 

「大丈夫である。今ウルリクムミ殿とアインザック組合長達が対策を練っているのである」

 

ダインが言うように、組合長室ではベテラン冒険者達がアンデッドが発生した場合のプランをいくつかあげている。墓地の見回りをしている憲兵達はすでに門の外に避難するよう根回しをし、魔法詠唱者の冒険者達に墓地の周りを固めてもらい見張っている。今のところアンデッドが大量発生している様子はないそうだが、やはり墓地の負のオーラがいつもより強くなってはいるらしい。

 

「今回の騒動にアンデッドが絡んでいるってことは、黒幕は『ズーラーノーン』じゃないのか?」

 

ルクルットの発言に一同が頷く。

『ズーラーノーン』。死を隣人とする過激派カルト集団の彼らならば、確かにこんなことを企てていてもおかしくはない。

 

とそこへ、扉を開けてアインザックとウルリクムミが入ってきた。

 

「組合長!」

 

「ウルリクムミさん!」

 

「待たせたなあああ」

 

濃紺の鎧を鳴らし一同と向き合うウルリクムミに、リィジーが頭を下げる。

 

「儂の孫を助けていただき本当に感謝する! この恩は一生忘れませぬぞウルリクムミ殿!」

 

「そう改まって言う必要はないいいい。困ったときはお互い様だあああ」

 

なんと気っ風のいい答えか、リィジーは目頭が熱くなるのを感じ年甲斐もなく涙を流してしまう。そしてアインザックがゴホンと咳払いし、一同の注目を自身に集めた。

 

「うむ。それでこれから、ともにアンデッド討伐に行く人員と、街を防衛する人員、後方支援に当てる人員を割り振ろうと思うのだが……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

墓地の地下室に逃げ延びたクレマンティーヌは、何度も何度も悪態をついていた。

 

「ちくしょう! ちくしょうちくしょう! あのデカブツ、次は絶対ぶっ殺してやる!!」

 

不意打ちだったとはいえ、英雄の領域に至った自身の両腕を奪われた事実に彼女は過去最大の屈辱を抱いている。そんな彼女に呆れるように嫌味をはく者が一人。

 

「あんな目にあったのに、まだ怨み節を吐けるだけの気力はありますか。なんかもう一週回って感心しますね」

 

腕組みをして近くの瓦礫に腰かけるのは、ため息をつくバードマンだ。いちいち他人の神経を逆撫でするような言い方に、クレマンティーヌの怒号がさらに強まる。

 

「うるせえんだよ! いいから『アレ』よこせよ『アレ』!!」

 

彼女に催促されて鬱陶しそうに眉間にシワを寄せ、ローブの内ポケットからポーションの入った瓶を取り出す。その色は市販されている青色ではなく、モモンが初日にブリタに慰謝料代わりに与えたポーションと同じ赤色だ。

彼はクレマンティーヌに歩み寄りながら瓶の蓋を開けると、高いところから彼女の脳天に向けて中身をドポドポとかける。すると骨ごと斬られたはずの彼女の腕が生えてきてもとに戻った。

 

「ふんっ………せっかくの『神の血』をそんなことに無駄使いしよって」

 

「ご心配なく。入手の目処はあるので」

 

それを見てぼやくカジットにバードマンは淡々と返す。とはいえ儀式を成功させるためには、英雄級の力を持つクレマンティーヌの力はどうしても必要だ。カジットにとっても背に腹は変えられない。

 

(そういう意味では、この鳥男が我らに協力してくれたのは僥倖であろうな………)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

およそ二週間ほど前、なんの前触れもなく共同墓地の隠れ家に現れたこのバードマンは「『死の螺旋』を行いたいから手伝ってやる」とのたまってきた。当然ながら、見るからに怪しい輩を信用できなかったカジット達は彼を殺害しようとしたが、まるで赤子と戯れるようにあしらわれて完全に敗北した。一度戦ったからこそカジット達は瞬時に理解した、おそらくズーラーノーンの高弟が束になってかかったところで、この異形種には絶対に勝てないだろうと。

彼はどうやらズーラーノーンの盟主とは知己の間柄らしく、『死の螺旋』をより効率的に行うための的確なアドバイスをするよう頼まれてここへ来たらしい。

カジットとしては渡りに船とも言える好条件、あくまで利害の一致からの共闘ではあるものの、そうして彼らは現在行動をともにしている。といってもズーラーノーンの正規のメンバーではなく、あくまで食客という扱いだ。

 

そして盟主が指名したという触れ込み通り、彼は魔法詠唱者としてのずば抜けた知識と技量を持っていた。クレマンティーヌが『叡者の額冠』を強奪し、それを扱える人間の存在を知り、カジットの計画は滞りなく成功するはずだった。

 

あの白金の冒険者、ウルリクムミとアルラウネが現れなければ。

 

(あの二人が邪魔をしなければ、今頃は小僧を使って大量のアンデッドを召喚し、『死の螺旋』を起こせたはず………!)

 

ギリッと奥歯を食い縛り、片手に握る死の宝珠を見る。

 

(鳥男は『なんとかなる』などと悠長に構えておるが、はたして今墓地を覆う負のオーラのみで強力なアンデッドが自然発生するか……?)

 

そんなカジットの心配を後押しするように、偵察に行っていた弟子の一人が転がるように降りてくる。

 

「カジット様! 墓地の周りを憲兵と冒険者どもが囲っています!」

 

「なんじゃと!?」

 

ガバリと立ち上がるカジットに続くように、バードマンがパチンと指を鳴らした。

すると彼らの眼前に蜂蜜色の魔法陣が浮かび上がり、その中央から同色の炎が燃えあがる。炎に浮かぶのは墓地とエ・ランテルを仕切る鉄の門の映像で、その向こうにはミスリル・オリハルコン・白金のプレートを下げた冒険者達と憲兵達が隙間がないほどに並んでいる。しかもその集団の先頭には、あの濃紺の鎧の冒険者が仁王立ちしているのが見えた。

 

「ばかな! もうここを嗅ぎ付けたのか!?」

 

アンデッドといえば墓地という先入観のせいだろうか、だとしても到着時間と人員集めが予想以上に早すぎる。

 

「………」

 

それを見たバードマンが顎に鉤爪を当てて考えこむ仕草をしてから、隣のクレマンティーヌをチラリと見る。

 

「?」

 

何事かと思った彼女が眼をパチクリさせていると、バードマンは突然片手でクレマンティーヌの胸元のアーマーを引きちぎった。

 

「ぎゃあああ!? 何しやがんだよ変態!」

 

慌てて両手で胸元を隠す彼女に、彼は冷めた目線でポツリと呟いた。

 

「そんな恥ずかしがるほどのモノでもないくせに……」

 

その失礼極まりない呟きはちゃんと彼女の耳にも入ったらしい。ああん!? 結構サイズあるほうだわ! などと喚く彼女を無視して、バードマンは引きちぎった胸部アーマーに飾られたハンティングトロフィーを一枚一枚剥ぎとっていく。十枚目を剥がしたあたりで指をとめると、その下で淡く光る薄桃色の花びらを手に取る。

 

「………追跡用か。さすがは鋼の軍神を支える妖花の自在師、抜け目がない」

 

バードマンは称賛するように目を細め、片手で花びらを握りつぶす。

しかしカジットにとってはもはやどうでもいいことだった。現在も墓地ではアンデッドが自然発生しているのだろうが、ミスリルやオリハルコン相手では足止めになるかもわからない。そのまま彼らにアンデッドを全て狩られてしまえば強力なアンデッドは生まれず『死の螺旋』には至らない。仮に冒険者達を全滅させたとしても、王都から援軍を寄越され、最悪あのガゼフ・ストロノーフが介入すれば、全員捕らえられてしまう。

 

「クソッ、クソクソクソ!! 『不死の軍勢』を使えないこの現状では時間が足りん!」

 

まさに万事休す。一体どうすれば……頭を抱えるカジットにバードマンが淡々と答える。

 

「だから大丈夫ですって」

 

先ほどと同じ何の問題もないという態度で断言するバードマンに、いい加減カジットが怒鳴り散らす。

 

「ふざけるなあ! 確かに貴様のみならば、あんな冒険者どもを一掃するくらい雑作もないだろうが、また儀式を一からやり直さねばならんのだぞ!?」

 

ここまで膨大な時間と下準備を重ねてきたカジット達としては、今までの労苦が水の泡になるのはなんとしても避けたい。それに儀式を中止したからといって、冒険者が周囲を囲うこの状態では、ここから無事に逃亡できるかどうかもわからないのだ。

 

「そんな必要はありませんよ」

 

しかしバードマンは変わらず淡々とした声で答え、再び指を鳴らす。

すると彼の足元に蜂蜜色に輝く魔法陣が浮かび上がり、溢れる同色の炎が彼の身を包む。揺らめく炎はやがて動きを止め、丸い卵の形に固まる。そこから数秒のち、沈黙したその場に響き渡るように炎の卵に皹が入り、まるで孵化するようにバードマンが再び現れた。

 

その姿は先ほどと変わらない。変わらないはずなのに、何かが違う。雰囲気とか、魔力の強さとか、そういう問題ではなく『その者の性質そのもの』が変異したように、彼らには見えた。

 

「な、何をしたんじゃ……?」

 

恐る恐る問いかけるカジットに、バードマンは変わらない冷たい眼差しを向けて嘴を開く。

 

「………その叡者の額冠というのは、適合できる人材がつけて初めて意味をなすわけですよね?」

 

「? ああ、そうじゃが……」

 

「だから、この身体を叡者の額冠に適合できるよう改良しました」

 

「………はあ!?」

 

こいつは一体何を言い出すのだと、今日何度目になるかもわからない驚愕の声をクレマンティーヌ達は出す。

身体を適合できるように改良? そんな魔法があるなんて話聞いたことがない。だいたいそんな抜け道がアリだとするならば、神器を擁する法国がとっくに研究して試しているはずだ。

 

「いいからほら、貸してください」

 

バードマンは呆然とするカジットから引ったくるように『叡者の額冠』を手にすると、身につけていた装備を全て外して巫女の力を補助する為の透明な薄絹に着替える。

 

「正気か貴様!? それは一度つけたら自我を失い………!」

 

「わ、私が無理矢理外した巫女は完全に狂ったんだぞ!? あんたそれわかって………!」

 

慌てるカジット達に目もくれず、バードマンは何の躊躇もなくサークレットを頭部に飾る。と、彼の両腕がだらりと下がり、ガクンと膝から崩れ落ちた。

 

「………」

 

息つく暇もなく変わる状況に、一同は固唾を飲んでバードマンを凝視する。やがてカジットが確かめるように彼の眼前に近づき、叡者の額冠を見た。

 

「………本当に、適合したじゃと?」

 

叡者の額冠に嵌め込まれた宝石は輝き、膨大な魔力が込もっている。間違いなく装着者と適合したことを示していた。バードマンの目は虚ろで何も見ておらず、叡者の額冠の副作用で完全に自我を失っているようだ。

その姿に唖然とするのもほんの僅かの間、カジットは肩を震わせて笑いを溢しはじめる。

 

「く、くくく……わははははははは!! いいぞ鳥男! 最後まで我らのためによくぞ働いてくれた!」

 

正直なところ、カジット達のあいだではこのバードマンが裏で何かを企み、漁夫の利を狙おうとしているのだろうとずっと疑っていた。だがこの自身の犠牲すら厭わずに儀式に尽くしてくれたその姿を見て、逆に疑心の謝罪と感謝の念すら湧いてきた。

 

「ではすぐに儀式を執り行う! すぐに準備せよ!」

 

「は!」

 

これで最後のピースは揃った。弟子達に鼓舞するように指示を出し、カジットはその場を去っていった。

残るクレマンティーヌはいつも通りのニンマリ顔を浮かべ、しゃがみこむバードマンの横に片膝をつき、猫なで声で耳元に囁きかける。

 

「アンタのこと大ッ嫌いだったけどさ~、正直今だけは見直したよ」

 

もはや毒舌を吐くこともない、魔法を行使するだけの人形となってしまった異形を嘲笑し、彼女もその場をあとにするのだった。

 

 

 

 

 

バードマン以外無人となったその場から、彼が脱ぎ散らかした黄色いローブがズルリズルリと這うように動いて、階段を上っていくのを見たものはいなかった。




その頃のナーベさん

ナベ「なんだか外のガガンボどもが騒がしいけれど、アインズ様から『こちらから連絡を寄越すまで待機しろ』と命じられている以上、動くべきではないわね」部屋の真ん中で直立不動。

ニニャ「モモンさんナーベさんいますか!? 墓地のほうで大変なことが起こっているんです! どうか力を貸してください!」ドンドンッ

ナベ「…………」ガン無視

ダイン「どうやら不在のようであるな……仕方がない、ほかをあたるである!」

ニニャ「はい!」

バタバタバタバタバタバタッ

ナベ「………本当に、さっきからなんなのかしら?」



ちなみにその頃のアインズ様は、色々と気疲れしたせいでナーベへの連絡をすっかり忘れてベッドで横になっていた。


漆黒の英雄誕生ならず!


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濃紺の英雄

前回の感想を見ていると、『四枚翼で金色の羽毛の黒髪バードマン』について言及している方がいなかったことにちょっと意外でした。


墓地を仕切る鉄の門の前に集うは、冒険者組合の中でも選りすぐりの強者達ばかりだ。一見するといつもと変わらない不気味で静かな門の向こうを見据える彼らに、長年の冒険者としての勘が確かに告げる。

 

今、この門の向こうには()()がいると。

 

一同が各々の愛用武器を手に固唾をのんで身構える中、誰よりも門に近い位置に立つウルリクムミが踵を返して彼らに向き直り、号砲のように叫びかける。

 

「今この場に集った者の中にはあああ、いまだ状況を理解できていないものもいるだろうううう! ゆえに改めて現状確認とおおお、これから行う作戦を告げるううう!!」

 

現在、この墓地の奥にはアンデッドを大量召喚する魔法『不死の軍勢(アンデス・アーミー)』の発動を企てるズーラーノーンの一派が潜んでいる。彼らの目的は断定できないものの、かつて彼らの盟主が行ったという『儀式』の記録から察するに、アンデッドの大量発生に伴う『死の螺旋』を企てているというのが組合の予想だ。

彼らはなんらかの方法でその魔法を行使できるアイテムを入手し、ンフィーレアのタレントを使ってアイテムを発動させる目論見だったのだろうが、幸いなことに居合わせたウルリクムミ達のおかげでンフィーレアが浚われずにすんだ。しかし墓地に蔓延する負のオーラは、いまだ消える様子はない。

 

「おそらく誘拐が失敗した時の保険のためえええ、墓地の中にある程度の数のアンデッドを用意したと思われるううう。つまりこのままではアンデッドが大量に生まれえええ、遅かれ早かれ『死の螺旋』に至ることに変わりはないいいい」

 

事前に説明を受けていた者はギリッと奥歯を噛みしめて緊張し、今駆り出されて初めて事情を知った者は驚愕のあまり情けない悲鳴をあげてしまう。それぞれの反応を見渡すように首を左右に動かし、ウルリクムミはさらに続ける。

 

「だが恐れることはないいい! たとえ数は向こうが上でもおおお、所詮は生者を貪る欲求のみしかもたないいいい、知性もない烏合の衆でしかないいいい!!」

 

重厚な響きを持つその言葉は、僅かに震える冒険者達の緊張をほんの少しだけ緩めた。

 

「我らには知恵があるううう、力があるううう、そして共に勒を並べて戦う長年の戦友達がいるううう!! ならばこそおおお、それを今使わずしていつ使うかあああ!!」

 

ウルリクムミの堂々とした大演説は冒険者達の恐れを薄れさせ、その胸の奥底から熱い何かを灯してくれるような力強いものだ。

 

「我々の予想ではあああ、彼奴らは『儀式』の完成を優先するためにいいい、アンデッドどもに直接指揮を下すことはないはずだあああ!!」

 

いわば大量のアンデッドによる人海戦術。数の暴力で自分達を足止めさえできれば、『儀式』を完成させることが可能だと高を括っているはず。

 

「ならばあああ、その驕りを叩くまでだあああ!」

 

彼の作戦はこうだ。ウルリクムミが日頃アルラウネに使わせている、敵の注意を自分のみに引き付ける魔法を受けた状態で先頭に立ち、アンデッドの眼前に出る。そうすればアンデッド達は後方に控える冒険者達に眼もくれなくなるので、その隙に彼らが一体一体を確実に倒していくというものだ。

それを聞いて当然のことながら、冒険者達は驚愕しウルリクムミに反論する。無茶だ、そんなのは自殺行為だと、考え直すように説得するがウルリクムミは緩く首を振る。

 

「案ずるなあああ、俺の頑丈さは折り紙つきだあああ」

 

そう言ってウルリクムミが右手を高く掲げると、彼の足元から門の一番上にかけて薄桃色の階段が現れる。

再び冒険者達に背を向けるウルリクムミはその階段に足をかけ、ゆっくりとした足取りで上へと上っていく。見上げる冒険者達の目には、その姿がさながら玉座へと進む王の姿にも等しかった。

階段の一番上へと上がりきったとき、しばしの間をあけたのちにウルリクムミは背を向けたまま冒険者達へ告げる。

 

「ここより先は死地であるううう。死を恐れえええ、臆する者はすぐさま立ち去るがいいいい。それでも戦う覚悟が貴様らにあるならばあああ、この階段を駆けえええ、共に来いいいい!」

 

いつもと同じ巨体のはずの、濃紺の鎧の戦士の後ろ姿。だがそれを見た者達には、その背後に巨大な鋼の巨人の姿を幻視したように思えた。

 

「………ケッ! 白金(後輩)のくせに、かっこつけやがってよ!」

 

最初に不敵に笑ったのは、一人のオリハルコンの剣士。

 

「テメエ一人に美味しいとこをとられてたまるかってんだ!」

 

メイスを担ぎ直し、呆ける冒険者を押し退けてミスリルの戦士が前に出る。

 

「ここで逃げたら、それこそ女房に一生笑われちまうだろうがよ!」

 

白金の射手が、階段の一段目に足をかけた。

 

それを皮切りに、その場にいた冒険者達がぞろぞろと階段を上っていく。ウルリクムミと同じ高さに立った彼らは改めて墓地の奥を眺め、『それら』を見た。

 

おびただしい数のアンデッドの群れ。

スケルトン、ゾンビ、人型はおろか獣型まで勢揃いときたものだ。その姿に再び手が震える白金の戦士だったが、隣から肩に力強く置かれた手にハッと我に帰る。

 

「背中は預けたぞおおお」

 

「…………!」

 

その言葉を聞き、戦士の心に燻っていた恐怖は今度こそ消え去った。

 

 

「では行くぞおおお!! 勝利は我らにありいいい!!」

 

『うおおおおおおおおおお!!!!』

 

バトルアックスを掲げ、戦友を鼓舞するように叫ぶウルリクムミが門の上から飛び降りた。ほかの冒険者達も雪崩れ込むようにその背中に続いていった。

 

 

鈍重そうな見た目とは裏腹に素早く先頭を走るウルリクムミは、その身を包む薄桃色の花びらのが輝くと同時に一同の視界から消えた。アルラウネの自在法で身体能力が大幅に向上された彼のスピードは、さながらイジャニーヤの動きに迫るほどだ。

ゆっくりと進軍するアンデッド達の眼前にて急ブレーキをかけると、バトルアックスを構えて高らかに咆哮する。

 

「来い亡者どもおおお!!!!」

 

その咆哮に反応するようにアンデッドの大軍が我先にとウルリクムミに群がる。両手両足にしがみつき、肩や横腹に噛みつくが、ウルリクムミは身動ぎ一つせずにそれらを受け止め、濃紺の鎧には傷一つつかない。

 

「むうううううう!!」

 

ウルリクムミが煩わしげに片手を横に薙ぐだけで、アンデッド達の身体はバラバラに砕け散る。次いで棒きれでも扱っているかのようにバトルアックスを振り回し、迫るゾンビを細切れにしてしまう。重戦士とは思えないほどのスピードと武器捌きで次々とアンデッドを切り裂いていくウルリクムミの姿を遠目に眺めながら、冒険者達は戦地にも関わらず唖然としている。

 

「す、すげえ………」

 

「あの数のアンデッドを、ああも容易くとは……」

 

「あいつ………本当に白金級の冒険者なのか?」

 

だがその間にも、後続のアンデッド達が再び大量に押し寄せる。それを見たウルリクムミは、上空に向けて高々に命じる。

 

「放てえええええええええ!!」

 

次の瞬間、上空からたくさんの火球や火矢が雨霰の如く降り注ぎ、進軍するアンデッド達を焼き付くす。

火球の出所を見ればそこにはニニャをはじめとする魔法詠唱者達と弓兵達が、巨大な花びらの上に乗って墓地の上空を浮遊している姿があった。

 

 

 

 

 

『火球が使える魔法詠唱者達と弓兵はあああ、アルラウネが使う浮遊の術で上空から攻撃せよおおお』

 

 

 

 

一般的なアンデッドは空を飛ぶことはほとんどない。ならば地上よりも上空から狙撃すれば安全に援護できるはずと、ウルリクムミが進言した作戦は実に合理的だ。現に火球をまともに食らったであろう眼下のスケルトン達は次々と灰に還り、燃え残っているゾンビ達も苦悶の叫びを上げて地べたを転げ回っている。

 

(ウルリクムミさんが、こんな重要な役割に僕を選んでくれたんだ………なんとしてもやり遂げてみせる!)

 

決意を固め、ニニャは再びアンデッド達に火球を浴びせる。炎に焼かれて悶えるアンデッドを差し、ウルリクムミは再び冒険者達に叫ぶ。

 

「道は拓かれたあああ! 進めえええ! 戦友達よおおお!!」

 

 

「うおおおおおお!!」

 

「野郎ども! ウルリクムミに続けええええええ!!」

 

燃え残ったアンデッド達を切り払い、冒険者達は果敢にも進軍する。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そんな冒険者達の姿を、門の向こうから憲兵達が眺めている。

 

「俺達は……夢でも見ているのか?」

 

一人は眼前に広がるさまに、とても現実感が湧かないでいる。まるで子供の頃に読んだおとぎ話のワンシーンを再現したかのような鮮烈な光景は、正に夢の中の出来事のようだ。

 

「いや、夢なんかなものか。俺達は今、『伝説』を目にしているんだ」

 

それをもう一人の憲兵が、口元に笑みを浮かべながら否定する。彼ら冒険者達の先陣を切り、幾多のアンデッドを屠る一人の濃紺の冒険者を見つめて彼は呟く。

 

「濃紺の戦士………いや、濃紺の英雄だ……!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

前線で戦う人員に選ばれたのは、オリハルコン・ミスリル・白金・金の冒険者達。銀・鉄・銅級の戦士達は、もしもの場合に備えての街の住人の避難誘導担当と、ダイン達回復術師主流の後方支援担当、ルクルット率いる物資輸送担当に別けられた。

さらにウルリクムミは、ンフィーレアとリィジーにある重要な役割を頼んだ。

 

「ンフィーレア少年んんん、リィジー殿おおお、お前達にはポーションの製作を頼みたいいいい」

 

これから起こる戦いを思えば、回復ポーションは必要不可欠だ。そう判断したうえでの人選だが、ンフィーレアは不安そうにウルリクムミを見る

 

「それは構いませんけど……これだけの冒険者さん達全員に行き渡らせるとなると、作るのに時間がかかるかと……それに材料も……」

 

「材料ならばあるだろうううう」

 

「え?」

 

そう言ったウルリクムミが指差す先には、組合長室の片隅に置かれた袋があった。

 

「これは!」

 

それは先ほどトブの森で、ウルリクムミ達が採取した希少な薬草だ。

 

「それだけの品質の薬草が大量にあればあああ、多少雑に調合してもおおお、ある程度良質なポーションを量産できるはずだあああ」

 

それを聞いてンフィーレアはハッとする。確かにもとから効能の高い薬草ならば、魔法を使わないただの調合でもかなりの効果を期待できそうだ。

グッと上着の胸元を握り、ンフィーレアは口を引き結ぶ。正直なところ、この薬草をじっくりと調合して研究したいという、薬師としての欲求はある。だが今は街の命運をかけた戦い、そんな手前勝手なことをすべき場合ではないのだ。何よりもウルリクムミの期待に応えなくてはいけない。

決意を改め、ンフィーレアは力強く頷く。

 

「っ………やってみます!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そんなことを思い出しながら、ンフィーレアは薬研で薬草を擂り潰す。まずは普通に擂り潰したものを溶液にしてみて、どんな効果のポーションができるかを確認しなくてはならない。

液体をポーションにするには錬金術師のクラスを持っているンフィーレアとリィジーの力が必要だが、それ以外の雑用は物資輸送担当の人員達も手伝ってくれている。

 

「こんな希少な薬草を、こんな雑な調合で作るなど………!」

 

調合するンフィーレアの横で、リィジーが蒸留フラスコの火加減を調節しながらブツブツと文句を言っている。孫の恩人の頼みとはいえ、ポーション研究に生涯を捧げる彼女としては、この薬草を研究せずに使うことはやはり不本意なのだろう。

 

「文句言わないでよおばあちゃん、今は手を動かして」

 

「わかっとるわい」

 

コポコポと火をかけられたフラスコが沸騰し、枝管を通って液体がビーカーにポタリポタリと滴り落ちていく。液体がビーカーの半分まで溜まったところで空のビーカーに入れ換えたリィジーは、道具鑑定(アプレイザル・マジックアイテム)で液体の効果を調べ始める。ンフィーレアが擂り潰す作業を止めずにそれを横目で見ていると、リィジーの両目が見開かれて身体が震える。

 

「お、おお………!」

 

「おばあちゃん?」

 

リィジーのかつてない反応に居合わせた冒険者達が固唾を飲んで見守るが、ンフィーレアには家族としての長い付き合いから、それが悪い反応ではないことを悟った。

 

「完成したぞンフィーレア! 素晴らしい………魔法を使わない調合でこれほどの完成度とは!」

 

興奮気味に叫ぶリィジーに、冒険者達も沸き立つ。作業台に置かれた目映い緑の輝きを放つポーション。見ただけでも高位のポーションであるとわかるそれに、ンフィーレアも目を奪われる。

 

(すごい………この濃度でこれだけの力なら……!)

 

ふと、ンフィーレアの脳内である可能性が閃く。作業の手を止めた彼は、丁度ポーションを入れるための空き瓶を運んできたルクルットに声をかける。

 

「ルクルットさん! こちらの完成したポーションを、水で十倍に希釈してみてください!」

 

「何!?」

 

「ンフィーレア、お前さんなんていうことを言うんじゃ!?」

 

せっかくの高位ポーションを水で薄めるなどと、薬師にあるまじき発言にリィジーが抗議する。だがンフィーレアは真剣な面持ちで彼女に向き合う。

 

「考えがあるんだ。この印に合わせるように水を入れてみてください!」

 

「わ、わかった……」

 

ルクルットは戸惑いつつも、言われた通り分量を調節しながらビーカーに水を足していく。

水を足されたことで原液よりも色はだいぶ薄くなったが、いまだ淡い輝きをなくさないポーションに一同は驚く。

 

「すげえ……こんだけ薄まったのに、市販のポーションよりも高品質な状態を保ってやがる……!」

 

「これなら、少ない量でも大量生産できそうです!」

 

確かに、抽出した液をそのまま使うよりはこちらのほうが効率的だ。物資の目処がたったことにルクルットは笑い、ほかの冒険者達に指示する。

 

「よし! お前ら、近くの井戸水からありったけ水汲んでこい!」

 

「はい!」

 

彼らは店内に置いてあるバケツを片手に、急いで店の近くにある井戸に向かい出入口まで繋がるように二列に並ぶ。先頭に立つ一人が水を組み上げ、手にしたバケツに注いでいくと二番目がそれをもちあげて後ろに回し、バケツリレーの要領で次々と運んでいく。

ンフィーレアが擂り潰し、リィジーが原液を抽出させ、ルクルットがそれを希釈して、完成したそばから次々と空き瓶にポーションを注いでいく。ある程度ポーションが貯まると、力自慢の冒険者達が店の前に待機させてある馬車に、箱に詰められたポーションを次々と運んでいく。

 

 

「ポーションを入れる空き瓶が足りません!」

 

「なら酒場から空の酒樽をもらってこい! 液体が入れられるならなんでもいい! とにかく完成したやつから順に墓地へ届けるんだ!!」

 

ルクルットの指示を受け、急いで入れ物の代わりになりそうなものを探しにいく冒険者の後ろ姿を見送りつつ、ルクルットは逸る気持ちを抑えて希釈に専念する。

 

(なんとか持ちこたえてくれよ………ウルリクムミさん!)




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起死回生の一手

御大将大活躍。
だけど正直アルラウネさんが一番重労働だと思うなこれ……


ウルリクムミ指揮のもと、着実に墓地の奥地へと進む冒険者連合。とはいえ一体一体が弱小のアンデッドでも、大量の数が攻めてくれば一気に難敵となる。

現に端のほうではスケルトンに片足を食いちぎられた冒険者が倒れ、追撃を加えようとするスケルトンを近くの仲間が守るように阻んだりしている。

 

「魔力が切れた者おおお、重症を負った者はあああ、迷わず後方に下がりいいい、控えの者と交代せよおおお!!」

 

それを見たウルリクムミがゾンビを両断しながら上空の魔法詠唱者達に指示する。魔力が切れた魔法詠唱者の一人が乗る花びらが地上に降り、彼が怪我をした戦士に肩を貸して花びらに乗せると花びらが後方に運ばれていく。

 

到着と同時に控えの戦士と魔法詠唱者が入れ替わるように花びらに乗り、前線に運ばれていくのを、回復担当の魔法詠唱者達が見送る。

 

「回復を頼む!」

 

「まかせるである!」

 

ダインをはじめとする信仰系魔法詠唱者達が戦士の傷を癒せば、あとは交代になるまでこの場で彼らを休息させる。とはいえ魔力が自然に回復するのは時間がかかるので、回復した者もある程度休む必要がある。

 

全てはウルリクムミが立てた戦略だ。彼の進言がなければ、冒険者達は大量のアンデッドを前に無駄に体力を消耗して全滅していたことだろう。アルラウネの魔法による補助も非常に心強かった。

だがウルリクムミが味方を鼓舞してくれているとはいえ、やはりアンデッドとの戦いは体力の消耗が一番厄介だ。おそらく回復担当だけではいずれ限界になるかもしれない。

 

「クソッ、『物資』はまだなのか!?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

偵察から戻った弟子が、カジットに戦況を告げる。

 

「カジット様、連中もだいぶ疲弊しているようです」

 

「ククク、そうか……さすがに一体一体が弱いとはいえ、アンデッドの大群を相手にするのは堪えるようじゃな」

 

いまだ墓地を覆う負のオーラは強い。このまま儀式を続ければいずれさらに強大なアンデッドが生まれる確率は高くなるだろう。

 

「あともうしばらくの辛抱だ………その時こそが儂の……!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

交代する頻度が目に見えて増えるのを見るたびに、控えの戦士達に焦りが見え始める。自分達でさえこれだけ疲弊しているのに、いまだ前線で指揮をとるウルリクムミが戻ってくる様子は見られない。今やこの冒険者連合の心の支えともなっている彼が死ぬことにでもなれば、冒険者達の結束は瓦解し討伐どころではない。

 

「クッ………僕もそろそろ行かないと!」

 

銀級とはいえ少しでも人手が必要なはず。逸るニニャの肩をダインが引き留めるように力強く掴んだ。

 

「いかんであるぞニニャ! 今行ってもかえって彼らの足を引っ張ってしまうだけである!!」

 

「っ………!」

 

もっともな意見にぐうの音も出ない。奥歯を噛み締めて門の向こうを睨むしかできないニニャであったが、

 

 

 

 

 

「おーい! 皆ー!!」

 

後方から聞こえた、聞き慣れた仲間の声にバッと振り返った。

 

「ポーションを届けに来たぞー!!」

 

夜の帳に包まれた、街に続く道の向こうからは鉄・銅の冒険者達を率いてルクルットが馬を走らせてきていた。

 

「完成したか!」

 

その姿を見た一同の顔に希望と安堵が浮かぶ。およそ十台ほどの馬車が横に並んで走ってくる姿は壮観で、物資の量にも期待が持てた。馬の手綱を引き馬車を門の前に止め、ルクルット達が積まれていたものを次々と下ろしていく。

馬車に大量に積まれていたのは、緑色のポーションが入った大量の瓶と、大きな酒樽が六つと大量のコップ、それから追加の矢と矢じりに塗る油と火種だ。ポーションの大量生産には成功したものの、入れ物が足りず街の至るところから入れ物になりそうなものを探してきたらしい。見れば瓶もポーション用のみならず、酒瓶が混じっていた。

 

「………酒樽にポーションなんて、前代未聞ですよ?」

 

「贅沢言うなよ。空になった瓶はまた使うから、捨てずにこっちに寄越せ!」

 

苦笑するニニャだが、これだけの量があれば回復担当の負担を大幅に削減できる。ルクルットが重症者への配給を優先するよう指示し、まず酒樽に入ったポーションをコップで掬い手渡していく。

仲間に支えられながらポーションを口にした重症者の傷が、瞬く間に癒えていくのを確認してから、今度はニニャをはじめとする一番疲労の激しい者達がポーションを呷る。するとコップを空にしてから、冒険者達は自身の身体の変化に気づいた。

 

「な、なんだこのポーション……傷が治っただけじゃなく、力が漲ってくるぞ!?」

 

「心なしか、魔力も上がった気がします!」

 

先ほどまで感じていた疲労感、魔力の喪失感が綺麗さっぱり無くなり、かわりに内側からさらなる力が溢れる感覚がする。

 

「今なら何が来ようと、負ける気がしないぜ!!」

 

これならば、ウルリクムミの援護に向かえる。活気づいた冒険者達は前線で戦う仲間達の分のポーションを抱え花びらに乗る。

 

「姐さん! 俺らを大将のところまで運んでくれ!!」

 

コクリとうなずく彼女が花びらに乗せる際に、ニニャが彼女にもポーションを手渡す。

 

「どうか御武運を?」

 

「はい!」

 

力強く答えるニニャの後ろ姿を眺めながら、アルラウネもポーションを口にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

前線は激しさを増していた。

 

「邪魔だああああああ!!」

 

ウルリクムミが敵の注意を引き付け、群がるアンデッドを一閃のみで十体も切り伏せ、残りは仲間達が引き受けている。この繰り返しのおかげか、今のところ冒険者達の中では怪我人自体は数えるくらいしか出ていない。

 

(とはいええええ、やはり体力の消耗は激しいかあああ)

 

人間ではない自身はまだまだ余裕があるものの、ほかの冒険者達は先ほどから交代の頻度が多くなっている。オリハルコンやミスリルといえど、生身の人間である以上は連戦の疲労は避けられない。このままでは回復担当のほうも遅かれ早かれ力尽きるてしまうかもしれない。

自身が『本気』を出せば、本陣までの道を切り拓けるかもしれないが……

 

(敵の奥の手がわからぬ今あああ、まだ『切り札』を出すには早いいいい)

 

『死の螺旋』、強大なアンデッドが生まれる可能性が高くなる恐ろしい儀式。最悪の場合は『これ』を使わざるをえない状況になることを覚悟し、バトルアックスを強く握りしめる。

 

 

 

「ウルリクムミさん!」

 

「!?」

 

そんなウルリクムミにかけられた声があった。反射的に見上げればそこには、後方に戻ったはずのニニャがいた。ニニャだけではない、先ほど後方に戻ったばかりに魔法詠唱者達や、彼らに同乗していた戦士達の姿がある。その姿にウルリクムミは馬鹿な、と信じられないものを見るように驚愕する。

 

「ニニャあああ、まだ交代する時間ではないはずだぞおおお!?」

 

二度ほど交代した魔法詠唱者達の疲労具合から見て、まだ前線に立っていいほどの時間を休んでいないはず。なのにどうして彼らがここにと、答えるようにニニャがウルリクムミに向かって何かを投げる。

 

「いいから、これを飲んでください!」

 

彼女が投げて寄越してきたのは、酒瓶に入った緑色のポーションだ。戸惑いながらも瓶の蓋を開けて中身を一口飲むと、ウルリクムミの身体に変化が生じる。

 

「ぬうううう、これはあああ!?」

 

それまでの疲労感が無くなると同時に、強化魔法を受けたかのような活力が溢れてきた。

 

「ンフィーレアさんのポーションが届いたんです! これで体力も魔力も十分に回復できるはずです!」

 

その報せに、ウルリクムミは思わずおおおっと喜びの声をあげる。どうやらンフィーレアがポーション作成に成功したようだ。

花びらから降りてきた戦士達が、先ほどよりも素早い動きと高い攻撃力で攻めいる。

 

「うおおおおおおお!! どけどけ骸骨どもおおおおおお!!」

 

「大人しく墓の下に帰りやがれええええええ!!」

 

自身を鼓舞するように高らかに吠える冒険者達の姿は間違いなく強化されている。これがあの薬草の効力だとすると、予想以上の効果だ。

 

(ソカルめえええ、雑草を押し付けられたと思ったがあああ、なかなか良い物を寄越したではないかあああ)

 

ヘルムの下でニヤリと笑い、内心で今も森の奥に潜んでいるであろう戦友に僅かながら感謝する。

 

「アルラウネえええ、届いたポーションはどのくらいだあああ!?」

 

『十分すぎるほどかと?』

 

念話の自在法で後方にいるアルラウネに話しかければ、笑みを溢すような声色で彼女が答える。

 

「ならばお前はあああ、冒険者達の運搬とおおお、俺への自在法の維持に専念せよおおお!」

 

『御意に?』

 

渡された酒瓶をさらに呷れば、よりいっそうの活力が漲ってくるのを感じて仲間達に叫びかける。

 

「この勢いに乗りいいい、敵の本陣へと攻め込むぞおおお!」

 

『うおおおおおおお!!』

 

再び士気をあげた冒険者達の進軍は続く。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「バカな! 先ほどよりもやつらの進軍が勢いづいているではないか!」

 

そろそろ疲弊しきるだろうと思われた冒険者達の進軍は、とどまるところを知らない。敵はもはやカジット達の場所からでも見えるほどに迫ってきており、互いを鼓舞する叫びはこちらにまで響いてくるようだった。

 

(あと少し………あと少しで負のエネルギーが溜まるというのに!)

 

左手に握る死の宝珠を見れば、もうかなりの量の負のエネルギーがその内に蓄えられているのがわかる。儀式が完遂すれば十分だが、その前に連中に追い付かれれば全てが水の泡だ。カジットは焦る気持ちを静めるように杖を握る。ここはなりふり構ってはいられなかった。

 

「クレマンティーヌ、やつらを足止めしてこい!」

 

もはや彼女に一抹の望みを託すほかない。その辺りの墓石に腰かけていた彼女に命じれば、待っていたとばかりに彼女は立ち上がる。

 

「了解~」

 

いつも通りの間延びした口調で答えるクレマンティーヌだったが、その表情はいつも以上の嗜虐的な笑みを浮かべている。彼女が見据える先にあるのはただ一点。冒険者達を導くように彼らの先頭を走り、群がるスケルトンやゾンビを切り伏せる濃紺の鎧の戦士だけ。

 

「今度こそ、グッチャグチャになるまで遊んでやるよ………!」

 

夜明けはまだ、見えない。




その頃のアシズ様

アシズ「ではこの世界の一部の人間は、『魔法』と呼ばれる力を使えるのか」人化して馬車を引く

村人A「そうです………」

アシズ「その『モンスター』なる野生動物の皮や牙を売って、生計を立てる者もいるのか……」


『キシャアアアアア!!』



アシズ「む、あの悪魔の追っ手か!?」

村人B「うわあああああああ!! ギガントバジリスクだあ!!;」

アシズ「ギガントバジリスク?」

村人C「石化の魔眼を持つモンスターですよお!!」(´;д;`)

アシズ「なんだ、ただの野生動物か。せっかくだから路銀の足しにするか」(・ω・)つ(聖なる棺)

バジ『』首チョンパ


村人達「」(゜ロ゜)(゜ロ゜)(゜ロ゜)


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疾風走破

皆さんお待たせしました! オバロ二次の第二かませチュートリアルに定評のある我らがクレマンちゃんの登場です!


奥へ進むにつれて、アンデッドの数が減ってきているのをウルリクムミは視認していた。敵のアンデッド召喚魔法の効力が消えてきたのかと安堵したいところだったが、本陣を守る敵の戦力を考慮し、いまだ油断せずに突き進む。

背後の冒険者達はポーションによる強化で士気は最高潮に達しており、もはやズーラーノーンなど恐るるに足りずとばかりにウルリクムミの背中に続く。この勢いのまま本陣の制圧を願うウルリクムミだったが、

 

「むうううう!?」

 

前方から見える人影に、突然立ち止まる。

 

「全員止まれえええ!!」

 

後ろ手に仲間を制すると、冒険者達は慌ててその場で止まる。何人かはスピードを殺しきれず前のめりに転んだらしく、後方からグエだのドシャドシャという音が響いた。

 

現れたのはフード付きの黒いローブを纏った小柄な女だ。彼女はニッコリと満面の笑みで口を開く。

 

「は~い、いらっしゃいませ~」

 

ヒラヒラと手を振り、間延びした猫なで声で挨拶する女は、陰鬱な墓地とは場違いとも言える異様な雰囲気を醸し出している。だがそれだけでウルリクムミは確信する。間違いない、彼女は先ほどバレアレの店を襲撃した女戦士だ。店では反撃を防ぐために切断されたはずの両腕は、回復魔法でも使ったのか元どおりに生えていた。

 

「女………?」

 

「組合長が言ってた、ズーラーノーンのメンバーか!?」

 

冒険者達は敵を前に武器を構えて身構えるが、ウルリクムミがバトルアックスを真横に向けて彼らを制した。

彼女の佇まいと雰囲気、そして長年の戦士としての勘から、ウルリクムミは最初に見た時から確信していたのだ。

 

(この女はあああ、強いいいい)

 

おそらく今この場にいる冒険者達が総出で挑んだとしても、この女を倒すことなど不可能だろう。倒せるとすれば、自分しかいない。

 

(アルラウネえええ、この女のほかに伏兵はいないかあああ?)

 

(周辺を探しましたが、彼女のみかと?)

 

女に聞き取られないように、二人は心中でのみ会話する。伏兵がいないことを知り少しだけ安堵したウルリクムミは、女に歩み寄る。

 

「待っていたよ~。私、君に会いたくて会いたくてしょうがなかったんだ~」

 

「俺としてはあああ、二度とその面を拝まずにいたかったがなあああ」

 

「あっそ~、残念」

 

間延びした猫なで声に混じるのは、眼前のウルリクムミに対する激しい憎悪。沸き立つ殺意を女は嗜虐的な笑みの下に隠しているが、それでも周囲の冒険者達は女から滲むどす黒い狂気を感じとったようで、僅かにたじろいでしまう。

 

「お前達はあああ、手を出すなあああ」

 

やや圧を込めた声で命じれば、戸惑いながらも冒険者達は二人から下がる。

 

改めてウルリクムミは現状を把握する。現在この場には彼女以外の伏兵はおらず、周囲のアンデッドも全て蹴散らした。そんな中で、かなりの強者と思しきこの女が立ちはだかったということは、現状我々を足止めできそうな戦力が彼女しかいないということなのだろう。

 

(この女がこの場に現れたということはあああ、敵も相当焦っているとみえるううう)

 

いわばこの女こそが敵の最終防衛線。ここを越えれば敵の本陣は目と鼻の先だ。

ただ一つだけ、ウルリクムミには気がかりがあった。バレアレの店で二人を救出した『蜂蜜色の炎の徒』だ。アルラウネの自在法を焼ききるほどの力を持っているならば、件の徒の力は甘く見積もっても優れた自在師には違いない。本陣で我々を待ち構えているのか、はたまたどこかに潜んで自身の不意をつこうとしているのか、いまだ行動と目的はわからない。

いずれにせよ、ウルリクムミがやることは一つだ。

 

「どうだ貴様あああ、この俺とおおお、一騎討ちをする気はないかあああ?」

 

「………はあん?」

 

ウルリクムミの提案に、女のそれまでの笑みが引っ込んで不愉快そうに歪んだ。

 

「先ほどの一件もあってえええ、貴様は俺をなぶり殺したい欲求が強いことだろうううう」

 

ウルリクムミの見解では、この女はサディスティックで傲慢。己の力に対する絶対的な自信がある。それを不意打ちとはいえ、自分よりも格下と思われる相手に手傷を負わされたとあっては、彼女のプライドとしては相当腸が煮え繰り返る思いのはず。

 

「それともおおお、俺と直接戦うのは恐ろしいかあああ?」

 

背後に控える仲間達に女の毒牙が及ばぬよう、あえて挑発的な態度で誘う。

 

「ムカつくな~………さっき不意打ちで私の腕を斬れたからって、調子乗ってんじゃねえよ」

 

案の定、女の意識は完全にウルリクムミにのみ向けられた。顔を俯かせて両腕をダランと下げて脱力しているが、依然としてその佇まいに隙はない。

 

「この国で私に勝てる戦士なんかほとんどいないよ~。この国で私とまともに戦えるのは五人。ガゼフ・ストロノーフ、蒼の薔薇のガガーラン、朱の雫のルイセンベルク・アルベリオン。あとはブレイン・アングラウス、そして引退したヴェスチャー・クロフ・ディ・ローファン……」

 

女が挙げる名は全て、王国の冒険者であれば知らぬ者はいない強者ばかりだ。そしてその言葉が虚言でも妄想でもないことを一同は確信する。

 

「たかだか白金級程度のてめえにさあ………!」

 

狂気の顔をさらに歪ませ、女の口元が弧を描く。

 

「人外ーーー英雄の領域に踏み込んだ、このクレマンティーヌ様が………負けるはずがねぇんだよお!!」

 

吐き出された叫びに空気がビリビリと震える。空中に待機している魔法詠唱者達でさえも、それを肌で感じ震えた。

 

「あはははは………!!」

 

高笑いと同時に、クレマンティーヌは纏っていた黒いローブを脱ぎ捨てる。マントの下に隠されていたのは、鎧と呼ぶにはあまりにも露出度の高い装備。一見すると鱗鎧のようにも見えるその鎧の表面には、あろうことか何枚もの冒険者プレートが打ち込まれていた。

大部分は銅や鉄。だが中には銀や金………数枚ほどだが白金と思われるものも見える。それを見た冒険者達………特にニニャがヒッと小さく声を漏らした。もしもあの時、アルラウネ達が止めてくれなければ、自分達のプレートもあの鎧の一部にされていたかもしれないと思いゾッとする。

 

「うんじゃ、いきますよ~!」

 

右足を後ろに伸ばし、左手を前に伸ばして地を押さえ、身を低く屈めるようにクレマンティーヌは四つん這いの体勢になる。極限まで低いその構え方は戦士というよりは、さながら四足歩行の獣の姿に近い。

 

ウルリクムミがバトルアックスを持ち直した瞬間、クレマンティーヌが右足を蹴って駆けた。

 

「ぬうううう!」

 

まさに俊足。それほど近くなかった二人の距離が瞬時に縮まり、ウルリクムミは彼女を迎え撃とうとバトルアックスを振るうが、

 

「『不落要塞』」

 

クレマンティーヌはすかさず防御特化の武技を発動し、ウルリクムミの重い一撃を片手で防ぐ。

 

「!!」

 

防がれたことに驚愕するウルリクムミの僅かな隙をクレマンティーヌは見逃さず、彼が反応するよりも早く左肩にスティレットを突き刺した。

 

カキィンッ!

 

「!?」

 

金属同士のぶつかり合う甲高い音が響き、すかさずクレマンティーヌは距離をとる。刺突したウルリクムミの鎧を見れば、彼女が攻撃した箇所には凹みすらついていなかった。

 

「………固ったいな~。一体何で出来てるの? その鎧」

 

口では間延びした余裕の態度を崩さないが、クレマンティーヌは内心でウルリクムミの鎧の頑強さに驚愕する。剣を軽く弄る振りをしながら愛用のスティレットを見れば、先が少しだけ欠けてしまっている。

 

(しゃあないな~。関節や鎧の隙間とか、防御の薄い箇所を狙うしかなさそうね~)

 

その戦いを固唾を飲んで見守る冒険者達だったが、彼らの目には何が起こったのか理解できないでいた。速度と機動性に特化したクレマンティーヌの動きは、オリハルコン級の視力でも追いきれない。これでは重戦士のウルリクムミとは相性が悪いのではないかと、一同に不安が過る。

そしてまた四つん這いの構えになるクレマンティーヌは、再び地を蹴りウルリクムミに迫る。変わらずバトルアックスを構えているウルリクムミだったが、今度は彼女を迎え撃たない。

 

「『流水加速』」

 

それに気をよくしたクレマンティーヌは、今度は速度強化の武技を発動した。

真正面から急カーブしてウルリクムミの真横に入った瞬間、勢いのままにウルリクムミのヘルムの僅かな隙間に向けてスティレットを突き刺そうとする。

 

だがその攻撃は、バトルアックスの幅広い刃がスティレットを阻んだことで失敗した。

 

「!?」

 

その結果にクレマンティーヌの目が見開く。慌ててまた距離を取り、眉間に皺を寄せてウルリクムミの構えをじっと観察する。先ほどの攻撃はクレマンティーヌ自身の素早さに武技を上乗せされたもの、そう易々と防がれるものではないはずだ。おそらくたまたまに違いないと思い直し、クレマンティーヌはまた構えて地を駆ける。今度は背後に回って右肩の関節の僅かな隙間に突き刺そうとするが、今度はよろけるようにウルリクムミの身体が左に傾き、スティレットが空を切る。

 

「な…………!?」

 

そんなばかな、とさらに追い討ちをかけるように連続で攻撃するクレマンティーヌだったが、ウルリクムミはまるで千鳥足のようにふらつきながらその全てを躱しきっていた。

 

(こいつ………さっきから絶妙なタイミングで避けていやがる……!)

 

もはやここまでくると、彼が攻撃を躱せているのがまぐれでもなんでもないとクレマンティーヌは悟らざるをえなかった。再び距離をとり、クレマンティーヌは叫ぶ。

 

「っ………! てめえ! なんで私の攻撃が当たらないんだよお!?」

 

自身が誰よりも誇っている力が、こんな見るからに鈍重そうな戦士に通用しないでいる。これで彼が自分と同じく、速度強化か回避の武技を使っていたならまだ納得できた。だがクレマンティーヌの見立てでは、ウルリクムミは戦い初めてからずっと武技を使用している素振りはまったくなかった。

ありえない、そんなことがありえるはずがない!

そんな苛立ちをぶつける彼女に、ウルリクムミは至って冷静な態度でその問いに答える。

 

「俺も長いこと戦っているとおおお、似たような戦い方をする戦士とおおお、何度も交戦することはあったあああ」

 

クレマンティーヌの嗜虐的な性格から考えて、相手をすぐに殺すということはしないはず。じわりじわりと相手をいたぶり、その後で最大の苦痛をもって殺すやり方を好むだろうと、ウルリクムミは確信していた。そうなると彼女が狙いそうなのは、守りの薄そうな部分が主流になるはず。現に先ほどから彼女が執拗に狙っていたのは、ウルリクムミの肩や膝や脇腹など、フルプレートの境目辺りだ。

 

「ゆえにお前の戦い方あああ、次の一手えええ、あらゆる手段がだいたいは予測できるううう」

 

だから避けるだけならば、なんとなくできるとウルリクムミは語る。

 

(思えばあああ、『震威の結い手』に敗北したのもおおお、それが原因だったあああ)

 

頑丈な鋼の身体も、繋ぎ目が小さい関節などに強大な一撃を受ければ、砕かれてしまう。かつての大戦でも『震威の結い手』はそれを理解した上で、ウルリクムミの肩を重点的に攻撃して大穴を開けたのだ。彼の本性が鋼の巨人であることもあり、どうしても小回りのきく動きや敵との戦いは苦手であった。

だが今は違う。人化したことでもとの姿よりも身軽で動きやすくなっている今のウルリクムミは、クレマンティーヌの速さにも十分対応しきれていた。

 

だが対するクレマンティーヌは、その言葉にどうしても納得ができなかった。

 

(こんな………こんな武技さえ使っていない三下野郎なんかに……!)

 

なんとなくだとか、だいたいだとかで、己の攻撃が掠りもしないという事実に、自身のプライドがズタズタにされるのを感じてスティレットを握る手を震わせる。

 

「なんか………いけそうじゃないか……?」

 

「いいぞウルリクムミ! その調子だ!」

 

「そんなイカれ女、ぶっとばしちまってください!!」

 

それを見て活気づいたのは、外野に徹していた冒険者達だ。俊足の戦士の攻撃をいなす英雄の姿に彼らの不安が払拭され、激励するように騒ぎだす。

眼前のウルリクムミはおろか、彼より圧倒的に弱いであろう冒険者達にさえコケにされ、クレマンティーヌの怒りはすでに限界を超えていた。

 

「ならこれも………避けれんのかよお!?」

 

憤怒の顔で激情の叫びをあげ、クレマンティーヌは再び四つん這いの構えになる。

 

「『疾風走破』………『超回避』っ………『能力向上』! 『能力超向上』!!」

 

クレマンティーヌの動き、高位の武技の重ね掛け、それらをみて騒いでいた一同は再び青褪める。冒険者としての勘から彼らは悟った、あれはダメだと。

 

(これを食らって、生き残れたやつはいねえ!!)

 

 

魔法蓄積(マジックアキュムレート)火球(ファイヤーボール)雷撃(ライトニング)を込められたスティレットによる二連撃。どれだけ頑丈な大男でも、この二つを生身で受けて無事ですむはずがない。

ありったけの怒りと殺意を込めて、クレマンティーヌの右足にグッと力がこもる。

 

「ウルリクムミさん、逃げてー!!」

 

それを見たニニャが叫ぶも、すでに手遅れだった。全能力を強化されたクレマンティーヌの一閃が、光の如くウルリクムミに迫る。だが能力が向上されたことで動体視力が上がったクレマンティーヌは見た。

ウルリクムミがあろうことか、自身の武器であり盾でもあるバトルアックスを地面に突き刺し、リラックスするかのように動きを止めたのを。

 

(直立不動!? こいつ、何を考えて………!?)

 

まさかこれも避けれるとほざく気か。私を侮辱するのもいい加減にしろ!

血管がぶちギレる音を脳内で聞きながら、クレマンティーヌはスティレットの先端を三列スリットに向けて突き刺そうとする。

 

「死ねええええええ!!」

 

『ウルリクムミいいいいいいいいい!!!!』

 

冒険者達の叫びも虚しく、文字通り手の届く距離まで接近したクレマンティーヌの切先が、ウルリクムミの顔面を貫く…………

 

 

 

寸前にスティレットの先端が、彼の片手でガシリと素早く掴まれた。

 

「は!?」

 

そのありえない結果に、クレマンティーヌは一瞬だけ頭が真っ白になる。スティレットの先からヘルムまでのその差、僅か数ミリ。速度に極振りした彼女の一撃が、まぎれもなく彼の腕に阻まれてしまったのだ。

 

「っ……もうひとつ!!」

 

動揺する気持ちを必死で抑え、もう一本のスティレットで再び刺そうとするが、そちらも片手で掴まれてしまった。

 

「な!?」

 

「むうううううう!!」

 

驚愕のあまり今度こそ身体が硬直した彼女は、手にした両剣ごと腕を引っ張られてウルリクムミの強固な鎧で覆われた胴体にぶつかる。

 

「ゴハ!?」

 

ウルリクムミの鎧の胸当てに顔面を強打し、痛みと衝撃でクレマンティーヌの思考が混濁してしまう。その僅かな隙を見逃さず、ウルリクムミは握っていたスティレットを手放し今度は彼女の首を片手で掴んだ。

 

「がぁっ!! な……なんっで……!?」

 

ウルリクムミが首を握る力は呼吸が可能な程度の力加減にも関わらず、クレマンティーヌの両腕でも引き剥がせない。バタバタと両足を振り、彼の鎧を蹴って離れようとするも、カンカンと固い音を響かせるだけでびくともしなかった。

 

「戦って気づいたがあああ、貴様の必勝パターンはあああ、刺突による一撃必殺のようだなあああ?」

 

尋常ならざる速度から放たれる突き。なるほど確かに、こんな攻撃を並の冒険者が受ければ間違いなく即死していただろう。先ほど彼女がアダマンタイト級にも勝てると豪語するだけの自信があるのも当然だ。

しかし今回はウルリクムミの鎧が予想以上に固すぎるため、なかなかダメージを与えられなかったのだろう。

 

「そうなるとおおお、俺に確実に攻撃できる箇所があるとすればあああ、あとはもうここしかないいいい」

 

そう言ったウルリクムミは、コンコンと指先で自身のヘルムの三列スリットを叩く。消去法から考えて、彼女が次に攻撃してくる箇所がヘルムの隙間と予想したのだ。

あとはウルリクムミの反射神経の問題だ。双剣を使う以上は二連撃がくるだろうとふんで、あえて武器を手放していつでも素手で掴める状態を保った。そしてその判断に誤りはなかった。

 

「確かにお前は早いいいい。鈍重な俺の攻撃ではあああ、かすることさえ不可能だろうううう」

 

ゆえにウルリクムミは待ち続けていた。彼女が必殺の一撃を放つために、自分の手の届く範囲に接近する瞬間を。そのためにクレマンティーヌを攻撃するのではなく、彼女の攻撃を躱し続けることで逆上させ、思考の余裕を与えずに懐に誘い込んだのだ。

 

(何もかも………読まれていた………!?)

 

それを聞いて、クレマンティーヌは愕然とする。自身の戦い方・性格・自尊心さえも適格に分析したうえでの、無駄のない鮮やかな戦略。

 

この瞬間、彼女はようやく理解した。眼前のこの男こそが、本物の人外………正真正銘の『英雄』であるということを。

 

クレマンティーヌを掴む手を離さないまま、ウルリクムミはゆっくりとした動作で地面に刺したバトルアックスを手に取る。彼が柄を掴む手に力を込めた瞬間、バトルアックスの刃が濃紺の炎を纏った。

 

「ま、まさか………!? 待て! やめろ! やめてえええええええええ!!」

 

それを見た瞬間、クレマンティーヌの脳裏に先刻の苦痛の記憶が甦る。頭を振り乱し必死に懇願する彼女を無視するように、ウルリクムミは燃えるバトルアックスを高く掲げた。

 

振り下ろされたのは一度のみだった。

だがその一閃のもと、クレマンティーヌの四肢が全て切り落とされた。

 

「ぎゃああああああああああああ!!!!」

 

もはや反撃することは不可能と判断したのか、ウルリクムミはクレマンティーヌの首から手を離し、絶叫を放つ彼女の胴体を地に落とした。

熱せられた刃で斬られたためか、彼女の四肢の傷口は焼き潰されており、血は流れていない。とはいえ激痛には変わりないため、彼女は顔中からあらゆる液体を垂れ流しながら泣き叫び、達磨状態でその場を転げまわっている。

 

「この女は憲兵につきだせえええ。今回の騒ぎの首謀者としてえええ、いろいろと聞きたいことがあるううう」

 

「わ、わかりました!」

 

ウルリクムミが上空の魔法詠唱者二人に指示すると、若干身を強ばらせながらも花びらを降下させる。念のために手拭いで猿靴を噛ませるようにウルリクムミが言い加えてから、尚も暴れる彼女は花びらに乗せられて後方へと運ばれていった。

 

「ウルリクムミさん!」

 

ニニャの声に上を見上げればポーションの瓶を投げてよこされ、ウルリクムミはなんなくそれをキャッチする。

ヘルムを少しあげてポーションを飲みつつ、ウルリクムミは周囲の警戒を怠らない。

彼の経験上、不意打ちをするにはこのタイミングがベストなはず。だが敵の徒の攻撃が一向に来ないということは、やはり本陣で我々を迎え撃つ腹積もりなのだろうか?

 

(しかしいいい、なかなか難しい戦いだったあああ)

 

正直なところ、普段のウルリクムミの速さではクレマンティーヌに追い付くことは不可能だった。彼がそれでも勝利を納められたのは、アルラウネの身体強化の自在法に加え、ンフィーレアのポーションによる強化、これらが合わさったことで彼女の速度に追い付けるだけの素早さを身に付けられたからだ。

 

(まあ当たったところでえええ、あれくらいならばあああ、俺の身体に傷など負わないがあああ)

 

本性が鋼の身体を持つウルリクムミにとって、あの攻撃では刃の先が刺さることさえ1ミリもないだろう。だが観戦する仲間達にどうやって攻撃を防いだかをあとあと説明するのが面倒なため、寸でのところで止めるという方法を選んだのだ。

ウルリクムミは口の端から垂れるのも構わずにポーションを飲みきると、口元を拭いヘルムを被り直す。そして再び仲間達を鼓舞する。

 

「敵の最終防衛線は突破したあああ!! 戦友達よおおお、本陣まではもう少しだあああ!!」

 

『うおおおおおおおおおお!!』

 

夜明けまで、あと少し




それをちょっと遠くから見てたカジッちゃん


「クレマンティーヌウウウウウウウウウウウウウウウ!!!!!」(゜Д゜;)ヒイイイイ


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スケリトル・ドラゴン

カジッちゃん編の前編です。


最大の障害を乗り越え、ついに共同墓地の最奥へとたどり着いた冒険者達。アルラウネによると、印が最後に示していたのはこのあたりのはず。つまりはこの場所こそがズーラーノーン一派の本陣に違いない。

息を潜めてゆっくりと進むと、一同の視界に石でできた小さな建造物が見えてきた。その前では幾何学文様の刻まれた魔法陣の周りを囲み、聞き慣れない言葉の羅列の呪文を呟く数名の魔法詠唱者の姿もある。

 

ガシャリとあえて大きな音をたてるように一歩踏み出したウルリクムミに、魔法詠唱者の一人がバッとこちらを振り返る。

 

「カジット様、来ました!」

 

冒険者達の気配に気づいた部下と思しき一人が、禿げ上がった頭の男に声をかける。その人物はクレマンティーヌ共々ンフィーレアを誘拐しようとした男に間違いない。カジットと呼ばれた男はウルリクムミの姿を見て、ややたじろぐように後退りした。

 

「まさか……クレマンティーヌをも突破してくるとは!」

 

「先ほどもあいまみえたなあああ。ズーラーノーンの首魁よおおお」

 

どうやら儀式とやらはまだ完成していないようで、カジットの部下達は見るからに怯えている。なんとか間に合ったかと、張りつめていた肩を僅かに緩める冒険者達の気配を背中に感じながらも、ウルリクムミはまずどうしても知りたかったことをカジットに聞いた。

 

「一つ聞きたいいいい、『もう一人』はどこだあああ?」

 

「なに?」

 

「先ほどおおお、貴様らを救出したあああ、魔法詠唱者の仲間がまだいるはずだあああ。そやつはいないのかあああ?」

 

紅世の徒だとか自在師などの単語を知らない可能性もあったため、無難に魔法詠唱者という扱いにする。アルラウネに周辺の探知を任せてはいるものの、いまだにそれらしい存在は見当たらないと遠話で伝えられてはいた。ここまで不意打ちすらないとなると本陣で構えているのかと警戒していたウルリクムミだったが、彼の周囲には徒と思しき気配は感じない。隠蔽の自在法を使っている可能性も考慮し、不意打ちにいつでも反応できるように、ウルリクムミはバトルアックスを握る手に力を込める。

 

しかし一方のカジットは、その質問にニヤリと笑った。次いで口に出した答えは、ウルリクムミの予想を越えるものだった。

 

「ああ……あやつならば、儀式の贄となってもらったよ」

 

「………何いいい?」

 

徒が儀式の贄になった。それは一体どういうことなのだろうか。

そこからのカジットは聞いてもいないくせに、ウルリクムミ達に自分達の目的とどうやって『不死の軍勢(アンデス・アーミー)』を発動させられたのかを勝手に喋りはじめた。

組合の予想通り、彼らはカジットを死者の大魔法使い(エルダーリッチ)にするために『死の螺旋』を企てようとしていたこと。仲間の一人が運良く、それを可能にするアイテムを入手したこと。そのアイテムを発動させるために、ンフィーレアを拐おうとしたこと。それが失敗したために、彼らに協力していた『ズーラーノーンの盟主の友人』だという異形の魔法詠唱者が、アイテム発動のための生け贄になったということを。

 

仲間を道具のように扱い、非道の限りを尽くしておきながら誇らしげに高笑いするカジットの姿に、冒険者達は義憤の表情を浮かべて武器を構える。だがウルリクムミはカジットの言葉に疑問を抱いた。

 

紅世の徒は基本的に己の欲望に忠実な精神性を有している。そのためか自身の生存を最優先するために、自軍の旗色が悪いと見れば真っ先に逃走する傾向が強いのだ。

そんな輩が、大人しく他人が起こした儀式の生け贄になどなるだろうか?

自分達のように特定の主君に忠誠を誓った者、または『他者に尽くすことそのもの』が最大の欲望である者のような、例外でもない限りはありえないことだ。

 

となるとカジットが語る、『ズーラーノーンの盟主の友人』という言葉がひっかかる。徒は基本的に人間のことは麦の穂程度にしか思っていないが、なかには人間と友情・愛情を育む者もかなりいる。かくいう自分達も『漆黒の剣』やエ・ランテルの人々と三年の月日を経て親しくなったのだ。であれば件の徒は盟主と親しいか、盟主に忠誠を誓っているのかもしれない。

その盟主の悲願の為に我が身を捧げた………一応そう考えれば説明がつくが、ウルリクムミはまだ腑に落ちない。

 

憶測で考えても例の徒は優秀な自在師だ。

万が一の戦力差を考慮した場合、儀式の贄などに使うには非常に持ったいなさすぎる。現に今、彼らを阻む障害は一切なくなっているのだ。

しかしここでふと、ウルリクムミはある可能性を思い浮かべた。

 

(いやそもそもおおお、贄にされたのはあああ、本当に徒本人かあああ?)

 

優れた自在師ともなれば、燐子作りに長けることもある。そしてそんな徒の中には、自身の身代わりとなる燐子を作り逃亡するという常套手段を用いる。つまり贄にされたのはアイテム使用のために急造した燐子で、本人はすでに逃亡している可能性がある。そう考えると辻褄はあう。

しかしそう思い至れば、新たな疑問が出てくる

 

(ならばなぜえええ、その徒は最初からあああ、その方法をとらなかったあああ?)

 

そんな優れた自在師であれば、わざわざンフィーレアを誘拐などしないで最初から贄用の燐子を作ればいいだけの話だ。そうすればズーラーノーンの目論見が冒険者組合に気づかれないまま、死の螺旋をよりスムーズに行えたはずだ。

沸き上がる疑問に何度も自問自答を繰り返すウルリクムミだったが、一向に答えは出てくれない。これが長年の戦友である牛骨の賢者であればわかったかもしれないが、ウルリクムミはあくまで戦闘指揮が本領なので腹芸はあまり得意なほうではない。

そんなウルリクムミが色々と思案しているのをよそに、オリハルコンの冒険者達が前に出てカジット達と話を進めている。

 

「おかげで『死の軍勢』を発動させることに成功したというのに……!」

 

カジットは忌々しいと言わんばかりに歯軋りし、ただでさえアンデッドみたいな顔つきの表情には憤怒を浮かべ、さながら怨霊のような形相で叫ぶ。

 

「貴様さえいなければ! さらなる負のエネルギーを集められたというのに!」

 

カジットに手にした杖を向けられ、ウルリクムミはようやく思考の海から浮上してきた。

 

(仕方がないいいい、徒について考えるのは後だあああ)

 

今は目先のことに集中すべきと、深呼吸する。

 

「もはやお前達は完全に包囲された。無駄な抵抗は止め、大人しく降伏するんだな」

 

眉間に皺を寄せてカジット達に向けて武器を構えるオリハルコンの戦士達。上空の魔法詠唱者達もいつでも魔法を放てる状態を保っており、これでは確かに逃げることは不可能だ。

しかしそんな絶対絶命の状態になってなお、カジットはニヤリと口元に笑みを浮かべていた。

 

「ククク………だが一足遅かったようだな、冒険者共!」

 

「何?」

 

その態度に一同はやや戸惑う。なぜこの男はこんな状態で笑っていられるのかと、いっそ気味が悪く思える。

そしてカジットは、杖とは逆の手に握られた丸い水晶玉を高く掲げた。

 

「十分な負のオーラが集まった、この至高の宝珠の力を見るがいい!」

 

(至高の宝珠だとおおお?)

 

一同の視線が、カジットが手にする宝珠に集まる。彼が持つそれは黒い鉄のような輝きを持つ無骨な珠で、研磨されていないせいか珠というよりは原石と呼ぶほうが近い。

 

「十分だ! 十分な負のエネルギーの吸収だ!」

 

そしてその宝珠からは先ほどまで墓地を覆っていたものとは比較にならないほどの禍々しい負のエネルギーが溢れている。

それを見た瞬間、ウルリクムミは自身の失態に気づいた。

 

(御大将、上に!?)

 

(!!)

 

遠話から響くアルラウネの叫びに、反射的にウルリクムミが叫ぶ。

 

「全員下がれえええ!!」

 

ただ事ではないほど必死な叫びが合図になったのか、冒険者達は慌てて後ろへ走っていく。

 

 

ドオオオオオオオオン!!!!

 

 

 

次の瞬間、彼らが立っていた場所に巨大な何かが落下してきた。

 

「あ、ああ…………!」

 

爬虫類のを模した頭部を持つ長い首、皮膜のついた大きな翼、臀部から伸びる長い尻尾、そしてその三メートルを越える巨体を支える四足の太い脚。その姿は、紛れもない『竜』そのものだった。一見すると真っ白な鱗を持っているように見えるが、その身体を構成しているのはあろうことか全て人間の骨だ。

墓地の最奥に降り立ったその怪物を見上げる冒険者達の顔が絶望に染まり、()()の名を叫んだ。

 

スケリトル・ドラゴン(骨の竜)だああああああああ!!!!」

 

どうやらカジットが先ほどまでしていた無意味ともいえる会話は、全てはこのモンスターを召喚する為の時間稼ぎだったのだろう。

 

(抜かったあああ! この俺があああ、こんな初歩的な策にかかるなどおおお!)

 

背後に潜む未知の敵に意識を向け過ぎて、目先の小物への注意を疎かにし過ぎてしまった。かつて先手大将として名を馳せた自身のなんという不覚か。そんな彼らを嘲笑うが如く、カジットは高笑いする。

 

「ふはははははは! 魔法に絶対の耐性を持つスケリトル・ドラゴン、魔法詠唱者にとっては手も足も出ない強敵だろうよ!!」

 

ご丁寧に召喚したモンスターの説明までしてくれた。魔法に絶対の耐性を持つならば、魔法詠唱者達にとっては天敵といえる存在だ。

 

「魔法詠唱者達はあああ、全員退却せよおおお!!」

 

上空の魔法詠唱者達が答えるよりも早く、アルラウネが彼らを乗せた花びらを後方へと素早く運んでいった。

スケリトルドラゴンがそれを追いかけようと翼を羽ばたかせるが、駆け出したウルリクムミがスケリトル・ドラゴンの胴体に飛び付く。しがみつかれてバランスを崩したスケリトルドラゴンが再び地につくと、ウルリクムミはその身をよじ登って背中にまたがった。

 

「魔法が効かぬと言うならばあああ! 切り伏せるまでだあああ!!」

 

片手でバトルアックスを振り回し、遠心力を込めた一撃でスケリトルドラゴンの両翼を切り落とした。それを受けて竜の大顎からはギャアアアアと苦悶の叫びがあがる。

 

「なにい!?」

 

それを見てカジットが驚愕する。

スケリトルドラゴン一体の難度は甘く見積もっても48相当、ミスリルの冒険者チームが連携しなければ勝てないほどのモンスターだ。

戦士単体での討伐など、アダマンタイト級冒険者『青の薔薇』のガガーランでもない限り、そうそうできることではない。なのにこの白金級の大男は、たった一撃でスケリトルドラゴンの翼を切り落としてみせたのだ。

 

(こやつ、本当に白金級の冒険者か!? 力のみならばアダマンタイト級に匹敵するぞ!?)

 

動揺するズーラーノーン達とは対照的に、冒険者達はウルリクムミのその勇姿に再び希望が芽生える。

 

「あ、あのスケリトル・ドラゴンに一撃を……!」

 

「さっすがウルリクムミさんだ!」

 

なおも暴れるドラゴンの背中に馬乗りになるように張り付き、すかさずバトルアックスを振り回してウルリクムミが追撃する。

ドラゴンは苦痛の叫びをあげ、その身体はどんどん切り刻まれていく。

 

「き、貴様……!」

 

このままでは五年の月日をかけてようやく実を結ぼうとしていた計画が、全て水の泡になってしまう。歯を食い縛るカジットが死の宝珠を再び高く掲げた。

 

「させん、させんぞ! 負の光線(レイ・オブ・ネガティブ・エナジー) !!」

 

宝珠から溢れる漆黒のエネルギーがスケリトル・ドラゴンを包む。すると辺りに散らばっていた人骨がスケリトルドラゴンに集まりボロボロになっていた箇所を元どおりにする。

 

「そ、そんな!」

 

それを見てまたしても冒険者達が愕然とする。回復したスケリトルドラゴンが大きく身を震わせ、ウルリクムミを振り落とそうとする。

 

「ぬおおおおおお!!」

 

なおもしがみつくつウルリクムミだったが、ついにはスケリトルドラゴンの胴から両手が滑り、濃紺の巨体が宙を舞う。ドゴンッと大きな音を響かせ、砂ぼこりを巻き上げてウルリクムミの身体が地面に叩きつけられる。

 

「ウルリクムミさん!」

 

「大丈夫か!?」

 

慌てて彼が落ちた場所に駆け寄る冒険者達だったが、舞い上がる砂ぼこりを吹き飛ばすようにウルリクムミの上半身が勢いよく起き上がる。

 

「なんのこれしきいいい!!」

 

なんともないかのように力強く立ち上がる彼の姿を、冒険者達は安堵と心強さ、ズーラーノーン達は忌々しげな目で見つめる。

 

鎧強化(リーンフォースアーマー)盾壁(シールドウォール)死者の炎(アンデッドフレイム)!!」

 

カジットによる三つの強化魔法の重ねがけ。それを受けたスケリトルドラゴンは再びウルリクムミに前足を振りかぶる。迎え撃つウルリクムミが再びバトルアックスでその身体を切り裂こうとするが、スケリトルドラゴンの表皮が先ほどよりも固くなっている。

 

「おおおおおお!!」

 

武器の重心をずらすことでスケリトルドラゴンを転ばせたが、てんで効いているようには見えない。これではもはや、ウルリクムミの腕力のみでは倒せないだろう。

 

酸の投げ槍(アシッドジャベリン)!」

 

それを好機と見るや、カジットはスケリトルドラゴンの影から槍の形状をした緑色の酸の塊を放った。ウルリクムミは避けなかったが、彼の鎧に付着した酸はシュウシュウと煙を放ちながらも、胸当てに描かれた双頭の鳥が溶けることはなかった。

 

(バカな! あの鎧、一体どんな鉱石を使っているのだ!?)

 

強靭な肉体、尋常ならざる身体能力、さらには歪みさえしない強固な武器と防具。どう考えても大男の冒険者としての階級は白金級などに収まりきるものではない。

 

「お、お主は一体何者だ!? 武技も使わず、どうやってその肉体能力を得ている!?」

 

動揺しながらも、カジットはウルリクムミに問う。対する彼は静かに、しかし堂々とした口調でそれに答えた。

 

「どうということはないいいい。かつて命を救われえええ、恩義に報いて身命を捧げると誓ったあああ、偉大なる主をお守りするべくううう、長きに渡る研鑽を重ねた結果だあああ」

 

それは三年間の冒険者としての活躍の中で、ウルリクムミが初めて語った過去の一端だ。命を救ってくれた偉大なる主、その人物を守るために鍛えたと語るウルリクムミの言葉の端々には、主への忠義と誇りが感じ取れる。

 

「もっともおおお、主亡き今となってはあああ、ただの役立たずのおおお、鉄屑となりはてたがなあああ」

 

だが次いで語る言葉からは、悲哀と後悔と喪失………そして不甲斐ない己自身への怒りが滲んでいた。それを聞いた冒険者達はウルリクムミとかつて彼が仕えた主の末路を悟り、胸を締め付けられるような思いを抱いた。

 

だがカジットはそれどころではなかった。今までの戦いから考えた結果、この大男の力は甘く見積もってもアダマンタイト級、ひいては英雄の領域に達していると見て間違いない。とてもではないがスケリトルドラゴン一体で殺しきれるとは思えない。

 

(止むをえぬ………!)

 

カジットは後ろの弟子達に目配せしてから、再びスケリトルドラゴンをウルリクムミにぶつける。ウルリクムミが何度もバトルアックスで前足を砕くも、その度にカジットが死の宝珠で回復してくる。

 

(少々のダメージではあああ、すぐに回復させられてしまうかあああ)

 

向こうの魔力が尽きれば逆転のチャンスはあるかもしれないが、どれだけの時間がかかるかわからない以上、このままではいたちごっこだ。ここは後ろの冒険者達を先に退却させ、自分一人で立ち回ったほうが無駄な犠牲を出さずにすむはず。そう判断し、ウルリクムミは仲間達に向けて叫ぶ。

 

「殿は俺が努めるゆええええ、お前達は退却せよおおお! こいつは我々が束になって勝てる相手ではないいいい!!」

 

「だ、だがそれだとアンタが!」

 

「俺のことは心配無用だあああ!!」

 

戸惑う彼らを突き放すように怒号を浴びせるウルリクムミに、冒険者達は後ろ髪を引かれる思いを抱きながらも彼の意を汲んだ。歯を食い縛り、目を強く伏せ、できる限りウルリクムミを見ないようにして、冒険者達は後方へ向けて走り出す。

だがその進路方向を、数人の人物が阻む。

 

「!?」

 

「このまま逃がすと思ったか!」

 

いつのまにか回り込んでいたのか、ズーラーノーンの魔法詠唱者達がいつでも魔法を放てる態勢をとり冒険者達を足止めする。それを確認したカジットは、勝利を確信したかのようにニヤリと笑みを浮かべる。

 

「ここらで終わりにしようか」

 

ウルリクムミに向けてか、はたまた冒険者達全員に向けてか、小さく呟いたカジットは再び死の宝珠を高く掲げた。

 

「見よ! 死の宝珠の力を!!」

 

怪しい輝きを放ち、さらなる負のエネルギーが宝珠から溢れだす。するとその場一帯からも光が溢れ、地響きを立てて地中からもう一体のスケリトルドラゴンがわき出てきた。

 

「おいおい……嘘だろ!?」

 

「スケリトル・ドラゴンが、二体も!?」

 

その光景に冒険者達は目を見開いて愕然とする。一体でさえ脅威の化け物、それが二体に増えてしまったのだ。

 

「もはや負のエネルギーは空だが……それでもおぬしらを殺して、そのままこの都市に死を撒き散らせば多少は元が取れるだろうよ!」

 

カジットのその言葉通り、死の宝珠の輝きは完全に失われておりもはや負のエネルギーとやらは底を尽きているらしい。しかしだからと言って、二体のスケリトルドラゴンの相手に善戦できるかどうかは別問題だ。

 

「降伏するなら、助けてやってもよいぞ?」

 

前方には怪物二体、後方には凄腕の魔法詠唱者達。冒険者達の退路は完全に断たれてしまっていた。

もはや絶体絶命としか言い様のない状況に、冒険者達は震えている。

 

 

 

 

 

………ただ一人を除いて

 

 

 

「…………先ほどおおお、負のエネルギーは空と言ったがあああ」

 

確認をとるかのように、ウルリクムミが静かに問いかける。

 

「つまりはあああ、その二体の竜があああ、貴様の切り札でいいのだなあああ?」

 

その言葉には、後方の冒険者達のような焦りも恐怖も感じない。それどころか見えないはずのヘルムの下が、笑ったようにカジットには見えたのだ。

バカな、クレマンティーヌでさえ苦戦する上位アンデッド二体を前にして、なぜこの男はいまだに余裕でいられる!?

 

「潰せえ!!」

 

自らの動揺を払拭するかのようにカジットが命じると、スケリトルドラゴンが二体同時に空を飛ぶ。そしてあろうことか、二体は上下に重なるように並ぶと、そのままウルリクムミの真上に向けて落下し始めた。

 

「ウルリクムミさん! 避けてください!!」

 

それにいち早く気づいたのは金級の槍使いだ。だがウルリクムミはその呼び掛けを無視するかのように、その場から動こうとしない。

 

『ウルリクムミいいいいいいいいい!!』

 

冒険者達の悲痛の叫びが重なった瞬間、落下スピードが上乗せされたスケリトルドラゴン二体分の重量が、濃紺の戦士の真上に落下した。

 

 

 

ドゴオオオオオオオオオオンッ!!

 

 

 

 

巨体の落下による轟音が鳴り響き、砂ぼこりを巻き上げてあたりの景色を見えなくする。その光景に冒険者達は言葉を失い、手から力が抜けて武器が地に落ち、膝から崩れおちるようにへたりこむ。何人かは最強の戦士の死に、静かに涙を流して絶望する。

 

「ふははははは! 思い知ったかあ!!」

 

対するカジットは目障りな戦士の死に高笑いする。スケリトルドラゴンの身体は人骨で構成されているためか、見た目の割りには重量は軽い。しかしいくら軽いといってもこの巨体が高度から、それも二体が重なって落下すれば人間などトマトの如く潰れる。ゆえにこれを受けて、生きていられる者などいるはずがない。

どんな凄惨な人肉のミンチになっただろうかと楽しみにするカジットに、結果を見せるように砂ぼこりが晴れていく。

そこで一同が目にしたものは………

 

 

 

「…………は?」

 

重なった二体の竜の腹を支えているのは、濃紺の片腕。胴体の下のウルリクムミは、潰れるどころか直立不動を保っていた。

 

「ぬああああああ!!」

 

そして投石でもするかのように、スケリトルドラゴンをカジット達に向けて投げ返したのだ。

思いもよらぬ反撃に、蜘蛛の子を散らすようにカジットを含めた魔法詠唱者達が四方八方に逃げる。高度から落下した時と同じ轟音を響かせて、カジット達の背後の建造物がスケリトルドラゴンの巨体に潰されて瓦礫の山になった。

 

「ば、ばかな!?」

 

「貴様らの『切り札』がわからずううう、ずっと出し惜しみしていたがあああ」

 

ガシャンと、片手で握っていたバトルアックスを両手で握り直す。

 

「これでようやくううう、この宝具『ウベルリ』の力をおおお、試せるというものだあああ!」

 

ウルリクムミがバトルアックスを天高く掲げると、刃から濃紺の炎が溢れて燃え盛る。すると彼の周りを勢いよく風が吹き荒れ始めた。風はウルリクムミを中心にして渦を巻き、バトルアックスの炎を巻き上げて天に昇る。その勢いはどんどん増し、ついには濃紺の炎の竜巻が刃の先に形成されていく。

 

「我が『ネサの鉄槌』にてえええ、砕け散るがいいいいい!!」




終盤は『舞い上がる火の粉』をBGMにしてお読みください。(オバロのBGMですが、ウルリクムミさんの戦いになんか似合いそうだったので)


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ネサの鉄槌

引き続き、『舞い上がる火の粉』をBGMにお楽しみください


同時刻、エ・ランテルの入り口付近はごった返していた。

万が一に備えて街の人々を遠くへ避難させようと、街中から馬車を集めに集めて馬に引かせている。食料物資運搬用、住民護送用に別れて二台ずつ門から走っていく。避難させる人間は主に女性と子供を優先させてはいるが、不安から泣きじゃくる子供を宥める親の姿がチラホラと見え、中には順番を無視して我先にと馬車に乗ろうとする中年男性などを鉄級の冒険者達が羽交い締めにしている。

 

「慌てないでください! 焦らずに避難してください!」

 

避難誘導担当班は、ペテルが指揮をとっている。今のところまだアンデッドが墓地から溢れているという情報はない。だからまだ避難にも幾分か余裕はある。墓地の指揮はウルリクムミがとっているらしいので心配はいらないだろうが、それでも冒険者達の空気は張りつめている。

 

「ペテル!」

 

「ルクルット………!」

 

そんなペテルに声をかける者がいた。

墓地への物資輸送担当班を指揮するルクルットだ。馬に乗る彼の後ろには、ンフィーレアとリィジーが馬車に乗って手綱を引いている姿がある。

 

「避難のほうはどうだ?」

 

馬から降りたルクルットが聞けば、ペテルは頷いて答える。

 

「まだ墓地からアンデッドが溢れていないおかげか、順調に進んでいます。そちらはどうですか?」

 

「たった今、完成したポーションを全部墓地に運んだところだ。アルラウネさんによると、戦況はこっちが優勢みたいだぜ」

 

「そうですか………」

 

笑みで返すルクルットの言葉にホッと胸を撫で下ろす。優勢であるならばズーラーノーンの制圧も可能かもしれないが、それでも油断はできない。今はこのチャンスを逃さずに、できるだけ遠くへ大勢の人々を避難させるべきだ。

 

「とはいえ、さすがにこれ以上バレアレさんとこの店でポーションを作成するのは危険そうでな。そろそろ二人にも避難させるべきだと思って連れてきたんだ」

 

ルクルットが後ろ手に指差せば、二人が乗る馬車の後方には大量の荷物が積まれている。中にはあの薬草が入った袋もあった。

 

「ポーション作成の道具一式は全て持ってきました。今後は避難先で作成して、ルクルットさん達に追加を運搬してもらうことになっています」

 

ンフィーレアが言うように、確かにそのほうが合理的だ。しかしそうなると最初の運搬時より墓地との距離が遠くなるだろう。

 

「ならこちらの避難がすみしだい、物資輸送は私達が交代します」

 

「そのほうがよさそうだな……」

 

墓地との行き来は体力を消耗する。よくよく見ればルクルットも呼吸が僅かに乱れて汗をかいていた。対するペテルは避難誘導のためにそこまで疲労していない。互いの状態を考慮したがゆえの交代だ。

 

「あの、ちなみに………モモンさんとナーベさんとの連絡は?」

 

「ダメだ。行き掛けにもう一度二人が泊まってる宿屋に行ってみたが、やっぱり留守だった」

 

その言葉にペテルの肩がやや落ちる。

オーガの群れを一蹴し、森の賢王さえも服従させた彼らならば十分な戦力となってくれただろう。二人がいてくれたら、もっと戦況が有利になりそうなのに……

 

(一体、どこへ行ってしまったんだろう?)

 

急用があると言っていたが、いまだ足取りも掴めないでいる。もしくはすでに墓地に向かっているのだろうか?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おい、あれを見ろ!」

 

その時、鉄級の斥候の一人が叫ぶ。彼は墓地の方角を指差しており、バッと振り向いたペテルとルクルットはそれを見た。

 

「な、なんだありゃあ!?」

 

「竜巻だ! 巨大な炎の竜巻だああああああ!!」

 

墓地の方角から見えたのは、濃紺色の炎を纏った竜巻だ。さながら天にまで届くのではないかと思われるほど巨大な竜巻はペテル達のいる馬車からでもはっきりと見える。それを見て、ペテルとルクルットが目を見開いた。

 

「あ、あれは………!」

 

「知っているんですか、ペテルさん!?」

 

銅級の戦士の問いに、ペテルが頷きつつ思い出すように語りはじめた。

 

 

 

 

 

 

そう、あれは忘れもしない……まだ彼らが銅級だった頃のこと。銀級冒険者に同行して、カッツェ平野のヴァディス自由都市へ物資を届ける護衛の依頼を受けた日のことだった。

その日は霧もなく快晴で、アンデッドの気配は全くなく順調に進み、滞りなくヴァディスに到着できた。だから行きは余裕ですんだが、帰りがまずかった。

あんなに晴れていた霧が突然濃くなり、その時に運悪く上位アンデッドの群れに出くわしてしまったのだ。四方八方を亡者に取り囲まれた絶対絶命の中、ウルリクムミは叫んだ。

 

『死にたくなければあああ、所持している金物を捨てろおおお!!』

 

その言葉に、一瞬だけ一同の思考が停止した。現在一同が所持している金物といえば、剣や鎧などの武器や防具であり、それらは全て身を守るものだ。それをこの危機的状況で捨てろと言うのだ。何をとち狂ったことを言い出すんだこの人は、そう思ったペテル達をよそに、ウルリクムミは次いでアルラウネにも命じる。

 

『アルラウネえええ、自在法で彼らを守れえええ!! 俺が切り開いたらあああ、即座に道を作れえええ!!』

 

『御意に!?』

 

彼の意を汲んだアルラウネが薄桃色の花びらを大量に生み出すと、ペテル達を守るように覆われる。

それを見届けたウルリクムミは、手にしていた粗末な斧を投げ捨てて右手を天に突き上げた。次の瞬間、彼らの周囲に濃紺色の炎を混ぜたつむじ風が吹き荒れ始める。勢いを増す炎風は周囲のアンデッド達が所持している武器を巻き上げ、その場に散らばる金属類が、炎に巻き上げられるように上空へと飛んでいく。中には鎧ごと巻き込まれていくアンデッドも何十体か見受けられた。

圧倒的としか思えないその光景に我を忘れる一同だったが、ふとうなじにかかる痛みにハッとする。見れば自分の首にかかる冒険者プレート、手にした剣と盾、メイス、はては矢の先の矢尻に至るまでが竜巻に引っ張られていたのだ。

 

『どうかお捨てくださいませ!?』

 

アルラウネが必死で叫び、一同は慌てて身につけていた金属類を全て外した。鎧を纏ったアンデッドは今の竜巻だけで全ていなくなったが、まだ大量のスケルトンが湧いて出てくる。その中でウルリクムミは、エ・ランテルへ続く最短ルートへ向き直った。

 

『前方ううう、散れえええっ!!』

 

轟砲とともに振り下ろされた竜巻が、前方のアンデッドの頭上から雪崩落ちていく。たったそれだけ。その一撃のもと、爆炎を纏った巨大な鉄の怒涛が、眼前のアンデッド達を粉々に消し飛ばした。

 

炎が消えたあとには、何もなかった。竜巻が落とされた場所が不自然なまでに砕けている様を呆然と眺める一同だったが、その消し飛ばした部分から薄桃色の花が咲き、花畑の道となる。

 

『走れえええ!!』

 

その叫びに気圧されるように、御者は慌てて手綱を引っ張り馬車は花畑の上を走った。アンデッド達は花畑の中の自分達が認識できないのか、その周りをうろうろするだけで攻撃してこない。

そうして命からがら、一同はエ・ランテルに帰還したのだった。

 

 

 

後で聞いた話だが、あの力はウルリクムミだけが扱えるタレントのようなもので、強力なぶん繊細な制御ができないらしい。

その後、居合わせた面々を集めたウルリクムミは申し訳なさそうに、貴重な武器を壊してしまったお詫びとして自身の分の報酬を全てペテル達に分配しようとしたが、『命の恩人から金を貰うなんてとんでもない!』という一同の意見の一致で丁重に断った。

 

そしてこの知らせを聞いた冒険者組合も、彼にミスリル級の称号を与えようとしたが、ほかでもないウルリクムミがそれを断った。まだ銅級が板について間もない自分が、先達を差し置いてミスリルになってしまうと、周囲との軋轢をうみだしかねないからだという。

アインザックは最後まで食い下がったが、結局ウルリクムミのプレートは妥協として銅から銀になったのだった。

 

 

 

 

 

「そ、そんなすごいタレントなんですか!?」

 

「ああ………。だがそれから一月経った頃に、あるドワーフの依頼を受けて、その報酬としてタレントを制御できるアイテムを作ってもらったそうだが……」

 

ルクルットは険しい顔で、天を貫く濃紺の竜巻を見据える。

 

「ウルリクムミさんは、本気だ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(な、なんだあれは!? 魔法なのか!?)

 

ウルリクムミの頭上でゴウゴウと燃え盛る炎の竜巻に、カジットは身を震わせてスケリトル・ドラゴンの影に隠れる。

その力は、長きにわたって魔法詠唱者としての研鑽をしてきたカジットでさえ、見たことがないものだ。下手をしたら、かの大魔法詠唱者フールーダ・パラダインにすら届きかねない威力だ。

 

(だ、だが…………スケリトルドラゴンには魔法への絶対耐性がある!)

 

カジットは知らない。ウルリクムミが使うこの『力』は、この世界の人間が扱う『魔法』とは根本的に種類の異なる『力』だということを。

二体のスケリトルドラゴンが、ウルリクムミを今度こそ鏖殺しようと迫ってくる。それを見て、ウルリクムミは一度深く息を吸い込み、腹の底から叫んだ。

 

「骸の竜よおおお、散れえええ!!」

 

そして、濃紺の竜巻が前方に向けて振り下ろされた。冒険者達は爆炎と暴風に、思わず眼を閉じて身を伏せる。向かってくるスケリトル・ドラゴンは、その一瞬でバラバラに砕け散って塵と化した。

 

 

「ーーーーーーーーー!!!!」

 

カジットの声にならない叫びが出た。魔法に絶対耐性を持つ二体のスケリトル・ドラゴンが、たった一撃で消し炭となったのだから当然であろう。

 

炎風が消え去り、あたりが静寂に包まれる。おそるおそる冒険者達が身を起こしてみると、あれだけの威力と規模の力が振り下ろされたにも関わらず、周辺には瓦礫はおろか焦げ見さえ残っていなかったのだ。

武器を振り下ろした態勢から、ガシャンとバトルアックスを肩に担いでウルリクムミは呟く。

 

「さすがツイバヤヤ殿だあああ、良い宝具を産み出してくれたあああ」

 

 

 

 

 

「あ………ありっ……ありえない……!」

 

カジットの両足から力が抜け、ガクンとその場に尻餅をつく。五年の努力が一瞬で無に帰したとか、上位種のアンデッドがたった一撃で倒されたとか、もはやどこに関して驚愕すべきかわからない。

そんな彼に、ガシャンとウルリクムミが一歩を踏み出してきた。

 

「ひ、ひいいいいい!!」

 

ゆっくりとした足取りで、カジットに歩み寄るウルリクムミは重厚な姿も相まって、カジットの目にはさながら死神が歩いてくるような感覚なのだろう。

 

「く、来るな! 来るなこの化け物ぉ!!」

 

もはや立つことさえままならないのか、腰を抜かして必死に後ろへ下がっていく。

カジットのみならず彼の部下達もガタガタと足を震わせ、手にする杖を両手で握りしめて今にも崩れそうな身体を支えている。もはや、勝敗は決した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ーーーーー『封絶』」

 

 

 

 

 

 

 

 




解説

宝具『ウベルリ』
ウルリクムミの圧倒的な強さに惚れ込んだツイバヤヤが、報酬として鍛えた斧が素体となった宝具。
見た目は人化した彼の爪先から肩までの長さと、胸部全体を隠せるほどの広さの刃の巨大な鋼鉄のバトルアックス。宝具としての能力は「所有者が扱う自在法を自在師顔負けの精度で制御すること」。
ウルリクムミの自在法『ネサの鉄槌』の最大の欠点ともいえる「味方をも巻き添えにしかねない扱いづらさ」を無くすために生み出されたこの宝具は、「任意の鉄塊のみを集め、任意の相手のみを破壊し、味方や周辺に被害を出さない」という精密制御を所有者が願うだけで自動的に行ってくれる。
ウルリクムミの「自身の力を制御できる宝具が欲しい」という願いと、ツイバヤヤの「この偉大なる戦士に相応しいアイテムを作りたい」という願いが重なった結果生まれた、まさに濃紺の英雄に相応しき宝具である。






………え? ちなみに何の依頼を受けてこの宝具を貰ったって?
それはオバマスプレイヤーのみぞ知るです(´∇`)


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夜明けの暗躍者

ついにズーラーノーン編完結です!


呟かれた言葉とともに、それが発動した。

地面には火線で描かれた円形の自在式が結晶し、そこから沸き上がった蜂蜜色の炎が墓地の周りに陽炎の壁を形成して覆いつくした。

 

「ぬうううううう!?」

 

ほんの僅かな瞬間のことだった。

周囲への警戒を怠らずにいたはずのウルリクムミが、敵の奥の手かと思いバッと周囲を見渡す。そして気づいた、周囲の動きが………いや、周囲の時間が止まっていることに。足元で輝くのは見慣れた自在式。間違いない、これはこの世界の魔法ではなく紅世の徒が使う自在法だ。それにこの周囲を燃える蜂蜜色の炎、術者はあの徒に違いない。

 

(やはり生きていたかあああ!)

 

ウルリクムミは周囲からの攻撃を警戒しつつ、後方のアルラウネと連絡する。

 

「アルラウネえええ、無事かあああ!?」

 

『私は大丈夫ですが?』

 

遠話で彼女に言葉をかけるが、どうやらアルラウネは大事ないようだ。

 

「そちらも似た状態かあああ?」

 

『皆様、まるで彫像のように不動になっているかと?』

 

それ以外に特に異常性は見受けられないと語る彼女に、引き続き墓地内の探知を続行するよう指示してウルリクムミは『ウベルリ』を構える。いつどこから攻めてくるかわからない緊張感、かつてないほどにウルリクムミは神経を張りつめる。

だがそんな状況にありながら、二人としてはこの自在法の能力をとても看過できなかった。

 

色や自在式など、微妙な差異こそあるがこれは………

 

(これはまるでえええ、主の『清なる棺』と同じいいい!?)

 

彼らの主、最強の自在師である『棺の織手アシズ』が得意としていた自在法によく似ていたのだ。

 

 

 

 

緊迫しながらも動揺するその僅かな隙を、()()は見逃さなかった。瓦礫の影から飛び立ち、宝珠を持つカジットの腕を何者かが素早くもぎ取った。

 

「おおおおおお!?」

 

腕を捥がれたにも関わらず、カジットはいまだ表情すら変えず動かない。

 

ウルリクムミが慌ててその物体を目で追えば、視線の先にいたのは鳥用の黄色い飛行服を着た鷹だった。

鋭い嘴は蜘蛛の巣を模した装飾品を咥え、力強い鉤爪はカジットの腕を捨てて死の宝珠をしかと握りしめている。羽ばたく鷹の翼から散るのは、蜂蜜色の火の粉だ。

 

「アルラウネえええ!!」

 

『御意に!?』

 

もはや二人の間に明確な言葉はいらない。

アルラウネが持てる存在の力をありったけ出し尽くし、大量の花吹雪が墓地中に吹き荒れる。花びらが鷹を捕らえようとするが、その動きは素早くまるでダンスでもするかのように一枚一枚を躱し続ける。

なおも追いかける花びらを横目に見ながら、鷹がバサリと大きく翼を羽ばたかせると羽根が大量に舞い散る。それらが一枚一枚燃え上がると、すべてが鷹の姿になった。自在法で作られた偽物が四方八方へと逃げていくのを見て、アルラウネは負けじと花びらを操作する。矢のような勢いで数枚の花びらが鷹を貫通すると、羽根に戻って蜂蜜色の火の粉となって消えていく。一羽、二羽と次々に鷹を破壊していけば燃え尽き、残り一羽となった。

 

「御覚悟を!?」

 

360度から放たれる花びらが最後の一羽の身体を貫き、さながら蜂の巣になってしまう。しかしそれも一枚の羽根になって消えてしまった。アルラウネは探知圏内の鷹を全て破壊したが、どうやら全て偽物だったらしい。

 

『申し訳ありません………逃げられたようで?』

 

「いやあああ、俺も油断したあああ」

 

落胆するアルラウネを労るようにウルリクムミが答える。

自在師のアルラウネが仕止めそこねたということは、相手もそれだけの手練れだったということなのだろう。物陰から冒険者達の戦いを見て、ウルリクムミの不意を打とうとしたが、ウルリクムミが予想以上に強大な自在法を使えるのを見て撤退を選んだようだ。

 

(だが貴様の炎の色は覚えたぞおおお。『蜂蜜の鷹』よおおお)

 

空の向こうを見据え、ウルリクムミは決意を新たにする。あの“徒”はアシズに関して何かを知っているはず。もし次に因果が交差した時は、必ずや捕らえてそれを問いただしてみせると。

 

 

しばらくすると、蜂蜜色の結界が解けた。と同時に止まっていた時が再び動き出す。

 

「ぎゃああああああああああ!?」

 

自身の片手がいつの間にかもげていたことに、カジットが驚愕と苦痛で叫ぶ。

構わずウルリクムミはカジットに歩みより、なるべく手加減をしながらその顔面をぶん殴った。カジットの身体がふっとび、瓦礫の中にドシャリと落ちる。その顔面は白目を向いて鼻血を垂らし、ピクピクと痙攣しつつも気絶しているだけだ。

カジットがやられたのを見て、弟子達が情けない悲鳴をあげながら背を向けて逃げようとするも、その後ろから冒険者達がのし掛かり、羽交い締めにして捕まえた。

 

人間達に特に変化がないのを改めて確認してから、ウベルリを高く掲げてウルリクムミは叫ぶ。

 

「敵将おおお、討ち取ったりいいい! 我らの勝利だあああ!!」

 

 

 

『うおおおおおおおおおお!!!!』

 

 

 

墓地の向こう、空が白み始めた。

長い長い夜が、ようやく明けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

エ・ランテルから離れた小高い丘の上、

ちょうどいいサイズ感の岩に腰かけて、白み始めた空を眺める黒いローブの人物がいた。呑気に鼻歌を口ずさみながら片足を揺らしていたその人物は、ふと鼻歌を止めると首を日の出から反らし、街の方角を見た。視界の端から飛んできたのは、蜂蜜色の火の粉を散らしながら羽ばたく一羽の鷹だ。鷹が滑空しながら自身の前に舞い降りてくるのを確認し、ローブの人物は片手をヒラヒラと振って声をかけた。

 

「お疲れさ~ん」

 

随分と陽気な口調と声を出すその顔と、ヒラヒラと振るその腕には、人間の筋肉はおろか肌すらない。カシャカシャと音を立てる腕のみならず、フードから覗くのは青紫色の人骨。見た目だけならばスケルトンと瓜二つだが、その身から滲み出る負のエネルギーはスケルトンの比ではない。それはアンデッドの上位種である死者の大魔法使い(エルダーリッチ)だった。

鷹がエルダーリッチの眼前でホバリングするように羽ばたくと、その身を包む飛行服が離れていった。小さな飛行服は蜂蜜色の炎となって燃えあがり、人間が着るサイズの黄色いフード付きのローブに変わり、ローブはまるで透明人間が纏ったかのようにその場に浮遊しはじめる。風にはためくローブの肩に鷹が止まるが、その目は常に瞬いて忙しなく首を振っている。普通の鳥と変わらない挙動には、先ほどまでの手練れの自在師の面影はなかった。

 

「全く、『ズーラーノーンの盟主』がこんなところにわざわざ出向く必要がありますか?」

 

声を発したのはローブだ。しかもその声は、クレマンティーヌ達と行動をともにしていたバードマンと同じ声質である。

 

「細かいことは気にすんなって」

 

カタカタと顎を鳴らして笑う盟主に、ローブは気にくわないように無い鼻を鳴らす。右の袖で左の袖を探り、取り出した死の宝珠とサークレットを盟主に手渡した。受けとった二つのうち、死の宝珠の中身をジッと見つめていると、盟主はあることに気づく。

 

「………あれ、なんか全然溜まってなくね?」

 

死の宝珠に溜まっていたはずの、負のエネルギーがすっからかんになっていたのだ。今回の『儀式』の規模を考えると、むしろ増えてもいいようなものだが、どうしたことだろうと首をひねる。

毒舌混じりに答えたのはローブだ。

 

「あのハゲが追い詰められた挙げ句、無駄使いしたんですよ」

 

「な~んだ、残念」

 

あてが外れたことにガッカリするように、盟主は岩に両手をついて天を仰いだ。

対するローブは右の袖から十字形の蜂蜜色の結晶を取り出す。それを鷹に差し出せば、まるで砂糖菓子のように嘴で砕きながら啄んで食べはじめる。

 

「まあいっか、それなりの収穫はあったみたいだしな」

 

両足を軽く揺らし、盟主はサークレットを指先で広げた。日の出の光に反射してキラキラ輝く装飾品を眺める彼は、筋肉のない骸骨のはずの顔がニヤリと笑ったように見えた。

 

「そんなガラクタ、何に使うつもりですか?」

 

「まあまあ、ちょっとしたリサイクルってやつだよ」

 

パチンと骨でできているはずの指を鳴らすと盟主の眼前に黒い穴が開く。サークレットをその中に放り投げてから、改めて二人は互いを見合った。

 

「それで、結果はどうだった?」

 

「クレマンティーヌを含めたズーラーノーンのメンバーは全員生存しましたが、全て捕まったようです」

 

「そっか~、カジッちゃん結構()()あったのに、勿体ないことしたな~」

 

「私の『燐子』は魔法発動後に自動的に破壊されるように仕掛けを施しましたので、後で冒険者達が地下室を調べても証拠は残らないかと」

 

「まあ、そっちはそれで十分だろうけどさ~」

 

死の宝珠を昇る太陽に透かしてみるが、宝珠からは日の光が全く見えない。それから盟主は『本題』に入った。

 

「んで、どうだったわけ? 例の白金級の冒険者さん達は」

 

「薄桃色と濃紺………それにあの他に類を見ない破壊力の自在法と、優れた自在師の力………間違いないかと」

 

「………やっぱりか」

 

濃紺の炎と薄桃色の炎の『徒』など、それぞれ一人しか考えられない。

巌凱ウルリクムミ、架綻の片アルラウネ。

かつて中世最大の大戦でフレイムヘイズ達を苦戦させた、紅世の徒最大の組織『とむらいの鐘(トーテン・グロッケ)』の最高幹部、『九垓天秤』が一人。組織随一の戦上手と名高い先手大将と、その補佐を務めた優れた自在師の副官。ここまで特徴が一致していると、むしろこれで別人だったというのがおかしいくらいだろう。

 

「でも確かその二人って、大戦で『震威の結い手』に討滅されたんだろ? なんで生きてんの?」

 

「さあ? ()()もそうでしたし、何かしらの自在法で蘇生でもしたんじゃないでしょうか?」

 

「………」

 

ローブは素っ気ない態度で答えて、肩の『燐子』の頭を撫でるように袖を被せる。その姿を見たエルダーリッチは少し考えてから、手のひらに青紫色の炎を灯し、死の宝珠に自身の『力』を込めはじめた。

空っぽだった宝珠の内部に最低限の『力』が溜まると、宝珠がドクンと脈動する。

 

『おお………()()!』

 

「よう『トラペゾヘドロン』。元気だったか?」

 

まるで久しぶりに会う我が子を愛でるように優しく声をかける盟主に、トラペゾヘドロンと呼ばれた宝珠は申し訳なさそうな声色を発する。

 

『まことに口惜しく………此度は父上のご期待に応えられませんでした!』

 

「あー、いいっていいって。それなりの収穫はあったからさ」

 

我が子の頭をヨシヨシと撫でる盟主に、ローブは呆れたようにため息をついて声をかける。

 

「それで、あの二人はどうする?」

 

「できれば監視が望ましいでしょうが……あまり存在の力を強くすると感づかれる可能性が高いですね」

 

「ふ~ん、じゃあトーチくらいの小ささでいいか」

 

そう言うと盟主は自身の左手の小指を掴み、何の躊躇もなく小指の先をへし折った。折られた小指を目の前に放り投げると、小指は青紫色の小さな火となって燃え上がる。燃える火は揺らめきがなくなると、青紫色のネズミの姿に変わる。ネズミはぷるぷると身体を震わせると、目の前の盟主を見上げて喋りはじめた

 

「よう『ズーラーノーンの盟主』。『この俺』は何をすればいいんだ?」

 

「よう『街の片隅のネズミ』。お前にやってもらうのは巌凱ウルリクムミと架綻の片アルラウネの監視だ。あの二人に何か動きがあったら即座に目を繋げてくれ」

 

「おうよ!」

 

頷いたネズミは四本の脚で地を駆けて街の方角へと消えていった。その後ろ姿を見送るローブは、ふうと息をつく。

 

「では私は、今回の結果を『本社』に報告しなければならないので、一度向こうに帰還しますね」

 

「了解」

 

盟主が岩から立ち上がり、宙に青紫色の火線で描いた自在式を構築する。すると自在式の部分の空間が裂け、そこから黒い深淵が覗けた。

それを見届けたローブは蜂蜜色の炎となり、再び小さな飛行服になり鷹に纏う。着せられた鷹はただの鳥だった挙動が失せ、再び明確な自我を持ち鋭い視線を深淵に向ける。飛び立とうと身構える鷹に、最後にもう一つと盟主は問いかける。

 

「そういえばさ~、例の新入り冒険者はいなかったのか?」

 

「なんか『急用がある』と言って、騒動には参戦しなかったみたいですよ?」

 

「え~、せっかくお膳立てしてあげたのにな~」

 

その言葉を最後に、鷹は今度こそ翼を羽ばたかせて深淵に向かって飛んでいった。盟主はそれを見送りつつ、腕を組んで小首を傾げる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「どこ行っちゃったんだろ? モモンガさん」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




その頃のモモンガさんin自室

アインズ「はあ~………なんども沈静化したせいか、ようやく落ち着いてきたな。あのアシズって天使の使う結界はユグドラシルにはなかったらしいけど、となるとタレントの一種なんだろうか? 時間停止も効かなかったらしいし、どう対処すればいいんだろ………」

アインズ「…………あれ? そういえば何か忘れているような………」



ポクポクポクポク………チーン!



アインズ「ああああああああ!! ナーベラルに連絡するの忘れてたああああああああ!!」Σ(゜Д゜;)





ナーちゃんin宿屋

ナーベ「御方のご指示はまだかしら…………?」( ・`ω・´)


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漆黒聖典

漆黒聖典の装備は完全に捏造です。

まあワールドアイテムを二つも持っていたギルドだったわけだし、時間停止対策アイテムくらいあるかなと思って……


時は少しだけ遡る。

アインズから『この世界特有のスキルや魔法を調べるために、武技や魔法を収めた人間、ただし消えても問題にならないような犯罪者を捕縛せよ』との命を受けたシャルティアとセバスとソリュシャン。

商人の我儘令嬢に扮するソリュシャンが囮となり、野盗の手引きをしているという御者を餌に彼らを誘きだす予定だったのだが……

 

「緊急の召集………ですか?」

 

「そうでありんす。火急の用だから戻ってこいと、アルベドから連絡が来たでありんす」

 

爪をヤスリで削りながら、シャルティアはやれやれと肩を落とす。

ソリュシャンが『黄金の輝き亭』でわざと目立ち、出立の準備をしていた丁度その頃、馬車で待機していたシャルティアはアルベドから伝言を受けていた。彼女曰く、緊急事態が発生したためにセバスを含めた階層守護者とアインズを大至急ナザリックに呼び戻すとのことだ。セバスはおろか、主君であるアインズまで呼び出すとはただ事ではなさそうだ。

 

しかしシャルティア達の現状では、出立すると言ってしまった手前、ここで計画を中止することはできない。今回の任務は騒ぎを起こしてはいけないと、アインズから釘を刺されている。もし襲撃した馬車が無人と知られれば怪しまれ、後々自分達に不審な目が向けられる可能性が高くなりそうなのだ。

 

「ならば仕方がありませんね……ソリュシャン、あとのことは任せてもよろしいでしょうか?」

 

「かしこまりましたわ」

 

ソリュシャンのレベルは57、この世界の平均レベルと比較してみても、野盗相手でも十分対応できるだろう。それに万が一強者に出くわしたとしても、盗賊・暗殺系の職業を修得している彼女ならば索敵や探知で逃げきれるはず。

 

「念のため、私の配下のヴァンパイア・ブライド(吸血鬼の花嫁)達を置いていきんす。好きに使って構いんせんよ」

 

「ありがとうございます」

 

令嬢の装いながらもメイドらしい立ち居振舞いで頭を下げるソリュシャン。シャルティアが上位転移(グレーター・テレポーテーション)を開き、二人はその場をあとにした。

 

 

 

 

 

 

 

ナザリックに帰還した彼らがデミウルゴスの惨状に驚愕するまで、あと………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

現在、漆黒聖典のメンバーはエ・ランテルの近くの森からさらに外れた平原を歩いていた。

スレイン法国が誇る特殊工作部隊、六色聖典の中でも精鋭揃いである彼ら十二人が今回闇夜に紛れて行動している理由は、ある任務の為だ。

きっかけは数日前、陽光聖典に『ガゼフ・ストロノーフ抹殺』の命を下したことからはじまる。土の巫女姫を通して彼らを監視していた時に、帝国兵士に成り済ましてカルネ村を襲撃しようとした矢先、突如襲撃班が謎の植物型モンスターに襲われてしまったのだ。それだけならばさほど珍しいことではない。トブの大森林には『森の賢王』を始めとする強大なモンスターが数多く生息しているため、運悪くモンスターの縄張りに踏み込んでしまったのだろうと、巫女姫と共に監視していた神官達は判断した。

問題はその次に起こったことだ。待機していたニグン率いる陽光聖典にトレントの魔の手が迫り、危機を感じたニグンが最高位天使を召喚しようとした瞬間だった。彼らを監視していた土の巫女姫を中心に突如謎の爆発が発生し、巫女姫が死んでしまったのだ。

法国はこの異常事態に、予言にある破滅の竜王(カタストロフ・ドラゴンロード)が復活したのではないかとまず疑った。しかしその数日後に、全滅したと思われていた陽光聖典が本国に帰還したのを皮切りに、謎が深まっていくこととなる。

生還した陽光聖典達曰く、『あのトレントは最高位天使を召喚して倒した』と語っている。だがそれだけでは土の巫女姫が死んだことの説明がつかない。神への信仰心の篤い彼らが虚偽の報告をしたとは考えられないが、いずれにせよ本当にトレントが死んだのかの確認はするべきだと、神官長達が話し合いの末に結論づけた。

 

そして現在、トブの大森林でトレントの生死を確認、もし生存していた場合はケイ・セケ・コゥクでトレントを洗脳するという任務を命じられた漆黒聖典達はエ・ランテルの近くを進んでいた。

とはいえ本国からトブの大森林までの距離はだいぶあるため、隊員達もいい加減歩くのに疲れてきて愚痴を溢し始める。

 

「ねえ、この任務ってわざわざ私達が出向く必要性あったわけ?」

 

「仕方がないだろう。風花聖典は裏切り者の追跡、陽光聖典は竜王国への援軍、ほかも別の任務で手が離せないんだからな」

 

「だけどこれで『やっぱりトレントは死んでました~』ってことになったら骨折り損のくたびれ儲けよ」

 

「いや、むしろあれだけ凶悪なモンスターが死んでいてくれていたほうが、人類としては嬉しい限りではあるが」

 

「確かそのトレントって、名乗ってはいましたよね?」

 

「なんだっけ? ふんなんちゃらそって言ってたけど」

 

「フンジンノセキソカルですよ」

 

「そうそれ!」

 

呑気に雑談をし始める隊員達に苦笑しながらも、第一席次は気を引き締めている。今回の異変により、巫女姫が死亡したのは法国にとっては手痛い損害だ。およそ100万分の1、それも女性しか適合できない『叡者の額冠』。そのうちの一つは裏切り者の『疾風走破』が強奪し、現在は風花聖典がその行方を追っている。そんな状況での巫女姫の死亡、つまりこれで法国に在籍する巫女姫は二人も欠けてしまったわけだ。万が一、今後も似たような事態になるのを防止すべく、事の発端となった大森林で巫女姫死亡の手がかりを探さなくてはならないだろう。

 

 

 

 

 

 

 

決意を新たに歩を進める第一席次だったが、突如彼らの足元に茜色の火線で描かれた魔方陣が浮かび上がった。

 

「!?」

 

「なんだ!?」

 

それが合図になったかのように、漆黒聖典達の周囲を陽炎のような壁が包みこむ。

周囲への警戒を怠っていなかったにも関わらず、突如現れた結界。しかし驚愕すべきは魔法を察知できなかったことではなく、その魔法の効果にあった。

 

「こ、この魔法は………!?」

 

飛んでいた鳥が、虫が、風に舞い散る木葉が、風景から切り取られたかのように止まっていた。

間違いない。この魔法は法国最強の戦士『絶死絶命』のタレント、『黒白(ニグルアルブム)』に似ている。絶死絶命が最強と言われる最大の所以、常人であれば身動きはおろか思考すらできない、時を操るタレント。これに抗うには、六大神より賜った神器を装備するしか方法はない。もっとも、それでも彼女に勝てるかどうかは別問題だが。

その事実を前にしながらも、歴戦の戦士である漆黒聖典達はほぼ条件反射のように各々が構える。

 

「占星千里、敵を探せ!」

 

「はい!」

 

「ボーマルシャ、捕縛の準備を!」

 

「了解!」

 

「カイレ様、ケイ・セケ・コゥクをいつでも発動できるよう準備を!」

 

「無論じゃ!」

 

「セドラン及び、各隊員はカイレ様を守れ!」

 

『わかった!』

 

各員に指示を出し、第一席次は槍を構えて周囲を見渡す。

 

(どこだ………どこから来る!?)

 

注意深く敵の影を探すが、それらしい気配はいまだ感じない。いつ来るかわからない緊張感。体感時間では長く感じたが、実際はどうだったのかはわからない。

 

「おい占星千里、まだ見つからないのか!?」

 

苛立つようにセドランが叫ぶが、ふと第一席次が彼女を見ると様子がおかしいことに気づく。

 

「………」

 

眼鏡越しの彼女の目は限界まで見開かれ、口ははくはくと過呼吸するように開閉し、青ざめた顔で頭を抱えてガタガタと身を震わせていた。尋常じゃない様子の彼女は、誰がどう見ても怯えていたのだ。

 

「占星千里?」

 

ボーマルシャが戸惑うように声をかけた途端、彼女は喉が張り裂けるほどの大声で叫んだ。

 

「みんなあ! 今すぐ逃げてええええええええ!!」

 

逃げろと叫んだ次の瞬間、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

茜色の炎が、彼らを中心にして爆発した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ガッ………カハッ……!」

 

全身を攻めさいなむ苦痛に、第一席次の意識が覚醒する。

 

「何が………起こって……!?」

 

目覚めたてで混濁する意識を必死に動かし、彼は意識を失う前の光景を思い出していく。

 

 

 

 

彼らの足元が突然赤く輝いたと思った瞬間、茜色の炎を纏った無数の刀剣が漆黒聖典達に向けて放たれた。それも隙間なく、ありえないほどの量の剣がだ。

対する一同の行動はそれぞれだ。巨大な盾で防ぐ者、鎖で剣を絡めとろうとする者、魔法の壁を発動する者、剣や斧でいなそうとする者などなど。だがそれらは、全て無意味に終わった。巨大な盾も、魔法の壁も、鎖すらも、無数の剣に切り刻まれて破壊された。武器でいなそうとした者も、灼熱の炎に身を焼かれてろくに動くこともできなかった。

そしてなおも溢れる炎の剣は、彼らの身体を無慈悲なまでに切り刻んだのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

(そんな………ありえない!!)

 

全てを思い出し、第一席次は身震いする。英雄の領域に至った者が揃う漆黒聖典が、なんの抵抗もできないままたった一撃の魔法に倒れた。こんなことができる存在など、始原の魔法を扱える真なる竜王ぐらいしか考えられない。

だがなぜ? 評議国の竜王が王国にやってきたという情報はなかったはず。痛みに遠退きそうな意識をなんとかとどめようとする第一席次だったが、前方から現れた気配がその思考に待ったをかける。

 

「ひっ………!?」

 

第一席次は一瞬、自身の身体の上に重い物が乗せられたのだと思った。しかしそれは、砂利を踏みしめる音を鳴らしながら近づいてくる何かの存在によって、錯覚であると()()()()()()()()。これは強大なる力の圧だ。それもただ立っているだけで、殺気すら乗せられていない平常時の力。人間にはありえない力の奔流の持ち主は、燃え盛る茜色の炎の中から、第一席次の垣間見た悪夢を具現化させるように姿を見せた。

現れたのは背の高い一人の男だった。暗い色合いのマントと硬い長髪が炎の起こす風に揺れ、マントの下から覗く身体は厚手の皮つなぎとプロテクターで覆われている。顔は幾重にも巻いたマフラー状の布で隠れているが、その僅かな隙間から見える顔は人間のものではなかった。まるで闇を人の形に固めたような真っ黒い顔と、茜色に光る二つの目。片手には周囲の茜色とは異なる色をした小さな火を灯すランプを持っている。

 

第一席次はその男の圧倒的な存在感を前に、その正体がなんなのか、一つしか考えられなかった。

 

(まさか………まさか本当に、『破滅の竜王(カタストロフ・ドラゴンロード)』!?)

 

脳裏を過った最悪の可能性に、第一席次は己の死を直感した。だってそうだろう? たった一撃でこの有り様ならば、今この場で漆黒聖典達が抗ったところで、全滅は避けられまい。

 

(し、死ぬ………殺される……!)

 

魔法の仮面の下の素顔の目からは絶望の涙が流れる。嫌だ、死にたくない、誰か助けて。胸中でのみ叫ぶ言葉には漆黒聖典隊長の誇りも使命感もなく、ただの幼い少年の恐怖心しかない。

そんな彼の心中を知ってか知らずか、男は拍子抜けしたように呟いた。

 

「………なんだ。『封絶』の中でも動いているものだから紅世の徒かと思えば、ただの人間ではないか」

 

深みのある低い声で、男はなおも呟く。

 

「フレイムヘイズ………というわけでもなさそうだな。人間でありながら『封絶』内部でも動けるということは、何かしらの宝具を所持しているということか? となると紅世と全く無関係ではないということか………」

 

ブツブツと独り言のように呟く男は、第一席次の周囲の漆黒聖典達を見渡す。第一席次もどうにか首を動かして仲間の状態を確認すると、ある意味では予想通りの光景が広がっていた。

最年長のカイレはヒュウヒュウとか細く呼吸している。一番傷が深そうで、ケイ・セケ・コゥクを発動させるだけの余裕がない。ほかのメンバーも似たような状態で、意識があるのは自分以外にはいない。むしろこれでまだ生きているほうが不思議なくらいだ。

 

「………『魔法』とやらを使うどころの話ではないな。ここはハズレか」

 

肩を落とすように茜色の眼光が伏せる。男の言っている意味は理解できない。確かなのは、このままだと自分達が彼に皆殺しにされるという予感だ。怯える目で男を見上げる第一席次に、男が何を思ったのかは漆黒の表情だけでは伺えない。

すると男は第一席次の目の前まで歩み寄り、彼の目線に合わせるように片膝をついてから手にしていたランプを地に置いた。片手でマントの内側を探り、青色のポーションの瓶を取り出すと、いまだ地に伏せる第一席次に手を伸ばしてくる。

 

「う、うわあああああああ!! 来るな! 近寄るな! 殺さ………ゴホッ!!」

 

伸ばされた手に恐怖した第一席次は錯乱するも、口から鮮血を吐き出し咳き込んでしまう。

 

「落ち着け。『スティグマ』を使っていないとはいえ、それ以上暴れたら傷が広がるぞ」

 

男は第一席次の顎をしっかりと掴み、少しだけ口を開かせてポーションの飲み口を当てる。瓶を少しだけ傾け、気管にむせらないよう注意しながらポーションを第一席次の口腔に注いでいく。飲まされている当の本人も、逆らったら何をされるのかわからない恐怖でポーションを少しずつ飲んでいく。

 

そうやって第一席次が一瓶飲みきったのを確認すると、男は立ち上がり第一席次の後ろで倒れる仲間達に歩み寄っていく。

カイレ、セドラン、ボーマルシェ、その他漆黒聖典の面々の身体を支え、ポーションを一瓶ずつ飲ませていけば、瀕死だった彼らの呼吸が規則正しい間隔に変わっていく。どうやらポーションの効果で一命を取り留めたらしい。

 

それを見届けた第一席次は信じられないものを見るかのように仮面の下の目を見開く。てっきりトドメをさされると思っていたのに対し、男はわざわざポーションを飲ませて一同の傷を癒したのだ。見れば自身の身体も、全快とはいかなくとも痛みが引く程度に回復している。神人の持つ自己治癒力がようやく働き始めたらしい。

 

「お………お前は……一体……!?」

 

「………一つ、貴様に聞きたいことがある」

 

そう言うと、男は懐から一枚の紙切れを取り出した。

 

「この女に、見覚えがないか?」

 

男はいまだ起き上がれない第一席次に見えるように身を屈める。紙には後頭部から一対の羊の角を生やした金髪の少女の絵が描かれていた。しかしそれは絵と呼ぶにはあまりにも写実的で、現実の風景をそのまま切り取ったかのようなリアルさだ。

 

「もしくは、この色の炎を見たことがないか?」

 

男が再び手に取ったランプに灯るのは、小さな朱鷺色の火だ。今にも消え入りそうな儚い灯が揺らめいているが、どちらも第一席次の記憶にはない。

 

「し………知らない……!」

 

「本当か?」

 

「ほ………本当に、知らない!」

 

「そうか………」

 

 

必死に答える第一席次を見て、ふうとため息をつきどこか落胆した様子の男は、再び立ち上がる。

 

「迷惑をかけてすまなかったな。封絶内で動けなければ修復できたのだが、動ける以上は無理そうだ」

 

その言葉に、第一席次の胸にようやく希望が芽生え始める。どうやら男は自分達を殺さず、このまま見逃してくれるらしい。

 

「それとその………なんだ」

 

だが男はまだ何か言いたいらしく、再び第一席次の身体が強ばる。だがそれに対して、男は彼の頭をポンと優しく撫でる。

 

「怖がらせて、悪かったな」

 

「へ………?」

 

まるで申し訳なさそうな、バツの悪そうな声色でそう言うと、男は漆黒聖典達に背を向ける。

 

「もしもこの女を見かけた時は、『壊刃サブラクがお前を探している』と伝えてくれ」

 

そして、ランプを片手に男は燃え盛る炎に向けて歩きだす。

 

「ではな、因果の交差路でまた会おう」

 

炎風にたなびく男の後ろ姿は、茜色の炎の中に溶け込むように消えていった。

 

第一席次は男の後ろ姿が消えたあとも、陽炎の壁が消える時まで、茜色の炎の向こうを見続けていた。彼が最初の時に男に感じていた恐怖心は、いつの間にか消え去っていた。

 

 

 

 




Q占星千里は何を見たの?

千里「フールーダ・パラダインの魔力の100倍近くはありそうな膨大な力を持つ、都市一つを覆えるほどの大きさの巨人が私達の足の下で横たわっているのが見えました。ちなみに私達が立っていたのは巨人のちょうどお腹の上でした」(白目)


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盗賊の塒にて

前回のサブちゃんの心中

隊長「ぎゃあああああああ!! 化け物おおおおおお!!」(;□;)

サブラク(ああ………またやってしまったか……)(-_-;)


予定通り野盗達を返り討ちにしたソリュシャンは、彼らのリーダー格と思しき男から野盗の塒を聞き出すことに成功した。与えられた情報によると、彼らの仲間には王国最強の戦士ガゼフと同格の強さを持つと言われる、『ブレイン・アングラウス』という武技の使い手がいるらしい。

 

 

 

 

 

 

「ここが貴方達の塒かしら?」

 

「あ、ああそうだ! 教えたんだから、命だけは見逃してくれ!」

 

「ええ、わかったわ。『殺す』のは、やめてあげる」

 

必死で命乞いをする男に、ソリュシャンはニコリと美しい微笑みを見せる。それを見てホッとした表情になる男だったが、ソリュシャンがドレスの胸元を露出すると、そこから青い触手が伸びて男を捕らえた。

 

「ひ!? ぎゃあああああああ!!」

 

捕らわれた男は泣き叫びながら、ソリュシャンの胴体に吸い込まれていった。

 

「殺さずに、じっくりと、溶かしてあげるわあ」

 

嗜虐に歪んだ笑顔を浮かべるソリュシャンは、先に内部に取り込んだザック共々、男で遊ぶことにしたのだった。

 

衣服の胸元を正し、ソリュシャンは改めて遠目からアジトを見据える。

岩壁には僅かな隙間が掘ってあり、その前は木の柵で隠されている。入り口の周辺には落とし穴や鳴子が張り巡らされているが、ソリュシャンの目は誤魔化せない。罠感知と解除のスキルを鮮やかな手際で発動させつつ、悠々とソリュシャン達は塒に近づいていった。

 

「………?」

 

だが近づいてみて、ソリュシャンは塒の様子がおかしいことに気づいた。

入り口付近に、全身血塗れの見張り二人が倒れていたのだ。ガクガクと震えて呼吸しているのを見る限り、生きてはいるらしい。

 

「ソリュシャン様、これは……?」

 

「どうやら、別のお客様が来ているみたいですわね」

 

彼らを捕らえにきた冒険者達に先を越されたのだろうか?

襲撃者の職業を特定するべく、ソリュシャンはヴァンパイア・ブライド達に男達の装備を剥ぐよう頼む。これだけの血を流しているのであれば相当深い傷に違いないと思ったソリュシャンだったが、上半身をひん剥かれた男に刻まれた傷を見て目を見開く。

 

「これは…………?」

 

傷の状態を見るに、これは刀傷のようだ。しかし衣服を染める大量の血液に対し、受けた傷は思いの外浅かったのだ。おかしい、これだけの出血をしたのであれば、もっと深い傷でなければ不自然だ。眉間にシワを寄せて傷をジッと見つめるソリュシャンだったが、ふとあることに気づいた。

 

(この傷の状態…………回復している?)

 

かなり中途半端ではあったものの、傷は軽く治療されて治りかけている形跡があった。この男が信仰系魔法詠唱者とは思えないし、襲撃者がわざわざ治したとも考えにくい。悩むソリュシャンが周囲を見れば、見張りのそばに無げ砕かれたポーションの瓶が捨ててあったのを発見する。それを見てソリュシャンは合点がいった。

なるほど。襲撃者から致命傷を受けた盗賊が、持っていたポーションを飲んでギリギリの命を繋いだといったあたりだろうか。

 

(では襲撃者は剣士系職業の戦士かしら?)

 

もっと詳しく調べる必要があると判断し、ソリュシャンはヴァンパイア・ブライドの一人に周辺の調査を任せて塒の内部に入っていく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

血で汚れないようスカートをたくしあげて内部に入っていけば、中にも似たような状態の男達が倒れていた。全員かすかに呼吸してはいるので生きてはいるらしい。それだけならばある意味運が悪いと思ったソリュシャンだったが、彼らのそばに等間隔に投げ捨てられたポーションの瓶を見て不可解に思った。彼らが体験したであろう凄惨な暴力は、岩肌を削っただけの道を赤く染める血痕が物語っている。だが野盗達のそばには1本ずつ空のポーション瓶が捨ててあり、一命を取り留める程度に回復している。それも倒れている男達全員分、明らかに不自然だ。

 

(このポーション………まさか襲撃者がやったの?)

 

なぜそんな真似をしたのだろうか?

自身のように嗜虐趣味があったにしても、この世界におけるポーションの価値を考えると勿体なさすぎる気がする。

 

奥へ進む途中には人を閉じ込めるための檻もあったが、扉は開いていて中には誰もいない。檻から微かに残る匂いから女………それも性欲処理に使う捕虜を閉じ込めるためのもののようだが、肝心の捕虜は見当たらない。こちらも襲撃者が逃がしたというところか。扉を閉じるための南京錠は壊されている。だがただ破壊したのではなく、鋭利な刃物で切り裂かれたように滑らかな断面が見受けられる。ソリュシャンの当初の予想である、剣士職の線がさらに濃厚になってきた。

奥へと進めば、ソリュシャンはようやく終着点と思われる場所にたどり着いた。そこには数十人の屈強な男達が傷だらけで倒れており、辺りには木箱と木の板の破片が散らばっていた。おそらくはバリケードだったのだろうそれらは、何枚かは炎の魔法でも受けたのか黒く焦げている。

ふと奥を見ると、さらに布で仕切られた入り口がある。布をくぐって中に入るとそこは物置小屋だったらしく、箱とその中身が床一面に散乱し、三人の男が倒れている。さらに奥を見ると、外に繋がる大きな抜け道が開いているのをソリュシャンの探知のスキルが見破る。おそらく非常用の出口だったのだろうが、その抜け道にも二人の男が倒れている。追っ手から逃げようとしたが結局やられてしまったようだ。

 

ソリュシャンは襲撃者の手がかりがないかと、物置小屋に散らばるものを調べていく。野盗が溜め込んでいそうな通貨は無い。それだけならば襲撃者に強奪されたと解釈できただろうが、その他の状態が彼女に疑問を抱かせた。ポーション、と書かれた木箱がかなりの量あったが中身は全部空だ。しかもこの箱に付着していた液体の成分から察するに、先ほど砕かれた瓶に残っていたポーションと全く同じ成分と思われる。

 

(まさか………ここにあったポーションで野盗達の傷を治したの?)

 

だがなんのために?

半殺しにしておきながら、どうして彼らを治した?

 

 

さらにソリュシャンは、倒れている武器入れを見て疑問を抱いた。

 

(………妙ね。これだけの武器があるのに、刃物類がない)

 

弓矢、槍、殴打武器などが揃っているにも関わらず、剣やダガーなどの刀剣だけが見当たらないのだ。

思い返せば、ここへ来る途中でも倒れていた男達が手にしていた武器に剣はなかった。襲撃者が持ち逃げしたのだろうか?

だがなぜ刃物だけ? ほかにも高価そうな武器はたくさんあるにも関わらず。

 

考えこむソリュシャンだったが、ふと彼女の耳に小さな声が聞こえる

 

 

 

「っ…………ああっ………!」

 

 

振り向けば約一名、意識のある男がいる。男は地べたに伏せったままガタガタと身を震わせ、ブツブツと何かを呟いている。ソリュシャンがその男に歩み寄り、しゃがみこんで顔を覗き込めば、彼は焦点の合っていない目からとめどなく涙を流している。

 

ようやく話ができそうな人間を見つけ、ソリュシャンはその野盗に問いかける。

 

「ねえ、何があったの?」

 

「し、知らない………角の生えた女なんて知らない………朱鷺色の炎なんて知らないんだぁ………!」

 

対する男はソリュシャンの言葉が聞こえていないのか、うわ言のように同じ言葉を繰り返すだけだった。

 

(角の生えた女? 朱鷺色の炎?)

 

襲撃者が彼らにそう聞いてきたのだろうか?

 

ソリュシャンは一度腕を組み、ここまで集めた襲撃者の手がかりを整理してみる。

 

敵を切り刻む手口からみて、おそらくは斬撃系の技に秀でた剣士職。

敵を半殺しにしておきながら、わざわざポーションで傷を治す。

ほかの武器には目もくれず、剣だけを盗む。

そして誰かを探しているかのような素振り。

 

「わからない………行動に一貫性がないわ」

 

一体襲撃者はなにがしたかったのだろうか。これがナザリックでも知恵者と名高いデミウルゴスかアルベド、もしくは叡知に溢れたアインズであればわかったかもしれないが、ソリュシャンにそこまでの知性は持ち合わせていない。

 

 

悩む彼女のもとへ、周辺の偵察をしていたヴァンパイア・ブライドが現れた。

 

「ソリュシャン様」

 

「なんでしょうか?」

 

「向こうのほうに、人間を一人発見しました」

 

「………なんですって?」

 

ヴァンパイア・ブライドによると、彼は塒の入り口から離れた場所にいて、剣を持っているらしい。

 

「まあ」

 

その知らせを聞きソリュシャンは確信した。間違いない、その人間こそがここを蹂躙した襲撃者だ。しかもこれだけの手際なら、『当たり』に違いない。

男の目的はいまだ不明だが、アインズから受けた指令に比べれば些細な問題だ。ソリュシャンは至高の御方へ最高の献上品を贈れることを喜び、グニャリと歪んだ笑みを浮かべるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして塒から出て少し歩くと、ヴァンパイア・ブライドが言った通り、岩を背にしてしゃがみこむ一人の男を発見した。

 

体躯は細いものの、鋼鉄のように引き締まった肉体を持っていて、見るからに物理職に特化した戦士であるとわかる。適当に切られ染められた髪はボサボサに四方に伸びていて、顎には無精髭がカビのように生えていて不衛生な印象を与えるが、茶色く鋭い瞳をはじめ顔のパーツそのものは悪くない。

彼はコキュートスが装備しているのと似た形状の剣『刀』を抱えており、ぼんやりと夜空を眺めていた。

 

岩影から気配を消して様子を見ていたソリュシャンだったが、ふとあることに気づく。

 

(………盗んだ刀剣はどこ?)

 

男が持っているのは刀一本のみで、それ以外の武器は見当たらない。塒にあった武器の数から計算すれば、盗まれた剣も相当な数になるはずなのに、男の周りにはそれらしい武器は見当たらない。

 

一応用心のため、ソリュシャンはヴァンパイア・ブライド達を森に下がらせてから、人間のふりをして男に接触してみることにした。

わざと足音を鳴らして男に歩み寄っていき、男にソリュシャンの存在に気づかせると彼は彼女に視線を向ける。

 

「………誰だ?」

 

いぶかしけに見上げる男に、ソリュシャンは努めて演技を続ける。

 

「人に名を聞くなら、自分から名乗りなさいよ」

 

あくまで『高慢な令嬢』の演技を欠かさないソリュシャンに、男は渋々と自身の名を名乗った。

 

「………ブレイン・アングラウスだ」

 

(ブレイン・アングラウス……?)

 

その名を聞き、ソリュシャンは内心で首を傾げる。確かその名は、野盗達の用心棒として聞いたはずだ。では例の襲撃者はこの男ではないのか?

 

「私は『ソーイ』よ」

 

ひとまずこの男から可能な限り情報を聞き出すべく、商人の令嬢『ソーイ』としての態度を崩さずに振る舞う。

 

「………嬢ちゃん。見たところ良家のお嬢様って感じの身なりだが、こんな夜更けに一人で何しているんだ?」

 

ある意味予想通りなブレインの当然の疑問に、ソリュシャンは事前に考えていたアンダーカバーを披露する。

 

「外が騒がしいと思って馬車から出てみたら、御者がいなくなってたのよ! 使用人は助けを呼ぶとか言っていなくなるし、まったくどいつもこいつも使えないわね!!」

 

我儘令嬢らしく、苛立たしげに地面を蹴る。これで『ソーイ』という人間がどういった人物なのかの印象付けはできたはず。

 

「…………ああ、なるほどな」

 

ところが対するブレインは、ソリュシャンのアンダーカバーを聞いてなぜか納得したように頷いた。

 

「嬢ちゃん、アンタ運がよかったな。その御者ってのは多分野盗の手引きだ」

 

「なんですって?」

 

本当は知っているが、ソリュシャンはここはあえて知らないふりをする。しかし今のブレインの言い方に彼女は少しばかり引っ掛かりを感じた。情報によればこの男も一応は野盗の仲間のはず、なのに獲物のソリュシャンに『運がよかった』などと労るような発言をするとはどういうことだろうか。

 

「多分アジトが襲撃されたって知らせを受けて戻ってきたはいいが、仲間達の惨状に腰を抜かして逃げたんだろうな。まあ『あいつ』に出くわさずにすんで、よかったかもな」

 

「………あいつ?」

 

「俺よりも遥かに強い剣士さ」

 

 

苦笑するブレインのその言葉にソリュシャンは驚く。どうやらついさっきまで、この辺りにこの男以上の強者がいたらしい。多分件の襲撃者の正体も、その人物に違いない。

一番欲しかった情報を入手できたことに、ソリュシャンは我儘令嬢の仮面の下でにやけるのを必死にとどめる。

武技の使い手のブレイン・アングラウスと、彼よりも強いという剣士。この男達を捕らえれば、間違いなくナザリックの利益になるだろう。

アインズへの最上級の手土産を献上できる喜びに沸き立つ胸を抑えつつ、ソリュシャンは後ろ手に隠した手で指を鳴らす準備をし、ヴァンパイア・ブライド達に捕縛の合図をしようとするが、

 

 

 

 

 

 

 

「誰だ貴様は?」

 




少し前のこと

サブラク「では貴様は、俺について来るつもりなのだな?」

ブレイン「ああ。お前の力の片鱗に、僅かでも手を伸ばしたいってのもあるが……お前ほどの強者がそこまで探し求める『蝶』っていうのが何者なのかを知りたい」

サブラク「本当に、呆れるほどアイツに似ているなお前は。………む?」

ブレイン「どうした?」

サブラク「この世界に来てから、一番大きな力を感じた。もしや高位の魔法の使い手か? ならば『当たり』かもしれないが……」

ブレイン「おい?」

サブラク「すまん、少しばかり用事ができた。すぐ戻るゆえ、しばし待っていろ」

ブレイン「あ、ちょっとま……! なんなんだよ一体……」


そして前回に至る


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茜色の刃

その頃のナザリック

シャルティア「急に呼び出してなんでありんすの?」

セバス「アインズ様がまだいらっしゃらないようですが……」

アルベド「アインズ様は現在モモンとしての活動中でお忙しいそうよ。エ・ランテルにご帰還なされたらまた連絡するつもり」

コキュ「シテ、一体何ガアッタ?」

アルベド「ここのコンソールを見てちょうだい、デミウルゴスが死んでいるみたいなの」

守護者達『ヱ?』(゜ロ゜)(゜ロ゜)(゜ロ゜)(゜ロ゜)(゜ロ゜)



翌日、デミウルゴスが向かったというアベリオン丘陵を捜索したところ、サイコロステーキになったデミウルゴスの死体が発見された。


「!?」

 

 

いつの間にか、真後ろにいた男に声をかけられた。

彼女が慌てて振り返れば、そこにいたのは刃のように鋭い目付きの背の高い男だった。

 

(バカな………マスターアサシンの職業を持つ自分が、こんなに接近されるまで気づかなかったなんて!?)

 

ソリュシャンの持つ職業レベルの一つ、マスターアサシン。いわゆるアサシンの上位互換にあたる職業なのだが、その職業スキルに伴う索敵・探知の鋭さは普通のアサシンの比ではない。なのにその彼女が、背後から接近されたことにすら気づかずに男を真後ろに立たせてしまったのだ。

 

「サブラク、『用事』はすんだのか?」

 

「ああ、また無駄足だった」

 

だがブレインは突如現れた男に動じる様子もなく問い、男はかぶりを振ってため息をついた。どうやら男の名はサブラクと言うらしい。

 

(こいつが………野盗の塒の襲撃者……!)

 

ソリュシャンは瞬時にそう悟った。魔力探知阻害の魔法でもかけているのか、力はかなり薄まってはいたものの、僅かににじみ出る魔力の強大さだけで、男が強者であることを嫌でも気づかざるを得なかった。

 

目を反らしたら命を失う。そんな強迫観念にも似た本能的な直感からサブラクを見続けるソリュシャンに、彼はジロリと睨み返すように彼女を見た。

 

「ブレイン、この女はどうした?」

 

「名前はソーイだそうだ。大方『死を撒く剣団』の、今日の獲物の予定だったんだろ」

 

「ふむ………」

 

サブラクの射貫くような目にソリュシャンの背筋を冷や汗が伝うが、彼は懐から紙を取り出して片手に持っていたランプを彼女の眼前に突きつけた。

 

「おい貴様、この女を知らないか? もしくはこの色の炎をどこかで見たか?」

 

懐から見せた紙切れには金髪の角の生えた少女が描かれ、ランプの中には朱鷺色の小さな灯りが揺らめいている。そういえばさっきの野盗達も、角の生えた女なんて知らないなんて呟いていたが、なるほどこのことだったのかと納得する。

 

「さあ、知らないわ」

 

ソリュシャンはあくまで『我儘令嬢らしく』、プイと顔を反らして素っ気なく答える。サブラクはその答えに不愉快そうに眉間にシワを寄せているが、なんとなくそれがソリュシャンの態度を不快に思ってのものではないと理解する。大方当てが外れて落胆したのだろう。

 

(レベル57の私が気どれなかったとなると………こいつの強さは甘く見積もっても60以上…!)

 

ここに来てシャルティア達と別行動をとったのが裏目に出てしまった。彼女かセバスがいれば、この男を捕らえられたかもしれないのにと、ソリュシャンは内心で歯噛みする。せめてもう一人の男、ブレインだけでもなんとか捕まえられないだろうか?

 

(………一応どのくらいの強さか、試してみましょうか)

 

チラリと近くの森に視線を移すと、森からヴァンパイア・ブライド達が現れた。

 

「きゃああああああ!!」

 

ソリュシャンはそれを合図に、渾身の演技で泣き叫んでブレインの後ろに隠れる。

 

「………」

 

だが対する男達は、動じることなくヴァンパイア・ブライドを見つめる。

 

「ブレイン、あれはなんだ?」

 

サブラクが振り返り、ブレインに問う。どうやら彼はヴァンパイアを知らないらしい。

 

「多分ヴァンパイアだな。人間の生き血を吸って殺し、殺した人間をシモベにするアンデッド。まあ早い話が、人食いの化け物だ」

 

ブレインが冷静に説明すれば、サブラクは顎に手を当てて彼女達を観察するように見つめる。

 

「『魔法』とやらは使えるのか?」

 

「さあな、俺が知っているのは『高速治癒』『魅惑の魔眼』『生命力吸収』『吸血による下位種の創造』『武器耐性』『冷気耐性』だ。まだあった気はするが、お前にとってはどうでもいいだろ」

 

高速治癒という言葉に、サブラクの眉尻がピクリと反応する。

 

「ふむ………」

 

ヴァンパイア・ブライド達は先ほどから『魅惑の魔眼』を発動してサブラクを操ろうとしているが、てんで効いているようには見えない。魅了耐性でも持っているのか、はたまたタレントによるものなのかはソリュシャンには判別できない。

 

「何座っているのよ! 貴方達戦士なんでしょう!? さっさと戦いなさいよ!!」

 

一応ブレインと比較させようと、高飛車な令嬢らしく彼の肩を揺すって上から目線で戦うよう促す。だがブレインはそれを無視するように不動を維持し、サブラクと対峙するヴァンパイア・ブライド達を見るだけだ。

 

臨戦態勢のヴァンパイア・ブライド達に、サブラクはどこから取り出したのか剣を握る。それはどこにでもありそうな普通の剣で、とてもではないがレベル30相当のヴァンパイア・ブライドを倒すにはお粗末なナマクラだとソリュシャンにもわかる。

だがブレインだけは、やや哀れむような目線で彼女達を見ると、

 

「………なあ、ヴァンパイア達」

 

小さくため息をつき、

 

「そいつに喧嘩を売るのは、やめたほうがいいぞ?」

 

およそ人食いの化け物に対する言葉とは思えないほど、ブレインは宥めるように言った。

 

「グウウウウウウウウ!!」

 

剣を持つだけの無防備なサブラクに向けて、ヴァンパイア・ブライド二人による衝撃波(ショック・ウェーブ)が放たれる。対するサブラクは顔を庇う素振りも見せず、真正面から受けたにも関わらずまるでそよ風でも浴びたかのようにいに返さない。

 

「………」

 

無言のまま、サブラクが剣を握る手に力を込めると、ナマクラの剣が茜色の炎を纏った。そして彼が地を軽く蹴った瞬間、ヴァンパイア・ブライドの目の前に接近する。

 

「!?」

 

急に目の前に現れたことに面食らうヴァンパイア・ブライド達の胸には、いつの間にか刀傷が刻まれていた。サブラクは彼女達を切り裂いたと同時に、一人を足で蹴りもう一人に向けてぶつける。

一度バウンドするように地に叩きつけられる二人は苦しそうに呻き、重なるように地べたを這いつくばる。今の一撃だけでだいぶダメージを追ったのか、よろめきながら立ち上がるヴァンパイア・ブライド達は、信じられないという目でサブラクを睨む。だが驚いたのは、ヴァンパイア・ブライド達だけではない。

 

(嘘………でしょ……!?)

 

サブラクの一連の動きは、ソリュシャンの目ですら追いきれなかったのだ。ヴァンパイア・ブライドの懐に接近した時は、まるで瞬間移動でもしたのかと思えるほどの速度だった。

 

とはいえ彼がヴァンパイア・ブライドに与えたのは剣による物理ダメージだ。あのくらいの傷ならば、ヴァンパイアの高速治癒スキルで瞬時に治るだろう。そう思ったソリュシャンだったが、

 

「が、ぎゃあああああああ!?」

 

(!?)

 

彼女達の胸の傷は治るどころか、さらに広がっていたのだ。傷口は無理矢理皮膚を抉るように深度を増し、止めどなく流れる血は秒ごとに増している。アンデッドの固有スキルとして、ある程度の痛覚耐性も持っているにも関わらず、ヴァンパイア・ブライド達は胸の傷を抑えて倒れこむ。

 

(バカな………シャルティア様のヴァンパイア・ブライドには、自動回復のスキルがあるはずなのに!)

 

ヴァンパイアでさえ回復できない可能性としては一つだけ考えられる。

それはシャルティアが持つ職業『カースドナイト』のように、自然治癒では癒せない呪いが込められたスキルを使用したという線。男がヴァンパイア・ブライド達に与えた呪いに、ヴァンパイア・ブライドの自動回復が追い付いていないのだ。

 

「…………『スティグマ』すら治せないか、こいつらもハズレだな」

 

のたうつヴァンパイア・ブライド達を見下ろし、失望したように眉間にシワを寄せるサブラクは、じわじわと全身を覆う激痛に叫び散らす彼女達に近寄りしゃがみこんだ。

 

「おい貴様ら、この女をどこかで見たか?」

 

先ほどソリュシャンにも見せた紙切れとランプを、ヴァンパイア・ブライド達にも見せる。

 

「し………知るわけないでしょう!?」

 

「………そうか」

 

当たり散らすように叫ぶヴァンパイア・ブライドに、サブラクは興味をなくしたように立ち上がる。

 

「ブレイン、こいつらは殺して問題ないのか?」

 

「ああ、基本的にアンデッドは生者を忌む存在だ。むしろそれだけ強いアンデッドは、早めに始末したほうがいいだろう」

 

「承った」

 

頷いたサブラクは、今度は二本の剣を構える。

 

「う……ああああああああ!!」

 

それを見て、ヴァンパイア・ブライド達が悪足掻きと言わんばかりに再びサブラクに挑むが、

 

「ーーーーーーーーー」

 

サブラクが双剣を振った次の瞬間、目にも止まらぬ早業でヴァンパイア・ブライド達の肉体が切り刻まれた。大量の血液の雨を撒き散らし、指先ほどの大きさの細切れになるほどに………

 

 

あまりにも一方的な『蹂躙』。その戦いを見届け、ソリュシャンは歯を食い縛る。

 

(やっぱりこの男……強い!)

 

速さ、鋭さ、力強さ………剣技の一つ一つには一切の無駄がない。使用する武器の粗悪さでさえ、サブラクの強さを足引く枷にすらなっていない。

 

いつだったか、至高の御方達が口にしていた言葉をソリュシャンは思い出す。

『弘法筆を選ばず』。卓越した天才は、扱う物品が低位でもその力量を左右されないという意味だったが、サブラクの剣技はまさにそれを体現していた。

30レベルのヴァンパイア・ブライドを倒しただけでは推定レベルを計れないが、ソリュシャンの見立てでは70相当。下手をしたらデミウルゴス直属の三魔将に匹敵するかもしれないと確信する。

 

(無理だわ………こいつを捕らえるなんて、絶対にできない!)

 

チラリといまだ座り込むブレインを見ると、彼はサブラクの戦いに動じる素振りも見せず、ヴァンパイア・ブライド達の肉片に哀れむような視線を向けるだけだ。

 

(せめてこいつだけでも捕らえるべき………?)

 

いやダメだ。下手をしたら仲間を助けるためにサブラクが殺しにくるかもしれない。シャルティアもセバスもいない現状では、ソリュシャンが単身で挑んでも返り討ちにされるリスクが高い。

不幸中の幸いと言うべきか、この男の名前は知ることができた。ならばあとでアインズにサブラクのことを報告しておけば、監視用のシモベを差し向けられるだろう。

 

 

 

 

とここで、ソリュシャンの索敵範囲に何者かが近づいてくるのを察知する。彼らもそれに気付いたようで、森の奥を見ると風もないのにガサガサと木々が揺れている。まだほかにもヴァンパイアがいるのかと身構えるサブラクだったが、

 

「…………人間か?」

 

木々の間から現れたのは、六人の人間の男女だった。首からプレートを下げているのを見るに、どうやら冒険者らしい。

 

「あんた達は……?」

 

その中の一人、赤毛の女が戸惑いがちにサブラクに問いかける。

 

「………通りがかりの者だ」

 

サブラクはマントの内側に剣を仕舞うと、素っ気なく答えた。

彼らは明らかに警戒した様子で三人を見ていたが、冒険者の一人がブレインを見て驚くように声をあげた。

 

「お前は………まさか、ブレイン・アングラウス!?」

 

仲間がその名を口にした途端に、一同の視線がブレインに集まる。

 

「まさか、野盗達を倒して捕虜を逃がしてくれたのはあんたなのか!?」

 

対するブレインは緩く首を降って否定する。

 

「やったのはこいつだけだ。俺は何にもしていない」

 

親指で隣のサブラクを指差せば、驚いた彼らの目線がサブラクに集まる。サブラクは興味がなさそうに目を伏せるだけだった。

 

「お前らは冒険者だよな? ここに隠れ住んでいた『死を撒く剣団』を捕まえに来たのか?」

 

立ち上がり、そう問いかけてきたブレインに、冒険者達はここに来た事情を話し始める。

彼らの主な仕事は街道の警備だったのだが、この周辺に野盗の類が塒を構えているという情報があったため、昨日から塒の場所をずっと探していたらしい。ところがつい先ほど、傷だらけの裸の女達が森から逃げてくるのを発見し保護したのだ。彼女達は野盗に捕らわれていた捕虜だったのだが、つい先ほど野盗の仲間ではない剣士が塒に現れ、自分達を逃がしてくれたと語った。

そこで異変を察知した彼らがチームを二分し、ここへ来たチームが彼女達の話を頼りに塒の場所を突き止め、様子を見に行くことになった。

 

「非常事態になった場合は、救援を求めるための野伏がエ・ランテルへ戻る手はずだったんだが、どうやら取り越し苦労だったみたいだな」

 

苦笑しつつ肩を竦める剣士の男に続き、赤毛の女が笑みを見せる。

 

「彼女達は街まで無事に送り届けておいたわ。助けてくれてありがとう」

 

「あれらを助けたのはついでのようなものだ。礼を言われる筋合いはない」

 

「それでもだ、ありがとう」

 

魔法詠唱者にも続けて礼を述べられ、眉間にシワを寄せてそっぽを向くサブラクにブレインは苦笑しつつソリュシャンを指差す。

 

「だがちょうどよかった。このソーイって嬢ちゃん、野盗に襲われかけて道に迷ったらしくてな。エ・ランテルまで送ってやってくれないか?」

 

「わかった」

 

頷く一同に、サブラクはランプを片手に歩み寄ってきた。

 

「貴様ら、この女と炎の色に見覚えはないか?」

 

例の紙を冒険者達に見せ、またも同じ質問をする。彼らはじっと紙と灯りを交互に見るが、頭を掻いて首を振る。

 

「さあ………角が生えているってことは、そいつは悪魔か?」

 

「似て非なるものだ」

 

ソリュシャンは彼らの言葉の一つ一つを聞き逃さないように、聴覚を集中させる。今は少しでも、この強者の『弱点』になりそうな情報を手に入れておきたいからだ。

 

「見かけても殺すな。悪いやつではないから、できる限り対話したうえで保護してやってくれ」

 

悪魔が悪いやつではないなど聞いたことがない。対話が可能な上にわざわざ保護を要求するということは、あの紙の女は亜人の一種なのだろうか?

 

「そして、『壊刃サブラクがお前を探している』と伝えてくれ」

 

「ん~………よくわからないけど、捕虜を助けてくれた恩もあるし、見かけたら伝えておくよ」

 

「名前はあるのか?」

 

剣士の何気ない質問に、ソリュシャンは内心で彼を誉めた。顔と名前がわかるだけでも、十分な手がかりになるはずだ。

 

「かつて行動を共にした時は、『メア』と名乗ってはいたが………名を変えているかもしれん」

 

「『メア』ね。わかった、覚えておくよ」

 

赤毛の女が頷くのを横目に、ソリュシャンは小さく微笑んだ。

角を生やした金髪の亜人の女、名前は『メア』。恐らくこの女こそが、目の前の強者を打倒できる切り札になるだろうと彼女は確信する。

 

「じゃあソーイさん、少し歩きますけど私達から離れないでくださいね」

 

「ええ……」

 

そして冒険者達に連れられるソリュシャンに、すれ違いざまにサブラクが小さく呟いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「それにしても、随分()()()のが上手いものだな」

 

(………!?)

 

「あと、いい加減中の人間を出してやれ。さすがに死にそうだぞ?」

 

「!!」

 

あまりにも小さすぎて、並みの人間では聞き逃してしまいそうな呟きに、ソリュシャンの身体をゾワッとした寒気が襲った。バッと思わずサブラクに振り返れば、すでに自分達とは逆方向に向けて歩き出す二人の男の後ろ姿しかない。

 

「サブラク、お前今なんか言ったか?」

 

「気に止める必要はない、ただの独り言だ」

 

「お前さあ……そのブツブツ言うクセ直したほうがいいぞ?」

 

呆れたように言うブレインには、先ほどの言葉は聞こえなかったらしい。星空しか明かりのない夜道を歩く二人を凝視するソリュシャンを、冒険者達は不思議そうに見る。

 

「どうした?」

 

「っ………なんでもないわ」

 

ハッと我に返り、すぐさま『我が儘令嬢』の仮面を被り直すソリュシャンだったが、その手は震えている。

 

(あの男………私の正体に気づいてる!)

 

それだけではない、彼女の体内で今も溶解に苦しむザック達の存在にも気づいていた。

 

「………行く前に、トイレに行ってきてもいいかしら」

 

ソリュシャンはメンバー唯一の女性に耳打ちすると、彼女は頷く。

 

「ええ、構いませんよ」

 

了承を得るや否や、駆け足気味で彼らから離れたソリュシャンは、森の中に入りドレスを脱ぎ捨てて裸になる。すると彼女の腹部から肌が溶けて瀕死の二人が体内から出てきた。ソリュシャンは内部に保管していた治療のスクロールを胸から出し、彼らの身体を軽く治すと鬼のような形相で睨みつける。

 

「いいこと? 私の正体を誰にも話すんじゃないわよ。もし話したら、どうなるかわかっているでしょうね?」

 

念を押すようにドスの効いた声で言えば、二人は涙目で必死に首を縦に振る。それを見届けてから、ソリュシャンはドレスを着直して彼らを森に捨て、その場をあとにした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その後彼らの案内で街道に出たソリュシャンは、震える身体を抱きしめる。

冒険者達はそれを見て、野盗に襲われかかったことを思い出して怯えているのだろうと解釈したが、実際のところは自害したい気持ちを必死に抑えているだけだ。

 

(ナザリック地下大墳墓、至高の御方の忠実なシモベであるこの私が………御方以外、それも下等生物である人間に恐怖するなんて!!)

 

正直なところ、あんな男の命令を聞くなど屈辱以外の何物でもないし、至高の御方のために死ぬのは問題ない。だがもしここで奴の怒りを買って殺されれば、御方に強敵の存在を伝えることができなくなる。そう判断したがゆえの、苦渋の決断でしかない。

森に捨てたあの二人の人間が自身の正体を吹聴する可能性はないとは思うが、そちらもアインズに報告して監視すべきだろう。

 

(サブラク………そしてあの男が探している亜人の女、『メア』…………)

 

その名を脳裏に刻みこみ、ソリュシャンは薄暗い街道を歩いていった

 

 

 

彼らがエ・ランテルに到着したのは、ちょうど夜が明けた頃だった。




その頃のモモンさーんinカルネ村

(あ~……なんか今回の依頼、階級アップのインパクトとしては薄いなあ……薬草に至ってはウルリクムミさん達がすごく良いやつ採取しちゃったし………。エ・ランテルに帰ったらもっと難易度の高そうな依頼をこなしてみようっと)ベッドでゴロリ




同じくウルリクムミ御大将

巌凱(………許せえええ、ソカルよおおお)

森をチラリと見てから就寝


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アダマンタイト

翌日のソリュシャン、セバスと合流。馬車に乗り王都へ

セバス「そうですか………さすがにたっち・みー様ほどではないでしょうが、なかなかの手練れがいたものですね」

ソリュ「何一つ結果を残せず、申し訳ありません……」

セバス「いえ、むしろ貴女はよくぞ無事に生還しました。危うくナザリックの金貨をさらに消費するところでしたからね」

ソリュ「え?」

セバス「実は夕べ、デミウルゴス様が死亡しまして……」

ソリュ「ヱ?」(゜ロ゜)


明朝まで宿屋の一室の中央に立ち続けるナーベラル。彼女は御方がいつ戻ってきてもいいように、一睡もせず待ち続けていた。そこへ上位転移の穴が開き、漆黒の鎧を纏ったアインズがやや慌てた様子で現れた。

 

「ナーベラル! すまん、遅くなった!!」

 

「いえ、御方のご指示を受けるのがシモベの本懐でございます」

 

曇りなき目で自身を見つめるナーベラルに、アインズは心の底から申し訳なくなってしまいついため息をついてしまう。

 

「………本当にすまない」

 

「な、なぜ御方が謝られるのですか!?」

 

すぐさま沈静化が働き、アインズはナザリック支配者としての仮面を被り直す。

 

「実は、ナザリックのほうで一大事が起こっていてな。その話し合いに追われていたのだ」

 

そして、ナザリックで報告されたことを彼女にも話した。

 

 

 

 

 

 

 

「そ、そんな………デミウルゴス様が!?」

 

アインズには遠く及ばないとはいえ、自身より遥かに強大な力を持つ階層守護者の一人が戦死したという報せに、ナーベラルは信じられないと身を震わせて動揺する。

 

「守護者では一番スペックが低いとはいえ、100レベルのデミウルゴスが殺されたとなると、件の天使は相当な強さと思われる」

 

時間停止対策、次元封鎖(ディメンジョナルロック)に似た転移阻害、物理・魔法の完全無効、どれをとっても強力なスキルを持つ天使。しかも途中まではデミウルゴスが配備したシャドウ・デーモン達が彼を追跡していたのだが、ロイツへ向かう街道を通ったあたりで彼らからの連絡が途絶えてしまった。多分尾行に気付かれた天使に殺されたのだろう。ならばニグレドの魔法で監視しようとしたが、どういうわけか彼女が持つあらゆる情報系魔法でも天使を発見できなかった。もしかしたら探知対策(カウンター・ディテクト)に似た魔法を使っているかもしれない。おそらくはロイツへ向かったと思われるため、話し合いの結果、翌日改めて小都市へシャドウ・デーモンを差し向けて様子を見るということになった。

それを聞いたナーベラルは、美しい顔を憤怒に歪めて歯ぎしりする。

 

「おのれ………ナザリックの階層守護者であらせられるデミウルゴス様にむごたらしい仕打ちをするに飽き足らず、デミウルゴス様がスクロールの材料にするべく手塩にかけて飼育していた羊を強奪するなど………盗人カイコガがあ!! 」

 

「落ち着けナーベラル」

 

正直なところ、アインズ自身も今すぐ天使に復讐したい気持ちでいっぱいだが、今はまだどのくらいの位階の魔法やアイテムならば対抗できるかを色々と調べてみる必要がある。復讐はその後で、じっくりと行えばいい………

 

 

 

 

「それで、私がいない間に異常はなかったか?」

 

一晩とはいえ街から離れていたが、まあさして異常はないだろうと思ったアインズだったが、

 

「はい。街のウジムシどもが騒がしかったくらいで、特に問題はありませんでした」

 

「………街が騒がしかった?」

 

ふとナーベラルの言葉に違和感を覚えた。

アインズがナザリックに戻ってから宿屋に転移する間はちょうど夜間。なぜそんな時間帯に住民達は騒いでいたのだろうか?

 

「はい、何度も戸を叩いては出てこいと煩く喚いておりましたが、それ以外は特に」

 

アインズはここで彼女の発言がおかしいことに気づく。戸を叩かれたということは、何かしらの急務があったのではないのか?

 

「………ナーベラル、ちなみになんて言っていた?」

 

「ええと確か………『墓地が大変なんです!』だの『力を貸してください!』という感じの雑音を撒き散らしていましたね」

 

「………」

 

ふと、アインズの脳裏を嫌な予感が過る。

すぐさま遠隔視(リモート・ビューイング)完全不可知化(パーフェクト・アウンノウアブル)、さらには会話を聞く魔法を駆使して街を覗いてみた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

避難解除が出され、戻ってきた街の人々の荷物を力自慢の冒険者達が次々に運んでいく。その光景をウルリクムミとアルラウネは長椅子に腰かけて眺めていた。

 

「私達だけが休んでよろしいのでしょうか?」

 

「何を言っているんだ。むしろ夜間ずっと戦い続けてきた君達にこそ、十分な休息が必要だ」

 

そう笑顔で言うのは、組合長のアインザックだ。今回の騒動で誰一人犠牲者を出さずにすんだのは、ほかでもないウルリクムミとアルラウネの力があってのものだ。そんな最大の功労者をこれ以上働かせるなど、横暴にもほどがあるというものだと彼は語る。

 

「アインザック殿おおお……」

 

正直なところ、すでに二人が内包する存在の力は全回復しているのでもう休憩する必要はないのだが、アインザックの厚意を無下にするのも忍びないので、ここはやむなく大人しくしているウルリクムミとアルラウネであった。

 

「いや~。しかし話には聞いていたが、実際にこの目で見るととんでもない威力なんだな。君のタレントというのは」

 

昨夜の騒動で、逃げ遅れた住民がいないかを確認していたアインザックもまた、ウルリクムミの『ネサの鉄槌』を遠くから目撃していた。あれだけの威力ならば、カッツェ平野のアンデッドを一掃したのも頷けるというものだ。

 

「否あああ、あの場でアレを使えたのはあああ、この『ウベルリ』があってのことだあああ。もしこれが手に入っていなければあああ、街を破壊しかねなかったあああ」

 

「なんと……!」

 

彼の愛用のバトルアックスが、タレントを制御するためのものであることは聞いてはいたが、制御した状態であの威力ならば、全力を使えばどれほどのものだったのだろうか。想像して思わずアインザックは冷や汗を流す。

 

「件の首謀者達はどうだあああ?」

 

「ああ、彼らならばエ・ランテルの牢獄に閉じ込めているよ」

 

今回の騒動の元凶であるズーラーノーン一派は、魔法を封じるアイテムで拘束した上で厳重に牢に入れられている。特に英雄級の実力を持つクレマンティーヌは、逃亡の可能性を考慮して、いまだ四肢を治さずに閉じ込められているとのことだ。

それを聞いて、安心すると同時にウルリクムミは一つの気がかりがあった。はたしてあの『蜂蜜の鷹』は、彼らを利用して何を企てるつもりだったのだろうか。アレが撤退する際に回収した『サークレット』と『死の宝珠』とはなんなのか………。

 

 

 

「それにしても、組合長はなぜこちらに?」

 

アインザックも立場柄、現在進行形で忙しいはずなのだが、なぜこちらに赴いたのだろうか?

小首を傾げるアルラウネに、アインザックは思い出したように手をポンと叩く。

 

「ああ、そうだったそうだった」

 

そして腰の雑嚢を探ると、何かを取り出す。

 

「実は………今回の君たちの功績を称えて、これを送ろうと思ってな」

 

開かれた彼の手のひらにはアダマンタイトのプレートが二枚輝いている。それが意味することは、二人の冒険者階級昇格を正式に認めるということだ。

 

「………我々の今の階級は白金のはずですが?」

 

「ミスリルすら飛び越してえええ、アダマンタイトになってしまうとおおお、先達のミスリル方が不満に思うのではないかあああ?」

 

これまでにも組合長からミスリル昇格を薦められてきてはいたが、低階級から一気に高位の階級になってしまうと周囲と軋轢が生まれると何度も断り、少しずつ階級を上げていった二人だったが、今回はまさかのアダマンタイトだ。

驚きはしたが、これは今まで以上に軋轢の危険性が高くなるのではないかと心配になり、彼はいつも通りやんわりと断ろうとするが、

 

「何を言っているんだ。むしろこれだけの偉業を成して昇格無しでは、逆に私達が街の人々に叩かれてしまうよ」

 

やや厳しい口調で食い下がるアインザックの気迫に、二人は彼が本気なのだと悟る。しかもわざわざ冒険者組合の面子を持ち出してくるあたり、逃げ道を無くそうと必死だ。

 

「むうううう、しかしいいい………」

 

それでも思い悩むウルリクムミだったが、

 

 

 

 

 

 

 

「るっせえな! 謙虚も度が過ぎると嫌みにしかならねえんだよ!!」

 

「ぬううう?」

 

横から怒号を飛ばされ、そちらを振り向くと不愉快そうに顔を歪ませる一人の男が立っていた。

 

「イグヴァルジ様?」

 

ミスリル級冒険者チーム『クラルグラ』のリーダー、イグヴァルジだ。

彼は墓地の騒動では、ほかの魔法詠唱者や弓兵とともに後方支援を行ってくれた優秀な冒険者である。かなり野心的な人物ではあるが、それさえ絡まなければそこまで悪い人間ではない。

そんな彼がウルリクムミの肩を掴み、怒りの顔を近づけて彼に怒鳴る。

 

「墓地で見せた力、統率力、戦略、カリスマ性………あれらを見せつけてまだ自分らは半人前だってほざく気かよ!? いい加減にしやがれ!!」

 

「イグヴァルジ殿おおお………」

 

一見すると喧嘩を売られているように見えるが、イグヴァルジが口にする言葉の端々にはウルリクムミに対する嫌悪感は微塵もない。それを理解したウルリクムミの肩を掴んだまま、彼は顔を見せないようにうつむく。

 

「てめえらは本物だ………悔しいけどな、正真正銘本物の『英雄』と呼ぶにふさわしい冒険者だって、嫌でも認めるほかないんだよ……!」

 

墓地で見せた彼の偉業の数々、それはイグヴァルジが憧れた英雄の姿そのものだった。それを間近で行った彼らがアダマンタイト級になって、どうして文句など言えるだろうか。

 

「イグヴァルジの言う通りですよ、ウルリクムミさん」

 

そんなイグヴァルジに賛同するように、ミスリル級冒険者チーム『虹』のリーダー、モックナックが歩みよってきて笑う。

 

「逆にこれで文句を抜かすやつらがいたら、俺らが叩きのめしてやりますよ」

 

次いで現れたミスリル級冒険者チーム『天狼』のリーダー、ベロテが頼もしげに己の胸を叩いた。

 

「皆あああ……」

 

態度こそそれぞれ違っていたが、彼らが伝えたい気持ちは皆同じであるとウルリクムミは理解した。彼がアルラウネを見ると、彼女は微笑みを浮かべるだけだ。

 

「…………」

 

異を決した二人は首から下げていた白金のプレートを外し、アインザックに手渡す。そしてアインザックの手に置かれたアダマンタイトのプレートを手に取ると、それを自身の首にかけた。

その動作を一つ余さず目に焼き付けるように見届けたアインザックは、いまだ荷運びをする冒険者達を初めとする街の人々に向けて大声で告げる。

 

「今ここエ・ランテルに、新たなるアダマンタイト級冒険者が二人誕生した! これは盛大に祝うべきことだろう!!」

 

彼の言葉に、居合わせた一同が注視するなか、アインザックはさらに続けてこう言った。

 

「そこでなんだが………街が落ち着いた頃合いには、彼らのための祝勝パレードを行おうと思いたい!」

 

「ぬうううう!?」

 

彼の言葉に、思わず椅子からずり落ちそうになったウルリクムミはどうにか踏ん張ってとどまる。どうしてそういう話になるううう!? と文句ありげにアインザックを睨むが、街の一同はおおっと感嘆の声を漏らし、嬉しそうな表情を浮かべている。

 

「祝勝パレード?」

 

「うむ、今回の騒動を解決した君たちを、是非とも街をあげて祝いたいのだ」

 

「俺達などよりもおおお、墓地の復興のほうに力を注いでくれたほうが有意義ではないかあああ?」

 

アダマンタイトにして貰えただけでも十分だというのに、そこまでして貰っていいのだろうかと戸惑う二人に、ミスリルの三人もやれやれとため息をついてしまう。

 

「君達は本当に謙虚というか………」

 

苦笑するアインザックは、真っ直ぐな目で見つめて答える。

 

「だが今回のパレードは、我々冒険者組合の面子がかかっているのだ。ここはどうか、我々を助けると思って受けてくれ」

 

面子と言われ、ウルリクムミが口を紡ぐ。さすがにそういう言い方をされると断れない。

 

「うむううう、そういうことならば致し方ないいいい」

 

「御大将がそうおっしゃるなら?」

 

アルラウネも頷き、一同は沸き立った。

街の歴史に残るパレードにしようと、冒険者達や商人達が一気に張り切る。

 

 

なんだか上手いことおおお、丸め込まれてしまったような気がするううう………。そう思いながら、肩を落とすウルリクムミであった。




その時のアシズ様

影悪魔(あれがデミウルゴス様を殺した天使か……追跡して御方に少しでも情報を捧げねば……!)

アシズ「………」前を向いたまま指を鳴らす

影悪魔(ホギャアアアアアア!?)影の中で爆散

村人「……? 天使様、今何か聞こえませんでしたか?」

アシズ「おそらく珍妙な鳴き声の鳥だろう」

アシズ(………雑な隠れ方だな、それから近寄りすぎる。チェルノボーグならもっと上手く尾行するものを……)


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役立たずの鉄屑

今回は過去回想を挟みますが、御大将が若干女々しくなってるかもです。


「おはようございます。ウルリクムミさん、アルラウネさん」

 

とそこへ、『漆黒の剣』のメンバーが声をかけてきた。

 

「おおお、皆揃っているなあああ」

 

「そちらはもう終わったのですか?」

 

「はい。我々が担当していた地区は検問所のすぐ近くでしたから、それほど時間がかからずにすみました」

 

彼らも別の地区の荷運びを手伝っていたはずだが、すでに終わったらしい。あと荷運びがすんでいないのはこの地区のみなので、こちらの手伝いをしに来たそうだ。

 

「うむううう、ならば俺達もおおお、いい加減休んでいるわけにはいかんなあああ」

 

「いや………君達は本当に休んでくれてていいんだよ」

 

「仲間達が進んで職務をこなしているというのにいいい、我々が怠慢していてはあああ、それこそ『漆黒の剣』の面子に関わるだろうううう」

 

ガシャンと鎧を鳴らして立ち上がるウルリクムミに、はあとため息をつくアインザックを見て、一同は苦笑を浮かべるのみだ。

だがここで、ペテル達は二人の首にかかるアダマンタイトのプレートに気付いた。

 

「………お二人とも、アダマンタイトになったんですね。おめでとうございます」

 

「うむううう、これも一重に皆の支えがあってのものだあああ」

 

感謝を述べるウルリクムミに笑顔を浮かべている『漆黒の剣』の四人だったが、そのアダマンタイトのプレートを見る目はどこか切なそうな視線を滲ませていた。

 

「………あの、ウルリクムミさん」

 

「むうううう?」

 

「ペテル様?」

 

ここでペテルが、緊張した面持ちでのほかの三人と互いに目配せしあう。そして決意するように頷きあうと、代表するようにペテルが二人を真っ直ぐに見つめる。

 

「ウルリクムミさん。もしお二人がアダマンタイトになったら、絶対に言おうと思っていたことがあるんです」

 

「なんでしょうか?」

 

アルラウネの問いに僅かに表情を固くさせたが、ペテルは自身を落ち着かせようと深く深呼吸する。

 

「ウルリクムミさん、アルラウネさん………」

 

ほんの少しだけ間を開け、ペテルはハッキリと口にした。

 

「貴方達を………我々『漆黒の剣』から除名します!」

 

「ぬうううう?」

 

ザワッと、その言葉にアインザックとミスリルのリーダー達だけでなく、周囲の人々もどよめく。

 

「ぺ、ペテル君!? 一体何を………!」

 

『漆黒の剣』の主力にして今回の騒動を解決した英雄、その二人をチームから除名するとはどういうことなのか。動揺するアインザックに、四人はこうなることを予想していたのか一子乱れぬ動きで頭を下げる。

 

「すみません! 身勝手なことを言っているのはわかっています! 」

 

「でも………でもウルリクムミさん達の今後を考えるなら、こうするしかないと思って!」

 

「僕らなんかが、お二人の足を引っ張るわけにはいかないんです!」

 

「罵詈雑言、暴行を受ける覚悟ならばすでにできているである!」

 

彼らの言葉、表情、雰囲気に悪感情は見受けられない。むしろ罪悪感と苦渋の末に出した決断と思われる。

ひとまず彼らがその考えに至った原因を知るべく、ウルリクムミが四人をやんわりと宥める。

 

「落ち着けえええ、まずは理由を説明してほしいいいい」

 

「はい………」

 

顔を上げた四人の顔には、見るからに悲哀と罪悪感が滲んでいる。やはり彼らは自身らを排斥するつもりで先の言葉を告げたわけではなさそうだ。

 

「……ウルリクムミさん、アルラウネさん、俺らが初めて会った時のことを覚えてるか?」

 

苦笑するルクルットに、アルラウネが微笑み返す。

 

「忘れるとでも?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

いつもと変わらないエ・ランテルへ、その二人が現れたのは唐突のことだった。

その辺の成人男性より一回りも大きな濃紺の鎧の大男と、道行く人々が思わず振り返ってしまいそうな儚げな雰囲気の美女。一際目立つ二人組は街の住人達の視線を釘付けにしたまま、冒険者の宿へと入っていった。

 

大男から見てやや低い扉を潜り、宿の主人に宿泊代を出す二人組は明らかに異様な雰囲気を滲ませている。それを見た冒険者達は、なんとなくその二人組に『喧嘩を売ってはいけない』という直感が働いた。

しかしどこにも愚者というものはいるもので、大男が階段に向かう途中の通路へ嫌がらせに足をかけようとするものがいた。男を転ばせるつもりか、仮に転ばなかったとしても、足が折れただのと嘘を言って難癖つけるつもりだろう。

そして大男の足が接触した瞬間、

 

 

 

ボキリと、男の足が曲がってはいけない方向に折れた

 

 

 

『ぎゃああああ!?』

 

なんとあろうことか、足をかけようとした冒険者の足の骨が、逆に本当に折れてしまったのだ。苦痛からか足をかけた男は椅子が後ろに倒れて床に転がり落ちた。

 

『むうううう?』

 

その物音と冒険者の声に大男が振り返る。どうやら彼は足をかけられたこと自体にも気付かなかったらしい。

 

『あ、足が! 足があああああ!!』

 

『いかがなさいました?』

 

足を押さえてのたうち回る男を見て、美女がしゃがみこんで問う。

 

『て、てめえにぶつかって折れたんだよ! どうしてくれんだよこれ本当に!』

 

男は泣きわめいて足を押さえてはいるが、一部始終を見ていた一同は冷ややかな目線で彼を見るだけだ。男の怪我は誰がどう見ても自業自得だ、あの二人を責める道理などまるでない。

 

『見せてくださいませ?』

 

だが美女が男の足に手をかざすと、指先から小さな花びらが現れる。薄桃色の花びらが男の足に一枚付着すると、折れた足が光る。

 

『へっ………!?』

 

驚いたのは男のほうで、骨折の痛みがなくなったかと思えば骨が元通りになっていたのだ。周りからそれを見ていた冒険者達も、美女の魔法に目を見開く。怪我を治したのを察するに、回復魔法の一種と思われるが、見たことのない魔法だ。

 

『すまなんだあああ。俺の図体が巨大ゆええええ、足元が見えなかったようだあああ。大事ないかあああ?』

 

謝る必要などないはずなのに、本当に申し訳なさそうに大男は手を差しのべる。本人にその気はないのだろうが、見下ろす巨体の威圧感が尋常じゃない。

 

『いえあの………大丈夫です』

 

青褪める冒険者は蚊の鳴くような小声で縮こまり、大男に支えられながら椅子に座り直した。

それを見届けた二人は階段を上がり、指定された部屋へと向かっていく。

 

 

 

あの二人はただ者じゃない。その場に居合わせた、後に『漆黒の剣』と呼ばれるようになる四人の冒険者達は、そう瞬時に察した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

次に彼らを見かけたのは、冒険者組合で依頼を探そうとした時だった。ちょうどクエストボードの真ん中に立ち尽くし、依頼を探している後ろ姿を見つけた。

クエストボードの前で不動を維持する姿は銅像と見間違えるほどで、やはり何度見ても尋常じゃない威圧感だ。ほかの冒険者達もクエストボードを眺める大男に気付くと、逃げるようにそそくさと遠ざかる。

一体あの巨大な鎧の下にはどんな凶悪な面構えの大男が入っているのかと、戦々恐々としながら遠巻きに見る。

 

 

やがて大男はクエストボードに貼ってあった依頼書に手を伸ばすが、彼はあろうことか銅級の依頼を全部選んだのだ。そこそこの厚みの依頼書を手にとり、受付に向かっていく姿は鉄の巨人が迫ってくるかのような緊張感を組合内にもたらす。

 

『この中でえええ、俺達ができる仕事をおおお、選んでくれえええ』

 

『あ……あの………』

 

本来であれば、銅級の依頼を独占するなど注意すべきことだが、対する受付嬢は大男の威圧感に見るからに怯えていて、注意する余裕すらない。

 

『あ、あー! ちょっと待ってくれよ!』

 

それを見て、思わずルクルットが二人を引き留めた。

 

『むうううう?』

 

『アンタらがそれを全部取っちまうと、俺らの仕事がなくなっちまうんだよ!』

 

『だからお願いです。少しでいいので残しておいてください!』

 

ペテルもルクルットに続くように懇願する。

 

『………』

 

しばし無言の大男に、ペテル達はやってしまったと青褪める。ヤバい、これ絶対逆ギレされてボッコボコにされると。

しかし男は思いのほか大人しく、恐怖のあまり硬直するペテル達に謝罪してきた。

 

『それは失礼したあああ、ではこのうちのおおお、怪物退治の仕事を二件だけにしてもらうううう』

 

『か、かしこまりました……』

 

震える声でなんとか頷く受付嬢を見て、一同はなんとか乱闘にならずにすんだと安堵する。

 

 

大きく、重く、固いが、何もしなければ害の無い存在。

美しいが、道の片隅で静かに咲くような、儚げな存在。

まるで鉄のような男と、花のような女だ。それが彼らがウルリクムミ達に抱いた第一印象だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

それからも、組合で二人の姿をちょくちょく見かけることはあった。そして二人は驚くほどの速さで、難易度の高い依頼を次々とこなしていったのだった。

 

偶然彼らの戦い目撃した冒険者達曰く、あれは下手をすればアダマンタイト級に匹敵する強さを持っているのではないかとか、実は彼の正体は鎧を来たオーガではないかと噂がたったほど、彼らは強かったらしい。

だがその時点の『漆黒の剣』は、彼らに深く関わろうと思うほどの思い入れはなかった。実際に彼らの戦いを見たわけではない四人にとって、とてもではないが噂を鵜呑みにできなかったのだ。というのも、それだけの噂がたつほどの強さがあるならば、二人の階級はとっくに銅級からミスリルくらいには上がっていてもおかしくないはず。なのに彼らの階級はいまだ銅級。だからその頃は、噂を広めた冒険者が無駄に話を盛っただけだろうと四人は思っていた。

 

 

 

 

 

 

彼らがカッツェ平野で初めて一緒に依頼を受けたあの日、彼らの力の片鱗を見るまでは。

 

 

 

 

 

あまりにも単純(シンプル)かつ、強大な『力』。それは噂以上の………アダマンタイトどころか、逸脱者をも越えるのではないかと思えるほどのタレントだった。

 

無事にエ・ランテルへ戻った四人は、共に一部始終を目撃した銀級冒険者達とともに冒険者組合へ急ぎ、平野で起こったことをこと細かく話した。彼らは強い、とても銅級に収まるような新参冒険者などではない。間違いなくアダマンタイトの称号を得るに相応しい傑物であると一同は熱く語った。アインザックはその言葉を聞くのを予測していたらしく、驚く素振りもなく黙って頷くのみだ。

 

そして迎えた翌日、銀級を含めた一同はワクワクしながら組合のテーブルに集まっていた。自身らの窮地を救った英雄は、今日をもって間違いなくアダマンタイト級に昇格しているはず。その瞬間に立ち会える奇跡を、彼らは少なからず嬉しく思っていたのだ。

そして定時通りに現れた二人の姿に気付き、その胸元に輝いているであろうアダマンタイトのプレートを見ようとして………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

銀のプレートを、見た。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そしてその日の午前中、一同は関係者の制止を振り切り組合長室へ半ば強引に殴り込んだ。理由は当然ながら、あの二人の階級についてをアインザックに直談判するためだ。一体どういうことだ、なぜあの二人の階級が銀にしか上がっていないと、特に銀級冒険者チームのリーダーはアインザックへの怒りを隠そうともせず机を叩く。対するアインザックはこうなることを予想していたのか、深くため息をついて理由を話した。

 

端的に言うと、当の本人達が昇格を辞退してしまったのだ。実はアインザックは以前から二人の実力のほどは冒険者達の報告から聞いていたため、かなり前から昇格を薦めていたのだという。しかし彼らは『銅級の自身らが先達を差し置いて上位になれば、必ず他者と軋轢を生んでしまう』と何度も昇格を断っていたというのだ。昨夜もアインザックは、今回の報告を受けてせめてミスリルくらいになってほしいと頭を下げたそうだが、二人は頑として首を縦に振らなかった。ならば白金、せめて金、とまるで値引き交渉のような話し合いの末に、ややげんなりした様子の二人は銀級昇格を受け入れたのだった。

 

それを聞いて一同は驚く。

二人が昇格を断ったのは単に遠慮したからというだけではなく、そのあとに起こるだろう面倒事を考慮したがゆえのものだったのだ。

 

強く、それでいて聡明、彼らはまさに英雄と呼ぶに足る存在だったのだ。その姿に、『漆黒の剣』が憧れないはずがなかった。

 

 

 

 

 

 

 

それ以来、『漆黒の剣』は二人に声をかける機会が多くなり、話してみると二人とも慎み深く、気兼ねなく接することのできる人物であったと理解できた。ペテルが同じ戦士職としての指導をウルリクムミに請えば、嫌がりもせず戦士としての的確な戦い方を教えてくれた。ニニャもアルラウネに魔法の指導を頼んだことがあったが、彼女の使う魔法は一般的に使われる位階魔法とは根本的に違うらしい。教えられなくて申し訳ないと落ち込む彼女に、逆にニニャが謝るという珍事があったりもした。

 

 

 

 

 

そうやって、ある意味では組合の誰よりも交流を深めていった彼らだったが、対する二人のほうがこちらに声をかけることはなかった。なんというか、二人は表面上こそ人当たりがいいのだが、ほんの少しだけよそよそしい。その雰囲気にペテル達は、自分たちが内心で彼らに鬱陶しがられているのではないかと、不安に思うことがあった。

 

そんなある時、ある冒険者チームがミスリルに昇格したのを祝う宴が組合で行われることになった。宴には『漆黒の剣』のみならずあの二人もいたが、彼らは人ごみを避けるように組合の端のテーブルに座り、チビチビと酒とご馳走を軽くつまんでいる。

 

しかし冒険者達はその姿を遠巻きに眺めて気づいた。ウルリクムミが、組合に来てから初めて人前で兜を取っていたことに。

よかった、ちゃんとした人間だ。などと若干失礼な呟きが聞こえたが、その眼差しには光がなく虚ろだ。とても宴を楽しんでいる雰囲気ではない。

 

『ウルリクムミさん、大丈夫ですか?』

 

『むうううう?』

 

なんとなく、その姿が痛ましく見えて、ペテルが思わず声をかけてしまった。さらに鬱陶しがられるかもしれないとは思うものの、それ以上に放っておけなかったのだ。

 

『あのさ………具合悪いなら無理に参加しなくても大丈夫っすよ?』

 

ルクルットも心配そうに声をかけるが、彼は首を振って否定する。

 

『案ずるなあああ、体調に不備はないいいい』

 

『そ、そうですか………えっと、僕達も隣に座っていいですか?』

 

『どうぞ?』

 

二人はニニャ達が座るスペースをわざわざ作ってくれた。

 

『そ、そういえばさ! ウルリクムミさんとアルラウネさんはなんで冒険者になったんだ?』

 

ここでルクルットが話題作りに入る。酒が入ったこの場であれば、以前から気になっていたことをさりげなく聞けるかもしれない。その質問に対し、ウルリクムミは普段よりも小さな声で呟く。

 

『…………特にいいい、理由はないいいい……』

 

『え?』

 

『ただあああ………何かをしていないとおおお………気が紛れなかったからだあああ………』

 

そう言うと、それまでチビチビ飲んでいた酒をグイッと一気に飲み干す。空になったジョッキをゴトリとテーブルに置き、酒瓶に手を伸ばす。

 

『………俺にはあああ………目指すべきものがあああ………あったあああ………』

 

トクトクと、ジョッキに並々に注がれた酒を、再び一気に煽る。

 

『………だがあああ………それが目の前でえええ………踏みにじられたあああ………この身をおおお………盾にすることもおおお………できずううう………』

 

ゴトリと、先ほどよりもやや乱暴に、ジョッキをテーブルに置く。

 

『………なぜえええ………俺だけがあああ………』

 

ウルリクムミの表情は先ほどから変わらない。変わらないのだが、その虚ろな相貌からは涙が止めどなく溢れてきていた。

 

『こんなあああ………役立たずの鉄屑があああ………なぜえええ………』

 

なおもジョッキに酒を注ごうとする彼の手を、傍らのアルラウネが掴んだ。

 

『御大将?』

 

『………』

 

『それ以上は、飲み過ぎになるかと?』

 

『うむううう………すまないいいい………』

 

そう言うと、彼はテーブルに突っ伏して意識を手放した。

 

『………皆様?』

 

シンと静まりかえってしまった組合の冒険者達に向けて、アルラウネがいつも通りの態度で言う。

 

『申し訳ありません………御大将は酔い潰れてしまったようで?』

 

『そ、そうかね……』

 

アインザックがひきつった笑みで返すが、場の空気は明らかに暗くなっている。

 

『真に勝手ながら、先に帰らせていただいてもよろしいでしょうか?』

 

『あ、ああ………もちろんだとも。飲み過ぎには注意するんだよ』

 

『そうお伝えいたしますゆえ?』

 

そう言って微笑む彼女がウルリクムミの身体を起こそうしたのを見て、慌てて『漆黒の剣』のメンバーが立ち上がる。

 

『あ、アルラウネさん一人だと大変でしょ!? 俺達も手伝いますよ!』

 

『では私が先導しますゆえ、御大将に肩を貸してくださいませんか?』

 

『も、もちろんです!!』

 

触れてはいけない部分に触れてしまった責任感からか、ルクルットが率先して右肩を支え、ペテルが左肩を支える。

 

ウルリクムミのその姿を見て、最初に気づいたのはニニャだった。彼も自分と同じなのだと。しかも、まだどこかで生きているかもしれないという僅かばかりの希望がある自分とは違い、彼のそれはもはや取り戻すことさえできないのだとも……。

 

 




彼らが去った後の組合

ミスリル冒険者「…………;」

アインザック「…………;」

白金冒険者「…………取り敢えず、続けます?;」

ミスリルリーダー「こんな葬式みてえな空気でできるかあ!!」


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漆黒の剣

その昔、青い天使に命を救われた巨人は問いかけた。

『なぜ俺を助けたあああ?』

その問いに、青い天使は気まずそうに答えた。

『ただなんとなく、どうしてもお前を助けたかった。それだけではダメだろうか?』


その夜以来、『漆黒の剣』は率先して彼らに干渉するようになり始めた。

あの時の彼らは、自分達よりも強いはずなのに、ここじゃないどこかを眺めているようで、その姿が今にも消えてしまいそうな小さな火に見えて、特にニニャは姉を失った日のことを思い出してしまい、どうしても放っておけなかったのだ。

だから、少しでも彼らの心の火の燃料になってくれたらなと思い、一緒にいろんな冒険をしたり、いろんな依頼を受けたりした。依頼だけじゃなくて、エ・ランテルの街を散策して掘り出し物を探したり、たまに新しくできた店で食事をしたりと、とにかく二人の手を引いて一緒に駆け回った。

 

ある時に、そんな四人の行動を不思議に思ったのか、ウルリクムミがこう問いかけてきた。

 

『なぜお前達はあああ、俺達にここまでしてくれるううう?』

 

嫌悪からくる鬱陶しさではなく、純粋な疑問。それに対する四人の答えは、ただ一つだった。

 

『ただなんとなく、どうしても貴方達を助けたかった。それだけじゃダメでしょうか?』

 

ニニャがそう言った時、兜をしているはずのウルリクムミが驚いたように見えた。なぜかはわからなかった、そんな気がしたのだ。

その日を境に、彼らは四人に対して最初こそよそよそしかったが、少しずつ自分達に歩みよってきてくれた。ある時『正式に彼らの仲間になりたい』と気恥ずかしげに言われた時は、本当に嬉しかったのだ。

 

だが彼らの心が、小さな火から大きな炎になっていくに従って、自分達はドンドン彼らに追い付いていけなくなっていった。そして彼らは、自分達が彼らに追い付けていないときづけば、その場で立ち止まって自分達を待ってくれていた。

 

そうやって、彼らの足を引く自分達が悔しくて仕方がなかった。

 

 

 

 

 

 

「お二人は、もっと強く、もっと高みへ行けるはずなんです。それを自分たちのせいで引き留めたくはないんです! だから!」

 

だからどうか、自分達に構わず、どこまでも駆け抜けていってください。そう切実な思いを全て伝え、四人は再び頭を下げる。

 

「………」

 

ウルリクムミはしばし無言であったが、やがて大きな手がペテルに伸ばされる。それを見てペテルは殴られるのを覚悟して歯を食い縛るが、

 

 

 

 

 

ぽんと、肩に手を置かれた

 

「え………?」

 

「すまなんだあああ、お前達にいいい、肩身の狭い思いをさせてしまっていたようだあああ」

 

申し訳なさそうに謝るウルリクムミに、四人は動揺を隠せない。

 

「そんな! ウルリクムミさんは怒っていいんですよ!?」

 

「なぜ?」

 

「俺たちが怒る道理こそおおお、全く見当たらぬううう」

 

むしろ自分たちは彼らに感謝しているのだ。主を守れず、全てを失い、脱け殻のようになってしまったこの心に、新しい火を灯してくれた彼らを、ウルリクムミは誇りに思っている。

 

「俺達の心にいいい、新しい薪をくべてくれたお前達にいいい、感謝こそすれえええ、どうして怨むことができようかあああ」

 

その言葉に、漆黒の剣達の目から涙が溢れる。彼らからすればとるに足りない雑魚同然の自分達にこう言ってくれるなど、泣くなというほうが無理だ。

 

「う、うううう………!」

 

右の袖で涙を拭うペテルにルクルットが肘でつつく。

 

「な、泣くんじゃねえよペテルっ……!」

 

しかしその声は嗚咽が混じっていて、彼も片手で顔を隠して泣き顔を隠そうとしている。

 

「ルクルットこそっ、泣いてるじゃないですかあ……!」

 

ニニャもローブの袖で顔を隠してはいるものの、その肩は震えている。

 

「うおおおお!!」

 

ダインに至っては号泣してしまった。

一部始終を見ていた人々の中には、もらい泣きしている者もいる。その姿を見て微笑むアインザックだったが、ゴホンと咳払いをして一同の視線を集める。

 

「ではウルリクムミくんとアルラウネくんは、『漆黒の剣』から脱退するということでいいのだな?」

 

『はい!!』

 

「そうか………そうなると独立する二人に新しいチーム名を考えるべきだな」

 

二人のチーム名。それを聞いてウルリクムミ達のみならずほかの冒険者達も腕を組んで考え始めた。

ウルリクムミのイメージ的に『濃紺』か『鋼鉄』が良さそうだが、彼の相方であるアルラウネのイメージは『薄桃色の花』だ。相反する二人を統一する名がなかなか思い浮かばない。

 

 

自身らを象徴する名…

そう考えて、ウルリクムミはふと考えこむ。少ししてから、彼はチラリとアルラウネを見た。

 

「………アルラウネえええ」

 

ただ名前を呼んだだけ。だがアルラウネはそれだけで、ウルリクムミの言いたいことを理解したらしい。

 

「………」

 

微笑んで頷く彼女を見て、ウルリクムミは安堵するように小さく息を吐き、椅子に立て掛けたウベルリを握る。

 

「ならば俺たちの名はあああ、この名しかあるまいいいい」

 

ウベルリの柄の先で地面を軽く叩き、ウルリクムミは一同に聞こえるように叫ぶ。

 

「『とむらいの鐘(トーテン・グロッケ)』えええ!! 我らは今この時よりいいい、この名を名乗るううう!!」

 

「トーテン・グロッケ……?」

 

「かつて我が主が興した軍の名だあああ」

 

その言葉に、彼と墓地で戦った冒険者達はハッとする。亡き主が興した軍をチームの名として選ぶ姿に、ウルリクムミの覚悟があった。

 

 

 

『新しき世に響き渡る、古き理を送る』

主がそう祈りを込めて名付けられた、尊き名。かの世界では、『蛮行を犯した暴徒の敗軍』として歴史に刻まれたことだろう。だが、せめてこの世界では、その偉大さを轟かせたい。役立たずの鉄屑である自分が名乗るのは、身に過ぎたことかもしれないが……。

それでもきっと、主と戦友達ならば許してくれるだろうと、ウルリクムミは思った。

 

「主よおおお、どうか見ててくだされえええ! 誉れ高きこの名をおおお、この世界にて轟かせてみせましょうううう!!」

 

ウベルリを高く掲げ、天に向かって叫ぶ。

 

 

 

『うおおおおおおお!!』

 

 

 

「『とむらいの鐘(トーテン・グロッケ)』万歳!!」

 

「新しい英雄の誕生だああああああ!!」

 

街の歴史に新たに刻まれた光景をその目に焼き付けた人々の歓声は、しばらく止むことはなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…………」

 

「アインズ様?」

 

遠隔視と声を聞く魔法を駆使して、その様を最後まで見届けたアインズは硬直する。ナーベラルが主君のただならぬ様子に心配そうにしているが、彼は答えない。

 

(………まさか俺)

 

やや時間を置いてから、アインズは自らの頭を抱えて軽くのけぞった。

 

(階級アップ最大のチャンスを、見逃してたあああああああああ!?)

 

どうやら夕べ、冒険者が全員駆り出されるほどの騒動があったようだ。話を聞くだけでもかなりの大事件だったらしく、参戦していれば間違いなく『冒険者モモン』の階級が一気に上がっていたはずだ。

 

「ナーベラル! どうしてこの騒ぎを報告しなかった!?」

 

アインズに怒鳴られて、ナーベラルはビクリと肩がはねて青ざめる。

 

「あ、アインズ様から…………『こちらから連絡を寄越すまで待機しろ』と命じられていたので、ウジムシの雑音に反応すべきではないと判断いたしまして……」

 

「…………」

 

アインズの剣幕に震える声を絞り出すナーベラルに、さらに怒りそうになったところでアインズの沈静化が働く。

 

(いや………これは半分は俺の責任だ……明け方までアシズへの対策のことで頭がいっぱいで、ナーベラルのことを忘れていた俺が悪い……でも)

 

それでも、思わずにはいられない。

 

(ナーベラルに、ちゃんと報連相を教えておくんだったああああああ!!)

 

頭を抱えてベッドに突っ伏すアインズに、ナーベラルは絶望的な表情になる。

 

「も、申し訳ありませんアインズ様! この失態は私の命で償います!!」

 

「だからしなくていい!」

 

剣を抜いて首をかっきろうとするナーベラルを慌ててとめるアインズに、再び沈静化が働く。

 

(いや、しかもちょっと待て!)

 

そして沈静化した脳裏をある可能性が過る。

 

(もしこのまま宿屋から出てきたら、俺達ほかの冒険者達に叩かれるんじゃ………)

 

ただでさえ目立つ姿なのに、宿屋から出た形跡がないのは明らかに不自然過ぎる。そもそも宿屋の主人に出てきていないのを記憶されているかもしれない。

 

 

 

『てめえ、この一大事にどこ行ってやがった!?』

 

『まさか組合の要請を無視して逃げたんじゃないだろうな!?』

 

 

 

そんなことにでもなったら、『冒険者モモン』の印象はだだ下がりだ。ないはずの冷や汗が流れた気がする。

 

 

 

(ヤバイヤバイヤバイヤバイ!! ひとまず、街から遠く離れたところまで転移しないと!!)

 

「ナーベラル、転移するぞ!」

 

「あ、アインズ様!?」

 

すぐさま上級転移を発動し、エ・ランテルから遠く離れた場所に出る。周囲に誰もいないのを確認し、アインズは改めて彼女と向き合う。

 

「いいかナーベラル、私達はあくまでタイミング悪く遠方に行っていたせいで騒動に参加できなかった。そういう体でいくからな?」

 

「かしこまりました」

 

やや緊張した面持ちで頷く彼女を見て、アインズははあとため息をつく。

 

(と、とにかく………街に戻るのは明日以降にしよう…)

 

目撃者がいそうな場合を考慮し、時間停止と記憶操作(コントロール・アムネジア)を駆使してあの宿の主人と宿泊している冒険者の記憶を少し弄らなければならないだろう

 

(ああああああクソがあ!! これもみんなアシズのせいだああああああ!!)




その頃のアシズ様

アシズ「ハクシュッ! クシュ!」

村人A「どうされました天使様!? お風邪でもひかれましたか!?」(゜ロ゜;

アシズ「あ、いや………今誰かに噂された気が……」

村人B「あ、ロイツが見えて来ましたよ!」(・∇・)つ


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それぞれの現状~法国~

ここからはある種の第一章エピローグ四部作的な感じになります。まずは法国から。


スレイン法国の聖域である五柱の神の装備が置かれた場所の前で、『絶死絶命』と呼ばれる少女はいつも通りルビクキューを弄って暇をもて余していた。

六大神の秘宝の守護という極めて重要な使命を帯びているものの、そこへ至る強敵が存在しなければ退屈なことこの上ない。今日もルビクキューの二面目を揃えることを目指してガチャガチャと縦に横にと動かしていたが、ふと遠くから聞こえる足音に、指を止めて目線をそちらに向けた。

 

「………?」

 

見れば何人かの神官達がバタバタと慌ただしく走り回っている。それはもう尋常じゃないほどの慌てぶりだ。気になった彼女は聖域の前を離れると、そのうちの一人に音もなく近づき声をかける。

 

「………何かあったの?」

 

「ひ!?」

 

突然現れた彼女の姿に声をかけられた神官はビクリと肩を震わせるが、相手が『絶死絶命』と気づくとすぐさま姿勢を正して頭を下げる。

 

「い、いえ………『絶死絶命』殿のお耳に入れるほどのことではございませんので……」

 

その声はなぜか震えてはいるが、漆黒聖典の一員でもある彼女に伝えないということは、それほど重要な案件ではないらしい。

 

「ふ~ん………」

 

彼らがそう言うのならばそうなのだろう。

彼女はその言葉に興味なさげに答え、また音もなくその場から消える。再び聖域の前に戻った彼女は、ルビクキューの二面目制覇を成すべく弄り始める。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「では、『叡者の額冠』の行方はいまだわからんのだな?」

 

鋭い眼差しで周囲を見渡し、水の神官長ジネディーヌは問いかけた。

 

「残念ながら………風花聖典の報告によると、強奪した『疾風走破』からはそれ以上の情報は聞き出せなかったそうだ」

 

彼の問いに答えるように、風の神官長ドミニクは暗い表情で首を振る。

 

裏切り者の『疾風走破』が、王国の領域であるエ・ランテルの牢に投獄されてしまった以上、法国の構成員である彼らが不用意に彼女を捕らえることはできなくなってしまった。そのため追跡していた風花聖典達は見張りの目を盗み、獄中の彼女と密かに対話することでどうにか情報を得られるだけ得た。

四肢を失い恐怖に震える彼女曰く、『叡者の額冠』はズーラーノーンの協力者であるバードマンに装備させたらしい。彼は共同墓地の地下に隠したズーラーノーンの塒に放置したきりだと語っていたが、調べにいった隊員曰く地下室にはそのバードマンと思しき存在はいなかったとのことだ。

『疾風走破』が嘘を言っている可能性もなくはないが、何者かに法国の秘宝が奪われてしまったという線は間違いないだろう。犯人として有力なのは、おそらくズーラーノーンの構成員。もしそうならば、急ぎズーラーノーンの行方を追わねばならないだろう。

 

「では、次の議題に移ろうか」

 

そう言って挙手したのは、光の神官長イヴォン。彼の言葉を合図にしたように、ほかの神官長達の視線が土の神官長レイモンに集まる。

 

「『占星千里』は、相変わらず黙秘を?」

 

心配そうに顔を曇らせる火の神官長ベレニスに、レイモンはゆっくりと頷く。

 

「うむ、いまだ部屋からも出ない有り様だ」

 

 

数日前に陽光聖典が相対した、『フンジンノセキソカル』なる強大なトレントの生死の確認。それが当初、漆黒聖典に与えられた任務だった。しかし彼らはトブの大森林に向かっていた道中、エ・ランテル近郊の森で『始原の魔法』と思われる大規模な魔法を受け負傷、本国への帰還を余儀なくされた。彼らの証言によれば、敵は『絶死絶命』のタレントである『黒白』に似た魔法を使用し、茜色の炎を纏った無数の刀剣で精鋭揃いの隊員達を抵抗する暇すら与えずに切り刻んだとのことだ。報告を聞くだけでも、神官長達の間では間違いなくそれが『破滅の竜王』の仕業であると断定された。ただ奇妙なことに、漆黒聖典達が意識を失う前に垣間見た攻撃の規模に反して、彼らの傷は思いの外浅かった。

第一席次は攻撃を受けただけで敵の姿は見なかったと語り、ほかの隊員達も第一席次に起こされるまでは意識を失っていてほとんど何も覚えていない。

唯一敵の正体に迫ったのは『占星千里』のみのようだが、彼女は帰国して早々青ざめた顔で怯え、自室に引きこもってしまった。そして神官長達に、アレと関わってはいけないと何度も泣きじゃくりながら訴えている。

 

「………いずれにせよ、漆黒聖典の件は『番外席次』には伝えぬほうがいいな」

 

『ああ………』

 

闇の神官長マクシミリアンの案に、一同は反対することなく頷く。

スレイン法国の数少ない『神人』の一人である第一席次の敗北。もしその事実を法国最強の彼女が知れば、彼女はその人物を探すために法国を去るかもしれない。

自身が子を孕むに相応しい強者かどうかを確かめるために………。

 

それだけは、なんとしても回避しなければならない。ただでさえ今年は『百年の揺り返し』の時期に近い、もし次に現れる『ぷれいやー』が八欲王のような化け物であった場合、彼女を失えば人類は今度こそ滅んでしまう。

 

 

 

人類の救済のためにも、彼らは最良の『選択』をせざるを得ないのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

時を同じくして、第一席次は自室のベッドに横たわり天井を眺めていた。

 

(………やってしまった)

 

神官長達に犯人の特徴を聞かれたさいに、思わず『敵の姿は見なかった』と虚偽の報告をしてしまった。茜色の炎を従え、強大な力を溢れさせた、あの悪夢を具現化させたような男の姿を忘れるはずがないというのに。

後でバレれば厳罰は避けられないだろうが、幸か不幸か他の隊員達は気を失っていたおかげで男の姿は見ていない。自分以外に男の姿に気づいているのは占星千里だけのようだが、彼女は怯えて自室にこもり、その全てを一切語らない。そんな彼女の姿を見て、彼は内心でホッとしてしまっていた。

 

(………()()は、戦ってはいけない『存在』だ。戦うという発想自体が、間違っている『存在』なんだ)

 

なんとなく、第一席次はそう直感した。アレは『ぷれいやー』とも違う、この世の理からも外れた規格外の怪物。もし法国がアレの存在を知り、真っ先に排除に挑もうものならば、間違いなく法国は成す術なく滅んでしまうだろう。

 

(唯一の救いは、アレには意志疎通できるだけの知性と、弱者に寄り添うことのできる良識があることだ………)

 

別れ際に、第一席次を労るような発言をしていた男の姿を思い出す。少なくとも、アレはこちらから仕掛けて来ない限りは、害をなすことはないだろう。根拠があるかもわからないのに、第一席次は小さく息をつく。

 

 

 

 

 

彼のこの『選択』が、人類にとって最良であるかどうかは、まだ誰にもわからない。

 

 

 

 




その頃のサブちゃん


サブラク「ハブシュッ!!」

ブレイン「なんだ風邪か?」

サブラク「………我々『紅世の徒』は病になどかからん」

ブレイン「だからさ、その『グゼノトモガラ』ってなんなんだよ?」


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それぞれの現状~ナザリック~

少し前のアシズ様

アシズ(燐子『グリゴーリ』の配置はこれでいいか………。これで少しはあの子達が危険に晒されることがなくなるはず)

街人A「あれ? アンタもしかして、ギガントバジリスクをやっつけた魔法詠唱者か!?」

アシズ「ん?」

街人B「すげー! なあなあ、握手してくれよ!」

アシズ「あ、ああ………構わんが」

すっかりロイツの有名人になってしまったアシズ様でした。


玉座の間に集めた守護者とプレアデス達とニグレドに、アインズはエ・ランテルで起きたことを全て話した。

 

「というわけで、『冒険者モモン』はしばらくはエ・ランテルへは戻らない」

 

用心のために宿の主人を初めとする宿泊者達の記憶を弄り、『モモンとナーベは遠方に住む知人の訃報を聞き、急いでエ・ランテルを出ていった』ということにしておいた。少し前に二人の行方を探していた冒険者達に怪しまれるかもしれないが、後になって思い出したということにすればギリギリ大丈夫なはず……。

いずれにせよ、エ・ランテルへ戻るのは『とむらいの鐘』のパレード騒ぎが落ち着いてからにするべきとアインズは判断した。

 

「そこでその間に、いくつか情報を整理してみようと思う」

 

『ハッ!!』

 

 

 

 

 

 

「まずは、ソリュシャンの報告にあった『サブラク』なる戦士についてだ」

 

伝言を通してセバスから聞かされた情報によると、アインズ達がエ・ランテルを離れてカルネ村に訪れていた同日、ソリュシャンは本来の標的であった野盗の捕縛を行おうとしていた。しかし彼女が塒にたどり着いた時には、彼らはすでに別の人間に蹂躙された後だったという。

 

「その後、ソリュシャンは犯人と思しき人物と接触した。その人物こそが『サブラク』だ」

 

ソリュシャン曰く、彼はマスターアサシンの職業を持つ自分の背後を容易にとり、さらには粗末な剣のみでレベル30のヴァンパイア・ブライド達を瞬殺してみせたという。

 

「この世界の情報を知るために懐柔した『陽光聖典』達曰く、レベル30は英雄の領域で、レベル40が逸脱者と呼ばれる。人類の最も高い水準の強者はだいたいその辺りまでだが、男のレベルはそれよりも遥かに強いと思われる」

 

何せレベル57のソリュシャンが、彼の戦いを目で追えなかったというのだ。下手をしたらデミウルゴスの配下である三魔将に匹敵すると彼女は語っている。

 

「しかもやつはソリュシャンが人間でないことを見抜いていた。さらに言えば彼女の体内に取り込まれていた人間の存在さえも。看破のスキルを持っているのか、はたまた魔法か。いずれにしても油断ならない相手には違いない」

 

ザワッと一同に動揺が走る。潜入や演技力に秀でたソリュシャンが異形種であることを見抜くなど、それこそ至高の御方でもない限りは不可能だと言うのに、男の看破能力の高さに驚愕せざるをえない。

 

「極めつけが、やつが使っていたスキルだ」

 

サブラクが炎を纏った剣でヴァンパイア・ブライドを切り裂いたところ、自動回復のスキルを持つはずの彼女達の傷が治ることなく広がっていたらしい。

 

「以上の点から推理すると、サブラクは『マスターアサシン』、『ソードマスター』、『カースドナイト』の職業を取得している可能性が高い」

 

そう考えるアインズに、アルベドが異議を唱える。

 

「しかしアインズ様、確か『カースドナイト』は強力である反面、低位のアイテムを持っただけで破壊してしまうというデメリットのある職業のはずでは……」

 

ソリュシャンの報告によると、サブラクが攻撃に使用していたのは粗末な剣だった。

アルベドが語るように、『カースドナイト』は上位のアイテムでなければ持つこそさえ難しいというのに、どうやって剣を破壊せずに攻撃ができたのだろうか。

 

「もしや………その『サブラク』というのはプレイヤーなのでしょうか?」

 

心配そうにするユリの言葉にアインズは緩く首を振る。

 

「いや、それならば『カースドナイト』のペナルティをしっかり持っているはずだ。そこで私は、陽光聖典の監視を行っている影の悪魔と連絡し、彼らに色々と聞いてみた」

 

あいにくニグン達はサブラクという名前の戦士に心当たりがないようだが、その代わりにアインズにとって興味深い情報を教えてくれた。

 

「どうやら彼らの本国、スレイン法国には『神人』と呼ばれる人種が存在するらしい」

 

「『神人』……ですか?」

 

アウラがキョトンと小首を傾げる。

 

「ニグン曰く、六大神の末裔であり、彼らの力を色濃く受け継いだ生まれながらの強者とのことだ」

 

彼らはプレイヤーの力を引き継いでいる上に、現地人の血を引いているためにタレントや武技を使うことができるという特異性を持っているらしい。

 

「デハソノ『サブラク』モ、『神人』デアル可能性ガアルト?」

 

「あくまで憶測に過ぎんがな。だが、やつが何らかのタレントで『カースドナイト』のデメリットを克服していると考えれば、一応の筋は通る」

 

なるほど、プレイヤーの強大な力と現地人のタレントや武技が合わされば、ユグドラシルのルールからある程度脱却することも不可能ではないだろう。

 

「ただ、六大神の末裔は法国が全て管理しているとのことだ。その中に『サブラク』という名の戦士はいないらしい」

 

「じ、じゃあその『サブラク』は、六大神の末裔じゃないんですか?」

 

「おそらくだが……やつは八欲王のほうの末裔ではないだろうか?」

 

六大神がいなくなったのちに、入れ替わるようにこの世界に転移してきてプレイヤー、『八欲王』。彼らが子を成したかどうかの記述はニグン達も知らないようだが、可能性はなくはないだろう。

 

「しかし、いくらプレイヤーの雑種と言えど、たかがレベル70相当の戦士一人、ナザリックの全戦力を持ってすれば蹂躙は雑作もないでありんしょう?」

 

ふふんと不敵に笑うシャルティアが言うように、レベル100の階層守護者が揃うナザリックの戦力ならば、十分すぎるほど勝機はある。しかしその驕りに待ったをかけるのは、他ならぬアインズだ。

 

「まあ待てシャルティアよ。()()()()()がある以上、相手を侮れば足元を掬われることもあるだろう」

 

その言葉に、先ほどから無言のデミウルゴスの肩がビクリとハネる。見るからに己の不甲斐なさに落ち込んでいる彼の姿に、アインズは心中で小さくため息をついた。

 

「だがソリュシャンのおかげで、やつの数少ない()()に関する情報を得られた」

 

そう言うとアインズはニグレドに顎で合図し、彼女に情報系魔法を発動させる。中空に現れた水晶の板には、ソリュシャンの記憶から転写した少女の映像が映る。

 

「どうやらやつは、この『メア』という名の亜人の娘を探しているらしい」

 

角の生えた金髪の少女。見た目だけならばサキュバスに見えないこともないが、サブラクは少女を『悪魔とは違う』と断言していた。つまりは亜人の一種と思われる。

 

いかに強者といえど、親しい人物を人質にとられれば安易にこちらに攻撃することはできないはず。

 

「ニグレドの魔法で調べたところ、やつは現在王国から南西に向けて移動しているとのことだ。当面はやつの同行を監視し、やつよりも先にその亜人を捕らえ、人質として利用するのだ」

 

『ハッ!!』

 

一同が頭を伏せ、力強く答える。

 

 

 

 

 

「それと、件の『アシズ』についてなのだが……」

 

その言葉に、一同の間に緊張が走る。階層守護者最弱といえど、100レベルのデミウルゴスを倒した唯一の存在。あの忌々しくも油断ならない強敵に関する情報を告げられるのかと、守護者達は身構える。

 

「………結局最後まで、ニグレドが持つ全ての情報系魔法では見つけることができなかった」

 

しかし次いで告げられた答えに、一同が僅かばかり落ち込んでしまう。ニグレドに至っては、己の無能さに今にも自害しそうなほどだった。

 

「だがやつが向かったと思われるロイツを調べたところ、驚くべきものを見つけた」

 

ニグレドが遠隔視を発動すると、鏡に映る映像を一同に見せる。

 

「これは………!?」

 

それを見て、一同は驚愕する。なんと小都市ロイツ全体が、青い立方体の結界に覆われていたのだ。

 

「おそらく、デミウルゴスを倒した魔法と同じものだろう」

 

しかも調べにいかせた影の悪魔達によると、この結界は影の悪魔が触れるだけで消し飛ばされてしまうほど強力だという。なのにロイツを行き来する人間達は、自由に素通りしているというのだ。

行き来した商人と思しき人間の記憶を調べたところ、どうやら彼らは結界の姿そのものを認識していないようだった。

 

「当面の目標は、この結界を破壊する方法を調べることだ」

 

『ハッ!』

 

 

 

 

「それとデミウルゴス。今後のスクロール作成のための『牧場』は、用心のために第六階層で行ってもらう」

 

「御方のお手を煩わせ、申し訳ありません……」

 

「よい、その失敗は次に生かせばいい」

 

見るからに自責の念に駆られるデミウルゴスにアインズは優しく労る。今回の件で、安易に外に拠点を作ると思わぬ強者に出くわしてしまう危険性を学んだ。不幸中の幸いと言うべきかアシズは羊を強奪こそしたものの、デミウルゴスが拠点にしていたテントには近づいていなかったようで、牧場のアイテムは全て無事であった。安全性と環境を踏まえて、森林地帯が多い第六階層で行ったほうが無難だと判断したがゆえの采配だ。

 

アインズはチラリと遠隔視に映る青い結界を見て、杖を握る手に力を込める。

 

(今回は俺の情報不足のせいで不覚をとってしまった………次からは慎重に情報を収集し、確実に倒す算段をとらないとな……)

 

決意を新たにした瞬間、眼窪から覗く赤い光が、鋭く輝いた。




解説

自在法『選定の小箱』
アシズが『清なる棺』を改良して編み出した自在法。術者であるアシズ自身と人間以外の種族の出入りを阻み、尚且つ無理に侵入しようとする相手を自動的に討滅する能力を持つ青い結界を展開する。人間には結界の姿を視認することすらできないのが特徴。
アシズは保護した人間を護送中はこの自在法を馬車の周りにのみ展開して追っ手の追跡や探知を阻んでいたが、ロイツに来てからは燐子『グリゴーリ』を都市の四方に配備し大規模な結界を展開・維持している。
原理としては『愛染他』の『揺りかごの園』と似ているが、『揺りかごの園』が宝具『オルゴール』の補助が必要だったのに対し、アシズは自在師としての自前の力のみでこれらを制御している。


燐子『グリゴーリ』
アシズがロイツに展開した『選定の小箱』を維持するために作成した典型的な道具タイプの燐子。見た目は青い水晶の刀身の片手剣。
本来燐子は製作者から存在の力を供給されないと三日と持たず消えてしまうが、この燐子は製作者であるアシズと不可視の糸で繋がっており、常に存在の力を供給され続けているために半永久的に結界を維持し続けることが可能。


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それぞれの現状~とむらいの鐘~

前回のナザリック勢の心情

アインズ「メアという亜人を探して人質にしろ」

アインズ(もしサブラクが100レベルに相当する強さだった場合を想定して、『保護してやったんだ』って言っておけば余計なトラブルにはならないはず!)( ・`ω・´)

ナザリック(ソリュシャンに屈辱を与えたサブラクへの報復のために、見せしめとしてやつの親しい亜人を捕らえて目の前でなぶるおつもりとは………さすがアインズ様!)(゜∇゜)キラキラした眼差し

これぞナザリッククオリティ


新たなるアダマンタイト級冒険者チーム『とむらいの鐘(トーテン・グロッケ)』を祝うパレード当日、ウルリクムミはアルラウネの自在法を通してソカルと遠話していた。

 

『ほう………貴殿が「とむらいの鐘(トーテン・グロッケ)」を名乗ると?』

 

テーブルの上に咲く大輪の花から響くソカルの声には、明らかに不機嫌そうな色が混じっている。

 

「分不相応であるという自覚はあるううう。だがあああ、我らを表す名としてはあああ、これ以外には思いつかぬのだあああ」

 

決意をこめたウルリクムミの言葉に、ソカルはしばし沈黙する。やや緊張感のある空気がその場を包むが、ウルリクムミはこうなることを薄々予想してはいた。九垓天秤随一の見栄っ張りである彼のことだから、何かしらの不平不満を言うつもりなのだろうと身構えるが、

 

『………ふん、まあいいのではないのですか?』

 

素っ気なく返されたのは、肯定の意思表示だった。

 

「………よいのかあああ?」

 

てっきり文句の一つでも言われると思っていただけに、ウルリクムミは拍子抜けする。

 

『貴殿が我々の中では、イルヤンカ殿に次いで主に古くから仕えていたのは存じていますからな。ならば、ほかの者も文句を言いますまい』

 

いまだ不愉快だと言わんばかりに舌打ちをするものの、ソカルはウルリクムミの決定に否とは答えなかった。

 

「そうかあああ、感謝するううう」

 

ふと口元に笑みを浮かべていたことにも気づかずに、ウルリクムミはソカルに礼を言った。

 

『………それで、わざわざそれだけを伝えるために、連絡しにきた来たわけではないのでしょう?』

 

だがソカルが次に告げた言葉には、真剣な色が込められていた。

 

「察しが良くて助かるううう」

 

ウルリクムミも眉間に皺を寄せ、改めて『本題』に移った。

墓地の騒動に現れた、ズーラーノーンの協力者だという『蜂蜜色の炎の徒』のこと。彼が『死の宝珠』と呼ばれるアイテムを奪い、逃亡したこと。その際に、アシズの『清なる棺』に似た自在法を使用していたことを。

 

 

『………アシズ様と似た自在法を使うとは。そやつはやはり自在師なのでしょうか?』

 

「アルラウネの自在法をおおお、容易く退けた手腕を見るにいいい、相当な腕かと思われるううう」

 

「とはいえ、あの自在法そのものは極めて簡略化されたもののようかと?」

 

アルラウネが見た限りは、あの『時を止める自在法』はかなり簡単な自在式で起動していたらしく、模倣すること自体は難しくないらしい。いくつか実験をする必要がありそうではあるが、上手くモノに出来ればソカルやウルリクムミでも容易に使えるかもしれないとのことだ。

 

『なるほど。それで、件の「モモンガ」はどうでしたかな?』

 

ソカルが手強いと判断し、今もエ・ランテルで冒険者として活動しているという謎のアンデッド。アルラウネが自在法で監視しているとのことだが、彼女は険しい顔で首を横に振るのみだった。

 

「やはりいいい、会話までは聞き取れなかったかあああ」

 

「どうやら、盗聴防止の魔法をかけられているようで?」

 

『ふむ、やはり簡単には尾を見せないようですな』

 

盗聴こそできなかったが、宿の中の彼らの様子を盗み見ることはどうにかできていた。

 

『確か、彼らが貴殿らと別れたちょうど後に、墓地の騒動が起こったのでしたな』

 

ソカルが言うように、彼は『急用ができたから先に帰る』と言ってから自身らと別れた。彼らは部屋に入るや否や、モモンはソカルの話にあった黒いローブのアンデッドの姿に変身し、黒い孔を生み出してその中に入っていった。残されたナーベはその後、部屋の真ん中で直立不動を維持し、冒険者達にドアを叩かれても居留守を貫き続け、モモンガが戻ってきた明け方まで一睡もせずに立ち続けていたという。

 

「御大将、彼らがズーラーノーンの構成員である可能性は?」

 

「なくはないだろうがあああ、目的が今一つわからないいいい」

 

ウルリクムミも当初、モモンガこそがズーラーノーンの盟主ではないかと予想していた。しかし明け方の彼らの挙動を見て、少し違和感を覚えたのだ。

というのも、黒い孔から再び現れたモモンはやや慌てた様子だったし、ナーベと何かしらの会話をしてから街の様子を調べ始めていた。そして自身らが『とむらいの鐘(トーテン・グロッケ)』を結成するところを観察したのちに、彼は頭を抱えてからナーベを怒鳴るような素振りをし、再び頭を抱えてベッドに顔を埋めた。ナーベに至ってはこの世の終わりのように青褪め、剣で首をかっきろうとするなどの奇行をしたが、それを阻んだモモンによって彼らは転移の魔法でどこかへ消えてしまった。

 

「まるで、エ・ランテルの騒動を今朝初めて知ったかのような挙動かと?」

 

『話を聞くだけでも、そのような感じですな』

 

「うむううう……」

 

ウルリクムミは腕を組み、改めてモモン達の挙動を思い返していく。墓地の騒動が起こった時、ウルリクムミはてっきり彼が主犯と疑っていたのだが、翌日の奇行を見ているとどうにも矛盾を感じてしまうのだ。

 

「………もしやあああ、本当になにがしかの『不具合』が生じたのかあああ?」

 

墓地の騒動に参加する場合ではなかったほどの緊急事態が起こり、その対応に追われていたのだろうか?

そう考えると、彼らが慌てて街から転移した理由がわかる気がする。おそらくこのまま街へ出れば、ほかの冒険者達の顰蹙を買うと予想して逃げたのだろう。そうなるとほとぼりが覚めるまでは、街へは戻って来ないかもしれない。

 

『ふん、強い癖に随分と小心な輩ですなあ。我らが宰相殿のほうがまだ肝が座っておりましたぞ』

 

「そうさなああああ………」

 

とはいえ、彼がズーラーノーンやあの徒と全く無関係という確証もない。今後も彼らの行動に目を光らせておくべきだろう。

 

 

 

 

「ちなみにいいい、そちらはどうだあああ?」

 

続くウルリクムミの質問に、ソカルも今日までにトブの大森林で起こったことを話し始める。

 

『そういえば………ちょうど貴殿らがあの森に来る前後ほどぐらいでしたか? アンデッドや悪魔等の怪物共を引き連れた「闇妖精(ダークエルフ)の娘」が、森の中を駆け回っておりましたな』

 

「ダークエルフの娘?」

 

『うむ。身なりこそ男児のものでしたが、アレは間違いなく娘でした』

 

そのダークエルフとは何かとウルリクムミが聞けば、彼は得意げに自身の集めた情報を話し始める。娘の特徴をピニスンに聞いてみたところ、彼女はそれはダークエルフではないかと言っていた。彼らは大昔にこのトブの大森林に住んでいた人間の一種だったのだが、ソカルが現在寄生しているトーチのもととなった『ザイトルクワエ』が現れてからは、その脅威から逃げるように森を後にしていったらしい。

 

「その末裔があああ、お前の顕現んんん、つまりはザイトルクワエの死を知りいいい、戻ってきたということかあああ?」

 

『どうでしょうな……。そもそもダークエルフがアンデッドや悪魔を従えるなど聞いたことがないと、彼女は言っていましたが』

 

「なるほど………後程他の冒険者様方に聞いてみましょうか?」

 

「まあ聞くぐらいならばあああ、大丈夫だろうううう」

 

現在のダークエルフがどこにいるのか、冒険者組合であればなにがしらの情報は手に入るだろう。

そしてウルリクムミは、一番気になっていたことを聞いてみる。

 

「そやつらはあああ、お前の存在には気づいていたかあああ?」

 

『アルラウネが渡してくれた隠蔽の自在式のおかげで、私の存在には気づいてはいないようですな。念のため本体は地中に潜めてはおりますが』

 

その言葉を聞きウルリクムミは改めて安堵する。どうやらアルラウネの自在式は問題なく効果を発揮しているようだ。

 

「その方々は、何か口にしていらっしゃいましたか?」

 

ならばさらに情報を得るべきと、アルラウネが問いかける。

 

『確か………ダークエルフはほかの異形達からは「アウラ様」と呼ばれていましたな。それと彼女はたまに「ブクブクチャガマ様」、「アインズ様」などといった自身より上の主君の存在を匂わせていました』

 

「ブクブクチャガマ?」

 

「アインズだとおおお?」

 

アウラやアインズはともかく、ブクブクチャガマとはまた変わった響きの名前だ。

しかしアウラ、ブクブクチャガマ、そしてアインズ。このいまだ目的がわからない一団には、いずれにしろ警戒すべきだろう。

 

「よくわかったあああ、報告感謝するぞソカルううう」

 

『この借りは後ほど返させていただきますぞ。………それとその、ウルリクムミ』

 

「では俺はこれからパレードに出席せねばならぬううう。ソカルよおおお、因果の交差路でまた会おうぞおおお」

 

『あ!? いや、まだ聞きたいことが!』

 

 

 

ブツリッ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

まるでそれ以上は語りたくないと言わんばかりに、一方的に遠話が切られてしまった。その事実を前に、ソカルは地中に埋めた総身を僅かばかり震わせる。

 

「…………なぜだ」

 

苛立ちと焦燥感。それらを必死に押さえ込むように、ギチリとウロから覗く歯を食い縛る。

 

「なぜ貴殿は、『壮挙』の顛末を答えてくれぬのだっ………!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ソカルがさらに会話を続けようとした瞬間、ウルリクムミはつい一方的に遠話を切ってしまった。彼は長い付き合いからくる勘で、ソカルが次に何を聞こうとしたのかを悟ってしまったのだ。

 

(………許せえええ、友よおおお。お前にこれを伝えるにはあああ、まだ荷が重すぎるだろうううう)

 

戦友を謀る罪悪感からかうつむいてため息をつくウルリクムミに、アルラウネが慰めるようにそっと肩に手を置く。

 

 

するとそこへ、コンコンと部屋の扉がノックされる。

 

「どうぞ?」

 

アルラウネが答えるとガチャリと扉が開かれ、アインザックが扉から顔を覗かせてきた。

 

「ウルリクムミ君、アルラウネ君。そろそろ準備してくれ」

 

どうやらパレードの準備が整ったらしい。後は二人が馬車に乗るだけだと語るアインザックに二人は頷く。

 

「あいわかったあああ」

 

せっかく組合の皆が催してくれた晴れ舞台だ、暗い表情で赴くのは失礼に値するだろう。ひとまず気持ちを切り替えなくてはと、ウルリクムミは胸のうちに湧いた暗い感情を振り払うように椅子から立ち上がった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「エ・ランテルを救った英雄の凱旋だー!!」

 

「新たなるアダマンタイト級冒険者、『とむらいの鐘(トーテン・グロッケ)』万歳ー!!」

 

華やかに飾られた馬車に乗せられ、エ・ランテルの街道をゆっくりと進み始めれば、街道の両側を大勢の人々が列を成して集まっていた。歓声を上げる人々は英雄の姿をこの目に焼き付けようと、押しくらまんじゅう状態で背伸びをし、街道に面した住居の窓からも身を乗り出して手を振る子供達の姿が見え、オープンカフェに至っては祝杯を掲げる客で満席になっている。

誰も彼もがパレードの先頭を進む馬車に乗る二人の英雄から目を離さない。それに対してアルラウネは微笑みを浮かべて民衆に軽く手を振り、ウルリクムミもぎこちなさげではあるが手をあげて応えている。

せっかくの式典なんだから素顔ぐらいは見せるべきと、ニニャ達に半ば強引に兜を外された今、食事以外では滅多に見せない彼の人化の素顔が衆目に晒されている。普段から顔を隠しているせいか、ウルリクムミはどうも落ち着かない様子だった。

 

「なんだか、思い出しますね?」

 

「うむううう」

 

アルラウネの呟きに、ウルリクムミは静かに頷く。

ブロッケン要塞への入場式典、あの輝かしい日が彼の脳裏を過る。式典の準備中にソカルが駄々を捏ねて、入場の順番をどうするかで一騒動あったことを思い出す。あの時のウルリクムミは、面倒事を避けるために一番後ろへと自ら進言し、自分以外の戦友達の後ろ姿を全て見つめることとなった。

 

 

だが、今のウルリクムミの目の前には誰もいない。

命を捧げると誓った主も、最年長の竜王も、虹の騎士も、牛骨の賢者も、三面の卵も、石の巨木も、黒い女も、剣の守護者も、戦好きの獣ですら………誰一人。

 

その事実に、ウルリクムミの決意がわずかに揺らぎはじめる。本当に、自分ごときがこの名を名乗ってよかったのだろうかと。主を見殺しにし、自分だけがのうのうと生きる役立たずの鉄屑である自分が……。

 

グッと拳を握りしめ、俯く彼の頭を、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

大きく、優しい手が撫でた。

 

 

「…………!?」

 

 

懐かしいその手の感触に、思わずウルリクムミはバッと背後を振り返る。

 

「御大将?」

 

上官の突然の行動に戸惑うアルラウネをよそに、ウルリクムミは()()

彼の視線の先の青空、その色に吸い込まれるようにはらりと消えた、青い羽根を。

 

「っ………っ………!」

 

それを見届け、ウルリクムミの肩が震える。その手が、羽根が、彼に確かに伝えた気がしたのだ。

 

 

『許す』と。

 

 

 

(…………主いいい)

 

その瞬間、ウルリクムミの胸の空白が、ようやく満たされたように感じた。

 

「…………うおおおおおおおおおお!!!!」

 

ウルリクムミは沸き上がる感情を吐き出すように、脇に立て掛けた『ウベルリ』を天高く掲げて咆哮する。

 

『わああああああああああ!!!!』

 

それに触発され、民衆達も喉が張り裂けるほどに叫んだ。

 

叫ぶ彼の頬を、一筋の涙が流れたことに気づけた者が、民衆達の中にはたしていたのかわからない。ただ一人、傍らで彼の姿を見て微笑み彼女だけは何かを悟ったように笑うが、それを他者が知るよしもない。

 

 

 

パレードはエ・ランテルを一周するまで行われ、夜が更けてからも宴は続いていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…………アシズさん?」

 

「っ…………?」

 

目覚めを促すように名前を呼ばれ、アシズの思考が覚醒する。眠りから覚めたばかりでぼんやりする意識で周囲を見渡すと、そこは療養所の控え室だった。どうやらアシズは机の上で頬杖をついて眠っていたらしい。

 

「………すまない、うたた寝をしてしまっていたようだ」

 

「いえ、大丈夫ですよ」

 

恥ずかしげに謝罪するアシズに対し、医師であるキースが笑顔で答える。

あれからアシズが療養所に住み込みで働くことが決まり、救出した村人達をはじめとする患者達が笑顔で彼を迎えてくれた。特にあのシャナという少女が一番喜んでおり、療養所に来たての頃に比べて現在は笑顔を見せることが多くなったとキース医師は語る。

アシズに与えられた主な仕事はキース医師の補佐だったり、患者達の食事を作る手伝いだったり、入院している子供達の遊び相手だったりとそこそこ忙しいものだ。ならば疲労がたまって寝てしまうのも仕方がないと、キース医師は咎めることなどしない。対してアシズは穏やかな笑みを浮かべ、窓の外に視線を移す。

 

「…………少し、夢を見ていたようだ」

 

「夢、ですか?」

 

最近は悪夢ばかり見ていたので眠ることに抵抗感が芽生えていたアシズだったが、つい先ほど見た夢は今までと全く違うものだったという。そして彼はまるで昔話を聞かせるかのように、静かな口調で語りはじめた。

 

 

 

 

 

 

とある都市で賑やかなパレードが開かれていて、その先頭には鎧を来た巨体の戦士が馬車に座っていた。街道の両側に並ぶ人々はその戦士に向けて手を振り、彼らの『名前』を叫びながらその偉業を称えている。

そんな素晴らしい祭典であるにも関わらず、『名前』を呼ばれる彼はどこか浮かない表情を隠すように俯かせていた。その姿に、アシズはなぜだか胸が痛くなるのを感じ、翼を羽ばたかせて馬車に近寄って彼の頭を撫でた。

 

そして彼の耳元で優しく囁いた。

もっと堂々とするのだ、お前は『その名』を背負うに相応しき偉業を成したのだと。ゆえに『その名』を名乗ることを、ほかでもない私が許すと。だからどうか、そんな悲しげな顔をせずに、()()()()()()()()()胸を張って前へと進め。

 

そう告げた瞬間、戦士は迷いが晴れたかのように巨大な斧を天高く掲げ、重厚な叫びを轟かせた。それに呼応するように叫ぶ民衆達を見届け、アシズの意識はそこで目覚めた。

 

 

「それはまた、素晴らしい夢ですね」

 

「そうだな………」

 

まるでおとぎ話のような華やかな夢の内容に、キース医師が微笑ましげに呟いてアシズも頷く。

 

 

 

(それにしても、あれは誰だったのだろうか………?)

 

今も耳に残る戦士の重厚な叫びに、なぜかどうしようもないくらいの懐かしさが込み上げてきていたのは、なぜだったのだろう。

 

(そして、彼が人々に讃えられている姿を見て、なぜ自分はこんなにも嬉しいのだろうか………?)

 

民衆が彼をなんと呼んでいたのか、夢のせいか全く思い出せない。だがどういうわけか、彼が『その名』で讃えられる姿に、泣きたくなるほど嬉しくなっていたのは、なぜだったのだろう。

 

 

 

 

これ以降、アシズがかつての配下達から責められる悪夢を見ることはなくなった。




久々に、本編にアシズ様を出せた気がする……


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それぞれの現状~???~

これで第一部は終わりです


「………」

 

『街の片隅のネズミ』の目を通してパレードを見届けてから、『ズーラーノーンの盟主』はため息をついて椅子の背もたれに全体重をかける。

いやはやなんとも素晴らしいパレードだった。誰も彼もが街を救った冒険者達に敬意と憧れの視線を向け、歓声を上げる様は正に壮観である。

その先頭を進むのがあの二人でなければ、自身も盛り上がっていたかもしれなかっただろうが、今はむしろ嫌気が沸き上がるのみだ。

 

 

 

ネズミを彼らの泊まる宿に侵入させて、彼らの会話に聞き耳をたてようとしたところ、盗聴防止の自在法を張っていたらしくなかなか聞き取れなかった。だが『彼』から事前に託されていたジャミングの自在式のおかげで、途切れ途切れながらもどうにか話し声を聞くことはできた。そして得られた情報に、彼は心底うんざりする。

 

「………『巌凱』と『架綻の片』だけじゃなくて、『焚塵の関』もいるのかよ~」

 

二人が遠話の自在法を用いて誰かと会話していると思って聞いてみると、ウルリクムミがその相手を『ソカル』と呼んでいたのだ。ソカル………自身の記憶が確かならば、巌凱ウルリクムミの知り合いでその通称を持つ者は一人しかいない。

 

焚塵の関ソカル。巌凱ウルリクムミと同じく『とむらいの鐘』の最高幹部『九垓天秤』の一人にして、傲って当然の戦上手と称された先手大将の一人。『極光の射手』に討滅されるまでは文字通りの負け知らずであったとされ、同じ先手大将のウルリクムミが敵軍の殲滅に長けていた軍神であったのに対し、彼は自軍の防衛に長けていた狡猾なる知将だったらしい。

 

しかも話の断片から推測するに、どうやら奴はトブの大森林の最恐最悪のモンスターである『ザイトルクワエ』をトーチにして寄生し、今は大森林全体を自身の縄張りにしているとのことだ。

 

「つまり間接的に『ザイトルクワエ』を倒されちまったってことじゃねえか………。あ~、 のっけから『計画』がご破算になるとか、最悪だ~!」

 

バタバタと両足を振り乱し、盟主は頭髪のない頭蓋の頭を骨の指でかきむしる。あの魔樹は今後の『計画』のためにどうして必要なものだというのに、よりにもよってかなり面倒な部類の強敵の手中に収まってしまった。これはすぐにでも『計画』の修正を()と取り合わねばならないだろう。

 

しかもだ、これだけでも十分に脅威だというのに、『とむらいの鐘(トーテン・グロッケ)』の話題に隠れてエ・ランテルの間である噂が流れているのを知り、さらに彼は頭を抱えてしまう。

 

噂の発端は、ちょうどウルリクムミ達がカルネ村に行った日の、空が茜色に染まる夕方頃に遡る。アゼルリシア山脈の方角からやってきたという、大きめの袋を背負った異様な存在感の一人の男が、エ・ランテルの検問所に現れたのだ。検問を通って街に入ってきた男はまず街の商会に入り、背負った袋から大ぶりの自然金をテーブルいっぱいに出し、「これらを全て通貨に換金してほしい」と言ってきた。当然のことながら商会のバルド・ロフーレを始めとする商人達は男の持つ自然金が盗品ではないかと疑ったが、彼は「ここへ来る途中に会った、細身の蒼い竜から貰った」としか答えない。確かにアゼルリシア山脈にはフロスト・ドラゴンをはじめとするドラゴンは数多くいるし、ドラゴンならば自然金を蓄えていても不思議ではない。しかしドラゴンといえば財宝に貪欲で傲慢な気性のイメージが強い。他者に、ましてや彼らから見て下等生物である人間に宝を譲るなど考えられない。なおも信じてくれない商人達に、男はより正確にどうやって手に入れたのかを語りはじめた。

 

なんでも彼は人里を目指してアゼルリシア山脈を彷徨っていたところ、一休みしようとして入った洞窟の奥で両腕いっぱいに自然金を抱えたドラゴンと遭遇したという。そのドラゴンは男を見るや否や偉そうな口調で喚き散らしていたが、彼はドラゴンの戯れ言には耳を貸さずに人里の方向を尋ねた。だがドラゴンは文字通りの上から目線で罵倒するだけで会話にすら応じてくれず、面倒に思った男は力ずくでドラゴンをねじ伏せた。敗北したドラゴンは涙目で人里への道を教え、さらには持っていた自然金の全てを男に献上して命乞いをしてきた。ちょうど路銀を欲していた男は自然金の一部を受け取り、遠路からこの街まで来たとのことだ。

 

男の語る話を聞いた商人達は、最初男が荒唐無稽な法螺話を宣っていると思った。だが言われてから改めて男の佇まいを観察してみると、その出で立ちからは僅かながらも強者の気迫が滲み出ていたのだ。戦士ですらない商人の彼らが、背筋に寒気を覚えるほどに。

もし仮に今の話が本当だとすれば、この男は帝国の請負人(ワーカー)チーム『竜狩り(ドラゴン・ハント)』のリーダー、パルパトラ・オグリオンと同等か、それ以上の強さを持っているということになる。ならばここで頭ごなしに断るのは得策とは言い難く、やむなく商人達は自然金を全て通貨に換金し、大量の金貨を男に払ったのだった。

男は換金した通貨を全て受けとると、その日は宿屋に一泊した。

 

翌日、宿から出た男はまず武器屋に入った。

彼は店の商品を一通り物色すると、店にあった刀剣類をあろうことか全て買い占めた。それも鞘はいらない代わりにいい値で買うという羽振りのよさでだ。

次いでバレアレの店にも現れ、店のポーションの中でも速効性で傷の治りを良くする効能のものを全て買い占め、こちらもかなりの値段を払ったらしい。

そして来た時と同じ茜空に染まる夕方頃、男は街をあとにした。ここまでならば、風変わりな旅人が街にやって来たと思われるだけで終わっていたかもしれない。

 

だがその夜のこと、街道の野盗から捕虜を保護した冒険者達が『ある剣士が塒の野盗達をねじ伏せ、捕虜を救出してくれた』と組合に報告したことで、さらに話に尾ひれがついた。彼らが話す剣士の特徴から察するに、それは夕方この街を立ったあの男に違いなかった。しかも男がねじ伏せたという野盗達は、『死を撒く剣団』という幾多の戦争を潜り抜けてきた傭兵団だったというのだから、商会の予想通りあの男はかなりの手練れだったらしい。

 

そして全ての人間達に、一枚の紙とランプを見せてこう問いかけた。

『この娘か、この炎の色を、どこかで見たことがないか』と。

紙には角の生えた金髪の亜人。ランプの火の色は朱鷺色。加えて男は、最後にこう言っていたという。

 

『壊刃サブラクが、お前を探している』と。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おまけに『壊刃』までいるとか………なんで()()()()()()()で、面倒な奴らが一度にたくさんPOPしてくるかな~?」

 

それもどいつもこいつも、とっくの昔に死んだはずの『化け物』ばかりだ。

 

『壊刃』の生存に関してはまだわかる。

やつが死んだ場所は両界の狭間。あの『探耽求究』が今もなお生き延びているという噂がチラホラとあった場所である。ならば奴も狭間に落ちながらも、死に損なってこの世界にやってきたと考えれば一応納得はできる。

 

問題は『巌凱』と『架綻の片』、そして『焚塵の関』だ。

彼らは大戦で『震威の結い手』と『極光の射手』に間違いなく討滅されたところを、多くのフレイムヘイズや徒が見届けている。倒されたのが身代わりの燐子だった………という線も薄い。でなければ『棺の織手』の壮挙が阻止されているはずがないのだから。

 

「………まさかこれ、まだ俺達が把握してないだけで、もっといるなんてことないよな?」

 

可能性は……なくはないだろう。

そもそも発見された内の三人が『とむらいの鐘(トーテン・グロッケ)』の構成員だったのも、偶然とは思えない。

 

「………仕方ない、もっと『目』を増やすか」

 

ため息をつく盟主は、小指の欠けた左腕を掴み、今度は肘からへし折った。折れた左腕を目の前に投げ捨てると、骨の手は青紫色に燃え上がり、六つの火に別れた。炎はそれぞれ、青紫色の毛並みの猫、青紫色のヤドクガエルに似た模様のウシガエル、青紫色のマフラーを巻いた柄の悪そうな男、青紫色の翅のカイコガ、青紫色の体毛の土竜の亜人、青紫色の毛並みの山羊の亜人へと姿を変えた。

 

「………『王都の野良猫』」

 

「おう!」

 

「『大森林の蛙』」

 

「あいよ」

 

「『帝都の請負人』」

 

「ん」

 

「『法国の蛾』」

 

「へへへ」

 

「『アゼルリシアの土掘獣人(クアゴア)』」

 

「………」

 

「『アベリオンの魔山羊(バフォルク)』」

 

「ククッ」

 

「お前達はそれぞれ、王都・帝都・法国・トブの大森林、アゼルリシア山脈、聖王国に行って紅世の徒がいるかどうかを調べてこい。特に『大森林の蛙』、お前は焚塵の関の捜索と………可能であれば動向の監視を頼んだぞ」

 

「「「「「「まかせろ!」」」」」」

 

そう言うや否や、彼らはそれぞれが向かうべき方角へと文字通り飛んでいった。六つの『目』を見送りつつ、盟主は左腕のなくなった骨を見る。できればもっと『目』増やせばいいのだろうが、さすがにこれ以上『身体』を撒くと両腕どころか四肢全てを失いかねない。そうなると色々と不便だ。

 

何はともあれ、今は可能な範囲での情報収集を先決だ。『架綻の片』に封絶を見られてしまったのは痛いが、まあこのくらいの損害は比較的許容範囲だろう。だがもしこれらのうちのいずれかと直接敵対した場合、ただですむ保証はない。

 

「………こういう時、かの『逆理の裁者』なら『全くこの世は儘ならぬ』って言って笑うんだっけか?」

 

冗談じゃない、こんな想定外に笑えるものか。

足を組んで背もたれに体重をかけ、盟主は気だるそうに天井を仰いだ。

 

「あ~、やだやだ。さっさと仕事終わらせて、『蘭火』に会いたいよ~」




第一部だけですごく長かった……

皆さんいつもコメントくださってありがとうございます!コメントくださると励みになります

では次は第二部にて、因果の交差路でまた会いましょう( ゚∀゚)ノシ


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リペンタンス~懺悔~
悪夢と日常


ここから第二部になります。

亀更新ですが、よろしくお願いいたします(*・ω・)ノ


滴り落ちる水の音に、アシズの瞼が開かれる。

 

目の前に広がるのは、広いのか狭いのかわからないほど、真っ黒な空間。

 

足元を見下ろせば、波紋を広げる水たまりが所々にあるのみだ。

 

アシズはその空間に立ち尽くすだけだが、ふと周囲を見渡すと、暗闇にポツリと灯る青い炎を見つけた。

 

(あれ、は………)

 

それは自身という存在を象徴する唯一無二の色。だがその炎は、()()()()()()()()()

 

「ーーーーーーーー!」

 

それが()()炎であるかに気づいた瞬間、アシズは弾かれるように青い炎に向けて駆け出す。足元の水溜まりが踏まれる度にバシャバシャと水飛沫をあげ、アシズの身体を濡らすが彼は気にも止めない。そんなことよりも、遠くに見える炎を見失ってしまうことのほうが恐ろしかったのだ。

 

「っ………!」

 

近づいてみると、それは炎ではなく青い光を放つ一人の少女であった。自身の炎と同じ青い髪。額に金環を嵌め、茶色い修道服に身を包む彼女は、両手を組んで神に祈りを捧げている。一心に祈り続ける少女の横顔を見て、彼は震える声で彼女の名を呼ぶ。

 

「ティス………!」

 

名を呼ばれ、伏せていた瞼をゆっくりとあげ、アシズを向く彼女と視線が合わさる。

ドクンと、アシズの鼓動が高く鳴り響く。およそ千年ぶりに開かれた彼女の瞳は生前と寸分違わず美しく、アシズは泣きたい気持ちを必死に堪えながら彼女に手を伸ばす。アシズの手が、ティスの頬に触れる……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

いやああああああ!!来ないでえ!!

 

寸前に、その手を他ならぬ彼女自身が払った。

 

「………?」

 

その言葉と行動を前に、アシズの頭が一瞬だけ真っ白になる。彼は今目の前で何が起こったのかを、理解することができなかった。否、理解することを拒んだ。ティスが自分の手を振り払い、全力で拒絶するという事態を。

 

「ティ、ティス………? 何を……」

 

しばし間を置いてから、彼女に話しかけるアシズだったが、その声は先ほどとは違った意味で震えている。

 

 

 

 

『なんでも何もねえだろうが』

 

「!?」

 

急に響いた声に、アシズはバッと振り返る。先ほどまでいなかったはずの黒い空間には、色とりどりの光を放つ者達が立っていた。

 

『お前、オストローデで何人食ったんだよ?』

 

淡い乳白色の、六本腕の鎧が、咎めるように指差す。

 

『それ以外にも、アンタは何人の人間を実験台にしたわけ?』

 

真珠色の、十二歳ほどの少年が、冷めた目で見る。

 

『全て、フレイムヘイズの使命はおろか、人の命を冒涜する蛮行です』

 

紅葉色の、筋骨隆々な男が、蔑んだ目で睨む。

 

『そんなアンタを見て、聖女ちゃんが喜ぶと思う?』

 

紅葉色の、九つの尾を持つ狐が嘲笑う。

 

『よく見てみなさいよ。自分の両手を』

 

指摘されて己の両手を広げれば、その両手は真っ赤な血で染まっていた。それも両手だけではなく、水飛沫で濡れていたはずの自身の身体まで血で汚れている。気がつけば足元の水溜まりも、全て血溜まりに変わっていた。

 

『お願いです………ティスお姉様を、これ以上悲しませないでください』

 

曙色の、十五歳ほどの少女が、涙を流して懇願する。

 

血で汚れた手で頭を抱え、アシズの身体がカタカタと震えだす。自分が今までしてきたことが、思い出したくもないのに脳内で再生されていく。

 

「違う………ティス………私はただ………!」

 

縋るようにティスに再び手を伸ばすが、彼女はその手から逃げるように後退りする。

 

『触らないで、この人殺し!!』

 

愛する者からの罵倒に、アシズの思考が再び止まる。怒り、悲しみ、失望………様々な不の感情を滲ませた目で、ティスはアシズを睨む。その視線を向けられ、アシズの足元がガラガラと崩れ落ちる感覚がする。

 

『貴方なんて………貴方なんて、大っ嫌いです!!』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「………さん………アシズさん!!」

 

「!!」

 

高度から墜落するような絶望のさなか、必死な呼び掛けによってアシズの意識が現実に引き戻された。目覚めて最初に視界に入ったのは、心配そうに彼の顔を覗き込むキース医師の姿だった。

 

「キース殿か………?」

 

ゆっくりと上体を起こすアシズに安堵の息をつくキース医師に、アシズはなぜ彼が自室にいるのかと疑問を抱く。それを察して話し出したキース医師曰く、そろそろ起床時間になるので起こそうと部屋に入ってきたところ、自分が魘されているのを見て慌てて揺すり起こしたらしい。

 

「大丈夫ですか? すごく魘されてましたけど………」

 

言われて自身の額に手をやれば、なるほど確かに悪夢のせいか大量の汗が吹き出ていた。

 

「あ、ああ………大丈夫だ。少し夢見が悪かったようだ」

 

キース医師に余計な心労をかけるわけにはいかないと、アシズは表面上だけでもなんとか笑顔を作る。キース医師はまだ心配そうな顔を浮かべているが、それ以上は踏み込んで来なかった。アシズはそれに安堵し、窓の外を身やる。

 

夜はすでに明け、鳥の囀りが窓から漏れていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

アシズが朝食を済ませて庭に出ると、子供達が楽しそうに駆け回っているのが見えた。彼らは皆、キース医師の療養所に入院している患者達だ。

 

「あ、アシズ様だ~!」

 

鬼ごっこに興じていた子供達はアシズの姿を見つけると、輝くような笑顔でわらわらと集まってくる。

 

「皆、おはよう」

 

『おはようございま~す!』

 

アシズは笑みを浮かべ、元気に挨拶する子供達を順番に撫でていく。集まってきた子供達を全員撫で終わると、最後にシャナがアシズに抱きついてくる。

 

「お父さん!」

 

「おはようシャナ」

 

アシズはそれに動じることなく優しく肩に手を置き、微笑みながらシャナの頭を撫でる。どうやら彼女はアシズが療養所に住み込むようになってからは、彼を父親として慕うようになったらしい。

 

「ねえねえアシズ様、アレやってアレ!」

 

「ああ、わかった」

 

ローブを引っ張る子供達にせがまれ、アシズは嫌がるそぶりも見せず頷く。すると子供達は彼から少し距離をとり、その場に座り彼を注視する。アシズはやや間を置いてから、パンッと自身の胸の前で手を叩いた。すると彼の足元に青い火線の自在式が浮かび上がり、そこから小さな青い鳥が数羽ほど現れた。鳥は子供達の周囲を舞うように飛び回ると、形が崩れて青い炎になる。炎は再び形をとると今度は蝶々になり、蝶々になったかと思えば兎になって宙を跳ね回り、さらに様々な姿に変わっていく。青い炎は不思議なことに触れても全く熱くなく、幻想的なそれを見て子供達は眼を輝かせて歓声をあげる。

 

 

 

 

キース医師がその様子を窓から眺めて目を細めていると、表玄関から大きな声が響く。

 

「ちわ~っす。先生、今日の分のポーションを卸しにきました」

 

「は~い、ちょっと待ってて」

 

聞き慣れた声と口調に、誰が来たのか気付いたキース医師が出ると、ポーション売りのノゼルとツァレンが入ってきていた。ツァレンは背中に背負った鞄を下ろし、紐を緩めて中身を見せる。

 

「ご注文通りの、栄養失調の患者用のビタミンポーションと、精神安定用のメンタルポーション、あと睡眠ポーションです」

 

「ああ、いつもありがとう」

 

二人は療養所で使うポーションを売りに来る薬師で、キース医師は彼らのお得意先の一人だ。ポーション作りに必要な薬草採集のために森に入るためか、それなりに腕っぷしにも自身がある。

 

「急ぎの用事がないならゆっくりしていくといいよ。今果実水出すから」

 

「お、ありがとうございます!」

 

「いつもすみません……」

 

ノゼルが嬉しそうに、ツァレンが申し訳なさそうに返事をするも、キース医師は笑みを見せるだけだ。

 

 

 

客間に通されて冷たく冷やされた果実水で喉を潤す二人は、患者達に囲まれるアシズを窓から見つめる。

 

「………すっかり患者さん達からの人望を集めていますね」

 

数日前、魔法の馬車とギガントバジリスクの生首を引き連れて突然ロイツに現れたかの魔法詠唱者は、今や街で知らないものがいないほど有名になっている。

 

街の腕自慢や魔法詠唱者達がこぞって男に勝負を挑んでは返り討ちにあい、時に弟子入りを志願したりと彼の周りは慌ただしい。しかも端正な顔立ちのためか街の一部の女達からは恋慕を抱かれているのだが、当の本人はそんなことなど露知らずだ。

 

 

「よくあれだけの数のガキ共の相手できるよな、あの人」

 

俺なら速攻で根をあげるとぼやくノゼルに、ツァレンが呆れる。確かに子供達の相手をするアシズは嫌がるどころか疲労を感じさせない、きっと元来面倒見のいい人物ゆえの慣れなのだろうとキース医師はなんとなく察し、同意するように微笑んだ。

 

 




悪夢のシーンに出てきたキャラには一部オリキャラがいます。



ちなみにオリキャラのノゼルとツァレンのプロフィールです



ノゼル
怪力自慢の薬師
役職:ロイツのポーション売り
住居:小都市ロイツ
職業レベル
ファイター 3lv
アルケミスト 3lv
誕生日:下土月10日
趣味:昼寝




ツァレン
魔法も使える薬師
役職:ロイツのポーション売り
住居:小都市ロイツ
職業レベル
ウィザード 3lv
アルケミスト 3lv
誕生日中風月14日
趣味:骨董屋で魔法書探し


二人とも強さは冒険者で例えれば鉄級ぐらいのイメージです

現地人の職業レベルがほとんど『???』ばっかりなので参考にできない……(-_-;)


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来訪者

一部独自設定あります。


青い炎の小動物達が消え去ると、子供達が拍手と歓声で喜びを表す。今アシズが作ったのは低位の燐子に過ぎないが、子供達が楽しそうなのを見てアシズも満足する。

 

「本当にすごい腕前だな」

 

そこへツァレンとノゼルが庭に出てきた。

 

「おはよう二人とも。今日もポーションを持ってきてくれたのか」

 

「まあ、これが俺達の仕事ですから」

 

アシズが療養所で働くようになってから、二人とはちょくちょく顔を合わせるため、現在お互いはそれなりに親しくなっていた。

 

 

 

「それにしても、アシズさんはかなり強い魔法詠唱者だと思うんですけど、何位階まで使えるんですか? ギガントバジリスクをたった一人で倒したくらいですし、第四位階くらいはあったりとか?」

 

ここでツァレンは以前から気になっていたことをアシズに聞く。彼も魔法詠唱者としての力を多少なりとかじっているため、アシズの使う魔法が気になるのだろう。

 

「位階………」

 

その質問に、アシズはどう答えるべきかと悩んでしまう。アシズが使っているのは『紅世の徒』の『自在法』であって、この世界で一般的な位階魔法とは根本的に違う。おそらくこの世界の人間の魔法詠唱者とは比べ物にならないだろうが、そんなことを話せば色々とややこしいことになりそうなのは明白だ。かといって下手に隠してもボロが出るかもしれない。『達意の言』でこの世界の言語を調べながら、アシズは二人に上手く説明する方法を模索する。

 

そして少し考えてから、口を開いて話し出した。

 

「その………実は私が使うこの魔法は、位階魔法ではなくて『タレント』の一種なのだ」

 

「「え!?」」

 

『達位の言』によるとこの世界の一部の人間には『タレント』という、魔法とは異なる異能を持つことが極めて稀にあるとのことだ。どことなく徒の自在法に似ているような気がしたため、ここではそういう体でいくことにする。

 

「なんと言うべきか、私のタレントは『炎を媒介にあらゆる術を行使できる』というものだ。だから見る者によっては様々な魔法を使っているように見えるのだろう」

 

アシズの本質は『人智を越えし神力の宝輪』。それを反映してか、彼は優れた自在師として様々な用途の自在法を行使することができる。それに徒は基本的に炎を武器にして戦うので、あながち間違ったことを言ってはいないはず。

 

「へ~、そんなすごいタレントがあるんだな」

 

戦士職のノゼルは普通に感嘆するが、 魔法職であるツァレンの反応は違っていた。

 

「すごい万能なタレントじゃないですか! 研鑽次第では、帝国のパラダイン翁を凌げますよ!」

 

魔法詠唱者である彼から見れば素晴らしいタレントに写ったのだろう。率直な称賛を述べる。

 

「ははは………万能、か」

 

だがその言葉にアシズは困ったように笑ってから、自嘲気味に呟いた。

 

「「?」」

 

 

「確かに、この力は大抵のことはできる。だが私が本当に欲する力だけは、どうしても使えないのだ」

 

アシズは自身の両手を見て、どこか悲しそうに笑う。とても褒められて喜んだように見えないその横顔に、まさか触れてはいけない部分に触れてしまったかと焦る二人だったが

 

 

 

「ノゼル兄ちゃん遊ぼ~!」

 

そんな三人の空気を知ってか知らずか、子供達が割り込むように集まってきた。いつもなら鬱陶しいから来るなと嫌がるノゼルだが、今だけはそれがありがたかった。

 

「うわちょっ、引っ張んなガキ共!」

 

はしゃぐ子供達に肩や背中にしがみつかれながらも、ノゼルはその場から離れていく。

 

キャッキャッとはしゃぐ子供達を眺め、アシズは穏やかな笑みを浮かべる。

 

 

 

 

 

そんな彼の耳元で、自分と同じ声が囁きかける。

 

 

随分と呑気なものだな

 

オストローデを食い殺したお前が、今さら人間に肩入れするつもりか?

 

お前も、やったことはあの悪魔どもと変わらないだろうが

 

 

 

 

 

「………お父さん?」

 

「っ!」

 

シャナの呼び掛けにアシズはハッとする。

 

「どうしましたアシズさん? なんだかボーッとしてましたけど……」

 

心配そうに顔を覗き込むツァレンにアシズは一瞬焦る。どうやら黒い声のせいでやや放心していたようだ。

 

「ああいや………少し考えごとを……」

 

彼らを不安にさせないように、なんとか笑顔を取り繕い、その答えにそうですかと引き下がる彼にホッとする。

 

「………」

 

だがアシズのその姿を見た者の中でただ一人、キース医師だけは今朝のことを思い出したのか、複雑そうな目で彼を見ていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「うわっ! なんだありゃ!?」

 

とその時、ノゼルが空を指差し叫びだした。

 

 

 

 

それに反応するように、一同の視線も彼が見つめる方を向けば、

 

 

 

その先には細身で青い鱗のドラゴンが、翼を広げて飛んでいたのだ。

 

 

「きゃあああああああ!」

 

「ど、ドラゴン!?」

 

突然現れた上位モンスターの姿に、街の人々が騒然となる。子供を連れた親は我が子を近くの建物に避難させ、たまたま街を巡回していた憲兵達は武器を手に仲間達と指示しあう。それを見てアシズも万が一を考慮し、ロイツを覆う結界の防衛能力をすぐ上書きできるよう構えるが、

 

「……………っ!?」

 

彼は()()

ドラゴンの首から下がる、小さなカンテラを。

 

 

 

 

 

対するドラゴンは人々の混乱など知らないとばかりに、そのまま都市の上空を通りすぎるとロイツに一番近い森に向かって飛び去ってしまった。ドラゴンの姿が見えなくなったことで、街の人々はようやく安堵の息を吐いた。

 

「ビックリした~。あれドラゴンだよな?」

 

「ああ、しかもあの細身で蒼い鱗………アゼルリシア山脈のフロスト・ドラゴンだ」

 

フロスト・ドラゴンと言えば、アゼルリシア山脈でも一二を争う強大なモンスターの一種だ。だが彼らは普段はドワーフの旧王都を根城にしているはず、なぜ遠く離れた聖王国の領土である、このロイツの近辺にやってきたのだろうか。

 

「自然金でも探しに来たんですかね? ねえアシズさん………アシズさん?」

 

キース医師が何気ない気持ちでアシズに聞いてみたが、彼からの応答がない。ふと気になってアシズを見てみると、彼はドラゴンが飛んでいった方角を見つめ、目を見開いて凍りついている。

 

「あの………どうかしました?」

 

まるで信じられないものを見るかのように硬直するアシズに、キース医師は困惑げに声をかける。

 

「っ………すまない、少し離れる!」

 

「え、ちょっと!?」

 

しかしアシズはやや慌てたような声をあげ、ダッと驚くほどの速さで駆け出す。その走りに驚く一同をよそに、誰ともぶつかることなく人混みの隙間を縫うように走る彼の後ろ姿は、瞬く間に見えなくなった。

 

 

 

「え………あの人、魔法詠唱者なんだよな?」

 

「なんだ今の脚力と敏捷性……修行僧(モンク)でもあそこまで出ないぞ?」

 

ツァレン達はポーション売りの立場上、自分達だけで森に行くのみではなく他の冒険者と行動することもある。そのため魔法詠唱者や修行僧の基本スペックはだいたい把握しているつもりなのだが、アシズの走るスピードは並みの修行僧の速さを越えるもので、あまり体力向けのスペックを持たない魔法詠唱者のものとは思えない。

アシズの底知れない能力に唖然とする二人とは対称的に

 

「………お父さん?」

 

いつになく慌てた様子のアシズの姿に、残されたシャナの胸中を心配と不安が渦巻いていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

検問所で手続きを済ませたアシズは、門を通るや否や彼の本来の姿の一部、六枚の青い翼を背中から出す。それを大きく羽ばたかせてその場から飛び立った。向かうはドラゴンが飛び去った森。上空を飛んできた際に気配は覚えたため、ドラゴンの現在地はだいたいわかる。

 

 

動揺から早鐘を打つ鼓動を押さえつつ、アシズは飛ぶスピードをあげる。

 

(バカな! どうして()()()()()がここに!?)

 

アシズは蒼い竜など見ていない。

彼が見たのは竜の首もと、まるで首飾りのように揺れるカンテラに灯っていた、()()()()()()()()()()()()()()だけだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ロイツから離れた森では、一匹の竜が地に伏せて力尽きていた。

 

「ぜえ………ぜえ………」

 

「おうヘジンマール。だいぶ痩せてきたみたいじゃねえか」

 

地べたに這いつくばって荒く呼吸する青い竜を、目の前に立つ柄の長い大金槌を肩にかけた板金鎧の男が褒めている。

だが鎧男のその姿は人間とは明らかにかけ離れていた。鎧の腕は六本あり、がらっぱちな老境にある男の声は鎧の内部からではなく鎧そのものから発せられている。

 

「さ、左様ですか………?」

 

「がははは! こう改めてみると、お前もアイツらの同族だったんだな」

 

「それはどういう意味ですか!?」

 

男からヘジンマールと呼ばれた竜は、ガバリと首のみを上げて咎めるように怒鳴る。

 

「まあまあ。でもこれでだいぶ力ついてきただろうし、ある程度その体型の動きに慣れたらお前に合う戦い方を模索していこうぜ」

 

「わかりました………」

 

少し前までは『デブゴン』などとう不名誉なあだ名をつけられるほど肥満体だったヘジンマールは、男との修行によってだいぶ体型を絞ることができていた。ドラゴンとしての平均スペックになった今ならば、魔法の獲得も可能なはずだと言う鎧男に、ヘジンマールはやや力なく頷く。

正直修行はハードではあるが、おかげで念願のスリムボディを得られたのだ。今更贅沢は言えない。

 

 

「それにしても、なぜ今回はこちらまで? ここはすでに山脈からだいぶ離れた場所のはずですが」

 

ここへ来るまでに何回か野宿までしたが、いまだに鎧男の意図はヘジンマールには理解できないでいる。

 

「ん~、お前の体力作りの一環っていうのもあるが………」

 

鎧男は顎に手をやって考えこむ仕草をしてから、ヘジンマールを見る。

 

「なあ、お前も見ただろ? さっきの都市」

 

さっきの………と言われてヘジンマールが思い出すのは、巨大な青い結界が張られた人間の都市だ。

 

「ああ、あの結界ですか……。なんといいますか、人間の世界にもとんでもない魔法があったものですね」

 

見ただけでわかる。あれは真なる竜王のみが扱える『始源の魔法』に匹敵する高位の魔法だ。おそらく術者は竜王に相当する魔法詠唱者に違いない。だがヘジンマールの言葉に、鎧の男は面覆いから含みのある笑いを漏らす。

 

「『魔法』ねえ………お前さんにはそう見えたのか」

 

「え? いやだってあれは………」

 

ヘジンマールが言葉を紡ごうとした矢先に。

ピクリと、鎧男の肩がハネた。

 

 

 

と次の瞬間、彼の頭上から巨大な青い水晶の塊が降ってきた。鎧男は棒切れを振り回すように六本の腕で素早く大金槌を頭上に振り、落下する水晶を横に弾いた。弾かれた塊は大きな音を立てて近くの木にぶつかると、大金槌がぶつかった部分を中心にその材質は青い水晶から白い大理石へと変わっていく。

 

「………へえ」

 

「!? !?!?」

 

ヘジンマールは何が起こったのかわからないようで、大理石と鎧男を交互に見る。対する男はガシャリと大金槌を肩にかけ、誰かに聞かせるように呟く。

 

「見覚えのある色と自在法だったから、もしかしたらと思ったが………」

 

ガサリと、近くの草むらからアシズが姿を見せる。彼は眉間に皺を寄せ、警戒心をむき出しにして鎧男を睨んでいる。

 

「まさかこんなところで、てめえとの因果が交差するとは思わなかったぜ」

 

振り向く板金鎧の面覆いは表情などないはずなのに、アシズには笑っているように見えた。そして

 

「なあ……『冥奥の環』?」

 

男は、彼がとうの昔に捨てたその名で呼ぶ。

 

「『髄の楼閣』………ガヴィダ!」

 

 




解説(捏造)

宝具『キングブリトン』
ガヴィダの生み出した宝具の一つ。その能力は「殴打したものを大理石に変換すること」。
その原理は『大地の四神』が持つ『存在の力をこの世の物質に転化・還元する能力』とほぼ同じもので、この大金槌に存在の力を込めて対象を攻撃すると、殴られた対象は有機・無機は勿論、紅世の徒・フレイムヘイズ・果ては自在法(物理的実体のあるもの・所有者のキャパシティと同等のもののみに限定)に至るまでが大理石の彫像となってしまう一撃必殺の宝具。
大金槌という形状ゆえに本来であれば敵に当てるのも困難な扱い辛い宝具だが、若かりし頃のガヴィダは六本の腕を駆使した常人には不可能なスピードとコントロールで、この宝具を手足の如く使いこなしていた。
ただし相手が所有者より格上になればなるほど変換に時間がかかるため、大理石化が全身に広がる前に患部を切除すれば無効化は可能。
また『当たらなければどうということはない』能力でもあるため、素早い相手や遠距離攻撃を得意とする相手とは相性が悪い。



まがりなりにも大戦まで生き延びてきた古参の王なわけですし、ガヴィダもかなり強い部類だったんじゃないかなと思ってキングブリトンの能力をかなり捏造してしまいました……


※さすがにバランスブレイカーになってしまうと指摘されましたので、一部追加しました、


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大理石の芸術家

軽いスランプに陥ってしまい、難産になっていました…


突然のドラゴンの襲来、急にいなくなったアシズ、連続して起こった異変を前に療養所は騒然としていた。

 

 

「うええええん! お父さああああん!!」

 

アシズを一番慕うシャナが、保護者不在という事態に不安を感じて大泣きしてしまったのだ。

 

「だ、大丈夫だよシャナちゃん。アシズさんならすぐ戻ってくるから」

 

「ほら、待ってる間にテーブルゲームで遊んでいよ?」

 

「ああああああん!!」

 

キース医師をはじめ、大人達が必死にあやすがシャナは一向に泣き止んでくれない。もともとトラウマが強い彼女は、アシズが傍らにいてくれたおかげで人並みの生活を送れていた。その彼が視界からいなくなってしまえば、泣き出すのも致し方ないことだろう。

 

「ダメだこりゃ………こうなるとアシズさんが戻ってくるまで泣き止まないぞ」

 

ため息をつくノゼルはもはやお手上げと言わんばかりに額に手を当て、行き先も告げずに飛び出していった彼を思う。なにやら血相を変えて走っていったが、どこへ行ってしまったのだろうか。

 

「まさか………さっきのドラゴンを追いかけたりとかしてないよな?」

 

「いや、さすがにそれは無謀すぎると思うけど……」

 

心配そうにアシズの身を案じる一同だったが

 

 

 

 

「あ、アシズ様が戻ってきました!」

 

門から街道を見ていた患者の一人が、一同に聞こえるように叫んだ。

 

 

「!」

 

その声にいち早く反応したのはシャナで、泣き喚く声を止めてバッと顔をあげる。

少し間を置いてから、療養所の門を通ってアシズが入ってくるのを見れば、彼女は慌てて立ち上がり大人達のあいだをすり抜ける。

 

「お父さん!!」

 

矢のように駆け、アシズの胴体にタックルするように抱きつくシャナに、アシズは微動だにせず彼女の頭を優しく撫でた。

 

「ただいま、シャナ」

 

その姿を見届けてようやく一同は胸を撫で下ろす。一体どこへ行っていたのかを聞くために歩み寄ろうとするキース医師だったが、アシズの後ろから門をくぐってきた人影を見て足を止めた。

 

「………誰だあいつ?」

 

療養所の敷地に足を踏み入れたその人物は、板金鎧に身を包んだ戦士だった。赤い羽根飾りのついた兜に肩に担いだ大金槌という随分と目立つ装いを見たキース医師は、その人物がどことなく()()()()()()()()()をしているように感じた。

 

「アシズさん、おかえりなさい」

 

「ああ、急に飛び出してすまなかったな」

 

「本当っすよ。いきなりいなくなるからシャナが大泣きして大変だったんすから」

 

「そうか………」

 

「ところでアシズさん、そちらの方は?」

 

ツァレンに指摘され、アシズは少し考えこむように黙ってから口を開いた。

 

 

「………私の古い知人だ。先ほど街の外で偶然再会したので連れてきたのだ」

 

「おう、俺は『髄の楼閣』ガヴィダだ。よろしくな坊主ども」

 

鎧の人物が発したのはがらっぱちな老人の声だ。どうやら思いのほか高齢な男性らしい。

 

「坊主って………」

 

ノゼルは老人の言葉につい苦笑いを浮かべてしまう。確かに自分はまだ若い部類かもしれないが、もう青年なので十分大人だ。子供扱いされるほどではない。

 

 

 

 

「うわ!?」

 

とその時、庭の椅子に腰かけていた患者の一人が、木がバキリと折れる音を響かせて尻餅をついた。

 

「どうされました!?」

 

それにいち早く反応したのはキース医師で、尻を擦る患者に駆け寄り怪我がないかどうか確認する。

 

「い、椅子が壊れたみたいで……」

 

見れば彼が座っていたと思われる椅子が倒れてしまっている。ノゼルが椅子を持ち上げてみれば、四本脚のうちの一本が真ん中から折れていた。

 

「あ~、これはダメだ。完全にへし折れてる」

 

「買い直したばかりだったんだけど、やっぱり安物だと長持ちしないな」

 

キース医師は患者に怪我がないのを確めてから、椅子の脚を見てため息をつく。

 

 

 

 

「ちょっと見せてみろ」

 

「え?」

 

すると鎧の老人ガヴィダが、ノゼルに向けて手を伸ばしてきた。ノゼルが戸惑いながらも椅子を手渡せば、ガヴィダは折れた脚の断面を見て顎に手をやり観察する。

 

「………なんだよ、安物って割には良い木材を使ってるじゃねえか」

 

「わかるんですか?」

 

「おう、趣味の一環で素材の目利きは得意なほうなんだ」

 

ふむふむと木材を軽く小突いたりするガヴィダにツァレンが問う。

 

「もしかして、『冒険者』の方なんですか?」

 

「そんな大それたご身分のものじゃねえよ」

 

ガヴィダはひらひらと手を振って否定する。だが確かに、冒険者であれば首からプレートを下げているはず。であれば請負人というやつなのだろうか。

 

「しかしなんだ。こんな良い木をただ捨てるのはもったいねえな」

 

「でも、椅子としてはもう使えませんよ?」

 

「いんや、何も家具に拘ることはないさ」

 

ガヴィダは腰に下げていた雑嚢を開け、キョロキョロと周囲を見てからキース医師に問う。

 

「ちょっくらここの庭、借りてもいいかい?」

 

「え? まあ………構いませんけど」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それはまさに、神業としか言い様がなかった。

ガヴィダは雑嚢から細工用の工具を何種類か取り出すと、分解した椅子の木材を丁寧にかつ素早く彫っていく。彼の手作業の一つ一つには一切の無駄がなく、まるで複数の腕で行っているかのようだった

無言で作業に没頭する彼に、見守る一同も言葉を失う。ガヴィダが彫刻を完成させるまでの時間はあまり経たなかったと思われる。

 

 

「よし、完成だ!」

 

木彫りの雀の小さな置物を生みだし、それをコトリとテーブルに乗せる。

 

「うわ~!」

 

「こ、これは………!」

 

完成した雀を見て、子供達が目を輝かせ、大人達は息を飲む。

手のひら大の小ささにも関わらず、木彫りの雀は目や翼や模様に至るまで繊細で美しい。まるで今にも動き出しそうな躍動感のある姿は、生きているかのようだった。

 

「も、もしや貴方は名高い名工の方なのですか!?」

 

患者の一人が興奮するように問う。

これだけの細工技術を持つなど、よほど名の知れた生産職としか考えられない。

 

「別にそんな有名でもないぜ? ただ石削りと芸術が趣味なだけの爺だ」

 

「………」

 

カラカラと笑って否定するガヴィダに、アシズは何か言いたげな視線を向けるのみだ。

 

 

「すご~い!」

 

「鎧のおじちゃん! 次は狼作って~!」

 

「私はお花!」

 

「ドラゴン作ってよドラゴン!」

 

「がはははっ、椅子一個で足りるかこれ?」

 

集まる子供達の要望のまま、ガヴィダは木材を余すことなく使い、次々と置物を作っていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「いや~、お前がまた『都食らい』を企ててたらどうしようかと心配してたが、杞憂だったみたいでよかったわ」

 

そろそろ太陽が真上に差し掛かろうとする時間、二人は大通りの近くにある橋の上に並んで立っていた。

 

ガヴィダは諸事情あって、今日たまたまロイツの近くを通ろうとしていたのだが、遠目からアシズの自在法と思しき結界を発見した。彼がこの世界でも『壮挙』を諦めていないのではと訝しんだガヴィダは、鎌をかけるためにわざわざロイツの上空を飛行し、案の定人化した懐かしき元英雄の姿と合間見えたのだ。

もう自身は『壮挙』も『都食らい』も行うつもりはないと主張するアシズの言葉が真実であるのを確認すべく、ヘジンマールを森に残し、わずかに開かれた結界からロイツの中に招かれた。そこでは病床の患者達に慕われる彼の姿があり、それを見届けてガヴィダはようやく安堵したのだった。

 

「………」

 

対するアシズは暗い表情で橋の下の川を見つめている。波紋で揺れる水面に映る己の顔は情けないほど覇気がなく、かつて『最強の自在師』と呼ばれた紅世の王の面影は見られない。いまだ過去の過ちに囚われる惨めな一人の男がそこにいた。

そんな彼を見て、ガヴィダはバツが悪そうに面覆いを指でかく。

 

「まあなんだ………俺も『壮挙』を台無しにした一人なわけだし、八つ当たりを受けるくらいはしてやるよ」

 

大戦の最終決戦において、マティルダとヴィルヘルミナは彼の宝具『天道宮』によってブロッケン要塞に飛び込むことができた。なのである意味ではガヴィダもアシズ敗北の原因ともいえるので、甘んじて彼に殴られる覚悟はあった。

 

しかしアシズはそんなことはできない。

少なくとも、あんな悪夢を見たあとではガヴィダのことを非難する気にはなれなかった。

 

「………一つ、聞いてもいいか?」

 

 

ただどうしても知りたいことがあり、ポツリと小さく呟くように彼に問う。

 

「あん?」

 

「お前は………知っていたのか? 『炎髪灼眼』が、神威召喚をするのを」

 

自身の懐までたどり着いた彼女は最初からそれを念頭に入れていたように見えた。ガヴィダは果たしてそれを聞いていたのだろうか。

 

「まあな。『最悪それを使うかもしれないから覚悟しな』って言われてたよ。その前に『闇の雫』に殺られちまったようだがな」

 

肯定するガヴィダにアシズはギチリと歯を食い縛る。

 

「なぜっ………!」

 

なぜあの二人は、死別の道を選んだのだ。

それがどれほどの苦痛なのか、理解できたはずなのに。

 

「んなの決まっているだろ」

 

やり場のない怒りを押さえるアシズに、ため息をついてガヴィダは簡潔に答えた。

 

「それがあの二人の愛の形ってことさ」

 

「自ら愛する者を殺して、何が愛だというのだ!?」

 

天罰神とほぼ同じことを言うガヴィダに、アシズは納得ができないと怒鳴る。

アシズにとっての『愛』とは、想い人と添い遂げることであり、愛するものを自らの手で失うなど狂っているとしか思えない。

 

「………あのなぁ、『冥奥の環』」

 

アシズのその言葉を予想しながらも、ガヴィダは呆れたように肩を竦める。

 

「一口に『愛』って言っても、その形がみんな同じとは限らないんだよ」

 

「お前に、何がわかる!?」

 

「わかるさ。俺もいろんな『愛の形』を見てきたし、経験したからな」

 

「っ………!?」

 

続いた言葉にアシズは思わず目を見開く。

 

「……んだよその顔は。俺が石削りしか興味のない偶像愛者(ピュグマリオン)とでも思ってたのか? 俺だって色恋沙汰の十や二十したことぐらいあるさ」

 

紅世の徒はもちろん、人間やフレイムヘイズとかいろいろとな。

アシズは一瞬驚いたものの、よくよく考えてみれば確かにそうだ。自身よりも古くから『この世』で過ごしていたガヴィダならば、恋愛ぐらいいくらでもしたことがあっただろう。遠くを見る彼の横顔が、炎髪灼眼の生き様を誇っていた天罰神と重なる。そこにはかつて愛し合っていただろう者達との万感の想いが込められていて、嘘を言っているのではないのだと悟らざるをえなかった。

 

「………そうだな、確かにあの二人は昔のお前らに似ているよ。だが決定的に違う部分が一つある。あの二人は、お互いが別れる前から相手の思いを理解し合えていた」

 

だからあらかじめ、気持ちに覚悟ができてたのだろう。理解しあえたがゆえに、互いにとっての最上の最期を飾れたのだろうと語るガヴィダの言葉に、アシズは戸惑いながらも耳を傾ける。

 

「対するお前は『棺の織手』が死んでから自覚しちまったせいで、覚悟も何もする余裕がなかったわけだ」

 

自覚した矢先の喪失。

愛する女の死を受け入れられず、縋るように彼女の蘇生を望んだ。そうしなければ、アシズの心はへし折れてしまっていただろう。

 

「お前もよ、本当はわかってたんだろ? 『棺の織手』があんなことを望んでいなかったことぐらいさ」

 

「………」

 

指摘され、何も言い返せなかった。

確かにティスはあんなことをしてまで子を望んでいなかったかもしれない。だが仮にわかっていたとしても、アシズは止まれなかっただろう。止まってしまえば、自分の心が瞬く間に死んでしまいそうだったから。

 

「だがその時点で、お前は引き返せない場所まで来ちまっていた。ならあとはもう、突き進むしかないんだろうな」

 

もしも彼がティスへの想いをもっと早くに自覚していれば、もしも彼女を殺したのが人間でなければ………二人の最期はまた違った未来になっていたかもしれない。

ガヴィダの言葉にアシズは項垂れる。

 

 

「………私は、これからどうすればいいのだろうか?」

 

ティスの亡骸も、自在式も、戦友達も、紅世に帰還する術さえも失ってしまった。もはやなんのために生きているのかすら、アシズにはわからなくなってしまった。

 

「………あいにく、俺は『大擁炉』みたいに的確なアドバイスをしてやれるほど賢くはねえ」

 

ガヴィダはおもむろに腰の雑嚢から何かを探る。

 

「ただまあなんだ、愚痴を聞いてやるのは昔から得意だからよ。なんか吐き出したいことがあったらこれを使え」

 

そう言うとアシズの眼前に手のひら大の白い金属の板を差し出す。

 

「………これは?」

 

「俺が今世話になっている、ドワーフの国の技術『ルーン文字』で作った宝具だ。『口だけの賢者』っていう亜人が考えた遠話道具を、参考にして作ってみた」

 

俺は夜は基本暇だし気軽に話しかけてみなと、アシズの手をとって板を握らせる。よく見ると金属板の表面にはガヴィダの趣味を反映した決め細やかな美しい紋様が刻まれ、中央には見たことのない文字がある。おそらくこれがルーン文字なのだろう

 

「『髄の楼閣』………」

 

「おっと、そろそろ帰らねえとゴンド達にドヤされちまうな」

 

真上を過ぎた太陽を見て、ガヴィダはアシズに背を向けて橋を渡っていく。

 

 

「………ああそれと、お前さっきどうすればいいかって悩んでたけどよ」

 

しかし数歩目で一度立ち止まり、首だけでアシズに振り返る。

 

「取り敢えずは、さっきのシャナって嬢ちゃんのことを大事にしてやれよ」

 

「っ………!」

 

お前には何もなくても、あの少女にはお前しかいないのだから。その言葉にアシズがハッとしたのを見届け、ガヴィダは今度こそ満足そうに歩きだした。

 

「じゃあな『冥奥の環』。因果の交差路でまた会おうや」

 

後ろ手に手を振る鎧の背中が、雑踏の中に消えるまでアシズは見続けた。

 

 

 




その頃のヘジンマール

ヘジン「なんだったのあの青い化け物………」(´;д;`)))ガクブル


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転機

第二章のアシズ様パートは、ここで一旦終わります。


「むう………」

 

昼食を終えてから、シャナはガヴィダから貰った彫刻刀で熱心に木を彫っていた。なかなか思うような力加減が出来ず、深く削りすぎたり浅く削ってしまったりと、四苦八苦しながら削りカスをたくさん生み出してしまう。それでも真剣な表情で目の前の木材とにらめっこをしていくうちに、ただの木材は徐々に形を成していく。

 

「………できたあ!」

 

どれくらい時間がたったのかはわからないが、ようやく満足のいく形に完成したそれを見て、達成感からシャナの表情が明るくなる。

とそこへ、ちょうどタイミングを合わせるようにドアを開ける音がした。それを聞いて誰が帰ってきたのかを察し、シャナはすぐさま玄関へ向かいアシズを出迎えた。

 

「お父さん、おかえりなさい!」

 

「………ただいま」

 

いつも通りの優しい笑みを浮かべるアシズを見て、シャナはニコニコと笑顔で答える。

 

「あのねお父さん」

 

「?」

 

「はい!」

 

そして後ろ手に隠していたものを彼に差し出した。その手にあったのは、小さな木彫りの人形だ。

 

「………これは?」

 

「おじいちゃんに教えてもらったの!」

 

いかにも初心者が彫ったらしい不恰好な木彫りの天使像。だがそれはよくよく見ると、アシズの本来の姿を模したものである。

 

「………」

 

「お父さん?」

 

アシズはそれを見てしばし無言で固まっていたが、ふと片膝をついてしゃがみこみ、シャナを優しく抱きしめる。きょとんとするシャナからはアシズの顔は全く見えないので、彼が今どんな顔をしているのかはわからない。わからないが、今の彼が泣いているのだとシャナはなんとなく理解した。

そして彼女はいつも彼が自分にしてくれるように、アシズの頭をよしよしと優しく撫でたのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ロイツを離れたヘジンマールは、その背にガヴィダを乗せて空を飛んでいた。

 

「ええ!? じゃああの御仁はガヴィダ様よりもお強いのですか!?」

 

「おうよ。やつがその気になれば、俺なんて一回殴られただけで死ぬだろうな」

 

ガヴィダの言葉にヘジンマールは驚愕を隠せない。

最初に姿を見た時からただ者ではないと思ってはいたが、アゼルリシア最強のドラゴンである自分達の父を打ち負かしたこの男を殺せるなど、あの人物は何者なのだろうか。

 

「しかしまあなんだ………なんとか立ち直るチャンスがあったみたいで安心したな」

 

ふふ、と小さく笑みを溢すガヴィダにヘジンマールは首を傾げる。

 

「チャンス………ですか?」

 

「なあに、こっちの話だ」

 

気にしなくていいと言うように、ガヴィダはヘジンマールの背中を軽く撫でた。

 

橋へ行く前にあの少女に呼び止められたガヴィダは、彼にプレゼントをしたいから彫刻のやり方を教えてほしいといってきた彼女を見て少なからず安堵していた。あれだけ純粋に慕ってくれる人間が傍らにいてくれるならば、アシズの精神にもいい影響が出ることだろう。

願わくば、これからの彼に『天下無敵の幸運』があらんことを祈りたい。

 

 

 

「………ん?」

 

とその時、ガヴィダはどこかから視線を感じて辺りを見渡した。だが見渡す限り広がるのは平原のみで、こちらを見る人間も亜人も見当たらない。そんな彼を見てヘジンマールが問う。

 

「いかがなさいましたか?」

 

「………いや、なんでもねえ」

 

ガヴィダは首を振り、俺も勘が鈍っただろうかと内心でごちる。

ヘジンマールはまだ何か言いたげだったが、結局それを口にすることはなく、飛行速度を上げてそのまま聖王国の領土を後にしていったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そんな一人と一匹の姿を、ロイツから離れた平原から青紫色のバフォルクが見つめていた。彼は視線を彼らに固定したまま誰かに向けて口を開く。

 

「………『アベリオンのバフォルク』から『ロイツのカマキリ』へ、内部はどうなっている?」

 

『今のところ、ターゲットには気づかれていない。こちらから結界の外を見ることはできないが、直接結界に触れさえしなければ問題はない』

 

バフォルクの脳内に響くのは、小さな存在の力を持つカマキリの声。それはアシズがガヴィダを内部に入れるさいの、結界の僅かな隙間から内部に侵入していたのだ。

 

「了解、引き続きターゲットの監視を頼む」

 

 

 

 

 

「………『アゼルリシアのクアゴア』から報告は受けていたが、まさか本当に『髄の楼閣』が生きていたとはなあ」

 

 

髄の楼閣ガヴィダ。

『星霊殿』や『天道宮』を始めとする多くの様々な宝具を生みだし続けた、古の紅世の王の一人にして、史上最高位の宝具職人。

仮装舞踏会(バル・マスケ)』と袂を分けて以降は隠居したらしいが、フレイムヘイズに討たれて『天道宮』を強奪されただの、フレイムヘイズに味方して徒に殺されただの、晩年の彼がどうなったかは定かではない。ただすでに死亡しているのは間違いなかったはずだ。

 

 

「しかも『棺の織手』までいやがるとか………」

 

チラリと、青い結界に覆われたロイツを見てため息をつく。

 

棺の織手アシズ。

かつてオストローデという都市を、『都喰らい』という禁術で文字通り喰らった中世最強の自在師。そして大戦勃発の最大の元凶である『裏切り者の元英雄』。紅世の王としてもあまりに強大過ぎたがために、当時の『炎髪灼眼の討ち手』が神威召喚してやっとの思いで討滅できたという、紅世の歴史を遡っても規格外の怪物だ。

 

 

「あ~、難易度最悪なんてもんじゃねえだろこれ! クソゲーだクソゲー! つうか野生のワールドエネミーが呑気にイクメンしてんじゃねー!!」

 

バフォルクは苛立たしげに喚き散らし、頭を抱えてゴロゴロと地面を転がる。しばらくしてから地面にうつぶせになり、脱力してため息をつく。

 

「はあ………これも『クラッカー』の差し金なのか? 本っ当にうんざりするわぁ………野郎、見つけたら絶対にぶっ殺してやる………」

 

脱力しきった体勢とは裏腹に、バフォルクの目には明確なる殺意が灯り、爛々と光っていた。

 




その頃のアシズ様


キース医師「アシズさ~ん、ちょっと手を貸してほし……うわ!? なんでボロ泣き!?」Σ(゜ロ゜;)

アシズ「っ………」シャナを抱きしめたまま声を殺して泣いてる

シャナ「お父さん、いいこいいこ」( *・ω)/(;д; )


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死の支配者の憂鬱

今回、若干のグロ表現があるかもですのでご注意ください


冒険者組合のとある一角のテーブルに座り、冒険者モモンは頬杖をつき静かにため息をついていた。

 

(………金がない)

 

彼の目の前に広がるのは銀級冒険者以下が受けれる依頼書が数枚。内容自体は極めて簡単なものではあったが、そのぶん報酬の合計金額はあまり高額ではない。

現在、冒険者モモンは地道な依頼をこなしていきどうにか銀級にまで昇格はできたものの、それでもナザリックの軍資金確保としては全然足りない。組合にある全ての依頼を短期間でこなすなどの偉業を成せば、あるいはもっと早く昇格できるかもしれないが、全ての依頼を独占するのはルール違反だ。今目の前にある依頼も、組合に注意されないギリギリの量である。

 

(やっぱり、先日の騒動に参加しなかったのが手痛かったか………)

 

はあと再びため息をつくも、後悔先に立たずだ。ひとまず資金調達を優先するしか道はないとやや肩を落とす。

そんなモモンに、黒髪の魔法詠唱者………ではなく赤毛で褐色肌の、露出度の高い衣服のクレリックが明るく声をかけてきた。

 

「元気出すっすよモモンさん! モモンさんの実力なら、頑張ってお仕事さえこなせばアダマンタイトも夢じゃないっす!」

 

「ああ、ありがとうレギィ」

 

 

新たなる冒険者モモンのお供、レギィことルプスレギナに頷く。

なぜこの場にナーベがいないのかというと、端的な話『いろいろと面倒だから』である。ただでさえ墓地の件で白い目を向けられる可能性が高いというのに、口を開けば人間を見下し罵倒するナーベがいてはほかの冒険者との軋轢が悪化しかねない。そうなれば間違いなく冒険者モモンの株がさらに下がってしまうだろう。

だからモモンは、人間に対して比較的友好なルプスレギナを急遽相方にし直したのだ。彼女の職業は信仰系魔法詠唱者だが、炎の魔法も使えるのでナーベの代役としては実力的にも問題はないはず。

ちなみに冒険者ナーベは、『知人の死に塞ぎ込んでしまい、故郷に帰った』ということにしておいた。

 

 

そんな困窮する彼らとは裏腹に、

 

「今戻ったぞおおお」

 

現役のアダマンタイト級冒険者二人が、威風堂々と組合に現れた。

彼らは今回、ギガントバジリスク討伐の依頼を受けたとのことだが、戻ってきたということは無事に依頼を完遂させたようだ。その姿を見てその場にいた若い冒険者達が、我先にと二人に群がる。

 

「ウルリクムミさん、アルラウネさん、おはようございます!」

 

「はじめまして! おとといから冒険者になった新人冒険者です」

 

「ぼ、僕達………先日の墓地の戦いでウルリクムミさんのタレントを見て、冒険者になる決心がついたんです!」

 

「あの! もしこのあとお暇でしたら、訓練の指導をしてくださいませんか!?」

 

「握手してくださ~い!」

 

黄色い歓声を上げて騒ぐ冒険者達を、ウルリクムミは片手を上げる動作のみで制する。

 

「すまなんだあああ、まずは受付にいいい、依頼達成の報告をせねばならぬううう

 

「話はそのあとでもよろしいでしょうか?」

 

「あ、すみません!」

 

慌てて冒険者達が二人の目の前を避けて道を作るが、その光景はさながらモーゼのようだった。

 

先のズーラーノーン一派討伐という偉業をなし、白金からアダマンタイトへと一気に昇格した二人は、『漆黒の剣』から独立して『とむらいの鐘(トーテン・グロッケ)』というチームを新たに結成した。難易度の高い依頼を次々とこなし、その名声を高めている二人のことを知らぬ者は、もはやこのエ・ランテルには一人もいない。

 

 

 

「よう、おかえりウルリクムミ」

 

「聞きましたよ~、このあいだは依頼でギガントバジリスクを倒したらしいじゃないですか!」

 

「もはや『とむらいの鐘(トーテン・グロッケ)』の英雄譚は、とどまるところを知らないな」

 

受付に報告するウルリクムミの横から、彼らと同期・先輩のベテラン冒険者達が歩み寄り、称えるように鎧の背中を叩く。しかし彼らのその言葉にウルリクムミは首を振る。

 

「否あああ、これしきのことで舞い上がっていてはあああ、『とむらいの鐘(トーテン・グロッケ)』の名を背負うに値いしないいいい。世にこの名を轟かせるにはあああ、まだまだ精進が足りぬというものだあああ」

 

冒険者の最高位に至ってなお、二人は極めて謙虚に精進を絶やさない。それだけ彼らにとって『とむらいの鐘(トーテン・グロッケ)』という名は尊いものなのだろう。

強いうえにストイック、その姿に新参冒険者が憧れないわけがない。

 

 

「かっけえ……」

 

「あれこそ、本物の『英雄』ってやつなんだな……」

 

「俺らも負けてられねえな!」

 

 

冒険者の誰もが二人の英雄の姿に、眩しいほどの羨望の眼差しを向けている。

 

 

だがそんな一同とは裏腹に、二人に不愉快そうな目線を向ける者がいた。拳を握るレギィに気づいたモモンは、彼女に立つよう促して冒険者組合をあとにする。冒険者達は英雄の後ろ姿にみいるだけで、モモンとレギィの姿など視界にも入れない。

 

「………」

 

だがウルリクムミとアルラウネだけは、組合を離れる二人の姿をしかと見ていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

支度をするために宿に戻ってきた二人は、銀級に昇格したおかげか最初の頃よりはいい部屋に泊まれるようになっていた。

 

「………やっぱり納得がいきません。どう考えてもああやって称えられるべきは、アインズ様をおいてほかにいないはずです」

 

周囲に盗聴されていないのを確認してから、ルプスレギナは冒険者の仮面を脱いでメイドとしての態度でアインズと会話する。彼女としては最強の魔法詠唱者であるアインズではなく下等生物である人間の冒険者が称えられるという状況が納得できないのだろう。アインズも彼女からその言葉が告げられるのは予想できていたため、首を振って否定する。

 

「致し方ないさ。彼らは三年の月日を経たうえで、街の人々を救い己の力を見せつけたのだ。英雄と称されるのも当然の結果だ」

 

彼らの冒険者歴は三年、対するこちらはまだ一ヶ月ほど。同じ強者ならばいまだ得体の知れない新参者よりも、確かな実績を持ち顔の広いベテランのほうが、人々からの信頼が厚くなるのは当然のことだ。

 

「しかしアインズ様、聞けば彼らが倒したのはスケリトル・ドラゴンだそうです。あんなもの、第七位階魔法を使えば一撃で倒せる雑魚です」

 

ルプスレギナが言う通り、スケリトル・ドラゴンは第六位階以下の魔法に耐性を持つアンデッドだが、第七位階以上の魔法であれば一撃で倒せる。プレアデスの基準では確かに雑魚といえるだろう。

 

「ユグドラシルではな。だがこの世界の人間の最高位魔法は第六位階までが限界だ。それを倒せるならば、この世界の基準では間違いなく彼らは強者だ」

 

「ですが………!」

 

いまだ納得できないという様子のルプスレギナを、アインズはやんわりと制する。

 

「ルプスレギナよ、私を思ってくれるその気持ちは嬉しく思う。だがそういった発言は決して人前では言うな」

 

ルプスレギナは悔しそうにグッと押し黙りつつも、目を伏せて頭を垂れる。

 

「御方のご命令であれば………」

 

これがナーベラルであればムシケラ発言を絶やさなかっただろうが、ルプスレギナはTPOを弁えていると言うだけあってそういった態度は絶対にしない。こんなことならば最初から彼女を相方にするべきだったかと内心で思うアインズは、完全戦士化を解いて転移門を作る。

 

 

「………ひとまず、これらの依頼を全て達成しなければならないが、私は一度ナザリックに戻らねばならない。何か変化があれば必ず連絡せよ」

 

「は!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

現在、ナザリック地下大墳墓の問題は山積みだ。

 

 

墳墓の維持費稼ぎ、アイテムの生産、NPCの報連相と臨機応変さの育成、強敵に対する戦力強化、現地の情報収集、さらにはナザリックのダミー建設。

特に階層守護者を倒したアシズの存在は脅威としかいいようがなく、ナザリックの強化計画が重要視されている。野盗の死体を使ったアンデッド作成実験、現地の材料のみでポーションやスクロールを安定供給する取り組みに、出し惜しみなどしていられない。

 

 

 

 

 

ここはナザリック第六階層に設けられた、とある天幕。現在デミウルゴスは険しい顔つきで羊皮紙を丁寧に鞣していた。

 

「あの………デミウルゴス様。さすがにそろそろ、お休みになられたほうがよろしいのでは?」

 

デミウルゴスの傍らから、彼が召喚した深淵の悪魔(アビス・デーモン)が心配そうに休憩を勧める。

 

「何を言っているのです。まだ今日の分のノルマが完遂していません」

 

対するデミウルゴスは彼に見向きもせず、作業の手を止めようとしない。

 

「しかし、デミウルゴス様はもう三日も睡眠すらとっておられません。さすがにこれ以上はお辛くなられるかと」

 

なおも止めようとする深淵の悪魔だが、デミウルゴスは彼の気遣いを煩わしいと言わんばかりに、眼鏡の奥から宝石の目でギロリと睨む。

 

「アインズ様から疲労無効と睡眠無効のアイテムを賜っておりますのでいらぬ心配です。私のことはいいので、貴方達だけで先に休憩しなさい」

 

突き放すように命じられ、深淵の悪魔を始めとする配下達は何も言い返せず黙り込んだ。彼らがデミウルゴスに強く言えないのは、単に恐ろしいからだけではない。彼がここまで自らに激務を強いるのが、先の牧場襲撃における自責の念からきているのだと、ほかの悪魔達も知っているからだ。

件のアシズなる天使に殺され、ナザリックの金貨を消費し、牧場の羊を全て奪われるという階層守護者にあるまじき大失態を犯してしまった罪の意識から、デミウルゴスは少しでも汚名を返上するべく職務にとりかかっている。悪魔達にはデミウルゴスの気持ちが痛いほどわかるし、自分達だって彼の立場ならば同じことをしていただろう。

 

 

とそこへ、作業部屋の扉が開かれる

 

 

「邪魔するぞ、デミウルゴス」

 

入ってきた人物の姿を見て一同は驚愕する。

 

「っ!? あ、アインズ様!? 失礼、今現在散らかっておりまして!」

 

突然の主君の来訪に、デミウルゴスを初めとする悪魔達は慌てふためきながらもその場に跪く。

 

「よい、気にしなくていい」

 

片手を上げて楽にするよう命じ、アインズは作業部屋をぐるりと見渡してからデミウルゴスと向き合う。

 

「さて………時にデミウルゴスよ」

 

「は!」

 

「お前が最後に休息したのはいつだ?」

 

「!?」

 

アインズからやや険しさの込められた声で問われ、ギクリとデミウルゴスの身体が硬直する。

 

「かれこれ三日は作業部屋にかじりついていると聞いたぞ?」

 

その言葉からデミウルゴスの頭脳は密告者が誰なのかを理解し、キッと後ろの悪魔達を睨む。睨まれた悪魔達は申し訳なさそうに俯くだけだ。

 

「彼らを責めないでやってくれ、私が無理に聞き出したのだ」

 

その言葉にデミウルゴスはなるほどとなってしまう。御方に命じられたのでは致し方なく、デミウルゴスは観念したように俯いた。

 

「デミウルゴスよ。確かに私は作業効率を上げるために睡眠・疲労無効のアイテムを持たせたが、無理に仕事を強制させるつもりはない」

 

「で、ですがアインズ様!」

 

デミウルゴスは過日の遅れを取り戻すべく必死だ。もしこれ以上の失態を演じれば、御方に見限られるのではないかという恐怖が彼に甘えや妥協を許さない。

だがアインズは穏やかな態度でデミウルゴスを諭す。

 

「よいかデミウルゴス、例え肉体の疲労がないとしても、精神的な疲労は必ず蓄積されるものだ。そして精神的な疲労は作業効率を下げてしまう」

 

 

 

(俺だって疲労無効のパッシブスキルがあるとはいえ、精神的な疲労は尋常じゃないからなあ……)

 

常に支配者ロールをするのはかなり神経がすり減るもので、この時ばかりは睡眠無効を持つ我が身を呪ってしまう。

 

「それに、スクロールの材料はもう十分すぎるほど補充された」

 

チラリと見れば、机の上には山ほどつまれた羊皮紙がある。見ただけでも数十枚近くはあり、これだけあれば事欠かないだろう。

 

「ナザリックのためを思うならばこそ、適度な休息はせよ」

 

 

(このままだと、デミウルゴスがヘロヘロさんの二の舞になってしまう………それだけはなんとしても避けないと!!)

 

かつてブラック企業に勤め、ボロボロな身体で18連勤などという恐ろしい記録を叩き出した社畜系スライムのギルメンが、アインズの脳裏を過る。ホワイト企業ナザリックを掲げるアインズとしては、絶対に阻止せねばならない案件だ。

 

「御方のご命令、承知いたしました……」

 

デミウルゴスはアインズの慈悲に胸を締めつけられる気持ちながらも頷いた。

 

 

 

 

 

「それにしてもデミウルゴス。休憩を挟まなかったとはいえ、よく1日でこれだけの量の羊皮紙を作れたな」

 

アルベドから羊皮紙用の新しい羊を捕獲したという話は聞いていた。なんでもナザリックの近辺を歩いていたのを影の悪魔達が発見し、捕らえたとのことだ。しかしこれだけ生産できたということは、よほど大量の動物を捕獲したということになる。となると餌の量が尋常ではないと思うが大丈夫なのだろうか。

 

「はい。不幸中の幸いにも高品質な羊が一頭手に入りまして、かつての牧場以上に生産性が高くなりました」

 

「………一頭だと?」

 

たった一頭だけでここまでたくさん作れるなど、よほど巨大な羊なのだろうか。

もしかしたら物珍しいモンスターかもしれないと、アインズのコレクター魂に火がつく。

 

「興味があるな。是非一度見させて貰おう」

 

「は!」

 

とたんにデミウルゴスは笑顔になり、アインズを羊が飼育してあるという小屋に案内した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「アインズ様、こちらが聖王国両脚羊に代わる新しい羊………その名も焔両脚羊(フレア・シープ)です」

 

デミウルゴスに誘われ、アインズが天幕の中に入って中にいたものを確認した瞬間、即座に沈静化が働いた。

 

 

「………え?」

 

 

扉を開けた先にいたのは、衣服すら着ていない丸裸の、銀の髪を持つ15才ほどの人間の少女だったのだ。少女は干し草が敷かれた家畜小屋で這いつくばっているだけで、彼女の周囲には羊はおろか動物らしきものは見当たらない。

つまり考えられるのは…

 

「…………デミウルゴス、お前はさっき『羊』って言っていたよな?」

 

「はい」

 

「………どう見ても、人間の娘にしか見えないのだが」

 

件の『羊』というのは、小屋の中央のこの少女しかいないというになる。

 

「家畜である以上は、立派な羊には違いありません」

 

胸を張るデミウルゴスにアインズの思考が真っ白になり、ギギギと首だけを少女に向ける。少女は身を震わせながら、銀髪の隙間から怯えた目でこちらを見ており、どんな扱いをされていたのか嫌でも理解せざるをえない。

 

「………デミウルゴスよ。なぜ人間なのだ?」

 

「はい、様々な動物の皮で実験を重ねたところ、人間のものを使用したものが極めて高品質であることがわかったのです。しかもこの羊、今まで飼育したものの中でも極めて『特殊』な個体でして……」

 

デミウルゴスは得意げな笑みで少女に歩み寄り、近くのテーブルに置いてあった皮剥ぎ用のナイフを手に取る。

 

「ご覧くださいませアインズ様。こちらの羊の能力を」

 

少女の腕を引いて無理矢理立たせ、ナイフで少女の背中の皮膚を鮮やかな手つきで剥がす。

 

「いやあああああああああ!!」

 

背中から鮮血が吹き出し、少女が苦痛の叫びをあげる。しかし次の瞬間、皮膚の下のむき出しになった肉が曙色の火で覆われ、彼女の背中の傷は跡形もなくなった。

 

「これは……」

 

アインズは驚く。見たところデミウルゴスが回復魔法を使った様子はなかったし、ユグドラシルの治癒魔法とは全く異なる回復の仕方だ。

 

「『支配の呪言』で吐かせたところ、どうやらこの羊は『自動的に傷を治す』タレントを持っているようなのです。これならば羊を大量に捕獲することなく、安定して羊皮紙を作れます」

 

自信満々にプレゼンするデミウルゴスだったが、今のアインズはそれ以上に気になることがある。

 

「………なあデミウルゴス」

 

「なんでしょうか?」

 

「以前の牧場で飼育していたのも、人間だったのか?」

 

どうか違ってほしいと心の中で念じるが、

 

「もちろんです」

 

ニッコリと頷くデミウルゴスによって、それはバッサリ切り捨てられた。

 

「………」

 

 

(羊って人間のことだったのかよおおおおおお!!)

 

 

心中で絶叫し、絶え間なく沈静化が働く。

 

人間なら人間って先に言えよ!

羊とかややこしいだろうが!

 

などと頭を抱えたい気持ちを必死に堪えるアインズだったが、ここではたとあることに気づく。

 

(まさか………アシズがデミウルゴスの牧場を襲撃したのって、人間が虐げられていると思ったからか………!?)

 

なるほど、そう考えれば合点がいく。そうであればその首魁であるデミウルゴスを惨殺したのも、致し方なかったかもしれない。

 

 

 

「あ~、デミウルゴス」

 

アンデッド化の影響で人間に対する情は実質なくなってしまったアインズではあるが、これはさすがに気分的に悪いと思い、人間の家畜化をやめさせようとするも

 

「はい」

 

ぶんぶんとしっぽを振っているデミウルゴスを見て、ウッと言葉が詰まってしまう。

 

………よくよく考えれば、治癒魔法を使わずに回復できるのならば、安定供給は容易い。せっかくコストパフォーマンスの良いスクロール作成の目処がたったのに却下するのは、なんだかもったいないように思える。何よりただでさえ汚名返上をするために頑張ってきたデミウルゴスに申し訳ない気がすると、いかにもアンデッドらしい思考で考えてしまう。

 

 

いろいろと考えに考えた結果、アインズは妥協案としてデミウルゴスにこう命じた。

 

 

「………今後はこの羊から皮を剥ぐ場合は、苦痛を与えないようにしてやれ」

 

「?」

 

「それと………なるべく衣食住を可能な限り良いものするのだ。あと服も着せてやれ」

 

この少女にはこれから、ナザリックのスクロール作成のために働いてもらうわけだ。ならばせめて苦痛を与えず手厚く扱ってあげるぐらいはするべきだろう。あと女子の裸はいろいろと眼の毒だ。そう判断したがゆえの命令だったのだが、

 

 

「っ! ………なるほど、そういうことですか」

 

(………え、何が?)

 

突然何かを勝手に理解しだした悪魔にアインズは困惑する。

 

「承知しました。ではこちらの家畜小屋の内装もすぐさま変えましょう」

 

「あ~、うん。任せた………ぞ?」

 

「は!」

 

 

 

 

 

 

 

そうして飼育小屋を後にしたアインズは、ため息をついて顔に手を当てる。

 

(………アシズ、なんかごめん)

 

事情を知らなかったとはいえ、あまりにも理不尽な逆恨みをしてしまったかの天使に対し、心の中で謝罪するアインズであった。

 




エ・ランテルに戻る前

アインズ「時にナーベラルよ。お前はあの新しくアダマンタイト級冒険者となった『とむらいの鐘』の二人をどう思っている?」

ナーベ「あのカブトムシと花カマキリのことですか?」

アインズ「………ナーベ、今日からお前はナザリックで待機だ」

ナーベ「!!!?」 Σ(゚д゚lll) ガーンッ


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上方修正

初めて『震える文字』をやっていた。


青紫色の火が灯る蝋燭に照らされた薄暗い部屋。その部屋の中央には、豪奢ながらも禍々しい意匠の玉座が備わっていたが、そこに鎮座すべき者の姿はなく、空の玉座を重厚な負のオーラが包み込んでいる。

 

そんなおぞましい場所の中空に、蜂蜜色の自在式が浮かび上がり、空間に切れ目ができて深淵が現れた。

深淵から飛び出してきたのは飛行服を着た鷹で、翼から羽根とともに火の粉を撒き散らしながら椅子の背もたれの上に止まる。鷹の身から離れた飛行服は燃え上がってローブに変わると、鷹の頭を撫でながらキョロキョロと周囲を見る。

 

「は~………」

 

発見した部屋の主である『ズーラーノーンの盟主』は、椅子から少し離れた固い床に白骨死体のごとくうつぶせになっており、憂鬱と言わんばかりにため息をついていた。だがローブは盟主に一瞥するだけで、椅子のそばにあるテーブルの上に置かれた書類を手に取った。

 

「はあああああああああ……」

 

なおもわざとらしく大きくため息をつく盟主だが、それを聞き流すようにローブは書類の一枚一枚に目を通すだけだ。

それから数秒の感覚を空けてから、盟主はガバリと上半身を勢いよく起こした。

 

「………ちょっとは声かけようとか思わない!?」

 

「………床で寝たら風邪引きますよ」

 

「そういうことじゃねえから!!」

 

ローブのあまりにも冷淡な態度に再び床に伏せる盟主だったが、彼はその体勢のまま「あ~」と呻いてズルズルと片手のみで床を這って椅子に向かう。アンデッドの見た目に相応しい動作で椅子の下に到着すると、立つのも億劫そうに玉座に座った。

 

「………思っていたより()()()ね」

 

そうこうしているうちに書類を読み終えたローブは、その内容を理解して淡々と答える。

 

「不幸中の幸いというか、亜人の国をはじめとする他国には一人もいなかった。いるのはナザリックを中心とした、人間の生活圏内だけだ」

 

「そうですか。しかし………」

 

ローブは書類の中の一枚、青い結界に包まれた小都市ロイツと、子供達の頭を笑顔で撫でる青い魔法詠唱者の男性の写真が載っている書類を見てため息をついた。

 

「『棺の織手』ですか………よりにもよって、一番厄介な大物が復活しましたね」

 

『巌凱』だけでも十分すぎるほどの脅威だというのに、その彼の主君である紅世の王まで現れたとあっては、盟主の気が滅入るのも致し方ないことだろう。

 

「今のところはロイツから離れる様子はなさそうだけど、これで聖王国の侵略は事実上不可能になっちまったな」

 

背もたれに体重をかける盟主に、ローブはさらに質問する。

 

「ちなみに、ナザリックのほうはいかがですか?」

 

その質問に、彼は一度バツが悪そうに目線を反らしてからローブを見る。

 

「それがさ~………どうもデミウルゴスのやつが『棺の織手』にちょっかいかけたみたいで、一回死んじまったんだとよ」

 

「デミウルゴスが? ………ああそういえば彼、聖王国に行ってましたね」

 

確か『牧場』と称した悪趣味極まりない『遊び場』を作ったそうだが、たまたま通りかかった『棺の織手』に人間を救出され、彼を排除しようとしてものの見事に返り討ちにあったのだという。

 

「あとで知ったんだけどさ、モモンガさんがあの墓地騒動に参加しなかったのって、『棺の織手』対策会議が長引いたせいで、タイミング悪くエ・ランテルに戻れなかったんだと」

 

「………」

 

なるほどそれでかと、ローブは納得すると同時に呆れ果てた。大方『棺の織手』の真価を見誤り、舐めプして殺された。そんなところだろう。

 

(………主人の言うこと成すこと全てが絶対正しいと、盲目的に肯定してそれ以外を見下し、主人から与えられた自分の力こそが絶対だと自惚れる『人形』は、これだからめんどくさい)

 

内心で毒づくローブに、今度は盟主が問いかける。

 

「んで、『本社』の判断は?」

 

「そのことなのですが……チーフからご連絡が」

 

チーフという言葉に、盟主の肩がピクリと反応する。

 

「サトゥラが?」

 

「はい…………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

上方修正(アップデート)が完了した』とのことです」

 

「!」

 

ローブのその言葉に、盟主は眼窪の火を揺らめかせておおっと感嘆の声を漏らす。

 

「やっと修正されたか~。これでちょっとでも健闘できたらいいけど」

 

肩の荷が降りたとばかりにう~んと伸びをする盟主に、ローブはさらに続ける。

 

「とはいえ、今回は『巌凱』と『架綻の片』の戦闘データを参考にした第一修正ですので、『棺の織手』や『壊刃』相手には無理があるかと」

 

「そりゃあ、あんな文武両道ゴーレムと花びら魔女を仮に倒せたとしても、初見殺し不死身剣士やチート自在法連発天使に勝てるビジョンが湧きゃしねえよ」

 

片や、察知不能状態から放たれる大規模攻撃と、経過ダメージ効果付きの解呪不可能の自在法『スティグマ』を繰り出す殺し屋。

片や、莫大な存在の力と多種多様な自在法を使い、攻防一体にして決まれば一撃必殺の自在法『聖なる棺』を放つ最強の自在師。

両者と同時に遭遇(エンカウント)した瞬間を想像しただけで、ない筈の鳥肌が立つ思いだ。

 

「なので、不具合が生じるまでは『プランA』を続行し観察。もし現段階の限界値でプランの続行が不可能と判断された場合は、迷わず『プランB』に移行せよとのことです」

 

「な~るほど」

 

「そういうわけですから、貴方もそろそろ()()()()()()()()()()()()()

 

「へ~い」

 

気の抜けた返事をし、盟主は片手で己の頭を掴むと、ボキリと首の骨を折って頭蓋骨を床に投げ捨てた。投げた首無しのスケルトンの身体はだらりと脱力し、床に落ちた頭蓋骨が青紫色の大きな炎となって燃え上がると、人型の姿をとりはじめる。炎が収まるとそこに立っていたのは、青紫色の忍び装束に身を包み、頭から爪先に至るまで肌が一切露出していない忍者であった。

 

「………よし、そういうことだ『ズーラーノーンの盟主』。お前には今後もここの管理をしてもらうが、これからは『俺』がこっちでの司令塔をやらせてもらうぞ」

 

「わか………った………」

 

対する『ズーラーノーンの盟主』の身体は、もげていた頭蓋骨はもちろん、欠けていた片腕も含めて全てがもとに戻っていた。だがその言動と雰囲気には先ほどまでの軽薄さが嘘のようになくなり、静かに頷く姿は外見通りの虚ろなアンデッドそのものだった。

 

「さ~て………それじゃまず、モモンガさんに『お知らせ』しますか」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(まさかデミウルゴスが飼育していたのが人間だったとは………これはますます報連相の徹底をしたほうがよさそうだな)

 

アインズとルプスレギナ………もとい冒険者モモンとレギィは、ゴブリン討伐依頼を速攻ですませてから一息つく。

 

幸い捕らえた人間はデミウルゴスの『支配の呪言』が効いているようで、せいぜい40レベル以下の強さしかないから反逆される危険性はなさそうだ。しかも自力で回復できるタレントを持っているので、たった一人だけでスクロールの安定供給が可能となった。これでスクロールの問題は実質解決できたわけだ。

 

(しかしどうしようか………『例の件』)

 

トブの大森林を調査していたアウラからの報告により、森の奥の湿地帯で亜人である蜥蜴人(リザードマン)の集落が発見されたとのことだ。

アインズとしてはナザリックの戦力強化のために、人間よりも強靭な肉体を持つ蜥蜴人の肉体で強力なアンデッドを作りたいのだが、平均的な能力値が未知数な蜥蜴人の群れに、安易に戦いを仕掛けていいものかと悩む。

 

(アシズみたいな強いモンスターがいるかもしれないし、仮にそこまではいかなくても蜥蜴人の『神人』がいる可能性も否めない)

 

だがコキュートスを初めとする、NPCの意識改革のためには実戦経験は大事だ。しかし、それで我が子同然のNPCに再び危機が降りかかるのも恐ろしい……

 

(一体どうすれば………)

 

小さく肩を落として悩むアインズだったが

 

 

 

 

 

 

 

ピピピッ、ピピピッ、ピピピッ

 

 

 

 

 

 

「………ん? なんの音だ?」

 

突如鳴り響いた電子音に二人が反応する。

 

「レギィ、スキルでわかるか?」

 

「駄目っす。そもそもこれ、周囲から聞こえる音じゃありません」

 

レギィのフードの下にある耳がピクピクと動き、探知系のスキルを全て使う。アインズも魔法を使うなどしてキョロキョロと周りを警戒するも、音の発生源と思われるものは見当たらない。

もしや異常事態かと思い、アルベドに伝言を繋ごうとするが、

 

(いや、待てよ………?)

 

アインズはこの独特のリズムと音質に、ふと既知感を覚えた。

 

(この音は………まさか!?)

 

聴き覚えのある音に、慌ててユグドラシル時代によくやったコンソールを開く動作をしてみると、アインズの目の前にパネルが現れた。

 

(開いた!?)

 

転移してから今まで全く開かなかったGMコール。見ればGM通知メニューの項目にNewのメッセージがついている。

 

(やっぱり、これは運営からの通知音だ! でもどうして今さら………いや、そもそもなんで異世界に繋がって……!?)

 

ますます警戒心がはねあがるアインズだったが

 

 

 

 

 

 

 

『モモンガさん、運営からのお知らせだよ』

 

 

「……………?」

 

 

次の瞬間、アインズの脳内に蕩けるような甘い男性の声が響いた。その声にアインズの意識がモヤがかかったように止まり、眼窪の輝きが消え、ぼんやりとその場に立ち尽くしてしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「アインズ様?」

 

しばらくしてからルプスレギナに声をかけれれ、アインズの目窪の赤い輝きが戻り、ハッと意識を取り戻した。

 

(………ん、あれ? 俺、何してたんだっけ?)

 

 

しばし戸惑うが、目の前に開かれたコンソールに気づく。

 

「ああ、そうか。()()()()()()()()()()()()()()()()

 

未読メッセージを開いて内容を見ると、そこにはかなり長い説明文が書かれていた。

 

 

 

・プレイヤーの上限レベルを100レベルから1000レベルに変更。

・一度の戦闘で取得できる経験値の量を従来の倍に変更。

・プレイヤーが死亡した場合のレベルダウンと装備品ドロップシステムを撤廃。

・いくつかのスキル・魔法を上方修正。

・ギルドホームのトラップ維持、召喚を継続させるさいに必要なユグドラシル金貨を無料に変更。

・NPCの復活に必要なユグドラシル金貨の金額を五億から一億に値下げ。

・時間停止中でも攻撃魔法が可能になるよう変更。

 

 

 

 

(………え、カンストレベルの上限突破!? しかもユグドラシル金貨の使用量が大幅カット!? そのうえこれからは、時間停止中でも攻撃魔法が使えるようになるのか!?)

 

 

なんとも好条件な修正内容に思わず声をあげそうになるも、沈静化が働いたおかげでルプスレギナに醜態を晒すことはなかった。

 

(すごいや! これで万が一アシズみたいな強敵に出くわしても、なんとか切り抜けそうだ!!)

 

「モモンさん、どうしたっすか?」

 

「ん、ああ問題ないぞレギィ。どうやらユグドラシルの魔法の一部が強化されたそうだ」

 

「本当っすか!?」

 

パアッと嬉しそうに笑うルプスレギナは、ひゃっほう!と叫びながらその場をピョンピョンと跳び跳ねた。

 

「これならば可能かもしれないな………。レギィ、冒険者組合への報告は任せる。くれぐれも連絡を怠るな」

 

「了解っす! モモンさんはどうするっすか?」

 

「一度、ナザリックに戻る」

 

それまでの迷いが晴れるように深紅のマントをたなびかせ、アインズは改めてコキュートスの出陣命令を下すべくアルベドに伝言を繋げた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そんなアインズを見つめるルプスレギナの目は、ぼんやりとした若竹色の目をしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

石の小さな隙間から二人を覗いていた、これまた小さな青紫色の蜥蜴が喋る。

 

「………こちら『平地のカナヘビ』、モモンガさんにしっかり通知が届いたのを確認した」

 

『ちゃんと暗示は効いているか?』

 

「ああ、バッチリだ」

 

なんの疑いもなく上方修正のお知らせに喜ぶ彼の姿を眺め、カナヘビは長い舌をチロチロと揺らして嘲笑う。

 

 

「さあて………それじゃまず小手調べとして、蜥蜴人との『戦争』を始めてみますか」

 

転移でナザリックに帰還したアインズを見届けてから、一人冒険者組合へと向かうルプスレギナの後ろ姿を見送る。

 

「せいぜい頑張ってね。モモンガさん」

 




謎の声のイメージCVは、グリリバボイスでお願いいたします


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湿地の蜥蜴人

ついに蜥蜴人編開幕です!
私のオバロ推しキャラである蜥蜴人達の勇姿に喝采せよ!


時は、数十年ほど前に遡る。

トブの大森林の沼地に住むとある蜥蜴人の夫婦の間に、一つの卵が産み落とされた。待望の我が子の誕生を喜んだ夫婦は、卵をそれはそれは大事に温めて産声をあげる日を待ちわびた。だがそれから数ヶ月が過ぎ、そろそろ皹が入る時期にも関わらず、卵が孵ることはなかった。産みたての頃はあんなにも温かった卵は、今や氷のように冷えている。内に宿った生命の火は、日の目を見ることなく殻の中で潰えてしまったのだ。

我が子をこの腕に抱くことを夢見ていたメスは、ぬくもりのない卵を抱きしめて嘆き悲しんだ。我が子を肩車する日を心待ちにしていたオスは、こんなこともあるさと愛する番の肩を抱き寄せて慰めた。

この世の空気を吸うことすら叶わなかった赤子。ならばせめてその魂が、偉大なる祖霊の御下へ迎えられることを願い、夫婦は卵を家屋の裏の土に埋めることにした。

時刻は逢魔ヶ刻を過ぎ、夜の帳が辺りを包んでいた。涙を浮かべるメスが卵に頬を寄せ、次に子供が生まれたら貴方の分までたくさんの愛情を注いでみせると誓い、オスが掘った穴に卵を置こうとした瞬間だった。

 

暗くなったその場を真昼のように照らす黝色の流れ星が、夫婦目掛けて飛んできたのだ。オスがメスの手を引き急いでその場から離れると、流れ星はあろうことか穴の中の卵に落下した。その光景に泣き叫ぶメスを引き留めるオスが見たのは、黝色の炎に包まれる命のない卵。炎はまるで卵を火種とするように激しく燃え上がると、その全てが卵へと吸い込まれていった。夫婦は炎が消えてから恐る恐る卵を覗き込むと、卵は炎と同じ色の淡い輝きと熱を帯びている。

そして

 

 

 

………ドクンッ

 

 

 

力強い脈動がその場に広がり、

 

 

 

ピシリッ

 

 

 

卵の表面に皹が入る。

 

 

 

バキッ

 

 

 

まず出てきたのは、小さな蜥蜴人の頭部。夫婦の特徴を受け継いだ顔立ちの、しかし夫婦のどちらのものでもない黝色の鱗が顔を出し、ズルリと身体を殻から引きずり出した。赤子は生まれたてにも関わらず、瞼を開いて夫婦を見ると、ハクハクと口を動かして、

 

 

「ーーーーーーー!!」

 

 

生き物の声では絶対に発することができない『音』を響かせた。

 

そのありえない現象に困惑と恐怖から、夫婦はすぐさま赤子を抱えて族長の屋敷へ向かい、戸を叩いて族長を呼び出し起こったことを包み隠さず話した。

異変を察した族長は集落の上位階級者達を集め、この普通じゃない生まれを成した赤子の処遇についての話し合いがなされた。

 

ある戦士頭は言った、この赤子は化け物の化身に違いない。いずれこの集落に災いをもたらす前に、今ここで殺すべきだと。

ある祭司頭は言った、この赤子は祖霊の御使いに違いない。この子を育むことこそが祖霊が我らに与えた試練に違いないと。

 

長い長い話し合いの末、両親の懇願もあって赤子は監視をつけるという条件で、集落全体で養うことが決まった。

 

 

 

 

 

その赤子の名はーーーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

昼過ぎを迎えた頃、蜥蜴人の部族の一つである『朱の瞳(レッドアイ)族』の集落の外れを歩く者がいる。草簑で隠された身体は体格から見るにメスの蜥蜴人のもので、簑の合間から見える鱗は雪のように白かった。

白い蜥蜴人がしばらく沼沿いに歩いていると、青い草原のような植物が見える開けた場所にたどり着く。整備された湿地に植えられた植物、『稲』の前にしゃがみこんでいるのは、祭司の装束を纏ったオスの蜥蜴人だ。彼は草簑の蜥蜴人に背を向けるようにしている。

 

「ここにいたのね、ニーガ兄様」

 

「………クルシュか」

 

背後から声をかける彼女に振り返って名を呼ぶオスは、フードを目深に被って素顔を隠しており、胸には『朱の瞳( レッドアイ)族』族長の印が下がっている。つまり彼こそがこの部族の族長である。

名はニーガ・ルールー。族長の補佐を努める祭司クルシュ・ルールーとは実の兄妹であり、互いに支え合いながら今日まで部族を纏めあげてきた優秀な祭司だ。

クルシュはニーガの隣に歩み寄り、二人の眼前に広がる青々とした水田の稲が、風に揺れているのを眺めた。

 

「今年も豊作になりそうで何よりね」

 

「油断は出来ぬ。カビや冷害、害虫などを常に警戒せねばないないし、水かさや水温を細かく調整しなければいい米にはならない」

 

「兄様は本当にマメね」

 

二人の視界の端では水田に水を注いだり、稲の穂を食べようとする小鳥を追い払う蜥蜴人達の姿が見える。

 

 

「………兄様、本当にありがとう」

 

ふいに静かな声で改まったように感謝を述べるクルシュに、ニーガは彼女を見上げる。

 

「何がだ?」

 

「兄様がこの『稲』を見つけてくれなければ、私達は食糧難の危機に陥っていたと思うわ」

 

ニーガが稲を発見したのは、彼がまだ八歳の頃。お目付け役とともにたまたま森の中を歩いていた時に、一房の植物を見つけたのが始まりだった。

彼は何を思ったのかその植物の穂を採取し、湿地の一部に植えてそれらを栽培しはじめた。集落の大人達は最初は子供特有の物珍しさからくる気まぐれと思い、どうせすぐ飽きるだろうと放置された。しかしそれから二年の月日がたった頃、ニーガはある程度増えた植物から採取した穂を手製の鍋に入れ、水につけて火で蒸して完成したそれを両親に振る舞ったのだ。息子が生まれて初めて作ったその『手料理』は、白く温かく粘りけがあって味こそないものの、魚や肉よりも腹にたまる食材だった。しかもそれは味がない分、魚や香草で好きな味にすることができるという利点があり、両親は息子からの『手料理』の美味さに思わず舌鼓をうったという。

蜥蜴人は主食こそ魚だが、基本は雑食性だ。ニーガが発見し『稲』と名付けたこの植物は瞬く間に集落中に広まり始め、特に漁で魚がとれない日には集落で大変重宝されたのだ。

 

 

 

「稲だけじゃないわ。兄様は塩や砂糖を使った保存食の作り方も見いだしてくれた」

 

いつだったか、集落に人間の魔法詠唱者が訪れたことがあった。ニーガはその人物に砂糖と塩を作る魔法を教わり、捕った魚や肉を生み出した塩に浸けたり、森で採った果実を砂糖で煮詰めて保存食にする技術を確立させたのだ。これによって魚が不漁になった時も、部族は安定した食料を確保できるようになった。

それらの功績を称えられ、彼は前族長の推薦のもと、新しい族長となったのだった。

 

 

「兄様ほどの知恵者なら、番になりたいと名乗り出るメスも大勢いたと思うけど……」

 

「それは無理な話だ。私には生まれつき子種がない」

 

緩く首を横に振るニーガに、クルシュは俯く。

 

「ええ………それはわかっているわ」

 

ニーガは生まれが特殊なせいか、二次性徴を向かえても生殖能力が備わることはなかった。本来であれば次代の血筋を残せない者は食い扶持を減らすために旅人として部族から追い出されるのが普通だが、ニーガは優れた知恵のおかげで族長として今も集落にいられる。

 

「私自身、婚姻願望や子作りの願望があるわけではないから問題はない。ただ………父母に孫の顔を見せてやれないのは、少々申し訳なく思う」

 

物心ついた時から『悪魔の子』と影で囁かれていた自身に、親としての深い愛情を注いでくれた両親に、最低限の親孝行をしてやれない自分を悔やむことはある。それでも両親は『お前が生きて、村のために尽力してくれている。これが親孝行以外のなんだというのだ』と励ましてくれていた。

 

「兄様の代わりに、私が子を成せればよかったのだけれど………」

 

「何を言っている。むしろ気立てがよくて芯のあるお前のほうが、引く手あまたであろうが」

 

妹であるクルシュには子を孕む機能はしっかり備わっている。祭司の才に恵まれ、男を支える良妻賢母になれる気質を持った彼女は、間違いなく優良物件に違いない。しかしクルシュには、ニーガとは違った方向性で問題があった。

 

「それは私が普通だったらの話よ」

 

自嘲気味に笑い、クルシュは自身の白い鱗を見る。日の光に当たるだけで痛み、外を自由に駆け回れないこの身体が恨めしい。

 

「お前の肌の色など今更だろう」

 

「この部族ではそうね。………だけど、はたして他の部族はどうかしら」

 

アルビノのことをよく知らない他部族から見て、異様なまでに白いこの鱗はどう映ることだろう。きっと気味の悪いものを見るような目で見てくるに違いないと、クルシュは確信している。

 

「お前の容姿をとやかく抜かすような男など、こちらから願い下げだ」

 

だがその後ろ向きな発言に、ニーガはふんと忌々しげに鼻を鳴らす。

 

「ふふふ、そう言ってくれるのは兄様だけよ」

 

兄の言葉につい笑みが溢れ、クルシュは立ち上がる。

 

「じゃあ、私は今日の分のジャム作りをしにいくから」

 

「ああ」

 

 

 

 

 

 

水田を後にして、クルシュは来た道とは逆に歩き集落に戻っていく。

さすがに今日は長く外にいすぎた。太陽光のせいで少し肌がヒリヒリするし眼も痛い。だがこの程度ならば自身の祭司の力で十分治せる。

 

兄と他愛ないおしゃべりをして、米が今年も無事に収穫されるよう祖霊に祈りを捧げる。自身は死ぬまで独り身のまま終わるだろうと、半ば諦めの気持ちを抱きつつも、

 

こんな当たり前の日常がいつまでも続くだろうと、クルシュはこの日、この瞬間まで、何の疑いもなく信じていた。

 




朱の瞳族の名産

・おにぎり
・米酒
・森のフルーツのジャム
・魚の塩漬け


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先触れ

忍者「今さらだけどさあ、この修正内容って現地で過ごしてるプレイヤーからすればクソ仕様じゃね?」

ローブ「ちなみに修正をしていた時のサトゥラチーフは、『三徹どころか一週徹なんて、ギネス記録を見ても俺ぐらいしかやっていないだろうな~』と言って、アヒャヒャヒャと狂ったように笑っていました」

忍者「………次に向こうに戻る時は、サトゥラにいい酒と飯を届けてやってくれないか?」

ローブ「一番上質のを選んでくださるなら」


ちょうど同じ頃、ネムはいつもの場所でソカルと戯れていた。

 

「………はい、できたよソカル!」

 

約束通り、ソカルへのプレゼントとして数色の糸で編んだ花の髪飾りを持ってきたネムは、ソカルの頭の枝に乗ってその先の細い部分に髪飾りを結ぶ。

枝の先でネムを下ろしてからソカルは髪飾りに触れる。彼女は綺麗な色の髪飾りを買ってくると言っていたが、その髪飾りは地味な色合いであった。

 

「ふん、私の趣味と全く不釣り合いなものを選びおって。こんなもので媚を売れると思うなよ」

 

「ごめんね。本当はもっと綺麗な色の髪飾りもたくさんあったんだけど、なんとなくソカルにはこれが一番似合いそうだと思ったの」

 

「何?」

 

訝しげにみるソカルに、ネムは満面の笑みで答える。

 

 

「この髪飾りね、ソカルのお友達の色と同じ糸で編んであるんだよ!」

 

言われて見れば確かに、髪飾りを構成する糸の色は濃紺、焦げ茶、鈍色、亜麻色、枯れ草色、黄色、黝色、虹色、黄土色。そして青だった。

 

ありし日の戦友達と主の炎の色を束ねた髪飾りに、ソカルはかつての日々が脳裏を過る。

 

「………」

 

 

だが次いで思い出すのは、いまだ壮挙の顛末を語ろうともしないウルリクムミの後ろ姿だった。戦友達が揃ったときに全てを話す、そう逃げるように言葉を濁した彼にソカルはギシリと歯を軋らせる。

 

(………私は認めんぞ、ウルリクムミ!)

 

最強の紅世の王である主が、フレイムヘイズ共に負けるはずがない。

嫌な可能性から気を紛らわせるべく、件のアウラ達の監視を行おうとするソカルだったが、

 

「………?」

 

ふと先ほどまで晴れ渡っていた遠くの空が、急に曇ってきたのが見えた。それも空全体ではなく、一部分のみがだ。ソカルは紅世の王としての直感力からなんとなく察する、これはただの自然現象ではない、人為的なものだ。そしてこれを成した者の素性も一つしか考えられない、あのダークエルフ達の仕業に違いない。

 

(動き出したか!)

 

確信したソカルはまず森の現状を確認しようとするが、ふいに自身の幹に何かが張り付く。

 

「ソカル………なんかこわい」

 

ネムはその黒い雲を見て、目尻に涙を浮かべて縮こまっていた。ソカルは怯える彼女の姿に苛立たしげに顔を歪ませてから、ネムの周りから根を伸ばす。

 

「目障りだ。私の視界から失せろ」

 

根っこで小さなドームを作るとネムを守るように覆い、ソカルの根に守られたことで安堵した彼女を見届け、ソカルは改めて森の『目』に繋げる。

 

 

 

黒い雲が覆っている場所を見れば、いくつかの原始的な家屋と二本足で歩く人型の蜥蜴のような生き物が密集している場所を見つけた。

 

(これは………確か蜥蜴人といったか?)

 

以前ピニスンが言っていた、トブの大森林に住む亜人の一種だったはず。

 

彼らは突然の異常事態に困惑したり、不安げにオロオロしており、子供や一部の成人は家屋に逃げ込み始めている。蜥蜴人の集落の頭上はさらに暗くなると、その暗雲からおぞましい化け物が下りてきた。黒い霧を固め、表面には醜悪な無数の顔が張り付いている姿のそれらは、輪唱するように喋りだす。

 

 

 

『聞け、我は偉大なる御方に支えし者。先触れとして来た』

 

『汝らに、死を宣告する』

 

『偉大なる御方は、汝らを滅ぼすべく軍を動かされた』

 

『されど、寛大なる御方は汝らに必死の、無駄な抵抗をさせるための猶予をお与えになられるとのこと』

 

『本日より数えて八日、その日この湖の蜥蜴人部族の中で、汝らを一番目の死の供物としよう』

 

『必死の抵抗をせよ。嘲笑を以て偉大なる御方がお喜びになられるように』

 

『ゆめ忘れるな、八日後をーーー』

 

 

化け物は言うだけ言うと、再び暗雲へと消え去っていった。

 

 

(………ほう、まずはあの湿地一帯の亜人共を蹂躙し、勢力を拡大するわけか)

 

亜人の生活圏に関してはどうでもいいが、あのダークエルフの差し金であれば話は別だ。ひとまずウルリクムミ達に連絡すべきだろうと、ソカルは遠話の自在式を起動させる。

 

(全く不運な連中だが、さてどうするつもりか………ん?)

 

一方的に虐げられるだろう蜥蜴人達をやや哀れみつつ、再び湿地一帯を見て回ると、太陽の真ん中に目玉が記された紋章の旗を掲げた集落を見つけた。

彼らも化け物の先触れに焦りと不安から取り乱しているが、その中で一人の蜥蜴人を見つける。

 

(………!?)

 

草簑で全身をすっぽり覆った蜥蜴人を傍らに立たせるその蜥蜴人は、両手を広げて他の蜥蜴人を宥めている様子を見るにあの集落の長と思われる。軽装な装束を纏い目深にフードを被っており、その顔は全く見えない。だが装束の合間から見えた黝色の鱗を見て、ソカルは二つの割れ目を見開いて驚愕する。

 

(あ、あれは………!!)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

冒険者組合の模擬戦場では、ウルリクムミ主導による新参冒険者達の鍛練が終わったところだった。

 

「では今日の鍛練はあああ、ここまでだあああ」

 

『ありがとうございました!!』

 

新参冒険者達が一糸乱れぬ動きで頭を下げ、鍛練による疲労で肩を上下させながらも散り散りになり解散していく。

 

 

 

「いや~、ウルリクムミ君のおかげで新人達も喜んで稽古に明け暮れているよ」

 

「うむううう、若者が稽古に励む姿は良いものだあああ」

 

笑顔でウルリクムミの肩を叩くアインザックに彼も頷く。やはり現在の冒険者の憧れの的である『とむらいの鐘(トーテン・グロッケ)』直々の稽古に志願する者は多く、鍛練の内容こそ厳しくとも皆嬉しそうだ。

 

 

 

「それで組合長おおお、『例の件』はどうだあああ?」

 

ウルリクムミに『例の件』と聞かれ、アインザックは申し訳なさそうに頬を掻く。

 

「君が知りたいと言っていた、ダークエルフの住む地域についてだね? 生憎うちの組合では、現在のダークエルフの情勢に関する詳しい情報は入ってこなかったよ」

 

「そうかあああ……」

 

トブの大森林に現れたダークエルフの少女、『アウラ』率いる異形の軍勢に関する情報を得るべく、ウルリクムミ達は組合や依頼を受けた先などでダークエルフのことを聞いて回ってはいたが、成果は芳しくない。唯一判明していることといえば、南方の大森林の奥深くにある人跡未踏の地に移住しているという噂だけで、エルフの国のように人間と関わることはないそうだと語るアインザックに、ウルリクムミはやや落胆する。

 

普通のエルフの国の話であれば、法国と戦争をしているという話が有名だ。かつて彼らは人類の守護を担う『スレイン法国』と協力関係にあったらしいが、大昔になんらかの理由で両国は袂を分かち、にらみ合いをしているとのことだ。

それを聞いてふとウルリクムミは、以前ソカルから聞いた戦士長ガゼフを抹殺しようとした法国の魔法詠唱者達を思い出す。人類の守護を掲げておきながら、その守護者として優秀な人材をわざわざ潰すなど本末転倒もいいところだ。

 

(宗教国家だのおおお、人類守護と宣ってもおおお、所詮は人間かあああ)

 

結局のところ、綺麗事だけで国の安定が保てるわけがない。かつてウルリクムミが生きていた世界の人間達も、そうやって互いの足を引っ張りあっていたのだから、この世界も似たようなものなのだろう。

 

 

 

 

 

「御大将?」

 

とそこへアルラウネが現れ、ウルリクムミに歩み寄ってくる。

 

「どうしたあああ?」

 

彼女は握っていた手を僅かに開くと、点滅する小さな花びらをウルリクムミにのみ見せる。それを見たウルリクムミの目が見開く。

 

「! ………すまぬううう、少し急用ができたあああ。俺はこれで失礼するううう」

 

「ああ。今日もご苦労様」

 

笑顔を見せるアインザックに軽く会釈すると、二人はその場をあとにした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

アダマンタイトに昇格したことで、エ・ランテルでも高級な宿屋に泊まることができるようになった二人は、急いで自分達の部屋に戻りソカルからの遠話を繋げる。

 

『おお、やっと繋がりましたか!』

 

テーブルの上に咲いた大輪の花から、やや焦った様子の甲高い声が響く。

 

「どうしたソカルううう、定時報告はまだのはずだぞおおお?」

 

ソカルには引き続き『アウラ』の監視を任せてはいるが、今はまだ報告する時間帯ではないはずだ。

 

「もしや、かのダークエルフに何か動きが?」

 

『そ、それもありますが……… より急を要する報告がありまして!』

 

いつになく慌てた様子の戦友に、ウルリクムミも真剣な面持ちで耳を傾ける。

 

「なんだあああ?」

 

 

 

 

『天凍の倶ニヌルタを発見しました!!』

 

 

 

 

「!?」

 

「ニヌルタ様を!?」

 

 

天凍の倶ニヌルタ。ソカルの口から告げられた懐かしき盟友の名に、ウルリクムミは思わずガタリと椅子から立ち上がる。

 

「本当にニヌルタだったのかあああ!?」

 

『間違いありません! あのいけすかない黝色は、まぎれもなく奴の色です!!』

 

そう断言するソカルは、かつて彼とは犬猿の中だったのだ。その彼が言うのならば確定だろう。

 

「ニヌルタ様は、今どちらに!?」

 

アルラウネも逸る気持ちのままに問う。

 

「つい最近見つけた、蜥蜴人という亜人の集落です! ただその………どうやら奴も、私と同じく『トーチ』に寄生しているようです」

 

どうやらソカルのようにトーチに寄生していたことで、気配がわかりにくくなっていたらしい。だがソカルが知った『もう一つの異変』がきっかけで発見できたという。

 

『実は例のダークエルフ共が、その蜥蜴人の集落に宣戦布告をしてきまして……』

 

「そうかあああ」

 

ソカルは蜥蜴人の集落で起こったことを、二人にこと細かに説明する。醜怪な姿をしたその先触れは、八日後にその集落に軍を差し向けると言っていたらしい。

 

「八日後、ですか?」

 

『うむ。連中も砦の建設で忙しいようで、虚言ではないかと』

 

碑堅陣を通して見れば、何十体の異形を引き連れて例のダークエルフ『アウラ』が森を切り開き、前線拠点と思しき砦を建てていたのを見たとソカルは語る。

 

「ふむううう」

 

ソカルの報告を全て聞き、ウルリクムミは腕を組んで考えこむ。ソカルがトーチに閉じ込められて弱体化していることを踏まえると、ニヌルタも弱体化している可能性が高い。敵軍の規模がどのくらいかもわからない現状では、もしニヌルタの状態が最悪であれば、自在法を扱うこともできないまま戦わなければならないかもしれない。

ならば、ウルリクムミがとるべき行動は一つだ。

 

「アルラウネえええ、我々もその集落に向かうぞおおお」

 

エ・ランテルからトブの大森林まではおよそ二日で辿り着ける。今から急げば充分間に合うはずだ。

 

「御意に?」

 

アルラウネも頷き、二人は早速支度をすることにした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「やっぱりあちらさんも動き出すか」

 

『忍者』とローブは『町の片隅のネズミ』の目を通し、『とむらいの鐘(トーテン・グロッケ)』がナザリックの動きを知ったのを確認する。

 

「当然でしょう。かつての仲間が発見されたうえに、その人物がいるであろう場所に要警戒対象が宣戦布告をしてきたわけですから」

 

 

天凍の倶ニヌルタ。

『とむらいの鐘』最高幹部『九垓天秤』の一角にして、中核たる主力軍の統率と首領アシズの護衛を同時に務めた、冷静な指揮官たる中軍首将。先手大将のソカルと互角の強さを誇っていた強大なる紅世の王だったらしいが、最終的には小夜啼鳥(ナハティガル)争奪戦において、フレイムヘイズ『恋歌の謳い手』と『万術狐』の捨て身の自在法と、『炎髪灼眼の討ち手』の持ち前の悪運の強さに追い込まれて討滅されたはず。

 

 

 

「しっかしどうする? 上方修正したとはいえ、『巌凱』と『焚塵の関』と『天凍の俱』がパーティー組んだら、コキュートス達がフルボッコにされるぞ」

 

今回の上方修正は『プレイヤーの強化』をメインにしている。だが修正を大々的に担ったチーフ曰く、レベルアップアイテムの実装、課金アイテムをユグドラシル金貨で購入可能にする、NPCの基礎ステータスの強化などの大型修正はまだ時間がかかるそうだ。それでも九垓天秤を相手にするには、せめてこれだけはやっておかなくてはと必要最低限の修正をした結果、かなり中途半端な強化になってしまったらしい。

 

つまりNPC達の強さは、いまだ変わっていない。

 

うち『焚塵の関』と『天凍の倶』は、全盛期に比べて弱体化してはいるようだが、NPC達とは強さ以前に実戦経験の差が開きすぎている。こんな状態で弱体化すらしていない『巌凱』が加わろうものならば、コキュートスはなす術なく速攻で殺され、せっかく学習したことも全て忘れてしまうだろう。

 

「………致し方ありませんね」

 

暫く思案していたローブだったが、ふいに腰かけていた椅子から立ち上がる。

 

 

 

「私が『巌凱』を足止めします」

 

「え?」

 

 

その言葉に忍者はきょとんと首を傾げる。

 

「お前が? 『巌凱』を倒せるのか?」

 

「私なんかが倒せるわけないでしょう、あんなマップ兵器。あくまで足止めするだけですよ」

 

「ふ~ん………まあ確かに、お前の『自在法』なら足止めくらいはできそうかもな」

 

 

 

ローブは肩に止まる鷹の燐子に下に降りるようフードを動かして指示し、床に着地した燐子は主に向けて鋭い嘴を開く。ローブが袖から取り出した蜂蜜色の丸い結晶体を、燐子の嘴に咥えさせると燐子は結晶体をそのまま丸呑みする。すると鷹の燐子は蜂蜜色に燃え上がってから、四枚翼のバードマンの姿となった。ローブが自身の戦装束であるその燐子を()()()、バードマンの虚ろな眼差しに自我が宿り、翼を羽ばたかせて火の粉を舞い散らす。

 

「では僭越ながら………この『傀寄の装ハスター』。任務を開始いたします」

 




その時のニーガ


ニーガ(………今、とても不愉快な視線を感じた気が)

通じ合う犬猿の仲


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ザリュース・シャシャ

ようやく……私の推しであるザリュースをだせた……!


平穏な集落を突如襲った異変。禍々しき怪物から告げられたあまりにも理不尽な宣戦布告に、すぐさま『朱の瞳』族の上位階級者達を集めた話し合いが行われた。

先触れに来たアンデッドの言葉を聞き、堅実な祭司頭と頭の固い長老達は避難をすべきであると主張した。一方で血の気が多い戦士頭達は戦うべきだと主張し、慎重派な狩猟頭達は様子見をすべきではないかと意見する。

だが族長のニーガが提唱したのは、『他部族の蜥蜴人との同盟による抗戦』だったのだ。族長のあまりにも突拍子もない考えに、祭司頭達や長老達はおろか、戦士頭や首領頭までもが反対した。

その理由は二年前にこの湿地にて、主食の不漁が続き食料難の危機に陥った部族同士による、食料の奪い合いがあったためだ。幸いにも『朱の瞳』族はニーガがもたらした『稲』と保存食のおかげで食料難の時期を乗り越えられたものの、ほかの部族はそうもいかなかったらしい。そして他部族のうち緑爪(グリーン・クロー)小さき牙(スモール・ファング)鋭き尻尾(レイザー・テイル)の三部族同盟に、鋭剣(シャープ・エッジ)黄色の斑(イエロー・スペクトル)の二部族同盟は敗北。二部族の残党は竜牙(ドラゴン・タスク)に吸収された。そんな因縁深い四部族が、大人しく同盟を組んでくれるとは思えなかったのだ。

だがニーガは『必ず彼らのほうから同盟を要求しに使者が来る』と、どこか確信めいた様子で断言した。

 

ほかの者達がどれだけ説得してもニーガが意見を曲げることはなく、結局一同は彼に根負けして五部族同盟の準備を進めることに決まったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

そして一夜明けた現在、クルシュは太陽の光が差さない自室に待機していた。

 

(………落ち着くのよクルシュ。これから来るであろう使者の人となりを通して、同盟を組むに値する部族であるかどうかを見極めないと)

 

真に恐れるべきは有能な敵よりも無能な味方であると、ニーガは語る。例え敵に優秀な人材が多くとも戦略次第ではまだ勝機を掴めるが、味方が無能であれば互いに足を引っ張りあい自滅してしまう可能性が高い。そこでニーガは他の部族が同盟を結べる優秀な相手であるかどうかを試すべく、ある一計を案じることにした。

まずニーガは自身が族長であることを隠し、使者に『族長は現在留守であるため、ご帰還されるまで族長補佐と話をしてほしい』と伝え、クルシュが控える家屋に案内する。そこでアルビノであるクルシュの容姿を罵倒するような、礼儀知らずを送る部族であれば組むに値しない。せめて多少は動揺しつつも、しかと会話が出来るくらいの良識の持ち主でなければ意味がない。

ニーガの実に合理的な判断に穴は無い。だがそれでも、クルシュとしてはおそらく初めて会うことになるだろう『朱の瞳』族以外の蜥蜴人にどんなことを言われるのか、不安を感じずにはいられない。

 

 

「クルシュ、来たぞ」

 

「!」

 

すると家屋の外から兄が声をかけてくる。

 

「使者の人数は一人だが、フロスト・ペインを所持し、巨大な四つ首のヒュドラに騎乗している。手筈通りまず私が応対する」

 

「わ、わかったわ……」

 

ついに来た。

蜥蜴人の四至宝の一つであるフロスト・ペインを所有し、魔獣ヒュドラを従えるということは、使者は相当な実力者に違いない。しばらく外で仲間達の足音が近づいてきてから、家屋の前で立ち止まる。

 

 

「俺は『緑爪』族のザリュース・シャシャ。部屋に入らせて頂く」

 

凛々しいオスの声が布一枚の向こうから響く。クルシュは緊張を和らげるように深呼吸をしてから、使者の入室を許可する。

 

「………どうぞ」

 

家屋を仕切る布が捲られ、逆光に照らされた一人のオスが姿を現した。

 

「よくいらっしゃいました」

 

ザリュースと名乗ったオスはクルシュの姿を見た瞬間、口をあんぐりと開き目を見開いて固まった。その反応を見て、クルシュは小さくため息をつく。どう見ても目の前のオスは、クルシュのアルビノの姿に驚愕している。

 

(………視界に入れてすぐ罵倒しないだけ、良識はありそうね)

 

だがここまでは兄の想定内だ。あとは会話を通してこのオスの器が合格点に達せればいい。

 

「………かの四至宝の一つたるフロスト・ペインを持つ方にも、この身は異形に見えるようですね」

 

とはいえ、つい自嘲気味に漏らしてしまうクルシュだったが

 

 

「っ………!」

 

ザリュースは呻き声を必死に抑えながら、どこか心ここにあらずといった様子で中に入ってくる。

 

「え? あ………どうしました?」

 

ただならぬ様子のザリュースに、それほどまでにアルビノの姿が衝撃的だったのだろうかとクルシュは心配そうに声をかける。

そして彼はゆっくりと床に敷かれたござに座ると

 

 

 

…………クルル、クルルルル!!

 

 

 

爬虫類特有の甲高い声で鳴いた。

 

 

「えっ………? あっ………えっ………?」

 

それは蜥蜴人の求愛の声で、クルシュは思わず顔が真っ赤に頭が真っ白になってしまう。

 

「………あ、いや! 違うっ………違うというか……その………これは失礼した!」

 

ザリュースも自身の無意識の行動に我に返るが、動揺が尻尾に現れ床をバシバシと叩いている。

 

「お、落ち着いてください………!」

 

ひとまず尻尾の動きを止め、二人はまず互いに向き合う。

 

 

「お初にお目にかかる。『緑爪』族が旅人、ザリュース・シャシャと申す」

 

「『朱の瞳』族の族長補佐を務めております。クルシュ・ルールーです」

 

互いに名乗りあい、二人は会釈する。

 

「よろしく………」

 

だがザリュースは完全に緊張しているのか動きが固く、拳を握りしめ、尻尾にいたっては真っ直ぐにそそり立っている。

 

「しゃちほこばって話すことも無いでしょう? 楽にしてください」

 

言われるがまま、ザリュースは深呼吸を繰り返して自身を落ち着かせる。

 

 

「では早速ですが、こちらに来られた理由をお尋ねしても?」

 

「ああ………」

 

「まあ、察しはついておりますが……」

 

ここからが自身の対話力を最大限発揮しなければならないところだ。会話を通して、ザリュースを使者として送り出した『緑爪』族が優秀か否かを判断せねば。

 

「先日現れた謎のアンデッドのことで「結婚してくれ」……………は?」

 

しかしクルシュの言葉に割り込むように告げられた一言に、再び彼女の脳内が真っ白になる。クルシュが瞬きをしてから、しばしの間を空けたのち

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はあああああああああああ!!!?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

外にまで響くのではないかという大声があげられた。

 

 

「け………結婚………!?」

 

混乱する頭を反映するようにバシバシと尻尾で床が叩かれる。そしてそれはザリュースも同じだった。

 

「こ、ここに来た目的は違う! 本来であればそちらの話を優先すべきで、話の順序がおかしいのは承知している。だが、自分の気持ちに嘘はつけん」

 

「えっ………ええ……!?」

 

「あ、いや、この非常事態にすまん! 返事は後日聞かせてもらえれば構わない!」

 

(な………何をこのオスは……!)

 

もはや状況が全くわからない。あまりの事態にクルシュの視界がグルグル回ってしまう。

 

(確かに見た目は悪くないけど………って、私は何を考えて!)

 

今自分がすべきことを思い出せと、尻尾で一際大きく床を叩き、どうにか冷静さを取り戻す。

 

 

「あ、アルビノの私をからかっているのですか!? この白き身体を恐れないのは………さすがと言うべきでしょうけども……」

 

「アルビノ?」

 

「『朱の瞳』では時折、私のようなアルビノが生まれてきます。その者は長じて何らかの才………私の場合は祭司の才に秀でています。そのために族長に次ぐ権力を持つことになるのですが」

 

アルビノの説明をしだしたことで、クルシュの心中にようやく余裕が生まれてきた。このまま本題に繋げようと次の言葉を出そうとするが、

 

「………かの山脈に掛かる雪のようだな」

 

「へぇ!?」

 

「綺麗な色だ」

 

 

そんな彼女の気遣いを知ってか知らずか、ザリュースは今度はクルシュの肌を褒めだした。日の光に弱い自分の白い肌を美しいと褒められたことなど、それこそ家族ぐらいしかいなかったというのに。

 

(な………なにをこのおすはいっているのよーーーーー!!)

 

さらに混乱するクルシュに、ザリュースはどこか熱っぽい視線を向けたまま手を伸ばす。彼の手がクルシュの首筋に伸ばされる寸前……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「お前は一体何をしに来た!!?」

 

 

 

 

ゴンッ!!

 

 

「うっ!?」

 

 

ニーガの怒声とともに、ザリュースの脳天に鉄拳が落とされた。

 

 

「あ、兄様!」

 

「にいさま………?」

 

見知った肉親の姿を見て安堵するクルシュに対し、ザリュースは自身を殴ったであろう人物に振り返る。

 

「お前は………先ほどの祭司頭か?」

 

「………試すような真似をしてすまなかったな。改めて名乗らせて貰おう」

 

懐に忍ばせていた族長の印を出し、ニーガはそれを首に下げた。

 

「私はニーガ・ルールー。『朱の瞳』族の現族長を務める者だ」




家屋の外の蜥蜴人達


狩猟頭「族長、何も盗み聞きしなくてもよろしいのでは……;」

ニーガ「盗み聞きとは心外な。あくまであの使者がまともな男かどうかを確かめるだけだ」

祭司頭「だからってそんな壁に張り付かなくても………;」

ニーガ「クルシュに暴言を吐いた場合、その回数に応じて殴らなくてはならん」

戦士頭(本当にこのオスは、クルシュ様が絡むと甘いな………;)




ザリュース「結婚してくれ」




ニーガ「」バシャーン!!


狩猟頭「族長がすっ転んだぞお!!;」

長老「バカな! 冷静沈着を絵に描いたような族長が、足を滑らせて沼に落ちただと!?;」

ニーガ「」犬神家状態

戦士頭「あ、あのニーガ族長がこんなまっ逆さまに落ちるほど動揺するなんて………一体あの使者は何を言ったんだ!?;」

祭司頭「いいからまず族長を引っ張り上げんかー!!;」


なお、中の二人も同じくらい取り乱していて、外の騒ぎに気がつかなかった模様。


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朱の瞳

クルシュ(兄様、なんか濡れてる……?)


自己紹介を終えてからクルシュを横に控えさせ、改めてニーガはザリュースと対面した。

 

「しかし………もしクルシュに不敬な態度をするような輩であれば、摘まみ出すつもりだったというのに、予想の斜め上の反応をしてくるとは……」

 

まさか開口一番に求婚の言葉を吐くなどと、誰が予想できただろうか。ニーガがチラリと横目でクルシュを見れば、わずかに頬を染める妹の姿に額に手を当ててため息をつく。そしてザリュースの胸元に刻まれた『旅人』の印を見る。

 

(なるほど、使者に()()を選ぶとは………少なくとも『緑爪』族には聡い者がいるようだな)

 

元来が閉鎖的な種族である蜥蜴人は、よそ者の烙印を押された旅人をあまり歓迎しない傾向がある。使者が旅人だからと追い返すような、話のわからない相手とでは同盟を結ぶことなどできないだろう。交渉を担う相手としては正に適格な采配だ。

 

「それで、一体どういうつもりだ? まさかこの非常時に、求婚しに来たなどと戯れ言を宣うつもりではなかろう」

 

とはいえ様々な理由から懐疑的になっているニーガとしては、ザリュースの行動は全く理解しきれずついジト目になって睨んでしまう。対するザリュースは以前として真っ直ぐな眼差しでハッキリと答えた。

 

「一目惚れというやつだ。俺は今回の戦いで死ぬかもしれない、だから後悔のないようにしたい」

 

「ほう………」

 

その言葉を聞き、ニーガはザリュースの腰に携えられた氷の剣に一瞥する。

 

「かの剣、フロスト・ペインを持つ戦士が死ぬ覚悟をするか」

 

頷くザリュースは話を続ける。

 

「メッセージを持ってきたモンスターを見たか?」

 

「はい……」

 

それに今度はクルシュが答えた。

今でも彼女はあの怪物が現れた時の恐怖を思い出してしまう。あの時は傍らの兄が抱き寄せてくれたおかげで、どうにか不安は和らいだが。

 

「あのモンスターにさえ我々は勝てない。あいつは精神をかきみだす絶叫を放ち、魔法のかかっていない武器での攻撃をほとんど無効化して傷すらつけられない。以前遭遇した時、俺は逃げるしかなかった」

 

目の前の戦士がそこまで腰抜けな性根であるとはニーガには思えない。であれば彼が言うようにあの怪物はかなり強大な存在には違いないだろう。

 

「………我ら『朱の瞳』の森祭司(ドルイド)は、一時的に武器に魔法を付与することは可能だ」

 

「精神への攻撃は防げるのか?」

 

「抵抗力の強化であればほとんどの森祭司にできる。ただし混乱から心を守ることができるのは、この部族では族長である私と族長補佐のクルシュのみだ。それに一度に複数人にかけるのも難しい」

 

ニーガの言葉に、ザリュースは感嘆の息を漏らす。

 

(なるほど………族長にふさわしい実力を持っているということか)

 

少なくとも『緑爪』族の祭司頭よりも有能な祭司が二人もいれば、これ以上心強いことはない。ザリュースはこのチャンスを決して逃さないように、改めて交渉に臨む。

 

「………『朱の瞳』族は何番目と?」

 

「四番目と言っていたな」

 

「そうか……それで、そちらはどうするつもりなのだ?」

 

 

 

 

「………薄々感づいてはいるのではないか?」

 

まるでこちらの考えを見透かしたかのような言い方に、ザリュースは思わず口を閉じる。

 

「これよりは、腹を割って話し合おうか」

 

ニーガの冷徹な響きを含んだ一言に、一瞬部屋の温度が下がった気がしたのは、おそらく気のせいではないだろう。それでもザリュースは気を引き締めて言葉を紡ぐ。

 

「………『朱の瞳』族は奴らから避難したとして、見知らぬ場所で今と同じ生活が可能だと思うか?」

 

「難しいだろうな。避難できる場所も限られる」

 

「では周辺五部族も同じように一ヵ所に避難した場合、どうなると思う?」

 

「食糧も満足に獲れず主食である魚が少なくなれば、今度は五部族で殺し合うことになるだろう」

 

二人のオスの会話を黙って聞いていたクルシュだったが、その内容を理解してハッとなる。

 

「まさか兄様が、勝てるかどうか分からない戦いを選んだのは………!」

 

「他部族も含めた口減らしも考えにいれている。お前も同じ考えなのだろう?」

 

「………話が早くて助かる」

 

思いの外スムーズに進む対談に、ザリュースは緊迫した思いながら告げる。

 

「ニーガ・ルールー。『緑爪』は、朱の瞳に同盟を申し込む」

 

「もとより、こちらもそのつもりだ」

 

意外とあっさり答えたことに、ザリュースはつい目を丸くしてしまう。だがニーガの言葉はいまだに冷たさを帯びている。

 

「まあ仮に断った場合、戦わずして逃げた部族を新天地で数的に優位にさせないために、最初に戦いを挑むつもりなのだろう?」

 

「………」

 

「それに同盟を結んでいれば、別の部族ではなく共に戦った仲間という認識に塗り替えることができる。仮に敗北したとしても、新天地で部族間が殺し合う可能性が低くなる。そんな魂胆といったところか?」

 

ザリュースが考えていたことを全て述べるニーガに、彼は沈黙で肯定した。クルシュは不安そうに二人の顔色を見比べている。

 

「食料を奪い合い飢え死にするよりは、共闘したほうが得策だろう」

 

ニーガに自身の考えを全て言い当てられ、ザリュースは驚愕を通り越して戦慄する。自分とほぼ同じ………いやそれ以上の底知れない知略を持つこのオスは、間違いなく有能だ。これは是非とも味方として共闘すべきだと、ザリュースは拳を握りしめる。

だが最後に、どうしても気になっていたことを聞く。

 

 

「ところで、先の戦いに参戦しなかった『朱の瞳』族は、どうやってあの時期を乗り越えたのだ?」

 

「………やはりそこが気になるか」

 

あの時期、と言われて思い浮かべるのは二年前の部族間抗争だ。抗争の当事者であろうザリュースとしては、『朱の瞳』族が食料難をどうやって切り抜けたのかを知りたいことだろう。

 

「聞かせて欲しい。祭司の力か? それとも………もっと別の方法があるのか? もしかしたら、そこに救いが……」

 

ザリュースのやや必死さが滲む言葉を聞き、ニーガは顎に手を触れてやや考えこむようなしぐさをする。

 

「………そうだな。確かに救いはあるかもしれん」

 

肯定的な一言にザリュースの目が輝く。

 

「だが、ただ教えるだけでは不公正ではあるまいか?」

 

「!」

 

しかし再び冷えた響きの声でニーガは問いかけてきた。つまり、相応の見返りがなければただでは教えないと暗に示している。

 

「ザリュース・シャシャ。現在お前の部族では、食料確保にどのような取り組みをしている?」

 

『緑爪』の食料事情に探りを入れてきたのを見るに、ニーガも他部族の技術をあわよくば取り入れる算段のようだ。ここまで来た以上、出し惜しみなどしていられない。ザリュースは包み隠さず話すことにした。

 

「俺の部族では、現在魚の養殖が行われている」

 

「ほう、ちなみに成果はどうだ?」

 

「ほぼ成功といっていい。漁で捕れる魚よりも、美味い魚が育つようになった」

 

「………なるほど」

 

また口を閉ざして考えこむニーガに、ザリュースのみならずクルシュの視線も集まる。しばらくしてから彼はゆっくりと立ち上がった。

 

「理解した。ならばまずついてこい」

 

クルシュには集落に残るよう命じ、ニーガはザリュースを連れて家屋から出た。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ニーガに促されるまま集落を出たザリュースは、先導するように前を歩く彼の後ろをついていく。それからしばらくの間沼沿いに歩いていくと、青い植物が広がる湿地に出た。

 

 

 

「ここは……?」

 

「水田だ。ここでは我ら『朱の瞳』族の主食である『稲』を育てている」

 

「イネ?」

 

ザリュースは初めて聞く植物の名に首を傾げる。

 

「数十年前に、私が見つけた植物を栽培して生まれたものだ」

 

ニーガはキョロキョロと周囲を見渡すと、枝を振り回して稲に集る小鳥を追い払う蜥蜴人達を見つけて彼らに歩み寄っていく。族長の姿に気づいた蜥蜴人達も彼に向き直った。

 

「これは族長!」

 

「農耕頭、客人に振る舞う米をいただいてもかまわないか?」

 

「勿論です!」

 

農耕頭と呼ばれた蜥蜴人は、水田から上がると近くに積まれた石造りの竈に歩み寄る。

 

(………農耕頭?)

 

ザリュースが聞いたことのない階級に疑問符を浮かべたのを察してか、ニーガは説明するように話し始める。

 

「農耕班は、稲を栽培し始めるにあたり私が新しく作った班だ。おそらくこの『朱の瞳』族にしかないだろう」

 

焚き火が上がる竈の上に、石でできた大きな鍋がかけられている。

そばの丸太に座るよう促されたザリュースはしばらくその様子を眺めていたが、やがて鍋を覆う蓋の隙間から蒸気が漏れ、タイミングを見計らった農耕班の一人が鍋の蓋を開けた。見れば鍋の中には白い湯気を上げる、真っ白な食べ物とおぼしき物がギッシリと詰まっていたのだ。白い食べ物の上には切り身にした魚が乗せられており、農耕班の一人は丸みのある大きな匙を手にするとそれで魚を崩して白い食べ物とかき混ぜていく。ニーガはある程度混ざったそれを掬い、木を削って作ったであろう器に盛ってザリュースに差し出す。

 

「食べてみろ。塩漬けの魚と混ぜると美味い」

 

受け取った器は温かく、湯気に乗って魚の旨味が匂いとなって立ち上る。ザリュースが匙で掬い、恐る恐るそれを口に運び味わってみる。

 

「………! これは美味い!」

 

淡白な白い食べ物は、魚の塩味と旨味との相性が非常に良く、ザリュースにとっては初めて食べる美味なるものだった。ニーガも農耕頭から器を受け取ると、ザリュースの隣に座ってきた。

 

「せっかくだ、好きなだけ食うがいい」

 

「………いいのか?」

 

貴重な食料を余所者にそんな簡単に与えて大丈夫なのだろうかと心配そうに問うザリュースだったが、もともと他部族の使者に振る舞うつもりで用意したものだから構わないと農耕班達は笑う。

 

「お前が育てているという養殖魚と合わせれば、さぞ美味い食料ができることだろうな」

 

確かに、この『稲』なる食べ物と養殖魚を共に食べれば、最高の食材になることは間違いないだろう。そのまま一同はともに鍋を囲み、笑顔で稲を食べ進めていく。ザリュースもせっかくの厚意を無下にするわけにはいかないだろうと思い直して食べていく。最終的には三杯ほどおかわりを頼んだ。

 

 

 

 

 

 

しばらくしてから鍋は空になり、ザリュースは久しぶりの満腹感に一息つく。

 

「どうだ? 我が部族の主食は」

 

「ああ、実に美味かった。これならば食料事情はある程度解決できそうだ」

 

心からの称賛を述べるザリュースにどこか誇らしげなニーガだったが、改めて彼に『同盟』に関する問いをかけてきた。

 

 

「ちなみに伺うが、どの程度を避難民として逃がすつもりだ?」

 

しばし間を空けてから、ザリュースは真剣に見つめ返して答える。

 

「戦士階級十、狩猟二十、祭司三、雄七十、雌百、子供若干名だ」

 

「………それ以外は、場合によっては切り捨てるわけか」

 

どこかせつなげに空を見上げるニーガに、ザリュースはハッキリとした口調で最後に述べる。

 

「1つだけ言わせてほしい。俺たちは死ぬために戦うわけではない、勝つために戦うんだ。勝てば全ての問題が解決するんだからな」

 

真っ直ぐな眼差しで答えるザリュースを見たニーガは、一瞬だけ目を見開いた。顔はフードで隠されているはずなのに、なぜだかザリュースにはそう思えたのだ。しかしふっと口元に笑みを浮かべたのを見て、それが肯定の意思表示だとザリュースはなんとなく察した。

 

するとニーガはおもむろに顔を隠すフードを取り、初めて晒されたその顔を見たザリュースは思わず息を呑んだ。それは彼の素顔が、あまりにも()()()()()からだ。だがそれは生物的な美しさではない。どちらかというとそれは武器特有の機能美的なもので、まるで初めてフロスト・ペインを見た時と同じ感動を、ザリュースはニーガに抱いたのだ。

 

「ザリュース・シャシャ。朱の瞳族を代表し、改めて同盟を結ぶことを誓おう」

 

手を差しのべるニーガは、美しい顔で穏やかな笑みを浮かべる。

 

「最も多くの朱の瞳族の者が………最大多数の同胞が生き残れるように、共に戦おう」

 

「………感謝する」

 

 

その手を強く握り返したザリュースは、手の平を通して伝わる彼の自身のよりも低いはずの体温に、炎のような熱い思いを感じたのだった。




ニーガ(なぜだろう………この男を見ていると、クルシュのように世話を焼きたくなる)

ザリュース(なぜだろう………幼少期の兄者との思い出が、脳裏を過ってくる)




ヒント:それぞれ兄属性と弟属性。


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尖兵

年末が近くなって忙しくなってきましたので、更新は遅れるかもです


正午を過ぎる頃。洗濯物を入れた籠を抱えて外に出たエンリは、しゃがみこんで一人遊びに興じているネムの姿を見つけた。

 

 

「あらネム、今日は森に遊びに行かないの?」

 

「うん………」

 

いつもなら喜んで森に行くネムが、昼食を終えたこの時間帯に行かないとは珍しいことだった。彼女はつまらなそうに木の枝で地面に線を引き、目つきの悪い木のお化けのような、よくわからない生き物を描いている。

 

 

 

 

昨日の黒い雲が消えたあとで、ネムはソカルにしばらくは森に入ってくるなと言われ、今日は言い付け通り大人しく村で遊んでいる。おそらく自分を危ない目に合わせないために注意してくれたのだろうとは、幼いネムにも理解できた。とは言えいつも遊んでくれるソカルがいないと、やはりと言うべきか寂しいものだった。

 

(ソカルは寂しくないのかな?)

 

ふとネムの胸にそんな心配が過る。そしてちょうど完成したばかりのソカルの絵を見てから、今度は以前カルネ村にやってきたソカルの友達だという二人の冒険者の絵を描き足していく。

 

 

そしてネムはなんの気なしに周囲を見渡してみると、視界の端に何かが入った。

 

「………?」

 

村の唯一の水源である井戸、その傍らに見知らぬ女の姿があったのだ。いかにも村娘らしい素朴身なりだが、髪は腰まで長く顔立ちは美女と呼べるほど整っている。だが女の目は光が無く虚ろで、ピクリとも動かず井戸の中をじっと見つめていた。

 

「ねえお姉ちゃん、あの人誰?」

 

洗濯物を干している最中のエンリのスカートを引っ張り、ネムは彼女に聞く。

 

「あの人って?」

 

「ほら、あの井戸の前に立ってる髪の長い女の人」

 

そう言われエンリはネムが指差す先にいた女を見るが、彼女は不思議そうにネムを見返す。

 

「前から村にいた人でしょう?」

 

「え……?」

 

姉の言葉にネムは思わず声を漏らしてしまう。

 

前からいた?

そうだっただろうか?

 

もう一度女の姿を見るネムだったが、やはりその姿に見覚えがなかった。少なくともこのカルネ村の人間全員がネムにとってはご近所さんで、ネムの知らない村人などいるはずがない。なにより()()()()()()()()()()()()()、一度見たら忘れられないと思うが。

 

女はしばらく井戸の中を見つめていたが、ゆっくりとした動作で首と目線を動かしてネムのほうを見ると、

 

 

 

 

 

口が耳まで裂けるんじゃないかと思うほど口角を上げ、グニャリと美しい顔を醜悪に歪めて嗤った。

 

「ひっ………!?」

 

「ネム?」

 

名状し難い。そう例えるのが正しいようなおぞましい笑顔に、かつて味わったことがない種類の恐怖を感じ、ネムの両目が見開き全身に鳥肌が立つ。思わずエンリの後ろに隠れて彼女のスカートを強く握るネムは、姉の後ろからおそるおそる顔を覗かせる。

そして後悔した。

 

以前としてネムを見つめる女は不気味な笑顔のまま井戸から離れ、あろうことか二人に向けて歩を進めてきたのだ。

それを見てネムの頭の中で警鐘が鳴らされる、あの女と関わってはいけないと。

 

「お、お姉ちゃん! 早く逃げよう!」

 

「逃げるって?」

 

ネムは必死にエンリの手を引っ張るが彼女はきょとんと首を傾げるだけで動いてくれない。

 

「あの女の人変だよ! なんか怖い!!」

 

「こらネム、同じ村に住む人に変なんて言っちゃダメじゃない」

 

ネムが涙目で訴えるも、エンリは腰に手を当てて怒るだけでまともに取り合ってくれない。

 

「違うよ! 本当に変なの!! お姉ちゃん、どうしてわからないの!?」

 

 

あんな、()()()()()()()()()()()()()()()()()()を、なぜ姉は異常だと認識できないのか。それがわからずネムはただただ恐怖に震える。そうこうしているうちに女はエンリ達の目の前にたどり着いてしまった。

 

 

 

「ごきげんようエンリ」

 

「あら、こんにちは」

 

どう見ても異常としか言えないその女に、エンリはあろうことか笑顔で挨拶する。女も不気味な笑顔を引っ込めて普通の微笑みでエンリと会話するが、ネムはいまだ涙を浮かべて姉の後ろに隠れるように引っ付く。

 

「エンリー、ちょっと手を貸してくれ!」

 

しかもここで間の悪いことに、父からの呼び出しが来てしまった。

 

「あ、は~い!」

 

「お、お姉ちゃん待って! 一人にしないで!」

 

呼ばれたエンリはネムを引き剥がし、家に戻っていってしまった。

一人取り残され、怯えるネムが再び女を見上げてみれば、

 

 

「………へえ、()()()んだ?」

 

女はまた、あの名状し難い不気味な笑みを浮かべていた。

 

「っ………!」

 

「ほどほどの存在の力にしたつもりだったんだけど、結構鋭い感知能力を持っているんだな。『あいつ』と過ごしていくうちに養われた感じか? それともタレント的な?」

 

時代が時代なら、いいフレイムヘイズになれてたかもな。などと意味不明な言葉を呟く女は、見た目に似合わない男性的な喋り方で話し出す。

ネムには女の言葉の意味は理解できない。理解できないが、それでも彼女にはある確信が持てた。この女は村人でもなければ、ましてや人間ですらない。

 

「あ、あなたは誰なの………?」

 

恐怖しながらも、ネムは震える声を絞り出して問いかける。対する女は顎に手をやり悩むような仕草をする。

 

「『誰か』か………正直どう説明すべきかは難しいんだよなあ。ここにいる『俺』は『森の外れの村娘』ってことになっているけど、それも『俺達』を表現する言葉にはならない」

 

クスクスと嘲笑を浮かべてネムを見下ろす女に、彼女は逃げなくてはいけないのに怖くて身体が動かない。

 

「まあ、別に嬢ちゃんは気にしなくていいよ。どうせ君には関係ないことなんだからさ………」

 

「ひいっ!!」

 

そして女の手がネムに向けて伸ばされるのを見て、ネムは反射的に目を伏せて両腕で顔を庇う。

女がネムの頭を撫でようとした瞬間、

 

 

 

 

 

 

二人の間から一本の木が素早く伸び、女の手を貫いた。

 

 

「っ」

 

それに女は目を見開いて固まる。女の手がいまだ触れてこないことにきづいたネムはゆっくりと瞼を開ける。

 

「ソカル!」

 

自身に触れようとした魔手を阻んだのは見覚えのある枝で、それを見てネムの恐怖心が薄れて安堵する。

 

「………やっとお出ましか」

 

一方で女は掌を貫かれたにも関わらずニタリと笑みを浮かべ、血飛沫が溢れていない右手は青紫色の砂粒となって崩れた。腕が無くなり空っぽになった袖をたなびかせ、女の周囲を青紫色の砂塵が漂う。

やや太くなった枝の幹が割れると、そこから覗く黄土色の鋭い眼光がギョロリと彼女を睨む。ソカルは女を頭の天辺から爪先まで凝視して瞬時に理解した、この独特の気配は間違いない。

 

『やはり貴様、紅世の徒(同胞)か!』

 

「まずは初めましてってとこかな、元先手大将さん?」

 

女の周囲を舞い散る砂塵は再び彼女の右手に集まると、右手を形成して元通りになった。傷を癒す自在法か、はたまたもっと別の何かか。考えるよりも先にソカルは石の根の本数を増やして威嚇する。

 

『貴様、一体何が目的だ!?』

 

普通の人間が見れば腰を抜かしかねない気迫を真正面から受けながら、女はいに返さないという風にニヤニヤと嗤う。

 

「そうだな~」

 

そして片足に軽く力を込め、その場から高く飛び上がった。並の人間にはありえない跳躍力で一回転しながら、弧を描くように地面に着地しただけで、二人との距離はだいぶ離れた。

 

「俺とおいかけっこしようぜ。あんたが俺を捕まえられたら、最低限の情報ぐらいなら教えてあげてもいい」

 

指先をクイクイと動かして挑発する女は、そのままソカルに背を向けて駆け出した。明らかに舐めた態度をとられたことにソカルは軽く舌打ちする。

 

『お前は家の中にでも引っ込んでいろ!』

 

「う、うん………気をつけてねソカル!」

 

ズボッと再びに地中に潜るソカルをネムは心配そうに見送るのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

碑堅陣の操作に全神経を集中させ、ソカルは執念深く女を追いかける。何本もの根を全方向から伸ばして女を囲もうとするも、彼女はあと一歩というところで挟み撃ちを掻い潜り逃走を続ける。

 

(こやつ………速い!)

 

弱体化しているとはいえ、ソカルの根をアクロバティックな動きでヒラリヒラリと躱す女は身軽で素早い。その速度は下手をしたら、『極光の射手』と同等かそれ以上だ。

衣服を掠ることも出来ない現状に苛立つソカルはなおも猛攻を繰り出すが、女は何を思ったかある場所でピタリと動きを止めた。そのチャンスを見逃すソカルではなく、碑堅陣の穂先で串刺しにするべく彼女に向けて根を伸ばす。

 

だが根は女の鼻先ギリギリのところで止まってしまった。

 

「!?」

 

何が起こったのかと周囲を見てソカルは気づいた。現在二人がいるのは森にある自身の本体からだいぶ離れた場所、ソカルの自在法の活動範囲のちょうど限界だったのだ。

 

「………いや~、残念だったな。なかなか惜しかったよ」

 

人外の笑みで嘲笑う女にソカルは悔しげに歯軋りする。

 

(こやつ、ただ闇雲に逃げ回っていたわけではない。出来る限り遠くへ逃げることで、私の自在法の活動可能範囲を調べていたわけか!)

 

女の逃げ足の速さを見て逃げられてしまうことに焦り、『極光の射手』の時と同じ不覚をとってしまった己を恥じる。

 

「でもこれより先にいけないんじゃ、『巌凱』の救援も難しいかもね?」

 

その言葉にピクリとソカルが反応する。

歴戦の将であるソカルは薄々察していたが、やはり敵はウルリクムミ達の動きをある程度把握しているようだ。大方ソカルの手の届かない場所で、ウルリクムミを足止めするための小細工でも準備しているのだろう。

 

「まあでもここまでついてこれたことだし、『俺』の真名くらいなら教えてやってもいいよ」

 

女はフワリと宙に浮かび、動けないソカルを見下ろす。

 

「『無貌(むぼう)億粒(おくりゅう)』、それが『俺』を表す名だ」

 

己の名を明かした女は、青紫色の砂塵を撒き散らし身体の形を崩していく。

 

「じゃあな、棼塵の関ソカルさん。因果の交差路でまた会おうぜ」

 

最後にケタケタと名状し難い笑いをあげ、女の身体は砂となり風に吹かれて散っていった。

 

 

 

 

 

それを最後まで見届けてから、ソカルは鼻で笑う。

 

「………ふん、我らも見くびられたものだ」

 

女の動きや言動、真名やスペックなどから考慮するに、あの徒はおそらく若手だ。ソカルが生きてきた時代の、『この世』に来て間もない徒特有の『己の万能感に酔いしれる気風』が見てとれた。

逃げられはしたが敵の情報がない現状では、それがわかるだけでも十分な収穫と言えるだろう。

 

「ウルリクムミさえ足止めできれば、私とニヌルタを討てるとでも? 笑止!」

 

それで負けるようならば、先手大将………ひいては九垓天秤などという大役が務まるものか。

 

「その嘲笑、今に吠え面に変えてくれるぞ。『無貌の億粒』とやら」




ネムはソカルと一緒に遊んでいくうちに、佐藤・田中・吉田さん並みに感知能力が鍛えられました。


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星空の下

年末が忙しい……


その夜、ザリュースは『朱の瞳』族の集落で一泊することになった。

来客用の家屋に通された以上、そろそろ寝るべきなのだろうが、ザリュースは今後のことをいろいろと考えるあまり頭が冴えてしまい、家屋のそばの足場に座りこんで星空を眺めていた。虫の囀ずりと梟の鳴き声が辺りに静かに響き、ザリュースの思考を研ぎ澄ませてくれる。

 

『朱の瞳』族の交渉は滞りなく終わった。

もっとも、族長のニーガは最初から彼らと抗戦する予定だったので、すでに明日から『鋭い尻尾』族の集落に戦士をいつでも向かわせられるように手配はしていたらしい。これであとは『竜牙』族との交渉が成功すれば、五部族同盟は磐石なものになるだろう。

しかしかつて争った二部族の残党がいる『竜牙』との交渉は、今回ほど上手くはいかないかもしれない。せめて話のわかる相手がいることを祈るザリュースに、横から声をかけてくる者がいた。

 

「眠れないんですか?」

 

見上げてみればそこにいたのはクルシュだ。どこか心配そうな眼差しで自身を見つめる彼女にザリュースは緩く首を振って微笑む。

 

「いや、そういうわけではないが………次に向かう部族との交渉が上手くいってくれることを祈っていてな」

 

「そうですか」

 

彼女もつられるように微笑む。暗闇でもハッキリわかる白い鱗は月明かりに照らされ、昼間見た時とはまた違った美しさを醸し出している。

 

「あの、ザリュースさん……」

 

「ザリュースでいい。敬語も大丈夫だ」

 

「そう………じゃあザリュース、隣にいいかしら?」

 

「ああ、構わない」

 

頷けばクルシュが隣に座るが、しばし二人の間を沈黙が包む。彼女は隣に座ったはいいが、特に話すことがないためどうすべきか考えあぐねているようだ。これは自分のほうから何かしら会話したほうがいいのかもしれないと思ったザリュースは、まず何を話題にすべきか少し考えてから口を開く。

 

「時にクルシュ」

 

「何?」

 

「お前の兄者のニーガ殿なんだが、なんというか………美しいオスだな」

 

「………」

 

無難に彼女の兄に関することを話題にあげてみたが、対するクルシュは赤い目をぱちくりとさせている。ザリュースはそれを見てまずいことを言ってしまったかと思い、慌てて言い訳を述べる。

 

「あ、いや………決して変な意味ではないぞ!? なんというか………彼が持つ美しさは、雌雄的な美しさではなくまるで………」

 

 

 

 

 

「まるで、完成された一振りの(つるぎ)のような美しさ」

 

だがクルシュは、その先を言い当てるように静かに呟いた。

 

「!」

 

「そう言いたいんでしょう?」

 

「ああ、そうだ。よくわかったな」

 

「だって兄様を見た人は、みんなそう言うんだもの」

 

ふふふと笑うクルシュに、ザリュースは改めてニーガの容姿を思い返す。美しく、しかしそれでいて冷たく鋭い。まさに剣という概念を人の形にしたような存在だ。話し合いの時はその傾向が特に顕著で、敵意を向けられていたわけでもなかったのに背筋が凍りつくような思いだった。

 

「そうね。確かに兄様はどこかこの世のものとは思えない魅力を持っているし、刃物のように冷徹な人だとも思うわ。でもああ見えて、結構優しいところもあったりするのよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

物心ついた頃、幼いクルシュは実兄のニーガに対して、どことなく苦手意識を抱いていた。彼は同族の蜥蜴人の中ではあまりにも美しすぎて、あまりにも完璧すぎて、それが集落の大人達からは気味悪がられていたのだ。特に、何を考えているのかわからない無表情で冷たい眼。それはまるで、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()を抱かせる。集落の中で両親だけはそんな兄に隔たりを感じずに、クルシュと同じくらい愛していたが、拭いようのない不自然さを感じていた当時のクルシュには、とても彼が実兄どころか同じ種族にすら思えなかったのだ。

 

 

そんなある時、クルシュは幼心からくる好奇心から、両親から絶対にやってはいけないと言われていた探検をしようとして、日の射さない夜の外に出たのだ。

草簑を纏わなくても外を出歩けることに感動しながら、森の外れまで近づいていったクルシュだったが、ふと遠くから低い唸り声が聞こえてきた。何事かと周囲を見渡す彼女の視線の先………森の奥から巨大な熊が現れたのだ。四本足で力強く走ってくる熊は真っ直ぐにクルシュに向かってくるのが明白で、彼女は慌てて逃げようとするが、足元に生えていた木の根につまづいてしまった。必死に起き上がろうとするも転んだ弾みで足首をひねってしまったらしく、痛みで立つこともできない。もう一度熊を見ればすでにクルシュとの距離はあと数秒という距離におり、彼女がもうダメだと思った時だった。

 

鋭い爪を振りかざす大熊の両目に、突然飛来してきた何かが刺さったのだ。グオオオッと苦痛から自身の顔をかきむしる熊の顔をよくよく見れば、それは集落の狩猟班が愛用する鋭利な手製の投げナイフだ。

突然のことに混乱するクルシュが、ナイフが飛んできた先を見てみれば、そこにいたのはものを投げた体勢のまま固まる兄の姿。彼はナイフで熊の両目を的確に突き刺すと、クルシュのそばを通りそのまま熊に駆け寄る。視界を潰され混乱する熊の背中に飛び乗り、腰から護身用の短剣を抜くと、その首に切っ先を突き立てて一撃で仕留めたのだ。

首から血飛沫をあげながら熊がゆっくりと倒れる姿を見届け、クルシュは脳内が真っ白になり固まってしまう。

兄が鮮やかな手際で手強い魔獣を屠る姿は凄惨ではあったが、それと同じくらい美しくもあったのだ。

だが返り血を浴びて歩みよってくる兄にビクリと震える。この時のクルシュは、兄が今度は自分を殺すつもりつもりなのではないかと、本気で思っていた。やがて片膝をついてクルシュの目の前にしゃがみこむ兄は、彼女の両肩を掴んできた。

 

『バカもの! あれほど父母から、夜一人で出歩くなと言われていただろうが!!』

 

『………え?』

 

だが次いで彼の口から出た言葉に、クルシュは思わずまの抜けた声を漏らしてしまった。いつも冷静沈着で表情一つ変えない兄が、初めて声を荒げて怒鳴ったのだ。その言葉に込められていたのは、怒りと心配。自分が危険な目にあいかけたのを見て叱るという、初めて見る兄の姿にクルシュは唖然となってしまう。

そして安堵から緊張の糸が切れたかのように、クルシュを力強く抱き締めた。まるで彼女が生きていることを確かめるかのように。

 

あまり触れる機会がなかったため知らなかったが、ニーガの体温は普通の蜥蜴人よりもやや低い。だが抱き締められたその肌を通して、彼の心の温度が伝わってくるのをクルシュは感じた。

いつも鉄面皮で冷たい兄のことだから、自分のことなどなんとも思っていないのだとばかり思っていた。だが、それは自分の勝手な思い込みでしかないのだとクルシュはこの時気づいた。彼は決して冷たい人なんかじゃない。ただ自分の感情を表に出すのが得意ではないだけで、私達と同じ『存在』なのだと。

その後、足を挫いたため歩けないクルシュをニーガがおんぶして家に帰れば、返り血まみれのニーガを見て母が甲高い叫びをあげ、そうなった経緯をクルシュが説明すれば両親にこっぴどく怒られてしまった。

 

しかしこの夜の出来事は、クルシュの兄に対する印象が大きく変わった大切な思い出として、今も脳裏に刻みこんでいくこととなった。

 

 

 

 

 

 

 

「そんなところがあるのか……」

 

クルシュの口から語られたニーガとの思い出を聞き、ザリュースは目を見開いて呟く。ザリュースから見た彼は常に冷静沈着で動じないオスに見えるので、そんな情に熱い一面があるのが意外だったのだ。

 

「そういえば、ちょっとザリュースと似ているかも」

 

「俺に?」

 

「ええ………冷静だけどどこか熱い心を持っていて、優しいところとか」

 

「そうか………」

 

あれほど優秀なオスと似ていると言われ、ザリュースの背中をむず痒い感覚が這う。

 

「だから大丈夫よ。きっと五部族同盟は上手くいくわ」

 

自慢の兄に似て優秀な貴方なら、きっと『竜牙』との交渉も成功できる。そう言外に示唆する言うクルシュに、ザリュースは照れ臭そうに笑う。

 

「ああ、そうだといいな」

 

願わくば、愛しい彼女の伴侶としても、彼の義兄弟としても恥じない存在になりたいと、ザリュースは満天の星空に向けて誓うのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

同時刻、集落を離れたニーガは水田の外れまで歩いていく。そして人気のない場所まで来るとその場に立ち止まった。

 

「………さて」

 

ふうと小さく息を吐き、ニーガは誰かに向けて語りかける。

 

「いい加減出てきたらどうだ? ()()()

 

フードの隙間から鋭い眼差しを覗かせるニーガの目の前に、地面を突き破って太い木が生えてきた。木の幹の表面に三つの割れ目ができて顔が浮かび上がり、ニーガに向けてニタリと嘲笑を浮かべる。

 

「これはこれは、しばらく会わぬ間に随分こじんまりとした姿になりましたなあ。おかげで鱗の色を見るまで全く気づけませんでしたぞ? ニヌルタ」

 

「そう言う貴様も、しばし見ぬ間に縮んだのではないか?」

 

開口一番に嫌味を言いあい、二人は確信する。目の前にいるこの『存在』は、まごうことなくかつて言い争ってきた天敵(戦友)であると。

 

「ふん、少なくとも貴殿が入っているそのちっぽけなトーチよりは、広々としていますとも」

 

「ふむ………どうやらそのようだな」

 

ニーガは改めてソカルの姿を観察する。確かにソカルが入っている巨木のトーチは、並みのフレイムヘイズよりは巨大そうな器に見える。

そんな彼をよそに、ソカルは聞いてもいないのにこの姿になってしまった経緯を、やや仰々しい仕草でつらつらと話し出す。話の内容を理解したニーガは納得したように頷いた。

 

「やはりあの地震は、貴様の顕現の余波だったわけか」

 

一年半前に、森の奥から巨大な揺れが広がったのはニーガの住む『朱の瞳』の集落からでもハッキリと伝わった。怯え、混乱する仲間達の一方で、ニヌルタだけはその気配にある既知感を抱いていた。それはありし日の頃、幾度となく口喧嘩をしあった仲間のものと酷似していたのだ。

 

「ほう、知っておられたならばなぜ来なかったのでしょうか?」

 

「………最初に接触する仲間がお前なのが癪だったからな」

 

「言ってくれますなあ………こちらとてその澄ました面をまた拝むのは避けたかったものでしたが」

 

最初に再会したのがウルリクムミだっただけ、まだマシなほうかもしれませんと漏らすソカルに、ニヌルタはいかにも残念そうに肩を落とした。

 

「ウルリクムミがいたのなら、そちらから再会したかったな」

 

「何かおっしゃいましたかな?」

 

「聞こえぬほどの小声で言った覚えはない」

 

しばらくはピリピリした空気を纏い互いに睨みあっていたが、やがてどちらからともなく興ざめしたようにため息をつく。

 

「………やめましょうか、これ以上は」

 

「そうだな」

 

いつも自分達のいさかいを文字通り身体を張って止めてくれたモレクも、年長者らしく宥めてくれたイルヤンカも、強引に場を収めてくれたメリヒムすらいない現状では、満足にケンカもできやしない。

それに今は、それよりも重要な案件がある。

 

「貴様のことだ、我々の現状についてはすでに理解しているのだろう?」

 

「無論ですとも」

 

ソカルが観察したところ、どうやらニーガはこの集落にかなりの愛着を抱いているらしい。日頃から気にくわない同僚の、笑い話のネタを得られる大チャンスにニヤニヤと笑みを浮かべているのを見て、ニーガはつい眉間に皺を寄せる。

 

「正直なところ、貴様に借りを作ってしまうのは不本意だ」

 

しかし彼は口調こそ毒が混じってはいるものの、真っ直ぐな目でソカルを見てきた。

 

「だがことは一刻を争う。勒を並べた同胞のよしみで、今一度力を貸してほしい」

 

そして謹厳実直な彼らしい、真摯な言葉を述べてすんなりと頭を下げてきた。そんな彼を見て、ソカルは唖然としてしまう。

 

「………ふん、そこまで素直だと調子が狂いますな」

 

せっかく笑い話にするつもりだったというのにこれでは萎えてしまうと、ソカルは面白くなさそうに顔を歪める。

 

「まあいいでしょう。それにその敵に関しては、ちょうど私も恥をかかされましたからな」

 

「そうか」

 

「ではかつての通りに、互いの情報交換と行きましょうか」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「アインズ、ブクブクチャガマ、アウラ、モモンガ、アルベド、ナーベ、レギィ………そして『無貌の億粒』と『蜂蜜色の炎の徒』か」

 

ソカルから聞かされた、名前と存在が把握できている者達を頭にしかと入れ、ニーガは腕を組んで考えこむ。

『無貌の億粒』と『蜂蜜の鷹』が紅世の徒であるのは確定だが、その他の連中はそうではないらしい。おそらくこの世界由来の強者なのだろう。現地の住民と紅世の徒が手を組むという前例は、ソカル達の時代でもかなりあったため、何もおかしいことではない。

特に『無貌の億粒』はソカルのことを『元先手大将』と呼んでいた、つまりやつは少なくとも『とむらいの鐘(トーテン・グロッケ)』のことを知ってはいるらしい。

 

「我々のことを知りながら、若造の分際でそれだけ情報をひけらかすということは、その徒がよほど無謀で世間知らずの阿呆であるか……」

 

「あるいは………その驕りに見合った戦力を有している、といったところか」

 

この世界の強さの基準は第三位階以上を使えるだけでも強者と称えられるが、ニヌルタ達から見ると正直なところ微妙な強さだ。

しかしそこに紅世の徒が加わるとなれば話は別。並みの徒でも扱う自在法が厄介だったり、連携の精度や相性次第では格上殺しを為せることも不可能ではない。『仮装舞踏会(バル・マスケ)』の構成員などがまさに良い例だろう。

 

「ウルリクムミ達の行動を把握しているならば、敵は間違いなく妨害工作をしてくるでしょうな」

 

ソカルが言うように、強力な援軍の存在を把握しているならば、みすみす合流させるなどという真似はしないはず。最低でも戦争が始まるまでは、彼がトブの大森林に到着できないように刺客を送り込むだろう。

 

「ウルリクムミにその旨は話したか?」

 

「しかと忠告を。まあ彼のことですから、対策は自身で立ててくださるでしょう」

 

その辺りに関してはニーガも信頼できる。となると残る懸念は、敵が第一陣にどのくらいの規模の軍を集落に送り込んでくるかだ。

 

「ソカル、お前はそのダークエルフ共の監視を怠るな。新しい敵兵がその拠点に現れた場合、すぐに報告せよ」

 

「言われずとも」

 

約束の日まで、あと7日。




ソカル「それにしても、昼間はずいぶんと華麗な水面着地をなさいましたなあ。冷静な中軍首相殿も、妹君がどこぞの馬の骨に求婚されるのは冷静ではいられなかったようで」

ニーガ「貴様も、我々の色の装飾品を身につけるほど寂しかったみたいだな?」

ソカル「なあ!?」

ネムの髪飾りを外し忘れていたことに今気がついた


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傀寄の装

明けましておめでとうございます

ひとまず、久々の更新です


翌日、エ・ランテルを発った二人はアルラウネの作った大きな花びらに乗って空を飛んでいた。歩いていくよりは飛んでいったほうが早いだろうと判断したがゆえだ。

 

「ソカル様の活動範囲までは、まだ先になるかと?」

 

「仮に連中がしかけて来るとするならばあああ、その外になるだろうううう」

 

ソカルの報告にあった『無貌の億粒』と交戦した地域まではまだ先だ。移動中に奇襲するならば、そこからさらに離れた場所になるだろう。

 

「しかし、ンフィーレア様には感謝しなければいけませんね?」

 

「全くだあああ」

 

 

旧き戦友の危機に助太刀を思い立ったウルリクムミは、来る戦いに備えてニヌルタに届けるための物資をまず集めた。ポーションは以前の墓地騒動の際に作られたものの余りを全て買い取り、バレアレ家から作り方も聞いてメモした。さらには骨董市や魔術組合で役に立ちそうなスクロールなども買えるだけ買い、可能な限りの準備は揃えた。

 

だがここで二人にある問題がぶつかることとなる。

冒険者組合は基本的に国同士の戦争には介入することは厳禁。今やアダマンタイト級冒険者となった自分達が組合のルールを破って勝手に依頼を受ければ、冒険者組合の名に泥を塗りかねない。日頃お世話になっている身としては、これ以上彼らに迷惑をかけるわけにはいかないとウルリクムミは思っていた。一体どう事情を説明すべきか悩んでいたところ、たまたま組合に顔を見せてきたンフィーレアがある依頼を出してきたのだ。

 

『以前の薬草、もし可能でしたらまた採取してくださいませんか? あ、もちろん期限は問いませんので』

 

渡りに船と呼ぶにはいささか出来すぎな依頼に、ウルリクムミはンフィーレアにどういうことなのかと聞く。彼は最初こそはぐらかすような態度だったが、二人が一歩も引かないのを見て観念するように理由を話し出した。

どうやらウルリクムミ達がポーションを大量に購入したりする姿を見て、『漆黒の剣』をはじめとする付き合いの長い何人かの冒険者達は、二人がこれからなんらかの戦いに赴くだろうことに薄々気づいてはいたらしい。だが義理堅い彼が組合に打ち明ける素振りを見せないのを見て、拠ん所ない事情が絡んでいるかもしれないと悟ったのだ。そこで彼らはンフィーレアと示しあわせて、二人が街から出るための口実を作ってくれたのだという。それを聞いた二人は驚くと同時にンフィーレア達へ感謝を述べ、そのご厚意に甘えることにした。こうして物資と出陣の口実を得られた二人は堂々とトブの大森林へと赴くに至れたわけである。

 

とはいえ、ウルリクムミにはいまだ一つ懸念があった。

前日にソカルから、敵の妨害を受ける可能性があることは伝えられてはいた。移動中に襲撃するのであればまだ対処のしようはあるが、もし連中がエ・ランテルを襲撃するという方法をとってきた場合、被害がより甚大になりかねない。

組合長をはじめ、信頼できる冒険者達にはアルラウネが作った遠話用の花を託したので、もしなんらかの異常事態が起こった場合は二人に連絡がいくようにはしておいた。それでも未だ心配は拭えない。

 

「………?」

 

とここで周辺を調べていたアルラウネの探知の自在式に反応が出はじめ、彼女は何かを感じとって前を見据える。そしてその先から微弱な気配が近づいてきているのに気づいた。

 

「前方から飛行物接近!?」

 

アルラウネの報告にウルリクムミもばっと前を見る。彼女がすぐさま遠見の自在法を起動させると、進行方向から三つの飛行物体の姿が見えてきた。

 

「やはり来たかあああ!」

 

ついに敵が現れたことを察し、ウルリクムミはすぐさま立ち上がってウベルリを構える。エ・ランテル襲撃が杞憂になったことには安堵するも、刺客がどれだけの戦力を有しているかがわからない以上、油断は出来ない。

彼らの進行方向から飛んできたのは、人間の成人三人が余裕で乗れそうなほど巨大な怪鳥が三羽。そのうちの一羽の背に乗るのは、袈裟を纏った白い羽毛のバードマンのような人外だった。

 

「やれ」

 

淡々とした口調でバードマンは鳥の背中をこづくと、三羽の巨鳥の嘴が開いて口腔が輝き、蜂蜜色の結晶の塊が数百個、一斉に放たれた。かなりの距離にも関わらず、結晶が凄まじいスピードで二人に迫ってくるのを見て、アルラウネはすかさず花びらを操作してそれを躱した。しかし巨鳥はなおも追撃を放ち続ける。

 

「しばし揺れますゆえ?」

 

「迎撃は任せろおおお!」

 

アルラウネは花びらに込められた自在式を一部改造して機動性を上げ、ウルリクムミは連続して放たれる結晶の内、避けきれなかったものをウベルリで全てはじき返していく。三羽の巨鳥は息の合った連携飛行で二人を追いかけるが、アルラウネはなおも巧みな操縦で振り切りウルリクムミがそれを守るのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それを地上から眺める者が数名。

 

「とんでもねえ運転技術だなおい」

 

呆れたようにため息をつくのは、拳法家の装いをした、ヒクイドリのバードマン。

 

「なんとも美しい飛行、あれを打ち落とすのは無理そうだね」

 

気障ったらしく笑うのは、軽装の革鎧を纏った、緑色の孔雀のバードマン。

 

「なんであんなに動き回ってるのに、二人とも落ちないんだろ?」

 

きょとんと小首を傾げるのは、クレリックの装いをした、小柄なキーウィのバードマン。

 

「姿勢制御、引力、その他諸々の自在法をフル稼動しているな。『九垓天秤』の副官という肩書きは伊達じゃないってわけか」

 

じっくりと観察するのは、黒いローブを纏った魔法詠唱者染みた、白い鴉のバードマン。

 

 

 

凄絶なドッグファイトを繰り広げる両者を眺めつつ、バードマン達は彼らの行き先を確認する。そして遠話の自在法で巨鳥にのる烏骨鶏のバードマンに告げた。

 

「もうすぐで予定ポイントに入る。ターゲットが効果範囲に入ったらすぐに発動しろ」

 

『了解』

 

鶏がうなずくのを確認してから、一同はそれぞれポケットから蜂蜜色の丸い結晶体を取り出し、それを丸呑みしたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

一方のウルリクムミはウベルリを振り回しつつ現状を観察する。怪鳥の放つ攻撃はさほどの破壊力ではなく、このまま避け続ければ脅威にはならないだろう。

まずこの場をどう切り抜けるか考えるウルリクムミだったが、

 

 

 

突然二人が乗る花びらが爆ぜた。

 

「!?」

 

「何事!?」

 

足場を失ったことで二人の身体は宙に投げ出され、そのまま落下していく。

 

「ぬあああああああ!!」

 

アルラウネはすぐさま飛行の自在法をやり直すが、

 

(………できない!?)

 

いつもならすぐ構築されるはずの自在式が全く安定しなかったのだ。かつての大戦で似たような経験のある彼女は、瞬時に何が起こったのか理解した。

 

(自在法阻害………なんたる失態を!?)

 

阻害の解除自体は難しくないが、そこからまた飛行の自在法を組み直すのはギリギリ間に合うかどうかわからない。人化を解こうとするがこちらも上手くいかず、このままでは頑丈なウルリクムミはともかく、自身の耐久力では地面に叩きつけられるだけで致命傷になりかねない。アルラウネはなんとか現状打破の方法を考える。

 

「アルラウネえええ!」

 

するとウルリクムミが彼女を呼んだ。大声につられて彼を見れば、ウルリクムミがヘルムを外している姿があった。

 

「!」

 

それを見てアルラウネは彼の考えを察し、阻害解除が終わったと同時に、飛行の自在法よりも簡単な自在式を素早く構築して自分自身にかける。

 

高度から落下したウルリクムミの巨体は、地響きを立てて地表に叩き落とされた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「やったか?」

 

「それフラグになるからやめとけって」

 

片手を額に当てて遠く見るヒクイドリに、鴉が軽く肘で小突く。

落下の衝撃でもうもうと土煙をあげている地表には、まるで隕石でも落ちてきたのかと思えるほどのクレーターができていたのが彼らの場所からでも見受けられた。

 

『言わなくても………どの道やれてない』

 

すると一同の足元から別の声が響いた。

 

「やあポロナズ、おかえり」

 

ニコリと笑う孔雀の影から、黒ずくめのアサシンの装いをした、梟のバードマンが飛び出てきた。

 

「気配はまだある………やつらはまだ生きている」

 

梟の探知の自在法にはいまだ二人の気配が感じられるようで、一同はそれぞれの獲物を手に構えた。

 

「今のでちょっとはダメージが入ってればいいんだけど……」

 

そう心配するキーウィを否定するかのように、ガシャリと力強い足音を響かせ、土煙から濃紺の戦士が現れる。重厚なオーラを滲ませるその姿は、紛れもなく紅世の王そのもので、鎧にはへこみ一つ見受けられない。

 

「………やっぱりそう上手くはいかないか」

 

それを見て烏がうんざりするようにため息をつき、土煙が消え去るとヒクイドリはふとあることに気づく。

 

「あれ、『架綻の片』のやつどこ行った?」

 

彼の言葉にほかのバードマン達もウルリクムミを見ると、彼の周囲にアルラウネがいなかったのだ。

 

「え、まさか死んじゃった?」

 

頑丈な紅世の王であるウルリクムミとは違い、アルラウネは自在師であることを除けば普通の徒だ。耐久力もさほど高くない彼女では落下の衝撃に耐えられなかったのも致し方ないかもしれない。

 

「違う……」

 

だがそれを否定する梟の目が蜂蜜色に光る。

 

「『厳凱』のヘルムの下………微弱だけど気配がある」

 

射貫くような梟の視線が見つけたのは、ウルリクムミの頭部に飾られた花の髪飾り。屈強な大男がつけるにはいささか似合わないそれは、アルラウネの炎と同じ色に淡く光っている。どうやら彼女はとっさに自身の姿を変えて小さくし、ウルリクムミの頭部に隠れたらしい。

ウルリクムミの纏う鎧は彼の本質の一部、避難場所としてこれほど安全なものはあるまい。

 

「なるほど、真後ろにいるよりは確かにそっちのほうが確実に守れるわな」

 

感心するように頷くヒクイドリに対し、ウルリクムミは目の前の敵に鋭い視線を向け、アルラウネと心中で会話する。

 

(アルラウネえええ、こやつらはあああ………)

 

対するアルラウネは、ウルリクムミの予想を裏付けるように答える。

 

(徒ではありません………全て『燐子』かと?)

 

目の前にいる鳥人間もどき達は、紅世の徒の忠実な下僕である『燐子』だ。しかも互いに会話しているということは、かなり高度な意思総体を持っているらしい。

 

「よっす、はじめまして元先手大将殿。悪いけどこの先はしばらく通行止めだ」

 

「旅行に出掛けたいなら、ほかの地域をおすすめするよ?」

 

明らかに見下す素振りでヒクイドリと孔雀は挑発してくる。事前にソカルも愚痴を溢していたが、確かにずいぶんと舐めた口をきくものだとウルリクムミは呆れる。

当然ながら、それに安易に乗るような彼ではない。

 

「悪いがあああ、貴様らの相手をしている暇は

ないいいい!」

 

一蹴するようにウベルリの柄の先を地面に突き立てれば、彼の足元を中心に濃紺色の火線が走り、『時を止める自在法』が拡がる。ギガントバジリスクをはじめとするモンスター退治の際に、何度か実験と練習を繰り返したウルリクムミはすでにこの自在法をものにできている。

 

ゆえになんの問題もなく発動するはずだったが、

 

 

 

パリィン!!

 

 

 

「ぬううう!?」

 

濃紺色の陽炎が周囲を包む寸前、足元の自在式が砕けた。それにより陽炎のドームは霧散して消えてしまう。

 

 

「………困るんですよね。今『封絶(それ)』を使われると、足止めの意味が無くなるので」

 

次いで頭上からかけられた声にウルリクムミが空を見上げれば、先ほどまで自分達を追いかけてきた黒い顔の鶏のバードマンが、仲間達の後方に片膝をついて着地する。

そして彼のさらにあと、ふわりともう一体のバードマンが舞い降りてきた。長く黒い髪をたなびかせ、金色の羽毛に包まれた四枚翼の、黄色いローブを纏った猛禽類のバードマン。冷徹な眼差しを持つ容姿こそあの時とは違うが、翼から舞い散る炎の色は忘れるはずがない。

 

「貴様あああ、あの時の鷹かあああ!」

 

墓地で自分たちを振り切った、あの蜂蜜色の炎の徒だ。

 

「過日は挨拶もろくにできず、真に申し訳ありませんでした。改めて自己紹介といきましょう」

 

バードマンは胸に手を当て、うやうやしくお辞儀をする。

 

「私は傀寄の装ハスター、以後お見知りおきくださいませ。巌凱ウルリクムミ様、架綻の片アルラウネ様」

 




今回登場した燐子達をざっくり紹介。

ジュノベル
緑色の孔雀のバードマン

カルバーナ
ヒクイドリのバードマン

ペスカッティ
キーウィのバードマン

アービア
白い烏のバードマン

ポロナズ
梟のバードマン

ラヴィラ
烏骨鶏のバードマン


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水面下の攻防

こちらに上げるのは今年始めてになりますね。


一方、砦を完成させたアウラはその出来映えに満足そうに笑っていた。

 

「砦ノ建設ゴ苦労ダッタ」

 

「お、待ってましたよ大将!」

 

冷たい息吹きを纏い彼女を労うコキュートスは砦を見上げる。

今回アインズから命じられた蜥蜴人の集落の攻略。その責任者という大役を課せられたコキュートスは、己の力を奮える好機をようやく得られたことに気持ちを昂らせる。ナザリック外における初陣、決して醜態を晒すわけにはいかないと、彼は改めて気を引き締めるべく冷気を吐いた。

 

 

「お待たせいたしましたわ。コキュートス様」

 

「ム?」

 

するとふいに背後から声がかけられた。二人が振り返るとそこに立っていたのは、薄汚れた白いボロボロのウェディングドレスを身に纏った、青紫色の布で目元を覆った美女のアンデッドだった。四体のエルダーリッチを後ろに控えさせ、ゾンビ特有の血の気のない肌に対し、紅を引かれた唇が色気を際立たせる。

 

「此度の戦の指揮官を務めさせていただきます。アインズ様より生み出されし下僕、屍人の花嫁(コープス・ブライド)のザンディアと申します。以後お見知りおきを」

 

ザンディアと名乗ったアンデッドは、ドレスのスカートを持ち上品にお辞儀する。

 

「コープス・ブライド………? 確かアインズ様がコキュートスに与えて下さったのは、エルダーリッチ一体じゃなかったっけ?」

 

聞いていた話と違うと、アウラがキョトンと首を傾げる。それに答えるのはザンディアだ。

 

「諸事情がありまして、増援として私共も派遣されました」

 

彼女の唇から紡がれる、蕩けそうな甘い声。魔性とも形容できるその美声が、その場にいる者達の耳に染み込むと、彼らの目がぼんやりとした若竹色に光る。

 

「そう………なんだ」

 

「ウム………ナラバイイガ」

 

至高の御方であるアインズ様のことだ、きっと何か考えがあってのものだろう。ぼんやりとした思考のまま一同は何の疑いもなくそう納得する。

 

「………じゃあ私は一度ナザリックに戻るね」

 

「了解シタ」

 

アウラは夢遊病患者のようにおぼつかない足取りでその場を離れ、コキュートスはその後ろ姿を見送ってから、改めてザンディアに向き直る。

 

「デハザンディアヨ、早速デ悪イガ物資ヲ運ブノヲ手伝ッテクレルカ」

 

「かしこまりました」

 

一礼したザンディアは夫の影を踏まない良妻の如く、コキュートスの後ろを一歩下がってついていく。

 

歩く途中、彼女はチラリと砦の側の林を見てから、名状し難い笑みを浮かべるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「『無貌の億粒』め、まさか堂々と私の視界に再び入ってくるとは……」

 

大胆不敵というべきか、考え無しというべきか。

反応を見る限り、彼女は砦がソカルに見張られていることを把握しているようだ。苛立たしげに枝を揺するソカルに、そばで腰を下ろすニーガが宥めるように声をかける。

 

「ソカル、わかっているとは思うが……」

 

「ええ勿論ですとも。まだ彼奴らには干渉いたしません」

 

このまま連中の砦に奇襲をかけるのは簡単だろうが、『無貌の億粒』の罠の可能性もある。事実、彼女はあのダークエルフ達に自在法をかけていたのをソカルは見逃さなかった。彼らの状態を見るに、おそらくは精神を支配する系統のものと思われる。

 

「しかし気になりますな…」

 

「確かに、『無貌の億粒』の考えが全く読めん」

 

「いえ、そちらではありません」

 

「何?」

 

ところがソカルは、あることに気付いたとニーガに語る。

 

「やつが他の者達を操った時、()()()()()()()()()のです」

 

その言葉にニーガの目がわずかに見開かれる。

 

「炎の色が違うだと?」

 

「はい。先日アレと合間見えた時に見た色は青紫色でしたが、先ほどアレが自在法を使った時は若竹色の自在式が見えました」

 

「若竹色………」

 

ニーガは顔をしかめて俯く。どうやらウルリクムミが逃がしたという『蜂蜜色の徒』のほかにも、まだ見ぬ徒がいるらしい。

それにあのダークエルフ達が『無貌の億粒』の仲間であるならば、わざわざ精神支配の自在法を使う必要などないはず。すなわち両者は仲間ではない可能性が高い。

だがなんのために? ニーガには彼女の行動に一貫性がないように見える。はたして彼女は本気で我々を倒すつもりなのだろうか。そもそも自身の手の内や仲間の存在をほのめかせるなど迂闊にもほどがある。せめて彼女が愚者か謀略家であるかが判別できれば、まだ考えを絞り込めるが。

やはりここは慎重に敵情視察に専念すべきだと結論づける。

 

 

「それにしても『コキュートス』だと………? なんと忌々しい名前か!」

 

甲高い声で喚くソカルが枝を震わせる。

ソカルの脳裏を過るのは、多くの戦友達を殺し尽くし、敬愛する主に刃を向けた憎き赤毛の女戦士。彼女の指に嵌まる、悪名高き天罰神の意思を表出させる深紅の指輪。敵の将がそれと同じ名前であることに虫酸が走る様子の彼に、ニーガも表面上は平静だが、内心ではソカルと似たような思いだ。

 

「その『コキュートス』というのは、どんな種族だ?」

 

「大柄な蟲のような異形でしたな」

 

徒ではないのは間違いないと言うソカルに、ニーガはピクリと眉尻を上げる。

 

「蟲………」

 

「いかがなさいましたか?」

 

「いや………大したことではない」

 

しばし腕を組んで考えこむ姿にソカルから問いかけられ、ニーガはゆるく首を振って言葉を濁した。

そして一番の懸念がもう一つ。

 

「それで、ウルリクムミ達の方はどうだ?」

 

「案の定と言うべきか、連絡は出来ませぬ」

 

ソカルは遠くからでも感じられた二人の気配が、急に何かに遮断されるように途切れたのを感じた。こちらから何度か連絡しているが、自在式が繋がる様子はなく、おそらく敵に阻害されていると見て間違いない。だがソカルとニーガにとってここまでは『想定内』だ。

 

()()()は問題なく進んでいる。それまでウルリクムミ達が持ちこたえてくれればいいが………」

 

戦とは、いついかなる時も想定外の事態に見舞われるもの。かくいう自分達もそれを痛いほど経験している。いついかなる場合も臨機応変にならなければならない。

 

 

 

 

 

 

「そういえば、あの『緑爪』族の蜥蜴人はいずこに?」

 

話が一段落したところで、ソカルはザリュースがいないことに気付いた。彼が連れてきた四つ首ヒュドラの姿も見えない。

 

「ザリュースには残りの部族である『竜牙』族の集落に赴いてもらった。クルシュを動向させてだ」

 

「ほう? かわいい妹君をつい昨日会ったばかりの殿方に、安易に託してよろしかったのでしょうかな?」

 

嫌味ったらしく問うソカルにふんと鼻を鳴らす。

 

「クルシュを娶りたいと宣うのであれば、彼女を守れるくらいの腕っぷしと度胸があってもらわねば困る」

 

それに……と呟き、ニーガは首から下がる族長の証を手にとると、どこか切なそうな決意のこもった眼差しでそれを見つめる。

 

「………ニヌルタ、もしや貴殿は」

 

その姿にソカルは、長い付き合いからくる勘でニーガが何を考えているのかを察した。

 

「やれやれ、死んでもそういうところは変わっていらっしゃらなかったようで」

 

「貴様にだけは言われたくない」

 

眉間に皺を寄せてニーガはすっくと立ち上がる。

 

「では私はこれから、『鋭き尻尾』族の集落へ向かう。何か進展があれば連絡しろ」

 

「御意」

 

尻尾を揺らしながらその場をあとにする仲間の後ろ姿を見送りつつ、ソカルは砦の監視を続行する。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふむふむ………だいたいは予定通りに動いてくれてるね」

 

『街の片隅のネズミ』、『平地のカナヘビ』、『大森林のカエル』、そして『ザンディア』の目を通して『忍者』は現状を整理していく。

 

まず『平地のカナヘビ』によれば、どうやらハスターの自在法『封界』は無事発動できたらしく、ウルリクムミは封絶を使えないでいるとのことだ。

あの自在法は味方にはバフ、敵にはデバフをかけられるため、弱体化した状態のウルリクムミであれば、燐子とはいえハスターの作品の中でも高性能な()()でも多少は食い下がれるだろう。

 

 

 

次はトブの大森林。

コキュートス達の砦にあえて並みの徒ほどの存在の力にしたザンディアをあてがい、ソカルとニヌルタの注意を彼女に向けさせ、トーチ並みの小ささにしたカエルから上手く目を反らせたようだ。

 

 

「モモンガさん達は………アザトースの『声』が効いてるっぽいし、問題なさそうだな」

 

ナザリックの勢力はもはや完全に我々の支配下にある。今さら勝手な深読みや慎重すぎる思考で余計な真似をすることはないだろう。

 

「となるとやっぱり、問題はこっちか」

 

トブの大森林にいる二人の紅世の王。

ハスターが現在足止めしている『とむらいの鐘』。

そして、現在ナザリック内部で飼われている『羊』。

 

特に注目すべきは、『羊』だ。

 

(あの『羊』が俺達の知る()()なら、ナザリックを脱出するぐらい簡単なはずなんだけどなあ……)

 

なのに『羊』はいまだ第六階層の牧場に繋がれたままだ。モモンガの命令を受けたデミウルゴスが、丁重に扱うよう環境を変えたが、常に怯えた様子で戦おうとする素振りも見せない。演技をして逃走の機会を伺っているのか、単に噂が誇張されていただけでアレが()()の正体なのか、彼には判断しづらいものだ。

 

(『棺の織手』を始めとした、ほかのやつらにも動きは無し。しばらくはこいつらを重点的に警戒すべきだろうな)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

暗く広いその場所に、異形の群れが蠢いている。

 

 

【来タヨ】

 

【キタキタ】

 

【役者は揃った】

 

【せんそうだ! せんそうだ!】

 

【勝テルカナア】

 

 

人間、エルフ、亜人、アンデッド、悪魔、天使、妖精、ドラゴン。大型哺乳類から小さな虫まで、多種多様な者達がざわめく。共通の種族など一つとしてないそれらには、しかしある共通点があった。体毛、皮膚、目、爪、果ては装飾品。それらのいずれかが青紫色に染まっている。

何千、何万、あるいは何億。冒涜的な嘲笑と狂喜の叫びは音程の狂った旋律のように輪唱しあう。

彼らが望むのは、破滅か享楽か。それはまだ誰にもわからない。

 

 

 

 

約束の日まで、あと六日。




解説

自在法『封界』
優れた自在師であるハスターが独自に編み出した、固有空間を展開する自在法。この空間にいる間は味方陣営の基礎能力を強化するのみならず、敵陣営の能力弱化や自在法の発動阻害が常にかけられ、『封絶』の発動をも妨害する。
並みの紅世の王でも自前の自在法の威力を半減させることができる反面、発動には空間を展開・維持するのに大量の燐子を配置するなど綿密な下準備をしなければならない。


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ヒュアデス

『まだ読んでくれてる方いるのか?』ってレベルで更新が遅くなってしまった………。

スランプが………あと戦闘シーンむずい……


巨大なクレーターの傍らで、雄叫びと戦闘音が鳴り響いていた。

 

「オラオラオラオラオラオラァ!!」

 

片足で立った状態から放たれる、ヒクイドリの“燐子”カルバーナの連続蹴りを、ウルリクムミはウベルリで防ぐ。

 

「ぬああああ!!」

 

カルバーナの攻撃がやんだ僅かな隙を見逃さず、クルリと柄を素早く持ち直してカウンターを繰り出すも、寸でのところで孔雀の尾羽がそれを阻む。尾羽の先を見ればそれは孔雀の“燐子”ジュノベルの腰から伸びており、かなりの距離にも関わらず仲間を守る盾として機能している。

 

「あ、少し欠けた」

 

とはいえ完全に防ぎきれたわけでもなく、毒々しいほど美しい緑色の尾羽には皹が入っている。

 

「修復しますね」

 

それを見た後方のキーウィの“燐子”ペスカッティが、手に持つクロススピアーを軽く振ると、蜂蜜色の燐光がジュノベルを包み壊れた尾羽が治っていく。

 

「『スパイク・ヴェノム』」

 

続けて梟の“燐子”ポロナズが地面に短剣を突き立てると、ウルリクムミの足元から蜂蜜色の猛毒のトゲが生えてくるが、トゲは鋼鉄の鎧を溶かすには至らない。

 

「『ガルダ・ライトニング』!」

 

「『雷鳩苻』!」

 

ならばと烏の“燐子”アービアの持つ片手剣から雷の巨大鳥が放たれ、烏骨鶏の“燐子”ラヴィラが裾から数枚の札を投げれば小さな雷の鳩となり巨大鳥と一体化して一回り巨大になる。しかしウルリクムミはウベルリから濃紺の炎弾を放ちこれを掻き消す。

 

「ぬああああ!!」

 

大技を出した直後の隙を見計らい再び後方へと接近するウルリクムミを見て、ハスターは軽く舌打ちして片腕を振ると袖から無数の小さな水晶がばら蒔かれる。水晶が地面と接触した瞬間に地面の土が盛り上がり、鳥人間の姿をした何十体もの土人形の“燐子”が瞬く間に生まれていった。

 

(またかあああ!)

 

誕生と同時に群がってくる“燐子”の大群を切り払い、ウルリクムミは思考を回転させる。

“紅世の徒”が生み出す“燐子”は、大きく分けて二種類ある。自在法を発動するさいの複雑な仕掛けのピースか、簡単な雑役のための下僕かのどちらかだ。そしてその姿形、能力、知能は製作者である“徒”の技量と本質、この世のどんな物体を元にするかによって左右される。

製作者の言うことを忠実に聞く傀儡という利点はあるものの、より高度な“燐子”を生み出すには優れた技術力が要求されるうえに、維持するだけでも能力に見合った大量の“存在の力”が必要になるのだ。

 

だが今ウルリクムミと相対する“燐子”達は、一般的な“燐子”とは明らかに違っている。その辺の土を素材にしたにも関わらず、ほどほどの戦力の人形を大量に生み出せる技術は、並みのフレイムヘイズでも物量だけで押しきられそうである。

特に先ほどからウルリクムミと相対する六体の“燐子”達が別格だ。互いに会話して自ら考えて行動できるほどの意思総体を持っていながら、彼らの身体にある何枚もの羽毛は一枚一枚が複雑な自在式である。それらが身体強化や援護の自在法を発動するための仕掛けの一部としてある。すなわちこれが意味することは……

 

(この“燐子”達、道具型と自律型の利点を両立させている!?)

 

にわかには信じられないが、そういうことになる。

特に後方のハスターの両隣に控える二体の“燐子”は、それぞれ味方を支援する自在法と破損を修復する自在法を使っている。本来なら“燐子”を修復できるのは製作者である“徒”だけのはずだが、ペスカッティの羽毛に刻まれた自在式はハスターの自在法を低コストかつ迅速に発動するための補助機能としてあるようだ。

これだけの完成度はかの“探耽求究”の下僕である『カンターテ・ドミノ』と同等か、あるいはそれ以上だ。製作者であるハスターの自在師としての技量が高いことが察せられ、総合的なスペックを見れば『仮装舞踏会』の精鋭に匹敵しかねない。

 

(軍師殿が見ればあああ、涎を垂らして勧誘しそうな逸材だあああ)

 

とはいえ現状は一進一退。ウルリクムミは『封界』のせいで自慢の『ネサの鉄槌』が使えず本気を出せないが、ハスター達の攻撃は弱体化してなお強大な“紅世の王”であるウルリクムミにたいしたダメージを与えられない。どちらも決定打となれる要素を掴めずにいた。

 

(さすがはかの大戦で、フレイムヘイズ達に恐れられた『鋼の軍神』。綿密に準備してなおこの有り様とは)

 

もとより勝てるとは思っていなかったとはいえ、自在式をはじめとした膨大な準備をしていたにも関わらず、ギリギリ食い下がるので精一杯だ。

開戦からだいぶ時間が経ちそろそろ夕方になるにも関わらず、未だ疲労の色が見えないウルリクムミにハスターは内心でため息をつく。

自身の傑作たる『ヒュアデス』達が妨害の手を緩めず、手軽に量産可能な『ビヤーキー』達がウルリクムミに纏わりつくのを確認してから、ハスターは一瞬だけ周囲を見渡す。しかしそれを見逃さずウルリクムミではなかった。

 

「余所見している場合かあああ!!」

 

号砲を上げたウルリクムミがウベルリを大きく振ると、幅広の刀身から濃紺のつむじ風が巻き起こる。

 

『どぅえ!?』

 

突然巻き起こる風にあおられ近くにいたカルバーナ達は思わず転倒してしまい、彼の身体にしがみつく『ビヤーキー』達にいたっては粉々に砕け散ってしまう。

これはかつてウルリクムミの盟友の一人であるイルヤンカが、自在法『幕瘴壁』でよくやっていた飛行加速への応用を、ウベルリの制御能力とアルラウネの補助を支えにダメ元でやってみたものだ。どうやらこの結界は『ネサの鉄槌』そのものは使えなくても、自在式を一部改造したものであれば発動できなくはないらしい。

ヒュアデス達が態勢を立て直す前に大地を蹴って、ウベルリから溢れた爆風の勢いに乗り一気に距離を詰める。最優先で討つべきは、味方を修復できるあの小柄な“燐子”だ。

 

「うひゃあ!?」

 

自身に向かってくる濃紺色の小型台風と化したウルリクムミにペスカッティは飛び上がる。

 

『ペスク!!』

 

それを見て慌てる仲間達が駆け出すが間に合わない。ウベルリのリーチまで距離あと一歩まで迫った瞬間だった。

 

 

ガキィン!

 

 

「ゴガッ!?」

 

身を守るつむじ風を突き抜けて、ウルリクムミのヘルムに凄まじい勢いで小さな飛来物が当たってきた。

 

(まだ伏兵が!?)

 

アルラウネはすぐさま自在法で攻撃が放たれた方角と飛び道具の種類を調べる。これはかつての戦いでフレイムヘイズ達が取り入れた、最新兵器『銃』による攻撃だ。だがたった今ウルリクムミが受けた弾丸の威力と射程距離はあれらの比にもならない。

 

ウルリクムミが衝撃でバランスを崩したのを見たカルバーナとポロナズが、すぐさま彼に突進し味方から引き離すべくノックバックする。ウルリクムミの巨体が一度地面を跳ねるも、なんとか受け身を取って体勢を立て直す。

 

(ご無事で!?)

 

(豆鉄砲ごときいいい、恐るるに足らんんんん!)

 

銃弾が当たったヘルム内部の反響による耳鳴りを払うように頭を振る。せっかく縮めた距離がまたしても離れてしまった。

 

「呆れた………。今の弾丸、並みの“徒”なら脳天貫通してるぞ?」

 

対するアービアはややへこんだだけの彼のヘルムを見てげんなりする。

 

(ナパリット! ちゃんと威力込めたんでしょうね!?)

 

ラヴィラが不機嫌気味に遠話の自在法で遠くに潜む仲間に問えば、楽しげな笑い声が返される。

 

(そのへんは手を抜かないって。ただあのつむじ風を通る時にだいぶ威力を削られたっぽいな)

 

一同がいる場所を見渡せる小高い丘から、隼の“燐子”ナパリットがライフル銃のスコープ越しにウルリクムミを見やる。

 

「『九垓天秤』最硬は“甲鉄竜”っていうのは有名な話だけど、次点で硬いのは彼ってことかな」

 

「“棼塵の関”も、大概だと思う……」

 

額に手を当ててやれやれと気障ったらしい仕草で首を振るジュノベルに、ポロナズが小さく呟いた。そんな彼らに凛とした声でハスターが告げる。

 

「油断禁物ですよ貴方達。特にペスク、貴方は我々の中ではヒーラーに当たる存在なんですから、敵には真っ先に狙われると思いなさい」

 

「はい……」

 

冷徹な眼差しでジトリと睨むハスターに、ペスカッティは己の不甲斐なさにしょんぼりと項垂れる。

 

 

 

 

「………それにしても、わかりませんね」

 

再び『ビヤーキー』を増やしつつ、ハスターは腑に落ちないとやや小首を傾げる。

 

「確か貴方達はかの大戦で『震威の結い手』に討滅され、戦死なされたと聞いていましたが………一体どうやってあの戦場を生き延びたのですか?」

 

「そんなことおおお、俺達が知りたいわあああ」

 

実際トブの大森林にいるであろう戦友達も含め、自分たちがこうして五体満足で生存している理由は皆目見当がつかなかった。そうきっぱりと返せばハスターは顎に手をやり考えこむように黙る。

 

 

 

(………もうよろしいかと?)

 

(あいわかったあああ)

 

アルラウネの合図にウルリクムミが頷き、ふうと小さく息を吐き、ウベルリに存在の力を注ぎ込みはじめる。斧の先からは薪をさらに加えられる篝火の如く濃紺の炎が激しく燃え上がり、硬質で巨大な物体を形成しはじめる。敵の自在法の質が変わったことに警戒して身構えるヒュアデス達だったが、炎が変貌したそれを見て驚愕した。

 

「え………」

 

「はい!?」

 

なんとバトルアックスの先が濃紺色の炎の大剣に変じたのた。元から巨大だった武器がさらに質量を増したそれを、ウルリクムミが大きく振りかぶる。

 

「いやお前っ………もうそれ『鉄槌』じゃねえだろうがあ!!」

 

大剣がカルバーナに振り下ろされるのを見て、仲間を守るべくジュノベルがすかさず尾羽を伸ばす。だがさすがに防ぎきれず尾羽が粉々に砕けてしまった。

 

「うぐ!!」

 

「あぶね!?」

 

カルバーナは咄嗟にバク転してギリギリ躱すも、攻撃を受けたジュノベルは砕けた尾羽を抱え、苦痛から思わず膝をついてしまう。

 

「ジュノ!」

 

「まいったなあ……自信無くすよ」

 

慌ててペスカッティが修復すれば尾羽は元通りになる。しかし息をつく暇もなくウルリクムミの猛攻は止まらない。リーチの伸びた攻撃を必死に躱す前衛達を見て、ハスターは眉間に皺を寄せウベルリを見据える。

 

(範囲攻撃を捨てた分、()の破壊力がより強くなっている!)

 

元から絶大な破壊力を持つ自在法が、小さく圧縮されたことでさらに跳ね上がっている。あんなもの、かするだけでも命取りだ。だが武器が巨大になった分スイングの貯めがやや長くなってもいる。このくらいの速さなら、落ち着いて動けばギリギリ避けられる。一度冷静になるべく深呼吸し視線を移すが、

 

(………あれ?)

 

ここでふとハスターは違和感を覚える。バッと首を素早く振って周囲を見渡せば、違和感の正体に気づいた。

 

(『封界』が狭まっている!?)

 

彼が発動した直後に比べて、『封界』の範囲が狭くなっていたのだ。一体どういうことかと自在法で調べてみると、『封界』が消失した範囲にはウルリクムミの攻撃の余波を受けていた形跡があった。

それに気づいたハスターは、彼が執拗に周辺を砕き続けていたのを思い出す。彼が大剣を生み出したのは、単に攻撃パターンを変えるためではない。『封界』の維持のために周囲に配置した無数の“燐子”を、ヒュアデス達への攻撃の余波で少しずつ破壊するためだったのだ。

“燐子”の隠蔽は問題なかったはずだが、アルラウネに自在法で調べさせたのだろうか。いずれにしろ自身はすでに詰みの局面に追い込まれていたのだとハスターは焦る。

 

弱体化してなおあれだけの威力だというのに、もしこのまま『封界』が解けてしまえば………。ハスターの背筋が凍りつき、再び周囲を見やる。

 

(()はギリギリ………間に合うか!?)

 

いや、間に合わせなければならない。すぐさま事前に仕込んだ自在式を起動させると、周辺に散らばる“燐子”の残骸が宙に浮きハスターのもとへと集まりだす。

 

「させるかあああ!!」

 

だがそれを見逃すウルリクムミではない。彼の行く手を阻むヒュアデス達を、大剣一振で上半身と下半身を真っ二つにした。

 

『ぎゃあああああああ!?』

 

 

「みんな!! くそっ………!!」

 

 

スコープからその光景を垣間見たナパリットも足止めするべく弾丸を乱れ打つが、再びウルリクムミの身体が濃紺のつむじ風を纏い、今度は全て阻まれてしまう。

 

「おおおおおお!!」

 

「「ハスター様、危ない!!」」

 

前衛達を振り切り、地を蹴ってハスターへと迫るウルリクムミを見て、両隣の“燐子”が主を守るべく前に出るが、

 

「危ないのは貴方達ですよ!!」

 

何を血迷ったのか、主であるはずの“徒”が“燐子”を両脇に突き飛ばして庇った。

 

『!?』

 

その行動に驚愕したのはペスカッティとラヴィラだけではなく、大剣を振りかざすウルリクムミとヘルムから戦況を覗くアルラウネもだ。だが重量を持った武器が寸でで止まるわけなどなく、ハスターの身体は縦に一刀両断されてしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『ハスター様あああああああああ!!』

 

綺麗に縦一文字に斬られた主の死を間近で見てしまい、ラヴィラとペスカッティは喉が張り裂けるのでないかという大声で叫ぶ。下半身を失い地を這いつくばるヒュアデス達もその光景に愕然とする。

 

ウルリクムミは大剣を維持する炎を収め、大きく深呼吸した。“王”ならばともかく、一介の“徒”が今の一撃をまともに食らって生けていられるとは思えない。ゆえに順当にいけば、これで戦いは終わったかに思えたが………

 

「………?」

 

周囲を見渡しアルラウネはいぶかしんだ。自在師であるハスターを倒したにも関わらず、周囲を覆う自在法が一向に解けるようすがないのだ。それだけではない、彼がかき集めた“燐子”の欠片はいまだ中空で渦巻き続けている。ウルリクムミが再び真っ二つになったハスターの身体を見ると、亡骸がいまだそこに残っている。

 

()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「!!」

 

“徒”が瀕死の状態になった場合、その身体は炎となって散るはず。だが眼下のバードマンの身体は一向に炎が燃える様子を見せないのだ。その事実に気づいたウルリクムミは慌ててしゃがみこみ、物言わぬバードマンの身体を調べて目を見開く。それは“徒”の身体などではない、陶器でできた人形だ。

 

(これも“燐子”!?)

 

アルラウネが慌てて本物を探すべく周囲を見渡し、二人は見つけた。遠く離れた場所で蜂蜜色の自在式を起動させる、彼が着ていた空っぽの黄色いローブを。

 

(本体は衣服!?)

 

(“燐子”に損傷を肩代わりさせたかあああ!)

 

二人の視線がこちらに向いたのを見てハスターは舌打ちする。気づかれたが、もう後には引けない。彼らの周囲を燐子の破片が集まり四方八方を囲みはじめる。

 

「まだだあああ!!」

 

対するウルリクムミも敵の自在法を破壊するべくウベルリに最後の力をありったけ込める。先ほどの攻撃の余波で“燐子”が破壊され、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()から。

 

(本当に、抜け目がない!!)

 

斧の先から形成された濃紺の竜巻がローブに振り下ろされ、“燐子”の破片が重戦士を覆う。

 

「「おおおおおおおおおお!!!!」」

 

咆哮が鳴り響き、大規模な自在法が同時に放たれる。

 

 

 

 

 

 

僅差で王手を決めたのはーーーーー




解説

燐子『ビヤーキー』
ハスターが作成・使役する“燐子”の総称。意思総体を持たず事前に命じられた行動のみを行う典型的な道具型。
だがこれらの最大の特徴は『素材を問わず量産が可能で、なおかつ自由に改造することで様々な用途に沿ったものが作れる』という汎用性の高さにある。これはハスターの本質である『人形に寄生する装い』の反映と、彼の生来の自在師としての技巧が合わさったことで行えるものである。

燐子『ヒュアデス』
ハスターが使役する“燐子”の中でも傑作と名高く、防御力に秀でた『ジュノベル』、徒手空拳に秀でた『カルバーナ』、修復に秀でた『ペスカッティ』、自在法に秀でた『アービア』、狙撃に秀でた『ナパリット』、索敵・探知に秀でた『ポロナズ』、支援に秀でた『ラヴィラ』の七体で構成されている。
いずれも高度な意思総体を持ち、それぞれの得意分野に見合ったチームワークで戦う。さらに自律型でありながら彼ら自身の身体には複数の自在法を遠隔操作するための自在式が無数に刻まれており、ハスターの自在法を円滑に起動するための演算装置という道具型の側面を持つ極めて特異な存在でもある。

『勝負服』
ハスターが戦闘・移動のさいに使用するバードマンの姿をした道具型“燐子”。自在法の演算処理に特化した代物で、有事の際にはハスターの受けたダメージを肩代わりすることも可能。
一応これにもちゃんと名前があるらしいが………


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第一陣・結末

いまだ私の作品を楽しみにしてくださっている方がいらっしゃるようで嬉しいです(´;ω;`)


「…………んで、足止めはできたことはできたけど、現状維持のためにその場を離れられないと」

 

『平地のカナヘビ』の五感を通し、“無貌の億呟”はハスターからの報告を聞く。

 

「そうですよ………」

 

チラリと彼の背後に視線を移せば、巨大な蜂蜜色の卵が存在している。しかもそれはドーンドーンというけたたましい打撃音を響かせ、今にも何かが孵化しそうに震えている。大方ウルリクムミが脱出を試みるために卵を破壊しようとしているのだろうが、その度にハスターは袖から出した蜂蜜色の結晶を卵に投げつけ、卵の厚みと強度を増している。しかしそれも気休めにしかならないらしく、ハスターが常に卵を補強し続けなければ今にも彼らは飛び出して来ることだろう。

 

「いや~、でもあの“厳凱”相手によくそこまで出来たなお前」

 

「ほとんど運に左右されましたけどね」

 

彼の自慢の“燐子”ヒュアデス達はほとんどがかなりの損傷を負ったものの、どうにか一命は取り留めている。さすがにしばらくは戦線離脱しなければならないので、今はハスターの懐で小さなガラス細工になり眠っている。ウルリクムミとの実力差を考慮すれば、これだけの被害で済んだのは奇跡ともいえるだろう。

彼が『鋼の軍神』を相手に善戦できていたのは、一重に墓地での戦いを始めとする、彼らの基本的な強さ・技術力の事前情報があってのものだ。もし彼らと初対面で何の策もなしに挑んでいたら、一秒も持たなかったことだろう。

 

「そういえば、『とむらいの鐘』のアリバイはどうする? またエントマ達にアザトースの『声』聞かせとくか?」

 

エ・ランテルのルプスレギナを通して、『とむらいの鐘』がトブの森に向かう予定だというのはすでにアインズの耳にも入っている。片道二日の距離でいまだ到着していなければ、アインズがまた気を揉んで余計なことをするかもしれないと懸念するカナヘビに、ハスターは緩くフードを振って断る。

 

「いえ、あのあと二名を模した道具型燐子を作ってトブの森に送りましたので、そちらにアリバイ作りをさせておけば十分でしょう」

 

蜥蜴人の集落から離れた場所へ行き、適当に薬草採取を繰り返し行うだけの人形だ。少なくとも蜥蜴人との戦争中でもさして気に止められないだろう。

 

「ちなみにそちらの動きは?」

 

ハスターが自身の現状の報告を終えたところで、今度は“無貌の億粒”に現状を問う。

 

「ん~、概ね予想通りかな?」

 

 

ザンディアとカエルの『目』を通した両陣営の動きについて。

まず蜥蜴人達はすでに五部族同盟を結び、“鋭き尻尾”族の集落にてその戦力を終結しつつある。“小さき牙”族がコキュートス軍の大まかな戦力を調べ、それぞれの族長達が話し合いの末に序盤はバリケードを用いての籠城戦を検討。さらに族長のみの精鋭部隊を作ることを決定し、敵の指揮官を討つ隊と守備隊を引き付ける隊の二つに分けられた。

一方のコキュートスは蜥蜴人側の情報を集めようとする素振りは見せない。低位アンデッドに指揮官相当の存在を据える様子もなく、戦力不足からアインズに増援の進言をする素振りもなく、力押しで攻めるつもりなのが目に見える。このまま行けば、多少の犠牲は出るだろうが蜥蜴人側が勝利するのは間違いないだろう。

 

ここまではハスター達の予想通りだ。だが話し合いの最中、ニヌルタが一つだけ意外な提案をしだしたのだ。

 

 

 

 

『自身は戦士頭達とともに前線に赴き、切り込み隊長として直接指揮を下す。精鋭部隊には代わりに、族長補佐クルシュを据える』

 

 

 

 

 

「“天凍の俱”が前線の指揮を?」

 

「やっぱりお前もそこが気になる?」

 

かの大戦ではニヌルタは中央軍から戦場全体を観察し、それぞれの軍を指揮する立場にあったと聞いていた。なのに拠点に構えずわざわざ激戦地帯が多いであろう前線に出張るとはどういうつもりだろうか。

 

「『俺達』を警戒して迎え撃つ気か?」

 

「どうでしょうね………それだったら『先手大将』である“焚塵の関”のほうが得意分野だと思いますけど」

 

ハスターは実際に『先手大将』であるウルリクムミと戦ったからこそわかる。歴戦の将たる連中の強さと軍略は底知れない。ならば『とむらいの鐘』の中でも重要な指揮官の地位にあった『氷雪の大将軍』たるニヌルタが、そんな単純な配置にするとは思えない。

 

(とはいえ………変に深読みしすぎるのもかえって考えが複雑になりかねませんし、注意しなければいけませんね)

 

ふいに脳裏を過った赤いスーツ姿の悪魔に、ハスターは思わずため息をつく。

 

あとほかに変わったことがないかとカナヘビに問えば、彼は腕を組んで唸る。

 

「ん~、強いて言えば“天凍の俱”が族長連中を集めてコソコソと何かしてるくらいだな」

 

「………なんですって?」

 

それは聞き捨てならない情報だ。より詳しく説明してほしいとハスターは乞うも、カナヘビは首を振ってわからないと返す。ニヌルタは一つの家屋に族長達を招き入れると、家屋全体を自在法で覆ってしまい中の様子を覗き見れなくなってしまったのだと言う。事前にハスターから託されたジャミングの自在式で盗聴を試みたりもしたが、アルラウネが張った自在法よりも強いために何を話しているかすらわからなかった。

 

「なるほど………どうやら“天凍の俱”は自在師でもあったようですね」

 

しかも技量は間違いなくアルラウネより上だ。トーチに寄生して弱体化しているとはいえ、それだけでも戦術の幅はだいぶ広がるだろう。再び族長達と作戦会議をし直しているのは、どこかで監視している(我々)を警戒してのことだろうか? そうなると先の作戦会議の内容も嘘の可能性が高い。

 

 

 

「ま、俺らが考えてもどうしようもないしな。あとはなるようになれだ」

 

ケロッと思考を切り替えるように、カナヘビは仰向けになって大の字に寝転がる。そのなんとも無責任な言い種に、ハスターは顔があればジト目を向けていそうな視線を向ける。

 

「………貴方って、本っ当にいい加減ですよね」

 

「え~、だってしょうがないじゃん」

 

これから自分達が戦うのは、異世界で俺TUEEEEに酔いしれるエセ超人(プレイヤー)でも、ワールドアイテムを持つだけの雑種(神人)でも、面倒だが付け入る隙がある原住民(真なる竜王)でもない。かつて天罰神を相手に真っ向から戦いを挑んだ、正真正銘の強者達である。中途半端な手管で倒せるなんて欠片も想像がつかないのだから。

 

「それにぷにっとさんも言ってたじゃん。『相手の情報をとにかく収集し、奇襲でもって勝負を付ける。これが『誰でも楽々PK術』によるギルドの基本戦術である』って」

 

「…………貴方それを一度でも実践したことありましたっけ?」

 

「ぜ~んぜん無い! 一発で仕留めたほうが手っ取り早いし」

 

ケラケラと腹を抱えて笑うカナヘビに、ハスターはまるで額をピシャリと叩くような仕草で顔を袖で覆う。

 

「………ぷにっとさんが『頭おかしい』って言う気持ち、わかる気がします」

 

「そうか~?」

 

チョロチョロと地面を滑るように動き、カナヘビが近くの小さな穴に入って行く。

 

「んじゃ進展があったらまた連絡するな~」

 

「了解」

 

揺れる尻尾が穴に入るのを見届けてから、ハスターは脱力するように肩を落としてため息をつく。

 

(なんで『社長』は、こんな連中に入れ込んでいるのだろうか………?)

 

などど疑問に耽る間もなく再び鳴り響く破壊音に、補強と強化のための結晶を再び追加するのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

約束の日まで、あと四日。




その頃のニーガ兄様達。

ニーガ「期日までの四日間、クルシュを含めた族長一同にはこの『鍛練』をしてもらうぞ」

ザリュース「ニーガ、この『鍛練』にはどんな意味があるのだ?」

ニーガ「念のためだ」



家屋の外のカエル。

(………何やってんだあいつら?)


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氷雪の魔法詠唱者

蜥蜴大戦はだいたいは原作と同じになるかもです


そして当日。

“鋭き尻尾”族の村のそばにある大きな沼の上空を、かつて先触れが来た時と同じ暗雲が晴天を隠し始めた。

 

「来ました!」

 

見張りが大声を上げて仲間達に知らせ、戦士達は森の向こうに鋭い眼差しを向ける。現れたのは粗末な武器を構えたスケルトンと醜悪な姿のゾンビの軍勢で、骨を軋ませる音と呻き声をあげて歩いてきている。

 

「出てきたな」

 

すでに覚悟を決めたとはいえ、その光景に身震いする蜥蜴人達に、砦の高台からシャースーリューが叫ぶ。

 

「聞け! 全ての蜥蜴人達よ!」

 

この同盟の指揮官の身を預かる者の声に、一同の視線が集まる。

 

「認めよう、敵は多いと……。しかし恐れることはない! 我ら五つの部族は、歴史上初めて同盟を結んだ。この同盟によって我らは一つの部族となり、五つの部族の祖霊が、我らを守ってくれる!」

 

バッと後ろに控える族長達に振り向き、その内の二人に命じる。

 

「“朱の瞳”族長ニーガ・ルールー、祭司頭を束ねるクルシュ・ルールー、祖霊を下ろせ!」

 

名を呼ばれたニーガがフードを取り、クルシュが草簑を脱ぎ捨てて互いに空へ祈りを込める。

 

「見よ、全ての蜥蜴人達よ」

 

「五つの部族の祖霊が、貴方方の元に降りて来るのを」

 

暗雲に向けて手を伸ばす兄妹につられて一同の視線はその先に向けられる。暗い空から降り注ぐ無数の光が、まるで彼らの絶望を払うかのように輝きながら舞い降りてくる。

 

「光だ!」

 

「祖霊が俺達を守りに来てくれたんだ!」

 

淡く小さな光の暖かさに祖霊の加護を感じ、戦士達が沸き立つ。

 

「さあ、全ての蜥蜴人よ! 敵を倒し、祖霊に勝利を捧げるぞ!」

 

呪法と薬草の力を借りた興奮状態、さらにはシャースーリューの大演説に鼓舞されたオス達の士気は最高潮に達している。戦士達は鍛え抜かれた身体を塗料で飾りたて、扱い慣れた武器を手にする。それを見届けたシャースーリューが大剣の切先をアンデッドの大群に向ける。

 

「出陣!!」

 

『ウオオオオオオオオオオオ!!!!』

 

開戦の号砲を鳴らすが如く、戦士達は駆け出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

開戦と同時にここで早くも両軍に明確な差が現れ始める。ただでさえ動きの鈍いアンデッド軍団は湿地に足を取られて歩みが覚束なく、対する蜥蜴人達にとって湿地は慣れ親しんだ庭も同然で、全く枷になることなく自由に動き回れる。必然的に蜥蜴人達の進軍速度が上回っていくのだった。

 

打撃に弱いスケルトンには殴打武器で対応し、前衛のスケルトン達は次々と殴り倒されていく。ある程度打撃に強いゾンビ軍団は比較的善戦していたが、

 

雹散弾(ヘイル・バックショット)!」

 

浮遊した状態からダメ押しとばかりに放つ、ニーガの氷の礫がゾンビの群れに全て命中し、腐敗した身体が蜂の巣となって次々と沼に沈んでいく。

 

「露払いは受け持つ、構わず進め!!」

 

『おお!!』

 

高位の魔法を放つニーガの勇姿を見上げ、戦士達の士気はさらに上がり果敢にもアンデッドの軍勢に切り込んでいくのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「優れた祭司と聞いてはいたが、予想以上だな」

 

そんなニーガの姿を、拠点の高台から族長達が眺めていた。

 

「あの魔法は………もしや『飛行』か?」

 

「ええ。第三位階魔法の一つで、“朱の瞳”族の中でも扱えるのは兄様だけよ」

 

ザリュースの問いに答えるのはクルシュで、その言葉に一同は感嘆の息を漏らす。彼女によればニーガは祭司よりも魔力系魔法詠唱者の才に長けているらしく、基本的な魔法は一通り扱えるとのことだ。

 

「まだ本気を出してはいないだろうが、見た限りヤツはおそらく俺よりも強いだろう」

 

「兄者?」

 

珍しく謙虚な感想を述べるシャースーリューに、彼の強さをよく知るザリュースは目を見開いて彼を見る。

 

「うん。あのこおりのいりょく、おれのよろいでもまもれない、かもしれない」

 

続けて同意するのは、四至宝の一つである白竜の骨鎧(ホワイト・ドラゴン・ボーン)を纏うキュクー。

 

「おまけに狙いも正確無比。目視した限りでは、一つたりとも外していませんね」

 

蜥蜴人の中でも狩猟に秀でたスーキュも頷く。

 

「あ~あ、やっぱり一回だけ手合わせしとくんだったな」

 

好戦的なゼンベルは戦いが始まる前に何度かニーガに戦いを申し出ていたが、結局最後まで断られたのを思い出して不貞腐れる。

そんな族長達の兄を称える姿を横目にやや得意げになるクルシュに、ザリュースは再び質問する。

 

「クルシュ、ニーガはどうやってあれだけの魔法を研鑽できたのだ?」

 

ザリュースが見た限り、ニーガの魔法には蜥蜴人の祭司が扱っていないものも含まれている。独学で編み出したにしても、あの若さであれだけ高位の魔法を修得するにはよほど厳しい修行をしたとしか思えない。

 

「ええと………ちょうど兄様が十歳の頃だったかしら? “朱の瞳”族の集落に、人間の魔法詠唱者がやってきたことがあったのよ」

 

元来が閉鎖的な蜥蜴人達は、当然の如くその人間を警戒した。だがニーガだけは初めて見たであろう人間に興味を示し、大人達が止めるのも聞かずその人間のもとに何度か足しげく通っていたのだという。そのうち人間が扱う魔法を見て、自分も学びたいと懇願したのだ。最初は適当にあしらっていたその人間もやがてニーガの熱意に根負けし、比較的簡単なものから順に教えてやった。ところがニーガの飲み込みの速さと魔力の操作技術はずば抜けて高く、なんと僅か一年で恩師の魔法を自分に合った形で改良し、完全にものにしてしまったのだ。

 

「たった一年!?」

 

「しかも当時まだ十歳だと!?」

 

クルシュから語られたニーガの能力に、族長のうちシャースーリューとゼンベルが特に驚きの声をあげてしまう。祭司の力と武技をそれぞれ極めた二人からすれば、早熟なんて話ではない。

 

「その………天才とは本当にいるものなんですね……」

 

「すごーい」

 

スーキュとキュクーに至っては、やや引き気味だ。

 

「クルシュ。そのニーガの恩師にあたる魔法詠唱者殿とは、どんな人間だったんだ?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「確か赤いフードに黒い服で、白い仮面をつけた女性だったそうよ?」

 




その頃のニーガ兄様

仮面のお師匠「私が使える魔法は一通り見せた。まずは感覚から掴んでみるといい」

ニーガ「わかりました」

仮面のお師匠(まあ、そんなすぐには出来ないだろうがな。飽きっぽい子供など、しばらくしたら諦めるだろう……)

ニーガ「氷結の短剣(アイシクルダガー)!!」

カッ!!

仮面のお師匠「(゜Д゜」

ニーガ(ふむ………感覚自体は自在法を使うのとほぼ同じか)


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二人の氷の将軍

やっぱり戦闘描写って難しい……


蜥蜴人達の士気と統率のもと、すでにスケルトンだけでも五百体が撃破された。戦況の旗色が悪いと判断されたのか、ここでアンデッド兵達が撤退していく。開戦からかなり時間が経ったように思われるが、背後に控える弓兵も騎兵も一向に動く様子がなく、ゾンビにいたってはこちらの動きに合わせているように見えた。

 

(………ソカルから聞いた通りだったな)

 

飛行(フライ)』で上空から敵の動きを見届け、ニーガは確信するように頷く。いつぞやの女戦士アルベドの戦い方を見たソカル曰く、彼女は格上との戦い方に慣れていないように見えたという。そして敵軍はこちらの戦力を調べる素振りもみせなかった。これらから推測されるのは、あの蟲人の将軍が戦に不慣れな可能性がある場合だ。

ソカルの偵察からアンデッドのより詳しい戦力は頭に入っている。アンデッド軍の規模はニーガの見解では、蜥蜴人を殲滅すること自体は不可能ではない。自分であれば、まず打撃に比較的強いゾンビを前衛に出すと同時に、弓兵で後方から援護しつつ騎馬隊で背後を取り敵を撹乱。そうして相手の体力をジワジワと削りつつ、出し惜しみせず全てのアンデッドを投入し物量戦で本陣を攻めれば余裕だ。

しかし現在相対しているアンデッド軍には指揮官のザンディアはおらず、彼女は砦の傍らに座り手鏡を見ながら呑気に化粧直しをしている。これではアンデッド達はろくな連携も取れず、ただぶつかって行くことしかできない。

 

しばらく硬直状態が続いたのち、ここでようやく騎兵が本陣に向けて動き出した。動きから見るに後背を取って包囲・殲滅をするつもりだろうが、これもニーガ達の想定内だ。騎兵達は事前に沼に仕掛けたトラップに嵌まり、疾走の勢いもあって派手に転倒していく。

 

「放てー!」

 

落馬したスケルトン達はすぐさま体勢を立て直そうとするも、狩猟に秀でた“小さき牙”達のスリングショットがスケルトンの頭部や胴体を正確に撃ち抜く。

騎馬隊の撃破に蜥蜴人達はさらに進み、前衛のスケルトンが粗方片付いたところで今度は弓兵が矢を放ち出した。前線で戦っていた戦士の何人かに矢が刺さり崩れ落ちるも、すかさず防御力に秀でた“鋭い尻尾”族が矢の雨を振り切り弓兵に突撃する。壁となるアンデッドがいない弓兵を守るものは何もなく、近接に対応しきれないまま圧倒されていった。

 

主だった部隊がほとんどが壊滅し、今度はアンデッドビーストが迎え討つ。蜥蜴人達は疲労の蓄積もあり、人型ゾンビよりも高い身体能力を持つ獣モドキにやや苦戦するも、戦士達の足元が輝きそこから巨大な泥の塊が隆起しだした。

 

湿地の精霊(スワンプ・エレメンタル)………間に合ったか」

 

精霊の身体から伸びた泥の触手が、アンデッドビーストを次々と捕えて腐敗したその身を引きちぎる。

 

「これが祭司の力かよ………!」

 

後方から支援しているであろう祭司達の力量を垣間見、戦士頭達から感嘆の叫びを上げるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(負ケル。マサカ蜥蜴人ノ力ガコレホドトハ………)

 

敵の戦力を完全に見誤ったことにコキュートスは拳を握りしめる。お目付け役のエントマからの視線も、仮面越しであるにも関わらず痛く感じる気がしてしまう。

 

「かなり押されてるみたいですけどぉ、大丈夫ですかぁ?」

 

「………マダ手ハアル」

 

この状況を打破出来るであろう『切り札』はかろうじて残ってはいるが、それを使うことは敗北を認めるのも同然だ。コキュートスは汚名を被るのが自分のみならば受け入れる覚悟はある。だが自身の敗北によって至高の御方に泥を塗ることだけは避けなければならない。

このままではいけないと、最も賢き友であるデミウルゴスから助言を貰うべく、伝言のスクロールを取ろうとした瞬間だった。

 

『っ!』

 

同じタイミングで、鏡越しに観察していた魔法詠唱者のフードが、風の勢いで脱げた。

 

「…………!」

 

そして露になった蜥蜴人の素顔を見て、コキュートスの手がスクロールを掴んだままピタリと止まってしまう。

 

「コキュートス様ぁ?」

 

エントマの声に答えもせず、心ここにあらずな様子でコキュートスの複眼は鏡に釘付けになってしまった。急に固まった上司にエントマは小首をかしげ、彼の配下である蟲人の戦士達も戸惑うように互いの顔を見合う。

 

 

 

「………コキュートス様、少々よろしいでしょうか?」

 

「ム?」

 

そんな彼をみかねたのか、ここで挙手する者が出た。その人物は見るからに脆弱そうな、細身の身体を持つ()()()()()()()()()()()()()()だ。

 

「貴公ハ………ソノ……」

 

「アトリオと申します」

 

「アトリオヨ、ナンダ?」

 

彼に呼ばれて硬直が解けたコキュートスに、アトリオは椅子から立ち上がってから胸に手を当てて会釈する。

 

「階層守護者たるコキュートス様を御前にして、大変不敬とは思うのですが………私の疑問を発言する許可をいただけないでしょうか?」

 

自身の顔色を伺うようにチラリと視線のみを向けられ、コキュートスは頷く。

 

「許ス、何ガ気ニナル?」

 

「………偉大なる我らが主、アインズ・ウール・ゴウン様は、我らの勝利を本当にお望みなのでしょうか?」

 

「ナンダト?」

 

思いもよらない発言に他の蟲人達の視線がアトリオに集まる。

 

「この陣に来てからというもの、私はずっと気になっていたのです。アインズ様がなぜ、コキュートス様の華々しき初陣に、この程度の戦力をお与えになったのだろうかと」

 

アトリオが言うように、今回コキュートスがアインズから与えられたアンデッド軍はほとんどが最下級種族ばかりであった。コキュートス自身もそれには多少の疑問を抱いてはいたものの、蜥蜴人を制圧するぐらいならば大丈夫だろうと気にとめなかった。

 

「シカシ与エラレタ兵力ノミデ挑ムヨウアインズ様ハ命ジラレタ。ナラバソノ命ニ従ウベキダ」

 

至高の御方であるアインズの命令は絶対。コキュートスのその意見にほかの蟲人達も同意するが、アトリオだけは違った。

 

「………コキュートス様、ここからは階層守護者様に対して不敬な発言を交えることになると思われます。もし御不快に感じられた時は、ご遠慮なく私めを切り伏せてくださいませ」

 

「構ワン、申セ」

 

アトリオが引き下がる様子のないことを察したコキュートスは、これから彼の口から出るであろう不敬な発言とやらをしかと受け止めるべく身構える。

 

「此度の戦、コキュートス様は蜥蜴人達に八日という猶予をお与えになられましたが、その間コキュートス様御自身はあちらの戦力を調べていなかったようにお見受けいたしました」

 

まず最初に出た鋭い指摘にぐうの音も出ず固まる。確かに今回の戦いではコキュートスは蜥蜴人側の情報を集めていなかった。その結果向こう側の指揮能力の高さを侮り、現在五百を越える兵の損害を招いてしまったわけだ。

 

「勝てと命じていながら勝てない軍のみをお与えになられたアインズ様が、コキュートス様に本当に成して欲しかったこととは何か……」

 

アトリオは顎に手を添えて小首を傾げ、意味深な視線をコキュートスに向けてくる。それは思案しているというよりは、コキュートスが答えを出すのを待っているように見えた。

 

「マサカーーーーー」

 

そしてここまで来れば、さすがのコキュートスでも彼の言いたいことがなんなのかに気づく。

 

 

 

 

『出来る限り自分の判断で動け』

 

 

 

 

 

出立の日にアインズが告げた言葉が脳裏を過る。もしやあの言葉の意味には、そういった意図が隠されていたのではないか?

もし蜥蜴人達の戦力を事前に調べられれば、兵力不足を事前に察知し増援を頼むこともできたはずだ。つまりアインズがコキュートスに本当に望んでいたのは、彼が『自ら考え行動する』ことだったのだ。

だと言うのに自分は主君の意図を欠片も理解せずに、考えなしに敵に兵をぶつけるという醜態を晒してしまった。

 

「………アトリオぉ」

 

「はい?」

 

とここで、それまでグリーンビスケットを噛っていただけのエントマが、アトリオの発言に割って入ってきた。

 

「そろそろお話終わらせてもいいぃ? もうアンデッド軍かなり減っちゃってるみたいだからさぁ」

 

仮面蟲の下から責め立てるような視線を向けられ、アトリオはエントマに向け胸に手を当て謝罪する。

 

「失礼いたしました、エントマ様」

 

そのまま席に座る彼を見届けてからまたビスケットを食べだすエントマに、コキュートスはやや肩を落とす。

 

(モハヤ、後ニハ退ケヌトイウコトカ……)

 

お目付け役である彼女を通し、己の失態はすでにアインズの耳に入ったことだろう。このまま手をこまねいていても敗北は必須、ならばもう最後の悪あがきぐらいをするしかない。

デミウルゴスに繋ぐ予定だったスクロールを外に待機する『切り札』に繋げる。

 

「ーーー指揮官タル、コープス・ブライドニ命令ヲ下ス。進メ! 蜥蜴人ニ力ヲ見セツケロ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

脳内に響く硬質な蟲の叫びに、石に腰かけるザンディアは足元にそっと手鏡を置いて立ち上がった。

 

「…………ようやく出番ですわね」




その時の彼らの心中

アトリオ(ザンディア、ちょっといいですか?)

ザンディア(どうしたんですのアトリオ? わざわざ遠話を繋いでくるなんて)

アトリオ(なんか、コキュートスがフリーズしました………;)

ザンディア(は?)


コキュ「………(゜Д゜」ポケー


アトリオ(予定だとこのままデミウルゴスに連絡するはずなんですけど、スクロールを掴んだまま鏡を凝視してしまっています;)

ザンディア(え、なんでですの?;)

アトリオ(わかりません。でもこうしている間にもアンデッドが減ってきてます……;)

ザンディア(仕方がありませんわね………貴方が代わりにアドバイスをしてくださいませ)

アトリオ(は!)


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コープス・ブライド

「あらかた片付いたか………」

 

上空から目視した限りのアンデッドが全て倒されたのを確認し、ニーガは地上で指揮を取る戦士達に命じる。

 

「軽症の者達は、重症の者達を担いで一度村まで退却! いまだ怪我のない者達は、私とともにこのまま進軍せよ!」

 

『おお!!』

 

沼地に伏せる戦士の内、まだ息がある者達は軽症者が肩を貸して後方へと撤退していく。ニーガの支援と敵の戦略が杜撰だったこともあってか、健在な戦士は思いの外多かった。

 

「よし、このまま敵陣まで乗り込めー!」

 

“緑爪”族の戦士頭がその勢いに乗じて駆け出そうとした瞬間、

 

(ニヌルタ!!)

 

「!!」

 

ニーガの脳内にソカルの甲高い叫びが鳴り響いた。バッと前方を向けば林の向こうから赤い光が見え、ニーガは素早く魔法を構築してその光に向けて魔法を放つ。

 

「≪氷球(アイスボール)≫!!」

 

炎魔法と氷魔法がぶつかり互いの威力が相殺し合うと同時に、水蒸気爆発が発生してその場を大量の霧が包む。

 

「≪魔法効果範囲拡大(ワイデン・マジック)≫、≪氷結防壁(アイスウォール)≫!」

 

続けて範囲拡大を込めた魔法を展開し、仲間の周囲に氷の壁を形成する。

 

(≪氷球≫で相殺出来たということは、今のは≪火球(ファイヤーボール)≫か)

 

第三位階を扱えるということは、この世界基準では優れた魔法詠唱者に違いない。ニーガは冷静に状況を見定めつつ、≪飛行≫を解いて沼に降り立つ。

 

「新手か!?」

 

突然の攻撃と自分達を囲む氷の壁に、蜥蜴人達は各々の武器を構えて互いを背にして身構える。ニーガだけが一切動じずに前を見据え、仲間達を守るように壁の前に出た。

 

 

 

 

遨コ繧定ヲ九h縲?ュ疲弌縺ョ蟶ー驍?r逶ョ縺ォ譏?縺

 

霧の向こうから美しい女の歌声が響いてくる。だがその声は、聞く者に不安を煽らせる得体の知れない美しさだ。

 

縺顔岼隕壹a縺上□縺輔>縺セ縺帙?∝♂螟ァ縺ェ繧倶クサ繧

 

歌詞から察するに女が歌っているのは讃美歌と思われる。だがその歌は神を讃えているというよりは、破滅的で冒涜的な祈りが込められている。

 

莠コ髢薙h遏・繧九′縺?>

 

微風で徐々に霧が晴れていき、五体の人影がニーガ達の前にようやく姿を現した。

 

豁、譁ケ縺ョ髣?↓蟶梧悍縺ッ縺ェ縺

 

歌っていたのは、目元を青紫色の布で隠す、青白い肌をした女のゾンビだった。

 

蜈ィ縺ヲ縺ッ荳サ縺ョ繧ゅ→縺ク縺ィ驍?k

 

右手に短刀、左手に青紫色のブーケを手にし、もともとは純白だったであろう薄汚れたドレスの姿は、さながら花嫁の亡霊そのものだ。

 

邨よ忰縺ョ譌・縺ッ譚・縺溘j

 

女はボロボロのウェディングドレスを翻しながらクルクルと舞い、波紋を立てずに無邪気に遊ぶようにつま先立ちで水面を歩いている。

 

豌ク驕?縺ョ諱先?悶′髯阪j遨阪b繧

 

見た目だけならば美しいはずの顔立ちと、背筋が凍りつきそうな歪な讃美歌を口ずさむそのアンバランスな姿に、一同は吐き気が込み上げてくる。

 

豬キ縺ク縺ィ縲∫ゥコ縺ク縺ィ縲∫ュ峨@縺丞コ?′繧

 

そんな彼女の後ろに控えるのは、黒いローブを纏った四体のスケルトン。だがそれらが放つ魔力の密度は、先ほど戦った雑兵アンデッド達とは比べものにならない。

 

遨コ繧定ヲ九h縲?ュ疲弌縺ョ蟶ー驍?r逶ョ縺ォ譏?縺

 

それら四体が、眼前で歌い踊る花嫁に片膝をついて頭を垂れている。それが意味するのは、この花嫁こそが強力なアンデッドであろう彼らを従える、絶対の主人に他ならないことだ。

 

荳サ縺ョ蟶ー驍?↓縺?■髴?∴繧

 

讃美歌を歌い終え、舞いを止めた花嫁の顔が蜥蜴人達に向けられる。彼女の紅が引かれた唇が耳まで裂け、名状し難い嘲笑を浮かべた。

 

「このザンディア、御身に勝利を捧げましょう」

 

 

 

 

「………」

 

旧き仲間のソカルを除けば、恐らくこの世界で初めて相対したであろう“徒”を前に、ニーガは至って冷静に観察する。

 

(………存在の力の保有量から見て、“王”ではなさそうだな)

 

全盛期の自身であれば取るに足りない“(小物)”だが、今のトーチ(身体)でどこまで持つかはわからない。自身の首から下がる族長の証を握りしめ、ニーガは素早く最良の策を脳内で組み上げる。

祭祀数人が協力することでより早く召喚できるスワンプ・エレメンタル。自身に魔法を伝授してくれた師匠によれば、≪火球≫はそのスワンプ・エレメンタルを一撃で焼きつくせるほどの威力とのことだ。それを放てるアンデッドが計四体、せいぜい動物の骨で作った防具ぐらいしか録な装備をしていない蜥蜴人達では無駄死にするだけ。ならばここで自身が取るべき選択は……

 

 

 

「ここは私が受け持つ。お前達は本陣に戻り、ザリュース達に報告せよ」

 

「な!?」

 

自ら殿となり、極力犠牲を最小限に留めること。己と敵の力量を正しく理解した上での、合理的な判断をニーガは下す。だが当然ながら、それに素直に従う戦士達ではなかった。

 

「お一人で戦うおつもりですか!? いくらニーガ殿でも無茶ですよ!」

 

「俺達だってまだ戦えるぞ!!」

 

せめて肉盾ぐらいの役には立つと叫ぶ戦士達の、ある意味予想通りの答えにニーガは返す。

 

「………そうか、では言い方を変えよう」

 

ゆっくりと首だけを動かし、後ろを向いて彼らを睨む。

 

「足手纏いはいらん」

 

鋭く冷たい眼差しが一同を射貫く。殺気そのものは込められていないものの、意に背けばこの場で斬るというニーガの気迫に、一同の背筋を冷たいものが伝う。

 

「………行こう」

 

そんな中で最初に動いた“朱の瞳”族の戦士頭が、“緑爪”族の戦士頭の肩に手を置く。

 

「しかし!」

 

「族長は一度こうと決めたら曲がらない。それに族長が言うように、我々がいても彼の足を引くだけだ」

 

同じ部族としての長い付き合いからか、彼はニーガの考え方を理解して仲間の説得に尽力する。ほかの戦士達もニーガと敵を何度か見比べてから、グッと拳を握りしめる。

 

「………先ほどの炎の魔法は、百メートル先のスワンプ・エレメンタルを容易に焼きつくせる。丸腰で正面から向かえば犬死にすると思え」

 

助言を呟けば背中越しにハッとなる仲間達の気配を感じ、ニーガは≪魔法無詠唱化(サイレントマジック)≫を付与した≪雹散弾≫をいつでも発動できるようにする。

 

「武運を!」

 

前を向いたままコクリと頷くニーガを見届けて、一同は彼に背を向ける。必ず助けを呼ぶから、それまで決して死なないでほしい。そう言外に込めて戦士達は本陣に向けて走り出した。

それまで黙っているだけだったエルダーリッチ達は、撤退する蜥蜴人達の背に向けて≪火球≫を放とうとするが、彼らを制するようにザンディアがブーケを真横に向ける。

 

「追い討ちはいらなくてよ、貴方達」

 

『は!』

 

エルダーリッチ達は主人の命に従い、手中の炎を握りつぶす。

 

「ずいぶん素直に逃がしたな」

 

「雑草の処分など後でいくらでもできますから。それに私がご用があるのは、貴方様だけですわ」

 

すると一瞬の間に、沼の端にいたはずのザンディアの身体がニーガの眼前に移動した。

 

「っ!」

 

「さすが『大天使の宝剣』と称えられし“紅世の王”。矮小なトーチに身を落としてなお、その美しさに陰りがございませんこと……」

 

妖艶な笑みでニーガの頬に触れようとしたザンディアだったが、寸でのところで彼女の手が爆ぜた。

 

『姫!』

 

それを見たエルダーリッチ達から驚愕の叫びが上がるが、ザンディアは笑みを浮かべたまま動じていない。

 

「私は貴様のような、媚びへつらった女は好かん」

 

「あら、身持ちの固い殿方ですわね」

 

先ほど仲間達に向けた視線と違い、明確な殺意と嫌悪を込めた眼で睨むニーガに対し、ザンディアはブーケで口元を隠しクスクスと上品に笑う。

彼女の周りを漂う青紫色の砂塵が集まり、爆ぜた腕が元通りになった。

 

「では私と、一曲踊ってくださいませんこと?」

 

「間違って足を踏んでも、文句は聞かぬぞ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「そんな………兄様が!?」

 

本陣に帰還した戦士頭達の報告を聞き、クルシュは愕然としてしまう。

 

「族長御一人ならば、易々と討たれる心配はないかと思いますが………」

 

「あの五体のアンデッドは今までの敵とは違います!」

 

遠目からでも見えた強大なる力。おそらくあれらが敵軍の指揮官か切り札に違いない。そして五体のアンデッドのうち、先頭に立つ一体の女型ゾンビこそが偉大なる御方とやらの片腕なのだろう。その従者と思われる四体のアンデッドも、スワンプ・エレメンタルを一撃で半滅する威力と、百メートルまで届く射程距離の魔法を放てるとニーガは語っていた。まともに戦えばまず勝ち目はないが、ザリュースは至って冷静だ。

 

ニーガはこうなることも想定し、いくつかの策を自身ら『精鋭部隊』に伝授していた。今それを出さずにいつ出すというのか。

 

「クルシュ、ゼンベル、行けるな?」

 

「ええ!」

 

「ようやく出番が来たな!」

 

誰が前線に向かうかはすでに取り決めてある。ゼンベルの呟きから、ザリュースは遠距離攻撃の()()も思い付いた。

 

「今こそ、『鍛練』の成果を見せる時だ!」




オリジナル解説

『コープス・ブライド』
ユグドラシルではアンデッドの種族クラスの一つであり、50レベル相当のダンジョン『呪われし教会』のボスモンスターとして有名。
四体のエルダーリッチを後方に控え、50レベル代ではユグドラシル最速のスピードでプレイヤーに襲いかかるうえに、エルダーリッチの援護射撃を華麗に躱しながら短刀で常に切り刻もうとする。
スピードとクリティカル率が異様に高いために初見殺しモンスターと名高いが、その反面防御力があり得ないほどに低いために適切な対処法さえ組めば倒すのは容易。
ちなみに『嫉妬マスク』を被ると攻撃されないという隠しギミックがあったらしいが、ユグドラシルサービス終了までそれに気づけたプレイヤーは現れることはなかった。
種族クラスとしては素早さ・攻撃力・クリティカル率に補正がかかる代わりに、防御力が低くなる・一般的なアンデッドが持つ耐性が無くなる・アンデッドの弱点に対するダメージ量が倍になるなど紙装甲になるデメリットがある。


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凍て空の舞踏

ユーザー様のコメントから、連載してからもう一年も経っていたことに今頃気づきました;

いつもコメントありがとうございます!


≪飛行≫で空中を飛び回るニーガに、凄まじいスピードでザンディアの短刀が迫る。だがその切先が黝色の鱗に触れることはなく、分厚い氷が阻む。現在ニーガの身体を覆うのは球状の氷の魔法≪氷盾(アイスシールド)≫であり、今の一撃で耐久値が下がったのを見てすかさず氷の厚みを修復する。

 

魔法最強化(マキシマイズマジック)・雹散弾!」

 

次いでニーガは威力を強化された氷の礫をエルダーリッチ達に向けて放つも、その射程圏に割り込んできたザンディアが不敵な笑みでそれらを全て短刀で叩き落とす。その隙に距離を取ろうとするニーガだが、後方から放たれる四つの魔法の集中砲火を受けてしまい動きが止まり、再びザンディアが迫ってくる。

 

(またか!)

 

開戦からずっとこの繰り返しで、ニーガはいまだ敵にダメージを与えられないでいる。遠距離からの攻撃は一定以下の攻撃を防げる≪氷盾≫で凌げるものの、この魔法は攻撃を受ければ受けるほど脆くなってしまうため、定期的にかけ直さなければならない。

ソカルの情報から察するに、この“徒”は物理攻撃を透過する自在法を使えると推測される。当たったところで大した傷にならないにも関わらず回避にも余裕を持ち、一つ一つを丁寧に躱す様はいっそ優雅にさえ見える。

 

(厄介な………!)

 

ザンディアは確かに速いが、隙さえあれば攻撃を当てることは可能だ。だが後ろに控える四体のエルダーリッチ達が常に魔法を放ってくるために防戦一方になってしまう。せめてあのエルダーリッチ達を一掃して一対一に持ち込めれば勝機はありそうだが、互いに一子乱れぬ連携で的確にニーガの行動を制限されてしまうため、いまだ一体も倒せていないのが現状だ。

 

だが攻撃が当たらないのは、対するザンディアも同じであった。彼女は持ち前の素早さでニーガの懐に入り込むこと自体はできるが、彼を守る氷の盾を砕くには至らない。氷を破壊しようとしてもすぐさま修復され、ほんの僅かな隙を見せれば後方から援護するエルダーリッチ達に向けて攻撃しようとするため、それらを防がなければならない。

互いに硬直状態となってしまっている。

 

 

 

 

 

 

 

そんな戦いを砦の鏡から観察するアトリオは、別地点から同じく観察する『カエル』と目を共有し合いながらニーガ・ルールーの強さを考察する。

 

ニーガはおそらくナーベラルやイビルアイと同じエレメンタリスト、特定属性に特化し更に特殊化した魔力系魔法詠唱者と思われる。攻撃力が跳ね上がる代わりに得意分野が潰されると弱くなるが、この世界の基準ではかなりの強さである。しかも彼が扱っているのは氷属性、殴打と刺突を兼ね備えた純粋物理魔法の性質を持つ魔法は汎用性が高い。さらに言えば彼が相対しているザンディアの強さは、だいたいプレアデス級を想定して生み出したものだ。その彼女と対等に渡り合っているということは、単純なレベルだけで評価するなら彼の強さはプレアデス級に匹敵するに違いない。

 

(能力だけなら、国堕とし(イビルアイ)の氷バージョンってところですね)

 

ニーガに魔法を伝授したのがイビルアイかもしれないと、すでに『カエル』から報告を受けている。現に先ほどから彼が使っている魔法のほとんどは、イビルアイが使用する魔法とよく似ている。そこはやはり恩師の影響を受けているのだろうか?

 

(だが問題は、そこじゃない)

 

重要なのは、“天凍の俱”がまだほかに『隠し球』を持っているなどうかだ。せめてこの戦いで、その一端を知ることさえできればまだいいが………

 

 

「………」

 

だからだろうか。

敵の観察に集中していたアトリオが、この時のコキュートスの違和感に気づけなかったのは。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「容易にはいかないだろうとは思っておりましたが、やはりお強いのですね」

 

互いに一進一退。

だがトーチに寄生しているニヌルタは消耗を強いられている。ここでニーガがザンディアに問う。

 

「………結局のところ、貴様らは一体何が目的だ? 私が言うのもあれだが、このような森の奥の集落を落としたところで、大した利益を得られるとは思えんが」

 

戦争をする理由は仕掛けるその土地に何らかの価値があり、武力で奪い取るというのが主である。肥沃な土地だったり、そこでしか取れない資源だったり、そこにある財宝そのものだったりだ。ニーガは村の外へ出たことはなかったものの、かつての師から外の国がどういったものなのかを聞いたことはあった。自分たちが住む集落は人間の国に比べて特に物珍しいものがあるわけではなく、なぜこの連中が我々に戦いを挑んできたのか最初から疑問に思っていたのだ。そう問いかければ、ザンディアは小首を傾げて微笑む。

 

「さあ? 我が『主』がそうせよと命じられたゆえ、私達はあくまでそれに従うだけですわ」

 

「………その『主』とやらは、()()()()()()を指している?」

 

件の骸骨の魔法詠唱者か、はたまた“徒”自身のものか。

 

「ふふふ、どうでしょう? ご想像におまかせいたしますわ」

 

ザンディアは嘲笑を浮かべてはぐらかすだけで何を考えているのかわからない。

 

(確かかつての世界では、こういった手合いを『掴みどころがない』と形容するのだったな)

 

実に的を射た例えだと思った。

のらりくらりと言葉と攻撃を躱す彼女は、掴もうとすればするほど実体がわからなくなり、その芯がどういったものなのか定形できない。

 

「だいたい貴方様達こそ、かつてのオストローデで似たようなことをしていたではないですか」

 

鋭いその指摘にピクリとニーガの身体が僅かに反応する。主の悲願のためとはいえ、確かにあの戦いは人間達からすれば目の前のアンデッド達とやっていることは同じかもしれない。

 

「それにしても、“天凍の俱”ご自慢の()()はお使いにならないのですか? かつて“徒”達からは最も美しいと称され、フレイムヘイズ達からは最も恐ろしいと畏怖された、あの自在法を」

 

沈黙で返すニーガを見て、ザンディアはわざとらしくクスクスと笑う。

 

「………ああ、なるほど。今全力を出せば、貴方を入れるその器は粉々になってしまいますものね」

 

せいぜい第五位階までしか扱えないであろう一介のトーチでは、強大なる“王”のニヌルタを入れるだけでも狭すぎるはず。そんな状態で自在法………すなわち『顕現』をすれば、器となっているトーチはニヌルタの力に耐えきれず破壊されてしまう。トーチの破壊はその存在の消滅を意味するわけで………

 

「それほどまでに恐ろしいですか? 可愛らしい妹君に忘れられるのが」

 

『ニーガ・ルールー』という存在は、この世から跡形もなく消えてしまうのだ。

 

「随分可愛い挑発だな。まだソカルのほうが神経を逆撫で出来るぞ?」

 

「これは手厳しい」

 

鼻を鳴らして冷ややかな視線で返すニーガに、ザンディアはわざとらしく肩を落とす。冷静沈着というだけあって、この程度では揺らぎもしないということか。ならばと別の話題に変えてみる。

 

「そういえば、貴方はかの『大戦』の顛末を知らずに戦死なされたそうですね」

 

その言葉にニーガの目が僅かに見開かれる。『大戦』と言われてニーガが思いつけるのは、あの戦いに他ならない。

 

「………それがどうした?」

 

表面上は平静を保っているように見えるが、その両手は固く握りしめられている。獲物が罠にかかったと確信して、ザンディアはニタリと笑む。

 

「お知りになりたくはないですか? 貴方のかつての御主人様の『末路』を………」

 

彼の主、“棺の織手”の結末を悪意を込めて語ろうとした瞬間、

 

 

 

 

 

 

 

ザンディアの背後から木の根っこが放たれ、彼女の胸を文字通り貫いた。

 

『姫!?』

 

見覚えのある自在法に誰の仕業かを瞬時に悟ったニーガは、ほぼ反射的にエルダーリッチ達に向けて魔法を放つ。だがその目の前にザンディアが割り込み、短刀で氷を全て弾いてしまう。

 

「まあ怖い怖い」

 

ザンディアは胸を貫かれたにも関わらず笑みを浮かべ、向こう側が見えるほど大きく開いた穴は青紫色の砂塵で埋まり元通りになった。

 

(何をやっているソカル! まだでしゃばるなと言ったはずだろう!?)

 

(ええい、貴様こそこんな小物相手に何をてこずっている!? 苛立って見ておれぬわ!)

 

遠話でどこかに潜んでいるソカルを咎めるが、返された言葉と声を聞きニーガはふと疑問を抱いた。

 

(ソカル………?)

 

日頃から馬の合わない仲間の、いつになく焦った様子に違和感を覚えるも、再び眼前に迫るザンディアに意識を向ける。

物理的な攻撃手段はほぼ無意味、動きが早すぎて拘束もままならず、手下を先に潰そうとしても容易に対処されてしまう。

 

どうすればこの“徒”を倒せるか悩んでいた時だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

グオオオオオオ!!

 

 

 

 

 

 

 

 

ニーガの背後から、獣の雄叫びが上がった。

その場にいたもの達の視線がそちらを向いて見れば………

 

(ロロロ………!)

 

大きな水しぶきを上げながら、ザンディア達に向けて走ってくる四つ首のヒュドラの姿があった。

 

「なるほど? 自然治癒能力を持つヒュドラを盾にしての特攻………。第三位階魔法を放つ魔法詠唱者の懐に潜り込むには、悪くない采配ですわね。ですが………」

 

だがザンディアはそれに焦ることなく、ニーガの狙いを察して不敵に笑う。

 

『愚かな………鈍足の獣ごときが、この距離を踏破できるものか!』

 

四体のエルダーリッチのうち二体が、ロロロを殺すべく≪火球≫を放つ。ニーガがロロロを援護しようとするが、再び眼前に迫ってきたザンディアがそれを妨害する。

 

「レディを前にして余所見とは、連れませんわね」

 

「許可なく私の視界に入るな。目が腐る」

 

 

 

一方のロロロは燃え盛る炎を浴びて苦痛の叫びを上げるが、その進撃は止まらない。

 

『煩わしい………死ね!』

 

さらに二発ずつ、計四発の炎が放たれる。それらが命中するたびにロロロの皮膚に痛々しいまでの火傷が刻まれていく。ヒュドラの能力である治癒能力向上のおかげで致命傷には至っていないものの、炎の熱で焼き潰された傷口はなかなか治らない。ここで四つ首のうちの二本はすでに気を失っているのか、ぐったりとうつむいてしまうも、ロロロの疾走が止まることはない。

 

『何故止まらん、何故向かって来る!?』

 

理解できないという様子のエルダーリッチ達はさらに魔法を放つが、一方のニーガはロロロのその姿に既視感を抱いた。

 

(………そうか)

 

どれだけ傷つこうと、決して怯まず止まらない。

その姿を、その目を、ありし日のニーガは何度も見ていたのだ。

 

(ロロロ………お前もまた、()()()()だったのだな)

 

 

 

 

(『カエル』、あのヒュドラに乗っているのは誰?)

 

ザンディア達は蜥蜴人側のだいたいの戦力はすでに調べてあるが、念のために『カエル』と連絡を取ってみる。だが『カエル』から告げられた内容は意外なものだった。

 

(“天凍の俱”の妹の白蜥蜴と、フロスト・ペインを持った旅人蜥蜴、あと“竜牙”族の族長蜥蜴の三匹だな。他は守備隊の方に回っている)

 

なんだ、たったそれっぽっちの戦力か。ザンディアは内心で拍子抜けしつつも攻撃の手を緩めない。

 

「あらあら、エルダーリッチ四体を相手にたったの三人とは。あれでは無駄死に確定ですわね」

 

ザリュース達の強さは、ハッキリ言ってニヌルタの役に立てるほどのものではない。エルダーリッチ一体であれば三人でもギリギリ拮抗出来たかもしれなかったが、ザンディアの配下のエルダーリッチ達は計四体だ。とてもではないが勝負にならないだろう。

 

「失望いたしましたわ。多くのフレイムヘイズを返り討ちにした大将軍と聞きましたのに、あんな雑兵をけしかけてくるとは。いささか貴方のことを買い被っていたかもしれませんね」

 

まあ人手不足である以上無理もないと、ザンディアはケタケタとやや品のない高笑いをあげる。となるとやはりここで一番警戒すべきは、どこかから不意をつこうとしているソカルだけだろう。

 

「…………ふ」

 

ところが対するニーガは、ザンディアの侮辱に笑みを溢して答える。

 

「ソカルから聞いてはいたが、やはり貴様は青いな」

 

「………なんですって?」

 

ニーガの笑みと言葉にザンディアは違和感を抱く。こいつも歴戦の将の一人。ならばこれから来る援軍とエルダーリッチ達の戦力差など火を見るより明らかだと分からないわけがない。なのになぜ、この期に及んで不敵に笑っていられるのだろうか?

 

「ならば先達からの、せめてもの助言だ」

 

すると彼の足元が黝色に輝き出す。浮かび上がるのは位階魔法による魔法陣ではなく自在式だ。

 

「何事も既成概念に捕らわれていては、足元を掬われると思っておけ」

 



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銀華の舞い手

ちゃんと蜥蜴人達にも見せ場を作ります。


ロロロの背に乗る三人は目を伏せて意識を集中させ、数日前のニーガの『鍛練』を受けた際の彼の言葉を思い出す。

 

 

 

『ザリュース、クルシュ、ゼンベル。お前達の強さをイメージしろ』

 

 

 

 

(俺の、強さ……)

 

ザリュースは思う。己のイメージする強さとは何か。

 

(私の、強さ……)

 

クルシュは思う。己のイメージする強さとは何か。

 

(俺の、強さ……)

 

ゼンベルは思う。己のイメージする強さとは何か。

 

(それはもう………)

 

何度も考えに考え、三人はようやく答えを得た。

 

(((()()しかない!)))

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『くたばれぇ!!』

 

エルダーリッチ達がダメ押しと言わんばかりに≪火球≫を放った瞬間、ロロロの身体を黝色の光が包み込んだ。途端にロロロの火傷が凄まじいスピードで治っていき、炎は光のベールに阻まれて掻き消されてしまう。

 

「!!」

 

『なんだと!?』

 

瀕死だったはずのヒュドラの復活と強化に、ザンディアとエルダーリッチ達は驚愕する。黝色の光はおそらくニヌルタの自在法と思われるが、回復速度向上の原理がわからない。

祭司であるクルシュ・ルールーが治癒魔法でもかけているのか? だがこの後の戦いを考慮するなら、あくまで壁としての役割しかできない魔獣に魔法を使うなど、誰が見ても魔力の無駄遣いだ。

 

エルダーリッチ達がなおも炎を浴びせていくが、もはやロロロの皮膚には煤一つ付着することがない。彼らがなおもしつこく火球を放っていたその時、ロロロの背中から一つの影が飛び上がった。

見れば跳躍したのはゼンベルだ。≪飛行≫を使えないため中空で動けない彼は格好の的で、それを好機と見たエルダーリッチ達は一斉に火球を放つ。

 

「うおおおおおお!!」

 

対して雄叫びをあげるゼンベルの巨腕に霜が降り、拳が氷に覆われる。倍の大きさになった腕を振りかぶり、そのまま火球を殴り返した。

 

『バカな!?』

 

エルダーリッチ達が目の前で何が起こったのかわからないと騒ぐのをよそに、水柱をあげて沼地に着地するゼンベルがニヤリと笑う。

 

「へっ、なかなか温かい投球じゃねえか」

 

ここでロロロを覆う黝色の光が消え、駆け足が止まっていく。力尽きて沼地に倒れ伏すロロロの背中から、続けて二人の影が飛び降りてきた。クルシュとザリュースだ。

 

「ありがとう……ロロロ!」

 

湿地を走るザリュースは僅かに後ろを振り返り、死力を尽くしたロロロに心からの礼を告げる。魔法を放ちつつその姿を見届けたニーガは満足そうに微笑んだ。

一方でザンディアは信じられないとザリュース達を見る。

 

(バカな、どうやって≪火球≫を弾いたの!?)

 

ゼンベルの強さでは≪ライトニング≫ならともかく、≪火球≫までは防げないし、第一に彼はあんな強力なスキルも武技も使えないはずだ。すぐエルダーリッチ達の救援に向かおうとするが、彼女の行く手を氷の壁が阻む。

 

「貴様の相手は私だ!!」

 

ザンディアをザリュース達に近づかせないようにニーガは氷柱を放つ。エルダーリッチ達がザリュース達の迎撃に集中せざるを得なくなり、彼女を援護するものがいなくなったことでニーガはザンディアに魔法を放つ余裕が出来たのだ。

 

『ふん、無駄だ。我々に冷気は効かん!』

 

ザンディアがニーガに足止めされたものの、エルダーリッチ達は自分達が持つ耐性スキルから高を括る。対するザリュースがフロスト・ペインを振りかぶれば、手に持つ氷の剣に幾何学的な文字が浮かびあがる。

 

 

「ハード・アイシーバースト!!」

 

 

ザリュースが眼前に向けて切っ先を向けると同時に、膨大な氷のエネルギーがエルダーリッチに降り注ぎ、強大な威力の冷気が彼らを覆っていく。

 

『ぎゃあああああああああ!?』

 

断末魔の叫びを最後に四体のエルダーリッチ全員が氷に包まれて固まってしまった。

 

「おらあ!!」

 

畳み掛けるようにゼンベルが拳で殴れば、彼らの身体は氷もろとも粉々になり、その破片は塵となり消滅していく。

 

「なんですって!?」

 

その光景にザンディアは信じられないと叫ぶ。エルダーリッチを初め、アンデッドには多かれ少なかれ冷気耐性が備わっているはず。少なくともフロスト・ペイン程度の強さでは彼らにダメージを与えることはできない。

 

「いや、違う……!」

 

しかしザンディアはフロスト・ペインから滲み出る力の圧を見てすぐに原因に気づく。単純にザリュースの放った冷気の力が、エルダーリッチ達の耐性を上回るほど強力だったのだ。

見れば彼らの身体は黝色の光に包まれていて、足元に浮かび上がるのは黝色の自在式。

 

(これは………まさか!?)

 

“徒”である彼女は彼らが使った力がなんなのかを瞬時に理解した。

 

「自在法!?」

 

しかもこれはただの自在法ではない、“徒”の本質と他者の強さのイメージを融合して具現化する、()()()()()()()()()()()()だ。

なぜやつらがフレイムヘイズの………それもニヌルタの炎と同じ色の自在法を使っているのか。ニヌルタは今まさにザンディアの眼前でトーチに寄生して対峙して……

 

(………トーチ?)

 

ふとザンディアの思考に何かが引っ掛かり、そしてすぐにハッと気づいた。

 

(まさか………まさか!!)

 

今ニヌルタが寄生しているトーチはこの世界の住人が元になっている。この世界の住人特有の能力、ならば可能性は一つしか考えられない。

 

()()()()()()()()!!」

 

「なんだ、知っていたのか」

 

 

 

『ニーガ・ルールー』となるはずだったトーチのタレント。その能力は『近くにいる人間を、能力者と同じ強さにする』というものだった。使用者が順当に強くなればそれと同じ強さを数人の味方に付与させる、仮に使用者が英雄級の強さであれば破格とも言えるタレント。だが100レベルのユグドラシルプレイヤーの視点で見れば、せいぜいレベル30程度の強さの戦士を増やす程度のもので、正直な話ナザリックにとって大したことのないタレントになるはずだった。

 

だがここに、()()がいた。

 

現在そのタレントを有する身体には、強大なる“紅世の王”が寄生している。それによりトーチそのものの強さが、ナザリックで例えればプレアデス級に匹敵するほどに底上げされているのだ。そんな強さを持つトーチがタレントで味方を強化すれば、プレアデス級の戦士を数人、即席で産み出せてしまうわけである。しかも“天凍の俱”は、己の力と蜥蜴人達の強さのイメージを上手く融合させ、彼らが最も扱いやすい形に変換している。

いわば今の彼らは、擬似的なフレイムヘイズと言えるだろう。

 

(なんてこと………こんな抜け穴(バグ技)を仕掛けてくるなんて!)

 

 

 

 

 

「待たせたな」

 

ニヌルタに走り寄るザリュースが、彼を労るようにその肩に手を置く。

 

「………初めてにしてはまあまあだな」

 

対するニーガはいつもの素っ気ない態度で答えるも、彼なりの賛辞を送る。

 

「へへ、お前こんなすげえ力持ってやがったんだな」

 

氷の腕を軽く振り、ゼンベルが不敵に笑う。

 

「今なら、負ける気がしない!」

 

決意のこもった眼差しで、クルシュは眼前の敵を見据える。

 

 

「形勢逆転というやつだな、ザンディアとやら」

 

フロスト・ペインの切っ先を向けるザリュースに、しかしザンディアは静かに答える。

 

「確かに……人数ではそちらのほうが有利でしょうね」

 

後衛のエルダーリッチ達が倒されたうえに、プレアデス級の強さを持つ戦士が四人。一見すれば彼女の優位性が無くなったかのように見えるだろう。

 

「ですが、『私』を捕らえることは誰にもできない!!」

 

だがザンディアは凶悪な笑みを浮かべて、脚に力を込めて水面を跳ねた。

いかに強大な自在法を繰り出そうが、どれだけ頭数が増えようが、神速の彼女に触れることは誰にも出来はしない。

まず狙うはただ一人、回復役を担うあの白い蜥蜴人だ。風を纏うかの如く眼前に迫り来るザンディアに、しかしクルシュは瞬き一つせずその場に立ち続ける。それを自身のスピードから逃れられないからだと悟ったザンディアだったが、

 

「そうだ、確かに最優先で始末すべきは()()だろう。だからこそ予想もしやすいというもの」

 

短剣の先がクルシュの額に刺さるほんの数cmにまで接近した瞬間、ザンディアの周りを分厚い氷の壁が覆った。

 

「うっ!?」

 

氷に阻まれた短剣の先がクルシュの鱗に届くことはなく、先が僅かに刃溢れしてしまうがザンディアがそれに気をかける余裕はない。

 

「ザリュース達があのアンデッド達を倒している間に、準備させてもらいました」

 

氷越しに真っ直ぐな目で自身を見つめてくるクルシュに、ザンディアは周囲を隙間なく覆う氷のドームに狼狽える。これほど高度な自在法は、付け焼き刃のフレイムヘイズもどきが容易に扱えるとは思えない。

 

(この白蜥蜴、まさか自在師の素質が!?)

 

もともと祭司だったために、その辺りの技術が反映されたのか。しかし次の一手がザンディアに思考する暇を与えなかった。

ガンッと頭上から何かが落下する音が響き、反射的に上を見ればザリュースがドームの真上に立ちフロスト・ペインを天辺に突き刺していた。

 

「ハード・バーストォ!!」

 

そしてフロスト・ペインを支点にして、密閉されたドームの内部に黝色の爆炎が溢れていく。

 

「あああああああああああああああ!!!?」

 

逃げ場のない氷の檻。燃え盛る炎は美しいゾンビの身体にまとまりつくように勢いを増し、ザンディアの悲鳴が氷越しに辺りに甲高く鳴り響く。ドーム内部が見えなくなるほどの莫大な炎を見届け、ザリュースは跳躍し距離を取る。

 

「やったか………?」

 

緊迫する空気の中、ゼンベルが小さく呟いた瞬間だった。

 

 

 

 

 

 

「クッソがああああああああああああ!!」

 

 

 

 

氷のドームが粉々に砕け散り、怒号と怨嗟の雄叫びをあげた青紫色の人影が飛び出してきた。その光景にザリュースは目を見開き歯を食い縛る。

 

(あれを食らってまだ生きてるのか……!)

 

とはいえ無傷とまではいかなかったらしく、片足を引きずるように歩を進めるザンディアは、身体から青紫色の火の粉を散らしながら荒く呼吸している。

 

「てめえらぁ………てめえらぁっ!!」

 

目元を覆っていた布は炎で燃えてしまい、隠されていた表情が露になっている。白く濁った右目と眼球がなく空洞になった左目、ゾンビと思えないほど綺麗だった肌は熱で焼け爛れ、燃えるドレスから覗く皮膚の下の筋肉がむき出しになっており、燃え残った頭髪は散り散りに焦げている。汚ならしい言葉を漏らすその本性には先ほどまでの上品な淑女の姿は見る影もなく、アンデッドに相応しい醜悪な姿しかなかった。

 

「おいおい花嫁さんよ。化けの皮(厚化粧)が剥がれてるぜ?」

 

その姿にゼンベルが皮肉混じりに笑えば、ザンディアはボロボロの歯を噛み砕くほどに軋らせ、濁った片目でザリュース達を睨みつける。

 

「死に損ないの負け犬(亡霊)に、沼地の雑魚亜人(モンスター)があ………! 調子に乗るんじゃねええええええええええ!!!!」

 

怒りの咆哮を上げ、優雅さをかなぐり捨てた純粋なスピードで飛びかかるザンディアに、ゼンベルは腕のみに覆っていた氷を今度は全身に広げて氷の鎧を纏い、クルシュとニーガは自身の周りに氷の壁を形成して守りの体勢に入る。だがザリュースだけはフロスト・ペインを構えるだけでその場を動かない。それを見たザンディアは狙いをザリュースのみに集中し、超スピードによる連激で彼を攻撃し続ける。

 

「ぐあああああ!!」

 

疑似フレイムヘイズ化によって耐久力もだいぶ上がっているようだが、ザンディアの猛攻で鱗に細かい傷が次々と刻まれていき、ザリュースは急所である頭部と胸部を守るべくしゃごみこんで顔を俯かせるのみだ。

 

(ザンディア! もうデータはある程度得られた、これ以上の戦闘は無意味だから撤退しろ!)

 

ここでアトリオからの遠話が入り、ザンディアに命じる。ニーガのタレントとそれによってもたらされる『疑似フレイムヘイズ化能力』、ひとまずこの情報を得られただけでも十分だろう。しかし対するザンディアはそれを苛立たしげに一蹴する。

 

(うるせえ! それだと『俺』の気がおさまらねえんだよお!!)

 

口汚く吠えて一方的に遠話が切られてしまい、『カエル』がため息を吐き、アトリオはコキュートス達に気付かれないように軽く舌打ちするのだった。

 

(あちゃ~、完全に『意思総体』が司令塔寄りになっているな)

 

(全く………!)

 

致し方ない。ここはザンディアを切り捨ててでも可能な限りさらなる情報を得るほかないだろう。そう判断してアトリオはさらに戦況を観察するのだった。

 

 

 

 

 

 

微動だにせず攻撃を受けるだけのザリュースに、ザンディアは汚ならしい高笑いをあげる。

 

「ヒャハハハハハハハ!! 血飛沫け! 潰れろ! 苦痛に狂え! 無様な肉片になって悶え死ねええええええ!!」

 

首が、腕が、脚があり得ない方向に曲がりつつも一向に衰えることのないザンディアの速度。せめて一人は道連れにしてみせると、その凶刃がザリュースの首に向けて迫ろうとする。

 

ビキィ!!

 

「!!?」

 

しかしその刃が触れる前に、突如彼女の関節が全て曲がらなくなった。

 

「な、なんだ!?」

 

一体何が起きたのか。ギリギリと首を無理矢理動かしながら己の身体を見てみれば、表面が薄い氷で覆われ凍りついて動けなくなっていたのだ。

 

「………ようやく、()()()()か……!」

 

その姿を見届けたザリュースは、苦痛と安堵から深く息を吐いて立ち上がる。彼の体表にはフロスト・ペインと同じ幾何学紋様が浮かび上がっており、それを見たザンディアは彼が自分に何をしたのかを察する。

 

「お前まさか………()()()()()()()()()()()()()()!?」

 

蜥蜴人の四至宝が一つ、凍牙の苦痛(フロスト・ペイン) 。その能力の一つには『攻撃した際、相手に冷気ダメージを与える』というものがある。もしザリュースの自在法の下地となっている『強さのイメージ』が、フロスト・ペインから来ているのだとしたら、今の彼自身がフロスト・ペインそのものとなってしまっているのではないだろうか?

 

「分散出来なければ、物理透過も意味がないだろうな」

 

もはや指先一つ満足に動かせないザンディアに、四人はそれぞれが扱える最大威力の自在法を放つ構えをとる。

 

「貴様が思いの外、激情家で助かったぞ」

 

両手を広げるニーガの背後から、何十もの氷の槍が。

両手を伸ばすクルシュの指先から、圧縮された力を込めた氷の短剣が。

両手を組んで頭上に掲げたゼンベルの腕を覆う、二周りも巨大な氷の槌が。

フロスト・ペインを振りかぶるザリュースから溢れる、小さく鋭い氷の破片が。

 

 

全て、ザンディアを完全に捕らえた。

 

 

(しまっ………)

 

「これで終わりだ、化け物ぉ!!」

 

『うあああああああああああ!!』

 

咆哮と同時に、一斉に放たれる自在法。

短剣が胸を穿ち、破片を交えた風が身体をズタズタに切り裂き、氷の槍が四肢と頭を串刺しにし、氷槌がその身に振り下ろされる。

 

 

「ぎゃあああああああああああ!!」

 

 

ゼンベルの一撃が止めとなり、血飛沫のように青紫色の炎を撒き散らして潰れ、ザンディアの身体は熱を失っていくように塵となって消えていく。

 

「ちく………しょう………!」

 

怨念を滲ませたか細い声を最期に、死人の花嫁はついにその偽りの命が潰えたのだった。

 

 

 

「………っ」

 

敵の最期をしかと見届けてから、ザリュースは緊張の糸が切れたかのように膝から崩れおちる。もはや意識を保つのも限界なのか、上体が前のめりに倒れて沼地に沈みそうになった瞬間、その身体を複数の腕が包みこむ。

 

「………ゼンベル」

 

鍛え抜かれた巨腕の戦士が、いつもの不敵な笑みで頷く。

 

「………クルシュ」

 

美しい白い腕の祭祀が、聖女の笑みで優しく抱き締める。

 

「………ニーガ」

 

冷たくも熱き黝色の腕の賢者が、称えるように背中を叩く。

 

 

 

 

『うおおおおおおおおおおおおお!!』

 

 

 

 

砦のほうから響く歓声に視線を合わせれば、大剣を掲げて勝鬨を上げる兄の姿が遠目からでも見える。その姿にようやく肩の荷が下りたのを実感し、ザリュースは仲間達に身体を預けて意識を手放すのだった。




解説

『銀華の舞い手』
ニーガ・ルールーの『近くにいる人間を、能力者と同じ強さにする』タレントとニヌルタの本質が合わさり、偶発的に生まれた自在法。付与した他者に擬似的なフレイムヘイズの能力を与えることができ、自在法を扱えるようにする。
どのような自在法でどれほどの強さになるかはニヌルタの本質に対して、その人間の強さのイメージ・自在法を操るセンス・戦闘技術との相性に左右されるものの、基本的にプレアデス級に匹敵する強さにまで強化できる。
ザリュースは『四至宝の一つフロスト・ペイン』のイメージから『自分自身をフロスト・ペインにする力』に、クルシュは『祭司に秀でたアルビノの自分』のイメージから『優れた自在師の力』に、ゼンベルは『頑強なる己の肉体』のイメージから『屈強な氷の肉体』にそれぞれ具現化されている。


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第二陣・結末

オバロ四期・原作最新刊おめでたいですね!

回想に武人さんは出るのかな……? 出るなら稲田徹さんの声でやってほしいなあ……


≪遠隔視の鏡≫から戦いの結末を見届けたエントマは、アルベドとアインズにその旨を報告するべく符術を使う。

結果はコキュートス率いるアンデッド軍の惨敗。切り札たるエルダーリッチ四体とコープス・ブライドのザンディアも倒され、雑兵アンデッドは軒並み全滅してしまった。しかしアインズ自身はこうなることを知っていたようで、エントマを派遣する寸前に彼女にそう伝えていたおかげかそこまで驚きはしなかった。だがそれを知るよしもないコキュートスの配下の蟲人達は、自身らから見て明らかに低レベルの蜥蜴人達が勝利を収めたという結果に、信じられないと言わんばかりに互いの顔を見合っている。

本来であれば自害しても償いきれないほどの大失態だが、アインズがこれを予測していたのであれば、コキュートスにそこまで重い罰を与えることはないだろう。

そう確信するエントマは報告を終えると、コキュートスに向き直る。

 

「コキュートス様ぁ、アインズ様がお呼びみたいですぅ」

 

「…………」

 

アインズからの帰還命令を告げるエントマの呼び掛けに、しかしコキュートスは何も答えない。

 

「………コキュートス様ぁ?」

 

小首を傾げて再び呼び掛けるも、彼は鏡に映る四人の蜥蜴人達を凝視するだけで反応がない。御方からの命令を無視しているかのようなその態度に、エントマの胸の内から不快な感情がじわじわと沸き上がってくる。

 

「コキュートス様ぁ!!」

 

エントマが耳元に顔を寄せて大声を上げれば、コキュートスはビクリと身体を震わせてからようやく返事をした。

 

「ッ!! ア、アア………承ッタ」

 

ナザリックへ転移するための準備をするために席を立つも、一度立ち止まってからコキュートスは再び鏡をチラリと見る。

 

「…………」

 

意識を失う蜥蜴人に肩を貸し、白い蜥蜴人の魔法で動けるほどに回復したヒュドラの背中に乗せようとする、黝色の蜥蜴人。フードが脱げて顕になったその素顔を今一度目に焼き付けるように、コキュートスはジッと見つめる。

 

(…………美シイ)

 

ほうと小さく白い息を吐き出し、コキュートスが感じたのはそれのみだった。

 

 

 

 

 

いつの間にか『青紫色のウスバカゲロウの蟲人』がその場からいなくなってはいたが、誰一人としてそれに気づくことはなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「トーチのタレントですか。それは盲点でしたね」

 

同じ頃、『平地のカナヘビ』を通してハスターにもその結果が知らされることとなった。

 

「ほ~んと、これだから『タレント』っていうのは油断できねえもんだよな」

 

カナヘビは小さな石をテーブルにするように頬杖をついてため息をつく。かなり強引な抜け道を使ったとはいえ、まさかトーチでフレイムヘイズを量産できるとは想定外だった。

どうやら彼らが屋内でこそこそと何かをしていたのは、短い帰還の間にフレイムヘイズとしての自在法を身につけるためだったようだ。しかしたった四日でそれだけの力を制御できるほどになっているのは、自在師であるハスターから見ても驚きである。ニヌルタの指導の賜物か、彼ら自身にそういったセンスが備わっていたのか。やはりザンディア達を派遣しての『テストプレイ』は正解だった。

 

「ちなみにその疑似フレイムヘイズ達と、“天凍の俱”自身の強さはどのくらいで?」

 

「まだ序盤だから断定はしきれないだろうけど、トーチ状態ではプレアデス級ってところだな。魔法の技術とかはイビルアイを上回ってた」

 

個々人の強さだけで見れば、現在のモモンガと階層守護者達が束になって力押しすれば、さほど脅威にはならないだろう強さ。しかしその自在法の中核を担っているのが、あの『大天使の宝剣』であれば話は変わってくる。

はたしてフレイムヘイズ化の人数に制限はあるのか。付与する相手によってはプレアデス級を上回れるのか。何よりその戦力でどのような戦略を練ってくるのか。確認したいことは山ほどある。

 

「ではプランは………」

 

「もう少しAを続けてみる。多分これが終わったら、本格的にプランBに移ったほうがよさそうだな」

 

「了解しました」

 

ハスターが頷くと同時に、背後の卵から轟音が鳴り響く。振り返って見ればウルリクムミ達を閉じ込める卵の表面には、今にも孵化しそうな僅かな皹が入っていた。

 

「………」

 

それにハスターはウンザリしたようにため息をつき、袖から小さな蜂蜜色の結晶を投げつけて卵を修復する。

 

「………もうちょっと頑丈にできないわけ?」

 

「無茶言わないでくださいよ。私は自在師であることを除けは極々普通の“徒”なんですから」

 

ハスターの自在法を補助する『ミードボンボン』は、作るだけでも手間がかかる。それでも彼自身の自在師としての技量のおかげで、卵修復のタイミングに合わせて完成するために、どうにか維持し続けられるのだ。

 

「まあいいや。『俺』は自在師じゃないし、こうやって伝令するくらいしか取り柄がないからな」

 

話が終わったのか『カナヘビ』はチョロチョロと地面を滑るように這い、穴の中に入り気配を消して待機する。

 

 

 

 

 

(………よく言いますよ。その気になれば“千変”とも拮抗出来るほど、規格外の“紅世の王(化け物)”のくせに)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

例えば凍えた場所から、突然ぬるい水に入れられたかのように。

ピシリと、『それ』には大きな亀裂が入るのだった。

 

 

 

 

 

 




解説

自在法『ミードボンボン』
ハスターが自身の自在法を補助する為に作成した蜂蜜色の結晶体。結晶一つ一つに高度な自在式が刻まれており、炎弾・燐子の作成と改造・複雑な自在法の触媒など、作成の難しさにふさわしいほど汎用性が高い。また燐子の動力としても使用可能で、内部に組み込んでおけば短くても一ヶ月は存在の力を直接補給する必要が無くなる。


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誓いの盃

アニメ絶賛放送中でめでたいです


その夜、初陣の勝利に沸き立つ蜥蜴人達は輪を描くように集まり宴を開いていた。四至宝から椀で酒を掬い互いに肩を組み、酒を飲む彼らは笑顔で飲み比べをしあっている。

 

そんな賑やかな場とは裏腹に、ニーガは宴の席から外れて沼のほとりに座り込んでいた。傍らにはソカルが樹木として地面から生えており、二人で虫のさざめきを聴きながら言葉を交わす。

 

「ソカル、お前から見た“無貌の億粒”はどのような“徒”だった?」

 

「先日相対した時に抱いた印象は、『奇妙な自信を持った勝ち気な小娘』といったところでしょうか」

 

「奇妙という部分は同じだが、私には『上品な淑女を装った外道』に見えたな」

 

二人が話題にするのは、今日の戦いで討ち取った敵であるザンディア………というよりは“無貌の億粒”についてである。最初に接触したソカルから彼女の能力と性格をある程度聞き齧っていたニーガだったが、いざ当人と顔を合わせてみるとどうにも違和感があった。いくら姿が変わろうと“紅世の徒”の本質はそう変わるものではない。だがどういうわけか“無貌の億粒”に対する第一印象に、お互いバラつきがあって統一感がないのだ。

今までフレイムヘイズは勿論のこと、時には“紅世の王”とも戦ったことは何度もあったが、あれほど得体の知れない敵と戦ったのは二人とも初めてだ。

 

「かの『三眼の女怪』のような、腹の底が見えない謀略家とも違う。あれはなんというべきか………定まった形を持っていなかったように見える」

 

ほんの僅かに余所見した瞬間、性格がガラリと変わってしまったかのような。直接触れようとしてみても、まるで砂のように手から溢れていくような、そんな掴み所の無さ。

だがあのザンディアが怒り狂った瞬間、それまでかすりもしなかった彼女の『本質』に、僅かだが触れられた感覚がしたのをニーガは見逃さなかった。

 

「恐らくだが………あの“徒”の本質とは『定形を持たぬ砂粒』そのものなのではないだろうか?」

 

定まった形がなく、容姿が、性格が、知性が、力が、常に変わり続ける。まるで水を含んだ砂が意思を持って自由に形を変えるように。

 

その発想に至った瞬間、ふと二人の脳裏をある“紅世の王”の姿が過る。

 

“千征令”オルゴン。

かの戦いで『とむらいの鐘』の援軍として何度か共闘した、『仮装舞踏会』に所属する巡回士。殲滅と虐殺を得意とする手腕から、『戦争屋』の異名を持つ強大なる“紅世の王”だ。

彼の自在法である『レギオン』は自らの巨大な身体を何千もの紙の軍隊として分割し、統率することで数にものをいわせて敵を殲滅することができる。この自在法の厄介なところは、末端の兵士に至るまでがオルゴン自身であり、司令塔を潰しても兵士一体が残っていれば彼は死なない。確実に倒すにはウルリクムミの『ネサの鉄槌』のように、広範囲を破壊できる強力な自在法で一体も余さず全て潰すほかないのだ。

もしかしたら“無貌の億粒”は、そんなオルゴンと似たタイプの“徒”なのかもしれない。だとしたら今日我々が倒したザンディアは、“無貌の億粒”という“紅世の徒”の、ほんの断片に過ぎなかったのではないだろうか。

 

「つまり、きゃつはまだ存命しているかもしれないと」

 

「確定はしきれぬがな」

 

しかし仮にそうだとしたら、“無貌の億粒”はかなり厄介な部類の敵になるだろう。本体、あるいは分体全てを一度に討たなければ確実に倒すことができないのだから。

 

 

 

頭を悩ます二人だったが、そこへ一つの気配が近づいてくるのに気付き、ピクリと反応する。

このタイミングで敵が夜襲をするとは思えなかったが、ソカルは意思総体を地中に隠して気配を薄め、ニーガはいつでも反撃できるように構える。近づいてくる足音から察するに、これは蜥蜴人のもののようだ。

 

 

「おお、こんなところにいたのか」

 

「シャースーリュー?」

 

聞き覚えのある声に確認するように返事すれば、暗がりでもわかるたくさんの傷痕を持つ“緑爪”族の長である彼が、瓶と盃を抱えて歩み寄ってくるのが見えた。

 

「せっかくの宴だというのに、最大の功労者がこんなところで一人酒など寂しいではないか」

 

どうやらニーガが宴に混ざらなかったのを見て、わざわざ酒を持ってきてくれたらしい。見知った相手に張りつめた空気を少しだけ緩め、ニーガは小さくため息をつく。

 

「たかが初陣で浮かれていては、今後足元を掬われかねんぞ」

 

「用心深い奴だな。なるほど、ザリュースの見立て通りの優秀な祭司だ」

 

苦笑するシャースーリューはそのまま彼の隣に腰を下ろしてきた。

 

「とはいえ、次も生き残れるという保証がない以上、束の間でも酒を楽しんでおきたいだろう」

 

彼が言うように、今日生き残れたからといって明日も生き残れるとは限らない。だから今のうちに生きていることを祖霊に感謝するのだというシャースーリューの言葉には、ニーガもかつての経験から素直にうなずく。

 

「何より、未来の義弟と酒を交わしてみたいしな」

 

「………義弟?」

 

シャースーリューの口から出た言葉に、一瞬だけ呆気にとられた。

 

「ああ、俺の弟がお前の妹に求婚したのだろう? このままあの二人が夫婦になれば、必然的に俺達も義兄弟になれるわけだ」

 

クルシュとザリュースの仲が極めて良好なのはニーガにもわかる。確かにこのまま順当に行けば、ザリュースとクルシュが夫婦となってザリュースが義理の弟になる。そうなるとザリュースの兄であるシャースーリューとも義理の兄弟になるのは理解できた。

だが、

 

「私が『弟』なのか?」

 

「なんだ不服か? お前はずっと長兄だったゆえ、父母以外に頼ることもなかっただろうに。せっかくの機会だから俺を『義兄者』と呼んでみるといい」

 

俺はザリュースの面倒を見てきたから、今さらもう一人弟が増えても問題ないと笑うシャースーリューについジト目を向けてしまう。

 

「………お前、相当酔っているようだな」

 

そばの木がガサガサと揺れる音が聞こえ、ソカルが地面の下で爆笑しているのをなんとなく察するニーガは、尻尾で幹を思い切りひっぱたいてそれを黙らせる。

 

「ん? どうした急に」

 

「いや、毒虫が飛んでいたゆえ思わず払っただけだ」

 

なんでもないと首を振るニーガにシャースーリューはまだ何か言いたそうだったが、盃に酒を満たしてから彼に手渡す。

 

「だがそうだな。『義兄弟』か………」

 

それを受け取りつつ、ニーガは盃の中に写る月を見つめて小さく呟いた。

 

「………それも、悪くないかも知れんな」

 

ずっと無表情だった彼が、ほんの僅かに笑ったように見えてシャースーリューは満面の笑顔で返す。

 

「ああ、なんなら今呼んでくれてもいいぞ?」

 

「いや、それは遠慮しておく」

 

ただ……と少し間を空けてから、ニーガはシャースーリューが持つ盃に自身のそれをコツンと当てて乾杯する。

 

 

 

「もしこの戦いを無事に終わらせられたら、呼んでやってもいい」




不穏なフラグを匂わせた上での穏やかな時間。貴方はお好き?


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戦果報告

前回のアンケート、不穏フラグ有りを選んだ方が圧倒的に多い。
ひ、人の心……


例えば常温に置かれてから、時間が経って溶け始めたかのように。

ポタリポタリと、『それ』は雫を滴らせ始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ナザリック地下大墳墓ソロモンの小さな指輪(レメゲトン)。コキュートスは今回の戦いの結果を報告すべく、数名の部下を伴って帰還していた。

低位とはいえかなりの数のアンデッド兵を出陣させての此度の敗北、本来ならば階層守護者にあるまじき失態には違いない。コキュートスが誅殺された程度で許されるとも思えず、最悪の場合はアインズが自分達に落胆して見捨てられるかもしれないだろう。

 

だと言うのに……

 

「………」

 

ほうと白いため息を吐き、ぼんやりと宙を見るコキュートスの心中にあるのは、アインズに身限られるかもしれないという焦燥………初陣を手際よく行えなかったことに対する後悔………己の不甲斐なさへの怒り……その()()()()()()()()

 

彼の脳裏に浮かぶのは、黝色の鱗を持つ蜥蜴人の魔法詠唱者の姿。多彩な氷の魔法を駆使し、仲間と共にザンディアを屠ったあの勇姿が何度もリフレインする。

 

「コキュートス、いつになく無口でありんすねえ」

 

「まあ今回の任務で彼だけが結果を残せなかったらしいからね。ショックなのも致し方ないだろう」

 

「だ、大丈夫かなあ。コキュートスさん」

 

「最悪、アインズ様に階層守護者を解任させられるかもしれないしね……」

 

『おいたわしやです……』

 

そんな精神状態のためか、コキュートスは他の階層守護者達と玉座の前に集まってからも、ヴィクティムと初めて対面した時でさえ、彼らからの問いかけにずっと生返事をするのみだった。しかし彼らはその様子を『主命失敗によるショックで落ち込んでいる』と捉えたようで、小声で話し合ってコキュートスに同情するのみだった。

 

 

 

「ナザリック地下大墳墓最高支配者、アインズ・ウール・ゴウン様。および守護者統括アルベド様の御入室です」

 

そこへ主の入室を知らせるユリの声が響き、一同は反射的に玉座の前で跪く体勢をとる。重い扉が開かれ、カツンカツンと固い床を踏む音を鳴らして進むアインズとアルベドは、守護者達の真ん中を通り玉座に向かう。その際コキュートスのそばを通りすぎようとしたほんの一瞬だけ、アルベドが彼を冷ややかな目で睨んだが、いまだ陶酔に浸るコキュートスがそれに気づくことはなかった。

 

 

「顔を上げ、アインズ・ウール・ゴウン様の御威光に触れなさい」

 

玉座に腰掛けたアインズを見届け、彼の傍らに立つアルベドが守護者達に告げる。

 

「アインズ様、ナザリック階層守護者が御身の前に揃いました。何なりとご命令を」

 

「うむ」

 

眼前の配下達に視線を一瞥してから、アインズは少し間を置いて口を開く。

 

「各階層守護者たちよ、よくぞ私の前に集まってくれた。まずは感謝を告げよう。デミウルゴス」

 

「はっ」

 

最初に呼ばれた赤い衣服の悪魔が、ピシリと姿勢を正して面をあげる。

 

「ことあるごとに呼びつけてすまないな。忠勤感謝しているぞ」

 

「おお、何をおっしゃいますアインズ様! 呼ばれれば即座に参るのがシモベの務めでございます」

 

一時期アシズ襲撃による大失態から来る強迫観念に捕らわれ、ろくに休みを取らなかった彼であったが、アインズ直々にメンタルケアをしたおかげか、かつての調子を取り戻しつつあるようだった。

件の焔両脚羊から採取された皮で低位のスクロール作成での使用に耐えられることがわかることを告げれば、甲殻の尻尾をブンブン振って喜びを表している。デミウルゴスの報告によれば、現在彼女は汚い畜舎から人間用の小綺麗な部屋へと移され、上等な衣服と料理長特製のしっかりした食事を与えられているとのことだ。それを聞いてアインズは少しだけホッと胸を撫で下ろす。

 

「次にヴィクティム」

 

『はいアインズさま』

 

次いでアインズが声をかけたのは、ピンク色のグロテスクな胚子の姿をした天使ヴィクティムである。

 

「お前を呼んだのは他でもない。アシズを初めとする想定外の強敵が出現した際に、私と守護者達を守るためにお前のスキルが必要だからだ」

 

 

ヴィクティムが保有する『死せる忠誠(アフシフォシー・タナトス)』は、使用者の命と引き換えに広範囲の敵にあらゆる状態異常・デバフ・移動阻害などをかける強力なスキルで、発動させやすくするためにあえてヴィクティムのレベルを低めに設定されているほどに徹底されている。

なので場合によっては相手を逃さぬよう、自分達がヴィクティムを殺す可能性もある。直ぐに蘇せることを約束すると申し訳なさそうに告げるアインズに、ヴィクティムはただ頭を垂れて答える。

 

『おきになされずにアインズさま。わたしもアインズさまのしもべ、それにしぬためにうみだされたのです』

 

その力で至高の御方のお役に立てるのであれば、これ以上の喜びはない。響く声にどこか嬉しそうな色があるのを見て、アインズは頷く。

 

「そうか……ナザリックのギミックに用いられている合言葉にこのような福音書の言葉がある。『人、その友のために自分の命を捨てること。これよりも大いなる愛はなし』。まさにお前(ヴィクティム)にふさわしい言葉だ、お前の愛に感謝しよう」

 

『もったいないおことば』

 

主君からの感謝の言葉に、照れ隠しのつもりか手足をワタワタとさせるヴィクティムだった。

 

 

 

 

「コキュートス、アインズ様よりあなたに向けて御言葉があります。傾聴しなさい」

 

「ハッ……」

 

最後にと、アルベドがコキュートスに厳しい声色で告げれば、白い息を吐いて返事する。

 

「蜥蜴人との戦闘、見せてもらったぞコキュートス。敗北で終わったな」

 

「………」

 

コキュートスは変わらず無言を貫くも、アルベドはその態度を見て眉間に皺を寄せて口を開く。

 

「コキュートス、蜥蜴人ごときに破れた挙げ句にアインズ様に謝罪すらないの? せめて面を上げなさい!」

 

やや怒気を込めて命じれば、コキュートスはゆっくりと顔を上げてアインズを見返す。

 

「………申シ訳、アリマセン」

 

そう短く返事すれば、コキュートスはまた無言になる。アルベドが見るからに不機嫌そうになるのを見て、場の空気を変えるべくアインズが問いかける。

 

「コキュートス、敗軍の将の言を聞こう。今回、指揮官として戦ってみて何を感じとった?」

 

「………何ヲ、感ジトッタカ……?」

 

今後のコキュートスを初めとする守護者が戦うことでどのように学び成長するのかを、今一度確かめなければならないアインズにとっては勝敗よりも重要な答えだ。出来れば今回の失敗からどうすれば勝てたのかを正しく理解できれば御の字だが。

 

対するコキュートスは暫し空を眺めてから、どこかボンヤリした目線のまま白い息吹きを吐く。そして次に信じられないことを漏らしたのだった。

 

 

 

「………トテモ、美シカッタ」

 

 

 

「………は?」

 

ここに来て想定外の感想を述べられ、アインズの思考が停止するもすぐさま鎮静化が働いて正気に戻される。

 

「『絵ニモ描ケナイ美シサ』。トイウ言葉ガアルガ………アレハ………アレハモハヤ、ソンナ次元ノ美シサデハナカッタ……」

 

何かに取りつかれたようにぶつぶつと呟くコキュートスに、眼前のアインズは愚かその場にいる守護者達も目を見開き硬直する。

 

「芸術的ナ美シサトモ、生物的ナ美シサトモ違ウ。アレノ美シサヲ形容スルニハ何ガ適切ダロウカ……」

 

ふとコキュートスの視界にアインズが持つスタッフオブ・アインズ・ウール・ゴウンが入る。その完成されたアイテムの美しさを見たコキュートスはハッとなった。

 

「………アア、ソウカ」

 

コキュートスは慌てるようにインベントリを開くと、中を探って一本の刀を取り出した。それは『斬神刀皇』、彼の創造主である『武人建御雷』の愛刀であり、ナザリックがこの世界に転移した後にアインズから賜った至高の武器である。

 

「コレダ………コノ『美シサ』ダ!」

 

その眩き刀身を凝視して、コキュートスは納得したように頷く。そう、彼はニーガの素顔を見た瞬間、初めて斬神刀皇を見た時と同じ感動を感じていたのだ。

 

 

 

「コキュートス!!」

 

 

 

アルベドの今日一番の怒鳴り声に守護者一同がビクリと肩を震わせる。無反応だったのは刀に魅入るコキュートスのみだ。

 

「貴方、先ほどから黙って見ていれば………アインズ様を御前にしてその態度はなんなの!? そもそも御方に許可もなく武器を出すとは何のつもり!? 一体貴方は何を企てて……!」

 

「アルベド」

 

癇癪気味に責め立てるアルベドを制するようにアインズが片手を上げて遮断する。アインズがコキュートスを見れば、彼はキョトンとしたように小首を傾げて自身を見返している。どうやらアルベドが何故怒っているのかを理解していないようだった。アインズはゴホンッと軽く咳払いしてから再びコキュートスに質問する。

 

「………すまないコキュートス、質問が分かりにくかったようだ」

 

まずアインズは今回の敗北を強く責める気はないという旨を説明し、どのような者もまた失敗するしそれは自分自身もそうだと語る。

 

「ただ、問題になるのはそこから何を得たかだ。……コキュートス、質問を変えよう。どうすれば勝てた?」

 

(………アア、()()()カ)

 

アインズの説明でようやく、彼らが自身に求めている答えが何なのかをコキュートスは理解した。

 

 

それからコキュートスはアトリオから指摘された、己の失敗を思いつく限りに答えた。

蜥蜴人を侮り、相手の実力・地形などの情報収集を怠ったこと。低位アンデッドに指揮官を配置しなかったこと。相手の武器を考慮せず、力押しでアンデッド部隊をぶつけてしまったこと。それらを全て述べれば、アインズは「素晴らしい!」と称賛する。

 

「あのエルダーリッチ以外は全てPOPするアンデッド。滅びたところでナザリックに何の影響も与えない。守護者が学んだという事を考えればお釣りが来るぐらいだ」

 

「アリガトウゴザイマス、アインズ様」

 

「とはいえ、敗北したのは事実。であれば罰を受けてもらう。本当はお前を後ろに下げるつもりだったが、こちらのほうが良いだろう」

 

暫し間を空けてから、アインズはコキュートスを指差して主命を下す。

 

「コキュートス、その汚泥をお前の手で拭え。蜥蜴人達を殲滅せよ。今度こそ誰の手も借りずにな」

 

 



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違和感

副題:
信じて送り出した階層守護者が敵の蜥蜴人にドハマリするなんて…(違)


「素晴らしいお考えです!蜥蜴人共をコキュートスが犯した敗北の罪ごと消し去るというのですね?」

 

アルベドは主君の名案に頬を染めて称賛し、守護者達もアインズの慈悲深い処置に感動していた。

 

………ただ一人を除いてだったが。

 

 

 

(………ハ?)

 

コキュートスは主の命令の意味を理解するのに数秒ほどかかった。もし彼に人間のような表情筋があれば、間が抜けたような顔をしていたことだろう。

 

(蜥蜴人ヲ………殲滅? アノ美シイ蜥蜴人ヲ、滅ボスダト?)

 

()()()()()()()()()()()()()()()

あれほどの剣を、()()()()()()がへし折っていいというのか?

アインズを初めとする仲間達のさも当然のような発言に、コキュートスは困惑してしまった。

 

(イヤ、待テヨ………)

 

しかしふと考えてからコキュートスは気づく。

 

これは考えようによっては、チャンスではないだろうか?

 

誰の手も借りない。すなわち見方によっては誰にも邪魔されることなく、あの蜥蜴人と全力で戦えるということになるわけだ。念のため、コキュートスはアインズに確認をしてみる。

 

「アインズ様」

 

「なんだ?」

 

「本当ニ、アインズ様ハ手ヲ出サナイノデスネ?」

 

「無論だ。これはお前への罰なのだからな」

 

アインズからの言質を確かに聞き取り、コキュートスはならばと発言する。

 

「………デハヒトツ、オ約束クダサイマセンカ?」

 

「?」

 

ここに来ての進言に一同の視線が集まる中、コキュートスはハッキリと告げた。

 

「モシ仮ニ、私ガ蜥蜴人達ニ敗北シテ死亡シタ場合ハ………私ヲ蘇生シナイデイタダキタイノデス」

 

「………何?」

 

ザワッと、階層守護者達はおろかそのやり取りをそばで見ていたシモベ達にさえ動揺が走る。しかし当のコキュートスはそれを気に止めることなく、続けて言葉を発する。

 

「カツテデミウルゴスガ蘇生シタ時、彼ハ甦ル前ノ五日分ノ記憶ヲ失ッテイマシタ」

 

ここに来ていきなり過去の古傷を掘り返され、デミウルゴスはつい肩をはねさせてしまう。

 

「モシ仮ニ今スグ戦イ、私ガ死亡シテカラ蘇生サレタ場合ハ、此度ノ戦イノ記憶ヲ失ッテシマウト思ウノデス」

 

「いや、ちょっと待てコキュートス。なぜ負ける前提で考えているのだ?」

 

コキュートスの口振りは、まるで自身が死ぬことが確定しているようだった。慌てて質問するアインズに彼は真っ直ぐに見つめ返しながら述べる。

 

「此度ノ戦ニ現レタ、カノ魔法詠唱者ノ力ヲ見タウエデ、ソウ考エマシタ」

 

「魔法詠唱者?」

 

 

 

「失礼、アインズ様」

 

とここでアインズの疑問に答えるように、守護者達の背後から挙手する者が現れる。アトリオだ。

 

「実は先の戦いで、かなり特殊な力を持った蜥蜴人がいたのですが……」

 

アトリオ曰く、プレアデス級に匹敵する力を持つ蜥蜴人の魔法詠唱者が現れたと説明され、アインズは思わず杖を握る手に力を込める。

 

「なんだと………!?」

 

敗北前提の采配にしたとはいえ、プレアデス級に匹敵する強さを持つモンスターを倒されるなど信じられない。そして彼の脳裏を過ったのは、神人の可能性だ。できれば出現してほしくなかった強者の存在に、慎重なアインズはしばし考えてからコキュートスを向く。

 

「コキュートス、すまないが一度罰を取り消す。そこまで強い蜥蜴人がいるのならば、お前一人を行かせるわけにはいかない」

 

報告ではプレアデス級と推定されるが、もしかしたらまだ奥の手を隠している可能性もある。仮に敵の強さが100レベル級ならば、報復のためにナザリックに強襲する危険性が高いと判断し、ほとぼりが冷めるまで隠れるようにとアインズはシモベ達に命じる。アルベドを初めとする階層守護者達は主の意に頷くが、コキュートスだけは違っていた。

 

「ソウデスカ……」

 

アインズの言葉を聞いた彼は、やや落胆したように小さく呟く。だが次の瞬間、手にしていた刀を己の首筋に素早く当てた。

 

「!?」

 

「コキュートス、何をしている!?」

 

誰が見ても今から自分の首を斬り落とす構えのコキュートスに、アインズは慌ててガタリと玉座から立ち上がる。

 

「アインズ様ガカノ者トノ戦イヲ許サレナイノデアレバ、私ハコノ場デ命ヲ断チマス」

 

凛とした声で告げたコキュートスの言葉に、アインズは沈静化が働いてどうにか冷静に戻ってから問いかける。

 

「かの者とは、例の蜥蜴人のことか? なぜそこまで固執するのだ?」

 

「ナゼ?」

 

アインズとしては純粋な疑問としての言葉だったが、対するコキュートスは信じられないとでもいうような眼差しを返してきた。

 

「強者ト戦イ、死力ヲ尽クスノハ、戦士トシテ当然ノ欲望デハ?」

 

表情などないはずの蟲人の顔はしかし、何を言っているのだという疑問を浮かべている。

 

「彼ラトノ記憶ヲ失ワズ、戦士トシテ全力ニ戦ッタ末ニ死ニタイノデス」

 

「コキュートス………貴方、この期に及んでアインズ様にどれだけ醜態を晒すつもりなの?」

 

答えたのはアインズではなく、玉座の側に佇むアルベドだった。表情こそ無を保ってはいるものの、その目からは隠しきれない怒りが滲み出ている。声からは憤怒の色が漏れ、ギンヌンガガプを今にも握り潰しそうなほど手に力を込めている。

 

「無様な敗北をした挙げ句、御方の命に反し私欲を優先する………それが階層守護者の任を託される者の姿なの!? 恥を知りなさい!!」

 

怒鳴られ、コキュートスは不愉快そうにアルベドを睨み返す。お前は()()を見ていないから、そのようなことを言えるのだと。

武人ならば強者と死力を尽くして戦うのが本望というもの。少なくともコキュートスにとって、生まれて初めて胸に灯ったこの欲望は、階層守護者の役割を優先するために捨てるべきものではないという確信があった。この熱き炎に比べれば今までの『ナザリックのシモベとしての幸せ』が、とたんに薄っぺらく思えてしまうような……

 

(………ン?)

 

ここでふと、コキュートスは自身の言葉に違和感を覚えた。

 

階層守護者?

ナザリックのシモベ?

御方に尽くすことが至上の幸福?

 

()()()()()()

なぜ自分は今まで、()()()()()に多幸感を感じていたのだ?

 

「ア………!?」

 

バッと周囲を見渡してから、コキュートスはさらに混乱しだす。

 

いや、()()()()()()()()()()

()()()()()()()()()()()()()()

()()()()()()()()()()()()

 

「コキュートス?」

 

突然挙動不審になる配下の姿にアインズが心配そうに声をかけるが、対するコキュートスはビクリと身体を震わせた。

 

(………コノ者ハ、()ダ?)

 

至高の四十一人が一人、モモンガ改めアインズ・ウール・ゴウン。ナザリックの頂点に君臨するオーバーロード。

至高の四十一人。自分を初めとするナザリックのシモベ達を一から生み出した、神のごとき尊き存在。

 

(オカシイ………オカシイダロウ!)

 

ナザリック?

至高の四十一人?

()()()()()()

自分は()()()()()()()()()()()()()()()()

 

そもそも自分達を一から生み出したとはどういうことだ?

アンデッドのシャルティアやオートマトンのシズならばまだわかるが、自分の種族は蟲人である。雌雄の間から卵が生まれ、そこから成長していくはずである。だがここでコキュートスは気づいた、自分には幼少期に当たる記憶がまるでないことに。物心ついたときにはすでに自身の肉体は成熟しており、自分は武人建御雷に作られたと理解していた。しかし武人建御雷の種族は半魔巨人であり、蟲人などではない。ならばどうやって自身を生み出せたというのだ。

 

(ナゼダ………! ナゼ私ハ今マデ、コノ『違和感』ニ気付カナカッタ!?)

 

ナザリック地下大墳墓・階層守護者、なぜ自分はその役割をすんなりと受け入れていた?

なぜ自分の出生に、産みの親に、この場所に、忠義に、欠片も疑問を抱かなかった?

 

いや、そもそも………

 

 

(私ハ………『誰』ダ………!?)

 

 

『自分』は一体、何者なのだろうか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

例えば冷たい個体から、ぬるい液体へと完全に溶けきったように。

バシャリと、『それ』は姿を変えた。




なんかここ最近、ナザリック敵対ルートネタが増えてきましたね。その影響か私の作品のアクセス数も増えてきたように感じます。

これは乗るっきゃない!(゜∇゜)قグッ


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消失

コキュートス、初めての反抗期。


ポロリと斬神刀皇が手から滑り落ち、ガシャリと音を立てて玉座の間の床に深い傷痕をつける。震える四本腕のうち上の腕で頭を抱え、下の腕で寒さに震えるように身体を抱き締めるコキュートスの姿に、アインズは慌てて玉座から駆け寄る。

 

「どうしたコキュートス、どこか具合が悪いのか!?」

 

配下のただ事ではない様子に、心配そうに手を差し伸べようとする主だったが、

 

「ウ、ウアアアアアアアア!?」

 

その白い骨の手を、コキュートスはあろうことか絶叫しながら振り払った。

 

「え………?」

 

突然のことに頭が真っ白になるアインズに、コキュートスはまるで化け物を見るかのように怯え、震えながら後退りして距離を離していく。

 

「オ前ハ………オ前達ハ『何』ダ!?」

 

外の世界を見た今ならわかる、この場所は歪だ。

何種類もの毒々しい色の壁紙を乱雑に張り付けたかのように、不自然で気持ち悪い。周りにいる者達も、歪な価値観を素晴らしいと称える姿が気味悪くて仕方がない。

 

配下から向けられる恐怖に満ちた目に、アインズは何度も沈静化の光が輝くが一向に考えが纏まらない。というよりは、我が子のようなNPCに拒絶されたという事実を受け入れられなかったのかもしれない。

 

「コキュートス! 君は御方にどれだけ不敬な真似するつもりだ!?」

 

最初に動いたのは階層守護者屈指の忠臣であるデミウルゴスだった。実はコキュートスが「美しい」と発言した時から彼に対し怒りを感じていたが、あろうことか主の御手を振り払うという蛮行をしでかしたのを見てとうとう堪忍袋の緒が切れたらしい。

 

「そうよ! しかもアインズ様をお前呼ばわりとか何様のつもり!?」

 

「い、いくらなんでも酷すぎます!」

 

「五大最悪引き摺り回してやろうかおんどりゃあ!?」

 

『ゆるせません………!』

 

続けてほかのシモベ達も立ち上がりコキュートスを糾弾しだす。唯一アルベドだけは言葉を発しなかったものの、その目は汚物を見るような眼差しで彼の失態を責めるのが見てとれた。

 

「コキュートス様ご乱心! コキュートス様ご乱心!」

 

騒然とする玉座の間だったが一際甲高い声が一同を鎮めるように響き、コキュートスの頭上から数十体のエイトエッジアサシンが降り注いできた。巨体を持つコキュートスの身体が隠れるほどにしがみつく彼らの重さに、コキュートスはバランスを崩し前のめりに倒れる。

 

「グフッ!?」

 

必死になって彼らを振り払おうともがくが、日頃から興奮するアルベドを拘束できるだけのこともあり一向に剥がれてくれない。

 

その()()()()()()()()()()()()()()()()()のうち一体が、自ら床に下りると鋭い前肢でコキュートスの頭を掴み、値踏みするようにその顔を観察し始める。

その間十秒ほど。もう済んだのかコキュートスから視線を外すと背後に控えるアトリオと目が合う。

 

「………刺激が強すぎたでしょうか?」

 

誰にも聞こえないようにポツリと小さく呟くアトリオは、跪いた状態から立ち上がるとゆっくりコキュートスに歩み寄る。尚も懸命にもがく彼を冷ややかな目で見つめ、腰に携えた片手剣に手をかける。

 

「待てアトリオ! なんの真似だ!?」

 

傍目にはどう見てもコキュートスを殺そうとする構えに、アインズはアトリオを止めるように慌てて声をかけた。対するアトリオはゆっくりと首だけをアインズに向ける。

 

「………アインズ様、まずは勝手な行動をとったことを謝罪いたします。ですが、至高の御方に歯向かう裏切り者を野放しにするわけにはいかないと愚行いたしました」

 

「裏切り者……!?」

 

「至高の御方のお考えを汲み取らないばかりか、己の欲を優先し主命に背く。これが裏切り以外のなんだとおっしゃるのですか」

 

アトリオの意見は最もだ。絶対なる支配者を前にして歯向かう態度を見せるなど、確かに不敬と言えるだろう。

 

「コキュートス様はだいぶ気がふれてしまったご様子です。御方のご厚意をむげにするようで申し訳ございませんが、かくなる上は一度命を断たせてから蘇生し、かの蜥蜴人を見た記憶を消すほかありません」

 

「!!」

 

件の蜥蜴人に対する執着がコキュートスの乱心の元凶だとするならば、一度殺して蘇生すればその辺りの記憶は綺麗さっぱり消えるはず。コキュートスはその言葉の意味を悟り、ガバリと顔だけをアトリオに向ける。人間であれば彼の顔は恐怖から青ざめていたことだろう。

一方でアインズはその提案に反対する。

 

「待て、落ち着くのだ! コキュートスは一時の気の迷いからそうなっているだけかもしれない。ここはまず慎重に……」

 

我が子同然の配下のワガママ程度で誅殺するなどあってはいけない。ひとまずアトリオを落ち着かせるべく武器を納めるように命じたアインズだった。

 

「………」

 

しかしアトリオは苛立たしげに頭をかいてから、ゆっくりと口を開いた。

 

「モモンガさん達、少し黙ってて」

 

その口から漏れるのは、蕩けるような甘い男の声。その声を聞いたアインズの眼窪の赤い灯が輝きを失い、次の瞬間一同が床に倒れ伏した。

 

「!?」

 

まるで≪集団催眠(マス・スリープ)≫にかけられたかのように意識を失ったアインズ達を見渡し、コキュートスは驚愕する。精神魔法に強い耐性を持つはずの、アンデッドであるアインズとシャルティアでさえ術にかけられたことに信じられないとアトリオを睨む。

 

「ナンダ、彼ラニナニヲシタ!?」

 

「貴方には関係ありませんよ。どうせすぐ忘れるんですから」

 

コキュートスの疑問を一蹴し、腰から片手剣を抜くアトリオを見てコキュートスは首を振って懇願する。

 

「待テ! 殺スナラバ蘇生ハヤメロ!!」

 

コキュートスはただ死ぬことは恐ろしくない。彼にとって最も恐ろしいのは、あの蜥蜴人の記憶を失うことだ。しかしアトリオはウンザリしたようにため息をついてコキュートスを見下ろしてくる。

 

「やめろ? 何言ってるんですか」

 

まるで欠陥品を見るような冷たい目で睨み、吐き捨てるように呟く。

 

人形(NPC)にそんな権利、あるわけないでしょう」

 

高く掲げた剣の刀身に青紫色の炎が纏われる。見ただけでも高位の威力の魔法であると理解し、コキュートスは拘束を解こうと暴れだす。

 

「イヤダ! ヤメロ! ヤメテクレ!!」

 

しかしエイトエッジアサシン達は一匹も剥がれる様子はなく、アトリオの剣はそのままコキュートスの首へと振り下ろされる。

 

「イヤダアアアアアアアア!!」

 

初めて抱いた熱意、自分という『個』が欠落するという恐怖に、断末魔に等しい絶叫を放った瞬間、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

床に落とされた斬神刀皇を中心に、朱色の火線で描かれた魔法陣が浮かび上がった。

 

 

 

 

 

 

「!?」

 

突如溢れた力の奔流にアトリオの動きが僅かに止まった瞬間、弾かれるように斬神刀皇の切先がアトリオに向けて飛び、剣を持つ腕を関節から切り落とす。切られた腕は床に落ち、手にした剣もろとも青紫色の火の粉となって消えていった。

 

「コレハ……!?」

 

「は………?」

 

次々と起こる理解不能な事態に混乱となるコキュートス。対するアトリオも驚愕に複眼を見開いた。自らの腕が切られたことにではない、未だ宙に浮かぶ()()()()()()()()()()を見てだ。

 

「しゅい、ろ?」

 

その炎の色は、力強く燃える朱色だった。

 

彼のその隙を逃さないように斬神刀皇は炎をより一層大きくさせ、その熱さから両者は思わず腕で顔を庇う。

時間にして数十秒、ようやく熱が消えたことを確信したアトリオが目を開けば、眼下のコキュートスの姿はどこにもなかった。彼を拘束していたエイトエッジアサシン達は先ほどの炎に焼かれたのか、青紫色の火の粉を散らして文字通りの虫の息である。その光景にしばし呆然となっていたアトリオだったが、

 

「………は」

 

口から乾いた笑いを漏らし、

 

「ははは………はは!」

 

残った手で顔を覆い、肩を震わせ、

 

「あはははははははは!! あーはっはっはっ!!」

 

もう可笑しいとばかりに、狂ったように爆笑し出した。

 

「はっは………ああ………なぁるほど…」

 

ひとしきり笑うと、落ち着いてきたのか小さく声を漏らし、

 

「そっかそっか………()()()()か……」

 

グシャリと、頭部を握りつぶしそうな勢いで、指を額とこめかみにめりこませた。指の隙間から覗く青紫色の眼光は、怒りの炎を激しく燃え上がらせている。

 

「やってくれたじゃねえか………()()()!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

例えば外気で温まった水が、蒸発して気体となったように。

シュルリと、『それ』は姿を消した。




今まで920を前後するだけだったお気に入りが、940を超えているだと……!?


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不可解な遭遇

前回のコキュートス

コキュ美「パパの下着と一緒に洗わないで!」

モモパパ「」


アンデッド軍との戦いから一夜明け、蜥蜴人達は敵の増援が来るかもしれないと、交代で見張りをして警戒を怠らずにいた。ソカルが森中に監視の目を行き渡らせているものの油断はできない。

 

族長達も交代で部族の指揮と休息をとっており、特にニーガは五部族同盟の最高戦力であるため、極力魔力と体力を温存させておかなければならない。現在彼はゼンベルと仮眠をとっていた。

 

『ニヌルタ』

 

「?」

 

そんな中、眠りが浅くなる頃合いを見計らったようにソカルが遠話を繋げてきた。

 

「なんだ?」

 

寝起きで頭がぼんやりしつつ、ニーガは目を擦りながらゆっくりと上体を起こす。

 

『沼地に異変を感知しました!』

 

「……何!?」

 

だが次いで告げられたソカルの知らせに意識が覚醒した。予測はしていたが、敵の動きが思っていたより早すぎる。考えるより先に枕元に置いたフードを掴み素早く頭にかぶったニーガは、横で高いびきをかくゼンベルを揺する。

 

「ゼンベル、起きろ!」

 

「んあ?」

 

「敵襲だ!」

 

ゼンベルが目覚めるのを待つ時間も惜しいと、彼の首根っこを引っ張り家屋から出る。砦から出ればクルシュを初めとする仲間達も異変を察したらしく、居合わせた全員の視線は沼地に向けられていた。

 

「兄様!」

 

「クルシュ、状況は!?」

 

彼女が指差す方向を見れば、沼の真ん中の空間が陽炎のように歪んでいる。歪んだ場所から朱色の魔法陣が現れたのを見てニーガは眼を見開いた。

 

(あれは……!)

 

間違いない、あれは自在式だ。色は朱色でニーガとソカルの記憶にない色。青紫色、蜂蜜色、若竹色のほかにまだ未知の敵がいるのだろうか。

思考する彼らをよそに自在式から朱色の火柱が上がり始める。膨大な熱量を前に一同がそれぞれの獲物を手に構えた。

しばらくしてから炎が霧散して消えると、自在式があった場所に何かが倒れ伏している。

 

「………蟲のモンスターか?」

 

ザリュースが呟くように、その姿はライトブルーの甲殻に、背中から二本の氷柱のような突起を生やし、四本の腕を持った巨大な蟲の異形だった。

 

(あの異形は!)

 

(ソカル?)

 

(ニヌルタ、あやつです! あの蟲の異形がコキュートスなる敵将ですぞ!)

 

(!)

 

ではあれが、とニーガは鋭い視線を異形……コキュートスへと向ける。ソカルの報告によれば、彼は数名の部下達を引き連れ一度砦からいなくなったはず。自軍が全滅したために大将自ら出陣してきたのだろうか。

しかしよくよく観察していくと、ニーガは不可解な点に気付く。コキュートスはこちらを攻撃するどころか起き上がる素振りもなく、沼地にうつぶせたまま動かない。単身で乗り込んできたにしては様子がおかしい。

 

「少し様子を見てきてくれ」

 

「はい!」

 

シャースーリューも気になったようで、そばにいた戦士に指示すれば彼らは頷いて沼に足を踏み入れる。戦士達が恐る恐ると三歩分ほどの距離まで近づいた瞬間、ピクリとコキュートスの身体が動いたのを見て思わず後ずさる。

 

「ウ………ウウ……ッ」

 

僅かに声を漏らすもコキュートスの身体は再び脱力して動かなくなる。戦士の一人が手にしたこん棒で頭を軽く小突いてみるが目覚める様子はない。

 

「………気絶しているのか?」

 

戸惑いながら互いに顔をみやる戦士達だったが、ひとまず族長達に報告するために一度砦に戻った。

 

 

 

 

 

帰還した戦士達の報告を聞き、族長一同は首を傾げた。やはりおかしい、一体あの異形はなんのためにここへ来た?

どうして転移した矢先に気絶してしまったのだろうか。これでは敵陣に乗り込んできたというよりも、まるで命からがら逃げ出し力尽きたように見える。コキュートスの行動の意図はわからないが、まず彼をどうすべきかは決まった。

 

「シャースーリュー、ひとまずあれは捕虜にするぞ」

 

まずコキュートスの身柄を拘束し、可能であれば敵の情報を得たい。シャースーリュー達もその案に賛同した。ニーガはしゃがみこみ地面に軽く触れてから、遠話でソカルに命じる。

 

(ソカル、捕らえろ!)

 

(御意!)

 

コキュートスを中心に無数の枝が沼から生え、木の球体となって彼を閉じ込めた。捕虜にするにしても相手の力がどれほど強いかわからない以上、万が一覚醒して暴れだした場合の被害を考慮すると、村に連行するにはリスクが高すぎるとニーガは判断した。なのでこの場でソカルに拘束させる。

 

「お、おお………」

 

「お前、どんだけ手数あるんだよ………」

 

見るからに上位の木の魔法を見た一同が引くのを背中越しに感じるニーガに、不満そうにソカルが悪態をつく。

 

(なぜ私が貴様の魔法扱いされねばならんのだ!)

 

(仕方がないだろう)

 

ソカルとニーガが再会したのはザリュースが集落に来た日だったため、族長達を初め蜥蜴人の仲間は彼のことをいまだ知らない。とはいえ未知の敵と戦の真っ只中にある今の状況だと、ソカルのことを話せば色々とややこしくなりそうだったため、ソカルの自在法で繰り出される木はニーガの魔法ということにしている。

 

無事にコキュートスが閉じ込められたのを見届け、まず誰から見張りをするか相談しようとする族長達だったが、

 

 

「………ん?」

 

何気なく沼に視線を向けたザリュースは、根っこの檻のそばで何かが光ったのを見つけた。

 

「ザリュース?」

 

彼の反応に気づいたクルシュをよそに、光る物体に歩みよっていくザリュースは沼の底に手を伸ばして()()を掴んだ。拾い上げてみればそれは長い刀身の剣で、泥をかぶって汚れていたため沼の水で軽く洗い流す。泥の下から現れた目映い刀身は見事な業物だった。

さらによく周りを観察すれば、コキュートスを中心にするように様々な武具や衣服が沼地に散乱している。赤い鎧、刀剣、布の服等々、いずれもフロスト・ペインが霞むのではないかと思えるほど高位のアイテムばかりだ。

 

「なんだこれは?」

 

再び剣をじっくり見てみると、その刀身に見たことのない紋様が刻まれていたのにザリュースは気付いた。

 

 

 

 

『汝、天下無敵ノ幸運有レ』

 



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隠されたメッセージ

一体あの青紫は何式さんなんだ……!?


 

………よう、元気だったかコキュートス?

 

まず最初に言っとくが、俺は今日限りでユグドラシルを引退することになった。

 

最近リアルのゴタゴタが酷くなってきてな………親父殿の手伝いに専念しなきゃならなくなったもんで、もうこっちに時間を回せないんだよ。

 

だからこのゲームでお前に会うのも、これが最後になると思う。

 

………なあコキュートス。どうせお前、()()()()()()んだろ?

 

もう最後だし、俺の話を聞いてくれないか? 戯れ言だと思って聞き流してくれても構わない。

 

俺には憧れている人がいたんだ。多分お前も知ってるやつ。

 

俺さ………『主を護る剣であれ』ってコンセプトで造られたせいなのか、戦うことが………特に強いやつと戦うことが好きなんだけどな。

 

どうやら親父殿が()()()()をモデルにした結果、こんな性格になっちまったらしい。

 

ただこっちに来てから、強いやつどころか戦う機会そのものがなくて、正直退屈してたんだよな。

 

だからさ、本物の戦場みたいに戦えるこのDMMORPGは、俺にとって楽しい場所だったよ。

 

そして………そこであの人に……たっちさんに出会えた。

 

俺みたいに強者と戦うために生まれたわけでもない、本物の戦場なんて知らないはずの、ただの人間だったあの人に。

 

本当に凄かったよ。ゲームの中とはいえ、俺は全然勝てなかった。

 

同時に胸の奥から沸き上がってきたよ、『あの人を越えたい』って思いが。

 

それは今までの『システムとしての本能的な欲望』なんかじゃない、正真正銘『俺自身の欲望』だった。

 

それからは本当に楽しかった。俺みたいにたっちさんに勝ちたいと思ってクランに入るやつらとか………特に弐式やウルベルトさんと仲良くなれてさ。

 

本当に……楽しかったんだ……

 

 

………どこで、俺達は間違えちまったんだろうな。

 

身も蓋もないことを言えば、ユグドラシルを始めたこと自体が間違いだったんだろうけど。

 

でも………でも俺は……たっちさんやウルベルトさん、モモンガさん、ペロロンチーノさん、茶釜さん、やまいこさん、ぷにっとさん、るし☆ふぁーさん達と出会えたこの因果を、否定したくない。

 

もちろん、弐式のやつともな……

 

………もう、今のあの人達は手遅れだ。

すっかりユグドラシルに捕らわれちまった。

 

だから………だからコキュートス。せめて最後に、お前に俺の『希望』を託すことにしたよ。

 

この先お前がプレイヤーの命令をただ忠実に聞くだけの人形になってから、もしお前の設定(システム)を凌駕するほどの欲望を感じた時は、その欲望に忠実になれ。

 

階層守護者・凍牙の支配者コキュートスじゃなくて、お前自身になるんだ。

 

これは俺の一世一代の賭け、俺達の命運を左右するだろう大博打だ。それでお前がお前になれば、俺の勝ち。

 

………もし賭けに負けた時は、俺は責任を持ってお前を討つ。でも俺は、お前を信じているよ。

 

お前は………俺の息子だからな。

 

………話が長くなったな。一方的に喋ってなんだが、その時になるまでこの記憶は封じておく。あいつらに見られたら台無しになるからな。

 

んじゃコキュートス、今度こそさようならだ。

 

願わくば、因果の交差路でまた会おうぜ。

 

………ああ、そうだ。どうせ忘れるだろうし、俺の本当の名前も教えておくよ。

 

俺の名は………。

 

 

 

 

 

 

 

 

「………ン」

 

水底からゆっくりと浮かび上がるように、コキュートスの意識が覚醒していく。

とても懐かしい夢を見ていた。そう、あれは武人建御雷が自分に会いに来た最後の日。どこか思い詰めた雰囲気で、変わらないはずの表情を曇らせていた彼の姿とその言葉を、自分はようやく思い出せた。

 

「………ソウカ」

 

これがそうなのかと、コキュートスは納得したように小さく呟く。この胸に沸き上がる思い、これこそが創造主が自身に託した『本物の欲望』だったのだと。なるほど確かに、この熱さに比べればシモベとしての欲望のなんと虚ろなことか。

 

「アリガトウ」

 

今ここにはいないであろう、自身をナザリックの業から解き放ってくれたかの蜥蜴人に、感謝の言葉を小さく呟く。主よ、どうか誇ってほしい。貴方は賭けに勝ったのだと。貴方が希望を託した人形は、今間違いなく真なる『己』を得た。ならば後は、この欲望に従おう。

 

「今日コノ日、コキュートスハ『親離レ』ヲ致シマス」

 

まだ右も左もわからない、巣立ったばかりの羽虫だけれど。きっと貴方に胸を張れる自分になってみせる。

 

「ドウカ見守ッテクダサイマセ………“皇宝の剣”ザトガ様」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ナザリックの宝物殿には、今はいないギルドメンバー達が所持していたアイテムが保管されている区画が存在する。といってもレベルが上がったことで役に立たなくなった初期装備などが乱雑に置かれているだけで、世界級アイテムの保管庫や霊廟に比べれば大した価値のあるアイテムはない。

その区画の廊下の真ん中で、ポッと青紫色の小さな火が灯る。火は徐々に大きくなって人型となると、青紫色の着物と覆面をした典型的な忍者の姿に変わった。

 

「………」

 

忍者はキョロキョロと周囲を見渡し、計四十一個の部屋の中から『武人建御雷』と書かれた扉を見つける。彼の身体はサラサラと青紫色の砂になり、ドアの隙間から中に侵入して再び形をとると部屋の中を物色し始めた。

押し入れ、引き出し、壺、畳の裏から掛け軸の裏まで、部屋の持ち主の趣味を反映した和風調な内装を細かく調べること数十分。

 

「………あ~、やっぱりか」

 

額を手で覆い、天井を見上げてため息をついた。

 

思っていた通り、霊廟に飾られていた装備を含めて武人建御雷が作成・所有していた装備が、ナザリックから()()()()()()()()()()()()のだ。

 

「イベント報酬のジャージもねえじゃん。どんだけ不正改造しやがったんだよアイツ」

 

武人建御雷の()() ()が発覚してからは、彼のゲーム履歴から作成物に至るまで厳重に調べたはずだった。それにナザリックのアイテムやギミックはサトゥラ達が目を光らせているはずなので、自在師でもない彼が自分達の目を盗んで改造するのは不可能だ。もしそのセキュリティを掻い潜れるものがいるとしたら、一人しか思い付かない。

 

「………クトゥーガさんか」

 

スッと、覆面から覗く目が感情を失ったように冷たくなり、忍者は懐からクナイを取り出す。そしてその刃で自身の頭のてっぺんから股下まで縦一直線に切り裂いた。

 

真っ二つになった身体は左右に倒れると、それぞれ青紫色の炎となり形を変えていき二つの人型となる。

 

うち片方はより煌びやかな装いになった忍者。

もう片方は……

 

「んじゃ早速プランBに移るぞ、『(アインズ)』」

 

「ああ任せろ、『(壱式風林)』」

 

青紫色の眼光が揺らめく、オーバーロードとなった。




そして武人さんは一体、なにの徒なんだ!?


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縺れる謎

オバロⅣ期終わりましたね。
オーレオールはもう映像化しないんだろうか……?


「………トコロデ、ココハドコダ?」

 

意気込んだはいいが、コキュートスは周囲を見渡して首を傾げた。

現在自分がいるのは四方を木の壁で囲まれた部屋のような場所で、窓とおぼしいものは見当たらず外からの光はない。明かりは目の前に灯る黄土色の小さな火のみで、首を動かして胴体を見れば手足を固い木の枝でグルグル巻きにされているのが確認できた。

状況的に考えればここは牢屋で、自分は虜囚の身になったのだと思われる。しかしここはナザリックではない、なんとなくではあったがコキュートスはそう確信できた。

 

「ようやく目が覚めたか」

 

「?」

 

背後から響く甲高い男の声にそちらを向けば、木の壁に亀裂が入りそこから覗く黄土色の眼光がギョロリとコキュートスを睨む。

 

「貴様ハ誰ダ?」

 

「ふん、貴様ごときに教える義理はない」

 

目玉が悪態をつくと同時に木の壁がゆっくりと左右に割れ、外から光が漏れだす。その先からいくつかの人影が現れた。

 

「!」

 

「………先の軍勢の将と見受ける」

 

人影の先頭に立つのは逆行に照らされたフードで顔を隠した蜥蜴人。彼は木の入り口からゆっくりとコキュートスがいる部屋に足を踏み入れると、フードを取って素顔を見せた。

 

「自分の状況が理解できるか?」

 

冷徹な眼差しと黝色の鱗。間違いない、あの時コキュートスが心から戦いたいと願った蜥蜴人だった。

 

「………アイタカッタ」

 

「?」

 

ポツリと呟くコキュートスに蜥蜴人は目を瞬かせる。

 

「貴殿ノ名前ヲ教エテホシイ」

 

「………ニーガ・ルールーだ」

 

「ニーガ・ルールー………シカト覚エタ」

 

捕らわれの身になっているにも関わらす嬉しそうな様子のコキュートスの姿に、ニーガは呆気にとられるもゴホンと軽く咳払いする。

 

「貴様にはいくつか聞きたいことがある」

 

鋭い眼差しで射貫かれたコキュートスは、俯いてやや考えこんでから顔を上げた。

 

「………デアレバ、私ノ頼ミヲ聞イテホシイ」

 

「なんだ、助命か?」

 

情報提供と引き換えに自身の身柄を保証させる、とりわけ命のやり取りが激しい戦場では珍しくもない取引だ。

 

「違ウ」

 

ところがコキュートスはそれに対し首を振って否定する。

 

「ドウカ、私ト全力デ戦ッテホシイ」

 

「は?」

 

拘束されて満足に動けないだろう身体で深々と頭を下げられ、告げられた言葉にまたしてもニーガは呆気にとられてしまった。顔を上げたコキュートスの目は真っ直ぐに彼を見返している。

 

「私ハ先ノ戦イデ、貴殿ノ強サヲ垣間見タ」

 

一度のみ………それも50レベル代のモンスターとの戦いであったため、まだ力の底は見えないものの、少なくとも彼の強さは本物であると理解できた。だからきっと彼とならば戦士として全力で戦えるという考えにコキュートスは至ったという。

 

「コノ申シ出ヲ受ケ入レテクレルナラバ、私ガ知ル限リノナザリックノ情報ヲ提供スルト誓オウ」

 

どうやらナザリックとやらが彼が所属する軍と思われる。しかしニーガは眉間に皺を寄せて訝しんだ。

 

「貴様、本気なのか? そんな私的な理由で簡単に仲間の情報を売るなど……」

 

自分の命がかかっているならばまだ理解できなくもなかったが、彼の場合は要求内容が普通ではない。もしかしたら偽の情報を掴ませるための演技かもしれないと警戒するも、コキュートスはそれを察してか拳を握る。

 

「………アレラハモウ、『同族』デハナイ」

 

「?」

 

口から出たその言葉には、微かではあったが嫌悪感が滲んでいた。

 

「イヤ、少シ前マデハ確カニ私達ハ『同族』ダッタ………シカシ今ノ私ハ、スデニ彼ラトハ『存在ノ質』ソノモノガ別物ト化シテシマッタ」

 

思い出すだけでも不快感が胸に込み上げてくる。そこに至る経緯も信念もないというのに、主のためならば私心も命も喜んで捨てる狂った忠義。だから今更彼らの思想に賛同する気概はないと断言する。

 

勝手に納得する様子のコキュートスに戸惑うニーガ達ではあったが、その姿にある仮説が浮かび上がってきた。

もしや彼は、仲間に見捨てられ粛正されそうになっていたのではないだろうか?

今一つ経緯がわからないが、もしそうだとすれば沼に出現した時の状況に対して辻褄は合う。

どうなのかと問い詰めれば、コキュートスはまた遠くを見る。

 

「見捨テラレタ、カ……確カニ少シ前マデハ私モソウ思ッテイタ。シカシ実際ハ逆ダッタノダ」

 

自身の無能さ・不甲斐なさに愛想をつかしその身を隠されたのだと思っていた。しかし全てを思い出した今、それは間違いだったのだとコキュートスは気づいたのだという。

 

「武人建御雷様ハ………最後マデ私ノ身ヲ案ジテクダサッテイタノダ」

 

 

 

 

『………!?

 

 

 

 

その言葉に、ニーガは目を見開き凍りついた。根の下から見張ってソカルも、ガサリと木の檻を揺らした。

 

「貴様、今なんと言った!?」

 

コキュートスの眼前に駆け寄ったニーガは、声を荒げて彼の両肩を掴んだ。

 

「兄様!?」

 

「おい、どうしたニーガ!?」

 

それまで冷静さを欠かさなかったニーガの慌てぶりに、背後のザリュース達はおろか掴まれたコキュートスも困惑しだす。

 

「何、トハ?」

 

「タケミカヅチと言ったのか!?」

 

「ア、アア………。ダガソレハ、アノ方ノ真ノ御名デハナカッタヨウダガ」

 

「真名は! 真名はなんだ!?」

 

ニーガは必死な形相でコキュートスの肩を揺すろうとするも、筋力の差からかコキュートスは微動だにしない。真名というのは本名という意味だろう。しかしなぜそこまで武人建御雷の本名を知りたがるのだろうか?

 

「“皇宝ノ剣”ザトガ、ソウ名乗ッテオラレタガ」

 

「………“皇宝の剣”?」

 

戸惑いつつも主の本名を教えれば、ニーガは冷静さを取り戻したのか目を瞬かせて肩から手を離した。

 

「おいニーガ、一体どうしたんだよ? らしくもねえ」

 

「タケ、ミカヅチって、なに?」

 

「何かご存知なんですか?」

 

仲間達もニーガの突然の豹変振りに心配し、檻の内部に入って彼のそばに歩み寄り肩にポンと手を置く。

 

「………いや、すまない。私の勘違いだったようだ」

 

額に手を当てため息をつくニーガは、仲間の眼前で醜態を晒した己を恥じている様子だったが、二・三回ほど深呼吸したのち、再びコキュートスに向き直る。

 

「話を戻そう。私が貴様との決闘を受け入れれば、そちらの情報を提供してくれるのだな?」

 

「ウム」

 

「その誓いは確かか?」

 

「戦士ニ二言ハナイ」

 

六つの青い複眼は真っ直ぐにニーガを見つめている。チラリと背後に控える仲間達と目線を合わせれば、彼らはひそひそと話しあってからニーガに頷く。

 

「わかった。ただ現状が現状ゆえ、約束を果たすのは全てが終わってからになるが、それでも構わないか?」

 

「無論ダ」

 

要求を飲めばコキュートスの纏う空気が、僅かながら喜びの色に変わった気がしたのはおそらく気のせいではなかったことだろう。

 

(ニヌルタ! まさかこのような得体の知れない輩の言葉を信用する気ですか!?)

 

一方のソカルは蜥蜴人達の決定に納得できないと、遠話でニーガにのみ怒鳴るが彼はいたって冷静に答える。

 

(言うこと全てを信用するつもりはない。だが敵の情報が何もわからない以上、聞く意味はあるだろう)

 

無論虚偽の情報を掴まされる可能性も考慮しておくと言い含めれば、ソカルはまだ不満そうにしながらも押し黙ったのだった。




某紫電の王「人違いです」


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偽りの玉座

「………ウス。デミウルゴスよ」

 

「………?」

 

耳に入る主の声。白い霞が晴れていくように、ぼんやりした意識が覚醒する。

 

「あ、アインズ様……?」

 

「なにを呆けている」

 

周囲を見渡せばそこは玉座の間であり、なぜか自分達はアインズの前で倒れていた。主の御前でなんと無礼な格好をしているのだと己を責めつつ、慌ててピシリと姿勢を正して跪く。玉座に座る主は一見するといつも通りの威厳に溢れた姿だったが、シモベ達は異変に気づいた。

 

アインズが静かに激怒していることに。

 

アウラも、マーレも、シャルティアも、ヴィクティムも、無言で怒るアインズに青ざめる。

なんだ。自分達の何が主の不興を買った? 創造主から賜った叡智を必死に働かせ、デミウルゴスは今までのことを思い出す。

 

「!」

 

そうだ、思い出した。コキュートスがアインズを裏切ったのだ。

愚かにもアインズに意見したあげく、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()が、脳裏にフラッシュバックする。

 

「あっ、ああ……!」

 

宝石の目を見開きデミウルゴスは頭を抱える。主は自分達の成長に期待してこれほどの手間隙をかけたというのに、あの愚者はその御慈悲をドブ川に投げ捨てるような蛮行をしでかした。アインズが怒るのも当然だ。

これほどの失態はコキュートス一人の命では到底足りない。かくなる上はこの命で償うほかないと、自らのスキルで鋭く研ぎ澄まされた爪で自らの首を切り裂こうとする。

 

 

ゴッ!!

 

 

次の瞬間右頬に鋭い痛みが走り、デミウルゴスの身体が壁に叩きつけられる。見ればデミウルゴスがいた場所の目の前にアインズが移動しており、右手を真横に向けて真っ直ぐに伸ばしている。おそらくデミウルゴスが吹き飛んだのはアインズに殴られたからだろう。

 

「………つくづくお前達は、私を不快にさせるのが得意なようだな」

 

大きくため息をつくアインズが自分達に向ける、失望の眼差しに全身の血が凍りつくような感覚がした。

 

「そ、そのようなつもりは!!」

 

殴られたせいか口の端から血を流すデミウルゴスは、激痛から動けない身体にムチ打ち立ち上がる。

 

「ない、と? 嘘をつけ、お前達のそれは『贖罪』ではなく『逃避』だ」

 

シモベ達の自害とは、主に見捨てられるという事実を受け入れられない思いからくる逃げだという。告げられた鋭い指摘に守護者達は何も言い返せなかった。

 

「つまらん失敗の度に一々自害するな。鬱陶しくて仕方がない」

 

今すぐにも自らの命で主に謝罪をしたい気持ちが込み上げてくるが、それでは余計彼を不快にさせてしまうというのではないという考えが、彼らの行動を必死に押し止める。畳み掛けるようにアインズは宣言した。

 

「次に貴様らのうち、誰か一人でも自害するなどと抜かしてみろ。その時、私は今度こそこの地を去る」

 

 

『!!』

 

 

それはシモベ達にとって、あまりにも恐ろしい罰だった。自分どころかほかのシモベが自害しようものならば、ナザリックから最後の至高の御方がいなくなってしまう。目を見開き絶望する彼らにアインズはさらに命じる。

 

「それが嫌ならば互いを監視しあえ。怠れば、自分達の心の支柱が無くなると覚悟しろ。そして……」

 

そんなに死にたければ、『私の役に立つ死に方』を選べと。

 

「………例えば、貴様らだけで裏切り者を抹殺したりとかな」

 

最後にポツリと呟いた言葉に一同はバッと顔を上げ、その言葉の意図を瞬時に理解する。そう、これは主が自分達に与える最後のチャンスだ。仲間の汚点を自分達で拭い、自分達の価値を主に見せてみよと。

 

「わかったならもう下がれ。そして今すぐに下等生物共を鏖殺する支度でもしろ」

 

「………御心のままに」

 

アインズが再び玉座に座り直すのを見届けたのち、一同は恐怖に震えながらも頭を垂れるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

玉座の間を後にした守護者達はしばらく無言だったものの、作戦を練るためにラウンドテーブルに入った瞬間にシャルティアが叫びだした。

 

「ああああああああ!! あのクソ野郎がああああああああ!!」

 

愛しいアインズから向けられた軽蔑の眼差しに対する絶望感がある程度落ち着いたあと、彼女の胸中に溢れたのは大やらかしをしたコキュートスへの憎悪だった。

美しい銀の髪をかきむしり、錯乱しだす彼女のその言葉が合図になったかのようにほかの者達も荒れだす。

 

「ほんとバカじゃないの!? アインズ様に逆らったあげく武器を向けるとか信じられない!!」

 

アウラが怒りの形相でテーブルを叩いた。

 

「あ、アインズ様が、怒った………あんな……あんな怖いの……見たことない……」

 

マーレは目尻に涙を浮かべ、青ざめた顔で頭を抱える。

 

「っ………」

 

デミウルゴスはスーツの胸元を強く握りしめ、怒りと焦燥がない交ぜになった心中を必死に抑えこむ。

 

『うあ………ああ……!』

 

ヴィクティムはおろおろと落ち着きなく、身体の方向を変えながら狼狽えている。

 

「………」

 

平静を保っていたのは、アルベドだけだった。

 

失望された。失望された。失望された。

この世の終わりを垣間見たかのごとく目の前が真っ暗になり、今にも倒れそうな思いだ。耐え難い罪悪感から自害しようにも主がそれを最も忌み嫌っておられる以上、それだけは絶対にできない。もはや彼らに逃げ場などなかった。

 

同時に脳裏を過るのは、元凶である件の反逆者の姿。そう、なにもかもアイツのせいだ。アイツが愚かな真似をしなければ、自分達がアインズにあんな目を向けられることはなかったのに。

 

「………?」

 

するとここでアルベドに、姉であるニグレドから伝言が繋がった。玉座の間を退出する時、密かにコキュートスの居場所を探るよう頼んでいたアルベドだったが、どうやら結果が出たらしい。

 

「………そう、わかったわ。教えてくれてありがとう」

 

固唾を飲んでアルベドの言葉を待つ仲間達に、アルベドは告げた。

 

「姉さんによれば、コキュートスは現在あの蜥蜴人の集落に身を寄せているそうよ」

 

その言葉に一同の目が見開かれる。さすがナザリック随一の情報系魔法詠唱者のニグレドだ、潜伏先が判明したならばあとはナザリックの総力を結集し、速やかに反逆者を粛清するべきである。

 

 

 

「………デミウルゴス」

 

と、アルベドが戸惑いがちな声でデミウルゴスに声をかけてきた。

 

「なんだね?」

 

「……いえ、なんでもないわ」

 

しかし青筋を立てて歯軋りする彼の形相に口をつぐんでしまった。今の彼にそれを問うのは、危険な予感がしたからだ。

 

(………アインズ様、あんな目をしていたかしら?)

 

先ほど玉座の間で相対したアインズの眼窪から見えた()()()()()。その色がどういうわけかアルベドに言い様のない不安を抱かせるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あ~あ、お前もひどいやつだな。あいつらかなりショック受けてたぞ?」

 

守護者達が退室してアインズとエイトエッジアサシンのみとなった玉座の間に、壱式風林がやれやれと肩を竦めながら姿を現す。

 

「本当のことだろう。つまらん失敗一つで自害自害とほざくなど、煩わしいことこの上ない」

 

指でトントンとひじ掛けを叩きながらため息をつく彼はプレイヤーのアインズではなく、“無貌の億粒”の意思総体から新しく生まれた『自分』である。思慮深く冷徹な支配者というコンセプトのもとに生まれた彼は、冷めた眼差しで空を見る。

 

「そもそもモモンガは、あれらの使い方を根本的に間違っているのだ」

 

あれらは『人』でもなければ『生き物』ですらない。主人の命令と与えられた設定のみを至上とし、私欲や裏切りなど言語道断。主人こそが絶対なる神でありその価値観こそ正しく、かの者に使い潰されその手にかけられることが幸福と信じて疑わない忠実な人形である。人として尊重するのではなく、道具としてこき使うほうが適切なのだ。

 

「まあこれであいつらも、自害しようなんて考えることはなさそうだな」

 

退出する直前の守護者達の絶望した顔を思い出す。これで彼らの心には『自分か仲間が自害しようとすれば、今度こそ主に見限られる』という楔が打ち込まれたはずだ。アルベドだけが随分落ち着いていたのが気にはなるが、さしたる問題にはならないだろう。

 

「絶対に離反しないのはいいが、やはりこういう場合に融通が利かないのは問題だな~」

 

「しかし今さら設定を変えるのは………第一サトゥラの負担をこれ以上増やすのもしのびない……」

 

NPCの今後を巡る彼らだったが、その会話に割って入るように玉座の間の中央に蜂蜜色の自在式が現れる。

 

『こちらハスター。カナヘビから報告は聞きましたが、コキュートスが脱走したというのは本当ですか?』

 

「ああ、忌まわしいことにな」

 

自在式から響くハスターの声に、アインズは不機嫌そうに眼窪から青紫色の火の粉を散らす。

 

「まあ、比較的早い段階で発見できただけよしとするか?」

 

壱式風林の言葉にはアインズとエイトエッジアサシン達も同意する。もしここぞという場面で不具合が発覚した場合、事態はよりややこしいことになっていたかもしれないだろう。

 

「しかし今回の不具合は、ある意味NPCの実用化に対し極めて深刻だぞ。『絶対に裏切らない、貴方の全てを肯定してくれる忠実な奴隷』というキャッチフレーズから逸脱している」

 

裏切らない人形という枠組みから外れた以上、ほかのNPCもそうならないという保証はない。そうなると『商品』としての信頼が落ちてしまうことにアインズは危惧する。

 

『だから言ったじゃないですか。そもそもあんな不良品どもが兵器として実用できるわけがないと』

 

「言ってやるなよ~」

 

毒を吐くハスターをやや宥めつつも壱式風林は思考を巡らす。一同にとって今最も問題なのはコキュートスだ。斬神刀皇に転移の自在式が組み込まれていたことから推測するに、彼の創造主である“皇宝の剣”(武人建御雷)は引退する前からこうなることを見越していた可能性が高い。

 

「しかし、たかがNPC一体に自我を与えたところで何になる?」

 

『私としてはコキュートスよりも、宝物殿から消えたというアイテムのほうが気になります』

 

不可解なのはコキュートスだけではない。彼がナザリックから逃走したと同時に、宝物殿から消えた武人建御雷の所有したアイテムもそうだ。アイテムのなかには神器級のアイテムもいくつかある。もし蜥蜴人達がそれらを装備した場合、ステータスは大幅に強化されるだろうが……

 

「蜥蜴人共のレベルはせいぜい20未満………“天凍の俱”のトーチのタレントで底上げしてやっとプレアデス級。神器級を装備したところで大して差が縮まるとは思えんが」

 

100レベルの守護者達を相手にするには心許ない。はたして“皇宝の剣”はなんの意図を持ってこのような小細工をしかけたのだろうか。

 

「………いずれにしろ、まずは『テストプレイ』が必要だな」

 

アインズがため息をつきながらパチンと指を鳴らすと、≪遠隔視の鏡≫が二枚目の前に現れる。一方に映るのは蜥蜴人達と相対するコキュートス、もう一方には円卓の間で話し合う守護者達が映っている。

 

(ルールを守って楽しくゲーム、それが出来なきゃ遊ぶ資格はない。そうだろ? 建やん)

 



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絡まる真実

お知らせ
なんか最近支部のほうが正常に開きにくくなってきたので、しばらくはこちらでのみ上げていくことになると思います。


「………つまり何か? 俺達はアンタの戦争練習のためにこんな目に遭ったってことか?」

 

コキュートスからもたらされた敵軍のおおまかな情報、それらを全て耳にしたゼンベルの隠しきれない怒りに、コキュートスは罪悪感からか思わず口をつぐむ。

 

「ふざけやがって!!」

 

次いでガンッと木の壁を殴るシャースーリューに彼らの視線が集まる。基本冷静沈着な彼だが今回ばかりは怒りを抑えずにはいられなかったようだ。

これがせめて『領地の拡大』か『奴隷集め』などのよくある理由であれば、まだザリュース達も納得はしたかもしれない。しかし蓋を開けてみれば『配下の練習』というあまりにも身勝手な理由。ナザリックの異常さを自覚したコキュートスも、その胸中は蜥蜴人達に対する申し訳なさで満ちていた。

 

一方のニーガはそちらとは違う情報に食いついていた。

 

(アインズとモモンガは同一人物だったのか……)

 

正確に言えば、もともとかのアンデッドの真名は『モモンガ』のほうで、『アインズ・ウール・ゴウン』という名は、かつて彼と彼の仲間達が興した組織の名前から取ったのだという。

 

そしてコキュートスの口から語られた、彼らのルーツと思われる言葉。

彼らが本来住んでいた、歩いては行けない隣『ユグドラシル』。

彼らの本拠地である『ナザリック地下大墳墓』。

コキュートスを初めとする、本拠地の番人『階層守護者』。

それら全てを作ったとされる『至高の四十一人』呼ばれる異界の客人『プレイヤー』。

そして………彼らが『リアル』と呼ぶさらなる異世界。

 

(………似ている)

 

それはかつて自分達を取り巻いていた環境と酷似する部分が多い。特にコキュートス達シモベの特性が引っ掛かる。人工的に作られ、生まれながらに創造主へ絶対の忠誠を誓う。そんなのはまるで……

 

(“燐子”そのものではないか……)

 

決定的なのは、コキュートスの産みの親だという“皇宝の剣”ザトガが去り際に呟いた言葉。

 

『因果の交差路でまた会おう』

 

ここから推測するに彼らの主人だという『至高の四十一人』とやらは、恐らく“紅世の徒”と思われる。そして現在モモンガ以外の彼らはナザリックを去り、行方がわからないという。全てを鵜呑みにするのは早計だろうが、ソカルを通して聞いたモモンガの言動の疑念とコキュートスの情報と照らし合わせれば辻褄は合う。

しかしその『ユグドラシル』のせいで彼の仲間になんらかの異変が起こり、ザトガは後悔の念からナザリックを去り、配下に己の最後の希望を託した。一体彼らの身に何が起こったのだろうか。

 

(それに………)

 

自らの手にある一振りの刀に視線を落とす。コキュートスとともに転移してきたこちらのアイテム達は、見ただけでもかなり高位のアイテムと理解できる。なんの意図を持ってザトガはコキュートスとともにこれらを転移してきたのだろうか。

知らない情報、理解できない情報がごちゃ混ぜになってどうにもまとまらない。

 

(こんな時、宰相殿がいてくれれば………)

 

頭脳面で最も頼りになる戦友の顔が脳裏を過るもハッとして首を振る。いけない、かつて中軍主将の役目を任されていた自分がここで弱気になってどうする。

ひとまずナザリックのルーツは後回しにし、ニーガは再びコキュートスに問う。

 

「では次に、お前達ナザリックとやらが対立……もしくは警戒している存在はいるか?」

 

呉越同舟、敵の敵は味方。仮に彼らに匹敵しうる存在がいるならば、弱点を探る足掛かりとして是非とも把握しておきたい。場合によっては手を組めればいいが、そこまで都合よくはいかないだろう。

 

「ソウダナ、ツイ最近デアレバ二人イル」

 

まず一人は“懐刃”サブラクという剣士。

卓越した剣技と傷を広げる呪いのようなスキルを扱い、人間に化けた異形種の正体を看破できたという。とはいえ相対したのがプレアデスであったため、まだ底がどれほどのものかはコキュートスにもわからない。

 

「ではそのプレアデスとやらは、どのくらいの強さなのだ?」

 

「平均レベルハ50相当……イヤ、オ前達ニハレベルトイウ概念ハナイノダッタカ」

 

「?」

 

聞きなれない単語に首を傾げる蜥蜴人達を察してか、コキュートスは彼らの言葉で分かりやすく伝えるべくしばし考えてから答えた。

 

「所謂『逸脱者』トヤラガ扱エル魔法ガ第六位階マデトシテ、プレアデスノ魔法詠唱者ハ第七位階以上ノ魔法ヲ扱エルト言エバワカルカ?」

 

「第七位階!?」

 

その言葉に驚愕したのはクルシュだ。祭司の部族である“朱の瞳”の彼女からすれば、第三位階を扱えるだけでも神童と称えられるほどだというのに、それを三段も飛び越えた位階など聞いたことがない。ましてや兄ですら第五位階までしか扱えないのにだ。

 

対するニーガはその言葉で、プレアデスとやらのだいたいの強さのイメージが固まった。

 

(師匠の限界は第五位階……つまりプレアデスの強さは師匠を越える。そして“壊刃”サブラクはそのプレアデスよりも強い、か……)

 

名前から察するにその者も“紅世の徒”、それも“王”である可能性が高い。とはいえ一口に“王”といってもその強さには個体差があり、“紅世”の神やアシズなどの規格外の存在もいれば、相性次第で容易に倒せる並みの存在もいる。一概にサブラクがコキュートス達と互角の強さを持つとは限らないだろう。となると気になるのは……

 

「もう一人の強さはどのくらいだ?」

 

「コチラハ明確ニ、私達階層守護者ト互角カソレ以上ダト断言デキル強サダ」

 

最弱とはいえ階層守護者の一人がなす術がなく惨敗したという話に、ザリュース達の目に僅かながら希望が芽生える。問題は共闘できるかどうかだ。

 

「確カ名前ハ……」

 

コキュートスが記憶からその強者の名前を引っ張り出そうとした瞬間、

 

 

 

 

 

 

 

 

(ニヌルタ! 敵襲だぞ!!)

 

 

 

 

 

 

 

ソカルの甲高い叫びが、ニーガの脳内に響いた。




こういうニアミスな会話って好き。


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抗戦1

「!!」

 

「ニーガ!?」

 

ソカルの報せを聞き反射的にダッと檻の外に駆け出すニーガに、ザリュース達も慌てて続いていく。外に出た一同の目にまず飛び込んだのは、沼の向こう側の岸辺から現れるおびただしい数の異形の姿だった。

 

「なんだあれは……!?」

 

いずれも強大なモンスターばかりであり、ザリュース達は目を見開き硬直する。しかしこういった状況には慣れているニーガだけは、至って冷静にソカルと連絡を取り合っている。

 

 

(ソカル、敵の数はどれほどだ!?)

 

(ざっと200体は下らないかと………碑堅陣で確認できる限り、集落を完全に包囲しておりまする!)

 

(ウルリクムミとの連絡は!?)

 

(まだ取れません!)

 

内容を理解してつい苛立たしげに舌打ちしてしまう。先日の戦いでもソカルの介入を控えたとはいえ、かなりギリギリだったというのにこれだけの戦力。今度こそ我々を全滅させるつもりなのか、反逆者を捕らえにきたのかは定かではないが、敵も本腰を入れてきたのは理解できる。

 

「アーマゲドン・イビル………!」

 

そんな外の様子が檻の隙間から僅かに見えたのか、コキュートスが緊張を滲ませる声で呟く。

 

「あーま、なに?」

 

振り返るスーキュからの問いに、≪最終戦争・悪≫とは様々な種類の悪魔を大量召喚する第10位階の召喚魔法であると答える。

 

「第10………位階……!?」

 

先ほど聞いた第七位階でさえとんでもない強さだというのに、第10位階という言葉にクルシュが青褪める。どう考えても現存する蜥蜴人達の戦力では話にならない規模だ。

 

(………やむを得んか)

 

もはや出し惜しみなどしてはいられないと、今一度ソカルに確認をとる。

 

(ソカル、()()の準備はどうだ?)

 

(もう充分かと)

 

(ならば防衛のほうに手を回せ、少しでも時間を稼ぐぞ!)

 

(御意!)

 

ニーガが地面に手をついたのを合図に、ソカルの碑堅陣が砦と集落の周りを生い茂り、悪魔達の行く手を阻む。

 

『グオオオオオオオオ!!』

 

悪魔達は眼前の石林をなぎ倒そうと攻撃するも、傷一つ与えることもできない。しかし安心したのもつかの間だった。

 

 

 

『ギャオオオオオオオオ!!』

 

 

 

いつの間に潜んでいたのか沼地から一体の悪魔が水飛沫を上げて飛び出し、たまたま近くにいたザリュースに向けて飛びかかる

 

 

 

「ザリュース!!」

 

「!!」

 

シャースーリューが走り出すも、間に合わない。迫り来る鋭利な爪にザリュースは反射的に手に持った刀を眼前につきだして防ぐ構えをとる。

 

 

 

 

そして悪魔の爪が刀身に当たった瞬間だった。

 

『!?』

 

突如刀身が光輝いたかと思えば、触れた爪を始点にして悪魔の身体が光に包み込まれる。

 

『ぎゃあああああああ!?』

 

断末魔の叫びを上げる悪魔の身体は崩れていき、そのまま刀に吸収されていった。

目の前で起こった光景に悪魔達や蜥蜴人達どころか、刀を構えていたザリュース本人も混乱する。

 

「………何が、起こった?」

 

ニーガがよくよく観察すれば、刀の表面に朱色の自在式が浮かび上がるのが見える。そしてニーガとソカルはこの現象に見覚えがあった。

これは“紅世の徒”が人間を喰らう際の『存在の力』の変換に似ている。ただ見たところ()()()()()()()()()()()()()()()

まさかと他のアイテムにもチラリと視線を向ければ、ザトガのアイテム全てに同じ自在式が刻まれていることに気づく。

 

これならば、あるいは。

すかさずアイテムの山からいくつかのアイテムを引っ張り出し、シャースーリュー達にそれぞれの愛用武器に近いアイテムを投げ渡す。

 

「戦える者はみな、これらの武具で応戦しろ!」

 

怒鳴るように命じれば、仲間達ははっと我に帰り急いでアイテムを手に取り悪魔達に向き直る。

 

うおおおおおおおお!!

 

勝てる可能性が出てきたことに仲間の中で僅かながら希望が芽生え、自らを鼓舞するように蜥蜴人達は戦いに挑むのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

一方の壱式風林達も、遠隔視の鏡を通してその光景を目撃し驚愕する。

 

「………おいアインズ、あれって!」

 

「間違いないな」

 

唯一アインズだけは平静を保っており、その現象がなんなのかを言い当てる。

 

 

「ラグナロク・システムだ」

 

 

なるほど、だから“皇宝の剣”はあのアイテムを転移させたのかと感心する。

 

「クソが! あの野郎、とんでもない置き土産を残しやがって!!」

 

エイトエッジアサシン達は両手の鎌で床を切り裂き荒れ狂う。

 

 

ラグナロク・システム。

おそらくユグドラシル由来の存在にとって最大の天敵。あれがある以上、ユグドラシルのNPCでも負ける可能性が高い。いや、負けて死ぬだけまだマシだろう。

最悪の場合、()()()()()()()()()()()()()()()のだから。

 

(まあ100レベルのNPC達ならば、そう易々とはやられないだろうが………)

 

見たところあの自在式はかなり旧型のものだ。すでに最新バージョンにアップデートしてある現在のユグドラシルにとって脅威になるほどではないだろう。

チラリともう一枚の≪遠隔視の鏡≫に視線を移せば、別の場所から戦況を観察する守護者達の姿が見える。彼らも蜥蜴人達が持つアイテムの効果に動揺しているのが見てとれた。

 

「ふふ………やはりお前達との戦いは飽きないよ。建やん、クトゥーガさん」

 

怒る『己達』を他所にアインズの眼窪からは青紫色の火花が散る。それはさながら嬉しい誤算に喜悦する彼の心が漏れ出ているかのようだった。



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抗戦2

ようやく蜥蜴人編も中盤を越えたかな……?


蜥蜴人達による攻防戦が繰り広げられているのと同じ頃、ハスターはウルリクムミ捕縛の合間を縫って行っていたポロナズの修復が終わったところだった。

 

「身体の具合はどうですか?」

 

「斥候として………活動する分には問題ないかと」

 

ポロナズが首をコキコキと鳴らし、両手をグッと握りしめて正常に動くのを確認する。

 

「わかりました。では引き続き周辺の警戒を続けなさい」

 

「はい……」

 

ポロナズがハスターに背を向けて五感を研ぎ澄ませれば、巨大な卵からまた轟音が鳴り響く。またしても脱出を企てようとするウルリクムミに、ハスターは大きくため息をついてすぐさま卵を修復した。なぜ“巌凱”は懲りずに愚直に破壊しようとしているのだろうかともはや呆れてくる。

確かに蜥蜴人達とナザリックの戦略差を考えれば急がなければならないだろうが、ここで無駄な体力の消費は非効率的である。抜け目のない彼にしては随分短絡的な判断で………

 

 

(………抜け目のない?)

 

 

ここでふとハスターは自分の言葉に違和感を覚える。最終的に閉じ込めたとはいえ、先の戦いにおけるウルリクムミの戦略は恐ろしいほど優秀だった。

 

そんな彼が、()()()()()()()()()()()()()()()

自分はなにか重大な点を見落としてはいないだろうか。背筋を走る嫌な予感に纏う“燐子”の表情を険しくさせていると、ここで大森林に潜むカエルから遠話が繋がる。

 

「はいこちらハス『おいハスター! “巌凱”の野郎はなにしてる!?』っ!?」

 

途端に耳鳴りがしそうなほどの大声が空っぽな“燐子”の内部に響き渡る。

 

「なにって……まだ拘束中ですけど?」

 

いつになく慌てた様子のカエルに戸惑いながらもハスターは答えた。

 

 

 

 

 

『“天凍の俱”が『とむらいの鐘』が持ってた物資を使ってやがるぞ!?』

 

 

 

 

 

しかし次いで述べられた報告が、彼の思考を数秒ほど停止させたのだった。

 

「……は?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

時は少しだけ遡る。

無数の異形と石の林がひしめき合う沼地では激しい戦いが繰り広げられていた。数的に見れば圧倒的に不利なはずの蜥蜴人陣営だが、もともとソカルの本領はこういった味方の支援や防衛戦でこそ真価を発揮する。ソカルの『碑堅陣』による石の枝が悪魔達の行く手を阻み、時に悪魔を突き殺し、時に蜥蜴人達を守ることでどうにか拮抗できている状態だ。

 

「コキュートスの情報によれば、この魔法で呼ばれた悪魔共は召喚者の指示に従わずただ暴れるだけだそうだ」

 

「なるほど、どうりで連携のれの字もないわけだ」

 

加えて指揮能力の差も大きい。ただ本能のままに殺戮するだけの悪魔達に対し、蜥蜴人達はニーガの指揮のもと卓越した連携で敵を仕留めていく。

 

ニヌルタとソカルは普段馬の合わない二人だが、実は戦場では嘘のようなチームワークをみせる。歴戦の戦士としての場数と戦略眼を駆使し、互いがいかに動けば最適の一手を決めれるかを機微で判断できるのだ。その意志疎通は敵対していたフレイムヘイズからすれば、両翼に次ぐアシズの双璧と恐れられていたものだったという。

 

ザリュースは太刀、ゼンベルは手甲、シャースーリューは大剣、キュクーは槍、スーキュは弓、クルシュは杖でそれぞれ応戦している。ニーガのタレントとアイテムの効果でどうにか屠れてはいるが、敵は一向に減る様子がない。

 

「キリがないな……!」

 

「大方物量でこちらの疲弊を促しているのだろう」

 

枝に拘束される悪魔の心臓を一突きするザリュースに、シャースーリューは大剣でなぎ払いながら答える。戦力とアイテムは充実していても、生物である以上は疲労の蓄積は避けられない。祭司達が回復してはいるものの、それもいつまで持つかはわからない。ニーガもそれを理解していたようで、仲間達がどれほど息を切らしているかを確認してから腰の雑嚢を探る。

 

(使うならばここか……!)

 

取り出したのは黝色の氷の塊で、ニーガが自在法を込めれば氷は黝色の矢に変化する。

 

「スーキュ、これを頭上に飛ばせ!」

 

「はい!」

 

近くで矢を放つスーキュに手渡せば、彼は弓に黝色の矢をつがえ弦をギリギリと引き絞り天に向けて放った。彼の主な武器はスリングショットなのだが、構造が似ていたおかげか難なく弓を使いこなしている。

 

「させるかあ!」

 

それを見た魔将の一人が高く飛び、天へと至る寸前に矢をパキリとへし折った。

 

 

 

「バカめ」

 

 

 

しかしそれは見たニーガは不適に笑い小さく呟く。

折れた矢から大量の黝色の煙が溢れ、戦場の空に広がりだしたのだ。分厚い雨雲となった煙から黝色の雨粒がポツリポツリと滴り、やがて勢いを増していくそれは瞬く間にどしゃ降りとなって戦場一帯に降り注ぐ。

 

 

 

あ……ぎっ、ギゃアああアあアア!?

 

 

 

突然の豪雨に呆気に取られていると、ここで突如蜥蜴人以外の異形達が絶叫し悶え苦しみだす。身体をかきむしり、のたうち回る様はまるで毒に蝕まれているようだった。

 

「なにをした!?」

 

驚くゼンベルがニーガに振り替える。

 

 

「私に魔法を伝授してくれた、師匠の魔法を真似たものだ」

 

 

ニーガの恩師が独自に編み出した殺虫魔法、≪蟲殺し≫。

蟲の異形にのみ害を与え、それ以外の種族には影響を与えない魔法。魔力の消費こそ激しいが、味方を巻き込まない特異性を持つその効果を思い出したニーガにはふとある考えが浮かんだ。

一種族にのみ害を与えられるならば、逆に()()()()()()()()()()()()()()()()()も可能ではないだろうか? と。

思った通り悪魔達を苦しめる雨を受けても、蜥蜴人達は一切苦しむ様子はない。

 

「なんだ、この雨は……?」

 

「力が漲ってくるようだ……!」

 

さらにニーガはこの魔法にある効果も付属させていた。

ウルリクムミが託してくれたポーションと薬草をありったけ使い特殊な効能のポーションを開発し、それを素体に液体の“燐子”を生み出したのだ。これによってこの雨は蜥蜴人以外の種族を毒で苦しめ、逆に蜥蜴人達は疲労と怪我が回復して力が強化されていく。これで祭司達の負担はだいぶ軽くなったはず。

さすがに上位種の異形はそこまで苦しんではいないだろうが、雑魚の始末は楽になるだろう。

 

「臆するな! この勢いに乗じて敵を殲滅しろぉ!!」

 

「うおおおおおおおお!!」

 

シャースーリューの鼓舞を受けて、仲間達の士気は最高潮に達するのだった。




その頃の捕虜


コキュ「離セ枯レ木! ニーガ・ルールー殿ノ勇姿ヲ是非コノ目ニ焼キ付ケタイ!!」

ソカル「貴様自分の立場わかっとるのか!?」


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抗戦3

「巌凱の物資が!?」

 

報告内容を理解したハスターは信じられないと叫ぶ。そんなバカな、いつそんなものを受け取った!? 少なくともウルリクムミがこの卵の内部に閉じ込められたままなのは間違いないし、そもそもどうやって運んだというのか。

しかしここでハスターは閉じ込める直前にウルリクムミが『ネサの鉄槌』を放とうとした時を思い出す。あの時点でウルリクムミが『封界』の範囲から外れていたのならば、必然的にアルラウネも『封界』から出ていたことになる。もしその僅かな時間で、手持ちの物資を全てニヌルタ達へ転移させていたとしたら?

 

(まさかあの時の攻撃は、“架綻の片”の転移を誤魔化すための陽動だった………!?)

 

ソカルにはアルラウネが作成した自在式が託されていたはずなので、それを目印にしてミステスと同じ要領で物資をソカルに転移させたと考えれば筋は通る。

 

してやられた。

己の不覚に苛立たしげに“燐子”の長い頭髪をかきむしるハスターだが、事態はそれだけでは終わらない。

 

 

「ハスター様!」

 

 

いつの間にか地面に耳を当てていたポロナズが突然叫びだしたのだ。

 

「何事です!?」

 

普段無口な配下のいつになく慌てた口調にハスターは振り向く。

 

「トブの大森林の方角、何か来ます!」

 

「!?」

 

トブの大森林の方角。このタイミングで何が来るのかと、素早く頭を回転させたハスターの脳裏が過った一つの可能性。“焚塵の関”ソカルの『碑堅陣』が接近している!

 

(ありえない! この場所は“焚塵の関”の活動範囲外のはず……!)

 

“無貌の億粒”に調べさせていたし、念のためにそこからさらに距離をとったはずだ。ハスターが事前に道中に設置していた観測用『ビヤーキー』を起動して自在法で調べてみれば、ソカルの中核の場所が最初に観測した地点から移動していることに驚愕する。

 

(まさか、地中を掘って活動範囲をズラしていた!?)

 

確かにウルリクムミがどの方角から来るかあらかじめわかっていれば進むべき道も限定できるだろうが、全く想定外の力技で攻めてきたソカルにハスターは動揺を隠せない。

 

(無意味に卵を破壊しようとしていたのは、これを気取らせないためか!)

 

ハスターは自在師ではあっても“徒”としては並みだ。いくら“燐子”を大量に作成できるとしても、扱える存在の力の総量にも限度がある。ウルリクムミの捕縛に専念するあまり接近してくる援軍に意識を向けられなかったのだ。

加えて先のウルリクムミとの戦いで『ヒュアデス』達は未だ休眠中、手持ちの戦闘用ミードボンボンは使い果たしており、『封界』を掛け直す余裕はない。ウルリクムミの時でさえ多大な損害を被ったというのに、広範囲の戦闘に特化したソカルが相手では勝ち目がない。

 

「やむを得ません………ここは撤退します!」

 

どのみち潮時だろう。ポロナズを一度ミードボンボンに戻してから翼を羽ばたかせ、ハスターは大空へと飛び立つ。彼が地面から離れたのと同じタイミングで地面から石の大木が生え、枝の先が鞭のようにしなりハスターへと伸びる。

 

「!!」

 

自在法で自らの速度を限界まではね上げ逃げるハスターを、碑堅陣の枝が執拗に追いかけていく。神経を研ぎ澄ませて枝を回避しつつ、ハスターは逃走のための転移の自在式を素早く構築する。

 

「逃がすかぁ!!」

 

その中でも一際太い枝が地面を叩くと爆音と衝撃波が発生して辺りに広がり、それをもろに浴びたハスターは僅かにバランスを崩してしまう。その隙をソカルが見逃すわけもなく、一本の木槍がハスターの胸を貫いた。

 

「がっ……!」

 

普通ならば即死の一撃だっただろうが、“燐子”の能力で致命傷を回避することには成功した。しかしソカルの攻撃がその一度で終わるはずがない。見ればハスターの四方から無数の鋭い剣山が生え揃い、その全てが獲物に狙いを定めている。

 

「死ねええええええ!!」

 

槍の先がハスターの身体の、ほんの数十㎝の距離まで迫った瞬間。

 

 

 

 

 

 

 

 

霞が散るように、黄色のローブだけが消えた。

 

無数の木の槍は鳥人間を串刺しにするも、標的をかすることはなかった。蜂蜜色の火の粉を散らせながら、ひび割れボロボロと崩れていく陶器人形を見て、ソカルは忌々しげに舌打ちする。

 

「逃がしたか……!」

 

あと一歩のところで仕留め損なったことに当たり散らすように枝を振り乱していると、ここで巨大な卵から轟音が響き表面に皹が入って殻の一部が砕け散る。顔を庇うように腕を交差させ、濃紺の鎧が卵から飛び出してきた。タイミング良く伸ばされた枝の先にガシャリと金属音を鳴らし、ウルリクムミが着地する。

 

「出迎え感謝するううう!」

 

「遅いわ!」

 

抱えていた苛立ちをぶつけるように怒声を浴びせるソカルに、兜から出て人型に変化したアルラウネが問う。

 

「戦況は如何ようで?」

 

「物資が無事に届いたおかげで、まだニヌルタらは無事だ」

 

その答えに少しだけホッするも、ウルリクムミは再び気を引き締める。

 

「待っていろおおお! ニヌルタあああ!」

 

解き放たれた鋼の“王”は今、旧き友の危機に馳せ参じるべく駆け出すのだった。




ひっさびさに御大将出せたな。


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這い寄る略奪者

年末が近くなって忙しくなってきました。


湿地帯の激闘を観察するデミウルゴス達はかつてないほど焦る。まさか下等な亜人共がここまで粘るとは思いもしなかったのだ。

蜥蜴人に効果がなく、それ以外の種族に状態異常を与える雨は≪ザ・クリエイション≫で無効化できるだろうが、一番の脅威は彼らが持つアイテムだ。たった一撃当たるだけで悪魔達を倒せるそれらは、本来ならば彼らから見て圧倒的な強さを持つ魔将達にさえ深手を負わせている。もしアレの力が階層守護者にも及ぶとしたら、迂闊に攻めるのは危険過ぎる。せめてあのアイテムの効果が自分達にも効くかどうかがわかれば対処法も考えつくが、仮に守護者の誰かが捨て石になったとして蘇生はできるのだろうか。ただでさえコキュートスが裏切り階層守護者に実質欠落が出てしまったのに、もし蘇生できなければナザリックの戦力は大幅に下がる。

 

このままでは主に失望される。

どうすればいい、どうすれば。

 

頭を抱えて必死に知恵を絞り出すデミウルゴス達。するとここで伝言が繋がった。

 

『ずいぶん手をこまねいているようだな』

 

「あ、アインズ様!?」

 

伝言越しに聞こえた主の声に一同がビシリと背筋を伸ばし緊張する。

 

「申し訳ありません! 必ずやあの亜人どもを塵殺してみせま『まあ聞け』っ!」

 

しかしアインズはデミウルゴスの言葉を制するようにやんわりと言葉を挟んだ。

 

「一つ、手を貸してやろう」

 

ふふっと伝言越しに笑みを溢すアインズが指を鳴らす音が響くと、デミウルゴスの前に一枚のスクロールが現れた。恐る恐る手に取ればその羊皮紙の質がナザリックにあるものとは全く違う素材であると、日頃羊皮紙開発に従事するデミウルゴスには確信できた。

 

「アインズ様、これは?」

 

『私が独自に作った新しいスクロールだ。実験もかねて使ってみるがいい』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ソカルの猛攻から命からがら生還したハスターは、地面に這いつくばりながらぜえぜえと荒く呼吸していた。寸でのところで転移の自在式がギリギリ間に合いはしたものの、あの時はハスター自身も本気でもうダメかと思った。転移した場所はナザリックの付近に事前に設置した避難用の『封界』であり、ナザリック内部の者を含めて外からハスターを感知することは誰にもできない。うつぶせたせいか雑草と泥で黄色いローブが汚れるも、ハスターにはそんなことを気にする余裕などない。

 

「お疲れ様~」

 

だというのにそんな彼に呑気な口調で話しかけてくる者が一人。青紫色の髪の『村娘』がハスターの目の前にしゃがみこんでニッコリと笑っている。力なくローブのフードをもたげる今の彼に顔があったならば、忌々しそうに彼女を睨み付けていたことだろう。

相変わらず何を考えいるのかわからない得体のしれない笑顔は、それを向けるだけで他者の神経を逆撫でしてくる。

 

「………今度は何の雑用ですか?」

 

ハスターは経験上、この“紅世の王”がこんな笑顔を見せるのは、大抵何かしらの無茶振りをする時であると理解している。

 

「ごめんな~、仕事から帰ってきたところ悪いんだけど……」

 

『村娘』が虚空に手を伸ばし、インベントリから何かを探る。

 

「ちょっくら、デミウルゴス達を手伝ってきてあげてよ」

 

黒い孔から取り出したその手にあるのは、黄金の弓。それを見たハスターの息がヒュッと詰まり、しばし硬直するとローブの袖が地面を引っ掻くように抉り、視線を反らすようにフードがそっぽを向く。

 

「………やりますけど、そちらはいりません」

 

「え~? だいぶ疲れているんだから、無理すんなって」

 

見たところハスターはウルリクムミとの戦いとソカルからの逃亡で満身創痍である。今の消耗から考えるに、もう彼らを足止めできるだけの自在法を使う余裕はないはずだ。

 

「いらないって言っているでしょう!!」

 

しかしハスターは声を荒げてなおその弓を拒む。

 

「そんなこと言うなって~。()()()()()()()()()、しっかり稼がないといけないだろ?」

 

「っ………!!」

 

小首を傾げる『村娘』の笑顔から滲み出る、有無を言わさぬ強者の圧力(プレッシャー)。それを見たハスターの身体が小刻みに震える。それが恐怖からなのか、怒りからなのか、空っぽのローブのみで表情のない今の彼からは区別できない。

 

ただ、弓へと伸びる震える袖から、苦渋の決断を自らに下したのは、間違いなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

黝色の生命の雨が降り注ぐ戦場。当初出現した悪魔の数に対し、蜥蜴人側の犠牲は奇跡的ともいえるほど最小限に抑えられていた。周りを見ればすでに悪魔達の姿はチラホラとしか見えない。

 

(ニヌルタ、ウルリクムミの回収が完了したぞ!)

 

さらにダメ押しとばかりにソカルからの吉報が入る。

 

(心得た!)

 

これであとはウルリクムミが到着するまでの辛抱だ。今一度自らの魔力を研ぎ澄ませ、戦いに集中するニーガだったが

 

 

 

 

 

 

 

≪ジャッジメント・ハンマー≫

 

 

 

 

 

 

 

戦場の空が、突如炎に包まれる。

 

「………え?」

 

呆気に取られた蜥蜴人達に向けて燃え盛る怒涛が降り注ぎ、それを見て考えるより先に身体が動いたニーガが、懐から取り出した分厚い紙の束が黝色に輝いた。

 

「うおおおおおおおお!!」

 

爆炎と地上を隔てるように黝色の氷の壁が蜥蜴人達を覆いつくす。開戦の合間に用意していた、ウルリクムミの物資の一つであるスクロールを元に作成した、防御特化型“燐子”により増幅させた自在法。炎の熱量を浴びた氷壁は爆音とともに大量の蒸気を上げていき、拮抗を保つ二つの魔法が互いを消し去ろうと魔力を高めあう。

 

しかし、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「穿て、≪属性重爆撃(フィフス・アティル)≫」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

鮮やかに輝く五色の閃光が、自在法の維持に手一杯だったニーガに向けて一斉に放たれたのだった。



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砕けた氷

一体ハスターさんは何チーノさんなんだろう……?


「っ………」

 

身を焦がす痛みが走ったと思えば、ザリュースは一瞬だけ自分の意識がなくなっていたことに気付いた。

 

(何が………起こった!?)

 

 

身を起こそうとして、全身を苛む火傷の激痛に必死に耐えながら意識が飛ぶ前の光景を必死に思い出す。

確か頭上に巨大な魔法陣が現れたかと思えばそこから炎の塊が落下し、それを同じくらい巨大な氷の壁が阻んだはずだ。だが次の瞬間、目の前を五色の閃光が瞬いたと同時にザリュースの意識はそこで途切れたのを思い出した。

 

「クルシュ、………っ……みんなは!?」

 

だがそれよりもザリュースが気になったのは仲間達の安否だ。被害の規模を確認するべくなんとか首を上げて瞼を上げれば、付近で倒れる仲間達も似たような状態だが全員呼吸しながらゆっくりと立ち上がっている。

驚くことにあれだけの炎を浴びたはずなのに、ザリュース達は鱗に火傷を負っただけでみんな無事である。実はソカルの枝が咄嗟に戦場を包み衝撃を緩和していたのだが、ザリュース達はそんなことを知るよしもない。さすがに熱波までは遮断しきれなかったようだが、このくらいであれば命には別状はないはず。

 

 

 

ただ一人を、除いてだが。

 

 

 

「っ………!?」

 

視界に入ったニーガの姿に、蜥蜴人達は目を見開き硬直する。美しかった黝色の鱗は焼け爛れ、右腕と左足に至っては炭化してボロボロに崩れている。喉からひゅうひゅうとか細い呼吸音を鳴らしている姿は誰がどう見ても瀕死そのもので、まだ彼だとわかるほど形が残っているのが不思議なくらいだった。

 

「いやああああああああ!! 兄様あああああああ!!」

 

火傷の痛みに構わず泣き叫びながらクルシュが駆け寄り、少しでも兄の苦痛を癒すべく残った魔力を全てニーガに注ぎ込む。しかし当のニーガは己の身体の状態よりも、別のことに混乱していた。

 

(この力………まさか……!?)

 

最初に放たれた炎の怒涛。威力こそ弱いが、これは戦友の自在法『ネサの鉄槌』にほかならない。

 

そんなバカなと、ニーガは戦慄する。

“紅世の徒”の自在法はその者の本質をそのまま顕現させたものであり、その“徒”にしか操ることができない。『達意の言』のように誰でも扱えるものならばともかく、全く同じ能力の自在法を再現するなど、一度だけ聴いた適当な鼻歌を、音程もリズムも一切ズラさずに歌いきるのと同義だ。

 

(やつらは、他者の自在法を再現することができるというのか……!?)

 

ソカルの話では、例の『蜂蜜色の自在師』はウルリクムミの自在法を墓地の騒動で一度見ている。それを見よう見まねで再現したと考えれば一応筋は通るが、それだけでここまでの完成度に至れるなど、よほど優れた自在師でもない限りまず不可能だ。

 

わずかに無事な左手が掴む、灰となりボロボロに崩れる、分厚い紙の束だっただろう物体。物資の分をありったけ詰め込んだ“燐子”を使ってなおこの有り様だ。自分はまだしも、もし仲間達に直撃していたらと思うとゾッとする。

 

 

「あれを受けてなお生きていますか………」

 

 

そんな彼らに、頭上から冷淡な声がかけられた。

 

「!」

 

見上げた先にいたのは、面積の小さな黄金の鎧を纏った一体のバードマンだった。火の粉のように舞う光を放つ羽毛と長くたなびく黒髪、四対の翼を羽ばたかせて宙に浮くその者の手には、黄金の弓が握られている。

 

「貴様は……!」

 

ふわりと沼地に降り立つ異形の姿は、そこに存在するだけで圧倒的強者のオーラを放つ。しかし地に伏せる蜥蜴人達を見下ろすその眼差しは、敵将を討ち勝利に喜ぶ者の目ではない。そこにあるのは、不本意な戦い方に嫌悪している者の目だ。

 

間違いない。こいつがソカルの話にあった、例の蜂蜜色の“徒”だ。

一目でそう確信したニーガは残った腕に力を込めて身を起こそうとするも、クルシュが必死にその身を押さえつける。

 

「兄様! お願いだから動かないで!!」

 

ボロボロと涙を流しながら回復魔法をかけ続けているも、重症すぎるせいかニーガの火傷は一向に治らない。クルシュのみならず近くにいた祭祀達も痛む身体に鞭を打って這い寄ろうとすると、バードマンがゆっくりとニーガに近づこうとしていた。

 

「させるか!!」

 

それを見て比較的にダメージの少ない蜥蜴人達がバードマンの前に出る。今やニーガはこの同盟の要、ここで彼を失えば瞬く間に指揮が瓦解するのは想像に難くない。ほんの少しだけでいい。彼の回復の時間を稼ぎこの化け物から遠ざけるための肉盾になれればと、武器を構えるが……

 

 

 

 

 

パキンと、蜥蜴人達が持つアイテムが粉々に砕け散ってしまった。

 

 

 

『!?』

 

 

「さすがにあれだけの強さの魔法までは、無効化しきれなかったようですね」

 

実はニーガに比べてザリュース達のダメージが軽微だったのは、ユグドラシルの法則をある程度無効化できるこのアイテムの加護も大きかったのだ。

今まではこのアイテムとニーガのタレントのおかげで悪魔達を相手に拮抗していたが、ニーガは瀕死の状態でタレントを発動する余裕はなく、アイテムもなくなってしまった今の蜥蜴人達は絶体絶命となってしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ペロロンチーノ様!!」

 

 

 

 

とそこへ大声を上げる者が一人。深紅の鎧を纏い、片手に巨大な槍を持つ美しい少女が、白い翼を羽ばたかせて沼地に現れた。

 

「………」

 

名を呼ばれたであろうバードマンは冷ややかな目で少女を睨むが、少女はそれに気付いていないのか深紅の目から涙を溢れさせながら笑顔を浮かべている。

 

「ペロロンチーノ様! ペロロンチーノ様でありんすね!? ああ、お会いしとうございんした!!」

 

感極まる少女にバードマン………ペロロンチーノは何も答えず、興味なさげにふいと視線を反らすのみだった。

 

「一体今までどちらにいらっしゃられていたのでありんすかえ!? 妾のみならず、ほかのシモベもアインズ様………モモンガ様も身を切るほどの不安を抱いておりんした!!」

 

その姿は生き別れていた家族に再会した子供のそれであったが、感情を顕にして喜ぶ少女とは対照的にペロロンチーノは何の反応も示さない。

 

「………はあ」

 

終いには煩わしそうに小さくため息をつくと、翼を大きく羽ばたかせて目にも止まらぬ速さで天高く飛び立ってしまった。

 

「ああ、お待ちくださいませ!! ペロロンチーノ様ぁ!!」

 

追いすがるように少女も彼のあとを追おうとするが、その腕を黒い腕が掴んだ。

 

「待ちなさいシャルティア!」

 

少女を引き留めたのは黒い甲冑に身を包み、腰から漆黒の翼を生やした女戦士だ。

 

「何するでありんすかアルベド!? 早くペロロンチーノ様をお止めしないと!!」

 

「シャルティア、貴女本当にあの方がペロロンチーノ様だと言うの?」

 

「ああ!? 私が創造主を間違えているって言いてえのかぁ!?」

 

可憐な容姿に似つかわしくないドスの効いた声で怒鳴る少女シャルティアは、自身の行動を阻む女戦士アルベドに怒りの形相を向けて掴みかかる。対するアルベドは微動だにせずにシャルティアの両腕を掴む手を決して離さない。

 

「そうは言っていないわ。ただ、もしかしたら敵の策略の一環かもしれない。ここは一度アインズ様にご確認をとっていただかないと……」

 

そうして口論しだす二人の女をザリュース達は怪訝そうに眺める。

 

「なんだ……?」

 

「仲間割れか?」

 

自分達に見抜きもせず今にも取っ組み合いをしそうな雰囲気の女達。だがこれはチャンスかもしれない。

今の内にニーガを安全なところに避難させなくてはと、ゼンベルにニーガを担がせてそろりとその場から離れようとするが、

 

 

「どこへ行こうと言うのだね?」

 

 

「!?」

 

彼らの目の前に立ち塞がるように、赤い衣服の男が現れた。

 

「御方がご帰還された以上、余計な手間を割いている場合ではないですね」

 

男は眼鏡をクイとあげてから、右手を左に振りかぶる。

 

「≪ヘルファイヤウォール≫」

 

呪文を唱えると男の右手から、先ほどの炎ほどではないが強力な爆炎が放たれた。ただでさえ火傷している一同には身を守るすべはなく、反射的に顔を伏せてしまう。

 

 

 

 

 

 

………だが一向に炎が来ない。

 

 

 

 

 

 

「………?」

 

おそるおそるザリュース達が眼を開けた先。

 

蜥蜴人達の視界に入る氷の壁と、ライトブルーの巨体の背中。

4本の腕に武器を掴んだコキュートスが、ザリュース達を守るように立っていた。

 




全盛期のソカルならば多少焦げる程度ですんだかもしれませんが、今回はトーチ入りで全開じゃないので持ち直すのに少し時間がかかります。
でも本体には当たってない&身体の大半はウルリクムミ御大将のお迎えに行っているので致命傷ではありません。


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涙の雪

明けましておめでとうございます!

新年一発目、今年もよろしくお願いいたします!


白い息吹きとともに身体から冷気を放つコキュートスは、デミウルゴスを睨みながら背後の蜥蜴人達に声をかける。

 

「無事カ?」

 

「お前、なぜ……」

 

仲間を裏切ったという事情は聞いてはいたものの、なぜ自分達を庇ったのか。声色から滲み出る疑問にコキュートスは愚問だと告げる。

 

「マダソノ者トノ約束ガ果タサレテイナイカラナ」

 

全てが終わったあとに全力で戦う。そのためにはニーガに死んでもらっては元も子もないのだ。

 

 

「コキュートスウウウウウウウウウ!」

 

 

その姿を見たデミウルゴスは怒りに顔を歪めコキュートスに飛びかかるも、彼は武器を構えてその鋭い爪を防ぐ。

 

「貴様ぁ! この期に及んで我々の邪魔をするつもりか!?」

 

御方に刃を向けるだけでも万死に値する愚行だというのに、ましてや敵の手助けをするなど忠義に厚い悪魔の逆鱗に触れるには十分すぎた。しかしコキュートスはそんな憤激を真正面から受けてなお啖呵を切る。

 

「コノ偉大ナル戦士ヲ、我ラノ身勝手ナ振ル舞イデ失ワセル訳ニハイカヌ!!」

 

デミウルゴスが咄嗟に距離をとった瞬間に周囲の森から甲高い口笛が鳴り響き、それを合図に森の至るところからモンスターが涌き出てきた。数も種類も先ほどの悪魔達の比ではない。

 

「アウラカ……」

 

いずれもアウラの配下のモンスター達で、彼女がいるならば恐らくマーレもどこかに潜んでいるだろう。階層守護者とはいえコキュートスからすればまさに多勢に無勢、だがそんなものは逃げる理由になどならない。

 

「サセルモノカアアアアアア!!」

 

最低限の装備を手にコキュートスは今、かつて同胞だった魔軍へと独り挑む。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(………寒、い)

 

真っ赤な血とともに身体から流れ出ていく熱が、どこか他人事のように感じられる。

 

現状頼みの綱だったソカルは、自在法を受ける寸でのところで本体から切り離しダメージを軽減したらしい。さすがに致命傷には至らないだろうが、少なくともこちらのソカルの身体もかなり損傷したと見える。

そしてこれによって戦場に配備できる『碑堅陣』が弱くなってしまっている、先ほど逃げたペロロンチーノを追えなかったのが何よりの証拠だ。

 

火傷の痛みに苛まれながらもニーガは頭を回転させる。現在のウルリクムミの場所から計算するに、コキュートスが足止めしたところでもう間に合わないのは確実だ。

 

(いずれにせよ、ここが限界か……)

 

まあトーチの身体でよく粘ったほうだろう、ならばあとは第三のプランに移行するしかない。

 

「………ソカル」

 

爆炎でだいぶ身体が焼かれたものの、声帯はそこまで潰れていないようでボソリとニーガは呟く。

 

「もう、行く」

 

たったそれだけで、古き悪友は全てを察してくれたらしく、根を一本だけ伸ばしてゼンベルを軽く叩いて転ばせる。

 

「うお!?」

 

ゼンベルが転んだことで背負われていたニーガは再び地面を這いつくばる。彼はその状態で残り僅かな魔力を絞りだすと、腰までの長さがある一本の氷柱を生み出し杖代わりにして立ち上がった。

 

「なにを、している」

 

ニーガのその行動を見て、ザリュースが青ざめる。

 

「なにをしている!? ニーガ・ルールー!! そんな状態でどう戦うつもりだ!?」

 

今の彼は片手片足がボロボロに崩れかけ、魔力も残り少なく誰がどう見ても戦える状態ではない。こんな身体で挑んでももはやただの犬死にである。

 

「もうやめて兄様! 早くここから」

 

逃げようと叫ぶ妹の言葉を遮るように、残った腕でクルシュを抱き締めるニーガについ呆気に取られてしまう。

 

「兄様……!?」

 

火傷を受けてまだ間もないはずなのに、鱗に触れる彼の体温はあり得ないほど冷たい。まるで氷のような、凍えそうな冷たさだ。

 

「………この姿になって、ようやく理解できたのだと思う」

 

「え?」

 

ニーガがどこか自嘲気味に笑う。

 

「一方的に奪われ、虐げられる者の思いが」

 

 

 

 

 

 

ずっと疑問に感じていた、なぜ確かに死んだはずの自分がこのような姿になったのか。しかし今わかった。

 

きっとこれは、罰だったのだ。

 

ようやく理解できた。かつて自分を殺そうとしてきた

フレイムヘイズ達が、自身にどれほどの憎しみを抱いていたのか。

悲哀、絶望、激怒、憎悪、殺意、執念。

なるほど、確かにこれは許せない。

 

「ほんの僅かだが、彼らに謝罪する気になれたよ」

 

ニーガの呟きから感じ取れるのは、後悔と罪悪感。

 

「なにを………言って……!?」

 

ふとクルシュは自身に触れるニーガの腕が濡れていることに気づき、一瞬沼の水にまみれているのかと思った。

 

いや違う、これは沼の水じゃない。

 

ポタリポタリと、指先から滴り落ちる冷たい雫。それは汗でも血でもない。雪の塊から溢れる、熱で溶けた氷水だ。

 

「に、ニーガ!? お前………腕が!!」

 

その姿を見て仲間達の息が詰まる。

ニーガの腕が………いや、身体が溶けだしている。

 

「ニーガ! 早く治療を!!」

 

敵の呪いかとクルシュとシャース ーリューが解呪の魔法をかけようとするが、彼は拒むようにクルシュの肩を押し、一歩だけ後ずさった。

 

「いい……もう、無意味だ」

 

滲み出る諦めの色。それは自らの生死を悟った感情そのものだ。

 

「ふざけるなあ!!」

 

その姿に怒声を飛ばしたのはシャースーリューだった。

 

「お前、この戦が終われば俺を兄者と呼ぶと誓っただろうが!! それを無碍にする気か!?」

 

ニーガは何も答えず、ただ静かに微笑む。

 

「おい待て! よせニーガ!!」

 

その笑みに言い様のない恐怖を感じ、ザリュースは彼の両肩を掴み必死に言葉を出す。

 

「お前がいなくなったら“朱の瞳”族はどうなる!? お前の妹は、クルシュはどうなる!?」

 

なんでもいい、とにかく彼を引き止めなければ。混乱しそうな頭で彼の未練となりそうなことをなんとか引っ張り出すも、

 

 

「……心配は、いらない」

 

穏やかな声で小さく呟き、

 

「代わりは、見つけた」

 

残った腕で首から下がる族長の証を外しザリュースの手に握らせた。

 

「“朱の瞳”族長、ニーガ・ルールーの名のもとに宣言する。今この時より“朱の瞳”の新たなる長を、ザリュース・シャシャに託す」

 

異論は一切認めぬ。

その意味を理解し背筋が凍りついたザリュースは慌てて証を手放そうとするが、拳が凍りついて開かなくなってしまった。

 

「案ずるな。どうせ、なにもかも忘れる」

 

すると残った腕がまず落ちた。

見ればその断面は内部から黝色の炎が溢れており、蜥蜴人の形をした空っぽの氷像の中に炎を詰めたかのような異質な存在は、まるでニーガ・ルールーという殻がひび割れ、そこから別の何かが生まれようとしているようだ。

 

あれだけ瀕死の身でなぜこんなに力が溢れる?

彼は何か取り返しのつかないものを削っているのではないのだろうか?

 

「よせ! ニーガ・ルールー!!」

 

「お前はもう、戦えないんだぞ!?」

 

脳裏を過る嫌な予感に仲間達が彼を羽交い締めにしようと駆け出すが、それを邪魔するように樹木がニーガとクルシュ達を分断する。力ずくでへし折ろうとするも固い樹木は一向に曲がらない。

隙間から泣き顔を覗かせる妹と、叫ぶ仲間達に向けて、

 

 

 

 

兄はかつてないほど、美しい笑顔を浮かべた。

 

 

 

 

 

 

 

「さらばだ、仮初めの新たなる同胞達よ。さらばだ、仮初めの我が愛しき家族達よ。願わくば全てが終わったのちに、因果の交差路でまた会おう」

 

 

 

 

 

 

 

 

ひび割れた身体が弾け散り、溢れ出た黝色の吹雪が、戦場を包みこんだ。




※顕現する瞬間にアルラウネが転送してくれた封絶の自在式を使いました。なのでこれ移行の被害はなく、ニヌルタの戦いは紅世勢と時間停止対策アイテム持ちのNPC以外は認識できません。


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天氷剣舞

捏造まみれのニヌルタ様です。

コミカライズ版の描写を見ながらなんとか頭を捻りました;


遠隔視の鏡を見てアインズは目を細めた。

 

(ここで顕現するか……)

 

鏡の視界を占めるのは、黝色のブリザードが吹き荒れる陽炎の結界。ニーガ・ルールーを中心に広がったそれはまごうことなき封絶である。アインズの見立てではニーガの器の大きさから逆算するに、これだけの規模の封絶を張ることはできない。つまり彼は狭いトーチを捨てて自身の本性を顕現させたことになる。しかし遅かれ早かれ切り札を出すだろうとら思っていたが、正直ここまで粘るのは意外だった。

それほど今の人生を捨てるのを躊躇していたということかと、伝承でのみ聞いていた冷徹将軍の意外な一面に内心で驚く。

 

だがそれも一瞬の間だけで、アインズは眼窪から覗く炎を揺らして楽しそうに呟いた。

 

「では見せて貰おうか、かつての大戦で猛威を奮った『剣の舞踏』を」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

戦場を突如吹き荒れる嵐に、戦っていたコキュートス達の動きが止まってしまう。

 

「なんだ!?」

 

状況を調べようと、翼持つ者達は一斉に飛び上がって一帯を見渡して目を見開く。

 

全てが黝色に染まる世界。

氷点下の嵐はコキュートスが守護していた第五階層にも引けをとらないほどに寒く、大自然どころか時間さえも凍りついていた。蜥蜴人達と一部の配下の動きが停止しているということは、この魔法は時間停止の類いだろうか。

 

「………」

 

それでも油断なく周囲に意識を集中させていたコキュートスはある事実に気づいた。先ほどまで確かにいたはずの彼の存在が欠落しており、一方でその存在を対価にするように別の何かが現れようとしている。

 

やがて黝色の雪を含んだ業風はある一点に集約し、巨大な一つの存在を形成していく。円形に圧縮されるつむじ風となったそれは球体の硝子壺だ。

くすんだ色合いの硝子内部を黝色の火の粉が雪のように舞う様は、さながら巨大なスノードームを彷彿とさせる一方で、壺の下半分には白い霜が張られた無数の武器が突き刺さる姿は、美しさと武骨さが不自然なほど両立している。

 

「え………?」

 

その異様を知覚したアルベドには見覚えがあった。そこに確かに存在しているはずなのに、明らかな場違い感の強い何か。これはこの世界の存在ではないが、かといって自分達のようなユグドラシルより移りきたプレイヤーともシモベとも違う。

 

「お前は………なんなの?」

 

涌き出る動揺を隠すように問いかければ、硝子壺を反響させて厳しく締まった声が答える。

 

「正直なところ、貴様らに名乗るのは甚だ不愉快極まりないことではある。だが、答えぬのも私の主義に反する」

 

ゆえにしかと覚えておけと、冷たく鋭い殺意と憤怒を溢れさせてそれは高らかに叫ぶ。

 

 

「我が名は“天凍の倶”ニヌルタ。礼儀も疑念も持たずこの地を踏み荒らす愚者どもめ、せいぜい己が蛮行を悔いながら逝け!!」

 

 

叫びを合図とするかのように内部の雪が凝固し合うと、それらは大粒の雹となり渦を巻きながら硝子壺から溢れ出る。次いで球体に刺さる無数の武器が離れ、ニヌルタの周囲を隊列を組んで浮遊し始めた。

見ようによっては黝色の吹雪を纏う鉄の帯が舞う光景は幻想的で……

 

「………綺麗」

 

未知の敵を相手にしているにも関わらず、アウラはポツリと呟いた。それほどまでに、とても美しかったのだ。

しかし美しい草花に鋭利なトゲがあるように、鮮やかな動物には毒と獰猛さがあるように、その力もただ美しいだけではない。剣の隊列は一斉に散開し、守護者達を初めとする敵に切っ先を向けて飛ぶ。機械的とまでいえるほど精密な武具の連携を前に守護者達は身を捻るか跳躍して回避するも、配下達の何体かは氷剣に貫かれてしまう。あるものは脳天を貫かれ、あるものは背後にいた味方を巻き込んで串刺され、またあるものはハリネズミのような様相となった。そして獲物を捕えた剣は血飛沫を糧にするように氷の枝を伸ばしていき、亡骸は黝色の氷の標本に包まれていく。

透明度が高く閉じ込められた中身がハッキリと見え、見る者によっては愚かな罪人を見せしめのように晒す処刑器具にも、醜い命を美しく生まれ変わらせる芸術品にも見えた。

 

「なんなのよ……これ!」

 

自分の可愛いペット達の何体かが倒されてしまった現実に、悪態をつきつつもアウラ達は回避に徹する。しかし剣に触れなければ大丈夫かと言われればそうでもないようで、降り注ぐ霜は身体の体温を奪い、呼吸するだけで体内温度が急激に下がっていく。

 

アルベド達もニーガ・ルールーの戦い方を事前に知っていたために冷気耐性アイテムをすでに装備しているが、既存の冷気耐性アイテムを装備してこれなのだ。冷気耐性など持っていないほかのシモベごときが耐えられるはずがなく、肺から芽吹いた氷結の血染華が胸を突き破って恐ろしくも艶やかに咲き誇る。

 

「このぉっ!!」

 

苛立たしげにアウラがレインアローを放ちニヌルタの頭上に降り注ぐも、ここで彼の周囲で滞空する剣が一斉に重なり合い、巨大な剣のスケイルメイルを形成してそれを弾く。

 

(なんてことだ………まるで隙がない!)

 

正に攻防一体。広範囲に及ぶ氷剣の舞踏を前に何とか打開策を絞りだそうとするデミウルゴスだったが、思考の僅かな隙を見つけたニヌルタが死角から剣を放つ。

脳天を一突き。さらにダメ押しとばかりに四方から胴体を切り刻み、最後にデミウルゴスの首が落とされた。

 

「まず一人………」

 

コキュートスから得られた情報から、ニヌルタはデミウルゴスが最も賢い敵であることを把握している。中途半端に強い敵よりも知略に長けた敵のほうが恐ろしいことを、彼はかつての経験からよく知っていた。

 

「アース・サージ! トワイライト・プラント!!」

 

もはや仲間の死に動揺する暇などない。ひとまず敵の目眩ましをしようとマーレが砂嵐で周囲を隠し、続けて魔法の木々で攻撃しようとする。

しかしこれがまずかった。繁る木々の何本かがどういうわけが術者であるマーレを襲い出したのだ。

 

「え!?」

 

全く想定になかった事態に回避が間に合わず、手足を拘束されたマーレの両手が剣で切り落とされる。必然的に杖と指輪を失う形になった彼の頭の先から股下までが縦に裂かれ、亡骸は氷の棺に包まれた。

 

「マーレ!?」

 

「ウォールズオブジェリコ!!」

 

さすがに弟の死に反応せざるを得なくなったアウラをスキルを発動してアルベドが守る。

さすがに彼女の防御力では剣を貫通させられないらしく、ニヌルタの剣が金属音を鳴らして弾かれた。不完全とはいえソカルの碑堅陣を凌いだだけのことはあると、顔があれば苛立たしげに舌打ちをしていたことだろう。

 

 

「………ぐっ!?」

 

 

しかしここでニヌルタの身体に突如、痺れと苦痛が重くのし掛かる。

 

『いまのうちに!』

 

甲高く叫ぶヴィクティムが自らを殺し、足止めのスキルを発動したのだ。コキュートスからヴィクティムの能力を聞いていたニヌルタは、広範囲に自在法を展開しつつもヴィクティムを守りながら戦っていた。しかしそれでも最後まで死なせずにいるのは難しかったようで、血混じりの雨がニヌルタに降り注ぎ剣の隊列を乱していく。

 

(随分と鈍っておられるようですな)

 

(黙れ!)

 

冗談混じりに嫌みを言うソカルを一蹴して一度操作する武具の量を調整するも、今度は地響きが轟いた。

 

「全てを砕きなさい、ガルガンチュア!!」

 




解説(捏造)

自在法『天氷剣舞』
ニヌルタの本質である『凍てつく天を伴う剣』の顕現。発動するとニヌルタを中心に黝色のブリザードが吹き荒れ、その風に乗って幾万にもおよぶ氷の武器が敵に向けて放たれる。剣から溢れる霜の結晶は敵の体温を奪い、長時間呼吸し続けると体内が凍りつく。ただしこちらはフレイムヘイズの『清めの炎』であれば十分に防ぐことは可能。
広範囲かつ強大な力に比例して高度な技術を必要とする自在法だが、大戦におけるニヌルタはアシズの護衛という立場上、常に彼のサポートを受けた状態で戦っていた。
その姿は『とむらいの鐘』の“徒”からは『大天使の神業を彩る美しき宝剣』と称えられる一方で、敵対するフレイムヘイズ達からは『冷酷な死をもたらす豪雪の魔剣』と恐れられていたという。



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春雷

まさかニヌルタ編がこんなに長くなるとは思いませなんだか…;


天頂を彩る氷剣の舞いに、コキュートスは青い複眼に焼き付けるように見惚れる。

 

(………ナント、見事ダ…)

 

蜥蜴人の時の戦いとは比べものにもならない、圧倒的なる力と技巧。強さと美しさが両立する神業を前に、自分など足元にも及ばないと確信するのは当然のことだった。おそらく、いや確実に、勝負にすらならない隔絶した差をコキュートスは垣間見た。

 

だと言うのに、

 

(………私ハ)

 

これほどの格差を思い知ってなお、彼の心中にあるのはたった一つの欲望のみ。

 

(私ハ……越エタイ!)

 

あの高みに至りたい。アレと対等に刃を交えるほど、己を磨きたい。それがどれほどの茨の道であろうとも、必ず登りついてみせると。届かないとわかっていても手を伸ばすコキュートスの耳に、

 

 

 

 

 

 

 

(その言葉を、ずっと待っておりました)

 

 

 

 

 

 

 

決意に答えるような、嫋やかな女の声が響いた。

 

「!?」

 

突如語りかけられた言葉に慌て周囲を見渡すコキュートス、その眼前に朱色の炎を纏ったなにかが現れた。

 

(やっと、私を見つけてくださいましたね)

 

「お前ハ……」

 

それは柄が桜色の、シンプルなデザインをした一振りの日本刀だった。造形から見て武人建御雷が作成したものと推測できるが、コキュートスは彼が所有するアイテムの中でこのような武器を見たことがない。

 

(私は………かつて主が目指した『勝利』のために作られながらもそれに至る術を失い、名をつけられ損なった未完の一振りです)

 

どこか切なそうに告げる刀のその言葉に、ふとコキュートスの脳裏が閃く。

そういえば聞いたことがある。武人建御雷がたっち・みーを打倒すべく作り出しながらも、そのたっち・みーがユグドラシルから姿を消したことで、未完のまま倉庫に仕舞われた『究極の一振り』があったという話を。つまり眼前のこれがそうなのか。

 

(されど主は、私に一握りの『希望』を託してくださいました)

 

かつての理想に至るために鍛え上げた一品を、存在意義を失ったまま埃を被せるのは忍びない。ならばせめてこれから一人立ちするだろう我が子への、せめてもの餞となれればと、武人建御雷は祈りを込めたのだという。

 

(ゆえにどうか、貴方様が名を決めてくださいませ)

 

それにより、自分はようやく完成するのだと。切実に求める一振りを前にコキュートスは熟考する。

 

そして一度間を置いてから口を開いた。

 

「『春雷』………オ前ノ名ハ『春雷零式』ダ」

 

春雷。冬の眠りから虫達を目覚めさせ、凍てつく世界に春を告げる雷。これからを生きる自身の愛刀として、これ以上に相応しい名は思い付かない。

 

「共ニ行コウ。我ガ剣ヨ」

 

覚悟を決め、春雷の柄を握った。

 

(御意に、我が主よ)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ダイヤモンドダストを散らす剣の冷風が、ガルガンチュアの巌の表面に突き刺さる。しかし固い肌はカキンカキンと甲高い音を鳴らして切っ先を弾いていく。

先ほどと比べて剣の統率がやや鈍くなっているのが目に見える。長年のブランクによるものもあるだろうが、先ほどの水子の異形が放った魔法が思いの外効いていたらしい。

吹雪を通して辺りを見渡すとアルベド達の姿はなく、おそらく巨人の出現と同時にすでに退却したのだろう。ならば一刻も早くこの巨人を破壊してこの場を収めるべきだろうが、攻守のバランスがほどほどのソカルやウルリクムミと比べると、ニヌルタはどうしても一撃一撃が与えるダメージが少ない。防御力の高い相手ではなかなか削りきれないのだ。対するソカルもまだ本調子には至らないようで巨人の足止めをするのに精一杯、全快であれば眼前の傀儡など即刻砕けるものをと歯噛みしながらニヌルタは攻撃の手を止めない。ガルガンチュアもソカルに手足を縛られたりなどして攻撃に転じれず、互いに決定打にならなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

しかしてその均衡が、ついに破られた。

 

 

 

 

 

朱色の炎を纏った斬撃が、ニヌルタの横を素通りし巨人の胴体を袈裟斬りに裂いたのだ。勢いが余り巨人が後ろに転倒し、地響きを慣らす。

 

「!?」

 

何事かと斬撃が放たれた方角を見れば、そこにいたのは刀を振り下ろした姿で静止するコキュートスがいた。状況的に考えれば今の攻撃は彼のものであろうことは想像できるが、ニヌルタ達が驚愕するのはそこではない。

 

(まさか………!)

 

(これは……!?)

 

コキュートスの足元に輝く朱色の陣。歴戦の“王”である彼らは瞬時に理解する。

 

 

「自在法だと!?」

 

 

そう、彼が扱っているのは紛れもなく“紅世の徒”が使う自在法に違いなかった。

ただ今の攻撃は“徒”の基本である炎弾に近いがどこか違う。

 

「………ナルホド」

 

コキュートスは納得したように刀を持ち直し、構えを変えた。

 

「理解シタゾ、コウスルノダナ」

 

今度は切っ先を真上に向ける。するとコキュートスの背後に朱色の巨人の幻影が現れ、彼の動きと連動しだす。

 

「オオオオオオオオオ!!」

 

そしてコキュートスが大きく振りかぶり、刀を目の前に下ろせば巨人も豪腕をガルガンチュアに向けて振り下ろす。

 

『グオオオオオオオ!!』

 

ガルガンチュアが攻撃を受け止めるべく腕を交差させれば、ぶつかった身体が衝撃波を発する。まるでガルガンチュアという『存在』を我流にアレンジし、一から作り出したかのように質量を持った幻影の巨人。

 

「………マダ、足リナイカ」

 

しかしそれでもガルガンチュアと拮抗するのみで倒すには至れない。どうすればいい? どう組み上げればより強くなれる?

 

 

「ナラバ、コウカ」

 

するとコキュートスの足元の自在式が瞬時に書き変わり、巨人の両腕が形を変える。朱色に発光する鋭い大剣となった両腕は横なぎにガルガンチュアの胴に当たり、あろうことか岩石の身体に大きな罅を入れる。

 

「なんと……!」

 

絶大な破壊力を繰り出す自在法に呆然となるニヌルタ。しかしガルガンチュアは倒れることなく、なおも拳を振り上げて戦う。

 

 

 

しかしついに、終わりの時がやってきた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「散れえええええええええ!!」

 

 

 

 

 

 

 

爆音のごとき絶叫とともに、濃紺の炎が戦場に落下したのだった。




デウス・エクス・ウルリクムミ


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終戦・末路

「グオオオオオオオ!?」

 

爆風に吹き飛ばされ、コキュートスの身体は宙を舞ってから地面に叩きつけられる。ライトブルーの身体が泥にまみれ、這いつくばりながらも上体を起こせば、降り注ぐ濃紺が辺り一帯を染め上げたかと思えば一気に霧散し、巨大なクレーターの中心に二つの人影が立っているのが見えた。

 

濃紺のフルプレートアーマーを纏った巨漢と、薄桃色の美女。コキュートスの記憶が正しければその姿は、現在のエ・ランテルでその威名を轟かせるアダマンタイト級冒険者チーム『とむらいの鐘』の特徴に合致していた。

 

 

 

 

 

懐かしき濃紺の炎を視界に収め、ニヌルタは込み上げる思いを深く噛み締める。自身を見上げる姿はかつてよりも小さいが、滲み出る力強さは依然として変わらない。

 

「………久しいな、ウルリクムミ」

 

対するウルリクムミはニヌルタの姿を見て、肩を震わせていた。顕現した彼の姿は記憶と違わず、ソカルの報告にあった蜥蜴人の姿などしていない。それが意味することは……

 

「………すまなかったあああ!!」

 

己の無力感に拳を握りしめ、ウルリクムミは深く深く頭を下げる。間に合わなかった、トーチである『ニーガ・ルールー』は、もうこの世から消えてしまったのだ。

 

「そう己を責めるな。むしろよく来てくれた」

 

相変わらず実直な彼は責めるどころか自分達に気を遣ってくれている。それがなおさら己の不甲斐なさを痛感させる。彼がこの世界で生きた時間は少なくとも自分達よりも長く、この世界で巡り会った者達との絆も深かったに違いない。その喪失感も大きいはずだというのに。

 

「そういえばウルリクムミ、お前は今人間の町で冒険者とやらをしているのだったな」

 

「?」

 

するとニヌルタが思い出したように問いかけ、ウルリクムミが恐る恐る頭を上げる。

 

「此度の戦い、お前がやつらを倒したことにしてはくれないか?」

 

「!?」

 

そして出された提案に、ウルリクムミは驚愕に息が詰まる。今回ウルリクムミはンフィーリアの依頼を受けて森に来たことになっている。ゆえにたまたま訪れた彼が倒したということにすれば、最低限の矛盾で済むだろう。

 

「しかしそれでは、ニヌルタ様が!?」

 

だがそれでは誰もニヌルタのことを覚えることはできない。もしかしたら蜥蜴人の中に、存在の力を感知できる者がいるかもしれない。その者らに事情を話せば、まだニヌルタを覚えていてくれるかもしれないと、アルラウネが必死に説得するもニヌルタはそれをやんわりと拒む。

 

「いや、必要ない。そもそも『ニーガ・ルールー』などという者は、最初から生まれてすらいなかったのだからな」

 

自分はあくまで、赤子の亡骸に寄生していただけの別の生き物でしかない。だから『ニーガ・ルールー』は存在していないし、もともと存在しなかったものが本来あるべき姿に戻るだけだ。

 

穏やかながらどこか寂しそうな色を滲ませる声に、ウルリクムミは何も言い返すことができなかった。古い付き合いから、こういったことで彼が意志を曲げないことをよく知っていたからだ。

 

「少し疲れた……私はしばし眠る」

 

久々の本気の戦いを終えて緊張の糸が切れたのか、強い眠気がニヌルタを襲う。それに伴いガラス壺が黝色に淡く光ると小さな雪となって散っていく。ハラハラと舞う雪は沼地に落ちていくのだが……

 

「え……?」

 

「これはあああ!?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふむ、まあこんなところか」

 

戦いを見届けたのち、ふうとアインズはため息をつく。

結果は惨敗。デミウルゴスとマーレが死に配下も大幅な損傷を負い、帰還したアウラ達には絶対にナザリックから出ないよう厳命しておいた。密かに回収したガルガンチュアも修理のために眠らせたが、被害状況だけを見れば概ねアインズ達の想定の範囲内で済んでいる。

 

だがそれでも、彼らにとって気がかりなことがいくつかある。鏡に写るコキュートスの戦いに記録を再生し、その足元で輝く朱色の自在式を眺めてポツリと呟いた。

 

「なるほど、本当の狙いはこれだったか」

 

コキュートスが手に持つ刀は、かつてのユグドラシルで武人建御雷が未完のまま放置したアイテムのはずだが、おそらく引退の際に宝具の一種へと改造したと思われる。アイテムを転移させたのは現地の人間達にナザリックに対抗する戦力を与えるためでもあったのだろうが、本命はあの宝具から注意を反らすための囮だったのだ。

 

極めつけはコキュートスの『存在』。

少なくとも蜥蜴人の集落に進行する直前までは間違いなく、『ナザリック階層守護者』だったはずの彼の『存在の有り様』が、根幹から綺麗に組み換えられていたのだ。もはや彼はユグドラシルのNPCではない、設定されたプログラムのもとに行動する空っぽの人形ではない。

己の意志で考え、己の足で歩く、完全なる一つの存在となったのだ。

 

これは紛れもない緊急事態。システムのエラーを誘発させかねない不正改造の極みである。だというのに、アインズは楽しそうに眼窪の青紫色の灯りを揺らめかせている。

 

「これはこれで、サトゥラにいい土産ができたな」

 

彼が手に持つのは美しい模様が入ったガラスの瓶で、その中では黝色、黄土色、そして朱色の火の粉がチラホラと舞い散り揺らめいている。

それを玉座の背もたれに向けて軽く投げれば、いつからいたのか鷹の“燐子”を纏った姿のハスターが鋭い脚で掴んだ。

 

「では頼んだぞ」

 

ハスターは一度だけアインズをギロリと睨んでから、自在式を起動し深淵の孔を開いた。まるで今すぐその場から離れたいかのごとく、翼を羽ばたかせて深淵に向け飛び立つ後ろ姿をアインズは喜悦混じりに見送るのだった。

 

 

 




戦いはこれにて終わりです。


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ニーガ・ルールー

まず最初に認識したのは、狭い場所に押し込められたような圧迫感だった。炎髪灼眼に身体を砕かれ絶命したと思っていたのに、自身がいまだ存命なことに驚き、あの女の姑息な策で閉じこめられたのかとニヌルタは慌てたが、元来冷静沈着な彼はすぐさま気持ちを切り替える。生きているならば、すぐさま主のもとへ帰還しなければならない。お優しいあの御方のことだ、自ら志願したとはいえ長年そばに仕えた配下に殿を任せたことに心を痛めておられるに違いないだろう。それだけはなんとしても晴らしたい。

どうにか身をよじって力を振り絞り、己を縛る球形の檻を砕いて脱出したはよかったが、最初に視界に写った景色にニヌルタは硬直してしまった。

日が沈み、夜の帳に包まれた森林に隣接する、見知らぬ湖。目の前で自身を見下ろす、二本脚で立つ人間大の蜥蜴のような異形が二人。

さらには己の身体の違和感にも気づいた。本来ならば存在しないはずの四肢の感覚。自身の象徴たる黝色に染められた、まだ柔らかい爬虫類の鱗。

 

 

なんだこれは?

一体私の身に何が起こった!?

 

 

それらの異常を目の当たりにしたニヌルタは、柄にもなく混乱してつい地声で叫んでしまっていた。対する蜥蜴達は怯えの色を滲ませながらも、ニヌルタを抱き抱えて駆け出し、仲間と思しき者らを呼び出して話し合いをしだしたのだ。

 

下手に抵抗すれば何をされるのかわからないし、そもそもこの異形達は何者なのだろうか。『存在の質』から見て同胞ではなさそうだが、かといってどう見ても人間ではない。現状を理解するためにもニヌルタは蜥蜴の腕に大人しく抱かれ、『達意の言』を駆使して彼らの話に耳を傾けてみる。彼らの言葉の意味を少しずつ翻訳しながら情報を整理したところ、どうやら自分は最初に抱き抱えてきた夫婦の死んだ赤子のトーチに寄生しているらしい。

 

そして彼らは異常な生まれをした自分を巡って意見を出しあっており、中には殺そうと言い出す者までいてニヌルタはどうやってこの場から逃げようか必死に考える。

自身を縛るトーチを破壊して脱出できれば簡単だろうが、どういうわけかこの身体は一向に壊れそうにない。

おまけに自在法も『達意の言』しか使えず、赤子の身体のせいか歩くことはおろか喋ることすらできないため身をよじるくらいしか動けない。

 

しばらく長く論争しあっていた彼らだったが、最終的にはニヌルタを監視する方向で話がまとまったらしい。今すぐ殺されずに済んだことに安堵しつつも、ニヌルタは改めて何が起こったのかを考える。

 

 

ここはどこだ?

主は、仲間達は、一体どうなった?

 

 

確かめようにも母親の腕から逃げられそうになく、次いで襲う眠気にその日は意識を手放すほかなかった。

 

 

翌日以降。父母からニーガという名を与えられたニヌルタは、なんとかこの場を逃げられないものかと前足で這うように動くも、家屋の入り口に向かおうとするのを見た父母が慌てて抱き上げ、もといた場所に戻されてしまう。それでも何度か繰り返していけば養分が不足したのか空腹感に苛まれ、しかたなく脱出を諦めざるをえなかった。人間の赤子もこのような感じなのだろうかと、母親から与えられる魚の擂り身を飲み込みながらどこか他人事のように考え、とりあえず最低限の自立ができるまでのあいだ彼は赤子として過ごすことにしたのだった。

 

 

この日までに得られた情報を整理すれば、彼らは蜥蜴人という人間とは異なる種族で、一部の成体は自在法に似た力を使える祭司という役職がある。自身が生まれた“朱の瞳”族はそのなかでも優れた祭司が多いとされる部族でほかにも部族がいるらしいが、彼らは閉鎖的なためあまり交流しないという。あくまで断片的なものであるため憶測の域を出ないが、今自分がいるこの世界はかつての世界とは違うのだとニヌルタは確信できた。

なぜこの世界に来たのか、どうしてトーチから出られないのか、わからないことはたくさんあったが、それでもニヌルタには確固たる目標ができる。

必ずここを出て、アシズの元へ帰還すると。

己は『とむらいの鐘』の誉れ高き『九垓天秤』の一角にして主を守る剣、中軍主将“天凍の俱”ニヌルタ。主のために戦い、主のために散るが己の欲望にして本質。それをこのような場所で無意味な時間を過ごすなど自身の誇りが許せなかった。

幸いこの部族には、成人してからならば旅人として村を出てもいいという決まりがある。ならばその時まで今はしばし耐え忍ぼう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それから数ヶ月が経ち、声帯から言葉を発してやっと歩けるようになってからは、監視付きでならば村を出歩けるようになれた。しかし村の成人達のニヌルタに向ける視線は決して好意的なものではなかった。

 

子供らしくないおとなしさと、トーチ越しでも伝わる異物感。

蜥蜴人達は気味の悪いものを見るように遠巻きに監視していたが、これに関しては当然の反応だろうとニヌルタは納得していた。そもそも生まれからして異常だというのに、存在そのものが異質な子どもならば危機感を抱くもの。仮に自分が彼らの立場ならば同じことをしていたに違いないし、むしろいまだ我が子として慈しむ父母のほうが変わっているのだ。

 

視線は鬱陶しいが、いずれある程度戦えるようになったら旅人として村を出ればいい。それまでの辛抱だとこの頃のニヌルタは割りきっていたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

そんな日々を過ごし、生まれてから五つになった頃。母がまた産卵した。

生まれたのは白い鱗に赤い瞳、俗に言うアルビノの特徴を持った女児。この集落ではアルビノは優れた才を持つとされ、未来の祭司頭と祭り上げられる。自分が生まれた時とは大違いの反応に呆れつつ赤子の顔を覗き込めば、まだ周囲を認識していないだろう娘は赤い瞳を瞬かせている。

妹とはいうが、この娘と血の繋がりがあるのはこのトーチの身体であって、ニヌルタ自身とはなんの繋がりもない。せっかくだから撫でてみなさいと父母に促され、しかたないので形だけでも愛でてやろうと頬に手を伸ばした時だった。

 

小さな手が、人差し指をキュッと握りしめた。

 

ある意味では赤子特有の行動に、はたとニヌルタの思考が停止する。握られた指先を通して何かが内にじんわりと広がる感覚にしばし呆け、妹が空腹からか大泣きしだしたところで我に返ったのだった。

 

それからのニヌルタが立場上兄になって気づいたのは、赤子というのはふと目を離した隙に思いもよらない方角へ向かってしまうことだった。母は子育てだけでなく家のことで忙しいため、必然的にニヌルタが妹を見張らなければならない。特に一番危険な昼間、這いながら外に向かう赤子を抱えて戻すという作業を繰り返し、日が暮れて一段落した母に頭を撫でられる。「クルシュのお世話ありがとう。さすがお兄ちゃんね」と母が笑顔で労うのが日課となっていくなか、ニヌルタは時折疑問を抱く。

別にそんなことをする義理などないはずなのに、なぜ自分はこんな無駄なことに労力を割くのだろうか。自分の行動の意味を理解できず、しかしニヌルタは結局仮初めの『妹』の面倒を見てしまうのだった。

 

 

 

 

 

月日は流れて妹………クルシュに物心がついてから、彼女はニヌルタを避ける行動を取るようになった。彼女が自身を見る眼差しの種類、それにニヌルタは心当たりがある。おそらく彼女は『存在の流れ』を生まれつき感知できる人種だ。であればその反応も当然のはずなのに、今まで仲間達から向けられていたものと同じはずなのに、彼女から向けられるとなぜこんなにも遠く感じるのだろうか。胸に沸き上がる一抹の寂しさに困惑するも、彼は気の迷いだと切って捨てる。

 

 

 

 

そんな兄妹の微妙な距離感は、ある日をもって大きく変わった。

 

 

 

 

ニヌルタが夜中にふと喉の渇きから目を覚まして外へ出てみると、夜間でもわかる白い後ろ姿が森に向かっているのが見えた。クルシュはその体質ゆえに父母から外出を禁じられていたはずだが、嫌な予感がしてニヌルタは壁際に備えてあった父の狩猟道具を手にして後を追いかけた。

森の外れに近づいたクルシュにようやく追い付きそうな距離に迫った瞬間、森の奥から獣の唸り声を響かせながら熊が迫っていたのがニヌルタからも見えた。明らかにクルシュに狙いを定めていると察したと同時に、長年培った戦士としての勘が彼の身体を動かした。成人する時に備え日頃鍛えていた投げナイフが熊の両目を潰し、すかさず駆け出して熊にしがみつき、喉笛をかっきる。

未熟な子どもの肉体ではあるが、長年フレイムヘイズ達と死闘を繰り広げてきたニヌルタからすれば、知性もない獣を屠るぐらいは容易いものだった。

 

 

熊が確実に死んだことを確認してから、いまだ怯えた表情を浮かべるクルシュを見たニヌルタ。するとどういうわけかこの時、頭に血が昇りつい彼女に怒鳴ってしまったのだ。

感情のままに上げた声にほかでもないニヌルタ自身が驚く。共に勒を並べてきた戦友達が討たれた時も、ここまで胸中が乱れたことはなかったというのに。気づけば自身の腕は眼前のクルシュを強く抱きしめていた。

暖かい、生きている。

 

その事実にニヌルタはどうしようもなく安堵していたのだった。

 

 




ありし日のクルシュとニーガ

赤ちゃんクルシュ「あ~」外に向かってハイハイ (つ゜▽゜)つ

ニーガ「そっちに行くな。鱗が爛れるぞ」抱え上げて揺する

クルシュ「きゃっきゃっ」(⌒▽⌒*)

ニーガ「なにが面白いのだお前は?」床に下ろす

このやり取りを日が暮れるまで毎日繰り返ししている。


母「(´▽`*)」それを影から見守る母


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『家族』の定義

通じ合う意地っ張り師弟。


あの夜以降、クルシュは自らニヌルタに歩み寄るようになり、何を思ったのか兄の手を取り村の仲間達に話しかけていく。そうすると必然的にニヌルタも彼らと会話することになるのだが、当時のニヌルタに対する評価もあって蜥蜴人達は腫れ物扱いだった。しかし何度か言葉をかわしていくと彼らはなぜか警戒心を解いていき、いつしか気前よく挨拶されるほど親しくなっていた。なんでも、話してみると思っていたより普通だったことに安堵したとのことだ。

 

自分は別に取り繕ったつもりはないのだが、なぜだろう?

 

 

「ニーガ」

 

親しみを込めて呼ぶ、この姿での私の名。

 

「兄様」

 

無邪気な笑顔で呼ぶ、この姿での私の存在。

 

思えばこんなにも他者と接するのは、いつ以来だっただろうか。

 

二年かけてようやく実った米を食べる妹の笑顔を眺めながら、ふとニヌルタは考える。あの時は今の自分でも対処できる事態だったからよかったものの、もしまたクルシュが命の危機に瀕した時……それが今の自分の手に負えないほどだったら?

そんなことを考えると、背筋を薄ら寒いものがゾワリと這う。

これと同じ感覚を自分は知っている。主や仲間達が死ぬかもしれないという、不穏な可能性を描いた時だ。

ありえない。自分が同胞ですらない蜥蜴モドキ達に、こんな不安を抱くなど。

 

私は早く主の御元に帰らねばならないのに。

まるで自分という存在が、塗り潰されるような焦燥感が日に日に増していく。

 

「兄様」

 

やめろ。

 

「ニーガ」

 

やめろ。

 

「ニーガ、ニーガ」

 

やめろ、やめろ、その名で私を呼ぶな。

 

 

 

私は『とむらいの鐘』、『九垓天秤』が一人。“天凍の俱”ニヌルタ。断じてニーガ・ルールーなどではない。

 

 

 

 

私は、

 

 

………私は、なんだ?

 

 

 

 

 

このままではいけない。

本来の自分を少しでも思い出すためにも、ニヌルタは剣や魔法の鍛練に没頭するが、魔法はすでに村の祭祀頭よりも強くなってしまった。それでも本来の姿の半分にも満たず、この先どう鍛練するべきかと伸び悩んでいたときだった。

いつしか見知らぬ人間が村の近辺に現れたのだ。赤い上着に仮面という、見るからに怪しい小柄な女。当然の如く蜥蜴人達は警戒していたが、ニヌルタとしてはおそらくこの世界で初めて遭遇する人間。もしかしたら村の外に関する情報を得られるかもしれないと、ニヌルタはこっそりあとをつけて女の能力を観察しだす。

女が扱う魔法は水晶を自在に操るという、集落の魔法とはまた違ったもので、その技巧から村の祭祀達よりも強いと確信が持てた。うまくものにできれば自身の魔法をより強くできるだろうと、以降ニヌルタは毎日彼女の元へ積極的に通いつめるようになった。最初は無視していた女もニヌルタのしつこさに諦めたのか、彼女は自身が知る限りの魔法を伝授してくれるようになった。

主には大きく劣るが自在師だった彼にとって習得はそこまで難しくなかった。彼女曰く、ニヌルタには珍しいタレントが備わっているそうで、今後の習熟度次第では逸脱者になれるだろうとのこと。

 

 

 

そうやって鍛練を通して女と色々対話していると、必然的に彼女の身の上話を聞くようになった。

名前はイビルアイ、どうやら彼女は本当の意味の人間ではないらしい。ヴァンパイアという、生前の自我を保ったまま甦った死人。さる王国の王女でありながら、邪悪なる竜に国も民も全て奪われた者。だから今度は、誰かを守れるくらい強くなりたいと彼女は語る。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「なぜお前はそれほどまでに強さを極める?」

 

 

鍛練の休憩中、ふと問いかけてきた師匠にニヌルタは淡々と答えた。

己自身が納得できる強さではないからだと。

 

それを聞き、何を思ったのか彼女はため息をつく。

 

 

「お前、結構心配性なんだな」

 

 

呆れたような声で口にした言葉の意味を理解し、ニヌルタは眉間にシワを寄せて彼女を睨みつける。

 

この女は何をふざけたことを言うのだ。

自分が心配性? 対象が主ならばまだしも、なぜあの蜥蜴人達を心配するというのだ。

 

 

「じゃあなんで村を出ないんだ?」

 

 

決まっている、まだ旅人として立ち回れるだけの強さがないからだ。

 

 

「もう十分強いのにか?」

 

 

まだわからないだろう。外の世界には、今の自分より強い存在が山ほどいるかもしれない。

 

 

「いや、お前は本当はわかっている。今の強さならば一人でも生きていけると」

 

 

なおも知った風な口をきく師匠に言い返そうとして、なぜかニヌルタの口から言葉が出ない。ソカルとの言い争いではスラスラと述べれた反論ができない。

なせだ?

 

 

「お前はこの村を守りたいんだよ。大好きな家族と、仲間がいるこの場所をな」

 

 

 

仮面のせいで顔はわからないが、声色から彼女が笑っているのがわかったが、告げられた内容にニヌルタの頭が真っ白になってしまった。

 

 

好き、だと?

私が、彼らを?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

結局その後の鍛練は身が入らず、いつもより早めに切り上げることになった。ぼんやりとした思考のまま帰路につくと、ご飯だよと父母が微笑んで頭を撫で、おかえりなさいと、妹が笑顔で抱きつく。

 

蜥蜴人達の温かな笑顔。その光景を目にした瞬間、師匠の言葉がストンと胸に落ち、それまであやふやだった自己矛盾が嘘のように氷解する。

 

 

ああ、そうか。

私はすでに、この場所を、この者達を好いていたのか。カチリと歯車が噛み合うようにニヌルタは………いや。

 

 

 

 

 

 

『ニーガ・ルールー』は、ようやく己の結論に至ったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

師匠と別れてから、肉体が成人に至った頃、ニーガは族長に呼び出された。それはニーガを次の族長に任命するという内容だった。

お前のおかげで村は食料難を乗り越えられた。恐らく歴代の祭司の中でも最高位になる魔力を持つお前ならば、“朱の瞳”の族長に相応しいだろう。

穏やかな笑みで族長の証を差し出され、ニーガはそれを浮けとったのだった。

 

村のために、仲間のために、父母のために、妹のために。

 

この時点で彼の中には、もうアシズのもとに帰還するという思いは薄れていた。

 

主は失望するだろうか。

とんだ不忠者と呆れられるだろうか。

いや、きっとそれはないだろう。

そんな彼だったからこそ、ありし日の自分はこの命を捧げたのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

水面を漂う感覚に微睡む中、ニーガ・ルールーとしての人生が走馬灯の如く過る。

たった二十数年、紅世の徒としては瞬きのような短い時間。だがそれらは、主の剣として生きてきた日々にも引けを取らないほどの刹那だと思う。

ニーガ・ルールーはもう消えてしまうが、どうせ忘れられるのだから誰も悲しまないだろう。

 

ああ、だが。

『存在の流れ』を感じられるあの子は、どうだろうか? やはり悲しむのだろうか。それに罪悪感が湧くと同時に、どこか安堵する自分がいる。なんとも矛盾した感情。

大丈夫だ。これからの彼女には新しい友がいる。愛する夫となる者がいる。きっといつか刻の流れが、その悲しみを癒すだろう。

 

 

 

だから私は

 

 

 

私、は……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

微睡みから覚める刹那、大きな青い翼に抱きしめられたような気がした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「っ………」

 

 

意識が覚醒して最初に視界に入ったのは見慣れた家屋の天井で、それはこの世界に来てから何度も寝起きした我が家の天井だとニヌルタは瞬時に理解する。

ニヌルタはすでに蜥蜴人の器を捨て本来の巨大な姿に戻ったはず、なのになぜ自分は屋内の内部にいる?

 

 

自身の状態を確認しようと視線を移せば、涙を浮かべるクルシュが顔を覗き込んでいる姿が視界に入る。

 

 

 

 

 

「兄様!!」

 

 

 

 

 

 

ニヌルタが眼を覚ましたと気づくや否や、クルシュはガバリと覆い被さるように彼に抱きつく。

 

「え……?」

 

何かがおかしい。この際クルシュが自身を覚えていることに関しては流すとして、クルシュが触れた部分から感じる己の身体の違和感にニヌルタは困惑する。身体に神経を集中させれば、指先からしっぽまでの感覚が確かにあるのだ。

上体を起こしておそるおそる右手を見てみれば、黝色の鱗に覆われた五本指の腕があった。

 

 

それは慣れ親しんだトーチの器。ニーガ・ルールーの身体に他ならなかったのだ。

 

「バカ……な……!?」

 

確かにニーガ・ルールーの器は粉々に砕けたはずだ。なぜそれがここにあるのだ。

混乱するニヌルタだったが、ガタガタと物音が耳に入りそちらを見れば、家屋の入り口から荒く呼吸するザリュースが入ってくる。

 

「ザリュ…」

 

 

 

「っ………このっ……バカやろおおおおおおお!!」

 

 

 

 

ニヌルタが名を呼ぼうとした矢先、怒号を上げたザリュースに鉄拳で殴られた。

 

「!?」

 

驚いたのはニヌルタだけではなく、泣きじゃくっていたクルシュもである。派手な音を響かせた割に頬が腫れただけで済んだあたり、これでもかなり手加減されたらしい。

 

「お前なあ! 一体俺達の覚悟をなんだと思っているんだ!?」

 

普段はクールな彼が息を荒げて怒鳴るのは、ニヌルタが勝手に一人で自己犠牲をやらかしたことに対する義憤であるとは理解できる。

だが問題はそこではない。

 

「………ザリュース」

 

「なんだ!?」

 

「お前………私が、わかるのか?」

 

「はあ!?」

 

ザリュースの言動は知らない相手に対するものではなく、明らかに気心の知れた相手にするものだ。ニーガ・ルールーを忘れているのであれば、初対面のはずのニヌルタにこのような反応はしない。

 

「ニーガお前、露骨に話題反らしてんじゃねえよ!!」

 

「いいのがれ、だめ」

 

「シャースーリューもご立腹でしたよ」

 

するとザリュースの後ろにいたのか、ゼンベルとキュクーとスーキュが怒り心頭という面持ちで入ってきた。彼らの口振りも初対面の相手にするものではなく、何よりゼンベルは今ニヌルタをニーガと呼んだ。

 

(覚え……てる……)

 

間違いない。

彼らはニヌルタを………いや、ニーガ・ルールーを覚えている。

 

「ばか! ばかばかぁ! 何が仮初めよ! 何が代わりならいるよ!!」

 

涙声で叫びながらクルシュがニーガの胸を叩く。

 

「代わりなんていないわよ! 兄様は兄様しかいないんだから!! 私の、私達の大事な大事な家族なんだからあ!!」

 

うつむき嗚咽する妹の姿に、ニーガはただただ固まる。

 

「忘れろなんて………そんな悲しいこと、言わないでよお……」

 

 

妹が、仲間達が、自分を見ている。

自分(ニーガ)を、覚えていてくれている!

 

「あ……ああ……」

 

何か喋らなければいけないのに、喉が震えて言葉が出ない。

 

「うあ……あああああああ……!!」

 

ニーガに唯一できたのは、妹抱きしめ返し涙を流して泣き叫ぶことだった。




正直ギリギリまで悩んだのですが、やっぱりハピエンが見たかったのでニーガさん存命ルートを選びました。

なぜニーガ・ルールーのトーチが元に戻っているのか、なぜザリュース達がニーガ・ルールーを覚えているのかは次回以降明かしていくつもりです。


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それぞれの現状

その後、負傷者の手当てが一段落ついてから、ウルリクムミとアルラウネは族長の屋敷に招かれた。村の危機に救いの手を差しのべてくれた冒険者に、蜥蜴人達を代表してシャースーリューが深々と頭を下げる。

 

「まずは、我々の仲間を助けていただき感謝する」

 

「礼には及ばぬううう。たまたま通りがかった身の上だあああ」

 

ニーガ・ルールーはこの森から出たことがないので、『とむらいの鐘』の二人とは初対面ということになっている。あの時結界が張られていた間、停止していた者達は全て修復したしニヌルタ達のことを認識していないはずなので、偶然依頼で森に来たという口実で戦場に乱入したと、上手く話をまとめることができたのだった。

 

「族長! ニーガ殿が眼を覚ましました!!」

 

そこへ“緑の爪”の戦士頭が駆け込んできた。

 

「本当か!?」

 

ニーガのトーチが復元されてから、一応ウルリクムミ達は彼の身体に異常がないことを確認しているので特に驚きはない。しかし詳しい事情を知らないシャースーリュ達はそういうわけにいかず、彼は一度咳払いしてから立ち上がる。

 

「すまない、少し席を外す」

 

そう言って家屋から出ていく彼の後ろ姿から、仲間に対する義憤が滲み出ていたのは二人にも察せられ、尻尾に至っては先ほどからバシバシと床を叩いていた。

 

現在の彼がいい仲間に恵まれていることに安堵しつつ、二人は改めてニヌルタが眠りについたあとのことを思い出す。

 

(それにしても……あれは一体?)

 

ニヌルタの身体が雪となって散ったかと思えば、雪が小さく固まり彼らの目の前でトーチの姿に戻った。トーチは消えたら跡形もなくなるはずなのに、なぜ彼らは一度間違いなく消えたニーガ・ルールーのことを覚えているのだろうか。

 

そもそも根本的な話、一度死んだ自分達はなぜこの世界で甦ったのだろう?

 

件のコキュートスなる蟲から事情を聞こうともしたが、いつの間にか逃げられていたのか影も形も見えない。ナザリックの追撃を警戒しソカルに周辺の監視を続けさせてはいるものの、彼らも慎重になったのかトブの大森林から全軍を引き払っていた。

 

できればこのまま何事もなく終わってくれればいいが…。

 

そう祈るウルリクムミは、遠くで誰かが殴られる音を聞きながら夕焼け空を眺めたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

トブの大森林から離れた平原にて、コキュートスは息を切らして走る。しかしその行く手を青紫色の炎が遮り、やむなく彼は足に力を入れ急ブレーキをかけたのだった。

 

「………マダ来ルカ」

 

爆炎からチラホラと舞い散る火の粉が集まり束ね、複数の異形の群れとなり、それぞれがむき出しの敵意でコキュートスを包囲する。その中にはアトリオもいた。

 

「当然でしょう?至高の御方のご厚意をドブに投げ捨てた反逆者を、生かしておくわけにはいきません」

 

感情の読めない無機質な眼差しでウスバカゲロウは淡々と告げる。その至高の御方を怪しげな術で眠らせた癖に、いけしゃあしゃあとはこのことだとコキュートスは春雷を握る手に力を込める。

 

「今ダカラ気ヅケタ。私ノ配下ニオ前ノヨウナモノハ存在シナイ」

 

思い起こせばコキュートスの配下はおろか、ナザリックにこんな下僕はいなかったはずだ。

冷淡にも見えるし、激情家にも見えるし、傲慢にも見えるし、謙虚にも見えるし、狡猾にも見えるし、愚者にも見える。あやふやで印象を統一できない、砂塵のような異形達。

そう、よくよく考えてみればおかしな話だったのだ。なのに自分を含めたナザリックの面々は何の疑問もなく彼を受け入れていた。

しかし自分は、この男をどこかで見たことがある。いつだっただろうかと記憶を紐解いてみると、コキュートスの脳裏をある人物のシルエットが過る。

 

「弐式炎雷様……」

 

ボソリと呟いた瞬間、ピクリとアトリオの肩がはねた。その反応にやはりとコキュートスは既視感の正体に気づく。この者の存在の質は、武人建御雷(ザトガ)の親友だった弐式炎雷によく似ているのだ。

 

「………イヤ、違ウナ」

 

だが、()()()()()()()

 

「お前は弐式様であって弐式様ではない」

 

ザトガにとっての弐式炎雷はただ一人だけ、このアトリオ達は弐式炎雷と同じであるが全くの別人である。なんとなくではあったが、コキュートスにはそう確信が持てた。

 

「………はあ。余計なとこだけ親に似やがって」

 

対するアトリオは右手で顔を覆いため息をつき、ドスの効いた声で静かに呟く。そうするとあやふやだった彼の存在が、ほんの一瞬だけ固まったように見えた。

 

「いいからさっさと死ねよ」

 

目障りだと言わんばかりにコキュートスに切っ先を向ける彼に、コキュートスも春雷を構えて向き直る。

 

「生憎ダガ、マダ私ハ死ネン」

 

自分はまだまだ弱い。あの頂きまで這い上がり、今度こそ全力で戦ってみせる。ゆえにこんなところで死ぬなどもってのほかだ。

 

『主、私にお任せを』

 

すると春雷が淡く光り出して自在式を起動しだした。だがそれを許すアトリオではなく、彼は目にも止まらぬスピードでコキュートスの背後に回る。

 

狙うは首ーーー神速の一閃がコキュートスの頭を呆気なく落とした………かに見えた。

刀身が信じられないほど脆い手応えを感じたかと思えば、なんとコキュートスの身体が粉々になり、砕けた身体が無数の朱色の短剣に変わったのだ。

 

「なに!?」

 

身の危険を感じたアトリオはバックステップして持ち前の素早い身のこなしで短剣を躱すが、短剣は四方にばらまかれるように飛ぶので、さほど速くない『自分達』はそれを避けられず青紫色の砂塵となって崩れていく。

ここでアトリオは春雷の特性に気づいた。

 

「自在法演算………『ヒュアデス』達と同じか!」

 

限られた自在法を素早く構築できる“燐子”。

これが“皇宝の剣”の置き土産だったわけか。

 

 

たくさんの『自分達』が切り刻まれ、青紫色の炎が朱色に上書きされていくのを横目に見ながらアトリオは回避に徹する。最後の短剣を避けてから周囲を見やれば、辺りには誰もいなくなっていた。おそらくコキュートスは春雷の助力で遠くへ逃げのびたのだろう。

 

「………これで俺に勝ったつもりかよ? 建やん」

 

殺意を滲ませるアトリオだったが、そこへ連絡要因として付近に忍ばせていたカナヘビが待ったをかけられた。

 

「おい落ち着けアトリオ、()()()()()()()()()

 

「………」

 

その一声にアトリオは冷静さを取り戻したのか、何度か深呼吸してから朱色から目を逸らすように空を仰ぐ。

いけない。『私』はこうであってはならないのに。『私』は定まりを持たぬもの。姿も、気質も、力も、知性も、バラバラでなくてはならないのだ。

 

ゆえに一つの()に執着してはいけない。

ゆえに一つの()に固定してはならない。

 

そう、それが『私』達という存在なのだから。

 

 

 




春雷はもともと『防御系スキルの効果をダウンさせてダメージを与える』って効果のたっちさんキラーアイテムとして完成させる予定だったのですが、ユグドラシル引退前にもしコキュートスが自立したら『敵の自在法を解析する“燐子”』として生まれ変わるように改造されていました。

青紫さんは基本的にあらゆる攻撃を無効化できますが、ある特定の条件を満たすと攻撃が通るようになります。


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それぞれの現状~ナザリック~

これにてニヌルタ編は終わりです。


「そうか、逃げられたか」

 

アトリオの遠話による報告を聞き、アインズは玉座に背を預けてため息をつく。

すでにユグドラシルのシステムから逸脱し、完全なる一つの存在となったコキュートスは、自在法を覚えたてでまだ勝手がわからないだろう。ゆえに武人建御雷はその未熟さを補うべく、自在法の補助機能を備えた“燐子”を残したわけか。

『とむらいの鐘』とはまた違った種類の敵が出現したことに、アインズは仲間の仕事がさらに増えてしまうことに内心で謝罪する。

 

だが思考を切り替えるように青紫色の灯を瞬かせ、玉座から立ち上がった。

 

「さて………」

 

まず指輪で第六階層に転移し、デミウルゴス達の作業場である牧場に赴く。目指すのはその中の一つ、『焔両脚羊』と名付けられた人間が隔離されている天幕で、布をめくって中に入ると質素で小汚なかった家畜小屋はちゃんとした部屋に模様替えされていた。乾し草が撒かれていただけの床はシンプルながらも清潔感のあるカーペットが敷かれ、テーブルに椅子にベッドと最低限の家具が配置されている。裸一貫だった色白の身体も今はきれいな衣服に身を包み、おどおどと落ち着かない様子で椅子に座って震えている。思った通りデミウルゴスはモモンガの言葉を深読みし、羊を丁寧に扱っているようだ。

 

「いやあああああ!!」

 

しかし羊の少女はアインズの姿を視界に入れたとたん、恐怖に顔を歪めて叫ぶ。

 

「もうやめて! 許して!」

 

錯乱して泣きじゃくる姿はこれまでの仕打ちを考えれば当然の反応だが、アインズは淡々とした口調で答えた。

 

 

 

 

 

 

「ここには私と君しかいない。だからそんな下手な芝居をしなくて大丈夫だ、『傷の贈り手』ウィーラよ」

 

 

 

 

「………」

 

 

 

 

 

 

すると少女はそれまでの発狂が嘘のように落ち着き、姿勢を正して椅子に座り直す。そして少女とは思えない老成した微笑みを浮かべてアインズを見つめる。

 

「私のことをご存知でしたか。見たところお若い“徒”の方とお見受けしましたが……」

 

上品な口調と物腰は一国の姫君を思わせる気品に溢れ、とても先ほどまでの弱々しい少女と同一人物とは思えない。

 

「君の武功はそれほど広く知れ渡っているということさ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『棺の織手』を初めとする最古のフレイムヘイズが軌道に乗りだしてから、続けて生まれた第二世代と呼ばれるフレイムヘイズがいた。

“精命の乱雲”プリューシャのフレイムヘイズ、『傷の贈り手』ウィーラ。『偽装の駆り手』に続く古参のフレイムヘイズとして名高かった彼女はその中でも屈指の強さを持つとされていた。なにせあの『とむらいの鐘』と幾度も死闘を繰り広げてきた、歴戦の強者という話なのだ。

 

「噂ではかの大戦で死んだと聞いていたが、どうやってこの世界に来たのかね?」

 

「さあ? 私にもなにがなにやら」

 

探るように問うアインズにウィーラは困ったように小首を傾げる。

自身の命が潰えたと思ってしばらくして見知らぬ草原で目覚めたという彼女は、人里を探して彷徨っていたところをあの悪魔達に捕まったとのことだ。

いく当てもないしこの場所の情報も欲しかったので、か弱い人間を装っていたところ、彼らから少々刺激的な歓迎を受けたと語る。はぐらかしているのではなく本当にわからないらしい。

 

「ほう、あれを刺激的と述べるか」

 

「私の時代では日常茶飯事でしたからね」

 

クスクスと笑いながらあっけらかんと答えるウィーラにアインズは呆れる。さすがは古参のフレイムヘイズ、あの程度の拷問では心も折れないか。

 

「それで、君はこれからどうするつもりだ?」

 

「そのことなのですが、もうこちらで知れる情報もなさそうなので、そろそろおいとましようかと思いまして」

 

「それは困るな」

 

予想通りの返答にわざとらしく肩を竦める。だが『とむらいの鐘』の宿敵の一人を、力ずくで従えるなど不可能だろうともアインズは理解している。このまま戦ったところで間違いなく被害は出る、ゆえにアインズは別のアプローチにうって出ることにした。

 

「では一つ条件を出そう」

 

そしてウィーラの隣に歩み寄り、内緒話でもするかのように彼女の耳元で囁く。

 

 

「ーーーー」

 

 

その言葉の内容を理解したとたん、ウィーラは金縛りにでもあったかのように硬直する。

 

「……それは本当なのですか?」

 

口元にうっすらと笑みを浮かべているが、両目は瞳孔が開かれ瞬きをしない。もし偽りであれば容赦しない。そう言外に込めた気迫を前に、アインズはふふふと楽しそうに笑みを溢す。

 

「私の『目』を通して確認したのだ、間違いないさ」

 

「………わかりました」

 

静かに頷く彼女を見届けたアインズは天幕から出ていき、彼の足音が遠ざかるのを確認してからウィーラは狂ったように笑いだす。

 

「………あは、あはははは!」

 

そして椅子から立ち上がると勢いをつけてベッドにダイブした。

 

「ああ、貴方様もこちらにいらしたとは! やはり私達は死してなお、運命の糸で繋がっているのですね!」

 

枕を抱き締めてゴロゴロと転がる姿は恋する少女のように微笑ましく見える。実際そうなのだろう、うっとりと頬を赤く染める彼女は円熟した雰囲気が鳴りを潜め、見た目相応の少女のそれに変じている。

 

 

 

 

「早くお会いしたいですわ………イルヤンカ様」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その後、伝言でシモベ達に「今後蜥蜴人の集落にも『とむらいの鐘』の二人にも一切手出しをするな」と厳命し、ようやくアインズは一息ついた。

 

「モモンガよ、お前は今どんな夢を見ているのだろうな」

 

玉座に腰を下ろし、自身の胸で輝く青紫色の宝玉を優しく撫でながら呟く。

嘲笑と慈しみが両立する眼差しで見下ろした先には、宝玉の中で胎児のように丸くなり眠るモモンガの姿があった。

 

「なに、安心したまえ。お前よりも『私』達のほうが、アレらを上手く使ってやるさ」

 

ではよい夢を。最後に小さく囁けば、モモンガの肩がわずかに動いたように見えるのだった。




捕捉

というわけで羊さんの正体は、オリキャラのフレイムヘイズさんでした。
結局デミがどう深読みしたのかをざっくり説明すると、

今まで悪魔から拷問受けて心身ともに絶望したところで、アインズ様が飴を与えることでアインズ様が慈悲深いお方だと刷り込ませる。

少しずつ洗脳して皮剥ぎに協力的にさせる。

というプランだったみたいです。




そして本物モモンガさんは現在青紫さんのアインズ玉(青紫)に閉じ込められて眠っております。
実は最初のプロットでは意識は覚醒していて、「クソがあ!!」させてから青紫さんに煽られまくるって感じだったのですが、もうちょっと熟成させたほうが旨味が増すかなと思って保留にしました。


蜥蜴人編はこれにて一区切りとなります。では、因果の交差路でまたお会いしましょう。


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フィクサー~舞台袖~
REAL


現状の整理も兼ねたある種の幕間話。
敵サイドの詳細をほんの僅かだけ明らかにします。



灰色の空、淀んだ空気、緑無き大地と赤黒く濁った海。大地のところどころに立つのは鉄の壁に囲われた都市郡。それらを眼下に眺めながら、一羽の鷹は蜂蜜の燐光を散らせて一つの巨大都市に向けて羽ばたく。

かつて『セントラルアーコロジー』と呼ばれていたその都市は、日本アーコロジーの中でも最も安全で、最も清潔で、最も強固とされていた、人類最後の楽園。

 

楽園、だった。

 

酸の雨を一滴も漏らさない鋼の天井は砕け、汚れた外気を遮断する強固な壁はヒビ割れて、むき出しになったビル郡は酸に溶かされてボロボロになり、もはや人が住める環境ではないそれらにかつての栄華は見る影もない。もしもこの世界の情勢を知らない余所者が見たならば、人類が滅びさった後の無惨な遺跡と悟っていたかもしれないだろう。

 

しかし結論から言えば、人類は絶滅したわけではない。その証拠に都市からは色とりどりの目映い明かりが灯っており、何万何千という人影がところ狭しと並んでいる。

だがその姿は人間ではない。いや、人間の姿をしている者もいなくはないが、ほとんどは異形の怪物の姿をしている。何より信じられないのが、一度呼吸するだけで死に至る大気の中で、彼らは防護服もマスクもしないで活動しているところだろう。

一休みするべくやや高いビルの屋上に降り立ったハスターは、熱気に溢れた群衆とは対照的な冷めた眼差しでその有り様を見下ろす。

荒れ果てた建物とは対照的に、真新しく綺麗に設置された輝くステージを囲むように密集する彼らは、さながらアーティストのコンサートを観にきた観客のようで、目を輝かせて主役の登場を待ちわびる姿は終末世界を生きる最後の人類には到底思えない。

とここでコンサートの演出なのかステージの輝きが一度消え、中央にポッと青紫色の小さな火が点く。その周囲に続けざまに若竹色の火線が広がりステージを焼き尽くす勢いでその場を照らしだす。

青紫色と若竹色に点滅する毒々しい光は目に痛く、見ているだけで狂いそうなほどサイケデリックな光に、集まる蛾のごとく喝采する人々は正気ではない。

その内の青紫色の火が踊りながら形を変えていけば、人間の四肢となり、華美な衣服となり、長い髪となり、最終的には15歳ほどの少女の姿となった。

 

「みんなー! お待たせ、ニャルちゃんが来たよ!」

 

『ニャ・ル・ちゃーん!!』

 

白いフリルがあしらわれた青紫色の衣装はオーソドックスなアイドルの姿そのもので、若竹色のリボンで束ねた髪をたなびかせる可憐な少女は観客に向けてとびきりの笑顔でウインクする。

 

「みんなに応援してもらえて、私達『アーカムカンパニー』はいっつも大盛況だよ! 今日の私達のアニバーサリーライブ、楽しんでいってね!!」

 

『うおおおおおおおお!!』

 

『ニャ・ル! ニャ・ル! ニャ・ル!』

 

ニャルというのが少女の名前だろうか。熱狂する者達に答えるように若竹色の火線から浮かび上がるのは、同色の光を纏う楽団とダンサー達。

奏でられるのは美しさと醜さが両立するおぞましい旋律で、ニャルの口から紡がれる讃美歌との奇怪なハーモニーを耳にする人々は甲高い叫びを上げて狂気乱舞する。

中には笑顔で殺しあう者達も出始めてもはや収集がつかなくなっていき、誰も彼も正気ではないパフォーマンスを険しい目で睨むハスターは忌々しそうに舌打ちする。もうその光景を視界に入れたくないのか、翼を羽ばたかせて再び飛び立てば旧セントラルアーコロジーの中央にそびえ立つ巨大なビルに向かう。

 

電光掲示板にデカデカと浮かび上がる企業名は、いまだこの世界の頂点に君臨する支配者。

 

 

 

その名は『アーカムカンパニー』である。

 

 

 

 

ビルに近づけば認証の自在式が反応し、ハスター本人であると確認された肉体は建物内部に転送される。送られた先は薄暗く広い空間で、内装のデザインはオフィスビルの会議室のようだが広さが普通じゃない。装甲洗車が20台は余裕で入れそうなスペースに、六階立てに相当する高い天井。蛍光灯こそあるが明度はぼんやりとしていて全体が見えず、灯りの意味を成していない。薄気味悪い雰囲気の中でハスターは鷹の燐子を自身から離して肩に乗せ、さらに配下のヒュアデス達もその場に出した。

 

「ハスター様………」

 

目的地に到着したことを察した一同のなかで、心配そうに主に声をかけるカルバーナに厳しい声色で答える。

 

「いいから貴方達は黙っていなさい」

 

私なら大丈夫だ。だから今は耐えろと言外に込め、ハスターがその場で跪けば、ヒュアデス達もそれに続く。

 

 

 

 

 

「おかえりなさい、ハスター秘書長」

 

 

 

 

 

するとどこからか妖艶な声が響き、自分達以外誰もいなかったはずの会議室の中にいつの間にか一人の女が立っていた。長く美しい黒髪をハーフアップにまとめ、パリっと糊付けされたレディーススーツを着こなす、凛とした姿は女社長という言葉が似合いそうである。

 

「ただいま帰還いたしました。蘭花社長」

 

蘭花と呼ばれた女がニコリと柔和な笑顔を浮かべたのを見て、ヒュアデス達の眉間にシワが寄る。ハスターは一度周囲を探るように視線を動かしてから蘭花に問いかけた。

 

「………ほかの皆様は?」

 

「そろそろ来るわ」

 

その言葉が合図になったかのように、薄暗い空間に三つの炎が燃え上がり辺りを照らしだした。

 

青紫色。

天色。

若竹色。

 

青紫色は小さな砂粒となって舞い散り密集していき、のっぺりとした人型の黒い身体となる。頭髪のない丸い頭部の下半分は横にひび割れて大きな口となっており、口から覗く青紫色の炎から吐息のように火の粉を漏らす。

 

「『常務』、“無貌の億粒”ナイア。ただいま着任」

 

男とも女ともつかない名状しがたい声が、気味悪く響く。

 

天色はドロリと液体が溶けるように炎が床に広がり、ボコボコと泡立ちながら質量を増していく。盛り上がった粘性の高い液体は質量を増して肥大し、全長が大人よりやや高く至れば、絶え間なく床に流れる液体の表面に二つの窪みが目玉のように瞬く。

 

「『チーフプログラマー』………“叡歠沼”サトゥラ。今ようやく一区切りしました……」

 

くたびれたような男の声が、絞り出すように呟く。

 

若竹色は揺らぐ炎がそのまま形を変え、白い体毛を持つ二足歩行の獣人の姿となる。狼とも、ライオンとも、熊とも、ハイエナとも違う顔。ギョロリと見開かれた両目は若竹色に爛々と輝いている。

 

「『専務』、“惑舌”トルネンブラ。お待たせ」

 

蕩けそうな甘い男の声が、艶かしく溢れる。

 

そして三人の異形が姿を現せば会議室全体から色とりどりの炎が燃え、それぞれが異形の姿へと変じていき、瞬く間にその場は目に痛いほど明るくなった。

社内の正社員が勢揃いする様を一瞥するハスターだったが、その中でよく知る色が二色欠けていることに気づく。

 

「………『警備主任』と『広報課長』がいませんが」

 

「二人は欠席するそうよ」

 

それとなく聞いてみるも、蘭花はニコニコと笑顔を絶やさずに返す。おそらくはぐらかしているのだろうと、これ以上は詮索するだけ無意味と悟りハスターは頷いた。

 

「それでは、『アーカムカンパニー』定例会を初めましょうか」

 

 




ナイアさんの見た目は真っ黒ボディの素っ裸ドッペルゲンガーのイメージ。
ただし顔は∵ではなく大きな口だけですね。


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定例会

世界的総合大企業『アーカムカンパニー』。

旧セントラルアーコロジーの中央に聳え立つ巨大本社『ルルイエ』を拠点とするその組織には、『社長』田村蘭花以外に人間の正社長は存在せず、歩いて行けない隣“紅世”より流れてきた“徒”たちのみで構成されている。

少し前まで事実上の日本の支配者に君臨していた企業は、一人の人間と三人の“紅世の王”を筆頭とした存在達にその実権を奪われていた。

 

 

 

 

 

「では秘書長、報告書を」

 

「はい」

 

蘭花に促され、ハスターは袖からミードボンボンを一つ取り出す。

 

「ご覧ください」

 

布に包まれた結晶をパキンと音を立てて砕けば、蜂蜜色の火の粉が会議室全体に広がる。今この場にいる者達の脳内にハスター達が見聞きした映像が流れこむと、何人かは息を呑み、何人かは怯え、何人かは楽しそうに笑みを溢すなど、様々な反応を見せる。

 

「青い炎………! まさか“棺の織手”も生きていたのか!?」

 

「“巌凱”や“花綻の片”だけならばまだ対処できそうなものを、よりにもよってあの怪物が!?」

 

「しかも“焚塵の関”と“天凍の倶”までいやがるなんて!!」

 

「ほかにも面倒な“王”がいるようだぞ!?」

 

「この際やつらがなぜ生きているかはどうでもいい! どうやって『向こう』に転移したんだ!?」

 

「まさか『クラッカー』の仕業か!?」

 

「バカな! 『向こう』と『こちら』はファイヤーウォールに阻まれている。我々カンパニーの社員以外は絶対に干渉できないはずだ!」

 

「『とむらいの鐘』も気になるが、コキュートスの反乱はどう見る? NPCがプレイヤーに明確に逆らうなど、今までにない現象だ」

 

「というより、なんでNPCが自在法を使っているんだよ!?」

 

「“天凍の倶”が寄生するトーチのタレントも厄介です! 『向こう』の人間達に何らかの対抗手段を持たれる危険がありますよ!」

 

「“皇宝の剣”め、どうやってユグドラシルのセキュリティを欺いた!?」

 

 

 

 

 

 

 

「静粛に!!」

 

 

 

 

騒ぎ立てる一同を制するようにトルネンブラが大声で叫ぶと、辺りが水を打ったようにシンと静まる。

 

「落ち着いてください皆さん。まずは現状の確認といたしましょうか」

 

仲間達がようやく落ち着いたのを確認してから、まずサトゥラが口を開く。彼はカンパニーのシステム管理の全権限を担う社内でも最高位の自在師である。

 

「秘書長、例のものを」

 

「はい」

 

『アインズ』から預かっていた瓶を取り出したハスターはそれをサトゥラに向けて投げると、瓶はサトゥラの粘体にドプンと触れてそのまま沈みこむ。これによりサトゥラはコキュートスに仕込まれたカラクリを調べ上げていく。

 

「ふむふむ………ああ、なるほど。ずいぶん念入りに偽装していましたね」

 

まるで味わうようにやや間を置いてから、サトゥラは解析結果を報告する。

 

「まず『転生』の自在式。これによってコキュートスはユグドラシルのシステムに依存することなく、独立して行動することが可能になりました」

 

内蔵するものの在り様を組み替え、他者の“存在の力”に依存させることなく、この世に適合・定着させる自在式。かの“廻世の行者”を生み出す要因となった秘技である。なので言うなれば、今のコキュートスは“紅世の徒”に近い存在となってしまったという。

 

「発動のトリガーは多分『コキュートスがナザリック以外に強い執着を持つこと』でしょうね」

 

サトゥラが出した結論を聞き、彼の背後にいた“徒”がおそるおそる前に出る。

 

「しかし、サトゥラチーフの管理をすり抜けてNPCとアイテムを改造するだなんて……」

 

彼は立場上サトゥラと共に仕事をするため、彼の自在師としての技量を熟知している。その彼のセキュリティを突破されたことが信じられないのだろう。

 

「大方クトゥーガさんの仕業でしょうね。私の目を誤魔化せる自在師なんて、彼しか考えられません」

 

続いてナイアの背後にいた“徒”の一人が質問する。

 

「コキュートスが自在法を行使できるのも、それが理由なのですか?」

 

「そういうことです。しかもこれは………かなり個性的な自在法ですね」

 

「どのような自在法なのですか?」

 

「平たく言えば、『一度見た自在法を我流にアレンジして再現する』………てところですかね」

 

やや考えこんでから告げたサトゥラの言葉に、一同が驚愕し互いの顔を見合う。

サトゥラ曰く、コキュートスの本質とは『高みを目指し己を磨く武人』。おそらく彼は一種の絶対音感のような固有能力を持っており、一度見た自在法を自分が扱いやすい形で新しく生み出すことができるのだという。

例えるならば、本来オーケストラで演奏するべき音楽を、鼓や三味線などの和楽器のみで演奏するようなもので、本家の旋律とは全く異なるがそれとはまた違う魅力のあるものに仕上がるのだという。

 

「逆を言えば『どんなに簡単な自在法でも、自分に合った形でしか使えない』とも言えます。理論上は“封絶”もオリジナルそのままに使うことはできないでしょう」

 

でも、とサトゥラは粘体を震動させて小さく笑い声を漏らす。

 

「私のように八割再現するんじゃなくて、自分のスケールに合った方向性に改良する………なかなか興味深い自在法ですね」

 

もし彼に人間の顔があったならば、グニャリと歪んだ笑みを浮かべていただろう。

 

 

 

 

「惜しい、惜しい」

 

 

 

 

すると会議室内に彼らとは違う、脳内がかき混ぜられるような、歪んだ男の声が響き渡る。

 

「あの子は実に、可愛いらしい傀儡だったのに。十分に肥えさせてから壊せば、とても美しかったというのに」

 

声は聞こえるのにほか三人と違って姿が見えない。社員達がどよめく中、サトゥラ、トルネンブラ、ナイア、蘭花は一切動じていない。

 

「ああ、ああ、だがあの子も実に愛らしい。是非とも愛でたい、骨の髄まで愛してやりたい」

 

ねっとりと陶酔するように呟くその言葉に一同が身震いする。彼の言う「愛」がどういう意味なのかを知っているから、なおさらに。

 

「コキュートスの件はわかりましたが、なぜ『とむらいの鐘』はカダスに転移しているのでしょう?」

 

「……私達の遊び場に、勝手に知らない人を招く悪い子がいるかもしれないわね」

 

問われた蘭花は背を向けたまま、優しく問う。

 

「ねえ、ハスター秘書長?」

 

背後に控えるヒュアデス達の身体が強ばるのを気配で察し、ハスターはフードを僅かに後ろに向けて落ち着けと念押しするように睨む。

 

「………なぜ私に聞くのでしょうか?」

 

落ち着いた声色で上司の真意を問えば、蘭花の微笑みの種類が変わる。

 

「実はどうも………報告を聞いてから、不思議に思っていたことがあるのよね」

 

柔和な微笑みから、気味の悪い張り付けた笑顔で小首を傾げて彼女は問う。

 

「どうしてハスター秘書長は、()()()()()()()()()()()()()()()()()の?」

 

『とむらいの鐘』の二人はエ・ランテルに少なからず愛着を抱いていた。ハスターの自在法の汎用性を考えるなら、エ・ランテルを襲撃して町の人間達を巻き込んだほうが、確実に足止めできていただろう。賢いハスターがそんな簡単なことに気づかないのは少々不思議だと述べる蘭花に対して、彼は一切動じずに返す。

 

「『とむらいの鐘』を見くびっていた。そうお答えする以外にありません」

 

嘘は言っていない。事実彼らの戦略眼を侮っていたがゆえにヒュアデス達は半壊し、ハスターは撤退を余儀なくされた。

 

「そう……」

 

蘭花は納得したかのようにくるりと背を向けたが、さらに独り言を呟くように漏らす。

 

「そうそう、()()()()()()()()()()()()()というのも気になっていたのよね」

 

彼女の認識ではナーベラルは人間を露骨に嫌悪することはあっても、報告を怠るほど無能ではないはずだとのことだ。

しかも肝心の墓地騒動の時にモモンガはタイミング悪くナザリックに戻っていたので、モモンの名声を上げる大チャンスを逃してしまっていた。アシズがデミウルゴスと交戦していたという、ずいぶん()()()()()()()のせいで。

 

「ねえ、どうしてかしら?」

 

蘭花が背中越しに追及するのを合図にしたように、社員全員の視線がハスターに突き刺さる。ハスターは無言を貫くのみだが、後ろに控えるヒュアデス達は息が詰まってしまい、ペスカッティとアービアに至っては緊張からか顔面蒼白になっている。二人の間で跪いていたジュノベルがいち早くそれに気付くと、安心させるように自身の尾羽を伸ばして二人の背中を撫でる。

 

「あわよくば………彼らを利用すれば、私達を出し抜けるとでも思ったのかしら?」

 

蘭花の冷徹さの滲む声色に拳を握りしめて身構えるハスターだが、彼女は少し緩急をつけるように振り返る。

 

「………なんてね。ごめんなさいね、くだらないことを言って」

 

張り付けた笑みが無邪気な笑みに変わったのを見て、ヒュアデス達の背筋をゾワリと悪寒が這うが蘭花はそれを意に介さずナイアに向き直る。

 

「それでナイア、首尾はどうかしら?」

 

「社長のご指示通り、ナザリックの支配権を掌握済み。『傷の贈り手』も当面は我々の指示に従うと承諾しました。向こうにラグナロクシステムが流出したのは少々手痛いですが、旧式の自在式なので無力化は容易いかと」

 

「そう、サトゥラは?」

 

「不正改造を施されたアイテムのコードを逆探知して、武人さんに『遠隔戒禁』が発動するように設定してあります。今頃は発動場所を目印に、討伐隊が隠れ家に向かっていると思います」

 

「ありがとう」

 

ここでトルネンブラの背後に佇む“徒”が挙手する。

 

「では社長。『とむらいの鐘』に関しては、しばらくは監視に徹するおつもりでしょうか?」

 

「ひとまずは、ね。ああだけど……」

 

ふと思い出したように、蘭花は社員達を見渡す。

 

「『とむらいの鐘』やフレイムヘイズのことは構いませんけど、くれぐれも“壊刃”のことは他言しないように」

 

「は? なぜ“壊刃”だけなのですか?」

 

疑問符を浮かべる“徒”に対しニコリと満面の笑顔を見せる蘭花から、無言の威圧を感じて一同は縮こまってしまった。

話に一区切りついたのか、ハスターにゆっくりと歩み寄るとポンと彼の肩に手を置く。

 

「じゃあハスター秘書長、せっかくだから()()()()に顔を見せてあげたらどうかしら?」

 

ハスターにしか聞こえない声量でフードの耳元に当たる部分に囁いた瞬間、怒りを押さえるかのようにブワリと黄衣が揺れた。

 

「では解散」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ちくしょうめ! あのクソアマ!!」

 

怒号を上げて壁を殴るカルヴァーナに、アービアが宥めるように肩を叩く。

 

「落ち着けよ。やつらに聞かれたらどうする?」

 

この部屋はハスターの自在法で外界と遮断されているので盗み聞きされる心配はないが、それでもあの連中に対して気を許すのは死を意味する。

 

「まだ、()()()()はバレてないよね…?」

 

先ほどの蘭花の笑顔を思い出し、青ざめた顔でカタカタと震えるペスカッティを安心させるように、ポロナズがその小さな身体を優しく抱き締める。

 

「多分………大丈夫………油断はできない……が」

 

ほかの平社員共は脅威にもなりえないが、あの女を筆頭とする幹部達には優れた自在師である我らが主でも勝てる可能性がない。

そうでなくても、ハスターは彼らに逆らうことができないのだが……

 

「ハスター様………」

 

心配げな声を漏らすジュノベルの視線に続くように、ヒュアデス達は幾重にも厳重にロックされた鉄の扉を見るのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

清潔感の高い真っ白い部屋全体に、綺麗に並べられた楕円形のカプセルに閉じ込められた人間達。『アーカムカンパニー』の客である彼らの肉体は、所謂コールドスリープの状態にあり、その精神は外で放埒の限りをつくす異形と成り果てている。

劣悪な環境に絶望していた貧困層。

紛い物の安息に飼い殺されていた富裕層。

かつては生まれも育ちも異なっていたはずの二つの人種は、今や同じ場所で己にとって理想の夢に酔いしれていたのだった。

カプセルの隙間を縫うように歩くハスターは、そんな彼らをフードから覗く哀れみと蔑みの混じった眼差しで見渡し、やがて一つのカプセルに近寄る。眠っているのはまだ若い女で、ハスターは女を覆うガラスの表面を布の袖で優しく撫でる。

 

「ミク……」

 

悲しみ、悔しさ、そんな様々な感情がない交ぜになった声で女の名を口にする。

正直殺される……いや、死よりもおぞましい責め苦を覚悟していた。ハスターは彼女を救うためならば五大最悪に匹敵する生き地獄を受けることも辞さない。そしてそれは配下のヒュアデス達も同じだ。

 

あの女のことだ、すでに自分が向こう側に手引きしていることを察しているはず。

そこまでわかっているなら、何故まだ自分を泳がせのだろうか?

定例会で()()()()に言及はなかったが、単純に気づかれなかっただけなのか?

それとも………

 

恐ろしい可能性に至った瞬間心臓が冷えていく。ローブ一枚の身体の自分に心臓などあるはすがないがそんな感覚だ。やつはどこまで見据えている。『警備主任』と『広報課長』が今回に限り出席していなかったのも気にはなる。

 

いずれにせよ賽は投げられた。あとは撒いた種が芽吹いてくれることを祈るしかない。

 

(あとは任せましたよ………クトゥーガ様)

 

 

 

 

 

 




ざっくり幹部紹介
『常務』“無貌の億粒”ナイア
紅世の王、炎の色は青紫色。
向こうを含めて世界中に己の分身体をばらまき常に監視の目を光らせている。つい最近まで弱体らしい弱体がなかったのだが、とある理由から悩みがある。

『チーフプログラマー』“叡歠沼”サトゥラ。
紅世の王、炎の色は天色。
カンパニーの全システムを支配下に置く自在師。そのため幹部の中でも一番多忙。

『専務』“惑舌”トルネンブラ
紅世の王、炎の色は若竹色。
全プレイヤーを支配し必要に応じて指示を出す。

『社長』田村蘭花
カンパニー唯一の人間であり、社内最高の頭脳の持ち主。
常に営業スマイルな、どこかで見たことのある黒髪美女。


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遊戯侵者

幕間編はこれにて終了。
ついにあの人達の現状に迫る?


全てを蝕む猛毒の雨が降りしきるなかで、旧ニューヨークアーコロジーに建ち並ぶ廃ビル群を、優しい藍色の封絶が覆っていた。

ボロボロに崩れて吹き抜けになってしまったビル内部には簡易なテントが並んでおり、生まれも育ちも異なる人間と、幾人かの異形が身を寄せ会うように過ごしている。人間達は首から藍色のドッグタグの形をした宝具を下げており、封絶が外界の毒を遮断しているおかげで防毒マスク無しでも自由に活動できている。

テントのある広間の隅には、二つの大きな鍋から湯気を上げるスープと白米が配膳されており、彼らは貴重な栄誉を求めて行儀よく並んでいる。

 

彼らはアーカムカンパニーの関係者ではない。

人間達はもともと富裕層に反抗していたレジスタンスと、富裕層・中間層の一般市民だった。しかし今ではアーカムカンパニーの撒き散らす怠惰な世界に抗う“紅世の徒”の一派と同盟を組んだ新生レジスタンスとなっている。

 

その名は『遊戯侵者(クラッカー)』である。

 

 

 

その中で体育座りをしてぼんやりとランプの灯りを眺める一人の青年。その頭髪は一度染めていたのか全体的に茶髪だが根元が黒く、整った顔立ちは長期に渡るテント暮らしにだいぶやつれているようで目に覇気はない。

もともと彼は中間層の市民で、富裕層ほどではないにしても安定した生活を送っていた。しかしアーカムカンパニーの台頭によってその日常は呆気なく崩れてしまい、今では趣味はおろか衣食住も満足に取れていない。それでも彼らが最低限の食料を確保できているのは“紅世の徒”達のサポートと彼らが作成した宝具のおかげだ。

防護服を纏いながらでは寝苦しいが、それでも休める時に休まなければならない。この時期のこの辺りは寒く、少しでも気力と体力を回復させなければ身が持たないが、それでも青年は目が冴えてしまい眠る気になれなかった。

 

「ほら」

 

ふいに頭上から声をかけられて視線を向ければ、大柄な異形が自身を見下ろしながらココアを差し出してきた。

左右非対称の鋭利な角に朱色に輝く六つの目玉、逞しい肉体に朱色の鎧甲冑を着込む姿は鬼と形容するのが相応しい。恐ろしい怪物を目の当たりにしても青年は動じる素振りを見せず、どうにか笑顔をとり作ってカップを受けとる。

 

「………ありがとう、武人さん」

 

武人さん、というのは青年が彼の正体を知らなかった頃に呼んでいたあだ名だ。彼自身の真名は“皇宝の剣”ザトガであり、『遊戯侵者』の幹部格の一人である。

 

「今日は寝れたのかい?」

 

「えっと………三時間は」

 

「一時間伸びたみたいだな。もっと寝とけ!」

 

青年の隣にドカッと座りこみ、彼の背中を軽く叩いて豪快に笑うザトガに苦笑で返す。

昔の映画でしか見たことがない金属製の粗末なコップには、ココアとは名ばかりの少量の甘味と苦味を溶かしただけの色のついたお湯が並々淹れられている。最初の頃はまずいと感じたが、もはやそれしか口にできないと割りきってからはその味にもだいぶ慣れてきた。

ココアを啜りながら周囲に視線を向ければ、様々な異形と人間のやり取りが映る。

 

よくわからない自在式を弄りながら、遠方の仲間と連絡をとる犬ぐらいの大きさの蜘蛛。

苦笑いを浮かべながらも子供達のつかの間の癒しに徹するべく、好きに撫で回される二足歩行のクロブチ猫。

広げた大きな地図に駒を置きながら武装隊と編成を確認し合う、絡み合う蔦が植物の服を着たような植物人間。

大釜の前に立ち笑顔で非戦闘員に配膳する、シンプルながらも美しい甲冑に藍色の翼を持つ天使。

 

彼ら“徒”達はそれぞれがそれぞれの得意分野を駆使し、非力な自分達人間を助け、励まし、寄り添ってくれている。

 

「………」

 

それに引き換え自分はなんだ?

銃を持って戦うでもなく、作戦を考えるでもなく、同族を励ますでもない。

ただただ己の非力さにうちひしがれるだけで、なんの役にも立ちやしない。しまいには立場上忙しいザトガの手も煩わせてしまっている。

『ゲーム』ではどう動けば仲間を援護できるかどうかなど、いくらでも思い付けたというのに………。

 

(ダメだ……こんな考え方)

 

これは死んでもやり直しのきく『ゲーム』ではない。死ねば全てが終わる、弱肉強食の『現実』。こんな甘い考えだったから、かつて自分は何もかもを奪われてしまった。それなのに動けないのは、単純に怖いのだ。目の前で家が、町が、家族が、友達が、何もかもが壊されていくさまに、彼の心はポッキリと折れてしまった。

それでも最近は落ち着いてきたほうだとは思う。彼らに保護された最初の頃は、夢の中であの日の地獄がフラッシュバックするたびに、PTSDを発症して錯乱していたがそれもない。

 

 

 

だというのに。

 

 

 

 

 

「がああああああ!?」

 

 

隣に座っていた友人が、突如なんの前触れもなく叫びだした時に、青年の頭が真っ白になってしまった。

顔の右半分が爆ぜて、朱色に燃えながら苦悶の叫びを上げるザトガの姿に、呆けてしまう青年の頬を血飛沫のように弾ける火の粉が撫でる。

熱い。火なのだから当然と言えば当然か。これが人間ならば、返り血がかかるようなものなんだろうか。

などと、目の前の光景をどこか他人事のように思う自分がいることに青年自身が信じられなかった。

 

「武人さん!?」

 

「ザトガ!」

 

次に異変に気づいたのはたまたま横を通り過ぎようとした戦闘員で、戦闘員はザトガを支えようとその巨体にしがみつく。

 

「武人さん! 武人さんしっかりしてくれ!!」

 

「おい! 何があった!?」

 

そこへ通信を中断した大蜘蛛が大きくジャンプしてザトガの肩に飛び乗り、周囲に配置した自在法を起動して敵襲に備えつつ治癒の自在法を編み上げる。

 

「あ………あっ………?」

 

青年は錯乱しそうになる己を必死に抑えるのに精一杯で、震える手がコップを落としココアが床にぶちまけられる。貴重なカロリーと水分が無駄になる、なんて場違いなことを考える愚者はこの場にはいない。

それよりも最も頼もしい仲間の負傷に非戦闘員達がパニックに陥り、ある程度非常事態に慣れている武装隊達が宥めようとするも意味を成さず、その場は阿鼻叫喚の図と成り果てる。

 

 

 

 

「落ち着け!!」

 

 

 

しかし藍色の天使が大声量で一喝すれば、一同の動きが僅かに止まる。彼は翼を羽ばたかせてザトガの傍らに舞い降り、大蜘蛛が傷を癒す自在法を構築するのをよそにザトガの傷口にそっと手を当てる。

 

「『遠隔戒禁』………てことはバレたのか!?」

 

「ザトガ、傷見せてみろ!」

 

大蜘蛛の構築が終わると足先からミッドナイトブルーの糸を出し、束ねられた糸がザトガの頭部に巻き付き包帯のようになる。

数秒ほど経ってから傷が塞がってきたようで、ザトガの呼吸が安定していき一同も落ち着きを取り戻していく。

 

「ザトガに飛んできたってことは、おそらくコキュートスにしかけた『転生』の自在式がちゃんと起動したってことか」

 

冷静に何が起こったかを分析する天使に、植物人間が歩み寄る。

 

「となると『一振り』もコキュートスの手に?」

 

「ああ。もしそうならば向こうの連中にも、ギリギリ『ラグナログシステム』が届いたと見ていいだろう」

 

そう結論付け、“徒”と一部の戦闘員達が互いの顔を見合い頷く。ひとまず首の皮一枚繋がったが、これをきっかけにサトゥラ達はすでにユグドラシルのセキュリティを強化しているはずだ。おそらく二度目はないだろう。

 

「くっ………はは……はははは!」

 

するとここで顔を押さえて俯いていたザトガが突然爆笑しだす。

 

「武人さん?」

 

「ああ、悪い悪い。つい嬉しくてな」

 

戸惑う仲間に片手を上げ、ザトガは大丈夫だと答える。

 

「だってそうだろう? 起動したってことは、コキュートスは自分の意思でナザリックを離れたってことだ。アイツが、自分で!」

 

ユグドラシルのNPCは創造主の命を絶対とする傀儡。ゆえにそれ以外のものになど一切興味を持たず、仮に僅かに心が揺れようとも結局は創造主を選ぶのだ。

だがコキュートスはナザリックの外に光を見出だし、自らの意思で異なる道を選んだ。己の最後の理想を託した我が子によって、自分は確かに賭けに勝ったのだ。これに歓喜せずにはいられないだろう。

 

「喜ぶのはまだ早いですよ。今回の件でハスターへの監視がより厳しくなるでしょうから、しばらくは大人しくするべきかと」

 

興奮冷めやらぬザトガを宥めるように、植物人間が冷静に意見を述べる。するとどういうわけか青年の肩がビクリとはねる。

 

「“叡啜沼”のことだから、『戒禁』が飛んだ場所を逆探知して追っ手を差し向けてくるでしょう。ここも長居できません」

 

となると自分達が次に取るべき行動は、拠点の放棄だ。

この隠れ家は比較的過ごしやすい場所だったが、追っ手の戦力を考慮する場合、籠城戦は賢くないだろう。その時が来ない以上、今は逃げに徹するほかない。

 

「よし、だったらすぐに出るぞ。準備しろ」

 

天使の鶴の一声で一同は手慣れた手つきで食料とテントをまとめはじめる。だが青年だけは先ほどのショックがまだ抜けきらないのか、その場から動けず震えていた。

 

「お兄ちゃん、大丈夫?」

 

「っ!?」

 

そんな彼に声をかけてきたのは小学校高学年ぐらいの少女で、心配そうな顔で青年を見上げている。

 

「怖かったよね。大丈夫だよお兄ちゃん」

 

安心させるように小さな手で彼の片手を包むように握る少女に、青年は堪えきれなくなったのか縋るようにその小さな身体を抱き締めた。

 

「っ……」

 

自分よりも大きな大人の背中をポンポンと叩く少女の姿はまるで母親のようで、こんな小さな子供に励まされる自分が情けなくて、彼は嗚咽を漏らしながらハラハラと涙を流すのだった。

 

(姉ちゃん……)

 

 




というわけで、ハスターさんは厳密にはペロロンチーノさんではありません。
彼はナイア達からペロロンチーノさんのアバターデータを半ば押し付けられる形で使用しているだけです。シャルティアが勘違いしたのはアバターの繋がりに引っ張られた感じです。
本人的にはものすっごく嫌ですが。

武人さんのアバターは、ここではリアルの真の姿に似せてキャラメイクしたって設定です。ある意味顔出しプレイ。


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リユニオン~再会~
小都市に来た女


新章、そして久々のアシズ様パート!

ついに彼女が現れます!


その日、ロイツに向けて一台の幌馬車が走っていた。年季の入ったごくごくありふれた馬車に乗っているのは、ほとんどが商人や農民ばかりであるが、通常こういった道は途中で厄介なモンスターが出ることが多いため、冒険者を護衛に雇うものだ。しかし現在その馬車に乗っている人間の中には冒険者はおらず、それどころか護身用の武器の類いも見当たらない。ハッキリ言って無防備としか思えない様だというのに、彼らも馬車も無傷である。

 

馬車が目的地であるロイツの城壁の前に止まると、人がぞろぞろと降りていく。

 

「ありがとうよ姉ちゃん」

 

「お嬢ちゃんのおかげでモンスターに襲われずにすんだ」

 

笑顔で振り返る彼らが感謝を述べるのは、最後に降りてきた修道女と思われる女性で、彼女はそれに優しく微笑み返す。

 

「いえいえ、困った時はお互いさまです」

 

というのも道中彼らが無傷だったのは彼女が魔法で結界を張ってくれていたのおかげで、長時間それを維持した技術と魔力の高さを考慮すれば修道女がかなり優秀な魔法詠唱者だと理解できる。

 

 

 

 

検問所で手続きをとる人々をよそに修道女はロイツを守る城壁を見上げる。

人々にはなんの変哲もない普通の壁にしか見えていなかったが、彼女の目には青い水晶の結界が重なるように小都市全体を覆っているのが見えていた。

 

間違いない、この青色を自分は知っている。

 

高鳴る心臓を押さえるように、少女は胸の前で両手を組んで小さく呟いた。

 

「………アシズ様」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「キース殿、これで全部だろうか?」

 

「はい、ありがとうございます」

 

そろそろ真昼に差し掛かる頃、アシズは洗濯したシーツを療養所の庭に全て干し終わったところだった。

ここ最近は特に悪い夢を見ずに気持ちよく目を覚ませたので、アシズは心身ともにリラックスできており、シャナも精神的に落ち着いてきたのか半日は留守を任せても大丈夫になった。アシズとしてもこれは喜ばしい話である。

この都市に住んでからそこそこの日が経ったように思うが、素性を隠しているとはいえここまで人間に混じって過ごすのはアシズとしても珍しいことである。

このまま穏やかな日々を生きるのも、悪くないのかもしれない。シャナがシーツの隙間を縫うように駆け回る姿を眺めながら、アシズは口元に微笑を浮かべる。

 

だがここでふと違和感を覚えた。

 

「………?」

 

周囲を見渡しても違和感の正体はわからず、ならばと感覚を研ぎ澄ませてみれば結界の一部に孔が開いていることに気づく。

 

「!?」

 

自身が仕込んでおいた自在法を強引に破るのではなく、一部を弄って短時間だけ道を作る。

こんなことは自身と同等の自在師でもない限りは無理なはず。

 

(まさか例の悪魔達か……?)

 

アシズにしか感知できない非常事態に目を鋭くさせ、療養所に一度視線を向ける。ここにはかの悪魔達に虐げられていた人々が、いまだ心の傷を癒すべく安息を過ごしている。やっと彼らの心が癒えてきたところなのに、またあのような生き地獄を味わせるつもりならば許すわけにはいかない。

 

「……キース殿、少し出掛けてきていいだろうか?」

 

「え? それは構いませんけど」

 

表面上は平静を繕いながらキース医師に確認すれば、戸惑いながらも頷いてくれた。立ち止まったシャナが不安そうに見上げてくるので、彼女の前に片膝をついて目線を合わせて笑顔で返す。

 

「すぐに戻ってくる。良い子で待っててくれ」

 

「うん……」

 

それにシャナも僅かながら笑みで返すのを見届けてから、アシズはその場から駆け出したのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

気配を辿ってきてみれば、どうやら侵入者は堂々と検問所から入ってきたらしく、念のため物陰から付近を覗いてみると見慣れない人々が都市に入ってくるのが見えた。身なりや積み荷の多さから考えるに行商人だろうか。少なくともアシズの視界に入る人々は全て人間に違いないだろうが、自在法あるいは魔法で気配を誤魔化している可能性もある。怪しい人物がいないか注意深く一人一人の顔を確認していたアシズだったが、

 

 

 

 

 

チラリと、人混みの中から見慣れた青色が見えた瞬間にヒュッと息が詰まり、金縛りにあったかのようにその場から動けなくなってしまった。

額から後頭部を一週する金環を頂く、修道女の装いをした青い少女。

 

(………なぜ!?)

 

その姿をハッキリと認識した瞬間、アシズの瞳孔が見開き身体がカタカタと震える。みまごうはずがない。彼女は……

 

 

 

「アシズさーん!」

 

だがそこへ大声で自身の名を呼ばれ、ビクリとアシズの肩がハネる。バッと振り返ってみれば手を振ってこちらに駆け寄ってくるノゼルの姿があった。

 

「こんなところにいたんすね! 今ちょうど療養所に向かっていたんですけど、なにしモゴ!?

 

アシズの心中など知るよしもないノゼルは、いつも通りの明るい口調と声量で彼に話しかけるも、対するアシズは今の声で彼女に見つかることを恐れ、思わず乱暴にその口を塞いでしまった。

 

「も、ムググ!?(なんすか急に!?)」

 

「頼む! 少し黙っててくれ!!」

 

必死な形相を浮かべてノゼルの顔を片手で鷲掴むアシズ。いつも穏やかな雰囲気と笑みを絶やさない、慈悲深さを体現したような男の狼狽えぶりにノゼルはただただ困惑するばかりだ。

 

だがもう遅かった。

 

 

 

 

 

 

「アシズ………様……?」

 

「!?」

 

背後からかけられる覚えのある声に、アシズの心臓が大きく脈打つ。恐る恐る振り返ってみれば、そこには先ほどの青い少女が、両目を見開きアシズを見つめて立ち尽くしていた。

 

 

 

『棺の織手』ティス。彼の、最愛の女性が。

 

 

 

「っ………!」

 

 

 

アシズの呼吸が止まり、はくはくと唇が痙攣しブワリと冷や汗が吹き出す。

対するティスの目尻には涙が浮かび、泣き出しそうにしながらも彼女はそれ以上に嬉しそうに微笑む。ティスの記憶の中のアシズとは姿が全く違う………いや、そもそも彼女が存命の間は神器越しに会話していたので彼の本来の姿など知りえないはずなのだが、それでもティスは目の前のこの男が誰よりも愛した男であると確信できた。

 

「アシズ様!!」

 

歓喜に沸き立つ心を押さえながらも、ティスはアシズに手を伸ばす。

 

 

「ーーーーーー!!!!」

 

 

だがアシズはあろうことか、思わずその手を払ってしまうのだった。

 

 

 

「え………?」

 

愛する男からの全く予想だにしていなかった拒絶、その事実にティスの目が驚愕に見開かれる。それが合図になったかのように、アシズはその場から逃げるように走りだした。

 

「アシズさん!?」

 

「アシズ様!」

 

二人の制止の言葉を背後に聞きながら、人混みに紛れようと大通りに向けて全力で駆け出す。その様はまるで怪物から逃げる無力な人間のようで、アシズがこの小都市でそこそこ有名になっていたこともあって道行く人々は思わず振り返る。

 

早く、早く逃げなければ。

 

走っている最中にポケットから何かが落ちたような気がするが、構っていられなかった。

 

 

 

 

「………アシズさん、どうしちまったんだろ?」

 

日頃世話になっている男のただならぬ様子に、ノゼルはわけがわからないと小首を傾げる。しかし彼が不審な行動をした原因そのものはなんとなく察せられ、チラリと隣に視線を向けてアシズと同じ青い色の修道女を観察する。

ノゼルの予想が正しければ、この女性を見た瞬間に彼は明らかに動揺していた。つまり彼女はアシズと何かしらの縁のある人物なのだろうか?

 

「なあ、あんたアシズさんの知り合い?」

 

修道女………ティスはノゼルの問いかけにしかし答える余裕がなく、俯いて肩を震わせている。

 

一体どうしてアシズは逃げ出したのだろうか。

 

彼が自身の手を振り払う瞬間の眼差し、あの目が意味する感情を自分は知っている。“紅世の徒”、あるいは自分達フレイムヘイズを見た時の人間達と同じ目。

 

すなわち『恐怖』だ。

 

(どうして……)

 

最愛の男に恐れられるという事実にティスの胸が張り裂けそうになる。

自分は知らぬうちに何か粗相をやらかしてしまったのだろうか。だから彼に拒まれてしまったのだろうか。

 

(やっと………やっと会えたのに……!)

 

早く追いかけなければならないのに、両足が動いてくれない。希望から絶望に突き落とされ、ティスの目からは先ほどとは違う種類の涙が溢れ落ちる。

 

 

 

 

 

すると

 

 

 

 

リリリリリリリリ!!

 

 

 

「「!?」」

 

 

鈴を鳴らすような音が、その場に響いた。

驚く二人が慌てて音の出所を探せば、先ほどまでアシズが立っていた場所に何かが落ちていることに気づく。

それは手のひら大の四角い白い金属でできた物体で、振動しながら鈴の音を鳴らしていた。

ノゼルには得体の知れないマジックアイテムの類いにしか見えなかったが、フレイムヘイズのティスはそれがなんなのかを瞬時に理解した。

 

間違いない、宝具だ。

 

おそらくアシズが所持していたものだったのだろうが、逃げる直前に落ちてしまいその衝撃で起動したらしい。

 

もしかしたら、アシズに関する手がかりになるのではないだろうか?

そんな淡い期待を抱きつつ、恐る恐る拾いあげるティスが宝具の表面を指でなぞってみると、鈴の音が止んだ。

 

『おお“冥奥の環”、なんか用か?』

 

「え!?」

 

「っ………!」

 

すると今度はがらっぱちな老境にある男の声が宝具から出た。ノゼルは小さなアイテムから響く声にただ驚くが、ティスはそれとは違った部分に驚いている。

 

『あれ? お~い、聞こえてるか?』

 

返事がないことを不審に思った声の主、その特徴的な声質と言葉使いにティスは聞き覚えがあった。

 

「ガヴィダ様………? ガヴィダ様ですか!?」

 

生前幾度か親交のあった“紅世の王”の一人、“髄の楼閣”ガヴィダの声だ。

 

『!?』

 

ティスの声にガヴィダも相手が何者か気づいたらしい

 

『お前………『棺の織手』か!?』

 

『なぜお前が生きている!?』と続けようとして、自分とアシズがこの世界で生きている事実を思い出してガヴィダの言葉が詰まる。

 

『あ~………』

 

そしてアシズに渡したはずの宝具をティスが使っている状況から、向こうで何が起こっているのかを瞬時に察したらしい。

 

『…………取り敢えず、“冥奥の環”に代わってくれねえか?』

 

 

 




ようやく書きたかったやつ書けた!(前も似たようなこと言わなかったっけ?)

しかし思いの外アシズ様のPTSDを深くしてしまったなあ……;


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贖罪への一歩

アシズ様編一区切り。

正直ティスサイドの心象描写が少なすぎるかな~とは思ったのですが、気力が尽きてしまったのでこのままいきます。


「はっ………はあ……はあ……!」

 

必死に逃げ続けた末にアシズは視界の端に見つけた廃教会に駆け込み、建物全体に自在法を何重にもかけて閉じ籠ってしまった。

そこはかつて四大神を信仰する教会だったのだが、ここを管理していた神父が流行り病で亡くなってから10年間無人の場所だ。

 

自在法がしっかり発動していることを確認すれば、緊張の糸が切れて扉に背を預けてずるずるとその場に座り込む。何度も呼吸を繰り返しながら、アシズは改めて彼女の姿を思い出した。

 

間違いない、あれはティスだ。

 

(生き……てる……)

 

自分をアシズと呼んでくれた。

涙を流して微笑んでくれた。

寸分違わぬ、生きている彼女だった。

 

会えて嬉しい。

嬉しいはずなのに、アシズの胸中は様々な感情が入り乱れてまとまらない。

理由はただ一つ、自身を見つめる美しい眼差しが………いつかの血に染まった悪夢と重なるのだ。

 

 

 

『貴方なんて………貴方なんて、大っ嫌いです!!』

 

 

 

拒絶の言葉が脳裏を過り、心臓を握り潰されるような苦痛が胸を苛む。過呼吸を起こし、寒くもないのにガチガチと歯を鳴らす。尋常じゃないほどに心拍数が上がり続けるのを抑えるように、アシズは身体を抱きしめて縮こまるのだった。

 

 

 

「アシズ様! お願いします、開けてください!」

 

 

「!!」

 

 

そこへ背後の扉越しにティスの声がかけられ、アシズはビクリと震えて見つかってしまったと焦る。

これだけ厳重な自在法を行使していれば逆に目立ってしまうものだが、今のアシズはそんなことに気づける余裕がない。

 

これ以上醜態を晒して彼女に嫌われたくない、でも彼女と対面するのが怖い。相反する不安がアシズの行動を制限してしまう。

なんとも情けない話だ、天罰神に歯向かった時でさえここまで恐怖したことはなかったというのに。

 

 

 

 

「アシズ様! 私と直接相対したくないのであれば、せめてガヴィダ様のお話に耳を傾けてください!」

 

するとティスの口からガヴィダの名前が出されてアシズは戸惑う。

なぜ彼女がガヴィダのことを知っている?

いや、まさか彼も来ているのか?

 

涌き出た疑問に答える代わりに自在法がこじ開けられ、僅かにできた隙間から宝具が投げられて床に落ちる。

それは以前ガヴィダに貰った遠話用宝具だ。どうしてティスがこれを持っているのかと、しまっていたはずの懐をまさぐるとそこに宝具はない。どうやら逃げる途中で落としたらしく、その際に繋がってしまったようだ。

 

『“冥奥の環”』

 

宝具からはガヴィダの声が聞こえる。

 

『今、スマフォンを通して話している』

 

ガヴィダはティスの生存とその後のアシズの行動から、今の彼の精神状態をなんとなく理解していた。やっと精神的に落ち着いてきた矢先に、まさかこんなところでティスに再会するとは思ってもみず、心の準備ができていないのだろう。

 

『どうする、俺のほうから説明するか?』

 

おそらく今のアシズには直接説明する勇気がない。ある程度事情に精通し、尚且つ第三者的を持つ自分ならば偏見を持たずに話せるだろう。もちろんしてほしくないのであればそれはそれで構わないが、それだとおそらくティスは納得しないかもしれない。

 

「………すまない」

 

アシズの震える声での謝罪。それだけでガヴィダは彼の願いを察してくれたらしく、ため息で返すのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

一先ず人気のない場所で話したいというガヴィダの指示に従い、ティスは彼から事情を聞かされる。

 

「そんな………アシズ様が……!?」

 

ガヴィダから聞かされた話にティスは青ざめる。誰よりもフレイムヘイズの使命に身を削っていた彼が、自分が死んだことで喰らう側に回ってしまったという事実に凍りつく。

 

 

 

確かにあの時の自分は人間の裏切りで命を落としてしまったが、アシズが人間を憎悪し果ては都一つを消してしまうなどとても信じられない。

 

『俺はあくまで事実を言うだけだ。どう解釈するかはお前に任せる』

 

話せるだけ話したであろうガヴィダは、声色だけでも神妙な面持ちであることを伺える。

 

『ガヴィダの旦那ー! ちょっと相談があるんだが』

 

とここでスマフォンの向こうから野太い男の声が聞こえる。

 

『あ、ちょっと待ってろ! ………すまねえな『棺の織手』、呼ばれちまったから俺は一旦切る』

 

プツリと遠話が切れてしまい、ティスは震える手でスマフォンを握りしめるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

同時刻、息をきらせて走るノゼルはようやく療養所にたどり着いた。

 

「キース先生!」

 

「あ、ノゼルさん。お待ちしてました」

 

事前に連絡を受けていたキースは、彼がポーションを卸しに来たのだと思い笑顔で出迎えようとするが、ノゼルは首を振って否と答えた。

 

「違う違う! 今それどころじゃないんだって!」

 

いつになく慌てるノゼルにキースは小首を傾げる。

 

「どうされました?」

 

「アシズさんが廃教会にとじこもっちまったんだよ!」

 

「え!?」

 

そして告げられた言葉に目を見開く。

ノゼルから詳しく事情を聞くと、アシズは検問所の近くで見知らぬ修道女に声をかけられた途端に逃げだし、近所の廃教会にとじ込もってしまったという。

行く時は普通だったはずだがどうしたことだろうか? それにその女性とは一体何者だ?

 

「魔法で扉を閉めちまったから、うんともすんとも答えないんだ。なんとか先生のほうから説得してやってくれないか?」

 

「わかりました、案内してください」

 

アシズの事情を聞くのはもちろん、その女性とも話をしなくてはならない。ひとまずノゼルに留守を任せ、キースは教会に急ぐのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

幾分か時間が経ったおかげか、ようやくアシズの精神は落ち着いてきた。

ティスは最初期のフレイムヘイズとしては穏やかな部類だったが、人食いの“徒”に対する義憤は強い。ましてや都一つを喰らった自分のことなど許しはしないだろう。

ならば自分がやったことはしかるべき報いを受けるべきだ。彼女からいかな罵詈雑言を言われても、それが罰だと全て受け入れよう。

 

一度目を閉じてから教会にかけていた自在法を全て解き、ゆっくりと扉を開けた。

 

そこにはティスが立っていて、俯いているせいか表情は見えない。それに対しアシズはぐっと歯を食い縛り彼女の言葉を待つ。

 

 

 

 

 

 

「………ごめん、なさい」

 

「は?」

 

だが震える声で告げられたのは罵倒ではなく謝罪で、思ってもみない言葉にアシズは呆けてしまった。

 

「ごめんなさい……っ…ごめんなさい…!」

 

青い眼から涙が止めどなく溢すティスに、アシズはただただ困惑するのみだ。

 

「なぜ、なぜお前が謝る?」

 

この状況で責められるのは自分であり、ティスが謝る理由がわからない。ひとまず彼女を落ち着かせようと肩に手を置く。

 

「そんなつもりじゃ………なかったんです……」

 

ただ、ほんの些細な未練を口にしただけだった。

決して、アシズに是が非でも叶えて欲しかったわけではなかった。

 

なのに……

 

 

「私が! あんな戯れ言を言ってしまったばかりに! アシズ様を、苦しめてしまって!」

 

せきをきったように泣きじゃくるティスの姿にアシズの目が見開かれる。自分が無責任に呟いた夢が、愛する人を生き地獄に引き摺り落としてしまった。そのことに彼女は耐え難い罪の意識を感じているのだ。

 

「違う、違うのだティス! 全ては私が勝手にしでかしたことだ! お前は何も悪くない!!」

 

彼女の喪失を受け入れられず、その穴を埋めるために彼女の今際の願いに縋ってしまった自分の責任だ。

 

だから……

 

「泣かないでくれ……!」

 

ほかでもない彼女自身に、その尊い願いを責めないで欲しかった。少しでも彼女の悲しみを和らげなければと、アシズは恐る恐るその身を抱き締める。

 

「アシズ様………会いたかったです」

 

「ああ、私もだ」

 

「勝手に死んで………ごめんなさい…!」

 

「いい、お前は悪くない」

 

触れた身体から伝わる生きた温もり。彼女は確かに生きているのだと、アシズは改めて感じた。

 

 

 

 

 

 

 

「………」

 

キース医師が人だかりの隙間を縫って、ようやく廃教会に近くにたどり着いたかと思えば、アシズはすでに廃教会から出てきたアシズが泣きじゃくる女性を抱き締めているという光景が目に飛び込んでいた。

しかしそこには、彼が想定したギスギスした雰囲気はない。

 

「………いらぬ心配、だったかな?」

 

恐らく療養所に………いや、この都市に来てから初めて見たであろう、アシズが涙を流す姿。

いつも夢の中で何かに怯え、どこか疲れていたような表情からは憑き物が落ちており、それを見届けたキース医師はようやく心から安堵するのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そんな、まるで一枚の絵画を思わせる男女に姿を余所に

 

「………これでよかったのか?」

 

小さな草むらでは青紫色のカマキリが同色の蟻と会話していた。

 

「ああ、社長のご意志だ」

 

バフォルクから報告を受けて『棺の織手』ティスの存在を確認した“無貌の億粒”は、すぐさま社長をはじめとする仲間達にその旨を伝えた。しかしそれに対する蘭火の指示は、敢えて二人の『棺の織手』を引き合わせろというものだったのである。

わざわざ厄介な敵を合流させていいのだろうかと、上司の意図に疑問を抱くカマキリに対し蟻はクスクスと笑っている。

 

「全く、つくづく腹の底が見えない人だよ」




キース医師はクールに去るぜ。


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王都の裏道

ここからは王都編………なんですがここからだいぶ原作と流れが変わっていくかと思います。


夕暮れ時、今日の分の仕事を終わらせたばかりのセバスは気分が沈みきっていた。

影の悪魔による、『自分達がナザリックから離れている間に、コキュートスが裏切った』という報せを聞いたからだ。

 

それだけではない。

侵攻先の蜥蜴人の集落で強大な敵が現れ、返り討ちにあった末に一部の階層守護者も死亡してしまった。なによりも恐ろしいのは、その無様な結果にあの慈悲深いアインズが守護者達に激怒し、金貨の節約のためにデミウルゴス達を蘇生されていないとのことだ。

想像しただけでもゾッとする事態に、ナザリックを捨てたコキュートスに対する義憤と、アインズに見捨てられるかもしれない強迫観念にセバスの胸中は入り乱れている。

自分は決して主を裏切るわけにはいかない、もうあんな思いは二度とごめんだと、最後に見た銀色の背中を思い出してしまう。

 

“棺の織手”アシズ。

“壊刃”サブラク。

“天凍の俱”ニヌルタ。

そして『とむらいの鐘』の二人。

 

現状最も警戒すべき敵に関する情報収集のため、セバスは小さな噂話も取りこぼさないよう努める。

 

それにしてもなぜコキュートスは、ナザリックを裏切ったのだろうか?

至高の御方に仕える喜び、それ以外の幸せなどありえるはずがないというのに。

 

そうやって考えごとをしてしたのがいけなかったのだろうか、彼は前方の曲がり角から迫る気配を感じられなかった。

 

「きゃっ!?」

 

曲がり角で勢いよく出てきた誰かにぶつかる。見ればその人物は女性で、黄色い髪とシックなメイド服から考えるに、どこかの貴族の使用人だろうか。腕に抱えたバッグには食料品と思われるものが詰まっている。

 

「え、人!?」

 

なぜかセバスを見て驚愕しているメイドに、セバスは物腰丁寧に謝罪しようとしたが、

 

 

「やっと追い付いたぜ、このアマ!」

 

メイドの後ろから聞こえた野太い声に邪魔されてしまい、いかにもガラの悪そうな男二人がメイドの後から現れる。ぶつかった時の勢いから察するに、どうやら彼女はこの二人に追われていたらしい。

 

「さっさと金目のものを出しな!」

 

「なんなら身体で払ってもらってもいいんだぜ!?」

 

下卑た笑いを浮かべてナイフを向ける男達にメイドはグッと恐怖を堪えるように見据え、セバスは彼女を助けようとしてはたと我に返る。

ダメだ。ただでさえコキュートスの裏切りで今のナザリックはピリピリしているのに、これ以上面倒事に首を突っ込むわけには…

 

「お、おじさまだけでも逃げてください!」

 

しかしあろうことか彼女はセバスを背に隠して前に出る。彼女はどう見てもなんらかの武術を体得しているとも思えないし、魔法詠唱者のように魔力も高くなさそうだ。ハッキリ言って虚勢であると丸わかりだと言うのに、彼女は巻き込んでしまった責任から自分を守ろうとしている。

 

そんな僅かに震える彼女の背中が、

 

 

 

『誰かが困っていたら、助けるのは当たり前』

 

 

 

脳裏を過る、目映い銀色と重なった。

 

 

「………失礼」

 

「!」

 

 

意を決したセバスは右腕でメイドの肩を抱き寄せる。

 

「彼女に何を?」

 

まず威嚇のために僅かな気迫を滲ませれば、男達は一瞬だけたじろぐ。しかしそれも短い間だけしか持たないようで、自身らを奮い立たせるようにセバスに明確な敵意を向ける。

 

「んだよジジイ! 邪魔すんならてめえも死ねえ!!」

 

とはいえ怒号を上げて切りかかる男達の動きはセバスからすればあくびが出るほどに遅く、メイドを抱きしめる腕をそのままに片手だけでナイフを握る腕を払いのける。

後々面倒事に発展しないために、メイドに直接攻撃が当たらないように、尚且つ相手にケガをさせないよう努める。

 

それを何度か繰り返せば、男達は体力の限界がきたようで息切れし出す。

 

「ち、ちくしょう! 覚えてやがれ!」

 

さすがにこれ以上続けるのは体力的にも利益的にも無意味と判断したのか、捨て台詞を吐き捨てその場から逃げ出したのだった。

 

「大丈夫ですか?」

 

男達の足音が遠ざかるのを確認してから、メイドの肩から手を離す。

 

「あ、ありがとうございます」

 

メイドは頬を紅潮させ、たどたどしくも感謝を述べる。

詳しい事情を聞いてみると、買い出しの帰りにあの二人に因縁をかけられ、無我夢中でここまで逃げてきたらしい。

ふと左手を見れば攻撃をいなしていたせいか手袋が汚れていることにセバスは気づく。

 

「ああ、申し訳ありません!」

 

彼女が慌ててメイド服のポケットから黄色いハンカチを取り出し、セバスの手袋を拭くとたった一拭きで綺麗になった。生活魔法でも使ったのだろうか

 

「また先ほどの輩が現れないとも限りませんし、人通りが多い場所までご案内しましょう」

 

笑顔で胸に手を当て紳士的に対応するセバスに、メイドは申し訳なさそうに頭を下げた。

 

「すみません……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その後メイドを表参道に案内したセバスは、彼女から何度もお礼を言われた。

 

「本当に、ありがとうございました」

 

「いいえ、どうかお気をつけて」

 

夕日に向けて歩いていくメイドの後ろ姿を見送り、彼女の姿が見えなくなったところでセバスはため息をつく。

いけない。余計なトラブルに巻き込まれる危険性が高いというのに、結局人助けをしてしまった。

なるべく傷害沙汰にならないよう努力したとはいえ

、もしデミウルゴスに見られたならば殺気を向けられていただろう。

 

 

これでは御方に失望されてしまうと、今一度セバスは気を引き締める。

 

ナザリックのためにも、より良い結果を出さなければ。

ナザリックのためにも、完璧に職務を遂行しなけれれば。

 

ナザリックのために。

ナザリックのために。

 

 

ナザリックの………ために……

 

 

(………え?)

 

しかしここでふと、自身の考えに疑問が浮かんだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

私はなぜ、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

と。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ようやく表参道に出たメイドは安堵の息を漏らす。夕方のためか人通りは少ないものの、堅気の人間がいれば緊張の糸が緩む。

そして落ち着いてから改めて先ほどの老人の戦い方と物腰を思い出す。紳士的な対応、並みの冒険者を凌ぐ体術、まるで物語の騎士様が現実に現れたかのようだった。

 

「素敵な方だったなあ」

 

老人という点を差し引いても理想的な男性像に、頬を僅かに染めてほうとため息をつく。

 

 

『気楽なものだな』

 

 

しかし、胸を高鳴らせるメイドの耳に呆れたような声が響く。メイドの周囲に人影はなく、声は足元からかけられていた。対するメイドはそれに動じることなく影を見下ろす。

 

『あの老人は強いぞ』

 

「やっぱりそうなのですか?」

 

薄々そんな気がしていたメイドの問いに影は答える。

 

『雑魚が相手では比較にならないが、相当な手練れだと見える』

 

メイドとて()()()()では腕の立つ者を何度か見てきたが、それらと比較してもなかなかの体捌きだ。

無駄のない動きで双方に怪我一つ与えずに、その場をやり過ごすだけでも間違いなく()()()。断言する影に彼女が言うのならばそうなのだろうとメイドは頷く。

 

しかしそれでも、

 

「また会いたいなあ……」

 

出来ることならまた一目お会いしたいと、我ながらはしたない欲求が胸をくすぐる。こんなことなら名前ぐらい聞いておけばよかったかと少しだけ後悔してしまう。

 

『というより貴様、なぜわざわざ裏通りに出た?』

 

「それは……貴女が出やすいようにしようかと思って…」

 

『ふん、つくづく人任せか』

 

「申し訳ありません…」

 

おそらく呆れた表情を浮かべているだろう影に罪悪感はあるが、実際自分に戦う力はない。自分の取り柄はせいぜい逃げ足と()()くらいだ。

 

『いいからとっとと帰るぞ、タンポポ』

 

「かしこまりました、チェル様」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

例えるならば、綿毛が風に吹かれて飛び立っていくように。

ふわふわと『それ』は親から離れた。

 

 

 




一体メイドはなにものなんでしょうね


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少年と賢者

物心ついた時から、自分は搾り取られる側の人間であると理解できた。親の顔など知らないし、それまでどうやって生きていたのかさえわからない。時には粗暴な大人に殴られ蹴られ、今日の食べ物を手に入れられるかどうかな、ドブ川でもがき続けるような日々。それでも僅かな悪運に助けられ、自分は()()()()()()()()()()()

 

だが、それも今日までだ。

もう四日も何も口にしておらず、ガリガリに痩せた身体には最低限の栄養も行き渡っていない。ゆえに動くこともままならず、汚い簡素なねぐらで横になるだけで精一杯だ。さらに駄目押しとばかりに、その辺から拾ってきたボロきれで作った天幕から雨粒が漏れ、触れた部分から体温が奪われる。

 

これでいい。

これでやっと、楽になれる。

 

降りしきる雨音に混じって、死神の足音が聞こえてくる。死とはこんなにもハッキリと知覚できるものなのかと、どこか他人事のように思っていれば、ねぐらの天幕を誰かが捲り上げた。

 

 

その人物は自分と変わらなそうな年齢の()()で、同じ金髪でも土埃で汚れた自分と違い輝くように清潔だ。極めつけは汚れ一つない高貴な衣服、身なりからして明らかに貴族階級の子供だと見てとれる。

貴族が憂さ晴らしに貧民の孤児をいたぶることは珍しくない、大方この子供もそのためにこんなところに来たのだろうか。

ならばいっそ、そのまま殺してほしいと願う自分とは対照的に、その少年はオドオドと怯えながら天幕に身体を滑りこませ、

 

『あの………大丈夫ですか?』

 

細く綺麗な手で、薄汚れた自分の肩に触れた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その瞬間、目映さに刺激されて意識が覚醒する。目覚めたのは汚い路上の片隅ではなく清潔で高級な寝具の上で、ゆっくりと上体を起こしながら少年……クライムは先ほど見た夢の内容を反芻する。

 

「………またあの夢」

 

随分懐かしい夢を見たものだ。

あの日、自分を地獄から救い出してくれた手。

その温もりは、今でもハッキリと覚えている。

 

とはいえ感傷に浸っている場合ではない、朝日の高さから察するにもう起きる時間だ。

着替えや身支度を済ませてから部屋を後にし、長い廊下を歩いて一つの扉の前に立ち止まる。

扉越しに感じる気配から察するに、すでに何人かは集まっているらしく、また自分が最後になってしまったことを恥じながらもクライムはためらいがちに扉をノックする。

 

「入れ」

 

次いでぶっきらぼうな男の声が入室を促す。

 

「失礼します」

 

許可を得てからガチャリと扉を開けて中に入ると、部屋の内装と調度品の配置からするにそこは応接室であるとわかる。

扉と向かい合うように奥に備えなれた執務机を基本に、部屋の中央には低いテーブル、左右には三人用のソファー。黒と黄色で統一されたシンプルながらも気品のあるデザインには成金めいた悪趣味さはない。その内のソファーに座る五人の男女の視線がクライムに集まる。

 

「やっと来たか、小僧」

 

その内の色黒で筋骨隆々な、身体に刺青を刻んだ大男が睨む。

 

「遅くなって申し訳ありません、ゼロ様」

 

クライムの謝罪に答えたのは大男ではなく、その右隣に座る赤い髪の優男だ。

 

「安心していいぞ、若旦那ならまだ来ていない」

 

左隣に座るフルプレートアーマーの男は僅かに鎧を鳴らす。

 

「いいから座って」

 

妖艶な雰囲気の褐色肌のメイドに顎で指され、痩せ形で鋭い目つきの青白い肌の男を真ん中にするように、クライムはソファーの空いたスペースにぎこちなく座る。

 

それを合図にするかのように、扉の向こうから違う足音が近づいてくるのを一同は察した。足音の主は一度扉の前に止まると軽くノックするが、今度は男達からの入室許可が出ない。

なぜならその人物は彼らが住むこの屋敷の主。だからわざわざ配下からの許しなど必要ないはずなのだが、彼は扉越しにも関わらずえらく行儀よく挨拶する。

 

「失礼します」

 

返事を待つ間もなくガチャリと扉が開かれ、最後の一人が入室する。

見た目は腰まで伸ばした金髪を束ね、シンプルながらも品のある礼服に身を包んだ、少年と青年の中間ほどの若さの貴族。

彼は立場上部下にあたるクライム達に、丁寧に頭を下げながら長椅子の奥の執務机に座る。

 

「おはようございます、皆様」

 

 

 

彼の名前はクローム・ブルムラシュー。

現在の王派閥に属する六大貴族の一つ、ブルムラシュー家の若き当主にして、クライムの現在の主君である。

 

 

先代のブルムラシュー公は無能というほどではなかったが、ドがつくほどのケチで強欲な守銭奴だった。金が手に入るならば家族も国も売り飛ばすほどのゲスだったと、かつてを知る使用人達は口を揃えて罵ったくらいである。

その先代が()()()行方不明になってから、後継ぎの立場に登ったのが彼の一人息子であるクロームだった。父親と違って品行方正で賢い彼は、父が残した土地と財産と人脈を駆使して、その辣腕を振るい領民に潤いをもたらした。

彼の住むブルムラシュー領はもともと鉱脈が豊富で、金銭面では他貴族どころか王家すら凌いでいたのだが、そこへ経営力と社交性に秀でた若き当主が手を加えれば、僅かな期間で領土が栄えるのは当然の帰結というものだろう。

水道の完備、街道警邏隊を独自に設立、農業の改革等。

 

極めつけは人材育成の分野だ。

スラムの孤児や請負人、元裏稼業の者、引退した冒険者を雇用し結成された子飼いの私兵や知恵者をクロームは幅広く擁する。

 

その中でも抜きん出た実力を持つとされる六人の戦士達、通称『六腕』。

 

その映えある末席に加えられたことを喜ばしくもあるクライムだが、同時に不安でもある。自分ごとき未熟者が、これほどの戦士達と並んでよいものかと身体を強張らせる。

 

 

 

机に積まれた報告書に目を通しながらクロームは口を開く。

 

「サキュロント殿、『例の件』はいかがでしたか?」

 

「カルネ村のやつだな? 思っていた通り、あれは貴族派共の差し金だったらしい」

 

クライムの隣に座る男、“幻夢”サキュロントが答える。

 

クロームが彼に調べさせていたのは、数ヶ月前に“王国戦士長”ガゼフ・ストロノーフの部隊が、王国に属する近隣の村が何者かに襲撃されたのを調査していた件に関してだ。報告では帝国兵の仕業とされていたが、色々と調べてみると貴族派が手引きをしていた線が濃厚になってきたという。

王派閥の剣であるガゼフさえ亡き者にすれば王家など砂上の楼閣、貴族派が力をつけられるという企てだろう。

しかし結論から言えば、彼ら刺客がガゼフと接触することはなかった。トブの大森林を踏み荒らすように暴れたことでそこを縄張りにする伝説の魔獣『森の賢王』に惨殺されてしまったからである。

つまりは失敗。しかもガゼフの部下達を一人も殺せていないという有り様だ。

 

「………近々帝国との戦争があるというのに、内輪揉めしている場合ではないでしょうに」

 

サキュロントからの報告をまとめ、クロームはこめかみを抑えてため息をつく。

 

「『鮮血帝』のように、無能な貴族共を粛清できれば楽なんだがな」

 

対して赤い髪の優男、“千殺”マルムヴィストが冗談混じりに呟く。確かに、改革を阻害する彼らを直接排除してしまえば丸く収まるだろうに。

 

しかしそれもそれで問題が生じる。

まず粛清される貴族当主の後継者問題で、ほとんどは貴族の腐敗思想に染まってしまっているために、当主を継がせるには不安要素が強い。

現にかの帝国では貴族を大量に粛清した結果、人材不足に悩まされていると風の噂で聞く。

 

無論それに対してクロームも全く対策をしていないわけではない。

こんなこともあろうかと、彼は自らの私財で私設の学舎を創立し、才能がありそうだと判断した人間は貧富問わず幅広く引き取り、勉学と武術を学ばせることに余念がない。あとは彼らが立派に育ち、貴族に代わる領地の経営者として据えればクロームも多少強引に進めただろう。

 

しかしここでも想定外な方向で問題が起きた。

学舎の卒業生をはじめ領民達はクロームを慕ってくれているが、それに比例するかのように王都に対し反感を抱きはじめてしまう。自分達の才覚溢れた領主が、無能な王都の王公貴族達に傅くのが許せないとのことだ。それだけクロームの手腕が優れているということなのだろうが、今回ばかりは頭を抱えてしまう。

領民達の気持ちもわからなくもないが。

 

「いっそ若旦那が王様になっちまえばいいんじゃないか? 俺ら五人と領地の仲間達が束になれば、ガゼフを倒すことも不可能じゃないはずだ」

 

屈強な大男、“闘鬼”ゼロか凶暴な笑みを浮かべる。

 

「王、ですか………」

 

彼が提案するのはいわゆるクーデターだが、あながち愚策とも言えない。

クロームの手腕は王都の民にも知れ渡っている。

仮に政権を支配したとしても、貴族に反感を抱く彼らならば喜んで彼を迎えてくれるだろうし、穏健なランポッサも相手がクロームならば話し合いに応じ、運が良ければ無抵抗で王位を退いてくれるかもしれない。それならば領民の反感を抑えられるし、ほかの腐敗貴族共も無力化できる。

 

………自身にそれだけの人徳さえあれば、間違いなく手っ取り早いだろうに。

 

しかしやるとしても、自身が信頼できる王族の一人であるザナック王子を担ぐ形でしか無理だ。大方ゼロのいつも通りの冗談だろうと判断し、クロームは苦笑いで流した。

 

 

 

 

「若旦那。その王都からなんだが、ついでに言伝てを預かってきたんだ」

 

「なんでしょうか?」

 

サキュロント曰く、近々貴族を交えての会議が始まるのでヴァランシア宮殿に登城せよとの王命だ。

 

「その際にクライムも同行してほしいそうだ」

 

とたんにクライム以外の六腕達の表情が不快そうに歪む。兜のせいで顔の見えない“空間斬”ペシュリアンでさえ、不愉快なオーラを滲ませている。

 

「また『黄金の姫』のワガママかしら?」

 

褐色肌のメイド、“踊る三日月刀”エドストレームが忌々しそうに毒づく。

 

クロームが登城の際には『六腕』の誰かを護衛として伴う。

王宮で働く傲慢な貴族階級出身の使用人からすれば、平民どころか裏社会から成り上がったならず者に頭を下げるだけでも不愉快極まりないことである。幸いゼロ達は持ち前の力とこの風貌のおかげで、度胸のない貴族やメイドからは遠巻きに見られるだけですむ。しかしまだ若く力も未発達なクライムは陰口を叩く絶好の標的だ。

 

つまり実際のところは体のいい晒し者である。

 

クライムに留守を任せて五人のいずれかが行ければ問題ないのだが、彼の登城を命じるのがよりにもよって王家の姫君だ。その理由も単に彼に会いたいだけというふざけたものだが、王女の命を迂闊に断ることもできないため結局彼を行かせるしかない。

真面目過ぎてめんどくさい部分はあるものの、五人にとってクライムはかわいい弟分だ。その彼が嫌な仕打ちを受けて面白いはずがなく、五人は王女の無神経さに腹を立てる。

 

「ラナー様はそのような方ではありませんよ」

 

クライムは部屋の空気がピリピリしたのを察して、オロオロしながらもどうにか彼らを宥める。

彼女は王族の中でもランポッサに次いで真っ当な姫君だ。劣悪な環境下で育った彼らからすれば、王公貴族というだけで唾棄すべき相手なのだろう。自分も似たような経験があるので彼らの気持ちも理解できる。

だが本人は自分に会いたいだけで悪気などないので、責めるのはお門違いである。それに王都に行けばガゼフや『蒼の薔薇』の面々に会えるので、クライムとしては嬉しいくらいだ。

 

「………」

 

そんな純粋に喜ぶクライムの姿を、クロームはどこか悲痛な面持ちで見つめる。

 

「ではペシュリアン殿とエドストレーム殿も護衛として同行していただけますか?」

 

「もちろんよ」

 

「………」

 

妥協点として六腕の二人も伴うことをクロームが提案すれば、エドストレームは短く答え、ペシュリアンは無言で頷く。

 

「ありがとうございます。では朝礼はここまでとしましょう」

 

恭しく一礼し、クロームは解散を告げるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その後クライムは朝の鍛練に出かけ、ゼロ達もそれぞれの仕事に行くために部屋を出ていく。残ったのはクロームとペシュリアンだけだった。

 

「………いいのか? 若旦那」

 

二人きりになったのを確認してから、それまでずっと無言だったペシュリアンが初めて口を開く。

 

「クライムにあの姫の真実を伝えなくて」

 

「仕方ありませんよ。言ったところで信じてくれないでしょうから」

 

ペシュリアンの問いにクロームはため息混じりで返す。

 

そう、彼女こそがクロームにとっての最大の難敵。

頭脳面でもそうだが、あの姫は演じることにかけては右に出るものがいない。まず敵に回すべきではないだろう。

 

「最悪の場合、彼を交渉材料として利用しなければならないかもしれませんからね」

 

その際に彼女に悪感情を持たせないほうがいい。

クロームにとってもクライムは大切な友人であり、できれば巻き込みたくはない。しかし状況を考えればそうも言っていられず、いざという時の心構えをしていなくてはならないだろう。

 

(儘ならない、ですか。本当にその通りですね、軍師殿)

 




というわけで、今作では『綺麗(?)な六腕』路線で参ります。デイバーノックさんは“存在の力”を食われました。



クローム公、一体何者なんだ!?



クローム「父上? あ~、少し邪m………ご多忙そうだったので、気晴らしにどこかの森で動物と戯れてみてはどうかと勧めてから、お姿を見てませんね」

五人『wwwwwwwww』(爆笑)

クライム「………」(;-_-)


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偽りの翼

シャルティア曇らせ要素注意です。


同時刻、玉座の間に集められたシモベ達は、緊張のあまり心臓を握りしめられるような気分だった。

 

「度重なる緊急事態に、ナザリックもいまだ張りつめている」

 

アインズからかけられる、重く厳しい声に息が詰まる。あの事件以降、二度の失敗はしでかさないと必死に業務に努めていた一同だったが、もしや今度こそ見捨てられてしまうのではないかいうと不安と焦燥感に青ざめる。

 

「しかしここで、嬉しい報せが入ってきた」

 

ところが続けて発せられたのは、僅かに楽しそうなアインズの声色だった。今日まで他者を寄せ付けないオーラを常に滲ませていた御方が、これほど上機嫌になられるとは一体なにがあったのだろうか。

 

「では入れ」

 

戸惑う彼らをよそに、アインズはシモベ達ではない誰かに声をかける。その許可を合図に、玉座の間を隔てる重い扉が開かれ、誰かが入ってきた。

気配は六つ、内五つはなんとも言い難い違和感を抱かせるものだった。しかし背中越しに伝わる強大な力を持った、既視感のある一人の人物の気配にシモベ達は硬直する。

 

 

まさか……まさか!?

 

 

顔を上げてその姿を確認したい欲求が強まるが、まだアインズからの許可がないのに表を上げるなど不敬だ。必死に自らを律するシモベ達の真ん中を、ゆっくりとした足取りで進むその人物は、アインズを見上げるように玉座の前に立つ。

 

「面を上げよ」

 

ようやくアインズからの許可が下り、バッと勢いよく顔を上げた先にいたのは………

 

 

 

 

 

 

たなびく長い髪、輝く羽毛、力強い二対の翼、軽装な黄金の鎧を纏ったバードマンだった。見た目もバラバラな五体の見慣れないバードマン達を引き連れているその後ろ姿は、みまごうはずがない。

 

「ペロロンチーノ様!?」

 

誰よりも早く反応したのは、やはりというべきかシャルティアだ。至高の四十一人の一人であり、彼女の生みの親にしてアインズの親友。

 

『爆撃の翼王』ペロロンチーノその人だった。

 

先日の蜥蜴人との戦いでお姿を見たとの報告は上がっていたが、ニグレドの魔法でも結局行方がわからなかった。

その御方が今ここに、ナザリック地下大墳墓にご帰還なされた。懐かしき姿に歓喜の涙を流すシモベ達に対し、アインズの傍らで彼の姿を見たアルベドは無表情のまま、指が僅かにドレスを握る。

 

「帰ってきてくれたことを喜ばしく思うぞ、我が友よ」

 

「………」

 

アインズの喜悦を滲ませた声に対し、ペロロンチーノは無言で頷く。

 

「さて……」

 

するとここでアインズは、おもむろに玉座から立ち上がる。

 

「積もる話もあるだろう。私は席を外すから、みなと存分に語り合いたまえ」

 

みなも遠慮せずに再開を喜びたまえ、そう言い残すと転移の指輪を輝かせてその場から消えてしまった。ペロロンチーノは彼がいなくなったのをしかと見届けてから、用が済んだとばかりに玉座に背を向ける。

 

次いで跪くシモベ達の中で真っ先に動いたのはシャルティアだった。再会を喜べと、アインズから許可をもらった彼女を止める無粋な輩はいない。美しい顔を涙で濡らし、最愛の主に駆け寄る姿は絵にでもなりそうである。歓喜に胸が沸き立ち、ペロロンチーノに向けて彼女は手を伸ばす。

 

「ぺ、ペロロンチーノさ」

 

 

 

 

 

パシンッ

 

 

 

 

 

触れそうになったその白魚のような指先はしかし、無慈悲に払われた。

払われた手の痛みにヒュッと呼吸が止まり、少女の身体は石化したように固まる。その光景に見守っていたシモベ達も目を見開き凍りついてしまった。

 

「触るな」

 

さらに追い討ちをかけるがごとく、仮面越しに冷たい眼差しがシャルティアを射貫く。彼の傍らに控えるバードマン達も、まるで家族か友人の仇でも見るかのような、燃えたぎる憎悪を込めた眼差しでシャルティアを睨んでいた。だが呆然とするシャルティアはそちらには気づかない。

 

「………行きますよ」

 

結局ペロロンチーノが付き従うことを許したのはバードマン達だけで、彼はシモベ達には一瞥もしないまま玉座の間から出ていってしまった。

 

 

 

 

 

独り取り残された美しい吸血鬼の少女はアウラに声をかけられるまで、まるで帰り道を見失った子供のようにその場に立ち尽くすのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ペロロンチーノの自室だった部屋に閉じこもったハスターは、ヒュアデス達を懐に戻して部屋の中央に佇んでいた。

 

「随分と辛辣ですわね」

 

部屋の隅に立つのは青紫色の髪のメイドで、ナイアの分体の一つであることは見て察せられる。

 

「………あんな粗悪な紛い物、視界に入れたくもありません」

 

吐き捨てるように告げるハスターに、メイドはクスクスと上品に笑う。

 

「彼女達、弟さんとお姉さんが手塩にかけて作ったNPCなんでしょう? ()()()()()()()()()()じゃないですか」

 

侮蔑の色を隠しもしないその言葉を聞き、火山が噴火するようにハスターの怒りが燃える。瞬く間もなくメイドの目の前に迫る彼は、彼女の首を掴んでその勢いのまま壁に叩きつける。

めり込む身体から青紫色の火の粉がチロチロと燃えだすも、なおも笑みを浮かべるメイドにハスターは忌々しげに眼光を鋭くさせる。

 

「………全然似ていない」

 

地を這うようなドスのきいた声でハスターは静かに呟く。

 

「ハヤトは、あんな醜く笑ったりしない。ミクは、あんな汚ない目をしない」

 

「ええ、わかっていますよ」

 

蘭花から事実上の謹慎を言い渡された彼は、しばらくはあの大っ嫌いな紛い物と同じ空間で過ごさなければならない。あれだけ不審な行動をしておいて、この程度のペナルティで済んでよかったじゃないかと、メイドは名状しがたい嘲笑で答える。

 

「だから、しばらくはおとなしくしててくださいね」

 

シーと自身の唇に人差し指を当てるメイドの身体が崩れ、ゾワリと首筋を撫でる砂粒の感触を残してその場から消えていった。

 

 

 

 

 

 

 

残された彼の、固く握る拳からは赤い血が滴っていたのだった。




後書きという名の言い訳

私は別にシャルティア達が嫌いなわけではないのです。むしろ好きなはずなんですが、なんというか………

ナザリックの面々みたいに、いつも余裕で負け知らずなキャラや、たっちさんみたいに腐敗した社会で育ちながらも善と正義を信じれる真っ直ぐなキャラを愛でている時、たまに彼らの絶望する表情を見たいなって思う時があるんですよね。

頂上にいるからこそ、清らかであるからこそ、アイデンティティをボコボコにされて無様に泣きじゃくってほしいというか。

でも公式で本当にやられると自分が辛いんですよね。
なんだろうな、この矛盾した気持ち……


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薔薇と黄金

バルブロ「俺が王だ!」

貴族ども「我々が国を支配してやる!」

ランポッサ「胃が痛い…」

ザナック「クローム助けて!」(汗)

レイヴン「リーたんに会いたい……」(泣)







クローム(………帰りたい)虚無顔


互いの足を引っ張りあい何一つ話が纏まらない会議が終わり、クロームはようやく肩の荷が下りて大きく息を吐く。

貴族達とのやり取りはいろんな意味で疲れる。自分は基本領地にいるので彼らとの面識が少ないからまだマシなほうだが、立場上彼らと毎日顔を突き合わせなければならないランポッサ陛下がつくづく気の毒でならない。

 

「少し見ぬ間に、また痩せていらっしゃいましたね」

 

「ええ……」

 

ランポッサ王を案じるクライムに、クロームは静かに頷く。

 

「あんな優柔不断な王なんて助ける必要ないでしょう?」

 

「賢いあんたがそんなことに気づかないわけがないと思うが」

 

一方で周囲に誰もいないのを気配で察し、エドストレームとペシュリアンは小声で毒づく。

 

「………そう、ですね」

 

ランポッサ陛下は人間としては善良だが、一為政者としては優しすぎる。特に嫡子の中でも愚昧と評価されるバルブロ王子への対応は、ハッキリ言って甘い。クロームとしても彼らを退かせる策はいくらでも浮かぶが、不出来であろうと我が子を愛するその姿が、どうしても敬愛してやまない()()()()()と重なってしまう。せめてザナック王子を次の王に据えることができればクロームも悩まなくて済むが、貴族派達のせいでそれもなかなか上手くいかない。

 

()()()()()()ならばまだしも、今の自分に出来るのはせいぜい助言と人材育成くらいだ。

 

道中で頭を下げるメイドがクライムを見て不愉快そうに顔を歪めたりもしたが、ペシュリアンがギロリと睨めば縮みあがる。所詮甘やかされた腐敗貴族育ちの小娘などこの程度だ。正直帰りたい気持ちが強いが、クロームの用事はまだ終わっていない。

 

しばらく宮殿の廊下を歩く四人は、とある部屋の前にたどり着き扉をノックする。

 

「どうぞ」

 

扉の向こうから鈴を転がすような女性の声が入室を許可する。

 

「失礼します」

 

クローム達が入室した先には二人の美女が優雅にお茶をしていた。

艶やかな黄金の髪と深みのあるブルーサファイアの瞳、絶世の美女と呼ぶに相応しいこの国の第一王女。ラナー・ティエール・シャルドロン・ライル・ヴァイセルフ。

もう一人は朱色のドレスで着飾った令嬢で、ラナーには劣るものの生命の輝きと形容する美しさを持つ。ラキュース・アルベイン・デイル・アインドラ。

 

二人がクロームの姿を認識すると、ラキュースの目が驚愕に見開かれる。

 

「くくく、クローム公!?」

 

顔を真っ赤にしてガタンと椅子から立ち上がるラキュースに対し、ラナーは笑顔で出迎える。

 

「久しぶりね、クローム」

 

「お久しぶりです。ラナー様、ラキュース殿」

 

ラナーに促されたクロームが空いた席に座り、クライムが何気なく部屋に視線を移すと物陰に誰かがいた。

 

「!?」

 

驚いたのはクライムだけで、ほかの者達は動じなかった。

 

「ティナ、もっと普通に出てこれないわけ?」

 

エドストレームが呆れたようにため息をつく。

 

(ティナ………つまりこの方が)

 

王国のアダマンタイト級冒険者チーム『蒼の薔薇』の一人で、双子のイジャニーヤの片割れ。同じ『蒼の薔薇』のラキュース、ガガーランやイビルアイとは何度か面識があったが、彼女と直接会うのは初めてだった。

 

「ガガーラン達は来てないの?」

 

「あいつらもいてくれたほうが、堅苦しくなくてすんだんだがな」

 

「鬼ボスの命令で仕事ができた」

 

エドストレームとペシュリアンはクロームの縁で何度か一緒に仕事をした仲であり、彼らも貴族ではないためか気兼ねなく話せる戦友である。

 

するとここでティナがジッとクライムの顔を凝視しだす。

 

「その……私の顔になにか?」

 

なにか粗相をしてしまっただろうか?

 

「大きくなりすぎ」

 

「は?」

 

「気にしなくていいわよクライム」

 

「むしろ気にしたら負けだ」

 

「?」

 

エドストレームとペシュリアンがティナの頭を鷲掴んで無理矢理伏せさせるのを見て、疑問符を浮かべながらも頷くクライムだった。

 

 

 

 

それからはクライムの鎧に関する話題になった。

彼の鎧はラナーがクロームに頼んで用意させたものだが、彼女としては自力で渡したかったらしい。しかし王女付きのメイド達がそのことを他の貴族に告げ口し、たかだか平民のために王家が謝礼金を出すなど恐れ多いと文句を言い出したのだ。なので仕方なく直接の主であるクロームが手配することになったのだが、いまだに納得できないラナーは膨れっ面で不満を言う。その姿は栗鼠のようで実にかわいらしい。

 

(こんなにも穏やかで温かい光景を見ていられるのも、全てクローム様のお陰だ)

 

あの日彼が手を差しのべてくれなかったら、こんな日々を送ることなどできなかっただろう。改めて主への感謝の念が込み上げ、クライムは思わず笑みを浮かべる。

 

「………」

 

そんなクライムを見て一瞬だけラナーの表情が固まったように見えたのを察し、クロームの指先が僅かに震える。

 

これも全て演技だというのだから恐ろしい。

美しく慈悲深い仮面の下は、人としての情が欠落した生まれついての異常者。そんな彼女だがなぜかクライムには御執心なのである。恋する異性ではなく、可愛い愛玩動物という認識でしかないが。

彼女の本性に勘づいているのはクロームのほかにはザナックとレイヴンのみで、ザナックはクライムの身を案じてくれていたが言い方が悪いせいで彼に誤解されている。

しかしその頭脳はまごうことなく優秀だ、ゆえにいかに彼女をザナックの味方につけるかが王国の将来にかかっている。そのためにもクライムの取り扱いには注意せねばならない。

 

 

「では本題に入りましょうか」

 

なんとか話題を反らそうと、クロームは軽く咳払いをする。

 

「実は『八本指』のことで、皆様の意見を聞きたいのです」

 

『八本指』、それは派閥関連以外でクロームが頭を悩ます存在。王国の裏社会を牛耳る強大な犯罪シンジケートで、あまりの巨大さにその全貌はいまだ謎に包まれている。

特に問題なのが王国に最も蔓延している違法薬物の原材料『黒粉』の栽培だ。

いくつかの栽培所は調べがついており、領主権を持つ貴族が共犯者であることは明白だが、王族などの査問や司法の手が入った場合を除いて封建貴族を有罪にすることは極めて難しい。村人に責任を押し付けて知らぬ存ぜぬを通されるのは目に見えている。

 

今回ラナーからとある栽培所を潰すように依頼されたのは『蒼の薔薇』だったのだが、本来冒険者組合を通さない依頼は規律違反である。

そこでクロームは自身の子飼いの暗殺者達を貸し、疑いのあった村三つに乗り込み、黒粉畑を焼き払わせた。その際に部下達がいくつかの書物を発見したとの報告が上がっていたのだ。

 

「おそらくは何らかの指令書だろうと思うのですが、何かわかるでしょうか?」

 

全員が一読してから、ラナーが換字式暗号と断定する。クロームとラキュースもその辺りは予想ができていたが、変換票が見つからず解読に四苦八苦していた。

しかしラナーはこれの解読は簡単だと述べ、用意しておいた紙にすらすらと解読文を書き記していく。

変換票無しで解読など、何万という単語を全て知っていなければ無理だと言うのに相変わらず驚愕の頭脳だ。もし彼が王女ではなく王子として生まれていたならば間違いなく王となっていただろう。

 

………かくいうクロームもやろうと思えば解読できるのだが、ラナーの()()()を察して知らないふりをする。

 

解読の結果どうやら指令書ではないようで、王都内の場所の名前が記されていた。もしかしたら麻薬関連の重要拠点があるのではとラキュースは睨むが、ラナーとクロームは否定する。

おそらく麻薬部門以外の他の部門の情報を故意に与えることで、自分達に対する興味を一時的にそらす狙いであろう。これは即行動かないと不味い。

 

 

 

そして残る懸念は『裏の娼館』である。

 

ラナー発案のもとに王国には奴隷禁止令が出されたものの、それ以前から奴隷売買の元締めを行っていた『八本指』の悪行を阻むには及ばない。

王都……あるいは王国最後の裏の娼館、悪辣極まりないその場所ではありとあらゆることが体験できるらしく、簡単には潰されない。

ティナ達の調べで奴隷売買の長『コッコドール』と関係のある貴族の名前が幾人か上がってきてはいるものの、真偽はまだ不確かなために行動に移すのは早計なのが現状だ。

 

ラキュースは権力を用いた手段での捜査は不可能だから、自分達が強行突破して暴くというのはどうかと提案する。

証拠さえ見つけられれば問題ないし、本当に奴隷売買の部門が娼館を運営しているのであれば、潰せれば大打撃になる。証拠の内容によっては取り込まれている貴族たちに対する強力な一撃になるはずだと彼女は述べた。

 

義憤に燃えるラキュースに対し、クロームは胸を痛める。

 

この薔薇の令嬢もなんと哀れだろうか。

まさか自分が親友と思っている目の前の女が人を人とも思わない化け物で、自分のことすら駒としか見ていないなんて。終いには役立たずと判断されればいつでも切り捨てられる始末、知らぬが仏とはよく言ったものである。

 

ラキュースは数少ない真っ当な貴族の一人であり、王都では一番信頼できる令嬢だ。『蒼の薔薇』のリーダーであり若くして幾つもの偉業を成し遂げ、アダマンタイトに上り詰めた女傑、クロームにとっても尊敬できる人物である。そんな彼女がラナーの損得次第で破滅するかもしれない姿を、どうにもほうっておけない。誰よりも強く優しい()()()()によく似ているから、尚更に。

 

「………でしたら、私の配下の者達に任せてみましょうか?」

 

そこでクロームはまだ王都に待機させている諜報専門の配下に探りをいれさせてみようと提案してみる。最初こそ『そこまで甘えるわけにはいかない』と反対するラキュースだったが、万一貴族派閥にバレた場合の言い訳もいくつか考えてあるから大丈夫だと言えば、申し訳なさそうに俯く。

 

「その………いつも面倒なことばっかり押し付けてごめんなさい」

 

「ラキュース殿が気に病む必要はありません」

 

せめて自分だけは、よき友人として彼女を助けてやりたい。そんな気持ちでニコリと微笑めば、なぜか彼女は顔を赤く染める。

王都のアダマンタイト級冒険者と貴族令嬢という二足のわらじの彼女は実に多忙だ。もしや体調が優れないのだろうかとクロームは心配になる。

 

「もったいない」

 

その光景を見て、ティナがなぜか不服そうに睨む。

 

「もっと小さかったらよかったのに」

 

まただ。

たまに彼女は自分や特定の男性を見る度に『もっと小さければ』と口にする。一体なにを言っているのだろう?

 

「ティナ!」

 

ラキュースが叱責するも、ティナは肩を竦めて紅茶を啜る。

 

「大丈夫、人の獲物を横取りするほどバカじゃない」

 

カップをソーサーに置くと、ラキュースの肩をポンと叩く。

 

「鬼ボスさあアタック、ティアも彼なら許す」

 

「なななな、なに言ってるのよ!?」

 

「?」

 

一体二人はなんの話をしているのだろうか?

なんとなく『八本指』関連の話題ではないと理解できたが、内容の意味がわからないクロームだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「………なんで普段賢いクセに、こういったことには鈍いのかしら?」

 

「おそらく若旦那の優れた頭脳の代償なんだろう」

 

そんなやり取りを壁際から見守る三人の内、肝心なところで鈍感な主をエドストレームとペシュリアンはどこか虚無な表情で眺める。

 

「お二人とも、なにか?」

 

ただ一人クライムだけは先輩二人の心中が理解できなかったらしく、不思議そうに問いかけた。

 

「いえ、なんでもないわ」

 

「気にするな」

 

意味ありげにそっぽを向く二人に、クライムはただただ首を傾げるのみだった。




なんとなく閃いたので、ラキュースとフラグを立たせておきます。




エド「まあその………同じ女として応援はしてあげるわ」

ペシュ「砂粒一つ分でも………可能性はあるとは思う」



ラキュ「せめて目を反らさずに言ってよお!!」(泣)


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偽善と真贋

シャナ再放送嬉しいです!


ナザリックに宛がわれた自室の洗面所にて、セバスはせりあがる嘔吐感に悶え苦しんでいた。

至高の御方から賜った衣服を汚すわけにはいかないと、執事服を脱ぎ鍛えぬかれた上半身を晒している。だがその挙動はセバスからしても醜態としか言い様がなく、常に巌のごとく完成されたバトラーの気品はない。

 

「はっ………ぐぅ……おぇっ!」

 

口ひげが汚れるのも構わず、排水口に向けて胃の内容物を吐き出す。というのもここへ来る道中、仲間達が捕らえた人間を残忍な方法で嬲り殺していたのを見てしまい、それからというもの不快感が止まないのだ。

ナザリックの者達は自分のような一部の例外を除いて、皆が人間を嫌悪している。それは至高の御方にそうあれと命じられたからであり、それこそが御方より賜ったシモベ達のアイデンティティでもあるのだ。セバスも彼らの性質を理解しているし、ナザリックに仇なす輩であれば例え人間であっても倒す。

 

そのはずなのに………

 

 

(………気持ち悪い!)

 

 

特に不快な仕打ちをされたわけでもないのに、人間を侮蔑する仲間が。

明らかに自身に非があるのに、人間に逆恨みをする仲間が。

まるで花を詰むかのように、笑顔で人間をなぶる仲間が。

 

恐ろしくて仕方がない。

 

栄光あるナザリック。

確かにそう誇っていたはずのここは、こんなにも居心地が悪かっただろうか?

 

 

なぜ今さらになってこんな感情を抱くようになってしまったのか、思い当たる節はある。以前王都の路地裏で、暴漢に襲われそうになった女性と出会ってからだ。

 

彼女が自分に何かしたのか?

 

自分の種族は竜人とはいえ、アンデッドのように精神系魔法を完全に無効化できるというわけではない。なんらかの魔法か、スキルか、あるいはタレントか。いずれにしても彼女に会って確めなければ。

 

(………確めて、どうすると?)

 

戻してくれと頼むのか?

かつての、人間を蹂躙する仲間に笑顔を向ける、狂った従者に戻してくれと?

嫌だ、あんなおぞましい化け物に戻りたくない。

だがこんな精神状態では日常生活もままならない。

ここ最近のセバスはずっとこんな調子で葛藤している。

 

もはや吐き出せるものがなくなり胃液しか出ず、喉が焼けるように熱い。やっと嘔吐が収まったところで自身と洗面所の周囲一帯に≪清潔≫をかける。

身なりを整え、部屋を片付けたところでようやくセバスの精神は落ち着いてきた。一刻も早く王都に行かなければ、いるだけでこの様では当分はここに戻りたくない。部屋をあとにして逃げるように足早に廊下を進んでいく。

 

 

 

 

 

 

「なんなんでありんすの!?」

 

「こっちが言いたいんですけど?」

 

 

すると曲がり角の向こうから誰かの口論が聞こえてくる。セバスは思わず立ち止まり、気配を消して角の向こうから恐る恐るその先を覗き込む。

 

まず見えたのはユリとアウラ、そしてシャルティアの後ろ姿だ。彼女達の向かいにはペロロンチーノが連れてきたバードマン達のうちの三人が対面している。確かヒクイドリがカルバーナ、孔雀がジュノベル、烏骨鶏がラヴィラと言っていたか。

 

「どうしてお前達が、ペロロンチーノ様のご寵愛を受けているでありんすの!? あの方に何をした!?」

 

背中越しでも怒りの形相になっているとわかる彼女達の怒号を受けて、バードマン達は露骨に嫌そうな目で睨んでいる。

 

「なんでも何も、俺らあの方とそこそこ付き合い長いしな」

 

「というよりは、おたくらがウザいから必然的に僕達と行動を共にするしかないというか」

 

ペロロンチーノが旅先で出会ったというあのバードマン達は、どういうわけかナザリックの者達を毛嫌いしており、メイド達とも決して小さくはないいさかいを起こしているのはセバスも知っている。

だというのに、ペロロンチーノはナザリックの者達を遠ざけ彼らの肩を持とうとしているのだ。

これに対し当然と言うべきか、ペロロンチーノが自ら生み出したシモベであるシャルティアが、納得できないと彼らに嫉妬している。しかし彼らは階層守護者最強の彼女の怒りを真正面から受けてなお怖じけもせず、それどころか挑発している。

 

「撤回しなさいよ………!」

 

「撤回もなにも、事実でしょう?」

 

必死に怒りを抑えるアウラに対し、ラヴィラが冷たく切り捨てる。

 

「貴方達、鬱陶しいんですよ。口を開けば御方のため、ナザリックが最高、中身のない称賛ほど腹立つものはない。おまけに護衛だなんだと言って、プライベートにまで割り込んでくるんですから心休まる暇もない」

 

邪魔なんだよお前ら。

心底目障りだと言外に込める三人のバードマンにユリが反論する。

 

「そんなことはありません! 私達は至高の御方にそうあれと作られた存在、少なくともお隠れになる以前は間違いなく彼らに愛されていたと記憶しております!!」

 

それは忘れられない尊い日々だったと必死に語るユリに、セバスもありし日のたっち・みーと過ごした日々を思い出す。

しかしそれに対しカルバーナは冷えきった目線でユリを見つめ返してきた。

 

「………ユリ・アルファさん、だっけ? おたくみたいなのをなんて言うか知ってる?」

 

ハッと鼻で笑い、吐き捨てるように続けた。

 

 

「偽善者って言うんだよ」

 

 

偽善者、その言葉がなぜか今は関係ないはずのセバスの胸に突き刺さる。

 

「ぎ、ぎぜ……!?」

 

「意味ぐらいはわかるだろ?」

 

「私は善人を装ってなどいません!」

 

動揺するユリに畳み掛けるカルバーナ。

ユリは自分と同じく人間に友好的な数少ないシモベ、その彼女を偽善者と呼ぶのはさすがに暴言が過ぎるのではないだろうか。

 

「でもアインズ様に命じられたら、人間を殺すんだろ?」

 

「………御方の命とあらば」

 

しかし次いで述べられた問答に、セバスは頭を殴られたような衝撃を受ける。

 

 

………彼女は何を言っている?

 

 

 

「ほらな、やっぱり偽善者じゃねえの」

 

ブハッと爆笑するカルバーナにセバスは冷や汗が止まらなかった。罵倒されているのはユリ達のはずなのに、カルバーナの言葉は全てセバスに飛び火してくる。

彼らの言動はナザリックに対する冒涜、本来ならセバスも怒りを見せるべきなのになぜか罪悪感が沸き上がる。その通りだと、納得している自分がいることにセバス自身が驚いていた。

 

「今のアンタを見たら、さぞやまいこ様も後悔するだろうな。自分はなんて恐ろしい化け物を生み出してしまったのだろうって」

 

続けざまの挑発に激怒したのはユリではなくシャルティアだった。

 

「このっ………ムシケラがぁ!」

 

「虫じゃないですよ、一応鳥です」

 

ラヴィラの冗談なのかわからない返しに、身内を侮辱され続けたアウラはとうとう叫ぶ。

 

「アンタ達、どんだけ私達を侮辱するのよ!?もう許さない!」

 

 

 

 

「………侮辱?」

 

アウラの発言に、ジュノベルが底冷えする声色を漏らす。

 

「侮辱してんのはてめえらのほうだろうが!!」

 

突如激昂するカルバーナが口汚く罵り、シャルティアとアウラを指差す。

 

「お前らの存在そのものが、()()の尊厳を踏みにじっているんだよ!!」

 

バードマン達の怒りにセバスは困惑する。

()()とは、誰のことだ? なんとなくペロロンチーノとアインズのことを言っているのではない気がする。

 

「こんの………殺すぞてめえら!!」

 

「ああん? ヤんのか模造品どもが!!」

 

牙を剥き出してスポイトランスを構えるシャルティアに、カルバーナがゴキゴキと指を鳴らしてぶわりと羽根を逆立たせる。

このままではまずいと、一触即発の空気に慌てて仲裁しようとしたセバスだったが

 

 

 

「やめなさい」

 

 

 

その前にバードマン達の背後から制止の声がかけられた。

 

『!!』

 

一同が声のした方に視線を向けると、丁度渦中の人物が立っていたのだ。

 

「ペロロンチーノ様!」

 

縋るように叫ぶシャルティアだが、ペロロンチーノの視線は彼女ではなくバードマン達にのみ向けられている。

 

「貴方達、あまり噛みつくんじゃありませんよ」

 

『すみません……』

 

呆れたような声の主から苦言を受け、三人はばつが悪そうに項垂れる。

 

「まあでも………ウザいという指摘に関しては、肯定しますかね」

 

さらに冷たく呟く言葉にヒュッとシャルティア達の息がつまる。結局彼は娘と目を合わせることなく、バードマン達を連れてその場から立ち去るのだった。

 

 

 

 

 

 

「…………」

 

一方のセバスは、去り際にほんの一瞬だけ見えたペロロンチーノの眼差しに戦慄していた。

 

仮面ーーまるで、仮面だ。

本物の表情ではなく、感情を押し隠した、偽りの表情。

セバスの記憶の中のペロロンチーノは明るくフレンドリーな人物だったはず。あの御方は、あんなにも冷たい目をする方だっただろうか?

 

(………貴方は、誰なのですか?)

 

何が正しくて、何が間違いなのか。

もはやセバスにはわからなかった。

 

 

 

 




今まで機械的に命を奪っていた怪物が、突然人間性を獲得して今までの罪に怯えるのって素敵だよね!(^-^)


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死神花嫁

夜、某所の屋敷にて。

最低限の灯りをつけた部屋で、八人の人間が円卓を囲んで椅子に座っていた。彼らこそが王国を裏で操る巨大犯罪組織、『八本指』の幹部達である。

しかし人数に対して椅子の数が合わない。

 

「なんだ珍しい、ヒルマは欠席か?」

 

麻薬取引部門長、ヒルマ・シュグネウス。いつもならば彼女が座っている席には、彼女の側近が傍らに立っているだけで空席だ。

 

「申し訳ありません、なにやら急用ができたそうで」

 

なので代理として自身が立ち会うことを深く謝罪する彼に、窃盗部門長が眉間にシワを寄せる。

 

「ふざけるな。やつの施設に関する定例会だというのに、当事者が来ないとはどういう了見だ」

 

一応言伝ては預かっているらしく、この埋め合わせは後日必ずすると約束を取り付け、ひとまずは今日の議題に入る。

 

「貴様らの麻薬栽培施設が何者かの手によって襲われたという話だが、その相手の情報は何か持ってないのか?」

 

「残念ながら、証拠は一切残されておりませんでした。しかし逆を言えば、わからないからこそ絞りこめます」

 

これだけ鮮やかな手口ともなると、襲撃者はアダマンタイト級は下らないはずだと推測する。

 

()()()()()だ? あるいは()()()()だ?」

 

朱か蒼か、あるいは賢者の犬どもか。実力から考慮するにこの当たりが無難だろう。

 

「そこまでは……判明したのはつい最近だそうなので」

 

「そうか、では各員そういうことだ。何か情報を持っている者は手を挙げよ」

 

窃盗部門長の言葉に一人が挙手する。

 

「ねえ、だったら僕らを雇わない?」

 

円卓にドカリと足を上げて背もたれに体重をかける、不敵な笑みを浮かべる中性的な顔立ちの少年。

傍らには竪琴が置かれており、吟遊詩人だと見てとれる。

 

警備部門長、“呪作詞”ボイス。

裏社会では知らぬ者なきチーム『三爪華』のリーダーであり、その実力はアダマンタイト級に匹敵するとされている実力者だ。

 

「君らんところの雑魚じゃ守れないんじゃない?」

 

麻薬部門の異変を稼ぎ時と判断した彼は、ここぞとばかりに自分達を売り込む。

 

「ヒルマ様の言伝てによれば、必要ないとのことです」

 

しかし側近はゆるく首を振ってそれを断る。下手に護衛の戦力を増やすと怪しまれるリスクが高く、重要拠点を知られるわけにはいかないからだと述べる。

 

「………じゃあその話、私が代わりに受けたいわん」

 

代わりにボイスの提案に答えるのは、奴隷部門長アンペティフ・コッコドールだ。ボイスからすれば意外な申し出に不敵に笑って問う。

 

「へえコッコドール、払ってくれるの?」

 

「大丈夫よボイス。それもできれば三爪華クラス……精鋭中の精鋭を一人は雇いたいのよ」

 

自身と同等の精鋭を所望とは、そうとう厄介な案件ということだろうか。

 

なんでも、もうボロボロで使い物にならない娼婦を捨てようとした矢先に、従業員が店から出ると女を入れた袋がなくなっていたという。一度部下達に探らせたが結局見つからず、あそこの娼婦達は自力で逃げる気力も体力もないはずなので、何者かに運ばれた可能性が高い。もし組織に敵対する派閥に知られたとすれば、娼館に関する証拠を握られてしまう危険性が高く極めて厄介だ。

 

「会議が終わったらすぐでいいかしら? 実はすぐにやってほしい仕事があるのよ」

 

「わかった。じゃあルベアに任せよう」

 

“瞬血刃”ルベアは三爪華の中では隠密に特化した元イジャニーヤである。彼ならば娼婦を探すくらいは雑作もないだろう。

コッコドールの話がまとまったところで、今度は()()()()()()に関する議題を述べようとした時だった。

 

ガチャリと、部屋の扉が開かれる。

 

部屋の外に控えさせた部下だろうかと一同の視線が扉のほうに集まるが、

 

 

 

「あの~、すみません」

 

 

 

可憐な少女の声を発し、落ち着きなさそうに部屋を見渡すのは一人の女だった。

 

「娼館の管理をされている方は、こちらにいらっしゃいますか?」

 

顔は黒猫の仮面で隠され、フリルをあしらった黄色いドレスはタンポポをイメージしたウェディングドレスに見える。

見張りの部下ではない。いやそもそも、八本指にこんな裏社会に不釣り合いな格好の構成員はいないはずだ。

 

「な、なんだ貴様!?」

 

「どこから入ってきた!」

 

突然現れた異様な侵入者に、部門長達は慌てて椅子から立ち上がる。

 

「まさか、蒼の薔薇か!?」

 

先ほどの報告にあった娼婦を手がかりに、もうここを嗅ぎ付けられたのだろうか。一同の中でも戦闘専門のボイスは長年培った経験から素早く竪琴を構えるも、対する女はゆるく首を振って彼らの疑問をやんわりと否定する。

 

「いえ、私は王国の兵でも冒険者でもありません」

 

ただの従者です。

 

護衛達が腰に差した剣に手をかけようとした瞬間、彼らの首が宙を飛んだ。

部門長達がヒッと怯む中、ボイスは冷静に弦に指をかけて呪詛を唱えようとするも、その指が音色を奏でる前に今度は彼の首が失くなった。

 

ゴトリと床に落ちる首。八本指の精鋭が抵抗する間もなくやられた事実が、部門長達にかつてない恐怖を与えて彼らは1ヵ所に集まり身を寄せ合う。

 

「もう一度聞きます。娼館の経営者はどなたなんでしょうか?」

 

女は落ち着いた物腰で最初と同じ問いを繰り返す。

どうやらこいつは娼館の主………すなわちコッコドールを探しているらしい。おそらく彼を殺しにきたのだろう。

 

「こ、こいつだ!」

 

「え、ちょっと!?」

 

標的が絞られているならばと、我が身かわいさに部門長達の行動は一致し、真っ先に仲間(生け贄)を差し出す。

 

「なるほど、その方なんですね」

 

だが次の瞬間、コッコドール以外の人間達の頸動脈が切り裂かれた。

 

「ひいい!!」

 

鮮血を噴き出し力無く倒れ伏す仲間達だったものを見て、コッコドールは恐怖から腰を抜かしてしまう。

 

「ぎゃあああああああ!?」

 

しかしそこでダメ押しとばかりに、今度は彼の手足がへし折られた。

床に倒れ痛みにのたうち回る彼が必死に周りを見渡すと、誰かが立っているのか黒い足が目と鼻の先にあった。

見上げた先にいたのは、暗闇に溶けるような真っ黒い外套に身を包んだ人物で、体格から見て女であることはわかった。黒い胴体とは対照的に暗闇に浮かび上がるほど真っ白い顔は整っており、頭からはかわいらしい動物の耳が生えている。

そんな美しい顔立ちと華奢な体格に反して、剣呑で無骨な右腕はアンバランスなほど巨大で、袖口からはこれまた大きく鋭い爪が伸びている。

巨腕からは血が滴り落ちており、それが意味することはこいつがボイス達を一撃で仕留めたという可能性である。

だがコッコドールがその女に戦慄するのは、その異様な容姿でも『三爪華』を殺した実力でもない。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()という、女のなんともいいがたい違和感を滲ませる気配にだ。

 

「………」

 

怯えるコッコドールをよそに、黒い女が顎でしゃくる。ドレスの女はそれだけで彼女の要望を理解したらしく、いそいそと部門長達の遺体を担いで椅子に座らせていき、そのほかの首を落とした護衛達も元の位置に戻していく。

 

ドレスの女は切断された首を胴体に軽く繋げると、黄色いレースの手袋で首に触れる。

すると切断面が消えて首がくっついていき、傷口が綺麗になくなっていく。それどころか触れた遺体を染める血の汚れも色が抜けていくように消えてしまったのだ。何も知らずに見れば眠っているだけのような綺麗な遺体に驚愕していると、黒い女はコッコドールの襟を乱暴に掴み自身の目線の高さまで軽々と持ち上げる。

 

「金庫はどちらでしょうか?」

 

コツコツと姿勢良く歩み寄るドレスの女は、仮面で隠された顔を近づけ彼に問いかける。

 

「あっ……案内するから命だけは!」

 

眼前に迫る死の恐怖に、コッコドールはほんのわずかな延命を試みようと必死に返事するのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

震える声で金庫までの道筋を示すコッコドールをぶら下げながら、二人の女は静かに廊下を進む。やがて目的の場所に到着すると黒い女が煩わしそうに扉を蹴破った。

大金だけではなく組織の情報に関する重大な書類も入っている金庫は、希少な鉱石で作られ頑丈な造りの倉庫となっている。その扉を黒い女は片足のみで破壊してしまう。見た目からして人間ではないのは明白だったが、やはりずば抜けた膂力の持ち主らしい。

 

『八本指』のアジトを襲撃し、部門長を皆殺しにした。この状況から考えられる可能性は一つ、この二人は『ブルムラシューの賢者』の回し者に違いない。

王派閥に属する大貴族の中でもその類い希なる知性と求心力から、王家に多大な影響を与える若き当主。八本指にとっては『黄金の姫』に次いで忌々しい存在だ。

 

こんな強引な手段で攻めこまれるのは予想外だったが、いずれにせよ自分は牢屋送り確定に違いない。

なんとか賢者への言い訳を必死に考えるコッコドールをよそに、ドレスの女は空の袋に次々と金銭を詰め始める。対して黒い女はヒマそうに金庫内を見渡していた。

 

「なんだこれは?」

 

棚に置かれた書類を掴んで首をかしげる黒い女に、ドレスの女は金貨を掴む手を止めて顔を上げる。

 

「娼館の契約書でしょうか?」

 

組織でのみ使用される暗号で記されているそれは、貴族とのつながりが記された重要な証拠だ。ところが黒い女は興味なさそうに書類を無造作に投げ捨ててしまい、バサバサと紙きれが床にばらまかれる。

 

「あ、ダメですよ散らかしちゃ!」

 

まるで悪戯した子供を叱るような声色で咎めるドレスの女は、金貨を詰めるのを中断して床に落ちた書類を拾い始める。一枚一枚を丁寧に束ねるとキチンと揃えてから、あろうことか金庫の横に置く女達の行動にコッコドールは戸惑う。

 

(こいつら………証拠を奪いにきたんじゃないの?)

 

こいつらが賢者の配下であるならば、あの書類を欲しがるはずだ。なのに二人はそちらに見向きもせず金貨を漁るだけ。

 

まさか賢者とは関係ない、ただの強盗なのか?

 

だとしてもたった二人で王国の影の支配者である『八本指』を相手にケンカを売るなど、命知らずにもほどがある。

………いや、あの殺しの手腕を見るに、それだけの自信があるということなのだろうか。

 

わけがわからない状況に頭を回転させていると、ガンッと首の後ろに衝撃を受けてコッコドールの意識はそこで途切れた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

コッコドールが次に気づいた時には目の前が真っ黒であった。慌てて身動ぎをするが手足を縛られているらしく、感触からして自身の身体が布に覆われて誰かに抱えられているのはなんとなくわかった。

 

どこに運ばれている?

一体自分はどうなってしまうのだ?

 

不安と恐怖に震える彼だったが、次の瞬間何か固いものに叩きつけられグエッとカエルのような呻き声をあげる。自身を縛る布を取り払われれば、コッコドールは芋虫のように地面に放り出されている状態にあった。

どうやら自分は麻袋に詰められていたらしく、おそるおそる辺りを見ると自分を囲むように複数人の女達が見下ろしているのが視界に写る。

 

(こいつらは………!)

 

その女達の顔には見覚えがあった。確かコッコドールが経営する娼館の奴隷達のはず。

 

なぜこいつらがこんなところにいる?

 

さらに不可解なことに娼婦達はボロボロな衣服を着てはいたが、その身体は身綺麗になっており粗暴な客どもから受けた痣も性病も全くなかったのだ。

 

「では、あとは皆様のお好きなようにしてください」

 

黄色い女がドレスの裾を摘まんで上品にお辞儀すると、それを合図にしたように娼婦の一人がゆらりと歩み寄り、コッコドールの顔面を蹴り飛ばした。

 

「ぶべぇ!?」

 

衝撃で前歯が欠けるコッコドールを見て、ほかの女達も続くようにわらわらと群がり、一人また一人とコッコドールに暴力を振るう。

 

やめて許して、助けて!

 

泣いて懇願する彼に唾を吐きかけ、死ねクソ野郎、気持ち悪いんだよと思いつく限りの罵詈雑言を浴びせながら、女達は憤怒と憎悪の形相で殴る蹴るを繰り返す。

そばの空き箱に腰を下ろすドレスの女は、猫の仮面の下で無表情を浮かべてその様子を眺める。

 

先日たまたま通りかかった路地裏で発見した、瀕死の状態でなおも怨嗟の目を絶やさなかった彼女達を焚き付けるような形で、今回の依頼を受けてしまったことを少しばかり悔いる。

 

「………これでよかったんですか?」

 

『あくまで経験からの話だ』

 

壁に落ちる自身の黒い影に問いかければ、素っ気ない女の声が返る。どん底から這い上がるのに必要な感情は憎しみだと、かつて手こずらされた輩の生きる原動力を身をもって知っている彼女は語った。

 

殴られる度に叫ぶコッコドールの声は徐々に小さくなっていき、呻き声が出なくなると身体が痙攣しだし、やがてピクリとも動かなくなってしまった。

ついに憎い怨敵が事切れたのを見届けた娼婦達は、緊張の糸が切れたのか力なくその場にしゃがみこんですすり泣き始める。

その内の唯一最後まで立っていた女がドレスの女の目の前歩み寄ると、美しいレースの手袋に包まれた彼女の手を強く握りしめ涙を流す。

 

「ありがとう……ありがとう……!」

 

貴女のおかげで、ようやくあいつをこの手で殺せた。本当にありがとう。

心からの感謝を嗚咽混じりに口にする娼婦に対し、ドレスの女は複雑な気持ちでその手を握り返す。

 

しかし影が僅かに揺れたのを横目に見て、やんわりと彼女の手をほどいた。

 

「………では支払いは、彼らの金庫の財産から差し引かせていただきますね」

 

すぐそこに人の気配を感じる、おそらく事前に撒いた人間達だろう。立ち上がり、彼女達に視線を向けることなく足早にその場から去ろう。

これ以上無駄に干渉するのは彼女達のためにもならない、ここから先は自分自身の手で切り開かなければならないのだから。

願わくば、せめて彼女達の今後が今よりも有意義になってくれることを神に祈る。

 

(とは言っても、私がそんなことを言える身分じゃないだろうけどなあ……)

 

この業界に入って間もない頃は血にさえ何度も怯えていたと思うが、今ではもう臓物や生首を見ても動じなくなってしまった。彼女についていったことを後悔していないが、それでも死体を眺めていると時折()()()の笑顔が脳裏を過る。

 

優しい自分が大好きだと言ってくれた、可愛い家族。

こんな私の今の姿を見られたら、嫌われちゃうかな?

 

 

 

(セリー………)

 

月が雲に隠れるように、黄色いウェディングドレスが夜の闇に消えていくのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

王都に潜ませていた間者達からの報告に、クロームはただただ困惑していた。

 

「………一体これは、どういう」

 

第一の報告内容は、とある場所でいくつもの死体が発見されたというもの。

発見の経緯は諜報員達が夜中に王都周辺を見回っていたところ、暗がりでいやに目立つ黄色いドレスの女を見たことから始まる。格好だけなら良家の令嬢に見えなくもなかったが、こんな治安の低そうな場所に、しかも護衛すらつけずに出歩いているのは明らかに不自然に見え、彼らは即座に女を尾行した。しかし曲がり角で見失ってしまい、代わりに目に入ったのはほかの建物に比べてまるで新築のように真新しい屋敷だった。それの玄関先では見張りと思しき男達がしゃがみこんで俯いており、最初は眠っているのかと思っていたが、よくよく調べてみれば全員死んでいたのだ。

これはいよいよおかしいと、彼らは屋敷の主の安否を確認するべく二手に別れて侵入を試みた。

屋敷内部は埃一つないほど清潔で、使用人総出で掃除したとしてもここまで綺麗になるとは思えないほどだ。廊下のところどころにはやはり死体が転がっており、そのほとんどはスラムでよく見かけるならず者ばかりで各々が武器を持っていた。

さらに奥へ進んでみれば円卓が据えられた大広間に出て、そこでもいくつかの死体を発見する。驚くべきはその死体の内の椅子に座らされた者達が、『八本指』の幹部と推定されていた人物ばかりだったのだ。

 

すなわち、この屋敷こそがクローム達が追っていた『ハ本指』のアジトということになる。

 

ところが奇妙なことにどの遺体にも何故か外傷が見当たらず、まるで眠ったように死んでいるそれらの死因は特定できなかった。

病死………はさすがにないだろう、無難に考えて毒か魔法か。

さらに奇妙なことに『ハ本指』のものと思われる金庫は鍵が破壊されていたのだが、証拠の書類は傍らのテーブルに積まれていたらしい。

まるで見つけてくださいと言っているように。

 

 

 

第二の報告はスラムで保護された女性達である。

ボロボロの衣服を着ていた彼女達は手足を血塗れにし、撲殺された遺体を引きずっていたのを発見された。

調べてみると彼女達は、クローム達が探っていた例の『裏の娼館』の娼婦であることが判明した。遺体のほうは損傷が激しくて断定はしきれなかったが、娼婦達の証言からコッコドールのものと推測され、どうやってあそこから脱出したのかと問いただしてみれば、娼婦達は口を揃えてこう証言している。

 

 

 

黄色い花嫁に助けてもらったと。

 

 

 

「黄色い花嫁………まさか!?」

 

その特徴にある人物の名がクロームの脳裏を過る。

 

死神花嫁(ブライド・リーパー)

数年前から、主にリ・エスティーゼの片田舎でその名を聞く凄腕の殺し屋。依頼を受諾する際に、黄色いウェディングドレスを着ていることからその名がついたとされている。

 

(ついに王都にも現れたのですか……)

 

おそらく何者かに八本指の幹部暗殺を依頼されたのだろうが、遺体の中には『三爪華』のメンバーもいたと聞く。彼らは総合的な能力ではゼロ達に並ぶ実力者のはずだが、それを暗殺するとはやはり噂通りの強さだ。

 

 

 

 

………それにしても、いやに出来すぎてはいないだろうか?

 

『裏の娼館』を調査する矢先に八本指のアジトを発見し、幹部はほぼ全滅し娼婦達も無事保護された。あまりにも都合の良すぎる展開にクロームは眉をひそめる。

 

(これも彼女の差し金でしょうか……?)

 

次いで過るラナー王女の姿。あの王女ならば出来そうではあるが、なんの意図をもってこんなことを?

それに彼女ならば事前にすり合わせをしてきそうなものだが、先のお茶会以降はそういった素振りも見せていない。

 

いくらか別の可能性を挙げてはみるが、やっぱり腑に落ちない。疑問は尽きないがひとまずそちらは置いておくべきだと、クロームは一度深呼吸する。

当初の予定からはだいぶズレてしまったが、なんにせよ娼館の場所も特定され証拠の書類も押えた。

出来れば生きた証人が欲しかったが、このさい贅沢は言えないだろう。それに()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()らしく、生きて逃亡した可能性が高い。であれば彼らの行方を掴めばあるいは解決するかもしれない。

 

表向きはアジトの件は非公表ではあるが、勘のいい残りの『八本指』は浮き足立っているはず。そうなると組織の瓦解を防ぐために、幹部に次ぐ権力を持った者達が構成員をまとめるべく、王都以外に散らばった構成員達に何らかの手段で連絡・接触するだろう。そうでなくても臆病な構成員の中には王都から逃走を企てる者も出始める頃だ。

配下達には王都から外へ出れそうなルートを全て監視してほしいと命じたが、彼らもその辺は察してくれているらしくすでに準備してくれているという。

本当に自分は頼もしい配下に恵まれたものだ。

ならば後は体勢を立て直される前に一網打尽にしなければ。

 

「これでバルブロ殿下を廃嫡に持ち込めれば、ザナック殿下の王位継承が決定的となる……」

 

彼は裏で『八本指』と繋がっている。いかに横暴な彼でも例の証拠で脅せば逆らうことはないはず。仮にもしそれでも言うことを聞かなければ、なにがしか理由をつけて強行手段に出ればいい。

それに優しいランポッサ陛下のことだ、身内だからと手心を加えるのは容易に想像がつく。我々のほうから言い含めておくべきだろうが、最悪の場合は彼を幽閉するのも視野に入れておこう。

 

そうして全てが終わったのちに、ラナー王女の望みを叶えるためにザナックとレイヴンに根回しをしておく。彼らならばラナーとクライムが安全に過ごせる領地を斡旋してくれるだろう。

『六腕』の面々にはクライムをラナーに婿入りさせるために説得をしなければならない。クライムの自分への忠誠心を利用するようで胸が痛いが、これも国全体のためだ。

 

………とはいえ、まずは目先の問題を片付けるのが最優先である。救出した娼婦達は事情聴取が済み次第ブルムラシュー領に護送、メンタルケアは領地の神官達に任せよう。

 

「はあ……せめて私にも魔法とやらが使えればよかったのですが…」

 

やることが多すぎてクロームはため息をついてしまう。()()()でも自在師というほどではなかったが、今世でもそういった類いの才能には恵まれなかった。それでも父から受け継いだ地位と財力が備わっていたのは幸運としかいえない。あのラナー王女が手駒程度とはいえ、自身を重宝してくれているのだから。

 

「………このまま、最悪の事態にならなければいいのですが」

 

それでもクロームは不安を拭えないでいた。

彼の神経質で臆病な性格もあるだろうが、賢い彼はあらゆる『一番起こってほしくない可能性』を想像できてしまう。

 

 

 

 

 

例えば、ラナー王女が自分達よりも強大でメリットの大きい存在と接触し、その存在が対価として王国の滅亡を要求してきた場合とか………

 

 

 

ない、とは言い切れないだろう。

例えば、帝国の鮮血帝。

例えば、法国の神官達。

例えば、評議国の竜王。

 

いずれかが同盟を組んだりでもすれば、ガゼフがいるとはいえ今の王国では立ちうちできないだろう。

何事も計画通りにはいかない。自分はかつてそれを、文字通り痛いほど経験したのだから。

 

(それでも、やらなければ)

 

あんな失敗は、二度も許されない。

クロームは今一度恐れを抑えこむかのように、黄色い宝石が嵌められたブローチを撫でた。

 




八本指幹部はログアウトしました。







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忠義の意味

明けましておめでとうございます。
今年もよろしくお願いいたします


太陽の高さが昼に差し掛かろうとする時間、『八本指』のアジトだった屋敷の周りには人だかりができていた。見物人達はその屋敷で何があったかは聞かされていないが、屋敷の入り口を王国兵が緊迫した様子で行ったり来たりしているのを見るに、何か事件があったのは間違いない。

その中にまぎれるように麻のローブで全身をすっぽり隠し、フードを深くかぶって顔が見えないよう注意する一人の女。かつて麻薬部門長だったヒルマ・シュグネウスは青ざめた顔で震える。

 

先日は『八本指』部門長の定例会の日だったのだが、当日になるとヒルマの心に行ってはいけないという気持ちが募った。

だから彼女は事前に理由をつけて屋敷から離れていたのだが、後日こっそり様子を見に行けば、屋敷の入り口からは布を被せられたたくさんの遺体が運ばれているところであり、恐らくあれらは仲間達のものだと瞬時に悟った。

 

やっぱり私の勘は当たっていた。

アジトを見つけたのが王派閥かアダマンタイトかは定かではないが、いずれにせよ今度は自分に捜索の手が及ぶのは間違いない。

 

 

とにかく早く逃げないと、一目を気にしながら路地裏に逃げ込もうとしたヒルマは曲がり角で誰かにぶつかる。

 

「あ、すみません」

 

謝罪する男に顔を見られないように、俯いて駆け出した。その際に愛用の煙管が懐から落ちてしまったが構うものか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あの………落とし物ですよ!」

 

急いでいるのか全速力で走り去る人物の後ろ姿を眺め、セバスは困ったように拾い上げた煙管と見比べる。

セバスの足ならば落とし主を追いかけることもできたが、その瞬間に先日のバードマン達の言葉が脳裏を過ってしまい動けなかったのだ。

 

 

 

 

 

『おたくみたいなのをなんて言うか知っている? 偽善者って言うんだよ』

 

 

 

 

 

その言葉がずっとリフレインし、セバスの胸中を言い様のないジレンマが掻き乱す。

 

自分は創造主が愛する『正義』への憧憬を今も抱いているつもりだった。弱きを助け強きを挫く、誰かが困っていたら助けるのが当たり前。

 

しかし今はどうだ?

 

ナザリック以外など無価値と断じ、異常なまでに人間を蔑視する、御方の命であれば平然と自他の命を捨てれる怪物達。今まで素晴らしいと思っていたはずのものが、気づけばおぞましい何かに変わってしまっていた。人間に友好的と思われたユリであれなら、ペストーニャでさえ怪しいものだ。

 

そんなナザリックを支配する怪物に仕える自分は、はたして正義と言えるのか?

偽善者の自分に、たっち・みーの正義に憧れ続ける資格があるのか?

今のナザリックに、アインズにこれからも従い続けるべきなのか?

こんな悩みを、一体誰に相談すればいい?

 

ナザリックの者達に打ち明ければ不敬だ裏切りだと殺意を向けられるのは明白だが、割りきるにはあまりにも罪悪感が重くのし掛かる。

 

「私は……どうすれば……」

 

何度思考を重ねても答えは出ず、しまいには立ちくらみを覚える始末で、セバスは階段の端に座り込み両手で顔を覆い俯く。

 

どうすればいい?

どう選択すればいい?

誰か、助けてくれ。

 

 

 

 

 

 

「おじいさん、どうされました?」

 

と、ふいに背後から声をかけられる。ゆっくりと振り向いた先にいたのは少年とも青年とも言えない若い男で、彼はセバスと目線を合わせるようにしゃがんでくる。

 

「具合が悪いんですか?」

 

どうやら男の目には、老齢の使用人が体調を崩して座りこんでいるように見えたらしく、心配そうにセバスの背中をさする。

 

「いえ………そういうわけではないのですが……」

 

気づかいに感謝しつつセバスは俯くが、そのさいに階段の下にいた人影を認識し目を見開いた。

 

 

 

「ふんふ~ん♪」

 

「っ………!?」

 

 

 

 

なんの因果か、あの時のメイドが階段の下から上ってきていたのだ。

手提げを片手に鼻歌を口ずさむ彼女がこちらに近づいていくのを察したセバスの脳内が、戦闘中にも匹敵するレベルで高速回転しだす。

 

どうする、彼女に声をかけてこの身に起きた異常を問いただすべきか?

まて、今さらあの状態に戻せと頼むのか? 冗談じゃない。

そもそもすぐ隣に一般人がいる、話すなら人気のない場所でするべきでは。

いや、そもそもこの異常は本当に彼女が要因なのか?

ほかにどんな理由が考えられる?

だが、

しかし、

 

 

自問自答を繰り返すも一向に結論がまとまらず、心音がうるさいくらい鳴り響いて冷や汗が吹き出し、手足が僅かに震える。

そんなセバスの様子を不審に思った隣の男も、彼の視線の先にいたメイドに気づくと同時に、メイドもこちらを見上げてきてしまった。

 

「あ、貴方は…」

 

セバスに気づいたメイドは驚きの色を見せ、階段を駆け上るスピードを早めて彼に近寄ってくる。

 

「先日は助けていただいて、ありがとうございます」

 

頬を染めて嬉しそうに破顔する彼女に、どうにかセバスは愛想笑いを浮かべる。

 

「いえ、当然のことをしたまでです……」

 

しかしつい気まずそうに視線を反らしてしまい、代わりに二人のやり取りを見たあいだの男がメイドに問いかける。

 

「お知りあいですか?」

 

「知り合いというほどではないのですが、先日そちらのおじさまに暴漢から助けていただいたんです」

 

「そうだったんですか」

 

穏やかな雰囲気で会話しあう二人を横目に、セバスは落ち着かなさそうに膝の上に置いた拳を握りしめてしまう。

どうしよう、なんだか居心地が悪い。なにか理由をつけてこの場から立ち去ればいいのに、心とはうって変わってセバスの身体は動いてくれない。

ここで二人はようやくセバスの様子がおかしいことに気づいた。

 

「………あの、なにかお悩みですか?」

 

特にメイドは先日会った時とは明らかに雰囲気が違うセバスが心配になり、男の隣に寄り添うように座り込んできた。結果三人は階段に横一列で並ぶようになる。

 

「いえその、たいしたものでは…」

 

思い詰めた笑顔でゆるく首を振るも、メイドとしては命の恩人を放っておけなかったらしくなおも食い下がる。

 

「解決できなくても、少し話すだけでも気持ちが軽くなると思いますよ」

 

それに見ず知らずの人間相手のほうが気兼ねなく話せるでしょうしと、安心させるように笑顔を浮かべる彼女に、セバスはやや悩んだ様子だったがやがて根負けしたらしい。一度近くに影の悪魔がいないことを確認してから深呼吸する。

 

「………私は、わからなくなってしまったのです」

 

なるべくナザリックの情報を明かさないよう心がけながら、自分がおかれた立場と人間関係と心境を二人に簡潔に話していく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「つまり貴方は、今のお仲間と今後も付き合っていくべきかどうかで悩んでいるんですか?」

 

だいたい話し終えたところで男が話の内容を要約し、セバスはそれにため息をついて頷く。

 

「そういうことに、なりますね」

 

 

 

なるほど確かに、話を聞くだけでもひどい同僚達だ。自分達よりも階級が低いというだけでその思想や尊厳を全否定し、自分達の価値観を押し付けてくる。そのくせ自分達が侮辱されれば大人げなく癇癪を起こし、逆らう者を皆殺しにする。

だいたいの流れから推察するに、きっと彼は腐敗した貴族階級に無理矢理従わされているに違いない。雰囲気からでも善良だとわかる彼が苦悩するのも無理もないだろうと二人は結論づけた。

 

「おじさまほどの方ならば、次の働き先など引く手数多だと思うのですが」

 

メイドが言うようにセバスは執事としても護衛としても文句のつけようがないほど完璧だ。嫌ならばもっと真っ当な職場に変えるほうが無難ではないかと提案するが、セバスはゆるく首を振る。

 

「そういう問題では、ないのです……」

 

至高の御方への恩義、ナザリックに反逆した場合のリスクもそうだが、これは自身のアイデンティティにも関わる問題なのだ。逃げようと思って逃げれるものではない。

 

 

 

「実は私も、さるお方に仕える身なのですが……」

 

ここで男が参考になるかはわからないがと前置きした上で、自身の身の上話を軽く語り始める。

彼の主は賢く謙虚で思いやりに溢れた人物で、自分にはもったいないくらいとても素晴らしい方だという。しかし彼は時折何かを思い出すように遠くを見ることがあり、その姿が今にも儚く消えそうな蝋燭の火に見えて胸をしめつけられるのだ。だが主はその理由を一切話してくれず、それがとても歯がゆい。自分になんの才能もないから頼りないのは仕方がないとは思うが、それでも何かの役に立ちたいと思っているという。

一癖も二癖もあるが、義理固い仲間に囲まれる彼の境遇に、セバスは自分とは真逆な立場を羨ましく思ってしまう。対してメイドは少し考えこんでから口を開いた。

 

「だったらいっそ、腹を割って話してみてはどうでしょう?」

 

「腹を割って?」

 

「それは間違いですってちゃんと指摘してあげたり、悩みを打ち明けてくださいってお願いしたりするんです」

 

それでも聞き入れてくださらないなら、ひっぱたいてあげましょう。あっけらかんとした笑顔でとんでもないことを述べるメイドに男は苦笑いで返す。ひっぱたく云々は冗談のつもりだろうが、要はちゃんと話し合ってみろということだ。

 

「そんな……主にそのようなこと…」

 

彼女の提案は実に正論だが、長年染み付いたナザリックのシモベとしての本能がそれを躊躇させる。しかしメイドはなおも真剣な眼差しでセバス見詰めてくる。

 

「ただ盲信するだけが忠義じゃありません。主の間違いを正してあげるのも、従者の大事な務めです。それに立場だのなんだのといって距離を置いてしまっては、本当の意味で主と向き合えませんよ」

 

まずはより近く歩み寄ってみること、それが重要ですと静かながらも力強く語るメイドに、男は目から鱗が落ちたように瞬く。

 

「………確かに、自分は主の優しさと賢さに遠慮してしまっていたかもしれませんね」

 

どうやら彼の中で主との今後について答えが出たらしく、ちゃんと向き合ってみますと微笑んで返す。

 

(向き合う………ですか)

 

その言葉にセバスの胸中が僅かに軽くなる。考えてみれば自分は初めて自分の言葉で会話してから、ちゃんとアインズに向き合っていただろうか?

一度だけカルネ村の件で進言したことはあったが、それ以降はアインズと正面から話し合ってはいなかったように思う。それによくよく考えてみれば世界を支配するという計画もアルベドから告げられただけで、アインズ本人の口からは命じられてはいなかった。

主は本当に、この世界を支配することを望まれているのだろうか?

 

(少なくとも、たっち・みー様はそんなことを望まれないはず)

 

かつてのアインズ、いやモモンガは人間に虐げられていたところを異形種を救済するクランのリーダーであった創造主に命を救われたと、至高の御方々の会話で聞いたことがある。

 

(きっとたっち・みー様は、今のナザリックの有り様を良しとはしないでしょうね)

 

弱きを助け強きを挫く彼ならば、絶対に己の正義を貫くはず。ならば自分のやるべきことは一つしかない。

 

(アインズ様と、しかと話し合いましょう。計画の中断は無理だとしても、できるだけ無用な犠牲を出さないように嘆願して)

 

それで主に粛清されるならば、自分の価値などその程度だったと割りきればいい。

 

「ありがとうございます」

 

ようやく蟠りが解けましたとメイドに礼をするセバスの表情は、憑き物が落ちたように穏やかだった。

 

「そういえば、皆様のお名前はなんと言うのですか?」

 

自身に助言を与えてくれた二人の人間の名を知りたい、そんな思いでセバスは問いかける。

 

「クライムと申します」

 

「私はツアレニーニャ・ベイロン、長いのでツアレと呼んでください」

 

男はクライム、メイドはツアレと名乗った。

その時ふと路地裏に視線を向けていたクライムの目が少しだけ鋭くなる。

 

「………では、私はこれで」

 

「私もそろそろ帰りますね」

 

「ではお互いご縁があったら、またお会いしましょう」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

一度拠点に戻る道中、セバスは二人のことを改めて思い出す。

 

クライムのあの目線は何か重要な仕事を行う直前のものだ。路地裏の気配にはセバスも気づいていたが、特に敵意は感じられなかったので彼の仲間と推測される。そうすると彼はお忍びの騎士か何かだったのかもしれない。

 

そしてツアレニーニャ・ベイロン嬢。

その力は脆弱としか言えないほどだが、確かな芯を持った人物。それがセバスが彼女に対し感じた印象で、よほど主との信頼関係がなければあんなことは言えないだろう。

 

 

そんな彼らの心をセバスは羨ましく思い、ふとある人物を思い浮かべた。

 

 

ウルベルト・アレイン・オードル。

まだ至高の御方がお隠れになる前、何かと自身の創造主たっち・みーに噛みついていた悪魔。至高の御方とはいえことあるごとに主を愚弄し揚げ足を取ろうとする彼に、セバスとしてはあまりいい印象がなかった。しかしその悪意を向けられる当のたっち・みーは少し違っていたらしい。

ほかの方々がいる時は口論が絶えなかったが、たっち・みーはほかに誰もおらず自分にだけ話しかける時にいつも言っていた。

 

『ウルベルトさんは、自分の信念を絶対に曲げない人だと思っている』

 

自分にはない強さを、羨ましくて仕方がないと思っていると。アインズ・ウール・ゴウン最強の名を欲しいままにするワールドチャンピオンが、なにを世迷い言をと当時のセバスは困惑していたが、

 

『はは………なに言っているんだろ、俺。NPC相手に』

 

次いで自嘲気味に嗤う創造主の声に、その姿に、胸が苦しくなったのを今でも覚えている。

 

「貴方も、こんな気持ちだったのですか? たっち・みー様」

 

 

 

思えば自分は、たっち・みーのことを何も知らない。彼はいつもリアルと呼ばれる場所に帰り、妻子がいるらしいことは会話から聞こえていた。

それ以外は、何も知らない。

そう、何も。

 

 

 

彼は一体、何者だったのだろう?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

例えるならば、風に運ばれる綿毛のように。

ふわふわと、『それ』は青空を漂っていく。



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すれ違う因果

知略描写ってムズい…


王都の地下には、八本指の構成員しか知らない裏の通路がいくつもある。そこからならば検問を通ることなく王都を出入りできるので、ヒルマは息を切らしてその道を必死に走っていた。

 

もうすぐで抜け道に出れる、ここを越えれば王都からはおさらばだ。

 

彼女は常に自分の直感を信じて行動してきた。

媚びたり、取り入ったり、切り捨てたり、逃げたりを繰り返し、ついには『八本指』の幹部にまで成り上がった。

今までだってそうやって生き延びてきた。だから今回も上手くいける、大丈夫だ。そう自分に言い聞かせ、最後の曲がり角が見えたところで安堵から顔が緩む。

 

 

 

 

「やっぱり来た。若旦那の言った通りね」

 

「!?」

 

 

 

 

 

しかしその先に人影が見え、ヒルマは思わず立ち止まる。そこには褐色肌の妖艶な美女が出口を阻むように立っていたのだ。

 

「え、エドストレーム!」

 

「久しぶりね、ヒルマ」

 

動揺するヒルマに対し、エドストレームは不敵な笑みを返す。二人は互いに悪党の端くれだった頃、裏社会で何度か顔を会わせたことがある。ヒルマの記憶が確かなら、現在の彼女はブルムラシュー領に身を寄せていると聞いていた。

今のエドストレームの装いは主人に付き従う時のメイド服ではなく、彼女の戦闘装束である踊り子の衣装である。つまり彼女も臨戦態勢ということだ。

 

「このっ、ブルムラシューの犬が!」

 

ここで言う『犬』とは、ブルムラシューに与したアウトローどもに対する『八本指』内での蔑称である。

 

「あら、連れないわね。同じ娼館で働いた仲じゃない」

 

一方のエドストレームはそんな暴言などどこ吹く風と受け流し、自らの脳力で浮遊するシミターを操りヒルマの周りを囲う。彼女の異名の由来でもある自在に動くシミターに、身動きが取れなくなるヒルマは必死に頭を回転させなんとか隙を見て逃げる方法を模索するが、

 

「ぎゃあ!?」

 

シミターに意識を向けていたせいか、片足を何かに縛られ転倒してしまった。

 

「悪いな、こっちも仕事なんでな」

 

自身の脚に巻き付くそれは鞭のように伸びる剣で、剣の先にはシンプルなデザインの鎧の男が立っていた。

 

「く、“空間斬”!?」

 

エドストレームどころかペシュリアンまでいるなど一体どういうことだ。混乱するヒルマを余所に、さらにペシュリアンの背後から黄色いフードで顔を隠した人物が進み出る。

 

「まずははじめまして、ヒルマ殿。私はブルムラシュー家現当主、クローム・ブルムラシューと申します」

 

ゆっくりとフードを脱ぎ顔を見せたのは若い男で、彼は胸に手を当てて上品にお辞儀する。対するヒルマは男の名に冷や汗が吹き出してしまう。

 

(こいつが『ブルムラシューの賢者』………!)

 

今や王国では王族に次ぐ影響力を持つとされる若き公爵。清廉された佇まいと知性に溢れた眼差しは噂に違わないとヒルマにも理解できるほどだが、彼女が驚愕するのはそちらに関してではない。

 

「どうして……!」

 

どうして彼らは、自分がこの通路に来るとわかったのだ。

この抜け道は『八本指』の中の構成員、それも重要な役所の者達しか出入口を知らないし、通路も複雑に入り汲んでいるので先回りは難しいはず。しかも精鋭である六腕の内の二人を配備するなど、ヒルマがここに逃げこむとわかっていなければおかしい。

 

「いえ、この抜け道を探すだけならばそう難しくはありませんよ」

 

そんなヒルマの疑問を察してか、クロームは丁寧に説明しだした。

 

 

こういう大規模な組織は、拠点付近に何らかの脱出ルートを作っているはずだと予想していた彼は、以前から『八本指』の逃げ道を王都に潜ませた部下に探らせていたのだ。

彼の配下には『八本指』と縁のあった者達が何人かおり、『蛇の道は蛇』の理屈で同じ悪党の考えそうなことは想像がつきやすく、ほどなく王都中の出入口は見つけだせた。

 

「私、迷路作りには詳しいものでして。それらの情報から逃げ道の大まかな見取り図をイメージできました」

 

「っ………!!」

 

だとしてもいくつもある抜け道の中から、どうして自分がこの場所に来るとわかったのだ。視線だけでそう問いかければクロームがさらに続けて説明する

 

 

 

 

人の流れ、住宅の密集具合、主な店の種類、生活レベル、貧富の差。通路の長さ、深さ、入り組み具合。

加えて部下から集めたヒルマの僅かな人物像から彼女の行動パターンをあらかじめ予測し、それらをもとに確実に使いそうな最短ルートを絞りこんだという。

 

「あとは運任せでしたね。念のためほかのルートにも、皆様を配置してはおきましたけど」

 

こともなげに解説するクロームに、ヒルマはバカなと戦慄する。それだけの膨大な情報の中から最小限の手がかりを集め、組み上げ、対象の行動を先読みするなど、人間の頭脳ではありえないレベルだ。

 

「さてと」

 

クロームの話が終わった頃を見計らうように、シミターの切っ先がヒルマの喉に突き立てられる。

 

「ひい!?」

 

「で、いい勘は働いたかしら?」

 

クロームはなんともいい笑顔で脅迫するエドストレームに苦笑しつつ、別ルートの待ち伏せに向かったクライムを呼び戻しに行こうとしたのだが、それくらい伝令に頼めとペシュリアンにツッコまれたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

王都に訪れてから借りたこの部屋からは、検問所がよく見えるので彼女達の拠点としてうってつけだった。宿屋に戻ってきたツアレは部屋に閉じこもると、カーテンの隙間から外を覗く。

一見するといつも通りの町並みだが、長い裏社会生活で培われた勘が付近に検問所を監視する者達が何人か潜んでいるのを気配で察する。王国の兵か、あるいは先の組織の残党か。

 

 

(失敗しちゃったなあ………)

 

やはり面倒事を起こすべきではなかったと、力なくため息をついてツアレは悔やむ。

 

当初ツアレ達はこの王都で仕事をするつもりはなく、あくまで物資を買うために寄っただけに過ぎなかった。

急に入った依頼を速やかに完了しあとは必要なものを買い揃え、本当なら今日の午前中に出立するはずだったのに、来た時よりも厳重な態勢につい顔をしかめる。

警戒されるのは予想していたが思いの外手回しが早く、遠目からでも馬車の荷台を念入りに調べているのがわかり、正面突破は厳しそうである。

 

と、ベッドの影から黒い液体のような人影が湧き出てきた。明確な形に変わった人影は、枯れ草色のターバン、身軽な黒い外套、片手には無骨な黒いガントレットを嵌めた盗賊のような装いの女で、整った顔立ちは厳しい印象を与える。

だが突然部屋に現れたその人物にツアレは動じず問いかける。

 

「チェル様、どうでしたか?」

 

「ダメだな、全て監視されている」

 

チェルと呼ばれた女は緩く首を振る。万が一の場合に備え、仕事の前日に彼女達は王都に張り巡らされた抜け道を確認してはいた。なので正面突破が無理そうならばそちらを利用しようかとも思っていたが、事前に発見していた入り口には見張りが配置されていて全て潰されているという。

 

こうなっては仕方がない、ほとぼりが冷めるまで大人しくしておこう。

 

 

 

 

 

「そういえば、あの老人にまた会ったのだな」

 

「はい」

 

ふと話題を変えてきたチェルにツアレは頷く。どうやらセバス達と話していたところを見ていたらしい。ツアレ自身もまさかまた彼会えるとは思わず、しかも今度は名前を知れたので思わず声が弾んでしまう。

彼は現在の奉公先でトラブルがあったらしく、今後も働くかどうかで悩んでいるようだったと語れば、チェルはいつになく上機嫌なツアレの笑みに眩しそうに少し目を伏せる。

 

「………いい加減お前にまとわりつかれるのも面倒だ。いい機会だから今度はあの老いぼれにでも拾ってもらったらどうだ」

 

そっけない態度で顔を反らすチェルにツアレはムッとした顔になると、彼女に両手を伸ばしてむにゅりと頬をつねった。

 

「きひゃま、ひゃにをひゅる」

 

「チェル様がおバカなことを言うからですよ」

 

おそらく彼女は自分一人が面倒事を背負ってツアレだけでも逃がすつもりなのだろう。

彼女なりの不器用な気遣いにはある程度理解できるようにはなっていたが、ツアレとしては余計なお世話としか言えない。

 

「だいたいチェル様、私がいないと寂しがるじゃないですか」

 

ひとしきり柔らかな頬をこねくり回してから手を離し、ツアレは呆れ顔で腰に手を当てる。

 

「いつ私が寂しがった!」

 

心外だと歯を剥き出して怒鳴るチェルは事情を知らない者ならば震えあがるほどの気迫だが、慣れ親しんだツアレからすれば威嚇する猫のそれである。

 

「付き合いが長いと、嫌でもわかるようになるんです」

 

まったく怖じける様子もないメイドに、チェルは忌々しげに舌打ちする。

最初に会った頃の彼女はいつもおどおどしていたというのに、今ではすっかり図太くなってしまった。

やはり気まぐれでも人間など拾うべきではなかったと彼女は己の判断を悔やみきれなかった。

 

(………本当に、自分も焼きが回ったものだ)

 

怯える姿に、黄色い髪に、彼の面影を重ねるなど。

 

 

そういえば、変な女が逃げていく通路に、妙に懐かしい色の服を着た人間がいた気がするが………

 

(いや、まさかな)

 

 

 

 

 

 

 

 

そんなわけがないなと、浮かびかけた可能性を払うように“闇の雫”チェルノボーグは首を振るのだった。

 

 

 

 

 

 

 




というわけで、ツアレの相方はチェルノボーグ様でした。


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交差路の前で

戦い路線でいくべきか、頭脳戦路線でいくべきか、悩む


談話室で紅茶を一口飲みながら、クロームはヒルマの証言を余さず書き記した紙を何度も読み返していた。

いまだに謎に包まれた幹部暗殺事件、クロームは当初仲間割れやクーデターの可能性を浮かべていたが、いくつもの証言を照らし合わせるとどうにもしっくりこない。

娼婦達の証言が正しいなら死神花嫁は彼女達の依頼を受けたことになるのだが、標的が一人ならばまだしも居合わせなかった者達以外を全員殺害するなど、あまりにもリスクが高すぎる。

 

王国の裏の支配者ともいえる大組織を敵にしてまで、そんなことをするだろうか?

無難に考えてそちらは陽動か?

もしそうなら一体誰が彼らの暗殺を依頼した?

もしや我々が把握していないだけで、『八本指』に相当する組織が別にいるのか?

 

いくら考えても納得のいく答えは出ず、クロームはため息をついてページを捲る。死神花嫁も気にはなるが、対処すべき課題は待ってはくれないのだ。

『八本指』のアジトを見つけたとはいえ、残りの構成員があとどれだけいるのかわからない以上、まだ解決とはいえない。

 

すでに王都の抜け道は監視しており、ヒルマのほかにも逃走を企てた者が何人かいたが、確認できる限りは全員捕まえてある。

王都から逃げられない以上、構成員達はほとぼりが冷めるまで例の拠点に籠城するはず。地方に潜伏している構成員達は取り零してしまうだろうが、おそらく最も重要な人員はこちらに集中していると推測される。

例の暗号に記された別拠点の襲撃に関する打ち合わせの結果、当初の予定では一ヵ所ずつ襲撃する計画だったが一部予定を変更して今日中に襲撃をかけて一気に落とすことになった。

一つはすでに潰されているので襲撃する場所は六ヶ所。問題はそれぞれが別の貴族が保有する土地ということだが、八本指に関するものが発見されさえすればそれを使って貴族に圧力をかけられるので問題はない。少なくとも知られてはいけない資料の廃棄場所であるのは間違いないだろう。

人手不足に関してはガゼフ達戦士団はもちろん、クロームとレエヴン公を通して王派閥の兵士達を動員することになった。

 

あとは……

 

「冒険者に依頼ですか……」

 

どうやらラナーがクロームの行動を先読みし、レエヴン公を通してすでに手配してくれていたらしい。

 

「少々冒険者組合を騙すような形になってしまうが、背に腹は代えられない」

 

ペシュリアンの言葉にクロームは申し訳なさそうな表情を浮かべながらも、グッと唇をきつく結ぶ。

本来冒険者組合は貴族からの依頼は受けてはならない決まりである。なので貴族ではない第三者にどんなモンスターを退治するのかを曖昧にさせる形で王都に呼び寄せたのだ。

 

レエヴン公一人に責任を負わせるわけにはいかない、この借りはのちほど返そうとクロームは小さく息を吐く。

 

と、ふいにペシュリアンが思い出したように呟いた。

 

「そういえばイビルアイ達から聞いたが………」

 

なんでもラキュース達からの言伝てを届けにいったついでに、ある噂を聞き齧ったらしい。それはエ・ランテルで新しいアダマンタイト級冒険者が生まれたという話題だ。

もともと新参の時点で優れた武功と戦略眼を兼ね備えていたその冒険者は、カリスマと謙虚な精神でエ・ランテルの民に慕われその名を広めているという。

 

ズーラーノーンによる『死の螺旋』の阻止。

ギガント・バジリスクの討伐。

一番新しいものだと、トブの大森林に現れた悪魔の軍勢を撤退させ、蜥蜴人の集落を救った話。

 

いずれの偉業を聞くだけでもとんでもない強さで、さらには主と死別しながらも新たな仲間に恵まれたというドラマチックな生い立ちは、一説では亡国の将軍だったのではないかと吟遊詩人の新しい詩の題材にされているとか。

 

「アダマンタイトですか、それは喜ばしいことですね」

 

ほんの僅かでもモンスターに怯える人々が安心できるとクロームは微笑む。拠点襲撃の依頼で彼らもこちらに来るらしいので是非ご挨拶しておきたい。

今度は何色だろうか。

 

 

 

 

 

 

 

「確か、『とむらいの鐘(トーテン・グロッケ)』って名前らしい」

 

 

 

ガシャン!!

 

 

『!?』

 

 

ペシュリアンがその名を呟いた瞬間にカップがソーサーに落ちる音が響き、一同の視線がクロームに集まる。

彼はどういうわけか手を震わせて小さく過呼吸を繰り返しており、カップそのものは割れていないようだが紅茶が溢れて真っ白なテーブルクロスを赤く染めている。

 

「!?」

 

「若旦那!?」

 

「どうされました!?」

 

主のただならぬ反応に特に驚いたのは六腕の三人で、クライムが支えるようにクロームの肩に手を添える。オドオドした姿を見ることは度々あったが、こんなにも狼狽える姿は見たことがない。一体どうしたというのだ?

 

「い、今………なんと?」

 

明らかに動揺しながらも、クロームは絞り出すような声でペシュリアンに再び問う。

 

「と、『とむらいの鐘』………」

 

「特徴は!?」

 

「!?」

 

勢いで椅子を倒しながら立ち上がったクロームは、必死の形相でペシュリアンの肩を掴んで揺さぶりだした。とはいえ内政専門の貴族である彼の腕では、生粋の戦士職のペシュリアンはビクともしないが。

 

「その御仁達の特徴は、何か聞いていますか!?」

 

いつになく慌てた様子の彼に困惑しながらも、ペシュリアンはなんとかガガーラン達から聞いた話を引っ張り出す。

 

「確か………デカい斧を背負った濃紺の鎧の大男と、薄桃色の花を使う美人の魔法詠唱者らしいが」

 

「濃紺………薄桃色………!」

 

ペシュリアンの言葉を反芻するように呟くクロームは、瞳孔を限界まで開き揺らめかせ、胸の前で両手を握り肩を震わせる。それはまるで、幽霊でも目の当たりにしたのかと思える反応だ。

 

「そのお二方が到着いたしましたら、すぐに私の元にお連れください!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

せまい絨毯の上で、ウルリクムミは可能な限り己の巨体を縮こませて座り込んでいた。絨毯を操作しているのは以前から自分に憧れていたと語る案内役の魔法詠唱者で、道中少し嬉しそうにウルリクムミに話しかけてくる。

 

「まさか今話題の英雄様にお会いできるなんて、実に光栄です!」

 

「俺達もおおお、先達のアダマンタイトに会えるのが楽しみだあああ」

 

今回はとある依頼から王都へ向かうことになったのだが、そちらには王国有数のアダマンタイト級冒険者『蒼の薔薇』というチームがいる。以前から『漆黒の剣』との話題でも度々名を聞いていた彼女達は、“紅世の徒”でもフレイムヘイズでもない人間の身でこの世界の強者に名を連ねる者達。ウルリクムミは純粋な興味と同時に、そのメンバーでも逸脱者として名高い魔法詠唱者『イビルアイ』という少女に是非とも会ってみたかったのだ。そういった意味では今回の依頼は都合がよかった。

 

 

 

 

 

 

遡ること数週間前。

 

 

 

 

トブの大森林に住まう蜥蜴人を襲った未曾有の危機をどうにか脱した『とむらいの鐘』を、組合のみんなはだいぶ心配していたらしく二人が帰還して早々安堵して出迎えてくれた。念のため当事者のザリュースをエ・ランテルに連れ、さすがに“紅世”に関する情報は明かせなかったものの、ウルリクムミ達は悪魔の軍勢に関する情報をギルドに話せる範囲で報告した。その際にコキュートスという蟲人から聞いたナザリックという組織の大まかな情報、特にプレイヤーと呼ばれるこの世界でも類を見ない強者に、自分達の話を信じてくれた者達にかつてない危機感が走った。

もしあのまま対処が遅れていれば、最悪の場合エ・ランテルにも被害が出ていたことだろう。しかし組合長達はナザリックという名も、アインズ・ウール・ゴウンという組織も、ユグドラシルという地名すら聞いたことがないと語る。

あれだけ強大な存在が今まで誰にも知られず、伝承にすらなっていないとは思えない。まるである日突然何もない場所から忽然と現れたかのような無名の強者に、ベテラン冒険者の中にはかの『八欲王』が復活したのではと噂する者も少なからずいた。

いずれにせよ冒険者組合は今回の事態を重く見て、今後はほかの冒険者組合と情報を共有したうえで、直接被害にあった蜥蜴人達と連携を取るという方針になったのだった。蜥蜴人達にも小さくはない犠牲は出ていたが、彼らの結束力を見るに復興には問題なさそうである。

 

一方でプレイヤーやユグドラシルに関する情報をもっと集められないかと悩んでいたところ、ニヌルタはこの世界で自身に魔法を伝授してくれたという師匠の存在をウルリクムミ達にだけ明かしてくれた。

聞けばその師匠は百年以上の時を生きるアンデッドとのことで、彼女はかつて仲間達と共に魔神と呼ばれる怪物達と戦ったことがあると話していたのをニヌルタは思い出す。

彼女からアンデッドであることは内密にしてほしいと言われてはいたが、ニーガ・ルールーの名前を出せば信用してくれるかもしれないと、ニヌルタは彼女に宛てた手紙をしたためてウルリクムミに託した。

現在の所在をアインザックにそれとなく聞けば、彼女は王都で活動しているらしい。

名前はイビルアイ、その者ならばプレイヤーかユグドラシルに関連する何かしらの情報を知っているかもしれない。

 

 

 

 

あともう一つ。

おそらくアインズの変装であろう冒険者モモンに探りを入れてみようとしたところ、エ・ランテル内にその姿がなかったのだ。なにがしかの依頼を受けたのかと受付に聞いてみれば、そんな名前の冒険者はいませんと首を傾げられてしまった。

この感覚を自分達は知っている。人間の生活圏に紛れ込んだ“徒”やフレイムヘイズが、その場所から離れる際に痕跡を消したあとに起こる不自然な空白だ。

どうやら蜥蜴人との接触により関係を問い詰められると踏んで、痕跡を消したらしい。

てっきりエ・ランテルに報復をしてくると身構えていただけに、ウルリクムミ達は少しだけ肩透かしを食らってしまったが、伏兵を視野に入れてまだ警戒を続けている。

 

 

 

 

(それにしてもおおお、大事ないようでよかったあああ)

 

 

あのあと、なぜかもとに戻ったニーガ・ルールーの身体を詳しく調べてみると、その身体にはかなり高度な自在式が組み込まれていることが明らかになったのだ。

自在師のアルラウネ曰く、一回起動させるだけでも莫大な量の“存在の力”を消費するほどだが、どれだけ壊れたものでも復元できるという代物で、物というカテゴリーに含められたトーチならば、人間に戻すことが可能だというのだ。

つまり一度間違いなく壊れた、ニーガ・ルールーのトーチはその自在式によって修復され、その副次効果でクルシュ達との繋がりも保たれたわけだ。

遺体をただ綺麗にするだけならば優れた自在師であれば可能かもしれないが、一度トーチとなった存在はもとに戻らないというのが“紅世”の常識である。

そんな大前提を覆すなど、最強の自在師であるアシズでも不可能である。

 

一体誰が、あの自在式を編み出した?

なんのために、ニヌルタにその自在式を組み込んだ?

 

疑問は尽きないものの、ひとまずニヌルタが悲しい思いをしなかっただけよしとしておこう。

 

寧ろウルリクムミとしては、ニヌルタのこの世界における妹だというクルシュに対する意外な態度に一番驚いていた。

ウルリクムミの記憶の中のニヌルタは冷徹ながらも厳格で公正な武人で、常に鋭い闘気を滲ませていた。しかし彼女に向ける柔らかな雰囲気に冷たさは感じられず、時々見せる穏やかな笑みをソカルに冷やかされて無言で殴る始末だ。

たった数十年、“徒”の生きる時間を考慮すれば短い期間でずいぶん変わるものである。自分達も彼のことを言えないかもしれないが。

 

 

そんなことを考えていると、ふとニニャとの会話を思い出す。

 

『とむらいの鐘』の帰還を祝って酒盛りに付き合わされた夜、酒で気が弛んでしまったのかウルリクムミは旧き盟友と再会できたことをついポロッと話してしまったのだ。今思えば、この細やかな喜びをみんなに打ち明けたかったのかもしれない。当然ながら居合わせた冒険者達は驚き、ニニャに至っては自分のことのように喜んでいた。

その時にニニャもほろ酔いで喋りやすくなっていたらしく、つられるように彼女が冒険者になった経緯を話し始めたのだ。

どうやら彼女には姉がいたらしいのだが、かつて下衆な貴族に連れ去られて生き別れたそうで、その行方を追って冒険者になったらしい。

日頃『漆黒の剣』と親しい冒険者達は酒のせいでその境遇に涙を流し、ウルリクムミもその切実な願いが是非とも叶ってほしいものだと頷いた。

 

ウルリクムミの中にある、アシズ達に会いたいという気持ちと、どうか生きていてほしいという二律背反した気持ちがせめぎあう。彼らに会えるということは、彼らが死んでいるということなのだから。

 

だからせめて、彼女が最愛の家族と再会できる手伝いを微力ながらしてみたいと思う。なので王都についたら自分も姉に関する情報を集めてみよう。

 

(確か名前はあああ、ツアレニーニャと言っていたかあああ)




とむらいの鐘の名前を聞いて動揺するクローム


これをやりたかったがためのお話


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いびつなる悪魔

アルベドさん、意地を見せる時ですぞ


ナザリック地下大墳墓の玉座の間。そこにいたのは主であるアインズとアルベド、あとは護衛のエイトエッジアサシンが数体のみだった。

 

「アインズ様、よろしいのですか?」

 

玉座に座るアインズに向けて、神妙な面持ちでアルベドは静かに問いかけてくる。

 

「何がだ?」

 

「ペロロンチーノ様が連れてきた、あのバードマン達のことです」

 

彼女が指摘するのはヒュアデス達についてで、彼らはプレアデスをはじめとするナザリックのシモベ達との間に軋轢を生み、特にシャルティアとアウラに対して、親の仇でも見るかのように嫌悪していると告げる。なのにペロロンチーノは彼らのみ同伴を許し、シャルティア達を明確に拒絶している。

だがシモベ達はペロロンチーノの不興を買うのを恐れて直接意見することができず、守護者統括であるアルベドに泣きつくしかない。一度は彼女の口から遠回しにペロロンチーノへ注意したこともあったのだが、彼は汚らわしいものを見るかのようにアルベドを睨むだけで彼女とは口すら利かなかったという。

ゆえにあとは同格であるアインズを介して説得するしかないと、今一度アルベドは主に進言しにきたのだった。

 

「我が友にとってはそれだけ大事な者達なのだろうよ」

 

なのにアインズはシモベ達の心情など知らぬ存ぜぬとばかりに愉快そうに笑っている。

 

「……お前達は、私達のためならば私情も捨ててくれると信じていたのだが」

 

それどころか失望の混じった視線を向け、暗に余計な真似をするなと釘を刺してくる。

 

「………出すぎた真似をいたしました」

 

アルベドは無表情のまま深々と謝罪し、すんなりその場を後にする。

 

「………」

 

扉が閉まるまでアルベドの後ろ姿を眺めていたアインズは、観察するように青紫色の眼光を細めるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

九階層の空き部屋を与えられる形で設けられたアルベドの自室にて、彼女はベッドの上で叫び続けていた。

 

「クソがクソがクソがクソがクソがクソがあああああ!!」

 

先ほどまでの守護者統括としての仮面を外し、美しい顔を怒りに歪める彼女は、枕にナイフを何度も突き立てて羽毛を撒き散らしている。

傍らにはズタズタにされたアインズ・ウール・ゴウンの旗が床に投げ捨てられており、その様はシモベからすれば信じられない行動としか思えない。

 

「やっぱり違う! あれはモモンガ様なんかじゃない!!」

 

コキュートスの裏切り以降に抱いていた微細な違和感は、積み上げられた末に確信へと変じた。

アルベドの知るアインズは………いやモモンガは、最後までナザリックとシモベ達を慈しんでくれていた。いくら彼が他の至高の御方に親愛の情を抱いているとはいえ、あんなことを言うはずがない。

 

おまけにあのバードマン達。

ペロロンチーノの威光を盾に好き勝手し、栄光あるナザリックを土足で踏み荒らすなど、到底許容できるわけがない。

この際あのニセアインズが何者かなどはどうでもいい。現在のナザリックでモモンガの違和感に気づいているのはアルベドだけで、仲間達は全く気づいている様子がなく、精神系に耐性があるはずのアンデッド達すら洗脳するなどただ者ではないのは確かだ。

 

そんな状態で自分が奴を偽物だと糾弾しても、仲間達から信じてもらえるはずがない。モモンガが創造したシモベであるパンドラズアクターに確認させれば確固たる証拠になるかもしれないが、現在の宝物殿には至高の御方以外は許可なく出入りすることができなくなっている。理由はコキュートスの一件以来、シモベを信用できないからとニセアインズから指輪を没収されてしまったからだ。

信用できない?

偽物のクセにいけしゃあしゃあと良く宣えたものだ。

 

ある程度八つ当たりできたおかげか、アルベドの精神はようやく落ち着きを取り戻し状況を分析していく。

 

冷静になれ。まずは本物のモモンガの安否を確認しなければならない。そのためにも屈辱ではあるが今は大人しくやつらに従うほかない。

 

 

「どいつもこいつもおおおおおおおお!!」

 

許さない。

許さない。

私から愛しい御方を奪った罪、万死でも足りない。

これ以上あんな得体の知れないやつらに、ナザリックを荒らされてたまるものか。

 

再び耐え難い怒りに苛まれ、アルベドは怨嗟の雄叫びを上げる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

……そんな荒れ狂うサキュバスの醜態を見届けたのち、青紫色のゴキブリは扉の隙間から逃げていくのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「………」

 

ゴキブリの目を通してアルベドの行動を監視していたアインズは、頭蓋を揺さぶる咆哮を聞き届けてから小さなため息をついた。最近彼女が自分に向ける視線に違和感を覚えてはいたが、まさか裏でこんなことをしでかしていたとは……。

とはいえコキュートスという前例があったためか、アルベドの逆心自体にそこまで驚きはしなかった。

 

(とはいえ………なぜこいつはモモンガ以外をここまで憎んでいる?)

 

これがタブラ以外のギルドメンバーに対するものであれば、まだアインズも納得できた。NPCの最優先順位は自身の創造主、いくらモモンガが最後まで残ってくれた至高の御方といえど、創造主が出てくれば二の次になってしまう。

 

ユグドラシルに()()()()と設定されているのだから。

 

ところがアルベドの殺意の対象はギルドメンバーどころか、創造主のはずのタブラにも向けられていた。そして本来その忠義………もとい愛を向けるべき相手は、タブラではなくモモンガに向いている。

 

(一体どういうことだ? なぜモモンガにあれほど執着している?)

 

過去のデータからギルドメンバーの対人関係がNPCの仲に反映されることは度々ある。それは創造主の好き嫌いも同じであり、デミウルゴスがいい例だろう。彼はウルベルトが友好的にしていたモモンガを慕ってはいるが、逆にウルベルトが毛嫌いしていたたっち・みーに対しては好意的ではない。

 

ならばタブラのモモンガに対する好感度がアルベドに反映されてしまったのか?

 

(いや、だからと言ってここまでひどくはならないか……)

 

過った可能性にかぶりを振る。第一もしそうならばタブラが作成したもう一人のNPCであり、彼女の姉として設定されたニグレドも同じでなければおかしい。しかし確認できる限りニグレドにはそんな様子が見られず、さらにいえば二人はそれぞれルベドに対する好感度が違う。

 

同じプレイヤーが作成した複数のNPCに関しては、闇妖精双子がわかりやすい。二人の性格こそ設定が反映されて多少差異はあるものの、NPC間の対人関係はほぼ変わらない。

だというのに、アルベドがルベドを可愛がっているのに対し、ニグレドはルベドに明確な敵意を抱いている。

 

なぜこんなにも違う?

 

(これも『遊戯侵者』の………ザトガの差し金か?)

 

自身が残したアイテム全てを改造したくらいだから、そのついでにアルベドに細工をするくらいは雑作もないだろう。しかし先日行われた大規模な検査によると、ナザリックにもほかのギルドにもプレイヤー達にも、異常は全く見られないとプログラマー班から報告があったばかりだ。それにコキュートスと違ってアルベドとナザリックの繋がりはいまだ保たれている。

 

事実NPCのメニュー画面を見れば、まるで()()()()()()()()()N()P()C()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。これはコキュートスがナザリックとの繋がりを断たれた証だ。

対してアルベドの名前はしっかりとあるし、洗脳による敵対を示す赤い文字にもなっていない。

 

 

 

そしてもう一人……

 

 

アインズは少し考えてから、王都に潜ませた分体の一つである『野良猫』と連絡を取る。

 

(………カマをかけて見るか)

 

野良猫に指示を出しつつ、アインズは今一度メニュー画面を見る。

 

 

そこに表示されているセバスの名は、今にも消えそうになっていた。




実際、なんでアルベドとニグレドであんなにも違うんでしょうね?

モモンガさんが知らなかっただけで、タブラさんの内面が実はかなり激情家だったりしたらかなりのギャップ萌えかもしれません。


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変異

抜き打ち視察


拠点に戻る道中、セバスは腕を組んで唸っていた。

アインズと向き合う……そう決心したはいいが、いつ話し合うべきかに思い悩む。

ただでさえコキュートスの一件でアインズはシモベに対して不信感を抱いているのに、そんな時に自分が意見しようものならば最悪その場で首を斬られるかもしれない。

もはや死ぬことを恐れてはいないセバスではあったが、自分の死後にアインズの怒りの矛先が別の誰かに向かないように、事は慎重に臨まねばならない。

 

(まずは………私自身の気持ちをしっかりとお伝えしなければ)

 

そんな気持ちでドアノブに手をかけて扉を開けると、玄関先に人影が見えた。気配からソリュシャンであることは察していたセバスだったが、彼女の姿に目を見開いた。

 

「………ソリュシャン?」

 

彼女の装いは商会のご令嬢ソーイのドレスではなく、戦闘メイドプレアデスのソリュシャンとなっていたのだ。

 

「おかえりなさいませ、セバス様」

 

なぜ自分以外の誰かが来るかもしれない玄関先で、本来の姿になっているのだろうかと訝しむセバスだったが、ソリュシャンの背後からの()()()()()()()にヒュッと息が詰まる。

ソリュシャンはただ淡々とした口調で静かに告げた。

 

「アインズ様が奥の部屋で待っておられます」

 

やはりと息を呑む一方、なぜ事前に連絡すらなく来訪されたのかと疑問が沸く。まさか、自分の不信感をすでに察していたのか?

 

(………いや、むしろこれは好都合なのかもしれませんね)

 

不謹慎ながら事前に連絡する手間が省けたと、セバスは精神を落ち着かせながら奥へ進み年期の入った扉を開ける。

 

 

 

 

 

 

 

「おかえり、セバス」

 

 

簡素な椅子に腰掛けているオーバーロードの主、そこまではセバスの予想通りだった。

しかしその隣にバードマンの主も座っていたのは全くの想定外で、思わずその場で固まってしまう。

 

「………失礼します」

 

それでも執事らしいお辞儀をしてから部屋に入り、二人の前に跪く。

 

「アインズ様、この度はどのようなご用件でしょうか?」

 

「いやなに、少しお前の顔を見にきただけだ」

 

緊張を押し隠しながらそう問いかけるセバスに対し、アインズはクックックッと喉を鳴らして小さく笑う。

 

 

 

嘘だ。

そんな理由で事前に通知もなくわざわざ来るはずがないと直感で悟りはしたが、ただ一言そうですかと返すしかない。

チラリと隣のペロロンチーノを伺ってみれば、彼はセバスに視線を合わさず頬杖をついて空を眺めるだけで、その姿は心なしかこの場から帰りたそうに見える。

 

「ところでセバス、最近体調は優れているか?」

 

と、ふいにかけられた問いにギクリと僅かに肩がはねる。こんな空気の中、わざわざ体調を気遣うような雰囲気ではないはずだ。

 

「………失礼ながら、どういうことでしょうか」

 

「いや………一度ナザリックに戻ってきた時のお前は、ずいぶんと苦しそうだったものでな。無理をしているのではないかと心配だったのだよ」

 

それは確かシャルティア達がヒュアデス達と揉めていた日の前後か。あの時の自身の荒れようはできるだけ隠していたつもりだったが、やはり至高の御方の目は誤魔化せなかったらしい。

 

「なあセバス、何か悩みがあるならば、私に相談してはくれないか?」

 

やんわりと、しかし畳み掛けるように部下を気遣う言葉に温かみは微塵もなく、こちらの考えに探りを入れてきている。

間違いない。アインズはセバスの言葉を待っている。

 

覚悟を決めてはいたがいざその状況になると心拍数が上昇していくが、もう言うしかない。いい加減腹を括れと自分に言い聞かせ、セバスは一度深く深呼吸してから真っ直ぐにアインズを見つめる。

 

「アインズ様は、本当に世界を支配するおつもりなのですか?」

 

「………なに?」

 

対するアインズの反応は口調こそ驚いているようだがその雰囲気に動揺はなく、恐らく想定内の返答だったのだろう。

ならばペロロンチーノはどうだろうかと視線を向ければ、彼は目を見開き固まってしまっていた。こちらは本当に驚いているらしい。

 

それを好機と見たセバスは勢いを止めないようにさらに続ける。

 

アインズ・ウール・ゴウンの前身は人間に虐げられる異形種の弱者救済であったと、かつて至高の御方の会話から聞いていたことをセバスは記憶している。

だが今はどうだろうか。

我々ナザリックに敵対してきたわけでもない弱者を一方的に虐げる今のナザリックを見て、至高の御方々はお喜びになられるだろうか。

特に自身の創造主であり、誰よりも正義を愛したたっち・みーが見れば心を痛めるのではないか。

今ならばまだやり直せると。

 

 

 

「どうかご一考くださいませ」

 

自分の気持ちをハッキリと口にし終え、セバスは再び俯きグッと唇を噛む。

しばしの静寂がその場を包み、どれくらい時間が経ったのか。

 

「………くっ、ククク……」

 

先に破ったのはアインズの圧し殺すような笑いだ。

 

「あははははははは!!」

 

額に手を当ててさもおかしいといわんばかりに爆笑するアインズに、何がそんなにおかしいのだろうかとセバスはただただ戸惑うしかない。

ペロロンチーノの方を見てみると、彼は信じられないものを見るかのように目を見開きセバスを凝視していた。

 

「全く、まさかお前の口からそんな言葉が出てくるとは……。今のお前を()()()()()()()()()が見れば、涙を流して喜んでいただろうな」

 

青紫色に揺れる眼光が指の隙間から覗き、愉快そうに漏らす言葉には嘲笑が込められている。

 

「ペロロンチーノ、これも策略のうちか?」

 

「………は?」

 

ここでアインズから問いかけれ、急に話題を振られたせいかペロロンチーノは間が抜けた声で返してしまう。

 

「アインズ様……?」

 

一体なんの話をしているのだろうかと戸惑うセバスをよそに、ペロロンチーノはセバスとアインズを交互に見つめて首を傾げるしかない。

その反応を観察したアインズはやや何か考え込んでから再びセバスを見る。

 

「………そうだな。実を言うと今後の方針に関して、少々予定を変えようと思っていたところなのだ」

 

なにせナザリック内部に裏切り者が出てしまったからなと、少しばかりの嫌味を込めつつ優しい口調で答える。

 

「いい機会だし、お前の要望もいくつか検討してみるとしよう」

 

「ほ、本当ですか?」

 

願ったり叶ったりな話に一瞬だけ安堵しかけるセバスだったが、次いでなぜか言い様のない不安が過る。眼窪から覗く青紫色の灯りが愉悦に細められる姿から滲み出る違和感。

 

………このお方は、こんな顔で笑っていただろうか?

 

 

対するアインズは椅子から急に立ち上がると、セバスの前に歩み寄り片ヒザをついて目線を合わせる。

 

「だから、余計なことはするなよ?」

 

 

耳元で囁かれる冷たい声は、まるで処刑宣告のようだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ナザリックに帰還した後、アインズは自室に込もり思案していた。手応えはまずまず、セバスにそれとなく仕掛けは施してみたが、あとは彼がどう動くかだ。

 

(それにしても、ハスターのあの反応…)

 

てっきりボロを見せるかと思っていたが、話を振られた時の挙動を見る限り、どうやら本当になにも知らなかったらしい。セバスとアルベドの変異は関係なかったのだろうか?

いささか腑に落ちない点に首を傾げていると、分体から遠話が繋がった。

 

『おい、アインズ』

 

「ん?」

 

確認してみると王都の野良猫からだった。

確か今は『死神花嫁』の動向を監視してもらっているはずだが。

 

「どうした、何か進展があったのか?」

 

『いや、そっちとは別件の報せだ』

 

少し間を空けてから野良猫は話を切り出す。

 

『セバスの異変の原因、わかったかもしれない』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

最近セバスの様子がおかしい。お前の意見も聞きたいから一緒に来てくれないか。

そう“無貌の億粒”に突然呼び出されるものだから、なにごとかと焦っていたハスターだったが、どうやら()()に関しての追及ではなかったことにひとまず安堵していた。

 

 

九階層の廊下を歩きながら、今もかの地で戦っているであろう仲間達のことを思う。

 

 

クラッカーのみんなは無事だろうか。

あの程度の遠隔戒禁、ザトカならば死ぬことはあるまいが。

ハヤトは怪我をしていないか?

ミクに危害が及んでいないか?

そんな不安で胸が締め付けられる。

 

それにコキュートスの安否も気になる。ヒュアデス達も実質ナザリックに隔離されている以上、“燐子”を通して彼を調べることはできない。

この『ペロロンチーノ』のアバターを纏っている間は、ユグドラシルの恩恵を受けて本来の姿では比べものにもならない力を得られる。しかしその代わりに“紅世の徒”としての自在法は上層部の許可なしでは使えず、実質ハスターは最も得意とする“燐子”の製造を完封されているのだ。今こうしているあいだもナイアの分体達から監視され、迂闊な行動はできない。

 

ふと、切実に訴えるセバスの姿を思い出す。彼からの予想だにしなかった意見に、正直ハスターも驚愕を隠せなかった。

 

(………それにしても、なぜセバス?)

 

ザトガはコキュートスだけでなくセバスにも細工をしておいたのか?

しかし先日のメンテナンスでは異常はなかったと報告があったばかりで、いくらなんでも二度も見過ごすなんてヘマをサトゥラ達がするとは思えないが……。

 

(果たしてこのイレギュラーが、吉と出るか凶と出るか………)

 

もしも凶に転がってしまえば、今までの苦労が水の泡になってしまうかもしれない。

それでも、もうハスターは引き返すことはできないのだ。

これ以上、大切なものを奪われないためにも。



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因果の交差路

たっちさん曇らせ要素あります。


検問所に配備された警戒網はいまだ解かれる様子はなく、積み荷に紛れて逃亡しようとした者が捕まっていくのをチェルノボーグは影から見届ける。

こればかりは忍耐力の勝負、どちらが先に折れるかが勝敗の決め手であると旧き友に教えられていた彼女は、なおも逃亡の機会を見逃さない

 

ただそれとは別に、何組かの冒険者が王都にやってくることが多くなった気がした。念のため彼らの会話を盗み聞きしてみれば、どうやら先の組織の残党を潰すために雇われたらしい。今夜中には襲撃するそうで、ならばそいつらが捕まってからが出立時期になるだろう。

そうとなればツアレと今後について話し合うべきだろうと、一度拠点に戻る。

 

 

 

 

 

 

 

現在ツアレ一人だけが宿泊している二階に向かおうとして…………ふとチェルノボーグは違和感を覚えた。

 

チェルノボーグは職業柄、他者の気配には敏感だ。

しかしいつもならすぐわかる彼女の気配が、部屋から感じられない。

 

「………タンポポ?」

 

その事実に、ゾワリと背筋を嫌な寒気が撫でる。

 

急いで影を伝って中に入ると………

 

 

「………!?」

 

 

 

部屋には誰もいなかった。

その代わり、ベッドや壁には焦げあとが残っていて、所々破損している。

何らかの戦闘があったのが明白な光景に、愕然とするチェルノボーグの脳裏を古い記憶が過る。

 

誰もいない風景。

いくら探しても感じられない気配。

ありし日の、生涯最大の喪失感。

ドクンドクンと嫌な鼓動が鳴り響き、過呼吸が止まらない。

焦点のブレる視線が部屋を一瞥していくと、ふとボロボロになったベッドの上に、部屋の惨状に不釣り合いなほど綺麗な一枚の紙切れが目に止まる。

 

「!」

 

藁にも縋る思いでそれを鷲塚み、震える指先で紙を恐る恐る広げてみれば、簡潔にこう書かれていた。

 

『女は預かった。返して欲しければこの場所に一人で来い』

 

文章の端には簡素な地図と印が刻まれており、意味を理解したチェルノボーグの震える手がグシャリと紙を握り皺を作る。

 

何者の仕業なのか、目的がなんなのか、罠があるのか、考える余裕など彼女にはなかった。

 

確かな事実が一つだけ。

こいつは必ず殺す。

引き裂いてバラバラにして、殺してやる。

 

彼女の怒りが滲み出てくるように、枯れ草色の火が総身からメラメラと燃え広がり、新しい焦げ跡を部屋に残すのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「………どういうことでしょうか?」

 

王都に到着した『とむらいの鐘』の二人は、依頼人と思われる男が目を游がせるのを見て、咎めるような視線でじとりと睨みつける。

確かギルドを通して耳にしたのは討伐依頼のはずだったのだが、実際に赴いてみればその依頼内容は王都有数の犯罪者の捕縛という結果だ。

王都に向かう絶好の口実と思い、ろくに調べもしなかった自分達も迂闊だったが……。

 

八本指の名はエランテルでも度々耳にしていたし、様々な逸話から相当な規模の組織であることも予想できる。それらを一網打尽にできる千載一遇の好機に、猫の手も借りたいという話なのだろう。

しかし今の自分達はアダマンタイト級冒険者である。ただでさえ先の大森林の事件で、組合の仲間達にいろいろと手助けしてもらったばかりだというのにこれ以上迷惑はかけられない。

 

(だがあああ………悪党を見て見ぬ振りするのもおおお、『とむらいの鐘』の名を背負う者としてえええ、それはそれでいただけない気もするううう)

 

アインザックには遠話用の花を託してあるので今からでも連絡はできるだろうが、はたしてなんと説明するべきかとウルリクムミはため息をつく。

 

 

 

 

 

 

「………アダマンタイト級冒険者、『とむらいの鐘』のお二人ですね?」

 

と、ふいに背後から若い男の声がかけられる。

どこか怯えを含んだその声に、既視感を抱いた二人の身体がビクリと硬直した。おそるおそる振り向いた先にいたのは、胸に手を当てて会釈する黄色い髪の青年だった。

庶民向けのシンプルなローブを羽織ってはいたが、その下から僅かに見える小綺麗な身なりから察するに、お忍びの貴族だろうか。

 

「はじめまして、ブルムラシュー家現当主、クローム・ブルムラシューと申します」

 

どこか落ち着きなさそうだが、上品な挨拶と賢者の佇まいを放つこの人物を自分達は知っている。

どれだけ容姿が変わろうとみまごうはずがない。

 

「っ………!!」

 

驚愕のあまりウルリクムミの声が詰まり、アルラウネは両手で口元を抑える。

 

 

 

しばしその場が時間が止まったように固まる。

 

 

 

 

「ウルリクムミ様?」

 

その静寂を破ったのは依頼人の男で、三人の異様な雰囲気に戸惑いがちに声をかける。

 

「………なんでもないいいい」

 

ウルリクムミはどうにか平静を装いつつ絞り出すように声を出し、改めて目の前の青年を観察してみると彼の手は僅かに震えていた。

 

「少し、よろしいでしょうか?」

 

驚愕、戸惑い、悲哀。

そしてほんの僅かな、喜び。

 

様々な感情をない交ぜにした声で、クロームはただ一言そう告げた。

 

 

空は夕暮れに染まり、逢魔ヶ時が迫っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

心ここにあらずな様子で窓の外を眺めるセバスは、アインズの言葉にどうしても引っ掛かりを覚えていた。

かつての………暗に今は違うと言っているようなあの口振りは、何を意味しているのだろう。

もしやたっち・みーの身に何かあったのか? 嫌な想像に寒気を感じるとともに、ふとセバスは思い出したことがある。

 

確かあれは御方々がお隠れになる前、たっち・みーとモモンガとペロロンチーノとウルベルトが、なぜか女性ものの衣服を来て自分と写真を撮った日のことだった。

いつもなら御方の用事が終わった後は待機場所に戻されるセバスだったが、その日の夜分にたっち・みーがたまたまセバスを部屋に放置したままリアルに帰ってしまった。

それだけならば特に珍しいことではなかったのだが、数日が経ちリアルから戻ってくる時間帯に再びたっち・みーが部屋に戻ってきた日のこと。いつもならその後の彼の行動は、アイテムの整理をしたり“伝言”で他の御方と今日の活動内容を確認したりしている。

だがその日の彼はいつもと雰囲気が違っていた。滲み出る空気は負のオーラを纏い、俯いて拳を握りしめる姿は明らかに怒りに震えていたのだ。

 

『クソが……』

 

快活な彼らしくないドスの効いた声を漏らしたかと思えば、足早にセバスの前を通りすぎる。

 

『ふざけんなよ! なんであんなクズが無罪なんだよ!? 』

 

その勢いのまま、部屋の調度品として飾られていた等身大の陶器のオブジェを乱暴に蹴り倒す。ガシャリと真っ二つになった陶器の欠片が床に散らばるも、なおも怒りが収まらないのか馬乗りになり、拳を振るってオブジェを殴り続ける。

 

『証拠も揃っているのに! なんでどいつもこいつもあんなやつを庇うんだよ!? 慰謝料だけ払わせて! 懲役も無しなんてあり得ないだろうがあ!!』

 

やり場のない怒りと悔しさを人形にぶつける、今まで見たことのない主の姿にセバスは困惑と焦燥感に苛まれる。おやめくださいとしがみついてでも止めたかったが、主の命を受けない身体は動いてくれない。

しばらくしてある程度気が済んだのか、たっち・みーは殴るのを止め肩で息をする。

 

『ごめん、なさい……ごめんなさいっ……!』

 

両手で顔を覆い嗚咽を漏らして啜り泣くそれが、誰に対する謝罪かはわからない。しかしそれでもセバスにはある確信があった。

 

たっち・みーは、己が信じる正義を為せなかったのだ。

 

弱きを助け強きを挫く彼にとって、その敗北はどれだけ悔しかったことだろうか。彼ほどの傑物に耐え難い屈辱を与えたであろう、その外道に対する憎悪が煮え立つ。

数十分ののち、泣き終わった彼はふいに後ろを振り返り、セバスの姿を見てビクッと肩がはねる。どうやら自分が部屋にいたことに今まで気づかなかったらしく、一瞬気まずそうに顔を反らすも

 

『………まあいいか、別に隠しカメラがあるわけじゃないし』

 

諦感混じりにため息をつき、オブジェの頭部を小脇に抱えて立ち上がる。

 

『………るし☆ふぁーさんに、もっと頑丈なのを作ってもらわないと』

 

部屋から出る直前のポツリと呟いた言葉は虚しさを帯び、後ろ姿にいつもの凛とした佇まいはなかった。

まさか、以前からこのようなことをしていたのか?

 

結局セバスが彼のそんな姿を見たのは、後にも先にもそれきりだった。もしもアインズの言葉の裏にあれが関わっているとしたら、今のたっち・みーは……

 

 

 

 

 

「っ……! ……!」

 

と、思考の海に落ちていた彼を現実に戻したのは、窓の外からの喧騒だった。何事かとセバスがふと視線をそちらに移してみると、ある宿屋の前に人だかりができていた。

 

人の多さから見て野次馬には違いないだろうが、何の騒ぎだ? ただごとではない雰囲気にセバスは気になってしまう。先ほどアインズに関わるなと言われたばかりなのに、見過ごしたら後悔する………なぜかそんな予感がした。

 

いくらか悩んだ末、セバスは一度部屋に見張りがいないのを確認したのち、ソリュシャンに気づかれないように気配を消して裏口から外へ出た。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「失礼、何事ですか?」

 

セバスは人だかりのそばに近寄ると、まず一番後ろの若い男の肩を叩く。

 

声をかけられた彼の話すところによれば、なんでも二階のとある部屋がいつの間にか荒らされていたらしいのだが、奇妙なことに争った形跡はあるのに発見されるまで物音一つしなかったのだという。

宿泊客の行方はわからず、今宿の主人が憲兵に連絡しているところだという。

 

「いなくなったのはどんな方だったのですか?」

 

なぜか宿泊客とやらが気になったセバスは、その人物の特徴を聞き出す。

 

「確か………黄色い長い髪の若いメイドで、黄色い花の刺繍が入ったハンカチを持っていたな」

 

「!?」

 

その特徴に、セバスの脳裏に先日出会ったばかりのツアレの姿が過る。彼女が汚れを拭う際に使っていたハンカチ、確かあれにも特徴的な黄色いタンポポの刺繍がされていた。

 

(まさか……!?)

 

彼女の身に何かあったのかと、最悪の可能性にセバスは青ざめた顔で拳を握る。

 

 

 

 

 

「彼女の居場所が知りたいか?」

 

「!?」

 

すると突然真後ろから囁かれ、バッと振り向くと誰かが立っていた。

全く気配を感じることなくいつの間にか背後を取られていた事実と、まるで自分の心を読んだかのような意味深な問いかけにセバス動揺する。

 

「な、なんのことでしょうか……?」

 

一度しらをきるべく愛想笑いを浮かべるが、『誰か』はジトリと虚ろな眼差しでセバスを見つめてくる。

その眼差しにたじろぐと同時に

セバスは奇妙な点に気づく

 

なぜだろう。『誰か』はすぐ目の前にいるはずなのに、顔を………というよりは姿を認識できない。

薄汚れた茶色いローブで全身を隠してはいるが、フードからは顔がちゃんと覗いていて、セバスよりも背の低い平凡な男であることは理解できた。なのにどういうわけか、セバスにはその男の輪郭がぼやけているように思えてならない。まるで陽炎でも見ているかのような……

 

「………ついてこい」

 

男は淡々とした口調でそう言うと、セバスに背を向けて歩きだした。

 

ついていくべきか、否か。

悩んだのはほんの数秒だけで、こみ上げてくる不安を押し込めつつ、セバスは男の背中を追うべく一歩踏み出すのだった。

 

 

 

例えるなら、突然吹いた強風に身を任せるように。

ひゅうるりと、『それ』は遠くへ飛んでいく。




ふししゃのohのお嬢様言葉ネタです。


ついに因果が交差する!


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