(仮題)ほなちゃん in ニーゴ (藤間)
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望月穂波の優しさ

よろしくお願いします


 昔から、言われることがある

 

「望月さんって本当に優しいよね」

 

 そう言われても、わたしは全然嬉しくない。

 

 

「根っからの善人だよね!」

 

 “そんなことないよ”

 謙遜したって思われるだけだから、いつしかそう答えることもなくなった

 

 

「皆に優しくなれる秘訣ってあるの?」

「相手のことを考えてあげるだけでいいんだよ」

 

 誰も、その裏にある意味には気付かない。気付いてくれない。隠しているから仕方のないことだけれど

 

 

「料理本当に上手だよね!コツとかあるかな?」

 

 そう言われるのも飽きた。本当は料理なんて好きじゃない。毎日、毎朝、毎晩、ずっと作っていれば嫌いにもなるし、逆に腕はどんどん上達していく

 

 

「やっぱりお母さんとかお父さんと仲良いんでしょ?」

 

 その言葉が一番困る。本当のことを言う訳にはいかないし、嘘をつくには辛すぎる

 

「そんなことないよ」

 

 震えてないだろうか、不審に思われてはいないだろうか。そんなことばかりが頭を過る

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 表面上は完璧で外面がなによりも良くて、非の打ち所がなにもない両親は不倫している。もしかしたら結婚しているとすら思っていないかもしれない。わたしは望まれていない子供だった

 

 

 最初に教わったのは料理だった。包丁の持ち方、コンロの使い方、フライパンの持ち方、腐った野菜の見分け方、食器の洗い方、他にも沢山教わった。おかしいとは思わなかった。まだ何も分からない五歳の子供に、親を疑えというのは酷な話だろう。半年くらい経って御墨付きをもらった。次の日からご飯の用意はわたしの役目になった。そして、両親の家に帰ってくる時間が遅くなった

 

 

 料理の次は洗濯だった。これは簡単だった。乾燥までやってくれる全自動洗濯機。シワにならない畳み方とタンスへの詰め方を覚えるのに一週間はかからなかった。次の日から洗濯もわたしの役目になった。そして、両親の家に帰ってくる頻度が少し減った

 

 

 洗濯の次は掃除だった。掃除機の使い方、はたきの使い方、雑巾での拭き方、トイレ掃除の仕方、お風呂掃除の仕方、他にも沢山教わった。おかしいとは思いたくなかった。理由はどうあれ、教えてくれた事実に変わりはないなら。そして完璧に覚えた次の日から、掃除はわたしの役目になった。そして、両親が家に帰ってくる頻度が更に減った

 

 

 最後は買い物だった。質のいい野菜の見分け方、逆に選んではいけないお肉の見分け方、安いものを買うべき商品と、それとは反対に高いものを選ぶべき商品、ポイントカードの使い方、家計簿の付け方、クレジットカードの怖さ、他にも沢山教わった。これも完璧に覚えた次の日から、買い物はわたしの役目になった。この頃には両親は一週間に二回か三回くらいしか家に帰ってこなくなった

 

 

 三ヶ月経ってわたしは爆発した。思いの丈をそのまま叫んだ。おかしいと思うことを、不満に思うことを、全部全部全部吐き出した。わたしの話を聞き終えた、その時は珍しく揃っていた両親は、初めて暴力を振るった。次の日からストレス発散に殴られるのもわたしの役目になった。用意したご飯が多いとお母さんに殴られた。用意したご飯が少ないとお父さんに殴られた。用意したご飯が辛いとお母さんに殴られた。用意したご飯が塩辛いとお父さんに殴られた。ご飯を用意しなかったら両親に殴られた。二週間前と同じご飯を出したら両親に殴られた。お母さんとお父さんに別々に好きなものを用意したらその日は殴られなかった。洗濯物が乾ききってないから恥をかいたとお父さんに殴られた。その話を聞いたお母さんにも恥をかかせるなと殴られた。いつもと仕舞う場所が違うとお父さんに殴られた。畳んだ服にシワがついてるとお母さんに殴られた。アイロンをしっかりかけたらその日は殴られなかった。廊下の埃が取りきれてないとお母さんに殴られた。雑巾がけをしたあと水気を拭き取りきれていなかったら、靴下が濡れたとお父さんに殴られた。急に電球が切れたとお母さんに殴られた。書斎の本が埃を被っていたらお父さんに殴られた。お風呂が熱いとお母さんに殴られた。お風呂が温いとお父さんに殴られた。呼ばれたとき、二階に居たからお母さんに殴られた。呼ばれたとき、直ぐに行けなかったからお父さんに殴られた。指示されたことをやっていたら、直前までやってたことをやれとお母さんに殴られた。指示されたことをやる前に直前までやってたことをやってたら、何で言われたことを直ぐにやらないんだとお母さんに殴られた。言ってることが前と違うと言い切る前に口答えするなとお母さんに殴られた。家計簿を見て、支出が多いとお父さんに殴られた。食費を減らすと、こんな安っぽいものを食わせるなとお父さんに殴られた。光熱費を下げるために白熱電球をLED電球に変えたら、高いLED電球をどうして買ったんだとお父さんに殴られた。理由を説明しようとしたら言い訳をするなとお父さんに殴られた

 

 

 そんな日々が四年も続けば殴られることも少なくなってくる

窓の外、テールランプがゆっくり動く(激しく動く)ならお父さん(お母さん)の車

作業を中断して、洗い立てのタオルを用意する

フードのドアが開いた音を確認して玄関扉を開く

勢い良く開けてはいけない。ぶつかったらどうするんだと殴られるから

お父さん(お母さん)が玄関で靴を脱いでいる間に先んじてリビングに戻り、

テーブルの椅子を引き

新聞のスポーツ欄(社会欄)を開いておく

冷凍庫で凍らせていたビールジョッキ(冷蔵庫で冷やしていたワイングラス)

冷蔵庫で冷やしておいた350mlのビール(冷暗所においておいた750mlのワイン)をロゴが見えるように置いておく

席に座ったお父さん(お母さん)ビール(ワイン)を開けたタイミングを見計らって味が一番濃い料理を食卓に出す

そのあとは他の料理をまとめて運ぶ

ご飯は右側

お味噌汁は左側

メインとなる肉料理はもう出してあるから、その横につけあわせのさっぱりとした野菜料理を置く

そこまでしたら私の役目は終了だ。隣の椅子にかけてある上着を回収し、お父さん(お母さん)の部屋にあるラックにかけに行く

 

 

 傍からみればおかしいと言われるかもしれない。それでもこれが、わたしたち家族の形だ。

 

 

 わたしが6年生になったとき、担任の先生が突然家庭訪問に来た。偶然見られたお腹の青痣、偶然見られた買い物の姿、異常に上手な料理。虐待じゃないんですか? 直接的な言葉は一切使っていなかったけれど、先生の聞きたいことはそれだった。ただ、表面上は完璧な両親を崩すには至らなかった。青痣は見間違え、買い物は手伝い、料理も自発的にやってくれている。そう言われてしまえば、確たる証拠を持っていない先生に出来ることは何もない。救いを求めるような目をわたしに向けたけれど、先生はここでわたしから先生の望む言葉を引き出す意味を分かっているのだろうか? ことあるごとに殴られ、不機嫌だったらただそれだけで殴られる毎日。そんな日常に戻るのは嫌だった

 

 わたしはもう両親をどうにかしようとは思っていない。ただただ今の状況を続けていって、いずれ家を出て縁を切る。それさえ出来るのならわたしは今のままで構わない

 

 とはいえ先生の家庭訪問には両親も思うところがあったらしく、今までのような過剰な家事は求められることもなくなって比較的平和な日常に戻っていった。今まで泣いても何してもやめてくれなかった虐待が、たかがこれくらいのことで消えたのはやりきれない思いがあったけれど。我が身かわいさにも限度があるなとぼんやり考えていた覚えがある

 

 これが、小学生のわたし




読了ありがとうございました
一応言っておくとコメディー小説にする予定でした(過去形)


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望月穂波の優しさ、あるいは罪

いじめ描写は書けませんでした
そして何書いてるか分からないかもですけど僕もよく分かってないです


 家に居場所のないわたしにとって学校は唯一の安息の場だった。吹奏楽部を選んだ理由だって拘束時間が長いから学校に残っていられるという邪な理由だ。少しでも遊びに誘われるように、少しでも相談を持ちかけられるように、周りには優しくした。これは生来の性格もあるし、幸運にも虐待に晒され続け矯正された性格はそういった行動を取りやすくなっていた。だから、あんなことになるのはある意味では仕方のないことなのかもしれない。だってわたしは部活に参加しながらも、一緒に遊んでいながらも家に帰るのを遅く出来ることに喜んでいたし、相談に乗りながらもそう思っていた。そんな心持ちでいたから綻びが生まれたし、それは当然の結果だった

 

 

「昨日わたしの悪口言ってたでしょ」

 

 

 わたしにとっての地獄はそんな一言で始まった。昨日、後輩の相談を受けたわたしはいつも通りに同意を返した。それがたまたま同じクラスの部員に関係するものだったからこうなってしまった。勘違いで、貶めるつもりなんてなかったと言っても焼け石に水。わたしはそういう子なんだっていう話はあっという間にクラスと部活に広がった。辛かった。わたしに相談してくれた後輩は、噂が広まった次の日にはわたしを軽蔑する側に回っていた。噂の広がり始めの頃、一歌ちゃんが気にかけてくれたことがあった。味方してくれる人がいる、一人じゃない、そう気遣ってくれた。その言葉に安心して涙を流してしまったけれど、それが良くなかった

 

 

「なんで被害者面なのよ!そっちが加害者側でしょ!」

 

 

 今にして思えば、それは感情に任せた支離滅裂で稚拙な暴論だった。言い返せば良かったのに、部活内で居場所を失いたくなくて、一歌ちゃんに飛び火するのが怖くて、気付いたら肯定を返してしまった。当然そんなことじゃ向こうの怒りは収まらず、わたしの立場はあっという間に悪くなっていった。陰口を叩かれ、教科書が隠され、提出が必要な書類はわたしにだけ配られなかった。その上、少しでも辛い顔を見せればゴミを投げつけられた。そこまで排斥してくるのに、昼休みだけは粘着してきた。都合のいい金ヅルとして。美島さんはサンドイッチとロールケーキで、声が不機嫌なときはキャラメルマキアートを追加。古川さんはおかかのおにぎりに野菜ジュースで、金曜日は必ずカレーパンも追加。上山さんはメロンパンとココアで、体育がある日は日替わりサンドイッチを追加。青山先輩は比較的優しい方で、ブラックコーヒーを二本。反対に水沢先輩は強欲な人で、焼きそばパン、メロンパン、シュークリーム、ミニパフェ、アイスコーヒーを買わなくちゃいけない。授業終わりから五分以内に届けないと殴られた。渡すとき少しでも形が崩れていると殴られた。慎重に扱わないで置くときに少しでも音が鳴ると殴られた。一週間以上失敗しなくても面白くないからと殴られた。殴られた痛みをこらえきれないと更に殴られた。不思議なもので、最初は乗り気じゃなかった青山先輩も最近は躊躇なく殴るようになっている。どうやらわたしをいじめることがいつかバレるかもしれないというスリルを楽しみ始めているらしい。家に居場所はなくて、学校では虐められて、追い詰められる一方だった。どんな経緯でそうなったかは覚えていないけれど、殴り返してやろうと一度だけ手を振り上げたことがあった。その手を振り下ろすことはできなかった。こんなときまでいい子ぶろうとする自分に腹が立った。その憤りを物にぶつけようとして、それすらできない自分に絶望した。アップルパイで発散しようとしても、いつの間にか手は止まってしまう。そんなストレスは咲希ちゃんに当たるという最悪の形で発露した。あのときの咲希ちゃんの顔は忘れられない。忘れてはいけない。志歩ちゃんはあっちから避けるようになったし、一歌ちゃんは強く拒絶すればそれ以上踏み込んでこない。病院にいる咲希ちゃんにはそもそも会うことがない。あれだけ仲の良かった幼馴染の関係はあっという間に消えてなくなった。それを悲しむだけの余裕もなくなって、限界が近くなった頃にまたわたしは運に助けられた。校舎の見回りをする先生がたまたまルートを間違えていて、10分以上続かないいじめがたまたま30分を超えていて、いつもはかけてる鍵がたまたま壊れていて、そんなたまたまが重なった結果、いじめの事実が露見した。風評被害を抑えるためか、処罰はとても重いものだった。退学処分とはならなかったそうだけど、一ヶ月の停学、反省書の提出、退部勧告、内部進学の取り消しに、いじめの事実を内申書に記載。更にはカツアゲした額の二倍の返還命令。正直やりすぎとも思ったけれど何も言わなかった。被害者であるわたしはしばらくカウンセリングに通うことになって毎週水曜日の放課後はそれに費やされることになった。両親はわたしがいじめられたことには関心を示さなかったし、全て学校側に任せるとしか言わなかった。その行動は予想通りでしかなかったけれど、自分達の娘がこんな状況にあるのに一切の気遣いが無い姿を見たことでこの人たちはわたしのことを娘だとは思っていないのだと改めて実感させられた

 

 これが、中学校のわたし




学校は閉鎖的な環境ということで一つ

コメディ書く予定だったのにどうしてこんなことに
というかこんな作品需要あるの?


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