麻帆良に降る雪 (茅橋)
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1

 

 

 雪女とは精霊と人とのハーフのようなものであって、あるいは冬そのものが人の形をとったものであった。

 雪山を歩く者や厳寒の中一人で住まう者あるいは年寄など、精神的体力的に弱っている者の命を吸い取り凍死させてしまう。冬の恐ろしさと美しさを内包する存在であった。

 

 彼女らは個でありながら個という意識が人より希薄な存在であって、招かれた家の囲炉裏の火にあたって煙になろうともそれは死ではなく、しばらくすれば山の中で個としてまとまり、しかし一度煙になった前と後では完全に連続してはいない。そのような存在であった。

 そんな彼女らにも生と死はあり、死はより長く生き個としての結びつきが解け大多数の氷の精霊の中に溶けていくのが彼女たちの死であった。生は人とのまぐわいによって、多くは若く元気な男の生命力をまるまるひとつ使い子を身ごもった。またその赤子には乳をやるのではなく、山に来た男に赤子を抱かせその生命を吸い取らせて育てた。

 

 

 ある時ひとりの雪女が産み落とした赤子に完全な個があった。過去に曖昧な個ではなく確立した個を持つことになった雪女がいないわけではなかった。しかしそれすら500年以上前の話で、まして生まれながらにまるで人や動物のような個の持ち方をするなど、少なくともこの女は知らなかった。

 けれど目の前の問題として、赤子はひどく弱っていた。赤子を個として成立させるには冬山の魔力だけでは到底足りなかった。

 女が山中の村をまるまま二つ凍らせた頃、麓から男がやってきた。男が魔法使いと呼ばれる者であり、男がこれ以上人から生命力を奪い取ることを許してはくれないと悟った女は、男に赤子を差し出し請うた。どうかこの子を助けてほしいと。そう言うと自分すら赤子に吸収させ、煙にもならず消えてしまった。

 赤子はまだまだ弱っており、男がここで赤子を消せば、あるいは何もせず立ち去るだけでも話はこれまでであった。

 

 男は雪の上で布にくるまれ目を閉じ浅く呼吸をする赤子しばらく見つめると、膝を折りその手に赤子を抱いた。

 

 

 

 

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麻帆良学園本校初等学校6年 佐倉愛衣

 

 

「愛衣ちゃん、私来年は進級しそうなんだよね」

 

 そう言ったのは私が幼い頃麻帆良に来たときから変わらぬ容姿でずっと中学1年生をしている先輩、氷村小雪だった。

 人を寄せ付けないほどのきれいな容姿と対象的に人懐っこく、なぜか夏になるとスキンシップが増えて小さい頃は抱きかかえられ膝の上に座らされるのが常だった。先輩の肌は真夏でもひんやりとしていて気持ちよく、小さい頃はそれも好きだったが体格がそう変わらなくなった今も抱きつかれるのは少し恥ずかしい。

 

「せっかく、愛衣ちゃんが留学から帰ってきたら同じ学年で遊べるって楽しみにしてたんだけどな」

 

 そういう話なのだろうかとか、そもそも先輩に進級あったんだとか、いろんな言葉が頭をめぐるけど出てくるのは曖昧な笑みだ。

 先輩は明らかな人外で、外見が変わらないだけじゃなくて例えば精霊が見えてるみたいな言動をした。私の魔法の練習の時に言うことが「もっと初めに強く呼びかけて」だったり「そう、今聞いてくれてるから、そのまま魔力を乗せて唱えて」だったり、それでいてその通りにすればうまく魔法が使えるのだった。幼い頃の私は魔法の成功に喜び先輩に懐き、その頃の熱心な練習のおかげで今の私があるのだけれど、けれどもうちょっと……もうちょっと両親も楽しそうに報告する幼い日の私に言うことはなかったのだろうか。無邪気な私はずいぶん長い間先輩の異常性に気づかず、私はそれが恥ずかしく、少し両親を呪っていた。

 

「そういえば小雪先輩、今年はあんまり学校サボってないですね」

「担任が高畑先生でさ、あんまり許してくれないんだよ」

「……高畑先生の担任って先輩のクラスだったんですか?」

「うん」

「高畑先生が担任を持つの珍しいって聞いたんですけど」

「そうだね、ひさしぶり。四年前に問題児が多いとこの最終学年を一年だけ持ってたのが最後だったかな」

 

 おかしい、話が急にきな臭くなった。

 

 高畑先生は麻帆良学園で学園長の次に実力を持つ魔法先生で、紅き翼のメンバーで、魔法界全体で見ても屈指のマギステル・マギだ。そんな高畑先生が久々に一年から担任を持ち、そのクラスに小雪ちゃんがいて、進級するという。

 

「……なにが起こるの?」

 

 小雪ちゃん……先輩がとてもきれいに笑う。

 

「愛衣ちゃんが帰ってくるまではなにも起きないよ」

 

 今日のような猛暑日でも先輩が抱きついていれば暑さを感じることはない。それなのにいま私は今、背中に汗をかいていた。

 頬に冷たく柔らかい感触があって、先輩の体が離れて夏の熱気が体を包む。

 

「湖岸通りにアイス食べに行こ。一年も会えないんだし今年の夏は遊び倒すよ」

 

 いっそ9月からのアメリカ留学を二年間にできないかな。そんな冗談を、あんなに留学を不安に思ってたのに考えている。だって仕方ない、高音先輩でもなきゃこんなの及び腰にもなる。

 先輩の手をとって立ち上がる。夏の日の中で先輩のきれいな肌がまるで透き通るように輝く。無邪気な頃の私を少しだけ呪った。

 

 

 






 TS百合が読みたい。ちょうどいいのがない……。ほしい……。と思って書きました。
 最近はTSNLに勢いがあって、以前とは流れが変わってることを感じます。





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2

 

 

麻帆良学園本校女子中等学校2年 長谷川千雨

 

 

 4月、学年が上がり、しかしてクラス替えもなければ教室も変わらず、なんのイベントもなく教室に入った私は自分の後ろの席に座る氷村小雪を見て言ってしまった。

 

「いや、進級してんじゃん」

「私でも進級できているので、小雪さんが留年することはまずないのでは。というか中学での留年はよほどのことがないと無いと聞きますが」

 

 隣の席の綾瀬が冷静に指摘をしてくるが、違うんだ。

 いや、そもそも進級するのは当然のことだ。進級せずずっと中学1年を続けてるなんてことはありえない。一年早く訪れた厨二病患者の妄言を信じた自分が恥ずかしい。

 

「私にもついに成長期がやって来るんだよ」

「小雪さんの身長は同年代の中だと平均的の範疇だと思いますが」

 

 氷村のボケた応えに、綾瀬がボケたツッコミをしている。違う、違うだろ。

 ギリギリに教室に入ってきただけあって言葉が出てこないうちにチャイムが鳴って高畑が入ってくる気配がする。

 

「千雨ちゃん今日のお昼は一緒に食べようよ」

 

 前を向いた私に後ろから耳元でささやきやがった。

 いいだろう、私も一言文句を言わなきゃ収まらない。

 

 

 

 

 

「氷村、やっぱり兄弟いるだろ」

「いないよ。前は言ってなかったけど、中学1年生やってたのは20年くらいだから」

 

 成長しないわけじゃなくってね、としれっと言う氷村に顔がひきつる。

 食堂棟の隅の方の4人がけのテーブルに私のラーメンと氷村のサンドイッチを並べて、隅の方と言っても隣のテーブルには人のいる状況で、こんなとこで言う話じゃない。おちょくってるのかと言いたくなる。

 

「ほら、私に姉がいたら報道部が黙ってないでしょ」

「お前みたいなのが1年にずっといたらそれこそ黙ってないだろ」

「それはまあ、そう。でもほら一昨年まではほとんど不登校だったしね」

 

 氷村は容姿がいい。きれいどころの多いうちのクラスの中でも頭一つ抜ける。顔立ちのきれいさに加えてどうしようもない雰囲気がある他にない美人だ。

 報道部が黙っていないほどに。一度会話すれば忘れられないほどに。

 けれど氷村はその辺りをごまかすのが妙にうまい。こいつは同じクラスに朝倉がいるにも関わらず去年の一学期を報道部に見つからずにすごした。

 夏休み明けにはなぜか堰を切ったように中等部1年にミスコンダークホースになる美人がいるという話題が全校を駆け巡ることになったが。

 

「というか、近右衛門に確認してくれていいって言ってるのに」

 

 した。こいつの保護者はなぜかこの学園の学園長になっており、去年私はいろんなことを調べた最後に結局聞いた。こいつには兄弟も親戚もいない。

 だから私が6年前に会っていた麻帆良女子中の制服を着た女はこいつだ。

 

「したよ」

 

 氷村がめずらしく少し驚いた顔をして、少しいい気分になる。

 

「氷村、やっぱり兄弟いるだろ」

「あれ、千雨ちゃんは私との思い出じゃ嫌ってこと?」

 

 そうではない、が、言わない。今朝一番恥ずかしかったのは、3月の終業式の日に柄にもなく湿っぽい気分で「氷室、じゃあな」と声をかけた自分と、今日氷室が教室にいた時に悪くない気分だった自分だ。そしてその原因であるなぜか進級しているこいつへの仕返しは今のやり取りとラーメン一杯で済んだ。

 

「その方が私の平穏にとっていいんでね」

 

 あの時会っていたお姉さんは氷村の姉だったのだと、訂正してほしいと今でも思ってるのもまた本心だ。

 

「……ねえ千雨ちゃん、千雨ちゃんはもっと知ってみない?」

 

 私が去年氷村から聞いたのは、世界には思ったよりファンタジーがあること。現代社会の中にもファンタジーの住人の居場所があり、そして氷村がそのファンタジーの住人であることだけだ。

 

「千雨ちゃんはすごくよく見えてるから、向いてると思うんだよね」

「……氷村は来年も進級するのか」

「……? する予定だけど」

「じゃあ遠慮するよ」

 

 厨二心をくすぐられても、理由がないならばよくわからない物には乗らない。その方がいい。

 

「残念、衣装作りとかだいぶ楽になったりするんだけどな」

「……なあ氷村、もう少しだけその話聞いていいか」

 

 主になぜ氷村が私の秘密を知ってるのかと、氷村以外にも私の秘密を知るものがいるのかどうか確認するために。そして氷村を沈めるために。

 

 

 



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