ありふれない天龍姫と魔王の異世界無双 (ゆきほたる)
しおりを挟む

序章
プロローグ


「ハジメくん、掴まって!」

「っ! 香織……どうして来たんだ! 天龍さんもなんでこんな事を!」

「絶賛落下中なのに2人とも余裕だね、実は?」

「余裕なわけないだろ!? このまま落ちたら僕らは死んでしまうんだぞ!?」

 

 空を見上げれば光は点に。奥深く、見果てぬ闇の中を落ちる三つの人影。1人は少年、2人は少女だ。

 

 翼もないのに虚空をフライウェイと言うなかなかに刺激の強い(超エキサイティン!)な経験をしている中で……ふと、藍色に近い色合いの長い黒髪を落下によって起こる風にばたつかせながら。天龍双葉は考えた。

 

 ここに至るまでの経緯を思い出す。そこそこ腹立だしい胸糞の悪い行いをした男に対しては一発、死なない程度に魔術を以てして痛めつけて来たが、それでも「赦せない」と言う暗澹とした感情が心の奥底で蠢いた。

 

 しかし、その心を嘲笑う……いや、言葉にして諌めるように。何者かが彼女の内よりつぶやいた。

 

『やめとけ、フタバ。覇龍になる気か?』

 

 その何者かを諌めるようにまた誰かの声が彼女の内より発せられる。

 

『フタバが覇龍になるだと? 笑えない冗談はよせ‘赤いの’』

『くはは! ‘白いの’、不要な心配とは衰えたか?』

『ほざけ!』

 

 彼女の魂に住う者たちこと、その存在たちがギャーギャーと騒ぎ出すと密かに頭を抱えながら双葉は彼らを宥める。

 

『アルビオン、心配しなくても大丈夫だよ。覇龍は面白くもない破壊の力だから。ドライグも心配してくれてありがとね』

 

 ‘白龍皇’と‘赤龍帝’の彼らの仲が悪いのはもう何百年と付き合う彼女にはよくわかるモノ。故に喧嘩を始める彼らを宥めるのも彼女の仕事だ。

 

『フタバ、やはりコヤツとは相いれない。数百年の輪廻を付き合ってほとほと理解した。早く追い出そう』

『何を言ってやがる白いの。神器になった以上、フタバとは離れられんだろうが』

『アルビオン、私たちは一蓮托生でしょ? ほら、手を貸して!』

『ぬぅ……仕方ない。赤いの、フタバに感謝しろよ』

『ぬかせ。それくらいはわかってるよ』

 

 内なる者たちの言い合いを治め、双葉は背中に光を灯す。そう、自分たちはまだ落ちている最中なのだ……なお、精神世界での出来事は[ゼロコンマ秒]の間のやりとりなので、瞬きした瞬間に終わっているようなものである。

 

「さぁーて、2人とも。助かりたいわよね?」

「ハジメくんとまだ添い遂げてないんだから当然!」

「香織、恥ずかしい事を大声ではやめて!? いや、僕もほんとに嬉しいんだけどさ!?」

 

 隙あれば惚気る自分の親友(白崎香織)に呆れながら、双葉は南雲ハジメに改めて聞く。

 

「南雲くん? 返事は?」

「生きたいに決まってるよねぇぇ!?」

 

 2人の意思を確認して。双葉は「では、よろしい!」 と光を拡大させた。

 

 これは、とある魔王とその花嫁、第一婦人に付き従う《二天龍姫》の物語がプロローグである。

 

 ■??? side

 

 月曜日。人によっては地獄と形容するだろうし、その逆と形容する人もいるだろう。

 私にとって休みとは‘修行の時間’だから別にあろうとなかろうとどうでもいいわけですが。そんな感じで登校前、私こと‘天龍双葉’はいつも通りの待ち合わせ場所にて親友を待つ。

 

「おはよう、双葉!」

「おはよ、香織。……やけに機嫌がいいわね? 何かあったの?」

「えへへ、わかっちゃう? わかっちゃうよね!」

「はいはい、南雲くんとデートでしょ。目的は達成したの?」

 

 私が左手を輪っかにしてそこを人差し指で通すジェスチャーをすると、香織は頭上に? を量産する様子でこちらを見ていた。

 

「わかんないのね、やっぱ」

「どう言う意味なの?」

「貴女まで汚れる必要はないわ。純真なままでいなさい」

「……ハジメくんがまたヘタレたの」

「地雷踏んだわね……うん、南雲くんがそう易々と腹を括れるとは思えないもん」

 

 どんより、機嫌が急降下する香織を宥めてフォローしつつ、反省する。まぁ、毎度やってるけどね、この茶番は。現に香織はなんちゃって、と舌を出して見せる。

 

「それはそうと香織、クラスの子達にバレたりしてないわよね?」

「もちろん! 見せつけるのは卒業してから、檜山くんとかと縁を切った後にしよっかなって!」

「……いい性格するようになったわね」

 

 そんな与太話は置いておき、私と香織は登校するために通学路を行く。それにしても、最近は色々とあった。神器(セイクリッド・ギア)が目覚めその影響で身体能力がとても、とても向上したり。ドラゴンスレイヤーがとても怖く感じたりと。

 

 そして、私を取り巻く環境の変化もまた劇的だった。

 

 例えば、白崎香織。この子は私といわゆる幼馴染である。とある一件でとある男子に惚れて以降。あまりにも一途で惚気られるのはめんどくさかったので後押ししてゴリ押しで付き合わせる方に成功した。

 

 数ヶ月前から‘南雲ハジメ’と言う男子生徒と付き合うようになり、付き合いたての初心な彼女は明後日の方向に走り去り、ここにいるのは彼を籠絡せんと糸を張り巡らせる女郎蜘蛛。いやー、誰のせいでこうなったんだろうね? ゴリ押しさせた……え、私? 

 

 教室に着くと。香織が愛しの彼は案の定、まだ登校していないようね。私は香織と別れ、しばし自分の机に突っ伏すことにした。 二度寝だ……早めの登校をする生徒の特権ともいえよう。

 

 □noside

 

 月火水木金土日。至福とも呼べる日曜日が明け、再び1週間が始まる。

 日常の始まりに――社会人も学生も等しく憂鬱になる、その初日である月曜日だ――南雲ハジメはため息を吐きかけてそれを飲み込む。

 

 彼にとって、1週間の始まりこそが地獄のように感じていたあの日々が懐かしく思えるようになった自身の変わりようを見て、「リア充」を呪って爆発しろと呪詛を吐いていた自分が吐かれる側に回るとは思いもしなかっただろう。

 

 白崎香織と付き合う……その意味は全男子生徒を敵に回しかねない暴挙である。

 

 理由としては学校で‘二大女神’と呼ばれる2人のうち1人である事。多くの男子生徒が焦がれる高嶺の花。文句なしの美少女かつ、最高の性格。まさに男が望むような完全無欠の美少女なのである。

 

 なぜ自分が彼女と付き合うこととなったのか。最初は差し支えのない話で意気投合し、自分が中学生の頃あったとある出来事を目撃したときに実は一目惚れしていたと聞いた時は驚きが隠せなかったのは言うまでもなく。

 

 その後も妙に意気投合する、相性が天元突破。まさに、「ハジメの求めていた彼女」と言う立ち位置に現在、香織は潜り込んでいたのだ。

 なお、事あるごとに蠱惑的な微笑みと扇情的な衣装で自分のベットに潜り込んでくるが、ハジメはまだダメなんだ! と理性的に耐えていた……まさに鋼の意志である。

 

 なお、その副産物か。香織を含めてもう1人、ハジメの友人が増えた。

 

 藍色に近い黒髪と整った顔立ちに少し垂れ目気味の双眸はサファイアのようにキラキラとしている青眼の美少女様。香織にとって幼馴染の1人であり、もっとも彼女との縁と言えばハジメ自身と同じ‘オタク’仲間である。

 そう、香織のオタク知識は彼女からもたらされているのだが、ハジメは純真な心で香織と付き合っているためその辺に関しては全く知らない……秘すれば花か。

 

 さて、そんな事を考えながら。ハジメが自分の席に着くと香織がやってきた。

 

「おはよう、南雲くん!」

「うん、おはよう。白崎さん」

 

 周りの男子から殺気が飛ぶが、ハジメは動じることもなく……逆に無視して香織と談笑を始めた。

 この辺はもう慣れである。そして何より、ハジメは形として実力を見せつけている……と言うのも、ハジメの成績は上から数えて2番目である。

 ハジメと言う男は根が超優等生かつ、超努力家なのだ。それは長く険しい道のりであったに違いないだろう。

 

 徹夜はしないと言う約束の元、両親の仕事を手伝い。公私にメリハリをつけた生活でかつての遅刻ギリギリの登校時間は予鈴がなる前には学校に来ている。そして、何より授業中に居眠りはせず真面目に教鞭を聞く優等生。

 香織と対等に話せる相手の座を手に入れた彼を責めるのはお門違いなのだと……男子たちは泣く泣く「リア充め、爆発しろ!」と言う視線を飛ばすことしかできないのだ。

 

「メタスラの隠し要素って掘っても掘っても尽きないのって魅力的だよね」

「うん。あのステージってさ」

 

 2人の談笑に割って入れる人間は限られる。それは大馬鹿で身の程知らずで厚顔無恥なド阿呆か、あるいは香織の幼馴染くらいだろう。

 

「ヨォ、キモオタ。メタスラとか言うエロゲを白崎さんに勧めんなよ!」

「うっわ、キモっ! オタクってほんと節操ないよねー」

 

 ゲラゲラと笑いながら2人の会話を聞いていた1人の男子生徒と3人の取り巻きが割って入ってきたのである。

 話しかけたのは檜山大介。そして近藤、斎藤、中野の取り巻き3名である。

 しかし、そこに割り込んだのは……

 

「ヨォ、知ったかぶり野郎。《オタク=エロゲ》とか言う幼稚な頭弱い発想はやめといたら? ほら、現代人の開発した叡智であるグーグン先生に聞いてみなさいよ、メタスラって」

「んだと……げっ天龍……さん……」

 

 やってきたのは寝ていたはずの天龍双葉だった。彼女は檜山を追い払うように現れ……

 

「あんたらさぁ。謂れもないこと言われたら気分悪くないの? 道徳心たりてる? 人の嫌がることしたらダメって親に習わなかったの? つか、あたしいつもこの注意してるわよね? 何度言えばわかるの? ああ、鶏以下の記憶力しかないのね? あんたらの残念なオツムに何度でもわかりやすく説明してあげようか? ……ゲームのことをロクに知らないガキがメタスラを語ろうとしてんじゃねえよ雑魚が」

 

 人知れずガチギレしていた。言葉の節々に毒という毒が仕込まれていて、双葉が命名した檜山たち小悪党組の心を抉るように言葉を叩きつける。

 

「は、はい。すみませんでした」

 

 檜山も打ちひしがれ、借りてきた猫のように大人しくなった。

 

「わかりゃあいいのよ。あたしの席そこなのよ……邪魔、退け。とっとと失せろ」

 

 理不尽に怒気を孕んだ凄みのある声音で檜山たちを追い散らし彼女は悠然と自身の席に座った。

 

「見苦しいもん見せて悪いわね、南雲くん」

「いつもありがとう、天龍さん。情けない話、助かってるよ」

「隣の席だし、単純に檜山のデクノボーが邪魔だったから追い払うのは当然でしょ?」

「さすが、双葉ちゃん! メスゴリラのあだ名ば伊達じゃないね!」

「……香織、誰がメスゴリラだって?」

「間違えた、女版不破諌! だった!」

「どのみちゴリラでしょおーがぁぁ!!」

 

 ウガーッ! 席を立ち香織を追い回しだした双葉。きゃーと楽しそうな笑みを浮かべる香織に苦笑いするハジメの元に。3人の男女がやってきた。

 

「南雲くん、朝から大変ね」

「香織、また彼の世話を焼いてるのか? 本当に香織は優しいな」

「いや、いい加減認めろよ、光輝」

 

 八重樫雫、天之河光輝、坂上龍太郎の3名である。雫は双葉、香織の親友であり、良き友である。また、香織の恋愛相談を受けた折にハジメと彼女の関係を知っている理解者の1人である。

 

 天之川光輝は言うなれば容姿端麗にして、イケメンである。以上

 

 坂上龍太郎は光輝の親友であり、また。朧げに香織とハジメの関係にも気が付いている熱血漢と言ったところだろうか? 

 

「ふぅ……あん? 偽善野郎、おはよう」

「おはよう、双葉。その偽善野郎はやめてくれないかな、ほんとに、お願いだから」

「なら、今すぐその脳内御花畑を焼け野原にするくらいまで竹刀の素振りでもしてきたら?」

 

 双葉の挨拶に対し、光輝はヘコヘコしつつも訂正を呼びかけるが。双葉は掛け合わずに無視した。これには周りの女子たちの視線が彼女に突き刺さる。

 光輝くんになんてこと言ってんのよ! と抗議しているようにも思えた。

 

「うっせえなぁ……意見があるなら口で言いなさいよ」

 

 双葉はギロリ、と周りをグルリと見渡すが。口にするものはいなかった。

 そうこうしているうちに、始業のチャイムが鳴り渡る。

 教師が入ってくるのを確認した面々は色々と話しながらも別れ、自らの席につくのであった。

 

 ──

 

 to be continued .




お久しブリーフ……と言うわけで、再編集したので直しながら投稿していきます。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

召喚されるクラスと私

 ■双葉side

 

 チャイムが鳴り、お昼休みとなる。私は自分で詰めた弁当を机に出すと、そこへ香織がやってきて。その後ろには雫もいるのが見えた。

 

「双葉ちゃん、一緒に食べよ」

「双葉、失礼するわ。相変わらず料理が上手なのね」

「ん、いいよ、2人とも」

 

 私の机に弁当箱を置くと、香織と雫は自分の席へ椅子を取りに行く。その隣では……じゅるるるる、キュポン。と音がしたと思えば……

 

「南雲くん。そんなので足りるの?」

「あっ……大丈夫だよ。あとは昼寝するだけだし」

 

 弁当()のういだーを飲み干して満足げな顔をする南雲くんの顔が見て取れた。しかし、少し疲れも見える気がするんだけど? 

 

「ご両親のお仕事を手伝うのもいいけど、私たちはまだ未成熟な子供なんだから。体を労りなさいよ?」

「うん、ほんとによく見てるね天龍さんって」

「目元に隈はないけど、雰囲気的に疲れも見える……ほんとに大丈夫?」

「ヘーキへっちゃらさ。でも、さすがだね。医者目指してるだけはあるよ」

「褒めても何も出ないわよ。まぁ、そうならいいけど」

 

 会話もそこそこに、香織たちが席にやってきたので弁当を広げて昼食を。優美に箸を使い食べながら、最近話題のVRゲームについて会話が弾んだ。

 

「今度出る‘プレステVR’を買おうか悩んでるんだよなぁ……それ見越してお小遣いを貯めないとダメだと思うんだけど」

「そりゃ既知の技術は使われてないだろうし高いのは確実よね」

「刀を使うようなゲームはないのだろうか。コントローラーを振り回す手前、広いところでしかできなそうだが」

 

 うーんと唸る雫。その様を見た私は昔流行ったWiiスポーツにてチャンバラゲームで雫をボコった時を思い出す。

 

「Wiiスポーツのチャンバラで私に惨敗したくせにまだいうの?」

「んな!? あ、アレは剣道のセオリーを守らない双葉が足元を狙うから!」

「勝てば良かろうなのだよ!」

「双葉ちゃん……さすが卑劣」

 

 お嬢様がする会話なのかだって? 知らんなぁ、雫も香織もゲーマーだし。誰のせい? 知らんなぁ……? 

 

 そんなことは置いておき、南雲くんは机に突っ伏して眠ってるので、香織は無理に声をかけることはない……心配そうなのは確かなのだが、寝ている彼を起こすような愚行は禁物だと指導した甲斐があるワケダ。

 

「そういえば、双葉。前出してたあの赤い籠手ってなんだったの?」

「ん? これ?」

 

 雫が訪ねてきたのでとりあえず私は何もない左手に、意思を集中。すると、若干仄暗い真紅の籠手がその手に装備された。これは私の持つ特別な……

 

「いや、別に出さなくてもいいでしょ!?」

「なんだって聞くからには説明しないとダメでしょ?」

 

 そんな時だ。何やら足元が輝き……なんだろう。その輝きが増しているような気がする……

 

「んぐ……眩しいなぁ、誰だよここでネーム書こうとしてるのは」

「あ、おはよう! ハジ……南雲くん!」

「まだ学校だったか……うん、おはよう香織……じゃなくて白崎さん」

 

 墓穴を掘りかけた香織に対して墓穴を掘った南雲くん。いや、無防備すぎひん? 

 

「香織……だって?」

「……なんだ、偽善野郎。気になるの? つか、さっきから眩しいんだけど」

 

 いつのまにか近くにいた光輝にそっけなく返し、光の出どころはこいつだと理解して、ハッとなる──なんで光輝が物理的に輝いてるわけ? 

 光輝の足元を覗き込むとそこには何やら白く輝く幾何学模様の……

 

『フタバ! すぐにそこから離れろ!! そいつは』

「うわぁい!?」

「どうしたのよ、双葉……光輝、その足元のは何なの!?」

「え……」

 

 ギョッとする光輝の顔。そして、びっくりした。ドライグの大声が脳に直接響いたのだ。やたら切羽詰まった感のある声だったけども、どうかしたのかな? 神器(セイクリッド・ギア)を消失させながら辺りを見回す。

 

『言ってる場合か! クソッ、レジストに間に合わねえ』

『おい、赤いの!? 何事だ!』

『こいつは召喚術式だ! だけど。悪魔の使うやつじゃねえ!』

「召喚術式!? みんな、光輝から離れて! いや、教室から出て!」

 

 私がヒステリック気味に叫ぶと教室にいた皆は何事かと振り返る。いや、だから早く出ろって! 

 

「双葉がちゃんと名前を呼んでくれた……!」

「おい、光輝! 感動してる場合じゃねえぞ!?」

 

 龍太郎も呑気だよなぁ……って幾何学模様が完全に何かしらの魔法陣になった……あー……たしかに悪魔(・・)の使う奴じゃないわね。

 

 光輝の足元を中心に、魔法陣は一気に拡大する。金縛りにあったかのように教室にいた皆は迫る異常事態にようやく我に帰り、悲鳴と共に逃げ出そうとするが……

 

「無理ね、これは逃げれないわ」

「やけに落ち着いてるね、双葉ちゃん」

「ん? いや〜……親友が隣にいてくれるから落ち着けるのかな?」

 

 私は内心ヤケクソ気味になりつつ、香織と雫に微笑みかけた。

 

「皆さん、教室から出て!」

 

 畑山先生が叫ぶがもう遅い。魔法陣は一層強く輝く寸前に。

 

「南雲くんの近くにいてあげなよ、香織」

 

 私は親友の背を押した。そして……私の目の前は白で塗りつぶされるのであった。

 

 □noside

 

 光に目を潰されぬよう、閉じていた目を双葉は開く。そして、自身がどこにいるのかを把握すべく、あたりを見回した。

 まず、そこは壁画の描かれた大広間……壁画は中性的な顔立ちに金髪の男か女かもわからない者。

 後光を背負い、その背景は草原や湖、あるいは山々。その全てが自身のものと言わんばかりに手を広げている物と双葉の双眸には映る。

 

「この世界の神様ってところかねぇ、この壁画に描かれてんのは」

 

 そう呟きながら、内心では薄っぺらい、反吐の出る神か何かなのだろうと彼女はその壁画を切って捨てるように視線を切った。

 磨かれた純白の大理石のような石製の広間に自分たちはおり、ハジメと香織を探す。隅の方で抱き合ってるのを見つけたが今はそうっとしておこうと思った彼女はさらにあたりを観察する。

 

「光輝、無事?」

「あ、ああ……双葉……」

「今だけあんたを偽善野郎とは呼ばないであげる」

 

 双葉は動揺する光輝に話しかけ、我に帰させながら彼に状況把握に努めようと提案して他の生徒たちを見回して行く。

 光輝には良くも悪くもカリスマ性というものがあり、リーダー体質とも言えるだろうそれだ。故に、混乱の最中でも生徒たちを落ち着ける役割を任すことにしたのである。そして、どうやら双葉たちはその大広間の最奥に置かれているのだろう台座のような舞台上にいるようだった。

 

 高いところからあたりを見回すと、如何にも神官です。と言わんばかりの格好をしたものたちが祈りを捧げるような体勢で跪き、30人ほどが微動だもしないでいる……その様は不気味だと感じた。

 その中で、やたらと長い烏帽子のようなのを被った如何にも司教か教皇かと言わんばかりの派手な爺が進み出てくる。

 

 齢にして70代か、しかしその覇気のせいか20歳は若く見れるかもしれない。程なくしてその老人は口を開いた。

 

「ようこそ、トータスへ。勇者様、そしてご同胞の皆様。歓迎致しますぞ。私は、聖教教会にて教皇の地位に就いておりますイシュタル・ランゴバルドと申す者。以後、宜しくお願い致しますぞ」

「……トータス。知らない土地の名前ね」

 

 イシュタルと名乗った好々爺じみた笑みを浮かべる老人に対し、双葉は話しかける。しかし、イシュタルはそれに対して

 

「勇者様、そしてご同胞の方々は今は混乱もされておられるご様子ですな。まずは茶でも飲みながら一息つかれませぬかな?」

 

 そう提案するのであった。

 

 ──────────────────

 

 異世界に転移した面々は長テーブルの置かれている部屋へと案内された。未だ現実離れしたこの世界に気圧され。転移した生徒たちのほとんどは夢見心地なのだろう。声を荒げることも、また騒ぐこともなく静々と部屋へ案内される。

 また、やはり光輝が宥めたおかげでもあるが故に双葉は彼に対しての評価を少しだけ、ほんの少しだけ上方修正をすることにする。案内された部屋を見渡し、双葉は1人考える。

 

(手の込んだ彫刻や調度品を見る限り、この宗教団体は国以上の権威がありそうね……はぁーは、厄介なことになったわー)

 

 内心で項垂れる双葉は銀製のカップに入れられた〝茶らしきもの〟を啜ると、その味はよかった。周りでは……美少女、美女が揃ったマジモンのメイド様があちこちに待機しており。男子たちがあっけなく鼻を伸ばしているのを女子たちが氷点下とも言える冷ややかな視線を寄越していた。無論、双葉もその視線を寄越す側なのだが。

 なお、ハジメに関してはメイドの本当の役割を見抜いていたのか。一切目もくれず、この後の顛末を予想していたようであるが。

 

 上座に当たる奥の方に畑山教諭、光輝、龍太郎、雫、香織。そして親友2人に腕を掴まれ――連行される宇宙人のような姿勢だ――強制的に連れてこられた双葉が座り。

 他の生徒たちは自由に座っており、ハジメは目立たない席に座りひっそりとしていた。

 

「さて、あなた方においてはさぞ混乱していることでしょう。一から説明させて頂きますのでな、まずは私の話を最後までお聞き下され」

 

 クラスの全員がが落ち着いたと見越して、イシュタルは本題としての話をする。

 いわく、魔人族の侵攻でこの世界が‘トータス’の人間族が危機に瀕している──と。

 

「あなた方を召喚したのは〝エヒト様〟です。我々人間族が崇める守護神、聖教教会の唯一神にして、この世界を創られた至上の神。おそらく、エヒト様は悟られたのでしょう。このままでは人間族は滅ぶと。それを回避するためにあなた方を喚ばれた。あなた方の世界はこの世界より上位にあり、例外なく強力な力を持っています。召喚が実行される少し前に、エヒト様から神託があったのですよ。あなた方という〝救い〟を送ると。あなた方には是非その力を発揮し、〝エヒト様〟の御意志の下、魔人族を打倒し我ら人間族を救って頂きたい」

 

 そして、‘エヒト’なる神が異世界より勇者を招聘し、人類の危機を乗り越えるよう支援した……それがこの場にいる召喚された者たちなのだ──と。

 

 双葉はその話を聞き、ふざけるなと叫びたい気持ちを抑えながら頭を抱えた。

 利己的で身勝手な理由で召喚され、そして自分達に望まれる事を、あるいは強要される事を思うとゾッとする。やるわけがない、やりたくもないし理解もしたくない。

 

 あんまりにも理不尽なこの現状に対して激憤が込み上げてきていたがまだ、理性的に判断はできる。そう判断して双葉は心を落ち着かせるべく、茶を啜ったが。先程のイシュタルの顔を思い出してしまい思わず咽せる。

 

 エヒトの名を語る度にイシュタルは恍惚とした表情をしていた。おそらくはかの神からの神託を得てその嬉しさを思い出しているのだろうか? イシュタルによれば人間族の九割以上が創世神エヒトを崇める聖教教会の信徒らしく、度々降りる神託を聞いた者は例外なく聖教教会の高位の地位につくらしい。

 

 この世界は碌でもない神のお遊びに付き合わされているのではないだろうか──双葉はそう予想してしまうほどに、エヒトやらの都合のいい土壌が作られている気がしていた。

 

 そして彼女はとてつもない危機感を募らせる。それはバカ(光輝)がやらかさないかという事を。

 杞憂であってくれ。そう願う双葉をよそに、イシュタルへ猛然と抗議したのは畑山教諭だった。

 

「ふざけないで下さい! 結局、この子達に戦争させようってことでしょ! そんなの許しません! ええ、先生は絶対に許しませんよ! 私達を早く帰して下さい! きっと、ご家族も心配しているはずです! あなた達のしていることはただの誘拐ですよ!」

 

 畑山愛子。25歳、独身「独身は余計ですよ双葉さん!」「いや、私そんなこと言ってないんですけど!?」……社会科の教師でこのクラスの担任ではないが、今回のクラス丸ごと転移に巻き込まれた教師である。

 低身長の童顔、ボブカットの髪型と多少の残念さを持つという‘合法ロリ’の四暗刻で多くの生徒にも慕われている教師の鑑であるが、見目の都合で彼氏がなかなかできず悩んでいたりもするとかしないとか。

 

 今現在も怒髪天を突く怒りを露わにしているが、側から見れば子供がぷりぷりと怒るようなもので……はっきり言ってクラスの生徒たちは「ああ、いつもの愛子先生だ」と半ば現実逃避気味に和んでいた。その畑山先生の怒りは最も。だが、対してイシュタルは天を仰ぎ……次に発した言葉は怒りに燃えていたであろう彼女を凍りつかせた。

 

「お気持ちはお察しします。しかし……あなた方の帰還は現状では不可能です」

「ふ、不可能って……ど、どういうことですか!? 喚べたのなら帰せるでしょう!?」

 

 場に静寂が満ちる。双葉はんなアホなと言わんばかりな表情でイシュタルを見やり、畑山先生は叫んだ。そして、無常にもその答えは帰ってきた。

 

「先ほど言ったように、あなた方を召喚したのはエヒト様です。我々人間に異世界に干渉するような魔法は使えませんのでな、あなた方が帰還できるかどうかもエヒト様の御意思次第ということですな」

「そ、そんな……」

 

 脱力したかのようによろよろと椅子に腰掛ける畑山先生の様子を見て、生徒たちは現実を突きつけられる。

 

「うそだろ? 帰れないってなんだよ!」

「いやよ! なんでもいいから帰してよ!」

「戦争なんて冗談じゃねぇ! ふざけんなよ!」

「なんで、なんで、なんで……」

「あの子に告白もしてないのに! そんなのあんまりだ!」

「遠藤……気づいてもらえてるのか?」

「うるさいぞ清水!」

 

 一部を除いてパニックになる生徒たち。その様子を見て双葉は腕を組み、瞑目した。

 

『……あ゛あ゛っクソッ! 絶対エヒトとか言うのぶっ飛ばす! ドライグ、アルビオン……決めたわ、あたし。赤龍帝と白龍皇の逆鱗に触れた輩を赦しとくのは癪よね?』

『クククククッハッハッハッ! あぁ、そうだな。白いの』

『笑い事ではないだろう、赤いの。だが……フタバの怒りは私の怒りだ』

 

 静かで密かに闘志を燃やす二天龍を従える者はまずは事の成り行きを見守るべく、目を開いた。

 そして未だ尚、パニックが収まらない中。誰かが立ち上がりテーブルをバンッと叩いた。その音にビクッとなり音を立てた者を注目する生徒達。音の主は光輝だった。

 

「皆、ここでイシュタルさんに文句を言っても意味がない。彼にだってどうしようもないんだ。……俺は、俺は戦おうと思う。この世界の人達が滅亡の危機にあるのは事実なんだ。それを知って、放っておくなんて俺にはできない。それに、人間を救うために召喚されたのなら、救済さえ終われば帰してくれるかもしれない。……イシュタルさん? どうですか?」

「そうですな。エヒト様も救世主の願いを無下にはしますまい」

「まって」

 

 光輝の問いにイシュタルは満足そうに頷く。そこへ双葉が待ったをかける。

 

「気に食わないわ、偽善野郎」

「双葉……偽善野郎はよしてくれ!」

「うっさい黙れ。自分の決定で、あんたの意思でどれだけの人が運命を狂わせることになるってわからないの?」

「え、そうなのか……そうなんですか、イシュタルさん」

「左様でございますぞ」

 

 双葉の指摘に渋面ながら頷くイシュタルを見て光輝は戸惑いながら彼女に聞く。

 

「どう言う意味なんだ、双葉」

「さっきからあんたは何を聞いてたの? たしかに、魔人族と人間族は何百年と戦争をしてるんでしょうね。それで私たちの世界はこの世界よりも上位の世界になるから、何かしらの能力に目覚めるとは思うわ。ええ、神の選んだ使徒ですもんね。イシュタル様、相違なくて?」

「ええ、そうです。ざっと、この世界の者と比べると数倍から数十倍の力を持っていると考えていいでしょうな」

「ではエヒト様の思惑をありのままに伝えるわ。つまり、私たちは強い。強いから‘殺戮マシーン’になれって事なのよ」

 

 双葉の選んだ言葉。‘殺戮マシーン’──その形容で光輝はハッとした顔をする。また、賛同しかけていた生徒たちもその意味を考える。

 

「──光輝。気がついたみたいならまだあんたはまだ救いがある大馬鹿野郎で済ませてあげるわ」

「双葉……すまない」

「そうね。「人を殺す覚悟」があるなら、とやかくは言わない。土壇場で捕虜にしようとか言ってその捕虜に寝首を狩られるような甘ちゃんが「戦争に参加する意思」を見せるなら、あたしは一生軽蔑するし侮蔑するわ。絶対に許すつもりはないから」

 

 自分たちにとっての分水嶺だと双葉は言っていると気がついた光輝は悩んだ。

 それは「人殺しをする勇気はあるのか?」と。「救うために殺せるのか?」と彼女は彼に問いかけているのだ。

 

「再三問うわ、光輝。「戦争に正義も悪も、秩序も混沌もない」それでもやるの? みんなもそれを理解して参加するなら……私は軽蔑も侮蔑もしないから──立派な1人の意思で決めた事だもの」

 

 光輝に問い。クラスの皆の顔を見渡して双葉はそれ以上言うことはない、と瞑目して椅子に腰掛けた。そして、光輝は決断の表情を見せる。

 

「なら俺は戦う。だけど無理強いはしたくない。みんなもよく考えてくれ……俺がやろうとしてるのは人殺しで最低な事だ! それを誰かに責任を押し付けるような真似はしたくない! だから、ついてこれる人だけついてきてくれ! 来ても来なくてもいい! 自分の意思で、この手を汚せる覚悟がある人だけ、立候補してほしい──イシュタルさん、立候補でも構いませんよね?」

「うむ、仕方ありませんな……認めましょうぞ」

 

 光輝の呼び掛けに対して……クラスの生徒たちは沈黙した。

 

「へっ、光輝ならそう言うだろうな──俺も手伝うぜ。お前だけに任せてられるか」

「龍太郎……すまない」

「不本意だけど私も手伝うわ。そうしなきゃならないのかもしれないし」

「雫……ありがとう」

「私は……」

 

 香織はハジメをチラリと見た。それに対して、ハジメは……力強く頷いた。

 

「双葉ちゃんはどうするの?」

「悪いけど、私は付き合わないよ。ただ、戦わないとは言わないわ。せいぜい裏方で支えさせてもらうから」

「それなら私も戦うのは無理だけど、精一杯支えさせてもらうね!」

「香織、双葉……ああ、前に出張るのは俺だけでいい。無理しないでくれよ?」

 

 光輝は2人に無理強いするつもりはないようで、香織と双葉は裏方に徹する意思を見せたのを見てあからさまにホッとするハジメ。光輝の様子を見てクラスの面々は分かれた。戦う意思を示したのは小悪党組を含めて半分。残りの者たちは戦う意思を示さなかった者たちだった。

 

 最後まで畑山先生は彼らを止めようとしていたが、覚悟を決めた目を見た彼女は……最終的にその意思を尊重した。そして、こう伝える。

 

「私は先生失格ですね……ですが、元の世界に帰るためにも皆さんの奮起をこれ以上逆撫ですることは愚かと思います。だから、皆さん……約束してください。辛くなったら私を頼ってください。皆さんの罪は私も一緒に背負いますから……それが年長者として、教師として──私にとっての最後の矜持です!」

 

 その言葉は極一部(・・・)の生徒を除いて心に強く響いた。

 

「方針は決まりましたな? では、【ハイリヒ王国】へ皆様をお送りいたしましょう」

 

 ここは神山という聖域らしく。方針が決まった以上長居は無用との事だ。

 一行は移動するべく出て行く。ふと、双葉は視線を感じ振り返るが。そこには案の定誰もいなかったが……奥に見えていたエヒトの壁画と目が合う。

 言い知れぬ不快感……真夜中のキッチンでGと出会った時のような感覚になり思わず眉を顰め、睨みつける。が、壁画を睨んだところで虚無感に包まれるだけだと割り切り。神殿を後にした。

 

 ──

 

 to be continued .



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

ステータスの確認と私

 □noside

 

 聖教協会の神殿より魔法的なゴンドラを用いてハイリヒ王国へ移送されたクラス一行はまずは王への謁見を行うと真っ直ぐに玉座の座す場所へ通される。そこではやはりというか、教皇であるイシュタルの力が強いのだろう……王と思しき者が玉座より立ち上がり、一行を。イシュタルを迎えるのをみて双葉はやっぱりか、と言わんばかりに小さなため息を吐いた。

 

 威厳な雰囲気を持つ王が跪き、イシュタルの手に触れずの距離で口付けをするような様子を見せられてはどちらが上か下かなど一目瞭然だろう。それが当たり前のように振る舞うイシュタルの様子から見て確信したのだ。

 

 そして、そこからは自己紹介に時間を費やされる。

 国王の名をエリヒド・S・B・ハイリヒといい、王妃をルルアリアというらしい。金髪美少年はランデル王子、王女はリリアーナと紹介を受ける。

 双葉は視線を感じると、その線上を見る。その先にはランデル王子が熱っぽい視線を自身に突き刺していたのに気がつき苦笑した。

 

 双葉はお淑やかにしていれば、普段の頭のおかしい(エキセントリックな)挙動をしなければ文句なしの美少女である。身長は高く、胸も大きい。性格も悪くはない。しかし、男を見る目は厳しく何より彼女が気にかける男は本当に稀にしかいないために百合園を囲うつもりなのでは? と一部の女子生徒たちから密かに期待されている。

 なお、彼女の事を‘裏の女神’と影では潜在的義妹(シャドウシスターズ)たちに祀られていたりするが知らぬが花だろうか? 

 

 その後、王宮主催の晩餐会が執り行われ。双葉は盛大にネコをかぶりながらランデル王子に応対していた。なんでこんな目に合わにゃいかんのだと内心ではぐずぐず愚痴をこぼしていた。

 

「この料理、お口に合いますか。フタバ様?」

「ええ、美味しいですね。私の故郷にはない味ですから作り方にも興味がわきます」

「よかった! 使徒様方のお口に合うか心配だったのですが、フタバ様がそうおっしゃるなら大丈夫ですね!」

 

 にぱぁ、と幼子特有の無邪気な笑み。10歳の美少年のアルカイックスマイルにキュンとなりかけるが、鋼の意思で耐える双葉──ショタコンの趣味はない。ないったらないのだ。

 

 ──────────────────

 

 晩餐会も終わり、双葉は与えられた部屋へと足を運んだ。

 ドアを開けて飛び込んできたのはまず天蓋付きのベットなどのやたら豪華な家具を備え付けられた部屋だった。

 

「えらい金かけてるわね……それだけ私らが肝いりなのか、よっぽど切羽詰まってるのかなぁ」

『おおよその王族は危機感が薄いからな。戦争に付き合うのは兵士だけさ』

 

 誰もいない事を確認して、双葉は左手に赤龍帝の籠手(ブーステッド・ギア)を展開、ドライグと会話する。

 

「やれやれ、本当に厄介なことになったわね……明日からは座学や訓練になるみたいだけど」

『フタバには必要がなさそうだが……禁手化(バランスブレイク)がまだ使えない以上はまだまだ修行が必要だろうな』

「ドライグは赤龍帝の鎧(ブーステッド・ギア・スケイルメイル)が必要な場面とかあると思う?」

『備えあれば憂いなしだよ。何もせず死ぬのはごめんだろうに』

「それはごもっともです」

 

 ドライグの言い分に食ってかかることなく双葉はベットにダイブした。

 ランデル王子には悪いが「脈はなし」と演じたが故に、諦めてくれたはずだろう。

 

「明日もあるし早めに寝よう。おやすみ、ドライグ」

『ああ、よく寝ろよ』

 

 赤龍帝の籠手は虚空に霧散した。目を閉じ、すぐに眠りは訪れる。そして、双葉は夢を見た。

 

 それは別世界の赤龍帝の記憶だろうか? 

 

[ハーレム王に、俺はなる!]

 

 煩悩とエロに忠実な男が世界を救ったり、危機を打ち破ったり。

 はちゃめちゃが押し寄せてくるそんな怒涛の転生人型ドラゴンの半生を見た。

 

「……なんなの、この赤龍帝は……」

 

 エロが絡むととんでもない力を発揮する、果ては女性の乳首をつついて禁手化に至っていたり……理解できないパワーアップの仕方をしている、そんな赤龍帝だった。

 

「土壇場の逆転劇は確かに凄いけど、エロから抜けれないのはサガという物なのね」

 

 覚醒が近づく自身の意識。その、赤龍帝の記憶を心に留めんと……参考にできそうにはないが留めておいた。なにせ、おっぱいドラゴンだとか、ケツ竜皇だとか呼ばれた末にドライグとアルビオンが精神疾患を患っているように見えたのだから、そんな未来は自分たちに訪れることはない……はずだと双葉は自身に言い聞かせた。

 

 翌日の午前。クラスの面々は王宮内の広間に集められる。集まった生徒達に十二センチ×七センチ位の銀色のプレートが配られ、皆は不思議そうに配られたプレートを見ている所へ、‘騎士団長’メルド・ロギンスが直々に説明を始めた。

 双葉は「団長殿は暇なのか?」と突っ込みたい衝動を抑えて説明に耳を傾ける。

 

「よし、全員に配り終わったな? このプレートは、ステータスプレートと呼ばれている。文字通り、自分の客観的なステータスを数値化して示してくれるものだ。最も信頼のある身分証明書でもある。これがあれば迷子になっても平気だからな、失くすなよ?」

 

 非常に気楽な喋り方をするメルド。彼は豪放磊落(ごうほうらいらく)な性格で、「これから戦友になろうってのにいつまでも他人行儀に話せるか!」と、他の騎士団員達にも普通に接するように忠告するくらいだ。

 生徒達もその方が気楽で良かった。はるか年上の人達から慇懃な態度を取られると居心地が悪くてしょうがないのだ。

 

「プレートの一面に魔法陣が刻まれているだろう。そこに、一緒に渡した針で指に傷を作って魔法陣に血を一滴垂らしてくれ。それで所持者が登録される。 〝ステータスオープン〟と言えば表に自分のステータスが表示されるはずだ。ああ、原理とか聞くなよ? そんなもん知らないからな。神代のアーティファクトの類だ」

「アーティファクト……魔法的なアイテムってことかな」

 

 アーティファクトという単語に双葉は納得するように頷いた。さすがファンタジーな世界だと言いたいのだろうか? 『お前の存在も十分ファンタジーだろうが』とドライグが一言。

 

「アーティファクトって言うのはな、現代じゃ再現できない強力な力を持った魔法の道具のことだ。まだ神やその眷属達が地上にいた神代に創られたと言われている。そのステータスプレートもその一つでな、複製するアーティファクトと一緒に、昔からこの世界に普及しているものとしては唯一のアーティファクトだ。普通は、アーティファクトと言えば国宝になるもんなんだが、これは一般市民にも流通している。身分証に便利だからな」

 

 なるほど、と双葉たち生徒は、注射器を思い出すような痛みに思わず顔を顰しかめながら指先に針をチョンと刺し。傷から浮き上がった血を魔法陣に擦りつける。

 すると、魔法陣が一瞬淡く輝きその効果が早速発揮される。

 

 そして、双葉はそのステータスを見ると……

 

 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

 

 天龍双葉 17歳 女 レベル:1

 天職:竜騎戦乙女(ドラグーン・ヴァナディース)

 筋力:500

 体力:200

 耐性:200

 敏捷:300

 魔力:300

 魔耐:400

 技能:全属性適性・全属性耐性・全魔法適性・魔力操作・物理耐性・魔力耐性・複合魔法・槍術・神速・縮地・擬/赤龍帝の籠手・擬/白龍皇の光翼・高速魔力回復・気配感知・魔力感知・ノルンの瞳・限界突破・言語理解

 

 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

 

 ぶっ飛んでいた。

 

 ■双葉side

 

 メルド団長の説明を聞きながら思ったのは、これ……前線に送られるパターンじゃね? 

 彼の説明を簡単にまとめるとこうだ。

 

 ・レベル

 各ステータスの上昇と共に上がる。上限は100でそれがその人間の限界を示す。最大値はレベル100。その限界まで至るのは人間としての潜在能力を全て発揮した極地である。

 

 ・ステータス

 ステータスはレベルの上昇以外にも日々の鍛錬で上昇する。

 魔法や魔法具で上昇させることもできる。また、魔力の高い者は自然と他のステータスも高くなる。

 魔力が身体のスペックを無意識に補助しているのではないかと考えられている。

 

 ・天職

 才能である。技能と連動しており、その天職の領分においては無類の才能を発揮する。しかし、本来は天職持ちは少なく、戦闘系天職と非戦系天職に分類されるが戦闘系は千人に一人、あるいは万人に一人の割合とされる。

 非戦系も百人に一人。または、十人に一人という珍しくないものも存在する。生産職は持っている者が多い。

 

 とのことだ。

 

「後は……各ステータスは見たままだ。大体レベル1の平均は10くらいだな。まぁ、お前達ならその数倍から数十倍は高いだろうがな! 全く羨ましい限りだ! あ、ステータスプレートの内容は報告してくれ。訓練内容の参考にしなきゃならんからな」

 

 光輝が早速メルド団長にステータスプレートを見せに行ったがそのステータスの数値は全て100だった……天職も勇者と来てるしそのステータスは一般人のおよそ10倍だろうか? 

 

「ほお~、流石勇者様だな。レベル1で既に三桁か……技能も普通は二つ三つなんだがな……規格外な奴め! 頼もしい限りだ!」

「いや~、あはは……双葉はどうなんだい?」

「あーうん。えっと、はい」

 

 照れ笑いを浮かべる光輝が私に振ってきたのでとりあえずメルド団長にステータスプレートを見せる。ばつが悪い顔をしてる私に彼は不思議そうな顔をしつつ、そのステータスプレートをみて硬直した。

 

「竜騎戦乙女……見たこともない技能が多いんだけど……勇者様よりも凄いんだけど……俺が教えることないよなコレ」

「……」

 

 メルド団長は呆然としながらも言葉をなんとか紡ぎ出し、光輝は絶句していた。

 若干化け物を見る顔されるのはちょっと傷つきそうになるが、まぁその気持ちはわかる。私だってそうなるわ! 

 

 そんなこんなで私はステータスの確認を終えるが……どうしようかと考えていた矢先にまたあのアホがやらかしかけていた。

 

「おいおい、南雲。もしかしてお前、非戦系か? 鍛治職でどうやって戦うんだよ? メルドさん、その錬成師って珍しいんっすか?」

「……いや、鍛治職の十人に一人は持っている。国お抱えの職人は全員持っているな」

「おいおい、南雲~。お前、そんなんで戦えるわけ?」

 

 南雲くんに絡む檜山の姿が見えた。香織はそれを見て「ゴミがまたハジメくんに絡んでる」と仄暗い声音でニコニコと呟いていた……怖っ!? 

 まぁでも、あんな典型的な小物じみた行動がよくできるなぁ……アホらしい。プレートを受け取り、そのステータスが貧弱な物であると皆に伝えるように檜山と取り巻きは南雲くんをさらにバカにするように笑い出した。

 

「ぶっはははっ~、なんだこれ! 完全に一般人じゃねぇかぁぁぁぁあっ!?!?」

「ぎゃははは~、むしろ平均が10なんだから、場合によっちゃその辺の子供より弱いかもな~」

「ヒァハハハ~、無理無理! 直ぐ死ぬってコイツ! 肉壁にもならねぇよ!」

「そう、ならそんなアンタらは南雲君よりも強いのよね?」

 

 もう我慢ならない……私は嗤う檜山の首根っこを掴み、持ち上げながら。コイツが驚き手をジタバタさせる手からステータスプレートを奪い取る。

 

「ぐえっ、首がしま……!!」

「なによ。アンタだって弱いじゃない。呆れた」

 

 そう言いながら、私は南雲くんにステータスプレートを渡す。

 

「離してくれ……息が……!!」

「なに? 聞こえないわよ? ……このまま黄泉に落としてやってもいいかなって思うんだけど、まぁ煩いし? ほれ」

 

 持ち上げていた手を離し、檜山は酸欠状態だったのかそのまま尻から着地、ひっくり返って頭を打っていたが自業自得だよんなもん。

 

「双葉ちゃん……だからあだ名がメスゴリラなんだよ?」

「やはり筋力。筋力が全てを解決する」

 

 香織と雫がいらない補足をしてくれているが無視だ無視。

 

「天龍さん……ごめん……」

「なんで謝んのよ。南雲くんは気にしなくてもいいわ」

 

 首元を押さえてゴソゴソとしてる檜山や追従して青い顔しながら離脱していく取り巻きはまぁどうでもいいので無視しておく。

 

「私は前線に出ないけど、後衛を守るくらいならどうって事はないわ。南雲くんの錬成師も兵站を考えると十分重要な立ち位置よ」

 

 私は南雲くんと目を合わせるようにして対話する姿勢で嘆くことはない、弱いなら弱いなりに戦うステージは違う……

 

「そもそも戦争に参加する意思を示していない南雲くんに、戦闘力を求めるのが大いに的外れなんだけどね?」

 

 私は檜山に釘刺すようそう言い放つと奴はびくりと肩を震わせ、こちらを見ていた。

 これであのアホのド阿呆な行いが止まればいいんだが……内心は嫌な予感がひしひしとしていたが、次のステップへと進むのだった。

 

 ──

 

 to be continued .



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

いじめる側の私

 ■双葉side

 この地にきておよそ2週間が経過した。地球で一般流通してなかった物がこのトータスにはある。それは‘魔法’である。

 

「魔法は、体内の魔力を詠唱により魔法陣に注ぎ込み、魔法陣に組み込まれた式通りの魔法が発動するというプロセスを経る。魔力を直接操作することはできず、どのような効果の魔法を使うかによって正しく魔法陣を構築しなければならない……か」

 

 こっちと地球での魔法、魔術と違い使い勝手が悪いと印象を受けるが仕方ないだろう……仕組みが全く違うのだから。

 それで現在。その魔法の訓練をするべく、その予習を行なっている訳なのだが。

 その予習以外に私が持つ能力を調べる必要があるとメルド団長に指示されていたがやっとその全貌の把握が可能になったわけである。

 

 まずは自分の能力を把握しようと思う。

 

 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

 

 ・全属性適性

 全ての属性を行使できる技能。魔力を用いて炎や光を生み出せるなどなど様々な属性魔法を使える事が保証される技能と言われる

 

 ・全属性耐性

 属性がある物全てに対してダメージを軽減できる技能。闇魔法とかの精神に作用するものも例外なく抵抗力を上昇させるヤベー奴。

 

 ・全魔法適性

 全ての魔法を扱える適性技能。ぶっちゃけ全属性適性があるのになんであるのこれ? と言ったところ。

 

 ・物理耐性

 物理ダメージに対してダメージカットが発揮される技能。当たらなければどうということはない訳なんだが、体力に依存するとのこと。

 

 ・魔力耐性

 魔力ダメージに対してダメージカットが発揮される技能。魔法も実は避けれるんだよね……範囲外に逃れればだけども。魔耐に依存するとのこと。

 

 ・複合魔法

 属性を組み合わせて魔法を放てる技能。炎と氷で極大消滅呪文(メドローア)とかそんな感じだと思われる。魔法使う前だからまだなんとも言えない技能。

 

 ・魔力操作

 詠唱なしで魔法を放てる技能。ぶっちゃけ魔法士なら絶対欲しい技能だと思う。使い手は私以外にいない。

 また、魔力を武器に付与もできるので、魔法をぶった斬るなどなどの無茶もできるようになるらしい。

 

 ・槍術

 特定の武器に対して補正を得られる技能で、私の場合は槍である。

 軽く振り回してみたが、いつも以上に綺麗な武踊ができた。

 

 ・神速

 よくわからない技能。メルド団長の言い分だと敏捷のステータス依存で超高機動力を可能にする技能だそうな。そして、必ず先制できるらしい……聞いてると‘でんこうせっか’を思い出すぞこれ。

 絶対香織に「ゴリランダー、でんこうせっか!」とか言われそうなんだが? 

 いや、でんこうせっかできるゴリランダーとかねえわ……いたら怖いわ。

 

 ・縮地

 魔力を放出して一瞬で自分の間合いに飛び込める技能。槍術とかなり相性が良いのは言うまでもなく。人によっては、残像を残しながら一撃離脱戦法も可能だという。

 

 ・高速魔力回復

 魔力の消耗に対して、即座にマナを取り込める能力。回復力はポーション系のアイテムを使わずとも数分後には回復するレベルだ。無限リソースは滅びるべき悪い文明……と思う。

 

 ・気配感知

 生物の気配を感知できる技能。どちらかと言うと第六感が増設されたような感じだと思う。どこに香織がいるかとか南雲くんや雫の居場所がわかるとか? 

 説明しにくい能力である。

 

 ・魔力感知

 魔力の出どころや残滓を辿れる技能。魔法とか魔力による事象の変動を感知して迎撃あるいは回避行動を取り行えるようだ。

 

 ・限界突破

 身体能力を3倍にできる技能。制限時間は3分ほどでその間自身のステータスを3倍に引き上げる事が可能な能力。

 現在なら筋力が1500になる……と言った具合だろうか? 

 

 ・言語理解

 私や香織、つまりはクラスメイトが全員が保有する技能だ。読み書きができるのは最高です。

 

 ・ノルンの瞳

 本来は近い将来に起こる未来を1日に[10秒]間だけ見れる北欧に住う高位ヴァルキリーが持つ共通技能なのだが、私の場合は未来予知が可能な精度になっている。

 あまり使わないからかなりの魔力を消費するとなると、使う必要はないと思われる……だって殴れば障害を排除(物理)できるでしょう? 

 竜騎戦乙女の天職の影響ではなく……私が保有する固有技能だと思われる。

 

 ・擬/赤龍帝の籠手(シャドウ・ブーステッド・ギア)

 私固有の能力筆頭その2

 ドライグの魂が「半分」封じられた神器(セイクリッド・ギア)神滅具(ロンギヌス)だ。機能は倍加(Boost)譲渡(Transfer)

 その名の通り倍加は10秒毎に私の能力を倍にしていく力を持ち。実質無限に倍加する事ができるので……1024倍とかも可能だと思われる。

 ただし、私のキャパシティを越えれないので、8倍が現在の最大値だと見ている。

 8倍とて、現状の筋力500が4000になるわけなのでその凄まじさはさもありなん。

 譲渡は倍加の効果を味方に与えれる機能であるが、そのコストは私が払うのでお手軽に味方を強化する手段だろう。

 また、神滅具とは……神すら屠れる神器のことで聖書の神によって創られたと見られており、[神造兵装]と呼ばれている。ただ、過去から現在まで。私の魂と共に転生を繰り返しているみたいだけどその辺は記憶がないからなんとも言えないわけだが。

 

 ・擬/白龍皇の光翼(シャドウ・ディバイン・ディバイディング)

 私固有の能力筆頭その3

 アルビオンの魂が同じく「半分」封じられた神器(セイクリッド・ギア)神滅具(ロンギヌス)だ。機能は半減(Divide)反射(Reflect)

 半減は触れる必要があるが、対象にした存在から力の半分を奪い取り、自分の力にする能力だ。余剰分の力は光翼部分から放出する。

 反射は相手に対して物理、無形状エネルギーだろうが問答無用で跳ね返す。

 

 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

 

 やっぱり……ぶっ飛んでるな? オーバースペックすぎてほんとに笑う。

 

 チートや、こんなもん! チーターや! 

 とみんなに言われそうなんだけども、仕方ないじゃ無いか。私はその、なんだろう? 

 母は「ブリュンヒルデ」の称号を持つ現役のヴァルキリー。

 父は「とある機関」に所属するエージェント。アンダーグラウンドなんだけどそうじゃない世界に住う人たちなのだからしゃーないわな。

 私自身は戦いの場に赴くようなことはなかったが、祖母もヴァルキリーだったので訓練は見てもらっていたし。ただ、オーディン様側仕えのヴァルキリーにはなりたく無いなぁ……あの人ド助平だし。ドライグやアルビオンがこんな神は滅ぼすべきだって覇龍になりかねないと思うから。

 まぁ、チートだのなんだのに関しては。二天龍をその身に宿してる時点でチートなのだよワトソンくん。まだ、禁手化(バランスブレイク)もできないけどね? 

 

 レポートもまとめたし、訓練の時間だから行くとしましょうかねえ。

 

 □noside

 

 レポートを提出するために双葉がメルド団長の元へと行く前に時間を戻す。

 ハジメは彼女に作って欲しいと頼まれたものを作成して渡しに行くべく、合流するために訓練場へと赴いていた。

 

 作成したのは槍で、よくあるショートパイクと呼ばれるものだ。というのも、ハジメに戦闘の才能はないということは重々承知していることであり、彼はできることから伸ばすべきだと双葉や香織に提案されたのである。

 それからはこの2週間の間ずっと武器を作ったり盾を作ったり。色々と夢中になって作成した。

 何より錬成の魔法陣の描かれた手袋をもらってからはずっと独学で武器を作り続けていた。

 

「僕の戦う場所は違う……天龍さんの勧めた通りだったな」

 

 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

 

 南雲ハジメ 17歳 男 レベル:5

 天職:錬成師

 筋力:20

 体力:20

 耐性:20

 敏捷:20

 魔力:20

 魔耐:20

 技能:錬成[+鉱物系鑑定][+精密錬成]・言語理解

 

 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

 

 錬成に派生技能が芽生え、レベルも上がっていたのである。

 そして、気合を入れて自分に作れる最高の槍をお礼も含めて双葉に渡そうと作り上げた物を持参して訓練場へと赴くが彼女はおらず。とりあえず待つことにした……のだが。

 

 ハジメは人目のつかない場所でひっそりと自主練でもするか、と細身の剣。レイピアの柄を握ると抜剣する。

 最初の頃は重くて持てなかったが、今なら軽々と持てる。

 軽く振り、具合を確かめる。悪くはない……そう思っていた矢先に、背後から衝撃を感じると同時に。

 転倒しかけるがなんとか踏ん張り。うんざりしながら後ろを見ると、予想通りの面々……檜山とその取り巻きがいた。

 

「よぉ、南雲。なにしてんの? お前が剣持っても意味ないだろが。マジ無能なんだしよ~」

「ちょっ、檜山言い過ぎ! いくら本当だからってさ~、ギャハハハ」

「なんで毎回訓練に出てくるわけ? 俺なら恥ずかしくて無理だわ! ヒヒヒ」

「なぁ、大介。こいつさぁ、なんかもう哀れだから、俺らで稽古つけてやんね?」

 

 ニヤニヤと下衆の笑みを浮かべる4人はハジメを取り囲むように陣取り、逃げ道を塞いだ。

 

「あぁ? おいおい、信治、お前マジ優し過ぎじゃね? まぁ、俺も優しいし? 稽古つけてやってもいいけどさぁ~」

「おお、いいじゃん。俺ら超優しいじゃん。無能のために時間使ってやるとかさ~。南雲~感謝しろよ?」

 

 そんなことを言いながら馴れ馴れしく肩を組み人目につかない方へ連行していく檜山達。それにクラスメイト達は気がついたようで、慌てて別方面に走っていく。

 

「いや、一人でするから大丈夫だって。僕のことは放っておいてくれていいからさ」

 

 一応、ハジメは差し支えのない言葉で断ろうと試みるが……。

 

「はぁ? 俺らがわざわざ無能のお前を鍛えてやろうってのに何言ってんの? マジ有り得ないんだけど。お前はただ、ありがとうございますって言ってればいいんだよ!」

 

 そう言って、脇腹を殴ろうとした檜山の手を見てハジメは堪えるべくキツく目を瞑るが、痛みも衝撃もなく。不審に思いながら、目を開けると……

 

「だったら、あたしが南雲くん……いや、ハジメくんに稽古をつけるから、あんたらは下がっていいわよ」

「いでででで!!?」

 

 檜山の手を掴み、捻り上げる双葉がそこにいた。

 

「なっ、天龍!?」

「コイツいなかったんじゃねえのかよ! 礼一!」

「見てたって! まだ来てなかったのも確認してだじゃん!」

 

 放り出すように檜山の手を離し、無様にも彼は地に這いつくばるように腕を押さえてうずくまる。

 

「親切なクラスメイトがいていいわね。教えてくれたからすっ飛んできてあげたのよ。あんた達バカに指導するために……一応弁明は聞いてあげるけど?」

「毎度毎度、邪魔しやがって……俺たちが優しくしてりゃつけ上がりやがってヨォ!」

 

 見下す彼女の目、それは檜山にとってはいつもの眼光だ。しかしそれがもう我慢ならないとばかりに彼は鞘に収まったままの剣を構えた。

 

「はぁ、忠告してあげる。あたしはいま猛烈にキレかけてるの……いい、変な行動は慎みなさい? ハジメくん。下がってて……巻き込まれたくなかったら」

 

 呆れた目で檜山と中野、斎藤、近藤を見る双葉の目は完全に笑っておらず、口元には歪な微笑みを張り付けていた。

 それを見た4人は身の危険を感じると、中野、斎藤は無意識に詠唱を零し。魔法を発動した。

 

「ここに焼撃を望む──‘火球’」

「ここに風撃を望む──‘風球’」

 

 避ける動作もなく。その場にただ立っているだけの双葉に向けて魔法が飛来する。

 

「天龍さん! 避けて!?」

 

 避ければハジメに直撃するコースに躊躇いなく放ったその魔法に対して。双葉は目を細め……

 

「……忠告を無視したわね? なら、血祭りはやめたげるけど……手加減はしないわよ?」

 

 炎の魂が、不可視の風の塊が彼女に直撃した。ごうと炎が爆ぜ、風が強かに打ちつける。土煙が巻き起こり、視界を阻害した。

 

「こんなもんじゃおわらねぇぞこらぁっ! 礼一っ!」

「くたばれクソアマ!」

 

 檜山と近藤が躍りかかる。鞘に収まった剣を頭に向けて振り下ろし、石突が彼女の腹目掛けて突き出される。

 ごすっ、ドス。重い感覚を覚え手応えを感じた彼らはニヤリと笑う。しかし

 

「初手は受けてあげる。これは正当防衛だし……仕切り直しにまずはご挨拶♪」

「余裕こいてるのも今のうち……っ!?」

「う、わっ!?」

 

 突如として巻き起こる強風があたりを吹き散らし、その風に弾き飛ばされるように檜山と近藤は武器を手放してしまいつつ5m後方に飛ばされるが、最近の訓練の賜物か、なんとか受け身を取りつつ着地していた。

 土煙が晴れると双葉は左手で剣の鞘を掴み、右手で槍の石突を掴んで止めていた……全くの無傷で。

 

「なっ……!?」

「直撃しただろてめぇ!? なんで無傷で……!?」

「じゃあこっちの番ねー?」

 

 双葉は武器を檜山と近藤の前に放り投げると、左手を天にかざすように突き出し。そして……

 

「なんだっけ、魔法陣は無しだけど。こうすりゃいいのかな?」

「は? ……ウソだろ!?」

 

 なんてことない、と言わんばかりの表情で直径3m(・・・・)ほどの‘火球’を詠唱もなく作り出す。その様に中野は驚愕の表情を晒すが、双葉は微笑みながら解説する。

 

「私は全ての属性を使えんだよ? これくらい造作もないよ」

「ちきしょうっ!!」

 

 双葉はそのまま巨大な火球を中野に向けて投げ放ったがその速度は大きさ通りかかなり遅い──が、その火力は半端な物ではなかった。

 中野が逃げ出して誰もいない場所に着弾と同時に高さにして6mの火柱が立ち上がり、炸裂音と共に爆風が檜山達に襲いかかる。

 咄嗟に顔を庇うように腕を前に出して、なんとか踏ん張る。

 そんな檜山と近藤に対して後衛である中野と斎藤は無様に吹き飛ばされ、ごろごろと地を転がる。

 

「かーらーのー‘ガンド’」

 

 中野に人差し指を向けて彼女は初めて呪文を唱えた。そして、彼女の指先には真っ黒な魔力の塊が収束する。

 

「これは‘ガンド’って言うんだけど、ルーン魔術においての初歩中の呪いなんだけどね? だだし、私の場合は《フィンの一撃》にまで至ってるんだよね」

「がぁぁっ!?」

「中野……?」

 

 双葉は言いながら、中野に向けてその漆黒の塊は射出された。直後、彼は3mほど吹っ飛ばされて気絶した。

 すかさず、自分に人差し指を向けられていることに気がついた斎藤は。すぐ様背を向けて逃亡を図るが……

 

「私の視界内から逃げ切れると思わないことだね。‘ガンド’」

 

 すぐに、斎藤目掛けて漆黒の弾丸が飛翔。彼の頭に直撃し……走りながら倒れていったので盛大にコケてごろごろと地を転がっていった。

 

「さて、武器を拾って逃げないの?」

 

 後衛2人の意識を刈り取り、ニヤニヤと檜山と近藤に顔を向ける双葉。彼らは隙だらけに見えて全くの隙がないという絶望的な相手を見ている気がした。

 

「まぁ、逃がさないし逃げれないよ?」

「くそがぁぁ!!」

「……あらあら、女の子に刃物を突きつけるなんて、やーんこわーい」

「死にくされ!」

 

 双葉に穂先を向けて、近藤は彼女に槍を突き込んだ。ひらりと躱す双葉に追撃をかける檜山の剣を首を傾けることで避ける。

 

「やれやれ。ソレ、アーティファクトでしょ? 人に向けるもんじゃないと思うんだけど?」

「大介、ちゃんと合わせろよ!!」

「お前こそもっと突けって!!」

「はいはい、こっちだよー? ほらほら、無駄な努力だけど当てれるかもしれないから頑張れ頑張れ♪」

 

 なかなか連携の取れた、様になった剣筋と槍使い。しかし、双葉を捉えるには至らない。喧嘩の勘だけでどうにかできる相手ではないと未だ理解できず懸命に得物を振るう檜山と近藤に対して無駄な努力だと一蹴する双葉。

 

「やっぱ飽きた。もう踊らなくていいよ」

 

 剣を人差し指と中指で挟みホールドしつつ、穂先の付け根を掴み、2人の動きを阻害しながら双葉は檜山と近藤を蹴飛ばした。

 

「ぎゃっ!?」

「のわっ!?」

「えーと、20倍返しにしたいけど、流石に死んじゃうかもね。だから……」

 

 双葉の左手から肘のあたりまでを覆う無骨な籠手が突如として彼女に装備されるのを見て、檜山は引き立った笑みを見せる。

 

「まずは2倍!」

 

 倍加(Boost)!! の音声とともに双葉の存在感が今よりももっと大きくなる。対峙しているだけで逃げ出したくなるような威圧感を双葉はその身に纏っていた。

 

「これが今の限界、か。ほら、武器なんて必要ないでしょ? ──かかってきなよ」

 

 挑発の笑みを浮かべ、指で来いこいと合図する。ノせられた近藤が殴りかかるが手を払いながら左手で顔面に一撃を! なんていうのは望んでいないのだろう。

 寸止めで彼の顔を殴ることはなかったが、拳圧までは考慮していなかったのか。触れていなくとも近藤は吹っ飛ばされて気絶していた。

 

「どうすんの? 檜山。あとはあんただけよ?」

「助けてください! お願いします!」

「は? 知らないわよ? ──あんたはぶん殴られるべきだからさ」

「えっ……」

 

 土下座をしようとした檜山の腹目掛けて拳を繰り出したが、流石に殺すのはまずいか。と双葉はそう判断して寸止めに。檜山は鳩尾を拳圧を用いてそれはそれは強く殴られたような感覚を覚え、嘔吐しかけ。吹っ飛ばされ、気絶した。

 

「はん、くだだらないお遊戯に付き合う時間はないのよ」

 

 そう言い残し、ほぼ‘片手間’で片付けられた小悪党組。それを見てハジメは畏敬を双葉に対して抱いてしまうのも無理もないだろう。

 

「怪我はない? ハジメくん」

「うん、おかげさまで。さっきのすごかったね」

「まぁね……さっ訓練も始まるし、向こうに行こう」

 

 ハジメの手を取り引く双葉。その場に残された小悪党組に関しては彼女の預かり知らぬ事だろうか? 

 

 そして。明日……彼らは運命の日を迎えるのであった。

 

 ──

 

 to be continued .



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

月夜の語らい、そして罠

 □noside

 

「明日から、実戦訓練の一環として【オルクス大迷宮】へ遠征に行く。必要なものはこちらで用意してあるが、今までの王都外での魔物との実戦訓練とは一線を画すと思ってくれ! まぁ、要するに気合入れろってことだ! 今日はゆっくり休めよ! では、解散!」

 

 その日の訓練が終わった直後に、双葉達は明日以降の方針を聞いた。

 

 なお、小悪党組をボコった双葉だったが彼らのやろうとした事を未然に止め、「力を持ったことにより些か暴走気味だった彼らに対してお灸を据えた」と双葉が説明すると光輝は渋々納得してそれ以上の糾弾はなされなかった。

 

 この事実に関しては檜山達が厳重注意を受ける……それもそうだろう。対魔物用に与えられたアーティファクトを‘対人’に使用して剰え、魔法を放ったのだ。通常ならば死傷者が出てもおかしくはないほどの威力になっているそれを双葉に放った以上、地球の日本で言えば‘殺人未遂’の罪過を背負うハメになるだろうが。

 

 双葉は彼らを許し、「自分も若干やりすぎた、ごめんなさい」と謝罪していたので彼らも納得は一応した、一応。その直後に「南雲ハジメにこれ以上絡んだり、暴力は振るいません」と誓約書を双葉に書かされていたが。

 

 そんなこんなで【オルクス大迷宮】に遠征となった次の日。宿場町に双葉たち生徒はやってきていた。

 戦争に立候補した生徒だけでなく参加しない生徒も来ているのには理由があり、実戦訓練は必要だろうと国王、イシュタル教皇に命令を受け。渋々メルド団長はこの遠征を行った、と双葉に漏らしていた。

 

 さて、双葉達はこれから挑む迷宮に対しての説明を聞き。その準備を進めて宿場町の【ホルアド】に所在を移して王宮直営の宿に泊まり、明日の実践訓練に備えていた。

 

【オルクス大迷宮】

 

 それは、全百階層からなると言われている大迷宮である。七大迷宮の一つで、階層が深くなるにつれ強力な魔物が出現する。

 またこの迷宮は、よく新米冒険者あるいは新兵の関連にも利用される。

 と言うのも、階層により魔物の強さを測りやすいからということに加え、出現する魔物が地上の魔物に比べ遥かに良質の魔石を体内に抱えているからだそうな。

 

 ちなみに、魔石とは、魔物を魔物たらしめる力の核をいう。魔物が力強いのはその魔石から力を得ているからと言われている。

 

 なお、魔石は魔法の触媒にしてもよし、日常生活用の魔法具などには魔石が原動力として使われる。魔石は軍関係だけでなく、日常生活にも必要な大変需要の高い品なのである。

 

 ちなみに、良質な魔石を持つ魔物ほど強力な固有魔法を使う。固有魔法とは、詠唱や魔法陣を使えないため魔力はあっても多彩な魔法を使えない魔物が使う唯一の魔法である。一種類しか使えない代わりに詠唱も魔法陣もなしに放つことができる。そのため、どんな魔物も見た目で判断することはできない危険な者たちだと言うのはそう言う事である。

 

 ハジメの元に香織が訪れているため、双葉は1人部屋に残されていたが。落ち着かず眠れないのでとりあえず空でも見よう、と宿の屋上にでた。

 しかし、そこには先客がいた。

 

「あら、こんばんは。双葉」

「なによ、雫も寝れないの?」

 

 そこにいたのは雫であった。

 

 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

 

 月夜に照らされた屋上で語らう双葉と雫。しみじみと最近のことを話し合う。

 

「こっちに来て2週間ねぇ……どうなんのかな」

「そうね。戦争に参加なんてしたくなかったけど、光輝だけにやって貰うのは正直……」

「わーってるわよ。もしも、もしもだけど。光輝がピンチになったりしたら飛んでってやるわよ……あんなんでも幼馴染だし」

「頼もしいわね。光輝よりも強い人が言うと」

「……雫。もしかして怒ってる?」

 

 自分よりも強い人がバックアップに回るのは面白くない、と言いたげな目で雫に睨まれている気がした双葉だったが、そんなことはないと彼女は苦笑する。そして雫は真剣な顔で。

 

「そんなまさか。ただ、香織と南雲くんのこと宜しくお願いね」

「……アンタは前で暴れてきなさい。ほら……刀の方が使いやすいでしょ?」

 

 雫に腰に佩ていた物を雫に渡した。それは日本刀のように似せて作ったサーベルだ。

 

「あら……やっぱりわかっちゃった? ……刀じゃないみたいだけど、どこで手に入れてきたのよこれ」

「南雲くんの力作。厨二靈ゼンカイで作ってたのに私が付与魔法を馬鹿みたいにかけたやつよ。試作品だから気にせず振り回してちょうだい」

「なるほどね。南雲君にお礼を言っとかないとダメね」

 

 受け取りながら鞘より引き抜き。ヒュンヒュンと振るう雫。重さも良好かつ、鋭い剣技を繰り出して見せる。

 

「使いやすい……本当にいいものよこれ」

「《風刃、強靭、無敵、さいきょぉぉぉ!!》だっけな、付与魔法は」

「どこかの海馬社長みたいな付与魔法ね」

「……真顔で返すなぁ!! いい知れない敗北感があたしを満たすから!!」

「所詮、双葉は敗北者じゃけえ!」

「……はぁ……はぁ……敗北者? ──いい加減にしてよ!?」

 

 ボケる雫とツッコミに回る双葉。しかし、そんなボケとツッコミの応報をしばし続けていた中で。双葉は雫の目を見続けて、ふと気付いた。

 揺れる彼女の赤い瞳、その奥に怯えの色が見えたのだ。

 

「……やっぱ、そうよね。怖いわよね」

「双葉……?」

「昔さ、よくこうしてあげたよねー」

 

 腰掛けていた椅子、双葉は雫の頬に左手を回すようにして添えて。引き寄せると、彼女にもたれかかるような体勢に持って行く。

 雫の、サラサラと手入れの行き届いた黒髪の感覚を楽しむためではなく。

 そのまま、優しく撫でて。落ち着いた声音で双葉は彼女に呟いた。

 

「私はまぁ、特殊な家系だって言ってたわよね」

「ヴァルキリー……って言ってたけど、設定でしょ?」

「今このタイミングで設定とか言わないわよ。見せた方が早いね……」

 

 双葉はそう言いながら右手で虚空に指を這わせるように、何かを描く。

 

「‘K(ケン)’。その意味は火……トリガーは‘F(アンサズ)’」

 

 K、Fと澄んだ白の魔力で描かれたそれは虚空で燃え上がり。彼女の掌の上で留まる。

 

「それって……トータスの魔法じゃない……の?」

「トータスだと火球だっけな。これは始原の火。知らしめる火……オーディン様が初めて火を起こした話に出てくるルーン魔術よ」

「ケルト、北欧で有名なルーン魔術……? 北欧ってヴァルキリーの原典よね……は?」

 

 火を霧散させる双葉を見て、理解が及んだ雫はギョッとする。

 

「マジだったの……?」

「うん、おおマジ。私の母さんが北欧で現ブリュンヒルデだし」

「大物のヴァルキリーだった!?」

「ニーベルングの指環では自殺して終わるヴァルキリーだけど、最強ってのは確かだよ? 不吉だからブリュンヒルデとかやめてほしいわ」

「ニーベルングの指環は物語だから! 関係ないでしょ!?」

 

 ひっくり返りそうになる雫を左腕だけで支えつつ。しかし、ご本人は納得いかないと言う顔である。

 

「とまぁそんなことはどうでもいい」

「どうでも良くないでしょ!? 情緒不安定!?」

「鋭い突っ込みだよ、雫。やっと普段通りになった気がするぜ」

「……もう、ほんっとに遠回りするのが好きなのね」

 

 昔からの付き合いでわかるっしょ? と言わんばかりのドヤ顔をする双葉に対してはビンタで返す雫だった。

 

「ひでぶっ!」

「自業自得よ。でも、ありがと」

「んふふ……いいよ、んなもん。緊張して怪我されたら面白くないし、誰だって怖いわよ」

「双葉は……」

「私は怖くないわよ。メスゴリラ舐めんなよ?」

「自虐ネタをぶち込むのはやめましょう?」

「うっせえわ」

 

 そう言いながら、双葉はさて、と立ち上がる。

 

「明日は迷宮に行くわけだし、そろそろ寝よっか。香織も帰ってきてると思うし」

「そうね。おやすみ、双葉。ほんとにありがとう」

 

 手をひらひらさせながら自室に戻って行く双葉を見送り。負けていられないか、と雫は頬を張った。

 浴衣の腰にサーベルを佩くと柄に手を置いた。大丈夫、やれる。そう自分に言い聞かせるよう、雫も自室に戻っていった。

 

 ■双葉side

 

 たいまつもなしで進めるダンジョン。鉱脈をぶち抜いて作られたようなその迷宮の壁。その壁の中にある、ぼんやりと緑に光る緑光石によって灯りが灯されているらしい。

 

 そんなことを考えながら、私は愛子先生や南雲くん、香織たち後衛を守るべく槍を手にしながらみんなの戦闘を見ていた。

 

 光る刀身を唸らせながら広範囲の魔物を一瞬で切り裂く光輝、多くの魔物を殴り蹴飛ばし、後衛に近寄らないように善戦している龍太郎。

 そして、流麗で冴え渡る美しい剣技と、抜刀術のように、居合斬りで多くの魔物を屠る雫。

 彼らに負けずと、後衛組が魔法を放てば灰燼に帰す魔物たち。ちょっとばかし、「オーバーキル過ぎないだろうか?」とも思わなくもない。

 

「やることないわねー。香織、南雲君が焦る必要がないのはいいことなんだろうけど」

「あははっ、そうだねー。あれ? 双葉ちゃん、呼ばれてるよ?」

「メルド団長かな? 私は後衛の護衛だというに」

「双葉。お前も動きを見せてくれ」

「へーへー」

 

 やってきたメルド団長の指示に従い、私は前に出る。

 

 湧いてきた魔物……ラットマンだっけな? 

 見た目は灰色の体毛に赤黒い目が不気味に光る。ラットマンという名称に相応しく外見はねずみっぽいが……二足歩行で上半身がムキムキだった。八つに割れた腹筋と膨れあがった胸筋の部分だけ毛がない。まるで見せびらかすように。

 筋肉ムキムキマッチョマンの変態じみた魔物が結構な速度で間合いを詰めてきていた。しかし焦ることもなく拳を構え、そして──ボッ! いう音とともに。

 

 ぱきゃっ!! と弾け飛ぶネズミの頭から魔物の血が噴き出す。それを震脚の要領で地を蹴り、地盤を捲り上げるとラットマンの死体は私と正反対の方向へと飛ぶ。

 

「とりあえず、把握。結構弱いな、こいつら」

 

 向かってくるのを蹴りやなんでもないショートパイクで次々、心臓を貫き、頭を柘榴を割るように吹き飛ばされ。絶命させられるラットマンは仲間の大半がやられたのを見て逃げ出すけど……

 

「逃がすわけないでしょ?」

 

 私は先ほど見た魔法を模倣して渦巻く炎を天にかざすように。すると、魔法が発生して形を作る。

 

「‘螺炎’って言うのかな?」

 

 それを躊躇うことを知らず私はぶん投げる。逃げていったラットマンの群れは炎の塊に呑まれて灰に帰っていった。

 

「魔石は残ってるでしょ?」

「すごーい……」

 

 香織がぱちぱちと手を叩き、ポカーンとしてるクラスメイトの視線などつゆ知らず。私は魔石を回収してメルド団長に渡す。

 

「流石だな……歯牙にも掛けないとは」

「この程度で調子に乗れないですよ? ほら、いきましょうか」

「お、おう」

 

 自惚れるわけでもなく。私は淡々とメルド団長に提案した。

 それから特にピンチに陥ることもなく私たちは迷宮を進んでいく。それにしても、南雲くんの護衛をしていると時々感じる。

 ねばつくような、負の感情がたっぷりと乗った不快な視線だ。今までも教室などで感じていた類の視線だが、それとは比べ物にならないくらい深く重い。

 香織に向けられているものであり、南雲君が強く見られている。

 

 その視線は今が初めてというわけではなかったらしく、今日の朝から度々感じていたものだ。視線の主を探そうと視線を巡らせると途端に霧散すると言う。朝から何度もそれを繰り返しており、南雲君もいい加減うんざりした表情を見せている。

 ……十中八九アイツよね……まぁ、今は捨ておこうか。何かをしているわけでもないし。

 

 さて、私たち異世界から来た組からすればこの程度の敵は本当に造作もなく倒せる程度の強さだった。20層にあっという間に到達したのである。

 20層はやたらとゴツゴツした場所で隊列を組んで進みにくい。せり出した岩が邪魔でならなかった。

 

 そんな時。私の気配感知に反応があり、パーティーの2人に注意を促した。

 

「香織、南雲くん。私から離れないで」

「うん、わかった!」

「情けないなぁ、僕は本当に」

「適材適所、よ。南雲君」

 

 先頭の方で騒ぎがあり、おそらく魔物が出たのだろうか? 呑気にそんなことを考えていると……耳障りな咆哮が聞こえると思ったら、岩が飛んで来た。

 

「見事な砲丸投げのフォームね」

「言ってる場合じゃないよ、天龍さん!?」

 

 岩の迎撃をするべく私は拳を握る。しかし、なんと。岩が突如としてゴリラになった。ルパンダイブさながら香織に突っ込んで来たので、手をかざして魔力を練り上げる。

 

「たまげたな。こんなのもいるんだねー」

 

 無詠唱で魔法が発動、それは聖絶。障壁を張る魔法で、ロックマウントとか言う魔物は不可視の壁に貼り付けられたようにびたんっ!! 

 

「うわ、気持ち悪っ!?」

「ごがぁぁぁぁ!!」

 

 言葉がわかるのかこいつ……あ、言語理解のせいか。キレて障壁を殴り出すがびくともしない。めんどくさ……とりあえず。

 

「吹っ飛べ。‘火球’」

「ぎがぁぁ!?!?」

 

 障壁越しに火球を見舞い、消し炭にした。

 

「相変わらず規格外の魔力……‘今のはメラゾーマではない、メラだ’って言っても納得できる気がするね」

「どこぞの魔王と一緒にしないで。ちょっと前に行ってくるわ」

 

 2人にそう言い残し、狭い通路の壁を走って前に行く。

 苦戦こそはしていないが、光輝が大技を……おいおいあれって……!? 

 

 

「万翔羽ばたき、天へと至れ──」

「あっ、こら、馬鹿者!」

「ダイナミックキャンセルゥゥゥ!」

「天sへぶっ!?」

 

 構えている光輝の横っ面を蹴飛ばして‘天翔閃’の発動を強制的にキャンセルさせながら、籠手を顕現させてドライグの力を借りる。

 

擬/赤龍帝の籠手(シャドウ・ブーステッド・ギア)!」

倍加(Boost)ッ‼︎──Explosion!!]

「魔力収束、蓄積解放! 吹っ飛べ……ドラゴン・ブラスター!」

 

 ざっと気配感知に反応があった位置全てを巻き込むように暗い真紅な極光の魔力砲撃を叩き込む。射線上にあった物は全て吹き飛ばされ、気配感知の反応が全て消え失せた。

 籠手を顕現させたままだが頬を抑える光輝の胸元を掴むと前後に揺すりながらとりあえず叱る。

 

「地下で縦軸に振り下ろす技とか魔法を使うなぁぁぁぁっ! あほ! バカ! 間抜け! 崩落させるつもりか!」

「ぐえっ、ガクガクさせないでくれ、双葉!? 悪かった! 次は気を付ける!」

「団長! トラップです!」

「ッ!?」

 

 とりあえず怒りをぶつけてから光輝を離すと土下座させてしまうがそこはいい。なんかいま不穏なこと言わなかったっけ? 

 

「ふんっ、次は気をつけなさいよ……あれ?」

 

 なんか足元に魔法陣が展開されて。瞬く間にあたり全体に広がり、輝きを増していった。まるで、召喚されたあの日の再現……は? 

 

「くっ、撤退だ! 早くこの部屋から出ろ!」

 

 メルド団長が叫ぶがもう遅い。光が満ち、私達の視界を白一色に染めると同時に一瞬の浮遊感に包まれる──空気が変わったのを感じた。次いで、私は魔力感知の応用して空間を探知して着地する。

 

 周囲を見渡す。クラスメイトのほとんどは尻餅をついていたが、メルド団長や騎士団員達、光輝達など一部の前衛職の生徒は既に立ち上がって周囲の警戒をしている。

 

「どこに飛ばされたの、これ」

「わからない……メルド団長」

 

 光輝はメルド団長の方へ行き、私はあたりを観察。そして…… 私たちが転移した場所は、巨大な石造りの橋の上だった。長さはおよそ百メートルで、天井も高く二十メートルほど。

 橋の下は川などなく、全く何も見えない深淵の如き闇が広がっていた。まさに落ちれば奈落の底といった様子だ。

 道幅は広い……およそ十メートルかな? 手すりもない心折設計だけどなぁ!! 落ちたら奈落の下ってか? 冗談じゃないぞぉ? 

 奥に見えるのは次の階層への入り口。後ろ側には上段へ上がるための階段かな? 

 しかし、魔力感知に嫌な反応がする。そう、これはトラップだ。

 

「光輝、お前達、直ぐに立ち上がって、あの階段の場所まで行け。急げ!」

 

 メルド団長は危険を感じ、雷の如く轟いた号令を。わたわたと動き出すほかの生徒達。しかし、階段側の橋の入口に現れた魔法陣から大量の魔物が出現したからだ。更に、通路側にも魔法陣は出現し、そちらからは一体の巨大な魔物が……撤退したけりゃ突破しろってことかな? 

 

 ‘力を持つものには責任がある’……母さんの言葉を思い出して、私は覚悟を決めた。

 

「光輝、後ろはお願い。アレは私が潰すから、みんなの避難を優先……頼むわよ」

「……わかった」

 

 前に出る。アレの相手をできるのはうぬ溺れるつもりはないけど、あたしだけだろう。

 

「ドライグ、いくわよ」

『地龍もどきか。肩慣らしにちょうどいいかもな』

 

 さっきのドラゴン・ブラスターで使った魔力はとっくにリチャージされている。私はパンッ、と右拳を左掌で受けて音を鳴らし、気合を入れる。

 

 あたしのステータスはこの2週間で全く上がっていない……経験足り得ないから、だと思う。光輝程度では強敵足り得ず、メルド団長もあたしにとっては敵ではない。そのステータスの差が仇なのか──ステータスの仕組みはまだわからない。

 だが、越えるべき壁が前から来たなら……

 

「上等、やってやろうじゃん」

「グルァァァァァアアアアア!!」

 

 咆哮を上げたトリケラトプスモドキに対し、あたしはメルド団長の静止を振り切るように。踏み込んだ

 

 ──

 

 to be continued



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

戦乙女の贈り物

 □noside

 

 橋の両サイドに現れた赤黒い光を放つ魔法陣。通路側の魔法陣は十メートル近くあり、階段側の魔法陣は一メートル位の大きさだが、その数がおびただしい。

 

 小さな無数の魔法陣から、骨格だけの体に剣を携えた魔物‘トラウムソルジャー’が溢れるように出現した。

 空洞の眼窩からは魔法陣と同じ赤黒い光が煌々と輝き目玉の様にギョロギョロと辺りを見回している。その数は、既に百体近くに上っており、尚、増え続けているようだ。

 

 しかし、数百体のガイコツ戦士より、反対の通路側の方がヤバイとハジメは感じていた。何より、その後に続いたメルド団長の言葉に耳を疑った。

 

「よせ、双葉! そいつは、ベヒモスはいくらお前でも太刀打ちできる相手じゃない!」

 

 彼女が一歩を踏み出しそして、ベヒモスの咆哮を聞きメルド団長は我に帰る。

 

「メルド団長、ここはあたしが引き受ける。光輝、行って!」

「わかった! メルド団長、アランさん! カイルさん、イヴァンさん、ベイルさん……撤退します!」

「なぁ!? 何を言っている!? カイル、イヴァン、ベイル! 全力で障壁を張れ! ヤツを食い止めるぞ! 光輝、お前達は早く階段へ向かえ!」

「待って下さい、メルドさん!」

「馬鹿野郎! あれが本当にベヒモスなら、今のお前達では無理だ! ヤツは六十五階層の魔物。かつて、“最強”と言わしめた冒険者をして歯が立たなかった化け物だ! さっさと行け! 私はお前達を死なせるわけにはいかないんだ!」

「貴方たちも、俺たちも、双葉の邪魔なんです!」

「なん……だと……!?」

「双葉……ごめん!」

「頼むぞ、双葉!」

 

 その言葉を聞き、呆然とするメルド団長の腕を掴み、光輝は下がる。雫、龍太郎たちも騎士たちを連れて下がった。

 

「ありがとう、光輝。──メルド団長、とりあえずあたしを信じてくださいッ!」

 

 十メートル級の魔法陣から出現したのは、体長十メートル級の四足で頭部に兜のような物を取り付けた魔物もっとも近い既存の生物に例えるならトリケラトプスだろうか。ただし、瞳は赤黒い光を放ち、鋭い爪と牙を打ち鳴らしながら、頭部の兜から生えた角から炎を放っているという付加要素が付くが……メルド団長の話が正しければベヒモスと呼ばれる魔物だろう。

 

「いくわよ、ドライグ」

『応ッ!』

倍加(Boost)ッ‼︎]

「まだ、溜めるわよ……‘限界突破’ァッ!!」

 

 双葉は擬/赤龍帝の籠手(シャドウ・ブーステッド・ギア)の倍加を発揮させず、さらにチャージする。その間にも彼女はギリギリと脚に力を込めていく。

 

「10秒保てばあたしの勝ち……いくわよ!」

 

 双葉は‘縮地’の効果で魔力を爆発的に放出させダメ押しで‘神速’の加速、そのまま槍をその自慢そうな頭の甲殻に叩き込む。「速度×質量=威力」の公式だったがしかし、甲高い金属音と共に大きく弾かれる。

 

「グオァァァンッ!?」

 

 弾かれたことに舌打ち、付与魔法で強靭になっているはずの穂先にはヒビが入っていた。甲殻を突破するにも、それを貫ける威力が必要となる。

 

「しゃーない、魔力の消費は抑えたいけど、四の五のと言ってらんないかな」

 

 残り6秒。ベヒモスは怒りを露わに、双葉を敵として認め。排除すべく襲いかかる。

 よく見ると穂先を弾かれたが、その頭部甲殻より血が流れていたのを確認した双葉は。ベヒモスの足元を抜けて後ろに回る。鞭のようにしなる尻尾を紙一重で避けながら、スライディングの要領で躱す。

 

「流石にタフだね……でも、負ける気がしねぇ!」

 

 残り3秒。ベヒモスは双葉を轢殺せんと突進を行おうとするが、その寸前。ベヒモスの後脚が石橋に沈み込んだのだ。

 

「天龍さん! 足止めは任せてくれ!」

「グオオオオオンッ!!」

 

 ハジメの声が届き、ありがたいとつぶやく。そして、ベヒモスの怒りの咆哮が聞こえる。泥濘のようになった石橋に脚を捕らわれ、もがく様に動くしかできないと自分も怒るか、と双葉は納得した。

 

 残り、0秒

 

倍加(Boost)ッ‼︎ ── Explosion‼︎]

「よっしゃ! いくわよ……」

 

 身体的能力は現在、4倍加に加えて‘限界突破’の効果により。さらに3倍となっている。その数値は──12倍だ。

 

「天雷の鏃。貫け……!」

 

 自身の手にした槍を放り投げ、双葉も飛び上がる。そして、石突に爪先を引っ掛けるような体勢となり。そして

 

擬・刺し穿つ死翔の槍(ゲイ・ボルク)ッ!!」

 

 オーバーヘッドで石突を一気に蹴り込む。槍は雷光を付与され、稲妻の如き速さでベヒモスの背中に突き刺さると、甲殻を突き破り。体内部に槍に込められていた魔力の雷を解き放つ。

 

「グルァァァァァッッ!!??」

 

 体の内側から蹂躙され、ベヒモスの内臓機能が低下すると、その動きは格段に鈍くなっていた。

 それでもなお、暴れるくらいは可能で……ハジメの隣に着地した双葉はその場にへたり込むように動けなくなった。

 

「やばい、負荷が……許容ギリギリ……」

「みんなが弱ってるベヒモスに魔法を撃ち込むから、天龍さんは早く逃げて!」

「了解……ありがと。あと、ごめんね。南雲くん」

「槍はまた作るさ! 早く!」

「オーケー。任せた!」

 

 そう言い残し、双葉はトラウムソルジャーの残党を蹴散らすのを手伝いつつ双葉は振り向いて、雷の魔力を突き立てた槍目掛けて叩き込むと。ベヒモスはさらに弱々しい動きになっていく。

 そして、ほぼ全員が避難したあと。ハジメは撤退すべく走り出した。

 

 ■双葉side

 

「疲れた……」

「お疲れ様、双葉ちゃん! すぐに癒すね! 天の息吹、満ち満ちて、聖浄と癒しをもたらさん──‘天恵’」

 

 私は魔力と疲れ、筋繊維断裂などの内傷の治療を受けながら、派手な花火のようになっているベヒモスの惨状を見る。極限まで弱らせて遠距離から蹂躙する人間の数の利点だと。

 

「やっぱり戦いは数だよ姉貴!」

「わかりやすいネタをありがとう、香織」

 

 トラウムソルジャーの増援も打ち止めとなり、あとは南雲くんの帰還を待つだけ……そう思っていた矢先の出来事だった。

 

「グルァァァァァッッ!!」

「う、わぁぁ!?」

 

 なんと、死力を振り絞ったのか、ベヒモスが再活性化。南雲くんを道連れにせんと動き出した──っ!? 

 

「──ハジメくん!?」

「みんな、集中砲火だ!!」

 

 光輝の指示に従い、後衛のみんなが南雲くんを救うべく雨霰。最後の与力を振り絞って魔法を放つ。もちろん私も魔力の塊を叩き込んだ……なんで火球が飛んでったの? 

 ベヒモスに火は効きにくいよ? 

 直後、火球はベヒモスから南雲くんへと標的を変えて……は? 

 今から、飛び込むか? いや、間に合わない……!? 

 あんだけベヒモスが暴れりゃあーなるか、橋が崩落を始めてるし!? 

 

「──え? ハジメくん……? ハジメくんっ!?」

 

 そうこうしてるうちに火球が……南雲くんに直撃した……は? 

 

「グウァアアア!?」

 

 悲鳴を上げながら崩壊し傾く石畳を爪で必死に引っ掻くベヒモス。しかし、引っ掛けた場所すら崩壊し、抵抗も虚しく奈落へと消えていった。ベヒモスの断末魔が木霊する。

 

 南雲くんは動かない……いや、ダメージが大きくて動けない……!! 

 

「ハジメくんッ!! 離して、助けないと!」

「ダメだ、もう間に合わな……ぐはっ!」

「ちょっと香織を借りるわよ、光輝」

 

 私は自分の中にあった魔力を込めて光輝を殴った。殴ったついでに《原初のルーン》を彼に譲渡する。

 

「光輝、あたしがあげたのをうまく使いなさい」

「どういう、待ってくれ。双葉っ!」

 

 香織の手を引きながら私は崩落する橋に向かって歩みを進める。

 

「香織、行くんでしょ? 手伝うわ」

「双葉ちゃん……ありがとう!」

 

 あたしはメルド団長にごめんなさい、と心の中で謝り。そして、崩落する橋に向かって走る。

 

「まて、双葉! まってく……」

「ここに在れ、獄炎よ」

 

 あたしは焔の魔力を放出してみんなを足止める。そして、指先を檜山に向けた

 

「必ず生きて帰るわ。だから……‘ガンド’」

「がっは!?」

 

 最後のルーン魔術で檜山を殺さないギリギリの魔力量で撃ち抜き、あたしと香織は南雲くんの元へ走るのだった。

 

 ■光輝side

 

「行くな! 双葉、戻ってこい!」

 

 メルド団長の叫び声、しかし前に出れない……とんでもない熱量の魔力が俺たちを阻んでいた。

 そして、橋が完全に崩落すると……双葉、香織。そして南雲の姿は……どこにもなかった。

 

「メルド団長……撤退しましょう」

「光輝……お前……」

「双葉がいます! あいつがいれば南雲や香織は生きてます! 信じましょう!」

「……全く、意味のわからん事を言う奴だが、なんとなく理解はしてるさ……わかった。これ以上の犠牲は出せん。撤退するぞ」

 

 メルド団長は撤退の準備を進めるために体制を立て直さんと点呼をかける。そして、伸びていた檜山を縛り、俺たちは地上へと戻るのだった。

 

「雫……その……」

「慰めはいらないわ。双葉がいるなら、南雲くんと香織は無事よ」

「ああ、そうだな。だから」

 

 僕たちは出来ることをしよう。

 

 ■双葉side

 そして、冒頭の回想からここに繋がる訳なんだが……え? メタい? お気にならさず?? 

 あたしたちは絶賛落下中。南雲くんを背負って戻る算段だったけど、やっぱ間に合わなかったや。

 

「2人ともしっかり捕まってね」

「ほんとに手はあるんだよね!?」

「双葉ちゃんを信じて、ハジメくん」

 

 赤龍帝の籠手を霧散させると、2人の腰に腕を回して、固定すると。あたしは擬/白龍皇の光翼(シャドウ・ディバイン・ディバイディング)を背中に顕現させて飛行する。上に上がろうにももう流石に遠すぎるのか、上がりきれないと諦めて下に行くことにする。

 

「ごめん。上には上がれないからこのまま下に降りるよ……多分未知の領域だから覚悟して進もうか」

「上等……こうなりゃやけだよね!」

「香織、やけにならないでね? 何かあったら困るのは僕たちだし」

「わかってるとも。もちろん、わかってるよー」

 

 まだ見えぬ底を見ながら、私は下降する。空を見上げて、微かな点となった地上の光に対して未練を振り払うよう。そして何より、あの光に戻るその時を心に誓い。

 

「必ず、どんなに時間が必要だったとしても。地上に戻ろう、だから……よろしくね、ハジメ、香織」

 

 私は南雲くんに対して、その名前で呼ぶ。ハジメ、と。彼は少し戸惑いの声で私の苗字を呼ぼうとするので

 

「天龍さ……」

「双葉よ? 双葉って呼びなさい……この状況は親しくないと生き残れないんだし」

「……わかったよ。……双葉」

「うんうん、それでいいんだよ。ハジメくん……そのまま双葉ちゃんもモノにしちゃっていいよ?」

「何言ってんの香織!?」

「ほんとに何言ってるのかな、香織さん!?」

 

 私とハジメの息の合うツッコミが、奈落の底に響き渡る。まぁ、いいや。この2人を護るのは……あたしの役目だと、そう心に誓い。私たちは未知の領域へ脚を踏み入れるのだった。

 

 ──

 

 to be continued



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

1章
奈落の底の自己紹介


 □noside

 

「ここが奈落、その底……か」

 

 他の階層と似たような、それでいて違うような……雰囲気が全く上層と違う薄暗い場所。奈落の底に双葉たちは降り立った。

 

「……綺麗な翼だねぇ。シャドウ・ディバイン・ディバイディングだっけ?」

「そもそも、双葉って何者なんだ……赤い籠手とかあれ……身体能力とか倍加してたよね?」

「よくわかったね、ハジメ。これは擬/白龍皇の光翼(シャドウ・ディバイン・ディバイディング)。アルビオン、挨拶」

『全く、物好きだなフタバは。私はアルビオン。大昔には白き龍(バニシング・ドラゴン)と呼ばれていたドラゴンだ。以後、お見知り置きを』

「喋るの!? ジャズレイの声に似てるかな!?」

「やめて差し上げて、香織さん!?」

『……ぉぉぉんッ!? 私をあのケツアゴと一緒にするな!!』

「──なんでやねん」

 

 無邪気に騒ぐ香織と、双葉が静止して。そして叫ぶアルビオン。その様子に思わず関西弁で突っ込むハジメ。いや、中の人は一緒だけども。

 

「あ、アルビオン……さん? もういいよ、喋らなくても。無理しないでね?」

『……ありがとう、フタバ。少し、私は眠る』

 

 アルビオンがそう声を発すると白龍皇の光翼は沈黙。不貞寝するように、霧散して消えてしまった。

 あの夢で並行世界のアルビオンを見てから、双葉はなるべくアルビオンとドライグに優しくするようにしていた……繊細な彼らが精神疾患を患う様を見たら。こう、過保護にもなってしまうだろうか? 

 

「アルビオンは繊細だから、声優ネタで弄るのはやめてあげてね香織。ここまで降りてこられたのもあの子のおかげなんだし」

「あぅ、ごめんなさい」

 

 香織を嗜めつつ、双葉は擬/赤龍帝の籠手(シャドウ・ブーステッド・ギア)を顕現させるとドライグに呼びかける。

 

「ドライグ、アルビオン……どう?」

『……白いのが不貞寝したぞ。何かあったのか?』

「これも喋るの!? はじめまして、碇ゲンドウさん!」

『……おう、マダオって呼ばないのか、マダオの方が幾分か気楽なんだがな』

「なら長谷川 泰三さん?」

 

 香織はならば、とその名を呼んだ。すると、擬/赤龍帝の籠手、その宝玉部分が激しく点滅する。

 

『言い直さなくていいから! ね? 落ち着こうね!?』

「ドライグ!? キャラ崩壊してるわよ!?」

「──なんでやねん」

 

 思わず突っ込むハジメ。ツッコミが板についてきたとからは思っていた。

 

「ドライグも、ありがとう。かっこいいマダオもいるから、あまり気にしないでね?」

『たまに良いキャラするけどさぁ!? ──かっこいいマダオって結局マダオじゃねえか!!』

「……それもそうだった」

『無自覚!? わざとだよね!? わざとだって言ってくれフタバぁぁぁぁ!?』

「ご、ごめん」

 

 少し──いや、かなり。ドライグが騒いだが、しばしして落ち着きを取り戻してから彼は自己紹介を行った。

 

『ふぅ、やっと落ち着けたな。俺はドライグ、赤き龍(ウェルシュ・ドラゴン)とか呼ばれてたが赤龍帝ってのが通り名だ。よろしくな、ハジメ、カオリ』

「こちらこそ、宜しくお願いします!」

「よろしくね、ドライグさん」

「んじゃそろそろ魔力やばいから、ドライグ……休んでね」

『おう。ここは異質だ……気を付けろよお前ら』

 

 赤龍帝の籠手が霧散して、双葉は2人に向き直る。

 

「改めて私のことも話しとくね。私は天龍双葉……隠してる名前を明かしておくと、‘レギンレイヴ’って呼ばれるわ。ヒトとヴァルキリーの合いの子であり、‘神器(セイクリッド・ギア)’を使う‘異能者’と呼ばれる存在よ」

「なるほど、‘自称ヴァルキリー’はガチヴァルキリーだったんだね!」

「厨二病を拗らしてたわけじゃなかったのか……ごめん、双葉」

「アンタら殴っても良い? 良いよね?」

「「ごめんなさいっ!」」

「人が真剣な話をしてるときに揶揄うのはマナー違反よ」

 

 揶揄った2人は凄む双葉の迫力に圧され、反射的に謝罪する。それだけ恐ろしい気配を感じたらならば誰だってそうするだろう。

 

「普通の人間……とは言えないけど、あたしは今もあなたたちを……」

 

 聞くのが怖い、そんなネガティブな心が一瞬。双葉の足を止めた……が。

 

「私にとって双葉ちゃんは大事な幼馴染だよ! 例え、生まれが違っても友達に、親友に、好きな人に変わりはないから!」

 

 屈託のない笑みを浮かべる香りが彼女に抱きついた。そして、微笑ましい光景を見ているハジメもまた。

 

「僕も香織と同じだよ、双葉。君のおかげで僕は香織と付き合えたし、何より。趣味を共有できる友達が増えて僕は嬉しかったしさ……幼馴染、みたいに親しい関係じゃないけど、君は僕にとって。何者にも変えがたい友達だよ」

「香織……ハジメ……ありがとう」

 

 双葉は拒絶されるのでは、と身構えたが。それは杞憂だったようで。2人は彼女を受け入れる。

 

「あ、さっきの‘好きな人’っていうのは性的にも好きって意味だからね?」

「「……は?」」

 

 香織のその一言は色々台無しにした気がするが、2人は聞かなかったことにした。

 

 ■双葉side

 

 2人に神器とはなんぞや、そして神滅具(ロンギヌス)についてを説明しつつ。私は前々から感じていた2人の内側にある力を指摘することにした。

 

「で、香織とハジメにもその神器が宿ってる気がするのよね」

「ホント!?」

「マジで?」

「ここで嘘つくメリットがあると思う?」

 

 とは言え。何が宿っているかはわからないし、いつ発現するかもわからない。生涯、使うことなく終えるかもしれない。

 

「まぁ、あなたたちの今後次第で使えるか使えないかはわかると思うよ」

「りょーかい。「所有者の想いと願いの強さに応えるように力を顕現させる」……かぁ……」

「そうとしか言いようがないのが実情よ。さて、そろそろ魔力も回復したから……今後の方針を決めましょっか」

 

 私は2人に向けて指を三本立てて見せる。そして、簡潔に提案した。

 

 一つ、ここで救助を待つ。

 二つ、上層に至る階段を見つける。

 

「そして、三つ目。「この奈落を攻略してしまう」……こんな感じね」

 

 一つ目は望みの薄い選択だろう。ここはどう見ても65層目よりもさらに下。人類の到達点よりも遥かに深い階層だろう、なので無理だと判断する。

 

 二つ目。階段があると思うが、何日も保たないだろうと思う。理由は……

 

「食料がないもんね……」

「元々日帰り。一応、私はこんだけ持ってきてるけど」

「用意周到だね……けど、これって2週間分?」

「1人だけで2週間保つ程度、それもギリギリまで切り詰めて、ね。3人だとたぶん、3日保つか保たないかじゃないかな?」

「ここを彷徨い続けるくらいなら、下層に行ってみるのも価値があるってことね」

 

 手持ちの保存食を見せて、香織が納得したかのように頷いた。

 

「攻略しよう。その方がいいと僕は思う」

「オーケー。ハジメは攻略に一票ね? 香織も同じ?」

「うん、現状を打開するにも進む方がいいと思う」

 

 2人の意見を聞き、わかったと頷く。

 

「そんじゃ行きましょっか。生きるために、ここをなんとしても攻略、そして地上に帰りましょ」

「うん!」

「もちろんさ……生きて帰るためにも!」

 

 2人は先よりも希望を見つけたようで何より。絶望感はまだあるが……私は光すら見えなくなった頭上を見るが、前途多難。だが、それがどうした。

 

 できないことはない。そう自分を鼓舞するよう、一歩を踏み出す。

 

「ハジメ、そういえば錬成の魔法陣見せてくれる?」

「え、ああ、はい」

 

 手袋を見せてもらい、私は魔力の流れなどをイメージすると

 

「こうかな?」

 

 付近の壁を触りながら‘錬成’。簡素ながらも槍を作り出す。

 

「魔力操作ってずるいなぁ」

「その代わり派生スキルが一切獲得できないのが玉に瑕なのよ」

 

 悔しがるハジメに苦笑しつつ。私たちは歩き出した。

 

 ──この時はそう言い聞かせて奈落の底だろうがなんだろうが攻略できる、と思っていた。

 

 だけど、あたしは現実を突きつけられる。その代償は……とても大きなものであるなんて、この時は思いもしなかった。

 

 ──

 

 to be continued



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

慢心と代償は

 □noside

 

 深い深い奈落の底に作られた穴蔵に響く打撃音と刺突音。

 

「グルゥォウ!」

「ええい、うっとおしい! あーもう、狼ってホントめんどくせぇぇぇ!!」

 

 壁際に錬成で穴蔵を掘って窪みを作って逃げ込んだはいいが、一体が塞ぐ前に入り込んできたため、双葉が応戦中である。

 ハジメと香織はの奥の方へ避難しているので、今のところは無事である。

 

「だらっしゃあ!!」

「ぎゃぁうっ!?」

 

 跳ね回る狼の横っ面を蹴りつけ怯ませるとそのまま引いていた槍に‘神速’を載せて突き込む。しかし、ぐんっ! と硬い毛皮に阻まれて貫くことはできない──それでも刺突のダメージは入っているので狼も無傷では済まないのだが。

 

「双葉ちゃん、なんか危ないと思うよ!」

「やばい! こっちにきて、双葉!」

 

 香織が赤黒い雷の発生を感じた直後。二本の尻尾が逆立ち、赤黒い稲妻が双葉目掛けて飛来する。

 

「グルウォォォォン!!」

「なんだばばばばば!?」

 

 ‘魔力耐性’が自動発動。双葉を守るべく魔力を犠牲にダメージを抑える。が、しかし……想定以上の威力で一瞬硬直してしまう。その隙を逃さんと狼は噛み付くべく顎を開き飛びかかる。

 

「ガァッォッ!!」

「やっ、ば、い──なんてね!」

 

 だが、しかし。痺れたふりをしていた双葉は、その噛み付きに対して腰に差していた短剣を抜くとそのまま狼の口内に放り込む。短剣には‘風刃’……万物を割く風の付与魔法が施されている。

 

「オオオッガッ!?」

 

 喉の奥に短剣を突き立てられ、呼吸する度に肺に血が流れ込む。窒息間際といったところに。

 

擬/赤龍帝の籠手(シャドウ・ブーステッド・ギア)!」

 

 真紅の籠手を左腕に出現させ[倍加(Boost)ッ!!──Explosion!!]身体能力、魔力を2倍に倍加させると、そのまま強化された脚力を活かして、悶える狼の首目掛けて《後ろ回し蹴り》……強化ブーツの踵を思い切り叩きつける。

 

 ゴキャッ! と派手な音とともにパキンッ! とも聞こえる。

 

 狼は首をへし折られて絶命し、その喉に突き刺さっていた短剣もついでに折られていた。

 

「はぁぁぁぁ……疲れた、なんなのコレ。一体倒すのにめちゃくちゃ苦労するんだけど」

「おつかれ……双葉。怪我はない?」

「とにかく治療するね?」

 

 香織の治療を受け、休憩しようと提案した双葉は。肩から下げているバックの中から手書きの地図を取り出すとハジメ、香織に見えるように見せる。ヴァルキリーの五感によって捉えられた、反響する音をもとに書き上げられたこの地図は正確なもので精度は完璧である。

 

「今いる場所はあのスタート地点から離れてここ。限界まで気配感知を伸ばしたらおよそ五百メートル以内にウヨウヨ魔物の反応があるからたぶん、この階層だけで一平方キロメートルは普通にあると思う」

「えっと、時計の通りなら今日で2日目。食料も……やばいね」

「どこかで食べ物を探さないとダメかなぁ」

「そうね。食べ物を探さないと死ぬわ、間違いなく。ただ、ね?」

 

 双葉は地図に書き込んである未知の反応を指し示す。

 

「ここにクソデカ魔力溜まりがあると思うんだよね。未だに到達はできないんだけど、絶対何かある。埋まってるのかもしれないし」

「双葉ちゃんの魔力感知に[特定感知]が着いてから魔物の位置も正確性が出てきたもんねー」

 

 双葉はこの2日間で大きく成長していた。ふとステータスプレートを見てみると。

 

 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

 

 天龍双葉 17歳 女 レベル:4

 天職:竜騎戦乙女(ドラグーン・ヴァナディース)

 筋力:800

 体力:500

 耐性:500

 敏捷:600

 魔力:600

 魔耐:700

 技能:全属性適性・全属性耐性・全魔法適性・魔力操作[+魔力放射][+魔力圧縮]・物理耐性・魔力耐性・複合魔法・槍術・神速・縮地・擬/赤龍帝の籠手・擬/白龍皇の光翼・高速魔力回復・気配感知[+特定感知]・魔力感知[+特定感知]・ノルンの瞳・限界突破・言語理解

 

 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

 

 双葉はこの‘奈落の底’にてやっとステータスが伸び出したことを実感する。いや、今もなお異常な成長率は実感しているが。上層部の雑魚では試練もヘッタクレもない雑魚散らしのようなものだったから当然といえば当然なのだろう。

 なお、ばったり出会って即戦闘などは、二つの特定感知のおかげか。出会い頭に襲われるようなことはなくなってはいる──双葉以上の力を持つ格上に対しては反応しないと言う弱点もあり、過信はできない代物だ──が。なお、だいたい単独で行動しているのがウサギ、群れているのが狼である。

 

「とりあえず、水がないし。水源に行くわよ」

「あい!」

「了解」

 

 2人の返事を聞きながら、双葉たちは移動を開始した。

 

 ■双葉side

 

 地図を頼りに私たちは迷宮を歩く。そして、水場の近くに来て……気配感知に何かが引っかかり、2人に無言で片手をあげて止まるように指示する。

 

 少し間を置いて、じっとしていると、何かがぴょこぴょことやってきた。それの正体は…… 可愛らしい見た目のウサギの魔物。クソみたいな性悪だけど見た目は可愛いとだけ言っておいてやる。

 

 いや、やっぱ前言撤回。ものすごく不気味。

 

 そりゃ、大きさが中型犬くらいあり。後ろ足がやたらと大きく発達しているし、何より赤黒い線がまるで血管のように幾本も体を走り、ドクンドクンと心臓のように脈打っているときた──正直グロい。

 

 まぁ、面倒なのでやり過ごそう、そう考えて様子を伺っていると……ウサギもどきはぴんと背を張り、耳を立てる。見つかったわけではないが、と考えていると。二尾狼が4体、ウサギもどきに突撃していった。

 おうおう、死んだわあいつら。瞬く間に瞬殺される狼の群れを見て、その凄絶さに怯えた2人が無意識に後ずさった時。カラン……と静寂の中で音が鳴り響いた。ギョッとしてそちらを向くとハジメが石を蹴ってしまったようだ。なるほど……ヤバイね。

 

 ハジメは油を刺していないブリキ人形みたいに私の後ろを見て、ウサギと目を合わせてしまっていた。

 

「……逃げなさい!」

 

 私は掴んでいた狼の死骸の尻尾を振り回し、毛玉に投げつけつつ。2人が逃げ出すのを見届ける。

 そしてすぐに「オゥゥゥゥンッ!」と吠え真似。それと同時に擬/赤龍帝の籠手を左腕に出現させてすぐに倍加を起動。

 狼がまだいたのかとうんざりしたような雰囲気で死骸を蹴り、あっけなさすぎる結果に違和感を感じたのか、「キュ?」とマヌケを晒している。その隙を逃すわけもなく、ウサギに不可視の魔力、風刃を射出した。

 

「キュウッ!?」

「それ、囮だから」

 

 ウサギもどきは空を蹴って跳躍して魔力を躱すが、遅い。縮地で距離を詰めながらその首に腕を引っ掛けながら神速で加速。ウサギの頭を迷宮の壁に挟むようにして叩き付ける。

 当然、ステータスの暴力……とはいかず。ウサギの頭を「壁に埋める」くらいしかできない。だが、時間は稼げた。このままもう1段階上げて槍を突き込めば倒せる。

 

 この時、失念していた。なんとか、これで倒せるだろう、とか。レベルは上がるかな? とか……あたしは油断しきっていた。そして、此処がどこなのかを忘れたわけではなかったけど。ここ最近の順調さに対して慢心を抱いていたのは否定できない。

 

 何が言いたいのかというと。ズン、という音とともに唸り声が聞こえた。ハッとしてすぐにその場を逃れるべく、後ろに飛ぶ。振り返りながら飛んだのは不味かったかもしれない。だけど、それを後悔する暇はなかった……視界の端で鮮血が舞う。やけに、右腕が軽い……ひどく、痛む……

 

「ぎっ……は? ──あ” あ” あ” あ”っっ!?」

 

 落ちた腕。右腕に手を伸ばそうとするも、ズン! と大きな手が、前足がそれを阻んだ。見上げると、あたしの腕を落とした‘敵’がそこにいた。白い体毛の、大型猛獣。レベルの差があったから接近に気がつかなかった……いや、遭遇した事が無かったから分からなかったんだろう。

 

 その魔物は巨体だった。二メートルはあるだろう巨躯に白い毛皮。例に漏れず赤黒い線が幾本も体を走っている。その姿は、たとえるなら白熊だった。ただし、足元まで伸びた太く長い腕に、三十センチはありそうな鋭い爪が三本生えている。

 

「っ……天恵っ!!」

「ルォァァァァ!!」

 

 あたしはフルに魔力を傷の回復に回し、止血つつ、振り上げられた手を避けるべく神速の最大出力で後退。30mほど離れた位置に移動してそこに肩から下げていたバックの中から、保存食……頼みの綱である食べ物ををそこらにばら撒いて捨てる。

 

「いっつ……遠距離攻撃待ちかよ!」

 

 だらり。と生暖かいものが流れる感覚とともに激痛を感じた箇所を見ると、左肩を切り裂かれていた……風属性の魔法でも纏わせてるってわけかよ畜生め! 内心で閣下みたいに愚痴りつつも、加えて錬成を行い。あたり一面に短く、鋭い棘を仕込み。ばら撒いた保存食の付近にセットする。

 

 そして、また錬成。次は後ろに下がり、距離を取りながら壁を幾重にも重ねて作る。その厚みは一枚六十センチメートルほどで、5枚作り出した。突破は困難だろう。保存食はくれてやる。マップさえ押さえれれば問題はない……しかし食料を全て失った。

 

 2人になんと説明しようか……そして、逃走しながら腕を確認。左腕は無事で右腕は肘の付け根から先がスパッと切られていた。今はもう止血及び傷口の治療……完全に傷口を皮膚で覆い、うっすらと肉をつけて骨の露出も抑えるように回復させていた。

 

 失った血はすぐに止血したから問題はない量で抑えてある。しかし、2人にどう説明するか……ともかく、食べ物を探さないとダメかなぁ。ふと、先程ウサギに殺されていた狼の死骸が目に入った……食べれるのか、これ? 

 

 魔物を食べるとまず普通の人間は死ぬ。あたしも死ぬかもしれない。ドライグは今眠っている。倍加を使いすぎるとドライグに負担を強いるので、基本的に眠らせてあるわけである。

 気がつくと狼の尻尾を掴み、ずるずると引きずりながらハジメと香織を探していた。そして、錬成の痕跡がある壁を見つけてそこに入ると、壁の中には通路が。

 

 奥に行くと青白い光が室内を照らし、輝いていた。

 

「双葉ちゃん! 無事!? 大丈夫!? 怪我はして……え?」

 

 香織に触れられると、力が抜ける。いや、たぶん……限界を越えたんだろう。意識が遠ざかる。前に進めない。右腕を失いながらも、なんとかハジメと香織の元に合流することができたのであった。

 

 ■ハジメside

 

 水を汲み、僕は双葉にわかるようわざと錬成の痕跡を残して壁に穴を開けて奥に入ってきた。そして、見つけた。双葉の探していたものを、神々しい魔力の塊を。

 

「双葉ちゃん? ……そんな、双葉ちゃん!!」

「香織、落ち着いて! 双葉は気を失っただけ──」

「ハジメくん、どうしよう……双葉ちゃんの右腕がないの!」

「……え? 嘘でしょ!?」

 

 案の定、僕らに気がついて双葉が戻ってきたのだが……戻ってきた彼女の姿はとても痛々しいものだった。服の至る所に裂けたような跡があり、左肩には致命傷は避けてはいたが、大きな3つの裂傷がある。

 

 そして、ない。彼女の「右腕」が。何と戦えばそうなるんだろうか? 彼女がなぜこんな目に合わないとダメなのだろうか? 

 

「こんなの、こんなのあんまりだよ……」

「香織……今はこれを飲ませてあげようよ」

 

 僕は香織にそう提案するしかなかった……頭上で青白く光るこの石は神結晶。

 図書館で勉強していた時に偶然見た伝説の鉱物だ。

 

 神結晶は、大地に流れる魔力が、千年という長い時をかけて偶然できた魔力溜りにより、その魔力そのものが結晶化したものだ。直径三十センチから四十センチ位の大きさで、結晶化した後、更に数百年もの時間をかけて内包する魔力が飽和状態になると、液体となって溢れ出す。

 

 その液体を神水と呼び、これを飲んだ者はどんな怪我も病も治るという。欠損部位を再生するような力はないが、飲み続ける限り寿命が尽きないと言われており、そのため不死の霊薬とも言われている。神代の物語に神水を使って人々を癒すエヒト神の姿が語られていると本には記載があった。

 

「双葉が目を覚ますのを待とう」

 

 香織に苦し紛れの提案をして、彼女が頷くのを確認した僕たちは。今は眠ることにするのだった。

 

 ──

 

 to be continued



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

Paradigm Shift ―明日を渇望するモノタチ―

 □noside

 

 双葉と合流した香織とハジメ。しかし、ダメージのせいで回復魔法を使用しても彼女は深い眠りについたままであった。

 そんな折に、ぐるるるる……と何やら音がする。それは腹の虫で、香織とハジメはお互いに顔を見合わせ苦笑した。

 双葉への処置は終わっている。服の破れはハジメが錬成で修復したし、新たな槍も作り出した。彼女が目覚めるのを待つだけなのだが……

 

「双葉ちゃん、ほんとによく眠るなぁ……お腹すいた……」

「うん、ほんとにお腹がすいたよ……カバンの中の保存食はなかったから多分。魔物に襲われて逃げるために……」

 

 双葉が生きていて良かったと思う反面。これで自分たちは決断を迫られている気がするハジメ。視線を移すと、二尾狼の亡骸がある。

 

「魔物を食べると体が弾け飛んで死ぬ。だけど、このままじゃどのみち僕たちは飢餓であの世行きだと思う」

「なら死なないように食べればいい。だね?」

 

 ハジメの言葉に追従するよう、香織は彼の言わんとすることを理解した。

 

 そして、ハジメは錬成を用いてノコギリ状のナイフを作ると、肉を切り出した。

 どこが食べれるかなどわからないが、大腿あたりの筋肉な部分を抉り。そして香織が発生させていた火種の上で炙る。

 肉食獣の肉故にその臭み、えぐみが煙に混じり。酷いことになっていたが2人は我慢する。

 

「覚悟はいいか、香織」

「栄養失調で死ぬか、これを食べて死ぬか……その二択なら、可能性がある方を私も選ぶよ」

 

 そしてハジメがまず、覚悟を決めて。魔物の肉を噛み、咀嚼。飲み込んだ。

 

「ゔ……まずい……めちゃくちゃまずい……でも、お腹を満たせるならこれでも食べれる」

「体に変わりはない? 大丈夫?」

「へいきへっちゃらさ──ッ!? アガァ!!!」

「ハジメくん!? どうしたの!?」

 

 突如全身を激しい痛みがハジメを襲った。まるで体の内側から何かに侵食されているようなおぞましい感覚。その痛みは、時間が経てば経つほど激しくなる。

 

「すぐに治すから! 天の息吹、満ち満ちて、聖浄と癒しをもたらさん──‘天恵’ッ!」

 

 香織は持てる魔力の全てを注ぎ込み、ハジメの治療を行う。みるみるうちに彼の内をのたうち回る痛みが引いていく。

 

「ぐぅあああっ。また、だ……──ぐぅううっ!」

 

 しかし、耐え難い痛みが。彼を再び侵食していく何か。たまらず、ハジメは地面をのたうち回る。

 

「なんで治らないの? くっ、天の息吹、満ち満ちて、聖浄と癒しをもたらさん──‘天恵’っっ! ……あぅ、魔力が……」

「香織、無茶する、な! ──ひぃぐがぁぁ!! くそ、あがぁぁ!」

 

 再び治療の魔法をハジメに行使する。そのうち、魔力が枯渇してしまい香織は地に伏せてしまった。

 が、しかし。香織は震える手で、神水を掬い取ると飲用。すると、みるみる魔力が漲り回復する。

 

「天の息吹、満ち満ちて、聖浄と癒しをもたらさん──‘天恵’っっ!」

 

 ハジメの体が痛みに合わせて脈動を始めた。ドクンッ、ドクンッと体全体が脈打つ。至る所からミシッ、メキッという音さえ聞こえてきた。

 しかし次の瞬間には、治癒魔法が効果を発揮して体の異常を修復していく。修復が終わると再び激痛。そして修復。

 

 香織は魔力枯渇から回復、枯渇を繰り返しながらハジメの治療に専念する。

 ハジメはただ痛みに耐え続け、香織を信じて。折れそうな心を叱咤して意識を保つ。

 

 ハジメは声を飲み込み、かわりに地面をのたうち回り、頭を何度も壁に打ち付けながら終わりの見えない地獄を味わい続けた。何時間か、何分か、あるいは何秒か。時が永遠にも感じ始めた頃──ハジメの体に変化が現れ始めた。

 

 まず髪から色が抜け落ちてゆく。日本人特有の黒髪がどんどん白くなってゆく。

 まるで、この層にいる魔物達のように、白く染まっていく。

 次いで、筋肉や骨格が徐々に太くなり、体の内側に薄らと赤黒い線が幾本か浮き出始める。

 

 ──超回復という現象がある。

 

 筋トレなどにより断裂した筋肉が修復されるとき僅かに肥大して治るという現象で、ボディービルダー達がよく筋肉を鍛える時に利用する自然現象である。そして、これは骨なども同じく折れたりすると修復時に強度を増すらしい。今、ハジメの体に起こっている異常事態も原理はそれと同じ。

 

 魔物の肉は人間にとって猛毒だ。魔石という特殊な体内器官を持ち、魔力を直接体に巡らせ驚異的な身体能力を発揮する魔物。体内を巡り変質した魔力は肉や骨にも浸透して頑丈にする。それは魔物にとっては普通のことだ。しかし、人間は違う。とにかく、この変質した魔力が人間にとって致命的なのだ。人間の体内を侵食し、内側から細胞を破壊していくのである。

 

 過去、魔物の肉を喰った者は例外なく体をボロボロに砕けさせて死亡するのは人間の細胞が耐えきれず、破壊され──体を崩壊させるためだ。

 

「天の息吹、満ち満ちて、聖浄と癒しをもたらさん──‘天恵’……死なせない、私が絶対に死なさないから!」

「香織……ぐっ……」

 

 しかし、傍で懸命に治療を続ける香織がいたので、ハジメが死ぬ前に体を修復される。その繰り返しでハジメの体はより強靭に作り替えられていく。やがて、脈動が収まりハジメはぐったりと倒れ込んだ。その頭髪は真っ白に染まっており、服の下には今は見えないが赤黒い線が数本ほど走っている。まるで蹴りウサギや二尾狼、そして爪熊のようである。

 

 ハジメがピクリと動いた。閉じられていた目がうっすらと開けられる。焦点の定まらない瞳がボーと自分の両手を見る。やがて地面を掻くようにギャリギャリと音を立てながら拳が握られた。ハジメは、何度か握ったり開いたりしながら自分が生きていること、きちんと自分の意思で手が動くことを確かめると彼はゆっくりと起き上がった。

 

「やれやれ……本気で死ぬかと思ったよ。ありがとな、香織」

「ハジメくん……よかった……!」

 

 少し、雰囲気が変わった。それでも香織にとって彼は‘愛しの君’だ。

 香織はハジメに抱きつき、無事を喜ぶ。抱きつかれたハジメは押しつけられる柔らかな二つの感覚に対して意識しないよう努力した結果。疲れ果てた表情で、苦笑うハジメ。

 

「香織、そろそろ離れてくれ。理性が溶ける……押し倒して一線越えそうだから、な?」

「私は別にいいよ……? 乱暴にしてくれても堪えるから、むしろウェルカム!」

「双葉がいるだろうが。せめてもう少し余裕がある時に、な? 約束するから」

「絶対だよ? 忘れたら許さないから!」

「わかってるって。俺が約束を破ったことはないだろ?」

 

 言質は取ったと言わんばかりに香織は内心でほくそ笑む。なお、この言質は他の一名も混じって実行され、干物の如くハジメが絞られる事になるが、少し先の未来での話である。言っておいていうのもアレだが、ハジメは桃色地獄を見たとのちに語ったとか、語らなかったとか。

 

 それはさておき。壮絶な痛みにより疲れはあるが妙に体が軽く、力が全身に漲っている気がするハジメ。それはベストコンディションと言ってもいいのではないだろうか。腕や腹を見ると明らかに筋肉が発達しており、実は身長も伸びている。以前のハジメの身長は百六十五センチだったのだが、現在は更に十センチ以上高くなっている。

 

「新生した気分だな…… 俺の体、一体どうなったんだ? なんか妙な感覚があるし……」

「大きくなってるよ、ハジメくん。成長した感じじゃないかな」

「たしかに、こんなに香織ちっさかったか?」

「ちっさいいうな〜!!」

 

 ポカポカと力の入っていない‘はんまーぱんち’で抗議する香織をどうどう、と宥めつつ。ハジメは体の変化だけでなく、体内にも違和感を覚えていた。温かいような冷たいような、どちらとも言える奇妙な感覚。意識を集中してみると腕に薄らと赤黒い線が浮かび上がった。

 

「……キモいな、我ながら。なんか魔物にでもなった気分だ。……洒落しゃれになんねぇぞこれ」

「そう? 私はかっこいいと思うけど」

「──そうだ、ステータスプレートは……」

 

 厨二病を発病したような気がして、香織に治療してもらおうかと本気で考えかける自身の思考をスルーするために、現実逃避気味にハジメは自らのステータスプレートを眺める。

 

 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

 

 南雲ハジメ 17歳 男 レベル:8

 天職:錬成師

 筋力:200

 体力:400

 耐性:200

 敏捷:300

 魔力:400

 魔耐:400

 技能:錬成[+鉱物系鑑定][+精密錬成]・魔力操作・胃酸強化・纏雷・言語理解

 

 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

 

「……なんでやねん」

「すっごいね……双葉ちゃんには劣るけど、私よりすごいよ?」

「そうだな。マジで魔物化した気分だよ」

 

 軒並みステータスが爆上がりしていた。

 

「魔力操作って、双葉のアレか。俺もできるようになったみたいだな」

「ほぇ〜……(ぐるるるぅ……)。私もお肉食べるね」

「ああ、そうだな。食わなきゃやってられないだろ」

 

 香織も狼の魔物肉を食べたが、先のハジメほど激しい変化は起きなかった。

 その理由は香織の魔力量にある。元々、天職が治癒師だったため魔力の才覚が高く。魔物肉を食べる前から魔力のステータスが150を軽く越えていたため。ハジメは体力も魔力もないもやしだったが故に「消耗するものがなかった」から瀕死になりかけ続けた事情がある。

 そして、香織は神水を使って魔力を徹底的に回復し続けた結果。それほど激しい痛みに襲われずに済んだと言う訳である。

 

「……なんかごめんね?」

「いや、以前の俺が。俺が雑魚すぎただけだよ……負けた気なんてしてないからな!!」

 

 ハジメの、男としての矜持を深く傷ついたくらいの被害であった。そして、香織のステータスプレートを見てみると。

 

 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

 

 白崎香織 17歳 女 レベル:15

 天職:治癒師

 筋力:300

 体力:500

 耐性:400

 敏捷:200

 魔力:1000

 魔耐:600

 技能:魔力操作・回復魔法[+回復効果上昇][+回復速度上昇][+イメージ補強力上昇][+浸透看破][+範囲回復効果上昇][+遠隔回復効果上昇][+状態異常回復効果上昇][+消費魔力減少][+魔力効率上昇][+連続発動][+複数同時発動][+遅延発動][+付加発動]・光属性適性[+発動速度上昇][+効果上昇][+持続時間上昇][+連続発動][+複数同時発動][+遅延発動] ・光属性適性・結界術適性・高速魔力回復・胃酸強化・纏雷・言語理解

 

 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

 

 先ほど、必死で延々と回復魔法を使い続けていた結果。回復魔法はエキスパートクラスの使い手に急成長していた。また、レベルも15になっていた。

 

「これはレベルの差だな、うん!」

「そうだね! ──これ、双葉が魔物の肉を食べたらどうなるのかほんとに興味あるわ」

「……考えたくもないが、双葉が食べたら……魔王くらいになるんじゃないか?」

「否定しようにも否定できないわ」

 

 寝ている間に散々な言われようの双葉は泣いても許されるのではなかろうか? 

 とはいえど。2人が騒いでいる間も双葉は眠っていたが……彼女もまた目覚めようとしていた。

 

 ■双葉side

 

 長い夢を見ている気分だった。それはまた、赤龍帝さんの記憶を覗くような感じで──並行世界を観測してしまっていた。

 

 これ多分、‘ノルンの瞳’の仕業だな??? まぁ、タダで見れてるからいいとしよう。で、今回の赤龍帝は何をしているんだろうか? ……どうやら冥界で戦っている記憶を覗いているようだ。

 

 ……アレが‘赤龍帝の鎧(ブーステッド・ギア・スケイルメイル)’……? いや、絶対違うよね? 2段回くらい進化してる……ドライグの話じゃ、赤い龍のような鎧だし、翼はないはずだぞ!? 

 少なくとも、サドン・インパクトとかやらないよね……やってるけど。

 

 そして、その相手は中華系のイケメンで、なんと曹操とか名乗っている奴だった。人間でありながら転生悪魔の赤龍帝を圧倒する能力の持ち主で、宿している神器(セイクリッド・ギア)も規格外の神滅具(ロンギヌス)だった。

 

 神滅具が並行世界には18個あるようだが、まだ見たことないんだよなぁ……ホントに存在するのかなってくらいだし。中華系イケメンの話を聞くに、詳細は不明だが始まりの神滅具こと、‘トゥルー・ロンギヌス’とやらとのこと。まぁ、トゥルー・《ロンギヌス》だしねぇ……納得もいく。さて、曹操に関しては。その槍捌きは神業の部類で、槍術を嗜んでいるあたしにはいい見本だ。必死に覚えるべく、彼の御業をパクらせてもらう事にしよう。

 

 そして、その禁手化(バランス・ブレイク)は《亜種》。通常のバランスブレイクではなく、才能と研鑽で神滅具の可能性を拡張し、別物へと昇華させたと言う恐るべき物だった。なんなんこいつ、本当に人間なの? 私に喧嘩売ってない? 

 

 しかし、若さからくる自信が原因なのか、だいたい赤龍帝さんに一矢報われる醜態を晒してるから……強いのか弱いのかよくわからん。いや、どこまで行っても「人間」だから一撃もらったら戦闘不能なんだろうけどさ。

 

 ──特別タフネスはない、弱っちい人間だしね。

 

 さて、相手さんの話はもういいだろう。つか、赤龍帝さんについては深く触れないでおく。なんやねん、乳龍帝と(ケツ)龍皇って。あたしに喧嘩売ってんの? 

 そして赤龍帝さんの恋人っぽい紅髪のお姉さんのおっぱい……正確には乳首からビームが迸り。赤龍帝さんに直撃すると体力とオーラが回復して、恋人さんのおっぱいが物理的に縮む特殊能力に目覚めていたりと訳がわからない。

 

 ──ガッツリ触れてるやないかというツッコミはやめてほしい。私だって触れたくないけど、ドライグとアルビオンが可哀想過ぎる。さすがに、相方の性癖のせいで威厳ある赤龍帝と白龍皇が。カウンセリング必須の精神疾患を患うのは理解できるわ……毎度毎度おっぱいで覚醒とか……私がドライグなら病んでるな! 絶対病んでるわ! 

 

 終生、この夢をドライグとアルビオンに聞かせるのはやめとこう……カウンセリングなんかできやしない、ドラゴンのカウンセラーとかニッチな職業なんてありませんからね。

 

 こうして、あたしの意識は浮上するのであった。

 

 ──

 

 to be continued .



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

二天龍姫と反撃準備

 □noside

 

 青白い光を感じ、微睡みを越える。穴蔵の奥で、双葉は目を覚ました。彼女は異様な匂いに顔を顰め、あたりを見回した。

 奥には魔物の骨が置かれており、あたりには人はなく。双葉はテーブルのように真っ平らに加工された岩の上に、毛皮を毛布がわりに引いた所に寝かされていた。

 

「香織……ハジメ? どこ?」

 

 居るはずの友人の姿が見えず、彼らを求め右腕を上げようとしてハッとなる。肘から先がなく、肩と二の腕から先の感覚がない。その現状を認めた双葉は、ため息を吐きながら起き上がる。

 手元には時計が置いてあり、それによると彼女は3日ほど眠っていたようである。幻肢痛の後遺症もなく、経過は良好とみるべきなのだろうか? 

 そして、しばらくすると。ぐるるるる……と腹が泣いた。

 

「う、お腹すいた……餓死しちゃう……」

 

 双葉は呟きながら壁伝いに立ち上がり、彷徨こうと岩から降りた時に。視界の端で穴蔵の壁がぬう、と開いて。そこから白髪の青年と、銀髪の美女が現れた。

 

「おっ、目が覚めたんだな。おはよう、双葉」

「双葉!? よかった、「もう二度と目を覚まさないんじゃ」とか思って心配したんだから!」

 

 青年はいや、そうはならんやろと言わんばかりの苦笑。美女は一直線に、双葉に抱きついた。真正面から抱きつかれ、挟まれ潰れる二つの山。双葉も胸の大きさは自慢であったが、相手の方がやや大きいか。

 

「大袈裟だなぁ、香織は。ごめん、心配かけて」

 

 しかし、姿は違えど双葉にとっては掛け替えの無い友を間違えるなどあり得ないと言わんばかりに、彼女は2人の正体を見抜いていた……戸惑いがないといえば嘘になるが、「それでも」である。

 そして、最近までの顛末を聞き、情報を整理した双葉はハジメが下げているバックを見て指摘した。

 

「2人とも、魔物の肉を食べて生きながらえてたのね。そして、今はこの仮拠点の拡張と神水の抽出待ち、と」

「正確には拠点の拡張と言うよりブランチマイニングしつつ、鉱石を集めてる最中だな。この壁の中には色々と埋まってるし、錬成の習熟を積むためであり……これの確保だな」

 

 ハジメは錬成で動けなくなるまで痛めつけ仕留めた二尾狼を掲げるようにして見せる。

 香織も少しドヤ顔しながらもう2体を持ち上げていた。

 

「何か口にしないと死にそうなんだけども」

 

 その様子を見て双葉は抗議代わりなのか、偶然にぐるるるる。彼女の、腹の音が盛大に鳴り響く。

 

「悪い悪い、3日も飲まず食わずだった訳だし、食べれるか?」

「食わなきゃ死ぬわ。ともかく、その神水とやらをもらっても良い?」

 

 双葉はハジメが石を加工して作ったコップに注いだ神水をまじまじと見つめた後、それを呷った。途端に疲労感、倦怠感が晴れると胃の調子も良くなるのを感じつつ。

 解体され、肉を切り出し炙った魔物肉に噛みつき、噛みちぎり。硬い、まずい、臭いと自身が出会ってきた食べ物の中で一番クソまずいと評しながら仏頂面で肉に食らいついた。

 食らいに喰らい尽くす。双葉は自身の胃袋を満たすために、1匹分の肉を全て平らげて見せた。そして……案の定。

 

「あぐっ……体が……千切れそ……うぐぅぅぅあああ!!」

「大丈夫だよ。わたしに任せて、双葉」

「死ぬ、死ぬ死ぬって……あれ? もう痛くないんだけど」

 

 双葉も体の変容が起こり、慣れた手つきで香織は回復魔法を詠唱もなしで行使する。

 しかし、その劇痛はすぐに退き。ハジメと香織は真顔で「え、もう終わりなの?」と言う顔をする。

 少なくとも神水で体の破損を前もって防ぎ、魔力を回復させ続けて耐えた香織も1時間は苦痛に苛まれたというに。対して双葉は1分ほどお腹を押さえて蹲っていただけである。

 

「何がどうなってるのコレは」

「ちょっ、まさか、痛覚を遮断してるんじゃないか!? 香織、回復魔法を!!」

「あー、なるほど。無自覚で死ぬね、コレを放置したら!」

 

 香織はやはり絶えず双葉に回復魔法をかけるハメになった。なお、魔力操作の恩恵をフルに受けているため……今更ながら、香織も無詠唱で魔法を扱えるようになっていた。

 双葉の肉体がメキ、ミシミシと軋む音を立てているにもかかわらず。彼女は痛みなどないと言わんばかりの顔で。自身の体が壊れるさまを平然と見ている。

 その様子を見て、ハジメはふと気がついた。

 

「まさか、俺たちは……精神的に異常を発生させている気がしてきたんだけど……なんでそんなに落ち着いてるんだよ、双葉!?」

「え、落ち着いて行動しないとダメでしょ」

「正論で殴り返すな」

 

 真顔で、ハジメは思わず双葉をビンタした。

 

「ひでぶっ!? 女の子を殴るなんて最低!?」

「痛くもないくせに言うなよ!? なんだよ痛覚遮断って!?」

「ヴァルキリーには必須技能だよ!?」

「さすが戦闘民族! そこに痺れないし憧れたくもねぇな、ちきしょう!」

 

 素の性能差に愕然とさせられながら。双葉の肉体変質は落ち着きだし……数分後には彼女の肢体も、髪も大きく変化を遂げていたのであった。

 

 ■双葉side

 

「はぁ、やれやれ。これで変異はストップかな?」

「うん、経過良好ってところかな。変な感じはしないでしょ?」

 

 アタシの身長が伸びて。176センチメートルになるほどの超成長を実感する。そして、ふふふ、胸の大きさも2カップサイズアップだな……素直に喜べなくて笑うわこんなもん。どこが大きくなってんだよ、動きを阻害するから邪魔なんですけど。

 なお、香織も2カップサイズアップしていた。質量兵器がさらに凶悪になっていた気がする。

 

 とりあえず……意味がなくなったブラを外して放り投げ捨てると、私はカバンに入れていたサラシを巻いておく事にする。香織みたいに、何も身につけない(ノーブラ)よか大いにマシだろう。

 

「髪の色が赤と白と黒が混じったトリコロールな髪色はまぁ良いとするけどさ。まじでこれは無いわ」

虹彩異常症(オッドアイ)だね。右目が青で、左目が金黒になってる気がする」

「……ふっ、俺より酷い症例のやつがいて助かったぜ」

「「ハジメ(ハジメくん)も大概だと思うわよ(思うよ)」」

 

 容赦ない私と香織の指摘に膝をつき、四つん這いになって項垂れるハジメをよそに。

 アタシはステータスプレートを確認する。

 

 

 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

 

 天龍双葉 17歳 女 レベル:7

 天職:二天龍姫(アーク・カイザー)

 筋力:1700

 体力:900

 耐性:1000

 敏捷:900

 魔力:1500

 魔耐:1100

 技能:全属性適性・全属性耐性・全魔法適性・魔力操作[+魔力放射][+魔力圧縮] ][+遠隔操作][+効率上昇][+身体強化]・物理耐性・魔力耐性・複合魔法・槍術[+刺突速度上昇][+ダメージ効率上昇][+無拍子]・神速・縮地・擬/赤龍帝の籠手・擬/白龍皇の光翼・高速魔力回復・気配感知[+特定感知]・魔力感知[+特定感知]・ノルンの瞳[+並行世界観測適性]・限界突破・胃酸強化・纏雷・言語理解

 

 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

 

 ……なんじゃこの化け物のは。自分か? 

 天職がなんか二天龍姫て……嫌すぎる、嫌すぎるんだけど!? 

 つか、何があったんだ、アタシの体には!? 

 

『タガが外れたんだろうな。完全にヴァルキリーとしての能力を失ってるが、それを糧に天龍としての力がお前に宿ったんだろう』

『我ら龍種の力を肉体が完全に取り込んだんだろう。ノルンの瞳はフタバ固有の力だと言う訳だと思うが』

 

 ドライグとアルビオンの説明はそんな感じであった。つまり、アタシは……半魔物化したハジメと香織とは違い、擬似魔物くらいに魔物化が進んでるのかな? 

 

『どちらかと言えば、魔物としての力は少ない。むしろ、ほぼ無いな』

『きっかけにすぎないと言う訳だろう。そして今のフタバは……龍化(・・)している』

『ガッデームママ助けて』

『キャラ崩壊するなフタバ。まぁ、あれだ。なぁ、白いの』

『私に振るのか、赤いの!? ……まぁ、事実だけを告げる。化け物(こちら)側へようこそ、だ』

 

 ドライグは気不味そうに、アルビオンの気遣いが心に染みる。優しいドラゴンだよアンタらは。

 

 茫然自失としてるアタシを少しそっとしておこう、と香織とハジメはどうやら錬成で銃を作るらしい。‘纏雷’のスキルを活かして魔術的、小型レールガンの作成を行う事にするとして。アタシも鉱石集めを手伝って、数ヶ月、試行錯誤を繰り返し続けた結果。

 

 ハジメは‘ドンナー’と‘シュラーグ’。香織用に‘デュランダル’と言うリボルバー型の小型レールガンを作り出し。アタシに作ってくれたのは……

 

「まさかの黒いルガーランス!?」

「ルガーランスの‘ガングニール’だ。大事に使えよ? まだ試作だけどな」

 

 同化覚えなきゃ。緑色の結晶撒き散らさないと……冗談はともかく。テンション爆上がりしたのは言うまでもなかった。

 

 ──

 

 to be continued

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

復讐もしくは狩り? ―Revenge or Hunt―

 ■ハジメside

 

 香織と双葉の協力もあり、ドンナーとシュラークが完成した。長い時間をかけて精密な部品を作り。魔法的なギミックの知識は双葉に監修してもらいつつ、なんとか形にした魔導電磁砲としての機能は完璧に近い物だ。

 故に、俺はあの時。俺を殺そうとした蹴りウサギの同族を狩るために。穴蔵から出ているわけなんだが。

 

「ガングニール。ハジメの名付けセンスはいい感じじゃない♪」

 

 武器に頬擦りするヤベー奴(フタバ)もついてきたがまぁ、コイツも殺りたい相手がいるのでわからなくもない。右腕を喰われ、不自由な思いをしてる鬱憤は溜まってるだろう。

 

 両手利きとはいえ、やはり隻腕だと不自由だろうしなんとかしてやらんと。義肢でも作るか? 

 などと考えながら。ピッタリと横に並んで歩いてくれる香織の肩を抱き寄せながら俺たちは索敵をしていると……いた。蹴りウサギだ

 

「双葉。そろそろ帰ってこい。目標を見つけたぞ」

「あいさー。新しい魔物肉だし、どんな能力を寄越してくれるのかなぁ?」

 

 ニヤリ、と嗤い。双葉は漆黒の機械槍を構えた。俺の作った武器の中でもドンナーとシュラーク、デュランダルよりも巨大なそれは‘ルガーランス’と呼ばれる代物だ。

 

 ルガーランスは蒼穹のファフナーの劇中にて、登場する機動兵器が扱う兵装の一つ。

 

 人間サイズで作ってあるが、双葉の身長ほどもある穂先。そして内部機構には展開した穂先を砲身にすることで発射可能な大型レールガンを搭載させてある。

 タウル鉱石製なので、劇場版のルガーランスみたいにポキポキ折れる心配はないのだ安心したい。

 

「先制攻撃ならあたしの出番だね?」

「おう、頼むぞ?」

 

 双葉は言いながらもう動いていた……目で追えないわけではないが、やっぱり鬼早い。予備動作もなく、魔力放射を用いた加速と縮地を組み合わせてらからめちゃくちゃ早い。

 

 ──あっ、ウサギの頭が吹っ飛んだ。

 

 双葉も「えっ」って顔してるけど……いや、何でやねん。

 

「呆気なさすぎ?」

「お前が速すぎるんだよ……まぁ、弾の節約にはなるけどさ」

 

 槍を振って血を払い。双葉はルガーランスを展開して蹴りウサギの死骸を挟み掴んで持ってきた。

 

「うん、いい感じの重さで使いやすいね」

「およそ五百キログラムはあるはずなんだけどな……筋力の化け物に扱わせたらそうもなるか」

「ふふん」

 

 胸を張り、サラシで無理やり固定されている大質量が天地鳴動する……鳴動はしてないが、激しく揺れ……あれ? なんか固定できないんじゃ……

 

「……ぎえっ!? サラシが千切れてる!?」

「あらら……双葉ってお茶目ね」

「そ、そうだな」

 

 俺は視線を切り、ニコニコしている香織から目を逸らす。見透かされてる気がするが、普通は怒るだろ!? 他の女に色目を使っちまったのは反省すべきか……しかし、双葉がいないときに良く唆されるな。「双葉が同意したら、付き合ってあげてくれる?」と。

 

 つまり、囲えと言うことなのだろうか? それとも、遠回しに双葉が右腕を失うきっかけになったのは俺たちだから、責任を取ろうと言うことなのか。

 まぁ、双葉が行き遅れることなんかないとは思うが。黙って(・・・)りゃ香織に負けないくらいの美少女。いまや、美女か。

 

 なんか双葉にギロっと睨まれた気がするがスルーだスルー。どこ吹く風と俺たちは蹴りウサギ狩りを行うのだった。

 

 □noside

 

 蹴りウサギの肉を喰らい。ハジメと香織はステータスを強化され、新たに《天歩[+空力][+縮地]》の能力を手に入れる。双葉はというと。

 そのステータスも大幅に強化され、縮地が天歩に統合され、上位技能の‘爆縮地’に変化していた。

 筋力の値も二千を突破し、おそらくクラスメイトの誰よりも強いだろうということは明らかだった。

 やはり、半人龍種に覚醒したことで生物としての格が上位にいったことで潜在力(ポテンシャル)がヒトを超えたナニカになっているのだとアタリをつける。

 

 そんな双葉もここまで力をつけたのであればやることは一つ、と天歩の習熟になれるべく特訓を開始した2人と別れ、迷宮をうろついていた。

 そして、特定感知で爪熊の行方を感知すると。真っ直ぐにそちらへ向かう。

 

「やぁやぁ、元気してた?」

 

 食事中だったのか、哀れな犠牲者たる蹴りウサギを一瞥して双葉は爪熊に話しかける。どうにも、この爪熊は階層主らしく。ここの環境下で一体しか存在が確認できなかったことから、双葉はここの爪熊が生態系の頂点であると認識していた。

 

 双葉に話しかけられた爪熊はウサギの遺骸を噛みちぎり、咀嚼して飲み込むと。闖入してきた彼女を見る。愚かな餌が自分からのこのこやってきた、と捕食者の余裕を感じさせるゆったりとした動きで相対する。

 

「とりあえず、喰った右腕の代金、払ってもらおうか──お代はアンタの命でお支払い願えます? ……あたし達の糧にしてやるよ、白熊野郎!」

 

 不敵に笑い、双葉はガングニールを構え爆縮地+神速でいきなりトップスピード、または瞬時加速(イグニッション・ブースト)で距離を詰める。

 爪熊は小虫を払うように腕を振るい、双葉を迎撃せんと巨大な腕が、爪が迫る。しかし、双葉はそれに対して。

 

「そんな緩慢な動きであたしを捉えれると? 舐めんなぁ!」

 

 逆ギレして新たに得た空力を使い。目の前に不可視の足場を作り出すとそれを蹴り、爪熊の懐に潜り込むと。ガングニールを地に突き刺して支えに、腕を支点に爪熊の顎目掛けて両足を揃えたサマーソルトを見舞う。

 

「グゥオ!?」

「だらっしゃぁっ!!」

 

 サマーソルトの勢いを利用し、槍を地から抜いて距離をとった双葉は再び空力を用いて足場を蹴り、空中で体勢を整える。

 そして、そのまま仰反る爪熊の。ガラ空きの腹目掛けてドロップキックを叩き込んだ。

 双葉のステータスで繰り出される蹴りの威力はおよそ6トンを超える威力であり。そんなものをまともに喰らえば……

 

「ゴガァッ!?」

 

 たまらず、爪熊は吹き飛ばされて迷宮の壁に激突。崩れた瓦礫に埋まってしまい、しばらく沈黙していたが。ガラ……とかすかに瓦礫が崩れると。

 ガラガラと瓦礫を押し除け、跳ね除けて立ち上がり。憤怒の形相で咆哮を上げる爪熊。負ったダメージの都合無傷ではないが、それでもこの怒りからすれば誤差であろうか? 

 

「グォァォォォッ!!!」

「いっつ……どいつもコイツもタフすぎんでしょ」

 

 悪態をつきながら、双葉は蹴りの反動で痺れる脚を踏ん張り槍を構える。その巨躯に似合わず、爪熊の敏捷性は高い。彼女は油断なく、地を蹴り側宙転で爪熊の突進を躱すとすぐに。

 

 双葉はガングニールを爪熊に投擲。そしてそれを追うように走り、投げられた槍は爪熊の右肩に深々と突き刺さる。追いついた彼女は跳ねることで爪熊の振り返り薙ぎ払いを躱しながらその背に乗り、柄金を掴むと……躊躇うことなく‘纏雷’を最大出力で発動させる。

 

「ほら、こんがり焼いてやんよ!」

「ゴガギガガガガガガガ!?」

 

 赤黒い雷をフルパワーで放出。これにはたまらず、爪熊もダウンした。爪熊のダウンを確認して双葉は固有魔法の発動をやめると、爪熊の面を拝むべくその背から降りた。

 

「ぐるぉ……ぉぉ……!」

「まだ生きてんの? ……まぁ、瀕死みたいだけど」

 

 ぐったりと動かない爪熊の背に飛び乗り。ガングニールを肩から引き抜くと、双葉は爪熊の首元に穂先を突きつける。爪熊は暴れることもできず、ただ。最後の抵抗に低く唸ることしかできなかった。

 

「あたし達の糧になりなさい」

 

 双葉はその言葉を最後に。爪熊の頸に穂先を突き込み、その首は重力に従い、どちゃりと、地に落ちる。頭部を失った首からは粘性の高い魔物特有の血が吹き出し辺りを黄色く染めた。

 

「……げ、やば」

 

 思わず顰めっ面になる双葉。その理由としては、吹き出した血があたりに充満する。その匂いは洞窟中に広がっていき……双葉の気配感知に多くの反応が急速に近づいてきたのだ。

 

「こりゃ二尾狼の団体さんを呼んじゃったかな?」

 

 双葉はガングニールを背負い、左手で爪熊の遺骸を持ち上げると。その場から全力で離脱していく。目指すは拠点であるが、事情を知らない彼らは大層驚いたとか、驚かなかったとか。

 

 ■双葉side

 

「でっか……コイツが双葉の右腕を食ったやつなのか?」

「うん、首は要らんでしょ。拾ってこなかった……いや、拾えなかったよ」

 

 隻腕のあたしも流石にこのデカブツを持って迷宮の中を走り回るのはキツい。なのでとりあえず肉と毛皮の確保が先決と思い、遺骸を担いで拠点まで突っ切ったのだ。

 

「そして、苦戦らしい苦戦してない……双葉、ほんとに強いなー」

「そら、圧倒的ステータスの龍姫だからね」

「それはわかる。でも、街に戻ったときに手加減とかできるのか?」

「力の制御は宿題ね」

 

 タウル鉱石の原石を指でつまみ、徐々に力を込めていくとぐにゃり、と手の中で潰れる。握力はおそらく一トンを軽く超えてるからその辺も考えないと……あたしのリミッターでも作れる人を探すとか? 

 

「リミッターねぇ……それほどやばいのか」

「まぁ手加減は基本的にするよ。檜山相手にもできるようにしないと、出会って三秒でプチっと潰しかねないし」

「……そうだね」

「……そうだな」

 

 タンパクな反応をする2人にジト目で抗議しつつ。

 

「さて、あたしのわがままにこれ以上付き合ってもらわなくてもいいよ?」

「そうだな。そろそろ進むか」

「「あい!」」

「まぁ、これ食ってからでもいいよな?」

 

 ハジメが指差した爪熊の肉をあたし達は平らげ。そしてその毛皮を三人分の毛皮コートに加工したら。各々、ステータスプレートを確認する。

 

 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

 

 南雲ハジメ 17歳 男 レベル:17

 天職:錬成師

 筋力:400

 体力:600

 耐性:400

 敏捷:650

 魔力:500

 魔耐:450

 技能:錬成[+鉱物系鑑定][+精密錬成][+鉱物系探査][+鉱物分離][+鉱物融合]・魔力操作・胃酸強化・纏雷・天歩[+空力][+縮地]・風爪・言語理解

 

 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

 

 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

 

 白崎香織 17歳 女 レベル:18

 天職:治癒師

 筋力:400

 体力:650

 耐性:700

 敏捷:400

 魔力:1500

 魔耐:900

 技能:魔力操作・回復魔法[+回復効果上昇][+回復速度上昇][+イメージ補強力上昇][+浸透看破][+範囲回復効果上昇][+遠隔回復効果上昇][+状態異常回復効果上昇][+消費魔力減少][+魔力効率上昇][+連続発動][+複数同時発動][+遅延発動][+付加発動]・光属性適性[+発動速度上昇][+効果上昇][+持続時間上昇][+連続発動][+複数同時発動][+遅延発動] ・光属性適性[+障壁適性連動]・結界術適性[+魔力効率上昇][+発動速度上昇][+遠隔操作][+連続発動]・高速魔力回復・胃酸強化・纏雷・天歩[+空力][+縮地]・風爪・言語理解

 

 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

 

 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

 

 天龍双葉 17歳 女 レベル:15

 天職:二天龍姫(アーク・カイザー)

 筋力:2700

 体力:1900

 耐性:1700

 敏捷:1600

 魔力:2100

 魔耐:1800

 技能:全属性適性・全属性耐性・全魔法適性・魔力操作[+魔力放射][+魔力圧縮] ][+遠隔操作][+効率上昇][+身体強化]・物理耐性・魔力耐性・複合魔法・槍術[+刺突速度上昇][+ダメージ効率上昇][+無拍子]・神速・擬/赤龍帝の籠手・擬/白龍皇の光翼・高速魔力回復・気配感知[+特定感知]・魔力感知[+特定感知]・ノルンの瞳[+並行世界観測適性]・限界突破・胃酸強化・纏雷・天歩[+空力][+爆縮地]・風爪・言語理解

 

 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

 

「「ドラゴンってやっぱずるいな(ね)」」

「ふふん」

 

 ドヤ顔キメながら胸を張ると、ぶちっ、たゆん……っておい! 

 

「ぎゃぁぁぁぁっ!? またサラシが千切れてるぅぅぅ!?」

「爪熊の毛皮でサラシ作ってもらう?」

「できないわけじゃないぞ」

「……見たいなら見ていいんだよ? ハジメくん?」

 

 わざとらしく、目を逸らすハジメ……見た目はもう何人も抱いてる性豪みたいな厳つい青年っぽさがあるのに。初々しいし、気分的にヤケになったあたしはスルスルと意味がなくなったサラシをインナー下から抜いて捨てる。

 なんで香織がいないんだ? と思ったら……もにゅん、もにゅ。

 

「は?」

「私のハジメを誘惑するわりー娘はいねーがー!」

「かお、香織ぃ!? 揉むなぁ!! こ、こら、そんなところを触るな!? 風呂入ってないんだよ!? ひゃんっ!?」

 

 耳を舐められ……!? コンニャロぉ!? 対抗しようと右腕がないから腕の数だけハンデが……

 

「あー、あー……ちょい、向こう行ってくるわ。サラシも作っとくよ」

「はじ、めぇ!? たすげ……ヤァぁぁぁぁぁっ!?」

「んふふ、楽しも? ふーたーばー♡」

 

 岩のベットに引き摺り込まれたあたしの記憶は。一旦途切れていたのであった。

 そんな一幕もあり、あたし達はステータス、技能を伸ばしつつ、50層下に進んだ。

 そこで待ち受けるのは……

 

 ──

 

 to be continued



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

奈落の底 〜出逢いはパンドラの箱を開けて〜

 □noside

 

 一行は何ヶ月か、あるいは何週間か。迷宮の攻略を行い、そして相対する魔物の全てを喰らった。

 タールの海を泳ぐサメモドキ、極夜の暗闇の世界でバジリスクを倒し。

 フクロウかよくわからない魔物。虹色の毒ガエルにモスラ擬きの蛾やらめちゃくちゃに種類がいたが、実際はテンプレートの魔物ばかりだったのでそこまで能力を得ることはできなかった。

 

 参考程度にハジメが得た能力はこうである。

 

 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

 

 南雲ハジメ 17歳 男 レベル:51

 天職:錬成師

 筋力:1080

 体力:1070

 耐性:960

 敏捷:1140

 魔力:860

 魔耐:860

 技能:錬成[+鉱物系鑑定][+精密錬成][+鉱物系探査][+鉱物分離][+鉱物融合][+複製錬成]・魔力操作・胃酸強化・纏雷・天歩[+空力][+縮地][+豪脚]・風爪・夜目・遠見・気配感知・魔力感知・気配遮断・毒耐性・麻痺耐性・石化耐性・言語理解

 

 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

 

 そして現在、双葉たちは。奈落の底が、そのスタート地点から数えて50層目を攻略し次の層へ進むか進むまいかを悩んでいた。

 理由としてはこの層にあるある一角の未探索エリアだ。

 

 それは、なんとも不気味な空間だった。

 

 脇道の突き当りにある空けた場所には高さ三メートルの装飾された荘厳な両開きの扉が有り、その扉の脇には二対の一つ目巨人の彫刻が半分壁に埋め込まれるように鎮座していたのだ。

 

 その空間に足を踏み入れた瞬間全身に悪寒が走るのを感じ、これはヤバイと一旦引いたのである。でも、同じような迷宮の中でようやく現れた‘変化’。

 もちろん装備を整え避けるつもりは毛頭ないので挑む気は満々である。もはやコイツら「藤○弘、探検隊」の意思でも継いだんじゃなかろうか? 

 興味、未知に貪欲になりつつあったから。

 

 全員は期待と嫌な予感を両方同時に感じていた。あの扉を開けば確実になんらかの厄災と相対することになる。だが、しかし、同時に終わりの見えない迷宮攻略に新たな風が吹くような気もしていた。

 

「どう見てもこれ、なんかあるよね」

「さながら、パンドラの箱の蓋だな」

「スルーしてもいい気はするんだけど、双葉。何か気になる?」

 

 香織に振られた双葉は魔力感知を駆使して……扉に弾かれる。プロテクトでもかかっているのか、思わず眉を顰めた。

 ハジメはこの扉に用いられている魔法式を見たことがないと2人に伝える。

 近くで見れば益々、見事な装飾が施されているとわかる。そして、中央に二つの窪みのある魔法陣が描かれているのがわかった。

 

「だめだ、やっぱ開けないと無理っぽいね。扉越しに感知はできないみたい」

「んじゃ、開けるしかないな……っく、離れろ!」

 

 ハジメは扉に両手をつき錬成を用いて扉を崩壊させようとするが……ばちぃ! と弾かれ。バックステップで距離をとり。双葉は香織を抱き寄せて腰あたりに手を回すとハジメの元へと跳躍した。

 ハジメの手は煙を上げ、明らかに正常ではなく。それをみた香織が回復魔法を使用して一瞬で快復させる。

 

「サンキュー、香織」

「治療は私の出番だからね♪」

「んだ、ありゃ……2人とも、くるよ!」

 

 ──オォォオオオオオオ!! 

 

 突然、野太い雄叫びが部屋全体に響き渡ったのだ。

 

 ハジメは腰を落とし、手にドンナーを構え。香織はその手に小型レールガン、‘デュランダル’を抜き。

 

 雄叫びが響く中、遂に声の正体が動き出した。

 

「まぁ、ベタと言えばベタだな」

「サイクロプスかぁ……若干デフォルメされてるのかな?」

「さぁね」

 

 苦笑いしながら呟くハジメ達の前で、扉の両側に彫られていた二体の一つ目巨人が周囲の壁をバラバラと砕きつつ現れた。いつの間にか壁と同化していた灰色の肌は左側が青っぽく、右側のか赤っぽく変色している。

 

 一つ目巨人の容貌はまるっきりファンタジー常連のサイクロプスだ。未だ埋まっている半身を強引に抜き出し無粋な侵入者を排除しようと一行の方へ視線を向けた。

 

 その瞬間である。

 

 ドパン! ドパンッ! 

 

 双方のサイクロプス達は、目を撃ち抜かれて絶命した。

 

「悪いが、空気を読んで待っていてやれるほど出来た敵役じゃあないんだ」

「まぁそういうことで。先制パンチできるなら誰でもするよね」

「……お、おう」

 

 双葉も二人も変わったなーなどとつぶやく中。ハジメと香織は風爪を用いてサイクロプスの遺骸から魔石を取りつつ。

 

「コイツをあの窪みに嵌め込めばいいみたいだな。肉は……」

「はいはい、任せて」

 

 双葉が錬成で作り出したナイフをサイクロプスに差し込み。肉を適量切り取ると、容器にぼちゃりとしまう。

 

「いただくのは後にして、まずは進もう」

 

 香織の提案にハジメは頷き、魔石を扉に嵌め込んだ。

 魔石から赤黒い魔力光が迸ほとばしり魔法陣に魔力が注ぎ込まれていく。そして、パキャンという何かが割れるような音が響き、光が収まった。同時に部屋全体に魔力が行き渡っているのか周囲の壁が発光し、久しく見なかった程の明かりに満たされる。

 

 双葉とハジメはその眩しさに少し目を瞬かせ、警戒しながら、そっと扉を開いた。

 

 扉の奥は光一つなく真っ暗闇で、大きな空間が広がっているようだ。〝夜目〟と手前の部屋の明りに照らされて少しずつ全容がわかってくる。

 

 中は、聖教教会の大神殿で見た大理石のように艶やかな石造りで出来ており、幾本もの太い柱が規則正しく奥へ向かって二列に並んでいた。そして部屋の中央付近に巨大な立方体の石が置かれており、部屋に差し込んだ光に反射して、つるりとした光沢を放っている。

 

「……みて、人がいる」

「何?」

「嘘でしょ?」

 

 目のいい双葉は奥の立方体を指差して。そこから生える何かが人だと言った。

 

「……だれ?」

 

 かすれた、弱々しい女の子の声だ。ビクリッとしてハジメが、香織が慌てて部屋の中央を凝視する。すると、先程の〝生えている何か〟がユラユラと動き出した。差し込んだ光がその正体を暴く。

 

「人……なのか?」

「人って言ったでしょ?」

 

 双葉が若干拗ねながら、三度言う。‘生えていた何か’は確かに人だった。

 

 上半身から下と両手を立方体の中に埋めたまま顔だけが出ており、長い金髪が某ホラー映画の女幽霊のように垂れ下がっていた。そして、その髪の隙間から低高度の月を思わせる紅眼の瞳が覗のぞいている。年の頃は十二、三歳くらいだろう。随分やつれているし垂れ下がった髪でわかりづらいが、それでも美しい容姿をしていることがよくわかる。

 

 流石に予想外だった二人は硬直し、紅の瞳の女の子も三人をジッと見つめていた。やがて、ハジメはゆっくり深呼吸し決然とした表情で告げた。

 

「すみません。間違えました」

 

 そう言ってそっと扉を閉めようとするハジメ。それを金髪紅眼の女の子が慌てたように引き止める。もっとも、その声はもう何年も出していなかったように掠かすれて呟のようだったが……

 

 ただ、必死さは伝わった。

 

「ま、待って! ……お願い! ……助けて……」

「なんでやねん!?」

「話くらい聞いてあげようよ、ハジメ!?」

 

 その弱々しい声音を聞き。双葉が思わずビシッとツッコミ、香織が引き止めにかかる。しかし、ハジメは反論した。

 

「あのな、こんな奈落の底の更に底で、明らかに封印されているような奴を解放するわけないだろう? 絶対ヤバイって。見たところ封印以外何もないみたいだし……脱出には役立ちそうもない。という訳で……」

 

 ぐうの音も出ない正論だった。しかし、香織は捨て置けなかった。もちろん、双葉も。

 

「待って、ハジメくん! 話も聞かずに放置するのは可哀想だよ! ……そんなに薄情な人だとは思わなかった」

「うぐ、それはだな……」

「へー、ならあたしがあの子の話を聞きに行くわね? ハジメは一人で先に進んでくれてもいいんだよ?」

「双葉、てめ……あーもう、わかったよ! 話を聞いてから、でも遅くねえな!」

 

 二人に折れたハジメは踵を返すとツカツカと部屋に入っていく。

 

「助けて……くれるの……?」

「話を聞いてからな。なんでこんなところに封印されたんだよ」

「ちょいまち。えっと、はい」

 

 双葉は自分の外套を女の子に羽織らせる。何やってんだよ、とハジメが目で抗議したが……彼女の体は一糸纏わぬ姿だ。その事実に気がついたハジメは直視できず、目を逸らした。

 

「あと、これ飲んで。水よ……」

「いらない……」

「そう……なら、あとで飲んで」

 

 双葉はそう言うと、一歩下り。ハジメに視線を向ける。もういい、と。

 

「で、話を戻すぞ。なんでここに封印されてんだ?」

「私、先祖返りの吸血鬼……すごい力持ってる……だから国の皆のために頑張った。でも……ある日……家臣の皆……お前はもう必要ないって……‘裏切られた’の……」

 

 三人の胸の奥がずきりと痛む。こんな幼気な少女が、‘裏切られた’と。言葉を発した。そして、クラスの誰かに‘裏切られた’ハジメもまた。友が、恋人が共に降りて来なければ……死んでいた、あるいは人間らしさも失い。生きるために全てを殺すと宣うようになっていたかもしれない。

 

 ハジメは頭をカリカリと掻きながら、女の子に歩み寄る。もちろん油断はしない。

 

「裏切られたと言ったな? 誰が、その話が本当だとして、裏切った奴はどうしてお前をここに封印したんだ?」

「おじ様……これからは自分が王だって……私……それでもよかった……でも、私、すごい力あるから危険だって……殺せないから……封印するって……それで、ここに……」

 

 枯れた喉で必死にポツリポツリと語る女の子。話を聞きながらハジメは呻いた。なんとまぁ波乱万丈な境遇か。しかし、ところどころ気になるワードがあるので、湧き上がるなんとも言えない複雑な気持ちを抑えながら、ハジメは尋ねた。

 

「お前、どっかの国の王族だったのか?」

「……(コクコク)」

「殺せないってなんだ?」

「……勝手に治る。怪我しても直ぐ治る。首落とされてもその内に治る」

「……そ、そいつは凄まじいな。……すごい力ってそれか?」

「これもだけど……魔力、直接操れる……陣もいらない」

「双葉にそっくりだね……私たちも魔力操作はできるけど」

 

 ハジメ達も魔物を喰ってから、魔力操作が使えるようになった。身体強化に関しては詠唱も魔法陣も必要ない。他の錬成などに関しても詠唱は不要だ。

 だが、この女の子や双葉のように魔法適性があれば反則的な力を発揮できるのだろう。否、それは双葉が証明済だ。

 あの時の、中野へ無詠唱で‘火球’を行使して見せたあれが、何発も飛来するのだ。中野なら2節詠唱を繰り返す必要があろう。

 双葉はそんなものがなくとも、最大火炎系呪文(メラゾーマ)を連発できる。

 しかし、この女の子には、双葉とは決定的に違うアドバンテージがある──不死身。おそらく絶対的なものではないだろうが、それでも下手すればそこにいる人型ドラゴンすら凌駕しそうなチートである。

 

「……たすけて……」

 

 ハジメが一人で思索に耽ふけり一人で納得しているのをジッと眺めながら、ポツリと女の子が懇願する。

 

「……」

 

 ハジメはジッと女の子を見た。女の子もジッとハジメを見つめる。どれくらい見つめ合っていたのか……

 やがてハジメはガリガリと頭を掻き溜息を吐きながら、双葉と香織を見た。二人は「異議なし、やれ」と言わんばかりの顔。

 苦笑しつつハジメは女の子を捕える立方体に手を置いた。

 

「あっ」

 

 女の子がその意味に気がついたのか大きく目を見開く。ハジメはそれを無視して錬成を始めた。ハジメの魔物を喰ってから変質した赤黒い、いや濃い紅色の魔力が放電するように迸る。

 

 しかし、イメージ通り変形するはずの立方体は、まるでハジメの魔力に抵抗するように錬成を弾いた。迷宮の上下の岩盤のようだ。だが、全く通じないわけではないらしい。少しずつ少しずつ侵食するようにハジメの魔力が立方体に迫っていく。

 

「ぐっ、抵抗が強い! ……だが、今の俺なら!」

「なんなら、あたしもいるよ」

 

 ハジメが両手を立方体に手を添えて。魔力を注ぎ、錬成を行うその後ろで。双葉は左手を上げて、ハジメに向ける。

 

擬/赤龍帝の籠手(シャドウ・ブーステッド・ギア)っ!!」

 [倍加(Boost)ッ!! ──Transfer!! ]

「受け取って、ハジメ! 影/赤龍帝からの贈り物(シャドウ/ブーステッド・ギア・ギフト)ッ!」

 

 直後、双葉の赤龍帝の籠手よりオーラが放出される。そのオーラはハジメを包み込み。その魔力の力強さを跳ね上げる! 

 

「コイツは……これなら!」

「だめ押しの、錬成ぇぇぇ!!」

「あっ……」

 

 双葉も立方体に手を添えて魔力を注ぎ込む。ハジメだけではびくともしなかった立方体が徐々に溶け出していく。

 なぜ、この初対面の少女のためにここまでしているのかハジメ自身もよくわかっていない。双葉が、香織がとにかく放っておけないのだから仕方ない。

 

「「これでぇぇぇ、爆ぜろぉぉぉ!!」

 

 暴虐的な魔力が立方体に注がれる。ブツの震えが大気を振動させる。

 直後、女の子の周りの立方体がドロッと融解したように流れ落ちていき、少しずつ彼女の枷を解いていく。

 彼女を包んでいた立方体が流れ出す。一糸纏わぬ彼女の裸体はやせ衰えていたが、それでもどこか神秘性を感じさせるほど美しかった。そのまま、体の全てが解き放たれ、女の子は地面にペタリと女の子座りで座り込んだ。どうやら立ち上がる力がないらしい。

 はらり、とその上に双葉が彼女に掛けていた外套が乗るように。

 

 ハジメも座り込んだ。肩でゼハーゼハーと息をし、使った膨大な魔力消耗のせいで激しい倦怠感に襲われる。

 荒い息を吐き震える手で神水を出そうとして、その手を女の子がギュッと握った。弱々しい、力のない手だ。小さくて、ふるふると震えている。

 

 ハジメが横目に様子を見ると女の子が真っ直ぐにハジメを見つめている。顔は無表情だが、その奥にある紅眼には彼女の気持ちが溢れんばかりに宿っていた。

 そして、震える声で小さく、しかしはっきりと女の子は告げる。

 

「……ありがとう」

 

 繋がった手はギュッと握られたままだ。いったいどれだけの間、ここにいたのだろうか。少なくともハジメの知識にある吸血鬼族は数百年前に滅んだはずだ。この世界の歴史を学んでいる時にそう記載されていたと記憶している。

 話している間も彼女の表情は動かなかった。それはつまり、声の出し方、表情の出し方を忘れるほど長い間、たった一人、この暗闇で孤独な時間を過ごしたということだ。

 

 しかも、話しぶりからして信頼していた相手に裏切られて。よく発狂しなかったものである。もしかすると先ほど言っていた自動再生的な力のせいかもしれない。だとすれば、それは逆に拷問だっただろう。狂うことすら許されなかったということなのだから。

 

「神水を飲めるのはもう少し後だな」と苦笑いしながら、気怠い腕に力を入れて握り返す。女の子はそれにピクンと反応すると、再びギュギュと握り返してきた。

 

「……名前、なに?」

 

 女の子が囁くような声でハジメに、そして、双葉を見て尋ねる。そういえばお互い名乗っていなかったと苦笑いを深めながらハジメは答え、女の子にも聞き返した。

 

「ハジメだ、南雲ハジメ。こっちの黒紅白髪は双葉。それと、そっちが恋人の香織」

「むっ……恋人がいたの……?」

「何もできなくてごめんね? 私は白崎香織。ただ、これくらいならできる──‘廻聖’」

「魔力譲渡の魔法か……あたしは今紹介があったけど。天龍双葉よ」

 

 女の子は「ハジメ、カオリ、フタバ」と、さも大事なものを内に刻み込むように繰り返し呟いた。そして、問われた名前を答えようとして、思い直したようにハジメにお願いをした。

 

「……名前、付けて」

「は? 付けるってなんだ。まさか忘れたとか?」

 

 長い間幽閉されていたのならあり得ると聞いてみるハジメだったが、女の子はふるふると首を振る。

 

「もう、前の名前はいらない。……ハジメの付けた名前がいい」

「……はぁ、そうは言ってもなぁ」

 

 前の自分を捨てて新しい自分と価値観で生きる。この女の子は自分の意志で変わりたいらしい。その一歩が新しい名前なのだろう。女の子は期待するような目でハジメを見ている。ハジメはカリカリと頬を掻くと、少し考える素振りを見せて、仕方ないというように彼女の新しい名前を告げた。

 

「──ユエ、なんてどうだ? ネーミングセンスないから気に入らないなら別のを考えるが……」

「ユエ? ……ユエ……ユエ……」

「ああ、ユエって言うのはな、俺の故郷で〝月〟を表すんだよ。最初、この部屋に入ったとき、お前のその金色の髪とか紅い眼が夜に浮かぶ月みたいに見えたんでな……どうだ?」

「厨二っぽい発想! でも、似合ってると思うよ!」

「ちょっと黙ろうか、香織ィィ!」

 

 思いのほかきちんとした理由があることに驚いたのか、女の子がパチパチと瞬きする。そして、相変わらず無表情ではあるが、どことなく嬉しそうに瞳を輝かせた。

 

「……んっ。今日からユエ。ありがとう」

「おう、取り敢えずだ……」

「?」

「それちゃんと着とけ。いつまでも素っ裸じゃあなぁ」

「……」

 

 自分を見下ろすユエ。確かに、ほぼ、すっぽんぽんだった。大事な所とか丸見えである。ユエは一瞬で真っ赤になると羽織っていた外套をギュッと抱き寄せ上目遣いでポツリと呟いた。

 

「ハジメのエッチ」

「……」

「……」

「……」

 

 女性陣の視線が痛かった。そして、何を言っても墓穴を掘りそうなのでノーコメントで通すハジメ。ユエはいそいそと外套を羽織る。ユエの身長は百四十センチ位しかないのでぶかぶかだ。一生懸命裾を折っている姿が微笑ましい。

 

 ハジメは神水を飲み、魔力を回復させると……気配感知に反応があり、すぐに銃を抜く。そして、その反応が真上にあることに気がつき……双葉もハジメと顔を見合わせ、すぐに動く。

 

「……みんな、気をつけて!」

 

 双葉はそう言うと香織の前に立ち。かばうように槍をバトンのように回転させる。

 

「双葉!?」

 

 飛来した棘を双葉は槍を振り回して弾き飛ばす。双葉が感じたのは天井に何かがいる! と言うことだ。

 

「ハジメ、ユエを安全なところに! 援護お願い! ……くるよ!」

 

 ──ギジャァァォァァァァッッッ!! 

 

 雄叫び。そして、何者かが落下したのか、土煙が巻き上がる。

 

 そこにいたのは……巨大なサソリの魔物だった。

 

 ──

 

 to be continued



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

覚醒する新たな二天統べるモノ ―DxD―

 □noside

 

 ──ギジャァァォァァァァッッッ!! 

 

 大きな四つの鋏を振り上げ、二本の尻尾を広げるように。悠然とした威嚇の姿勢をとる弩級サソリの化け物を前に、ハジメは不敵に笑い、双葉は苛立ちに眉を釣り上げる。

 

「不意打ちとはいい度胸ねぇ? ハジメ、やっちまうわよ」

「上等、邪魔するってんなら……」

「「殺して食い尽くす!!」」

 

 サソリは雄叫びを上げると片方の尻尾を肥大化、そして散弾のように棘を射出する。結構な速度で放たれたそれを双葉が槍を用いて払い、‘豪脚’で蹴り飛ばす。

 まるで分身しているかのようなスピードでちょこまかと動き回り。的確に香織、ユエ、ハジメに直撃する棘を切り、弾き、蹴り。防ぎ切って見せる。

 

「ハジメ、ユエに神水を飲ませたげて!」

「そうか。香織、ストックは?」

「えっと、まだまだあるよ!」

「なら……ユエ、これを飲め!」

「……うぐっ!?」

 

 ハジメはユエを肩に担ぎ香織は自分が管理している神水を取り出すと、ハジメにパス。彼は抱き直したユエの口に突っ込んだ。

 いきなり異物を口に突っ込まれ、犬歯に試験管がわりの金属管が当たり。ユエは涙目になるが、緊急だから許すと。

 そして中身を飲み干すと、一瞬にして自身の飢餓は消えぬが、衰弱した体に活力が漲り。抜けていた魔力が満ちていく。

 驚いているユエをハジメは背中に背負い。双葉が惹きつけているサソリモドキにドンナーとシュラークを向ける。

 

「ユエ、しっかり掴まっとけよ! 香織、双葉の援護だ!」

「了解! 双葉、いっくよー!」

「さすがに、そろそろ、余裕がぁぁぁぁ!!」

 

 四つの鋏を避け、弾き、豪脚で蹴り払い。ガングニールで四つ目の鋏を受けて鍔迫り合いに持ち込む双葉に余裕はないように見えるが。

 ──叫ぶ余裕があるじゃねえかとハジメは内心でツッコミつつ。ドンナー、シュラーク、デュランダルが火を噴いた。魔導電磁砲(レールガン)の出力を最大に。

 最大威力で、秒速三・九キロメートルの弾丸が三発。サソリモドキの頭部に炸裂するが……ギュン、チュインッ、ガギャアンッッッ!!! 

 その全ての弾丸は派手な音に火花を散らしてその硬い外殻に阻まれた。

 

「ちっ、クソ硬いな。双葉は物理ファイターだぞ!」

「ハジメ、あれ見て! やばいのくるよ!」

 

 そんな中で、ハジメの背中越しにユエの驚愕が伝わって来た。見たこともない武器で、閃光のような攻撃を放ったのだ。少しだけ魔法の気配はあった。それが原因か、右手に電撃を帯びたようだが──それも魔法陣や詠唱を使用していない。

 つまり、ハジメが、香織が。自分と同じく、魔力を直接操作する術を持っているということに、ユエは気がついたのである。

 

 自分と‘同じ’、そして、何故かこの奈落にいる。ユエはそんな場合ではないとわかっていながらサソリモドキよりもハジメ達を意識せずにはいられなかった。ハジメ達にヘイトを向けたサソリモドキは、片方の尻尾の針を彼らに向ける。そこから噴射されたのは、紫色の液体だった。

 

 かなりの速度で飛来したそれを、ハジメはすかさず飛び退いて、香織は縮地で移動してかわす。着弾した紫の液体はジュワーという音を立てて瞬く間に床を溶かしていった。溶解性の極めて高い酸性の毒だろう……毒耐性すら無視して溶かされそうなそれにハジメは頬を引き攣らせる。

 

「オラオラオラッ! ──香織、双葉! 頼む、リロードだ!」

「任せて! 双葉、隙をお願い!」

「そのつもりだよー!! だぁらっしゃぁぁぁ!!」

 

 ドンナーとシュラークを連射。引きつけてできた隙に片方から香織がデュランダルで横面を撃ち抜く。

 香織に気が行くと真正面から、強烈な槍の一撃を叩き込まれ。サソリモドキは後退する。

 

「明らかに硬すぎんよコイツ!」

「見りゃわかるわ! くっそ、双葉のフルパワーでやっと後退させれるってどんなバケモンだよ!」

「落ち着いて二人と……ハジメ! 避けて!」

「ちっ……‘爆縮地’っ!」

「あん……うおっ!?」

 

 その巨体に似合わず、サソリモドキは跳んだ。ハジメ目掛けて、だ。暴虐的なその光景に一瞬呆けたハジメは足を止めてしまう。

 そこへ、双葉が滑り込み。ハジメとユエを体当たりで跳ね飛ばした。

 

「っ、双葉ァ!?」

「しんじゃいやぁぁ!?」

「勝手に殺すなぁぁぁぁ!! まだ生きとるわ……ぐっ、重いぃぃ……しぬぅ……!!」

 

 双葉は下敷きにされる寸前に槍を投げ、天井に突き刺し。腕ででのしかかりを防いだのだ。潰されることはなく、耐えている……そして。

 

擬/赤龍帝の籠手(シャドウ・ブーステッド・ギア)ぁぁぁ!!」

 [倍加(Boost)ッ!!]

 

 擬/赤龍帝の籠手を出現させ、倍加を使う。侮ったわけではなく、維持にも魔力が必要なため、温存せざるを得ないのだ。

 

「双葉、倍加止めて吹っ飛ばせよ!?」

「できるならやっとるわぁぁぁ!! ステータス的にあと、20秒ひつよ……」

 

 ──ギジャァァォァァァァッッッ!! 

 

 踏み潰せない怒りからか、暴れ出すサソリモドキ。双葉は潰されないように必死になり、ハジメ達は猛攻にさらされる。

 

「ちっきしょぉぉぉ! こんなところで……」

 

 死ぬのか、あたしは……

 

 ■双葉side

 

 このままじゃ、全滅はないにせよ、あたしは死にそうだなぁ……なんて考えながら、跳んで跳ねて押し潰そうとしてくるサソリモドキの腹を片腕で支える。たしかに2倍にすれば、一時期は防げるだろう。だけど、結局ジリ貧で潰される。

 

 倍加を止めて擬/白龍皇の光翼(シャドウ・ディバイン・ディバイディング)に切り替えれば相手の能力を半分にしてこっちがパワーアップ、押しのけれるけど……倍加の発動中、白龍皇の光翼は出せない……! 

 

 選択を間違えたと考える。ふと、みんなの声が聞こえる。

 

「双葉、諦めんな! まだ、まだだ! 耐えろ!」

「双葉ぁぁ! 絶対助けるから、死んじゃやだよぉ!!」

 

 ドンっ、ドパン! ドガン! と銃声が鳴り響くが、哀愁漂う。金属音が鳴るだけだ。

 

 巨大な壁のように、大質量が降ってくる。今のうちに逃げれる……しかし、体が動かない……無茶しすぎたかな……

 

 迫る黒い塊。激突まであと5秒……

 

 スローの世界であたしは今一度考える──二天龍姫、あたしは敗北したくない。こんなところで死にたくない! 

 

「……死んでたまるか。そうだ、エヒトぶん殴るまで……死ねるかぁぁぁぁぁ!!」

[──倍加ッ!!]

 

 途端に力が漲った。あたしの怒り、オーラとなって。立ち上がり、落ちてきたサソリモドキを受け止め、持ち上げる!

 

「双葉……怪力……」

「ああ、アレが天龍双葉だ! 諦めが悪くて、俺たちの誰よりも強い奴だ!」

 

 ハジメの言葉は素直じゃない。だけど、心がぽかぽかする……そうだ、忘れてた。神器(セイクリッド・ギア)は持ち主の渇望、望みに応えて大きく進化する。

 これは……

 

『赤いの。フタバの願いだぞ……歪み合う私たちに根気よく付き合ってくれた彼女にたまには礼をするべきだろう』

『ほざけ、白いの。だが、気に食わんが一理あるな』

『なに? なんの話?』

 

 精神世界であたしは‘二人’と向き合う。二体のドラゴンはこちらに視線を向けると赤と白のオーラを爆発的に発する……!? 

 

『『我ら二天の龍、対なりし力、互いに補完せり。至るは夢幻、或いは無限っ!! いつか見た、龍神への(きざはし)へと昇ろう! 我ら、主人と共にあり!!』』

 [Welsh Dragon ×(cross) Vanishing Dragon ──二天統一の龍帝皇(Dual xceed Drive)ッ!!]

 

 そのオーラはあたしの体から漲る……っ!! 

 

「オーバードライブっ!! そうだ……あたしは今、負ける気がしねぇぇぇぇぇぇ!!」

 

 立ち上がれないのは、自身が折れたから。あたしは、自分に負けかけた。諦めかけたから! あたしは腐ってもヴァルキリーだ! こんなところで、敗北してやる道理はない! 

 

「おばあちゃんが言っていた! 足が折れたなら手を使って敵の首を折れと。手がちぎれたなら敵の喉笛に食らいつけ、と!」

「物騒すぎるよ、双葉のおばあちゃん!?」

 

 香織の突っ込みはこの際スルー! あたしは飛翔する! 

 

[倍加ッッ!! ──Explosion‼︎]

「擬/白龍皇の光翼っ! さぁ、反撃開始だよ!」

 

 あたしは光翼を発現させ、高速で空を飛び。倍加によって敏捷を底上げされた今、誰にもあたしを止められない! 空中で変幻自在に飛び回るあたしを捕らえようと鋏を振り回すサソリモドキ。天井に突き刺さっていたガングニールを回収して高速で突き込む。火花散らせてこっちの攻撃は全く効いてないけどな! 

 

「ハジメ! こいつ、物理攻撃が無効化されてる感半端ないから! 魔法でケリつける方がいいわ!」

「そうか……! ユエ。頼めるか?」

「ユエちゃん、貴女ならどうにかできるんでしょ!? 私はハジメが信じた貴女を信じるから、派手にやっちゃって!」

「……うんっ!」

 

 ユエがハジメに噛み付いたのが見えた。ならあたしは……食事の邪魔をさせる訳にはいかないわよね? 

 そんな二人を守るためにか、障壁を張り二人を守る香織の姿も見えた……縁の下の力持ち……頼りになるわね!

 

「お前の相手はあたしよ!」

 ──ギャァァォァァァァッッッ!? 

 

 背中を突き、潜り込み。サソリモドキの顔面を七トンのキック力で蹴飛ばす。サソリモドキは後退。憎々しげにあたしを見上げて、溶解液と棘の散弾を射出するが……

 

「そっくりそのまま返してあげるわ」

[反射(Reflect)ッ!!]

 

 棘は全て槍でなぎ払い、溶解液があたしにかかりそうになる。けど、それは不可視の障壁に阻まれ。数瞬止まると……勢いそのままに撥ね返す! 

 

 ──ギャァァォァァァァッッッ!? 

「もういっちょぉぉ!!」

 

 悲鳴と共に、ジタバタともがき。自分の毒に尻尾の針を溶かされて混乱する奴に、追い討ちで潜り込んでの全力全開の空中サマーソルト! サソリモドキは宙に浮くとそのままひっくり返る! 

 無様にジタバタして周りを破壊しているところへハジメの錬成が伸びてくると……サソリモドキの腹を上に向けて固定する! だけど、時間稼ぎにしかならない? 本当にそう思う? 

 

 錬成された壁を破壊して起き上がる頃には……

 

「今よ、ユエッ!」

「……‘蒼天’っ!」

 

 その瞬間、サソリモドキの頭上に直径六、七メートルはありそうな青白い炎の球体が出来上がる。直撃したわけでもないのに余程熱いのか悲鳴を上げて離脱しようとするサソリモドキ。

 思わずあたしはボケっとそれを眺めてしまうけど、逃がすかぁ!! 

 

「喰らえ、最大火炎系呪文(メラゾーマ)っ!!」

 

 あたしはガングニールを構え、その穂先に炎の魔力を収束させる。流石に、ユエのと比べると極大火炎系呪文(メガライアー)以下っぽいけどな!! 

 それでも直径は四、五メートル。それを……叩きつける! 

 

 直後に火柱が上がり、炸裂音。そして高温の炎がサソリモドキの視界を灼く。

 

 ──ギシャァァァァッ!? 

 

 ふらつきどこに逃げればいいのか判断できないのか……右往左往する奴の背中に青白い炎の球体が着弾。

 凄まじい悲鳴が部屋に響き渡る。

 

 あたしは、殺されかけた恨みを晴らすべく。ガングニールを射撃モードに移行させると、赤龍帝の籠手と融合させ、くっつける。

 ガングニールのカラーリングが侵食されるように赤く、紅く。赫く染まり。

 シャコン、と小気味のいい音が鳴り。展開される穂先……内部機構がむき出しになり、赤黒い雷がだんだんとその出力を上昇させていく。

 ヒュィィィィン……とチャージ音が悲鳴にかき消されそうになりながら響き渡り。

 

[Charge Clear Limiter Full Open‼︎ ──Danger! ──Danger!]

「これ、でぇぇぇぇ……」

 

 あたしはトリガーに指をかける。

 

「終わりだぁぁぁぁ!!」

[XCEED・BREAKERッッ‼︎]

 

 トリガーを引く。そして、機構内部の撃鉄が雷管(プライマー)をぶん殴る。

 圧縮された濃密な魔力にガングニール内に仕込まれた砲弾内、燃焼石の炸薬が凄まじい炸裂音と共に薬莢内でプラズマの領域にまで温度が上がり燃焼、超圧力のガスが飛び出して砲弾の推進力に。

 砲弾は赤黒い雷に触れると魔導的電磁加速で秒速四.二キロメートルにまで加速して……さながら‘インドラの雷’。反動も凄まじく……マズルフラッシュどころか、余剰エネルギーの魔力がそのまま吹き荒れ、さながら光線のように連なり、照射されると。サソリモドキの装甲を焼き焦がし、融解させる。

 閃光は瞬きする間も与えないと言わんばかりに。蒼天に焼き焦がされた部分を的確に射抜いた。そして‘ギョォォォォォ……’と遠ざかる音。

 その数秒後……雷鳴が、あるいは世界が嘶いたか。とんでもない轟音と共に迷宮全体が大きく揺れた。

 

「「「「……」」」」

 

 断末魔を上げる間もなく、沈黙するサソリモドキ。その様はあたしも含めて、静寂が世界を包み。全員何も言えなかった。一撃だった……甲殻が弱っていたとはいえ、とんでもないその火力に負けたのか。サソリモドキの頭部をぶち抜き、そしてその下の床もついでにと言わんばかりにぶち抜いていた。

 

「……封印した方がいいわね、これ」

 

 あたしの呟きに応えるように、ハジメが。カクンと人形みたく首を縦に振るのを見てクスリ、とだれかが笑った気がした。

 こうして、ボスっぽいサソリモドキは倒されるのであった……自分でやって置いて言うのもアレだが。笑えねぇ、この威力。

 

 ──

 

 to be continued



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

女×重さ×絆=姦しさ?

 □noside

 

 サソリモドキとの激戦を制し、双葉はノロノロと着地すると。そのまま膝を突き、パタリと倒れ込むのをユエが受け止めて支える。なお、ユエもぷるぷると小刻みに震えており……立っているのがやっとだったが、支え切った。

 

「大丈夫……?」

「双葉ぁ!! 大丈夫!? すぐに直すから!」

「香織、ちょっと待てって。神水を」

「大丈夫……だからぁ……静かにしてぇ」

 

 仲間たちの声がガンガンと頭に響く。双葉は初めて起動した二天統一の龍帝皇(Dual Xceed Drive)の効果反動が彼女を襲っていた。

 まず、身体能力の著しい低下に加えて魔力枯渇。

 二天統一の龍帝皇は双葉の基本ステータスを常に限界まで増幅させ続けることができる擬似的な禁手化(バランス・ブレイク)である。

 ステータスが常に16倍と化する代わりに。効果の終了時点で戦闘不能に陥るので、切り札になるだろう、と双葉は痛む頭で覚えることにした。

 なにより……ドライグとアルビオンが長い休眠を要するため、一定期間神器(セイクリッド・ギア)の使用ができなくなるリスクも孕んでいた。

 そして、筋繊維断裂などのダメージにより、立つ事がやっとに陥り。

 ぐぅぅぅるるるりゅ……ぐぐ、ぐるるるるるるるぅぅぅぅぅぅ……と、双葉の腹から盛大に音が鳴る──飢餓による気絶状態になってしまうのもリスクの一つである。

 

「お腹、すいたぁ……(がくっ)」

「……双葉、かわいい」

「おう……なんつーか。燃費が悪いってのはよくわかった」

「そりゃ、あんだけ規格外の動きしたら……そうもなるよねぇ」

 

 仕方ない、とハジメはサソリモドキから肉を切り出し、香織と共に部屋から運び出す……ここで休んでもいいが、流石にユエが閉じ込められ続けていた部屋だ。彼女のことを考えると、この階層の拠点にて休む方がいいだろう、とハジメの提案だった。

 拠点に着いた一行。双葉はユエに任せて、忙しくハジメたちが動き回る中で。こっそりと拠点の中でユエは舌なめずりをして……双葉の首元に噛み付いた。

 興味があった……ハジメの血の味は‘熟成された濃厚なスープ’だった。

 その仲間である双葉の血は、香織の血はどんな味がするのだろうか? 小腹を満たしたい欲求もあり、我慢できず……だ。そして、その味は。

 

「……!?!?!?」

 

 理解できなかった。まさに、味覚の全てが吹き飛んだ感覚に陥る。

 

「……極わまった辛味の中に芳醇な、爽やかな甘味……神が飲むお酒に似てる」

 

 カプッ……とまた双葉に噛み付き。血を貰った……しかし、今度はナニカが違う。

 

「……あっつ……いっ!?」

 

 ドクンッ、とユエの肉体が脈動する。肉体が内面より破壊されかけるが、‘自動再生’の固有魔法がそれを無理矢理修復する。

 

「うひゃあ……かおり、ひゃめてー……そんな、ところ……だめ……むにゃ」

「うっぐ……なに、これ……」

 

 間抜けな反応をする双葉、どんな夢を見ているのだろうか? 

 それをよそに、急速に肉体が成長する痛みを覚えるユエ。まるで、今までの止まった時が強制的に進まされる感覚だった……長い髪が更に伸びて。年相応だった貧相な胸は大きく張り出し、身長は伸びてその体躯に相応しい、しなやかなくびれと、美しく丸みを帯びる臀部。今のユエはおよそ齢にして18歳に見える。

 

「……大人になっちゃった……?」

「ユエ、そろそろ双葉は起きたか……?」

 

 そこへ、焼いた魔物肉と赤い実のような物を持ってハジメがやってきた。

 ユエは、もう一度自身を見下ろす。先程のロリ吸血鬼の姿から一変して、ユエは大人の体である。

 コートを折り、羽織っていた彼女の脚はすらりと伸びて歪みのない長い美脚になっていた。

 ……そそと、ユエは折っていたコートを伸ばして普通に羽織る。

 

「まだ、寝てる……? どうしたの……ハジメ?」

「どなたさんですかぁぁぁ!? いや、ユエっぽい雰囲気があるんだが──もしかしてユエのお母様!?」

 

 ハジメは目の前の人物が分からず混乱し、斜め上の発想で納得しようとした。

 

「ちがう……ユエは、ユエ」

「え……? ええええ!?!?」

「どうしたの、ハジメ? ……ユエちゃん、どうしたの!?」

 

 混乱するハジメの元に香織もやってきたが、香織は一発でユエと見抜く。そのリアクションに不満なのか、むっとした顔をするユエを見て。

 

「かわいい……(じゅるり)」

「ひっ!?」

 

 香織からユエはどこか悪寒を感じ、コートをキツく握って後ずさった。

 

「はっ、ごめんね? まだ手は出さないから安心して?」

「なにを……安心しろと……!?」

 

 思わずユエがツッコむ。その喧騒を聞きながらも眠ろうとする双葉はもぞりと起き上がり寝ぼけ眼であたりを見回す。混乱から帰ってこないハジメ、なぜかロリ吸血姫から大人になっちゃったユエを、そして、にへらと微笑(わら)う香織を見て。

 

「ぎぇぇぇ!? 寝起きでもヤられたの、あたし!? まじで!?」

「……双葉ちゃん、何言ってるの? ……ああ、なるほど。悪い夢でも見たんだね、可哀想に……」

「ひぃ!? こないで……ぎっ!?」

 

 どこか喜悦を滲ませた声音で香織がゆらり、と立ち上がると。双葉を抱きしめ、頭をぽんぽん、と軽く触れながら安心させる様に。

 抱きしめられた双葉はまるで‘蛇に睨まれたカエル’、あるいは‘借りてきた猫’の如く、微動だもしなくなってしまう。

 

「大丈夫だよ、双葉ちゃん……ほんとに今は(・・)何もしてないから……ね? ほら、お腹すいたでしょ? ご飯食べて元気になってね?」

「あぅ……ご、ごめんなさい……」

 

 そのやり取りを見ていたユエは、小声で「どんな夢を……」と聞きかけるが、双葉の怯えっぷりを思い出してそっと言葉を飲み込んだ。

 世の中には知らなくていいことは沢山あるのだ、とノータッチを貫くことにするユエであった。

 

 ■双葉side

 

 気がつくと、拠点に帰ってきていた。ナニカ忘れた気もするけど、思い出せないならいいや。そう思う事にしよう、そうしよう。

 

 いや、そうじゃない。……これはあたしの自業自得なのだろう。油断がきっかけで右腕を失ったあの日……いや、こっちの世界に来て以降、香織のスキンシップが酷くなっていたのを甘んじていたあたしが悪いのかもしれない。

 

 あの晩、ハジメに対して性的にからかおうとしてしまったのを見てスイッチが入った香織に襲われて以降。あの子があたしにこう、激しい(・・・)スキンシップを求める様になってしまった。事の始まりの晩に香織を拒絶してれば……明確に拒絶すりゃいい物を、受け入れてしまってから、ずるずると関係が続いている。

 

 香織があたしに対して、ハジメに向ける執着心と同等の「想い」と言うか、なんというか……「好き」と言う。‘独占欲’を拗らしているのは知ってても見て見ぬ振りをしてきてしまった。

 

 だってそうだろう? 普通あたしの歳くらいになると、彼氏の一人や二人は作る。しかし、だ。それをできない理由があった。

 いや、香織のせいにするつもりはないんだけど……男子との接点と言うものが無さすぎたのだ。

 

 あたしの周りには幼馴染の光輝や龍太郎しか異性はいなかった。常に、そこに雫と香織、を加えたあたしたち五人で過ごしていたから、その‘違和感’に気がついたのは中学に上がってからだった。‘あたしたち’と言うグループ。俗世とは隔絶した美貌を持つ香織と雫を「護る」立ち位置にいたあたしは当然だと、二人を守っているあたしは男なんていらない。と考えるようになっていた。

 

 普通なら、そう考えるのはおかしいのかもしれない。だけど、あたしにとっては‘当然’の事……だったのかもしれない。ハジメと香織が付き合う様に仕向けたのも、あたしは怖かったからだ。

 

 昔の香織は、強い人が好きと。遠慮なくあたしにアプローチしてたんだよね……何度もプロポーズまがいの事をされたかなぁ……まぁ、断り続けてたけど。香織は不屈の精神の持ち主だから、諦めないからほんとに……すごいわ。

 

 不良一行に頭を下げ続けておばあさんとその孫を。赤の他人であるハジメが助けていたのを知っている。なんせ、その場面を香織と共に目撃したんだよね。

 それがキッカケ。香織はハジメに興味と恋心を認識していた。あたしは彼に感心と興味を抱いた……そして、その不良御一行をぶっ飛ばしておばあさんの財布を取り戻したのはあたしの仕業だった訳だが。

 ──そして、時は流れ。偶然に、香織達と一緒に進学した学校でハジメと再会したのだ。だから、あたしはハジメに惚れた香織の後押しをぐいぐい行なった。

 

 あの子の想いが。香織があたしを手に入れようと蠢くのをもう見たか無かったから。あたしにかまけてハジメを逃して欲しくなかったから……と言うのは詭弁だろうか……?

 ハジメと香織が付き合う様になってから、あの子の、あたしに対しての執着はマシになっていた。まぁ、戯れ程度のスキンシップは稀にあったけどね? 例えば、香織があたしの唇に触れるとか、後ろから抱きついて来るとかくらいだ。

 

 でも、トータスに。‘この世界’に召喚されてしまったあの日以来。香織はハジメだけに向けていた執着心を再び、あたしにも向け出したんだ。

 

「どこに行くの、何しに行くの? 一緒に行こう、私も行くから!」

 

 そして、着いてきてくれることをあたしは甘んじた。ソロで動くことの方が少なくなった。なんでかって? 

 

──あたしも香織に依存しているからだ。共依存……つまりは、この世界に来て不安だった。召喚されて、送還できないと聞いた時。あたしの中で何かが崩れ落ちそうになったけど、泣きそうな顔の香織を見たら……あたしはこんなところで折れてる場合じゃないと認識して、なんとか持ち直せたのだ。

 

 それでも不安を押し殺すために傷つき、そしてその傷を舐め合い、癒し合う関係。香織も、あたしも。‘戦争に加担する’と言う重圧に耐えれなかった。だけど、皆を。前に立つ決意をした光輝や龍太郎達を無視なんてできやしない。

 

 だから、戦争には参加しない、だけど手伝う──光輝たち‘だけ’に手を汚して貰う。

 

 それを認識したあの晩、あたしは自分が大っ嫌いになった──口では覚悟だのなんだの宣ったくせに。‘逃げたんだ’と。非力な香織も守ってもらうしかないと思った。だって、あの子を巻き込みたくないから。戦争に参加しないとあの子が言った時は、本当に胸を撫で下ろした。

 

 だって、これだけは言える。あたしは香織が大好きだから。幼少の頃から、あの子だけはあたしの異質さを知っても尚、友達でいてくれたから。親友でいてくれたから。「愛してます」と、言ってくれた初めてのヒトだったから。

 魔人族との戦争であの子を喪えば……支えを喪えばきっと、あたしは魔人族を根絶するために、‘覇龍’を使うだろう。命の危険を顧みず、赤子だろうと、無辜の民だろうと、この世界の魔人族()‘全て’を滅ぼすために。

 

 それからだ。香織の願いを聞き入れて、香織の好きにさせて、身体を許してただ、勘違いはしていない。香織が求めるのはあくまでも、スキンシップだし……まぁ、こう……キスしたりもしたけどさ……軽い接吻程度だけど。

 ファーストキス? んなもん、香織に一番最初に奪われてるよ。ロマンスのかけらもないけどね! まぁ、褥で流石に。‘純潔’に手を掛けたら絶交だ、と脅したからそっちは守り抜いた……うん。

 

 龍種に覚醒してしまったけど、あたしはヴァルキリーなんだ。純潔は自分が見込んだ勇者に捧げるのが仕来り。ここだけは絶対に譲れない。いや、まぁ自主規制(ピー)自主規制(ピー)されたり、自主規制(ピー)自主規制(ピー)自主規制(ピー)されたけど……もはや誤差だろうさ。

 

 ……誰に独白してんだよあたしは。

 

 だだ、最近の板挟みはいただけない。なんせ、何を思ったのかあたしは……ハジメに感心と興味を抱いていたのが、‘好意’に変わり出しているから。よく考えてみてほしい。あたしもなんだかんだ彼とは数ヶ月の付き合いだ。

 

 なにかと優れた面、そして変わろうと努力する姿勢を見せつけられて好感度が上がらないギャルゲーのヒロインはいないだろう? あたしだって人間だ。オタクでもあるし、ハジメと意気投合したのも悪くないと思っている。

 

 だけど、ハジメは香織の恋人なんだと知ってるから一線引いて付き合いしてるつもりだった。けど……ハジメ、かっこよくなりすぎなんだよなぁぁぁぁぁ!! 

 

 恋する乙女の気持ちがようやくわかった気分である。でもこれは叶わぬ恋だと自覚してるから、寝取る訳にも行かんだろう? ましてや重婚なんて……ねぇ? でも、もしもそれが叶うなら。香織と一緒にハジメを愛してもいいなら……いや、妄言は止そう。流石に都合良すぎるわ、そんなのな! 

 

 □noside

 

 双葉がサソリモドキの肉を全て平らげ、それをみてドン引きしたユエにハジメと香織が微笑んだりとのんびり過ごしていた一行こと、現在ハジメ達は、消耗品を補充しながらお互いのことを話し合っていた。

 

「そうすると、ユエって少なくとも三百歳以上なわけか?」

「……マナー違反」

「ハジメ、女の子にその話題はアウトだよ?」

「うん、流石にデリカシーにかかると思うよ」

 

 女性陣が非難轟々。ユエもジト目でハジメを見る。彼は言うんじゃなかった、と反省の色を見せつつ、思い耽る。

 座学での記憶では、三百年前の大規模な戦争のおり吸血鬼族は滅んだとされていたはずだ。実際、ユエも長年、物音一つしない暗闇に居たため時間の感覚はほとんどない。それくらい経っていてもおかしくないと思える程には長い間封印されていたという。二十歳の時、封印されたというからやっぱり三百歳ちょいということだろう。

 

「吸血鬼って、皆そんなに長生きするのか?」

「……私が特別。‘再生’で歳もとらない……」

「老化もしないっていいなぁ……でも、何でいきなり大人になったんだろうね?」

 

 香織が羨ましそうにユエを見ると、ふと。その急成長に疑問符を浮かべてユエに尋ねると、代わりに双葉が答えた。

 

「あたしの血を勝手に飲んだからだと思うよ」

「……ごめんなさい」

「いや、別に怒ってないからね? まぁ、こう。一言、起こして欲しかったけど」 

 

 双葉は血を吸われても何ら問題はない。寧ろユエの身体が心配だと言い、ユエは逆に罪悪感を増す。

 

「あたしの血は龍種の魔力を含んでるからね。龍種の魔力は彼らの源であり、力強さの象徴なのよ」

 

 双葉は語る。龍種の魔力を取り込むと、その身体が大きい力の塊である魔力に耐えきれず崩壊すると。しかし、ユエの身体は‘自動再生’の固有魔法を有しており、双葉の血を摂取し続けて魔力を常にフルで保てたおかげで以上はそこまでダメージはなく……なのだと言う。

 

「龍種の魔力に身体が順応、そして魔力に耐えれる体にするべく。成長しちゃったんじゃないかなーって思うのよ」

「……だから、大人」

 

 胸を触り、感触を確かめるユエを直視できないハジメは背を向けて何やら作業をしていた。

 

 そして、ユエの話に戻し、彼女に聞けば十二歳の時、魔力の直接操作や自動再生の固有魔法に目覚めてから歳をとっていないらしい──その歳はついさっき少し加速したのに違いはないが。普通の吸血鬼族も血を吸うことで他の種族より長く生きるらしい。

 それでも、二百年が限度の様ではあるが。補足すると、人間族の平均寿命は七十歳、魔人族は百二十歳、亜人族は種族によるらしい。エルフの中には何百年も生きている者がいるとか。

 

 ユエは先祖返りで力に目覚めてから僅か数年で当時最強の一角に数えられていたそうで、十七歳の時に吸血鬼族の王位に就いたという。

 サソリモドキの外殻を融解させた魔法を、ほぼノータイムで撃てるのだ。しかも、ほぼ不死身の肉体。行き着く先は〝神〟か〝化け物〟か、ということだろう。ユエは後者だったということだ。

 

 欲に目が眩んだ叔父が、ユエを化け物として周囲に浸透させ、大義名分のもと殺そうとしたが自動再生により殺しきれず、やむを得ずあの地下に封印したのだという。なお、ユエは突然の裏切りにショックを受けて、碌に反撃もせず混乱したままなんらかの封印術を掛けられ、気がつけば、あの封印部屋にいたらしい。

 

 その為、あのサソリモドキや封印の方法、どうやって奈落に連れられたのか分からないそうだ。もしかしたら帰る方法が! などと過剰な期待はしていなかったので軽いため息くらいは許されるだろうか? 

 

 そしてユエの力についても話を聞いた。それによると、ユエは全属性に適性があるらしい。本当に「なんだ、そのチートは……」と呆れるハジメだったが、すぐ隣にそのチートの権化がいるのを思い出す。視線を向けると、メスゴリラに睨まれたので大人しく目線を逸らした。

 

 なお、ユエ曰く。接近戦は苦手で一人だと身体強化で逃げ回りながら魔法を連射するくらいが関の山なのだと言う。もっとも、その魔法が強力無比なのだから大したハンデになっていないのだが。

 

 ちなみに、無詠唱で魔法を発動できる筈なのだが、癖で魔法名だけは呟いてしまうらしい。魔法を補完するイメージを明確にするためになんらかの言動を加える者は少なくないので、この辺はユエも例に漏れないようだ。

 

 ‘自動再生’については、一種の固有魔法に分類できるらしく、魔力が残存している間は、一瞬で塵にでもされない限り死なないそうだ。逆に言えば、魔力が枯渇した状態で受けた傷は治らないということ。

 

 つまり、あの時、長年の封印で魔力が枯渇していたユエは、サソリモドキの攻撃を受けていればあっさり死んでいたということだ。

 

「それで……ユエはここがどの辺りか分かる?」

「他に地上への脱出の道とかは?」

「……わからない。でも……」

 

 ユエにもここが迷宮のどの辺なのかはわからないらしい。申し訳なさそうにしながら、何か知っていることがあるのか話を続ける。

 

「……この迷宮は反逆者の一人が作ったと言われてる」

「反逆者?」

「圧政に叛逆したのかな」

「それは違う叛逆者だよ、香織!?」

 

 ボケる香織に突っ込む双葉。それをスルーしつつ、聞き慣れない上に、なんとも不穏な響きに思わず錬成作業を中断してユエに視線を投じるハジメ。彼の作業をジッと見ていたユエはハジメと目を合わせると、コクリと頷き続きを話し出した。

 

「反逆者……神代に神に挑んだ神の眷属のこと。……世界を滅ぼそうとしたと伝わってる」

 

 ユエは言葉の少ない無表情娘なので、説明には時間がかかる。ハジメとしては、まだまだ消耗品の補充に時間がかかるし、サソリモドキとの戦いで攻撃力不足を痛感したことから新兵器の開発に乗り出しているため、作業しながらじっくり聞く構えだ。

 

 ユエ曰く、神代に、神に反逆し世界を滅ぼそうと画策した七人の眷属がいたそうだ。しかし、その目論見は破られ、彼等は世界の果てに逃走した。

 その果てというのが、現在の七大迷宮といわれているらしい。この【オルクス大迷宮】もその一つで、奈落の底の最深部には反逆者の住まう場所があると言われているのだとか。

 

「……そこなら、地上への道があるかも……」

「なるほど。奈落の底からえっちらおっちら迷宮を上がってくるとは思えない」

「神代の魔法使いなら転移系の魔法で地上とのルートを作っていてもおかしくないってことね。実際、あたしたちを転移させることができる召喚魔法もあるわけだし」

「ってことは結局攻略はしないとダメってことだね!」

 

 見えてきた可能性に、頬が緩むハジメ。ふんふんと納得して頷く双葉。俄然やる気が漲る香織に双葉が苦笑いした。

 

 ユエも気が逸れたのか今度は三人に質問し出した。

 

「……ハジメ達、どうしてここにいる?」

 

 当然の疑問だろう。ここは奈落の底。正真正銘の魔境だ。魔物以外の生き物がいていい場所ではない。

 ユエには他にも沢山聞きたいことがあった。なぜ、魔力を直接操れるのか。なぜ、固有魔法らしき魔法を複数扱えるのか。なぜ、魔物の肉を食って平気なのか。双葉は右腕をどうしたのか。そもそも三人は人間なのか。ハジメと香織が使っている武器は一体なんなのか。

 

 その質問に対して、ハジメはポツポツと今までの境遇を話し、ユエに聞かせた。

 

「いやー、やっぱ波瀾万丈だね」

「……すごい」

「……ユエちゃん?」

「香織、すごい……それに付き合う双葉は、頭おかしい?」

「よし、ぶん殴らせろ、ユエさん?」

「……ひっ、御免なさい!」

 

 弄ろうとしたら二秒で反射的に謝ってしまう。それほどの迫力が双葉にはあったとのちにユエは語った。

 そして、色々とハジメの話を聞いていたユエが泣き出したのである。目尻からはハラハラと涙をこぼしていたのだ。

 流石にギョッとして、ハジメは思わず手を伸ばし、流れ落ちるユエの涙を拭きながら尋ねた。

 

「いきなりどうした?」

「……ぐす……ハジメ……つらい……私もつらい……」

 

 どうやら、ハジメのために泣いているらしい。ハジメは少し驚くと、表情を苦笑いに変えてユエの頭を撫でる。

 

「気にするなよ。裏切られたことに関しては、そんな些事にこだわっても仕方無いしな。ここから出て復讐しに行って、それでどうすんだって話だよ。そんなことより、生き残る術を磨くこと、故郷に帰る方法を探すこと、それに全力を注がねぇとな」

 

 スンスンと鼻を鳴らしながら、撫でられるのが気持ちいいのか猫のように目を細めていたユエが、故郷に帰るというハジメの言葉にピクリと反応する。

 

「……帰るの?」

「うん? 元の世界にか? そりゃあ帰るさ。帰りたいよ。……色々変わっちまったけど……故郷に……家に帰りたい……二人もそうだろ?」

「そりゃぁね? 隻腕になって帰ったら母さんにしばかれそうだけどな!」

「もちろん、帰りたいよね。やっぱ、地元で式を上げたいし」

 

 双葉は遠い目をしつつ、やはり香織はマイペースだった。

 

「……そう」

 

 ユエは沈んだ表情で顔を俯かせる。そして、ポツリと呟いた。

 

「……私にはもう、帰る場所……ない……」

「「「……」」」

 

 そんなユエの様子に彼女の頭を撫でていた手を引っ込めると、ハジメは、カリカリと自分の頭を掻いた。

 

 別に、ハジメは鈍感というわけではない。なので、ユエが自分に新たな居場所を見ているということも薄々察していた。新しい名前を求めたのもそういうことだろう。だからこそ、ハジメが元の世界に戻るということは、再び居場所を失うということだとユエは悲しんでいるのだろう。

 

 ハジメはある決心をしつつ再度、ユエの頭を撫でようとする前に、無言で香織がユエを抱きしめた

 

「ユエちゃん、私たちと一緒に行こうよ!」

「え?」

「くっくく……あっははは! まぁ、そうだな。香織ならそう言うと思ってたよ!」

「香織らしいと言えば、そうだね」

「……え?」

 

 大笑いするハジメ、苦笑する双葉。そして、驚愕をあらわにして目を見開くユエも嬉しくて、でも理解できなくてと言わんばかりに。涙で潤んだ紅い瞳をみて、なんとなく落ち着かない気持ちになったハジメは、若干、早口になりながら告げる。

 

「いや、俺の故郷にだよ。まぁ、普通の人間しかいない世界だし、戸籍やらなんやら人外には色々窮屈な世界かもしれないけど……今や俺も似たようなもんだしな。どうとでもなると思うし……あくまでユエが望むなら、だけど?」

「ハジメ、プロポーズまがいの事をしてるのに気がついてるの?」

「……うっせえわ」

 

 双葉がニヤニヤしながら言い、そのまま流し目で香織を見ると、彼女は仕方ないでしょう? と言わんばかりの表情だった。

 しばらく呆然としていたユエだが、理解が追いついたのか、おずおずと「いいの?」と遠慮がちに尋ねる。しかし、その瞳には隠しようもない期待の色が宿っていた。

 

 キラキラと輝くユエの瞳に、苦笑いしながらハジメは頷く。すると、今までの無表情が嘘のように、ユエはふわりと花が咲いたように微笑んだ。思わず、見蕩れてしまうハジメ。呆けた自分に気がついて慌てて首を振った。

 

 なんとなくユエを見ていられなくて、ハジメは作業に没頭することにした。ユエも興味津々で覗き込んでいる。但し、先程より近い距離で、ほとんど密着しながら……と思ったら。香織に引き剥がされるユエ。

 

「ユエちゃん……いえ、ユエ。ハジメの正妻は私で双葉ちゃんが第二夫人だから、流石にそこは譲らないから!」

「……は? 香織さん!? なんかめちゃくちゃなこと口走ってない!? あたしが第二夫人じゃないでしょ!? ユエちゃんが第二夫人でしょ!?」

「……上等。ハジメの奥さんは香織なのは納得。でも、負けない」

「ふふふ、なら、落ち着いた時にハジメに決めてもらいましょう。私とユエのどちらが正妻になるのかを!」

 

 ハジメは気にしてはいけないと自分に言い聞かせ、作業に没頭……できなかった。

 

「現実逃避しないで、収めようとして、旦那様!?」

「うっせえよ、双葉!? 旦那様だと!?」

「いや、嫁の仲裁するのは旦那様の仕事でしょう!?」

 

 双葉の言葉は正論だった。というより、なぜか重婚前提で話が進んでいる気がしてそこを止めなくては、と思った時に。ふと、双葉の目を見る。

 明らかに動揺しており、まるで、期待と葛藤の狭間で心が揺れている様な……

 

「……」

「な、なに?」

「なぁ、双葉。ひょっとしてなんだけどさ……俺のこと……好きだったりする?」

「はぁ!? なんで!? いや、まぁ、えっと、たしかに好きだけど!!」

「落ち着け。支離滅れ──おう!?」

 

 もう、墓穴掘ってる双葉の想いがバレバレだった。その言葉を聞き逃す香織ではなく、今は心の奥底に押し込めておこうと。そして、ここで切るべきではないと。得た切り札を心の内底に忍ばせるのであった。

 

 ──

 

 to be continued



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

龍種の魔力に御用心

 □noside

 

「よし、あとは組み立てだな」

「この弾丸と薬莢形状から省みて、口径は半インチ(五十口径)弾だね?」

「流石に双葉にゃわかるか?」

「……これ、なに?」

 

 ハジメの錬成により少しずつ出来上がっていく何かのパーツ。興味津々のユエはそれらをみてキラキラと目を輝かせる。

 一メートルを軽く超える長さを持った筒状の棒や十二センチ(縦の長さ)はある赤い弾丸、その他細かな部品が散らばっている。それは、現状火器の威力不足を補うために開発した新たな切り札となる兵器だ。

 

「これはな……対物ライフルを元に作ってる大型レールガンだ。要するに、俺の銃、ドンナーとシュラークは見せたろ? そして、試作型の大型レールガン内臓のガングニール。あれのもっと強力なやつだ。弾丸も特製だぜ?」

「ハジメがすっごい悪い顔してるよ?」

「まぁまぁ、香織。男の子ってこういうの大好きだから」

 

 ひそひそと話す香織と双葉に目も暮れず。どこか危険な笑みを浮かべて、ハジメの言うように。それらのパーツを組み合わせると全長一・五メートル程のライフル銃になる。銃の威力を上げるにはどうしたらいいかを考えたハジメは、炸薬量や電磁加速は限界値にあるドンナーでは、これ以上の大幅な威力上昇は望めないと結論し、新たな銃を作ることにしたのだ。

 

 当然、威力を上げるには口径を大きくし、加速領域を長くしてやる必要がある。

 そこで、考えたのが対物ライフルだ。装弾数は一発と少なく、持ち運びが大変だが、理屈上の威力は絶大だ。何せ、ドンナーで、最大出力なら通常の対物ライフルの十倍近い破壊力を持っているのだ。普通の人間なら撃った瞬間、撃ち手の方が半身を粉砕されるだろう反動を持つ化け物銃なのである。

 

 この新たな対物ライフル──シュラーゲンは、理屈上、最大威力でドンナーの更に十倍の威力が出る……はずである。素材はなんとサソリモドキだ。ハジメがあの硬さの秘密を探ろうとサソリモドキの外殻を調べてみたところ、〝鉱物系鑑定〟が出来たのである。

 

 ──────

 

 シュタル鉱石

 魔力との親和性が高く、魔力を込めた分だけ硬度を増す特殊な鉱石

 

 ──────

 

 どうやら、サソリモドキのあの硬さはシュタル鉱石の特性だったらしい。おそらく、サソリモドキ自身の膨大な魔力を込めに込めたのだろう。

 ハジメが、「鉱石なら加工できるのでは?」と試しに錬成をしてみたところ、あっさり出来てしまった。これなら錬成で簡単に外殻を突破できたと、あの苦労を思い返し思わず双葉と共に崩れ落ちたのは悲しい思い出だ。

 

 いい素材が手に入って、新たな力に目醒めたので。結果オーライと割り切ったハジメと双葉は、より頑丈な銃身を作れると考え、シュラーゲンの開発に着手した。ドンナー等を作成した時から相当腕が上がっているので、それなりにスムーズに作業は進んだ。

 ちなみに今回も双葉が発展型の‘魔導回路’を作成している。纏雷の力を最大限に発揮させ、なおかつ増幅する術式を組み込んだ物である。

 

 弾丸にもこだわった。タウル鉱石の弾丸をシュタル鉱石でコーティングする。いわゆる、フルメタルジャケット……モドキというやつだ。燃焼粉も最適な割合で圧縮して薬莢に詰める。一発できれば、錬成技能[+複製錬成]により、材料が揃っている限り同じものを作るのは容易なのでサクサクと弾丸を量産した。

 

 そんなことをツラツラとユエに語りつつ、ハジメは遂にシュラーゲンを完成させた。

 

「‘バレット:M82’っぽいね……お、片手でも構えやすい」

「両手利きにも対応させといたぜ。持つのは俺だけど、双葉も銃の扱いが巧そうだからな」

「どんな武器でも扱える様に仕込まれてからねぇ」

「やっぱ戦闘民族だね、ヴァルキリーって」

 

 双葉が構えているものは中々に凶悪なフォルムで迫力がある。ハジメは自己満足に浸りながら作業を終えた。一段落したハジメは腹が減ってきたので、サイクロプスや残りのサソリモドキの肉を焼き、食事をすることにした。

 

「ユエ、メシだぞ……って、ユエが食うのはマズイよな? あんな痛み味わせる訳にはいかんし……いや、吸血鬼なら大丈夫なのか?」

「流石に食べれないんじゃないかな……?」

 

 魔物の肉を食うのが日常になっていたので、ハジメは軽くユエを食事に誘ったのだが、果たして喰わせて大丈夫なのかと香織に尋ね、ユエに視線を送る。

 なお、流石に香織もわからないという顔をしている。ユエは、ハジメの発明品をイジっていた手を止めて向き直ると「食事はいらない」と首を振った。

 

「まぁ、三百年も封印されて生きてるんだから食わなくても大丈夫だろうが……飢餓感とか感じたりしないのか?」

「感じる。……でも、もう大丈夫」

「大丈夫なの? ……何か食べてた様には見えなかったけど」

 

 腹は空くがもう満たされているというユエに怪訝そうな眼差しを向ける二人。ユエは双葉を指差し、指をさされた双葉はチョットだけ眉をひそめた。

 

「指をさすな指を」

「双葉の血」

「ああ、双葉の血か。ってことは、吸血鬼は血が飲めれば特に食事は不要ってことか?」

「……食事でも栄養はとれる。……でも血の方が効率的」

 

 吸血鬼は血さえあれば平気らしい。ついさっき、双葉から吸血したので、今は満たされているようだ。なるほど、と納得しているハジメと香織を見つめながら、何故かユエがペロリと舌舐りした。

 

「……なんで舌舐りしてんだよ」

「……ハジメと双葉……美味……」

「び、美味ってお前な、俺の体なんて魔物の血肉を取り込みすぎて不味そうな印象だが……」

「あたしの血を飲んで下手打ってたら、死にかけた人が言うセリフじゃないよ?」

「……熟成の味……そして、神の酒……」

「「……」」

 

 ユエ曰く、ハジメの血は何種類もの野菜や肉をじっくりコトコト煮込んだスープのような濃厚で深い味わいらしい。対して双葉は何度とも飲んだことがない、神の酒が如く。例えるのも烏滸がましいほどに完成された味だと言う。

 そういえば、最初に吸血されたとき、ユエが恍惚としていたようだったのを思い出すハジメ。それは気のせいではなかったようで、飢餓感に苦しんでいる時に極上の料理を食べたようなものなのだろうから無理もない。

 ただ、舌舐りしながら妖艶な空気を醸し出すのはやめて欲しいと思うと内心で呻くハジメ。こういう時、ユエが年上であることを実感してしまうのだが、現在の容姿と相まって、凄まじい破壊力なのだ。

 

「……美味」

「「……勘弁してくれ(ください)」」

「……ただ、香織のも気になる」

「えっ!? 私に振るの!?」

「……だめ?」

 

 ‘言うが易し’と言う言葉がある。しかし、香織の元に這い寄ったユエの姿勢は下から覗き上げるように。上目遣いと、潤い揺蕩う真紅の瞳。その破壊力に屈した香織は……「ちょっとだけよ?」と首元の衣類をズラす──チョロい。

 ユエは香織にカプッ、チュー……幸せそうに頬を綻ばせると、さらに食いつき。香織を押し倒して吸い尽くしにかかる。

 

「ワッツ!? ヘルプミー!? ア────ッ!?」

 

 ユエが「ご馳走さま」と口を離した頃には。香織はピクピクしながらそのまま気を失う。そして、次の獲物……を見定める。

 

「……なんであたしを見るの!?」

「香織……まるでケーキ。ワクワクが詰まってて、甘ったるさも忘れていない……デザートにもってこい」

「そ、そう? まるでユエはグルメリポーターね?」

「……デザートの後は……お酒が欲しい」

「……あー、ちょっと歩いてくるね?」

「──逃がさない」

「あっちょっやめ、ア────ッ!?」

 

 反動が未だ後を引いていた双葉もろくな抵抗もできず犠牲となり、ハジメは自分にその被害が来なかったことに胸を撫で下ろした。

 満腹となったユエはその場で眠りだしてしまい。香織と双葉もそっと眠らせておき、次の階層への準備をハジメは黙々と行うのであった。

 

 ■双葉side

 

「だぁー、ちくしょぉおおー!」

「……ハジメ、ファイト……」

「お前は気楽だな!」

「口動かしてないで、足を動かす!」

「二人ともがんばって! がんばれがんばれハジメ! ふれーふれー双葉!」

 

 体調が戻ったあたしは現状、神器(セイクリッド・ギア)の使用が不可能だったので。キャンプ道具やらの大きな荷物とユエを背負うハジメに、シュタル鉱石の塊と香織を背負うあたしが追従して走っていた……なんで病み上がりであたしはハードな運動してるんだろうか? 

 

 そして、迷宮内を猛然と草むらの中を逃走中……周りは百六十センチメートル以上ある雑草が生い茂りハジメの肩付近まで隠してしまっていて、あたしも顔を出せるギリギリの高さなのだ。なので、香織とユエに目になってもらっているわけなんだが……

 そんな生い茂る雑草を払い除けながら、あたしたちが逃走している理由は──

 

「ほんっとに多すぎんだよなぁぁぁ!!」

「しつこい……」

「嘆く暇はないぞー!! ハジメくん!!」

「弾薬の消費は確かにするよりしないほうがいいみたいだよねー!」

「「「「「「「「「「「「シャァアア!!」」」」」」」」」」」」

 

 百体近い魔物に追われているからである……なんでこうなったんだよクソが。

 

 十数日程前。あたしの傷を、後遺症をほぼ完治させてから準備を終えて迷宮攻略に動き出したあと、十階層ほどは順調に降りることが出来た。ハジメ達の技術や装備の扱いが熟練してきたからというのもある。あと、ステータスの恩恵かな? 

 

「‘緋槍’……」

「ついでに最大火炎系呪文(メラゾーマ)!! 燃え尽きろぉ!」

 

 飛びかかってきた魔物を蹴散らす火炎の槍と火炎の塊。貫かれ焼き焦がされた魔物の骸がバタバタと積み重なるが、それに目もくれず、やっぱり追いかけてくる魔物の群れ。

 とまぁ、今みたいにユエの魔法が凄まじい活躍を見せてくれているワケダ。全属性の魔法をなんでもござれとノータイムで使用し的確に援護する。ぶっちゃけ、めちゃくちゃ助かるし楽である。

 

 ただ、ユエは回復系や結界系の魔法はあまり得意ではないらしい。自動再生があるからか無意識に不要と判断しているのかもしれない。もっとも最悪の場合は神水があるし、香織が居てくれているからそこはなんの問題もないぜ! 

 

 バランスの取れたパーティーだなぁとしみじみ思ってしまうワケダが、今はそんな現実逃避をしている場合でもないか。

 

 そして、数日前にあたし達が降り立ったのが現在の階層。まず、あたり一面が樹海。十メートルを超える木々が鬱蒼うっそうと茂っており、空気はどこか湿っぽい。しかし、以前通った熱帯林の階層と違ってそれほど暑くはないのがせめてもの救いかな? 

 

 ことの発端はと言うと。あたし達が次の階層への階段を探して探索していると、突然、ズズンッという地響きが響き渡った。何事かと身構えるたあたし達の前に現れたのは、巨大な爬虫類を思わせる魔物で見た目は完全にティラノサウルス、または‘T-REX’である。

 

「うおっ!? 密林といえば恐竜かよ!?」

「ベッタベタな階層だねぇ……ん? なにあれ」

「……頭に何か、生えてる」

「……生えてるね。花が」

 

 ──ティラノサウルスモドキの魔物は、なぜか頭に一輪の可憐な花を生やしていた。

 

 鋭い牙と迸ほとばしる殺気が議論の余地なくこの魔物の強力さを示していたが、ついっと視線を上に向けると向日葵に似た花がふりふりと動く。かつてないシュールさだった。

 ティラノサウルスが咆哮を上げて、こっちに向かって突進してくる。あたしは慌てずガングニールを構えて迎撃を……それを制するように前に出たユエがスッと手を掲げた。

 

「‘緋槍’」

 

 ユエの手元に現れた炎は渦を巻いて円錐状の槍の形をとり、一直線にティラノの口内目掛けて飛翔し、あっさり突き刺さって、そのまま貫通。周囲の肉を容赦なく溶かして一瞬で絶命させた。地響きを立てながら横倒しになるティラノ。

 

 そして、頭の花がポトリと地面に落ちた。

 

「「「……」」」

「……フッ」

 

 いろんな意味で思わず押し黙らされるあたし達──最近、ユエ無双が激しい。最初はこっちの援護に徹していたはずだが、何故か途中からハジメとあたしに対抗するように先制攻撃を仕掛け魔物を吹っ飛ばす。

 そのせいで、前衛の出番がめっきり減ってしまい、少しショックである。

 

「あ~、ユエ? 張り切るのはいいんだけど……最近、俺、いや俺たち。あまり動いてない気がするんだが……」

 

 ユエは振り返ってハジメを見ると、無表情ながらどこか得意げな顔をする。

 

「……私、役に立つ」

「援護だけだと役に立ててないと思うわけね」

「……(こくり)」

「気にしなくてもいいんだよ、ユエ。ユエは十分役にたってるし、私も暇で仕方ないくらいだよ〜?」

 

 治癒師が暇なのは平和な証拠で、安定しているとも言える。香織が魔力を温存できる現状はいざという時に立て直しが容易になるので悪くないとも言えるだろう。

 だけども……少し前の階層でユエが、魔力枯渇するまで魔法を使い戦闘中にブッ倒れてちょっとした窮地に陥ってしまい、何とかフォローしあって危機を脱したことがあったのである。

 その事をひどく気にする……思いのほか深く心に迷惑をかけてしまった、と残ったようである。だからこそ、後衛として役立つところを見せたいのだろう……うーん、健気。

 

「いや、もう十分に役立ってるって。ユエは魔法が強力な分、接近戦は苦手なんだから後衛を頼むよ。前衛は俺と双葉の役目だ」

「そうそう。せめてあたし達にも仕事を回してくれてもバチは当たんないよ、ユエちゃん」

「うん、ハジメ達に任せておいても問題はないよ……ずっと暇すると、勘が鈍っちゃうし」

「……ハジメ……双葉、香織……わかった」

 

 あたしは苦笑いしながら、諭すように話しかけてあげて、彼女の柔らかな髪を撫でる。それだけで、ユエはほっこりした表情になって機嫌が戻ってしまうのだから。

 なんとも言い難い。何か、ユエを妹のように感じる自分がいるんだよなぁ……はるかに年上のはずなんだけどさ。

 依存して欲しいわけではないので、もうちょっと引き締めるべきで、注意が必要だろう……と思いつつ、つい甘やかしてしまう。

 そこんところはあたしもハジメも、自分に一番呆れているような気がする。

 

 そんなあたしの‘気配感知’に続々と魔物が集まってくる気配が捉えらえた。十体ほどの魔物が取り囲むようにこちらの方へ向かってくる。統率の取れた動きに、二尾狼のような群れの魔物かな? 

 

 円状に包囲しようとする魔物に対し、ハジメは、その内の一体目掛けて自ら突進していった。あたしも少し距離を置いて並走。そうして、生い茂った木の枝を払い除け飛び出した先には、体長二メートル強の爬虫類、例えるならラプトル系の奴がいた。

 

 まあ──頭からチューリップのような花をひらひらと咲かせてるんだよね? 

 

「「……かわいい」」

「……流行りなのか?」

「んなまさか」

 

 ユエと香織が思わずほっこりしながら呟けば、あたしとハジメはシリアスブレイカーな魔物にジト目を向け、有り得ない推測を呟く。

 ラプトルは、ティラノと同じく、「花なんて知らんわ!」というかのように殺気を撒き散らしながら低く唸っている。臨戦態勢だ。花はゆらゆら、ふりふりしているが……

 

「シャァァアア!!」

 

 ラプトルが吼える。そして、今にも飛びかかってきそうな魔物の頭にある花をあたしは一閃。ガングニールで切り裂いてみた。

 

 チューリップの花が切り裂かれバラバラに飛び散る。すると……ラプトルは一瞬ビクンと痙攣けいれんしたかと思うと、着地を失敗してもんどり打ちながら地面を転がり、樹にぶつかって動きを止めた。シーンと静寂が辺りを包む。あたし達はラプトルと四散して地面に散らばる花びらを交互に見つめる。

 

「……死んだ?」

「いや、生きてるな」

「あ、動き出すよ」

 

 ハジメの見立て通り、ピクピクと痙攣した後、ラプトルはムクッと起き上がり辺りを見渡し始めた。そして、地面に落ちているチューリップを見つけるとノッシノッシと歩み寄り親の敵と言わんばかりに踏みつけ始めた。

 興味深い行動にあたし達は観察に徹して無言になる。そして、ラプトルは一通り踏みつけて満足したのか、如何にも「ふぅ~、いい仕事したぜ!」と言わんばかりに天を仰ぎ「キュルルル~!」と鳴き声を上げた。そして、ふと気がついたようにこっちへ顔を向け

 

「「「「……」」」」

 

 ラプトルは無数の目にびくっとなり放心したのか、暫く硬直していたけども。直ぐに姿勢を低くし牙をむき出しにして唸り一気に飛びかかってきた。

 

「今気がついたのかよ。どんだけ夢中だったんだよ」

「……親の仇なの?」

 

 ハジメがツッコミ、ユエが同情したような眼差しでラプトルを見る。

 

「まぁ、牙を剥くなら容赦はしないから……‘擬・螺旋丸’」

「ショッギョムジョ、サヨナラ‼︎」

 

 とりあえず、魔力を手に収束させて……手の中で発生させた真空刃を圧縮。それを球体に形取らせてとあるニンジャ漫画の忍術をなんとなく再現して投げる。

 すると、ラプトルの頭部を一瞬でズタズタに、跳躍の勢いそのままにズザーと滑っていく絶命したラプトル。あたし達はラプトルの死体を見やった。なんともいえねー

 

「ホント、一体なんなんだ?」

「……哀れ」

「いや、敵だししゃーないわ」

「それはそうと、わかる?」

「ああ、包囲網が狭まってるな……移動するか」

 

 包囲網がかなり狭まってきていたのであたし達は急いで移動しつつ、有利な場所を探っていく。

 そして、直径五メートルはありそうな太い樹が無数に伸びている場所に出ると、隣り合う樹の太い枝同士が絡み合っており、まるで空中回廊のようだ。

 

 あたし達は‘空力’で、ユエは風系統の魔法で頭上の太い枝に飛び移る。樹上から魔物を襲って殲滅する腹づもり……これはみんなで相談して決めたからね。

 五分もかからず眼下に次々とラプトルが現れ始めた。焼夷手榴弾でも投げ落としてやろうと思っていたのか。しかし、彼は硬直する。隣では魔法を放つため手を突き出した状態でユエも固まっていた。

 状況をみてあたしは首を捻る。だが、すぐにその理由がわかった。なぜなら……

 

「なんでどいつもこいつも花つけてんだよ!」

「……ん、お花畑」

「……明らかにおかしいね?」

「……これ、寄生されてんじゃね?」

 

 あたし達の印象通り、現れた十体以上のラプトルは全て頭に花をつけていた。それも色とりどりの花を。

 

 思わずツッコミを入れてしまったハジメの声に反応して、ラプトル達が一斉にハジメ達の方を見た。そして、襲いかかろうと跳躍の姿勢を見せる。

 

 ハジメが焼夷手榴弾を投げ落とすと同時に、その効果範囲外にいるものから優先してドンナーとシュラークで狙い撃ちに。香織もそれに倣い、デュランダルを発砲する。連続して銃声が轟き、その度に紅い閃光がラプトルの頭部を一発の狂いもなく吹き飛ばしていく。ユエとあたしも同じく周囲の個体を魔法を使って仕留めていく。

 

 きっかり三秒後、群れの中央で焼夷手榴弾が爆発し、摂氏三千度の燃え盛るタールが飛び散り周囲のラプトルを焼き尽くしていった。この階層の魔物にも十分に効いているようだとハジメは胸を撫で下ろす。

 結局十秒もかからず殲滅に成功した。しかし、やっぱ引っかかるのか、ハジメの表情は冴えない。ユエがそれに気がつき首を傾げながら尋ねた。

 

「……ハジメ?」

「……双葉、やっぱ、弱いな。こいつら」

「うーん、そうだね。はっきり言って、前の階層の魔物の方が手強い印象だね」

「……弱い?」

「うん、それは私も同感。簡単に殲滅出来すぎって、ユエは思わない?」

 

 香織の言葉にハッとなるユエ。

 

「おそらく、仮説だけど。あの花は子機で、遠隔操作を受けている。つまり、操ってる奴が寄生させた花なのかもしれない」

「つまり、コイツらの花はアンテナの受信機ってところか?」

「大本叩かないとあたし達はこの階層の魔物を全滅させるまで戦う必要が出ると思うけど、リソース的に無理があるでしょ」

「弾だって無限じゃないからな……心当たりは?」

「ちょい待ってね」

 

 あたしは魔力を高めて……希薄なものをイメージ。例えば、モヤのように捉えようのないものを……そしてそれを広範囲に放出する。

 すると、あたしの魔力がこの階層を満たすように充満する。そして、魔力の痕跡を魔力感知で追いかけて擬似的なソナーに……見つけた。

 

「ここから北に1キロくらい進むと平間みたいなところがあって、そこに得体の知れない反応があったわ」

「ビンゴ。ならそこに……」

 

 ハジメがそこに向かおうと言いかけて口をつむぐ。そして、あたしの気配感知にもその反応が記される。

 

「……あんなろ、百体用意したってことか」

「「百!?」」

「……逃げる?」

「そうだな……まともに相手できるかぁ!?」

 

 そうしてあたしの冒頭に至る、というわけだ。

 とりあえず、魔物の群れは未だに増えて二百になってる。しかし、これは逆説的にいえば、「魔物が近づいている」。

 

「あの小穴から入れるよ」

「よっしゃ! 先に入れ!」

 

 あたし、香織が先に入り通り抜ける。ハジメがそれに追いつき、あたしは穴の手前に手をついた。ハジメも同じ考えのようで。

 穴の向こうでは多くの魔物が壁に激突して道が埋まっていくのが見える。そして、あたし達はありったけの魔力で……! 

 

「うぉらぁぁぁぁ!!」

「錬成ぇぇぇっ!!」

 

 通路をめちゃくちゃに錬成、その穴を通れなくして塞いでしまえばいい。

 そこはだだっ広い広間。なんか……いっぱい胞子が飛んでるなぁ……ハジメは背負っていた荷物を下ろし、あたしも鉱石の塊を下ろす。

 最大限に警戒しつつ、あたりを見回すが……気配感知には、なにも反応がない。

 

「これならある程度は保つだろうよ、さて。ここがビンゴなんだろうな」

「気をつけてね、ユエ……私やハジメは耐性があるから……っ」

「……ユエちゃん……?」

 

 ユエが珍妙な顔をしている……いや、これは……! 

 

「避けて……双葉!」

「ちっ、二人とも、散開! ──ぁぐっっ!?」

「「双葉!?」」

 

 あたしの鋭い声にハジメと香織は即座に離れる。が、あたしはユエの魔法を喰らって吹っ飛ばされた──振りをしながら、派手に壁に叩きつけられる様を見せると……ひたひたと何者かが現れ、自慢げに、ユエの腰あたりに手を回す。

 

 それはそれはクッソ不細工なエセアルラウネが現れたのである。そしてユエの頭には燻っている花(・・・・・・)

 

「ヘーキよ。ユエもなかなか演技が上手いわね」

「……それほどでもない……お前は許さない……!」

 

 ユエの頭の上で燻っていた花は、ぼっ、と燃え尽きて消滅した。エセアルラウネは仰天した素振りでユエから距離を取ろうとするが……彼女は手を突き出して。

 

「‘蒼天’……!」

 

 あの青白い火球を生み出した。その規模はとても小さいが、その熱量は半端ではない……そして、エセアルラウネは木の魔物。要するに、至近であんなものを突きつけられれば……

 

「ヒギヤァァァァァァ!?」

「悔いて、燃え尽きるがいい……」

 

 簡単に燃え尽きてしまう、というわけである。

 

「ユエ、大丈夫……?」

「双葉は……やっぱ無傷だったか」

「あたしの魔耐はアホみたいな数値だし、魔力耐性もあるから半端な魔法は豆鉄砲よ……ユエもよくレジストできたわね」

「……ん、龍の魔力。すごい」

「まぁ、気に食わない侵食とかは一切受け付けないからね」

 

 ユエはあたしの血を吸いすぎた結果、龍種の魔力を完全にものにしてしまった。適正率が高いのでハマったという訳である。

 ちなみに龍種の魔力をもつと、こういう手合いの寄生とかは受け付けなくなるのだ。

 ユエはあたしの加護を受けてるような状態なんだけどね。

 

「さて、ちょっと休憩したら進みましょうか」

 

 あたしはとりあえずクタクタだったので、もうとっとと休ませてもらうことにした。

 そして、また少し時は加速するが……あたし達はついに100層に到達したのだった。

 

 

 ──

 

 to be continued .



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

最奥の守護する者と聖母の微笑み

 ■双葉side

 

 エセアルラウネの階層から進み、奈落の底から数えて九十九層目。あたし達は次の階層である、百層目に挑む前に。念入りな準備を行うべく、三日をかけていた。

 

 ハジメのドンナー、シュラーク。香織のデュランダル、あたしのガングニールの整備点検はもちろん、強化のために内部パーツのアップデートと改良を施したり。

 シュラーゲンは未だ使ってない状況だった……いや、必要ない状態と言うべきだろうか──まぁ、あのサソリモドキ並みの激闘ってのがあまりなかったから、仕方ないことなのだろうけども! 

 

 そして、しみじみとあたしはステータスプレートを眺める。

 

 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

 

 天龍双葉 17歳 女 レベル:70

 天職:二天龍姫(アーク・カイザー)

 筋力:6100

 体力:4400

 耐性:3500

 敏捷:3600

 魔力:6400

 魔耐:6000

 技能:全属性適性・全属性耐性・全魔法適性・魔力操作[+魔力放射][+魔力圧縮][+遠隔操作][+効率上昇][+身体強化] ・想像構成[+イメージ補強力上昇]・物理耐性[+金剛]・魔力耐性・複合魔法・槍術[+刺突速度上昇][+ダメージ効率上昇][+無拍子]・神速・擬/赤龍帝の籠手×擬/白龍皇の光翼[+二天統一の龍帝皇(Dual xceed Drive)]・高速魔力回復・気配感知[+特定感知]・魔力感知[+特定感知]・熱源感知・気配遮断・ノルンの瞳[+並行世界観測適性]・限界突破・胃酸強化・纏雷・天歩[+空力][+爆縮地]・風爪・夜目・遠見・毒耐性・麻痺耐性・石化耐性・威圧・念話・言語理解

 

 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

 

 ずいぶんとデタラメな数値になったものである。そして、最近魔法を多用していたら、なんと‘想像構成’なる技能を得た。これは、あたしのイメージ力依存になるが、より強固な魔法の構築が可能になる技能のようだ。

 そして、神器(セイクリッド・ギア)が進化した。なんか、擬/赤龍帝の籠手(シャドウ・ブーステッド・ギア)擬/白龍皇の光翼(シャドウ・ディバイン・ディバイディング)を同時展開できるようになってるんだよね。

 それぞれ独立して動くから、それはそれは便利になった。

 その分、反動が二倍になったけど、今のステータスなら……一時間は戦える。

 

「やっぱり双葉のステータスは飛び抜けてるな……次がボスだと思うが」

「ええ、そうね……とはいえ、ステータスに対してハジメの出す実ダメージ効率はそっちの方が上なんだよね。ドンナーとシュラークの火力的に筋力ステータス詐欺のダメージだろうし」

 

 単純に「物理で殴る」銃火器の実ダメージはほぼ即死級。つまりは一撃必殺とも言えるそんなのがハジメと香織が雨霰と言わんばかりにぶっ放してくるのだ。

 あたしだって逃げ出すし、何度も何度も、心の奥底では魔物に同情した。

 

「お前のガングニールも大概な火力なんだが」

「「突いて、薙ぎ払って、蹂躙!」のオンパレードだもんね」

「……まるでテンペスト。……死の嵐」

「散々な言われようね……まぁ、事実だし素直に受け止めるけどさ」

 

 だってあたしは隻腕だぞ? むしろ頑張ってると褒めて欲しいわ! なんて言うつもりもなく。いつもより弾丸とかを多めに作成、百層に挑む準備を終える。

 

 香織がいるからなんとかなっているが、今でこそ神水のストックは試験管60本分くらい。そろそろ無駄遣いはできないと思うので、温存傾向だ。──リアルラストエリクサー現象を見ることになるとは。

 

「よっし、準備はこれでいいだろ。みんな、そろそろ行こうぜ」

「おうとも。未知の階層へ、いざ!」

「鎌倉!」

「……鎌倉……どこ?」

 

 そして、あたし達は最後の休憩を終えて。次の階層へと向かった。

 

 □noside

 

 長い螺旋階段を下り、一行が最下層たる百層目に到着すると。その層は高さにして三十メートル、奥行きは果てしない。直径五メートルはあろうかと言う大きな柱が規則正しい感覚で支える荘厳な空間だった。

 柱には蔦が絡まるような彫刻も彫られてあり、その美しさに双葉達は思わず見惚れる。

 

 そして、気を取り直し。警戒しながらしばらく進み、行き止まりを見つけた。いや、行き止まりではなく、それは巨大な扉だ。そして、そこに向かうが特に何事も起こらず……扉の前にまで来れた。全長十メートルはある巨大な両開きの扉が有り、これまた美しい彫刻が彫られている。特に、七角形の頂点に描かれた何らかの文様が印象的だ。

 

「はえー……すごく、おっきい」

「綺麗な紋様。まさに、最終ステージに相応しい雰囲気かな?」

「……これはまた凄いな。もしかして……」

「……反逆者の住処?」

 

 いかにもラスボスの部屋といった感じだ。実際、感知系技能には反応がなくともハジメの本能が警鐘を鳴らしていた。この先はマズイと。それは、ユエも感じているのか、うっすらと額に汗をかいている。

 双葉は飄々と構えており香織はマイペースを崩さない。しかし、彼女は双葉の左腕に組み付き、少しだけ震えていた。

 

「ハッ、だったら最高じゃねぇか。ようやくゴールにたどり着いたってことだろ?」

「あたし達の強さなら問題ないさ。どんな困難も捻じ伏せてやるから……安心して、香織」

「双葉ちゃん……うん、やろう……ここがゴールなら頑張らないとね、ユエもお願い!」

「……んっ!」

 

 ハジメは本能を無視して不敵な笑みを浮かべる。たとえ何が待ち受けていようとやるしかないのだ。荷物を下ろし、ハジメたちは歩みを進める。

 香織もユエ、双葉が覚悟を決めた表情で扉を睨みつける。そして、四人揃って扉の前に行こうと最後の柱の間を越えた。

 その瞬間、扉と彼らの間三十メートル程の空間に巨大な魔法陣が現れた。赤黒い光を放ち、脈打つようにドクンドクンと音を響かせる。

 

「さーて、もう引き返せないぞ。お出ましだ……!」

「今更すぎるよ、ハジメ……ってこの魔法陣は……ベヒモスの三倍はあるんじゃない?」

 

 ユエを除く三人は、その魔法陣に見覚えがあった。忘れようもない、あの日、ハジメが奈落へと落ちた日に見た自分達を窮地に追い込んだトラップと同じものだが、ベヒモスの魔法陣が直径十メートル位だったのに対して、眼前の魔法陣は三倍の大きさがある上に構築された式もより複雑で精密なものとなっている。

 

「おいおい、なんだこの大きさは? マジでラスボスかよ」

「……大丈夫……私達、負けない……」

「この程度でビビってたら二天龍の名がなくわね」

『おうとも。真なる龍種になりつつあるフタバの言葉は重みがちげぇな』

『しかし、この魔力。ヒュドラか?』

 

 ハジメが流石に引きつった笑みを浮かべるが、ユエは決然とした表情を崩さずハジメの腕をギュッと掴んだ。そして、双葉から聞こえて来るドライグとアルビオンの声も、ハジメたちが‘念話’を得てからは聞こえるようになっていた。

 

 魔法陣はより一層輝くと遂に弾けるように光を放った。光が収まった時、そこに現れたのは……

 体長三十メートル、六つの頭と長い首、鋭い牙と赤黒い眼の化け物。例えるなら、神話の怪物ヒュドラだった。

 

「「「「「「クルゥァァアアン!!」」」」」」

 

 不思議な音色の絶叫をあげながら六対の眼光が闖入者達を射貫く。身の程知らずな侵入者に裁きを与えようというのか、常人ならそれだけで心臓を止めてしまうかもしれない壮絶な殺気がハジメ達に叩きつけられた。

 しかし、それに対して。ハジメは不敵な笑みを。ユエは涼しい顔で。香織は気合いに満ちた表情で。そして、双葉は……にぃ、と口元を歪ませた。

 

「……本気でやらないとダメな相手って言うのはやっぱ欲しいよね」

「あんましやり過ぎんなよ、双葉。俺たちも巻き添えはごめんだからな?」

「‘DxD’は……だめ。……どうするの?」

「簡単だよ、ユエ。ゴリ押すまで!」

 

 その回答にジト目の呆れ眼で応えるユエに香織とハジメは吹き出した。

 

「……双葉らしい」

「うっせえわ。んじゃ……やるよ、ドライグ、アルビオン!」

『おう、派手にやれ。フタバ!』

『合わせろよ、赤いの!』

 

 赤龍帝の籠手(ブーステッド・ギア)白龍皇の光翼(ディバイン・ディバイディング)を同時展開して飛翔した。

 同時に赤い頭がガパッと口を開き、飛び上がる双葉目掛けて火炎放射を放った。それはもう炎の壁というべき規模だ。

 しかし、双葉はそんな壁などと言わんばかりに。ガングニールを構え、投擲する。槍は壁を両断するように突き進むと、赤い頭のを串刺しに絶命させる。

 

「さて、触れたわね? アルビオン!」

『さぁ、貴様の力をフタバによこせ!』

[半減(Divide)ッ‼︎]

 

 ガングニールから繋いだ経路(パス)を通じて白龍皇の光翼が力を発揮すると、双葉に言い知れぬ力の塊が入り込む。そして……

 

「っ!? ──こりゃ、大物だわ」

『白いの、こりゃ‘三分のニ’は放出しねえとダメだな』

『フタバよりも力が強いのか。この駄龍は』

 

 光翼部分から膨大なエネルギーを放出することはなく……

 

「ただで捨てるのはもったいないよね! ドライグ、やるよ!」

『なるほどな。いくぞ、ハジメ、ユエ、香織!』

「隙は作るべきだよなぁ!」

「援護するよ!」

 

 双葉はガングニールを経路に魔力を流し、自動帰還させて回収。そして、ヒュドラに背を向けた。その隙を逃すはずもなく、黒頭が双葉に襲いかかるが……

 それと同時に、ハジメと香織が三つの‘閃光手榴弾’を放り投げ、ヒュドラの全ての頭部は閃光に目を潰される。彼らに背を向けた双葉は赤龍帝の籠手を三人に向けると。

 

赤龍帝の贈り物(ブーステッド・ギア・ギフト)っ!」

[譲渡(Transfer)ッッ‼︎]

 

 余剰エネルギーとして放出されるはずだった力はオーラに変換。それをハジメたちに譲渡する。

 オーラは彼らを強化する不可視の鎧の如く。ハジメ、ユエ、香織は一定時間身体能力の向上と、魔法、もしくは純魔力攻撃に対してのダメージ軽減を得る。

 

 ヒュドラの視界が回復すると、彼らは怒り狂ったように猛然と攻撃を開始、青頭は氷の散弾、緑頭は風刃を撒き散らす。そして、白頭が「クルゥアン!」と叫び、上顎をぶち抜かれていた赤頭を白い光が包み込んだ。すると、まるで逆再生でもしているかのように赤頭が元に戻り、元気に炎弾を吐き出した。

 どうやら、白頭は回復魔法を使えるらしく、それを見たハジメは舌打ちをしつつ‘念話’でに伝える。

 

 “ユエ、香織! あの白頭を狙うぞ! キリがない!”

 “んっ!”

 “りょーかい!”

 “双葉は好きに動いてくれ! 俺たちと歩幅を無理に合わせるより……遊撃の方が効率は良いはずだ!”

 “あいよー! その指示は最適解だよ!”

 

 青頭が口から散弾のように氷の礫を吐き出し、それを回避しながらハジメとユエ、香織が白頭を狙う。

 

 ドンドンッ! とハジメがドンナー、シュラーク。ドパンッ! と香織のデュランダルが幾重もの光条を飛翔させれば。

 

「……‘緋槍’!」

 

 ユエは彼女の代名詞となりだしていた緋槍を放つ。

 燃え盛る槍が、数多の弾丸が白頭に迫る。しかし、直撃かと思われた瞬間、黄頭がサッと射線に入りその頭を一瞬で肥大化させた。そして淡く黄色に輝き、弾丸の群れもユエの緋槍も受け止めてしまった。衝撃と爆炎の後には無傷の……とは言えないが、かすり傷を受けても黄頭が平然とそこにいてハジメ達を睥睨している。

 

「ちっ! 盾役(タンク)かよこいつ。攻撃に盾に回復にと実にバランスのいいことだな!」

「なら、そのバランスをぶち砕くまで!」

 

 黄頭の元に飛来したのは双葉。ガングニールを構え、そのまま突っ込んでいく。

 しかし、他の頭がそれを黙っているわけもなく、集中砲火……をハジメたちが容認するわけもなかった。

 

「双葉、援護するぞ!」

「……‘凍雨’!」

「やらせない! やっちゃえ、双葉!」

 

 他の頭は銃弾に、小さな氷の槍を無数に撃ち出す魔法……凍雨により、負傷、あるいはダメージに怯む頭たち。黄頭は双葉の突撃を受け止める。だが、流石に今度は無傷とはいかなかったのか、ガングニールに貫かれていた。

 

「至近距離で、こいつ食らえばひとたまりも……!?」

「クルゥアン!」

「ちっ、回復させるかよ!」

 

 すかさず白頭が他の頭を回復させる。全くもって優秀な回復役である。

 しかし、黄頭は双葉が咄嗟に結界を張り、回復阻害させているので復帰が難しいようだが。

 今、盾役の黄頭は双葉に封じられて行動不能に陥っている。

 このチャンス逃すか! とハジメが‘念話’で合図をユエと香織に送り、同時攻撃を仕掛けようとする。が、その前に絶叫が響いた。ユエの声で。

 

「いやぁああああ!!!」

「ユエ!?」

「くっ、‘光絶’──ハジメ! ユエのところにいって!」

 

 ハジメは咄嗟にユエに駆け寄ろうとするが、それを邪魔するように赤頭と緑頭が炎弾と風刃を無数に放ってくるが香織の張った光の障壁によってその魔法は阻まれる。

 

「そっちも、少し黙ってろ! ──‘蒼天’!」

 

 双葉はユエに教わった小規模な‘蒼天’を自分にヘイトを向ける青頭に放つ。直撃、そして爆ぜる。黒煙が立ち込めて、晴れると。頭がなくなった青頭の首はズズン、と床に沈む。

 そんな中で、障壁を張り。その内側から赤頭と緑頭をデュランダルで射抜き、リロードした香織は黒頭の目を撃ち抜き、吹き飛ばした隙をついてユエを確保するハジメ。

 

「ハジメ、今だよ!」

「ありがとな、香織! 愛してるぜ! ──ユエ、しっかりしろ。ユエ!」

「いや、行かないで……みんな……わたしを、ひとりにしないで!」 

 

 未だ絶叫を上げるユエに、歯噛みしながら一体何がと考えるハジメ。そして、そういえば黒頭の能力が未だ未知であることを思い出す。

 ハジメの呼びかけにも反応せず、青ざめた表情でガタガタと震えるユエ。黒頭のヤツ一体何しやがった! と悪態を付きながら、ハジメはペシペシとユエの頬を叩く。

 

「精神異常系の魔法かもしれないから、ここは私に任せて!」

「そうだった! 頼むぞ、香織……双葉は?」

「遊撃で引っ掻き回すからユエをお願いって!」

 

 小走りにやってきた香織が指さす方向を見ると。双葉が高速で飛翔しながらヒュドラをボコボコにしているのが見えた。あいつ一人でいいんじゃないか? とは思いたいが、やはり決定打に欠けるのか……倒すたびに復帰する頭に手を焼いていた。

 

「双葉を誤射する心配はないが、今は任せる方がいいな」

「‘万天’!」

 

 香織の‘状態異常’を治癒させる魔法、万天がユエを癒す。すると虚ろだった彼女の瞳に光が宿り始めた。

 

「「ユエ!」」

「……ハジメ。……香織?」

「おう、ハジメさんだ」

「大丈夫? 何をされたかわかる?」

 

 パチパチと瞬きしながらユエは二人の存在を確認するように、その手を伸ばしハジメと香織の顔に触れる。それでようやく彼らがそこにいると実感したのか安堵の吐息を漏らし目の端に涙を溜め始めた。

 そして、その隣で自分を覗き込む香織も居るとホッとする。

 

「……よかった……見捨てられたと……また暗闇に一人で……」

「ああ? そりゃ一体何の話だ?」

「……なるほど、なるほど」

「「……!? ……香織……さん?」」

 

 香織は憤怒の雰囲気でニコニコしながら。その背には般若がいるように見えるハジメとユエは押し黙る。

 

「……ふふふ、流石に、これは……許せない」

 

 ゆらり。と立ち上がる香織は双葉に念話で退避を促すと、長い詠唱を行う。

 

「──‘縛煌鎖’」

「うわぁ!? 香織!? なんかあったの!?」

 

 途端に、光の鎖がいくつも出現すると。ヒュドラを完全に拘束する。双葉は遊撃を停止して香織の元へとやって来る。

 香織の魔力は双葉の6400を超えて8000をも超えている。そのため、抵抗は無意味で……

 

「「「「「「クルゥルルル!?」」」」」」

 

 ぎちり、と締め上げられるヒュドラの頭。彼らはひとまとめにされ、身動きひとつと。取れる状態ではなかった。

 

「ハジメ、双葉……やれ」

「「……ハイ、ヨロコンデー‼︎」」

「香織、怖い!?」

 

 二人はにっこりと微笑みながら、凄みのある声音で命じた香織の様に逆らえず、ユエは戦慄した。

 双葉はガングニールを射撃モードに展開。内部機構の大型レールガンを剥き出しにして、ハジメはシュラーゲンを構える。

 

「あんたに恨みはないけど、とりあえず倒すから!」

「まぁそういうこった、俺たちの敵ならば神だって殺してやる!」

 

 それっぽいことを口走って現実逃避する二人の武器機構内に膨大な魔力が流れ込み、そして。赤黒い雷が各々の武器より漏れ迸る。ガングニールの出力は試作段階の頃より段違いに改良を受けているため……双葉のバカ魔力を大量に込められており。加えて……双葉はシュラーゲンに経路を繋いでいる。そのため、魔力をハジメに分け与えることも可能だ。

 

「「纏めて、砕く!」」

 

 ハジメが‘纏雷’を使いシュラーゲンが紅いスパークを起こす。弾丸はタウル鉱石をサソリモドキの外殻であるシュタル鉱石でコーティングした地球で言うところのフルメタルジャケットだ。シュタル鉱石は魔力との親和性が高く纏雷にもよく馴染む。通常弾の数倍の量を圧縮して詰められた燃焼粉が撃鉄の起こす火花に引火して大爆発を起こした。

 

 ドガァンッ!! 

 

 発射の光景は正しく極太のレーザー兵器のよう。かつて、勇者の光輝がベヒモスに放った切り札が、まるで児戯に思える。射出された弾丸は真っ直ぐ周囲の空気を焼きながら黄頭に直撃、そのまま白頭と黒頭も巻き込んで消し去った。

 

 そして、その隣で双葉はガングニールのトリガーを引く。

 

 試作段階で出た最高初速は毎秒四.二キロメートル。そして今やそれをを上回る《毎秒五.六キロメートル》だ。それは加速効率の向上や弾丸の調整などで実現した新たな領域で……

 

 ズガァンッ!! 

 

 砲弾は触れた赤頭を一撃で消滅させ、音を置き去りにして大爆破。その爆風に煽られた青頭、緑頭は遅れて発生した強烈な衝撃波……‘振動破砕’によって甚大なダメージを被っていたところへ超高熱の熱波が襲いかかる。

 ‘XCEED・BREAKER’と比べてその出力の差は児戯と切って捨てられるかもしれない。しかし、それは大いなる間違いである。

 その証明に……残光が通り過ぎ、残っていた三つの頭も綺麗さっぱりと消し炭にされていたのだから。

 回復役はおらず、まともに受けた熱によってヒュドラの頭は全滅した。

 

 ■双葉side

 

「はぁ……流石に終わりだよね?」

「わからねえ。香織……回復を──」

「ハジメ!」

「後ろ、後ろ!?」

 

 何やら騒がしい。香織が、ユエが必死に訴えかける……あれ? なんでこんなに世界が遅いの……? 

 あたしは緩慢とした世界の中で、新たな頭(・・・・)の出現にやっと気がついた。音もなく、気配感知に突然生えたそれは大口を開けて……あたしを狙ってる。

 

『フタバ! 避けろ!』

『ちっ、こんな時に魔力ぎ──』

 

 くっそ、なんで体が動かないんだよ! 朦朧としている意識。心当たりは……あった。毒だ……ヒュドラの返り血を浴びてから徐々に……遅効性の神経毒……あたしじゃなきゃ死んでただろうな! 

 

 それはそうと、奴の蓄えたブレスが……あたしに向かって解き放たれた。

 

 ──あっ、これ……死んだわ。魔力が底をついたから赤龍帝の籠手も白龍皇の光翼も霧散して……

 

 □noside

 

「双葉!? ちっくしょぉぉぉ!」

 

 切羽詰まった声が響き渡る。何事かと見開かれたユエの視線を辿ると、音もなく七つ目の頭が胴体部分からせり上がり、ハジメ達を睥睨していた。

 だが、七つ目の銀色に輝く頭は、ハジメからスっと視線を逸らすと双葉をその鋭い眼光で射抜き予備動作もなく極光を放った。先ほどのハジメのシュラーゲンもかくやという極光は瞬く間に、そして彼女は神経毒で動けない。

 

 身動きを取れなくなった双葉。彼女に向かい、極光のブレスが降り注ぐ……ハジメはそれと同時に飛び出していた。

 極光が双葉を丸ごと消し飛ばす前に、立ち塞がることに成功したハジメ、極光が彼を飲み込む。双葉は直撃を受けなかったものの余波により吹き飛ばされる。

 

「……ハジメ、双葉!?」

「ユエ、危ないから待って! ──‘光絶’!」

 

 極光が収まり、極光に飲まれる前にハジメが割って入った光景に焦りを浮かべながら。その姿を探そうと走り出しかけたユエを香織が止め、瞬間的に障壁を張る。その直後に、直径十センチ程の光弾が嵐のように飛来するのを防いだ。

 ハジメは最初に立ち塞がった場所から動いていなかった。仁王立ちしたまま全身から煙を吹き上げている。地面には融解したシュラーゲンの残骸が転がっていた。

 

「ハジメ! 双葉!」

「くっ、死んだと思ったわ……ごめん、心配かけて!」

「「双葉!?」」

 

 煙の中より、影が飛び出て。香織達の元に膝をついたのは双葉だった。その背にはハジメが背負われている。どうやら光弾の嵐を背に、噴煙に紛れて双葉はハジメを背負い、後退してきたのである。

 

「双葉……どうやって」

「奥歯に神水を仕込んだ容器を仕込んでたのよ。毒で効きが悪かったけど、回復した魔力で毒素は全部焼き払った」

 

 それはそうと、傷からハジメの血が流れ出し双葉の服を赤く染めている。ハジメの‘金剛’を、序盤に譲渡されたオーラをも突き抜けダメージを与えたのだろう。もし、ユエの蒼天にもある程度は耐えたサソリモドキの外殻で作ったシュラーゲンを咄嗟に盾にしなければ即死していたかもしれない。

 

 双葉が降ろし、仰向けにしたハジメの容態は酷いものだった。

 指、肩、脇腹が焼け爛れ、一部骨が露出している。左腕は特にひどい状態で、肘から先が消失していた。顔も右半分が焼けており右目は潰れ、血を流していた。角度的に足への影響が少なかったのは不幸中の幸いだろう。

 

「香織、多分……ハジメは毒に近い呪いに侵されてる……神水の容器を噛み砕いてたから、それの効きも悪いみたい」

「呪い!? そんなの解呪は……」

「あんたにしか頼めないから……あたしはアイツを止める」

 

 銀頭に向き直り、双葉は。手持ちの神水を全て飲み干した。

 

「ドライグ、アルビオン……やるわよ」

『ふ、仲間のためならば仕方あるまい』

『とやかく言う間はない、か! 赤いの!』

 

 魔力が、活力が漲り。双葉の手に再び神器が出現する。

 

『『我ら二天の龍、対なりし力、互いに補完せり。至るは夢幻、或いは無限っ!! いつか見た、龍神への(きざはし)へと昇ろう! 我ら、主人と共にあり!!』』

 [Welsh Dragon ×(cross) Vanishing Dragon ──二天統一の龍帝皇(Dual xceed Drive)ッ!! ]

 

 神器は赤と白を持って世界を染め上げる。双葉は脇に挟んでいたガングニールを構え、擬/赤龍帝の籠手と融合させる。

 

「さぁ、反撃準備だ!」

 

 ■香織side

 

 双葉は果敢に挑んでいく。私はただ呆然とその様を見ていた……この呪いはおそらく、私じゃ解呪できない。魔力は私が勝っていても、崩壊の速度が速いから……

 

「……香織、治療、早く!」

「……う、うん!」

 

 私はありったけの魔力を込めてハジメを癒す。だけど、毒がそれを阻害してなかなか癒すことはできない。傷の修復は出来ず、毒による崩壊がじわじわと進んでいく……このままじゃ、ハジメは……違う! 

 

 私が助けるんだ……ハジメを、今死なせないために! 

 

 ふと、脳裏をよぎる光景。私はその光景に電流が走ったような感覚を覚える。

 

 

 ──で、香織とハジメにもその神器が宿ってる気がするのよね──

 

 

 かつて、双葉に聞いた言葉。神器……双葉は攻撃的な神器や相手を封じる物など様々なものがあると言っていた。

 なら……この状況を打開しうるものを私が宿していてもおかしくない!! 

 

「香織……?」

「ユエ、私を信じて」

 

 私は祈りを、願いを、私の中にある渇望を! 掬え、手繰れ……引き寄せろ! 治療を司る聖人は常に女性が多い。そして、そんな人たちの微笑みを受ければどんな戦士も再起する! 脳裏よぎるその神器。その可能性を掴む……!

 

「──聖母の微笑み(トワイライト・ヒーリング)ッ!!」

 

 私の中で可能性が芽吹き、オーラを放出した。そのオーラは治療途中だったハジメの傷を塞ぎ、癒す。その上で毒を完全に中和した。

 

 すごい……! そして……

 

「う……香織、ユエ……?」

「「ハジメ!!」」

 

 我先に、と言わんばかりに。ほぼ同時に二人して彼に抱きついてしまうけどシカタナイネ。

 

 ハジメに事情を説明すると、なるほどと頷いて。柱の向こうで轟音を轟かせて戦う双葉の姿を見る。

 

「よーし、いっちょかますか……しっかし、あの双葉が苦戦してるって相当じゃないか?」

「双葉……もしかして……あの毒を受けてるんじゃ!?」

「「……」」

 

 やりかねないと言う顔をするハジメとユエは……

 

「よし、双葉をすぐに下がらせるぞ、いいな?」

「「同意」」

 

 さぁ、私たちの反撃を開始しよう! 

 

 ──

 

 to be continued



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

ハジメの覚悟と結末

 □noside

 

 飛来する光弾を槍を用いて弾き、切り裂きながら。双葉は抗っていた。

 

「ちっ、やっぱまだ毒が残ってるか……あと何秒持つかな」

『およそ五分。中和に専念すれば解毒はできるが……そんな余裕もないか』

『フタバ、素直に下がれないか? このままでは……』

「アルビオン、それは無し。今、まともに動けるのはあたしだけよ」

 

 飛翔して、相手のブレスを避ける双葉はその懐に潜り込み。銀頭の顎を蹴り上げながら後退する。その異様なタフさで双葉のモンスターフィジカルを受け切る銀頭……これにはカラクリがある。

 この銀頭には、‘金剛’を始めとした対物理能力を多く備えているため、近接物理攻撃が主体の双葉にとっては天敵たりうる存在なのだ。ハジメの火器もシュラーゲンならばともかく。ドンナー、シュラークではかすり傷も与えることはできないだろう。

 

「底が見えない。対してあたしは……衰弱し切ってるわね」

“双葉! ハジメが復帰したから、早く引いて! 毒に侵されて瀕死になる前に!”

“……さすが香織。お見通しってわけね”

 

 自嘲の笑み。拾った命をこうも雑に扱ってしまうのは悪い悪癖だ、と双葉は反省しつつ。聞こえてきた‘念話’に応え、すかさず後退する。銀頭は双葉に追撃を行おうとするも、目の前に飛んできた閃光手榴弾を見ると目を閉じて後退。しかし、同時に……ギィィィィィンッ!! と大音響が鳴り響き、聴覚にもろに受けてのたうち回る。

 

「──‘縛煌鎖’」

 

 そこへダメ押し、香織の魔法である。先ほどハジメが‘音響手榴弾’を投げた──これは八十層で見つけた超音波を発する魔物から採取した素材を加工して作った物だ。その魔物は体内に特殊な器官を持っており音で攻撃してくる。この魔物を倒し食っても固有魔法は増えなかったが、代わりにその特殊な器官が鉱物だったので音響手榴弾に加工したのだ。

 

 仲間の援護もあり、双葉はふらつきながらも着地して、ハジメ達と合流した。

 

「まずは駆けつけの聖母の微笑み(トワイライト・ヒーリング)!」

「……ウッソでしょ。一瞬で解毒されたんですけど」

「ふふん」

「ユエがドヤ顔してどうすんだよ」

 

 ハジメが苦笑いながらユエにツッコミ。そんな彼に対して双葉は頭を下げた。

 

「ハジメ、ありがとう……あたしのせいで……ごめんなさい」

「構わねえさ。左腕の一本で済んだだけマシだよ……落ち込むなよ? 自分の女くらい守れないと男が廃る」

「……ハ?」

「あん? なんだよ、双葉……鈍感の真似事か?」

「いや、えっと……!?」

 

 急速に赤くなる双葉。ハジメは畳み掛けるように……双葉に追撃する。彼女の額に軽く、口付けを落としたのだ。直後に、赤いまま硬直する双葉。

 

「ちゃんと生き残ってくれてる、ご褒美だ……」

「!?」

「本番は、夜にでもどうだ?」

「どうしちゃったの、ハジメさん!?」

「愛してる。とか好きって言葉だけじゃお前は止まりそうにないからな……自己犠牲は美談かもしれないが、俺は嫌いだよ」

「……っ」

 

 言葉に詰まる双葉は、赤い顔のまま俯いた。ハジメの言いたいことを理解して、彼女は悔いた訳である。

 

「ごめん……どうしても、ハジメの代わりに頑張りたかったんだ……」

「わかってるさ。お前と俺の付き合いだろ? ……伊達に友達やってねーんだよ」

「……しおらしい双葉……新鮮」

「そうだねー。いつも自信満々だから貴重なシーンだよ」

 

 コツ、と双葉の額を小突くハジメ。外野の声は双葉には聞こえておらず、ただ呆然とハジメの顔を眺めた。ハジメは、まだ推しが足りない。そう感じていたので……ガリガリと頭を掻き。覚悟を決めて真剣な眼差しを双葉に向ける。

 

「ヤツを殺して生き残る。そして、地上に出て地球に、日本に……故郷に帰るんだ。……みんな一緒に、な?」

「ハジメ……?」

「──前に、俺のことを好きだって口走ったよな? 俺はきっちり覚えてるぞ?」

「──な、なんでその話を今ここでするのかな!?」

「極限状況だ。なにより、ここで伝え損ったら俺は死んでも死に切れねーからさ……その答えを出しとく。その方がお前も動けるはずだ」

「へ? なんd──!?!?!?」

 

 ハジメは反射でものを言おうとする双葉の口をキスで塞いだのだ。──ほんの少し触れさせるだけのものだが、その反応は劇的で。彼女は目を白黒させて、戸惑いと困惑、嬉しさを滲ませて……そんな様子にハジメは若干恥ずかしそうにしながらも双葉に向き直る。

 

「全部終わらせて、落ち着いたら……結婚しよう。誰が一番とかそんなもんはどうでもいい。今の俺は強欲だから、双葉の全部が欲しいんだ……香織とお前、二人とも俺の(モノ)だ! 誰にも、神にも渡さねえ!」

「ハジメ……私は……?」

「へっ、もちろんユエも、だ!」

 

 思う、ハジメは。ここまで来れたのは彼女たちのおかげなのだ、と。誰か一人でも欠けていたら自分は生き残れなかったかもしれない。彼女たちを支え、支えられ。の関係であるとハジメは強く認識する。

 

 なによりも。双葉はかけがえの無い友……いつから、どうしてそう認識していたのだろうか? 

 

 今思えば、自分が奈落に落ちた時、双葉は香織を連れて助けに来てくれた。たしかに香織が行きたいと願えば双葉は動く。彼女は香織の望みに忠実だから……しかし、助かる見込みもない地獄にどうして、迷う事なく飛び込めたのだろうか? 

 

 双葉はハジメを見捨てることなど出来るはずがなかった。ハジメも、双葉の中では親友に値する、親愛(・・)を抱いた相手なのだから。

 

 その思いは本物に。嘘偽りのない好意へと双葉は変化させてしまっていたが、香織はその彼女の想いにも気がついていた。知って知らぬふりをした訳ではない。でも、あえて双葉に指摘をしなかった……だって、今、双葉はハジメにとって必要な人へと昇華されたのだから。

 

 もちろん、ユエのことも香織は容認する構えである。ハジメのハーレム計画。双葉を自分の物にしても問題ない関係性が手に入るならば……そして何より、愛するハジメの望みなら香織は暗躍も辞さない構えであった。

 

 そう、香織はハジメを唆した。双葉はハジメに好意を抱き、そして一推しすればコロリと堕ちると。実際、双葉の好感度はハジメに対して最大値にまでなっていたのは明白の理。愛する人がいればヒトは、限界以上の力を引き出せるのはよく知られた事実。

 

 そして、現に双葉も……

 

「ったく、どいつもこいつも強欲だよ──ホントに、さ。でも、求めてくれるのね? ハジメはあたしを」

「男に二言はねえよ。約束する……幸せにして見せるってな」

「日本に帰ったらどんなことになるやら……ハーレムになりそうだよ? ほんとにいいの?」

「邪魔する奴がいるなら黙らせるさ……さっきも言ったろ? お前の全てが欲しいってな」

 

 目を逸らすことはなく、ハジメの眼光は双葉を射抜く。視線は交錯して、その言葉が嘘ではないと双葉は確信した。

 

「ドライグ、アルビオン……‘DxD’を解除。擬/赤龍帝の籠手(シャドウ・ブーステッド・ギア)だけ使うわ」

『おう。このまま起動しても意味はねえからな』

『了解、フタバ……おめでとう』

「うっせーわ!?」

 

 アルビオンの祝辞はどこか嗚咽が混じっている気がした一同。それはそうと‘縛煌鎖’の拘束が限界を迎えつつあった。

 

 ■双葉side

 

「とまぁ、時間にしてあと1分。あれをどう片付ける?」

「物理耐性が如何ともし難いから、魔法でケリを着けるべきと思うよ。それに、攻撃を続けてたけど、再生もしてるみたいだから、頭を吹っ飛ばしても一定時間後には復活すると思う」

「なら、トドメはユエに任せる。いいな?」

「……ラストアタックは任せて。ボーナスは……」

 

 ユエはぺろり、と舌舐りしながらこっちを見つめる。目を逸らそうと頑張るが、じっと見つめられて根負けしたあたしは降参の意を称して。

 

「わかった、から。あたしの血ね」

「……前払い」

「え、ちょ、ア────ッ!?」

 

 あたしに襲いかかり、血をせしめたユエは満足そうな顔で首元から口を離し、あたしの首元にはまた噛みつかれた後がついてしまった。キスマークならまだしも、首元穴だらけになると思うわ……すぐに塞がるけど──

 

「──うひゃん!?」

「美味しかった……今晩もよろしく……双葉」

 

 ユエに耳たぶを甘噛みされて変な声が出た……

 

「これで魔力に問題はないな」

「そうだねー(やっぱ双葉の性感帯は耳、と)」

 

 若干一名変なことを考えてる気がするけど、今は捨て置くが吉……びしびしと鎖が千切れ、銀頭のヒュドラが起き上がり出したのだ。

 

「さーて、反撃しますか……双葉、倍加だ!」

「──ったく、あたしより擬/赤龍帝の籠手の使い方上手なんじゃない?」

 

 苦笑いしながら、あたしは赤龍帝の能力を解放した。

 

 [倍加(Boost)ッ!!]

 

 ヒュドラが起き上がれるまであと20秒。あたしはそれに重なるように‘限界突破’を使う。全能力が三倍に引き上げられ、知覚も加速する。

 そして、神器と融合しているガングニールを射撃形態へ移行させて自身に残っている魔力をありったけ流し込む。

 ‘纏雷’の固有魔法も追加起動。レールガンとして最低限の出力を用意したところに……ハジメが右手をあたしの手に絡めるように……握った。すごい、ポカポカする……落ち着かないはずなのに、すごい安心できる。

 

「ちょ、ハジメさん!?」

「気にすんな。俺の魔力も使え」

[倍加(Boost)ッ!! ──Explosionッ!!]

 

 ばりん、と音を立てて鎖が砕けた。怒り狂い、こちらを睥睨する銀頭。だが、怖くもなんともない……これが……恋の凄いところなのかな? 

 

「特製だ。こいつをくれてやる!」

 

 ハジメがガングニールの薬室に弾丸を装填する。それはシュラーゲンに使う物なんだが、ガングニールも共通の弾薬を使用できる。そして、銀頭は極光の発射態勢になるが──遅い。

 

「双葉……ぶちかませ!」

「もちろん。これはあたしたちの始まり……その祝砲だから──外さない!」

 

 チャージは終わっている。あたしはトリガーに指をかけて。引き金を引いた。赤い稲妻、そして白熱化した砲弾が凄まじい轟音を響かせ飛翔する。そして、空間を震わせながら音を置き去りにした直後。赤いオーラが尾を引く超音速の弾丸が銀頭に迫り……衝突した。

 

 ドガァンッ! と激しく爆裂した砲弾に頭部を吹き飛ばされ、傷口は熱波に焼かれて炭化、そのまま銀頭の首がズン! と地に伏せるが、炭化して塞がっているはずの傷口から肉が盛り上がるように再生して行く。

 そこへ……

 

「──‘蒼天’!」

 

 か細いくせに、覇気のある……ユエの声が響く。そのあと、巨大な青白い炎の球体をヒュドラが本体……その胴体に叩き込まれていた。

 

 首がのたうちまわり、頭を再生しかけた途中でピタリ、と動きを止めて。そのまま消滅していく……感知系には全く引っかからないのでもう敵はいない……

 

「……おつかれさま……ハジメ」

「双葉もお疲れさん……やべーな……意識が保たねぇ……」

 

 その声を最後に。どこかで扉が開いた音を聞きながら……あたしたちは気絶するのだった。

 

 □noside

 

 ハジメは、体全体が何か温かで柔らかな物に包まれているのを感じた。随分と懐かしい感触だ。これは、そうベッドの感触である。頭と背中を優しく受け止めるクッションと、体を包む羽毛の柔らかさを感じ、ハジメのまどろむ意識は混乱する。

 

(何だ? ここは迷宮のはずじゃ……何でベッドに……)

 

 まだ覚醒しきらない意識のまま手探りをしようとする。しかし、右手はその意思に反して動かない。というか、ベッドとは違う柔らかな感触に包まれて動かせないのだ。背中に、胸元に何やら柔らかい塊を押し付けられているような感覚が……

 

(何だこれ?)

 

 ボーとしながら、ハジメは手をムニムニと動かす。手を挟み込んでいる弾力があるスベスベの何かはハジメの手の動きに合わせてぷにぷにとした感触を伝えてくる。何だかクセになりそうな感触につい夢中で触っていると……

 

「……んぅ……」

(!?)

 

 何やら艶かしい喘ぎ声が聞こえた。その瞬間、まどろんでいたハジメの意識は一気に覚醒する。

 慌てて体を起こすと、ハジメは自分が本当にベッドで寝ていることに気がついた。純白のシーツに豪奢な天蓋付きの高級感溢れるベッドである。

 場所は、吹き抜けのテラスのような場所で一段高い石畳の上にいるようだ。爽やかな風が天蓋とハジメの頬を撫でて……その空間全体が久しく見なかった暖かな光で満たされている。

 

 さっきまで暗い迷宮の中で死闘を演じていたはずなのに、とハジメは混乱する。

 

(どこだ、ここは……まさかあの世とか言うんじゃないだろうな……)

 

 どこか荘厳さすら感じさせる場所に、ハジメの脳裏に不吉な考えが過ぎるが、その考えは隣から聞こえた艶かしい声に中断された。

 

「……んぁ……ハジメくん……ぁう……」

「……まけ、ない……」

「!?」

 

 ハジメは慌てて魔力操作でシーツを吹き飛ばすと隣には一糸纏わない香織が、右手に抱きつくように、背にはユエが巨大なお胸様を押し付けるようにして眠っていた。そして、今更ながらに気がつくがハジメは下着のみの姿であった。

 

「なるほど……これが朝チュンってやつか……ってそうじゃない!」

 

 混乱して思わず阿呆な事をいい自分でツッコミを入れるハジメ。若干、虚しくなりながら二人を起こす。

 

「香織、ユエ。寝てるところ悪いが起きてくれ……どういう状況なのかを説明してくれ」

「ん~……」

「ふみゅ……」

「ぐっ……まさか本当にあの世……天国なのか?」

 

 更に阿呆な事を言いながら、ハジメは何とか右手を抜こうと動かすが、その度に……

 

「……んぅ~……んっ……」

 

 と実に艶かしく喘ぐ香織。

 

「落ち着け俺。いくら付き合って一年経とうとしてるとはいえ、まだお互いに清い身……落ち着け……落ち着け、俺。キスはまぁ、日常茶飯事だから問題ないとして」

 

 爆ぜろ……ハジメは、表情に紳士か変態かの瀬戸際だと戦慄の表情を浮かべながら自分に言い聞かせる。右手を引き抜くことは諦めて、ハジメは何とか呼び掛けで起こそうと声をかけるが二人は起きる気配はなかった。

 

 そして、葛藤が変化して起こったイライラが頂点に達し……

 

「いい加減に起きやがれ!!」

 

 ‘纏雷’を発動した。バリバリとベットに電流が走る。

 

「「「!? アババババババアバババ」」」

 

 ビクンビクンしながら感電する香織とユエ。なぜかもう一人も痺れ、ドサッとベットから落ちたような気がしたが捨て置いた。

 

「「……ハジメ?」」

「おう。ハジメさんだ。ねぼすけども、目は覚め……」

「「ハジメ!」」

「!?」

 

 目を覚ました香織とユエは茫洋とした目でハジメを見ると、次の瞬間にはカッと目を見開きハジメに飛びついた。もちろん素っ裸で。動揺するハジメ。

 しかし、二人がハジメの首筋に顔を埋めながら、ぐすっと鼻を鳴らしていることに気が付くと、仕方ないなと苦笑いして声をかける。二人を撫でようと手を上げようとしたが……左腕を失ったことを思い出す。

 

「わりぃ、随分心配かけたみたいだな」

「そりゃいきなりぶっ倒れちゃったんだし、ね、ユエ」

「んっ……心配した……」

 

 しばらくしがみついたまま離れそうになかったし、倒れた後面倒を見てくれたのは彼女たちだ。だからこそ、気が済むまでこうしていようと、ハジメは優しく交互に二人の頭を撫で続けた。

 

 あのあと、気絶したハジメを香織が背負い。ユエは香織の血を吸って魔力を回復させ、動けるようになると双葉を背負い。一人でに開いた扉の奥を調べたのだと言う。

 その奥で見つけたのはこの空間で、二人の治療を行なったあと。看病のためにあれこれやったあと、力尽きて眠ってしまったそうだ。

 それを聞いたハジメは改めて二人に礼を言う。

 

「……なるほど、そいつは世話になったな。ありがとな、香織、ユエ」

「えへん」

「ん……」

 

 ハジメが感謝の言葉を伝えると、香織は胸を張り、その言葉だけでいいと言わんばかりの顔。ユエは心底嬉しそうに瞳を輝かせる。無表情ではあるが、その分瞳は雄弁だ……二人とも素っ裸なのだが。

 

「ところで……何故、俺は下着のみなんだ?」

 

 ハジメが気になっていたことを聞く。リアル朝チュンは勘弁だった。香織はともかく、別にユエが嫌いという訳ではないのだが……ほら、心の準備とかね? と誰にともなく内心ブツブツ呟くハジメ。

 

「だって、ねえ?」

「……汚れてたから……綺麗にした……」

「……なぜ、舌なめずりする」

 

 もじもじしながら応える香織に、ユエは質問に対して吸血行為の後のような妖艶な笑みを浮かべ、ペロリと唇を舐めた。何となくブルリと体が震えたハジメ。

 

「それで、なんで隣で寝てたんだ? しかも……裸で……」

「……えへへ」

「……ふふ……」

「まて、何だその笑いは! 何かしたのか! っていうかユエ、舌なめずりするな!」

 

 激しく問い詰めるハジメだが、香織はニコニコ。ユエはただ、妖艶な眼差しでハジメを見つめるだけで何も答えなかった。

 しばらく問い詰めていたハジメだが、楽しそうな表情で一向に答えない二人に、色々と諦めて反逆者の住処を探索することにした。ユエがどこから見つけてきたのか上質な服を持ってくる。男物の服だ。反逆者は男だったのだろう。それを着込むとハジメは体の調子を確かめ、問題ないと判断し装備も整える。一応、何かしらの仕掛けがあるかもしれないので念のためだ。

 

「ところで、双葉は?」

「「そこ」」

 

 二人が指さしたのはベットの下。どうやら先程の電流で痺れ、落ちて気絶したようである。なお、双葉も──もれなく服を着ていなかったため、ハジメはシーツをかけてやった。

 

「あー、あれか。服を着てないのは……ボロボロだったからだな」

 

 よくよく考えたらそうである。双葉の体もきっちりと綺麗に拭かれていたのを見たハジメはそう納得。香織とユエも気がついたか、と残念そうな視線である。

 服を着終わり。後ろの二人を見ると……

 

「ちょっ、お、お前ら!?」

「あの、狙った訳じゃなくてね?」

「……サイズがない」

 

 ……二人は何故かカッターシャツ一枚だった。

 

「ユエ……は狙ってるのか?」

「? ……サイズ合わない。さっきも言った」

 

 しかし、かなりの膨らみが覗く胸元やスラリと伸びた真っ白な脚線が、ユエの纏う雰囲気のせいか、何とも扇情的で……ハジメとしては正直目のやり場に困るのだった。

 

「いっつ……あれ? なんであたし裸なの!?」

「ん? おう、おはy」

「ハジメぇぇ!! 何もいきなり既成事実に走らなくてもいいじゃないのぉ!?」

「は……ぐっへえぁ!?」

 

 双葉のノータイム飛び蹴りが炸裂するのは無理もなかったのかもしれない。

 一行はグダグダしながらも、結局双葉も衣服がカッターシャツのみになってしまったのは……仕方のないことなのだろう……か? 

 

 ──

 

 to be continued



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

世界の真実を知る者たち

 □noside

 

「うぅ〜……」

「唸るなって、双葉。服はちゃんと作ってやるから」

「ブラも下着も全部よ! 胸の形が崩れないようにサラシ巻いてたんだから!」

 

 裸カッターシャツというどんな罰ゲームかと、双葉は自身の服装を見て嘆く。ハジメとしても女子三人揃ってその格好は理性的にもやばいと感じているので、常に目を逸らして彼女たちに接していた。

 

 ゴタゴタもありながら、ベッドルームから出たハジメと双葉は、周囲の光景に圧倒され呆然とした。

 

 まず、目に入ったのは‘太陽’。もちろんここは地下迷宮であり本物ではない。頭上には円錐状の物体が天井高く浮いており、その底面に煌々と輝く球体が浮いていたのである。

 

「……夜になると月みたいになる」

「マジか……」

「無駄に凝ったやつね」

「朝晩の感覚を地下でも忘れないようにするためじゃないかな」

 

 次に、注目するのは耳に心地良い水の音。扉の奥のこの部屋はちょっとした球場くらいの大きさがあるのだが、その部屋の奥の壁は一面が滝になっていた。天井近くの壁から大量の水が流れ落ち、川に合流して奥の洞窟へと流れ込んでいく。よく見れば魚も泳いでいるようだ。

 

「……やっとまともな食糧! そうよ、もう魔物肉は食べなくてもいいよね!」

「……私はみんなの血を」

「ユエもそろそろ普通の食事しようぜ!!」

「双葉の作る料理は美味しいから!!」

「……双葉の血より美味なら考えてもいい」

「おうこらまてや!? ハードル上げるなぁ!?」

 

 川から少し離れたところには大きな畑もあるようである。今は何も植えられていないようだが……その周囲に広がっているのは、もしかしなくても家畜小屋である。動物の気配はしないのだが、水、魚、肉、野菜と素があれば、ここだけでなんでも自炊できそうだ。緑も豊かで、あちこちに様々な種類の樹が生えている。

 ハジメ達は川や畑とは逆方向、ベッドルームに隣接した建築物の方へ歩を勧めた。建築したというより岩壁をそのまま加工して住居にした感じだ。

 

「……少し調べたけど、開かない部屋も多かった……」

「普通に拠点だと思うけどねぇ」

「そうか……油断せずに行くぞ」

「オッケー。何が出るやら」

 

 石造りの住居は全体的に白く石灰のような手触りだ。全体的に清潔感があり、エントランスには、温かみのある光球が天井から突き出す台座の先端に灯っていた。薄暗いところに長くいたハジメ達には少し眩しいくらいだ。どうやら三階建てらしく、上まで吹き抜けになっている。

 内装は高級マンションにも引けを取らない充実したものとなっている。そして、システムキッチンを見つけた双葉は歓喜の表情である。コンロや水道はない。それでも広いキッチンを見るとやはり、興奮する……料理を嗜む彼女からすればそういうことなのだろう。

 

 そして、一行は未探索の部分に足を踏み入れる──先ほどより、警戒しながら進む。更に奥へ行くと再び外に出た。

 

 そこには大きな円状の大きな窪みが鎮座しており。その淵にはライオンぽい動物の彫刻が口を開いた状態で設置されている。彫刻の隣には魔法陣が刻まれていたので試しに魔力を注いでみると。

 ライオンモドキの口から勢いよく温水が飛び出した。マーライオンよろしく、どこの世界でも水を吐くのはライオンというのがお約束らしい。

 

「まんま、風呂だな。こりゃいいや。何ヶ月ぶりの風呂だか」

 

 思わず頬を緩めるハジメ。最初の頃は余裕もなく体の汚れなど気にしていなかったハジメだが、余裕ができると全身のカユミが気になり、双葉に頼んで水を出して貰い、体を拭いていたのを思い出す。

 しかし、ハジメも日本人だ。例に漏れず風呂は大好き人間である。安全確認が終わったら堪能しようと頬を緩めてしまうのは仕方ないことだろう。

 

 そんなハジメを見て香織とユエは期待する眼差しで

 

「「一緒に入ろ?」」

「……一人でのんびりさせて?」

「ぐぬぬ」

「むぅ……」

「……混浴前提なのね」

 

 湯加減はいいのか早く入りたそうな香織と、素足でパシャパシャと温水を蹴るユエの姿に、一緒に入ったらくつろぎとは無縁になるだろうと断るハジメ。断られると香織はジト目、ユエは唇が尖らせて不満顔。双葉は思わず笑いそうになっていた。

 

 それから、二階で書斎や工房らしき部屋を発見した。しかし、部屋を開ける条件が分からず、開けることはできなかった。

 仕方なく諦め、探索を続ける。一同は三階の奥の部屋に向かった。三階は一部屋しかないようだ。奥の扉を開けると、そこには直径七、八メートルの今まで見たこともないほど精緻で繊細な魔法陣が部屋の中央の床に刻まれていた。いっそ一つの芸術といってもいいほど見事な幾何学模様である。

 

「……この骸は」

「……反逆者?」

 

 しかし、それよりも注目すべきなのは、その魔法陣の向こう側、豪奢な椅子に座った人影である。人影は骸だった。既に白骨化しており黒に金の刺繍が施された見事なローブを羽織っている。薄汚れた印象はなく、お化け屋敷などにあるそういうオブジェと言われれば納得してしまいそうだ。

 

 椅子にもたれかかりながら俯いている骸があった。その姿勢のまま朽ちて白骨化したのだろう。魔法陣しかないこの部屋で骸は何を思っていたのか。寝室やリビングではなく、この場所を選んで果てた意図はなんなのか……

 

「……怪しい……何かありそう」

「喋り出したりしそうだね?」

「んなベタな……」

 

 骸に興味を抱いた香織たち。反面、ユエは少し警戒気味である。

 骸はおそらく反逆者と言われる者達の一人なのだろうが、苦しんだ様子もなく座ったまま果てたその姿は、まるで誰かを待っているようである。

 

「まぁ、地上への道を調べるには、この部屋がカギなんだろうしな。俺の錬成も受け付けない書庫と工房の封印……調べるしかないだろう。何かあったら頼む」

「あたしも踏み込むよ。なんとなく、遅かれ早かれそうするべきだと思うし」

「ん……気を付けて」

「わかった」

 

 ハジメと双葉は魔法陣へ向けて踏み出した。そして、魔法陣の中央に足を踏み込んだ瞬間、カッと純白の光が爆ぜ部屋を真っ白に染め上げる。

 

「ぐっ!? なんだ……」

「頭の中を覗かれる感覚だね……不快だわ」

 

 全員はそのまぶしさに目を閉じる。直後、何かが頭の中に侵入し、まるで走馬灯のように奈落に落ちてからのことが駆け巡った。

 

 やがて光が収まり、目を開けたハジメの目の前には、黒衣の青年が立っていた。青年は、よく見れば後ろの骸と同じローブを着ていた。

 

【試練を乗り越えよくたどり着いた。私の名はオスカー・オルクス。この迷宮を創った者だ。反逆者と言えばわかるかな?】

「試練にしちゃ殺す気だっただろうに」

「まぁ、あれで死ぬ程度じゃダメだってことじゃないかな?」

 

 話し始めた彼はオスカー・オルクスというらしい。【オルクス大迷宮】の創造者のようだ。驚きながら彼の話を聞く。

 

【ああ、質問や愚痴は許して欲しい。これはただの記録映像のようなものでね、生憎君の質問には答えられない。だが、この場所にたどり着いた者に世界の真実を知る者として、我々が何のために戦ったのか……メッセージを残したくてね。このような形を取らせてもらった。どうか聞いて欲しい。……我々は反逆者であって反逆者ではないということを】

 

 そうして始まったオスカーの話は、ハジメたち地上組が聖教教会で教わった歴史やユエに聞かされた反逆者の話とは大きく異なった驚愕すべきものだった。

 

 それは狂った神とその子孫達の戦いの物語。

 

 何百年と続く争い。種族間の戦争の裏にある神託……そんな暗黒の時代にに終止符を討たんとする者達が現れた。それが当時、《解放者》と呼ばれた集団である。

 

 彼らには共通する繋がりがあった。それは全員が神代から続く神々の直系の子孫であったということだ。そのためか解放者のリーダーは、ある時偶然にも神々の真意を知ってしまった。

 

 何と神々は、人々を駒に遊戯のつもりで戦争を促していたのだ。解放者のリーダーは、神々が裏で人々を巧みに操り戦争へと駆り立てていることに耐えられなくなり志を同じくするものを集めたのだ。

 

 彼等は、【神域】と呼ばれる神々がいると言われている場所を突き止めた。〝解放者〟のメンバーでも先祖返りと言われる強力な力を持った七人を中心に、彼等は神々に戦いを挑もうとした。

 

 しかし、その目論見は戦う前に破綻してしまう。

 

 ──何と、神は人々を巧みに操り、彼等を世界に破滅をもたらそうとする神敵であると認識させて人々自身に相手をさせたのである。

 

 神を討つことを目的とした解放者たちは人々に牙を剥くことなどできないと、解放者たちは反逆者として討たれ、仲間を次々と失っていったそうで。

 

「……やっぱ、そういうことね」

「……そうだな。真の敵とやらはエヒト……この世界だけで満足してくれりゃいいが、飽きたら今度は……」

「地球に白羽の矢が立ちそうだね。召喚魔法で私たちという存在を呼べたなら、エヒト自体が地球に行くことも可能だと思う」

「……神は身勝手。はっきりわかるんだね」

 

 所感を挟みながら話を聞く四人。そして、最後まで残ったのは中心の七人だけだった。世界を敵に回し、彼等は、もはや自分達では神を討つことはできないと判断した。そして、バラバラに大陸の果てに迷宮を創り潜伏することにしたのだ。

 

 試練を用意し、それを突破した強者に自分達の力を譲り、いつの日か神の遊戯を終わらせる者が現れることを願って。

 

 長い話が終わり、オスカーは穏やかに微笑む。

 

【君が何者で何の目的でここにたどり着いたのかはわからない。君に神殺しを強要するつもりもない。ただ、知っておいて欲しかった。我々が何のために立ち上がったのか。……君に私の力を授ける。ここにあるもの全てを、どのように使うも君の自由だ。だが、願わくば悪しき心を満たすためには振るわないで欲しい。話は以上だ。聞いてくれてありがとう。君のこれからが自由な意志の下にあらんことを】

 

 そう話を締めくくり、オスカーの記録映像はスっと消えた。同時に、魔法陣内にいる二人の脳裏に何かが侵入してくる。ズキズキと痛むが、それがとある魔法を刷り込んでいたためと理解できたので大人しく耐えた。

 

 やがて、痛みも収まり魔法陣の光も収まる。落ち着かせるよう、ハジメと双葉はゆっくり息を吐いた。

 

「ハジメ、双葉……大丈夫?」

「ああ、平気だ……にしても、何かどえらいこと聞いちまったな」

「そうだね……エヒトの‘お遊び’に付き合う気はないけどさ」

「……ん……どうするの?」

 

 ユエがオスカーの話を聞いてどうするのかと尋ねる。

 

「うん? 別にどうもしないぞ……とは言えないな。元々、勝手に召喚して戦争しろとかいう神なんて迷惑としか思っていないし、この世界がどうなろうと知ったことじゃない……とは言ったものの」

「このまま放置してりゃエヒトはこの世界が滅んだあと、絶対地球に……あたしたちの故郷にちょっかいかけるわよね?」

「そうだろうな。それを俺たちは許すつもりはない……あれだ、害虫駆除ついでにこの世界を救ってやるか」

「……まぁ、素直じゃない二人の気持ちを代弁すると……元々エヒトの身勝手に付き合わされた私たちが地球に戻っても、いつかエヒトが害を及ぼす可能性がある。なら、倒す方がいいよね」

 

 ハジメ、香織、双葉は別にこの世界に思い入れがあるわけではない。オスカーに対して同情はするがどうこうする気はなかった。薄情とはいえ、お前たちの世界のことはお前達の世界の住人が何とかしろと。

 しかし、召喚魔法なんて傍迷惑な魔法を扱えるエヒトが新たな盤面を求めて、それが地球になるのは面白くない。そこで、ハジメたちは……別にオスカーやこの世界のためにではなく。自分たちのために──

 

「元々あたしはエヒトを殴らないと気が済まないし、そのついでに付き合ってくれない?」

 

 何より、双葉は最初からエヒトをシバくつもりだったので都合がいいと判断する。

 

「……私も手伝う」

「いいのか? ユエまで付き合う必要はないぞ?」

「私の居場所はここ……だけど、それを将来奪おうとする奴がいるなら……私はそいつを許さない」

「……そうかい」

 

 若干、照れくさそうなハジメ。それを誤魔化すためか咳払いを一つして、ハジメが衝撃の事実をさらりと告げる。

 

「あ~、あと何か新しい魔法……神代魔法っての覚えたみたいだ」

「……ホント?」

 

 信じられないといった表情のユエ。それも仕方ないだろう。何せ神代魔法とは文字通り神代に使われていた現代では失伝した魔法である。ハジメ達をこの世界に召喚した転移魔法も同じ神代魔法である。

 

「何かこの床の魔法陣が、神代魔法を使えるように頭を弄る?」

「刷り込みの方がいいわね。まさか頭に直接とは思わなんだ」

「……二人とも大丈夫?」

「おう、問題ないぜ?」

「そして、この魔法……ハジメのためにあるような魔法な気がする」

「……どんな魔法?」

「え~と、生成魔法ってやつだな。魔法を鉱物に付加して、特殊な性質を持った鉱物を生成出来る魔法だ」

「錬成師ならバッチェ使えると思うよ」

 

 その言葉にポカンと口を開いて驚愕をあらわにするユエ。

 

「……アーティファクト作れる?」

「ああ、そういうことだな」

「ハジメの錬成なら高性能な義肢も作れるでしょ、きっと……」

 

 そう、生成魔法は神代においてアーティファクトを作るための魔法だったのだ。まさに‘錬成師’のためにある魔法である。実を言うとオスカーの天職も錬成師だったりする。

 

「何か、魔法陣に入ると記憶を探られるみたいなんだ。オスカーも試練がどうのって言ってたし、試練を突破したと判断されればユエと香織も覚えられるんじゃないか?」

「……錬成使わない……」

「右に同じく!」

「まぁ、そうだろうけど……せっかくの神代の魔法だぜ? 覚えておいて損はないんじゃないか?」

「……ハジメが言うなら」

「……そうする?」

 

 ハジメの勧めに魔法陣の中央に入る香織とユエ。魔法陣が輝き二人の記憶を探る。そして、試練をクリアしたものと判断されたのか……

 

【試練を乗り越えよくたどり着いた。私の名はオスry……】

 

 またオスカーが現れた。何かいろいろ台無しな感じだった。ペラペラと同じことを話すオスカーを無視して一同は会話を続ける。

 

「どうだ? 修得したか?」

「ん……した。でも……アーティファクトは難しい」

「私は適性がないみたいだねー。双葉は取得したの?」

「当然。つか、あたしは‘全魔法適性’とかいう技能があるから苦もなく覚えれたよ」

「う~ん、やっぱり神代魔法も相性とか適性とかあるのかもね」

 

 そんなことを話しながらも隣でオスカーは何もない空間に微笑みながら話している。すごくシュールだった。後ろの骸むくろが心なしか悲しそうに見えたのは気のせいではないかもしれない。

 

「あ~、取り敢えず、ここはもう俺等のもんだし……オスカーには休んでもらうか」

「ん、埋葬する?」

「もちろん、棺桶とか作ってあげようよ。仮にもハジメの大先輩みたいだしね」

 

 オスカーの骸はカタリと力を抜くように動いた……彼は長い時を経て、ようやく休めることを喜んだのかもしれない。

 一行はオスカーの骸を棺桶に収めて畑の端に墓標を立てる。そこには、‘偉大なる解放者 オスカー・オルクスがここに眠る’と日本語で刻まれていた。

 

 埋葬が終わると、ハジメ達は封印されていた場所へ向かった。ついでにオスカーが嵌めていたと思われる指輪も頂いておいた。

 墓荒らしとか言ってはいけない。その指輪には十字に円が重った文様が刻まれており、それが書斎や工房にあった封印の文様と同じだったのだ。

 

 まずは書斎だ。

 

 一番の目的である地上への道を探らなければならない。一行はそこでこの住居の施設設計図らしきものを発見した。通常の青写真ほどしっかりしたものではないが、どこに何を作るのか、どのような構造にするのかということがメモのように綴つづられたものだ。

 

「ビンゴ! あったぞ、みんな!」

「ヨシ!」

「んっ……」

「これで帰れるんだね!」

 

 ハジメから歓喜の声が上がる。設計図によれば、どうやら先ほどの三階にある魔法陣がそのまま地上に施した魔法陣と繋がっているらしい。オルクスの指輪を持っていないと起動しないようだが、指輪は確保済みである。

 更に設計図を調べていると、どうやら一定期間ごとに清掃をする自律型ゴーレムが工房の小部屋の一つにあったり、天上の球体が太陽光と同じ性質を持ち作物の育成が可能などということもわかった。人の気配がないのに清潔感があったのは清掃ゴーレムのおかげだったようだ。

 工房には、生前オスカーが作成したアーティファクトや素材類が保管されているらしい。これは使ってくれとの遺言に従うべきだ、と双葉が主張したので譲ってもらうべきだろう。道具は使ってなんぼである。

 

「ハジメ……これ」

「うん?」

 

 手分けして色々探ることにした女性陣とは別に、ハジメが設計図をチェックしていると他の資料を探っていたユエが一冊の本を持ってきた。どうやらオスカーの手記のようだ。かつての仲間、特に中心の七人との何気ない日常について書いたもののようである。

 

 その内の一節に、他の六人の迷宮に関することが書かれていた。

 

「……つまり、あれか? 他の迷宮も攻略すると、創設者の神代魔法が手に入るということか?」

「……かも」

 

 手記によれば、オスカーと同様に六人の解放者達も迷宮の最深部で攻略者に神代魔法を教授する用意をしているようだ。生憎とどんな魔法かまでは書かれていなかったが……

 

「……帰る方法見つかるかも」

 

 ユエの言う通り、その可能性は十分にあるだろう。実際、召喚魔法という世界を越える転移魔法は神代魔法なのだから。

 

「だな。これで今後の指針ができた。地上に出たら七大迷宮攻略を目指そう」

「んっ」

「ハジメ、こっちの確認は終わったよ」

「とりあえず、義肢とかの試作品っぽいのもあって調整すれば使えそうね」

 

 双葉たちも合流して、それからしばらく正確な迷宮の場所を示すような資料を探したが、発見できなかった。現在、確認されている【グリューエン大砂漠の大火山】【ハルツィナ樹海】、目星をつけられている【ライセン大峡谷】【シュネー雪原の氷雪洞窟】辺りから調べていくしかないだろうと結論つけた。

 

 工房に移動して義肢などのサンプルを確認するハジメ。作りかけの物やほぼ完成品のようなものも散乱していた。

 そして、工房には小部屋が幾つもあり、その全てをオルクスの指輪で開くことができた。中には、様々な鉱石や見たこともない作業道具、理論書などが所狭しと保管されており、錬成師にとっては楽園かと見紛うほどである。

 

 ハジメは、それらを見ながら腕を組み少し思案する。そんなハジメの様子を見て、ユエが首を傾げながら尋ねた。

 

「……どうしたの?」

 

 ハジメはしばらく考え込んだ後、皆に提案した。

 

「う~ん、あのさ。しばらくここに留まらないか? さっさと地上に出たいのは俺も山々なんだが……せっかく学べるものも多いし、ここは拠点としては最高だ。他の迷宮攻略のことを考えても、ここで可能な限り準備しておきたい。どうだ?」

「……ありだね。装備の開発やら道具も揃ってるし、ガングニールを完成させたりもできそうだし」

「私も賛成! まだまだ魔法に関して勉強も足りないから、ここで修練を積むのもありだと思うよ」

「私は……みんなが一緒ならどこでもいい」

 

 満場一致で一同は可能な限りの鍛錬と装備の充実を図ることになった。

 

 ──

 

 to be continued

 

 

 ~~~~~~~~~~~~~~~

 おまけ

 

 その日の晩、天井の太陽が月に変わり淡い光を放つ様を、ハジメは風呂に浸かりながら全身を弛緩させてぼんやりと眺めていた。

 

「はふぅ~、最高だぁ~」

 

 今のハジメからは考えられないほど気の抜けた声が風呂場に響く。全身をだらんとさせたままボーとしていると……

 

 ヒタヒタと足音が複数、聞こえ始めた。完全に油断していたハジメは戦慄する。一人で入るって言ったのに! 

 

 タプンと音を立てて湯船に入ってきたのはもちろん

 

「いい湯加減だね〜」

「んっ……気持ちいい……」

 

 一糸まとわぬ姿でハジメのすぐ隣に腰を下ろす香織とユエであった。香織は右側に、ユエは左側だった。

 

「……香織さん、ユエさんや。俺は一人で入るって言ったよな?」

「「……だが断る」」

「ちょっと待て! 香織はともかく、何でユエがそのネタを知ってる!?」

「……香織に教わった」

「……何教えてんだよ!? はぁ、せめて前を隠せ。タオル沢山あったろ」

「むしろ見てほしいんだよね、私もユエも」

「……おう……ってユエ、香織。近いんです、ナズェアテルンディスカーッ!?」

「「当ててんのよ(……?)」」

「だから何でそのネタを知ってんだ! ええい、俺は上がるからな!」

「逃がさない、香織!」

「はーい、‘縛光刃’♪」

「ちょ、魔法は卑怯だろ!? まて、あっ、アッ──────!!!」

 

 その後、何があったのかは、皆様のご想像にお任せしようと思う。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

登場人物紹介……オルクス迷宮編

主人公:天龍双葉(てんりゅうふたば)

 

神域(ヴァルハラ)での真名:最終末の戦乙女(レギンレイブ)

 

性別:女

 

外見

鉄紺色の背中に届くほどの長髪。サファイアのように煌めく青眼と少し下がり垂れ目気味の目元。

変異後は鉄紺をベースに竜の髭の様な癖毛の二房が真紅と白に変色している。

また、左目が金のハイライトが入った黒の瞳へと変色し、虹彩異常症(オッドアイ)に変貌した。

唇はリップもルージュも無しで桜色。北欧系の顔立ちで鼻も高く、通った鼻梁を持つどこに出しても恥ずかしくない美少女。

母親譲りのプロポーションでワガママボディと香織には称されている。

 

誕生日:8月11日(獅子座)

身長:164cm → 龍種化後:176cm

体重:52.6kg → 龍種化後:67.4kg

スリーサイズ:

B:85(D) W:56 H:86 → 龍種化後: B:88(F) W:56 H:88

パンチ力:0.9トン キック力:1.5トン

 

性格

普段時は波を荒立てるような物言いはせず、斜に構えて受け流す姿勢で親しい間柄の人間以外には冷たい印象を与えやすい。現実、彼女に嫌われている人たちはぞんざいかつ、適当に扱われることの方が多い。

幼少時より天之河光輝に好意を向けられていることに気がついているが、反りが合わず、光輝の性善説信奉を知ってからは彼を矯正する様に接した過去もある。

ただし、彼女が気に入った相手。もしくは少しでも認めていたりした人に対しては厳しくも優しく、改善点を指摘したり。周りとの間を取り持ち、場を収めようと動いてくれる人でもある。

また、知謀策謀にも優れており。夜の知識もヴァルキリーには必須技能としての祖母から仕込まれているため、香織にその知識を与えた結果。彼女を‘むっつり’にした元凶(無自覚)である。

親友の香織にはメスゴリラ(‘仮面ライダーゼロワン’放映後は女版不破諌)と不名誉なあだ名を賜っているが、近所の男子高校生7人を相手に大喧嘩。大立ち回りで相手全員を病院送りにした過去のせいでしゃーない、と自分でも諦めている。

総括すると、彼女に気に入られるとささやかにも手を差し伸べ。たすけてくれる人。

ただし、キレさせると口調はとても乱暴なものになり、相手に向かって平然と言の刃で相手の心を斬り刻む。

また、正義感が強いが己の正義を他者に押し付けるのはあまり好きではない。明らかに、道徳心に反する行動に対しては「正義執行」もやむなし。と割り切って相手の心を抉ったり物理的に他に伏せてもらうこともしばし。

 

能力

運動能力は人並み以上。実力としては一流オリンピック選手を赤子のように打ち負かせる。

その能力の正体は双葉に宿るヴァルキリーの‘半神’としての力と神器(セイクリッド・ギア)から齎される‘龍の因子’。生まれたその日より己に起こりうる事象を不定期に見通す‘ノルンの瞳’を固有能力として保有している。

また、その生まれを北欧の神々が頂点。‘勝利の父’と呼ばれる魔術神‘オーディン’より祝福として‘原初のルーン’を与えられた。

この事から双葉は類稀なる才覚の持ち主と思われるが、その実。「転生を繰り返している魂」が持つ前世の経験則が彼女の意思に関係なく発揮されているためである。

保有する神器はこの世に二つしか存在しない神滅具(ロンギヌス)赤龍帝の籠手(ブーステッド・ギア)白龍皇の光翼(ディバイン・ディバイディング)をその身に宿しているため。実は神域側が彼女を保護している側面もある。

聖書の陣営、帝釈天(インドラ)の陣営、インド陣営……言い出したらキリがないほどに、双葉は各勢力からヘッドハントもしくは抹殺対象として狙われていたりしている。

 

人歴

世末最強の戦乙女(ブリュンヒルデ)の母ととある機関に所属する人間の父の間に生まれる。

両親は共働き(母に至っては神域への単身赴任で北欧に在住)なので日本に住む元ヴァルキリーの祖母の元で真っ直ぐに育てたはずだったのだが。祖母の厳しい修行に食らい付き過ぎて、若干心が歪むほどに折れかけた時にレトロゲームにどハマりしてしまい。

祖母もやり過ぎたと反省して好きにさせてもらった結果。‘半引きこもりオタク’になってしまう。ただ、修行そのものは自分のために継続しており。‘短睡のルーン’で身体感覚を弄り、極短時間の睡眠でも体力の回復が行えるように悪用してオタク文化を満喫していたりする。

これにはオーディン様も不貞腐れてしまい、どこかの世界線の「おでん」と化してしまう二次被害があったが、立派な魔術の使い方だと斜め上の反応を母がしたため、父はなんとも言えなくなってしまった。

とりあえずオーディン様は泣いてもいいと思う。

その結果、‘ハイスペック日本人論理的チートメスゴリラオタク’へと成長していった。

 

装束

上半身は黒のタンクトップインナーにレザーアーマーを重ね、その上から白のロングコートを羽織る。

下半身はハーフパンツに黒のニーハイソックスを合わせ、鋼鉄のレガースに鉄板で強化された‘強化ブーツ’を履いている。

 

原作組

 

原作主人公:南雲ハジメ(なくもはじめ)

 

性別:男

 

身長:165cm → 半魔物化後:179cm

 

我らが原作主人公。

今作では「邪魔する奴は鏖殺」と言う価値観に変貌はしていない。しかし、魔物肉を喰らったことにより、半魔物化による精神変貌は多少起きている。

七つの大罪で例えるなら「傲慢」。自分が生きるために「他者を糧にする」ことに躊躇いがない。

しかし、身内である香織、双葉には優しさを残して接することが可能なので、双葉達がいる限り、彼が「魔王」となることはないと思われる。

また、主人公の存在のせいで大きく人生が狂った人の一人でもあり。

正史ではいじめられてていたが、香織と付き合うことになってからは双葉のサポートや香織の後押しで勉強を行い、最近では光輝に次ぐ成績の持ち主となっている。

ただし、身体能力は一般人並みのため。光輝に運動では勝てない模様。

実は、双葉にも無自覚に、実は想いを寄せている。「彼女にたすけられるばかりではダメだ」と変わろうと思ったと過去に語っている。

双葉の話では神器を宿しているらしいが……?

 

 

原作ヒロイン:白崎香織(しらさきかおり)

 

性別:女(どっちもいける意味深)

 

身長:159cm → 半魔物化後:167cm

スリーサイズ:

B:88(E) W:52 H:87 → 半魔物化後: B:91(G) W:55 H:89

 

我らが原作ヒロイン。ユエさんにハジメくんを寝取られた不憫属性の少女。

今作ではハジメと双葉の三人で奈落の底は落ちた。実はバイセクシュアルで、ハジメだけでなく。双葉にもその毒牙を剥いた……これは、半魔物化で「色欲」が活性化させられているため、とハジメ及び双葉が仮説を立てている。

双葉曰く、「夜の知識を教えたのは自分だけど、ここまでは教えてない」と自分を差し置いて勝手にワープ進化していた香織のテクニックに戦慄を覚えたとか覚えなかったと語る。いずれも被害にあった双葉のみぞ知る。

技能面においても、回復魔法、光属性、結界術に適性を持ち。半魔物化した現在は無詠唱で治療を行えるが、解毒魔法+回復魔法は並列使用できない。

窮地において神器を覚醒、その神器は聖母の微笑み(トワイライト・ヒーリング)と呼ばれる回復系神器であった。

その効力は‘呪い’ほどの毒すら解毒、そのまま傷を癒すことが可能なほどの出力をすでに覚醒させており、その潜在性(ポテンシャル)は凄まじいものとなっている。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

1章 幕間
勇者()とおでんの出逢い


 □noside

 

 ハジメ達が奈落の底にて魔物を喰らい、成長していく中で。少し時を戻し、王宮に光輝達一行が戻り。国王と教皇に謁見の日を控えた前日の晩。

 薄暗い地下牢に光輝は足を運ぶ。そこに囚われるのは罪を犯したもの達であり、そしてそこでは誰もが平等となる──罪の前に人の立場とは平等なのだから。

 

「檜山。気分はどうだ?」

「光輝……なぁ、俺はやってないんだ! やってないのに……なんで俺はここにいるんだよ!」

「……すまない、檜山。僕にはわかる」

「わかってくれるのか、光輝ぃ!?」

「お前が南雲を爆破したのがわかる」

「……っ」

 

 じっと檜山を見つめる光輝の目を見れず、彼は言葉に詰まる。なによりも確信があるが故に、そして。

 

「僕には双葉がくれた原初のルーンがある。それには過去を見る呪いもあってね? クラスメイトみんなの了承をえて見せてもらったんだ。……その時の記憶を、何を標的にしたのかを」

「っ! は、ハッタリを言うんじゃねえよ! 俺はやってないんだ! 南雲が勝手に落ちたんだよ!」

「なら見てもいいか? 君の記憶を」

「……そ、それは……」

「そうだな。君がやった以上、見せるわけにもいかないだろう」

 

 しかし、光輝は檜山を責めることはせず、確認だけだったのか踵を返した。その態度に檜山は責められると思っていたのに何故だ、と吠えそうになる。

 

「君の処遇は国王と教皇が決めるとのことだ。僕には君を裁く権利はない……ただし、君が嘘偽りなく話してほしいと僕は思うね」

「なんで……だよ! なんで責めないんだよ!?」

「君はもう、報いを受けた。南雲は生きてるし、香織も双葉ももちろん生きてる」

「嘘だ! あいつらはもういない! 俺たちの目の前に姿を表すことなんかねぇ!」

 

 声を荒げ、自分が彼らを殺したと自覚している檜山はその場で頽れる。そして、自分が受けた報いとはなんなんだ! と恐怖に震え上がる。

 

「君はもう外に出ないほうがいい。君には双葉がかけた‘ガンド’の効果が出てきてるそして、双葉の本気で撃ったガンドなら君は死に絶えてる」

「っ……どう言う意味だよ」

「君は確かにあの三人を奈落の底に突き落とした犯人だ。だけど、あの方の言う通りなら三人は生きてる」

「殺人未遂だってか? つか、あの方……?」

「……今の君に話すつもりはない。ただし、君が全てを償った時になら話してもいい」

 

 そう言い残し、光輝は地下牢を後にした。その後ろ姿をただただ見送ることしかできなかった檜山は彼との話が引っかかる。

 

「君の呪いは君が善行をすれば消える。もちろん僕にも消せるだろうけど、それは君が向き合うべきの‘罪’だ。だから僕は一切、その呪いの解呪には手を貸さないから」

「呪いってなんだよ」

「君の‘幸運を奪う’呪いさ。君は外に出ると愚行の度に不運が付き纏うようになる。そしてその愚行の判断基準は術者に依存する。つまりは双葉の基準で善行に励まないとならないのさ」

「んだと!? んでそんな事を俺がしないとダメなんだよ!?」

「……君の自業自得。今の君を双葉が見たらこう言うだろう「他者への不平不満ばかりで、自分では何も背負わず強者に媚びることしかできなかった生粋の負け犬」──と」

 

 その言葉は檜山の心をズタズタに引き裂いた。なにより、正解なのがタチが悪い。

 罪人とはいえ、同胞である。故に光輝は心を鬼にして檜山を諭すべくひどい言葉を敢えて彼に聞かせたのだ。

 そして次の日、処遇はこうだった。

 

「勇者一行が檜山大介の罪状は殺人未遂とし、厳重注意、保護観察の上でハイリヒ王国への奉仕活動を半年行う旨を判決と下す」

 

 とのことで、実質無罪。しかし、この処遇には続きがある。

 

「なお、次に同じあるいは類する愚行を行なった場合、‘神山への幽閉’の処分を下す」

 

 全てが終わるまで幽閉されるというおまけ付きで檜山は光輝の指し示す指示に従い、真人間への更生を強要される羽目になることになるが、彼はその指示に従う中でサボったり、指示を聞き入れない時。

 鳥のフンに見舞われたり、犬のクソを踏んだり、魔物に食われかけたりと色々なバリエーションに富んだ不幸に見舞われるがその話はまた今度でもよろしいだろう。

 

 ■??? side

 

レギンレイブ(フタバ)が行方不明、とな?」

「はい、母親としては心配で仕方ありませんが、二天龍をその身に宿してるあのバカ娘を心配するのもまた無粋かと思いまして、放置しておりましたが。流石に一月、二月も行方知れずは親としても心配になりますから」

「それで儂に相談か。なるほど、確かにあの子に原初のルーンを贈ったのは儂だしのぉ……どれどれ……ん?」

「どうかなさいましたか、主よ」

「……あのおバカ友人に原初のルーン譲ってるんじゃが」

「……は?」

「あー、なるほど。そうせざるを得ずかのぉ……ちょっとだけちょっかいかけてもいい?」

「……暇なのはわかりますが、貴方様は北欧の神々が頂点でございます。ご自重ください──ロスヴァイセが黙ってませんよ?」

「ちょっとだけじゃよ、ちょっとだけ」

「あ、こら、クソ爺今すぐ戻ってこい!!」

「ブリュンヒルデよ、バルドルに少し代理を頼んでおいてくれや〜」

「……オーディン様、せめて護衛くらいつけろやクソジジィ!! 待ちやがれぇぇぇ!」

 

 どこかの神域(ヴァルハラ)で最強の戦乙女が主神を追い回すと言う事件が勃発したが、結局その脱走劇は主神の勝利に終わったと後世に伝わっているとかいないとか。

 

 ■光輝side

 

 あの日。僕たちは命辛々迷宮から帰還することができた。そして、宿場街で一夜を明かし、気怠げな体を休めてから王宮に帰ったのだが。その日は貴族達の陰口で無能の烙印を彼らが押していた南雲のせいで香織が、人類史の中で最も強い者であった双葉を失ったとメルド団長も責められる事態になり、僕は彼らに全力で抗議した。

 南雲が頑張ったから僕たちは命を繋げれた、彼に救われた側としては我慢できなかったから。

 そして、僕に宿った新たな力を見る。技能に発現したのは‘原初のルーン’だ。これはおそらく双葉が僕を殴ったとき、あの一瞬で譲渡したのだと思う。

 使い勝手が良く、なんと呪いの殆どは僕の意思によって選択、適宣できる万能の魔術だった。

 ‘全属性適正’を持つ僕なら、おおよその魔法を模倣して使う。後衛のみんなの真似事もできるようになった……しかし、それだけでは香織と双葉、南雲を助けになんていけないと思う。

 

 今までの特訓ではダメだ。何かしら、コーチのような人々がいてくれれば……

 

「お悩みかな、若き勇士(エインヘリアル)の卵よ」

「……誰だ!」

「ふーむ、格上の探知が疎かよなぁ……もうちょい、周りに気をつけるよう努力せねばならんぞ?」

「……あっはい」

「気の効かん小童じゃなぁ、茶くらい用意せよ」

 

 豊かな髭に緑色の帽子を被ったお爺さんが何故か僕の部屋に、いつの間にか入り込んでいた。どこか、只者じゃない気配を感じる。

 なんだか、ヒトとは違う。まるで……いや待てよ? 

 

「……その左目は……まさか、ミーミルの泉に捧げられましたか?」

「うん? おお、わかるか。博識なのは良いことじゃよ」

「……は? ご本人様ですか?」

「本当はこっちにきてみたかったが、この儂は魔術で作り出した幻影じゃよ。儂が踏み入れたら踏み潰しかねん脆弱な世界に二天龍が本気出したらぶっ壊れそうじゃが」

 

 ……なんでこんなヒトがここにいるんだろうか。愚問だが、もう一度聞こう。

 

「……えっと。北欧の神々が頂点、オーディン様であらせられますでしょうか?」

「うむ、如何にも」

 

 僕はとりあえず土下座した。

 

「ひょ?」

「許可なくそのご尊顔をまじまじと見つめた事を、非礼を深く、深くお詫び申し上げます! わたくしめにはやらねばならぬ事象があり、それが終わるまでこの命、召し取られることをお待ちいただけませんでしょうか!!」

「いや、そのなんか勘違いしてない?」

「奈落の底に落ちた同胞を三人救わねば死なない! ですから、何卒、何卒!」

 

 ──終わりだ。‘勝利の父’と呼ばれるオーディン様に不敬なんて働いた僕は勝利に見放される。

 

「んんっ、面をあげよ。儂は何も怒っておらんから安心してほしいぞ?」

「は、ははぁ!!」

「顔上げろと言ってあろうが。天罰下すぞええ加減にせにゃ」

「滅相も!」

 

 がばり、と顔を起こす僕に対して。オーディン様はにこやかな笑みで。言葉を続ける。

 

「さて、フタバの‘原初のルーン’を宿してあるのかは不問とする。だいたいのことは把握しておるからな」

「そ、それは」

「良い。助けようにも、フタバが自分の意思で降りた以上はお主を責める理由がないわい。で、上手く使いたいよなぁ? その力を」

「……はい!」

 

 なんとなく彼の言いたいことはわかる。つまり、指導してくれると言うのならば……! 

 

「良いぞ。まぁ、儂直々に指導はできないからのぉ。時間がないから、英霊(エインヘリアル)に丸投げするからよろしくの。お主の原初のルーンで呼び出せるはずじゃ」

「……丸投げ!?」

「では、うまく使うがy「見つけたぞクソジジィぃぃぃぃ!! 、ロス、回りこめぇ!」「ハイ、ヒルデ様!」──あっちょ待て、まギャァァァァァァ!?」

 

 オーディン様はフッと消えた──確かに幻影だったようだ。

 

「……とりあえず、明日から試そう」

 

 こうして、僕たちは強くなるために英霊の力を借りれるようになった。

 

 翌日、試しに呼んだら応えてくれた人がいた。

 

「ワシを呼んだのはお前さんかな?」

 

 丁髷に胴着を着た武闘家のお爺さんだった。名前は詳しく教えてくれなかったけども、僕たちに足りてない基礎の礎を築くようにと指導をしてくれた。

 一日中みっちりと基礎トレーニング。そして、龍太郎は何を気に入られたのか。

 

「‘気を整えろ’。静かに、荒々しさを抑えてなぁ。次に、‘拝め’。自身以外に対して全てに感謝しろ。そして、‘祈れ’。平和でもなんでもいい、守りたい者でもなんでもなぁ。さらに、‘構えろ’。その力をなんたるか、生涯の全てを載せる覚悟でな。最後に、‘突け’。例え、その一度の正拳突きでも。命をかけろ……武闘家なら、己が肉体を武器にするなら、な」

 

 そう言い残し消えていった。それから、龍太郎は空き時間はずっとその‘感謝の正拳突き’をやり続けてる。一日にワンセット千回を目標にしてるみたいだけど、最近は三千回やってるらしい。

 

 1日限定で死んだ人を呼び寄せる。エインヘリアルと呼ばれる存在へと至った人々を呼ぶことができるようになった。

 

 僕達は強くなるために、彼らに教えを乞うた。そして、彼らは教えてくれた。

 何事も挑戦を続けることが大事だと。なにより、自分に限界を作ってはいけない、と。

 

 だから僕たちは前に進む。強くなって……いつか香織たちを迎えに行くんだ……それまで、頑張ってくれ……香織、双葉……南雲! 

 

 ■双葉side

 

「へっくしん!」

「へっくしゅっ!」

「ヘップボーンっ!」

 

 ……誰かが噂したのかな? 

 

「おい、双葉」

「ねえ、双葉」

「……んだよ」

「「面白いくしゃみだな(ね)」」

「うっせえわ」

 

 ──―

 

 to be continued .




次回はユエ様の登場


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

2章
そして、最強への第一歩を


 □noside

 

 ハジメが連れの二人に喰われた……襲われた夜からおよそ二ヶ月の時が流れた。

 彼が多くの装備品である、自身の武装そしてアーティファクトの作成を行なってきたハジメの最高傑作とも呼べるものがこの日、ついに完成したのだ。

 

「できた……無垢なる白銀の右腕(ゼニス・イノセント・アガートラム)とでも名付けるか?」

「……双葉の義腕?」

「ああ、そうだ。ほれ、手の向きが右腕だろ?」

 

 作業台に置かれた物は作り物とはいえ、偽りとは言え月の光を反射して銀色に煌めいている。

 

 その神秘的な美しさは流麗で繊細。それでいて機能美を忘れていなさそうな細めの義腕だった。美術品についてあまりわからないユエでもってしても、綺麗であるという事は理解した。

 

 ハジメも失った左腕をオルクスの遺していた義肢を改造した物を身に付けているが、そちらは漆黒に赤いラインが入ったとても無骨な物だ。ハジメが盛りに盛った色々な機能を搭載させたすごい義腕となっている。

 世に出れば間違いなく国宝級のアーティファクトとして厳重に保管されるだろう逸品である。

 

 そして、今日組み上げたそれは。この拠点にあった鉱石鑑定でも読み取れなかった未知の金属に加えてシュタル鉱石と‘神結晶’を鉱物融合させて作り出した新たな金属である無垢なる銀(イノセント・シルヴァ)を贅沢に使った物で、ハジメの愛が詰まりに詰まった双葉だけにしか使えない義腕である。

 

 神結晶の持つ莫大な魔力を溜める機能、そしてシュタル鉱石の特性である魔力を込めれば込めるほどより強固になる性質を保有するため頑丈さはピカイチとなっており。

 また、未知の金属の力なのかは不明だが、傷がついても日光あるいは月光を、浴びるとたちまち修繕されるため、常に美しいままである。

 

 そして、この義腕にも色々と仕込まれていた。

 

 まず、魔力式パイルバンカーこと‘パルマフィオキーナ’。これは双葉の持つ魔力や龍のオーラを‘光のパイル’に変換して、掌より。光速かつ超至近距離で射出するギミックだ。理論上では豊富な双葉の魔力量の実に‘十分の一’消費するだろう威力を持つ。

 これは通常魔法と近接攻撃を使い分けて戦う双葉の弱点である物理耐性の高い敵に対しての魔法以外の‘有効札’が欲しいと彼女が指し示した要望にハジメが応え、搭載された。

 

 そして次に、白銀の閃きこと‘ダークネス・リパルサー’。これはアガートラムよりレーザー砲の様に魔力を照射する光学兵装だ。

 特に‘魔を払う’術式を込められたためか、魔物に対して致命的なダメージを与えれると双葉は豪語していた。実際に、将来。魔物を一撃で消しとばしていたりするが……先にて語られるだろう。

 

 さらに対決戦兵装こと‘殲滅と決着の剣(フィンディアス)’を搭載。

 これは擬/赤龍帝の籠手(シャドウ・ブーステッド・ギア)と併用することを前提にしており。任意の倍加(Boost)を受けた状態かつ、その倍加規模に応じて「対個人〜対界」の規模で効果範囲を増減させることができる。また、最終的には「対神」と言うとんでもない対象を取ることが可能。

 なお、この攻撃を発動すると双葉は最大値で使う場合、実に‘二分の一’の魔力を失う羽目になるが、その極大のオーラ剣は必殺兵装として申し分はないだろう。

 

 また、この義腕を持つ者は闇属性魔法による精神汚染的な効果を一切受け付けない……‘精神汚染無効’なる効果を持っているが、そもそも双葉自体がメンタルクリーチャーなので保険的な機能とされている。

 

「我ながらメチャクチャなのを作っちまったな……」

「……神結晶をほとんど使ってる。仕方ない」

「神水が枯渇したんだし、有効に使うべきだろ……また埋めるわけにもいかん」

 

 そう、素材としてこの義腕に使われている神結晶は全体の6割。残りの4割は別のものに使うとしてハジメは残しているが、そりゃあとんでもないモノになるわけである。

 

「ガングニールも正式にロールアウト。双葉の防具も作り終わったな。ユエ、また双葉のマッサージよろしくな?」

「んっ……む、時間」

「ん? ……ああ、そうだな」

 

 ハジメは彼女たちと過ごす上で、モノづくりをする際は集中したい、とローテーションを組んだのだ。次は香織が彼の助手として動く時間で、ユエは名残惜しそうに部屋を後にする──何事もメリハリは大事である。

 

 余談だが香織に生涯の墓場に引き摺り込まれ。ユエに年上の貫禄を見せつけられ色々吹っ切れてしまったあの夜。

 奈落の底で、常識はずれの化物達を相手に体を作り替えてまで勝利し続けたハジメも、二人の猛攻には太刀打ち出来ず勝率は0%だ。なので、ハジメは開き直って受け止めることにしたのだった。

 しかし、事に及んだのはあの二人くらいで、双葉はそっち方面はあまり積極的ではない……のは内心助かっているハジメだったが、逆に申し訳ないとも思っていた。

 

 ユエと入れ替わった香織にそれとなく話を聞くと。香織は意外な事実を教えてくれた。

 

「……重婚に遠慮してるというより、一線引いてタイミングを見てるのかねぇ」

「双葉って結構恥ずかしがりだし、恥ずかしがりでもあるし……二人っきりでいちゃつきたいんだと思うけど」

「二人きり、か」

 

 なお、香織とユエが水面下で正妻争いをしているため、双葉はその間を取りなしている苦労人でもある。なお、香織もユエも。誰が正妻だろうとハジメが選べば矛を収めると思われるが……今のハジメにそこまで決めれる度量はないのであった。

 

 ■双葉side

 

 ハジメが義肢をくれてから、あたしは使いこなすべく、一月かけて訓練した。

 魔力操作の感覚は問題なかったけど、擬似神経の接続がなかなか思うように行かず、手の部分をうまく扱えなかったのはいい思い出と言うべきか。

 香織とユエの尽力には頭が上がらず、幾度となく血を吸われるわ。褥に引き摺り込まれるわ……踏んだり蹴ったりなことも多いけど、それでも感謝が勝る。

 

「腕にはなれたか?」

「まぁ、うん……良好というか、親和性が凄すぎて困惑してるよ」

「服もユエが作ってくれたんだってか」

「うん。かわいいでしょ♪」

 

 くるり、とその場で回ってみたあたしの格好は新しい服装。

 純白の戦装束で、スカートより半パン主義のあたしに合わせてくれた代物だった。

 ユエのデザインセンスはすごい……地球でも一線張れるだろうと保証できる。

 

 私の格好は頭には龍の意匠を凝らしたティアラっぽい羽付きのヘッドギア。胸元は無垢なる聖銀(イノセント・シルヴァ)で作られた超頑丈な胸当てで守りを固め。

 魔物の素材を使ってるため見た目以上に頑丈で防護性能の高いインナーは首元を守るためにはタートルネック。だけど腕の稼働を阻害しないように肩はノースリーブになっている。

 白のハーフパンツに黒いニーハイソックス。実は付与魔法でこれらの衣服は破れないし下手な金属防具よりも防御力がある代物である。そして私の右肩から肘まで欠損していたのを補うべく。一からハジメが作ってくれた無垢なる白銀の右腕(ゼニス・イノセント・アガートラム)を装着している。

 ブーツはもともと履いていた物に追加装甲を施してもらうだけ……どころか別物になっていた。

 完全にグリーブなんだけど、軽金属なので羽のように軽い代物だった。

 

「ここまでしてくれなくてもよかったのにって言ったら罰当たりそうね」

「俺がやりたいからやっただけさ」

「ところでなんで二人きりなの?」

「……いやか?」

「とんでもござんせん」

 

 あたしは緩む頬を必死に隠すように、ハジメと向き合っている……だってあたしはハジメが好きだから当然だ。あのヒュドラとの戦い、そこで彼は身を挺してあたしを守ってくれた。

 

 死を覚悟したヴァルキリーのジンクスというものがある。

 

 それは、己の勇士を護るべく盾として死を覚悟する。そして、その逆。勇士がヴァルキリーを救うべく死を覚悟する。

 前者は私たちの価値観であれば……当然の帰結。勇士が英雄(エインヘリアル)へと昇華するためには神域(ヴァルハラ)に至る必要がある。

 だから、ヴァルキリーは導き手にして守護者な訳なのだが。もしもヴァルキリーが勇士に命を救われた場合……「その人以外居ない」と思いを寄せてしまうのだ。

 女としての本能か、それともヴァルキリーの習性なのかは、あたしにはわからない。

 

 だけど、それを踏まえてもあたしはハジメが好きだった。もう、キスされてからはハジメの以外の男などを考えるのはできなくなっている。なるほど、これが香織がのろける原因だったのね。

 

「変な言葉遣いになってるぞ双葉。さて、そんなことはどうでもいい……明日には出発するぞ」

「そうだね。もういい頃合いだと思うし」

 

 この拠点を住処にして鍛錬と準備を進めたあたし達。ここでの伸び代はもうないだろうと思う……ステータスも伸びなくなったしね。

 

「それでよ。香織には渡したんだが……手を貸して来んねぇか?」

「何する気?」

「いいから……これでよし」

 

 何かするのかわからないという顔をしていると、ハジメは……私の左手薬指に指輪を嵌めた。

 

「は?」

「おー、ピッタリだな。気が早いかもしれないと思う。だけど、俺なりのケジメはつけとかないとダメだろ?」

「な、え!?」

「──婚約指輪だよ」

 

 ハジメなりにあたしを手に入れると豪語した以上。婚約指輪は必須だとはわかるけども……!! 

 

「愛してるからな、双葉。何があっても俺はお前を離さないから」

「──はい……ありがとうございます……ハジメ……」

「ちなみに、まぁ、第一の嫁は香織だ。扱いはな……ただ、俺にとっては第一も第二もないからみんな平等だ。立場的に第二の嫁になるが、我慢してくれるか? ……雰囲気ぶち壊しですまないが」

「……そもそもオンリーワンが常識でしょ? あたしたちが異常なだけよ」

 

 呆れ眼でハジメにジト目で返す。彼は「それもそうか」と苦笑いする……くそー……かっこいいんだよ! それはそうとこれって……

 

「これ、神結晶よね?」

「おう。魔力を蓄える性質があるから、宝飾品にもってこいなんだよ」

「それでかぁ……あたしの腕にもめちゃくちゃ使ってたみたいだけど、在庫は……?」

「三割は俺の義眼にしたからな。残りの一割の内から作ってあるので……まだいけるな」

 

 神結晶は貴重な物なんだけどなぁ……ホントに愛されているとわかる……大事にしなきゃ、この右腕は。

 

「頼りにしてるぜ、双葉」

「おうとも!」

 

 ハジメに頼ってもらえるなら……あたしはどこまでも飛んでみせる。そして、エヒトをぶん殴って帰るのだ……地球に! 

 

「あ、ハジメ。魔王を名乗る?」

「……やめろぉぉぉ!! 今の俺の格好を見てお前は何も感じないのか!? 最初俺が自分の姿を見て一日中寝込んだことを思い出せよ!!」

「それはごめん……で、でも神殺し宣うなら……ねぇ?」

「……それもそっか? なんて言うかよ!? 魔王なんていやだ!!」

「まぁー……そこまで拒否するなら……ごめんね?」

「なんだっていきなり言い出したんだよ、お前」

「だって、冥界の方じゃ四大魔王がいるからねー。サーゼクス・ルシファー様にセラフォルー・レヴィアタン様とアジュカ・ベルゼブブ様に、ファルビウム・アスモデウス様……個性の塊だよ」

「双葉が様付けて……相当やばいのか?」

 

 あたしは一度冥界に行ったことがあり、サーゼクス様にあたってはとある機関のエリートである我が父上の友人なのである。

 何がどうしてそうなったんだとも言いたくなったが、どうにも二天龍を宿しているあたしに対しても興味を持たれているとか。

 まぁ、あたしは転生悪魔になるつもりはないけど……帰還後、ハジメに対しても興味を持たれる可能性は大いにある。

 

「サーゼクス様は間違いなくヤバいから。数千人の反乱軍を一人で潰した実績の持ち主だしね」

「……さすが大魔王(ルシファー)様、か」

「目をつけられる可能性もあるから、その辺は考えとくほうがいいかも」

「おう。留意しとくわ」

 

 はぁ、とため息。まぁ、「個性の塊」とあたしがあの方々を表するのには理由があり……フリーダムが過ぎる。なんやねん、‘魔王戦隊サタンレンジャー’とは一体。

 

「んじゃまぁ……今日はゆっくり休めよ」

「了解。おやすみ、ハジメ」

「ああ、また明日な」

 

 ハジメを見送り、あたしも眠ることにした。胸の高鳴りは未だ衰えず、左手薬指に存在するその証を見て……幸せを感じながら夢に落ちていった。

 

 □noside

 

 三階の魔法陣を起動させながら、ハジメは静かな声で告げる。

 

「みんな、俺の武器や俺達の力は、地上では異端だ。聖教教会や各国が黙っているということはないだろう」

「そこはもう周知の事実だよ、ハジメ」

「諦めはついてるから、まぁ……そんじょそこらのやつに負けるつもりもない」

「……その通り」

 

 ハジメの言葉に香織、双葉、ユエが返す。その雰囲気は自分たち以外のことは全くもってどうでもいい……とも言わんばかりである。

 

「兵器類やアーティファクトを要求されたり、戦争参加を強制される可能性も極めて大きい」

「要求してきたら、〆てもいいよね?」

「あたしも香織にさんせー。ぶっ飛ばして黙らせる方が楽だよ……‘全部’、ね」

「……双葉、一番過激」

 

 苦笑いするハジメ。どうにも彼女たちは変わらないようだ。と

 

「教会や国だけならまだしも、バックの神を自称する狂人共も敵対するかもしれん」

「「「自称神はとりあえず害虫だし駆除」」」

「……世界を敵にまわすかもしれないヤバイ旅だ。命がいくつあっても足りないぐらいな」

「鉄火場を踏み越えた数を考えてみようよ、ハジメくん」

「あたしたちならそれすら捻じ伏せて進むまでよ」

「今更……双葉はいつもの脳筋」

 

 ユエの言葉に思わず苦笑いするハジメ。真っ直ぐ自分を見つめてくるユエのふわふわな髪を優しく撫でる。

 気持ちよさそうに目を細めるユエに、ハジメは一呼吸を置くと香織と双葉の腰を抱き寄せ、彼女たちの額に軽くキスする……爆ぜろ。

 そして、ハジメは望みと覚悟を言葉にして魂に刻み込む。

 

「俺がお前らを、お前らが俺を守る。これで俺達は最強だ。全部なぎ倒して、世界を越えて……故郷に帰るぞ」

 

 ハジメの言葉を聞き入れて。香織はにこりと余裕の微笑み、双葉は力強く頷いた。

 ユエはまるで抱きしめるように、両手を胸の前でギュッと握り締めた。そして、無表情を崩し花が咲くような笑みを浮かべた。

 

「「「おう!」」」

 

 彼女たちの返事を受け、ハジメは魔法陣を起動させるのであった。

 

 

 ──

 

 to be continued



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

ウサミミ少女の頼み事

 □noside

 

 魔法陣の光に満たされた視界、何も見えなくとも空気が変わったことは実感した。

 地の底たる奈落の気配……澱んだ重い空気の感覚から、新鮮な空気へと変貌した。もちろんそれは地上の空気に近いもの、少なくともオルクス迷宮内ではないことを察知して。その喜びを噛み締めるよう、双葉たちは目を開けたが。

 

 そこにあったのは壁だった──剥き出しの洞窟の壁だ。

 

「「なんでやねん」」

「……秘密の通路……隠すのが普通」

「そりゃ、反逆者の住処への直通の道が隠されていないわけないよね」

「それもそうか」

 

 思わずガッカリしてツッコむハジメと香織に対してユエがフォローしつつ、双葉がさらにフォローした。

 二人の言い分は常識的に考えて、「見つかっては困る物を隠さないわけがない」と言うわけである。

 

「久しぶりの地上だし、つい浮かれっちまったみたいだな」

「まぁ、そこまで考えが回らないのはちょっと不味いね。気が緩んで空回りしたら……少し気を引き締めよう」

 

 二人の反省を聞き流して双葉は周りを見る。オルクス迷宮内ではないため、緑光石の輝きもなく、真っ暗な洞窟ではあるが、ここにいる者たちは暗闇を問題としないので道なりに進むことにした。

 

 途中、幾つか封印が施された扉やトラップがあったが、オルクスの指輪が反応して尽く勝手に解除されていった。香織の宣言通り、気を引き締めて警戒していたのだが……拍子抜けするほど何事もなかったので香織は言った側的に気を落とした。

 

 あわよくば、ハジメにピンチを救ってもらいたかったのかも知れない、と双葉は勝手に予想したが──それは正解であるとだけ、語ろうと思う。

 そして、何時間か、何十分か、歩いた先に遂に光を見つけた。外の光だ。ハジメ達はこの数ヶ月、ユエに至っては三百年間、求めてやまなかった光。

 

 それを見つけた瞬間、思わず立ち止まり四人はお互いに顔を見合わせた。それから互いにニッと笑みを浮かべ、同時に求めた光に向かって駆け出した。

 近づくにつれ徐々に大きくなる光。外から風も吹き込んでくる。奈落のような澱んだ空気ではない。ずっと清涼で新鮮な風だ。ハジメは、〝空気が旨い〟という感覚を、この時ほど実感したことはなかった。

 そして、一同は同時に光に飛び込み……懐かしさすら感じるその光を、その身に受けた。

 

 ──────

 

 地上の人間にとって、そこは地獄にして処刑場だ。断崖の下はほとんど魔法が使えず、にもかかわらず多数の強力にして凶悪な魔物が生息する。深さの平均は一・二キロメートル、幅は九百メートルから最大八キロメートル、西の【グリューエン大砂漠】から東の【ハルツィナ樹海】まで大陸を南北に分断するその大地の傷跡を、人々はこう呼ぶ……【ライセン大峡谷】と。

 

 ──────

 

 彼らは洞窟の入口にいた。そして、試しに双葉が初級魔法である火球を通常の魔力量を通して使おうとしてもなかなか発動しないことを見て。ここがライセン大峡谷であると言うことを皆は認識する。

 ただ、谷の底とはいえ頭上の太陽は燦々と輝いていて。暖かな光を降り注がせて、大地の匂いが混じったそよ風が鼻腔をくすぐる。

 

 たとえどんな場所だろうと、確かにそこは地上だった。呆然と頭上の太陽を仰ぎ見ていたハジメとユエの表情が次第に笑みを作る。香織が微笑み、双葉はしみじみとその光を浴びていた。

 そしてなお、無表情がデフォルトのユエでさえ誰が見てもわかるほど頬がほころんでいる。

 

「……戻って来たんだな……地上に」

「長かったね……ホントに帰ってこれたんだよね、私たち!」

「一生暗闇で生きないとダメかと何度心が折れかけたことか……」

「……双葉、ピンピンしてた。どんな時も」

「「たしかに」」

「ええい、うるさい! うるさーい!!」

 

 ウガーと怒る双葉を三人は微笑ましいものを見る様な目で眺める。

 そんな中で、ハジメと香織ようやく実感が湧いたのか、ドラミングしそうな双葉から視線を逸らすとお互い見つめ合い、そして思いっきり抱きしめ合った。

 

「よっしゃぁああー!! 戻ってきたぞ、この野郎ぉおー!」

「ただいま、太陽! 母なる大地に感謝をー!!」

「んーっ……。 ……双葉?」

「ユエも喜びゃいいのよ! ほら!」

「双葉…… んっー!」

『ああ、なんて尊いんだ……そう思わないか? 赤いの』

『まぁ、わからんでもないが。気色悪いこと言うんじゃねえよ!』

 

 香織を抱き上げ、ハジメはくるくると廻る。怒ったふりをやめた双葉は、ユエが若干寂しそうだと彼女を抱き上げて同じくくるくると。

 その様子を見ているアルビオンは慈しみが臨界突破。尊みを感じてかしみじみとドライグに語りかけるが、ドライグは同意はするがどうした一体と彼を逆に気遣っていた。

 

 しばらくの間、人々が地獄と呼ぶ場所には似つかわしくない笑い声が響き渡っていた。途中、ハジメは地面の出っ張りに躓つまずき転到してしまうが、擬/白龍皇の光翼(シャドウ・ディバイン・ディバイディング)を顕現させ、宙を踊るように舞う双葉とユエの笑顔につられて笑い声を上げる。

 そして、一同の笑いが収まった頃には、すっかり……魔物に囲まれていた。

 

「はぁ~、全く無粋なヤツらだな。……確かここって魔法使えないんだっけ?」

「……分解される。でも力づくでいける」

「つまり、魔法使いには鬼門なのね。なら……あたしやハジメの出番だよ」

「うん、ユエ。こっちで待機しよ?」

「……仕方ない。任せた」

 

 素直に引き下がるユエに顔を見合わせたハジメと双葉は。

 

「「おう!」」

 

 双葉は光翼を霧散させ、左手にガングニールを構え、無垢なる白銀の右腕(ゼニス・イノセント・アガートラム)を淡く輝かせる。ハジメはドンナー・シュラークを抜きながら、二人は顔を見合って頷き合うと魔物達に視線を向けた。

 ちなみに、座学に励んでいたハジメは、ここがライセン大峡谷であり魔法が使えない場所であると理解していた。

 ライセン大峡谷で魔法が使えない理由は、発動した魔法に込められた魔力が分解され散らされてしまうからである。

 ユエの言い分である分解される前に大威力を持って魔物を捩じ伏せればいいとは。彼女の規格外に豊富な魔力量と、潤沢な外付け魔力バッテリーである神結晶の宝飾品をこれでもかと装備させられている事によって。更に魔力が跳ね上がっている状態で初めてできる芸当である。

 どこかのメスゴリラと同じゴリ押し戦法でも突破は可能だが、効率が悪いならそれはするべきではない、とユエは判断したのだ。

 

「んじゃステップはどうする、ハジメ?」

「そうだな……円舞曲(ワルツ)でどうだ?」

「オーライ。じゃあ、合わせてよ?」

「おう。そっちこそ足引っ張んじゃねえぞ」

 

 二人はそう短く打ち合わせて、地を駆けた。

 

「まずは挨拶の鉛玉……いや、タウル弾を喰らえ!」

 

 ドン、ドン、ドガッ! 

 

 ハジメは纏雷を使わず、電磁加速されていないドンナー・シュラークを発砲する。リズムに乗って弾丸は二発ずつ発射され、的確に襲い掛かろうとしていた魔物を撃ち、頭を吹き飛ばし、蹴撃は、その胴体に風穴を開けながら蹴り飛ばす。

 

「んじゃこっちは、‘レイザー・エッジ’もおまけで使ってみようかな」

 

 しゃん、ひゅっ、ずんっ! 

 

 双葉はハジメを護るように、彼の周囲を衛星のように回ってステップを踏みつつ。襲い来る魔物を魔力操作で超高速振動させた義腕の手刀で魔物を袈裟斬りに、深々と切り裂いて、心臓と魔石を砕く。そして、ガングニールで頸を薙ぎ払い、突き殺す。

 やはり双葉も一定のリズムで武具を振るう……三拍子のリズムを一切乱すことなく、

 お互いの隙を埋めるように立ち回る──まるで円舞曲を踊っているのかと見紛う優美なステップだ。

 

「双葉、スイッチ。回りこめ」

「なら、ハジメは背中をお願い」

 

 お互いに入れ替わり、立ち回り。ハジメの‘ガン=カタ’と双葉の槍のリーチが。噛み合い、魔物を蹂躙する。

 

「攻め込む、双葉。援護してくれ」

「オーケィ。ダーリン!」

「ダーリン言うな!?」

 

 時折り、弾かれ合うようにハジメが敵の中に踏み込み。ドンナー・シュラークによる殴打での撲殺と‘豪脚’での蹴殺。そこへ双葉が右腕の‘ダークネス・リパルサー’で魔物を纏めて焼き払う三連射。

 そして、また合流して。魔物達は次々とその数を減らしていく。

 その様を見て果敢にも攻めていたはずの、周囲の魔物達は気がつけば一歩後退っていた。しかも、そのことに気がついてすらいない──本能で感じたのだろう。自分達が敵対してはいけない化物を相手にしてしまったことを。

 常人なら其処にいるだけで意識を失いそうな壮絶なプレッシャーが辺り一帯を覆う。ハジメと双葉が‘威圧’の技能を使っているからだろう。

 

 場に飲まれた魔物達を待つのは蹂躙。魔物達は、ただの一匹すら逃げることも叶わず……まるでそうあることが当然の如く頭部を吹き飛ばされ、蹴り殺され、首を払われ、大孔を穿たれ。骸を晒していく。辺り一面が魔物の屍で埋め尽くされるのに2分もかからなかった。

 やがて、臨戦態勢を解き。ドンナー・シュラークをガンプレイで弄びつつ。腰のホルスターにぶち込みながらハジメは、首を僅かに傾げながら周囲の死体の山を見やる。

 双葉も同じく、ガングニールに付着した魔物の血を振り払って残心。しばらくして構を解いた。その傍に、ハジメの様子に不思議な顔をした香織とユエが寄って来た。

 

「……どうしたの?」

「何か気がかりなことでもあったの?」

「いや、あまりにあっけなかったんでな……ライセン大峡谷の魔物といやぁ相当凶悪って話だったから、もしや別の場所かと思って」

「「……ハジメが、双葉が化物」」

「熱い風評被害に抗議します」

「ひでぇ言い様だな。まぁ、奈落の魔物が強すぎたってことでいいか」

 

 そう言って肩を竦めたハジメと双葉は、もう興味がないという様に魔物の死体から目を逸らした。

 

「さて、この絶壁、登ろうと思えば登れるだろうが……どうする?」

 

 ハジメが提案するが、双葉は首を振った。ちなみについさっきまで戦っていたが息も上がっていないとは、やはり規格外だった。

 

「ライセン大峡谷と言えば、七大迷宮があると考えられている場所だし……せっかく樹海側に向けて探索でもしながら進む?」

「……なぜ、樹海側?」

「砂漠横断になっちゃうからじゃないかな? 樹海側なら、町にも近そうだし」

「……確かに」

 

 ユエは双葉に疑問を、それに香織が応えて彼女は納得する。

 魔物の弱さから考えても、この峡谷自体が迷宮というわけではなさそうだと。ならば、別に迷宮への入口が存在する可能性はある。ハジメ達の‘空力’やユエの風系魔法を使えば、絶壁を超えることは余裕であろうが、どちらにしろライセン大峡谷は探索の必要があった。

 ハジメは、右手の中指にはまっている‘宝物庫’に魔力を注ぎ、魔力駆動二輪を二台取り出す。ハジメが青いボディの二輪に颯爽と跨り、後ろにユエが横乗りしてハジメの腰にしがみついた。

 

「あー! ……ふん、いいもん! 双葉、乗せて!」

「へーへー。ユエ、後で交代してあげてね」

「……ふふん、先手必勝」

 

 双葉が赤いボディに跨りドルルルル、とアクセルを吹かせる。その音を楽しむように香織は双葉の腰に手を回し……片手は胸当ての隙間から胸を揉み、その先端を摘む。

 

「ひゃんっ!? こ、こら! セクハラすんな!」

 

 思わぬセクハラに双葉は艶っぽい悲鳴をあげつつ、軽く香織の額を小突いて手を引っ込ませる。

 

「あいたっ! もー、減るもんじゃないでしょー?」

「減らんけど、真昼からやることはないでしょう!?」

「おう、ほんとに仲良いな」

「……んんっ、そろそろ行こう?」

 

 小突かれた所を押さえている香織の抗議を双葉は一蹴して。乳繰り合う様を生暖かい目で見ているハジメに咳払いしたユエが出発を促した。

 

 地球のガソリンタイプと違って燃焼を利用しているわけではなく、魔力の直接操作によって直接車輪関係の機構を動かしているので、駆動音は電気自動車のように静かである。が、魔力を大目に消費すると双葉が作った擬似マフラーより、エンジン音が鳴り響くようになっている。ちなみに速度調整は魔力量次第である。まぁ、ただでさえ、ライセン大峡谷では魔力効率が最悪に悪いので、あまり長時間は使えないだろうが。

 

 ライセン大峡谷は基本的に東西に真っ直ぐ伸びた断崖だ。そのため脇道などはほとんどなく道なりに進めば迷うことなく樹海に到着する。

 迷う心配が無いので、迷宮への入口らしき場所がないか注意しつつ、軽快に魔力駆動二輪を走らせていく。

 モトクロスを参考に作った駆動二輪は悪路の走破も余裕であるため、快適な走り心地を実現している。ちなみに、車体のデザインや設計は双葉が担当しており。余剰スペースなどにはハジメの趣味が色々と詰め込まれているが、双葉はよく知らない。

 ボタンがやや多く、押すなと言われて押したボタンからはミサイルが飛び出したりして魔物を蹂躙していたのは気のせいなのだろう、きっと。

 

「グオオオオオンッ!!」

「……何か吠えた」

「ここまで聞こえるって、結構な声量だな。強い魔物っぽいぞ」

「迂回する?」

「いや、音の距離的にすぐ近く……ほれ」

 

 しばらく魔力駆動二輪を走らせていると、それほど遠くない場所で魔物の咆哮が聞こえてきた。中々の威圧感である。少なくとも今まで相対した谷底の魔物とは一線を画すようだ。香織が迂回を提案するが一足遅かった様子で。

 ハジメが指差す方向に、大型の魔物が現れた。かつて見たティラノモドキに似ているが頭が二つある。双頭のティラノサウルスモドキだ。

 

 だが、真に注目すべきは双頭ティラノではなく、その足元をぴょんぴょんと跳ね回りながら半泣きで逃げ惑うウサミミを生やした少女だろう。

 一行は魔力駆動二輪を止めて、今にも喰われそうなウサミミ少女を見やる。どう見ても此処で人が魔物に襲われているのは怪しい気がしたのだ。

 

「何だあれ?」

「……やばい、あの耳もふりたい。助けていい?」

「香織さん!? 厄介ごとに首突っ込むのはやめようね!?」

 

 香織の琴線に触れたのか、ウサミミ少女は確かに美少女ではあった。涙と鼻水でいろいろ残念なことにはなっていたが、文句はない美形である。

 なお、最初から助ける気な香織は既にデュランダルをヒップホルスターから抜いて照準を合わせている。

 

「……兎人族?」

「なんでこんなとこに? 兎人族って谷底が住処なのか?」

「……聞いたことない」

「じゃあ、あれか? 犯罪者として落とされたとか? 処刑の方法としてあったよな?」

「……悪ウサギ?」

「いや……まぁ、悪人には見えないけど……」

 

 ドパンッ! と銃声がした。ハジメ達は苦笑しながら、香織を見て、双頭のティラノの片方の頭、その眉間を撃ち抜かれていた。

 そして、片方の頭が死んだことに気がついたもう一つの頭がこちらを向く。さらに追っかけられていたウサミミ少女もこちらを向いていた。

 そして、彼女は滂沱の涙を流し顔をぐしゃぐしゃにして必死に駆けてくる。

 

「だずげでぐだざ~い! 死んじゃう! 死んじゃうよぉ! だずけてぇ~、おねがいじますぅ~!」

「んじゃ助けるね!」

「「即答なの、香織さん!?」」

「……アキラメロン。もう関わっちゃったし」

 

 即答の香織に頬を引き攣らせるハジメ、胡乱な目をする双葉。諦めた目のユエに、構わず香織のデュランダルが銃口はティラノの額をロックオン。コンマ一秒にも満たない時間で照準から発砲までプロセスを完了し、一発の銃声と共に閃光が魔物の眉間を貫いた。

 一瞬、ビクンと痙攣した後、ティラノはあまりに呆気なく絶命し、地響きを立てながら横倒しに崩れ落ちた。 

 泣きじゃくっていたウサミミ少女は未知の攻撃でご臨終した魔物を見て、驚愕も顕に目を見開いている。

 

「し、死んでます……そんなダイヘドアが一撃なんて……」

「ダイヘドアっていうのね、あれ」

 

 ウサミミ少女は驚愕も顕に目を見開いている。どうやらあの双頭ティラノは〝ダイヘドア〟というらしい。そんな彼女に、魔力駆動二輪から降りた香織がそろりそろりと。近づいて後ろから抱きついた。

 

「ほぎゃぁぁぁ!? え、なんですか!?」

「あ、脅かす気はないんだよ? ホントだよ?」

「あっちょ、耳は、ヤメてぇぇ〜ですぅ!?」

「フワフワな、柔らかぁい……いくらでも頬擦りできるよ、これ!」

 

 フワフワなウサミミに頬擦りする香織はどこか恍惚な笑みを浮かべている。その様を見て双葉はそろそろ助けるか。埒があかないと香織に近づいて──

 

「……やっぱり可愛い! ハジメ、ペットにしていい!?」

「ペット!? なんでだよ!? 獣人なら奴隷だろ!?」

「……どことなく同情させられる。哀れなウサミミ少女」

「ホワッ!? いきなり、奴隷堕ちですぅ〜!?」

「いい加減にしようね、香織さん!」

 

 ──ゲンコツを落とした。

 

「いったい!? 何するの双葉!?」

「こっちのセリフだよ!? ちょっと落ち着きなさいね?」

「ハジメ、助けて! 双葉がいじめるの!」

 

 頭を押さえて、涙目の抗議。しかし双葉には通用しなかったので、香織はあまりの情報量にフリーズしていたハジメに泣きついた。

 

「うう、なんだか怖いですぅ……」

「連れがごめんね? まぁ、あなたの事を助けたのはあの子……香織だから、後で礼は言っておいてね。 で、あたしは双葉。天龍双葉よ」

「テンリュウフタバさんですか? 珍しいお名前ですね」

 

 双葉が詫びにと渡した水筒の水を呷り。そう答えるウサミミ少女。なかなか図太いようである。

 

「そ、そうでした! 先程は助けて頂きありがとうございました! 私は兎人族ハウリアの一人、シアといいますです! 取り敢えず私の仲間も助けてください!」

「……やっぱり厄介ごとかよぉ……まぁ、関わった以上、助けるのか筋ね」

 

 双葉の声でハジメは我に帰り、香織を慰めていた彼はがウサミミ少女を横目に見る。そして、奈落から脱出して早々に舞い込んだ面倒事に深い溜息を吐くのだった。

 

 ──

 

 to be continued



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

ハウリアの事情と双葉の人助け

 ■双葉side

 

 とりあえず、落ち着いた香織がウサミミ少女ことシアに頭を下げていた。

 

「うう、ごめんねシアちゃん……なんだか抑えが効かなくて……」

「いえ、何かご事情があると思ったいましたが、魔物を食べて生きながらえられたとは……」

「え、なんかダメなの?」

 

 あたし達の場合は状況やらが特殊だったし、食べ物が魔物しかなかった極限状態だったしね。

 

「……あの、魔物を食べればもれなくお亡くなりになるはずなんですけど、食べて生存された方は超常の力を得るわけでして」

「まぁ、俺たちは確かに超常の存在扱いされても文句も言えんからな」

 

 神妙な顔をするハジメはその後に続くシアの言葉に眉を顰めていた。まぁ、あたし達全員がしかめたって言っても過言じゃないけど。

 

「そして、その超常の力の代償に。精神汚染されてしまうんですぅ〜……その人が秘める‘七つの原罪’が表層上に活性化して引っ張り出されると言いますか……」

「……そういうのが、半魔物化の代償なのかぁ」

「俺は何も起こってないが……」

「ハジメは傲慢(プライド)だよ。気付いてないと思うけど、他者を糧としてしか見てない時があるわ」

 

 心当たりがないハジメにツッコんでおく。ハジメは自分の大事な人や物以外を糧と判断しているような節が多数見受けられる。本人は気がついてないけど、シアに対しては無関心かつ、メリットがないなら手伝う気はないだろうと思う。

 

「マジで? じゃあ、香織はやっぱ……色欲(ラスト)?」

「否定したいけど否定できないのが悲しい!」 

 

 やたら艶っぽいし、蠱惑的な微笑みを絶やさない香織に関してはあたしの中で女郎蜘蛛と評してる以上、色欲で間違いないとのこと。それに加えて絶対「強欲(グリード)

 

「双葉はなんだろうな……暴食(グラトニー)だな。……食う量が半端ねえし」

「ぐっ、たしかに……これは要注意ね」

 

 一番厄介な暴食があたしの罪、か。まぁ、我慢できないからってさっきもダイヘドアとかいう双頭ティラノモドキのモモ肉焼いて食べたばっかだったしなぁ……なんで地上に戻っても魔物肉食べてんだあたしは。

 

「あのぉ〜、そのぉ〜……そろそろ、いいですか?」

 

 遠慮気味にシアが手を上げる。そして、あたし達の注目が自分に返ってきたのを見てひっ、と小さく悲鳴をあげていた。

 

「ああ、ごめんね? ……香織はともかく、なんであたしにまで怯えてるの?」

「ひどいよ、双葉!?」

「じ、じつは……双葉さんから、ドラゴンの気配を感じてまして……私たちにとって天敵みたいな物ですから、つい……ご気分を害したのなら謝ります! 何卒、命だけは!」

「はいはい、気にしてないから、ね?」

 

 土下座したシアの頭を撫でて落ち着かせてみる。やっぱりビクビクしているが、まぁウサギってごっつい臆病な動物だからそれが人になったような兎人族の場合。

 天敵であるワイバーンっぽい魔物の気配にあたしが似てたらそら警戒もして然るべきかな? 悲しいけどね? 

 

「空気の流れを変えようぜ──とりあえず話は聞いてやる。 判断するのはその後だ。俺は南雲ハジメだ」

「私は白崎香織だよ。さっきは本当にごめんなさい!」

「……ユエ」

「改めて、あたしは天龍双葉。人型ドラゴン……半龍半人の存在とだけ」

「竜人族の方だったんですか!? これは飛んだ御無れ「違うって言ってるでしょうが」ふきゃん!? ぶった! 父様にも打たれたことないのに!」

 

 深読みも大概にしろ、とゲンコツを落とすが。小さく悲鳴を上げただけでシアはピンピンしている……なんだこれ。まぁ、今は指摘せず、シアに続きを促すことにした。

 

「こほんっ、改めまして、私は兎人族ハウリアの長の娘シア・ハウリアと言います」

 

 そして、彼女は語る。自分たちが今どれだけの危機的状況なのかを。

 

 要約すると。

 

 まず、ハウリアと名乗る兎人族達は【ハルツィナ樹海】にて数百人規模の集落を作りひっそりと暮らしている。

 兎人族は、聴覚や隠密行動に優れているものの、他の亜人族に比べればスペックは低いらしく、突出したものがないので亜人族の中でも格下と見られる傾向が強いらしい。

 

 性格は総じて温厚で争いを嫌うらしいが、酷い言い方かもしれないけど、ヘタレな種族と言うことだろう……一つの集落全体を家族として扱う仲間同士の絆が深い種族だそうだ。

 

 しかし、他の亜人族にない特徴がある。それは、総じて容姿に優れており、エルフのような美しさとは異なった、可愛らしさがあるので、帝国などに捕まり奴隷にされたときは愛玩用として人気の商品となる。

 

 言われてみれば、シアも。とびっきりの美少女だろう。

 少し青みがかったロングストレートの白髪に、蒼穹の瞳。眉やまつ毛まで白く、肌の白さとも相まって黙っていれば神秘的な容姿とも言える。

 手足もスラリと長く、出るところは出てる……巨乳と安産型な臀部──そして何より。

 ウサミミやウサ尻尾がふりふりと揺れる様は何とも愛らしい。ケモナー達が見れば感極まって昇天しかねないだろうな、などと考えつつ。

 

 そんな兎人族の一つ、ハウリア族に、ある日異常な女の子が生まれた。兎人族は基本的に濃紺の髪をしているのだが、その子の髪は青みがかった白髪だったのだ。しかも、亜人族には無いはずの魔力まで有しており、直接魔力を操るすべと、とある固有魔法まで使えたのだ。

 

 当然、一族は大いに困惑した。兎人族として、いや、亜人族として有り得ない子が生まれたのだ。魔物と同様の力を持っているなど、普通なら迫害の対象となるだろう。しかし、彼女が生まれたのは亜人族一、家族の情が深い種族である兎人族だ。百数十人全員を一つの家族と称する種族なのだ。ハウリア族は女の子を見捨てるという選択肢を持たなかった。

 

 しかし、樹海深部に存在する亜人族の国【フェアベルゲン】に女の子の存在がばれれば間違いなく処刑される。魔物とはそれだけ忌み嫌われており、不倶戴天の敵なのである。

 何より、樹海に侵入した魔力を持つ他種族は、総じて即殺が暗黙の了解となっているほどだ──亜人の国で、魔力を持つものは淘汰されるべき存在故に。

 

 故に、ハウリア族は女の子を隠し、十六年もの間ひっそりと育ててきた。だが、先日とうとう彼女の存在がばれてしまった。その為、ハウリア族はフェアベルゲンに捕まる前に一族ごと樹海を出たのだ。

 行く宛もない彼等は、一先ず北の山脈地帯を目指すことにした。山の幸があれば生きていけるかもしれないと考えたからだ。未開地ではあるが、帝国や奴隷商に捕まり奴隷に堕とされてしまうよりはマシだ。

 

「そんな私たちの試みは、その帝国により潰えたんです……」

「帝国兵に見つかってしまったんだな?」

 

 ハジメの言葉にシアは力無く頷いた。樹海を出て直ぐに運悪く帝国兵に見つかってしまったらしく。

 巡回中だったのか訓練だったのかは不明で、一個中隊規模と出くわしたハウリア族は南に逃げるしかなかった。

 女子供を逃がすため男達が追っ手の妨害を試みるが、元々温厚で平和的な兎人族と魔法を使える訓練された帝国兵では比べるまでもない歴然とした戦力差があり、気がつけば半数以上が捕らわれてしまった。

 全滅を避けるために必死に逃げ続け、ライセン大峡谷にたどり着いた彼等は、苦肉の策として峡谷へと逃げ込んだ。流石に、魔法の使えない峡谷にまで帝国兵も追って来ないだろうし、ほとぼりが冷めていなくなるのを待とうとしたのである。魔物に襲われるのと帝国兵がいなくなるのとどちらが早いかという賭けだったが、しかし。

 

「帝国兵は一向に撤退してくれませんでした。小隊が峡谷の出入り口である崖の入口に陣取って、私の家族が魔物から逃げ出してくるのを待ち構えてるみたいなんです!」

「……へぇ、たしかに合理的だな」

「ちょっと、ハジメくん!?」

「勘違いすんな。人間の悪知恵は武器だからな……気にいらねぇだけだ」

 

 そうこうしている内に、案の定、魔物が襲来した。もう無理だと帝国に投降しようとしたが、峡谷から逃がすものかと魔物が回り込み、ハウリア族は峡谷の奥へと逃げるしかなかった。そうやって、追い立てられるように峡谷を逃げ惑い……

 

「……気がつけば、六十人はいた家族も、今は四十人程しかいません。このままでは全滅です。どうか助けて下さい!」

 

 必死の訴え。それを聞きあたしは腕を組み、一考する。しばらく考えて、あたしは一つ、提案した。

 

「双葉、どうする?」

「おーけー。あたしは助けるべきだと思うわ」

「その心は?」

 

 ハジメが納得できる答えだ。今の話を聞いていて思ったのは。

 

「まず、フェアベルゲンがあたし達を歓迎してくれるかが怪しい……魔力を使える種族のが四人。片や一名は下手すりゃ国を滅ぼせる存在よ?」

「……そりゃまぁそうだな。俺たちは迷宮に行きたいだけだから無視して隠密行軍すれば問題ないと思うが」

「案内人がいないと迷宮には辿り着けないと思うわ……樹海を焼き払って乱暴に進めば迷うことなんてないと思うけど、流石に亜人の国に迷惑をかけるのもどうかと思う」

「……そんなのは最終手段だろうが。まぁ、でも。たしかに。メリット(・・・・)はあるな」

 

 ハジメは納得したような雰囲気で。ただ、一押し足りていないので。

 

「ここまで聞いて引き下がれないのは知ってるでしょ? あたし一人でもシアの家族を助けに行く選択もあるし」

「……わーったよ。シア、そしてその家族を助けてやる──お前達を樹海の案内に雇わせてもらう。報酬はお前等の命だ」

「あ、ありがとうございます! うぅ~、よがっだよぉ~、ほんどによがったよぉ~」

 

 ぐしぐしと嬉し泣きするシア。しかし、仲間のためにもグズグズしていられないと直ぐに立ち上がる気概……やっぱこの子根性はピカイチだわ。

 

「あ、あの、宜しくお願いします! ハジメさん、香織さん、ユエさん、双葉さん!」

「おう。んじゃ乗れ……って三人乗りなら……双葉、頼んでいいか? バイクの免許持ちお前だけだし」

「あいよー。サイドカーの準備もしとくもんだね」

 

 あたしは赤い魔力駆動二輪に備えられたハードポイントを出すと、ハジメが宝物庫から出したサイドカーを嵌め込み、固定する。これで三人乗りができるようになったわけで。

 

「んじゃ、‘急がば回れ’。もしくは、‘善は急げ’。これに乗ってね、シア」

「なんでしょうか、というか。あ、あの。助けてもらうのに必死で、つい流してしまったのですが……この乗り物? 何なのでしょう?」

「魔力駆動二輪。名前は‘シュタイフ・ローツ’。赤い疾風って意味かな」

「魔力を用いて機関を動かして。馬よりも早く走れる乗り物だ……香織が乗るのか?」

「ユエちゃんがいいって、ねー♪」

「……そろそろ交代する。双葉、後ろに乗せて」

「……小腹が空いてこっちに来たなさては」

 

 サイドカーにシアを乗せて、後ろの席にはユエが乗り、ユエは舌なめずりして、あたしの首元に牙を突き立てて勝手に血を吸う──血を吸われるのはもう慣れた。

 

「双葉の料理も捨てがたいけど、やっぱり血が一番好きな味」

「ユエはまったくもって強欲(グリード)なことで!」

 

 あたしはシアに案内させながら、スロットルを全開にして。赤い稲妻の如く、最高速で飛び出した。瞬間、シアの悲鳴が聞こえた気もするが、きっと気のせいだろう。

 

 □noside

 

 遠くで魔物の咆哮が聞こえた。どうやら相当な数の魔物が騒いでいるようだ。その声を聞き焦るシアを横まで見やりながら双葉は動力に込める魔力の量を倍にする。

 

「双葉さん! あの魔物の声……ち、近いです! 父様達がいる場所に近いです!」

「オーケー! しっかり捕まりなさい、トばすわよ!」

「は、はいで……すぅぅぅ〜!?」

 

 ニトロブースターを使ったが如く、ギュンと加速して。シアはその加速に鼻水を垂らしかけながら、恐怖と闘っていた。

 なにせ、感じたことのない風圧、スピードなのだ。いくら兎人族が俊敏さに秀でた種族だとしても、こんな速度は経験することはない。したがって、シアは粗相しかけるが、なんとか根性、そして乙女の矜持で堪え抜いた。

 

 ──────

 

 ライセン大峡谷に悲鳴と怒号が木霊する。

 

 ウサミミを生やした人影が岩陰に逃げ込み必死に体を縮めている。あちこちの岩陰からウサミミだけがちょこんと見えており、数からすると二十人ちょっと。見えない部分も合わせれば四十人といったところか。

 

「‘頭隠して尻隠さず’ならぬで‘耳隠さず’か」

「ワイバーンモドキの目が白黒で見えるなら問題ないのかも?」

 

 気配感知でハジメは彼らの位置を把握しつつ、ドンナー・シュラークを抜いた。香織もハンドルを片手に握りつつ、デュランダルを構える。

 ‘シュタイフ・ブルード’を現在運転してるのは香織。ハジメは後部座席にて二丁拳銃の構えだ。

 

 上空に存在する物を双葉は認識する。奈落の底でも滅多に見なかった飛行型の魔物で、姿は俗に言う亜竜(ワイバーン)だ。

 体長は三~五メートル程で、鋭い爪と牙、モーニングスターのように先端が膨らみ刺がついている長い尻尾を持っている。

 

「ハ、ハイベリア……」

「いちにーさん……六匹かな。ユエは待機ね?」

「……んっ(カプッ、チュー……)」

「そろそろ血を吸うのをやめてくださる?」

「……むぅ、仕方ない」

「お二人は、怖くないんですか……?」

 

 シアの震える声が聞こえた。あのワイバーンモドキは‘ハイベリア’というらしい。ハイベリアは全部で六匹はいる。その数を呑気に数える双葉にその余裕はどこから来るのかとシアは問いかけると、双葉はこう宣う。

 

亜竜如き(・・・・)に、なんでこのあたしが怯えないとダメなの?」

 

 その返しに面食らって呆けたシアの視界の外。ハイベリアの一匹が遂に行動を起こした。大きな岩と岩の間に隠れていた兎人族の下へ急降下すると空中で一回転し遠心力のたっぷり乗った尻尾で岩を殴りつけた。轟音と共に岩が粉砕され、兎人族が悲鳴と共に這い出してくる。

 

 ハイベリアは「待ってました」と言わんばかりに、その顎門を開き無力な獲物を喰らおうとする。狙われたのは二人の兎人族。ハイベリアの一撃で腰が抜けたのか動けない小さな子供に男性の兎人族が覆いかぶさって庇おうとしている。

 周りの兎人族がその様子を見て瞳に絶望を浮かべた。誰もが次の瞬間には二人の家族が無残にもハイベリアの餌になるところを想像しただろう。しかし、それは有り得ない。

 

 ドパンッ!! ドパンッ!! ズダァンッ!! 

 

 峡谷に三発の破裂音が響くと同時に閃光が虚空を走る。その内の一発が、今まさに二人の兎人族にかぶり付こうとしていたハイベリアの眼窩を狙い違わず貫いた。凄まじい運動エネルギーが逃げ場を求めて頭蓋内をミキサーのように暴れ回り。それに耐えきれなくなった頭蓋内圧は頭部を爆散させ、ハイバリアの死骸が蹲る二人の兎人族の脇を勢いよく土埃を巻き上げながら滑り、轟音を立てながら停止する。

 

 同時に、後方で凄まじい咆哮が響いた。呆然とする暇もなく、そちらに視線を転じる兎人族が見たものは、片方の腕がと尻尾が千切れて大量の血を吹き出しながらのたうち回るハイベリアの姿。

 そのすぐ近くには腰を抜かしたようにへたり込む兎人族の姿と、千切られた尻尾の先端がある。おそらく、先のハイベリアに注目している間に、そちらでもハイベリアの襲撃を受けていたのだろう。一発は、突撃するハイベリアの片腕を撃ち抜き、最後の一発はバランスを崩したハイベリアが地に落ちて、激痛に暴れている尻尾がへたり込んでいた兎人族に迫る前に千切られたのだろう。

 

「な、何が……」

 

 先程、子供を庇っていた男の兎人族が呆然としながら、目の前の頭部を砕かれ絶命したハイベリアと、後方でのたうち回っているハイベリアを交互に見ながら呟いた。

 

 すると、のたうち回っていたハイベリアを極太の閃光が貫いていく。ハイベリアの胴体より上が、消失(・・)して。残っていた部分がズズンッと地響きを立てながら崩れ落ち動かなくなった。

 

 上空のハイベリア達が仲間の死に激怒したのか一斉に咆哮を上げる。それに身を竦ませる兎人族達の優秀な耳に、今まで一度も聞いたことのない異音が聞こえた。

 キィィイイイという甲高い蒸気が噴出するような音だ。今度は何事かと音の聞こえる方へ視線を向けた兎人族達の目に飛び込んできたのは、見たこともない乗り物に乗って、高速でこちらに向かってくるふたつの影。

 

 その内の五つの人影の中、一人は見覚えがありすぎる。今朝方、突如姿を消し、ついさっきまで一族総出で探していた女の子。一族が陥っている今の状況に、酷く心を痛めて責任を感じていたようで。

 普段の元気の良さがなりを潜め、思いつめた表情をしていた。何か無茶をするのではと、心配していた矢先の失踪だ。つい、慎重さを忘れて捜索しハイベリアに見つかってしまった。彼女を見つける前に、一族の全滅も覚悟していたのだが……

 

 その彼女が赤い乗り物の横についた部分に立ち上がり手をブンブンと振っている。その表情に普段の明るさが見て取れた。信じられない思いで彼女を見つめる兎人族。

 

「みんな~、助けを呼んできましたよぉ~!」

 

 その聞きなれた声音に、これは現実だと理解したのか兎人族が一斉に彼女の名を呼んだ。

 

「「「「「「「「「「シア〜〜〜っっ!?」」」」」」」」」」

 

 その様子を見て、双葉は「愛されてるんだなぁ」と一言。そして、危険を顧みず、シアを探していた一族の心意気に胸打たれたのか、ガングニールを手にして。

 

「ユエ、運転お願いね」

「安全運転しかできないけど?」

「構わん、ロースピードで十分……ハジメ、香織。援護よろしく!」

「いいぜ、派手に暴れてこい!」

「まっかせてー!」

「アルビオン、いくよ! 擬/白龍皇の光翼(シャドウ・ディバイン・ディバイディング)!」

『亜竜の分際で‘天’を掴んだと。その思い上がり、ここで粉砕してやろう!』

 

 双葉は光翼を展開して、飛翔する。それを見たシアは手を振りながら、驚愕に染まった顔で双葉を見送った。シアの登場に驚いていた兎人族達も同じく、その光景に目を疑った。

 

「まずは一つ! ‘ダークネス・リパルサー’ッ!」

 

 双葉は無垢なる白銀の右腕(ゼニス・イノセント・アガートラム)に魔力を込め、そして手近にいたハイベリアに照射する。その速度は‘光’と同等。避けれるはずもなく……頭部を蒸発させられた魔物は地に落ちていく。

 

「さぁ、まだまだ! 射撃モード、からーのー!」

 

 がしゅん! と縦に分かれるようにして。ガングニールがまるで顎門を開くように展開し、双葉の纏雷を受けて赤黒くスパークが迸る。そして、双葉は小柄なハイベリアに対して空力で作った足場に足を添えて。足場を蹴り、爆縮地による超加速で距離を詰めると。

 その胴体に展開した穂先を抉り込む。当然激痛で咆哮を上げようとしたが。魔物は突如として全身から力が抜ける感覚を覚えた。

 

[半減(Divide)ッ‼︎]

「お前の力、いただくよ!」

 

 白龍皇の力がハイベリアの力を半減させる。そして、半減させた力を双葉がオーラに変換して取り込んでみせる。

 

「そしてぇ、最大、出力でぇぇぇ!!」

「グルォアアア!?」

 

 バリバリバリバリバリバリッッ!! 魔物の体内で雷を解放。ハイベリアの内臓器官は機能を低下させてしまい、魔物はぐったりと動かなくなり。その様子は瀕死と言えようか。

 

「あれ、抜けない!?」

 

 振り回すが食い込んだ肉が雷により灼かれて。硬直した魔物の体からガングニールが抜けぬと焦る双葉。その隙を逃すものかと残りのハイベリアは仇を取るためなのか。あるいは腹を満たすためか彼女に躍りかかる。

 

「おい、遊んでないで仕事はきっちりしろよ。双葉」

「三文芝居だよー」

「ちぇ、バレたか」

 

 ドパンッ! ズダンッ! 

 

 二発の銃声がワイバーンモドキの頭蓋を弾けさせて叩き落とす。

 

「これで全部……いや、まだいるな」

 

 先の咆哮は仲間を呼ぶためのものだったよう、遠くから唸り声が聞こえたのだ。やはり、このタイプの魔物は群れで動くのかと双葉はなるほど、と頷きながら。纏雷を発生させ、生焼けのワイバーンモドキは完全に火を通されたようになる。

 生き物が焼ける嫌な匂いがあたりに充満するが気にすることなく。ワイバーンの魔物肉。翼腕に齧り付く。

 

「まぁ、やりようはあるさ。はむっ……んぐ、うぇ、やっぱ不味いなぁ」

 

 肉を噛み、引きちぎり、咀嚼。また噛み付き、引きちぎり、咀嚼して飲み込む。その光景を見て、兎人族達は唖然としていた……人が魔物を喰っているのだから、当然だろうか。

 

「まぁ、燃料になるのはお腹に収めたし……はぁぁぁ……」

 

 双葉は纏雷の出力を上げて。ガングニールに膨大な魔力を注ぎ込む。そして、臨界まで達した赤黒い雷の魔力は‘魔力的プラズマ’へと変貌した。

 

「セット、狙いは外すつもりはないから……これで吹っ飛べ!」

 

 ガングニールを両手で構え、プラズマは赤い太陽の如き。火球を生み出し、双葉はそれを照射した。

 ‘魔導電磁加速砲’もまた砲弾を放つ。秒速五.六キロメートルの初速で砲弾が放たれる。そしてその砲弾はエネルギーを指向させる。砲弾が突き抜けた衝撃のベクトルを増幅し、双葉はそれらを一気に解放する。

 

「その身悉く、焔に抱かれて灰塵に帰るがいい!」

 

 直後、魔物達は絶命した。双葉が開放したエネルギーはおよそ一万℃以上。それが宙を舞う魔物達を一瞬にして消し炭とした。

 直径にして20mの極太の焔が魔力の塊。そんなものが秒速五.六キロメートルで迫ったのだ。避けれるはずもなかった。

 

 何が何だかわからない。取り残された兎人族達の前に、双葉が降り立ち。ハジメ達と合流する。

 

「さて、これでよし。怪我人はいない? ……なんでドン引きされてるの!?」

「目の前で魔物をくった奴を見たらそうなるだろうが」

「……あ」

 

 双葉はやらかしたかぁ、と後悔するがもう遅い。そこへ

 

「ハジメ殿にフタバ様で宜しいか? 私は、カム。シアの父にしてハウリアの族長をしております。この度はシアのみならず我が一族の窮地をお助け頂き、何とお礼を言えばいいか。しかも、脱出まで助力くださるとか……父として、族長として深く感謝致します」

 

 そう言って、カムと名乗ったハウリア族の族長は深々と頭を下げた。後ろには同じように頭を下げるハウリア族一同がいる。

 

「まぁ、礼は受け取っておく。だが、樹海の案内と引き換えなんだ。それは忘れるなよ? それより、随分あっさり信用するんだな。亜人は人間族にはいい感情を持っていないだろうに……」

 

 交渉を始めたハジメに後を任せて。双葉は休息のために、一度下がるのだった。

 

 ──

 

 to be continued .



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

帝国兵の末路

 □noside

 

 ハイベリアを撃退及び。ハジメと、ハウリア族の族長がカム・ハウリアとの交渉が終わり。総勢四十人の兎人族をぞろぞろと引き連れて、時折襲い来る魔物は尽く撃ち殺され、あるいは頸を切り裂かれて絶命する。

 それもそうだろう。ハジメ、香織が銃器で撃ち、双葉が常に対空して空からの襲撃も一断ちあるいは‘ダーク・リパルサー’での一撃で、消滅させられていくのだから。

 時折、休憩がてらに双葉は地上に降りて。ハジメと香織が代わりに周囲の警戒を行う。そんな時、双葉はふと思い出したかのように、隣を歩くシアに尋ねた。

 

「そういえば、シアはなんで単独で行動してたの?」

 

 一人でこの峡谷を彷徨くのは自殺行為だと双葉は思う。自分たちにとっては歯牙にも掛けない雑魚だが、世間的に見れば、ここの魔物たちには強力な個体が多い。

 

「え? あ、はい。私は‘未来視’と言う固有魔法を覚えていまして仮定した未来が見えます。もしこれを選択したら、その先どうなるか? みたいな……あと、危険が迫っているときは勝手に見えたりします。まぁ、見えた未来が絶対というわけではないですけど……」

 

 シアの説明する‘未来視’は、彼女の説明通り、任意で発動する場合は、仮定した選択の結果としての未来が見えるというものだ。これには莫大な魔力を消費する。一回で枯渇寸前になるほどである。また、自動で発動する場合もあり、シアにとって危険と思える状況が急迫している場合に発動する。これも多大な魔力を消費するが、任意発動程ではなく三分の一程消費するらしい。

 

「なるほど。その固有魔法に縋る思いであたし達が来ることを予知したのね」

「あの時はそれしか頼れる物がなかったと言いましょうかぁ、その……」

 

 双葉はシアの言葉を手で遮り、苦笑しながら諭すような物言いで。

 

「みなまで言わずともいいわ。まぁ、今回はあたし達の目的があり、シア達を助けるのはその目的に対して‘メリット’が。偶然にも、あなた達に案内してもらうって言う‘対価’があるから引き受けたってことは忘れないでね?」

「は、はい! ──ぴぎぃ!?」

 

 双葉は言いながら、シアの頭上に迫っていた魔物の頭を空中回し蹴り。蹴飛ばして。そのまま流れるような動作でガングニールを投擲、頭部を貫いて絶命させると経路(パス)に魔力を込めて手元に引き戻す。

 

「こ、怖かった……あれ? 双葉さんも魔力を直接操れるんですか?」

 

 自分の頭の上を剛槍が飛翔し、通り過ぎて行った恐怖に震えながらも。今度はシアが双葉に尋ねる。

 

「ん? 藪から棒にどうしたの?」

「いえ……今、武器を引き寄せるのに魔力を操作されたような気がしまして」

「……あー。そうね、あたしはもともと‘魔力操作’を覚えてるけど、ハジメと香織、ユエも直接魔力を操ったり、固有魔法を使えるわよ?」

 

 双葉は隠すことなく、シアに応える。すると、彼女は目を見開いて驚愕を顕に。しばらく呆然としていたシアだったが、突然。何かを堪える様な素振り、そして。何故か泣きべそをかき始めた。

 

「……ああ、シアにとっては同じような人がいない孤独を味わってたのね」

「はい……一人じゃなかったんだなっと思ったら……何だか嬉しくなってしまって……」

「そっか」

 

 双葉はただ無言でシアの頭を撫でてやる。埃やらなにやら、ざらざらした感触で色々台無しだが、それでも。双葉はシアが落ち着くまで撫でていた。

 

「……すみません、お見苦しいところを……ですぅ」

「泣きたきゃ、泣きゃあいいのよ。感情を押し込めるのはあまり良くない。けどね? もっと孤独を味わった人もいることは忘れないで」

「……ユエさんの事ですか?」

「そう言うことよ」

 

 双葉はユエの境遇をシアに話す。シアは家族の愛情を受けて育っているが、ユエは利用される人生であったと。自分たちと出逢わなければ今もなお、孤独の中で朽ちることも許されない壮絶な仕打ちを受け続けていただろう、と。

 それを聞き、シアはさらに泣く。それは純粋に‘他人のことを思う’涙で、そこには打算や同情心は全く感じられないものだった。シアがわかりやすいだけなのだろう、と双葉は納得した。

 

 双葉は語りながらユエを見やる。彼女は今、ハジメの隣を歩き、朗らかな笑みを。幸せそうに目を細めていたり、香織を揶揄ったりと忙しそうにコロコロと表情を変えている。

 双葉の真似をしていたのが懐かしい……この数ヶ月でユエの表情は多彩に彩られるようになってきていた。

 

「……あんたとは、長い付き合いになる気がするわ」

「……ふぇ?」

 

 双葉はそう零し、その言葉の真意を汲み取れず、シアはただ首をかしげることしかできなかった。

 

 ──────

 

 気がつけばライセン大峡谷の凶悪な魔物が為すすべなく絶命していく光景に、兎人族達は唖然として、次いで、それを成し遂げている人物たちに対して畏敬の念を向けていた。

 もっとも、小さな子供達は総じて、そのつぶらな瞳をキラキラさせて圧倒的な力を振るうハジメをヒーローだとでも言うように見つめている。

 

 そんな無垢なる視線を受けたハジメは居心地が悪そうに、頬を掻きながら警戒を続けている。

 

 余談だが、双葉に関しては天使様や使徒様だのと、そんな扱いする者も出かけていたが、不機嫌に双葉は「使徒とかそういう神聖な者に例えるのはちょっとやめてほしい」と鶴の一言で。それ以降は‘双葉さま’と、ハウリア達は親愛と畏敬を込めて呼ぶようになっていた。

 

「慣れない……まぢで、様扱いはやめてほしい」

「仕方ないですよぉ、双葉さん。圧倒的な力に、圧倒的武威。私たち非力な亜人からすれば羨望の眼差しで迎えねば失礼に値しますし」

 

 シアの言葉に苦虫を百匹口に放り込まれ、噛み潰したような顔の双葉を見てユエがくすりと笑った。

 

 そうこうしている内に、一行は遂にライセン大峡谷から脱出できる場所にたどり着いた。ハジメは陸上での‘遠見’で。双葉は擬/白龍皇の光翼(シャドウ・ディバイン・ディバイディング)を用いて索敵ついでに上空から覗くように見ると、立派な階段がある。規模の大きな物で、延々と続く階段の果てには樹海も薄らと見える。距離的にはライセン大峡谷の出口から、徒歩で半日くらいの場所が樹海になっているようだ。

 

「んー……ん?」

 

 双葉は上空より眺めていると、何者かたち……およそ三十人ほどがたむろしているのを見つける。彼女の目が全員がカーキ色の軍服らしき衣服を纏っており、剣や槍、盾を携えているのを捉えた。

 

「あれが帝国兵かな?」

「グルォアアア!!」

「煩い、死ね!」

「ギャオンッ!?」

 

 情報の共有のために地上へ降りる際に襲ってきたハイベリアの首をバキィッ! と蹴り折り。尻尾を掴んでジャイアントスイングよろしく振り回しながら…… 峡谷の方へ投げ捨てた反動を利用して急降下する。

 

「ハジメ、やっぱ帝国兵っぽい団体さんが居座ってるみたいね」

「ん、ありがとよ、双葉。なるほどな……だとしたら、正面突破しかないか?」

「うーん、そうだなぁ……奴隷文化がまだ根付いてる中世の世界観は現代日本育ちの私たちには合わないし、不快だけど……相手の出方次第で決めよっか」

「そうだな」

「な、なにを決められるのですか?」

 

 不安げにシアが話し合っていたハジメと香織に尋ねる。万一、ハジメ達が帝国側に着いた場合。今度こそ死より辛い奴隷生活が待っている。そんな考えが一瞬シアの脳裏をよぎる。しかしそれは杞憂だ。ハジメの代わりに答えた双葉の返答は

 

「ん? 何をって──帝国兵が敵なら‘殺す’ってことよ」

 

 澱みなく、躊躇いのかけらも感じさせないほどに。極自然な口調で滑らかに‘殺す’と口にした双葉に、シアは焦りを見せる。

 

「え!? 仮にも同族の方々ですよ、魔物じゃないんですよ!?」

「んー、シアちゃん。勘違いしてほしくないんだけど……」

 

 香織はチラリとハジメを見る。そして、彼女が言わんとしたいことを以心伝心か。読み取った彼は諭すように言葉を切り出す。

 

「いいか? 俺たちは、お前等が樹海探索に便利だから雇った。んで、それまで死なれちゃ困るから守っているだけ。断じて、お前等に同情してとか、義侠心に駆られて助けているわけじゃない。まして、今後ずっと守ってやるつもりなんて毛頭ない。忘れたわけじゃないだろう?」

「うっ、はい……覚えてます……」

「だから、樹海案内の仕事が終わるまでは守る。自分のためにな。それを邪魔するヤツは魔物だろうが人間族だろうが関係ない……ってことだよ」

「な、なるほど……」

「はっはっは、分かりやすくていいですな。樹海の案内はお任せくだされ」

 

 シアはその言葉にどこか納得はできないが、‘ハジメらしい’とは思えるようになっていた。そして、その話を聞き、カムは快活に笑った。下手に正義感を持ち出されるよりもギブ&テイクな関係の方が信用に値したのだろう。その表情に含むところは全くなかった。

 

「とりあえず、階段を登ろっか。ここで止まるのも意味ないし」

 

 ライセン大峡谷を抜けるべく、出口の階段を登ったその先には……

 

「おいおい、マジかよ。生き残ってやがったのか。隊長の命令だから仕方なく残ってただけなんだがなぁ~こりゃあ、いい土産ができそうだ」

 

 双葉の報告通り、三十人ほどの帝国兵がたむろしており、ハジメ達を見るなり驚いた表情を見せたが、直ぐに喜色を浮かべ、品定めでもするように兎人族を見渡した。

 

「小隊長! 白髪の兎人もいますよ! 隊長が欲しがってましたよね?」

「おお、ますますツイテルな。年寄りは別にいいが、あれは絶対殺すなよ?」

「小隊長ぉ~、女も結構いますし、ちょっとくらい味見してもいいっすよねぇ? こちとら、何もないとこで三日も待たされたんだ。役得の一つや二つ大目に見てくださいよぉ~」

「ったく。全部はやめとけ。二、三人なら好きにしろ」

「ひゃっほ~、流石、小隊長! 話がわかる!」

 

 兎人族達を完全に獲物としてしか見ていないのか戦闘態勢をとる事もなく、帝国兵達は下卑た笑みを浮かべ舐めるような視線を兎人族の女性達に向けている。

 兎人族達は、その視線にただ怯えて震えるばかりで、その様子を見て双葉は小さくため息を吐きながら、ハジメの隣に移動した。

 帝国兵達が好き勝手に騒いでいると、兎人族にニヤついた笑みを浮かべていた小隊長と呼ばれた男が、ようやくハジメの存在に気がついた。

 

「あぁ? お前誰だ? 兎人族……じゃあねぇよな?」

 

 帝国兵の態度から素通りは無理だろうなと思いながら、ハジメが会話に応じる。

 

「ああ、人間だ」

「はぁ~? なんで人間が兎人族と一緒にいるんだ? しかも峡谷から。あぁ、もしかして奴隷商か? 情報掴んで追っかけたとか? そいつぁまた商売魂がたくましいねぇ。まぁ、いいや。そいつら皆、国で引き取るから置いていけ」

 

 どうせ従うだろう、と小隊長とやらはタカを括る。そして、その視線は小僧の隣に立っている可憐な容姿をした美女に自然と向く。その背には大きな槍(ガングニール)が背負われているが、虚仮威しだろうと判断して。

 返答次第では難癖をつけて、この女で愉しむのも一興かなどと、ハジメの出方をニヤニヤと観察するが、彼の、理想とする答えは返ってくることはなかった。

 

「えっと、あたし等は奴隷商じゃないんだけど。まぁ、兎人族に関しては諦めてくれるとこっちは助かるのよね」

「そう言うことだ……断る」

「……今、何て言った?」

「双葉の、俺の言葉が聞こえなかったのか? 断ると言ったんだ。あんたらには一人として渡すつもりはない。こいつの言う通りに、‘諦めて’。さっさと国に帰ることをオススメする」

 

 双葉がやんわりと勝手に納得した自分の考えをを否定され、小僧(ハジメ)からは聞き間違いかと問い返し。再び返って来たのは傲慢かつ不遜な物言い、小隊長の額に青筋が浮かぶ。

 

「……小僧、口の利き方には気をつけろ。俺達が誰かわからないほど頭が悪いのか?」

「十全に理解している。あんたらに頭が悪いとは誰も言われたくないだろうな」

 

 ハジメの言葉にスっと表情を消す小隊長。周囲の兵士達も剣呑な雰囲気でハジメを睨んでいる。その時、ハジメの後ろから出てきたユエと香織に気がつき、彼らは再び下碑た笑みを浮かべた。

 

「あぁ~なるほど、よぉ~くわかった。てめぇが唯の世間知らず糞ガキだってことがな。ちょいと世の中の厳しさってヤツを教えてやる──女戦士の姉ちゃん、そんなクソガキより、俺と愉しいことをしねぇか? くっくっく、なにより。侍らしてる嬢ちゃん達はえらい別嬪じゃねぇか。てめぇの四肢を切り落とした後、目の前で犯して、奴隷商に売っぱらってやるよ」

 

 その言葉にハジメは眉をピクリと動かし、ユエは誰でも分かるほど嫌悪感を丸出しにしている。香織は如何にも三下だなぁとのんびり考えていて、双葉はスッと無表情になる。

 

 目の前の男が存在すること自体が許せないと言わんばかり、ユエが右手を掲げようとしたが、それを制止するハジメ。訝しそうなユエを尻目にハジメが最後の言葉をかける。

 

「こっちは敵対の意思はない。だが、あんたはどうする? その剣を抜くか?」

「あぁ!? まだ状況が理解できてねぇのか! てめぇは、震えながら許しを乞えばいいんだよ!」

 

 小隊長は剣を鞘走る。しかし、それは悪手だった。

 

「──先に抜いたのはそちらだよ。あなた達を‘敵’として排除させてもらうわ」

「何を訳の分からないことを……?」

 

 ヒュパンッ! 空を裂く感覚が小隊長の眼の前を通りすがる。その瞬間、彼の視界は宙を舞う。

 一瞬何が、と眼球を動かして。彼の最後の視界が捉えたのは赤い血を首から吹き出し、膝を突く。頭のない自らの体だった。

 

「小隊ぉ……ひっ!?」

 

 それをしたのは双葉。その右手は手刀に。淡く光を蓄え、リィィィンと高く澄んだ音を鳴らす。

 

「これ以上の犠牲は、あなた方が望まないのでならば出ないでしょう。それとも、彼の仇を討たんと。あたしに剣を向けますか? ──愚かにも、自分たちの上官と同じ末路を辿りたいのであらば。黄泉への旅路、ご案内させていただきましょう」

 

 抜けば、構えれば。小隊長と同じ末路を辿ると大仰な台詞を持って、双葉は彼らに宣言する。帝国兵達は自身の上官が何もできず殺されたのを見て。すぐに距離を取ってから前衛は剣を抜き。後衛は魔法の詠唱を開始する、が。

 後衛の足元にコロン、と。自身達の足元に転がってきたものを見て一瞬訳が分からず詠唱が途絶え、次の瞬間。理不尽な閃光に視界を、四肢を砕かれる。

 

 ドカンッ! と派手な爆発音と共に多くの兵士が陽光の下に骸を晒した。訳もわからず後衛が半壊した様を見て、後衛に近い位置にいた兵士の足もズタズタにされて立ち上がることもできないようだ。

 

 まさに阿鼻叫喚。大きな血溜りからは鉄の焼けるような不快臭がするが、双葉はそんな物を気にしない。‘空力’で足場を作り、兵士たちの頭上を飛び越えて、彼らの背後に回り込む。

 

「あたし達の力を知られた以上。あんた達を帰すわけにはいかない……呪うなら、最初の一言で諦めて撤退しなかった……あたし達を侮って、自分たちこそが捕食者であるなんて思い上がった事を後悔しなさい──そも、この‘死の峡谷’から出てくる人間が普通な訳がないでしょう?」

 

 ちなみにこの爆発の原因は、ハジメが投げた物。燃焼粉を詰め込んだ‘手榴弾’が爆発したからだ。しかもご丁寧に金属片が仕込まれた‘破片手榴弾’だ。地球のものと比べても威力が段違いの自慢の逸品。燃焼石という異世界の不思議鉱物がなければ、ここまでの威力のものは作れなかっただろう。

 

 双葉はガングニールを片手で軽々と振るい、近くにいた兵士を纏めて五人ほど薙ぎ払う。ピンボールを弾く様に軽く振ったがその威力は魔物すら一撃で死に至らしめる。そんな物をヒト相手に振るえば……身体を木っ端微塵に砕かれ絶命する。

 

 血飛沫を上げる間も無く、血煙に返され、残ったのは血溜まりにばちゃりと倒れる脚のみ。

 

 その凄惨な光景を前に生き残りの兵士たちは浮足立ち、パニックに陥る。さらに、そこへ追い討ちをかける様に

 

ドパンッ! 

 

 双葉に目が行っていた一人が後頭部を撃ち抜かれ死亡する。何事か、と兵士が振り向くと他の仲間と同様に頭部を撃ち抜かれて崩れ落ちた。血飛沫が舞い、それを頭から被った生き残りの一人の兵士が、力を失ったように、その場にへたり込む。無理もない。ほんの一瞬で、仲間が殲滅されたのである。

 

 白銀の腕を赤く血染め、剛槍が仲間を薙ぎ払い。どこか、物憂げな目をした女と目があった。気がつけば、無傷で生き残っているのは自分だけだと彼は気がついた。

 他の兵士は死んでるか、或いは重症者、瀕死に陥った者だ。

 

「うん、やっぱり、人間相手だったら〝纏雷〟はいらないな。通常弾と炸薬だけで十分だ。燃焼石ってホント便利だわ」

 

 兵士がビクッと体を震わせて怯えをたっぷり含んだ瞳をハジメに向けた。ハジメはドンナーで肩をトントンと叩きながら、ゆっくりと兵士に歩み寄る。黒いコートを靡かせて死を振り撒き歩み寄るその姿は、さながら死神だ。少なくとも生き残りの兵士には、そうとしか見えなかった。

 

「ひぃ、く、来るなぁ! い、嫌だ。し、死にたくない。だ、誰か! 助けてくれ!」

 

 命乞いをしながら這いずるように後退る兵士。その顔は恐怖に歪み、股間からは液体が漏れてしまっている。ハジメは、冷めた目でそれを見下ろし、おもむろに銃口を兵士の背後に向けると連続して発砲した。

 

「ひぃ!」

「あのまま、ほっときゃ死ぬだろうが。こいつはせめてもの慈悲だ……」

 

 兵士が身を竦めるが、その体に衝撃はない。ハジメが撃ったのは、手榴弾で重傷を負っていた背後の兵士達だからだ。

 それに気が付いたのか、生き残りの兵士が恐る恐る背後を振り返り、今度こそ隊が全滅したことを眼前の惨状を持って悟った。

 

「──さて、少し教えてもらいたいこともあるし、ちょっといいか?」

 

 面前に薄らと笑みを貼り付けたハジメが呆然としている兵士の額に、ゴリッと銃口が押し当てられる。再び、ビクッと体を震わせた兵士は、醜く歪んだ顔で再び命乞いを始めた。

 

「た、頼む! 殺さないでくれ! な、何でもするから! 頼む!」

「そうか? なら、他の兎人族がどうなったか教えてもらおうか。結構な数が居たはずなんだが……全部、帝国に移送済みか?」

 

 ハジメが質問したのは、百人以上居たはずの兎人族の移送にはそれなりに時間がかかるだろうから、まだ近くにいて道中でかち合うようなら序でに助けてもいいと思ったからだ。帝国まで移送済みなら、わざわざ助けに行くつもりは毛頭なかったが。

 

「……は、話せば殺さないか?」

「お前、自分が条件を付けられる立場にあると思ってんの? 生殺与奪はこっちにあるんだが?」

「ま、待ってくれ! 話す! 話すから! ……多分、全部移送済みだと思う。人数は絞ったから……」

 

 全員運ぶのは不可能。故に仕分けた、殺したと言う事なのだろう。

 

「‘人数を絞った’、ねぇ。それは、つまり老人など売れそうにない兎人族は殺したと?」

「全員運べないんだから、仕方ねぇじゃねえか!」

「もういい、黙れ」

 

 静かな怒気を放つ双葉への返答。喚く様な兵士の言い訳にハジメは静かに殺意を怒りの炉に焚べる。

 兵士の言葉は悲痛な表情を浮かべる兎人族達のハジメは、その様子をチラッとだけ見やり、彼らの代わりに執行……とは言わないが。報いを受けさせるべきと

 

「待て! 待ってくれ! 他にも何でも話すから! 帝国のでも何でも! だから!」

 

 ハジメの殺意に気がついた兵士が再び必死に命乞いする。しかし、その返答は……

 

ドパンッ! 

 

 一発の銃声だった。

 

 ──

 

 to be continued .



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

罪への想い

 ■双葉side

 

 帝国兵を障害として判断、排除したあたしとハジメ。呆然とあたし達の行った殺戮の跡である血溜まりを眺めていると、シアが話しかけてくる。

 

「双葉さん……悲しいんですか?」

「……ん? いきなりどしたの?」

 

 兎人族の面々はドン引き……まぁ、魔物も人間族も敵ならば容赦はしないとハジメは最初から語ったし、あたしも‘殺人’に対しては忌避感もなかった。

 忌避感がないのはやはり奈落の底で‘殺さねば、こちらが殺される’……この経験からあたし達の価値観が大きく歪んだ。ユエは元々、ハジメ、香織、あたし以外はどうでも良いと言わんばかりの雰囲気だから。赤の他人に対しては別にどうだって良いと考えていると思う。

 

 ちなみに帝国兵らの遺体はユエが谷底に吹っ飛ばして落としたので残ったのがこの血溜まりだ。気分はまぁ、よくはない……かな。

 

「いえ……その……」

「気にしないで。あたしも試したいことがあったから、そのついでよ」

「試したいこと……?」

「まぁそれは進みながら教えてあげる。さ、行きましょ?」

 

 あたしは残された殺意を霧散させるべく、兎人族のみんなに微笑みかける。

 

「……双葉。……せめて血は払うべき」

「あ」

 

 ユエの言葉にあたしは自分の姿をやっと自覚する。なんかハジメまでドン引きしてるような……

 

「血みどろで微笑まれると逆にこえーよ」

「……近接職なんだから仕方ないじゃん!!」

 

 あたしはそう言ってその場に頽れるのだった。

 

 □noside

 

 岩陰に逃げ込み。簡易型シャワーのアーティファクトで血を洗い流そうとしている双葉に気遣ってか、しばしの休憩としてハジメ達はあの殺戮の場所を離れたところへ移動していた。

 

「……ハジメ。どうして止めたの?」

「ん?」

「……あの時、どうして私を止めたの?」

「ああ、そのことか」

 

 ユエが言っているのは帝国兵との戦いのことだ。あの時、魔法を使おうとしたユエを制止して、ハジメは双葉を暴れさせて、援護する事を選んだ。

 ユエが参加しようがしまいが、双葉は帝国兵を全滅させていただろう。しかし絶対とは言えないこともある。

 

「万が一、いや。億が一に双葉がやられることがあったら。困るだろ?」

「……え?」

「ユエはまぁ、‘絶対’って言葉にどれほどの価値があると思う?」

「……わからない」

「だろうな。わからない……「何が起こるか、わからない」んだよ。それこそ、双葉がドジって人質にでもなったらどうする?」

「……フォローすれば良い。私たちが……あ」

「そういうことだ。気づけて偉いぞ、ユエ」

 

 どんな人にも失敗は必ずある。故に、ハジメは一人でも二人でも動けるように考えた。負けるつもりなど、毛頭ないが。神の振る骰子が致命的失敗(ファンブル)を齎らす可能性はゼロではない。そのために、少々過保護かもしれないが。

 

 双葉に切り込ませて、ハジメが援護に回ったのである。結果はあの通りの蹂躙だったが、慎重に立ち回る方がいいに決まっているのであった。

 

「手数の多さは武器だ。トラップカードや速攻魔法の伏せカードも多い方が牽制になる」

「……なんの話?」

「あ、悪い。とある‘カードゲーム’のことだ……故郷に帰ったら教えてやるよ」

「……楽しみにしておく」

 

 ユエはそう言い残し、双葉の元に行く。直後に双葉が悲鳴をあげて、しばらくしてから岩陰からぐったりとして出てきたのを見て。小腹がすいたユエに血を吸われたのだとすぐにハジメは理解できた。

 

「ハジメ。気分はどう?」

「ん、問題ないぞ? 別に人殺しをして良心が痛むとかはないな」

「そっか。やっぱ、私たちの価値観って崩れちゃったね」

「初の人殺しだったわけだが、特に何も感じなかった。随分と変わったもんだよな……だからって殺人を楽しんでる訳じゃないさ。ここ(心臓)に嫌な気分はきっちりあるから、易々と人殺しなんざしないよ」

 

 香織が隣に座り。彼に聞く──その返答に彼女は安堵を覚え、胸を撫で下ろした。が、若干の不安は覚える言葉をハジメは続ける。

 

「まぁ、確かめたいことは確かめることが出来たから問題はないさ」

 

 彼の語った理由は‘実験’である。双葉への援護の際、彼女の負担軽減も兼ねて頭部を優先的に狙い撃っていた。しかしながら実は、鎧部分にも撃ち込んでいたりする。

 なぜそんな効率の悪い。致命傷程度になる様な部分を狙ったのかというと、‘魔導電磁方(レールガン)’を必要とするかどうかの実験ということだった。

 街中など、無関係な人が住まう場所では。レンガや石造りの構造物の耐久性を無視して弾丸が何処までも貫通してしまい、危なっかしくて使えない──「暴漢を木っ端微塵にするのは何の問題もないが、背後の民家を突き破って団欒中の家族を皆殺し!」なんてことに陥る可能性もゼロではない。

 よって、今回の結果は上々で。炸薬の量なども調整できるだろうとハジメは当たりをつけた。

 

 ──────

 

 双葉は血糊やら肉片やらを炎の魔力を操って、消し炭に。そして、防具と服一旦脱いで、簡易シャワーのアーティファクトが生み出す水を浴びていた。

 人を寄せ付けない結界を張っているため、誰も彼女の近くに来ることはないだろう。

 

「あーあ。やっぱ……覚悟はしてたけど、変質は起こってたかぁ」

 

 天を仰ぎ、しみじみと言葉を零しながら。身体に付いた水滴を風の魔力を身に纏い、吹き飛ばすと。服、防具も洗って同じ様に風の魔力で乾かし着込み直す。そして人払の結界を消滅させて、双葉はハジメたちの元へ歩き出す。

 その途中。ユエがやってきたが……

 

「……双葉……大丈夫?」

「ん? ユエ、大丈夫だけど……」

「……ウソ」

「ゔっ……嘘じゃないよ?」

「……素直にならないならお仕置き」

「いや、単純に血を吸いたいだ…… ア────ッ!?」

 

 ユエに襲われ、血を吸われた双葉はふらふらになりながらも歩こうとするが、そこにユエが肩を貸し、弱った分素直になる双葉の事を知っていたが故に血を吸ったと独白。そして、双葉に

 

「……人を殺して、なんとも無いなんて……言っちゃダメ」

「……いやー……たしかに思うところはあるよ。でも‘特に何も感じなかった’から、随分と変わっちゃつたなーとは」

「──双葉がつらいと、私も辛い。……辛いなら言うべき」

「……ごめんね、ユエ。ありがと」

 

 ユエの身を案じる言葉に、感謝しつつ。ハジメ達と合流した。

 

「ごめんねー、時間取らせちゃってさ」

「いや、血塗れで行動するのもどうかと思うし。これで良かったんだよ」

「そうそう。身なりは綺麗に……双葉も女の子だし」

「双葉さん、大丈夫ですか? お顔色が優れないみたいですよ?」

 

 時間を取らせたことを謝罪する双葉だったが、思った以上に気遣う言葉が飛んできて困惑の表情を見せる双葉に、ハジメは

 

「俺は平気だけど、慣れてないんだろ? 人殺しに」

「っ! だ、大丈夫だよ。ハジメだけにやらせるわけにはいかないから」

「無理すんな。そんな、泣きそうな顔で。そんなこと言われて信用しろって話の方が無理だよ……お前にゃ恥ずかしがった顔か、笑顔が似合うんだ」

「何言ってんのハジメさん!?」

 

 ハジメはここで折れられては困ると、双葉にたたみかける。メンタルケアは大事なのだ……何より。

 

「お前が無理するなら俺はもっと無理をしてやるからな? せめて、役割くらいは俺にもよこせ」

「あ……ごめんなさい」

 

 左手で双葉の腰を抱き寄せ、ハジメは生身の右手で彼女を撫でる。すると、双葉は嗚咽を漏らし。我慢ができなくなった彼女は、彼の胸元で泣き出した。

 

「う……ぐすっ……肉を断ち切る感覚が生々しくて……ひぐっ……吹き出した血が生暖かくて……」

「そうだな。ただ撃てばいいだけの俺と違ってお前は直接槍を突き込んで薙ぎ払う必要がある。その辺の違いのことすっかり忘れてた。わりぃ──よく頑張ったな」

 

 そこに居たのは等身大の少女。いくらその身姿は成人したものとは言え、双葉はまだ子供だろう。本来、殺人とは無縁の平和な少女が背負う人の命。それを奪うという‘業’……その重さはハジメも改めて理解する。

 精神が変貌した自分は平気なのは、「殺した」実感がないから。銃器による射殺だから軽く撃てた。ところが双葉は近接で仕留めにかかる……肉を断ち切り、骨を砕き。その絶命までに意識はあるため、‘怨嗟の視線’を直に感じるはずだろう。

 最初の涙がこぼれてしまうと、あとはもうとめどがないのは然るべきだろう……そんな双葉の内情を知ってか知らずか。

 

「双葉さま。お顔を上げてください……我々のために、あなた様に無理をさせてしまったことを、深くお詫びを申し上げます。しかし、これだけは。これだけは、心に留めてほしい──殺されてしまったであろう、我が一族の者達。そして、我らが祖父と祖母たちの仇討ち……我々では達成できなかったでしょう。本当にありがとうございます……そして、本当に申し訳ございません」

「父様……はい! ハジメさんも、双葉さんも……本当にありがとうございました!」

 

 ハジメと双葉に内心で怯えを覚えたカム達兎人族。しかし、双葉の吐露を見て。その怯えがどれほど愚かなことなのかを思い知る。目の前にいるのは鬼神の如き強さを持つ者。しかし、その内面は年相応の、シアと同じ年代の少女だ。

 カムはどこか、自身の娘と同い年の彼女に親らしく振る舞うべきか、などと頭をよぎったが、頭を振り。

 

「……ぐすっ……ごめん」

「……ああ、そうだな。道草を食ってる暇はない」

「……ん、行こう」

「目指せ、樹海探検隊! だね!」

 

 香織の様子に、双葉は涙を拭い。前に進むべきだと思い直す。彼女は少しだけ振り返り、自身の犯した罪を認識する。そして、謝罪はせず。

 

「あたしは謝らない。でも、殺したあなた達のことは忘れない……せめて、安らかに眠って……」

 

 鎮魂歌など歌えない。ましてや殺した者のために祈るなど場違いだが、‘願う’ことはできる。

 こうして、双葉は改めて。ハジメもまた「殺人をなんともない」などとは考えぬ様に。戒めを心に先に進むのであった。

 

 ■双葉side

 

 襲い来る魔物を蹴散らしながら、あたし達は樹海を行く。その道中でシアがあたし達に聞きたいことがありそうな顔をしていたので。あたしは事情を尋ねた。すると……

 

「あの、あの! ハジメさん達のこと、教えてくれませんか?」

 

 と尋ねられる。ある程度は話して……あー、詳しいことは話してなかったわね。

 

「? 俺達のことは話したろ?」

「いえ、能力とかそいうことではなくて、なぜ、奈落? という場所にいたのかとか、旅の目的って何なのかとか、今まで何をしていたのかとか、皆さんのことが知りたいんです」

「あー、なるほどねぇ。でも……」

「……聞いてどうするの?」

 

 ハジメはどうしたものか、と。香織は何となく納得した様であるが、ユエが少し鬱陶しそうだった。対して、シアは……

 

「どうするというわけではなく、ただ知りたいだけです。……私、この体質のせいで家族には沢山迷惑をかけました。小さい時はそれがすごく嫌で……もちろん、皆はそんな事ないって言ってくれましたし、今は、自分を嫌ってはいませんが……それでも、やっぱり、この世界のはみだし者のような気がして……だから、私、嬉しかったのです。私みたいな存在は他にもいるのだと知って、一人じゃない、はみだし者なんかじゃないって思えて……勝手ながら、そ、その、な、仲間みたいに思えて……だから、その、もっとみんなのことを知りたいといいますか……何といいますか……」

 

 畳み掛けてきたのである。これには、ユエもフリーズ。そしてしばらくしてから再起動して、ハジメにどうしようかと言わんばかりに目線を向ける。

 そう言えば‘魔力操作’に関して軽く話して以来。随分嬉しそうにしていたと、ハジメとユエ、香織は思い出し。香織は出会いの事を思い出してか、罪悪感に打ちひしがれたのか少し気を落としているようにも見える。谷底でも魔法が使える理由など簡単なことしか話していなかった。きっと、シアは、ずっと気になっていたのだろう。

 

 確かに、魔物と同じ体質を持った人など世界が受け入れがたい存在だろう。仲間意識を感じてしまうのも無理はない……樹海に到着するまで、まだ少し時間がかかる。特段隠すことでもないので、暇つぶしにいいだろうと、ハジメがこれまでの経緯を語り始めた。

 

 そして、その話を聞き終えると……

 

「うぇ、ぐすっ……ひどい、ひどすぎまずぅ~、ハジメさんもユエさんもがわいぞうですぅ~。……香織さんと双葉ざんは……ハジメさんのだめにぞこまでできるなんて……そ、それ比べたら、私はなんで……うぅ~、自分がなざけないですぅ~」

 

 号泣した。滂沱の涙を流しながら「私は、甘ちゃんですぅ」とか「もう、弱音は吐かないですぅ」と呟いている。自分は大変な境遇だと思っていたら、彼らが自分以上に波乱万丈な思い(物理)をしていたことを知り、あの程度……いや、シアも十分に不幸なのだが。ともかく、‘自分は不幸’だと思っていた事を情けなく感じたらしい。

 

 あたしからすればもう過去のこと。そんな程度で根を上げていたら生きてはいないだろうとは語らない。生きるためなら‘何でもする’と──その様子をどう感じたのか。メソメソしていたシアだが、突如、決然とした表情でガバッと顔を上げると拳を握り元気よく宣言した。

 

「私、決めました! 皆さんの旅に着いていきます! これからは、このシア・ハウリアが陰に日向に皆さんを助けて差し上げます! 遠慮なんて必要ありませんよ。私達はたった五人の仲間。共に苦難を乗り越え、望みを果たしましょう!」

「え、断る。現在進行形で守られている脆弱ウサギが何言ってんだ? 完全に足でまといだろうが」

「……さり気なく『仲間みたい』から『仲間』に格上げしている……」

「まぁー、シアちゃんが着いて来れるかどうか……不安だし」

「あたしは別にいいけど、ハジメが断るとなるとなぁ」

「ハジメさん、ユエさん!? な、何て冷たい目で見るんですか……心にヒビが入りそう……というかいい加減、ちゃんと名前を呼んで下さいよぉ」

 

 意気込みに反して、ハジメに、ユエが冷めた反応を返され若干動揺するシア。そんな彼女に追い討ちがかかる。

 

「……お前、単純に旅の仲間が欲しいだけだろう?」

「!?」

 

 ハジメの言葉に、シアの体がビクッと跳ねた。まぁ図星だろうなぁ……

 

「一族の安全が一先ず確保できたら、お前、アイツ等から離れる気なんだろ? そこにうまい具合に‘同類’の俺らが現れたから、これ幸いに一緒に行くってか? そんな珍しい髪色の兎人族なんて、一人旅出来るとは思えないしな」

「……あの、それは、それだけでは……私は本当に皆さんを……」

 

 案の定、しどろもどろになるシア。でも、その気持ちはわからなくもない。ハジメの言うように、都合よくあたし達は‘出会った’こと。

 

「ハジメ、ユエ。頭ごなしに言うのは良くないと思うよ。まぁ、あたしは別にいい……お守りが増えてもあたし達なら切り抜けられるわよ、きっと」

「双葉……まぁ私も賛成かな?」

「その心は?」

「私とユエだけだと逃げるの下手くそだから、護衛がいてくれると嬉しいかなーって。シアちゃんは多分。魔法を使うのは下手だろうけど、身体強化に特化してるのかもしれないからさ……武器があればどうにかなりそうだよ?」

「……一理あるな。だが、今は断る」

「そんなぁ〜」

 

 がっくり項垂れるシア。まぁでも……シア自身があたし達に強い興味を惹かれているというのは嬉しい事なんだよね? 

 一族のことも考えると、まさに、シアにとってあたし達との出会いは‘運命的’だとも思わなくもないし──だって、シアにとってはめちゃくちゃ都合がいいのよね。

 

「別に、責めているわけじゃない。だがな、変な期待はするな。俺達の目的は七大迷宮の攻略なんだ。おそらく、奈落と同じで本当の迷宮の奥は化物揃いだ。お前じゃ瞬殺されて終わりだよ。だから、同行を許すつもりは毛頭ない」

「……死にたいなら来ればいい」

「……」

 

 ハジメの、ユエの全く容赦ない言葉にシアは相当凹んだのか。黙りこくる……それからしばらく、シアは難しい顔でうんうん唸っていたので。

 

「シア、着いて来るなら。ハジメに覚悟を見せてあげて」

「双葉さん……?」

「ハジメはあんなこと言ってるけど。あなたの事を案じてるのはわかってあげて欲しいかな……巻き込んで死なせちゃったりしたら……あなたも一族の誰かが死んだら悲しいでしょ?」

「香織さん……それは……はい……」

「まぁ、諦めたらそこで試合終了。頑張ってね」

 

 あたしはあくまでもエールを送ることにした。そこからどうするかはシア次第なのだから。ちなみに、樹海内はカムさん達の案内で問題なく進めている。

 さすが兎人族。警戒能力は本物なのか、索敵能力が相当高い。

 まぁ、魔力探知であたりを探るのも悪くはないんだけど。人に任せれるならそっちの方が都合はいいでしょう? 

 そんなこんなで、樹海に入って数時間が過ぎた頃。今までにない無数の気配に囲まれ、カムが、兎人族のみんなが歩みを止める。

 数も殺気も、連携の練度も、今までの魔物とは比べ物にならない。カム達は忙しなくウサミミを動かし索敵をしている。

 そして、何かを掴んだのか苦虫を噛み潰したような表情を見せた。シアに至っては、その顔を青ざめさせている。

 

 あたしも思わず。相手の正体に気がつき、面倒そうな表情になった。

 

 その相手の正体は…… 虎模様の耳と尻尾を付けた、筋骨隆々の亜人だった。

 

「お前達……何故人間といる! 種族と族名を名乗れ!」

 

 剣呑な雰囲気は、その事情は分かる。樹海の中で人間族と亜人族が共に歩いている訳だし……。

 周りはおそらく……うん、囲まれてるわね。周囲にも数十人の亜人が殺気を滾らせながら包囲網を敷いているみたい……あたしはハジメと視線を交錯させ、彼が頷いたので。

 

「自分たちの縄張りに入られた事を怒るのはわかるし、あたし達も不躾だとは思ったけど……ちょいたんま。言葉わかる?」

「……人間族と話す事などない。ん? ──白い髪の兎人族……だと? ……貴様ら……報告のあったハウリア族か……亜人族の面汚し共め! 長年、同胞を騙し続け、忌み子を匿うだけでなく、今度は人間族を招き入れるとは! 反逆罪だ! もはや弁明など聞く必要もない! 全員この場で処刑する!」

「おい、クソトラ野郎。問答無用は分からんでもないが……もうちょい、‘彼我の戦力比’はするべきじゃないかしら?」

 

 流石にイラついたので、あたしはオーラを解放する。今まで、たびたび使っているこのオーラとは。‘生命力の発露’で、人間や生物が体内に持つ‘活性の点穴’と呼ばれる器官を修行や一定の条件を満たして覚醒させることで発揮可能だ。

 神器(セイクリッド・ギア)使いはこれらを目覚めさせた時にその器官を覚醒させるのだが、特訓すれば誰でも覚醒はさせれるようになる。

 そして、このオーラ。傷の修復を早めたり、身体強化ができる様になったり。人間が悪魔に一矢報いる方法としても良く話には出る。そして、あたしがオーラを解放すると、どうなるかと言うと……

 

 バガンッッ!! 

 

「総員かッ!? ──なにがぁぁぁ!?」

 

 爆発的な衝撃波の発生。足元には深さ二メートルほどのクレーター。先頭にいたトラの亜人だけが五メートルほど吹っ飛ばされた。

 敵味方識別可能なので、ハジメを筆頭に兎人族は全くの無傷。トラの亜人は猫の様に体を丸めながら、しなやかに着地して……あたしに対して畏怖の表情だ。

 

 そして、ハジメが悠々と私の前に立って、ドンナーを構える。

 

「俺が行える攻撃は、刹那の間に数十発単位で連射出来る。周囲を囲んでいるヤツらの位置も全て、把握している。お前等がいる場所は、既に俺のキルゾーンだ……無駄なことはしない様にしたほうがいいぞ? 頭を柘榴みたいにかち割られたくはないだろう?」

「ハッタリだと思って軽率な行動はお勧めしないよ。あたしの力の一端はあんなものじゃない……あれはまだ挨拶程度だから……ね?」

 

 あたしは光翼を展開して飛翔、空から亜人たちを睥睨。放出したオーラが周囲の空気を重苦しいものに変貌させ、彼らを制動する。

 

「俺たちを殺るというのなら容赦はしない。約束が果たされるまで、こいつらの命は俺が保障しているからな……ただの一人でも生き残れるなどと思うなよ」

「そう言うこと。あんた達が束になったとしてもあたし達には及ばないってことは理解なさい」

 

 ハジメはシュラークも抜いて構え、あたしも動けるように、空中でガングニールを構える臨戦態勢。どうやら、ハジメは‘威圧’の固有魔法を使ってたみたいで、そりゃ大人しくなるよなとあたしは納得した。

 

「だが、この場を引くというのなら追いもしない。敵でないなら殺す理由もないからな。さぁ、選べ。敵対して無意味に全滅するか、大人しく家に帰るか」

 

 少し睨み合い、あたしは危害を加えてこないだろうと思ったので。ハジメの隣に降り立つ。そして、ハジメも銃を下ろして問いかけた。

 で、その言葉にトラの亜人は悩んだ末に。こちらの目的を探ろうと掠れた声で。

 

「……その前に、一つ聞きたい──何が目的だ?」

「樹海の深部、大樹の下へ行きたいだけだ。俺たちをなにと勘違いしてるのかは知らんが、少なくともお前達を奴隷にしようなどと考えちゃいねぇよ」 

 

 ハジメは自分たちが奴隷商ではないとため息を吐きながら。樹海深層へ用があると述べる。すると

 

「大樹の下へ……だと? 何のために?」

「そこに、本当の大迷宮への入口があるかもしれないからだ。俺達は七大迷宮の攻略を目指して旅をしている。ハウリアは案内のために雇ったんだ」

「本当の迷宮? 何を言っている? 七大迷宮とは、この樹海そのものだ。一度踏み込んだが最後、亜人以外には決して進むことも帰る事も叶わない天然の迷宮だ」

「いや、それはおかしい」

「なんだと?」

 

 妙に自信のあるハジメの断言に虎の亜人は訝しそうに問い返した。

 

「大迷宮というには、ここの魔物は弱すぎるのよ。あたし達からすれば雑魚も雑魚だからね」

「なんだと……いや、先程の闘気を見せられたら納得せざるを得ないか」

 

 亜人はあたしを、そして後ろにあるクレーターを見て。反論できないご様子だった。

 

「……俺たちが相手をした大迷宮の魔物ってのは、どいつもこいつも化物揃いだ。少なくとも【オルクス大迷宮】の奈落はそうだった。それに……」

「……なんだ?」

「大迷宮というのは、〝解放者〟達が残した試練なんだ。亜人族は簡単に深部へ行けるんだろ? それじゃあ、試練になってない。だから、樹海自体が大迷宮ってのはおかしいんだよ」

「……」

 

 ハジメの話を聞き終わり、虎の亜人は困惑を隠せちゃいない。ハジメの言っていることが分からないからだろうけど。だ、なにかしら納得したのか……

 

「……お前が、お前の仲間が。国や同胞に危害を加えないというなら、大樹の下へ行くくらいは構わないと、俺は判断する。部下の命を無意味に散らすわけには行かないからな」

 

 その言葉に、周囲の亜人達が動揺する気配が広がる……ほう? こいつ、理性的だな? 

 

「だが、一警備隊長の私ごときが独断で下していい判断ではない。本国に指示を仰ぐ。お前の話も、長老方なら知っている方もおられるかもしれない。お前に、本当に含むところがないというのなら、伝令を見逃し、私達とこの場で待機しろ」

 

 その要求にあたしはハジメに頷きかける。待つのは慣れてるだろう? と。

 彼からすれば限界ギリギリの譲歩なのだろう。今も、本当はあたし達を処断したくて仕方ないはずだ。だが、そうすれば間違いなく部下の命を失う。それを避け、かつ。あたし達を野放しにしないためのギリギリの提案。

 

「……いいだろう。さっきの言葉、曲解せずにちゃんと伝えろよ?」

「無論だ。ザム! 聞こえていたな! 長老方に余さず伝えろ!」

「了解!」

 

 伝令を見送りあたし達はこの場で待つことにした。そして……あたし達はとある長老に。フェアベルゲンに迎え入れられることになるという驚くべき展開になったのは言うまでもなかった。

 

 ──

 

 to be continued .



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

一触即発のフェアベルゲン

 □noside

 

 ハジメ達一行の元を伝令。ザムと呼ばれた亜人が走り去ってから数十分が経ち。双葉は暇なのか。

 

「ねー、あんた。暇でしょ?」

「……なんのつもりだ、人間。貴様と話すことなどなにもない」

「そこをなんとかさ」

 

 暇つぶしにトラの亜人に話しかけていた。というのも

 

「理性的に考えて、行動に移せる優秀な奴に興味を持ったわけで。フェアベルゲンについて少し聞きたいことがあるのよ」

「……くどいぞ、人間」

「等価交換。さっきのあたしが起こした衝撃波のコツ、教えてあげるよ?」

「……っ! ……貴様は悪魔なのか? 甘言に乗ってやる道理はない!」

「ちぇー」

 

 ぶー垂れながら、双葉は警備隊の隊長から情報を引き出すのは諦めた……様に見えたが、しかし。

 

「なら、世間話くらいは付き合ってよ。あたし達があんたの言う長老様方に粗相なんてできないでしょ?」

「しつこ……世間話だと? ……まぁ、それくらいなら」

「あんがと、隊長さん。んじゃーねぇ」

 

 双葉は自分のペースに持ち込み。トラの亜人から幾つかのことを聞く。彼はある程度の警戒しつつ、彼女に全くもって敵意がなく含むところもない。表裏を隠すことない喋り方に、段々と絆される様な気もしていたが。見下す様なことはせず、対等に話そうと努力する彼女の姿勢に応えねばならぬと、彼らの対話はなかなかに弾んだ。

 

「なるほど。つまり、大樹に行くには周期があって。今はその周期じゃない……のね。ギルさんは知っててカムさんは……」

「……ハウリア族はどこか抜けていてズレている者が多い。おそらく、忘れているだろうな」

「……あー、うん。なんとなくそれは感じてたよ」

「しかし、双葉。本当にハウリア族に案内させていいのか……?」

「あたし達はそう決めたからね。周期が合わないなら仕方ないから少しだけ樹海に滞在させてもらうよ。フェアベルゲンにお邪魔するのは、流石に……ギルさんたちに申し訳ないから」

 

 困った様に笑う双葉に。ギル……トラの亜人は申し訳なさそうな顔で。すまないな、と一言呟いた。他の獣人族に聞こえぬほどの声量で。

 なお、なぜ彼らが名前を呼び合う関係なのかと言うと。双葉が彼に渡した……‘魚醤漬けの干し魚’を与えたからでもある。参考にしたのは‘ニジマスの干し魚醤漬’だ。

 食は万能の言語。それを食べたギルの顔は衝撃に見舞われたかの様に、一時的にフリーズしていた。

 ちなみに、どこにそんなものを保管しているのかと言うと。双葉はハジメの持つ‘宝物庫の指輪’を劣化コピーしており、個人が所有できる倉庫並みの容量の中にはこれでもかと彼女のおやつ及び食料が詰め込まれている。

 出来るだけ、魔物を斃す際は‘纏雷’で焼き殺し、火を通して魔物を喰うことにして節制はしているが。それでも追いつかない事態になっている。

 双葉が魔物を喰って以来。誰よりも食べる量が多くなってしまってからは非常に重宝しているが、その備蓄も今日だけで十分の一減らしてしまっている。

 現状、常に食べなくてはいけないわけでもないが双葉は歩きながら木の根を齧って空腹を紛らわしているほどに重症ではあった。

 

 そんなこんなで。時はながれ……ハジメが香織とユエを侍らし、暇だからとシアに軽く徒手格闘戦の手解きをしている双葉。

 手加減されているのも知らず、追い詰めていると調子に乗ったシアが、双葉の顔に拳を放ち。なんなく掌で受け止めた彼女が微笑みながら怒り、関節を極められて「ギブッ! ギブッですぅ!」とシアが必死にタップし、それを周囲の亜人達が呆れを半分含ませた生暖かな視線で見つめていると、急速に近づいてくる気配を感じた。

 

 霧の奥からは、数人の新たな亜人達が現れた。彼等の中央にいる美形の男が特に目を引く。流れる美しい金髪に深い知性を備える碧眼、その身は細く、吹けば飛んで行きそうな軽さを感じさせる。

 威厳に満ちた容貌は、美しさに満ちていてとても若々しいものだ。何より特徴的なのが、その尖った長耳だ。彼は、森人族……つまりはエルフなのだろう。

 

 ハジメは横目で彼を見る。そして、双葉がシアをぽいっと捨てて立ち上がり。そのエルフと視線があう、と。彼らは、このエルフが‘長老’と呼ばれる存在なのだろうと推測した。そして、その推測は当たりのようだった。

 

「ふむ、お前さん達が問題の人間族かね? 名は何という?」

「初めまして、そしてご機嫌はいかがでしょうか、長老殿。自分は南雲ハジメと申します。こちらに控えているのは連れでございまして……」

「こんにちは、私は香織です。白崎香織」

「初めまして。あたしは天龍双葉」

「……ユエです……以後お見知り置きをお願いいたします……」

 

 ハジメ達の言葉遣いに、周囲の亜人がどよめきを隠さず。相対した亜人達はさらに驚いていた。先程は粗暴な言動が目立った彼らが頭を下げ、慇懃な姿勢で礼をしたのだから。ざわめきを、片手で制するエルフの男性も名乗り返した。

 

「これは、ご丁寧な挨拶を。ならばこちらもそれに応えねば、無礼というものだろう。私は、アルフレリック・ハイピスト。フェアベルゲンの長老の座を一つ預からせてもらっている。さて、ハジメ殿の要求は聞いているのだが……その前に聞かせてもらいたい。‘解放者’とは何処で知った?」

「うん? オルクス大迷宮の奈落の底、解放者の一人、オスカー・オルクスの隠れ家だ」

「こんな感じな人だよ」

 

 双葉が魔力を広間に充満させる。そして……闇魔法の‘空映’で自身の記憶を切り取り、とある男の虚像を投射する。

 

【試練を乗り越えよくたどり着いた。私の名はオスカー・オルクス。この迷宮を創った者だ。反逆者と言えばわかるかな?】

「な、虚空に人が……オスカー・オルクスの生前の姿というのか!?」

「……それ、覚えてたのかよ」

「魔法陣の転写してイメージを覚えるのに苦労したよ。記憶の転写でなんとか投影してる感じ……あ、どうせだし。このまま垂れ流すね」

 

 双葉はオルクスの幻影に全てを語らせた。自分の聞いてきた事を、そして。この場にいる亜人達を納得させるために。

 アルフレリックの表情は驚愕していた。そして、自分の知る知識と一変の違いのないその内容に……双葉達が‘解放者’を知る者として認めざるを得なかった。

 

「ふむ、お前さん達が解放者を知ることは納得した。しかし、奈落の底か……聞いたことがない。流石に証明できるかの?」

 

 あるいは亜人族の上層に情報を漏らしている者がいる可能性を考えて、ハジメに尋ねるアルフレリック。ハジメは難しい表情をする。証明しろと言われても、すぐ示せるものは自身の強さくらいだ。首を捻るハジメの隣でユエが提案する。

 

「……ハジメ、魔石とかオルクスの遺品は?」

「ああ! そうだな、それなら……」

 

 ポンと手を叩き、‘宝物庫’から地上の魔物では有り得ないほどの質を誇る魔石をいくつか取り出し、アルフレリックに渡す。

 

「こ、これは……こんな純度の魔石、見たことがないぞ……」

「クソ強魔物の魔石だし、地上の雑魚とはわけが違うよ?」

 

 アルフレリックも内心驚いていてたが、隣のギルが驚愕の面持ちで思わず声を上げた。

 

「後は、これ。一応、オルクスが付けていた指輪なんだが……」

「あ、オルクスさんならきっちり埋葬はしたよ。まぁ、お経は流石にあげられないんだけど、なんかいい祝詞とかってある?」

「……弔ったなら問題ない」

 

 そう言って、次にハジメが見せたのはオルクスの指輪だ。アルフレリックは、その指輪に刻まれた紋章を見て目を見開いた。そして、気持ちを落ち付かせるようにゆっくり息を吐く。

 

「なるほど……確かに、ハジメ殿達はオスカー・オルクスの隠れ家にたどり着いたようだ。他にも色々気になるところはあるが……よかろう。取り敢えずフェアベルゲンに来るがいい。私の名で滞在を許そう。ああ、もちろんハウリアも一緒にな」

 

 アルフレリックの言葉に、周囲の亜人族達だけでなく、カム達ハウリアも驚愕の表情を浮かべた。ザムと呼ばれていた亜人を筆頭に、猛烈に抗議の声があがる。それも当然だろう。かつて、フェアベルゲンに人間族が招かれたことなど無かったのだから。

 

「落ち着かれよ! 私は賛成だ。長老のアルフレリック様の決定に我々が異議を挟むことこそが愚かしいではないか! そして、双葉殿やハジメ殿は牙を剥き、我らに鉄槌を下すこともできただろうが、一切の手出しはなかった! 敵対しなければ理不尽に暴力を振るわれる方々ではない! 私が保証する!」

 

 その抗議を黙らせたのはなんと。トラの亜人、ギルだった。

 

「左様。彼等は、客人として扱わねばならん。その資格を持っているのでな。それが、長老の座に就いた者にのみ伝えられる掟の一つなのだ」

 

 続けてアルフレリックが厳しい表情で周囲の亜人達を宥める。しかし、今度はハジメの方が抗議の声を上げた。

 

「待ってほしい……何で勝手に俺の予定を決めてるんだ? 俺は大樹に用があるのであって、フェアベルゲンに興味はない。問題ないなら、このまま大樹に向かわせてもらう」

「いや、お前さん。それは無理だ」

「なんだと?」

「あー……周期か」

 

 双葉の呟きに辺りはしんとなる。ハジメはなんだそりゃ、と双葉を見た。そして、アルフレリックの方へ視線を向けると、彼が困惑したように返した。

 

「大樹の周囲は特に霧が濃くてな、亜人族でも方角を見失う。一定周期で、霧が弱まるから、大樹の下へ行くにはその時でなければならんのだ。次に行けるようになるのは十日後だ。……亜人族なら誰でも知っているはずだが……」

 

 アルフレリックは、「今すぐ行ってどうする気だ?」とハジメを見たあと、案内役のカムを見た。ハジメは、聞かされた事実にポカンとした後、アルフレリックと同じようにカムを見た。そのカムはと言えば……

 

「あっ」

 

 まさに、今思い出したという表情をしていた。そして、双葉にも視線を向ける。

 

「仕方ないやん! あたしもさっき聞いたばっかで忘れてたんやから!」

「……ユエ」

「……報連相は大事」

「双葉ちゃん……ドンマイ」

「無言で‘縛光刃’使うなぁぁー!? 解いて、香織さん!? タスケテ!!」

「ショッギョムジョ! サヨナラッ!」

 

 双葉は関西弁で抗議した。しかしハジメは取り合わずユエに執行を命じる。香織は諦めろ、と言わんばかりの表情で無詠唱の拘束魔法により、双葉の逃走を防ぐ。

 それをよそにユエが魔力を練り始め、こめかみに“D”のような形で血管を浮き上がらせ、静かに怒りを含んだ声音のハジメがカムに問いかける。

 

「カム、言い訳は聞こうか。ああ、一応俺は優しいからなぁ……なんかあるか?」

「あっ、いや、その何といいますか……ほら、色々ありましたから、つい忘れていたといいますか……私も小さい時に行ったことがあるだけで、周期のことは意識してなかったといいますか……」

 

 しどろもどろになって必死に言い訳するカムだったが、場の雰囲気に耐えられなくなったのか逆ギレする。

 

「ええい、シア、それにお前達も! なぜ、途中で教えてくれなかったのだ! お前達も周期のことは知っているだろ!」

「なっ、父様、逆ギレですかっ! 私は、父様が自信たっぷりに請け負うから、てっきりちょうど周期だったのかと思って……つまり、父様が悪いですぅ!」

「そうですよ、僕たちも、あれ? おかしいな? とは思ったけど、族長があまりに自信たっぷりだったから、僕たちの勘違いかなって……」

「族長、何かやたら張り切ってたから……」

 

 逆ギレするカムに、シアが更に逆ギレし、他の兎人族達も目を逸らしながら、さり気なく責任を擦り付ける。

 

「お、お前達! それでも家族か! これは、あれだ、そう! 連帯責任だ! 連帯責任! ハジメ殿、罰するなら私だけでなく一族皆にお願いします!」

「あっ、汚い! お父様汚いですよぉ! 一人でお仕置きされるのが怖いからって、道連れなんてぇ!」

「族長! 私達まで巻き込まないで下さい!」

「バカモン! 道中の、ハジメ殿の容赦のなさを見ていただろう! 一人でバツを受けるなんて絶対に嫌だ!」

「あんた、それでも族長ですか!」

「とりあえず私も巻き込むのはやめてー!?」

 

 亜人族の中でも情の深さは随一の種族といわれる兎人族。彼等は、ぎゃあぎゃあと騒ぎながら互いに責任を擦り付け合っていた。情の深さは何処に行ったのか……流石、シアの家族である。総じて、残念なウサギばかりだった。

 そんな中でそれとなく兎人族の子供達を避難させる香織に、そんな彼らの足元に縛光刃によって芋虫の如く、拘束されて転がされた双葉はユエに懇願する。しかし……ユエは目を伏せて、わざとらしく、ごめんなさい! とつぶやいた……口元もはとても笑いを堪えるべく、唇を噛んでいたが。

 そして、その醜態を目に、青筋を浮かべたハジメが、一言、ポツリと呟く。

 

「……やれ」

「ん」

 

 ハジメの言葉に一歩前に出たユエが練り上げた魔力を右手頭上に掲げる。それに気がついたハウリア達の表情が引き攣る。

 

「まっ、待ってください、ユエさん! やるなら父様だけを!」

「はっはっは、何時までも皆一緒だ!」

「何が一緒だぁ!」

「ユエ殿、族長だけにして下さい!」

「僕は悪くない、僕は悪くない、悪いのは族長なんだ!」

 

 喧々囂々と騒ぐハウリア達に薄く笑い、ユエは静かに呟いた。

 

「‘嵐帝’」

 

 ── アッ────!!! 

 

 天高く舞い上がるウサミミ達+軽装の戦乙女。樹海に彼等の悲鳴が木霊する。同胞が攻撃を受けたはずなのに、アルフレリックを含む周囲の亜人達の表情に敵意はなかった。むしろ、呆れた表情で天を仰いでいる。彼等の表情が、何より雄弁にハウリア族の残念さを示していた。

 

 ■双葉side

 

「ひどい目にあった……」

「双葉が悪いよ、あれは。大事なことは今後、先に話してくれ」

「……ごめん」

 

 天空にカチ上げられ、三半規管をぐるんぐるん鳴らされたあたしはハジメに背負われ移動してる……自分の宝物庫に防具をしまっているから軽くはなったはずだ。というか、無言の復讐として。むにゅう……とハジメの背中にあたしの胸を押し付けてやる。

 

「双葉……それ以上やるなら今夜は覚悟しとけよ?」

「……ほーん、なにが?」

「……そうか、今日が双葉の初夜か。香織てつむがっ!?」

「ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい!! まだそこまで行く勇気がないから!!」

 

 その言葉を聞いてあたしはすぐに体を浮かせ、ハジメに謝罪した……まだ、あたしはそっち方面の腹は括れないんだ……よね……ハジメには悪いんだけど……。

 

「悪い、そっち方面の耐性がないんだったな……」

「香織に教えた身分のくせにあたし、恥ずかしがりなもんだから……もうちょっと待ってくれない……?」

「おう。まぁ、あまり積極的になられても俺が死ぬだけだ」

「……なんか、ごめんね?」

 

 ハジメの疲れた声に若干、罪悪感を覚えるあたしだった。そんなこんなで現在。あたし達はギルさんの先導でフェアベルゲンに向かっている。あたし達、ハウリア族、そしてアルフレリックさんを中心に周囲を亜人達で固めて既に一時間ほど歩いているんだけど……なかなか着かない。

 ザムさんと呼ばれていた伝令は相当な駿足だったみたいで。

 でも、しばらく歩いていると。この樹海を充たしているはずの霧が晴れる。ただし、晴れたといっても全ての霧がなくなるってわけじゃないみたいで。

 一本真っ直ぐな道が出来ているだけである。

 

「こりゃすごいな……」

「不思議ね、霧のトンネルみたい」

「あの青い石が原因かな……」

「……神秘的」

 

 よく見れば、道の端に誘導灯のように青い光を放つ拳大の結晶が地面に半分埋められている。そこを境界線に霧の侵入を防いでいるような気がする。

 ハジメとあたしが、青い結晶に注目していることに気が付いたのかアルフレリックさんが解説を買って出てくれた。

 

「あれは、フェアドレン水晶というものだ。あれの周囲には、何故か霧や魔物が寄り付かない。フェアベルゲンも近辺の集落も、この水晶で囲んでいる。まぁ、魔物の方は‘比較的”という程度だが」

「なるほど。まぁ、わかるわ。四六時中霧の中じゃあ気も滅入るだろうし」

「住んでる場所くらい霧は晴らしたいだろうな」

 

 あたし達は各々で所感を述べて、納得できた。どうやら樹海の中であっても街の中は霧がないようで。十日は樹海の中にいなければならなかったので朗報である。香織とユエも、霧が鬱陶しそうだったのでアルフレリックさんとあたし達の会話を聞いてどことなく嬉しそうだ。

 そうこうしている内に、眼前に巨大な門が見えてきた。太い樹と樹が絡み合ってアーチを作っており、其処に木製の十メートルはある両開きの扉が鎮座していた。天然の樹で作られた防壁は高さが最低でも三十メートルはありそうだ。亜人の‘国’というに相応しい威容を感じる。

 あたしとハジメは絶句。香織とユエは呆然。正直、すごい。

 

「「「「……」」」」

「どうですかな? 我が国自慢の大門は」

 

 アルフレリックさんはあたし達の反応に満足そうに微笑んでいる。

 ギルさんが門番と思しき亜人に合図を送ると、ゴゴゴと重そうな音を立てて門が僅かに開いた。周囲の樹の上から、すこし不快な視線が突き刺さっているのがわかる。人間が招かれているという事実に動揺を隠せないようだ。

 アルフレリックさんがいなければ、ギルさんがいても一悶着あったかもしれない。

 おそらく、その辺りも予測して長老自ら出てきたと聞きたとハジメは後に、あたしに話してくれた。

 そして門をくぐると、そこは別世界だった。

 直径数十メートル級の巨大な樹が乱立しており、その樹の中に住居があるようで、樹の幹に空いた窓からは暖かな光が木漏れ日の様に漏れている。

 人が優に数十人規模で渡れるであろう極太の樹の枝が絡み合い空中回廊を形成していたり、滑車を利用したエレベーターのような物や樹と樹の間を縫う様に設置された木製の巨大な空中水路まであるようだ。樹の高さはどれも二十階くらいありそう。

 

「……なんつー幻想的なところなんだ。‘it's fantasy’だな。こりゃ本物だ」

「私たちは今、幻想郷に迷い込んだんだよ!」

「東方ネタかい。幻想郷は和風だろうに……でも、その形容がしっくりくるわね」

「……素晴らしい、自然の調和と、木漏れ日の様な最低限の光がより美しさを引き出している……これは、この景色はどんな秘宝よりも価値がある」

「「「どうしたのユエさん!?」」」

 

 あたし達がその美しい街並みに見蕩れていると、ゴホンッと咳払いが聞こえた。どうやら、気がつかない内に立ち止まっていたらしいが、ギルさんが正気に戻してくれたようだ。

 

「ふふ、どうやら我らの故郷、フェアベルゲンを気に入ってくれたようだね?」

 

 そして、アルフレリックさんの表情が嬉しげに緩んでいる。周囲の亜人達やハウリア族の者達も、どこか得意げな表情だ。あたし達はそんな彼等の様子を見つつ、素直に称賛した。

 

「ああ、こんな綺麗な街を見たのは始めてだ」

「空気も美味しいし、ユエも言ってた様に自然に溶け込んだ街って感じで……憧れます!」

「調和の世界。これはたしかに……人間が来るべき場所じゃあないわね」

「ん……綺麗」

 

 飾りもなく、掛け値なしのストレートな称賛。流石に、そこまで褒められるとは思っていなかったのか少し驚いた様子の亜人の皆さん。

 だが、やはり故郷を褒められたのが嬉しいのかわかんないけど。皆、ふんっとそっぽを向きながらもケモミミや尻尾を勢いよくふりふりしている。

 その様子を見てあたし達は苦笑いしつつ。あたし達は、フェアベルゲンの住人に好奇と忌避、あるいは困惑と憎悪といった様々な視線を向けられながら、アルフレリックさんが用意した場所に向かった。

 

 □noside

 

 あの時、幻影とはいえ。オスカー・オルクスの話を聞いたアルフレリックは、フェアベルゲンの長老の座に就いた者に伝えられる掟をハジメに話した。

 それは、この樹海の地に七大迷宮を示す紋章を持つ者が現れたらそれがどのような者であれ敵対しないこと。そして、その者を気に入ったのなら望む場所に連れて行くことという何とも抽象的な口伝だった。

 

【ハルツィナ樹海】の大迷宮の創始者リューティリス・ハルツィナが、自分が解放者という存在である事(解放者が何者かは伝えなかった)と、仲間の名前と共に伝えたものなのだという。

 この地に住んでいた一族が延々と伝えてきたのだとか。最初の敵対せずというのは、大迷宮の試練を越えた者の実力が途轍もないことを知っているからこその忠告だろうとアルフレリックは語った。

 そして、オルクスの指輪の紋章にアルフレリックが反応したのは、大樹の根元に七つの紋章が刻まれた石碑があり、その内の一つと同じだったからだそうだ。

 

「それで、俺たちがその資格を得ている、と……」

 

 アルフレリックの説明により、人間を亜人族の本拠地に招き入れた理由がわかった。しかし、全ての亜人族がそんな事情を知っているわけではないはずなので、今後の話をする必要がある。

 

「貴様ぁ! ハウリア族を、その忌み子を庇うというのか!」

「当然、この人たちはあたし達が守ってるんだ! そのために、庇わないわけがない!」

 

 ハジメとアルフレリックが、話を詰めようとしたその時、何やら階下が騒がしくなった。ハジメのいる場所は、最上階にあたり、階下にはシア達のハウリア族、そして香織、双葉、ユエが待機している。どうやら、双葉が誰かと争っているようだ。ハジメとアルフレリックは顔を見合わせ、同時に立ち上がった。

 

 階下では、大柄な熊の亜人族や虎の亜人族、狐の亜人族、背中から羽を生やした亜人族、小さく毛むくじゃらのドワーフらしき亜人族が剣呑な眼差しで、双葉と対峙していた。双葉の目には怒りが滲み出ており。熊の亜人を睨みつけて、シア達を庇ったのか。彼女の顔に傷はないが、殴られた跡があった。香織は腰の銃を抜くか迷い、ユエはシア達を守るために隅に避難させていた。

 

 ハジメは……双葉が殴られたという事実に一瞬キレかけるが双葉が怒らず、我慢している以上は手を出さないことにする。しかし、怒りは滲ませながら……アルフレリックの懇願もあり、殺気は抑えていた。

 そして、彼らが階段から降りてくると、彼等は一斉に鋭い視線を、熊の亜人が剣呑さを声に乗せて発言する。

 

「アルフレリック……貴様、どういうつもりだ。なぜ人間を招き入れた? こいつら兎人族もだ。忌み子にこの地を踏ませるなど……返答によっては、長老会議にて貴様に処分を下すことになるぞ」

 

 拳を握りわなわなと震えている。やはり、亜人族にとって人間族は不倶戴天の敵なのだ。しかも、忌み子と彼女を匿った罪があるハウリア族まで招き入れた。熊の亜人だけでなく他の亜人達もアルフレリックを睨んでいる。

 

 しかし、アルフレリックはどこ吹く風といった様子だ。

 

「なに、口伝に従ったまでだ。お前達も各種族の長老の座にあるのだ。事情は理解できるはずだが?」

「何が口伝だ! そんなもの眉唾物ではないか! フェアベルゲン建国以来一度も実行されたことなどないではないか!」

「だから、今回が最初になるのだろう。それだけのことだ。お前達も長老なら口伝には従え。それが掟だ。我ら長老の座にあるものが掟を軽視してどうする」

「なら、そんな人間族の小僧と小娘が資格者だとでも言うのか! 敵対してはならない強者だと!」

「そうだ」

 

 あくまで淡々と返すアルフレリック。熊の亜人は信じられないという表情でアルフレリックを、そしてハジメと双葉を睨む。

 

 ハジメは後にギルから聞くが、フェアベルゲンには、種族的に能力の高い幾つかの各種族を代表する者が長老となり、長老会議という合議制の集会で国の方針などを決めるらしい。裁判的な判断も長老衆が行う。

 今、この場に集まっている亜人達が、どうやら当代の長老達らしい。だが、口伝に対する認識には差があるようだ。

 

 アルフレリックは、口伝を含む掟を重要視するタイプのようだが、他の長老達は少し違うのだろう。アルフレリックは森人族であり、亜人族の中でも特に長命種だ。二百年くらいが平均寿命だったとハジメは記憶している。

 だとすると、眼前の長老達とアルフレリックでは年齢が大分異なり、その分、価値観にも差があるのかもしれない。ちなみに、亜人族の平均寿命は百年くらいだ。

 そんなわけで、アルフレリック以外の長老衆は、この場に人間族や罪人がいることに我慢ならないようだ。

 

「……ならば、今、この場で試してやろう!」

「……人が我慢してりゃいい気になって……このクマっころには仕置きが必要かな?」

 

 いきり立った熊の亜人が突如、ハジメに向かって突進した。あまりに突然のことで周囲は反応できていない。アルフレリックも、まさかいきなり襲いかかるとは思っていなかったのか、驚愕に目を見開いているが、しかし。

 

 その進路上に双葉が突如として移動する。突進している身で急に止まることはできない…… 身長二メートル半はある脂肪と筋肉の塊の様な男の豪腕が、彼女に向かって振り下ろされた。

 

 熊人族は特に耐久力と腕力に優れた種族だ。その豪腕は、一撃で野太い樹をへし折る程で、種族代表ともなれば他と一線を画す破壊力を持っている。シア達ハウリア族と傍らのユエ以外の亜人達は、皆一様に、肉塊となった双葉を幻視した。

 

 しかし、次の瞬間には、有り得ない光景に凍りついた。

 

 ぱしっ……

 

 その豪腕は静かに、双葉の左手によって受け止められた。

 

「……あんたから受けた都合の三発……殺しかねないから一発で我慢したげる」

「……な、なに!?」

 

 受け止められるとは思っていなかった熊の亜人は焦燥を覚えるがもう遅い。

 

「……擬/赤龍帝の籠手(シャドウ・ブースデット・ギア)っ!!」

 

 双葉の意思に応えるように、燻んだ真紅で彩られた大型の籠手が彼女の左腕に装着される。それはまるで龍を模したかのような無骨な物だ。

 亜人達はなんだそれはと言わんばかりに、驚愕の表情だ。

 

 [倍加(Boost)ッ!! ──Explosionッ!!]

 

 双葉の身のうちに秘めたオーラが暴風の如く吹き荒れ、調度品を、窓を、カーテンをばたつかせて引きちぎる。

 

「ま、まて! 俺が悪かった……!」

「問答無用……ぶっとべ」

 

 双葉は義肢の右手を握ると、拳を熊の亜人の顔目掛けて振り上げ、寸止めする。‘豪腕’は発動はしていないのにもかかわらず。その拳圧で熊の亜人はカチ上げられ、天井を突き破り、吹き飛ばされていった。

 

「……ふん……よっわ」

 

 とん、とその場を蹴り。双葉は跳躍すると気絶しながら落下してきた熊の亜人を空中で掴み、ズドン! と音を響かせて着地した。

 

「……これでお分かり? ……気に入らないならかかってこい……敵ならば容赦しない」

 

 凄む双葉の目を前に、亜人族の中で挑み掛かる者はいなかった。

 

 

 ──

 

 to be continued



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

天龍の逆鱗。触れれば亡国の兆しあり

 ■双葉side

 

 あたしが気に食わない熊の亜人を吹き飛ばした後、アルフレリックさんが何とか執り成してくれたおかげであたしは渋々闘気を収めた。なお、あのクソ熊については気絶していたので医務室に運ぶらしいが、人間に対して恐怖を覚えたのか。その後、あたし達の前に姿を表すことはなかった。

 

 で、現在。当代の長老衆の皆さんこと。虎人族のゼルさん、翼人族のマオさん、狐人族のルアさん、土人(ドワーフ)族のグゼさん、そして森人(エルフ)族のアルフレリックさんが、ハジメを代表として、その隣にあたし達が。彼らと向かい合って座っていた。

 その後ろに控えるように。カムさんとシアが座り、そのさらに後ろにハウリア族が固まって座っている。

 

 長老衆の表情は、アルフレリックを除いて緊張感で強ばっていた。戦闘力では一,二を争う程の手練だったらしい熊の亜人(名前は覚えてやるつもりはない)が、文字通り手も足も出させず、あたしが気絶させたし、仕方ないんじゃね? 

 

「で? あんた達は俺達をどうしたいんだ? 俺は大樹の下へ行きたいだけで、邪魔しなければ敵対することもないんだが……亜人族(・・・)としての意思を統一してくれないと、いざって時、何処までやっていいかわからないのは不味いだろう? あんた達的に。殺し合いの最中、敵味方の区別に配慮する程、俺はお人好しじゃないぞ」

「ハジメ!? おちつこ、ね、ね?」

「香織。俺は今冗談は一切言ってない……お前だって、わかってるだろ?」

 

 香織が宥めても、ハジメがもはや剣呑さを隠さず言葉にする。そしてその言葉の意味を察して、身を強ばらせる長老衆。その意味としては、亜人族全体との戦争も辞さないという意志が込めてるっぽい……なんでそんなにキレかけなの? 

 

「仲間を痛めつけた挙句に、第一声がそれか……それで友好的になれるとでも?」

 

 グゼさんが苦虫を噛み潰したような表情で呻くように呟いた……まぁ、亜人族からすりゃあたしが一方的にいじめたみたいになってるけど。

 流石に黙って好き放題言われるのは癪に触る──あれ? なに、ハジメさん? あたしに目配せしたハジメはグゼさんに対して。

 

「は? 何言ってんだよ。先に殺意を向けてきたのは、あの熊野郎だろ? それを双葉は返り討ちにしただけだ……だろ?」

「うん? まぁ……そうだね。ハジメが返り討ちにしてたら死んでたよ? 逆に、あたしに感謝してほしいくらいなんだけどね?」

 

 ハジメが反論して、それにあたしが同意する

 

「き、貴様等……ッ! ジンはな! ジンは、いつも国のことを思って!」

「それが、初対面の相手を問答無用に殺していい理由になるとでも? 頭沸いてんの? 「国を思って人殺しをしました、だからこれで免罪符ですよね!」で済むと……ふざけんなよ?」

「そ、それは! しかし!」

「勘違いしてんじゃねェよ。俺たち側が被害者で、あの熊野郎が加害者。長老ってのは罪科の判断も下すんだろ? なら、そこのところ、長老のあんたがはき違えるべきじゃないだろうがよ」

 

 おそらくグゼさんはあの熊と幼馴染かなんかなんだろう。だから、こっちのの言う通りだと頭の中では分かっていても。心が納得できない、と──あたし達がそんな心情を汲み取ってやる道理なんざない。

 

「くっ、貴様……!」

「グゼ、気持ちはわかるが、そのくらいにしておけ。彼らの言い分は正論だ」

「……何歳なのあんた、それでも長老? あたし達より大人のくせに、見た目相応なのかも知んないけど、餓鬼みたいに駄々こねないでよ」

「なっ……」

 

 アルフレリックさんの諌めの言葉。それに腹を立てて、立ち上がりかけたグゼさんに対してあたしは容赦なく言の刃を突き立てる。それを聞き、あんぐりと口を開けて……しばらくして、あたしを睨みながら黙り込み、座る。

 

「確かに、この少年は、紋章の一つを所持しているし、その実力も大迷宮を突破したと言うだけのことはあるね。僕は、彼を口伝の資格者と認めるよ」

 

 そう言ったのは狐人族の長老ルアだ。糸のように細めた目でハジメを見た後、他の長老はどうするのかと周囲を見渡す。

 その視線を受けて、翼人族のマオ、虎人族のゼルも相当思うところはあるようだが、同意を示した。代表して、アルフレリックがハジメに伝える。

 

「南雲ハジメ。我らフェアベルゲンの長老衆は、お前さんを口伝の資格者として認める。故に、お前さんと敵対はしないというのが総意だ……可能な限り、末端の者にも手を出さないように伝える。……しかし……」

「絶対じゃない……か?」

「ああ。知っての通り、亜人族は人間族をよく思っていない。正直、憎んでいるとも言える。血気盛んな者達は、長老会議の通達を無視する可能性を否定できない」

「それで?」

 

 アルフレリックの話しを聞いてもハジメの顔色は変わらない。なにを求めるのかと、彼の目が語る。

 

「お主達を襲う者達を殺さないで欲しい」

「……殺意を向けてくる相手に手加減しろと?」

「そうだ。双葉殿やハジメ殿の実力なら可能だろう?」

「断る。殺し合いで手加減をする道理はない──手を抜けばこちらが‘やられる可能性’がゼロ以下にはならない以上……あんたの気持ちはわかるけどな。そちらの事情は俺たちにとって関係なんざねぇよ。同胞を死なせたくないなら死ぬ気でお前等が止めろ……俺も双葉も、敵対する者には情けも容赦も捨てる」

 

 あたし達が奈落の底で培った、敵対者に容赦をしないという価値観。ハジメの言うことは正しい。殺し合いでは何が起こるかわからないし、ハンデを背負って‘窮鼠猫を噛む’の諺のようにあたし達が致命傷を喰らわないとは限らない。すると、ここでゼルさんが。

 

「ならば、我々は、大樹の下への案内を拒否させてもらう。口伝にも気に入らない相手を案内する必要はないとあるからな」

「知らんがな。なに勝手にそっちで完結してんのよ」

 

 そのゼルさんの勝ち誇ったような言葉に、あたしは呆れて、ハジメは訝しそうな表情をした。あたし達の案内はハウリア族に任せるつもりで、フェアベルゲンの手を借りるつもりはない。そのことは、彼等も散々言ってるんだけど……ただ、ゼルの次の言葉を聞いて彼の真意が明らかになった。

 

「なにを勘違いしてあるのか知らないが、ハウリア族に案内してもらえるとは思わないことだ。そいつらは罪人……フェアベルゲンの掟に基づいて裁きを与える。何があって同道していたのか知らんが、ここでお別れだ。忌まわしき魔物の性質を持つ子とそれを匿った罪。フェアベルゲンを危険に晒したも同然なのだ。既に長老会議で処刑処分が下っている」

 

 ゼルの言葉に、シアは泣きそうな表情で震え、カム達は一様に諦めたような表情をしている。この期に及んで、誰もシアを責めないのだから情の深さは折紙付きだよ、ホントに。

 シアが自分だけを処分してほしいと訴えかけるが、彼らは意に介さず。一族全員を処刑するとのこと……ほんっと、アホらしい。

 

「そういうわけだ。これで、貴様が大樹に行く方法は途絶えたわけだが? どうする? 運良くたどり着く可能性に賭けてみるか?」

「……よーくわかったわ」

 

 あたしが顔を伏せて、納得したような雰囲気に満足げだが……それが嫌なら、こちらの要求を飲めと言外に伝えてくるゼルさん。他の長老衆も異論はござんせんようで。それに対して、ハジメが呆れたように真顔で言い放つ。

 

「お前、アホだろ」

「な、なんだと!」

 

 ハジメの物言いに、目を釣り上げるゼル。シア達も思わずと言った風にハジメを見る。香織とユエはハジメの次の言葉をわかっているのか無言。

 

「これ以上双葉を怒らせるな(・・・・・)

「なに?」

 

 ハジメがなにが言いたいのか理解できないと言う間抜けな顔をしているゼル。あたしはふつふつと、怒りを堪えるのに必死である。

 

「ここを。このフェアベルゲンを更地にしたいなら、話は別だが」

「……ハジメ、あとはあたしが話すよ。 どう言うことになるのかをはっきりわからせる必要がある。あんたたち……「死ぬ」か、今の発言を「取り消す」かで決めさせてあげる」

 

 長老衆はあたしの言葉の意味を理解したのか、ゼルは震え上がっていた。あたしはゆっくりと立ち上がり堂々と宣言してやる。

 

「あんた達の掟なんてどうでもいい……意味がわからないなら教えてあげる。‘龍の逆鱗’に、自分から触れようとしていることを自覚なさい……あたしの宝物(友達)達に手を出そうと企てるなら。あたしを超えていけ! ただし、この国の全ての命を賭したとしてもそれは成し得ない!」

 

 沸々とオーラが膨れ上がり、高温のオーラが燻った。

 

「あたしは二天‘龍’を統べる者。神すら屠るあたしにお前達如きが……足元に及べるなどと思い上がるなぁぁぁぁぁああっ!!

 

 あたしは堪えれない怒りをオーラに乗せて放出する。弾けたそれがこの空間にある全てを震わせる。そして、テーブルは高温のオーラに触れて燃え尽き、天井やガラスに壮絶な負荷を与えて。それらは耐えきれず大きなヒビが。

 中心にいた者達は、自身の目の前で起こった事象に理解が追いついていないようだった──あたしの怒りは理不尽かもしれない。だけど、彼らがシアとその家族にしようとしてることも相当な理不尽だ。

 

 そんな状況で偶然出会ったシアは、あたし達に助けを求めた。そして、いつの間にかあたしは彼女を気に入り、あの子が望むならハジメに一緒に頼んででも旅に同行をさせてあげるつもりでもある。

 今は雇い主だけども、シアはあたしにとって大事な友達になってるんだよ……どこか残念で、何事にも全力で潔く。泣き虫で頑張り屋なあの子が、この国(・・・)に泣かされた。それだけでこの国をぶっ壊す理由になる。

 

「そろそろ落ち着けよ、双葉。で、最初から俺たちはお前らの事情なんて関係ないって言ったんだ。まぁ……双葉の言う通り、こいつらを俺たちから奪うってことは、結局、俺の行く道を阻んでいるのと変わらないだろうが」

 

 あたしの隣でハジメは長老衆を睥睨しながら、スっと伸ばした手を泣き崩れているシアの頭に乗せた。ピクッと体を震わせ、ハジメを見上げるシア。

 

「俺達から、こいつらを奪おうってんなら……覚悟を決めろ」

「悉くを、あなた達の積み上げてきたこのフェアベルゲンがこの樹海から‘消し飛ぶ’事態を招くかはあなた方に決めさせてあげる」

「ハジメさん……双葉さん……」

 

 ハジメにとって今の言葉は単純に自分の邪魔をすることは許さないという意味で、それ以上ではない……わけでもない。彼も‘残念ウサギ’と罵っているシアのことをなんだかんだ言って放っておけないって言ってたしね。

 だから、ハウリア族を死なせないために亜人族の本拠地フェアベルゲンとの戦争も辞さないという言葉は、その意志は、絶望に沈むシアの心を真っ直ぐに貫いた。

 

「わかった。ならば、ハウリア族をハジメ殿達が所有する奴隷ということにでもしておこう。フェアベルゲンの掟では、樹海の外に出て帰ってこなかった者、奴隷として捕まったことが確定した者は、死んだものとして扱う。樹海の深い霧の中なら我らにも勝機はあるが、外では魔法を扱う者に勝機はほぼない。故に、無闇に後を追って被害が拡大せぬように死亡と見なして後追いを禁じているのだ。……既に死亡と見なしたものを処刑はできまい」

「アルフレリック! それでは!」

 

 アルフレリックさんはやはり話がわかる人の様だ。あたしの危険性を十二分に承知して、話を進めようとしてくれている。

 

「ゼル。わかっているだろう。彼らが引かぬと、そして、その力の大きさも。ハウリア族を処刑すれば、確実に敵対することになる。その場合、どれだけの犠牲が出るか……長老の一人として、そのような危険は断じて犯せん」

「しかし、それでは示しがつかん! 力に屈して、化物の子やそれに与するものを野放しにしたと噂が広まれば、長老会議の威信は地に落ちるぞ!」

「お前は故郷を失っても良いと言うのか? 相手は龍の力を宿す者。赤き龍……赤龍帝の力を宿す神殺しだぞ?」

「ん? 今なんて!?」

 

 あたしはいま聞き捨てならないことを聞いた気がする。赤龍帝の名前が出たよな……? 

 

「ようやくわかった……どこかで見たことがあると思えば。双葉殿は我らの言い伝えにあった‘神滅具(ロンギヌス)使い’だとな」

「……はぁ!? なんで……」

「解放者の仲間に、赤龍帝を宿した者がいたのだよ。神が異世界より反逆者を倒すべく召喚した者の中にな。しかし、その者はあろうことが神に反旗を翻し、一人で崩御一歩手前まで追い詰めたらしい。神によって送還され、この世界にはもうおらんがな」

「……へぇ」

「……アルフレリック。その口伝って、それこそ眉唾では?」

 

 ガクガクと震えながら。アルフレリックさんにゼルが問いかける。それに対して彼は……

 

「ちゃんと語り継いできたのは私の一族だけだからな」と口にした。えぇ……

 

「……わかった。その要求を受け入れよう……我らの知るハウリア族はもうこの世にはいない、と」

 

 ゼルはそのままへたり込むように。しかし、最後の足掻きと言わんばかりに此方を睨め付ける。

 あたしはそれをスルーして。アルフレリックさんに一応告げる。

 

「あたし達……ハジメと香織とあたしは魔力を普通に操作できるわよ? 詠唱もなしでね。シアと、同じ(・・)ようにさ」

「ああ、そうだな。これでいいか?」

 

 ハジメがおもむろに右腕の袖を捲ると魔力の直接操作を行った。‘纏雷’を使用して右手にスパークが走る。

 長老衆は、ハジメのその異様に目を見開いた。そして、詠唱も魔法陣もなく魔法を発動したことに驚愕を表にする。

 

「俺達もシアと同じように、魔力の直接操作ができるし、固有魔法も使える。次いでに言えばこっちのユエもな。あんた達のいう化物ってことだ。だが、口伝では‘それがどのような者であれ敵対するな’ってあるんだろ? 掟に従うなら、いずれにしろあんた達は化物を見逃さなくちゃならないんだ。シア一人見逃すくらい今更だと思うけどな」

 

 しばらく硬直していた長老衆だが、やがて顔を見合わせヒソヒソと話し始めた。そして、結論が出たのか、代表してアルフレリックが、それはもう深々と溜息を吐きながら長老会議の決定を告げる。

 

「はぁ~、ハウリア族は忌み子シア・ハウリアを筆頭に、同じく忌み子である南雲ハジメの身内(・・)と見なす。そして、資格者南雲ハジメに対しては、敵対はしないが、フェアベルゲンや周辺の集落への立ち入りを禁ずる。以降、南雲ハジメの一族に手を出した場合は全て自己責任とする……以上だ。何かあるか?」

「いや、何度も言うが俺達は大樹に行ければいいんだ。こいつらの案内でな。文句はねぇよ」

「……そうか。ならば、早々に立ち去ってくれるか。ようやく現れた口伝の資格者を歓迎できないのは心苦しいが……」

「気にしないでくれ。全部譲れないこととは言え、相当無茶言ってる自覚はあるんだ。むしろ理性的な判断をしてくれて有り難いくらいだよ」

「……えっと、ここをぶっ壊したことは謝罪します」

「いや……それは水に流そう。我々は踏んではいけないドラゴンの逆鱗を踏みつける所業を行おうとしたのだから、それくらいの報いは甘んじて受けよう」

 

 ハジメの言葉に、あたしがそそと頭を下げるのを見て苦笑いするアルフレリックさん。ほんっとこの人には頭があがんないや……そして、他の長老達は渋い表情か疲れたような表情だ。恨み辛みというより、さっさとどっか行ってくれ! という雰囲気で、とりあえずあたしはゼルに中指を立てておいた。通じるかはわからないけどね。その様子に肩を竦めるハジメはユエと香織、シア達を促して立ち上がった。

 

 しかし、シア達ハウリア族は、未だ現実を認識しきれていないのか呆然としたまま立ち上がる気配がない。ついさっきまで死を覚悟していたのに、気がつけば追放で済んでいるという不思議。「えっ、このまま本当に行っちゃっていいの?」という感じである。

 

「おい、何時まで呆けているんだ? さっさと行くぞ」

「ほら、シアもカムさんも、Hurry up. 行くよ」

「置いてくよー。案内してくれないと困るからね?」

 

 ハジメと香織の言葉に、あたしの催促にようやく我を取り戻したのかあたふたと立ち上がり、アルフレリックさん達はあたし達を門まで見送ってくれるそうな。

 

 シアが、オロオロしながらハジメに尋ねた。

 

「あ、あの、私達……死ななくていいんですか?」

「おい、さっきの話聞いてなかったのか?」

「い、いえ、聞いてはいましたが……その、何だかトントン拍子で窮地を脱してしまったので実感が湧かないといいますか……信じられない状況といいますか……」

 

 周りのハウリア族も同様なのか困惑したような表情だ。それだけ、長老会議の決定というのは亜人にとって絶対的なものなのだろう。どう処理していいのか分からず困惑するシアに香織とユエが呟くように話しかけた。

 

「シアちゃん、笑ってほしいなぁ〜」

「……素直に喜べばいい」

「笑ってほしいって……香織さん……ユエさん?」

「……ハジメに救われた。それが事実。受け入れて喜べばいい」

「うんうん。だからハッピーエンドって事で笑ってほしいってことだよ!」

「……」

 

 香織に、ぎこちない笑みを向けながら、ユエの言葉に、シアは先頭を行くハジメの背中に視線をやった。その視線に気づいてか、彼は背中で語った。

 

「まぁ、約束だからな」

「ッ……」

 

 それからシアの顔が熱を持ち、赤くなっていく。どうにも居ても立ってもいられない正体不明の葛藤を抱いているような気がするのは気のせいではあるまい。

 それは家族が生き残った事への喜びか、それとも……シアがハジメへと特別な気持ちを抱くきっかけになったのかは知らない。

 彼女は、ユエの言う通り素直に喜び、今の気持ちを衝動に任せて全力で表してみることにしたみたいで、‘シアらしい’とあたしは苦笑する。

 

 すなわち、ハジメに後ろから全力で抱きつく! 

 

「ハジメさ~ん! 本当に、ありがどうございまずぅ~!」

「どわっ!? いきなり何だ!?」

「むっ……」

「シアちゃんも……よし!」

 

 泣きべそを掻きながら絶対に離しません! とでも言う様にヒシッとしがみつき顔をグリグリとハジメの背中に押し付けるシア。その表情は緩みに緩んでいて、頬はバラ色に染め上げられている。

 それを見たユエが不機嫌そうに唸り、ハジメの左手を握るだけで特に何もしなくて、ハジメが香織を右手で抱き寄せてるところに抱きついたのだから背中しか開いていない訳である。

 その香織だが何やら不穏なことを呟いていたが気にしない。ハーレム計画とか何もあたしは聞いてない。

 

 喜びを爆発させハジメにじゃれつくシアの姿に、ハウリア族の皆もようやく命拾いしたことを実感したのか、隣同士で喜びを分かち合っている。

 それを何とも複雑そうな表情で見つめているのは長老衆だ。そして、更に遠巻きに不快感や憎悪の視線を向けている者達も多くいる。

 ハジメはその全てを把握しながら、ここを出てもしばらくは面倒事に巻き込まれそうだと苦笑いするのだった。

 そして、あたしもまた。今後について考える必要があるな、と未来に向けて視線を宙に彷徨わせていると、シアが飛びかかって……へ? 

 

「フタバさんもぉ〜っ! 本当に、ありがどうございまずぅ~!」

「えっちょ、まって!? ひゃんっ!?」

 

 胸に飛び込んできたので仕方なくそこで受け止める。すると……もみっと……掴むところが胸しかなかったのか、両手で鷲掴まれる。

 

「……双葉さん!? 私よりもおっぱい大きいですよねぇ!?」

「……うっさい、セクハラうさぎぃぃぃぃ!!」

 

 抱きついた拍子に揉んだのはまぁ、不可抗力としよう。しかし、人様のいる前で、品評すんなぁぁっ!! 

 

「痛いですぅぅぅ!」

 

 鈍い音がフェアベルゲンに鳴り響く、が。やっぱり手応えを感じなかった。ほんと、このウサギ……不思議だなぁ。

 

 ──

 

 to be continued



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

霧深き大樹の縁で

 □noside

 

「という訳で、あなた達には訓練を受けてもらうわ」

 

 フェアベルゲンを出たハジメ達+ウサミミ一族が、一先ず大樹の近くに仮拠点を作って一息ついた時。双葉が言ったのがこれだった。

 彼らの所在には双葉の張った‘魔物払いの結界’とハウリア族以外の亜人族を寄せ付けない‘人払いの結界’の内である。

 そして、双葉がアルフレリックに去り際に彼女が自分用に密かに作っていた(結果としてハジメ達にせしめられるのは確定)‘赤味噌’を謝罪金として贈って見たところ。彼は‘味噌きゅうり’的な感じで食べてみれば、その魅力に取り憑かれて……呆気なく完食していた。

 その見返りに‘フェアドレン水晶’を貰っていたのをハジメが‘生成魔法’で強化した‘ブルライト・クリスタル’を起点にして双葉がありったけの魔力を込めて張った‘多重結界’の中に、この仮拠点は作成されている。

 

「え、えっと……訓練というのは……?」

 

 困惑する一族を代表してシアが尋ねると、ハジメが答える。

 

「そのままの意味だ。どうせ、これから十日間は大樹へはたどり着けないんだろ? ならその間の時間を有効活用して、軟弱で脆弱で負け犬根性が染み付いたお前等にはある程度の自衛手段である戦闘技能を得てもらおうと思ってな。そして、双葉と相談した結果。訓練を施すことにした」

「な、なぜ、そのようなことを……」

 

 戦いに駆り出されることを恐れ、ぷるぷると震えるウサミミ達。そのあまりに唐突なハジメの宣言に当然の如く、シアが疑問を投げかけたが、ハジメはギラリと鋭い視線をよこし、彼女は「ひぃっ!?」と身をこわばらせていた。

 

「なぜ? なぜと聞いたか? 残念ウサギ」

「あぅ、まだ名前で呼んでもらえない……」

 

 落ち込むシアを尻目に双葉が理由を語る。

 

「まぁ、理由としては、この結界の維持は魔石を捧げれば維持できるように魔法陣が組んだから。必然的に魔物を狩る必要が出てくるわけよ……あたしの魔力だって無限じゃあないからね」

「お前等、どんだけ双葉に甘えるつもりなんだよ。普通、こいつがここまでする義理はない(・・)はずなのにな」

 

 ハジメが割り込み、言い放つ。その言葉にウサミミ達はハッとした表情を見せた。

 

「いいか、そもそもだ。俺達がお前等と交わした約束は、‘案内が終わるまで守る’。じゃあ、案内が終わった後はどうするのか、それをお前等は考えていたか?」

 

 ハウリア族達は互いに顔を見合わせ、ハジメの方へ視線を向けると。ふるふると首を振り、族長のカムも難しい表情である。漠然と不安は感じていたが、激動に次ぐ激動で頭の隅に追いやられていたようだ。あるいは、考えないようにしていたのか。

 

「まぁ、考えていないだろうよ。楽天的な奴らが、考えても答えなどない。お前達は弱く、悪意や害意に対しては逃げるか隠れることしかできないだろ?」

「そんなあなた達は遂にフェアベルゲンを正式に追い出された。つまり、ハジメの庇護を失った瞬間、再び窮地に陥るというわけよね。それでいいの?」

「「「「「「……」」」」」」

 

 全くその通りなので、ハウリア族達は皆一様に暗い表情になるが、それを良しとしない双葉は「話してる最中に下を向くなっ!」と一喝。彼らはびくりと震え、顔を上げる。そんな彼等にハジメは言葉を紡いだ。

 

「お前等に逃げ場はない……わけでもないが、この仮拠点は魔石を捧げなくても、何もしなくても半年は保つだろう。だが、魔物も人も容赦なく弱いお前達を狙ってくる。このままではどちらにしろ全滅は必定だ……それでいいのか?」

「あたし達が拾ったその命はあなた達の自由。それを投げ出すのは少々勿体無いと思わないの?」

 

 恩人である二人の言葉に対して、誰も言葉を発さず重苦しい空気が辺りを満たす。そして、ポツリと誰かが零した。

 

「そんなのいいわけがない」

 

 その言葉に触発されたようにハウリア族たちは徐々に表情を引き締めていく。その中でも、シアは既に決然とした表情だ。

 

「そうだ。いいわけがない。ならば、どうするか。答えは簡単……強くなればいいだけだろ? 襲い来るあらゆる障碍を打ち破り、この結界という棲家をお前等家族で守りゃいいんだよ」

「……ですが、私達は兎人族です。虎人族や熊人族のような強靭な肉体も翼人族や土人族のように特殊な技能も持っていません……とても、そのような……」

「そこを補うために訓練をするわけだしね? 今すぐにできなくても、地道に鍛えればなんとかなるわけよ」

 

 カムの言い訳じみた言葉。兎人族は弱いという常識がハジメの、双葉の言葉に対して否定的な、劣等感に押しつぶされるために‘奮起’を心が認められない。

 彼らは自分達は弱い、戦うことなどできない。どんなに足掻いてもハジメの言う様に強くなど成れるものか、と。

 ハジメはそんなハウリア族を鼻で笑う。それを見て、彼の思惑を見抜いた双葉は言わずともいいのに、と苦笑した。

 

「俺はかつての仲間から‘無能’だの‘最弱’だのと呼ばれていたんだがな?」

「え?」

「その頃はステータスも技能も平凡極まりない一般人。仲間内の‘最弱’。戦闘では双葉に守ってもらわないとダメな「足でまとい」以外の何者でもない。故に、かつての仲間達は俺を無能と呼んでいたんだよ。実際、その通りだった」

 

 ハジメの言葉にハウリア族は例外なく驚愕を顕にする。ライセン大峡谷の凶悪な魔物を一蹴したハジメの過去を聞き、あくまでも信じられないという顔をすると……

 

「信じられないかもしれないけど、ハジメは本当に弱かったよ。‘あの頃’は、ね?」

「そうだ。そして、奈落の底に落ちて俺は、双葉に守られるだけじゃダメだと、香織と一緒に強くなるために行動した。守られるだけじゃなく、こいつとも守り合うために……気がつけばこの有様さ」

「嬉しいこと言ってくれるじゃん。そんなこと思ってたんだ〜?」

「うっせえよ……」

 

 双葉に揶揄いの笑みを向けられて、ハジメは気恥ずかしさを誤魔化すためにそっぽを向く。そんな彼らをよそに、ハウリア族たちはその衝撃の事実に困惑を隠せずに。否、困惑するなという方が無理だろう。

 元々、一般人並のステータスということは、兎人族よりも低スペックだったということだ。その状態で、自分達が手も足も出なかったライセン大峡谷の魔物より遥かに強力な化物達を相手にして来たというのだ。

 実力云々よりも、そんな最弱でありながら、強くなるためにそんな化け物共に挑もうとした彼の、その精神の異様さにハウリア族は戦慄した。自分達なら絶望に押しつぶされ、諦観と共に死を受け入れるだろう。長老会議の決定を受け入れたように。

 

「お前達の状況は、かつての俺と似ている。約束の内にある今なら、絶望を打ち砕く手助けくらいはしよう。自分達には無理だと言うのなら、それでも構わない。その時は今度こそ全滅するだけだ──約束が果たされた後は助けるつもりはマジでないからな? それを加味した上で、残り僅かな生をどうこうしようとお前等の勝手だ」

 

 それでどうする? と目で問うハジメ。

 

 ハウリア族達は直ぐには答えられない。自分達が強くなる以外に生存の道がないことは分かる。

 ハジメ達が、正義感からハウリア族を守ってきたわけではないし、彼らは旅の途中なのだ。故に、容赦なく見捨てられるとわかっていた。

 だが、そうは分かっていても、温厚で平和的、心根が優しく争いが何より苦手な兎人族にとって、ハジメの提案は、まさに未知の領域に踏み込むに等しい決断だった。

 ハジメ達の経験した様な特殊な状況にでも陥らない限り、心のあり方を変えるのは至難なのだ。

 

 黙り込み顔を見合わせるハウリア族……どうしても尻込みしてしまうのだ。しかし、そんな彼等を尻目に、先程からずっと決然とした表情を浮かべていたシアが立ち上がった。

 

「やります。私に戦い方を教えてください! もう、弱いままは嫌です!」

 

 それは魂の奥底からの叫び。樹海一杯一杯にその大声は木霊する。これ以上ない程思いを込めた宣言。シアとて争いは嫌いだ。怖いし痛いし、何より傷つくのも傷つけるのも悲しい。

 

 ──そう、このまま何も出来ずに滅ぶなど絶対に許容できないのだ。

 

 そして、とあるもう一つの目的のためにも、シアは兎人族としての本質に逆らってでも強くなりたかった。

 

 真っ直ぐハジメを見つめるシア。その様子を唖然として見ていたカム達ハウリア族は、次第にその表情を決然としたものに変えて、一人、また一人と立ち上がっていく。そして、男だけでなく、女子供も含めて全てのハウリア族が立ち上がったのを確認するとカムが代表して一歩前へ進み出た。

 

「ハジメ殿、双葉さま……宜しく頼みます」

 

 言葉は少ない。だが、その短い言葉には確かに意志が宿っていた。襲い来る理不尽と戦う意志が。

 

「わかった。覚悟しろよ? あくまでお前等自身の意志で強くなるんだ。俺は唯の手伝い。途中で投げ出したやつを優しく諭してやるなんてことしないからな」

「そういう人はいないさ。その決意、捻じ曲げる様な腐った性根ならとっくの昔に死んでるはずよ。今、あなた達が生き残ってきた事をあたしは評価する。シアの、自分の家族の危機に立ち上がれる根性。危険を顧みずあのライセン大峡谷を彷徨ける度胸は特に、ね?」

「ふん。期間は僅か十日だ……死に物狂いになれ。待っているのは生か死の二択なんだからな」

 

 ハジメの言葉に、双葉の激励にハウリア族は皆、覚悟を宿した表情で頷いた。

 

 ■双葉side

 

 という訳で、あたしが教導しつつ、ハジメが扱くという地獄の十日間のデスマーチはぁじまぁるよぉ〜。と、某饅頭音声が如く。ハウリア族の皆さんの強化訓練が始まることと相なった。

 

 まずハジメがハウリア族を訓練するにあたって、まず、彼が前々から作り続けていた……錬成の練習に作りまくって余ってた……捨てるにももったいなくて、処分に苦しんでいた在k……ゲフンゲフン。手頃な装備を彼等に渡した。

 小太刀やハンドアックス、ショートパイクにショートソードなどなど。カテゴリに縛りなく、多種多様な武器を‘宝物庫’から雑に放り出す。

 これらの刃物は、ハジメが‘精密錬成’を鍛えるために、その刃を極薄にする練習の過程で作り出されたものばかり。

 切れ味は抜群で、タウル鉱石製なので衝撃にも強いからその細身に反してかなりの強度を誇っている。

 そして何より軽い。ハウリア族の非力な力でも軽く振り回せる訳なのである。

 

 そして、その武器を持たせた上で基本的な動きをあたしが教える。全ての武器に精通したこの双葉さんの知識が確かな力を彼らに与えて。

 それが武力となって如何なく、発揮される訳でありやがりますよ? ただ、昨日まで武器を取ったことのない。ど素人である彼らに対しては、まず‘合理的な構え’を抑える必要があり、とっとと習熟してもらうために……ハジメが適当に魔物をけしかけて実戦経験を積ませる。

 若干荒療治感は否めないけど、これがやっぱり手っ取り早いと実行に移した。

 ハウリア族の強みは、その索敵能力と隠密能力。いずれは、奇襲と連携に特化した集団戦法を覚えて実行してもらうつもりだ。

 

 ちなみに、シアに関しては香織とユエが専属で魔法の訓練をしている。亜人でありながら魔力があり、その直接操作も可能なシアは、知識さえあれば魔法陣を構築して無詠唱の魔法が使えるはずなんだけど……無理かもなぁ……

 まぁ、時折、霧の向こうからシアの悲鳴が聞こえるので特訓は順調のようだと思う。そう思おう。

 

 しかし、訓練開始から二日目。ハジメは額に青筋を浮かべながらイライラした様にハウリア族の訓練風景を見ていた。

 まぁ初日は、こう。うん、彼らの気質上の問題をどうにかして。昨日からハウリア族の皆さんは、自分達の性質に逆らいながら。

 あたしに言われた通り武器の素振りとか、筋トレとかの基礎をしっかりやって真面目に訓練に励んでいる。魔物だって、幾つもの傷を負いながらも何とか倒している。

 

 ただ、あたしの目の前で起こっている惨状を見たら、まぁ……ハジメのイラつきも仕方ないと、あたしも引き攣った微笑みをうかべるしかない。というのも──

 

 グサッ! 

 

 ハジメが追い込んで、けしかけた魔物に、小太刀が突き刺さり絶命する。

 

「ああ、どうか罪深い私を許しくれぇ~」

 

 それをなしたハウリア族の男が魔物に縋り付く。まるで互いに譲れぬ信念の果て親友を殺した男のよう……いや、親友な訳ないだろ。魔物だぞ、魔物。

 

 ブシュ! 

 

 ハジメから死に物狂いで逃げてきた魔物が首を切り裂かれて倒れ伏す。

 

「ごめんなさいっ! ごめんなさいっ! それでも私はやるしかないのぉ!」

 

 魔物を裂いた小太刀を両手で握り、わなわな震えるハウリア族の女。まるで狂愛の果て、愛した人をその手で殺めた女のように見える……いや〜、演技派だなぁ(白目)

 

 バキッ! 

 

 瀕死の魔物が、最後の力で己を殺した相手に一矢報いる。体当たりによって吹き飛ばされたカムが、倒れながら自嘲気味に呟く。

 

「ふっ、これが刃を向けた私への罰というわけか……当然の結果だな……」

 

 その言葉に周囲のハウリア族が瞳に涙を浮かべ、悲痛な表情でカムへと叫ぶ。

 

「族長! そんなこと言わないで下さい! 罪深いのは皆一緒です!」

「そうです! いつか裁かれるときが来るとしても、それは今じゃない! 立って下さい! 族長!」

「僕達は、もう戻れぬ道に踏み込んでしまったんだ。族長、行けるところまで一緒に逝きましょうよ」

「お、お前達……そうだな。こんな所で立ち止まっている訳にはいかない。死んでしまった彼(小さなネズミっぽい魔物)のためにも、この死を乗り越えて私達は進もう!」

「「「「「「「「族長!」」」」」」」」

 

 いい雰囲気のカムさん達。そして、それにもう我慢できずにツッコミを入れるハジメ。まぁ、あたしもツッコミたかったけど、ハジメに丸投げしよう。

 

「だぁぁぁああっ! やかましいわ、ボケッ! 魔物一体殺すたびに、いちいち大げさなんだよ! なんなの? ホント何なんですか? その三文芝居! 何でドラマチックな感じになってんの? 黙って殺れよ! 即殺しろよ! 魔物に向かって‘彼’とか言うな! キモイわ!」

 

 うん、ハウリア族達が頑張っているのは分かる。その生来の気質故に、魔物を殺すたびに訳のわからない演劇を見せられている。

 この二日、何度も見られた光景であり、ハジメが何度も、何度も何度も何度も。何度も指摘しているのだが、一向に直らない。

 ハジメは怒るのを我慢しているみたいなんだけど、このツッコミの中にも怒りが滲み出ていて、そろそろ本気でキレかねない状態だった。

 

 そんな彼の怒りを多分に含んだ声にビクッと体を震わせながらも、「そうは言っても……」とか「だっていくら魔物でも可哀想で……」とかブツブツと呟くハウリア族達。

 

 更にハジメの額に青筋が量産される……うーん、あと何か一つきっかけがあるとキレそうな気がする。

 そんな様子を見かねたハウリア族の幼女が、ハジメを宥めようと近づく。あの子は、ライセン大峡谷でハイベリアに喰われそうになっていたところを間一髪ハジメに助けられ、特に懐いている子だ。

 しかし、進み出た彼女はハジメに何か言おうとして。突如、その場を飛び退いた。

 それを見て訝しそうに、ハジメが彼女に尋ねる。

 

「? どうした?」

 

 そっと足元のそれに手を這わせながらあの子はハジメに答えた。

 

「あ、うん。このお花さんを踏みそうになって……よかった。気がつかなかったら、潰しちゃうところだったの。こんなに綺麗なのに、踏んじゃったら可愛そうだもんね」

 

 ハジメの頬が引き攣る……あっ(察し

 

「お、お花さん?」

「うん! ハジメお兄ちゃん! わたし、お花さんが大好きなの! この辺は、綺麗なお花さんが多いから訓練中も潰さないようにするのが大変だよね」

 

 ニコニコと微笑むウサミミ幼女。周囲のハウリア族達も微笑ましそうに彼女を見つめている。まぁ、確かに可憐で綺麗な花だ。だが……少なくとも命のやりとりを仮定している中で、それを気遣う余裕などないのに。

 そして、ついにハジメがゆっくり顔を俯かせた。白髪が垂れ下がり彼の表情を隠す。そして、ポツリと囁くような声で質問をする……あたしはすすすっと射線上(・・・)から逃げる──ゴム弾の跳弾に巻き込まれるのはごめんだからね? 

 

「……時々、お前等が妙なタイミングで跳ねたり移動したりするのは……その‘お花さん’とやらが原因か?」

 

 ハジメの言う通り、確かに訓練中。ハウリア族は妙なタイミングで歩幅を変えたり、移動したりするのが見受けられた。非効率な動きを指摘しようかどうか、あたしも気にはなっていたのだが……いや、まさかそんな……その予想は間違っていたのか。

 

「いえいえ、まさか。そんな事ありませんよ」

「はは、そうだよな?」

 

 苦笑いしながらそう言うカムさんの言葉に少し頬が緩むハジメ。しかし……というか、‘残念ウサギ’の彼ららしい返答をカムさんは口にした。そして、それはあたしの予想通りだった。

 

「ええ、花だけでなく、虫達にも気を遣いますな。突然出てきたときは焦りますよ。何とか踏まないように避けますがね」

 

 カムのその言葉に、ハジメからブチっと聞こえた。ブチって。

 そして彼はだらりと、糸の切れたパペットの如く、ゆらりゆらりと……何か悪いことを言ったかとハウリア族達がオロオロと顔を見合わせた。ハジメは、そのままゆっくりと。幼女のもとに歩み寄り……一転してにっこりと笑顔を見せる。幼女もにっこりと微笑む。

 そしてハジメは……笑顔のまま眼前の花を踏み潰した。ご丁寧に、踏んだ後、グリグリと踏みにじってトドメを刺す……これは……うん、ブチギレたね。

 あの子は呆然とした表情で足元を見る。ようやくハジメの足が退けられた後には、無残にも原型すら留めていない‘お花さん’の残骸が横たわっていた。

 

「お、お花さぁーん!」

 

 悲痛な声が樹海に木霊する。「一体何を!」と驚愕の表情でハジメを見やるハウリア族達に、ハジメは額に青筋を浮かべたままにっこりと微笑みを向ける。

 

「ああ、よくわかった。よ~くわかりましたともさ。俺が甘かった。俺の責任だ。お前等という種族を見誤った俺の落ち度だ。ハハ、まさか生死がかかった瀬戸際でお花さんだの虫達だのに気を遣うとは……てめぇらは戦闘技術とか実戦経験とかそれ以前の問題だ。もっと早くに気がつくべきだったよ。自分の未熟に腹が立つ……フフフ」

「双葉さま……ハ、ハジメ殿はどうなさったんですか……?」

「南無三。こうなったらあたしでも止められないかなぁ……そうよね?」

 

 不気味に笑い始めたハジメに、ドン引きしながら恐る恐ると言わんばかりに戦慄したカムさんがあたしにどういう状況なのかを尋ね、あたしは返事をハジメに促す。その返答は……

 

ドパンッ! 

 

 ゴム弾を用いたドンナーによる銃撃だった。カムさんが仰け反るように後ろに吹き飛び、少し宙を舞った後ドサッと地面に落ちる。次いで、彼の額を撃ち抜いた非致死性のゴム弾がポテッと地面に落ちた。

 辺りにはヒューと風が吹き、静寂が支配する。ハジメは、気絶したのか白目を向いて倒れるカムさんに近寄り、今度はその腹を目掛けてゴム弾を撃ち込んだ。

 

「はうぅ!」

 

 悲鳴を上げ咳き込みながら目を覚ました彼は、涙目でハジメを見る。ウサミミ生やしたおじさまが女座りで涙目という何ともシュールな光景にあたしの脳裏には、‘おカマさん’なんて単語が過ってしまい。腹筋崩壊太郎になりかけたので目を逸らし、口元を隠して声を押し殺して笑うのを必死に我慢した。

 そんなあたしをよそに、ハジメは声高々に、ハウリア族達に布告する。

 

「貴様らは薄汚い自主規制(ピーッ!!)共だ。この先、自主規制(ピーッ!!)されたくなかったら死に物狂いで魔物を殺せ! 今後、花だの虫だのに僅かでも気を逸らしてみろ! 貴様ら全員自主規制(ピーッ!!)してやる! わかったら、さっさと魔物を狩りに行け! この自主規制(ピーッ!!)共が!」

 

 ハジメのあまりに汚い暴言に硬直するハウリア族。そんな彼等にハジメは容赦なく発砲し、何発もの銃声が樹海に鳴り響く。

 わっーと蜘蛛の子を散らすように樹海へと散っていくハウリア族。足元で震える幼女がハジメに必死で縋り付く。

 

「ハジメお兄ちゃん! 一体どうしたの!? 何でこんなことするの!?」

 

 ハジメはギラリッと眼を光らせて幼女を睨むと、周囲を見渡し、あちこちに咲いている花を確認する。そして無言で花に銃口を向けて発砲し──次々と散っていく花々。あの子が悲痛な声を上げる。

 

「何で、どうしてなの!? やめてよぉ~、お花さんがかわいそうだからやめて! ハジメお兄ちゃん!」

「黙れ、クソガキ。いいか? お前が無駄口を叩く度に周囲の花を散らしていく。花に気を遣っても、花を愛でても散らしてく。何もしなくても散らしていく。嫌なら、一体でも多くの魔物を殺してこい!」

 

 そう言いつつ、再び花を撃ち抜いてくハジメ。幼女はうわ~んと泣きながら樹海へと消えていった。

 それ以降、樹海の中に自主規制(ピー)を入れないといけない用語とハウリア達の悲鳴と怒号が飛び交い続け……る事はなかった。

 ハウリア族の皆さんが逃げ散った後。あたしは肩を怒らせて荒い息を吐いているハジメに近寄った。

 

「ハー○マン式でもやるつもり?」

「あん? ……まぁ、アレ以外にスマートな訓練方法が思い浮かばん……」

「下手打つと、「二子玉川の悲劇」。都立陣代高校がラグビー部みたいになるわよ?」

「……フルメタネタかよ。だがまぁ、殺戮マシーンにするつもりはないからほどほどにしとくよ」

「種族の性質的にどうしても戦闘が苦手な兎人族達を変えるためには効果的かもしれないけど、流石に原型も残らない洗脳は些か……ね?」

「……悪い、あとは任せる……」

「仰せのままに、マイダーリン♪」

「だぁぁああっ! ダーリンはやめろぉ!?」

 

 こうして、まぁ。かわいそうなのは山々だけど。ある程度精神改造しなくてはいけないとあたしは結論付けて。カムさん達に指導をすることと相なったのです、まる。

 

 □noside

 

 樹海の中、凄まじい破壊音が響く。野太い樹が幾本も半ばから折られ、地面には隕石でも落下したかのようなクレーターがあちこちに出来上がっており、更には、燃えて炭化した樹やら樹氷まであった。

 

 この多大な自然破壊はたった二人の少女達によって齎されていた。そして、その破壊活動は現在進行形で続いている。

 

「せりゃっ!」

「……‘緋槍’」

 

 ユエの懐へ飛び込まんと踏み込むシアに緋槍による魔法攻撃が襲いかかる。しかし、シアはぼんやりと輝く薄い魔力の膜に覆われ。そして、きらきらとオーラ(・・・)の粒子を纏いながら。

 

「無駄ですぅ! せい、やっ!」

「ちっ……‘風壁’!」

 

 シアは緋槍を振りかぶった拳に、オーラを、魔力を集中させると。正拳突きで殴り壊し(・・・・)、その勢いのまま、頭と脚の位置を入れ替える様に回転させての‘胴廻し回転蹴り’を放つ。

 それに対してユエは風壁でシアの蹴りを弾きながら距離を取り。次の魔法を放つ。

 

「これなら、どう……‘凍雨’っ」

「無駄、無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄……無駄ですぅぅっ!!」

 

 辺りの樹を貫くほどの威力で飛来する鋭い氷の礫を、シアはオーラを纏わせた拳を高速で突き出す事で強引に突破し。着実にユエとの距離を詰め出した。

 じわじわと追い詰められるのは面白くない。しかし、油断ならない相手となったとユエは内心で感心していた。

 

「……これは囮……! ‘緋槍・龍騎’六輪っ!」

 

 ‘緋槍・龍騎’──それは‘緋槍’が龍の魔力を得て変貌したもので、意思持つ龍騎士のごとく。自動追尾(ホーミング)能力を保有するモノでユエが新たに作り出した魔法である。それを六発同時に投射して見せた。

 

 ユエはオーラと言うものが全く感知できない……己の魔法をシアが拳、蹴りで一蹴するその破天荒さに驚きを隠せなかった。

 そして、なお。あの残念ウサギがここまで一気に強くなった事に嫉妬を覚え──双葉の教えは前衛職ならば黄金以上の価値があると香織が言っていた事を思い出す。

 強いと認めよう。殺してしまわない様、セーブはしている。すんでのところで弾道を逸らして負けを認めさせるつもりだったが故に、彼女は決めにかかった。しかし……シアはそれに食らいついた。

 

「はわわわぁ!? でも……負けないぃ、ですぅ! 真空砲爆けぇぇん!」

 

 それに対しては空で身を捩り。飛来する炎槍をかわしてからシアはそれ等を殴り蹴り壊すと、オーラと魔力を拳に纏わせて力を溜めて。そのまま拳を突き出してからオーラと魔力を放射し、爆発的にエネルギーを拡散させる事で残りの龍騎士たちを撃ち落とす。

 

 ‘真空砲爆拳’──高密度のオーラ、そして高密度の魔力を放射した上で。その密度制御を放棄。一気に解放する事で暴発する‘オーラ・魔力エネルギー’が真空刃をばら撒きながら爆風であらゆる物を吹き飛ばす‘魔力拳’。

 シアが双葉のアドバイスと、超精緻な魔力制御を行える香織に師事する事で作り上げた自分だけの‘魔力拳’で、必殺級の大技である。放ったあとは硬直してしまうので、状況を見て使用する事が必要なのだが……

 

 その余波は、ユエの横を通り過ぎて行く……先述の大技を放った事で硬直したシアの隙を見逃さず、彼女に向けて止めと言わんばかりに。

 

「……‘凍柩’」

「しまっ…… づ、づめたいぃ~、早く解いてくださいよぉ~、ユエさ~ん」

「……私の勝ち」

 

 一瞬で発動した氷系魔法がシアの足元から一気に駆け上がり……彼女は頭だけ残して全身を氷漬けにされてしまう。それを見て、勝ち誇った顔のユエ。しかし……そこに苦笑しながら審判役の香織が手鏡を手に、彼女に話しかける。

 

「ユエ、ここ。ここ見て?」

「……香織? 鏡なんて……あっ」

 

 手鏡を見ると、ユエの頬には、シアの放った真空砲爆拳の余波が与えたであろうかすり傷が。血が出ていたのだ。

 

「「……」」

「一撃、擦りでもしたら何だっけ? ユエ」

「……傷なんてない」

 

 ユエは‘自動再生’により傷が直ぐに消えたのをいい事にしらばっくれた。拗ねたようにプイっとそっぽを向く。

 

「んなっ!? 卑怯ですよ! 確かに傷が……いや、今はないですけどぉ! 確かにあったでしょう! 誤魔化すなんて酷いですよぉ!」

「ユエ、流石に大人気ないよ? それに、審判は私でしょ?」

「……むぅ〜っ!」

 

 ほっぺを膨らませ、大いに遺憾である! と言わんばかりのユエはシアを戒めていた魔法を解く。そして、自由の身になったシアはというと……

 

「やったぁぁぁ!! 香織さん、私の勝ちでいいんですよね!?」

「ん、シアの勝ち。よく頑張りました」

「うわぁぁぁいっ!! ──ぴくちっ! ぴくちぃ! あうぅ、寒かったですぅ。危うく帰らぬウサギになるところでした」

 

 香織の言葉に喜びながら興奮のあまり忘れていた寒さからか、シアが可愛らしいくしゃみをし、近くの葉っぱでチーン! と鼻をかむと、シアは、その瞳に真剣さを宿してユエを見つめた。ユエは、その視線を受けて物凄く嫌そうな表情をする。無表情が崩れるほど嫌そうな表情。

 それを香織は頬を突きながらニコニコとユエを追い詰める。

 

「ゆーえー?」

「………………ん」

「ユエさん……約束しましたよね?」

「……………………ん」

「もし、十日以内に一度でも勝てたら、皆さんと一緒に旅に連れて行ってくれるって。そうですよね?」

「…………………………ん」

「少なくとも、ハジメさんに頼むとき味方してくれるんですよね?」

「流石に、シアの頑張りを見てると。私もシアの味方するよ?」

 

 香織がシアの頭を抱き寄せて撫でると、シアもここ数日で彼女に大分慣れたのか嬉しそうに彼女の手に頬を擦り付けた。そして仲良しこよしの二人を見てさらに不機嫌オーラの増したユエは。

 

「………………………………今日のごはん何だっけ?」

 

 盛大に惚けて見せたので、香織とシアはそのままズッコけて。シアはガバッと起き上がるとユエに猛烈な抗議をして見せた。

 

「ちょっとぉ! 何いきなり誤魔化してるんですかぁ! しかも、誤魔化し方が微妙ですよ! ユエさん、双葉さんかハジメさんの血さえあればいいじゃないですか! 何、ごはん気にしているんですか!? ちゃんと味方して下さいよぉ! ユエさんが味方なら、五割方OK貰えるんですからぁ!」

 

 ぎゃーぎゃーと騒ぐシアに、ユエは心底鬱陶しそうな表情を見せる。

 

 ここまでシアが必死になる理由。それは、十日以内に模擬戦にてほんの僅かでも構わないからユエに一撃を加えること。それが出来た場合、シアが自分たちの、‘神殺しの旅’に同行することをユエが認めること。そして、ハジメに同行を願い出た場合に、ユエは香織と双葉と共に、シアの味方をして彼女の同行を一緒に説得することである。

 

 シアは、本気で彼らの旅に同行したいと願っている。それは、これ以上家族に負担を掛けたくないという想いが半分、もう半分は単純にハジメ達の傍にいたい、もっと、今以上に彼らと仲良くなりたいという想いから出た彼女の答えだ。

 

 弱いままで同行を願い出てもハジメにすげなく断られるのが目に見えている。今までのハジメやユエの態度からそれは明らか。ただ、香織と双葉は彼女の頑張りを見ていたので同行を認めてもいいと思っているのは見抜けていなかった。

 ただ、人の思いがわからないが故にと、シアが考えたのが。先の‘約束’という名の賭けである。

 

「……分かった、負けは負け。潔く認める」

 

 そして、ユエはシアの頑張りを見続けていた。この八日前にシアは香織から魔法陣についてを根気よく指導されたが、全くもってその適正がなかった。

 それはそれは、残念な事に。やはり亜人としての生まれと、魔法に携わることがなかった彼女のイメージ能力の欠如が致命的だった。それゆえに、香織も匙を投げたほどである。が、香織の提案でまずは魔力による‘身体強化’を伸ばしてみる事にしたのだ。そして、その身体強化は最良の答えであり、シアはそれだけで大きく実力の伸び代を伸ばして見せた。

 そして。香織が最後の自衛手段として双葉から少しだけ習っていた体術をレクチャーしてもらい、シアの才覚は一気に花開いたのである。まさに臥龍昇天と言うべきか。

 使い方がわからなかったものを的確に使えるようになったシアは格闘術に興味を持ったのである。

 そのため武に精通した双葉の手を借りたのだ。だいたいの格闘術を修めた双葉相手にスパーリングを何度もしてもらい、打ち負かされながら、張っ倒されて転がされながら。意地で食いついた。

 その結果、シアはさらに副産物として「オーラ」に目覚めの兆候を見せたので。双葉は彼女にその教えを説いた。

 それを教わってから、シアはわずか三日でオーラをものにして見せたのだ。拙いながらも‘生命力の発露’をコントロールして。

 元々才能があったのだろう、と双葉は褒めてくれたのが嬉しくて。シアはオーラの練度を高める事と精密な放出と定着、強固に纏う事などの精緻な制御を。それ等の習熟を一気に高めたのだ。

 

 それを見ていたユエにも思うところはあった。自分達をダシにして家族の元を去ろうとしているシアの考えはあまり認めたくないものだが、わからなくもない……自分達と同じ‘同類’としてのシンパシーをユエも認めている。

 だからこそ、シアが意地になれば自身も意地になってしまうのかもしれないと、ユエは自嘲の笑みを内心で零す。

 

「……香織と双葉。そして……私がハジメの奥さん。シアの場所はない……それでもいいの?」

「それは、今は関係ありませんよ!? 私は皆さんと一緒に居たいんです!」

「……ハジメを奪う気じゃなかったの?」

「……ええ!? そう見られちゃいました……? いえ、下心が無いとは言い切れないんですけど、私はただ……皆さんと仲良くなりたかったから……ですぅ……」

 

 珍しくも無いシアのしどろもどろな返答にユエは何と勘違いをしていたのか、と焦った。シアは単純にハジメを含め、自分達と仲良くしたいと言っており、それは建前でも無い、嘘偽りのない本音であるとユエは判断した。

 

「……喧しいウザうさぎが増えると思った……けど、わかった……今のシアは強い。……その、同行は認める」

「ホントですか!? やっぱり、や~めたぁとかなしですよぉ! ちゃんと援護して下さいよ!」

「……ハジメの説得は任せて……尻に敷いてるから問題ない」

「うんうん。これで万事OKだね。双葉も同行OKってハジメに先制パンチしてたからどのみち時間の問題だった気がするけど、まぁシアちゃんが強くなったしオールOKだよね!」

 

 その言葉に、ユエがピクリと反応する。香織はその様子を見て、言い訳を考えた。

 

「……香織。何で先に言わないの?」

「……あれ? ユエ、何で右手を突き出してるの?」

「……こんな、遠回りする必要はなかった……よね?」

「……あっ……」

 

 震える香織に、囁ようなユエの声がやけに明瞭に響いた。

 

 ──── ……お祈りは済ませた? 

 ──── ……謝ったら許してくれたり? 

 ──── ………… 

 ──── やめて、落ち着いて、ユエ!! 

 

「……‘嵐帝’」

 

 ──── アッ────!! 

 

 発生した竜巻に巻き上げられ錐揉みしながら天に打ち上げられる香織。彼女の悲鳴が樹海に木霊し、シアに慌てて抱き止められた彼女は目を回して気絶していたのだった。しかし、シアはユエを責める事など……報連相の大事さを知っていたからできるはずもなかったのであった。

 

 ──

 

 to be continued



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

水影心と迫る旅立ちそして、シアの想い

 ■双葉side

 

 今頃、シアとユエが模擬戦をしているんだろうな、何て考えながらあたしはハウリア族の皆さんに今日のノルマを伝える。

 

「わかった。期待に応えれるよう、今日も行ってくる」

「「「「「では、行ってきます。師匠っ!」」」」」

 

 物静かで落ち着いた雰囲気になったカムさん。その雰囲気の静かさは某北斗三兄弟が次男の様に静かなのだ。

 そして、どこか熱血漫画の主人公の様に熱いハートを燃やすウサミミたちにあたしは引き攣った笑みで応え、いってらっしゃいと一言かける。彼らは影に潜る様な……見事な気配遮断を実行して樹海に消えていった。

 あたしは隣でその様を見て遠い目をしているハジメにため息と共に話しかける。

 

「こりゃ完全にやり過ぎたね、ハジメ。だから“水影心”はダメだって言ったじゃん」

 

 あたしの語る“水影心”とはなんぞや、と声が出そうなので解説すると。私の祖母の知り合いに‘霞拳志郎’と言うエインヘリアルが存在しており。かの人が祖母に教えたのがきっかけだと言う。

 ヴァルハラでの暇つぶしも兼ねて、弟子みたいな調子で教えられたこの水影心……某北斗神拳の奥義だった。死後の世界とか言う夢心地の中ではっちゃけた拳志郎さん……何やらかしてるんだろうか。一子相伝の縛りはまぁ、死んだ後だから別に構わんと。しかし彼もまさか私に伝授されてるなんて知らないだろうなぁ……

 とまぁ、“水影心”は相手から受けた技、あるいはそれを見て「心で知り、体で識る」ことで。自らのものとすることが可能になるという……使い手以上の身体能力があれば模倣可能になるわけである。

 なお、あたしはオーラを使える様になってすぐに‘流派東方不敗’やら、‘柔の拳’を模倣してみたが、これかなりしんどかった……まぁ何年もかけたら物には出来たけどね。しかし、北斗神拳の使い手ではないので、流石に秘孔を見抜いたりは出来ないけどね? 

 

「……教えれるとか言うから……ほら、楽に強くできるだろ?」

「アホっ! ──“水影心”はね、相手の技を「理解する」ためのものであって。それを使えるのかどうかは修練次第なんだよ! まぁ、ハウリア族の集中力や動体視力、身体能力をなめてたあたしにも責任はあるわね……シアをきっかけになんでみんなオーラに目覚めるかなぁ……」

 

 ハウリア族はシアがオーラに覚醒した後。あたしから教わった“ 水影心”を用いてオーラそのものを理解したのか。連鎖的にその使い方を学んで……いき。

 向こう七日しかなかった期限の中で三日目にちょっとしたきっかけで技を見せる事になった‘天翔百烈拳’をカムさんが取得したのはほんとに意味不明だった。

 彼は指先にオーラを纏わせ、オーラで強化された目で。気の流れを目視したのか魔物の秘孔を見抜き、突き穿つ様になってしまったのだ。

 流れる水に逆らわず、麗しき水鳥がその水を濁さず飛び発つ様に、流麗かつ強かな身のこなしで。‘柔の拳’を用いて、魔物の突進を跳躍で避ける。

 

「ふっ、その程度。私の‘柔の拳’の相手では無い……行くぞ、‘天翔百烈拳’っ!!」

「ぐるぁあ……」

「せめて痛みを知らず。安らかに逝くがいい」

 

 天高く舞い、カムさんは魔物の秘孔を突き崩す。秘孔を穿たれた魔物はそのまま緩やかに意識を刈り取られ、夢心地なのか、眠る様に息を引きとる。

 

 そしてあるいは。

 

「「「爆熱ぅぅ……ゴッド、フィンガぁぁああぁぁっ!!」」」

 

 その手を紅蓮に染めた男たちが、オーラを弾けさせながら自分達よりも大きな魔物に──‘ダイヘドア’に立ち向かう。が、尻尾で一蹴され……ない。彼らはそのうち降ろされた尻尾を足場にして魔物の顎門の下に潜り込み。

 

「「「ヒート、エンドッ!!」」」

「ぐぎゃおおおおん!?」

 

 片方の頭を吹き飛ばして見せる。あれは自身のオーラを増幅させ、味方のオーラと同調。共振させることで超振動を引き起こし。双頭ティラノサウルスの片方の脳をクラッシュさせつつ。流し込まれたオーラが許容をオーバーフローして形を保てず。内部から弾け飛んだと見るべきだろう。

 

「続くわっ! 超級覇王電影弾っっ!!」

 

 ハウリア族の女性が‘荒ぶる鷹のポーズ’のままオーラを練り上げ、それを一気に放出しながら走り出す。その身には強固なオーラをによって作り上げられた外殻を見に纏い。翡翠色の闘気を螺旋状に乱回転させながら突っ込む。もちろん、外殻は顔以外をすっぽり積んでおり、カウンターしか防ぐ方法がなさそうな気がする。

 

 その強烈な体当たりを、頭が物理的に弾け飛んだことで重心バランスを崩したダイヘドアの脚にお見舞いしてぶっ倒すと。そこへ多くの矢が飛来する。

 その矢は鉄よりも硬く、オーラエネルギーを秘めていて刺さると爆発する。

 ハジメの組んだクロスボウを片手にハウリア族の女子供連合がオーラを矢にわけ与え。無機物を強化する……あたしですら困難な高等技術を普通に使っているのを見てもう、あたしはツッコミは放棄した。

 そんな濃いメンツを生み出したのは、あたしとハジメである。もうこの惨状を諦観と共に受け入れて。楽しむことにしたらこのざまである。

 あたしたちの持つ知識を如何なく発揮する彼らは、この世界にオーラを持ち込んではいけない、とあたしに十二分に悟らせるのは無理もなかった。

 

「もはやギャグだね……」

「オーラ……‘気’に関係するものなら全部模倣できるよな?」

「ここまで万能とは思わんよ……あれだ。やっぱ、亜人だからこそ。生命力においては人間以上に親和性が高いんだろうなぁ」

 

 だいぶん現実逃避気味ではあるが。誰もあそこまでしろとは言ってない……まぁ、生存性とかの懸念もクリアできたからもういいや。そして明日はいよいよ大樹のもとに行くこととなる。

 そう、約束の期限なのだ……そして、シアのことをハジメに話そうと思った。

 

「ハウリア族はもう、あたし達なしでもやっていけるわよね。あそこまでやれる様になったなら」

「そうだな。ぶっちゃけ、熊の亜人程度なら一蹴できるだろうよ」

「シアもかなり強くなってるからなぁ……つか、あの子が一番バグってるわよ」

「バグウサギってことか? どんなふうにバグってんの?」

「ぶっちゃけ、今のシアならユエといい勝負ができるくらい……かな? もちろん、殺し合いじゃなければの話だけどね?」

「ふぅん……」

「──あのシアになら、香織とユエの護衛が務まると思うよ?」

「……んだよ、藪から棒に」

 

 あたしは自分なりの考えをハジメに告げた。ここで腐らせるにはいささか勿体ない人材である、と。

 

「シアはあたし達の旅について行きたいって、本気で考えてるみたいでさ。あたしもそれは認めてもいいと思う。オーラの修行はハジメでも匙を投げたのに、シアはやり切った。あたしよりもすごい雑草魂じみた、‘根性’でね」

「……そりゃ、‘生命力の発露’を司る器官の認識なんざ元が一般人の俺にできるかよ!」

「そりゃあごもっとも。だけど、シアはやり切った。本気であたし達に追いつきたいって、仲良くしたいって頑張ってるんだよ……あたしは連れていっても問題ないって先に言っとくわね」

「へーへー。まぁ、お前だけでなく、香織とユエの意見を聞いてから判断するよ。三人が同じ意見なら俺も認めざるを得まい」

「よし、言質とったかんね?」

「……おう?」

 

 ハジメの言質を取り、あたしは若干上機嫌になったのかもしれない。彼の肩に少しだけしなだれかかり……そのまま寝てしまうのだった。

 

 

 □noside

 

 香織達がハジメのもとへ到着したとき、ハジメは双葉にもたれかかられ、腕を組んで近くの樹に背を預けて座り、瞑目しているところだった。

 三人の気配に気が付いたのか、ハジメはゆっくり目を開けて。彼女達の姿を視界に収めると、ハジメは片手を上げて声をかけた。

 

「お疲れさん。あー、双葉はこのまま寝かせてやってくれ。最近、ハウリア族の修行につきっきりで寝る間も惜しんでたからさ」

「っ……はい。本当に、頭が上がりませんね……」

「俺の約束の履行の為にここまでさせっちまったしな……今度埋め合わせしてやるから……っ!?」

「「(……)じゃあ、今夜は愉しみにしてるね♪」」

 

 ハジメは悪寒に襲われ、その場から逃げ出したくなったが。気持ちよさそうに熟睡する双葉のために逃げ出すことはなかった……否、出来なかった。完全に墓穴を掘ったハジメはそれを諦めた様に、話題を切り替える。

 

「で、ユエとシアの。‘勝負’とやらは終わったのか?」

「はい! 私の勝利です!」

「不正も文句もなく、かな? シアちゃん……見違えるほどに強くなってるよ?」

「へぇ……は? いや、ユエが負けたのか!?」

「……ハンデありとは言え、油断したのは事実……だけど、手は抜かない私に傷をつけれた……化け物と呼んで差し支えない……」

 

 ハジメも、二人が何かを賭けて勝負していることは聞き及んでいる。シアのために渋々ではあったが、彼女が今身につけている手甲と脚甲(タウス鉱石製でめちゃ頑丈)の両方を用意したのは他ならぬハジメだった。

 シアが真剣な表情で、ユエに勝ちたい。自分に最良の武器が欲しいと頼み込んできたのは記憶に新しい。それに対してはユエ自身も特に反対しなかったことから、何を賭けているのかまでは知らなかった。

 それを聞いても教えてもらえなかったが、ユエの不利になることもないだろうと作ったものだった。

 

 実際、ハジメは、ユエとシアが戦っても十中八九、ユエが勝つと考えていた。奈落の底でユエの実力は十二分に把握している。いくら魔力の直接操作が出来るといっても今まで平和に浸ってきたシアとは地力が違うのだ。

 だがしかし、帰ってきた彼女達の表情を見るに、どうも自分の予想は外れたようだと驚愕するハジメ。そんなハジメにシアが上機嫌で話しかけた。

 

「ハジメさん! ハジメさん! 聞いて下さい! 私、遂にユエさんに勝ちましたよ! 大勝利ですよ! いや~、ハジメさんにもお見せしたかったですよぉ~、私の華麗な戦いぶりを!」

「……大技硬直後に全身氷漬けにされてたくせに……残念ウサギが調子にのらない」

「はぅあぁ!? 言わない約束ですよ、ユエさん!?」

「まぁ、実戦ならあのまま凍えて眠りウサギだねー」

 

 ふふん、と鼻を鳴らしてドヤ顔しかけたシアをユエが若干不機嫌な声で一蹴。さらに香織の補足を受け。シアは耳がへたり、四つん這いになって落ち込んでみせた。

 その様子を尻目に……ハジメは香織とユエに意見を求める。

 

「で? どうだった?」

 

 勝負の結果というより、どんな方法であれユエに勝ったという事実は信じ難い。香織とユエから見たシアはどれほどのものなのか、気にならないといえば嘘になる。ユエは己の意見でしかない、と。香織はわかりやすさ重視でと言う感じでハジメの質問に答えた。

 

「……魔法の適性はハジメと変わらない。……香織が匙を投げるくらいには」

「……俺に関しては仕方ねえだろうが。そもそもの適性が……って、ありゃ? それはつまり魔力は宝の持ち腐れだな……で? 香織はどう思ったよ」

「……んー、魔法は無理だったけど。やっぱり魔力によっての身体強化に特化してると思う。そっちにシフトしたら見違えたからね、シアちゃん」

「……へぇ。俺達と比べると?」

「……ん、物理に特化してる。正直、化物レベル……」

 

 ユエの評価に目を細めるハジメ。正直、想像以上の高評価だ。ユエは、ハジメの質問に少し考える素振りを見せるとハジメに視線を合わせて答えた。

 

「…… ‘強化なし’の双葉にならいい線まで戦える……と思う。実践経験の欠如で、経験値の差はあると思うけれど」

「マジか……最大値だよな?」

 

 コクリ、とユエが頷いて見せる。ちなみに。ユエの語る双葉の現在ステータスとは、以下の通りである。

 

 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

 

 天龍双葉 17歳 女 レベル:??? 

 天職:二天龍姫(アーク・カイザー)

 筋力:16000

 体力:19000

 耐性:17000

 敏捷:12500

 魔力:21000

 魔耐:26000

 技能:全属性適性・全属性耐性・全魔法適性・魔力操作[+魔力放射][+魔力圧縮] [+遠隔操作][+効率上昇][+身体強化] ・想像構成[+イメージ補強力上昇] [+複数同時構成]・物理耐性[+金剛]・魔力耐性・複合魔法・槍術[+刺突速度上昇][+ダメージ効率上昇][+無拍子][+二連一撃]・神速[+疾風迅雷]・擬/赤龍帝の籠手×擬/白龍皇の光翼[+ 二天統一の龍帝皇(Dual xceed Drive)]・高速魔力回復[+瞑想]・魔力変換[+体力][+治癒力]・気配感知[+特定感知]・魔力感知[+特定感知]・熱源感知・気配遮断・ノルンの瞳[+並行世界観測適性]・限界突破・胃酸強化・纏雷・天歩[+空力][+爆縮地][+重縮地]・風爪・夜目・遠見・毒耐性・麻痺耐性・石化耐性・威圧・念話・言語理解

 

 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

 

 彼女のぶっ飛び具合はもはやどうしようもないので、ハジメも追いつくことは諦めている。このメンツの中で、ハジメのステータスを見れば魔法職としての香織とユエに魔力等で追いつけないが、他のステータスは彼女達以上。しかし、双葉を除く三人のステータスを合算したような出鱈目な能力を持つ双葉が別格なだけなのかもしれない。

 

「ん……でも、鍛錬次第でまだ上がるかも」

「おぉう。そいつは確かに化物レベルだ」

 

 ハジメは、ユエから示されたシアの化物ぶりに内心唖然としながら、シアに何とも言えない眼差しを向けた。強化していない双葉と渡り合える可能性があると言えば、本気で身体強化したシアはほとんどのステータスが軽く(・・)10000を超えるということだ。これは、本気で強化した勇者をも一蹴出来るほどの力を持っているということでもある。

 まさに“化物レベル”の出力であり、それは曲がりになりもユエに土をつけることが出来たわけである。いまだショックから立ち直れないウサギの尻を眺めているハジメ(体勢的に立てないためである)は呆れ半分驚愕半分の面持ちである。

 

 シアは、ハジメが眺めている事に気がつくと。いそいそと立ち上がり、急く気持ちを必死に抑えながら真剣な表情でハジメのもとへ歩み寄った。

 背筋を伸ばし、青みがかった白髪をなびかせ、ウサミミをピンッと立てる。これから一世一代の頼み事をするのだ。

 

「ハジメさん。私をあなたの旅に連れて行って下さい。お願いします!」

「……いいぞ」

「即答!?」

 

 まさか今の雰囲気で、悩む素振りも見せず即答で受け入れられるとは思っていなかったシアは、驚愕の面持ちで目を見開いた。その瞳に映ったのは「え、何でその反応?」と困惑するハジメの顔だった。

 

「ハジメさん。あっさり……受け入れてくれるんですか……?」

「連れて行くメリット(・・・・)しかないだろ。ただ、カム達はどうすんだよ。まさか、全員連れて行くって意味じゃないだろうな?」

「ち、違いますよ! 今のは私だけの話です! 父様達には修行が始まる前に話をしました。一族の迷惑になるからってだけじゃ認めないけど……その……」

「その? なんだ?」

 

 何やら急にモジモジし始めるシア。指先をツンツンしながら頬を染めて上目遣いでハジメをチラチラと見る。あざとい。だが、ハジメには逆効果であって、彼は不審者を見る目でシアを見る。 

 

「その……私自身が、付いて行きたいと本気で思っているなら構わないって……」

「別についてきてもいいが、今なら一族の迷惑にもならないだろ。それだけの実力があれば大抵の敵はどうとでもなるだろうし」

「で、ですからぁ、それは、そのぉ……」

「……ハジメは受け入れてる。普段通りの根性見せろ、駄ウサギ」

「ほらほら、頑張って。シアちゃん!」

 

 モジモジしたまま中々答えないシアに対してハジメは首を捻る。そんな様子に呆れて。ユエは尻を蹴る様に。香織が促してシアが女は度胸! と言わんばかりに声を張り上げた。思いの丈を乗せて。

 

「ハジメさん達の傍に居たいからですぅ! みなひゃんが、しゅきなのでぇ!」

「……は? みんなが好き……?」

 

 緊張のあまり「噛んじゃった!」と、あわあわしているシアを前に、ハジメは鳩が豆鉄砲でも食ったようにポカンとしている。まさに、何を言われたのか分からないという様子だ。しかし、しばらくしてようやく意味が脳に伝わったのか思わずといった様子でツッコミを入れる。

 

「いやいやいや、みんなが好きって、俺を含めてこのメンツが好きって事か? ……自分で言うのも何だが、お前に対してはかなり雑な扱いだったと思うんだが、どこで俺に対してのフラグが立ったんだ? ……まさか、そういうのに興奮する口か?」

「誰が変態ですか! そんな趣味ありません! っていうか雑だと自覚があったのなら改善をよーきゅーします!! もう少しくらい、優しくしてくれてもいいじゃないですか……」

 

 自分の推測にまさかと思いつつ、シアを見てドン引きしたように気持ち一歩後ずさるハジメ。シアは突然の変態扱いに猛烈に抗議、そしてある程度の改善を要求した。

 ハジメは、一度深々と息を吐くとシアとしっかり目を合わせて、一言一言確かめるように言葉を紡ぐ。シアも静かに、言葉に力を込めて返した。

 

「わかったわかった。対応に関しては一応善処してやる。……で、確認だ。俺たちに付いて来たってその、お前の望む全部に応えてはやれないぞ?」

「……知らないんですか? 未来は絶対じゃあないんですよ?」

 

 未来は覚悟と行動で変えられると信じている……双葉とハジメがぶっ壊して回った本来の未来を尻目に。

 

「俺たちは神に喧嘩を売る。正直、危険だらけの旅だぞ?」

「化物でよかったです。御蔭で貴方について行けます」

 

 長老方にも言われた蔑称。しかし、シアにとってはもうそれは‘誇り’。化物でなければ為すことのできない事がある。何より、認めてもらいたいから。

 

「俺の望みは故郷に帰ることだ。もう家族とは会えないかもしれないぞ?」

「話し合いました。‘それでも’です。父様達もわかってくれました」

 

 今まで、ずっと守ってくれた家族。感謝の念しかない。何処までも一緒に生きてくれた家族に、気持ちを打ち明けて微笑まれたときの感情はきっと一生言葉にできないだろう。

 

「俺の故郷は、お前には住み難いところだ」

「ハジメさん……だとしても、ですぅ!」

 

 シアの想いは既に示した。そんな‘言葉’では止まらない。止められない。これはそういう類の気持ちなのだ。

 

「……」

「ふふ、終わりですか? なら、私の勝ちですね?」

「勝ちってなんだ……」

「私の気持ちが勝ったという事です。……ハジメさん」

「……何だ」

 

 もう一度、はっきりと。シア・ハウリアの望みを。

 

「……私も連れて行って下さい」

 

 見つめ合うハジメとシア。ハジメは真意を確認するように蒼穹の瞳を覗き込む。

 

 そして……応えた。

 

「わかった。香織達に異議もないみたいだし、多数決で決定な……ったく、物好きな奴め」

 

 その瞳に何かを見たのか、やがてハジメは溜息をつきながら事実上の敗北宣言をした。

 

「やったぁぁぁぁ!! やりました! 言質は取りましたからね!?」

「おめでとう、シアちゃん! これで計画が進められる……」

「……おめでとう……でもシア。もう少し静かに……寝起きの双葉はすごく機嫌が悪い……」

「──少し、静かにしてくれないかなぁ?」

「「……あっ」」

 

 その後、樹海の中に二つの悲鳴が響き渡り。ユエは惨状に巻き込まれぬ様に、悲鳴の発生場所から避難する。双葉がキレながら単純な魔力弾とオーラ弾をばら撒いて環境破壊をしている……その様子に、ハジメは、いろんな意味でこの先も大変そうだと苦笑いするのだった。

 

 ■双葉side

 

 寝起きの癇癪を起こしてしまって、香織とシアを気絶させてしまい。あたしはいつものように後悔しながら彼女らに回復魔法を浴びせて背負う。シアはあたしが、香織はハジメが。その後ろをゆったりついてくるユエという構図だ。

 

 しばらく歩いてカムさん達の帰りを待っていると……茂みから彼が現れる。

 

「師父ハジメ。我々の領域に侵入を試みている一段がございます……どうしましょうか?」

「あん? どういう事だ、カム」

「エイミー、パル。頼んだぞ」

「「はい! お師匠様、土産も無しに申し訳ありません! 報告がありますっ!」」

 

 快活な言葉を発するのはかつてハジメが花を撃ち抜いて泣かした幼女と、その兄である少年で、彼らは語ってくれた。

 

「大樹への道にて警戒していたら、完全武装の熊人族、そして同じく武装した虎人族を発見しました!」

「おそらくは大樹への道筋で私たちを襲撃するものかと思われます!」

「ほぉ、やっぱ手出しはしてくるか。しかも、徒党を組んできたみたいだな。双葉、どうするよ?」

「……んー、まぁ適当にあしらってその自信を木っ端微塵に粉砕してあげる方がいいかなぁって」

「……師父。発言の許可をいただきたい」

 

 あたしは最も被害を出せる方法として彼らの自信という精神的支柱を木っ端微塵にしてやる方がいいと提案する。すると、そこにカムさんが。

 

「堅苦しいのはなしでいいって……ん、提案かな?」

「はい、彼らの相手は無手の我々が行おうかと思いますが。いかがでしょうか?」

「できる?」

「……“No problem.”」

「……おっけー。やっちゃって」

 

 こっち指示に一言返し。彼らは霧に紛れるように下がって行く……身のこなしがもう暗殺者のそれなんだよなぁ……あたしのため息をよそに。この惨状をシアにどう説明したものかとあたしは頭を軽く悩ませるのだった。

 

 ──

 

 to be continued .

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

兎人族の愛

 □noside

 

 シアとユエの模擬戦から少し時間が戻り、ハジメの銃乱射から少し経ち、カム達ハウリア族が言われた通りに魔物を倒してきた頃。

 

「ハジメに追っかけ回されて、災難だったわね。でも、彼も理不尽にキレて追っかけ回したわけじゃないから許してあげてね?」

 

 まるで聖母の様に慈悲の微笑みを浮かべる双葉が彼らを出迎える。鬼の形相のハジメと打って変わって、惚れ惚れする様な彼女の微笑みは精も魂も疲れ果てていたハウリア族の精神的疲れを吹き飛ばす。

 

「いえ……私たちが不甲斐ないばかりにハジメ殿を怒らせてしまいました……もう、終わりだ……」

「“No problem !” 彼もわかってくれるよ。流石にやり過ぎたってハジメ、席を外してるから。まずは武道の心構えを説くわ……これがなくちゃ戦うことはできないからね」

 

 そう言って双葉はハウリア族に武の心得を説いた……双葉が喋るたびに若干闇属性魔法の気配がしたのは気のせいだろう──確かに気のせいだ。

 

 ──曰く、己が身を守ることは悪いことではない。

 

「生きたいって望む事は、決して悪じゃない。その「生きたい」って事を守ることが‘原初の闘い’だよ」

 

 ──曰く、生きるために殺すのは決して悪ではない。

 

「誰だって、生き物を殺したいわけじゃない。でも、あなた達は前々から木の実を食べたりこの森の恵みをもらって生きているでしょう? 彼らが子孫を残すため落とす種子を‘食い殺してる’──でも、それは悪じゃない‘生きるためには他者の命を戴く必要もある’それがヒトの業だから。それで、命を戴く以上、食べるときには「いただきます」と食べた後は「ごちそうさま」って感謝を忘れないであげて」

 

 ──曰く、生き残るために。敵の芽を摘む必要がある。

 

「魔物はこの世界が生み出してる‘理不尽’そのもの。弱肉強食を強要してくる悪い存在……とは流石に屁理屈だよね。でも、自然の摂理の中で不要な変質した魔力のせいで食肉にもならない……言わば、ヒトの生きる近くにいたら邪魔で仕方がない。だって飼い慣らしても食えない猛毒の肉の塊でしない。その身に宿す魔石くらいしか彼らに存在価値はないわね。そんな奴らは駆除しても問題はないし、可哀想と思う必要はない」

 

 ──曰く、そのために魔物を殺せ。

 

「ここまでこれば愚鈍なあなた達でもわかるわよね? ──魔物は友達でもなければ、お互いに益を分け合える隣人でもないただの害獣だって。でも、それが可哀想だと思うならこの魔法の言葉をあげる……“私たちのために死んでくれて、ありがとう”。魔物に対して感謝して、そして殺しなさい。そうすれば、あなた達を守る結界の維持が可能になるから」

 

 ──曰く、家族のために魔物を殺せ。

 

「ハウリア族存続のために魔物は退治すること……そこには情けも容赦も必要ないわ。あなた達、家族(ファミリー)を守るために私は力を伝授することにするわ。私があなた達に伝授するのはとある武闘家が祖母に教えてくれた‘武の極地’その御業、必ず身につけなさい。「心で知り、体で識る」── “水影心”の心得をまずは徹底的に叩き込むから」

 

 それから、双葉による猛特訓がハウリア族に襲い掛かった。まず、彼らは徹底的に双葉に追い回された。超人を超えたナニカな身体能力の、‘理不尽の権化’に追い回される。ハジメに追い回されるよりも恐怖を感じたのは仕方がないだろう。

 しかし、なぜ追い回されるのか。ハウリア達は余裕がない中でその理由を考えることが出来た。そしてそこで、初めてハッとする。

 双葉を観察して、彼女の短調な動きに対してなら次の挙動を瞬時に予測できる様になってきていたのである。そう、彼女はまず。彼らの危険察知能力を徹底的に呼び覚ます様に刺激した。

 そして、それの開花を認識すると次は彼らを棒切れでつつく様になる。尻や腿などの、比較的柔らかく怪我をしにくい場所をつつき回す。

 そして、つつかれると双葉が‘纒雷’を超々低出力で発動させているため感電する。ビリビリするのだからたまらず彼らは避けるし逃げる。しかし、双葉の方が速度が速いためどうしてもつつかれる。

 つつかれるのが嫌ならば、相手の動きをきっちり把握して避ける必要がある。それを双葉が言葉にして彼らに伝えると。自前の危機察知能力を全開にして、双葉の動きを観察。そして、集中して彼女の動きをトレース、あるいは把握。

 散々追い込まれ、疲労もある中で荒削りにも研ぎ澄まされたもうほぼ‘第六感’と呼んで差し支えのない、彼らの中に芽生えた感覚が警鐘を鳴らし。双葉の動きを‘見切れた’のだった。

 

「うん、合格。完全にあたしの速度についてこれるくらいの‘見切り’を取得したね。みんなにとってそれは戦いを大きく変える代物……その感覚を絶対に忘れないで」

 

 双葉はよく頑張りました。と彼らに労いの声をかける。そして、その日は終わった、が。その次の日が地獄だった。

 双葉は彼らにある程度の‘武の舞’を教えた。彼女が立っているだけに見えるのだが、普通の目で追い切れる速度でない動きを見せてそれをトレースしろと無茶振りをしてきたのである。出来なければ、双葉の「ざーんねーん」と気の抜ける言葉を聞かされながら、纒雷を死なない程度に浴びせかけられる。なお、その最初の犠牲者はカムだった。

 

「目で‘追おうとする’からできないんだよ。昨日の感覚を思い出してね」

 

 何人かのハウリア族が男達。彼らがほぼヤケになりながらぶっつけ本番な武の舞。しかし、双葉の微笑みと共に纒雷でノックアウトされ、撃沈された後、女子供達に双葉のヒントが飛ぶ。

 

 それは‘目で見るな’と言われた様なもので……試しにハウリア達は聴覚を研ぎ澄まし、目で追う事を諦めた。すると、鮮明に聞こえる音がした。その音を必死にトレースする。

 

 双葉が拳を突き出し、剣を振るう。または蹴り上げを行なってそのまま流れる様に足払い……その全貌が見えてきた。そして、ハウリア達は己の見たものを共有、トレースし合い……完璧なものへと仕上げていった。

 

「心の眼を開いた。よくできたね、えらいよみんな。無茶させちゃってるけど、まだ休ませないからね」

 

 これで終わりか……と思った矢先、双葉は彼らに瞑想をやらせる。微動だにせず、自然と一体化する感覚を叩き込まれた。……少しでも動くと足元に強いてある布から纒雷の電流が全員に行き渡り、一人が痺れて瞑想をやめると一族全員が痺れてしまうという連帯責任となる。

 しかし、この訓練には子供は参加させられなかったのがまだ救いだろうか? 

 ただし、子供達は武器の素振りを無理しない程度に、そのかわりノルマを達成するまではサボるなと命じられて。大人達の惨状から見て自分たちもああなる可能性がゼロではない事を悟ってか……哀れながらも、サボる子は一切いなかった。

 

 そしてハウリア族は双葉の課している、非常に厳しい訓練を受けた後の自由時間で。ふと、シアと双葉の修行を目撃することとなる。

 そこで目にしたのはシアと双葉が組手をしており。双葉から立ち登る何やら不可視の力を新たに得た技能である‘心眼’で見たのだ。それこそがのちにシアが開花させるオーラ……‘生命力の発露’と呼ばれる現象であった。

 

 それは自然と融和する様に……その燦然とした輝きは兎人族達からすればまさに、どんな宝飾にも劣らない輝きだった。

 

「シア、もっと重心を落として。そして、体幹をもっと安定させて体重を乗せる。そんなへなちょこパンチじゃ魔法すら砕けないよ」

「なんのぉぉぉ! ですぅ〜っ!!」

「甘い。シア、10点」

「はぁうあ!? あぁぁれぇ〜!?」

 

 彼らは知らぬ間にその戦いを見つめ続けていた。双葉はシアの拳による連打を脇を締め、片腕で空に楕円を描く様に‘廻す’、その手は手刀──繰り出されるシアの拳を手を添えて捌く様に……‘廻し受け’で受け払い、拳を流す。そして、まさか片手だけで連打を止められるとは思わず、引き攣った笑みを浮かべ固まるシアの止まった腕。その手首に手を添えるとそのままシアを投げ飛ばした。

 

 その練習を食い入る様に見つめていたハウリア達はすぐさま自己訓練を開始。そして‘廻し受け’を習得して見せた。その後も、厳しい訓練の傍らでこっそりとシアと双葉の修行風景を「見て、聞き、学んだ」彼らは……とうとうその輝きを手にした。

 

 自身達の手にあるその不可視の力。‘オーラ’と双葉が称する自然との調和が生み出し、生命を持つ者たちにのみ使うことが許される神秘の力。

 双葉が気がついた頃には取得していた“水影心”でオーラを分析して。彼らが連鎖的にオーラに目覚めた後であり、マジかよと彼女は思わず真顔になっていたのが彼らの記憶に鮮明に刻まれている。

 

「……そこまでできるなら、色々教えてみようか?」

 

 そして、もう開き直った双葉は彼らに武道を仕込んだ……‘とんでも武道’と呼ばれる代物を。そして現在に時を戻す。そこにはその教えを如何なく発揮した彼らの姿があった。

 

 ──────

 

 レギン・バントンは熊人族最大の一族であるバントン族の次期族長との噂も高い実力者だ。現長老の一人であるジン・バントンの右腕的な存在でもあり、ジンに心酔にも近い感情を抱いていた。

 

 もっとも、それは、レギンに限ったことではなくバントン族全体に言えることで、特に若者衆の間でジンは絶大な人気を誇っていた。その理由としては、ジンの豪放磊落な性格と深い愛国心、そして亜人族の中でも最高クラスの実力を持っていることが大きいだろう。

 

 だからこそ、その知らせを聞いたとき熊人族はタチの悪い冗談だと思った。自分達の心酔する長老が……一人の人間に為すすべもなく、精神的に再起不能にされたなど有り得ないと。しかし、現実は容赦なく事実を突きつけた。

 医療施設にて、ジンに充てがわれた個室で。「人間怖い……人間怖い……」と壁に向かってブツブツと呟き、虚な目で壁を見つめるジンの姿が何より雄弁に真実を示していた。

 

 レギンは変わり果てたジンの姿に呆然とし、次いで臓腑が煮えたぎるような怒りと憎しみを覚えた彼は。あくまでも冷静に、現場にいた長老達に詰め寄り一切の事情を聞く。そして、全てを知ったレギンは、長老衆の警告を無視して熊人族の全てに事実を伝え、報復へと乗り出した。

 

 長老衆や他の一族の説得もあり、全ての熊人族を駆り立てることはできなかったが、バントン族の若者を中心にジンを特に慕っていた者達が集まり、憎き人間を討とうと息巻いた。その数は五十人以上。

 

 ところがそこに、思うところがある虎人族の若者が二十六人、協力させてくれ! と現れた。彼らは、双葉と交流のあった虎人族がギルに手を出すなと説得されたが、自身達の敬愛する長老であるゼルの怒りを汲んで立ち上がった若者たちだ。

 

 レギン達はそれを歓迎して、虎人族と手を取り合い。もっとも効果的な報復としてハジメ達が大樹へと至る寸前で襲撃する事にした。目的を眼前に果てるがいい! と。

 

 普段のレギンは優秀な男だ……本来ならこのようなご都合解釈はしなかっただろう。深い怒りが目を曇らせていたとしか言い様がない。だが、だとしても。繰り返すがだとしても、己の目が曇っていたにしたって──

 

「これはないだろう!?」

 

 レギンは堪らず絶叫を上げた。なぜなら、彼の目には戦闘力においては亜人族の中でも底辺という評価を受けている兎人族が、戦闘に長けた自分達熊人族と虎人族を圧倒しているという有り得ない光景が広がっていたからだった。

 

 ──────

 

 ことの発端は数刻前に時は遡る。そろそろ一団が来るだろうと踏んでいたレギンらの元に。

 

「失礼する。貴方達の目的を教えてもらえないか?」

 

 一人の兎人族が自分たちの陣地に現れた。音もなく、そこに悠然と佇んでいたのだ。

 

「貴様いったいどこからここに入ってきた!?」

「囲め! 返答次第では生かして帰さん!」

「……殺し合いをするために来たのではないのだがな」

 

 襲撃を実行に移すために警戒は怠ってはいなかった彼らだが、警備網を易々と抜けて一人だけで自分たちの陣地に潜り込んできた男を武器を構えて包囲する。

 男はそんな状況でも冷静に……否、いきり立つ熊人族、虎人族に憐憫の眼差しを向けていた。

 

「私はカム・ハウリア。もう一度聞く、貴方達の目的は何かな? 我々を襲撃にきたのかね?」

「そうだ、といえば?」

「即刻退去を提案しておこうと思い、ここに参上したわけなのだが……そうか。不退転の決意があるのだな?」

「……何が言いたい、兎人族!」

 

 あからさまにカムは肩をすくめながら「はぁ」とため息を吐き、言いたいこともわからないのかと。

 

「私は‘慈愛’を持ってして、‘貴方達’に接しているつもりだ。愛なき拳に意味などないからね」

「「「「……は?」」」」

「我々は君たちと良い隣人でありたい。そう願っていたが……剣呑な眼差しに加えて、武器を向けられてはこの愛をぶつけ、わかり合う必要があると思うわけだ。師父ハジメを筆頭に、あの方々に君たちが迷惑をかけぬ様。‘手心’と‘真心’を込めて……君たちと愛を語らおうではないか」

 

 す、と拳を構えるカム。武器もなしに何をと嗤う未熟者達に対して、レギンを始めとする相応の実力者達はカムが危険な存在であるとその闘争本能が警鐘を鳴らす。

 あれは‘敵対すべきではない’と頭が理解するが……

 

「訳の分からねぇ事をごちゃごちゃと! 死んどけ雑魚ウサギが!」

「よせ、ボンゴ!?」

 

 一人の若者がカムに向かってメイスを振り下ろす。カムはその場から動くこともなく……手を閃かせる。

 一閃。手刀は若者の首を射抜くごとく、どっ……とその熊人族の特徴である巨体が地に沈む。

 

 あたりを静寂が包み、亜人達はその様を呆然と眺めた。

 

「大丈夫だ。殺すつもりはない……最終通告だ。退いてくれないか?」

「……ボンゴをよくもぉぉぉ!!」

「野郎オブクラッシャーッッッ!!」

「お前たち、待て、無闇に突っ込むな!?」

 

 ジンならばこのいきり立った者たちを、その実力とカリスマ性を持ってして。一喝して鎮めれたのだろう、しかし彼はおらず──レギンは己の未熟さに臍を噛む。

 

「愚かな。皆、死なない程度に痛めつけて差し上げろ」

 

 カムは襲撃者に対して、そっと円を描くように。オーラを練り上げ、脚を強化すると……

 

「ショウッッ!!」

「「「なぁ!?」」」

「と、跳んだぁぁぁぁ!?」

「なんて高さに跳び上がりやがった……あん?」

 

 裂帛の気合とともにカムが上空に跳び上がり、その場から離脱すると。何やら

 

ドドドドドドドド……ッッッ

 

 大地が揺れる。軽い微震の如く……地が震えていた。そして、バキバキと木々を小枝のように薙ぎ倒しながら……ナニカが叫びながら、奥深い霧の中より現れた。

 

「「「超級覇王電影弾っっ!!」」」

「「「「「ぐわぁぁぁぁぁっ!????? ッッッ」」」」

 

 常識的に見れば。初見であれば、それは‘薄翠の発光体から生首が生えている’ような、その絵面、その衝撃の度合いは推し図れまい。

 驚愕にあんぐりと顎を開き、目の前の暴虐的な存在を前に若者達は呆然として。ボーリングのピンがマシだと思える様に、弾き飛ばされ宙を舞い。その得体の知れぬ威力、何より容貌に熊人、虎人族達は浮き足立ち、パニックに陥る。

 

「な、なんだアレは!?」

「レギン殿! 後退してください! アレが、あの変な化け物がこちらにきます!」

「殿ば私が! お任せください!」

「トント……しかし!」

 

 レギンもまた、見たことのない強烈な絵面に戸惑いを隠せず。一時は硬直したが、すぐに立て直しを図るために部下の提案を数舜で判断した──が。その判断は遅すぎたのをすぐに悟る羽目になった。

 

「退却だ! トント、任せ……」

「逃がすかぁぁぁあっ! 敵に背を向けるとはそれでも男か!」

 

 彼らの前に、数人の兎人族が立ちはだかったのだ。女も混じっていたが彼らの顔は愛らしさの中に精悍さを滲ませている……戦士ならば見惚れるほどに、その武練の様は研ぎ澄まされていた。

 

「貴様等一体なんなんだ!? 今我々が相手取っているのは、本当に我々の相手が、あの兎人族なのかぁ!?」

「「「俺(私)のこの手が真っ赤に燃えるぅぅっ! 勝利を掴めと轟き叫ぶぅぅっ!」」」

 

 トントの渾身のツッコミ。それに応える様に、ハウリア達は各々の手を赤く、紅く、赫く。迸るオーラで染め上げた。

 

「「「ばあああああああああくぬぇつぅ……ゴォォォッド……フィンガアアアアアアアアアアアアアッッッ!!!」」」

 

 その手には灼熱と呼んで差し支えのない、爆発的な‘生命の発露’が宿り、キラキラと輝いているッッ!! 

 

「「「流派東方不敗……最終奥義ィィッッ!!」」」

 

 そして右腕を弓引く様に構え、ハウリア達は……次の瞬間、理不尽なるオーラの奔流を手を突き出す様に解放したッッッ!!! 

 

「「「石、破ッ!! 天、きょぉぉぉけぇぇぇええんッッッッ!!!!」」」

 

 その手より弾き出されたオーラの奔流。いわゆるオーラ砲はレギン達の足元に直撃、オーラは地を割り、その内側から爆ぜる様に……大地をひっくり返した(・・・・・・・)故に……

 

「「「「グワーッ⁉︎」」」」

 

 爆破に巻き込まれた熊人族、虎人族達は訳もわからぬまま天に放り投げられる。そして上空より飛来したのは……先ほど跳躍して見せていたカムが天を闊歩するが如く、足裏よりオーラを弾けさせて滑空して来たのである。

 

「我が慈雨を受けるがいい……行くぞ、‘剛掌(ごうしょう)百烈拳’っ!!」

 

 慈雨と称するには些か荒々しい雨の如く拳打が突き込まれる……訳ではなく。カムが握った拳を虚空で突き出し、拳大のオーラを飛ばす様なものであり、つまりはグミ撃ちと称される……双葉に教わった‘天翔百烈拳’を彼なりに昇華させた業である。

 

 そのオーラは相手に「耐性」無視の打撃ダメージを与え、かつ不殺さずの秘孔を突き抜いて戦闘不能に陥らせるもの。

 よって、カムの攻撃を受けた者たちは例外なく恍惚の表情で地に伏しており、辛くもそれを空で身を捩って躱した一部の者たち以外、立っているものはいなかった。

 

「残すところは君たちだけだ……」

「これはないだろう!?」

 

 叫ぶレギンに対し、カムは、ハウリア族はゆったりと歩み寄り。

 

「友達になろう。それで、君たちは私たちと戦わずに済む」

「なっ……ふざけるなぁぁあ!!」

 

 にっこりと笑みを浮かべて、カムはそういった。レギン達は逆上して襲い掛かろうとするが、ハウリア族を見て引き攣った笑みを浮かべて止まる。

 

「……無手……だと……っ!?」

「師父ハジメは武器を持っている。しかし、我々はそんなものを必要としない……私たちは君たちを傷つける意図は全くないのだ。見てみ給え」

 

 周りをカムが一瞥する。レギンは戦闘中に不謹慎な、と思っていると……吹き飛ばされたり、爆破された熊人族、虎人族を分け隔てなく治療しているハウリア族の姿が目に見えた。

 

「な、施しのつもりか!」

 

 情けをかけられていることにレギンは怒りを示す。戦いに来たのだ、殺しに来たのだぞ、と吠え散らす……そんな彼に帰ってきたのは。

 

「何を言う。拳を交えれば……家族だろう?」

 

 カムの快活な、イケオジスマイルだった。

 

「なっ……」

「言ったではないか、最初に。我々は‘手心’と‘真心’を込めて……君たちと愛を語らおうではないか、とね」

 

 その言葉にレギンは……心をへし折られた。まるで、最初から自分たちが敵ではない……そう認識させられた。

 

「さぁ、君たちも治療を受けてほしい。慈愛を受けてくれ」

 

 カムの言葉は、熊人族、虎人族の若者達の矜持を木っ端微塵、粉微塵に打ち砕くのだった。

 

 ──

 

 to be continued .

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

大樹の真実とシアの旅立ち

 ■双葉side

 

 深い霧の中、あたしたちは大樹に向かって歩みを進めていた。先頭をカムに任せ、他のハウリア達は周囲に散らばって索敵をしている。

 なお、彼らが相手取った熊人族と虎人族たちに関しては……うん。拳法()で徹底的に叩きのめし、ズタズタにされた彼らは矜持を求めるよう、虚な目にしていた様を見たあたしとハジメは流石にドン引き。いやまぁ好きにやれとは言ったけど、マインドクラッシュするほどまでやるとは……誰が思うか! 

 

 治療するように指示を出していたからまぁ……武人としての誇りは失っただろうけど、再起はできるでしょ。うん、流血沙汰にはなってなかったからヨシ! 

 とりあえず、ハジメが仕上げに脅してたけどあたしは何も見てない。そんなあたしの隣をシアがズーンと気落ちしながら歩いている……原因は言わずもがな。

 

「父様たちが死んだ……笑顔で慈愛とか言いながら相手を殴れるなんて……あんなの父様じゃないですぅ!」

 

 カムたちの豹変に心を痛めたためであり、若干あたしが責められている……のはまぁ仕方ない……ただ。ズルズル引きずるシアの性分だが、そろそろ立ち直ってくれないと若干ハジメがイラついてる。

 このままほっといたらキレそうなんだけどなぁ……ドンナーを今にも抜きそうになってるし、相当我慢してる? 

 

「いやまぁ、そこは散々謝ったじゃん? あそこまでなるとはこの双葉の目を持ってしても……」

「まぁまぁ、シアちゃん。人は変わるモノだし、ね? 今までのハウリア族だとこの樹海で生き残るには……うん」

「わかってます、わかってるんですよぉぉぉ!! 納得しようと、言い聞かせたくても……心がぁぁ! ハジメさん、一発殴らせてください! 亡くなった父様の仇です!」

 

 あたしと香織はシアが撃たれないように気を回すが、やっぱシアは納得できないご様子。うーんどうしたものか……あ。ハジメがドンナーに手をかけた。

 

「ピーチクパーチク、うるせえ! カムを勝手に殺すな!」

「え、ちょっ!? まっt──きゃふん!?」

 

 ドパンッ! 

 

 ハジメが怒鳴り、シアは静止を呼びかけようとするが不利を悟って逃げ出そうとするも……無慈悲な銃声が鳴り、背を向けたシアに非殺生弾のゴム弾が突き刺さる。なんか……尻に当たるよう多角撃ちしてるみたいだけど。

 そして撃たれ痙攣しながら気絶したシアを、あたしがおぶる羽目になったのは言うまでもなく。現在、気絶から回復したシアは尻をスリスリとさすりながら恨みがましい視線をハジメに向けていた。

 

「そんな目で見るなよ、鬱陶しい。自業自得だろ」

「鬱陶しいって、あんまりですよぉ。女の子のお尻を銃撃するなんて非常識にも程がありますよ。しかも、あんな無駄に高い技術まで使って」

「そういう、お前こそ、割かし本気で俺の頭ぶっ叩く気だったろうが」

「うっ、香織さんとユエさんの教育の賜物です……」

「えへん!」

「……シアはワシが育てた」

「……つっこまないからな」

 

 褒めて? とでも言うようにハジメを見る香織とユエに、ハジメは視線を逸らしてスルーしていた。

 そんなこんなで和気あいあいと? 雑談しながら進むこと十五分ほどで、あたしたちは遂に大樹の下へたどり着いた。

 そしてその大樹を見たあたしたちの第一声は。

 

「なんだこりゃ」

「枯れてるね……」

「……予想外」

「すごく、おっきいです……」

「「絶対つっこまんからな」」

 

 香織のボケをスルーしながら、所感を述べたあたしたちの大樹に対してのイメージは。勝手な想像だが、フェアベルゲンで見た木々のスケールが大きいバージョンを想像していたのである。

 

 しかし、実際の大樹は……見事に枯れていたのだ。

 

 大きさに関しては想像通り途轍もなく、直径は目算では測りづらいほど大きいが直径五十メートル以上。そしてなにより、明らかに周囲の木々とは異なる異様で、周りの木々が青々とした葉を盛大に広げているのにもかかわらず、大樹は枯れ木なのである……

 

「この大樹は、フェアベルゲン建国前から枯れている……しかし、今日まで朽ちることはなく、枯れたまま変化なく。誰かを待つようにここに佇んでいます」

「挑戦者を待つ、ってことかな?」

「そこまでは我々にもわかりかねる。ただ、周囲の霧の性質と大樹の枯れながらも朽ちないという点からいつしか神聖視されるようになり……しかし、それだけなので言ってみれば観光名所みたいなものとして扱われている」

「要するに、よくわからない代物なんですよねぇ」

 

 あたしのつぶやきを拾い、カムさんが解説してくれる。シアも分からないものだとつぶやいた。それを聞きながらハジメは大樹の根元まで歩み寄ると。

 そこには、アルフレリックさんの言っていた通り石板が建てられていたんだけど……

 

「これは……」

「オルクスの扉の……文様みたいだね」

「……ん、一致する」

 

 その石版には七角形とその頂点の位置に七つの文様が刻まれていて、オルクスの部屋の扉に刻まれていたものと全く同じものだった。

 ハジメが確認のため、オルクスの指輪を取り出すと……指輪の文様と石版に刻まれた文様の一つはやはり同じものだった。

 

「やっぱり、ここが大迷宮の入口みたいだな……だが……こっからどうすりゃいいんだ?」

 

 ハジメは大樹に近寄ってその幹をペシペシと叩いてみたりするが、当然変化などあるはずもなく、カムさんに何か知らないか聞くが返答はNOだ。

 アルフレリックさんの口伝は聞いているけど、入口に関する口伝はなかった。隠していた可能性もないわけではないから……ふと、石板を観察していたユエが声を上げる。

 

「……これ見て」

「ん? 何かあったか?」

「これは……仕掛けっぽいよ?」

「でかした、ユエ」

「……えへん」

 

 ユエが注視しているのは、石板の裏側だった。そこには、表の七つの文様に対応する様に小さな窪みが開いていたのである。

 

「これは……」

「……ここに入れろってことかな?」

「……試してみる?」

 

 ユエに促されたハジメが、手に持っているオルクスの指輪を表のオルクスの文様に対応している窪みに嵌めてみる。すると……

 

「うおっ!? なんだこれ?」

「石板が淡く輝きだしたね」

「綺麗な光だなぁ、フローライトが光るみたいだね」

 

 何事かと、周囲を見張っていたハウリア族も集まってきて……しばらく、輝く石板に見惚れていると次第に光が収まり……代わりに何やら文字が浮き出始めて、そこにはこう書かれている。

 

 ‘四つの証’

 ‘再生の力’

 ‘紡がれた絆の道標’

 ‘全てを有する者に新たな試練の道は開かれるだろう’

 

「……どういう意味だ?」

「……四つの証は……たぶん、他の迷宮の証?」

「……再生の力と紡がれた絆の道標は?」

 

 頭を捻るハジメにシアがそれっぽい答えを出す。

 

「う~ん、紡がれた絆の道標は、あれじゃないですか? 亜人の案内人を得られるかどうか。亜人は基本的に樹海から出ませんし、ハジメさん達みたいに、亜人に樹海を案内して貰える事なんて例外中の例外ですし」

「……なるほど……シアにしてはいい着眼点だ」

「それっぽいね」

「それとなく私をディスるのはやめませんか!?」

「……あとは再生……私?」

 

 ユエが自分の固有魔法‘自動再生’を連想し自分を指差す。試しにと、薄く指を切って自動再生を発動しながら石板や大樹に触ってみるが……特に変化はない。

 

「むぅ……違うみたい」

「……ん~、枯れ木に……再生の力……最低四つの証……もしかして、四つの証、つまり七大迷宮の半分を攻略した上で、再生に関する神代魔法を手に入れて来いってことじゃないか?」

「ああ、神代魔法なら可能性はゼロじゃないってことか」

 

 ‘四つの証’は他にある迷宮の攻略時に得られる証を。

 ‘再生の力’は再生に関する神代魔法の取得。

 ‘紡がれた絆の道標’は亜人との絆を……いや、これは違うかもしれない。

 

「‘紡がれた絆の道標’はおそらく、心から信じ合える仲間だと思う」

「……その心は?」

「紡がれた絆ってのは多分、迷宮を攻略するにあたって必要なファクターじゃん?」

「なるほどな、ちくしょう。今すぐ攻略は無理ってことか……面倒くさいが他の迷宮から当たるしかないな……」

「ん……」

「仕方ないね。がんばろっか」

 

 ここまで来て後回しにしなければならないことに歯噛みするハジメ。どことなく香織とユエも残念そうだが、あたしも確かに同じ気持ちだった。

 まぁ、大迷宮への入り方が見当もつかない以上は。ここでぐだぐだと悩んでいても仕方ないか、という訳で気持ちを切り替えて先に三つの証を手に入れることにする。

 

 ハジメがハウリア族に集合をかける。

 

「いま聞いた通り、俺達は、先に他の大迷宮の攻略を目指すことにする。大樹の下へ案内するまで守るという約束もこれで完了した。お前達なら、もうフェアベルゲンの庇護がなくても、この樹海で十分に生きていけるだろう。そういうわけで、ここでお別れだ」

 

 そして、チラリとシアを見る。その瞳には、別れの言葉を残すなら、今しておけという意図が含まれているのをシアは正確に読み取った。いずれ戻ってくるとしても、三つもの大迷宮の攻略となれば、それなりに時間がかかるだろう。当分は家族とも会えなくなる。

 

 シアは頷き、カムさん達に話しかけようと一歩前に出る。しかし……彼は

 

「父様。私は……」

「ああ、わかっている。だが、今生の別れでもないだろう? 胸を張って前に進め、シア」

「……はい! 父様……今まで本当にありがとうございました!」

 

 シアをその腕に抱きとめ、カムさんは慈愛の微笑みを持ってして大事な我が子を抱きしめる。そして、彼はシアを抱きながら。

 

「……師父ハジメ」

「あ~、何だ?」

「我が娘、シアをどうかよろしくお願いいたします。甘やかせてしまいまして、我が子ながら出来は保証し兼ねます。ですが……誰よりも努力する子です。長所としては少し、誉めれたもんじゃありませんが……何卒、よろしくお願いします」

「父様、評価を落とさないでくださいよ!?」

「出来がいいならそれだけ自慢でもしてるさ。だが、おっちょこちょいかつ、鈍臭く。独断が過ぎるお前を褒めれるかどうかは……どうだ?」

「うぐっ!? 手痛い評価ですぅ〜っ!」

 

 戯れるシアに苦笑するカムさん……なーんだ、本質は変わってないなぁ。

 

「双葉さま。師父ハジメ……そして香織さん、ユエさん……あなた方の旅に良き幸運が訪れますよう、この樹海で祈っておきましょう」

「おう。まぁなんだ……お前等はここで鍛錬してろ。次に俺たちが樹海に来た時に、使えるようだったら部下として考えなくもない」

「……それはどのような意味でしょうか?」

 

 ハジメが何やら言い出した……いや、なるほど。部下ねぇ……

 

「今のお前らは弱い、ああ。弱過ぎるから、連れて行くのは無理だ」

「たしかにそうでしょうな。我々が束になっても師父に勝てる気がしません」

「だが、その精神力は本物だ。双葉に鍛え上げられたそのバグった精神力は、な。だから……それに見合うスペックになってたなら、連れて行ってやることもやぶさかじゃねぇ」

「……そのお言葉に偽りはありませんか?」

「ないない」

「嘘だったら、人間族の町の中心で師父の名前を連呼しつつ、新興宗教の教祖のごとく祭り上げますからな?」

「お、お前等、タチ悪いな……」

「そりゃ、師父の弟子を自負してますからな」

 

 カムさんの言葉にハウリア族がドッと笑う。こりゃ二連敗かよとハジメも言い負かされたことに苦笑で答えていた。気がつけば──香織もユエ、シアも笑顔になっていた。

 強くなった彼らが次に会う時はもっと強くなっていれば……期待しておこうと思う私も前を向くよう。

 

「まぁ、そんじゃ行きますか」

「だな」

 

 あたしはハジメと頷き合うのだった。

 

 □noside

 

 樹海の境界でカム達の見送りを受けた双葉達一行は再び魔力駆動二輪に乗り込んで平原を疾走していた。シュタイフ・ブルードの位置取りは、運転をハジメ、後部にユエの順番。シュタイフ・ローツはサイドカーに香織を乗せて。双葉が運転しており。後部にはシアを乗せている。

 

 肩越しにシアが双葉に質問する。

 

「双葉さん。そう言えば聞いていませんでしたが目的地は何処ですか?」

「えっとねー、まずは近場の街に行く予定だよ。帝国兵の持ってた地図に書いてあったからね……ハジメから聞いてないの?」

「聞いてませんよ!?」

「あら、ハジメ。ちゃんと教えてあげないとダメじゃん」

「あん? ……ナチュラルに忘れてたわ、すまん」

「……私は知ってた」

「ぬぁんですってぇ〜!? ひゃんっ!?」

「どうどう、シア。落ち着いて、ね?」

「流れるように、おっぱい触らないでください、イヤらしい手つきで揉まないでくださいよ!?」

「シア、暴れないで!? 制御してるのあたしなんだから……香織もいい加減にしなさいよ!?」

 

 ハジメは素で忘れていたようで、その後ろでは若干イラつかされるドヤ顔を披露したユエに、抗議の声を上げるシア。サイドカーで香織がどうどう、と彼女を嗜めながらセクハラする。

 やがてシアが抗議して抵抗なのか暴れてしまい、制御が乱れるからやめろと双葉が喚く。向こうは賑やかだなーと、ハジメとユエはジト目でその様を眺めていた。

 

 それから、落ち着いた一行は。ハジメと双葉は並走できるようにしてスピードを調整すると、ゆっくりと平原を走る。

 

「わ、私だって仲間なんですから、そういうことは教えて下さいよ! コミュニケーションは大事ですよ!」

「……報連相は大事」

「悪かったって。次の目的地はライセン大峡谷だ」

「ライセン大峡谷?」

 

 ハジメの告げた目的地に疑問の表情を浮かべるシア。現在、確認されている七大迷宮は、【ハルツィナ樹海】を除けば、【グリューエン大砂漠の大火山】と【シュネー雪原の氷雪洞窟】である。確実を期すなら、次の目的地はそのどちらかにするべきでは? と思ったのだ。その疑問を察したのかハジメが意図を話す。

 

「一応、ライセンも七大迷宮があると言われているからな。シュネー雪原は魔人国の領土だから面倒な事になりそうだし、取り敢えず大火山を目指すのがベターなんだが、どうせ西大陸に行くなら東西に伸びるライセンを通りながら行けば、途中で迷宮が見つかるかもしれないだろ?」

「つ、ついででライセン大峡谷を渡るのですか……」

 

 ライセン大峡谷は地獄にして処刑場というのが一般的な認識であり、つい最近、一族が全滅しかけた場所でもあるため、そんな場所を唯の街道と一緒くたに考えている事にシアは内心動揺、双葉の腰に回した手を締めてしまう。

 たわわを押し付けられ、シアの早る鼓動に気がついた双葉は。そんな彼女を嗜めるように双葉が落ち着いた声音で

 

「大丈夫だよ、シア。少しは自分の力に自信を持ちなよ。今のあなたなら谷底の魔物もその辺の魔物も一捻りできるじゃん?」

「双葉の言う通りだ。ライセンは、放出された魔力を分解する場所だぞ? 身体強化に特化したお前なら何の影響も受けずに十全に動けるんだ。むしろ独壇場だろうが」

「……師として情けない」

「うぅ~、面目ないですぅ」

 

 ハジメとユエにも呆れた視線を向けられ目を泳がせるシア。それを見かねた双葉が助け舟をと話題を逸らした。

 

「出来れば、食料とか調味料関係をもっと充実させたいし、今後のためにも素材を換金しておきたいから町がいいな」

「干し魚や干し肉には飽きたのか? つか、お前……なんで味噌を隠してたんだよ」

「いや、そ、それはだね。まだ完成してないから……」

「……言い訳無用……アレはアレで完成された味」

「そだねー。双葉って食にはほんっとにこだわるから、そこはちっさい頃から変わんないよね」

「うっさいわよ!? もう味噌汁出さないわよ!?」

「「「それは勘弁してください」」」

 

 双葉を揶揄う三人はその一言でノックアウトされていた……双葉としてはいい加減、まともな料理を作り、食べたいと思っていたところだ。ハジメ達も同じ気持ちであり。今後、町で買い物なり宿泊なりするなら金銭が必要になる。

 素材だけなら腐る程持っているので換金してお金に替えておきたかった。それにもう一つ、ライセン大峡谷に入る前に落ち着いた場所で、やっておきたいこともあったのだ。

 

「はぁ~そうですか……よかったです」

 

 なお、双葉の言葉に、何故か安堵の表情を見せるシア。それを見たハジメが訝しそうに「どうした?」と聞き返す。

 

「いやぁ~、双葉さんとハジメさんのことだから、ライセン大峡谷でも魔物の肉をバリボリ食べて満足しちゃうんじゃないかと思ってまして……ユエさんはハジメさんか、双葉さんの血があれば問題ありませんし……どうやって私用の食料を調達してもらえるように説得するか考えていたんですよぉ~」

「あたしをなんだと思ってるの、シア」

「当たり前だろうが!? 誰が好き好んで魔物なんか喰うか! ……お前、俺達を何だと思ってるんだ……」

「杞憂でよかったです。双葉さんもまともな料理食べるんですね! プレデターとキチガイドラゴンという名の新種の魔物?」

「シア、口は災いの元だよ???」

「OK、お前、町に着くまで車体に括りつけて引きずってやる」

「ちょ、やめぇ、どっから出したんですかっ、その首輪! 何双葉さんにパスして!? ホントやめてぇ~そんなの付けないでぇ~、香織さんも、ユエさん見てないで助けてぇ!」

「「……自業自得」」

 

 ある意味、非常に仲の良い様子で騒ぎながら草原を進む一行。

 

 数時間ほど走り、そろそろ日が暮れるという頃、前方に町が見えてきた。ハジメ達奈落に落ちた者達の頬が綻ぶ、それは、奈落から出て空を見上げた時のような。

 ‘戻ってきた’という気持ちが、湧き出したからだ。ユエもどこかワクワクした様子。

 

「あのぉ~、いい雰囲気のところ申し訳ないですが、この首輪、取ってくれませんか? 何故か、自分では外せないのですが……あの、聞いてます? 皆さん? ちょっと、無視しないで下さいよぉ~、泣きますよ! それは、もう鬱陶しいくらい泣きますよぉ!」

 

 シアは結局、街に着くまで首輪を外してもらえることはなかった。

 

 ──

 

 to be continued .

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

辺境の街 ブルック

 □Noside

 

 平原を何時間走ったか、双葉の目には遠くに町が見えた。周囲を堀と柵で囲まれた小規模な町で、街道に面した場所に木製の門がある。

 その傍には小屋もあり、アレはおそらく門番の詰所だろう。小規模といっても、門番を配置する程度の規模はあるようだ。

 

「さて、街に行く前に。2人とも、ステータスプレートいじんなくてもいいの?」

「うん? どうかしたの?」

「なんか問題でもあるのか?」

 

 一行は目の前に見えている街から二キロほど離れた丘にて初見で騒がれること間違いなしの、魔力駆動二輪を二台とも宝物庫にしまい。いざ街へと行かんと張り切っていたところに、双葉に呼び止められたハジメと香織。

 

「そのステータスを大っぴらにするつもりなら止めないけど?」

「「……ああ、なるほど!」」

 

 双葉の意図を理解した二人はステータスの隠蔽機能を有効にする。

 ステータスプレートには、ステータスの数値と技能欄を隠蔽する機能があるのだ。冒険者や傭兵においては、戦闘能力の情報漏洩は致命傷になりかねないからである。

 

「これでよし、あたしのもっと……」

「これで問題はないかな。そんじゃ、行こっか!」

「……機嫌がいいのなら、いい加減、この首輪取ってくれませんか?」

 

 改めて街の方を見て微笑むハジメに、シアが憮然とした様子で頼み込む。シアの首にはめられている黒を基調とした首輪は、小さな水晶のようなものも目立たないが付けられている。

 

「んー、それはねシア。奴隷の首輪モドキなんだ」

「ぴえっ!? ど、奴隷の首輪……モドキ?」

「一応、体面上はあたしがシアの所有者ってことにしてるから、合わせてね」

 

 双葉はシアを嗜めるように。しかし、納得できないご様子の彼女に「ごめんね」と香織が申し訳なさそうな顔で補足する。

 

「本物の奴隷の首輪と違って絞殺するような機能はつけさせてないから安心してね? シアちゃんも一応知ってるとは思うけど、亜人族は王国内じゃ奴隷しかいないの。それを誤魔化すために、双葉の所有物ってことにしとかないと……」

 

 人里にいる亜人族は基本的に奴隷として見られている……人として扱われていない彼らの待遇がよくわかる文化であった、そして。奴隷の首輪は誰かの所有物であると言う証明だ。

 

 その首輪がないと言う事は誰の物でもないと言う事。

 

 何より愛玩用として人気の高い兎人族で、更にその中でも物珍しい白髪に加えて、容姿もスタイルも抜群であるならば……間違いなく町に入って即座に目を付けられ、絶え間無い人攫いの嵐になるだろう──そう、補足されてはシアも渋々納得せざるを得ない訳である。

 

「……シアのため……我慢すること」

「ただでさえトラブルメイカーじみたウザウサギだ。このメンツの中で一番強い双葉に守ってもらわねえと困るだろ?」

「そのために、奴隷の身分ですかぁ……くすんっ……」

 

 納得したが不満ですぅ! と言わんばかりのシアを引き連れながら、一行は町の門までたどり着いた。案の定、門の脇の小屋は門番の詰所だったらしく、武装した男が出てきた。

 その格好は、革鎧に長剣を腰に身につけているだけで、兵士というより冒険者に見える。その冒険者風の男がハジメ達を呼び止めた。

 

「止まってくれ。ステータスプレートを。あと、町に来た目的は?」

 

 規定通りの質問なのだろう。どことなくやる気なさげである。ハジメは、門番の質問に答えながら自然にステータスプレートを取り出した。

 

「食料の補給がメインだ。旅の途中でな」

 

 ふ~んと気のない声で相槌を打ちながら門番の男がハジメ達のステータスプレートを受け取り、チェックする。

 

「そっちのお嬢さん方も連れの人かい?」

「ええ、彼と同じパーティーな訳よ」

「錬成師と治療師、戦乙女。いい感じのバランスだな……何よりすんげー別嬪さんを両手に花とは、なかなかやるな、ボウズ」

「どうも。でも、頼りになる仲間だよ」

「ちっ、ますます羨ましいじゃねえか」

 

 態とらしい舌打ち。しかし、本気で妬んでいるわけではなくフレンドリーなやり取りに双葉は内心ほっとした。まぁ、隠蔽機能を有効にしていなければ門番は二、三度ひっくり返っているに違いないだろうが。

 

「まぁいいや、そっちの嬢ちゃん達も見せてくれねぇか……?」

 

 門番がユエとシアにもステータスプレートの提出を求めようとして、二人に視線を向ける。そして硬直した。みるみると顔を真っ赤に染め上げると、ボーと焦点の合わない目でユエとシアを交互に見ている。

 ユエは言わずもがな、ミステリアスな雰囲気にどこか妖艶な様はまるで傾国の美女。そして、シアも喋らなければ神秘性溢れる美少女である。喋らなければ、だが。つまり、門番の男は二人に見惚れて正気を失っているのだ。

 

 双葉がわざとらしく咳払いをする。それにハッとなって慌てて視線をハジメに戻す門番にハジメはまぁ、仕方ねぇよなと彼に謎のフォローをしていた。

 

「こっちにくる途中で魔物の襲撃にあってな、こっちの子のは失くしちまったんだ。こっちの兎人族は……わかるだろ?」

 

 その言葉だけで門番は納得したのか、なるほどと頷きながら受け取っていたステータスプレートを彼らに返却する。

 

「それにしても随分な綺麗どころを手に入れたな。白髪の兎人族なんて相当レアなんじゃないか? ボウズって意外にボンボンで金持ち?」

「所有者はこっちの戦乙女さんだよ。よく見てみろ、手には厳つい手甲。脛には脚甲。バリバリの拳闘士だぞ?」

「はぇ〜……戦闘系。しかも、あの兎人族が……珍しいな」

「まぁ、あたしの弟子みたいなもんだし」

 

 ユエとシアの二人を見ながら、門番はまぁ、俺には縁のないことか。と呟き、本業をしっかりと勤めんと。ハジメ達を通した。

 

「まぁいい。通っていいぞ」

「ああ、どうも」

 

 ハジメ達は門をくぐり町へと入っていくが、そこで双葉が立ち止まり。門番に話しかける。

 

「あ、そうだ。素材の換金場所って何処にあるかわかりますか?」

「あん? それなら、中央の道を真っ直ぐ行けば冒険者ギルドがある。店に直接持ち込むなら、ギルドで場所を聞け。簡単な町の地図をくれるからな」

「おぉ、それはありがたい。ありがとうございました」

 

 門番から情報を得て、門のところで確認したがこの町の名前はブルックというらしく、町中はそれなりに活気があった。かつて見たオルクス近郊の町ホルアドほどではないが露店も結構出ており、呼び込みの声や、白熱した値切り交渉の喧騒が聞こえてくる。

 

 こういう騒がしさは訳もなく気分を高揚させるものだ。ハジメだけでなく、ユエも楽しげに目元を和らげている。

 門をくぐり少ししてからハジメは、シアの首輪について彼女に説明する。

 

「シア、悪いな。奴隷って身分に落とし込むような真似してよ」

「その立場から私を守ると言うことはもう理解しましたから、いいですよぉ……」

「その首輪だが、念話石と特定石が組み込んであるから、必要なら使え。直接魔力を注いでやれば使えるから」

「はぇ、念話石と特定石ですか?」

「念話石は生成魔法で作った新しい石でね? 込めた魔力量に応じて遠方と念話が可能になるわけよ。まぁ、今の段階じゃあ内緒話には向かないんだよね」

「特定石は魔力を込めると、多くの気配の中から特定の気配だけ色濃く捉えて他の気配と識別しやすくなる。それを利用して、魔力を流し込むことで識別出来るようにした」

 

 双葉とハジメの説明に、感心の声を上げるシア。

 

「ちなみに、その首輪、きっちり特定量の魔力を流すことで、ちゃんと外せるからな?」

「なるほどぉ~、つまりこれは……いつでも私の声が聞きたい、居場所が知りたいというハジメさんの気持ちというわけですね?」

「訳のわからんことを言うな」

「いや〜、照れ屋さぶへっ!?」

 

 調子に乗って訳のわからないことを言うなとハジメのゲンコツがシアの頭頂部に落とされる。たまらず彼女は、奇怪な悲鳴を上げながら頭を押さえる。

 そんな風に仲良く? メインストリートを歩いていき、一本の大剣が描かれた看板を発見する。かつてホルアドの町でも見た冒険者ギルドの看板だ。規模は、ホルアドに比べて二回りほど小さいが──そんなことを思いながらも、ハジメはギルドのドアを開けるのだった

 

 ■双葉side

 

 あたし達にとって小さな冒険者ギルドは荒くれ者達の場所という勝手なイメージで。傍迷惑かもしれないけれど、薄汚れた場所と考えてしまっていた。ホルアドのギルドは大きさ故にきっちり掃除も行き届いていたけど……このブルックのギルドもきっちりと清潔さが保たれていた。

 あたし達が入った正面……入り口からまっすぐにいったところにカウンターがあり、左側は飲食店になっているようで。何人かの冒険者らしい者達が食事を取ったり雑談したりしている。誰ひとり酒を注文していないことから察すると──元々、この飲食店に酒は置いていないのかもしれない。

 酔っ払いたいなら大衆酒場に行けということなのだろうか。いや……酔っ払うと大体喧嘩してそうだからそういうことなんだろうな、そういうところやぞ男子ども。

 

 さて、あたし達がギルドに入ると、冒険者達が当然のように注目してくる。

 最初こそ、見慣れない五人組ということでささやかな注意を引いたに過ぎなかっだのだろうとは思うけれど。彼等の視線が香織、ユエとシアに向き、最後にはなんでかあたしにまで注目が集まってきて……なんでやねん。

 彼らの好奇心がこの4人の美少女()に集中して増した。中には「ほぅ」と感心の声を上げる者。あの門番さん同様にボーと見惚れている者。鼻の下を伸ばしていたのが第六感判定かなんかでバレたのか、女冒険者に殴られている者もいる。平手打ちでないところが冒険者らしく、痛そうだった。

 

 テンプレ宜しく、ちょっかいを掛けてくる者がいるかとも思ったが、意外に理性的で観察するに留めているようで、足止めされなくて幸いとあたしとハジメを先頭にカウンターへ向かう。

 

 カウンターには大変魅力的な……笑顔を浮かべたお姉さんがいた。どうやら美人の受付というのは幻想ではないようで大変驚いた。あたしが想像していたのは、恰幅のいいオバチャン。地球の本職のメイドがオバチャンばかりという現実と同じだ。

 目元に皺もなく、肌艶のしっかりした輪郭と尖るように細い顎のライン。肢体の方も自慢なのか胸元が実にセクシーな“敏腕の美女秘書”と言った具合だろうか? 

 なお、ハジメも以外そうに見惚れかけていたが、香織の氷のような微笑みを受けて背筋を震わせながら我に戻っていた。これは宿でお仕置き(意味深)が待っているのだろうかと内心では冷や汗を流しているんだろう、南無三。

 そんなハジメの内心を知ってか知らずか、お姉さんはニコニコと人好きのする笑みであたし達を迎えてくれた。

 

「両手に花を持ってるどころか、四人も侍らせてまだ足りなかったのかい? 残念だったね、アタシは人妻だよ?」

 

 ……このお姉さんは読心術の固有魔法が使えるのかもしれない。なんて考えてるであろうハジメは頬を引き攣らせながら何とか返答する。

 

「いや、そんなこと考えてないから」

「あはははは、女の勘を舐めちゃいけないよ? 男の単純な中身なんて簡単にわかっちまうんだからね。あんまり余所見ばっかして愛想尽かされないようにね?」

「……肝に銘じておくよ」

 

 ハジメの返答に「あらやだ、年取るとつい説教臭くなっちゃってねぇ、初対面なのにゴメンね?」と、申し訳なさそうに謝るお姉さん。何とも憎めない人だ。チラリと食事処を見ると、冒険者達が「あ~あいつも姐さんに説教されたか~」みたいな表情でハジメを見ている。

 どうやら、ここの冒険者達が大人しいのはこの人が原因のようで……というかなんか喋り方に違和感があるなこの受付嬢さん。まぁ、藪蛇を叩くのもアレだしあたしは無関心を貫くように、女は秘密を抱えると美しくなる原理なんだろう、たぶんきっとめいびー。

 

「さて、じゃあ改めて、冒険者ギルド、ブルック支部にようこそ。ご用件は何かしら?」

「ああ、素材の買取をお願いしたい」

「素材の買取だね。じゃあ、まずステータスプレートを出してくれるかい?」

「ん? 買取にステータスプレートの提示が必要なのか?」

 

 ハジメの疑問に「おや?」という表情をする受付嬢さん。

 

「あんた冒険者じゃなかったのかい? 確かに、買取にステータスプレートは不要だけどね、冒険者と確認できれば一割増で売れるんだよ」

「そうだったのか」

「受付嬢さんの言う通りだよ、ハジメ。冒険者になれば様々な特典も付くって習ったでしょ──生活に必要な魔石や回復薬を始めとした薬関係の素材って冒険者が取ってくるものがほとんどだしね」

「言われてみればそうだったな」

 

 香織の指摘にハジメが思い出したかのように頷く。

 そう。この世界は町の外が危険地帯なのだ。外ではいつ魔物に襲われるかわからない以上、素人が自分で採取しに行くことはほとんどない。危険に見合った特典がついてくるのは当然なのだ。

 

「他にも、ギルドと提携している宿や店は一~二割程度は割り引いてくれるし、移動馬車を利用するときも高ランクなら無料で使えたりするね。どうする? 登録しておくかい? 登録には千ルタ必要だよ」

 

 ルタ。この世界トータスの北大陸共通の通貨。ザガルタ鉱石という特殊な鉱石を加工して特殊な方法で刻印したものが使われているもので。

 青、赤、黄、紫、緑、白、黒、銀、金の種類があり、左から一、五、十、五十、百、五百、千、五千、一万ルタとなっている。驚いたことに貨幣価値は日本と同じだ。

 

「う~ん、そうか。ならせっかくだし登録しておくか?」

「ん、そうだね……双葉は確かお金持ってたっけ?」

「え、あーうん。持ってるよ」

「お嬢ちゃん、待ちな」

 

 そこに受付嬢さんが待ったをかけた。

 

「可愛い子四人も侍らして男が文無しなのかい? 何やってんだい」

「うぐ、ちょっとばかし事情があってな。魔物に追っかけられたり、馬車を野盗に取られたりで散々な目にあっちまってな」

 

 ハジメはバツの悪そうにしながらも軽く嘘をついた。お姉さんはそれをじろり、と一瞥して……吊り上がっていた目元を穏やかにして。

 

「……アンタも苦労はしてんだね。よし、魔物の素材があるなら買い取ってあげるよ。まったく、今後は不自由させてやるんじゃないよ?」

「助かるよ、ありがとう。姐さん」

「あはっはっはっはっ! 姐さんだなんてやめとくれ。アタシはこれでも49なんだよ?」

 

 受付嬢さんがかっこいい。つか美魔女かよなんて驚愕をハジメが露わにしながらも。あたし達はその有り難く厚意を受け取っておくことにしてステータスプレートを差し出しながら、あたしは内心で彼女を姐さんと呼ぼうと思う。畏敬の念を込めてね!! 

 ステータスプレートには名前と年齢、性別、天職欄しか開示していない。

 姐さんは、ユエとシアの分も登録するかと聞いたが、それはあたしが断っておいた。

 二人は、そもそもプレートを持っていないので発行からしてもらう必要がある。しかし、そうなるとステータスの数値も技能欄も隠蔽されていない状態で衆目の目に付くことになってしまうわけで。

 

 あたしやハジメもおそらく同じ気持ちなのだろうけど──二人のステータスを見てみたい気もしたが、おそらく技能欄にはばっちりと固有魔法なども記載されているだろうし。

 それを見られてしまうこと考えると、あたし達の存在が公になっていない段階では知られない方が面倒が少なくて済むと念話でこっそりと相談して、今は諦めることにした。

 そして、あたし達の手に戻ってきたステータスプレートには、新たな情報が表記されていた。天職欄の横に職業欄が出来ており、そこに「冒険者」と表記され、更にその横に青色の点が付いている。

 

 青色の点は、冒険者ランクだ。上昇するにつれ赤、黄、紫、緑、白、黒、銀、金と変化する。

 

「男なら頑張って黒を目指しなよ? お嬢さん達にカッコ悪いところ見せないようにね」

「ああ、そうするよ。それで、買取はここでいいのか?」

「構わないよ。あたしは査定資格も持ってるから見せてちょうだい」

 

 姐さんは受付だけでなく買取品の査定もできるらしい。優秀な人だなぁ……ハジメは、あらかじめ‘宝物庫’から出してバックに入れ替えておいた素材を取り出して。品目は、魔物の毛皮や爪、牙、そして魔石。ポピュラーな素材だし問題はないだろう……と思っていだが。

 カウンターの受け取り用の入れ物に入れられていく素材を見て、姐さんが驚愕の表情をする。

 

「こ、これは!」

 

 恐る恐る手に取り、隅から隅まで丹念に確かめる。息を詰めるような緊張感の中、ようやく顔を上げた姐さんは、溜息を吐きハジメに視線を転じた。

 

「とんでもないものを持ってきたね。これは……樹海の魔物だね?」

「ああ、そうだけど……?」

 

 奈落の魔物の素材など、こんな場所で出すわけがない、というか出せるかあんなもん。未知の素材を出されたら一発で大騒ぎだし、それは流石にアカンとあたしもハジメも自重したし。

 樹海の魔物の素材でも十分に珍しいだろうことは予想していたから少し迷ったけど……他に適当な素材もなかったので、買取に出した。

 そして姐さんの反応を見る限り、やはり珍しいどころかすごい素材なのだろうか? 

 

「樹海の素材は良質なものが多いからね、売ってもらえるのは助かるよ」

 

 その言葉にあたしは会話に口を挟むことにした。

 

「やっぱり珍しいの?」

「そりゃあねぇ。樹海の中じゃあ、人間族は感覚を狂わされるし、一度迷えば二度と出てこれないからハイリスク。好き好んで入る人はいないねぇ。亜人の奴隷持ちが金稼ぎに入るけど、売るならもっと中央で売るさ。幾分か高く売れるし、名も上がりやすいからね」

 

 姐さんがチラリとシアを見た。おそらく、あたし達はシアの協力を得て樹海を探索したのだと推測したのだろう。樹海の素材を出しても、シアのおかげで不審にまでは思われなかったようだ。

 それから姐さんが、全ての素材を査定し金額を提示した。買取額は四十八万七千ルタ……かなりの額では? 

 

「これでいいかい? 中央ならもう少し高くなるだろうけどね」

「いや、この額で構わない」

 

 ハジメが五十一枚のルタ通貨を受け取り、財布代わりの袋に入れる。なおこのルタ貨幣、鉱石の特性なのか異様に軽い上、薄いので五十枚を超えていても然程苦にならなかった。

 もっとも、例え邪魔でもあたし達には宝物庫があるからなんの問題はないけどね? 

 

「ところで、姐さん! 門番の彼に、この町の簡易な地図を貰えると聞いたんですけど!」

「姐さんはやめとくれよ、まったく。ちょっと待っといで……ほら、これだよ。おすすめの宿や店も書いてあるから参考にしなさいな」

 

 手渡された地図は、中々に精巧で有用な情報が簡潔に記載された素晴らしい出来だった。これが無料とは、ちょっと信じられないくらいの出来で。それを見て思わずハジメが。

 

「おいおい、いいのか? こんな立派な地図を無料で。十分金が取れるレベルだと思うんだけど?」

「構わないよ、あたしが趣味で書いてるだけだからね。書士の天職を持ってるから、それくらい落書きみたいなもんだよ」

「辺境で務める人材じゃないでしょ……」

 

 思わず香織が呟くほどの逸材だ。それだけこの姐さんの優秀さと有能さがやばかった。きっと壮絶なドラマがあるに違いない。

 

「そうか。まぁ、助かるよ」

「いいってことさ。それより、金はあるんだから、少しはいいところに泊りなよ。治安が悪いわけじゃあないけど、その四人ならそんなの関係なく暴走する男連中が出そうだからね」

 

 姐さんは最後までいい人で気配り上手だった。ハジメが苦笑いしながら「そうするよ」と返事をし、あたしと香織が「ありがとうございました」と礼を言い。あたし達は入口に向かって踵を返した。ユエとシアも頭を下げて追従する。食事処の冒険者の何人かがコソコソと話し合っていたのは無視した。

 

「ふむ、いろんな意味で面白そうな連中だね……」

 

 姐さんの楽しげな呟きがやけに耳に残ったのだった。

 

──

 

 to be continued .



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

漢女の洋服とシアの新たな武器

 ■双葉side

 

 姐さんからもらった、もはや地図というよりガイドブックと称すべきそれをあたし達は眺めて。数ある宿屋の中からはマサカの宿を選ぶことにした。

 その紹介文によれば、料理が美味く防犯もしっかりしており、何より風呂がある……それが一番の決め手だった。ただ、その分少し割高だけど、お金はあるし全く問題はないだろうと思う。

 

 姐さんも言ってたしね、男のハジメがあたしたちを不自由させちゃいけないってさ。

 

 そんな宿の中は一階が食堂になっているようで複数の人間が食事をとっていた。その場にハジメが先に入り、あたしたちが続くとお約束のように不愉快な視線を感じる羽目になる、けど。それらは無視することにして、カウンターに行くと……十五歳くらい女の子が歓迎の言葉と共に元気よく挨拶してくれた。

 

「いらっしゃいませー、ようこそマサカの宿へ! 本日はお泊りですか? それともお食事だけですか?」

「宿泊だ。このガイドブック見て来たんだが、記載されている通りでいいか?」

 

 ハジメが見せた姐さん特製の地図を見て合点がいったように頷く女の子。

 

「ああ、キャサリンさんの紹介ですね。はい、書いてある通りですよ。何泊のご予定ですか?」

 

 女の子がテキパキと宿泊手続きを進めようとするが、ハジメと香織は何処か遠い目をしている。二人は姐さんの名前が「キャサリンなのか……」と超小声で呟いていた。

 うん、わからんでもない……どことなくF○Oのドレイク船長っぼい強気な雰囲気だったしね。

 

「一泊でいい。食事付きで、あと風呂も頼む」

「はい。お風呂は十五分百ルタです。今のところ、この時間帯が空いてますが」

 

 女の子が時間帯表を見せる。なるべくゆっくり入りたいので、男女で分けるとして二時間は確保したい。ハジメと相談して決めた時間だし問題ないだろうと思うし。

 

「じゃあ、二時間でお願いできる?」

「えっ、二時間も!?」

「うん? なんか不都合でもあるのか?」

「い、いえ! そんなことはありませんよ!」

 

 驚かれたのでハジメが突っ込んだ。だけど、この感覚はまぁあたしたちだけなのだろうと思う。日本人たるあたし達だからこそ、お風呂は大事なのだ。

 

「たぶん、贅沢するんだなーって驚かれたんじゃない? 普通なら一五分とかなんだと思うよ」

「あ〜、なるほどな」

「は、はい。そ、それでお部屋はどうされますか? 二人部屋と三人部屋が空いてますが……」

 

 ちょっと好奇心が含まれた目であたし達を見る女の子。そういうのが気になるお年頃なんだろうなぁ……だが、しかし。周囲の食堂にいる連中まで聞き耳を立てるのは勘弁してもらいたいからあたしはギロリと周りを一瞥した。

 聞き耳を立てていた客達はびく付いた雰囲気になりながら聞き耳を立てるのをやめたようだ……が、しばらくしたらまた聞き耳を立てるようになったからもう諦めることにした。なんてたくましい連中なのかと感心すら覚える。

 しかし、ユエもシアも美人とは思っていたが、想像以上に二人の容姿は目立つみたいだなぁ……方や残念ウサギもとい喋らなけりゃ別嬪なのは認めるけどね? 

 

「ああ、三人部屋と二人部屋で頼む」

「ね、ねえ師匠? 何かド失礼なこと考えてません?」

「ん、なんのこと?」

 

 ハジメが躊躇いなく答え、シアが無駄に鋭くなってきた勘であたしの内心を指摘するがとぼけてスルー。とまぁ、女の子はそれを聞くと内情を察して……少し頬を赤らめている。妄想はやめようね? 

 

「……私と香織、ハジメで一部屋。シアは双葉と一部屋」

「ちょっ、何でですか! 私だけ仲間はずれとか嫌ですよぉ!?」

「おいこら待てや。あたしがいつ仲間外れだって?」

「ひっ、双葉サン? ……ってなんで師匠は抗議しないんですか!? ハジメさんと恋仲なんでしょう!?」

「……う、うるさいわね。あたしにはあたしの距離感とペースがあるのよ!」

 

 ユエの言葉や思わずあたしが吐いた言葉と反応を見て。絶望の表情を浮かべた周囲の男連中が、次第にハジメに対して嫉妬の炎が宿った眼を向け始めた。そして、宿の女の子は既に顔を赤くしてチラチラとハジメとあたし達女性陣を交互に見ていた。

 

「だ、だったら、ユエさんこそ師匠と同室に行って下さい! ハジメさんと私と香織さんで一部屋です!」

「……ほぅ、それで?」

 

 指先を突きつけてくるシアに、冷気を漂わせた眼光で睨みつけるユエ。あまりの迫力に、シアは訓練を思い出したのかプルプルと震えだすけども。「ええい、女は度胸!」と言わんばかりにキッと睨み返すと大声で宣言した。

 

「そ、それで、今夜はハジメさんに私の処女を貰ってもらいますぅ!」

 

 静寂が舞い降りる。誰一人、言葉を発することなく、物音一つ立てない。今や、宿の全員がハジメ達に注目、もとい凝視していた。厨房の奥から、女の子の両親と思しき女性と男性まで出てきて「あらあら、まあまあ」「若いっていいね」と言った感じで注目している。そんな中で、ユエが瞳に絶対零度を宿してゆらりと動いた。

 

「……今日がお前の命日」

「うっ、ま、負けません! 今日こそユエさんを倒し、第二夫人の座を奪ってみせますぅ!」

「……師匠より強い弟子などいないことを教えてあげる」

「下克上ですぅ!」

 

 ユエから尋常でないプレッシャーが迸り、震えながらもシアが手甲をガチリと鳴らしながら構える。まさに修羅場、一触即発の雰囲気に誰もがゴクリと生唾を飲み込み緊張に身を強ばらせる。

 なお、香織はこの状況でも全く顔色を変えない豪胆っぷりを発揮して、ニコニコしている……まぁハーレム許容の宣言をしているし、内心はそういうことなのだろう。

 

「「いい加減にしろ(しなさい)っ!」」

 

 ゴチンッ! ゴチンッ! 

 

「ひぅ!?」

「はきゅ!?」

 

 鉄拳が叩き込まれる音と二人が悲鳴を上げた。ユエもシアも、涙目になって蹲り両手で頭を抱えている。二人にゲンコツを叩き込んだのは、もちろんハジメとあたしだった。ユエにはハジメが、シアにはあたしがである。

 

「ったく、周りに迷惑だろうが。お前らかバトったらこの宿が吹き飛ぶぞ」

「醜い身内の争いはやるもんじゃないでしょ?」

「……うぅ、ハジメの愛が痛い……」

「も、もう少し、もう少しだけ手加減を……身体強化すら貫く痛みが……」

「自業自得だバカヤロー」

「二人とも熱くなりすぎちゃダメだからね?」

 

 ハジメが冷ややかな視線を二人に向け、香織が「めっ!」と諭すような口調で二人を嗜める。あたしはクルリと女の子に向き直り、女の子はあたしの視線を受けてビシィと姿勢を正した。

 

「騒がせて悪かったわね。三人部屋と二人部屋で頼むわ」

「……こ、この状況で三人部屋……あの、お連れの方々は、つ、つまり三人で? す、すごい……はっ、まさかお風呂を二時間も使うのはそういうこと!? お互いの体で洗い合ったりするんですか!? それから……あ、あんなことやこんなことを……なんてアブノーマルなっ!」

「……正解とも不正解とも言えない返答に困ることを口走るのはやめてね?」

 

 あたしのフォロー()も虚しく女の子はトリップしていた。見かねた女将さんらしき人がズルズルと女の子を奥に引きずっていき、代わりに父親らしき男性が手早く宿泊手続きを行ってくれた。

 彼はハジメに部屋の鍵を渡しながら「うちの娘がすみませんね」と口では謝罪するが、その眼には「男だもんね? わかってるよ?」という嬉しくない理解の色が宿っているように見えた。

 絶対、翌朝になればハジメは「昨晩はお楽しみでしたね?」とか揶揄われるに違いないだろうなぁ。

 

 この状況では何を言っても誤解が深まりそうなので、急な展開に呆然としている客達を尻目に、ハジメは、そのまま三階の部屋に逃げるように向かうので、香織がユエの手を引き、あたしがシアを担いでドナドナする。

 

「ちょっ師匠! 奴隷だからってドナドナ扱いは酷いですぅ!」

「少し反省しなさい、変な混乱生むなって言ったでしょ?」

「うぐぅ」

 

 シアを叱りながらハジメから受け取った二人部屋の鍵を開けてあたしとシアは部屋に入る。

 しばらくすると、止まった時が動き出したかのように階下で喧騒が広がっていたが、何だか異様に疲れたので気にしないようにしたあたしは。部屋に入るとシアをベッドにポイッと投げ捨てると、抗議するシアを無視しつつ、ベッドにダイブして意識をシャットダウンした。

 

「香織さん、眠れましたか?」

「うん、シアもちゃんと寝れた?」

「はい! 元気はつらつです! でも、なんで香織さんとユエさん。そんなにツヤツヤしてるんですか?」

「……貪っただけ」

「そーそー、気にしなくてもいいよー」

 

 かましい雰囲気に目が覚めた頃、あれから数時間ほど経っており。夕食の時間になったようで部屋に入ってきていた香織に起こされたあたしは、ふらふらのハジメが惨状に合掌して彼を労いつつ。みんなで階下の食堂に向かったんだが……何故か、チェックインの時にいた客が全員まだ其処にいた。

 

 ハジメが一瞬、頬が引き攣りそうにしていたけど、冷静を装って席に着く。すると、初っ端からめちゃくちゃ顔を赤くした宿の女の子が「先程は失礼しました」と謝罪しながら給仕にやって来た。

 謝罪してはいるが瞳の奥の好奇心が隠せていない。注文した料理は確かに美味かったのだが、せっかく久しぶりに食べたまともな料理は、もう少し落ち着いて食べたかったと、ハジメは後に二人きりの時に愚痴っていた。

 

 そして、風呂は風呂で、男女で時間を分けたのに結局ユエと香織、シアも乱入しに行ったのであたしは一人で悠々と入れたのだが、入る前にくらいに宿の女の子が女将さんに尻叩きされていたのは謎だった。興味に勝てず、覗いたのかと予測もしたけど、流石にそれはないだろう……と思っておこう。

 

 夜は寝るとき、香織とユエがハジメのベッドに潜り込み、定位置というように香織が右手、ユエが左手に抱きついて眠っていたところ、シアが夜這いを仕掛けるようにして部屋に忍び込んでその惨状を目の当たりにしたのか。

 引き下がってあたしに泣きついてきたりもあったが、まぁ取り敢えず撫でながらあやす様にしてシアを寝かせた。

 

 そして午前。目が覚めたあたし達が朝食を食べた後、ハジメが香織、ユエとシアにお金を渡して旅に必要なものの買い出しを頼んでいた。チェックアウトは昼なのでまだ数時間は部屋を使える。なので、ユエ達に買出しに行ってもらっている間に、部屋で済ませておきたい用事があったのだ。

 

「用事ってなんですか?」

 

 シアが疑問を素直に口にする。それに対してのハジメの返答が。

 

「ちょっと作っておきたいものがあるんだよ。構想は出来ているし、数時間もあれば出来るはずだ。ホントは昨夜やろうと思っていたんだが……双葉、手伝ってくれるな?」

「はいはい。部品とかの作成をフォローすればいいんだね?」

 

 あたしはそれを快諾して、ハジメのサポートをすることにする。なんだかんだ、そういう雰囲気にならない女が居ると安心もできるらしい……奥手なあたしに感謝しろよ? ……なんて言えるはずもないだろう。

 

「……そ、そうだ。香織さん、ユエさん。私、服も見ておきたいんですけどいいですか?」

「たしかに、その服じゃ目立つねぇ」

 

 香織が秒でシアの服装、ボロボロの衣服を指摘。手をわきわきさせていたが、シアも慣れたのか「セクハラはやめてくださいよぉ」と遠慮ながらも香織を牽制する胆力が身に付いてきた様である。

 ただ、非難じみた視線ではなく。どことなく期待を孕んだ熱い視線で抗議しても香織が調子に乗るだけだからやめろってマジで。最悪、ついでで、あたしにまで被害が及ぶから!! 

 

「……ん、問題ない。私は、露店も見てみたい」

「おいしそうなものも多かったし期待してもいいと思うね」

「あっ、いいですね! 昨日は見ているだけでしたし、買い物しながら何か食べましょう」

 

 サッと視線を逸らし、きゃいきゃいと買い物の話をし始める女子組。自分達が原因だと分かってはいるが、香織とユエは心情的に非を認めたくないので、シアを巻き込みつつ阿吽の呼吸で話題も逸らす。

 

「……お前等、実は結構仲良いだろう」

 

 そんなハジメの呟きも虚しくスルーされるのだった。

 

 □Noside

 

 現在、香織達は町に出ていた。昼ごろまで数時間といったところなので計画的に動き目標は、食料品関係とシアの衣服、それと薬関係だ。武器・防具類は錬成師のハジメがいるので不要である。

 

 町は露店の店主が元気に呼び込みを、主婦や冒険者らしき人々と激しく交渉をしている。飲食関係の露店も始まっているようで、朝から濃すぎないか? と言いたくなるような肉の焼ける香ばしい匂いや、タレの焦げる濃厚な香りが漂っている。

 道具類の店や食料品は時間帯的に混雑しているようなので、二人はまず、シアの衣服から揃えることにした。

 

 姐さん改めキャサリンの地図には、きちんと普段着用の店、高級な礼服等の専門店、冒険者や旅人用の店と分けてオススメの店が記載されている。やはり姐さんは出来る人だ。痒いところに手が届いている。

 二人は、早速、とある冒険者向きの店に足を運んだ。ある程度の普段着もまとめて買えるという点が決め手だ。

 その店は、流石はキャサリンがオススメするだけあって、品揃え豊富、品質良質、機能的で実用的、されど見た目も忘れずという期待を裏切らない良店だった。

 

 ただ、そこには……

 

「あら~ん、いらっしゃい♥ 可愛い子達ねぇん。来てくれて、オネェさん嬉しいぃわぁ~、たぁ~ぷりサービスしちゃうわよぉ~ん♥」

 

 化け物がいた。身長二メートル強、全身に筋肉という天然の鎧を纏い、劇画かと思うほど濃ゆい顔、禿頭の天辺にはチョコンと一房の長い髪が生えており三つ編みに結われて先端をピンクのリボンで纏めている。

 動く度に全身の筋肉がピクピクと動きギシミシと音を立て、両手を頬の隣で組み、くねくねと動いている。くねくね動くたびに天然の鎧……筋肉が軋み、ギチギチと音を鳴らしていた。

 服装は……いや、言うべきではないだろう。少なくとも、鍛え上げられたそれは巨木の如き腕と足、そしてシックスパックの腹筋が丸見えの服装とだけ言っておこう。

 

 ユエとシアは硬直する。シアは既に意識が飛びかけていて、ユエが感じたその戦闘力は‘奈落の魔物’以上の化物の登場に泣きそうになりつつも覚悟を決める。

 しかし、そんな化け物を目の前に。相手にしても香織は顔色を全く変えず。注文する度量を見せた……いや、普通は怯えるだろうが。

 

「こっちの子の服を探しているんですが、いいものはありませんか?」

「まかせてぇ〜ん♥ あらあらぁ~ん? どうしちゃったの、そっちの二人共はぁ〜ん? 可愛い子がそんな顔してちゃだめよぉ~ん。ほら、笑って笑って?」

「……人間なの……?」

 

 その瞬間、化物が怒りの咆哮を上げた。しかし、何というか物凄い濃い笑顔で体をくねらせながら接近してくる筋肉の化物に、つい堪えきれずユエは呟いてしまったのだ。

 どうかしているのはお前の方だ、笑えないのはお前のせいだ! と盛大にツッコミたいところだったが、シアは何とか堪える。人類最高レベルのポテンシャルを持つ二人だが、目の前の化物には勝てる気がしなかった。

 

「だぁ~れが、伝説級の魔物すら裸足で逃げ出す、見ただけで正気度がゼロを通り越してマイナスに突入するような化物だゴラァァアア!!」

「ご、ごめんなさい……」

「この世界にも正気度(SAN値)があるのかぁ」

 

 香織はその咆哮すら意に介さず、ユエがふるふると震え涙目になりながら後退るが彼女が咄嗟に謝罪すると化物は再び笑顔(?)を取り戻し接客に勤しむ。

 なおシアは、腰を抜かしてへたり込み……少し下半身が冷たくなってしまった。

 

「いいのよ~ん。それでぇ? 今日は、どんな商品をお求めかしらぁ~ん?」

「……この子の服を探しにきた……いいもの、ある?」

「できれば前衛だから、動きやすそうな服装でお願いしたいんですけど、お任せでお願いしてもいいですか?」

 

 シアは未だへたり込んだままなので、ユエが決意を決めて。ふんわりとしたイメージを香織が伝えつつ、シアの衣服を探しに来た旨を伝える。

 しかしシアは、もう帰りたいのか、ユエの服の裾を掴みふるふると首を振っているが、化物は「任せてぇ~ん」と言うやいなやシアを担いで店の奥へと入っていってしまった。その時の、ユエを見つめるシアの目は、まるで食肉用に売られていく豚さんのようだった。

 

 結論から言うと、化物改め店長のクリスタベルの見立ては見事の一言だった。

 シアの髪色に合わせ、彼女の要望に応えた青を基調にした服装はどこか双葉に通じるものがある。なお、双葉は露出は抑え気味な服装に白のコートと白銀の胸当てを身につけた戦乙女の姿であるが……露出はシアの方が上なのは気にすることではない。

 

 なおクリスタベルがシアを店の奥へ連れて行ったのも、彼女が粗相をしたことに気がつき、着替える場所を提供するためという何とも有り難い気遣いだった。

 香織達は、クリスタベル店長にお礼を言い店を出た。その頃には、店長の笑顔も愛嬌があると思えるようになっていたのは、あの漢女(おとめ)の人徳ゆえだろう。

 

「いや~、最初はどうなることかと思いましたけど、意外にいい人でしたね。店長さん」

「ん……人は見た目によらない」

「ビビりまくっていた二人のセリフじゃないと思うよ?」

「「香織(サン)がおかしいだけでしょ!?」」

 

 あのユエがハッキリとツッコミに回る。そんな風に雑談しながら、次は道具屋に回ることにした三人。しかし、唯でさえ目立つユエとシアに加えて美女の香織だ。すんなりとは行かず、気がつけば数十人の男達に囲まれていた。冒険者風の男が大半だが、中にはどこかの店のエプロンをしている男もいる。

 その内の一人が前に進み出た。ユエは覚えていないが、この男、実はハジメ達がキャサリンと話しているとき冒険者ギルドにいた男だ。

 

「香織ちゃんに、ユエちゃんとシアちゃんで名前あってるよな?」

「? ……合ってる」

 

 何のようだと鬱陶しそうに目を細めるユエ。シアは、亜人族であるにもかかわらず。「ちゃん」付けで呼ばれたことに驚いた表情をして、香織は困った様に、彼らのセリフを予期して苦笑する。

 ユエの返答を聞くとその男は、後ろを振り返り他の男連中に頷くと覚悟を決めた目でユエを見つめた。他の男連中も前に進み出て、香織達の前に出る。

 

 そして……

 

「「「「「「香織ちゃん、甘えさせてください!!」」」」」」

「「「「「「ユエちゃん、俺と付き合ってください!!」」」」」」

「「「「「「シアちゃん! 俺の奴隷になれ!!」」」」」」

 

 つまり、まぁ、そういうことである。各々への口説き文句が異なるのはシアが亜人だから。通常は奴隷の譲渡は主人の許可が必要だが、昨日の宿でのやり取りでシアとハジメ達の仲が非常に近しい事が周知されている様で。

 まず、シアから落とせばハジメも説得しやすいだろう……とでも思ったのかもしれない。なお、宿でのことは色々インパクトが強かったせいか、奴隷が主人に逆らうという通常の奴隷契約では有り得ない事態についてはスルーされているようで。

 でなければ、早々にシアが実は奴隷ではないとバレているはずである。契約によっては拘束力を弱くすることもできるが、そんな事をする者はいないからだ。

 

 で、告白を受けた香織達はというと……

 

「……香織、シア。道具屋はこっち」

「んー、そうだね。色々あるから目移りしちゃう」

「あ、はい。一軒で全部揃うといいですね」

「ちょっ、ちょっと待ってくれ! 返事は!? 返事を聞かせてく『『断る(ります)』』『ごめんなさい、ハジメを裏切る気はないの』……ぐぅ……」

 

 三人のまさに眼中にないという態度に、男は呻き、何人かは膝を折って四つん這い状態に崩れ落ちた。しかし、諦めが悪い奴はどこにでもいる。まして、香織とユエ、シアの美貌は他から隔絶したレベルだ。多少、暴走するのも仕方ないといえば仕方ないかもしれない。

 

「なら、なら力づくでも俺のものにしてやるぅ!」

 

 暴走男の雄叫びに、他の連中の目もギンッと光を宿す。三人を逃さないように取り囲み、ジリジリと迫っていく。

 そして遂に、最初に声を掛けてきた男が、雄叫びを上げながらユエに飛びかかった。香織は彼を見て。「あっ、ルパ○ダイブ!」と呟いたが。

 直後、男は蹴り上げられ宙を舞い「グペッ!?」と情けない悲鳴を上げ、仰向けの状態で地面に転がるル○ンダイブの男。

 そこには、見事な構えを見せているシアの姿があり、「ユエさんには指一本触れさせないですぅ〜っ!」と吼えていた。

 周囲の男連中は、○パンダイブの男が蹴られた瞬間が見えず、戸惑っていたが、シアは手加減して顎を蹴り上げただけの話である。

 ユエは、ツカツカと仰向けで倒れる男のもとへ歩み寄った。周囲には、シアの実力に驚愕の表情を見せながらも、我こそ第二の○パンなり! と言わんばかり身構えている男連中がいる。なので、ユエは、見せしめをすることにした。

 

「ユ、ユエちゃん。いきなりすまねぇ! だが、俺は本気で君のことが……」

 

 ユエは手を翳す。そして、魔力を収束させ……男の股間に向けた。

 

「あ、あの、ユエちゃん? ……僕の股間に何か用ですか?」

 

 嫌な予感が全身を襲い、男が冷や汗を浮かべながら「まさか、ウソだよね? そうだよね? ね?」という表情でユエを見つめる。そんな男に、ユエは僅かに口元を歪める。

 

「……狙い撃つ」

 

 そして、風の礫が連続で男の股間に叩き込まれた。

 

 ──── アーーーッッッ♂!! 

 ──── もうやめてぇー 

 ──── おかぁちゃーん! 

 

 男の悲鳴が昼前の街路に響き渡る。こいーん、こいーん、こいーんと擬音が聞こえて来る様な様で、執拗に狙い撃ちされる男の股間。きっと中身は、デン○シーロールにより初見殺しされたボクサーのように延々と右左に翻弄されていることだろう。

 その惨劇(喜劇)に周囲の男は、囲んでいた連中も、関係ない野次馬も、近くの露店の店主も関係なく崩れ落ちて自分の股間を両手で隠した。

 やがて永遠に続くかと思われた集中砲火は、男の意識の喪失と同時に終わりを告げた。一撃で意識を失わせず、しかし、確実にダメージを蓄積させる風の魔法。まさに神業である。ユエは人差し指の先をフッと吹き払い、置き土産に言葉を残した。

 

「……漢女(おとめ)になるがいい」

 

 この日、一人の男が死に、第二のクリスタベル、後のマリアベルちゃんが生まれた。彼は、クリスタベル店長の下で修行を積み、二号店の店長を任され、その確かな見立てで名を上げるのだが……それはまた別のお話。

 

 そして。ユエに、〝股間スマッシャー〟という二つ名が付き、後に冒険者ギルドを通して王都にまで名が轟き、男性冒険者を震え上がらせるのだが、それもまた別の話だ。

 香織達は、畏怖の視線を向けてくる男達の視線をさらっと無視して買い物の続きに向かった。道中、女の子達が「ユエお姉様……」とか呟いて熱い視線を向けていた気がするがそれも無視して買い物に向かった。

 それからしばらくして香織達が宿に戻ると、ハジメと双葉もちょうど作業を終えたところのようだった。

 

「お疲れさま〜。疲れてない、三人とも?」

「何か町中が騒がしそうだったが、何かあったか?」

 

 出迎えた二人がそう聞くのは。どうやら、先の騒動を感知していたようである。

 

「……問題ない」

「あ~、うん、そうですね。問題ないですよ」

「一人の男が漢女(おとめ)にクラスチェンジしたくらいじゃないかなー?」

 

 服飾店の店長が化け物じみていたり、一人の男が天に召されたりしたが、概ね何もなかったと彼女らは流す。そんな様子に、ハジメは少し訝しそうな表情をするも。苦笑して状況を察した双葉を見て、まぁいいかと肩を竦めた。

 

「必要なものは全部揃ったか?」

「……ん、大丈夫」

「ですね。食料も沢山揃えましたから大丈夫です。にしても宝物庫ってホント便利ですよね~」

「双葉に作ってもらうか? 簡単なのなら作れるんだろ?」

「素材があればね。たぶん作れるよ」

「ほんとですか!?」

 

 ハジメは、買い物にあたって。‘宝物庫の指輪’を預けていた。その指輪を羨ましそうに見やるシアに、ハジメは苦笑いする。今のハジメの技量で宝物庫を作成出来なかったが、双葉は亜空間魔術を使用してそれよりも規模の小さなものならば作成できる。それらが便利であることは確かなので、頼まれるなら双葉は作ると三人に言っていた。

 

「さて、シア。こいつはお前にだ」

「ステゴロで戦うにも手数の暴力を活かすよりも……一撃に重きを乗せることも大事だからね」

 

 そう言ってハジメはシアに直径四十センチ長さ五十センチ程の円柱状の物体を渡した。青銀色の円柱には側面に取っ手のようなものが取り付けられている。

 ハジメが差し出すそれを反射的に受け取ったシアは、あまりの重さに思わずたたらを踏みそうになり慌てて身体強化の出力を上げた。

 

「な、なんですか、これ?」

「そりゃあな、お前用にこさえた大槌だからな。重いほうがいいだろう」

「へっ、これが……ですか?」

 

 シアの疑問はもっともだ。円柱部分は、槌に見えなくもないが、それにしては取っ手が短すぎる。何ともアンバランスだ。

 

「ああ、その状態は待機状態だ。取り敢えず魔力流してみろ」

「えっと、こうですか? うわッ!?」

 

 言われた通り、槌モドキに魔力を流すと、カシュン! カシュン! という機械音を響かせながら取っ手が伸長し、槌として振るうのに丁度いい長さになった。

 この大槌型アーティファクト:ミョルニルは、幾つかのギミックを搭載したシア用の武器だ。魔力を特定の場所に流すことで変形したり内蔵の武器が作動したり……そして。

 

「シア、それに魔力を強めに流してみて。あっその前に……」

 

 双葉が結界を張り、そして仮想敵なのかカカシを設置する。

 

「これでヨシ。魔力を強く流し込んで全力で振りかぶる、ほい、やってみなさい」

「は、はい! んぅぅぅ〜っ、やぁっっ!!」

 

 多量の魔力が流し込まれ蓄積したミョルニルは金色の魔力を放出して、カカシに叩き付けられる。そして……バリバリバリバリッッッ!! と、雷があたりに放出された。

 

「はわっ!? なんですかこれぇ!?」

「成功。あたしの魔力操作で雷の魔力を収束、放出できるように改良した‘サンダークラップ鉱石’が機能してるのよ」

「これ、食らったらだいたいの生物死滅するんじゃねぇか?」

「反対側で殴ると回復魔法が使えるからね。逸話通りよ」

 

 ニヤリと笑う双葉に苦笑する、ハジメの済ませておきたいこととは、この武器の作成だったのだ。午前中、ユエ達が買い物に行っている間に、改めてシア用の武器を作っていたのである。

 

「今の俺達にはこれくらいが限界だが、腕が上がれば随時改良していくつもりだ。これから何があるか分からないからな。双葉とユエのシゴキを受けたとは言え、たったの十日。まだまだ、危なっかしい。その武器はお前の力を最大限生かせるように考えて作ったんだ。使いこなしてくれよ? 仲間になった以上勝手に死んだらぶっ殺すからな?」

「ハジメさん……ふふ、言ってることめちゃくちゃですよぉ~。大丈夫です。まだまだ、強くなって、どこまでも付いて行きますからね!」

 

 そう、はしゃぐシアを連れながら、宿のチェックアウトを済ませる。未だ、宿の女の子がハジメ達を見ると頬を染めるが無視だ。

 外に出ると太陽は天頂近くに登り燦々と暖かな光を降らせている。それに手をかざしながらハジメは大きく息を吸った。振り返ると、ユエとシアが頬を緩めてハジメを見つめている。

 

 ハジメは皆に頷きかけると、スっと前に歩みを進めた。双葉達もそれに追従するのだった。

 

 ──

 

 to be continued .



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

峡谷の迷宮

 □Noside

 

 死屍累々──そんな言葉がピッタリな光景がライセン大峡谷の谷底に広がっていた。ある魔物は頭部を地面にめり込ませ、その頭部を黒焦げにされている。またある魔物は頸を滑らかに裂かれ地に横たわる。

 頭部を粉砕され。あるいは眼窩を抉られ、脳髄が後頭部にぽっかりと穴空く様に飛び出ている魔物の死骸もある。その死に方は様々だが、一方的にそして何よりそれらは一様に‘一撃’で絶命させられている。

 当然、この世の地獄、処刑場と様々な語彙でトータスの人々に恐れられている。このライセン大峡谷で、こんなことが出来るのは……

 

「一撃必殺ですぅ!」

 

 ゴパンッ! 

 

 風さえも砕きうる轟音と共に大戦鎚が振り下ろされ、哀れな魔物はその大質量と地にサンドイッチにされて致命傷を負い、それと同時にドカンと雷鳴が轟く。

 すると、地を走る稲妻が。あたりに群がっていた魔物の身体を貫き、感電させ。それによる神経回路を焼かれたことにより生命機能を停止、絶命する。

 

「……邪魔」

 

 ゴヒュウッ! 

 

 引き金を引き、飛翔した槍の穂先が魔物を貫く。そして、その射線上にいた走り寄る複数の魔物をその穂先が着弾した地点で強烈な爆風が発生。後続の魔物達を易々と吹き飛ばし、槍に光が募ると無くなったはずの穂先が再装填される。

 これは双葉が作ったアーティファクトの‘爆砕ショットランサー(ブリューナク)’で、引き金を引くことで穂先が射出され遠距離対象を突き穿ち貫通する。そして着弾すると穂先に仕込まれていた雷管により、内部に詰められている燃焼石に引火して激しい爆発を引き起こすのだ。

 そして次弾はユエの‘簡易宝物庫’から再装填される仕組みで、残弾がある限りは何度でも撃つことが可能だ。

 

「うぜぇ」

「ここまで数が多いと辟易するねー」

「まぁ、数だけが取り柄なのは救い……でもないな。ウゼェだけだ」

 

 ドパンッ! ドウッ! 

 

 ぼやきながらドンナーの引き金を引くハジメ。周囲を警戒しつつ、香織も銃声を峡谷にこだまさせる。

 

「文句言ってる暇ないわよー」

 

 ズパンッ! 

 

 間延びした声を出しつつもその槍捌きはとうとう音速を超えて。目で追うのも一苦労な迅撃、ひと薙ぎすれば真空刃が発生して、豪快に魔物をまとめて両断する。

 

 ……言わずもがな、ハジメ達であった。彼らはブルックの町を出た後、魔力駆動二輪を走らせて、かつて通った【ライセン大峡谷】の入口にたどり着いた。そして現在は、そこから更に進み、野営もしつつ

 現在は【オルクス大迷宮の転移陣】が隠されている洞窟も通り過ぎて、更に二日ほど進んだあたりにいた。

 

 峡谷では、相変わらず懲りもしない魔物達がこぞって襲ってくる。が、圧倒的戦闘能力を活かして双葉とシアが前面に立ち、ハジメたちの消耗を抑えるように行軍していた。

 

「ほい、そこぉ!」

「了解ですぅ〜っ!」

 

 双葉が指示を出して右手に持っていた槍を投げる。‘幻影魔槍術・投影’。それはヴァルキリーが使う魔術の一つであり、投擲して発動。槍の着弾地点に蜃気楼を発生させる。すると、効果範囲内にいた魔獣の類は視覚を狂わされてしまう。

 また、嗅覚と聴覚も潰されるのでその場をふらふらと歩き続けるしかできない状態へと陥る。ちなみに、格下相手には絶対成功するので結構な初見殺しである。

 

 シアの大槌がその絶大な膂力をもって振るわれ文字通り一撃必殺となって魔物を蹴散らし潰し。その攻撃を受けた魔物は自身の耐久力を遥かに超えた衝撃や雷撃に為す術もなく。

 潰され、灼かれて絶命する。シアの持つ大鎚の威力は、地球での御伽噺に出る「餅つきウサギ」も真っ青な破壊力である。

 そんなシアと魔術によってサポートする双葉の活躍によって、谷底に跋扈する地獄の猛獣達が完全に雑魚扱いだった──大迷宮を示す何かがないかを探索しながら片手間で皆殺しにして行く。彼らの征く道中には魔物の死体が溢れかえっていた。

 

「はぁ~、ライセンの何処かにあるってだけじゃあ、やっぱ大雑把過ぎるよなぁ」

「でも現状はこうするしかないんだよねぇ」

「ん……手記の手がかりだけじゃ少ない」

 

 洞窟などがあれば調べようと、注意深く観察はしているのだが、それらしき場所は一向に見つからない。ついつい愚痴をこぼしてしまうハジメに相槌を打ちながら銃撃と爆撃を行うのは香織とユエ。そこへ暴れに暴れ、掃討を終わらせた双葉とシアが合流する。

 

「まぁ、大火山に行くついでなんですし、見つかれば儲けものくらいでいいじゃないですか。はぁ、疲れましたぁ〜っ」

「まぁ、そうなんだけどよ」

「大火山の迷宮を攻略すれば、手がかりも見つかるかもしれないしね〜。この辺で野営する? そろそろ日も暮れて来たし」

「さんせー。ハジメ、用具出して出して」

「わかったよ、今日はここまでだ。双葉、結界頼むぞ」

「……手伝う」

「あいよー、ユエもありがとね」

「それじゃ私は火を起こしますぅ〜」

 

 谷底から見上げる空に上弦の月が美しく輝く頃、ハジメ達は野営の準備をしていた。野営テントを取り出し、夕食の準備をする。町で揃えた食材と調味料と共に、調理器具も取り出す。この野営テントと調理器具、実は全てハジメ謹製のアーティファクトだったりする。

 調理器具型アーティファクトや冷暖房完備式野営テントを作った時のハジメの無駄に洗練された無駄のない無駄な技術力で作り出されたご自慢のアーティファクト群である。

 

 そして、双葉の調理したククルー鳥のクリームスープ、ライ麦の黒焼きパンなどなど、食べ応えのある満足感あふれる夕食を終えて、その余韻に浸りながら。いつも通り食後の雑談をするハジメ達。

 テントの中にいれば、双葉とユエの貼った‘生物避け’の結界が働き、魔物も寄ってこないので比較的ゆっくりできる。ただ、完璧とは言えない……この峡谷の性質の都合上やはり結界にほつれができ、そこから寄ってくる魔物に対してはテントに取り付けられた窓からハジメが手だけを突き出し発砲して処理する。そして、就寝時間が来れば、五人で見張りを交代しながら朝を迎えるのだ。

 

 その日も、そろそろ就寝時間だと寝る準備に入るのはユエとシア、香織。最初の見張りはハジメと双葉だ。ちなみに双葉は三日間は一睡もしなくても問題はない状態にある。

 理由としてはヒト型ドラゴンへと変貌している彼女の肉体にあり、元々ドラゴンは多くの時間を睡眠に充てる。悠久の時を生きる彼らは眠ることで力を蓄える。その理由としては莫大な魔力を内包する魔力炉心たるその心臓を制御するため。

 眠っている間に大地とドラゴン自身を繋ぎ止め、龍脈と呼ばれる星の胎動にその魔力を流し込み循環させることでその土地を安定させるなどして星の守護者としての役割を果たす。

 

 神代においては当たり前。幻獣と呼ばれる神の産物達が平常的に行っていた習慣だったが、現代ではそれらは全く行われてはいない。

 神代が終わり、自然に対しての信仰が廃れて以来、その権能は自然災害として人々に牙を剥き。物理法則と呼ばれる人々が無意識に認識する共通概念が世界を統べている。

 現代地球において。ドラゴンを代表とする幻獣は姿を消し、冥界などの他の世界で生きている。

 自然災害とは、人々が自然という名の神を崇めることを忘れたことに対して起こるモノ。現代においても、人が制御できないものである事を悠然と示していた。

 

 そして、なぜ双葉が睡眠を必要としないのか。それは先述の魔力炉心と化した彼女の心臓にある。二天龍の因子を持つヒト型ドラゴンの双葉はいわば彼らの特性を兼ね備えるハイブリッド体。倍化と半減。この性質が双葉の魔力属性‘調和’によって均衡が保たれているために……常に莫大な魔力を垂れ流しているのだ。

 ‘調和’の魔力はどんな世界にも循環させることが可能なため、双葉は‘歩く龍脈’と化していて。この異世界を双葉の魔力が循環していき、訪れる土地は少しだけ豊かになる……双葉は無意識にこの世界に貢献していたりする。

 そして、それだけ放出してもなお尽きない魔力のせいで彼女の生命活動時間がほぼほぼ無限になっていて、疲れも知らない状態にある。

 そのため、疲労回復のための眠気を感じれなくなっており……眠ることができなくなっているのだった。

 

 さて、テントの中にはふかふかの布団があるので、野営にもかかわらず快適な睡眠が取れる。と、布団に入る前にシアがテントの外へと出ていこうとした。

 

 訝しそうなハジメに、シアがすまし顔で言う。

 

「ちょっと、お花摘みに」

「谷底に花はないぞ?」

「そういう事を言うんじゃないの」

「イッてぇっ!?」

 

 ゴスッ! ドシンッ! 

 

 ハジメのデリカシーのない発言に双葉がゲンコツをかまし、彼の頭が地面に埋まる。すまし顔を崩しキッと彼を睨みつけていたシアも、その様に流石に真顔で同情した。

 なお、ハジメはもちろん意味がわかっていたので揶揄いたくなったための冗談だったが双葉には通じなかったようである。

 

「んむぐぐ! ぶはっ! ……はぁ、はぁ……窒息すると思った」

「だ、大丈夫ですか?」

「大丈夫だ、二人ともすまん……流石にデリカシーに欠けてたわ」

 

 じたばたともがき頭を自力で引っこ抜いて、這々の体で土まみれになった顔で素直に謝るハジメにシアはオロオロしつつも別にいいですよ、と。そしてその場を後にしていった。

 

「分かればよろしい。まぁ痛いだけで生命力は失わなかったでしょ?」

「そう言う問題じゃねえわ! まぁ、手加減はしてくれたみたいだが……」

「手加減してないならハジメの頭は割れたスイカみたいになるって」

「それもそうか? まぁ、悪かったな」

 

 いいわよ、と双葉はハジメに応じていたその直後。「ハ、ハジメさ~ん! 大変ですぅ! こっちに来てくださぁ~い!」と、シアが大声を上げる。何事かと、ハジメと双葉は顔を見合わせてシアの声がした方へ行く。

 と、そこには。巨大な一枚岩が谷の壁面にもたれ掛かるように倒れおり、壁面と一枚岩との間に隙間が空いている場所があった。

 そこでシアは興奮冷めやまぬような雰囲気でぶんぶんと両手を振ってアピールしていた

 

「こっち、こっちですぅ! 見つけたんですよぉ!」

「わかったから、取り敢えず引っ張るな」

「落ち着いてくれないと、何にそんなに興奮してるのかわかんないんだけど」

 

 はしゃぎながらハジメと双葉の手を引っ張るシアに、ハジメは少し引き気味だった。そして、彼女に導かれて岩の隙間に入ると、壁面側が奥へと窪んでおり。

 意外なほど広い空間が存在した。そして、その空間の中程まで来ると、シアが無言で、しかし得意気な表情でビシッと壁の一部に向けて指をさした。

 

 その指先をたどって視線を転じるハジメと双葉は、そこにあるものを見て「は?」と思わず呆けた声を出し目を瞬かせた。

 

 二人の視線の先、其処には、壁を直接削って作ったのであろう見事な装飾の長方形型の看板があり、それに反して妙に女の子らしい丸っこい字でこう掘られていた。

 

『おいでませ! ミレディ・ライセンのドキワク大迷宮へ♪』

 

 文字が妙に凝っている所が何とも腹立たしい。

 

「……なんじゃこりゃ」

「……めっちゃチャラいんですけど」

 

 ハジメと双葉の声が重なる。その表情は、「混沌としたものを見つけた」という表現が似合うかもしれない。二人共、呆然と地獄の谷底には似つかわしくない看板を見つめている。

 

「何って、入口ですよ! 大迷宮の! おトイ……ゴホッン、お花を摘みに来たら偶然見つけちゃいまして。いや~、ホントにあったんですねぇ、ライセン大峡谷に大迷宮って」

 

 能天気なシアの声が響く中、ハジメと双葉は何とも言えない表情になり、困惑しながら顔を見合わせた。双葉は訝しそうにその石板を眺めている。

 

「……双葉、これが……マジだと思うか?」

「まぁ……そうね、マジじゃないかなって」

「根拠はやっぱ‘’ミレディ”か?」

「うん、そだね」

 

 双葉は何とも言い難いと、その顔を困惑に染めている。「ミレディ」……その名は、オスカーの手記に出て来たライセンのファーストネームだ。ライセンの名は世間にも伝わっており有名ではあるが、彼女の名前は知られていない。故に、その名が記されているこの場所がライセンの大迷宮である可能性は非常に高かった。

 

「神経が苛立つな、これは」

「やってみせろよ、マフティー!」

「それはガウマンだろうが」

 

 思わず溢れたネットミームに即座に反応した双葉のボケを捌きつつ、ハジメとしてはオルクス大迷宮の内での数々の死闘を思い返し、きっと他の迷宮も一筋縄では行かないだろうと想像していた。

 しかしこの雰囲気から見て、否応なくハジメを脱力させるものだった。ふざけたやり取りをしながらも双葉も、大迷宮の過酷さを骨身に染みて理解しているだけに……若干表情が強張っている。また、「こんなチャラいのが迷宮なのか?」と彼女の内心には渦巻いている。

 

「でも、入口らしい場所は見当たりませんね? 奥も行き止まりですし……」

 

 そんなハジメとユエの微妙な心理に気づくこともなく、シアは、入口はどこでしょう? と辺りをキョロキョロ見渡したり、壁の窪みの奥の壁をペシペシと叩いたりしている。

 

「おい、シア。あんまり……」

 

 ガコンッ! 

 

「ふきゃ!?」

 

 ハジメの警告。「あんまり不用意に動き回るな」そう言おうとしたその眼前で、シアの触っていた窪みの奥の壁が突如グルンッと回転し、巻き込まれたシアはそのまま壁の向こう側へ姿を消した。さながら忍者屋敷の仕掛け扉だ。

 

「「……うそん」」

 

 やはり、ライセンの大迷宮はここにあるようだ。まるで遊園地の誘い文句の様な入口にハジメと双葉は、顔を見合わせて溜息を吐く。そして、消えたシアと同じように回転扉に手をかけた。

 扉の仕掛けが作用して、二人を同時に扉の向こう側へと送る。中は真っ暗だった。扉がグルリと回転し元の位置にピタリと止まる。と、その瞬間に。

 

 ヒュヒュヒュ! 

 

 無数の風切り音が響いたかと思うと暗闇の中をハジメ達目掛けて何かが飛来した。ハジメの〝夜目〟はその正体を直ぐさま暴く。それは矢だ。全く光を反射しない漆黒の矢が侵入者を排除せんと無数に飛んできているのだ。

 双葉が即座に反応し、ガングニールを振り回して飛来するものをはたき落とす。それらは本数にすれば二十本。一本の金属から削り出したような艶のない黒い矢が地面に散らばり、最後の矢が地面に叩き落とされる音を最後に再び静寂が戻った。

 

 と、同時に周囲の壁がぼんやりと光りだし辺りを照らし出す。ハジメ達のいる場所は、十メートル四方の部屋で、奥へと真っ直ぐに整備された通路が伸びていた。そして部屋の中央には石版があり、看板と同じ丸っこい女の子文字でとある言葉が掘られていた。

 

 “ビビった? ねぇ、ビビっちゃった? チビってたりして♪ (*ノ∀`)ノ゙))アヒャヒャ”

 “それとも怪我した? もしかして誰か死んじゃった? …… (*ˊ艸ˋ)”

 

「「……」」

 

 ハジメと双葉の内心はかつてないほど一致している。すなわち「うぜぇ~」と。わざわざ、「アヒャヒャ」と「イヒヒ」の部分だけ彫りが深く強調されているのが余計腹立たしい。特に、パーティーで踏み込んで誰か死んでいたら、間違いなく生き残りは怒髪天を衝くだろう。

 ハジメも双葉も、額に青筋を浮かべてイラッとした表情をしている。そして、ふと思い出したように呟いた。

 

「あれ? ……シアは?」

「あ」

 

 双葉の呟きでハジメも思い出したようで、慌てて背後の回転扉を振り返る。扉は、一度作動する事に半回転するので、この部屋にいないということは、ハジメ達が入ったのと同時に再び外に出た可能性が高い。結構な時間が経っているのに未だ入ってこない事に嫌な予感がして、ハジメは直ぐに回転扉を作動させに行った。

 

 果たしてシアは……いた。回転扉に縫い付けられた姿で。

 

「うぅ、ぐすっ、ハジメざん……見ないで下さいぃ~、でも、これは取って欲しいでずぅ。ひっく、見ないで降ろじて下さいぃ~」

 

 何というか実に哀れを誘う姿だった。シアは衣服のあちこちを射抜かれて非常口のピクトグラムに描かれている人型の様な格好で回転扉に固定されていた。あの仕掛けを間一髪で躱した様ではあるが。

 ウサミミが稲妻形に折れ曲がって矢を避けており、明らかに無理をしているようでビクビクと痙攣している。もっとも、シアが泣いているのは死にかけた恐怖などではないようだ。なぜなら……足元が盛大に濡れていたからである。

 

「そう言えば花を摘みに行っている途中だったな……まぁ、何だ。よくあることだって……」

「あ゛りま゛ぜんよぉ! うぅ~、どうして先に済ませておかなかったのですかぁ、過去のわたじぃ~!!」

「後悔は先を走ってくれることはないからねぇ……じっとしてね」

 

 女として絶対に見られたくない姿を、よりにもよって惚れた男の前で晒してしまったことに滂沱の涙を流すシア。双葉の手を借りながらようやっとおろしてもらった彼女のウサミミもペタリと垂れ下がってしまっている。なお呆れた表情を向けているハジメの様子に。それがシアの心を更に抉っていた。

 

 シアは自身の〝宝物庫〟から着替えを出して、顔を真っ赤にしながらも手早く着替えていた。

 そして、シアの準備も整い、いざ迷宮攻略へ! と意気込み奥へ進もうとして、シアが石版に気がついた。

 

 顔を俯かせ垂れ下がった髪が表情を隠す。しばらく無言だったシアは、おもむろにミョルニルを取り出すと一瞬で展開し、渾身の一撃を石板に叩き込んだ。ゴギャ! という破壊音を響かせて粉砕される石板。

 よほど腹に据えかねたのか、親の仇と言わんばかりの勢いで大槌を何度も何度も振り下ろした。

 すると、砕けた石板の跡、地面の部分に何やら文字が彫ってあり、そこには……

 

 “ざんね~ん♪ この石板は一定時間経つと自動修復するよぉ~ꉂꉂ(*´∇`*)ケラケラ”

 

「ムキィ──!!」

 

 シアが遂にマジギレして雷撃を地に奔らせながらミョルニルを振い始めた。部屋全体が小規模な地震が発生したかのように揺れ、途轍もない衝撃と破裂音が何度も響き渡る。

 発狂するシアを尻目にハジメはポツリと呟いた。

 

「ミレディ・ライセンだけは解放者云々関係なく、人類の敵で問題ないな」

「……まぁ、そうね」

 

 どうやらライセンの大迷宮は、オルクス大迷宮とは別の意味で一筋縄ではいかない場所のようだった。

 

 ──

 

 to be continued .



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

ライセン迷宮 激闘編/前編

 ■双葉side

 

 襲いかかってきたブリキの兵隊もとい‘騎士甲冑像’たちを相手にあたしとシアが前線を構築する運びとなるのは自然だった。

 そりゃそうだ、アレら。なんだかんだ‘纒雷’なしとはいえ対戦車ライフルよりも高い威力のドンナーやデュランダルを食らっても、構築している一部が吹き飛ぶだけで済むほどの‘頑強さ’だ。

 ちなみに、擬/赤龍帝の籠手(シャドウ・ブーステッド・ギア)を左手に顕現させつつ、10秒刻みで倍加させるがまだまだ溜める。

 

「数が多いのもそこそこ厄介、ね!」

 

 ‘倍加(Boost)ッ!!’

 

 斬り掛かってきた甲冑像の握る。あたしの身長ほどの大剣をガングニールの面で受け流し、カウンター気味に空いてる左手でぶん殴る。それだけでピンボールのように頭がすっ飛んでいくのだが、すぐに再構築されて頭が戻る。

 そのお陰様で、あっちこちには騎士甲冑の残骸が散乱するごちゃごちゃした戦場になっているわけなのだが。

 

 ‘倍加(Boost)ッ!!’

 

 袈裟斬りに振り下ろし、転身しつつ下段から薙ぎ払うように振り上げ。加えて‘ダークリパルサー’によるオーラ砲で至近に迫った甲冑像の胸部に穴あけて貫き、射線を通す。

 

「1……5体か。面倒だし、試したいこともあるし。──やるか!」

 

 ‘倍加(Boost)ッ!! ──Explosionッ!! 

 

 籠手の倍加を8倍で止める。そして解放! ステータスが爆上がりして噴き出すオーラもここまでくると暴風となる。暴れる髪を無視してあたしはそれを行使すべく体制を整えた。

 亜空間にガングニールをしまい、オーラを練り上げて右手に宿す。無垢なる銀(イノセント・シルヴァ)には‘オーラとの親和性が高い’性質がある。たしかに内部機構として幾つか機能を盛り込まれているが、‘外付け’の「技」を取り込ませることもできる。

 

「無理を通して、道理を蹴飛ばす! 二重螺旋に乗せて道を拓く! あたしを誰だと思ってやがる! いくよ──」

 

 漏れ出て、膨れ上がった龍のオーラを円錐に、螺旋を刃のように……! そう、衝角。‘ドリル’といえばこの技!! 

 肥大化していくソレは限りなく真紅を超えた赫の色、輝き呻る‘ドリル’に左手を添えて両足を踏ん張り足を溜める。そして、その身を弾き出すように踏み込む! 

 

「ギガぁあ……ドリルうぅぅぅ──ブレイクううぅぅぅぅ!!」

 

 ‘爆縮地’によるその名の通り暴虐な加速に加えて魔力放出によるブースト加速。最短でまっすぐ一直線に! 集団の中を突っ切るようにあたしは突き抜けた。

 

 ごばぁん! 

 

 音速を超えてあたしが動いたことによって発生した衝撃波(ソニックブーム)の轟音。そしてその余波で貫いた甲冑像に加えて数体がぺちゃんこになっていた。

 しかし、すぐに再構築されていく……こともない。そりゃそうだ。

 

 ここまで戦ってきて導き出した答え。それはこいつら、騎士甲冑像は欠損して、欠けた‘重さ’をトリガーに再構築が開始される。

 叩き割られて腕がもげるとその質量分、この部屋にあるなんらかの仕掛けで失った分の‘重さ’になるまで復元、修復される。

 そこで、試しにやった‘ギガドリルブレイク’の結果。まぁ再構築不可能なくらいに原子崩壊(バラバラ)させられた5体はともかく、衝撃波によるダメージでぺちゃんこになった奴らも再構築されていない。そりゃ欠損してるわけでもないし、重さが少々小さくなった程度だろう。

 

「見破った! シアはとにかくぺちゃんこに潰しにかかりなさい! ハジメ、部位が欠損するとその分の質量を復元するみたいだよ!」

「了解ですぅ! 寸胴にしてあげましょう!」

「なるほどな、つまり重さを変えないように潰せばいいのか」

 

 ハジメがドンナーで甲冑像を蜂の巣にして露払いしつつ、豪脚による蹴り技主体の動きにシフトしていく。「やぁぁ!!」と殴りかかるシアの一撃で頭を鎧の中に埋め込まれて視界が切れた甲冑像を横殴りで薙ぎ払われたそれが密集していた甲冑像の元に弾き飛ばされて、さながらボーリングのピンみたいになっていた。

 

 あたしも徒手に切り替えて、一体の甲冑像をむんずとその足首掴むと。どう、とそれを棍棒代わりに振り回す。同じ素材同士なのでそりゃ片割れはぶっ壊れたりするけど再構築されるから何度でも新品になるからけっこういいわね。

 

 大槌による一撃で潰され、ハジメの蹴りや頑丈な銃身での打撃。あたしのメチャクチャな打撃でべこべこにされていく甲冑像たちは足を空洞の体内に物理的捩じ込まれたりと動けなくなる事案が多々発生。その結果数分後にはミレディご自慢のゴーレム集団は再起不能にされていた。

 ハジメが祭壇のパズルを解き、門と形容すべきその扉を押し開ける……が。その部屋は飾りも何もないただの四角い空間だった。

 

「再生できなけりゃそこまでの脅威にはならねぇな。さて、ここが最後の部屋か?」

「どうだろ、これも仕掛けな気がするけど」

「何処まで人を馬鹿にすれば気が済むんですかぁ、ミレディ・ライセン!」

「……シア、落ち着く」

「リラックス、リラックス」

 

 シアの悲鳴が聞こえた気もするが気のせいだ。やけに艶っぽい、色っぽいものな気がするが、無視だ無視。気を取り直し、あたしたちがそこに入ると……

 内心で一番あり得る可能性が的中したのか、あるいはフラグだったのか。もう、うんざりする程聞いているあの音がこの部屋に響き渡った。

 

 ガコン! 

 

『!?』

 

 仕掛けが作動する音と共に部屋全体がガタンッと揺れ動いた。そして、あたし達の体に横方向からのGがかかる。それと同時にあたしはそれに付き合う義理はないのでとある準備を進めることにした。

 

「何!? なんですかぁ!?」

「この部屋自体が移動してるのか!?」

「……そうみたッ!?」

「ふきゃん!?」

「やれやれだわ」

 

 縦横無尽、上下左右。あっちこっちに振り回される皆を尻目にあたしは倍加を重ねる。いい加減イラついてきていたの盤面をひっくり返してやろうと思ったのだ。と言うか、あたしたち以外で此処の攻略なんてできるわけがないだろう。

 きっかり40秒の、およそ16倍加で一旦止めて。部屋も同時にピタッと止まった感覚を覚える。慣性保存の法則はどうした、とツッコミたいがその労力を割くのも面倒だ。

 

 そこにある扉に手をつき、部屋の中で振り回されたのがシアだけだったのが救いかな? 実際、ハジメが靴の底にスパイクを作り出して香織とユエを両脇に抱き抱えてるから。

 

「うぇっぷ……気持ち悪いですぅ……」

「ゲロインにはなりたくないわよね、ほら酔い覚ましよ」

 

 地球から持ってきていた酔い止めをシアに飲ませておき。とりあえず扉を押し開ける。そこは……

 

「……何か見覚えないか? この部屋」

「……シアちゃんがぶっ潰してた部屋だよね? 名残を感じるんだけど」

「ん……最初の部屋に似てる、特にあの石板の位置」

 

 扉を開けた先は、別の部屋に繋がっていた。その部屋は中央に石板が立っており左側に通路がある。見覚えがある。いや、これ。

 

「似てるじゃないですよ、最初の部屋……ですよぉ!?」

 

 シアが、思っていても口に出したくなかった事を言ってしまう。だが、確かに、シアの言う通り最初に入ったあのウザイ文が彫り込まれた石板のある部屋だった。

 よく似た部屋ではない。それは、扉を開いて数秒後に元の部屋の床に浮き出た文字が証明していた。

 

 ‘ねぇ、今、どんな気持ち?’

 

 ブヂッ……ナンノオトカナー

 

 ‘’苦労して進んだのに、行き着いた先がスタート地点と知った時って、どんな気持ち? ねぇ、ねぇ、どんな気持ち? どんな気持ちなの? ねぇ、ねぇ、どんな気持ち?”

 

「「「……」」」

「双葉ちゃん、ステイ。ステイね?」

「ふふふ、大丈夫、まだ、怒ってないから」

「あっ(察し」

 

 ハジメ達の顔から表情がストンと抜け落ちる。能面という言葉がピッタリと当てはまる表情だ。シアはふふふ、と笑い始め。ユエは何も言わないが若干魔力を迸らせて不機嫌な雰囲気に。そんな感情豊かな三人が微動だにせず無言で文字を見つめている。あたし? 香織に宥められて落ち着いている。すると、更に文字が浮き出始めた。

 

 “あっ、言い忘れてたけど、この迷宮は一定時間ごとに変化します。いつでも、新鮮な気持ちで迷宮を楽しんでもらおうというミレディちゃんの心遣いです。(^^)”

 “嬉しい? 嬉しいよね? お礼なんていいよぉ! 好きでやってるだけだからぁ! (^ν^)”

 “ちなみに、常に変化するのでマッピングは無駄ですケド、ひょっとして作っちゃった? 苦労しちゃった? 残念! m9(^Д^)プギャー”

 

 その文字で誰かがキレる、前に。

 

「よーし、ここまであたしたちをコケにしたんだ。もう我慢の必要もないでしょう」

 

 あたしは右手を掲げ、今まで使わなかった魔力を宿して。

 

「これは我が怒りを代行する剣である」

 

 トリガーとなる言葉を唱えると光が灯る。右手は燦々と、爛々と輝く。空間が震え、嘶く。

 

「なっ、香織。障壁をたのむ!」

「あー、うん。双葉さんめっちゃ、ブチギレしてるねクォレは」

「な、何をするんですかぁ!?」

「……やばいわよ」

 

 赤龍帝の籠手を右腕に添えて、溜めていた力を一気に解放……ではなく。

 

 ‘譲渡(Transfer)ッ!!’

 

 溜めていた力を全て、アガートラームに譲渡する。すると、輝きを増した義腕はその力を膨大な術式に変換した。

 無から有を──‘夢幻’から‘無限’を。

 光は右手に、左手を添えてアガートラームが分解。一筋の光へと変貌する。そして、物質に再構築されたそれは大きな鉄塊とも言うべき、私の身長よりも大きな大剣だ。

 

「其は全ての敗北を殲滅する()

「其は全ての戦いに勝利を齎す()

 

 左手でその柄を握り。足腰を落として正眼に構える。

 

「悉く、全てを打ち滅ぼさん。駆けろ、殲滅と決着の剣(フィンディアス)’」

 

 そのまま、‘突き’を放つ。数瞬ほど世界が置き去りにされたような無音。光となった大剣が閃き、世界を突き抜けていった……直後。

 

ぐごごごぅん!! 

 

 崩落の轟音と共に、土煙が晴れると世界が青くなった。天井が吹き飛び、青空が覗く。どうやら、朝になっていたらしい。

 フィンディアス。またの名を‘勝利の剣’。フレイ様の武器たるそれを参考に作り上げた‘多目的殲滅術式’だ。

 ドライグの譲渡の力を最大限に活かして。その実‘対人〜対権能’のランクまで対象を指定できる。今回は‘対城’を想定したが、こりゃオーバーキルかもなぁ。

 

 瓦礫に埋まった迷宮。一応、上に狙いをつけておいたから地下に傷はつけていない。せいぜい一階部分からその上が消滅した程度だろう。

 フィンディアスの属性は‘無窮’を持つ。直線上にある、その属性に触れた物質やら全てを‘破砕’する。無論これは敵味方関係なく巻き込むので、後ろにみんなが下がったのはきっちり確認済みだ。

 

 手にしていた大剣が粒子となり、溶け消えていくと。銀色の義腕へ元通りになっていく。しかし、やはりと言うか……

 

「ん、使った後はやっぱガタが来るわね」

「丸々1日使えないのが反動のせいだからな」

 

 擬似神経の接続に少し違和感が出ており、ぎこちない動きの義腕。また慣らす必要があるか、と思いつつシアを見やる。

 ぽかーん、と間抜け面。そりゃ常識外にも程があるわよね、迷宮を蒸発させるなんて。

 

「さて、邪魔なガラクタは全部取っ払ったし、進もうか。十全に機能していない今のうちにね」

 

 □noside

 

 迷宮そのものを破壊した双葉をみて、ハジメ、ユエとシア達はどことなくすっきりした顔をしていた。まるで憑き物が落ちたかのような、それはそれは晴れやかな顔だ。それはそうと、部屋に新たな文字が浮かび上がる。

 

 “……は? なに、なんなの?”

 

 気持ち困惑しているのは気のせいだろうか。

 

 “迷宮がなくなっちゃったぁぁぁ!?”

 

「ザマァ、ですよーだ!」

「流石に悪辣すぎたし、双葉がここまでブチギレてぶっ放すのは初めてみたぜ」

「……因果応報」

 

 カタカタと震える迷宮。どうやら再構築されそうになっているが、その速度は地を這うナメクジのように遅い。

 

 ‘こ、こんなの想定できる訳ないじゃん!? 苦労して作った迷宮が、根こそぎ吹き飛ばされるなんて! お家返してよー!!’

 

 その字を見て香織は苦笑い、双葉はなにやら違和感を覚える。

 

「って言うかなんで、リアルタイムで起こってることに反応してるのよ。コレ」

 

 そう、迷宮が破壊され。ここに居ないはずのミレディからの抗議と考えると、と文字を指差しながら双葉は思案した。

 

「……地縛霊みたいになってるんじゃね?」

「あり得なくはないかなー。私たちの知らない魔法もある訳だし」

「……ん、死霊術にもそういった物もある」

「なるほどー。つまり、ミレディ・ライセンは今の時代にも生きている訳ですね!」

「……シア、若干楽しそう?」

 

 ユエの指摘にシアはむふふ、と笑い。

 

「直接ぶん殴らないと気が済みませんので!」

「ああ、そう言うことか」

 

 ハジメの憐憫の眼差し。一番、この迷宮におちょくられていたのはシアだ。私怨も募ればなんとやら。触らぬキレウサギに祟りなし、とハジメは口を紡ぐ。

 

「なら、ご本人のところに行こうか。トラップも生きてるのは地下の方にあるやつだけだし……!」

 

 そう、双葉が言った直後。世界が震え、彼女達の前方に召喚の魔法陣が浮かび上がった。

 

「あれは……召喚魔法の」

『白いの、これは……』

『間違いない、フタバ。気をつけろこの気配は‘邪龍’だ!』

 

 擬/白龍皇の光翼(アルビオン)が自動的に顕現して、双葉に警告する。それはぬぅ、と大柄な巨体を地に、地響きと共に着地する。

 

「やれやれ、死後の世界でのんびりしてたと思えば。また、呼び出されるとはなぁ」

 

 ごきごき、首を鳴らしガリガリと頭部を掻くその鱗は漆黒、双眸は銀色に煌めく。

 肉体は強靭にして、二足で立つその姿はまるで巨人。双葉の10倍はあるだろう巨躯のドラゴンだった。

 

「テメェがエヒト君の恐る赤龍帝かぁ?」

大罪の暴龍(クライム・フォース・ドラゴン)の邪龍グレンデル……初代ベオウルフに倒された奴がなんで復活してる訳?」

「お、知ってくれてるとは自己紹介が省けて効率がいい……あん? なんで白龍皇も混じってんだよ……いや、なんで邪竜の気配がするんだ?」

 

 噛み合わない、そんな会話を尻目に。騒ぐ文字が映し出される。

 

“げぇぇ! このクソみたいな術式の気配! エヒトの介入!? 迷宮が吹っ飛んで場所が割れちゃったじゃん!”

「知らんがな。元はと言えばてめぇが双葉をキレさせたからだろうが」

 

 迷宮の崩壊はともかく。目の前に現れた明らかにヤバいやつへの対処にハジメは頭を回す。ベオウルフの名はハジメも知っている英雄の事だ。それに倒されたと言うことは悪しき存在に違いはないだろう。

 ふと皆を見ると、相対する双葉はともかく。実戦慣れしている香織とユエですら緊張感を滲ませている。大方、彼我の戦力比を見抜いたのだろうと彼は当たりをつける。

 

「とんだビッグネームが乱入してきたわねぇ」

 

 はぁぁぁ、と双葉は大袈裟に溜息を吐くと。亜空間よりガングニールを引き抜いた。

 

「どうせあたしを狙ってきたんでしょ。なら話は早いほうがいい、みんな。先に行って……足手纏いを世話する余裕ないわ」

 

 その言葉はハジメ達を思ってのことだ。どう足掻いてもまだ半人間の彼らには荷が重すぎると双葉は判断……したのだが。

 

「エヒト君の命令でこの場にいる奴は皆殺しにする必要があってなぁ、それによ。暇で暇で仕方なかったから弱いのも殺しテェんだよ」

「……悪趣味」

「同感だねぇ……で、双葉。私たちが足手纏いなの?」

 

 眉を顰めるユエ、香織は双葉を名前で呼ぶ。その貌は不満で歪んでいた。

 

「状況が変わった、ね。護りながらたたk」

 

 ドパンッ! ドンッ! 

 

「ちっ、硬ぇ。双葉、俺たちも頭数だ。全員で生き延びて地球に帰るんだろ?」

「そーそー。相手は私たちも狙うって宣言してるんだし」

「ぐっ……いいねぇ、迷いなく目を狙いやがるとは」

 

 纒雷なしの弾丸を叩き込むが、咄嗟に目を閉じたグレンデルの鱗に阻まれる。それを見て舌打ちする彼は獰猛な笑みを貼り付ける。

 

「はん、グレンデルだかなんだか知らんが俺たちの道を阻むなら……糧にしてやるよ」

「黙って邪魔されるほど弱くないつもりだしね」

「……ん、邪魔者は排除」

「こ、怖いですけど。その程度ならなんとでもやってやるですぅ!」

「ったく。どいつもこいつも……ドライグ、アルビオン。全力で行くわよ!」

『『応ッ!!』』

 

 一致団結した彼らを見て。邪龍は嗤う。漆黒のオーラは喜色を滲ませている。

 

「さぁて、遊んでくれよ。赤龍帝! あの屈辱の返上、リベンジマッチだ!」

「と言われてもあたしはあんたのこと知らないんだけどね」

「こまけえことは気にするな!」

 

 こうして、来る災厄を、跳ね除けるべく。双葉は宙を舞うのだった。

 

 ──

 

 to be continued



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

ライセン迷宮 激闘編/後半

 □noside

 

「最初から本気の本気。掛け値無しだ!」

『『我ら二天の龍、対なりし力、互いに補完せり。至るは夢幻、或いは無限っ!! いつか見た、龍神への(きざはし)へと昇ろう! 我ら、主人と共にあり!!』』

 [Welsh Dragon ×(cross) Vanishing Dragon ──二天統一の龍帝皇(Dual xceed Drive)ッ!!]

「32倍だぁぁ!」

 

 双葉は切り札たる‘D×D()’を解放してグレンデルへと立ち向かった。その出力は限界値の32倍加。身体的、精神的成長を経てその段階へと登った。

 

「その辺は古臭え赤龍帝と変わらねぇなぁ!」

「どらっしゃぁ!」

 

 双葉が穂先を叩き込まんと突き込み、それに合わせてグレンデルも拳を突き出す。重い金属音が谷に響き渡り、邪龍は仰け反りながらたたらを踏み、双葉は逆方向へ吹っ飛ばされる。

 

「互角、じゃないな。押し通せる!」

「洒落臭せぇ! この程度ジャブに決まってんだろ」

 

 双葉は空中で体勢を立て直し、壁を蹴りさらに加速しつつ、グレンデルへ再接近する。邪龍が突き出す真っ直ぐ(ストレート)を紙一重で滑る様に躱し、懐に潜り込むと。

 

「だらっしゃぁ!」

「効かねぇなぁ!」

 

 全力の蹴撃をその鳩尾に叩き込む。‘ドムン!’と音を鳴らしたそれも有効打になり得ない様だ。しかし、双葉の狙いはそこではない。

 

「触れ、たぁ! アルビオン!」

『承知!』

半減(Divide)ッ!!’

 

 触れた事で半減を喰らわす腹積り。しかし、その試みは──

 

「古臭えつってんだろぉがぁ!」

「なっ!?」

『おい、赤いの。コイツは』

『レジストされたか……』

 

 グレンデルはどういう訳かそれを跳ねとばすと、双葉は数瞬のうちに原因に辿り着く。漆黒のオーラ、つまりは‘(よこしま)なオーラ’により弾かれたのだ。

 双葉のわずかな隙を逃さず、グレンデルは顎門よりブレスを吐き出した。

 

「ちっ、やっぱ邪龍はやりにくい!」

 

 牽制のブレスと読んでいた双葉は縮地で左に飛び退き。そこへ──

 

「おい、グレンデル。お口がガラ空きだぜ!」

「鱗のないところ晒して、馬鹿なの?」

「……ん!」

 

 ハジメ達の銃火器による攻撃が叩き込まれる。特にハジメはミサイルランチャーの‘オルカン’を宝物庫より呼び出していた。回転弾倉の採用によりそれは十二連装というとんでもない火力を誇る。それをグレンデルは口に叩き込まれる訳なのだが……

 

「はんっ、そんなのろまが当たるわけね、ほげっ!?」

「油断大敵、ですぅ!」

 

 グレンデルは上体を逸らし、射線から逃れようと試みるが。そこへ回り込んでいた、後ろからシアの。ミョルニルによる痛烈な打撃が、彼の頭部を強かに打ち付ける。

 効いていないようだが、そこへダメ押しのサンダークラップ鉱石によって発生した‘放雷’による追加の衝撃でその巨体が一瞬ぐらついた。

 

「やりや、ぐのわぁ!?」

「‘縛煌鎖’。逃がさないよ!」

 

 香織の拘束魔法がグレンデルの自由を一瞬だけ奪い、ミサイルの直撃。加えてユエのショットランサー(ブリューナク)による爆雷攻撃が炸裂した。

 爆炎に飲まれ、黒々とした黒煙が晴れて。戒める鎖を引きちぎりながら邪龍は嬉々と嗤った。

 

「げははは! なかなかやる、少し効いたぞ小僧ども!」

「余裕ぶってんじゃ、ないわよ!」

「あれだけ食らってなんでそんなにピンピンしてんだよ」

 

 げんなりしつつ、内心の焦りを飲み込むハジメを他所に。グレンデルに一直線に突っ込む双葉。その右手に‘ダークネス・リパルサー’のオーラ(ブレード)を発生させながらグレンデルに躍りかかる。ガングニールを突き込み、そのまま流れるようにオーラ剣で斬りかからんとしたが。

 

「あん? そいつは嫌なオーラだな!」

「なっ、はや……きゃあっ!?」

 

 穂先を弾き、オーラ剣の斬撃を受けることを嫌がったグレンデルはその巨体から想像もつかないほどの俊敏な動きで回避しながら強かに双葉を尻尾で薙ぎ払った。

 強烈な威力、体勢を立て直すこともできず双葉は迷宮だった場所の壁に叩きつけられたのだ。肺から全ての空気を吐き出す感覚、飛びそうになる意識を唇の端をきつく、裂けることを厭わず噛み、その痛みで繋いだ。

 

「あぐっ……ちっ、やっぱり。か」

 

 ダーク・リパルサーの性質を見抜いた戦闘的な勘の良さに苛立ち、ガングニールの穂先を地に刺して伏していた双葉は起き上がる。

 

「一番やべーのはやっぱり手前だな、混ざりもん」

「……混ざりもん?」

「げっげっげっ。中途半端止まりのテメェを赤龍帝か白龍皇と同列に扱うのはちと違和感があってよぉ。覇龍も使えねぇんだろ、え?」

「……そんなのなくてもお前程度!」

「げひははっ!(・・)程度、かぁ。禁手化(バランスブレイク)にも至っていねぇ‘雑魚’を恐れるエヒト君の情けなさに嘆きを禁じえねぇなぁ」

 

 哄笑。弱者を前に、強者が嘲笑うというその明確な侮蔑。それは双葉の逆鱗を踏み抜いた。怒りに身を任せ、双葉は立ち上がった。痛覚を遮断して、よろよろと立ち上がる。

 

「取り消せ……」

 

 渦巻くドス黒いオーラが双葉より漏れて溢れかける。その眼光にその場にいた者達、グレンデル以外の者たちは凍りついた。

 

 “ナニコレ。赤龍帝……がいるの?”

「お前みたいなのに憑いてる‘赤龍帝(ドライグ)’と‘白龍皇(アルビオン)’が憐れだなぁ」

『おい、グレンデル(クソガキ)。邪龍如きが、あまり調子に乗るな』

『フタバ、落ち着け。我々はお前を歴代最優の主人と認めている』

「……ありがと、二人とも」

「ちっ、覇龍と遊びてぇんだが、つまんねえな」

 

 怒りを孕んだドライグの不機嫌な声。双葉を心配して、諌める声音のアルビオンの声に双葉は落ち着きを取り戻す。新たに床に描かれた文字に気がついたハジメは「そーだよ」とぶっきらぼうに応えた。

 

 “ふぅん、そっか”

「双葉、すぐに治すよ! 聖女の微笑み(トワイライト・ヒーリング)ッ!!」

「助かる、香織……ん?」

 

 双葉の感謝の言葉の後、銀腕の違和感が消えたことに気がついた。よく見ると、擬似神経の不具合が解消されていたのだ。

 

「そうか、これ。生身の延長扱いだから聖女の微笑みで修復されたんだ」

 

 無垢なる銀(イノセント・シルヴァ)。それは双葉の生体と共に修復される様に進化していた。成長する、共に。その性質を知った彼女は今はそんなことより。と面前の敵を睨む。

 

「余裕が出てきたじゃねえか、なら次はこっちの番だ」

 

 グレンデルは圧倒的な速度で双葉に殴りかかる。その俊敏性は双葉の想定を3つほど上回っていた。

 双葉は苦肉の策として‘ノルンの瞳’による「未来偏差観測」で技の軌道を読み取り、かろうじて。本当に紙一重で回避していた。

 

「くっ、デカい上に早いとかふざけんなっての!」

「そらそらそらぁ!防戦一方じゃねえか。ガラ空きだぜぇ!」

「ぐっ、あっ……っ!?」

 

 しかし、さらにギアを上げたグレンデルの連撃を前についに捉えられた双葉は蹴りを見舞われ、地を跳ね、何度もバウンド。ゴロゴロと転がりようやく止まる。

 

「ぐ……かはっ、この……」

「げははは! 弱すぎんだろ、なぁ!」

「がっ、があぁぁっ……!」

「潰れねえかぁ。流石龍種に覚醒した個体だな、頑丈さは俺らとあまり変わらねえ、よ。そこは褒めてやる……ぜぇ!」

 

 双葉を踏みつけ、潰さんとそのまま踏み躙る。しかし彼女の肢体の頑丈さを見て以外そうな顔をする。が、凶悪な笑みを浮かべるとグレンデルは彼女を蹴飛ばした。ガードもできない状態で蹴飛ばされた双葉は再度壁に叩きつけられる。

 

「くっ……けふっ、かはっ、えふっ……」

 

 血を口から流し、それでもなお双葉は立ち上がった。どこか、内臓をやったのかもしれないのに。そこへ聖女の微笑みを使った香織の力が双葉の傷を癒す。

 

「双葉、一人で無理しないで!」

「神器使いがもう一人いたのかぁ、でもそっちはあまり殺すなって言われてたな。何度も回復されちゃめんどくせぇ、先に半殺しにするか」

 

 ジロリ、香織を見つめるグレンデルだったが、そこへ割り込む様に仁王立ちするのはハジメ、そして側に控えるユエとシアだ。

 

「おい、俺の女だ。手ェ出させるわけねぇだろ」

「……香織は守る」

「そーですぅ、ふざけんな!」

「よく吠える小僧共だ。そっちの雑魚がこうも手が出せねぇのによぉ?」

 

 その言葉に、ハジメは渋面になりかけるも。気合いで睨みつけるのを諦めなかった。

 

「いいぜ、10秒も保たねぇだろうけどよ。サッカーボールにはなれるよなぁ?」

「随分、舐め腐ってくれるじゃねえか」

「訂正だ、1秒で十分だろ」

 

 振るわれるその尾。ハジメは‘金剛’と‘豪脚’を用いて。さらに‘限界突破’、‘魔力強化’で身体能力を向上、そして。

 

「シア、手伝え!」

「言われなくてもぉ、ですぅ!」

 

 ハジメが向かってくる尾を蹴り、シアの馬鹿力で振るわれるミョルニルが追加で叩き込まれた。遠心力を利用したその一撃はほぼ同時にインパクト。しかし、その威力を少し抑える程度だったか、ハジメとシアは反動を利用して後退する。

 

「ちっ……!」

「て、手が痺れますぅ」

 

 止まらないということがわかっていた。そこに……ミョルニルを劣化宝物庫にしまいながら‘身体強化’をフルパワーにしたシアが涙目になりながらも再び踏み込んだ。

 

「ふん、援護するぞ!」

「……‘緋槍・龍騎’六輪っ!」

「真空ぅぅぅ、砲爆けぇぇんっ!!」

 

 ドンナーとシュラークの12連射。オーラを高めたシアの‘真空砲爆拳’と消費魔力を無視したユエの緋槍を強化した魔法がフルスイングされる尾を弾き飛ばしたのだ。

 

「ほう、1秒は保つもんなんだなあ?」

 

 ハジメとユエ、シアの必死な顔に嬉々としたグレンデルの雰囲気はまるで新しいおもちゃを見つけた様な様だった。

 

「あんたの相手はあたしだって、言ってんでしょうが……っぇ!?」

「双葉……クソッ!」

 

 傷を癒やし、立ち上がった双葉が前に出るがしかし。その双葉の身に纏っていた神滅具(ロンギヌス)がフッと消える。唐突に消滅したのだ。そのまま双葉はぐらり、と倒れかけるが香織の手によって抱き支えられる。

 

「なっ、双葉!?」

「くっ……ダメージが大きすぎた……!」

 

 疲労、蓄積したダメージの治療は結局は代謝の前借りに過ぎない。そのツケで双葉はスタミナを失った。その結果、‘D×D’の維持が不可能となり、神器は消滅したと彼女は分析した。それでもなお、槍を構えることをやめなかった。

 

「──まだ、終わっちゃいない!」

「……ええ、そうよ。まだ」

 

 よろめいた双葉に香織が肩を貸し、命尽きるまで争う意志を示した。

 

「おうとも。ここで終わるわけにゃいかねぇなぁ!」

「……ん、私も地球に行きたい……!」

「私だって、ですぅ!」

 

 希望を捨てない、抗って見せる。その意志を貫く姿勢の一向を前にグレンデルはめんどくさそうな表情となる。

 

「はぁー、ほんと叩き潰しがいのある奴らだぜぇ!」

 

 まとめて蹴飛ばす、と。その腹積りでグレンデルが動こうとしたその時。

 

『面白そうじゃん、私も混ぜてよ』

 

 突如として地面が捲れ上がり。そこより巨大な影がぬぅ、と姿を表した。

 

「あん!? 何だテメェ!」

『なんだかんだと聞かれたら、応えてあげるは世の情け』

「何でお前がそのネタ知ってるんだよ」

 

 乱入してきたのは、大型の騎士甲冑型ゴーレムだった。その口上に思わずツッコミつつ、ハジメは警戒を怠らず……自分達を守る様に現れたそれを見上げる。

 

『私はミレディちゃんだよ〜? 覚えていってね、邪悪なドラゴン君』

「……おう」

 

 その空気に、明らかにやる気が失せた様子のグレンデルだが、目標を殺せていない以上。目の前の珍妙なゴーレムをどうするかと思案した。

 

『そこの子たちは少し休憩しときなよ。私がその間は守ってあげるから安心した前!』

「ちっとも安心できやしねぇ。まぁ、任せる」

『エヒトが殺したがってる人間なんて面白いのが現れるなんて。そういう子は保護するって取り決めだから、試練は一旦中断ね♪』

 

 めんどくさい。そう口に出しかけるも飲み込むハジメは双葉の口に神水の入った容器を突っ込んだ。壊獣バトルに巻き込まれるのはゴメンだと動こうにも、グレンデルがそれを許さないだろうと。ここに留まる判断をせざるを得なかった。

 

「んぐ……なかなか魔力が回復しないわ。神水の効率じゃもうあたしの方は追いつかないみたいね」

「んだよそれ。まぁいい、どうする?」

「やるしかないでしょ。んなもん」

 

 アレを倒さないとこの世界がどうなろうと知ったことではないが。なんかよくわからないがエヒトに香織が狙われているのだ、無視できるわけがない。

 それを他所に。戦い始めたゴーレムとグレンデルの戦いは中々互角……とはならなかった。

 

『何こいつ、クソ硬いんですけど!?』

「げはははっ! そこそこな打撃だがそんなチンケな鉄の塊で俺を殺せると思ってくれるなよ? ましてやゴーレム風情にやられるドラゴンがいてなるものかよ!」

『ぐぬぬ、やっぱドラゴン相手はキッツイなぁ! でもやるしかねー!』

 

 左腕のモーニングスターで殴りかかり、面白そうだからというふざけた理由で受けたグレンデルにヒットした後。その超重量のボディを、重力を無視した様な身のこなしで後退しつつ……左腕をぐわんと振り回しながらモーニングスターを射出した。

 スリムなデザインの装甲内の何処にチェーンを内蔵してるのだろうかと思っていたがそうではなく。

 

 まるで宙に浮く(・・・・・・)様にして手元に戻る。

 

『鱗固すぎでしょドラゴン君!』

「俺の鱗は邪龍ん中じゃピカイチの硬度だからなぁ! そらこっちの番……だぁぁ、クソッ手前もなかなか硬えじゃねえか、気に入った!」

『オー君に作ってもらったアザンチウムのボディ凹ませる様な奴に気に入られたくねーよぉぉ!』

「サンドバックにもってこいなんだよぉ!」

 

 ‘売り言葉に買い言葉’。そんなやりとりをして嫌々殴り合ってるゴーレムと嬉々として殴り合うドラゴンの応報は双葉の想定以上に時間を稼いでいだ。そんな中で、ハジメは焦りを見せる。

 

(どうやってあの‘硬度’を超える火力を用意する……一手はある。だが、捉えるまでに時間がかかり過ぎる。あのゴーレムだってあと数分保つかどうかだ……!)

 

 べこべこの装甲を見てハジメは戦慄する。アザンチウムを、あそこまでボコボコにするのだ。その拳の威力は双葉以外、自分達が直撃すれば致命的な一撃になりかねない。

 

 ── で、香織とハジメにもその神器が宿ってる気がするのよね──

 

(……そうか。そういうことか)

 

 かつて言われた双葉の言葉がハジメの中でフラッシュバックする。

 

「所有者の想いと願いの強さに応えるように力を顕現させる……」

「ハジメ?」

(だが、‘想い’と‘願い’。そんな抽象的なもんで本当にいいのか?)

 

 ハジメは残されたわずかな時間で自分の‘望み’に気づいた。

 

(俺が生み出したいものは何だ。魔剣とかかっこいいよな、そうだそういう‘奇跡の創造’だ……!)

 

 ハジメは強くイメージする──自分の憧れを。その男に近い姿になってしまったのは正直言ってもう一度気絶したい。だけど、その男が成し得なかった‘本物’を作りたいという‘願い’

 

「励起しろ……‘夢幻の金床(インフィニティ・フォージ)’……!」

「……ハジメくん!? それって……!」

 

 ハジメの呟き。迸ったオーラが形となり……彼の右手に現れるのは‘黄金のハンマー’だった。その作りは精緻で、美しいものだ。幾何学模様の赤いラインが目を引く……ソレは間違いなく。‘神器(セイクリッド・ギア)’だった。

 

「そうだ。俺が望んだ、俺が作りたいのは。‘武器’だ」

 

 彼はハンマーを振るった。宝物庫より取り出したのは‘金’だった。

 

 カーン!と一振りで金は光の粒子へ

 

「数多ある可能性」

 

 カーン!と二振りで粒子は剣状に

 

「行き着くべき逸話」

 

 カーン!と三度振ればその鋒から柄頭までがあらわに。

 

「その再来をこの世に呼び戻そう!」

 

 カーン!と最後に振りかぶれば……

 

「‘神器再生(ギア・リプレイ)’……‘永久に至らぬ黄金の剣(エクストラ・ロスト・カリバーン)’づっ……!」

 

 血涙に鼻血を流すハジメに驚きながらも、香織は聖女の微笑みで彼を治療する。癒しの波動で楽になった彼は自分が作り出したものを見て、「なるほど、な」とつぶやいた。

 ソレを解析。荒い部分などもあるが、間違いなく。「聖剣に限りなく近い使い捨ての武器」と見抜いた。

 芯鉄の加工の未熟さを顧みればその点は仕方ない……ハジメは素人なのだから。

 スタミナを回復させた双葉もまたその一部始終をぼーっと眺めていた。いや、何やねんソレという顔をしているが。

 

《フタバ……おい。聞いてんのか》

《ふぁっつ?》

《ったく、おい。白いの》

《急かすな赤いの。フタバ、今の現状を打開する方法を提案する。あのゴーレムも保ってあと1分だ》

《ふぁっ!?》

 

 精神世界に突如として引き込まれた双葉。

 

《グレンデルのやつ、異常な進化をしている様でな。どうにも引っかかるが、おそらく今のままでは勝てん》

《故に、‘至る’必要がある》

《……でも、それって……一歩間違えたら‘ヴォーティガーン’が目覚めるじゃん!》

《ソレも承知の上だ。俺たちの心を一つにするのが難しいか?》

《赤いの……いや、ドライグ》

《言うな、アルビオン。あとはフタバの心一つだ》

 

 二人の決意、双葉に問いかける。覚悟はあるか、と。

 

《でも、どっちかにしかなれないんでしょ?》

《ああ、俺たちのどちらかの鎧しか使えんだろうな》

《どっちを選ぼうとも、我々に悔いはないさ》

《バカ。あたしが納得できないよ》

 

 二人と共に歩まねば意味はない。双葉はそう切って捨てた。

 

《なら、三人で至ろうよ。‘ヴォーティガーン’を恐れて何もしない方が間違いだから!》

《お前ならそういうと思っていたぞ》

《同感だ、だが。悪くない》

《でもさ、至るって……どうやるの? そもそも資格はあるの?》

《条件は既に満たしている。ソレほどまでにお前は色々経験しているからな》

《うむ。あとはきっかけ次第だ……フタバの願い次第だ》

《あたしの‘願い’……》

 

 目を瞑り、考えた。脳裏をよぎるのは、仲間たちの笑顔。幸せな世界……辛く絶望に飲まれかけたこころを救ったのは友達や親友、愛するヒト……

 

《あたしは、負けたくない。どんな奴が来ようと、‘無限’に強くなりたい! ‘夢幻(ゼロ)’をも超えるほどに!》

「かけがえのない、みんなを守るために! 限界だって超えて見せる!」

 

 心の叫びが現実に顕れた、ソレは双葉の願い。友と共に地球に帰る約束──付き従ってくれる友と共に調和を願う心が奇跡を起こす。

 

「行くよ、ドライグ、アルビオン。赤龍帝の籠手! 白龍皇の光翼!私の魔力は‘調和’。相反する力二つを調和する!」

 

 オーラを昂め、高める。手を繋ぐ様に、神滅具と経路(パス)を繋ぐ。

 

禁手化(バランス・ブレイク)……いいや、違う」

 

 双葉は今までのソレを容認しない。思い描くは己たち3人の最強の姿。手を天に掲げ、高らかに詠う。

 

「我、理を超越せし新たなる天龍なり。王道を超え、覇道を制し。‘無窮久遠’をその手に掴もう! 新たな、真なる龍神に至るその始まりを征く!」

 

 至る心。三つの心が一つに調和してゆく。そして、それは解放される

 

「──‘双禁手化(コスモス・ブレイク)’ッッッ!!」

 [Welsh Dragon ×(cross) Vanishing Dragon ──Evolution next stage‼︎ Warning! Warning! ……Cosmos Blake!!]

 

 赫く、銀の煌めきを見に纏い。双葉の姿が変わってゆく。赫を基調とする白金の縁取りの施された厳かな威容の鎧、胸当て、草摺、籠手、脛当て。そして目を引くのはソレらと共に双葉の衣服がスリムなバトルドレスへと変貌したことだろう。

 双葉の豊かな肢体を際どいところで見えないくらいに守るドレスだったが気にすれば負けだ。その背には青い円光と2対の白い龍翼を背負う。

 双葉の毛先のグラデーションに虹色の光が宿り。黒鉄色の髪はところどころに赤と白のメッシュが入る。

 右の青の瞳は燃える様な燐光を引き、高まった魔力を著し。左の金の瞳は未来を見通すことを表すのか、時計版を模したかの様な紋様が見える。

 

二天龍の姫鎧(エヴォルター・アーク・ドラゴンドレス)!」

 

 新たな産声を上げるのは、秩序も超える進化を果たした二天龍姫。いま、彼女は飛翔する。そして、刮目せよ。その強さを!

 

 ──

 

 to be continued



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

ライセン迷宮 決着編

 ■双葉side

 

 ……私の中で大きな力が渦巻くのがわかる。貴方は……

 

《くくく、貴様はバカなのか。我を目覚めさせると分かっていてなぜ調和した。否! 深淵へと降りる》

 

 わかっている。どれほど愚かなのかを、貴方が目覚めるきっかけを与えることがどれほどの愚行なのかも。

 

《まぁいい、手始めに貴様の肉体を奪おうか、そして人を、人の世を文明を破壊する……》

 

 待って、ヴォーティガーン。私は貴方の力を借り受けるつもりはない、ただ。貴方に知っておいてもらいたい……私は貴方を解放したいの。

 

《く、くはははっ! 何を訳の分からないことを、ほざくなよ人間が》

 

 いいえ、私は人間じゃない。貴方と同じ龍種よ!

 

《……わかっておるわそれくらい。だが、貴様が元は人である以上、我の殺したい蛆虫の1匹のうち一つだ》

 

 ……だからこそ、よ。かつて、人が犯した神秘への冒涜その逆鱗に触れた貴方は大暴れした結果の果てに。貴方は赤き龍を模した存在に下され、倒された。その亡骸は神器(セイクリッド・ギア)のシステムへ捧げられ、マイナスを司る《擬/神滅具》に、影の二天龍たちに分けられて封印された……貴方は‘真なる白龍神皇’へ至ることもできた器でしょう? アルビオン・グウィバーの後継にして、最後の龍種よ。

 

《過去など変えられぬよう、我が妄執も変えられぬ! 貴様がどれほど優れた存在であろうと、我を糺すなど。そんなものは、夢物語と思えよ小娘が!》

 

 吠えるヴォーティガーンの悲痛な叫び。そう過去は変えられない、そりゃそうよ。だけど……前を向いて歩くことはできる! だから、行こうよヴォーティガーン。あたしは何度でも、貴方に手を伸ばして見せる。

 

《くどいぞ小娘……我はヒトとは相いれぬ。何度来ようと同じだ。だが、我を恐れずここに来たその殊勝な心掛けに免じて、今は見逃してやろう。さあ、()ね》

 

 精神世界に潜り、新たに芽生えた意志の横槍に牽制するために降りたけど。哀しみに染まったドラゴンを見てあたしは……思わず手を伸ばした。孤独に染まって絶望に身を任せるドラゴン。そんなの、放っておけるわけがない……だからいつかまた話せたらいいな……

 おやすみ、ヴォーティガーン。また来るね。

 

《変な小娘だ。内側より貴様を喰らい尽くす劇物に、また合おうなどと……》

 

 そうしてあたしの意識は現実へと戻る。

 

『んぎゃー! ごめぇん、核砕かれちゃったぁぁ!』

「ようやく死にやがるか、あばよ金属塊が!」

 

 ごしゃん、グレンデルの足に踏み潰されたゴーレムの胸部装甲。そこにあったであろう核を潰されてミレディと名乗っていたゴーレムは破壊された。

 

「ありがと、変なゴーレム。あとは任せろ」

「双葉、なんだそのオーラつーか際どいカッコは!?」

「す、すごく露出が多いですよぉ!?」

 

 言われて思う。まぁ、うん。谷間が見えて、その上に鎧を見に纏ってるようにしか見えない胸元。太ももにスリットの入ったショートドレスは絶対領域が丸見えのそれ。というか丈短いぞどーなってんだよ。股下から数える方が早えよ!?

 

「うるさいなー、ヴァルキリーの正装の方がもっとヤバいわよ」

 

 わちゃわちゃと騒ぐハジメとシア、手をわきわきさせてる香織を無視してグレンデルを見上げる。

 

「待ってたぜこの時をよぉ……さぁ、やろうぜ赤龍帝……いや、白龍皇?」

「どっちもよ、ど三流。あたしは‘其天龍’。いまは唯一無二の天龍よ」

『その通りだ、俺たちは今』

『三身一体と化している。故に貴様など取るに足らんぞ、グレンデル!』

『セリフを取るなアルビオン!』

『勿体ぶって先に言わぬドライグが悪い』

『なにおお!?』

「はいはい、やめなって。ったく」

 

 苦笑いながら、あたしは二人の仲裁。そして、槍を召喚して構え直す。さて……

 

「行くわよ、二人とも! みんなは下がっててね、あるいは援護よろしく!」

「双葉、こいつを使え。それには劣る割に使い捨てだがな」

 

 ハジメから手渡されたのは黄金の剣。しかし、あたしは思わずそれを凝視する。だって……神秘が含まれた代物だったのだから。

 

「ハジメ、神器に目覚めてたけど、まさか……」

「ああ、金床で俺が再生した。だけど、‘本物だが脆すぎる’。定着できてない不完全な代物だ」

「上等よ。ああ、でもこれ帰ったらどう説明しようかしら……今悩んでも仕方ねぇな!!」

 

 その説明も聞いてる暇もしている暇もない。《夢幻の金床(インフィニティ・フォージ)》……聞いたことのない神器だ。そして何より、‘夢幻’の名で‘インフィニティ’だなんてどう言う縁よ。

 

「とりあえず、突っ込むから援護よろしく!」

「「「「(……)応っ!」」」」

 

 そうしてケリを着けるべくあたしは飛翔するのだった。

 

 □noside

 

「さっきと比べたら痛い目見るからな!」

 

 ‘Boost!boost!boost!boost!boost!boost!boost!boost!boost!boost! ──Explosion!’

 ‘Divide!divide!divide!divide!divide!divide!divide!divide!divide!divide!’

 

「数撃ちゃ当たるわけじゃねぇよ……!?」

「あら、ご自慢のレジストはもう在庫切れみたいね」

 

 双葉がとんでもない速度での倍加を重ね、一気に最高出力へ到達する。ちなみにだが、現在。1024倍へ出力を上げた。生み出されるその莫大な力は世界を軋ませる。

 さらに半減の力を連発する事でレジストの隙を与えず、そして何より。触れず(・・・)に半減させられた。

 これは双葉の力が極限にまで高められた結果に過ぎない。そして何より、先程ボコボコにされたことに相当ご立腹な彼女は……半減した力をオーラと魔力にしてまとめ上げるとそれを蒼き炎の塊に変化させる。

 

「あんたを守る鱗は魔力の大半を失った以上、耐性を根こそぎ失ったんだし脆くなってるわ。それでも硬いけど……そんな状態で攻撃を喰らえば──‘蒼炎’」

「ぐがぁぁぁ!? クソが、アチィじゃねえか!」

「こんなもんじゃ済まさない!立て、グレンデル……どれほどの屈辱だったか、思い知らせてやる!」

「そうだな、俺たちもそれ相応に馬鹿にされてイラッとさせられたのは確かだ。それでも……いや、双葉に全部任せる方がいいだろうな」

 

 ハジメはグレンデルを憐れんだ。構えていたドンナーとシュラークをホルスターに納める。ソレは、双葉の怒りを感じて手を出す余地がないと感じたのだ。その様はまさにブラックホールと言うべきか……深淵を覗く気分になるのだ。

 

「そう? なら……とっとと終わらせよっか」

 

 そのまま双葉のオーラが世界を震わせる。一歩進むだけで軋む世界。莫大なソレはまるで……強大たる絶対強者(ドラゴン)の如き存在感だった。重厚なるオーラの質は……まさに触れる物全てを焼き焦がす。

 

『グレンデル。貴様が何を怒らせたのかをよく覚えておけ』

『天龍の逆鱗を踏み躙ったその罪を、今一度認識して死ぬがいい』

「頑丈なんだよねー。なら、これくらいは耐えなよ」

 

 双葉は瞬間に地を蹴り、その懐へ潜り込む……‘ボッッッッ!!’とソニックブームを発生させながら移動。蹴られた地面は‘バガンッッッッ!’と叩き割られ、クレーターが如き異様になっていた。

 そして、軽く。撫でるように鳩尾へ掌打を叩き込む。しかし、ソレは一撃を慣らす……力加減を調整するための一撃だった。

 

「がっ! ぐげげ! 楽しいぜ、天龍フタバァァ!!」

「煩い、喋んなサンドバッグが」

 

 笑うグレンデルに不快感を露わに。次にはまさしく閃光のように。拳打の雨がその巨体を揺らす。鳩尾、胸部、腹を的確に狙い、グレンデルはその圧迫感に喋ることを禁じられる。

 音速の拳。それすら超えて突き出される拳の速度は‘超音速’すら置き去りにした──秒間100発。その初速はとあるバルカン砲に匹敵する‘1050m/毎秒’となる。

 

「──‘無間・千手拳打’」

 

 10秒の暴風の如き蹂躙。千発の拳打の末にグレンデルの腹は抉られたかのように鱗が剥がれ、割れ、砕け散っていた。なんなら、真皮まで到達した傷もあった。

 

「がはっ……かかっ、こっちの番だ!」

 

 堪え切ったグレンデルの応報。双葉はそこに佇み、避ける様子も見せず……

 ズンッ!とその一撃をガードもなしに受ける。ニヤリと笑うグレンデルはさらに拳を上から潰さんと振り下ろす。

 

「……こんなもの? あたし、つまんなくて欠伸でそうなんだけど」

「なっ!? てめ、無傷だと……!?」

「軽い軽い。障壁張らなくてもダメージ受けないわよ」

「言ってくれるじゃねえかぁぁ!」

 

 激昂。激情のままにグレンデルは足を振り抜いた。当然避けない双葉に直撃するが……ゴシャァッ!と響く音と共にグレンデルの右足がへし折れた。

 双葉はその場に佇んでいる──一歩も動いていなかった。

 

「んぁ? 足が折れっちまったぜ、げはははっ!!」

「今度はこっちの番よ」

 ‘Boost!boost!boost!boost!boost!boost!boost!boost!boost!boost!──Transfer!!’

 

 そのままハジメに託された神器に譲渡の力を流し、強化して剣を振るう。

 最大出力の強化を受けた神器は危険な煌めきを生む。双葉は咄嗟にグレンデルを結界に封じ込めてそのまま斬撃を繰り出す。

 

「最大解放。煌めけ、‘永久に至らぬ黄金の剣(エクストラ・ロスト・カリバーン)’。破砕すべき敵を滅ぼせ!」

 

 上段に斬り込み、さらにかえす刀でさらに中段を斬る。それは‘翡翠’と呼ばれる刀技の応用技だ。結界内にのみダメージを与えるようにしたそれ、しかし余波でライセン大迷宮跡地を真っ二つに両断した。

 

「あっ、しまった」

「ぐぎゃっ……!?」

 

 そして神器はその二撃で砕け散る。シカタナイネと内心呟きながら。上半身と下半身が泣き別れしたグレンデルの元へ歩み寄る。

 

「……いい気味ね。体の自由がない気分はどうかしら?」

「はん、腕があれば殴れる。顎がありゃ噛み砕けんだよぉぉぉ!!」

「鬱陶しいから動くな」

 

 元気に殴りかかってくるグレンデルを蹴飛ばし、壁に叩きつけ、ガングニールを投擲。心臓あたりを貫き、そのまま磔にする。

 

「ごへっ……ちぃ、やっぱ届かねえなぁ」

 

 ようやっと、血の塊を吐き出すグレンデルに双葉は無表情で歩み寄る。その目は冷酷さを滲み出していた。

 

「自身がいかに低俗なドラゴンであるか理解できた?」

「テメェにそれを言う権利があんのか?」

「少なくとも今のアンタ相手に言う権利はあると思うわ」

 ‘Boost!boost!boost!boost!boost!boost!boost!boost!boost!boost! ──Explosion!’

 

 双葉は掌に生み出した赫赫としたオーラ・魔力エネルギーを集約させると、それを空中に打ち上げる。背中の青き光輪を手元に掴むと、それをエネルギーに向かって飛翔させた。

 

 ‘Reflect!boost!reflect!boost!reflect!boost!reflect!boost!……’

 

 光輪の中でエネルギー体を反射させ、その度にエネルギーを倍加していく。

 倍加の力でどんどんエネルギーが高まっていく。その密度は惑星を容易く消し去るほどのエネルギー量となったのを双葉は感じ。そこで倍加と反射を止める。

 

「だぁぁぁぁクソッ! 離せや!」

「これで、終わりだ」

 

 ガングニールを手元に召喚し、グレンデルの腕を掴むとその場で回転させ、空に投げ上げ、それを追うようにして双葉も飛翔する。

 赫赫としたエネルギーに手を添えて。圧縮されたそのエネルギーに術式をインストールした。

 

「魂すら残さない。バレルフルオープン」

 ‘Boost!boost!boost!boost!boost!boost!boost!boost!boost!boost! ──Explosion!’

 

 最後の最終倍加。それは今から放出するエネルギーに対しての逆噴射のためのもの。

 暴虐なエネルギーの塊が操作された力場目掛けて放出されようとした。

 

「これこそ、赫の齎す終末。受けるがいい……ロンギヌスぅぅぅぅ……スマッシャァァあぁぁぁっっ!!!」

 

 グレンデルに目掛けて放出されたそれはまさしく赫の極光。その巨体を容易く飲み込むエネルギーの塊だった。それは断末魔も許さぬほどの致死性の高い‘夢幻’のエネルギーだった。

 

ギュァァァァァァァァァァァン……!

 

 空が染まる。血よりも赫い色で。その日、数分ほど世界中の空が赫に染まったのだ。昼間だろうと、夜だろうと。関係なしに……それほどのエネルギーが解き放たれたのだろう。

 

「ふぅ……おとといきやがれ」

 

 そう言い捨てて双葉は気を失うのだった。

 

 ■ハジメside

 

「ちょっ双葉!? そんなところで気を失うなぁぁぁぁ!?」

 

 げっ、双葉が落ちてくるぞ!? しかし、誰よりも早く。「……ん、大丈夫」とユエが言う。

 

「‘来翔’!」

「ナイスですぅ、このまま……!」

 

 ふわりと双葉の体が宙に浮く。そしてそこへシアが跳び上がり。双葉を抱きとめて着地した。ふぅ、ヒヤヒヤさせやがって。

 

「ん、寝てるだけだねぇ。双葉も魔力、スタミナも全部すっからかんみたい」

 

 よく見ればその姿も元に戻っている。穏やかな寝息を立ててるのを見る限りは大丈夫なんだろう。香織の太鼓判もあり、シアが双葉を背負ってくれるらしいので、任せることにした。

 

「それにしても、すごかったね、アレ」

「ああ、そうだな。こいつほんとにとんでもねぇよ」

 

 戦闘能力が鬼高い双葉がここまでしないと勝てない相手。邪龍、か。対策は必要だな……絶対何度か出会うだろうよ……そう予感を感じる。

 

 ‘‘ヤッホー、よくやってくれたね! 正直、君たちの力はもう十分な領域にあることはわかったし、ぜひミレディちゃんの住処へお越しくださいませー(^^)”

「「「「……」」」」

 

 そんな文字が床に出てきたのを見てそういえば試練の途中だったなと思い出す。俺たちは、地下に向けて足をすすめた。

 

 □noside

 

『ようこそおいでませ、私の、ミレディちゃんの住処へ〜♪』

 

 目の前にいたのは先ほどの巨大ゴーレムのミニチュアのような存在だった。

 

「核を砕かれてくたばったわけじゃねぇんだな?」

『これが最後の予備ボディな訳なのですよー』

 

 頭部にニコちゃんマークのお面をつけているのでデフォルメされた様相だとハジメは思ったが。中身はあの悪辣な迷宮の生みの親である。それ故に警戒を怠ることはなかった。

 

『じゃー、まずは神代魔法の授与からー』

「寝てても書き込めるもんなのか?」

『もちろん、そっちの寝てる子が赤龍帝さんなのかなぁー?』

「むにゃ、むのゅ……」

『あら、みんな可愛い女の子だね、君のハーレムなの?』

 

 面倒そうにハジメは頬を掻き。それを無言の肯定と見たミレディがハジメの脇を突いた。愛想つかされんなよーと言わんばかりだ。ウザい

 

「オッサンかよテメェは。さっさとしてくれ」

『もー、美少女におっさんは禁句だゾ?』

 

 ゴーレムが何言ってんだという無言の抗議を流しながら、ミレディは魔法陣を操作すると、そこにハジメたちを立たせた。

 流れ込んでくる情報にぐらつきかけるが、終わればそれもなくなる。目を開けて初めの第一声は

 

「ここの神代魔法は‘重力魔法’だったのか」

『そーだよー。そっちの赤龍帝の子と金髪ちゃんはバッチリ適性あるから頑張って修練してねー♪』

「その辺は想定内だよ、あとは証をくれ」

『はい、これね。うちの紋章入りだから大事に扱うんだぞー?』

 

 やけに素直なミニチュアミレディ。そういえば、とニコニコしたシアがゴーレムに歩み寄る。

 

「助けてもらったのは確かですし、色々言いたいこともありますけどぉ……一発殴らせてもらいますぅー!」

『ぎぇ、ちょっと待って、ねぇ待って!』

「待ちません♪ 真空砲爆拳んんん!」

『ぎーやー!?』

 

 一応手加減した魔力拳でミレディの頭を強かにドついたシアは「これで勘弁してあげます!」と鼻息荒くも引っ込んだ。

 

『うう、あとはこれ。役に立つと思うアーティファクトを渡しておくね。君たち、エヒトを殴りに行くんでしょ?』

「ついでだけどまぁ邪魔だからな。とりあえずついで、だよ。‘感応石’もついでに寄越せ」

『え!?』

「減るもんじゃねぇだろ、寄越せ」

『……君、セリフが完全に強盗と同じだからね? 自覚ある?』

 

 呆れた雰囲気のミレディは素直に鉱石を差し出す。それはどこか虚空から出てきたような。宝物庫を彼女も持っている様だった。

 

「こうでもしねぇと割に合わねぇよ。とりあえずそれでいい、ありがとよ」

『あれ、てっきりこれも寄越せって言うと思ったけど?』

「あんまり俺を見くびんなよ? 山賊になったつもりじゃねぇ」

 

 宝物庫の指輪。できれば欲しいが、そこまでやるつもりは無いとハジメは呆れた。

 

『ふーん。なら、強制的に君たちを放り出すのはやめにしとくね!』

「……ロクでもない対応されるのが確定するくらいならいらんわ」

「あ、そうだ。迷宮ぶっ壊したままにするのはちょっとかわいそうだし、魔石押し付けとこっか」

「あん? ……まぁ、あれくらいなら別にいいか。おいミレディ、こっちは被害者だがまぁ慈悲の心くらいはあるつもりだ。こいつをくれてやる」

 

 ハジメは香織の提案で宝物庫の肥やしになりつつあった魔石の半分程を放出する。

 

『いいの!? 修復が助かるんだけど!』

「まぁ、いいよ。俺らもやり過ぎたしな」

 

 使い道、そして何より世に出回ると色々ヤバいことになりかねない、扱いに困るものを押し付けた様なものなのだ。お礼を言われる筋合いはない、とハジメは返す。

 

『助かるよー、ありがとね!』

 

 こうしてハジメ達はミレディの住処を後にする。

 

『ふぅ~、濃い連中だったねぇ~。それにしてもオーちゃんと同じ錬成師、か。ふふ、何だか運命を感じるね。願いのために足掻き続けなよ……』

 

 彼らを案じるミレディはどこか、優しい声音でそう呟くのだった。

 

 ──

 

 to be continued .



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

3章
さよなら姐さん。旅立ちのブルック


 □noside

 

 ライセン迷宮の攻略を終えた一行はシアの提案でブルックの町に戻ることとなった。なんだかんだ疲れは溜まり、双葉も未だ眠ったままであるが故に。全力を出し切った彼女を車の後部座席に放り込んで次の迷宮を目指すのは哀れだろうとハジメも考えたのだ。

 

 彼女の見せたあの力、この世界を軋ませるほどの力だとハジメたちは目の当たりにして。封印するべきモノである、と理解する。気軽に使うべき力ではなく、今後また邪龍と交戦するかもしれないことを考えると──自分達もアレらに対応できないとまずいと考えた。

 

「とはいえ、32倍加した双葉が返り討ちに遭うとは……めちゃくちゃなステータスしてやがるぞ、邪龍って奴らは」

「私たちもドラゴンの力を手に入れるべきなのかな」

「ん……私がいる」

「それにハジメさんの作った神器(セイクリッド・ギア)が、邪龍を切り裂いてましたよね?」

「双葉の強化ありきで、な。でも、明らかにオーバーキルだったからあそこまで極限強化の必要はないかもしれん」

 

 サイドカーに寝ている双葉を乗せ、香織が運転する魔力駆動二輪の後ろにシアが乗る。ハジメとユエが青い方に乗っていた。

 なお、シアがその高い身体能力を活かして運転する事もできるが、香織のセクハラに驚いてウィリーしかねないとハジメの配慮だった。

 数日ほど魔力駆動二輪を走らせ街道に。ブルックの街近くまで行く途中で初めの気配感知に反応があり、急いで徒歩に切り替える。魔力駆動二輪を見られるわけにもいかないのだ。

 

 そして、泉を通りかかったところへ。

 

「あらぁ〜ん、香織ちゃんたちじゃなぁい」

「あ、クリスタベルさん」

「……な、なんだあんたは」

 

 話しかけてきた‘化け物’相手に思わずドンナーを抜きかけるハジメの手をシアが若干蒼白になりながら押さえ、首をブンブンと横に振る。ついでに耳打ちで「‘化け物’は禁句ですからね!?」と囁かれたのに訝しく思いつつ。

 香織がにこやかに、普通に相対していることを見て、クリスタベルなる巨漢が悪い人間ではないとなんとなく悟る。

 

「そちらのお兄さんはなんて名前なのぉ〜ん?」

「は、ハジメだ」

「ハジメ、くんね。イイオトコじゃなぁ〜い!」

「あ、手出し無用でお願いしますね、クリスタベルさん。私の愛しの君ですから」

 

 ハジメの腕を引き、胸を押し付けるように抱きつく香織。今にも‘野獣(ビースト)モード’に移行しかね無い様相、ミチミチと筋肉、天然の鎧を弾けさせるクリスタベルに一歩後ずさったハジメを見かねた香織とユエが守るように抱きついた。まるで自分の占有物と言わんばかりである。

 

「……クリスタベル、どうしてここに?」

「隣町に仕入れに行ってたのよぉ〜。ユエちゃんたちは……あらぁ、その子もお友達?」

 

 シアの背負う双葉に目が行き、クリスタベルは思わず身構える(・・・・・)。数瞬だけ警戒する様な気色を浮かべるが、すぐに臨戦態勢を解いた。

 

「……そのコ、龍人族なのぉ〜ん?」

「は……いや、違うが」

「気配が似ている気がしたけど、違うのねぇん。ごめんなさい、ちょっとヤバい気配がしたから。気分を害したなら何度でも謝るわぁん」

「いや、コイツが起きたとしても気にしないと思うぜ。かまわねぇよ」

「懐が広い男はモテるわよぉん。ありがと、ハジメくん」

 

 話す中でクリスタベルが見た目的にもただのオネェなんだろうと、悪いやつではないとハジメは若干現実逃避しつつ。彼女(?)の話を聞いてるとどうやらクリスタベルたちもブルックの町に戻る最中だったらしく。ハジメたちもそれに便乗させてもらう事にした。

 

「昼食は食べたのかしらぁん?」

「そういやまだだったな……」

「んぐ……? ん?」

 

 そんな話をしていた時、シアに背負われていた双葉がようやく目を覚ました。辺りをキョロキョロと見回し、クリスタベルと目があった。

 

「お目覚めみたいねぇ〜ん」

「……だ、誰だこのバケモノっ!?」

 

 目覚めて最初に見たのがクリスタベルだったのが災いして、双葉は禁句を口走る。それを聞いてその場にいた他の冒険者たちの間で空気が凍りついた。‘ビキィッ’と青筋を浮かべたクリスタベルにびびったシアが双葉をその場に下ろしてハジメの後ろに逃げ出すと、ハジメは逃げてきたシアを盾にする様にその後ろに隠れる。

 

「だぁ~れが、伝説級の魔物すら裸足で逃げ出す、見ただけで正気度がゼロを通り越してマイナスに突入するような化物だゴラァァアア!!」

「テメェじゃボケぁぁああ!!」

 

 その言葉の応報、ある意味通じ合った二人はそのまま拳を放つ。同時に踏み込み、双葉も迎え撃たんと突き出した拳。ドガアッ!!と人間が出す様な音じゃない、トラックとトラックの衝突音の様な轟音が鳴り響く。

 

 二人して、双葉の左拳がクリスタベルの左頬に。彼女(?)の拳が双葉の右側に突き刺さっていた。クロスカウンター。綺麗なそれを見つつ黄昏れる面々。しかし、彼らは気を失うことなくお互いを見つめ合い続けた。

 そしてお互いに拳を納め、残心を解きながら。次の瞬間にはがっしり、と握手をする。まるでお互いを讃えあう様に

 

「ごめんなさい、勘違いしてたわ。こんないい拳を持つヒトがこの世界にいたなんて、自分がどれほど小さいかよくわかった」

「それはこっちのセリフよぉ〜ん。いい、パンチだったわぁ〜ん❤︎」

「どういうことだよ!?」

 

 思わずツッコんだハジメに対して、双葉はサムズアップで返すだけだった。なお、双葉もクリスタベルもノーダメージという相応が意味不明であった。

 

「「この筋肉に嘘はないわ(よぉ〜ん❤︎)」」

 

 意味不明なその返答にハジメは宇宙猫となったとか。そんなこんなで、目覚めた双葉が振る舞った料理にソーナが頽れ、レシピをいくつか聞き出そうと奮戦して折れた彼女にレシピを教えてもらい小躍りしているソーナがいたとかなんとか。

 

 ■双葉side

 

 グレンデルとの戦い。双禁手化(コスモス・ブレイク)の反動で数日寝てたあたしは完全に体が鈍っていた。本気じゃなかったとはいえあたしと打ち合えた筋肉だるま店長ことクリスタベルさんの店で色々とほつれたり、破れたあたしの戦装束の補修をしてもらった。

 なお、服のデザインがユエの完全オリジナルと聞いて彼女に弟子入りしようとするなど結構柔軟な思考力をお持ちのようだった。一応、ユエはデザインノートをベルさんに渡して後は独学で研究してくれと丸投げしていたが。

 ちなみに何故かデッサンのモデルに使われてるのが、おおよそあたしだったのを問い詰めたい。なんで‘逆バ○ー’のデザインしてんだよ、‘○ニーガール’とか危険やろがい!拳骨くれたろか!

 っといかんいかん。可愛い弟子との戯れの時間だし、切り替えなくては。

 

「師匠! 今日もよろしくお願いします!」

「はいよ。そんじゃ今日は‘キッシュ’の作り方教えるわよ」

「はい!」

 

 そんなこんなであたしの療養ついでに、あたしらは幾日かブルックの街に逗留する事となった。世話になってる宿屋であたしにどうしても弟子入りしたいと突撃してきたソーナにあたしは、‘味噌’の作り方や秘蔵の‘麹菌のタネ’を与えた。

 なお、麹菌を分けてもいいのかと聞かれると、麹菌の確保はもう完全にできる様になった。なので、味噌は安定量作れる様になったのだよ。

 

「麹菌はかなり繊細なの。全滅させ無い様に気をつけなさい」

「はい、師匠!」

「これを譲るってことは、その意味はわかるよね?」

「……はい! 今までのご指導、ありがとうございました!」

 

 ソーナを撫でながら、その取り扱いを教えて。受け継いでいく様にと、それがあたしから麹菌を受け取ったあなたの使命だと教えておく。

 後日、行く先々で‘料理女帝ソーナ’の異名を聞く事になるがその辺はまあ、いつか語ろうと思う。

 指導を終えて、あたしは部屋に戻る。明後日には出発だ……次の街に向けて。

 

 □noside

 

 チロン、チロン……

 

 涼やかな鈴の音を立てて冒険者ギルドがブルック支部の扉は開いた。入ってきたのは五人の人影、ここ数日ですっかり有名人となったハジメ一行である。ギルド内のカフェには、何時もの如く何組かの冒険者達が思い思いの時を過ごしており、ハジメ達の姿に気がつくと片手を上げて挨拶してくる者もいる。男は相変わらず女性陣に見蕩れ、ついでハジメに羨望と嫉妬の視線を向けるが、そこに陰湿なものはない。

 

 ブルックに滞在して二週間、その間にシアを手に入れようと決闘騒ぎを起こした者は数知れず。かつて、‘股間スマッシャー’という世にも恐ろしい所業をなしたユエ本人を直接口説く事は出来ないが、外堀を埋めるようにハジメから攻略してやろうという輩がそれなりにいたのである。

 なお、決闘を挑もう者は。面倒くさがりな双葉がオートで放つオーラ弾を当てられ、弾き飛ばされて気絶させられていた。

 

 オーラの攻撃は常人には不可視の弾丸。故に、ハジメが何かやってるものとして恐れられていた。挑む者もなくなり、ハジメには‘バトルスマッシャー’やら‘戦いにならぬ者’なんて異名を被っていた。

 ちなみに、香織は‘白金の聖女’、シアは‘蒼雷のウサ乙女’で双葉は‘黒曜の戦乙女’の異名を賜っており。それを知ったハジメは、その格差はなんだと嘆いたのは無理もないことだろう。

 ちなみにギルドでパーティー名の申請等していないのに‘ムテキ・ラヴァーズ’というパーティー名が浸透しており、自分の二つ名と共にそれを知ったハジメがしばらく遠い目をしていたのは記憶に新しい。

 その理由は仲睦まじいラブラブな場面をあちらこちらで目撃されている上にめちゃくちゃな強さのハジメを筆頭にする‘やべー奴ら’。お触り禁止と言うことで‘ムテキ’と名がつけられた様だ。

 

「おや、今日は全員一緒かい?」

 

 ハジメ達がカウンターに近づくと、いつも通り、‘キャサリン姐さん’がおり、先に声をかけた。キャサリンの声音に意外さが含まれているのは、この一週間でギルドにやって来たのは大抵、全員揃って無い……大体ハジメ一人か双葉とシア、香織とユエたちやそのほかの組み合わせだったからだ。

 

「ああ。俺たちは明日にでも町を出るんで、あんたには色々世話になったしよ。一応挨拶をとな。ついでに、目的地関連で依頼があれば受けておこうと思ってな」

 

 世話になったというのは、ハジメとがギルドの一室を無償で借りていたことだ。せっかくの重力魔法なので生成魔法での試行錯誤するのに、それなりに広い部屋が欲しかったのである。

 キャサリンに心当たりを聞いたところ、それならギルドの部屋を使っていいと無償で提供してくれたのだ。その間ユエは香織やシアに手伝ってもらいつつ、郊外で重力魔法の鍛錬である。

 

「そうかい。行っちまうのかい。そりゃあ、寂しくなるねぇ。あんた達が戻ってから賑やかで良かったんだけどねぇ~」

「勘弁してくれよ。服飾店のヘンタ……んんっ、変人といい。こいつらに踏まれたいとか言って町中で突然土下座してくる変態どもといい、‘お姉さま’とか連呼しながらストーキングする変態どもといい、決闘を申し込もうとしてくる阿呆共といい……碌なヤツいねぇじゃねぇか。出会ったヤツの七割が変態で二割が阿呆とか……どうなってんだよこの町」

「あ、あはは……なんなんだろうね、あの子たち」

「百合を拗らせたヤンデレ幼馴染でもあそこまでしないでしょ」

 

 遠い目をする双葉に同意する様、ユエとシアが疲れたように頷く。ちなみにクリスタベルは会う度にハジメに肉食獣の如き視線を向け舌なめずりをしてくるので、何度寒気を感じたかわからないが。

 それ以上に困った存在がブルックの町に出来た「派閥」だった。その派閥は日々しのぎを削り合い、日に日に勢力を増していくのを放置した結果。「踏まれ隊」、「奴隷になり隊」、「姉妹になり隊」の三つだ。それぞれ、文字通りの願望を抱え、実現を果たした隊員数で優劣を競っていたらしい。

 

 「踏まれ隊」は双葉に、あるいはユエに‘踏まれたい’連中で構成されているドMな変態の集まり。最初の頃はやんわり断っていた双葉でも何度もやられればキレる。最終的に、双葉が名も知らない踏まれ隊の隊員の隣。その地面を踏み砕き……「死にたいなら頭をそのままにしとけ」と脅してからは鳴りを潜めた。

 

 「奴隷になり隊」はシアの奴隷になりたいと言うツッコミどころしかない集団である。とりあえず放置していたがあんまりにもしつこいので付き纏う連中全て、双葉が一時的に喋れなくなる魔術をかけて高いところに吊し上げたりしてやっと全滅した。

 

 最後に一番厄介だったのが「姉妹になり隊」だ。

 

 彼らはユエ、シア、香織に陶酔しており。彼女たちの妹、あるいは姉になりたいと言う女性たちだ。だいたいが身の程も知らずハジメを排除せんと動いて返り討ちにあっている。最終的にはハジメに対しての殺人未遂にまで発展してしまったが、その下手人が半裸で高いところに吊るされるという見せしめを最後に収束した。

 

 そんな‘濃い’出来事を思い出し、顔をしかめるハジメに姐さんは苦笑いしつつ。

 

「まぁまぁ、何だかんで活気があったのは事実さね」

「嫌な活気だよ」

 

 やりとりを思い出したのか、苦虫を噛み潰したように顔を歪ませながら双葉は瞑目して何も言わなかった。

 

「今後そういったことがない様に気をつけるよ。本当に苦労かけたねぇ……ごめんよ。で、あんたたちは何処に行くんだい?」

「俺たちはフューレンに行く」

 

 そんな風に雑談しながらも、仕事はきっちりこなす姐さんは早速、フューレン関連の依頼がないかを探し始める。

 ちなみに‘フューレン’とは中立商業都市のことで、ハジメ達の次の目的地は【グリューエン大砂漠】にある七大迷宮の一つ【グリューエン大火山】である。その為、大陸の西に向かわなければならないのだが。

 その途中に【中立商業都市フューレン】があるので、大陸一の商業都市に一度は寄ってみようという話になったのである。なお、【グリューエン大火山】の次は、大砂漠を超えた更に西にある海底に沈む大迷宮【メルジーネ海底遺跡】が目的地となるので潜水艇を作る必要があるだろう、と一行は考えていた。

 

「う~ん、おや。ちょうどいいのがあるよ。商隊の護衛依頼だね。ちょうど空きが後三人分あるよ……どうだい? 受けるかい?」

 

 姐さんが差し出した依頼書を受け取り内容を確認するハジメ。確かに、依頼内容は、商隊の護衛依頼のようだ。大〜中規模な商隊のようで、二十人程の護衛を求めているらしい。ユエとシアは冒険者登録をしていないので、ハジメ、香織と双葉の分でちょうどだ。

 

「連れを同伴するのはOKなのか?」

「ああ、問題ないよ。あんまり大人数だと苦情も出るだろうけどね」

 

 冒険者の事情として戦利品などの持ち運びに手が必要な際に奴隷や格下の冒険者を雇うこともある。個人で持てる量に限りがあるが故に、そう言うことも多いのだと姐さんは語った。

 

「まして、ユエちゃん、シアちゃんも結構な実力者。三人分の料金でもう二人優秀な冒険者を雇えるようなもんだろう?断る理由もないさね」

「そうか、ん~。どうすっかな?」

 

 ハジメは少し逡巡し、意見を求めるように女性陣の方へ振り返る。正直な話、配達系の任務でもあればと思っていたのだが。というのも、ハジメ達だけなら魔力駆動車があるので、馬車の何倍も早くフューレンに着くことができる。わざわざ、護衛任務で他の者と足並みを揃えるのは手間と言えた。

 

「……急ぐ旅じゃない」

「そうですねぇ~、たまには他の冒険者方と一緒というのもいいかもしれません。ベテラン冒険者のノウハウというのもあるかもしれませんよ?」

「ノウハウは冒険者としてはヒヨッコの私たちにとっては役立ちそうだねー」

「その辺はそうね。あたしたちにない技術があるかもだし」

 

 ハジメは面々の意見に「ふむ」と頷くと姐さんに依頼を受けることを伝える。ユエの言う通り、七大迷宮の攻略にはまだまだ時間がかかるだろう。急いて事を仕損じては元も子もないというし、シアの言うように冒険者独自のノウハウがあれば今後の旅でも何か役に立つことがあるかもしれない。

 

「あいよ。先方には伝えとくから、明日の朝一で正面門に行っとくれ」

「了解した」

 

 ハジメが依頼書を受け取るのを確認すると、ハジメの後ろにいた香織たちに姐さんは目を向ける。

 

「あんた達も体に気をつけて元気でおやりよ? ボウヤに泣かされたら何時でもウチにおいで。あたしがぶん殴ってやるからね」

「……ん。お世話になった。ありがとう」

「はい、キャサリンさん。良くしてくれて有難うございました!」

「色々お世話になりました。でも……ふふ、そんな事はあり得ませんよ」

 

 香織はハジメの肩を指先で撫でつつ「ね?」と妖艶に微笑んで見せた。

 

「……すごいお嬢さんだこと。お前さんに関しちゃそんな心配もないだろうねぇ」

「ええ、そうですね」

 

 姐さんの人情味あふれる言葉にユエとシアの頬も緩む。特にシアは嬉しそうで、この町に来てからというもの自分が亜人族であるということを忘れそうになる。

 対照的に双葉は申し訳なさの混じった曖昧な笑み。かけた迷惑を考えると素直に笑え無い様子だった。

 ただ、彼らはこう感じる。ここの土地柄かそれともそう言う人達が自然と流れ着く町なのか、それはわからないが、いずれにしろ彼らには温かい場所であった。

 

「あんたも、こんないい子達泣かせんじゃないよ? 精一杯大事にしないと罰が当たるだろうからね?」

「……ったく、世話焼きな人だな。言われなくても承知してるよ」

 

 その言葉に苦笑いで返すハジメ。そんな彼に、姐さんは一通の手紙を差し出す。疑問顔で、それを受け取る。

 

「これは?」

「あんた達、色々厄介なもの抱えてそうだからね。町の連中が迷惑かけた詫びのようなものだよ。他の町でギルドと揉めた時は、その手紙をお偉いさんに見せな。少しは役に立つかもしれないからね」

 

 ウインクする彼女に、ハジメは若干ときめきそうになるが。相手が美魔女である事を思い直し、咳払いをしつつ。手紙一つでお偉いさんに影響を及ぼせるアンタは一体何者だ? という疑問がありありと表情に浮かんでいる。

 

「おや、詮索はなしだよ? いい女に秘密はつきものさね」

「……はぁ、わーたよ。これは有り難く貰っとく」

「素直でよろしい! 色々あるだろうけど、死なないようにね」

 

 謎多き、片田舎の町のギルド職員キャサリン。ハジメ達は、そんな彼女の愛嬌のある魅力的な笑みと共に送り出されるのであった。

 

 ──

 

 to be continued .



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

羽休めのイージートラベル

 □noside

 

 ブルックの街を旅立ったハジメ一行。他の冒険者たちと共に街道を歩き続けていた。

 馬車を使うことを前提に、距離にしておよそ六日の旅路である。日の上る前に出発し、日が落ちる前に野営の準備に入る。それを繰り返すこと三回目。彼らは、フューレンまで三日の位置まで来ていた。

 

 ここまで来れば、その道程はあと半分である。トラブルも特に何事もなく順調にハジメ達は隊の後方を預かっているがイレギュラーなど一切なくのどかな旅路となっていたのである。

 

 この日も、特に何もないまま野営の準備となった。ちなみに、冒険者達の食事関係は基本的に自腹である。周囲を警戒しながらの食事なので、商隊の人々としては一緒に食べても落ち着かないのだろう。

 別々に食べるのは暗黙のルールになっているが、そのルールはここ最近破綻している。商隊の人々と冒険者たちが和気藹々と焚き火を囲んでおり、その中心には双葉の姿があった。

 

「はいはい、ククルー鳥の皮煎餅ね。お上がりよぉ〜!」

「まってましたぁぁぁ! むしゃぁ……カーッ! ヌルいエールにも塩辛いツマミサイコー!!」

「フタバちゃーん、嫁に来てくれー! 君の手料理に惚れてまうやろー!」

「このカリカリした皮と脂を吸ってしなしなになったネギも良い。塩加減がマジ最高だよなぁ!」

 

 基本的に冒険者たちは、任務を受けている時は酷く簡易な食事で済ませてしまう。理由としては凝った食事を準備するとなると、調理器具やらの荷物が増えるためだ。いざという時、荷物が多いと邪魔になるのがストレスに直結する訳である。

 その代わりに、町に着いて報酬をもらったら即行で美味いものを腹一杯食うのが冒険者たちのセオリーなのだとか。

 

 そんな話を、この二日の食事の時間にハジメ達は他の冒険者達から聞いていた。中華鍋からククルー鳥の皮で再現した鳥皮脂(鶏油モドキ)の出涸らしな皮の残りを鶏皮煎餅風にして他の冒険者たちに奮っている現状を見てハジメは迂闊だった、と内心で渋面になっていた。

 

「双葉のやつ。餌付けしてるつもりじゃねぇよな?」

「大量の鳥の皮が残るから、それだけで喜んでもらえるなら良いんじゃないかなーって。実際美味しいしねこれ」

「鶏油がこの世界にないなら作るしかねぇぇぇぇ!」

 

 ニンニクの効いた鶏油を欲した双葉。料理に妥協しない彼女だからこその暴挙だった。まだ救いなのは、有益な情報が手に入ることだろう。別嬪の作る格別な手料理を食べさせてもらう礼として。例としては、しょうもないフューレンの娼館情報や意外とためになる冒険者あるあるなどなど。

 

 ギルドとの付き合い方などもおっさんたちから学び、なんなら意気投合した冒険者も何人かいる。羽振りの良さを自慢するような様子でもないし料理ができる仲間も連れているハジメに対しては今回の商隊に加わっていた多くの冒険者たちは仲良くなれたと感じてはいた。

 

「ハジメ、はい♪」

「……ん」

「おい、香織。ユエもかよ……」

 

 左右に挟まれてスプーンを差し出される。いわゆる両手に華、両手に‘あーん’のツインコンビネーション。どっちのスプーンを先に咥えるか、悩んだ末に香織の方からパクりと頬張る。くどくない、それでいて旨みが引き立つ香ばしさが口の中を通って鼻を突き抜けた。

 

「うっま……これは。炒飯か」

「んむぅ……」

「悪いな、ユエ。はむっ……うめぇ」

 

 ガーリック風味鶏油モドキで作り上げられた‘フタバ印’が、黄金ククルー鳥炒飯である。あまり出回らないらしい交易品らしくこの世界にも米が存在している。この米は長期保存の効く種らしく、商人のモットーから双葉が買った代物である。

 

「は、ハジメさん……っ!」

「なんだよシア」

「あ、あーん?」

 

 おずおずとスプーンを差し出すシアに対して、塩対応しても良いか。と内心で思っていたハジメに突き刺さる左右からの視線。それに屈して観念した彼はシアのスプーンも咥える。

 

「え、えへへ。師匠、ハジメさんが食べてくれました!」

「料理作ってるのあたしだって忘れてなーい?」

 

 ぶーたれる素ぶりの双葉だったが。美味しそうに自身の料理を頬張る仲間たちと冒険者たち相手に慈愛の微笑みを浮かべている。ゲームも何もないこの世界にて、食べることが最上の幸せになりつつあった彼女の感性で。

 料理を食べた者たちのその笑顔を見れるだけでも、腕を振るう甲斐があると言った様子である。

 

 なお、シアへの塩対応ができない理由としては、ライセン迷宮にて八面六臂の活躍と飛躍を見せたシアに対して報われるべきであるとユエが言い出したのがきっかけである。等しく、ハジメを愛する者としてシアも家族なのだからとは香織の話だった。

 いつの間にか外堀を埋められていたハジメからすれば、悪い話でもないかと受け入れてはいたが。なお、シアの夜這いじみたハジメの寝床への侵入は、話が別だとお仕置き対象になるのはそこまで許すと言う気はないようである。

 

「おーう、ハジメ坊ちゃん。この酒でもどうや」

「おい、アルハラはやめろって言ってんだろうが。あと、坊ちゃんはやめろガリティマのおやっさん」

「はっはっは、おまえさんの強さは折り紙付きだが、ここだと一番若い男なんだからよぉ」

 

 食事時も終わり、酒を片手にハジメの元にやってきたのはガリティマと言うこの商隊の護衛隊リーダーである。

 ククルー鳥皮煎餅を肴に飲んだくれ、酔っ払っているのは最初顔を合わせた頃と比べたら雲泥の差、ハジメに対しては人聞きの噂を間に受けて畏怖を抱いていたはずなのだが。

 聞いた評判ほど一行がヤバい連中ではないと見抜くや否や、ハジメに酒を勧めるなどのちょっかいを、どうやら舎弟のように見られているらしく……目をかけてくれるようになった人である。

 

 的確な判断で斥候の冒険者を先行させて安全の確保とイレギュラーを徹底的に排除する姿勢のおかげで、最後尾を護るハジメたちは楽をさせてもらっているのだ。なお、その楽の見返りになのか双葉がこうして料理を振る舞うようになったのではあるが。

 

「この先トラブルはないって保証は無いが、なるべくお前たちの手を煩わさんようにさせるよ」

「あいよ。で、何か頼み事か?」

「気になることが一つ、ここ数日魔物の影も形もないのが気になってな。斥候が手を抜くと商隊が全滅することもあるから徹底的に索敵はさせるんだが……」

「見落としひとつ、ダイヘドアでもでたら並みの商隊なんざイチコロだろうしな」

「あんなクラスの化け物がこの街道に出てたまるかよ」

 

 相槌を打ちつつ、「そんな大層な魔物だったのかアレが」と内心で呟きながら愛の元に素手でアレをぶっ倒せるカムのことを思い出しながら少しだけ懐かしい気分になるハジメ。

 

「わかった。空から双葉、後はシアの索敵も一応つけとくか?」

「任せる。と言うかホントフタバちゃんには頭が上がらねぇなぁ。料理だけでも感謝してるってのに」

「適材適所だよ。その分俺たちは楽してんだから」

「ったく、こんな物騒な小僧のどこが良いんだってのは禁句か?」

「へっ、もうその手の話にいちいちキレるつまりはねぇよ」

 

 ハジメの物言いに、お手上げと降参なのかガリティマは両手を上げて。解毒剤を片手に去っていく、酒は解毒剤で中和できると言うのも彼から教わった知識である。

 

 それから暫く経ち、残す道程があと一日になった昼下がり。商隊は魔物の群れと言う襲撃者によって平和な時間が崩れることになった。魔術で飛行しながら辺りを見回していた双葉の目に映ったのは優に百を超える魔物の群れだった。次に気がついたのはシアで、街道沿いの森の方へウサミミを向けピコピコと動かすと、のほほんとした表情を一気に引き締めて警告を発した。

 

「敵襲ですぅ~! 数は百以上で、森側から来ますよぉ~!!」

「あん? 双葉、確かかぁー?」

「シアの言葉通りだよ、警戒態勢をよろしくー!」

 

 ハジメたちのやりとりを聞き、冒険者達は身を引き締める。現在通っている街道は、森に隣接してはいるが其処まで危険な場所ではない。フューレンと言う大陸一の商業都市へのルートなのだから、道中の安全はそれなりに確保されている。なので、魔物に遭遇する話はよく聞くが、せいぜい二十体前後、多くても四十体くらいが限度のはずなのだ。

 

「魔物が百以上だと? 最近、襲われた話を聞かなかったのは魔物が勢力を溜め込んでいたからなのか? だが……なんで斥候の索敵に引っかからなかったんだ?」 

「んなもんは知らん。双葉、蹴散らせるか?」

「森林破壊を気にしなくてもいいならまとめて吹っ飛ばせるけど―?」

「おいバカやめろー!? フューレンから苦情が来るぞ!?」

 

 ガリティマは双葉の言葉に静止を呼び掛け、苦い表情をする。商隊の護衛は、全部で十七人。ユエとシアを入れても十九人だ。この人数で、商隊を無傷で守りきるのはかなり難しい。単純に物量で押し切らてしまうのは明らかだった。

 

「よし、ハジメを頼らせてもらおう!」

「ここまで楽させてもらった都合、仕事くらいはしとくか」

「ガリティマさんは他のみんなと一緒に商隊の随伴ヨロ!」

 

 いつの間にか着地していた双葉も戦闘態勢を取るべく大機械槍(ガングニールspecⅡ)を手に前線へと歩んでいく。商隊が止まり、冒険者たちも展開して護る位置に着く。ハジメと香織、ユエが馬車の上に位置取り。ドンナーを抜いて肩を叩き、杖を持って先を眺め。爆砕ショットランサー(ブリューナク)を構えたユエをほかの冒険者たちはおっかなびっくりで眺める。

 

「森から出てきたところを叩くよ。ユエ、援護を……」

「あっ、ユエ待て! 詠唱を忘れんなよ?」

「……ん」

 

 ハジメが静止して、ユエは合点がいったのか。分かっていないのか不明だが頷いて見せる。その手を天に掲げて、重力魔法をベースに雷撃系の魔力を練り上げる。思い浮かべるのは双葉の放って見せた〝赫の極光〟だった。

 

「赫たる龍の息吹、雷撃に宿りて敵を灼き滅ぼせ……我が怒りの代行者、‘雷赫龍(サンダーヴァーミリオン)’」

 

 天に昇るのは赤いワイバーン。否、高密度の雷撃であった。それは赫に染まったその巨躯を羽ばたかせて敵に突き進んだ。放電(スパーク)と共に、轟音と激震が一帯を吹き飛ばし、森から出てきた魔物の悉くを赫色に達した超高電圧の超電流が灼き切っていく。その一部始終を見ていた冒険者たちは、目が皿になったかと言わんばかりに見開くとユエを見やった。

 

「おい、今のはなんだ」

「……例の魔法と双葉からもらった竜の魔力。そして、それらを組み合わせつつ、雷槌を改良して自動追尾(ホーミング)させてみた」

「いや、そういうことじゃなくてだな」

「なんと言うか……噂通りの実力なのはよーくわかった」

 

 ユエの魔法によって焼き尽くされて抉られた、あるいは余波でひっくり返された土壌を双葉が土の魔術で再集積、その埋められた場所をシアが戦槌ミョルニルの反対側で殴って再活性化、緑が再生していくのを見やり。ガリティマは考えるのをやめた。

 

 その後、あれこれと目の色を変えた魔法を使う冒険者たちがユエに質問攻めしようとしたので、ハジメがキレて空砲をぶっ放し、静かにさせた。ついでに、威圧の固有魔法も使っていたのが面白かったと双葉は語るのであった。

 

 こうして、落ち着きを取り戻した商隊は歩みを再開するのだった。

 

 ■双葉side

 

 六日の旅路を経てあたしたちは中立商業都市フューレンに到着したんだけど、フューレンの東門には六つの検問のような所がある。そこで持ち込み品のチェックをするそうで、あたしたちもその内の一つの列に並んでいた。

 この行列だし、まだまだ時間がかかりそうだなぁと馬車の上で。ハジメはあたしの膝枕で寝転がり香織とユエがあたしの背中にもたれかかってうとうとしている。シアはあたしが模写とこの世界にの文字に合わせて翻訳した漫画を読んでいた。

 そんな感じで暇を潰していたあたしたちの元にモットーさんがやってきたのだけど若干、呆れ気味にあたしたちを見上げる彼に、ハジメは軽く頷いて屋根から飛び降りた。

 

「まったく豪胆ですな。“周囲の目”が気になりませんかな?」

「まぁ、煩わしいけどな、仕方がないだろう。気にするだけ無駄だ」

 

 そう、ハジメが返すとモットーさんも苦笑い。ちなみに彼の言う“周囲の目”とは、あたしたちの行く先々でお約束になりつつある……毎度お馴染みのハジメに対する嫉妬の目、そして気にもしたく無いが、あたしたちに対しての羨望と気色悪さを含んだ目だ。

 加えて、今は、シアに対する値踏みするような視線も増えている。様々な人間が集まる場所では、ユエもシアも単純な好色の目だけでなく利益が絡む注目を受けるのも仕方ないか。

 

「フューレンに入れば更に問題が増えそうですな。やはり、彼女を売る気は……」

「アレは双葉の所有物だ。まぁアンタの気持ちもわからなくは無いが、双葉が断った以上俺がそれを説得するつもりはない」

 

 さりげなくシアの売買交渉を申し出るモットーさん、やっぱり商魂逞しいな。なお、ハジメもすぐさま却下してるあたりなんだかんだシアが大事なんだねーとニヨニヨしつつ。

 

「そいつは建前だろ? 本心は何だ?」

「……貴方のもつアーティファクト。やはり譲ってはもらえませんか? 私の商会に来ていただければ、公証人立会の下、一生遊んで暮らせるだけの金額をお支払いしますよ。貴方のアーティファクト、特に〝宝物庫〟は、商人にとっては喉から手が出るほど手に入れたいものですからな」

 

 〝喉から手が出るほど〟そう言いながらもモットーさんの笑っていない眼をみれば〝殺してでも〟という表現の方がぴったりと当てはまりそうなので……これ以上はハジメが物理的に捩じ伏せにかかりかねないから助け舟を出すことにした。

 

「シア、ちょっと変わってね」

「ふわっ!? 師匠、いきなり変わり身のジツはやめてくださいよぉー。 あ、香織さんたちを支える為に……?」

「そ言うこと、よろしく」

 

 宝物庫を欲するのは、モットーさん達。商人にとって常に頭の痛い懸案事項である商品の安全確実で低コストの大量輸送という問題が指輪一つで一気に解決するのだから無理もない。

 

「はーい、モットーさん。少し商談よろしくて?」

「フタバ殿……今はハジメ殿と交渉をしておりましてその」

「ほい、これで手打ちにしてくれません?」

「ん? なんですかなこの羊皮紙は」

 

 あたしがマイ亜空間から取り出したのはシンプルな羊皮紙に術式を書き込んだ代物である。普段なら神結晶の指輪をベースに擬似宝物庫を量産するんだけど、今回ばかりは神結晶の在庫がないから……

 

「これは“簡易収納(セルフスクロール)”ってアーティファクトなんだけど、規模的には一般的な小屋一つ分の物品を収納できる容量の魔法の収納箱なんだけどね?」

「なんですと!?」

「これを、モットーさんに預けるよ」

「なん、ですとぉぉぉ!?」

 

 モットーさんがひっくり返らんほどの勢いで仰け反った。びっくりしすぎじゃない? すっごいオーバーリアクションな気がするんだけど。

 

「おい、双葉。そんなもん渡して良いのか?」

「もちろん、ハジメの持ってるアーティファクトとシアに関してのしつこい商談はこれっきりにしてもらいたいかな?」

「ぐっ……流石、鷹の目をお待ちですな。私の痛いところをピンポイントで射抜かれては、これ以上食い下がれないではありませんか」

 

 モットー氏に“簡易収納”を贈呈する代わりに見たアーティファクトに関しての箝口を契約してもらった。ドンナーや宝物庫と言うアーティファクトを譲って欲しいと根強い交渉をハジメに持ち掛けてきていたのだ。顔を合わせるたびにそうなりかねないならば契約で縛ってしまう方がいいのである。

 

「賢い商人さんであると、信頼を買ったんですから。商売は信頼第一ですよ?」

「御見逸れしました。交渉においては勝てる気がしませんな」

 

 そう言ってモットーさんは引き下がって、ハジメに深く頭を下げる。

 

「幾多の交渉に付き合ってくださり、ありがとうございました。ただ、これは老婆心からの忠告ですが」

「おう、なんだ? まぁ、アンタには何かと世話になったから話くらいは聞いてやるよ」

「あまりに隠そうとしておられないのは、よろしくはないのではありませんかな? 私のように理性ある輩ならば引き下がりますが、人とは強欲と言う業を切れぬ愚物もおりますのでな。なるべく、人目を気にされる方が良いかと思いますぞ?」

「……それに関しちゃまぁ、一理あるな。肝に命じておこう」

 

 簡易収納を懐に忍ばせてモットーさんはあたしたちと向き直り、次は普通の商人として営業モードに切り替わる。

 

「ご入り用の際は、我が商会を是非ご贔屓に。あなたたちは普通の冒険者とは違う。特異な人間とは繋がりを持っておきたいので、それなりに勉強させてもらいますよ」

「……ホント、商売魂が逞しいな」

 

 あたしは苦笑して、ハジメから呆れた視線を向けられながら、「では、失礼しました」と踵を返し前列へ戻っていくモットーさんを見送る。

 

 馬車の上に佇むシア、そして香織とユエには、さっきと比べたらより強い視線が集まっている。モットーさんの背を追えば、さっそく何処ぞの商人風の男がユエ達を指差しながら彼に何かを話しかけている。

 

 物見遊山的な気持ちで立ち寄ったフューレンだが、あたしの思っていた以上に波乱が待っているかもしれないなーと思いながら。なかなか進まない列の先を見据えるのだった。

 

 ──

 

 to be continued .



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

トラブルとのお付き合い

 ■双葉side

 

 フューレンに到着したあたしたちはモットーさんと別れる際に依頼書へ証印を貰い、ギルドへ向かう。依頼書の提出もあるけど、ブルックで貰ったような街のガイドブック見たいなものでもないかと尋ねたわけだ。

 が。ギルドの受付さんはこの街に初めてきたあたしたちに対して、案内人の存在を教えてくれた。

 

 まず、フューレンは四つの区間に分かれている。この都市における様々な政の中心である中央区。数多の娯楽施設が集まる観光区に、職人たちが鎬を削り合うように活気あふれる職人区と繋がるように併設されたあらゆる業種の店が並ぶ商業区。

 この街で全ての区間が連なるメインストリートの中心部に近いほど信用のある店が多いというのが常識らしい。

 メインストリートからも中央区からも遠い場所は、盗品発掘品、墓荒らし品などなんでもござれなブラックな商売が、言い換えれば闇市的な店が多いらしく。闇市には時々とんでもないアーティファクトなどと出るらしく、冒険者や傭兵のような荒事に慣れている者達がよく出入りしているそーな。

 

 ギルドのカフェにて軽食を摂るあたしたちに、そんな話をつらつらと語ってくれたのは目の前の女性。あたしたちが雇った案内人のリシーさんで、料金を払いまずはこの街を知ることから始めるべきだとタメになる話をしてくれた。

 あたしたちはこの世界からすれば上澄も上澄み連中だろうし、強いって言ったって土地勘という敵には勝てないのだよトムソンくん。

 

「そういうわけなので、一先ず宿をお取りになりたいのでしたら観光区へ行くことをオススメしますわ。中央区にも宿はありますが、やはり中央区で働く方々の仮眠場所という傾向が強いので、サービスは観光区のそれとは比べ物になりませんから」

「なるほどな、なら素直に観光区の宿にしとくか。どこがオススメなんだ?」

「お客様のご要望次第ですわ。様々な種類の宿が数多くございますから」

「そりゃそうか。そうだな、飯が美味くて、あと風呂があれば文句はない。立地とかは考慮しなくていい。あと‘責任の所在’が明確な場所がいいな」

 

 ハジメの要望。責任の所在が明確、ねぇ……リシーさんが可哀想に一時停止する。その言葉の意味を推し量れていないのかもしれない。ので、私が補足する。

 

「簡単に言えば、襲われても正当防衛を保証してくれるとか。そんな感じかなぁ?」

「お、襲われる!? そ、そんな事態はありえないのでは?」

「ウチのシアは兎人族だし。しつこい交渉とか何度も経験してると、ね?」

「あー、そういう。と言いましょうか。ハジメさんの一党はその……美女が多いですものね」

 

 納得されてしまった。彼女の頭では条件に当てはまりそうな宿をリストアップしてくれているのだろうか、とても真剣な顔で考えてくれているのは目に見えて明らかだし。

 

「それなら警備が厳重な宿をご紹介いたしましょうか? そういうことに気を使う方も多いですし」

「ありがとー、リシーさん」

「欲望に目が眩んだヤツってのは、時々とんでもないことをするからな。警備も絶対でない以上は最初から物理的なお引き取りを考慮した方が早いってわけだよ」

「ぶ、物理的……」

 

 苦笑しながら、話すハジメにも遠い目のリシーさん。まぁ、気持ちはわからないでもないが、これがあたしたちの……目立つ集団の普通なのだろう。敏腕案内人としての矜持か、アレコレ要望を応えてくれる。

 ユエはキレイなお風呂、香織とシアは大きなベットを頼んでおり。その意図を理解した彼女がチラチラとハジメを見る。頬を染めながら野次馬根性でポツリと一言。

 

「い、意外と性豪なんですか……?」

「……ノーコメントで!」

 

 まぁそりゃその返答だわなーとか思っていた時である。ハジメに対して大勢の男連中が「口に出さすとも殺せたならば」なんて呪詛を吐く中で……嫌な視線をひしひしと感じた。例えるならば、ねっとりとした粘着質な視線。

 あたし、香織、ユエとシアに無遠慮で不躾な気がする。どんなことにも動じないあの香織ですら、真顔になってるあたり相当な嫌悪感を抱いているに違いない。

 ……そちらに目線を這わせると、豚がいた。脂ぎってべっちょりした薄い金髪の頭にぎとぎとと肌がテカる豚鼻の小柄な横に広い体を持つブタ男だ。服飾から判断すると身なりはいいから、貴族か何かなのだろうけど服に着られているのがツボに入って笑いかけた。

 欲望で染まる濁った目をシアに対して向けているのがわかり、あたしは天を仰ぎ。「また、トラブルかぁ」と口に出して、それ(ブタ男)に気がついたリシーさんはというと。

 

「げっ……プーム・ミン!?」

「その反応を見るに、あまり良くない噂が多そうですね?」

 

 お淑やかな雰囲気が翳るほどに、それはそれは嫌悪に満ちた視線をブタ男に向けているのがわかる。それほどに嫌われ者、相当な女の敵だと思うんですけど?

 

「ええ。何人も妾を取るし強引にお金で人の奴隷を買い上げようとする最低な男爵家のボンボンです。注意しておくべき貴族の一人として槍玉に挙げられる人物ですわ」

「あー、街のいい点を優先してくれてたわけか」

「はい……注意が遅れてすみません」

「……構わない。実害が出るなら、排除するだけ」

 

 ハジメがその意図を汲み、ユエがリシーさんをフォローして。こちらにゆっさゆさと贅肉をゆらし歩いてくるブタはシアに相当ご執心のようで、まぁ気持ちはわかりたく無いが理解はできる。

 心底めんどくさいと思いつつもあたしは立ち上がり、彼の前に出た。

 

「ごきげんよう、プーム・ミン様。私の奴隷にご執心なご様子ですが、まさか探し回っておられましたか?」

「わ、わかっているならは、はなしが早い。ひゃ、百万ルタやる。この兎を、わ、渡せ。それとそっちの金髪はわ、私の妾にしてやる。い、一緒に来い」

「お断りします。二人とも私の大事な連れですので」

「うんうん、あまり。調子にならないで欲しいですねー♪」

 

 その要求に対しては即座に断り。ユエも妾にすると宣ったブタ男に対してあたしとハジメは、ニコニコして彼の隣に控えている香織からも威圧(殺気)が飛ぶ。あたりの空気が一変するほどの濃密な殺意を突きつけられれば……「ひぃ!?」とブタ男は情けない悲鳴を上げると尻餅をつき、後退ることも出来ずにその場で股間を濡らし始めた。

 

 一人に対して叩きつけるには過剰かもしれないが、なぜか周りの男どもも怯えている。あ、さてはハジメが先手必勝と雇われの冒険者にも牽制してるってところかな。あるいは、ついでにギルドの男連中に対して。香織とユエに無遠慮な視線を送っていたのにキレてるとか。

 

「さて、場所変えて色々教えてもらってもいいですか。リシーさん?」

「えっ、あの」

「ここで落ち着いて話せねぇよ。ブタが汚物撒き散らしてるところで、くせぇところで話なんてできるとでも?」

 

 ハジメも立ち上がり、あたしたちはギルドを出る準備をする。この状況に困惑しているリシーさんが可哀想だが、彼女を逃すつもりはない。他の案内人を探すのも面倒なんだし、最後まで付き合ってもらう所存だし。

 なお、あたしと香織は目の前でへたり込むブタに威圧を放ったけど。ハジメは周囲で聞き耳を立てていた冒険者たちだけに威圧を放ったらしい。器用にリシーさんは対象から外したそうな。

 

 このままギルドのカフェから出ようとしたあたしたちの前に、あのブタとは違ってガタイの良い筋肉だけで100キロはありそうな巨漢が立ちはだかる。いかにも歴戦の冒険者って風貌で腰にはロングソードを佩ているし、おそらくは……雇われの冒険者かな?

 

「そ、そうだ、レガニド! そのクソガキどもを殺せ! わ、私を殺そうとしたのだ! 嬲り殺せぇ!」

「坊ちゃん、流石に殺すのはヤバイですぜ。半殺し位にしときましょうや」

「やれぇ! い、いいからやれぇ! そ、そこの兎と、き、金髪のお、女は、傷つけるな! 私のだぁ!」

「了解ですぜ。報酬は弾んで下さいよ」

「い、いくらでもやる! さっさとやれぇ!」

「ちょっといいかな?」

 

 醜いやり取り、心底うんざりしたあたしは亜空間より大槍を抜いた。威圧のため、そして相手に見せつけるため。片側、金の瞳に燐光を宿す。

 

「やり合うってなら、決闘と見受けるけど? あんたがどれほどのやり手冒険者だとして、勝てるつもりならかかってきなよ……言っとくど、あたしは手加減しないわよ?」

 

 ごう、振い。ズン、と石突で床を撃つ。それだけで床が割れれば40センチほどの深さの亀裂になり、それを見た巨漢は引き下がる。

 

「……坊ちゃん、やめときましょう」

「レガニド!? な、なぜだ!」

 

 ブタ男は当然喚く。が、その後にレガニドと呼ばれた冒険者は言う。ブタ男の首根っこ掴みながらカフェから出ていくのを見送る。

 

「割りにあわねぇんだよこの仕事は」

 

 そう言い残して去るのを見るに、護衛の任務を全うするようだ。その後二度と契約しないだろうけどね。

 

「お、おい、〝黒〟のレガニドが退いたぞ? いや、アレは相手したくねぇな」

「〝暴風〟のレガニドが割りに合わないって……てかなんでアレの護衛なんか?」

「金払じゃないか?〝金好き〟のレガニドだろ?」

 

 周囲のヒソヒソ声で大体目の前の男の素性を察したけど、アレが〝黒〟かぁ……天職持ちなのかどうかは分からないが冒険者ランクが〝黒〟ということは、上から三番目のランクということで相当な実力者ということになる。

 

「半殺しにしときゃあもっとスマートになるんじゃねぇか?」

「蛮族じゃ無いんだし、対話で解決できるならそれでいいじゃん」

「武力誇示して威嚇したら蛮族でしょ?」

 

 足元の亀裂を指差しながら香織が指摘してくるが、魔力を通して床の亀裂を修復させる。無機物の復元ができるようになったからできる荒技だった。

 

「……やはり暴力、暴力は全てを解決する」

「……あの、帰っていいですか?」

 

 明らかにヤバい連中だとリシーさんに引かれているが、笑顔でハジメは応対する。「逃がさないぞ?」と笑顔で言ってる気がするが……そうして、不憫なリシーさんにはナムナムと手を合わせてフューレンの観光はこれ以上の混乱なく終えることができるはずだった。

 

「ちょっと、いいですか?」

 

 亜空間に槍をしまいつつ、話しかけられたことに気がついたあたしが振り向くと。騒ぎを聞きつけてかやってきていたギルド職員が数人、他の男連中にも話を聞いてるあたり裏取りもしっかりか。

 

「はい、なんでしょうか?」

「先ほどの騒ぎについて事情を話していただけないかと思いまして」

 

 営業スマイルで職員さんは逃がさんと口に出さずとも語る。ハジメもめんどくさそうな雰囲気を隠すつもりはないらしく。

 

「悪いが、こっちは連れを奪われそうになったんだ。流血沙汰にしなかっただけでもこっちは譲歩してるんだが?」

「だとしても、です。後ほどミン男爵様に抗議するためにも」

「……断る、俺たちは急いでるんだ」

 

 そこへメガネをかけた、明らかにデキそうな男がやってくる。背筋がピーンとしていてキビキビ歩いてくる。て言うか結構若いな?

 

「ドット秘書長! 実は……」

 

 秘書長と呼ばれた彼はギルド職員から話を聞くと。私たちにギルドの非を認めて、改めてお茶を振る舞いたいとのこと。つまりはまぁ、お茶をしばきながら話をしようとのお誘いだった。

 

「ハジメくん、この辺は折れとこう?」

「香織、どう言う事だ?」

「今後、ギルドの後ろ盾は得たいし相手が幹部クラスだから無視するのもどうかって感じかな」

 

 香織の提案にハジメが折れて、仕方ないが手短に頼むとドットさんに頼み、あたしたちはギルドの奥の部屋へと案内されるのだった。

 

 □noside

 

 ドット秘書長の要求である、身分証の提示。つまりはステータスプレートの提示を行う3人に対して、ユエとシアの身分の保証はどうするのかとなる。

 

「長旅の間で魔物に追っかけられたことがありましてぇ、その時に落っことしたんじゃないかなーって……あはは……」

「……シアと私が旅をしてた頃の話。ステータスプレートを入れていたカバンも放り出して逃げたからない」

 

 シアとユエが後から合流した連れであることは違いなく、多少の虚言を交えた真実なのだ。と前々から打ち合わせていた内容である。

 

「なるほど、それでハジメ君たちと出会いフューレンまで組んで来たわけですか。兎人族である以上目をつけられるから強いフタバ君の奴隷として過ごしているのですね?」

 

 でっちあげたカバーストーリーではあるが、ドットもそう言う状況ならばステータスプレートを無くしても仕方ないだろう、と一応納得した。

 

「身分の保証としては、コイツを預ける。ブルックのギルド職員から困った時にギルドに見せろって言われた手紙だ」

「これは……」

 

 手紙の内容を把握していないが、使い所はすぐだったなとハジメはトラブルに見舞われることを見越してこれを託した姐さんに心の中で頭を下げる。彼の頭が上がらない女の一人が増えた気がした。

 

「この手紙が本当なら確かな身分証明になりますが……この手紙が差出人本人のものか私一人では少々判断が付きかねます。支部長に確認を取りますからもう少し待っていただけませんか? そうお時間は取らせません。十分、十五分くらいで済みます」

「わかった、待たせてもらう」

 

 なお、この場にリシーはおらず。ハジメが料金をさらに積んで待たせてあり、不憫である。茶を飲みながら時間を潰して過ごし、十分ちょうどほどでドット秘書長と共に部屋に新たに入ってきた新顔が一人。

 何処かエレガントな閣下を彷彿とさせる三十代の男性だった。

 

「初めまして、冒険者ギルド、フューレン支部支部長イルワ・チャングだ。ハジメ君、カオリ君、フタバ君、ユエ君、シア君……でいいかな?」

 

 ハジメに握手を求めるのは支部長のイルワで、フタバが控えてあるが臆することもない胆力の持ち主だ。それに応じるべく、ハジメも握手と返事で応えた。

 

「ああ、構わない。俺たちの名前は、手紙に?」

「その通りだ。先生からの手紙に書いてあったよ。随分と目をかけられている……というより注目されているようだね。将来有望、ただしトラブル体質なので、出来れば目をかけてやって欲しいという旨の内容だったよ」

「あっはっは……合ってるからなんとも否定しずらいなぁ。あれ、先生っていうのはどういう」

 

香織を制しつつ、それを聞いて真顔になるハジメ。本当に足を向けて寝れないな、と小さく嘆息した。それは他の面々も同様で、ジーンとした雰囲気である。

 

「トラブル体質……ね。確かにブルックじゃあトラブル続きだったな。まぁ、それはいい。肝心の身分証明の方はどうなんだ?」

「ああ、先生が問題のある人物ではないと書いているからね。あの人の人を見る目は確かだ。わざわざ手紙を持たせるほどだし、この手紙を以て君達の身分証明とさせてもらうよ」

「有難うございます。でも、増々謎だなぁ……何者なの姐さんって」

 

 双葉が腕を組み、小声で疑問符を浮かべつつ。イルワが応じる様に説明をしてくれた。

 

「彼女は、王都のギルド本部でギルドマスターの秘書長をしていたんだよ。その後、ギルド運営に関する教育係になってね。今、各町に派遣されている支部長の五、六割は先生の教え子なんだ。私もその一人で、彼女には頭が上がらなくてね。その美しさと人柄の良さから、当時から僕らのマドンナ的存在、あるいは憧れのお姉さんのような存在だった。その後、結婚してブルックの町のギルド支部に転勤したんだよ。子供を育てるにも田舎の方がいいって言ってね。彼女の結婚発表は青天の霹靂でね。荒れたかな……ギルドどころか、王都が」

「はぇ、そんなにすごい人だったんだ」

「……キャサリンすごい」

「只者じゃないとは思っていたが……思いっきり中枢の人間だったとはな」

「まぁ姐さんだしね」

 

 何処か自慢げな双葉にイルワは成程、と漏らす。彼女の人選であればあるいは、と話を切り出した。

 

「実は、君達の腕を見込んで、一つ依頼を受けて欲しいと思っている」

「場合と報酬による。俺たちにはやらないといけないことがあるからな」

 

 即応したハジメに目を見開くイルワ。勿論ハジメも内心でメリットとデメリットを天秤に賭けて出した答えであり、相手がギルドの支部長だからと言う物もある。打算無く彼が話には応じないとイルワも内心で把握していた。

 

「分かった。今回の依頼内容だが、そこに書いてある通り、行方不明者の捜索だ。北の山脈地帯の調査依頼を受けた冒険者一行が予定を過ぎても戻ってこなかったため、冒険者の一人の実家が捜索願を出した、というものだ」

「ありきたりな行方不明者の捜索だな……だが、北の山脈地帯といやぁ」

「相応に強力な魔物がいる地帯だし、それなりの実力者じゃないと危険だって言われてる場所だね」

 

 香織がさげている鞄から地図を取り出してそう呟き、それに頷いたイルワは話を進める。彼が語った話をまとめると、だ。

 最近、北の山脈地帯で魔物の群れを見たという目撃例が何件か寄せられ、ギルドに調査依頼がなされた。北の山脈地帯は、一つ山を超えるとほとんど未開の地域となっており、強力な魔物が出没する危険性も加味した上で高ランクの冒険者が派遣されることが決まったのだが。

 この冒険者パーティーに本来のメンバー以外の人物がいささか強引に同行を申し込み、紆余曲折あって最終的に臨時パーティーを組むことになった。この飛び入りが、クデタ伯爵家の三男ウィル・クデタ。

 クデタ伯爵は、家出同然に冒険者になると飛び出していった息子の動向を密かに追っていたそうなのだが、今回の調査依頼に出た後、息子に付けていた連絡員も消息が不明となり、これはただ事ではないと慌てて捜索願を出したそうだ。

 

「伯爵は、家の力で独自の捜索隊も出しているようだけど手数は多い方がいいと、ギルドにも捜索願を出した。つい、昨日のことだ。最初に調査依頼を引き受けたパーティーはかなりの手練でね、彼等に対処できない何かがあったとすれば、並みの冒険者じゃあ二次災害だ。相応以上の実力者に引き受けてもらわないといけない。だが、生憎とこの依頼を任せられる冒険者は出払っていてね。そこへ、君達がタイミングよく来たものだから、こうして依頼しているというわけだ」

「前提として、俺達にその相応以上の実力ってやつがないとダメだろう? 生憎俺は、いや。香織も双葉も〝青〟ランクだぞ?」

 

 ハジメは、言外にそこまでの実力はないと伝える。しかし、イルワは何を言ってるんだと言わんばかりの視線を寄越しながらそれに対してハジメも周りを見渡す。

 

「ライセン大峡谷を余裕で探索出来る者を相応以上と言わずして何と言うのかな?」

 

 そう、イルワは切り出すのだった。

 

 ──

 

 to be continued .



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

依頼よりも、いざ行かん米所!

 □noside

 

「ライセン大峡谷を余裕で探索出来る者を相応以上と言わずして何と言うのかな?」

「なんで知ってるんだ? 彼女にそんな話は……」

「してないぞー? あたしと香織は、だけど」

 

 双葉の言葉にハジメが、シアに探るようで胡乱な眼差しを向けると。観念したのか、おずおずと両手をあげて。

 

「何だ、シア?」

「え~と、つい話が弾みまして……てへ?」

「後でお仕置きね♡」

「!? ユ、ユエさんもいました!」

「……シア、裏切り者」

「じゃあ、二人共お仕置きだよー?」

 

 どうやら、原因はユエとシアのようだ。香織のお仕置き宣言に、二人共。平静を装いつつ冷や汗を流し、今日の夜は長くなりそうだと赤くなりつつ想像する。そんな様子を見て苦笑いしながら、イルワは言葉を続ける。

 

「生存は絶望的だが、可能性はゼロではない。伯爵は個人的にも友人でね、できる限り早く捜索したいと考えている。どうかな。今は君達しかいないんだ。引き受けてはもらえないだろうか?」

 

 どこか、懇願するようなイルワの態度。単にギルドが引き受けた依頼という以上に伯爵と友人ということは、もしかするとその行方不明となったウィルとやらについても面識があるのかもしれない。

 個人的にも、安否を憂いているのだろうと香織は分析し。双葉もその言葉に嘘がないと見抜き、藁にもすがる思いを受け取る。

 

「そう言われてもな、俺達も旅の目的地がある。ここは通り道だったから寄ってみただけなんだ。ここまで聞いておいて悪いが……そうだな、報酬次第では断らせてもらう」

 

 ハジメとしては、そんな貴族の三男の生死など心底どうでもいいが。報酬というものというより、金や名声は必要なく。必要な条件を突きつけるべく並列に考える。

 

「報酬は弾ませてもらうよ? 依頼書の金額はもちろんだが、私からも色をつけよう。ギルドランクの昇格もする。君達の実力なら一気に〝黒〟にしてもいい」

「いや、金は最低限でいいし、ランクもどうでもいいから……」

「なら、今後、ギルド関連で揉め事が起きたときは私が直接、君達の後ろ盾になるというのはどうかな? フューレンのギルド支部長の後ろ盾だ、ギルド内でも相当の影響力はあると自負しているよ? 君達は揉め事とは仲が良さそうだからね。悪くない報酬ではないかな?」

「ほーん、随分と友人の息子相手にしては入れ込み過ぎじゃないか?」

「彼に……ウィルにあの依頼を薦めたのは私なんだ。調査依頼を引き受けたパーティーにも私が話を通した。異変の調査といっても、確かな実力のあるパーティーが一緒なら問題ないと思った。実害もまだ出ていなかったしね」

 

 ハジメの言葉に、イルワが初めて表情を崩す。こんなはずでは、と言う後悔に満ちた悔しげな印象を彼は受けた。

 

「ウィルは、貴族は肌に合わないと、昔から冒険者に憧れていてね……だが、その資質はなかった。だから、強力な冒険者の傍で、そこそこ危険な場所へ行って、悟って欲しかった。冒険者は無理だと。昔から私には懐いてくれていて……だからこそ、今回の依頼で諦めさせたかったのに……」

「イルワさんの考えは間違いじゃないけど、ちょっと配慮が足らなかったんだろうね」

 

 双葉の言葉に自嘲の笑みも出せぬのか、焦燥した素顔をあらわにしてイルワは頭を下げる。

 

「ああ、こうも裏目に出るとは思っても見なかった。君たち以外に、本当に任せられる冒険者がいないんだ。だから、頼む……っ!」

 

 ハジメはイルワの独白を聞きながら、僅かに思案する。ハジメが思っていた以上に、イルワとウィルの繋がりは濃いらしい。血は繋がらなくとも、甥っ子を想う叔父の気持ちなのだろうと双葉も感じていた。

 これまで、すまし顔で話していたがイルワの内心は気が気ではないだろう。時間が経てば経つほど生存率はゼロに近くなり。無茶な報酬を提案したのも、イルワが相当焦っている証拠なのだろう。

 

 ハジメとしても、町に寄り付く度に、ユエとシアの身分証明について言い訳するのは、いい加減うんざりしてきたところであるし、この先、お偉いさんに対する伝手があるのは、町の施設利用という点で便利だ。

 

「ハジメ、受けてもいいと思うよあたしは」

「私もこの話はアリだと思う。冒険者として名を挙げておけば色々と便宜も図ってもらえるだろうしね」

「はぁ、しょうがねーな。おい、支部長さん。話はわかった」

 

 ハジメたちは聖教教会や王国に迎合する気がゼロである以上、異端のそしりを受ける可能性があり。その場合、町では極めて過ごしにくくなるだろう。個人的な繋がりで、その辺をクリア出来るなら嬉しいことだ。

 なので、大都市のギルド支部長が後ろ盾になってくれるというなら、この際、自分達の事情を教えて口止めしつつ、不都合が生じたときに利用させてもらおうとハジメは考えた。

 イルワの言い分からすればウィル某とは、随分懇意にしていたようだから、仮に生きて連れて帰れば、そうそう不義理な事もできないだろう。

 

「そこまで言うなら考えなくもないが……二つ条件がある」

「条件?」

「ああ、そんなに難しいことじゃない。ユエとシアにステータスプレートを作って欲しい。そして、そこに表記された内容について他言無用を確約すること、更に、ギルド関連に関わらず、アンタの持つコネクションの全てを使って、俺達の要望に応え便宜を図ること。この二つだな」

「それはあまりに……」

「出来ないなら、この話はなしだ。もう行かせてもらう」

 

 席を立とうとするハジメに、イルワもドットも焦りと苦悩に表情を歪めた。一つ目の条件は特に問題ないが、二つ目に関しては、実質、フューレンのギルド支部長が一人の冒険者の手足になるようなものだ。責任ある立場として、おいそれと許容することはできない。

 

「何を要求する気かな?」

「犯罪を犯した時に庇ってくれとかそんなのに使うつもりはない。俺だってそんな無茶な要求はしないぞ?」

「あたしたちはは少々特異な存在なんで、教会あたりに目をつけられると……いや、これから先、ほぼ確実に目をつけられると思うんだけど。その時、伝手があった方が便利だーなとハジメは打算を出したんでしょ?」

「色々と面倒事が起きた時に味方になって欲しいんです。ほら、私たちが指名手配とかされても施設の利用を拒まないとか……?」

 

 頭の回るハジメの両脇に控えている少女たちが捕捉する。その考えはリーダーのハジメの意に沿ったものであり、彼が訂正するそぶりもないことからそう言うことなのだろうと。

 

「指名手配されるのが確実なのかい? ふむ、個人的にも君達の秘密が気になって来たな。キャサリン先生が気に入っているくらいだから悪い人間ではないと思うが……そう言えば、そちらのシア君は怪力、ユエ君は見たこともない魔法を使ったと報告があったか」

「ま、そんな感じで詮索されるのも好きじゃないわけよ」

 

 にっと双葉が笑えばイルワは黙りこくる。どこかそら恐ろしさを覚え、その笑顔から顔を逸らして本題に戻った。

 

「その辺りが君達の秘密か…そして、それがいずれ教会に目を付けられる代物だと…大して隠していないことからすれば、最初から事を構えるのは覚悟の上ということか……そうなれば確かにどの町でも動きにくい……故に便宜をと……」

 

 流石、大都市のギルド支部長。頭の回転は早くイルワは、しばらく考え込んだあと意を決したようにハジメに視線を合わせた。

 

「犯罪に加担するような倫理にもとる行為・要望には絶対に応えられない。君達が要望を伝える度に詳細を聞かせてもらい、私自身が判断する。だが、できる限り君達の味方になることは約束しよう……これ以上は譲歩できない。どうかな」

「まぁ、そんなところだろうな……それでいい。あと報酬は依頼が達成されてからでいい。お坊ちゃん自身か遺品あたりでも持って帰ればいいだろう?」

 

 ハジメたちとしては、ユエとシアのステータスプレートを手に入れるのが一番の目的だ。この世界では何かと提示を求められるステータスプレートは持っていない方が不自然であり、この先、町による度に言い訳するのは面倒なことこの上ない。

 

 問題は、最初にステータスプレートを作成した時の騒ぎに対してはどうすればいいかという事なのだが、ギルドの長であるイルワの存在がその問題を解決できる。それが条件として口約束をしても、やはり密告の疑いはあるが。その時はその時だとハジメも内心で覚悟はしていた。

 遅かれ早かれハジメ達のぶっ飛び具合はバレるだろうが、積極的に手を回されるのは好ましくない。なのでステータスプレートの作成を依頼完了後にしたのである。どんな形であれ心を苛む出来事に答えをもたらしたハジメを、イルワも悪いようにはしないだろうという打算だ。

 

 イルワもハジメの意図は察しているのだろう。苦笑いしながら、それでも捜索依頼の引き受け手が見つかったことに安堵しているようだ。

 

「本当に、君達の秘密が気になってきたが……それは、依頼達成後の楽しみにしておこう。ハジメ君の言う通り、どんな形であれ、ウィル達の痕跡を見つけてもらいたい……ハジメ君、宜しく頼む」

 

 イルワは最後に真剣な眼差しでハジメ達を見つめた後、ゆっくり頭を下げた。大都市のギルド支部長が一冒険者に頭を下げる。そうそう出来ることではない。キャサリンの教え子というだけあって、人の良さがにじみ出ている。

 

 そんなイルワの様子を見て、ハジメ達は立ち上がると気負いなく実に軽い調子で答えた。

 

「組織のトップがそうそう頭を下げないでくれ。ああ、しっかりこなしてやるよ」

 

 その後、支度金や北の山脈地帯の麓にある湖畔の町への紹介状、件の冒険者達が引き受けた調査依頼の資料を受け取り、ハジメ達は部屋を出て行くのだった。

 

 ■双葉side

 

 名目上は街道として扱われているが、那由他の時を人々が行き来して人が、馬や馬車の車輪が、大地を踏みしめて硬くなった土の上には雑草も根を降ろせなくなるという話がある。アスファルトに根を下ろせる程に根性を持った彼らで根を降ろせない、ハゲ路と言うべきか。

 まぁ、馬車にサスペンションが搭載なんてされてないこの世界だと。馬車の旅は腰を痛めるだろうなーなんて思いつつ、あたしはハンドルを握っていた。

 

「作った甲斐があったな。ここまで楽に走れると」

「シュタイフでかっ飛ばしてもいいけど、こっちのが快適だからねー」

「……ん、涼しくていい」

「何度もすっ転んでた香織にシュタイフの運転なんてさせれる訳ないでしょ?」

 

 蒼白のシアがうんうんと頷いているのを見やり、相当怖かったんだろうなーと内心で同情。話が逸れたけど、ハジメが作ったアーティファクトの中でも一番の大物。それがこの某A国の軍用車であるハマーに似ている、白い魔力駆動車の〝ブリーゼ〟である。最高時速はシュタイフに劣らず、広い車内はグランピングだってできそうなくらい。荷台もあって恐らく10人は余裕で乗せて走れるだろう程の車なのである。

 それがこの悪路を物ともせず走り抜けるのは私も胸を張れる。魔力回路の設計は私が行ってるから並の効率ではなく、一の魔力で一キロは走れるように設計してあるのだ。まぁ、一般人の魔力量で考えればタクシーのワンメーターくらいの距離しか走れないから何とも言い難いけれども。

 

「あと1日もかけずに湖畔の街〝ウル〟に着けるし、このままかっ飛ばすよ?」

「おう、任せるわ。シアは……寝てるなこりゃ」

 

 鼻提灯に「すぴー」と寝息が聞こえ、それをユエが微笑ましいモノを見る慈愛の目で眺めている。もふもふなウサ耳をこっそりとハジメが撫でているのをニコニコと香織が眺める……これは色々ネタにされるんだろうなーとか考えながらあたしはアクセルを踏み込んでマニュアル・トランスミッション(MT)のギアを5に入れる。

 

「しかーし、やっぱ食にはこだわんないとねー……!」

「まぁ、双葉にとっちゃ、ウルにあるってアレが一番の楽しみってのはよくわかる」

「うんうん、私もあのチャーハンおいしかったけどやっぱ、タイ米モドキだったし……」

「……本場のコメはアレよりもおいしいの?」

「「「当然!」」」

 

 ユエの言葉にハジメと香織、あたしがハモる。それにキョトンとかわいらしい反応をしてくれるしユエも心なしか期待を膨らませた様である。豊富な水源があるウルの名産は稲作らしく、つまりはライス。白米、日本人の心の象徴である米が作られているのである。

 炊き立てのふっくらとしたご飯が恋しくて仕方なかったあたしはウルの資料を見てハジメ共々やる気を燃やしたのである。

 

「カレー、双葉作れるよな?」

「ふふふ、任せたまえ! 豆腐も作ったからカレーも、マーボーカレー、チキンカレーとか何でも作れるし!」

「いやそこはシンプルなしおおにぎりにしようよ」

「「あー、わかるわー」」

 

 と、あたし達がどうして米だけでこんなに盛り上がってるのかわからないとユエも首をかしげる。仕方ないんだこればかりはね……数か月、お米抜きはあたし達には堪えるんだよホントに。日本で育った都合、和食文化に染まったヴァルキリーなんですけどね? おばあちゃんの作ってくれた親子丼があたしの好物であるくらいには、米は大事な食べ物なのである。

 

「……私も楽しみ♪」

「おう、たらふく食おうな」

「腕によりをかけて作ってやんよ!」

 

 MTのギアを6に上げて、あたしはさらに速度を上げる。こうして、2時間後には……日が暮れる前にウルに到着。そして、ウルの街随一の高級レストランと名高い〝水妖精の宿〟にお邪魔させてもらったのだが、あんなことになるとは。あたし達は思いもしなかった。

 

 □noside

 

 水妖精の宿、そこは米料理を多く取り扱う店であった。オーナーのフォス・セルオは懸命にメモを走らせていた。厨房に立つべき人物がなぜ、と思われるかもしれないが。今の彼は臨時で指導を受ける立場だった。

 

「白いルーは確かにあたしたちの故郷でもあるわ。でも、邪道!」

「は、はい! では本場のカレーとは如何様な物なのでしょうか、先生!」

「ふ、よくぞ聞いてくれました! 私たちのカレーはこんな数種類のスパイスじゃ成り立ちません。あとこれは自作のカレー粉なんで好みに合わせるのがベストです。お客様のニーズに応えるのも料理人の腕を見せるところですから」

 

 フォスが先生と呼ぶ人物が何処からか取り出した金属缶、その中には茶色い粉がぎっちりと詰まっていた。見た目の色が悪いなと彼は一瞬思うも、次にはそれに心奪われる。

 

「なんと言う複雑な香り!? これは一体……!」

「香りのために八つのスパイスを混ぜてますから」

「八つ!?」

「色が悪いのはターメリックの黄色のせいですね。辛みは三つのスパイスで付けるのです」

 

 多くのスパイスを合わせた結果、黄褐色の粉になってしまう。そう、教わりながら勧められたままに指先に粉を付けて口に含むと。途端に数多の香り、そしてシンプルな辛みがフォスの口を突き抜けて彼の脳内にに火花が散る。情報過多、ソレでいて爽やかな辛みだった。

 

「これが、〝カレー粉〟です」

 

 手のひらサイズの金属缶を彼に渡し、その名を反芻する。これは料理に革新を齎すぞとフォスは戦慄し、震えあがる。なお、そんな大仰なことを彼が考えてるとはつゆ知らず、双葉は話を進めた。バターを溶かした鍋の底で切った玉ねぎを飴色になるまで炒め、別の鍋で肉を煎るようにサッと焼くと先ほどの玉ねぎと合流させつつ、牛脂を溶かした油とニンジンとジャガイモを投入する。

 軽く炒めてから、水を投入してローリエの葉を浮かしながら灰汁を取り除きつつ煮込んでゆき……小麦粉をバターで捏ねたものにカレー粉を練り込んでそれを溶かし込みながらじっくりと煮込む。すると、次第にとろみがついてゆくのが分かる。

 

「これが、カレーです。ニホンジンのソウルフードたるカレーライス!」

「なんと、色はアレですが。とても、鼻腔をくすぐるこの匂いは……空腹を刺激する……! ああ、はしたないですが涎が……」

 

 フォスはその食べ物から目を離せなかった。肉の旨味や野菜たちが出した甘い匂いが凝縮されているであろうルーは数多のスパイスと言う香りのドレスを纏って。そのくせ辛みと言う棘を隠さずに佇んだそれはトータスには存在しない。

 

「ニルシッシルよりも強い香りですな……芳醇な……!」

「これをライスに載せて、完成です。お上がりよ!」

「い、いただきます!」

 

 双葉の差し出した皿に盛られたカレー。愛子より教わった食に感謝する言葉、そして合掌と共に。黄金の油がギラつくそれを米と共にスプーンで口に運んだフォスは……トんだ。肉の旨味、スパイスたちの香りと辛み、玉ねぎとニンジンが出す野菜の甘味が口を突き抜け、優しく噛むだけで解ける様に崩れていく肉に。ホクホクとしていて、米と同じでんぷん質にもかかわらずゴロツク存在感を主張するジャガイモに何よりも全体的な辛みが米の甘さを引き立てている事に。

 ニルシッシルも絶品であると自負があったフォスもこの食べ物には敵わない、と夢中でスプーンを運び目尻から歓喜の雫が頬を伝っていく。双葉はドン引きした。

 

「ああ……おいしかった」

「おかわりは如何ですか?」

「……頂きましょう」

 

 フォスは悟ったように。無心で味を覚えようと食べるのではなく、純粋にカレーで腹を満たしたいと願ってしまった。双葉はドン引きした。

 

「スパイスの魔力ってやっぱヤバいなぁ……戦争が起きたのも納得だね」

 

 人類は香辛料をめぐって戦争を起こした。そんな時代があったと言うことは、やはり。食文化に恵まれた地球にエヒトを入れてはいけないなと改めて真剣に考え始めていた。

 

「ごちそうさまでした。いやぁ……美味しかったです」

「喜んでもらえたなら何よりです。これがカレー粉の……この世界で代用できそうなスパイスの名簿とかまとめときましたんで活用してください」

「何から何まで……有難うございます、先生!」

「先生ってあたしの事だったんですね……」

 

 苦笑する双葉。そこへ、厨房の方に駆けてくる誰かの足音。ばぁん! と開かれたドアから顔を出して一人の少女がフォスに喜色に染まった顔を向ける。

 

「オーナーさん! この匂い、カレーよね!? どうやって作ったの……?」

 

 入ってきた闖入者。しかし、双葉はその声の主を知っている。少女もまた、双葉を見て停止していた。

 

「え……ゆ、優花……?」

「……その声……双葉……!?」

 

園部優花は、その名を呆然と呟くのだった。

 

 ──

 

 to be continued .



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

過去が追いつく日

 □noside

 ニルシッシルは美味かったがカレーに及ばないと厨房に双葉が文句を言いに行き帰って来ないのに、ハジメたちはと言うとカレーが来ることを予感して待ちの姿勢だった。双葉の料理の腕は確かであり、彼女が作るマーボーカレーの格別さを香織は知っている。

 

 某ゲームのメニューを作り上げた彼女の手腕を知るが故に、シンプルなカレーであっても手を抜かない彼女の拘りを知るハジメもまたカレーを待ち焦がれていた。厨房から漂ってくる香辛料の匂いに反応して先ほど食べた料理が胃酸強化によってすぐさま消化されてしまい、ぐぅ、と腹の音が鳴る。

 ユエも期待に目がキラキラとなっており、無表情ながらドキドキと。さらに加えて亜人のシアも優れた嗅覚が感じ取るスパイスの香りに思わずじゅるりと口の端が緩み、慌てて備え付けの紙ナプキンで拭き取る。

 

 それは他の客たちも同じだったのか、何人がの声がハジメたちにも聞こえていた。カーテンひとつで遮れる騒ぎでもなく、明らかに作られているカレーに対して興味津々といった少年小女たちの声だった。

 

「この香辛料の匂いって、クミンとかだよね?」

「優花、ちょっと落ち着けよ。いや、俺も気になるけどさぁ!」

「オーナーさん、どうやって……」

「お、落ち着いてください園部さん。私も確かに気になりますけどぉ」

「愛ちゃん先生、ちょっと厨房覗いてくるね」

「ちょっ園部さん!?」

 

 ハジメと香織にとって、その声は聞き慣れた知人の声。もっともそれは数ヶ月前の話であり、さてどうしようかと見つめあった。

 

「園部さんに愛ちゃん先生がこの街に来てるとは私としても予想できなかったなぁ」

「どうする、香織。園部が厨房に突っ込んだともなれば、先生にはすぐバレるぞ。加えてアイツが邪険に扱えるとは思えん」

「……知り合い?」

「ん、ああ。園部ってのは、オレたちのクラスメイトだ。転移してくる前の学友っていうかな」

「ほぇー、ハジメさんと香織さんの同郷の方々ですかぁ〜。挨拶しなくていいんですか?」

 

 シアの言葉に、ハジメは渋面になる。今更会ったところで、双葉は背が高くなったが逆に言えばそれくらいで。彼女はあまり変わってないが故に信じてもらえるだろうが……大きく変わり果てた自分や香織、にどんな反応が返ってくるかがわからないが故に何処か不安を感じていた。

 

「今はいいかな。お、双葉が戻ってきたぞ」

「おまちどー。シンプルにビーフカレーだぞーっと」

 

 話を逸らす様にハジメは足音の方を向き、カレーを鍋ごと持ってくる双葉に視線を向ける。彼女は重力魔法で、皿に盛られた大盛りの白米を浮かせて持ってきたようだ。ついでに、浮かされている優花の姿を見て香織が飲みかけていた水を吹き出した。

 

「ふ、双葉まって。パンツ見えちゃうから!?」

「押さえてるなら大丈夫でしょ。まったく、友達のよしみだからカレーを分けるんだよ?」

「そういう問題じゃなくてぇ!」

 

 ハジメたちの分にルーをかけて配膳すると双葉は優花を連れてカーテンの向こうに行き、途端にワッと騒がしくなった。どうやら、畑山先生の元に顔を出しに行ったのだろう。

 

「双葉、どこか嬉しそうだったね」

「やれやれ、あー言うところは社交性の高さと言うか……」

 

 カレーを食べて目を白黒させているシアに、頬を緩ませているユエを見やりながらハジメと香織も口に含んでその出来を楽しんだところで双葉が戻ってきたのを確認すると。傍らに合法ロリ先生が居たのに気が付いて、ハジメと香織は軽く会釈する。

 

「南雲君、白崎さん……生きていたんですね……!」

「あー、よぉ先生。久しぶりだな、大体四ヵ月ってところかな」

「久しぶりですね、先生。私たちってよくわかりましたね?」

「教え子の顔を忘れるほどのドジをするわけがないでしょう? 本当に、良く生きていてくれました!」

 

 香織が軽く突き放す様に宣うが、畑山先生は怯むことなく自信満々に応じて見せる。しかし、ハジメ一行の様子を見て、双葉を見上げて。座っているハジメと香織の座高が明らかに以前より、劇的に高くなっている状況を見て。

 

「それで、天龍さんはともかくとして、南雲君と白崎さんの体は一体どうしたんですか?」

「色々あってな。奈落の底から這い上がるために努力した結果と言うかなんというか……あ、こっちの二人は……連れと言うか、何と言うか……」

「……ユエ。色々あって、ハジメに助けてもらった」

「シアです! ハジメさんとフタバ師匠にはお世話になってます!」

 

 金髪の美女に、ウサミミの兎人族の美少女にと。大変困惑を含んだ眼差しを寄越し、それには香織が答える。壁の仕切り、そこから此方を見つめる同級生を眺めながら。

 

「私たち、家族になったんです。ええと……世間体的に言えばハーレムですかね?」

「「「「「は、ハーレム……!?」」」」」

 

 外野の生徒たちは驚愕のどよめき、畑山先生は硬直である。香織はカレーを食べ終えてフリーになったハジメと腕を絡める様に寄り添って、彼の肩にしなだれかる。〝愛ちゃん護衛隊〟の黒一点こと、玉井淳史は。呆然と、ハジメが彼女のウエストに手を回して姿勢を安定させるのを眺めていた。

 

「俺はまだ納得してないんだがなぁ……シアに関しては」

「ハジメさんヒドイですぅ!? もう、褥にお邪魔しても追い出さなくなったじゃないですか!」

「夜中に騒ぐのが、めんどくさいから対応しなくなっただけだろうが。ゴム弾が勿体ねぇんだよ、アホウサギ」

「……ハジメ、メッ。シアにもっと優しく」

「へいへい……でもまぁ、先生は変わってなくて予想通りと言うかなんというか……俺たちを普通に受け入れるんだな」

 

 ユエの注意に生返事で返しながら、畑山先生に嬉しそうに返すハジメ。それには香織もその隣に座る双葉も、頷いて同意の意を示していた。

 

「はははは、ハーレムの件は後に回しましょうか。南雲君、左腕の鎧と天龍さんの右腕の鎧って義肢ですよね……?」

「流石にわかるか。うん、大迷宮でやらかしてね」

「それほどの化け物と生存競争を行った結果で、誰か一人でも欠けてたら俺たちは生きてなかったと思うよ」

「それほど危険な場所から這い上がってきたんですか……?」

 

 恐る恐る、畑山先生が訪ねると。何てこと無いと言う風に香織が彼女の質問に答える。

 

「光輝ですら一日保たないくらいにはヤバいところでした、ホントにね?」

「あの、天之河君が生き残れない……!?」

「あの時はほんとにヤバかったですねー。食料も無くなって魔物を食べて凌いだし」

「魔物を食っただと!?」

 

 護衛騎士のデビットが驚愕しているが、双葉が金の瞳を彼に向けると……そのまま、眩暈に襲われる。双葉が言葉を紡ぐと、何か黒い靄にうっすらと包まれている様な……。

 

「此処でのやり取りは、他言無用でお願いします。ソレが、〝最善の選択〟ですよ?」

「……承知、した……」

「デビットさん、どうしちゃったんですか……?」

 

 虚ろな視線で、そう返すデビットはフラフラと出て行くのを見送り。何をしたのかと畑山先生は心配しているようで、双葉を見やる。

 

「幻惑で暗示しただけだよ。ただの思考誘導だから、何の問題もないわ」

「今の、闇の魔力でしたよね?」

「大丈夫だから、問題もないよ」

 

 食い下がらんとする畑山先生、しかし双葉は問題はないと突っぱねる。双葉が行ったのは精神を揺らし、深層に暗示を刷り込む魔術の類である。このトータスに存在する魔法とは根幹が違う物であり、精神そのものに影響を及ぼすギリギリの代物である。

 

「まぁ、黙っておいてもらう方が楽ですし。あたしたちの身体変化も魔物を食べたせいでこうなったんですから。いや、それしか食べる物しかなかったんですよ」

「え……でも、魔物を食べたら死んじゃうんじゃ……」

「死にかけはしたけど、ここに生きてる以上はあたしたちはそれを超克したんだよ」

 

 ドン引きする畑山先生に呆れながら双葉はそのあとの質問に答え続けた。今まで何をしていたのか、何処にいたのか、などの話を。差し当たりのない、真実と嘘を混ぜて話していた。なおその話を鵜吞みにした畑山先生は凍り付いていたが。

 

「南雲君、白崎さん、天龍さん……辛い思いをして、生き延びていたんですね……」

「なーに、生き残れてるから問題はないよ。ただ、みんなの元に戻る気はないって事だけは了承してほしいかな」

「地球に帰る方法を俺たちの方で探るから、先生たちは今日俺たちと会ったって事実は伏せてほしい」

「また目途が立ったら、ハイリヒ王国に足を運ぶからさ!」

「分かりました。ただ、一つ手伝ってもらってもいいですか?」

 

 脈略の無い、手伝ってほしいと出た畑山先生に。双葉が目を丸くして、ハジメと香織が苦笑した。何を言われるかを予測して、溜息はグッと堪える。

 

「いっとくが先生、俺たちは(レア)だぜ?」

「はい、でも。私のお願いを聞いてくれるくらいの貸し、はありますよね?」

「はっはっは……いい性格してるよホント。流石、先生だな」

 

 それはハジメがまだ問題児だった頃の話である。他の勉強で手一杯だった、課題の提出が遅れていた彼に先生が〝手を貸した〟ことがあったのだ。

 

「あの貸しをここで使うんだな。話だけは聞くよ」

「はい、実は二週間ほど前に清水君が失踪したんです。そして、今日まで懸命な捜索を続けていたんですが……」

「収穫もない、だから俺たちを頼るんだな? いいぜ、清水は一応俺の数少ない友達だし放っておけん。闇魔法の使い手だから魔人族にスカウトされても困るしな」

「縁起でもない事を言わないでください! でも、そう言う可能性もあるんですけど。それでも、最後まで彼を信じたいんです!」

「よく言った。それでこそ、愛子先生だな」

 

 ハジメは彼女の依頼を受けることにした。その熱意と教師としての責任を放棄しようとしない覚悟に免じて、手を貸すことを是としたのである。彼の一行の答えもまた、共通していた。

 

「お前らも、手伝ってくれるな?」

「もっちろーん! 双葉もいいよね?」

「ハジメがそう選択したなら、あたしは反対はしないよ」

「……ん、ハジメの友達なら助けないと駄目」

「ハイです! 人助けならドンとこいですぅ!」

 

 北の山脈の調査と並行して清水幸利の捜索と言う仕事が舞い込み。忙しくなるぞとハジメは呟くのだった。

 

 ■双葉side

 

 ハジメが愛子先生のところへ密談に行くって話して外に出てから数十分経ち、あたしも寝間着に着替えて眠る準備をしていた。湯浴みも済ませてすっきりしたから快眠できそうだなと考えていたが、どうにも寝つきが悪く月明りを眺める様に窓を開けて飛び出した。

 擬/白皇龍の光翼(シャドウ・ディバイン・ディバイディング)を展開して飛翔する。澄んだ空気に冷たい風が肌を撫でて心地よい。眠気が覚める気分ではあるが、柔らかな月明りが照らす大きな湖を眺めて心を凪に。

 

『眠れないのか、フタバ』

「んー、まぁね。クラスメイト達と出会うとは思ってもみなかったし」

『成程、さながら過去が追い付いてきたと言ったところか?』

「そうね……みんな、そこまで強くないかな」

『おい、お前と彼らを比べるのは少々酷だぞ。生物としての格もな』

 

 アルビオンの言うことは正しい。あたしは化け物で彼らは一般人に毛が生えた程度の強さしか持ちえないんだ。人類最高の戦力は光輝で、ハジメたち〝混ざり者〟はそれを逸脱した強者。しかし、そんな彼らですらあたしを超えることはできないと理解してる……。

 

「〝大いなる力には、大いなる責任が伴う〟か。あたしの力もこれが当てはまるのかな」

『そうだな……それは捉え方次第だ。天龍は何者にも縛られない。だが、人間のフタバがどうかはお前次第だろう?』

 

 龍であるが故に束縛を嫌う……影のアルビオンと影のドライグって陰の魂を封じ込め、統合した神滅具・影(ゼロ・ロンギヌス)が〝邪帝皇龍の暗黒凱(シャドウ・アークドラゴン・スキン)〟って厄ネタだっけ。

 倍加と半減。全てが〝零〟に至る賭け合わせで『無間(ムゲン)』を冠する魔力を持つ最悪の神滅具。

 あたしの魂が持つ「調和」と共に転生を繰り返してついに分割されて半々になってもその強大さは健在。今の地球の方で真の赤龍帝と白龍皇は頑張ってるんだろうか? まぁ今気にすることでもないけども。

 

『明日は早朝に出発だろう? 早く睡眠をとるんだぞ?』

「はいはい。そんじゃ、お休みアルビオン」

『ああ、いい夢を見るんだぞフタバ』

 

 光翼を消失させて、あたしは空力で足場を作る。風の魔力を操作して窓際まで戻りながら……視線を感じた。一つは山、北の山脈から。もう一つは〝水妖精の宿〟が一室からだ。

 ふらっと、そっちの方に興味が向いたので声をかけに飛行経路を修正して。

 

「やっほー」

「「「ふきゃぁぁぁぁ!?」」」

「ひどいなぁー優花、妙子に奈々。誰がお化けだって?」

 

 窓際に現れたあたしにびっくり仰天。百点満点のリアクションをしてくれた三人組にあたしは思わず笑ってしまった。

 

「ふ、双葉だったの? ていうか、単独で飛べるの狡くない?」

「何て言うか噂で北欧神話のヴァルキリーだって言われてたのガチに思えてきたんだけど……」

「今はルーン魔術使えないから、その辺の証明はできないかなー。ていうか、何で知ってるの?」

「「……マ?」」

 

 思わぬ、言葉を聞いて素で返しちゃったけどまぁいいか。

 

「ねぇ、双葉。その、南雲って……もう寝てる?」

「明日早いし。優花たちも来るなら早く来てね」

「待って、ねぇまって!?」

 

 その言葉を無視してあたしは自分たちの部屋に帰るのだった。

 

 □noside

 

 早朝、よく眠れたという雰囲気を隠さずに双葉は朝靄の中を歩いていた。後ろにはハジメ一行と愛ちゃん護衛隊の面々だ。ウルの北にある門に向かいそこからブリーゼで飛ばす算段である。

 

「んじゃ、ハジメ」

「おう。運転頼むわ」

「運転? 御者が居ませんけど……馬車もないですよね?」

「愛子先生、こいつは他言無用で頼むぞ?」

 

 面前に展開される大きな陣。そこから溢れた魔力の中、〝宝物庫〟より現れた物を見た畑山先生は固まった。巨大な車両、まるで……軍用車のように厳つい形状のそれは魔物を易々と轢殺できるのではないかと理解できた。

 

「あたしが魔動回路の設計とか行って、あたし達で作り上げた車両型大型アーティファクトの〝ブリーゼ〟よ。乗れない人は荷台ってことで……えーと、十人だから。シア、ローツに乗る?」

「! フタバさんのシュタイフですよね……いいんですか?」

「大事に乗らないとぶん殴るけど、それでもいいなら?」

「はひ! 丁寧に乗ること心がけますぅ~!?」

 

 暗に事故ったらぶん殴ると脅している双葉に涙目で返事をしたシア。しかし、尻尾がプルプルと震えているのを見ると嬉しさも半分と言った具合だろうか? 

 

「やっぱ運転はハジメがしてくれる? あたしは一応外の警戒をするから」

「ああ、分かった。警戒は任せるぞ、双葉」

 

 ブリーゼが狭く感じない人数の八人で車内に、荷台には双葉が立つことになって。走り出したブリーゼの車内では畑山先生が香織の膝枕で眠っていた。

 

「相当、寝れてなかったんじゃないかな愛子先生。不安に押しつぶされそうなのをずっと我慢してたみたいな精神状態じゃないかな?」

「さすが、その手の専門家の意見はありがたいわ。愛ちゃん先生、ずっと無理してたし。口説かれてるって自覚もないからほんと……はぁ」

「近衛騎士団のひとたちだよね?」

 

 今回いつもなら同行している騎士達は周辺の捜索を任せて、金クラスの冒険者が同行すると言う好条件に愛子を任せるといって下がっていたのは。双葉の影響が大きかった。

 その戦闘力を推し量れる技量を持つ者たちだからこそ、自然体の中で一切の隙がない双葉という強者を四ヶ月前から知っていたが故に任せるという判断に至ったのである。

 

「まぁ、あいつらまで同行させちまったら色々行動が遅れるからな。お前らだけって条件を双葉が突きつけねぇと収拾もつかなかっただろうさ」

 

 弱者を守りながら戦うリスクを双葉はよく知っている。それを考えた上で、彼女は外に出て警戒をしているのである。騎士達が自分たちに微笑みながら、紳士的な対応をしてくれる理由を優花達は知っている。つまり、双葉よりも弱いということを嫌というほど理解させられたのだ。

 

「優花ちゃん、そう落ち込まないでね」

「香織……うん。双葉が強いのはよく知ってるから」

「そーだな。近接戦闘力だとシア以上の化け物だからな、アイツは」

 

 実は、ハジメが魔法で甚振られかけていた所に出くわし、檜山達を止めるべく双葉を呼んだのは優花であった。ハジメはその事実を知ってるし、その借りを返すべくあの日優花を助けた事情があった。

 呆れた雰囲気でハジメが微笑んでいるのを見て優花は双葉に羨ましさを抱く。小さな嫉妬という感情でもあったか。彼の隣に、香織とともに立つことを選んだ彼女の強さと努力は。自分やここにいる面々が、どれだけ努力しても届かない高みだとも。

 

「あのさ、南雲。あとのき、ありがとね」

「あん? ……ああ、トウラムソルジャーのトラップでなんかあったな」

「あのとき、お礼も言えなかったからさ。生きててくれてよかったわ」

「へっ、まぁ。素直に受け取っとくよ」

 

 懐かしむようにハジメが笑い、気にするなと言わんばかりに優花に伝える。思ったより淡白に返されて面食らう優花、その彼女を宥めんと。

 

「俺からも。あの時、まぁ小悪党どもにいいようにされそうになってた俺のために助けを呼んでくれたのは園部だったんだろ? アレは、その時の借りを返しただけだ。だがまぁ、改めてありがとな園部」

 

 そう言われて優花は胸の蟠りが解けるのを感じた。

 

「ヒャッハー、ですぅ〜!」

「シア、あんまりスピード出したら事故るわよー?」

 

 そんな外の喧騒を聞きながら一行は北の山脈へと進むのだった。

 

 ──

 

 to be continued .



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

激戦、北の黒竜と二天龍姫/前半

 ■双葉side

 北の山脈、その麓に着いたあたし達はその圧倒的美しさに目を奪われていた。色彩は自然が生み出す物の中では芸術に相当すると言っても過言じゃない。だけど、あたし達は遊覧のためにここに来たわけでなくて。

 仕事と切り替える様に、あたしは魔力感知であたりを探りながら警戒を怠ることを是としない。停車したブリーゼから飛び降りて、機械大槍(ガングニールspecⅡ)を亜空間から抜く。

 軽い跳躍であたりを高所から見渡して付近に魔力の反応がないことを確かめる。なんだか、愛子先生が真っ赤に染まった紅葉みたいな顔色で降車してきたけど何かあったんだろうか? 

 

「先生、平気?」

「ちょわぁ!? へ、へへ平気です! 先生ですから!」

「……まぁいいか」

 

 全員が降りたことを確認したハジメがブリーゼを宝物庫に戻して新たなアーティファクトを取り出しているが、ソレを横目にあたしは石突で地面をかるーく叩く。

 

「みんな、魔物がいるかもだし警戒は怠らずにね」

「常在戦場、だね」

「……何があるかわからない。油断は命取り」

 

 一応脅すようになるけど、高ランクの冒険者が行方不明になるっていう重大事態だからこそ。行き過ぎとは言わずとも、警戒して臨むべきである。

 

「双葉、ほれ」

「ん? わとと……ああ、〝オルニス〟を使うのね」

 

 ハジメが投げ寄越した指輪を親指に通して嵌めてあたしは魔力経路(パス)を繋ぐ。そうすると、ふわりと彼の手元から小型のゴーレムが六機浮かび上がる。これは無人偵察機〝オルニス〟と言い、感応石で操作、浮遊と推進力は重力石による指向ベクトルの制御。機首部分には遠透石を使用することでハジメの魔眼(右目)あるいは……

 

「流石、良く見える」

「投影魔術はお手の物だからね」

「実際、この手の偵察はドローン使って行うし、それらで戦争する時代がすぐそこらしいからねー」

 

 物騒な香織の感想はスルーしつつ。機首が捉えた周りの風景を映して投影することで、離れた場所の偵察が可能なわけである。ハジメで四機飛ばすのが限界らしいけど、あたしはノルンの瞳で未来視を使える都合で脳の処理能力が段違い。そのため最大で十機のオルニスを飛ばせるのである。

 なお、先生や優花たちはもう何があっても驚かないぞと声を荒げることはなかったが。あたしたちは普通に何でもありだから、それは賢い選択だろうと思うぞ。

 

「それはそうと、もう見つけたみたいだな」

「うん、川原かなこれは」

「……もう、何か見つけたの?」

「こりゃ、盾と鞄か? 戦闘痕みたいでな」

「盛大に吹っ飛んだあとって感じだけど……」

 

 飛ばしてから数分後、あたしが映すその光景にみんなが息をのむ。土が捲れ上がり、川の至る所に円形の小池がちらほらと見える。魔光弾かなにかが着弾して、クレーターになったみたいに見えなくもない。

 この火力は結構なお手前だな~と考えの端で纏めながらその地点に向かうこととなったが、一つ弊害が。オルニスは二機だけ飛ばす様にハジメに交代してもらい、あたしは重力魔法での優花たちと愛子先生を浮かせて移動する。

 険しい自然通り……文字通り手の加わっていない辺りを見ると、あたし達に先生が付いてこれる訳もないだろうという判断である。

 

「本当にごめんなさい、天龍さん」

「いえ、通った鉄火場の数が多すぎてバカ魔力になったあたしだからできるんでこれ」

 

 通常、重力魔法は消費がかなり重い。自分を浮かせたりする程度ならさほどの消費は起こらないけど、他者や他の物体を浮かすとなると急激にその燃費が極悪化する。

 重力制御ミスって対象を潰さないように、精緻な魔力コントロールを求められるとなると燃費も悪くはなるかと納得しているが、ユエはあたしのやってることを見てドン引きで返事を返してきたが。

 

「……フタバの魔力総量はやっぱりずるい」

「あたしもそれは思ってるけどね? ドラゴンの心臓は魔力炉心って立体魔法陣(サーキット)になってるから延々と魔力が湧き出すんだよねぇ」

「……ドラゴンってずるい」

 

 常々自分の過大な魔力を龍脈に逃して誤魔化してる身分になるわけだけども。循環させた魔力はこの世界を廻っているはずだから、オーディン様が顕現しても一分は持つくらいの強度になったんじゃないかな? 知らんけど。

 そんな感じで数分走って、到着した川の付近は散々な有様だった。皆もここまで運んでもらった分は働いてもらうことにしてあちこちを捜索を手伝ってもらう。みんなも冒険者だし斥候のイロハを座学で学んだしそれくらいはできるしね。

 

 川の上流を観察すると、小さい滝が見える。流れる水量は目視で見ても多く、流れもそれなりに激しい。本来は真っ直ぐ麓に向かって流れていたんだろうけど、現在その川は途中で抉られたのかのように。小さな支流が出来ている……まるで、横合いから縦のブレスか魔法の〝破断〟(レーザー)みたいなのスゴイ版に抉り飛ばされたように。

 

「支流が増えてるねこれ……何が暴れたらこうなるの?」

「噂で聞いた話だけど、山二つ向こうには大きな魔物がいっぱいいるって話らしいんだけど」

「そりゃ多分、ブルータルだ。オーガとかの二足歩行するタイプの魔物だが……支流を作れるような攻撃方法なんて持ってないぞ?」

 

 香織の疑問に優花が答えて、ハジメがまとめている。ブルータルとはRPGで例えるなら大型の妖魔族、ボブゴブリンやオーガとかのあんな感じイメージすると言いとハジメに聞いたのを思い出す。大した知能は持っていないけど、群れで行動することと、あたしたちが使う〝金剛〟の劣化版〝剛壁〟の固有魔法を持っているため、中々の強敵と認識されているみたいだ。

 先生もその点は知っているらしく。普段は二つ目の山脈の向こう側におり、それより町側には来ないはずの魔物だと教えてくれた。

 

「三十センチの足跡がぬかるんだ川縁にあるってことは……下流に行けばウィルさんを見つけられるかもね」

「川に逃げ込んだならそうだろうな。で、だ。双葉、先導頼む」

「おっけー。残留魔力からして……ビンゴ」

 

 身元の確認に使えそうな冒険者の遺品やら、ボロボロに黒く焼けた防具とか。冒険者たちは身も残さず焼き払われていたため、遺体はなかった。んで、あたしが気になった捲れ上がった土の壁の向こうは大型の足跡がいくつも残っていた。

 森は薙ぎ払われた木々が折り重なるようにして倒れているのも確認できた。

 

「……大型で四足歩行の魔物の足跡」

「多分、この魔力からしてドラゴンだね。いや、ドラゴンに変化できる竜人族と思うよ」

「この辺に竜なんてハルペリアみたいなワイバーンしかいないもんな」

 

 亜竜を竜と言われるのは気分が悪いが、今は置いて置こう。なぜ竜人族が冒険者を襲ったのか、それが問題だ。魔人族に着く理由はないだろうしなぁ……わからん。

 

「上流は滝だし、下流に行ってみる?」

「賛成です。警戒は怠らないようにしないとですね」

 

 まだ近くにいるかもしれないのであたしは左腕に擬/赤龍帝の籠手(シャドウ・ブーステッド・ギア)を顕現させて譲渡(Transfer)を出来る様にする。下りなのであたしが重力魔法でみんなを連れるのはなしにして、下流に向かうべく崖を降りる。

 隣には滝が流れてるのが見えたが、飛び降りたほうが楽だったんじゃなかろうか? 

 

「みんな連れて飛んだ方が楽なんだけどなぁ」

「「「これ以上世話になるのは申し訳ないからやめて!?」」」

「ただでさえ俺たち、足手まといだって実感してるんだからさぁ!?」

「こいつは……」

「何か見つけましたか、ハジメさん」

 

 こっちの気配探知にも人の反応が引っかかる。あたしと香織、ハジメは顔を見合わせてシアに応えた。

 

「人の気配がこの滝壺の奥からする。弱々しいがな」

「それって生きてる人がいるってことですかぁ!?」

「……人数は?」

「一人だね。しかしまぁ、良く生き残れたねー……もう五日目だってのに」

 

 シアの驚きを含んだ確認の言葉にハジメは頷いて応える。人数を問うユエにあたしは答える。先生達も驚いているようだけど、それも当然。生存の可能性はゼロじゃないとは言え、悪いけど期待もしてなかったし。ウィルさん達が消息を絶ってからもう五日は経っているのである。もし、生きているのが彼等のうちの一人なら奇跡と言っても過言じゃない。

 

「ともかく、奥に行かねえとな。双葉、ユエ。任せた」

「オッケー、みんな離れてね。──らっしゃぁぁぁぁぁっ!!」

「……ん、〝風壁〟」

 

 大槍を振りぬいてあたしが滝を物理的に叩き割り、ユエの魔法でその割れ目をこじ開ける。あたしとユエは露になった滝裏の洞窟の入り口に悠々と進んだ。

 

「「「「ワァ……」」」」

「なぁ、南雲」

「なんだ、玉井」

 

 ちらっと見たら後方腕組で見守ってたシアが「私の師匠たちはすごいんです!」とドヤ顔をしている。これくらいできないと、天龍って名前負けするし多少はね? 

 

「……滅茶苦茶だなぁって」

「……言うな。俺だって大概だが、あいつらは俺以上にその分野に特化してるからな」

 

 皆がド失礼なことを言ってる気もするが、気にせずあたしは洞窟の奥へと向かうのだった。

 

 □noside

 

 滝つぼの洞窟は上方へ曲がっており、そこを抜けるとそれなりの広さがある空洞が出来ていた。天井からは水と光が降り注いでおり、落ちた水は下方の水溜りに流れ込んでいる。溢れないことから、きっと奥へと続いているとレンジャーである妙子の意見だ。

 空洞は続き、その一番奥に横倒しになっている男を香織が発見した。傍に寄って確認すると、二十歳くらいの青年で端正で育ちが良さそうな顔立ちだが、今は青ざめて死人のような顔色をしている。だが、かすり傷や腕の裂傷以外大きな怪我はなさそうに見え。見た所鞄の中には未だ少量の食料も残っているので、眠っているだけのようだった。硬い土の上に、火も起こさずに冷えた場所で眠っていればそうもなろうと双葉の意見だった。

 

 愛子が容態を見ているが、双葉は手っ取り早く青年の正体を確認したいのでギリギリと力を込めたデコピンを眠る青年の額に叩き込む。

 バチッ! と小気味のいい音と共に、眠る君の額に放たれた一撃に。青年は堪らず「ぐわっ!?」と悲鳴を上げて目を覚まし、額を両手で擦りながらのたうち回った。

 その様子に畑山先生達が、強力なデコピンとその容赦を知らぬ双葉に対して畏敬の表情を浮かべた。ハジメはそんな彼らをスルーして、涙目になっている青年に近づくと事務的な声音で名前を確認する。

 

「お前が、ウィル・クデタか? クデタ伯爵家三男坊の」

「いっっ~!! ……えっ、あなた達は一体、どうしてここに……」

 

 状況を把握出来ていないようで目を白黒させる青年に、双葉が再びデコピンの形を作って構え、ぎちぎちと指を引き絞っていく。

 

「質問に答えろ。答え以外の言葉を話す度に威力を二割増で上げさせていくからな?」

「えっ、えっ!?」

 

 無言で構えている双葉の圧に頭が冷えた青年は容赦と手心を加えてほしいと抗議仕掛けるも。次のハジメの言葉にそれを飲み込んだ。

 

「お前は、ウィル・クデタか?」

「えっと、うわっ、はい! そうです! 私がウィル・クデタです! はい、やめてください!」

 

 青年が答えに詰まると。双葉がぬっと左手を掲げ、それに慌てた青年が自らの名を名乗った。どうやら、本当に本人のようだ。奇跡的に生きていたらしい。

 

「俺はハジメだ。南雲ハジメ。フューレンのギルド支部長イルワ・チャングからの依頼で捜索に来た」

「イルワさんが? そうですか。あの人が……また借りができてしまったようだ……あの、あなたも有難うございます。イルワさんから依頼を受けるなんてよほどの凄腕なのですね」

「まぁそうでもないさ。双葉、もういいぞ。香織」

「はいよー。すぐに治しますね、聖母の微笑み(トワイライト・ヒーリング)

「……傷が一瞬で治った!?」

 

 尊敬を含んだ眼差しと共に礼を言うウィルに、ハジメは照れ隠しに頬を掻いて目をそらす。先程、有り得ない威力のデコピンを受けたことはさほど気にしていないらしく、逆に申し訳なくなった双葉は後程謝罪した。

 もしかすると、案外大物なのかもしれない。いつかのアレとは大違いである。それから、各人の自己紹介と、何があったのかをウィルから聞いた。

 

 彼の話を要約すると。ウィル達は五日前、ハジメ達と同じ山道に入り五合目の少し上辺りで、十体のブルタールと遭遇したらしい。突然の出来事とは言え流石に、その数のブルタールと遭遇戦は勘弁とウィル達は撤退に移ったらしいのだが。

 襲い来るブルタールを捌いているうちに数がどんどん増えていき、気がつけば六合目の例の川にいたのだと言う。

 そこで、ブルタールの群れに囲まれ、その包囲網を脱出するために、殿を務めた盾役と軽戦士の二名が犠牲になったのだと……それから、追い立てられながら大きな川に出たところで、前方に絶望が現れた。

 

 それは轟音を鳴らしながら天より舞い降り、大地を踏みしめて咆哮を上げたのは。漆黒の竜だったらしい。その黒竜は、ウィル達の姿を確認すると。極太のブレスを照射して、その攻撃の余波(・・)でウィルは吹き飛ばされて川に転落。流されながら見た限りでは、そのブレスで一人が跡形もなく消え去り、残り二人も後門のブルタール、前門の竜に挟撃されていたという。

 ウィルは、流されるまま滝壺に落ち、偶然見つけた洞窟に、この空洞に身を隠していたらしい。何となく、誰かさん達の境遇に少し似ていると思わなくもない。

 

 ウィルは、話している内に嗚咽を漏らし始めた。高ランクの依頼に無理を言って同行したのに、冒険者のノウハウを嫌な顔一つせず教えてくれた面倒見のいい先輩冒険者達との思い出が彼の脳裏をよぎり。

 そんな彼等の安否を確認することも出来ず、恐怖に震えてただ助けが来るのを待つことしか出来なかった情けない自分に。

 救助が来たことで仲間が死んだのにも関わらず、安堵している最低な自分に。様々な思いが駆け巡り涙となって溢れ出す。

 

「私は……私は最低だ……みんな死んでしまった、なのに。何の役にも立てなかった自分が助かって、生き残って……どこか、ホッとしていて。それを喜んでしまっている……!」

 

 洞窟の中にウィルの慟哭が響き、誰も何も言えなかった。顔をぐしゃぐしゃにして、自分を責めるウィルにどう声をかければいいのか見当がつかなかった。生徒達は悲痛そうな表情でウィルを見つめ、愛子はウィルの背中を優しくさする。ユエは無表情、シアは困ったような表情で双葉と香織は同情するが……と言わんばかりの表情だ。

 

 ウィルが言葉に詰まった瞬間、意外な人物が動いた。それは双葉すら予想外だったようで、動いたのはハジメだった。彼は片膝をついてウィルと視線を合わせると、胸倉を掴んで引き寄せる。そして、意外なほど透き通った声で語りかけた。

 

「生きたいと願うことの何が悪い? 生き残ったことを喜んで何が悪い? その願いも感情も当然にして自然にして必然だ。お前は人間として、極めて正しいし合理的だ」

「だ、だが……私は……」

「それでも、死んだ奴らのことが気になるなら……生き続けろ。これから先も足掻いて足掻いて死ぬ気で生き続けろ。そうすりゃ、いつかは……今日、生き残った意味があったって、そう思える日が来る……かもしれねえだろ」

「……生き続ける」

 

 涙を流しながらも、ハジメの言葉を呆然と繰り返すウィル。ハジメは「何言ってんだろうな。俺は」と、内心で自重する。生きたいと願うことを悪いことだと感じている彼の思いを間違いだと糺したい、ただそう思ってしまっただけだったのだ。

 

「……ハジメの言う通り。生き残ったことに意味はある」

「普通なら死んでただろうけど、ウィルさんは生き残った。それは、死んで行った人たちが無駄死にしたわけじゃないってことになると思わない?」

「ユエさん、香織さん……ありがとう」

「まぁ、その黒竜はこっちで何とかしてあげるわ。もしも出てきたらだけど」

 

 二ッと笑いかける双葉にウィルはようやく笑顔で返事ができたとやっと気がついた。鬱屈とした表情は少しだけ晴れたように、皆は感じていた。

 

「よし、ウィルの確保も完了したし撤退だな」

「黒いドラゴンについて調べるべきだとは思うけど……」

「アレほどの被害を出す存在となると、守りも考えないとダメになるし。体勢を立て直すためにも一旦街に戻ろうよ、下山してるうちに日も暮れるしね」

 

 色々とブルタールの群れや漆黒の竜の存在は気になると、優花の意見に皆は首肯したがそれはハジメ達の任務外だ。加えて戦闘能力が低い保護対象を連れたままでの調査は帰って手間だと双葉が苦言を呈する。

 

「ウィルもそれで構わないな?」

「はい、私ができることなんてなさそうですから……」

「高ランクの冒険者が手も足も出せなかった連中だし、ねぇ」

「そうですよ危険な相手とわかっている以上、ここは危険地帯になります! 先生は撤退を宣言しますからね?」

 

 ウィルも、足手まといになると理解しているようで、撤退を了承した。他の生徒達は、町の人達も困っているから調べるべきではと微妙な正義感からの主張をしたが。

 黒竜やらブルタールの群れという危険性の高さから愛子が頑として調査を認めなかったため、正式に下山及び撤退の運びとなる。

 こうしてユエの魔法で滝壺の外に出ようとした時、それに双葉が待ったをかける。

 

「嫌な予感がするから、みんなはここで止まってて」

 

 双葉の言葉にハジメが頷き、彼女を一番槍に送り出す。滝壺から飛び出して辺りを見回す彼女の前に轟音と共に土煙が舞う。大槍を振り払い、煙を霧散させた彼女の前には。

 

「グゥルルルル」

 

 低い唸り声を上げ、漆黒の鱗で全身を覆い、翼をはためかせながら空中より赤く染まった金の眼で睥睨する……それはまさしく〝竜〟だった。

 

 ──

 

 to be continued .



目次 感想へのリンク しおりを挟む




評価する
一言
0文字 10~500文字
※目安 0:10の真逆 5:普通 10:(このサイトで)これ以上素晴らしい作品とは出会えない。
※評価値0,10は一言の入力が必須です。また、それぞれ11個以上は投票できません。
評価する前に
評価する際のガイドライン
に違反していないか確認して下さい。