転生チートオリ主としての責務を全うしろ (ワナビノリナス)
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回想録 1

正真正銘の初投稿です。


 私には生まれた頃から前世の記憶があった。別にこの事は誰かに信じてもらいたいとは思っていない。

 

 当時から、自分の身に起こっていることながら半信半疑であったし。この記録を記している今も、かの存在の思惑はわからない。何か超常的な存在の都合によって生かされたと考える他ない。この事については深く考え過ぎないようにして、とりあえず生きているといった感じだ。

 そういう設定の記憶を脳に埋め込まれただけなんじゃないかと第三者に指摘されても否定できる根拠もないし、実際にそれを可能とする敵性存在がいた以上、事実だとしても私は驚かない。それ以前に私の自己顕示欲や特別だと思われたい承認欲求のあまりに自分の中で存在し得ない記憶が作り出された可能性も捨てきれない。本当にきりがない。

 

 前世の頃の私はしがない会社員で、壮年に差し掛かる独身男性だったはずだ。

 

 職場の人間関係のいざこざが酷くストレスで常日頃から楽になりたい、自由になりたいと思い悩み、仕事の時以外は無気力に時間を浪費する。虚無感の多い人生を過ごしていた。

文章にして見ても特別なことはなく一般的な悩みを抱えた、しがないサラリーマンといった人間だった。

 

 因みに死んだ瞬間の記憶は無い。自分の事ながら半信半疑なのもこれが原因だ。

 

 

 自殺をしたとは考えがたい。前世の私が今の私と同じ倫理観を持っているなら両親が生きている内に自分が死ぬことなど絶対によしとしないだろう。これでも人並みに家族の愛情を受けて育った身だ。向こうの父さんと母さんは私が死んだとき悲しみ泣いただろうか。もしそうだったとしたら本当に申し訳が立たない。誰もが本当の私を知らない世界に自分が自分自身である証明が不可能な状態で二度と故郷に帰ることを許されず、放り出された気分だった。もう2度とあの人達の家族に戻れないとしても一目会って話がしたい。お父さんとお母さんに会いたい寂しい

 

 

 

 私がこの世に生まれてきた経緯は魂を管理する超常的な存在、いわゆる神様から説明は受けた。ただ詳しくは分からないし憶測も多分に含まれるが。簡単に説明すると死んで生まれ変わる過程の魂である私を、ただ気まぐれに神様が拾い上げ生まれ変わらせた。

 

 神様が世界という水面に波紋を生じさせるため投げ入れる石ころとしてたまたま私が拾い上げられた。私はその程度の存在でしかない。私を憐れんでの慈悲だとか、私が特別だからとかでは一切ない。当然といえば当然だが、そんな拾い上げられた石ころに拒否権などあるわけもなかった。

 

 

 

 そして、そんな前世の記憶を持つ私だが。

生まれた当時、特に生きたいと渇望しているわけでも、生に強い執着があるわけでもなかったのだ。転生の理由もあり、生まれてくる環境があまりにも劣悪ならば、なんなら生きる目的がなければ死んでしまおうと、まだ言葉もままならない幼い子供の身で考えていた。

 そんな事ばかり考えていた幼い頃、ぼんやりとしている事が多いために今世の母に多大な心配をかけたことは本当に申し訳なく思っている。

 

 

 自分を生んでくれた両親は私に愛情をくれた。本当に心の底から感謝している。いつもにこやかで正直何を考えているかわからない時もあるが優しい母親と仕事が忙しく中々一緒にいられる時間がとれず不器用ながらも精一杯家族を気に掛けてくれる父親。

 そして、5つ歳が離れている双子の弟と妹。私の指を握り不思議そうに呆ける二人の赤ん坊の頃の顔をよく覚えている。わんぱくに走り回ってこけてしまい大声で泣く姿。わがままで癇癪を起こす姿だって可愛らしく愛おしく思ってしまう。きっと目にいれても痛くないという表現はこういう事なのだと納得したものだ。

 私があの子達に向けていた愛情は今にして考えると、子供に向ける父性愛に近いものだった。私はこの子達の本当の家族ではない、私は何を考えていたんだ。誰も本当の私を愛さない

 

 

 自分が死んだら、優しい幸福のただ中にいるこの人達は泣いてしまうだろう。死ぬ訳にはいかない。ましてや私の手によって、この優しい人達の人生に暗い影を落とすわけにはいかない。

 

私は前世の両親にも充分に愛された。そんな両親より先に死んでしまった私の新しい人生はこの優しい家族やこれから関わるであろう周りの人達のために使うべきだと漠然と思い描きながら幼少を過ごした。

 

 そういった事情があって、私はこの世界で生きていくことにしたのだ。

 

 しかし、もしあの時、神様が私に転生しなくていいという選択肢を与えてくれたなら私はこの世界にはいなかったと断言できる。幼少の私は家族のためという一応の理由ができたから生きていただけだ。

 実をいうと記憶を保持したまま転生するというのは寝耳に水だった。どうして神様は私の記憶を今の私に残したのだろうか。

 

 ただ前世で引き継いだだけの価値基準、倫理観や経験を元に行動しているだけなのに、当然の事だと思っていることで家族や周りの人達から褒め称えられた。これが凄まじい違和感となって、罪悪感がいつも胸を苛む。大の大人が子供に混じってお遊戯をして喝采を浴びているような気持ち悪さと情けなさを感じて全然、嬉しくも楽しくもなかった。

 

 私は経験というアドバンテージがあるから色々な事が出来るだけで、何も知らない0からの状態で、狭い世界の中ながらも冒険に繰り出し、失敗や遊びの楽しみから色々な事を学び、挑戦をする同い年の子供達の方がずっと凄いんだと信じていた。

 

 この世界の人間が共に遊ぶ子供たち含めて皆、私より凄い人達に見えた。私が前世で幼かった頃を思い出すと、自分の存在などそう大したものではなかったのだと打ちのめされる気分で。何て事のないように余裕でへらへらと薄っぺらい笑いを顔に張り付けながら振る舞っていたが、胸中は薄暗い雲がかかったかのようなもやもやと劣等感で気分が晴れることはなかった。

 

 私はズルをして、褒められ尊敬を集めてしまっている卑怯者という認識が罪悪感となって胸を苛み自らの運命を恨み、そんな気持ちで自己嫌悪に陥り、それでも両親や弟と妹の前では立派な息子、兄を演じそんな自分に対して吐き気を催す。自分が自分でないような心地で人生を過ごしていた。

 

 ただ生きているだけでこんなにも申し訳ない気持ちになると知っていれば、これ程の疎外感を生まれながらにして感じてしまうなどと分かっていれば、記憶を維持したまま生まれ変わるなどという選択はしなかった。生まれたときから大人だなんてろくなもんじゃない。何もかも投げ出して消えてしまいたい。自由になりたい。

 

 はからずも、私は前世と似たような悩みを抱えることとなった。いや、死にたいと思い悩む分今の方が深刻だ。家族を大切に思う気持ちも嘘ではない家族を悲しませたくないから死ぬわけにもいかず、八方塞がりで暗い水底で出口もわからずもがいているような苦しさだった。

 

 

 

 そんな気持ちを抱きながらも17年。特別なこともなく無難に過ごしていたある日の節目。(これ程の精神的負担を抱えながら体調に異常をきたすことなく健やかに成長できたことも後々になって考えると不可解であった)

 

 忘れることもない2度目の高校生活の2年目。桜が咲き誇る並木道、新学期が始まってまだ間もない早めの放課後の帰り道。

 

 目の前に、星の意匠が刀身と柄の間に施された妙ちくりんなオモチャのような剣が転がってきた。転がってくる時の鈍い金属音と尋常ならざる刃の鋭さを目の当たりにしてレプリカではない本物の刃物だと気付き。何事かと辺りを見渡すと、華美でいて戦闘向けにフォーマットされた山吹色のドレスのような奇妙な衣装に身を包んだ傷だらけで呻く少女と、今にもその少女に迫らんとしている凶悪な牙をした猪面の怪物を発見した。少女は私に気付くと、逃げてくれと叫んだ。

 

 私が後日知ることになる彼女はコスモヴァルキリーという組織に所属するイエローコスモこと萌黄セイカという、怪物に対処するためにこの場所に急行した戦闘員だったらしい。因みに肉体的には同い年である。

 

 私は突如とした緊急事態に遭遇して動揺し固まっていたが、事情をよく知らないとはいえ、一目見て分かるような、まだ成人もしていない年端もいかぬ少女が己の身を省みずこちらを案じているのを見て冷静に辺りを見渡す余裕が生まれた。

 

 彼女の、こちらを見つめる意志の強そうな瞳の中に恐怖の色が見えた、深手の傷を負っているわけでは無いがそれでも、疲弊して肩で息をし、足だって震えているのが見てとれた。

 そんな満身創痍で、前世の私を含めた年齢の半分以下の少女がおそらく武器である私の目の前に落ちている剣を取り落とし、絶体絶命の状況でもなお、なにも知らぬ一般人である私の身を案じている。

 

 私なんかの命のために、まだ大人にもなれていない若い命が失われようとしていると、罪悪感で吐き気にも似た気持ちを覚えた。

 この時、脳裏に掠めたのは我ながら情けない発想だ。ここで目の前の剣を手にとって怪物に立ち向かい、敵わずとも時間を稼ぎ自らを犠牲に出来れば、私を愛してくれている両親や兄として慕ってくれている弟と妹に、人々を守るために頑張った立派な息子、兄という大義名分を持って自殺が出来るのではないかと。犬死にであっても楽になれる。今の偽りだらけの自分から解放されて自由になれると思ってしまった。

 

 そして、並木道に併設している公園で、よく晴れた天気であったために外出していたであろうお年寄りや、私と同じように始業式を終えた学生の姿。入学式の帰りだろうか、ランドセルを背負った子供を連れた人々が自らの子供を庇い息を潜めて震えている様子を捉え。

 そして何より、怖くて仕方がないであろうに怪物を刺激しないためであろうか。小さな子供達が声もなく涙を流し、すすり泣く姿を横目に見てしまった。

 

 この時、私は絶対にここで逃げてはいけないと強く決心した。こんな光景を見過ごして、のうのうと生きていくなど家族に顔向けできないし。今までの私として生きていけない。死んだ方がましだと感じるほどの後悔が一生重くのし掛かる。

 

 

 

 人生というものはいつもそうだった。上手い話には必ず裏がある。きっと私が、才能や境遇に恵まれた幸せの中で、さらに成人の記憶を引き継いだ卑怯者としてこの世に生まれてきたのは、きっと、今目の前に在る人外の脅威に立ち向かい戦うためだったのだと自らの数奇な運命が妙に腑に落ちた。  

 

 もしこの納得の感情が私の自惚れだとしても、この非日常的な出来事によって家族に誇り顔向け出来る形で、私の人生を終わらせる事が出来るのだから別に構わない。ただ逃げ出すことだけは絶対にしないという事実だけが私にとって重要だったのだ。

 

 その瞬間には、少女が取り落とした剣を手に取り怪物と対峙していた。そして私の体は光と共に銀色の鎧に包まれた。

 

私にヒーローなどを名乗る資格も、そんな評価を受け取る資格も無い。私はただ、死んだあと家族に少しでも悲しみを残さぬ為の手段として贅沢な自殺の方法に飛び付き、たまたま、今まで生き延びてしまっただけなのだ。敵であり命を奪い合う関係でありながら、高潔な信念を持ち尊敬に値するような自分よりヒーローに相応しいヤツにだってこの先の戦いで出会った。

 

 

私は自分で自分の背中を押して地獄への道に歩んでいった愚か者で、誰かに尊敬される資格なんてこれっぽっちもない。石ころであり運命の兵士なのだ。




なるべく主人公が苦しんで生きていけるように努力してみます。


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鮮烈なる銀騎士

特殊タグが使いこなせる気がしないので初投稿です。


 ふざけているのか。そう、この一年間だ。今までの不可思議でただただ邪魔くさいだけのファンシーな敵に対して憤りと違和感を感じていた。だが、アレは平和ボケしてしまっていた我々を油断させる為の見た目で、こちらの戦力を測るために繰り出された冷徹なる偵察だったのだろう。

 

 もっとよく考えるべきだった。私達を分断させるつもりが透けて見えるような三つに別れた敵性反応にそれぞれが一人ずつ急行してこの有り様だ。

 

 まるで歯が立たない。脅威的なスピードと威力の拳打を繰り出してくる豚面の敵に、防戦を強いられながらも、なんとか当てた剣の手応え。それを確かめながら歯噛みする。自分の力ではヤツの命を絶つのは不可能だと冷静で無情な判断を下し。それでもと剣を構え、息も絶え絶えになりながら敵と対峙していた。

 

「このような子供に剣を持たせるとは……もはや救えぬな」

 

「……ヴァルキリーはこの星に降り立って堕落し切ってしまったのか? それとも別の思惑があるのか、一体何を考えている」

 

 何を言っている? この敵はコスモヴァルキリーについて何か知っているのか? 人ならざる豚面の顔でも見ればわかる程この敵は現状に対する落胆と失望と、そして私に対する哀れみを目に湛えている。

 

「実力の差は充分に思い知っただろう、ヴァルキリーの若き尖兵よ、今ここで背を向けて逃げるのならば追わぬと約束しよう」

 

「バカな……ことを言わないでください……っ! 私が逃げれば周りの人々を……っどうするつもりですか!」

 

「気丈だな……しかし哀れなものよ……それほどの若さで使命に殉じる気か。それとも、その意志はお前自身のものではないか?」

 

 コイツはどういう訳か、人の移動を制限する結界を張り、民間人をこの一帯に留めている。自分ひとりだけならば、エネルギーを使い果たすほどの出力を出し切れば結界を潜り抜け逃げることは出来る。敵の言葉を信じるなら追い討ちをかけてくることもないだろう。しかし、その結果、結界に取り残された民間人がどのような目に遭うかわからない。明らかに他の二人と分断されてしまっているため救援も望めない。

 

「コスモイエローと言ったな? 貴様の強敵に立ち向かう勇気に免じて周りの人間は見逃してやろう」

 

「ハァ……ハァ……どういうつもりですか?」

 

 苦虫を噛み潰したかのような苦渋の表情をしてそう提案する敵に対して思わず問いかけてしまった。

 

「やはり殺しは好まん。弱き者たる貴様を討つことすら遺憾ではあるが。ヴァルキリーの手の者は生かしておけぬ」

 

 その答えを聞いて私は混乱してしまった。私よりも遥かに強く、やろうと思えば私の存在ごと周りの人々を一蹴できるような敵が何故そこまで甘いと思われてもおかしくない譲歩をこちらにしてくるのだ? 

 

「…………最終通告だ、その命……惜しくはないのだな?」

 

 何か違和感がある。何か、この状況や敵の言動に矛盾のような重要な見落しがあるように思えてならないのに。決定的に情報が不足している。

 

「っ……一つだけ聞かせてください」

 

「なんだ? 冥土の土産に答えてやろう」

 

「……とても悔しいですが……ハァ、戦っていてわかります。あなたの強さは、生まれながらのものでは無い……はずです。その力、真摯に磨き上げてきた武の積み重ねとお見受けします。あなたがそれ程までに、強くなろうと思ったのは……ハァ、何故ですか?」

 

「……敵の言葉など信じられぬだろうが答えてやろう…………俺が力を求めたのは、理不尽な暴力によって奪われる命を救うためだ……」

 

「だったらッ何故こんな……ッ」

 

「聞くな。覚悟の上だとも……俺がいずれ地獄に堕ちる事ぐらい」

「……貴様の名はなんと言う?」

「……萌黄セイカ」

 

「そうか、俺は誓約によりオークとしか名乗れぬ。許せ」

「萌黄セイカ。その名を忘れはせぬぞ。ヴァルキリーの尖兵とはいえ力無き者のため敵に立ち向かった貴き戦士よ……! せめて苦しむことなく死ぬがいいッ!」

 

 ダメだ。この怪物は望んでこんなことをやっている訳じゃない。今ここで私が死んではいけない。死ぬのが怖いのはもちろんだ。だけど、この怪物は最後の一線を越えようとしている、そう思えてならない。死力を振り絞ってでも抗わなければ。

 

「この土壇場にして往生際の悪い……! 諦めなければ奇跡が訪れるとでも信じているのかッ! 命懸けで戦って! 圧倒的な力量差が覆せるのなら! この世に悲劇など起こり得るものかァ!」

 

 涙を流しながら猛攻を仕掛けてくる怪物の拳を捌きながら叫ぶ。

 

「オーク! 私が死んだら貴方は戻れなくなる! だから、ここで倒れるわけにはいきません……絶対に!」

 

 皮肉なことにも、今までの戦いの中で最も傷付き体力を消耗しているのに剣技の冴えは今までで最高だ。相手にも今までで一番の傷を負わせることにも成功した。だが、そこまでだった。

 

「俺を慮る慈悲深さ。ヴァルキリーの尖兵と侮ったこと、重ねて詫びようッ!」

「だが!」

「力無き優しさは時に何よりも残酷だ!」

「お前は強く、よく戦った! 辛いだろうッ! 苦しいのだろうッ! 大人しくその首を差し出せと言っているのだ!」

 

「……くっ! しまった!」

 

 私の剣は相手に届くこと無く、オークの攻勢によって手元から弾き飛ばされてしまい。そして、剣の転がった先に人が居ることに気付いた。その人物は仏頂面で地面に落ちた剣を見つめており。私は、もしかして彼が状況が理解できていないのかと思い

 

「逃げてください!」

 

 と叫んだ。自らが命の危機に瀕しているというのに気付けばそう叫んでいた。そして、その後おかしいと思った。一般人には認識すら出来ない、ましてや越えることも出来ない結界を越えてきたこの青年は一体何者? 私にトドメを刺そうとしていたオークも攻撃を止め青年に注目していた。

 

 彼は私の事を目を瞠目させて見つめた後、横目で涙を流す子供達を見やり視線を鋭く前に向けた。そして、力強い足取りで歩み出すと、まるでそれが自分の使命であるかのように私の剣を手に取り、目映い光と共に銀色の鎧を身に纏いオークの前に立ちはだかった。

 

 神話の一幕というと過言かもしれないが、それでも私はこの時、憧れにも似た感動と共に見上げた銀色のヒーローの背中を一生忘れることはないだろう。




強敵に悲しき過去があるの好き。


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勝者は敗者の無念をも

戦闘描写が書けないので初投稿です。


 目の前の剣を手に取った時。

 

 少女と怪物、両者からの驚愕が見てとれた。そこから少しはなれた人々もどよめいているのがわかった。光に包まれた私は被り物を通して見る近未来的なカメラ映像のような視界から、手足が銀色の甲冑のようでいてパワードスーツのようなモノを身に付けている事を理解し、怪物を見据えた。

 

「おお……! 我々には来なかった救いの戦士がこの星には現れるのか……何故、今さら我々が奪う側になって……」

 

 猛る猪のような凶悪な面に似合わず怪物はこちらを冷静な瞳で見据え、拳を構えた。どこか安堵したような雰囲気を感じる。

 

「銀色の戦士よ、貴様は傷つく者のために剣を取った。ならば当然、命を賭けて戦ってもらうが、かまわないのだな?」

 

「無論だ」

 

 怪物に真正面から対峙する。

 

 2m以上の大柄の上、徒手空拳で戦うスタイルで、少女とはいえ剣という得物をもった相手を追い詰めてからの連戦。それにも関わらず戦いを楽しむかのような意気揚々とした言動。こちらが剣を持っていてリーチに分があるとはいえ、剣の扱い方も知らぬ素人である自分が先手をとるのは少々不味いかと考えを巡らせていると。

 

「来ぬというならこちらから行くぞ!」

 

 痺れを切らせたのか、怪物はそう告げると上体を屈めて猛然とこちらに走り寄ってきた。

 

 明らかに武の心得が見える距離の詰め方をみて。やはり図体や面に見合わず、以外と技巧派なのかと驚いた。

 だが、決して目で追えぬスピードではない。突き出された左手を、剣を持つ右手の手甲を使った裏拳で内側から強引に弾き反らし、怪物の突進の勢いと自身の裏拳により生まれた遠心力をそのままに体を右回転させ剣を右脇腹から通過させ怪物の鳩尾に突き刺した。

 

「ぐぅ……! な、なんと!?」

 

 驚愕する怪物に反撃を許さぬよう素早く剣を引き抜き、振り向き様に蹴りを繰り出し、袈裟懸け斬りを叩き込み距離を取る。

 

 一瞬の攻防の中で、ダメージを負うことなく相手に深手を与える事を成功したと同時にスーツが戦闘の補助をしてくれた事を理解した。望外の幸運に感謝しながら、敵を見た。

 

「なんという……強敵。これ程の相手に合い見えておきながら手も足も出ぬ己の力量が口惜しい……だが、か弱き者を一方的に虐げたのならば、更に強きものに踏み潰されるのが道理というものか……」

 

 まるで痛みを気にした様子もなく、呆然としつつも、やはりどこか安堵した様子で流れ出る血を手で確認し。自嘲するかのように言葉を吐き捨てた怪物はこちらを穏やかで理性的な瞳で見やり、問いを投げ掛けてきた。

 

「貴様の名はなんという?」

 

「答える義理はない」

 

 そう答え剣を構えた。

 

「フッ……それもそうか、長々と戦うのも飽きた。この一撃で最後にしよう! では行くぞ!」

 

 そう告げた怪物の瞳は剣呑な雰囲気を帯びた。

 深く腰を落とした構えで右拳に赤く炎のような光が集まっていき、地響きに似た震動が敵から発生している。

 

 そうはさせまいと先手を仕掛けるため此方が動き出すのと怪物が動き出すのは同時だった。やはり怪物の動きは目で追えないほどではない、十分に対応可能だ。

 

「フッ……フフフ、疾いな……見事だ……!」

 

 そして、怪物の拳は私の左胸と肩に大きな凹みを残し、対して怪物は私の突き出した剣で喉を貫かれ、剣を引き抜くと大きく後ろに倒れ伏した。

 

「貴様の大いなる力に敬意を払おう……名も知らぬ銀色の戦士よ。俺の負け惜しみを聞いてはくれぬか」

 

「喉を裂かれてまだ喋ることが出来たのか」

 

 と怪物を見下ろしながら問う。

 

「我々の体は所詮血と砂を詰めただけの器だ。この世の生命ほど繊細ではない……どれ程傷もうと体は動く、だが血砂を溢しすぎた。俺は直に去る。……同胞達は俺などより余程しぶといぞ? 精々、決着を早合点して油断を突かれぬようにな」

 

「忠告に感謝しておこう。そして、一つ訂正をしたい。お前に勝つことが出来たのは、あくまでもスーツのおかげだ、私自身の力に敬意を払われる謂れはない」

 

「……そうか……では、只人でありながら人々のため剣をとった貴様の勇気に最大限の敬意を……誰かを殺してしまう前に、俺を止めてくれた事感謝する」

「俺は安心したぞ。俺達の時にはついぞ現れなかった救いの光がこの星には現れた。どうかその力で、力無き人々を不条理から救ってやってくれ……貴様ならそれが出来るはずだ」

 

 そう言って私を見つめる彼の者の瞳に、私は顔向けすることは出来なかった。何故、自身を殺した者に対してそう穏やかな目で語りかけることができる。何故そのような願いを真っ直ぐに託す事が出来る。私はそんな出来た人間じゃない。

 

 死にたいと思って剣をとったのにそのように言われては非常にバツが悪い。だがこれ以上、彼の者の言葉を無下にするのは無礼に感じてしまい。私は顔をそらしながら言葉を口にした。

 

(さとる)カネツグ……貴方を倒した者の名だ。死出の土産に持っていけ」

 

「……重ねて感謝する。同胞に相対したならば、オークは人を殺すことは出来なかったと伝えてくれ。アイツには笑われてしまうだろうが」

 

「さらばだ、暁カネツグ……俺を討つ者がお前でよかった。世話になった、武運を……」

 

 

 

 もしかすると、この者も心のどこかで死を望んでいたのだろうか。死にたいと思って剣を取ったものが、敵の望むものを手向けとして贈るとはなんとも皮肉で虚しいものだ。

 眠るような穏やかな顔で砂のように崩れて朽ちゆく敵の姿を見送った後、此方を見ていた少女に向き直った。

 

「あなたは一体……」

 

 

 そう呟く少女に対して、視界内に映るレーダー機能を操作しながら言葉を投げ掛ける。

 

「無事ですか?」

 

「ええ、おかげさまで。それよりも……その姿は一体?」

 

 少女が問いを投げ掛ける前に私は、レーダー機能により敵性存在の捕捉を完了させた。

 

「目の前の脅威を倒したこと以上の詳しい事情は存じかねます。そして、まだ敵が残っているようです。戦えますか? あー……イエロー……さん?」

 

「……当然ですっ! 分断された仲間がまだっ くッ!」

 

 気丈にそう答える彼女はしかし、体を押さえて膝を着いた。

 

「どうか安静にしてください。これから、応急処置と救急車の手配を……」

 

「……その心配は無用です。どうやら、すでに我々の組織下の救助隊がこちらに向かっているようです……民間人の保護くらいは受け持ちます」

 

「でしたら、私はもう行きます。剣は後日必ずお返ししますので」

 

「まっ待ってください! あなたは巻き込まれた一般人で……いえ、でも……みんながこのままじゃ……」

 

 そこまで言うと彼女は俯き、泣き出してしまった。

 

「そこにも助けたい人達がいるのですよね? 必ず救ってみせます。どうか私を信じてください」

 

「……こんなことを頼めた義理じゃないのに、ごめんなさい。どうかみんなを助けて……!」

 

 その言葉を受けて私は一つ頷く。

 

「頑張ってね! 銀色の人!」「ありがとう! 鎧の人!」

 

「どうかご無事で……」

 

 そう呟く彼女の声と名も知らぬ人々の声援を背中越しに受けてその場を駆け出した。




死に際の言葉は呪い


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悪夢の粘体

すごい人はもっとずっと先のところで戦っているのに 俺はまだそこに行けないので初投稿です。


 普段ならば多くの人通りで賑わっていたはずのビル街は、突如として現れた人々を絡めとる数多の謎の触手。

 

 そしてそんな未知の生物の触手から逃げ出す人々による阿鼻叫喚で騒然となり、今や拘束された人々の叫びだけが木霊する閑散としたゴーストタウンの様相を呈していた。

 

 それから間もなくしてレッドコスモこと赤嶺(あかみね)ヒオリは現場に駆けつけ、粘体の触手はそれを待っていたかのように人の形に収縮し戦闘が開始。

 

 人通りの全く無くなったビル街での戦いは2時間近く繰り広げられ、辺りは夕暮れ時の赤い夕焼けの光で照らされていた。

 

 水色の透き通る粘体の怪人スライム。そして、赤い戦闘服に身を包んだ少女、レッドコスモの戦いは救援に湧いた人質達の希望を断ち切るには充分過ぎるほど一方的なものであった。

 

「ハァ……つまらないな。どれ程恐ろしい状況になっているかと思えば拍子抜けもいいところだよ」

 

 

「クッ……なんてパワー……」

 

 

 その場から一歩も動くことなくレッドコスモを一方的に追い詰める。

 スライムの右手の指から伸びる5本の触手攻撃。その長さを活かして懐へと近寄らせない戦法は、レッドコスモの徒手空拳の戦闘スタイルと相性は最悪と言ってもよかった。

 

 

 レッドコスモの変身によってパワーアップした身体能力。幼き頃より護身術として身に付けた空手と柔術。組織に身を置く最中に特訓で身に付けた近接格闘術、それら全てが通じないのだ。

 

 

 レッドコスモは、自身の腕よりも細いスライムの触手1本1本、それぞれが甚振るように繰り出してくる振り払い攻撃を手甲でなんとか受け流し、その手応えに歯噛みをしていた。

 

 

 こちらを絡め捕ってしまえば簡単に捻り潰せてしまうほどの膂力(りょりょく)を敵は持っている。それにも関わらず、自分は生きている。つまり、自分は明らかに敵に遊ばれている。

 

 

 

 自らの命が敵の気まぐれによっていいように掌で転がされている。その心地というものは、今まで経験したことがないほど不愉快で、底知れない程に恐ろしく。凄まじい精神的な重圧(プレッシャー)によって、止めどなく嫌な汗が流れる。精神の不調が身体にも表れ、動きに精彩を欠いてしまっていた。

 

 

 これまで、メンタル面と身体能力ともにコスモレッドはコスモヴァルキリーの3人の中で他の2人とも比べて常に余裕を持って戦闘の対処に当たることができていた。逆に言えばこれといった挫折を経験することなく今まで何とかなっていた……なってしまっていたというべきか。かつてない強敵、絶体絶命の現状においてレッドコスモは未だかつてないほどの絶不調であった。

 

 

 周囲のビル街では100人には満たないとは言え、それでも多くの民間人がスライムの触手によって拘束され、避難が出来ないでいる。このままでは不味い。なのにどうすれば現状を打破出来るか分からない。

 

 救援も望めない……いや、むしろレッドコスモが急ぎ後輩2人の下に駆け付けなければならない筈なのだ。その筈なのに、敵にいいように弄ばれ時間と体力ばかり徒に削られ焦燥感だけが募っていく。

 

 

 

「民間人の被害、戦力、組織の規模……何もかもが想定以下ってわけか。フン……幸いと喜ぶべきなんだろうが複雑な気分だね」

 

「安心してよ。君が戦ってくれてるうちはコイツらをどうこうするつもりは一切ないさ」

 

 

 

 スライムとしてもこの場に急行する戦力が目の前の少女1人とは予測していなかったようだ。

 

 

 

「別に人質への被害を恐れて本気を出せない訳じゃないだろう? 周りを巻き込む程に強力な技も持っていないね」

 

「むしろ手が塞がってる状態な上、こっちは手加減してるんだよ。人間で言えば片手で相手してるようなものさ。なのに、こんな有り様じゃ……僕がいなくても君は死んでたね」

 

 

 

「うぅ…………なんて……ザマですの。こんなところで躓いてる場合じゃ……ありませんのに」

 

 

 

 この時、コスモレッドは思わず涙を流していた。

 

 まず1つに、全く歯が立たない相手に立ち向かっていかなければならない絶望。

 

 そしてイエローとブルーという掛け代えのない仲間であり可愛い後輩達のもとへ、急ぎ駆け付けなければならないという焦り。

 

 最後に助けを求める人々を見捨てるわけにはいかないという葛藤の中で、心が限界を迎えてしまい思わず涙を溢してしまったのだ。

 

 

 

「……その涙はなんだい?」

 

 

 

「……黙れっ!」

 

 

 

「そんな心構えで僕の前に立たれちゃ迷惑だよ。──まぁ、でもこれ程戦闘力に差がありながら君はよく戦った。命が惜しいなら帰りなよ。君が逃げ出しても少なくとも僕は責めないよ」

 

 

 

「────黙りなさいッ!」

 

 

 

 

 敵前だというのに涙を止められない自分に情けなさと惨めさを感じ、さらに涙が溢れる最中、敵からなされた撤退勧告に心が揺らぐ。それでも心が折れてしまわないよう自らを奮い立たせるために語気を強めて叫ぶ。

 

 

 

「イヤッ! イヤよッ! 助けて!」「誰か! まだ死にたくない!」

 

 

 レッドコスモの弱気と不安な心が拘束された人々にも伝播してしまい、自分達はこのまま助からないのではという不安からパニックを起こしてしまう人が出始める。レッドコスモは自らの人々を不安にさせてしまう振る舞いで招いてしまった事態に臍を噛み、己への鼓舞も兼ねて声を張り上げた。

 

 

 

「大丈夫です! 皆さんは必ず助け出します!」

 

 

 

「そんなこと言ってさっきからやられてばかりじゃないか!」「救助はまだなのか!」「誰か助けて!」

 

 

「皆さん! どうか落ち着いて!」

 

 

「黙れよ」

 

 

 思い思いに藻掻き叫ぶ人々により騒然となった場を静めたのは、今までどこか陽気な声色をしていたスライムの、ドスの効いた一声であった。

 たった一声で人々が声を潜めてしまう程の怒りと苛立ちと殺気。なにより聞くものに本能的な恐怖を訴える威圧感と、死を連想せずにいられないような不気味な響きがある。地獄の底から聞こえてきそうな悍ましい声であった。

 

 

「あっ……ハハハ! 今のはナシ! 忘れてくれ。まあでも、自分ではなにも出来ないくせに惨めったらしく喚くだけのヤツは嫌いなんだよ」

 

 スライムが思わずやってしまったと慌てて取り繕い努めて明るい声色で話し出すがもはや誰もが震え、重苦しい沈黙がスライムの周りを包んだ。

 

 そんな中レッドコスモはスライムに再び挑みかかった。恐怖も焦りも全く解消出来ておらず絶不調の真っただ中であるにも関わらずだ。

 

強いて言うなら、自分の手で人々を脅かしておきながら偉そうに好き勝手人々をこき下ろすスライムの様が途轍もなくムカついたのだ。

 

 それだけでコスモレッドにとっては勝てない敵に立ち向かって行くには十分な動機であった。

 

「随分と好き勝手言ってくれますわね!」

「いい加減大人しく殴られなさい!」

 

 

 

「いいね、赤色の君は及第点だ。僕の守りたかった人間達は、どんな絶望的な状況だろうと決して諦めない強さがあった。ちょうど今の君みたいにね」

 

「でも人1人に出来ることには限界がある……悲しいことにね。このまま民間人を甘やかして君たちだけでなんとかしようなんて考えてたら、いつか足元を掬われるよ?」

 

「まさか、僕たちを何とかすればそれで終わりだなんて思ってはいないだろう?」

 

 

「ごちゃごちゃとうるさいですわよ。まずはアナタを黙らせますわ!」

 

 

「聞く耳持たずか。まぁそれもいいだろう」

 

 

「平和に暮らしてた人々を恐怖に陥れておいて……人間の弱さを分かったような口振りで見下してるアナタの態度が気に入りませんの!」

 

 

 

「平和に暮らしてた人々を……か」

 

 

 

「何としてでもアナタは殴り飛ばしますわ!」

 

 

 

「威勢がいいね。強さはともかくとして君の戦い方は嫌いじゃないよ」

 

 

 

 

 

 なんとか威勢を保ち攻勢に出たレッドコスモであったが戦況は相変わらずであり、彼女の心は折れかかっていた。

 

怒りで恐怖と絶望を吹き飛ばすにも限度というものがある。虚勢を張っていなければ惨めに泣き喚いてしまいそうだった。

 

 仮に死力を尽くして、この触手を掻い潜りスライムの懐に潜り込んだ所で、次の一手はどうすればいい? 

 

 

 今は人の形を保ってはいるが、どう見てもアレは不定形な上に、ある程度の粘度を持って意思を持っている水だ……それにも関わらず自分を上回る膂力を持っている。

 

 

 懐に潜り込みさえすれば、拳や蹴りの打撃技で有効なダメージを与えられると考えるのは楽観的に過ぎる。

 

かといって、柔術の絞め技は自分から絡め捕られ、潰されに行くようなもの……論外だ。…………ダメだ、どう足掻いても勝てない。彼女の心が敗北を認め始めていた。

 

 

 

「うーん。最初に比べれば随分といい攻撃をするようになったかな? ……初っぱなに意地悪をしすぎたね。でも、まだまだ僕には届かない」

 

「勝てない相手なら逃げればよかったんだよ────本当に惜しい。君がヴァルキリーの尖兵でなければ」

 

 

 

「くっ……ウワアアアアァッ!」

 

(私……死ぬの? 誰か……助けて……! セイカちゃん……ミヅキちゃん……お父様、お母様! イヤだ……誰でもいい……助けて!!)

 

 

 

 人々が悲痛な面持ちで見つめる中、レッドコスモが半ば自暴自棄で恐怖交じりの叫びをあげてスライムに飛び掛かろうとしたその時、凄まじい轟音と共に、人々とレッドコスモを庇うように立つ銀色の騎士が突如として現れた。

 

 ────少なくとも周りの普通の人々にはそう見えた。

 

 レッドコスモが辛うじて認識できたのは一瞬にして切り刻まれた、人々を拘束する触手。それに反応してスライムが繰り出した触手。その攻撃を押しきって突貫していく速すぎて姿さえ捉えきず、辛うじて認識できた人影。その直後の凄まじい轟音。

 

 

 

 彼女の経験から引用するならば、その音は自動車同士の衝突事故時の鉄塊がぶつかり合うような音と、滝に素早い速度で棒を叩きつけたようなズバッと言う擬音。

 

 その直後の音は、水面を手で思い切り叩きつけるような、ともすればプールに飛び込む際にうまく行かず腹を水面に打ち付けた音を何倍にも大きくしたような破裂音と、大嵐による荒波が岩礁を打ち付けてもここまでの音はしないと断言出来るような飛沫の音だった。

 

 コスモレッドが視界に捉えた瞬間のその騎士の立ち姿は後ろ蹴りを繰り出したと思われる構えであったが、一瞬でこちらを背に護るように隙なく剣を構えて立った。

 先ほどまで一歩も動くことなくこちらを弄んでいたスライムの立っていた筈のアスファルトで舗装された道には放射状に吹き飛んだかのような飛び散った水の染みが出来ている。

 

 にわかには信じがたいが、この騎士は一瞬で人質を解放した後、スライムの攻撃をモノともせずにパワーにモノを言わせて剣を喰らわせ後に蹴り飛ばしスライムを爆散させた……? 

 

 なんと言う力技だ、レッドコスモは信じられない光景に思わず呆けてしまった。

 

「よく持ち堪えてくれました。後は私に任せてください」

「皆さん! 速やかにこの場から退避してください! ここは危険です!」

 

 そんな信じられない光景を生み出した銀色の騎士は、その堂々たる威容とは裏腹に優し気な声で労わるようにレッドコスモへ一声かけると周りの拘束されていた人々へ避難を呼びかけた。

 

 レッドコスモは自らがたった今、人生のターニングポイントに立っているのだと実感した。突如として現れ、圧倒的な力で瞬く間に悲劇をひっくり返してしまった驚異のスーパーヒーロー。

 

 もちろんコスモレッドにも今までの人生の中で尊敬し、憧れを抱き目標とすべき人々がいた。

 

 だが、自分がヒーローとして目指すべき姿は、今目の前に立つ彼だ……彼以外にあり得ない。まるで彼女の瞳に焼き付くように輝いて見える、大きな銀色の背中を夢心地で見つめながら彼女は心に強く誓ったのだ。

 




三人称一視点の練習中。
自分の文体に馴染ませていきたいです。

あと、ストーリーにはあまり関係ない拘りなんですが、敵味方問わず登場人物の発言は登場人物自身にブーメランとして刺さるように書いています。


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触手の死闘劇 その①

好きな戦闘シーンをそのまま小説として書き起こしても面白いシーンにならないことに気付いた絶望の中で初投稿です。


 カネツグは先程までスライムが立っていた方向を油断なく見つめて剣を構え、コスモレッドの方へ声をかけた。

 

「あなたはレッドさん……でいいですね? 無事ですか?」

 

 

「え、ええおかげさまで……えと、その剣は……それにあなたは一体?」

 

 

 

「詳しい事情は後です。私はアナタの味方ということだけ伝えておきます。レッドさん、身体は動きますか? あなたに民間人の誘導と怪我人の救助を頼みたい」

 

 

 

 

「ええ、それは勿論ですけれど。まさか……まだ」

 

 コスモレッドは未だこちらに体や顔を向けず、剣を構えて周囲を警戒する銀騎士を目の当たりにしてイヤな胸騒ぎを感じた。

 

「ヤツはまだ生きています! もう一度言います! 周りの皆さんは速やかに避難してください! 向こう側へ急いで!」

 

 カネツグは周りに再び大きな声で呼びかけると、人々は思い思いに走り出した。

 

 

「それなら私も一緒に……」

 

「申し訳ないですが、足手まといです。私も、あなたや民間人を守りながら戦えるほど強くはない」

 

「…………ッ」

 

 その言葉を投げかけられた時、コスモレッドが感じたのは『もうこの恐ろしい敵と戦わなくていいんだ』という安堵とそんな気持ちに対して自分を情けなく思い恥じ入る気持ちだった。

 

 安堵で泣きそうになる顔と体から力が抜けて膝から崩れ落ちそうになるのを必死で堪えるために思わず体が硬直してしまった。

 

 そんな様子を見かねたのか、銀騎士は変わりなく周りを警戒しながらも口を開いた。

 

「……レッドさん。私の事が信じられないならば……涙ながら私に剣を委ねてくれたイエローさんの願いを信じてくれませんか?」

「彼女に助けたい人達が居ると頼まれました」

 

「どうか人々をこの一帯から早急に避難させてください」

 

「それがあなたに出来る最善の行動です」

 

 此方を優しく諭すような口調で銀騎士は語りかける。

 

 そして、コスモレッドはそんな言葉を聞いて驚いていた。

 

 コスモレッドにとって出会ったばかりの頃のイエロー、萌黄セイカと言えば、先輩である自分に対して慇懃無礼で、自らの力の意味を悪い意味で特別視しており、傲慢で意地っ張りでどこか頭の固い頑固者のきらいがある少女であった。

 

 そんな様子だったあの子が、目の前の騎士に……誰かの力を頼れるようになっていること。

 

 そして、私達を大切な仲間だと感じてくれていたことを知り、後輩の心の成長と共に、今まで過ごした戦いの日々は決して無駄ではなかったのだと少しだけ嬉しくなった。

 

 

「────セイカちゃんが……」

 

 そして、それ以上に心を占めた感情は敵に手も足も出ず、突如として自分を救ってくれた銀騎士がいなければむざむざと死んでいた己の無力に対する悔しさと。

 

 可愛い後輩の窮地に何もしてあげられなかった己に対する憤りであった。

 今の自分に出来ることを果たさねば……己に対する不甲斐なさと悔しさで震える右手を握りしめ、拳で胸を押さえコスモレッドは銀騎士を真っ直ぐに見据えた。

 

 

「あなたがいなければ私は死んでいましたわ……セイカちゃんのことは勿論ですけれど、どうせなら私はあなたのことも信じたい」

 

「助けていただき感謝します──人々の避難は任せてください。あなたもどうか気を付けて……銀色の騎士さん」

 

 カネツグはその言葉を背中越しに受けながら頷き。彼女が駆けていく足音を確かめながら人々の走る方向にわずかに注意を向けた。

 

 

 その直後、不意打ちで繰り出される三発の水の弾丸。

 

 それをカネツグは流れ弾が行かぬよう足元に剣で叩き落とし、それとほぼ同時のタイミングで四方から突き刺すように迫る触手を瞬時に切り伏せ。

 

 剣を振るった一瞬の隙に生まれた側面の死角から音もなく飛び掛かってきたスライムを再び蹴りで爆散させた。

 

 スライムは一度目の蹴りを喰らった時と比べ何ともないようにあっさり人の形に戻り肩をすくめた。

 

 

「パワーも反応速度も申し分ない。この程度は子供騙しにもならないかい?」

 

「攻撃のスピードも素晴らしい……だけど、来るのが遅すぎるよ」

 

 スライムは飄々とカネツグの能力を批評するさなか、突如として体をブルブルと震わせて哀しみと怒りを絞り出すかのように言葉を吐き出した。

 

本当にどうして……今、この時なんだ……! 

 

 

 そんなスライムの情緒不安定ぶりをカネツグは不気味に思い、困惑しながら問いかけた。

 

「……一体何の話だ……何を言っている?」

 

「おっと! アハハ! いけないいけない! 忘れてくれ」

 

 

「ふぅ……あの赤い戦士モドキは歯応えがなくて退屈してたし、人質も要らないかって思ってたんだ。ちょうどいい」

 

 

 だがスライムは短く笑い声を上げると先ほどの不気味な様子は鳴りを潜め。努めて明るく振舞うようにしゃべり始めた。

 

 

 

「銀色の新しい戦士……君に聞きたいことがある。少しおしゃべりに付き合ってほしいんだ。人質(・・)だって逃げ出して寂しくなったことだしね」

 

 

 スライムが含みを持たせた言い方をした時点でカネツグは嫌な予感がしていた。

 

 先ほど不意打ち気味に放たれた水弾はこのための布石か……? その考えが頭をよぎった時。

 スライムが口を開いた。

 

「ふーん……存外、君も鋭いね……水弾を足元に叩きつけたのもまぐれってわけではなさそうだ」

 

 

 その言葉を聞いてカネツグは確信した。

 

 周囲への被害に配慮して流れ弾が民間人に当たらぬように対処したことを見抜かれたのだ。

 この周囲一帯はスライムの射程圏内。先ほどの攻撃を全て凌いで人々を守り切ることはできるのか? と交渉のために暗に此方に脅しをかけているのだ。

 

(私も、あなたや民間人を守りながら戦えるほど強くはない)

(彼女に助けたい人達が居ると頼まれました)

 

 敵の眼前で余計なことを話しすぎた己の浅慮だ。

 コスモレッド。話してみて感じたが彼女ほどの思慮がある人物であればこの場は任せろと伝えるだけでことは上手く運んでいたかもしれない。

 

 或いは、あえて協力的な態度を見せぬ方がこちらの目的を掴めない分スライムの動揺を誘えたかも知れない。

 

 詮なき反省を頭の中でしながらカネツグは敵の動きを油断なく伺いながら次の一手を考えた。

 

 事の運びの主導権を敵に握られているのは癪だが。現段階で判明している情報の中では、カネツグにとってもこの交渉は決して悪いものではない。しかし、敵が何かしらの奥の手を使うための時間稼ぎを画策している可能性も否定できない。

 目の前の敵を撃破する。人々も守り切る……いざとなれば両方を同時にやってやれないこともない。そんな想定をしているとき頭によぎったのは先ほどの戦いで己に懸けられた“願い”だった

 

……こんなことを頼めた義理じゃないのに、ごめんなさい。どうかみんなを助けて……! 

 

 

どうかその力で、力無き人々を不条理から救ってやってくれ……貴様ならそれが出来るはずだ。

 

 

 

 ……無意識の内に己の力に対して過信と驕りが生まれていた。

 

 そうだ、自分の力の意味をよく鑑みなければ……民間人の避難は最優先だ。

 

 已然としてスライムの挙動に注視しながらカネツグは言葉を投げ掛けた。

 

 

 

 

「……質問はなんだ」

 

 

 

「…………君はどこまで知ってここに立っている?」

 

 スライムはどこか期待と歓喜を含んだような声でカネツグに問いを投げ掛けた。

 

「────」

 

「ふふふ……答えなくてもわかったよ。何も知らないんだね?」

 

 どう答えるべきかの一瞬の逡巡。それだけで胸中を見抜かれた。

 戦闘力ではこちらが上回っている。しかし弁舌の駆け引きで先ほどからいいように掌の上で誘導されている現状にカネツグは苛立ち、押し黙ってしまった。

 

 

「……」

 

「助けを求める願いに答えて。何の見返りも求めず。戦いの渦中に飛び込んだんだね?」

 

「それがどうした」

 

 吐き捨てるように答え思わず剣を構える手に力が入る。

 

「ははは! 懐かしくて嬉しくなったのさ。はるか離れた星にもこんな向こう見ずで馬鹿なお人好しがいることにね」

 

「私が闘う理由などお前には関係ない」

 

 

 切り捨てるように言葉を吐いても。スライムはそんなことには構う様子もなく、嬉しそうに言葉を続ける。

 

 

「まあ、聞いてくれよ。何を隠そう僕もそんな向こう見ずな馬鹿に助けられた一人なのさ」

 

 

 

「だから君にも知っておいてほしかったんだその戦士のことを……」

 

「その戦士の名はオーク。絶望の中たった一人で人々を救うために立ち上がった最初の戦士にして我等が同胞だ」

 

 

「……」

 

「その鎧のダメージ……アイツが付けたんだろう? 僕に傷一つ付けられない鎧にダメージを与えられるのなんてアイツ以外には居ない。アイツは強かったかい?」

 

「……ああ」

 

 カネツグにとってその言葉が、嘘のつもりはなかった。

 自らの変身した姿が強すぎるのか、はたまた他者が弱すぎるのか。

 

 たったの一戦。比較するにはあまりにも判断材料が少ない。

 勝負自体は呆気なく着いた。だが、カネツグ自身も納得がいくものではなかったのも確かだ。

 

 カネツグが現れなければ、あの場で最後まで立っていたのはオークだ。あの瞬間までは、間違いなく……剣を持った黄色い少女と人々の前に絶望として君臨していた。

 

「ふはは 気休めはいらないよ……あいつが拳を当てられる必殺の間合いに潜り込んで、その程度の凹みだけで済むものかよ……相討ちに近い結果だってあり得たハズさ。手心だろうね……君はあいつの自死に利用されたのさ」

 

 同胞に対しての絶対の信頼。寂しさの中にも確かにそれが垣間見えるスライムの言葉。それを聞いてカネツグは微かに憐憫の情を抱きながらも納得した。

 

「そうだな……そう考えた方が合点がいく」

「彼は穏やかに微笑んで崩れ去っていった」

 

 彼の穏やかで安らいだ瞳を思い出す。間違っても、野望を食い止められた化け物のするような瞳ではなかった。

 

「そうか……」

 

 スライムはそう噛み締めるように呟くと、敵前だというのにまじまじと避難する人々とそれを誘導する少女コスモレッドを見つめた。

 

「彼は……どこか安心していた様子だったが」

 

「……君は勝ち取れたんだよ」

 

「……? 一体何をだ」

 

「アイツの戦士としての魂をだよ……僕たちには、何も告げてくれなかった」

 

 そう告げたスライムの雰囲気は、姿も変わらず表情は読めずとも失意に項垂れている様子であった。

 

 

「…………彼から伝言を預かっている。同胞と合いまみえる事があったなら、と」

 

「……敵の頼みを聞いてあげるなんて君も律儀だね」

 

 コスモレッド一人に負担をかけさせまいと、避難する人間の中から誘導を買って出る人達が出始めた様子を眺め一息付くと、スライムはカネツグへと向き直った。

 

「オークは人を殺すことは出来なかった。だそうだ」

 

「ふぅ……アイツにとってせめてもの救いかな」

 

「……お前は一体何のために戦っている?」

 

「僕にとってその答えは君との闘いで分かる。もう僕たち以外誰もいなくなった……そろそろやろうか」

 

 そう告げるとスライムは仁王立ちでカネツグを真っ直ぐ見つめた。

 

 

「……腹立たしい事ではあるけど。君に勝てば間接的にオークを越えたってことにはなる」

 

「いいのか? 何か出来る程に時間は稼げていないようだが」

 

 

 カネツグはスライムの様子をつぶさに観察していたが、何かを企んでいる様子が一向に見られず思わず問いかけてしまった。

 

 

「え? ……ははは! 僕が何か罠を仕掛けるために時間を稼いでいると思っていたのかい?」

 

「これから殺し合おうって相手に配慮するなんて、ずいぶんと余裕じゃないか! そっちこそ、僕を殺す算段は付いたのかい?」

 

 

 そんなカネツグの言葉を聞いて面白いジョークでも聞いたかのように笑いながら問いを投げ返しながら、スライムは飛び上がると同時に周囲のビル郡に瞬く間に触手を張り巡らせ、縦横無尽の結界を築くとその触手の一本に降り立った。

 

 

 

「おっと、そうだ。すっかり忘れていたよ、僕の名前はスライム。そう、ただのスライムだ。久しく名乗ることもなかった……君の名前は? 倒す者の名前くらいは知っておきたい」

 

 

「暁カネツグ……それがお前を倒す者の名だ」

 

 

 

「ははっいいね! 僕はオークほど生易しくはない。新しい戦士カネツグ、全霊を持って君を討ち倒すぞ……!」

 

 

 売り言葉に買い言葉、それを皮切りに太陽が沈みゆくビル街で両者にとっての2戦目の幕が切って落とされた。




レッド、イエロー、ブルーという三人の登場人物は初期の構想では全員男の予定でしたが、友人たちからの猛反対により全員女の子になりました。
まぁいいでしょう、可愛い女の子を書く練習だと思うことにします。


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