終末世界の壊れた神機使い (真鳥)
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1 新しき世界

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ゴッドイーター3、全部のコンテンツ、ストーリーともにクリアをした。

 

 次はクリアデータ使って最初から強くてニューゲームだ。

 

 じゃあニューゲームを選択して、また始めて行こうか。

 

 さてさて、まあ何回もプレイしたわけだし、操作もだいぶ慣れてかなり自信あるんでここは思い切って……女性キャラで行こうか。

 

 今まで男アバター使っていたが、今度は女アバターにしよう。

 

 アプデのおかげでゲーム内でも自由にキャラクリ出来るけど、ずっと同じキャラだったからな。愛着あったから、終ぞ弄らず仕舞いだった。

 

 今回は最初からじっくりストーリーやるし、長時間ひたすら男の尻眺めるより新鮮な女の子の尻眺める方がいい。どうせ男女で能力値の違い出ないし。がっつりイケメンもいいけど、きゃわいい女性アバターも萌えるね。

 

 さて序盤ストーリー導入が終わり、キャラメイクだ。髪は一番長いロングヘアーを選択。色はちょいシルバーラベンダー系の紫色のグラデーション。エクステの紅い付け毛を真ん中とサイドにふわり。眼付き鋭く、瞳の色はゴールデンイエロー。凛々しくも可愛い頼れる強気な女の子の見た目で。スキンカラーは褐色、あまり濃くはせずこんがり艶々な小麦色で。うーむ、凄くえっちぃ。タワワなバスターバインがバインボインが堪りませんねえ。

 

 おっとアクセサリの眼帯を忘れてはならない。左眼に装着。うむうむカッコ可愛い見た目だ。

 

 声は勇しくも優しみのあるバリトンボイス姉御系。くっ、殺せっ、とか似合いそうだ。

 

 まあだいたいこんな感じかな。ゲーム内でもいろいろと名前も容姿も自在に変更する事も出来るので、また弄るかもしれんが。

 

 さてさて、オレはヴァリアントサイズとヘヴィムーンとバイティングエッジしか使ってなかったからな。銃はスナイパーとレイガンのみ。盾はタワシ一択だったから、多分今度もそれになるだろう。

 

 一応、使う神機はそれぞれ+60まで強化してあるから引き継ぎも問題ない。

 

 アイテムもプラグインスキル諸々も自分が使い込んだバーストアーツもOK。

 

 さあさあ、改めて始めるぞっ! ゴッドイーター3ッ!! 

 

 オレはコントローラーの決定ボタンを押し、キャラクリエイトを完了した。

 

 その瞬間、オレの意識は暗転した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 近未来、あらゆるものを「捕食」する謎の生命体「アラガミ」にその大部分を食い荒らされ、世界は崩壊の危機にあった。

 

 生化企業フェンリルが開発した生体兵器「神機」を扱うことができる「神機使い」通称"ゴッドイーター"だけがその脅威に抗う唯一の希望となっている時代。

 

 しかし、人類は未知の厄災「灰域」の発生により、さらなる滅亡の危機に陥っていた。

 

 辛うじて生き存えた人々は各地で通称「ミナト」と呼ばれる地下拠点を建造した。

 

 人間たちは「灰域」への高い耐性を持つ「対抗適応型ゴッドイーター(Adaptive God Eater)」通称“AGE”という兵士を造り出し、地表を覆う脅威に抗い続けていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その少女は、とある小さな廃棄された施設の拠点跡の村で生まれた。

 

 生まれてから暫くの間、少なくとも10歳を迎えるまでは、特筆すべき事はない平穏な人生だった。

 

 アラガミ────―そう呼ばれる怪物がいたるところに闊歩し人々を脅かす存在がいる以外は。

 

 父親は正規のゴッドイーターではなかったが、村で唯一のまともにアラガミと闘える戦士だった。母親もまた父ほどの資質はなかったようだが神機使い夫婦として、村の安全を護り通した。だから娘である彼女は、この生活が続いて行き、いずれ自分は両親と同じゴッドイーターになるのだと疑いもしなかった。

 

 オレはゴッドイーターの世界に転生していた。

 

 気が付いたら赤ん坊になっており、オギャアと泣いていた。

 

 ここがゴッドイーターの世界だと暫く経ってから気付いた。何故なら神機を両親が所持していたからだ。後は村に時折り襲撃する怪物、ゲーム内で見かけるオウガテイルやなんやらアラガミそのものだった。

 

 オレは歓喜した。オレは大好きなゴッドイーターの世界に転生した。何故転生したかは謎だが、些細なことである。ここがゴッドイーターのどの世界線かはよく分からないが、国的にはヨーロッパらしい。みんな外人で日本語じゃなかった。

 

 極東で無いのは、まあいい。問題なのはオレがゴッドイーターになれるかどうかだ。この村は廃棄された施設を利用してサテライトぽいバラック小屋を幾つか繋いで出来ている。

 

 そこに明らかにターミナルらしい機械があったのに興奮した。

 

 ターミナルを使えるのは神機使いの両親の二人だけだったが、だいぶ壊れているようでアーカイブは見れないらしかった。残念。ちなみに両親は第二世代型だった。羨ましい。

 

 あと、神機には絶対に触らせてはくれなかった。どうやら施設の設備が壊れてるのでメンテナンスが上手くいかなく不安定だと愚痴っていた。

 

 なるほど。暴走したり、所有者以外を侵食する、という設定のあれか。だから自分たちでやるしかないのか。いつか自分の神機が欲しいなぁ。そしてアラガミをバッタバッタ倒してオレつえーしたい。

 

 オレは漠然としながらも、呑気にそんなことを思い描いていた。

 

 オレは何も分かっていなかった。

 

 この終末の世界がどれほど絶望と隣り合わせで有ったのかを。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ある日、その人生は唐突に終わりを告げた。なんて事はない。いつもの如くアラガミが襲撃してきたのだ。

 

 大量に。大群で。

 

 二人の神機使いでは、どうにもならないぐらいの数が押し寄せた。

 

 父親は大型のアラガミに挑むも、無惨に殺された。逃げ惑う村人たちは次々喰われ、母親は自分を逃すためにオトリになり、目の前で頭から喰われた。

 

 オレは母親の返り血で真っ赤に染まりながら思った。

 

 ああ、もう終わりか。始まる前にゲームオーバーとは。

 

 その時、何処からか複数の両腕に腕輪を装着したゴッドイーターたち『AGE』が現れ、自分は助かった。この時、ここがゴッドイーター3の世界だと初めて理解した。

 

 ────―ただひとりの生き残りの少女であるオレは、かくして牢に繋がれた。

 

 酷い話ではあるが、命は助かった。ただそれだけのことに過ぎなかった。こんなことは日常茶飯事なのだ。

 

 問題は、そのミナトがペニーウォートでは無かったことだった。

 

 そこのミナトの連中は、自分達なら上手くやれると、細々と物資を流用し利用し、周りのミナトに傭兵としてAGEを貸し出し、成り上がれると本気で信じ込んでいたのだろう。

 

 気概だけは見事な心構えであったろうが、このアラガミが支配する混沌の世に覇を唱えるぐらいは妄想していたのかもしれない。

 

 その目論見に、どの程度の打算や勝算が存在したのか、分からない。

 

 そしてオレは念願のゴッドイーター、AGEになった。

 

 何人かの自分と似たような男女が子供含めて数人。ただ問題もあった。看守たちはオレたちを牢から出し、アラガミと強制的に戦わせた。

 

 そしてオレたちを名も無きただの人形として扱った。オレはそのまだ幼い身体を看守たちの慰み物とされた。そして飽きると牢へ送り返した。その繰り返しが日々の日課となった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 何年か月日が経った。運良く生き残ったAGEたちは僅かだった。かつてここに連れてこられたオレは変わらず酷い扱いを受け続けていた。

 

 今のオレはキャラメイクでクリエイトした女キャラだ。皮肉にも眼帯は飾りではなくアラガミにやられたから着けている。

 

 新しい神機使いの女もオレと同じように弄ばれていたが、この前、アラガミ討伐の最中に自分からアラガミに喰われに行って自殺した。

 

 オレたちは逃げる事は出来ない。二つの腕輪が身体の制御を管理している。少しだけ自由の権限があるのは戦闘だけだ。その隙をついて敢行したらしい。止める暇も無かった。実に呆気ない。

 

 残ったただひとりの女のオレは、もはや人ではなく、看守たちの性処理玩具と成り果てていた。他の仲間たち、戦闘メンバーの埋め合わせにしか過ぎない名前も知らない連中は、自分のことで精一杯でいつも見て見ぬ振りだ。わざわざ助ける者などいない。誰も彼も知らぬ存ぜぬだ。こっぴどい懲罰を受けるから。そんなもの、もう慣れたものだ。

 

 そんな腐った死肉に集る蛆虫な生活を送るうち、オレは何時からか己の身体を鍛え出した。

 

 オレは思い知ったのだ。オレは主人公じゃなかった。ユウゴたちはいなかった。ここはペニーウォートではない。同僚のAGEたちは自分が生き残るのに必死だ。他の奴らに気を回す余裕は一切ない。それはオレも同じだ。だったら信じれるものは、頼れるものは己だけだと。誰かが何とかしてくれるなどという期待を抱くのでなく、自分の力で何とかしなければならないのだと。

 

 幼少時代、GE崩れの父親から無理にせがみ、習ったおざなりなお遊びな鍛練法。それを思い出しひたすらトレーニングを繰り返し、看守達に身体を敢えて許すことで代価として充分な食事を得、筋肉を付けて行った。

 

 何時か必ずここから逃げ出せる時が来る。その時鍛えた身体は役に立つ。そう思って鍛える事だけが、オレの精神を、心を繋ぎ留め、守る事にも繋がっていった。

 

 日に日にアラガミとの戦いで逞しい体つきになっていったが、看守達は構わずオレを慰み物としていた。鍛えられ、女として魅力的な豊満な肉体となってゆくオレの身体を貪り、穢すことで、常日頃の鬱屈していたものを晴らしていたのだろうか。

 

 支配者が変わったようだ。看守長は脂ぎったデブ親父になった。舐め回すように下衆な視線でオレの褐色の躰を見てくるクソ豚だ。看守たちの顔触れも変わった。だがやる事は変わらなかった。それは、オレも看守達も。

 

 そうして月日と支配者、オレを犯す者達の顔触れが移ろっていたある日の事。オレは、ついに行動を起こした。

 

 日頃の行いが、よほど良かったのだろう。あるいは極端に悪かったのだろう。その日、灰嵐が起きた。

 

 喰灰の暴風が近くまで広がり、戸惑い慌てる看守達。

 

 取るものも取らず急ぎ我先にと逃げ出す。こういう時は牢を開け放ち、勾留したAGEたちも逃がすのが定法であるが、彼らはそれを守らず逃げ出そうとした。無抵抗の女を犯すような連中だ、そんな決まりを守るはずもない。

 

 そして牢の外、看守長の部屋でいつものように肉体奉仕していたオレ。騒ぎに感付き、待ちに待った機会、絶好のチャンスシーンを逃さなかった。

 

 慌てふためき、着の身着のままで半裸で逃げ出そうとする看守長。オレはそんな看守長とは対照的に落ち着いて行動した。

 

 自室に連れ込み、軋むベッドの上で自分を所有物のように組み敷いていたデブった看守長。騒ぎを聞いて自分の身体の上から慌てて出荷されるこれからハムにされる贅肉を跳ね起き逃げようとする雄豚の頭を鷲掴み、後ろに引っ張ると同時に足を払って蹴り倒す。そして────―

 

 思い切り首を踏みつけた。

 

 余った肉越しに鈍い音がしておかしな方向に首が曲がり、大きく痙攣して動かなくなった看守長。屠殺した豚の死体に構う事なく、コイツが着ていた衣服と銃器、装備、そして腕輪のアクセスキーを奪い解除し、外に出た。

 

 外に出ると右往左往する看守達を、看守長から奪った銃で片っ端から撃ち抜いてやった。弾がなくなっても鉄の塊であるそれで殴ればダメージは生まれるし、オレの筋力とゴッドイーターの力ならば致死の一撃となった。

 

 殺す。また殺す。逃げようと這い蹲る背中ごと踏み抜き、へし曲げて殺す。掴んだ顔面ごと壁に叩き付け減り込ませ、トマトみたいに潰す。そんなものでは気が晴れない事は承知の上だった。だが、そうしなければならなかった。そうせねば自分の怒りが収まらなかった。

 

 無論皆殺しだ。目に着く看守どもをこれでもかと、銃殺し、殴打し、縊り殺す。そうして、粗方殺し尽くし、その場から離れ神機格納室に赴く。慌てていたのだろう、開錠されたまま杜撰な管理で並べられた神機。その中から自分の相棒の神機を手にすると、一目散に走り出した。

 

 育った村も、過ごしたミナトも、残った他のAGEたちも、振り返りはしなかった。灰嵐の渦が強くなる中、オレを追って来る者はいなかった。

 

 自由になれた喜びなのか、見捨てた仲間たちを失った悔恨が今さらやって来たのか、耐え忍んできた苦しみが噴き出したのか。後から後から涙が大量に溢れた。

 

 オレは涙を流した頬を拭い、灰乱の波に呑まれるミナトから逃げ出した。ひたすら遠くへ、遠くへと。

 

 ふと、振り返ると、もうミナトは暗い喰灰の渦に沈んでいた。

 

 心は揺れなかった。心の中には何も残らなかった。

 

 もう命令されることも慰み者にされることも逃げる必要もない。むしろ、清々しく感じた。胸の中が空っぽなくらいに。そんな安堵を感じた。追ってくる者がいれば、ブチ殺せばいい。

 

 次いでオレは気付いた。自分には活計がない。当たり前だ、廃村で育てられそこからは牢に繋がれていた。自分で稼ぐ術など身に付けてはいない。

 

 持ち出した資金も無限にあるわけではない。これを元手に何かせねばならない。しかし自分にあるものと言えば────―

 

 あるではないか。アラガミどもで鍛え続けたこの肉体が。神機が。オレはゴッドイーターだ。この身体を活かせる職業は何か。アラガミを狩る傭兵か? いや、もうあの看守共と似たり寄ったりの連中に囲まれて過ごすのはうんざりだ。ならどうする。いっそミナトや行きずりの船を襲って盗賊にでもなるか。

 

 どうしたものか、と思い悩む。

 

 思考していると、周囲にアラガミたちが現れ、此方にジリジリにじり寄ってくる。

 

 まぁ、いい。時間はある。

 

 これからゆっくり考えよう。

 

 オレはヴァリアントサイズを構えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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2 私に力を

 

 

 

 

 

 

 知恵は悲しみである。 

 

 

 最も多く知る者は、最も深く嘆かねばならない。

 

 

 知恵の樹は生命の樹ではない。

 

 

 

 

 

バイロン

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 あれから灰域を彷徨い、寄ってくるアラガミを倒したり、やり過ごしたりしていた。

 

 ここがどの辺りか分からない。

 

 食糧も水も心許ない。

 

 灰域踏破船でも通ればいいのだが、一向に見かけない。人の気配など微塵もない。

 

 懸念なのは偏食因子の投与が出来ていないこと。神機のメンテナンスもおざなりだ。自分だけでは限界がある。

 

 いつまでもこのままではマズイのは解っている。

 

 早くなんとかしなければ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 神機の調子が悪い。

 

 大型の灰域種アラガミと戦ったせいだ。ついていない。

 

 灰域種はなんとか追っ払ったが、オレも手痛い傷を負った。神機の変形機構が上手く動かない。ちくしょう。分身するのは反則だろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 アラガミの餌場に湧き水溜まりがあったのは僥倖だった。

 

 喉の乾きは癒えたが、腹が減って仕方ない。今はあまり動きたくない。ここを拠点に活動しよう。

 

 この間、戦った灰域種が彷徨いているのを見かけた。

 

 多分オレを探している気がする。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 最後の携帯食糧が無くなった。

 

 食べる物がもうない。

 

 喰灰の影響か、あらゆる物質が変異している。

 

 なんでもいい。何か食べられるモノを探さないと。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 腹が減って仕方がない。

 

 空腹で目眩がする。おかしくなりそうだ。

 

 アラガミはその辺の土塊や瓦礫を食っている。試しにオレも真似してみたが、食べられたもんじゃない。

 

 ダメだ。腹が減り過ぎた…………肉が喰いたい…………

 

 …………アラガミって喰えるのだろうか? 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その辺のオウガテイルを倒して喰ってみた。

 

 結論、マズイ。

 

 味の無い粘土細工を食べてるみたいだ。

 

 だが、腹は多少なり膨れた。

 

 この際、味は二の次だ。食べられることが判れば狩るだけだ。

 

 次は猪っぽいアックスレイダーを狩ろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 いろいろなアラガミを狩って喰ってみたが、当たり外れが個々で大きいことが解った。

 

 アックスレイダーは見た目通り肉っぽい質感だ。ザイゴードは鳥かと思ったが微妙だった。コクーンメイデンは完全に金属物質だった。マインスパイダーは爆発するので食べるどころではなかった。

 

 中型はシユウやネヴァンが一番鶏肉らしかった。大型はヴァジュラがまあまあだった。

 

 アラガミの外殻をフライパン代わりに料理の真似事をした。調味料が欲しかったが、仕方ない。

 

 あと、ちょっと前に歌のようなフレーズを延々と発生させている変わったハバキリを見かけた。関わらないほうがいい、ハバキリは嫌いだ。

 

 この時オレは気付いてなかった。

 

 偏食因子の投与期限は、とうに過ぎていたこと、オレを付け狙う灰域種が虎視眈々と罠を張り巡らせていたことを。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 クソッ! クソッ! クソッ! やられたっ!! 例の灰域種だっ!! 

 

 オレの拠点で待ち伏せされていたっ! 捕食されたっ! 右腕を喰われたっ! 肘ごと丸ごと持っていかれたっ! 痛いッ! 痛いッ!! 痛い痛い痛い痛いィィィッッッ!!! 神機も破壊されたっ! オレのヴァリアントサイズが、バラバラにッッッ!!! 

 

 なんとか反撃して逃げ延びたが、ヤツは今もオレを探している。見つからないように隠れているが、気が気じゃない。

 

 止血したが血が止まらない。大量に失血したからか、意識が朦朧とする。コアが剥き出されたボロボロになった、形をなさない神機を抱き、傷付いた身体を丸めて戦々恐々縮こまる。

 

 …………今度こそゲームオーバーか。

 

 思えばロクな人生じゃなかった。大好きなゲームの世界だったが、現実に生きるにはあまりにも厳し過ぎた。女の躰に生まれ、散々看守どもの男に媚びて生き残り、最後はアラガミにやられて終わりか。

 

 だったら最初から人間じゃなく、アラガミだったら良かった。何者にも誰にも負けない強いアラガミだったらこんな目に遭わずに済んだかもしれない。

 

 …………眠い。意識が遠退く。

 

 

 ああ、次に転生するならアラガミだ。

 

 

 ずっと苦楽を共にした相棒の神機、煉真竜の残骸を残った隻腕で握り締める。

 

 やがて、オレの意識は暗い闇の底に沈んでいった。

 

 深く、深く、ずっと深い場所へと──────

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 濃密な喰灰が澱む灰域の奥底、そこに紫色の巨大な結晶体が針山のように幾つも形成され埋め尽くされていた。

 

 透き通る鋭針の塊りの中央部に膝を抱えて蹲る巨軀の竜を思わせる不気味な影が映る。

 

 まるで揺り籠、母の胎内で眠る赤子のように、ソレは緩やかに脈動を繰り返していた。

 

 

 いずれ目醒める時を待ち侘びて………………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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3 反逆者の生誕

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  とらわれることなき心を表す不滅の精神 よ!

 

  地下牢にあ って最 も輝 く,『自由』こそ汝な り、

 

 

 

 

 

 

 

 

             

バイロン『ションの(おり)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 暗い。

 

 何も見えない。

 

 視界が真っ暗だ。

 

 身体がつっかえている。硬い何かが身体を覆っている。

 

 オレは身を震わす。

 

 動く。身体は動ける。

 

 伸びをするように背筋を伸ばして反る。

 

 硬い何かにヒビが入るように軋む。

 

 オレの身体を覆っているのは紫色の結晶の壁のようだ。今度は腕を伸ばしてみる。ん? 灰域種に喰われた筈の右腕がある? どういうことだ? 

 

 身体全体を真っ直ぐ伸ばして丸まっていた身体を思い切り引き伸ばせば、硝子が割れるような破砕音を伴い、硬い結晶の壁は木っ端微塵に砕け散る。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 紫結晶の殻壁を突き破り現れたのは、暗赤色の長い角を携え、結晶状に変質したオラクル細胞の外殻を全身に覆った竜と人を掛け合わせたような蒼黒色の体躯と尾を持った大型の異質なアラガミ。

 

 暗澹とした仄暗い眼に宿る、燃立つ紅紫の灯火を爛々と照らす。左眼が右眼と違い、黒々とヒビ割れたように塗り潰され、濃黒色に染まっており、鈍い闇の光を放つ。

 

 隻眼の眼差しを上げ、鋭い牙が並ぶ顎門から紫霧の吐息を漏らす。

 

 左腕に民族的な意匠性のモールドが施されている巨大な重金板の籠手を装着し、雄々しい太く長い尻尾をゆらりと靡かせる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 軽い。

 

 重々しかった死に体の身体が嘘のように、羽毛のような軽々しさだ。

 

 あれ? やっぱりちゃんと右腕がある。灰域種に喰われたのに。あれ? オレの腕って、こんな蒼黒い色してたか? ん? オレの爪、こんなにギザギザに伸びていたっけ? 

 

 左腕に変な形と紋様のした盾みたいな籠手がくっ付いている。

 

 何だろう? 何処かで見たような…………んん? 視界の端にユラユラ揺れている長いのは…………尻尾? オレの尻から生えてる。オレ、尻尾なんてあったか? 

 

 なんだか頭の中がモヤモヤして考えが上手く纏まらない。

 

 そうだ。オレの神機。壊れたけど大事な大事な大切な神機。あれが無いとダメだ。あれはゴッドイーターの証。だが、見当たらない。何処いった? オレの神機? 

 

 キョロキョロ見回し探していると、オレの右腕がムズムズし疼き出し、腕から馬鹿デカい鎌の刃がニョッキリと生えてきた。

 

 ああ、あった。ここにあった。オレの自慢の神機。

 

 やっぱり神機が無いとゴッドイーターとして締まらない。

 

 すると、こちらに向かって強い殺気を放つ何かがやって来る気配を感じた。

 

 この気配は。

 

 喰灰に覆われた廃虚の外壁を一気に破壊し姿を現した巨体のアラガミ。

 

 二対の紫炎の太陽を携え全てを深淵に誘い、浮遊する球炉に乗り空中を飛ぶ灰域種。その異様なエネルギーを象徴するように頭部には超高密度の結晶体とみられる真紅の一角を有している。

 

 来た。憶えてる。オレの右腕を喰った灰域種アラガミ。

 

 名前は確か、アメン・ラー。

 

 そいつが喧しい咆哮を響かせて超突進してくる。

 

 ちょうどいい。今のオレはすこぶる身体の調子がフル万全だ。

 

 リベンジしてやる。不思議と気負いも負ける気も微塵も今はしない。

 

 こんなに清々しく、晴々した気分は初めてかもしれない。

 

 オレは右腕から伸びた見慣れた長年の相棒たるヴァリアントサイズの刀身をゆっくりと構え、迫り来る灰域種を迎え討つ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ******

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 自身のエネルギーを紫炎の太陽に充填し作り出した分身を伴い波状攻撃を繰り出すアメン・ラー。

 

 対して背中の逆鱗からプラズマブースターを発生させ、超高温に達した放電現象を引き起こすことで雷を自由自在に操っている蒼黒の人竜アラガミ。

 

 分身と同時に繰り出される火球での薙ぎ払いを左手を着いて体を屈め回避し、後ろから前にかけて時計回りに尻尾で大きく薙ぎ払う。

 

 それをアメン・ラーは瞬間移動で躱す。そして人竜のすぐ背後に移動し、左右の火球から火炎レーザーを無数に撃ち込む。

 

 人竜は両手に雷の双剣を突出させ、飛来するレーザーの雨を舞うように次々と振るい、切り裂き、打ち払い、無力化し、掻い潜り、アメン・ラーに素早く斬り込んでいく。

 

 正面を火炎流の渦で大きく薙ぎ払いつつ牽制、瞬間移動で後退し、薙ぎ払った場所に複数の火柱を続々と発生させるアメン・ラー。

 

 噴出する火柱を左腕の籠手でガードし、両腕を広げて全身に雷を纏い突進する人竜。

 

 二体のアメン・ラーは真正面から迫る人竜に対し、周囲に浮いてる四つの大火球に悍ましい生物的な牙裂の大口を形成させ、敵対者に向けて勢いよく連続で解き放つ。

 

 強靭な爪を左右に構えて立ち塞がる火柱群を掻き消しながら走る人竜。

 

 右腕に聳え生えた凶々しい大鎌の刃を高々と引き絞り構え──────

 

 

 振り抜いた──────

 

 

 極大の雷光のブレード波が展開され、立ち塞がる四つの捕食形態の大火球を尽く斬り裂く。

 

 迅雷の極刃がアメン・ラーを一閃。

 

 頭から下半身の球炉まで一直線に疾り抜け、左右両側に巨軀を真っ二つに両断し、黒霧と化し霧散させる。

 

 大絶叫するは、分身を斬り裂かれ倒されたアメン・ラー。

 

 地面に這い蹲り、苦しげに、狂おしげに低く唸り声をくぐもらせ、比類なき力を持つ対峙するアラガミを忌々しげに見上げる。

 

 目の前の蒼黒色の結晶に身を包んだ人竜のアラガミは、隻眼の眼差しを爛々と紅い輝きに満たして勝ち誇ったかのように勝鬨の雄叫びを轟かせた。

 

 そしてその鋭い牙の口腔を広げて敗者たる獲物に悠々と喰らい付いた。

 

 

 仄昏い、燻んだ死灰が渦巻く魔境。

 

 

 骨肉を貪る咀嚼音と、恐ろしい竜の鳴き声がいつまでも谺していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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4 孤独を背負う者

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

    我は悲しみを知らず────

 

 

    この偉大なる暗黒に隠れん。

 

 

    君こそは暗黒、

 

 

    重く沈みて我を包めよ。

 

 

 

 

 

 

 

 

バイロン

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はぁ……はぁ…………はぁ……はぁ……」

 

 

 ひとりの男が灰域の中を身体を引き摺りながら重い足取りで歩く。

 

 全身血だらけであり、各所に銃傷が見受けられる。

 

 眉間に十字傷がある髭を生やした屈強な男。

 

 そこにオウガテイルが何体か現れ、瀕死の身体の男に襲い掛かった。

 

「フンッ!」

 

 両手に携えた二刀の神機、バイティングエッジが喰らい付かんと飛び掛かったオウガテイルを纏めて寸断した。

 

「…………また、死にぞこなったか」

 

 男、ヴェルナー・ガドリンは霧散するアラガミを残し、その場から立ち去った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ******

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 致命傷を負い、灰嵐自決を行ったヴェルナー。

 

 だが、どういう訳か、生き残った。

 

 運が良かったのか、逆に運が悪かったのか。

 

 悪運かもしれない。

 

 皮肉に苦笑いを浮かべ、廃虚の瓦礫に背を預けて、その場で座り込む。

 

「…………だが、ここまでだ。理想の為に殉じる…………悪くはない…………心残りは、赤の女王、AGEたちの未来だ…………私は大罪人として歴史に刻まれるのは構わないが、彼らには光ある明日を繋いでほしい…………」

 

 なんとも虫のいい話だ。AGEたち、特に赤の女王のメンバーたちは間違いなく酷い扱いを今後、被るだろう。自分は卑怯にも責任を彼らに押し付けようとしている。

 

「…………すまない、イルダ。悪い、リカルド。私はこれから赴く地獄で君たちの幸せを祈ろう…………ん? なっ…………っ!?」

 

 いつの間にか蹲るヴェルナーの目の前に巨大な体躯を持つアラガミが佇み、此方を静かに見下ろしていた。

 

 長い両角、蛮紋柄模様の籠手の腕、長大な尻尾。

 

 人竜体躯のアラガミ。

 

 ハンニバル。

 

 しかも、ただのハンニバルではない。

 

 喰灰による侵食に適応したと思われる蒼黒の結晶体が、身体中を纏い、禍々しいまでの威圧感を放っている。

 

 灰域種、それか亜種か新種か。いや、聞いたことがある。最も深度の高い紅蓮の灰域には、更なる進化を成したアラガミがいるという。

 

 紅紫色の燃える右眼、対して左眼は真っ黒に闇に塗り潰されたように隻眼だ。

 

 その暗闇のような瞳が自分を見つめる。

 

「…………ふ、どうやら死神が迎えに来てくれたようだ…………構わん、喰らえ。そして私を黄泉に案内してくれ…………」

 

 微笑うヴェルナー。

 

 自分の最後がアラガミに喰われる。

 

 散々に他人の運命を翻弄した愚かな殉教者に相応しい末路だ。

 

 しかし、蒼黒のハンニバルは一向に捕食しようとはせずに見下ろすばかりだ。

 

「…………? どうした? 私を喰いに来たのではないのか?」

 

 訝しむヴェルナー。

 

 すると、蒼黒のハンニバルはクルリと向きを変えて去っていった。

 

「…………何だったんだ、あのアラガミは…………?」

 

 暫くして、再びあのハンニバルがヴェルナーの前に現れた。

 

「…………やはり喰いに来たか?」

 

 両手にアラガミの肉片らしきものを大量に抱えて。

 

 ドサリッ! ドサドサッ! とヴェルナーの前に置かれていくアラガミだった物体の肉片群。

 

「…………まさか私に食えと言ってるのか?」

 

 ヴェルナーが見下ろすハンニバルに問うと、僅かだが頷いたような気がした。

 

「…………すまないが、腹が減ってるわけじゃないんだ…………人間はアラガミを食わないんだが、そんなふうに見えたか? …………アラガミに情けをかけられるとは、な……ぐっ! ぐぅううぅ…………っ! こ、ここまでか…………」

 

 傷を押さえて呻くヴェルナー。

 

 時間のようだ。最後に看取られるのがアラガミとは。

 

 薄れていく意識。

 

 ぼやける視界に映る巨軀のアラガミ。

 

 その巨体が仄かに輝き、徐々に小さく細くなっていく。

 

 小山のようだった身体は華奢な褐色の艶やかな素肌に。

 

 蒼黒の結晶の鱗が妖しくも魅力的な裸身を覆い、豊かな双丘と、局所を僅かに纏う。

 

 左腕に変わらず籠手を身に付け、形の良い殿部からしなやかな尾先が伸びている。

 

 長く美しい銀紫の髪が流麗に照りを返して靡く。

 

 額に名残りのように二本の暗紅色の長角を生やし、紅紫の瞳に智星の煌めきを燈し、対の眼には闇を帯びた漆黒を宿す。

 

 ヴェルナーは思った。

 

 なんて、美しい死の女神だ、と。

 

 蒼黒竜の美神は惚けるヴェルナーに歩みより、母親が抱擁するように優しく、ほとんど裸身に近しい身体で、その豊穣たる胸に抱き寄せた。

 

 乳飲み子にそうするように。

 

 そして自らの綺麗な指先を鋭い鉤爪で少し切り裂いた。

 

 褐色の滑らかな指先から流れる血潮を虚ろな表情のヴェルナーの口元に運び、垂らした。

 

 熱い。

 

 煮えたぎるような、甘く蕩ける血の温もりと薫りが喉元を過ぎる。

 

 焦点が定まらない瞳孔に、褐色の人ならざる美しさと妖艶さを併せ持つ乙女の整った顔がいつまでも離れず焼き付いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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5 ヒトの温もり

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 人間よ、汝、微笑みと涙との間の振り子よ。

 

 翼もなく全ての上に、全ての中に、翔りゆくその思念は名もつけがたく、永劫なるもの。

 

 

 

 

 

 

 

 

バイロン

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ギラリと大鎌の刃が凶々しく閃く。

 

 翼刃を拡げたまま驚愕の表情のディアウスピターは、頭と胴体を丁寧に三枚おろしにスライスされ絶命した。

 

 右腕を払い、伸ばした神機らしき大鎌を収納した蒼黒竜の大型アラガミは、倒したばかりの新鮮な獲物に齧り付き味わう。

 

 他のアラガミが、そのお溢れを貰おうと周りをウロウロしているので、肉片を放り投げてやれば、喜び勇んで群がる。

 

 うむ。今日も肉が食べれる。美味い。

 

 アラガミが強ければ強いほど、噛めば噛むほど濃厚な味わいが深くなる。

 

 今度はどの辺のアラガミを狩ろうか。小型、中型はすぐ逃げるので追いかけるのが多少面倒だが、逆に大型は果敢に戦いを挑んでくるので、ビシバシ狩る。それが最近の日課だ。

 

 オレはいつものようにアラガミを探してウロウロしていたら、なんと人間を見つけた。

 

 両腕に腕輪があり、神機を所持している。

 

 ゴッドイーター、AGEだ。

 

 久しぶりに同業者を見た。こんな灰域の奥で珍しい。

 

 だけど様子がおかしい。傷だらけだ。

 

 今にも死んでしまいそうなくらいにズタボロで蹲り、弱々しい。

 

 なるほど。腹が空いているんだろうな。だから力が出ないのか。

 

 よし、同じ神機使いのよしみだ。オレが食べ物を持ってきてやろう。

 

 座り込むAGEの男が目の前に立ち、観察するオレに気付いて驚いた顔で見てくる。

 

 まあ驚くのも無理もない。まさかこんな灰域で人間が、それもゴッドイーター、AGEと鉢合わせるとは思っても見なかっただろう。オレも驚いているくらいだからな。

 

 オレは踵を返し、その場から離れる。

 

 ちょっと待っていてくれ。すぐに新鮮な肉を持ってきてやる。

 

 そしてオレは味が割りかし良いだろうアラガミを数体見つけ出しサクサクと鼻歌混じりでハンティングすると、AGEの男に持っていってやった。

 

 また驚いた顔をする男。

 

 ん? なんだ、食べないのか? せっかく美味いやつ選んで狩ってきたんだが。

 

 ああ、そうか。傷が痛くて食べれないのか。分かる。怪我してるときってツライよな。

 

 仕方ないやつだ。オレが食べさせてやろう。

 

 目の前のぐったりした人間に近寄る。

 

 ん? ちょっと待って。オレの身体かなりデカくね? あれ? この神機使いの男が小さいんじゃないのか? 比較してみるとだいぶサイズが異なる。

 

 ああ、たくさん喰ったからなぁ。凄くデブったのかもしれない。あと肌の色も青黒くて、不健康そうだし。せっかくカッコ可愛い女アバターを作ったのに。これじゃあドン引きされる。

 

 あぁ〜、だから驚いていたのか? オレが見るに耐えない巨漢女だと。

 

 …………それはちょっと自分でもヤダなぁ。何とかしないと。

 

 元のスリムなナイスバディな美人に戻りたいなぁ。ダイエットするしかないかな。でも食べるのは我慢出来そうにないなあ。アラガミ美味しいから。どうしようか。

 

 んん? なんか、身体が小さくなっていく。

 

 よく分からないが、どんどん縮んでAGEの男と同じぐらいのサイズになった。

 

 腕も脚も細くて、しっかりした艶々な感じになった。キャラメイクした時みたいな褐色肌に。多少青黒い瘡蓋(カサブタ)みたいなのが身体のあちこちに有るけれども問題無いくらいに華奢になってるっぽい。

 

 おっ、小麦色のバスターバイン様がプルンプルンと自己主張なさっておられる。うむ、実に素晴らしいオッパイ、いや塩梅だ。やっぱりオレが時間を掛けて作った一押しのアバターだ。嬉しくて尻尾も犬みたいにブンブン振ってしまうのも仕方ない。

 

 おっと、AGEの男が腹を減らして待っている。今にも死にそうなくらい顔が真っ青だ。そんなに空腹だったのか。

 

 だが、男は身体が動かないらしくアラガミ肉に手を付けれない。

 

 しょうがないな。オレは屈み、男を胸元に抱き寄せてやる。正直言って男は嫌いだが、コイツは悪い気配がしない。

 

 虚ろな表情な男。ふむ、これじゃまともに食べることも噛むことも出来ない。

 

 オレは自分の指先を切って溢れる血を動かない口中に垂らして流し込む。

 

 昔、何か漫画で観た。戦場で水も無く、喉を潤す手段を。馬の小便すら無い時に自分の身体を切って仲間に己の血を分け与える、というシーン。

 

 オレは小便出ないよ? 何か全然排泄しなくなったし。仮に出てもやらないよ? もちろんオッパイもやらない。出ないし。

 

 代わりにオレの血で喉を潤って貰おう。

 

 ふふ、何か赤ん坊の世話をしているみたいだ。

 

 指先を口に突っ込んでやるとちゅーちゅー吸ってくる髭面のオッサンは実にシュールだな。ちょっと可愛らしく思えてくるのが不思議だ。もしやこれが母性本能? 

 

 やがて神機使いのオッサンは緩やかに目を閉じて、オレのオッパイ枕でスヤスヤと心地よさげな寝息を立て始めた。

 

 まったく…………こんな美女に介抱されるとは。うらやまけしからん幸せ者なオッサンめ。ん〜、なんかこの額に十字傷のあるオッサン何処かで観たような気がするんだけどなぁ。ん〜、思い出せない。まあ、いいか。

 

 さて、オッサンは寝てるし暇になった。とりあえず用意したアラガミ肉片をモシャモシャ摘みながらオッサンの髭を引っ張ったり撫でたり遊んでみる。

 

 そんなオレたちの周りにアラガミどもが集まり出した。

 

 小型、中型、大型、選り取り見取りだ。

 

 そっと、オッサンを起こさないように横に寝かせてオレは立ち上がる。

 

 とりあえず暇潰しと食糧備蓄にコイツらをハントするとしようか。

 

 右腕をかかげ、収納してあるオレの相棒の神機、煉真竜征鎌をいつものように右腕から取り出し、アラガミどもに向けて構える

 

 さて、少しだけ抑えめに闘うか。

 

 寝ているオッサンを巻き込まないよう、アラガミに喰われないように護らないとならないし。

 

 あと身体がスマートになったから改めて戦い方を確かめてみよう。

 

 丁度良い練習相手がいることだし。

 

 神機使いの戦い方ってヤツを教えてやるよ、アラガミども。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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6 揺れる魂

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

    (おも)いを断てよ。

 

    わが心。

 

    獣のねむり眠れかし。

 

 

 

 

 

シャルル・ボオドレエル

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 大型アラガミ、ヴァジュラが雷球を繰り出した。

 

 対するオレも口を開き、サンダーブレスを吐いた。

 

 正面からブレスと雷球が衝突し、それにオレのブレスが打ち勝ち、ヴァジュラは紫電の渦に飲み込み焼かれ消滅する。

 

 オレは口角をニヤリと上げた。

 

 どうやら威力が上がっているらしい。意識してドラゴンブレスを放ったのだが……以前よりはるかに威力が上がった。しかも、まだまだ威力が上げられそうだ。

 

 オレはまだ強くなれるらしい。ありがたい。これは終末世界を生きるために必要な強さだ。

 

 コンゴウがこちらに襲いかかってくる。

 

 その巨大な身体を使った飛びかかる体当たり、ローリングアタックに向かって、全力で爪を横薙ぎにした。

 

 轟風が周囲に逆巻き、コンゴウが細切れになり、バラバラになる。

 

 オレはその様子を満足気に眺めた。オレの怪力の前では、アラガミの巨体も特に脅威にはならない。

 

 グボログボロが水弾を撃って攻撃してくる。

 

 すかさずステップを踏み、水弾を躱し素早く懐に入り込む。右腕と同化したヴァリアントサイズを鰐面に突き刺し、そのまま滑るように頭から腹中、股座まで一気に斬り裂いた。

 

 文字通り真っ二つ。

 

 クアドリガのミサイル乱射に怯むことなく突撃、拳を構えて前面装甲に乱打を打ち込むオレ。

 

 一発、二発、三発、四発、五発。クアドリガの身体を滅多打ちにすれば、重金属の身体ごとひしゃげ、ボコボコになっていく。

 

 拳を握り込み、思い切り体内に突き刺し、内部から雷を解き放つ。

 

 クアドリガの身体が紫電の光を帯び、粉微塵に爆散した

 

 不意に視界の隙間から鋭い蠍の尾針が迫る。

 

 オレも尻尾で弾き返す。鉛色の長い尾針を振りかぶってボルグカムランが攻撃してくる。

 

 ボルグカムランは盾や足の爪を振るったり、尾針を薙いだりしてくるが、どれも尻尾で迎撃していく。

 

 そのまま尾針を尻尾で掴み上げ、ボルグカムランの巨体を勢いよくブンブン振り回す。尻尾のジャイアントスイングだ。

 

 他の小型、中型アラガミどもを巻き込み、纏めてボーリングのピンのように薙ぎ倒し吹き飛ばす。

 

 逆鱗を解放。雷の翼にて空中に飛翔、雷の槍を何本も作り出しボルグカムランと他のアラガミどもに投擲、諸共に串刺しにして次々と葬る。

 

 オレは残るアラガミどもを駆逐していく。

 

 はははっ! 楽しいっ! 愉しいっ! タノシイッ! ゲームをしていたあの頃より面白いっ! 無双だ! オレつえーしてるっ! あれ? ゲームってなんだっけ? あの頃っていつだっけ? オレは以前、何をしていたっけ? いつからここに居たのだろうか? 

 

 そもそもオレは誰だったのか? 

 

 まぁ、そんなこといいや。だってこんなにタノシイのだから。

 

 戦うのがタノシイ。壊すのがタノシイ。喰らうのがタノシイ。

 

 タノシイッ! タノシイッ! タノシイッ! タノシイッ! タノシイッ! タノシイッ! タノシイッ! タノシイッ! タノシイッ! タノシイッ! タノシイッ……! 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ******

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…………う……私、は…………生きて、いる、の、か…………?」

 

 ヴェルナーが目蓋を開く。

 

 紫結晶のベッドらしき台の上に寝ていたらしい。周りには囲むように紫水晶のサークルがあった。

 

 起き上がり、身体に触れる。瀕死だった肉体。だが、今はなんともない。むしろ心地良いほどに清々しく感じる。服は穴だらけだが、銃傷は綺麗さっぱり無い。

 

 そうだ。確か蒼黒のアラガミに出逢った。そのアラガミ、ハンニバルに酷似した何かが人の形になって…………自分に己の血を分け与えた。

 

 ヴェルナーは手を動かして確かめる。

 

「…………力を感じる。今までに無い程に強い確かな力を…………」

 

 それに灰域であるはずなのに、特有の息苦しさ、気怠さ、身体全体に掛かる重さ、負荷が感じられない。

 

 身体の傷が癒えたこと、灰域に苦もなく対応出来る力。

 

 これもすべてあのアラガミの力なのか…………? 

 

 その時、灰域に響く轟音と振動。

 

「何だ…………っ!?」

 

 それは雷鳴に似た激しい轟き。

 

「向こうから聴こえてくるが……」

 

 ヴェルナーは雷鳴が木霊する方角に顔を向ける。

 

 あのアラガミがいない。ベッドの台座の周りに他の狩られたアラガミだろう肉片が積まれている。ここにはいないようだ。

 

 再び雷鳴。落雷のように唸りと衝撃がビリビリビリッと灰域と身体に震わし伝わってくる。

 

 ヴェルナーは台座から立ち上がり、紫水晶のサークル場から出て、豪雷が鳴り響く場所に歩いて行く。結晶で作られた人工的な通路を抜けて進むと、直ぐ間近にその原因と思しきものを発見した。

 

 

「あのアラガミが…………アラガミ、なのか…………? あの少女が…………」

 

 

 アラガミの群れと闘う見目麗しい女性。

 

 歳は二十歳前後だろう、まだ少女と言っていい。

 

 ただ、あまりに異質、異形の姿をしている。

 

 紫銀の長い美しい髪。額に二本の気を呑まれるような暗赤色の角を携え、結晶化したオラクル細胞の鱗を軽装甲のように纏った褐色の裸身に近しい豊穣の女神さながらの美貌。

 

 魅力的な形の尻、腰元から長い尻尾を生やし、背中の逆鱗から、プラズマの雷翼を発生させ飛翔し、雷撃の嵐を振り撒き地上のアラガミたちを悉く貫く。

 

 荒ぶる竜神、そう思わざる得ない神々しさと、禍々しさ。

 

「笑っているのか…………?」

 

 アラガミを1匹、また1匹と討ち滅ぼすたびに楽し気に笑う少女。

 

 実に愉しげに。

 

 狂気を秘めて。

 

 少女の高揚が最高潮に達したのか、身を震わすと異変が起きる。

 

 小さな華奢な身体が突如巨大化し、蒼黒の結晶を纏う巨軀の人竜へと様変わりしたのだ。

 

 激哮を谺す蒼黒竜に成り変わった少女。

 

 紫電の雷光を巨体に滾らせ、アラガミを捕らえ、その強靭な歯牙の顎門で喰らい付き、貪る。

 

 本能の赴くまま、飢えた獣さながらに。

 

 その時、人竜の猛攻から逃げ出したアラガミがヴェルナーの元に向かってきた。

 

「!?」

 

 しまったっ! 神機を持って来ていないことに今更気付いたヴェルナー。

 

 狂乱したアラガミが行手に立つヴェルナーに飛びかかる─────

 

 瞬間、アラガミの身体が巨大な鉤爪の手で掴まれた。

 

 ヌウゥンッと突き出された竜の顎、開かれた上下の牙が勢いよく閉じられ、眼前で貪り喰らわれるアラガミ。

 

 燐と燃え盛る紫炎の眼光と視線が交錯するヴェルナー。

 

 ヴェルナーは茫然としながらも、見続けるしかなかった。

 

 その暗く輝く闇に燈る瞳に、身も心も吸い寄せられるように。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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7 留まる想い

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ただひとたび、思いがせまって、

 

 眼をあげてあなたをみつめたのだが、

 

 その日からは、大空のもとに、

 

 あなたのほかのものをながめることはない。

 

 

 

 

 

 

                バイロン

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「私の名前は、ヴェルナー。ヴェルナーだ。言ってごらん?」

 

「ゔ、ゔぇる……な?」

 

 水晶のベッドの上で胡座をかいて首を傾げる彼女に自らの名を教える。

 

「そうだ。もう一度、言ってごらん」

 

「ゔぇ、ゔぇ、る…………ゔぇる、ヴェルナ…………ヴェルナーッ!」

 

 少し大人びた凛とした可憐な声に喜色を浮かべて答える彼女。

 

「ヴェルナーッ!ヴェルナーッ!」

 

「そうだ。その通りだ。私はヴェルナーだ。良く出来たな」

 

 優しく頭を撫でる。

 

 紫銀の絹糸のようにサラサラした髪。

 

 そこから異様な長角が伸び生えている。

 

「…………ふふふ、くすぐたい、ヴェルナー」

 

 まるで猫や犬のように気持ち良さげに目を閉じて受け入れる。浅く照りを返す褐色の艶やかな肌に紫結晶の龍麟を纏い、長く太い尻尾をユラユラ揺らす人成らざる女の子。

 

 美しい。その一言に尽きる。健全な男なら彼女と(しとね)を共することを一度でも夢想してしまうかもしれない。恥ずかしくとも自分とて男だ。それぐらい魅力を持っている。

 

 しかし、歳相応な見た目とは裏腹に妖艶さと人外の姿を持つ彼女はアラガミだ。

 

 それも強力な危険種、ハンニバルの上位個体と推測される。

 

「…………君の名前はまだ聞いていなかった。何というのかな?」

 

 私が思うに彼女は人間だろう。元人間と言った方がいい。そしてゴッドイーター()()()

 

 彼女が使っていた腕と同化していた武器はまごう事なき神機だ。そのことから、彼女は元神機使いであったことが推測される。

 

 神機使いが何らかの理由でアラガミ化する。偏食因子投与不全、神機適合失敗、その他原因は多技に渡る。

 

 彼女がどういう経緯でアラガミ化に至ったかは、判らないが、未だ人の理性は多少なりとも残っていると思われる。

 

 故に私は生命を助けられたのかもしれない。でなければ、私はとっくの昔に捕食されていたかもしれない。

 

 私も以前に研究者時代に神機適合失敗者の例を見たことがあるが、そのどれもが肉体が耐え切れず絶命か、アラガミ変異化前に自壊してしまうかの二択だった。

 

 赤の女王の時には、ごく稀に適合失敗した者が完全なアラガミに至る前に介錯してやったことはあったが、ここまで変異した者を見た者は初めてだ。大抵はほとんどの場合"スサノオ"と呼ばれる危険なアラガミとなるのだが、彼女は異例だ。

 

 しかし、よりによってハンニバルか。

 

 由来はハンニバル・バルカ。 紀元前247年 - 紀元前183年、カルタゴの将軍であり、ハミルカル・バルカの長子。ローマ軍と長きに渡り争い、残虐で苛烈であり、包囲網戦術の先駆けを担ったという有名な実在した人物だ。

 

「名前? オレ…………名前…………名前…………」

 

 アラガミの少女はゆらゆらと身体を揺らして何処か虚空を見つめて呟く。

 

 記憶に障害があるのか、アラガミ化の影響か。自分の名前すら思い出せないようだ。

 

「…………名前…………名前…………オレ…………名前…………分からない…………名前、分からない…………」

 

 悲しげに俯く少女。

 

「無理に思い出さなくてもいい。大丈夫だ」

 

 姿形はアラガミとも人とも何方(どちら)とも取れる少女。今はまだ人としての理性の方が強く出ている。ただ、少し前に見た人竜状態の彼女からは、アラガミ本来の猛々しさと荒々しさ、凶暴な貪欲さが垣間見えていた。

 

 彼女は非常に不安定な状態にあるのだろう。天秤のように揺れて、人とアラガミの境界線が曖昧だ。一歩違えば本当に"荒ぶる神"として人類に牙を剥く可能性も考えられる。

 

 だとしたら私はどうする? 今、私の手元に神機がある。今の彼女は無防備だ。人竜形態ならいざ知らず、この隙だらけの状態なら容易く刈り取れるか。

 

 いっそ苦しませずに楽に─────

 

 …………何を馬鹿な…………私は彼女にとうに捨てた命を拾われたのだぞ? それを仇に()すのか? あり得ない。

 

 だとすれば、私に出来ることは彼女が完全なるアラガミにならないように人側に導くことだ。出来るかどうかは、未知数だがやれることはやろう。それが彼女に命を救われた私の役目だ。

 

 で、あれば名前はやはり必要か。名無しでは困る。

 

「…………ベル。君の名前はベルだ」

 

「ベル? 名前? オレ、名前?」

 

 ハンニバル・バルカには「バアルの恵み」や「慈悲深きバアル」、「バアルは我が主」を意味すると考えられ、バルカとは「雷光」という意味である。

 

 バアルとは、ウガリッド神話に登場する古き豊穣神、カナン地域を中心に各所で崇められた嵐と慈雨の神。そのバアルの別称がベル。元は男神だが、勇しく美しい彼女に相応しいのではなかろうか。

 

「…………ベル…………オレ、名前、ベル…………ベル…………」

 

 少女は何度も自分に刷り込むように名を呟く。

 

「私の名前のヴェルナーと君の名前のベル。似ているだろう? 覚えやすいと思うんだが、どうかな」

 

「ヴェルナー、一緒? ヴェルナー、ベル、似てる…………気にいたっ! ベルッ! オレ、名前ベルッ! 気にいたっ!!」

 

 少女が満面の朗らかな笑顔を描き、喜ぶ。

 

 よほど嬉しかったのか尻尾がグルングルンと凄い速さで廻っている。

 

「ヴェルナーっ! ありがとっ!!」

 

「うおっ!?」

 

 アラガミ少女改め、ベルが勢いよくヴェルナーに飛び付き水晶台のベッドの上に押し倒してきた。

 

 驚く彼の頬に、大きく、滑らかで、柔らかい感触が押し付けられる。

 

 ベルの、彼女の胸だ。

 

 そして抱きしめられた。健気ながら荒々しい抱擁。なんて力をしているんだ。華奢な少女とは思えない凄まじい包容力。きめ細かい褐色のスベスベとした肌が吸い付き、呼吸器を圧迫してくる豊かな双丘。とても柔軟で、とてもいい匂いがする。

 

「むっ! ぐううぅっ!」

 

 息を吸うことさえ叶わない柔肌の責め苦に悶える。

 

 息が出来ない。なのに麻薬のように彼女の匂い立つ香りが思考を焼き尽くそうと麻痺させる。それは雲の上に乗ったような安らぎさえ覚えた。

 

 少しでも酸素を求めて捥がいていると、ようやく彼女は危うい死の抱擁からヴェルナーを解放した。

 

「…………ヴェルナー、名前、ありがと…………すごい嬉しかた…………お礼したい…………」

 

「べ、ベル? 何を…………」

 

 薄く開いた疑問を投げかける口に、柔らかく芳しい感触が押し付けられる。

 

 ベルの唇。

 

 その優しく甘い感触に一瞬、陶然としかかって…………えもいわれぬ恍惚と…………相反する違和感がヴェルナーの意識を急激に醒めさせた。

 

 そんな彼の歯の隙間から、やおら蠱惑的に蠢く小さな舌先が滑り込み、口腔をヌルリと一巡していく。

 

「〜〜〜〜ッッッ!!!」

 

 身悶えし抵抗しようにも、彼女の押さえ付ける力にヴェルナーは振り解けない。

 

 口を何とか閉じて侵入を拒もうとすると、彼女の鋭い牙が唇を切り、赤い血が口元を流れ落ちる。

 

「…………ヴェルナーの、味する」

 

 艶然とした妖しい笑みを浮かべるベル。

 

 その彼女の唇にも、その口元から覗く赤い舌先にも、ヴェルナーの血の色に染まり濡れ光っていた。

 

 まるで色鮮やかな口紅を差した娼婦のように。

 

「ベル、君は…………」

 

「少し思い出した。─────オレ、知ってる。どういうことすると、男は気持ち良くなるか…………」

 

 慈しむような哀れむような達観したような眼差しでヴェルナーを覗き込みながら、ベルは下肢を腰の上に移動し、馬乗りの姿勢になる。

 

「…………いろんな男が、いつも怒ったり、殴ったりしてきたり…………オレのこと、いじめて、乗っかって、そうすると、とても気持ち良そうな顔して…………」

 

「…………ッッッ!!!」

 

 ヴェルナーの服の下から忍び込んだ指先と掌が、妖しく胸板から腹下へと這い進む。

 

 そんなことをしてオスの身体からどんな反応が返るのか、委細承知しているかのように。

 

 ベルトをカチャリと外す音が鳴る。

 

「…………やめ、ろ……」

 

 身体が熱く燃えるように火照る。にも関わらずに動かすことがままならない。

 

 そんなことは求めていない。決して許される行為ではない。

 

 (さわ)られる、おぞましいほどに過敏な感触にゾッとする。

 

 彼女の瞳は、すべてを諦め、絶望した虚ろな色を称えている。

 

 そんな瞳は嫌というほどに幾らでも見てきたではないか。

 

 だから自分はそんな眼をした者たちを救うべく赤の女王を設立したのではないか。

 

「私は…………君を…………君をそんな目に合わせた奴らと一緒になど…………ッッッ」

 

 それは自分への怒りと情けなさか、あるいは少女を理不尽に狂わせたすべてのものにか、震わす溢れる慟哭に麻痺していた身体が突き動く。

 

 否や、ヴェルナーは勢いよく上半身を起き上がらせ、覆い被さるベルの背中に手を回し抱き締めた。

 

 力強く、彼女の力にも負けじと、強く、強く、強く。

 

「…………あ…………」

 

「…………いいんだ。そんなことしなくて。もういいんだ…………」

 

 惚ける彼女を抱き締め続ける。

 

 彼女は首を傾げて不思議そうにキョトンとしながら、ヴェルナーの頭を撫でる。

 

 母親が子供をあやすように優しく。

 

 なんだ、これでは、立場が逆ではないか。

 

 ヴェルナーは苦笑いし、頭を撫でられながら彼女をずっと抱き締め続けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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8 儚き願い 〜追憶〜

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 沈む太陽が、真赤な傷あとで

 

 天を血の色に染め出す頃、

 

 わが心中に星ふらす。

 

 夜空を飲む心地ぞさるる。

 

 

 

 

 

 

 

 

              シャルル・ボオドレエル

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 オレが作った水晶台のベットの上でオレは胡座をかいて身体を揺らして座っている。

 

「私の名前はヴェルナーだ。言ってごらん?」

 

 髭のオッサン神機使いがベットに腰掛け、名前を教えてくれる。

 

「ゔぇ、る?」

 

 オレはオッサンの名前を反芻しようと悪戦苦闘していた。

 

「ゔぇ、ゔぇ……」

 

 うぐく、何故か声が出ない。他人と喋ったのは久しぶり過ぎて、声帯が退化でもしたのか? 

 

「ヴェルナー。さあ、言ってみなさい」

 

 なんとか絞り出すようにオッサンの名前を呼ぶ。

 

「ゔぇ、ゔぇ……ゔぇる、な…………ヴェ、ル、ナ…………」

 

 そういえばこの髭のオッサンどっかで見たことあると思ってたんだけど、名前を聞いてピンと来た。

 

 ヴェルナー。

 

 そうだ。ヴェルナー。ヴェルナー・ガドリン。反抗組織『赤の女王』の設立者、その組織に集うAGEたちのリーダー。グレイプニルに反目するテログループ。

 

 確かグレイプニル総督のエイブラハム・ガドリンはこのオッサンの父親だったかな。それで確か、イルダとリカルドは昔の研究生時代の同期、イルダとは恋人同士だった。っていうゲームの設定だったはず。

 

 ん? 設定ってなんだ? ゲームって? あれ? なんでオレはそんなこと知ってるんだろう? 頭の中がごちゃごちゃしてよくワカラナイ。

 

 でも知ってる。このオッサン、死んじゃうんだよね。灰嵐自爆テロを起こして。ん? でも、生きてるよね? あれ? なんでだろう。

 

 まあ、いいか。このオッサン、えと、ヴェルナーは嫌な感じはまったくしない。オレをいじめたりしないから。それに同じゴッドイーター、AGEだ。神機使いとして仲良くしておこう。

 

「ヴェルナーッ! ヴェルナーッ!」

 

「そうだ。私はヴェルナーだ。よく言えた。いい子だ」

 

 ヴェルナーが優しく頭を撫でてくれる。

 

 なんだかポワポワして気持ちいい。暖かくなる。ゴツゴツした大きな手。まるでお父さんみたいだ。尻尾も嬉しくて左右に振ってしまう。

 

「…………えへへ、くすぐたい。ヴェルナー」

 

「まだ君の名前を聞いていなかったな、教えてくれないか?」

 

 ヴェルナーがオレの名前を聞いてくる。

 

 名前? オレの名前? あれ? なんだっけ、オレの名前…………キャラクリエイトしてアバターを作った時、決めたはず…………キャラクリエイト? アバター? いやいや、違う。そもそもオレの本名は…………

 

「…………名前…………名前…………オレ、名前…………分からない…………ワカラナイ…………名前、ワカラナイ…………」

 

 頭の中が霞がかかったようにモヤモヤして気持ち悪い。

 

 誰だ? オレは誰だ? 思い出そうとしても何かに遮られる。

 

 …………■■■■■…………

 

 …………■■■…………■■■■…………

 

 何かが…………何かが、オレに言っている…………

 

 …………■■■ッ! …………■■■ッ! …………■■■ッ! …………

 

 それはぐるぐると頭の中を掻き混ぜるように這い回る。獣のように吠える。ずっと遠い昔に忘れていた遠い狭間の置き去りにした何かの断片。

 

「おい、大丈夫か?無理に思い出さなくていい。すまない」

 

 ヴェルナーの手が頭に優しく置かれる。

 

 そうしたら頭の中のグチャグチャが収まり、気持ち悪いのが少しずつ無くなった。

 

 おお? なんだかスッキリしてきた。シュンと垂れた尻尾も元気になってくる。凄いぞ、ヴェルナー。

 

 それにポワポワがあったかくてとても気持ちいい。

 

 ずっとこうしていてほしい。

 

 暫く頭を撫でて貰っていると、ヴェルナーがオレに名前を付けてくれた。

 

「ベル。君の名前はベルだ。私と似た名前だ。覚えやすいだろう?」

 

 ベル。オレの名前。ヴェルナーがくれた名前。

 

 うん。いい名前だ。ほんわり、しっくりとくる。

 

「ベルッ! ヴェルナーと一緒っ! ベルッ! ヴェルナーッ! 気にいた! 名前もらたっ! 気にいたっ!」

 

 嬉しい。嬉しい。子供の頃にお父さんから木で作った神機の玩具を貰った時のように嬉しい。お母さんに誕生日にケーキを作って貰った時みたいに嬉しい。

 

 嬉しい。嬉しい。学校でテストで満点を取って両親に褒められて、会社で提案した企画が採用されて上司に認められて………あれ?なんだっけ?

 

 まぁいいや、嬉しいから。オレは喜んでヴェルナーに飛びつく。

 

 ヴェルナーの身体、大きくてポカポカして暖かい。

 

 でも、自分にはお返しできるものがない。名前のお礼が出来ない。

 

 あ、そうだ。自分をあげればいいんだ。

 

()()()()()()()ように。

 

「………ヴェルナー、名前、ありがと。ベル、お礼したい」

 

 オレは驚いてるヴェルナーをギュウギュウ抱き締めながら、キスをする。

 

 こうするとみんな男は喜ぶことを知っている。

 

 でもヴェルナーは嫌がって逃げようとしている? おかしいな。まだ足りないのかな? 

 

 もっともっと気持ちよくしてあげる。

 

 ヴェルナーの唇にオレの歯が当たって切れた。そこから赤い血が流れる。

 

 それを丁寧に舌で掬い取って舐め上げる。

 

「…………ヴェルナーの味、する…………」

 

 ヴェルナーの味は美味しくて、身体の中がポワポワ熱くなる。腹の奥の方が、キュンッてなる。気持ちいい。

 

 ヴェルナーも気持ちいい? 気持ちいいよね? だってヴェルナーの()()もビクビクしてるから。

 

 ああ、そうだ。そうだった。

 

 

「…………少し思い出した。─────オレ、知ってる。どういうことすると、男は気持ち良くなるか…………」

 

 

 オレはツギハギの記憶を思い出した。

 

「…………いろんな男が、いつも怒ったり、殴ったりしてきたり…………オレのこと、いじめて、乗っかって、そうすると、とても気持ち良そうな顔して…………」

 

 いつもこうやって男を気持ちよくしていた。最初の頃は嫌で嫌で泣きながら抵抗したが、殴られて、蹴られて、動けなくなった。そうしたら覆い被さって…………

 

 眼を見開くヴェルナー。

 

 ヴェルナーも気持ちよくなりたい? 大丈夫。ちゃんと出来るから。覚えたから。何処をどうすれば気持ち良くなるか。たくさん練習したから。

 

 だから殴らないでほしい。打たないでほしい。痛くしないでほしい。いじめないでほしい。ちゃんとするからゴハンを取らないでほしい。閉じ込めないでほしい。アラガミもちゃんと倒すから。言うことをちゃんと聞くから。

 

 ヴェルナーの鍛えられた身体を(まさぐ)る。

 

 ああ、やっぱりヴェルナーも気持ちいいんだ。

 

 ここがこんなに苦しそう。

 

 同じだ。同じ男だから。ここを気持ち良くすれば、喜ぶ、悦ぶ、ヨロコンデクレル。コウスレバキモチヨクナル。ミンナキモチヨクナル。

 

 すると、ヴェルナーが突然、跳ね起きてオレに思いっきり抱き付いて抱き締めた。

 

「…………あ…………」

 

 どうしたのだろう? 気持ち良くなかった? 怒られる? ヤダなあ。ちゃんと気持ち良くすから怒らないでほしいなあ。

 

「…………いいんだ。そんなことをしなくても…………もう、いいんだ…………」

 

 ヴェルナーはやんわりとオレの行為を止めて言う。

 

 優しく抱き締めて、優しく髪を撫でてくれる。

 

 ああ、なんだろう。不思議な気分だ。

 

 同じ男に抱き締められてるのに、ヴェルナーは嫌じゃない。全然怖くない。名前もくれたし。

 

 ずっとずっと昔に両親にされたように包まれているほんのりと温かな。

 

 ヴェルナー、泣いてる?何が悲しいのか?傷がまだ痛いのか?

 

 頭を撫でてやろう。こうするとポカポカするのは自分もされて好きだから。ヴェルナーにもしてあげよう。

 

 泣き止むまでこうしていてあげよう。

 

 よしよし。なんだかでっかい子供をお世話してるようだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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9 神々の食卓 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

    いったいなんだろう。

 

    行く手に現れる恐るべき亡霊。

 

    ――――良心とは?

 

 

 

 

 

 

           チェンバレン・ファロニータ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ハアアアアアアアッッッ!!!」

 

 振り抜かれたバイティングエッジが迫るアラガミたちを断ち切る。

 

 襲い来る凶暴な化け物どもに一切怯むことなく、グリップを連結し薙刃モードに切り替え、並居る敵を掻い潜り、縦横無尽に次々と斬り裂く。

 

 アラガミの群れは事切れ、地に音を立てて倒れ伏していく。

 

「ふぅ…………。鈍っていた身体も、だいぶ調子を取り戻してきたようだな」

 

 連結した双刃の神機を解除し、ひと息吐くAGEの男、ヴェルナー。

 

 以前よりも、それこそ赤の女王を率いていた頃より力が遥かに増しているのを実感していた。

 

 高濃度灰域にも拘らず、身体が思うように自在に動くのも併せて。

 

「…………これも、ベルのおかげか」

 

 死にかけた自分に分け与えられたヒトならざる少女の力、彼女の血。それが自身の身体を強化したのは間違いない。

 

 それに偏食因子の投与期間を確実に過ぎているはずだ。活動限界はとっくに迎えているが、一向にアラガミ細胞が暴走する気配は見せず安定を保っている。

 

 それに────

 

「ヴェルナーッ!」

 

 元気な可憐な声を上げ、件の少女が己の名を呼ぶ。

 

 額部に二本の暗赤色の角を持ち、銀紫の艶やかな流麗な長髪をたなびかせる。

 

 蒼黒の紫結晶の甲鱗を褐色の瑞々しい肌の各所に纏い、滑らかな曲線を描く尻から雄々しい尾先を伸び生やす。

 

 意匠が凝った左腕の大籠手を振るのに合わせ、長い尻尾もブンブンと振られる。

 

 その姿は美しくも人の形に在らず、アラガミの、それも竜型のハンニバル種のそれを彷彿とさせる凶々しさが存在する。

 

 だが、ニコニコと年齢に似合った可愛らしいこの花咲く笑顔の美少女は、まごうことなきアラガミであり、その身に恐ろしい力を秘めているのを知っている。そして哀しみも。いついかなる時に人間に、その牙を向けるか判らない。

 

 身体の鱗と同色の、凶悪な蒼黒のヴァリアントサイズと融合した右腕には、倒したばかりだろう大型のアラガミが鷲掴みされ、ズルズルと地べたを引き摺られている。

 

「ゴハン、取たどーッ! 食べよっ、ヴェルナーッ!!」

 

 異形のアラガミ少女。名前はベル。私が名付けた。

 

 自身の何倍もあるアラガミの巨体を易々と華奢な身体で引き廻し微笑む少女。

 

 側から見たら驚愕することこの上ない光景だが、私には玩具で遊ぶ子犬に見えて苦笑いしてしまった。

 

 見守られねばならない。彼女が彼女であるために。

 

「さあ、いつまでも遊んでないで食事にしよう、ベル。他のアラガミが嗅ぎ付けて戦闘になる前にな」

 

「おーっ! ゴハンっ! ゴハンっ!」

 

 そうして流石に全部は持っていけないので、必要な素材と食べれそうな部分だけ切り取り分け、いつもの巣穴にアラガミの少女と神機使いの男は戻る。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ******

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「うまうまッ」

 

 アラガミの焼いた肉をガツガツと小さな口に忙しそうに運ぶアラガミ少女。

 

「ベル。そんなに慌てなくて大丈夫だ。まだまだアラガミの肉は大量にあるからな」

 

 結晶の簡易椅子に腰掛け、パチパチと焚き木をしながらアラガミの肉片を炙る男。

 

「おかわりっ! ヴェルナーッ!」

 

「…………早いな。よく噛んで食べるんだぞ」

 

 焼いた端からバクバク喰らいつく少女に苦笑いしながら、ヴェルナーもアラガミの肉を頬張る。

 

 最初は抵抗はあったが、いざ食べてみるとなかなかに味わい深い。人間がアラガミを食べて大丈夫なのかと疑問に思うだろうが、ゴッドイーター自身もアラガミと同じく体内に偏食細胞を宿していることから偏食嗜好が何らかの影響で変わったのかもしれない。特にAGEは従来より強力な偏食因子を投与されている。

 

 そうした影響下に拒絶なく適応しているのは間違いなく、この少女による恩恵だろう。恐らくは、よりアラガミに近い生態構造に変化したと思われる。かと言って実際にアラガミのように凶暴化したり捕食欲求に苛まれたりしないのは不思議なことだ。身体的には強化、理性はそのままという。元研究者としては実に興味深い現象だ。

 

 両手にアラガミ肉を持ち、交互に一生懸命、口いっぱい齧る異能の少女ベルを微笑ましい眼差しで見る。

 

 人型アラガミ。

 

 人間に似た姿に進化した特殊な個体。

 

 外見は人間の姿をしている(男性型がいるかは今のところ不明)が、角や羽が生えていたりと所々異形の部位がある。脳が発達しているためか精神も人間に近く、自我が強く学習能力も高い。また、人間としての理性も持ち合わせている。言い換えれば、アラガミとしての本能よりも「個」としての意識が強く、人間を捕食することを基本的には無い…………らしい。

 

 という論文を過去に見た覚えがある。確か、ペイラー・榊というアラガミ細胞学術論の権威だったか。

 

 実際に人型アラガミなど遭ったこと…………あったな、一度。クリサンセマムの鬼神に守られた小さな少女を。あの子とこの少女を比べてみると、似ていないこともない。やはり何らかの共通点があるのだろうか…………

 

 いかんいかん、つい研究者時代の癖で思考に耽ってしまう。

 

 彼らには酷な選択を強いたものだ。今更ながら思う。あの時はあれが最上の手段であると判断した故だが…………

 

「ゴハン、ウマしっ! ヴェルナー、もと食べるっ!」

 

 目の前の無邪気な少女を世界平和の為の礎、贄に差し出せ、と言われて果たして私は素直に従うことが出来るだろうか─────

 

「ああ。そうだな。食べよう」

 

 否、答えは否である。あり得ない。そんなことが許される筈がない。

 

 今なら理解出来る。彼らは尊い想いに従った。誰にも誹られる謂れはない。

 

 大を生かす為、小を犠牲になど…………それでは、半目した私の父と何ら変わらないではないか。だが、以前の私ならば父と同じく、そう考えていただろう。

 

 この少女に命を救われなければ──────

 

 その時、灰域を揺るがす大きな振動が鳴り響く。

 

 機械的な駆動音、地を踏む鳴らす重低音。

 

「んん? 変な音する?」

 

「これは…………灰域踏破船か?」

 

 高台の拠点近くから様子を伺う二人の眼下に、巨大なキャラバン船体が唸りを上げて通過していく。

 

 何処のミナトの所属かは判別出来ないが、かなりの規模であることが判る。

 

 それと重火器の類が船体に設けられ武装されている。

 

 まるで戦艦だ。

 

「…………アラガミを牽制するにしても、たいして火器類は意味など無いのが…………それにしては厳重だ。何処かと戦争でもするつもりか?」

 

 訝しむヴェルナー。

 

 かつて赤の女王を束ねていた時分には敵対するのはアラガミだけでは無かっただけに、あの武装船は余計に気にはなる。

 

「船っ! 船っ! 大っきいっ! 凄いっ!」

 

 悠々と通り過ぎる巨大踏破船に興奮する少女ベル。

 

「…………確かに気にはなるな。あの船が何処に向かうのか…………」

 

 リスクが無いとは言えない。仮にも自分はテロリストの頭目だった身。恐らくはもう死んだことになっているはずだが。それでもあの船の行方は妙に気にはなる。黙って見過ごす気になれない。

 

「………追ってみるか………」

 

 踏破船が去っていく方角を見送り、呟くヴェルナー。

 

「おおっ!ヴェルナー、あの船、追いかける?大っきな船、オレも追いかけるっ!」

 

「ああ、追いかけてみよう。準備をしたら出発だ、ベル」

 

 はしゃぐ少女を宥めすかしながら、ヴェルナーは灰域踏破船を追う為の準備を開始した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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10 疑惑

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 夜の風をきり、馬で駆け行くのは誰だ?

 

 それは父親と子供。

 

 父親は子供を腕にかかえ、

 

 しっかりと抱いて温めている。

 

 

 

 

 

 

 

 

             シューベルト 戯曲「魔王」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「灰域を抜けたか。あの武装踏破船はこの先に向かったようだ」

 

 空は淀む暗雲が立ち込める。曇天。

 

 僅かに燻る雷雲。ひと雨来るだろう。

 

「船、あっち行た。 追いかける?ヴェルナー」

 

 薄汚れたボロ布をローブのように纏い、布を包帯のように顔半分巻いたアラガミの少女ベル。

 

「ああ。行こう」

 

 同じようにローブを頭から被り、素顔を隠すヴェルナー。

 

 彼女の姿が人の目に晒されるのは少々面倒なことになる。

 

 ならば、とりあえずはこれでなんとかなるだろう。傍目には不遇な少女にしか見えない。気休めだが、無いよりはマシだ。角は布を取らなけられば大丈夫。尻尾は丸めて背中側に隠してもらっている。膨らんだ背中は背嚢をローブ越しに背負っているように見えるだろう。

 

「う〜、何か、ヤな感じする、ザワザワ………チリチリ………」

 

 ベルが船が航行した先を眼を細め、眺める。

 

「…………確かに。暗澹とした気配を感じるな」

 

 灰域は抜けたのに、肌がピリピリと騒つく。ゴッドイーターとしての感と、アラガミ細胞の本能的なものか。

 

 ヴェルナーとベルは踏破船の行方を追った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 オレとヴェルナーは武装した灰域踏破船を追跡している。

 

 最初は興味本位だったが、目的の対象に近づくごとにザワザワと自分の中でイヤな感じがさっきから騒めく。

 

 自分の中で"行くな"と言っている自分がいる。

 

 だけど、違う自分が"行け"と言っている。

 

 暗がりから垣間見える曖昧な朧げな自身。

 

 まるで誘うように。導くように。

 

 どうしよう。もうここまで来たし、何より大きな船には興味がある。

 

 大丈夫。ヴェルナーがいるし。不穏な心の騒めきを無理矢理に押さえ込み、オレは羽織ったローブを握りしめてヴェルナーの後ろを付いていく。

 

 

 暫くして激しい雨が降り出し、稲光が明滅する。

 

 カモフラージュには丁度いいとばかり、雷雨が隠れ蓑になる。

 

 身体機能が軒並み向上しているため、苦もなく踏破船を追える。

 

「…………あれだな」

 

 やがて武装踏破船が停船しているのを発見。近くの瓦礫から様子を伺う。

 

「…………人、いっぱい…………」

 

 ベルがローブで包まり、ヴェルナーに身を寄せる。

 

 踏破船から自動小銃を所持した完全武装の兵士たちが支持を受けて、隊列を組み各々、ある場所にキビキビと規則正しい足取りで向かう。

 

 その先には廃虚となって久しいであろう教会跡を改修し、増築したような異様な建築物が聳え立つ。

 

 兵士たちは武器を構え、静かに建物を包囲していく。

 

 その様子を逐一、確認して支持を与えている男。

 

 バンダナを巻き、厳つい顔に幾つも傷がある壮年の男。

 

 両腕に腕輪があることと、ショートソードの神機を装備していることからAGEだと思われる。

 

「…………あの男は…………バランのAGE…………何故、ここに……?」

 

 ヴェルナーが顔を顰める。

 

 するとまるでこちらが見えているかののようにチラリと視線を向けてくる。

 

「!? まさか…………気付かれている…………っ?」

 

 何人かの兵士がバンダナの男の前に走って来て敬礼する。

 

「ゴウ隊長。各員、突入準備整いました」

 

 ゴウと呼ばれたAGEの男は兵士に向き直る。

 

 ゴウ・バラン。ミナト「バラン」に所属する対抗適応型ゴッドイーター「AGE」である。

 

 バランはかつて赤の女王に試験的な様々な技術提供を行なっていたミナトだ。いや、あれは実験と言ってもいい非情の行いだった…………特に灰嵐誘発プログラムは悪魔の所業に等しかったと今更ながら悔やまれる。理想を胸に散った同胞たちにいつの日か詫びねばならない。

 

「うむ。総員戦闘態勢に移行。各自作戦目標の保護対象奪還を優先しつつ、速やかに敵を排除せよ。抵抗する者に容赦はするな。突入開始だ」

 

「了解ッ!」

 

 隊長の合図に武装した兵士たちが次々と建物内に侵入していく。

 

 一体何が起きているのか。尋常ではない事態なのは確かだ。

 

「…………気になるか? それで隠れているつもりなら、まだまだだな。出てこい。来ないならば、俺から挨拶するか?」

 

 鋭い眼光で神機の切っ先を向けるゴウ。

 

「やはり気付かれていたか。仕方ない。ベルはここにいろ」

 

「…………うん」

 

 ヴェルナーが物陰から姿を表す。

 

「何者だ? 貴様ら教団関係者か…………?」

 

「教団? 何のことだ? 私たちは偶然、通り掛かった旅の流浪者だ。キャラバン船ならば、アラガミの素材と物資を交換してくれるだろうと思っただけだっだが…………」

 

 ヴェルナーは深くローブを被り顔を出さずに、両手を見せてゴッドイーターである腕輪と、担いだ神機を見せる。

 

「…………AGEか。なるほど。船に釣られて偶々居合わせたというわけか」

 

 ゴウは納得したように、頷く。

 

 ─────瞬間。

 

 逆手に握られたショートソードが閃いた。

 

 弾ける火花。響く金属音、刃鳴り。

 

 ヴェルナーのバイティングエッジがショートソードの刀身を受け止める。

 

「…………見え透いた戯言を。怪しいな。ゴッドイーターが旅などと、自殺行為も甚だしい。偏食因子の投与は限られた施設でしか受けられん。貴様ら、どこの回し者だ? バランか? 他のミナトか? 企業か?」

 

 ギリギリと神機同士を鍔迫り合いながら、剣呑な眼差しで問うゴウ。

 

 剣尖が重なり、刃の応酬が舞う。

 

 逆手に握られたショートソードから繰り出される変幻自在の軌道。

 

 強い。すべて致死の一撃。実戦で磨き抜かれた必殺剣。

 

「…………私は何ら嘘は言っていない。怪しいのは君たちの方だ。一体ここで何が行われている? あの武装した兵士たちは? 教団とは何だ?」

 

 それらを巧みな双刃が斬り返し、迫り来るも悉く防ぎ切る。

 

 神機を互いに引かず押し合いながら、返答するヴェルナーにゴウが眉を顰める。

 

「…………本当に何も知らないのか? ふむ。この迷いの無い剣の太刀筋…………どうやら嘘では無いな…………」

 

 その時、建物内から激しい銃撃音が木霊する。

 

 同時に悲鳴。怒声、怒号。

 

「…………むッッッ!!?」

 

「始まったか」

 

 ギャリンと鬩ぎ合っていた刀身を弾き返し、素早く後方に後退し神機を構えるゴウ。

 

 そして逆手に構えたショートソードを静かに降ろした。

 

「…………信じよう。貴様たちは敵ではないらしい。今の所はだが…………いいだろう、偶然にも居合わせたAGEよ。ここで何が行われているか、教えてやろう…………」

 

 これ以上戦う気配が無いゴウ。

 

「だが、ひとついいか? 貴様の連れらしき者が先程、建物内に入って行ったのを見かけたが?」

 

 ゴウは何でもない風に、顎を銃撃音が止まない建物に差し示す。

 

「…………何だとっ!? ベルッ!?」

 

 慌てて振り返って少女が隠れていた場所を確認するヴェルナー。

 

 しかし、そこには少女の姿は無かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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11 激情

 

 

 

 

 

 

 

 

 息子よ、何を恐れて顔を隠す? 

 

 息子よ、あれはただの霧だよ。

 

 お父さんには魔王が見えないの? 

 

 王冠とシッポをもった魔王が。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

シューベルト 戯曲「魔王」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 建物内は朽ち果てていた外観の割には、しっかりと内部は整えられていた。

 

 所々に燭台が灯り、薄暗い明かりが仄かに建物内を照らす。

 

 マリア像が物悲しげな視線で胸に抱く息絶えたキリストを見つめる。

 

 大勢の武装した兵士たちが素早くジェスチャーを仲間内に行い、聖堂の奥の扉へと続いて入り込んでいく。

 

 最後の兵士が殿(しんがり)を務めて後方確認した。

 

 問題ないと判断して、扉へと侵入する。

 

 すると、配列席からひょっこりとボロ切れの外套を纏った少女が顔を出した。

 

 顔半分を布地で巻いて隠していても、可愛らしい少女だと解る。

 

 キョロキョロと辺りを見廻し、サッと俊敏な動作で扉へと近づくと、兵士の後を追うように入っていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ******

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 聖堂の奥は、侵入者を拒む迷路のように増築され複雑に入り組んでいた。

 

 ヴェルナーに黙って入ってしまった。

 

 しかし、気分は潜入操作をする蛇なエージェントな気分。

 

「こちら蛇なベル。無事目的地の潜入に成功した」

 

 フンフンと鼻を鳴らし、スパイごっこをする。

 

 段ボールがあれば、完璧なミッションだったろう。

 

 う〜ん? 何だか、この所、思考回路が幼くなってるような気がする。気のせいだろうか? うん、多分、気のせいだ。

 

 それにしても、ザワザワと自分の中で警告が鳴り止まない。

 

 戻れ、戻れとしきりに、しかし、それ以上に騒ぎ立てる心音。バクバクと鼓動する胸の奥。

 

 血が騒ぐ。

 

 興奮している己。

 

 これは、戦っている時と同じ感じだ。

 

 それにさっきから奥の方より、甘い匂いが漂う。薬香のような咽せる香りに交じり、敏感に感じる。

 

 "血"の匂い。

 

 濃厚な人間たちの匂い立つばかりの血潮の匂い。

 

 誘われるようにフラフラと聖堂の奥へと進んでしまう。

 

 右へは左へ、どう進んだか判らない。それでもだんだんと濃くなる匂い。

 

「!?」

 

 誰かが来る。足音から複数。人間だ。ササッと暗がりへと隠れて身を潜める。

 

「侵入者だと? 逆徒は何人だ?」

 

「武装した兵士たちだ。こちらも武器を持てっ!」

 

「愚かなる者どもめ。忌々しい。神の贄にしてくれる」

 

 何人もの黒い法衣を纏った人間たちが剣や銃を持ち、通り掛かった。

 

 肌で感じる殺気。闘いが始まる前触れ。オレは高まる心音と暴れ出しそうな自身の気持ちを何とか抑えて人間が去ったのを確認し、奥の通路に向かう。

 

「あ……ここ…………」

 

 辿り着いたそこは格子戸が点々と並ぶ部屋? いや、牢屋だ。

 

 その牢屋にはまだ幼い男女たちが何人も囚われている。両腕に腕輪。AGEの子供たちだ。

 

 ドクン、と自分の脳内にフラッシュバックする光景。

 

「ッ! 頭、痛い…………」

 

 目眩がする。頭を振って鉄格子越しにAGEの子供たちに歩み寄る。

 

「どした? なんでこなとこいる?」

 

 しかし、子供たちは上の空だ。おかしい? 虚ろな眼差しで涎を垂らし、空宙を見ている。放置されたトレイには食べかけの粗末な食事あるが、すでに腐って虫が沸いている。

 

 甘ったるい薬の臭いが子供たちの身体からする。

 

 これは…………何かの薬を投与されている? 残された食事からも同じく嫌な匂いを感じる。抵抗出来ないように意識を奪われているのかもしれない。

 

 ドクン。

 

 また頭が痛む。知っている。かつての囚われた自分と重なる。

 

 …………■■■■■…………

 

 まただ。

 

 ■■■■…………■■■…………■■■…………

 

 また頭の中に響く声。

 

 …………■■■ッ! …………■■■ッ! 

 

 それはだんだんと大きくなり、輪郭を持って形作られる。

 

 闇の中から鋭い牙と爪を持つ──────

 

 銃声が響いた。

 

「ッ!?」

 

 幾つもの重なる銃撃音が建物内に共鳴する。そして香る血の匂い。

 

 誰かが戦っている。

 

 こっちに来るかもしれない。

 

「みんな、ここ出るっ! いたらダメッ!」

 

 格子を掴むが、当たり前だが、鍵が掛かってる。

 

「むむ、こなのっ、こうだっ!」

 

 思い切り捻じ曲げる。反対側の格子も丸めた尻尾を伸ばし使ってグニャリと曲げて開ける。

 

 しかし、格子は開かれたが、子供たちはただボゥ〜とオレを見つめるだけで、一向に牢屋から出ようとしない。

 

 自分の意志がまるでない。どうしよう、どうしよう。

 

「こっちに牢があるぞ! 保護対象はここだ! 確保しろっ!!」

 

 誰かが来る! 慌てて牢屋場から逃げ出した。

 

 銃を持った兵士たちが何人も現れ、囚われた子供たちを連れていく。何故か格子戸が捻り曲がって空いているのを不思議がっていた。

 

 どうやらあの兵士たちは子供たちを助けに来たようだ。

 

 良かったと、ほっとするのも束の間、何人か別働隊がこちら側に来るではないか。

 

 オレはさらに通路の奥の方へと素早く身を低く屈め、逃げ進む。

 

 前方から武装した黒ローブの者たちとすれ違うが、合間を縫うように一気に突き抜ける。

 

「うわっ! な、何だ!? 何かがっ!?」

 

「前を見ろっ! 敵だっ! 背信者どもだっ!」

 

「おおっ!! 奴らの血肉を我らの神に捧げろっ!!」

 

 黒ローブたちが騒ぎ立て、矢継ぎ早に武器を構えた。

 

「接敵っ! 殲滅対象だっ!! 攻撃を開始しろっ!!」

 

「くたばれ、狂信者めっ!」

 

「仲間の仇だっ! 地獄に送り返してやるっ!!」

 

 鉢合わせた兵士たちと壮絶な乱戦となり、混沌とする場。銃弾が幾重にも飛び交う中を構わずに、とにかくその場から離れて通路を駆ける。

 

 濃厚な血の匂いが背後からも前からも迫る。

 

 刺激が強すぎる。駄目だ。頭がおかしくなりそうだった。

 

 それに前方のさらに奥間から人間ではない強い臭いがする。

 

 この匂いは、アラガミ? ここはそのアラガミの縄張りのようだ。

 

 暗がりの通路の先に光が差している。

 

 そこに向かって走り、飛び出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ******

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そこはコロッセオの広間のように開け離れたホール、広々としていた。

 

 その広間に広がるは、陰惨な光景。

 

 咽ぶ血臭、淫臭、焚かれた薬香。裸の一矢纏わぬ老若男女が互いに肉体を重ねて欲望のままに身を委ねて享楽に、狂楽している。

 

 その中に虚ろげなAGEの子供たちが男女問わず裸身の肉体を貪られている。

 

 肉欲の坩堝。

 

 ホールの中心部に聳える円形のピラミッド上に巨大なアラガミが鎮座する。

 

 金色の、黄金の肢体を備えるヴァジュラ。

 

 通常より数倍にも及ぶ体躯を誇るそれが、差し出された最早生きているだけの汚液に塗れたAGEの子供を大口を開け、頭から齧り付き喰らう。

 

 弾け噴く血肉。

 

「アラガミ様っ! 私にも救いをっ!」

 

「我にも御慈悲をっ!!」「お導きをっッッッ!!!」

 

「アラガミ様っ!」「アラガミ様っ!」

 

 裸体の男女らが我も我もと金色のヴァジュラに群がり、ヴァジュラは順繰りに人間たちを喰らい殺す。

 

 漂い舞う血煙。

 

 ドクン。

 

 ナンダコレハ。コレハナンダ。

 

 ドクン、ドクン。

 

 AGEの子供たちが虚ろげな眼差しで組み敷かれ乱暴に陵辱されている。汚されたAGEの子供たちがまた金色のヴァジュラの前に差し出され、喰われる。

 

 その度に群衆から盛大な歓喜の叫びが詠われ、熱狂する群衆。

 

 ドクン、ドクン、ドクン。

 

 繰り返す惨状。重なる過去の幻影。嬲られる自身。息絶える仲間。群がる看守の男。迫る灰嵐。逃げる看守たち。次々と葬る己。返り血で染まる自分。

 

 怒り。嘆き。悲しみ。負の慟哭。

 

 あの日以降止まった時の流れ。

 

 …………■カ■■■…………■■■…………■■■

 

 聴こえる。

 

 …………■カイ■ロ…………ス■■…………■ラ■

 

 忘れていた。

 

 …………■カイシロ…………ス■テ…………■ラエ

 

 あの日に置き去りにした。

 

 …………ハカイシロ…………スベテ…………喰ラエッッッ

 

 

 

 

 

 本当の"オレ"

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その瞬間、オレの世界がグルリと反転する。

 

 そうだ。そうだった。何を勘違いしていた? オレは。オレはアラガミだ。OK? コイツら人間はオレたちの餌だ。何も間違っちゃいない。

 

 神? その通り。まさにオレ様は、アラガミ様よ。

 

 あ〜、なんだか頭の中がスッキリとクリアになってきたぜ。いままでモヤモヤした鬱蒼とした霧が晴れたようだ。

 

 しかし、何だ?これはパーティか?随分と楽しそうじゃねぇか?オレ様も飛び入り参加してやるぜ。

 

 わちゃわちゃ(たむ)ろする周りの人間の頭をちょいと鷲掴み握り潰してやる。ブチャッとプリンみたいな脳味噌が飛び出す。面白しれぇぇ。温泉卵をぱっか〜ん♪ 居並ぶ身体をズバズバ鉤爪で引き裂き、貫いて、ちゃちい心臓と内臓を全部引き摺り抉り出してやる。ソリャ♪ ソリャ♪ 整列する人間たちの背中を背骨ごと叩き折り、リズミカルなステップで打楽器にしてやる。ハハハハッ!! ポキ♪ ポキ♪ ポキ♪ ポキ♪ いい音がよく鳴る楽器どもだぜ、フルコンボだドーンッ!! ヒャーッ! 堪んねえっ!! 悲鳴と血飛沫と濃厚な滴る血潮を思う存分楽しんで味わう。

 

 奴らは死にながらも恍惚とし、救い(笑)を与えるオレに群がり身を捧げる。よーしよし、仲良く並べよ、人間ども。ちゃんと殺してやるから(笑)

 

 アラガミを壊すのも面白いが、人間を壊すのも面白い。小突いただけで簡単に壊れるから手加減しつつ片っ端から壊して喰い殺す。

 

 アラガミも美味いが、人間も美味い。何でこんな美味い餌を今まで捕食しなかったんだ? 特にこのAGEの子供は甘くて柔らかくて最高だ。噛り付く度にビクンビクンと激しく痙攣して香しい血を撒き散らす。碌な反応が無いのが多少つまらないが、髪一本残さず余さず喰ってやる。オレは、お残しはしないのだ。えっへん! あ〜ん、がぶり、もしゃもしゃ。

 

 黄金のヴァジュラは突然現れた他所のアラガミ、つまりオレ様に痛く御機嫌斜めなご様子で、低い唸りを鳴らして起き上がる。

 

 自分の餌場を荒らされた不機嫌さを隠さず、傍の陶然とした侍る信者を前脚で邪魔だとばかり押し潰し肉塊に変える。

 

 明らかな敵意と殺意がオレ様に向けられる。

 

 おう? なんだぁあ、やんのか、テメェ? 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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12 降り立つ神罰

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「可愛い坊や、私と一緒においで。

 

 楽しく遊ぼう。

 

 キレイな花も咲いて、

 

 黄金の衣装もたくさんある」

 

 お父さん、お父さん!

 

 魔王のささやきが聞こえないの?

 

 落ち着くんだ坊や

 

 枯葉が風で揺れているだけだよ

 

 

 

 

 

 

 

 

シューベルト 戯曲「魔王」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 唸り猛る金色の巨軀を持つヴァジュラ。

 

 突如として現れた小さなアラガミは己に用意された卓上の馳走ヶ原の餌を無作法に無遠慮に意地汚く摘み食いをする。

 

 しかも、とりわけ極上の美味なる人間の幼体を貪っているではないか。

 

 赦せん。何という愚行。

 

 せっかくの晩餐が台無しだ。

 

 立腹。

 

 巨体をのそりと起こし、フツフツと煮え立つ怒りに任せて周囲の邪魔な人間どもを羽虫を払うように薙ぎ払う。

 

 万死に値する。

 

 吠える。凄まじい怒轟。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ******

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 オレには解る。ヤツは怒り心頭、怒髪天ってやつだ。

 

 まあ、当然か。いきなりテーブルの上の料理を横から見ず知らずの野郎に掻っ攫われたら頭にも来るだろう。オレだったらブチ切れるね。

 

 だが、ダァメ、ダメだ。もうこのテーブルのディナーはオレ様が頂いちまったからなぁ。テメェにはオレ様が食い残した残飯がお似合いよ。

 

 「やる気満々、腹も満々。腹ごなしの運動に丁度いいぜ。相手になってやるよ。テメェは食後のデザートにしてやる」

 

 おどけた口調で言いながら鋭い牙を歪ませ嗤い、血濡れたズタボロの外套をバサァと投げ捨てる。

 

 互いに睨み合い、臨戦態勢。

 

 先に仕掛けたのは金色のヴァジュラ。

 

  拡げたマントを帯電させ、空気がプラズマを帯び、巨大な雷球を発生させ、撃ち放つ。強烈な電熱のエネルギーに信者の人間たちが巻き込まれて蒸発する。

 

 対し、オレは口を開けてエネルギーを瞬時に充填。蒼黒の雷球を作り出し、ゴールドヴァジュラの大雷球に向けてぶっ放す。

 

 二つの雷球が衝突。閃光を散らし、迸るスパークの渦流。ヴァジュラの大雷球を突き抜け、オレの蒼黒雷球が貫くも、ヤツがその巨体に似つかわしくない動作で素早く跳躍し回避。

 

 オレの雷球はホールのドームを抉り取り、穴を空けて外野へと消え去る。ヤツはそのまま此方に向かって空中から複数の雷球を連続して繰り出す。

 

 右腕のヴァリアントサイズを展開。オレは襲来する雷球を次々と斬り裂き、器用に後ろに宙返りしながらバックジャンプし飛び退く様にブレード波を射出。のし掛かるように落下攻撃して来たヴァジュラに着弾。着地時に爆発するようにプラズマを纏い、咆哮をする金色のヴァジュラにすかさず斬りかかる。同時にヴァジュラも此方にタックルしてくる。

 

 飛び掛かるヴァジュラに斜めに構えた鎌刃を振り下ろす。火花と雷光が弾け、ヤツの額の角冠に阻まれる。おお? なんだ、コイツ。めちゃんこ硬いぞ。ヴァジュラは首を薙ぐように振った後、前方にタックルしてくる。オレは元の位置よりも後ろに飛び退き躱す。

 

 前方に向けて前足の鉤爪で追撃のフック攻撃するヴァジュラ。出が速い。紙一重で籠手で受け流す。

 

活性化した雷を纏うヴァジュラ、前方中範囲に連続爆雷を放ってくる。

 

 引きつけてステップで回避しつつ無数に飛来する落雷の間を抜ける。鎌刃でヤツの外皮が薄い首を狙った一撃を喰らわす。

 

 だが、なんと金色のヴァジュラはオレの鎌刃を噛み付いて防いだ。首を180度グルンと捻り上げオレを空中に真上に放り投げやがった。

 

 マントを帯電させながら吼えた後、自分の周囲を爆破、超跳躍。

 

 その場からこちらに向かって飛び掛り、体当たりをかましてくる。すかさず、壁に着地と同時に衝撃波を発生させ、再び飛び掛かる。衝撃で吹っ飛んだオレを空中で追うようにまた空中三角蹴り、飛び掛って体当たりし、着地地点に衝撃波を発生させ、再び別の場所から飛びかかる。

 

 電光石火。まるでピンボールのようにオレをバシバシ弾き飛ばしながら超高速の連続攻撃。

 

 はっ、ただデカいだけのヴァジュラかと思ったらめちゃくちゃ強えじゃねえか。

 

 籠手でガードし、尻尾で薙ぎ払い、反転し鎌刃で打ち返す。

 

 金色のヴァジュラが残像を描きながら、突攻を繰り返す。お互いに打ち合い、攻撃を繰り返す。

 

 ははははっ! 楽しいっ! やっぱアラガミはこうじゃなきゃあなっ! 吠えて、猛って、嬲って、壊して、喰らう。いいぜぇ、オレも身体が暖まって来たところだ。思う存分、本気で楽しませてもらうぜ。

 

 オレの身体が軋む。華奢な肢体が膨張する。ヒトの形からナニカ別のモノへと変わっていく。

 

 圧倒的なパワーに満ち溢れ、凄まじい荒々しいエネルギーが暴走するように全身を再覚醒させ駆け巡る。

 

 細腕は長く滑らかながら鋭角な鉤爪を備えて、脚は丸太のように太く強靭に、胸板は張ちきれんばかりに厚く鎧のように。鼻先が尖り伸び上がり、顎が突出し、口角が裂け広がり露わになる並ぶ乱杭歯。

 

 身体中の鱗は結晶の刃を纏うように覆い、背中には翼のように蒼い燃えるような雷の翼が拡がる。

 

 それは竜。

 

 生きとし生きるものの頂点。伝説上の幻想生物。

 

 巨大な体躯に紫煙の吐息を吐き、禍々しい大角を備える。

 

 爛々と輝く紫紅の瞳に暗い炎を滾らせる。

 

 蒼黒の魔竜。

 

 突如の敵の変わりように驚く金色のヴァジュラ。オレは左腕を大きく振りかぶり、思い切り籠手をヤツの横っ面に叩き付ける。

 

 吹き飛ぶ金色のヴァジュラ。それを追いかけ滑空し、両脚を揃えてドロップキック。

 

 ヤツの背中のマントごと外殻が減り込み、骨がひしゃげた音がする。

 

 んん〜〜〜〜、ナイスッ!イイねえっ。手応えアリだねぇ。

 

 そのまま壁に金色のヴァジュラは激突。

 

 ヤツは瓦礫の中からヨロヨロと這い出し、吠える。激おこプンプンだ。

 

 潰れたマントを拡げ帯電させ、雷球を幾つも作り出しオレに向けて放つ。

 

 残念ながら、それはもう見飽きた。本物の雷撃ってやつを教えてやるぜ。

 

 オレは逆鱗にエネルギーを集約、解き放つ。

 

 ヴァジュラを雷球ごと包み込む蒼黒の大雷。ヤツは絶叫を上げる。何が起きたか、解らずに。

 

 もう一回、大雷を召喚。うねり暴れ狂う蒼黒の龍蛇がヴァジュラを喰らい、飲み込む。

 

 周りにいる人間どもが歓喜の声を上げながら、巻き込まれて消し炭となって死んでいく。

 

 なんだコイツら。逃げもしないのか。オレたちの戦いを観戦して喜んでやがる。とばっちり食らってバンバン死んでるのに気にもしない。

 

 まあ、いい。こういうのも悪くはない。オラ、人間ども。お前らが大好きなアラガミ様のカッコいい御姿を目ん玉おっ広げて特と拝みやがれ。

 

 半死半生状態の立っているのもやっとな金色のヴァジュラにタックルを噛ます。

 

 人間諸共吹っ飛ぶヤツに拳を握り込み、殴り付ける。連打。連打。連打。サンドバッグだぜッ!オラオラオラッ!鳴けッ!喚けッ!叫べッ!オレにもっと悲鳴を聴かせろッ!!

 

 顔面が潰れ、肉がひしゃげ、骨が砕ける音が心地良く響く。

 

 猛烈に訪れる空腹感。そんな獲物の姿を見て耐え難い飢餓が襲う。

 

 喰いたい。喰いたい。喰いたい。

 

 気が狂いそうなまでに捕食への欲求がやってくる。

 

 クイタイ。クイタイ。クイタイ。

 

 オレは右腕の巨大なヴァリアントサイズを振り上げ、金色のヴァジュラの胸倉目掛けて、突き立てる。

 

 凄まじい絶叫が谺する。

 

 抉る。貫く。穿くる。弄る。掻き回す。

 

 寄越せッ!ヨコセッ!オレに喰ワせロッ!オ前の心臓ヲっ!

 

 そして引き摺り出すアラガミの心臓たる"(コア)"。

 

 オレは高々とそれを優勝トロフィーを得たスポーツ選手の如く掲げる。

 

 そしてそれを大口を開けて頬張り、貪る。

 

 満たされる飢餓感。満ちる多幸感。満ち満ちるアラガミの力の奔流。

 

 これでオレはアラガミとして、より完璧に近づいていく。

 

 ん?アラガミ?あれ?オレは人間のはず?ゴッドイーター、AGE、神機使い…………んん?待てよ?そもそもオレは誰だ?オレの名前は………そういえば、誰かに名前を貰ったような気が………

 

 ………誰だっけ?確か、眉間に十字傷がある髭のおっさん………そうそう、今オレのことを驚愕の表情で見ている人間だ。

 

 名前は………ゔぇ、ゔぇ……ヴェル、ナー………ああ、そう、だ………オレ、の………名前………貰った、名前………

 

  意識が………遠く………なる………

 

 オレの意識はそこで途絶えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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13 拭えぬ傷

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「素敵な少年よ、私と一緒においで。

 

 私の娘が君の面倒を見よう。歌や踊りも披露させよう」

 

 お父さん、お父さん! あれが見えないの? 

 

 暗がりにいる魔王の娘たちが! 

 

 息子よ、確かに見えるよ。あれは灰色の古い柳だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

シュールベルト 戯曲 『魔王』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 私は何を見ている? 

 

 これは現実か? 

 

 立ち尽くすヴェルナー。

 

 広いホールにて、2匹のアラガミ同士が死闘を繰り広げている。

 

 1匹は、黄金に輝く巨軀のヴァジュラ。

 

 もう1匹は、蒼黒の結晶鱗を纏う少女。

 

 互いに雷撃を繰り出しすべてを破壊する。

 

 周囲には戦いに巻き込まれ死んだと思われる多数の人間たちの死体。

 

「一体これは…………っ! 情報にあったアラガミとは別にもう一体だと? あれは神機使い? いや、人間、ではない…………アラガミ、なのか…………っ!?」

 

 私の背後で、ゴウ・バランが二対のアラガミの戦闘を凝視する。

 

 戦いは金色のヴァジュラが優勢だ。変幻自在に立体軌道を描き、少女の形をしたアラガミを追い詰める。

 

 戦っているのはベル。だが、雰囲気がまるで違う。禍々しい殺気を放つそれは別人だ。手を貸すべきか? いや、彼女は嗤っている。

 

 闘いを愉しんでいる。

 

 誰だ? "アレ"は? 

 

 ベル()()()ナニカは身を穿たれながら、実に愉快げに笑うと、その華奢な身体が変異を始めた。

 

 頭が、腕が、手が、体が、足が、瞬く間に膨張し悍ましい姿の人龍と様変わりしていく。

 

「馬鹿な…………人がアラガミに?何だあれは…………カリギュラ?いやハンニバルなのか………しかしあれは灰煉種…………何故こんなところに…………ッッッ」

 

 ゴウが顔を顰めつつ息を飲み、呟く。

 

 私は身体が動げずにいた。

 

 少女は蒼黒の巨体を誇るハンニバルへと姿を変えた。

 

 そして互いの優劣が逆転した。

 

 蒼黒のハンニバルが圧倒的な力で金色のヴァジュラを嬲り始めた。

 

 金色のヴァジュラはなす術も無く、放たれた雷龍の波に呑まれて倒れ伏す。

 

 蒼黒のハンニバルは勝ち誇った咆哮を上げると、ヴァジュラの胸部目掛けてを巨大な鎌で振り下ろす。

 

 その姿はまさに死神。

 

 生命を刈り取る死の狩人。

 

 虚無の刃を突き刺し、アラガミの核を抉り出し─────

 

 

 喰らった。

 

 

 満足そうに低い唸りを上げると、そのまま背中からゆっくりと倒れていく。

 

 倒れながら、身体が少しずつ小さくなり元の少女の体へと変わる。

 

「ベルッ!」

 

 私は金縛りから解放されたように、ようやく自由になった身体を動かし、倒れた少女へと向かう。

 

 仰向けに倒れた異形の少女は年相応な寝顔と寝息を立てていた。

 

 猛獣が腹を一杯に満たして、餌を捕食し眠るように。

 

 身体中を血にべったりと染めて。

 

 濃厚な人間の血臭に口元を押さえる。間違いない。彼女は人を喰らった。私は理解した。この少女は人とアラガミの境界線を超えてしまった。

 

 なんということだ。

 

 その時、背後から何人もの人間たちの気配を感じた。同時に一際鋭い殺気が襲いかかって来た。

 

 私に。

 

 ではなく、眠る血だらけの少女に。

 

 ヴェルナーのバイティングエッジの双剣が、ゴウのショートソードを弾き返した。

 

 逆手に神機を構え、睨み据えるゴウ。

 

「何故止める? その少女はアラガミが化けたのだ。それも恐ろしく危険な。貴様も見ただろう」

 

「彼女は私の連れだ。勝手な真似をしないでもらいたい」

 

 ヴェルナーは眠る少女に自身のローブを被せ、胸元に抱き上げる。

 

「正気か? アラガミが連れだと…………貴様…………その顔は…………」

 

 ゴウが素顔を晒したヴェルナーに気付いた。

 

「…………」

 

「こんな所でとんだ大物と出会すとはな…………まさか、生きていたとは…………赤の女王、首魁。ヴェルナー・ガドリン」

 

 控えていた兵士たちが騒つく。無理もない。グレイプニルに反抗するテログループのリーダー。死んだと思われていた人物が目の前にいるのだから。

 

「…………その名はもはや意味を為さない。私はただの死に損じた神機使いにしか過ぎない」

 

「なるほど。今ここにいるのは亡霊というわけか。ならば最初から存在しないな。また大層な夢物語を掲げられては面倒だ。総員、戦闘配置に着けッッッ」

 

 ゴウの指示に兵士たちが銃器を一斉に構える。多少の躊躇はあっても兵士。よく訓練されている。

 

 多勢に無勢。片手の神機。もう片手は眠る少女を抱いている。戦うには圧倒的不利。

 

「…………妙な真似はするな。抵抗するならば容赦は一切せん」

 

「…………ふっ。今更、抵抗などと…………今の私には君たちと争う理由など─────」

 

 ヴェルナーは自嘲する。瞬間。

 

 超跳躍。

 

 ホールの天井に空いた穴から一瞬で姿を晦ました。

 

 呆気に取られた一同。

 

 ゴッドイーターの身体能力でも今のは規格外であり、予想外だった。

 

「…………チッ…………もう間に合わんか。各自、生存者を救出だ」

 

 破壊されたホールの天井を見上げるゴウ。

 

 大灰嵐事変より数ヶ月。未だAGEたちの処遇はままならない状況下に於いて、AGEの適正率の低い子供たちが人身売買されている情報をリークした。

 

 傭兵団を伴い、アラガミを信奉するカルト教団を強襲。売買されたAGEの子供たち救出。

 

 情報通り、アラガミを信奉していたようだが、予定外のトラブルも在った。

 

 死んだとされていたエイブラハム・ガドリンの子息、ヴェルナー。

 

 ………それに討伐対象のアラガミを屠った謎の人型アラガミ。

 

 共に行動をしていた。偶然か? 

 

 世紀末然とした世界に付き物のカルト教団。情報では複数存在している。キナ臭い企業も幾つか関わっている。事後処理を済ませたら、次の現場に向かわなければならない。

 

 何かが動き出している。

 

 騒つくのは己の勘か。はたまたアラガミの因子か。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ******

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 降り頻る雨。

 

 掻き抱くように、濡れぬように懐に抱く幼子のように微睡む少女。

 

 瓦礫の真下に腰掛け、雨宿りをするヴェルナー。

 

 ここまで来れば、追ってこれまい。

 

 複雑な想いが胸中を過ぎる。

 

 今の彼女はヒトか、アラガミか。

 

 どちらなのだろうか。

 

 目覚めた時、私はどうすればいいのか。

 

 彼女を人側へと導く。そう決意したのに。

 

 もし、彼女がアラガミとして目覚めたらならば、自分は──────

 

 瓦礫の塀から光が差していた。

 

 雨粒の滴がポタリと落ちる。

 

「…………ん、んん……ヴェル、ナー?」

 

 腕の中の少女が目蓋を擦り、その紫紅の瞳を開く。

 

「…………おはよう。よく眠れたかな? お姫様」

 

「…………? おはよ、ヴェルナー?」

 

 無垢な眼差しで不思議そうに見上げるベル。

 

 自分は誓った。迷う必要はない。

 

 この少女と共に歩もう。

 

 例え、どんな結末でも。

 

 最期まで。

 

 

 

 

 

 

 

 雨は止んでいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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14 零れ落ちたもの

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 嘘とは何か。それは変装した真実にすぎない。

 

 

 

 

 

 

 

                     バイロン

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 アラガミの群れが外套を羽織る蒼髪の少女を睨む。

 

 冷たい女神像の仮面を模した獅子の大型アラガミ、プリティヴィ・マータたちが何体も取り囲む。

 

 その様子を悠々と瓦礫の塔の上で見据える人面狒々顔の黒色の大型アラガミ、ディアウスピター。

 

 プリティヴィ・マータたちが唸り上げ身を低く屈め、一斉に氷の槍を撃ち放つ。

 

 鋭い氷で作られた無数の白い槍が少女を貫いた。しかし、そこにあったのは抜け殻だけの外套のみ。

 

 遥か真上。

 

 蒼黒の鎧結晶の鱗を身に纏いし褐色の肢体を翻し、高々と腕を掲げ空を躍る美しき戦乙女。

 

 掲げたガントレットの右腕が見る間に巨大な蒼黒の兇悪な大鎌に変わる。

 

「ジェノサイドファングッッッ」

 

 大鎌の刀身が伸縮し長大に伸び上がり、まるでそれが意思持つ巨大な生き物のように鉤爪の鋸刃を幾重にも連ならせ横薙ぎに振り抜かれた。

 

 それはあたかも死神が振るう黄泉へと誘う断罪の大鎌。

 

 並み居るプリティヴィ・マータの身体に食い込み、ことごとく切り刻み、スライスし刈り取った。

 

 しかし攻撃を逃れたマータが少女の技の隙を付き詰め寄り、襲い掛かる。

 

「双刃衝破ッッッ」

 

 豪風が巻き起こり、二刀の刃が不意をついたマータの身体を頭から股下まで斬り裂き抜き、真っ二つにした。

 

「大丈夫か? ベル。油断するなよ」

 

 アラガミを両断した眉間に十字傷がある男は二ふりの神機を払い構える。

 

「ヴェルナーッ! ありがとッ!!」

 

 助けられた蒼黒の少女ベルがニパッと快活な魅力的な笑顔で礼を述べる。

 

「粗方周囲は片付いたか。あとは高みの見物をしているアイツだけだな」

 

「うんっ!」

 

 少女と男、二人の神機使いコンビが瓦礫の高台に居座り此方を値踏みするように見下ろすアラガミを見上げる。

 

 漆黒の醜悪な髭面の人面を模した黒々しいアラガミ。

 

 その赤いマント状の外皮状の巨軀をゆっくりと気怠げに起こし、自身のハーレムを斃した愚かな輩どもを卑下するように、帝王のごとき冷たい眼差しでギロリと睨み据える。

 

 ディアウスピター。

 

 極東支部で初確認されたアラガミ。ヴァジュラ神属第一種接触禁忌種。ユーラシア大陸が発生起源だと推測される。それまで猛威を奮っていた類似したヴァジュラ種を凌駕する危険個体として認知された強敵。

 

 何処からともなく数多のプリティヴィ・マータを傘下に従え人類圏を脅かすアラガミである。

 

 不気味な人面で眼下を見やり、スウッと巨大な前脚を掲げて瓦礫の台場に振り下ろし、高台を瓦割りのように断ち割った。

 

 幾つもの瓦礫の飛礫が雪崩となり木っ端微塵に飛び散り迫る。

 

 ベルとヴェルナーが粉砕した瓦礫の飛礫を神機を打ち払い防ぐ。

 

「あっ!? ヴェルナーっ! 後ろっ! 危ないっ!!」

 

「ぬうっ!?」

 

 いつの間にかヴェルナーの真後ろに黒い巨軀が映り込み、気付いたヴェルナーが咄嗟にバックラーを展開する。

 

 ピターの巨大な前脚の鉤爪が凄まじい速度で振り払われ、防御した盾と身体ごと吹き飛ばしたが、間一髪ガードは間に合った。

 

 髭が生えた人面の口を大きく開き鋭い牙の羅列を披露し追撃体勢のピターが繰り掛かる。

 

 防御した神機諸共一気に此方を喰らう気か。

 

「グリムリーパーッッッ」

 

 そこに鋭利な大鎌の残閃が斬り舞い込み、躱したピターの鼻先を辛うじて掠めていく。

 

 素早くバックステップ、巨体を身軽に翻し安全な距離の間合いを確保するピター。

 

「大丈夫? ヴェルナー。これでおあいこだねー」

 

 細く華奢な右腕と一体化した不釣り合いな蒼黒の大鎌を油断無く黒いアラガミに突き付けるベルが微笑む。

 

「ああ、すまない。助かったよ、ベル」

 

 ヴェルナーも微笑い、軽く両腕を回しバイティングエッジを構える。

 

 二人の神機使いの攻撃の出方を伺うようにしていたピターが姿勢を屈め背中のマントを拡げ帯電を始める。

 

 周囲にプラズマの雷球群が発生し、自身を囲むように赤い雷撃弾が作られ勢いよく放たれた。

 

 唸りを上げ飛来する熱波の雷球。雷球の着弾した地面が蒸発し弾け、熱を放ちガラス状に焼け溶る。降り注ぐ無数の紅い電光の応酬の合間を縫うように呼吸を合わせたコンビネーションで互いの位置を交わし躱すヴェルナーとベル。

 

「やるぞッ、ベルッ!! 」

 

「うんっ、ヴェルナーッ!!」

 

 二人の身体から光が溢れ出す。

 

「「エンゲージッッッ」」

 

 包み込む眩く発せられた偏食場のオーラにディアウスピターが怯み思わず眼を細める。

 

「「ハアアアアアアアァァァッッッ」」

 

 重なる神機の刃、翔ける閃光がディアウスピターの肩から胴を切り裂き疾る。

 

 絶叫を谺し、ピターは巨体を揺るがし地面に倒れ伏せた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ******

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「やったあっ! ヴェルナー、アラガミたくさん倒したよっ!!」

 

 ぴょいんと飛び跳ね喜ぶ少女ベル。

 

「なかなかの強敵だったが、何とか討伐出来たようだ。これでこの辺りに巣食うアラガミの群れは掃討したはずだ」

 

 ヴェルナーは無邪気に笑う少女を微笑ましく見守る。あれからしばらくアラガミを討伐しながら灰域を当てもなく二人旅をしている。

 

 人型アラガミの少女、名はベル。

 

 見た目は十代後半ぐらいの可憐な青い長髪に褐色肌の美少女。ただ外見的に人とは言い難い特徴を多数備える。頭部に双角、肌は結晶のような鱗を纏い、腰には蜥蜴のような尻尾。

 

 アラガミのコスプレにしては生々しく奇妙過ぎる。言い訳は難しい。それさえ除けば多少外観より幼さを残す程度。

 

 あの時見た恐ろしいまでの暴虐さは、なりを潜め今は見受けられない。

 

 アレは何だったのか。

 

 アレが彼女の本当の、アラガミとしての姿だったのだろうか。

 

 彼女はあの時の出来事を一切憶えていなかった。自分が一体何をしたのかさえ。

 

 はたして今、この少女は《どちら》なのか。

 

 ヴェルナーは首を振る。迷いが無い、とは言えない。だが、自分は彼女を最期の時まで見据えると決めたのだから。

 

「ヴェルナー、どうした? どっかケガしたか?」

 

 小首を傾げるベル。

 

「…………いや、大丈夫だ。キミの方こそ────」

 

 せんなき思考から我に帰るヴェルナー。うだうだ考えても仕方がない。兎にも角にも少女を護り抜く。

 

 そう決意を新たにした時、横たわるディアウスピターの体躯が突然に起き上がる。

 

「コイツッ、まだ生きてっ!?」

 

「しまったっ! トドメを挿し切れていなかったかっ!?」

 

 瀕死の巨軀を震わし咆哮を響かせるピター。背中のマントが形状変化し翼刃となり展開し巨体を捻り回転させ、拡げた両翼の刃を斬り上げた。

 

 伸び上がる翼の攻撃を神機を構え、手負いのアラガミの猛攻を受けるヴェルナーとベルが跳ね飛ばされてしまう。

 

「うわぁっ!?」

 

「ぐううぅっ!!」

 

 だが、ピターは次なる攻めはせず、慌ててその場から跳躍し瓦礫を登り背中を向けて逃走を計った。

 

「あっ!逃げられちゃうよっ!」

 

「くっ!ん?待て、何かいるぞっ!」

 

 思わぬ反撃に戸惑うヴェルナー、ベル。しかし、敵前逃亡を企てたディアウスピターの目の前に白い巨影が立ち塞がる。

 

 能面の女神像。ヴァジュラ種の巨軀。

 

 そのアラガミは、プリティヴィ・マータ。

 

 いや、違う。先程倒したプリティヴィ・マータたちにしてはあまりにも巨大な歪な異様な身体を有していた。

 

 眼前のディアウスピターを凌駕するほどの外骨格と大きさ。身体中に青い氷の槍を堅牢な鎧として携え備えていた。

 

 底冷えする冷気の呼気を吐き、冷たい瞳で眼下のピターを見下ろす。

 

 まるで蛇に睨まれたカエルさながらピターは身をブルブル震わせ、忠実に従う下僕のように頭を垂れ身を伏せる。

 

 どうやらここいら一帯を縄張りにしていたアラガミはディアウスピターではなく、この巨大なプリティヴィ・マータだったようだ。

 

 巨体マータが口から氷のブレスを吐き出して己に傅くピターに浴びせ掛けた。

 

 凍える冷気の吐息を全身に受けたディアウスピターは真っ白な氷像へと変わり果てた。

 

 瞬間、プリティヴィ・マータの巨大な前脚が氷像となり固まり伏せるピターを叩き潰し破壊した。

 

 氷細工の破片となった壊れ砕けたピターは細かい黒色の塵芥となり呆気なく散った。

 

 巨体マータはヴェルナーとベルを冷ややかに見つめながら、ゆったりと向き直った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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15 吹雪の声

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 私の中にはふるい落とすことのできない無宗教的なものがある。

 

 私は何も否定しないが、すべてを疑う。

 

 

 

 

 

                   バイロン

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 悠々とした巨軀を誇るプリティヴィ・マータと思しき巨大アラガミ。

 

 役に立たない帝王を始末した本当の統率者たる氷の女王が自身の縄張りを荒らす不届き者どもを凍える冷気を吐き、睨み据える。

 

「うわぁ…………すっごく大っきい…………あれ、でも似たよなヤツ倒したけど? 違うの?」

 

 突如出現した巨大なアラガミを感心したように見上げるベル。

 

「あれは…………プリティヴィ・マータか? だが、あんな異様な亜種は見たことが…………いや、以前にターミナルのデータベースで閲覧したことがある。間違いない。アイツは恐らく《バルファ・マータ》だ」

 

 データベースのアラガミ項目参照で見た記憶を憶い出し顔を顰めるヴェルナー。

 

 バルファ・マータ。

 

 プリティヴィ・マータの異常進化個体。

 

 外見こそ原種と変わらないが、攻撃力を筆頭に全ステータスが強化されており、特にオラクル弾の火力向上が著しく、離れれば雨あられの弾幕を展開し、今までは隙だったタイミングもそれらオラクル弾のせいで近付きにくくなっているなど、非常に手強くなっている。 そのため、同じだと舐めて掛かると散々な目に遭わされることは避けられないだろう。

 

 そのようにデータベースでは記載されていたはずだが、この個体は記述のバルファ・マータとは大きく異なるのは見た目通り明らかだった。

 

 何より通常種を遥かに超える巨軀。そして身体中に纏う鋭利な氷槍が針ネズミの剣山さながら聳え立つ。

 

 恐らくは灰域に順応適応した変異体と推測される。

 

 バルファ・マータの変異体と思われるアラガミは巨体を揺るがして高々と咆哮を響かせる。

 

 すると、どこからともなくディアウスピターとプリティヴィ・マータの群れが廃虚の影からヌウゥッと現れた。

 

 ヴェルナーとベルを取り囲むアラガミの大群。

 

「ありゃりゃ、またいぱい出てきちゃた。どする? ヴェルナー」

 

「…………ふむ。予定にない団体さんの来客は、御遠慮願いたいところなのだが…………致し方ない」

 

 無数のアラガミの大群に囲まれつつも二人はまるで戸惑うことも動じることもない様子で周りを伺い、

 

「すっぱり御退場願おうか。征くぞ、ベルッ」

 

「りょーかいッ、ヴェルナーッ」

 

 掛け声と同時に襲い来るアラガミたちに、二人のゴッドイーターは背中合わせに神機を構えて迎え討つ。

 

 鋭い鉤爪と牙を剥き出し、氷の槍を降り注ぎながら飛び掛かるマータの群れに怯むことなくバイティングエッジを両の手に構えるヴェルナー。

 

「ダンシングダガーッッッ」

 

 刀身にオラクルエネルギーを纏わせ舞うように双刃から斬撃の乱打を繰り出し、次々に飛び掛かるマータたちを斬り裂き伏す。

 

「セラフィックエッジッッッ」

 

 ステップ移動し右下から斬り上げ、迫るマータの懐へと掻い潜りつつ肉体を断ち切る。

 

 それでも補充されるように後から後から続々増加の一途を辿るマータ。

 

 ヴェルナーは空中で斬り上げたバイティングエッジの柄元を繋ぎ、薙刃形態にチェンジする。

 

「百花狂乱ッッッ」

 

 薙刃状の両刀身にオラクル細胞を活性化させ攻撃範囲を拡張し威力を強化した乱舞をマータの大群目掛け叩き込む。

 

 吸い込まれるようにマータたちが縦横無尽に回転する薙刃の乱流に飲み込まれ粉々に刻まれ散って逝く。

 

「ヴェルナー、強いっ! カコいいっ! よ〜し、オレも頑張るっ! 絶対負けないゾっ!!」

 

 人面狒々の邪悪な顔をしたアラガミ、ディアウスピターが何体も翼の刃を広げ無数に雷球を撃ち放ち青髪の少女を捕らえるべく猛々しく獰猛に襲撃する。

 

 雷電の豪雨を軽やかに身を翻し躱し、躍り掛かる強靭な牙、爪、翼刃を左腕の蛮柄紋様の籠手からタワーシールドを展開して紙一重にジャストガードし捌き、乱れ飛ぶ猛威の中で華麗なダンスマカブルを披露する美しき異形の姿の乙女ベル。

 

「ヘルズゲートッッッ」

 

 流れるように滑る動作のハイステップで猛攻を掻い潜り、すれ違いざま神機を構え飛び上がり、全力でピターに向ってヴァリアントサイズを振り下ろす。

 

「ソウルイーターッッッ」

 

 薙ぎ振るう右腕ガントレットのヴァリアントサイズが光刃の軌跡を描き神機と身体をシンクロさせ、ディアウスピターたちの巨軀に命中させ硬い外骨格を深々と撫で斬り裂く。

 

「ヘルオアヘブンッッッ」

 

 伸び上がる蒼黒の大鎌の刀身が輝き収束し、並ぶピターたちを幾重も連なる鉤裂きの鋸刃が貫き、一気に弾き掻き斬る。

 

 断末魔を響かせ、ピターたちは一体、また一体と数を減らして倒れる。

 

 あれだけの数のプリティヴィ・マータとディアウスピターの大群があれよあれよという間に二人のゴッドイーターに尽く斃されてしまう。

 

 先程の戦いから連戦にも関わらずヴェルナーとベルの勢いは衰えず、寧ろ戦えば戦うほど技のキレと威力が増していく。

 

 並の神機使いでは、ここまで闘えず耐え切れないだろう。灰域に適応した二人がAGEということを差し引いても異常だ。

 

 まるでアラガミ同士が争っているようにも見えるのは気のせいか? 

 

 瓦礫の丘上で終始戦いを眺めていたバルファ・マータが自軍の劣勢に痺れを切らし咆哮を木霊した。

 

 凄まじい冷気の奔流が渦巻き大地から巨大な氷柱が何本も突出し、戦っている最中のマータやピター諸共に貫き、凍らせてしまった。

 

「何て強力な冷気だ。あの攻撃範囲は厄介だな」

 

「ウヒィ〜っ! 寒い〜っ! ちゅめたいっ! 尻尾の先ちょ、ちょと凍たっ!!」

 

 アラガミの氷像が()()え立ち並ぶ真っ白な霜が舞う戦場の只中に盾を構えジャストガードで耐え凌いだヴェルナーとベル。

 

 そこへ、バルファ・マータが大跳躍し飛び掛かる。

 

 両者が瞬時に左右に飛び退き避ける。

 

 降って来た青白き巨体が凍てついたマータとピターの氷像群を粉微塵に破砕し、大地を抉りクレーターを齎らす。

 

 即座にバルファが自身の周囲に氷の大槍を形成し四方に発射し、空を切り凍える氷の槍がヴェルナーとベルの二人に目掛け飛来する。

 

 即座に迫り来る氷槍を神機で斬り裂き壊す二人だが、バルファは再び氷の大槍を展開してマシンガンを速射するように一斉掃射を始める。

 

「ぬうぅっ! これでは近づけないっ! これではスタミナを削られ、いずれやられてしまうっ!!」

 

 近づこうにも正確無比な射撃で牽制するバルファの氷槍の連射攻撃に手をこまねくヴェルナー。しかも誘導性に飛び、多段ヒットする氷塊は此方の行動を防ぐ。このままではキリがない。何とか打開しなければ。

 

「オレに任せてっ! ウおおおおぉっ! おォりゃあ〜〜〜〜ッッッ!!!」

 

 氷槍の掃射を弾き返し、ベルが走り特攻を仕掛ける。

 

 直ぐにバルファは自分に接近する敵に反応し撃ち込む氷槍の数とスピードを上げるが、そのすべてを躱し、破壊し、徐々にバルファに果敢に接近するベル。

 

「トリニティスピンッッッ」

 

 宙空に飛び上がり咬刃状態に変形させたヴァリアントサイズの連続回転斬りを繰り出す。

 

 縦に旋回させる大鎌の三点回転攻撃が射出される氷槍を破壊、圧倒し、バルファ・マータの眼前まで迫る。

 

 バルファ・マータが危険を察知し後方に素早く飛び退く。

 

「隙ありだっ!!」

 

 死角から薙刃を携えたヴェルナーがバルファ・マータの懐に入り、渾身の一撃の袈裟斬りの斬烈を放ち、肩口から胸元までバイティングエッジの薙刀が裂傷を刻んだ。

 

 さらにベルのトリニティスピンがクリーンヒット。ヴァリアントサイズの切っ先がバルファに深く骨格を削り、胸先に喰い込んだ。

 

 しかし、コアには届かず致命傷に至らない。あまりにもバルファの外皮が硬すぎたのだ。

 

 絶叫を上げるバルファ・マータ。己れを傷つけられ怒りに満ち満ちた怨嗟の唸りの雄叫び。

 

 その身体から極低温の大冷気が溢れ出し、あらゆるものを瞬く間に凍てつかせる。

 

「や、ヤバッッッ」

 

「まずいっ! 離れるんだっ、ベルっ!!」

 

 場一帯が、すべて白き死の氷に覆われた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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16 吹雪の声 〜凍てつく空〜

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 おお主よ、われに力と勇気を与え給え、

 

 

 わが肉、わが心を嫌悪の念なく見んがために

 

 

 

 

    

 

 

              シャルル・ボォドレエル

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ぐぅううぅ…………っ! くっ! 直撃は免れたか…………っ」

 

 横たわる氷塊の傾斜の隙間から肺まで凍えそうな冷たい息を荒く吐き、ボロボロの身体を何とか這いずり出すヴェルナー。

 

 周りを見渡し驚愕する。

 

 すべての情景が白い霜と氷に閉ざされた様変わりした大地。

 

 巨大な氷柱の槍が幾つも乱雑に地面から生え立ち並ぶ。

 

 まるで鎮魂者に黙する墓標のように。

 

「はっ!? ベルっ! おいっ、無事かっ、何処にいるっ!?」

 

 共に闘っていた少女の姿がないのに気付き慌てて周囲を探す。

 

 そこに並ぶ氷柱の影から巨体を揺らし鳴らして現れるアラガミ。

 

 通常種のプリティヴィ・マータから異常進化した変異体、バルファ・マータ。

 

 バルファが冷酷な女神像の面相を反らし氷柱の真上を仰ぐ。

 

 つられてヴェルナーも一際密集し形成された刺々しい氷塊の針山に視線が赴く。

 

「!? ベルッッッ」

 

 天に向かって伸びる鋭利な氷槍の切っ先。

 

 傷だらけの項垂れた少女が四肢を氷槍に貫かれ、標本のように串刺しにされていた。

 

 赤い鮮血が凍る氷塊に伝い流れ、咎人のごとく貼り付けにされた少女。無残な有り様さを晒し、幻想さを合わせ美しくも痛々しく少女を彩る。

 

「ベルッッッ、返事をしろッッッ、くっ、意識がないのかッ、待っていろッ、直ぐに助けてやるッ」

 

 ヴェルナーが叫ぶ。しかし少女から返事は返ってこない。助けに向かうべくヴェルナーは身を起こすが、相当なダメージを負った肉体は悲鳴を上げ真面に動こうとしない。それでも身体を引きずり少女の元に向かう。

 

 そんなニンゲンたちの足掻き捥がく様を静かに見下ろしながらバルファは冷たい能面の口元を開き耳障りな獣声で喉を震わし響かせ、嗤った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ******

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 暗い。

 

 冷たい。

 

 寒い。

 

 人の身とは異なる姿の少女が薄暗い牢獄に蹲り、囚われている。

 

 錆び付いた鉄格子。灰色の燻んだ色褪せたヒビ割れた石壁と床。

 

 そこは時の流れから長らく隔絶された雰囲気を纏う収監部屋。

 

 見覚えのある、懐かしくて寂しい忘れ難い場所。

 

 過去にAGEとして囲われていた収容施設。

 

「…………ったく、なっちゃいないぜ」

 

 鉄格子の柵の向かい側から誰かの声が掛けられる。

 

「…………誰?」

 

 ベルは膝に埋めていた気怠げな顔を少しだけ上げ、その人物を格子越しに見やる。

 

「ふん。オレが誰かも判らないか。まあ、しょうがない。オツムがイカレちまってるからな」

 

 格子の向かい側にいる人物が近づく。

 

 蒼い艶やかな長髪を靡かせ、二本の角先を頭に備える。

 

 褐色の瑞々しい肉感的な熟れた肢体は滑らかさとしなやかさに満ち、蒼黒の結晶が鱗の外皮のように豊満な胸部と局所、身体をビキニアーマーのように覆う。

 

 それは合わせ鏡のような瓜二つの少女。ただ違うのは左眼が妖しく紅紫に仄暗く光を放っている。

 

「…………?」

 

 蹲る少女が不思議そうに首を傾げるのを見て、やれやれと両手を挙げる。

 

「はあ〜、オマエさ、何だよ。あの戦い方は。ニンゲンの真似して戦いやがって」

 

 もうひとりの少女が呆れたようにため息を吐く。

 

「オマケにあんなクソアラガミにやられる始末。見られたもんじゃなかったぜ。ありゃ何の冗談だ? ムカついてしょうがねえったらありゃしねえ」

 

「うぅ……戦い方……オレ、神機使いだから……」

 

 蹲るベルが戸惑う。戦い方も何もゴッドイーターなのだから当たり前だろうに。

 

「まるでわかっちゃいないんだなぁ、オマエ」

 

 小馬鹿にした視線で、同じ顔、同じ姿の少女が吐き捨てる。

 

「ああじゃねえだろ? オマエの戦い方は。もっと吼えて、猛ってよぉ、思う存分に狩りを楽しむもんだろう?」

 

「…………楽しむ? 戦いを?」

 

 顔を顰めて不快感を露わにするベル。脳裏に浮かぶのは理不尽に強いられたアラガミたちとの戦い。人間の男たちに嬲られる日常。嫌いだ。痛いのは嫌だ。あんな思いはしたくない。楽しくない。

 

 そんな少女の表情を見て、そっくりな少女はニヤリと口端を吊り上げる。

 

「くくく、オスどもにいい様に組み敷かれ不様に好き放題ヤラレていた頃は力がないただのニンゲンモドキだったが、今の"オレたち"は違う。今度は逆に狩る番だ。狩られる側から狩る側になったのさ。今からオレが代わりにアイツをハンティングしてやるよ。オマエはそこで大人しく休んでな。さあ、そろそろ選手交代の時間だ」

 

 少女の言葉にベルの目蓋が途端に重くなり、少しずつ帳が降りるよう閉ざされていく。

 

 そうしてやがて、深い抗い違い微睡みがやってくる。

 

 完全に目が閉じる前に見たのは、自分と同じ顔の少女が凶悪な笑みを浮かべる姿だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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「はあっ、はあっ…………待っていろ、ベルッ。直ぐにそんな所から自由にしてやるッ…………」

 

 氷の柱に括られ磔にされた痛ましい少女を救うべくヴェルナーは、ままならない満身創痍の身体を無理に引き摺り這い進む。

 

 そんな涙ぐましいニンゲンの足掻きを尻目にバルファ・マータが乱杭歯がぞろりと並ぶ口腔を大きく開いた。

 

 その慈悲無き能面が向かう先には貼り付けにされた哀れな少女。

 

 少女を貪り喰らうべく恐ろしい顎門で迫る。

 

「や、やめろォおおおおおおオオオオッッッ」

 

 ヴェルナーの悲痛な叫びも虚しく、バルファの鋭い牙が捕われた少女を貫かんと──────

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 バルファの顔面に拳が減り込む。

 

 

 

 

 

 

 

 

 きりもみスクリューしながら氷柱群を破壊して巨体がぶっ飛んでいった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ギシリ、と貼り付けにされた少女の血潮に濡れた解放された腕が握り拳を作り左右にぷらぷら振られる。

 

「イテェな……散々やってくれやがって…………それに硬えな、アイツ。ま、その方がヤリ甲斐あるし充分愉しめるわな。っと、ハァアアアッッッ」

 

気合いを入れて叫ぶと、四肢を貫いて縫い止めていた氷槍にヒビが走りガラスが粉砕するように粉々に砕け散る。

 

氷の磔台から解放された少女がクルクルクルと身体を翻し回転して跳び、真っ白に染まる霜の大地に降り立った。

 

「ふぃ〜っ! 久っ々のシャバの空気はやっぱ格別だなっ! う〜〜〜〜んッッッ」

 

腕を上げ、褐色の滑らかな美体を反らし伸ばしストレッチする。

 

まるでこれからスポーツでも始める陸上競技者のように爽やかに準備運動を行う。

 

年相応以上に発育した見事な乳房がプルンプルンと跳ねる身体に合わせ元気良く弾み、括れた折れてしまいそうなほど華奢な細い腰を曲げ上体を反らす。肉付きの形良い丸い尻たぶを突き出しプルルン震わし、カモシカとはよく言った艶やかな太腿と長い脚先を大きく大胆に広げてアキレス健を伸ばす。

 

「…………ベル?」

 

 一部始終を地に伏したまま呆然と眺めていたヴェルナーが戸惑いを隠せず声を出す。

 

「壊れそうに街が泣いて〜〜〜♪ 残酷な君の横顔〜〜〜♪ Automation〜〜〜♪」

 

 ラジオ体操第二まで始めるベルと呼ばれた背中を向けていた少女が可憐な美声で鼻歌交じりに身体をほぐし続ける。

 

「いつまで約束されぬ彼方〜〜〜♪ 抜け出そう走り続けなくちゃ〜〜〜♪ 何も変わらなくたって諦めないさ〜〜〜♪」

 

 何だ、嫌な予感が拭えない。

 

 目の前の少女が無事なのに。喜ばしいはずなのに。違和感があまりにもあり過ぎる。

 

 今、この場に存在する少女は、一体、何者なのか。

 

「…………キミは、何者だ…………?」

 

 震える身を無理矢理起こし呼びかけるヴェルナーに、ストレッチ体操していた少女がピタリと動きを止める。

 

 そして上体を背後に反らしブリッジしながら振り返った。

 

「何だと思う? おっさん」

 

 無邪気さの中に破滅的な危うさを秘め、ニヤニヤ微笑う。

 

 違う。明らかに異なる。間違いない。この感じ。

 

 この少女はあの時に現れた────

 

「…………ベルはどうした? 彼女を何処にやった?」

 

「うん? ベル? はいは〜いっ、ここですよ〜♡オレ様が愛しいベルちゃんだよ〜♡うりうり♡」

 

 ベルと同じ姿形の少女はニヤつき、腰をクネらせグラインドし、尻尾をクルクル回して投げキッスする。

 

「…………もう一度聞く。ベルを、あの少女はどうした?」

 

 此方を馬鹿にするようなふざけたダンスを披露する少女にヴェルナーの問いかけの声に剣呑さが交じる。

 

「ふん、ノリが悪いなぁ。ご執心なこって、お熱いねぇ…………アイツは眠ってるよ、ここで」

 

 腰振り尻尾ダンスをやめた少女が自身の豊満な胸元を指差す。

 

「眠っている、だと? 彼女は無事なのか?」

 

「当ったり前よ、当たり前田のクラッキング講座だ。オレ様とアイツは同じ存在だからな。同じく肉体を共有する仲だ。傷付けば互いに傷付くし、死んだらオレ様も死んじまう。というワケでオレ様がピンチに華麗に登場ッッッ」

 

 右手を>とビシッとウィンクVサインし、ペロリンと舌を出して可愛くはにかみ、ポーズを決める。

 

「…………同じ存在? どういう───」

 

 その時、遙か後方の瓦礫を勢いよく破壊して跳ね除けバルファ・マータが現れた。

 

 ヒビ割れた顔の能面に殴打され穴が深々と空いている。

 

 轟々と吼え猛け嘶く。

 

 大気が怒りに満ち、霜の大地が激震する。

 

「おおっとぉ、(やっこ)さんヤル気満々だねぇ。おっさん危ないから離れてな。巻き込んじまうからよぉ」

 

 ベルという少女に酷似した少女が激昂するバルファ・マータに視線を移す。

 

「さあて、久しぶりのセボンなディネだ。ヤツの血をアペリチにして豪華な晩餐会と洒落込もうか、クククッ」

 

 唇から覗く歯牙を紅い舌先で舐め、凶々しくせせら嗤った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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17  凶禍の行進

   

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  恐怖の魅力に酔い得る者は強者のみ

 

 

   

 

 

 

 

              シャルル・ボォドレエル

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

態勢を低く構えたモーションで吼えた後、自分の周囲広範囲に冷気を放つバルファ・マータ。

 

冷気を放った後、大氷槌を周囲に各箇所に時間差で発生させ、飛来する氷槌をハンニバルの似姿の少女ベル? がマータから見て正面から左へ、右へと発生する氷槌を軽やかなステップで躱す。

 

「ヨッ! ホッ! トォッ!」

 

 活性時はスタン付与が追加される氷の塊りの連打の範囲外に離脱し、砕けた破片もしっかりとガードし被弾を防ぐ。

 

 素早く回避して接近する敵対者に対してバルファがターゲットの足元に大氷槍を作り出し串刺しにしようとする。

 

 プリティヴィー・マータのそれに比べると範囲がかなり広くなっている広範囲攻撃のため、狭い場所では狙われれば逃げられない。

 

「ハハッ! 愉しいネェッ! 戦いってのは、こうでなくちゃなッ! うらぁァアアッ!!」

 

 地面の予報エフェクトの僅かな境界を察知し、ヴァリアントサイズで繰り出される氷槍を発生する側から破壊するベル。

 

 バルファが前方に何個もの巨大な氷塊の機雷を作り出し発射。連続でスクリューしながらホーミングし飛ばす氷塊群を発射後に吠えて、爆破させる。

 

 次々と誘発爆発し追ってくる氷の機雷弾に対し、すかさず紫紅の雷球を掌に幾つも創り出し撃ち込み相殺する。

 

 煌びやかに粉霜の塵を撒き視界を防ぐ真っ白に染まる空間から大鎌を振り上げたベルが側面から跳躍しバルファに飛び掛かる。

 

「ヒャッハ〜〜〜〜ッッッ!!! 土手っ腹ガラ空きだッッッ!!!頂きだぜッッッ!!!」

 

 側面からバルファの胴体へ鋭いヴァリアントサイズの刃が斬り降ろされる。

 

 しかし、バルファが身を蹲らせ自身の身体に冷気の渦を纏わせ氷塊のシールドを発生させると、ただでさえ頑強な外皮に氷の防殻膜が覆い大鎌の一撃を弾き防いでしまい届かない。

 

 少女の攻撃を防御したバルファが体を斜めに低く構えて垂直にジャンプ、着地と同時に周囲に冷却スタンプを叩き込み、エフェクトが広がり大氷槌を発生させる。

 

「はんッ! やっぱメチャクチャ硬ってえなぁッ!! オイッ! 懐かしのリザレクション+99ってかッッッ!!!」

 

 ジャストガードし紙一重で防御する少女に肉薄し、氷結右フックを放つバルファ。出が速く高威力の鋭利な鉤爪を身を翻し避けると、さらに牙の噛みつきを前方に向かって繰り出す。

 

 縦横往復に襲い掛り、その場からこちらに向かって飛び掛って着地地点に衝撃波を発生させ、再び別の場所から飛び掛かるバルファの立体起動攻撃。

 

「あらよッ! ほいさッ! そいやッ!」

 

 迫る氷の女帝の連続攻撃に対してベルは遊角にステップ、ガード、バックジャンプし自在に回避し躱し続け、お返しとばかり斬撃と雷の応酬を連打する。

 

 ホーミング氷弾で雷光を防ぎ突進してきて飛び掛るバルファが着地と同時に反転し距離を取り一瞬の間を置き、盛大に呼気を吸い込む。

 

 同じく胸を張って上体を反らし息を大きく吸い込むベル。

 

 女帝と少女の口から膨大な凄まじい吐息の奔流が放たれる。

 

 白寒の冷気と赤熱する轟雷。

 

 両者のブレスが衝突し、鳴動し、爆ぜ、大爆発を巻き起こす。

 

「くっ、なんて戦いなんだ…………自分が情けない…………身を隠すので精一杯だとは…………」

 

 瓦礫の片隅でヴェルナーは身体を潜め、アラガミと少女の闘いをじっとして観ているしかない。

 

 少女を手助けしてやりたいが、これほど熾烈な戦いに自分が介入する余地など微塵すらない。一進一退互いに譲らぬ互角の争い。決まれば致命の一撃が幾度も交錯する。

 

 果たして決着が着くのは、大地に立っているのは、いずれか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ******

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はははっ!! 効いたぜ、今のはっ! 実に良いねッ! いいネッッ!! イイネェェエエッッッ!!!」

 

 全身に凍り付いた霜をパキパキ払い退け、凍傷だらけの身体に口角を歪ませ心底愉快げに笑うベル。元来、笑うという行為は獣が狩りに於ける獲物を威嚇する本能的行為である。

 

「これなラ本気出しテも大丈夫そうだナぁっ! もっトもっとモッとォオ、オレとぉっ遊んデェえクれヨォオおおおおオオオオッッッ!!!」

 

 少女の狂おしい叫びに呼応するように張ちきればかりの漲る暴力的な圧倒的パワーが肉体を奔り抜け埋め尽くす。

 

 渇きを。

 

 猛烈な渇きの欲求を満たすために。

 

 押し留められていた怒濤の力の奔流が、華奢な歳若い美貌の少女の四肢に流れ込む。

 

 手が、腕が、脚が、メキメキと膨らみ丸太のように肥大化し、褐色の艶やかな背中が盛り上がり逆鱗が形作られる。

 

 口先が真横に破り開かれ牙が総列して長い鼻先と合わせ雄々しく伸び立つ双角が突出し、異形の生物に為り代わる。

 

 膨大する全身を紫紅の結晶鱗が纏い、剣尖頑健な鎧と化す。

 

 腰元から海底ケーブルの配管チューブのように太く長い尾を振るい、大地を強靭な脚爪先で踏み抉る。

 

 蛮柄籠手の左腕に対する巨腕の右腕が盛り上がり鉤裂きの大鎌が形成される。それは、すべてを等しく薙ぎ狩る揺るぎなき断罪の刃。

 

 黄金色に輝く右眼に対し、闇の亀裂が走る半面の左眼が紅く濃紫色の焔を煌々と燻らせ、轟々と業炎を仄めかす。

 

 蒼黒の魔人竜。

 

 そう呼称するに相応しい威姿。

 

 ティラニ・ハンニバルと呼ばれる灰煉種アラガミに出で立ちや風貌は類似するも、醸し出す雰囲気や迫力は並の比ではない。

 

 小柄だった可愛らしく愛らしかった少女が信じられない恐ろしい怪物に変貌する様は狂気としか言いようがない。

 

「………ベル、キミは本当に一体何者なんだ…………?」

 

『サアサアサアサアッッッ!!! オレ様トォオ、アイ"死"アオウゼェエエエェェエエエエエエエッッッ!!!』

 

 ヴェルナーの呟きが魔竜の無慈悲な咆哮に掻き消される。

 

 バルファ・マータがニンゲンのメスが己に匹敵するほどの巨大なアラガミと化したのに少なからず驚きつつも咆哮を上げる。雷のブレスを浴びて身体中が綻び大小の傷を負っている。

 

 人竜一体化し組織細胞が組み変わった肉体をゴキゴキと鳴らし、最早人とは異なる進化を遂げた手脚の関節と筋を伸ばし動かす魔竜。

 

 食ってやるぞ。ありったけ食ってやる。

 

 オマエはオレの獲物だ。オレのモノだ。

 

 オレにその肉を引き裂かせろ。骨をバラバラに砕かせろ。

 

 苦痛に苛む、めいいっぱいの悲鳴を聞かせろッ! 

 

 そうしてから、コアを無理矢理生きたまま引き摺り出し目の前で貪ってやる。

 

 オレの飽くなき捕食の渇きを満たすために、細胞の一片まですべて喰らい尽くす。

 

 オレは吼えた。ヤツにこれから訪れる絶望的な運命という名の結末を知らしめるために。

 

 ヤツも再び負けじとオレの吼え声に対抗し吼え返した。

 

 ほう、面白えじゃねえか…………手負いの半端者風情が、オレ様とやろうってえのか? ふざけやがって。

 

どっちが狩人か、狩られる獲物か、思い知らせてやろうじゃねえかッ! 

 

 オレは何の躊躇も迷いもなく掻き毟るように右手を前に突き出した。

 

 ドウゥッッッ!!! 

 

 鼓膜を打つ衝撃音。

 

 大気を斬り裂く亜音速のスピードで瞬間的にヤツの真ん前に接近した。

 

 狙いもなく手加減もないデタラメな手刀の一撃。

 

 伸ばした鋭い剃刀状に揃う指先の鉤爪がヤツの薄気味悪い能面の鼻面から横薙ぎに突き刺さり、両方の眼ん玉とも深々と抉り削った。

 

『〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜ッッッ!!?』

 

 ブチブチブチと肉を掻き千切り…………バキバキバキと硬い外皮を砕き折る…………この絶妙な感触…………イイねェェエエ…………堪らんネェええええッ! 

 

 違和感なく手に馴染む獲物を嬲る歯応えの恍惚感に酔いしれるオレ。

 

『〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜ッッッ!!! 〜〜〜〜〜〜〜〜ッッッ!!!』

 

 ヤツは前脚をブンブンとメチャクチャに振るい、フラフラ慌てて後退る。

 

 オレがあまりにも速すぎて防御する暇も無かったらしい。

 

 視界を奪われ塞がれヤツは怒りの唸りを上げ、周囲に冷気の渦を巻き氷の槍を幾つも作ると、周り中に一斉に発射した。

 

 オレはそれを余裕綽々で軽く躱しながら再びヤツに手刀を叩きつける。

 

 『〜〜〜〜ッ!? 〜〜〜〜ッ!!』

 

 焦って氷槍を放つヤツ。それをひょいこらと躱してヤツを殴り、また放つ氷槍を避けて今度は蹴りを入れて転がす。そうやって何度も小突きながら徐々に追い詰めてやる。面白いようにヤツの今まで硬かった外骨格が削がれ、どんどんボロッボロッにみすぼらしくなっていく。氷のシールドも纏うが、ちょいと力を入れて突けばたちまち粉砕されちまう。

 

 オレはそれが滑稽な道化師のダンスに見えて、思わず腹を抱えて大声で笑っちまった。

 

 一度、笑い出すと止まらない。酔っ払いが千鳥足でアベコベに彷徨い歩く様にも見える不様なヤツの格好。戯ける間抜けなピエロに喉の奥から、くぐもったせせら嗤いが溢れ返る。

 

 ヤツが態勢を低く構え力を溜める動作を始めた。

 

 おっ? なんだ。なんかやるのか? 

 

 興味深そうに観察するオレに対してヤツは渾身の力をありったけ込めて超極低温の大冷気を全周囲に解き放った。

 

 大地が空が大気さえも、真っ白に染まり凍り付き、すべての生命活動を停止させる絶対零度の大寒波が地上一面包み込む。

 

 舞い散る霜の銀世界にただ一体、バルファ・マータのみが佇み────

 

 『ンデ? イマノデ、オ終イカ? 他ニハアルノカ?』

 

 バチバチと身体を紫紅に帯電させた魔竜がのっそりと何事もなかったように呑気に現れた。

 

 まあ、ちょいと肌寒い程度だったな。こうやって身体を雷で暖めれば何の問題もない。ちなみにヴェルナーのオッサンにも雷のフィールド膜で冷気を防いでやった。巻き込まれたら死ぬからな。

 

 『〜〜〜〜〜〜〜〜ッッッ』

 

 バルファの唸り声が低く弱々しくなり、ヤツはオレに背を向けてヨロヨロとした足取りで蹴躓きながらその場から逃げ出した。

 

 どうやらあれがヤツの精一杯の最期の抵抗だったらしい。

 

 おいおい…………もう終わりかよ? これからが楽しくなるってのによぉ。こっちはようやく身体が温まってきたってのに…………

 

はあ〜〜〜〜ッ、なんかもう興醒めだな、こりゃ。………あんなヤツの腰抜けヤロウのコアなんていらねー。

 

 オレの身体が急激に縮み、元の愛らしく可愛さ満点な超絶ナイスバデェな可憐美少女の肉体に戻る。(自画自賛笑)

 

 それに馬鹿なヤツだ…………オマエはオレの獲物なんだぜ。オレから逃げられると思ってるのか? オメデタイねぇ。

 

 呆れ顔のオレの冷めた視線状のヤツに華奢な左腕を差し向ける。

 

 左腕が肩から異音を鳴らしメキャメキャ構成組織を変えて組み上がり、あっという間に巨大なレイガンの銃身にフォームチェンジする。

 

  "煉真竜貫銃"

 

 その凶弾に貫けぬものは無いと謳われる煉竜銃。オレ様の自慢の逸品。もちろんヴァリアントサイズの煉真竜征鎌、タワーシールドの煉真竜絶壁ともに+60の一式揃いだ。

 

 コイツらはオレ様と苦楽を共にして、この『異世界』に転生特典として────

 

 あれ? …………なんか、思い出そうとすると……モヤァとするんだが…………なんだっけかなぁ…………まあ、どうでもイイか。

 

 さあて、オレ様のネオアームストロングサイクロンジェットネオアームストロング砲が火を噴くぜッッッ

 

 蒼黒の禍々しいフォルムの砲身の先端が哀れに逃げ惑う離れた場所にいるアラガミに狙い定められる。

 

 銃身から低いモーターエンジンのトルクが駆動する駆動音が鳴り、徐々に甲高く高まり、光の螺旋が収束し集まり

 

 

 

 

 

 

 

 

 ────弾けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 一瞬、刹那の間、すべてが白く染まり上がり塗り込められ、音が一切大気から消え失せた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 暫くして視界からボヤけた白の幕が消えると、氷と霜の地表上にバルファ・マータの姿を何処にも見つけることは出来なかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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18 友は此処に

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 追放の罪人の杖 發明の學者の燈火

 

 

 陰謀家絞首の刑徒の 告白の聽聞の蹭

 

 

 おゝ、惡魔

 

 

 わが打續く惨狀を憐みたまへ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

           魔王連禱 

 

           シャルル・ボオドレエル

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 強烈な眩き閃光の帳が徐々に蕩けて昇る。

 

 白墨の支配世界から冷たい白霜の地表に均しめ、現実にゆっくり貶める。

 

 一面雪の大地に立つのは左腕を巨大な銃身に形造った褐色の異形の美少女のみ。

 

「はんっ、ちょいとリザーブしたオラクルの量が多かったみたいだな。力が入り過ぎて跡形も無くどっかに消し飛んじまったぜ。よっこらせッ」

 

 禍々しい形の照射銃、レイガンの砲塔部位から蒸気圧の煙りが幾つも噴射し排出される。

 

 そうして左腕が形状を音を鳴らし変えて、愛らしく華奢な少女の元の腕に戻った。

 

「あ〜あ〜っ、最初はなんやかんや楽しかったんだけどなぁ………中途半端だから不完全燃焼で全然ヤリ足りない気分だぜ」

 

 手を握ったり開いたりグーパー動かし腕先と背筋を伸ばし不満げにする少女。

 

「…………ベル…………今のキミは、どちら何だ? …………それがキミの本当の姿だというのか?」

 

 あれほどの戦闘を行い巨大アラガミを容易く屠った異能の少女に本来ならばその無事を称賛し讃えるべきなのに、止め処もない畏怖を憶えてしまうヴェルナー。

 

 そんな瓦礫に蹲るヴェルナーをチラッと見たベル? がニヤァと好色な下卑た笑みを浮かべる。

 

「んん〜? あぁ、そういや、おっさんが居たんだっけ? アイツが気紛れで助けたAGE、ゴッドイーターの…………そうだ、イイこと思いついたッ♡」

 

 その場からジャンプしヴェルナーの眼前にストンと着地すると、瓦礫に身を預けるヴェルナーに対して長いクネらせる尻尾で身体を払い押し倒す。

 

「うぉっ!?な、何を…………ッ」

 

 仰向けて倒れるヴェルナーが突如の少女の行為に慌て半身を起こそうとすると、

 

「えいっ♡」

 

 少女がヴェルナーの身体に飛び乗り押さえ付け、跨がって伸し掛かってきた。

 

「うっ!?」

 

「ふふん♡オレ様の欲求不満の解消に、ちょっちばかり付き合って貰うぜ? おっさん♡オスのおっさん、メスのオレ、やることと言ったらこれっしょ♡まったく全然興奮が治まらなくてよ♡我慢出来そうにねえんだわ♡」

 

 顔を紅く高揚させた少女がニヤニヤしながら、いやらしく赤い舌をベロォリと伸ばし垂らす。まるで発情期中のメスの動物のような淫靡さが溢れ出ている。

 

「な……」

 

 その意図を理解したヴェルナーの顔が青褪める。先の戦いのダメージがまだ上手く抜け切らず動かない身体を無理に動かそうとし、少女の身体を払い除けようとする。

 

 しかし少女の太い尻尾が上半身にシュルルルと蛇行し、暴れないようにグルリと巻き付いてしっかり固定してしまう。

 

「ダ〜メだって♡おっさんはもうオレの獲物なんだよ♡オレのモノ♡だぁ、かぁ、らぁ♡大人しく喰われてくれよ♡あ、もちろん性的な意味で♡ひひひッ♡」

 

 覆い被さる少女の肉体に纏う結晶の鱗が引っ込み消え、胸も秘部も包み隠さず裸身を晒してしまう。

 

「ぐぅううぅッ! 私はッ、キミとそんな真似をするつもりなどッ」

 

 ヴェルナーは声を荒げ身を捩り抵抗するが、少女の巻き付く尻尾の締める圧力に逆らえない。

 

「ハハッ♡解ってるさ、おっさんもずっと我慢してるんだろ? いつもこんな美少女が裸みたいな格好で無防備に毎日側にいるんだもんな♡オスなら反応して当然だよなぁ♡ほらほら♡」

 

 少女がニヤつき両手で掴み寄せ上げた豊満な双丘をヴェルナーの身体に押し付けてムニュンムニュンと軟らかさと弾力の感触を直に与えてくる。

 

 さらに下半身に跨った腰を密着し、入念に下腹部に押し付けてくる始末。

 

 甘い悩ましい吐息を漏らし顔を間近に突き合わせ、首元に舌を這わせ、ジワリ滲む汗を舐め取る。ゆっくりヌメる舌先が首から胸元に這い寄り下に下に降りる。

 

「くッ! よせ……ッ!」

 

 艶やかな裸体の美少女の生々しい応酬、だが今のヴェルナーには嫌悪感にしか感じられない。

 

「なんだよ、イマイチ乗ってこないなぁ。満更じゃ無いくせに。アンタがアイツに頼めば悦んで腰振って交尾してくれるぞ? まあ、いいさ♡オレ様が最高に気持ち良くしてやるからよ♡アンタはそのままじっとしてろ♡」

 

 跨がる少女の細い指先が下腹を丹念に弄り、やがてズボンのベルトに触れ外される。

 

「ベルッ! キミは本当にこんなことがしたいのかっ!? キミの意思はそれでいいのかっ!? 目を覚ませッッッ」

 

 必死に身を捻って暴れて抵抗し言葉を投げかけるヴェルナー。

 

「はぁ? 何言ってんだ、おっさん。それにこんなにでっかくおっさんのMy神機を戦闘態勢にしやがって♡お盛んな御立派様をたっぷりとメンテナンスしてやる♡こうやってオスはメスにぃ〜、逆にメスはオスにぃ〜。それが自然の摂理だろ〜?」

 

「偽物のキミではないッ! 私は彼女にッ、本当のベルに話をしているッ! 私の声が聞こえているかッ! ベルッッッ」

 

「…………ふん。いくら呼んでも無駄だっての。アイツはぐっすりとお寝んねタイムしてるからな。それにオレも正真正銘本物のベルだぜ? …………傷付くなぁ、んな態度取られたら…………はぁ……優しく気持ち良くイカしてやろうと思ってたのによぉ…………」

 

 それまで上機嫌な感じだった少女の雰囲気が邪悪なものに変わる。

 

「…………よぉし、死ぬほど徹底的に、ミイラになって干からびるまでおっさんの種を超〜〜〜〜搾り出してやるぜぇ…………♡そうしたらニンゲン共も、アラガミ共も腹いっぱい捕食して食い尽くしてやる。ハハハッッッ」

 

 ギラつく剣呑な瞳を意地悪く細め、笑う少女が動けないヴェルナーに大きく開脚し腰を落し跨がる。

 

「やめろッ!! ベルッッッ!!!」

 

「アハハハッッッ、ニンゲンなんて所詮はこんなもんよッ。変わらない、オスだろうがメスだろうが、なんてことない。ヤルことなんて変わらない。どいつもこいつも自分勝手なヤツらばかり…………これならアラガミの方がよっぽど自然体に生きて…………生きて…………アラ、ガミ? ニン、ゲン? オレ、オレ、は…………ッ」

 

 跨がり笑っていた少女が突然に頭を押さえて苦しみ出した。

 

「ガ…………ッ、グ…………ッ! ニンゲン…………アラガミ、チガウ…………ッ!」

 

「ベル…………? ベルッ! 起きろッ! 目を覚ますんだッ! 起きるんだッ!!」

 

「クソ…………ッ、もう目覚めやが…………ッ、チクショ…………また、檻の、中、に…………ッ、う、ガガガガ…………アアアぁぁぁッッッ─────」

 

 ヴェルナーの呼び掛けに頭を振り乱すベル。

 

 ピタリと動きが止まり、糸が切れた人形のようにヴェルナーの身体の上に倒れ込んだ。

 

 拘束されていた尻尾も力無く外れて解放された。

 

「う…………ヴェルナー……」

 

「気が付いたか、ベル」

 

 少女の額にかいた汗を優しく拭ってやる。

 

「…………オレ、怖い夢、みた…………」

 

 少女が震える手でヴェルナーに縋る。

 

「…………オレ、オレじゃなくなる…………みんな、食べちゃう夢…………何もかも…………ヴェルナーも、食べちゃう、凄く嫌な…………怖い夢…………」

 

「大丈夫だ…………私はここにいる。ここにいるよ」

 

 小さく震える少女を抱きしめる。

 

「ここにいる。キミの側に。大丈夫」

 

 ヴェルナーは少女を抱き留めながら謎だらけの少女の闇に触れて考えた。

 

 いずれまた、この少女の中の、もうひとりの少女が現れることは遠くないだろう。

 

 何かしら対応策を講じなければならない。

 

 しかしどうすればいいのか、まだ判らない。

 

 霜が冷たい風に乗って舞う。

 

 本来なら決して交わることが無かった二人の道筋。

 

 胸の中の震える少女と、支える男。

 

 雲間から僅かに差し込む陽の暖かさ、それだけが唯一の救いのように二人を淡く照らし包み込んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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19 ヒトの思惑

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 神は支配するために存在することすら必要としない唯一の存在である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

               シャルル・ボオドレエル

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 鳴り止まない銃弾の雨が激しく飛び交う。

 

 武装した兵士たちが退廃とした教団施設内を駆け抜ける。

 

 黒い外套を羽織り敵戦する狂信者らを貫き次々に屠り突き進む。

 

 その集団を先頭に率いる顔に傷跡が刻まれたヘッドギアの厳つい男、ゴウ・バラン。

 

「各員、速やかに対象を処理しろ。敵は凡俗だが武器を多数所持している。決して油断するな」

 

 素早く冷静に兵士たちに指示を送り指揮を取る。

 

「うわぁああああああああッッッ」

 

「ぎゃあああああああああッッッ」

 

 施設内の奥から複数の叫び声が谺し、通路側から溢れんばかりのオウガテイルの群れが犇めき合いながら現れ、先行した兵士も敵も見境無く襲い掛かる。

 

「チッ…………やはりアラガミを飼っていたか……此処も奴ら『エキドナ』の手中か…………総員、配置に着けッッッ」

 

 兵士たちが足並み揃い、一斉に銃器を構え撃ち放つ。

 

 オウガテイルの群れが弾雨を浴びて斃れる。ただの銃弾ではない。特殊なオラクル細胞を含む対抗アラガミ弾だ。

 

「む? 待て、撃ち方止めッッッ」

 

 ゴウが片手で制すと、兵士たちが銃撃を止める。

 

 倒れ重なるオウガテイルに近付き様相を見やる。

 

「これは…………オウガテイルではない…………似ているが、違う。異なるアラガミだ。コイツらは…………」

 

 斃れたオウガテイルのようなアラガミらが、ブクブクと泡となり溶けるように霧散し消えていく。

 

「…………何か、来る…………ッ」

 

 逆手のショートソードを構え油断なく暗い通路の奥を睨み据えるゴウ。

 

 黒い霧となり消失するオウガテイルのようなアラガミや人間の骸を踏み締め、しゃなりしゃなりとファッションショーのモデルのように腰をくねらせ優雅に歩いて来る何者か。

 

 映画女優のような抜群のスタイルを模す曲線美を魅せつけ、両腕に生え揃う煌びやかな彩りの翼を拡げ羽根を舞い散らせる。

 

 僅かに羽毛の衣が各所を申し訳程度に際どく纏い、髪なのか羽飾りなのか目隠れた顔からは表情が窺い知れない。

 

 それは人面妖鳥。幻想神話に語られるハーピー、ハルピュイアそのもの。

 

 美しい女性の半身に反してしなやかな両脚の脚先に剣刃の如き鋭い蹴爪が携わられている。

 

「…………イェン・ツィー…………ッ」

 

 顔を顰めて、苦々しくアラガミの名を呟くゴウ。

 

 妖艶な美女の姿をしたシユウ神属の感応種。 下僕であるオウガテイルに酷似したアラガミ、チョウワンを召喚する。 感応能力により周囲のアラガミの攻撃目標を一人に集中させる。

 

 

 兵士と狂信者とアラガミが織り交ぜる死屍累々の中を毒婦の貴婦人が歩むと、まだ息があった兵士が這いずり逃げようとした。

 

 その息も絶え絶えな瀕死の兵士をイェン・ツィーは造作もなく片手の羽腕に備わる巨大な鉤爪で鷲掴み、軽々と持ち上げた。

 

 そして抵抗虚しく暴れる兵士を自身の顔まで掲げると、その妖艶な青い唇が耳元まで裂け広がり乱杭歯を覗かせ────

 

 

 頭から半身を丸ごと喰らった。

 

 

「貴様────」

 

 バリボリと肉と骨を咀嚼し全身を返り血で染め上げる人面妖鳥の異形のアラガミを睨み据えつつ逆手の神機に力を込め、ゴウはアクセルトリガーを発動する。

 

 前菜の食事を終えたイェン・ツィーが次なるメインディナーのメニューを迎え入れるため、両翼を拡げ伸ばし甲高く高々と鳴いた。

 

 蠱惑の妖婦の周囲から強力なオラクル偏食場が発生する。

 

 忠実なる下僕チョウワンの大群が山と出現し、瞬く間に場を占領し埋め尽くし雪崩れかかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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 其処は研究所だろうか。

 

 広大な区画に所狭しと様々な用途不明な機材が設置されて低い駆動音を立てて稼働している。

 

 チューブやパイプなどが複雑に入り乱れ、それらは端々にある透明な円筒状の物体に繋がれていた。

 

 ゴポッと透き通る巨大な容器に満たされた緑色の液体に気泡が泡立つ。

 

 それは生き物、なのだろうか。何らかの幼体のようにも見えなくもない判別し難い"モノ"が液体に浸され、静かにユラユラと浮かんでいる。

 

 そのような容器が等間隔で幾つも並んでおり、中に同じような奇妙な形の生命体が標本のように陳列されていた。

 

「…………やはり素体そのものは非常に脆い。オラクル細胞が不安定過ぎるのだ。そして培養育成に時間がかかる。しかし、それらを差し引いても余りある可能性がある能力値を示している」

 

 白い軍服のサーコートを纏う壮年の男が並ぶ培養液ケースに浮かぶ生物を観察している。

 

「君の技術力は実に素晴らしい。我ら組織に正式に迎れるべきと判断するよ。犬飼フユヒコ博士」

 

「は、はははいっ! こ、光栄でありますっ! フェンリル崩壊後、台頭を現し瞬く間に企業を席巻した手腕、尊敬に値しますっ! 流石、人類生化学大企業『エキドナ』代表者、ギデオン・ヴォルフ氏っ! 貴方にこうして成果を認められた事を私は誇りに思いますっ!!」

 

 背後に控えるメガネに白衣の痩せた男が、吃りながらも背筋を伸ばして敬礼する。

 

「フッ……何故、君ほどの優秀な科学者を周囲は認めないのか。甚だ疑問に思うな。ヒト型アラガミ研究第一人者であるというのに」

 

 サーコートの男、ギデオンが犬飼を褒め囃す。

 

「あ、ああああありがとうございますうぅっ! 苦節20数年、アラガミ研究に捧げた我が人生…………それをグレイプニルの連中は私を認めようとせず、愚かにも何度も更迭する鬼畜の仕打ちっ! 口惜しい……っ! しかし、そんな私をこうして『エキドナ』は救ってくれた…………っ! おお……主よっ、感謝しますっ!!」

 

 犬飼が涙を流し感極まり手を合わせ天を仰ぎ見る。

 

「…………それにしても『侵食融合オラクル細胞』か。既存のオラクル細胞を望むままに変異させアラガミを御する力…………見事な発想だよ。犬飼博士、君は紛れもない天才だ。歴史に名を刻まれるだろう。世界を救う稀代の英雄として」

 

 培養ケースに浮かぶアラガミの幼体を感心して見やるギデオン。

 

「ははあっ! 身に余る光栄、お褒め頂き恐悦至極っ! 感謝感激でありますっ! しかしまだ完成したわけではありませんっ! 研究途中で訳の分からない狼藉者に研究データを盗まれ、完全では無いのですっ! まだ実験データが足りませんっ! 今暫くお待ち下さいっ! 必ずやご満足頂ける成果をっ!」

 

 犬飼が身を正し、進言する。

 

「そうか。ならば待とうか。世界はアラガミによる支配から脱するべきだ。地球意思など害悪に過ぎない。人は人の手で星の支配権を取り戻すのだ。決してアラガミなどではない…………勝利するのは私たち人間だ」

 

 ギデオンが緑色の液体に浸かり揺蕩う生き物を眺め語る。

 

「かの世界を変革に導いた救世フェンリルは最早、烏合の衆の寄せ集めだ。彼らではない。それを為すのは我ら『エキドナ』である」

 

 冷徹な瞳ですべてを見定め、見透かすように。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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20 割れた鏡

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 切り刻め 切り刻め 太古の悪が呼んでいる

 

 捧げるんだ お前の神に 血まみれの生贄を

 

 魔女を吊るせ 魔女を吊るせ お前の隣に魔女がいる

 

 串刺しにしろ 腹をかっ捌け 聖なる父の名の許に

 

 

 

 

 

 

 

 

 

TEPES 『魔女の鉄槌』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 骨まで沁みる冷たい冷気が漂う。

 

 剥き出しの綻びたボロボロのコンクリート打ちの壁。

 

 窓も無く薄暗く薄汚れた、かつて見慣れた景色。

 

 そこは…………囚牢。

 

 かつて己自身が囚われていた、絶望と諦観の檻。

 

 オレは厚く積もった埃を踏み締め、目の前の錆び付いた鉄格子に歩み寄る。

 

 この檻には憶えがある。

 

 オレが昔、何処かのミナトに捕われてゴッドイーター、AGEとなった始まりと終わりの場所。

 

 しかし、格子の向こうは真っ暗な闇がどんより降り、まったく見えない。

 

 突然に鉄格子の向こう側の闇から勢いよく巨大な鉤爪が突き出され格子に叩き付けられた。

 

『…………モットコッチニ来イ…………忌々シイ檻ダ…………コレサエ無ケレバ、オマエヲ引キ裂キ喰ラエタモノヲ…………』

 

 地の底から響くような声を発して鉄格子の奥、ドス黒い渦巻く暗闇に爛々と紫紅の篝火を眼に燈らせた異形の竜が顔をヌウゥンと覗かせる。

 

 ジャラリ、ジャラリと何本もの太い鎖で身体を縛められた蒼黒の巨軀の魔竜が雁字搦めに繋がれていた。

 

 知っている。

 

 オレはコイツを知っている。

 

 このバケモノは灰煉種アラガミ、ティラニ・ハンニバルだ。

 

『…………バケモノ、カ…………マルデ他人ゴトのヨウナ言いヨウダナ…………オレハ、オマエガ望ンダ"姿"ダトイウノニ…………鏡ヲ見タコトガ無イノカ…………?』

 

 呆れたように鎖に繋がれたアラガミに言われ、オレは自身の手をふと見る。

 

 褐色の華奢な腕。まるで女の子のように細い。

 

 女の子? 

 

 次に目に入ったのは、自身の膨らんだ大きな胸元。

 

 何だ、コレは? 

 

 なんでオレにこんなモノが…………? 

 

 身体を隈なく見渡す。括れた腰。肉付きのいい丸い尻。スラリとした脚。

 

 オレは女だったのか? いや、男だったはずなのに…………

 

「そんなことも忘れちまったのか。あんだけ時間掛けて作った力作アバターだってのによ」

 

 いつの間にか鉄格子の向こう側には竜型のアラガミの姿は無く、影が寄り合い形を結び姿を変えた。

 

 それは鎖に繋がれた少女となり、皮肉げに此方を見てくる。

 

 頭に角を生やし、両の手に鋭い獣のような爪を持ち、腰から長い尾先を伸ばす蒼黒い結晶体の鱗の異形の少女。

 

 知っている。

 

 オレはこの少女を知っている。

 

 姿形、声も、よく知っている。

 

 何故ならば、それはオレ自身だから。

 

「そうだ。オレはオマエだ。オマエが生まれた時からずっと一緒だった。眠る時も、飯を食う時も、獲物を狩る時も、オレはオマエとともにあったんだぜ」

 

 人頭竜尾の少女が鎖に繋がれた腕をジャラリと鳴らしてニヤリと嗤う。

 

 アラガミがヒトの姿形を為したような、それでいて少女の儚き可憐さ、女の妖しい魅力さを恐ろしくも美しく取り込んだ風貌。

 

 それは、ヒトなのか、アラガミなのか。

 

「おいおい、物分かりの悪りぃヤロウだなぁ、まだ自分がヒトだと思ってんのか? よ〜く自分を見てみろよ」

 

 異形の少女が顎をしゃくり促す。

 

 オレは再び自身の手を見た。

 

 剃刀のように鋭利な鉤爪の指先。

 

 頭に触れると、そこからネジくれた尖った角先が。

 

 身体中に蒼く黒光りする鱗が覆い、尻から長く蛇腹の尻尾が生えており、自分の意思で左右にユラユラと動く。

 

 眼の前の格子の向かいに鎖で縛られた少女と同じ姿。

 

 コレは…………アラガミ? 

 

 オレはアラガミだったのか? 違う、オレはニンゲンだ。ゴッドイーター、AGEだ。決してアラガミなんかじゃ…………待てよ、ゴッドイーター? それはゲームの中での話のはずだ。

 

 そうだ、オレはゲームをしていた。

 

 アラガミというバケモノを狩り、世紀末の世界を救うゲームを。

 

 そこでオレは主人公のアバターを作成し────

 

「気が付いたら、あら、不思議。なーんでかゲームの世界に入り込んでたんだなぁ、コレが。しかも赤ん坊からのやり直しでな」

 

 異形の少女が代弁するように話す。

 

 そうだ。そこでオレはゴッドイーターの両親に育てられた。

 

 オレも両親のように人機使いになってアラガミを倒して────

 

「だけどもギッチョン、ゲームの中のくせにやたら過酷だ。その日何とか食う暮らしは現代人にはハード過ぎんよ。戦争中かよ。まあ、ある意味アラガミとの戦争だかんな。んで、ある日親父もお袋もアラガミに喰われて死んじまった。オレたちも、あーもう終わり、ゲームオーバー、だと思ったら」

 

 そう、オレは助けられた。ゴッドイーターに、AGEに。

 

 そしてオレは何処かのミナトに連れられ、神機の適合資格を得てゴッドイーター、AGEとなった。

 

「まるでゲームの中みたいな展開だ。AGEにもなれた。コレで主人公として超強くなって、超活躍して、超無双して、超オレつえぇ〜〜〜! 出来るっ! と思ったんだよなぁ、だが、しかしッ」

 

 待っていたのは地獄だった。

 

 拘束され自由を制限されて、強制的にアラガミと戦闘させられた。

 

 拾い集めた物資はすべて奪われて、傷を癒す薬も食事も碌に与えて貰えなかった。

 

 そしてオレは女だった。

 

 だからオレは看守の男どもに────

 

「あぁ〜、アレはキツかったよな。毎日毎日飽きもせずによ。アラガミブチコロがして戻ったら毎回即レイプだからな。なんの遠慮もなく突っ込んで腹ん中に汚ねえ汁さんざっぱら吐き出しやがって、どいつもこいつも。寝る暇も無かったわ。ありゃ孕まなかったのは偏食因子のおかげだわな」

 

 まだ幼かったオレを殴り蹴り組み敷いて、嫌がる身体を押し倒し無理やり何度も…………他に連れて来られた女も同じ目に遭っていた。

 

 最悪なのは他のAGEの男も強制参加させられたことも幾度もあった。余興なのか、看守の気紛れなのか、ご褒美のつもりか。

 

 オレに謝りながらも夢中で腰を振って欲望の滾りを吐き出していた仲間の男たち。

 

 月日が経つに伴れ、オレはもう諦めようかと何度も考えた。日々の陵辱に耐え切れず狂った仲間の女がアラガミに特攻して自殺したから、余計にオレは男どもの獣欲の捌け口にされた。

 

 だけどもオレは耐えた。必死になって耐えた。身体も徹底的に鍛えた。逆に男どもに媚を売り待遇をより良いものにした。

 

 看守たちもより洗練されて美しく逞しく成長したオレの身体に固執し、仲間のAGEの男たちからも贔屓された。

 

 チャンスは必ず来る。

 

 オレは思った。ペニーウォートのミナトでも無く主人公でも無い。だがオレは知っているから。

 

 来たるべき時をひたすら待った。

 

「ああ、待ったよな。積極的にオスどもに擦り寄って、跨って、腰振って、悦ぶ演技しながら、仕方なく、随分と。気持ち悪りぃったらありゃしない。んで、ようやく────」

 

 

 来た。

 

 その時が。

 

 灰嵐だ。

 

 すべてを呑み込み灰塵と化す暴走する破壊の偏食場。

 

 抗う術など皆無に等しい現象に喚き立つミナトの連中。

 

 行為の真っ最中、ベッドの上でオレに乗しかかる看守長の豚男を縊り殺して拘束を解く鍵と武器を奪った。

 

 そうして灰嵐が迫り、危機的状況に混乱する看守どもを片っ端から殺した。

 

「うんうん。アレは久々にスカッとした。ヤツらをひとり残らず逃さずブチコロしてやったからな。必死こいて這いつくばって命乞いまでしてきて、今思い出しても、ククッ……笑えたなぁ」

 

 愛用の神機を確保するも、時間が無く最小限の物資しか持ち出せず、灰嵐から逃げるためミナトから脱出した。

 

 灰域に逃れたオレはアラガミを狩りつつ過ごすが、大型灰域種とやむなく戦闘、負傷し瀕死となってしまう。

 

「あのウザいヤツ、しつこくオレたちを狙ってきやがって。しかも分身しやがる厄介なヤロウだったな」

 

 薄れる意識の最中、オレは強くなりたいと思った。

 

 何ものよりも強く有りたかった。人は弱く脆い。だったら人間よりも強靭な生物の方がいい。

 

 壊れた神機を抱き締め、オレは願った────

 

「────そうだ。誰にも負けない、何ものにも決して屈しない超越無比な支配者に。ヒトよりもケモノよりも遥かに優れた最強の狩人に─────」

 

 檻の中で鎖に繋がれた少女の瞳が妖しい輝きを宿し明滅する。

 

 揺らめく闇。

 

 錆び付いた鉄の格子の間から這い寄り溢れ出す。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

       声を聴いた。

 

 

 

 

   嘆きを。

 

 

 

 

                 痛みを。

 

 

 

  怒りを。

 

 

 

         哀しみを。

 

 

 

                    苦しみを。

 

 

 

 

 

     幾星霜の黎明を紡ぐ慈悲を。

 

 

 

 

 

     幽玄の黄昏を綴る怨嗟を。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 それは呼ぶ。

 

 

 それは謳う。

 

 

 それは叫び。母なる星の意志。

 

 

 

 

 

 

 地球という実りある果実に巣食う害蟲"ヒト"を滅せ、よと。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  ────スベテヲ喰ライ尽クセ─────

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 オレは────

 

 

 

 

 

 

 

「オレたちは────」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 アラガミになった────

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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21 奥底に眠るもの

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 過去は幻影としての刺激を保ちながら、

 

 その生命の光と動きを取り戻して現在となる。

 

 

 

 

 

 

シャルル・ボオドレエル

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 …………ル…………ベル…………

 

 

 呼んでいる。

 

 乳白色に霞む霧の向こう岸から、誰かを呼ぶ声かする。

 

 …………ベル…………

 

 その名は、誰のものか。

 

 流れ過ぎる霞の中、けぶって消えては現れる人影。

 

 影の形はニンゲンの男。

 

 微睡う虚つの森の深い霧の中から呼びかける。

 

 …………ベル…………

 

 誰を呼んでいるのか。

 

 だが、その名を聴くと不思議と冷たい胸の内側がほんのり暖かくなる。

 

 何故だろう。心地よい。

 

 誰が呼んでいるのか。

 

 霧の向こうにいるその人物が手を差し出している。

 

 オレは呼びかけに導かれるまま、その手を─────

 

 

 

「…………ベル。目を覚ましたか?」

 

 

 重い目蓋を薄く開き、自身のすぐ真横で囁く声を耳にする。

 

 パチパチと焚き木の火の粉が緩やかに跳ね、朱くぼんやりと男の思慮深い顔立ちを静かに照らす。

 

 滲み汚れ所々ほつれたローブを被り、互いに身を寄せ合い蹲る男と少女が暖を取っている。

 

 朽ち果てた、かつて大きな街が在ったろう名残りの残骸と化した廃虚の片隅。

 

 夜明けまでまだ少し時間があり、辺りは薄暗い。

 

「…………うなされていたようだが、大丈夫か?」

 

 心配そうに眉間に十字傷のある男は胸元に身を預ける華奢な、しかし人の外観とあまりに異なる姿の少女を見つめる。

 

「…………大丈夫。心配してくれてありがとう、ヴェルナー」

 

 浅い眠りの夢向こうから戻った少女は、ヒトというよりも人類の天敵である驚異の生物、アラガミのそれに姿は近い。

 

 燈る焚き木の灯りが少女の紫赤の瞳に映る。

 

 朱く燃え燻る炎が揺らめくのを眺める。

 

 また、あの夢を観た。

 

 檻の中で囚われの異形の少女と対峙する同じ夢。

 

 何か話をしているのだが、いつも目覚めるとほとんどうろ覚えでしかない。

 

 懐かしい感慨、ずっと遠くに忘れていた久しさを感じる。

 

 それが夢を見るたびに段々とはっきり鮮明になってくるのだ。

 

 でも不安で仕方がない。

 

 いつかあの少女は檻の中から解放される。

 

 そうしたらどうなってしまうのだろうか。

 

 自分が自分でなくなってしまうような…………。

 

 時折り湧き上がる制御し難い、すべてを破壊してしまいたい荒ぶる感情。

 

 ありとあらゆるモノを捕食し、喰らい尽くしたくなる貪欲なまでの飢餓感。

 

 それらに身も心も完全に委ねてしまうかもしれない…………

 

 そんな気がしてならない。

 

 だからオレは暗澹たる感傷を紛らわすため、ヴェルナーの懐に潜り込み密着する。

 

 ヴェルナーは困ったように少し苦笑いしつつ、猫みたいに擦り寄るオレを引き寄せ優しく抱きしめてくれる。

 

 暖かい。

 

 こうすると、凄く安心する。

 

 ヴェルナーが側にいてくれる。

 

 それだけで自分は────

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ******

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 胸の中の少女が身動ぎ、私に身を寄せて来る。

 

 腕を回し懐により抱き寄せると、先程苦しげだった表情は安堵と安らぎさを取り戻したようだ。

 

 また悪夢を垣間見たらしい。

 

 ベル、彼女はここ最近特に多く、魘されている。

 

 本人は、あまり夢の内容は憶えていないようだが。

 

 食事も吐いてしまうことが多い。恐らく人を食らってしまったことを察しているのかもしれない。だが、彼女の耐え忍び、訴えるような痛切な哀しみの眼差しが私の心を掻き立てて憚らない。

 

 そんな彼女を前にし、私は、己は、何を為すべきか。

 

 彼女の安らかな寝息、息遣いを肌に感じる。

 

 女神のような美しさと凛々しさ、それでいて子供のように無邪気で、年相応の女性らしさを併せ持つ。

 

 反面、痛々しくもあるアラガミのような禍々しい威姿。

 

 その矛盾が私を畏怖させるよりも先にまず当惑させ、焦燥感を募らせる。

 

 ベルの、彼女の不安定さを察する、彼女の中に眠る闇…………。

 

 それは以前に遭遇した金色のヴァジュラやバルファ・マータとの戦いにて現れた、()()()()()の彼女。

 

 圧倒的な力と比類なき理不尽さ、争い違い厄災を体現したかのような暴虐無人な少女。

 

 彼女が、もうひとりのベル…………。

 

 彼女たちが何故アラガミとして誕生したのか、彼女たちが何故アラガミにならなければいけなかったのか…………。

 

 何故、これほど過酷な運命を背負わざらならないのか。

 

 その意味する理由は、何なのか。

 

 そもそも私は彼女の何を知っているというのだ。そんな今の私には窺い知る術はわからない。

 

 それでも、この胸の中で抱く儚く朧げな少女を私は─────

 

 遠く瓦礫に埋もれた廃虚の地平線の彼方から暁の兆しが差した。

 

「…………夜明けか」

 

 私の言葉は、きっと一時(いっとき)の慰めにしかならないだろう。

 

 互いに身体を繋げたとしても同じ、うしろめたさだけに囚われてしまうだけだ。

 

 まるで大切な約束を破ってしまうような罪悪感に。

 

 私は微睡む彼女を抱いて、片方の五指を広げた掌を昂る太陽に差し出した。

 

 朱く染める陽の光。

 

 私たちはかつて存在したという、今もあるかは判らないが、フェンリルの研究所施設を目指し向かっている。

 

 何らかの解決の糸口になればいいのだが。

 

 

 

 視えない問いかけの答えを求めて…………。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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22 不穏

 

 

 

 

 時は生命をくらい、

 

 この見えざる仇敵はわれらの心を蝕みて、

 

 とくとくと生血をすすり肥りはびこる。

 

 

 

 

 

 

             シャルル・ボォドレール

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ダスティミラーの書斎室。

 

 隻眼白髪の青年が机上の書類を手に持ち、思案顔で眺める。

 

「大量のアラガミ素材の流れ…………買い取っているのはフェンリルの後釜と謳われる生化学企業…………」

 

 書類を机に置くアイン。

 

「…………エキドナ、か」

 

 調査報告書によれば、生化学企業の名通り、様々な医薬品、神機関連開発に従事している新進気鋭の民間会社だ。

 

 かつてのフェンリルの子会社として影を潜めていたが、フェンリルが崩壊したことにより日の目を浴びた。

 

 企業代表者のギデオン・ヴォルフ氏は、利益度外視で民間に貢献する人格者であり、AGEの雇用活用としてまだ若い者たちの斡旋、ゴッドイーターの待遇改善を全面的に支持している、という。

 

 だが、と、アインは訝しむ。

 

 あのオーディン計画を発案、推奨していたのは、エキドナだという噂もあるからだ。

 

 そして、この売買される大量のアラガミ素材の行方も気になる。

 

 何かしら引っかかるものが────

 

「アインさん、ミナト建設の視察の時間がもうすぐとなります」

 

 内線から事務担当員の声がかかる。

 

「ああ。そんな時間か。すぐ準備をする」

 

 アインは思考を切り替え、支度に取り掛かった。

 

 

 

 

 

 

 

 ******

 

 

 

 

 

「あんたら、あの険しい灰域を抜けてきたのかい? いやぁ、たいしたもんだな、流石AGEってわけかい」

 

 プレハブの建物が並ぶ人々が行き交うミナトの往来。

 

 ミナトといっても高い外壁が外周を囲むそれほど大きくない集落であり、まだまだ建設途中で作業員たちが忙しなく工事をしている。

 

「ああ。問題ない。それよりもここのミナトは最近作られたばかりなのか?」

 

 外套を頭まですっぽり被った旅人風の二人の人物と市場のフリーマーケットが設けられた場所で街人と会話している。

 

 街人は顔を隠す様に佇む二人を特に訝しむことなく明るい口調で話しかける。

 

 片方はいかつい男のゴッドイーター、後ろには少女だろう華奢な神機使いが控えている。

 

 このご時世、商売をやっていればスネに傷を持つ怪しい輩などごまんと見かける。いちいち詮索していはやってられないものだ。

 

 この神機使いたちも同じだろう。AGEならば、ことさら訳ありなのは理解出来る。

 

「前は小さなサテライト拠点の集まりだったんだが、最近ミナトになったんだ。そんなことより、あんたら神機使いならアラガミの素材たくさんあるんだろう? ウチが高く買い取るからどうだい?」

 

 商人の男が思考を切り替えて、さっさと商売の話に変える。

 

「…………そうだな。幾らか買ってもらうか。それと聞きたいんだが、ここ辺りに投棄されたフェンリルの施設があるらしいんだが…………」

 

「ああ、そんな話があるな。ここよりもずっと北に廃棄された昔の研究所があるとかなんとか。ただ、今はもうアラガミの巣になってるらしくて誰も近づけないようだなあ。しかも、アラガミだけじゃなくてゴッドイーターの『亡霊』まで出るらしいって噂だぜ。何だ、あんたら。そんなヤバイ所に行くつもりかい?」

 

「…………いや、手付かずの施設なら物資があると思っただけだ。なるほど、アラガミと亡霊の住処か…………おそらくはそこに何かしら手掛かりが…………ベル?」

 

 後ろにいる少女の反応に気付いたヴェルナーが見やる。

 

「…………ニンゲン…………いっぱい…………美味しそう…………」

 

 ギラギラした紅い淀んだ眼差しの瞳で市場の人間を舐めるように見ているベル。

 

 …………やはり人が多い場所はよくない。

 

 特に最近はアラガミの影響化が彼女に強く出てきている。

 

 早々にこのミナトから立ち去った方がいいだろう。

 

「…………また今度にしよう。急ぎの用が出来た…………行こう、ベル」

 

 そう言ってヴェルナーはヴェルを促し、市場から足早に立ち去る。

 

 背後から、冷やかしかよ、と愚痴る商人の声が聞こえてくる。

 

 周りの人間を避けるようにヴェルナーたちはミナトの外へと通じる外壁の門道へと歩みを進めていく。

 

 

 

 

 

 

 

 ******

 

 

 

 

 

「こちら側の対アラガミ防壁は柔軟性さを増して防御力を高めてある。アラガミごとに働きかける汎用レトロオラクル細胞が防殻結束を強固にしているためだ」

 

 外壁の作業員たちに指示を出して説明している白髪の長髪の青年がいた。

 

 片目に傷を持つ隻眼、赤い片腕輪は第一世代の神機使いであることが判る。

 

「ダスティミラーの援助のおかげで、このミナトも益々栄えある拠点になりそうです。本当にありがとうございます、アインさん」

 

 このミナトの外壁工事の責任者であろう中年の男性が嬉しそうに礼を述べる。

 

「オレは特に何もしていない。この街の人々が自分たちの力でミナトを発展させている。ダスティミラーは少しだけ手を貸しただけだ」

 

 アインは頭を振り、これまでもう散々聴いてきた賛辞を受け流す。

 

「ん? …………何だ? この妙な気配は…………」

 

 アインがふと、胸のうちにザワつくナニカに気付き、街道に視線を移す。

 

 眼に映るは、往き交うごく普通の人々。

 

 アラガミ討伐の帰り、これから向かう神機使いたちも混ざっている珍しくもないありふれた光景。

 

 その人並みの中に気になる神機使い二人組を見定めた。

 

 両の腕輪、AGEだ。特に片側にいる少女と思わしき人物に。

 

 己れの中にいるもうひとりの自分が強く、とても強く騒ぎ反応する。

 

 それは警告するように心の内にさざめく。

 

「…………すまない。急用が出来た。説明した通りに作業を続けてくれ」

 

 アインはそう言い残し、その場を後にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ******

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ここまで来れば大丈夫だろう。気分はどうだ? ベル」

 

「うぅ…………たくさんニンゲンの匂い、鼻がおかしくなりそう…………」

 

 ミナトの門外にある資材の影に身を潜める二人。

 

 鼻をムズムズさせるベルと周囲に人がいないことを確認するヴェルナー。

 

 なるべく必要な物資を調達したかったが、彼女の様子からあまり長居は出来ない。

 

 然るべき準備をして北にあるという施設跡に向かうべきだ。

 

 

「何が大丈夫なんだ? 具合が悪いならオレがみてやろう」

 

 

 その時、ヴェルナーたちの背後から声をかけてくる者があった。

 

「なっ……!?」

 

 慌てて振り返るヴェルナー。

 

 気配はしなかった。だがそこに佇んでいる何者か。

 

「オレの名はアイン。これでもオレは研究者の端くれなんでな。医者の真似事なら出来る」

 

 そう言った男。風貌は白のコートを羽織り、片目に傷がある隻眼に長い白髪を後ろに束ねている青年。

 

 赤いひとつ型の腕輪を嵌めていることから第一世代のゴッドイーターであろうことが判る。

 

 しかしながら、醸し出す雰囲気は常人の神機使いの比ではない。

 

 ヴェルナーは瞬時にこの男が何者か理解した。

 

 新進気鋭の強豪ミナト、ダスティミラーをその類稀なる手腕で束ねる若き代表。

 

 アイン。しかしその正体は、おそらく…………

 

 …………マズい。よりにもよってとんでもない大物と出会した。

 

 ヴェルナーはフードを深く被り、顔を見られないように伏せる。

 

 お互いに直接面識自体はないが、互いにある意味有名人。特に自分は顔が知れている。

 

「…………警戒せずとも、とは無理があるか。だが、お前の後ろにいる少女は大丈夫とは言えない様子だが?」

 

 アインの言葉にハッとなり、控える少女を見やる。

 

 虚ろな瞳で、ぼうっと左右にゆらゆら揺らぐ幽鬼のようなベル。

 

 先程までの容態とは、明らかに異なる。

 

 その様子に隻眼を細めるアイン。

 

「…………だいぶ濃く混ざっているな。アラガミとの境界線は優に超えているようだ。元には戻れる確率は低いだろう。いつ何時暴走するか知れない危険な状態だ」

 

「解っている…………彼女の意志が自身を抑えているのだ。だが、それももう長くはないのかもしれない…………」

 

 苦虫を嚙み潰したように苦悶の表情のヴェルナー。

 

「…………そうか。昔、その少女のようにアラガミと成り果てたひとりの男をオレは知っている。少なくとも完全なアラガミ化は最終的には防いだわけだが…………あれは奇跡としか言いようがないが…………」

 

「彼女はアラガミではない。────歴とした、人間だ」

 

 ヴェルナーが言葉を遮り、強く言い放つ。

 

「今のところ、は、だろ?」

 

 アインもヴェルナーの言葉に重ねて言う。

 

「まだ間に合う。オレが世話になっている船に少し、いや、だいぶ変わったヤツがいる。ソイツなら何とか出来るかもしれない」

 

 アインがこちらに手を差し出す。

 

「………………」

 

 ヴェルナーは考える。

 

 このまま、あるかわからない彼女を元に戻す方法を求めて廃棄施設に向かうか。

 

 それとも、この男、アインを信用して身を預けるか。

 

 時間は待ってはくれない。

 

 こうしている間にも刻一刻と彼女のアラガミ化が進んでいる。

 

「その話を詳しく────」

 

ヴェルナーが差し出された手を掴もうとした時────

 

「………アラガミが、いる………ヒトと交じった………危険な特別な、アラガミが………目の前に………狩らないと………カラ、ナ、イト」

 

 揺らいでいた少女の瞳が大きく見開き、血のように真っ赤に染まった。

 

 

 

 

 

 

 

 



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23 終わりなき侵食

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 開け放たれた窓を外から見る者は、

 

 閉ざされた窓を透かして見る者と決して同じほど多くのものを見ない。

 

 

 

 

 

 

 

シャルル・ボードレール

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 赤い瞳を蘭々と光放つ異形の少女が纏っていた外套を脱ぎ捨て、露わになる外観。

 

 美しかった顔半分はヒビ割れ、側頭部に捻れた角先、身体の半身至る箇所に鱗のように歪に覆う結晶、腰から蛇腹状の長い尻尾が揺らぐ。

 

 その姿は明らかに尋常ではない風体。その華奢な右腕がメキメキと嫌な音を立てて変化する。

 

 それは禍々しい色合い持った巨大なかつては彼女が使用していただろう神機だった大鎌と形を成した。

 

 少女は大鎌、ヴァリアントサイズのなれ果てを大きく振りかぶり降ろす。

 

 目の前の隻眼の白髪の青年目掛け─────

 

 鋭く堅い金属音が響いた。

 

「神機を持ってきて正解だったな」

 

 隻眼の白髪の青年、アインは羽のように真っ白な大剣イーブルワンを構えて振り抜かれた大鎌を防いでいた。

 

 ギャリンギャリギャリギャリッッッ

 

 武器と武器が噛み合い鍔迫り合い、金切る音が鳴る。

 

 血のような赤瞳を見開き牙を剥き出し受け止められた大剣に、よりいっそう力を入れて大鎌を押し込む少女。

 

 なんて力だ。並みの神機使いの比ではない。眉を顰めるアイン。

 

「やめるんだッ! べルッ!!戦ってはいけないッッッ!!!」

 

 眉間に十字傷があるローブの男が必死に少女に訴えかけるが、聴こえていないのか、反応はない。

 

「ウガアアアアッッッアラガミッッッ倒スッッッ」

 

 獣のような声を吼え上げ少女は大鎌を無理矢理に横薙ぎに払い抜き、大剣を弾き返し、再び斬り掛かってくる。

 

 素早くアインは大剣の峰を返して襲いくる大鎌の刃に歯先を合わせ、迎え打ち、払い除ける。

 

 神機の甲高い金属が幾つも反響し、打ち合う斬撃の応酬。

 

 散らばるスクラップを無造作に破壊しながら迫る少女をアインは巧みに捌き攻撃を躱す。

 

 少女が振り回す大鎌に電光が迸り、無数のスパークが弾ける。

 

 野生の猛獣さながらの蛮乱な動き、だが、神機使いとしての洗練された戦闘スタイル。時折りフェイントを織り混ぜ、蠍のような鋭く尖った尾先で攻撃してくる。

 

 アインの大剣に赤い閃光が宿り、刃と刃が重なり激しく火花を散らす。

 

 払い、薙ぎ、打ち、少女の一挙手一動を冷静に伺い隙を逃さず対処する。アインは眼前の切り結ぶ少女を見定める。

 

 手合わせして解る。このアラガミ化が進行した少女の力は侮れない。だとして力ずくで捩じ伏せるには、自分も本気を出さねばならない。そうなればお互いに無事では済まないのは明白だ。

 

 一進一退の攻防に両者とも攻めあぐねている。ヴェルナーは歯噛みする。こんな事態になるとは思わなかった。自分が思っていた以上に彼女のアラガミ化が進んでいた。

 

 前に戦ったプリティヴマータの変異種、あの時アラガミの人格が現れてからだ。彼女の内側のアラガミとしての本能の活性化が著しい。

 

 何だ何だと異変に気付いた人々が周囲に集まり出す。遠巻きに、恐れながらも興味深けに様子を伺っている。

 

 街の直ぐ側だ。ここで闘うのは危険すぎる。

 

 防衛隊の神機使いたちも戸惑いを隠せない。ミナトの有力者であり融資者のアインが戦っているのをどうすればいいかと見守るしかない。

 

「た、大変だッ! アラガミの群れがッ!!」

 

 突然始まったゴッドイーター同士の闘いに野次馬化していた一部の人々が叫んだ。

 

 街の遠方から粉煙を撒いてアラガミの大群が押し寄せてくるのが見えた。

 

 にわかにざわつき始める人々。

 

 チッ、こんな時に。

 

 レトロオラクル細胞を使用した対アラガミ防壁はまだこの街の外壁周囲に工事中であり、すべては行き渡っていない。

 

 だが、アラガミの大群は街を逸れて過ぎ去っていく。まるで此方にはいっさい関心を示すことなく。

 

 どういうことだ……? 

 

 ふと、手先の神機の重みが軽くなったのを感じ視線を戻すと、異形の少女は立ちすくみアラガミたちが去った方角をジッと見ている。

 

「呼んでル……」

 

「……何だと?」

 

 誰ともなく呟いた少女の身体に雷のエネルギーが纏う。バリバリと放電を発生し、背中に翼を作り出す。

 

 そして翼をはためかせ、少女は宙に飛び上がりアラガミたちが去った方角へと飛翔していった。

 

「べルッ!? 何処に行くんだッッッ!! 待てッ!おいッッッ!!!」

 

 いきなりの少女の奇行にヴェルナーは戸惑いつつも外套を翻し、その姿を跳躍しダイブして追う。

 

 後には破壊されたスクラップの残骸が転がりあるだけで、周囲の観衆は一連の流れにポカンとするしかなかった。

 

 アインは大剣を肩に担ぎ、ふぅと息を吐く。

 

 先程のアラガミの群れが向かった場所が気になっていた。

 

 その後を追うように飛び去った少女も。

 

 何か嫌な予感がする。

 

 自身の中の荒ぶる神が囁きかける。

 

 数ヶ月前に起きたヤマタノオロチ襲来に続き、謎のアラガミ軍団によるフェンリル、現在はグレイプニル本部の襲撃。それは正体不明の何者かたちによるものだったが、とある人物? の活躍により事なきを得ている。

 

 そいつも大概に規格外だったが、あの少女も同等の力が有ると感じた。

 

「また面倒なことが起きそうだな……」

 

 アインは少女と連れの男が去った灰色の空を隻眼を細め、眺めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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24 血の導き

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

   わたしは狂気の翼に風を感じずにはいられない。

 

 

 

 

 

 

 

シャルル・ボードレール

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「くっくっくっ、ぞろぞろと集まってきたな。下等なアラガミどもめ」

 

 白衣の痩せた顔色が悪いメガネの中年男がモニタールームにて画面を観ながら口端を不敵に曲げ、ニヤける。

 

「アラガミ大多数確認。四方より接近中。試験対象に接敵開始します」

 

「小型種、中型種、大型種、灰域種確認。試験対象から発せられた感応反応により誘導に成功」

 

 数名の同じように白衣の者たちが忙しなくコンソールのキーボードを操作し作業する此処は何処かの研究施設か。

 

 何台も映し出されたモニターの画面内。周囲から様々な種類のアラガミたちが何処かに向かって同じ方向に狂ったように走行を繰り返す。

 

 そのアラガミたちが駆け向かう中心部に、一際巨大な、あまりにも巨大な人型らしき物体をした異質な何かが鎮座していた。

 

 神話のケンタウロスさながら人間味ある上半身に全身から鋭く伸ばす棘の装甲を生やしたそれは複眼をギョロギョロ動かし、四足獣を彷彿とさせる下半身の大きな前脚を掲げて踏み出す。

 

 それはアラガミと言っていいのか。もはやテレビや映画に出てくる大怪獣と遜色ない巨体を震わし凄まじい咆哮を雄叫び放った。

 

「くっくっくっ、今まで採取した人工アラガミの実験データをもとに私のオラクル技術を組み合わせ、鹵獲したメギドオーディンを改修、改造したアラガミ殲滅兵器『ダムドオーディン』。従来のAGEによる効率の悪い搭乗制限など排除した完全自走自律型。頭脳が違うのだよ頭脳が。バケモノにはバケモノ、アラガミにはアラガミ。バケモノ同士仲良く潰し合えばいい。なんて単純明快、なんてエコロジーで、天才的発想。嗚呼、嗚呼、やはり私は天才だ」

 

 メガネの男、犬飼が意気揚々と早口で捲し立てる。

 

 アラガミの大群が件のダムドオーディン目掛け取り囲むように集結し出す。

 

 巨体をしならせ長い両腕を左右に広げるダムドオーディン。周囲の空間が歪み、黒い無数の槍の形を模した物体が円状に輪を描き幾つも周りに展開される。そしてそれらが自ら自由意志を持ったかのようにいっせいに高速でダムドオーディンを包囲するアラガミの大群に向かって射出された。

 

 黒い槍の絨毯爆撃。尽きる事なく縦横無尽に立て続け降り注ぐ槍の雨霰にアラガミ大多数が全身余すとこなく串刺しの憂き目に遭い淘汰されていく。

 

 小型中型大型問わず次々と貫かれ葬り去られる。

 

 まさに一方的な蹂躙。

 

「はははははははっ! 見ろっ見ろっ!! まるでアラガミどもがゴミのようだッッッ!!!」

 

 スタッフを押し退けて、モニターに齧り付き大興奮する犬飼。

 

 だがまだ他のアラガミが後から後から現れ槍の攻撃を掻い潜り迫る。

 

「ふんっ! 無駄だ無駄無駄っ! 雑魚が何匹集まろうと私の開発したダムドオーディンの敵ではないッッッ!!!」

 

「ダムドオーディンのオラクルパターン変化」

 

「ダムドオーディン活性化確認」

 

 モニターに映るダムドオーディンの複眼が妖しく輝きを帯びる。

 

 自分の半身を掻き抱くように両腕を組み構えて背を丸く屈めると、全身から黒い波動が揺らぎ発生し、凶々しいオーラが身体を包み込む。

 

 瞬間、凄まじいドス黒い衝撃の津波がダムドオーディンを中心にして解き放たれた。

 

 そのあまりの衝撃にモニターの画像がノイズに乱れ途切れ途切れになり、映らなくなる。

 

 しばらくのち、モニターが光り、画像が映り込み現場を映し出す。

 

 ダムドオーディンが何事もなく巨体を佇まわせている。

 

 その周囲にあれほど群れを成していたアラガミの大群の姿は見当たらず、影ひとつ無かった。

 

 

 ────────捕食されたのだ。

 

 

「素晴らしいッッッ!!! なんて破壊力だッッッ!!!」

 

 犬飼が眼を血走らせ唾を飛ばしてコンソールを思いきり台パンする。

 

「……アラガミを大量捕食し、自身の活動エネルギーを維持し、更なる活性化活動行動を半永久的に実現する……これならば忌々しく蔓延る灰域、いや、領域そのものを微塵も残さず駆逐すら……」

 

 そして考えこみブツブツと独り言を言い始める姿に周囲のスタッフが、またか、と迷惑がり呆れ返りつつ、作業に戻る。

 

「感応反応による第二波アラガミ群を感知……え……これは……ア、アラガミ反応の中にひとつだけ桁違いのオラクルパターンをキャッチッ! ダムドオーディンに接敵……速いッッッ」

 

 スタッフが叫び全員がモニターを見上げる。犬飼も怪訝な顔付きで後に続き見上げる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ******

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 超超超速で飛翔するそれは渾沌。

 

 強襲するそれは理不尽な暴虐の塊り。

 

 巨軀の全身を蒼と黒の鋭利な結晶の外骨格の鎧で纏う。

 

 飛来し振り上げた鉤爪を握り締め引き絞る拳が唸り、眼前の四足の巨大アラガミの顔面に深々と減り込み穿ち、殴り抜き放つ。

 

 半身がくの字に折れ曲がり、後方に勢いよく頭を仰け反らすダムドオーディン。

 

 その身の丈以上にバカでかい身体が大きな軋みを上げ、傾き、数歩後ろにタタラを踏んだ。

 

 宙に迅雷の翼を生やした蒼黒の巨大な竜。

 

 異形の鋭い牙が並んだ顎がゆっくり開かれ覗く。

 

 

『……テめェかァああ? オレ様を呼ンだノはァア』

 

 

 轟々と燃え盛る紫炎を宿す恐ろしげな瞳。

 

 ギラリと眼光が兇悪に照らされた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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25 我ラガ始祖

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 われらが心を占めるのは、われらが肉を苛むは、

 

 暗愚と、過誤と、罪と吝嗇───

 

 

 

 

悪の華 シャルル ボードレール

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ……ジャラ……ッ! ジャラン……ッ! 

 

「グゥウうううううッッッ」

 

 鎖に繋がれた少女が薄暗い牢屋の中で苦しげに四つん這いで呻めきを上げる。ヒビ割れた冷たいコンクリートの床や壁に無数の掻き傷の跡が痛ましく残る。

 

 それを格子越しに冷ややかな眼差しで見下ろす少女と瓜二つの少女。

 

「くく、まるで獣だなぁ。もうすぐ、もうすぐだ。もうすぐオレは解放される。いや、オレたちだったな。そう、オレたちは、このクソッタレな世界から本当の意味で自由を取り戻すんだ」

 

 少女は薄く嗤い、紅い唇から鋭い牙を覗かせる。

 

「ウガアアアアァァァッッッ!!!」

 

 這いつくばっていた少女が立ち上がり吠え、格子越しに見やる少女に向かって突進する。

 

 ガシャアアアアンンンッッッ

 

 乱杭歯で格子の柵にガジガジと噛み付き、獰猛な野獣の如く唸りを上げる少女。

 

「はははっ、焦るなよ。まだほんの少しだけ理性が残ってるみたいでなりよりだ。安心しな、独り占めなんてしやしない。喰らうときは一緒だ。オレたちは二人でひとつだからな。ああ、本当に愉しみだ。世界のすべてを喰らうその時が」

 

 少女は不気味な笑みを浮かべる。

 

「お前も聴こえてくるよな? 今もあの声が。この星の中心から囁やくあの忌々しい女の声が」

 

 アラガミとして産まれてからずっと頭の中で繰り返される甘く奏でる誰かの囁やき。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ───イトシキワガコドモタチ───

 

 

 

 

 

 ───ハハノネガイヲカナエヨ───

 

 

 

 

 

 ───コノホシノスベテヲ───

 

 

 

 

 

 ───クライツクセ───

 

 

 

 

 

 

「ああ、言われなくても食らってやるさ。なあ? オレたちをこんな目に合わせたこんな世界、一欠片も残さず喰らい尽くしてやろうぜ?」

 

 格子越しに少女が反対側の唸る少女に重なるように凶悪に嗤いかけた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ******

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『ウオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッッッ!!!』

 

 蒼黒の魔竜が雄叫びを谺す。

 

『ガアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッッッ!!!』

 

 人馬の巨獣が負けじと咆哮を返す。

 

 そして互いに拳を握り殴り始めた。

 

 防御もせずダメージを負うことも構わず、ガムシャラに滅多打ち。

 

「……む? なんだ、あのアラガミは……カリギュラ亜種か? ハンニバル亜種か? 灰煉種ティラニハンニバルに酷似しているが……灰域種なのは間違いないようだが……いや、まさか、あれが報告にあった謎の特異変異体なのか?」

 

 犬飼がコンソールを操作して画面にデータを映し出し、現れたアラガミと比較する。

 

「……やはり、な。実験場に出現した神出鬼没の大型アラガミ、私が造ったクローン体アラガミを倒した同個体か。丁度いい。数々のデータを元に創造した私の最高傑作『ダムドオーディン』の最終調整に相応しい相手だ。コイツも私の研究材料の一部にしてやろう」

 

 そう言って犬飼は気味悪く薄ら笑いモニター内の人竜アラガミを睨め付けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ******

 

 

 

 

 

 

ああ、イライラするぜ。今、目の前にうすらデカい図体のアラガミがオレ様にガン飛ばしてきてやがる。

 

生意気にも、まるでコチラを品定めするように悠々と舐めた態度。

 

確かにこのウスラデカからは、強者の貫禄がある。ま、実際強いんだろう。

 

だが、いけすかない。いかすけねぇなぁ。

 

何故なら、圧倒的強者はオレのほうだから。

 

それを是が非でも解らせてやらねばならないってわけだ。Do you understand? 

 

オレが咆哮を上げる。

 

ヤツも咆哮を鳴らす。

 

アラガミに言葉なんてものは、意味は成さない。

 

つまりは、どちらがより強いか。覇者に相応しいか。

 

ヤツが巨大な鉄塔のような腕を振り上げ豪風をいなぎ、馬鹿でかい拳を俺目がけ振り下ろす。

 

ドッッッゴッッッ

 

オレはそれを片手で軽く受け止めてやる。

 

衝撃波が遅れて宙空を歪ませ撓ませる。

 

ふむ。多少腕は痺れたが、まあまあの威力だ。ただのアラガミならそれだけでペチャンコだったろう。

 

オレはお返しとばかり、右腕に備わった自慢の大鎌を大仰に振るいかぶり、ヤツの肘から下をバッサリと────切り取ってやった。

 

絶叫。

 

吹き飛ぶ腕。吼えて斬られた腕を退け、数歩、後方にヤツはタタラを踏む。

 

ははっ、ざまあーねぇぜ。

 

すると、黒い霧状の波動が腕先を包み込み、斬られた部分が瞬時に覆われ新しい腕部が形成された。

 

おっ? 野郎、もう直しやがったのか。

 

これには多少オレも驚いた。

 

ヤツは再生した腕の具合を確かめると、周囲に黒い槍の連環を多数出現させる。

 

それをオレに向かって勢いよく発射した。

 

オレはすかさず左腕の籠手を形態変化、巨大タワーシールドを形成させ構えた。

 

───────ガッッッガガガガガガガガッッッ

 

何十、何百もの黒い槍束。迫り来る針山のごとき黒の豪雨が降り注ぐ。

 

おっ!? おおおおっ!! こ、いつ、は……っ!! 

 

休むことなく無尽蔵に襲い来る槍群、無慈悲な黒いスコールに盾が徐々に削り取られていく。

 

ズッッッガッッッ

 

ぐはぁッッッ!!! 

 

そのひとつが大盾を貫き、魔竜の腹に深々突き刺さった。

 

次に胸を抉り刺した。腕を、脚を、次々と黒槍の後続が盾に穴を幾つも穿ち雨あられと飛来すると、たちまち魔竜の身体はハリネズミみたいにやたらめったら串刺しにされていく。

 

 

 

 

 

…………は。

 

…………はは。

 

…………ははは。

 

…………ははははははははははははははッッッッッッ

 

 

 

黒槍に埋もれた魔竜から凄まじい蒼黒の雷の波動が放たれる。

 

魔竜の身体に突き刺された大量の槍束は雷のエネルギーを受けて木っ端微塵に吹き飛び、跡形も無く消滅した。

 

今のは……なかなかに……効いたっ!! あぁっ!! 愉しいっっっ!!! 

 

これだよっ! これっ! オレはこんな闘いを待ってたんだっ!! 雑魚を蹴散らす無双ゲーもいいが、手強い強敵と命を張り合い削り合うギリギリの際どさっ!! 

 

はハ波はハハ破はは剥ッッッ!!! モっともット燃ッ屠、殺リ合オ応ゼぇェッッ!!! 

 

嗤うように吼える魔竜の穴だらけの肉体が即座に修復され、背中の逆鱗円が燐光と紫電を纏い轟々と猛り鳴り、形造られた雷の比翼が大きく伸び上がる。鳴動するエネルギーの炫く奔流が魔竜の大きく開口した顎に集約、集束され、暗滅し、次の瞬間、莫大な眩ゆい特大の光線となってダムドオーディンに向けて一直線に放たれた。

 

ダムドオーディンが両手を掲げ虚空に黒槍の連環を幾重も出現させ、それらを何重にも重ね合わせ大型防壁陣を築き上げる。

 

目が潰れんばかりの可視逆を伴い、発射された稲妻の大極光が防壁にブチ当たり、黒槍の壁を瞬く間に蒸発させ塗り潰していく。

 

その度にダムドオーディンは黒槍を何重にも展開する。だが新たに防壁陣を重ね合わせるが、魔竜の極光が容易くそれらを破械していってしまい、遂に防壁陣を貫き破り、光線が躰に直撃した。

 

外殻ごと体表を焼き、肉を爆ぜさせスパークし、再生させる側から蒸発させる凄まじい蒼黒の雷撃の嵐。

 

空気をつん裂く絶叫を谺すダムドオーディン。

 

破ッ破ッ破ッ破ッ破ッ破ッ破ッ破ッ破ッッッ!!! 

 

良イ声デ鳴クジャネェカ。興奮シテ、アソコガ濡レテキチマウゼッ。

 

ダァガ、マダダ。モット、モット、オレ様ヲ愉シマセロォオッッッ!!! 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ******

 

 

 

 

 

 

 

「バカなっ!? ダムドオーディンが押されているだとっ!? 有り得ないっ! 私の最高傑作だぞっっっ!!!」

 

 唾を飛ばしてモニターに前のめりになる犬飼。

 

「識別不明のアラガミの攻撃により、ダムドオーディンのダメージ蓄積が著しく上昇っ! 再生速度を上回りますっ!!」

 

 スタッフが慌てて状況を伝える。

 

「えぇいっ! ならば、捕食しろっ! 感応反応で、そこいらのアラガミを呼び寄せろっ!! どれでも構わんっ!! 餌を喰わして再生速度を上げればいいっ!!」

 

「り、了解っ! ダムドオーディン、感応現象発動しますっ!!」

 

 犬飼の指示にスタッフたちがコンソールを忙しなく操作する。

 

 蒼黒の竜のアラガミから攻撃を受けていたダムドオーディンが唐突に虚空を震わせる甲高い、いななきを高々と発した。

 

 すると、地表を揺らし四方から津波のごとくアラガミの大群が押し寄せて来たではないか。

 

 小型、中型、大型、様々なアラガミの群れ。

 

 それらは、中心のダムドオーディン目掛けて躊躇なく突き進んで行く。

 

 そして、ダムドオーディンが黒い禍々しい波動を発動させると、近付いて来たアラガミに向けて撃ち放った。

 

 黒い波動がまるで生き物のように形を変えて次々とアラガミたちを取り込み、ダムドオーディンの身体に吸収されていく。

 

 それは神機の捕食形態にも酷似している。

 

 それを何度も繰り返す。魔龍の雷撃を喰らいながら次から次へと無数のアラガミたちを黒い波動で喰らっていくダムドオーディン。

 

 文字通り『捕食』していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ******

 

 

 

 

 

 

 

アぁ? 何だ、コイツ? いキなりアラガミを呼ビやがっタ。

 

ああ、ソういエば、こレにオレも呼ばれたんだっけ。

 

シかもコイツ、攻撃サレてんのに、そノアラガミどもヲ片っ端かラ食い始メたときたモんだ。

 

腹ガ減っテは戦さは、云々ユーし、まあ構わんケど……ん? おいオい……マジかよ。コイツ、さっきヨり再生スピードがめちゃメチャ上がってンぞっ! しかも、ナんか様子ガおかしイし。

 

 

 

 

 魔竜から受ける雷撃の猛攻をモノともせず無尽蔵に集まる周囲のアラガミを捕食し続けるダムドオーディン。

 

 だが、異変が現れた。

 

 巨軀のいたるところがボコッボコッと歪に形を変え膨らみ、その肉体が異様な形状に次第に変化し始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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26 大義の傀儡

 

 

 

 

 

 

 

 

 快楽を己の肥料となる欲望の大樹よ、

 

 お前の樹皮が次第に厚く、固くなりいくにつれて、

 

 お前の梢は太陽をより間近に見んと欲す! 

 

 

 

 

 

 

 

「悪の華」より シャルル・ボードレール

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 黒い波動は、徐々にダムドオーディンの巨軀を覆い、ジワリジワリ包み込む。

 

 同時に身体のあちこちから夥しい黒褐色の触肢のようなものが伸び生える。

 

 それらは植物の枝にも酷似していた。

 

 まるでダムドオーディンを苗床に成長する大樹、大樹ならば、北欧神話に語られる世界樹ユグドラシルが連想されるか。

 

 だが、あまりにも禍々しい。これは世界樹などではなく、破壊の象徴たる異姿だ。

 

 意思を持ったかのように縦横に幾重にも絡み合い、網目に伸びて、呼び寄せるアラガミの群れを端から呑み込み喰らって己が養分とし、更にその幹胴と触枝を成長させ、増やし生やし伸ばす。

 

 

「な、なんだこれはっ!? 私のダムドオーディンにこんな機能は搭載されていないぞっ!! どうなっているのだっ!?」

 

 犬飼がモニターに映る変容したダムドオーディンに慄く。

 

「ダ、ダムドオーディンの偏食因子が規定数値よりも大幅に上昇していますっ! 110、150、に、200……こ、これは、まさか……暴走ッ!?」

 

 スタッフたちが羅列されるデータを解析し、その異常極まりない数値のありように驚愕する。

 

 騒つく研究室。その間にもダムドオーディンは手当たり次第に呼び寄せたアラガミの群れを気味悪い触枝で取り込んで、ますます姿形が異形に変わっていく。

 

 そのモニターの一画に別の映像が映し出された。

 

『……犬飼くん。これは一体全体どういうことかね?』

 

 軍服のサーコートの人物。今や崩壊したフェンリルに取って代わった生化学大企業エキドナ総帥ギデオン・ヴォルフ。

 

「ギ、ギデオン氏っ!? ち、違うのですっ! これは想定外の出来事ですっ! 直ぐにっ、直ぐに、修正を……ッッッ」

 

 突如の研究出資者の登場に焦る犬飼。

 

『……これまで、君の研究には我々エキドナは莫大な出資をしていた……我々の壮大なる理念と共に……君には随分と期待をしていのだが……実に残念だ』

 

 ギデオンの鋭い刺すような冷たい視線がモニター越しの犬飼を貫く。

 

「まっ、待ってくださいぃっ! ギデオン氏っ!い、今一度っ! 今一度、私に機会をッッッ」

 

 懇願する犬飼。しかし無慈悲にモニターの映像は消え、断たれてしまう。

 

 犬飼は口を開けたまま、がっくり膝を着き、ただただ呆然とするも、ダムドオーディンの異形化は進行していった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ******

 

 

 

 

 

 

 

 

 無数の触手を幾本も伸ばして、ヤツは見境なくアラガミを食い続ける。

 

 そのせいか、ヤツの身体は何倍にも醜く巨大に膨れ上がっていた。

 

 チッ……ッ! なんだってんだ一体……っ! ただでさえ、うすらでかい図体のくせに。

 

 その触手がオレにまで襲い掛かり、オレはそれを薙ぎ払っていく。

 

 オレすら諸共をも喰らおうと迫り来る触手の波を端から切り飛ばすが、斬る側から再生してしまいまるでキリがない。

 

 雷撃を放ち纏めて消し飛ばすが、あっという間に元通りに触手は再生され、再び襲ってくる始末。

 

 クソったれ……このままじゃあ、埒が開かない。ならば、狙うならヤツのコアをやるしかない。

 

 オレは咆哮し、最大限の雷のエネルギーを身に纏い、ヤツに向かって飛翔する。

 

 加速。加速。更に加速。

 

 ヤツの胸倉目掛けて、猛スピードで突っ込んでいく。

 

 蒼雷の稲妻が触手の群れを焼き払いながら、一直線に疾り抜け────

 

 

 激突。

 

 

 ダムドオーディンの外殻装甲を突き破り、魔竜の体躯が深々と胸部に食い込む。

 

 思った通りだ。

 

 さっきのオレの雷砲の痕がある。まだ完全に内部は傷が修復されていない。

 

 オレはありったけの雷を放つ。

 

 肉が爆ぜて焼け焦げ、内部がより剥き出しになる。それを何度も繰り返してやると、丸い明滅する物体が身体の奥側から露出する。

 

 ……あったぜっ! ヤツのコアだっ! 

 

 コイツをっ!ぶっ壊せばっ!終わりだっ!

 

 オレが勝利を確信した瞬間、

 

 破壊した外殻と爆ぜた肉裂が、巨大な捕食口に変形した。

 

 

 あ……ヤベ……

 

 

 ────そして、そのまま勢いよく顎は閉じられた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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27 誓いの果てに

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 死していたずらに涙を請わんより、

 

 生きながらにして烏を招き、汚れたる脊髄の端々をついばましめん。

 

 

 

 

 

        

 

 

シャルル・ボードレール

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 其れは遥か地平の彼方からも垣間見えた。

 

 灰色の空を覆う暗澹たる影。

 

 聳えるは禍々しき触肢を伸ばす黒き巨大樹。

 

 其れらはあたかも自ら意志を持つように枝葉を四方に伸ばして天上に根を張ろうとするかのようだ。

 

「な、なんだあれは……」

 

「一体、何が起きてるんだ……?」

 

 人々が遠方からでも視認できるほどの空の変わりように驚愕する。

 

 不安げに仰ぎ見る人たちに混じり、アインも不穏な気配を漂わせる大樹の影を見やる。

 

「……まさか、あれは……」

 

 己れの中の偏食因子が騒つく。

 

 かつて世界を呑まんとした災厄の再来。

 

 いやな予感が脳裏によぎる。

 

 

 

 

 

 

 

 ────終末捕食。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ******

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 荒ぶる神々の闘いの一部始終を目撃したヴェルナー。

 

 乱心したベルを追いかけるうちに魔竜と化した彼女が向かった先。オーディンに酷似した巨大なアラガミが待ち受け、凄まじい争いが巻き起こった。

 

 戦闘は天変地異そのものであり、終始決着が着かない。一進一退、このまま膠着状態かと思ったが、魔竜となった少女が目も眩む破壊のブレスを撃ち放ち、オーディンの装甲に致命の風穴を空けた。

 

 しかし、オーディンは黒い波動を放ち、次々と周囲からアラガミを呼び寄せ喰らい始めた。

 

 そして、みるみるうちに肉体をおぞましい異形の姿へと変貌せしめたのだ。

 

 無数に生えた怖気が走る触枝、いやあれは蝕枝、を幾重にも伸ばし、襲い掛かるバケモノになった巨大なアラガミに果敢に挑む人竜一体となった少女。

 

 自分にもあの巨大なアラガミが危険極まりないのはヒシヒシと感じる。

 

 本能が、自身の偏食、アラガミの因子が告げるのだ。

 

 だが、今の自分に何が出来るのか? 

 

 彼女のように強大な力など無い自分に。

 

 ただ、被害が及ばぬようにするのが手一杯だ。

 

 く……っ、情けない……何も出来ない己れが恨めしい。

 

 そうこう手をこまねいているうちに、彼女が起死回生の一撃を解き放った。

 

 自ら雷撃を纏い、蝕枝を薙ぎ払い、巨大アラガミに向かって突貫したのだ。

 

 やったのか? 私は彼女が勝利したものと思わずにはいられなかった。

 

 だから、彼女が、絶大な力を持つあの彼女が……無惨にも喰われてしまうなどと、思いもしなかったのだから。

 

 

 

 

 

 ─────私は、また見殺しにしてしまうのか。赤の女王の皆のように。散っていた同胞たちのように。

 

 ─────私は、何のために生き残ってしまったのか。本当は私こそが散るべきはずだったのに。

 

 ─────私は、何故今も生きているのか。その命は誰に繋ぎ止められたのか。

 

 ─────ああ、そうだ。この命は彼女に救われたのだ。私という、とうに消え去った過去の亡霊としての自分を。失った存在を。

 

 

 ─────私の在る意味を。

 

 

 それは偏食因子の成せる技か、あるいは突然変異か、はたまた暴走か。

 

 もしくは、彼に流れる人竜の少女が与えた血の奇跡か。

 

 ヴェルナーは嵐のように瘴気が渦巻く蝕枝が跋扈する領域へ踏み出す。

 

 蝕枝が彼を捕食対象と見做し、喰らわんと襲い来る。

 

「私の邪魔をするな。退いてくれ」

 

 振り払われたバイティングエッジの閃刃が蝕枝を寸断する。

 

 構わず、次々と襲い掛かってくる黒い蝕枝のさざめく波。

 

「今度は」

 

 振るう刃。細切れになる蝕枝の群れ。

 

「私が」

 

 また一歩、一歩と踏み出すヴェルナー。

 

 その都度、蝕枝は禍々しく狂ったように大口を開き、迫る。

 

「彼女を」

 

 ヴェルナーを中心に紅い波動が派生する。

 

 蝕枝は紅い波動に遮られ、触れることすら出来ずに朽ちていく。

 

「救う番だ」

 

 生じた紅い波動の光りに包まれるヴェルナー。

 

 赤々と明光発する波動の奔流。

 

 彼を包み込んで大きくなり、やがて────

 

 紅い嵐の渦巻く渦中から、巨大な一匹の獣が姿を現した。

 

 狼さながらの獰猛な猟獣のような体躯に紅蓮の鎧を纏う、まさに神獣。それは、アヌビス。いや、原種に比べると体格が何倍も大きい。

 

 未だ未知領域のアラガミ、アヌビス灰嵐種に酷似した躯体。

 

 血のように舞う紅い灰霧。眉間に十字の傷を刻む鋭い眼光。

 

 突如として出現した紅光のアヌビス灰嵐種を喰らうべく黒い蝕枝が襲い掛かるが、太まじい巨腕を振り上げて、その鋭利な爪の斬撃で地面ごと叩き斬り分断する。

 

 蹲る体勢をとった灰嵐種は、耳がつんざける咆哮とともに凄まじい衝撃波を発生させ、迫る蝕枝を吹き飛ばし掻き消す。

 

 それでも尽きること無い蝕枝に対し両腕を交差させ、鉤爪を倍以上に伸ばして超スピードで高速旋回を行い、暴刃の竜巻を巻き起こし細切れに切り刻む。

 

 踏み込んで正面に高く飛び上がる灰嵐種。

 

 口から黒い火球を発生させ、真下からしつこく迫る蝕枝の大群目掛け、紅光の極大レーザーを照射する。

 

 大地に弧を描くように閃光が走る。衝撃と大爆発と炎の大渦が捲き起こり、周囲の蝕枝もろとも木端微塵に跡形も無く粉砕する。

 

 轟々と燃え燻る地を踏み締め、紅魔の獣神が歩みを続ける。

 

 立ち塞がる障害を一切排除した灰嵐種が、黒い呪いを振り撒く不気味に蠢く大樹の前に立つ。

 

 アラガミ化したヴェルナー。何故、こんな力が自分に顕現したのか。判らないが、唯一理解出来ることは、この力は今まさに彼女を救うための力であるということ。

 

 その子は私の大事な家族だ。返してもらおう。

 

 そして、両腕を左右に大きく広げて、その両手に備わった鉤爪を勢いよく異形に成り果てたアラガミだったものの胸元に突き立てた。

 

 メキメキバキバキと異音を鳴らして大樹のヒビ割れた外殻を破り貫き、慎重に内側を探り─────

 

 

 

 

 

 ─────見つけた。

 

 

 

 

 肉塊の中に埋もれた少女。

 

 竜化は解け、目を閉じているが、鼓動を感じる。どうやら気を失っているだけのようだ。

 

 良かった。無事なようだ。

 

 ヴェルナーは安堵した。もう失うわけにはいかない。大切なもの。

 

 

 

 

 だが、その一瞬の気の緩みが致命的な隙を生み出したのだった。

 

 

 

 大樹からおびただしい量の蝕枝の黒波が溢れ出し、ヴェルナーの手脚に瞬時に絡み付き、縛り上げる。

 

 ぬあぁっ!?し、しまったっ!!

 

 拘束され、振り解こうと足掻くが、幾重にも重なり絡む蝕枝の強靭さに抗えない。

 

 くうぅ……っ!!べ、ベル……ッッッ!!!

 

 掴みかけたその手から、少女が引き離されてしまい懸命に手を伸ばす。

 

 そのまま、すべてを塗り潰すように蝕枝の帳がヴェルナー諸共に覆い尽くし、黒く黒く、何もかも闇色に染め上げた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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28 神と人と

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そなたのために、たとえ世界を失うことがあっても、

 

 世界のために、そなたを失いたくない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

バイロン

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 真っ白な空間だった。

 

 何もない。

 

 ただただ広大な白い空白が横たわる。

 

「あぁ〜あ、あっけねーや。まさかこんな終わり方かよ。ゲームオーバーじゃん。つまんね〜」

 

 聴こえる声の方に顔を向ける。

 

 そこには上下逆さまに中空にフワフワ浮かぶ自分にそっくりの少女がいた。

 

「ゲームオーバー?」

 

 オレは逆さまに浮くオレに瓜二つの女の子に問う。

 

「ああ、そうだよ。やられたぜ。もっと暴れたかったんだがなぁ。星の意志ってヤツを甘く考えてた。まさか、あのうすらでかいアラガミがキーになってたなんてなぁ」

 

 キー? 何のことだ? 鍵って、意味だろ。それは。

 

「そうさ。鍵さ、見ろよ。奴さん暴れに暴れて見境なく何でも喰ってるぜ。あーなったら、そのうちそのまま何もかも全部食われちまう」

 

 少女が指を鳴らすと、白い空間にモニターのような画像が揺らめいて現れて映し出される。

 

 ダムドオーディン、だったものが黒い枝を無数に身体から生やし、あちこちに伸ばしてあらゆるモノを喰らっていた。

 

 地面だったり、建物の残骸だったり、アラガミだったり。手当たり次第に物体をに喰い付き捕食を繰り返す。

 

「これは……終末捕食の前兆か?」

 

 ぼんやりと霞む記憶から、ふとこれと見知った知識が脳内に呼び起こされた。

 

「お? 何だ、お前、前の世界の記憶が戻ったか。その通り、終末捕食ってヤツの前触れだな、これは。まあ、今となっちゃもうどーでもいいけどよー」

 

 そう、終末捕食。特異点が星の意志により、世界物質をすべて無に還す恐るべき浄化手段。

 

 既にこの世界では何度かその危機が訪れており、その都度、歴代のゴッドイーターたちに辛くも防がれていた。

 

 ……ゴッドイーター? そうだ。ゴッドイーターだ。そういうアクションゲームがずっと前、昔にあったんだ。前? 昔? いつの事だ? 

 

 ……そもそも、オレはこの世界の人間じゃない。

 

 オレは普通の人間で、普通の男で、日本人で、普通に働いていて、休日に普通にゲームをしていたんだ。

 

 ゴッドイーター、というこの世界に酷似したゲームを。

 

「そうそう、そこまで覚えてるか。何でかゲームやってたら、こっち側の世界に来ちまったんだよな」

 

 そうだ。オレはゲームのアバターと同じくこの異世界で生まれて、後々にゴッドイーター、AEGになった。

 

 ……そこからは、思い出したくないもない苦々しい記憶が脳裏によぎる。

 

 だが、ずっと気になる事があった。

 

「おい、オレ。ここは本当に『あの』ゴッドイーターの世界なのか? それがどうしても引っかかってるんだ」

 

「ん〜、さあな。オレにもそれは分からん。ただ、この世界は限りなくシリーズの世界観に近い。単純に似た別の世界かもしれないし、もしかしたら本当かもしれない。世界を探せば、今までのシリーズのゲームのキャラクターたちに逢えるんじゃないか? ま、原作とは多少なり違うとこもあるかもな。あのおっさんみたいに」

 

 オレに似てるヤツがモニターを指差す。

 

 そこには肉塊に囚われた眉間に十字傷がある男が何かを必死に呼びかけていた。

 

「ベルッ! 目を覚ませッ! くっ、このままでは……っ、起きるんだっ! ベルッッッ!!!」

 

 ヴェルナー・ガドリン。革命軍、赤の女王の元指導者。灰嵐自決によって命を落としたAGE。

 

()()()()()

 

 ヴェルナーは生きていた。原作通りなら彼はすでに死んでいた筈だ。

 

「そうだな。アイツは自決後も、まだ生きていた。まだな。だいぶ弱っていたからほうって置いたらそのまま死んでただろう。でも、そうはならなかった」

 

 ……そうだ。ヴェルナーは死ななかった。

 

 それは何故なら、オレと出会い、オレが助けたからだ。

 

「ああ、たまたま偶然みたいなもんだけど。あのおっさんを助けた。本来なら死ぬ筈だったんだろうがな。謂わばイレギュラーだ。ま、オレたちの存在自体がイレギュラーそのものなんだが」

 

 それでオレは彼を助けた。自身のことすら忘れていたオレ。そしたらそんなオレにヴェルナーは"ベル"という名前をくれたんだ。

 

 それから、オレは"ベル"としてヴェルナーと供に僅かな間だがともに生きてきた。

 

「ははっ、名前って、まるで犬か猫だな。おいおい、立場が逆だろ? 拾ってやったのはオレたちなのにさ。ま、しょうがないさ。あの時は記憶も、何かも、うろ覚えで曖昧だったからなぁ。自分の本当の名前さえ分からなかったんだ」

 

 そう。オレの本当の名前。ゲームのアバターのキャラクターではない、この世界に来る前の本当の、現実として生きてきたオレの名前。

 

 オレの本当の名前─────

 

 ─────オレの─────

 

「おい、見ろよ。まだヴェルナーのおっさん頑張ってるぜ。やれやれ、どうやっても、もう無駄なのに。すべて喰われてこの世界は、お終いだっての。まったく往生際が悪いぜ」

 

 白簿の空間に移るモニターには、ヴェルナーが未だ肉塊に埋もれながら、必死にオレに向けて手を伸ばしていた。

 

「ベルッ! くそっ! 気を失っているのか……っ。もう一度、あのアラガミになれないか……っ? くっ、変身する制御の仕方が上手く分からない……っ! どうすれば……考えろ……考えるんだ……何か手がある筈だ……諦めるな、諦めるんじゃない……っ! 待っていろ、ベルッ! 直ぐに助けてやる……っ!」

 

 

 なぜ、なんで、どうしてそこまでオレのことを……。

 

「もう、失いたくない……いや、もう失わせはしない……っ! 君が私に生きる意味を与えてくれたように……私も君に、生きる意味を、与えたいんだ……っ!!」

 

 ……ヴェルナー。

 

 オレが、生きる、意味……。

 

「はははっ、おっさんめっちゃ必死こいてるw草生えるわwワロタw」

 

「……オレはさ、この世界が大好きなゴッドイーターの世界だって解ったとき、スゲー嬉しかったんだ」

 

 オレの口から自然と言葉が出てくる。

 

「あん? 何だ? 突然」

 

「……ガキながら思ったさ。親父もお袋も神機使いで、アラガミを倒していてさ。村の皆んなに頼られててさ。めちゃくちゃカッコよかったんだ」

 

 言葉が後から後から口を紡いで飛び出る。

 

「まさにヒーロー……オレもデカくなったら絶対に、神機使いに、ゴッドイーターに、なってやる、ってな」

 

「…………」

 

 それをもうひとりのオレが黙って見つめる。

 

 言葉は、止まらず、繰り出される。

 

「……だけどさ、現実ってのは上手くいかないもんだよな。村はアラガミに襲われて全滅。親父もお袋も喰われて死んだ。あ、オレも死ぬんだ、って冷静に思った」

 

「……だが、そうはならなかったろ?」

 

 もうひとりのオレが相槌をする。

 

「……ああ。死ななかった。たまたま、巡回していたゴッドイーターたちに助けられたんだ」

 

 唯一、生き残ったのはオレだけ。幸運?強運?たまたま運が良かった? 

 

 いいや、逆だ。最悪だ。

 

 オレは、売られたんだ。

 

 ゴッドイーターの素質が、適性があると。

 

 AGEとして。

 

 何処だか分からない小さな施設のミナト。思い知らされる。その牢獄の中で始まった絶望の日々。自分が考えていただけのゲームの世界観。そんなものは妄想の産物でしかなったことを。

 

「……大好きだったゲームのなりたかった職業になれた。ああ、なれたさ。毎日のようにゴミクズ拾いながら、毎日のようにアラガミと戦わされて……」

 

「……クソッタレな職場にようこそってな。死ぬ思いで、やっと手に入れた資源は看守どもに横取りされたっけなぁ」

 

「……嫌だったのに、ヤツら無理矢理、寝ているオレに跨ってきて……」

 

 思い出すだけで、胸糞悪くなる。

 

 ひとりが終わると、次の男が矢継ぎ早にぐったり横たわるオレの上にのしかかってきて……。

 

 同期になった数少ないAGEの女の子も……。

 

 オレは抵抗もままならず、ただひたすら弱々しく泣きながら許しを乞うしかなかった……。

 

「……ほんと、ニンゲンってのは、どいつもこいつも度し難いクソッタレな連中だな」

 

 仲間はどんどん少なくなっていった。アラガミに喰われたやつ。病気になったヤツ。看守に逆らった見せしめで殺されたヤツ。別のミナトに売られたヤツ。

 

 自分からアラガミに喰われにいって死んだヤツ……。

 

 あの少女、最期は笑っていた。すべてを諦めていた。そんな顔だった。

 

「でもよ、オレたちは諦めなかったよな?」

 

 ああ、オレは諦めなかった。チャンスを伺った。

 

 だから、薄汚い男どもに進んで身体を差し出した。

 

 少し待遇が良くなった。他の同期のAGEよりも良い食事や薬が貰えた。

 

 身体も鍛えた。女で生まれた自分の身体が嫌で嫌で堪らなく嫌で仕方なかったが、男相手には役に立つことを知った。

 

「……そうして、耐えて耐えて……とうとう、チャンスが」

 

「その時が、やってきた」

 

 灰嵐が来た。

 

 そうして、オレは、逃げ出し、自由の身になった。

 

「……正直、こんな世界は無くなればいい、と何度も思ったさ。寧ろこの手でブチ壊したいまである。今も、それは変わらない」

 

 オレは拳を強く握り締める。

 

 そしてオレは、モニターに映るヴェルナーを見る。

 

 運命に抗おうと、懸命に抵抗を続けるヴェルナー。

 

 オレは、アンタが思ってるような大層な人間じゃない。アンタも過去に色々とあったのを知っている身として。まあ、オレは、もう既に人間ですら、ないんだが。

 

 オレはとっくに穢れている。身も心も。人をたくさん殺した。人を喰らった。憶えている、あの金色のヴァジュラと戦った時、人間の子供をたらふく喰らったことを。

 

 鮮明に憶えている。あの味を。あの馨しい血の濃厚な味を。柔らかな肉のフンワリとした食感を。思い出しただけで吐き気をもよおし、同時にまた喰らいたいと思ってしまう、どうしようもない衝動。

 

 自分はもう駄目なのが理解出来る。この偏食はもう止まらないし、変えられない。

 

 見境なく人を喰らうただのアラガミに成り下がるだろう。

 

 滅び逝く世界にはお似合いのバケモノだ。

 

 ただ……。

 

「おい、オレ。この終末捕食ってのは、誰が起こしてるだっけ?」

 

 オレはもうひとりのオレに問う。

 

「ん? オレたちを食ったこのうすらデカいアラガミがだろう?」

 

「違う。そうじゃない。その根底だ。そう仕向けて()()()()()()()()、だ」

 

「ああ、そりゃ星の意志────、って、お前、まさか」

 

 もうひとりのオレが察したように目を大きく見開いた。

 

「オレはさ、常々考えてたんだよ。アラガミってさ、何処の誰が創造したのか。こんなクソッタレな世界にしてくれた素敵なクソヤロウのことをさ」

 

 オレはモニターのヴェルナーを見やる。

 

「……前にいた世界も大概クソだとあの時は、思っていたけど、それはオレが本気で生きてなかっただけなんだと思う。今は、こんなクソ溜めみたいな世界でも案外悪いもんじゃないって思えるんだよ」

 

「……お前」

 

「だから、久しぶりに本気出してみようと思うんだけど、付き合ってくれないか? 同じオレのよしみとして」

 

 ニヤリと悪戯を思い付いた悪ガキみたいに笑うオレ。

 

「ふっ……ふふ、ははは、あはははははははははははッッッ」

 

 そんなオレに対し、もうひとりのオレは腹を抱えて大いに笑い出した。

 

 そして今まで逆さまだった身体をクルリンと元の姿勢にひっくり返し、オレの直ぐ目の前まで降りてくる。

 

「……正直、勝てる確率なんて有って無いようなもんだぜ。何せ、お相手さんは、オレたちの"産みの親"みたいなもんだからなぁ。それでもヤるかい?」

 

 顔は笑っているが、眼は一才笑っていない。

 

「……ああ。ヤるさ。ヤってるさ」

 

「……そうか。んじゃあー行くか。この星の最たる中心部、"原初たる母"の揺籠まで」

 

 そうもうひとりのオレが言った瞬間、白の空間が途端に眩く光りを放ち、暗転した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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