機動戦士ガンダム外伝 サイド7最後の銃声 (震電みひろ)
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1,ある若手技術士官の呟き

宇宙世紀0079。9月。
サイド7で初めて連邦軍のモビルスーツと、ジオンのザクⅡによる戦闘があった日より、一週間ほど後の話です。


地球連邦軍、宇宙巡洋艦『エインズワース』の娯楽室を兼ねた食堂。

一人のまだ若い技術将校がボンヤリと書物をめくっていた。

 

「紙の本なんて、ずいぶんと古典的なものを見ていますね?ソウマ技術中尉」

 

呼びかけられた男は面倒そうに顔を上げた。

 

「今はオフタイムだろ。普段通りの呼び方でいいよ。オマエだって嫌だろ、一々『レドモンド少尉』とか呼ばれたら」

 

エイタ・ジョンソン・ソウマ技術中尉にそう言われると、笑いながらアルヴィン・レドモンド少尉は彼の隣に腰かけた。

 

「まぁな。一応士官候補訓練工程では同期だったからな。でもタメ口が見つかるとウルサイんだよ、ウチの艦長は固いから」

 

「コリンズ艦長は真面目だからな。だからこそ、俺みたいな『面倒な荷物』も運んでくれたんだろうけどさ」

 

「でもさ、エイタ。連邦の『V作戦』の要であるホワイトベースとモビルスーツ三機は、もうルナツーを出たんだろ?サイド7がジオンのシャアに攻撃されてから、もう一週間も経っているじゃないか。コロニー内は無人だって言うし、今さら何をしに行くんだ?」

 

「その話、誰に聞いたんだ?アル」

 

身を乗り出してきたレドモンド少尉を、エイタは呆れ顔で見つめた。

 

……V作戦とRXシリーズの事は機密情報のはずなのにな。ホワイトベースのモビルスーツ搭載機数が、一般の少尉レベルにまで漏れているのか?……

 

「そりゃ俺たちルナツー配属の連中なら、みんな知っているよ。元々『V作戦と連邦の新型モビルスーツ』の噂は広まっていたからな。そこに見慣れない船が入って来た上、ジオンの『赤い彗星』に追われてきたんだ。情報が入らない訳ないだろう」

 

それを聞いてエイタは納得した。二日前に地球から宇宙に上がって来た彼には、宇宙の事情は解っていなかっただけなのだ。

 

「それでエイタ、さっきの話だけど、無人のはずのコロニーに何をしに行くんだ?」

 

「別に、ただの残務整理だよ」

 

エイタは素っ気なく答えたが、レドモンド少尉は首を左右に振った。

 

「いやいや、そんな訳ないだろ。なにしろ『地球住みのエリート技術将校』が、わざわざ宇宙に上がって来てまで無人のコロニーに行くんだ。ただの残務整理のはずはない」

 

「確かに俺の家は地球にあるけど、仕事の関係で何度も宇宙には上がってきているよ」

 

「隠すなって。それにこの船の連中は知っているぜ。エイタが『テム・レイ技術大尉の直属の部下だ』って事を」

 

エイタはジロッとレドモンド少尉を睨んだ。

そう、迷惑な事に、それがエイタがいまここに居る原因だからだ。

 

「誰にそう聞いたんだ、アル?」

 

「ウチの攻撃隊の隊長、デュボア大尉から。そもそも酸素欠乏症で宇宙を漂流していたテム・レイ技術大尉を救出したのは、俺たちの隊だからな」

 

エイタは深いため息をついた。ここまで知られているなら、逆にある程度は話した方が、これ以上変に探られる事もないだろう。

 

どの道、彼の帰りにはこの船『エインズワース』に迎えに来てもらうのだ。

三日後に全て明らかになるのだから、今ここで話した所で問題はないだろう。

 

「ホワイトベースに搭載されていたモビルスーツ、その中でも中近距離戦闘タイプのRX-78、通称『ガンダム』だけど、それの『1G下でのテストベッド機』がまだサイド7に残されているんだよ。俺はそれを回収に行くんだ」

 

「え?サイド7にまだモビルスーツが残されているのか?でもホワイトベース報告では『残ったRX系パーツは全て破壊した』ってなっていたぞ」

 

「ホワイトベースの艦長のブライト・ノア中尉は、元は一般将校だろ?その上、RX系パーツを破壊したのは民間人の少年だ。全ての機密情報を知っている訳がない。それに『地上用モビルスーツの開発』は、途中から別系統だったしな」

 

エイタがそう答えた時だった。

食堂に備え付けらえたスピーカーから館内放送が流れた。

 

「まもなく本艦はサイド7宙域に入る。浮遊物、または敵船など周囲への警戒を厳に行う事。第二種警戒配備までの者は、所定の場所に着座、または待機するように」

 

それを聞いたレドモンド少尉はイスから立ち上がった。

 

「おっと、お仕事の呼び出しだ。あと三時間でサイド7だからな。それじゃあまた三日後の帰りにな、エイタ」

 

エイタもそれに片手を上げて返礼した。

再び食堂兼娯楽室で一人になったエイタは、書物に視線を落とした。

 

 

彼の名前はエイタ・ジョンソン・ソウマ。

地球連邦軍の技術士官で、階級は中尉だ。

元々はカリフォルニア工業技術大学の博士課程の研究者だった。

だが教授の強い推薦により、地球連邦軍の技術士官として任官する事になった。

 

彼の専門はロボット工学・電子工学・制御工学。

そして学生時代では数々の先進的な研究を発表し、その分野では名を知られた若手研究者の一人だ。

その実績を買われて、レビル中将から直々に指名された。そのため、エイタは特権的に少尉として任官、すぐに中尉に昇進した。

 

エイタ自身にも特に不満はなかった。

やっている事は大学の研究室と一緒だからだ。

彼にとってはモビルスーツは兵器ではなく、単に自分の研究の対象でしかない。

 

しかし彼が配属された直属の上司、テム・レイ技術大尉には閉口していた。

連邦軍内でも『変人』と噂の高かったテム・レイ技術大尉は、普段は寡黙であったが自分の研究分野に関しては一切の反論を許さず、独善的に作業を進める傾向があった。

それに嫌気がさして、何人もの優秀な技術者が彼の元を離れて行ったと言う。

そんな中でエイタだけは、テム・レイ技術大尉との関係をそれなりにうまくやっていたのだ。

 

だがある日、ついにエイタは彼と衝突する事になる。

エイタは「1G下でのモビルスーツの制御プログラムは、宇宙空間とは別に新規に開発すること」を主張した。

だがテム・レイ技術大尉は「ガンダムの自己教育型AIは、1G下の制御も自分で学び取るから必要ない」と拒絶した。

 

二人の反目が表面化した時、軍の研究所内で一つの怪文書が流された。

 

『エイタ・ジョンソン・ソウマ技術中尉はジオンのスパイである』

 

その理由は、エイタが大学時代に研修の一環でジオニック社のインターンに参加していた事からだった。

大学四年の時、エイタは『モビルワーカーで最先端を走っているジオニック社』にインターンとして参加した。

その時に『無重力下での二足歩行モビルワーカーの制御』について、いくつかプログラム付きで成果を発表していたのだ。

怪文書はその点を指摘していた。

 

エイタにとっては全くの濡れ衣だったが、これが許容されるほど当時の連邦軍の雰囲気は甘くなかった。

懲罰こそ免れたものの、エイタはRXー78の開発から外された。

 

そして代わりに任命されたのが「RX-78の余剰パーツの再利用」だった。

新規開発の上、あり得ないほどの高性能を要求されたRX-78は、莫大な開発費がかかっていた。

その過程で作られた余剰部品を有効利用する事が求められたのだ。

エイタはRX-78の余剰パーツや試作品にて、新たに1G下での使用を前提としたモビルスーツ・RX-79のテストベッド機の開発チームに参加する事になった。

そのテストデータの取得は、サイド7のコロニー建設区画で極秘裏に行われていたのだ。

エイタはその機体を回収するためにサイド7に向かう事を命じられた。

 

……まさしく残務整理だよな……

 

エイタは憂鬱な気分でもそう思った。

そしてこの作業が終われば、おそらく連邦軍に彼の席はなくなるだろう。

 

……かねてから誘いがあった、アナハイム・エレクトロニクスにでも転職するか……

 

エイタは広げた本を見つめながら、ぼんやりとそう考えた。




この続きは、明日朝7時半頃に投稿します。


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2,ある古参兵の一時

もう一人の主役。
上官から疎まれた退役間際のジオン軍兵士の話になります。


サイド7の森林地帯に作られた丘の上。

朝日の中でヒロシ・オダワラはノンビリとコーヒーを入れていた。

私物の登山用ストーブで湯を沸かし、そこにコーヒーの粉末を入れる。

周囲では鳥のさえずりが聞こえた。

 

……命令を受けた時は腐ったが、軍歴37年で最後の任務で、こんな穏やかに過ごすのもいいかもしれない……

 

オダワラはそう感じながら、これも私物のチタン製マグカップを口に運ぶ。

 

彼の名前はヒロシ・オダワラ。

ジオン公国宇宙攻撃軍コンスコン機動部隊に所属する上級曹長だ。

今年で55歳になる古参兵であり、あと一週間で任期満了で退役となる。

 

オダワラは昔気質の軍人だった。逆に昔気質すぎて周囲から疎まれていた。

ついた渾名は「ローニン(浪人)」。

オダワラの先祖がジャパン系であった事がその由来だが、彼の頑固さからどの部隊でも扱い辛く、待機が多い事から『気位が高いが仕事がない侍』という揶揄が込められていた。

 

だが彼は忍耐力の強さから、単独での待ち伏せ・狙撃などの任務遂行能力は非常に高かった。

 

そこで今回、オダワラに与えられた任務は

 

『サイド7にて、連邦軍のモビルスーツ工廠を監視し、敵が接近したら排除すること』

 

であった。

 

……だが、そんな機会は、まずありえないな……

 

一人自嘲気味に苦笑したオダワラは、この命令を受けた時の事を思い出した。

 

 

 

オダワラは中隊長室の前に来ると、改めて襟を正し、ドアを二回ノックした。

 

「誰だ?」

 

「ヒロシ・オダワラ上級曹長であります。中隊長殿よりお話があると聞き、出頭いたしました」

 

「入れ」

 

「失礼します」

 

オダワラはドアを開け、その場で一礼するとドアを閉めて再度敬礼を取った。

部屋の中には、オダワラが一か月前まで所属していた小隊の小隊長も一緒にいた。

その小隊長、まだ若い少尉だが、の顔を見た瞬間、オダワラは嫌な予感がした。

士官学校を出たてのその少尉は、戦術論ばかりを口にし、実際の戦場についての知識が乏しかったのだ。

そして事ある毎に、オダワラとは意見が衝突した。

結果としてオダワラはその小隊から外され、中隊直属の予備部隊、つまりは閑職に回されたのだ。

 

形式通りかしこまったオダワラを見て、中隊長は苦笑を浮かべた。

 

「オダワラ、楽にしていいぞ」

 

「失礼します」

 

オダワラは両手を後ろに回し、足を肩幅に開いた「休め」の姿勢を取った。

 

「オダワラ、君はあと十日で定年による満了退役だったな」

 

中隊長はゆっくりと口を開いた。

 

「ハッ、ですが自分としてはこの公国危急の時期に軍を離れる事は心苦しく、出来れば予備役としてでも残りたいと考えております」

 

それを横で聞いていた少尉が嫌な顔をするのが見えた。彼は面倒な上に口煩いオダワラを厄介払いしたいのだ。

中隊長がまたもや苦笑する。

 

「君の忠国の志には敬服する。だが我が軍としても、定年を過ぎた人間をいつまでも使い続けるのは、他の兵士の士気に関わるのだ。連邦軍のレビルが言っていた『ジオンに兵なし』が、現実だと思われてしまうのでな」

 

……実際その通りなのだが……

 

オダワラは心の中で反論した。

中隊長が言葉を続ける。

 

「さらにこの船は、これから月のグラナダで補給を受けた後、連邦軍の新型戦艦を追跡する長期の作戦に入る。よって間もなく除隊して民間人となる君を、このままこの船に乗せておく訳にはいかんのだ」

 

「自分は18の時よりムンゾ防衛隊に入隊して以来、ずっと軍一筋でおりました。今さら軍を退いて民間人として後方で暮らすより、ジオン公国軍の一兵士としてその命を全うしたいと……」

 

「ヒロシ・オダワラ上級曹長。君に『連邦軍工廠特別監視任務』を命じる!」

 

中隊長はオダワラの言葉を遮るようにピシャリと言った。

 

「『連邦軍工廠特別監視任務』でありますか?」

 

思わずオダワラは聞き返した。

『質問するのは良い兵隊ではない』という事は解っていたが、この状況で与えられた任務と言うのは聞かざるを得ない。

 

「そうだ。知っての通りサイド7では連邦軍の新型モビルスーツが開発されていた。あそこに連邦軍の工廠と試験施設があったのだ。君にはその施設の調査と、今後現れる可能性がある連邦軍の監視を行ってもらいたい」

 

それでもオダワラの疑問は払拭されなかった。

 

「お言葉ですが中隊長。サイド7はシャア少佐の強襲により、既に無人のコロニーであると聞いています。また連邦軍も退却に際して試作モビルスーツや装備一式などを、全て焼き払ったと聞いておりますが」

 

「その通りだ。だが工廠全体が焼き払われた訳ではない。技術者の居住スペースなどもそのままだからな。何かが残されている可能性がある。それを処分するために連邦軍が姿を表す可能性は十分にあるだろう」

 

だがオダワラは「そんな可能性は低い」と思っていた。

サイド7が無人となったすぐ後に、キシリア・ザビ少将配下の調査部隊が動いているはずだ。

オダワラが所属するドズル・ザビ中将の宇宙攻撃軍とは、あまり仲が良くないので、その情報は入って来ないが。

だがそれはここで言う事ではない。

 

「了解いたしました。それでこの任務には何名の兵士が着くのでしょうか?」

 

するとそれまで無言だった少尉が口を開いた。

 

「他にこの任務に着く兵士はいない。君一人で遂行するのだ、オダワラ曹長」

 

「一人……ですか?」

 

オダワラは思わず聞き返す。一人で遂行する作戦など聞いた事がない。

 

「そうだ。この隊はこれから連邦軍の新型戦艦およびモビルスーツを追跡する。あのシャア少佐の部隊が取り逃した船だ。残念ながら他に避ける兵士はない。だからオダワラ曹長、君一人でこの任務を遂行して貰いたい。君なら単独任務に耐えられる精神力があるし、元々、待ち伏せや狙撃などは得意だろう?」

 

そう言って少尉はニヤリと笑った。

 

……なるほど、自分にとっては目障りな俺を厄介払いすると言う訳か……

 

すると中隊長が気の毒そう目でオダワラを見た。

 

「オダワラ、君には申し訳ないと思っている。だが少尉の言う通り、この先の作戦を考えると『特別監視任務』に避ける人員はいない。それにこの任務は作戦期間は一週間ほどだ。一週間後に補給艦が君を迎えにやって来る。それまでの間、サイド7の工廠や内部を調査し、連邦軍兵士がやって来ないか監視してくれればいい。それで君は満了除隊だ」

 

 

 

……あの時、中隊長は俺に対する温情として、この任務を薦めてくれたんだろうな……

 

この命令を受けた時、オダワラは軍役最後の日々を戦いの中ではなく、このような人気のないコロニーで無為に時間を過ごすのは虚しく感じられていた。

しかし三日も経つと、このノンビリした任務も悪くない気がしてくる。

 

……どうせ退役したら、恩給を貰ってノンビリ過ごすしかなくなるんだ。その予行練習だと思えば……

 

入れたコーヒーの香りを楽しみながらマグカップを口に運ぶ。

そしてその香りは、故郷にいる幼馴染の未亡人・ミドリを思い出させた。

 

……彼女に会うのも久しぶりだ。元気にしているだろうか……

 

オダワラは子供の時からミドリに恋心を抱いていた。

おそらく彼女も自分に好意を持っていてくれたのではないかと思う。

だがオダワラは自分から思いを告白する事が出来なかった。

ハイスクールを卒業したオダワラは、ミドリに何も告げずに軍に入隊した。

そして五年後、兵長となったオダワラは休暇を利用して故郷に戻って来た。

ミドリにプロポーズするためにだ。

だがその日、久しぶりに実家に帰ったオダワラは、兄から思いがけない話を聞いた。

 

「ヒロシ、俺、来月に結婚するんだ」

 

「そうなんだ、兄さん。おめでとう。相手は誰なんだ?」

 

「ヒロシも良く知っている娘だよ。ミドリだ。ミドリ・キシカワ」

 

オダワラはそれを聞いた時、目の前が真っ暗になる思いがした。

その後、兄と何を話したか覚えていない。

最後のオダワラが辛うじて言った言葉は

 

「ミドリは本当にイイ娘だよ。幸せにしてやってくれよ」

 

その一言だった。

 

その後、軍に戻ったオダワラは自分の技術向上に専念した。困難な訓練にも進んで参加した。

そうする事でミドリの事を忘れようと思ったのだ。

やがてミドリと兄の間に、男の子が生まれた事が伝えられた。

両親が「たまには帰って来い」と何度も言うので、オダワラは数年ぶりに休暇で故郷に戻った。

生まれたばかりの甥は可愛かった。

 

だがその頃から兄はジオニズム思想に傾倒して行った。

そしてジオン・ズム・ダイクンが暗殺された時は抗議デモに参加し、そこで連邦軍に撃たれて死んだのだ。それにショックを受けたのか、老父母は相次いでこの世を去った。

オダワラは、未亡人となったミドリと兄が残した甥を守るのは、自分の役目だと心に誓った。

それ以来、良き伯父、良き義弟としてオダワラはミドリ親子に接して来た。

軍の給与は可能な限り、ミドリに送った。彼女はその度に丁寧な礼状と、たくさんの差し入れを送ってくれた。

その甥っ子もジオン公国大学に入学し、今はミドリも一人で暮らしていると言う。

ミドリはコーヒーを入れるのが上手だった。

訪れると、いつも温かいコーヒーを入れてくれる。

 

 

 

……除隊したら、今度こそ彼女に結婚を申し込もう。お互い、だいぶ歳を取ってしまったが、残りの人生は彼女と二人で歩みたい……

 

オダワラはそう思いながら二杯目のコーヒーを入れようとした時だ。

 ピー、ピー、ピー

 

……警戒信号?……

 

オダワラは急いでザクⅡのコックピットに戻った。

ミノフスキー粒子の所為で敵味方識別信号はキャッチ出来ないが、サイド7に船が近づいてきている事は解る。

 

……まさか、連邦軍?……

 

オダワラはコロニー北側(コロニー自転軸の内、太陽に向いた方を便宜上『北』と呼んでいる)のベイエリアに仕掛けたカメラを監視した。




この続きは、本日の夜8時過ぎに投稿予定です。


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3,起動

無人となったサイド7に残された「データ収集用のプロト陸戦型ガンダム」。
その機体とデータを回収に来た地球連邦軍の技術将校、エイタ・ジョンソン・ソウマ。

だがサイド7には「もしかしたら残された情報があり、それを連邦軍が回収しにくる可能性がある」と言う事で、ジオン軍の古参兵・ヒロシ・オダワラが潜んでいた。

戦闘経験のない技術将校が、定年除隊直前の古参兵のいる無人のサイド7に入る。


エイタはランチを操り、サイド7の宇宙港に入れた。

さすがにエイタ一人のために、宇宙巡洋艦がわざわざサイド7に立ち寄る事はなかった。

 

「戦闘があったからゴミも大量に浮遊してるし、帰りは迎えに来てくれるって言うからいいんだけどな」

 

エイタはそう独り言を言いながら、ランチを降りると気密ブロックに入る。

三つの気密ブロックを抜けて、ようやくコロニー内部に降りられるエレベーターに辿り着く。

ここから3250メートル降りればコロニーの内壁、人工の大地だ。

ガンダムとザクとの戦闘でコロニー外壁に損傷があると聞いていたが、既に空気の流出は止まっているらしい。

 

エイタはエレベーター内で重たいノーマルスーツを脱いだ。

これから反対側にある工廠エリアまで行くのだ。

その距離は30キロ。EV(電動カー)で移動するとは言え、ノーマルスーツを着ているのはしんどい。

 

「モビルスーツに乗るんだから、パイロットスーツくらい用意してくれてもいいのに」

 

エイタはまたもや独り言で愚痴を言った。

同じノーマルスーツでも、標準のノーマルスーツとパイロット用では動きやすさと快適さが段違いだ。

だが彼が乗って来た宇宙巡洋艦『エインズワース』には、余分なパイロットスーツは無いと言う事だった。

補給係いわく「工廠ならパイロットスーツくらいあるから問題ない」との事だった。

 

エレベーターが地上に到着すると、エイタは畳んだノーマルスーツを抱えてEVまで移動する。

一応、軍の備品だ。放置はできない。

 

オープンカータイプのEVに乗り込むと、無人のコロニーの中を南(太陽がある方向)の工場地区に向かって進んだ。

工場地区の端には耐圧隔壁があり、その向こう側にはさらに建設途中の区画が続いている。

 

コロニー内部は所々破壊されてはいるが、住宅地はほぼ元のままだ。スーパーなどの商店も、そのまま残っている。

そして人の姿だけがない。

 

……まるで幽霊船ならぬ、幽霊コロニーだな……

 

事前に「完全に無人」と解っていても、無意識の内に人の姿を探してしまう。

だが見かけるのは遠くを飛ぶ鳥の姿と、置いてきぼりにされた犬や猫の姿だけだ。

 

左手に目をやると、白い一本の線がコロニーの北側から住宅街・森林地帯を貫いて南側まで続いている。

大型構造物や資材を運搬するための専用道路だ。かっては自動運転トレーラーがそこを行き来していたのだろう。

地球で言えば『貨物専用列車』に相当すると言える。

 

やがて住宅街を抜けると森林地帯に入った。

 

……さすがに地球連邦が肝入りで作っただけあって、まだ新しいコロニーにも関わらず木の高さが高いな。地球から運んでくるだけでも金がかかっただろうに……

 

エイタは道の両側の森を見ながらそう思った。これだけの高さのある樹木なら、モビルスーツを隠す事が出来そうだ。

 

森林地帯を抜けると工場区画だ。

目的地はこの工場区画の一番南の山側だ。

コロニーは円筒形の両端を『山』と呼んでいる。その名の通り傾斜した地形になっているのだ。

 

エイタは工場区画の中でも一番奥にある『小型宇宙艇製造工場』の前にEVを止めた。

スマホで位置を確認する。ここで間違いないはずだ。

けっこう大きな工場だ。この工場は、表向きはコロニー間で人や物資を輸送する小型宇宙艇を製造している事になっている。

 

エイタは工場横の作業員が出入りする扉から中に入った。

工場の中は薄暗い。電気は切ってあるのだろう。

工場中央にある管制室に向かう。工場内には四隻の建造中の小型宇宙艇があった。

中央の二隻はまだ骨組みと外装の下側しか出来ていない。

管制室のパソコンを操作する。ログインのパスワードなどは情報通りだ。

すると中央の二隻の小型宇宙艇が左右に移動し、その下にぽっかりと大きな地下空間が開いた。

パソコンを操作すると、その地下空間部分にも電灯が燈る。

そこまでの操作をするとエイタは管制室を出て、新たに開いた地下空間に向かった。

 

地下空間には、様々な計測器と共に、モビルスーツの盾と傍らにビームライフルが置かれていた。

だが肝心のモビルスーツが無い。

そして中央には、地下空間のためか、コロニーの構造材が大きく張り出していた。

エイタは地下空間に設置されたパソコンの一つに近寄り、それを操作する。

するとコロニーの構造材と思われた部分が、「ゴンゴンゴン」という重々しい音を立てて開いていった。

中にあったのは……ガンダムタイプのモビルスーツだった。

 

『RX-79T』

RX-78の試作部品や余剰部品で組み上げた1G下でのモビルスーツのテストベッド機。

その機体を見た時、エイタはほっと独り言を呟いた。

 

「良かった。ここはジオンには見つかっていなかった、って事だな」

 

そう言いながら、パソコンのモニターに映るモビルスーツの各種機能をチェックする。

外から見る限りは問題なさそうだ。

核融合炉に必要な重水素も、スラスターの推進剤も十分に補給されている。

 

「後はコックピットに入ってからだ」

 

パソコンをシャットダウンすると、エイタは横たわるRX-79T『プロト陸戦型ガンダム』に近づいた。

ジオンのモビルスーツ『ザク』に比べて角ばった外観を持つガンダムを、エイタは改めて見上げた。

 

RX-79Tは1G下、つまり地上戦を想定しているため、コアブロックシステムは組み込まれていない。

RX-78が鳩尾部分にコックピットがあるのに対し、RX-79Tは胸部中央にコックピットがある。

そのコックピット部分の両側にはバルカン砲が備え付けられている。

 

エイタはガンダムの左腕部分からよじ登り、モビルスーツの首の下、胸パーツの上部に来た。

コックピット・ハッチの暗証番号を入力すると、軽い駆動音と共にハッチが跳ね上げるように開いた。

 

「システム、完全に止まっているよな、やっぱり」

 

エイタは暗いコックピットに潜り込むと、仰向けになるような感じでシートに収まった。

コックピット右下にあるパネルの起動スイッチを入れると、右下のタッチパネルに暗証番号の入力画面が表示された。

エイタが暗証番号を入力すると、正面モニターに『システム起動中』のメッセージが表示される。

それと共に様々なコマンドラインやシステムチェックのログが、大量にスクロールされていく。

これは本機体がテストベッド機のためだ。実戦配備される時には、こんなOSやドライバのログは必要ない。

 

やがて別ウィンドウで『熱核融合炉起動』というメッセージが表示された。

ミノフスキー物理学を応用した超小型熱核融合炉は、安全性が高いだけではなく、通常運転出力までの反応も早い。

 

三分ほど経っただろうか。

やはりモニターに『ジェネレーター出力を制限しますか?(Yes/No)』のメッセージが表示される。

本来のRX-78と違って、試作品やB品を使用しているこの機体では、ジェネレーター出力を10%ほど低い1250kWに押さえている。

エイタは『Yes』をタッチした。

するとモニターが青く変わり、機体各部の状況を知らせる計測ウィンドウが表示される。

起動準備の完了だ。

 

エイタは四点式のシートベルトを締めた。この時点ではパイロットスーツを着用する必要はないだろう。

天井部分に当たるコックピット・ハッチを閉じる。

すると天井部分はモビルスーツ上部を映すモニターとなった。

左右の操作レバーを握る。スロットルを軽く捻るとジェネレーターからの電力供給が上がり、機体が軽く振動すると同時に、胸部排気口から排熱された熱い空気が吹き出す。

 

「RX-79T、プロト陸戦型ガンダム。起動します」

 

無意識の内に訓練手順の言葉を口にしたエイタは、それを聞くオペレーターがいない事を思い出して苦笑した。

軽く操作レバーを前に押し出す。

それと共にRX-79Tの機体が上体を起こし始めた。

それまで背中にかかっていた重力が、徐々に腰の部分にかかるをの感じる。

ガンダムが上半身を起こした所で、エイタは気がついた。

 

「無人のコロニーとは言えど、このまま工場の天井を破壊するのはマズイよな。後でバレて始末書とかも嫌だし」

 

コックピット左下の通信用タッチパネルで『格納ゲートオープン』のメニューをタッチした。

すると『小型宇宙艇製造工場』の屋根部分が大きく開いていく。

天井が開くと、6.5キロ先の別の地面が見える。

 

「地球では絶対にありえない光景だな」

 

エイタはそう呟きながら、左右の操作レバーとフットペダルを微妙に操作しながらガンダムを立ち上がらせた。

 

エイタは自分が設計すると同時に、モビルスーツの操縦シュミレーターも開発していた。

そのため、自分でも何度かRXシリーズを動かした事がある。

実戦経験はないが、モビルスーツの移動くらいなら問題ない。

 

エイタは右側面のモニターを見た。

そこにガンダムの盾とビームライフルが置かれている。

エイタはその盾とビームライフルに手を伸ばした。




この続きは、明日AM7:30頃の投稿予定です。


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4,狙撃

無人のサイド7に残された『陸戦型ガンダム』のテストベッド機。
それを回収に来たエイタ・ジョンソン・ソウマ技術中尉。

だが無人のはずのサイド7には、ジオン軍の退役間近な兵士、ヒロシ・オダワラ上級曹長が待ち伏せていた。


ジオン軍ヒロシ・オダワラ上級曹長は、宇宙港のある北側(コロニーの回転軸で太陽とは反対方向)を双眼鏡で見つめていた。

オダワラが居る場所は、森林地帯に作られた丘、市民の憩い用の展望台の上だ。

ザク自体は丘の中腹にある森の中に偽装して隠してある。

ミノフスキー粒子下で敵味方識別信号はキャッチ出来なかったが、サイド7に船が近づいている事は解った。

その後、仕掛けた監視カメラの映像で、宇宙港に小型のランチが入港した所まで確認している。

 

……コロニー公社のただの定期巡回か。それとも連邦軍がやって来たのか?……

 

小型のランチでやって来たという事は、コロニー公社の定期巡回の可能性が高かった。

 

……コロニー公社なら、宇宙港を一瞥してそのまま立ち去って行くはずだが……

 

すると北側の通称『山』から、一基のエレベーターが下降してくるのが見えた。

 

……コロニー内に降りてきた?公社の人間じゃないのか?……

 

オダワラはじっと双眼鏡に目を当て続けた。

しばらくするとエレベーターの麓駅から、一台のEVが走り出した。

好都合な事に運転席が見えるオープンカータイプだ。

オダワラはその運転席に目を凝らした。

まだ若い、二十代前半くらいの男だ。

その兵士の横顔を見た時、なぜかオダワラは同じ年ごろの甥っ子を思い出した。

 

……地球連邦軍の制服!だがなぜ一人?……

 

オダワラはもう一度コロニー北側のエレベーターに双眼鏡を向けた。

後続の部隊がいるかと思ったのだ。

だが後に続く兵士がいるように思われない。

オダワラは疑問に思った。

 

……なぜ連邦軍の兵士が、たった一人でこんな所へ?……

 

軍隊において単独行動作戦など、まずあり得ない。

確かに現在のオダワラの置かれた状況は単独作戦だが、これは事実上の「厄介払い」だからだ。

しかもオダワラはあと一週間で退役する。

 

それに総人口が1億5千万人程度のジオン公国と違い、地球連邦は50億人近い人口がいる。

(戦前の地球連邦加盟国の人口は百億を越えていたが、コロニー落としにより半分に減ったと言われている)

よってジオン軍ほど人手不足と言う事はないはずだった。

 

最初は「私的な理由で住宅街に忘れ物でも取りに来たのか?」と思ったが、EVは住宅街を素通りすると、そのまま森林地帯に入った。

そしてその先には工場区画しかない。

 

……まさかこの先の工場区画に、わざわざ連邦軍の兵士が行くようなシロモノがあると言う事なのか?……

 

オダワラの胸が高鳴った。

確かにオダワラはサイド7に到着して早々に、連邦軍の工廠を調査して回った。

自分では注意深く見て回ったつもりだが、それでも調査専門の部隊とは違い、見落としている部分は相当にあるだろう。

それに大部分の場所はキシリア・ザビ少将配下の調査部隊が調べた後なのだ。

 

やがて連邦軍兵士を乗せたEVは、それほど大きくない『小型宇宙艇製造工場』の前に止まった。

 

……あそこは民間人が経営する小型宇宙艇の製造工場だ。あんな所で何が?……

 

やがて工場内で電気が燈るのを確認する。

連邦軍兵士はあそこで何かを調べているのだろうか?

気になったオダワラは、スマホを取り出すと工場の所有者について調べてみた。

 

『エルスマン小型宇宙艇製造所。オーナー兼CEO、ジーン・エルスマン。株主構成、コロニー公社25%、コロニー開発銀行25%……』

 

……特に怪しい所はないと思うが……

 

だがジーン・エルスマンの経歴を見て、オダワラは目を見張った。

 

『アイランド・イフィッシュ工業高専を卒業』

 

アイランド・イフィッシュはサイド2ハッテ自治共和国の首都だったコロニーだ。

そしてジオン軍の悪名高い『毒ガス作戦』が実行され、そのまま地球に『コロニー落とし』をされたのだ。

 

ジーン・エルスマンがそのアイランド・イフィッシュの学校を卒業したのなら、現地には彼の友人や知人も多かっただろう。

それでなくても青春時代を過ごした思い出の場所を、『コロニー落とし』の兵器として使用されたなら、ジオンに対して敵愾心を持つに違いない。

 

オダワラとしても『ブリティッシュ作戦』通称『コロニー落とし』には強い反感を覚えていた。

自分達の『母なる大地』とも言うべきスペース・コロニーを大量破壊兵器として、『守るべき聖域の地球』に落下させたのだ。

ジオニズム思想に背く行為だと思うし、何より『コロニー内に毒ガスを噴霧して、全住民を抹殺』など狂気の沙汰としか思えない。

たとえサイド2、ハッテ自治共和国の国民が『反スペースノイド的思想』の持ち主だとしてもだ。

 

……エルスマンが反ジオンになるのも当然だろうな。自分達はスペースノイドのために立ち上がったはずなのに……これが戦争か……

 

そんな思考にボンヤリと捕らわれていた時だ。

『エルスマン小型宇宙艇製造所』の屋根の部分が、大きく左右に開き始めたのだ。

 

……な、なんだ。何が起こった?……

 

オダワラは双眼鏡で凝視した。

そしてその開口部分から姿を現したのは……

 

「連邦軍の新型モビルスーツ!」

 

オダワラは思わず声に出して呻いていた。

テストベッド機のためか、モビルスーツの機体色は目立つ白だ。胸部と腹部が濃紺に塗装されている。

 

……こんな所に、まだ連邦の新型モビルスーツが!……

 

オダワラは展望台から飛び降りると、なだらかな斜面を一気に駆け下りた。

すぐにカモフラージュ・ネットを掛けた自分のモビルスーツ、ザクⅡに辿り着く。

ザクの鳩尾部分の左側にあるコックピット・ハッチを開くと、滑るようにコックピットに入り込んだ。

 

既に小型核融合炉はスタンバイ状態になっている。

オダワラは四点式シートベルトを締めると、左右に直立した操縦レバーを握った。

起動スイッチを押すと、正面・左右・上下のモニターが外部の状況を映し出す。

望遠カメラで宇宙艇工場をクローズアップする。

連邦の新型モビルスーツは立ち上がったままだ。

その目立つ体勢でシステム・チェックでもしているのだろうか?

 

オダワラはザクを立ち上がらせず、周囲の樹木で機体を隠した状態で175mm無反動砲・通称『マゼラトップ砲』をザクのマニュピレーターで掴んだ。

 

これはザクマシンガンではダメージを与えにくい相手に対し、長距離射撃を目的として支給されたものだ。

とは言っても、事実上は『修理途中のマゼラトップ』が余っていたので、それを廃棄がてら持たされた、と言うのが正しいが。

 

オダワラの乗ったザクは、そのまま人間で言う『膝撃ち』の姿勢を取る。

モニターの照準器に連邦軍の新型モビルスーツの機体が大きく映る。

 

……この距離なら俺は絶対に外さない……

 

オダワラの心は踊った。

もはや「消化試合に近い、退役までの暇つぶし」と思われたこの任務で、まさか連邦軍の新型モビルスーツと邂逅する事が出来るとは思わなかったからだ。

しかも相手はあの『赤い彗星と呼ばれるシャア少佐』が、取り逃したという話題のモビルスーツなのだ。

 

オダワラは再度、照準器の中央に捕らえた連邦のモビルスーツを見つめ直す。

 

……誰だか知らんが、残念だったな、連邦の兵士さん。俺は待ち伏せと狙撃は得意中の得意なんだよ……

 

事実、彼は小惑星や宇宙デブリに隠れて、何隻もの連邦の船を航行不能にしてきた。中には撃沈したものさえある。

 

連邦の新型モビルスーツの装甲は、ザク・マシンガンの弾をはじき返したそうだが、このマゼラトップ砲なら破壊できるだろう。

 

オダワラは胸の高まりを押さえながらも、慎重にトリガーを引いた。

 




この続きは、今日の夜8:30頃に投稿予定です。


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5,受難

無人のサイド7に隠されていた『陸戦型ガンダム』のテストベッド機。
連邦軍の技術将校、エイタ・ジョンソン・ソウマは、その隠し場所からガンダムを起動させた。

だが無人と思われたサイド7には、ジオン軍から「工廠の監視任務」を単独で任された古参兵、ヒロシ・オダワラがいた。
オダワラは待ち伏せと狙撃の名手だ。
そのオダワラが、ガンダムを狙い撃った。


エイタのガンダムがビームライフルを手にした時だった。

 ギュン

という凄まじい異様な摩擦音と共に、目の前の工場外壁が爆発的に吹っ飛んだ。

爆風を浴びてガンダムの機体が、後ろに尻もちを着くように倒れる。

モニターが瞬時に光量調整を行うが、それでも一瞬目の前が真っ白になった。

 

……何が起こった?……

 

数秒遅れて、巨大な砲の発射音が聞こえる。

 

……敵による攻撃?……

 

エイタの頭が混乱した。

このコロニーは無人のはずだ。ジオン軍も来ていないと、事前に偵察部隊からの報告を受けている。

 

……俺がこのコロニーに入ってから、ジオン軍が攻めてきたのか?……

 

だがエイタはその考えをすぐに打ち消した。

彼が宇宙巡洋艦エインズワースでこのサイド7に接近した時、付近にはジオンどころか民間の船も居ない事は確認していたからだ。

 

「くそおっ!」

 

エイタは、ガンダムの右手がビームライフルを手にしていた事に気が着いた。

レバーを操作し、銃声が聞こえたと思われる当たりにビームライフルを向ける。

その方角には森林地帯だが、少し小高くなった丘のようなものが見える。

音からして、おそらくその辺りだろう。

 

敵影は見えなかったが、カンでトリガースイッチを押す。

 ビュオオォォ

形容しがたい音と共に、赤みを帯びた白光がビームライフルから一直線に放たれる。

だが一発目は丘には命中せず、そのまま空気の霞む彼方でオレンジ色の爆発光が見えた。コロニーのどこかに着弾したのだ。

 

だが恐怖と焦りに捕らわれていたエイタは、そんな事は気にしなかった。

二発、三発と続けてビームライフルを発射する。四発目がやっと丘になっている部分に命中した。

その爆発的なエネルギーが丘から大量の土砂を巻き上げると共に、周囲の森林が燃え始めた。

それでもエイタは五発目、六発目のビームを撃つ。

敵影も見えない中でこんな無駄玉を何発も撃つことは、普通のパイロットには考えられない事だが、実戦訓練を受けていない技術士官のエイタには無理もない事だった。

 

「敵をやった……のか?」

 

六発もビームを放ち、敵からの反撃がない事で、やっとエイタはトリガーにかけた指を離した。

 

敵の最初の一弾で、既に工場建物が燃え始めていた。乗って来たEVもその炎に巻き込まれてる。

その黒煙が煙幕となってガンダムの機体を隠してくれる。

 

そう思った矢先だった。

再び鋭い空気との摩擦音と共に、今度は前方にあった資材工場に着弾、そして爆発炎上する。

 

そして一瞬見えた敵からの発射光。

先ほどビームライフルを打ち込んだ丘の反対側だ。

エイタは再びそこにビームライフルの銃口を向けると、トリガースイッチを押した。

一発、二発、三発・・・またもや六発のビームを敵のいるあたりに立て続けに撃ちこむ。

 

既に丘のあったあたりにはいくつもの土煙と、同時に森林の木々が燃え上がる黒煙が幾筋も立ち昇っていた。

敵の砲撃は止まっている。

 

……今度こそ、やったのか……

 

だがエイタには敵を撃墜できた確信がない。

そして攻撃の成果を把握しに行く勇気も無かった。

 

 

 

トリガースイッチに指をかけたまま、ジオン軍のヒロシ・オダワラ上級曹長は呆然として呟いた。

 

「まさか……外した?……」

 

信じられない思いだった。

間違いなく敵モビルスーツの姿は照準器のド真ん中に捕らえていたのだ。

 

確かにオダワラの気持ちは『連邦軍の新型モビルスーツを撃墜する』という事に高ぶっていたかもしれない。

だがそれでトリガーを引く手が震えるほど初心ではない。

そして彼の37年に渡る戦歴の中で、こんな事は一度も無かった。

 

「ザクの照準システムが壊れたのか?」

 

そうとしか思えなかった。

そして……バカバカしい事だがオダワラの目には、銃の弾道が左にカーブしたように見えたのだ。

 

だがノンビリ外した理由を考えている訳にもいかなかった。

敵モビルスーツは、その手に強力な武器、ビームライフルを構えて応戦して来たのだ。

 

オダワラは素早くザクを丘の反対側に移動させた。

この展望用の丘が、うまい具合に掩体となってザクの機体を隠してくれる。

ビームは続けざまに6発発射された。その内の二発は明後日の方向に飛んで、コロニーのどこかに着弾する。

 

「それにしても……敵影も確認せずにこんなムダ弾を撃つなんて。相手は新兵か?」

 

オダワラは思わずそう呟いた。

確かに敵はオダワラの狙撃位置に検討を付けて撃ってきている。

だが強力なビーム砲と言えども、機体に当たらねば意味がない。

そしてビームライフルのエネルギー消費率を考えれば、そんなに連射は出来ないはずだ。

 

オダワラは丘の反対側にザクを移動させた。

上手い具合に敵のビームの着弾によって、周囲の森林から火の手と黒煙が上がっている。

オダワラは慎重に樹木の影にザクを隠しながら、再びマゼラトップ砲を構えた。

今度は伏射の姿勢だ。安定性も高い。

オダワラは照準器を除いた。

やがて相手が潜む工場の影から、白いモビスルースの上半身が見える。

間違いなく照準器のド真ん中だ。

 

……これなら絶対に外す事はない……

 

オダワラは慎重にトリガースイッチを押した。

だが信じられない事に、またもやオダワラの放った銃弾は目標を外れたのだ。

しかもさっきと同じく、オダワラから見て左側に銃弾が逸れた。

そして間違いなく、銃弾が左にカーブしたのだ。

 

今度は敵モビルスーツの左側にあった資材工場が派手に爆発する。

オダワラは呆然として前方モニターを見つめた。

 

……どういう事だ?この俺が二度も狙撃を外す?しかも弾道が左にカーブしただと……

 

敵モビルスーツが再びその強力なビームライフルを撃ちこんでくる。

オダワラは丘を盾に機体を隠すしかなかった。

 




この続きは、明日の午前11時頃に投稿予定です。


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6,焦りと気付き

無人のサイド7。
そこでプロト陸戦型ガンダムを回収に来たエイタ。
そして一人で工廠の監視を命じられたオダワラ。

オダワラは必殺のはずの狙撃が、なぜか外してしまう。
それに驚いたエータは、敵の姿も確認せずにビームライフルを乱射した。


エイタは地下空間の中にガンダムを這いつくばるようにして、機体を隠した。

コックピット左下にあるウェポン・コントロール・システムのモニターに目をやった。

ビームライフルのエネルギー・ゲージが『残弾3』と表示されている。

 

……しまった。焦ってライフルを乱射し過ぎた……

 

ビーム・ライフルの発射回数は15発だ。それを撃ち尽くしたら、専用のエネルギー・チャージャーで充電しなければならない。

だが既に敵の砲撃によって、工場内施設は大半が破壊されていた。

ここでビーム・ライフルのエネルギー・チャージを行う事は無理だ。

 

……それにしても、ザクにあんな長距離射撃を行える武器があるとは知らなかった……

 

ザクでよく使われる兵器は『ザク・マシンガン』と『ザク・バズーカ』だ。

他にも脚部に着けるミサイル・ポッドや接近戦用のヒート・ホークなどがあるが、実弾を使用する長距離射撃用の武器については聞いた事がない。

 

……ザク・マシンガン程度なら、RX-79Tのルナ・チタニウムの装甲ならある程度は耐えられるんだが……

 

実際、RX-78-02は至近距離からのザク・マシンガンの弾をはじき返したと言う。

 

……しかしあの長距離砲の威力だと、まともに喰らえばガンダムとて無事には済まない……

 

……敵はあと何発、あの長距離砲を撃てるんだ?他の武器は持ってないのか?マシンガンならまだしも、バズーカを撃ちこまれたら一たまりもない……

 

……そもそも敵は何機いるんだ?このままここにいたら包囲されるんじゃないか……

 

エイタはそう考えると、背筋がゾクッとした。

今すぐにでも、この地下空間を取り囲むようにザクが姿を現すかもしれない。

思わすレバーを引いて、ガンダムのマニュピレーターでビームライフルを構える。

 

……だが、ビーム・ライフルはあと三発しか撃てない。残る武器は頭部と胸部の60ミリバルカン砲とビーム・サーベルだけだ。だがバルカンでモビルスーツを倒せるのか。それに敵が遠距離狙撃と接近戦に別れて襲ってきたら……

 

エイタは額に粘るような汗が滲んでくるのを感じた。

 

……とりあえず今は、ここを塹壕として相手の出方を見るしかない……

 

そう考えたエイタはガンダムを操作して、黒煙に紛れて工場に元からあった四隻の小型宇宙艇を、敵がいる方向に向かって並べて行った。

それ以外にも散らばった鉄骨などの資材や、コンクリートの塊を砲弾壁として積み上げる。

その作業中にエイタは思い出した。

 

……そうだ、この工場区画から森林地帯を越えた所に、確か連邦軍の秘密補給施設があった。あそこには100ミリ・マシンガンと弾薬があるはずだ。そこまで行く事が出来れば……

 

しかし塹壕の外に出れば、先ほどと同じく敵の狙撃が待っている。

それに敵が何機いるか分からない状態で、ノコノコと外に出ていく勇気は、今のエイタには無かった。

 

……せめて暗くなるまで待つか……

 

エイタはそう自分を納得させた。

 

 

 

森林地帯の丘の影。

ザクの機体をその影に隠したオダワラはマゼラトップ砲を見た。

 

「なぜだ、なぜこの俺が、こうも狙いを外した?」

 

二回の狙撃を思い起こし、慎重に考えてみる。

一発目も二発目も、着弾はオダワラが狙った場所から10メートルほど左にずれた。

そして二発目はハッキリと弾道が左にカーブしたのだ。

 

……弾道が曲がるなんて、そんなバカな事が……

 

その時、オダワラの頭にやっと答えが浮かび上がった。

 

「クソッ、俺は何て馬鹿なんだ。コロニー育ちにも関わらず、こんな簡単な事に気づかないなんて!」

 

オダワラが気づいたのはコリオリの力だった。

回転運動する座標の中で放たれた物体は、見かけ上は回転と反対方向に曲がって進むように見えるのだ。

 

……俺はコロニーの南に向かって銃を撃った。コロニーは反時計回りに回転している。だから銃弾は見かけ上、左に曲がって見えたのだ……

 

こんな単純な事に気づかなかった自分にパンチをくれてやりたい、とオダワラは思った。

 

しかしコロニー内での実弾発射など、スペースノイドには考えられない事だった。

何しろ自分達の母なる大地とも言えるスペース・コロニーなのだ。

モビルスーツがバズーカやマシンガンを使うのは、宇宙空間だけだった。

さらに言えば、原因が解った所で今のオダワラにはどうする事もできない。

コリオリの力によって着弾がズレるとしても、コロニー内部では敵との位置関係によって弾道が変化するためだ。

そして軍一筋だったオダワラには、射撃管制システムを修正するようなプログラムを書く事はできない。

 

オダワラは再びマゼラトップ砲を見た。

元々、マゼラトップ砲の装弾数は5発だ。そして予備の弾薬は持って来ていない。

残りは三発。狙いがズレる長距離砲など、相手の威嚇にしか使えない。

 

……それに対し、ヤツのビームライフルは狙った場所に直進する。こっちはうかつに近づけない……

 

ビームは光速に近いスピードで飛んでくる。よってコリオリの力によって弾道が曲がる事は事実上ないに等しい。

 

……コッチが助かっているのは、相手がヘタクソな新米兵士だって事だな……

 

ふとその時、「連邦軍のパイロットは全員少尉以上である」と言う話を思い出した。

 

……つまり相手は士官学校出たての新米将校さんと言う訳か。だがそんな嘴の黄色い少尉が、なぜたった一人でやって来たんだ……

 

常識的にあり得ない、とオダワラは思う。

何らかの原因で新米少尉だけが先に一人でやって来たとしても、後に続く部隊が必ずいるはずだ。

 

……長期戦は俺に不利だな……

 

オダワラはそう考えていた。

 




この続きは、本日夜8時過ぎに投稿予定です。


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7,忍耐

エイタはRX-79T『プロト陸戦型ガンダム』を、じっと地下空間の中でしゃがんだ姿勢で維持していた。

時折、頭部を巡らして周囲に接近するザクがいないかを確認する。

 

ついさっきまで、エイタはガンダムを放棄して逃げる事を考えていた。

相手が複数のモビルスーツ部隊なら、実戦経験のないエイタに勝ち目はない。

だが『ガンダムを放棄したからと言って、相手が見逃してくれる』という保証はない。

EVが破壊された現状では、歩いて南側の宇宙港まで徒歩で行かねばならないが、その距離は30キロ。

その間にモビルスーツに襲われれば一巻の終わりだ。

さらに言えば、ここでガンダムを放棄した事が上層部に知られれば、軍の機密保持違反どころか、ヘタをしたら敵前逃亡で銃殺の可能性すらある。

 

「ちくしょう、なんでこんな事に……簡単な任務じゃなかったのか?」

 

エイタの口から思わず不平が漏れた。

自分をこんな場所に送り込んだ上官、その原因を作ったテム・レイ技術大尉を罵る。

ふと時計を見ると、敵の二発目の攻撃から一時間以上が経っている。

 

……もうこんなに時間が経ったのか?……

 

エイタは再びガンダムの頭部を回して、周辺の様子をズームアップしながら索敵をした。

だが敵影らしきものは一切ない。

 

「もしかして、敵も単独なのか?」

 

エイタは士官訓練学校で、同室の一人が得意げに話しているのを思い出した。

 

「連邦軍は狙撃は二人一組が基本なんだ。狙撃手と計測手だな。それに対し、ジオン軍は人手不足だから狙撃も単独で行うらしいぜ」

 

……あれはモビルスーツでの狙撃も同じなのかもしれない……

 

さらに言えば、狙撃とは本来隠密作戦のため、三人以上で行動する事は稀だ。

 

……だとしたら、俺にも満更勝ち目が無い訳じゃなさそうだ……

 

ジオンのMS-06『ザクⅡ』に対し、このRX-79T『プロト陸戦型ガンダム』はあらゆる面で優れている。

 

「レイ主任の息子は全くの素人なのにガンダムを動かして、二機のザクを撃退したんだ。俺にだって出来ないハズがない」

 

「それなのに開発者の俺が、たった一機のザクに撃たれただけで、モビルスーツを放棄して逃げ出したなんて言われたくない」

 

エイタはそう言って自分を鼓舞した。

彼が言う『レイ主任の息子』は特異な才能を持っている事を、この時のエイタは知るよしも無かった。

 

 

 

ジオン軍の上級曹長・ヒロシ・オダワラは、丘を盾にした姿勢でザクの照準器を覗いていた。

 

「奴さん、さすがにうかつに動いたりはしないか」

 

オダワラはそう呟いた。

連邦のモビルスーツが姿を見せれば、狙い撃つ事はできる。

だが命中させる自信はなかった。

前回の着弾を考えれば、10メートルほど右を狙えばいいはずだが。

 

「相手が『コッチが外した理由』を知らなければ、姿は見せないだろうけどな」

 

オダワラはそう言いながら、水筒からの水を一口だけ飲んだ。大量に飲むと尿意を催す。

そしてポケットからかなりくたびれた感じの一枚の紙を取り出して広げた。

サイド7の自作の地図だ。地図の中にはいくつも丸印や四角で囲んだ場所、×印などが付けられている。

それを見てオダワラはほくそ笑んだ。

 

「こっちはこの三日間で、アチコチに塹壕や掩体壕、そしてワナを仕掛けているからな。飲み水や食料もたっぷりある」

 

そうして視線を再び、照準器の中の敵モビルスーツが潜む辺りに向けた。

 

「ソッチはいきなりの攻撃で、何の準備も出来ていないだろう。食料どころか飲み水さえ苦労するはずだ」

 

そう嘲笑うかのように口にする。

オダワラは、三日前から今いる森林地帯を中心に、様々な準備を行っていた。

塹壕はもちろん、偽装した山や谷、ザクを乗せて静かに移動するための電動トラック。中にはクラッカー(MS用手りゅう弾)を利用したトラップを仕掛けている場所もある。

そして工場地帯への移動ルートも調べてある。

 

……おまけに相手は戦闘経験がない新米将校さんらしい。一日もあれば決着は着くだろう……

 

オダワラはそう考えていた。歴戦の自分が連邦軍の新米将校に負ける訳がないと。

だが彼にも不安があった。

時間が経てば経つほど、連邦軍の船が相手を迎えに来る可能性が高いからだ。

 

……長くとも、明日までには決着を付けねば……

 

オダワラは再び自作の地図に視線を移すと、どう相手を料理するか考え始めた。

 




この続きは、明日午前11時過ぎに投稿予定です。


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8,渇きと疑惑

無人となったサイド7で、戦闘に不慣れな技術将校エイタと、戦闘経験が豊富な退役間近のジオン軍上級曹長オダワラが激突する。

互いに「相手が一人らしい」となり、持久戦となった。二人。
だが武器は互いに乏しい状況である。


「クソッツ、なんでこんなに暑いんだ」

 

エイタは顎から滴り落ちそうになる汗を、ハンドタオルで拭った。

そのハンドタオルも既にぐっしょりと湿っている。

原因は解っていた。

ガンダムの小型熱核融合炉を『戦闘出力』に維持していたため、排熱が追いつかないのだ。

 

元々、モビルスーツは戦闘状態ではかなりの高熱を発する。

その冷却のために外部装甲板から熱を逃がすようにしている。

だがRXシリーズの外装であるルナ・チタニウムは、ザクの外装である超硬スチール合金より熱伝導性が悪い。

そのためRXシリーズでは、胸部に大きな排熱口を持っている。大気中では空冷で、宇宙空間では冷却ガスを排出する。

しかし今のエイタのガンダムのように、動かない状態で『戦闘出力』を保っていては、排熱が追いつかないのは当たり前だ。

本来ならは今のようにモビルスーツを待機させている時は『スタンバイ・モード』または『スリープ・モード』にしておくべきなのだ。

 

だが『敵がいつ、どこから現れるか分からない』という状況から、エイタには『戦闘出力』を解除出来なかったのだ。

モビルスーツ本体は『スタンバイ・モード』でもすぐに動かす事が出来る。

だがビームライフルやビームサーベル、またスラスターを利用した運動は、起動後の数十秒は出来ない。

その数十秒が命取りになる可能性は高い。

その結果として、エアコンが装備されているにも関わらず、現在のコックピット内部の温度は40度に達しようとしていた。

 

「このままじゃ敵にやられる前に、俺が暑さでやられちまう」

 

エイタはジェネレーター出力レバーを操作し、ようやく『スタンバイ・モード』にセットした。

 

「水……水が欲しい……」

 

既にエイタの喉の渇きはかなりの所まで来ていた。

 

……しかし水や携帯食料を入れたバックパックは、EVに積んだままだった……

 

そのEVは敵の一射目で炎上している。

 

……このまま持久戦になったら、水と食料は確保しておかないと……

 

三日後には連邦軍の宇宙巡洋艦『エインズワース』が迎えに来るのだ。

たとえここでザクを倒せなくても、三日間乗り切ればエイタの勝利と言える。

 

……だが水も食料も無しでは、三日間を乗り切る事はできない。最低でも水だけは確保しておかねば……

 

エイタは既に乾ききった舌で、やはり乾いた唇を舐めた。

 

……暗くなったら水と食料を探しに行こう……

 

 

 

オダワラは丘の上に作った偽装監視壕から双眼鏡で、連邦のモビルスーツがいる辺りを覗いていた。

 

「奴さん、新米将校のクセに粘るな。一日もしない内に音を上げて動き出すかと思ったんだが……」

 

オダワラはそう言った後で、レーションにあったチョコレート・バーを齧った。

物資不足に悩むジオン公国にとって、チョコレートの原料となるカカオは貴重品だ。

今回は満期除隊の事もあって、補給係が特別にオダワラには支給してくれたのだ。

 

「まだ火事の後が残っていて、赤外線センサーは使えないか」

 

モビルスーツはかなりの高音を発する。

そもそも一時間以上の連続戦闘を想定はしていない。

宇宙空間なら冷却水の循環とスラスターの推進剤の気化熱などで排熱を行うが、コロニー内ではそういう訳にも行かない。

チョコレート・バーを食べ終わったオダワラは、水筒の水を一口飲んだ。

 

「水も手に入らないのに、暑いモビルスーツのコックピット内で息を潜めているのか?」

 

だがそんな我慢は無駄だろう、とオダワラは思う。

オダワラは監視壕を出て丘を降りると、生理現象の事前解消として放尿した。

その時、ふとある思いが頭を過る。

 

……あの新米将校はランチで来たという事は、連邦軍の船は奴を途中で降ろしたと言う事だ。つまり帰りに拾っていくのだろう。長期戦になればコッチが不利だ……

 

……敵のパイロットが一日中コックピットの中に籠っているのは、近い内に味方の迎えが来る事を想定しているのかもしれない。そうすると俺が考えているより早く、ここに連邦軍がやって来る事になる……

 

オダワラはズボンのチャックを上げると、再び丘の上に立って敵モビルスーツがいる辺りを眺めた。

 

……連邦軍の増援が来るまで時間がかかるとしたら、敵のパイロットも一度はコックピットを出て、水や食料を探すはずだ。一度は相手の様子を偵察しに行った方がいいな……

 

そう考えたオダワラは、さっそくコックピットに戻ると白兵戦用の無反動ライフル70-Rカービンを取り出した。

腰のホルスターにはナバン62式拳銃が収められている。

 

……敵の新米将校が動くとしたら、やっぱり暗くなってからか……

 

オダワラはザクを『スリープ・モード』にセットして、コックピット・ハッチを暗証番号でロックすると、静かに熟練の動きで森の中に消えて行った。

 




この続きは、本日午後3時頃に投稿予定です。

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9,遭遇(前編)

装備一式を失ったエイタは暗くなるのを待って、PX(基地内にあるスーパー)に水と食料を探しに行くことを決めた。

一方、オダワラも「連邦軍兵士は準備がないからPXに向かうだろう」と予想し、モビルスーツを降りてPXに向かった。


コロニー内が完全に闇に沈んだ頃。

エイタは工場区画と森林地帯の境界にある『連邦軍基地』の近くに来ていた。

 

工場内に飲料用の水道水がない事は解っていた。

コロニーでは水は貴重だ。地球にように自然に湧いて来るものでも、空から降って来るものでもない。

全て限りある資源として循環して使用している。雨だってコロニー内の植物の光合成のために、計画的に降らせているのだ。

工場にある水道設備は飲料用には適していない上、その給水システムさえも止められていた。

 

最初は工場区画の近くにスーパーなどの店舗がないか探したが、地球と違ってコロニーには非居住地域にそんな物はなかった。

自動販売機はいくつかあったが、住民退避時に一斉に電源が落とされているようだ。

一軒だけコンビニエンスストアらしき店があったが、そこは既に火に取り囲まれていた。

既にガンダムのある工場一帯では火の手は収まっていたが、まだその周辺では散発的に赤い炎が見える。

 

……確かこの工場区画と森林地帯の境界に、連邦軍の基地があった。そこには兵舎もPX(基地内のスーパー)があるはずだ。火の手が回っていなければ、PXで水やレーションなども揃える事が出来るだろう……

 

エイタは火事の発生している場所を避けながら、やっとの思いで連邦軍基地まで辿り着いた。

幸いな事に、ここは火事が発生している所からはけっこう離れている。

 

……かなり遠回りになったが……やっと水にありつける……

 

エイタは閉じられている門を押し開くと、基地内に入って行った。

一番奥の森林地帯に近い場所に兵舎がある。

PXはそれよりも少し手前だ。

 

エイタはこれだけは肌身離さず持ってきた『M72A1ブルパップ式アサルトライフル』を構えた。

もしかしたら敵のジオン兵が待ち伏せしているかもしれないからだ。

エイタは技術士官のため、本格的な戦闘訓練は受けていない。

しかしそれでも実弾射撃の訓練は受けている。

ライフルをしっかりと肩と頬に付け、必ず視線と銃口を同じ方向に向けながら、基地の中を慎重に進む。

 

コロニー全域の送電システムが停止しており、基地内の電源も落とされているため、周囲は真っ暗だ。

いくつかの建物を通り過ぎた所、少し広場になったような場所に二階建ての平たい建物が目に入った。

近くに寄って見てみると、入口の上に『SIDE7 PX』と書かれている。

エイタはホッとしながら、入口に近寄った。だが入口は施錠されている。

 

……音は立てたくないが、仕方がない……

 

エイタはライフルの銃床でドアのガラス部分を叩き割った。

静まり返った無人のコロニーの中では、想像以上に大きな音が響いたような気がする。

エイタは周囲に目配せをする。

 

……大丈夫だ。近くには誰もいない……

 

そう自分に言い聞かせた。

店内に入ると、さらに闇は濃くなった。

暗闇に慣れた目でも、ぼんやりと棚がある事が解るくらいで、何がどこにあるのかさっぱり解らない。

 

……ここまで来て、何も収穫なしじゃいられない。今まで大丈夫だったんだ。ここでライトを付けても大丈夫だろう……

 

ここまで敵らしい姿が一切見えなかった事が、エイタを大胆させていた。

またそれ以上に喉の渇きが抑えられなかった。

エイタは胸に付けていたマグライトのスイッチ入れた。

 

 

 

オダワラは音もなく、まるで野生動物のように夜の森の中を進んでいた。

 

……ヤツが水と食料を探しに行くとしたら、連邦軍基地内のPXだろう……

 

オダワラは最初からそう読んでいた。

工場区画内に店舗は少ないし、それを土地勘のない人間がアテもなく探し回る事はないだろう。

森林地帯を越えて住宅区画に行く可能性はあったが、それには移動距離が長すぎる。

そんなに長くモビルスーツを放置しておくとも思えなかった。

そうなると連邦軍兵士ならサイド7内の連邦軍基地の場所は知っているだろうし、当然、そこにはPXがある事は予想できるはずだ。

既にオダワラは連邦軍基地の建物については、あらかた配置なども調べてあった。

PXの位置も解っている。暗闇でも問題ない。

 

そんな時、ガラスが割れる音が聞こえた。

一瞬、火事によるものかと思われたが、聞こえたのは間違いなく連邦軍基地の方角からだ。

 

……敵はやはり連邦軍基地のPXに向かったか……

 

オダワラは物音を立てず、それでいて素早く獣のように夜の森の中を進んだ。

やがて森を抜けた所で、連邦軍基地が見えた。

こっちは裏口に当たる。

あらかじめ開錠してあった通用口から侵入した。

入ってすぐの所にあるのは兵舎だ。ここを抜けた所にちょっとした広場があって、PXはその前にある。

オダワラはさらに慎重に歩を進めた。

夜の森の中を抜けてきた目には、開けた場所は落ち着かないほど明るく感じる。

 

しばらく進んだ所でPXの建物が見えた。

兵舎に身を隠しながらPXの内部を伺う。

するとそこにチラ、チラと、光が動くのが見える。

 

……ライトを照らしながら品物を物色しているという訳か。やっぱり戦場を知らない新兵だな……

 

オダワラはまだ若い連邦軍将校の顔を思い出しながら、優越感と相手を哀れに思う気持ちの半々を感じながら、ライフルを構えた。

ライトはチラチラと見えるが、肝心の敵兵の姿は商品棚に隠されて見えない。

 

と、棚の上部から帽子を被った頭部が見える。

目を凝らすと、それは連邦軍パイロットが被っているキャップ(つば付き帽子)だ。

鷲のマークがハッキリと見える。

オダワラは改めてライフルを構え直した。

銃床をしっかりと肩にあて、キッチリと頬付けする。

距離はおよそ80メートル。

オダワラはモビルスーツでの狙撃だけではなく、自らのライフルによる狙撃も得意だ。

 

……悪いな、連邦の新米パイロットさんよ。俺はスコープ無しでもこの距離なら外さないんだよ。せめて一発であの世に送ってやる……

 

オダワラは静かに、静かに、『冬の夜に霜が降りるように』引き金を絞った。

 

「バンッ」と言う銃声が響いたかと思うと、照星の先にあったパイロット用帽子が吹き飛んだ。

 




この続きは、本日夜9時過ぎに投稿予定です。

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9,遭遇(後編)

装備一式を失ったエイタは、PX(基地内のスーパー)に水と食料を探しに来た。

その事を予想していたオダワラもPXに向かう。
そこでマグライトの光を発見し、それには『連邦軍パイロットの帽子』を見つける。
オダワラはライフルで、その帽子目掛けて引き金を引いた。


エイタはPX内を物色していたが、食料品や飲料水はほとんど無かった。

 

……みんな避難の時に持ち去ったのか……

 

辛うじて見つけたのは、飲料水とコーラのペットボトル一本ずつだけだ。

その二つを店内にあった布製の袋に入れる。

他にも「何か食べられそうなものはないか?」と店内を探し回った。

だがキャンディ一つ残っていない。

 

……仕方がない。とりあえずはこのペットボトル2本で良しとしよう……

 

エイタがPXを出ようとした時、ふと陳列棚にある帽子が目に入った。

手に取ると地球連邦宇宙軍『E.F.S.F.』のモビルスーツ・パイロット用の帽子だった。

 

とは言っても正式な軍装の帽子ではない。各部隊が独自に作っているオフタイムに被る野球帽タイプのものだ。

それでも前部分には『MOBILE SUIT PILOT SIDE7』と金字の刺繍が施され、側面には鷲のマークが描かれていた。

どこの軍隊でもそうだが、パイロットは憧れの職種であり、その中でもモビルスーツ・パイロットは特別だ。

基地の近くでパイロットの徽章を見せれば、すぐに女の子が引っかかる。

その意味では、帽子は正式な軍装品ではなかったが、その基地独自のパイロットのトレードマークとして、他の職種の人間が身に着ける事は躊躇われたのだ。

 

エイタも技術将校のため『モビルスーツを動かす事は出来る』が、パイロットではない。

パイロット・キャップに憧れはあったが、身に着ける事は出来なかった。

 

……でもここは無人のコロニーだ。ちょっと被ってみるくらいいいだろう……

 

エイタはパイロット・キャップを手にすると、それを被ってみた。

すぐ近くに鏡があるので、そこで自分の姿を映してみる。

 

……うん、中々似合うじゃないか。俺も今はモビルスーツに乗って、ジオンのザクと戦っているんだもんな。一つくらい貰って行っても構わないだろう……

 

だがその帽子はエイタの頭には少し小さかった。

別のサイズを選ぼうと、ツバに手をかけて帽子を脱いだ時だ。

 

ビシッ、という感触と共に、手から帽子が吹き飛んだ。

ほとんど同時にライフルの銃声が聞こえる。

エイタは思わず尻もちを着いていた。

 

……敵、敵が居るのか?それで俺を狙撃したのか?……

 

エイタは四つん這いのまま、出来るだけ音を立てずに移動した。

レジのあるカウンターの方に移動する。

 

……今の弾はあの兵舎の方から飛んできた……

 

エイタは敵が潜んでいると思われる場所に目を凝らした。

そして自分のライフルを構えて物陰に狙いを付ける。

 

 

 

……おかしい……

 

オダワラは不審なものを感じていた。

確かに狙った所に命中した。帽子が吹き飛んだのも見えた。

それに続いて何か重みのあるものが倒れる音もした。

 

……だがなんだ、手ごたえが感じられない……

 

人を撃ち倒した時の独特の感触がなかったのだ。

確かに頭部に当たれば、相手は即死だったのかもしれない。

その場合も一言も発せずに、ただの物体として倒れるだろう。

しかしオダワラのカンが「敵を倒していない」と告げているのだ。

 

……やはり確かめるべきか?……

 

オダワラはそっと兵舎の影を伝って、PXに向かって歩を進めた。

 

 

 

エイタはPXのカウンターに身を潜めて、敵が隠れていると思われる物陰を見張っていた。

だが何も見えない。店内よりも外の方が明るいので、人がいれば解るはずだった。

 

……敵は必ず近くにいる。そして俺を倒したかどうか、確認に来るはずだ……

 

と、その時、兵舎の影の中で、微かに動く人影のような物が見えた気がした。

目を凝らして暗闇を見つめる。

すると暗い影の中にも、何となく人型っぽいものが見える気がした。

そしてそれが人間なら、この状況ではジオン兵しかあり得ない。

 

……先手必勝だ……

 

エイタはプルバック式のアサルト・ライフルをフルオートで撃った。

敵の姿がハッキリと見えているのではない以上、単発で狙い撃っても仕方がない。

人影らしい物に向かって弾をばら撒くように撃つ。

 

だが相手の動きは素早かった。

とっさにスライディングするように他の建物の影に身を隠すと、すぐに撃ち返してきたのだ。

敵は「ダダダッ、ダダダッ」と言うように、三発程度に区切って撃ってきていた。

だがカウンターに身を隠している分だけ、この状況ではエイタの方が有利だ。

エイタはカウンターを移動しながら、弾倉を変えて敵を撃ち続けた。

 

 

 

オダワラは常に建物の影に入りながら、敵兵を撃ち倒したと思われる場所に向かっていた。

PXの店内まであと20メートルほどの所でだ。

PXのカウンターがある辺りが光ったかと思うと、突然フルオートで弾を撃ちこまれた。

オダワラはとっさに兵舎玄関の柱の影に飛び込む。

 

……あんな所から?まだ他に敵がいたのか?それとも相手は死んでいなかったのか?……

 

柱を盾にして銃の発射光が見えた辺りに、引き金を短く区切りながら三点バースト射撃で撃ち返した。

だが相手はカウンターの中を移動しながら撃ってきている。どうやら敵は一人のようだ。

 

……この状況では俺の方が不利だ……

 

オダワラは敵がカウンターの中を移動していると思われる隙に、兵舎の裏側にダッシュした。

 

……ここは無理をする所ではない。それにこの場所は連邦軍のモビルスーツの方が近い。戻って攻撃されたら一たまりもない……

 

不利だと思ったら迷わず退却する。ここがオダワラが歴戦の勇者である証だ。

オダワラは兵舎を盾として、森林地帯に続く裏門へと走った。

 

 

 

エイタがカウンターで弾倉を入れ替えている時。

ジオン兵が走り去っていく足音が聞こえた。

 

……ジオン兵は退却した?……

 

相手が一人とは限らない。

エイタは一瞬だけ頭をカウンターの外に出し、すぐに引っ込める。

だが敵からの射撃は無かった。

 

……あの様子だと、俺の弾は相手に当たっていない……

 

走り去る足音から、相手が負傷していない事は間違いなかった。そのくらいはエイタにも解る。

 

……とすると相手は急いでザクのある場所に戻ったのだろう……

 

そう考えるとグズグズはしていられない。エイタも一刻も早くガンダムの所に戻らねばならない。

もし相手が先にザクにたどり着き、そのまま一気に攻めてきたら、エイタもガンダムも一たまりもないだろう。

エイタはペットボトルを入れた袋を掴むと、PXから弾けるようにして飛び出した。

 

「敵よりも早くモビルスーツに乗らねば!」

 

そのままガンダム目指してダッシュする。

そして走れば走るほど、追いかけられているような恐怖に駆られる。

今すぐにでも森の中からザクが飛び出してくるような気がする。

 

まだ火事が収まっていない所があるので、PXから一直線に向かう事は出来ないが、それでも可能な限り最短コースを辿ってガンダムまで辿り着いた。

途中、恐怖と焦りで何度も転びそうになりながら、ガンダムのコックピットに飛び込む。

スリープ状態のガンダムを起動するのも、もどかしく感じられた。

ガンダムが起動した後も、エイタの全身はしばらく小刻みに震えていた。

 




この続きは、明日朝7時半頃に投稿予定です。

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10,膠着

朝になった。

コロニーの外周の三分の一を占める巨大ミラーが徐々に展開し、『河』と呼ばれる光を取り入れるガラス部分を通して、コロニー内部に陽の光を取り入れる。

 

オダワラは少し疲れた様子で薄く目を開いた。

軽く三時間ほど仮眠を取っただけだが、体調の方は悪くない。

オダワラのザクは、さらに移動して別の場所に待機していた。

やはり森林地帯にある小高い丘の影だが、ここにはあらかじめブルドーザーで簡単に塹壕を掘ってある。

モビルスーツが立って歩けるほどの深さはないが、木々の高さとあいまって屈んだ姿勢ならば、外からは見られずに移動できる。

 

オダワラは昨夜、PXで連邦の兵士と撃ち合った後、森林地帯に何か所か追加でワナを仕掛けたのだ。

持って来ていたプラスチック爆弾を簡易地雷で、ワイヤーを使ってブービートラップとして仕掛けたのだ。

モビルスーツ相手にどこまで通用するかは微妙だったが、運が良ければ脚部に故障を起こせるかもしれない。

 

元々は電波の使えないミノフスキー粒子下の宇宙戦闘用に開発されたモビルスーツだったが、陸戦兵器としても有効である事が判明した。

だが1G下でのモビルスーツの由一の泣き所は脚部だ。

その全重量が圧し掛かる二本の脚部は、くるぶし部分と膝関節部分に多大な負担がかかる。

結果としてこの部分に様々な故障が発生した。

 

……そこに爆発物でさらに負担を与えれば、うまく行けば行動不能に出来るのではないか?最悪でも敵の足止めにはなるし、爆発で相手の位置も解る……

 

オダワラはそう考えて、夜の内に追加の罠を何か所にも仕掛けたのだ。

 

……対戦車地雷でもあれば、もっと有効だったんだがな……

 

しかしここで無い物をねだっても仕方がない。

オダワラは水筒の水でタオルを濡らし、それで顔を拭うと眠気を払った。

 

 

 

朝になった。

その陽の光の明るさで、エイタは目を覚ました。

頭と身体が重い。おそらく睡眠は三時間程度しか取れていないだろう。

 

……俺はいつの間にか、眠っていたのか……

 

昨夜、PXで敵兵の攻撃を受けた後にはあれほど恐怖を感じていたのに、いつの間にか眠っていた自分の図太さに少々呆れた。

だがエイタとて、夜の間中、敵の攻撃を恐れて震えていた訳ではない。

PXに行く途中、軍艦の艦装を整備する工場を見つけたのだ。

そこは森林地帯側が背の高いビルで『コの字型』に囲われており、さらには地下に掘り下げられた暗渠もあった。

その時点ではまだ火の手も上がっていたが、その工場の内部には火は回ってこないように見えた。

 

……同じ場所に居るより、移動した方が敵には解りにくいはずだ……

 

エイタはガンダムを静かにその工場まで移動させた。

ここでまた敵に狙撃されたらおしまいだが、そこは運を天に任せるしかない。

幸いな事にまだ続く火災が、その炎と煙でガンダムの機体を隠してくれる。

無事に整備工場までたどり着いたエイタはホッとタメ息をついた。

 

……どうやらモビルスーツの駆動音が聞こえるほど、近い場所に敵は潜んでいる訳じゃなさそうだな……

 

火災の火の手は広がっている。その破壊音もあって敵に気づかれずに済んだのだろう。

それにモビルスーツの駆動音は隠密性のためにかなり抑えられるように設計されていた。

 

……だが50tを越えるモビルスーツの足音までは消す事は出来ないからな……

 

そこまで考えた時、エイタはハッとなった。

 

……そうだ、どんなに静粛性を保っても、モビルスーツの足音だけは消す事ができない……

 

エイタはさっそくコックピットから外に出て、コンクリートの床に耳を付けた。

そこからは火事による破壊音以外にも、コロニー自体が発する低周波の駆動音などが混じって聞こえる。

 

……だが二足歩行は独特の音やリズムがあるはずだ。それを拾う事が出来れば……

 

エイタはさっそく工場内にあるマイクをかき集めた。全部で18個が集まる。

さらにエイタは工場内から軍専用のネットワーク回線を呼び出した。

たとえコロニーが無人であっても、軍専用のネットワークは生きているはずだ。

予想通り、ネットワークは使用可能だった。

エイタはそれぞれのマイクにWi-Fi機能を接続し、それを森林地帯に近い道路のアチコチに仕掛けていった。

メガホンを作ってマイクがコンクリートの地面に接触するように設置する。

これで地面から伝わる音を拾えるはずだ。

明け方までに8か所にマイクを仕掛ける事が出来た。

 

……これで敵モビルスーツが接近すれば、その足音からだいたいの位置が予想できる……

 

三か所のマイクで足音が拾えれば、その伝達速度の違いから音源のおおよその位置を測定する事は難しくはない。

その程度のプログラムはエイタにとって朝飯前だ。

 

ガンダムのコックピットに戻ったエイタは、さっそく手帳を取り出し、自分のアイデアを書き留めた。

エイタはどんな時でも手書きできる紙のメモとペンを持ち歩いている。

そこで思いついたアイデアなどを、簡単に図を交えて書き留めるためだ。

 

……今後、地上でもモビルスーツ戦が行われるようになるだろう。その時、敵の位置を知る事は重要だ。地面に三か所以上のマイクを設置する事で、敵の居る場所が把握できる。よし、コイツを『グラウンド・ソナー』と名付けよう……

 

エイタが仕掛けたマイク『グラウンド・ソナー』により、敵の接近が探知できる。

その安心感も手伝って、エイタはいつの間にか眠りに落ちていた。

 




この続きは、本日正午過ぎに投稿予です。


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11,戦闘(前編)

互いに夜の内に準備を整えていたエイタとオダワラ。
次の攻撃の一手は?


時刻はもうすぐ正午になろうとしている。

エイタはコックピットの外で、コロニーの南側ブロックを見つめていた。

彼はずっと迷っていた。

それは『いつ、どうやって、住宅街近くの秘密補給倉庫に行って、100ミリ・マシンガンを取って来るか』だ。

 

明日の夕方には、宇宙巡洋艦エインズワースが迎えに来てくれるはずだ。

だからその時には北側にある宇宙港まで行っていなければならない。

 

……だがあのジオン兵が、そこまで無事に行かせてくれるとは思えない……

 

エイタはガンダムの持つビームライフルを見た。

残りのエネルギーは三発分。これだけでは心もとない。

そこで考えているのは『住宅街近くの森林地帯にある秘密補給倉庫で、100ミリ・マシンガンを取って来ること』なのだが。

 

……あそこまでどうやって行けば……

 

エイタはそれを悩んでいた。

ガンダムを置いて、電動トラックでマシンガンを取りに行くか?

だがその往復で敵に攻撃されたら、エイタにはどうする事もできない。

そもそも武器もないトラックなんて、モビルスーツからすれば敵にすらならない。

 

……だからと言ってガンダムを動かして、あそこまで敵に見つからずに行けるとも思えない……

 

さらに言えば、補給施設のどこに100ミリ・マシンガンがあるかは知らないのだ。

 

……探すとなれば、夜じゃダメだ。昼間の明るい内でないと……

 

エイタは昨夜の『無人コロニーの夜の暗さ』を思い出した。

ふとその時、行きに見た『大型資材専用道路』を思い出した。

 

……あの自動運転トレーラーが使えないか?……

 

自動運転トレーラーを何台か続けて発車させる。その中の一台にガンダムを乗せる。他はオトリだ。

もちろん、敵は攻撃を仕掛けてくるだろう。最初の一発でやられる可能性もある。

 

……だがリスクを恐れていては何もできない。そもそも今は何もしない事もリスクだ……

 

エイタはそう思った。彼は急速に『戦士』としての考え方を身に着けていたのだ。

エイタは視線を『大型資材専用道路』に向けた。

その先には自動運転トレーラーがの格納庫、通称『駅』があった。そこにはまだ火の手は回っていない。

 

「あそこに行けば、何とかなるかもしれない」

 

エイタはガンダムのコックピットに潜り込むと『スタンバイ・モード』で起動した。

工場の建物や、火事の煙を利用しながら、派手な音を立てないように『駅』に移動していく。

 

昨日からの一昼夜でエイタは敵に対して分かった事がある。

それは『無駄弾は極力撃たない』『モビルスーツの接近戦は避けている』という二つだ。

つまり敵は『遠距離狙撃が得意な兵士』なのだろう。

相手はまだ二発しか撃って来ていない。『無駄弾を撃たない』のは『弾が十分にはないので、無駄弾を撃てない』のではないか。

接近戦を避けているのは、おそらくガンダムの性能の高さを恐れてだと考えられる。

 

そして『相手も一人らしい』と言う点だ。

複数のザクがあるなら、一台が狙撃、もう一台がザクマシンガンでの中距離戦闘を挑んでくるはずだ。

それに昨夜、PXに行ったエイタを一人で襲ってきた点から見ても、相手も単独行動としか考えられない。

 

エイタはガンダムの身を低くした体勢で『駅』に向かった。

モビルスーツの腰を低くした姿勢など、外から見たら滑稽だろうが、そんな事を気にしている場合ではない。

『駅』は工場区でもかなり南側にある。

そのため周囲には建設用の資材や土砂が大量にうず高く積まれていた。

おかげでガンダムは割とスムーズに自動運転トレーラーの格納庫に入る事が出来た。

 

格納庫の中には六台の自動運転トレーラーがあった。

エイタはそれらの内、四代目の空荷のトレーラーに、ガンダムを横たわらせる。

他に空荷のトレーラーが二台あったので、それらにはクレーンを操作して、近くにあったコンテナを載せる。

そして全てのトレーラーに、荷物を隠すためのカーキ色の荷台カバーをかけた。

これで遠目には、どのトレーラーにガンダムが積み込まれているかは判別できないだろう。

全ての準備が出来たエイタは時計を見た。

もう時刻は午後三時近い。暗くなるまであと三時間ほどだ。

エイタは大きく深呼吸をした。

 

「よし、行くか」

 

 

 

オダワラは双眼鏡で工場区画を監視していた。

昨日までいた『小型宇宙艇製造工場』には、既に連邦のモビルスーツは居ないようだ。

 

……火事に紛れて場所を移動したか。中々抜け目のない奴め……

 

オダワラはさらに双眼鏡で工場区画全体を見渡した。

 

……そんなに遠くには行っていないはずだ。あの辺りでモビルスーツが隠れられそうな場所と言うと、軍艦の兵装を整備する工場か、コロニー公社の工場になるかと思うんだが……

 

その二つの場所を念入りに双眼鏡で覗いている。

だがどちらも工場の敷地を取り囲むようにビルが建てられていて、中の様子を覗く事は出来ない。

 

とその時、コロニーを縦に貫通するように走っている『大型資材専用道路』に、一台の大型トレーラーが走って来るのが見えた。

 

……資材運搬用の自動運転トレーラーか?だがこの無人のコロニーでなぜ今頃?……

 

トレーラーの荷台にはカーキ色の荷台カバーが掛けられていた。

 

……待てよ、あのトレーラーの大きさなら、荷台にモビルスーツを十分に乗せられる……

 

オダワラの目が光った。

 

……もしやトレーラーで宇宙港に脱出しようとしているのか?……

 

オダワラはザクのコックピットに戻ると、マゼラトップ砲を構えてトレーラーに狙いを付けた。

 

……まだ距離がある。ここで撃ってもコリオリの力のせいで当たらない。だがもっと近くに寄れば……

 

そう思った時、そのトレーラーから少し遅れて二台目の自動運転トレーラーがやって来るのが見えた。

 

「二台目?どういうことだ?」

 

……連邦軍の新型モビルスーツは二機あったと言う事なのか?それとも別の何かを運び出そうとしているのか?……

 

オダワラが混乱していると、さらに『駅』であるトレーラーの格納庫から三台目が発車しようとしていた。

続いて四台目。

ここでオダワラは悟った。

 

「なるほど。自動運転トレーラーで移動しようとしているが、モビルスーツが乗っているのは一台で、他はオトリって訳か。中々考えたじゃねーか、連邦の新米将校さんよ」

 

だが……とオダワラは思う。

ザクのマニュピレーターを操作して、マゼラトップ砲を構えた。

 

「まだまだ考えが浅いぜ。先頭の一台を破壊してしまえば、後ろのトレーラーは動けないだろ。そうしたらオマエは姿を現すしかなくなる。その時はこの森林地帯だ。距離は短い。絶対に外さないぜ」

 

オダワラは軽く唇を舐めた。

やがて先頭を走る自動運転トレーラーが森林地帯に入った。

距離は三百メートルほどだ。しかもコロニーの回転と同じ向きに撃つ。

今度は外す事はない。

オダワラの指がトリガースイッチを引いた。マゼラトップ砲から175ミリ弾が発射される。

その弾は狙いとは少しズレたが、自動運転トレーラーの後部に命中した。

トレーラーは荷台の資材を撒き散らしながら、道路を塞ぐように横転する。そのまま爆発炎上した。

 




この続きは、本日夜8時頃、投稿予定です。


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11,戦闘(後編)

6台の自動運転トレーナーをオトリに使って、マシンガンを取りに行こうとするエイタ。
だがオダワラはその先頭のトレーラーを破壊する事で、後続が身動き取れないようにした。


エイタは息を殺してガンダムのコックピットの中でじっとしていた。

周囲の様子を自動運転トレーラーのカメラから送って貰う。それがサブモニターに映し出されている。

別にエイタ自身が息を殺す必要はないのだが、敵が待ち伏せしていると思われる地帯を通るのだ。

無意識の内にそうしていた。

そしてもう一つ、エイタは敵モビルスーツの『音』を拾おうとしていたのだ。

 

……もし敵がモビルスーツで移動したり、またはあの強力な砲を撃てば、仕掛けたマイクからおおよその位置が掴める……

 

エイタはトレーラーのカメラと、仕掛けた『グラウンド・ソナー』の両方で、ザクの位置を探ろうとしていたのだ。

彼とて、敵が先頭のトレーラーを破壊して道を防ぐ事は十分に予想できた。

そしてそれが逆に自分にとってチャンスである事も。

 

その時、不意に先頭を走っていた自動運転トレーラーが火を噴いた。

荷台の資材を周囲にぶちまけながら、横転して滑って行く。完全に道を塞ぐ感じだ。

 

だがエイタの目はいつまでもトレーラーに向けられていたのではなかった。

トレーラーは真横から攻撃を受けた。

その銃弾が飛んできたと思われる方向に視線を向けると、小高くなった丘が見える。

そして『グラウンド・ソナー』から割り出された敵の位置も、そこを指し示していた。

 

「そこかぁ!」

 

エイタは操縦レバーを引き起こす。

ガンダムの上半身が素早く起き上がると共に、機体を覆っていたカバーを弾き飛ばす。

そのままビームライフルを丘の麓に向けた。

エイタの指がトリガースイッチを押し、ライフルから強烈なビームの光が一直線に丘の麓に走った。

 

 

 

オダワラが自分の射撃結果を確認し、その後に続くトレーラーに目を向けた時だ。

 

「なっ!」

 

彼の口から思わず小さな叫び声が漏れた。

四台目のトレーラーから連邦のモビルスーツが上体を起こし、自分に向けてビームライフルを構えている。

 

「くっ」

 

オダワラもマゼラトップ砲を向けようとしたが、マゼラトップはマシンガンのような連続発射は出来ない。

連邦のモビルスーツのビームライフルが強烈な光を放つ。

その赤白い光の束は、オダワラのザクの僅か2メートル横を掠めるように、一直線の突き進んでいった。

間一髪、直撃を免れたのだ。

 

オダワラもマゼラトップ砲の引き金を引いた。

弾は逸れて、ガンダムの乗るトレーラーの直前の道路に大穴を開けた。

 

だがそれで充分だ。元々、オダワラは命中させるために撃ったのではない。

敵モビルスーツが二発目を撃つのをけん制したのだ。

オダワラは操縦レバーを引き、ザクを立ち上がらせた。

 

 

 

ガンダムの乗ったトレーラーの正面に、敵の放った弾が着弾した。

その大穴にトレーラーが突っ込み、バランスを崩して横転する。

ガンダムの機体が右側の森の中に投げ出された。

 

「うわわっ」

 

操縦席ごと回転させられたエイタは、思わず声を上げていた。

まるでドラム式洗濯機の中にでも放り込まれた気分だ。

 

だがノンビリとはしていられない。既に敵が次弾を撃ってくるかもしれない。

樹木をなぎ倒して回転が止まったガンダムを、エイタは寝ころんだ状態からカンだけでビームライフルを発射した。

今度のビームは丘の真横に命中する。

土砂が吹き飛び、新たな火の手が上がった。

 

エイタはガンダムを起き上がらせると、敵が長距離砲を撃って来た。

今度はガンダムの後ろ5メートルほどの所に着弾する。

 

「ぐっ」

 

エイタは操作レバーを操り、さらにフットペダルを踏み込んだ。

ガンダムが前方に走り出す。

 

「う、う、わ、わっ!」

 

そのあまりの乗り心地の悪さにエイタは驚いた。

一歩走る毎に2メートル近くコックピットが上下に揺さぶられるのだ。

コックピットにはショック・アブソーバーがついていて、かなりの衝撃を吸収してくれるが、機体そのものの重心の上下動まで解消してくれる訳ではない。

 

見ると敵のモビルスーツも、丘から離れて走り出していた。

胸から上の部分しか見えないが、その体勢で長距離を構えて撃ってくる。

 

「やられるかっ!」

 

エイタも激しく上下動するコックピットの中で、ビーム・ライフルのトリガースイッチを押す。

こんな振り回された状態では、正確な狙いなどは付けられないが仕方がない。

ビームの強烈な閃光が、ザクの真正面に炸裂する。

 

「やったか?」

 

だがその時だ。

ガンダムの足元から激しい閃光が沸き起こった。爆風を受けて機体のバランスが崩れる。

 

「な、なんだ?」

 

かろうじて操作レバーで横倒しになるのを防ぐ。

だが次は反対側から爆発が起こり、ガンダムの機体に「カン、カン」と破片が降り注ぐ。

エイタは焦って、さらに前に一歩踏み出した。

すると今度はすぐ左側から爆発が起こる。再び機体はバランスを崩し、ガンダムは大地に膝と両手を着いた状態となった。

 

「くそっ」

 

エイタはすぐに立ち上がろうとした時、ガンダムの目の前に貼られたワイヤーが目に入った。

そのワイヤーの先に視線を走らせると、ザク用の手りゅう弾、通称『クラッカー』に繋がっている。

 

「これは、敵の罠?」

 

エイタはワイヤーに触れないように膝立ちになった。

周囲を見渡すと、いくつものワイヤーが張られているのが見える。

 

「敵のトラップ地帯に誘い込まれたのか」

 

エイタは歯ぎしりした。

この身動きが取れない状況で、またあの強力な砲を撃ちこまれたら、一貫の終わりだ。

 

「だけど、ガンダムを甘くみるなよ。ザクとは推力だけじゃなく、重量も違うんだからな」

 

装甲にルナ・チタニウムを使用するRXシリーズの重量は、単体では50トンちょっとしかない。

それに対し超硬スチール合金のザクは、60トンを超えている。この重量差は大きい。

ジェネレーター出力も段違いだ。

 

エイタはジェネレーター出力レバーをレッドゾーン一歩手前まで上げた。

同時にフットペダルでスラスターにブレーキを掛ける。

操作レバーのスロットルを捻った。

 

「行けっ!」

 

エイタはブレーキを離し、操作レバーを手前に押し出す。さらにスロットルを解放した。

同時に別のフットペダルで踏み込んで、ガンダム自身の脚で大地を思いっきり蹴った。

背中のランドセルと足裏にあるスラスターから、爆発的に推進剤の燃焼ガスが吹き出す。

ガンダムはジャンプと言うより、まるで『宙を飛ぶ』かのように、森林地帯から飛び立って行った。

 

 

 

トレーラーが横転し、連邦軍のモビルスーツが土煙と樹木の破片を巻き上がて森の中に滑り込んでいくのが見えた。

だが森の中から、すぐにビーム砲が発射される。

 

オダワラはザクの姿勢を下げて、膝を着く形になった。

掩体としていた丘にビームが直撃し、盛大に土砂が撒き上げられる。

だがオダワラはその土砂を隠れ蓑とし、起き上がったガンダムの後方に照準を付けずにマゼラトップを放つ。

敵モビルスーツの背後に着弾の爆発が起こった。

すると敵はその着弾に恐れをなしたか、狙い通りブービートラップを仕掛けた方向に走り出した。

 

……運良く敵に当たってくれると良かったんだが、まあいい……

 

すると敵のモビルスーツは、その強力なビームライフルをコッチに向けた。

 

「まずい!」

 

オダワラは再びザクを伏せさせた。

それと同時に、真正面の大地に赤白い閃光が広がる。

樹木の破片と一緒に、大量の土砂がザクを埋めるかのように降りかかって来た。

とっさにオダワラは機体の状態を示すモニターを見る。

異常はない。直撃ではなく、土砂が降りかかっただけだ。

オダワラはザクを膝立ちで森林の中で隠しながら、前方の状況を見た。

連邦のモビルスーツは、オダワラの狙い通りブービー・トラップ地帯に入り込んだようだ。

次々と爆発が起こり、フラフラしていた白い巨体が樹木の中に倒れ込むのが見えた。

 

……だけどあの程度の爆発でやられるほど、ヤワじゃないだろう。せめてマゼラトップの弾が残っていたら……

 

オダワラはそう思いながら、傍らの半分土砂に埋まったマゼラトップ砲を見た。

残弾ゼロのマゼラトップ砲は、その役目を終えたがごとく、土に埋もれている。

オダワラは再び正面に目を向けた。

残りはザクマシンガンと、装備されたヒートホークだけだ。

 

……敵はあの強烈なビームライフルを、あとどのくらい撃てるのか?……

 

噂では12発程度と聞いていたが、既に相手はその弾数以上に撃っている。

 

……いま、仕掛けるべきか?……

 

すると敵モビルスーツの居た辺りで、何やら白い煙のようなものが上がっている事に気がついた。

その直後、白煙の中から連邦のモビルスーツの白い機体が飛び出す。

その姿はまるで空を駆けるかのようだ。

 

「なっ……」

 

オダワラは言葉を失った。

ザクのジャンプ力とスラスター推力では考えられない跳躍力だ。

彼の目にはまさしく「モビルスーツが空を飛んだ」ように見えたのだ。

敵モビルスーツはその白い機体を晒して、トラップ地帯を完全に飛び越して行った。

 




この続きは、明日の正午過ぎに投稿予定です。
この後は毎日一話ずつ投稿します。


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12,夜襲(前編)

ビームライフルの残弾が残り少ないため、マシンガンを取りに移動するエイタのガンダム。
だがその途中の森林地帯では、オダワラのザクが待ち伏せている。
自動運転トレーラーをオトリに移動するが、その途中で戦闘となる。

オダワラが仕掛けたブービートラップ地帯に嵌ったガンダムだが、その驚異的な
ジャンプ力でトラップから脱出した。


コロニー外部ミラーから差し込む日差しが、だいぶ弱くなった頃。

エイタは連邦軍の秘密補給倉庫の屋上にいた。場所は森林地帯に隣接する住宅地にある。

 

倉庫とは言っても、整備やある程度の改造もできる工場に近いような設備だ。

しかも都合がいい事に、倉庫はモビルスーツが膝立ちになれば隠れられる程度の盛り土がしてある。

そして倉庫のすぐ裏手には人工の川(水が流れる本当の川だ)があり、その川が森林地帯まで続いていた。

おかげでイザとなれば倉庫から川に隠れながら、森林地帯への移動が可能だ。

 

倉庫内にあった双眼鏡で、屋上からザクがいると思われる辺りを監視する。

だが特に動きらしいものは見当たらなかった。

エイタは振り返ると、盛り土の内側に膝立ちの姿勢で待機させてあるRX-79T『プロト陸戦型ガンダム』を見つめた。

ガンダムの右手には、エネルギーが尽きたビームライフルの代わりに、ここで見つけた100ミリ・マシンガンが握られている。

 

「ちくしょう、モビルスーツの戦闘操作がこんなに難しいとは思わなかった」

 

エイタは低く呟いた。

 

一点目は、昼間のザクとの戦闘だ。

激しく上下に振動する中で、人間の目視による敵機体への照準などかなりの難易度だ。

これがレーダーが使える時代ならコンピューター制御で自動照準も出来ただろうが、ミノフスキー粒子下で肉眼による戦闘を強いられる現状では、かなりの熟練パイロットでなければ、走行中の射撃など敵へのけん制にしかならないだろう。

 

二点目はモビルスーツによる遠距離ジャンプだ。

爆発物が仕掛けられたブービートラップ地帯を大ジャンプで抜け出したまでは良かったが、その後がマズかった。

まるで空を飛んでいるかのような大ジャンプに、当のエイタ本人も驚いていた。

そして人型の大質量物が空中で安定した姿勢を保つ事はもっと難しい。

必死にスラスターを操作したエイタだったが、そのバランスを保つだけで精一杯だ。

見る見る近づいて来る地面に、エイタは恐怖を感じた。

少しでも着地の衝撃を和らげるべく、エイタはガンダムの着地場所を川の中に選んだ。

しかし着地時に逆噴射をしたにも関わらず、機体は着地の衝撃でバランスを崩し、激しく左膝を着いて転倒したのだ。

そのためガンダムの左膝の状態が悪かった。時折『ALERT』の文字が機体の状態を知らせるモニターに表示される。

人間で言えば『膝をねんざした』とでも言うのだろうか。

それにより、左ふくらはぎにある『ビームサーベル格納部』が開かなくなっている。

 

RX-78は背中に二本、ビームサーベルを備えているが、RX-79では左右のふくらはぎ外側にビームサーベルを格納している。

この方がモビルスーツのマニュピレーターに近いからだ。

人間風に言えば『手元に近くて取り出しやすい』という所か?

 

エイタはしばらく左のビームサーベル・ラッチを修理できないか調べてみたが、すぐに諦めた。

部品が一部折れている事と、ラッチを開放してビームサーベルを外に出す制御ユニットが破損していたのだ。

交換部品なしに修理はできなかった。

 

屋上に座り込むとエイタは胸ポケットからメモ帳とペンを取り出した。

 

……モビルスーツのコックピット。戦闘時の激しい上下動を考慮すると、現状の固定式操縦席より、球形の中でフルフローティング式のリニアシート・タイプが有効と思われる……

 

実はモビルスーツ開発当初より『宇宙空間での戦闘は、固定式操縦席より、周囲を球で覆った全天視界型のフルフローティングのリニアシートの方が良いのではないか』という意見は多くあった。

しかし貴重なモビルスーツ・パイロットのの生存率を高めるため、コア・ファイターの採用が決まったのだ。

そのため操縦席は固定式にせざるを得なかった。

RX-79はRX-78の余剰部品や試作品を流用しているため、コックピットもその試作品を流用しているので固定式なのだ。

 

……それに空中機動時のバランス制御は、もっとコンピューターで自動化しなければならない。あとモビルスーツが二本の脚で走り回るのは、どうなんだろう?あの所為でコックピットの振動が激しくなる。脚部のスラスター推力を強化して、ホバークラフトのような移動方法を考えるべきじゃないか?……

 

エイタのこのアイデアを先に実現したのは、モビルスーツの開発経験が豊富なジオンだった。

MS-09『ドム』が脚部と腰部に、熱核ジェットエンジンと化学ロケットの複合推力のホバー移動を実現したのだ。

エイタのこの案が連邦軍側で採用されるのは、一年戦争が終わった後、グリプス戦役近くになってからだ。

 

……あとビーム・ライフルが15発撃ったら母艦に戻るまで使えないって言うのもな。100ミリ・マシンガンの弾倉みたいに、エネルギー・パックを交換して連続使用できるといいのに……

 

しかしモビルスーツのビーム・ライフルに使用できる小型充電式のエネルギーCAPが開発されるのは、もっと後の事だ。

 

メモ帳とペンを胸ポケットにしまったエイタは、ガンダムに戻ろうとした。

 

……レイ主任の息子は、初めてガンダムに乗って、敵のザク2体を撃破したと言う。さらには宇宙戦闘ではジオンの『赤い彗星』と互角に渡り合い、地球への単機大気圏突破までこなした。これって本当に全部事実なんだろうか?……

 

エイタは自分がモビルスーツでジオンのザクと戦った経験から、改めてそう疑問を感じた。

あの激しい振動の中での敵との戦闘。そして照準のつけにくさ。スラスターでの姿勢制御の難しさ。

着地一つとっても、エイタは満足に成功しなかったのだ。

エイタはパイロットではないため、モビルスーツでの戦闘訓練は受けていない。

しかし開発段階から何度か動作テストも含めて、RXシリーズを操縦した事はある。

累積操縦時間もそこらのパイロットよりは多いはずだ。

 

……レイ主任の息子だから、ガンダムのマニュアルは見ていてもおかしくないけど……あの人、何度注意されても、家に機密情報を平気で持ち帰る人だったし……

……話にだいぶ尾ヒレが付いているんじゃないのか?それとも戦争が膠着状態だから『周囲が英雄を求める』雰囲気にでもなっているんだろうか……

 

そんな事を考えながら、ガンダムのコックピットに潜り込んだ。

 

 

 

陽が沈もうとする中(正確にはコロニーのミラーの角度から、太陽光が入らなくなるだけだが)、オダワラはガンダムが飛んで行った方角を双眼鏡で見つめていた。

 

「アッチの方向は住宅街だよな。確か市民のための公共施設があったはずだが……」

 

オダワラはスマホをタップして、サイド7のマップを呼び出していた。

地図には確かに『市民公共施設』となっている。

オダワラはてっきり体育館や市庁舎などかと思っていた。

 

「工場地帯と軍関係者の自宅までは調べたんだがな。三日間程度じゃ住宅街までは手が回らなかった。仕方がないか……」

 

オダワラは『無理な事は無理と割り切る』、そういう兵士としての思考に慣れている。

戦場や戦況がどうであろうと、自分が出来る範囲の事を、自分が出来る最善の方法でやるしかない。

 

「それにしても連邦軍の新型モビルスーツは、噂以上の驚異的な性能だな」

 

オダワラ自身、その目で見るまでは信じられなかったくらいだ。

マシンガンの弾を平気で弾き返す装甲。

モビルスーツが持つとは思えない大出力のビームライフル。

機体自体の運動性能もさる事ながら、凄まじいほどのジェネレーター出力とスラスターの推力で、空まで飛んでみせたのだ。

 

……相手のパイロットは、間違いなく戦闘は素人だった。それなのにあの驚異的な性能。あのモビルスーツが量産化されたら、ジオンはあっという間に敗北するんじゃないか?……

 

オダワラはこの二日間の戦闘を振り返ってみた。

 

……だがあのパイロットもあんまり舐める訳にはいかない。アイツはこのたった二日間の戦闘で、兵士として驚異的に成長している。見くびった考えは改めるべきだ……

 

オダワラ自身も過去の経験から『最初の戦闘を生き延びられるかどうかが、兵士としてのその後を決める』『一度でも戦闘を経験した新兵は、もはや新兵ではない』という言葉は事実だと感じている。

そしてオダワラのこれまでの経験から、「戦闘の終了は近い」と言う事を感じていた。

 

……敵パイロットは多少の無理を押してでも、北側に移動しようとしている。おそらく母船が迎えに来る予定があるのだろう。とするとあの軽装備から考えて、せいぜい二日か三日程度と言う事だ……

 

連邦軍の船があの兵士を迎えに来てからでは遅い。時間が経てば経つほど、相手に有利になっていく。

熟練の兵士であるオダワラにしては珍しく焦りを感じていた。

 

……今夜、夜襲をかけてみるか……

 

オダワラはそう決心すると、さっそくザクの移動ルートを検討し始めた。

 




この続きは、明日正午過ぎに投稿予定です。


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12,夜襲(後編)

無事にトラップを脱したエイタだが、その大ジャンプのため着地に失敗してガンダムの左膝部分に故障が発生した。
左ふくらはぎにあるビームサーベルのマウント部分が開かなくなったのだ。

そしてオダワラの方もタイミリミットが迫って来ている事を感じていた。
暗くなったら夜襲を掛ける決意をする。


陽が沈んでだいぶ時間が経った。

エイタはガンダムのコックピットの中で、ハッチを開けたままパックのレーションを食べていた。

 

パックのレーションは味がかなり落ちる。兵士にも緊急用に支給されるが、人気はない。

軍隊の食事で人気がある順番と言えば『基地内で提供される通常の食事・Aレーション』『野外炊事車、フィールド・キッチンて提供される食事』『缶詰の戦闘糧食』『レトルトパックの戦闘糧食』の順だ。

 

いまエイタが食べているパックのレーションは、倉庫の中で作業員のロッカーの上に投げ出されていたものだ。

おそらく支給されたが食べる気のない隊員が、そこに放置したのだろう。

賞味期限は半年以上過ぎていたが、そんなに問題にはならないだろう。

それよりの丸二日、水しか飲んでいないエイタには空腹の方が厳しかった。

パックを温める材料もなかったが、エイタはレーションの袋を開けると、付属していたプラスチック・スプーンで細切れとなったパスタを口に運んだ。時折、残り少なくなった水を飲む。

 

その時、コックピット内に「ピッ、ピッ、ピッ」という警告音が鳴った。

 

「来たか」

 

これはエイタが設置した「自作グラウンド・ソナー」に反応があった警告音だ。

エイタは作成しておいたマイクとWi-Fiのセットを、ここでも倉庫を中心に八か所に仕掛けておいた。

汎用モニターを見ると、その内のいくつかに反応がある。

モビルスーツの足音を捕らえたのだ。

そして敵の推定位置が赤い円で示された。

 

……100ミリで撃つには、まだ距離があるな……

 

100ミリ・マシンガンは大量に弾をバラ撒く事が出来るが、ビーム・ライフルには有効射程距離では若干劣る。

ビーム・ライフルも大気中での射程はそれほどではないが、直進性から狙い撃てる範囲が100ミリよりは長いのだ。

 

エイタはレーションの残りを一気に口に詰め込むと、袋を外に投げ捨てた。

そのままハッチを閉める。

 

……さぁ、来るなら来い。ジオンのモビルスーツ……

 

エイタは操縦レバーを握りしめた。

 

 

 

オダワラは森林地帯から慎重にザクを移動させた。

住宅街はモビルスーツの姿を隠せるような場所が少ない。

ただ敵モビルスーツが居ると思われる公共施設から、五百メートルほど離れた場所にハイスクールが、さらに同じ並びで1キロほど離れた場所にジュニア・ハイスクールがあった。

この二つの建物ならモビルスーツの姿を隠す事が出来るし、公共施設から一直線に並んでいるので、相手からは見つかりにくい。

 

……ハイスクールまで近づいたら、後は一気に飛び込んだ方がいいか……

 

オダワラはそう考えていた。

いくら音を立てないように慎重に進んだとしても、五百メートル以内なら相手も気づく可能性は高い。

それならば一気に飛び込んで、敵の寝首をかく方がいい。

もし敵パイロットがコックピットの外で、例えば建物中などで寝ていれば、苦労なく連邦の新型モビルスーツを破壊、もしくは捕獲する事が可能だ。

モビルスーツのコックピットの中は狭い。

オダワラでも二日も連続でコックピット内で寝るのはごめんだ。

戦場に慣れていない新兵なら、緊張が解ければ外で手足を伸ばして寝たいと思うだろう。

 

……問題は、本当に公共施設に敵がいるかどうかと、居たとしてもどこに居るのか、だな……

 

乗り込んだ先が無人だったら、連邦のモビルスーツが別の場所で待ち伏せていたら、オダワラはいい的にしかならない。

 

オダワラは静かに、静かに、ザクを進ませた。

やっとの思いでハイスクールまでたどり着く。

その影でザクをいったん停止させる。

 

……少しここで様子を見るか。せめて公共施設に敵が居るか居ないかくらいは見極めたい……

 

そう考えてオダワラのザクが校舎の影から公共施設を覗いた時だ。

 ダン、ダン、ダン、ダン!

連続的な激しい破壊音と共に、ハイスクールの校舎の一部が破壊された。

 

……敵の攻撃?……

 

オダワラは素早くザクを校舎の影に引っ込める。

少し遅れて「ダダダダッツ」という装薬銃による発射音が響いた。

オダワラはザクを校舎の反対側に移動させ、敵が撃ってきていると思われる方向を覗いてみた。

公共施設より少し北側の森林地帯に近い部分、そこは人工の川がある場所だが、そこから敵は撃ってきていた。

マシンガンの発射光がハッキリと見える。

オダワラの方もそこに向かってマシンガンを撃ちこんだ。

小さめのドラム缶くらいの薬きょうが、激しく地面に散らばる。

 

……なぜだ、なぜ敵は俺が接近した事が解った?……

 

オダワラはそれが意外だった。

 

……音で気が着いたのか?いや、それにしてもどこに潜んでいるのかは解らないはずだ。相手は明らかに自分がハイスクールに隠れている事を知っていた……

 

オダワラは考えを切り替えた。どの道、夜襲は相手の不意を撃つ事で成果を上げる事ができる。

敵に接近を察知された状態では襲撃は失敗だ。

むしろ敵は川を掩蔽壕として使えるだけ、オダワラの方が不利だ。

オダワラは装備していたクラッカーは放り投げた。

敵の場所まで届く事を期待したのではない。撤退のための目くらましだ。

クラッカーはオダワラと敵の中間まで飛んで、そこで爆発した。

オダワラはその爆発の隙に、ザクを撤退させた。

予想通り、連邦のモビルスーツは深追いはして来ない。

 

……相手は俺の接近を察知した。俺が知らない連邦の警戒システムが生きていたのか?……

 

だがオダワラにもこの夜襲で二つの情報を掴む事が出来た。

 

……連邦のモビルスーツは、やはり市の公共施設に居た。そしてその背後には川がある。そこを拠点にして攻撃に備えている……

 

……敵がマシンガンで攻撃して来たと言う事は、ビーム・ライフルはエネルギー切れで使えなくなったのだろう。そうでなければ、あの状況でビームを撃って来ない理由がない……

 

オダワラはニヤリと笑った。

 

……敵があのビーム・ライフルを使えないとなれば、武器としての勝負は互角になるな……

 

 

 

秘密倉庫から川沿いに森林地帯に移動していたエイタは、ザクが撤退するのを見届けていた。

エイタはホッと安堵のタメ息をつく。

 

……これで今夜はもう襲って来ないんじゃないか……

 

敵もバカじゃない。エイタが夜襲に対応できたという事は、何らかの方法で相手の接近を知る事ができると分かっただろう。

うかつには近づけないはずだ。

長期戦なら『グラウンド・ソナー』の事は感づかれたくなかったが、エイタは明日の夕方にはこのサイド7を出るのだ。

つまりあと20時間少々、敵を退けられればいい。

エイタはそう考えていた。

 

だが彼にとってはそこが経験不足から来る甘さだったのだ。

彼は敵のザクをもっと引き付けて、ここで撃破しておくべきだった。

そのため相手には『エイタにはビーム・ライフルが使えない事』を知られてしまったのだ。

 




この続きは、明日正午過ぎに投稿予定です。


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13,決戦(前編)

無人のサイド7で対峙する、連邦軍のエイタとジオン軍のオダワラ。
三日目、今日の夕方には連邦軍の宇宙巡洋艦エインズワースが、エイタとガンダムを迎えに来る。
エイタはそれまでにどうしても、宇宙港のある北側ドッキング・ベイまで移動しなければならない。

一方、オダワラの方も「今日がタイムリミット」という事を感じていた。
互いに武器は、マシンガンと至近距離の得物のみ。

いよいよ最後の戦いが始まる。


コロニーの三分の一を占めるガラス外壁『河』から、ミラーで反射された太陽光が徐々に差し込まれて来る。

ジオン公国宇宙攻撃軍コンスコン機動部隊、ヒロシ・オダワラ上級曹長は朝日の中で大きく伸びをした。

 

場所は森林地帯で実際に水が流れる『川』のそばだ。この川沿いに下った所に、連邦軍のモビルスーツが潜む公共施設がある。

夜の内にここまで移動しておいたのだ。

そして陽が昇るのを待っていた。

 

オダワラのすぐ背後には、彼の愛機・MS-06ザクⅡが膝をついた姿勢で待機している。

既に支給された武器や装備は底を尽きかけている。

残っている武器は、ザク・マシンガンと予備のドラム・マガジンは一つ。

そしてザク本体に備え付けられているヒート・ホークだけだ。

だがオダワラは「それで充分」だと思っていた。

 

……あの連邦の新米将校は昨日、無理を押してでも住宅街まで移動した。そしてあそこで一昼夜を過ごしている……

 

……あそこでマシンガンを調達したのだろうが、目的はそれだけじゃないはずだ。おそらく近い内に連邦の船がヤツを迎えに来るのだ。そのために宇宙港に戻るために、移動とそのための武器が必要だった……

 

……敵は元々ほとんど装備を持って来なかった。コロニーは無人だと解っているはずだから、あの軽装備はせいぜい2日か3日の滞在しか想定していなかった、と言う事だ。つまり連邦の船がヤツを迎えに来るのは今日の可能性が高い……

 

それがオダワラの予想だった。

そして彼自身の武器も残り少なく、あと三日で除隊となる身では補給も考えられない。

しかしオダワラの中には、ここ最近では感じた事がない程の、闘志と高揚感があった。

まるで若い絶頂時に戦闘に行く時のようだ。

 

……軍役の最後の最後で、こんな相手と巡り合えるなんて、俺はツイている……

 

オダワラは本気でそう思っていた。

敵の新型モビルスーツが、彼の退役の最後を飾る花道のように思えたのだ。

 

「決着をつけるぞ」

 

オダワラは不適に笑うと、ザクのコックピットから伸びる昇降用ケーブルを掴んだ。

 

 

 

「朝か……」

 

地球連邦軍、第二北米工廠、新型起動兵器研究部所属、エイタ・ジョンソン・ソウマ技術中尉は眠そうに目を開けながらそう呟いた。

 

「自作グラウンド・ソナー」のお陰で、敵の接近はある程度は解る。昨夜はそれで敵を撃退した。

再び夜襲をかけて来る可能性は低いと考えていた。

敵は熟練のパイロットだ。エイタが何らかの方法でザクの接近を探知できる事には気がついただろう。

敵から見たら『自分の位置は把握されているのに、相手はどこに潜んでいるか解らない』と言うのは圧倒的に不利なはずだ。

それならば闇夜に攻撃を仕掛けてくる可能性は低い。

陽が昇って、コッチの姿を確認できるようになってから、攻撃を仕掛けてくるはずだ。

 

エイタは身体の上の掛けたポンチョを取り払った。

そして倉庫で見つけた『ガンダム用の白いパイロットスーツ』に着替える。

このスーツはガンダムの高起動性能に合わせて、かなりの耐G性能を備えている。その上、軽くて動きやすい。

例えザクとの戦闘が無くても、今日はコロニー北端の宇宙港からこのRX-79Tでサイド7を出なければならない。

 

RX-79Tは本来陸戦型として開発されていたが、このサイド7では宇宙空間でもある程度の活動か可能なように、背中のバックパックと各部スラスターが宇宙用に換装されていた。

それに最悪でもこの機体が行動不能となっても、コックピットの操作パネルの奥に収まっている全データを記録したシリコンディスク・ユニットだけは持ち帰らねばならない。

それらもあって、エイタはパイロット用ノーマルスーツに着替えたのだ。

 

「敵は、今日は来るよな、やっぱり……」

 

ヘルメットに右手に持ちながら、エイタは独り言を言った。

敵は昨晩は夜襲をかけてきた。つまりそれなりに決戦を急いでいるのだ。

あのジオン兵は、エイタが今日、このサイド7を出ていく事を予想しているのだろう。

 

「だから、このまま黙って見過ごすはずはない」

 

エイタのそれは確信に近かった。

彼にも既に『兵士としての直感』が備わっていたのだ。

 

 

 

オダワラはザクの小型熱核融合炉に火を入れた。機体が「ぶるん」と一度大きく振動する。

スロットを徐々に上げていく。ゆっくりとジェネレーター出力が『戦闘出力』に近づく。

オダワラは操縦レバーを握ると、悠然とザクを立ち上がらせた。

 

「行くぞ、相棒!」

 

オダワラはそう言うとフットレバーを踏み、操作レバーを前に倒した。

オダワラのモビルスーツ、MS-06ザクⅡがその全長17,5メートルの筐体を揺るがして、森の中を疾走した。

 

 

 

「ビルルルルルッツ!」

 

RX-79Tのコックピット内に『敵機接近警報』が鳴り響いた。

 

「来たか!」

 

警報があった左側モニターを見ると、そこにはまだ黒く見える森の中を疾走してくるザクのシルエットがあった。

 

……いつの間にあんな所に?森の土でマイクが音を拾えなかったのか?……

 

森林地帯側には盛り土がない。

エイタは左腕マニュピレーターを操作してシールドを構えた。

このシールドはRX-78と同じタイプのシールドだ。

直後にザク・マシンガンの弾が撃ち込まれた。

ほとんどがガンダムの周囲にばら撒かれるが、何発かはシールドに派手な音を立てる。

 

エイタのガンダムもしゃがんだ姿勢でシールドを構えながら、右腕マニュピレーターで100ミリ・マシンガンを撃った。

ダダダダダダダダッツ!

連続発射による反動で、モビルスーツの腕力でも狙いがブレる。

 

そしてザクの方も狙われたと察知した瞬間、横っ飛びした後に平行移動した。

と思ったらジャンプしてガンダムを狙って来る。

ドドドドドドドッ!

ガンダムの100ミリ・マシンガンより重い発射音が響く。

ザク・マシンガンの口径は120ミリ。ガンダムの100ミリ・マシンガンよりも口径は大きい。

これは対宇宙軍艦への効果を狙っていると考えられている。

口径が大きい方が当たった時の衝撃力は大きい。

だがその分、反動が大きいためザク・マシンガンでは装薬量を減らしている。

対してガンダムの持つ100ミリ・マシンガンは、対モビルスーツ戦を想定しているため、口径は小さくとも装薬量を増やして弾速を高め、貫通力を重視している。

 

……だからソッチの弾は一発二発ではガンダムの装甲を破れないが、コッチはザクを撃ち抜く事ができる……

 

エイタもガンダムを立ち上がらせると、同じく横移動を始めて100ミリ・マシンガンを撃った。

しかし当たらない。

元々動く標的に射撃で当てるのは難しい事だが、原因はそれだけでは無かった。

 

……なんだコイツ。もしかして射撃照準システムが未調整なのか?……

 

エイタは焦った。

元々このRX-79Tは『陸戦型ガンダム』のテストベッド機として開発されたのだ。

そしてコロニー内で実弾を撃つ事など、まずあり得ない。

そのため射撃照準システムは搭載されているが、実際に射撃をして調整はされていなかったのだ。

 

エイタは歯ぎしりをした。

敵のザク・パイロットは熟練の兵士らしく、動きを一定にせず常に予想できない動きをする。

そのためただでさえ狙い難いのに、射撃照準システムが未調整では、命中する方が奇跡と言うものだ。

 

……危険だが距離を詰めるしかない……

 

エイタはガンダムの機体を建物の影に入れると、RX-79Tのジェネレーター・リミッターを解除した。

これでRX-78と同等のパワーが出るはずだ。

 

「だが」とエイタは思わず口に出していた。

「余剰部品や試作部品で組み上げたこの機体、どこまで持ってくれるんだろうか」

 




この続きは、明日正午過ぎに投稿予定です。


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13,決戦(中編)

ついに始まった直接戦闘。

戦闘経験はないが、性能に勝るガンダムに乗り、期待を熟知している技術将校のエイタ。

機体性能は劣るザクだが、戦闘経験は豊富で戦場を知り尽くした古参兵のオダワラ。

果たして勝利するのは?


オダワラはザクを走らせ、ジャンプし、急制動をかけ、方向転換をして……

ザクの限界とも言えるほどの挙動を行っていた。

だがそれはザクの機体だけではなく、オダワラの55歳の肉体にも過度な負荷をかけていた。

 

……やっぱり若い時と同じようには行かないか……

 

上下左右から絶え間なく襲って来るGに、歯を食いしばりながらもオダワラは自嘲的な笑みを浮かべた。

何しろ敵はオダワラの弾を少々喰らっても、どうと言う事はない。

だが敵の弾は、ザクの超硬スチール合金の装甲を撃ち抜いてくるだろう。

オダワラとしては被弾を許す訳には行かなかった。

 

「それにしても、連邦のモビルスーツの盾は優秀だな」

 

無意識にそう口にしていた。

 

ザクでは重いシールドをマニュピレーターに持たせる事は、腕部に余計な負担をかけるという事で、肩にマウントされる事になった。

このため、右肩を突き出した『ショルダー・アタック』的な時には盾が有効だが、モビルスーツ戦闘のような機動性を要求される時には軽量で自由に盾を構えられる方が有利だ。

連邦軍では、堅牢さよりも衝撃吸収性を重視した軽量なシールドを開発しているのだ。

 

……ザク・マシンガンでは敵の装甲を撃ち抜けない……

 

その時、敵の100ミリ弾がザクのシールドに当たった。

角度が浅かったため鋭い金属音がして弾は弾かれたが、『当たればやられる』状況でこの距離での撃ち合いは不利だった。

 

……いくら装甲が良くっても、全てをカバーできる訳じゃない……

 

例えばモビルスーツのカメラ。これが破壊されれば相手はサブカメラだけ戦わなくてはならない。

戦闘中に視界が制限されるのは大きなマイナスだ。

それとスラスタ。ここに弾を撃ちこむ事が出来れば、内部の推進剤を誘爆させて敵を内部から破壊する事が出来る。

もう一つは関節部。ここだけは装甲で囲っても限界がある。関節部に弾を当てる事が出来れば、相手は行動不能になるだろう。

 

……危険だが距離を詰めるしかない……

 

奇しくもオダワラは、敵モビルスーツ・パイロットと、同じ頃に同じ結論に辿り着いていた。

ザク・マシンガンの弾倉が空になった。

オダワラは予備のドラム・マガジンをマシンガンに装填する。

それが最後の弾倉だった。

 

 

 

「「行くぞ!」」

 

エイタとオダワラは、別々の場所から互いに敵として、同じ声を上げていた。

オダワラのザクが森から横っ飛びにジャンプしながらマシンガンを撃つ。

エイタはシールドを構えながら、ザクとは逆方向に走りながら、100ミリを撃ち返す。

ザクがジグザグに走りながら距離を詰めて来た。

ガンダムも急制動をかけると、そのスラスター推力に物を言わせて低高度でジャンプしてくる。

ザクも巧みにジャンプを組み込みながら、100ミリの弾を躱し続ける。

一方、ガンダムの方もザク・マシンガンの弾をシールドで受け続けた。

 

全長18メートルもの金属の巨人が、住宅街を戦場をして走り回り、飛び回り、互いに銃を撃ち合っている。

モビルスーツの脚が急制動をかけるたびに、急ごしらえのプレハブ造りの一般住宅は模型のように壊れて飛び散った。

相手に命中しない弾が、そこら中に着弾し、コロニー内のビルが、住宅が、地面が吹き飛ばされる。

 

熟練パイロットが操るザクが上か?

機体性能で上回るガンダムが上か?

 

両機とも小型熱核融合炉はフル稼働だ。ジェネレーター出力も限界まで引き出している。

機体温度は既に人間の手では触れないレベルだ。玉子を落とせば即座に目玉焼きが出来るだろう。

そして双方のモビルスーツとも、アクチュエーターなどの可動部分も悲鳴を上げ始めていた。

 

 

 

エイタは額から汗が流れ出るのを感じた。

パイロット用ノーマルスーツは、それ自体がかなりの体温調節機構がついている。

おそらくコックピット内はすでに50度を超えているだろう。エアコンを付けていてもだ。

ザクとの距離は100メートルほどだろうか。

ガンダムの右腕が持つ100ミリ・マシンガンも、いま付けている弾倉が最後だ。

敵のザクが左への移動から右への移動に切り替えようと、一瞬だけ動きを止めた。

 

「くたばれっ!」

 

エイタはそのチャンスを逃さず、100ミリ・マシンガンを連射した。

 

 

 

 

オダワラは荒い息をついていた。

やはり50歳を過ぎてからの長時間戦闘は身体に応える。

そしてそれはザクも同じだった。

さっきから右足の反応応答性がおかしい。何か緩い感じがする。

それでも敵に狙いを付けさせないため、高負荷運動を続けざるを得なかった。

オダワラが右への横移動から左への移動に切り替えようとした瞬間。

ザクの右足が「グニャ」と少しだけ揺らいだ。

 

……ショックアブソーバーがヘタったか?それともモーターが一部切れたのか?……

 

その一瞬の隙をついて、敵モビルスーツが銃を向けてくる。銃口から閃光がほとばしった。

 

とっさにオダワラは右肩のシールドでその銃弾を受け止めた。

だが連続発射された100ミリ弾はついにその一弾がシールドを突き抜け、ザク本体にマウントされているラッチ部分を破壊する。

 

「むう」

 

次の左移動で敵弾を回避するが、もはやザクのシールドは機体にブラブラとくっついている重荷なだけで、役には立たない。

オダワラは左のマニュピレーターを操作して、右肩のシールドをもぎ離した。

そのまま連邦のモビルスーツに向かって投げつけると、それを目くらましにしてマシンガンをフルオートで連射しながら突進する。

 

 

 

「やったのか?」

 

エイタがそう思った瞬間、ザクは右肩のザク・シールドをもぎ取ると、ガンダムに向かって投げつけて来た。

 

「なっ!」

 

短い叫びと共に、エイタはそれをガンダムの右腕で跳ねのけた。

予想外の攻撃で不意を突かれたのだ。

 

だがその時には突進して来たザクがかなり近くまで来ていた。

腰だめで抱えられたザク・マシンガンがフルオートで弾丸を吐き出す。

エイタは左腕に持ったシールドをでそれを受けたが、敵の一弾が右手の100ミリ・マシンガンを直撃した。

 

「しまった!」

 

エイタはそう声を上げたが、その時には100ミリ・マシンガンは無残に砕け散っていた。

しかしザクの方もそれが最後の弾だったのか、ザク・マシンガンを放り投げた。

そのまま右手が背後からヒートホークを取り出す。

 

「くっ」

 

エイタも100ミリ・マシンガンの残骸を手放し、右ふくらはぎ外側にガンダムの右手を伸ばした。

そこに格納されたビーム・サーベルが飛び出す。

エイタのガンダムがビーム・サーベルを握った時、ザクが突進の勢いそのままに、ヒート・ホークを振り下ろしていた。

 

 

 

オダワラのザクは走りながら、マガジンが空となったマシンガンを投げ捨てた。

代わりに腰の後ろに装備してあるヒート・ホークを取り出す。

 

盾を捨てた事で機体のバランスが多少変わったが、オダワラほどのベテラン・パイロットにとっては問題にならない。

むしろ機体が軽くなった事、モビルスーツの右腕回りの動きが軽くなった事は、近接戦闘では有利だ。

しかも幸運な事に、最後にマシンガンで放った一連射が、敵のマシンガンを破壊した。

 

オダワラは突進の勢いを殺さずに、振り上げたヒート・ホークを打ち下ろした。

敵はその弾痕だらけの赤い盾でガードする。

ガツンッ!

勢いよくヒートホークが敵のシールドを貫通する。

そのまま赤く光る刃が、敵モビルスーツの濃紺の胸部上側に当たった。

 

……シールドで防がれた分、致命傷にはならなかったか……

 

オダワラがそう思った時、敵は破損したシールドを振り上げ、右手に持ったビームサーベルを一直線に突き出してきた。

 

「狙いはコックピットか!」

 

オダワラは急いでザクを後方に飛び下がらせる。

だが敵モビルスーツのビームサーベルの先端が、僅かに腰部冷却用パイプを傷つけていた。

パイプから凄まじい勢いで冷却材が霧状になって噴出する。

 

「マズイッ!」

 

ザクの腰のパイプは熱核融合炉の冷却用だ。

傷ついても即座に動けなくなる訳ではないが、時間が経てば排熱が追い付かなくなり、爆発する危険性すらある。

 

「新米将校が……」

 

思わずオダワラは呪いの呻きを漏らした。

 




この続きは、本日夜8時に投稿予定です。


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13,決戦(後編1)

エイタの乗るRX-79T『プロト陸戦型ガンダム』。
オダワラの乗るMS-06ザク。

双方ともマシンガンの弾は尽き、近接戦闘用の武器を手に戦う。


「危なかった……」

 

エイタは全身から、ドッと汗が噴き出るのを感じた。

ガンダムのシールドは、既に限界近くまでマシンガンの弾を受けていた。

そこにザクが走り込んでヒート・ホークを振り下ろしてきたのだ。

辛うじてシールドで受けたが、ヒートホークの刃はその部分を貫通して、ガンダムの胸部上側、コックピットハッチの部分にガツンと当たったのだ。

幸いにしてそこを突き抜けるほどではなかったが、もう少しシールドが痛んでいれば、エイタはコックピットごと焼き切られている所だ。

 

コックピット・ハッチは二重になっているが、その衝撃は内側ハッチに取り付けられた『上方視界用モニター』まで破損していた。

 

「だけど前方視界に影響が無ければ問題ない!」

 

エイタはシールドごと相手の右手を跳ね上げると、すかさずビーム・サーベルを突き出した。

だが相手は瞬時に後ろに飛び下がる。

サーベルの刃は相手の腰のパイプを傷つけただけだ。

エイタのガンダムは右マニュピレーターにビーム・サーベルも握って仁王立ちになる。

既にアテにならないシールドは捨ててある。

 

……負けられない……

 

エイタは目の前にザクに、全身の闘志を燃やしていた。

 

 

 

白と深緑の巨人が戦っている。

白い巨人はピンク色に輝く光の剣で。

深緑色の巨人は刃が高熱で赤光する斧で。

それぞれの得物を振り回し、相手の得物を躱す。

一瞬が永遠にも思えるほどの緊張の中。

二体の巨人が互いに距離を取った。

 

 

 

エイタのガンダムは既に全身が傷だらけであった。

頭部のV字アンテナは片方が破損し、顔面左側部分に大きな傷があった。

左腕マニュピレーターはヒートホークの一撃を受けて、肘から下が切り落とされている。

その他も胸部・腹部・腰部アーマーの予備電池など、至る所にヒートホークによる傷を受けている。

 

だが一番マズかったのは、ジェネレーターの異常だった。

エイタは戦闘が始まる前、ジェネレーターのリミッターを解除した。

そのためRX-78に匹敵する戦闘出力を維持できたが、この機体に使われている余剰部品・テスト部品では耐える事が出来なかった。

連続的に高出力を出し続けるジェネレーターは、既に計算上の耐熱温度を超えていた。

ガンダムの機体から熱気で陽炎が立ち上るほどだ。

 

コックピット内のエイタも、ノーマルスーツの体温調節機構があるにも関わらず、既に全身が汗でぐっしょりと濡れている。

コックピットの内部温度も50度を超えていた。

しかしエイタの目は戦意に燃えていた。

今のエイタは慎重で戦い嫌いの技術士官ではない。

戦うためだけの獣となっていた。

だがエイタの身体もガンダムの機体も、既に限界に達していたのだ。

それはエイタ自身にも解っていた。

エイタが操作レバーを握る。

ガンダムの右手が同じようにビームサーベルを握りしめた。

 

「いよいよ最後の時か?」

 

 

 

オダワラのザクも、既に満身創痍の状態であった。

オダワラの操縦技術で辛うじて直撃だけは避けていたが、ザクの全身いたる所がビームサーベルで抉られている。

左腕は肩の下、上腕部で斜めに断ち切られていた。

 

そして何より致命的だったのは、最初の一合で腰の冷却パイプを切られている事だった。

既に小型核融合炉の温度は危険域を越えている。

このままでは大爆発を起こしかねない。

さらには連続的に高温を発し続けているヒートホークの刃の部分が、物理的に弱くなってきているのだ。

オダワラは敵モビルスーツを睨んだ。

 

……今の状態のヒートホークでは、敵のあの装甲は簡単には破れない……

 

オダワラは先ほど、ガンダムの左腕を断ち切った事を思い出した。

 

……関節部までは頑丈な装甲で覆えないと言う事か。狙うとすれば足の膝関節だな……

 

オダワラのザクがヒートホークを構えた。

 

「次が最後の一撃だろうな。俺はこの一撃に、軍人人生の全てを賭けるぜ」

 

 

 

「うおぉ!」「いやぁっ!」

 

ガンダムとザクが、ほぼ同時にダッシュした。

だが先に仕掛けたのはガンダムだ。

ビームサーベルはヒートホークより間合いが長い。

ガンダムの右腕がビームサーベルを横殴りに払った。

ザクの頭部が切り飛ばされる。

 

だがそれはオダワラにとって計算済だ。

頭部には各種センサーや運動コンピューターもあるが、それで即座に全体が停止する訳ではない。

 

身体を屈めて頭部を無くしたザクが、やはり横殴りにヒートホークを振るう。

ガツン!という固い音と共に、ヒートホークの刃がガンダムの左膝に半分以上食い込んだ。

ガクンとガンダムの体勢が崩れる。

ザクは素早くヒートホークを引き抜くと、今度は上からガンダムの頭部目掛けて振り下ろした。

だがガンダムもほぼ同時に右手のビームサーベルをザクに向かって突き出していたのだ。

ガンダムのビーム・サーベルはザクの胸部中央を貫き、

ザクのヒート・ホークはガンダムの左肩にめり込んでいた。

 

そして、ほぼ同時に、エイタのガンダムも、オダワラのザクも

『活動不能』の警告をモニターに映し出していた。

 




この続きは、明日正午過ぎに投稿予定です。


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13,決戦(後編2)

RX-79T『プロト陸戦型ガンダム』に乗る戦闘経験の無い技術将校エイタと、
MS-06ザクに乗る退役間近の熟練兵士オダワラ。

双方のモビルスーツは傷つき、ついに相打ちとなって両方とも行動不能になる。
そして二人のコックピットには『機体爆発のアラート』が鳴り響く。


ビーッ、ビーッ、ビーッ、ビーッ!

 

コックピット内部に警告音が鳴り響く。

モビルスーツ同士が正面からぶつかった衝撃で、オダワラの意識は若干朦朧としていた。

その虚ろな目でモニターを見た時、オダワラの意識は一気に覚醒した。

 

……熱核融合炉の炉心温度、爆発危険域だと!……

 

このまま行くと、いつ核融合炉が爆発するか分からない。

オダワラは急いでシートベルトを外すと、コックピット・ハッチの開閉スイッチを押した。

が、ハッチは開かない。

 

……ハッチの開閉装置が壊れたのか……

 

オダワラはシート横にある『非常用ハッチ開放ハンドル』に飛びついた。

だがハンドルは固くて動かない。当然だ。ちょっとやそっとで動くようでは、気密性の点で逆に問題だろう。

蒸されるようなコックピットの中、オダワラは必死でハンドルにしがみ付いた。

だがハンドルはまったく動かなかった。

 

……このままでは死ぬ……

 

オダワラの中で焦りが生じる。

戦士として戦って死ぬならいざ知らず、こんな所で蒸し殺されるか、爆発で死ぬなんて真っ平だ。

ふと思い出してシート脇にあるアサルト・ライフルを取り出す。

その銃身をハンドルに差し込み、テコの原理で力を込めた。

するとあれほど強固だったハンドルが、ゆっくりと回り始めた。

オダワラは何度もライフルを刺し直し、ハッチ開放ハンドルを回して行く。

やがてゆっくり、ゆっくりとハッチが開いていく。

 

ついにハッチが半分まで開いた。

ここまで来れば何とか通り抜ける事が出来るだろう。

オダワラは藻掻くように、開いたハッチの隙間に身体をねじ込んだ。

 

 

 

ビーッ、ビーッ、ビーッ、ビーッ!

 

コックピット内部に激しく警告音が鳴り響く。

エイタは虚ろな目で正面モニターを見た。

敵のザクは沈黙している。

 

「やった……のか……」

 

全身の力が抜けるような気がする。

そのままシートに身体を預けようとして気が着いた。

 

……この警告音は何だ?……

 

正面モニターには「ALERT」の文字が赤く点滅していた。

そしてモビルスーツの機体状況を映すモニターを見ると、機体各部が赤く点滅している。

そして……

 

……ジェネレーター異常だって?……

 

エイタは我が目を疑った。

ジェネレーターが熱暴走し、それに連動する小型熱核融合炉が異常反応を起こしている。

このまま行けば大爆発を起こすだろう。

気が付けばコックピット内の温度も60度を指そうとしている。

ノーマルスーツを着ているから気づかなかったのだ。

 

エイタは慌ててシートベルトを外すと、コックピット・ハッチを開くスイッチを押した。

 

ガコッ

 

何かが詰まったような音がして、ハッチの開閉が止まる。

 

このプロト陸戦型ガンダムのコックピットは胸部中央にあり、そのハッチはコックピットの上部だ。

ハッチは二重構造になっていて、内側が上部モニターを付けた内部ハッチ、外側に外部装甲を兼ねた外部ハッチがある。

その外部ハッチが、ザクのヒートホークの一撃を受けて変形し、完全には開かなくなっていたのだ。

開いた隙間はわずか10センチ足らず。

ノーマルスーツを着ては、腕を出すだけで精一杯だ。

 

エイタは恐怖した。

このままでは、ここで蒸し殺されるか、モビルスーツと共に爆死するかのどちらかだ。

モニターを見ると、敵のザクも高温を発しているらしい。

エイタは必死に外部ハッチを叩いた。

だがモビルスーツの装甲でもある外部ハッチが、そんな程度で開く訳がなかった。

既にエアコンも停止している。

ノーマルスーツの体温調整機構も間もなく効かなくなってくるだろう。

 

「誰か、助けてくれ!」

 

思わずエイタはそう叫んでいた。

 

 

 

オダワラがザクの太腿部分を伝って降りようとした時だ。

 

「誰か、助けてくれ!」

 

そう叫ぶ声が聞こえた。

ふと声の方に目をやると、連邦のモビルスーツの胸の中央部分の上側が、わずかに開いている。

 

……あそこがこのモビルスーツのコックピット・ハッチなのか……

 

すると中から白い手が出て、ハッチを必死に持ち上げようとした。

だが装甲が歪んでいるせいか、ハッチが動く様子はない。

 

……あの様子じゃ、まず出られないだろうな。気の毒に……

 

さっきまで命を賭けて戦っていた相手だが、オダワラは哀れみを感じずにはいられなかった。

 

……だからと言って、俺に出来る事は何もないけどな。これも戦争の現実だ……

 

オダワラはそのままザクのふとももから地面に降り立った。

そのままモビルスーツから急いで離れるべきだったが、なぜかもう一度視線が先ほどの場所に向いてしまった。

白い手は何度もハッチを叩いている。そして次には中から押し開けようとしていた。

まだ若い将校だが、最後の瞬間まで生きようと足掻いているのだろう。

 

……嫌なものを見てしまった……

 

オダワラは無理に視線を引きはがすように顔を背ける。

その時、幼い甥の姿が目に浮かんだ。

 

……あの子もあのパイロットと同じくらいの年頃なんだよな……

 

オダワラは何故か自分がとてつもなく、人としての道を踏み外しているように感じられる。

 

「エエイ。クソッタレが!」

 

オダワラはいま降りて来たばかりのザク機体をよじ登り始めた。

 

 

 

エイタは何度も何度も外部ハッチを叩いた。

さっきは無意識に「助けてくれ」と叫んだが、ここでエイタを助けてくれる者は誰もいない事は解っていた。

それでも叫ばずにはいられなかった。

渾身の力を込めて、ハッチを押し開けようとする。

だが何度やっても、ハッチはビクリとも動かなかった。

 

……俺は、こんな所で死ぬのか?戦闘でもない、別の原因で……

 

そう思った時だ。

外部から誰かの怒鳴り声が聞こえる。

 

「連邦のパイロット、ハッチから離れろ。今からそのハッチを引きはがしてやる!」

 

……え?……

 

エイタは驚きながらも、ハッチにかけた手を離して、上を見つめた。

するとわずかに開いた隙間から、深緑色の無骨な鉄の指が見えた。

そしてハッチを掴む振動が響くと、メリメリという音を立ててハッチを引きはがして行く。

やがて完全にハッチがもぎ取られると、それを投げ捨てる音が聞こえた。

 

エイタは呆然としながらもハッチから身を乗り出した。

正面には、同じくハッチを破壊したザクの中に、ジオンのパイロットが見える。

オダワラは自機に戻ると再びコックピットに潜り込み、まずは自分のハッチを破壊して正面が見えるようにし、続いてガンダムのコックピット・ハッチを破壊したのだ。

 

ガンダムのハッチから呆然と上半身を晒しているエイタに、オダワラは怒鳴った。

 

「ボケッとしてんな!もうすぐ、俺とオマエのモビルスーツは爆発する。今すぐに出来るだけ遠くに逃げろ!せっかく助かった命だろうが!」

 

オダワラはそう言うと、ザクのコックピットを飛び出し、そのまま太腿を滑り降りて走り出して行った。

エイタも慌ててガンダムの胸部から、非常用ワイヤーを引き出して地面に降りる。

一目散にオダワラとは逆に北側を目指して走った。

息が切れても走り続ける。

五百メートルほど離れた時、背後で爆発音が響いた。

 




この続きは、本日夜9時に投稿予定です。
次が最終話となります。


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14,月の都市で

宇宙世紀0079。9月25日。
無人となったサイド7で、
『陸戦型ガンダムのテストベッド機』を回収に来た連邦軍の技術将校、エイタ・ジョンソン・ソウマと、
『退役まで一週間で事実上厄介払い』されたジオン軍の上級曹長、ヒロシ・オダワラ。

彼らは『互いに組織の主流からは外れた人間』だったが、死力を尽くして戦った。
その果てに、二人のモビルスーツは相打ちとなる。
両機とも爆発寸前となったが、エイタのガンダムはコックピット・ハッチを損傷したため、脱出する事が出来なかった。
だがそれを助けたのは、敵であるオダワラだった。

それから5年の歳月が流れた。


宇宙世紀0085。

エイタ・ジョンソン・ソウマは、月面都市フォン・ブラウン市に居た。

彼はコーヒー・ショップでグランデ・サイズのカフェオレとサンドイッチを買い、店内を見渡した。

 

……昼過ぎだって言うのに、満席だな……

 

午前の会議が長引いて、食事が今の時間になってしまったのだ。

 

今のエイタは、アナハイム・エレクトロニクス社の社員だ。

一年戦争終結後、軍を除隊したエイタは、かねてから誘いのあった同社に転職した。

エイタの『サイド7での実体験』から発案した『グラウンド・ソナー』はすぐに軍で採用されたが、他の『フル・フローティング式の全天視界のリニアシート』『モビルスーツのホバー移動』は、軍部ではあまり評価されなかった。

だがそれに目を付けて、高給でヘッド・ハンティングをかけてきたのはアナハイム・エレクトロニクス社だ。

なにしろ『実戦経験のある技術者』なんて、そうそういるもんじゃない。

今のエイタはモビルスーツ開発の技術部長の地位を得ていた。

 

 

エイタは購入した品を持って、店の外側にあるテラス席に移動した。

だがそこも全てのテーブルが埋まっていた。

 

……やれやれ、仕方ない。このまま立ち食いするしかないか……

 

そう思った時だ。

 

「相席で良かったら、ここにどうぞ」

 

近くのテーブルに一人で座っていた、白髪の男性がそう声をかけてくれた。

 

「あ、どうもありがとうございます」

 

エイタは礼を言って、その男性の向かいのイスに腰かけた。

男性は髪の毛は真っ白だが、肌の色艶はいいしハリもある。

年齢は60歳前後と言う所か?

そして全身が引き締まった、何か鋼のような強さをイメージさせる男性だった。

エイタは男性が持っていた雑誌に目を止めた。

 

「失礼ですが、元軍人の方ですか?」

 

エイタがそう問うと、男性は穏やかに目を向けた。

 

「ええ、どうして分かりました?」

 

エイタは男性の持っていた雑誌を指さした。

 

「その雑誌です。『ソルジャーズ・フォーチュン』。主に退役軍人向けに発行されている雑誌ですよね」

 

男性は雑誌を閉じながら笑った。

 

「解りますか?お察しの通り、私は元軍人です。それとこれも予想が付いていると思いますが、元ジオン兵です」

 

エイタは静かに頷いた。

『ソルジャーズ・フォーチュン』はスペース・ノイド寄りの雑誌だし、何より彼のアクセントには若干のジオン訛りがある。

 

「軍には長かったんですか?」

 

エイタがそう尋ねると、男性は少し誇らしげに答えた。

 

「ええ。18歳でムンゾ防衛隊に入隊して以来、37年間軍隊一筋でした」

 

「歴戦の勇士だったんですね」

 

ジオン公国は敗北している。その中で生き残っている事と言う事は、かなりの強者なのだろう、とエイタは思った。

 

「そんなカッコイイものじゃありません。最後の戦闘では、初めて戦場に出たと思われる新米将校さんにしてやられましたから」

 

男性は自嘲的に笑った。

エイタは、強さを内に秘めながら謙虚に話すこの男性に好感を持った。

男性が言葉を続けた。

 

「そういうあなたはアナハイム社の社員ですな。しかもモビルスーツ関連の?」

 

エイタも笑いを返す。

 

「その通りです。モビルスーツの開発に携わっています。大声じゃ言えませんが」

 

その時、エイタは男性が自分を探るように見ている事に気づいた。

 

「でもあなたの雰囲気はただの技術者には思えませんな。テスト・パイロットか何かですか?」

 

鋭い男だな、と思いながらエイタは答える。

 

「いえ、今は開発オンリーですよ。テスト・パイロットをやったのは軍の研究開発部に居た時です。一度だけですが戦闘を経験した事もありました」

 

男性は納得したようにうなずいた。

 

「なるほど、それで何か同類のような臭いを感じたのかもしれませんね。あなたにも『兵士』の臭いを感じる」

 

「そんな立派なものじゃありません。想定外の事態に巻き込まれただけですから。でもそれまでの自分の人生には無い強烈な体験でした」

 

エイタが自嘲気味にそう言うと、男性は深くうなずいた。

 

「戦場は過酷な上、残酷でもありますが、人によっては大きく成長させる場合もあります。中にはその後の人生を変えてしまう事も……」

 

それを聞いてエイタは苦笑した。

 

「いや、でももう戦争はコリゴリです。正直、何度小便をチビリそうになったか……」

 

男性もうなずいた。

 

「まったくです……」

 

そこで男性はコーヒーを一口飲むと、再び話しかけて来た。

 

「連邦軍に居た人なら、元ジオン兵は嫌いなんじゃないですか?」

 

だがエイタは頭を左右に振る。

 

「いいえ。自分はスペースノイドの気持ちは解りますし、一年戦争の敵はザビ家だったと思います。それにジオン兵に命を助けられた事があるんです……」

 

もう5年以上前になる、あの鮮烈な三日間をエイタは思い出した。

あの三日を生き延びた事で、エイタは自分の人生が強烈に変わったように考えている。

それを聞いた男性は破顔した。

 

「そうですか。それは良かった」

 

その時、テーブルに近づいて来た女性がいた。

やはり初老の、だが品の良い女性だ。

 

「あなた、買い物は終わったわ。待たせてごめんなさい」

 

「ああ、ミドリ。いや、大丈夫だよ、この方と楽しく会話も出来たから」

 

エイタは女性に向かって軽く会釈をした。

男性は残っていたコーヒーを飲み干すと立ち上がった。

 

「それでは私はこれで。老人の会話に付き合ってくれてありがとう」

 

「いや、こちらこそ、楽しい会話が出来て感謝しています」

 

男性はふと遠い目をした。

 

「なぜかあなたとは初めて会った気がしませんな」

 

エイタも同じことを感じていた。

 

「私もです。失礼ですが、お名前を聞かせて頂いてもよろしいですか?私はエイタ・ジョンソン・ソウマと言います」

 

「エイタ・ソウマさん……ですか……」

 

男性は記憶を辿るような表情をする。

 

「私はヒロシ・オダワラと言います。聞き覚えはありますか?」

 

だが残念ながら、エイタはその名前は記憶になかった。

 

「いいえ。すみません」

 

「気にしないで下さい。私も同じですから」

 

オダワラと名乗った男性は、改めてエイタを向き直ると丁寧に頭を下げた。

 

「それでは、私達はこれで失礼します」

 

「どうもありがとうございました。またどこかでお会い出来たら、お声をかけて下さい」

 

エイタがそう言うと、男性はにこやか笑ってうなずいた。

そのまま女性と一緒に歩き去っていく。

エイタはその姿を見ながら

「どこの国に生まれようと、人の幸せは同じなんだな」とそう思った。

(終わり)

 




これでこの話は終わりになります。
ここまで読んで頂いた方、ありがとうございましt。あ


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