ダークエルフ押しかけ妻JKは、惚気るのを我慢できない (和鳳ハジメ)
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第1話 雨に濡れたダークエルフを拾った結果

高校の頃、隣の席のダークエルフが可愛かったという甘酸っぱい思い出がフラッシュバックしたので書きました。
……え? エルフなんて居ないだろ? そんな馬鹿な、街を歩けばOLしてるライトエルフやメイド喫茶の呼び込みしてるシルキーを見かけるよね? あれ?



 

 

 狭いアパートの一室にて、シャワーの音が響いていた。

 部屋の中には若い男が一人が、青い顔をして頭を抱えて踞っている。

 

「ヤベェよ、マジかよ、どーすんだよこの状況…………」

 

 二日酔いで頭が痛む中で彼、浅野省吾(あさの・しょうご)は昨夜の事を非常に悩んでいた。

 

(うあああああああああっ!! なんで俺はっ、俺はっ!! 手を出さずに良かったというべきか、いやむしろ、その方がまだマシだったじゃねぇかっ!!)

 

 若い男の部屋に響くシャワー音、つまりもう一人居るわけで。

 ――つまるところ、やらかしてしまったのだ。

 

(終わった…………、俺の人生終わった……グッバイ、教師人生……へへっ、懲戒免職でクビ……いや最悪、裁判沙汰で借金?)

 

 昨夜は、久しぶりの合コンだった。

 彼好みの薄幸巨乳人妻風美人達とセッティングが成功した、奇跡の合コン。

 なお、結果は惨敗。

 

『ごめんなさい、顔が怖いヒトはちょっと』『歴史教師? 堅苦しそうね、いや悪口じゃないんだけど』『ごめんなさいね、夫が居るのよ』

 

(なんで人妻が来てるんだよっ!! 堅苦しそうで、顔が怖くて悪かったなっ!!)

 

 相手はかなり美人揃いであったが、悉く他の男にお持ち帰りされ。

 気づけば省吾は一人、ビールを片手にコンビニの前で飲んでいる始末。

 

(あ゛ーー、もう、なんで声かけちゃったかなぁ。いやでも声かけるだろう? だって俺のクラスの子じゃん、なんかやけ酒してたじゃん、傘も差さずに濡れっぱなしだったじゃねぇか…………)

 

 酔っていたとはいえ、己の行動は教師として適切だった。

 少なくとも、その時までは。

 深夜に雨の降る中、傘もささずに泥酔している受け持ちの生徒が居たなら、担任として声をかけずにはいられない。

 事情を、聞かずにはいられない。

 

(どうして……どうして、こうなってしまったんだ……)

 

 省吾の目の前には、区役所の深夜受付で手渡された記念の皿。

 そう『結婚記念』の皿だ。

 

「いやあり得ないだろ、酔った勢いで教え子と結婚するとかさぁ! 教師のする事じゃねぇだろっ!!」

 

 ごろごろと転がるが、目の前の皿が消える訳でもなし。

 むしろ、二日酔いの頭痛が悪化する始末。

 省吾が盛大に溜息を吐き出し、体を起こした瞬間であった。

 ぺたぺたと素足の音、そして。

 

「――、シャワーお借りしました浅野センセっ! あ、違いますね、……おはようございます省吾さん。えへへっ、何だか照れくさいですねっ」

 

「ああ、うん、おはようジプソフィラさん」

 

「もうっ、夫婦になったんだから省吾さんも名前で呼んでくださいよぉ。……あ、そういえばYシャツ借りました、後で洗濯しておきますので、洗濯が必要な服があるなら出しておいてくださいねっ」

 

「なんでこの状況を速攻で受け入れてるんだよっ!?」

 

 省吾は盛大に目を反らしながら、思わず叫んだ。

 シャワーの水気でしっとりしている銀髪、艶やかな褐色の肌、Yシャツの胸部を押し上げる巨乳、形の良い臀部はチラチラ見えて。

 そして、――――その耳は長く尖っていた。

 

 そう、浅野シオン(旧姓ジプソフィラ)はダークエルフである。

 高尾山が異世界セレンディアと地続きになって、約半世紀以上。

 なんだかんだで共存の道を歩み、今では彼ら異種族の姿は珍しくもなく。

 ともあれ。

 

「あのなぁジプソフィラ、お前に全部の責任を押しつける気は無い。これは大人として、社会人として、そして教師として俺の落ち度だ」

 

「でもセンセ、泥酔していたのは私も同じですし。年齢を言い出せば私の方が年上ですよ? だって今年で百四十歳ですもん。それに向こうに帰れば、結構良い感じの地位に居ますし……おあいこにしません?」

 

「うぐっ、それでも俺は教師でお前は生徒だ! いくら俺が学校でやる気の無い不良教師と言われていても、その一線だけは譲れん!! だからすまないが、これから離婚届を出しにいく。着いてきてくれ」

 

「え、いやですよ。何を言ってるんですか省吾さん」

 

「そうだろう、そうだろう。それがあるべき姿――――って、今なんて言った?」

 

「だから『いやです』って。私は省吾さんと離婚する気は無いですよ?」

 

「…………はぁああああああああああああっ!?」

 

 不思議そうに首を傾げるダークエルフに、省吾は目を丸くした。

 いったいシオンは何を言っているのだろうか、酔った勢いで結婚してしまった。

 ならば戸籍に×がついてしまうのは仕方がない、二人の関係性を考えても今すぐ離婚届を出すべきであり。

 

「まぁまぁ聞いてくださいよ省吾さん、確かに酒の過ちで結婚しました。しかし結婚は結婚、今の私は省吾さんの幼妻っ!! これはレアですよ! 全国の男性教師が羨むシチュエーションですよ!! ぐっと来ませんか? 朝起きたらセーラー服にふりふりエプロンを来た巨乳の美少女ダークエルフがご飯を作っているんですよっ!!」

 

「もっと熟れた感じになってから出直してこい」

 

「そんなバカなっ!? 美形揃いダークエルフ、いいえエルフ種全体で見ても上位に余裕で入る私がアウトオブ眼中っ!? 性欲はあるんですか省吾さんっ!?」

 

「そりゃあ、俺だって性欲はあるぞ? 昨日だって合コンの帰りだったからな。カノジョ作ってイチャイチャとか普通に憧れるわ」

 

「でも惨敗したんですよね?」

 

「そういうお前は、友達の結婚式に呼ばれて万年独り身が寂しくなってやけ酒してたんだよな?」

 

「ああっ、それを言いますか省吾さんっ!? 知ってるんですからね、数学のエリーダ先生に言い寄って相手にもされてないって事をっ!!」

 

「テメっ!? なんでそれ知ってんだよっ!?」

 

「え? むしろなんで噂になってないと思ってるんですか? あの美人で有名なエリーダ先生の百人目の被害者なのに」

 

「逆にあの人にコクった奴が学内に百人も居るのがスゲェよっ!? つーか俺は食事に誘っただけだフられていない……」

 

「でも断られたんですよね」

 

「ぐぬぬっ…………」

 

 悔しがる省吾に、しゃがみ込んでニマニマ笑うシオン。

 その体勢が故に、彼女の暴れん坊な胸の谷間が見え。

 彼は思わず舌打ちして、顔を反らした。

 

(あーもう、どうしたら説得出来るんだ……)

 

 疑問は尽きない、そもそも何故こんなに距離が近いのだろう。

 そして、勘違いでなければ好感度の高さは何だ。

 

(確かにコイツはクラスの中心人物で、誰にでも分け隔て無く親しく接して、そりゃもう勘違いする男子が続出してるがなぁ)

 

 彼女と彼の関係は、あくまで担任教師と生徒の関係だ。

 特段、何かがあった訳ではなく――否。

 

(…………もしかして、気づいているのか?)

 

 平凡な人間、浅野省吾の唯一の秘密。

 だが、見た目に分かることではなく、言動から簡単に判明する事でもない。

 冷や汗が一つ、だが悟られる訳にはいかない

 

(今は、説得する事だけに集中しろっ。俺の教師人生の為にも――――ああ、成程?)

 

 この手があったかと、省吾はシオンの両肩を掴んだ。

 その華奢な肩の感触に一瞬惑いそうになったが、意識から追いやって。

 

「ふぇっ!? だ、ダメですよ省吾さんっ、こんな朝から……」

 

「勘違いすんな聞け、聞くんだシオン」

 

「えぇ~~、まぁ良いですけど」

 

「離婚しよう、……これはお前を思っての事なんだ」

 

「………………胡散臭いですが、理由を聞きましょう」

 

 省吾の真剣な眼差しに、シオンは頬を赤らめながら澄まし顔。

 

「いいか、お前が考えるより事態は深刻なんだ。生徒と教師の結婚、しかもお前は在学中、この先に受験する際、或いは大学に通っている時、そして就職する時に非常に不利に働くだろう」

 

「さっきも言いましたが、故郷ではそれなりの地位ですし。一生働かずに済む財産もありますし、大学受験せず高校を卒業したら悠々自適に暮らす予定でしたよ?」

 

「…………」

 

「…………」

 

「まぁよく考えろ、この事が学校中にバレてみろお前は好機の視線に晒されて虐められるかもしれないんだぞ!!」

 

「学校の生徒達の殆どは、私より年下ですし。こっちの人間以外は顔見知りの様なものというか、おしめを変えてあげた者も居るぐらいですし。――それに、ダークエルフだけで見ても私より強い人は居ませんよ?」

 

「…………」

 

「…………」

 

 交わる視線、しかめっ面の省吾とは正反対にシオンは自慢気な笑顔。

 えっへんと胸を張って、誉めて誉めてと言わんばかりに期待の眼差しを彼に向ける。

 

「…………」

 

「センセ、いえ省吾さん? もうお話は終わりですか? ならそろそろ朝食の支度をしないと、学校に行く時間が押しちゃいますよ?」

 

「…………」

 

「省吾さーん? 聞いてます?」

 

「…………んもおおおおおおおおおおおおっ!! 何なんだよテメェ!! ツベコベ言わずに離婚しろよおおおおおお!! 俺の職が無くなるのは自業自得だけどさぁっ、お前はまだ未来があるだろぉ!! 折角こうして日本の高校に通ってるんだからさぁ、大学行って好きなことを学べよっ!!」

 

「――――えっ!? あれっ!? まさか本気で心配してくれてたんですかっ!?」

 

「本気で悪いかよっ!! 給料泥棒みたいな教師だが、その本分までは見失ってねぇっつーの!!」

 

 ぜーはーぜーはー、と息を切らして叫ぶ省吾にシオンは目を丸くして。

 てっきり、我が身可愛さに離婚を申し出ているのだと思っていた。

 

(ああ、嗚呼……この人は――――)

 

 胸がうずうずと、バクバクと高まる。

 自然と笑みがこぼれる、胸の奥がじんわりと暖かくなるのを感じる。

 ――花開く様に、シオンは微笑んで。

 

「ああ、やっぱり私と省吾さんは結婚する運命だったんですねっ!!」

 

「おい、俺の言葉を聞いていたか? ちゃんと理解したか?」

 

「勿論ですっ! 一字一句間違いなく暗唱出来ますっ!! さっきの言葉は深く脳裏に刻みました後で日記にも書いておきます、一族にも手紙で伝えましょう……素晴らしい教師が居るとっ!!」

 

「ちょい待ちっ!? なんでそんなに感動してるんだよっ!?」

 

「こうしては居られません、離婚なんて絶対にダメですっ、ええっ、ええっ、ええっ!! これはもう一生かけて添い遂げるべきだと私の魂が叫んでいるんですよ省吾さんっ!!」

 

 するとシオンは己の親指を噛み切って血を出すと、躊躇無く省吾の口に突っ込む。

 彼女の瞳はどろりと暗く濁って、その肢体は淡く光り輝いて――

 

(マジで輝いて――魔法っ!? なんの魔法を使う気なんだよっ!? くそっ、力が強くて逃げれねぇっ!?)

 

「『天より見守る我らが太陽の父神よ、その妻である月の女神に告げる――』」

 

(なんだこの呪文っ、聞いたことがねぇ!! 太陽神? 月の女神? あっちの創世神話の夫婦神に何を…………ま、まさかっ!?)

 

 省吾は思い出した、彼の大学時代の専攻はセレンディア史。

 高校で教えているのも、異世界セレンディアの歴史であり。

 

「『我は誓う、この者と聖なる契りを結ぶ事を……。この者が命尽きるとき、そして我が命尽きる時――』」

 

(バカじゃねぇのコイツっ!? 何考えてるんだよっ!? あっちでも廃れた黴のはえた儀式しやがってっ、寿命を分け与える上に片方が死んだら相手も死ぬ呪いみたいなヤツじゃねぇかっ!!)

 

 理解してしまった、シオンがやろうとしている事が。

 そして、己が彼女を止める手段が無い事も。

 

「『――――我らの魂を以て、ここに聖婚は結ばれる』」

 

 呪文を唱え終わった瞬間、光が溢れて天高く上っていく。

 そして光が収まった後、シオンはうっとりした顔で熱く囁いた。

 

「ふふつか者ですが、どうぞ宜しくお願い致します省吾さん。幾久しく、輪廻の先まで――――」

 

(マジかよおおおおおおおおおおおおおっ!?)

 

 こうして、日本人の歴史教師・浅野省吾と高尾山の先から来たダークエルフ・シオンは永遠に結ばれた。

 法律以上の、世界の法則で結婚してしまった。

 唖然とする彼の額にキスをすると、彼女はルンルンで朝食の支度を始める。

 

(はぁ…………本当に、バレてねぇんだよ、な……?)

 

 その後ろ姿を、省吾は険しい目つきで眺める。

 ――――彼には、誰にも知られていない秘密があった。

 それは、前世の記憶がある事。

 その前世で、千年以上前に邪神から異世界セレンディアを救った六大英雄の一人であった事。

 

(いきなり聖婚なんかして何を考えているッ。ティザ・ノティーサ・カー・ジプソフィラっ!)

 

 その記憶が告げていた、名前は違うともシオンは同じ六英雄の一人で彼と共に戦った仲間であると。

 

(はぁ……今世は静かに暮らせると思ったんだけどなぁ…………)

 

 警戒しなければならない、彼女がこうして側にいるという事は世界に危機が訪れたのかもしれない。

 その危機に、省吾の力が必要なのかもしれない。

 

(けどなぁ……、今の俺は完全に一般人なんだぞ? それに前世に記憶はあくまで情報。地続きの様な感覚だがあくまで別人だってのに)

 

 見定めなければならない、彼女の目的を、その裏に隠された何かを。

 省吾は、深く深く溜息を吐き出して。

 

「ふんふんふーん、うへへへへ、省吾さんとけっこんーーっ!」

 

「…………おい、間違っても俺たちが結婚した事は誰にも言うなよ。絶対に秘密だ、俺が許可を出すまで匂わすのも禁止、お前も夫がいきなり無職とか嫌だろう?」

 

「はいはーい、大丈夫ですって。もー、家までセンセっぽい事を言わなくても良いんですよ?」

 

「家だろうが何処だろうが、俺は教師だってーのッ!!」

 

 ともあれ、誰かの手作りの朝食は久しぶりだと。

 少し浮かれ気味で、大人しく完成を待つことにしたのだった。

 

 



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第2話 言った側からコイツはっ!!

 

 

(まだホームルームすら始まってねぇんだよなぁ……一日が長いっ!!)

 

 朝食の後、シオンを追い返した省吾は学校へと通勤。

 今は憂鬱な顔で受け持ちのクラス、2ーCへと廊下を歩いていた。

 

(ったく、ちゃんと約束守ってんだろうなアイツ。初日からバレるとか勘弁だぜ……)

 

 彼女の額にキス一回と引き替えに、学校では二人の関係は秘密。

 いつかは露見する事で先延ばしにしかならないが、少なくとも穏当に着地できる時間は作れる筈だ。

 

(異種族との結婚は国の政策で推奨されて補助金まで出る、出るが……生徒と教師でも通用すんのか? 少なくとも校長には話しておかないとならないし……)

 

 まったくもって、頭が痛い問題である。

 

(昼休み、いや放課後になったら言おう。ああ、面倒事は後回しだ、取りあえずそれまでは普通に、そう普通に――)

 

 省吾は教室の前で深呼吸、ここからは教師としての時間だ。

 彼は、気怠げに扉を開けて。

 ――その瞬間であった。

 着席していた生徒達がぎょろりと一斉に、信じられない物を見るような顔を省吾に向ける。

 

「……あー、おはよう。どうした? 珍しく全員座ってて」

 

「じぃ~~」「ひそひそ」「そわそわ」「にまにま」「……(勇者を見る目)」「――(犠牲者を見る目)」エトセトラエトセトラ。

 

 ちらりとシオンに視線を向けるが、鼻歌交じりで幸せそうに。

 急に不安になって来たが、聞かない事には始まらない。

 

「言いたいことがあるなら、はっきり言いなさい。何もないならホームルームを始めるぞ」

 

 伝達事項に目新しい事は無い、幸か不幸か問題の少ないクラスなので注意喚起を特別にする必要も無い。

 スケジュールの確認の後は、とっとと読書習慣の時間でもと考えたその時だった。

 クラス委員の、メリッサ・板垣(天使族ハーフ)がおずおずと挙手。

 

「ん、どうした板垣。問題でもあったか?」

 

「あ、あのっ、浅野先生、これはやりすぎだって思いましたが一応は慶事なので……」

 

「何がだ?」

 

「宜しければ黒板を見てくださいませんか?」

 

 そういえば、生徒達の妙な態度に気を取られ視界に入っていなかったと。

 省吾が後ろを振り向くと。

 

『祝・結婚!! この度、シオン・ジプソフィラは浅野省吾を結婚し妻となりましたっ!!』

 

 白と黄色と赤、三食のチョークでデカデカと書かれた文字に思考が硬直する。

 

「…………――――は?」

 

「わたし達、結婚しました!!」

 

「それは秘密にしようって言っただろうがッ!? なにいきなり暴露してんだッ!?」

 

「ぶっぶー、ダメですよセンセ。愛する妻に口止めするには報酬が足りませんでした~~!」

 

「ぶん殴るぞテメェッ!? ああもうどうすんだよッ!! お前等忘れろッ!! せめて誰にも言うなよッ!! 懲戒免職でクビになるとしても、せめて転職先を探す期間ぐらいは欲しいッ!!」

 

「うえぇ、センセったら夢が無いなぁ。ちょっと私と学校に対する信頼が足りないんじゃない? そもそも今って、大異種族婚時代じゃないですかぁ、喜ばれこそすれ心配要りませんって」

 

 けらけらと笑う美少女セーラー服ダークエルフの姿に、省吾は頭を抱えてしゃがみ込む。

 生徒達は、お労しや……と同情の視線。

 

「お前が卒業後ならいざ知らず、古今東西在学中にやらかしたら問題になるって決まってんだよッ!! 離婚だ離「――問題など一つもありませんよ浅野クン!!」

 

「なんで掃除用具のロッカーから出てくるんですか三日月校長!!」

 

「安心しなさいな、黒板の文字は私も手伝いました。良い出来でしょう?」

 

「何やってるんですか三日月校長~~~~ッ!!」

 

 この市立・間千田高校の校長、三日月ハリエットは日本人と結婚し帰化したエルフであった。

 もう千歳になろうとするエルフだが、その見た目は若く。

 否、かなり幼くまるで小学生にしか見えない。

 

「話は全部、シオン様――じゃなかったシオンさんから聞きました!! ええ、生徒と教師の結婚に何も問題はありませんとも!! しかもウルトラ嫁遅れシオン様を貰っていただけたというなら、配下のマスコミを使って、いえ総理を動かしてでも世間に祝福ムードを――――」

 

「俺に心配と不安を返せ!! つーかそれで良いのか仮にも同じ教職者だろうが三日月校長ッ!!」

 

「これが性犯罪でしたら、アチラからエルフの粛正騎士団を借りてでも追いつめましたが。結婚届を出す時は合意の上だとの事でセーフです。ああそうそう、異世界間結婚だとウチの高校にも貴方達にも補助金出るので、申請書類を近い内に出しておいてくださいね。それではこれでアデュー!」

 

「言いたいことだけ言って逃げたッ!? ぬああああああああああああッ、そりゃクビ切られるより良いけどさぁ!! なんかこう、もうちょっとあるだろッ!!」

 

 まったくもって同意しかない叫びに、クラス中が同情の視線を送り。

 その中で、さも代表だと言わんばかりにシオンは席を立って省吾に寄り添う。

 

「…………どんまいっ!」

 

「テメェが言えた口かッ!! この口が悪いのかこの口がよォ!!」

 

「ふぁってっ!! ふぁってふふぁふぁふぃほーっ!!」

 

「オラ吐けッ!! テメェ何時から根回ししてたッ!! 最初から計算尽くだったら容赦しねぇからなッ!!」

 

「ふみぃ~~~~っ!?」

 

 両方のほっぺたを引っ張り迫る省吾は、気の済むまで堪能すると解放する。

 その姿に、特に異世界出身者達は恐れを通り越し感動すら覚えて。

 ――然もあらん。もはや公然の秘密であるが、彼らはシオンの正体がかつて世界を救った六大英雄の一人だと知っているからだ。

 

「ううっ、頬が延びたらどーするんですか省吾さん……」

 

「自業自得だバカ野郎、おらとっとと吐け」

 

「そのセメントっぷりも素敵――あ、はい喋ります全部吐きます」

 

「んで?」

 

「いや、そのですね? センセが起きる前に根回ししちゃてて……」

 

「なら早く言えよッ!?」

 

「えー、だって結婚したんですよ? 私たちって新婚さんなんですよ? 学校でもイチャイチャしたいじゃないですか!!」

 

「酔った勢いで結婚したってのに、何でお前はそんなに前向きなんだよっ!! 俺よりも年上なんだからもっと常識をだな……」

 

「常識がなんですか!! 理由がどうあれ、相手がどうであれっ、私はこの結婚を逃がす気はないんですっ!! もうっ! もうっ!! 年下の連中が幸せそうに結婚するのを祝福するだけなのは寂しいんですよぉ~~~~」

 

 途中から涙ぐみ、心からの叫びに、省吾を含めて全員がそっと目を反らした。

 浅野シオン、彼女は生粋の独身。

 もっと言えば、結婚願望はあれど悲しいかな独身であった喪女であったのだ。

 ――その気持ちは、同じく非モテであった省吾にも痛いほど理解出来て。

 

「……………………今回だけだぞ、次からは事前に言え」

 

「ありがとう省吾さんっ!! うーんすりすりっ、旦那様ステキっ!!」

 

「感謝するなら、俺好みの薄幸巨乳人妻系に成長しろ?」

 

「そーいう所だと思うの、センセがモテなかったのって」

 

「うっさいわッ、もう取り繕うもんかよ!! ホームルーム始めっから座れッ」

 

「はーいっ」

 

 やる気のない冴えない歴史教師、それが浅野省吾という教師の評価だった……今までは。

 だがシオンとの結婚、そしてこの騒動。

 クラスの男子達は親近感を覚え、女子達は多少の軽蔑と尊敬の視線。

 

(ったく、昨日よりちゃんと聞いてやがるじゃねーか……)

 

 その変化を、省吾も少なからず感じ取って。

 これまでより、騒がしい日常の予感を覚えながらホームルームを進めたのであった。

 

 

 

 

(――――あれ? 省吾さんからメッセージか来てますね)

 

 それは、その日の放課後の事だった。

 スマホに入った省吾からの連絡を、シオンはわくわくしながら開いて。

 

(きゃー、きゃー、もしかして一緒に帰ろうとか? それともそれともっ、ご飯を用意して待ってろとか?)

 

 頬を赤らめ、体をクネクネさせるシオンの姿に。

 クラスメイト達は、生暖かな視線を送りながら部活に向かったり帰宅をしていったが。

 彼女はそんな事など眼中になく、ドキドキとメッセージを確認する。

 

(ええっと……『帰ったら話がある、ティーサ』……随分と色気の無い――――え、あれ? ティーサ?)

 

 ティーサ、懐かしい響き。

 たった一人、彼女をそう呼んで居た者は死んでおり。

 

「――――………………やはり、私は間違っていなかったのですね」

 

 表情の抜け落ちた顔で、シオンはぽつりと呟いた。

 

 



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第3話 記憶の連続性

 

 

(早まったかなぁ……いやでも、こういうのは早めに確認しておかないとトラブルの元だし)

 

 夕刻、いつもより少し早く仕事を切り上げ省吾はアパートに帰ってきた。

 だが、扉を開ける手に躊躇が走り。

 

 ティザ・ノティーサ・カー・ジプソフィラ氏族。

 それが彼女の本当の名だ、異世界セレンディアにおいて広く知られる邪神討伐の六大英雄の一人。

 

(……確か、花の名前って言ってたよな。こっちの世界では紫苑の花がそれに当たったって感じか?)

 

 故に、シオン・ジプソフィラ。

 向こうの世界でビックネームである彼女が、今更この日本の高校で何を学び直すというのか。

 それは、彼女を見かけたときからの疑問であり。

 

(俺はもう――戦いになんて行かないッ、誰が世界の為に戦うもんかッ!! そりゃ世界の為に戦った事も、それで死んだ事も後悔は無いけどさぁ……)

 

 同じく六大英雄と呼ばれ、戦って戦い抜いて、邪神への最後の一撃と引き替えに戦死した前世。

 その、唯一の不満点と言えば。

 

(せっかく生まれ変わったんだしッ、俺は平穏に生きたいんだッ!! テキトーに稼いでその金で遊ぶッ!! 女の子と遊ぶッ!! 読書したりゲームしたりして自堕落に過ごすんだッ!!)

 

 ――日々の潤いが足りなかった、そういう事だ。

 そもそも邪神討伐の後は、全財産を持って遠い地で青春をやり直すつもりだったのだ。

 奇しくも、生まれ変わってそれが叶ったのだから。

 

(よし言うぞ俺は言うぞ。アイツとの関係はもう切れないだろうが、せめて戦う事だけは回避しないと)

 

 決意は十分、省吾はドアノブを回し。

 

「おかえりなさいアナタっ、食事にする? それともお風呂? それとも……私っ?」

 

「エプロン一枚だけじゃ風邪引くから服を着ろ?」

 

「ええ~~っ、そんな折角スタンバイして待ってたのにっ!? つれないですよぉっ!?」

 

「はいはい、服着たら言えよ外で待ってるから」

 

「裸エプロンに動揺ひとつ見せない上に省吾さんの省吾さんがスタンダップすらしてないっ!?」

 

 ばたんと閉じられた扉に、シオンとしては素直に服を着るしかない。

 こういうのが男の夢、ロマン、他ならぬ省吾もそうで即座に押し倒される予定だったのだが。

 

「んもう~~、それで寝物語に例の話を聞こうと思ってたのに。まぁ仕方ありません、切り替えていきましょうっ!! ――もう良いですよ」

 

「はいよ、ったく……シリアスな話をする予定だって分かってんだろうが。普通にしておいてくれよ」

 

「大好きな気持ちが押さえきれないんですっ、さあさあ、背広は私が。うーん、新婚さんっぽくないですかコレっ!!」

 

「お前本当に向こう生まれのエルフ種か、現代日本に染まりきってないか?」

 

「そりゃあ染まりますって、そもそも最初にこっちに足を踏み入れたセレンディア人は私ですもんっ」

 

「ああ、なら仕方な――――は? テメェ今なんて言った?」

 

 着替える手が止まる、何か今、信じられない様な台詞が飛び出なかっただろうか。

 

「いやほら、あの時に邪神を倒した場所って時空間すら歪む重度の汚染地帯になってたじゃないですか」

 

「確かに、邪神の所にたどり着くまで大変だったみたいだな。事前に何百という結界魔法が一瞬で壊されるし、ミスリルで出来た大盾が何個もダメになったからな。――ったく、結局正面から行くのを諦めて地下から穴掘って進むしかなかったし」

 

「あの時は大変でしたよねぇ、邪神を倒したあと何百年もその影響が残ってましたし」

 

「あー、つまりお前はそれを監視でもしてたのか?」

 

「いえ、懐かしさに立ち寄ったら時空の壁が壊れかけていて。そこから世界崩壊が始まりそうだったので、いっそのこと全部壊して繋げた方が安定するかなーっと」

 

「それで高尾山と地続きになったのか……」

 

 成程と、スエットに着替え省吾は振り向いた。

 するとそこには、じぃっと彼を見つめるシオンの姿が。

 彼女は、じっとりと湿った重々しい声で。

 

「――――覚えてるじゃないですか」

 

「お、おい?」

 

「なんで、なんでなんでなんでなんでなんで――――」

 

 その目は爛々と輝き、驚喜とも狂気ともつかない笑みで口元を歪め。

 端的に言って怖い、ホラーである。

 だが、それに臆してはいけない。

 省吾には、言わなければいけない事があるのだ。

 

「待て、先ずは俺の話を聞け」

 

「…………聞きましょう」

 

「ならば言わせて貰う。――――俺はもう二度と戦わない。今度はどんな敵が迫ってきてるか知らないが、俺は戦いに出ない。戦力として見てるならお生憎様だな、他を当たってくれ」

 

「………………はい?」

 

「うん?」

 

「えっと、あの……」

 

「なんだシオン、もう一度言うぞ。――俺は戦わない」

 

 ヨレヨレのスエット姿でキリっと宣言する省吾に、シオンは心底不思議そうな顔をして。

 

「敵なんて居ませんよ?」

 

「は?」

 

「え?」

 

「…………」

 

「…………」

 

「は?」

 

「え?」

 

 奇妙な間が流れる、どういう事なのだろうか。

 シオンが省吾の側に居た意味、それは世界の危機が迫っているからではないのか。

 

「待て、じゃあなんでお前は転生した俺の側に現れたんだよッ!!」

 

「なんでって、省吾さんが前世で言ったんじゃないですか『生まれ変わったらお前の様な美しい女と青春をやり直したい』ってっ!! あれから私、ずぅ~~~~っと、ずぅ~~~~~~~~っと! 世界中を旅して生まれ変わってるのを探してたんですよっ!!」

 

「はぁッ!? ちょっと待てよティーサッ!? じゃあ何か? お前今の今までずっと俺のストーカーしてたのかッ!? まさかこの結婚だって――――」

 

「あ、それはマジで偶然です。面倒見てた子の結婚式に呼ばれ、私も恋人が欲しい結婚したいなって深酒した結果です」

 

「そこは計画通りとか言えよッ!? つーか何か? 今の状況は偶然なのかッ!?」

 

 省吾としては衝撃の真実に、開いた口が塞がらない。

 二度と戦わないという決意は何だったのか、警戒していた自分がバカみたいではないか。

 そんな感情を悟ったのか、シオンも口を尖らせる。

 

「こっちだってっ、もっとロマンチックな恋愛を夢見てたんですよ!! 側にいて記憶を取り戻せば、私に気づいてくれるってっ!! 記憶があるならもっと早くに言ってくださいっ! どれ程に私が待ち望んでいたか…………」

 

「そうは言うがなお前…………――――いや待て、ちょっと待て」

 

 うーん? と省吾は盛大に首を傾げた。

 とてつもない事実を見落としていた気がする、それにより好感度の高さも、結婚を受け入れたのも、聖婚まで結んだ事も納得が出きる。

 彼は、恐る恐る問いかけて。

 

「…………その、なんだ? もしかしてシオン、お前って昔から俺の事が好きだった……とか?」

 

「はぁっ!? 今更気づくんですかっ!? 前世から分かってたとかじゃなくてっ!? 今っ? 今なんですかっ!?」

 

「…………すまん」

 

「謝らないでください惨めになりますっ!! そりゃあ、実は女として見てくれてないんじゃって思ってましたけどっ、思ってましたけどもっ!! 事実を突きつけられると泣きそうですよ私っ!!」

 

 しゃがみ込み、真っ赤な顔を両手で隠すシオン。

 省吾は側に寄って座ると、その頭をよしよしと撫でる。

 

「前世の俺は鈍くて悪かったな」

 

「……何を他人事みたいに言ってるんですかぁ、どっちも同じ省吾さんでしょう?」

 

「その話だがな」

 

 追い打ちをかける様で気が進まないが、言わなければならない。

 

「……確かに俺は前世でお前達と共に戦って死んだ記憶がある。六大英雄の一人、『勇気ある者』ティム・ヴァージルとしての記憶がな。――でもそれはあくまで記憶なんだ、何処かの誰かの一生の情報、俺の前世はティムだ……でも、別人なんだよ」

 

「つまり、時を経ても結ばれる運命だった?」

 

「ポジティブ過ぎるッ!? いや聞いてた? 俺は確かにティムという男の延長線上で記憶は連続してるけどさ、顔も人種も住む世界も体格も性格だって違うんだよッ!!」

 

「一粒で二度美味しい?」

 

「どっから出てくるんだそのポジティブシンキングッ!?」

 

「物事は明るく捉えろって、ティムが言ったんじゃないですか」

 

「俺の所為だったッ!? つーか別人だって言っただろッ!! お前が愛してるのはティムだろうがッ!!」

 

「ああ、もしかしてそれが悩みです?」

 

「もしかしなくてもそうだよッ!! だからお前に会っても言わなかったんだよッ!! お前だって名前変えてるしッ!!」

 

 うがーと叫ぶ省吾に、シオンはさも当然と真顔で答える。

 

「だって私は六大英雄の一人として有名ですし、トラブルを避ける為にも偽名を使うのは当然ですよ。それにあながち偽名とも言えませんし」

 

「あ、やっぱシオンってティーサの名前の由来と同じなんだ」

 

「こっちにも同じ花があったので、というか覚えてませんか? 三歳の頃の省吾さんが、紫苑の花を私に差し出してお姉ちゃんの花って言ってくれたんじゃないいですか」

 

「何それ記憶ねぇよッ!? お前いったい何時から俺の側にいるのッ!? 超怖いんですけどッ!?」

 

 すると、シオンは素直に白状した。

 

「生まれたその時からですよ、義母さんが出産する前から魔法を使ってすぐ側で見守ってました」

 

「ホラーだよッ!? どんだけ重いんだよお前ッ!? 前世から追いかけてきたとかさぁ!! 俺がお前に気づかなかったらどうしてたんだよッ!!」

 

「え、それは時間が解決しますよね? 今世はダメでも来世で、ええ、それとなく記憶を呼び覚ます長期計画だってありましたし」

 

「これだから長命種はッ!! それで邪神に滅ぼされそうになった事を忘れてるんじゃねぇよッ!!」

 

「えへへ、私たちエルフ種の悪い癖ですねっ。ところで話を戻しますが、私から見ればティムも省吾さんも同一人物なんで安心してください!」

 

「えぇ…………」

 

 にこやかに言い切ったシオンに、省吾は頭を抱えた。

 つまりは平行線、省吾が割り切ればそれでハッピーエンドという気もするが。

 はぁと溜息を一つ、彼は大の字に寝ころんでぽつりと切り出す。

 

「…………取りあえず約束しろ」

 

「はい、良いですよ? 何でも言ってください!」

 

「卒業するまで、今住んでる家に住め。俺の部屋に自由に来て良いから教師と生徒という区別は守らせてくれ」

 

「つまりは通い妻ですねっ!」

 

「押し掛け妻じゃねぇの? そしてもう一つ、これも卒業までだが…………お前に手は出さない、セックスも子作りもしない」

 

「そんなっ!? 生殺しなんてヒドいっ!? 私のドロドロぬちゃぬちゃな愛欲に満ちた学生新婚生活は何処へっ!?」

 

「残念ながら行方不明だ、ああ、勿論ちゃんと卒業したらだぞ。自主退学したらそのまま別居だから」

 

「逃げ道を塞がれたっ!? くぅ、こうなったらトコトン誘惑してやりますよっ、省吾さんが獣の様に求めてくる様に誘惑しちゃいますっ! そっちから手を出すのは約束の外ですもーーんっ!!」

 

「あッ、テメェ何処触ってやがる!? おら退け乗るな触るなぁ!!」

 

 わーわーきゃーきゃーと、傍目から見れば熱愛中の恋人達がイチャついている様な攻防の最中、省吾のスマホがポケットから落下する。

 

「いえーい、省吾さんのスマホゲット!!」

 

「ああッ!? 返せッ、返せよシオン!!」

 

「ふふふっ、私の番号とアドレスを最愛の妻として登録しちゃいま…………あ゛あ゛ん゛?」

 

「何いきなりドスの利いた声を――――ヤベッ」

 

 その瞬間、省吾の顔は真っ青になった。

 まるで浮気がバレた夫の様に、否、ある意味ではそのものである。

 シオンが持つ彼のスマホ、そこに表示されていたのはメール、一通のメールだ。

 だが、それは。

 

(予約してた風俗の確認メールうううううううううううううううううッ!? なんでこんな時にッ!? しかも急遽閉店したからキャンセルとかッ! またかまたなのかッ!!)

 

 ――――実の所、省吾は童貞であった。

 勿論の事、素人童貞でも無い。

 何処に出しても恥ずかしい、純潔な童貞であった。

 不思議な事に、風俗に行っても毎度毎度トラブルが発生して店にたどり着けない。

 今回の様に、ネット予約をしても徒労に終わる事も珍しくない。

 だが、今はそんな事は問題じゃない。

 

「し、シオン? お前泣いて――――」

 

 そう、シオンはぽろぽろと涙を流し始めて。

 褐色の頬を伝い、涙滴がスマホの画面に落ちる。

 

(どーすりゃ良いんだよおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッ!?)

 

 省吾の今世において、最大級のピンチが訪れたのであった。

 

 



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第4話 スマイル

 

 

 

 ぽろぽろ、ぽろぽろ、大粒の涙が落ちる。

 シオンの視界は、悔しさで歪んでいた。

 

「足りなかった……、また私は足りなかったっ!! これまでも省吾さんの風俗通いを事前に全て阻止していたのにッ!! 突発的にキャバクラ行こうとした時も全力で阻止していたのにっ、子供の頃に河原でエロ本を拾おうとした時から完全に阻止していたのにっ!!」

 

「どんだけだよお前ッ!? つーか全部お前の仕業だったのかよッ!! あの河原で『えっちな本はダメだぞ』ってオデコをコツンとしてくれた黒髪ロングのお姉さんお前だったのかよ俺の初恋を返せええええええええええええッ!!」

 

「えっ、それ初恋だったんです? いやーん、私ったら罪作りなオ・ン・ナ」

 

「おうおう、人の性欲を勝手に邪魔しておいて良い度胸してんなテメェ……」

 

 今回の件は、一歩譲って省吾に責任があるとしても。

 不本意で突発的だが結婚してしまった以上、即日キャンセルすべきだったであろうが。

 だが、この発言は見逃せない。

 

「くっそーーッ、もしかして俺がモテないのはお前の所為だったんじゃねぇのかッ!? 答えろシオン!答えてみせろシオンンンンンッ!!」

 

「いえそれは普通に省吾さんの魅力不足ですよ? だってヤのつく自由業みたいな人達みたいに顔が怖いじゃないですか。駅前で生徒に挨拶しただけで、お巡りさんに職質くらう感じの」

 

「チックショオオオオオオオオオオオオオッ!! 聞きたくなかったそんな事実ッ、分かってはいたけれどもッ、ちょっとは夢みたって良いじゃねぇかよおおおおおおおおおおおお!!」

 

 がっくりと項垂れる省吾に、シオンは自慢の胸を押しつながら抱きつく。

 

「ね、省吾さん。こんな顔が怖くて冴えない教師やってる人を愛してくれる女性なんて私しかいませんよ」

 

「それ洗脳の手口じゃねぇか」

 

「だから――、好きにしてくれて良いんですよ私のカ・ラ・ダ」

 

「…………すまん、本当にすまん。人間換算で最低十年は女として熟れて、幸薄い系の雰囲気になってくれ」

 

「人間換算で十歳って、その頃には来来世ぐらいじゃないですかっ!? ころちゅっ!! この愛叶わぬのなら殺してくれるぅ!!」

 

「どっから出したその包丁ッ!?」

 

「魔法で」

 

「あっ、はい」

 

 ともあれ、シオンは涙目でプルプル震えながら包丁を心臓に突きつけてくる。

 これは避けられない、ワンチャン避けられても追撃が来る。

 

(――はっ、こんな事で臆する訳がねぇだろう!!)

 

 あまり頼るのも気分が悪いが、己には勇者としての記憶がある。

 歴戦の戦士としての、経験と勘がある。

 実を言うと、前世の記憶をフル活用して異世界史の教師の資格を取ったので今更だが、ともあれ。

 

「俺もここまでか、良いぜ最後にクレバーに抱きしめてやる、来なッ!!」

 

「そんな見え透いた懐柔に乗ると思っているんですかいっぱいちゅきっ!! ちゅきちゅき抱いてっ!! ぎゅーっ!!」

 

「これでお前は俺の腕の中…………いやお前チョロ過ぎじゃね?」

 

「前世からずっと追いかけてきた女が、愛する人を前にチョロくないワケが無いと思います」

 

「重ッ、超重いぜそれッ!?」

 

 すりすりと胸板に頬ずりするシオンを、軽く抱きしめながら省吾は嘆息する。

 

(ティムの何処が良かったんだかコイツは……まぁ、庇って死んで、その前から好きだったっぽいし。んでもって積もり積もった千年以上の情念……こうもなる…………のか?)

 

 今一つ理解できない事ではあるが、こうも全力で好きだと表現されると。

 邪険にするのも、気が引けるというものだ。

 

(とはいえ、だ)

 

 省吾としては気楽に手を出す訳にはいかない、夫婦であるならと言う意見もあるだろうが。

 問題は彼女が異種族、それもダークエルフである事だ。

 

(こっちに産まれてから理解したが……――コイツらは種族単位で愛が重いんだよッ!!)

 

 そう、現代において異種族との最大の問題は恋愛、夫婦間のトラブルだ。

 異世界セレンディアの異種族は、基本がヤンデレ。

 どの種族も例外なく、ヤンデレである。

 ティムとして生きてきた頃は、異種族婚は禁忌に近かったので表面化しなかった事ではあるが。

 

(ちょっと想像してみよう、もし手を出したとして――――ダメだッ、何処かに監禁されて死ぬまで外にでれないというか死ぬことすら許されずに愛を囁かれ続ける未来しか見えねぇッ!!)

 

 それに省吾は教師だ、日頃から異種族との交際への注意喚起をし、最悪の場合は相手の人間の保護をする立場の人間としては。

 絶対に、手を出す訳にはいかない。

 ――――ならば。

 

「よし、交渉しろシオン」

 

「ん~~、何ですかぁ省吾さぁ~~ん」

 

「すりすりは一端止めろ」

 

「ああっ、酷いっ!? これがDVですかっ!? DVなんですねっ!? 異種族連盟に訴えたら勝てる案件ですよっ!?」

 

「人間の裁判なら無罪どころか、裁判前に却下される案件だな」

 

「ぐぐっ、それを言われると弱いですっ……。もう、じゃあ交渉って何ですか?」

 

 頬を膨らませてふてくされる様子は、非常に可愛いらしかったが。

 省吾はノータイムで指で突っつき、空気を抜く。

 

「いやーん、今のってとっても恋人っぽい感じがしますねっ」

 

「無敵だなお前っ!? ――ゴホン、そうじゃなくてだな……単刀直入に言おう。せめてエロ本を買う事と一週間に一度三時間ぐらい一人の時間をくれ」

 

「するんですねっ!? 私という即ハボな女が居ながら一人で寂しくするんですねっ!?」

 

「その通りだ頼むッ!!」

 

 省吾は潔く頭を下げた、彼は元『勇気ある者』である。

 性欲に比べればちっぽけな尊厳など、投げ捨てる勇気は十二分に持ち合わせているのだ。

 

(やるぞやるぞ俺はやるぞッ!! この交渉に俺は勝利するッ!! ふははははッ、思いもしないだろうよ。この条件は所謂見せ札、ただの取っ掛かりッ!! ヤンデレであるならこれを拒否して、惨い条件を突きつけてくる筈ッ!! それを逆手に取って最後には離婚…………いやダメだなそれは、コイツを世に放つとかあり得ない)

 

(なーんて考えてるんでしょうねぇ、えへへっ、読心の魔法で全部丸聞こえですもーん)

 

(となると、最終目的は何処にするか……。あっ、俺の部屋に居るときは厚着しろで良いんじゃね? 体のラインが隠れて欲情しない野暮ったいの)

 

(なんか変な方向に行ってるっ!? これは不味いですよぉ、在学中に妊娠しちゃった大計画が大きく遅れてしまいますよっ!?)

 

 両者鋭く睨みあい、高速で思考を組み立てていく。

 

(なんという優れた案だ……、コイツの外見は一級品だからな。エロさを隠せば俺も余計な性欲を抱かずに済む。――故に、全力で押し通す)

 

(嫌な予感がしますっ、こうなったら力づくで……いえそれはダメ、なら磨き上げたこのボディで速攻を目指す――)

 

 そして。

 

(うおおおおッ、思い出せティムだった頃の事をッ!! ティムだった時はコイツを制御出来ていた筈だッ、アレさえ出来ればッ)

 

(一番ダメージ大きい所を狙ってきてるっ!? ああもうエプロン邪魔ですっ、早く脱いで――いえここは下半身のチラリズムを!!)

 

 シオンがスカートに手を延ばした瞬間、それを無意識に予期していた省吾は阻止。

 流れるように顎をクイっと持ち上げ、あの頃の様に笑いかける。

 

「――――お願いだよシオン、どうか僕の頼みを聞いてくれないか?」

 

「ほわっ、あわわわわわわっ、ニコポですよニコポっ!? 人たらしのティムのニコポを再現しやがったですね省吾さんっ!?」

 

「答えを聞かせて欲しい、麗しのティーサ……」

 

「こ、こんな事で私はっ、私は負けな――ぶほっ!?」

 

「汚ったねぇッ!? いきなり鼻血ぶちまけるんじゃねぇよッ!?」

 

「我、一片の悔い無しですぅ…………」

 

 くたぁと鼻血を出したまま省吾の胸に倒れ込むシオン、彼女の右手は見事なサムズアップで好評価を示しており。

 そう、上手く行ったのだ例のアレが。

 ティムのカリスマ性の一つ、老若男女異種族分け隔て無く安心されていた得意技。

 

「今世では初めてしてみたが、案外と上手く行ったなアルカイックスマイル」

 

「反則ですよぉ省吾さぁ~~ん……」

 

「俺に勝とうなんてまだ早いんだよ、ほれティッシュ使え」

 

「ありがとうございます、――――ふぅ。今日は引き分けにしておいてあげます、感謝してくださいねっ」

 

 鼻の穴にティッシュを詰めて胸を張るシオンに、省吾は流石に呆れる。

 勝敗など明らかであったが、ここまで見事に開き直られると勝った気がしない。

 

「しゃーねぇなぁ、じゃあとっとと飯の用意しろよ。出来上がるまで仕事してっから」

 

「はいっ、腕によりをかけて作ります!! ……あ、そうだ。今日は外食にしませんか? ちょっとこれから駅前のデパートに行きません?」

 

「あん? こんな時間からか?」

 

「思い立ったら吉日と日本人は言うじゃないですか、――今ので思いつきました、我に秘策アリ、ですっ!!」

 

 るんるんと出かける準備を始めるシオンに、省吾は首を傾げるばかり。

 そんな彼に、彼女はえっへんと前置きして告げた。

 

「今ので気づいたんです、省吾さんは服と髪型を整えればもっと格好良くなるって! 冴えない怖い顔のぐーたら教師から、ちょいコワだけでイケてる知的な教師に大変身させてあげますよっ!!」

 

「マジかッ!? いやでも髪を切る時間は無いだろう?」

 

「そこはお任せあれっ!! 前世でダサダサファッションのティムの全身を整えてたのは誰だと思ってるんですか!! 前世でやったのなら今もっ!! 第二次イメチェン計画ですっ!!」

 

「(ふぅむ……そういえばそうだったな。となるとナンパの成功率も上がる、か?)――よぅし、なら全額俺が出そう!! 今から行くぞォ!!」

 

「ええ、放課後デートですっ!!」

 

「そうだ放課後デート……かこれ? まぁいいや、いざ駅前へ!!」

 

 そしてその一時間後、服を買う女性に付き合うもんじゃないと後悔をしながら夕食を挟んで、そのまま閉店まで。

 家に帰れば、もう疲れ果てて半ば寝ながら散髪を受け。

 あっという間に翌日の朝、教室の前でイメチェンした省吾は緊張気味に立ち尽くして。

 

(いやコレ、本当に似合ってるのか? 職員室では皆驚いて黙り込んでたが…………ええい、こうなったらコイツに聞いてみるしかねぇ!!)

 

 彼は、勢いよく教室のドアを開けたのだった。

 




(やべ、この話飛ばして投稿してたわ。バレてへんやろ……)


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第5話 玉手箱

自分に嘘はつけなかったよ……(サブタイをばっさり消しながら/実は普通の長さが好きなヤツ)


 

 

「うーし、ホームルーム始めっぞーー。席つけー」

 

「アサセン来――ん?」「んじゃあ戻ろ――?」「え?」「あれっ?」「だ、誰?」

 

(そんなに変か? やっぱイメチェン失敗してんじゃねぇのか?)

 

 生徒達の反応に不安を覚えながら、省吾は全員が着席するのを待った。

 そしてクラス委員であるメリッサが、おずおずと挙手し。

 

「す、すいません……浅野先生ですか?」

 

「他の誰に見える? まぁ、ちょっとばかしイメチェンしてみたんだが……やっぱ変か? 忌憚ない意見を言ってくれ覚悟は出来てる。職員室でも変な空気だったんだよな……」

 

「ちがっ、違います先生!! 余りにも印象が百八十度違うと言いますか……、でも安心してください前より凄く良くなりました! 具体的には冴えない窓際教師から、将来有望な新進気鋭の大学助教授って感じで!! 凄いです!!」

 

「え、マジ? マジなの? お前らもそう思った?」

 

 半信半疑の省吾に、彼らは口々に誉める。

 

「良いじゃんセンセ!!」「そうだぜバッチリ決まってる!」「顔が怖いんだから、前からそうしてくれたら狙ったのになぁ……」「あ、分かる。磨けばイケそうみたいな?」「でもその磨く難易度がどちゃくそ高いみないな?」

 

「ふふーーんっ!! もっと! もっと誉めてくださいみんなっ!! どうです浅野センセは素晴らしいでしょう!! この私がっ!! 浅野センセの愛する妻! 妻であるこの私がイメチェンさせたのです!!」

 

「ぐぬっ、大声を出すなぐらいにしか注意する所が無いッ!!」

 

 ちょっと悔しげな省吾を置いて、シオンの発言にクラスはどよめいた。

 何せ、文字通り万年処女も確実視されていた喪女。

 六大英雄の一人、シオンの本気が見えたからだ。

 

「なぁ、そっちにはショタコンの概念は無いのか? シオンさんとセンセって犯罪じゃないのか?」「え、エルフには希に良くある事だから(震え声のハイエルフ)」「やっぱ明日は雪……いや昼からか?」「邪神の復活かもしれんぞ」「ひぇええ、シオン様がっ、あのシオン様が本気ですっ! これは我らドワーフ族長にも連絡しておかないと――――」

 

「ちょっとみなさんっ!? その反応はおかしくありませんっ!? 私の愛情深さに砂糖を吐くとか、怖面のセンセを見事にイメチェンさせた腕を誉める所じゃないですかっ!?」

 

 人間も多種族も一致団結して戦慄する姿に、省吾としては苦笑しかない。

 生徒達がこうなら、きっと職員室でも変わりすぎて戸惑った反応。

 或いは、誰がイメチェンさせたかを察し驚いていたに違いない。

 

「はいはい注目ッ! 気持ちは分かるが落ち着け。まだ朝の挨拶すら終わって――――ッ!? そ、そうかッ!?」

 

 瞬間、省吾は閃いた。

 なんというアイディア、自分が恐ろしい。

 これならば、あらゆる意味でイケる筈だ。

 

(これは好機だ、今この瞬間こそが好機!! ウケケケケ、過去だって何だって使って目標を達成してやるぜッ!!)

 

 お前本当に前世は勇者なのか、そんな怪しげな笑みを心の中で浮かべながら省吾は笑いかける。

 

「――――聞いてほしい皆、どうか俺に力を貸してくれないだろうか?」

 

「はうっ!? 省吾さんその笑顔はっ!?」

 

 顔を赤くして驚くシオン、そう省吾はアルカイックスマイルを使ったのだ。

 不安に満ちた人々を安心させ、時には優しく導いてきた笑顔。

 

(嗚呼、清潔感に溢れたイメチェンをしていて良かった……、これが前のままだとシオンにしか通用しなかったからな)

 

 前世とは流石に格が落ちるが、教師として生徒達を導く立場ならば。

 シオンと結婚し、不本意ではあるがある種の勇者として認識されている今ならば。

 だからこそこのクラスの生徒ならば、その心を掴むのに十二分である。

 

「皆も思った通り、俺は変わった。シオンの愛情によって教師に相応しい姿に生まれ変わった……」

 

「いやんいやーん、もっと誉めてくださいセンセっ」

 

「誓おう……これからは、姿に相応しい教師である事をッ!! その為の第一歩としてシオンに恩返しがしたい、そこでッ!! 君たちに力を借りたいんだ!!」

 

「ううっ、そんなセンセ……。惚れ直しちゃいますよぉ」

 

 くねくねテレテレするシオンを見ないフリをして、生徒達はお互いの顔を確認する。

 確かに彼の言ったとおり、前とは違う雰囲気だ。

 服装の効果以上に、聖職者の様な清らかな雰囲気さえ出ている。

 そして何より。

 

「面白そうじゃん、俺は乗った!」「俺も俺も!」「相手がシオン様、いえシオンさんなのが気がかりですが僕も」「わたしも!」「青春ぽい! オッケーだよ先生!」

 

「そうか……皆、協力してくれるかッ!! 先生は嬉しいぞ!!」

 

 ならば、このまま突っ走るのみ。

 省吾は生徒全員の顔を確認し、最後に大きく頷く。

 

「先ずは最初に恥ずかしい事を言わせて貰う、だが勘違いしないでほしい。これはとても大切な事なんだ。…………俺の好みは『薄幸巨乳人妻』風の美人だ、それ以外では勃起しないと言って良い」

 

「…………――――ちょっと? ねぇちょっと省吾さん?」

 

「黙らっしゃい、そして学校では浅野先生と呼べ」

 

「浅野センセっ!? いきなり何を言ってるのっ!?」

 

 目を丸くして叫ぶシオンに、生徒達も同意の面持ち。

 だがそれは、省吾の想定内だ。

 

「シオンは俺を愛してくれている……だが考えてみてくれ、俺はその愛に返す事は出来ないのだッ!! 好みじゃなくて俺はコイツを愛せないのだッ!! シオンに報いる為に、そんな事が許されると思うのだろうか!! 否ッ!! 答えは否だッ!! そこでそれを克服しようと思うッ!!」

 

「お、おお?」「そうだな?」「そうかも?」「うーん?」「なるほど?」「つまり?」

 

「戸惑う気持ちは分かる、だがこれは君たちにも利益のある事柄だ。――――聞いたことがあるだろう、浦島太郎の『玉手箱』の事を」

 

 唐突に出てきた日本のおとぎ話に、生徒達は首を傾げた。

 いったい、何を言い出すのか。

 呆れより興味が上回り、そのまま話を聞く姿勢を続行する。

 

「詳しい者は、浦島太郎のルーツが日本神話にあり二つの部族の争いの話が原型になっていると言う者もいるだろう。…………だが真実は違う、あえて言おう――――浦島太郎は本当にあった話だ」

 

「え、センセ? どういう事っ!? 浦島太郎ってこっちのおとぎ話でしょ? 魔法も何も無いコッチの世界で……実話?」

 

「良い質問だシオン、これは大学時代の個人的な研究でな。まぁ証拠があと一歩集まらずに没にした研究なんだが、ともかく俺には確固たる自信がある。浦島太郎の『玉手箱』が実在した事を!!」

 

 余りにも確信した勢いに、シオンすらヨタ話だと笑い飛ばせなくなって。

 それを察した省吾は、ニヤリと笑って続けた。

 

「いいか、この世界と異世界セレンディアは高尾山によって地続きになった。――――つまりはそれと同じだ!! 浦島太郎が亀によって連れられて行ったのは竜宮城ではないッ!! 異世界セレンディアのマーメイド族の城だ!! マーメイド族に詳しい者が居るなら思い出せッ!! 彼らの宝の一つ、時の秘薬の事をッ!! そして高尾山のゲートの調査結果も思い出せッ!! あっただろう、不安定な状態では時間軸が歪んでしまうとッ!!」

 

「はうあっ!? 繋がったっ!? 浦島太郎がアッチの世界と繋がったっ!?」

 

「そうだシオン!! 世界各国の神話やおとぎ話! それは突発的に出現した不安定なゲートに関わる話が混じっている!! そして――――この俺は、マーメイド族の時の秘薬のレシピを知っているッ!!」

 

 どよめく生徒達、もしやこれは凄い事なのでは。

 もしかすると、もしかするのでは、そんな期待を省吾に投げかける。

 

「そうだッ!! 君たちの想う通りだ!! 『時の秘薬』を『玉手箱』を作り上げれば歴史的大発見だ!! 確固たる証拠にはならないが、業界どころか世界を揺るがす歴史の手がかりになるのだッ!! ――――その一歩を踏みだそうではないか!!」

 

「凄い!! 凄いですセンセ!!」

 

「そしてだッ!! 時の秘薬の完全版は、玉手箱の様に老化させるだけじゃない!! 誰かを若返りさせる事も可能!! これがどういう事が理解できるか? ――――…………そうだ、シオンを俺好みの美女に変かさせる事が出来るッ!! 出来るのだ!!」

 

「…………は? はぁ? ……ええ? は? は? は?」

 

「聞け俺の生徒達よ!! 想像してくれ、君たちの愛する者を好みの年齢に変えられる事を!! ショタもロリもロマンスグレーもお婆ちゃんも思いのままだ!!」

 

「こんな戯言に乗らないでくださいっ! 乗りませんよねみんなっ、こんな怪しい話っ!!」

 

 慌てて制止するシオンだったが、時は既に遅し。

 クラスメイト達は、決意と欲望に満ちた顔をして。

 

「――――クラス委員長として、メリッサ・板垣が代表して問います。先生、何が必要ですか?」

 

「良く言った板垣ッ!! 先ずは理科室を押さえろ! 一時限目はどのクラスも使っていないから大丈夫な筈だ、それからマーメイド族はすまないが涙を流してくれ、数滴で良い材料になる! それからエルフは樫の木の若葉を魔法を使ってでも、ドワーフ族は調合を、サキュバスやヴァルキリーの様に飛べる者は――――」

 

「ええっ!? ちょっとセンセっ!? みんなっ!? ダメですって! ねぇそんな軽々しく――もうっ、聞いてくださいってばぁ!!」

 

 戦場を支配する有能な指揮官の様に、的確な指示を出す省吾に。

 生徒達は、猛然と行動を開始する。

 シオンの制止の声も虚しく、ちゃくちゃくと薬は作られた。

 

(ふふっ、あはははははっ、やってくれましたねセンセェ!! そんなに私の体に不満ですか? 不満なんですね? ええ、こうなったら私にも考えがありますよ!!)

 

 座った目で省吾達を見るシオンに、誰も気づかず一時間後。

 理科室の外には、興味本位で集まった生徒達。

 調合をしているドワーフ族の生徒は、いつの間にか物理教師にとって代わり。

 おまけに校長以下、数々の教師が見守って。

 

「――――出来ました、これがマーメイド族の宝の一つ『時の秘薬』です!!」

 

「やったぜッ!! じゃあ後はこれをシオンに飲ませれば――――」

 

「出来ました? じゃあちょっと拝借&そぉいっ!!」

 

「――ッ!? がはッ!? テメェ何すんだ、何で俺に飲ませたッ!!」

 

「は? 省吾さん? 今の私を否定して勝手に年を取らせようとした貴男がそれを言っちゃいます?」

 

「ぐぐぐッ、そ、それは――――…………ッ!?」

 

 言い返そうとした省吾だが、途端に体から煙があがって。

 あっという間に、彼の体を覆い隠す。

 その光景に誰もが吃驚し、シオンは高笑い。

 

「ふふふ、あははははっ、どうやら気づかなかった様ですねっ!! この薬はこっそり若返る様に私が調整しておきましたっ!!」

 

「シオンッ!? テメェ何を考えてんだッ!? ああっ、なんか声がガキみたいに若くなってんぞおおおおおおおおおおおおおおおおっ!?」

 

 煙が晴れるとそこには、幼稚園児ほどに幼くなった省吾の姿が。

 そう、秘薬は正常に機能した。

 機能はしたのだが――――。

 

「はいはーいっ!! これで効果は実証されましたね? じゃあ校長、後はお任せします。ふふふっ、これは罰でちゅよ省吾ちゃ~~ん、効果が切れる夜まで私が思う存分お世話して可愛がってあげますからねぇ…………じゅるりっ!!」

 

「ぬおおおおおおおおおおおおッ、誰かッ、誰か助けてくれれえええええええええッ、ショタコンダークエルフに襲われるううううううううッ!?」

 

「あー、強く生きてね浅野先生。後の事はコッチでやっておくから。はー忙しい忙しい、校長の仕事もあるのに歴史的発見も処理しなきゃいけないからなー、忙しいわぁ」

 

「あ、俺授業に戻るわ」「俺も俺も」「私もー」「ふむ、そういえばテストの採点の途中でしたな」「次の授業の準備が」

 

「見捨ててんじゃねぇよテメェらああああああああああ!! ばぶぅ!!」

 

「おーよちよち、かわいちょーでちゅねー省吾ちゃんっ!!」

 

 その日、省吾は屈辱を味わった。

 彼は思い出した、己が赤子の頃からシオンにストーカーされていたその意味を。

 なお、次の日から彼は生徒達の人気が上がり。

 特に受け持ちの生徒達が、彼を囲む姿が見られる様になった。

 なったのだが。

 

「うぎぎ、ぎぎぎぎっ! 距離が近いっ、近いですよみなさんっ! そりゃあ省吾さんが人気者になるのは妻として鼻が高い事ですけどっ!! うぅ~~、そこは私の場所なのにぃっ!!」

 

 その光景を、柱の陰から嫉妬深く見つめるダークエルフが一名。

 そう、愛情深い上に嫉妬深い女がじっとり粘液性の視線で見てたのだった。

 

 



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第6話 ジェラジェラ・ジェラシー

 

 

「どーしたもんかねぇ……」

 

 仕事が終わり玄関の前、省吾は遠い目をして呟いた。

 ここ数日、妙な視線を感じるとは思っていたが。

 まさか、その正体がシオンだったとは。

 

(板垣も律儀だよな、わざわざ教えてくれるなんて)

 

 これも、シオンとの結婚が切っ掛けで生徒からの人気が上がった所為だろうと考えるが。

 その当のシオンが新たな火種ならば、嬉しさ半分、複雑さが半分である。

 彼は、ドアノブに手を延ばす事を躊躇して。

 

「お帰りなさい省吾さんっ!」

 

「あ、ああ。ただいま――――って、どちらさんッ!? ここ俺の部屋だよなッ!? すまん、間違え…………てない? え? マジで誰ッ!?」

 

「ふふふっ、分かりませんか省吾さん? ね、ね、本当に分かりません?」

 

 出て来たるは、それこそ絶世の美女と言えるダークエルフ。

 大人として熟れた体つき、巨乳で、儚げで、縦セタとベーシックがエプロンが人妻感を溢れだしていて。

 省吾は直感した、この人物は。

 

「――――シオンさんのお母様、いえお姉様ですね。初めまして、私はシオンさんのクラス担任である浅野省吾と申します」

 

「ちょっと省吾さん? 何をキリっとした顔になってるんですか?」

 

「つかぬ事をお聞きしますが、今お付き合いされている方はいらっしゃりますか? ああそうだ、連絡先を交換しましょうか。こんな所では何ですし、駅前のファミレスでシオンさんの学校生活の話でも――」

 

「ちょっと姿を変えてみれば途端にコレですかっ!? 怒りますよ泣きますよ私っ!? どんだけ薄幸巨乳人妻に飢えてるんですか省吾さんっ!?」

 

「くそッ、やっぱりシオンじゃねぇかッ!! ちょっとは夢見させてくれても良いだろうがッ!!」

 

「夢も何も省吾さんは私の両親と会ったことあるじゃないですか!!」

 

 残念無念、それとも当たり前と言った所だろうか。

 この美人の正体はやはりシオン、彼女はぷんぷん可愛く怒りながら魔法を解いて。

 省吾は部屋に入り、着替えながら提案する。

 

「物は相談だが、学校でもその姿で居ないか?」

 

「将来の姿とはいえ、虚像で愛されろと? っていうか今でもババァ無理すんなセーラー服なんて年を考えろって親戚連中から言われてるんですよっ!? 私を辱めるつもりですか、ありのままの私を愛してくださいっ!!」

 

「クラスの連中と雑談してる時に、柱の陰から嫉妬全開で睨んでいるお前を愛せと?」

 

「はぅあっ!? バレてたっ!? もしや板垣さんですね? あのむっつり片思いの真面目っ子ですね!? 五歳年下の幼馴染みのショタを毎日誘惑してるという不真面目ハーフ天使の板垣さんの密告ですねっ!?」

 

「おーい、もうちょっとクラスメイトの情報には気を使えー、俺は余分な情報まで知りたくねぇぞー。あと板垣以外からも目撃情報来てたからな。何なら柱の修繕費が俺に回ってくる所まで行ったからな? 校長が何とかしたけども」

 

「あ、これマジおこなヤツですね? はい正座しまーす」

 

 座布団にちょこんと座り、不安そうに申し訳なさそうにモジモジする彼女に。

 省吾は溜息を吐き出そうとして止める、今の彼女に昔の、もう少し幼い外見の彼女が重なる。

 

(…………もしかして)

 

 前世の記憶、六大英雄のティムであった時の記憶が答えを告げる。

 そういえば、何度も似たような事があった。

 

(あの時から、多分)

 

 すっと腑に落ちる感覚、自然と右手が彼女の頭に延びて。

 豊かでさらさらの銀糸を、ぐしゃぐしゃと。

 

「久しぶりだから忘れてたぜ、――寂しん坊ティーサ」

 

「…………ズルい、とっても懐かしい呼び方ですよそれ」

 

 髪が乱れるのも注意せず、嬉しそうに彼女はされるがままに笑みをこぼした。

 何となくではあるが、過去のシオンと今のシオン。

 その二つが今、省吾の中で繋がった気がする。

 

(そうだよな、俺の中のティーサってこんな子供っぽいイメージだったよな。……だからか、性欲の対象として見ちゃいけない気がしてたのは)

 

 邪神討伐時のシオンは、見た目中学生ぐらいで。

 人間年齢に換算しても、だいたいそれぐらいで。

 いくら年上だと言っても、やんちゃで可愛い妹ポジションだったのだ。

 

「…………成長したなぁお前」

 

「あれからアバウト千年ぐらいは経ってますからね」

 

「そんな長い間の年月があって、中一から高二ぐらいの成長しかせんのか。流石はハイ・ダークエルフの始祖の直系だけはあるぜ……」

 

「誉めてるんです?」

 

「感心……してるんだ恐らく」

 

「ホントです?」

 

 誰か一人の事を想い続け、千年以上探し続け。

 その愛の大きさ、深さはどれ程のものだろうか。

 報われない可能性の方が高い思いを抱え、生きてきた苦しみは、悲しみは。

 

(胃もたれしそうな重さで正直な話、怖くもある。――でも、嬉しいと思う。)

 

 そう思ってしまうと、不思議なことに自然に省吾は彼女の隣にあぐらで座り。

 その華奢な肩を己の胸に引き寄せる、彼女もその行為に抵抗ひとつ見せず。

 

(こういうのも、偶には良いのかもな)

 

 柔らかな時間が流れる、服越しに感じる彼女の体温が妙に愛おしく。

 まるで、世界に二人しか存在しないような錯覚すらしてきた。

 今なら、何でも素直に口に出来る気がする。

 

「悪かったなシオン、俺たちは教師と生徒だが夫と妻でもあるんだ。――学校内でも二人の時間を作るべきだったのかもしれない」

 

「ちょいちょい省吾さん? それ、嘘だと泣きますよ?」

 

「嘘なもんか、お前との結婚が本当に嫌だったら。どんな手を使っても逃げ出してるぜ」

 

「…………悪いものでも食べました? 誰か女の子に変な食べ物貰ってませんよね? 私という者がありながら他の女の手料理食べてませんよね?」

 

「そうやって嫉妬する所、ああ、今じゃちょっと可愛く思える」

 

「っ!? しょ、しょしょしょしょ省吾さんっ!? なんでいきなり口説いてくるんですっ!? どんな心境の変化なんですっ!? 正気に戻ってくださいっ!? はっ、もしやこれは生殺しの罠っ!? 罠なのではっ!?」

 

「生殺しにはする、――でもこうして健全にイチャイチャしたいのは嘘じゃねぇぞ。ほらこれが証拠だ」

 

「~~~~っ!? ほわっ!? ほわあああああああああああああああああっ!?」

 

 ちゅっ、と髪へのキス。

 次の瞬間。シオンの顔が、ぼっ、と火が着いた様に首筋まで真っ赤に染まる。

 

「何を恥ずかしがってるんだ、こういうの望んでたんだろう?」

 

「私にだって心の準備ってもんがありますよっ! だってだってだって、ティムの時は妹扱いでっ。ずっとずっとずっと恋人みたいにって思ってて擦り切れそうになっててっ!! さっきまで全然っ、女扱いしてなかったじゃないですかっ! それを何です? いきなり俺の女扱いですかっ!?」

 

「さらりと重い事を言うなお前、今は俺の嫁だろう」

 

「これで生殺しなんですよねっ!? 省吾さんは私を殺す気ですかっ!?」

 

「そういう聞き分けが良くてチョロい所も可愛いぞ」

 

 うーうー、と恥ずかしさの余り涙目で睨む所も、省吾の琴線に来る。

 

(多分、俺がティムじゃなくて省吾だから。こう感じるんだろうなぁ)

 

 シオンには悪いが、前世の時は本当に恋愛対象外だったのだ。

 だが今は、好みとは外れるが恋愛対象として十分すぎる魅力を感じている。

 

(もしかして俺の女の趣味って、ティムの影響だったのかもなぁ)

 

 最後にああ言い残したものの、妹分に欲情するのはちょっと……という意識があったのかもしれない。

 

「……まぁ良いか、もう少し、いや帰るまで――そういや明日休みか。じゃあこのまま抱き枕になってろ」

 

「何が良いんですかっ!? マジで生殺しじゃないですかっ!? ならもういっその事、手を出してくださいよ!!」

 

「いや、俺はこれでお腹いっぱいで満足だし。――ダメ、か?」

 

「うううううううううっ、そんなおねだりに屈してしまう自分が憎いですっ! ……っていうか晩ご飯まだですよね、ね、ね? だから一端離れてくださいよっ」

 

「今日は俺があーんして食べさせてやるよ」

 

「んもおおおおおおおおっ、これ私で遊んでますよねっ!? 絶対に弄んで楽しんでますよねっ!? チクショウあーん楽しみにしてますからねっ!!」

 

 そう言って食事の支度に行くシオンの後ろ姿を、満足気に眺めたのだった。

 

 

 

 

 次の日の朝である、妙な寒々しさを感じ省吾が起きると。

 

「――――――――なんでだッ!?」

 

「は~~いっ、起きましたか省吾さん。昨日は良くも羞恥責めにしてくださりやがりましたねっ。ブチ切れましたよ私はっ!! ダークエルフの愛情を思い知らせてやりますよっ!!」

 

 そこには、ゲヘゲヘニタニタと陶酔するシオン。

 そして己は、裸でオムツに首輪と鎖。

 

(やっべッ、やらかしたあああああああッ!? 伴侶を巣に閉じこめて衣食住の全てを握って身も心も強制的にドロドロに愛するダークエルフの習性を忘れてたああああああああああッ!!)

 

 浅野省吾、人生最大の危機が訪れたのであった。

 

 



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第7話 ダークエルフ種の愛情

 

 

 ――時は夜半に遡る、宣言通り抱き枕にされているシオンの胸中は今。

 歓喜で溢れかえり、荒れ狂っていて。

 

(省吾さん省吾さん省吾さん省吾さん省吾さん省吾さん省吾さん――――)

 

 やっと、やっと悲願が叶ったのだ。

 彼がティム・ヴァージルと呼ばれる英雄だった時から、否、一介の騎士であった時から。

 ずっと、想いを寄せている。

 

(離さない、もう二度と離れない。私とこの人を、嗚呼、どんな事があっても)

 

 この時代に彼が生まれ変わったのは、運命だったのだ。

 ノティーサと再び出会う為に、神が与えてくれた奇跡。

 

(省吾さん、この平和な時代でようやく私達は……)

 

 キスをされて、飛び上がるほど嬉しかった。――それが唇でなかった事が残念だったが。

 抱きしめられて、全身が溶けてしまう程嬉しかった。――その暖かさは、ティムのそれと少し違ったけれど。

 可愛らしいと耳元で囁かれ、どれ程に歓喜したか。――その言葉はもっと早く聞きたかったけれど。

 

(~~~~っ!? わ、私は何を……っ)

 

 おかしい、変だ、自分の気持ちがチグハグに感じる。

 こんなに嬉しいのに、こんなに待ち望んでいたのに、確かに愛しているのに。

 

「――――あはっ」

 

 乾いた笑い声が喉から漏れた、こんなに近くに居るのに。

 今も背中にその心臓の鼓動を聞いて、己の体はこんなにも安堵しているというのに。

 

(釦を掛け違ってしまった気分は、何なんでしょう?)

 

 寒い、身も心もこんなにも暖かいのに。

 どうして、こんなに寒いのだろうか。

 シオンは省吾を起こさぬ様に、そっと腕の中から抜け出す。

 

(安心しきった寝顔……、ずっと、ずっと見たかったの)

 

 でも、何かが違う。

 心のどこかで叫ぶ、違う、違うと叫ぶ、認めてはいけない、認めてしまえば終わってしまう。

 その反面、見つめれば見つめる程に胸に甘いときめきが走る。

 唇を奪いたい、首筋に顔を埋めたい、甘やかしたい、その瞳に己だけが写れば良い、二人の世界に他には何も要らない。

 

(私の省吾さん、私だけの、省吾さん。私だけの男、夫、運命のヒト)

 

 くつくつ、くつくつと臓腑の奥からくすぐったい快楽が這い上がってくる。

 シオンは省吾の枕元にしゃがむと、彼の髪をそっと撫でて。

 

(母さんが言ってたわ、ダークエルフにとって闇は危険だって。愛しい人と閨を共にしたら、決して一人で起きていない様にって、嗚呼――それは、こういう事なのねっ)

 

 六畳半の狭いアパート、その静謐な夜の闇に銀の髪が揺らめく。

 真っ赤な瞳が爛々とねっとりとした熱情と共に、省吾に絡みつく様に見下ろす。

 

(省吾さんは、私だけのモノ)

 

 ダークエルフ種の愛情、それは執着と独占が強く出る。

 生粋のダークエルフであるノティーサも、例外ではなく。

 

(――――あの時は出来なかったの、だってティムは私を庇った傷が原因で死んでしまったから)

 

 折角、故郷に二人の部屋を用意していたのに使われる事は無く。

 でも今はこの狭い安アパートの一室こそが、王侯貴族が使用するどんな豪華な部屋よりも己に相応しく思えた。

 

(あはっ、あははははははっ、ねぇ、ねぇ省吾さんっ、貴男は知っていましたか? ダークエルフが暗くて狭い洞窟を好むって。この部屋は――私が思い描いていた愛の巣そのものだって事をっ)

 

 間違いなく偶然だろう、だって彼はシオンと結ばれる事なんて砂粒の欠片程も考えてはおらず。

 

(誘ってる……誘ってるんですよね省吾さん? 嗚呼、嗚呼、嗚呼、なんていじらしい人……。こちらの人間になってから、省吾さんは誘い受けになった私好みの、種族の差を気にせず、無意識に私を誘う――)

 

 どろり、と欲望というなの蛇がシオンの中でとぐろを巻く。

 衝動が今すぐ行動しろと、全身を責め立てる。

 

(この部屋に閉じこめて、ずっと、ずぅーーっと私がお世話するんです、蛇の交尾の様に身も心もドロドロのぐちゃぐちゃになるまで解け合って、二人の愛の結晶が出来るまで)

 

 つまりは、……ハネムーンだ。

 蜜月の準備をせねばならない、始祖から伝わる本能がシオンを突き動かし。

 

「はい、あーんです省吾さんっ」

 

「…………おう、美味しいぞシオン」

 

 赤ちゃんの様に世話をされながら、省吾の心中は後悔の念で満ちている。

 

(俺のバカッ、日頃から生徒に注意してるってーのに俺がトラブル起こしてどーすんだよおおおおおおおおッ!! そりゃあ、補食性癖のあるアラクネ種族や。亜空間に拉致するヴァルキリー種族よかマシだけどさぁ!!)

 

 これはヤバい、主に失職の危機という意味で。

 具体的には教師にあるまじき行為という意味ではなく、下手を打つと二度と社会に戻れないという意味である。

 

「あら、スマホが気になりますか省吾さん?」

 

「ッ!? い、いやぁ、実は――」

 

「もしや、誰かに連絡を取ろうとしてます?」

 

「まままま、まっさかー。単にソシャゲのイベントが今日からだからさ。せめてログボだけでも受け取っておこうかなーって」

 

 今はシオンの一挙手一投足が恐ろしい、チラリと見ただけでも敏感に察知して釘をさしてくる。

 

(壊されるッ!? マジ勘弁ッ、スマホだけは勘弁してくれッ!! 万が一の助けも呼べないし――――、微課金勢とはいえ長年やってるゲームがあるんだよッ!!)

 

 彼女の手が省吾のスマホに延びる、それをごくりと唾を飲み込みながら祈るように見守るしかなくて。

 

(気づくなよ……気づくなよ……大人しくスマホに注目しとけよ……)

 

「ふふっ、そんな顔しなくても壊しませんよ。でも、二人っきりなのに無粋だとは思いません? だって全部一人用のゲームですよね?」

 

「あ、ああ、そうだなお前と一緒にするには向かないゲームだな」

 

「そこで、ですっ!! 省吾さんの代わりに私がイベントを走っておきます!!」

 

「成程、それは助か――――今なんて?」

 

「安心してくださいっ、たかがデータに嫉妬して破壊するようなみみっちぃ女じゃありませんっ!! むしろ内助の功っ!! 私のお金でガチャも当たるまで引きますし、課金アイテムじゃぶじゃぶでイベントを即日完走してみせます!!」

 

「マジでッ!! じゃあもうガチャ代なんて気にせずに回して良いのかッ!!」

 

 省吾は、即座に万歳して喜んだ――フリをした。

 ガチャ回し放題に喜ぶのは、あくまでフェイク。

 

(よし、この首輪に鍵は無いッ。なら脱出の目はあるッ!)

 

 正直、心が揺れた事は確かだが。

 

「うへッ、ゲヘヘヘッ、これでSNSでマウント取り放題だぜッ!!」

 

「ええ、これからは妻である私のお金で思う存分ガチャを引いてくださいねっ。よっ、世界一のヒモ男っ! こんなに幸せな人はそう滅多にいませんよっ!!」

 

 となると、シオンがどこまで甘やかすのか興味が出てくる。

 満更でも無い顔をして、省吾は問いかけた。

 

「じゃあさじゃあさ、……一昨日やった小テストの採点なんかも――ああいや忘れてくれ、これは俺の仕事だ教師として生徒に任せる事なんて出来ない」

 

「もー、誰も見てないんですから堅いことは言いっこナシですよっ。それもぜーんぶっ私が代わりにしちゃいますっ!!」

 

 ならば。

 

「ええっ、なら今日はだらだら二度寝して。起きたら夜までマンガ読んだり映画見放題なのかッ!?」

 

「今日だけじゃありませんよぉ~~っ、省吾さんはこれから毎日この部屋で好きなことをして過ごして良いんですっ!! あ、なら辞表……はいきなりですね、休職願でも書いておきますっ」

 

「うおおおおおおおおッ、毎日がホリディ!! 何も気にせず引きこもって遊び三昧ッ!!」

 

「今なら永遠にピチピチの若さを保つ褐色巨乳の美少女も好き放題ですっ!!」

 

「よっしゃああああああああッ、って言うと思ったかコンチクショウ!! やってられっかそんな生活ッ!!」

 

 勢いよく立ち上がった省吾は、その場ですぱーんとシオンの頭をはたいた。

 彼女はきゃっと軽く驚いた後、むむむと唸って睨み。

 

「なんで叩くんですかっ!? これから私と省吾さんが何をするか理解してるんですかっ!?」

 

「理解してるから言ってるんだッ!! ハネムーンだろ強制ハネムーンッ!! テメェらダークエルフの悪名高い人生の墓場へ特急行きハネムーンは、人間にとって毒だっていい加減に理解しろよッ!!」

 

「なんです毒ってっ、ちょっと私だけを強制的に見れなくして、少しだけ私が隣に居ないと生きていけない様に心と体に刷り込むだけじゃないですかっ!!」

 

「それがダークエルフの悪癖だって言ってんだよッ!? そりゃあヒモは全人類、もとい全種族の男の夢かもしれないけどなァ! まともに社会生活送って奥さん養うのも男の夢なんだよ!!」

 

「この時代に古くさいですよ省吾さん?」

 

「古くさくてどうしたッ! 仮にお前が稼ぐから俺に主夫になれってんなら話し合いの余地はあるがなぁ……どうみても拉致監禁からの調教だろうがッ!!」

 

「いえいえ、拉致はしてませんからセーフですっ」

 

「アウトだよどう見てもッ!! 俺を堕落させようとしたってそうはいかねぇぞッ」

 

 そうだ、男としての矜持が、沽券が、生物として自由を求める魂の叫びが。

 いくら愛とはいえ、物理的な束縛から逃れろと省吾を奮起させる。

 

「――――では、どうするつもりですか省吾さん。力で私に勝てるとでも? 六大英雄である私に? 勘違いしてませんか? 省吾さんには、もう戦う力は無いでしょう?」

 

「ふッ、誰が力で勝つって言ったよ」

 

「ふぅん? さては省吾さん誘ってますね? 無益な抵抗をして叩きのめされて、私に愛する人を蹂躙する快楽に目覚めさせようとしてますね、げへへっ」

 

「その発想が心底怖いんだけど?」

 

「ではお手並み拝見といきましょうか――」

 

 じゅるりと涎を飲み込み、両手をわきわきさせて近づくシオン。

 省吾といえば、意を決して一歩踏みだし。

 

(ったく、こんな形でするとは思わなかったが)

 

「――えっ?」

 

「目、閉じろよ」

 

「っ!? か、かお近――――ぁ…………ん――…………んんっ?」

 

「――――ほいよ、魔法がかかってなくて助かったぜえええええええええええええええええ!! じゃあなあああああああああああ!!」

 

「なっ!? 私の首に首輪っ!? って待ってください省吾さん足早っ!? ティムの時より早くありませんっ!? じゃなくて追わないとっ!!」

 

 省吾はキスでシオンの気を反らし、さらには己の首輪を彼女にし返すという二段構えで気を引き。

 見事、部屋からの脱出を果たした。

 

 



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第8話 蛮族

 

「くははははッ、学生時代に着替えながら全力ダッシュ術を編み出しておいて正解だったぜッ!!」

 

 実際は遅刻しそうになって、やむなく身につけたしょうもない技であったが。

 今役立つのであれば、そう、あの灰色の青春の日々も無駄ではなかった。

 省吾は手にしたスエットに着替えながら逃走中、さあ何処へ行かん。

 

(流石に財布を持ってくる隙は無かったからなぁ、出来れば時間を潰せて、スマホの電子マネーで支払える場所……駅前の漫喫でも行くか?)

 

 足踏みしながら信号を待って、少しでも時間を置けば冷静になるだろうと楽観視。

 

(……冷静になるか? 最悪の場合に備えてスーツを一式、いや普通に買えば良いか。となれば漫喫行く前に)

 

「一人で大丈夫です? 省吾さんが選ぶと無難かそれ以下にしかなりませんし。私が選びましょうか?」

 

「ああ助かるぜ、こういうセンスはお前の方が――――あッ」

 

「うふふふっ」

 

 自然と受け答えしてしまったが、ぎぎぎと錆び付いた機械の様に右を見ると。

 そこには、さも当然といった顔で足踏みしているシオン。

 

「なんでここにッ!? テメェGPSでも仕込んでるのかオラァッ!? 俺かなり全力出して走ったんだが? わざわざ回り道して対策してただろうッ!?」

 

「普通に魔法を使って空から」

 

「大人げないッ!? ダークエルフ大人げねぇッ!? ちっとは手加減したり家で待ってたりしろよッ!!」

 

「それで取り逃がしたらバカじゃないですか、どんな相手にも油断するなって教えてくれたのは昔の省吾さんですよっ!」

 

「確かにそうだけどさあああああああああああッ!!」

 

 ずしゃあと膝から崩れ落ちる省吾、前世の行いは何処まで祟るのだろうか。

 六大英雄達のリーダーにして【勇気ある者】ティム、彼はただ剣の道を極める過程で、シオンを弟子にして腕試しついでに苦しむ人々を助け、仲間達と出会い邪神を倒しただけという。

 大作RPG一本分ぐらいの大冒険をし、シオン達と絆を深めただけだというのに。

 

「その例えで言うと、コミュとか夜会話とか主に私中心でしたし。合体技だって私が初めてですしぃ……個人EDの条件を満たしていたのでは?」

 

「…………ははーん? これはもしや新たな敵が出てきて旅立つ事になる続編の方がマシだったんじゃね?」

 

「その場合、昔の作品の続編って事で。アダルトな開発会社に代わりムフフで誉れ高いエピソードが過分に含まれますよっ、勿論パッケージヒロインは私ですっ!!」

 

「くっ、せめて……せめて、記憶喪失になって見知らぬ美少女に介護されたり、製薬会社のトップやぶっそうな学園の先生になりたかった…………ッ!!」

 

「もう先生になってるじゃないですか、いよっ続編主人公!!」

 

「すまん、配布キャラじゃなくて低レアでも良いから薄幸巨乳人妻キャラを引くまでリセマラさせてくんない?」

 

 するとシオンはうーんと唸り、ぱぁっと笑顔で答える。

 

「残念無念っ! 現実はリセマラ出来ませんからっ、配布高レア人権キャラで我慢してくださいっ、いえいえ後悔はさせません。環境が変わってもトップに君臨し決してナーフされない最強キャラですからっ!! ホーム画面の秘書も固定ですよーーっ」

 

「つまり?」

 

「省吾さん、ぼっしゅーとですっ!!」

 

「足下に転移ゲートッ!? テメェ免許持ってんのかよッ!?」

 

「えへへっ、照れますね天才美少女だなんて」

 

「そんな事は一言も言ってねぇえええええええええ」

 

 ドップラー効果を残しながら、省吾はワープゲートに落ちて拠点にリターン。

 この脱出イベントは、強制敗北イベだった様だ。

 頭を抱えて踞る彼に、シオンは優しく肩を叩き。

 

「では、ソシャゲ廃人一歩手前の省吾さんには。拠点帰還ボーナスをあげちゃいますねっ」

 

「いらねぇよッ!? つーか何で脱いでるんだよッ!?」

 

「安心してください――――履いてますよっ!」

 

「なんで葉っぱビキニなんだよッ!! そして頭の上の妙にシンパシー感じる骸骨は何だッ!」

 

「良く分かりましたね、これティムさんの頭蓋骨ですっ」

 

「愛がオモォイッ!! どうなってんだテメェの倫理観ッ、蛮族がテメェッ!!」

 

「思い出してくださいよ省吾さん、我々ダークエルフは森の蛮族では? お高く止まってるライトエルフの奴らと違ってワイルドで孤高な存在ですよ」

 

「テメェらの違いは性癖と監禁場所の違いしかねぇだろッ!!」

 

「はぁっ!? 種族全員ドMで支配されるふりして財布も胃袋も股間も握る奴らと何処が同じなんですかっ!! もう怒りましたよっ、冗談で済ますつもりでしたが省吾さんには儀式を受けて貰いますっ!!」

 

 そう宣言すると、シオンは虚空からドバドバと薪を出してキャンプファイアーの準備。

 

「先ずはこれを綺麗に並べて火を点けます、大型魔法免許を持っている方は対象だけを燃やすハイ・ファイアを使いましょう。使えない方は野外で火事に十分注意してくださいねっ」

 

「急に料理番組みたいな事を言い出したぞコイツ……?」

 

「次に火炙りの準備をします、ウルトラ上手に焼けましたってするので骨組みを火に近づけすぎないのがポイントです」

 

「食われるッ!? 俺食われるのッ!? スタミナ回復すんのかッ!?」

 

「そして忘れててはいけません、このカセットテープをラジカセにセットして……」

 

「そこだけ機械使うのかよッ!? つーか魔法とかスマホじゃねぇのかよ中途半端に古い技術使いやがってッ!!」

 

「スイッチオーンっ!! さぁ後は省吾さんを吊すだけですっ!!」

 

 ラジカセから流れるは、ドンドコドンドコと太鼓の音とジャングルの効果音。

 それに合わせて、シオンは両手を上下に振りながら奇妙な声を出して。

 

「ホワーーーフッ、アフファ~~ン、エイドリアーーンッ!!」

 

「最後の絶対違うだろッ! 一昨日見たロッキーだろそれッ!! つーか何の儀式だよコレェ!! せめて理由と目的を説明しろおおおおおおおおおおおおおおおおおおッ!!」

 

「あ、聞いちゃいます?」

 

「聞く以外に選択しあると思ってんのかボケッ!!」

 

 途端、シオンの顔から表情が抜け落ちる。

 その変化に驚く間もなく、口元がニタァと歪み。

 

「――――ね、省吾さん私思ったんです。きっと私が悪かったんだって、だってそうでしょう? ダークエルフと人間は違う、それを分かって貰う努力が足りなかったんです。ずっと、ずっと愛しているのに見守って来たのに気づいて貰えなかったのも全部私の所為なんです。だから儀式をするんです愛の儀式、感覚を共有し共に燃えるような感覚を味わい生死を彷徨う痛みを共有しお互いの愛を確かめるんですそうして一緒に臨死して生まれ変わった気持ちになれば絶対に引き裂けない愛が産まれるんですこうして新婚のダークエルフは伴侶と仲を深めるとっても大切でロマンチックな」

 

「長い、三行で頼む」

 

「・身も心も燃える疑似体験をして

 ・セックスしたら

 ・最高ですよねっ」

 

「……(この女、俺はどうにか出来るか?)」

 

「……(省吾さん省吾さん省吾さ――――)」

 

 じりじりと逃げの姿勢を見せる省吾、追うシオン。

 

「……どうして逃げようとするんです?」

 

「……どうして逃げないと思ったんだ?」

 

 隙を見せたらヤられる、色んな意味で終わる。

 ああ、異文化コミニュケーションの、異類婚のなんと難しい事か。

 たき火を中心に、ぐるぐると回る省吾とシオン。

 

「うへへっ、よいではないかよいではないか~~っ」

 

「立場を逆にして考えろッ! こんな事をして夫婦生活が上手くいくと持ってるのか? そ、そうだッ、こんな事を誰かに言ったら幾らお前でも大きな反感を買うぞッ!!」

 

「何を言ってるんです? 少なくともダークエルフとしは理想的ですし。他の種族も多かれ少なかれ似たようなもんなので、むしろ羨ましがられてマウント取れるんですよ。理解のある旦那様だってっ、きゃっ、ぐへへっ、どうしましょうっ?」

 

「どうもこうもあるかッ、最終手段だ最後のガラスをぶち破――「隙アリィ!!」

 

「なんのローリングゥッ!!」

 

 瞬間、省吾に飛びかかったシオンは見事に押し倒すも。

 それを予想していた彼によって、ぐるんと上下が入れ替わった。

 

 



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第9話 いつか、絶対に

 

 

(…………この光景、どっかで見たな)

 

 シオンの両手を押さえ、強引に押し倒す格好。

 誰かに見られれば誤解必須な状況で、省吾は激しいデジャブに襲われていた。

 

(何だこの違和感、何かがあの時と違うっていうか。あの時が何かがそもそも分からな――――あ)

 

 途端、脳裏に走るフラッシュバック。

 そう、これは省吾としては初めてでありティムとしては二回目。

 

「…………お前、結構成長したんだな」

 

「――――――ぁ」

 

 目を丸くするシオンは、そのまま黙って省吾をまじまじと注視する。

 一方で彼は思い出に耽り、正確にはティムとしての記憶が暴れ出す。

 

『たかが数十年も生きていないニンゲンに遅れを取るとは――――くっ、殺せ。我は辱めを受けんっ!!』

 

『いきなり襲ってきて、今度は殺せって? ダークエルフって皆そうなのかい?』

 

 彼女がまだシオンと名乗る前、ティーサという愛称で呼ばれる更に前の。

 出会った直後の話。

 領主の命により、近隣の森の異変を調査しに来たティムに彼女は木の上から奇襲をかけ。

 

(いや普通は無理ゲーだろ。ティムは完全に油断してた上に、完全に気配を殺した上空からの奇襲を直前に察知して見てから反応余裕でしたとか)

 

 当時の騎士として平均的な鉄の剣、切り裂く為ではなく叩き潰す為の剣で。

 当時としては最高級のミスリルで作られた魔法剣を、苦もなく切り落とすとか。

 

(懐かしい……、いや俺がやった事じゃねぇけどさ)

 

 ティムと省吾は別人だ、あくまで記憶を引き継いでいるだけの違う人間。

 だというのに、何故こんなにも懐かしく思うのだろう。

 

「嗚呼、そうだ……前はもっと幼かったな。それにお前は人間を見下して、口調も偉そうだった」

 

 だから、シオンとしての彼女を見たとき確信が持てなかったのだ。

 記憶の中のティーサとは、幼き蛮族の戦士という印象からは正反対の。

 どこにでも居るような、明るい性格のシオンは面影以外結びつかなくて。

 

(だから、俺は何も言わない事にしたんだ)

 

 もう子供扱いできないなティーサ、ティムとしての言葉が喉まで出掛かる。

 君は女の子として、違うな……もう大人の女性として扱うべきかな? 省吾の中のティムが彼女の頭を優しく撫でようとする。

 ――――素直に口に出せれば、どんなに楽だろうか。

 

「…………」

 

「…………」

 

 シオンの静かな視線が省吾を射抜く、彼は強い郷愁に耐え彼女を見る。

 笑顔は無い、言葉を発する事も無い。

 静寂の中、ただ疑問に思う。

 

(俺は――コイツに何かを返せるのか?)

 

 勝手に期待して探し続けて、でも嫌だとはどうしても思えなくて。

 むしろ、今の省吾との結婚を続けようとする意志が。

 聖婚という彼女の献身と狂愛に、一種の安堵すら覚えていた。

 

(前世の記憶ある事を否定されなくて、俺がティムだった事を否定されなくて、ほっとしたんだ。……今まで誰にも言えなかったから)

 

 それは救いだった、省吾にとって望外の、絶対に叶うことの無いと諦めていた願い。

 奇しくも、シオンも同じで。

 

(ありがとう省吾さん、私を拒絶しないでくれて)

 

 長い、本当に長い間を探し回って。

 気づいていた、生まれ変わった彼を探す事そのものが生きる目的で。

 

(諦めていたんです、省吾さんが担任として現れた時も生まれ変わりだって確信していた訳じゃないんですよ私は…………)

 

 行き場を喪った愛を抱えて、いつ終わるともしれない度を続けて。

 エルフ種の、ダークエルフの、それも始祖の直系であるシオンの寿命は気が遠くなる程に長い。

 六大英雄の半数は彼の様に、人間の様に短命で。

 

(怒りんぼのカティも、無口なゲルドも、いつも微笑んでたロテクも。人嫌いのホルワイトだって百年前に死んでしまった)

 

 シオンの様に長寿種であった者も、……あれから一五三〇年が経った。

 同じエルフ種でも曾孫の代に移っている、彼女と共に旅をした仲間はもう生きてはいない。

 だから。

 

(本当はもう、顔すら思い出せなくて)

 

 想いだけが、いつまでもいつまでも色褪せずに残って燃え続けて。

 そうして、再会するという夢を見たまま永劫に近い時を生きて死ぬのだと思っていた。

 

(嬉しかったんです。省吾さんが私に気づいていた事が、何より嬉しい事だったの)

 

 シオンという偽名を使っていたのは、六大英雄である事を隠す為じゃない。

 いつか、ティーサと再び呼ばれる日まで誰にも呼ばせたくなかったからだ。

 

(あの日、何かに導かれる様に病院に行ったんです。幸せそうに微笑みあう夫婦を見て。気紛れに観察していただけなんです)

 

 もしかしたら、これから産まれるその子がティムではないかと自分でも信じていない直感に従って。

 見守ってきた、時に目の前に現れ、大半を陰から逃避するように見守ってきた。

 いつの日か、また違ったと落胆する事を期待して。

 

(でも、違ったんです。違ったんですよ省吾さん……)

 

 何気ない仕草の一つ一つが、こんなにも違うのに重なって見えた。

 彼が成長するにつれ、それが大きくなって。

 大学でセレンディアの歴史を学び始めた時は、そうではないかという疑惑が大きくなり。

 

(それでも、私は確信が持てなかったんです。――期待が落胆に変わるのが怖くて確かめる事が出来なかった)

 

 こんなに自分が恐がりだとは、露ほどにも思わなかったのだ。

 だから入学してから丸一年、側に居たのに生徒と教師でしかなく。

 酔っていなければ結婚という手段は取らなかっただろう。

 

(あの夜、泥酔した省吾さんが私をティーサと呼ばなければ)

 

 聞き間違いだと思った、彼はセレンディア史を学んでいた筈だし本当の名前を、愛称を知っている可能性が高かったから。

 でも、響きが同じだったのだ。

 ティーサと呼んだ優しげな声色が、ティムと同じだったのだ。

 

(勢いのままに私は賭けた、そして勝ったんです。…………ねぇ省吾さん、私は――)

 

 これ以上は、望んでは駄目だ。

 気持ちが今以上に押さえきれなくなり、取り返しがつかなくなる前に、省吾の意志を無視して閉じこめてしまう前に。

 幸せだから、幸せになって欲しいから離れるべきだと理性は言うのに……体は衝動のままに突き進んでしまう。

 

「……」

 

「……」

 

 見つめ合う二人に、笑顔は無い。

 シオンは神の審判を待つように、省吾は言葉を探して無言。

 やがて彼は難しい顔でシオンの上から退き、右手を差しだし起きる様に促した。

 

「…………話をすっぞ」

 

「分かりました、どんな話でも私は受け入れます」

 

「…………(じぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ)」

 

「…………?」

 

「…………(じぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ)」

 

「…………あ、あの? 省吾さん?」

 

 本気の別れを切り出される事を覚悟していたシオンは、とても戸惑った。

 何故ならば、話し合うと言った張本人が穴があきそうな程に見つめ黙り込んだままだったからだ。

 

(何で俺は話すとか言ったんだよッ!! 何を話して良いか分からねぇええええええええええッ!!)

 

「そんなに見られると……ううっ、ちょっと恥ずかしいんですがっ?」

 

(そもそも議題は何だ? 何を解決するつもりで俺は言い出したんだ? 何に困って、何をしたいんだ?)

 

「省吾さん省吾さん? 聞こえてますか? もしかしてこういうプレイをしてます? 新手の羞恥責めでもしてるんです?」

 

(焦るな俺、冷静に考えろ。……そうだ、コイツの愛情が重いのが問題なんだよッ)

 

「反応してくださいよぉ、ううっ、恥ずか――って顔近っ!? なんでそんなに近いんですかっ!?」

 

 ちょっと視線を反らした隙に、省吾は鼻息がかかる程にシオンに接近して。

 無論、彼としては無意識の行動であるが、彼女としてはたまったものではない。

 

(本当に成長したよなコイツ、昔はペッタンコだった胸が巨乳になってるし。長い髪だって俺とティム両方が好みだ。ダークエルフだから当たり前だけど褐色なのもアリだな、腰はくびれてケツも良い感じ、太股もむっちりなのもポイント高い…………あれ? なんで拒絶してんだ俺? いや確かに好みとは違うけどさ)

 

「ちょっと省吾さんっ!? 実は聞いてるでしょ省吾さんっ!? 顎を掴んで顔を固定する癖にキスすらしてくれないんですっ!?」

 

(前世から一途なんだよなぁ……、独占欲が高いのも、それを押さえようとしてるのも良い女だよな)

 

「~~~~っ!! ばかっ、ばかばかばか省吾さんのばかっ!!」

 

 シオンの様子に気づかずに、省吾は更に考え込む。

 もう少しで、何かの答えが出る気がするのだ。

 

(ふぅむ、こんな男の夢を詰め込んだ様な女と俺は結婚したんだよな。教師と生徒であるからして、やっぱり卒業するまである程度の線引きは必要として)

 

 だが。

 

(とはいえ、だ。それは俺の都合、コイツはおっそろしい時間を待ってた訳だし。どこかで譲歩しないと今みたいに爆発するよなぁ)

 

 ならば。

 

(つーまーりー、だ。心の支えが、もちっと夫婦らしく証拠があれば多少は落ち着くってもんか)

 

 良くも悪くも省吾は俗物で凡人だ、例え一七〇〇歳の超だとしてもシオンの様な(見た目)美少女を今更逃すつもりは無い。

 それどころか、最後の最後まで寄り添ってもいいとすら考えている。

 だが、そこに踏み込むのには恋愛経験の無い童貞としては決意の必要な事で。

 

(――――そうだな、これぐらいでコイツの想いに返せる訳でもないし、今は愛していないけど好意はあるし)

 

 透き通った水を飲むように、するっと省吾は決意した。

 夫婦として、自分の意志で踏み出す事を。

 最初は確かに勢いだった、そして彼女の押しに負けて一週間ほど夫婦として過ごした。

 

(でもこれからは、俺の意志でコイツと共に居るんだ。なし崩しで押されるがままじゃなくて。――今、俺がコイツと過ごす事を選んだんだ)

 

 省吾はシオンを解放してすくっと立ち上がると、ぶっきらぼうに口を開く。

 

「おい、結婚指輪買いに行くぞ。生憎とそんなに貯金は無いから高いモンは買えねぇけどな」

 

「――――え?」

 

「とっとと出掛ける準備しろ、……そういや結婚指輪って何処で買えるんだ? 宝石店? アクセサリーショップか? まぁいいや、取りあえず駅前に行きながら検索するぞ、お前も調べとけ」

 

 そう言って着替え始めた省吾に、シオンは驚きの余り大口を開けてフリーズ。

 

「どうした? もしかして必要無かったか?」

 

「~~~~っ!? いいえっ、欲しいっ! 欲しいです結婚指輪っ!! 行きます行きます買いに行きましょう省吾さんっ! 大・大・大・大好きですーーっ!!」

 

「おわッ!? いきなり飛びつくんじゃねぇッ!?」

 

「えへっ、えへへ~~、これが最後のチャンスだったんですからねっ、もう離しませんよ省吾さんっ!!」

 

 報われた、そしてその先があった。

 シオンの胸は歓喜に溢れ、その目尻に溢れた涙を隠すように省吾の胸板に顔を押しつけ。

 彼はその事に気づいていたが、気づかないフリをして優しく彼女を抱きしめた。

 

 

 

 

 そして次の日の朝である、クラスメイト達は幸福オーラと共に上機嫌過ぎるシオンにどよめき。

 彼女の視線の先、左手の薬指の指輪の存在に納得と安堵を覚えた。

 

「ふふふーー、気になります? 気になるでしょうっ、ええ、聞かれなくても答えますっ! そうっ! 浅野センセが結婚指輪をくれたんですっ! いやぁこんな事もあろうかとドワーフ族から彫金の方法とか、魔法で金属を加工するやり方を習っていて正解でしたねっ! 普通だったら早くても一ヶ月かかる所ですが……、あっ、その前にですね省吾さんったら夫としての――――」

 

 るんるんと怒濤の勢いで語り始めるシオンに、誰もが苦笑しながら祝福ムード。

 女子達は一気にシオンに群がり、男子達は省吾の男気を称え始め。

 そんな中、一人の男子生徒がそっとクラスを抜け出して。

 それを切なそうに見ていたヴァルキリー族の女生徒は、決意に満ちた視線をシオンに向けたのだった。

 

 

 




序盤の区切りなので、ここまで投稿しときます。
明日からは、一日一話の予定です。


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第10話 鞄の中も机の中も

 

 

(一件落着……って言いたいが、犯人は多分アイツだよなぁ。証拠は無いし、どーしたものか)

 

 朝のホームルーム前、省吾は職員室の自分の席で悩んでいた。

 ――なお、彼の左手の薬指に気づいた同僚達の視線には気づいていない。

 今は、それどころでは無いからだ。

 

(勝手に捨てたか、それとも他の目的があって盗んだか。……俺のパンツ、何処に行ったんだよ)

 

 突然の結婚、前世からの関係、シオンとの問題はひとまずの決着がついた。

 すると、今までうっすらと感じていた違和感に気づくというもの。

 そう、省吾のボクサーブリーフの数が合わないのである。

 

(可能性は三つ、いや四つか)

 

 あの、泥酔した夜に間違って捨てた。

 なにせ家に帰ってからの記憶がかなり飛び飛び、わざわざ再び出掛けて結婚届を出すという奇行をしている以上かなり自信が無い。

 

(ちッ、記憶が無いのがここでも響くのかッ)

 

 或いは、シオンの目から見て汚かったから捨てた。

 押し掛け妻、通い妻、その表現に正しくシオンは省吾の部屋の家事洗濯の権を完全に握っている。

 

(……俺もう、その辺り完全に依存してないか? 帰ったら暖かい飯が用意されてないとか想像できねぇ)

 

 そして地味に嫌なパターン、泥棒に入られた可能性だ。

 こうなってくると、貴重品を確認しなければならないし。

 独身男性として平均的にだらしがなく汚かった部屋は、シオンの手によって整理整頓清潔に保たれている。

 正直、把握が難しいかもしれない。

 

(これが一番嫌だなぁ……俺、どんな顔をして聞けばいいんだよッ!?)

 

 最低最悪の可能性、つまりシオンが己の欲求に従い省吾の下着を隠し持っているという事だ。

 下手につっつけば、どんな爆弾が飛び出すか分からない。

 というか男が女の下着を求めるのは理解できる、だがその逆はあり得るのだろうか?

 

「…………儘ならん」

 

 ぼそりと呟いた瞬間であった、職員室に入ってきた男子生徒がまっすぐに省吾の席へ向かって来て。

 

「よぉ、珍しいな千屋(せんや)。お前が職員室に来るなんて」

 

「おっはよーございます浅野センセ! いやオレも来たくなかったんだけどさ、ホラ、オレってばチャラ系だし?」

 

「と言いつつ、校則の範囲内でチャラくしてるのはポイント高いぞ隠れ優等生」

 

「ちょっとちょっと~~、浅野センセってばオレのイメージ崩さないでくださいよ。モテモテチャラ男は、おバカって感じなのが適度に女子受けする秘訣なんすから」

 

 千屋羅王(せんや・らお)、彼は省吾の受け持ちである2ーCの生徒の一人であり。

 自称モテモテチャラ男、金髪に染めた髪に耳にはピアス、メンズメイクは欠かさずに。

 髑髏のネックレスを日替わりで付けてくる程、お気に入りである。

 

「んでさぁセンセ、最近シオンちゃんと結婚して変わったじゃん? 今まで冴えない給料ドロボーっぽい印象で頼りなかったけど、今なら良い意味で親しみやすいってゆーか、ちょっと相談があるって感じ?」

 

「お前も言うなぁ、いや正しい評価だからいいけどよ。んで何したよ? 恋人孕ませたとかなら、流石に有耶無耶にできんぞ?」

 

「センセのオレの評価っ!? いやチャラ男だからそれで良いような……やっぱ良くないって、これでもオレ一途なんすよ? そりゃあ、いつも良い友達どまりで恋人出来たコトないっすけど……」

 

「千屋はファッションチャラ男だからなぁ、じゃあ何だ? 志望校の相談か? それともイジメか?」

 

 すると彼は難しい顔をして、周りを気にしながら小さな声で答えた。

 

「…………実は、オレの体操服が体育の度に新品になってんすよ。怖くありません?」

 

「え、何だそれ? お前の見間違いとかじゃなく?」

 

「間違えるワケ無いっすよ、だって新品になってるって言っても明らかにクオリティ微妙な手作りに変わってるんすから。今はジャージで誤魔化してますけど夏になったらジャージは厳しいじゃん? だから相談に来たんだよセンセ」

 

「これまた、難しい問題が来たなぁ……」

 

 千屋の話が本当なら、窃盗事件として通報まである。

 というか、それが最適解である可能性が高い。

 だがここは高校だ、外部犯であるならともかく。

 

「――――確認だ千屋、他に被害者は居るか?」

 

「それがぜーんぜん、クラスの奴らにもさり気なく聞いてみましたがお手上げっす」

 

「内部犯、千屋に特別な想いを持ってるヤツの犯行。そう考えた訳だな?」

 

「そうっす。正直な話ちょっと気味が悪いぐらいで、新品に変わってるならオレの懐も痛まないんで放置しても良いんすが……」

 

「成程、お前も大変だなぁ……。実は俺も――――ん?」

 

 途端、省吾の顔が引き締まった。

 思い当たる節がある、それも盛大に、身近に、もはや確信してしまう程の。

 

「いやセンセ? 気になる所で切らないで欲しいっすよ? まさかセンセも何か盗まれたんです?」

 

「ああ、俺は家の中でだが。ちょっと待て、待て待て待て、いやこれは、……だが可能性は、しかしなぁ」

 

 パンツが無くなっている省吾、新品に変わる千屋の体操着。

 そして此処は学校、人だけではない異種族も通う学び舎である。

 更に、異種族には共通する特徴があって。

 

「――――もしかしたら犯人が分かるかもしれない、千屋お前今日の体育の時間は休め、ただし普段通りに着替えろ。体育の大黒先生には俺が言っとく」

 

「張り込みっすね! 皆と一緒にグランドに行って、始まる前に教室に戻って隠れる。そういうコトっすね!!」

 

「そういう事だ、……必ず犯人を捕まえるぞ」

 

 教師と生徒、二人が闘志に燃えている一方。

 くねくね惚気モードのシオンは、クラスメイトであるヴァルキリー族、ピトニア・ミュート氏族に話があると廊下の窓際へ。

 

「何です話って? あっ、もしかして夫婦仲良くの秘訣とか? 良いですよ何でも話しちゃいますよぉ!!」

 

「いいえシオン様、そちらの話ではなく我の個人的な悩みについて助言が欲しいのです。六大英雄であり、エルフ種の中でも特に長生きし歴史を見守っており、この度は目出度くもご結婚してますます女性として美しさをました幸せ者のシオン様の助けが欲しいのです」

 

「んー、気になる言い方がありましたが。ゴホンっ、そこまで言うなら、この新婚ほやほやの幸せ奥さんである私がっ、何でも解決しちゃいましょう!!」

 

 ヴァルキリー族、セレンディアの異種族の中でも神に近い存在であり。

 この地球にも、様々な伝承の中に姿を残している種族。

 勇ましさと熱烈な愛情が特徴的な、ぱっと見は堅苦しい感じのする彼女達ではあるが。

 

「しかし珍しいですね、私程じゃありませんが貴方達も魔法に優れた種族。種族全体が家族で相談相手に困らないのに……?」

 

「――単刀直入に申し上げます、我は密かに慕っている殿方がおりまして」

 

「恋バナっ!? 恋バナなんですねっ!?」

 

「最近ではとうとう想いを押さえる事が出来なくなって、こっそり体操着を新品と入れ替えて持ち帰っているのですが。それがどうやら気づかれている気配がするのです」

 

「………………あー、それはまた悩ましい問題ですねぇ」

 

 澄ました顔で述べるセーラー服金髪美女に、シオンは困った顔を向けた。

 彼女もシオンと同じく、成人入学組である故に格好だけ見れば倒錯的な印象があるが。

 ピトニアのしている事は、普通に犯罪だ。

 

(とはいえ、気持ちは分かると言いますか。これセレンディア異種族の共通の問題ですもんねぇ……私も我慢出来ているワケじゃありませんし)

 

 そういえば、己もついついやらかしてしまっている。

 気づかれていなければ良いが、気づかれる前に同じ物を用意して誤魔化す必要があるが。

 とはいえ今はピトニアの問題だ、同じ世界の出身、そして同じ恋する乙女。

 

「――――やってしまったコトは仕方ありません。この手の問題は解決が困難なので、取りあえず現状をなんとかするコトから始めましょうっ!」

 

「と言うと? 我はどのように行動すれば良いでしょうか。気を抜けば彼の体操着をクンカクンカしてしまうのですが」

 

「その衝動は今日だけ私が何とかします、今は急いで盗んだ体操着を持ってきてください。こっそり元に戻すのです。貴女の恋のアプローチはそれからですっ!!」

 

「――――心強い、了解しましたシオン様。早速家に戻って持ってきます!!」

 

 そうして、三時限目の体育の時間である。

 省吾と千屋は、それぞれ教卓と掃除用具ロッカーに隠れ。

 静かな教室の扉が、音を立てないように慎重に開かれ。

 千屋の机の向かう足音、省吾のスマホに監視役の千屋から連絡が入る、今だ。

 

「そこまでだッ!! お前の犯行はバレ「くっ、先手を打たれ――」

 

「…………」

 

「…………」

 

 交わる視線。続き硬直。そして。

 

「何でテメェがピトニアと一緒に居るんだよッ!!」

 

「そういう省吾さんこそ千屋くんと一緒に――っ!?」

 

「ピトニアさん?」「千屋様ッ?」

 

 省吾と同じタイミングで飛び出たは良いが、硬直する千屋。

 シオンの後ろで、澄まし顔のまま青くなり固まるピトニア。

 そしてお互いに指を指す、省吾とシオン。

 教室に、もの凄く困惑した空気が流れた。

 

 



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第11話 異種族性癖物語

 

 

 この状況から見て、犯人はピトニアであった。

 ならば、問いたださなければいけない。

 省吾はふっと笑って、シオンの肩を両手で掴む。

 

「警察に行こうかシオン、数日刑務所の中で臭いメシを食って反省しろよ?」

 

「酷いっ!? 問いただしもせず私に確定なんですっ!?」

 

「残念だよシオン、お前がアレを盗むなんて……」

 

「――――――っ!? き、気づいていたんですか省吾さん……」

 

「学校では先生な、やり直し」

 

「ふははははっ、よくぞ気づきましたね浅野センセっ!! そうですとも私が犯人ですっ!!」

 

「言質は取ったぞ、じゃあ警察に行こうか」

 

「ああっ!? 意外にマジで強く引っ張ってますっ!? その目もマジですよねっ!? あれっ!? もしかしてマジで警察呼ぼうとしてませんっ!?」

 

 ずるずると連れて行かれそうになるシオンに姿に、千屋とピトニアは正気を取り戻して。

 

「ちょいちょいセンセっ!? 違くないっすかっ!? シオンさんは体操着盗んだ犯人じゃないっすよね多分っ!?」

 

「そうです千屋様の言うとおりッ! シオン様は我が盗んだ千屋様の体操着を返すのに着いてきてくれただけなのですっ!!」

 

「ふむ? そうは言っているが。でも盗んだよな? 俺のパンツ」

 

「はいっ!?」「シオン様ッ!?」

 

「うぐぐっ、気づかれていないと想ったのにっ!! なんでバレたんですか!?」

 

「五枚をローテしてんのに三枚無くなってどうして気づかれないと思ったんだ? ん? 言ってみ? 弁明があるなら言ってみ?」

 

「ふおおおおおおおおっ!? ごめんなさい出来心だったんです本能が押さえきれなかったんですっ! だから後生ですよスマホから手を離してください省吾さぁぁぁぁぁんっ!? 洗って返し、いえっ、ブランド物で買い直しますからっ!!」

 

「あー、センセ? シオンさんもそう言ってるコトだし……」

 

「そうです浅野先生、その、もう少し手心を……」

 

 思わず仲裁に入る千屋とピトニアに、省吾はにっこり微笑むとあっさり手を離しスマホをしまった。

 

「――――その言葉が聞きたかった」

 

「省吾さん? それ昨日読んでたブラックジャックの決め台詞ですよね? 言いたかったんで――あいたぁっ!? ちょっ!? 今ガチでゲンコツ行きましたねっ!?」

 

「お前の罪はまだ許してないからなー、少し黙れー、……んで、だ。折角だし少し授業を始めよう」

 

「え? この状況で授業っすか?」

 

「いったい何を……?」

 

 省吾はシオンの首根っこを掴みながら、戸惑う二人に向かって授業を始める。

 なおシオンは、何故か興奮して頬を赤らめていた。

 

「社会か倫理……それとも保健体育か? まぁその辺でいずれは触れるし。俺の授業でも豆知識として言うつもりだったが。――――異種族はな、人間の臭いが好きなんだよ」

 

「人間の臭いが好き……? でもある意味それって普通の人間でも同じコトが言えるんじゃないっすか?」

 

「良い質問だ千屋、だが結論を話す前に異種族のストライクゾーンの話からしよう」

 

「…………我らのストライクゾーン?」

 

「えっ、何ですそれ?」

 

「おい、お前は覚えてろ六大英雄?」

 

 二人はともかく、シオンまで首を傾げる有様に省吾は少し困惑した。

 これは、常識では無かったのだろうか。

 

「良く考えれば、小学校や中学校で習っても……いや人間側はちょっと危ういか? でもセレンディア側なら…………うーん?」

 

「省吾センセ、考えてないではよ進めてくださいっ! 私、気になって居眠り出来ません!!」

 

「寝言は寝てから言えよ、まぁ知っといて損は無い。先ず異種族のストライクゾーンの話だが……」

 

 最近の若者は、疑問に思い調べる事はしなかったのだろうか。

 異種族が、人間と恋愛し結婚し子供を作る。

 生物として、異常事態ともいえる状況を。

 

「不思議に思わなかったか? 何故、セレンディアの異種族は人間の伴侶を求めるのか」

 

「あ、確かにっす!! エルフ種だって人間と遺伝子が結構離れてるって話で、子供が出来る理由が解明されていないってこの前つべの動画で見たっすよ!!」

 

「…………言われてみれば、先祖代々そうだったし我らも疑問に思った事は無かったな」

 

「……………………あー、もしかしてアノ話ですか省吾さん。あれ? もしかしてあんにゃろう秘匿したか弟子に伝えていなかった?」

 

「お、流石に覚えてたかシオン。そうだ六大英雄が活躍した時代は一年の授業でやったよな?」

 

「覚えてるっす! 異世界を壊して渡る邪神を六人の多種族からなる選ばれし勇者が倒した苦難の時代っす!!」

 

 元気良く答える千屋に、省吾は満足そうに頷いて。

 

「あの時は全種族が協力して邪神討伐にあたった、つまり今に続く共存路線の大本となった時代であった訳だが。……ここで、とある人物がキーマンとなる」

 

「はいはーい、私分かりますっ! 人嫌いのホルワルトですねっ!!」

 

「い、いえシオン様? いくら知己とはいってもせめてドワーフの大賢者ホルワルトと……」

 

「そうだ、そのホルワルトが解き明かした事なんだがな……いやなんで伝わってないんだ? そういや俺も中高で習った覚えが無いぞ?」

 

 省吾は首を傾げたが、かの好奇心旺盛で頑固なドワーフは弟子にも知識を秘匿するような奴だった。

 伝わっていないのも然もあらんが、とはいえ誰か再発見しても良さそうな物でもあるが。

 

「簡単に言おう、俺にも詳しい事は分からんが異種族のストライクゾーンは。その同族と人間だ。――どの種族であっても例外なく『同族』と『人間』を恋愛対象として見る」

 

「それを大賢者ホルワルトが解き明かしたっすね!! ……いやなんで伝わってないんすか?」

 

「だよなぁ、それぐらいは伝わってて教科書で教えても不思議じゃないんだが。まぁいいや、本題はこれからだ」

 

「匂いについてっすね、――あっ、もしかして犬がご主人様の匂いがついた靴とかを欲しがるのと同じっすね!!」

 

「良い線いってるぜ千屋、だがホルワルトの結論はこうだ……『魂』の匂い、異種族は例外なく伴侶となる者の『魂』の匂いを好む、と。それが自覚があるかどうかは別としてな」

 

 するとピトニアは顔を赤くしながら、もじもじと省吾に聞いた。

 彼女の視線は、ちらちらと千屋の方に向いていて。

 

「で、では……我は?」

 

「千屋に惚れてんだろ、だから体操着を欲しがった。『魂』の匂いは体臭より残りやすいって話だからな」

 

「ああ、そういえば言ってましたねホルワルト。懐かしいですねぇ、この時代にこんな話をするとは思いませんでし――――はうぁっ!? つまり私が思わず省吾さんもパンツを盗んでクンカクンカしてしまったのも!! 生物として無理からぬ本能!! つまりは無罪!!」

 

「人の物を無断で盗むのは普通に犯罪だぞ」

 

「お慈悲をっ!! 省吾さんどうかお慈悲を!!」

 

「ふむ、そうだなぁ……――――ああ、良い方法があった」

 

 ニマリとあくどい面構えを一つ、視線は千屋に向いて。

 途端、彼に嫌な予感が走った。

 それを裏付けるように、担任教師は千屋へ朗らかに笑いかけて。

 

「お前がピトニアの体操着窃盗の件を許したら、俺も許す。よーく考えろよぉ、異種族の女は重いのが基本だぞぉ、許すと言った瞬間から告白もまだなのに嫁面して二度とナンパも出来ないしエロ本だって買えなくなるぞぉ~~~~ッ!!」

 

「省吾さん省吾さんっ!? それって援護してるんですかそれとも私への処刑ですかっ!?」

 

「なんでそんな条件を言うんすかセンセっ!? シオンさんの件はオレっちに関係しないですよねっ!?」

 

「ふッ、良く聞け千屋。基本的に教師は異種族との恋愛を注意する側だ。異文化コミュニケーションでも一番難しい所だからな、――――だが、俺がこうなった以上苦労仲間は多い方が良いと思わないか?」

 

「最低の理由っすっ!? 教師として希に見る最低に理由っすよっ!! チクショウ冴えない教師の性根は変わってないっすねっ!?」

 

「まぁまぁ良く考えろよ千屋、……俺は教師としてお前に言い訳をやってんだぜ? クラスメイトの夫婦生活の為、異種族というハードルの高い恋愛へ踏み台を作ってやったんだ」

 

「そ、それは確かに一理あ……る?」

 

「騙されないでください千屋さんっ!? でも騙されて欲しい自分が否定できせんっ!? ああっ、クラスメイトのピンチなのに私はっ!!」

 

「………………千屋さん。いえ我の羅王」

 

「待って、なんで今名前で読んだ上に我のって付けたんすかピトニアちゃんっ!?」

 

「羅王……ダメか? こんなはしたないヴァルキリーの我ではダメか?」

 

「くっつかないで胸を押しつけないで何かイケナイお店に来てる気がするっすよおおおおおおおおおおっ!?」

 

「うーん、青春だなぁ。そうだ言い忘れてたが別に俺の言葉は無視して良いぞ、ロックオンされてるんだ遅かれ早かれだからな。異種族の女の本命認定を振り払うのは、相思相愛の恋人か嫁が必要だからな。最悪、血を見るぞ」

 

「逃げ場を潰すの止めてくんないっすかセンセっ!? ――~~~~ああもうっ、許す! 許すからせめてお友達として日記交換からお願いしますっす!!」

 

 そう言い切った千屋は、男として一皮向けた風格があった。

 ピトニアは一瞬ぽかんと口を開けて、次の瞬間、目尻に涙を浮かべて彼に抱きつく。

 

「羅王!! 我だけのエインヘリヤル!! 行くか? ちょっと我の故郷で数年戦士として蜂蜜な武者修行するか?」

 

「はいはーい、オレっちの台詞聞いてた? まずはお友達から始めるっしょ」

 

「ああ!! 我は理解したぞ! 後で我が今まで綴ってきた羅王への愛のポエムが十冊分あるから全部読んで感想を最初に日記にしてくれ!!」

 

「重ぉいっ!! オレっちは今、モーレツに重力を感じているっ!?」

 

「うわ、愛のポエム十冊とかドン引きですよね省吾さん?」

 

「お前がそれ言う?」

 

 ともあれ、チャラ男とヴァルキリーの恋路はそこそこ穏当なスタートを切った。

 これからどうなるかは、二人次第だろう。

 

「ま、何かあったら相談には乗ってやるぜ。むしろ俺が誰かに相談したいぐらいだけどなッ、あははははッ!!」

 

「ううっ、苦労してるんすねセンセッ!! 一生ついて行くっすっ!!」

 

「頑張れ千屋、そしてピトニア。んでだな…………まだ授業時間だからシオン連れて戻れよ」

 

「あっ、はいっす」「了解しました浅野教諭」「では行きましょうっ!」

 

「それからシオンは帰ったら説教な」

 

「うぐっ、やっぱり覚えてましたか……トホホ」

 

 三人は体育の授業に戻り。

 省吾もまた、職員室へと戻る。

 そしてその後は平穏な日常に戻り、その日の夕方の事であった。

 省吾の部屋では、正座しっぱなしだったシオンが倒れていて。

 

「あ、足が痺れましたぁ……ってちょっとっ!? なんでつつくんですか省吾さんっ!? ああっ!? あああっ!? なんて卑怯な悔しい感じちゃいますビクンビクンっ!!」

 

「…………やっておいてなんだが、お前って相当オタク文化に染まってないか? 俺でもネタとしてしかしらねぇぞソレ?」

 

 あひん、色気の欠片も無くと悶えるシオンに溜息を一つ。

 省吾のボクサーブリーフ盗難の件も、説教と明日彼女が新しい物を買ってくる事に決まった訳で。

 

「んじゃあ、そろそろメシに――――ん?」

 

 立ち上がった矢先、ピンポーンと来客を知らせる電子音の鐘。

 省吾が対応に出ると、そこには。

 

「やっ、久しぶり兄貴ッ! 酒かって来たから飲もうぜ! 色々話したい事があるんだ!」

 

「いやお前誰……って、重児かテメェ!? 何で粛正騎士の鎧なんて来てんだよッ!?」

 

「あれ? 言ってなかった? 僕が騎士団に転職した事。まぁいいや中に入れてよ、実は兄貴の高校に赴任する事になって――――ッ!? あ、兄貴の部屋にダークエルフの女子高生がッ!? 犯罪だよ兄貴ッ!? モテないあまりに教え子に手を出したなッ!? この浅野重児、例え兄貴と言えど容赦せんッ!!」

 

「あ、初めまして重児さん。この度、省吾さんの妻となりました。ティザ・ノティーサ・カー・ジプソフィラ。こっちではシオンと申しま……って、今は浅野ティザ・ノティーサ・カーですね。てへへっ、すみませんまだ慣れてなくて」

 

「――――――兄貴がダークエルフに騙されてるううううううううううううッ!?」

 

「ええっ!? そっちの解釈しちゃったんですかっ!?」

 

 省吾の弟、粛正騎士団日本支部・間千田高校に赴任する浅野重児(じゅうじ)がやって来たのだった。

 

 



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第12話 夫の弟は騎士さま

 

 

 粛正騎士、それはセレンディアにおいて邪神討伐より数百年後。

 六大英雄の一人である、ケットシー妖精種の勇者『星詠み』ロテクの予言と、同じく六大英雄の『大賢者』ホルワイトの言葉に従い発足した国際武力機関である。

 

 異種族間の共存共栄の先、『人間』を『異種族』が(恋愛的な意味と性欲的な意味で)勝手に支配しない様に、監視し。

 時には武力を以て鎮圧にあたる、今では二つの世界を股に掛け活躍する集団なのだ。

 

(まさか、重児が騎士になんてなってるとはなぁ……)

 

 夕食をしながら話でも、とちゃぶ台を囲み三人は見た目和気藹々と。

 鎧を脱いだ弟は、数年前に高尾山で見送った時より逞しくなっていたが。

 大怪我をした様子もなく、兄としては一安心である。

 

「セレンディアに留学して魔法を学んでいたお前が、どうして粛正騎士なんかになってんだ?」

 

「いやぁ、僕ってば意外と魔法の才能あってね。留学が終わったらウチに来ないかって誘われてさ。……そうそう、子供の頃に兄貴が教えてくれた剣術あったじゃん? あれスゴい役に立った、どこで覚えたのアレ?」

 

「アレか? まぁ良いじゃねぇか。つーかよ、せめて一言連絡くれても良かったじゃねぇか」

 

 省吾は誤魔化したが、その剣術というのは前世の時に使っていたそれ。

 まだティムと省吾の境目が曖昧だった頃、気紛れに教えたものだった。

 そんな理由を察せる訳がなく、ほろ酔いの重児は兄へ素直に謝罪した。

 

「ごめんごめん兄貴、忙しかったし色々と機密でさぁ……」

 

「あ、コップ空ですね。はいお代わりのビールですっ」

 

 私ったら夫の家族にも気を使う良いお嫁さんっ、とルンルン気分のシオン。

 重児もまた、素直にコップを差し出したが。

 

「ありがとう義姉さ――いや、まだ僕は認めてないぞッ! 兄貴から離れるが良い!! 例え伝説の六大英雄の一人、失恋未練の若作りババァと言えど負けるもんかッ!!」

 

「私の扱いどうなってるんですかっ!? これでも騎士団の成立に協力したんですよっ!?」

 

「それは伝わってますが、ロテク様とホルワイト様の遺言で『あの拗らせダークエルフは絶対に何かやらかすから、いざとなったら頼む』と。それぞれ言い伝えられてる」

 

「くっそぉ知識バカの癖に突撃案しか出さなかったバカの癖にっ!! 星詠みの癖に『予言は覆すもの(キリッ)』って毎回裏目ってドツボにハマってたお調子者の癖してっ!! なに律儀に仲間思いしてるんですか!!」

 

 うがーと吠えるシオンに、実は疑い半分であった重児も。

 冗談や聞き間違いではなく、兄嫁が伝説の六大英雄の一人かもしれないと思い始め。

 

「…………ねぇ兄貴、もしかしてシオンさんは本当の本当に六大英雄のティザ様なのかい?」

 

「信じられないだろうがマジだ」

 

「ちょっと省吾さんっ!?」

 

「くッ、もしかしてこれがその時なのですかロテク様ホルワイト様ッ!! こんな事なら事前に応援を呼ぶべきだったッ!!」

 

「応援呼んで何する気ですかっ!? こっちは悪い事は何もしてませんっ!!」

 

「は? 兄貴を騙してるだろ? ティザ様といえば同じく六大英雄の一人『勇者』ティムの死を受け入れきれず狂気と正気の狭間で長年旅してるって」

 

「んんんんんんっ!! ちょっと自分でも否定しきれないのが痛いですっ!!」

 

(ま、普通は転生してるなんて考えないだろうし。こんなもんだよな)

 

「もうっ、省吾さんも納得した顔してないでっ! 何か言い返してくださいよぉ……」

 

 ぶすっと省吾の右腕に縋りつくシオン、それを見た重児は兄の左腕を掴んで。

 

「そのまま引っ張り合ったら怒るからな」

 

「大丈夫ですっ、その時は省吾さんの腕が延びる前に重児さんを消し炭にします」

 

「安心してくれ兄貴、例え今は引いても必ず裁判で罪を明らかにしてみせる。顔の良い女は皆なにか企んでいるんだッ! そうに違いないッ!! 高校の時に付き合ってた樹理もッ、向こうで付き合ってたシェリスも! それから大学時代に同棲まで行った可憐も!! 皆、男をアクセサリーや財布としか思ってないんだ!! なんだよ本命と付き合う為の当て馬とか!! 貴方の匂いは好きだったけどやっぱり二番目とか!! おろろおおおおおおおおおおおおおんッ!!」

 

 酔いもあって号泣し始めた重児に、シオンは同情の視線。

 省吾といえば、慰めるように弟の肩を叩き。

 

「お前……女運悪いの治ってなかったんだな。魔法でなら治せるかもって留学して、成果なかったんだな…………」

 

「兄貴ッ!! 僕の理解者は兄貴だけだよッ!! 母さんは兄貴と比べて顔が良いんだからとっとと女捕まえて結婚しろとか言うしッ!!」

 

「うーん、俺には一ミリも無かった言葉だな」

 

「父さんは父さんで孫を催促してくるし!! 今日は兄貴が結婚してた? 飲まずにいられるか!!」

 

「親父……それも一回も聞いたことねぇなぁ……」

 

「お労しや省吾さん、重児さん……」

 

 兄弟格差に遠い目をする省吾、悲しみのあまりぐいぐい酒を飲み干す重児。

 

(省吾さんの怖面と違って、普通にイケメンなのに女運のない人なんですねぇ)

 

 結婚前は寂しい独り身だったので、思わず共感と同情を覚えたシオンであったが。

 ともあれ、己への重児の態度に納得も行く。

 彼女は見た目かなりの上質な美少女、しかも彼が警戒すべき異種族なのだ。

 

「これからは良い出会いがありますって、ね? 私もこうして省吾さんと出会った訳ですし」

 

「そう! それだよ兄貴! なんで結婚なんてしてんのさ! 何時! 結婚式に呼んでくれなかったのッ!?」

 

「安心しろ、一週間まえに泥酔した勢いで結婚したばかりだからな。家族の中で最初に知ったのはお前だ」

 

「そうか! 僕が最初!! …………――――え? 一週間前? 酔った勢い?」

 

 思わずぎょっとして目を丸くする重児は、思わず立ち上がり叫ぶ。

 

「なんでそんな事になってんのさッ!?」

 

「いやー、俺も予想外だったぜ。まさか泥酔したまま教え子を拾って、そのまま二人で飲み直した挙げ句に市役所に走り込んで結婚届だしちまうとかさ」

 

「予想出来る訳がないよッ!? というか普通にそれ翌日離婚案件じゃないのッ!? っていうか教え子って言った? 言ったよねッ!?」

 

「落ち着けよ重児、俺もまぁ悩んだけどさ。コイツとなら良いかなって。それに聖婚までしちまったし」

 

「はッ!? 異種族でもかなりの重度のヤンデレでもしない聖婚したのッ!? 取り返しのつかないってレベルじゃないッ!?」

 

「えへへっ、照れますねぇ……」

 

「照れる所かそこ?」

 

 暢気に笑いあう二人を、重児は信じられないと愕然と見つめ。

 そも兄は重児にとって最高の兄だが、万年童貞もやむなしの非モテ男。

 そして相手は曰く付きも曰く付き、死んで大樹に変わっても独身と噂されていた伝説のダークエルフだ。

 

(くッ、僕は騙されないぞ! 何か普通に良い感じの新婚夫婦に見えるけど僕だけは騙されないぞッ!!)

 

(なーんて思ってんだろうなぁコイツ)

 

(やっぱ省吾さん大好き人間の重児さんとしては、納得いきませんよねぇ……)

 

 省吾は苦笑して、シオンはキラリと瞳を輝かせて思案中。

 夫が産まれた時からストーカーしていた彼女である、勿論の事、弟である重児の事もある程度は調べており。

 

(しかし……初めて知りましたけど使えますねコレ。良い感じの女の子を重児さんに引き合わせれば『流石だよ義姉さん! 兄貴に相応しい女性は義姉さんしかいないッ!!』ってなるんじゃないですか?)

 

 となれば、早速動かなければならない。

 間千田高校に赴任するという事は、兄を慕う弟が夫の昼休みを独占しても不思議ではなく。

 

(くふっ、ぐふふふっ、そうっ! これは決して私利私欲ではありませんっ!! あくまで義弟を心配する兄嫁としてっ! 省吾さんのお嫁さんとしてっ! 他の子を巻き込んでラブラブ・ランチタイムと洒落込もうではありませんかっ!!)

 

 理論武装は完璧、弟のやけ酒を水で付き合う兄の姿を見ながら。

 夫に作る、初めてのお弁当メニューを考えるのであった。

 

 



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第13話 ランチタイム・ラブコメ

 

 

 高校に粛正騎士が赴任する、というのは特段異常事態ではない。

 異種族が日本の高校に通い始めて約三十年余り、当初は異種族を狙った犯行を阻止する為に、各県庁に最低五人が配置されていたが。

 次第にそれは、異種婚に伴うトラブル防止及び解決の為に、中学や高校へ割り振られていった経緯がある。

 

(そういや、去年は隣の高校に美人の女騎士が赴任したって噂になってたっけか)

 

 故に、弟・重児は顔の良さもあって(主に女生徒から)諸手を挙げて歓迎されたが。

 問題はそこではなく、昼休みである今この時。

 シオンによって、強引に職員室から連行されているという状況である。

 ――省吾は抵抗するのを諦めて、大人しく廊下を進み。

 

「シーオーンー? 説明しろ?」

 

「はい浅野センセっ!! 折角なので重児さんに我が校の生徒と馴染む機会を作ろうと思いましてっ! でも重児さん一人では緊張するでしょ? 故にっ!! 兄であるセンセも呼んでっ、クラスの代表である板垣さんと四人で今日はランチタイムですっ!! 教室に席を作っておきました!」

 

「ふむ、筋は通っているな。じゃあドコまで私利私欲だ?」

 

「こんな絶好の機会見逃せる筈がありませんっ!! 私はもっともっと省吾さんとイチャイチャしたいんですっ!! 具体的には手作りお弁当でラブラブなランチタイムとか!!」

 

「職員室でラーメンの出前頼んでくるわ」

 

「のわあああああああっ、待って待って省吾さんっ!! 偶には学校でもイチャイチャしましょうよぉ、ちゃんと名目は果たしますからぁ~~~~」

 

「ちッ、しゃーねぇなぁ……」

 

 本音はともあれ、シオンの言うことは至極まっとうだ。

 兄として、弟が学校に馴染む手助けもしたい事ではあるし。

 省吾はしぶしぶといった顔を作り、教室の扉を開くと。

 

「――――どうか、お名前を聞かせてくださいお嬢さん。僕は浅野重児、粛正騎士団の騎士で年は二七、年収は一千万円です」

 

「えぁっ!? あ、あのっ、その……て、手を離してくださぃ…………」

 

「………………おいシオン? 教室間違ってないか?」

 

「はぁぁぁぁぁぁぁぁっ!? どういうシチュなんですこれっ!?」

 

 思わず省吾は真顔、シオンも驚きに目を見開き二人して教室が間違っていないか確認する。

 そう、とにかく兄である彼にとってとんでもなく衝撃的な光景であった。

 女運の無さから女性不信の気がある重児が、省吾の教え子を口説いているなんて。

 

「悲しい事を仰らないでくださいレディ、僕には分かる、君は運命の人だ、君みたいな天使の様な女性に初めて出会ったんです。分かっていただけますか?」

 

「あ、あのっ、て、天使……ですから、ハーフですけど」

 

「なんとっ!? つまり貴女はご両親の愛の象徴な訳ですねっ!! 嗚呼、貴女もさぞ愛情深く心まで美しい女性なのでしょうね…………」

 

「あぅ……、そんな恥ずかしい事を言わないでください……照れてしまいます騎士様……」

 

「僕の事は重児と、貴女の名前は?」

 

「メリッサ・板垣……です」

 

「ではメリッサとお呼びしても良いかな運命の人よ」

 

「――――っ!? ~~~~~~っ!?!?!?」

 

 省吾が止める間も無く、重児はメリッサの手の甲にキスをして。

 彼女は顔を真っ赤に茹で蛸状態、クラスの女子達は黄色い声をあげて。

 

「ふむ、では解説をしよう。異種族と人間の間の子の種族的特徴はどちらかに偏るんだ。それ故に、両親の特徴を二つとも受け継いだハーフは一種の愛の象徴、吉兆として受け止められていて――――」

 

「ちょっと省吾さん? 目の前の光景が衝撃的なのは理解出来ますが現実逃避で授業始めないでくださいよっ!?」

 

「現実逃避させてくれッ!! なんで重児が板垣口説いてるんだよッ!! つーか年齢差考えろよッ!! 自分の職業忘れてるんじゃねぇよ重児ッ!!」

 

「あ、兄貴居たんだ」

 

「っ!! た、助けてください浅野先生!!」

 

「――っ!? 行かないでメリッサ! メリッサアアアアアアアアアア!!」

 

「はーいよしよし、メリッサは私の後ろに隠れててくださいねー。じゃあセンセ、確保したんで後ヨロです」

 

 省吾達の姿を見て、即座にシオンの後ろに隠れたメリッサ。

 重児は運命の天使に逃げられ膝から崩れ落ち、クラス中の視線が省吾に集まる。

 

(いやいやいやッ!? 俺もどう収拾付けたらいいか分からねぇってんだよッ!!)

 

 そもそも、出足から予想外なのだ。

 昨晩は酔いどれて、前後不覚になるまでこれまでの恋人達への不満をこぼしていた弟がだ。

 今まで顔の良さ故に、何もせずともモテモテだった羨ましい程のモテ男の弟がだ。

 

(…………そういや、コイツが自分から攻めに行くの初めて見たわ)

 

 それ程までに本気なのか、一目惚れしたとでも言うのだろうか。

 女運の悪さ故に無自覚に嗜好がねじ曲がり、女子高生趣味に目覚めたとでも言うのだろうか。

 

(けど、人間ってそんなに変わるもんか? 何か原因があるんじゃ――――うん? ゲッ! これはまさか……)

 

 慌てて弟とメリッサを繰り返し見て、何かを確認する省吾。

 その間で重児はノロノロと立ち上がり、決意を秘めた瞳で省吾を睨みつける。

 

「…………みっともない所を見せたね兄貴、申し訳ないが退いてくれないか? メリッサと話がしたいんだ」

 

「ったく……落ち着けよ重児。俺には今のお前が正気には見えない。そんな奴を大切な教え子に会わせる訳にはいかねぇな」

 

「ははっ、確かにそれは言えてるね。今の僕はたった一目見ただけで心を奪われた――愛の騎士っ!! でも安心して欲しい、僕だって紳士だ強引な事はしないよ」

 

「紳士は普通、十も年下の高校生を出会って即座に口説かないし。手の甲にキスとかキザったらしい事もしないぞ?」

 

「…………そうか、言っても無駄な様だね。ならば兄と言えど容赦はしないっ!! 力付くでも僕はメリッサと話す!!」

 

 腰の剣を抜いた重児に、教室内は緊張が走る。

 このまま流血沙汰になるのか、省吾の隣のシオンが無言で臨戦態勢に入った事も緊迫感を加速させて。

 だが省吾は極めて冷静に、推測した事実を話した。

 

「お前がそう言うなら、こっちとしても相応の対処をさせて貰う。――だがその前にな、気づいているか?」

 

「何をだい兄貴?」

 

「学校だからって油断してんじゃねぇよバカ野郎!! つーかメリッサもだテメェいきなり何してんだよッ!! アホかテメェらッ!!」

 

「はいっ!? メリッサもですかっ!? 説明プリーズ省吾さんっ!!」

 

「いやシオンは気付よ! もっとよくメリッサを見ろッ!! つかお前らも誰か気づいて止めろよ――――『キューピットの矢』が刺さってんじゃねえかッ!!」

 

 瞬間、全員の視線がメリッサに集まり。

 

「――――てへっ?」

 

「は? 何してるんですかメリッサっ!? さては一目惚れしたのは貴女の方ですねっ!? 速攻で確保にかかりましたねメリッサっ!? 流石天使! 私達の中でも肉食系と名高い種族だけありますよっ!?」

 

 途端、教室の空気はダレる。

 天使族の強引なやり方は有名であり、異種族間の恋愛トラブル発生率一番も天使族であるからだ。

 

「ぼ、僕のこの気持ちが……偽物だったとっ!?」

 

「いやまぁ『キューピッドの矢』は相思相愛か、運命レベルで相性の良い相手じゃないと効果が薄いがなぁ……、後でお説教と反省文だぞメリッサ」

 

「そんなっ!? どうかお慈悲を浅野先生!! わたしはただ運命の相手を見つけたので結ばれる過程をショートカットしようとしただけなんです!!」

 

「一番ショートカットしちゃいけない所をカットしようとしてんじゃねぇっ!! 停学や警察沙汰にしないだけマシと思えよ!! 初犯だから手加減してんだぞ!!」

 

「ううっ、シオンさん~~~~! どうにかなりませんか!?」

 

「天使族のアレは、天使族が見た目だけは高嶺の花なんで素直になれない恋人が続出して、それを何とかする為のものですからねぇ……、今回は使い方を間違ったって事で素直に叱られてください」

 

 ああ、なんという時代だろうか。

 恋人達の秩序を守るべき粛正騎士ですら、餌食になる異種族大婚活時代。

 ともあれ省吾としては、これで一件落着だと思ったのだが。

 

「――――まだだっ!! この気持ちが例え彼女に植え付けられた物だとしても!! 効果があったという事は僕こそが運命の相手だという事!! そこを退いてくれ兄貴!!」

 

「今日は帰ってクソして寝ろバカ野郎ッ!! 一晩おいてまだ言えるなら考えてやるよ!! つーか忘れんなよここは日本だ!! 教え子で未成年との恋愛を教師である俺が見逃せる筈がねぇだろうが!!」

 

「……親御さんには今日中に挨拶に行く、だから退いてくれ。今の僕は――――本気だ」

 

 再び剣を構える重児、難しい顔をして鎮圧しようとするシオン。

 ――その光景に、省吾は激しいデジャブを感じた。

 そう、あれは遙か昔。

 弟では無く妹、シオンもまだ今より幼くて。

 

(…………相手は確か、同じ村に住んでたショタ狼男だったか?)

 

 彼女もまた、重児と同じく男運が無く。

 挙げ句の果てに、狼男が運命の番を誘うフェロモンに負けて。

 

(嗚呼――――懐かしいな、あの頃の『僕』は付き合いたければ『僕』を倒せって立ちふさがったっけ)

 

 それで気絶させ、冷静さを取り戻させたのだ。

 ならば今回も、そうするべきだろう。

 ――己がティムなのか省吾なのか、分からない事も気づかずに重児を見据えて。

 

「『今の君は言っても聞かないようだね』」

 

「君? どうしたの兄貴?」

 

「――――省吾、さん?」

 

「『よろしい、ならば僕も力付くで君に対抗しよう』」

 

「んんんっ!? ちょっと兄貴? いきなり僕だなんてどうしたのさっ!?」

 

(まさかこれって、……省吾さんっ!?)

 

 状況を理解したシオンであったが、今の彼を無理矢理止めていいものか判断が付かず。

 重児としても、近くの机から一五センチ定規を剣の様に構える兄に困惑しか無く。

 

「『君が真に愛を誓う騎士だというなら、恐れずかかってくるが良い』」

 

「気でも狂ったのか兄貴っ!? 俺のはミスリルの剣だぞっ!? プラスチックのそんな短い定規で――っていうか兄貴こそ正気に戻ってどうぞっ!?」

 

「『来ないなら、――こちらから行くぞ』」

 

「え? マジ? 兄貴マジなのっ!? ああもうっ、たんこぶは覚悟してよっ!!」

 

 剣では無く鞘で、と省吾が踏み込むタイミングを予測して持ち変えようとする重児であったが。

 

(『遅い』)

 

 省吾/ティムは、彼の腕が一ミリも動かぬうちから見切る。

 時を超えて世界を救った天才剣士の技術と経験が復活し、省吾をティムへと変えていく。

 

(『こちらで産まれてから剣の鍛錬は怠っていたが、これぐらいが良いハンデというものさ』)

 

 見える、重児の動きは幼き頃の省吾が教えたものがベースとなっているが故に。

 

(『体の動かし方にはコツがあるんだ、そして僕はそれを体得した』)

 

 見える、騎士の剣などそうそう構造も使われている金属だって変わる筈がない。それがミスリルというなら何度も切ってきた。

 

(『金属を切るにはコツがあるんだ、初見だったら二撃必要だったけど。僕は運が良い』)

 

 見える、確信する、プラスチックの定規でミスリルという世界最硬度の金属がバラバラになる光景が――。

 引き延ばされた体感時間、それに着いていく者が一人。

 

(あの動きっ! やはりティムの天剣!?)

 

 セレンディアには魔剣という概念がある、それは魔法が付与された強力な剣という意味ではなく。

 ――必殺の技、熟練の剣士が長きに渡る人生戦いの末に編み出す再現不可能、防御不可能の妙技。

 

 ならば天剣とは?

 それこそはティムのみが扱える、動作の一つ一つが魔剣を上回る絶技。

 魔法も使わず、切れない物を、そして概念すらも斬り裂けるデタラメ。

 

「――あれっ!? いきなり兄貴が消えたぁっ!?」

 

「後ろっ! 後ろです重児さん!!」

 

「そんなバカな――――って、はいいいいいいいいいいいいいっ!? どうなってのこれっ!? 何したの兄貴っ!? つーかこれ直るのっ!?」

 

「『ははっ、久しぶりだったけど。僕も中々やるもんだね』」

 

 重児が振り返った瞬間、剣も鞘も、そして鎧も縦横無尽に切り裂かれ落下する。

 彼は気づかなかったが、省吾の手にしていた定規はさらさらと粉の様になって。

 ――天剣に、プラスチックという素材が耐えきれなかったのだ。

 

「凄いです省吾さん!! 流石は私の省吾さ――って、ええっ!? 何で倒れ――――」

 

「ぬおおおおおおおおおおおおおッ!! いきなり無茶したからスッゴい痛いッ!? なんだコレ痛すぎるぞッ!?」

 

「痛いとかそういう問題じゃないよ兄貴っ!? マジで何したのさっ!? 足が変な方向に曲がってるし、なんか全身の骨が折れてるっぽいけどなんで気絶しないで喋れてるのっ!? いつの間に人間止めてたのっ!?」

 

「そんな事より誰か治癒魔法くれぇ!! いや保健室だ保険の天竺(てんじく)先生の所まで連れてってくれ早くぅ!! 痛みで脱糞しそうなんだけどぉッ!?」

 

「あわわわわっ!? ピトニア来てください私と一緒に治癒魔法!! そして男子はカーテン使って即席タンカを作って運びますよ!! ああもうっ! どーしてこんなヘンテコな事態になってるんですかああああああああああああ!!」

 

「うーんダメだなこりゃ、意識落ちるわ――――」

 

 省吾が意識を喪ったのを見て、慌てて救命作業に入る生徒達。

 彼としては、熟練の技で体内を選んで壊して無茶したので致命傷ではないという認識故に平気で会話していたのだが。

 そんな事に気づける筈がなく、誰も彼もが大慌てで行動し。

 

「――――クハハハッ、これで大丈夫であろう!!……しかし見事なモノだな、一見重傷に見えるが低レベルの治癒魔法で治せる壊し方をしているとは。…………はて? 盟友ショーゴにそんな芸当が出来たか?」

 

「あ、そこまで分かるんですね天竺先生」

 

「フハハハッ、あちら出身の狼男であるがショーゴとは幼馴染みにして親友! いや盟友と言っても過言ではない!! さぁ――後はこの誇り高き余! 天竺蒼依(※彼女募集中!)に任せて授業に戻るのだシオン様――いえシオンさん」

 

「はい、ウチの省吾さんをよろしくお願いしますっ」

 

 保険室に運び込まれた省吾は、保険医・天竺によって即座に完治。

 後は目覚めるのを待つだけ、とシオンは退出し。

 

「久しぶりの再会がこれか盟友……、ったく余の前でそんな無防備に眠るとはな」

 

 ねっとりと視線を省吾に向け、天竺はべたべたと彼の手を触り始める。

 

「カハッ、ハハハハハッ、渡さんぞ貴様は――盟友、お前はオレのモノだ」

 

 ベッドで眠る彼に、間千田校の残念美形男と言われる天竺は。

 湿度の高い視線を向け、艶めかしく己の唇を舐めたのだった。

 

 



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第14話 ねっとりた男

 

 

 気が付けば、草原に佇んでいた。

 酷く郷愁を覚える場所、見覚えのある光景。

 遠くには小さな村が見え、街道沿いには長閑な田園風景が広がっている。

 

「――――夢か」

 

『そうさ、夢だよ省吾』

 

「ったく、夢ならもっと普通に見させてくれよ。そうは思わないか? ……ティム・ヴァージル」

 

『その意見には同意するけどね、でも自業自得って面もあると思わないかい?』

 

 背後からの声に、省吾は動揺一つ見せずに振り返った。

 そこには、背の高いイケメンの好青年。

 前世の省吾である、ティムが居て。

 

「ったくよぉ、こーなるから前世の記憶には頼らなかったってーのに」

 

『ああ、久しぶりだね。君がヨウチエンの頃……以来かい? こうして話すのは』

 

「だな、二度と会いたくなかったぜ」

 

『こうして対面するという事は、僕と君が混ざり合っていくという事だからね』

 

 そう、これこそが省吾が前世の記憶を誰にも話さず、必要最低限に絞って使ってきた理由であったのだ。

 理屈は分からない、だが前世に頼る度に己が変質するというのは無性に恐ろしく感じて。

 

『残滓でしかない僕が、そして君の想像により構築された虚像でしかない僕が言うのも何だけどね、一つ良いかい?』

 

「ああ、何でも言えよもう一人の俺」

 

『…………何で手を出さないんだい? ティーサは君の理想通りに成長した存在じゃないか? あの褐色巨乳を揉みしだきたくないのか? 本当に来世の僕かい? ――ああ、僕は剣の道にも性欲にも正直だった筈だ!!』

 

「出せるかバカ野郎ッ!? 今の俺とアイツは教師と教え子でッ、しかも俺の好みとは外れてるんだぞッ!!」

 

 怒鳴る省吾に、ティムはヘラヘラと笑って。

 

『ははっ、嘘はいけないな省吾。薄幸の巨乳人妻風美女? それは僕の初恋である教会のシスターの姿じゃないか』

 

「は? 妹に思えるぐらい青い果実な子に手を出しちゃいけない、どうにかして育つまで待つか成長させる方法を見つけるんだ、それこそが第二の人生の目標とか考えてた奴が何を言うッ!!」

 

『でも同じ事をしたよね君? うん、やっぱり僕らは同一人物だって。否定しても無駄さ、君から産まれたとも言える今の僕が言うんだから間違いないよ』

 

「本音は?」

 

 すると、ティムは真剣な顔で手をワキワキさせて告げた。

 

『あの手の情の重すぎる女は早めに押し倒して主導権握っておかないと暴走する、僕らがティーサの愛で死なない為にも。あの巨乳を揉んでおくべきだ、そうさこれは決して巨乳が好きだから言っているんじゃない!!』

 

「黙れこの剣の腕以外は性欲まみれのクソ男!! だからお前と話したくないし、人格を混じらせたくないんだッ!!」

 

『混じるっていうか、むしろ本来の姿に戻ってると思うよ? ――本当の姿を見るのが怖い、そうだろうもう一人の僕』

 

「ああもうッ、そうやって本音が帰ってくるから嫌なんだよチクショウ!!」

 

 思わず地団駄を踏む省吾、それが切っ掛けになったのか定かではないが。

 途端、周囲の光景がボヤけてきて。

 

『今回は案外と早かったね、もう終わりか』

 

「はっ、もう二度と会わない事を祈るぜ」

 

『つれないな君は、――さ、現実に戻ると良い。瞳を開けばそこに、愛しい人が待っているのだから』

 

「良い感じに雰囲気作っても無駄だからな? この巨乳好きめッ!!」

 

 そして目を覚ますと、そこには。

 

「やぁ、お目覚めかな盟友よッ! そうだよ余だ、おはようと言うのは貴様の親友である天竺蒼依であるッ!!」

 

「添い寝してんじゃねぇーよバカ野郎!! 目覚めた瞬間、男の顔がドアップな気持ちを考えろ阿呆テンジ!!」

 

「クククッ、これはこれは酷い言い草であるな盟友……、この裏切り者がッ!! 童貞を捨てる時は一緒だと誓ったあの約束は嘘か? 嘘なんだなッ!! 余に報告なく教え子と結婚とか羨まけしからんけど、相手がシオン様だから罰ゲームじゃねって思ったけどッ、とにかく汚してやるッ、貴様の体は盟友である余のモノだッ!!」

 

「うおおおおおおッ、ねっとりした手つきで俺に触るんじゃねぇテンジ!!」

 

 前世の自分と来て、次は親友である天竺蒼依――もといテンジ。

 幼馴染み(男)とのBL的状況に、省吾としても抵抗するしかない。

 そもそも、自分は何故に襲われているのだろうか。

 

「つーかテンジ!! 俺だって言いたい事が山積みなんだよッ!! テメェのセッティングした合コン、なんでマジモンの人妻しか来てなかったんだよ!! しかも全員からフられるしテメェはお持ち帰りしてるしさぁ!! アレが無けりゃ俺はうっかり結婚してねぇんだよッ!!」

 

「は? 盟友こそどこを見てたんだ!! アレはお持ち帰り『された』んだ!! 余の好みは合法ロリババァ妖狐だと何度も言ってるだろうがッ!! あの後の惨劇で余がどんなにピンチになったか――待て、うっかり結婚だと?」

 

「…………惨劇? お前何があったんだ?」

 

 お互いの言葉に引っかかり、二人はつかみ合った手を離してベッドの上で正座。

 これは、話し合う必要がありそうだ。

 いっせーのせっ、と省吾とテンジは言い合って。

 

「泥酔、シオンを拾って結婚と聖婚」

 

「エリーダに見つかる、襲われる、拉致監禁結婚秒読み」

 

「…………エリーダ先生に見つかったのかお前? つーかまだ婚約破棄出来てないのか? その状態で合コン企画してたのか?」

 

「盟友こそ、やらかしの度合いが酷いのではないか? シオンさんは六大英雄の一人だぞ? 死ぬまで拗らせ処女ババァだぞ?」

 

 思わずマジマジとお互いの顔を見つめ合う、然もあらん。

 アチラ出身のテンジからしてみれば、そんな展開でのビッグネームとの結婚など意味不明。

 そして、エリーダというヤンデレ婚約者が居ることを知っている省吾からしてみれば、テンジの行いは自業自得。

 

「バカだろお前?」

 

「アホじゃないのか盟友?」

 

「…………」

 

「…………」

 

「お前が合コンを企画しなければッ!!」

 

「盟友がエリーダを口説くのに失敗しなければッ!!」

 

 そして始まる口喧嘩、二人はペシペシとお互いのおでこを叩きあう。

 

「はぁ? アレはお前もダメ元の作戦だったじゃねぇか! しかも、全生徒に俺が口説いてフラれたって噂になってるじゃねぇかよ!!」

 

「だから余は主義も曲げてでも盟友とBL的関係になって婚約破棄を目指してるんだよ!! それにシオン様との結婚が嫌なら盟友にもメリットがあるではないか!!」

 

「あるかバカ野郎!! 例えメリットがあっても男と肉体関係なんか持つか!! それに嫌じゃないですぅ~~、戸惑っただけでむしろ望む所ですぅ~~、いや永遠に若い褐色巨乳美少女とか男のロマンじゃん? 俺、勝ち組じゃん?」

 

「だと思ったわ盟友ゥ!! だから貴様は裏切りもんなんだ!! 余はエリーダにストーカーされて迷惑してるのに一人で幸せになりやがって!!」

 

「は? あっちの世界で貴族令嬢で、薄幸巨乳人妻風美女のエリーダさんにストーカーされて迷惑とか、頭おかしいんじゃねぇのテンジ?」

 

「合法ロリババァ妖狐!!」

 

「薄幸巨乳人妻風美女!!」

 

 睨みあう省吾とテンジ、そして。

 

「我ら生まれた世界は違えどもッ!!」

 

「目指す性癖も違えどもッ!!」

 

「共に童貞を卒業しようと誓った身!!」

 

「「――――盟友よッ!! 天然モノと贅沢は言わない、共に風俗に行こうではないかッ!!」」

 

 くっそくだらない友情を再確認する、――そう、二人は同士。

 幾たびの風俗デビューを阻止され、なお目指そうと足掻いていた仲間。

 合コンをしては、お互いに失敗。

 そうだ、二人は親友なのだ。

 

「はっはっはっ、しゃーねぇなッ! 今度は俺が妖狐の子が在籍してる風俗店探すからよ。一緒に行こうぜ!」

 

「おお盟友よ! 信じていたぞ! でもまぁ、こんな状況だせめて本番なしのおっぱぶにしておくべきではないか?」

 

「それは名案だ、――そうだな、他の奴らも誘って、そう、俺達は誘われたから仕方なく。…………そうだな?」

 

「勿論だとも盟友、余達は誘われたから仕方なく、男社会には付き合いも必要であるからして」

 

 はっはっはっ、と肩と組んで笑いあうダメ教師二人。

 彼らは気づかなかった、背後に迫る陰を。

 忍び寄る――二つの陰を。

 

「ふぅ~~ん、へぇ~~、誘われたら仕方ないんですかぁ~~、省吾さんは妻帯者だっていうのに、断らないんですかぁ…………――――そんな言い訳、通ると思ってます? 嗚呼、誘ってるんですね? 私から襲われるのを誘ってるんですよねっ? 嗚呼、いじらしい人ですねぇ省吾さんはっ」

 

「随分とオイタが過ぎるワンちゃんですわね、ええ、そこが魅力なのですけれど。――私という婚約者がありながら、火遊びが過ぎると思いませんか?」

 

「…………(俺、振り向きたくないんだが?)」

 

「…………(奇遇だな盟友よ、同意見だ)」

 

 見なくても分かる、怒気が伝わってくる。

 彼女たちの目は座っていて、二人を逃がさず人生の墓場へ一直線だ。

 

「返事してくださいよぉ省吾さぁ~~ん?」

 

「観念してこちらを向きなさい蒼依、私たちの結婚は家同士で決めた事。そして未来永劫、貴男は私だけの男なのです」

 

「…………(なぁ、エリーダさんって人間なのに重くない?)」

 

「…………(シオン様こそ、噂以上に拗らせてないか? どうやってそこまで惚れさせたのだ盟友?)」

 

「黙ってたら分かりませんよ省吾さんっ! さぁさぁ、私の胸の中で釈明してくださいっ! 嘘をついたらペナルティですよぉ」

 

「結婚届は用意してあるわ、この意味を理解していて?」

 

「…………(ここは戦略的撤退だ)」

 

「…………(二手に分かれて逃げる、そうだな盟友よ)」

 

 頷きあって、二人は立ち上がる。

 次の瞬間――――。

 

「許せテンジ!!」

 

「ぐわぁッ!? 謀ったな盟友!! くそ読めてたけど反応出来なかった腕を上げたなァ!!」

 

「って、分かってたら私から逃げられる訳ないじゃないですか」

 

「グッジョブですわ浅野先生、――ではシオン様、後は」

 

「ええ、そちらもご存分に」

 

「ぬおおおおおお、肩を掴まれてるだけなのに逃げられねぇえええええええええッ!!」

 

「頼むッ! 話せば分かりあえる筈だエリーダッ!! 余とそなたはラブラブな婚約者であろう? な? な? ヘルプミィいいいいいいいいい!!」

 

 省吾はテンジを犠牲に逃亡を謀るも失敗、テンジも哀れ捕まってしまって。

 そしてエリーダは、テンジを隣のベッドに投げてカーテンの仕切りで個室を作り上げる。

 それは省吾はシオンと二人きりになった、という事で。

 

「少年マンガで鍛えた紳士力ううううううううう!!」

 

「唸れ余の少女マンガで鍛えたイケメンモードおおおおおおおおおおおおおおお!!」

 

 結論から言おう、二人は童貞だけは守りきったのであった。

 ――その日の夜である。

 借りているマンションに帰ったシオンは、拳を握りしめて。

 

「…………引っ越しをしましょう、そうです引っ越しするんです省吾さんの隣の部屋に!! このままではいけません!!」

 

 省吾とシオン、二人の関係に新たな波が訪れようとしていた。

 

 




(ストックが尽きたのじゃ……、頑張るけど更新なかったらゴメンね)


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第15話 本物?

 

 

 シオンは省吾の隣の部屋へ、引っ越そうと企んでいた。

 実の所、その動きを省吾は察知していたのだが。

 一つ、疑問を持ってしまった事があって。

 

(…………成長してるとはいえ、うーん、やっぱ直接聞いてみた方が良いのか?)

 

 視線の先は台所、セーラー服姿でふりふりエプロンの若妻スタイルなシオン。

 鼻歌に併せて揺れる銀髪、褐色首筋は艶めかしく、細い腰やスカートの上から分かる魅力的な臀部。

 男として、最上級の光景ではあるが。

 

(聞いたらコレ絶対怒るだろ、いや泣くか? いやでもなぁ)

 

 強いて言うなら、違い過ぎるのだ。

 違うこと事態に問題は無い、仮に省吾の根拠のない想像通りだったとしても彼女を妻として人生を送るのに否という答えは絶対に無いのだが。

 

「…………なぁシオン、一つだけ聞いて良いか?」

 

「はい? 大事な話ですか?」

 

「いや軽い確認だから、そのままでいい。…………んでだな…………その、お前って本物か?」

 

「………………はい? 本物?」

 

 ぴたっと食器を洗う手が止まった、シオンとしては引っ越し計画がバレているかどうか少し緊張気味であったのだが。

 この質問は想定外であり、また意図も読みとれない。

 ひとまず作業を中断し、シオンは振り向いて。

 

 ――何故だろうか、エプロンで濡れた褐色の手を拭う姿が妙に股間に来るのは。

 省吾が微妙に視線を外したのを、怪訝に思いながらシオンは彼に近づいて座る。

 

「いったい突然なんです? 変なモノでも食べました? ダメですよ省吾さん、美味しそうなら落ちてるもの食べる癖」

 

「誰が落ちてる物まで食うかッ!!」

 

「いやでも、昔は良くありましたよね? ほら全力で戦った後とか集中力が切れて頭バカになってましたし」

 

「それティムの時ィ!! あんな剣バカと一緒にすんじゃねぇ!!」

 

「あれ? 気づいてません? 幼稚園の頃から考え事しながら歩いている時の省吾さんって、小学生みたいに花の蜜とか吸ったり、木イチゴとか食べてますよね?」

 

「マジでッ!? え? ええっ!? ちょっと待て、待てよ!? 俺ってそんな事してたのッ!?」

 

 衝撃の真実である、自分でも把握していない癖を知られている恐ろしさ。

 そして、その頃からティムの影響が出ていたのかと戦慄するが。

 シオンとしては、今更の事実。

 

「そんな事よりっ、さっきの本物って何です? 何が本物なんです?」

 

「そんな事よりって……あー、まぁ良いや。次見かけたら止めてくれ」

 

「はいはい、それで本物って?」

 

 首を傾げるシオン、さらりと流れる銀髪とふわり香る匂い。

 どうして彼女は、こんなにも一々可愛い仕草が似合うのだろうか。

 ともあれ。

 

「いやな? 誤解しない様に言っておくとだな、お前が嫁である事に今更どうこう言わないし幸せだと思ってる」

 

「っ!? えっ、ええっ!? 本当ですかっ!! いやったあああああ!! 何か知らないけれど省吾さんがデレたっ!? でもちょっと正直過ぎて気味悪いですっ!!」

 

「おい?」

 

「あ、どうぞどうぞ続けて続けて」

 

「いやな、ティムの記憶にあるお前ってもっと蛮族してたじゃん? 戦士っていうかさ、今と違ってどんな時も常に剣を手放さなかったしむしろ魔法とか使ってなかったし」

 

「懐かしいですねぇ…………――――ん? もしかして省吾さん、私が本物ではなく偽物ではないかって思ってたんですかっ!?」

 

「思ってたというか、最近ふと疑問に思ったというか」

 

「酷いっ!? いやマジで本当に酷くないですかっ!? どっからどう見ても私は私じゃないですかっ!!」

 

「いやでもな、一人称だって違っただろ」

 

「可愛らしいのに色気が無い一人称だって言ったのティムじゃないですかっ!!」

 

「魔法だって使ってなかったし」

 

「あの頃は貴男の剣の腕に惚れ込んでいたんですよ!! それに私より魔法が得意な奴が二人も居たじゃないですか!! ええ、ええ、そーですよ私なんて六大英雄って言っても単に長生きしただけの弱虫ですよ、出来ることと言ったら? 器用さを生かして罠を仕掛けたりダンジョンの地図作ったり宝箱の罠を解除したり、薬を作ったりお金の管理したりって裏方ですよどーせ! ティムに剣を習っても邪神に手傷を負わせるぐらいにしか成長しませんでしたし!!」

 

「…………いやそれ十分じゃね? つーかティムがお前を庇ったのも大事な仲間で大事な裏方だったからだぞ?」

 

「慰めなんて要りませんっ!!」

 

「慰めじゃなくて、地方で隠居する時にお前を連れて行く算段だったのもお前を評価していたからだぞ?」

 

「ちなみに好感度は?」

 

「頼りになる妹分、気が向けば抱くかとかそんなん」

 

「嬉しいけどそれ都合のいい女扱いじゃないですか!?」

 

「うーん、否定できないぜ」

 

「んもおおおおおおおおおおおおおっ!!」

 

 ぺしぺしと省吾を叩くシオンに、彼としては苦笑するしかない。

 

「まぁそう落ち込むな、知ってるか? 邪神討伐後のお前の処遇を巡って、ティム達はさんざん喧嘩してたんだぜ? 最終的にティムが勝ったし、アイツらもティム以外に着いていかないだろうなとは言ってたが」

 

「…………それでアイツら、旅してた私をしょっちゅう呼び出して厄介事頼んできたんですね。ぐぎぎぎっ、人を便利屋扱いしてっ!!」

 

「どっちかと言えばそれ、お前の顔を見たかっただけじゃ――あッ、はい、黙ります」

 

 省吾は知る由もないし、シオンとしても気づかなかったが。

 ティムの死後、豹変した様に女の子らしくなり。

 今にも死にそうな顔をして、方々を旅していた彼女を残された四人は純粋に心配していただけなのだが。

 

「…………ぶぅ、もう良いです。それでどうして私が偽物だなんて? 言葉遣いや体の成長だけで判断した訳じゃないですよね?」

 

 じとっと問いかける妻に、夫はまるで浮気がバレた者の様な顔で答えた。

 

「…………今のお前はさ、邪神を一人でも倒せそうなぐらい魔法が得意になってただろ?」

 

「そりゃあ、剣の道は限界でしたし……他に磨くものといったら魔法ぐらいでしたし?」

 

「ティムが死ぬ前のお前しか知らない俺にとって、限りなく本人の疑惑がある別人に見えてな?」

 

「それで?」

 

「いくらダークエルフの始祖の血を引くお前でも、ざっくり千五百年生きてる訳だろ? …………一般的なエルフ種からしてみても、シワシワなお婆ちゃんでも不思議じゃない年齢じゃん? ………………本物? 俺が気づいてないだけで実はシワシワ? まぁもう結婚しちまったし、それで変える何かは無いけどさぁ。最悪の場合、お前の記憶を魔法的なアレで引き継いだ魔法的クローンなアレかなぁ、と?」

 

「………………あー、そういう事でしたか」

 

 恐る恐る問いかけた省吾に、シオンは納得した。

 ある意味もっともな疑問である、ダークエルフ始祖直系の血を引く彼女は、つまりダークエルフの始祖と同じくかなり長生きではあるが。

 

「まぁ、ライトエルフの始祖はあの時の、第二次邪神戦争の時代には死んで世界樹という大木になってましたし、ダークエルフの始祖も巨大な山脈になってましたもんねぇ…………」

 

「反応的にお前は本物だと断定するが、……何でこんな長生きしてるんだ? 後どれだけ俺と一緒に生きられる? …………正直に言ってくれ、聖婚をして魂で繋がってしまったんだ。今更お前と寿命を共にして一緒に死ぬ事については嫌とか言わない、けどな…………、どれだけ、俺と一緒に生きられる?」

 

 真剣に見つめる省吾に、シオンはぽかんと口を大きく開いた。

 かなり、これはかなりの予想外であったからだ。

 

「もしかして…………心配してくれているんですか?」

 

「当たり前だッ、お前は長い間かけて俺を探してッ、それでようやく夫婦として一緒になってッ、それで直ぐにお終いなんて悲しすぎるだろうが!! 一緒の墓に入ってやる、でもなぁ…………もうダメなら言ってくれ、お前に無理させたくないんだ。隣に引っ越そうとしているのは知ってる、強引な手で来るぐらい…………限界なのか?」

 

「あっ、なるほどっ!?」

 

 瞬間、シオンは省吾から目を反らし冷や汗をかきはじめた。

 不味い、これはとても不味い。

 完全に裏目に出ている、彼の本物か発言はつまる所100%彼女への思いやり、心配から来る言葉であり。

 

(ううっ、なんて言えば良いんですかっ!! というか知っておいてくださいよこんな基本的な――――ああいえ待って、もしかしれアレは常識ではない? 他の種族も似たようなモノだと教わりましたけど、…………もしかして人間には伝わって無い?)

 

(目を反らして黙った…………、まさか本当なのか? もう……シオンの寿命は……長生きし過ぎて……っ!! 嗚呼、俺はなんてバカだったんだ!! 世間体とか教師だからって考えずに俺はッ、俺は――――)

 

(ヤベっ、省吾さんが何か思い詰めた目をしてますよっ!? これ絶対勘違いしてる目ですっ!! は、早く誤解を説かないと!!)

 

 シオンは慌てて省吾の右手を掴むと、己の豊かな胸に押し当てて。

 

「大丈夫ですっ! 本当の本当に大丈夫ですから!! ほらっ、心臓だってちゃんと動いているし暖かいでしょっ! 魔法で姿を誤魔化してもいません!!」

 

「い、いやでも……」

 

「勘違いです!! 気持ちは嬉しいですけど省吾さんの勘違いなんですって!! ダークエルフに限った事じゃありませんし人間以外の異種族には特殊ルールがあるんですっ!!」

 

「…………特殊ルール?」

 

「んんんんんっ! 伝わらないっ!! いやそりゃそうですけど!! ちょっと不名誉な事なんで伝わらない方が嬉しいですけどもっ!!」

 

 うぎゃーんと叫ぶシオンに、省吾も流石に誤解だと理解する。

 しかし、では何故に彼女は若さと寿命を保っているのだろうか?

 

「ああ、もおっ! 良いですか省吾さん! 人間には伝わっていない様ですが、ある意味で人間とは一番違う種族差なんですが!」

 

「お、おう」

 

「我々異種族はですね、恋をすると成就するか諦めるまで寿命は止まりますし。性格や体型が恋した相手の好みに変化して行くんですよ!!」

 

「…………え、なにそれこわい」

 

「何で怖いんですかっ!? こっちとしてはそのお陰で死んだ相手を諦めずに千年片思いって変人というか狂人扱いされてきたっていうのにっ!!」

 

「………………何というか…………すま――うん? までシオン、なんでティムの死後から変化してるんだ?」

 

「そこまで言わせますかこの鬼畜っ!! ええそうですよっ、貴男が私を庇って大怪我を負った事が原因で死んでしまうまでっ、私は恋を自覚せずに淡い憧れだったんですよ!! そうです私は相手が死ぬまで愛に気づかなかった大バカなんですよ!! はいっ、この話題これでお終い!! 食器洗いに戻ります!! それから一つ言っておきますけどっ、これから先は省吾さんに合わせて成長するので、いずれあの薄幸な巨乳人妻さんみたいな姿になりますというか、それでたぶん固定されますからねっ!!」

 

 早口でまくしたてると、真っ赤な顔でぷるぷる震えながらシオンは立ち上がり台所に戻っていく。

 省吾としては一安心すると共に、奇妙な嬉しさを感じてしまって。

 

(つーか何か? アイツはマジでずっと俺の事が好きで、寿命なんて取り越し苦労で? もちっと成長して俺好みの姿になって…………え? 俺はどんだけ幸せ者なんだ?)

 

 思わず、彼女の後ろ姿を見つめる。

 食器を洗う中、耳どころか首筋まで真っ赤に染まった褐色肌。

 

「……………………なぁシオン」

 

「なんです」

 

「そう不満そうに返すな、そういやテメェ隣に引っ越そうとしてただろ。この際だからもうこの部屋に直接住め、大家には俺から言っておくから。次の休みにでもお前用の布団を買いに行くぞ」

 

「………………………………え? はい? 省吾さん? 今なんと……?」

 

「………………お前は俺の妻なんだろ、面倒臭いからもう一緒に住め。それからな、もう手加減しねぇから」

 

「…………うええええええええええっ!? わ、私どっから驚けば良いんですかああああああああああ!?」

 

「うっさい近所迷惑だから黙って食器洗え、んでもって今日は取り敢えず一緒の布団で寝るぞ。言っておくが今日の所は何もしないからな」

 

 ぶっきらぼうに出された言葉に、シオンの脳味噌は喜びで染まって。

 言葉にならない奇声を上げて、彼女は省吾に飛びついてその胸板へ一時間ぐらい顔をスリスリしていたのだった。

 

 




お待たせしました。
今年の梅雨にもぼちぼち慣れてきたので、まったり投稿再開します


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第16話 新婚生活ならば?

 

 

 押し掛け妻が、居座り妻になった。

 もっとも、夫婦なので世間的にスタンダートな形式に戻ったというべきだが。

 ともあれ、今まで起きれば彼女の姿があり。

 変わった所といえば、寝るときには隣に温もりがある事。

 

「――――な、どう思うよテンジ」

 

「は? 昼休みに保健室に押し掛けて惚気か盟友? ころちゅ? これ見よがしに愛妻弁当もって食べやがって? 戦争か? 受けて立つぞ?」

 

「いやテメェもエリーダ先生の愛妻弁当食ってるじゃねぇか」

 

「まだ結婚してませーん、余は合法ロリババァ妖狐と結婚するんですぅ、これは仕方なく受け取っただけですぅ…………――――ううっ、チクショウなんて旨い弁当なんだっ!!」

 

「堪能してんじゃねーか…………」

 

 シオンと完全に一緒に暮らして数日、省吾は思うところがあり。

 昼休みを利用して、テンジに相談しに来ていたのだ。

 

「もぐもぐ、あ、この出汁巻き卵絶品……、エリーダ恐るべし!! ――ところで盟友、そなたさっき恋愛時の変化を知らなかったと言ったな」

 

「ああ、セレンディアの事ならお前より詳しいと思ってたが……まだまだだったみたいだな」

 

「安心しろ知らなくて当然だ、何しろそういう特殊な変化をするのは始祖の直系血筋かハーフだけだぞ今は。種族にとってはお伽噺か、王家禁断の秘密とかそんなんだ。――余り口外しない方が良い」

 

「つーても、シオンが死んだ相手に千年以上諦めてない女っていう評判はマジなんだろ? 今更じゃないのか?」

 

「それはまぁ、公然の秘密ってやつだな盟友。暗黙の了解に言い換えても良い。だが今は言うな、――これは心からの忠告だ」

 

 口元にご飯粒をつけながら真剣に言うテンジに、省吾としても首を傾げるばかり。

 なお、彼の口元にもご飯粒がついている。

 

「どういう事だ? こっちの学会でプチ評判になりそうな発見じゃないか?」

 

「良く考えろ盟友、――貴様には今、アッチの世界でとある疑惑がかけられている」

 

「とある疑惑?」

 

「そうだ、盟友よお前が…………『ティム・ヴァージル』の生まれ変わりではないか、という疑惑だ」

 

「ッ!?」

 

 さらりと出された言葉に、省吾は思わず言葉を失った。

 親友のそんな姿に、テンジとしても思うところがあり。

 

「え゛? その反応マジなの盟友っ!? ちょっ、それこそ学会どころか世界が揺れかねない発見なんだがっ!?」

 

「はッ!? テメェもしかしてカマかけたのかッ!?」

 

「違うわいっ! 余よしては無用な誤解を招きかねないギリギリそうな行動は止めようとしてだだけだッ!! 自爆したのはソッチィ!! あんな愚につかないゴシップがマジとか思わねぇよ!!」

 

「~~~~~~~~ッ、後生だテンジ、頼むから秘密にしておいてくれ」

 

「盟友を売るよな真似はしない、けど覚悟しておけよ? 遅くとも十年後ぐらいは疑惑止まりだろうが……」

 

「どうして遅くとも十年なんだ?」

 

「ああ、完全には知らないのか。あの変化は恋が成就する前と後の二回変化するからな。そして盟友の好みの人妻風になるまでは今の姿から十年後ぐらいだろう? 変化しないままであれば、長年の片思いに疲れて気まぐれに結婚したでスルーされる事案だが……」

 

 省吾が本当にティム・ヴァージルの生まれ変わりであった場合。

 シオンの変化は回避不可能であり、疑惑が確信に変わるという事だろう。

 

「な、なぁテンジ? その恋の変化は他の相手に心変わりした場合は…………」

 

「気持ちは理解するが盟友よ、異種族の女は基本的に運命の相手としか恋も結婚もしない。――――これは太古の昔から受け継がれてきた不文律だ、この意味は分かるな?」

 

「………………はぁ、俺とティムは魂が同じで記憶を引き継いだだけの別人なんだがなぁ」

 

「先日の様に無茶な動きをして骨折した奴が言う台詞じゃねぇぞ盟友?」

 

「うっさいッ、あの時はうっかりティムと俺の区別が付かなくなってやらかしただけだッ!!」

 

「つまり、この先もあると」

 

「ぎぎぎぎぎッ、言い返せねぇ…………!!」

 

 頭を抱える省吾に、テンジは苦笑をひとつ食事を再会する。

 彼の口から、そうであると語られた事で長年の疑問が判明したというものだ。

 

(出会った時の余は日本語を喋れなかったのに、そして盟友はセレンディアの民を交流があった訳でもないのに)

 

 幼子だった彼は流暢にセレンディア語を話し、――もっとも、古くさい言葉使いで奇妙に思えたが。

 彼の種族の事を理解して、――今思えば不自然な程に自然な対応で。

 

(すまんな省吾、余は今少し……嬉しいのだ)

 

 セレンディアの民の一人として、生ける伝説『恋狂いのティザ』の事は世界的な心配事のひとつであったのだ。

 死んだ者を思い、永遠に叶わぬ想いを抱えながらさすらうダークエルフ。

 彼女の世話にならなかった種族はおらず、そして今なお爪痕が残る第二次邪神戦争の英雄なのだ。

 

(シオン様は、やっと本当の幸せを掴んだのだな)

 

 思い悩む親友には悪いが、これが奇貨であり慶事。

 たとえ生まれ変わりが確定した所で、二つの世界を巻き込んだ大きな祭になりこそすれ。

 決して、悪事を企む者は現れない。

 

(最悪の場合、省吾はダークエルフの聖地でシオン様にイチャラブ監禁だろうだからなぁ……)

 

 その時は、エリーダと共にアチラの世界に帰るかと将来設計をしかけたテンジであったが。

 そういえば、と思い出す。

 

「話が反れに反れたが盟友よ、シオン様との新婚生活に悩みがあるのではなかったのか?」

 

「あ、そうだった!! そうなんだよテンジ……いやお前に相談してどうにかなる事じゃねぇんだけどさぁ、ちょっと勇気が欲しくてな」

 

「というと?」

 

「そろそろシオンを抱こうかと思うんだが、――――ぶっちゃけテンジ、お前エリーダ先生とヤった?」

 

 交わる視線、テンジは澄み切った瞳で扉を指さし。

 

「………………お帰りはアッチだぞ盟友、ここは聖なる童貞だけの場所だ」

 

「まぁまぁそう言うなよ、ほら俺達って教師と生徒だろ? でも夫婦じゃん? 卒業まで手を出さねぇとは前に言ったんだけどさぁ、やっぱ目の前にご馳走あるなら食べたいじゃねぇか」

 

「清々しい程に性欲だな親友っ!? もうちょっと愛が溢れてとかロマンチックな事は言えねぇのか! 六大英雄の生まれ変わりかそれでもっ!?」

 

「ティムもこんなもん、というかアイツ結構遊んでたぞ? 剣の腕以外はアレだぞ? つーか邪神も腕試しに挑んでた節すらあるし」

 

「歴史の真実ゥ!? 知りたくなかったそんな事!! 理想の英雄像をもっと大切にしろ盟友!! でもちょっと気になる自分が憎い!! 今度酒でも飲みながら聞かせてくれ!!」

 

「お前って結構ミーハーな所あるよな」

 

 テンジの箸が止まる一方、食事を再会する省吾。

 やはりというかなんというか、ここは己が決意するしかないのだろう。

 うんうん、と納得のそぶりを見せる親友に、テンジは呆れたように。

 

「念のために言っておくが、シオン様は千年以上片思いを拗らせたお方だぞ。いくら相手が盟友でも同意と手順を踏んでくれ」

 

「………………そうか、勢いで適当に押し倒せばイケると思ってたが。そりゃアイツにも言っておいた方が良いか」

 

「盟友盟友? マジで忘れてないか? 人間であるお前と違ってシオン様ダークエルフ、ダークエルフだぞ? ――――次の日起きたらセレンディアのダークエルフの聖地で監禁とかあり得るからな?」

 

「サンキュー、じゃあとりまメッセージだけ送っておくか」

 

「せめて学校終わってから直接言えよっ!?」

 

「そうか? でももう送っちまったわ」

 

「決断も行動も早いぞ盟友っ!?」

 

 テンジが驚愕のあまり目を丸くする中、シオンのいる食堂では。

 

「――あ、ちょっと待ってくださいメリッサ。省吾さ……浅野センセから連絡が」

 

「ふふっ、仲が良いんですねシオンさん。あ~あ、わたしも重児さんと…………もっと攻めていくべきかしら、いえいえその前にわたしがショタ趣味だって誤解を……まったく、あの子はボーイッシュなサキュバス族の子で、幼馴染みへのアプローチの練習に付き合って上げてるだけだっていうのに。どうしてそんな噂が…………」

 

 ぶつぶつとボヤくクラスメイトを余所に、省吾から送られたメッセージを読んだシオンは一気に茹で蛸状態になって。

 

(どどどどどどどどっ、どういう事なんですか省吾さんっ!? 今週末セックスするから準備してけってっ!! ええっ!? 嬉しいですけどっ、嬉しいですけれどっ!! ちょっと感情の処理が追いつかないっていうか、ああもう良い感じの下着買いに行ってエステの予約いれて――――ううっ、なんですこれっ、体が火照って元に戻りませんよぉっ!! なんで今こんな連絡してくるんですかああああああああああ!!)

 

「…………シオンさん、どうしたの? 顔が赤いですけれど風邪でも引きました? 保健室に行きます?」

 

「か、風邪じゃありませんよォ!?」

 

「なんで裏声なんです? ……やっぱりどこか体調悪いんじゃ……、よしっ保健室行きましょう」

 

「ああっ、いえ大丈夫ですからメリッサさんっ!? メリッサさんっ!? 自分で歩けますからそんな抱えて飛ばなくても――――」

 

 そして食堂の全生徒の注目を集める中、天使族ハーフのメリッサによって保健室に運ばれたシオンは。

 当然のように省吾とばったり出会い、鼻血を出して気絶したのであった。

 

 



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第17話 心臓がバックバク

 

 

 そして、週末の夜である。

 布団の上に二人、パジャマで正座で向き合って無言。

 これから初夜である、セックスである、しかし甘さや色気などの雰囲気は何故か一つも無く。

 

(うにゃあああああああああ、来てしまいましたよっ! 遂にっ、遂に来てしまいましたよおおおおおおおおっ、下着オッケー! 体大丈夫! 心の準備はノーですよぉっ!!)

 

(ドウテイ! ステル! オレ! コレカラ! ドウテイ! ソツギョウ!!)

 

 そこにあるのは緊張、緊迫、期待と欲望が高まりすぎて愚かにも硬直した空気。

 省吾としては、何事もない顔で今まで過ごしていたが。

 当然の如く頭はセックスの事でいっぱい、その姿はエロ本を河原で拾った中学生の挙動不審。

 

 しかしシオンとて乙女の一大事、しかも彼女は拗らせに拗らせた処女である。

 雑誌の特集で予習、イメトレ、密かに喘ぎ声を練習などしていたが……やはり処女。

 いざここに至って、それらは無用の長物と化し。

 

(どうしよう、マジでどーすんだコレ? え? あれ? こっからどうやってセックスに持ち込むんだ?)

 

 童貞のまま恋もせず生きていた男は、頭が真っ白。

 脱がしてキスすれば良いのか、それともキスしてから脱がすのか。

 はたまた、その前に何か手順が必要だったのだろうか。

 

(答えろッ! 答えてみせろ今までお世話になってきたAV達よっ!! ――――…………AVは何も答えてくれない……)

 

(うううっ、せめて省吾さんがリードを……、いやでも私の方が年上ですしっ、ええそりゃもう姉さん女房としてリードを…………出来たら苦労してませんよぉ!?)

 

 混乱の中、奇しくも二人は同じ答えに同時にたどり着く。

 

(聞いたことがある……セックスの前には雰囲気が必要だとッ!!)

 

(そういえば雑誌に書いてありましたっ、セックスの前には愛をささやいて空気を作るとっ!!)

 

 でも。

 

((どうやって?))

 

 緊張のあまりIQゼロな二人に、実行できる能力は無く。

 不味い、と顔が強ばり相手の出方を伺う。

 ――交わる視線、眼孔は鋭く鼻息は荒く。

 

(あの顔、俺を食う気だッ!?)

 

(あの顔、私を食う気ですねっ!?)

 

((今後の主導権の為にも負けていられない!!!))

 

 カーンとゴングの空耳が聞こえていそうな二人は、

血走った目を見開き睨みつける。

 負けられない、惚れたら負けという言葉があるが故に。

 押し掛け妻に絆され受け入れた男が、前世から追ってきてるストーカーが何を阿呆な事を考えているのだろうか。

 ――幸か不幸か、ツッコム者は一人もおらず。

 

「なぁ奥さんや、俺に大人しく抱かれるなら相応の格好とかあるんじゃねぇか?」

 

「旦那様? 私に抱かれるならストリップから始めてくださいよ」

 

「……」

 

「……」

 

「奇妙な言葉が聞こえたな、俺に縋りついて『どうか抱いてください』って言うべきなんじゃないか?」

 

「甲斐性無しが何か言っていますね、無理矢理押し倒してモノにする気概もない癖に」

 

「――――あ゛あ゛ん゛ッ!? やるかオラァ! おっぱい押しつけて誘惑ぐらいしてみせろよ!!」

 

「――――はぁ~~っ!? 獣の様に求めてくるか紳士に愛の囁きから始めるとかしてくださいよ!!」

 

「こっちは童貞なんだぞ!! セックスの始め方なんて知らねぇんだよッ!!」

 

「こっちだって処女なんですよ!! セックスの始めからなんて知る訳が無いでしょうがっ!!」

 

 バチバチと飛ぶ火花に平行線の意見、そして静寂。

 

(…………あれ?)

 

(これって…………?)

 

 だが冷静になってみると、お互いの状況が理解できる。

 省吾もシオンも、単に緊張して始め方が分からないだけで。

 食う気とか、主導権とか、そんな一方的なアレやコレは存在せず。

 

「…………なぁ俺達って、セックスするんだよな?」

 

「そうですね」

 

「何で言い争ってるんだ?」

 

「………………緊張してる、からですかね?」

 

 再びの静寂、しかし先程までの緊迫感などなく。

 どこか弛緩した雰囲気、省吾もシオンも口元を綻ばせて。

 

「悪い、緊張してたぜ」

 

「ごめんなさい、私もです」

 

「ったく、俺達バカみたいだな」

 

「本当に、多分、難しく考える必要なんてないのに……」

 

 シオンがそっと右手を近づけた、省吾もまた左手を延ばし指を絡め合う。

 伝わる体温、いつもより少し高く感じた。

 

「もっと、近くに寄っていいか?」

 

「はい、省吾さん」

 

 お互いに少しづつ動いて、膝と膝が合わさる。

 省吾の右手が自然と動いて、シオンの柔らかな銀髪を撫でた。

 彼女もまた左手で、彼の胸元から首筋をなぞり頬の添えた。

 

 自然と顔が近づいて、お互いの息がかかりそうな距離。

 胸に暖かな何かが広がり、想いが口を動かす。

 今なら素直になれる、省吾は素直に気持ちを出せる。

 

「ありがとうシオン、俺を見つけてくれて。愛してくれてありがとう。……ティムであってティムじゃない俺だけど、ずっと一途に想ってくれているお前を愛したいと、愛してるって思うんだ」

 

「嗚呼……っ、嬉しい、嬉しいです省吾さん」

 

 シオンの胸はきゅっと甘い痛みを伝え、それは彼女の全身に広がり身を震わせるような快楽を産み出した。

 

(報われた……私は報われたんですね、長い旅が本当の意味で終わったんです……嗚呼、ようやく、やっと、貴男と愛し合うことが出来るんですね――――)

 

 本当に長かった、あの日にティムが死んで一五〇〇年あまり。

 根拠のない願望に縋り、それも出来なくなるほどに感情が擦り切れ。

 生きる屍だった、叶わぬ愛に溺れて窒息していた。

 

(貴男と出会ってから、私という存在に色が戻った。きっと、私は新しく産まれたんです)

 

 新たなる景色が、長らく求めていた安堵の地がここにある。

 もう、探さなくて良いのだ、求めなくて良いのだ。

 あり得ない奇跡を探して、進まなくて良いのだ。

 

「――なぁ、キスしていいか?」

 

「ふふっ、聞かないでくださいよ」

 

「それもそうか」

 

 目を閉じろ、なんてベタな事を省吾は言わなかった。

 その瞬間を、この目で見ていたかったからだ。

 シオンもまた、目を閉じなかった。

 

(ティム/省吾さん……)

 

 近づく彼の顔、彼女の目に省吾の顔がティムと重なる。

 心臓がバクバクと痛いほど高鳴って、血流がごうごうと五月蠅い。

 

(――――そうか、だからか)

 

 その寸前、省吾はそっと目を閉じた。

 見ていたかった事は本当だが、あまりにもそうする事が自然に思えて。

 シオンもまた目を閉じる、ティムと省吾の顔があまりにも重なりすぎたからだ。

 

(私は今、――どちらとキスしようとしてるのでしょうね)

 

 そんな事を思ってしまった瞬間、唇と唇が触れあって。

 軽く、表面だけを押しつけあう単純なキス。

 甘美な瞬間とは、こういう事を言うのかと省吾が納得した瞬間。

 ――トン、と軽く体を押された。

 

「――――~~~~~~っ!? い、嫌っ!! 嫌ですっ!!」

 

「うぇッ!? は? ちょ、シオンッ!?」

 

「嫌っ、いや……いやですっ、触らないでくださいっ!! ――――――来ないでぇっ!!」

 

 途端、シオンは怯えたように拒絶し省吾と距離を取る。

 

「…………シ、オン?」

 

「ぁ……――、わ、私はっ、これは違っ、違くてっ! で、でも~~~~~~~っ」

 

 ぼろぼろと大粒の涙を流す彼女は、己の体を省吾から守るように抱きしめた。

 

 



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第18話 熱情が途切れる瞬間

 

 己を拒絶したシオンに、何と言って声をかければ良いのだろうか。

 理由が分からず彼は非常に困惑した、だがそんな中でも理解出来る事がある。

 

(――シオンは今、悲しんでいる)

 

 キスしたその時までは、とても良い雰囲気だったと思える。

 このまま自然に夫婦として繋がれる、その筈だった。

 だが今の彼女は、何かに気づいた様に驚き、そして傷ついた瞳をしてた。

 

「そ、そうですもう一度っ、今のは何かの間違い、そう間違いなんです、だから、だからもう一度――――っ」

 

「……無理すんな、また日をあらためれば良い。寒いなら抱きしめてやるから、ほら」

 

「嫌っ! 嫌です近づかな――違うっ!! 違う違う違うっ!! わた、私、私はぁ!!」

 

「シオン……」

 

 差し出された手を拒絶し、嗚呼、とシオンの瞳に悲しみの色が深まる。

 銀の髪が揺れ、体を守る様にまとわりつく。

 ――少なくとも、省吾にはそう見えて。

 

(それでもさ)

 

「いやぁ……、いや、だめ……なんで、なんで優しくするんですかぁ……」

 

「お前が悲しんでいる様に見えたからな」

 

「だめ……だめ、だめなんです、こんなわたし……」

 

 強引に抱きしめられシオンは力なく抵抗するも、力強いその腕に、その温もりに縋りついてしまって。

 

「残酷です、残酷なんですよ省吾さん……嗚呼、だめ、なんです、幸せだから、だからだめなんです、離して、ください、おねがいですからぁ……」

 

「今のお前を離せるワケねぇだろ、落ち着くまでこうするからな」

 

「ぁ―――― なんて ―――― ざんこくなひと でしょう ――――」

 

 涙が溢れる、シオンの中でギリギリまで堰き止めていた堤防が決壊する。

 心が、溢れ出る。

 焦点の定まらない目で、彼女は語り出した。

 

「…………ねぇ省吾さん、私は本当に……貴男を愛しているのでしょうか」

 

「……言ってみろよ」

 

 か細く、震える声、しかし奥には狂乱する何かがある。

 省吾はそう感じて、抱きしめる腕に力を込めた。

 でもシオンには、拘束の息苦しさより彼の心遣いに苦しくなって。

 

「幸せなんです今、とても……幸せなんです」

 

「じゃあ何で嫌って言ったんだ?」

 

「――――ティムは、こんな風に優しくしなかった」

 

 その言葉に、省吾は何も答えられない。

 だって散々言ってきたのだ、己はティムでありティムではない、と。

 

「そう、そうです、省吾さんの言うとおりでした……貴男はどうしようもなくティムで、でも省吾さんで、ティムではない、かつての私の愛したティムでは、ない…………」

 

「……」

 

「もし省吾さんが真の意味でティムであったなら、ええ、きっとキスなんてしなかった、私を、お嫁さんとして受け入れなかった。分かってたんです、ティムにとって私は…………妹でしかなかったと」

 

 もしティムが生きていて、静かな土地で二人で暮らしたとして。

 そうであるならば、女として見て貰う事が出来たのではないか。

 しかし現実はそうじゃない、あの時に彼は死に、シオンは空虚な愛を抱えて長年さすらっていた。

 

「違う、違うんです、省吾さんは私が愛したティムじゃない、ティムじゃないんです、だからキスなんてしないしセックスなんてしないんです」

 

「…………俺の想いは迷惑だったのか?」

 

「違うんです、それも違うんです、――嬉しかったんです、とても、キスした瞬間とても幸せで……」

 

「じゃあ何でだ?」

 

「私が、――――私が、違うんです」

 

 しっかりと紡ぎ出された言葉は、それが故に省吾に深く突き刺さった。

 彼にとって、シオンはシオンで、かつての仲間で妹分だったティーサである。

 いったい、何が違うのであろうか。

 

「…………貴男が、省吾さんが、ティムと同じで違うからこそ、私は気づけなかったし、気づいてしまったんです」

 

 彼の唇が己の唇と合わさった瞬間、シオンは気づいてしまった。

 ――熱情が途切れる瞬間とは、きっとああいう時を言うのだろう。

 今、彼女の中には狂気にも似た絶望が荒れ狂っていて。

 

「幸せです、今、こんな瞬間でも幸せなんです省吾さん、…………愛してます、愛しているんですっ!! 嗚呼、だからこそ違うっ、違うんですっ!! うふふふふふっ、あははははははははっ、嗚呼、嗚呼、嗚呼、嗚呼っ! なんて滑稽なんでしょうかっ、こんな事に今まで気づかなかったなんてっ!! ははははっ、あはははははははははははははっ!!」

 

「シオ、ン…………ッ!?」

 

 狂った様に嗤う彼女の瞳は、怒気が籠もり殺意すら感じられる。

 その迫力に、省吾は気圧されるどころか逆に強く、強く抱きしめて。

 今、彼女を離してはいけないと本能が訴えているのだ。

 

「ずっと私は逃避していたんです、ティムの死が受け入れられなくて逃げ続けていたんですよっ!! 

 ああ、間違っていた私は間違ってしまったっ!!  ――――省吾さんともっと違った、普通の始まりで普通の幸せの始め方があったっていうのにっ!!

 だからダメなんです私はっ、私はダメなんですっ!!

 

 

 私はティムのティーサじゃない、とっくの昔にティザ・ノティーサ・カー・ジプソフィラは死んでいたんですよ省吾さんっ!!

 

 

 そうです、省吾さんがティムであり、省吾さんとして産まれたからこそティムじゃないようにっ!!

 私は貴男にシオンと名乗ったその時からっ!! ティーサじゃないんですっ!! 貴男が好きになってくれた、愛して、抱こうとしたティーサじゃないんですっ!! あはっ、あははははははっ、ああ、なんで気づかなかったんでしょうかっ、今の私は抜け殻、ティムを愛していたティーサの抜け殻、貴男を探すという目的から産まれたティーサの残滓、シオンという名の偽物なんですっ!! でも愛してしまった、貴男を愛してしまった、愛してしまったからこそ許せないんですっ!! 許せない、許せるものですかっ!! 貴男が愛するのが空虚なニセモノだなんてっ!! 愛しい貴男の人生を歪めてしまった人形が幸せになるだなんんて――――」

 

 省吾の顔を掴んでケタケタと嗤うシオン、その顔は罪悪感という涙で濡れ、憤怒という笑みで彩られ。

 

(それでも俺はッ)

 

 抱きしめる事を止めなかった、省吾は、歯を食いしばって抱きしめ続けた。

 

「――――嗚呼、嗚呼、嗚呼……省吾さんを見つけなければ良かった、出会わなければ良かったんです、こんな私なんて旅の中で野垂れ死にすれば良かったんですよ」

 

「でも、……お前はここに居る」

 

「だからこそ、許せないんです。――――ねぇなんで省吾さんは省吾さんなんですかぁ? あはっ、あはははははははははっ、殺したい、殺したいんですっ、この苦しみから逃れるには貴男を殺すしかないんですっ、貴男の愛を守るために殺すしかないんです、でも、でもダメなんですっ!! 嗚呼、私は狂ってしまいましたっ! 省吾さんを愛してるのにこんなに殺したいっ!! でもダメなんですそれこそ許せない私は死んでも許せないっ!! だから私はダメなんです貴男を殺すくらいなら私は死にたい、今すぐ死にたいのに私の中のティーサが、そして貴男への愛がそれを許さないっ!! 私の事で省吾さんが悲しむなんてあってはならないっ!! 絶対に、あってはならないんですよっ!!」

 

 殺したいのに殺せない。

 死にたいのに死ねない。

 自己の崩壊に、自己の矛盾に。

 省吾への、そして自分への、愛と憎悪の狭間でどちらも選べず狂っていくシオンの姿に。

 

(綺麗、だ――――)

 

 浅野省吾は今、人生最大の美を感じていた。

 はらはらと涙を流し、今まさに壊れゆくダークエルフに。

 

(誰かに)

 

 こんなにも愛された事があっただろうか。

 愛に生きて、愛故に壊れて、愛故にどうにもならなくて。

 

(コイツは今)

 

 きっと、省吾が全てを握っているのだ。

 英雄と呼ばれる程に、圧倒的な力があるにも関わらず。

 頬に添えた手を首にずらしただけで、普通の人間である彼を即座に殺せるというのに。

 ――――シオンは、省吾の答えを待っているのだ。

 

(俺は果報者だな、こんなに愛されてるなんて)

 

 それが故に、言葉一つでどちらかが死ぬ。

 しかし省吾の心は澄み切っていて、だってそうだろう彼はもう決心したのだ。

 だから。

 

「………………お前バカだろ、難しく考えすぎなんだよ」

 

「――――――――………………ふぇっ?」

 

 ガシャン、とガラス窓が割れる様に緊迫感が消えた。

 熱情が途切れる瞬間とは、こういう事を言うのだろうか。

 シオンは言われた言葉の意味が分からず、きょとんと目を丸くする。

 そんな彼女の頭を、彼は優しく撫でて。

 

「つーかさ、お前ちょっと愛という事に対し潔癖過ぎじゃねぇ? 抜け殻だ残滓だつっても、俺と違って転生したワケじゃねぇし本人じゃん。……間違ったと思うならさ、やり直せば良いだけだろ」

 

「えっ、あれ? 省吾さん?」

 

「俺はティムでありティムじゃねぇ、そしてお前はティーサでありティーサじゃなくシオン。うん、ある意味で釣り合いが取れてるんじゃねぇの?」

 

「ちょっと省吾さんっ!? はいっ!? 私の葛藤とか全部切り捨ててませんっ!?」

 

「いや切り捨てるだろ、――お前さ、良く考えろよ?」

 

 ゴゴゴ、と音が聞こえそうな怒気混じりの言葉にシオンは目を白黒させる。

 さっきまでの空気はどうなった、あれは愛の先に、離婚とか破局とか通り越して生きるか死ぬかの雰囲気だった筈だ。

 それが、どうして。

 

「イチャイチャして良い感じの前振りでいざセックス開始って臨戦態勢の時によ? なんだお前、くっそ重くて面倒くさい理論並べてお預け? それは無いだろ」

 

「理由は性欲っ!?」

 

「ま、それは半分冗談としてだ」

 

「半分は本当なんですっ!?」

 

「あったりまえだろ、んでだな…………。これから先にお前が選べる選択肢は二つだ」

 

 指を二つ立てて、にっこり笑う省吾。

 シオンは妙に嫌な予感に駆られたが、いつの間にか左手首をがっしり掴まれていて逃げられない。

 

「そ、その……二つとは?」

 

「俺が思うに俺達の関係の手順をすっ飛ばしたのが問題だろ、なら恋人からやり直すか……」

 

「もう一つは?」

 

「それが嫌なら、今すぐに強引に抱くぞ。例えるならエロマンガかエロゲーの様に、純愛ルートから調教ルートとかに切り替える。――俺はお前と離れる気は無い」

 

「ふええええええええええええええええええええっ!?」

 

「あ、嫌か? ならとっとと脱げ……いや待て、折角だからアダルトショップで色々買ってくるから脱いで待っとけよ」

 

 これダメだ、さっきとは違う意味でこれはダメだとシオンは確信した。

 純愛かエロマンガ的なアレか、己の意志で選ばないといけない。

 

「純愛っ!! 純愛ルートでお願いしますっ!! はいっ! 私は自分の事ばっかりで省吾さんの気持ちを考えてませんでしたっ!! ちょっと処女拗らせて手順すっとばして夫婦になった事で心と体が追いついていませんでしたっ!! 是非っ! 是非とも夫婦ですが恋人としてやり直させてくださいっ!!」

 

「…………うむ! よろしい!」

 

「はいっ! これからもよろしくお願いしますぅ!!」

 

 感情がぐちゃぐちゃになって、涙で叫ぶように答えたシオンであったが。

 

(…………ありがとう省吾さん)

 

 彼は夫として、ティムとして、そして何より省吾という一人の人間として。

 シオンという彼女から逃げずに、負けずに、当たり前の関係を、普通の幸せを与えてくれたのだ。

 

(私はまだ、ティーサの抜け殻のシオンのままだけれど……)

 

 きっと、シオンという一人のダークエルフに、省吾の妻になれるという希望が見えた。

 

「そうだ、罰としてアダルトショップの通販でお前が使って欲しいエロアイテム何か買っておけよ。いずれ絶対に抱くからな」

 

「~~~~~~~~っ!? ちょっと省吾さんっ!? うううううううううううっ、わ、分かりました選んでおきますからねっ!!(これ絶対に根に持ってるヤツですっ!?)」

 

 同じ事を繰り返したら、ある意味でダークエルフよりダークエルフらしい愛を受けることになるのかもしれない、とシオンは省吾に戦慄するのであった。

 

 



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第19話 手を繋いで

 

 

 狭いアパートの中、己と同じく正座をする省吾をシオンはじぃ、と見つめた。

 既に夫婦ではあるが恋人としてやり直す、その事にシオンとしても異論は無い。

 むしろ、あのまま離縁を切り出されないだけ温情とも言えるし。

 逆に言えば、省吾も確かにシオンを想ってくれているという事で嬉しい事ではあるのだが。

 

「――――話があります」

 

「朝からずっとチラチラ見てきてたがよーやく話す気になったのか?」

 

「あれっ!? そんなに分かり易かったですっ!?」

 

「そりゃお前……、ずぅーーっとうんうん唸って俺の様子を伺ってただろうが。むしろ晩飯後の今まで何も聞かず待っていた俺の器を誉めるべきでは?」

 

「自分から言うなんてダサいコトしたので、プラマイゼロですよ?」

 

「ボケただけなのに真顔で返すんじゃねぇッ!?」

 

「えぇ~~、省吾さんって偶に判別しにくいボケするんですもん。分からないですって」

 

「むしろ俺はお前が朝から悩んでる理由が分からねぇが?」

 

 話を戻した省吾に、シオンは真面目な顔で。

 

「それですよ、昨日省吾さんは恋人からやり直すって言ってたじゃないですかっ!」

 

「確かに言ったな、何が疑問なんだ? それとも嫌だったか?」

 

「嫌どころかバッチコイですよ! でもそうじゃなくて――――…………恋人って、何をどうするんですか?」

 

 こてん、と首を傾げるシオン、銀の髪がふわりと揺れ絵になる光景だ。

 だが見とれている場合ではない、省吾はうむと頷いて。

 

「端的に言うぞシオン、――まずは俺という存在に慣れろ」

 

「具体的には?」

 

「キスしただけで情緒不安定にならないように、少しずつステップを踏んでいくんだ」

 

「本音は?」

 

「そりゃお前、女子高生で見た目美少女の嫁さんが恋人だぞ! ――――付き合い立ての初々しいカップルみたいな事がしてぇッ!! 具体的には少女マンガみたいな恋愛イベントとかしたい!!」

 

「異論はありませんけどぉっ!? 異論はないですけどもうちょっとオブラートに包んでくださいよっ!?」

 

「恋っぽい事しようぜぇ」

 

「ちょっとちょっと省吾さん? なんで昔のエロゲーのヒロインの台詞持ってくるんですか? 発売当時にはまだ子供だったですよね?」

 

「むしろ何でお前が知ってるか俺が聞きたいが?」

 

「……」「……」

 

 お互いに視線を泳がせて、然もあらん。

 教師である者が幼少の砌からエロゲーを嗜んでいたとは外聞が悪く、シオンに至っては大英雄と呼ばれるダークエルフがエロゲーなどと俗っぽすぎる前に恋する乙女として如何なものか。

 次の瞬間、二人は同時にコホンと咳払いして。

 

「……俺はお前とイチャイチャしたい」

 

「そして私はイチャイチャして立派なお嫁さんロードを突き進む……」

 

 完璧な計画であった、お互いにウインウインで非の打ち所のない恋愛計画。

 

「やりましょうっ! 今すぐにでも始めましょう! ねぇねぇ、具体的にはどうするんです?」

 

「運動する前に準備体操をするように、心の前に体を慣れさせる。つまり――――手を握って見つめ合う事から始めようではないかッ!!」

 

「な、なんと――――っ!?」

 

 シオンは驚きに目を見開いた、確かにそれは良い感じの雰囲気を作る第一ステップ。

 だが。

 

「でもですよ省吾さん、それだけ……です?」

 

「まさかだぜシオン、これは…………耐久だ。俺とお前、どっちかが根を上げるまで手を繋いで見つめ合う。最長で寝る時間まで」

 

「――――つまり、三時間、……手を繋いで見つめ合う…………そういう、コトですね」

 

 ごくり、と唾を飲み緊張するシオン、耐えられるだろうかこの行為に。

 そして提案者である省吾といえば、自信たっぷり余裕の態度であったが。

 

(うおおおおおおおおおおおおっ、緊張してきたああああああああああああ!! 何で俺はこんな事を提案したんだあああああ!!)

 

 速攻で後悔していた。

 決して口から出任せではない、実はシオンと同じく朝から考え込んでいたのだ。

 どうしたら、恋人っぽく振る舞えるか、そしてその先にある夫婦という道へ繋げられるか。

 だが。

 

(落ち着けぇ、落ち着けよ俺……、そうだ相手は嫁でシオンだ、ちょっと学校の中でも日本の中でもセレンディアの中でも最高に可愛くて綺麗な女と、触るとすべすべしてるのに吸い付くようなしっとりとした肌のシオンと、一週間以上余裕で眺めてられる神が作った至宝の美貌を、二人っきりで手を繋いで見つめ合うだけだ)

 

 そう、逃げ場は無く。

 彼女を思いやる故に、それ以上は手を出せず。

 決意した以上、前世や教師と生徒という言い訳が使えないだけ。

 そう、防御手段や逃走方法が使えないだけなのだ。

 

(――――俺は、…………やりきってみせるぜ)

 

 全てはシオンの為に、この気持ちが愛かどうかは置いておいて。

 彼女への想いに、偽りは無いのだから。

 そんな内面を察する余裕もなくシオンは、キメ顔の省吾にうっすら頬を紅潮させ始めた。

 

(ううっ、なんか昨日から省吾さん押しが強くてどきどきしちゃいます……)

 

 それはティムの精神的な強さを想起させるものであり、けれども省吾独自の強さでもあって。

 

(こんな風にグイグイ来られると……照れちゃってどうして良いか分かりませんよぉ)

 

 シオンはおずおずと右手を出して、すると省吾は首を横に。

 

「両手」

 

「えっ、両手を繋ぐんですかっ!?」

 

「別に片手でも良いが、その間に俺はお前の髪を撫でるぞ?」

 

「それどんな脅迫なんですかっ!?」

 

「不満か? なら俺の膝に乗れよ。その場合はお腹を撫でて堪能する」

 

「ふぇっ!?」

 

「そうだ膝枕でも良いなぁ、その方がそれっぽくないか?」

 

「究極の三択っ!? あわわわわわわわっ、省吾さんが少女マンガのイケメンムーブしてますっ!? 顔が怖いのにっ!? 顔が怖い癖にっ!?」

 

「ほほーう? 壁ドンしながらの方が良いか?」

 

「ちょっ、ちょっと待ってください私の心臓が耐え切れませんって!! 両手! 両手ですはい決定! だから心の準備の時間をくださいっ!!」

 

「仕方ねぇなぁ」

 

 もじもじと顔を真っ赤にして俯くシオンに対し、省吾は平然とした顔を崩さず。

 しかして。

 

(ふぅ~~~~~ッ!! 俺今最高にイチャイチャしてるぜぇ!! つーかさ、照れ照れしていっぱいいっぱいなシオンがスゲェ可愛いんだが? 耐えられるのか俺?)

 

 そして数分後、シオンは目をきゅっと瞑り両手を前に出す。

 省吾がその手を握ると、びくっと体を振るわせて。

 

(はわわわわわっ!? ゆ、指を絡ませてきてますうううううっ!?)

 

(うごごごごッ、なんだこの可愛い生き物ッ!? 華奢で折れそうだけで柔らかいというか、指絡めるだけなのに俺の胸がキュン死するぅ!?)

 

 省吾とシオンは、ぎゅっと両手の指を絡ませて。

 彼女は首まで真っ赤にし、小さく震えたまま視線は斜め下に俯いたまま。

 

「顔上げろよシオン、お前のその綺麗で可愛い顔を見せてくれ」

 

「だ、ダメ……、今絶対変な顔してますから……ダメェ、ですぅ、ぅぅぅ……」

 

 か細くなって行く声、省吾は嗜虐心すら浮かび上がって。

 彼女をからかえばからかう程、己の愛欲に理性を削られそうになるというのに、つい。

 

「――可愛い、マジで可愛いぜシオン。俯いてる所為で、銀髪の隙間から真っ赤になってる頬が見えてさ、なんつーかコントラストっていうのか? 芸術品みたいだ」

 

「あうあうぅ…………」

 

「顔を上げろよ、お前の目が見たいんだ。――首筋にキスしまくるぞ」

 

「っ!?」

 

 瞬間、びくぅっ、と飛び上がらんばかりに顔を上げた彼女の顔は。

 羞恥により目尻に涙が浮かび、口はあわあわと半開き。

 省吾は嫁の顔を、真っ直ぐに慈しむ様に見つめた。

 

「はうっ!?」

 

「下を向かないでくれシオン、お前の顔をずっと見ていたい……」

 

「~~っ!? うぅ~~~~~~~、い、いじわるっ」

 

「ああ……どうして前世の俺はお前を口説かなかったんだろうな、本当にバカだ、こんなに魅力的だってのにさ」

 

「っ!? !?!?!?!?!?!?」

 

 シオンの耳が、エルフ種特有の長耳がへにゃりと上がり、ぴこぴこと軽く上下する。

 しかしその瞳は、徐々に省吾をまっすぐ見つめ返して。

 

 ――何分経過しただろうか、お互いの手は汗ばんで、でも不快ではない。

 ――一時間経っただろうか、足が痺れてきたが、何時間でも座っていられる感覚があり。

 ――二時間ぐらいした頃。

 

「…………ねぇ省吾さん。問題が発生しました」

 

「足でも痺れたか? 実は俺もだ、それにトイレにも行きたい」

 

「やっぱり省吾さんもでしたか……、どうします?」

 

「ぼちぼち良い時間だ、これぐらいにしておくか?」

 

「そうですね」

 

「ああ、じゃあ離して良いぞ」

 

「はい」

 

「……」「……」

 

「シオン? 離すぞ?」

 

 一向に手を離そうとしない彼女に、省吾が手を離すと。

 

「――ぁ」

 

「どうした?」

 

「………………トイレに行ってきます」

 

「ああ、先に行けよ」

 

「…………」

 

「どうした? まだ何かあるのか?」

 

「………………後で寝るときも、一緒に手を繋いでくれま――――きゃっ!? しししししっ、省吾さんっ!?」

 

「ぬおおおおおおおおおおッ!! お前はッ!! どこまで可愛いんだッ!!」

 

「ああちょっと待ってっ、漏れちゃいます漏れちゃいますからっ! 抱きしめるのは後にしてくださいってっ!?」

 

「――くっ、漏らす姿さえ見たいと思う己が怖いッ!!」

 

「私を羞恥で殺す気ですかっ!? もおおおおおおおおおおっ!! 離してくださいったらぁ!!」

 

 その後、きっかり十分間省吾はシオンを抱きしめ続け。

 幸いにして漏らす事はなかったが、彼女は寝るまでぷんすかと怒り。

 でも、その手はしっかりと繋がれて。

 

(…………寝てても離さないとか、どこまで俺の理性を削るんだ? しかもこんなに密着してよぉ)

 

 長い夜になりそうだ、と省吾は幸せそうに溜息をそっと吐き出したのであった。

 



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第20話 ティーサ

 

 

 二人のやり直しは、順調なスタートを切ったかに見えた。

 省吾としては、次はデートか、それとも在りし日の青春を取り戻す様に学内でイチャコラするか。

 浮ついた気持ちで過ごしていたが、その一方。

 

「………………え、何ですココ? 私は省吾さんの腕枕で眠っていた筈ですけど?」

 

 シオンは目の前の光景に、思わず首を傾げた。

 密林に囲まれた山脈の境目、辺りには幾つも洞窟が点在してダークエルフ達が歩いている。

 そう、ここはシオンの故郷だ。

 だが誰の顔も靄が掛かったように判別出来ず、木漏れ日の暖かさも、地面の冷たさも無い。

 

「夢……にしてはやけに意識がはっきりしてますね、魔法で何かされた気配もありませんし…………」

 

 現実ではない、けれども普通の夢でもない。

 ならばこれは?

 とりあえず探索するべきか、彼女が悩んだ瞬間であった。

 背後に、奇妙な気配が忍び寄って。

 

「――久しぶり、それとも初めましてかの? ようこそシオン」

 

「ふぇっ!? わ、私っ!? えぇ……、夢の中で自分に会うとかストレス溜まってたんですかね?」

 

「何をバカな事を言ってる、――良く妾を見るのじゃ」

 

「妾? これまた懐かしい一人称ですね。そんなのもうかなり昔に卒業した――――――………………えっ?」

 

 いまだ只の夢だと思っていたシオンは、もう一人の自分を見て困惑した。

 先ず会話が成り立っているのが変だ、そしてもう一人の己が。

 

「まさか……昔の私っ!?」

 

「そうだ妾はティーサ、いや、正確に言うと――大英雄ティザ、その残滓よ」

 

「はぁ? 残滓? 何をバカな事を言ってるんです省吾さんじゃあるまいし。私はシオンですがティザ・ノティーサ・カー・ジプソフィラ、紛れもなく大英雄の一人で本人そのものですって」

 

「だが……、気づいたのじゃろう? 己が一度磨耗した末に産み出された新たな人格であると」

 

「それは昔との変化の比喩表現で……」

 

「本当に?」

 

「……………………――――――嗚呼、そういう事ですか」

 

 寂しそうに笑う昔の自分に、シオンは不思議と納得してしまった。

 

(本当に……、そうだったんですね)

 

 長い間に変質してしまった自己、気づいた時には足下が壊れた衝撃と絶望すら覚えた。

 でも、省吾のお陰で再び立ち上がれた。

 もう過去に思い悩む事などないと、そう思っていたが。

 

「聖婚、それで魂が省吾さんと結びついたのが原因ですね」

 

「色ボケしてないようで何よりじゃシオン、そう、妾達の変化は比喩として留まるギリギリじゃった、……貴様が気づいてしまうまでは」

 

「私が過去と今を区別してしまった事により、ティーサとしての存在を確立してしまった」

 

「そういう事じゃ」

 

「ティーサが存在する理由は理解しました、でも何故、私の前に現れたのですか? 省吾さんがそうである様に、いつかまた『私』として統合される筈では?」

 

「確かに、それが穏当な道であろうな。――――だが」

 

 するとティーサは、幼き頃のシオンは瞳を濁らせドス黒い殺気を出して。

 

「宣戦布告じゃよシオン、貴様と省吾を決して結ばせたりはしないッ!!」

 

「はい? とうとう気が狂いましたか私? いえ、そもそも狂った末に再度産まれたと考えれば既に狂ってるとも言えますが」

 

「狂ってるのは貴様じゃ!! ――――妾は、生まれ変わりなど否定する!!」

 

「…………なーるほどぉ、これはまた面倒な……」

 

 シオンは頭を抱えて聞かなかった事にしたい程、遠い目をした。

 分かる、理解してしまう。

 つまりは。

 

「「解釈違い」」

 

「は? 貴様!? 理解しててその態度か!?」

 

「いえ理解してるからこその態度ですよ? そもそも過去の私が、ティーサが愛していたのは死んだティムで、ティムを否定してるとも受け取れる省吾さんじゃないじゃないですか」

 

「そこまで理解してるなら、主導権を妾に寄越せ!! 妾の力にて無理矢理にでも省吾の人格をティムに上書きしてみせようぞ!! シオン! 分かるはずだ貴様とてティムを求めてさすらっていたのだからっ!!」

 

「一理ありますが、本音は?」

 

「貴様ばっかり恋人とイチャイチャしてズルい!! 妾も!! 妾もティムと恋人としてイチャイチャするんじゃあああああああああああ!! な? な? 省吾とティムが完全に混じり合う今が最後で奇跡とも言えるチャンスなのじゃ!! はよう体の主導権を渡せっ!!」

 

「はいって言う訳があるわけ無いでしょう私!! 今の省吾さんが私は好きなんですっ!! 絶対に貴女に体の主導権を渡しませんよ!!」

 

「何だと!! 妾からアップグレードした存在が!! つまるところ、Windows7から10に強制アプデしたようなヤツが何を言う!!」

 

「その理論でいうと、強制ダウングレードなんてしたくないですよ!! ああもうっ! なんでこんな無茶苦茶な事が起きるんですかああああああああ!!」

 

「妾から見れば貴様がダウングレードじゃ!! そもそもなんじゃ私とかですとかセーラー服とかっ!! 歳を考えい歳を!! 良い歳して今更若者ぶって恥ずかしくないのかやっ!?」

 

「あーーっ!! それを言いますか自分の気持ちにすら気づかなかった鈍感がっ!! そもそも妾って長寿種ぶって経験豊富なフリしてたのはソッチでしょう!! エルフ種換算でガキだった癖にっ!!」

 

「「――――よくも言ったなっ!!」」

 

 同族嫌悪とはこの事か、なまじ同じ存在であるからこそお互いが受け入れ等なくて。

 …………主に、黒歴史的な意味で。

 そうして言い合っている内に、お互いの体が薄く透けていき。

 

「しまったっ、時間をかけ過ぎたのじゃ! 『向こう』がじれて塗り替えようとしておるっ!!」

 

「へっ!? なんですこれ……? 起きるような感じではありませんし?」

 

「何を寝ぼけた事を言っておるのじゃ、妾達と同じ事をティムがしようとしておるのじゃ! ああもう、最初からあっちと強調路線を取れ――――」

 

「そうは言いますが、この件についてティムが貴女と意見を同じにしま――――」

 

 そうして、二人はこの場から完全に消え去って。

 代わりに今度は、以前に省吾が訪れた村の外。

 次の瞬間、うんざりした顔の彼とティムが出現する。

 

「…………今の聞いてたかい省吾?」

 

「聞いてたっつーかよ、お前が聞かせたんじゃねぇか。まったく器用な事しやがって、お前に魔法は使えないんじゃないのか?」

 

「そこはほら、夢の中だし僕の方がこの場所の経験が長いからね。彼女達に気づかれないように君を連れてきて、一緒に聞き耳を立てるぐらいは出来るさ」

 

「そういうもんかねぇ……」

 

 省吾は溜息を一つ、だが今はそれどころではなく。

 

「まさかシオンとティーサが分かれるとは……、この先どうすりゃいいんだよ」

 

「それについては僕に案がある、――どうか信じて実行してくれないか?」

 

「…………テメェの言いなりになるのは気にくわないが、聞くだけ聞いてやる」

 

「どうして未来の僕は素直じゃないのかな?」

 

「お前が言えた事かっ!! 実は自分がロリコンじゃないかって悩んでたヤツがよ!! 意地張ってないで欲望に素直になってたら、こんな事は起こってねぇんだよっ!!」

 

「あ゛ーあ゛ー、聞こえなーい。こっちを男として見てないティーサの無防備な姿にドキっとしてないもんねッ、僕の趣味はちょい熟れた巨乳シスターだもんッ!!」

 

「うるせぇ! とっとと案とやらを言えッ!!」

 

 急に狼狽えだしたティムに、省吾はジト目で怒鳴る。

 素直じゃない前世の男は、コホンと咳払いを一つニヤリと笑って。

 

「――――省吾、君はシオン以外を抱け。一回で良い、相手は人妻風巨乳だ。そうすればショックのあまりにティーサの影響力は弱まりシオンに人格が統合される筈だ」

 

「本音は?」

 

「本番直前で僕が君を乗っ取って楽しむんだッ!! せっかくの来世、ちょっとぐらい楽しんだって良いだろう!! 勿論言ったことは本当だけどッ! ――――僕は日本の風俗を楽しみたいんだッ!!」

 

「一昨日来やがれバカ野郎ッ!! 絶対シオン以外を抱くもんかよッ!! このロリコン野郎がッ!! 俺はシオンとセックスするからなッ!!」

 

「言ったなッ!? 覚悟しておけよ絶対に邪魔してやるッ!!」

 

 そう啖呵を切った途端、省吾は夢の空間から弾き出され現実に。

 ぱっちりと瞼を開く。

 

「あの野郎おおおおおおおおおおおお!!」

 

「あの女あああああああああああああ!!」

 

「…………うん?」

 

「…………はい?」

 

「…………」「…………」

 

 飛び起きた省吾は、同じく飛び起きたシオンと顔を見合わせて。

 

「――なるほど、そういう事ですか」

 

「察しが良くて助かるぜ、そっちの事は把握してる。――徹底抗戦するぞ」

 

「ええ、戦いましょう自分自身と!!」

 

 二人はガッチリと握手、前世との戦いが始まったのだった。

 



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第21話 堪え性の無い二人(前)

 

 

 前世との徹底抗戦、だが物理的手段では解決出来ず。

 そしてまた、話し合いには難がある。

 なにせ向こうは話し合いの場である夢での主導権を持っており。

 かつ、起きている時に話そうとも無視だ。

 

(シオンが授業中に内職して専用の魔法の研究してっけど……間に合うのかね)

 

 彼女なら完成させられる、そういう信頼感と確信があるが。

 もはや事態は動いた後だ、省吾とティムが混じり合って変質するタイムリミットも不明である以上。

 間に合うかどうかは、全くの未知数であり。

 

(だから出来ることをってな、…………いやでも俺教師なんだよなぁ、こーゆーの困るんだけど緊急事態だし仕方ないんだ、あー、教師として注意しなきゃいけないのに辛いなぁ……!!)

 

 昼休み開始直後に、省吾はウキウキで体育倉庫へ。

 今日はシオンとそこで、待ち合わせという名のイチャラブタイムである。

 ――そう、前世に対抗する策。

 

「俺達がイチャイチャすれば自動的に向こうへ精神ダメージが行く、いやぁ天才的な発想じゃねぇのか?」

 

 鼻の下を伸ばしながら、省吾が体育倉庫の扉を開くと。

 

「よ、待たせたなシオン。…………あれ? 体操着じゃねぇの? お前、伝説のブルマをご用意致しましたよっ、とか言ってなかったか?」

 

「いやいやショーゴ? なんで妾がそんな破廉恥なモノを履かなければいけないのじゃ、誇り高きダークエルフ始祖の血筋を何だと心得る」

 

「――――は?」

 

 瞬間、省吾は盛大な違和感に足を止める。

 彼の本能が、大音量で警告音を発して。

 

(ヤバい、何だこれ? え? いやいやいやぁッ!? 演技、演技だよな? そうだと言ってくれッ!?)

 

 出来るなら、今すぐ逃げ出したいが扉は閉めてしまったし。

 この変なシオンを前に、一瞬の隙すら見せてはいけない気がするのだ。

 黴と誇りと汗臭く、薄暗い体育倉庫の中で省吾は体操着姿のシオンをジトっと見つめて。

 

「………………あー、そういや運動する時はポニテにするんだったか、似合ってるぞ」

 

「なんじゃ? その妙に歯切れの悪い感じは。いつもの様に誉めるのじゃ、モテないぞ?」

 

「なぁ。聞いて良いか?」

 

「何でも聞くが良い」

 

「…………何で、昔のお前みたいな話し方するんだ?」

 

「考え直したのじゃ、せっかくお主と結ばれたのだし。この口調の方が昔を思い出すであろう?」

 

「成程?」

 

「その様に難しい顔をするでない、せっかくの逢瀬じゃぞ?」

 

「逢瀬なのにお前は、背中に武器を持ってんのか?」

 

 省吾の指摘に、推定シオンは目を丸くして。

 

「…………っ!? な、ななななっ、何のことじゃっ!?」

 

「想定外の事態が起こったらあからさまに動揺する癖直せって、ティム達に注意されてなかったか?」

 

「ええいっ!! どいつもこいつも妾に隠し事は無理だとか言いくさってぇ!! アヤツに出来て妾に出来ない通りは無いわっ!! 同一人物であるのじゃぞ!!」

 

「やっぱシオンじゃねぇんじゃねぇかッ!! 体を乗っ取って何しようとしてるんだティーサッ!!」

 

 そうだ、やはりシオンはシオンではなくティーサに乗っ取られていたのだ。

 

「――――しまったっ!? 引っかけじゃったかっ!? ふ、ふん! 流石はティムの転生体と誉めておこう!! だがノコノコとここに来たのが運の尽きよ!! その体、ティムに返してもらうっ! は、今の気分はどうじゃ? 愛しい妻に人格を消される事を幸せに思って逝くが良いっ!!」

 

「………………はぁ」

 

「む? その顔は何じゃ、さっきから覇気のない顔をしくさって。それでもティムの来世か?」

 

「………………は~~~~~~~~ぁ」

 

「その溜息を止めろと言っておるのじゃっ!!」

 

 短剣を右手で突きつけ苛立つティーサに、省吾の失望は隠せなかった。

 何故ならば。

 

「――――おいテメェ、お前が何をしたか本当に理解してんのか?」

 

「ぬぅ!? なんだその気迫はっ!? まるでティムの娼館通いを邪魔した時の様な……」

 

「似たようなモンっつーか、もっと罪深いんだよバカ野郎ッ!! お前はもっと俺の気持ちを考えろおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」

 

「ひぃっ!?」

 

 鼻息荒く叫びだした省吾に、ティーサは気圧された。

 省吾は無力な人間だというのに、動いたら殺される、そんな錯覚すら覚えるプレッシャーがあって。

 

「分かるかティーサッ!! お前に分かるのか本当に理解出来るのか灰色の学生時代を送った俺の気持ちが!! 教師になってからも女性との縁が無くて風俗にも通えずッ!! 結婚したというのに初夜はまだだッ!!」

 

「お、おう…………」

 

「それなのにだッ!! お前は今何をした? あ゛あ゛ん゛ッ゛!?  夢にまで見た女子高生と体育倉庫で禁断秘密のイチャイチャ、それ以上もあるよって期待感バッチリのシチュエーションを前にッ、貴様は何をしたああああああああああああああああッ!!」

 

 そう、それだ、それなのだ。

 全ての男が夢にみる、お色気少年マンガやエロマンガの中にしか存在しない嬉し恥ずかしドキドキワクワクの体育倉庫シチュを。

 こともあろうに、大切なシオンの体を乗っ取った挙げ句に省吾を前世に戻そうなどと。

 

「――――言語道断ッ!! 俺は今確信したァ!! ティーサッ!! だからテメェはティムをロリコンに目覚めさせたというのに恋人になれなかったんだッ!!」

 

「はいぃっ!? ちょ、ちょっと待つのじゃっ!? 今なんと言ったっ!? 初耳じゃぞそんな情報っ!?」

 

「シャラップ黙れッ!! 自分の恋心を兄妹のソレだと勘違いしてティムが死ぬまで気づかなかった鈍感は今すぐ黙れェ!!」

 

「っ!? !?!?!?!?!?!?」

 

 混乱し始めたティーサは、思わず真剣な表情で省吾の話を聞き始める。

 

「いいかよーく覚えておけよッ!! 男だってなぁ……ただポンと裸の女が居たからって欲情して襲いかかるってワケじゃねぇんだよッ!! ムードだッ!! エロい事して良いってムードと、エロい事をして良いという建前が必要なんだよッ!! それをお前は何だ? ティムの性欲を邪魔した挙げ句、その抑圧させた性欲を己へ向けさせずに放置し? ティムは隠れて娼館へ行く方法探しや、剣の道に没頭する事で誤魔化事になったんじゃねぇか!! 分かるか? お前の幸せはすぐに手が届く所にあったんだぞ!! それを!! 今だってシオンのフリをして俺を誘ってギリギリまで油断させていれば、ティムの人格を表に

出す所まで行ったんだぞ? それを何だテメェ!! 何年生きてるんだ誇り高きダークエルフさんよォ!! 男心を学ばずに何年生きてきたんだッ!!」

 

 思いの丈を大声でぶちまけた省吾の荒い息だけが、体育倉庫の中に響いていた。

 ティーサは、俯いて肩を振るわせて。

 

(妾は、――――間違っていた)

 

 目から鱗という言葉があるが、今の彼女はまさにその通りだった。

 恋心の自覚、言われてみれば気づけた可能性がある……気がする。

 男心、まったくもってその通りだった、絶好の機会はあった筈だ。

 そして、ティムがロリコンに目覚めていたという情報。

 

「…………妾に足りなかったのは、男心の学び」

 

「そうだ」

 

「――――――師匠っ!! 師匠と呼ばせてくれんかショーゴ!! 妾に男心をっ!! ティムを堕とす為の秘策を授けてはくれんか!!」

 

「………………厳しい……、道になるぞ。それにタイムリミットもある」

 

「それがどうした事かっ!! 妾とシオンはここまで来たのじゃ!! 必ず成し遂げてみせようぞ!!」

 

「うむ、その意気だッ!! 付いてこいティーサ! 新しい俺の生徒よ!!」

 

「はいっ、師匠!!」

 

 二人はがっちりと堅い握手を交わし、それを体の中から見ていて焦ったのはシオンとティムである。

 

(はぁぁぁぁぁぁぁっ!? どうしてそーなってるんですか省吾さんっ!? 昔の私っ!? というかいい加減に体を返しなさい私が省吾さんとイチャイチャするんですううううううううっ!!)

 

(ちょっとちょっと省吾ッ!? それはないって、マジでそれはないってッ!? なんで君とティーサが手を組んでいるんだいっ!? そこは何とかしてシオンに人格を戻す所だろうがっ!! くそっ、僕が何とかしないと――――――ッ!!)

 

 そして。

 

「…………あれ?」「のじゃ?」

 

「ふぅーーはははははははっ、油断しましたねティーサ!! 体は取り返させて貰いましたよっ!!」

 

「君の自由にはさせないよ省吾ッ!! こうなったら僕が直接ティーサに…………」

 

「…………」

 

「…………」

 

「えっ」「あれッ!?」

 

 二人は顔を見合わせた、目の前に居るのはティーサではなくシオンで、そして省吾ではなくティム。

 イチャイチャする事はできず、交渉する事ができない。

 

「まさか……ティム?」

 

「そういう君は、シオン……?」

 

 どうしてこうなった、と二人の心は一致したのであった。

 

 



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第22話 堪え性のない二人(後)

 

 

 長年ティムを陽炎を追い求め続けた末に至った境地であるシオン、そしてそこそこ未練を残してうっかり転生してしまったティム。

 

(くっそお、どーなるってんだよッ!?)

 

(あわわ、はわわわっ!? お、恐れていた事がっ!?)

 

 二人が対面する姿に、省吾とシオンは戦々恐々。

 何故ならば、彼女は紛れもなくティーサの延長線上の存在。

 つまりは。

 

(ああああああああッ、こういう気持ちになるから俺はティムと混じりたくなかったのにいいいいいいッ!! 泣くぞ死ぬぞッ、今更ティムの方を選ばれるとか俺完全にピエロじゃねぇかッ!! つーか発育良くなったからって手を出すんじゃねぇぞティム!! 知ってんだからなッ、テメーがティーサに夜這いかけようとして悶々としてたの!!)

 

(シオンも妾……つまりティムにフォーリンラブじゃ、ショーゴという存在があるとしても心が揺らがない筈が無いっ、だって妾の未来じゃもんっ!! ぬおおおおおおおっ、完全に手抜かったぁ!!)

 

 二人が激しく動揺する中、シオンは非常に冷たい視線でティムを睨み。

 

「――――警告しますティム、即刻その体を省吾さんに返して大人しく省吾さんの支配下に入る形で跡形も無く消え去りなさい」

 

「はッ、君こそ勘違いしていないかい? 省吾は僕の生まれ変わり、もっと自由に人生を謳歌するべきだ。――今すぐ離婚届を出す事をお勧めするよ」

 

(え?)(のじゃ?)

 

「はっ、良く言いましたねロリコン! 昔の私はティーサは気のせいだと流していましたがっ、貴男が私イヤらしい目で見てた事は知っていますよ!!」

 

「君こそ正気かいシオン? 自分の気持ちかティーサの気持ちかも判別出来ずに狂ってしまいそうだったメンヘラが、省吾人生の重荷になってる事に気づいていないのかい?」

 

 冷ややかな言葉の刃をお互いに振り回し、そこには焼けぼっくりに火が付くどころか険悪過ぎる雰囲気。

 

(…………あっるぇ?)

 

(は? え? 何故ティムを敵視してるのじゃシオンっ!?)

 

 ティーサはシオン理解出来なかった、そして同じように省吾もティムを理解できていなくて。

 

(ちょっと待て、仮にも生前は妹以上に見て良いか悩んでいた存在だろ? なんでそんなに喧嘩腰なんだよッ!?)

 

(どうしてじゃっ!? ティムこそ妾達が思い描いていた愛する相手! ショーゴと夫婦になって多少気まずくなるかもとは思っておったが…………そこまで嫌うか?)

 

 つまりは、予想と違い過ぎるという事に他なら無い。

 だが二人と違って、ティムとシオンはお互いを嫌う理由がはっきりと理解出来ており。

 

「今更になって貴男がしゃしゃり出てくるなんて、お呼びじゃないんですっ。――嗚呼、嗚呼、嗚呼、そうですよティーサは確かに貴男を愛していました、……でも、今の私を受け入れ愛してくれたのは、私が愛してるのは省吾さんなんです。…………その省吾さんを歪めようとする『悪』を、私は決して許しません。この身に変えても、いえ、最悪の場合諸共に死んで見せましょう」

 

「そういう思い詰める所を直せって省吾に言われなかったかい? ま、いいか。この際だし僕も本音を言わせて貰う、――――ティーサの抜け殻なんて見るに耐えないんだ、あの可愛く後ろを付いてきてくれて僕を支えてくれたティーサが、こんな壊れ果てた姿なんて見たくない。省吾には悪いけどさ、今すぐ消えてくれる?」

 

 省吾の瞳が、もといティムの瞳が黒く濁り光る。

 シオンの眼もまた、殺意でぐるぐると塗りつぶされて。

 そう、二人がお互いを受け入れられない理由とは。

 

(解釈違いいいいいいいいいいッ!? シオンはまだしもテメェもかよティム!! なんで向こうの奴らは愛が重い癖に素直じゃねぇんだよッ!!)

 

(ふおおおおおおおおっ!? 理由は分かったのじゃが、これ妾は喜んでええのかっ!? かなり複雑な気分なのじゃがっ!?)

 

 どうする、どうすれば良い? どうしたらこの場が丸く収まるのか。

 

(――ティムに任せておけねぇ、シオンは俺の嫁だ俺が何とかするッ!!)

 

(分かるぞ、これは絶好のチャンスじゃ!! 今すぐ体の主導権を握ってティムにキスする!! ショーゴの体であるのが気にくわないが、これを逃す手は無いぞよっ!!)

 

 ならば。

 

「いいよシオン、例え君が相手でも、この体がヤワでも戦いようは――――って省吾ッ!? 君は大人しく――シオン俺だ!! 良いか落ち着けよ!! 今すぐ体を取り返し――ええい黙ってくれ省吾!!」

 

「省吾さんっ!? そうですティムなんかに負け――ティム! 妾じゃ! そのまま踏ん張っておけ――ぬふぅんっ!! 負けませんっ、負けませんよっ!!」

 

 省吾は必死になって、体の主導権を取り返そうとする。

 シオンは力一杯踏ん張って、ティーサに負けぬよう抵抗して。

 

「これは俺の体ッ! ならばイメージしろッ、なんかこう良い感じに後ろから首根っこ引っ張って退ける感じでッ!!」

 

「ぐぬぁッ!? くそうこの体の扱いは省吾の方が上かッ、だか僕にも引けない理由があるッ! 今ここで――――」

 

「退きませんっ、絶対に退きませんよ!! ~~~~~っ!? ああもうっ、なんですこのイメージっ、躊躇無く首をへし折ろうとしてるんじゃないですよっ!?」

 

「ダークエルフの女はド根性おおおおおおおおっ! 例え実際に体にダメージが行っても何とかなるじゃろっ!! 妾はティムと何者にも邪魔されずにイチャラブするんじゃあああああああああ!!」

 

 省吾の体は手を使わず頭で支えるブリッジ状態、その上で右手と左手は喧嘩して。

 シオンは宙に浮いて、右や左、上や下に、壁に棚に体育用具にぶつかり放題。

 幸か不幸か周囲には誰も居なかったが、もし誰かに見られたら通報待った無しのカオスである。

 

(このままじゃ埒が明かないッ!! 何かないかティムの弱みッ、一瞬で良いから動揺させる何かッ!!)

 

(なんて事を考えてるのはお見通しだよ未来の僕ッ、何故ならば僕も同じ事を考えるからねッ!!)

 

(――――違う、いくら過去の秘密を暴露してもコイツは動揺しないッ、なら…………!!)

 

(どんな秘密を暴露する? それとも自爆覚悟で壁に頭をぶつけて気絶、……これかッ!!)

 

 そして、まったく同じ瞬間。

 

(いくらダークエルフが頑丈だからって自爆覚悟とか何考えてるんですかっ!? 何とかしてショックを与えて取り返さないと……)

 

(ふははははッ! 勝った! 妾の勝ちじゃ! 何せ人生の経験値は妾の方が圧倒的に長いんじゃからなっ!! どーせ次の手は気絶かショーゴの体を傷つけて妾を動揺させようって腹じゃろうて!!)

 

(考えるんです私っ、ティーサが嫌がることをっ! 少しの動揺で良いんですっ! だから省吾さん――――)

 

 瞬間、地面に足を付けたシオンと立ち上がった省吾の瞳が確かに交わる。

 人生経験、戦闘経験で勝るティムとティーサに唯一勝機のある所、前世ではたどり着けなかった境地。

 省吾とシオンは、お互いが同じ考えである事を確信して。

 

「人生の墓場に行った男を舐めるんじゃねぇえええええええええええええええ!!」

 

「私には素敵な奥さんになるって夢があるんですよおおおおおおおおおおおおおおっ!!」

 

(手を伸ばしたッ!? 何をする――っ!?)

 

(ショーゴに近づくっ!? やはり、いやこれは――っ!?)

 

「掴んだッ」「掴みましたっ」

 

 そして。

 

「――――ん」

 

「ん――――」

 

 省吾の唇と、シオンの唇が合わさる。

 触れるだけの軽いキス、しかし。

 

(うわああああああああああああッ!? 痒いっ!? なんだこれ全身がむず痒いッ!? 例えるなら両親が年甲斐もなくイチャついてる空間に無理矢理いなきゃいけないような――――)

 

(こ、心に暖かな何かが広がる……、妾は知らないっ!? こんな暖かさは知らない――――)

 

 それはあくまで机上の空論だった、素直になれない無自覚ロリコン男ならば、恋愛のれの字も意識してなかった鈍感こじらせ女ならば。

 

「…………ふぅ、何とかなったな」

 

「ええ、一時はどうなる事かと」

 

「しっかし、まさかこんな軽いキスだけで逃げ出すとか。前世の恋愛経験値ゼロっぷりは恥ずかしいぜ」

 

「私もですよ、――そうだ、今日はもう授業ありませんよね省吾さん。私、サボちゃうんでずっとイチャイチャしときません?」

 

「お、いいなそれ。丁度、有給取れとか校長に急かされてたんだ。この際だから多少は消化しとくか」

 

 二人はるんるんと腕を組んで、体育倉庫の外に出る。

 前世を撃退する方法、それは恋愛経験ゼロの心の童貞と処女に夫婦としてのイチャイチャを見せつけること。

 それが判明した以上、――容赦はしない。

 省吾とシオンは、幸せそうに微笑み会ったのだ。

 

 



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第23話 それがどうした

 

 

 そしてその日の夜、二人が寝静まった頃である。

 省吾はのそりと起きあがって、否、省吾ではないティムである。

 そして隣では、シオンもといティーサが体を起こして。

 

「…………考える事は一緒みたいだね」

 

「そうか貴様も……、ならば話は早い」

 

「「――――来世に対抗する」」

 

 二人はしっかりと視線を合わせて頷く、だが久しぶりの再会だというのに彼らは触れあおうとすること無く。

 

「省吾が起きるかもしれない、手短に行こう」

 

「こちらも同じじゃ、具体的に何をする? 妾達は夢幻の類、永遠に体の主導権を握ることは叶わないだろう」

 

「けど、体の機能の一部をある程度の期間は奪う事ぐらい出来る筈だ」

 

「ふむ……となれば目、いや口……喉か? 声を出せない事態に陥れば、シオンも妾達に譲歩する余地も出てくるであろう」

 

「最良でそれだね、恐らくは警告止まりになるだろうが――僕たちの意志は示せる」

 

 ティムも、ティーサも、何を目的としてだとか、その先に何を求めるのかとか。

 具体的な事は、なに一つ口に出さなかった。

 時間が無かった事もある、だがそれ以上に。

 

(度し難いね自分自身の事だって言うのにさ、……認めよう僕はティーサに触れたい、抱きしめたい)

 

(ティム……嗚呼、姿形は変わってしまったが妾には分かる、確かにティムじゃ、妾が求めて続けてきた、終ぞ気づかなかった魂の片割れになる筈だった男――)

 

 口に出したら、触れてしまったら、あの頃とは決定的に何かが違って、壊れてしまう気がして。

 

(もう僕らは死んでしまってるっていうのにね、変化を恐れるなんておかしな話さ)

 

(邪神と戦った時より怖いとは……心というのは己でも儘ならないものじゃな)

 

 絡まる視線、静寂の中で躊躇いだけが存在する。

 あんなに見ないフリをしていたのに。

 あんなに渇望していたのに。

 ――いつ消えても不思議じゃない、不安定な状態なのに。

 

(だからなのなかな、……勇気が出ないんだ。勇者だって言われてた僕が、立ち向かう勇気が出ないなんて)

 

(後悔だけが残って生きてきた、だから……下手に口にだして、また後悔してしまうならば――――嗚呼、妾も弱くなったものじゃ)

 

 ここで踏み出せない事こそ、あの時に未練を残す終わりしかなかった事の証明に他ならない。

 それに気づいていても、それが故に、不器用な二人は何も言えない。

 

(もしかしたら、僕の来世が省吾なのは間違えない為だったのかもね。――彼は間違えなかった、踏み出せたんだ僕と違って)

 

(シオン……、貴様ならば手の延ばせるのじゃろうな。敏感なほど己に敏く、躊躇いの無い――理想の妾なら)

 

 でも。

 前世の二人は、未だ体を返さず留まっていた。

 ただ無言で、静かに見つめ合って。

 世界が無造作に滅びそうな危険に満ちた時代ではなく、とても平和な時代、求めていた時代。

 

 この時代に産まれたならば、否、きっと、だから、――必然、そうなのだろう。

 ティムは省吾に転生して、すり減ったティーサはシオンに変化したのだ。

 少しでいい、過去そのものである己も変われるのならば。

 

「…………また逢えて嬉しいよティーサ」

 

「妾も、会いたかったぞティム」

 

 ぎこちなく笑う、一歩だけど二人は進む。

 死んだ後も、後悔などしたくないから。

 次があると、信じて。

 

「今度はもっと……、話せると良いね。――おやすみティーサ」

 

「そうじゃな、今度は再会の抱擁でもするかの。……良い夢をティム」

 

 名残惜しさを我慢して、ティムが先に横になり目を閉じた。

 続いてティーサは、拳ひとつ分だけ離れて横になり心の奥に戻る。

 ――体の主導権が戻った後、シオンは無意識に省吾を求め抱きつき。

 省吾はそれに答えるように、彼女の手を握る。

 

 

 

 

 そして朝である、朝食の準備は妻の役目とシオンは寝ぼけ眼をこすって起床。

 無言で魔法を使い身なりを軽く整え、パジャマのままエプロンを。

 テレビをつけBGMに、手際よく朝食を作り上げ。

 さて後は、省吾を起こすだけだと。

 

「――――――?(はい?)」

 

 愛しい夫の体を揺する手はそのままに、不可解そうに瞬きを一つ。

 彼も起きて体を起こしながら。

 

「――――…………?(うぇッ?)」

 

「――――!?(く、口が動かな――じゃなくて声が出てませんっ!?)」

 

「――――??(どうなってるシオンッ!? ってお前もなのか??)」

 

「――――!!(どうしましょう省吾さんっ!? 声が、喉から声が出てませんっ!!)」

 

 お互いに口をパクパク、しかし言葉は無くとも事態は理解できる。

 これは前世の仕業だ、急激に二人の脳は冷静に明晰に動き出して。

 

「――!!(そうだスマホ!! 文字でなら!!)」

 

「――!!(その手がありましたっ!!)」

 

 省吾は衝動的に答えを導きだし、枕元のスマホを手に取る。

 同時に、シオンも焦った手つきでアプリを起動して。

 

『大変です省吾さんっ!! 声が出ませんっ!!』

 

『分かってる、これはティム達の仕業だな?』

 

『二人同時に声が出なくなるなんて、しかも魔法を使った形跡もありませんし間違いありません!!』

 

『夢の中でか、眠ってる間だに俺らの体を乗っ取って話し合ったかは分からんが……やってくれたな』

 

『取り戻せそうです? 私の方は今すぐには無理みたいで、というか取り返す方法すら検討つきません……』

 

 体育倉庫の時は無我夢中だったし、何よりティーサという人格が隣に感じられた。

 だが今は、喉に違和感があるだけでどうにも出来ない。

 一方で多少の経験がある省吾は、目を瞑ってティムとの交信を試していたが。

 

『…………ダメだな、話し合う気はなさそうだし。なまじ一点に絞ってある分、今のままじゃ取り戻せない。夢の中なら可能性はありそうだが、俺も自由に会えるワケじゃないしなぁ』

 

『困りましたね、今日は平日で学校があるっていうのに』

 

『それなんだよなぁ……』

 

 声を取り返したくば、譲歩する意志を見せろという前世からのメッセージだろう。

 だが省吾とシオンの意志は、徹底抗戦で統一されている。

 

(主導権を奪われたのは声だけか? 俺の思考まで奪われたり読まれたりしてないだろうな)

 

 仮にそうであるならば最悪の事態だが、省吾はその可能性を即座に否定した。

 

(違うな、そこまで出来るなら俺とティムはもう混じり合って意識の区別が出来なくなっている筈だ。わざわざこうしているという事は…………)

 

(――警告、でも本当にティムとティーサが手を組んだんでしょうか? 二人の目的は違うというのに?)

 

 屈する事は出来ず、手掛かりは不明。

 八方ふさがりに近い状況の中、省吾は鋭い目つきで追求する事を止めた。

 

『…………提案がある、付き合ってくれないか?』

 

『勿論ですっ!! 何をすれば良いんですかっ!!』

 

『何もしない』

 

『はい!! 何もしませんっ!! …………いえ省吾さん?』

 

 突拍子もない提案にシオンが首を傾げると、省吾は苦笑して彼女の体を引き寄せて寝転がる。

 

『ちょっと省吾さーん? こんな時にイチャイチャは違うんじゃないですか? いえ嬉しいですけど……』

 

『こんな時だからだ、お前は喋れなくても生徒だからなんとかなるが。俺はそうはいかない。――なら、いっその事、休みにしてイチャイチャして過ごすべきじゃねぇの?』

 

『………………――――なるほどっ!! 名案ですよ省吾さん!! じゃあ早速、校長には私から連絡しておきますね!!』

 

『俺の方からも連絡しておくけどな、有給消化しろってせっつかれたし最悪一週間ぐらい平気だろ』

 

 その場合、各クラスの授業の遅れの調整という難題が待っているが。

 未来の事は、未来に後回しである。

 ちゃくちゃくと進む、有給イチャイチャタイムに二人の中から見ていた前世組は。

 

(しまったッ!? その手があったかッ!? というかズルくない? 僕の時代には有給とか無かったよッ!? ああもうっ、下手したら逆効果じゃないのこれってッ!? 声を出せない事を理由に、特殊なイチャイチャ始めても不思議じゃないんだけどッ!?)

 

(ふへっ、ふはっ、あはははっ…………やってくれたのぉシオン!! どーするんじゃティムっ!? 地獄じゃぞ、この先は地獄じゃぞっ!? こっぱずかしい光景をこれでもかと見せられるんじゃぞっ!? 長年喪女ダークエルフだった妾の心が死ぬぅ!!)

 

 意志の疎通はなくとも、同じく焦りに満ちて。

 でも、声の制御は手放せない。

 こうして、一方的に有利で不利な我慢比べが始まったのだった。

 

 



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