ドルヴァン&エルレリーフ魔道具工房 (雪谷探花)
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1.耐毒ペンダント
「依頼内容は、先日お伝えしたとおり、
ギルド職員のトリアは、二人に魔道具の製作依頼を伝えていた。
一人はドワーフ族の職人ドルヴァン。
一人はエルフ族の付与魔術師エルレリーフ。
二人で魔道具工房を立ち上げていて、確かな腕から工房の名は上がり続けていた。
魔道具とは魔術によって特殊な効果を付与した道具の総称だ。
耐毒ペンダントであれば、毒からの防護といった具合に。
「光栄だわ」
エルレリーフは目を輝かせた。
ドルヴァンは頷いて同意する。
秩序と強欲の竜の町。
竜が支配するこの町には、異界門と呼ばれる物がある。
浮遊する石板状の物体で、触れる事は出来ず通り抜けてしまう。
そして通り抜けた先には異界と呼ばれる不可思議な環境が広がっている。
そこにはさらに異界門がありまた別の異界に繋がっている。
毒樹雨林はいくつもの異界門を通った先にある、毒に汚染され切った環境だ。
空気を瓶詰して持ち帰ればそれで大量の死者を作り出せるような場所なため、ギルドは立ち入りを厳しく制限している。
そのため毒樹雨林の探索許可を得るにはギルドからの信頼が厚く、異常な環境でも生存できると見込まれた精鋭でなければならなかった。
そして、彼らを守る装備を依頼されるという事もまた、信頼の証だった。
「指名かしら?」
「いいえ。ギルドからの推薦です。お二方なら十分こなせると判断されました」
「そうなの。んー、もしかしてトリアが頑張ってくれた?」
「いえ……。私はマンイーター探索用装備に推薦していました。叶いませんでしたが」
「そうだったの……。でもありがとう。トリア」
「あるべき場所に、あるべきものを。人も道具も。それだけの事ですよエルレリーフ」
微笑み合う二人に柔らかな空気が流れる。
「そろそろ本題に入ってはくれんか?」
ドルヴァンが苦笑すると、トリアは恥ずかしそうにした。
「もう! せっかちねえドルヴァン!」
呆れた様に、しかしどこか楽しそうにエルレリーフがからかう。
「仕方なかろう」
ドルヴァンがニヤリと笑う。
エルレリーフも笑い、トリアは少し微笑んだ後居住まいを正した。
「そうね! 私もワクワクするもの! それじゃあトリア、お願い」
「はい」
トリアが説明を始める。
「毒樹雨林用耐毒ペンダントに求められる機能は、通常の耐毒ペンダントと変わりありません。
しかし、求められる基準は非常に高いものとなっています」
二人の様子を確認しつつ、トリアは話を続ける。
「毒液に潜水しても浸水の発生しない防護が必要です。
呼吸、飲食、探索、戦闘による体内への毒の侵入が発生します。全て除去を行ってください。
これらの防護、除去の全てを常時行える状態。その維持期間を半年以上確保してください。
必要数は8。ギルドで鑑定魔術による品質確認を行い、依頼主には鑑定結果一覧と共に納品します。
以上です」
耐毒ペンダントの機能は大きく分けて三つある。
装備者に防護膜を発生させ、そこに付着した毒を吸収する事。
体内に侵入した毒を判別し吸収する事。
さらに吸収した毒をペンダント内に蓄え漏れないようにする事で、装備者とその周囲を毒による汚染から保護する。
それらを一つにまとめて組み込まなければならない。
耐毒ペンダントはその目的から複雑な機能を持つが、蓄えられる毒の量に上限があるため消耗品として扱われる。
しかし流通品の質は低かった。
効果範囲が重複する魔道具は阻害し合う。
体表、体内どちらにも作用する耐毒ペンダントは多くの選択肢を奪ってしまう。
初心者ならば身体強化の方が活躍できる。
熟練者ともなれば複数の魔道具を使い分ける。
他を捨ててまで耐毒ペンダントを持つ利点はなかった。
需要が低い。にも拘らず機能は複雑で手間がかかる。
商品として作りたがる者が少ないせいで、市場に出回っている物の多くが若手の魔術師が試しに作った代物という有様だった。
それらの要因から、そもそも高品質な耐毒ペンダントの製作経験者が少なく、製作が難航するのが常だった。
「要点はわかったわ。それで私からの提案なんだけど」
だからエルレリーフが自ら更なる困難に飛び込もうとした時、トリアは少しばかり驚いて、やはり彼女はこうでなくてはと思い直した。
*
耐毒ペンダントの使用素材としてドルヴァンが選んだのは、ヤドリギ鉄と
ヤドリギ鉄は寄生樹の一種で異界から得られる。
木でありながら金属のように固く、溶かすこともできる。
木緑石も異界から得られる。
主に木のコブの中から発見される緑色の石をそう呼ぶ。
菌類の中には鉱物を生成する物があり、それによるものではないかとされている。
現在、秩序と強欲の竜の町では魔術加工が主流だ。
その理由はいくつかある。
作業速度。
数日かかる作業を一日で数回こなせるようになる。
自由度。
石も鉄も木も、あらゆる素材が一つの作業台で自在に加工できるようになる。
新素材が発見され続け、異界への対策を常に求められるこの町において、その利点はあまりに魅力的だった。
ドルヴァンは素材を並べると、手袋を着けて魔術を用いた加工を始める。
まずは木緑石を
硬い石が液体となり滴り落ちる。
ゴミを取り除いた後、分離させ透明な部分のみを残すために時間を置く。
次にヤドリギ鉄に取り掛かる。
小ぶりな枝が作業台に乗せられた。
叩いてもへこまないはずのヤドリギ鉄をまるで粘土のように容易く変形させていく。
そのまま練り伸ばして、切り分けた後、さらにいくつかの太さに伸ばして糸状にする。
その中から太めの糸を取り出し花弁を模した枠を作ると、その中を太さを使い分けながら模様で埋めていく。
一枚一枚異なる模様の花弁が作られていく。
そしてそれらを
中央に珠を作って置けば、指先に乗る小さな花になった。
分離が終わった木緑石の澄んだ深緑色を、雫の形の型に流し込む。
とろりとした質感が型を満たしていく。
そして中に先程作った花を沈める。
花の位置を調整した後、固めてから型から取り出し、形を整えてやる。
今度は残りの糸を使い木緑石の外側を飾る。
花が隠れないように。
上部には枝葉の模様を。
下部には根を思わせる曲線を。
外れないように、木緑石を少し柔らかくしてからはめ込んで接着すると、ペンダントトップが出来上がった。
職人としてのドルヴァンは、他がそうであるように求道者である。
己の肉体と精神を研ぎ澄まし、一品を作り上げる事を望みとする。
学び、挑む中で多くの仲間たちと出会った。
そして道を同じくする腕利きたちとの切磋琢磨が彼を一流にした。
ある時、違和感を覚えた。
その曖昧な感覚は、誰とも共有できなかった。
だから彼はこれが自分の進むべき道だと信じた。
ドルヴァンの探求が始まる。
更なる研鑽。それも正しかった。
新たな技術。それも正しかった。
素材の研究。それも正しかった。
作業環境の改善。それも正しかった。
ドルヴァンの試行錯誤は多くの正しさを探り当てた。
成功を続けながらも、成長を続けながら。
けれどもどこにも答えはなかった。
本当はただの勘違いで、そんなものを隠された財宝だと信じて追い求めている滑稽な男なのではないか。
時たま浮かぶようになった考えを振り払うように、特に珍しくもない晴れを理由に市場をぶらついた時だった。
何故だかはわからない。
喧噪から聞き分けた何かによってかもしれない。
鼻孔をくすぐる旬の果実の香りによってかもしれない。
人込みや物の山から見出したものがあったのかもしれない。
あまりに唐突に、ただピントが合ったとしか言えない有り様で答えが浮かんだ。
ドルヴァンに有ったのは、ああそうか、という納得だけだった。
ドルヴァンは一通り市場を見て歩いた後に帰った。
そうして作り出された物にエルレリーフは触れ、惚れ込んだ。
すぐさま彼のもとを訪れ、盛大に褒め称え、一緒に工房を開こうと騒いで、うるさいと叱られた。
結局ドルヴァンはエルレリーフの誘いに乗った。
確かに多くの人を唸らせた。彼の腕を求める人はより増えた。
しかし、ドルヴァンの答え、その真価を発揮させられるのはエルレリーフだと感じた。
「ドルヴァンは最高の職人よ? だから相棒である私は全力で応える必要があるのよ!」
強力な効果を追加したため、極めて難しくなった耐毒ペンダントの製作。
トリアが業務上の確認として本当にこれでやるのかと聞いた時、エルレリーフはそう言ってのけた。
ドルヴァンは仕事を続ける。
ドルヴァンは何の心配もしない。
エルレリーフがやると言うのなら。
*
(流石ねドルヴァン……)
エルレリーフは作り上げられたペンダントをしげしげと見つめながら感じ入っていた。
付与魔術師は対象に宿る力を引き出し、自身のイメージを付与する。
乾いた木の枝が火種を必要とせずに火を灯す。
ただの包帯が傷を一早く治す。
しかし限界もあった。
木の剣で万物を切り裂きたいと願い、付与しても、実際に斬れる物を使うより遥かに切れ味は鈍かった。
まず、木の剣にそこまでの力を宿す事が出来ず、できたとしても魔術師に切り裂くべき万物を想定しきれない。
だが諦めない者たちがいた。
素材を吟味し、加工し、組み合わせることで引き出せる力の種類も量も変わる事に気付いた者たちがいた。
彼らは職人となり技術を磨いた。
事象や概念を分析し理解することでより綿密なイメージを生み出せると気付いた者たちがいた。
彼らは魔術師となり知識を深めた。
職人たちに研ぎ澄まされた剣は、魔術師たちの手でさらに切れ味を増した。
加えて折れにくいように、欠けにくいようにもされ、中には火を纏う物も現れた。
精巧なランプは絶えることなどないかのように明かりを灯し続けるようになった。
逆に、照らせる範囲の光を食らい闇を生み出す物もできた。
両者の知識と経験は循環し、互いを刺激しながら高め合った。
エルレリーフもその輪の中にいたはずだった。
彼女は魔道具の限界を引き出せる付与魔術師として名を馳せていた。
しかし、それは同時に彼女の限界を引き出せる魔道具はなかったという事でもあった。
彼女にとって、付与とはずっとそういうものだった。
理由は単純で、彼女の成長が飛び抜けて早かったからだ。
それでも、新しい発見は異界からやってきたし、新しい挑戦も尽きる事がなかった。
依頼者が喜べば嬉しかったし、新素材の研究に携われれば誇らしかったし、新技術が注ぎ込まれた魔道具に付与する時は心が躍った。
彼女の送る日々が幸福で充実したものであることに違いはなかった。
ドルヴァンという職人の事は知っていた。
最先端を競う工房の一つ、その筆頭に立ち、質の高い魔道具を生み出し続ける職人として有名だった。
会ったこともあるはずだった。少しばかりの会話もしただろう。それぐらいの関係だった。
ある時、ドルヴァンが変わった物を作り上げたと聞いた。
ギルドにサンプルとして収められたのを知り、好奇心旺盛な彼女は当然見に行った。
今、エルレリーフの手の内にあるペンダントは、その時に見た物と比べてさらに研ぎ澄まされている。
エルレリーフが付与を始める。
目を閉じて、まっさらな空間を思い浮かべる。
ペンダントを空間に映し込む。
澄んだ深緑色が、美しく組まれた細工が、空間に広がっていく。
職人が作った道具はその質が高ければ高いほど多くの素材を与えてくれる。
本来付与魔術師はそれらと心の内から湧き出る物を組み合わせて一つのイメージを作り、その世界観で機能を表現する。
エルレリーフはペンダントが展開されていく様子をじっと見つめている。
ふと、目の前で一枚の葉が舞い落ちた。
それをきっかけにエルレリーフも空間も何もかもが混ざり合っていく。
イメージが芽吹く。
エルレリーフは土から出たばかりの芽だった。
彼女は土から水を、栄養を吸い上げ、驚くべき速度で育っていく。
若木となっても勢いは衰えない。
日に向かい、懸命に生きる。
そしてエルレリーフは巨木になった。
幹は太く長く、根は大地をしっかりと掴み、枝は瑞々しい葉を茂らせている。
空を覆いつくすように枝を広げる彼女は、まるで世界樹だった。
だが、空が陰り出す。
暗雲が立ち込め、毒の雨が降る。
大地が汚染される。根から吸い上げた物が体を内から蝕む。
風が吹き付ける。体の隅々まで毒で濡らされていく。
このまま朽ちてしまうのか。
いや、そうはならない。
身にまとっていた宿り木がその身を呈して毒を吸い出す。
身の内から湧き出した緑色の結晶が身を覆い、風も毒の雨も防ぎきる。
耐える。ひたすら耐える。
蓄えた年月と生命力は、間違いなくこの困難を乗り越えるだけの力を与えてくれている。
やがて暗雲は去った。
その身は朽ちることなく、枝の一本も折れる事はなかった。
一片の疑いもなく健在だった。
暖かく穏やかな日差しが戻った頃、エルレリーフは花をつけた。
一点の汚れも曇りもない、美しく可憐な花だ。
生き抜いたからこそ得られた輝き。
それは、大いなる実りの前触れに他ならなかった。
エルレリーフの目が開く。
付与が終わり、イメージの世界から帰還したのだ。
ペンダントを確認する。
付与は完成した。
彼女は完全に自由だった。
イメージは鮮明に編み出され、望んだ以上の物が生み出された。
しかし、エルレリーフの独力で行われたものではない。
きっかけとなった一枚の葉は、間違いなくドルヴァンの手によるものだった。
完成した耐毒ペンダントは灯りを受けてきらめいている。
高い技術によって作り込まれた耐毒ペンダントにはしかし、
本来インゴッドにしてから加工するヤドリギ鉄をそのまま使用したためにできたものだ。
これこそがエルレリーフのイメージに葉が落とされた原因であり、ドルヴァンが辿り着いた答えだった。
本来失敗として、あるいは未熟さの象徴として扱われる斑をドルヴァンはコントロールしている。
完璧からあえて、一歩だけ下がる。
そうする事でドルヴァンの作品は人工物でありながら自然物を思わせる。
斑さえ計算し調和させた作品は奥行きと味わいを作り、世界を生み出すためのほんの少しの後押しをする。
強くもなく弱くもなくそっと。
それだけで、想像力は世界になる。
そうして今回、エルレリーフはペンダントを入口にして、大自然に飛び込み、そのものになったのだ。
エルレリーフは深呼吸をする。
振り絞った精神が息を吹き返す。
確かな手ごたえがあった。
全力を尽くせたという達成感があった。
この経験がさらなる成長を生む。
次なる一歩を踏み出せるという確信になる。
今回の依頼が終わるまでの成長で、彼女は今のドルヴァンの限界を見極め、改良案すら導き出すだろう。
しかしそれで終わりではない。
ドルヴァンは未知の領域を切り開き続けている。
気を抜けば置いて行かれるだろう。
かけがえのない相棒との切磋琢磨。
ドルヴァンと組んでから、エルレリーフの人生にさらなる幸福が加わった。
エルレリーフは情熱をたぎらせて次の付与に取り掛かる。
*
毒樹雨林。
なぜこのような環境になったのかはわからない。
もはやどこから生じた毒なのかわからない。
この異界にある、ありとあらゆるものは毒に汚染されている。
あらゆるものが汚染を広げていく。
大気は淀んで視界をくすませる。
草木の鮮やかさは毒々しい。
猛獣のような魔物はただれた皮膚を持ち、狂乱して不快な叫びを上げながら襲っていくる。
爪や牙は分厚い鎧も容易く切り裂く。
植物のような魔物は至る所から蔓を伸ばす。
一度絡め取られれば為す術なく連れ去られ、生きたまま養分にされる。
木の上から奇襲をしかける魔物は容易く人を粉砕する。
異臭を放つ沼には何かが
生存すら困難、生き延びても心身を削られ続ける中、さらに奥に分け入るなど蛮勇と断言できる。
冒険者パーティの面々は、そんな環境を進む中で、こみ上げる笑いを抑えるのに随分苦労した。
探索は順調だった。順調すぎたと言ってもいい。
彼らはすでに毒樹雨林の探索を複数回行っている。
異界の様子はこれまでと変わりなかった。
変わりなく異常で脅威だった。
しかし足取りは軽く、意気軒昂であり続けた。
以前までの苦戦は軽々と跳ねのけた。
夢でさえここまで動けないと思えるような活躍があった。
まるで異界の主になれたかのように力が
精神は充実していく。
高まった洞察力が致命的な不運を見破った。
呼吸するだけで研ぎ澄まされ、冴え渡る。
パーティは優秀だ。これまでの経験は無駄なく活かされていた。
だがそれだけでこんな急激な成長は起きない。
理由は明らかだった。
優秀な工房との繋がりは冒険者の命綱だ。
華々しい活躍を見せるパーティの話題には、必ず彼らを支える工房の話が付随する。
それは情報の共有であり、憧れであり、嫉妬でもあったが。
ドルヴァン&エルレリーフ魔道具工房の名も聞いていた。
思わず装備の上から耐毒ペンダントを撫でる。
「だが、これ程か」
リーダーが思わすこぼした言葉を仲間たちが拾う。
「どうやらギルドは我々を英雄に仕立て上げたいようですな」
一人が軽口を叩く。
冗談めかしているが、その目にはどこか真剣さがある。
全員が笑いつつも内心同意していた。
そう思いたくもなる。
彼らには、成功に導かれているという感覚を持った事が幾度もあった。
命懸けだと思った討伐対象を、滅多に降らない雨に紛れ、油断して寝そべる標的の急所を突くことであっけなく済ませた時だったり。
採取対象の群生地までの危険な道のりを難なく踏破できた時だったり。
しかしそれらは所詮偶然でしかないと断じる事ができた。
むしろ偶然の良い面が表れるなら、悪い面も必ず表れると備え、律したからこそ彼らは今も生き残っている。
だが、この耐毒ペンダントは違う。
あくまでこの耐毒ペンダントは人の手が生み出したものだ。
今回のような成功を再び生み出せるはずのものだ。
「これで俺たちは毒樹雨林初の異界門発見者だ」
目の前には異界門が浮かんでいる。
後は門の先の確認作業をするだけだ。
「いやしかし、画期的ですね。これは」
彼らが身に着けてきたこれまでの耐毒ペンダントには連続使用可能時間があった。
耐毒ペンダントの効果が維持できる期間とは異なる、装備者の限界によって生じる制限だ。
耐毒ペンダントがどれだけ早く毒を吸収できても、体内に毒が入ったならどうしてもダメージが発生する。
それを踏まえて毒樹雨林で生命の安全を保障できる時間として設定されたのが連続使用可能時間だ。
回復手段を別に用意すれば探索を続行できるがそれも有限。
結果、毒樹雨林の探索に大きな制限ができてしまっていた。
「そうだな。だが、まだ量産は難しいのだそうだ」
量産が困難な理由はエルレリーフが追加した付与にあった。
毒の魔術変換。
エルレリーフがイメージした大いなる実りの正体だ。
蓄えられた毒、まずはそれを選り分ける。
毒はそれぞれ及ぼす効果が異なる。
効果を抽出して反転などの処理を施す。
それを支援魔術として機能させる。
耐毒ペンダントはその効果を発揮させる上で魔力を体内に循環させる。
あたかも心臓のように。
エルレリーフは耐毒ペンダントから体内に魔力を行き渡らせる部分、動脈の部分に支援魔術を乗せた。
必要な所に必要な効果を。最大限に。
魔力の流れを邪魔せずに支援魔術は運ばれていく。
魔力は体の末端を目指す過程で毒を検出しマーキングしていく。
そして耐毒ペンダントへ戻る流れ、静脈の部分で漏れなく回収していく。
「そんな代物なんですか。いや、凄い物なのはわかるんですが」
循環は滞りなく、大量に行われ、間断なく魔術が発動する。
潤沢と言える毒は、贅沢と言えるほどの効果を生み、冒険者たちに絶大な支援を与えている。
「ああ。ギルドの奴に熱弁されたよ」
ケガはたちどころに癒え、体力は常に万全と言える程充填される。
古傷まで治ってるのに驚くのは帰還後になるだろうが。
「そりゃ珍しい。まあできるなら次も頼みたいもんですが」
エルレリーフのそれは治癒だけに留まらない。
一部を身体強化に割り当て、肉体、精神を別次元に引き上げていた。
彼らは毒樹雨林において、耐毒ペンダントの効果が保つ限り、不死の強兵となるのだ。
「そうだな。この縁は俺たちの必勝の策になり得る。遠慮なく頼らせてもらおう」
門をくぐる準備は着々と進んでいる。
彼らの成果は新たな冒険となり、多くの未知と富を町にもたらすだろう。
付与魔術師の願いは魔道具を通して世界に現れ、影響を及ぼす法則になる。
冒険者に絶対の守護と生き抜く力を。
それこそがエルレリーフが耐毒ペンダントに託した願いだった。
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2.光食香木のランプシェード
「おめでとうロイエン。君が首席卒業者だ」
秩序と強欲の竜の町にある初等学校の校長室で、ロイエンは学校長に告げられていた。
和やかな雰囲気の中、ロイエンに拍手が送られる。
ロイエンは感動と達成感から自然と笑顔が浮かび、目が潤んだ。
校長室にはロイエン、学校長、学級担任の教員、そしてもう一人いる。
「彼はギルド職員のエヴァンズだ。君への恩賞の担当となる」
「エヴァンズだ。よろしく、ロイエン」
握手を求められてロイエンが返す。
「ロイエンです。よろしくお願いします、エヴァンズさん」
町ではギルドが運営する学校で教育が受けられる。
初等教育が6年、中等教育が6年、高等教育は専攻によって2年か4年。全て無料だ。
初等、中等では卒業時の成績最優秀者に恩賞として望みの魔道具と表彰盾が送られる。
「うん。僕の昔と比べて随分しっかりしてる。将来が楽しみだ」
エヴァンズは冗談めかすと元の位置に戻った。
後は担任からいくつかの連絡事項と、卒業式でのスピーチを考えておくよう告げられた。
「それじゃあお待ちかねの話をしよう」
このために校長室での話は最低限になっている。
エヴァンズはそんな事を雑談の中で教えながら、ロイエンを連れて個別面談室へ入った。
「魔道具について焦って決める必要はないよ。
これまでの最長記録は1年だ、更新を目指してじっくり悩んでもいい」
エヴァンズは随分気さくな人のようで、ロイエンの緊張もすっかり解きほぐされていた。
「いいえ。何が欲しいかはずっと前から決めていたんです」
ロイエンから欲しいものと理由を聞かされたエヴァンズは、間違いなく最高の物を作ってもらうと胸を叩いた。
*
ドルヴァンは
光食香木は光を当てるとその分の香りを発する木だ。
そして光の強弱により透明度と香りが変わる。
弱い光ならそれだけ木も透け、強くなるほど本来の木の姿を現す。
香りに関しては主に光量と光の種類によって変わる事が判明している。
すり下ろし終わったら水に入れる。
柔らかくして揉みほぐし、より細かくしていく。
目の細かい網の上に厚さが同じになるように広げたら、上下を押さえて水分を絞る。
熱を加えて水気を飛ばせば、光食香木の紙が出来上がった。
出来上がった紙から舟型多円錐を切り出し球体を作る。
接合部はしっかりと接着し、継ぎ目はよく馴染ませて完全に消しておく。
上下を同じ大きさで切り取る。
下を平面で塞げば
次はここから、
光食香木は厚さの違いによって透明でいられる光の量が変わる。
厚ければ厚いほど透明な状態が続く。
デザインはエヴァンズがかき集めた資料を見ながら、エルレリーフのアドバイスのもと、ロイエンと何度も打ち合わせをして作り上げたものがすでにある。
それに忠実に従い作っていく。
余った紙を団子状にした後、粘土のように使い肉付けしていく。
背景にあたる部分が最も厚くなるように、それ以外は遠近感を意識して。
最後の微調整が済んだ元球体はでこぼこの状態だ。
これを完全に透明な樹脂に漬け込み固める。
気泡が残らないようにした後、球体に削り出す。
下は平面に切り取った後少し掘り、削った部分より盛り上がらないように光食香木の粘土で塞ぐ。
上は同様に平面に切り取った後、中に詰まっている樹脂を円柱状に掘る。
半分を少し過ぎるあたりまで掘ったら、最後にフタになる部分を作る。
光食香木のランプシェードが出来上がった
*
「なんって素晴らしいのかしら!」
エルレリーフは目を輝かせて、ロイエンの肩を両手で掴んでいた。
ロイエンは驚きと年上の女性から急接近された事で硬直している。
「エルレリーフ。気持ちはわかるが」
ドルヴァンが諫める。
「あ! ごめんなさい急に!」
エルレリーフははっとして、謝って手を離した。
「い、いえ。こちらこそ」
ロイエンは何とか言葉を絞り出し、それから深呼吸した。
いささか刺激が強すぎたらしい。頬が紅潮し、目も泳いでいる。
「エヴァンズ、続けてくれ」
ドルヴァンが話を促すと、呆気にとられていたエヴァンズが気を取り直して話し出す。
「ああ。ええっと。依頼内容は部屋使いする体力回復効果のある魔道具って事になります。
特に睡眠時。安眠できるようにしつつ体力回復効果が最大になる事を目指して貰います。
使用素材は自由ですが、棚に置ける程度の大きさにしてください。
それとこれは僕からの要望ですが、可能な限りデザインもこだわって欲しいです。協力は最大限しますんで。
こんな所ですが、いかがでしょう」
「もちろんやるわ! いいわよね? ドルヴァン!」
「無論だ。ロイエンと言ったな」
ドルヴァンは腕組みを解き、ロイエンをじっと見る。
「は、はい!」
「ワシは最善を尽くす。だがそれだけでは足らん部分もある。お主の力が必要になる。協力してくれるか」
ロイエンはドルヴァンに見据えられ少し怯えた様子を見せたが、すぐに決意を滲ませた表情になった。
「もちろん! やります!」
「わかった。よろしく頼む」
ドルヴァンが深く頭を下げる。
「こ、こちらこそ! よろしくお願いします」
ロイエンも慌てて頭を下げた。
「話はまとまったわね! よーし! やるわよー!」
エルレリーフが拳を突き上げると、エヴァンズはノリノリで続き、ロイエンはあたふたと頭を上げて倣い、ドルヴァンは深く頷いた。
*
ロイエンは卒業後のしばしの休暇を家で母親と過ごしていた。
母一人子一人で住んでいる家は、それなりの窮屈さはあるものの暮らしていくには十分だった。
ロイエンの母リアナは治癒院で働く術師だ。
魔道具での治癒やそれを用いない治療も行っている。
ロイエンにとってリアナは優しく強い母親だ。
いつも笑っていたし、たまの休みに一緒に出かけられれば、それはもう楽しそうだった。
年頃の少年として子供扱いな現状に少しばかり抵抗はあるものの、母の事は大事に思っている。
ロイエンはよく家事を手伝ったし、それで母の負担が減るなら面倒さよりも喜びが勝った。
ただ、母が感謝しながらもどこか申し訳なさそうにするのは悲しかった。
それに、明るさの陰で、疲れ続けているのだろうとも察していた。
だから、魔道具が来る今日をずっと待ち望んでいた。
リアナにとってロイエンは自慢の息子だ。
優しく、賢いロイエンは、亡き夫と自分の良い所ばかり似てくれたと思っている。
ただ、生活のためとはいえ、働き詰めでロイエンとの時間が取れず、家の多くを任せる形になっているのは心苦しく思っていた。
ロイエンが初等学校を首席卒業したのをリアナは当然知っていたし、恩賞の魔道具の存在も知っていた。
何を頼んだか聞いてみたが、ロイエンがそれとなくごまかしたので、無理に聞くことはせずにそのままにしていた。
それでも今日のロイエンの様子がいつもと違い、そわそわとしていたので、今日何かあるんだろうと感付いていた。
ドアをノックする音が聞こえる。次いでロイエンにとって覚えのある声が聞こえる。エヴァンズだ。
来た。
ロイエンは立ち上がり、ドアに駆け寄る。
魔道具が出来上がったのは知っていた。
エヴァンズに頼んで、リアナが休みの日に届けてもらえるよう頼んでいたのだ。
エヴァンズは両手で大事そうに箱を持っていた。
そして、挨拶をし、荷物を渡すと、ウインクして帰っていった。
「ロイエン?」
「魔道具が届いたんだよ」
リアナの怪訝そうな声に答えると、ロイエンは荷物を中に持っていく。
床に置いて早速開け、リアナに見せつける。
「まあ! とてもきれいね……」
うっとりとするリアナが見たのは、蜜で作った細工を閉じ込めたような透き通った球体だった。
色々な種類の花が咲き、その間を飛ぶ妖精は柔らかく微笑んでいる。
花畑にはロイエンから聞いたリアナの好きな花が作りこまれている。
ロイエンは一緒に梱包されていた石を取り出した。
「母さん、これに魔力を込めて欲しいんだ」
「え? ええ、いいけど……」
リアナが促されるまま魔力を込めたのは
魔力を込めた人を記憶し、その人の存在を感知して光る。
ロイエンはランプシェードのフタを開け魔力を込め終わった石を入れた。
香りが生まれる。
「これは……。
どちらもリアナが好きな花だった。
花畑からは花々の香りが生まれるようになっている。
リアナは目をつむり、香りに身をゆだねている。
「これはね、母さん。母さんにとって一番心地いい香りを出す魔道具なんだ。
それにどうかな。疲れが取れた気はしない?」
ロイエンが言った言葉に、リアナは目を見開いた。
「ロイエン……! それじゃああなたは」
「うん、俺が頼んだのは、母さんが健康で、元気でいられる魔道具なんだ」
リアナは感極まって、ロイエンに抱き着く。
「か、母さん」
「ロイエン、ロイエン。ありがとう、ロイエン」
泣きじゃくるリアナをしばらく宥めてから、ロイエンはリアナの寝室にランプシェードを置きに行った。
*
今のエルレリーフは妖精だ。
一面に広がる花畑では、花が思い思いに咲く。
日に見守られながらエルレリーフは自由に蜜を吸う。
大きな花は透き通ったさわやかな味。
小さな花はとびっきりの甘い味。
一つ一つ違う味を堪能し、花の香りを身にまとっていく。
妖精の小さな羽ばたきが体に染み込む香りを空に広げていく。
そうしながら妖精は、花びらを集めていく。
たくさんのきれいな花びらで寝床を作る。
妖精はそこで寝ると、日が妖精を守るように花畑を夜で閉ざす。
妖精の体は花びらと蜜でできている。
体はもっときれいな花びらと入れ替わり、美しく色合いを変えていく。
蜜は血液となって、透き通るような体を流れていく。
目覚めた時、妖精は昨日よりもっと美しくなり、もっと豊かな香りをまとって、もっと自由に舞う。
花畑がある限り、妖精は輝いて生き続ける。
日がそう望んだからこそ、妖精は健やかであり続ける。
*
リアナは寝室で息子からの贈り物を眺めていた。
不思議なもので、今は暖かな季節の花を集めた束のような香りがしている。
心地よい香りが眠気を誘う。
ロイエンが言うには、とても寝やすくなり、疲れもすっきり取れるようになるらしい。
眠りに落ちると、光源は逆に光を増し、ランプシェードが光を遮り真っ暗になるそうだ。
美しい細工を作った職人に感嘆していたリアナだったが、それを聞いて付与魔術師の腕の良さに敬意を抱いた。
香りの変化は、光の強さを調整して実現しているらしい。
感応光石に付与を施し、感情や状態に同調させているとも聞いた。
だが、香りがはっきり変わった時でも、明るさの変化には気付けなかった。
しかし眠ったとなれば一気に光を最大まで上げ、暗くする。
高い調整力を持ち、確かな見極めができるという証だった。
ロイエンはこの魔道具を作った工房の人達の手伝いをしたという。
本人は話をしただけと言っていたが。
それでもリアナは、息子が一流の仕事を間近で見る機会を得られた事に感謝していた。
楽しそうに語る息子の姿から、間違いなく良い影響を受けているのは見て取れた。
ランプシェードが急速に光を失っていくのを感じた。
同時に心地よい眠気にのまれていく。
眠りに落ちる間際、リアナは息子とのやり取りを思い浮かべていた。
「でもロイエン。あなたが頑張ったのだから、あなたが使うものを頼んでもよかったのよ?」
「いいんだ。俺はこれからも頑張って、母さんに楽をさせる。
これは俺がそんな未来を手に入れるって約束の証なんだ。
だから母さん、俺はちゃんと必要な物を手に入れたんだ」
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