鋼の騎士の軌跡 (Yukiharu)
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プロローグ
美しいと表現されるものには様々な形がある。
可憐な容姿。
相手を魅了する造形美。
他者を圧倒する存在感と強さ。
それら一つを持って生まれるだけでもその人物が特別であるとされるなか、目の前に現れた女性はそれら全てをその身に纏っていた。甲冑鎧を着ながらも女性らしい扇情的な体躯に加えて兜を脱いで露にした素顔は絶世の美女そのもの。一目でもその素顔を見たら性別関係なく視線を奪われるに違いないだろう。
俺も例外ではない。端正な顔立ちをしたその女性に一目惚れしていた。だから街を去って行く彼女の後を勝手に追いかけた。世間的で言うストーカー行為である。もちろんスニーキング能力などあるはずもなく、街から程なく離れた場所で声を掛けられた。
「姿を見せなさい」
女性の声に呼ばれて俺は姿を見せた。ストーカー行為が悪いこと。その自覚が自然と両肩を落とさせて、顔を俯かせる。
「顔をあげなさい」
どこまでも凛として透き通った美しい声に誘われるように顔を上げた。
「どうやら先程寄った街から私のあとをつけてきたようですが、何かご用ですか?」
叱責はなく、変わりに届けられたのは理由の問い質すものだった。ストーカーであることは明白だが、万が一にも理由があるかもしれない、その僅かな可能性に女性は一方的に決めつけることをしなかった。
対して俺は言葉を詰まらせる。ここでストーカーであることは認めるべきだろうし、認めるつもりだ。問題はその後。このまま別れるのは勿体ない。どういう形であれ会話する機会が出来たのなら繋ぎ止めなければ。
思考を最大限に巡らせた俺はストーカーの謝罪をした後に、こう付け加えた。
「俺を貴方の傍に置いてください」
子供ながら下手くそな口説き文句だと思った。だが本心でもあった。その熱意が届いてくれたのか、甲冑の女性は了承してくれた。それからは大陸の様々な場所を巡り、そのなかで武芸を鍛え困れ、いつしか彼女の隣に立っても恥ずかしくない腕を手にいれていた。
そして時は流れ、エレボニア帝国の一角。一つの屋敷の前、建物の陰に隠れて一つの家族を俺と甲冑の女性、アリアンロードは優しい眼で見届けた。
「どうやら大丈夫のようですね」
「ですが、あの呪いは消えたわけではありません。やはり根本から絶やさなくては」
「ええ……。これもよき機会かもしれません。あの方の誘いに応じることにしましょう」
あの方とはとある組織の長に当たる人物のこと。アリアンロードとは違った形で浮世離れした人物である女性だった。
「もちろん貴方も変わらずついてきてくれますね、フレン」
「愚問です。その為に俺は強くなり、その為に俺は俺の
そうして俺とアリアンロードは新興勢力、結社〝身喰らう蛇〟に足を踏み入れたのだった。
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第一話
ゼムリア大陸のとある場所。
新興勢力ながら実力者を有する組織“身喰らう蛇”の拠点がある。本格的な行動は起こさずに戦力強化に努める一方で一部の構成員は盟主の指示のもと水面下で動きを見せていた。その隠密性は遊撃士協会や七耀教会の監視の目を掻い潜る性能ぶりで、当面は本格的に動くような目立った計画はなしとされていた。
しかし、その計画は一転した。原因は水面下でとある組織との衝突にあった。
「月光木馬團……。確か暗殺を主とした組織でしたか?」
拠点で稽古を励んでいた俺は休憩の合間に手合いの相手をしてくれていた男、レオンハルトから情報を伝えられた。
「ああ。暗黒時代から続く歴史ある組織だとされている。その歴史が脚光を浴びることはないだろうがな」
「それはお互い様でしょう。俺たちの計画も正義とは程遠いです」
「………少し話が逸れてしまったな。その月光木馬團だが相当の手練れらしくてな、近々、俺やお前にも命令が降りるだろう」
レオンハルトは命令と言っているが、執行者である彼に対しては強制力が働かない。あらゆる自由が認められているのが執行者の利便性と言ってもいいだろう。この男、レオンハルトに置いては余程のことでなければ不参加を表明することはない超絶に真面目な気質である。
一方で俺は執行者ではなく、第七柱を担うアリアンロード直轄の部下である。主人が命令を下せば、それに従い任務を全うするのみ。
休憩も一段落して稽古の続きを再開しようとした矢先、新たな来客者の姿を確認した俺は即座に姿勢を正して頭を垂らした。
「頭を上げなさい、フレン。どうやらレオンハルトとの手合いは充実しているようですね」
「手合いの相手としては贅沢すぎるとは思いますが、ありがたいことです」
「ふっ、それはこちらとしても同じことだ。お前のおかげで充実した日々を送れている」
「お互いその佳き関係を今後も続け、絶やさないようにしなさい」
互いが認め合うよ会話を済ませたところでアリアンロードは本題に入った。
「現在、我々がとある組織と衝突していることは?」
「今しがたレオンハルトから聞きました。何でも月光木馬團だとか」
「ええ。その対処ですが、盟主殿から指示がおりました。壊滅させよ、とのことです」
「それはまた───」
珍しく過激な指示だと思ったことは心の奥にしまう。戦力強化に努める方針が出されて久しく、戦場から離れすぎていたことで些か牙が丸まっていたようだ。
「壊滅の方針を決断なされたところで盟主殿は月光木馬團に席を置く三人の名前を上げられました。それらは使命が約束された者たちだそうです。その真意は図れるところではありませんが、生かして捕らえるべきでしょう」
アリアンロードが視線を預けてくる。
「フレン、貴方にはその一人を任せます。名はクルーガー。菫色の髪をした幼き少女だそうですが、かなり手練れだと聞いております。ぬかることなく使命を完遂させなさい」
「YESマスター」
了解の意を伝えた俺はレオンハルトに声をかけた。
「そういうことだ。手合いは中途半端な形になってしまってすまないな。この埋め合わせは後日するよ」
謝罪と埋め合わせの意思を伝えた俺は二人に頭を下げたのち、任務の準備のためその場を後にした。
アリアンロードとレオンハルトはその背を見送ったのち、会話を続ける。
「彼が心配か?」
「私の騎士に限って失敗はありません」
アリアンロードの強気な発言に「なるほど」と呟き、頷いたレオンハルトは愛剣をその手に握る。
「では、俺は友人が少しでも楽に戦えるよう攪乱役にも努めるとしよう」
「ふふふ、よろしくお願いします」
去っていくレオンハルトの背越しに伝える。
「二人の関係が今後も続くことをせつに願うばかりですね」
ただ一人、心の声を独白するのだった。
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第二話
夜の帷が下りて久しく。
煌めく月が夜空を彩るなか街道を二つの影が疾走する。春先の夜風が肌に突き刺さり、呼吸の合間に漏れる息が白く濁っては消えていく。人里から離れた街道ということもあり導力式の外灯はなく、月明かりだけが頼りとなる環境にも関わらず、駆ける二つの影に恐怖の色はない。それどころか暗闇に等しい空間でお互いの得物を繰り出す豪胆さを見せる。
「………あからさまに誘われてるな」
攻撃こそ繰り出してくるが、そこに殺気が籠っていなかった。ならば一気に攻勢に転じればいいとも考えたが、標的が暗殺者であることが決断を鈍らせた。そうして牽制している間に建物で入り組んだ市街地へと足を踏み込んでいた。
市街地から人の気配はなく、退廃した建物の状態から放棄されてかなりの年月が経過していることが分かる。崩れた建物の瓦礫が乱雑に積み重なっては影を作り、月の光が届かない暗闇を形成している。身を隠す場所も多い土地は暗殺者向けの戦場と言っていい。それを体現するように市街地へと入ってすぐに標的の気配が消えた。
「ここから本番のようだな…………」
標的が本腰を入れる空気を読み取れた。追跡していた足を緩めていき、かつては広場だったと思われる開けた場所で足を止めた。夜風が建物の隙間を縫って通る音が死を宣告しているように鼓膜を揺らす。
「────っ⁉︎」
夜風に紛れて微かな異音を聞き取って咄嗟に顔を逸らす。刹那、暗闇の空間が一瞬だけ輝くと頬に線が走った。直後に熱が頬を襲い、顔全体に広がっていく。続けて鋭い痛みと共に血が頬から垂れていた。
頬の血を拭う暇もなく次の異音が迫ってきた。月光を反射する一瞬の煌めきと夜風に混じる異音を頼りに攻撃の方向を予測して身を動かす。不意打ちに等しい先程の状態と違い、体勢を整えてより意識を深く沈めたことで神経が研ぎ澄まされた。
目が捉えたのは一本の細い線。それら暗闇の空間を裂くように高速で迫ってきた。狙いは右肩。利き腕を狙ってきたものだ。咄嗟に愛用する馬上槍を軌道上に乗せた。
槍の持ち手が振動したのと同時に耳障りな甲高い接触音が鼓膜を煩く揺らす。暗闇と月光を反射する線に槍の鈍色が一つの空間に共演したことで色彩が生まれた。そうして初めて線の正体を確認することが出来た。
「これは鋼糸か………」
線の正体を確認できたところで人の気配が目の前に姿を現した。
「菫色の髪………、君がクルーガーかい?」
返事はない。だが事前の情報と姿が一致することから間違いないだろう。
器用に鋼糸の上に乗るクルーガーから殺気は感じられなかった。それどころか彼女の瞳からは何も感じられない。虚無感というよりは無機質に近い。度重なる暗殺の任務で心を圧し殺したり、磨り減らしたことによる影響でなく、初めから感情といったものが希薄なのだろう。彼女にとって暗殺は任務でもなければ日常でもない。彼女そのものなのだと分かる。
「これはちょっとばかり世話を焼かせてもらおうかな」
あまりにも寂しすぎるクルーガーの在り方に世話を焼く決意を示したところで、攻撃が降り注いできた。余計なお世話と言わんばかりの拒否の意思表示だ。些か危険で乱暴ではあるが。
前方から迫ってくる無数の鋼糸と距離を取ろうと背後に移動しようとしたところで背中に違和感を覚えた。視線を背後に向ければ鋼糸の姿があった。それは周囲の建物と建物を繋ぐように伸びていて、それが何重にも張り巡らされてう。
「〝告死戦域〟とは上手く言ったものだ」
彼女が在りし場所に死の宣告あり。これだけ無数の鋼糸が張り巡らされていては逃亡は不可能。蜘蛛の糸に捕獲された蝶と同じ末路を辿る。ただしそれは実力差が明確にあった場合に限るのだよ。
前方から迫る無数の鋼糸を馬上槍の一振りで切り払った。パラパラ、と主を失った鋼糸が闇夜の宙に舞って落ちていく。
「悪いが簡単に首をやるわけにはいかないな」
口角を吊り上げて挑発にも似た不敵な笑みと共に俺は馬上槍をクルーガーに投擲した。
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第三話
人の運命は生まれた環境によって決まる。
果たして誰の言葉だっただろうか?
團員の誰かが言ったのか、或いは、暗殺した標的が残した死際の言葉だったかもしれない。
正直なところそんなことはどっちでも構わない。考えたところで環境が変化するわけでもない。知ったところで自身の運命を見透せるわけでもない。
何より私、クルーガーはそんな思考を持ち合わせていない。
暗殺と暗闇と
日常に綻びが生まれたのはとある組織の存在だった。
結社〝身喰らう蛇〟。新興組織ながら強者が揃う謎多き組織だ。
とある任務の末に両組織の間に
開戦当初の月光木馬團には余裕があった。それは暗黒時代から続く暗殺組織の歴史からくるものだった。加えて〝千の破壊者〟に〝黄金蝶〟に〝告死戦域〟といった幹部たちの存在が余裕を増長させる。事実、幹部たちは相当の手練れが集まっていた。だから團員たちの余裕も、それが油断となってしまったことも咎められない。
今回ばかりは相手が悪かった。新興組織などと嘗めてかかるべき相手ではなかった。
〝劫炎〟に〝鋼の聖女〟に〝剣帝〟。そして私の目の前に立ち塞がる男〝鋼の騎士〟。人の域を超越した面々に組織は瞬く間に破滅の一途を辿っていくのだった。
◇
投擲した馬上槍は無数の鋼糸によって軌道を変えられた。矛先は廃ビルに刺さる。
「これで武器を一つ──!?」
失った、という言葉をクルーガーは続けることができなかった。武器どころかその持ち主の姿さえ見失ってしまったのだ。一体どこに、そんな疑問は背後からあっさりやってきた。後ろを振り返れば廃ビルに刺さる馬上槍の上にフレンが立っていた。
「その若さでそこまで至るとは見事なものだな。無数の鋼糸を巧みに操って剛と柔を使いこなす。相当な鍛練を積んできたのだろう」
称賛の声を送った。何一つ穢れのない素直な気持ちから出たものだ。だからこそ俺は彼女に示さなければいけない。どれだけ実力があっても、どれだけ死線を乗り越えてきたとしても、そこに覚悟と意思がなければ真の意味で強者にはなれないのだと。
「示そう。これが強者と呼ばれる者の力の一端だ」
馬上槍から降りて空間に張り巡らされた一本の鋼糸の上に着地した。ビルに刺さる馬上槍を引き抜いて手の内で数度、回転させてから先端をクルーガーに突きつけた。
「第七柱“鋼の聖女”直轄部隊“鉄機隊”副長“鋼の騎士”フレン=レクトール、参る!」
空気の破裂音が静寂の夜に鳴った。またしてもクルーガーはフレンの姿を見失ったのと同時に腹に重たい衝撃が入った。完全なる無防備からの一撃はクルーガーの小柄な体躯を容易く吹き飛ばした。背中から地上に叩きつけられると、勢いのまま地面を削っていく。
追撃を仕掛ける。
「我は矛にして盾。鋼の名の下に全ての壁を断ち切ろう。絶技“グランドクロス”」
二つの竜巻がクルーガーを巻き込み上げていくと、投影された十字架に磔られる。そこを狙って馬上槍による一撃を与えていく。そこには確かな十字架が投影されていた。
Sクラフトによって生まれた爆風で巻き上がった土埃が薄れると、地上に倒れるクルーガーの姿があった。首筋に指を当てて脈をはかる。少し弱まっているが命に関わることはない。盟主から捕縛の指示を受けていた俺は問題なく任務をこなせたことに安堵の息を漏らした。
「後は連れて帰るだけよっ、と!』
クルーガーを背に担ぐ。戦闘能力こそ年齢不相応だったが、小柄な体躯は年相応な軽さだった。
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第四話
月光木馬團との抗争は身喰らう蛇が完全勝利という形で決着した。大半の團員が戦死。生存者は希望する形で結社の構成員として吸収された。そして盟主によって捕獲を命じられていた〝千の破壊者〟〝黄金蝶〟〝告死戦域〟はそれぞれ立場を与えられる
千の破壊者には使徒第五柱を。黄金蝶には執行者No.Ⅲ、告死戦域にはNo.Ⅸをそれぞれ与えられたわけだ。何故この三人が選ばれたのかは分からないが、彼ら彼女たちでなければ務めることのできない何かがあるのだろう。
俺自身そのことを深く追求するつもりもなければ思考をすることもない。そう考えてもその先に進もうとしないのは、つまり俺はそこに至る役目がないということだ。
それよりも今はマスターに呼び出されたことの方が気になる。月光木馬團との抗争以降は帝国とその各地で起きている事件や事故の情報集めに大陸各地を駆け回っていた。その命令を与えてきたのはマスターと盟主。そのため仕事量が半端なくて過労死するのではないかと思った矢先にマスターからの召集がかかったわけだ。
「にて、何か問題ごとですか?」
マスターでも解決に難儀しているとなれば相当に厄介な案件である。そう思うと自然と肩に力が入ってしまう。
「そう力を入れる必要はありません。呼び出しのは彼女たちを紹介するためです」
「彼女たちとは、そのそとで待っている三人のことでよろしいですか?」
「気づいていましたか。……いえ、貴方の前では当然のことでしたね。貴女たち入ってきなさい」
マスターの言葉に導かれるように三人の女性が入室してきた。そのうちの一人は俺が任務中にマスターが見いだした辺境の娘ことデュバリィだ。そして他の二人、そのうちの一人には見覚えがあった。
「君は確かD∴G教団の………」
「エンネアです。あの節はお世話になりました」
「どうやら生きる道を選んだみたいだな。その選択が君にとって幸であることを願うよ」
「ありがとうございます」
エンネアは優しい笑顔を浮かべた。それは度重なる実験の末に感情を壊していた当初の頃からは考えらなれいもので、マスターと俺が与えた選択肢が少しでも良い形で影響を与えている何よりの証拠だ。そのことを知れて心底安堵した。
「そして君は初めましてだね。アリアンロード様の腹心で一応は通っているフレン=レクトールだ」
「レクトール殿の噂はかねがね。自分のことはアイネス、と。一武人として貴方と出会えたことを嬉しく思います」
「そう畏る必要はないさ。それに俺もまだまだ未熟者。修行中の身であるのは君と同じさ。もちろんそれはそこにいるちびっ子もな」
「だ、誰がちびっ子ですか⁉︎」
「冗談だ、冗談。少し会わないうちにまた一段と腕を上げたみたいだな。これもマスターの薫陶の賜物ですね」
「彼女の努力あってこそでしょう。デュバリィ、ここまで良く頑張りましたね」
「ま、マスター………」
デュバリィは恍惚とした表情を浮かべながら喜びを見せる。崇拝してやまないマスター直々にお褒めの言葉を貰えたのだから彼女の気持ちもよく分かる。
「今の貴方ならば鉄機隊の筆頭隊士としてやっていけるでしょう」
「わ、私がですか⁉︎」
「もちろん隊単位で動くならば副長であるフレンに指揮は任せますが、彼は多忙の身。常に貴方たちと行動を共に出来るわけではありません。そうなれば筆頭たる人物が必要となるでしょう。筆頭隊士の任、就いてくれますね?」
デュバリィは即答できず、何かに縋る子犬のような可愛らしい瞳を俺に向けてきた。
「初めてのことで不安は強いと思うがお前の傍にはマスターはもちろん、俺やアイネス、エンネアもいる。筆頭隊士だからといって一人で全てを抱える必要はない。困ったことがあれば相談しろ? そうして隊を円滑に進めるのも能力の一つだ」
「………そうですわね。マスター、筆頭隊士の人を拝命させていただきます」
マスターに面を向けて筆頭隊士を拝命したデュバリィの瞳には先程までの不安は何一つ感じられなかった。これで彼女はまた一つ殻を破った形になる。デュバリィだけではなく、アイネスとエンネアも、今後どう成長していくのだろうか?
彼女たちを見る目がまるで親のようだな、と気づいた俺は心の中で小さく笑うのだった。
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第五話
オルフェウス最終計画、その完遂こそが結社の目的であり、我々の使命でもある。
とまあ、固く言えばそうなるが、実働部隊である執行者にはありとあらゆる自由が許されているなど、至りつくせりな優遇ぶりである。使徒に至っては盟主様に絶対的忠誠を誓ってるために計画の参加を断る理由ない。
そこでだ、使徒でも執行者でもない俺は果たしてどの程度の権利が与えられているのだろうか?
能力を買われて盟主様からの依頼をこなす立場にはあっても立ち位置が変わるわけではい。過去も今も、そして未来も、俺は鉄機隊の副長としてリアンヌ様に従っていることだろう。
「ゆえに、貴方に俺を動かす権利は微塵もないと思うのだが、いかがだろうか?」
「それは困ったな。君がいなければ私がたてた計画が完璧にならない」
困った表情など一切見せることなくその男、第三柱の白面は言った。表と裏の顔がはっきりした性格を持つ上に外道。いわゆる嫌われ者ではあるが、実力と立場は確かなものだ。
「すでにレーヴェは王国の軍部に潜り込み、帝国ではクルーガーたちが遊撃士を妨害してる。解決の為に剣聖が駆り出されるだろう。そして輝く環の扉を開けば怪盗紳士たちも動くと聞いている。そこに俺まで加われば過剰戦力だ」
剣聖カシウス・ブライトさえリーベル王国から離せればこの計画は完遂できる。その手筈は整っているし、そこに抜け目を作らないのが白面という男だ。
「戦力が多いことに越したことはないと思うが?」
にやついた笑顔が苛立たせる。それこそが白面の狙いであり、思う壺になってしまう。だから平常心を保つ。仮にも鉄機隊の副長。この程度で感情を揺さぶられる恥は晒さない。
「戦力が多いということは同時にそれだけ目立つということだ。せっかく国外に退去させられた剣聖が戻ってくることになるぞ?」
「……ふむ、それは困るね。仕方ない、今回ばかりは諦めることとしよう」
白面はあっさりと手を引いた。元より強引に勧誘するつもりはなかったのだろう。だからこのやり取りは単なる戯れ。白面の心を満たすためだけの稚拙な遊びだ。
満足した様子で踵を返した白面の背を見送り、それから間もなくして別の人物が姿を現した。焔のように赤い服を着こなし、大きく開いた胸元からは肌が露出している。
「相変わらず面倒な奴だな、あれは」
「面倒とう意味ではあんたも十分に面倒な相手だが、マクバーン」
「おいおい、あれと一緒にされるのは流石に心外だぞ」
「俺から言わせれば似たようなものだ。今もどうせレーヴェがいないから代わりに相手をしろって言いに来たんだろ?」
「かはは! 話が早くて助かる。んじゃあ、さっさと行くぞ」
嬉々とした表情を浮かべたマクバーンは俺の腕を掴むなり引きずっていく。どいつもこいつもこちらの返事を無視して話を進めていく。ありとあらゆる自由に加えて一癖も二癖もある執行者に、有無を言わせない実力と、これもまたやはり癖のある使徒。これで組織と成立しているのだから末恐ろしい。それらを纏める盟主もまた未知ときた。彼女が成そうしている計画の先に何があるかは分からないが、
「まあ、俺には関係ないか」
興味はある。だがその範疇から先に行くことはない。想像の中でも現実の中でも、だ。それでも職務を全うするのはただ一つ。
「リアンヌ嬢によって導かれ昇華し、あるべき枷を外した貴方だからこそ導ける使命なのです」
盟主直々に伝えられた自分だけの使命。カンパネルラやマクバーンのような数字持ちに与えられた使命とも違う己の使命。それこそがリアンヌ様に捧げる忠誠の本懐なのだと理解した。その為だけに俺は今を歩くのだと。
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第六話
白面のワイスマン。
使徒第三柱に立つ男。人の認知と記憶を操作する能力で暗示をかけ、内部から様々な形で破壊していく陰湿な戦法を好む。福音計画の下準備として一人の執行者が彼の餌食となり、今現在はリベール王国で暮らしている。その目的は剣聖カシウス=ブライトの動きを把握するためであり、その目論みは上手いこといった。
しかしながら、目論見が上手く行ったからといって必ずしもこちらの思い通りに事が運ぶわけではない。
エレボニア帝国で起きた遊撃士協会の襲撃。襲撃したのはクルーガーとカンパネルラの強化猟兵だ。目的も相手も謎に包まれた事件解決の為にカシウスが派遣され、それこそがワイスマンの目的だった。しかしかながら事態は白面の予想を上回る。
執行者であるクルーガーと渡り合える遊撃士がいたこと。最年少A級遊撃士〝紫雷〟サラ=バレスタイン、その人である。お互いに足止めされる形となり、その他の遊撃士を強化猟兵で相手することになったわけだが、流石に実力差があり次第に押し込まれていく。そこにカシウスが加わり、予定よりも早い段階で鎮圧されていく。
この報せを聞いたワイスマンは血相をかき、とある人物に二度目の応援要請をかけた。その様子は一度目の時とは考えられない必死さに溢れていた。
「あい、わかった。その応援を引き受けるとしよう」
応援要請の連絡を受けた俺、フレン=レクトールは重たい腰を上げた。福音計画遂行の為とはいえ、これから剣聖を相手しにいくのだ、否応にも腰が重たくなるというものさ。
「それでは、行って参ります、マスター」
「貴方のことですから大丈夫だとは思いますが、心してかかりなさい。相手は八葉にして剣聖。人の域を越えた者です。一つの油断が命取りになるでしょう」
「承知しています」
短い返事だけを残して俺は現場に直行した。俺がいなくなった場所ではアリアンロードと鉄機隊の三人が取り残される形となっていた。三人の顔からは不安の表情が見て窺えた。
「フレンが心配ですか?」
「……はい。相手は名高き剣聖。副長の強さは承知していますが……」
「カシウス=ブライト。直接得物を交えたわけではありませんが、まごうことなき強者であることは確かでしょう。しかし、それはフレンにも言えることです。そして何より武の道を歩くのならば八葉の者との邂逅は避けられませよ」
武の道を歩くのならば八葉の者と出逢う。武の世界を生きると決めた者たちならば誰しもが知る言葉だ。それだけ八葉の使い手たちは強敵揃いとも言える。
「ここで心配したところで何かを成せるわけではありません。今はただフレンを信じなさい。それ叶わぬなら彼を助けられるだけの力をつけるといいでしょう」
それは蕀の道を歩くよりも尚難しく辛いことである、とアリアンロードは言わなかった。目の前に立つ三人もまたフレンと同じ境地へと至れるだけの素質を持っていると信じているからだ。
「休憩もここまでとしましょう。稽古に戻ります」
「イエス、マスター!」
胸中には未だ拭えない不安はあるものの、フレンを信じ、いつか頼られるだけの存在になるのだと、決意と覚悟を胸にデュバリィたち三人の戦乙女は敬愛するマスターに挑むのだった。
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第七話
深く濃い紺色の空の下を男が駆ける。夜空に浮かぶ月は雲に遮られていて地上を照らす月明かりが弱い。完全に舗装されているとは言い難い足場が続き、視界の悪さが自然と体力を奪う。そんな悪環境の中でも男の息遣いは安定している。
駆ける男はカシウス=ブライト。世間には秘匿されている階級(S)のランクを持つ遊撃士である。武の世界では剣聖の渾名の方が有名だろう。退役して遊撃士となってからは剣を置いて棒術を扱うようになったが、その実力は変わらぬ健在ぶりである。寧ろ遊撃士として大陸各地を周って様々な経験を積んだことでより強くなったと言ってもいい。
何より恐ろしいの頭のキレである。リベール王国とエレボニア帝国の間に勃発した戦争『百日戦役』の際に指揮を執り、圧倒的な戦力差と劣勢の戦況を覆した知略はまさに稀代の戦略家と言える。そこには彼が修める流派『八葉一刀流』で習得する観の眼と、免許皆伝に至ることで到着する理が影響してると考えられるが、その辺りは当人を除いて真に理解できる者はいないだろう。
それほどの大物が街道を駆けているのは勘に囁くものがあったからだ。謎の組織による帝国遊撃士協会の襲撃を間もなくして鎮圧できる寸前のことだった。この違和感を放置することはできない、そう囁く勘に従った。とはいえ完全に襲撃を鎮圧出来たわけではないため彼は単独行動に入った。
そして、その勘は的中していた。
違和感の正体がカシウスの前に姿を現した。先程まで月を隠していた分厚い雲が嘘のように晴れていき、月光が地上を照らす。まるで月の使者のように月光を一身に浴びるその影は少しずつ、しかし確実に正体を露にした。
顔の上半分から右頬に伸びた仮面に素顔を覆い隠す騎士鎧を纏う者がいた。
◇
晴れて行く雲の隙間を覗くように月を見上げていると圧倒的な気配が止まった。カシウスを帝都から遠ざける目的はこれで果たした。後は出来るだけ時間稼ぎをするわけだが、剣聖相手にそれが一番難しい。
仮面越しにカシウスと対面する。
「……雲が晴れて月が綺麗に出てきましたね。こんな夜は月見に洒落こみたいとは思いませんか?」
「ふむ……それは魅力的な話ではあるが、叶えば綺麗な女性と楽しみたいものだな」
「そんなことを言ってると天国におられる奥様に怒られてしまいますよ?」
「ははは! この程度で怒るような器量の狭さではないさ、レナは」
「ふふふ、貴方にそこまで言わせるとは……お逢いしてみたかったことです。もう叶わぬのが残念です」
軽口を叩く二人。だが刻々と時間が経過するたびに緊張感は強くなっていく。それは極限に至ろうとして、カシウスは口火を切るように口を開いた。
「………貴殿は何者だ?」
「……はて、何者でしょうか? ここで名乗るのも吝かではありませんが、せっかくですからゲームをしましょう」
「ゲーム?」
「簡単なものです。貴方が勝てば俺は名乗る、というものです」
「では、君が勝てば?」
「…………そうですね、ヨシュアのことをこれからも見守って欲しいとお願いすることにします」
「そうか君はー―ー」
「おっとそれ以上は無しですよ? それではゲームではなくなりますから」
「ああ、そうだな。俺としたことが無粋なことをしようとしていたようだ!」
まるで初めから打ち合わせしていたかのようにお互いが同時に得物を衝突させた。
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