~帝国魔法ギルド第三部土木課~魔法大学を次席で卒業した俺が、左遷された先で皇女様に実力を認められた件 (響恭也)
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帝国魔法ギルド第三部
「ただいま」
ギルドのドアを開けて部屋に踏み入る。
少し手間取ったせいか、時間は夕刻を回っており、ギルドのホールは宴会場と化していた。
別に何かあったわけじゃない。それでも俺たちの仕事は命がけになることもある。だからこそ日々を悔いなく生きよう、という名目のもとにマスター主導で酒盛りが始まるのだ。
「あ、お帰り。ギルさん」
「ああ、ただいま。ローリア」
受付嬢のローリアはふにゃりとした笑みを浮かべて俺を出迎えてくれた。
金の髪にとがった耳。整った容姿のエルフの彼女に言い寄る野郎は多い。
「これ、処理頼む」
「はい、お疲れさまでした。確認のサインも入ってますね」
にっこりを笑みを浮かべたローリアからコインの入った袋を受け取る。
依頼をこなし、報酬を受け取る。ごく普通のやり取りだが、自分で金を稼ぐということに少しばかりの喜びが沸きあがる。
ふと周囲を見ると……飲んだくれどもが床に沈んでいる。周囲に漂う熟柿のようなにおいが鼻を突いた。
帝国魔法ギルド第三部土木課、これが俺の職場の名前だ。
リムサシオン大陸は、つい百年ほど前までは小さな国が乱立していたそうだ。そんなさ中に、強大なモンスターを倒したレオン4世とやらがその名声をバックに周辺地域を併呑した。
レオン4世の孫にあたるエレスフォード1世が、ダンジョンからあふれた魔物の群れを打ち破り皇帝を名乗って帝国を建国したのだ。
そのあとに少々ごたごたがあったのは人の世の常ってやつだ。
さて、話を元に戻そう。初代皇帝は優秀な人材こそ国家の礎と考えた。そして帝国大学を設立し、優秀な軍人、役人、魔法使いを育成しているわけだ。
俺が入学して、卒業したのは帝国魔法大学という。
魔法使いとしてのエリートコースで、卒業時の席次は次席だった。
前途は洋々、って思ってたんだがな。ある意味仕方ないんだが……俺の配属先はこの土木魔法使いギルドだ。
やってることは土木工事。道路の補修だの建物の修理だの、いわゆる雑用だ。
はっきりと言えば使えない人間の吹き溜まりって言われてるし、帝国大学の次席っていうエリートの行き先じゃない。
俺がなんでここに飛ばされたかは、おいおい語る機会もあるだろう。
とりあえず目下のすべきことは……。
「ぐわははははははははははははははははは!!」
俺の足にしがみついて哄笑するここのマスターを足から引っぺがすことだった。
「離れてくれませんかねえ?」
「うわははははははははははははははははは!!」
だめだ、聞いちゃいねえ。
ギルドマスターであるガンドルフはドワーフなので、俺の背丈の半分くらいだ。
言っても聞かないので強硬手段に出ることにした。
「そぉい!」
ガンドルフのしがみついている右足をテイクバックし、思い切り前に振り上げる。
彼は綺麗に放物線を描いて受付カウンターに激突した。
「ふんぎゃあ!」
「ちょっとギルさん!」
「あ、すまん」
ローリアが眦を釣り上げてこっちを見てくる。
「カウンターが壊れたらどうするんですか!」
「うおい!」
間髪入れずに野太い声をあげるガンドルフ。
「ドワーフは頑丈だからぶっ叩いても壊れません!」
ローリアも何気にひどい。
まったく、ドワーフだってのにエールをジョッキ一杯飲んだだけで盛大に酔っぱらえるガンドルフは実にコスパがいい。
並みのドワーフなら樽一つ分でほろ酔いだってのにな。
酔うのも速いが覚めるのも速い。
受付の上に置かれていた書類をぺらりとめくると、破顔してこっちに親指を立ててきた。
「おう、いつもながらいい仕事するなギルバートよ!」
「そりゃどうも」
「ああん? おめえ、ほめてるんだからもう少しうれしそうにしろや!」
「道路の補修に手を抜くなんぞあり得ないでしょうが」
「おう、おめえの言うとおりだ。だがなあ、そこら辺を分かってるやつがいなくてなあ……」
マスターのボヤキもわかる。
魔法ギルドの花形は第一部、すなわち攻撃魔法を使える奴らだ。モンスターの群れを薙ぎ払い、人々を守る。
次が第二部。治癒魔法や守護の魔法を使える連中だ。
っていうか、第一部、第二部っていう呼び名はただの分類だったはずが、いまじゃ上の数字ほど優秀って意味にされてやがる。
要するにうちら第三部は……ごくつぶしって扱いだ。回ってくる仕事自体も雑用がメインで、土魔法なんて穴を掘るしか能がないなんて言われてる。
魔法なんてのは応用が大事で、ただ単に大出力でぶっ放せばOKってわけじゃない。
ただ、人ってのは派手なものにばかり目が行く。実に嘆かわしい限りだ。
「おめえの言いたいことはわかる。やつらは俺たちが居ねえと奴らなんもできないことを分かってねえんだ!」
カウンターの上にダァンとジョッキを叩きつけるガンドルフ。
ぴしゃッとエールが飛び散り、ローリアの垂れ目が水平になる。あれはヤバい兆候だ。
「はいはい、そうですねッと」
俺はガンドルフの襟首をつかんで開いているテーブルに移動した。カウンターに手をついて魔力を流し、エールの水分を飛ばしておく。
ローリアの眦の角度が元に戻った。一安心だ。
そうして、俺はまた夜更けまでガンドルフの愚痴に付き合わされることになるんだが……これもいつものことだ。
そして俺はなんだかんだで、このギルドが気に入っている。そう、ローリアの胸が大平原だからって何だというんだ。
そう思った瞬間、何かが飛来して俺の側頭部を直撃し、俺の視界は闇に閉ざされたのだった。
「口に出さないでくださいね?」
目が笑ってないローリアの笑顔がやけにまぶしかった。
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日常業務
目を覚ますとそこはギルドホールの壁際にあるベンチだった。丁寧に毛布が掛けられている。
「いてててて……」
こめかみに鈍い痛みを感じる。そんな飲み過ぎたっけな?
「おはよう、ギルさん」
「ああ、おはよう。ローリア」
なんとなく彼女の胸元に目が行くが、すぐに引きはがす。
「ん?」
キョトンとした表情でこちらを見てくる。無表情に見えるが、ちょっと目元が緩んでいることがわかるのは、付き合いの長さのなせる業か。
ローリアから受け取った今日の仕事内容に目を通す。
「ふむ、ああ、あの辺は確かにそろそろ補修が必要だったな」
「そうなの。ちょっと手が足りてなくて、2人で行けそう?」
「今日の相棒は誰だ?」
ローリアが差し出してきた書類を見る。
この前ギルドに入ったばかりの新入りだった。
「なんとか行けるだろ」
「うん、いつも無理行ってごめんなさいね」
「何、それが俺の仕事だからな」
詰め所に行くと、必死に図面を読み込む新入りと図面の見方を教えるベテランの姿があった。
「おつかれさん」
俺が入ってくるのを見ると、新入りがガタっと立ち上がって挨拶してくる。
「ギルバートさん! お疲れ様です!」
「おう、熱心だな。今日はよろしく頼む」
「はいっ! 先月ギルドに配属されたクリフです。よろしくお願いします!」
連れだって外に向かう。エントランスから裏口に向かい、用具庫から今日使う道具を取り出す。
「よし、今日使う道具はそろったな?」
「はい!」
「んじゃ行くぞ」
クリフと二人、現場に向けて歩く。今日の仕事は3か所。近場からこなしていくことにした。
「いよっと」
土埃が舞う中でスコップを振るう。と言っても大したことをしているわけじゃない。馬車が何度も通ってえぐれてしまっている道に土をかぶせて固める。
この場所はカーブしていて、馬車などが曲がるとき、片輪に重心がかかる。そのためえぐれやすくなっているのだ。
特にへこみがひどいところを補修ついでに強化していこう。
「んー……」
土を盛った地面に手をあてて魔力を流す。
砂と石は大きさが違うだけで本質的には同じだ。石が砕け、細かくなれば砂となる。
「圧」
一言、呪を紡ぐ。ベースは飛礫の呪文だ。エーテルを土属性で編み上げ、礫として飛ばす。
そこにアレンジを加え、今補修している道の表面の砂を礫に替え、さらにそれを圧縮する。
やろうとすれば一枚の石板のようにできるのだが、表面が滑らかすぎて滑ってしまう。後、雨が降ると水浸しになってしまうのだ。
だから、ひと手間増えるがこうやって小石を組み合わせた後に圧縮してやることで適度な隙間を作ってやる。
こうすれば水はけもいいし、結局耐久性も上がるのだ。
「ええええ……」
俺の魔法を見てクリフが目を見開いていた。普段から閉じたような目つきをしているので、ちょっとびっくりだ。
「どうした?」
「いえ、術式は何とか理解できました」
「ほう?」
単純に見えて一言のキーワードで発動させるこの術は実際それなりに複雑だ。事前に説明していたとはいえ、それを理解できるとかなかなかの逸材ではないか?
「よし、じゃあ、あちら側のへこみはお前やってみろ」
「わかりました!」
クリフはへこんでいる部分に土を盛り、スコップでぺしぺしと叩いて均した。
右手と左手に別々に魔力を集約していく。二重詠唱(ダブルキャスト)ができるのか。大したものだ。
「礫よ!」
右手の魔力を地面に向けて流す。土が固まって小石になる。
「地霊の槌よ!」
パーンと叩きつけられた魔力は先ほど砂利を作った場所にきれいに水平に叩きつけられた。表面はしっかりと均され、同時に砂利を少し砕いて隙間を埋めてある。
「うん、大したもんだ」
「ありがとうございます!」
ただ、若干見積もりが甘い。
俺がクリフの均した場所でどんと足踏みをすると、地面が少しへこんだ。
「あれ!?」
「少し隙間を作りすぎたな。あ、もちろん魔力を使って踏みしめたからへこんだんであって、普通の人間なら十分重さを支えられるぞ」
「は、はい」
「けどな、ここがへこんじまった理由を考えようか?」
「……あ、荷馬車」
「そう、荷物を満載した馬車だ。もう一遍調整してみろ」
「はい!」
クリフがやり直した場所は、同じように踏みしてめてもびくともしなかった。
「そう、それでいい」
「ありがとうございます!」
こうして、何箇所か街道を修繕した後、歩哨小屋に立ち寄る。ここには帝国兵と、ギルドの魔導士が駐留することになっていて、治安維持体制の一環である。
「おつかれっす」
顔見知りの歩哨に声をかけると、何やら困り顔をしていた。
「ああ、お疲れ様です。ギルバートさん」
「うん、なんかあったか?」
「それが、屋根に穴が開いたみたいでね、雨漏りするんですよ」
「オッケー、任せろ」
軽いやり取りだったが、本来ここの管轄は帝国軍だ。ただ、魔物討伐などで余力が少なく、こういった場所は優先順位が低いこともままある。
足に魔力を集め、屋根に飛び上がると、板が一部朽ちていたので応急処置に薄い石板を作ってかぶせた。
「応急処置はしといた。あとで報告上げとくよ」
「いつもすまんね」
「ちと休ませてもらうよ」
「ああ、ゆっくりして行ってくれ」
小屋に入ると、クリフが若干へばっていた。
「現場に出るのは初めてだったか?」
「いえ、マスターと2回ほど……」
「ああ、あのオッサン、なんだかんだ腕は確かだからな」
弁当に持ってきていた保存を利かすためにカチカチに焼き上げたパンをかじる。小屋の飲料水を拝借し、バッグから塩を取り出して舐めた。
クリフも同じようにパンをかじっている。
「クリフ。お前さんほどの魔法の技術があればもっと別の勤め先があったんじゃないか?」
「そうですか? いや、だとしても僕は今の仕事が気に入ってます」
「そうか、まあ頑張ってくれ」
「はい。けどそういうことを言うならギルバートさんは帝国魔法大学を優秀な成績で卒業されてますよね?」
「……そう、だな」
俺の返答にクリフは若干ばつの悪そうな表情を浮かべた。確かに聞かれて愉快は質問じゃないからな。
それにしても顔に出してしまうあたり、まだまだわだかまりは解けてないってことを自覚する羽目になった。
胸に湧き上がる苦い思いと一緒に、コップのぬるい水を飲み下した。
一休みして、帝都の方面に戻ることにした。
城門に向けて歩くと、何やら人だかりができている。どうも馬車が立ち往生しているようだった。
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緊急依頼
「っちゃー……」
思わずぼやきの声を上げかけるが、今すべきことはそれじゃない。
クリフもそこを理解したのか、速足になる俺にぴったりとくっついてきた。
現地では立ち往生した馬車の周辺に人が集まっていて騒ぎになっている。どうやら石畳が割れてそこに引っかかっているようだ。完全に道がふさがるほどじゃないが、若干交通の妨げになっている。
やれやれと思いつつ、俺は石畳を修理するため人込みをかき分ける。
「早く何とかするのだ!」
おそらく荷馬車の持ち主と思われる商人が使用人にわめき散らしている。
「あー、すまんね。土木ギルドのもんです。今修理するんで少々お待ちください」
クリフも一緒に来て、やじ馬を散らしていた。
「頼む! 何とかしてくれ! 取引の時間に遅れてしまっては信用にかかわるのだ!」
「あー、了解です。すぐに手を打ちますんで」
経年劣化で脆くなっていた石板が摩耗して割れたのはわかるが、車輪が食い込むほどのへこみができるのはおかしい。
破壊工作の類か? ってさすがにやることが小さすぎるな。そもそも、これだけ人の往来が多い場所で石畳をはがして穴を掘ってさらに上に戻す。うん、手間のわりに結果がしょぼい。
益体もない考えを頭から追い出し、クリフに指示を出す。
「クリフ、さっきと同じ要領だ。隙間から砂を流し込んで穴を埋めるんだ」
「はい、やってみます」
俺は荷物の中から応急修理用の袋を引っ張り出す。さすがにこの状況では悠長にスコップで砂を掘ってきてる場合じゃない。
魔力で体を強化して馬車を持ち上げる。
「うおおおおおおおおおお!?」
周囲からどよめきが上がるがそんなことを気にしている場合じゃない。できたわずかな隙間にクリフが砂を流し込む。
俺は慎重に馬車を降ろした。車輪はまた元通りに凹みにはまる。それを見て馬車の持ち主が落胆した表情を浮かべる。
「そのまま動かせばよいものを……」
無茶いうな。こんなクソ重たいものを数秒とはいえ持ち上げるのはどんな労力だと思ってやがる。
「いきます!」
石畳に触れた手から魔力を展開する。すっと目を閉じイメージする姿はいっぱしの魔導士だ。
「礫よ!」
エーテルの流れをたどると、流し込んだ砂を核にうまく石ころが出来上がっていく。というか、手前の石畳の表層の石板を通してその奥の砂に魔法を発動させるのはかなりの高等技術だ。
見る見るうちに石畳は下から盛り上がり、水平に戻った。魔力をカットするタイミングも見事なもんだ。
「よくやった!」
俺が声をかけると、クリフは真っ青な顔をしていた。極度の緊張で魔力を使い切ったのだろう。
失敗しても俺がフォローするんだがなあ。
って周囲がやたら騒がしいことに気づく。
「見事な魔法だ!」
荷馬車の持ち主がもろ手を挙げて称賛している。
「期待の新人なんですよ」
「おお、そうか! で、貴殿らはギルドのどちらに所属されているのだ?」
「俺は第三部土木課所属のギルバート、こっちのへたばってるのがクリフです」
その一言で雰囲気ががらりと変わった。
「なん、だと!?」
わなわなと震え、そのあとはーっと息を吐いた。
「……はきだめだと思っていたが、君たちのような者もいるのだな。この礼は必ずする。では、失礼するよ」
そう言い残して商人は立ち去った。……そういえば名前聞いてなかったな。
この日は仕事を報告した後、クリフを寮の部屋に放り込んで俺も寝ることにした。やたら疲れた。
翌朝、ギルドに顔を出す。クリフは別のメンバーと仕事に出かけたようだ。
休んだ方がいいと思うんだがなあ。
「はよーす」
「おはよう、ギルさん」
「おう、なんだ?」
普段よりぺらっと差し出された書類を受け取り目を走らせる。
「ふむ……」
内容はいつもの通りだ。今日は帝都からダンジョンに向かう街道の補修任務について書かれている。
ただし、依頼書の頭に「緊急」と記載がなければ、だ。
「ごめんね、ちょっと厄介なの」
確かに厄介な内容だった。先週降った雨で地盤が緩んでいる。下手に手を出せば、更に被害が拡大しかねない。
だが、ダンジョンから産出する物資は帝都を支える大事な資源で、その行き来が止まればその影響は計り知れない。
「おう、ギルバート。早いな」
そこに重役出勤してきたガンドルフがやってきた。俺たちの雰囲気を見て何かを感じ取ったようだ。俺の手元の書類をひったくって顔をしかめる。
「あいつらはなんもわかってねえんだ!」
書類をくしゃくしゃに丸めると地面にたたきつけた後、咆哮する。
壁面にかかっていた額縁がピリピリと震えるほどの勢いだ。
ローリアも顔をしかめて耳をふさいでいる。
「マスター、うるさい、黙って」
「ぐぬ」
ローリアに無表情でにらまれると、さすがのこわもてガンドルフも怯んだ。
「だがな、危険すぎる!」
「しかし、ホープサムのダンジョンから魔石が届かなきゃ帝都は干上がりますよ?」
「そんなもん自業自得だろうが。バカスカエネルギーを使って、それがどうやって維持されているかすらわからん連中だぞ?」
「ガンドルフ、あんたの気持ちはわかる。って言うか俺も同じだ」
「なら……」
「だけどな、困るのは弱い人間だ。金持ちはいくらでも魔石を買えるだろうよ。多少値上がりしてもな」
「むう……」
「まあ、何とかするって。それが俺の仕事だ」
「ギルさん……かっ……いです……」
ローリアが目をウルウルさせて俺の方を見ている。大丈夫、俺はこんな現場で死なねえって。
「ワシもいくぞ!」
ってか緊急ではあるけど、マスターが出張る状況ではない。しかし、いろいろ頭に血が上っているガンドルフを押しとどめるのはなかなかに難しい。
ローリアが俺を見ている。俺がうなずいた瞬間……ガンドルフの脳天に酒瓶が叩きこまれた。
「ん? 空瓶だよ?」
そこじゃない。
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崖崩れ
馬に乗って現場へ急ぐ。ローリアに頼んでマナポーションをありったけ出してもらった。
経費はギルド本部にツケておくことにしよう。
急ぎつつ道路の様子を見る。この前クリフに仕込んだ道路表面の仕上げはうまく機能しているようで、水たまりは多くない。
「ぬかるむと途端に歩きにくくなるからな」
ローリアのアイディアで道の横に一定の間隔で植えた木が雨宿りだったり日よけになっている。
木を植えるというアイディアは森の民であるエルフじゃなければ出てこなかったのではないだろうか?
3時間ほど進んだところで馬に休息を与える。
歩哨小屋で身分証を出して水と飼葉を分けてもらう。
「この先の街道の修復に来たんだ」
「……お一人で、ですか?」
けげんな顔をしている。先行して現場を確認するのだろうと勝手に解釈されているのだろうが、今回の現場には俺しか派遣されていない。
むしろ俺一人の方が都合がいいのだ。
「状況はどうなっている?」
歩哨小屋なら状況が伝わっていると考えて状況を聞いてみた。
「……ひどい状態です。崖が崩れて巨大な岩が道をふさいでいます。脇を迂回すれば人は通れなくはないのですが……」
「いつ崩れてくるかわからないってことか」
「そう、です」
そう言って若い兵士はこぶしを握り締めてうつむいた。
「ただ事じゃないな? 何か事情があるのか?」
「いえ……個人的なことですので」
「いいから言ってみな。何か力になれるかもしれん」
うつむいた兵士は目に涙をためながらこちらに向き直った。
「街道が閉ざされて、母の薬が落石の向こうで荷止めされているのです。今日明日で無くなるわけではありませんが、非常用のものはあと1回分しかなくて……」
これだ。こういうことが起きる。だからこそ道は維持されないといけないんだ。
「わかった。必ず何とかする。だからお前さんは自分の仕事をきっちりやってくれ」
「……わかりました。話を聞いてくれてありがとうございます」
「なに、それも俺の仕事さ」
ニヤリと笑って見せると、若い兵士も気を取り直してぎこちない笑みを浮かべた。それでいい。シケた顔してるやつには明るい未来なんか来ないからな。
ひらりと手を振って馬にまたがる。軽く馬腹を蹴ると、いななきをあげて並み足で歩きだした。
しばらく進んで足元がしっかりしていることを確認できると、足を速める。
「ったく、あんな話を聞かされちまったら本気出すしかねえよなあ……」
ぼやきつつも俺は体内のエーテルを循環させる。
「すまん、ちょっと無理をさせる。あとで野菜をたっぷり食わせてやるからな」
「ブヒッ!?」
首元に触れて身体強化魔法をかける。
「ブヒヒヒヒヒヒヒイイイイイイン!」
馬は俺を乗せて、すさまじい勢いで走り出した。というかいつもの街道だったら普通に人をはね飛ばしてるな。
街道が閉鎖されてて人がいないとわかっているからこそできる手段だ。
しばらく駆けると人だかりが見えてきた。馬に巡らせていた魔力を少しづつ絞り、速度を落とす。
街道を警備している兵が槍を構えて誰何してきた。
「止まれ!」
指示に従って馬を止めて飛び降りる。
「魔法ギルド第三部所属魔導士のギルバートだ」
身分証となっているメダルを見せると兵士は直立して敬礼してくる。
「ご、ご苦労様です」
「ああ、お疲れさん。現場へ案内してくれ」
「はっ!」
兵士の先導に従って進む。地面に力なくへたり込んでいるのは、仲間が土砂に飲まれたのだと聞いた。
馬車から荷物を降ろして半ばやけくそ気味に露店を開いている商人もいた。ダンジョンの手前には拠点があり、そこに持ち込むはずの物資だったが、生鮮食品のため復旧を待っていたらすべて傷んでしまうということだ。
様々な人々の事情に関わりなく、自然は厳然としてそこに在る。そこには一切の遠慮も忖度もない。
同時に人々も絶望に立ち止まったりしない。ひと時立ち止まっても、それでもまたたくましく生きていく。
俺はそんな人の営みを少しでも助けたい。
「どうなってるのよ!」
崖の上から落ちてきた岩の前で一人の若い女が喚き散らしていた。
「いえ、だからこの有様ですし……」
「そんなの見ればわかるわよ! わたしはこの先のダンジョンに用があるの!」
「危険なので、封鎖しております。ギルドから復旧の人員が来るまでお待ちください」
「だ・か・ら! 待ってられないのよ! こんな岩くらいフッ飛ばせばいいじゃない!」
「やめてください! 二次災害が起きたらどうするんですか!」
うん、そうだよな。落石の原因は大雨による地盤の液状化だ。本来、土壌の水分がある程度抜けて固まるのを待ってから作業を開始すべきだ。
ただ、今回に関しては、この街道は帝都のライフラインだ。だからこそ……俺が出張ってきた。
「あー、すんません。取り込み中失礼します」
もめてるところに口を挟むのは……正直面倒だがそうも言ってられない。
「はっ!」
兵士がこっちを振り向く。あからさまにほっとした顔をしているのは仕方ないだろう。
「なによ! いまわたしが話してるんだから邪魔しないで!」
「ああ、お待ちかねのギルド職員だ。第三部所属魔導士のギルバートだ」
兵士の表情がパッと明るくなる。
「お待ちしていました!」
「やっと来たの? 早くあの岩を何とかして頂戴」
ふんっとふんぞり返る女。……面倒だな、貴族か。
「まずは調査が必要です。無論お急ぎの事情は分かりますが、まずは安全を確保しないといけない。ご理解いただけますか、お嬢様」
「……どれくらいかかるの?」
「そうですね……1~2日は」
女の表情が一変した。キッと眦が吊り上がる。
「そんなに待てないって言ってるでしょう!」
「……事情をお聞きしても?」
「うるさいわね! あんたにそんなこと関係ないでしょう!」
「安全を確保が最優先です。そこは譲れません」
「ああもう、御託は良いから早くしなさい!」
うん、引き留めてたのはあんただよな。
いろいろと釈然としないものを感じながら、俺は現地へと足を踏み入れた。
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