海賊子爵の航海日誌 (メーメル)
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第一話 マックス・フォン・クラークドルフ・ツー・オイレンブルク

皆様お初にお目にかかります。メーメルです。今回若輩の身でありながら人生初の二次創作に手を出してしまいました。ハーメルン自体も初心者なので、何かお気に障る点などございましたらジャンジャン仰って下さい。あと主人公の名前が長いのは私の趣味です。ルドルフ大帝は貴族にフォン付けたくせにツーとかフュルストとかいれてくれなかった点が物足りないと思います。
では、どうぞ。


帝国暦452年秋 軍務省 情報Ⅲ課のある分室にて

 

「オイレンブルク、入室いたします!」

 

 今日から気怠い後方勤務が始まるかと考えるとそれだけで気分が落ち込む。幼年学校を卒業してこの方、ルドルフ大帝、もしかするとそれより前から続く軍人家系の三男として叛乱軍との前線にあった。今年32歳の中佐に昇進してとうとう巡航艦の艦長だと思った矢先に

 

「オイレンブルク中佐には軍務省への出頭を命じる」

 

との辞令である。どうせ事務仕事の経験は、とか言うのだろうが軍務省の中佐といえば分室副長、即ち室長の責任を被って水呑み鳥よろしく頭を下げ続ける仕事というイメージだ。どう考えても今までと比べて愉快な仕事ではない。いっそ親父に頼んで辞令を無くしてもらえないかとも考えたが、32にもなって親に泣きつくのはどうも決まりが悪いし、兄貴の面子もあるだろうしで結局出頭を命ぜられた分室前に立つハメになってしまった。

 

「入りたまえ中佐」

「おはよう、私がここの室長のシュテファン大佐だ。よろしく。」

…見事に禿げ上がった頭だ。胸には黄金勤続章に二等戦功勲章。典型的な後方軍官僚という事か。

「命令に応じて出頭致しました。マックス・フォン・クラークドルフ・ツー・オイレンブルク中佐であります。本日より大佐の指揮下に入る旨、申告いたします!」

「あー、取り敢えず座りたまえ。」 

 

 大佐の対面に着席を促される。普通はこの後分室メンバーの紹介なりがあるはずだが、なぜか室内には大佐しかいない。

「中佐、突然だが、君は皇帝陛下の、そのなんだ、為人を知っているかね?」

 今年の晩春に即位したオトフリート5世については市井でも閉鎖的な軍内部でも有名だ。曰く「倹約家」「無欲な陛下」「清い皇帝」…「吝嗇」歴代皇帝に比べれば今の所失政はないが、その性格は万人受けするものではないのは私でも知っている。

 

「為人と申しますとその、陛下が倹約家であらせられるといったことでしょうか。」

「まぁ、そういう事だ。で、陛下がこの夏軍務尚書に仰られるには、『軍は出費が多すぎる。たまには出費だけでなく生産もしたらどうか』と。な。」

 なるほど、つまりは軍は内職も始めなきゃならんという事か。造花やペンの組み付けをする為に軍人になったのではn

「そこでだ!単刀直入に言うと中佐、君には死んでもらう!」

 

 人間というものはあまりに理解不能な言葉が入ってくると何故か逆に冷静になるものだ。

「すると、私は戦死ですか。確かにまだ妻子はおりませんから遺族年金は少なくて済みますでしょうが…」

「あぁ、いや違うんだ、すまない。落ち着いて聞きたまえ。死んでもらうというのはあくまで書類上での話だ。君はこの後、前線に視察にでて、そこで叛乱軍に遭遇、名誉の戦死を遂げる。」

「はぁ、それで私の死と陛下の為人云々の関係は…」

「うん、まぁここから本題なんだが、軍務尚書も流石に生産せよと言われても兵に内職させるような事態は避けたいとのお考えでな、そこで我々情報Ⅲ課になんとかせよとのご下命があってだ、とりあえず過去のあらゆる軍の自給について調べてみた所、興味深い作戦、というか戦法があって、今回君にその作戦の責任者になってもらいたい、いやなってもらう。」

 軍の自給……そういえば幼年学校の西暦時代の歴史好きの学友が言っていた気がする。確か補給断絶地における芋類耕作だったか。内職は避けられたがやることは農夫か。やってもらうというからには決定事項なんだろうが、なぜ農夫になるのに一度死ぬ必要があるのだろうか。

「命令とあらば、お受けいたします。して、具体的な作戦内容は?」

「君の死とも関係あることだが、これは極秘中の極秘作戦となる。内容としては、『敵地後方攪乱による敵通商網の破壊と此方正面圧力の減少並びに敵地内部における政情不安を招く』だな。簡単に言えば、叛乱軍の中に入って物資を奪ってこい、という事だ。」

「つまり、宇宙海賊になれと?」

「少し違う。やる事は殆ど変わらんが、我々は名誉ある帝国軍だ。襲撃の際には自らが軍人であり、戦闘行動を取ることを相手に伝えねばならん。その後拿捕なり撃沈なりする。第一そうしなければもし万が一叛乱軍に捕らえられた場合に即決死刑になってしまう。」

「なるほど、確かにそうです。で、私が一度死ぬ理由は?」

「うん、それは叛乱軍の支配域への経路としてフェザーンを使うからだ。フェザーンは一応帝国の自治領だが、もし軍艦や駐在武官以外の軍人の侵入が知れたらコトだからな。」

 

 なるほど、面白い作戦だ。何より後方勤務ではなく、最前線も最前線、いや前線の向こう側だからある意味後方か?さらに責任者という事は艦長だ!叛乱軍支配域まで行くとなれば大型巡航艦か航続力のあるブレーメン級あたりだろう。宇宙軍の花形、巡航艦!まだ見ぬパートナーに今から心が躍る。数分前までの陰鬱な気分からは大違いだ!

「本懐であります大佐殿。して、差し支えなければ艦名をお教え願いたくありますが…」

「それなんだが、新造艦だからまだ艦名がないんだ。巨大なリスクを伴う任務であるし、ある意味勅命といえなくもないからな、中佐、君に命名権があるとのお達しだ。第15軍工廠の中型船渠にいるはずだから明日にでも見てきたまえ。詳しい作戦の内容の擦り合わせは週明けにするとしよう。では、退出してよろしい。」

「はっ、かしこまりました。では退出致します。」

 

 自分でも自覚できるほどの立派な敬礼をして、分室を退出する。まさかフネの名まで決めさせて貰えるとは思わなかった。ともすれば歴史に残る名前だ。勇ましい名がいいか、縁起のいい名がいいか、それとも親しみ安い様に愛嬌のある名か?なぜ子持ちの友人があのように浮かれるのか今だからこそわかる気がする。第15軍工廠か。楽しみだ!

 

〜中佐退出後、シュテファン大佐〜

「だいぶ浮かれて出て行ったが……明日卒倒でもされたら困るなぁ」

 

 

 

登場人物

マックス(略)オイレンブルク中佐 32歳

爵位は子爵。受勲歴は青銅勤続章・二級双頭鷲章・パランティア盾章・戦傷徽章黒章・装甲擲弾兵有資格者徽章・航宙指導者章

 

ハンス・エアハルト・シュテファン大佐 53歳

平民出身。入隊以来コネもないのに何故かずっと後方勤務部署にいる。

受勲歴は文中に記載。

 

オトフリート5世 年齢知らないのでご存知の方いたらご教授下さい

あのフリードリヒ4世の親父でケチ。

 

書いた人 

平民出身。中高で皆勤賞。

 




ここまで読んでくれた諸兄はありがとうございます。お目汚し失礼致しました。
反響があってもなくても次回は近いうちにアップする予定です。

因みにまだ艦名は自分の中でもぼんやりとしか決まってません。完全なる見切り発車です。流石に史実にあったようなものにはしない予定ですのでご安心ください。


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第二話 軍艦……軍艦!?

どうも、メーメルです。
続いてしまった第二話になります。



首都星オーディン 第15軍工廠AF12番中型艦船渠

オイレンブルク中佐

 

…考えてみれば当然の話だ。昨日は浮かれていたからつい頭から抜け落ちていたが、15軍工廠といえば軍用艦といっても補給艦や工作艦の類を主に造るところで、前線用の戦闘艦を作るような場所ではない。そこに考えが至っていればこんな失望をすることもなかったろうに……

 

〜2時間前〜

 

「さて、身支度はこんな所と、入場許可証に身分証。よし」

 

 どうも最前線の空気に慣れすぎたせいもあって技術屋には苦手意識がある。別に整備基地や工廠が安全だから、というわけではなくただ単に戦闘で大中破した艦に対して文句をつけられるのにいい気分がしないだけだ。別に好きで壊してきたわけではないし、艦が壊れるというのは戦死者が出ているという事だ。その辺に気を回してくれたのはあの技術学校を卒業したての特務曹長だけだった。確か名はシャフトとか言ったか。まだ18だったが、彼も技術屋の空気に呑まれてしまうのだろうか。

 

「まぁ今回は新造艦の新責任者だ。建艦担当は技術中佐だというし、あまり気を張らなくてもいいかな。」

 

「はい、オイレンブルク中佐ですね。…虹彩認証、声紋認証、指紋認証、全てOKです。担当者を呼びますのでこちらでお待ち下さい。」

 

前線にはない丁寧な対応に感心していると横の気密スライドドアが開く。

 

「オイレンブルク中佐でありますか?小官はバルマハ…いや仮称艦名HK1の艤装主任を勤めております、ライネファルト技術中佐であります。短い間ですが、お見知り置きを。」

 

まさにインテリという言葉の枠にピッタリハマるような外見の男がやけに高い声で挨拶してくる。

 

「オイレンブルク中佐です。よろしく。」

 

「ではさっそくですが中佐の艦にご案内致します。こちらへ。」

 

中佐の艦、私の艦、良い響きだ。録音しておきたい位だな。そんなことを考えながら彼のやや前傾した背中について行くこと数分、AF12と掠れた字で書かれた扉の前に着く。

 

「こちらの船渠に仮称艦名HK1号、中佐の艦が艤装中です。では扉を開けますので、少し離れて下さい。」

 

興奮のあまり開閉線を踏み越えてしまっていたようだ。平常心、平常心だマックス。いきなり叫びでもしたら面子どころの話ではなくなってしまう。

そしていやに遅く扉が開き、私の目に飛び込んできたのは、

 

パス・デア・バルマハ…?

 

そう白いペンキで書かれた150万t級の中型貨物船だった。そう、貨物船、、、

「ラ、ライネフェルト中佐、これは…」

 

「ええ、軍務省から承っております。『幼年学校用の練習艦』ですな。

生徒用580人分の寝台と、教官用ブース、演習砲、緊急用大型気密室、

試験用補助追加機関…」

 

あまり彼の説明は耳に入っては来なかったが、私が軍艦を任されたのではない事だけははっきりした。私が指揮するのはこの古い貨物船だ。

 

「本日はありがとうございました中佐、私はこの後上司と会う予定がありますので、命名の件はまた後日連絡するのでまた」

 

言いながら、昨日ひたすらに考えていた艦名が自分の中で崩れていくのを感じた。西暦時代の海賊由来の名、故郷の星の景勝地の名、初恋の幼馴染の名、全てが一気に白紙に戻っていく。

 

「どういうことでありますか大佐!」

 

「落ち着きたまえ中佐、情報Ⅲ課の壁は厚いからといって、そのような大声で怒鳴られると隣から苦情が来るぞ」

 

「はっ申し訳ありません。ですが大佐、私は軍人です。大佐も昨日仰っていたではないですか。『我々は名誉ある帝国軍』であると。帝国軍は貨物船で戦わなければならんのですか。しかも、あれは15年は前のものでしょう?軍属の星間輜重隊でもアレより良い艦を運用していますよ!」

 

「言っただろう、フェザーン回廊を通過する、つまりはあくまで外見は民間船でなくてはならん。それには一から作るよりある意味年季の入った中古船の中身を取り替えた方がいいんだ。偽装、ペイロード、文句なしだろう?」

 

「しかし、しかし大佐」

 

「"中身"は確かに軍艦だ。人間、組織、食べ物、フネ、あらゆるものは見た目より中身が大切なものだ。これは宇宙の中でも数少ない真理の一つだと私は思うがね。」 

 

「はっ、しかし…」

 

「まぁ命令は命令だ。君はあの艦で任務をこなす。乗員の選定もある程度は任せる。少なくとも半年は一緒に過ごすんだからな。それから艦名もな、流石に旧船名は消してしまうから、良いのを頼むぞ。もし拒否する事になったら門閥の坊っちゃん辺りが趣味の悪い名をつける可能性もあるからな。では退出してよろしい。」

 

「はっ、失礼いたしました。」 

 

なんだか言いくるめられてしまった。だが大佐の言う事にも一理ある。

「中身が大切、か。」

 

そういえば親父も昔同じような事を言っていた気がする。

 

「どれだけ妙なフネでも一度生死を共にすれば愛着が湧く。肝心な時に赤熱する機関も、戦闘のたびに必ず倒れる艦橋遮音力場発生装置も、何かしら欠点があった方がいいじゃないか。第一言うだろう、『美人は3日で飽きるが不美人は一生飽きない…』」

 

正直後半の美人云々は関係ないと思うが、それもそうかと考える。思えば自分が最初に任官した駆逐艦も相当汚かった。あれが大破して廃艦処分になる時には胸が締め付けられるような感じがした。

 

「見た目は貨物船、中身は巡航艦、短い人生の1ページとして、そんな最高に妙な艦の指揮官となる、……結構じゃないか。命令は、命令だしな。」

 

そうと決まればあとは艦名である。中身は巡航艦だから考えといた名でもいいかな、「シュテルテベーカー」「フェルテヴェンツラ」「ローザ」、……いやせっかくだから何か新しい名を…

 

  翌朝、サイドテーブルの上の小さなノート

 

『襲撃巡洋艦 Sonntagskind』

 

登場人物

マックス(略)オイレンブルク  32歳

子爵家3男。長兄はパランティア星域会戦で戦死。子爵家は次兄が継ぐ予定。

 

クルト・フォン・ライネファルト   34歳

帝国騎士(ライヒスリッター)出身。受勲歴は青銅勤続章・四等戦功勲章・ゼッフル粒子取扱徽章。

 

書いた人

平民の三男。漢検5級。

 

 




アムリッツァの前にキルヒアイスが沈めた同盟の軍用輸送艦が1000万t級だったらしいので艦サイズは大分小さめにしてみました。
調子に乗って原作キャラを出してみたり史実を入れ込んでみたり、こういうのを蛇足と言うんでしょうか。

まだ航海が始まらない件に関しては私の愛読書でもある「海の鷲」でも3分の1位がルックナー伯の過去話なので、原作?リスペクトという事でご寛恕願います。でもこういうのはタイトル詐欺でBAN対象になったりしてしまうんでしょうか?
出航はあと3話くらい先になる見込みであります。
ご意見、ご感想があると励みになりますので、どうぞよろしくお願いします。


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第三話 準備と募集と

考えてみれば平均2000字ちょっとというのは少ないですね。今回からは少し長くしてみます。
因みに艦名は「ゾンタークスキント」、日曜日の子供という意味でして、転じて「幸運児」という意味です。これもまた長いのは私の趣味です。厨二ですね。
今回登場する面々はもしかしたらメインキャラになるし、もしかしたらこの話限りの登場になります。出来るだけキャラが立つようにしていきたいですね。その点も御助言お願いいたします。


軍務省 情報Ⅲ課 シュテファン分室

 

「おはよう中佐。かけたまえ。気分は良いかな?」

「はっ、先日は大変申し訳ございませんでした。帝国軍人らしからぬ言動と不見識をお許しいただければ幸いであります。」

「あぁいいんだ。そんなに畏まらなくても。私はある意味君の上司ではあるが、君の任務は軍務尚書閣下から来たものだから、ただのメッセンジャーに過ぎないといえばそうだしな。」 

 

「ありがとうございます。」 

 

 平民出身の高級士官といえば、貴族の若年士官に対して僻みから高圧的に当たるか、退役後のために媚びてくるかのように感情的要素の入る人が多数だと思っていたが、この人は何というか、本当に仕事を仕事と弁えている感じがする。 

 

「それで、これが今作戦の計画書だ。作戦名は『ベイオウルフ』。」

 

 渡された計画書に目を通す。「人狼」とはなんの捻りもない作戦名だ。もし叛乱軍の諜報機関に少し頭の回る奴がいたら作戦名だけで内容を予想してしまうだろう。内容としては大体大佐から聞いた通りで

・フェザーン回廊を通過して叛乱軍支配領域にて通商破壊を行う

・フェザーン通過時や作戦巡航中はフェザーンの独立商船に偽装する

・武装は最低限に抑えるので、敵との接触があった場合は戦闘を避ける

・叛乱軍の捕虜に関しては帝国には移送せず、現地で解放する

・乗組員は偽装の関係上、叛乱軍標準語、フェザーン訛りを日常会話レベルで操れる者を選定すること

 

「フェザーン訛りですか。私は幼年学校にフェザーン出身者がいましたので大丈夫ですが、そう多くいるものでしょうか。」

「それなんだがね、『乗組員は』とあるが、実際に喋れるのは敵の臨検やフェザーンの管理局の立ち入りを受けた時に応対する者、つまり書類上の乗組員だけでいいんだ。中佐を含めて2、30名位かな。他の砲術や装甲擲弾兵、ワルキューレ搭乗員なんかの連中は隠れていればいいんだからな。」

「2、30名ですか。それでも十分多いと思いますが…」

「社会秩序維持局から特別防諜任務という形式で既に軍内部でフェザーン訛りを喋れる者はリストアップしてある。本人達には伝えていないから、基本的にはこの中から君が選ぶようになる。」

 

 ずいぶん手際がいい事だと感心しながら再び渡されたリストをパラパラめくっていると、また思い出したように大佐が話し出す。

「それから、ちょうど今日をもって君は戦死扱いだ。一応お父君と兄君にだけは真実を伝えてある。だから君は今日からその乗組員選考が終わって出撃まで、この名前で通して貰う。」

差し出された名刺に書かれていたのは、

 

『軍務省特任船舶検査官 フェラックス・フォン・エックマン少佐相当官』

 

「戦死したのに降格からの軍属扱いですか。結構ですな」

「まぁどうせ仮の名前だし、使うのも出撃までの4ヶ月だ。我慢したまえ《少佐相当官》。乗組員の選考方法については君に一任する。面接しても良いし、なんなら探偵をつけて素行調査をしても構わない。慣熟期間を考慮して…そうだな、2ヶ月のうちには決めてくれるかな?」

「かしこまりました。では、失礼致します。」

 

 戦死扱いになっている以上、軍務省でうろうろする訳にもいかないので官舎でリストをめくる。

「取り敢えず門閥系と爵位が高すぎるのはダメだな。言葉の端々に高慢さが出てしまうし、何より機密保持の点で信用が置けない。爵位を持っているにしても自分と同じ子爵家以下か、帝国騎士級かに絞るか…」

 

〜翌日〜

 

「エックマン、エックマン、私はエックマン…」

官舎に届いた新しい軍属用勤務服と『変装用』という名目で付いてきたつけ髭を整えながら自己暗示をかける。今日はこれから昨日連絡した候補者との面接だ。こっちが緊張してどうする。平常心だマック、いや、フェラックス…

 

第15軍工廠 特別検査官室 ボート・フォン・フランツィウス大尉

 

「フランツィウス大尉、参りました!」

「どうぞ」

 部屋に入ると、30代くらいの船舶検査官がわざわざ立ち上がって迎えてくれる。

「私が今日、君を呼んだフォン・エックマンだ。急にすまんね。」

一応軍属とは言え少佐相当官にいきなり丁寧な態度を取られて面食らうが、それ以上に気になるのは余りに似合わない彼の口髭である。威厳を出す為に髭を伸ばす軍人はよくいるが、それにしてもこれは道化の類だ。何故あのように横にピンと伸ばしているのだろう…

「今日は君にいくつか質問をする。これは軍務省の人事課からの依頼でね、なんだったかな、『将兵の忠誠と勇気と向上心を測りもって軍の統一と強化を云々』という名目だが、まぁ、気楽に答えて欲しい。」

なるほど、最近大きな戦闘がないから人事の方も暇なんだろう。なんとか仕事を捻り出して予算確保なり勲章申請なりの出汁に使う気だな。

「まず大尉、君の現在の所属は近衛第一驃騎兵艦隊の巡航艦”ズィーベルV”の副長であっているかな?」

「はい、一年半前の定期移動で着任いたしました。」

「ん、では、君は祖国のために宇宙の塵となる覚悟があるかね?」

「小官は商船学校出ではありますが、祖国愛と義務感については幼年学校組や士官学校組にも負けるつもりはありません。」

「結構、では所謂”後顧の憂い”はあるかな?」

「はい、その、一年前に婚約した方がおります。佐官になれたら身を固めようと考えております。」

「うん。羨ましい限り。結構。では、演劇やそれに類するものの経験はあるかね?」

「はっ演劇、でありますか。」

まずい、これはアレか、この前酒の席でやった軍務尚書の物真似の話が漏れていて、それを聞かれているのか。

「?どうしたね大尉?」

「いっいえっ特に演劇は経験しておりませんが、その、声帯模写などは得意であります。」

「…結構。では次からは専門的な話になるが……」

 

〜30分後〜

 

「では、失礼いたします。」 

 

 敬礼し、扉を閉めて、一息つく。結局何を目的とした面接だったのだろうか。何故か商船学校の話や恋愛経験まで聞かれたが、まさかとは思うが義父となる方の内偵だったのか?それにしては航宙や戦術判断、人員管理等の専門技術に関する質問もあったし、どうも不思議な経験だ。

 

大尉退出後 特別検査官室 エックマン少佐相当官(仮)

 

なんとか一人目の面接が終了だ。手応えは良好。軍内部には後顧の憂いがあると怯懦になるとかいう言説もあるが、個人的にはそういうものはあった方が生きて帰るために能力を出し惜しみしないし、自暴自棄になる事もないので良い兵士になれると思う。演劇経験はないとの事だが、そこは訓練なり慣れなりで補えるだろう。採用すれば大尉だから副長か三課長のどれかだな。それにしてもあの入室時の顔はよかった。変装用だと舐めてかかっていたが、どうやらこの髭は威厳を出すのに効果的面のようだ。いっそ本当に伸ばしてみてもいいかもしれんな…ふふ…

 

                        続く

 

登場人物

フェラックス・フォン・エックマン少佐相当官

オイレンブルクの偽名。軍属なので勲章の類はないが、いろんな資格は持っているという設定。ちなみに名前の元ネタは「海の鷲」より

 

ボート・フォン・フランツィウス大尉  28歳

辺境の男爵家の4男。受勲歴は黒鉄勤続章・救護者徽章・三級双頭鷲章・装甲擲弾兵予備資格者バッジ。

 

書いた人

平民。英検3級。

 

 

 




銀英伝が原作なのにその要素が全くないのは自分としても遺憾であります。もう少ししたら出撃します。
フォン・エックマンはあのルックナー伯がゼーアドラーを造る時に使用した偽名です。
今回も、感想やご指摘お待ちしております。


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第四話 海賊たち

今回は3人ほどフルネームキャラが出てきまして、取り敢えずゾンタークスキントの主要メンバーが揃う感じですかね。



第15軍工廠 特別検査官室 フォン・エックマン少佐相当官(仮)

 

 「一人目は良かったが、そのあとが続かないなどうも。」

 

 フランツィウス大尉の後に面談した少尉2人はどうにも気に入らない。1人はあまりにおどおどし過ぎているし、1人は随分な大言壮語を吐いた。

「自分はこの手で叛徒の首魁を吊るしてやるのであります!」だそうだ。軍人に闘争心は必要だが薬も過ぎれば毒だ。トラブルメーカーになる危険性があるようなのを長い艦内生活の仲間にする訳にはいかない。それと出ていった後の足音が異常にうるさかった。ああいうのは門閥の私兵辺りに収まっておけばよいのだ。さて、次は士官学校ホヤホヤの少尉か。どうなることやら。

 

第15軍工廠 特別検査官室前 エーバーハルト・ツァーン少尉

 

 緊張する。なぜ自分がこんな所に呼ばれたのかすらまだ分からないが、おそらく同じ目的で呼ばれたであろう自分より少し年上に見えた背の高い少尉が自信ありげに大股で出て行った所を見ると、どんな面談にせよ、彼のような人材が求められているのだろう。私は背も低いし、色は白いし、士官学校で他の学生連中と同じように鍛えていたにもかかわらず線が細いままだ。おまけに声も高めと来てる。お世辞にも「軍人らしい」とは言えないし、士官学校時代に行った夜の店でもてんで相手にされなかった。フェザーン生まれの母は「男と女、両方の服が着れるなんて経済的でいいじゃない」なんて言ってくれるが、あの人はあれで励ましてくれてるつもりなんだろうか。ともあれ、軍務省からの呼び出しとあっては逃げるわけにもいかない。少しでも背筋を伸ばして扉を叩く。

 

「どうぞ。」

 

「ツァーン少尉、入ります!」

 

入室すると軍属の勤務服をきた男性が出迎えてくれた。軍属の割にはキッチリ着こなしているし、ボタンも電灯が反射するほどであるが、なぜ口髭はなんとも言い難い形状にしているのだろう…

 

「グーテンターク、少尉。フォン・エックマンだ。今日は軍務省による新任士官の実務及び素行、勇気と忠誠に関する調査のために君を呼び出させてもらった。非公式かつ参考調査であるので、どんな事を言っても人事考課には反映されない。安心して答えて欲しい。」

 

「まず現状確認だが、君は今オーディンに帰還中の戦艦「ヴォルフスアンゲル」の砲術科員だね?」

 

「はい、士官学校を卒業しましてから最初の任官でありまして、同艦の左舷側収束砲群副官を拝命しております。」

 

「なるほど、少尉、君は上官からの命令を過たず確実に遂行できる自信があるかね?」

 

「はい、軍人を志望した時よりこの身は帝国に捧げております。」

 

我ながら100点満点の回答だ。これ以上はないだろう。

 

「…結構、大変結構。では、君には演劇、又はその類の経験はあるかね?」

 

「はっ、、、演劇、はですね、はい、ギジナジウムでは演劇部に所属しておりました。実は母がフェザーンで女優をしていた過去がありまして。」

そういえばあの時以来演劇とは縁遠くなっている。確か女役をやったのを男友達に揶揄われたから無理やり辞めたんだった。別に嫌だった訳ではなかったのに、なぜあの時は頑なになってしまったんだろう。

 

「なるほど、経験あり、と…では次だ。君は現在の叛乱軍との戦いに於いて……」

 

 

「では、失礼します。」

 

なんだか妙な面談だった。ただ、自分の外見について一度も触れてこなかったのは好印象だ。今の艦の艦長も砲術長も私を一瞥して「もやし」だの「うらなり」だのというから自信が無くなりかけていたが、、いい気分だ。せっかくオーディンに来たんだから名物のフランクフルタークランツでも買っていこう。

 

ーーーーー

数日後

フォン・エックマン少佐相当官(仮)

 

「取り敢えず人事はこんなものかな。それにしても人を見るというのは精神にくるな……。」

 

リストの中から面談に進めた人数が125名、その中から「ゾンタークスキント劇団」の劇団員に選んだのは36名だ。

 航海長兼副長はボート・フォン・フランツィウス大尉。第一印象とこれまでの人事評定で決めてしまった所があるが、立派な尉官に見えた。No.2として役目を果たしてくれるだろう。 副官にはエーバーハルト・ツァーン少尉。少し若すぎるかとも考えたが、私の考える「ある計略」にはこれ以上ないほど適任だった。それだけでも抜擢する価値はある。

 艦付き軍医はフィクトール・クンツェ軍医中尉。数ヶ月前までフェザーンの駐在弁務官府付き医官だったそうだ。フェザーンの形式なんかにも通じているし、軍医学校の恩賜組だ。腕は信用できるし、性格も申し分ない。ただ一つ叛乱軍との繋がりが社会秩序維持局からの報告書で挙がっていたが、もし本当にスパイだったらフェザーンから首都勤務になる前に逃げているだろうし、もっと用心深いだろう。検査官室から出た数秒後にすっ転んだ音を私は聞き逃しはしなかった。それもあって、彼を信用してみる事にした。

 ある意味この艦の顔ともなる、接舷移乗部隊長兼保安主任のオットー・フォン・バウディッシン中尉。装甲擲弾兵優等徽章に戦斧術指導章、レアものの白銀地上兵突撃章まで持っている身長2㍍超の偉丈夫である。だからといって手のつけられない野蛮人気質でもない。まさに「粗にして野だが卑に非ず」の体現者であると言えるだろう。そのくせどうやら女性には弱いらしい。何かトラウマでもあるのだろうか?声も見事なハスキーボイスだし、やる気になればご令嬢の一人や二人は簡単に撃墜できそうなものだが。

 その他には砲術長のエルトマン中尉に主計長のベルガー少尉、索敵・通信主任のシュタールス准尉。他にもいるが、皆軍隊内の組織の第一人者だ。十分な働きを期待して良いだろう。他の所謂「裏方」の人選は人事考課と経歴を参考に選んだ。人間関係も良好になるよう、徴兵区や原隊に大きな偏りがないようにしたし、あとは座して天命を待つのみだ。

 

 総員259名、集合は10日後の夜。そこから、まさにそこから我らが冒険行が始まる!

 

                         続く

 

 

登場人物

 

書いた人

平民。 船舶免許が欲しい。

                     

 




えんえんと面接シーンが続くのも冗長に過ぎるかと思い、簡単な人物紹介にとどめました。
銀河帝国軍人には勲章をつけてる場面があまり見受けられません。ラインハルトが帝国紋章型の胸章をつけてるのと、ローエングラム朝期に「ジークフリートキルヒアイス武勲章」が登場するくらいでしょうか。でも彼らも軍人である以上勲章や徽章はもらっていたはずですし、二次創作の強みという事で好き勝手やらせてもらいました。
執筆の励みになるので感想、ご意見などお待ちしております。


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第五話 海賊団、結成。

出撃はまだになります。全部で何話位になるんでしょうか?計画性のなさを露呈して恥ずかしい限りです。
それから、どこからお礼を申し上げれば良いか分からないのでここで、
驃騎兵艦隊の誤字指摘、ありがとうございました。今後ともよろしくお願いいたします。
それから今回からきちんと話の冒頭に日付を入れます。



帝国歴452年10月5日深夜、首都星オーディン ルドルフスハーフェン宇宙軍港の一隅 ボート・フォン・フランツィウス大尉

 

 一週間前、急に軍務省から通達が来た。曰く、「ある長期訓練計画の参加者に選定されたから身の回りの整理をして5日間の休暇ののち、指定場所に出頭せよ。」との事だ。随分要領を得ない文面だったが、軍務省から近衛艦隊司令部を飛び越しての命令だ。軍人である以上従わざるを得ないし、婚約者のイルマとも短いながら貴重なひとときを過ごす事が出来た。で、指定場所に来たわけだが、他にも何人か来て、何やら話している。同じ訓練の参加者かと考えていると、

 

「大尉殿」

 

 急に話しかけられた。なんて重厚な声質。オペラ歌手か何かかと思って振り返ってみれば、その出どころは2メートルはある巨人だった。

 

「小官はバウディッシン中尉であります。見たところ、この集団の最高階級者が貴方のようでしたので、声をかけさせてもらった次第なのですが、大尉殿は何かご存知でしょうか?」

 

「いや中尉、すまないが私も軍務省から出頭を命ぜられた口だから何も分からないんだ。貴官らもそうだろう?」

 

「やはり軍務省ですか。つかぬことをお伺いしますが、少し前に大尉殿は妙な髭の軍属と面接などしませんでしたか。」

 

 妙な髭…あの少佐相当官のことか。

 

「ああ、半月と少し前だったが面接に呼ばれた。まさかこの集団全て彼に呼ばれているのか?」

 

「どうやらそのようです。妙な共通点ですな。しかも訓練航海といってもこんな深夜には集まらないでしょう。」

 

「しかし…」

 

 言いかけた途端、軍港用大型地上車が車庫から出てきて我々の前に止まる。降りてきたのは…あの妙な髭の少佐だった。

 

軍港用地上車内 フォン・エックマン少佐相当官(仮)→オイレンブルク中佐

 

「あー、諸君、初めましてではないな。私は本日をもって、諸君らの指揮官となるオイレンブルク中佐だ。今までは訳あって偽名を使わせてもらったが、ここからは君たちの前でのみ、本名を使わせてもらう。我々はこれからある秘密任務に就く事になる。これは勅命でもある重要事だ。その事を忘れる事のないよう、軍務に精励してほしい。」

 

「「「はい!中佐殿!!」」」

 

 この唱和だけでも軍隊に入った価値がある。

 そして前方に見えてくるのは我らが海賊船だ。こう見ると貨物船にしては格好いい方じゃないか。貨物船特有のずんぐりした艦首も、今見れば重厚な衝角や図鑑にあった海獣に見えなくもない。これからこの劇団の主要メンバーを乗せてフェザーンに近いエクハルト星域内のオストヴィントⅧ基地において演習砲を本物の砲に換装したり、索敵、電子艤装の最新化をと同時にしている間、訓練や他の名目で分散集合する予定の「裏方」の到着を待つ事になる。フェザーン回廊、ひいては叛乱軍支配地域への出撃は12月15日だ。

 

ーーーーー

 

ゾンタークスキント艦内 フランツィウス大尉

 

 貨物船?任地までの輸送用か、それにしては年季が入り過ぎている気がしないでもないが…。

 そんなことを考えつつ渡された書類に示された部屋に入ってみると面食らった。壁は水着姿の女性のポスターに占領されているし、備え付けの本棚には目に悪い配色の書籍がぎゅうぎゅうに詰め込まれている。唯一まともに見える茶表紙の本は…

 

「シンドバッド賞受賞者列伝?」

 

思わず後ずさりして部屋番号を確認する。確かにここだ。軍の輸送船にしては変だと思っていたがまさかフェザーンの中古をそのまま引っ張ってきたのか?取り敢えず艦橋へ上がってみよう。書類自体が間違っているのかもしれない。中佐に確認をしてみなくては。

 

 艦橋の扉は開いていて、おそらく自分と同じ目的で中佐に会いに来たであろう人だかりができている。

 

「やぁ大尉、来たかね。これで全員揃ったかな。まぁ諸君らが来た理由は分かっている。このフネは一体何なのかを尋ねに来たんだろう?君たちはこの作戦の最重要メンバーだからな、今、全て言ってしまおう。今日から暫くの間、この艦はフェザーン船籍の独立商船「マレタ」号となってフェザーン回廊を抜け、叛乱軍の支配域へ進出し、対敵作戦行動をとる!」

「その為の偽装でありますか?」と誰かの声。

「もちろんそうだ。フェザーン人にも、叛乱軍にも我々が帝国の最精鋭である事を悟られてはならん。だからこれから赴くオストヴィントⅧで、諸君らには完全なフェザーン商人になってもらう。誰かが言っていた、『国でも親でもなんでも金に変える』ような、な。」

 

10月16日 オストヴィントⅧ内、訓練棟 エーバーハルト・ツァーン少尉

 

 昨日この基地に着いたばかりだが、今日は朝から艦長に呼び出しを受けている。ゾンタークスキントでの私の部屋は艦長室の隣だった。副官としてはすぐに駆けつけられるからその点はいいんだが、何故か無個性極まる帝国巡航艦にある様な部屋だ。しかも扉には「関係者以外立ち入り禁止」と物置の様に鋲打ってある。移動中、皆で自分の設定を固めていたが自分以外のメンバーの部屋は良くも悪くも凄いものだ。あの真面目なフランツィウス大尉の部屋は思春期の青年もかくやという感じだし、哀れなベルガー主計少尉は熱心な地球教徒という事にされてしまった。イメージ通りなのはバウディッシン中尉の筋トレ特化部屋位だ。こんな中で自分だけ隔離されているような気分だったが、艦長は何を考えているんだろう?

 

「ツァーン、参りました。」

 

「おはよう少尉。かけたまえ。今回の作戦において、君には他の誰にもできない特別な任務を引き受けてもらう。苦労をかけるが、頑張ってくれたまえ。」

 

特別任務。私にしか出来ない。そんな台詞に若い精神が高揚する。

 

「はい、艦長、身命を賭してやらせていただきます!」

 

「…そうか。ではまず、この候補の中から一つ選びたまえ。」 

 

 そう言うと艦長は3枚の紙を机に並べる。それぞれ「ジョゼフィーナ」、「ローザライン」、「ハンナ」とある。

 

「『ジョゼフィーナ』は良い名前だと感じますが、なんでしょう?」

 

「直感は大切なものだ。結構。少尉、君の我が艦での役割を伝える。君は新婚の艦長夫人、『ジョゼフィーナ』だ。」

 

艦長夫人?新婚?………!つまり、それが意味する所は、

 

「じ、女装でありますか、艦長。」

 

「理解が早くて助かる。艦長室は色々見られて困る物を収納せざるを得ないのでな。君にはもし臨検を受けた際に私の部屋のベッドで体調の悪い薄幸な令嬢を演じて貰う。」

 

「はぁ……しかし、いえ、お受け致します。艦長。」

 考えてみれば軍人になって以来一つも役に立った事が無く、デメリットすらあった容姿が初めて役に立つ場面である。それに、女装するのは接敵時だけだし、副官に任命されたという事はこの人は外見だけで選んだ訳では無いという事だ。中身でも、外見でも、同じ艦の仲間の役に立つ事ができるなら……やりがいがある任務かもしれない。  

 

                         続く

 

設定・その他

 いわゆる「裏方」の乗組員は外見上船倉に当たる部分にいます。住環境は巡航艦並ですが、主要メンバーみたいに変な設定つけられるよりマシという意見が大半を占めているようですね。

 因みに艦長室にあるベッドはダブルベッドでして、中佐はこれをいつもは一人で使う事になります。さすがに同衾までさせるとジャンルが変わってしまうのでそういう事で願います。

 

 

 

 

 

 




上記の設定とかはこちらの後書きに書いた方がいいんでしょうかね。
次回予告の場とかも入れたいな、などと漠然と考えております。

感想、ご意見、誤字指摘、お待ちしております。


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第六話 演技とワルキューレ

 今晩は、メーメルです。今回から何話かをサブタイトルに明記する事にしました。
 それから今回文中で同盟語を二重鉤括弧『』で表記しています。関西弁にするかとか考えましたが、エセ関西弁で皆さんを不快にさせてしまう事もあるかと考えてこういう形に着地しました。

では、どうぞ。


帝国暦452年10月30日 ゾンタークスキント艦内 

ボート・フォン・フランツィウス大尉

 

 この基地に着いて半月が経ち、分散集合してきた乗組員も揃って訓練が始まった。何しろサイズだけは巡航艦レベルなのに、武装は艦首に30cmビーム砲が2門と側面に3門づつのレールガンがあるだけなのだ。ともすれば駆逐艦や砲艦にだって撃ち負けてしまう。艦長が言うには

 

「命中率と射撃速度をそれぞれ倍に上げれば、戦力は8倍だ!最新型のマーヒェン級にも負けない艦にできるぞ!」

 

だそうだ。まぁ、我々「劇団メンバー」にはその訓練に加えて別のものもあるわけで、それが当面の問題でもあるのだが。

 

「では、始めます。」

 

今日の"尋問役"はバウディッシン中尉だ。艦長がどこからか用意してきた叛乱軍の軍服と軍用ベレー帽を被っている。なにも服装まで合わせなくてもいいじゃないかと思うが、それにしてもその巨体も相まって大した威圧感だ。比較対象はアレだが、あの社会秩序維持局にだってこれ程堂々たる尋問官はいないだろう。対するのは船内作業服を着込んだ私と、ベルガー、それに砲術長のエルトマンだ。因みに彼は"砲術長"と名乗るわけにはいかないので"二等航海士"という事になっている。想定状況は"臨検中に怪しんだ叛乱軍士官による取り調べが行われた"というものである。

 

『では、まずは二等航海士、君からだ。君は兄弟はいるかね?』 

 

バウディッシンのハスキーボイス。通常時より低く聞こえる。案外こういう役が好きなんじゃないか。

 

『はい、姉と妹がいまして、姉の方はフェザーンで働いていますが、妹のエルシーの方は2年前にろくでなしの詐欺師と駆け落ちしましてね、今どこでなにをしているやら…!』

 

『ふむ。では、航海長の、パトリック君とか言ったね、君は結婚しているのかな?』

 

『はぁ、カミさんはこれまで3度悪い男に巡り会ったって言ってましたがね、いまは俺のような身持ちの固いのといれて、幸せだって言ってましたよ!へへ…』

 

 わざと下品な笑い方をしてみる。演劇経験者のツァーン少尉によると、含み笑いをより低くやるといいとの事だが、こんなもんだろうか。

 

『ふむ、既婚者、ね。なるほど。では君、経理のイオーノフ君だったね。この船の経済状況はどうかね?何か足りないものが有れば申し出れば、可能な限りなら援助するが?』

 

『航行はあなた方に止められるまでは順調そのものでしたよ。今この瞬間だけでも時間的な損失が逐一発生しているんです。できるなら早く解放して貰いたいものですな!』

 

 イオーノフことベルガー主計少尉が機嫌悪そうに言う。まさに神経質かつ効率重視のフェザーン商人といった感じだ。なんだ、皆上手いものじゃないか。

 

『ふむ、では我々は嫌われているようだし、船内検査も異常なしだそうだ。そろそろお暇するとするかな』

 

バウディッシンが尋問室(仮)を出ようとする。

 

「では諸君、良い旅を!」

 

私とベルガーは黙っていたが、エルトマンは「ありがとう、そちらも」と返す。すかさずはっとしたような顔をするが、もう遅い。

 

入れ替わりに艦長が入室して来て、各々に対する講評が始まる。

 

「まず、エルトマン少尉。君は最も初歩的な手に引っかかった。よく情報Ⅲ課や憲兵隊辺りがスパイや脱走者の炙り出しに使う手だが、知らなかったかね?まぁ、人の好さが出てしまったんだろうが、ボロのサイズで言えば特大級だ。もし本番があれば、特に注意して臨むように。それから、姉妹がいる設定にするなら、君の自室に適当な写真なり立体映像なりを置いておいた方が整合性があって良いだろうな。」

 

「ベルガー少尉、君の機嫌悪そうな態度はフェザーン人らしさが出ていて、その点は評価できる。が、本物ならせっかく物資提供を提案されているんだ。欲を出してみせた方がいいな。食料やエネルギーではなんだから、そうだな、紅茶やコーヒー豆辺りの嗜好品を要求してみるのもアリかもしれん。」

 

「かしこまりました。肝に銘じます。」

 

 「結構。では、フランツィウス中尉だが、あの笑い方は自然体かつ喋り続けていると不快感をもよおす感じがして良かった。ほぼほぼ心理学の領域だが、早めに尋問を終わらせるには有効な手段だろう。だが、今一度考えて欲しい事は、君の話と諸々の状況の整合性だ。君の部屋は今どうなっている?」

 

そこまで言われて気づく。たしかに自分の部屋は三大欲求を持て余す独身者の代表例のような有り様だ。もしあの部屋の住人が既婚者だと言ったら不自然どころの話ではないだろう。

 

「確かに不見識でした。精進します。」

 

「結構。まぁ、3人とも明らかに嘘をついている、というのが分かる風でも無かったし、演技力の点では合格点だろう。あとは指摘したような整合性と、ふとした時の受け答えなどを出撃までに詰めておくように。」

 

ーーーーー

 

11月25日 ゾンタークスキント艦内

フォン・オイレンブルク中佐

 

 とうとう出撃まで残り1ヶ月となった。艦内は追加で送られてきた偽装品やらでフェザーン色に染められている。会った事もないシュテファン分室のスタッフが筆跡を変えて書いたラブレターや私の文書箱に入れる架空の契約書、納品書、領収書まで全てフェザーン式の物だ。最も良い出来なのはフェザーン自治領主府の電子印が押された契約書だ。内容は、「当マレタ号はジャムシード開発省の使用するテラフォーミング資材を運搬しており、取扱及び消耗には十分注意すること」というものだ。確かに高額かつ政府間取引資材はあまりベタベタ触りたいものではないだろう。

 

「さて、と。後の仕事は、そうだワルキューレの方に呼ばれていたな。」

艦橋を出て右に曲がり、廊下に等間隔で設置してある消火システムの一つの前に立つ。

 

「魔女のバアさんの呪い、水を怖がる中隊長、オイレンブルク艦長。」

 

ー短い電子音が鳴り、消化システムの下部が開く。緊急用誘導路の名目で設えたものだが、ガワを少し作り替えれば立派な隠し扉だ。新無憂宮にも隠し通路や秘密の部屋があるなんて都市伝説があるが、この艦ほど完璧なものはそうそうないだろうという自信がある。この階段は降りると3機しか積んでいないワルキューレの格納庫とパイロット詰所に直通だ。

 

「曹長?艦長だ。どこにいる?」

 

折り畳まれて収容されている機体の裏から長身の男が駆けてくる。彼はゲルハルト・ウェーバー・ケンプ曹長。専科学校を出て4年で単座撃墜19機、砲艦1隻撃沈、巡航艦1隻大破確実という戦果を挙げたエースである。その腕とその戦果を誇らない人柄を見込んで最前線のアルテナから彼のケッテ編隊丸ごと引き抜いてきた。その曹長が意見具申とは…

 

 「ご足労ありがとうございます艦長。ご相談したい事がありまして、それには実機があった方が説明がやりやすいと考えたのであります。こちらへどうぞ。」

 

 彼の機の横まで案内される。ワルキューレ搭乗員はある程度の塗装の自由が戦果に応じて許可されているが、彼の機には単座機撃墜を示す五角形が並んでいるだけだ。戦闘艦の撃沈に関しては「アレは中隊の皆の戦果ですから」と言って自分の機には描かないらしい。

 

「艦長、現行のワルキューレの武装は短距離ビームが翼部に2門づつ、計4門となっておりますが、任務内容を鑑みて、これを改造したく思うのです。」

 

「ほう。改造、というと?」

 

「はっ、今回の作戦におけるワルキューレの任務は敵襲撃に先立つ前路警戒並びに先制攻撃による敵通信・自衛・推進設備の破壊であると承っております。それに際して、ビーム砲4門の火力は些か、いや大分過剰でありまして…」 

 

 言われてみれば確かにそうだ。4条のビームがまともに命中すれば巡航艦といえど十数秒で廃艦同然になってしまうのだから、民間船が相手なら正に牛刀をもって鶏を割くというものだろう。

 

「それを鑑みて、ビーム砲は右舷の一門を残して撤去し、空いた左舷側スペースには予備の予備の水素燃料タンクを、右舷下部にはジャミング装置を増設したいと考えたのですが、攻撃力が著しく低下する事と、左舷を丸ごと可燃物にしてしまうので防御力の面でも不安になります。ですが、任務には最適なチューンであると愚考致します。」

 

 彼の言い分は正鵠を射ている。もし罷り間違って一撃爆沈などしてしまえば反応を叛乱軍の哨戒部隊に探知される恐れもあるし、前路哨戒を頼んだりする以上航続力の延伸と電子戦装備は重要だろう。リスクはあるが、それ以上にリターンの方が大きいと判断した。

 

「よろしい。許可する。改造と試験飛行はこれまで通り何か理由をつけて秘密裏に行うように。それから、君は新婚だったな。改造中に基地内の超光速通信室の使用を許可する。素晴らしい意見具申の正当な対価ととってくれていい。」

 

「ありがとうございます、艦長!ご期待に沿えるよう、ワルキューレ隊は全力を尽くします!」

 

そのしばらくあと、艦内食堂で「父親、子供、ハインリッヒか?いやカールも…」などと呟く彼を見かけた。ともあれ、出撃の準備は完了しつつある。

 

続く




 色々言いたいことがあるんですが、かいつまんで話すと、尋問シーンは名画「大脱走」の「Good Luck!」→「Thank you 」が大好きなので入れました。叫びたくなるくらい好きなんです。あのシーン。
 ワルキューレの任務については「奪還者」でラインハルトさんが同じ様な事してたので借りました。奪還者の時代には30年も後ですし、ビーム砲の出力調整なり精密射撃機能なりが進化したって事にしました。
 最後に出てきたケンプ曹長については、まぁ、そういう事です。親子二代でエースとは凄いですね。
 今回も、ご意見、ご感想、誤字指摘などお待ちしております。非ログインの方でもできるようにいたしました。


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第七話 出撃

お待たせしました。やっと出撃です。かっこいい演説内容がどうしても思いつかなくて、当たり障りのないものになってしまいました。
 


帝国暦452年 12月14日 オストヴィントⅧ基地内 貸切酒保

 オイレンブルク中佐

 

「諸君、とうとう出撃の時が来た。明日の夜、我々は前代未聞の冒険行に旅立つ。我等が愛すべき艦、ゾンタークスキントは外見はうすのろの旧式船だが、中身は全く違う!帝国の技術と、帝国の最精鋭、つまり諸君らが揃っている!明日からの旅路は決死行ではあるが、必死行ではない。我々はあのコルネリアス帝以来、100年ぶりに叛乱軍を震撼させた海賊として凱旋する!」

 

「「「「「「はい!!中佐殿!!!」」」」」」

 

「ではグラスも行き渡ったようなので、乾杯する。プロージット!!」

 

「「「「「「プロージット!!」」」」」」

 

259人分のグラスが叩き割られる。この後はもう自由行動だ。いきなりラッパ飲みを始める下士官席を横目に、士官連中のテーブル席に戻る。

 

「やはり出撃前の宴は何度しても良いものですね、艦長。」

 

「そうだな、大尉。願わくば、帰ってきてからの祝宴も同じメンバーでやりたいものだが、何しろ準備は万全にしたつもりだが、不安も残る。フェザーン通過後の叛乱軍領域の星図も駐在武官の情報収集能力では限界があった。航路があることが分かっている以上、あまり広大な航行不能宙域やブラックホールの類はないと信じたいが…」

 

「問題ありませんよ、艦長。何しろ艦名は”幸運児”ですからね。名は体を表すといいますし、機密保持と偽装に訓練も完璧、最高の状態と言っていいまでになっています。向こうに行って、1隻でも拿捕することができれば、データの入手もできるでしょう。」

 

 横からクンツェ中尉が明るい声で言う。

 

「君は楽観的だな、そういう考えは助かるよ。そうだ、もう出撃であるし、フェザーン人に化ける以上はこれは不自然だろう。いい感じに渋みが出て気に入っていたんだが、もう外すべきだろうな。」

 

 一瞬全員と目が合った気がしたが、気のせいだろうか。

ーーーーー

 

翌日 ゾンタークスキント艦内

フォン・フランツィウス大尉

 

「員数・物資・エネルギー、全て良し。全艦、出撃準備完了いたしました。」

 

「結構。出撃する。機関始動。」

 

「了解、係留ケーブル解除、全機関始動、確認。出力4分の1。」

 

「上げ舵25」「上げ舵25!」

 

「圏内翼展開、よし。」

 

「管制より飛行進路指示並びに通信。"クンレンノセイコウヲイノル"」

 

「水先案内のシャトル、視界に入りました。誘導ビーコン受信。」

 

「艦内気密及び気圧、共に正常値。」

 

「惑星オストヴィントの重力圏、離脱しました。加速度正常、シャトルの離脱を確認。速力巡航、予定進路をとります。」

 

何度経験しても重力の鎖から解き放たれるこの感じは快感だ。取り敢えずはこの後、フェザーンへの3日間は通常の商船と同じ航路をとる。彼らの貿易管理局や航宙保安部隊は令状なしには船舶への立入検査はできないことにはなっているものの、余計な疑惑を招く訳にはいかないし、必要もないのに回廊ギリギリを行って思わぬ損害を受けるのもつまらないとの艦長の指示からだ。

 

ーーーー

 

「衛星放送が入るようになりました。フェザーン本星の通信域内に入った模様です。艦内に流しますか?」

 

「いいだろう、許可する。」

当直士官席で熱いコーヒーを啜りながら艦内に流れ出す小気味良い旋律に耳を傾ける。帝国本土ではこういう種類の音楽はルドルフ大帝が「退廃的である」と否定したために、リヒャルト1世や晴眼帝による規制緩和の後も深夜番組ぐらいでしか放送されていないし、軍内部に配布される音源にも未だに収録されていない。個人的には音楽程度で祖国への忠誠心が揺らぐ訳はないと思うし、艦長も「フェザーンの流行歌ぐらいアカペラで歌えないと偽装は完璧とは言えないな。」等と言っていた。

 歌と言えば、この艦には叛乱軍の音源ディスクまである。鹵獲艦から接収して、どこかの倉庫にでも死蔵されていた物だろうが、帝国本土では持っている事が知れた時点で社会秩序維持局がすっ飛んでくるような危険物扱いの代物だ。滅多にない機会だと興味本位で聞いてみたが、古典音楽にはこちらの様な重厚感というか、迫力がない代わりに声楽や大衆歌には向こうの方が質が良い印象を受けた。決して羨ましい訳ではないが、兵士の士気への影響面では無駄に勇ましい軍歌や荘厳なものよりこういったものの方が効果的だろうと思う。実際酒保なんかで兵士がそんな歌を歌ってるのはあまり聞かないし…こんな事を考えた所で、上層部の頭の固い爺さん方に具申できるわけでもない。せいぜい持ちネタの軍務尚書のモノマネの一部に組み込むくらいか……軍人という仕事も難儀なものだ。

 

ーーーーー

12月18日 オイレンブルク中佐

 

 遥か彼方にフェザーンの本星が見える。軌道エレベーターの先端部から多くの光点が絶えず離れたり近づいて消えたりしていて、アリの行列を思い出させる光景を形作っている。流石は全宇宙の貿易中継地といったところか。本星の通信域から離脱次第、今度は回廊の航行不能宙域ギリギリを行く。ここまでは順調だが、これから先でフェザーン当局にばれると厄介この上ない事になる。出来るだけ他人の目に止まらないようにひっそりと航路から外れる。駐在武官からの情報によれば、回廊突破までは最短で2日だそうだが、息を殺して行くとなればより多くの時間がかかるだろう。何にしろ、回廊を抜ければ後は上下左右全てが敵地となる。今はその恐ろしさよりも未知の宙域に対する好奇心が上回っている。そうだ。我々は恐れを知らぬ海賊なのだ。敵に遭遇する前に自然現象を怖がっていてはその名が廃るってものだ。

          

                         続く

 




フェザーンには軍事組織がなかったということでしたが、密輸や脱税防止のためのある程度の実力を持った組織くらいはあったんじゃないかと思います。沿岸警備隊や海保みたいなのをイメージしていただければ結構です。音楽に関してですが、同盟の建国経緯からして、文化資本なんかは建国初期に於いては軽視されていたんじゃないかと思います。元流刑者が開拓した国ですし、ダゴン会戦以降の亡命者増加までよく保ったものですね。


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第八話  回廊突破と遭遇

 お気に入り数が20人を超えまして、嬉しい限りです。始めてちょっとでTwitterのフォロワーを超えました。元気玉作ったら初期のピッコロなら一撃レベルですね。ありがとうございます。
 今回からやっと同盟領に入ります。よかったよかった。


帝国暦452年 12月24日 ゾンタークスキント艦内 オイレンブルク中佐

 

 全くひどい宇宙嵐だった。航行不能宙域に突っ込んでしまったんではないかと思うほどの規模だったと思う。おかげで一時的に艦内空調が止まって蒸し焼きになる所だった。だが、苦難の後には必ず幸福が訪れるものだ。我等の眼前に広がる広大な宇宙。今いる場所全体が我々の狩場であるのだ。叛乱軍の国境艦隊などの姿も見かけない。ザル警備とはこのことだ!

 

「素晴らしいだろう、諸君!演技指導は無駄だったかもしれn」

 

「3時方向、プラス40度に反応、接近中の艦影あり!距離、遠距離!」

 

 余裕の台詞はシュタールス准尉の報告でかき消される。最初の獲物がかかったのかと、艦長席の下に隠されてある「襲撃部屋」と呼んでいるスペースに入る。ここには強行偵察艦に搭載されているような超高倍率の拡大装置があり、これなら接近してくる船の詳細を目視で確認できる。

 

 「どれどれ、記念すべき最初のお客さんは、と。」

 

ーー淡い緑色一色に縦長の機関部、全方位に突き出た通信アンテナと、艦後部の特徴的な純水タンク。それに艦首に6門のビーム砲。ーーー

あれは…敵の巡航艦だ!

 

「警報!!接近中の艦艇は敵の巡航艦!」

 

大丈夫、バレているのならば最大戦速で向かってくるはずだ。しかも単艦行動だし、こちらの正体は現時点ではまだ露見していないとみていいだろう。艦内放送のマイクを取る。

 

「全艦に告ぐ、当艦は間もなく敵と接触する。諸君らには冷静な対応を期待する。まず、"フェザーン人"以外の乗員は全て所定の位置に隠れる事。貨物になりきって物音一つ立てるな。もし露見した場合は全火力を集中して敵の戦闘力だけでも無くして逃走する。機関科と砲術はいつでも最高の仕事が出来る様にしておくこと。それからツァーンは女装だ。君は船長夫人の"ジョゼフィーナ"なんだからな!」

 

 数分後、艦橋モニターにも拡大すればわかるレベルにまで敵艦が近づいてくる。もう敵艦砲の射程距離内だ。もし今砲撃されたらシールド展開機構のない我が艦はひとたまりもない。

 

「敵艦、交信を求めてきました。」 

 

「よし、音声回線のみ開け。後ろの連中はフェザーン訛りでの会話を忘れるなよ。内容はなんでもいい。」

 

「回線、開きます。」

 

『こちらはシュパーラ星系哨戒戦隊所属の巡航艦、イソタケル。同盟軍基本法第26条に基づき、貴船への臨検を要求する。機関を停止して、こちらの指示に従え。』

 

『了解した。機関を停止、現在位置を固定する。だが理由を聞かせて欲しい。』

 

『それについては移乗するこちらの担当者が説明する。暫く待たれよ。』

と、通信が切られる。

 

「大尉、同盟軍基本法第26条の内容はなんだったかな?」

 

「少しお待ち下さい………ありました。えー、『1.臨検機能を有する同盟軍軍艦は、艦長又は当直責任者の判断により不審船舶への停船、移乗の呼びかけを行うことが出来る。これに従わない場合、敵対行動又は犯罪活動中と見做し、3回以上の万人にわかる形での攻撃警告の後、攻撃が許可される。2.臨検により、不審な物品や人物が発見された場合は、艦長若しくは三科長の判断によって当該船舶の航路又は目的地の変更を申し渡す事が出来る。これに従わない場合、当該船舶の責任者及び運行能力者の拘禁が認められる。』とあります。」

 

「大体は我が方の軍法と同じか。即時撃沈じゃないだけ向こうさんの方が有情かな。」

 

また少し経って、巡航艦が隣につけ、シャトルが発進するのが見える。どうやら敵の艦には接舷機能は備わっていないようだ。仕方ないので誘導ビーコンを出してやる。シャトルが着き、気密室が開くと、10人ほどの兵士の中から20歳そこそこに見える士官が前に進み出る。

 

「あー、ご協力を感謝します。私はヴィドック准尉といいます。こんにちは。今日は…」

 

『…同盟語で結構ですよ。士官さん。独立商人で食わせてもらってる以上、フェザーン人に同盟語を喋れない者は殆どおりませんし、その方がスムーズでしょう。』

 

『え、そうなんだね。ありがとう船長。経験がないもので…』

 

ゴホン、と咳払いを挟み、

 

『えーまずは、この船は武器・麻薬・商品としての人間は積載していないだろうね。』

 

『もちろんです。真っ当なフェザーン人は真っ当に稼ぐことで信頼を培うものですから。これが積載物のリストです。』

 

『ありがとう。それと、不躾ではあると思うが、少し船内を見せてくれるかな。』

 

『ええ、どうぞ。こちらへ。』

 

大丈夫だ。相手は新米のようだし、こちらを特別視している雰囲気も感じられない。だが、それならなぜわざわざ平和な旧式貨物船に臨検なぞするのだろう?

 

『ご苦労様ですな、士官さん。ところで、最近は交通違反の取り締まり月間でしたかな?』

 

『ああそうだ。理由を説明しなきゃいけないんだった。すまない船長。ここ半年、"向こう側"からのフェザーンを通さない亡命者が増えていてね、理由が帝国の圧政を逃れる為ならまぁ、いいんだが、どうやら最近増えているのは政争に敗れた末の奴等らしいんだ。そうなると来るのは向こうの貴族様連中だし、そういうのは大体護身用だとか財産だとか言って私兵や…向こうでは"農奴"って言うんだったか、身分証もない人を連れてくるもんだからね。こちらとしては、はっきり言って措置に困るんだ。だからそういうのの事前説明だったり、もしなら亡命拒否なりをする為にこういう事をしてるんだ。分かってくれたかな?』

 

なるほど、そういえば今年、リヒャルト皇太子が急に廃嫡されたという話があった。消息不明になった門閥連中はどうせ社会秩序維持局がいつも通り行方不明にするなりしたかと思っていたが、亡命するような勇気のある奴もいたんだな。我々には迷惑この上ないことだが。

 

ーーーーー

 

そのあと、兵隊を3、4人艦橋に残して船倉を見回ったり"我が愛しのジョゼフィーナ"に会って顔を赤くしたりしながらやっと気密室の前に戻ってきた。ツァーンは「こんにちは、お若い士官さんと兵隊さん。」などと言って愛想を振りまいていたが、正体を知っているこっちからすると可笑しくて仕方がなかった。ヴィドック准尉の方も、イントネーションが少しおかしなフェザーン訛りで

 「美しい女の人、ありがとうございます」と言っていた。どうやら本当に騙されてくれているようだ。こんな事じゃこの後どれほど女に苦労するか知れないが、そんな事を忠告してやる義務も責任も私にはない。

 

『では船長、書類も、安全運行基準も全てOKのようだから、航海を続けてよろしい。今日はご協力ありがとう。あー、「さようなら」』

 

『ええ、士官さんも、また縁があったらお会いできるといいですな。』

 

 気密扉が閉まり、シャトルが離れていくと同時に肩の力が抜ける。全く常にニコニコして腰を低くしているのは精神にくる。だが、今度こそ苦難は終わりだ。さて、艦橋に戻ろう。

 

「お疲れ様でした。艦長。大丈夫でしたか?」

 

「ああ、大尉、なんとか切り抜けられたようだ。そっちはどうだったかね?」

 

「ええ、兵隊の方はロクに調べもせずに愚痴やらをこぼしていっただけです。どうやら司令部の副官がまともなのになったから仕事が増えたとかなんとか。『アレクのおっさん』とか言ってましたが。」

 

「敵が勤勉になるのは面倒な事だな。だがあの青二才が"安全通行通知"とかいうのも置いていった事だし、しばらくは大丈夫だろう。」

 

「敵艦、離脱します。」

 

「幸運な航海をとでも送ってやれ。できるならもう二度と会いたくないがな。」

 

一難去って、もう一難が去った。次こそはツキの方が寄ってくるだろう。海賊稼業の本格始動だ!

 

                         続く




 12月24日は今でこそクリスマスイブですが、銀英伝時代にはキリスト教が衰退している事もあって、祝い事なんかはやらないんでしょうか。何故か残っている描写があるのが、「千億の星、千億の光」中の精霊降臨祭(ペンテコステ)の日なんですが、それをやってるという事はクリスマスも意味がわからないまま残っている可能性はありそうですね。
 途中で出てきたアレクのおっさんはこの時代だと35歳くらいのあの人です。再登場はあるかもしれませんし、このままひっそりと死に設定になるかもしれません。
 今回も、ご指摘、ご感想、ご意見などお待ちしております。
6/23追記・准尉の語学力を上方修正しました。


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第九話  襲撃!

 ゾンタークスキントの初戦闘?です。仮装巡洋艦だから派手にドンパチはやりませんのであしからず。では、どうぞ。


帝国暦453年 1月5日 ゾンタークスキント艦橋 

フォン・オイレンブルク中佐

 

 敵の臨検をうまく潜り抜けたはいいものの、あれ以来レーダーにも五次元解析装置にも船影の類はかからない。取り敢えずこの辺りの星図だけでも入手しないと、思わぬ隕石群やらブラックホールに突っ込む可能性が常について回る事になる以上、ワープ航法もおいそれとは使えない。何より退屈だ。若い乗組員連中はフランツィウス大尉の部屋で「士官と士官候補生のための勉強会」と称して小道具として揃えたいかがわしい本の回し読みをしているらしいが、まさか艦長がそこに混ざる訳にもいかないし、そんなものに鼻の下を伸ばす年齢でもない。

 

「そろそろワルキューレに出てもらうのもいいかもしれないな…おい、搭乗員詰所に繋いでくれ。」

 

「こちらは艦長だ。ワルキューレを索敵に出すことにした。今出せる機は誰の機かね?」

 

「はっ、現在のスクランブル当直は3番機予備員のクンツ一等兵であります。」

 

「ではクンツ一等兵、よろしく頼む。交代時間は大体3時間を目安にしてくれ。ローテーション組はそちらに任せる。」

 

「かしこまりました。1分以内に離艦します。」

 

「艦長より全艦、ワルキューレが索敵に離艦する。総員帽振れ。」

 

 側面にⅢと書かれたワルキューレが一瞬視界に入ると、すぐに前方の1つの光点となる。1機出すだけでも単純計算で10光秒は索敵範囲が広がる事になる。これで見つかれば万々歳、見つからない場合は、もっと索敵要員を増やすか、だがあまりワルキューレに消耗と負担をかける訳にもいかない。取り敢えず様子を見てみるしかないのが現状だ。大神オーディンでもなんでもいいから加護が欲しいものだな。

 

ーーーーー

 

「艦長!索敵中のクルツ一等兵から通信です!読みます!『現在位置α158、β25、γ68。移動中の光点見ゆ。低速。』とのこと!」

 

ー低速、という事は軍艦ではない。もう一つの可能性のフェザーン籍商船はエネルギーの消費効率の最も良い中速から高速を使用するはずだ。つまり、獲物だ!

 

「クルツ一等兵には帰還を命じろ。おそらく目標は叛乱軍籍の商船だ。最大戦速を出して通報のあった方向に向かう。大尉、接敵までの所要時間は?」

 

「およそ1時間半!」

 

「結構。では1時間後に総員戦闘配置を下令する。その前に、バウディッシン中尉を呼んでくれ。」

 

「バウディッシン、参りました。」

 

「ご苦労。聞いての通りだと思うが、これより当艦は襲撃行動をとる。基本的に停船命令を出して敵の降伏ののちに君達移乗部隊に乗り込んでもらう事になるが、もし敵船が逃走するような事になれば強行接舷後、ヒートシリンダーを捻じ込んで白兵戦になる。装甲擲弾兵の中でも選りすぐりを頼むぞ。それから、叛乱軍船員の扱いに関してだが、我々は野蛮なただの宇宙海賊ではない。前にも申し渡した通り、暴行や虐殺の類いは最大級の言葉をもって禁じる。」

 

「了解しました。帝国軍人の名誉と矜持を傷つけるような行いは致しません。"綺麗な戦争"をやってごらんに入れます。」

 

「結構!では人選と準備にかかりたまえ。」

 

 彼は善い男だ。言葉に嘘偽りはないだろう。だが、これから戦うのはこちらを殺そうとしてくる軍人ではなく、叛乱者とはいえ民間人だ。帝国軍人が言うのも大いなる矛盾だが、人死には出したくはないな…。

 

ーーーーー

 

「見えました!敵は正面を右舷方向から左舷方向へ移動中。」

 

「よぉし!速力そのまま、隣につける。取り舵25。」

 

例の襲撃部屋に入って目標を確認する。ー白い船体に2本赤いラインが入った小綺麗な一般貨物船。おそらく我が艦より少し小さい位だ。80万t級の中型。こちらの事はレーダーで捉えているだろうが、変針・増速する様子は見受けられない。完全に油断しきっている!

 

「敵の隣30kmまで寄せろ。敵艦に通信。『光パルスで直接伝えたい重要情報あり。接近を許されたし』、送れ!」

 

「送りました!…返信、『了解、当船に並航されたし。』」

 

「並航を許してくれたか。ならばお言葉に甘えよう。10kmまで寄せる。砲術、威嚇射撃の用意いいか?」

 

「右舷、1、2、3番砲用意よし。主砲1も右舷に最大射角をとっています。」

 

 敵船のシルエットがだんだん大きくなっていく。心臓が早鐘を打つように鼓動する。こんな事になるのは初陣をあの汚い駆逐艦で経験した時以来かもしれない。

 

「光パルス回線を開け。」

 

同時に、向こうの船の船長らしき人物が艦橋モニターに投影される。40代くらいだろうか。顎髭を少し伸ばしている。

 

『重要情報とはなんでしょうか。まさか株価の大暴落でも起こりましたか。』

 

『いや、取り敢えず本船の方を見て頂きたい。そうすれば大体の事は分かると思います。』

 

 怪訝な顔をして相手が外を見るのを見計らって、艦長席のボタンを押下し、着ていたジャケットを脱ぐ。

 すると、艦側面の鉄板が上下に開き、奥から黒字に銀で書かれた双頭の鷲の紋章が出現する。同時に右舷砲が敵船の前方と上下に向けて放たれた。唖然とする船長に警告する。

 

『当艦は銀河帝国軍巡航艦、ゾンタークスキントである。直ちに機関を停止してこちらの指示に従え。電波の発信や逃走の兆候があれば即座に撃沈する!』

 

 またもこちらを振り向いた船長は私の早着替えにも驚いたようで、目を見開いたまま固まる。彼の後ろでは『帝国軍だ!敵だ!』『殺される』『なぜこんな所に』等の悲鳴が飛び交い、軽い恐慌状態だ。続けて第2弾が発射され、今度は通信アンテナらしい構造物をかすめる。

 

『わ、分かった!指示に従う!降伏する!機関停止!停止だ!』

 

こうして、大変呆気ない形でゾンタークスキントの初陣は幕を閉じた。接舷し、装甲服を着込んで厳つさが数倍になったバウディッシン中尉が部下を連れて移乗する。

 

ー我々の最初の獲物はシロン自治共和政府籍の貨物船で、船名を『ヌワラエリア』、積載していたのは叛乱軍の一大ブランドらしい茶葉と、フェザーンで買い付けたという肥料類だった。乗員は合わせて25名。全て収容したのちに茶葉を少量と、エネルギー、周辺宙域の航路データだけ接収して6時間後にセットした時限爆弾を仕掛ける。船長のバクスター氏は震え声で、『紅茶と肥料は戦争には無関係だ』と抗議してきた。哀れだとも思うが、軍人は時に非情にならねばならない。

 

ゾンタークスキント航海日誌 R.C453.01.05

記入者 エーバーハルト・ツァーン少尉

 

(略)

 本日午後4時30分、我が艦は初めての戦果を挙げる。敵船乗組員は全て本艦に収容済み。拿捕品目・粉砕茶葉800kg。消費弾薬・レールガン用砲弾6発。

 周辺宙域のデータが手に入ったことで、ワープ航法が使用可能になった。明日からは交易ルートの交差点を重点的に哨戒する事になった。幸運が続く事を祈る。

 

 

                        続く

 

 

 

 

 

 

 

 




 またもや色々あるんです。もう後書きが愚痴りコーナーになってますね。ご不快でしたら読み飛ばしてください。
 宇宙空間での距離は実際どれくらいか分からないのでこの位かな?という感じに落ち着きました。宇宙で機関停止すると慣性で動いちゃうかなとも考えましたが、誰かが言っていた「俺の宇宙ではそうなるんだ」の精神で気にしないことにしました。
 仮装巡洋艦で1番かっこいいシーンはやはり翩翻と翻る軍艦旗を掲揚する所だと思うんですが、なにしろ流石に「俺の宇宙」にも風まではないので、ああいった感じになりました。なにかもっとかっこいい演出が思い付いたり、ご指摘があれば差し替えます。一応「螺旋迷宮」でリンチ司令が白旗を上げるシーンがありまして、同じようにしようかと迷ったんですが、、、
 それから、銀英伝のエネルギーってどうなってるんでしょう。奪還者の最後でコンテナに詰められたエネルギーを回収して…というシーンがありましたが、核燃料棒なのか蓄電池的なものなのか、規格は共通なのか否か、アニメ版重点で履修してると分からないことだらけです。
 引き続き、ご指摘、ご感想、誤字指摘などなど、お待ちしております。


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第十話 船長と提案

 10話目です。未だに一隻しか戦果のないゾンタークスキントの冒険はまだまだ始まったばかり。では、どうぞ。


宇宙暦762年 1月5日 ゾンタークスキント艦内 

ウィレム・バクスター

 

『バクスター船長、この船室が今日からしばらくの間貴方に割り当てられた部屋です。それから、こちらの書類は本艦の"ゲスト"となった方用のものでして、本艦の立入禁止区画と主要メンバーの官・姓名が載っています。貴方の部下の部屋はここから2ブロック先の階段を降りた先となっています。もうすぐ夕食の時間となりますが、食事は部屋で摂りますか、それとも貴方の部下たちと?士官食堂でも大丈夫ですが。』 

 

『え、ええ、では船員と一緒にお願いしたいと思いますが…』

 

 軽い取調べの後、独房にでも幽閉されるかと思ったが、充てがわれたのは小綺麗な独立キャビンだった。…何か私がまだ重要情報を隠し持っているとでも考えているのだろうか?それとも、ここまで案内してくれた若い士官が言うように、本当に"ゲスト"として扱う気なのか。そんなはずはない。噂では帝国軍に捕らえられた同盟市民は農奴階級に落とされて洗脳教育を受けるという話だ。しかし、農奴に落とすつもりなら最初からこんな扱いをする意味とは?全く分からない。とりあえず皆の所にいこう。2ブロック先の、階段。番兵の1人もいないのか。

 

『船長!よかった。ケガはありませんか?何をされたんです?』

 

『カーター、ありがとう。怪我はないし、特に不快な事はされなかったが、船は返してもらえないそうだ。これは保険金が下りる案件に該当するかな?そっちは?』

 

『ええ、別に何も。妙なんです。あの大男は怒鳴りも殴りもしないし、ただこの部屋に通された上にこの書類を渡されて。ガスでも流すつもりなんでしょうか?』

 

と、急に扉が開く。入ってきたのはモニターで我々に警告してきた男、つまりこの艦の艦長だ。なんだか長い名前の中佐…

 

『やぁ、船長もこちらでしたか。なら丁度いい。私から皆さんに色々ご説明したい事がありまして。えー、まず、我々は皆さんに余計な危害を加えるつもりは有りません。これを最初にお約束します。もし万が一我が艦の乗員でその様な事を行った者がいたらすぐ申告して下さい。次に、皆さんがこの艦にとどめ置かれる理由はただ1つ、機密の為です。ただ、この艦の収容人数、580人となっていますが、それに近づく、若しくは超えた時点で皆さんを解放します。時期は未定ですが、帝国本土への連行は命令されていないので皆さんは家には帰れます。もう一点、身なりは貨物船ですが、当艦は最初にも申し上げた通り軍艦ですから、機密や安全の関係上立入禁止区域を設けています。詳しくは渡した書類にありますが、そこ以外なら艦内では行動の自由を与えます。ああ、戦闘行動中はまた別ですが。何か質問は?』

 

 驚いた。これでは客船に乗り移ったのと同じではないか。1度紅茶を売った亡命貴族はそれはそれは嫌な奴だったがあんな奴とは大違いだし、逆に好印象すら覚える。船を失ったのは痛手だが、考えてみれば帰れるというのなら、今の内に日記でもつけておけば自伝出版で食っていけるかもしれない。とにかく大人しくしておくのが賢い行動というものだろう。

 

ーーーーー

 

帝国暦453年1月8日 ゾンタークスキント艦橋 

フォン・フランツィウス大尉

 

「大尉、5次元解析装置の密度解析結果です。成果なしってとこですな。」

 

 担当の軍曹から結果の印刷された紙を受け取る。最初の獲物を捕らえてから3日、3回のワープを繰り返して今の宙域にまで来たが、一度5隻組程度の反応があっただけだ。ターゲットは独航船なので、そういう難しい目標は見逃すしかない。ため息が出そうになるのをぐっと我慢する。エネルギーや食料はまだまだ余裕だが、わざわざ敵地へ単独行をして、遊弋しているだけというのも士気に関わってくる。どうしたものか…

 

「…大尉、バクスター氏が話があると言っておりますが。」

 

「?どうした、食事が口に合わなかったかな。うーん、娯楽室で会う。軍曹、何かあったらすぐ呼んでくれ。」

 

ーーーーー

 

『何かありましたか、船長。乗組員に粗相がありましたなら…』 

 

『いや、いや違うんです大尉さん。乗組員の方には良くして頂いているし、食事も美味い。あ、今回はその事ではなくて、うちの皆と話し合って、決めた事があるんですが良いでしょうか。』

 

『私の一存では決めかねる事もありますが、どうぞ。』

 

『今から私が提案する事は、恥知らずな裏切り行為と取られるかもしれません。ですが、これは貴方達に対する信用と信頼の形の1つであると私は考えています。』

 

『我々の中には複数の商船に勤務したりして、貴方達の、その、獲物となる商船のよく通るルートを知っている者が複数おります。で、その情報を提供したいと考えたのですが…』

 

『なるほど。こちらにとって嬉しい提案ではありますが、なぜそんなことになったんです?』

 

『はい、艦長さんは、「もし艦の収容人数を超えたら、その時点で解放する」と言ってくれました。早めにここが満員になれば、その分早く解放される可能性があるというのと、この艦は我々同盟人に良くして下さるので、もし同胞が捕まっても悪いようにはならないと思うのです。』

 

『我々に万全の信頼を寄せてくれた事には感謝します。ですが、事が艦全体に関わることであるので、一度こちらで検討させて貰います。』

 

『分かりました、大尉さん。私は部屋にいるので、いつでも呼んで下さい。では。』

 

ーーーーー

同日、士官食堂。

 

「と、言うことなんですがどうしますか。」

 

「向こうから協力するというんだ、手っ取り早く戦果を挙げられるし、エネルギーの節約にもなる。受諾してよいのでは?」

 

「メリットだけじゃないぞ、バウディッシン中尉。もし誤情報を掴まされて、叛乱軍の哨戒網に誘導されたりしてみろ。我々はとんだ間抜け野郎として歴史に名を残す事になってしまう。」

 

「『早く解放されたい』という理由は尤もな理由です。ここ数日見ていて、バクスター氏は良識人だと感じますし、もし我が艦が叛乱軍に攻撃されたら、乗っている捕虜ももろともになる事位は理解しているでしょう。信じてみていいのでは?」

 

と、ツァーン少尉。

 

「だが彼は船を失っている。といっても雇われ船長のようだが、我々に恨みを抱いて、自暴自棄になっていても不思議ではない。」

 

「うー、言われてみればそうですね。艦長はどうお考えですか。」

 

「私は、彼を信じて良いと思う。まず、彼は船とその乗組員の長として船員全員の生命に対する責任を負っている。彼がもし我々に恨みを抱いているとしても、船員を巻き込む様な方法を取る事はしないと思う。それに、ツァーン少尉も言っていたように、彼は良識人だ。自分が裏切り者として軽蔑される危険を承知での提案には、価値があるものではないかな。」

 

「艦長がそう言われるなら否やはありません。すぐにでもバクスター氏に協力を要請します。」

 

「結構。ありがとう大尉。よろしく頼むよ。」

 

ーーーーーー

 

 次の日から、バクスター氏が同伴する形で通商ルートの選定が始まった。タンカータイプがよく利用するルート、軍用貨物船のルート、フェザーン帰りの空荷船が近道に使うルートに星が綺麗に見えるルート等というものもあった。取り敢えず、その中の1つをフェザーン方面へ逆行して見ることとなった。これで成果が上がれば万々歳といったところだが、果たして…。

 

                    続く




 どうも、メーメルです。お読みいただき、ありがとうございます。捕虜の協力の事例は、モデルにしているゼーアドラー号でも「船を見つけた者には誰でも金とシャンパンを支給する」という形であります。
 フランツィウス君が後半反論するのは、彼がバクスター氏や同盟人が嫌いだからではなく、本編中でいう、ムライの役割を自分に課しているからです。一応真面目って言う性格設定もあるので…
 ご意見、ご感想、ご指摘お待ちしております。個人的には銀英伝の好きなシーンとか語り合いたいんですが、ガイドラインに違反するからやっぱりダメなんでしょうね…


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第十一話 徴用船

 どうも、メーメルです。ゾンタークスキントは2隻目の獲物を発見しました。よかったよかった。


帝国暦453年  1月10日 午前8時15分 ゾンタークスキント艦内

フォン・オイレンブルク中佐

 

「警報!総員戦闘配置!」

 

 バクスター氏の情報にあった通商ルートを逆行してみたら、ほんの1時間で接敵した。橙色の丸っこい船だ。小惑星帯を掠める形で出てきたので反応は遅れたが、まだ十分に先手を取れる。前と同じ手で行こう。

 

「敵船へ、『ハイネセン中央に株価大変動あり、意見の擦り合わせを行いたく、貴船への接舷を求む』、送れ。」

 

「返信、来ました。『我々はSC7物資補給隊である。株価は我々には関係なし。進路を譲れ。』」

 

「物資補給隊?1隻でか?叛乱軍の標章は見えないし、あのフォルムは軍用貨物船でもないだろう。大尉、艦型識別表にあんな艦型の叛乱軍艦がいるか?」

 

「大体我が艦と同じ位でしょうか。えー、100〜140万t級の輸送艦……ありませんね。徴用船か何かでしょうか。」

 

 徴用船だとすれば軍人の類が便乗しているかも知れないが、もしかしたら敵の機密の類の鹵獲が見込めるかもしれない。見たところ非武装だし、あのパラボラアンテナを撃ち抜いて、艦橋あたりに強行接舷すれば…勝機は十分にあると見た!

 

「よし、襲撃する。一旦面舵で離れた後、敵左舷方向から突進、主砲であのアンテナを吹き飛ばしたら、艦首のヒートシリンダーをねじ込んで制圧部隊を移乗させる!作戦開始は3分後!」

 

「了解しました、艦長!面舵一杯、主砲斉射用意!」

 

「主砲用意よし!」「装甲擲弾兵、準備よし!」「機関室、出し得る速力、最大戦速!」

 

 面舵回頭の後、艦首に緩衝アームを展開すると同時に、突進を開始する。

 

ーーーーー

 

10分前、徴用貨物船フィスカス艦橋 

エドワード・シドニー・キング曹長

 

『ですから、船長!小官は軍の担当官として、物資の到着時刻は遅延してはならないという事を理解して頂きたいだけなのです!』

 

『ええ、ええ、全て了解していますよ、曹長殿。しかし、先程も言ったとおり、これ以上の速度を出すと燃費の関係上、軍との契約料を超過してしまう事になるんですな。それから、あなたはなんです?』

 

『なんです、とは…積んでいる物資の責任者ですよ。』

 

『そうでしょう。つまり、あなたが責任を持つのは物資だけであって、それ以外のこと、特に船の運行には口を挟まないで頂きたいと言っているのです。お分かりかな?』

 

『しかし、私の任務はこの荷を指定された日時に…』

 

『それにしても、です。急遽我々が徴用されることになったのも、荷の追加があって搬入が遅れたのも、軍の、そちらの都合でしょう。道理としてはあなたが文句をつけたり、意見を述べるべき相手は私ではなく他にいると考えますがね。では、失礼させていただきますよ。朝食の時間なのでね。』

 

 なんと融通が効かない船長だ。少し速度を上げるか、ルートを外れて近道をすれば済む話だというのに、燃費がどうとか、安全性がどうとか色々理由をつけて、楽をしたいだけに決まっている。いくら後方宙域だといえ、戦時中に自分達だけの利益を考えるなんて…!

 

『なんだぁ、あいつ。』

 

 船員の間の抜けた発言にモニターを見ると、正面から中型貨物船が近づいてくる。と、相手からの通信が機械音声で艦橋内に流れる。

 株価の変動?接舷?そんなものに構っていたら指定時刻に遅れるどころの騒ぎではなくなってしまう!

 

『おい、返信しろ。我々は軍の命令で動いている船だから、うすのろはさっさと道を譲ってどこにでも行ってしまえ、と!』

 

『え、いや、普通こういう時は船ちょ…』

 

『黙れ!早く返信するんだ!軍の命令だぞ!』

 

『おお怖。分かりました、分かりましたよ。』

 

 全く、全く!この船は船長だけでなく船員までたるみ切っている。少しはこちらの意思を汲み取ろうとする努力はないのか。私の責任は、こいつらと比べて数段、重、重い…

 

『んー?おい、あいつ、変じゃないか。面舵で離れてくぞ。』

 

『別の船を探しに行くんだろ。せっかくの好意を蹴られて向こうもいい気分じゃないだろうしな。』

 

 ふん!何が好意だ。さっさと、なんだ、離れていくんじゃないのか。こっちを向くじゃないか。光った!?

 

『こちらは帝国軍巡航艦だ!これより接舷する!抵抗をするな!繰り返す。抵抗は無益である!』

 

 一体どういう事だ。帝国?悪い冗談だ!と、船全体が大きく揺さぶられ、思わず尻餅をつく。どうやら本当に突っ込んで来たようだ。こういう場合は、私はどうすれば…?抵抗…積荷!船倉に行かなければ!口の端にソースをつけ、慌てた様子で艦橋へ駆け込んできた船長を押しのけて階段を駆け降りる。船倉はこの先だ。非常灯がついて、正面に人影が見える。ずいぶんでかい、こんな奴いたか?

 

『退け!船倉に用があるんだ!』

 

「中尉、叛乱軍です!」

 

帝国語?こんな、とき、に、あぁっ!

 

ーーーーー

 

同時刻 フィスカス突入口 バウディッシン中尉

 

 「なんだこいつは?気絶したのか?」

 

 ヒートシリンダーから出たあと、2班には船倉を、3班と4班には機関室の制圧を命じ、直卒の1班と5班で艦橋に向かおうとした矢先、叛乱軍の下士官らしい男に出くわした。何か叫んだ後、壁にへたり込んで動かなくなってしまったが…

 

「6班、こいつの武装解除と拘束を頼むぞ。1、5、続け!」

 

 戦斧を振りかざして『艦橋』と書かれた部屋に突入する。別にゼッフル粒子を撒いているわけではないから、火器でもいいんだが、なにしろ見た目の威圧感が段違いだ。

 

「我々は帝国軍だ!手を頭の後ろに組んでゆっくりと立て!抵抗の意思を見せた者には容赦しない!」

 

 ソースを口の端につけた、服装からしておそらく船長だと思われる男が立ち上がると、他の船員もそれに倣う。どうやら艦橋内に軍人はいないようだ。

 

「君が、ああ、『君が船長か?この船は徴用船だとの事だが、軍人は何人乗っていて、どこにいるのかね?』

 

『軍人なんて1人しかいませんよ!それもさっきここを飛び出していっちまいました。今頃脱出シャトルに取り付いているんじゃないかな。』

 

 1人、という事はさっき気絶したのがそうか。まぁこの船長が嘘をついている可能性もある。念には念を入れておこう。艦内マイクは…これだな。

 

『当船の主要部はすでに帝国軍1コ中隊の管制下にある!無駄な抵抗は即刻中止し、船員、便乗者は全員艦橋へ集合せよ!繰り返す…』

 

ーーーーーーー

 

「積荷・船員の確認と、リストとの照合が終わりました。乗員は30名と、軍から1名。積荷内容は、熱感知型の浮遊追尾機雷が400発と、組み立て式索敵衛星が15組、軍用レーションが40000パック、それに敵の軍用ベレーと軍服のセットが600箱分。階級章も二等兵から少将まで揃ってます。」

 

 船内を検索すると、見事に軍用一色の積荷が出てきた。少し過積載な位で、機雷など数発は廊下のスペースに縛り付けられている。

 

「ご苦労、中尉。こちらに移送するのは、機雷を20発とレーション、食料とエネルギーだけでいい。別に仮装パーティーはやる予定はないしな。」

 

「了解しました。すぐにかかります。索敵衛星は破壊しておいた方が良いでしょうか。」

 

「そうだな、どうせ爆発で壊れてしまう気もするが、無事で拾われるのも癪だ。入念にやっておいてくれ。」

 

 今回も上手くいった。作戦初の強行突入だったが、こちらには勿論、彼方にも死者はいない。突入時の衝撃で転んで打撲や出血をした者もいたようだが、いずれも軽傷だ。"綺麗な戦争"はまだ続いていると言っていいだろう。ただ、出会った瞬間に気絶してしまった下士官はまだうんうん呻いているばかりで意識を取り戻さない。外傷はないようだが、本当に軍人なんだろうか。

 

 機雷の爆発事故に見せかけるため、あえて持ってきた爆薬は使わずに機雷本体の自爆シークエンスを起動させる。我が軍の機雷は撒いたらそのままか、掃宙艦の人海戦術で苦労して回収するかしかないが、叛乱軍の機雷はこれさえ打ち込めば時間になったら自分で勝手に消滅してくれるわけだ。楽でいい。早いとこ終わらせて装甲服を脱がなければ。なにしろ暑くて仕方がない。

 

                       続く

 




 可哀想なシドニー君はシトレ本部長とはなんの関係もない人です。書いていて、流石に爆発物積んだ徴用船に軍人1人は不自然かなと思ったんですが、グランド・カナル事件然りで同盟軍はどうもその辺軽すぎという実例があるので、1人で便乗して貰いました。
 気絶の経緯については、精神的にアワアワしてる所に2メートルの大男がトマホーク持って非常灯に照らされながらあのドクロみたいなヘルメットでいるんですから、相当怖いと思います。怖いんじゃないですかね?
 文中でバウ中尉は1個中隊が〜って言ってますが、アレはハッタリです。奪還者のキルヒアイス突入シーンでは、装甲擲弾兵1班あたり5〜6人でしたので、それに倣って突入人数は最大36人位です。一個小隊以下ですが、艦内に予備が待機してるので、兵士じたいはもう少しいます。
 引き続き、感想、ご意見、ご指摘、お待ちしております!
 


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第十二話 囚われの下士官

 私の暮らしている地域では気温も上がり、蚊も出て大変不快な季節になってきました。宇宙はそういうのなくて良さそうですね。今回は戦闘シーンはありませんが、どうぞ。


帝国暦453年 1月11日 午前7時 ゾンタークスキント艦内 

フィクトール・クンツェ中尉

 

 艦長から厄介な仕事を押し付けられてしまった。捕らえた叛乱軍の下士官の取り調べだそうだ。なぜ私なのか聞いたら、「彼はついさっきまで意識を失っていた訳だし、なんらかの宿病があるかもしれない。それに、君の軍医の制服は我々のものより厳つくないから、余計な刺激も少ないだろう?」だそうだ。軍医学校では確かにPTSDの将兵に対する療法なんかも習うには習ったが、専門の資格は持っていない。起きたらいきなり敵艦の中にいた人間への接し方なんて授業は無かったし…こんな事を考えている内に、医務室についてしまった。一応つけてある番兵に敬礼をして中に入ると、若い下士官がベッドの上で縮こまっていた。

 

『い、遺書を書かせてくれ!私には、私にはカッシナに両親がいるんだ!何もしてやれなかったが、息子が立派に戦死した事位は伝えてやりたいんだ!』

 

『はぁ?何を…』

 

『ダメなのか?私は銃殺刑になるんだろう?ど、同盟では遺言や遺書を遺すのは死刑囚にだってすら許された権利だ!いくら帝国が我々と異なるといっても、それ位は同じなんじゃないのか!?』

 

『いや、我々はきみを銃殺刑になんてするつもりはないと…』

 

『!まさかガスか!そ、そんなむごい死に方は嫌だ!せめて一思いにやってやろうという慈悲も帝国にはないのか!頼む、頼むからガスはやめてくれ!』

 

『いや、だから我々は君を死刑にする気は毛頭無い…』

 

『じゃあなんだ!洗脳してスパイにでもするつもりか?そんな事をするつもりなら、舌を噛んでやる!祖国を裏切る事なんか、私にはできない!』

 

 会話のキャッチボールという言葉があるが、こいつはキャッチボールどころではないな。何より興奮しすぎている。最後の方なんか、ほぼ悲鳴だ。このままでは本気で舌を噛みかねないし、一度落ち着くにもまた眠ってもらうしかないだろう。

 鎮静剤の注射を医療バッグから取り出して近づくと、また騒ぎ出した。

 

『自白剤か?言っておくが、わ、私はただの曹長だ!重要な情報なんか1つも握ってないぞ!いや、知っている事なら話を、や、やめ、同盟万歳!!』

 

 んー、これは鎮静剤で眠ったのかまた気絶してしまったのか分からんな。どうやら帝国軍に対して随分なマイナスイメージがあるようだ。最前線で敵と殺し合っている兵士より、後方の兵士の方が相手に対する敵愾心や恐怖・憎悪が大きくなる、という話を聞いた事があるが、正にその例にピッタリ当てはまっている感じだ。これはもう一度艦長と相談を打たねばならんな。

 

ーーーーーーー

 

同日 8時20分 士官食堂

 

「こういうことになってまして、まともに取り調べなぞできるような状況ではありません。鎮静剤の効果は2〜3時間で切れますし、どうしますか?」

 

「どうしますか、と言ってもなぁ。君がダメだったのであれば私や他の者が行っても結果は変わらんだろう。いっそのことまたツァーン少尉に女装してもらって、女の色香でなんとかしてもらうか?」

 

我関せず、といった風にひどい色合いの"特製カクテル"とやらを飲んでいた我らが女装担当は急に回ってきたお鉢に当惑して咳き込む。

 

「か、艦長、本気で仰っているんですか?確かにこの前の臨検の時の若造はうまく騙されてくれましたが、私だって話し中ずっと高い声を維持できる訳ではありませんし、近くで見たら色香なんて物は1ミクロンもありはしません。絶対にボロは出ますよ!」

 

「冗談だよ、少尉。冗談だ。が、どうするかな。情報を持っていないというのなら取り調べの必要は薄いにしても、状況の説明なんかはしなければならないし、第一ずっと中尉の仕事場に閉じ込めておく訳にもいかんだろう。」

 

「相手が我々帝国人に対するマイナスイメージを持っているというなら、同国人にやって貰えば良いのでは?バクスター氏は見た目も温和そうで、申し分なく適任であると思うのですが。」

 

と、バウディッシン中尉。この大男はその声だけならどんな猛獣でも落ち着かせられるようないい声なんだが、何しろ見た目が怖すぎる。

 

「それも考えないでは無かったがな、クンツェ中尉の話で、例の彼が『

裏切り者になる位なら〜』と言っていたというのがあっただろう?バクスター氏に頼んで、引き受けてくれたとして、我々を信頼して協力してくれた彼がたった1人とはいえ、そういった暴言をぶつけられるのではないかと考えるとな、どうも躊躇せざるを得ないと思うが…」

 

「では、あくまでそのリスクを説明した上で、強制ではないという形式で依頼してみては?彼は曲がりなりにも同国人が恐怖に支配されているのを放置するような男ではないでしょうし、案外簡単に引き受けてくれるかもしれませんよ。」

 

「…信義や矜持につけこんでどうこうするのはあまり好きなやり方ではないんだが、他に有効な手段が浮かばない以上、やってみるしか仕方がないか。」

 

ーーーーー

 

 バクスター氏に事情を説明したら、即座に承諾してくれた。『反抗期の息子を説き伏せた経験が役に立ちますかな。』だそうだ。この人は他人から悪意というものをぶつけられた事が無いんだろうかと心配になる。一応、彼が暴れたりした時用に医務室の横に兵を2人待機させておいて、私自身は間抜けな格好ながら、扉に張り付いて聞き耳を立てる。もうすぐ起きる頃だと思うが…

 

『起きましたか?曹長さん?曹長さん!』

 

『……あなたは誰です?天使さまには見えませんが…』

 

『私は、ウィレム・バクスターと言いまして、シロン星の商人です。曹長さんに説明をしてあげるようにとある人に依頼されて、いまここにいる訳なんですが…』

 

『同盟人!同盟人ですか!よ、よかった。何か悪い夢を見ていたようでして、帝国の宇宙海賊に捕らえられて、自白剤を打たれて、それから…』

 

『一部は夢かもしれませんが、大体は現実ですね。ここは帝国の巡航艦の医務室ですし、かくいう私自身も、捕虜いや、ゲストとして暫くこの艦にいることになってましてね。』

 

『…そうですか。……やはり私は、それで、何の用です?まさか同盟人同士で殺し合いをさせようというんですか!?あ、あなたそれでも…』

 

…?何も聞こえなくなった。一体どうした事だ。まさかまた気絶でもしたのかと思い、そっと窓から覗いてみるとバクスター氏はただ黙って彼を見据えていた。

 

『落ち着きましたか?では、説明しますね。この艦でのゲストの扱いは大変寛容なものです。それはおそらく曹長さん、あなたが軍人だからといって変わるものではないでしょう。実際に我々はこの艦に来てから快適に暮らしていますし、暴行の類も受けていません。この書類にある立ち入り禁止エリア以外は行動も自由ですし、艦が収容人数を超えればその時点で解放してくれるそうです。さらに付け加えるなら、どうも我々は帝国人に対する評価を改めなければならないとさえ思っていますよ。』

 

『つまり、奴等、いや彼らは私を殺すつもりはないと?』

 

『勿論そうでしょう。そうなら気絶したあなたをわざわざこの艦に運んできて、医務室に寝かせておくなんて事、全くの無駄ではありませんか。』

 

『でも、私は軍人です!彼等は恨みを抱いて、私に対してはどんな行動をとるか…』

 

『曹長さん、あなた、亡命貴族とかいう連中に会ったことはありますか?ない?そうですか。私はああいうのが我々の考えるステレオタイプな帝国人像を拡大していると思うのですが、とにかく私はこの艦の艦長を信頼します。それこそ、この47年の人生であのような紳士的な人にはそうそう会えませんでした。望むと望まざるとに関わらず、暫くはこの艦で共に暮らすんです。鬼や蛇のように忌避するのは、あまり良い関係性とは言え無いと思いますよ。』

 

『では私は、私はどうすればいいのです!徴兵で軍に入って、志願兵役になってもずっと帝国人を憎め、殺せと言われてきたんです。そう簡単に…』

 

『私は思うのですが、国にとっての軍人の存在理由というのは敵を倒す事より、守るべき人間を守るためにあるのではないですか?あなたは前者はできないが、後者、最も大切な責務はまだ果たせる状況にあるのではないかと私は思いますよ。』

 

『それはどういう…』

 

『つまりこうです。今でさえこの艦には50人からの同盟人が乗っています。これからさらに増えるでしょう。私と、あなたの便乗していた船の船長、ウィリアムズさんだけでは収めきれない揉め事なんかも起こるでしょう。その時、あなたはただ1人、中立の立場でいられる。陪審員として、裁判官として、立派に役目を果たせるのではないかと思いますよ。』

 

ーーー

 

『見事なものですな、バクスターさん。』

 

『ありがとうございます、軍医さん。ああいう不安定な人には自分がどういう状況にいるのか、そしてなにができるのか、どう役に立てるのかなんかを説いてやるといいんです。いけない、つい年長者ぶってしまった。』

 

 そんなことを言いながらキャビンに戻っていったが、やはり人生経験の差というものだろうか。それ以外にも何かある気がするが、随分その背中が大きく見えた。

 

                     続く




 シドニー君は軍務という重責から前回のような口の悪い人になっていただけで、根は心の優しい青年です。やっぱりブラック労働は人の精神を蝕むんでしょう。
 ツァーン少尉が飲んでいたのは、コンデンスミルクにレモン汁と砂糖を入れてよく混ぜたものです。彼曰く、「昔見た映画で俳優が飲んでいたのを真似したら美味かったんだ」だそうですが、控えめにいって不味そうです。彼の舌はどうなってるんでしょうか。
 暴れる彼にすぐ鎮静剤を打てたのは、クンツェの腕と、帝国野戦医療研究所謹製の無痛注射器を使ったからです。時代の進化っていいもんだと思います。
 今回も、ご感想その他もろもろお待ちしております。


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第十三話 小惑星

 こんにちは、メーメルです。ケンプ曹長に活躍してほしいなと思ったのでケンプ回になりました。では、どうぞ。


帝国暦453年1月13日 午後1時56分 索敵行動中のワルキューレ1番機

ケンプ曹長

 

「♪わが主、コルネリアス帝、兵士らに武器を取らせ給う、20の艦隊と億の兵、叛徒の中へ進撃す♪」

 

 ワルキューレの調子は最高だ。あの改造のおかげで総重量が500kgも軽くなった為に、前には出せなかった速度や出来なかった機動ができる。後ろを取るだけなら敵の艦載機には絶対に負けないだろう。まぁ、今の任務ではドッグファイトの機会なんてないんだろうが…

 それでも任務は任務だ。もしこの作戦で手柄を立てれば昇進や叙勲も期待できるだろう。そうすれば給金も増える。カールと、そう名付ける事に決めた息子の為にも、何かいないものか…無理矢理コックピット内に増設された索敵モニターに目をやると、端の方に反応がある。でかいし、かなり低速だ。

 

「ワルキューレ1番より、ゾンタークスキント。レーダーに反応があるが、隕石または小惑星の可能性大。一応確認に向かう。オーバー。」

 

「ゾンタークスキント了解。幸運を。」

 

 もし敵船であったら見つかると面倒なのでエンジン出力を絞る。そろそろ拡大すれば見えて来る頃だが、なんだ、やはり小惑星じゃないか。

モニターに映ったのは長さが400メートルほどのピーナッツの様な形をした岩塊だった。少しは期待していただけに、ため息がでる。だが、なぜこんな所にポツンと1つだけあるんだ?まぁ、取り敢えず報告だ。

 

「ゾンタークスキント、こちら1番、反応はやはり岩塊だった。お騒がせして申し訳ない。オーバー。」

 

「残念だったな曹長。次があるさ。」

 

 …せっかくだからこの忌々しい岩塊を回っていこう。アルテナにいた頃なら気まぐれに1発打ち込んでもなんともなかったが、艦長からは無駄撃ちは止められている。案外奥行きがあるようだが、あ?

 岩肌が途切れると、目には人工物が入ってきた。モニター越しに窓からこちらを見る男と目が合う。数瞬、思考が停止して、そのあと一気に頭が回転する。

 

「ゾンタークスキント!ゾンタークスキント!こちら1番!敵船と接触!岩陰にいた!こちらも見られた!指示を乞う!敵に発見された!」

 

「なに!?艦長、1番が。はい、ケンプ曹長です。回します。」

 

「1番、聞こえるか。こちらは艦長だ。敵は戦闘艦か否か。」

 

 艦長の落ち着いた声に頭が冷える。ワルキューレ乗りにとって頭に血が上るのは最もなってはいけない状況だというのに、しばらく敵を見ていないとこうも鈍るか。

 

「敵は小型の、民間船のようです。現在防御砲火並びに電波の発信は確認できず。側面に白字で何か書いてありますが、判別できません。」

 

「分かった。見られた以上はやるしかない。アンテナ様のものは確認できるか?」

 

「はい、艦橋前部に1つ、下面に2つそれらしいものが確認できます。」

 

「ジャミングしながらになると思うが、やれるか?」

 

「やります!お任せ下さい!」

 

 最近は教本でも目視射撃は軽視されて、誘導装置や射撃管制に頼れってことになっているが、それだとこういう時に役に立たない。やはり最終的に頼りになるのはハードパワーよりソフトパワー、パイロットの技量だ。ビームは1門、目視で正確にアンテナ基部を破壊しなければならない。しかも敵船本体に大きなダメージを与える事なく。

 敵船に正対して、まず1番でかいメインアンテナらしい奴に照準環を合わせる。敵はまだ回避行動をとっていない。…今!……やった!新しい小デブリの出来上がりだ!と、開きっぱなしにしていた光パルス回線から怒鳴り声が聞こえる。

 

『何をしてくれてるんだ糞ったれめ!冗談にも程があるぞ!さてはドラーク社の差金だな!?マフィア!海賊!ルドルフの息子どもめ!』

 

 今答えてる暇はない。残りのアンテナを吹き飛ばしてから返答はしてやろう。今度は下面から近づく。こういった一航過で2目標を攻撃する場合、ワルキューレの可動翼は便利だ。叛乱軍の艦載機だったらこうはいかない。1、2!少し火がついたようだが、致命傷ではない。相変わらず悲鳴にも似た声が入ってくる。

 

『ああ!くそっドラーク!貴様覚えてやがれ!今度という今度は賠償どころじゃ済ませてやらんからな!この世界に居られなくしてやる!破滅だ!貴様は破滅だ!』

 

…なんだかここで会話すると面倒臭いことになる気がするので発光信号で意思を伝える事にする。『我、帝国軍、機関を停止せよ。さもなければ撃沈す。』…通じてくれるかな?

 

『あ?テイコク…はっ!今更取り繕おうったって遅いぞ!しっかり証拠も録画してあるんだ!10:0で我々の勝訴は確実だぞ!さっさと消えちまえ!帰って雇い主に"無能な私は彼らの作業すら止めることができませんでした"とでも報告するんだな間抜け!』

 

 どうやら逃げる気は無いようだからこれはこれでいいのか?ゾンタークスキントが全速を出してくるとして、視界に入るのはあと7分位か。一応見張っておくに越した事はないだろう。

 

『なんだ?さっきからブンブン飛び回りやがって!沈められるもんならやってみろ!抜け駆けされて悔しくても、それはお前が実業家として無能だった証拠だ!この小惑星の権利は我が社の物になったんだからな!』

 

 通りで変なところにある岩だと思っていたらこいつが引っ張ってきてたって訳か。よく見れば敵船の後ろにはポン付けした様な重機が載っている。言い分から察するに、どうやら商売敵とはライバルどころではない関係らしい。『今度という今度は』という事は同じような妨害や嫌がらせを互いにし合っているんだろう。まぁ、こいつが拿捕されれば、そのドラーク氏にとっては不倶戴天の敵が消えて幸運な訳だ。そうなれば宇宙から1つのつまらない紛争も消えるわけで、案外我々は叛乱軍にとって損害を与えているだけでも無いのかもしれない。通信では相変わらず男が罵詈雑言を並べ立ててドラーク氏を非難しているが、よくこんなに人を貶す言葉がポンポンでてくるものだ。

 

ーーーーーーーーーー

 

同日 午後3時 食堂のケンプ曹長

 

 あの後、全速で向かってきたゾンタークスキントが接舷して初めて敵は現状を認識したようだった。『俺よりドラークの方が悪どい事をしているのに、俺を先に捕まえるのは道理が通らない』とか言っていたが、私に見つかったそもそもの原因はあのでかい小惑星を無理矢理引っ張っていたからだし、向こうも向こうだと思う。とにかく今日は疲れた。報告書は上げたし、引き継ぎも済ませた。後必要なのは一時の睡眠だ。

 

ゾンタークスキント航海日誌 R.C453.01.13

記入者 エーバーハルト・ツァーン少尉

 

本日、1410時ケンプ曹長のワルキューレが敵を発見、通信アンテナを破壊したのち、本艦が接舷して拿捕に成功した。新たなゲストは船員と作業員含めて19名。拿捕品目:食料・エネルギー・精製タングステン1t・イリジウム粉末合金900kg・カナリア2羽。

 採掘作業中の爆発事故に偽装する形で敵船は処分済み。初めての具体的な価値のある拿捕品目に艦内の士気は上がったように感じる。

 

                        続く




 お読みいただき、ありがとうございます。後書きのコーナーです。
 冒頭、ケンプが歌っているのは「フリードリヒ大王擲弾兵行進曲」の銀河帝国版です。日本語訳のさらに替え歌というカオスなのを歌ってます。本物はカッコいいので是非お聴き下さい。
 途中で「ルドルフの息子どもめ!」という悪口が出てきましたが、あの時点で正体はバレていないので、ただの同盟人特有の悪口です。アメリカ人が「ジョン・ブルの息子どもめ!」とか言うのと同じですね。
 今回もご感想、ご意見などなどお待ちしています!是非どうぞ。
 


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第十四話  SPU

 こんばんは、メーメルです。お気に入り数が40人を超えまして、この
メーメル伯、感嘆の極みって感じです。初心者の駄文に時間を割いて頂いて、本当にありがとうございます。
 今回、誰が発言しているのか不明瞭な部分がありますが、メンバーの内の誰かなんだろうな、位に軽くお読み流し下さい。では、どうぞ。


宇宙暦762年1月16日 ゾンタークスキント艦内

ウィレム・バクスター

 

『じゃあ、始めましょうか。』

 

 ゲスト用食堂には大机が円形に並べられ、今のゲストの主要メンバーが8人と、丁度非番でぶらついていた軍医さんが着席している。なんとなく円形にしてみたが、思えば我らが最高評議会もこんな風に同盟の未来を決めている。彼らが本気で未来を考えているかどうかは知らないが。

 

『始めましょうか、と言っても、急になんです?バクスターさん。まさか脱走の相談でもするんではないでしょうな?』

 

 3日前に新しくゲストに加わったセネット船長が冗談めかして発言する。この人は乗艦時は大層不機嫌であったが、艦長と"良い取引"をしたとかで急に機嫌が良くなった。少し考えないで発言する所があり、言葉遣いも上品とは言えないが、正直でいい人物だと思う。

 

『そんなことをするんだったら軍医さんを呼んだりしませんでしょう。今日は皆さんと相談したい事がありまして、まぁ、こんな風に形式を整えてみた訳です。せっかくですから説明はうちのカーターにやってもらいましょうか。』

 

『えー、今日時点でゲストの人数は75人となっています。大分大人数となってきたのに日常やることといえば艦内の散歩に読書、というのも寂しい事だと考えまして、少なくともあと数ヶ月は同じ空間で過ごす訳ですし、この機会に新たな知己や人脈を得られるよう、互助会的なものを作れば面白いじゃないかと考えたんです。で、どうです?』

 

『いいんじゃないですか?集団生活といやぁ学校みたいなもんでしょう?教師役の船長連に、帝国軍はさしずめ保護者といったところですかな?』

 

中々上手い例えをするセネット氏に感心していると、ここ最近顔色がどんどん良くなってきているキング曹長(本人は軍の階級で呼んで欲しくないと言っているが)も続いて発言する。

 

『私も賛成します。私もバクスター氏に中立な判断役としてこの場に呼んでいただきましたが、私一人の器量には余る場合も将来発生してくるかも知れません。それに、かのアーレ・ハイネセンも「集団の中に組織を作るのは団結と共助の第一歩だ」と遺しています。なにより、ある程度の事が自分達で出来ないと、帝国軍に対して恥ずかしいですからな。』

 

 彼が言い終わると、他のメンバーも口々に賛意を表明する。彼には結構演説の才能があるのではないか。それにしてもハイネセンの言行録にそんな言葉は載っていたかな…

 

『では、互助会を作るのはいいとして、次の問題ですが…』

 

 カーターが深刻そうな声色で言う。確かに、いかにゲストとして扱ってくれているとはいえ、帝国軍にとっては艦内で団結した組織ができてしまうのは危険視される可能性もある。あの艦長さんはそのくらい許してくれそうだが、うまく説明しないと双方に不信の種を植え付けるという結果になりかねないだろう。

 

『その互助会の名前、どうしますか。』

 

……カーターはそこまでは考えていなかったようだ。

 

『名は体を表す、と言いますし、呼びやすさかつ名乗り安さも考慮した名前がいいでしょう。いつだったか、どこかの星系の与党は各派が連合しすぎて誰も自分達の正式名称を正確に言えなかった、という例がありましたな。』

 

『ああ!知っていますよ!ネタにしたくてわざわざ覚えたんです。確か…"我等全同盟市民にとっての国父アーレ・ハイネセンとグエン・キム・ホアの意思を継ぐ民主共和政と自由の民、並びに帝国の圧政に断固として抵抗する諸自由市民・惑星開拓者の高潔な精神連合社会を創り、全人類の平和と発展を願う政治清潔党"でしょう!』

 

『え、ええ、そんな悪例がある事ですから、それを踏まえて決めねばなりませんね。』

 

『そうですね…やはり"ゾンタークスキント"は入れるべきでしょう。事情はどうあれ、今は我々の住処であるのだし、これを入れなければどこかの捕虜収容所や監獄と被る恐れがある。』

 

『賛成』『賛成します』『賛成!』『大変結構!』

 

『…今誰か艦長さんの真似をしたでしょう。問題はそのあとです。捕虜、といれてしまうとアレですし、何かいい案を持っている人はいませんか?』

 

『獲物(PRIZE)なんてどうですか。事実そのものですし、囚人とか、虜囚とかよりは明るくて…』

 

『獲物…ね。少し自虐的かも知れないが、そういうユーモアは私は好きだな。賛成!』

 

『では私も』『賛成』『賛成!』『大変結構!』

 

『で、組合…いや、連合の方が収まりがいいですかね。』

 

『では、今より当互助会は"ゾンダークスキント獲物連合、S.P.U"と命名されました!つきましては、中尉さん。』

 

カーターに呼ばれて、半分寝かかっていた軍医さんが飛び起きる。

 

「は、はい?う、『なんでしょう?』」

 

『このSPUの結成を艦長に報告したいのですが、取り次いで頂けますかな?それから…』

 

『それから?』

 

『どうですか、非番で眠いところをわざわざ参加していただいたんです。そうですね、籍は置いているけれども投票権はない、"名誉顧問"になっていただけませんか?』

 

『しかし、それは艦長が適任ではないのですか?』

 

『いーえ、艦長さんは色々忙しい身の上でしょうし、我々としても、身近にいる人の方がそういう役にふさわしいと思うのですが?』

 

 これは暗に"軍医さんがヒマ人だろうから"というニュアンスを含んでいる気がするが、いいのだろうか。確かにこの艦の性質上、軍医という仕事が忙しくなるような事は無いんだろうが…

 

『そ、そこまで言ってくれるのならお引き受けしましょう。艦長は今艦橋ですから、あー、2人程一緒に来てくれますか?』

 

『では、発起人のバクスター氏とキングそ、いやキング君が。』

 

『じゃあ行きましょう。こちらへ。』

 

ーーーーーーーーーー

 

『互助会、ね。結構!そういう自主性のある活動は艦全体の活性化にも繋がるし、これから増えるゲストがスムーズに馴染む為にも必要なものだろう。許可しましょう。』

 

『ありがとうございます、艦長さん。つきましては、不躾ですがもう一つ、許して頂きたい事がありまして。』

 

『お聞きしましょう。』

 

『このSPUの代表者なんですが、投票、選挙で決めようかと考えているんです。私は発起人とはいえ、最初のゲストというだけですし、自分が権力を握るために作ったと言われるのは嫌ですから…それで、その、艦内で投票行動を取る事を許していただきたいのです。』

 

『?別に構いませんよ。なんなら投票用紙でも用意しましょうか?』

 

『えっ…いいんですか?』

 

『?…ああ、ははは、いや帝国軍だって別に投票行動の全てを敵視している訳ではありませんよ。これを言うと本国では危ないんですが、戦っている相手の政体がたまたまそうだっただけです。軍は祖国と陛下、それに臣民の為に戦うのであって、政治の為に戦うのでは無いですから。第一、帝国内でも美人コンテストなんかのものは普通にやってますしね。』

 

『ありがとうございます、艦長さん。では早速、代表者や規則や決めねばなりませんので、失礼します。』

 

ーーーーー

 

 結局そのあとゲスト全員を集めて投票が行われたが、SPU初代代表に選ばれたのは私だった。私としては、私の船員が一番多い訳でもないのにいいのかと思ったが、キング君が『それはバクスターさんの人柄がそうさせたんですよ。ある意味必然です。誇って下さい。』なんて言ってくれたので引き受ける事にした。規則はとりあえず『同盟人として、恥ずかしくない態度、姿勢を持ち、誇りを持つこと』というのが第一則として決まった。大分曖昧なものだが、同盟憲章だってそうなんだからまぁ、いいんじゃないかと思う。最後に、皆で国歌を歌って就寝時間になった。

 Rulers、の節が弱かったのは気のせいではないと思う。

 

                    続く




 拙作の同盟国歌は石黒版の「自由の旗、自由の民、レボリューション・オブ・ザ・ハート」という事になってます。「Rulers will reunite hand in hand」は個人的には「支配者達が手を取り合う」だから団結して抵抗しようね、ということを表現したいんではないかと思います。
 今回もご意見、ご感想、その他もろもろお待ちしております!ぜひどうぞ。


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第十五話  はったりと酒

 最近時間が遅くて申し訳ありません。メーメルです。そろそろ襲撃シーンはバッサリカットして冗長にならないようにしていきたいところですね。では、どうぞ。


帝国暦453年 1月21日 ゾンタークスキント艦内 娯楽室

エーバーハルト・ツァーン少尉

 

 今日はSPUの主催で立体映画の上映会が行われている。ちょうど非番だったし、ここ数日接敵もないので見てみる事にした。ストーリーとしては名探偵らしい男が複数の女性を口説きながら暗黒メガコーポの不正を暴く、という設定を盛りすぎではないかと思うものだったが、それなりに楽しめた。何より3回以上はあった濃厚なラブシーンは帝国の映画にはないもので……なんというか、新鮮で良かった。

 

『やぁ、少尉さんじゃないですか。楽しんでいただいてますかな?』

 

 背後から話しかけてきたのはSPU代表のバクスター氏だ。

 

『ええ、やはり帝国と同盟では表現手法に大分違いがありますね。興味深いです。途中に登場人物が歌って踊り出しましたが、同盟の映画はみんなああいう手法で感情表現をしているんですか?』

 

『いや、別にそういう訳ではありませんよ。きちんと硬派な映画も我が同盟にはあります。惑星フィクスッドなんかで作られるのはそういうのが多いですね。次やる"13人の剣闘士"なんか、その代表格と言えるでしょうな。10分程休憩を挟みますので、少し待っていて下さい。』

 

『はぁ、ありがとうございます。では待たせてもらいます。』

 

 バクスター氏はニコッと微笑むと後ろに座っていた上等兵に話しかけに行く。あの人のコミュニケーション能力は底なしなんではないだろうか。それとも向こう側ではあれくらいじゃないと商人としてやっていけないということか。何にしても…んあ?

 

『こちらは艦長だ。当艦は7光秒先に船影を捕捉した。乗組員の第一、第三直は戦闘配置。SPUの諸氏には、申し訳ないが下甲板に退避していただく。上映会の腰を折るのは残念だが、新たなメンバーの歓迎会を考えておいてくれたまえ。』

 

ーーーーー

 

 艦橋へ上がると、艦長と大尉が宙域図を覗き込みながら何やら相談していた。

 

「ツァーン少尉、戦闘配置を申告します。何か問題がありましたか?」

 

「申告を了解する。ああ、どうやらこの先に大規模な小惑星帯があるようでな。そこに潜り込まれると行動の自由も効かないし、振り切られる危険性を考慮するとワルキューレも出せんし、どうするか…」

 

「補助機関を使いますか。全速を出せば捕捉できる距離でしょう。」

 

「それもいいんだが、敵船にとっては背後から貨物船が出すはずのない速度を出しながら近づいてくる訳だからな。警戒されて、事前通報でもされてしまうとコトだ。難しいな…いっそ今回は見逃すか。」

 

「艦長!意見具申よろしいでしょうか!」

 

 目をやると、航宙管制担当の軍曹が直立不動で立っている。

 

「なんだね、フォルベック軍曹。何か良い案でも浮かんだのなら聞こうか。」

 

「はっ。こちらから追いかけてダメなら、向こうから引き返す様にさせれば良いのではないかと考えたのであります!」

 

「一理あるが、具体的には?救難信号なんか出したら招かざる客を呼び寄せてしまうことにもなりかねないが…」

 

「はい、まず敵船にこちらは叛乱軍の特殊部隊であると伝えます。進路上に機雷原があるとか、演習宙域だとか言えば、とりあえず相手は停止するでしょう。そのあと、臨検とか機密保持とか理由をつけて敵を呼べば、敵はこちらを叛乱軍だと思っているわけですから通報しようとは思わないでしょうし、警戒もされないのでは、と考えたのであります。」

 

「……指向性の高い超光速通信を使えばやれるか。軍曹、君の案を採用する。もしうまくいったら君に410年ものの赤を進呈しよう。」

 

「はっありがとうございます!」

 

410年ものなんて高級品を賞品にするとはずいぶん太っ腹だ。私もなにか案を出せば貰えたりするのだろうか…

 

「呼びかけはバウディッシンにやらせよう。確か尋問練習の時に使った叛乱軍の軍服はまだ積んであったな?着て来るように言ってくれ。」

 

3分ほど経って、中尉が艦橋に出現する。この人は何着てても第一印象が「いかつい軍人」で固定されるんだから服選びが楽でいいだろうな…

 

「よし、ではやるか。指向性制御できたか?よし、中尉、出来るだけ高圧的にな。3、2、…」

 

『前方の民間船、停船せよ!こちらは同盟軍第3星間パトロールである!貴船は軍の管制宙域に侵入しつつある!船を止めろ!』

 

『こちらはエリューセラ籍の運搬船、ハーベスター。そんな話は聞いていないし、第一4日前までこのルートは…』

 

『ハーベスター、指示に従え。従わざる場合はスパイ活動船と見なして即座に撃沈する。繰り返す。停戦しなければ撃沈する。』

 

『分かった!分かったから、撃たないでくれ!全く、同盟軍はここのところ随分…』

 

『随分…なんだね?ハーベスター。…よし。当艦は貴船に対して臨検を要求する。同盟軍基本法第26条は…』

 

『ああくそっ分かりましたよ!26条ね!同盟軍万歳!』

 

 通信が切られて、敵船が徐々に近づいてくるのがレーダーで確認できる。どうやらうまくいきそうだ。410年の赤…軍曹に頼めば少しくらい分けて貰えないだろうか…

 

「なかなかうまいもんじゃないか中尉。で、臨検も君が行くかね?」

 

「ええ、もちろんです。その為に乗っているんですから。敵船のサイズによって移乗人数を決めますので、判明しましたら内線をください。では!」

 

ーーーーーーーー

 

 その後はいつも通りことが運んだ。接舷して移乗用通路から装甲擲弾兵が雪崩れ込むと、ものの5分で敵船は完全に占領された。ゾンタークスキントより大分大きい船で、船員も全部で46人という大所帯だったが、船長をはじめとした主要メンバーが出迎えに来ていたのも早期の制圧がかなった要因であると思う。積荷は殆どが未加工の鉱石で、鹵獲する価値もないものだったが、、、一つだけ、重要なものがあった。

 

「絶対に鹵獲するべきです!兵士の士気の上でも、ゲストの不満解消のためにも!人類始まって以来の親友を宇宙の中で大量虐殺するなんて事には、小官は賛成しかねます!」

 

 200ケース!ブランデーが200ケースだ!なんとしても彼らを待ち受ける残酷極まりない死の運命から救ってやらねば!

 

「ど、どうした少尉。そんなに熱くなって、らしくないぞ。」

 

「他にも理由はあります。本日、中、艦長はフォルベック軍曹に410年もの…410年ものを進呈したでしょう。あと同じものが何本あるんですか?」

 

「あと…8本だが、それがどう…」

 

「もし、今日のことが艦内に広まればフォルベック軍曹だけ利益を得たことになって、艦の士気に影響します。兵士に限らず、SPUの連中にも何か艦内で貢献活動をすればブランデーを支給するようにすれば、艦全体にリスクなしに良い影響を与えることになると愚考いたします!」

 

「…わかった。鹵獲を許可しよう。それから、その管理や進呈基準は少尉が行うように。」

 

「ありがとうございます!艦長!小官が責任を持ってやります!お任せ下さい!」

 

やった!私はやったんだ!オールハイル!我らが人類の、古くそして永遠なる友よ!

 

ーーーーーー

 

「大尉、ツァーン少尉の目、見たか?」

 

「ええ、今度敵船に酒があることが分かったら、彼を先頭に立ててやった方がいいでしょうな。子供なら漏らしてますよあの目は。」

 

続く

 

 

 

 

 

 

 

 




 ツァーン少尉に新しい設定が生えました。女装、味オンチ、酒キチとは…一人に盛りすぎてフランツィウス君の影がどんどん薄くなってます。どうしましょう?

 今回も、ご意見、ご感想お待ちしてます!


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第十六話 救難信号

 こんばんは、メーメルです。ワインを2本開けながら書いたらよくわかんない事になってたので書き直しました。アルコールは人類の友とはいえ、やはり人類の片想いに過ぎないんでしょうか。では、どうぞ。


帝国暦453年 1月23日 ゾンタークスキント艦内 

フォン・オイレンブルク中佐

 

「どうだった、大尉。まだかかりそうか?」

 

「ええ、だいぶ酷くやられてます。交換部品をつぎはぎして機関科員総出でやってますが、どうにもならない部分もありまして…絶望ではないですが難しいと。」

 

「分かった。主機の方は問題ないんだな?」

 

「はい、ケーブルが1、2本衝撃で逝っただけです。これについては交換も終わって、機関長からスラスター、出力共に問題なしとの報告が上がってきてます。不幸中の幸いですね。」

 

 2日前、大型船を拿捕して、爆破に入ろうとしたとき、大規模な恒星風に襲われた。なんとか人員の撤収には間に合ったが、艦は6M級の岩塊の直撃を受けて補助動力機関と後部スラスターが大分やられた。積んでいたワルキューレも2番機の固縛ケーブルが切れ、推進剤のタンクが破れたため全損判定が出された。仕方ないので解体して修理部品に回す事した。

 例の大型船の方は係留ワイヤーを外して漂流した後、100Mはあろうかという巨大な岩塊が直撃して真っ二つになってしまった。手間が省けたといえばその通りだが、補助機関が修理できない可能性が出てくるとなると今後はさらに慎重な立ち回りをせねばならない。もし叛乱軍と追いかけっこなんてするハメにでもなったら…いや、今はあまりネガティヴなことは考えない様にしよう。主機が無事なだけでもいいじゃないか。

 

「負傷者の方は?骨折が何人か出ていたな。」

 

「それについても問題ありません。クンツェ中尉と、ゲストの中にもそういった心得のある者が協力を申し出てくれまして、…ただ、ツァーン少尉の方はもう少しかかりそうですね。本人は何もなげに振る舞っていますが、まるで背後霊でも憑いたかのようです。」

 

「あんなに必死な目をして確保した"無二の親友"が次の瞬間全滅したんだからそうだろうな。まさに天国から地獄へ急降下ってとこだろう。彼の為にも次の獲物を早いとこ見つけないといかんなぁ。」

 

ーーーーー

 

「艦長、不審な電波が入りました。再生しても?」

 

「不審な?よし、流してみてくれ。」

 

『メー……こち……貨物せ………ラーク…12月……核融合…きゅ……位…は…メーデー…』

 

「…救難信号か。もちろん全周発信だな?」

 

「はい、通常電波で拾えましたので、大分弱々しくなっていますが、救難信号には間違いないと考えます。」

 

 問題だな…救難信号だとすれば受け取った艦船には救助義務が発生するが、もし他の救助船、いや民間船ならまだいいが、叛乱軍の軍艦なんかと鉢合わせしてしまうリスクも大きい。いっそのことこいつを囮のように使って近づいて来る船を…

 

 いかんな。宇宙の男にあるまじき考えをしてしまった。 困った時に敵も味方もない筈だ。それに、通信では12月、と言っていた。2ヶ月近く救助が為されていないという事は船内は危険な状態になっているだろう。急行すべきだな。

 

「よし、発信源に急行する。一応2直は戦闘配置。それから、クンツェ中尉に原子力災害対応の準備をしておくように伝えてくれ。」

 

ーーーーー

 

「見えました!前方、!発光信号来ました!」

 

 どうやら生存者がいるようだ。とりあえずは安心していいだろう。次は相手がどんな状態でいるかだが…

 

「艦長、発光信号によると、敵船はジャムシード船籍の貨物船、船名は「テトラーク」というそうで、12月19日に核融合炉の制御コンピュータが何故か停止し、全推力を喪失したあとは非常用電源と太陽光発電でなんとか凌いでいたそうです。食料もつきかけているようで、あとはひたすらに感謝の言葉が来てます。」

 

「今はまだこちらの身分を明かす必要はないだろう。核融合炉が止まったという事は放射能漏れは起こっていないんだな?なら普通に接舷すれば良いかな。抵抗される危険も薄いだろうし、クンツェ中尉に先行させよう。」

 

 移乗用通路が無事接続されてしばらくあと、内線が入る。

 

『船長ですか?あー、医療部主任です。こちらの船長が、あなたにお会いしたいというんですが、通してよろしいでしょうか。』

 

わざわざ言葉を変えて、船長だの「医療部主任」だの名乗るところからみるとまだ正体は明かしていないようだ。体よく種明かし役を押し付けられたわけだ。

 

『分かった。では移乗口まで行く。』

 

 相手は心身共に消耗状態にある事だろう。出来るだけ刺激を与えないように拿捕の事実と我が艦に収容することを伝えなくてはならない。こちらも胃が痛くなりそうだ。

 軍服を隠すジャケットを羽織って移乗口に行くと、何故か傘を持った男が待っていた。なぜ宇宙で傘なんぞもってるんだ?

 

『船長さんですか?ああ!あなたは救いの神です!あの最初の民が惑星ハイネセンを発見した時だって、これほど嬉しくはなかったでしょうな!全乗組員に代わって深く御礼申し上げます。いや、このまま宇宙で餓死することになるかと思うと、喉に石が詰まる気分でしたよ。』

 

 絶望から救われてハイになっているんだろうが、よく喋る船長だ。喉に石が詰まる、ね。我々が帝国軍である事を伝えたらその石が2倍の重さになって帰ってくることになるんだが…仕方ない、これも艦長という責任ある仕事の内だ。

 

『まぁ、船長。こんなところで立ち話もなんですから、私の部屋へどうぞ、ところで、お名前は?』

 

『!これは失敬。私はジャムシードで星間運送業をやってます、ルキノ・カドルナと言います。あなたは?』

 

『私?私は、オイレンブルクです。仕事は、まぁ手広く色んな事をね。』

 

 艦長室に通してもまだ気付かないようだ。ここで察してくれれば楽でいいんだが…流石に机のブレーメン級の置物だけでは無理があるか。次のために国旗でもかけておく事にしよう。

 

『ところで、気になっていたのですが、そちらの、傘はなんなんですかな?』

 

『ご存知ないですか?ジャムシードは雨が多い星でして、いつも傘を持ち歩いているうち、これがないと落ち着かないようになってしまいまして。お恥ずかしい話ですが、ご容赦ください。』

 

『いや、いいんですよ。あー、で、言いにくい話なんですが…』

 

『はい、もちろん心得ております。宙事法では努力義務となっていますが、死の危険から救って下さった方々に1ディナールもやらんなんて、そんな恩知らずなことはできません。積荷の三分の一は救助報酬として差し上げます。お受け取り下さい。もう私の船はダメでしょうから、それだけでも…』

 

…結局やることは変わらないが…真実を話しておいた方がいいだろう。机の引き出しにしまっておいた、オトフリート5世の御真影をカドルナ船長に見せる。

 

『我々はこの方の為に働いているのですが、カドルナ船長。』

 

『そちらの船主さんですか?その方にもご挨拶させていただきたいですね。』

 

 参った。考えたら敵国の元首の顔は一般人は知らないものか。こっちが向こうの議長の顔を知っているものだから…ええい、ままよ!

 

『我々は帝国軍です。あなたの船は現在我が軍に拿捕され、人員も全て本艦に移ってもらい、当面の間生活してもらう事になります。』

 

『はっ?ええ、つまり、あなたは帝国軍で、……敵である私達を救助してくれたと!?』

 

『まぁ、そう言えばそうなんですが、カドルナ船長、あなたの船の積荷は当艦に必要な分拿捕させてもらいます。返却はできませんし…』

 

『構いません、構いませんとも!いや、物語の中だけかと思っていましたが、今の世にも騎士道というものは生き残っていたんですな!敵同士でも人間の理は踏み外さない!船長!いや、艦長!私達は喜んであなた方の指導下に入りますとも!』

 

ーーーーー

 

 なんにしろ、カドルナ船長は随分なロマンチストだった。あのあと、なんだかよくわからない映画の話をされたが、どうやら私とその主人公を重ねているらしい。まあ、騎士道精神を持っている、なんて言われて嬉しくないわけがないが、ああも面と向かって言われるとどうも照れてしまう。積荷はグランドピアノが数十台と、建築用木材であったので娯楽室に置くように一台だけ持ってきた。楽譜なんかはないので誰か弾けるのを見つけなければならないな…まあ楽器というものはただ和音を聴いているだけでも気分は晴れるものだし、置く価値はあるだろう。

                     

                     続く

 

 

 

 

 

 

 




 ゾンタークスキントは補助機関が壊れてしまったので普通より少し早いだけの速度になってしまいました。ワープなどは問題なくできるのでご安心ください。
 今回もご意見、ご感想お待ちしております。ぜひどうぞ。


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第十七話 待ち伏せ

 お気に入りが50人を超えまして、心がタップダンスを踊っております。ありがとうございます。そろそろ機関長に名前をあげなくてはならないですが、どうぞ。


帝国暦453年2月1日 ゾンタークスキント艦内

フォン・オイレンブルク中佐

 

 やはり補助機関は修理不能だそうだ。岩塊が衝突したあとエネルギー伝達ブロックが丸ごと行方不明になってしまったらしい。機関部員は全力を尽くして代替品を探したりバイパス方法を探ったらしいが、どうしても応急修理はいけないと機関長が泣きそうになりながら渋い顔で報告してくれた。無理に回して放射能漏れでも起こしたら元も子もないし、潔く諦めて襲撃手段の方で工夫するしかないだろう。なに、ゾンタークスキント同様、作戦だって兵器より中身ややり方がモノをいうのだ。

 

「で、やるとしたらこれまでの様な哨戒・索敵からの追尾より待ち伏せの方が有効であると考えたのだが、皆の意見を聞きたい。」

 

 士官食堂に集めた少尉以上のメンバーの前で発言を促す。私が全て1人で決めるのでも軍法上は何の問題もないのだが、艦のメンバーは皆将来ある人材だし、艦長や指揮官のなすがまま、というのでは一個部隊の指揮官としての能力が育たない。こういう実戦の場で後進の育成をやるのも佐官の任務の一つではないかと思う。

 

「私は賛成です。もし見つけても、追いかけられずに見逃すという事があったのではエネルギーの無駄ですし、そうなれば兵士やSPUの士気にも関わってきます。」

 

フランツィウス大尉が口火を切る。流石はナンバー2を任せているだけあって常識的な視点から意見する。こういう場における斬り込み役の重要性もわかっているんだろう。

 

「しかし、ある程度哨戒は続けるべきではないでしょうか。接敵率が下がれば連動して拿捕率も下がるわけで、まず敵船を見つけられなければ士気の問題以前にエネルギーや食料問題が発生しかねません。」

 

「接敵率についてはバクスター氏からの情報を元にして待ち伏せでも効果の出る宙域を策定すれば解決すると思うが…どうかな?ツァーン少尉。」

 

「確かにそうですが…ではワルキューレを併用する形にしましょう。2機に減ってしまったとはいえ、その分ローテーションにも余裕ができるでしょうから24時間2機体制での監視も可能になるのではないですか?」

 

「確かにそれはいい。1機分の修理部品が出来たわけだから機体の方は少しくらい無理が効くだろう。では、他の者も待ち伏せ作戦自体には賛成という事でいいかな?……よし。では、次はバクスター氏のルートの内、何処を選ぶかだが…」

 

 その後、動いていない船影が相手のレーダーに映っても不審がられないように、小惑星帯ギリギリに艦を寄せ、前方4光秒の位置に2つの航路、すなはちジャムシード行きとバーラト方面行きの航路を同時に監視できる場所を確保した。思えばこの感じは釣りをする時にいいポイントを見つける時に似ている。我々は海賊であり、騎士であり、そして今は釣り人にもなった訳だ。随分な兼業ぶりだな…

 

ーーーーー

 

「考えてみたら年明けからの期間に作戦期間を重ねたのは失敗だったかも知れないな。計画書には別に出撃時期の理由なんて載っていなかったから早めにしただけだろうが…こっち側の繁忙期は年末とハイネセンの夏…5〜6月か、その辺りだろう?もしその時期に来ていたら1週間で10隻位捕まえられていた可能性だってあるぞ。」

 

「いや、その頃は向こうだって船団を組んだりして輸送効率の上昇を図るでしょうし、そうなったら手が出せません。案外今と変わらないことになったんじゃないですか?」

 

「それもそうか。どちらをとっても結果は同じ、そんな昔話があった気がするな…小説だったかな?」

 

題名はなんだったか…道がどうとか…老化の第一歩は固有名詞を思い出せなくなることかららしいが、32で老化?いやそんな…

 

「艦長!バーラト方面の1番機より、敵船1隻がこちらに向かうときました!」

 

…老化うんぬんの話はまた後で考えることにしよう。さぁ仕事だ!

 

「よし、機関始動。1番機には詳細を報告させろ。2番機は邪魔が入らないようにそのまま監視飛行を続行。あとはいつも通りに。」

 

…いつも通りという命令で済むのは練度が高い証だ。あまり危機に慣れすぎて油断を誘うのも問題ではあるが、そこは大尉なりがしっかり締めてくれる。私が戦死してもやっていけるくらいに…まぁ、私は100まで生きてひ孫の結婚に文句をつける予定だから死ぬつもりは毛頭ないが。

 

「詳細、来ました。敵船は武装なし、小型の筆箱様の船型。後部にタンクらしきものを2つ牽引中。」

 

「そんなものを引き連れていたのでは無理な機動は出来ないな。正攻法でやろう。正面から近づいて、威嚇射撃と警告のあと移乗だ。バウディッシン中尉は待機しているな?」

 

「はっ、装甲擲弾兵は計4班が突入用に待機中。」

 

「大変結構!あの光点か?アレだな。主砲用意、2000で発射だ。」

 

ーーよし、シルエットがはっきりしてきたな。正面が真四角だということは大気圏突入型ではないな。ああいうタイプは宇宙ステーションなんかに使う電子機器を積んでいる可能性が高い。良い獲物だ。

 

「よし、威嚇射撃だ。発射!回線開け!」

 

ビームが四角い船首の丁度対角線を掠めて吹き伸びる。いい腕をしている。

 

『こちらは帝国軍巡航艦だ!機関を停止してこちらの指示に従え!もし逃走や電波発信があれば即座に…い!?「取り舵一杯!至急だ!衝突を回避しろ!」』

 

普通ならビームが掠めた時点で停船するものだが、あろうことか敵船は逆に速度を上げて直進してきた。もう少し命令が遅れていれば正面衝突していた所だ。

 

「くそっ、右舷砲斉射!船尾を狙え!ジャミング出力を最大に上げろ!1番機にも近づかせて援護させるんだ!2番機も呼び戻せ!至急だ!」

 

 警告を無視したからと言ってすぐに沈める訳ではないが、一度は当ててこちらの本気度を示さねばならない。大丈夫、船尾に居住区を作るような住みにくい設計はしていないはずだ。当たった!レールガンの赤熱したタングステン弾が船体に食い込むのが見える。まだ停船しないのか…!このままでは撃沈を考えなければならなくなる!本物の宇宙海賊にしないでくれ…!

 

『停船する!降伏するから撃つな!停船命令を受諾する!』

 

 随分若い声で通信が入ってくる。一安心だ。いや、油断は禁物だな。

 

『船長と航海士、それから主要航行メンバーをシャトルでこちらに送れ。乗員打ち上げ用のがあるだろう。怪しい動きをしたら今度こそ撃沈するぞ!』

 

『…分かった。シャトルを出す。少し待ってくれ。』

 

 10分程経って、シャトルが接舷した。乗組員を危険に晒した船長に真意を質すため、装甲服を着て接舷口まで出向く。と、降りてきたのは20代前半に見える男だった。

 

『君が船長か?』

 

『いえ、私は二等航海士のアンダーソンといいます。船長は、後ろに、』

 

彼の後ろのストレッチャーには、顔に布を被せられた遺体が乗っていた。枕の所には少し血が滲んでいる。

 

『……殺したのかね?』

 

『違います!…いえ、間接的にはそうかも知れません。私と、一等航海士は砲撃が当たったとき、船長を止めようとしたんです。船長は、彼は降伏するつもりはなかった!だから、後ろから押さえつけて拘束したんです。一等航海士はその時負傷しました。それで、降伏を告げたあと、船長は、自室に持って来るものがあるからと言って、それで…』

 

『自決か。ブラスターだな。』

 

『わ、私は反乱を起こした訳ではありません!船長は一時的に興奮していただけで、普段は分別のある立派な方でした!乗組員を救うにはああするしか方法がなかったんです!』

 

『分かった。では君と、他の乗組員は全員本艦で収容する。後のことはこの中尉が説明するので従うように。』

 

ーーーーー

 

 船はイシュタムという船名で、見立て通りフェザーン航路局用の半導体や電子交換部品を積んでいた。他にもエフェドリン薬液などの薬品類を積んでいたが、拿捕するのは半導体だけでいい。牽引タンクの中身は液体ヘリウムだったが、こんな危険物を引っ張って逃げようとしていたとは…そんなことにまで気が回らないくらい気が動転していたという事か…

 

 自決したトムソンという船長は宇宙葬にて葬った。乗組員を危険に晒したとないえ、彼自身の命によって十分すぎるほどその罪は贖っている。死者に最大限の礼節を尽くすのは敵とはいえ人間である以上欠いてはならない事だ。とはいえ、作戦航海始まって以来初めての死者だ。殺そうと思った訳ではないが、同じことだ。もっと慎重に近づいてから威嚇すれば抵抗の意思を挫けたかもしれない。

 いささか成功に慣れすぎた私の油断が招いた結果だ。部下に範を垂れる立場であるのにこの体たらくとは、情けないことになってしまったものだ。

 

                    続く

 




 船尾に居住区をつくらないだろうという見立ては船尾は機関もあって振動やら熱やらがひどいんではないかと思ったからです。まぁ焼き鳥製造機やら人殺し長屋やら飢えた狼の例もありますから一概には言えないんですが…
 イシュタム号の積荷リストによると、エフェドリン薬液はフェザーンの自治領首府に卸す事になっていたようです。お役所が気管支拡張剤なんか何に使うんでしょうね?
 今回もご意見、ご感想お待ちしております。


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第十八話 飽食

 こんにちは、メーメルです。とうとう評価バーに色がつくようになりました。これも皆様のお陰でございます。若輩者ではありますが、これからもどうぞよろしくお願いします。


帝国暦453年 2月2日 ゾンタークスキント艦内

フォン・フランツィウス大尉

 叛乱軍の支配領域に入って1ヶ月、今のところ作戦は順調に進んでいる。すでに6隻の船を拿捕・撃沈して、損害は事故で失われた補助機関とワルキューレが1機のみだ。全て事故に見せかけて処分しているからもし残骸が敵軍に見つかっても怪しまれる心配もない。

 

「だからといって油断は禁物だ。昨日のような思わぬ抵抗を受ける可能性は十分ある。今こそSPUの面々は我々に友好的に接してくれているが、拿捕前の敵船は我々帝国軍に恐怖と敵愾心を少なからず持っていることを忘れないように。他の連絡事項は特になし。では、解散。」

 

 当直交代の一言を終えて非番に入る。呼び出しが入ればすぐに配置につかねばならない第2直であるので完全な休暇時間ではないが、休みは休みだ。それに待ち伏せ作戦という都合上昨日の今日でまた接敵ということもないだろう。とりあえず食堂に寄ってなにか食べる事にしよう。今日は誰が担当だったかな…

 

『ええ、いやでもそれは…主計に聞かないと、一応補給物資のことですし、あまり大きなものは…小麦粉やらは間に合うかもしれませんが、砂糖やミルクの方はどうもね…制限もありますから。』

 

『やはりそうですか…分かりました。何か他のやり方を考えてみる事にしましょう。あ、このことはバクスター船長には御内密に…』

 

 司厨長と小声で話していた彼はこちらに気づいて一礼したあと食堂を出て行く。確かあの男はバクスター氏の船の航海士の…カーターとか言ったか?

 

「どうしたんだ?食料の不足の報告は受けていないが…まさかSPUの中で闇市のようなことをやってるんじゃあるまいな。」

 

「いやー、違いますよ大尉。どうやら代表のバクスター氏の誕生日が近いらしくて、4日後とか言ってましたが、メニューにケーキのような甘味を追加できないかと相談を受けてたんです。通常メニューの増量なら出来るんですが、やはり甘味となると…」

 

「乗組員にも支給していないものをいくらゲストの代表者とはいえポンと出す訳にもいかないからな。だが、代表者としての働きを労うくらいは艦としてもやってやりたいところではある…んー、時間があったら中佐殿と相談してみよう。」

 

「ありがとうございます。大尉。それから、聞いていたかもしれませんがバクスター氏本人には内密にとのことで…」

 

「私だってそんな野暮なことはしないよ。口の軽い軍人なんて信用できたもんじゃないからな。」

 

ーーーーー

2月3日 士官食堂

 

「バクスター氏の誕生日が近いとの話がありまして、艦としても何か贈った方がいいでしょうか?」

 

 クンツェ中尉に先を越されてしまった。そういえば彼はSPUの名誉顧問とかいう役をやっていたはずだ。私は立ち聞きしていただけだし、彼らとしてはパイプ役として彼の方が適任としたんだろう。ならば私がでしゃばる必要はないか…援護射撃ぐらいに留めておこう。

 

「そうなのか?誕生日か……形になる物やあまり高価なものはまずいだろうな。となると料理か酒辺りが無難なところだと思うが、食い物の差は士気に直結する事にもなりかねないから難しいな。」

 

「では祝辞くらいにしておきますか?向こうからすれば祝いの品がないからと言って拗ねるような立場でも年齢でもないでしょう。」

 

「そうだな…なんだか帝国がケチだと思われるかもしれんが、波風立てないようにするのが最優先だ。それくらいで手を打つとしようか。」

 

と、フォルベック軍曹が駆け込んでくる。

 

「艦長!こちらでしたか!すぐ艦橋にいらして下さい!獲物がかかりました!」

 

ーーーーー

 

「待ち伏せというのもいいものだ。こんなに早く獲物がかかるとは思ってもいなかったな大尉。それにさっきまでの問題がまるっと一気に解決したじゃないか。」

 

 今回の拿捕劇は前と比べて格段に上手くいった。船名を「ファット・ヨーマン」というその名の通りの大型船だったが、十分に近づいてから威嚇射撃と警告を行ったせいもあってすぐに降伏させることができたし、43名の船員の中にも表立って帝国に憎しみや恐怖の感情を抱いてそうな人物はいなかった。それに、この船の積荷は我々全員を喜ばせるに足るものだった。ちょうど艦橋に積荷リストを携えて入ってきたツァーン少尉が口角が上がるのを必死で堪えながら報告する。

 

「ええ、艦長。すごいもんですよ。まず、フェザーンの黒ビールが1800ケース、ウイスキーも各種合わせて1000ケース、シャンパン、ジン、ウォッカ、サケ、あらゆる酒類それぞれが300ケースずつあります。それに食料もです。冷凍肉だって牛、豚、鶏に羊まで揃ってますし、新鮮な卵も料理屋が開ける位です。さしずめ、この世の美食を詰め込んだレストラン船というところですね。」

 

「少尉、艦内スペースの都合上、流石に全ては拿捕できないからな。主計長と相談して酒類の搬入については決めてくれ。…言っておくが、自室保管は認めないぞ。」

 

 おそらく考えていたことを当てられたのだろう、ツァーン少尉はぎくりとした顔でそそくさと出ていってしまった。

 

「せっかくだ。艦内で少しでも料理の心得のある者を募集してバクスター氏の誕生日祝いと、作戦1ヶ月記念のパーティーでも開こうじゃないか。そうすれば不公平なんて事もないし、乗組員の慰労もできて一石二鳥だろう?」

 

「はっ、早速手配します。SPUの中からも料理人を募ってもよろしいでしょうか?」

 

「そうだな、帝国風の味付けだけでは面白みに欠けるだろうし、主賓はバクスター氏だ。故郷の味がないというのも寂しいものだろうし、さらなる交流を図る面でもいいアイデアじゃないか。許可する。手配してくれ。」

 

ーーーーー

 

 その後、バクスター氏の誕生日に開催されたパーティーは大成功だった。ツァーン少尉が何やら複雑な立体計算までしてギリギリまで隙間なく詰め込んだ酒類に、帝国風、同盟風、フェザーン風の料理まで、まさにこの世のあらゆる食べ物が食卓に並ぶことになった。

 同盟の料理は帝国のものに比べて総じて味付けが濃く、油分も多いように感じたが、やはりこれはフロンティア料理に端を発しているからだろうか。若い舌にはこちらの方が合う。中央のテーブルを3つ合わせて作られた台上には雪を被った岩山を彷彿とさせる巨大なケーキが鎮座している。菓子職人なんて当艦はもちろん、SPUの中にもいなかったと思うが、どうしてなかなかいい出来じゃないか。最上部に据え付けられたゾンタークスキントを象ったクッキーは艦長に、その隣のSPUと描かれたチョコレートはもう1人の主賓でもあるバクスター氏にそれぞれ贈られた。ゲストからも、参加した乗組員からも万雷の拍手が送られ、まさにこの場だけで一つの国を構成しているかのようだった。

 

                    続く




 今回、襲撃シーンはカットしました。戦闘シーンのない仮想戦記とは…?自分でも正解はよくわかりません。
 今回もご意見、ご感想宜しくお願いいたします 


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第十九話 大所帯

 お気に入り登録が60人を超えまして、1個小隊が編成できるまでになりました。ご愛顧、誠にありがとうございます。少し遅い時間になりましたが、18章です。どうぞ。


帝国暦453年 2月8日 ゾンタークスキント艦内

フォン・オイレンブルク中佐

 

 拿捕した「ファット・ヨーマン」は危険物を積んでいなかったため、小惑星帯まで曳航して爆破処分した。証拠隠滅をする犯罪者の気分だが、実際戦争というモノはいくら正当化しても人類が背負う大罪なのだ。今更どう取り繕った所で仕方がない。その中でも、出来るだけ"義賊"と呼ばれるような事がしたいものだ。

 

「さて、当面の仕事は終わりだな。食料の心配はしなくていいし、エネルギーも補助機関が無くなったのと待ち伏せのおかげで大分節約できている。また暫くここで引きこもるとするか。」

 

「はい、中佐殿。係留アンカー固定します。…それで、乗組員の一部から陳情というか、意見が出ているのですが。」

 

「やはり待ち伏せに対する反対案か?能動的に動いてこそ戦いだと考える層もいるだろうからな…きちんとした説明の場を設けるべきだったかな。」

 

「いえ、本艦と艦長の方針そのものに異を唱える乗組員はおりません。皆艦長のお気持ちを分かっています。意見というのはもっと、こう、本能の範囲に属することでありまして…」

 

「本能?ああ、大尉の部屋の書物だけでは不足だったか…まさか有人惑星の放送圏内まで入る訳にもいかないし、敵船から拿捕するにしても…いささか格好が悪いな。」

 

「い、いえ!そちらの本能ではなく、食欲の方でありまして、2日前にパーティーをしましたでしょう?そうしたら司厨長の方に、"同盟風の味付け"を要求する者が増えまして、どうやら普段触れ合う事のない味付けが、予想以上に気に入られた様なのです。それで食堂で味付けに慣れているSPUの面々から力を借りたいと…」

 

「なるほど、一応捕虜の労働は軍法でも認められている所ではあるが、うちの場合は"ゲスト"だからな。何か報酬があった方がいいだろうが、それについてはどう思う?」

 

「この前、ツァーン少尉が言っていましたが、それこそ拿捕品の中でも酒類のような消費できるものを報酬とすれば良いのでは?セネット氏のような前例もあります事ですし、嗜好品ならこちらの懐が直接痛むことはありません。基準については少し検討が必要になるでしょうが…」

 

「そうだな、正当な働きには正当な待遇と報酬が原則だ。その辺りの事を分かっていないから門閥の領地経営は皆失敗する、おっと、関係ない悪口が出てしまったな。基準についてはツァーン少尉と主計長と相談しよう。他には何かあるかね?」

 

「後はいつも通りです。イシュタム号の一等航海士も順調に回復していますし、ああ、そうでした、今日のSPUの出し物は素人オペラらしいですよ。別の意味で面白くなりそうですね。」

 

ーーーーー

2月10日 ゾンダークスキント艦橋

 

「どっちだと思う?フェザーン籍か、獲物か。」

 

 机の上に置かれた偵察写真を前にして、集まった士官に問う。フェザーン方面担当の2番機から送られてきたものだが、遠距離写真だけあって大分不鮮明だ。わかるのは中型という事だけ。

 

「速力は中速域との事ですから、どちらの可能性もあります。…船尾にある白い部分は模様ですかね?字のようにも見えますが。」

 

「会社名か、船名ではないですか?両側面にあるようですし、模様ならもっと幅があるでしょう。これが判明すれば絞れるんですが。」

 

「では2番機にこの部分の再撮影をさせましょう。張り付いて撮るわけにはいきませんからヒット&アウェイ方式で、連写すれば今よりはいい情報が得られるでしょう。」

 

数分後、20枚の写真が送られて来る。連写だけあって掠れているものやぼやけているものもあったが、数枚には「J.P.C.S.Co.Ltd」の文字が見てとれた。

 

「何の略号だ?株式会社はいいとして、JPCSか…大尉、企業名艦に同じような略号のは載ってないか?」

 

「えー、フェザーンの船主組合に"ヨアヒム・ピーチ貨客"というのがありますが…これでしょうか?」

 

「なに?……んー、違うんじゃないか?資本金が少なすぎる。これでは星系内飛行クラスの船じゃないと維持できないだろう。」

 

「ジィ、ジェ、…ジャムシード!"J"はジャムシードの頭文字ではありませんか?とすれば、残りは貨客輸送サービスで当てはまります。」

 

「なるほど地名か。帝国じゃ貴族お抱えの企業位しか地名は使わないから失念していたが、こちらではそういうのも普通にあるんだったな。名鑑には載っているか?」

 

「お待ちください…ありました!"ジャムシード貨客サービス"資本金も十分ですし、これでしょう。獲物ですね。」

 

「よし、それならば躊躇する必要はないな、諸君、襲撃だ!」

 

「「「はい、艦長!」」」

 

ーーーーー

 

 十数分後、移乗待機中のバウディッシン中尉

 

『停船せよ!こちらは帝国軍巡航艦!停船せよ!』

 

 中佐殿の声が艦内スピーカーを通じて聞こえる。こちらとしてはもう半ば聞き慣れた文言だが、向こうにしてみれば懐疑と驚愕と、それから恐怖とが入り混じった人生で初めて経験する感情を抱くことだろう。

 

「敵船は降伏した。移乗部隊は通常接舷口より移乗して敵船の制圧にあたれ。」

 

さぁ、ここからは我々装甲擲弾兵の仕事だ。地上戦をやっていた時とはまた違う緊張感がある。接舷口が開いて、一番最初に目に入ったのは…女…?

 

『私は、ジャムシード第15工科学校のサラ・ホワイトと言います。私は、責任ある教師として、生徒たちの心身・生命の安全の保証をあなた方に要求します!』

 

…非常に困った。女は、特に若い女性は苦手なんだ。

 

『あー、フロイライン・ホワイト。我々は、職務上船長とまず話さねばならない。船の責任者は貴女ではない…』

 

『船の責任者は船長さんでしょうが、生徒たちの責任者は私です!もし生徒に危害を加えるようなら、ここを動くわけにはいきません!』

 

……この有無を言わさない感じは一番上の姉を思い出す。いや、この眼は三番目か?

 

「よし、班長、このフロイラインは君に任せる。『では、この軍曹がその辺りについては説明するので、通してもらえますかな?』」

 

早足で無理に通り過ぎて敵船の艦橋へ上がる。これは敵前逃亡などではなく、そうだ、役割分担というものだ。第一戦闘教範にだって、"あまりに敵が有力な場合は無理な交戦は避け、損害を〜"なんて事がかいてある。つまり教科書通りの対応だ。そうだと言ったらそうなのだ。

 

ーーーーー

 

「中佐殿、バウディッシンです。全艦の掌握と、リストの照合が完了しました。積荷はフェザーン製のスパッタリングマシンと附属部品、工具類に機械用油です。それにしても一気にゲストが増えましたね。」

 

 あのお嬢さんが言っていたように、船にはフェザーンからの研修帰りの学生が112名も乗っていた。まぁ学生だからといって解放するわけにもいかないので収容するが、問題は女性のゲストが増えた事だ。

 

「ご苦労、中尉。軍曹から聞いたぞ。敵前逃亡だって?白銀地上兵突撃章受章の英雄にも難敵はいるものだな。」

 

「も、申し訳ありません!中佐殿!」

 

「ん?いや、責めている訳ではないんだ。気にしないでくれ。こういう仕事では女好きより苦手くらいの方がちょうどいいしな。それにしても船室の割り当てはどうするかな…」

 

「幸いにも工科学校ですから、女性人数はホワイト嬢を合わせて13人です。独立キャビン2つにベッドを運び込めばなんとかなりますでしょう。他の男子学生とは離れてしまう事になりますが…」

 

「そうだな、あまり戦争という汚い仕事は女性に見せたくないものだし、特別扱いも致し方ないだろう。…風呂やトイレの時間なんかも気にした方がいいな。ツァーンのような紛い物の女性とは違うわけだし…なんにしろ、彼女たちには不満を抱かせないようにしなければならんな。」

 

 こうなったら、なんとか艦内でのエンカウントだけは避けなければならない。よく彼女らの生活エリアを把握して動く様にしなくては…これではどっちが艦の主か分からないな…

                      続く

 




 バウ中尉の上には4人のお姉さんがいるらしいです。彼が女性が苦手な理由なんでしょうか?
 工科学校の生徒たちの年齢は19〜20歳です。同盟の学業体制は大体今の地球と変わらない感じなので、大学生位ですね。下世話な話になりますが、ゾンタークスキントの兵士たちはみんな紳士ですし、南極1号みたいな緊急手段もあるので、不愉快な事態は発生しません。これだけはご安心ください。
 今回も、ご意見、ご感想お待ちしてます。ぜひどうぞ。


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第二十話 アレクのおっさん

 どうも、メーメルです。20話を達成いたしました。毎日短めの奴を投稿するようにしてきましたが、それでもまだ20話です。100話とか行っている先人たちはすごいですね。今回はあの人視点です。どうぞ。


宇宙暦762年 2月12日 シュパーラ5 同盟軍哨戒基地司令室

アレクサンドル・ビュコック少佐

 

『ですから、司令官!あまりにも不自然なのです。この1ヶ月で消息不明になった民間船舶は10隻になります。例年の平均事故船舶数をすでに上回っていて、ロイド宇宙保険の保険金にも影響が出始めていますし、軍としても原因究明を行う方針なり、調査船の派遣なりをするべきです!』

 

 司令席に座るヴィルヌーヴ准将はいつものように眉を顰めて私の置いた報告書を捲る。あの早さは絶対中身を読んでいない。

 

『ビュコック少佐、ご苦労。で、君は宇宙海賊でもいると考えているのかね?フェザーンとこことの間に?マーロヴィアの様など田舎でもあるまいに…』

 

『宇宙海賊とまでは言わないものの、民間船舶の航行ルートに何かしらの問題が発生しているのは間違いないと考えます。報告書に詳しく書きましたが、例えば未知の彗星群や宇宙潮流などの危険物が…』

 

『いいかね、少佐。君のいう事はいつも大袈裟過ぎるんだ。対亡命者用の臨検だって、君の初仕事だからといって許したが、結構苦情も来ているんだぞ。"軍の横暴"だとか"時間的損失を埋め合わせろ"だとか、な。で、それを受けるのは責任者たる私だ。』

 

『それについてはありがとうございます。しかし、成果も十分出ているではないですか!この前のサイオキシン麻薬の大量押収は臨検がなければあのままハイネセンまで行っていた所でしたし。』

 

『ああ、あれか。あれも軍がやるような仕事ではないがな。おかげでエネルギーも予算もカツカツだし、軍の留置所も満杯だ。とにかく、平均値というのは信用できないからな、それをを少し上回ったからといって過剰に反応するのはエネルギーの無駄だよ。第一、あのフィスカスとかいう徴用船は機雷の積載過多による事故だとイソタケルからの報告書が昨日上がってきていたばかりじゃないか。』

 

『その事故についても本来起こらない筈の事故です。結局"なんらかの原因で機雷が連鎖爆発を起こし…"という曖昧な結論に着地していましたし、原因自体は不明瞭なままです。それを…』

 

『分かったよ。少佐。安全対策のマニュアルの再配布はしよう。言いたい事はそれだけだな?では、退出してよろしい。』

 

『…はっ、失礼します。』

 

 司令室のドアを閉めて、ため息をつく。確かにこの基地は最前線の反対側に位置しているし、任務もデブリの回収や航路探査がほとんどで、予算も、割り当てられるエネルギーも少ないのは分かっている。しかし民間人の生命と安全を守るのが軍の仕事だ。内部事情だけで存在理由を蔑ろにする訳にもいかんだろうに…

 どうしたものかな、と食堂で思案を巡らせていると、真向かいの席に若い准尉が着席する。

 

『…現場検証帰りか。ヴィドック。疲れてるようだな。』

 

『苦労人の副官殿ほどではありませんよ、また司令室から追い出されたと聞きましたが、今度は何を司令官に具申したんです?』

 

『ああ、最近民間船舶の事故が増えているだろう?それの原因究明をもっと詳しくやろうと言ったら拒絶された。カネがないんだそうだ。何かいいやり方はないものかな?』

 

『確かにそうですね、昨日も研修旅行生が乗った客船が予定時刻を過ぎても連絡がつかないという通報があったばかりですし…せっかくやりくりして発注した索敵衛星も事故で全損ですものね。ああ、でも現場で面白いものを見つけましたよ。』

 

『面白いもの?死体の一つも見つからないような場所でか?』

 

『ええ、今はイソタケルの回収物保管庫にありますから、見にきますか?』

 

ーーーーー

 

『これなんですがね。』

 

 ウィドックが引っ張り出してきたのは索敵衛星の残骸。多分送受信アンテナの辺りだ。端が黒く焼け焦げている。

 

『…で、このなんの変哲もない宇宙ゴミのどこが面白いっていうんだ?』  

 

『ええ、この索敵衛星はハイネセン中央軍工廠製ですね?』

 

『そうだよ。新型とまでは行かないが、最前線でもまだ現役のタイプだ。』

 

『そうでしょうとも。で、私はこの残骸にハイネセン中央の不正の証拠を発見したわけなのです!この裏の、ここ、分かりますか?帝国語でうっすら落書きされてるのが見えるでしょう?Sonn…あとはよくわかりませんが、フェザーンの工場から部品が来ている事の明らかな証拠です。こうやってハイネセンでは経費を浮かしてるんでしょうな!全く卑怯な奴らだ。』

 

『……いや、准尉。これは違うぞ!フェザーンの書体じゃない、帝国本土で使われるような奴だ。』

 

『?どういう事です?…まさか帝国のスパイがハイネセンにいて、なんらかのサボタージュの連絡手段として索敵衛星を?』

 

『その可能性もあるが、スパイは連絡手段に落書きなんていうものは使わないだろう。使っても同盟語で書くはずだ。…もしかしたら、フィスカスは事故で沈んだんじゃないのかもしれないぞ。』

 

『まさか!帝国の軍艦でも遊弋してるというんですか!?本当だったらロイドの保険料は大変な事になるし、フェザーンとの物流は大打撃です!それに、軍の徴用を受けてくれる船なんていなくなってしまいますから…』

 

『そうだな…そうなれば非常にまずい。准尉、この事については緘口令を出す。他にこの残骸を見た者はいないな?』

 

『はい、見せたのは副官殿にだけです。残骸自体はイソタケルの乗員が見ましたが、位置が位置ですから、気づいた者はいないかと。』

 

『よし、分かった。司令官と話してくる。ありがとう、准尉!』

 

ーーーーー

 

『……今度は落書きの鑑定かね?これがなんだというんだ?ええ?』

 

『事故増加の原因は帝国軍の可能性があります。これは外見は帝国語の落書きですが、重大な痕跡でもあります。すぐに消息不明船の再捜索を実施すべきです!彼らは帝国の軍艦に撃沈されたのかもしれないんです!』

 

『はぁ、いいか?君が言っていることは矛盾しているのが分かっているかね、ビュコック少佐?』

 

『矛盾?何がです?』

 

『もし、仮に、万が一、あり得ない事だろうが帝国軍がこの辺りの宙域をうろうろしているとする、君の論理に従えば消息不明船が増え始めた今年の始めからだ。では奴らはどこから侵入した?エル・ファシルからか?あの辺りは最前線だ。蟻の這い出る隙間も無いくらいの哨戒密度がある。フェザーン回廊の方は君が主導した臨検戦隊が常時見張っているし、第一非武装地帯だ。帝国がそんなリスクを犯すとは思えないな。』

 

ヴィルヌーヴ准将は椅子を回してこちらに背中を見せながら言う。

 

『つまり、君がいるという幻の帝国艦の存在は君の"優秀な"仕事によって打ち消されてしまった訳だ。どうだね?』

 

『しかし、実際にこの物証は…!』

 

『その物証にしても、だ。SONNなんていう文字列はありふれたものだ。それが帝国風の書体で書かれていたから帝国軍がいる証拠だと?そんなことを言っていたらハイネセンポリスの路地裏には帝国軍の一個師団位は潜んでいる事になってしまうじゃないかね。』

 

『…分かりました。帝国軍の事は置いておきます。しかし、事故調査に関しては軍の責任として続けさせます。よろしいですね?』

 

『"予算とエネルギーの許す限り"を前につけてもらいたいな。まぁ、それについては君の仕事だ。そうだ、残業代はあまりつけすぎないようにな。』

 

『かしこまりました。では、失礼します!』

 

ーーーーー

 

『民間人の生命が危険に晒されるかもしれないというのに!全く!どうして…"ハイネセンポリスには一個師団いるかもしれない"だと?冗談で言っているんではないんだぞ!…ヴィドック、次の出撃には私も同行させてもらうぞ。艦長に言って、許可を貰っておいてくれ。それから、今までの全戦隊の臨検記録を頼む。コピーして持ってきてくれ。』

 

『え、しかし、いいんですか?副官の仕事は。』

 

『どうせやるのはコーヒーを淹れるのと部屋の掃除くらいなもんだ。従卒でもつければ十分だよ。それに、司令官は私が目障りなようだしな!』

 

何としてでも相手の正体を突き止めねばならない。帝国軍だとしても、新手の宇宙海賊だとしても、絶対に何かがいるはずなんだ。最早ただの不運な事故が連続で起こっただけなんてことはあり得ないんだ…!

 

        続く




 死に設定にはなりませんでした。いままでにゾンタークスキントが沈めた船は合わせて8隻ですので、もう2隻は本当に事故ってるようですね。
 准将さんは無能に見えますが、限られたリソースを不確実なものに割いてもしもの時に対応出来なければ悲惨なので、難しい立場だと思います。
 どうやら装甲擲弾兵の中に落書きしたお調子者がいたようですが、大丈夫なんでしょうか?

今回も、ご意見、ご感想お待ちしております!


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第二十一話 小さな綻び

 あっという間にお気に入り数が70人を超えましたので急いで書きました。ありがとうございます。
 ビュコックさんの口調については、流石にまだ36なので爺さん言葉ではないだろうという判断です。お許しください。では、どうぞ。


帝国暦453年 2月13日 ゾンタークスキント艦内 

フォン・オイレンブルク中佐

 

「考えてみれば、叛乱軍も我々と同じような作戦を実行した可能性はないのかな?フェザーン回廊さえ抜けられれば帝国軍だって辺境艦隊しかいないし、上手くいく作戦だと思うがな。」

 

 待ち伏せ中余りにも暇なので当直をしていたクンツェ中尉に話しかけてみる。向こうも欠伸をかみ殺していたところだったから丁度いいだろう。

 

「どうでしょう。SPUの連中から叛乱軍の事は時々聞きますが、多分そんなことはしないんではないかと思いますね。」

 

「それはまたどうしてかね?」

 

「一応彼らの戦う理由というのが帝国からの防衛戦争ですしね。実際、向こうから積極的にこちらに侵入を図ってきた事はありませんし、ティアマトで我々に勝った後だって退いてしまったじゃありませんか。いくら総司令官が死んだからとはいえ、戦果拡張のチャンスをフイにするというのは、やはりそういった野望というか、考えがないからなんでしょう。」

 

「そうだな、しかしこちらも放っておくわけにはいかんものだしなぁ。最初に叛乱軍なんて大層な名をつけてしまったから討伐なり、攻撃なりしないと帝国の面子が危ないことになってしまった。いっそ今の前線辺りにガイエスブルクのような要塞でフタをすれば楽なんじゃないか?」

 

「それは無理がないですか?要塞を造るのはいいにしても、建造している間に敵が放っておいてくれる訳がありません。それくらいの危機管理能力は向こうにだってあるでしょう。」

 

「それもそうか。…まぁ、我々が歴史上初めての偉業をやっているであろうという事が再確認できただけでもよしとしようか。」

 

 さっきから何分経った?…まだ3分しか経っていないじゃないか。襲撃している時なんかは10分が10秒に感じる時もあるというのに…

 

「そういえば今日のSPUの催しはなんだったかな?」

 

「えー、今日は、"超伝導物質の構造理論学習会"とありますね。主催はホワイト嬢、参加自由とあります。」

 

「学業は疎かにしないという訳か。学生たちも研修旅行の延長だと思っていたら場所が変わっただけとは哀れなもんだな。…まぁ、10代の時間は人生で一番価値ある時間だ。せいぜい学生諸君には励んでもらうとしようか。」

 

 敵の未来の技術者育成の成功を祈るのはおかしいことな気もするが、若者の将来を敵とはいえ台無しにしてしまうのは年長者のするべき事ではない。帝国にだって優秀な若者はいる。そう、例えばあの優しいシャフト青年だって、未来の新技術の担い手になるかも知れないんだ。敵は強大な方がやりがいがあって良いだろう。それに比べて、今は暇をどう潰すかを考えるしか脳みその使い道が無いとは…

 

ーーーーー

2月14日 同盟軍巡航艦 イソタケル艦内

ビュコック少佐

 

 昨日の出撃以来、ずっと戦隊全艦の臨検通過記録に目を通しているが、今のところ怪しい船は見当たらない。まぁ、明らかに怪しい船は後ろめたいところがあるものだから捕まるなり拒否なりされて、そもそも通過記録に残らないものなんだが…

 

『やはりエル・ファシル方面から抜けてきたのかな?それともかのアーレ・ハイネセンよろしく辺境のどこかでスパイが恒星間宇宙船を建造したのか?…無理があるな。それこそ御伽噺の類だ。』

 

『まだそんなものを睨んでるんですか?もうすぐ夕食ですよ。』

 

『ヴィドック、君が臨検を担当した船の中で何か印象に残った船はないか?』

 

『印象ですか?私も1ヶ月しか経験がないですが…そうですね、一番最初に臨検で乗り込んだフェザーンの貨物船の船長は優しかったのを覚えていますよ。奥さんもいたんですが、結構な美人でして、「お若い士官さん」なんて言ってくれて…』

 

『臨検は女性見物の為にやるもんではないんだがなぁ。そのくらいしか覚えてないようじゃ望み薄だな…これか?「マレタ号」ね、テラフォーミング資材か。良い荷を積んでるな。』

 

『ええ、外見は古い船でしたが中は案外ちゃんとしてましてね、ああいう細かい所に船長の人柄が出るんでしょうな。第一、奥さんが…』

 

『人妻趣味はやめた方が身のためだぞ。刺されてから気づくんじゃ遅いんだからな。私の友人にも一人大層な女好きがいたが、修羅場に巻き込まれて軍を辞めるまでになったんだ。そうはなりたくないだろう?』

 

 言いながら、もう一度「マレタ号」とやらの臨検書類に目を通す。テラフォーミング資材は宇宙で1、2を争う高額商品だ。自治領主府からジャムシード宛、問題はないな、しかし独立商人でこんな大役を任せられるとは随分信用のおける人物なんだろう。一つ調べてみるか。

 端末に情報を打ち込んでいく。出た。現在の船主はゴッドベルガー氏、なんだか陰険そうな顔つきだな。35歳ね。んん?

 そのあとに表示されたのは現在位置→カッファーの文字。なんだかおかしいな。1ヶ月でジャムシードからなぜカッファーに?というか旧式船のワープ間隔では間に合わない気がする。

 

『おい、ヴィドック。君の最初のお相手はこの船だったか?』

 

『ええ、こんな感じでしたよ。艦首がずんぐりしていて、そう、図鑑で見た大昔の海獣みたいだと思ったんです!あ、でも船尾に膨らみがありませんね。昔の写真ですか?』

 

『いや、撮影日は半年前になっている。半年で改造もできないことはないが…なんだか怪しいな。』

 

『怪しいなんてそんな。あの船長に限ってないでしょう。他の船の奴なんかは臨検理由を説明する時に同盟軍の悪口をいったり、無言で録音機を回してみたり、まぁ態度が悪かったですがね、あの人はこっちが緊張してるのを分かってくれたのか、「交通違反の取り締まり月間ですか?」なんてね、ああいうユーモアがパッとでる人の頭の回転というのは…』

 

『待て、今、今何と言った?』

 

『え、どうしたんですか急に。ユーモアのレパートリーに加える気なら中々使い道が限定されますから難しいと思いますよ。』

 

『フェザーンに交通取り締まりなんてものはないぞ。』

 

『え?そうなんですか。ああ、確かハイネセンでもそうでしたね!フェザーンも同じようなシステムを採用しているとは、流石宇宙の中継地と言ったところ…』

 

『そんなフェザーン人がパッとそんなことを言うと思うか?交通取り締まりなんて概念自体知らないだろう。』

 

『それは……そうでしょうが、なんですか、そんなに気になります?ただの言葉のアヤというものじゃないですか?』

 

『いや、この船は怪しい。すぐにカッファーに問い合わせてみないと!この艦の超光速通信室は!?』

 

『ありませんよそんなもの。第二次ティアマト会戦の生き残りに高望みしないで下さい。』

 

『なに?この艦そんなに年寄りだったのか。仕方ない、出来るだけ早く帰るために現場検証は適当に済ませるしかないな。』

 

 これは尻尾を掴んだかもしれない。もしこのマレタ号がフェザーン商船の皮を被った帝国艦だったら、見逃したウィドックにも責任はあるが、1ヶ月も前の事を覚えてくれていただけよしとしよう。しかし、帝国艦だと分かったところで、どうやって司令官を説き伏せて捜索・追撃部隊を出すかな…

 

ーーーーー

同日 ゾンタークスキント艦内

フォン・オイレンブルク中佐

 

「大尉、昨日のホワイト嬢の講義はどうだったかね?君も参加したんだろう?」

 

「ええ、随分専門用語が多くて辟易しました。しかし、女性に教わると頭に入ってきやすい気がしますな。士官学校の特任講師にひたすら理論を読み上げる、リューデリッツとかいう人がいましたが、アレの数倍マシですな。」

 

「そうかね。じゃあ今度ツァーンに特別講師でもやらせてみるかな。臨検の若いのだって騙せる出来なんだから学生くらいなら余裕なんじゃないか?」

 

 待ち伏せ中のゾンタークスキントの中にはどこか安らかな雰囲気が揺蕩っている。願わくば、この時間がより長く続くように…

 

              続く




 超光速通信装置は結構容積を取るものだと思うので、古い巡航艦には積んでいない事にしました。もどかしいですね。
 今回もご意見、ご感想お待ちしております。是非どうぞ。


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第二十二話 通貨とタンカー

 私が一番好きなラインハルトさんの顔はシヴァ星域会戦の際、エミールが持ってきたコーヒーに口をつけた瞬間、接敵報告を受けた時の顔だったりします。話数でいうと107話ですね。では、どうぞ。
 


帝国暦453年 2月15日 ゾンタークスキント艦内 

フォン・オイレンブルク中佐

 

「やはりあいつは航路を変えないか?」

 

「だめですね、2隻がぴったりひっついて航行してます。まるで金魚のフンみたいに。」

 

「そうか…今回は諦めるしかないな。見逃してやろう。」

 

「了解しました、艦長。戦闘配置を解除します。」

 

 5日ぶりに見つけた船は2隻組で行動している。せめてもう少し離れてくれていたらやりようはあるんだが…

 

「全く、気分はお預けを食らった犬だな。釣りで肝心なのはかからない釣り場に執着しない事だと聞くし、そろそろポイントを変えてみるか。候補はいくつか上がっていたな?」

 

「はい、現在宙域より1光月ほど行った所にタンカータイプが常用しているルートがあります。ここにも小規模ですが小惑星群があるようでして、隠れながらの待ち伏せに適しているかと。」

 

「タンカーか…拿捕品は期待できそうにないが、通商破壊の目的には一番適当なものだろう。よし、そのポイントに向かう。ワルキューレを収容させろ。私は少し休ませてもらう。」

 

 あまり同じ宙域に留まって余計な疑念を招くのもよろしくないし、今後はちょくちょく釣り場を変えていくのもいい手だろう。水産資源は大切にせねばならないしな。そんなことを思いつつ部屋まで戻ろうとすると、正面からバクスター氏がやってくるのが見える。

 

『やぁ、艦長さん。ちょうどお伺いしようかと思っていたんです。少しお時間を頂けますか?』

 

『結構ですよ。では部屋へどうぞ。コーヒーでもよろしいですかな?』

 

『あぁ、ありがとうございます。この艦のコーヒーは本当に美味い。長年紅茶を扱ってきましたが宗派替えしようと思うくらいです。帝国軍の軍艦はみんなこうなんですかな?』

 

『いや、この豆はブルートフェニッヒからの物を使ってましてね、安い割に美味いので重宝してるんです。もうなくなりそうなんですがそうしたら貴方の船の茶葉を使わせてもらう事になるかも知れません。』

 

『そうなったら帝国軍が我々の紅茶の顧客になるわけですか。これは生産規模を拡大せねば…おっと、申し訳ない。ご相談というのはSPUの事でして、ここの所、料理の心得のある者が食堂を手伝って報酬を頂いてるというので皆から羨ましがられていまして、もちろん彼らも独り占めなどという浅ましい事はしませんから大きな問題にはなっていませんけれども、それ以外の連中も何か一芸を活かしたいという者がいてですね。』

 

『一芸というと、例えばどんなことですかな?流石に艦の運航の手伝いなどはご遠慮したいところなのですが…』

 

『はい、その辺りの分は弁えています。彼らが言うには、何か艦に対して貢献する事、ここは各々がまた考えるでしょうが、それがあった時に軍票のようなものを出して貰って、それを主計科に持っていって報酬と交換するような仕組みを作って欲しいとの事なんですが…』

 

『別にそんな事をしなくても、必要があるなら嗜好品の類は差し上げますよ?SPUの催し物なんかは乗組員も楽しませて貰っていますし。』

 

『いや、艦長さん。それでは商人の矜持が保てません。働き盛りがただ無為に過ごして物を貰うだけというのは精神衛生上もよろしくありませんし、なんとかお願いできませんか。』

 

『そこまで言うのでしたら、主計科と相談して軍票の発行は決めましょう。インフレのような事が起こらないようにしないといけませんし、支払う量の基準なども決めないといけませんから、SPUの方からも何人か話し合いには参加してもらいますよ。』

 

 かくして、ゾンタークスキントの艦内では通貨までが発行されることになってしまった。やる気の原動力が生まれるのはいい事であるし、こうなれば不公平なんかも抑止できて不満の芽吹きの予防にもなるだろう。しかしこうなってはとうとう一つの国みたいになってきた。今の状況を社会秩序維持局の狐野郎がみたら帝室に対する反乱ととられるかもしれないな。まぁこの艦の中にはそんな陰険なこじつけをつける奴はいないし、私の帝国に対する忠誠も揺るぎないものだ。客室がいっぱいになるまでは領主ごっこを続けてみるのも悪くないだろう。

 

ーーーーー

2月18日 ゾンタークスキント艦橋

 

「来ました!やはりタンカーですね。船体中央部に8つも球形タンクが付いてます。こういう風に分かりやすく船籍を表示しといてくれれば毎回確認するのも楽なんですが…」

 

 例の待ち伏せポイントに到着して、ワルキューレをまだ出さないうちにレーダーが船影を捕捉した。ほぼ真上にいるので敵船の模様がよくわかる。アレはこれまでにも幾度か見てきたジャムシードのマークだ。ご丁寧に船名まででかでかと書いてある。「ストリンダ」…妙な名前だな。

 

「だが位置が難しいな。真下を反航する形で向かってきているわけだから…急降下して敵側面に出れるか?」

 

「はい、あと2分以内なら衝突回避コースをとるのも間に合うでしょう。やれます!」

 

「よし、周囲に他の反応はないな?では、襲撃だ!」

 

 重力制御装置のおかげでGなど感じないはずなのに、モニターに映る景色が急速度で変化していくのを見ると足が床についていないような錯覚に陥る。これが慣れていない者だと宇宙酔いになる所だが、この艦にそんなビギナーはいない。さて、そろそろ光パルスが通じる距離だ。

 

「敵船との回線開け。よし、『あー、こちらはフェザーン商船マレタ号、ご機嫌はいかがですかな?』

 

『…!驚いた。急になんです?なにか市場に関するニュースでも?』

 

『まぁ、ニュースと言えばそうでして、そうですね、当船をよく見ていただけると分かると思います。』

 

 一番最初の襲撃で使った手だ。襲撃するだけなら威嚇射撃して警告して終わりでもまるで問題ないんだが、少しくらい茶目っ気を出した方が作業感が薄れていいじゃないか。…案外私もロマンチストだったのかな?相手の目がこちらを向いたタイミングでボタンを押せば、艦体に現れたるは堂々たる双頭の鷲章にS.Nの信号旗!

 

『我々は帝国軍だ!機関を停止して指示に従え!電波の発信は許可しない!』

 

急に通信が切られる。スピードは上げていないようだが止まる気配はない。一発必要になるかな?

 

『すぐに機関を止めろ!砲撃するぞ!』

 

すると、音声だけの通信が入ってくる。

 

『分かってるよ!帝国人は待つことも出来ないのか!?こっちは一人でやってるんだから待て!抵抗の意思はない!』

 

電波が発信されている様子もないし、抵抗の意思がないのは結構な事だが一人でやってるとはどういう事だ?恒星間宇宙船の自動操縦なんてものはまだ帝国でも実用化できていないはずだが…

 

「艦長!敵船から脱出ポッドが射出されました!…あ、しかしアレは自力航行できないタイプですね。どうしたんでしょうか?」

 

なるほど、船員に一足先に逃げ出されてしまったという訳か。ならば仕方ない。向こうの船長が仕事を終わらせるまで待ってやる事にするか。

 

ー暫くして、接舷口から自分の荷物を携えた船長が移乗してくる。

 

『やぁ、お見事なお手前でしたね。おかげでこっちは大混乱ですよ。皆あの紋章を見た瞬間には逃げ出してましてね、あなた方、軍というからには武装しているんでしょう?私としては、あの漂っている忌々しい脱出ポッドを撃ち沈めたところで何の抗議もしませんよ。自分でやりたいくらいだ!』

 

『いや、我々はそんな非人道的な事はしませんし、しっかりポッドも回収しますよ。それにしても、あなた、何か船員から不興を買うことでもしたんですかな?』

 

『いや、私としてはなんの落ち度もないと思っていますよ。一つあるとすれば、払うカネをけちって給金の安い亡命者の連中を船員として雇ってしまった事くらいですな!』

 

『ははぁ、亡命者ですか。通りで、ね。とりあえずあなたには専用のキャビンがありますから、どうぞ。この少尉がご案内します。』

 

 そのあと、回収した脱出ポッドから出てきた船員達は口々に助命の言葉を並べ立ててきたが、私としてはもちろん彼らを殺すつもりはないし、故郷を捨てたことが罪になるとも考えていない。敵前逃亡なら別であるが、民間人だし、それなら帝国内にわざわざ連れ帰る必要もないだろう。あの船長との関係は悪いままだろうが、幸いゲストの先輩もたくさんいる事だし、慣れてくれることを祈るしかないか。

        

              続く

 

 




 脱出ポッドは複数人乗れるような、アポロチョコのような形状のものを想定しています。「奪還者」でヘルクスハイマーの死の原因になったポッドも自力航行はできなそうでしたが、逃げれる成算でもあったんでしょうか?
 今回も、ご意見、ご感想お待ちしております。是非どうぞ!


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第二十三話 捜索委員会

 どうも、メーメルです。最近だいぶ同盟サイドの濃度が濃くなってきたのに対して、ゾンタークスキントは薄くなるばかりです。よろしければ、どうぞ。


宇宙暦762年 2月19日 シュパーラ5 同盟軍哨戒基地

A・ビュコック少佐

 

『はい、そうですか!分かりました。ありがとうございます。いえ、友人が乗っているかと思いましてね、勘違いだったようでお手間を取らせました。では。』

 

 思った通りだ。本物のマレタ号は我々の臨検なんか受けていなかった。フェザーンから1ヶ月前に同盟領に入ってきたのは確かだが、臨検にもあっていなければ行き先もジャムシードではなかったそうだ。ただの密輸船だったら船名を偽る必要はないし、新参の宇宙海賊ならいくら新米のウィドックが相手とはいえ、欺くことはできないだろう。帝国艦の侵入があったことは確実なものとなった。後はその艦が今どこにいて、何をしているかだ。あの司令官の事だから確たる証拠や大体の位置くらいは判明させなければ腰を上げないだろう。なぁに、外見や消息不明船舶の最終位置なんかを突き合わせれば難しい事ではないだろう。

 

『ヴィドック、君は今日から司令部副官補佐だ。艦長にも許可はもらってある。奴を見逃した責任をとらせる訳ではないが、もう一度優しい船長とやらに会わせてやるからな。そのマレタ…ではないんだったな。何か新しい呼び名が必要だ。どうする?』

 

『そうですね、"海賊船"と呼ぶのはどうも幼稚すぎますし、"襲撃艦(Raider)"とかで良いのではないですか?』

 

『レイダーか、いいじゃないか。君には命名センスもあったのかな?では、ここに帝国艦レイダー捜索委員会の設立を宣言する!首席は私、君は会員2号だ。』

 

『会員2号でもなんでもいいですがね、まだ巡航艦の一隻も動かせない状況で捜索といっても、何をするっていうんです?』

 

『何もかもだよ。行方不明船のルート、目撃情報の収集、奴が潜めそうな宙域の特定に戦力分析。それとなく民間船に注意喚起もしておいた方がいいな。…機雷の流出の可能性があるとか、宇宙海賊に注意なんていうビラを配るだけでも効果はあるかもしれないぞ。』

 

『しかし、そんなことしたら民間船は怖がって出港しなくなりませんか?だから緘口令を出すって言っていたのに…』

 

『ヴィドック、基地内に防諜ポスターが貼ってあるだろ?"壁に耳あり"とか"話すときは小声で!"とかって奴だ。アレをまともに見て内容を守ってる奴がいるか?』

 

『…いませんね。だってスパイなんているとしたら最前線か首都星の重要施設かで…ああ、なるほど。』

 

『それと同じだ。ああいう手合いのポスターの標的は我々じゃなくてスパイだからな。"いるのはわかっているぞ"という脅しなわけだ。民間船も同じように、荒唐無稽な事を警告されたとしても鼻で笑って終わりだろう。しかし、だ。もし民間船にそのポスターなりビラなりが貼ってあるのをレイダーが見つけたら奴はどうすると思う?』

 

『向こうも探されているのを認識して大人しくなるか、自暴自棄になるか、それとも逃げ出すか、ですかね。』

 

『そうだ。追われる者というのは自覚がなくても何かしらそのストレスから失敗をやらかす事があるからな。失敗まで行かなくても今までとは違うアクションを起こすはずだ。そうなってくれたらしめたもんだぞ!…そのビラの作成は文才があることが判明した君に任せた。私は奴の位置特定だ。』

 

 とりあえずは資料の再検討から始める。これまでは事故だと考えていたから積荷やルートばかり重視していたが、襲撃されたとなれば今度はその時間が重要な要素になってくる。臨検をしたのが去年の12月24日で、直近で消えたのは…シロン籍の「ヌワラエリア号」だな。最後の通信は1月4日の14時…

 

ーーーーー

帝国暦453年 2月20日朝 ゾンタークスキント艦内

V・クンツェ中尉

 

 なんだかここ2、3日艦内が、というかSPUが騒がしい。原因は分かっている。少し前にゲストになった学生たちが装甲擲弾兵の連中と一緒にトレーニングと称して走り回っているからだ。狭い艦内生活で体を動かすのは育ち盛りにとっていいことではあるんだが、もう少し静かにできないものなんだろうか。原因をバクスター氏に聞いてみたら、どうやらこちら側で最近女性に流行っているのは筋肉質な男性らしい。つまり彼らの原動力は純然たる下心というわけだ。この思春期特有のエネルギーを発電にでも転用できれば核融合なんかより余程大きな熱量が得られるだろうに…

 

「中尉殿もどうですか!?身長が高いんだから、筋肉をつければあのトーテンコップ連隊にだって入れますよ!」

 

 静かな所を求めてやってきた喫煙室で、後から入ってきた装甲擲弾兵の軍曹が額に汗を光らせながら言う。

 トーテンコップね、確かバウディッシンの古巣だった所だ。全員が何かしらの地上戦関係勲章を持っているという噂の精鋭部隊、という事は彼くらいの男が3000人もいるという事か?…戦う叛乱軍が哀れに思えてきたな。

 

「遠慮しておくよ。生憎私は自分の仕事が忙しくてね。」

 

「?怪我人でも出ましたか?トレーニングは気をつけてやっているつもりなんですが。」

 

「違うんだ、新しく通貨が発行される事になっただろう?ゾンタークスキント・マルクでSマルクと呼ぶ事にしたんだが、どうも発行枚数も支給基準も難しくてね。主計長と、何故か酒の管理をやってるツァーン少尉と色々話し合ってるんだ。なにしろ財政保証は艦内の嗜好品となるわけだが、これはどんどん減っていくわけだろう?しかも今我々がいるのはタンカールートだから補充も望めない。通貨として考えると恐ろしく不安定なんだよ。」

 

「いや、大変なのは分かりました。SPUの"名誉顧問"さんは重大な経済的任務をお持ちな訳ですな。失礼。航海が終わって帰国したらあのカストロプ家に婿入りでもしたらどうですか?」

 

「嫌だよ、あんな悪趣味な一族の一員になるなんて。まぁでも財務官僚くらいならなってやってもいいかな。誰かが"財務省は国の医者だ"なんて事を言っていたし、案外務まるものかもしれないぞ。」

 

『あ、軍医さん!こちらでしたか。探しましたよ!いつも医務室にいるのにいないんだから。これ、今日の分の新聞です!じゃあ、次は艦長さんの方へ回るので、失礼します!』

 

 学生の一人が持ってきたのは数日前に発行が始まった艦内新聞だ。編集長はセネット氏。今日誕生日のメンバーは誰だとか、帝国語講座などがいつもは書いてあるが、今日のは一味違った。曰く、『艦長動静』?

 

ーーーーー

 

「艦長、あれはいいんですか?艦長動静なんて…ある意味付き纏われてるようなものじゃありませんか。」

 

「ん?ああ、艦内新聞のことか。いいんじゃないか?許可は与えているし、別に私としても帝国軍人の名に恥じるような行いはしていないつもりだ。第一私の1日なんか知った所で面白くもなんともないだろう。どうやらこちらの政治家なんかは皆そんな事をやられてるらしいぞ。帝国では皇帝陛下の後をつけ回して新聞に書くなんて事はまず出来ないからな。もしやったら不敬罪を通り越して大逆にまでいくかも知れないぞ。それに比べて、面白い文化だと思わないか。」

 

「艦長がそう仰るなら否やはありませんが…あまりセンセーショナルになってもいけませんからセネット氏に釘だけは刺させて貰いますよ。」

 

「それもそうだな。まぁ検閲なんて無粋な真似はしたくない。適当なところで自重しておくようにやんわり言っておきたまえ。」

 

 艦長はどうも今の状況を面白がっている節がある。SPUのメンバーがバクスター代表を筆頭に皆人格者だからいいようなものの、もし将来帝国軍に対して害意を抱くような者が入ってきたらどうするつもりなんだろうか?私としては、そのような事が起こらないのを祈るしかないのだが…

  

          続く

 

 

 




 いうなれば酒本位主義というわけです。カストロプ家は代々財務関係で権力を持っていた設定になっております。本編より30年前ですから、汚職をしていた先代もまだ若いでしょうしね。
 今回もご意見、ご感想お待ちしております。是非どうぞ。


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第二十四話 大佐とペテン

 どうも、メーメルです。これから夏本番に入るそうですが、皆様体調にはお気を付けて下さい。では、どうぞ。


帝国暦453年 2月22日 帝国本土 軍務省の一室

ハンス・E・シュテファン大佐

 

 彼らが出撃して2ヶ月経とうとしているが、叛乱軍側に目立った動きがあったという情報は入ってきていない。情報収集といってもフェザーン駐在武官が怪しまれないようにやる小規模なものであるが、帝国の軍艦が自分の領内で暴れている事が分かれば流石に少しはざわつくものだろう。そんな動きもないという事は、彼らが上手く隠れながらやっているのか、それとも人知れず沈んでしまったか。

 

「そう簡単に沈んでもらっては困るんだがなぁ…」

 

 ため息をついてもどうにもならない。軍務尚書の密命で始めた作戦であるが、具体的な成果も不明なようでは報告もできない。したところで「多分生きていると思います。」だけでは内容が薄すぎるし…もしかしたら尚書閣下だってもう作戦の事は忘れているんではないかとも思ってきた。何やら近々大作戦があるとかいう噂が私の耳にも入ってきているし、何をやっているかよく分からない艦なんぞ思考の外に放り出しているんだろう。全く勝手なものだ。と、机の上の内線が鳴る。

 

「室長、今よろしいでしょうか?技術本部から室長にお話があるという方がお越しになっているんですが。」

 

 アポも取らないで来るとはなんの用事だ?技術本部…あの艦の改造理由を誤魔化して伝えていたのがバレたのか、それともスパイの存在でも発覚したか。まぁどんな用件にしろ会えば分かるか。

 

「大丈夫だ。お通ししろ。それからコーヒーを2人分頼むぞ。私のは砂糖とミルクをマシマシでな。」

 

 少しして、痩せた長身の男性が入ってくる。白髪が少し混ざり始めた頭髪の様子からして40代後半といったところか。階級は少将で胸には一級戦功勲章がぶら下がっている。

 

「貴官がシュテファン大佐だな?私は技術本部のフォン・リンダイナー・ヴィルダウ少将だ。自己紹介も済んだところで本題に入る。」

 

 リンダイナー…確か伯爵位だったかな?この高圧的でかつこちらの返答を待たないタイプの人間ははっきり言って好きではない、というか嫌いなのだが、身分も階級も上の貴族に出ていけなぞと言う訳にもいかない。

 

「尚書閣下より聞いたのだが、貴官は中々に興味深い部隊の監督をやっているそうだな。叛乱軍の領内に入り込んで通商破壊をやらせているとか聞いたが?」

 

「はい、その通りですがこれは極秘事項でありますので、できればもう少しお声を低くお願いします。伯爵閣下。」

 

「…ふん、それで貴官は近々ある大作戦の事は知っているか?」

 

「そうですな、兵站や艦隊司令部のれ、方々が最近忙しくされているのは存じておりますが、詳しくは何も。」

 

「そうだろう。これも極秘に入る事だからな。貴官も声には気を付けるんだぞ。まず、皇帝陛下は現在の軍に対してご不満をお持ちだ。出費が大きすぎる事業であるとな。そこで軍務尚書閣下と技術本部は現在の最前線から少し下がったあたりに大要塞を建設し、もって哨戒や出兵の負担を減らす事に決したのだ。どうだ?」

 

 どうだ、と言われても何を言って良いのか分からない。要塞を作るのならば主力は技術本部と艦隊司令部だろうし、防諜が目的ならそれはⅠ課の仕事だ。私のところに持ってくる話ではない。

 

「それは大事業ですな。帝国と皇帝陛下の威信を叛乱軍に示すにしても良い案であると分かります。それで、伯爵閣下がそれを私にお話しになった理由はなんです?」

 

「なんだ分からんか。案外鈍いな。つまり、要塞建設にあたっては今よりある程度は前線を押し上げなければならん。今の前線では叛乱軍の小型艦なら此方に探知されずに建設予定宙域にまで到達できてしまうからな。そうだな、ティアマトを過ぎてアルレスハイムやアスターテ辺りまでの宙域に前哨線を構築すればまず安心だろう。そのために、貴官の監督下にある部隊に役に立ってもらう。敵の正面戦力を減らし、我が軍を優位ならしめる為に敵の領内で帝国軍ここにあり、と喧伝するのだ。さすれば敵は後方に2個艦隊くらいは割く羽目になり、こちらが絶対数において有利となる事は確実だ。」

 

「伯爵閣下、それは買い被り過ぎです!任務中の船は巡航艦といえども数は1隻だけですし、武装だって駆逐艦と同等かそれ以下です。とても2個艦隊など相手にはできませんし、叛乱軍も1隻にそんな大兵力は振り向けないでしょう。そもそも連絡手段も無いんですぞ!」

 

「連絡手段はなければ作れば良いではないか。艦隊にしても商船などの小目標ばかり襲っていないで有人惑星を襲撃するなりすれば衆目を集められるだろう。自分の仕事には自分の頭を使え。では、私は次の予定があるのでな。」

 

 こちらを振り向きもせずに少将は部屋を出て行く。責任がないからと思って言いたい放題言ってくれるものだ。上級貴族というのはアレだから苦手なんだ。だが、他のことはともかくとして連絡手段についてはやってみる価値があるかも知れないな。元々自由にやらせるつもりだったが、Ⅲ課が入手した情報やなんかを流してやれれば彼らも助かるだろう。方法は…一応計画段階で用意してあるものがあるから、それを上手いこと尚書閣下にねじ込めれば大丈夫だろう。

 

ーーーーーーーーーー

同日 ゾンタークスキント艦内 

フォン・オイレンブルク中佐

 

「見えました!テンカータイプだと思われます!」

 

 "襲撃部屋"からのフランツィウス大尉の報告で夢の世界に落ちかけていた意識が一気に現実へ引き戻される。彼は商船学校出だけあって時々特有の訛りが出るが、こちらとしては分かれば問題ないので何も言わない。

 

「またタンカーか、船籍照合は?」

 

「既に大体の目星はつけてあります。後部にエンジンが3つに、一体型のタンクと側面の圏内翼、間違いなくT3型ですね。フェザーンでこのタイプを使っている組織はありませんから、船足は速いですが襲撃対象には違いありません。」

 

「よし、襲撃だ。それにしても高速か…止まらなかったら追いつくのに苦労するな。一つまた劇場でも開こうか。"赤の場合"でいこう。準備してくれ。」

 

 敵船が目視圏内に入ると同時にゾンタークスキントの側面で爆発が起こる。もちろん本物の爆発ではなく、マグネシウムと発煙剤を放出しているだけなのだが、これが中々リアルで面白い。同時に艦全体に非常灯と警報を鳴らさせる。これで下準備は完了だ。あとは向こうからの通信を待てばいい。そらきたぞ!

 

『一体、どうしたんだ!?援助が必要なら…』

 

 モニターに姿を見せた太った船長は早速助けを申し出てきた。やはり宇宙の男というのはこうでなければならない。そんな男を騙すのは良心が痛むが、軍人というのは人をペテンにかけるのが仕事みたいなものだ。詐欺師とどっちがマシかな…

 

『分からない!フェザーンから積んできたモノが急に…ウワッ』

 

 ここで敢えて通信を切る。向こうから見たらさぞ船内で重大なアクシデントが起こっているように見える事だろう。

 

『おい!聞こえるか!シャトルを送っている余裕はないようだから接舷するぞ!いいな!』

 

 予想以上の反応だ。シャトルを送ってくれば足は止まるから十分だと

思っていたが、まさか自ら接舷までして窮地の我々を救おうとしているとは。ゲストになったらSマルクとは別に残り少ない410年物を進呈するとしよう。

 

 その後は向こうの船にとっては酷い有様だった。接舷口から人命救助のために乗り込もうとしたらそこにいたのは帝国の装甲擲弾兵だったのだから。最初、彼らは「フェザーンの荷物に隠れていた帝国軍が船の乗っ取りを図っている」と考えたらしいが、逆に自分らの船に突入されるとどうしたらよいか分からずに突っ立ったままになってしまった。太った船長は最初はひたすらに驚いていたが、その後に出てきたのは『人が死んでいないようならば良かった』という言葉だった。最後まで他人の心配とは、全く大した男だ。

 こうしてまたも我がゾンタークスキントには素晴らしいゲストが増え、拿捕・撃沈した船も10隻になった。2桁になれば作戦は十分成功だろう。まだまだ満足はしていないが、未来の士官学校生の頭痛の種くらいにはなれるかな…?

 

   続く

 




 元商船乗りが「タンカー」を「テンカー」と訛って発音するというネタはUボートものの小説で知ったんですが、本当かどうかは不明です。
 今回も、ご意見・ご感想お待ちしております。ぜひどうぞ。


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第二十五話 説得

 80人を超えましたお気に入り登録者の皆様、ありがとうございます。感謝の極みでございます。今回も戦闘シーンはカットのやむなきに至りましたが、どうぞ。


宇宙暦762年 2月25日 シュパーラ5 同盟軍哨戒基地

A・ビュコック少佐

 

 ヴィドックに頼んでおいたビラの件は順調だ。捜索委員会立ち上げの翌日にはビラのデータを各宇宙港や徴用船に送ってある。彼は良くやってくれた。次は私の番だ。

 

『ビュコック少佐、入室します!』

 

『…少佐か。今日はなんの用かな?定例報告の時間はあと5時間先だぞ。』

 

『はっ、先日お話しした民間船の事故急増の件で新たな事実と危険が判明しましたのでご報告にあがりました!』

 

『……ああ、例の幻の帝国軍の話か。やはりそんなものはいなかっただろう?大体事故というのは民間船の怠慢から起こるものだ。軍が介入しても…』

 

『いえ、調査によって帝国軍の同盟領侵入はほぼ決定的なものであると判明しました。こちらの近辺の宙域図をご覧下さい。赤い十字が消息不明船の最終コンタクト位置と時間、その後の線が予想進路です。』

 

『ふん、それで?帝国艦の証拠というのは?』

 

『お待ち下さい。このシートには民間船舶のよく使うルートが示されています。これを先程の宙域図と重ね合わせると、殆どの消息不明船がルート上で消えているのです。』

 

『何を言っているのだ君は。ルート上を民間船舶が通過する、通過するならその一部で事故が起こる。当たり前の事じゃないか!』

 

『いえ、司令官。民間船舶のルートと言うのはその道が彼らにとって安全にかつ効率的に使用できるからルートたり得ているのです。隕石群や宇宙嵐帯などの事故原因が多くある宙域はそもそも民間船舶は避けて通ります。理論上安全なはずのこのルート上でこれ程多くの船が消えているのは人為的なものを感じずにはいられません。』

 

『そうかも知れないな。だが…前にも言ったが、侵入ルートがないではないか。まさかフェザーン回廊を抜けてきたわけはあるまいし。』

 

『それについては第26特別臨検小隊のイソタケルが怪しい船に接触しています。どうやら敵はフェザーンの貨物船偽装して同盟領に入り込んでいるようでして、名前を使われた貨物船も判明しています。このようなやり方は宇宙海賊や密輸船が使う手口ではありません。これに関しては完全に軍の過失であります。』

 

『…そうか。…少佐、君はあくまでも帝国艦の侵入は間違いがないと言うんだな。…もしこの件に関して、我々同盟軍が何の反応も示さなかった場合、どのような事態が発生すると思う?』

 

『はい、現状では中央から遠い地域の民間船舶しか被害を受けていませんし、同盟全体の船舶数から考えれば被害数も少ないものですからマスコミも議論の俎上には載せてはいませんが、もし少しでも目端の利く記者がこの可能性を嗅ぎつけたとしたら同盟政府、ひいては同盟軍の支持率や威信に直接関わってくる問題に発展する恐れがあります。』

 

 こういう時は政府やら威信やら言うような少々大げさな言葉を使ったほうが自分の意見が通りやすい。基地の財政状況より巨大な、それこそ比較にならないほどの対象を出してやれば司令官も腰を上げざるを得ないだろう。事実、マスコミの単語を出した時点から顔が目に見えて青くなっていくのが分かった。

 

『それは…まずい。非常にまずいな。…攻撃部隊をすぐに出さねばならん!ちなみに、その侵入した帝国艦というのは具体的にはどのようなものなんだ?』

 

『はい、臨検記録によりますと120万t、3発推進の旧式船との事ですが、おそらく何らかの改造を施してあるはずです。武装についてはまるで分かりませんが、もし120万t級貨物船のペイロードをフルに活用したとすれば、ビーム砲の5、6門に加えてミサイルや、他にもかなりの副武装も十分な数を搭載できると考えられます。そうなればこの基地の旧式巡航艦が一対一で渡り合うのは危険なことになるでしょう。』

 

『では3隻いれば互角以上の戦いができるな。臨検部隊からも引き抜くとして、第2巡航艦戦隊と第1戦艦隊からも増援を出そう。敵艦のいると予想される地点は?』

 

『はい、直近ではタンカータイプがよく使うルート上で船が消えています。この辺りで隠れられる様な場所はこの小惑星群くらいしかありません。まずここを重点的に捜索してみるべきであると考えます。』

 

『よし、では少佐、君はオブザーバーとして捜索部隊に同行したまえ。出撃は部隊編成と補給を考えると明日になるだろう。』

 

『かしこまりました。では!』

 

 捜索部隊を引っ張り出す事には成功した。あとはレイダーを見つけて、沈めるなり捕らえるなりするだけだ。できるなら捕らえて事の顛末を調べたいところではあるが、何にしても見つけてからの話だ。出撃は明朝!

 

ーーーーー

同日 ゾンタークスキント艦内 士官食堂

フォン・オイレンブルク中佐

 

「どう思いますか?今回の拿捕船のデータに入っていた物を印刷してみました。これまでの敵軍にはなかった動きですが…」

 

 今日の朝拿捕した小型船は積荷は大した事なかったが、興味深いものを我々にもたらしてくれた。それがバウディッシン中尉の掲げる一枚のビラだ。爆発する貨物船とドクロを背景にして『宇宙海賊に注意!』とある。これだけならまだいいが、問題はその横で笑っている海賊の姿だ。服装は西暦時代の海賊そのものだが、その顔はカイゼル髭にモノクルをつけ、鼻は異常に高く、全体的に胸を張った姿で描かれている。こちらの風刺画でこんな人物をよく見る。言ってみれば、帝国軍人のステレオタイプと言ったところか。

 

「これは…海賊として描くにははあまり適切ではない人物に見えますね。」

 

「そうだな、少尉。こいつが帝国軍人をイメージして描かれている事は明白だ。これは我々の活動が敵にバレているという事だと私は思う。」

 

「そうでしょうか。叛乱軍にしてみれば宇宙海賊も帝国軍も敵対勢力には違いないでしょうし、それらが混同しただけの事ではありませんか?我が間は今までの所、襲撃した船を逃した事はありませんし、爆破処分に関しても全て事故に見える形で行っています。露見するなんて事は…」

 

「そうだ。我々は証拠隠滅に関しては細心の注意を図って行ってきたつもりだ。しかし、今朝拿捕した船を合わせれば姿をくらました船は全部で11隻と言うことになる。中々に不自然な段階に入ってきた頃だとは思わないか?さらに言うなら、この辺りの宙域で海賊の情報なんか拿捕した船から一度も入手出来ていないのに、このタイミングで叛乱軍がこのビラを発布した。偶然にしては出来すぎているな。」

 

「確かにそうですね。では敵に我々の存在が露見しているとして、どの程度の情報が判明していると?」

 

「それはわからん。何か民間船舶の脅威となり得る存在がいるかもしれないと言う程度かもしれないし、もしかしたらスパイか何かの情報で我々の武装から何から全ての情報が相手に渡っている可能性もある。とりあえず、今やるべき事は現在地からの移動だな。」

 

「かしこまりました。それなら、艦長、考えていた事があるのですがよろしいでしょうか?」

 

「なんだね?新たな待ち伏せ地点についてなら艦橋で…」

 

「いえ、もし我が艦の存在が敵軍にバレているとするならば、敵は捜索部隊を出してくるでしょう。いや、すでに出しているかもしれません。とすれば、ここ一週間で最も消息不明船が出たこの宙域を重点捜索ポイントとするのは確実と思われます。そこで、奴らにとって素敵な置き土産をしていきたいと考えたのですが。」

 

「なるほど。バレているならもう取り繕う必要はないか。小惑星にワイヤーか何かで固定しておけば流出する心配もないな。よし、早速やってくれ。そのあと移動だ。」

 

 さて、どうなることやら。これからはスリルが3倍マシくらいになるかな…?

      続く




 シュパーラ哨戒基地に配備されている軍艦は1個分艦隊、2500隻程度を想定しております。
 この話までは毎日投稿を心がけてきましたが、1週間後あたりに個人的なイベントがありまして、少し更新が遅れることになると思います。大変申し訳ありません。
 今回もご意見、ご感想お待ちしております。ぜひどうぞ


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第二十六話 首都の記者

 どうも、メーメルです。今回は一つ一つのパートが短いですが、ご容赦ください。では、どうぞ。


帝国暦453年2月27日 帝国本土 軍務省の一室

ハンス・E・シュテファン大佐

 

 やっと提案書が出来た。ゾンタークスキントと連絡を取るための方法は当初の計画段階に於いては"危険が大きすぎる"だったり、"必要性が希薄である"という理由で却下されていたが、前に訪ねてきた伯爵閣下は幸か不幸か彼らに大きな期待を抱いてくれているようだし、技術本部や宇宙艦隊総司令部も噛んできた以上は少し位の無茶が認められてもいいだろう。いざとなればあの高慢な伯爵のせいにでもすればいい。ああいう人間はいろんなところで無茶を言うであろうし、責任の取り方なり握りつぶし方なりはちゃんと心得ている事だろうから心配することはない。

 その問題さえ解決してしまえばあとは何も難しい事は無い。やる事は物量作戦で、フェザーンの駐在武官に情報Ⅲ課所属の工作船を使わせてひたすら反乱軍領域方向に向けて超光速通信の暗号通信を送り続ける。あの艦の傍受能力であれば2週間も続ければ確実に傍受ができるだろう。最初に送る座標だけの通信文が向こうに届けば、後は何か伝えたい情報があればその座標に暗号通信を送り続ければ一方通行にしろこちらの意思を向こうに伝えることができると言うわけだ。

 

「しかし、あの伯爵は"役に立ってもらいたい"などと言っていたが本気で有人惑星襲撃なんぞやらせるつもりなのかな?元貨物船にそんなに大きな期待を持って貰っても嬉しくもなんともないんだがな。」

 

 なんにしても、私の頭の上を飛び越えて命令を出すなんてことをして欲しくは無いものだが、基本的に爵位の高い貴族は命令系統を無視するきらいがあるから困る。ある意味帝国の伝統というようなものだし、それを原因としたダゴンやドラゴニアのような歴史に残る大敗があっても改められないんだから平民の私が今更うるさく言ったところで劇的な変化が見られるわけはないだろうし…

 

「おお、大神オーディンよ、願わくばあの伯爵閣下が変な気を起こしませんように、そしてそのまま我々の存在を忘れてくれますように…」

 

ーーーーーーーーーー

宇宙暦762年 3月2日 レイダー捜索隊 戦艦モンジュ艦内

A・ビュコック少佐

 

 『先行した情報収集艦から連絡が入りました!読みます!"当該宙域気に機雷多数確認のため掃宙艦の要ありと認む"との事です。』

 

 機雷があると言う事は敵がいたと言うことだ。予想は的中したと言って良いだろう。しかし、敵が機雷を装備しているというのは更にレイダーの危険性を増幅させる。もしバーラト星系にまで進出されて機雷原なんてものを作られた日にはハイネセンポリスの住民が干上がってしまう可能性も出てくる。まったく帝国は厄介な奴を送り込んできてくれたものだ。

 

『艦長、あの小惑星群に機雷が確認されたと言う事は我々の目的とする敵艦はおそらくはもう別の宙域に移動していると考えられます。近くで通商破壊に適する場所はそう多くはありませんので、とりあえずは次に近い、このガス惑星が候補に挙げられると考えられますが。』

 

『…分かった、そちらに戦隊の進路を取らせよう。君も大変だね少佐。司令部付き副官だから暇だろうと思われてるんだろうが、そうではない事はよく分かっているよ。大方機嫌の悪い准将の目の前を通ってしまったとか、そんなところだろう?』

 

 どうやら艦長は私がいやいやながら謎の船の追跡任務をやらされていると思っているらしい。…ここで否定して摩擦が起きるのも嫌だし、同調しておく事にしよう。

 

『これも軍人の給料の内ですから仕方ありませんよ。謎の敵艦を探すのと、前線で敵と戦うのとどっちがマシですかね。』

 

『それは後方で追いかけっこの真似事をやってる方が楽でいいさ。私もティアマトの時は本部護衛隊の駆逐艦に乗っていてね、ちょうどあのハードラックが被弾して、2次爆発が起こる瞬間を見たんだ。神様みたいなカリスマだって死ぬ時はあんな一瞬でその他大勢の一部として死んでしまうような所より、今のように自分の死にも何か重要な意味があるんじゃないかと思える小さな職場の方が生きている甲斐もあるというものだしな。少佐も仕事をやる以上は嫌なものでもこなせる様に給料以外の価値観を持った方が精神の均衡が保てると思うぞ。』

 

 軍人の価値観ね。10代の頃からずっと軍隊にいて、とりあえず市民をどんな形であれ守るという軍の掲げるモットーの体現者たらんとしてきたが、それ以外のものも持った方がいいのだろうか?愛する妻は守るべき市民の内に入ってくるのだろうし…

 

『まぁとりあえずは今現在の仕事を片付けてから考えることだな。ここからその惑星までは巡航速度で順調に行けば、途中何回かのワープを挟んで30時間の距離だ。それまでは部屋でゆっくりしていたまえ。司令部から何か新しい指示でもあったら呼ぶからな。』

 

 せっかくなので自室に引き取る事にする。ヴィドックの方は初めての戦艦勤務なんて言ってうわついていたから放っておく事にして、レイダーの進路予想でも組み立てるとしよう。他の部隊も共同して包囲網のようなものを作ることができれば万々歳と言ったところだが、果たしてうまくいくかな…?

 

ーーーーーーーーーー

宇宙暦762年 3月3日 同盟首都星 ハイネセン 

パトリック・アッテンボロー

 

『なーにか面白い事件はないもんかな、ええ?』

 

『面白い事件と言ったって、あなた軍の不正とか怠慢とかの事にしか興味を示さないじゃないですか。一般的に見て面白い事件なら溢れてますよ。えー、自治大学の若きエリート、オリベイラ准教授に政界との黒い繋がりとか、ウォーリック国防委員長の汚職疑惑問題、あとはシロン星の紅茶相場が値上がりしそうだとか。』

 

 後輩の記者が紅茶を啜りながら面倒そうに答える。先輩をなんだと思っているんだ全く…

 

『いいか、俺は軍のことにしか興味がない訳じゃないぞ。軍が信用に値しないような事ばかりやっているから俺の記事が目立っているだけのことだ。他の記事だって書けと言われればいくらでも書いてみせるぞ!その、シロンの紅茶の話なんかどうだ?高くなるんだって?』

 

『そうらしいですね。組合が声明を出しているくらいですから確実でしょう。えー、"共同資金で買いつけたフェザーン製特殊肥料の未達により…"』

 

『…つまらんな。他には?』

 

『ほら、やっぱり興味がないんじゃないですか。…じゃあこんなのはどうです?"ジャムシードの呪い!消える民間船舶"』

 

『なんだオカルトか?そういう怪しげなのを扱うとうちの品位がだな』

 

『口を開けば軍の悪口言っているような人に品位なんてもう期待されてないんじゃないですか?でもこれ案外面白そうですよ。フェザーンの方で消息不明船が増えているんですって。宇宙怪獣現る?なんてのもありますが。』

 

『消息不明船ねぇ…一応商船ルートの安全確保は軍の役割だったな?』

 

『ええ、有人惑星の衛星軌道上まではそれぞれの惑星の政府の保安隊やら警察組織やらの管轄ですが、星系間をまたぐルートとなると同盟軍の辺境警備部隊あたりが管轄しているはずですよ。』

 

『辺境警備艦隊か。ここの所軍中央ばかり取材してきたし、たまには田舎の連中の事を調べてみるのも面白いかもしれないな。よし!そうと決まれば取材だ取材!ジャムシードに近い警備艦隊は?』

 

『結局軍に結びつけるんですから…えーと、シュパーラ星系に情報収集基地がありますね。戦力は1個分艦隊程度で司令官はヴィルヌーヴ准将。』

 

 ヒマを持て余すのも時にはいいがいつまでも続けている訳にもいかないし、こういう一見なんでもないような与太話から大汚職事件が発覚したりする例もある。やってみる価値は十分にあるさ。

 

    続く




 あまりにも題名をつけるセンスがないことが判明したので今回は副題というかサブタイトルをつけて見ないことにしてみました。
 パートの一番最初にあげる人物名の場所はやはりラストネームだけだと違和感があるので今回からは名前もイニシャルで省略して記述しようと考えております。
 今回もご意見ご感想お待ちしております。ぜひどうぞ!

ハードラックを勝手に沈めてしまった事をお詫び申し上げます。7月10日に修正いたしました。


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第二十七話 恋路とスクープ

 前回は自分の知識の浅薄さより、読者の皆様にご不快の念を与えましたこと、誠に申し訳ございませんでした。個人名を出すのは良いのかわかりませんので差し控えさせていただきますが、こういった事のご指摘は自分にはありがたい限りであります。重ね重ね御礼申し上げます。
 今後ともご愛顧をよろしくお願いします。では、どうぞ。


帝国暦453年 3月5日 ゾンタークスキント艦内 

フォン・オイレンブルク中佐

 

 「…なんだかやけに頼りなく見える太陽だな。予定宙域はここで間違い無いか?」

 

「はい、中佐殿。あの小惑星帯が待ち伏せには好都合でしょう。すぐ前に1本と、探査範囲内ギリギリの位置にもう1本、こちらは抜け道の様な扱いらしいですがルートがあります。」

 

 機雷を敷設したあと、当初は一番近い位置にあるガス惑星の大気圏内に潜む予定であったが、フランツィウス大尉が電子機器への負担とワルキューレの発着艦時の危険性の高さを指摘したために目的地をこの星系に変更した。確かに敵に探されているかも知れない今となっては、同じような位置に留まり続けるのは危険だろう。いっその事フェザーン回廊周辺宙域から抜け出すくらいの事はしてみてもいいかも知れない。次に拿捕した船にその辺りの情報が有れば本気で考えてみるかな。

 

「艦長、アンカー固定完了しました。全艦異常ありません。」

 

「結構、また退屈極まる待ち伏せ生活の始まりか。何か良い暇つぶしはないものかね?」

 

「そうですね…暇つぶしになるかどうかは分かりませんが、キング氏、あの叛乱軍の曹長だった男ですが、彼はどうやらホワイト嬢に恋心を抱いているらしいという噂が入ってきていますが。」

 

「恋心ぉ?なんでまたそんな事になっているんだ。一応敵艦に捕らわれている身同士だろうに、いや待て、なんだかそんな昔話があったような気もするな…囚われの姫と云々という奴が。で、当人達は実際の所どうなんだ?」

 

「いや、私も詳しくは分かりませんよ。クンツェ中尉からの又聞きですから…SPUの方では大分広がっている話だというのと、ホワイト嬢の方に脈は十分にあるのに対して、キング氏が、えー、いわゆる腰抜けだという事しか。」

 

「つまり進捗状況は0だという事だな。それならいいんだ。…だが少し、いやかなり面白い事件ではあるな。よし、私の部屋にキング君の方を呼んでくれたまえ。恋する若者と話すのも一興だ。」

 

ー十数分後、艦長室

 

『楽にしたまえ、別に君を追放するとかいう話をする訳じゃない。』

 

 艦長室のソファーの上でガチガチになっている彼の姿を見ると、まだ軍人としての意識が抜けきっていないんだなという事が分かる。一度でも軍隊の飯を食ってしまうとこうなるものだ。私だって士官学校を出たばかりの頃は上官に対して声が裏返ってしまったり、兄や親父に対してさえ畏まってしまったほどだ。たった2ヶ月くらいのゲスト生活ではそうそう変わらないものだろう。

 

『今日は君に関するある噂を聞いてね、その真偽を確かめたいのと、もし本当の事なら注意して欲しい点が2、3あるのでその事の確認をさせてもらうための面談だ。』

 

『噂、と申されますとまさか自分がその、ホワイトさんに、という奴でありますか。』

 

『なんだ、分かっているのかね。なら話が早いな。で、それは本当の事なのかな。私に入ってきた情報は間に複数人挟まって伝わってきた訳だから信憑性としては薄いものなのだが。』

 

『じ、自分は確かにホワイトさんは素敵な女性だと思っていますし、尊敬できる方だと思います!生徒達に対する接し方も公平ですし…しかし、私はあくまでこの艦で唯一の同盟軍人です。今や400人を超えたゲストの中に1人だけ特別扱いするような方を作るわけにはいきませんし…』

 

『そうか、つまり君は今以上に彼女との関係を進展させるつもりはないんだな?それなら結構。いや実をいうと私は応援していたんだがね。君の方にその気が無いというのなら仕方がないな…』

 

『!お、応援して下さるというのは…?』

 

『いやぁ、艦内に一つや二つ色恋沙汰があると日常が刺激的になっていいじゃないか。時々他人のそう言った事に手だか口だか出すような不届な奴がいるが、そんな馬に蹴られて当然な輩は幸運なことに本艦にはいないしな。…それにもうすぐ収容定員に達するだろう?そうなれば君達ともお別れだ。何か一つくらい、大きなイベントでもあった方がいいと思ったんだがな。』

 

 そのあと、何かボソボソと呟いたあと、彼は挨拶もそこそこに艦長室を出て行ってしまった。私の一言が最後の一押しとなったのか?もしそうだとしたら私は本国のお偉方が言うところの"憎き敵軍"の恋路を手伝ってやったことになるのかな?

 まぁ、彼も進展はするとして、男女の恋愛の最終段階まで進むなんて言う性急な事はしないだろう。ワープがそういった女性の体に与える影響を知らないわけでもあるまい。健全なお付き合いと言うのならばそれこそ目の保養になっていいじゃないか…

 

ーーーーーーーーーー

宇宙暦762年 3月7日 同盟首都星 ハイネセン

パトリック・アッテンボロー

 

『見ろ!ジェニングス!これは大変な特ダネになる予感がするぞ!いいか、題して"国境地帯の軍の緩み、帝国軍は既に隣人となりつつあるか?"だ!』

 

 取材ノートを突き出してやると後輩は目を細めて仰反る。いつでもカチンとくる反応をする奴だ。

 

『なんですか薮から棒に…ああ、例の民間船が消えてるって言う話ですか。今度はどんな手を使って無理矢理軍との関係性をひねり出したんです?まさかこの前みたいに軍内部の地球教団の陰謀とかと結びつけて書くつもりじゃないでしょうね。』

 

『お前、前々から思っていたが俺に対する尊敬の心とか信頼とかはないのか?人をデマゴーグの達人みたいに言いやがって…』

 

『いえ、ちゃんと先輩の事は尊敬してますよ。我が社の期待の星ですし、最近の購読者投票でもNo3にまでいったじゃないですか。自分だって、別に悪く言っているつもりは毛頭ありませんよ。ジャーナリスト精神に則って本当の事を言っているだけです。』

 

『…どうだかな。まぁ今は許してやろう。それよりもこのネタだ!読んでみたまえよ、真実を探究するジェニングス君。』

 

『えー、…消息不明船の予想航路に通信途絶点、例年の平均よりは高いですが…どこに軍の怠慢なんて指摘する要素があるんですか?』

 

『分からないか?じゃあ教えてやろう!まず、このフィスカスとかいう徴用船だ。これについて例の基地に関係者のフリをして問い合わせたら、"調査中"ときた。軍隊という集団は身内の事に関しては対応が素早い連中で構成されているというのに、2ヶ月前の船について"機密なので答えられない"でもなく"調査中"というのはやる事がない地方の基地にしては不自然だな。次に、消えた船は全て独航船で、2隻以上の船団を組んで航行してるのは全て目的地に着いているか、コンタクトを保っている。整備の問題や危険宙域なんかが消失の原因だとすれば独航船だけに不幸が降りかかるなんて事はおかしいな?次だが…』

 

『まだあるんですか!?』

 

『次が一番大事な所だ。いいか?"度重なる不明船"、"独航船のみが消えてる"、"何か隠している軍"、前2つだけなら宇宙海賊の可能性があるから軍が隠す必要はない。逆に犯人を公開して自らの功を誇るまであるからな。つまり宇宙海賊ではない独航船の消える原因があるわけだ。なんだと思う?』

 

『まさか、帝国の工作員が入り込んでいて、通商破壊をやる為に船に爆弾を仕掛けてるとか…ですか?』

 

『それだったら何も地方で集中してやる必要はないだろ。事故宙域だって分散させた方が露見しなくていい。つまりだ、帝国軍の軍艦があの辺りで暴れている可能性はないか?という事だな。そうなれば軍はその事実を隠蔽して民間船が襲撃されるのを放置している事になる。責任問題どころの話じゃなくなるなこれは。』

 

『中々に理論が飛んでいる気もしますが…真っ向から否定できないのも確かではありますね。で、それ、いつ発表するんですか?』

 

『明日出る週刊フリートタイムズの編集長にねじ込んできた。つまり〆切まではあと3時間しかない!おまえにも手伝ってもらうからな!』

 

 不平の声を上げる後輩を尻目に机に向かう。最初はつまらないネタかと思っていたが、やはり大事件というのは世間に隠れているだけで、ある所にはきちんとあるものだ。それを白日の下に晒すのはジャーナリストの使命だし、市民が求めている事でもある!やはり検閲や発禁なんかがないのは同盟の美点の一つだな。同盟憲章万歳ってところだ。

 

                続く




 キング君を出したくてやってみたんですが、なんかコケた感じがします。
 アッテンボローの親父さんはジャーナリストとのことでしたが、フリーなのかどこかに所属してるのかは分からなかったので、今の時点では出版社に所属してる事になってます。ダスティが生まれたのは769年で、彼が第四子との事ですので、まだ20代の若手って感じですね。爺さんの方のダスティと殴り合ったくらいでしょうか?
 今回もご意見、ご感想お待ちしております。


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第二十八話 通信

 少し目を離した隙にお気に入りが100人を超えた事は望外の喜びであります、誠に有難うございます!では、どうぞ。


帝国暦453年 3月9日 ゾンタークスキント艦内

フォン・オイレンブルク中佐

 

「皇帝陛下に!」

 

「「「「皇帝陛下に!!!」」」」

 

 今日は我らが皇帝オトフリート5世陛下の誕生日だ。本土では今頃盛大な式典と祝宴が開かれている事だろう。対して我々がやれるのはせいぜい拿捕品を使った軍隊料理くらいなものだが、こういう場で大切なのは規模や煌びやかさより陛下をお祝い申し上げる気持ちだ。

 

「やぁ大尉、どうだねこの祝宴は?オーディンでやっているのと比べたら規模は千分の一にも満たないだろうが、立派なものだと思わんか。」

 

「どうですかね。案外同レベルだと思いますよ。なんたって皇帝陛下は、あー、その、倹約家でいらっしゃいますしね。だから我々も故郷を離れて数千光年の地にいる訳ですし。」

 

「なんだ知らないのか。こういう帝室行事の費用は帝室費から出るんじゃないぞ。リヒテンラーデやカストロプ辺りに経費を出させてやるんだ。帝室は大貴族の予算を削れる、大貴族は自らの忠誠心と権威を示せるという寸法だ。つまり皇帝陛下の懐は痛まないってわけだな。」

 

「じゃあ結局我々の祝宴はケシ粒みたいなものって訳ですか。優越感に浸れるかと思ったんですがねぇ…」

 

「しかし敵の領内でこんな事をやってるのは我々だけさ。それだけでも値千金の価値はあるよ。大貴族様だっていくら金を積んだとしてもここまでは旅行に来れないだろうしな。」

 

「旅行ですか、考えてみれば我々がやっているのは侵攻というより冒険航海の方が現状に合ってますね。じゃあ、旅行中のささやかな宴会を今は楽しむことにしますか!」

 

「そう、その心意気が大事だ。何事も軽く、良い方向にだな。人生を上手く生きるコツは世の中を甘く見る事だというのは私の親父の言葉だがね。では、私は艦橋の連中の所に行ってくるから何かあったら頼むぞ。」

 

 そう言い残してから艦橋へ上がる。当直に当たった彼らにとって祝宴に参加できないのは不幸な事だろうが、こうやって誰かがやらねばならない仕事というのは軍人の本質だ。誰でも好き好んで人殺しをしたい奴なんてのはいないだろう。…流血帝なんて悪き前例の事は埒外に置くとして、まともな人間にそんな奴はいない。されども必要な仕事、だからこそ誇りだけでも持たねばならないのだ。

 

「艦長!ちょうどいま伺おうと思っていたんです。不審な電波が連続で入りまして、帝国語の歌の歌詞のようなんですが…」

 

「歌詞?……ああこれか。今頃なんだっていうんだ全く…少尉、記録しておいてくれ。」

 

「え…艦長はこの意味がお分かりなんですか?」

 

「なんだ、もう士官学校では教えていないのか。この歌詞、二人称が文法的におかしいだろう?この流れだとSieになるべき所がDuになっている。この変更は歌詞が暗号化されてると言う符号なんだ。つまりこの電波は帝国の暗号文という事になるが…我々宛のものかな?」

 

「このノイズの入り具合はおそらくフェザーン回廊内部辺りからの発信でしょうし、もし我々の他にこちら側に来ている艦がいなければそうなりますが…」

 

「まぁ解いてみれば分かるか。暗号キーはどこにしまってあったかな…」

 

 なんとか自室の引き出しの奥深くに眠っていた暗号キーを引っ張り出して解読してみたら、フェザーン回廊に近い位置の座標が示されていた。ここに行けという事なんだろうが、今更追加命令なぞ出す必要があるのだろうか?それとも帰還命令だったりするのかな?

 

ーーーーー

宇宙暦762年3月10日 シュパーラ5 同盟軍哨戒基地司令室

ヴィルヌーヴ准将

 

『なんだこの記事は!!いったいどういう事だ!?』

 

 目の前に映し出された電子新聞を見て思わず大声を出す。ジャムシードで一番大きな新聞社が発行している記事の一面には『帝国軍艦侵入!同盟軍はこれを隠蔽か?』という見出しが赤字ではっきりと書かれている。問いに応えるようにビュコック少佐の後任としてお茶汲みをやらせている大尉が言う。

 

『どうやら目敏い記者がハイネセンの方で民間船の失踪を取り上げたようでして、それに何故か反応したジャムシードの複数の商船員組合やら港湾組合からの問い合わせをはぐらかしていたら、それが"隠蔽"と受け取られた様でこのような事に…』

 

『くそっ!…捜索隊からの連絡は何も無いのか!?もう2週間になるというのに成果の一つも報告してこないのはどうなってる!』

 

『はっ、なにしろ艦の絶対数が限られていますし、索敵能力も旧式艦故の限界というものがありまして、手がかりがない以上虱潰しに探すほかないと…』

 

 ビュコックの奴は自信満々に私を説得して出て行ったのだろうが、結局は敵艦に掠りもせずにこの様だ。軍の失態という形で事件がクローズアップされてしまった今となっては下手な言い訳は通用しないだろうし、逆に火を煽ってしまう可能性すら出てくる。こんな事になると分かっていたら奴を基地に残しておいて責任を肩代わりさせるなり批判の矢面に立たせるなりできたのに…!

 

『准将、その記事に関してなんですが…』

 

『なんだ貴様!まだ文句があるのか!こんな状況に立たされているのは私だけの責任じゃないぞ!そうだ!この基地、ひいては同盟軍全体が…』

 

『いえ、文句ではなくその、ジャムシード政府から准将宛に連絡事項があるとの事でして、超光速通信が入っているんです。』

 

 お偉いさん直々に文句をつけてくるという訳か。第一自分の所の船についてジャムシードだって軍に何も言ってこなかったくせしてマスコミが軍を非難した瞬間にあちら側に立ちやがって、白々しい事この上ない!しかし無視する訳にもいかないし…

 

ー基地内 超光速通信室

 

 モニターに映し出されたのは整髪料の匂いが宇宙の深淵を超えて漂ってきそうなほどに髪をテカテカさせている眼鏡の男。ジャムシードの内務大臣だ。

 

『お久しぶりです、司令官殿。今回の事件ではジャムシードの経済、安全その他の諸々に大変な影響が既に出始めていまして…』

 

『これは大臣閣下、ええ、軍としても今回の件は大変遺憾に感じておりまして、既に3個戦隊規模の捜索・撃滅隊を怪しい宙域に向かわせてあります。2週間の内には混乱の元凶を沈める事ができると思いますので…』

 

『司令官殿。率直に言わせてもらうと、現在我々の政府内ではこのような事態になっては軍だけに任せておく訳にはいかないという意見も出始めている、というか、そういった意見が大分大きくなってきていましてね…つまり、予備商船員連合やら、右派政党の党員やらが集まって義勇軍を結成する運びになったんですな。ついてはその事を正規軍として了解しておいてもらいたいのと、識別コードを別途送りますので、間違っても民主共和主義を奉ずる同胞同士が相撃つ等という事がないようにしていただきたいというのをご連絡したかったんですな、ではそういう事で…』

 

『ま、待って頂きたい!そのような事をされたら指揮系統にも混乱が生じることは自明ですし、返って敵を利することになりかねませんから、ここは我々専門家集団を信じて頂いて、今少し…』

 

『いえ、これは既に決定事項ですからね。自己の権利を守る為の武装とその組織づくりは同盟憲章に認められている行為です。では、私は彼らの壮行会のスピーチをせねばなりませんので、ごきげんよう。』

 

 一方的に通信が切られる。ズブの素人がその辺の宇宙海賊にならともかく、帝国艦と戦っていい勝負が出来るとでも思っているのか?愛国心過剰かつ判断力過小の連中は急な思いつきでこういう事をやり始めるから嫌いなんだ!まかり間違ってその義勇軍とかいう連中が撃沈されたらその責任も軍に飛んでくるに違いない。こうなったら一刻も早く捜索隊が敵艦を見つけさせるほか解決策はない!予算が許せば本当に3個戦隊だって出せるのに…!

 

             続く

 




 同盟憲章の内容は不明ですが、アメリカとフランスを混ぜたような国のイメージなので、武装する権利がある事にしました。
 今回もご意見・ご感想お待ちしてます!ぜひどうぞ


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第二十九話 雑談

お久しぶり所じゃないメーメルです。半年間の放置の末に恥ずかしながら帰ってまいりました。

また投稿を始めていきたいと思うので、よろしくお願いします。


帝国暦453年3月12日 ゾンタークスキント艦内

フォン・フランツィウス大尉

 

 中佐殿から移動の命令が下り、ワープでの移動を開始する。話を聞くには本国から暗号電文が送られてくるので、それの受信宙域へ行くとの事らしい。まぁ個人的には最初から本国が一隻の巡航艦規模の自由行動を許しておく訳はないと思っていたから、3ヶ月間の自由行動は案外もった方だろう。

 

「ワープアウトします。衝撃に注意。」

 

 移動を開始してから通算8回目のワープ。これでやっと目的地まで三分の一というのだから宇宙の広大さは計り知れないものだ。ワープ技術のない時代は恒星系内での移動だけでも一苦労だったという先人達の事を思うと同情したくなるな…

 

「完了しました。全艦に異常は認められません。エネルギーの充填と次回ワープ先座標の設定後、またワープに入ります。予定時刻は90分後!」

 

 やはりこちら側の方がワープ間隔を短く取れて高速移動にはいい。一応主要航路からは外れて宇宙の獣道ともいうべきルートを通っているというのにこう立て続けにワープができるというのは大きなメリットだ。

 

「帝国じゃこんな風にはいかないからな、こっちの方が商船乗りには暮らしやすいかもわからん。」

 

「そういえば大尉殿は商船学校から入隊でしたね。何か本国の方と差があるんですか?これまで出会った船から見ても技術的には帝国のエンジン品質の方が優れていそうですし、サイズだって負けたものではないでしょう?」

 

「フォルベック、そういう技術面とかいう即物的なことからしか物事を観測できないのは危険だぞ。職業軍人だからといって軍内部の視野しか持っていないようでは出世には問題ないかもしれんが人生は味がなくなるし、もし戦傷章の金クラスをもらって名誉除隊なんてことになったら他の仕事ができなくなる。」

 

「そんなものですかね?でも軍艦も商船も結局は効率的なルートで大量の人員や物資を運んで、そのあとは戦うなり売りつけるなりで違うでしょうが、基本的なプロセスはそんなに大きな差があるようには思えませんが」

 

「前提条件が違うじゃないか、軍艦の艦長が責任を負うのは艦隊司令部、独立部隊や勅任部隊の場合は皇帝陛下や国家に対してだけでいいが、商船の方はそうはいかないんだ、いいか、まず上から言っていくと貿易組合だろ、その下に業突く張りで少しの遅れや船体の損傷も許さない船主、さらにライバル企業や乗組員とその家族の安全にまで気を配らなきゃならん。これに加えて、さっきお前が言ったような効率だのを考えなくちゃならないんだ。ここまでの障害を乗り越えてきて、帝国の場合はこの”効率”とやらにもさらに大きなハードルがかかるんだな。」

 

「何かありましたか?燃料の補給だって、それこそクラインゲルトやハーフェンみたいな辺境星域でもない限り軍民共用のものが利用できるでしょう、あとは……」

 

「やはり知らないのか、まぁあまり大っぴらに言うことでもないからな。カストロプみたいに複数の星域に領土を持っている大貴族がいるだろ。ああいう連中は通行税をとるんだ。」

 

「通行税?それはしかし、見ようによっては反逆じゃないですか⁉ジギスムントの時代じゃないんですから星域間のルートは領土内での徴税特権に入らないでしょうし、一応全宇宙は皇帝陛下のものということになっているんですから国家財産の私物化にあたる行為ですよ!」

 

「素晴らしい意見だな、全くその通りだ。少し言い方が悪かったな。大貴族様は通行税を商人に強制しているわけではなく、ある特定のルートを使う商人の方が自発的に貴族様に対して“時候の挨拶の品”を送るという形になっているんだ。」

 

「なんですそれは?親戚でも領民でもないのに時候の挨拶とは……」

 

「ちなみにそういったものを送らないような“礼儀知らずの田舎者”は途中で装備が無駄に良い謎の宇宙海賊に襲撃されたり、航路図に乗っていないようなデブリにたまたま遭遇することが多いらしいぞ、そうだ、無作為の船内検査対象に選ばれて、出港時の官憲による検査では何も見つからなかった船倉から大量のサイオキシン麻薬が押収されたって話も聞いたことがあるな。いや全く不思議なことが宇宙にはあるものだな。」

 

「…文句を訴え出ることなんかは、…できないんでしょうね。」

 

「まぁそんなことがいろいろあるわけだ。それと比較してこっちはそんな“謎の事故”だったりはないだろう?効率を考えれば獣道でも行く、その結果こういうルートも調査やデブリ除去なんかが進んである程度使ってもリスクが少なくなって、点と線だった通商網が面となれば…それはもう商人にとっての楽園だな。中古の船を買えるくらいの初期資本さえあればどこにでも立身出世のチャンスが転がっている。…少し喋り過ぎたな。とにかく、帝国も同じようになればそもそも国力が叛乱軍と拮抗しているわけでもないんだ、この戦争は案外すぐ終わるかもしれない、という結論だよ。」

 

「そんなものですか、でも、つまりそれは我々が今やってるようにして、その“面となりつつある”…でしたか?通商網を点と線の状態に戻してやることには商船員全体の目線から見ても大打撃になるってことですね。」

 

「まぁ、そういうことだ。流石に我々一隻だけで…誰だったかが言っていた、“石器時代に戻してやる”までの芸当は出来ないが、それくらいの嫌がらせはできるだろう。」

嫌がらせ、とはいえちゃんとした任務だ。帝国巡航艦教範にだって「巡航艦の任務は遊撃兵力として敵後方を遮断し、制宙権の確保を援護すべし」なんて書いてある。小さなことにも全力で、言いようによってはいい感じの格言集の共著者ぐらいにはなれるかな…?

 

ーーーーー

宇宙暦762年 3月13日 レイダー捜索隊 戦艦モンジュ艦内

A・ビュコック少佐

 

『義勇艦隊?なんだそれは?』

 

出撃以来例のレイダーの足取りは急に途絶えてしまった。隠れられそうな小惑星帯や彗星群なんかは我ながら正確に予想できていると考えていたんだがどうやら甘かったようだ。入れ違いになっているのか、それともウィドックのビラが効果を発揮しすぎて帝国側に逃げ帰ってしまったのか、それにしてもフェザーン回廊側の出口は前にも増して固めてあるはずだし…

なんて事を考えていたら、ウィドックがさらに頭痛の種を持ってきた。

 

『ええ、どこまで本気か知りませんがIFFのデータが更新されてます。主にジャムシード船籍の民間船で構成されているようで…数だけはいますね、35隻ですって。』

 

『…銃後の国民の愛国的協力精神の発露って訳か。で、実力はどんなもんだと思う?』

 

『いやー…すごいもんですよ。これが旗艦、とされているらしい船ですが、180万t級の船体に8連装ミサイル発射管が4基のってるだけです。しかも見た感じ収納機構なんかもなさそうなんで発射したら戦闘中の次弾装填は絶望的ですね。これでまがりなりにも帝国の正規軍とやりあえると思っているんでしょうか?』

 

『どうだかな…第一案外バレるのが早かったな。もう1ヶ月か、せめて2週間くらいは民間への情報流出は避けられると思っていたんだがな。』

 

『いや、情報流出というよりかは…何というか、珍しいもの見たさと言いますか、それこそ怪獣退治的な動機らしいですよこれ。そうでなかったら士官教育も受けていない船長に義務兵役を何年も前に受けただけのような連ちゅ…人々を軽武装船に乗せて送り出そうなんて事は考えないでしょう。言ってしまえば政治的アピールの一環としての出兵ですか。』

 

『まぁこっちだってレイダーについてわかってるのは艦型ぐらいなもんだからな…他人のことは言えないが、もし義勇艦隊とやらが先にレイダーにぶつかってしまったら面倒だな…軍服とかの類は着てくれていないと、向こうからすれば義勇艦隊の方こそ海賊扱いになってしまうし…』

 

そんな最悪とも言える事態だけは防がなくてはならない。その為には軍が、我々が発見するしかないわけだが…どうなるかな?

 

                      続く

 




義勇兵とかの扱いってどうなるんでしょうか?WW2のドイツ国民突撃隊なんかは一応平服の上に腕章とかつけていたので軍服を着てるって扱いになってるから捕まっても捕虜扱いとかなんでしょうかね。

今回は再開会のくせに主人公は出ないわ、喋るだけだったりで話が進展していません。ワンチャンなくてもいい会かも…


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第三十話 悪意

危ない危ないギリギリセーフです。今回、ゾンタークスキントはおろか、帝国人だって出てきません。今彼らは受信点にむけて移動中なので…
では、どうぞ。


宇宙暦762年3月17日 シュパーラ5 同盟軍哨戒基地 司令室 ヴィルヌーヴ准将

 

『はっはっはっはっ!…おい大尉!どういう事だこれは!』

 

何食わぬ顔で出撃報告書の束を持ってきた大尉を怒鳴りつける。こいつはビュコックと違って生意気な事は言わないが、何しろ持ってくるのが悪いニュースばかりだ。それにしたってもっと申し訳なさそうな顔をして持って来ればいいものを平然と出してくるから余計腹が立つ。淹れる紅茶も妙に渋いし。

 

『はい、その…例の義勇艦隊がですね、不審船の発見通報をひっきりなしに送ってくるんです。軍としては無視する訳にもいきませんからその度に緊急出動をかけていたらそのようn』

 

『だから!だからといって、たった3日間で59回だぞ!59回!ここは最前線じゃないんだぞ?いや最前線だってこんな頻繁に出動してないだろうに、それで成果は上がっているのか!?』

 

『いえ、申し上げにくいことですが、それらしき発見報告はありません。およそ半分が岩塊やその他デブリの見間違いと思われる誤報や他の民間商船の誤認、残りは、えー、この第3008戦隊の報告によりますと"当該宙域に船影、又はそれに類するものなし。義勇艦隊の興奮と緊張、愛国心が生み出す幻影と認む"とありまして、要するに…』

 

『はっきり言ったらどうだ!"ズブの素人がなにもない宇宙空間で錯乱して艦隊に無駄足を踏ませただけです"と!これだから嫌だったんだ、素人が専門家に余計な口出しをするのは!義勇軍なんて大層な名前をつけておいて、実際にやってることは軍の指揮系統の混乱に作戦妨害!ある意味利敵行為じゃないか!59回分の緊急出撃でどれだけの物資と予算が無駄になったか…!3ヶ月後までの物資消費計画が全ておじゃんだ!ただでさえ臨検小隊の編成と捜索隊の連中の出動に予備費まで出してギリギリだというのに…』

 

大尉は黙ったまま私の話を聞いている。もはやこうなると基地内に残してある艦隊をそんな素人の通報のために動かす訳にはいかなくなる。いくら辺境とはいえ一応は国境地帯であるし、ある程度の即応打撃部隊は必要だ。これ以上こんな予想外の出費が続くようであれば我々はいざ召集がかかった時にも動けないような張りぼて同然の集団になってしまう。何か手を打たなければ…義勇艦隊の通報を無視するのは簡単だが、後からあのジャムシードのポマード野郎に文句を言われるのも癪だしな…いい手…そうだ!

 

『おい、今捜索隊のモンジュはどこにいる?あの《有能な》ビュコック君にビッグニュースを届けてやろうじゃないか。』

 

ーーーーー

翌日 レイダー捜索隊 戦艦モンジュ艦内 A・ビュコック少佐

 

『喜べ、捜索隊に増援を送ることになった。第7戦艦戦隊からフガンとゼンケン、第8からヤクシと、巡航艦が9隻だ。一気に戦力は倍増したというわけだな。ここまでしたんだから是非とも早く例の帝国艦を見つけ出してくれたまえ。…それから、追加の命令書は増援隊の編成表と一緒に送るので目を通し、必ず遂行するように。伝達は以上。』

 

捜索隊の出撃から2週間以上が過ぎ、最初に目星をつけた小惑星帯に機雷の残置を認めてからこっち、レイダーそのものはおろか、奴の痕跡すら見つけられていないからそろそろ司令官から催促なりお小言なり、あるいは中止命令でも飛んでくるか、と思っていた矢先の司令部からの超光速通信で身構えてしまったが、蓋を開けてみれば終始気持ち悪いほどにこやかな司令官が旧式の戦艦を中心とした二線級戦力とはいえ一気に今の倍の兵力をポンとよこしてくるとは…欲を言えば1隻しかいない情報収集艦がもっとあった方が捜索範囲も広がっていいんだが、くれたものに文句をつけるのは軍人のやる事ではない。

 

『ありがとうございます司令官。ご期待に添えるよう更に捜索宙域の絞り込みを進めます。』

 

『そうかそうか。余り気張らずやってくれたまえ、ビュコック少佐。睡眠と適度な休息は健康のもとだからな、では。』

 

…なんだか嫌な予感がする。いつも私と喋る時は不機嫌か怒っているか、ネガティブな反応をする司令官が私の健康を気遣う…?

 

『おいウィドック、どう思う?あの司令官の態度を。何かいい事があったとは思えないが…』

 

ちょうど送られてきた編成表と追加の命令書とやらに目を通していたウィドックに問いかける。なんだ、やけに真剣な顔つきで…

 

『司令官が上機嫌、というかニヤニヤしてた原因はこれですよ。いや、向こうにしてみればこれは確かに上機嫌にもなりますよ。肩の荷を下ろせた上に、その荷物を丸ごと、あー…苦手な人に押し付けられるって事ですからね、いいですか、命令。捜索艦隊は前命令の通り、侵入の予想される帝国艦の捜索を全力を挙げて続行すること。また、我が軍に協力を申し出る義勇艦隊よりの不審船舶発見の通報は全て捜索艦隊に転送するため、その協力と情報を有効に活用し、義勇艦隊を危険に晒さぬよう考慮して行動すべし。…ですって。』

 

『義勇艦隊の通報…?そんなものにいちいち構っていたらそもそも怪しい宙域をしらみ潰しに捜索していく今の方針が崩れてしまうじゃないか!いくら使える艦が倍になったと言ったって、今のように3隻1組で動かしていたらどう考えても数が足りないぞ!』

 

『しかも手が混んでますね、まぁ色んな戦隊から引っ張ってきてると思ったら、見事に旧式も旧式な艦ばかりですよ。この3010所属のタイシャクなんかすごいですよ。フォルセティ会戦の武勲艦ですって。私より年上です。』

 

『…どうやら敬愛する我らが司令官閣下は面倒事を丸投げするのがお得意らしいな。こちらの意図とは関係なく勝手に動き回ってくれる義勇艦隊に、艦隊行動の邪魔になりかねない屑鉄戦隊を一纏めにしてプレゼントくれるって訳だ。ありがたくて涙が出そうだよ。知っていたが、それで、もしもレイダーと撃ち合って撃沈される艦が出る可能性とかいうものは考えていないのかな?しかし、命令された事は仕方ない。捜索隊の皆には大分負担を強いる事になるが、義勇艦隊の通報には1隻ずつ向かわせて、できるようなら3隻1組で運用するしかないかな。わざわざ"危険に晒さぬよう考慮して"なんて余計な一言をつけるのは通報を無視するなって事だろうし…最優先目標がレイダーの発見なんだか素人義勇艦隊のお守りなんだか分からなくなってきたなこれは。』

 

出撃した時はさっさと見つけて包囲してやればいいと思っていたんだが、そうもいかなくなってきた。限られた実力しかない戦力ではできる工夫も限られてくる。やはり工夫というのは必要に迫られてやるものではなくて余裕があるのをより良くしようとしてできるものなんじゃないだろうか…?

 

ーーーーー

同日 同盟首都星ハイネセン 

パトリック・アッテンボロー

 

『何をそんなにイラついているんです?フリートタイムズの記事がコケたからですか?それともまた義理の親父さんに痣を作られたから?』

 

『両方だ!両方!分かってるのにわざわざ言語化するんじゃない!いや、正確に言えば前者の方の比重が重いな。痣の方はもう慣れた。』

 

『まぁ3時間の突貫工事で書いたような短い記事でしたし、第一反響にならないものなんてこれまでにもあったじゃないですか。2ヶ月前の軍用レーションがカビてるって内部告発が実はバニラビーンズの見間違いだった奴とか。』

 

『ジェニングス!』

 

『はいなんでしょう?』

 

『お前、何で俺の失敗談とかの黒歴史とかに対してだけ謎の記憶力を発揮するんだ!?アレか?実は俺が親の仇だったりするのか?』

 

『いえ、そりゃあ先輩、あなたのファンだからですよ。でもなけりゃ締め切りまで3時間だ30分だなんて無茶振りする人の下についてないでさっさと転属願いでもなんでも出してます。』

 

『…世辞は好きじゃないが、今回は素直に受け取ってやろう。更に大サービスで不機嫌の理由も教えてやる。見ろ!ジャムシードの日刊紙だ!"帝国艦侵入の可能性により出航した義勇艦隊は…"なんてデカデカと書いてある。このネタを最初に嗅ぎつけたのは俺だぞ!それが本人の記事は与太話扱いされてて、それを膨らませた田舎もんの記事は艦隊を動かすまでになってるなんて…くそっ!ハイエナ共め!』

 

『仕方ないですよ。何たって向こうからしてみれば近所の事ですが、ハイネセン市民にとってはジャムシードの事なんか、名前すら知らない人だっているくらいでしょ?』

 

『…ジェニングス。お前今急ぎの仕事あるか。』

 

『そりゃあ山ほど、と言いたい所ですが、生憎月末誌の記事は書き終わって、週刊の方は今出してきたとこです。優秀なので。』

 

『よぉし!出張旅行だ!一度噛み付いた獲物を他人に攫われたままにしておくのは俺の趣味じゃない。お前も愛すべき後輩として俺がスクープを手にする瞬間の目撃者にしてやるからな!目的地はジャムシードだ!』

 

『出張と言ったって、先輩まだ昨日の国防委員会の議事録まとめ終わってないじゃないですか!締め切り明日ですよ。』

 

『ファンにとって1番の喜び…それは対象に喜んでもらう事だ。つまり…手伝ってくれ!後半部だけだから、な!』

 

続く

 

 

 

 

 

 




ヴィルヌーヴさん、軍人向いてないんじゃないですかね?大尉も別に悪いわけじゃないのに怒りをぶつけられて…ゾンタークスキントがあのままどこかで待ち伏せを続けていたらビュコックさんの事ですからもう見つけられていたかもしれません。危ない危ない…


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第三十一話 新たな命令

1日空いてしまいましたが続編になります。半年サボっているうちに、このスペースに何を書いていいのか忘れてしまいました。では、どうぞ。


帝国暦453年3月18日 ゾンタークスキント艦内 

フォン・オイレンブルク中佐

 

「うん、大丈夫だな。このポイントで間違いない。それにしても立派な連星だな。後はここで通信を待てばいいという事になっているが…大尉、どんなものだと思う?」

 

「そうですね、本来暴れるだけ暴れて弾薬その他が尽きたり鹵獲品がたまれば帰ってこいというレベルの任務でしたから、ここでわざわざ呼びつけて帰還命令を出す訳ではないと思います。任務の追加だとすると、この宙域の叛乱軍兵力を探ってこいとか、位しか思いつきませんね。まさか叛乱軍の首都星に突撃しろなんて事は言われないでしょうし。」

 

「そうだな、もしかしたら単独敵中にある我々に御嘉賞を賜るなんて事があるかとも考えていたが、わざわざ受信点を指定するような手の込みようだし、それもないかもしれんな。…あまり無茶な事を言われても限界というものがあるんだがなぁ。」

ゲストの人数も大分増えてきた事だし、もし危険な任務…大尉の言うような首都星への突撃程ではないにしても、叛乱軍を標的にしたゲリラ戦やらをする事になってしまったら困る。向こうとしては艦全体が敵だからいいようなものの、こちらとしてはなんだか"人間の盾"を使っているような気分になる。もし本当にそんなリスクの大きな命令が来るようになればSPUの人々をどうするか…

 

ーーーーー

 

 

「……!艦長!来ました!…随分と長い文章ですね。…モニターに出します。」

 

ほー、これは凄い。暗号化が3重になってるじゃないか。という事は御嘉賞なんて事は万に一つもないな。それにしても暗号解読作業というものは時代が進めど最終的には手作業だから面倒なんだが…

 

「印刷してくれ。どうやら私宛の様だ。自室で解読してくる。」

 

ーーーーー

 

Gが…aで、a12がHK…ゾンタークスキントだな、ここまで来ればあとは消化試合のようなものだ。…これは、なかなか…難しいことを言ってくれるものだな。過小評価されるのは嫌いだが過大評価も内容によっては頭痛の種だ。とにかく士官連中には知らせてやらなければ。

 

「全艦、こちらは艦長だ。士官・准士官は5分後までに全員会議室に集合する事。その他乗員は通常配置にて勤務を続行せよ。以上。」

 

ーーーーー

 

「よし、全員揃ったな。では今回、本国から送られてきた追加命令を読み上げる。まず、"諸般の事情及び戦況の変化により、ベイオウルフ作戦に一部変更を加える。で、次から本文だ。一、ゾンタークスキントは、作戦区域をフェザーン国境方面より変更し、より重要と思われる宙域へ移動、引き続き叛乱軍への通商破壊活動を遂行すべし。二、ゾンタークスキントの帰還時にはイゼルローン回廊を使用する事。また、その際には敵前線の補給網・通信網を撹乱若しくは遮断し、帝国主力の正面圧力を直接に減ずる事。三、これ以上の交信については危険性が大きいために基本的には行わない。よって、貴艦のイゼルローン回廊通過時の支援は行えないものとする。…以上だ。」

 

「あながち首都星への突撃と変わらない事になりそうですね、これは。」

 

「そうですか?フェザーン回廊だってあんな嵐にはあったものの無事通過できたんです。同じ回廊ですし、イゼルローンの方だってなんとかやれるんじゃないですか?」

 

「はぁー…少尉、フェザーン側は叛乱軍の方も油断していただろうし、第一展開している戦力の量も質も桁違いだぞ。それに回廊自体の長さだって軽く3倍は見ておいた方がいいな、その中を叛乱軍の注目をわざわざ集めながら突破せよというわけだ。艦にクリームを塗りたくってもスムーズにこなせるか怪しいとこだな。」

 

「クリーム?何の話です?」

 

「ジョークだ、ジョーク!…艦長、取り敢えずの方針はいかがしますか?」

 

「そうだな、大尉の指摘した通り、イゼルローン回廊の突破は非常な困難を有するものだ。そんな大事業を疲れ果てた乗組員にやらせるのも余り良い考えだとは思わない。訓練期間を合わせればもう全員5ヶ月も直接家族と会っていないからな。まだ今のところ戦果と敵中にただ一隻で潜行している興奮とで士気は保つことができてはいるが、だからといってあと1年も2年もこちら側にいた後で更に回廊突破を行うのは難しいのではないかと思う。…だから、回廊方面に徐々に近づいていく形で作戦を続けていき、聖霊降誕祭…6月半ばには突入体制を取れるようなスケジュールを組もうと考えている。少し前の海賊のビラの件以来音沙汰がないが、反乱軍のほうも規模は不明ながら我々を探しているようだし、宙域を変えるのも良いタイミングだろう。それにはまず新しい航路図を入手しなければならないが…」

 

「では次の目的地はこの星系にするのはどうでしょうか?SPUからの情報では長距離旅客便等の行動範囲の比較的広い船がよく使用するルートとのことです。もしそういった船を捕獲することができれば、ある程度広範囲、それこそイゼルローン回廊周辺の航路図の入手の可能性も出てくるのではないかと考えます。」

 

「分かった。大尉の提案を採用する。他に疑問点や意見具申のある者は?…よし、大丈夫なようだから今回は散会する。それから、もしかしたら回廊突破を不安に思う者も居るかもしれない。下士官・兵にはまだ宙域を移動するという事のみを伝えるように。」

 

「「「はい、艦長!!」」」

 

ー困難な任務?結構!私には素晴らしい艦と、帝国随一の部下たちがついている!やってできない人向けは一つだってない事をみせてやる。

 

ーーーーー

3月19日 帝国本土 軍務省の一室 ハンス・E・シュテファン大佐

 

「で、これが例の艦に送った命令文の原稿かね。全く、わざわざこんな場所まで足を運んだというのに失望したよ。なんだこの『より重要な宙域へ移動』というのは。それに最終目標が回廊突破だと?貴官はこんなぬるいもので叛乱軍の2個艦隊を引きつけられると本気で思っているのか?」

 

またもやアポも無しにいきなり訪ねてきだと思ったら早々に文句をつけ始めた。相変わらず貴族しぐさの教科書通りの見本を見せてくれる伯爵閣下だ。第一、失望したとか言っているが情報Ⅲ課は技術本部の使い走りではないし、この伯爵にベイオウルフ作戦に関する命令権はない。勝手に興味を持って首を突っ込んできて、責任もないのに文句を並べ立てているだけだ。そう考えると腹が立ってきたな。

 

「はい。いえ、伯爵閣下。私としましても、さすがに2個艦隊を引き付けられるような内容であるとは考えておりません。しかしながら、明確に彼らに必死行じみたことを命ずるのは…」

 

「わかっているのならばすぐに実行したまえ。前にも言ったように有人星系でも派手に襲撃させれば民主共和性などという劣った思想を奉ずる叛乱軍のことだ、それなりの反応は期待できるだろう。そもそも、くだんの要塞建設は皇帝陛下の信任厚く、私の友人でもあるリューデリッツ閣下の面子に関わる問題だ。商船を改造しただけのような木っ端軍艦の1隻くらいは捨て石にするようでなければいかん。」

 

「…ゾンタークスキントはその様な小型艦といえども、畏れ多くも!皇帝陛下の勅命によって行動し、全帝国軍艦艇の中で最も敵に近いともいえる独立部隊であります。いかな伯爵閣下といえども、彼らを『捨て石にする』というご発言は、陛下の御意に反する不見識なものではないかと拝察いたしますがいかに!」

 

「なにぃ!?平民風情が陛下の名を騙りおって!……もういい!貴様にはもう期待せんからな!」

 

そんな捨て台詞を吐いて伯爵閣下はまたもやこちらを振り返る事もなく出て行ってしまった。やはりああいう手合いの貴族にはそれより上の名前を出してやるのが特効薬ともいえる対応の仕方だ。…まぁこれで私の頭の上を飛び越えて勝手に命令を捩じ込む等というようなことはしなくなるだろう。常識で考えてみれば、イゼルローン回廊の単艦での突破だって必死任務と言ってもいいくらいの難しさだ。あんな啖呵を切ってはみたものの、実は私の方こそ御意に反するようなことをしているのかもしれないな…

 

続く

 

 

 

 




文中のイゼルローン回廊の話ですが、あの回廊は「イゼルローン要塞があるからイゼルローン回廊という」のか、「イゼルローン回廊にある要塞だからイゼルローン要塞という」のか分からなかったので、本文では要塞ができる前から「イゼルローン回廊」と呼ばれている事にしました。でもケンプ(提督の方)が「ガイエスブルク回廊、いや、ケンプ・ミュラー回廊かな?」とか言っているあたり、あの宙域の名前はそこにある建造物依存な気もします。その点、ご存じな方がいらっしゃれば修正いたします。


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第三十二話 放射能恐怖

お待たせしました。同盟軍側の動向がマンネリな気がするんですが、彼らも頑張ってはいるんです。今回、ちょっと話が前進します。では、どうぞ。


宇宙暦762年3月20日 午前9時20分 レイダー捜索隊 戦艦モンジュ艦内

A・ビュコック少佐

 

義勇艦隊からの通報を受けて分派していたイソタケルが戻ってきた。…戻ってきたと言う時点で成果はあげられなかったことが分かるが、一応回線を開く。

 

『どうだったウィドック?』

 

『ええ、今回も見事に空振りです。通報にあった"不審な光点"は隕石群に光が反射したもので…せめて見間違えるにしてもただの岩を船だと思ってしまうのはどうにかなりませんかね。』

 

『敵を探して特定するというのはプロの軍人でも難しいからな。艦型照合システムやレーダーも最低限のものしかないんじゃ仕方ないだろ。君だってレイダーを無害なフェザーン商船と見間違えた訳だし、他人の事は余りとやかく言えないんじゃないか?』

 

『それは確かに落ち度ですが、でも個人的にはまだ信じきれない部分があるんですよね。帝国軍に女性兵の制度がないはずなら、あの船に船長夫人が乗ってたのはおかしいじゃないですか。』

 

『…女装でもなんでもそれくらいの小細工はいくらでもやりようがあるさ。何にしても、第1小隊は次の捜索ポイントに移動だ。ウィドック少尉は次の通報に備えてイソタケルに残留すること。以上。』

 

それにしてもここの所、民間船の被害報告は2月末の小型船が通信を絶ったというものだけだ。被害が出ていないのは良いことだが、1、2月で10隻以上の船が消えたのに対して明らかにレイダーの活動は鈍化している。事故でも起こして勝手に沈んでしまったのか?それともまたフェザーン回廊を抜けて逃げ帰ったか?いや、それはない。あらゆる危険を犯してフェザーン回廊を抜けてきたのに、ビラの一枚程度で弱腰になるようでは意味がないだろう。ではなぜ…?

 

『少佐。いいかね。また義勇艦隊から通報だよ、しかも2つ同時だ。片方は"航路上に不審船発見、増援を求む"で、もう片方は…随分遠いが"船の残骸らしきものを見つけたから来てくれ"だとさ。またイソタケルを分派しなくちゃならんな。で、本艦はどっちに行く?』

 

『ありがとうございます艦長。…どちらかといえば残骸の方が個人的には気になりますね。通報したのは… プルクワ・パ?ですか。この船は誤報にしてもとんでもない見間違いが少ない印象ですし、無いに等しいかも知れませんが、可能性がありそうな方に戦闘力の高い本艦が行った方が良いのではないかと思います。』

 

『よし分かった。ではイソタケルの方には不審船とやらの方に行ってもらうとしようか。会員2号の少尉くんもいる事だし、もし向こうが本命だったらすぐ分かるだろう。では君は休んでいたまえ。通報点に近くなったらまた呼ぶからな。そうだ、イソタケルとの中継ブイの周波数はまだ合わせてあるから自由に使ってもいいぞ。リアルタイム通信とはいかないが作戦会議位には使えるだろ。では、な!』

 

…モンジュの艦長はある意味貧乏くじを引かされ続けている訳なのに不平の一つも言わない。ここのところの唯一の救いはあの艦長と一緒に仕事が出来ることかな。

 

ーーーーー

帝国暦453年 3月20日午前8時 ゾンダークスキント艦内

フォン・オイレンブルク中佐

 

「別にあり得ないルートでもないからな。商船がいたって不思議ではないが、それにしても妙な動きだな…何をやってるんだあいつは?」

 

次なる待ち伏せ地点への移動中、逆探に反応があったので確認しにきてみたら、妙な動きの商船を発見した。少し進んではぐるりと周り、また少し進んでは周りを繰り返している。

 

「まだ向こうにはこちらは見えていないはずですから回避運動ではありませんね。掃宙艦なんかはああやって面制圧しますが他に僚船は見当たりません…船外作業員の救助活動中ですかね?」

 

「それなら救助活動灯がついてるはずだろう…何か船腹に書いてあるな、ラ、ラワ…ラワルピンディ…船名かな。会社名や船籍番号はなし。久方ぶりの獲物とするかどうか…」

 

「そうだ、測量船なんかこういう動きをよくしませんか?だとすれば1隻だけでこんな辺鄙な所にいるのも説明がつくと思いますが。」

 

「測量船か、それならレーダー波を出していた説明もつくな。…よし。襲撃する。総員戦闘配置、ジャミングは向こうがレーダー波を出している関係上、標的からのアクションがない限り使用しない。速力4分の3!」

 

ーーーーー

 

「艦長、そろそろ向こうの視認範囲内に入ります。標的の動きは変わらず。並航戦にしますか?」

 

「そうだな。面舵20、下げ舵10!」

 

「面舵20、下げ舵10了k」

 

「!緊急!標的より電波発信あり!」

 

「…!内容は分かるか!?」

 

「はっ、発信軸方向がずれていて、内容は不明です。発信の短さからして定時報告の類かも知れませんが…」

 

「いや、分からんぞ。今、9時14分だな。キリのいい時間じゃない。…怪しまれても構わん!機関最大戦速、ジャミング開始!砲術どうか!?」

 

「主砲1、2番ともエネルギー充填率正常。側砲も充電及び装填完了。いつでもどうぞ!」

 

と、向こうの船から通信が入る

 

『おい!こち…接近…船!我々はジャムシー…義勇…ラワル…ンディだ!船名と…の内容、目的地を説…しろ!くそっ!なん…調子が悪…ぞ!』

 

ジャミングの影響で標的からの通信は途切れ途切れの状態だ。これでは長距離通信は絶望的だろう。それにしても義勇…なんとか、か。我々を探しているのは叛乱軍だけではなかったと言うわけだ。まぁ帝国内にだって貴族の私兵という名のそれなりの軍事組織はあるから、そういうのがいる事自体は不思議でもなんでもないが、これは穏便に済ます事はできなさそうだ。作戦開始以来初めての撃ち合いになるかもしれない。

 

『聞こ…いるのか!?船を…めろ!こちら…武装…るぞ!撃つぞ!』

 

とりあえず無視の方向でいこう。…よく見れば船橋らしき場所の側面に異質な箱状のものが貼り付けられているようにみえる。まさかアレが武装という奴か?撃つにしてもあの取り付け方ではせいぜい射界は前方120度といった所だ。右側背から接近中の我々は射界外…ん?

俄にその箱から白煙が上がり、赤熱した飛翔体が射出されたのが見えた。だがそれらは向かうべき標的を見つけられずあらぬ方向へと飛び去っていく。

 

「…射界も間合いも分かっておらんのか、とんだ義勇軍だな。しかし、撃たれたからには我々は戦闘状態だ!側面偽装板開け!それから、例の脅かしも試してみようじゃないか。」

 

『ご機嫌よう、義勇軍の方々!我々は帝国巡航艦だ!諸君らは今の軽率な敵対行動によって撃沈対象となった!騎士道精神の持ち主として降伏の機会を与えるがいかに!?』

 

少し芝居がかりすぎた気がしないでもないが、本格的戦闘に際して艦橋メンバーだけでも余裕がある事を見せるのは指揮官の仕事の一つでもある。

 

『帝…!?冗談じゃ…!!回頭!おも…いや…!ごくつぶし…配置に…け!』

 

こっちに聞かせるつもりがないような驚愕と恐怖の喧騒がジャミングされた通信回線に乗って入ってくる。どうやらミサイルが弾切れらしいとか、他の舟に連絡を試しているようで、降伏なんて事は頭にないらしい。では、劇場の開演だ。

 

『残念だが時間切れだ!全艦対ショック姿勢!レーザー水爆ミサイル発射用意!!』

 

もちろんそんな高価なものはゾンタークスキントには積んでいない。第一、こんな近距離で下手すれば十数隻が消滅しかねない加害範囲をもつ兵器を使えば対象と一緒にめでたく心中だ。冷静になって考えてみればわかる事だろうが、そんな隙を与えずに次の手を打つ。

 

「よし!紅の場合!」

 

言うが早いか、艦側面から大量の光と煙が噴き出す。いつか騙し討ちに使った火災偽装設備の出力をちょっといじってやれば、こんな具合に目眩しと煙幕の完成だ。向こうから見たらさぞ巨大な兵器が射出されつつあるように見える事だろう。

 

『水ば…!わ、分かっ…!降伏す…!やめてく…!頼…から核は…や…てくれ!』

 

そんな悲壮な叫びと共に船橋の窓や商船らしく側面に等間隔で設けられた舷窓からハンカチ、ナプキン、タオルに下着のようなものまで、白い布状のものを総動員して振っているのが見えた。流石に義勇軍とはいえ、宇宙船乗りなら誰でも知っている放射能への恐怖に心を折られたようだ。なんにしろ手足は義手・義足でなんとかならない事はないが、放射能に関してはそうもいかない。

 

「艦長、降伏の意思を示しているとはいえ、向こうは曲がりなりにも武装集団です。接舷は更なる威圧とこちらの安全のため、左舷のヒートシリンダーで行おうと思いますが。」

 

「よし、十分に気をつけてな。武装解除は慎重を期すこと。」

 

「かしこまりました。では行ってまいります!」

 

これから更に一悶着、なんて事がない事を願うが…それに襲撃直前の電波発信も気になる。早めに事情聴取を済ませなければ。

 

続く




色々あります。裏設定とか。
まず、モンジュが向かった方の通報をした船、アレは「プルクワ・パ?」が船名です。ビュコック少佐が聞き返してる訳ではなく、?まで入って正式名称です。フランスにほんとにいるお船でして、面白い名前だったんで出しました。
次に通信の話ですが、イソタケルは旧式なので超光速通信(以下FTL)設備がないって設定をつけました。でもそれだと他の艦隊とか、分派された時の連絡が難しいと思ったので、「中継ブイ」なるものを使用して、超光速とはいかずとも光速にまぁ近いんじゃないか位の速さで通信可能ってことにしました。義勇艦隊の他の艦もそんな感じで、タイムラグがありながらも通報ができるようになってます。あと映像とか音声とかは送れずに送れるのは文書だけとかいう縛りもあります。この辺独自設定であります。
えー、あとは…放射能恐怖について、ヴェスターラント核攻撃は確かに民間人を虐殺したという側面がありますが、貴族側陣営をひっくり返す程の衝撃を与えたのは、「核兵器」というものが遺伝子に刷り込まれるレベルの恐怖と暴虐の対象だからじゃないかと思うんです。だから、よほど銀英伝に出てくる人達は今の人類より核に対するマイナスイメージがすごいんじゃないかと思って書きました。こんなものですかね。
感想やご指摘など、引き続きお待ちしております。


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第三十三話 証拠隠滅

セーフってことにしてほしいメーメルです。最近寒いですが、体に気をつけてお過ごしください。では、どうぞ。


帝国暦462年3月20日 武装商船ラワルピンディ船内

フォン・バウディッシン中尉

 

『出てこい!これ以上手こずらせるようなら強行突入するぞ!』

 

降伏した義勇軍とやらの船内に突入し、艦橋や機関室などの運航上の重要部を制圧した所までは良かったものの、船長が自室に閉じこもったまま出てこなくなってしまった。このまま自殺でもされたら後味が悪くて仕方ないし、かといってこのまま放っておく訳にはいかない。まだゾンタークスキントはジャミングを続行中だし、船橋を制圧した時に環境保持電源以外は切ってあるから救難信号も出せないはずだが…埒が開かんな。

 

「よし、突入だ。軍曹、どうだ?」

 

赤外線探知装置を扉に向けて構えていた軍曹に問いかける。

 

「…特にブービートラップの類は仕掛けられていないようですし、材質も特別頑丈なものではありません。爆弾で吹き飛ばさなくても、トマホークで十分やれます。」

 

「そうか、分かった。『おい!聞こえるか!これから扉を破るからな!怪我をしたくなかったら離れていろ!』」

 

またもや返答がない。仕方がないので軍曹と2人でトマホークを振り下ろす。一撃で空いた穴を起点にして扉を開け、船長室に踏み込んでみると部屋の主は隅に張り付いていた。

 

『…なにか武器を持っているのならすぐにこちらに投げてもらおう。言っておくがこの装甲服は君達が携行するような護身用火器ぐらいでは傷ひとつつかないようになっているからな。』

 

『帝国人は身支度をする暇も与えないほど堪え性のない奴らばかりなのか?紳士には紳士なりのやり方というものがあるんだ。それくらいの事は察して動いたらどうなんだね。部屋の扉もこんなにバラバラにしてくれて!』

 

…身支度をしていたと言う割には襟元は乱れているし、鞄の1つも用意できていないようだが、まぁその辺りの話は移送した後でも聞ける。

 

『では船長、貴方は本艦に移乗していただく。軍曹、ではこの紳士を丁重にご案内して差し上げろ。』

 

軍曹に連れられてやけに反抗的な船長は出ていった。机の上に目をやると、個人用端末の画面が割られている。どうせこんな事だろうと思った。見たところ軍用ではないし、キラーデバイスのようなものもついていない。短い立て篭もりの間でできる限り情報を消そうと試みたんだろうが、そう考えるとこれまでにない中々厄介なゲストになりそうだ。とにかく面倒な事は済んだから爆破に掛からなければならないが、こういう時危険物を積んでる船は楽でいいな…。

 

ーーーーー

 

暫く後 ゾンタークスキント艦内 艦長室

フォン・オイレンブルク中佐

 

『ではフェルト船長、あの電波の発信はあくまで現在標準時確認の為に行ったもので、他船との通信を試みたものではないと言うんですね?』

 

『ええ、もちろん。宇宙船乗りならあんたも分かるでしょう。変わり映えのしない空間に景色、自分が眠いのかどうかさえも分からない。そんな時にふと正確な時間を知りたくなる時があるって事位は。』

 

『そうですか。…では次に、突入隊から聞いた事ですが、貴方の部屋の個人用端末が破壊されていたとか。やはりあまり我々には見せたくないものがありましたか。』

 

『そりゃ人間、誰しも他人に、特にあんな衝撃的な出会い方をしたようなのに見られたくない情報はあるでしょうな。帝国にはないかもしれないが、こっちには同盟憲章というものがあってね。個人情報は秘匿されるべきものだと決められているんだよ。』

 

『…はい、では最後に貴方達は義勇艦隊とのことですが、やはり目的は我々の捕捉撃滅に有ると言う事で?』

 

『あぁもちろんそうだとも!自分の身は自分達で守る。今回はこうして不覚にも囚われの身となったが、あんたがたが正面から堂々と向かってくれば立場は逆転していただろうな。』

 

『ちなみにその我々を探してくれている船の総数だったりは教えてくれたりはできませんかね、教えてくれるようなら…親切に報いると言う訳で、それなりの贈り物をする用意がありますが。』

 

『そうだな、本当ならナッツとでも言ってやりたい所だが、あのドクロ男の丁寧な態度に免じて教えてやろうか。…我々が出発した時点で350隻はいたな。それから後続も来ると言っていたから今頃はもっと増えてる事だろう。早く我々を解放して降伏した方が身のためだと心から忠告するよ。』

 

『350!それはすごいですな。ではこれで事情聴取は終わりです。先程も説明しましたが、この冊子に当艦の立ち入り禁止エリアなどが載っていますからそこには入らないように。えー、それから先客がそれなりの人数いましてね、彼らも同じ同盟人ですからこの機会に知己を得ておくのもいいと思いますよ。』

 

「艦長!宜しいですか、少しお耳に入れておきたい事が。」

 

やってきたのは捕獲艦のデータ分析を任せていたシュタールスだ。

 

「分かった。『ではフェルト船長、外にいる兵が部屋まで案内するのでどうぞ。』」

 

ーーーーー

ゾンダークスキント艦内 艦橋

 

「復元したデータですが、あの電波発信はやはり叛乱軍へ向けた通報だったようです。幸いにも超光速通信ではありませんでしたが、内容は『不審船を見つけたから増援を求む』となっています。それに、義勇艦隊とやらの隻数はリストには35隻しか載っていません。」

 

「やはり時間確認云々は出まかせか。それにしても10倍とは随分大胆にサバを読んでくれたものだ。どちらにしろ、爆破作業を急がせて正解だったな。後どれくらいで終わる?」

 

「はっ、バウディッシン中尉によれば、作業自体はあと5分もすれば完了するとの事です。人員は合わせて36名、鹵獲品のエネルギーと食糧の移送は既に終わっていますので問題ありません。あとは…」

 

「通報を受信した叛乱軍の増援とやらの到着時刻だな。…1番近い位置にいるのはこいつらか。SCL-1344とSBB-445、どちらが全速で向かってきたとしても3時間はかかるな。…そうだ、せっかくだから置き土産をしていってやろうか。」

 

「しかし、もう機雷は残っていませんよ。向こうの船が積んでいたのも通常噴射型の近距離ミサイルだけでしたし…」

 

「置き土産と言ってもそんな直接的なものは置いていかないさ。言うなれば我々がより遠くへ逃れるための時間稼ぎだ。…計算してみよう。あー、発信時刻が0914だな。すると、向こうに届くのが我々の使ってるような小艦隊用通信機と同じような性能だとして、早く見積もって5〜6分か。で、巡航速度が大体この位…すると到着は6時間半後だな。」

 

「なるほど、時限爆弾ですか。」

 

「ご名答。到着した宙域に船の残骸があるより、通信を試みても応えない船が急に爆発した方が向こうのショックも大きいだろう。少し遅らせれば調査しに乗り込んできたのを巻き込めるかも…いや、解除されたら厄介だから時間は丁度にしておこうか。」

 

「了解しました、ではバウディッシン中尉に伝達します。それから、フェルト氏の事ですが、こうしてすぐに虚偽の証言が露見したとはいえ、我々に対して降伏後に害意ある行動をとった事に間違いはありません。船倉に監禁するまでは行かないにしても、監視の必要があると考えますが。」

 

「うーん…これまでが協力的な人達ばかりだった事だし、SPUとの心理的距離を考えてもあまりそう言う事はしたくないんだが…セネット氏のような買収も効かなそうだったからな、致し方あるまい。ただし、やる時は出来るだけ目立たないようにな。とにかく何か行動を起こすまでは静観でいこう。」

 

「かしこまりました。他にはなにか?」

 

「…特になし、艦長位置は艦長室、終わり!」

 

それにしてもSCL-1344…どこかで見たんだが聞いたんだがするような気がする番号だな…何だったかな…?




最後の艦長のセリフ、「艦長位置は艦長室!」って奴はこの前みた岡本喜八監督作品の台詞であったり、陣中日誌なんかに「連隊長位置は〇〇」みたいにあったので、軍隊仕草っぽくていいなーと思って入れました。海軍…と言うか船乗りが同じ様に言うかどうかふめいですし、なんなら前の方の話で艦長をだれかが探してた描写があったりしますが…その時はきっと艦長がいい忘れたか、誰かが忘れちゃったんでしょう。…


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第三十四話 相談

やっぱり夜勤が続くとこう言う時間になってしまいます。申し訳ありません。では、どうぞ。


宇宙暦762年3月21日 レイダー捜索隊 戦艦モンジュ艦内

A・ビュコック少佐

 

『死体がない?1人分もか?』

 

『1人分どころじゃありません。欠片も見当たりませんでした。まるで乗員だけ蒸発してしまったみたいに…』

 

『妙だな…通信は切れていたんだったな?』

 

『はい。ラワルピンディを見つけて、その時点から何か変だとは思っていたんです。機関は停止していましたし、船橋に灯りは点いていましたが人影が見えなかったので、艦長と移乗シャトルを送ろうって話をしている時に急に爆発したんです。その後は機関にまで爆風が回ったのか一気にバラバラに。』

 

『そうか。ヴィドック、君は…私がこれがレイダーの仕業じゃないかと言ったらどう思う?』

 

『そうですね…五次元解析にもそれらしいものはありませんでしたし、レイダーは一応帝国軍です。通報を検知した段階、いやそれ以前にラワルピンディは武装していますから撃沈されていても不思議でもなんでもありません。わざわざ船を残しておいて、時限爆弾を仕掛けておくなんてまどろっこしい事をしていくものですかね。』

 

『それはそうだが、現にこうして我々は謎の爆発の調査のために足止めを食っているわけであるし、それがレイダーの狙いであるとすれば目論みは大成功だ。今頃やつは数光年の彼方って寸法だからな。更に言うなら死体がないって言うのも共通点だ。あのフィスカスもそうだっただろ?』

 

『そういえばそうでしたが…アレは爆発から時間が経ってましたし、積荷も機雷だったために見つからなかったって事になったじゃありませんか。同乗させていた曹長の殉職も認定済みですし。』

 

『確かにそうだが、考えてみれば妙な話だ。船の残骸は見つかった、レイダーがいる事を示したあの通信衛星もだ。それなのにそれには血痕1つなかったんだぞ?』

 

『では、レイダーは船を沈めるだけに飽き足らず、船員の拉致までやってると言うんですか?まさか目的は奴隷狩りなんて事はありませんよね。あの優しそうな人に限ってそんな時代遅れな…』

 

『奴隷狩りとまでは行かずとも、物流や兵站を無力化させるにあたって最も重要な事はマンパワーをすり潰す事だ。いくら高性能な輸送船があった所でそれを効率的に運用できるプロがいなければどうしようもないからな。その点では商船員の拉致というのは最適解ですらある…が、それを追いかけてる我々からすると困るな。』

 

『人間の盾を使われているも同然ですからね。もしレイダーを見つけたとしても、撃沈のみを目的として撃つわけにはいかなくなりますか。』

 

『しかしそれでこちらが不利になるのも避けたい所だしな。解決策としてはレイダーが抵抗を諦めるくらいの包囲網を敷いて、降伏を促す事位か?』

 

…考えようによっては、これまで行方不明になった商船の乗組員がまだ生きている可能性が出てきたというのは不幸中の幸いとも言える発見かも知れない。とりあえずやるべき事は戦略の根本である戦力集中だ。今回のラワルピンディの件で、レイダーは義勇艦隊にいるようなにわか作りの武装商船くらいなら1対1で降伏させられるレベルの実力があると言う事だから、彼らにはせめて2隻組の集団行動を取らせるとして、捜索隊もラワルピンディ遭難点を中心に配備し直さなければ…

 

ーーーーー

同日 ゾンタークスキント艦内

フォン・フランツィウス大尉

 

「…身体を洗う場所。3文字。」

 

「風呂場…!」

 

「またやってるのか?よくこんな長い時間持つものだな。一体何冊持ち込んだんだ?」

 

士官食堂に来てみたら、ツァーンとクンツェが透明な液体の入った瓶を挟んでクロスワードをやっていた。無論瓶の中身はただの水ではない。ツァーンの言うところの"こちら側の井戸水"だ。それにしてもこいつ時間のある時はいつも呑んでいる気がする。

 

「いや、これはSPUが作った奴の帝国語版です。中尉が貰ってきたのをやらせて貰ってるんですが、語彙は簡単なものながら中々考えられてると言うか、面白いものもありましてね。えー…これなんかいいですよ。初恋の人。」

 

「…誰のだ?」

 

「ただ、初恋の人です。6文字ですね。」

 

「こちら側の人気女優の知識なんてないぞ。もっと帝国人にも分かりやすい問題にしてくれ。」

 

「いや、これは全宇宙共通の事だと思いますがね、ヒントを出すと、前から3文字目は"T"でクロスしてます。」

 

「Tで初恋…?ああ!母親(mutter)か!」

 

「正解!で、5枠が埋まって解答は…S、O、ゾンタークスキント、ですね!ふー、それで、大尉殿は昼食休憩ですか?」

 

「まだ10時だぞ、全く頭にあるのは食う事と呑む事だけか。今我々は敵に追い回されてる最中なんだぞ?そもそもそんな時によくその"井戸水"が喉を通るものだな。」

 

「いや、これは…男子は3日会わなかったら大変だみたいな格言があるじゃないですか。だから大変な事にならないように、予防措置を取ってる訳です。それに私だって艦の事を考えているんですよ?」

 

「その格言は意味を誤解している気がするが、まぁいい。で、少尉の考える本艦の為になる事とは?」

 

「今日もその相談をSPU名誉顧問たる中尉としていた訳です。それでですね、Sマルクの市場価値?とやらが目減りしていくと困るわけです。特に学生連中が増えてから酒その他の嗜好品が出ていくペースが上がってまして…」

 

「本当か中尉?酔っ払いの言い訳に付き合わなくてもいいんだぞ?」

 

「いいえ!それについ、ついては本当であります!大尉殿!小官が!少尉に!SPUの些事について!専門家たる少尉にぃ!相談を!持ちかけたのでありまぁす!」

 

と、クンツェは席から立ち上がって立派な敬礼をしてみせる。どうやら酔っ払い具合ではこっちの方が重症らしい。さっきから黙っていたのはこのせいか。

 

「分かった分かった、で、何をアドバイスしてたんだ?」

 

「いや、中尉が今後嗜好品の減少を考えて、強い酒なんかに関しては少し薄めた形での支給に変更したらどうかって言うものですから、自分は嗜好品管理担当としては反対の立場を表明して、中尉は中尉で水で割るくらい大丈夫だなんて言いますんで、じゃあって事で水で割ったのとストレートの飲み比べをして貰ったらこんな事に。」

 

「それで落ち着くまでクロスワードで遊んでたって訳か。で、反対の理由はなんなんだ?理由によっては結局呑むことを考えてたって事になるが。」

 

「これでも考えてるんですよ。伊達に艦長副官を拝命してません。真面目な話、誰か教科書に載っているような人が言った言葉ですが、悪貨は良貨を駆逐するって事です。歴史を紐解けば金貨の金含有率は経済に様々な影響を与えてますからね、ゾンタークスキントではそれが瓶の中に占めるアルコールの含有率になる訳だと思うわけですよ。」

 

「…そんなものかね。SPUの連中に関してはアルコールの含有率が減った所で別に不満はないんじゃないかと思うがね。」

 

「別にSPUだけの事でもありませんよ。艦内には私を含めてですが、こいつらを娯楽として信仰している者が相当量います。もし彼らに本物を渡してSPUには水割りとか、若しくは逆の事になれば余計な亀裂の発生を招きかねないですし、そう言う点から考えても、嗜好品の質の低下は個人的には阻止したい訳です。まだ在庫がカツカツになりつつあると言う話でもありませんしね。」

 

「…これは脱帽だな。すまん。はっきり言ってみくびっていたよ、そう聞くとやはり私も少尉派閥に味方せざるを得ないな。」

 

「そうですか!では大尉殿も一献。」

 

「アホか。私はまだ当直任務中だし、朝から呑むような趣味はないぞ!」

 

やはりツァーンは理由を色々考えつくだけで、最終的には呑む事しか考えていないんじゃないかと思うが…色々考えた過程の中に有用なものが有ればそれでもいいのかな…?

 




軍艦内での飲酒についてですが、ベルゲングリューンも初登場時、一本+結構な量をあけてますし、ゾンタークスキントでもOKって事にしました。ツァーンももちろんところ構わず呑んじゃうような不良ではないですし。

ここからは謝罪なんですが、読み直すと誰が誰の事をなんと呼んでいるかがバラバラなので、修正していこうと思います。基本的には
ゾンタークスキントメンバーは艦長の事を「艦長、艦長殿」と呼び、装甲擲弾兵関係者は「中佐殿」と呼びます。


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第三十五話 八艘飛び?

お待たせしました。また戦闘シーンのない第35話です。ていうか戦闘シーンある話の方が少数派ですね。では、どうぞ。


帝国暦453年3月22日 ゾンダークスキント艦内

フォン・オイレンブルク中佐

 

そうだ、思い出した。何か頭の片隅に引っかかるものがあった気がしていたんだ。SCL-1344…回廊を出た後すぐに臨検してきたあの巡航艦の側面に書いてあった番号だ。つまり、今我々はあのツァーンに顔を赤くしていた若造に追い回されていると言う訳だ。面白い因果があったものだが…ただ面白がっている訳にもいかない。写真を撮られたかどうかは分からないが、言ってみれば既に我々の面が割れているも同然という事だ。これは早いとこ狩場を移した方が良さそうだな。

 

ーーーーー

同日 ゾンタークスキント艦橋

 

「参ったなこれは…」

 

「はい、大分難しい宙域です。この辺りからは航行不能帯がずっと伸びてきていまして、ここにはブラックホールが確認されています。凄い、シュヴァルツシルト半径が7kmですから、危険半径は3300光秒程ありますね。かなり大規模と言っていいでしょう。」

 

「それで、安全な通行可能帯はこの首都星行きルートと…回廊状のが3ヶ所か。」

 

「はい。最短でこの辺りから離脱するにはこの方面へ向けての突破が時間的には最も早いんですが、やはりこう言った狭隘な場所には敵部隊も蓋をする形で配置されていると考えられます。そこで、このブラックホールを迂回する航路をとって行く事になるかと。所要時間はワープをフル活用しても大分かかる計算ですが、やはり敵から発見されない様に動くとなると致し方ないかと。」

 

「そうか…これは?マルドゥク星系とあるが。」

 

「はい、どうやらその星系の…第5惑星ですね。アサルアリムと言う名前らしいですが、そこに小規模ながら開拓地があるらしく。」

 

「人が住んでいると言う事は当然なんらかの警備やら監視やらする部隊がついていると言う訳か。うーん…いや…ここを抜ける事が出来れば時間的には真っ直ぐ行くのとそう変わらないな?」

 

「少しずれるだけですから…しかし、有人惑星のすぐそばを抜けるのはいささか、いやかなり危険ではありませんか?小官としては迂回してでも敵に接触されない事を優先すべきであると…」

 

「この星系の詳細データあるか?ちょっと画面に出してくれ。」

 

「艦長!」

 

「まぁ待て。…やはりあるじゃないか。しかも都合よく楕円形軌道だし、速度も遅すぎない。見てみろ大尉。」

 

「彗星群…ですか。」

 

「ああ、この軌道ならこの星系外縁部ギリギリで彗星に潜り込む事ができる。それでその中のどれでもいいが彗星にアンカーを打ち込み、更に進んで別の彗星軌道上にワープする。これを繰り返していけば、後は彗星が反対側の外縁部まで連れていってくれると言う作戦だ。レーダーに映るのは彗星の影だし、機関を落とせばエネルギー探知も最小限に抑えられるはずだ。言ってみれば彗星という宇宙の潮流に流されるがままにしていれば手間要らずでエネルギーの節約も可能、更に敵の目を欺いて新天地へ進出できる!一石二鳥どころではないぞ、どうだ大尉?」

 

「…しかし、目標は移動しています。ワープジャンプのタイミングが少しでもずれたらアンカーを打ち込む暇もなく彗星に押し潰される可能性もありますが。」

 

「謙遜は美徳ではあるが、それで可能性を狭めてしまっては元も子もないぞ。それについては我が艦の航海長たる君は最精鋭だ。計算と伝達さえ上手くいけば大丈夫さ。乗り継ぎ感覚で上手く調整してくれたまえ。」

 

「かしこまりました。ではワープポイントの計算に入ります。」

 

「頼むぞ。よし、では取るべき航路は決まった!目標はマルドゥク星系!」

 

叛乱軍がいくら血眼で我々を探しているとはいえ、まさか有人惑星の横をコバンザメよろしく彗星に隠れて抜けようとしているとは思う奴はいないだろうし、もしいたとしても、常識的に考えれば大尉の言う通り迂回して行くのが確実だ。そんな奴はまず変人扱いされて終わりだ。が、こうやってうまいこと敵の目を欺く奇策を弄するのも指揮官の器量を測る物差しの一つだ。実行に関しては部下を信頼し、あとはただ見ていればいい…。

 

ーーーーー

 

「アンカー打ち込みました。艦体制御正常、主機落とします。」

ここまでは上手くいっている。既に3回ほど彗星を乗り継いでいるが、どれも微調整もいらないくらいの位置につける事ができた。さすが大尉だ。

 

「よし、ここからが正念場だぞ。1番例のアサルアリムに近づくルートだ。艦橋赤色灯、全艦灯火管制。監視は逆探と目視のみで行う。」

 

今張り付いている彗星の向こう側に大量の監視の目があると思うと否が応にも緊張する。大丈夫、いくら高性能な宇宙望遠鏡を使ったとしても彗星の裏側まで見通す事はできない。このままあと8時間、息を殺して通過出来れば後はもう新天地だ。

 

「左舷に小型の艦影!距離、およそ8000。哨戒艇らしい…当艦と並走中。」

 

「大丈夫、何もするな。レーダー波を出していないという事はこちらを見つけるつもりは無いはずだ。…くそっ、彗星なんてじっくり眺めるものでもないだろうに…さっさと行ってくれよ…」

 

「哨戒艇、徐々に近づく!」

 

「艦長、発見されれば敵が集まってきます!哨戒艇の1隻位なら、一撃で沈めて見せます。射撃許可を!」

 

「いや、まだだ。まだ待つんだ。大丈夫、こんな場所の警備部隊なんぞ、本気で仕事なんかしちゃいない。待つんだ…」

 

「!哨戒艇、針路を変更!当艦の後ろに回ります。…視界外に出ました。追跡行動らしきものはありません。逆探も反応なし。」

 

全く心臓に悪い事この上ない。哨戒艇レベルの船をここまで怖がらなくてはならないとは、本当にネズミにでもなった気分だ。一応巡航艦なんだがな…

 

「艦長、宜しいですか。ご報告したい事が。」

 

「どうした、大尉。今哨戒艇はこちらを見つけられずに離れていった所だ。暫くは安心できるぞ。」

 

「いえ、それが…フェルト氏の姿が先程の灯火管制中から見当たらないのであります。キャビンにも、娯楽室にも見当たりません。監視の兵の手抜かりがあったようです。申し訳ありません。」

 

「…そうか。他のSPUの連中は?」

 

「はい、バクスター氏をはじめ、主要メンバーの位置は把握しています。」

 

「艦内放送…いや、5歳児の迷子じゃあるまいし、そんな事で出てくるようなタマではないな。とりあえず脱出シャトルはロックしてあるから脱走なんて言う事態は心配しなくて良いとして…何か危険物に類するような物は持たせていないな?」

 

「それに関しては問題ありません。移送時の身体検査でも武器は発見されませんでしたし、その後もそのような物を入手できるような場所には近づいていません。どうやら他のSPUのメンバーとも距離を置いているようですから、そこから流れる可能性もないでしょう。」

 

「では、直接的な害を与えられる可能性は薄いな…しかし…一応敵中突破の身の上だ。あまり艦内をフラフラされても困るな。よし、今非番の乗組員を招集してフェルト氏の捜索を行わせよう。立ち入り禁止区域に潜り込まれる前に見つけるようにな。それから、捜索隊には銃は持たせるな。万が一奪われては困る。」

 

「かしこまりました。ではすぐに捜索隊を組織します。」

 

ーーーーー

 

暫く後、艦長室

 

捜索隊が艦内に散った後、フェルト氏は機関室へ続く通路であっさりと発見された。一応立ち入り禁止エリアには入っていなかったが…

 

『いや、心配しましたよフェルトさん。なぜあんな場所にいたんです?あの先は立ち入り禁止ですが。』

 

『それはどうも。この艦は広い上に無駄に入り組んでいるから迷ってしまったんだ。別にあんな仰々しく探してくれなくとも1人で暫くすれば自室に戻れたんだがな。』

 

『そうならない為に艦内図を渡しておいたはずですが?』

 

『紙切れと睨めっこしながら散歩するのは嫌いな性分でね。』

 

『いいですか、最初にも言いましたが本艦は軍艦です。私の指示に従わず、以降も勝手な行動を取られるようなら貴方を軟禁する権限もある事をお忘れなきよう。』

 

『そうかね。ではせいぜい気をつけるとしよう。…もう自室に戻ってもいいかね?読みかけの本がいい所なんだ。』

 

…別にこの時点で軟禁してしまってもいいんだが、どうせなら現行犯の方がSPUの方の心象もいいだろう。何にしろ、何か事件を起こせない様に監視は続行させる事になりそうだ。

 

続く




最初は彗星に隠れてそのまま突破の予定だったんですが、素人ながら調べてみたら彗星って遅いんですね。一つの星系の突破に100万時間なんてかけられませんから本文中にあるように彗星版八艘飛びみたいな事になりました。
宇宙については全く知らないのでこうなってしまいました…。
追記 1741、同盟語を『』に修正しました


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第三十六話 船団計画

お気に入りが150件に復活しました。ありがたき幸せでございます。では、どうぞ!


宇宙暦762年3月22日 レイダー捜索隊 戦艦モンジュ艦内

A・ビュコック少佐

 

『うん、分かった。その船団の件については私の権限で進めよう。しかし、君は軍の統制をもう少し学んだ方がいいと思うぞ。私は気にしないが、一介の少佐が基地司令官と国境艦隊司令部を丸ごとすっ飛ばしてハイネセンまで話を捻じ込むのは上司の機嫌を損ねるんじゃないかね。』

 

モニターの先で私の成績考課の心配をしてくれているのはタン少将、後方勤務本部の高級参事官だ。

 

『お気遣い痛み入ります。しかし、私としましては軍の統制から外れた行動をとっているとは考えていません。司令官は"レイダーの件についてはビュコック少佐に任せる"と言ってくれましたから、私としてはレイダーに関する事ならば自分の全力を尽くすべきであると心得ています。』

 

『ものは言いようだな、面白いが、だからと言ってまさか今頃になってシャー・アッバスの伝手を使ってくるとはね。懐かしいな、弾切れになって膝を抱えてた19の軍曹が今や少佐殿として謎の帝国艦を探し回っているという訳か。』

 

『ご迷惑かと思いましたが、知り合いでこのような問題に関して頼れる方が少将閣下しかいなかったものですから…』

 

『んん?こちらとしては全然構わないんだがね。ここ数ヶ月は回廊方面の衝突も大きくて分艦隊規模のものだし、この際、一気に前々から準備だけはしていた統合整備計画も進めてしまおうって事になっ…おっと、これは聞かなかった事にしてくれよ。』

 

相変わらず変な所で口が軽くなる人だとは思うが、それでも後方勤務本部の重鎮とも言える人だ。仕事振りには信頼が置けるし、余り言いたくはないし本人も言われたがらないが"更に上"との繋がりもある。LMF出身というのは自分が嫌でもそう見られてしまうんだから難儀するだろうな。

 

『分かりました。では、またハイネセンなりでお会いしましょう。』

 

『そうだな、そうだ!次に会う時の土産はその謎の帝国艦の艦長の首級でいいぞ。まぁ頑張れよ、少佐殿。』

 

…そう言えばジョークのセンスも余りないんだったなあの人。

 

ーーーーー

 

暫く後 戦艦モンジュ 第3会議室

 

『案外スムーズに行くものですね。当事者のはずの准将が余りにも乗り気でないからハイネセンに持ち込んでも徒労に終わるだけだと思ってましたが。』

 

『まぁ、な。締まり屋の准将も金と戦力は中央持ちだと言うんなら文句も…少しは言われるだろうが少ないだろ。中央にしてみてもそういう経験が欲しいって事情もあると思うしな。どれくらいの兵力で、どのくらいの船を、どのくらいの時間守れば最も効率がいいとかの事を掴むにはある程度の実践は必要だ。それに、『捜索隊に指揮権を寄越せ』まで言ったら反発もあるだろうが、もしもの時は協力してほしい、それくらいのレベルの話だからな。』

 

『しかし、商船に船団を組ませる位でレイダーの襲撃が止まりますかね。レイダーはレイダーで他の独航船を探して沈めるだけにならないですか?それに船団と言ったって、このモデル編成表を見る限りでは…余り頼りになる類のものでは無さそうですし、商船の方だって自由に予定が組めないって事になれば反発も出てくるのでは?』

 

『レイダーの動向が分からない以上、軍がまず最優先でやるべきなのは民間船とそれに乗る民間人を守る事だ。それに、いくら弱そうな魚や動物の群れだってそれなりの数が集まればそう簡単に手出しできるもんじゃない。レイダーにとっては護衛艦がミサイル艇でも哨戒艇でもその後ろに我々が控えている可能性がある訳だからな。実際には間接護衛が間に合わないような位置にいたとしても、向こうは知らない事であるし…商船側にだって船団を組むメリットを説明してやれば良い。』

 

『船団を組むメリットですか…?"商船にとってはいるかどうかも分からない狼に襲われない可能性が高まる"と言うだけでは弱い気がしますがね。フェザーン商人ほどではないにしても、やはり利益の追求は彼らの目的とすることでしょう?』

 

『そうだが、考えてみれば結構あるんだなこれが。例えば薄利多売系の商品は一度の輸送量が大きくなればなるほどコストの削減になるし、航路設定やワープ計算だって集団の中でどれか1隻できる船がいればそいつに着いて行けばいいだけだからその分の人件費の削減も狙える。もし事故が発生した場合にロスが少ないとかもあるな。まぁそれでも、商売敵を出し抜きたい抜け目のない奴なんかには通じないんだが。…あと、これはさっき言ったことと矛盾するし、軍人としては甚だ不適当な発言かもしれないがそういう層にも使い道ができてくる。』

 

『なんです?別に司令官に言いつけたりはしませんよ。』

 

『君がそんな事をする奴だったらとっくに見限ってる。まぁ、船団に入りたくない船には重要なものを積ませなければいいんだ。戦略物資や、それこそ機雷なんかを輸送するような徴用船や御用商船は船団に強制的に組み入れてしまう。そうすればレイダーが独航船を襲ったとしても奴ら自身にとって役に立たないものの為にリスクを冒す事になる。…そういう船を見捨てているようで気分は良くないが…』

 

『それは、そうですが…捜索戦力も限られてますからね。義勇艦隊は2隻組行動にしてから大人しくなりましたが。』

 

『とにかく、今レイダーがいるとすれば、ラワルピンディがやられたこの300光年四方の宙域だ。ハイネセンへ抜ける方はマルドゥク星系とブラックホールで蓋が出来ているわけだから大丈夫だとして、やはりもう一度洗い直してみるか!』

 

護送船団方式を取れば最悪レイダーを見つけられ無くても被害は少なくなるだろう。そうして時間を稼いでいるうちに何とか見つけ出さなければ…パターンでも掴めれば1番なんだが…ん?パターン?

 

ーーーーー

帝国暦453年3月25日 ゾンダークスキント艦内

ウィレム・バクスター

 

『今日の食事会にも来ませんか?うちのカーターが『宇宙で20番目位には美味いホワイトソースが出来た』なんて言っていましたから、失望はしないと思いますよ。なにより、皆さん貴方の話を聞きたがっていますし…』

 

『…すまないとは思うが体調が余り優れなくてね。暫くは食事は自分の独房で食べようと思ってるんです。お気遣いなく。』

 

フェルト氏はずっとあの調子だ。自分の部屋の事を独房だなんて言っていたが、部屋のつくりは私のキャビンと同じはずだからそんな表現は不適当だと思う。どうも帝国軍に対してどうしても頑なな態度を崩さないが、何かトラウマでもあるんだろうか?そういうデリケートな問題に発展しそうな事は苦手なんだがな…

 

『あ!船長!どうでした?あー…フェルトさんは?』

 

『残念だなカーター、直接感想は聞けそうにないよ。帝国軍と打ち解けろとまでは言わないが、せめて我々とは良好な間柄でいて欲しいもんなんだがねぇ』

 

『仕方ないですよ。"ピーターが嫌いなら飼い犬も嫌い"って事でしょう。とにかく帝国に関わった時点で我々も敵だと思ってたりして…』

 

『そんなものかね、同じジャムシード出身でも、カドルナ氏は解放されるとなってもここに残るって言い出すんじゃないかってくらいなのにな。』

 

『まぁあの人の場合は状況が特殊でしたし…無理に仲良くしようとしなくてもいいんじゃないですか?』

 

『…そうかな。まぁ人数も大分増えてきた事だし、我々がこの小旅行を終える日もそう遠くはないだろうが…仲良くするとか、しないとかではなくて、同じ同盟人として話をしたいだけなんだがな。SPUの結成理由でもある事だし…』

 

『そんなに考え込まないで下さい!とにかく今はホワイトソースですよ!ユーフォニアで働いてたって噂の友人仕込みですから、味は保証しますよ!』

 

続く

 




文中のLMFは、「Longest march families 」の略称で、長征一万光年に参加した名家って言う独自設定です。アメリカのWASPみたいに特権階級じゃないけど…ね的なイメージがあります。
 今回も感想やご指摘、ご意見お待ちしてます!
追記 なんだか文章がいつにも増して下手くそだったり、脱字があったので修正しました


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第三十七話 SPU、激動

一日あきました。初めて献血をしてみたんですが、中々いいもんですね。体がフワフワして。では、どうぞ。


帝国暦453年3月26日 ゾンタークスキント艦内

フォン・オイレンブルク中佐

 

やっと新天地と言える宙域まで進出する事ができた。あの肝を冷やした哨戒艇との遭遇後は平和な彗星乗り継ぎの旅だったし、次に肝を冷やしてもらうのは向こうの番だ。まずはルートを選定してここ以降の宙図を入手しないとな…なんだ、廊下で転んだ音がしたぞ。

 

「艦長、艦長!」

 

やっぱりクンツェ中尉か。軍医のくせに腕でも折られたら困るんだが…

 

「どうした中尉。トイレが逆流でもしたかね?」

 

「SPUで騒乱ですよ!確かな理由は分かりませんが、フェルト氏の部屋の前に人だかりができていて、解散しろと言ってもしてくれないんです!」

 

「…はぁ…主犯格は誰だ?何をしようとしてる?」

 

「バクスター氏の所のカーターです!フェルト氏に言いたい事があるとかで…」

 

「そのバクスター氏はどうしたんだ?それにこういう時の抑え役をするのがあのキング君じゃないのかね。ホワイト嬢と上手くいって気が抜けたか?こんなことなら恋を応援してやるんじゃなかったな。」

 

「とにかく、まだ詳しい状況もつかめていないんです。艦長がいらっしゃればなんとか収まるかもしれないと思いまして…」

 

「分かった、じゃ行って見ようか。全くフェルト氏が来てから面倒続きだな。」

 

ーーーーー

 

『出てこい!卑怯者!出て言い訳の一つでもしてみやがれ!うちの船長によくも…!』

 

現場に着いてみると、中尉の言う通りの光景が繰り広げられていた。しかし中々の数が集まっている。20人くらいか。

 

『自分から出てくるのが嫌だって言うんなら引き摺り出してやるからな!おい!テーブルの脚でも何でもいいから破城槌になりそうな…あっ』

 

『やぁ。随分興奮しているようだねカーター君。とりあえず艦長としては勝手に艦を壊すのはやめて欲しいし、更にいえば暴動を起こすようなマネをされるのも困るんだが。』

 

『艦長さん、これは我々の中で片付けたい問題です!艦を壊そうとした事については謝りますが、暴動を起こすつもりはありません!ここに閉じこもっているネズミ野郎さえ出てくれば…!』

 

『いいかね!君らには艦内での自由を与えているとはいえ、本質的には我々の指導下にあるんだ!私の指示に従わないようなら、今度は君らにも閉じこもってもらう事になるぞ。とにかく全員興奮しすぎなようだから、この場からの解散を命令する。後で行くまで頭を冷やしていたまえ。』

 

そう言うと集団は本当に渋々といった様子で下がっていった。…さて、今度はこっちのネズミ野郎とやらの対処だ。

 

『フェルトさん!一体どうしたというんです!もう彼らはいませんから出てきなさい!』

 

すると、何かをずらしたりするような物音がした後に半開きの扉からフェルト氏が顔を出す。キャビン内に取り付けられた棚を外してきてバリケードに仕立て上げていたようだ。全くどいつもこいつも艦を勝手に壊したり壊そうとしたり…おや?

 

『…どうしました?ただぶつけただけには見えませんが。』

 

フェルト氏の顔には右目の下にはっきりと紫色の痣ができている。鼻血を拭ったような痕もあるし、カーターの叫びからしてバクスター氏と一戦交えたと言う所だろう。

 

『どうしました?あんたにはどう見えるんだこの様が!あのバクスターとか言うオヤジがここに来たかと思ったら急に殴りかかってきたんだ!それで殴り返して部屋の外に放り出しただけなのに、あのなんとか言う若造が仲間を連れて押しかけてきたから自分の身を守る他なかったんだ!』

 

『ほー…バクスター氏がねぇ、急に…』

 

『そうだ。とにかく、今回については私が完全なる被害者だからな!さっきあんたが外で言っていたようにこの艦に乗ってる奴らの指導者だって言うんならケジメをつけさせるべきだと思うね!』

 

『…まぁ、まず貴方はその外した棚を元通りにしておいて下さいよ。』

 

『ケジメの話はどうなったんだ!』

 

『1人の証言のみを採用する訳にはいきませんからね。…ついでに言わせてもらうと、貴方のこれまでの態度と行動からして…いや、いいでしょう。では、その痣が気になるようなら医務室へどうぞ。』

 

ーーーーー

 

同日 ウィレム・バクスター

 

フェルト氏の右は中々のものだったし、放り出された時に打った腰はまだギシギシいっている気がする。思わずアレを奪い取ろうとして咄嗟に手が出てしまったのが悪いんだが…

 

『船長、そんなになってまで黙っている事はないじゃないですか。艦長さんだってきっとこっちの味方ですよ。何故あんな奴に義理立てする必要があるんですか?奴の部屋で何を見たんです?』

 

『…カーター、SPUの第一則はなにかな。』

 

『…同盟人として、恥ずかしくない態度、姿勢を持ち、誇りを持つこと。です。』

 

『そうだ、その、恥ずかしくない態度とはなんだろうか。私は、作った当初は敵対している帝国軍に、敵国民とはこの程度の人々なのかとか思われないよう、ある意味侮られない為の決まりだと考えていたが…』

 

『そうでしょう。我々は帝国軍に捕まり、今は彼らの為に仕事をし、養われている立場ですが、向こうの皇帝に忠誠を誓った訳でもなければ祖国を捨てたのでもありません。同盟人です。だからこそ…』

 

『そうだ、そうなんだカーター、我々は同盟人なんだ。帝国人じゃあない。だからこそ悩みどころなんだ。…フェルト氏は確かに同盟人さ。確かにそうだ。ジャムシード出身、義勇艦隊に身を投じるほどの愛国精神に溢れている。しかし、しかし…!』

 

『なんだっていうんです?』

 

『私はね、カーター、この艦で暮らしているうちに、まず重要なのは同盟とか、帝国とか、そういう人間が作り出した社会のあり方ではなくまず人間そのものとしてのあり方が大前提として根本に据えられるべきなんじゃないかとじゃないかと思うんだ。つまり、恩を仇で返すとか、そういう人の道徳にもとるような行いは…たとえ同胞といえども許すべきではないんじゃないかと。』

 

『つまり、奴はそういう事をした訳ですか。』

 

『まだ艦長さんには言って欲しくないんだが、見たんだ。艦内の見取り図だった。我々に配られたものじゃない、多分自分で作ったんだろう。立入禁止エリアに何があるのか、エネルギー配管のバイパスまであった。どうやって調べ上げたんだか知らないが、アレはこの艦にとって、艦長さんにとって、不都合なものであるのは確かだ。』

 

『それは…では、艦長さんか、なんだったら軍医さんに言えば…』

 

『だが、さっき言った人の道徳の方が大切だとか言うのは私の、個人的な意見に過ぎないんだ。実際、もしこの艦を降りた後、フェルト氏のやった事は称賛に値する事になるんじゃないか?戦争中、敵に捕われながら重要情報を味方にもたらした…そんな形で。それで、私はその勇気ある行動を妨害した裏切り者だ。』

 

『そんな事はありません!船長は、同盟の名誉の為に奴を殴ったんです。一度降伏しておきながら、ゲストの立場を利用して敵対行動を取ろうとするなんて事は卑怯者のする事です!…議会を開きましょう。』

 

『議会?』

 

『フェルトの奴を弾劾するか否かを皆に問うんです。それで弾劾決議が出たら、奴をリンチにかけるなり艦長さんに突き出すなりすれば奴が汚した同盟の名誉も少しは回復できるってもんです。止めないで下さい船長、私はやりますよ。』

 

ーーーーー

暫く後 フォン・オイレンブルク中佐

 

「で、これが投票結果という訳だ。読むぞ。『SPU構成員は賛成多数でラワルピンディ号元船長マリアン・フェルト氏の弾劾を決議する。当人は信頼と良心に背き、艦内規則を敢えて破る事、またその証拠隠滅と自己正当化のために暴力を使用した事の2点の行動によって自由惑星同盟人民全体の名誉を毀損した。』だとさ。」

 

「中々手厳しい言い方ですねこれは。少しかわいそうになるくらいだ。」

 

「しかし、これでフェルト氏が我が艦に対して明らかな意思を持って敵対行動をとっていた事は確かになりました。しかもSPUのお墨付きで。」

 

「では、彼をどう処分しようとゲストからの反発は最小限で済むと言うわけだな。だが、宇宙に放り出すわけにも、それこそ銃殺するわけにもいかないが…」

 

「やはりタンクベッドで"ぐっすり"眠って貰うのが1番ではありませんか。おそらく単独犯ですし、その方が監視の目も少なくて済みます。1つが常に埋まってしまうのが難点といえば難点ですが。」

 

「それで更なる妨害が防げて、SPUも静かになると言うんならそれでいいか。では、バウディッシン中尉、フェルト氏の…あー、逮捕は任せる。」

 

ま、獅子身中の虫ををこれで退治できたと思えばいいだろう。次はもっと気分が晴れるようなニュースを聞きたいものだが…

 

続く

 




戦時における民間人のレジスタンスなんかは、向こうから見れば厄介なテロリスト、こっちから見れば正義の集団、難しい見方の問題ですね。
今回もご意見ご感想をお待ちしております。


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第三十八話 アキレス・ドライバー事件

ウマ娘は1周年だしウクライナは部分的侵攻どころか全面攻勢かけられているし、阿蘇山は噴火しそうだし、終末時計は振り切ったんじゃないでしょうか。では、どうぞ。



宇宙暦762年3月27日 レイダー捜索隊 戦艦モンジュ艦内

A・ビュコック少佐

 

そうだ、パターンだ。今まで気づかなかった自分が心底嫌になる。考えてみれば初歩的な事で、家の中を荒らし回るネズミを捕まえるのにあたってネズミがいそうな場所や通り道らしき場所を限られた人数でぐるぐる回って行くような方法ではネズミを捕まえる事は不可能に近い。向こうはすばしっこいし、こちらが近づけばいち早くそれを察知して逃げてしまうからだ。ならどうするか。つまりネズミ捕りを仕掛ければいい。

 

『艦長、それがレイダーの特徴とも言える行動です。奴らはおそらく我々に発見されることを極端に恐れており、奇襲的に撃沈が可能な状況であってもあえてそうせず、商船への襲入を行い、さらに処分の際には必ず爆弾を使用して事故に見せかける形で沈めています。』

 

『確かに、これまで発見した犠牲になったと思われる船の残骸に関して言えばそうだが…この行動が示しているレイダーを捕まえる為の方法は何かな。囮船の類を使えれば手っ取り早いんだがな。』

 

『はい、しかしそのような改造を施す時間はありませんし、ラワルピンディの件でレイダーがある程度の実力を保持していることが判明した以上、義勇艦隊の船をそのような用途に使うわけにもいきません。ですから今後我々が取るべきなのはネズミ捕りとも言うべき方針ではないかと考えます。』

 

『つまり待ち伏せか。まぁその方がエネルギーの節約にもなるだろうし、私としても他の案がない以上反対はしないが…少佐、見つかりそうな場所の目星は付いているのかね?』

 

『それについてはとりあえずの候補はいくつか決めてあります。この辺りの危険物を積んでいるような船は既に船団に入っているか出航待機中でして、今襲撃されるような危険のある船はレイダーにとって何らかの事故に見せかける必要のある船だと言うことです。そして、そういう船が遭難したと見せかける事のできるような宙域はそう多いものではありません。こういった場所に小隊ずつ、いや、巡航艦と義勇軍2隻の組でも構いませんから貼り付けておけば必ず、奴は網にかかってくれる筈です。』

 

『そうか。そうなると…予備兵力が出来るからマルドゥクより向こうにも配置ができるな。もし抜けられていたとしても安心だろう。どの小隊を行かせる?』

 

『作戦が決まった以上はできるだけ早く配置を完了させた方がいいと思います…第13小隊のフェートンは巡航艦ながら超光速通信装置を搭載していますし、艦長のバーネット中佐もベテランですから、適任だと思いますが。』

 

『バーネットか…あいつはすこし慎重すぎる所があるんだが、まぁ大丈夫だろ。他の割り振りは適当にやろうか。』

 

これでよし、ネズミ捕りというものは位置と巧妙な隠し方さえ心得ていれば必ず効果をあげられる。…その位置に来るためのエサとして商船が最低1隻は犠牲になる事になるが、リスクを取らずしてリターンは期待できない。心を鬼にして割り切るしかないか…。

 

ーーーーー

帝国暦453年3月29日 ゾンタークスキント艦内

フォン・オイレンブルク中佐

 

「これは凄い…何列ある?」

 

「えー…5列縦隊です。で、横に大分重なっているようですので50隻はいるかと。」

 

新天地に来てから獲物を求めてルートの端を飢えた狼よろしく彷徨っていたら、何隻かの小艦艇に護衛された船団を発見した。これまで見つけた複数航行の商船は多くて5隻組で護衛も無しだったと言うのに、どうやら叛乱軍の方でも本気で考える奴が出てきたらしい。敵の頭が冴えてくるのはこっちとしては大変困るが…

 

「ここがイゼルローン回廊で、我々がマーヒェン級位の艦に乗っていたらああいうのは太った鴨同然なんですがね。護衛艦は…駆逐艦級が2隻と哨戒艇が5隻ですか。全くあれ位の牧羊犬に追い払われる身の上とは嫌になります。」

 

「そればかりはどうしようもないな…お、どうやらワープしそうだぞ」

 

数十隻の船がワープ光を纏う姿はいつ見ても美しい。これが数万隻の艦隊単位になるとなんだか謎の虫が蠢いているようで好きじゃないんだが…

 

「…敵船団、ワープしました。それにしても商船の寄せ集めの割には中々統率が取れてましたね。所要時間も短めでしたし…あ?」

 

「どうした?」

 

「いえ、見て下さい。1隻…また出てきました。失敗したようですね。」

 

宇宙空間でのワープに失敗してほぼ同じ位置に出てこられるのは幸運な失敗の仕方だ。悪いと出ていきなりブラックホールなんて事もある。…が、今回に関しては向こうの幸運の女神はこっちにも微笑みかけてくれたようだ。

 

「大尉、あいつの不在に気付いた船団護衛艦が引き返してくるまでの所要時間の概算は?」

 

「はい、エネルギー充填に90分はかかりますし、ワープ中に行方不明になった僚艦を探すには自分に近い側からやり始めるのがセオリーです。船団を放っておく訳にも行かないでしょうから捜索には速度の速い駆逐艦2隻が当たるとして…ワープした距離が最短の場合でも4時間半はかかるかと。やりますか?」

 

「今から接近する時間も考慮すると4時間か…いけるな。よし、襲撃だ。全艦に伝達したまえ、これより当艦は作戦行動に入る!」

 

ーーーーー

 

「艦長、通信が入りました。スピーカーに出します。」

 

幸運にして不幸な獲物に近づいて行くと、どうやら向こうも電波を出しているようだ。気づかれて誰何でもされているのなら厄介だな…

 

『パンパン、パンパン、パンパン、周辺の全ての船舶へ。こちら貨物船アキレス・ドライバー。機関の不具合につき漂流しつつあり。原因不明なれど放射能漏れは確認できず…はぁ、全くとんだ貧乏籤を引かされたもんだ…』

 

パンパンコールか、内容からして気づかれても逃走される心配はなさそうだ。が…

 

「もし無関係の船に電波が拾われでもしたら面倒だ、ジャミングを…いや、もっといいやり方があるぞ。通信回線を開け。」

 

『パンを受信した。こちらはフェザーン船マレタ、何かお手伝いできる事はあるか?』

 

『…んあ…?…!これは!ありがたい!そちらの船にカンプラー社の機関に詳しい者が乗っていたりしないか?マニュアルがまるで要領を得ないんだ。なにしろイラストだけで説明文がないものだから…』

 

『あー、機関に詳しい者ならこちらにはダース単位で乗っていますよ。ただシャトルが無いので接舷が必要になってくるんですがね。』

 

『助けて貰うのに文句は言わないよ。それにしてもダース単位とは驚いた!工員の実地研修か何かかな?』

 

『実地研修?…まぁ、そんなようなものですかね。』

 

『おっと、無駄話をしている場合じゃないな。ちょっと待ってくれ、ガイドビーコンを出すから、また話は直接会ってからにしようじゃないかね。』

 

ーーーーー

 

軽い振動とエアロックが作動する音がする。接舷完了、ここまで来ればもう機関が奇跡的に再始動しようと2隻は一連托生だ。あとはどう劇的かつ衝撃的な種明かしをしてやるかだが…

 

『やぁ、まさに天の助けだね!まさか船団を組んだくせにこんな場所に置いてけぼりになるとは夢にも思わなかったよ。そういえば、フェザーン籍だと言ってたが、どうだい?個人的には急に軍が船団を組めだなんて言いだしたのは向こう側か回廊かで何か動きがあったからだと思うんだが…何かニュースはないかね?』

 

『…そうですね、重大なものがありますよ。まぁ、向こう側でも回廊でもなく今現在の我々の行動に関わることですが。』

 

『行動?』

 

『ええ、まずは…両手を上げて頂こう。大声は出さないように、それからブリッジに案内したまえ。』

 

『…何の冗談だね?我々は軍の積荷を運んでいるんだ、海賊風情が換金できるような金目のものなんぞ一箱も積んでいないぞ!』

 

『これは好都合、言い遅れたが、我々は帝国軍だ。海賊なんぞと一緒にされるのは大変遺憾ではあるが、これからやる事は変わらないな。船長は君か?なら、船の責任者として乗員の無駄な犠牲を出さぬよう責務を全うすることだ。大人しく、ブリッジへ。』

 

後に続いた装甲擲弾兵達によって船内はすぐに制圧された。積荷は船長の言った通りで叛乱軍の宇宙戦闘機、確かスパルタニアンとか言ったがそのスペアパーツが殆どを占めていて、あとは隙間にリキュールや煙草が押し込まれていた。だが、我々にとって最も重要な目的である宙域図は無事手に入ったし、ブリッジの金庫の中から何やら電子ロックがかけられた書類鞄も幾つか見つけた。後は護衛艦の連中が引き返してきても分からないように少し遠くへ引っ張っていって処分するだけだ。さて、仕事にかからねば…

 

続く

 




襲入って日本語はアボルダージの当て字です。宮古湾海戦位でしかやってませんが…あと、アキレス・ドライバー号、変な名前ですね。実在する船ではありませんが元ネタはあります。そろそろゾンタークスキントホテルも満員ですね。
今回もご意見ご感想ご指摘お待ちしております!


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第三十九話 機密書類

世界が終わる前までには完結させたいです。冗談じゃなく。
では、どうぞ。


帝国暦453年 3月30日 ゾンタークスキント艦内

エーリヒ・シュタールス准尉

 

「こういうのは君の専門だろう」と艦長が渡して来た書類鞄は中々の難敵だ。電子ロックがかけられているだけだったらロック部分を物理的に壊してやれば解決なんだが、念のために透過装置にかけてみたら内部に薬品ボトルの様な物が備え付けられているのが分かった。仕組みは簡単、帝国でも使われる手で、力ずくで鍵を壊すなりこじ開けるなりしようとすると薬品が破裂するか噴射されるかして鞄の中身をぐちゃぐちゃにしてしまうと言うものだ。つまり、正攻法で開けるしか無い。

 

「どうだい、エーリヒ、艦長からの直々のご下命の進捗具合は?」

 

やってきたのはツァーン少尉だ。どうせ冷やかしに来たんだろうが、まぁ相談する相手がいないよりはマシだな。

 

「ええ、ご覧の通りです。一応安全処置としてパスワードの試行回数を弄ったんですがね。スペースあり数字ありの12桁のパスワードともなると、何かヒントがないと何ヶ月かかる事になるか…」

 

「12桁かぁ、案外何かの単語だったりするんじゃないか?覚えやすいし、打ち込みやすい。」

 

「そんな事言ってもですね…じゃあ何かあります?12桁の熟語か単語か。」

 

「要するにクロスワードの要領だな。得意なんだなこういうの。12文字ね、文明(civilization)とかどうだ?」

 

「…ダメですね。弾かれました。」

 

「まぁ、そう簡単に解けたら面白くもなんともないからな。じゃあ、蒸留(distillation)は?良い言葉だろ?」

 

「よくポンポン12字の言葉が出てきますね。…はい、ダメです。次どうぞ。」

 

「…諜報(intelligence)、冷蔵庫(registration)、スペースが入って太陽系(solar system)…」

 

ーーーーー

 

「またダメか!?」

 

「ええ、やっぱり単語か熟語なんて単純なものをパスワードに使わないって事じゃないですか?こうなったらもう自動入力ソフトでも作るのが時間の無駄にならないかも知れませんね。」

 

「なんだ、折角協力してやったのに…頭にくる言い方だな。どうせ無駄な時間だったよ!」

 

「そんなつもりで言ったんじゃありませんよ。じゃあ最後に何かやります?」

 

「頭にきたとでも入れとけばいいんじゃないか、もう。」

 

「頭に来た、ね。こっちの表現は…『I am boiling』ですって。』

 

打ち込んだ瞬間、軽い電子音とロックの外れた金属音が鳴る。

 

「おっ」

 

「えっ…」

 

「やったじゃないかエーリヒ!まさかの『頭きた』が正解だとはな!おい!もう大丈夫なんだろ?開けてみよう開けてみよう。」

 

「え、いやこういうものは最初は艦長に提出するものじゃないんですか?」

 

「待てよ、もし書類に毒でも塗ってあったらまずいだろ?大事な艦長の…そう!毒味だよ毒味!」

 

「内部向けの書類にわざわざそんな事はしないと思いますけど…」

 

「まぁ、いいじゃないか。見た所で減るもんじゃなし。」

 

「じゃあ、開けますよ。」

 

恐る恐る蓋を開けると透過装置で見た通り、電子ロックとコードで繋がれている薬品ボトルが目にはいる。書いてある文字からしてどうやら大分強力な溶剤が使われているようだ。もしかしたらとんでもないものを拾ってきてしまったのかもしれない。

 

「えー、他の鞄の鍵は以下の書類にある、だとさ。なんだこの…乱数表か?違うな…暗号文って訳でも無さそうだが、分かるか?」

 

「なんでしょう?……RSAですかね、どうも面倒なものを仕込んできますねまた。」

 

「でもこれが解ければ他のやつも開けられるって事だろ?…RSAとやらは全く分からんから俺はもう寝るぞ。頑張れよ!」

 

…まさか本当にあんなノリで解けてしまうとは思わなかった。実はあの人、オーディンの加護とかがついてるんじゃないか…?

 

ーーーーー

同日 フォン・オイレンブルク中佐

 

「大尉、これは…大した拾い物だな。本国の情報部が見たら腰を抜かすどころの話じゃないぞ。」

 

シュタールス准尉が案外早く解錠して持ってきた書類鞄の中身の価値は凄まじいものだった。叛乱軍の暗号表、統合整備計画とやらの計画書に新型艦の設計図まで、軍の事ならなんでも分かると言っても過言でないほどの代物だ。

 

「イゼルローン回廊の哨戒部隊配置図までありますし、ティアマト方面の帝国軍戦力評価…これは、宇宙艦隊司令長官からルジアーナ造兵廠長への信書ですか。『統合整備計画による前線からの戦力引き上げにより工作艦と浮きドックが不足しつつあるからルジアーナ所属艦を一時的な増強戦力として派遣する事の是非…』だそうです。」

 

「…中々正確な戦力判定だな。しかし、これを見るに今イゼルローン回廊方面の叛乱軍兵力は通常時より大分少ない事になるな。突破が夢物語じゃなくなるかもしれないぞ。」

 

「それもそうですが、まず考えるべきは我々への追跡がより一層強化されるのではないかという事ではありませんか?もし私が叛乱軍の首脳なら、こんな機密書類が敵の手に渡るのは考えただけでも恐ろしい事です。全力をあげて取り戻すか、若しくは丸ごと宇宙の藻屑にしてしまおうとするか…」

 

「そうだな…しかし、叛乱軍にしてみれば機密書類はワープに失敗した船ごと宇宙の深淵に既に葬られている、という考え方もできる。そして人間と、その集まりで出来る組織と言うものは出来るだけ最悪の予想はしないで楽観論に走りたがるものだ。例えそれが悪手だと1人1人の頭の中では分かっていても、な。…だが何にしろ1隻また行方不明にしてしまった事は確かだ。気をつけるに越した事はないし、あまりウロウロするのも被発見率を高める事に繋がりかねないからな。また良い待ち伏せ場所を探すとするか。」

 

「はっ、では航路設定に入ります。」

 

調子のいいことを言ってみたはいいものの、実際あれほどの重要機密書類が行方不明になる事件はそうそう起こるものではない。もし帝国で同じようなことが起こったとすれば、責任者の処罰は良くて自裁と言う所だろう。しかも我々を追跡している連中から情報共有があるとすれば…うん、やはりSPUの連中には早めに艦を降りてもらう事にしよう。次に捕まえた船に余裕が有れば…

 

ーーーーー

宇宙暦762年3月31日 惑星ジャムシード ホテルキングフィッシャー

P・アッテンボロー

 

『また雨か、こんなんじゃ気分が上がりようもないな。』

 

『まずジャムシードくんだりにまできてシングルルームの2人利用をしてる時点で気分なんて最低値ですからねぇ。』

 

『仕方ないだろ、嫌なら自費でどこの部屋でも取ればいいじゃないか。急に取材に行きたいって言う記者相手に雀の涙ほどの金しか出してくれない会社に勤めたお前が悪い。』

 

『そんな事より、どうなんです?例の帝国艦の情報は入りました?』

 

『…いや、これといって特に。義勇艦隊が編成されて、それがまだ帰ってこないって事は見つかってないんだろうな、位の事しか分からん。そう言うお前はどうなんだ?』

 

『俺のほうは大豊作ですよ。編集長から言われたデータは既に送ってありますし、株価変動予測もばっちり立ててあります。最近伸びてるのが…これですね。ドラーク鉱業、少し前から急激にシェアが上がってます。』

 

『株価なんて非人道的なものはどうでもいい!第一、なんだ編集長から言われたデータって言うのは?聞いてないぞ。』

 

『あれ、そうですか。編集長が言うには、『あいつは軍の尻ばかり追っかけて収穫なしなんて事になりそうだから、ジャムシードに行くんならついでにフェザーン方面との経済的繋がりとかも調べといてくれ』って。』

 

『最初から信用されてないって訳か、くそっ、いつか必ず独立してやるからな…!』

 

『それで、どうしますか。これ以上粘ってもどうしようも無いと思いますよ。』

 

『いいや!何か、何かあるはずだ!だが、成果なしでいるのもアレだな…こうなったら仕方ない。シュパーラの司令官のゴシップでも探るとしよう。なんか出るだろ。』

 

『それで先輩が満足ならいいですよ。俺は先輩が世紀のニュースを握る瞬間を見せられる為に引っ張ってこられたんですから。』

 

…皮肉とも嫌味とも取れる奴だが、なんとかこいつと編集長を見返すためにある程度のニュースを掴まねばならない。とりあえず何故か義勇艦隊を管轄してるらしい内務省にでもまた行ってみるかな…

 

続く

 




シュタールス君に名前がつきました。彼はツァーンより少し年上なんですが、ツァーンは年が近いのと階級が下なのとで結構馴れ馴れしくしゃべります。なんだこいつ…。

今回もご意見ご感想お待ちしてます!


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第四十話 不審船

いろんな媒体を見てると、情勢に鑑みて戦争に関係する作品は不謹慎であるとか不適切であるとかいう意見があるのですが、当作品は関係国を想起させるようなものではないと考えておりますし、不謹慎という考えにも理解できる点はあるものの、余り好きな考えではないので自粛は致しません。

では、どうぞ。


帝国暦453年4月1日 ゾンタークスキント艦内

フォン・オイレンブルク中佐

 

「警報ーーーー!!敵巡航艦接近しつつあり!総員戦闘配置!」

 

「走れ走れ走れ!ゾンタークスキントは湖の遊覧船じゃない!軍艦だぞ!」

 

「左舷砲群、よろしい!」「機関室よろしい!」「医療部配置完了!」「主砲1、2番よろしい!」「右舷砲群準備終わり!」「艦橋配置完了!」「応急班配置よし!」

 

「…1分19秒です、艦長。」

 

「やはり遅くなってるな、出撃時より練度は下がると思っていたが…あと30秒は短縮したい所だな。すぐには無理でもせめて1分は切れるようにしないと奇襲には対応できない。」

 

「はい、応急班の配置が最も遅いのも問題です。初撃を受けてから気づくという状況も加味すると危険かと。」

 

「ここにきてソフト面の課題が浮き彫りになってくるか。SPUの連中が友好的で気が抜けつつあるのも要因の1つだと考えるとどうも広い宇宙に絶対的な正解と言うものは存在しないと言うことを思い知らされるな…ま、そんな他愛のないことを思い悩んでいても今は仕方ないか、大尉、戦闘配置解除と演習終了を宣言する。通常配置へ移行せよ。」

 

「了解しました。総員、演習終了!通常配置へ移行せよ。」  

 

練度を上げる必要性があることが判明しているものの、今やれる事は今のように戦闘配置演習の繰り返し位しかない。射撃訓練は敵や獲物に発見される恐れがあることを考えるとまず不可能だし、戦闘機動を取るにも残りのエネルギー量と相談しつつやらねばならない。前線だったら曲芸まがいの機動を見せてやる事だってできるんだが、ここでそんなふざけた行動をやる訳にもいかないしな…実戦を経験すれば練度は上がるというが、問題はその維持の方という事だ。

 

「艦長、ワルキューレ1番から通信です。読みます。「移動光点を認める、位置は第2惑星から天頂方向右45、これより確認に向かう。」です。」

 

「今出てる1番はケンプ曹長か。…よし、アンカー上げ。いつでも襲撃行動が取れるように。」

 

ーーーーー

 

「外見上はフェザーン商船のようですが、どうも様子がおかしいと思いまして。」

 

ケンプ曹長から送られてきた写真を見ると、確かに妙だ。フェザーン商船は普通船体にフェザーン国旗なんか描かない。自治領旗は下地の黄色以外帝国旗と同じ双頭の鷲が描いてあってこちら側ではマイナスイメージが強すぎるというのと、そもそも独立商人連中は自治領への帰属意識が決して高いという訳でもないというのが理由らしいが…とにかくこんな風に側面と前面とに目立つように描いてあるのは不自然極まる。

 

「…速度は中速域か。これについては判断しかねるな、社章や社名の類いはどこにもないし…」

 

「もしあれがフェザーン船なら、それはそれで良いのではありませんか。一応彼らは帝国の自治領という名目ですし、場所とやり方はだいぶ異なりますが少し捻った徴用という形にすれば…破壊するわけでないですし、戦略物資の代わりに捕虜を有人惑星に運ぶ位の事は同意するでしょう。」

 

「それもそうなんだが…あれ海賊船だったりしないか?どうにも怪しすぎる。」

 

「本物の海賊ならそれこそ威嚇用にダミーでも大きな武装を積んでいるものじゃないでしょうか?我々のように砲を隠すとかいう知能は奴らには無いと思いますし、わざわざフェザーン船に擬態する必要性も薄いのでは。」

 

「それもそうだな。とりあえず接触だけしてみようか。襲撃するかしないかはその時に決めればいい。一応戦闘配置だけは取らせるように。」

 

ーーーーー

 

近づいてみると更に変だ。遠目の写真ではよく分からなかったが、双頭の鷲が上手く描けていない。まぁ、誰にでも描きやすい意匠であるとは思わないが、それにしても不恰好だな。…?

 

「…発光信号来ました。M…V…M…V…繰り返してますね。」

 

「MV?MV…大尉、そんな符号があったか?私の記憶にはないんだが。」

 

「M…コードブックにも載っていません。こちら側だけで使われてる符号でしょうか?」

 

「我々を他の船と勘違いしてるのか…?だとすれば合言葉に相当するような返信を出さないと逆に怪しまれるが…間違えても危険だな。よし、どちらにしろダメなら正体を明かしてしまおうか。側面開け、それから音声通信もだ!」

 

ーーーーー

 

こちらが正体を明かした瞬間、一瞬の沈黙があって逃走のそぶりが見られたが、主砲の威嚇射撃で停船させる事ができた。そろそろバウディッシンが船内捜査を終える頃だと思っていたら帰艦報告が入った。これはまた面倒な事にでもなってるのかな?

 

「中佐殿、捕獲船の船長なんですが、どうも要領を得ませんので小官の手に余ると思いまして、連れてきたんです。お願いできますでしょうか。」

 

要領を得ない?大方黙秘でもされてるんだろうが…仕方ない、お願いされてやるとするか。

 

「いいぞ、入れ。」

 

中尉に連れられてきたのは無精髭の生えたぱっと見ではとても紳士的とは思えない男だった。本当に船長なのか…?

 

「貴方が船長ですか?我々としてはあなた方がフェザーン船に乗っていて、停船命令に一度服従しなかったという事しか分かっていないんですがね。」

 

「…」

 

フェザーン人なら帝国語が分かって当然なはずだが…こいつは分かって黙っているのか、それとも本当に理解できていないのか…?

 

『あー、貴方が船長かね?』

 

「…?」

 

「中佐殿、私もやってみましたが何を話しかけてみても喋ろうとしないんです。埒が開きません。いっそ自白剤でも使ったほうが早くていいかも…」

 

中尉の言葉に少し船長の眉が動くのが分かった。これは言葉が分かってるな、では…

 

「いや、中尉。乱暴な真似はいかんよ。…そうだな。船倉で一思いに首をはねろ。身体は煮込め。」

 

「やめて、やめて下さい!私は貧乏な商人で…!荷物だって他人から渡されて運んでるだけで中身も受取人だって知らされていないんです!」

 

「おや、話が通じるじゃあないか。では聞くが、まず、君らは本当にフェザーン人かね?」

 

「そ、それは…」

 

「言いたくないか。では中尉、彼を船倉にご案内…」

 

「言います!う、嘘なんです!フェザーン船になりすませば同盟軍の臨検を受けなくて済むというのでやっただけで!本当は我々は全員テルヌーゼンの商人でして!」

 

「では、その積荷というのはなんだね?」

 

「それは本当に知らないんです!途中で近づいてきた船に合図を出して受け渡すだけだと言われて…いつもはこんな事はしないんです!こんな仕事を受けたのも初めてで!」

 

なるほど瀬取り方式か。…密輸かな?

 

「そうかね。それでもあの船の今の責任者は君だからな。積荷に関する責任もある訳だから調べさせてもらうよ。できるなら船倉の鍵を壊す事なく済ましたいんだが、暗証番号は?」

 

ーーーーー

 

「本当にあいつは知らなかったんでしょうか。これは…流石に看過できないものです!」

 

クンツェ中尉が差し出してきた試験管の中身は濃い紫色に変色している。よく映像で見る色だが、まさか直接見る機会が訪れるとは…

 

「サイオキシンか。もちろん叛乱軍でも禁止されているよな?」

 

「はい、我々と違って所持すなわち死刑ではありませんが、持っているだけで人生の汚点の一つにはなるであろう経歴がつくものである事は間違いありません。」

 

「あの船長も知らなかった、とは言っていたがあの動揺の仕方だ。自分が運んでいるものが何かしらの犯罪に関わるものじゃないかくらいの当たりはついてたんだろうな。」

 

闇市場に持っていけばそれこそ金やプラチナより高い値がつくものではあるし、ある意味この冒険航海で最も価値のある鹵獲品と言えなくもないが、こんな人類共通の敵とも言うべきものを帝国に持ち帰る訳にはいかない。

 

「とりあえず処分だ。原子炉に放り込む訳にはいかないから放射能汚染なりして宇宙に放り出せばいい。もし誰かに拾われても使おうなんて馬鹿はいないだろう。」

 

後はあの船長をどうするかだが…わざわざ帝国まで連行して吊るすという訳にもいかないし、ある意味特大中の弱みを握った事になっているわけだから、せめて利用させてもらうとするか。

 

続く

 




商船の船長が帝国語を理解できてるのはフェザーンと取引することもある関係上、同盟でも理解できる人もいると言う扱いだからです。同盟人全員が喋れる訳ではないと思います。
今回もご意見ご感想お待ちしておりまーす!


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第四十一話 裁判もどき

花粉症が辛いメーメルです。この前友人に「車の運転が優しい」と言われました。うれしい…

では、どうぞ。


帝国暦453年4月1日 ゾンダークスキント艦内 

フォン・オイレンブルク中佐

 

『ではクェベド船長、我々は君の船が船籍を偽って行動していた事、これについてはその偽装を解除する手段がないことから、海賊として扱う事ができるという事を了解してもらいたい。』

 

『そんな!武器なんか持っていないのに…』

 

『話は終わっていないよ。まず聞き給え。次に、君の船が運搬していた積荷に関してだが…サイオキシン麻薬は所持だけで極刑又は重罪が課せられる代物だ。よって、船長、我々は…』

 

『こんな酷い仕打ちがあるか!いやだ!本当に知らなかったんだ!』

 

『我々は!君の船長職の剥奪を決定した!』

 

『剥奪…?そ、それはいったい…』

 

『そもそも我々は君の船を、まぁ形としては徴発して現在艦内に滞在しているゲストの輸送をしてもらおうと考えていた。が、君が全宇宙共通の犯罪者たる資格があることがわかった以上、そうした事を任せる訳にはいかないという結論に達した。』

 

『そ、それで私は…』

 

『…本来であれば公権力の手にかかった者としての立場を与えたいところではあるが、君は民間人であるから軍法会議にかける事もできず、残念ながら当艦のゲストの中にも法曹関係の仕事ができる者はいなかった。よって、先程も申し伝えた通り、船長職の剥奪をもって仮処分とし、他のゲストと同じ扱いをとる事とする。』

 

全く裁判官ごっこも楽じゃない。一度軍規違反の軍法会議に書記として参加した事があるが、そういえばあの時もこんな事を考えていた気がする。クェベド「元」船長は命は取られないという事が分かった辺りから目に涙を溜めていたが、こちらとしては別に慈悲をかけたつもりはない。鹵獲した偽フェザーン船、船名をヨーマと言ったが、それが何故本来の船長の手によって運航されていないのか等は当然調べられるだろうし、まず船籍偽装の一点においても取り調べがあるだろう。あとは彼がどういう判断を自分自身に下すか、だ。

 

「お疲れ様でした、艦長。それで、あの船の新船長はどうしますか。こちらで任命しますか?」

 

「どうするかな。年功序列で言えばカドルナ氏だが、なんせ500人近い大人数をまとめて帰ってもらう訳だから、SPUの中で決めてもらった方が後々の問題も少なくていいかも知れない。もちろん今コールドスリープ中の彼とクェベド元船長は船長に据える訳にはいかないが…」

 

「そうですね、ではSPUにそう伝えます。それから、ヨーマ号の曳航索の接続と改造工作班の移乗は完了したとの報告が入りました。移動するのは先ほどまでいた衛星の隙間でよろしいですか?」

 

「うん、それで頼む。ああ、あと改造作業もあまり急かさなくていいぞ。ゲストを降ろすんだって時間がかかるんだからな。」

 

ーーーーー

同日 ゾンタークスキント艦内

ウィレム・バクスター

 

『皆さん。とうとう我々がこの艦での生活を終える時がやってきました。数奇な運命によってこの艦に、艦長さんに捕われ、船を失った事は不幸かもしれない。ここにいた時間、自由を奪われていた事も不幸と呼んでいいかもしれない。しかし、この数ヶ月あるいは数週間の経験は、他の何十億の同盟市民が願っても叶わないもので、それらの不幸を埋め合わせて余りある有益なものであると私は確信しています。この経験は故郷に帰れば不倶戴天の敵と通じた悪き記憶であると、そう評価されるかもしれません。それでも、私はやはりこの数ヶ月を人生で重要な数ページとして記憶するでしょう。それほど迄に、一生関係を持つことはないと思っていた、宇宙の向こう側の人々との交流は我々の人生観に多くのものをもたらしてくれたと思っています。今、我々は新しい『友人達』との別れの時を迎えました。きっと、帝国の圧政を逃れたかのアーレ・ハイネセンと重ねられるような事もあるでしょう。彼は弾圧者から逃れ、バーラト星系へ辿り着きました。我々は違う。我々は先程言った通り、『友人達』と別れて、バーラトへ帰るのです。SPU代表として、皆さんにお頼みする最後の願いは、受けた親切、友誼、恩義、それらを忘れない、誇りある同盟市民の一人として、この奇妙で素晴らしい旅を終えて欲しい。それだけです。…初代SPU代表、ウィレム・バクスター。』

 

拍手の中自分の席に戻る。SPU代表として最後に演説会でもやりますかなんてカーターが言うものだから了承したが、どうも上手く喋れるものではない。政治家はこんなことを毎日のように飯を食う手段としてやってるんだから、その意味では同情を禁じ得ないな…

 

『いやぁ、船長!見事な演説でしたよ!これで新船長選挙も間違いないですね!』

 

『別になりたくて演説を打った訳ではないんだがなぁ…』

 

ーーーーー

 

『SPU船長会は、帰還船新船長として、ウィレム・バクスター氏を…賛成11の賛成多数で選出する!』

 

『皆さんの期待に背かぬよう、最後まで責務を全うする事を誓います。』

 

『さて、では無事に新船長も決まった事だし、早速艦長さんに報告に…』

 

『待って下さい。新船長としていきなり権力を使うようで恐縮ですが、少し皆さんに聞いてもらいたい話があります。』

 

『なんでしょう?バクスター…船長?』

 

『今、この場にいない船長の事です。ラワルピンディ号の、フェルト船長の。』

 

『…』

 

『私は、彼も共に帰還船に乗ってもらいたい。そう考えています。』

 

『それは…!』

 

『よくわかっています。彼はSPUの規則に違反し、我々全体と、帝国軍の間に不信の種をあえて蒔くような行動をしました。しかし、彼は同じ同盟人です。同胞です。…それに、あの件に関しては先に手を出したのは私ですし…』

 

『そうはいっても艦長さんが許さないでしょう。彼の頭の中にはこの艦の重要部の情報がある程度は入っているわけで、それを喋られるのは艦長さんだっていい気分ではいられないと思いますよ。』

 

『フェルト船長だって一生故郷に帰れないのは嫌でしょう。この艦で見たこと聞いたこと調べたことその他一切を口外しないという内容の宣誓書を書いてもらいます。それでもいけないと艦長さんが言うなら…その時は大人しく引き下がりましょう。』

 

『まぁ…確かにどんな人間であれ同胞を1人残していくと言うのも後味が悪いか…分かりました。では、一緒に艦長さんに直談判といきますか!』

 

ーーーーー

 

『フェルト氏を、ね…乗組員の生命を預かる艦長としては両手を上げて賛成という訳にはいかないんですがね。第一、その宣誓は誰に対するものなんです?帝国では皇帝陛下に対する約束と言う形で宣誓は法的拘束力があるといえますが…』

 

『それは…今回の場合は自らの良心と、同盟憲章に対しての宣誓です。法的な拘束力は発生しませんが、それでも同盟市民にとっては重い責が伴うものであると思います。』

 

『そうですか。…まだ本人に了承をとっていないんですね?仮に、彼がその宣誓書に真心から署名して、口頭でも宣誓できるのであれば、彼の退艦を許可しましょう。』

 

『ありがとうございます、艦長さん!では、彼を起こしてきますね!』

 

ーーーーー

暫く後 

フォン・オイレンブルク中佐

 

フェルト氏は意外にもあっさりとSPU船長会が用意した宣誓書に署名し、私と主要メンバーの前で口頭宣誓までやってのけた。もっと抵抗するなりして、SPUとも再度衝突があるかとも思っていたんだが…

 

「コールドスリープ中にどんな心境の変化があったんだろうな?」

 

「コールドスリープ中に、と言うよりかはその前の件じゃないですか?自分では自分がやったスパイ行為は賞賛されてしかるべきもので、それを妨害したバクスター氏こそ弾劾されるべきだぐらいに考えていたのが、彼らの信奉する投票では全く逆の結果になった訳ですからね。そりゃあショックも大きいでしょう。」

 

「そんなものか。ま、約束した以上は守らねばならないしな。これでゾンタークスキントは再び純然たる戦闘艦だ。あとはこっちがどう家に帰るか、だな。」

 

「その事についてですが、ひとつ提案があります。これはSPUから買ったものですが、考慮に入れて頂ければと…」

 

そう言って大尉は一冊の分厚い本を差し出してくる。なるほど、これは今の状況を変えられる一手になるかもしれないな。

 

続く




SPU船長会は船長を務めていた人たちによって構成されるものです。SPUでは大体のことが直接民主制で決まりますが、船長職は船長経験がある人がやるのがいいだろうって事で召集されました。1人、自決してしまったイシュタム号の代表は一等航海士が代理で出ています。

今回もご意見ご感想よろしくお願いします!


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第四十二話 別離

コロナ陽性になる夢を見ました。車に乗ろうとしたらでかい警報音が鳴ってナビの所に!陽性者!って出た夢でした。なんだこのディストピアめいた夢は…
では、どうぞ。


帝国暦453年4月2日 ゾンタークスキント艦内

フォン・オイレンブルク中佐

 

帰還船の改造が終わった。改造といってもエネルギーパイプやらワープ装置の一部をいじってワープ間隔が長くなるようにしただけだが、これでも最高速度は3分の1程度位までには低下する。いかに宇宙を旅する人間がワープ技術に頼り切っているかよく分かる改造であるとも言える。

 

「これで…1番近い有人星系まで早くて10日といった所だな。これだけ有れば十分我々の位置を秘匿する事ができる。」

 

「ええ、バクスター氏には苦労をかけることになると思いますが。」

 

「なに、500人近い人間とはいえ10日だ。彼なら立派に統率していけるさ。不安点だったフェルト氏も大人しくなった様だしな。」

 

「艦長、ゲスト全員の帰還船への移乗が完了しました。」

 

「よし、忘れ物や取り残された学生なんかはいないな?」

 

「はい、彼らが来た時より綺麗になっているくらいです。ツァーン少尉は酒類在庫が一気に減って不満顔でしたが。」

 

「記念品だよ。Sマルクも全部使わせないと勿体無いだろうしな。他にこちらからやれる物もないんだ。それくらいの事はしてやろうじゃないか…」

 

ーーーーー

 

『では、バクスター船長。頼みますよ。』

 

『はい、艦長さん。もしこれからの帰還路で他の船に遭遇しても、通信したりはしません。帰り着くまでは我々はまだゾンタークスキントのゲストであり、帰り着いた後でも友人だと思っていますから。』

 

『…ありがとうございます。では、あと一つだけお願いがあるのですが。』

 

『なんでしょう?わたしに出来る事であれば最善を尽くしましょう。』

 

『もし、今後フェザーンに行く用事がありましたら、この封書を自治領主府へ届けてもらいたいんです。方法は何でも構いません。郵送でも、何なら封書丸ごと自治領主府の庭へ投げ込んでもらっても結構です。』

 

『分かりました。必ずお届けします。友人として、必ず。』

 

『もし、取り調べや、他の要因で誰かに渡すように言われたら…これは私も同じ気持ちで、友人に余計な危害を加えさせたくはありません。大人しく渡しなさい。中身は…お恥ずかしい事ですが、他愛ない内容の私信ですから、見られてもこちら側で私の家族構成が判明するくらいの事です。』

 

『分かりました。しかし、できるだけ守るようにはしますよ。』

 

『…よろしくお願いします。では、そろそろ。』

 

『ええ、また今度、とはいかないかも知れませんが、お世話になりました。この経験は忘れません。…では。』

 

握手の後、バクスター船長はエアロックの扉の向こうへ消える。3ヶ月近く同じ艦で過ごしてきて、船を失わせた張本人を友人と呼んでくれた彼との今生の別れだと思うと、少し胸の奥が熱くなる。

 

「ヨーマ号、係留索外れました。当艦より離脱します。」

 

「よし、手隙の者は艦橋へ集合させろ。見送りといこうじゃないか。」

 

艦橋へ登る階段の途中、様々な事を考える。帰還船からは接触しようとしなくても、何かしらの興味を持った一般船の方から接触を試みてくるのではないか。我々を探している叛乱軍部隊にぶつかってしまうのではないか。…不安を並べ立てればキリがないが、大丈夫、バクスター船長なら約束は守ってくれる。叛乱軍部隊は避けようがないにしても、あんな風にフェザーン国旗が描いてある様な船は近寄り難いものだろう。実際私も最初は海賊船かと疑った位だし…

 

「よし、では、我らのゲスト諸氏の幸運な旅路を願いつつ、帽振れ!」

 

と、ヨーマ号より通信が入る。映像付きだ。向こうも最後に別れの言葉を言いたいらしい。 

 

「おぉ…」

 

モニターに映された向こうの船橋には、どう詰め込んだか200人近い人数が勢揃いしていた。唯一の軍人で、奇妙な旅で奇妙な恋を成就させたキング君がいる。会う度に騎士道精神の話を聞かされたカドルナ氏がいる。毎日装甲擲弾兵連中と一緒になって艦内を駆け回っていた学生達もいる。

 

『我らが友人にして、懐かしき仮住まい、ゾンタークスキントに!万歳三唱!』

 

『フラー!!』『フラー!!』『フラー!!』

 

『さようなら、皆さん!また、いつか会える日まで!』

 

そう言い残すと、ヨーマ号は夜光虫のような光を帯びて消えていった。『またいつか会える日』か。私や彼らが生きている間にそれが叶うだろうか…?あの学生たちならこれから戦場に出てくる事もあるかもしれないが、そんな再会はできるなら避けたい所ではあるな…。

 

ーーーーー

 

「さて、別れを惜しむ時間は終わりだ。仕事を始めなくてはならんな。まず舞台衣装の選定から始めるとしようか。」

 

大尉がSPUの誰かから買った分厚い本、表紙には飾り文字で『ロイド宇宙船舶登録簿』とある。中身はカラー写真を中心にこちら側で運用されているあらゆる民用船舶のデータが載っている。出撃の時はずっとフェザーン船で通すつもりだったが、舞台俳優だって劇中で衣装替えをするんだ、我々もしたっていいだろう。しかもただ着飾る訳じゃなく実利も伴ってくるし…

 

「やはり艦の大きさは合わせるべきでしょう。140から160万t級で…これなんかどうですか?」

 

大尉が指差したのは「アベカーク」とある150万t級船だ。なるほど、船首の形も似ているし、少しずつ小物を付け足せば化けられそうな船ではあるが…

 

「船籍が欠点だな。マーロヴィアとあるが、確かこれはこちら側では辺境すぎて逆に有名な位の星だ。SPUの連中もよく冗談で使っていたレベルだ、そんな辺境の船がイゼルローン回廊の近くを彷徨くのは不自然だろうな。しかしこの船、姉妹船が凄い量いるな。この中からイゼルローン回廊辺りにある星系の船を探そう。」

 

「分かりました。えー…これ、エル・ファシル!こんな星が確か回廊出口辺りにありませんでしたか?」

 

「あー…時々威力偵察戦隊が進出する所にあったな。…よし、この船にしよう。船名は?」

 

「カシー。エル・ファシルのカシーです。なんだか間抜けな響きですが…」

 

「それ位の方がいいさ。…偽名まで厳しくては親しみがないだろ?」

 

「それもそうですね。では、この写真を元にお色直しですね。黄色いラインと…頭の上に生えてるブレードアンテナは予備部材でハリボテができますかね。」

 

この改造工事が終われば、イゼルローン回廊を目指す。途中で1、2隻位の戦果をあげていきたいが、我が艦と乗組員の前途に大神オーディンの加護があらんことを…。

 

ーーーーー

宇宙暦762年4月4日レイダー捜索隊第13小隊 巡航艦フェートン艦内

ジョセフ・バーネット中佐

 

『それで、何か喋ったか?』

 

マルドゥクを越えてハイネセン方面に進出してすぐ、本隊から指定された小惑星帯に入ってみたら、一つの岩塊に隠れるようにしていた船を見つけた。停船命令を発したら急に転舵して逃走を試みるような動きを見せたので、これこそ探していたレイダーに違いないと思って射撃し、無理やり停船させたが、脱出したシャトルの乗組員を収容してみると、どうやら見当違いであったらしい。

 

『いえ、船名はマンタ号、船籍がシャンプールという事以外は目的地も積荷が何かも…『令状を持って来い』の一点張りで…』

 

『そうか、面倒な手合いを捕まえちまったもんだな…』

 

『あ、でも大体の素性は分かりましたよ。砲術科にシャンプール出身者がいまして、彼が言うには…『筋金入りのろくでなし』だとか。』

 

『ギャングか何かか?すると積荷は密輸品と思うのが妥当か。船内捜査をする必要があるな、消火は上手くいきそうか?』

 

『はい、現在二酸化炭素の注入中で、熱源は徐々に弱まっているとの事です。命中位置からして放射能漏れの心配もないでしょうし、1時間後には。』

 

はるばるシャンプールから出てきて帝国艦を探してると思ったら結局実際にやってる事は密輸船の摘発か。レイダーもどうせならこういう連中ばかり喰ってくれればこっちが楽になっていいんだが…向こうも胃もたれはしたくないって事か…?

 

続く

 

 

 




名前だけは出てきたバーネット艦長の出番が来ました。彼と喋ってるのはフェートンの乗組員の誰かで、名もなき同盟軍人です。ヴィドックもビュコック少佐もまだ遠くにいますからね。
今回もご意見、ご感想お待ちしております。


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第四十三話 確信と邪推

お気に入りが170件を突破しまして、誠に有難うございます!もう失踪はしないようにします。
では、どうぞ。


宇宙暦762年4月5日 レイダー捜索隊旗艦 戦艦モンジュ艦内

A・ビュコック少佐

 

『つまり、そのマンタ号とかいう船は他の船から何かしらの密輸品を受け取るはずだったのがまだ会えずにいる、という事ですか?』

 

『ああ、どうやらそうらしい。一応君はまだ臨検戦隊の取りまとめ役のままなんだろ?こういう場合はどうしたもんかと思ってね。その密輸船の片割れを探すか、予定通りレイダーの捜索を続けるか…』

 

出し抜かれた。レイダーの奴は既にマルヴィクの向こう側だ、間違いない。LH-112船団から1隻消滅して破片も見つからないという時点で決断すべきだったのに…!

 

『私としては密輸船の方を探した方がいいと思うがね。レイダーはまだマルヴィクを抜けてないかも知れないんだろう?』

 

『いえ、中佐、マンタ号には元の乗組員と臨検隊を乗せてシャンプールなりハイネセンなりへ送り返して、フェートンはそのままレイダーの捜索行動を続けて下さい。それについての戦隊命令書はおって送付します。』

 

『ふーん…君はレイダーが我々の近くにいると思っている訳か…。出来ればその理由を聞かせて貰いたいね。』

 

『はい、まず密輸などと言う後ろ暗い事をしようとする連中は基本的に時間を守ります。』

 

『社会の最低限のルールを守らない奴らが時間だけは守るとは面白いな。それで?』

 

『ええ、奴らの中には社会一般とは別のルールが形成されている様なものですから。さらに先程の話…マンタ号の乗組員は『筋金入りのろくでなし』だとか。つまり密輸に関してそれなりの経験を積んでいるプロだと言うことです。そんな連中は会合点に現れない待ち合わせ相手を何週間も待つなんて事をしません。囮捜査を疑ったりしますからね、待って2、3日でしょう。』

 

『ははぁ、つまりここ数日でその密輸船の片割れが行方不明になったという事か。で、それをやったのがレイダーだと?』

 

『おそらくそうです。いえ、間違いないでしょう。密輸船というやつは時にはその船の値段の数倍はするような積荷を運ぶ事もありますから、案外事故損失というのは少ない傾向にあるんです。少し前に船団に所属していた船が逸れた後に行方不明になる事案も起きています。レイダーがどうやってマルヴィクの隘路を抜けたかは不明ですが…本隊もすぐそちらへ集合させます。』

 

『そうかそうか。つまり、レイダーに一番槍をつけるのは我々かも知れないって事だな。分かった。また連絡しよう。では!』

 

しかし、数日前にレイダーが襲撃をやってのけたという事は、確実に我々が奴に近づいている証でもある。さんざん無駄足を踏まされ、裏をかかれたがあと少しでやつの首に手が届く、そんな段階まではこれている筈だ。…上手くやる、やってみせる。

 

ーーーーー

帝国暦453年4月7日 ゾンタークスキント艦内

フォン・オイレンブルク中佐

 

「どうだ、ケンプ曹長。大分見た目が変わっただろう。」

 

「はい、近くから見ても十分別の船に見えますよ。色を塗り替えるのと小物を付け足すくらいでかなり印象が変わるものですね。これならもう一度臨検を受けてもバレないんじゃないですか?」

 

「外見は変わっても中身は変わらずフェザーン仕様だからそれは厳しいだろうな…よし、回ってみて気になる点が無ければ着艦許可を出すぞ、ご苦労。」

 

「了解しました。ワルキューレの調子も好調です。オーバー。」

 

小物の中で一番大きくて目立つブレードアンテナはワープにも耐えられる仕様にする為に苦労したが、何とかそれらしいものが出来た。無論外見だけの代物だから実用性は0だが、ケンプ曹長の言う通りぱっと見る限りでは別の船に見える。…改造したエンジンを積んでいる艦尾の膨らみ具合は誤魔化せなかったが、それでも人はより目立つ構造物の方に目がいくはずだ。これで我が艦は立派にフェザーン船マレタ号からエル・ファシルのカシー号に変身を遂げた訳だ。

 

「よし、ワルキューレ1番の収容が終わり次第出発だ。とりあえずの目標はこの星系だ。バクラン…ね、無人の星系のようだが、警戒は怠らないように。」

 

「はい、艦長。収容作業終了次第予定航路に出ます。」

 

…さて、またもや再出発だ。イゼルローン回廊へ向かいつつ、命令電文にあった補給・通信網の撹乱若しくは遮断か…丁度よくすぐには通報されないような位置に丁度よく非武装の中継ステーションでも有れば遂行できるというレベルの命令だが…可能性は0に近そうだな。

 

ーーーーー

同日 ゾンタークスキント艦内 

V・クンツェ中尉

 

SPUの連中が去って、思えばカーターとの三次元チェスはこっちが負け越したままで終わってしまった事を考えていると、私を呼ぶアルコール臭い声がする。

 

「あ!中尉!どうです?」

 

「どうです?じゃない、私はもう二度とお前の酒は飲まないと決めているんだ。…ま、話ぐらいには付き合ってやる。」

 

「だってアレは無理矢理呑ませた訳じゃありませんよ。第一たった1、2杯でああなっちゃうとは予想出来ませんでしたし…」

 

「…そういう帝国人もいるんだよ。で、何かあるから呼んだんだろ?」

 

「あぁ、そうでした。中尉は艦長がバクスター氏と別れる時に封書を渡してたの見てましたか?」

 

「あ?…ああ、あれか。私信だって言ってたが…」

 

「それですよ、私が知るオイレンブルク艦長という人は私信なんて弱みの塊みたいなものをいくら友人と思っているからといって、出会って数ヶ月の人間に託すような人物では無いと思っていたんですがね。」

 

「うーん、そんなもんか。誰だって故郷は恋しいものだろ?あの堅物のフランツィウス大尉だって、本人ではバレてないと思ってるがロケットの中の写真を見てる時の顔は直視できたもんじゃないぞ。ロマンス小説にあるような恋人を想う微笑み、って言うのはああいう顔の事を指してるんだろうなって代物だ。」

 

「いえ、艦長が故郷を懐かしんでるとか、女々しくなってるとかそう言う事を言いたいんではなくてですね、気になってるのは、何かしらの考えがあってああいう事をしたんじゃないかって点です。」

 

「考え?…どういう事だ?」

 

「まず、バクスター氏は…まぁ、善良な人ですから誰かに封書の中身を見せろって言われた所でハイそうですか、とやる様な人ではないでしょ?でも叛乱軍側としたら敵方からの文書です。何とかして手に入れようとするでしょう。それを見越して、ゾンタークスキントがこれから向かう先がまたフェザーン回廊方面だ、とかいう類いの偽情報が書かれているんじゃないか、そう考えた訳です。どうです?この説は。」

 

「…艦長が故郷を懐かしんでるってよりかは頷ける説だと思うがね。先にバクスター氏がなにがしかの好奇心を発揮して覗き見でもしてしまったら直ぐにバレるような内容を書くかね?」

 

「そこは彼への信頼でしょう。信頼しつつ利用しているとなれば…艦長も中々辛辣な人ですね。」

 

信頼しつつ利用している、ね。確かに軍人や医者という人命に関わる職業は利用できるものが有ればとりあえず試してみようとするものだし、別にそれは悪いことであるとも思わない。いや、思ってはいけないんだ。

 

「ま、あの封書の内容がどんなものであるにせよ、艦長のやる事だからな、我々乗組員に害を及ぼすなんてものではないだろ。…そうやって推理ごっこしている位なら直接艦長に聞いてみればいいじゃないか。一応艦長副官って仕事なんだから。」

 

「いやー…一応艦長の前では真面目な副官で通ってますから、こんな探偵めいた事を考えてるとは、とてもとても…」

 

驚いた。こいつはいつか酒を鹵獲するかしないかって艦長に掴みかかりかけたのを覚えてないのか?艦長も能力はどうあれ、絶対に「真面目な副官だ」なんて感想は持っていないと思うが…まぁ、自分でそう思ってるんなら別に訂正する必要もないか。

 

続く




クンツェ中尉の名前はフィクトール、Viktorです。そろそろ、というか日常パートは苦手なので、次回は動きます。毎回激動すれば良いじゃないかと思いますが…こう、ステーキにも付け合わせは必要かなって思うタイプの人間なので…拙くても入れたくなるんです。

今回もご意見ご感想お待ちしております。


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第四十四話 危険の足音

陸軍記念日です。奉天会戦においてクロパトキンが鴨緑江軍を第三軍と間違えた理由に、日本側の馬賊を使った情報工作があったんじゃないかって言う説を見たんですが、そんなロシアが馬賊の話を鵜呑みにしますかね…
では、どうぞ。



帝国暦453年4月9日 バクラン星系外縁部

G・W・ケンプ曹長

 

「♪帝国とはなんぞや?ヴァルハラ系か?キフォイザーか?オーディンの果樹が実る地か?ゾーストの名勝か?いや、否、否、否!我が祖国はもっと巨大なはずだ!」

 

大型の交通路があるというこの星系に着いて3回目の索敵飛行も相変わらず順調だ。1機分のスペアパーツが出来たおかげで我々の蛮用にも十分耐えてくれている。こういうワルキューレが好きなんだ。索敵レーダーの画面に至っても整備班が出撃のたびに磨き上げるせいもあって汚れの一つだって見当たらないし、次の獲物も案外すぐ……?…!まずい!

 

画面端に映った極小の影、もしこれだけだったら宇宙に何千億単位である小岩塊やデブリかも知れない。しかしその影があり得ない軌道を描きつつ高速移動していたら話は180度違ってくる。あの動きはアルテナで毎日の様に見た叛乱軍艦載機の哨戒行動だ。少しレーダーを切るのが遅れてしまった。もし奴が逆探を入れているとしたらまずい所の話ではない。すぐに戻らなければ…!

 

ーーーーー

 

「間違いなく艦載機の影だと言えるんだな?」

 

「はい、この右腕をかけても構いません、艦長。」

 

「よし、君の経験と目を信用しよう。すると…どう思う?宇宙母艦が出てきているかな?」

 

「思いますに、この辺りに大型の母艦がいる可能性は低いと考えます。といいますのも、叛乱軍部隊の宇宙母艦艦載機の運用は基本的に複数機よりなる編隊によって行われています。そうする事で機体性能の不利を補おうという策のようですが…とにかく、今回の影は単機行動でした。巡航艦か戦艦級の索敵・直掩機かと。」

 

「そうか。一安心だな。ありがとう曹長、悪いが暫くワルキューレの索敵行動は見合わせる事になる。」

 

「了解しました。では、整備に努めます。」

 

艦に逃げ帰ってくるまで追跡は受けていなかったようだが、どうも心配だ。叛乱軍のパイロットが不注意な奴である事を祈るしかないか。

 

ーーーーー

暫く後 ゾンタークスキント艦内

フォン・オイレンブルク中佐

 

「さて、諸君。どうするか決めたいが、まず意見を聞きたい。1、すぐにこの星系からの離脱を図る。2、ワルキューレが発見されていないことを信じて現在地に留まり、隠れ通す。3、あえてこちらから仕掛け、敵艦を撃砕する。…これは無謀すぎるな。」

 

「敵艦載機は索敵行動中だったとの報告がありました。だとすれば逆探を使用せずに向こうのレーダーだけで索敵していた可能性もあります。1番は追跡らしきものは受けなかったとの事ですし、下手に動いてボロを出すより、現在地に留まるのが良いのでは?」

 

「…1つの可能性のみを頼って動かないのも危険ではありませんか。索敵行動という事は、その網を現在地にまで広げてくる可能性はかなり高いと考えられます。そうなれば先に発見されて、敵に先手を取られる事態になりかねません。可及的速やかに離脱行動を取るべきです。」

 

「砲術としては大尉の意見に賛成します。今のように機関を落としたまま留まっていてはもし接敵のあった時に主砲が一斉射しか出来ません。…恥ずかしながら巡航艦や…ましてや戦艦を一撃で戦闘不能にできるとは言い切れない以上、ある程度の機関出力は確保しておいていただきたい。」

 

「もし見つかる羽目になっても小惑星帯に泊まっている船より通常航行中の船の方が不審ではありません。変装もうまく出来た事ですし、案外誰何だけなら切り抜けられるのでは?」

 

「それは楽観論だが…私の意見も即時離脱だ。理由はほとんど大尉の言った事と同じだが、もし戦闘になった場合に出来るだけこちらに有利な戦場設定に持ち込みたいというのもある。他に意見は?…無いようだから離脱に決する。」

 

「了解しました。ではアンカーの解除と…戦闘配置は?」

 

「まだ見つかったと決まった訳では無いし、緊張の糸を張りすぎて途中で切れてしまうのもコトだ。とりあえず通常配置のままでいい。叛乱軍の方も通常航行中の商船を発見していきなり撃つなんて真似はしないだろうし…」

 

…見つかってはいない、現状はそうだろうが、確か叛乱軍艦艇の艦載機数は巡航艦で3機、戦艦ではもう少し多いはずだ。たかが3機だが、それだけ有れば巡航艦そのものの索敵能力もあわせて、一つの星系全体の検索位ならすぐに終わるだろうし、残念ながら発見されるのは避けられないだろう。そんな中での曹長の知らせは正に不幸中の幸いだ。少なくとも心の準備だけは出来るようにしてくれた訳だからな…

 

ーーーーー

同日 レイダー捜索隊第13小隊巡航艦フェートン艦内

J・バーネット中佐

 

『レイダーに一番槍をつける』なんて事を言ってはみたが、結局あの密輸船を送り返して以来会ったのは小さな民間船が2隻だけだ。ビュコックはやけに深刻そうな面でいたが、本当にいるのだろうか?索敵用にスパルタニアンを出しても接敵報告も無いし、第一出す度に…

 

『2番機に着艦許可。後部スラスターに注意!』

 

そら来た。そう思った瞬間、艦全体が震え、いや、揺さぶられて耳障りな衝撃音がする。

 

『…2番機、着艦しました。』

 

『よーし、この感じはどうせグレイだろ。すぐにつかまえて艦橋まで来るように伝えろ!』

 

『はっ、それがグレイ軍曹の方も報告があると言ってますが…』

 

『なら好都合だな。ついでに聞いてやるからその前に…』

 

言い切る前に扉が開いて、右後ろから大きな声がする。

 

『グレイ軍曹、報告事項がありまして参りました!それでですね…』

 

『気をつけ!まず報告の前に私の話を聞いてもらおうか。軍曹、先程君に出した許可は何かな?』

 

『はっ、着艦許可であります!』

 

『分かってるじゃないか、そうだ着艦許可だ。決して衝突許可や墜落許可を出した訳じゃないぞ!この前の着艦ベイの空気漏れの原因は誰だと思ってるんだ?』

 

『さぁ?』

 

『さぁ?じゃない!君の着艦が荒いからあんな事になるんだ!…そのうち君の命まで危うくなるぞ…はぁ、今回は反省文を15枚書いて3日以内に持ってくる事。それまでスパルタニアンには指一本触れるな。で、報告というのは?』

 

『はっ、哨戒行動中に一瞬だけ対レーダー反応があったんです。』

 

『…で?その発信源は確認したのか?』

 

『いえ、一瞬でしたし、推進剤の残量も心許なかったので、大まかな方向が分かっただけで…発信源が具体的にどのようなものであるのかは不明です。』

 

『対レーダー反応、ね…スパルタニアンのレーダーに艦影のようなものは映らなかったんだな?』

 

『はい、何も。』

 

そうなるとおかしな事になってくる。もしこの宙域にレイダーがいたとして、奴も帝国艦だ。常識的に考えてみれば帝国艦単体のの電子戦能力はそんなに高いものではない。そうなると資料にあるような150万t級の船がこっちのレーダーに映らないで向こうのレーダー波だけ届くなんて事はないはずなんだが…

 

『艦長…?』

 

『ん?ああ、軍曹、君はもう行っていいぞ、報告ご苦労だった。反省文の件は忘れないようにな…』

 

もしかしたらレイダーの目的は商船を襲撃するだけじゃなく、同盟領の測量やら、そういった攻勢準備的な任務もあるのかもしれない。そう考えると偵察艦級の電子戦装備があると言われても疑問はないが…それこそ単艦にやらせるには少々重責すぎないか?それに、そういう任務に使う機器は総じて艦の容積を使うものだ。だから向こうもこっちも強行偵察艦なんていう専門のやつを造っている訳だし…分からんな。

 

『本隊の到着予定はいつだったか?』

 

『はい、おそらく…1番近い所にいるイソタケルも1日以上はかかる位置にいますので、早くて明後日以降かと。』

 

『そうか…とりあえずこのまま哨戒行動を続行しつつ、軍曹が言っていた方位へ向かう。砲術長…はいないんだったな。あー、次席に主砲と側砲の準備を万端にしておくように伝えろ。』

 

さて、もし見つけたとして…本隊の到着を待つかどうするか…

 

続く

 

 

 

 

 




冒頭でケンプ曹長が歌ってるのは「Was ist des Deutschen Vaterland」って歌の銀河帝国版です。良い歌ですよ。本当大ドイツ主義って感じで。

フェートンの砲術長が不在なのはマンタ号の監督官としてついていったからです。

今回もご意見・ご感想よろしくお願いします!


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第四十五話 バクラン星域の戦闘 1

急に暖かくなりました。

では、どうぞ。


帝国暦453年4月10日 ゾンタークスキント艦内

フォン・オイレンブルク中佐

 

戦闘配置は命じていないが、どこか艦全体に緊張の空気が満ちている。当たり前だ。いつ背後から、真横から、或いは前方から遥かに優勢な敵がやってくるのか分からない状況に置かれれば誰しもがこうなるだろう。少しでも怪しまれたり、発見されたりする確率を下げるためにレーダーも切っているから心細さも数倍だ。頼りになるのは襲撃部屋で監視している大尉の目だけ。

 

「暗い夜道を松明1本で、狼にびくつきながら歩くのさ。…例えが月並みすぎたかな?」

 

「いえ、この嫌な雰囲気を表現するには格好の例文だと思いますよ。背中に嫌な汗をかく感じです。」

 

「全くだ。こんな事ならもっと回り道をすれば良かったな。叛乱軍も我々の尻を追い回してないで、書類にあった統合整備計画とやらに取り組めばいいのにな…」

 

そんな話をしていると、下から冷静な大尉の声がする。

 

「光点視認。5時の方向、マイナス20度です。中速。」

 

「ザオザオのお出ましか。全く人の噂というものはするもんじゃない。戦闘艦か?艦種は?」

 

「まだ不明ですが…進路を変える様子はありません。どうやらこちらを既に見つけている様子からすると、やはり叛乱軍艦艇ではないかと。」

 

「よし、交代だ。…大尉、全艦戦闘配置。面舵25、速さそのまま。」

 

さて、見つかっているとなればよし、上手いこと誤魔化せるかそれとも…

 

ーーーーー

 

「…見えた。今何時だ?記録してくれ。0816、敵艦見ゆ。下部にアンテナ、主砲らしきもの6、叛乱軍の標準型巡航艦と認む。…艦首に紋章…帆船と蛇かな…」

 

艦を少しずつ右に、つまり太陽側に寄せたため、敵巡航艦の位置は我々から見て8時方向になった。上手く太陽を背にすることができて、ここまでは順調だ。

 

「よし、いいぞ。敵は本艦と並航する体制をとりつつある。」

 

「艦長、こちらでも視認できました。周囲に敵艦載機らしき物なし。」

 

ありがたい。巡航艦だけでも荷が重いのに周囲を危険な羽虫に飛び回られては敵わないからな。まだ勝負すると決まった訳じゃないが…

 

「マイクを。よし、全員そのまま聞くように。こちらは艦長だ。これより本艦は敵巡航艦と接触する。上手く切り抜ける事が出来ればよし、が、もし戦う事になった時は諸君らの全力を尽くして欲しい。…以上。命令あるまで待機せよ。」

 

「いいか。あの若造のおかげでこちらの人相が割れている可能性があるから直接通信はしない。通信機は原因不明の要因で故障中だという事にして、敵艦との交信は発光信号か側面の信号掲示版で行う。それから発光信号は下手くそにやるように。相手を苛つかせるのも手の内だ。いいな?」

 

「「「はい!艦長!!」」」

 

ーーーーー

 

「来ました!敵巡航艦より発光信号!『貴船は何なりや、本艦と交信せよ。』」

 

「意味が分からないから繰り返せと伝えろ。」

 

『貴船は何なりや』ときたか。高圧的ではあるが、いきなり撃ってくるような手合いではないようだ。よく見れば艦尾に近い所に艦載機らしい箱型が3つ程くっついている。アレを出されると嫌だな…

 

「信号旗です。V、H…『貴船の識別コードを示せ』」

 

「識別コードね。カシーのは…これだな。いいか、P、K、Q、Iだ。間違えるなよ。」

 

「敵艦、近づきます。距離3000。」

 

「更に信号、『目的地は何処か』」

 

「細かい事まで知りたがる奴だな。余りしつこい男は嫌われるぞ、あー、エル・ファシルだと言え。我々は帰宅途中の商船だ。」

 

「現在の距離2000!」

 

近づいてくれるのなら歓迎だ。我々はインファイトなら得意だからな。接舷するようなら逆襲をかけてもいいが…いや、そういえば叛乱軍の巡航艦に接舷機能はないんだった。役立たずめ…

 

「信号、変わりました。I、K……艦長、IKは信号表にありません。」

 

「くそっ、合言葉か!敵はそういうのが好きだな。返信しなければまずいだろうが…距離は?」

 

「1300!」

 

「更に信号!『貴船の第二識別コードを示せ』」

 

「IKはそういう意味か?どちらにしろ分からんぞ。…手詰まりだな。」

 

事態ここに至れば我々のやる事は1つしかない。敵に対して攻撃行動をとり、奴が沈むか、こちらが沈むか。大丈夫、向こうはまだ疑っている段階だ。先手も取れる。位置もよし、距離も必中距離だ。

 

「全員聞け!本艦はこれより帝国巡航艦ゾンタークスキントとして、戦闘行動に移行する!偽装壁開け!機関最大戦速、取り舵一杯!!」

 

スラスターのおかげで艦体は一気に90度回転する。目の前には緑色の敵艦の横腹が映し出される。今!

 

「舵そのまま、主砲…斉射!」

 

艦首から放たれた口径30cmの光線が敵の艦体を捉え、切り傷のような痕をつける。

 

「舵中央、下げ舵50!敵の艦尾下を抜けるぞ、右舷則砲は通過時に艦載機を狙え!」

 

「右1、2、3、打て!」

 

「命中!…誘爆発生中と認む!やりました!」

 

「まだだ!主砲は浅かったし、艦載機の誘爆はバイタルパートには届かないようになっているはずだ。ここからが正念場だぞ!面舵だ!敵の背後につけろ!」

 

ーーーーー

同時刻 巡航艦フェートン艦内

J・バーネット中佐

 

『被害状況知らせ!応急処置班は被弾箇所へ!急げ!』

 

情報が違った。レイダーの外見はカーク級貨物船の色を変えただけ位のものだったはずだが…お陰でシールドを張る間もなく初撃を食らってしまった。

 

『第2艦橋、通信途絶!電路遮断の模様!』『3番純水タンク破裂、機関室に浸水あり!』『パイロット待機室、応答なし!火災発生警報!』

 

『第2艦橋には伝令を走らせろ!砲に損害はないな!?』

 

どうやらもうスパルタニアンは使えない。だが、初撃でやられた箇所は決して艦の命運を左右する所ではなかったのは幸運だ。まだ挽回するチャンスは残されている。

 

『敵艦、背後で旋回しつつあり!』

 

『主砲の射界に捕らえるんだ、舵そのまま、…下げ舵一杯、機関全速!正面衝突する覚悟でやれ!』

 

フェートンはその場で前転するような機動をとる。こんな動きは艦隊行動教範に従えば0点だ。だが命をかけた戦闘中に教範なんぞ気にしていた奴が今いるのは軍病院か天国という事を鑑みると、実戦で1番物をいうのは理論ではない事がよく分かる。

 

『5、6番!敵が射界に入り次第打て!』

 

こっちは歴とした戦闘艦だ。あんな紛い物にいつまでも好きにさせておくなんて事は許されない。同盟宇宙艦隊の誇りに関わる問題だ…!

 

ーーーーー

ゾンタークスキント艦内

フォン・オイレンブルク中佐

 

「前転か、戦闘艦がワルキューレじみた事をするもんじゃないぞ。蝶は蝶の踊りをさせておけばいいんだ、他人の領分にまで手を出すと危険だと誰かあいつに教えてやれ!」

 

とはいえ、6門の主砲が脅威である事には変わりない。まともに当たれば…想像しない方が身のためだな。…下から迫る敵艦の艦首に発射直前を示す燐光が見える。まさに恐怖の象徴たる光だが、突然訪れる死より予告された死の方がマシだ。どうにでも対応策が練れる。

 

「こちらも下げ舵だ。正面から突撃して敵の上面を抜けてすれ違うぞ!機関室、こちらの合図で一杯に回せ!機関が焼けても構わん!」

 

凄まじい相対速度で互いの艦首同士が過ぎあう。瞬間、敵の艦首砲から伸びる光線が頭上を通過し、衝撃音が伝わる。

 

「ハリボテが撃ち抜かれたか。作るのに苦労した割には短い寿命だったな。他に損害は!?」

 

「ありません!未だ本艦は全力を発揮可能!」

 

「大変結構!」

 

ーーーーー

巡航艦フェートン艦内

J・バーネット中佐

 

『くそっ、反応が遅いぞ!砲術長がいないと主砲もまともに操作できないのか!?』

 

頭上を見上げると、レイダーの上面が後ろに向かって流れていくのが見える。どうしても背後に回り込みたいらしいが、そうはさせない。

 

『右の奇数番スラスターと左の偶数番を吹かせ!ロールするんだ!側砲を敵の頭の上に叩き込んでやれ!」

 

こっちが真上には撃てないと思ってすれ違いにかかったんだろうが、宇宙空間に上とか下とかいう概念を持ち出すのが決定的な誤りだって事を教育してやる!

 

急速に揺さぶられるような感覚の後、右舷のビームが敵に向かう。

 

『やったぞ!』

 

確実にビームは敵の艦尾を捉えた。レイダーは何の反応も示さずにそのまま後ろへ離れていく。まさか効いてないなんて事はないはずだが…

 

『艦長!やりました!!敵艦、大火災です!』

 

諸撃の被弾によって一部抜けがある後部モニターに振り返ると、レイダーはその中央から艦尾にかけて大量の煙を吹き出し、合間合間には赤い光が見え隠れしている。

 

『行き足も落ちているようです!大破確実ですね、艦長。』

 

『よし、敵の左側面に回って止めを刺すぞ。艦を立て直して面舵だ。…そうだ、本隊にも伝えておけ。巡航艦フェートン、レイダーを撃沈せんとす、とな!』

 

奴が正体を現した時はひやりとしたが、何とかなりそうだ。勝利の女神とやらがいるとすれば、今回は我々に微笑みかけてくれたようだな…。

 

つづく

 

 

 

 

 

 




宇宙空間の戦闘って描写が難しいですね。絵心が有れば挿絵かなんか付けるんですが、どうも疎くって。
整理すると、並航状態→ゾンターが左に90度旋回して攻撃→そのまま巡航艦の艦尾を抜ける→巡航艦縦に180度回転→ゾンターは巡航艦の上面(回転したのでゾンターから見て下)を抜ける→巡航艦は90度回る→ビーム発射、って感じです。整理しても分かんない…

同盟軍巡航艦の副兵装がよく分からないので、両側面にある四つの穴は小型ビームという事にしました。

今回も、ご意見ご感想よろしくお願いします。


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第四十六話 バクラン星域の戦闘 2

少し空いてしまいましたが2編目です。
お気に入りが180を超えました、大変ありがとうございます!

では、どうぞ。


帝国暦453年4月10日 ゾンタークスキント艦内

フォン・オイレンブルク中佐

 

「曹長、1、2番機とも準備はいいか?」

 

「機体、射出装備よし、いつでもどうぞ!」

 

「敵艦、後方で右に旋回中!本艦の左舷につくようです。」

 

「結構、攻撃してくる素振りは無いな。どうやらうまく死んだふりにかかってくれたか。」

 

まさかあの体勢からロールして撃ってくるとは、中々立派な敢闘精神だとは思う。が、向こうにとって不幸だったのは命中箇所がゲスト用船室と船倉だった事だ。バイタルパートはまだ無事だし、ゾンタークスキントはまだまだやれる。火災に偽装して張った煙幕の間からワルキューレを出せば、一気にこっちが有利になる事間違い無しだ。

 

「いいか、ワルキューレの短距離ビームの必中距離まで引き寄せろ。うちのは1門しかついてないんだからな。…よし…そのまま…今!射出しろ!」

 

艦の両舷から煙幕を突き破って我らの愛すべき分身が放たれ、すぐに翼部から細い光線が敵に向かって発射される。だいぶ無理の大きな射出姿勢だったが、ああも早く体制立て直して攻撃に移れるのはさすがと言える。

 

「やった!当たったようです。敵艦中央で小爆発!対空砲火が上がってます!」

 

「やはりワルキューレのビーム1門では小爆発程度の損害しか与えられないか。…2人には落とされないようにしつつ機会があったら攻撃しろとつ伝達!主役の再登板だぞ、煙幕止めろ!取り舵一杯、主砲用意!今度は全力を敵側面に叩き込んでやれ!」

 

速度を落としていたおかげで小回りは効く。敵は今ワルキューレの方に気を取られているはずだし、とにかくこの数秒で勝負は決まる。

 

ーーーーー

巡航艦フェートン艦内

J・バーネット中佐

 

『敵から飛翔体が射出されました!』

 

『脱出ポッドか何かか?撃つなよ。できるなら捕虜にして情報を…』

 

『…いえ、あれは…!ワルキューレ!!』

 

オペレーターの絶叫が聞こえた途端に艦橋全体に衝撃が伝わる。ワルキューレ…!?そうか、艦載機!グレイ軍曹のとらえたレーダー波の発信源はこれか。レイダーは商船じみた見た目をしているくせに短剣よりもっと危険なものを隠し持っていたという事だ。

 

『損害報告と対空戦闘だ!必ず落とせ!これ以上小蝿に好き勝手させるな!』

 

『第2配電盤が発火!左舷の電力系が落ちてます!奇数番対空砲が旋回も照準も不能です!』

 

『旋回が出来ないなら手動で回して目視で打て!何のためにハンドルがついてると思っているんだ!』

 

『主砲のエネルギーパイプがどこかで遮断されています。1、2、3番は充填率60%で停止!』

 

『敵艦、こちらへ回頭中!』

 

『右舷砲は!?何をやってるんだ!』

 

『通信が途絶してます!…おそらく先程の揺れは右舷の…』

 

『くそっ!なら面舵だ!少しでも被弾面積を減らして…』

 

『ビーム来ます!目標は本艦…!』

 

やられる…?あんな軍艦もどきなんぞに我々が、そんな、そんな馬鹿げた話があってたまるか…!

 

ーーーーー

ゾンタークスキント艦内

フォン・オイレンブルク中佐

 

「命中!敵艦、各所より火災発生の模様!」

 

主砲は2つとも見事に敵の側面を穿った。30cmといえどもまともに当たればただでは済まないはずだ。…少なくとも戦闘状態を維持できるとは思わない。

 

「誘爆してます。位置から考えてエネルギーパイプ沿いに火が広がっているんでしょう。ああなればもう艦全体の統一行動は無理ですね。」

 

「…ワルキューレを収容する。ワープは出来そうか?」

 

「先程の被弾箇所の消火には成功しましたが、外壁に穴が空いた状態である事は変わりません。ワープするには船外作業が必要になるかと。」

 

「では、とりあえず今やるべきはこの場を離れる事だ。ああも景気良く燃えているんだから向こうも死んだふりをしてるって事はないだろう。…が、奴が見えなくなるまで戦闘配置は継続する。」

 

こちらも損害を受けたが、せいぜい一時的にワープができなくなった程度だ。小破といった所だろう。…修理ドックでは艦内火災が起これば損害がどうであれ中破扱いになるが、一体あの謎の基準は何を基にして作られたものなんだろうか…?

 

ーーーーー

巡航艦フェートン艦内

J・バーネット中佐

 

…右足が熱い。身体全体も。視界は赤いし、耳鳴りもする。が、何故だか意識ははっきりしている。…頭に血が上るという言葉があるが、逆に血が流れすぎたかな。

 

『誰か、生きてるやつはいないのか!?航海長!コールドウェル少佐!』

 

艦長席の右前にある航海長席を見ると、少佐は先ほどと寸分違わず姿勢で座っていた。一つだけ、何かの構造物が彼の胸に生えたように突き刺さっている事を除けば。

 

『…君に昇進の先を越されるとは考えてもみなかったな。6歳も年下のくせに大佐殿とはな。だが、私もまたすぐに追い抜くぞ。君が佐官の最高位なら、こっちは将官だ。』

 

問いかけに応える声や呻き声の一つも聞こえない所から考えるに、艦橋はどうやら全滅だ。最高責任者は最後に退艦するものであって、最後まで生き残るなんてことは無いと思っていたが…

 

『艦橋、艦橋!機関室です!艦橋、指示を!』

 

…まだ有線は生きているか。奇跡に近いが、もう出来ることは…いや、

 

『こちらは艦長だ。残念ながら現在艦橋は人事不省状態となっている。…機関室はどうだ?』

 

『3番と、4番の融合炉も止まりました。電力変換室の様子は分かりませんし、人員も…』

 

『そうか。分かった。なら、1、2番の出力を全開にして機関科員は退艦せよ。総員退艦命令も追って出す。』

 

『…しかし、それでは機関が焼け付いてしまいます!安全装置が作動しなかったら熱暴走してしまう可能性も!』

 

『構わん。どうせもうフェートンは廃艦同然だ。それより返事はどうした?』

 

『…了解しました。艦長。』

 

よし、後は艦内マイクで退艦命令を出して…自分自身は民主共和政へ最期のご奉公だ。

 

ーーーーー

ゾンタークスキント艦内

フォン・オイレンブルク中佐

 

「さらに誘爆しています。艦首部も…あれではもう主砲は無理ですね。。」

 

「…よし、敵の戦闘能力は喪失したと判断する。ワルキューレの方は何か言ってきたか?」

 

「1番機は無傷のようですが、2番は右翼後方が削れているとの事です。着艦は可能ですが、できるなら誘導ビームを出して欲しいと。」

 

「そうか。とりあえずアレにいつまでも原型を保たれるのは精神衛生上よくないな。…5分後に撃沈するから退艦するなら早くしろと伝えろ。主砲は準備。1番は後部上方のタンク状の構造物、2番は艦首部に照準。」

 

「了解しました。主砲に伝えます。」

 

「敵艦より艦載艇らしきものが離脱しています。脱出作業が始まったようですね。拾いますか?」

 

「さすがにそんな事までしている余裕はないな。ゲスト用の部屋も焦げてしまった事だし、彼らにはしばらく不便な宇宙の旅を満喫してもらうとしよう。」

 

ともあれ、これで撃沈リストに叛乱軍巡航艦1隻が追加だ。あの武装商船を含めなければ初めての正規の戦闘艦の撃沈記録、初めて軍工廠でこの艦を見た時はなんて貧相な貨物船かと思ったものだが、何のことはない、やればできる奴だったじゃないか。

 

「ああ、それから、言い忘れていた。大尉!」

 

「はい、艦長!」

 

「この前の戦闘配置演習の時、私はせめて完了まで1分は切れるような状態にしろと言ったな。」

 

「はい、艦長。」

 

「35秒だった。よくやってくれた。」

 

ーーーーー

フェートン艦内

J・バーネット中佐

 

5分くれた。どうやら帝国軍では「窮鼠猫を噛む」と言う言葉を士官学校で教えないらしい。艦全体に火が回り、人員悉く倒れるとも、我らがフェートンはその最期の瞬間まで軍艦だし、私も最期の瞬間まで軍人だ。

 最後の脱出艇が艦を離れる。後は艦橋要員用に配備されているものだけだ。つまり今となっては自分専用の艇という訳だが、まだ別の使い道がある。

 

『頼むぞ、フェートン、我らが家にして妻、言う事を聞いてくれ。』

 

痛む足を引き摺って舵輪を掴む。計器類はカバーが割れただけだ。これだからアナログ式は信頼できる。…レイダーはこちらに艦首を向けたままだ。止めを刺そうとしているんだろうが、逆にこっちが特大のプレゼントをくれてやる。

 

『機関長はよくやってくれたもんだ。よし、行こうか。』

 

1、2番の緊急用弁と全てのスラスターを吹かす。舵輪を右に回して、後は…

 

ーーーーー

ゾンタークスキント艦内

フォン・オイレンブルク中佐

 

「…!!艦長、敵艦、急加速!転舵してこちらに!」

 

「窮鼠猫を噛むってやつか!落ち着け、それくらいの事は折り込み済みだ。主砲打て!下部スラスターを全力で吹かせ!奴はカミカゼだ!」

 

脱出した艦載艇の数からして巡航艦に残っている人数はかなり少ない可能性が高い。ならば細かい機動が取れるはずもなく、この奇襲的な一撃を避けてさえしまえば奴には何もできない。

 

「スラスター、効き始めました。主砲命中するも、敵針変化せず!」

 

「ならこのまま下を抜けさせてやれ!」

 

ギリギリで足元を抜けていく巡航艦がいやにゆっくり動いているように見える。炎を後ろに引きずりながら艦首が消え、中央が消え…

 

「よし、抜けたk」

 

そして次に知覚出来たのは下から大きく突き上げられる感覚と、艦橋の天井に灯いた赤色灯。そして艦橋要員の叫び声、あの高い声はツァーンだな…

 

続く

 

 

 

 

 

 

 

 




ちょっと長くなってしまいました。戦闘描写が難しいのは地の文というものがなくて、みんなだれか視点から書いているからって結論になりました。なんでこういうスタイルにしたんでしょうか、昔の私。

今回もご意見ご感想お待ちしております!


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第四十七話 バクラン星域の戦闘 3

3月後半になって雪を見るとは思いませんでした。三寒四温のこの頃、お体にお気をつけてお過ごし下さい。

では、どうぞ。


帝国暦453年 4月10日 ゾンタークスキント艦内

フォン・オイレンブルク中佐

 

「…長!艦長!くそっ、クンツェはどこで何をやってるんだ!早く艦橋に来させろ!」

 

何が起こった…?巡航艦は完全に避けた。確かだ。少し擦っただけにしても身体全体が吹き飛ばされるような衝撃を受けるはずがない。とにかく指揮を取らねばならないが…声が出ない。肺に空気が無いせいか。

 

「…!艦長、意識はありますか!?現在損害の確認中です。何かはまだ不明ですが、艦下部後方に何かが衝突したのではないかと。負傷者も多数出ている模様です。」

 

衝突…?ミサイルや火器の類いではないのか。こんなタイミングで隕石なんてこともないだろうに一体何が…

 

「あ…あぁ、大尉、ありがとう。」

 

喋るとまだ胸に違和感が残る。この感じは黒色を貰った時の感じに似ている、肋骨が何本かやられているな。3回目だからこれで銀章になるだろうが、あまりああいう勲章はもらって嬉しいというものではないんだが。それに視界が妙に暗いな…

 

「中尉、早く来い!艦長だ!」

 

「意識はありますか?少し痛みますよ、いいですね!3、2!」

 

右目に激痛が走る。なんだこれは、32にもなって経験した事のない感覚がまだあるとは思っても見なかったが、一体私の体はどうなってるんだ?

 

「止血帯を巻きます。できるなら起き上がらないで下さい。義眼は…この艦の設備では用意できませんから本国に戻ってからになるかと…」

 

義眼か…これは銀章どころじゃないな。一気に金章をつけるハメになるか、それにしても片目が無いなんてのは見た目まで海賊じみたものに、ね。何の因果か運命か…

 

「艦長、機関室と連絡がつきません。どうやらあの揺れの震源は艦後部のようです。」

 

「巡航艦はどうなった?あのまま離れたか?」

 

「はい、現在6時方向にいます。あのまま進めば恒星に直撃するでしょう。」

 

「そうか、伝令は出したな。見事に窮鼠に噛みつかれたか。とにかく負傷者の手当と現状確認だ。火災は発生していないんだな?」

 

「火災警報はまだ鳴っていません。ワルキューレに外からの損害も確認させていますから、もう少しで連絡が…」

 

「こちらは1番機、ゾンタークスキント。受信状況は良好か、どうぞ。」

 

「大丈夫だ。艦橋は無事。後部は一体どうなってるか?」

 

「…何か、多分艦載艇だろうが、それが後部に刺さっている。見たところ、下部は完全に潰れてるようだ。」

 

…こいつはとんだ噛みつかれ方をしたな。

 

ーーーーー

 

「詳細が上がってきました。…よろしいですか?」

 

「ひどい事になってるのは分かってるさ。続けたまえ。舞踏会のご婦人方みたいにそう何回も失神したりはしないだろう…多分な。」

 

「はっ、まず人的損害ですが、戦死が18名、負傷は艦長も含めまして、26名です。」

 

18名、18名か。部下を喪ったという報告は何度聞いても慣れないし、嫌なものだ。もっとも、そんな報告に慣れてしまうようでは困るんだが…出撃時の願いは叶えられなくなってしまった。私はどうやら大神オーディンに嫌われているようだな。

 

「分かった。…遺体は残っているか?」

 

「はい、幸い1人も宇宙に放り出された者はいません。認識票も全員分回収できています。」

 

「そうか、せめてもの救いと言うべきだろうな。それで、物的損害の方はどうだ?」

 

「機関長が戦死してしまいまして、修理可能かどうかは現状…明言する事は困難です。敵巡航艦から射出された脱出艇は艦後部に完全に食い込んで止まっています。エネルギーの伝達系がやられて、主機と噴射口が遮断されている事だけは分かるのですが、他は…」

 

「つまりもうゾンタークスキントはまともに身動きが取れない、そういう事か。」

 

「…食い込んだ脱出艇は外部からの支援が無いと引き抜けません。もし商船か何かが通りかかれば、また動ける可能性が生まれて…」

 

「大尉、無理してクンツェ中尉の真似をする事はないぞ。それより先に来るのは叛乱軍の増援部隊だろう。…手詰まりかな。刺さった脱出艇に中身はいたのか?」

 

「いえ、見たところ無人です。発射した人物は、誰かは不明ですがまだあの巡航艦の中かと。」

 

「正に自分1人の命と引き換えに艦の半身をもぎ取っていったか。大した根性だな。」

 

さて、艦はもうどうやっても動けない。配電盤はまだ生きているようだから艦内環境の維持はできるだろうが、問題はこの後すぐにでも現れるだろう敵への対処だ。

 

「…士官と、下士官も集めてくれ。艦橋にでいい。」

 

ーーーーー

 

「全員集まったな。座ったままでは格好がつかないが、軍医に立つなと言われているからこのまま話す。とりあえず、今回の戦闘では全員よく働いた。これは艦長として誇りに思う事であると同時に、敵巡航艦1隻を結果的に撃沈できたのも、諸君らの能力あっての偉業と言っていいだろう。出撃前に言った、『マーヒェン級にも負けない艦』になったといえる。が、残念かつ不幸な事にゾンタークスキントも戦闘力を失った。あと少しで確実に現れるであろう敵艦、もしくは敵艦隊に対して有効な行動をとる事は不可能だろう。」

 

ざわめきの一つも聞こえない。誰もが私の次の一言を待っている。

 

「…帝国軍規によれば、もし、艦が戦闘不能状態となり、周囲に味方の援護の期待できない時は機密保持の為に自爆する事になっている。今現在の

の状況を鑑みて、本艦に残された選択肢はこれしかないと思う。」

 

言いにくいことは1番初めに言ってしまうのがストレスを溜めないコツだ。結局どう言い訳をしたとしても、私の油断からこういう結果を招いてしまったという事実は曲げられはしない。

 

「また、我々の今後に関してだが…帝国軍規には降伏の項はない。ただ、敵前逃亡と無責任行動についての罰則基準があるだけだ。」

 

まぁ、帝国軍ができた時から暫くはその主敵は宇宙海賊のような捕まえた奴は吊るすか身代金の種にするかのような連中だった訳だし、何代目かの軍務尚書が『帝国政府は宇宙海賊を対手とせず』なんて演説を打ったせいで降伏の項が意図的に消されて、復活もしてないなんてのは有名な話だ。軍人になった時点で誰もがどこかから聞く話だろう。

 

「だから、私としては諸君らに『降伏する様に』とは言えない。ただ、自爆する本艦からの脱出命令は出す。そのあと、『もし』脱出艇が叛乱軍に捕らえられたとしても、これは命令違反にも軍規背反にもならない。…と、私は解釈している。」

 

「ただ最後に、これは完全に私の個人的な願望で言う事であるが聞いて欲しい事がある。まず、我々はこれから艦を放棄する事にはなるが、これは打ちのめされ、惨めに追い出された末にする行動ではない。我々は敗残兵として敵の手中に陥るのではなく、自らよりはるかに優勢な敵を倒した勇士として、敵中へ赴くのだ。帝国軍人としての誇りと矜持を忘れないでいてほしい。それから、艦を離れる時、全乗組員は軍帽、上着、勲章・徽章類を着用すること。では、下士官はこの事を指揮下の各分隊に伝達せよ。復唱は不要。士官は残って自爆シークエンスの認証と機密の廃棄作業を手伝ってくれ。」

 

ーーーーー

 

「7番艇、離れました。艦長、どうぞ。」

 

「最後に艦を離れる栄誉まで大尉に取られる訳にはいかんよ。先に乗りたまえ。負傷しているとはいえ、な。…名簿に漏れはないな?」

 

「はい、生存者、艦長含めて242名、全員います。負傷者は1番艇に医療要員と一緒に乗せてあります。」

 

航海日誌やあのはぐれ船から鹵獲した叛乱軍の機密書類は完全に焼却したし、ワルキューレも木端微塵だ。どうしても我々がフェザーン回廊を抜けてきたという証拠を残す訳にはいかないから仕方ない。艦を失ったという現実を受け止める為にも必要なことだ。

 

「よし、では、さらば、ゾンタークスキント。」

 

先に離艦していた7隻に合流し、離散しないようにワイヤーで各艇を繋ぐ作業に入ると、大尉が話しかけてくる。

 

「艦長、起爆時間まであと1分です。」

 

「そうか。総員、ゾンタークスキントに、敬礼!!」

 

我々の艦は艦尾から順に、そう、本当に崩れるように壊れていく。1年足らずの冒険の末、ついに1つの艦が宇宙に還っていくのだ。崩れていく艦を見ながら、どこからか歌声が響く。

 

「♪我に1人の戦友ありき、それは勇敢な、ドラムが響き渡り、彼は隣で歩き、共に進んだ…」

 

「♪飛び来る弾の、狙いは我か君、弾は彼を貫きて、彼はただ斃れ伏す、我が身の如く…」

 

…なぜか右目の傷口がしみる。さらば、私の艦、私の戦友。

 

続く




帝国暦453年4月10日、午前10時15分、帝国宇宙軍仮装巡航艦ゾンタークスキント、バクラン星域にて沈没す。

でも、まだ話は続きます。もうちっとだけ続くんじゃって奴です。以下、補足と蛇足です。

艦長の目に刺さった何かを軍医が抜く時、3、2で抜いたのは患者に力を入れさせないためです。
帝国軍規の内容は「叛乱者」を参考にしました。軍規に書いてないって事は解釈次第でどうにもなるって事で一つ。

今回もご意見、ご感想お待ちしております。


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第四十八話 海賊、捕らわる

お気に入りが大分増えてきまして、嬉しい限りです。あとどのくらい続くけは完全にノープランです。大丈夫なんですかね。

では、どうぞ。


宇宙暦762年4月12日 バクラン星域 戦艦モンジュ艦内

A・ビュコック少佐

 

『では、フェートンはレイダーと相討ちになったという事ですか。』

 

『先行したイソタケルによればそうらしいな。バーネットは艦と運命を共にしたそうだ。いい奴だったんだがな。残念だよ。』

 

レイダーには最後までやられっぱなしだ。沈めたとは言え、貴重な巡航艦となによりベテランを大量に喪ってしまったのは痛恨の至りだ。やはり3隻1組の体制を崩すべきではなかったな。

 

『フェートンから脱出した将兵はイソタケルが収容したそうだが、あとの問題はそのレイダーの方だな。まぁ、だから我々が向かっているんだが。』

 

『イソタケルは捕虜を収容しないんですか?いくら手狭な巡航艦とは言え、少しくらいは収容できるでしょうに。』

 

『それが、向こうの脱出者の数がかなり多いらしい。相討ち、と言ってもレイダーの方は自沈したと言った方が正しい位のようだしな。見える脱出艇は8隻、1隻20人としても160人の捕虜だ。390人乗りの巡航艦がフェートンの乗組員の世話をしながらそっちの世話をするのは少々荷が重いという判断じゃないかね。』

 

『しかし、もう2日ですよ。余り放っておくのも人道上…』

 

『そうなんだがね、向こうの脱出艇の方も近づいて来ないらしいんだ。こちらが近づいたら逃げると言うわけでは無いんだがね。ま、ほんとに飢えてたりする様なら助けを求めるだろ。…さて、あと1時間で現場だ。帝国人の海賊というのはどんな面をしているのか、楽しみになってきたな。』

 

確かに8隻の脱出艇というのは帝国軍の軍艦から出てくるにしては多い方だと思うが…とにかく受け入れ準備だ。一応捕虜にするという扱いならこのままの服装でも一向にかまわないんだが…

 

ーーーーー

 

『やぁ、ヴィドック、そういえば君とはレイダー捜索委員会ができた時に約束していたからな。多分あの『優しい船長』とやらもいるだろうから会わせてやろうと思って来てもらった。』

 

『そう考えるとなんだか変な気分です。どう接すればいいんですかね。』

 

『そりゃあ…今の状況は捕虜と捕まえた側だからな。こっちは堂々としていればいいんだ。なめられないように、な。』

 

にぶい衝撃とエアロックが作動する音が感じ取れる。どうやら脱出艇が接舷したらしい。もう少しで装甲服を身につけた連中が捕虜となったレイダーの乗組員達を連れてくるだろう。

 

『少佐、大丈夫でしょうか…』

 

『なんだ、捕虜の引見も初めてか?』

 

『密輸業者の相手ならした事があるんですが、そういう手合いと違ってこれから来るのは2日前まで本気でこっちを殺しに来てた連中でしょう?』

 

『あまりそういう事は考えないほうがいいぞ。捕虜となった軍人は既に非戦闘員だ。民主共和制国家の軍人としては彼らを保護する立場にあるんだからな。』

 

そうは言ったが、自分自身もそんなに経験があるわけではない。大体、捕虜というのは捕らわれてすぐより少し後になって反抗の意思が芽生えてくるものだから今の時点で心配しすぎるのも良くないとは思うが…

 

「は…れ!て…」

 

扉の向こうで声がする。どうやらご到着のようだな。

 

ーーーーー

フォン・オイレンブルク中佐

 

2日間放っておかれた後にやっと敵艦に収容される事になった。最初にやってきたのはあの因縁深いSCL-1344の艦番号の巡航艦で、沈めた巡航艦の乗組員を救助した後、暫く留まっていた。一度、バウディッシン中尉から「襲撃を許可してくれれば1時間で制圧してくる」などと言う提案があったりしたが、装甲服もトマホークもない襲撃はさすがにリスクが高すぎるし、成功したところで敵艦の動かし方も分からないので却下しておいた。

 

「いいか、抵抗はするなよ。罷り間違って撃たれでもしたら困るからな。私が先頭で出るから、士官から階級が高い順に続け。」

 

エアロックが開くと、銃と片刃のトマホークを構えた兵隊がざっと2個分隊、我々を出迎えてくれた。それにしてもいつ見ても叛乱軍の装甲服というのは威圧感が薄い。まるでフライングボールの防具をそのまま着てきているかのような出立ち、何か理由でもあるんだろうか?

 

「…出ろ!」

 

おや、どうやら言葉はこっちに合わせてくれるようだ。こちらとしてはどちらでも構わないんだが、劇団員以外の乗員にはこちらの言葉が喋れない奴もいるし、あえて向こうの負担を軽くしてやる事も無いだろう。

 

「あー、指揮官は私だ。我々は武装もしていないし、もはや抵抗の意志もない。そちらの責任者に会わせてくれるかな?」

 

『おい、今こいつ何て言ったんだ?』

 

『指揮官がなんとか…までは分かりました。服からしてこの片目が最高階級者でしょう。』

 

『よし、じゃあ早く連れて行こう。伍長、こいつの腰のものを調べろ。それからボディチェックだ。』

 

手荒い手つきでバンバン叩かれると折れた肋骨が軋んで痛いんだが、ここは我慢だ。

 

『なんだ、これ。刃がないぞ。』

 

指揮刀なんだから刃がつけてないのは当たり前だろうに…だが、それがないと困る。

 

『…異常がないなら返してもらいたいね。この後使う予定なんだ。』

 

『分かった、まぁ、怪我人が1人で何かできるもんでもないだろ。ほら。…ん!?』

 

『今、喋ったぞ!』

 

参った、つい口が滑ったな。それにしても綺麗な二度見だった。

 

『同盟語が話せるのか?』

 

『まさか、帝国人だぞ!たまたまそう聞こえただけだ。全く違う言語って訳でもないんだし。』

 

『なんでもいい、早く艦長の所に連れてけ!他の連中は待たせとくからな!』

 

どうやら部下達とは引き離されるようだ。まぁ、帝国軍でもいきなり銃殺というのは…あまりないし、とにかく責任者には面会できるようだ。大人しく指示に従うか。…銃口で突き回されるのは好きな感覚じゃないしな。

 それにしても艦内設備はこっちと変わらないんだな。兵器の進化は最終的には一つの形に落ち着くという話もあるし、だからこそ今の時代でものを言うのは指揮官の技量と戦術なんだろうが…

 

「入れ!帝国人!」

 

おそらく会議室のような部屋として使われているのであろう空間には士官級と思しき服装の人間が整列している。全く、叛乱軍の軍服は一目で尉官か佐官か分からないから面倒だ。…見知った顔もいるが。

 

ーーーーー

A・ビュコック少佐

 

入ってきたのは右目に眼帯をつけた男だった。肩に2本線が入っている所と、胸の模様から見て中佐だろう。

 

『おい、あの男か?』

 

『そうです、そうです!目は…無くなってますけど。』

 

その中佐はぐるりと我々を見回し、ヴィドックを見て一瞬目を細めた後、艦長の方へ進み出る。

 

『何する気ですか?』

 

『まぁ、見てろ。面白いものが見られるぞ。』

 

艦長と数秒無言で相対すると、中佐は指揮刀を引き抜き、剣先を掲げた後に顔の前へ柄をもってくる動作を繰り返した後、鞘に収めた指揮刀を艦長に手渡した。

 

『帝国の軍刀令さ。向こうの一部の貴族なんかはああやって武装解除の意思を示すんだ。』

 

「帝国宇宙軍巡航艦、ゾンタークスキント艦長、フォン・クラークドルフ・ツー・オイレンブルク中佐、部下240名と共に、貴官の指導下に入る事をここに宣する。帝国暦453年、4月12日。」

 

途切れ途切れにしか聞き取れなかったが、おそらく自分の氏名と降伏する旨を伝えたんだろう。名前はオーレンブルク、か。とにかくにも、これでレイダーの件は一件落着だ。フェートンが沈められた以上は司令官もあまりいい顔をしない…だろうが…民間船舶の被害はこれで打ち止めになるはずだ。私にとってはめでたしめでたしって所かな。

 

ーーーーー

 

『このままシャンプールに戻るんですか!?』

 

『そうだよ。神経をとがらせて待っている司令官閣下からのご命令だ。来て、見て、帰る。いつものことじゃないか。』

 

先程手渡された指揮刀を興味深そうに眺めながら艦長はつぶやく。

 

『でも、捕虜は降ろさないんですか?普通は捕虜を艦内に収容している場合は移送収容所がある場所に寄ってから…』

 

『いや、『寄り道はせずに真っ直ぐ帰ってこい』だそうだ。司令官もここ数ヶ月の自分頭痛の種が見たくなったんじゃないか?』

 

それにしても不思議だ。まさかそんな曖昧な理由だけで呼びつける訳はないと思うんだが…取り調べにしても中央に任せればいい話だし、何か不都合な事件でも発覚したのかな?

 

続く

 

 




だいぶ自由にやりました。軍刀礼が帝国にあるかは分かりませんし、指揮刀を持っているかどうかも独自設定です。

今回もご意見、ご感想お待ちしております!


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第四十九話 悪だくみと取り調べ

どうやら明日は関東で雪が降るような気温だとか。それで、明日早起きしなくてはならないので投稿です。

では、どうぞ。


帝国暦453年4月15日 戦艦モンジュ艦内

E・ツァーン少尉

 

この戦艦に収容されて3日、とりあえず拷問やら虐待やらは受けてはいない。艦長の方は呼び出されて取り調べか何かをされてるようだが、こっちは時々食事を置いていく兵が興味深そうに眺めてくるだけだから、まるで気分は捕虜になった兵隊と言うより動物園の猿だ。

 

「少尉、何かありませんか?」

 

「なんだ、軍曹。悪いがさすがの私でもあのボディチェックをくぐり抜けてこんな所に酒を持ち込むなんて事は出来なかったぞ。お陰で私の肝臓は長期休暇に入った所だ。働き盛りの年齢だっていうのにまったく…」

 

この装甲擲弾兵の軍曹は真面目そうな顔をして我が同志だ。バウディッシン中尉も黙認している、というよりかはあの人の場合は興味がないだけだろうが…

 

「酒の話じゃないですよ。これから捕虜交換があるまで…まぁ少なく見積もって数ヶ月は敵中にある訳でしょう?ですから、この際何かしらの言葉を覚えておいても損は無いと思いまして。」

 

「で、なんで私なんだ?」

 

「大きい声では言えませんがね、大尉なんかに聞くとあのホワイト嬢もかくやという位の講義が始まりそうでしょう?正に教科書通りって感じの…我々が知りたいのは、もっとこう…小粋なジョークとか受け答えとか、そういう類のものなんですよねぇ。」

 

「全く不真面目だな…そうだ、『I’m fond of you』なんてのはどうだ?」

 

「アイ、フォンドオブユー、フォンドオブ…フォンドオブ。で、意味はなんです?」

 

「あなたの事が大好きです。」

 

「はい?」

 

「あなたの事が大好きです、だよ。」

 

「それは…恋愛的な意味で?」

 

「もちろん。」

 

「まさか少尉、あなた捕虜収容所で誰か口説くつもりなんですか?」

 

「真面目に受け取るな、冗談だよ!ジョークだ!」

 

それにしても、捕虜収容所とかいう言葉を聞くと自分達の置かれた立場というものを再認識せざるを得ない。我々に捕まったゲスト達も同じような気持ちだったんだろうか。これでやっと彼らとは同じ立場になったとも言えるが…

 

「こっちの軍人も同じように接してくれるとは限らない、か。」

 

「なんです?何か他に面白い語彙かなんかあるんですか?」

 

「え?あぁ、そうだな…向こうの連中をなんて呼ぶか、とかどうだ?」

 

「それは…あだ名とかって事ですか?じゃあいいのがありますよ!いつも昼頃になるとちょっとだけ顔を出していく…あの態度と他の兵隊からの目線からして、多分下士官でしょうね。いるでしょう?あの色が白くて顔のやけにながぁい奴。」

 

「あー、そう言われてみればいるな、よく見てるな。」

 

「装甲擲弾兵教範第21条に曰く、相対した敵をよく観察し、隙や癖を把握して戦術材料とする事。って奴です。で、あいつのあだ名は白イタチ、なんてどうです?よく特徴を捉えてるでしょう?」

 

「ははっ、いいじゃないか。白イタチね。思ってもみなかったな。…だが、叛乱軍の1人1人にそうやって命名していくのは少々骨が折れるだろ?だから、全員をまとめて呼ぶような奴だ。ちょっと考えたらいいのが浮かんだんだ。」

 

「いつもクロスワードを解いてる賜物って奴ですか?どんな呼び方です?」

 

「馬鹿(doof)」

 

「これはまた直球ですね。言葉が分からないからって…意味を聞かれたらどう誤魔化すつもりなんですか?」

 

「ちゃんとそこまで考えてあるんだな、これが。敵の2手3手先を読んで行動すべしだ。いいか。スペルはD-O-O-Fだろ?これをいい感じに当てあめて、さも「何かの頭文字をとった略語です」と言い張れば言い訳は完成だ。」

 

「中々悪知恵が働くものですね。」

 

「頭の回転が早いと言ってくれたまえよ。で、軍曹、叛乱軍のは自分らの事をどう名乗っているかは知っているか?」

 

「急に士官育成課程のテストですか?えー…自由、惑星連合?」

 

「惜しいな。自由惑星同盟だ。で、これの『自由』の所の頭文字はFだろ?それで後のD-O-Oは『親愛なる将校』で当てれば…」

 

「親愛なる自由惑星同盟の将校(Dear Officer Of Freeplanets )になるって訳ですか!」

 

「正解!向こうの兵隊だって実際に士官じゃなかったとしてもそう呼ばれた方が嬉しいだろ。ただでさえ向こうのはわかりにくい軍服をしてるんだし、我々が階級を判別出来ないから仕方なくまとめてそう呼んでるって整合性もある。」

 

「いや、面白いですね。早速皆んなに広めてきましょう。」

 

…これくらいしか考える事が無いからやってると言えばそうなんだが。なんにしろただ捕まって閉じ込められてるだけってのは辛いものだ。捕虜収容所かどこかに連れていかれるのか知らないが、早く着かないものかな。

 

ーーーーー

同日

 

フォン・オイレンブルク中佐

 

『だから何度も言うが、私の姓はオイレンブルクであってオーレンブルクではない。対話を試みるつもりなら相手の名をきちんと発音できるようにしてからお願いしたいね。』

 

こんな門閥の坊ちゃん方みたいな屁理屈を捏ねているのは理由がある。何とかして時間を稼いで話題をゾンタークスキントの回廊突破の事からそらし、それができなくても部下達に余計な感情が向かないようにするためだ。私がこういう高慢な性格である事を演じれば、必然的に部下は『嫌味な貴族に従わされていた』、というような考えに至るだろう。叛乱軍はどういう訳か判官贔屓が好きらしいし、憎まれ者になるのは私1人だけで十分だ。

 

『それは申し訳ありませんね。私もあまり帝国語というのが得意ではありませんので。』

 

それにしてもこの少佐、ビュコックと名乗っていたが表情一つ変えない。あの臨検で見逃してくれた若造、今も後ろで所在なさげに控えているが、彼と話していた内容から推測して、どうやら我々の侵入の可能性に気づいた張本人らしいが、だからといって功を誇るとかわかりやすく憎悪の感情を剥き出しにするとかいう訳でもない。強いて言うなら興味が強いという感じだ。…こういう行動原理がいまいち曖昧な人物は油断できない。

 

『それで、続きですが、本当に目的は通商破壊だけですか?』

 

『そうだよ。それ以上でもそれ以下でもない。我々は商船を捕らえ、破壊し、叛乱軍の血の巡り悪くする為に作戦に従事した。』

 

『そうですか。個人的にはあなた方がフェザーンを抜けてはるばるやってきたのは、もっと別の理由があると思っているんですが?』

 

中々カマをかけるタイミングが早いな。確かに向こうとしては臨検した位置が位置だし、相当の確率で侵入ルートは特定してあるんだろうが、だからといって自白して言質を取られる訳にはいかない。黙っているのも認めているようで嫌だし、何か返事を考えるか…

 

『別の理由ね。なんだね。君たちは今私がスパイをばら撒きに来た、とか機雷を撒きにきたとか白状すれば満足という訳か。なら、そういう任務もあった気がするな。』

 

『いいですか。子爵。』

 

どうやら姓で呼ぶのはやめたらしいな。…あまり難しい発音でもないと思うんだが。

 

『こちらとしてはあまり強行な手段を取りたくないんです。もしこの場で真面目に話してくれないようで有れば、自白剤の使用だって視野に…』

 

…急に物騒な事を言い始めたが、どうにもこれはハッタリだな。少佐は気づいていないが、後ろにいる若造の目が明らかに泳いでいる。

 

『それではどちらが野蛮か分からんね。まぁ、あまり個人的な事まで喋らされるのも嫌だから、ある程度の事は喋ろうか。』

 

猟をするにも釣りをするにも大事なのはある程度の餌、譲歩だ。重大事のようで、よくよく考えてみればそうでもない、という程度の話をしてやれば、要するに向こうの調書に余白をなくしてやれば核心部を詮索されないで済むという事になる。

 

『まず、我々の所属は帝国軍務省情報Ⅲ課の直轄という事になっている。これは皇帝陛下の勅令として…』

 

ーーーーー

 

独特の宮廷用語なんかを無理やりこっちの言葉に訳して伝えるのは大変だったが、なんとか解放の時間になった。

 

『では、次は…12時間後です。子爵。』

 

…まだまだ苦難の日々は続いていく、か。

 

続く

 

 

 




DOOFのくだりは無理矢理すぎた感もあるんですが、なんか言語ネタは入れたいなと思いまして…
ビュコック氏の帝国語力については、最期のシーンでラインハルトさんに説教してた時はペラペラだったので、よくわかりません。士官学校も出ていないし、やるなら独学でしょうから、今の時点では「一応喋れるし理解もできるけど、取り調べとかの専門用語が飛び交う場にはまだ不安が残る」っていうくらい、の設定です。

今回もご意見ご感想お待ちしておりまーす!


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第五十話 パトリックのお手柄

50話目です!やったね。

では、どうぞ。


宇宙暦762年4月17日 シュパーラ5 同盟軍哨戒基地

P・アッテンボロー

 

『では、司令官閣下、よろしいですね?』

 

『そうなんでも了解を求めるものではないよ。アッテンボロー君。私と君との仲じゃないか。だが、一応特例だという事は頭に残しておいてくれよ。』

 

『いや、司令官閣下の友誼には感謝の言葉もございませんよ。では。』

 

「司令官室」と書かれた扉から出て、数歩歩いて、また戻る。部屋の中からは何かを蹴り飛ばす音と歯を食いしばっている人間特有の呻き声というか、そんな声も聞こえてくる。

 

『そう怒るような事でもないだろうに…』

 

あのヒステリーの様じゃ生き馬の目を抜くとも噂される統合作戦本部への異動は無理だろうな、そもそもコトの発端はあの准将がジャムシードの内務大臣に言った謎の帝国艦、どうやら軍内部ではレイダーと呼ばれているらしいが、その捜索に3個戦隊を出してあるとか言ったのが始まりだ。あまりにやる事が無かったからシュパーラ辺りの艦艇出動状況やその他諸々の同盟軍の兵站管理情報なんかと照らして見たら、機密の部分があると言う事を計算に入れたとしても3個戦隊も出しているなんて事は考えられなかった。それでシュパーラに連絡して

 

『一つの方面を預かる同盟軍部隊が文民に虚偽の説明をするのは如何なモンですかねぇ…』

 

なんて事を言ってカマをかけてみたら勝手に向こうが友誼だの軍と民衆との橋渡し役としての役割がどうだの言ってきて、基地内通行許可証等々を押し付けてきただけだ。ジェニングスは

 

『それは半分脅迫じゃないですか。もし何かしらの冤罪をでっち上げられて逮捕されても知りませんよ』

 

なんて薄情極まりない事を言っていたが、個人的には脅したつもりはないし、強いて言えば向こうが勝手に脅されてると思っているくらいなもので、どちらかというと被害者はこっちなんじゃないかという気もしてくる。

 

『あ!先輩、どうでした?』

 

『そりゃもう完璧だ。レイダーとかいう帝国艦の連中は明日あたり到着予定らしい。そこへ「たまたま」基地内で他の取材をしていた我々が通りかかるという事になった。』

 

『経緯はどうあれすごいですね。とうとう謎の海賊の正体を捉える、ですか!』

 

『…どうした?素直に褒めるなんて、お前、本当にジェニングスか?』

 

『実際、今回に関しては本当にすごいと思ってますからね。帝国の捕虜を直撃できる機会なんて、それこそエコニアとかに住まないと無理でしょうし。』

 

『そうか…ありがとよ。じゃあ早速明日の準備だ。レコーダーと、あとは辞書も必要だな。』

 

『辞書?…まさかとは思いますが、先輩、帝国語の方は…』

 

『全くできない!あ、でも単語だけなら幾つか知ってるぞ。「皇帝」とか「撃つ」とか。あと歌も少しなら歌える。』

 

『えぇ…それでどうやって取材なんかするつもりだったんですか?』

 

『そりゃあ、まず質問原稿を書くだろ?それでその通りに質問する、向こうが何かしら答えたのを録音して、後でそれを翻訳してみればいい。』

 

『いや、自分もあまり自信がありませんから文句は言えないですけど、軍の誰かに通訳でも頼めばいいんじゃないですか?』

 

『そこまでやると軍に借りを作ったようでジャーナリストとしての矜持が保てない!』

 

『はぁ…頑張って下さいよ…』

 

ーーーーー

翌日 フォン・オイレンブルク中佐

 

どうやら艦内がいつもより騒がしい所から見て。どこかしらの基地か何かに入港するようだ。やっと収容所に到着かな…?

 

「出ろ!帝国人!」

 

部下たちが何故か『白イタチ』と呼んでいる軍曹が後ろに彼の分隊を引き連れてやってきた。「帝国人」と呼ばれるのは事実ではあるから仕方ないが、もっとしっくりくる呼び方というものがないものだろうか。

 

『帝国軍捕虜、241名の移送を完了しました!全員の武装は解除済みです。』

 

例の少佐が走っていって、背の低い、神経質そうな男にそう報告している。つまりあれが上司という訳か。何か式典でも始まるんだったら整列でもさせた方がいいだろう。

 

「総員、傾注!士官は前方へ集合!乗組員は所属毎に縦隊形成!」

 

一塊になっていた乗組員は即座に命令通りの動きをする。やはりこういう体に染み付いた集団行動は一朝一夕で忘れるものではない。…叛乱軍の連中は急に動き出した我々に驚いて引き金に指をかけていたりしたが、流石にそれを引くような不心得者はいないようだ。

 

「整列、終わり!」

 

「よし、休め。」

 

大尉の報告を受けて前方へ向き直ると、いつの間に用意したものか、木箱に乗った少佐の上司…襟元の階級章の形からして将官が私を見据えていた。

 

『私が!この基地の責任者であるオディロン・ヴィルヌーヴだ!諸君ら帝国の捕虜はこれより私の監督下に置かれる事になる!最高階級者は誰だ!』

 

…これはきついタイプだ。列の先頭、号令、軍服、あらゆる要素からして私がそうだという事がわかっているはずなのにこういう行動を取るのは自分が権力者である事を視覚的に明らかにしたいといった所だろう。

 

「最高階級者は私だ。部下は240名、まずは我々の沈めた巡航艦の戦死者諸氏に哀悼の意を表す。」

 

あえて帝国語で返答することによって向こうに勢いを与えないというのも戦略の一つ。部下たちにとっても指揮官の腰が低くなるのを見るのは気分の良いものではないだろうし。

 

『…そうか。まず、最初に言っておく事は諸君らは捕虜となった自覚を持つべきだという事だ。捕虜にこんなものはいらん!』

 

言うが早いか、木箱から飛び降りた准将は私の左胸に下がった双頭鷲章を掴み、一息に引き剥がす。

 

「…返して貰えないか。それは皇帝陛下からの下賜品だ。」

 

『「皇帝陛下」はここにはいない!このような権威の塊は今後1ディナールの価値もない事を知るべきだな!』

 

准将は私の勲章を床に落とし、また木箱の上、彼の演説台へ戻る。

 

『とにかくにも、諸君らは無駄、無益、無謀かつ無意味の反抗、反乱の類の行動は厳に禁止する!これから少しの待機期間を置いて、ジャムシードに新設される捕虜収容所へ移送する事になるが、その間はくれぐれも大人しくしておくように。以上!』

 

木箱を降りた准将は、そばにいた例の少佐に何か呟いてからどこかへ行ってしまった。少佐はすぐに近づいてきて、床に落ちた勲章を拾って渡してくれる。

 

『申し訳ありません、子爵。ヴィルヌーヴ准将は、その、ここのところ、少し気分がすぐれないようでして。』

 

上官に対して最大限の言葉選びをした少佐が詫びを入れてくる。

 

『それで、准将が言うには部屋の準備が整うまで暫く、30分ほどこの場で待機する様にと。』

 

待機?それは一体どういう…

 

『あっ!待って!待ちなさい!止まれ!』

 

声がする方を見てみると鉄灰色の頭をした男と、もう1人若い男がバイザーをした警備兵に追いかけられている。軍人ではないようだが…

 

『だからこっちは司令官の許可を得てるって言ってるだろうが!』

 

民間人の割には足が速いな…

 

『少佐!止めて、止めて下さい!』

 

追いかけられていた男は少佐の前まで来ると首に下げていた身分証を彼の鼻先に突きつける。

 

『はぁ、わ、げほっ、私は、アッテンボロー、ハイネセンの記者です、はぁ、司令官に、許可は得てますから。』

 

走ってる途中に大声なんか出すからひどい有様だ。ついてきた若い男が背中をさすってやっている。

 

『許可と言っても何の許可だね?こちらは何の連絡も…』

 

『まぁ、少し、10分もすれば終わりますから、ね。ね!』

 

そんな問答をした後、鉄灰色の方がこちらへ向き直る。

 

「こんにちは、私は首都の記者です。話を聞きたいです。」

 

記者…?ゾンタークスキントでは艦長動静を書かれたが、この身の上になっても同じようなことをされるのか。叛乱軍の連中はよほど新聞やら情報が好きらしい。

 

「…答えられる事なら答えよう。ただ、」

 

『大丈夫だそうだ。回せ!』

 

『本当にイエスって言ったんですか?』

 

『よく見ろ、どうしても嫌だって顔つきじゃないだろ。』

 

何やら妙な事になってきたぞ。言葉が分からないくせにこっちに合わせてくれようとしてるのか…?

 

「一つ目、あなた方の目的は何ですか?」

 

「…聴取でも言ったが、通商破壊作戦だ。我々は軍として作戦行動についていたので、一般の宇宙海賊と同一視されるのは困る。それから、」

 

「分かりました。次に、あなた方の所属は?」

 

話を途中で切った所から見て、彼はどうやら帝国語を理解できてはいないようだ。試しに少しからかってみるか。

 

「帝都オーディン名物のフランクフルタークランツは逸品だ。是非帝都観光の際はおすすめするよ。」

 

「興味深いですね。では、あなた方は何隻の船を沈めましたか?」

 

彼の後ろで少佐が苦笑いしているが、結構、折角だから帝都の観光案内でもしてやろうじゃないか。

 

続く

 

 

 




アッテンボローの親父さんを出すといつもこんな方向に行っちゃうんです。ツァーンと3枚目の位置を争っている感じですね。

勲章の場面、激昂した中佐が准将に手を出すってパターンもあったのですが、そうなると今後大変になるので静かに抗議するだけにしました。  

今回も、ご意見ご感想お待ちしております。


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第五十一話 出世?

最近急にお気に入り登録してくれた方が増えまして、200を超えました!
ありがとうございます!うれしいなぁ。

では、どうぞ。


宇宙暦762年4月18日 シュパーラ5同盟軍哨戒基地

A・ビュコック少佐

 

急にアッテンボローとか名乗る記者が乱入してきたのには驚いたが、子爵がかなり早い段階で彼が帝国語に不慣れなのに気がついた結果として、記者の方は帝国の観光案内にさも興味深そうな相槌を打ち始めたのは大層面白かった。最後の方に寄ってきたヴィドックなんかは真っ赤な顔で吹き出すのを堪えていたし、子爵も中々のユーモアというものを持っている人だと思った。

 

『いや、面白かったですね。特に「この辺りの同盟軍の印象は?」に対する答えが、はっ、ワインの品評で、それに、「よい感想です!」って、一瞬話が通じているのかと思いましたよ。』

 

『愉快だったのは確かにそうだったがな、君はイソタケルに戻らなくていいのか?一応レイダー捜索委員会は、なんだ、解散か休止かって所なんだが。』

 

『それが今朝方艦長から待機命令が出ましてね。レイダー問題が解決したから休暇って事じゃないですか?少佐は?』

 

『一応まだ司令部副官だからな。とにかく司令官室に出頭だ。聞きたいこともあるしな。あの記者の件も含めて。』

 

『さっきの様子から見て、司令官室には低気圧が発生中でしょうが…健闘を祈っております!』

 

冗談めかしてヴィドックは去っていく。多分あの記者の事を言いふらしにでもいくんだろう。こっちは今からその低気圧に突入するっていうのに。

 

『ビュコック少佐、入ります!』

 

司令室には顔の前で手を組んだ准将が座っている。久しぶりにこの姿を見ると、なんだか銅像のモチーフにありそうな感じを覚えるな…

 

『まずは、ビュコック少佐。君はレイダー捜索について功績ありと認められた。よって、君の司令部付き副官の任を解き、新設されるジャムシード第1戦時捕虜収容所の所長に任ずる!』

 

いきなり功績があるとか言われたりすると訳が分からなくなる。所長…?

 

『どうした?一応直属の部下を持てる身になれたんだからもっと喜びたまえ。出世だぞ、出世。それから、レイダー関連の資料は全て中央に送る事。捜索の続きは向こうがやるそうだ。』

 

ますます訳が分からない。レイダーはもう沈んで、その乗組員の移送が終わったばかりだというのに、捜索を続行するなんて一体何が起こっているんだ? 

 

『はっ…拝命します。しかし、司令官、お聞きしたい事が。』

 

『君の発言を認めない。私はもう疲れているんだ。いいか、レイダーの話を持ってきたのも君、実際に探したのも君、連れてきたのも君、なのに何故中央のじゃがいも頭共は私になんでも聞きたがるんだ!?その上今度は中央の方針の是非についてまで部下に聞かれる!私は全知全能のコンピューターじゃないんだぞ!言いたいことがあるなら私の頭を飛び越えて縋ったLMFの中将に言え!収容所の資料は既に君の端末に送ってあるし、副官の引き継ぎは大尉とやりたまえ。以上、退室してよろしい!』

 

随分まくしたてるものだが、この人が言う『退室してよろしい』は『早く出て行け』の同義語だ。おとなしく従っておくのが一番だ。

 

ーーーーー

同日 首都星ハイネセン 統合作戦本部27階

タン・ウー中将

 

『いや、しかしね。やはりこれだけの証拠であまり大きな戦力を動かすのもいかがなものかね、ただでさえ統合整備計画で前線の兵力がカツカツだというのに…今からでも中止はできると思うが?』

 

目の前のスクリーンに出ているのは右上に『解読済み』と判が押された書類、内容は

 

「33より司令部 

作戦は順調、34より36はハイネセン、37、50はランテマリオ間、38より41はヴォルフパックアイスベアを形成中、SF1578.34 」

 

というもの。一見した所ただの艦の配置予定情報に見えるが、これを持ってきた同盟情報局の狐顔はこれにもっと重大な意味を見出しているらしい。

 

『いえ、『これだけの証拠』と言われますが、これはただ封に入っていた訳ではありません。二重封筒の内側に入っていた奴です。時々犯罪組織が使う手ですが、民間人はまず気づきません。それが最近解読された帝国軍パープルⅢ暗号で書いてあったのです。たった1つの情報源でも、信じる価値は十分あると情報局は確信します。さらに、この封書の持ち主が引き渡しを拒否した点に鑑みても、これが帝国軍にとって重要な情報であるという裏付けになっています。さらに言えば首都近郊での事故件数も…』

 

…そもそも『引き渡しを拒否』した相手の持ち物がどうしてここにあるのかという所から問い詰めたいが、どうせいつも通り彼らの言う『手先の器用な協力者』が『誰かの落とし物』を拾ってきたとか言うんだろう。決して紳士的とはいえない手段にやけに断定的な物言い、これだからスパイ組織は好きじゃないんだ。どうせこの後も理屈を捏ね回して彼らの要求通り、艦隊を捜索に供出しろなんていう結論を出させるんだろうし、誰かこの会議を終わりにしてくれる英雄が現れないものかな…いたら10万ディナールやってもいいぞ…

 

『中将、シュパーラ5の哨戒基地から通信が入っています。アポは取られていませんから、断りますか?』

 

ありがたい。渡に船とはこの事だ。抜けられる口実ならなんでもいい。

 

『あー、皆さん、緊急の連絡があるとの事なので少し席を外しますよ…』

 

シュパーラという事はビュコックだろう。彼がただ無駄話をする為に私を呼びつけるとは思えないし、大方新設される捕虜収容所の話でもするんだろう。とにかく、人の弱みを嗅ぎ回るような連中と話すより数百倍マシだ。

 

ーーーーー

 

『そうだよ、どうやら情報局はレイダーがまだうようよしてると思ってるらしい。しかももう国防委員長まで話を持って行ったというから驚きだ。まぁ、見つからなくて恥をかくのは向こうだよ。放っておくのが無難だな。』

 

案の定ビュコックが聞いてきたのはレイダー捜索続行の話だった。彼もレイダーが多数いるなんて話は信じていなかったが、私が言って無駄なのを一介の少佐が上申した所でどうなるものでもないというのは彼も分かっているだろう。

 

『そうだ、本題はどうせ新設される捕虜収容所の件だろう?管轄は国境艦隊になるから人事の方はよく分からんが…』

 

『そうです。普通、捕虜はもっと奥地の収容所に送られるものでしょう?エコニアとか、少し古いですがバンドーもありますし、わざわざジャムシードに新設する理由が何かあるんですか?』

 

『あー…もう言ってしまおう。後ろに誰かいないな?いない?よし、アキレス・ドライバーという名前を覚えているか?』

 

『船団から逸れて、そこをレイダーに襲われた船ですね。積荷は確か艦載機の部品だったかと…』

 

『それなんだがね、実を言うとあの中には…なんだ、大事な、書類がかなり積まれていてね、いや、ちゃんと暗号鍵はかかってるから中を見られる可能性は万に一つも無いと言っているが、もしレイダーの乗組員が中身をどうにかして見ていた場合…』

 

『彼らを他の一般の捕虜から隔離する必要があると?』

 

『そういう事だ。それに、これは悲しい話ではあるが、彼らは捕虜交換の対象にはされない事になった。全ては情報の秘匿のためにな。』

 

『つまり、終身刑と?』

 

『言い方をわざわざ選んだんだがな。だからそれなりの経済基盤があるジャムシードに置く事になったんだ。娯楽を与える、とは言わないが捕虜宣誓をさせれば街に出ることだってできる。』

 

『…分かりました。ありがとうございます。』

 

『あぁ、そうだ、前に言ったレイダーの艦長の首の話だがな、アレは冗談だから真面目に受け止めてくれるなよ。それから、さっきの捕虜交換対象外という話は一応本人たちには秘密だからな。絶望して自決なんかされても困るし、もし責任者に会う機会があったら伝えといてくれ。』

 

『はい、了解しました。では。』

 

なんだか暗い顔をしていたが、少し移送中に顔を合わせた位で情でも移ったかな?しかしこれでまたあの結論ありきの会議に戻らなければならない。出世してもいい事なんかないな…

 

続く

 

 

 

 

 




もうゲストの人たちは無事に有人惑星に到着したということになってます。
タン中将は東洋系がルーツなのでタンが苗字です。同盟の人はどっちが苗字か分からない場合に大変でしょうね。ウランフ提督みたいな変わり種もいますし。
今回もご意見ご感想よろしくお願いします。


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第五十二話 交渉

お気に入り数が急増してびっくりです。ありがとうございます!
では、どうぞ。


宇宙暦762年4月19日 シュパーラ5同盟軍哨戒基地内 副官私室

A・ビュコック少佐

 

『すまんな、ヴィドック。これに関しては完全に巻き込んでしまった形になったな。』

 

新設される捕虜収容所の名簿欄を見ていたら、警備隊士官の欄にヴィドックの名前があった。巡航艦とはいえ、花の艦隊勤務から地味な捕虜収容所の警備要員とは…多分、いや確実に私とくっついていた事が関係しているんだろうし、責任は私にあると言える。

 

『いや、いいんですよ。確かに給料は危険手当なんかが無くなる分減りますけど、ストレスは無いでしょうからね。それに艦隊勤務から外されたのだって臨検でレイダーを見抜けなかったからかも知れませんし。第一、こっちは命の危険がない…今のは軍人として不適切ですかね。』

 

『そう言ってくれると嬉しいよ。次の異動がいつになるかは分からないが、また暫くの間よろしくな。』

 

司令官は出世だ、喜べなんて事を言っていたが結局は昇進もしていないし、立場的には国境艦隊の少佐のままだから昇任という訳でもない。勤務地は惑星ジャムシードの首都郊外にある捕虜収容所。

 

『それにしても、指揮官は少佐なのに貰える兵隊は少ないですね。本部が9人に37人の小編成隊が3つ…』

 

『まぁそれでも収容所の警備には十分って事だ。エコニア知ってるか?あそこは捕虜と警備隊の比率が15対1だって話だぞ、それに比べればうちは今の所2対1だ。向こうからすればものすごく厳重な警備状況だって言えるだろ?』

 

『それでも私なんかは2人で向かってこられたら敵う気がしませんけどね。見ました?あの…帝国の陸戦隊員はなんで言うんでしたっけ?』

 

『装甲擲弾兵か?』

 

『そう、そのボスの士官!睨まれただけで震えが止まらなくなりそうですね。』

 

『よしてくれよ。一応君も1個小隊を率いる立場になるんだからな、小隊長が捕虜に震えて逃げ出すなんて事になったら不名誉除隊じゃ済まなくなるぞ!』

 

なんだかんだ言っても彼も航法専科学校を主席で出るくらいの軍人だし、脱走なんて事が起こらない限りは優秀な人材だ。役に立ってくれるだろう。

 

『それよりも、少佐、聞きましたよ!』

 

『何だ?私の弱みが何かか?』

 

『まぁ、弱点と言えばそうかもしれませんが…あっ決して悪い意味ではないですよ!決して!悪用しようなんて少しも思ってませんから!』

 

『何だ一体…そんなに慌てる事も無いじゃないか。』

 

『少佐、奥さんがジャムシードにいるらしいじゃないですか。』

 

『言ってなかったか?息子も1人いるぞ。立体映像もある、見るか?』

 

『聞いてないですよ!指輪もしてないし、息子さんがいるんだったらもっと…こう、子煩悩というか、表情筋が緩むものじゃないんですか?』

 

『公務と私事は分けて考える事にしてるんだ。上官が立体映像の前でだらしない顔を晒しているのは嫌だろ?私は嫌だ。』

 

『でもこれからは勤務地がジャムシードになるんですから通勤みたいな事になるんでしょう?離れて暮らしていれば引き締める事も出来ると思いますが、朝晩奥さんと息子さんと会っていれば自然に…』

 

『いや、収容所に所長室があるからそこで暮らすが。』

 

『えぇっ!?なんでですか?奥さんがかわいそ…あっ、すいません、夫婦の間にはいろいろありますよね。』

 

『…何か勘違いしてるようだから言っておくが別に夫婦仲が破綻しかけているとかそういう話ではないぞ。』

 

『じゃあどうして同じ星の地表面上にいるのに別居状態になろうとしているんですか?』

 

『それは…さっきも言った様に公務と私事とは分けて考えるべきだし、三交代制の警備だから収容所に泊まり込みでいる部下に悪いと…』

 

『矛盾してますよ少佐。公務と私事を分けると言うんなら、仕事が終わるたびに家に帰って休む、それが生活の分割というものです。第一、昼間の分の給料しかもらってないのに職場にいて何の得があるんですか。』

 

言われてみればそうだ。正直言ってしまえば妻との同居生活が久しぶりすぎて少し不安になっていたのも事実ではあるし、自分ももう中堅と呼べる年齢、そろそろ家族孝行でも始めるべきなのかも知れない。

 

『分かった、分かったよ。じゃあそういう事にしよう。』

 

『それがいいですよ、第一…』

 

『…から、先輩!出直し…!』

 

ヴィドックの声を遮って部屋の外から声がする。何だか聞き覚えがあるような…?

 

ーーーーー

部屋の外

P・アッテンボロー

 

『だから、頭を冷やして出直しましょうって言ってるじゃないですか、腕っぷしで現役軍人に敵うわけないんですから!』

 

『うるさい!離せジェニングス!頭を冷やした所で決意は変わらないぞ!』

 

帝国人捕虜へのインタビューのデータを辞書を睨みながら訳してみたら内容は帝国内の観光案内だった。最初の受け答えのあたりではこちらの帝国語が通じていなかった可能性を考えたが、ワインの品評が始まった辺りで完全に合点がいった。あの捕虜に一杯食わされたんだ!

 そう思って考え直してみると、横で見ていた同盟軍の少佐とあと1人は何やら挙動不審だった。彼らはこっちの質問に真面目な返答が返ってきていないのをわかっていて笑い話にするつもりで傍観していたって事だ。こうなったら報復行動に出ない事にはこっちの気が済まない。司令官に聞いたらあの少佐はビュコックと言う名前で、明日にでもジャムシードに転勤になるそうだ。

 

『やぁ、少佐殿!先日はどうもお世話になりましたね…』

 

部屋に突入すると丁度よくあの時隣りにいた若いのも一緒にいる。手間が省けたというものだ。

 

『勝手に軍の施設を民間人がうろつくのは私としてはやめて欲しいんだがね。何より君たち自身に危険が及ぶ可能性がある。』

 

『残念ながらこっちには司令官の許可証があるんですなぁ、前見せたでしょう?…それで本題ですよ、同盟軍には情報公開の原則がありましたね?』

 

『前提を忘れないで欲しいね、正確には『高度の機密に関わる事項以外の事柄について』のだね。それがあるからと言って急に副官室に押し入ってきていいという訳でもないが。』

 

『忘れていませんよ、高度な機密ね。さしずめ、帝国の観光案内なんかはそれに含まれていないってことですかね。』

 

横の若い士官が吹き出す。やはりこいつも分かってやっていたか。

 

『まぁ、…そういう事に、なるかな。』

 

『いいですか、私が一昨日の状況を記事にするならこうですね、『同盟軍士官、〇〇少佐が記者による軍の取材活動を妨害し、その記者は正確な情報を得ることができなかった…』、どうです?』

 

吹き出した若い士官の顔がこわばる。分かりやすい奴だな…

 

『前半は事実とはかなり異なるようだが、後半はその通りだろうね。それで?』

 

おかしいな、あまり揺さぶりが効かないぞ。あの司令官だったらこのくらい揺らせば尻尾を振ってくるのに…部下はそうじゃないのか、見極めが甘かったかな…

 

『…つまり、私が要求するのは世論の求める『正確な』情報です。』

 

『帝国の観光情報についてはこれ以上ないほど理想的な情報が入手出来たかと思うんだがね。』

 

『えぇ、しかし読者の多くはそんな情報は要らないというでしょうね!私の言う『正確な』とはちゃんとした質問への返答です!』

 

『それで、私にどうしろと?生憎捕虜についての権限は…』

 

『司令官に聞きましたよ少佐殿。どうやら捕虜収容所の所長に抜擢されたとか。』

 

少佐の眉がピクリと動く。捕虜については知らぬ存ぜぬで通すつもりだったんだろうが、こっちの司令官との『友誼』を甘く見てもらっては困る。

 

『1日に少しでいいんですよ、ちょっと捕虜との接見の時間を設けてくれれば…そうすれば新任所長のジャーナリズムへの協力姿勢はハイネセンにまで届き、いずれ艦隊勤務にだって…』

 

『はぁ……艦隊勤務やら上の評価やらはどうでもいいんだが、じゃあ1つ2つ約束してくれたら管理側としては許可しよう。』

 

『なんです?』

 

『1つ、捕虜をあまり刺激しすぎるような取材はしないこと。捕虜というのは元ではあるが敵だった身だ。脱走や反抗を誘発するような取材は控えて…いや、絶対にやめてほしい。彼らは降ったとはいえ軍人、名誉も矜持もある。』

 

『質問原稿の検閲をさせろと?』

 

『検閲とは違うな。捕虜の扱いに関しての専門家の意見に耳を傾けて欲しいと言った所だ。2つ目、収容所内に危険物の類を持ち込まないこと。これは捕虜が君たちを人質として脱走を図るかもしれないからだ。君が240人の軍人を相手に大立ち回りができると言うならば別だが。』

 

『いいでしょう、ペンナイフ1本だって持ち込みませんとも。他には?』

 

『最低限はそんなところかな。分かってるとは思うが、捕虜の実名なんかを出したりするのは法律違反だからな。』

 

『それ位は常識ですとも。それで捕虜収容所の稼働はいつ?』

 

『どうせ機密だと言っても司令官に聞くんだろう?どんな弱味を握ったか知らないが、あまりやりすぎない事だな。もう設備は殆ど完成していて、あとは入所後に整えればいいから…輸送船の手配がつき次第移送だな、早くて2日後。』

 

『よし、じゃあその船に便乗しますか!よろしくお願いしますよ、少佐殿!』

 

そう言い放って部屋を出る。

 

『どうだ俺の交渉術は?参考にしてもいいぞ。』

 

『…早死にしたくないのでやめておきますよ。』

 

続く

 







今回もご意見ご感想お待ちしております!


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第五十三話 収容所

新生活の始まりに緊張しているメーメルです。
52話の誤字報告、ありがとうございました!
では、どうぞ。


宇宙暦762年4月23日 ジャムシード第1捕虜収容所 

A・ビュコック少佐

 

『本当に大丈夫でしょうか。司令官の命令とはいえ、宇宙港からなんて…』

 

司令官が言うには、捕虜を移送する際にはジャムシードの市街地を経由させ、徒歩で収容所まで移動させろとあった。西暦時代の見せしめでもあるまいに、同盟軍の捕まえた獲物を民間人に見せびらかしてやろうって腹だろうが、どうも賛成できない。

 

『幸い今日は珍しく雨が降ってないから、体調やらその辺りの心配は無いにしても問題は警備だな、ホームガードは?』

 

『ルートの両脇に10メートル間隔で立たせてあります。列の前後にも警備がいますし、市街地ですから脱走しようなんて気は起きないと思いますが…』

 

『心配なのはそっちじゃない、市民の反応の方だ。石でも投げられてみろ、一気に加熱した敵意は水をかける位じゃ消し止められなくなるぞ。捕虜に怪我人や、それこそ死人でも出たらジャムシードと収容所の関係の修復は絶望的だ。その辺りのことを司令官は考えてやっているのかな。』

 

『どうでしょうね。司令官は内務大臣…あのポマード頭があまり好きではないようですし、嫌いなやつと嫌いなやつの関係が悪化してもホクホク顔じゃないですか?敵の敵は結局敵って事ですよ。』

 

『…軍と行政府との関係を個人の感情で左右しないで欲しいんだがな。』

 

『そういう人ですからね。…予定だと今頃市街地を抜ける頃ですね。この交差点の辺りまで来ているはずです。今のところ特に騒動が起こってる様子はありません。』

 

『何とか第一段階は上手くいきそうかな。バスでやればこんなにやきもきする事もないのに。』

 

『あと15分ってところでしょうか。そろそろこっちも整列させますか。』

 

『そうだな、グレイ曹長、第2小隊を整列させろ。』

 

『了解しました。第2、整列!』

 

彼の右手が鈍く光る。元々フェートンのスパルタニアン要員だったらしいが、彼女が沈んだ時に右の肘から先が無くなって、1階級の負傷昇進の代わりにパイロットを引退したらしい。自分では『元々褒められる腕前ではありませんでしたから』と言っていたが、本心なんだろうか…

 

『整列完了。准尉、いいですかね。』

 

『?なんだい、曹長。』

 

『賭けませんか、捕虜がバラバラにやってくるか、それともまがりなりにも列を整えて来るか…』

 

『いいねぇ、曹長はどっちに?』

 

『前者ですね、流石に人混みに囲まれて観閲行進なんて真似はできないでしょうから。50ディナールでどうです?』

 

『じゃあ私は整列側か。いいぞ。判断基準は少佐が…』

 

『…警備小隊長2人が上官のすぐ前で賭け事の相談とはな。あまり感心しないぞ。まぁ他に娯楽もない以上目を瞑るが、100を超えないレベルにしろよ。あくまでも子供の遊び程度に、な。』

 

『かしこまりました!…少佐はどう思います?』

 

『そうだな、ヴィドックに1票かな。』

 

『参った、味方が減りましたな。何故です?』

 

『あの子爵の部下だからな。聴取の時の印象は高慢な感じがしたから、部下からの人望というか、忠誠心か、そういうものもタガが外れたら薄くなって烏合の衆になるか、派閥ができるかすると思ったが、そうじゃないだろ?シュパーラについた時の整列は見事なもんだった。』

 

『そうですかね、じゃあ少佐も50、どうです?』

 

『私は目を瞑る、と言ったんだ。参加するとは言ってないぞ、まったく…』

 

「て…粋………わ…」

 

『なんだ?』

 

『風じゃありませんね。見てきましょうか。』

 

ヴィドックが収容所の入り口まで走っていったと思ったらすぐに帰ってきた。落ち着きのないやつだ。

 

『少佐、捕虜御一行様の到着です。…それから曹長、50ディナールは貰ったぞ。少佐に判断を依頼するまでもない、見事な分列行進だ!』

 

ーーーーー

同時刻

フォン・オイレンブルク中佐

 

「♪野暮な曹長が帳簿をめくる」

 

「♪貴様らとっくに死んでいる」

 

「「「♪ハイ!曹長殿残念でした、ヴァルハラの門が狭すぎて!」」」

 

なんだか妙な歌だが、何かアカペラで歌えて行進に使える曲がないかと相談したら提案されたものだ。個人的には口笛でマーチを吹くのでもいいかと思ったが、確かにどんな内容であれ声を出すというのはこれから始まる収容所暮らしの気持ちを考えるとプラスの効果があるかもしれない。

 

「♪粋な大尉が青筋立てた」

 

「♪貴様らどうして帰ってきた」

 

「「「♪ハイ!大尉殿棺の中は、大の男にゃ狭すぎて!」」」

 

『ジャムシード戦時捕虜収容所』と掲げられた門を過ぎると、先導する兵、微妙に違う軍服からして正規軍では無いんだろうが、彼が先を走っていって正装をした士官に報告している。あれは例の少佐と…若いのも一緒だ。やれやれ、宇宙は広いというのに顔を合わせるのは同じやつばかりか。

 

「全体、4列縦隊!」「止まれ!」「左向け、ひだぁり!」

 

列が止まると、あの少佐が近づいてくる。

 

『どうも、子爵。また会いましたね。これからこの収容所の監督をするのは私です。どうか…妙な真似はしないように。同盟と帝国は遠くイゼルローン回廊では敵対していますが、この惑星に関してはお互いに良好な関係を築いていける事を望みます。』

 

「そうだね。結構、妙な真似というのは解釈の余地がかなりありそうだが、一時の仮住まいとしてはホストと敵対したくはないとこちらも考えているよ…今のところは。」

 

『第一歩としてはまず、言葉を合わせていただきたい。こちらの人員には帝国語に不慣れな者もいるし、やはりコミュニケーションをとる事が大事だというのはそちらも同じだと思うのですが?』

 

「こちらとしてはそちらの言う『多数決の原理』とやらに従っただけなんだがね。一見した所看守の人員はあまり潤沢には見えないし、この敷地内に限っては帝国語話者の方が多数派だろう?」

 

『それもそうですがね。「よその場所には違う風習がある」とも言うでしょうから、今こそその諺の精神を発揮すべき時ではないですかね。それから我々は「看守」ではなく警備要員です。お忘れなきよう。』

 

「中々よく勉強しているじゃないか。その熱心さに免じて、今回はその助言を参考にすることにしようか。」

 

『ではよろしくお願いしますよ。この収容所の規則は子爵といえども守ってもらいます。朝の点呼は6時、消灯時間は21時になります。』

 

『なるほど、早寝早起き、夜ふかしはいけないという訳か。いつから君らは我々の健康を気遣ってくれるようになったのかな?』

 

『…食事については1日1人あたり2200キロカロリー相当の食事が提供されます。これには士官も一般の兵士も差はありません。図書館、園芸、その他の許可される範囲での娯楽は十分にあると考えています。それこそ同盟の一般人と同等なレベルに。それ以外の要望や要求については都度相談が必要です。それから、もし、万が一、考えたくない事ではありますが、規則違反が発生した場合はあちらへ暫く居を移してもらう事になります。』

 

少佐の指差す先には敷地内で1つだけ目立つコンクリート製の物置のような建物。独房だな。

 

『結構だね。どうやら普通の宿舎の方もかなり新しいようだし、第一印象は高評価といったところだな。』

 

少佐との話が終わると、右手が義手になっている下士官がやってきて「士官棟」と看板の立てられた建物に案内される。なんだかんだ言う割には収容所内の案内板やらは帝国語が使われている。それにしても佐官は敷地を分けられる位の事はされると思っていたが、仕切り線もないものか。…その方が部下の様子を知れて好都合ではあるが…

 

『士官棟は個室と2人部屋になっているが、こちらとしては部屋割りは指定していない。では、「ご自由にどうぞ」』

 

義手の男が出て行くと、すぐにツァーンが這いつくばって床を叩きはじめた。

 

「失礼します、艦長。大体こうするとね、分かるんですよ。よし、こんなものかな。」

 

ツァーンはすぐに窓から見える監視塔を見上げると、また戻ってくる。一体何をやっているんだ…?

 

「案の定です。多分地震計か何かありますね。ばっちり監視塔のやつと目が合いました。これじゃあここでこっそり何かするのは難しいですね。」

 

「…何故こんな事を知ってるんだ?」

 

「母から教わりまして。集合住宅に住まう者の基礎知識だと母は言ってました。盗聴器とかがあると、なんですか、「厄介」だとも。」

 

なるほど、人間と言うものは意外なところで意外な知識を仕入れてくるものだ。これから捕虜交換の話が来るまでの間、役に立つかは知らないが…

 

続く




やってしまいました。あの謎の歌のメロディは「愚連隊マーチ」で検索していただければあります。少し前まではAmazon Primeにあったんですけどね。
ジャムシード収容所の構造は32人用の兵・下士官用木造バラックが8つに士官用が1つです。後は文中にもありましたが、図書室、食堂、畑、独房や物置から成ります。この設定が生かされる日は来るのでしょうか…
今回もご意見ご感想お待ちしておりまーす!


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第五十四話 発覚

最近のマイブームはメーデーを見ることです。ドキュメンタリーは見るたびに教養が増えて幸せになりますね。

では、どうぞ。


宇宙暦762年4月24日 ジャムシード第1捕虜収容所

P・アッテンボロー

 

『よし、リベンジの用意は出来た、ジェニングス!今回はしくじるなよ。』

 

『今回はもなにも、前回しくじったのは先輩だけじゃないですか。こっちは後ろでレコーダーを構えてただけですよ。』

 

『そう言う事を言わずに黙ってればお前のイメージは『かわいい後輩』で固定だったんだぞ、今じゃ立派に『生意気かつ反抗的な年下社員』だ。』

 

『それは身に余る評価ですね。で、今回の作戦は結局どういう事になったんですか?』

 

『ん?今回は完璧だぞ。まず、質問文は前と同じだろ、そしたらあの准尉に同席してもらう。終わり。』

 

『えっ…記者の矜持とかプライドがうんたらって話はどうなったんです?』

 

『それがどうした!』

 

宇宙で最強の台詞を叩きつけると、収容所の門が見えて来る。

 

『止まれ!…あぁ、お前らか。所長から話は聞いてるよ。一応ボディチェックするから降りて。』

 

『いいか、善良な民間人にはもっと丁寧な言葉遣いを選択するべきじゃないのか?しかもこっちは所長のお客…』

 

『基地内で司令官の弱味を握って歩き回ってた記者が『善良な』民間人なら、どの星にも軽犯罪用の留置所なんか要らなくなるだろうよ。…よし、通ってよし。』

 

『なんだとぉ…ハイネセンで暴言軍人として有名になりたいようだな!』

 

『おお、いいね。書くなら派手に書いてくれよ。こっちは首都星の新聞に載れるって事ならどんな内容でも親戚挙げてパーティーさ。じゃ、早いとこ行った行った。』

 

何故俺はここ最近会うやつ会うやつに舐められるんだ?どうも田舎の連中はジャーナリズムが持つ力と言うものをあまり良く分かっていない節がある。そういう意味ではその力を評価してたのは司令官だけだったって訳か?あれもあれでなんだか違う気がするが…

 

『捕虜収容所の中なんて初めて入りましたが、案外綺麗なもんですね。刑務所と違って外界との仕切りは鉄条網ですし、ああいう場所よりこっちの方が解放感がありそうじゃないですか。』

 

『そう思うんなら今からでも志願して向こうの収容所を体験してみたらどうだ?』

 

『志願するなら先輩の方でしょ?義理の親父さんは…』

 

『あーあー!ダスティ爺さんの話はやめてくれ!最近家に帰らないなんてシーラが言いつけたからうるさいんだ、余計なところで頭痛の種を増やすな。』

 

『うるさいのはどっちかな、アッテンボロー君。』

 

近づいてきたのは所長たるアレクのおっさんだ。監視するのは捕虜であって我々のような善良な民間人ではないだろうに。

 

『どうも、少佐殿。お招きいただき光栄の至り。』

 

『…帝国語もそれなりに難しい言語だと思っていたが、同盟語もかなり難解なものだな。『お招き』という言葉に私の知らない意味がまだあるとは今の今まで思わなかったよ。』

 

『そうですかね。ま、人生で学ぶことは正に無限大と言いますからね。とにかく、約束は約束ですからね。准尉をお借りしますよ!』

 

『彼を猫みたいに言うんじゃない。ヴィドックなら今丁度士官棟だ。あのゲートから入って、1番左の緑色の建物…』

 

『分かりました!では!』

 

『あ、待ちたまえ。…待て!』

 

後ろから襟首を掴まれる。暴力義父も同じようなことをするが同盟軍人は気に入らない奴の襟首は掴むものなんていう教育をされてるんだろうか?

 

『待てと言ったら1回で止まりたまえよ。まったく…護衛に兵を1人つけるから、基本的には収容所内では彼の指示に従う事、勝手に建物内の撮影などは行わない事、質問原稿は変えない事。分かったかね?』

 

『完全に分かりました!この鍵に誓って!』

 

『…はぁ…もういいか。ではな。兵長、頼むぞ。問題を起こさせないように。』

 

痩せた兵長に続いて収容区画に入ると、青い作業服を着た捕虜からの好奇の目線が突き刺さる。なるほど、見られている側の立場とはこういう気分になる訳か。通りでスキャンダルなんて嗅ぎつけられたくないな。

 

『ここが士官棟です。准士官、尉官以上はこの棟で…あっ勝手に入っていかないで!』

 

『なんだよ、鍵が開いているんなら入ってもいいですよって事だろうに。』

 

『そんな盗賊みたいな論理を使わないで下さいよ…』

 

開けてくれた扉に入ると、廊下の突き当たりまで左右に扉が並んでいる。この光景だけ切り取れば集合住宅と言ってもごまかせるだろうな。

 

『で、誰に会いたいんです?よく喋るのなら副官の少尉がいますよ、奥から2番目の部屋です。』

 

『やっぱり取るなら大将首からだろ。あの片目の中佐は?』

 

『子爵ですか?あの人なら突き当たりです。』

 

そういうと、進んでいって何やら帝国語で扉に話しかけている。多分入室の許可か何かをとっているんだろう。それにしてもあの片目は爵位持ちだったのか…

 

『ちょうどヴィドック小隊長も中です。どうぞ。』

 

そう言われて入ってみると、部屋のやや左寄りに設置されたテーブルで准尉ともう1人が3次元チェスをやっている。部屋の主は書物机の椅子で何か読んでいるが…

 

『ポーンが…ポーンが、可哀想な事に…』

 

『まだまだだね、ミスターヴィドック。チェスの主役はナイトだけではないよ。…これで、チェックだ。』

 

『もうどうしようもないですかね…』

 

『ここで待っても前衛は全滅、後衛も拘束状態だからジリ貧だね。あと5手前に何か対策を講じていれば何とか…ならないかな。』

 

『…喋ってる…』

 

ついてきたジェニングスがつぶやく。…!本当に喋ってる!

 

『あっ!あー…記者の人!そういえば今日来るって話でしたね。』

 

少し考えてから『記者の人』と濁して俺のことを呼んだが、これは多分俺の名前を忘れてるな…だが今はそんな事はどうでもいい!

 

『そ、そこの帝国人、言葉が分かるんです?』

 

『?当たり前じゃないですか。子爵だって…あっ…』

 

当の本人は『記者の人!』あたりから読み物から顔をあげてこっちを見ていたが、准尉の間抜けな声を聞いたあたりでこめかみに手を当てて下を向いてしまった。

 

『…仕方ないな、ヴィドック君。帝国でもそうだが、多くの部下の上に立つ身であるほど寡黙という資質は美徳になるものだと思うぞ。まぁ、これに関してはうちの副官もそうだから他人の事は言えないが。』

 

そう言うと、片目は椅子から立ち上がって近づいてくる。といっても部屋が狭いから1歩半ほど踏み出しただけだが…

 

『この前はすまなかったね。考えてみればそちらは言葉を合わせてくれたのにああいう対応をとったのは失礼な行いだったと思う。許してくれ。詫びになるかは分からないが、それこそ答えられる範囲の問いには答えよう。』

 

参った、こういう風に接されると調子が狂う。どちらかと言えば喧嘩腰位で来てくれた方が言葉もポンポン出てくるし、やる気が出るんだが…

 

『え…あぁ、どうも。』

 

『まずはどうするかな。ちゃんとした自己紹介はまだだったか。ここに座ってさっきまでヴィドック君をさんざんに打ちすえていたのが我が信頼する主治医にして軍医のクンツェ中尉だ。それで、私が艦長…今や艦そのものは宇宙の彼方だから、最高階級者のフォン・クラークドルフ・ツー・オイレンブルク中佐だ。呼び方はなんでも構わないが、ここの軍人たちは『子爵』と呼んでくれているな。』

 

『では…私も、子爵、よろしく…』

 

『クンツェだ。名前はフィクトール。爵位はないから階級でも役職名でも…『チェス王者』でもいいよ。』

 

『よろしく、軍医さん。…こっちは後輩のジェニングス。ファーストネームはなんだか難しいスペルだから忘れました。で、私がアッテンボロー。パトリック・アッテンボローです。…では、1つだけ。』

 

『何かな?』

 

『この収容所に関する独占報道権を私、我が社に頂きたい、つまり、私以外には取材がきても初めての内容は話さないという事ですが。』

 

『…結構、報道界隈も一番槍というのが大事だというのは理解できる。それはそうと、君らの椅子がないな、中尉、君の部屋から2つ持ってきてくれないか。ツァーンならベッドにでも座らせておけばいい。』

 

「Jawohl, Herr Kapitän」

 

軍医さんが部屋を出て行く。ツァーンというのが彼と同室の士官だろうか。何にしろ今回は上手くいきそうだ。これでやっと編集長にせっつかれなくて済むようになるだろう。

 

『先輩、まさか本当に名前忘れた訳じゃないですよね…?』

 

『さぁ、どうだったかな。生意気かつ反抗的な年下社員のジェニングス君。』

 

続く

 

 




アッテンボローが途中で言ってる『シーラが言いつけた〜』のシーラという人は彼の奥さん、つまりダスティの娘にしてダスティの母です。元ネタはリチャード・アッテンボローの奥さんです。

最後の方、中尉の台詞がドイツ語(帝国語)で書いてあるのはアッテンボロー視点では意味が分からないって言う演出です。分かりにくかったらすいません。

今回もご意見、ご感想お待ちしております。


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第五十五話 雨の中

揚げ物が急に食べたくなったメーメルです。油分を定期的に摂取しないと力が出ない…

では、どうぞ。


帝国暦453年4月29日 ジャムシード第1捕虜収容所

フォン・オイレンブルク中佐

 

『捕虜宣誓ね。なるほど、面白い制度だね。』

 

わざわざゲートの向こうに建てられている管理棟まで呼び出されて何事かと思ったら、准尉は冊子を出してきた。それに曰く、同盟軍管理下にある捕虜の中で模範的な者は宣誓をした上で1日数時間の外出が許可されるというもの。

 

『ええ、大分収容所の暮らしには慣れてきた頃でしょう?当事者の許可があれば労働もできます。もちろん賃金は収容所の収入として扱われ、本人にはこちらから賃金に見合う品を供給する形にはなりますが、気晴らしにはなるでしょう。』

 

『それで、肝心の宣誓というのは?…流石にそちらの元首に忠誠を誓うなんて内容は受け入れ難いが。』

 

『受け入れ難いものではないはずです。大体は一般的なもの、脱走その他反抗行為を外出先で行わない事、危険物の持ち帰りの禁止…これらの事に署名して貰えば宣誓は完了です。』

 

『そうかね。では私から希望者がいないか見てみよう。』

 

『子爵も十分すぎるほど模範的といえますし、貴方も対象に含まれますが、どうです?』

 

『私はいいよ。どうせ1日の外出者数には制限を設けるんだろう?その貴重な1枠を最高階級者権限で埋めてしまうのは部下に忍びないからな。…話は以上かな?』

 

『ええ、それだけです。足下に気をつけて。』

 

衛兵をつけられて管理棟から出ると、降っていた雨は勢いを増している。どうも星開拓史を読むには元から大気が不安定だったのに加えてなぜか主要都市を景観重視の山際に置いてしまったせいでこうなってしまったらしい。…おかげで治水費用もかかるんだろうが、最初の計画者は何を考えていたんだろうか。

 

「!お帰りなさい、艦長!」

 

「やぁ大尉、外はひどい雨だ。所長も出勤していないようだしな。ヴィドック君からこんな提案をされたよ。」

 

渡した冊子に大尉が目を通している間、窓にあたる雨粒を見るとどうも妙な事を考える。果たして人間が雨を眺めている時、雨粒の1つ1つを見ている訳ではなくその向こうの灰色に濁った景色を見ているはずなのに、何故人間は「雨を見る」なんて言うのだろうか…?

 

「なるほど、宣誓ですか。ところで、この持ち帰り禁止になっている『危険物』とやらの具体的な例がありませんね。」

 

「案外抜け道がありそうだな。で、大尉は外に出たいかね。」

 

「どうでしょう。ずっと艦隊勤務だと青い空が見えているだけで開放感を感じるものですからね…娯楽にしても、軍人というのはあらゆる物の欠乏状態に慣れるようになってますし。」

 

「そうだろうな、まぁ、若い連中の中には鉄条網の外側に興味がある者もいるだろうし、ツァーン辺りに任せるか。」

 

「それくらいの扱いでいいでしょう。…見慣れない車ですね。」

 

大尉の指差した先を見ると、確かに見慣れない地上車が3台、ゲートの先に止まっている。いや、正確にはどこかで見たことがあるような気がするが…

 

「なんだったかな…」

 

「ああいう手合いは憲兵隊辺りが使ってますよね。あんな巨大なメガホンを屋根に載せてまともに運転できるのかといつも思います。」

 

「ああ、そうだった。だとすると、あれも叛乱軍の憲兵かな?」

 

「…どうも、軍服が違うような気もしますが。でも軍関係者でしょうか。」

 

そんな事を話していると、おそらくその地上車の主であろう数人の男達がこちらに向かってくる。並列してヴィドック君が何か話している、というか一方的に喋りかけているだけだが…と、とうとう士官棟までやってきた集団は勝手に扉を開けてくる。これはあの記者よりよほど礼儀がなっていない連中だな…

 

『だから!所長からそんな連絡は受けていません!今の責任者は私ですから、どんな身分の方でも指示に従ってもらわないと困りますよ!』

 

『こっちは内務大臣の許諾を得てるんだ!この片目がそうだな!?』

 

『いいですか、これ以上こちらの指示に従わないようなら実力で…』

 

『ほぉー!同盟軍が民間人を脅迫するか!政治問題になるぞ!いいから黙って見ていろ!おい!』

 

どうやらヴィドック君と問答しているのがボスのようだ。そいつが声をかけると、後ろから全く同じ顔をした男が2人現れる。バウディッシン中尉と同じ位の体格だ、レスラーあがりとでも言ったところだろうが、その手に持っているのは電子手錠か。妙なおもちゃが好みのようだな。

 

『手を出せ!』

 

嫌いなんだがな、こういう輩は。どんな立場の人間にも最低限の礼節をもって接することのできないやつ…

 

「いいか、我々は確かに敵中にある捕虜ではあるが、決してそんなものを使われるような犯罪者ではないぞ!」

 

『なんだ、何を言ってる、命乞いか?アンジェロ!マーク!早くやれ!』

 

どうやら向かって右側がアンジェロか。よく見分けがつくものだ。すると、マークの方が肩に手を伸ばしてくる。さて、どうするか。

 

「いいか、大尉、いまいち状況がよく分からんが手は出すなよ、多少強引な手段をとっても問題ない位の連中だ。他の部下に危害が及んでも困る。」

 

「艦長…!」

 

両手でカチリと電子ロックのかかる音がする。手錠をかけられるというのは初めての経験だが、なるほど中々に不快なものだ。

 

『いいですか、これは軍に関する明らかな越権行為です!抗議しますよ!捕虜を勝手に連行しようとするなんて事は許され…むぐ!』

 

横から再び抗議の声を上げたヴィドック君は胸のあたりをアンジェロの方に突かれて壁際に押し付けられる。…普通軍人にここまでやったら撃たれても文句はない位の行為のはずなんだがな…一体この連中は何だというんだ?

 

『よし、取り敢えずこの1人だけでいい、行くぞ!』

 

「大尉、いいか。さすがにこのまま銃殺と言う事は無いだろうが、もし戻らなかったら次席は君だからな。指揮を引き継ぐ事。」

 

「…了解しました、艦長。無事のお帰りを。」

 

こちらの言葉がなければ今にも飛びかかりそうだった大尉から向き直ると両脇を抱えられる。…こんな写真をどこかで見た事があったな。怪我人とはいえ、別に1人でも歩けるんだが。

 

ーーーーー

同日 ジャムシードポリス郊外

A・ビュコック少佐

 

家の食堂の窓から見える景色は朝からずっと霞んだままだ。幸いにも風はないからいいが、一体いつまで続くんだろうか。

 

『やはりこの星は雨が多いとは聞いてたが…予想以上だね。あまり住み良い土地とは言えないかな。』

 

『ええ、でも家族が揃って昼食をとれる時間ができたんですもの。問題はありませんわ。』

 

そう言ってくれる家内の隣りではもうすぐ4歳になる息子が口の周りを真っ赤にしながら必死の形相でパスタと格闘している。自分にもこんなに微笑ましい時代があったのかと思うと、恥ずかしくもあり、幸せでもあり…

 

『いー、きらい!』

 

そう言うと、我が家の最高権力者は私の皿に小さな茄子の破片を移してよこす。中々に素早い動きだ。将来は手先の器用な男に成長するだろう。

 

『そうか、茄子は嫌か。なら仕方ないな、ソーセージとなら交換になるかな?』

 

『まぁ、いけませんよ!甘やかして…』

 

『いいじゃないか。それにほら、パパは茄子が大好物だからな!』

 

言いつつ交換した破片を口に入れると、彼は満面の笑みを浮かべる。と、急に廊下にある端末から呼び出し音がする。一体誰だ?

 

『はい、ビュコック。…あぁ、ヴィドックか。どうした、落ち着いて話せ。……うん、子爵が?誘拐された!?…何を馬鹿な…うん、…分かった。すぐ行く。』

 

『事件ですか?』

 

振り向くと、既に軍服と防水コートを持った妻が立っていた。

 

『ん?…あぁ、些細な事さ。心配する様な事じゃないよ。しかし、帰りがいつになるかは分からないな…もしかしたら日付をまたぐことになるかも…』

 

『分かりました。この雨ですから、7番街の辺りは冠水してるかも知れませんから気をつけて。』

 

『流石、奥さまは土地に詳しいね。ありがとう。』

 

服を受け取って食堂の方を見ると、まだパスタ対幼児の戦いは継続中のようだ。途中で横槍を入れるのも無粋だし、小さい背中に手を振ってそっと扉を閉める。これで軍服に着替えれば後は問題解決に当たらねばならない。やはり幸せな家庭を営む当事者になりたいなら軍人になんてなるべきじゃないな…

 

続く

 

 

 

 




書いてて1番違和感があったのはビュコック少佐の一人称が「パパ」になった時です。因みに息子さんの年齢は完全独自設定です。

ヴィドック君が強くないのは、まぁあの人まだ20かそこらだし、許してあげて下さい。

話数修正しました。なんで間違えるかな…

今回もご意見ご感想お待ちしております。


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第五十六話 連行

お気に入りがまた伸びまして、評価者数も30人に!快挙であります。ありがとうございます。最近タイトル詐欺あじがしますけど…

では、どうぞ。


帝国暦453年4月29日 ジャムシードポリス某所

フォン・オイレンブルク中佐

 

あの屋根に巨大な拡声器を載せた車に押し込まれてやってきたのは宇宙港から収容所までに歩いた市街地だ。あの時は晴れていたから高層ビルなんかも立派に見えたが、今日は両隣に陣取る同じ顔のせいもあって妙に不気味に感じる。まるで何か名状し難いものの居城のようだ。

 

『こいつ、やけに静かになったな、びびってるのか?』

 

『お山の大将だったんだろうよ!顔だけは本当に海賊みたいな面してる癖にな!』

 

両脇の2人が耳に響くやけに大きな声で笑い合う。これまでに会った人間の中で1、2を争う品性の無い笑い声。場末の酒場でも今どき聞けるようなものではないだろう。

 

『うるさいぞ!アンジェロ!しっかり帝国人を見張ってろ!』

 

助手席に座るボスの言葉に2人が文句なく従う所から見て、彼はかなり上の存在なのだろう。…今までのやり口やこの過剰なまでの上下関係、どうも帝国で言うマフィアのイメージと重なるが、だとすれば犯罪組織が軍施設に押し入れる道理は無いし、内務大臣とか政治問題とか言っていた事実にも付合しない。

 

『なぁ、おい、本物の帝国人だぞ、マーク。』

 

ほんの数秒前に『うるさいぞ』と言われたばかりなのにもう喋り出すのは一体どういう神経をしているんだ…

 

『帝国人を見るのは初めてじゃないだろ。』

 

『あんなのは数に入らねえよ、骨と皮なやつか肉と脂なやつだけじゃんか。』

 

『体に教えないと分からないのか!お前らの脳みそは本当にクルミ大なのか!?』

 

ボスの雷が落ちると同時に車が急旋回して建物の中に入っていく。やり口も言葉遣いも荒ければ運転まで荒いのか。

 

『降りろ、帝国人!降りろって言ってるんだ!』

 

半ば引き摺られるようにして到着したのはビルの合間にある空き地のような場所。どうやら建物への入り口は道に面した形ではなく、奥まった所にある作りのようだ。防御力の高そうな設計、ますますきな臭いぞ。

 

『団長!連れてきましたよ!…例の、行進してた帝国人の親玉!』

 

ボスが入り口の端末に怒鳴っている。どうせ連行するならもっとスムーズにやれないものなのか…人目が無いだろうという事は分かってはいるが、大の大人が手錠のまま両脇を大男に挟まれているという光景は見て素敵だというものではないだろう。

 

『よし、逃がすなよ。』

 

重そうな両開きの扉が開くと、奥はやけに薄暗い廊下になっている。全く、ゾンタークスキントの船倉だってこれより明るかった筈だ。唯一目立つのは薄明かりに照らされた壁に秩序なく貼られた毒々しい色合いのポスター。『帝国に死を!』だったり『亡命者を信じるな』等という攻撃的な内容がほとんどだ。… 銃殺は無いと勝手に思っていたが、案外このまま部下に会えなくなることになるかもしれない。

 

『アンジェロ、マーク、ここで見張ってろ。呼ぶまで離れるなよ。』

 

突き当たりにある部屋はこれまでの廊下とは打って変わって明るすぎるくらいの照明がつけられている。扉には『本部』とやけに古臭い字体で書いてあったから最終目的地はここなんだろう。

 

『よぉし、よくやったぞ。なるほど、片目になってるのか!面白いなぁ、うん、面白い。』

 

他人の顔をじろじろ眺め回して勝手に面白がっているのがさっき『団長』とか呼ばれていた対象だろう。部下が部下だから団長だって碌なものじゃないと予想してはいたが、こんな所でそれが的中しても困るんだが。

 

『ところで、こいつと話は通じるのか?…通訳する?よし、いいか、自己紹介からしてやれ。』

 

団長の横にいた丸メガネの男が進み出てくる。向こうの意図が分からない以上は下手に言葉が分かるなんて事は言わない方が身のためだろう。

 

「この人はジャムシードの民主主義守る人達のリーダー!ドン・ジュリアン・アルバラド。お前に話がある!」

 

自信満々で間違うタイプの下手くそだ。ヴィドック君との初対面の時は向こうも自分の帝国語の出来がまずいの自覚していたから可愛げもあったが、この場合は自分は完璧に使いこなせていると思っている。逆に憎たらしい位だ。

 

「あー…アルバラド?一体私が無理やり連れてこられた理由は何かな?」

 

『うん、うん、なるほど。自分の置かれた状況が理解できていないか。帝国人は脳みそが足りないらしいからな。教えてやれ!』

 

「裁判をする!訴えられる人はお前。」

 

「…見た所、君らは民間人のようだから言っておくが、もし我々帝国軍人が、捕虜になる以前に戦争犯罪を犯していたり、また軍規に則った形での戦闘行動の一環として民間に属する財物を破壊していたとしても、民間人に我々を裁く権利は無い。軍人には民間法が適用されないのは…」

 

『何だって?…拒否してるのか?帝国人の分際で生意気な…まぁ、どうでもいいな。書類を持ってこい!』

 

奥から持って来られて机に置かれた紙には『供述書』と大きく印刷されている。内容は、

 

『帝国軍人たる私は、自由惑星同盟領内に於いて、民間人に対する海賊行為を行い、軍用目的外の動産及びその他の財物を破壊した事をここに供述する。この宇宙共通の非人道的犯罪行為についての責任は私と部下を含む帝国軍全体に帰する事を明言する。』

 

というものだ。海賊ではないとさっきから言っているんだがな…

 

「これにサインしろ。内容はお前が嘘をつかないという事!」

 

なるほどね、こっちが言葉わからないと思って好き勝手な供述をした事にしようってわけか…このまま唯々諾々と従ってしまうのはいかんな、仕方ない…

 

「あー、通訳の君、名前は?」

 

「!マッカラムだ。どうした、早く書け!」

 

『そうか…ではマッカラム君、この際だから言っておくが君の帝国語はとても聞けたものではない。さぞ自信があるような口ぶりだが、接続詞の順番あたりからやり直す事を薦める。はっきりいって5歳児以下だな。』

 

『この野郎…!ふざけやがって!』

 

親切に忠告してやったと言うのに『ふざけやがって』とは随分な物言いだ。先達には敬意を表するべきだという事もついでに教えてやった方がよかったかな?

 

『言葉が通じるのか。じゃあお前は要らないな。行け!』

 

『でも団長!こいつ…!』

 

『行けと、言ったんだ。こっちの言葉まで5歳児並みに退化しちまったのか?行け!』

 

マッカラムが顔を赤くしながら引き下がる。あの赤さは言語の不味さを指摘された恥からだろうか、それとも私に対する怒りか…多分両方だな。

 

『じゃあ、早速再開と行こうか。この書類に書いてある内容は読めるんだな?』

 

『ああ、読めるとも。しかし分からんね。捕虜尋問の際に既に敵地における通商破壊行動については話しておいたはずだが、なぜこんなに時間が経って海賊などと不名誉な嫌疑…違うな、冤罪を課されなければならないのかな?』

 

『冤罪、冤罪か!面白いな、帝国人!』

 

『先程から何かあると面白がっているようだが、愉快な事が好きなら私などと向かい合っていないで喜劇でも見に行ったらどうだね?』

 

『ところがそうはいかないんだな、お前は海賊、ただの凶悪極まる犯罪者になってもらわないとうちの主張が通らないんだ。いいか、初めての汚い亡命者以外の宇宙の向こう側からきた奴らが、街中で分列行進なんかされてみろ、街の連中はどう考えると思う?』

 

…我々は彼らが唱えているお題目、多分帝国は悪の権化だとか、人でなしの集団だとかいうのに知らず知らずのうちに反してしまったようだ。つまりこの行動は彼ら流の名誉挽回とでもいう事なんだろう。

 

『はぁ…どうかね。君らの主張については全く知らないが、私としては帝国の名を貶めない事を第一に考えてやっているつもりだ。あの行進についても恥じる所は何一つないね。』

 

『そうか、そうか。じゃあサインするつもりはないんだな?こっちが優しくしてやってるのも今のうちかもしれないぞ?』

 

『生まれつき、どうも嘘をつくという事には慣れていなくてね。おかげで人生で大分苦労した方だと思うよ。』

 

『…舐めやがって。いいか、今すぐにサインすればお前のかわいいお仲間へはもっと優しくしてやれるかも知れないぞ?珍しく反論してくるやつに出会えて気分がいいんだ、大人しく…』

 

『どうやら言った意味が通じないようだからゆっくり言ってやろう。ノー、だ。分かるかね?答えはノー。自らと部下の名誉を捨てるようなサインはしない。用が済んだら早くこの手錠を外してくれ。窮屈でいけない。』

 

言った瞬間に視界が一気に上を向く。背中に衝撃があって、椅子を蹴り倒されたという事が分かった。

 

『じゃあ仕方ないな。名誉だの何だのが気にできないようにしてやるぞ!アンジェロ!マーク!入ってこい!』

 

…またあの2人のご登場か。双子がトラウマになりそうだ…

 

続く




「民主主義を守る人達のリーダー」って言ったのは通訳の人の訳語がおかしいだけで、彼らはそんな間抜けな名前の集団じゃないです。

あと、子爵が嘘をつくのが苦手だとか言ってますが、仮装巡洋艦の艦長やってたヒトがそんな訳ないので、発言自体嘘なんじゃないですかね。

今回もご意見、ご感想よろしくお願いします!


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第五十七話 信頼と暴力

桜が咲いて綺麗な季節だというのに冬並みの気温とはいかに…寒いですが体調にはお気をつけて下さい。

では、どうぞ。


宇宙暦762年4月29日 ジャムシード第1捕虜収容所

A・ビュコック少佐

 

『ジャムシード愛国烈士旅団?随分勇壮な名前だな。』

 

『ええ、人民防衛党の実力団体です。』

 

『人防党?野党第一党のか?』

 

『はい、昨年の選挙で躍進した党です。評判は…』

 

『大体知ってるよ。高利貸し崩れやらを取り込んで有権者集団の脅迫の疑いが上がってたアレだろ?厄介なのに目をつけられたものだ。』

 

どうやら子爵を無理矢理連行したのは政治団体だ。同盟軍は文民統制で動いている組織だとはいえ、民間人の方が絶対的に上という訳でもないんだが…

 

『とにかく、そいつらは内務大臣の許可がどうとか言ってたんだな?』

 

『はい、証拠書類などはありませんでしたが、確かに。』

 

『…そうだったらまずそんな怪しい団体を敷地内に入れるな。口先だけで誰でも収容所に入れてしまうようでは鉄条網で囲っている意味がないぞ。』

 

『はい…申し訳ありません。』

 

『頼むぞ、いざという時に民間人に強く出るのも軍人の仕事のうちだ。声だけでかいような今回のような連中に押し負けるようでは本来の任務に支障が出るからな…よし、説教は終わりだ。解決策の相談に移ろう。』

 

『はい。とりあえず内務省に連絡は入れてあります。人防党の方は電話も繋がりません。』

 

『で、内務省は何て言ってる?第一本当に『収容所から捕虜を勝手に連行してもいい』なんていう許可をポマード頭が出したのか?』

 

『大臣は…その、休暇中だそうで繋がらないんですが、内務省としては政党に軍事施設への立ち入り許可のようなものは与えていない、と。』

 

『そうか。どうせ個人的な席で喋った事を真面目に受け取ったか拡大解釈したかだろうな。しっかりした根拠がないなら、つまりこっちが子爵を取り返すのも一向に構わないという事だ。』

 

『大丈夫ですかね。仮にも軍が民間人組織を敵に回すような真似をするのは危ない匂いがしますが…』

 

『放っておく方がよほど大丈夫じゃなくなるぞ。明日の朝に子爵が開拓記念塔にぶら下がってるなんて事になってみろ。収容所の中でも外でも大混乱が起きる事は間違いなしだ。』

 

『分かりました、子爵が連れ去られた場所はおそらくその、えー、愛国何とか旅団の拠点のどこかでしょうから、すぐに人をやって…』

 

市街地の地図を広げて奪還策を練ろうとすると、急に扉が開く。

 

『少佐!大変です!』

 

『くそっ、愛国カルト集団との対決以上に大変な事があるか!今度はどうした?』

 

『それが、捕虜が動いてくれないんです。この雨の中だって言うのに外に出てきて…』

 

『…首謀者は?』

 

『おそらくフランツィウス大尉です。目的は分かりません。』

 

…こういう状況も内憂外患というのか?とにかく近い方の解決が先だな。

 

『ヴィドック、君らは先に出て支部をしらみつぶしにしろ。銃は使うな。エネルギーパックを抜いておけ。見せるだけでいいからな。』

 

ーーーーー

 

外に出てみると、確かに捕虜が雨に打たれながら整列している。先頭に立っているのは大尉だ。全くなんだというんだ…

 

『大尉、何をやってる!すぐに解散させたまえ!』

 

『所長、我々は艦長の奪還の為にはどんな協力でもする。艦長が戻るまで、決して脱走、その他の騒乱行為は行わないと誓う。だから、収容所のメンバーには全力を尽くしてもらいたい。』

 

『何を言ってるんだ!とにかく中に入るんだ!』

 

『いや、入らない!これは我々のできる精一杯の誠実たる事の証明だ。例え収容所に我々だけになろうと、君らが艦長を連れて帰ってくるまで我々は外に居続ける。』

 

どうも帝国人というのは妙な所で頑固だ。しかし、子爵を無事に奪還できるかどうかも分からない状況下では捕虜を雨降りしきる中に立たせておく訳にはいかない。

 

『君達の想いはよく分かった。我々も軍人だ、軍人が誓うとまで言った事を違えるとは思わない。もしそうなら捕虜宣誓など許しはしないからな。だから、そちらも我々の事を信じてほしい。宣誓した事をあえて疑うなどという不心得な者は私の部下にはいない!だから、体調を崩さないうちに屋内に入ってはもらえないか。』

 

『…分かった。ただ、必ず艦長を無事に連れ戻してくれる事、これだけは約束してもらいたい。あの人は、我々にとって必要な、無くてはならない人なんだ。』

 

『大丈夫、それについては我々も同意見だよ。必ず連れ戻す。』

 

…報道じゃ、帝国軍は腐敗した士官と農奴同然の扱いを受ける弱兵で構成された数だけ多い烏合の衆って発表されてるが…全く、現実は後方には伝わり難しだな。

 

ーーーーー

同時刻 ジャムシードポリス 愛国烈士旅団本部

フォン・オイレンブルク中佐

 

『分かるか?軍人だから分かるだろうな、嫌だろう?』

 

団長が両手に持っているのは薄手のタオルと水が入った音がするバケツ。それに仰向けで押さえつけられている自分の姿勢とくれば、このすぐ後に行われるであろう事は嫌でも理解できる。水責めだ。

 

『さぁ?分からんな。拭き掃除でも始めるのかね。結構、私から見ても大分この部屋は掃除が行き届いていないように感じるからな。特に今回のような来客を迎えようという日にはぴったりだろうな。』

 

『そうか…おい、しっかり押さえてろよ!』

 

参ったな、一応士官学校で対拷問訓練は受けているとはいえ、水責めの苦しみを逃れられるような術を知っている訳ではないんだが…できるのは来る拷問に備えての心の準備程度のものだ。

 

『最後のチャンスだぞ?帝国人!サインするか?』

 

『その耳はどうやら飾り以外の何物でもないようだな。使えないなら空気抵抗が増えるだけだ、いっそ切り取った方が効率的…』

 

言い終わる前に布が被せられ、水を注がれる。本来なら空気が入るはずの場所に違うものが…

 

『よぉし、離してやれ!』

 

『どうだ?サインする気になったろう?なった?なったな?はっ、威勢のいい口を叩いてたと思ったらこれだ!帝国人は所詮こんな奴らばかりさ!よし、ペンだ、しっかり握れ!ほら!落とすなよ!』

 

丁度よく机に手をついてくれている。両手が繋がっているから、振り上げた手に込められる力は倍だ。こいつのように面の皮が厚いとその分手の皮は薄くなって然るべきだろう。このまま机に縫い付けてやる!

 

『あぁ゛っ…くそっっ!痛ェ…!』

 

失敗した。少し力加減が足りなかったのか、突き刺す位置が丁度骨の上だったのか、ペンは手を貫通せずに先だけが食い込んだままになっている。

 

『げほっ、はぁ…残念だな、折角だから貴様の手に直接書いてやろうと思ったんだが、ついうっかり力が入りすぎたようだ。』

 

『この野郎…!減らず口をっ!』

 

右手を突き刺しておいたのは正解だった。腹に飛んできた左拳はさほど痛いというものではない。背中で押さえつけている双子の片割れがいなければ避けられたかも知れない位だ。多分元々そんなに力の強い方ではないのかもしれない。

 

『くそっ、くそっ、くそっ!帝国人、帝国人め!殺してやる!吊るしてやるぞ!!』

 

手にペン先が食い込んだ位で随分な喚き方をするものだ。この程度の外傷なら戦場に出れば嫌でも見聞きする事になるというのに…

 

『団長、どうしました、あっ…』

 

リーダーの悲鳴を聞きつけた連中が部屋に入ってくる。どうやらこいつは悲鳴をあげても放って置かれない程度の人望はあるようだ。

 

『こいつが、帝国人がやりやがったんだ!もう許さんぞ!吊るしてやるんだ!ロープを持ってこい!』

 

『でも、そこまでやったら流石にやばくないですか、だから誘…連行してきてわざわざ供述書にサインさせるなんて言う回りくどい手段をとったのに…』

 

『それに、殺しなんてしたら党の方だってうるさく言う気がしますし。』

 

『黙れ!黙れ!貴様ら団長がこんな目に遭わされてなんとも思わないのか!?貴様らのようなろくでなしを政治の世界に関わらせてやったのはいったい誰だと思ってる!くそっ、大事な時にびびりやがって!腰抜けめ!恩知らずの弱虫共!』

 

…矛先は私から部下に向かったらしい。面白がったり身内に激昂したり、全く忙しい性格をしている男だ。だが、このままでは本気で吊るされてしまうかもしれないな。さて、これからどうするか…

 




愛国烈士旅団は「旅団」と名乗っていますが構成員はせいぜい100人位です。

水責め拷問は本当にやばいらしいですね。実際の様子を詳しく知らないのであんな風な書き方になりましたが、イメージとしてはめちゃくちゃ苦しいことをされてるって感じです。

新生活が始まりまして、更新が3日おき位になるかもしれないです。更新時間もこのぐらいが夜の時間になるかと…申し訳ないです。

今回も、ご意見ご感想お待ちしております!


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第五十八話 漏洩

最近朝5時ごろに起きてまた寝て6時ごろに起きてまた寝て、7時に起きるという三度寝が続いています。健康にいんだか悪いんだか分かりませんがとりあえず二度寝三度寝の幸福は得られているので私は幸せです。

では、どうぞ。



宇宙暦762年4月29日 ジャムシードポリス某所

A・ビュコック少佐

 

『6番街もダメです!地下道が冠水してまして、迂回しないと抜けられません。』

 

『分かった、ホームガードの方はまだダメなのか?』

 

『無理ですね、上流の方の外郭放水路が機能すれば少しはマシになるでしょうが、今はまだ規定の水位に達していないとかで、水防待機が優先されてます。』

 

『くそっ、お役所仕事はここに極まれり、か。仕方ないな。』

 

大尉と約束して出てきたものの、強まる雨に行く手を阻まれて、更には唯一の強みとも言える人海戦術も使えなくなってしまった。子爵が捕らわれている場所も分からないというのにこのままではかなりまずい。

 

『何もこんな日に攫わなくてもいいじゃないか、やはり悪人と言うものは陽の光が苦手なんだろうな!まるでカビみたいな奴らだ!』

 

『所長!第1小隊からです!』

 

『ヴィドックか!よし、貸せ!…どうだ、子爵は見つかったか?』

 

『いえ、まだです。しかし、例の車両の目撃情報は取れました。おそらく目的地は12番街の方かと思われます。』

 

『12番街!?あそこは半分スラムみたいな所じゃないか。いや、そうだな…』

 

そういえば愛国烈士旅団とやらの構成員のほとんどは身分が確かな者ではない連中ばかりだし、そう考えてみればスラム街はホームグラウンドといった所だろう。まともな民間人が好んで入って行きたい場所ではないし、誘拐した人物の監禁場所としては最適とも言えるだろう。整合性は十分ある。

 

『本部隊は12番街へ!兵長、12番街にある奴らの巣は?』

 

『いくつかありますが… 1番大きい拠点はここ、元からごろつき、失礼、違法ぎりぎりの金融業者の事務所があったビルです。』

 

『なるほどな。よし、全員乗車!向かうぞ!』

 

一応政治団体を名乗っている連中だ、正規軍と命をかけてやり合おうなんて事はしないだろう。もし実力で抵抗するようなら…いや、考えるのはよそう。あくまで平和的に、返してもらうだけだ。

 

『いや、待て。そうだな、第1小隊に繋げ。平和的にやるための下準備位はしといてもいいだろう。』

 

ーーーーー

フォン・オイレンブルク中佐

 

『なんだ、団長とやらを刺した私が憎いか?』

 

団長は入ってきた部下を怒鳴り散らした後、宥めすかされて出ていった。当面の命の危険は去ったようだが、おかげでやけに明るい部屋に残されたのは双子の片割れだけだ。しかも手錠ははめられたままだから脱出の手段を探す事もできない。不釣り合いに小さい目がジロジロ見てくるし…

 

『いやぁ、憎くはないね。帝国人にしては中々な根性だと思った。亡命者なんかとは違うな、帝国軍ってのは皆お前みたいな生意気な奴ばかりなのか?』

 

『そうかね。では敢闘精神と反骨精神に敬意を表して、この忌々しい手錠を外す訳にはいかないかな?そうすれば…感謝はしないが少しは君に対する感情がプラス側に傾くと思うが。』

 

『ははっ、プラスに傾くね。ますますいいじゃないか。お前、芸人にでもなれば十分に食っていけるぜ。』

 

『いや、私は軍人だからな。副業は禁止なんだ。』

 

『そうかそうか、それにしてもお前、頭が悪いな。』

 

気を許したんだかなんだか知らないが、急に馬鹿にしてくるのはいただけない。いや、こういう風に罵詈雑言を飛ばし合うのが彼らなりのコミュニケーションなのか?だとしても嬉しいものではないな。

 

『頭が悪い、か。名誉は誰にでもあるものだろうに、それを命をかけて守ろうとする行いはそんなにも愚かな事か?君だって…弟か兄か知らんが、あの兄弟が侮辱されたりしたら黙ってはいられないと思うが、どうだ?』

 

『その名誉だって誇る場所がなけりゃあ、それこそハリボテさ。お仲間内だけで喋り合う分にはいいだろうがな。』

 

『誇る場所ならあるさ。宇宙の向こう側だ。君も1度来てみればいいんじゃないか?こんな汚い場所で見たこともないような敵を攻撃し続けるよりよほど良い経験だと思うぞ?帝国としては叛乱軍からの自主投降はいつでも歓迎だ。』

 

『…分からない奴だな、その向こう側に帰れない癖にって言ってんだよ。』

 

『帰れない?捕虜交換について知らないのか?…いいか、捕虜は一度捕われたからといってずっと留め置かれるものではないんだ、民間人は知らないかも知れないが捕虜交換という…ま、半分非公式だが制度があって…』

 

『馬鹿にするなよ、それくらいの事は俺だって知ってる。実際、親父の知り合いは戦死したと思ってたのがひょっこり戻ってきた。墓も建ててあったってのにあれには参ったね。』

 

『では分かるだろう。いつになるかは分からんが、本国に帰る事を考えれば誇りや名誉は大切なものなんだ、特に私のような責任ある立場ではな。』

 

『…?どうも噛み合わないな、お前らは一生飼い殺しだって話を聞いたぞ?死ぬまで収容所暮らしだって。』

 

『…その情報はどこから?』

 

『なんだよ、急に本気の顔になりやがって…サインする気になったのか?』

 

『いいから教えたまえ。我々が帝国に帰れない、そういう情報があるんだな?』

 

『そうだ、団長が言ってた…党首からの又聞きらしいから詳しくは知らんよ。』

 

『団長は何と言ってた?冗談やブラフの類いとは違うのか。』

 

『あぁ…?あー、確か、党首がずっと帝国の捕虜が下手すりゃあ6、70年もジャムシードに居座る事になるって話から始まって…後は何だったかな、そうだ、だから帝国人と距離が近くなって市民の奴らと仲良しこよしになられでもしたら、俺らの言ってる事が空回りする、それが良くないって事になったんだった!だから今のうちにお前を裁判にでもかけて、って話だ。』

 

『そうか、そうかね。…分かった。』

 

考えてみれば、捕虜になっても何年か経てば本国に帰れるだろうという予想は敗北主義的だし、楽観的であったとも思う。…多分この片割れは私の心を折るために嘘をつけるような頭の出来はしてないだろう。そういう意味では信用できる証言だ。

 

『なんだよ、知らなかったのか?ま、この後団長がお前をどうするかは知らないが、楽になりたいなら早くサイン位した方がいいと思うぜ?』

 

『残念ながら軍人を志した時から楽をするとか、安楽な余生を過ごすとかいうのは考えないようにしてるんだ。』

 

『そうかぁ、ま、死なないように気をつけろよ。死体を埋める作業ってのは息がつまる…んあ?』

 

なんだか外が騒がしいようだ。…お迎えのご到着か、それとも死神かもしれないが。

 

ーーーーー

A・ビュコック少佐

 

『子爵がここにいる事は調べがついてる!私があの収容所の責任者だ!即刻、我々の管理下にある捕虜を引き渡してもらおう!』

 

建物に囲まれた中庭状になっているスペースにはヴィドックが言った通りの特徴の地上車が停まっているし、まずこの建物のどこかに子爵がいる事は間違いないだろう。

 

『なんだ、あんたら。こっちは内務大臣の許可を得て、捕虜の取り調べの代行をしてやってるんだ。市民の善意からの行動を軍が邪魔立てして、私有地にまで乗り込んで来るってのはちょっとばかし、いや、かなりまずいんじゃないか?』

 

奥から出てきた右手に包帯を巻いた男が反論してくる。他の奴らの態度から推測するに、これが首領だろう。

 

『ではその許可が下りたという証拠は?何かあるのか?』

 

『はー、証拠!それを言うならそっちにはこの私有地内に入り込んで犬みたいに嗅ぎ回ってもいいって令状でもあんのか?』

 

『君らの事は少々調べさせてもらっていてね。ジャムシード愛国烈士旅団、第3波郷土防衛戦力に登録してるな?』

 

『…それがどうした。』

 

『強度防衛戦力は有事の際には正規軍の指揮下に入る事になっている。そして今は、知ってるとは思うが帝国との戦争中だ。十分有事の範囲内、そして君らのリーダー、君か?君の扱いは中尉相当官だ。つまり私の命令に従うべき理由がある。』

 

『軍ってのは書類を読み飛ばすのが得意の様だ、いいか、有事の際には確かに軍の指揮下に入る。が、隷下では無いんだな。つまり少佐、あんたにそんな絶対的な命令権は無い!』

 

『いいや、中尉相当官!君には軍の統制に従う義務がある!指揮下と言うのはそういう事だ。それに私はこの星の地表面上の最高階級者だぞ!これ以上無意味な問答を繰り返すようなら命令不服従で処罰する事も出来る!』

 

『なんだと!?やれるもんならやってみろ!明日の新聞が楽しみだな!『同盟軍、私有地に押し入って暴行』か!こっちとしては文句は無いな!』

 

やはり簡単にはいかないな。ここはヴィドックが上手くやってくれるのを待つしかないか…

 

続く




政治家が捕虜交換がないことについて知っているのは土地の利権問題とかいろいろ絡んでるからです。それにしてもあまり軍内部の情報を自分の部下に喋って欲しいものでは無いですが…

指揮下と隷下については小笠原兵団みたいな感じのイメージです。一応栗林中将の命令には従うけど、基本の命令系統が違うからごにょごにょ…みたいな。

今回もご意見ご感想お待ちしております。


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第五十九話  言論の力

まさか4月に夏日になるとは…私は暑いのが嫌いなんですけどね。
誤字指摘ありがとうございます。時々音声入力とか使って書いてたりするので漢字の変換が十分でないとか、送り仮名がわけわかんないことになってたりとか…精進、精進です。

では、どうぞ。


宇宙暦762年4月29日 ジャムシードポリス12番街

A・ビュコック少佐

 

『お待たせしました!やっと連絡が取れましたよ。いや、大変でした。何といってもあの2人組はどこをどううろついてるんだか分からないんですから…あと少しでこっちに着くそうです。』

 

『分かった、よくやったな。これで部外者を収容所内に入れたポカは帳消しだ。さて、では再突撃、前へ!』

 

一旦撤収した中庭にはまだ団長が残っている。我々がまだ諦めずに裏口からの侵入を画策していると思ってるようだ。…どうせ自分達がやるような事は他人にも当然やり返される、とか思ってるんだろう。そんな心配をいちいちしなければならないとはごろつきも難儀なものだな。

 

『…しつこいね、少佐。…そうだな、確かにお前らの探してる帝国人はここにいるさ。明日か、時間がかかっても明後日になったらきっちり送り返そう…それでいいだろうな?』

 

『ダメだね。我々の要求は先程から一貫して子爵の即時引き渡しだ。明日、明後日に彼がどうなってるか分かったものではないからな。』

 

『商売を成功させるコツは適度の譲歩だってフェザーンの知り合いは言ってたぜ。半分帝国人みたいな連中だが、この言葉だけは的を得てると思うがな。』

 

『これは商売ではないからな。前提と論点をバラバラにする癖は一般的に言えば悪癖だ。矯正した方が身のためだぞ。』

 

『…ご忠告どうも、身に染みるねぇ。だが、忠告以上の事はできないようだからな。今日はあの帝国人を渡す気は無い!まだ用が残ってるからな!分かったらさっさと…』

 

その団長の啖呵を掻き消すようなブレーキ音を立てながら収容所で半分見慣れてしまった地上車が入ってくる。

 

『やぁー!凄い雨ですね今日は!で、この人が例の誘拐犯?』

 

『やぁ、2日ぶりだな、ジェニングス君。で、詳細を省けばそうなるね。どうなると思う?』

 

『中々いいニュースになるんじゃないですか?この星の野党といっても、首都星の野党連合の一角をちゃんと占めてる公認政党ですからね。最近落ちてる勢いが更に萎んでいくとなれば…』

 

『ジェーニーンーグース!ご託はいいから早くしろ!雨の日はどうも嫌いだ…』

 

『分かりましたよ、先輩。全く、自分が興味無い分野じゃいつもこうなんだから…では…』

 

彼は呆然としていた団長の方に向き直る。瞬間に凶悪な笑顔が見えた気がしたが…

 

『どうも、私、ハイネセンL&P通信のホゥニィ・ジェニングスです。担当は政治情勢から株価変動まで色々やらせて貰ってます。あ、こちら名刺です。』

 

『…我々は取材されるような事はしていない。取材するならいつまでもここに居座ってるこいつら軍の方にすればいい…』

 

『ところがそう簡単に引き下がるわけにはいかないんですよ。あなた方の上部団体は人防党ですよね?中々面白い事を主張してますよね。辛辣なハイネセン批判に地域主義、おかげで去年の星下院選挙での獲得議席数は122!与党に肉迫せんとする勢い、最近の野党じゃ見ないですね、凄い!』

 

『党に関する事が知りたいんなら事務局へ行ったらどうだ、我々は我々で用事がある。』

 

『用事?それについても聞きますよ。前置きがだいぶ長くなったから本題に入りますが、人防党の党是の1つに軍への協力というのがありますね。それなのに今その下部団体が軍と衝突してるのはなぜなんですか?』

 

『軍と衝突してるんじゃない。そこのしつこい少佐と衝突してるんだ。』

 

『なるほど、つまり人防党としては軍人個人に関しては軍の代表としての地位・立場を認めないという訳ですね。参考になります。』

 

『今の状況ではそうなるかな。』

 

『そうなる、と。分かりました。でもおかしいですね。少し前にベントゥラ氏に会う機会がありましたが、その時彼は『全ての軍人は尊敬され、感謝されねばならない』と仰っていましたが、今のあなたの発言は彼の意見とかなり矛盾するようですね。下部団体とはいえ、人防党内は一枚岩とは言えないという事になりますが、その点については?』

 

『党首と!?…いや、今の発言は少し誤解を与えるものだったかな、そう、まず衝突してなどいない!我々は軍に協力しているんだ。』

 

『協力体制の構築ですね、私が聞いた限りではそちらが協力しているという印象はありませんでしたが。収容所から捕虜を勝手に連行したとか?それは事実ですか?』

 

『勝手にではない、内務大臣から許可は受けて…』

 

『内務大臣!なるほど、彼には私も興味深々でしてね、彼自身は与党の一員なのに、最近は義勇軍の認可に捕虜の連行を許可、人防党の政策に近い行動を取るのが目立ちますが、一体どんな繋がりがあるんです?噂では献金やら小惑星の開発利権が絡んでるとか?』

 

『し、知らない!そんな噂は聞いた事もない!でっち上げはやめたらどうだ!?』

 

『新聞読んでないんですか?一昨日の政治面に大きく載ってたのに。人防党員は世情に疎いんですね。』

 

『いや、知ってる、そうだ。全くこれだから今の与党は信用ならないんだ!』

 

『さっきから言う事が二転三転するのはどうなんです?じゃあ、内務大臣のくれた許可と言うのはどういうものなんですか?』

 

『それは…党の事務局の方に問い合わせれば分かる筈だ!』

 

『事務局に聞けば分かる?つまり現在の状況は人防党公認と言う事ですね?』

 

『…答える必要性を認めない!ノーコメントだ。』

 

『困りますね、じゃあ私としてこの会話の要点をまとめるとですね、内務大臣の許可は無いかも知れず、党の公認かも分からない行動をとり、軍と衝突し、郷土防衛戦力なのに佐官を蔑ろにしている団体がジャムシードに存在していると言う事になりますが。いいんですか?これ、もう少し体裁を整えたらずいぶん中央で頑張ってる野党連合も大変なことになりそうな気がしますけどね。』

 

『何故そうなるんだ!誰もそんな事は言っていないだろうが!』

 

『誰もそんな事を言ってないからこう書くしか無いんですよ。もっと確実な事を言ってもらわないと。内務大臣の指示書とか無いんですか?…黙ってるって事は口約束?政治の世界ではかなり危ない橋ですね。』

 

『我々はこの星、いや同盟全体の事を思ってやってるんだ!首都でうるさくゴシップをかぎ回ってるような奴らに言われたくはない!』

 

『そう怒らないで、落ち着いて下さいよ。えー、つまり捕虜の連行に関しては根拠は無いんですね。…ま、とりあえずそれだけ分かれば今日は結構です。良かった、最近ネタが切れてましてね。人防党に面白い方々が所属していると知れただけでも収穫です。では…』

 

『待て!おい、少佐、事実とは違う事をこの記者に言ったらどうだ!?我々は協力関係、だろ?』

 

『まぁ、私としてはまだ修復の余地はあると思うね。何と言っても私は彼らとは懇意にしているし、私が言ったらあまり口汚い事は書かないとか、そういう事になるかもしれない。』

 

『…くそっ、マスコミとの癒着だぞそれは…』

 

『それを政治団体が言うかね。で、協力関係と言う事は子爵の身柄はこちらに任せてくれると言うことでいいんだよな?中尉相当官?』

 

『…勝手にしやがれ!代わりに記者には何も書かせるんじゃないぞ!』

 

『言うだけ言っておくよ。子爵は中か?』

 

ーーーーー

フォン・オイレンブルク中佐

 

『アンジェロ!そいつの手錠を外せ!帰るとさ!』

 

外が騒がしかったのはどうやらお迎えの方のようだ。まぁ、とりあえず今日1日は命が保てそうで一安心だな。

 

『やぁ君か、少佐。少し遅かったな、おかげで地上にいるのに溺れかけるとかいう不思議な経験をしたよ。それで、私は部下たちの所に帰れるのかな?』

 

『はい、お待たせしました。…今回の責任は私にあります。再発防止は完璧に…』

 

『別に君に個人的な遺恨はないよ。せいぜい私が悲劇の主人公になり損ねて…まぁ、それだけの話だ。あとペンを…』

 

『いいから早く出て行け!帝国人!』

 

どう言いくるめたんだか、手の包帯の赤い染みが広がっているところから見るにだいぶお怒りの模様だ。だが…

 

『あぁ、さよならだ。それから手厚い歓迎どうもありがとう。よく覚えておくよ。』

 

無言の団長の額に一筋の水滴が伝ったが、あれは外の雨粒かそれとも冷や汗か…さて、喫緊の命の危険は去ったが…問題は今後の身の処し方だな。帰ったら色々考えなければならない。そう、色々と…

 

続く




ジェニングス君にも出番をあげたかったんです。団長的にはちょっと帝国人を弄るつもりが野党連合とか党首とかのビッグネームが出てきて萎縮しちゃったんでしょうね。かわいそう。

今回もご意見ご感想お待ちしております。


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第六十話 決意

カシスってクロスグリの事だったんですね。世の中には知っているようで知らない事が溢れています。

では、どうぞ。


帝国暦453年5月6日 ジャムシード第1捕虜収容所

フォン・オイレンブルク中佐

 

 正しい行いとは何だろうか?一般の軍人としては祖国と皇帝陛下と国民に尽くす事、軍艦の責任者としては部下の事を知り、そして最大限の戦果と部下の生命に対する保証を与える事。家庭人としては家族や、より身近な人々の幸福と栄達を考える事。…だが、捕虜の、一生故郷に帰れないと分かった部下達の長としての正しさとは?

 正直にありのまま聞いた事を伝える事か。「君らは捕虜交換の対象にはされず、故郷に残してきた家族と生きていながら二度と会うことは叶わない。この収容所で寿命が尽きるまで、ただ生きているだけの人生を送る事になる。」と?あまりに惨い、死刑宣告に等しい言葉だ。

 では逆に隠し通すか?誤魔化しが効く時間はそう長いものではない。帝国では何か祝日がある毎に恩赦があるし、その中に数回は捕虜交換も含んでいる。あまりに長い期間音沙汰がなければ不審に思う者が増えてくるのは必定だ。そして時が過ぎるうちに故郷に見捨てられた、死んだ事にされたと考えるだろう。生きながらにして他人に忘れられるとは、誰かがそうなる事こそ本物の死だとか言っていた。どちらにしても部下達には経験させたくない感情だ。ならどうする?

 

「逃げるしか、ないか…」

 

 ぽつりと呟いた自分の言葉にはっとする。まさか、脱走などという選択肢は思いもよらない事だ。戦争が始まって数百年、何十万という数の軍人が捕虜の身となりながら、脱走して帰ってきたなんて前例は1つだって無い。まず星の重力から脱出せねばならず、その後も叛乱軍の追跡を躱して最低数百光年の逃避行をやるなど正気の沙汰ではない。もしこのまま収容所にいれば…それこそ成功する筈のない試みを実行して命を落とす結果になるより、相対的にはいい暮らしが…

 

「艦長、よろしいですか?」

 

扉の外から聞こえる大尉の声に頭を切り替える。今の時点では大尉にだってこの悩みを察知される訳にはいかない。

 

「ああ、大丈夫だ。どうした?」

 

「捕虜宣誓の件です。とりあえず希望者の中から30名選抜しました。明日の朝から市街に出る事になります。これがリストです。」

 

「…最高階級者はツァーンに…なんだかいつも一緒にいる連中が多い気がするが、何か企んでるんじゃないだろうな。ま、酒が入っているはずもないし大丈夫か。問題は私と同じような目に遭わないかだが。」

 

「初日は監視も兼ねて兵がつく事になってますから、いきなり道端で車に引きずりこまれるなんて事は起こらないでしょう。時間が経てばどうか分かりませんが…」

 

「そうだな、なら当分は心配ないな。…可憐な少女のように引き込まれて震え上がるなんて者もいないしな。」

 

「ツァーンなんかは別の意味で引っ張り込まれそうですがね。」

 

「…犯人も嫌だろうな、蓋を開けてみたら味音痴のウワバミなんだから。期待外れどころじゃない、おっと、話が大分逸れたな。他に懸念は?」

 

「現状、特にありません。仲間内でも、兵とも、衝突があったとは報告されていませんし、食事に関してもこっちの味に艦にいる時から慣れていたせいもあるでしょうが、不平不満の類は出ていません。」

 

「結構。…そういえば、今日はこれからまたあの記者達が来るそうだが、大尉も同席するかね?」

 

「遠慮しておきます。いや、大体の事情は分かってます。若い方が艦長の無事帰還の為に協力したのも又聞きながら知っていますが、どうも他人に質問をぶつけられるというのは苦手でして。」

 

「そうか、無理強いはしないさ。それにしてももう話す事なんぞ無いと思うが、一体何を聞くつもりなんだろうな?」

 

ーーーーー

 

『だから、所長から言われてるでしょう?収容所内では私の指示にですね…』

 

『少し走った位で文句を言うな、こっちは子爵の命の恩人と言ってもいい立場なんだぞ?』

 

『え、先輩…』

 

『そうだよな?ジェニングス?』

 

『…ハイ、そうだった気がします。』

 

初対面の時からそうだが、こちら側の記者はこんな風にずっと喋っていなくてはいけないとか、そういう決まりでもあるんだろうか?閉まった扉の向こうからでも会話の内容が聞き取れるんだから中々のものだ。

 

『こんにちは、子爵。今日も来ました。』

 

『やぁ、ま、座りたまえ。紅茶でいいかな?所長がこの前の詫びにと言うんで茶葉をくれたんだ。アルーシャ…とある。どうやら彼は紅茶派のようだな。』

 

『ありがとうございます、では遠慮なく…』

 

『それで、今日はどうしたかな?私としてはもう話せる事は話したし…ジェニングス君、君にも感謝はしているが、生憎有用な情報はやれそうに無いんだが。』

 

『いや、子爵、こっちとしては大満足ですよ!何と言っても報道で一番難しいのは切り口、突破口を作る事ですから、いつもは陰でコソコソしてる様な、ああいう奴らが軽率に動いてくれたおかげで首都の方も面白い事になってますよ。来期の評議会選挙は右派団結なんてとても無理でしょうね。』

 

『何だ、お前、所長と書く、書かないって話してた癖に結局書いたのか?』

 

『ええ、あの団長と所長がしたのは『口約束』ですからね。』

 

『子爵、こんな腹黒い奴に感謝なんかすると後が怖いですよ。』

 

『…で、君の用事は何だね。』

 

『そうでした、やっと頭の中がダイヤモンド級の編集部が折れましてね、新企画が始まる事になりました。題して「収容所日報」!』

 

『わざわざ帝国語で書く意味があるのかどうか私には分からんが、それで?』

 

『ここには色々不満な事があるでしょう?飯が不味い、不親切な兵隊、うるさい所長その他諸々、そういった様々な事をインタビューする訳です。週刊誌連載の予定ですから嫌になる頻度でもないし、全部子爵に聞く訳でもありません。如何です?』

 

『それで次第に民主共和制の良さに啓蒙されていく様を、という魂胆か?悪いが我々は…』

 

『いやいやいやいやいや、それじゃ困…困、りませんけど困ります。こっちが書きたいのはこっちの軍の弱い話ですから、逆に子爵や捕虜の皆さんには『強大な敵軍』として振る舞って頂けると助かります。』

 

『君、前から思っていたが…自分らを守ってくれている軍隊に対して誇りとか尊敬の念とか、そういうのは無いのかね。』

 

『いえ、ちゃんとありますよ。子爵を前にして言うのもなんですが、同盟軍には最終的には勝ってほしいし、戦争なんか早く終わるに越した事はないと思ってます。でも、その為にはジャーナリストが軍の言う事を水道管みたいに伝えるだけでは不十分だと思ってまして…』

 

『つまり君が我々を『強大な敵軍』に仕立て上げてまで味方の悪口を書くのは、言ってみれば愛の鞭だと、そう言いたいのかね?』

 

『まぁ、そんなものですね。自浄効果が完璧とは言えない組織ですから、外からの適度な刺激が無いと、とね。それで…』

 

『えぇ、先輩、義理の親父さんへの当てつけでやってるんじゃ…痛っ!』

 

『話に割り込むな!…で、どうですか?名前も出しませんし、写真にもしっかり修正をかけますよ。表題も『任務中に捕らえられた帝国軍捕虜であるが、同盟軍も決して完璧なホストとは言えない、帝国軍は未だ彼らの使命を忘れていないのだ!』という風になります。』

 

『『使命を忘れていないのだ!』か。…そうだな。まぁ、私としては構わないよ。部下にインタビューする時はそれぞれ話したくない事もあるだろうから気を付けてくれればそれでいい。』

 

『やった!…いや、失礼、ありがとうございます。じゃ、早速、子爵がこの収容所の体制について思う事は…』

 

ーーーーー

 

 『使命を忘れていないのだ!』…敵である筈の人間の、それも民間人に言われて気づくとは、全く鈍ったと言うべきか、捕虜という身分に甘えがあったというべきか。そうだ、確かに我々ゾンタークスキント乗組員は、艦を失った。だからと言って任務が終わった訳ではない。通商破壊はやったが、追加命令にあった後方撹乱が十分に出来たかと言われれば、疑問符を付けざるを得ない。まだ途上と言うべきだろう。そしてこの収容所、星、叛乱軍の領域から200人以上の捕虜が脱走する事が出来れば…その時は胸を張って後方撹乱の任務を達成したと言えるだろう。

 

「我ながら屁理屈だな…だが…」

 

任務の延長上にある事なら軍人としてやるべきだ。そもそも潜入行自体、最初は不可能だと思っていたことが可能だったんだ、逆が出来ない可能性だってゼロではない。それに部下を故郷に帰すという願いも叶える事が出来る。この前はオーディンに嫌がらせをされたが、今度は…無理矢理にでも振り向かせてみせる。

 

続く




人が死ぬのは人に忘れられた時って言葉、個人的にはワンピースの印象が強いんですが、何だか他の媒体でも見た気がするんですよね。何だったでしょうか…?

アッテンボローの動機は本当かどうか分かりません。案外義父が嫌いだからそうしてるって言うジェニングスの予想も合ってるかも…

今回もご意見ご感想お待ちしております。


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第六十一話 艦長室にて

永久脱毛すればひげをそらなくて済むってあって、朝時間の節約できるよなんて聞くんですが、痛いのは辛そうなんですよね…

では、どうぞ。


帝国暦453年5月7日 夜 収容所 士官棟

フォン・フランツィウス大尉

 

 1週間前に艦長が怪しい連中に連れ去られてから、どうも何かについて考えているような様子が続いている。いや、正確には考えている、と言うより悩んでいると表現した方が正しいかも知れない。いつもあの人は何かしら考えているが、今回のは…上手く言えないが何処が違う気がする。

 帝国軍のものとは微妙に音階の異なる消灯ラッパを聞いて、既に隣の寝床でやけに高い寝息を立てているシュタールスを横目に、何か艦長か悩むような問題があるのか、原因は我々かそれとも別の誰かか、こっちも考えてみるが…やはり収容所暮らしのストレスなのか…?

 

「大尉!大尉殿!」

 

控えめに扉を叩く音がする。声の主は収容所に入っても、何も気にする事や悩み事が無さそうなツァーン少尉だ。ある意味鋼鉄の神経の持ち主なのかも知れない。

 

「どうした?トイレなら1人でも行ける歳だろ?」

 

「違いますよ!…艦長から士官棟の者は艦長の部屋に集まるようにとの伝言です。それから、出来るだけ静かに来るように、とも。」

 

「…分かった、こいつを起こしたら行く。」

 

消灯後に士官が集まって密談ともなれば、まさか怪談大会をしようなんて事は無いだろう。…スリッパを履いた方がいいな。どこにしまったか…

 

ーーーーー

 

「…バウディッシンです。」

 

「よし、入れ。…扉はそっと閉めろよ、少尉!窓の直線上に立つんじゃない、サーチライトが来るぞ。屈むんだ。」

 

「これで、10人か。全員集まったな。」

 

艦長自身はベッドに腰掛けて全員を見回す。カーテンの閉まった窓から薄く差し込む月明かりでぼんやりと見えるだけだが、片目になってもその威厳を持った目線は健在だ。

 

「では始めよう。…何から話すべきかな。まずは私が連れ去られた際に聞いた話からだ。所長や他の連中も承知している事なのかは不明だが、我々は捕虜交換の対象にはされないらしい。どういった形でされないのかは分からない。戦死したことになっているのかもしれないし、捕虜になった事すら通告されていないのかもな。」

 

「…つまり、それは…」

 

「ああ、我々はこの収容所、何年か経てばどこかに移されるかもしれないが、とにかく故郷には帰れない。」

 

 艦長の冷たい宣告に、艦を失った時と同じ、いや、それよりも重い空気が部屋に充満する。そうか、何の因果か知らないが、イルマとはもう会えない…そうか…

 

「…だが、それは叛乱軍が勝手に言っている事に過ぎない。」

 

「艦長?」

 

「帝国の士官が集まって、この空気は何だ。まるで地下墓地にいるようじゃないか。言った通り、確かに我々は帰れないさ。だがその理由は何だ?鉄条網に囲われているからか?厳重な監視下にあるから?それとも、宇宙に出る手段が無いからか?」

 

あくまで静かに、全員の心の隙間に入り込んでくるような低い声色で艦長は続ける。

 

「我々は帝国宇宙軍の最精鋭だ。フェザーン回廊を抜けた。10隻以上の船を沈め、狭い封鎖線をすり抜け、そして優勢な敵と戦って生き残った。ここまでやってのけた我々が、何故そんな障害が2つ3つあるからという理由で帰還を諦めなければならないんだ?」

 

「…つまり、艦長は…」

 

「そう、我々は帰る。この収容所を脱走して、この星の重力から解き放たれ、数百光年の旅路を経て、帝国へ、故郷へ帰るんだ。」

 

「脱走…」「脱走。」「脱走!」

 

「そう、脱走だ。そして、それは今この場にいる者だけでやる訳ではない。私を含めて241名、1人たりとも欠ける事なく家へ帰ろう。」

 

家へ帰る、台詞自体は良く聞くものだが、この状況、この場に限っては何故か不朽の名台詞に聞こえる。

 

「「「はい、艦長!」」」

 

脱走、もし成功すれば帰れる。イルマにまた会える!こうなればやるしかない、艦長の命令だからではない、いや、勿論そうではあるが、何より婚約者に再会する為に…!

 

「では、早速悪だくみを始めようか。まずは収容所からの脱出策についてだが、何か案のある者は?」

 

すると、先程の空気とは打って変わって目を輝かせているツァーンが手を挙げる。この裏表のはっきりした反応、子供みたいなやつだ…実際子供なのか。

 

「やはり脱走と言えばトンネルが定番ではありませんか?実際241人ともなれば鉄条網に2つ3つ穴を開けた所で全員が脱出して距離をとるには時間がかかり過ぎますし、まさか収容所の敷地内で小型飛行機なんて作る訳にもいかないとすれば、活路は地下しかないかと。」

 

「そうだな、では取り敢えずはトンネル掘りと…情報収集だな。少尉、今日は初めての柵外作業の日だったが、市街地の様子はどうだった?」

 

「はい、どこか物好きな企業が依頼でもしてこない限りは我々の仕事は土木工事と鉱物の仕分け作業ですから、資材くらいは密かに持ち帰れるかも知れませんが、確度の高い情報となると、入手できて作業員の噂話位が関の山かと。その辺りはあの記者からそれとなく聞き出せませんか?」

 

「そうだな、トンネル掘りにしても数ヶ月はかかる作業だろう。ゆっくり確実にやっていけばいい。故郷は逃げないし、記者も上手くやれば口が軽そうだしな。」

 

一度方針が固まれば後はスムーズにやるべき事が決まっていく。集団としての強さ、その秘訣はこういう所にあるんだろう。

 

「では計画に関する役職決めだが、大体艦内序列と一緒でいいかな、大尉、君は次席として全体の統括と私の手伝いだ。次にトンネル班だが…」

 

ーーーーー

翌日 夜 艦長個室

 

「脱走計画は今日、全員に周知しました。うっかりDOOFに喋るなんて奴はいないでしょうが、一応口止めはしておきました。それから、出来るだけ捕虜宣誓には立候補して外の物資や、出来れば情報も集めて来るように言ってあります。」

 

「結構、ありがとう大尉。…それで、トンネル班の方はどうだ?」

 

トンネル班の班長はツァーン、半分彼の自薦で決まったが、穴掘りにそんなに憧れがあるんだろうか?

 

「はい、試算した所、1本のトンネルだけでは240人の脱出には時間がかかり過ぎて発覚の危険があります。1本当たり80人、それ位のペースでやるのが時間と労力の均衡値だと考えますと、計3本のトンネルを掘る事になりますが、如何ですか?」

 

「3本か、多いな。場所は?」

 

「それはまだ未定ですが、もしもの際の発見リスクを考えると1つの収容棟に集中して入り口を設けるのは悪手です。それぞれ分散させる事になるでしょう。」

 

「そうか、分かった。工法や掘り方なんかは装甲擲弾兵の指導下でやってくれよ。脱出行の途中に生き埋めなんて事は避けたいからな。他に懸念事項は?」

 

「懸念事項…ではありませんが、1つ、決めておきたい事があります。」

 

「どうした?流石にまだ実行予定日などを決める訳にはいかないが…」

 

「いえ、機密保持の関係上、トンネルの事をあまり堂々と喋るわけにいかないでしょう。堂々とはしていなくても、何かの会話の拍子に出てしまう等という危険性を考えると、やはり暗号名や、そこまで堅苦しいものでなくても、3本それぞれに愛称でもつけておけば良いのではないかと考えまして。」

 

「なるほどな。何か案はあるか?余りにふざけたものだと逆に怪しまれる可能性があるから…」

 

「人名等はどうでしょう?例えば近くで、兵に「誰々は最近調子が悪いらしい」とか、「誰々の様子は良好」、そのような話を聞かれたとして、そんな世間話を怪しむ奴は…」

 

「変人だな。」

 

「はい、そう言う事です。それで、候補ですが、こっちでありふれた名前がいいでしょう。240人のメンバーのファーストネームまではっきり記憶してるなんて者はいないでしょうし、それで、パッと思いつく名前と言えば…トーマス、リヒャルト、ハインリヒ…どうですか?」

 

「リヒャルトか、確か廃嫡されたんだろ?縁起が悪くないか?」

 

「大尉、皇帝になったリヒャルトの1世と2世の方はちゃんと治世を全うしてます。大丈夫ですよ、我々の艦の名前は「幸運児」です。縁起も因縁も全部吹き飛ばして余りある位じゃないですか。」

 

「…縁起を気にしてるのはそっちの方じゃないか。艦長はどうです?」

 

「いいんじゃないか。あまり仰々しい名前、例えば大帝の御名だったら止めていたが…」

 

「では、それぞれトーマス、リヒャルト、ハインリヒで進めます。実測と経路設定は明日から始めて、竣工期間は未定ですが…」

 

さて、これからどうなるか、収容所から出られてもこの星からは…?いや、幸運児は沈んだが、その幸運はまだ我々に宿っている筈だ。幸運と、艦長と、我々の力、最早この世に不可能な事は無いのではないかとも思うな。

 

続く

 

 

 




挿絵で収容所の見取り図が有れば想像してもらえてこっちも楽だなーと思ったんですが、前にも言ったように絵心などないのでパワポで線引く画像になりそうです。次の休日あたりで作ろうかな…

大尉の言ってるDOOFは何話か前にツァーンが考えた同盟軍人全体を指した呼び名です。「うっかりバカ共に喋る…」という表現だと分かりづらいのでここだけ原文表記というか…そうなってます。

今回もご意見ご感想お待ちしております。


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第六十二話 トンネルと手がかり

地元の忠霊塔に、226事件での死者として名前が書いてある人がいるんですが、被害者でもなければ処刑された青年将校でもないんですよね。だれなんでしょう?
では、どうぞ。


帝国暦453年5月12日 ジャムシード第1捕虜収容所

フォン・オイレンブルク中佐

 

「85…だから…あー…75メートル…」

 

定規と手製の分度器を組み合わせたような妙な道具を持ってツァーンが測量をしている。士官学校で基本的なやり方を学ぶとはいえ、こうも早く道具を自作してしまうとは、案外器用な事をする奴だ。

 

「どうだ?起点は決まったか?」

 

「はい、トーマスとハインリヒは決まりましたが、リヒャルトをどこにするかがまだです。どうも最短を攻めつつ、監視塔の視界から出来るだけ離れた点を、となると難しくて…」

 

「分かった。で、その2つの起点は?」

 

「トーマスの方は娯楽棟の食堂隅からやり始めます。見に来ますか?中々見事な出来栄えですよ。」

 

「偽装が完璧という事か?確かに一目でトンネルの入り口だと分かるようでは困るしな。」

 

「完璧どころじゃありません。作業するのは夜の間ですから、今から見にきますか?」

 

「…では招待を受けるとしようか。測量はもういいのか?」

 

「ええ、どちらにしろ士官棟区画からトンネルを伸ばすのは作業人員や実行の時の事を考えると非現実的だとは思ってました。やはりリヒャルトはどこかの収容棟からやる事になりそうです。」

 

「理想としては全て北側に抜けたいが、やはり長すぎるか。」

 

「そうですね、1本はどうしても西か南側に向かう事になるかと…少し待ってください。」

 

ツァーンが窓の外に目線を向ける。どうやら今は衛兵交代の時間で、監視塔の人員がまとまって管理区画へ移動している。

 

「所長がいる日はこうですからね。いない日は時間帯もいい加減なものですが…よし、じゃあ行きましょう。」

 

昼間は開放されている仕切り門を通って、敬礼を受けながら娯楽棟へ移動する。…監視塔の上からも視線を感じるし、私は移動しているだけでも監視の注意を引くようだ。トンネルを掘り始めるにしてもあまり頻繁に訪れるべきでは無いな。

 

「1つ問題、というか注意する事がありまして、いまいち監視のローテーションが掴めないんです。…南端の監視塔、よく見ると煙が上がっているでしょう、ああやってすぐに煙草を吸い始めるのは『鍵屋』…あー、そういうあだ名の伍長なんですが、いつもあそこに配置されてる訳ではなくてですね、一昨日は正門にいましたし、時間帯も朝でした。」

 

「つまり警備の薄い時間帯や場所というのが固定されていないのか。」

 

「そうなります。更に面倒な事にああいう…職務怠慢というか、あまり真面目にやらないような手合いは少数派です。『鍵屋』の他には『くしゃみ』とあと数人ですね。」

 

「そうか…シフト表か何か手に入れば良いんだな。」

 

「それが出来れば掘削要員や土を運び出す担当のタイミングが決められて便利なんですが…まさか管理棟に忍び込む訳にもいきませんし…」

 

「…何か手を考えておくか。」

 

そんな事を話しながら娯楽棟へ到着する。扉を開けると、パーテーションで仕切られた飲料コーナーの最奥に案内される。

 

「ここにありますは、種も仕掛けもないコーヒーメーカーです。いや、正確には豆が入ってますから種はあるんですが…」

 

「仕掛けもあるんだろ?この下か?」

 

「ええ、台座の下に縦坑を掘って、そこから北東方向へ伸ばしていくつもりです。」

 

台座の下の物入れを開けてみると、これでもかというくらいにコーヒー豆の袋やらフィルターの予備やらが詰め込まれている。

 

「こういう感じに、「誰かが苦労して無理やり詰め込んだ物」に触りたいなんて欲求を持つ奴は中々いないでしょう?もし触って崩しでもしたら絶対に元通りには出来ない、そんな雰囲気を出すのがコツです。」

 

「それはいいが、掘る時やうっかり崩してしまった時に元通りに出来なかったら困るぞ。こんなものを広げて何をしていたのかという事になるし、1回や2回程度なら偶然崩れたって事に出来るかも知れないが。」

 

「その点も問題ありません。これ、実は雰囲気だけなんです。ちゃんとした手順に従えば10秒有れば元通りに出来るようになってます。試しに一度崩してみますか?」

 

そう言うと、右下の方に飛び出していたフィルターの袋を一気に引き抜く。…案の定、雪崩の跡というのに相応しい惨状となる。

 

「えーっと…有りました。1番がこれで、2、3、4…」

 

よく見るとそれぞれの袋や箱の端には小さく数字が書いてある。なるほど、こうやってマニュアル通りに組み立てる要領でやる訳か。

 

「26!…すいません、少し遅かったですね。」

 

「いや、十分早いと思うぞ。よく考えたな。この無秩序ぶりが再現できるとは思わなかった。」

 

「どうですか、ちょっとやそっとではバレそうもないでしょう?」

 

「うん、このまま進めてくれ。リヒャルトの方も決まったら報告してくれよ。」

 

トンネルの方は順調に進みそうだ。あとはシフト表に、その他は資材収集に、もし市街地辺りに潜伏するような事になった時の為の偽造書類や変装用の平服の類いも必要だろう。…先は長いな。

 

ーーーーー

宇宙暦762年5月15日 首都星ハイネセン 

W・バクスター

 

『あ、船長!どうでした?』

 

オープンカフェに陣取ったカーターと他数人が手を振っている。子供や犬でもないんだからあんなに目立とうとしなくても分かるのに。

 

『うん、保険金は船と、積荷の分も何とか下りるようだよ。オナシスさんも随分食い下がったらしいし…』

 

『そりゃあ保険証書に『帝国の巡洋艦による拿捕撃沈の場合』なんて項目はありませんでしたからね。大方火災・犯罪保険辺りを拡大解釈させたんでしょうが…』

 

『それで、新しくまた船を買うことにしたんだそうだ。…君の方も取材が落ち着いてきた頃だろ?また同じ船に乗ってくれるかい?』

 

『ええ、喜んでご一緒しますよ。…あ、取材といえば…さっきまで話してたんですが、船長はゾンタークスキントの行方について聞いたりしてませんか?』

 

『ん?…まぁ、そうだな、聞いてないよ。』

 

実を言えば、帰還してからしばらく続いた同盟情報局からの取り調べ中にやけに粘りのある喋り方をする狐顔が艦長さんはもういない、とか暗示的な事を言っていたけれど、アレはゾンタークスキントが沈んでしまったという意味なんだろうか…?

 

『そうですか…これ、どう思います?』

 

そう言ってカーターが差し出してきたのは開いた雑誌だ。週刊フリートタイムズ…

 

『どこだっけな。ああ、ここです。P・アッテンボロー、『帝国軍捕虜に聞く同盟軍の実態!我が軍は本当に強いのか?』ですって。』

 

『アッテンボロー?いつも軍隊を批判してる記者じゃないか。なんだって?…うん…ん?』

 

『分かりました?この『元帝国軍佐官のO捕虜は語る。「結構、では軍隊への税金は紅茶代に消えているのか。」と!』って所。なんだか聞き覚えがありませんか?』

 

『聞き覚えがあるも何も…イニシャルはOだし…艦長さんか?』

 

『そうじゃないかと思うんですよ。どこに捕まっているかは分かりませんが、今生の別れって訳でも無かったようだって話をしてたんです。』

 

『そうだな、例の手紙を盗まれた顛末も話さなくてはならないし…でもどうする?まさか出版社…あー、L&Pか。ここに聞きに行っても…教えてくれはしないだろうなぁ…』

 

『捕虜収容所というと…パッと思いつくのはエコニアか…その辺りですかね?』

 

『もしそうだったとしても、行って艦長さんに会えるかどうかは分からないからね…何かいい手は無いかな?』

 

『いい手…このアッテンボローとかいう記者、次号予告によると週刊連載コラムを始めるらしいですし、もしかしたら情報がポロポロ出てくるかも知れませんよ。』

 

『そうかな。じゃあ定期購読でも始めるか。…こうなるんだったらもっとセネット船長やカドルナ船長にも居て貰えば良かった。相談できたのにな。』

 

『まぁ、セネット氏はあれでも会社の社長ですからね。ドラーク…って言ってましたっけ?商売敵がなんとか…』

 

友人との再会、その為には友人の行方を探すところからか。人間は宇宙を短い間期間で行き来できるようになったが、人生を全て思い通りに運ぶにはまだまだ未熟な生物のようだな…

 

続く

 

 

【挿絵表示】

 




挿絵、作ってみたんですけど上げ方はあってるんでしょうか。

バクスター氏が言ってるオナシス氏って言うのはヌワラエリアの船主さんです。バクスターさんは雇われ船長なのですが、彼との関係は良好らしいですよ。


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第六十三話 ?

 雨の音だけは好きなんですが、雨の中車運転するのは道路状況も悪くなってあまり好きではないメーメルです。

では、どうぞ。


宇宙暦762年5月20日 ジャムシード第1収容所

A・ビュコック少佐

 

『はっはっはっ、甘いな!フーバー!ナイトの使い方がまだまだ未熟だ!』

 

待機室からヴィドックの上げる勝鬨の声が聞こえてくる。自分が勝てる相手を見つけるのに随分苦労したようだが、それで毎回捕まって負けてしまう兵長も哀れなものだ。…少し釘を刺しておくか。

 

『あのなぁ、収容所の仕事はチェスに勝って気分良くなる事じゃないぞ。もう自分の小隊のシフト組みは終わったのか?兵長も、自分の仕事があるんならわざわざ上官の暇潰しに付き合わなくてもいいからな。』

 

『はい、少佐!』

 

『返事は100点だ。それで、仕事の方は?』

 

『一応専科の主席ですからね。主席が主席たるコツは2つありまして、1つは課題の提出期限を守る事、もう1つは教官に媚びを売る事です。ちゃんと終わってますよ。』

 

嘘なんだか本当なんだか分からないことを言いながらシフト表を差し出してくる。私が言った通りに上手いこと時間帯や場所をランダムに設定したシフトが組まれている。参ったな、これでは何も言えなくなってしまった。

 

『仕事の方も及第点、か。これでは注意した甲斐が無いな。』

 

『実際、収容所の仕事っていうのはこんなものなんですかね。捕虜は協力的で内部で問題も起こさなければ消灯後には動きもなし、子爵も別段要求という要求もしてこないし…個人的には反抗的な捕虜を無理矢理抑えつけなきゃならないような仕事だと思ってたんですがね。』

 

『そうだな、エコニアなんかでも捕虜の大規模反乱なんか20年前に起こってから今まで無いらしいし…しかし、何だか最近妙な感じがするんだがな。』

 

『妙な感じ…反乱の兆候ですか?そんな報告は受けてませんが。』

 

『そんなにはっきり言える事では無いんだ。…こういう事を言うと自意識過剰気味だとか思うかも知れないが、視線がある気がするんだよ。』

 

『監視しているのはこっちの筈なのに、逆転してると?』

 

『そう、逆に捕虜に観察されてる気がする。そういう事だな。君は何か感じないか?』

 

『…?いや、特に変わった事は。』

 

『私だけかな?…ちょっと行ってみるか。』

 

『行ってみるって、どこにです?』

 

『抜き打ちの巡察って所かな。居住棟を回って、ついでに監視塔でサボってる奴がいないかも見てこよう、兵長、暇なら君も来たまえ。私の帽子…は、あった。』

 

ーーーーー

 

管理棟から出て収容区画へ向かうとすぐ帝国語の歌が聞こえて来る。

 

「「「♪Mein Vater, mein Vater, und hörst du nicht♪」」」

 

『今日も元気ですね、合唱隊なんか組織して。男声パートしか無いから歌える曲は限られてる癖に中々上手いものですし…』

 

『ふーん…次の労働報酬が入ったら楽器でも仕入れるとするか。…流石に女性歌手を招待するって訳にはいかないしな。』

 

『金もかかりますしね…じゃ、1号棟から行きますか?』

 

『そうだな、ま、アポも取らずにいきなり押しかけて困るなんて事は無いだろ。』

 

言いつつ扉を開けると、収容人数以上の人数が集まっている。2段ベッドの間の通路は捕虜の背中で奥が見えない程だ。パーティーでも始めるつもりか?

 

『なんだ、何をやってる?…何?』

 

やっとの事で棟の奥にまで到達すると、下着姿のツァーン少尉がシャワーを浴びている。その横ではモップを持った奴が立っているし、まるで現代絵画の世界に迷い込んだかのような景色だ。

 

『君はここで何をしているんだ?士官棟にもシャワーはあるだろうに。』

 

『やー、誰かと思ったら所長さん!士官棟の方は浴びようと思ったら大尉に占領されてましてね。それに帝国人は綺麗好きですから、一度シャワーを浴びたくなるといてもたってもいられなくなるんですよ。』

 

『…そうか、で、君は?』

 

『私?見ての通りモップがけですよ。何しろ帝国人は綺麗好きですから、一度掃除をしたくなるといてもたってもいられなくなるんですよ。』

 

『賞賛すべき国民性だな。君は?フォルベック君、君のベッドは確か3号棟だったと記憶してるが?ここには何の用があるのかな?』

 

『私は見てるだけ…いや、実を言うと少尉は泳げないんで、少尉が水場に行く時はいつもついて回るようにしてるんです。専属のライフセーバーって所ですね。』

 

『…少尉はいい部下に囲まれて幸せ者だな。そうか。ところで、君は転びでもしたのかな?』

 

『…いえ?別にそんな事はありませんが?所長は私のライフセーバーになってくれるって訳ですか?』

 

『残念ながら収容所の所長ってのは案外忙しいんだよ。そうだ、ちょうど今もやらなければいけない仕事を思い出したところだ。行くぞ、ウィドック!』

 

ーーーーー

 

『巡察はどうしたんですか?やらなければならない事なんてありましたっけ?』

 

『フォルベック君に質問した時、どう思った?』

 

『どうって…別に汚れてる訳でも、負傷してる風にも見えませんでしたし、何で転んだかなんて聞いたのかなとは…』

 

『あいつ、聞いた瞬間に一瞬視線が下に向いただろ?ここから推測できる事は?』

 

『服の乱れを気にしたとかですか?そんな事言ったらツァーンなんか裸同然だったんだから気にする必要は無かった気がしますけど。』

 

『なぜ君は大事なところで勘が鈍くなるんだ。転んだ、とか聞かれて真っ先に連想するのは土汚れだろ?で、別にここは晩餐会の会場じゃないし、作業服にそれぐらいの汚れが付いてても不思議じゃない。それなのにわざわざ気にする素振りを見せた。…何か隠してる気がしないか?』

 

『土汚れを気にする…すると?』

 

『そう、トンネルでも掘ってるんじゃないかという事だ。もしこの推測が当たれば…まずいぞ。』

 

分かっている、たとえこの収容所の鉄条網の中から逃げられたとしてもジャムシードからは出られはしない。だが市街地に逃げ込まれたら?あの子爵のやる事だ、人質作戦やビルを爆破するなんて派手な事はやらないと信じたいが、事態がどう転ぶかは全くもって不明瞭だし、対策を打つに越した事は無い。

 

『今日みたいに奥まで到達するのにまごついているようだと証拠隠滅の可能性が出てくるからな…抜き打ちで全員外に出して、それからトンネルを探すのがいいだろう。』

 

『分かりました!早速やりますか?』

 

『いや…今日いきなりやるのは向こうも警戒してるだろうからな。かといってどれぐらい進んでいるのか分からないし…よし、明後日にしよう、君の小隊を第2種武装で待機できるよう準備の事!』

 

ーーーーー

2日後

E・ツァーン少尉

 

…『鍵屋』の腰にはいつもどこに使うのか分からない大量の鍵やらそれに1つ1つ律儀に付属しているキーホルダーが下がっている。それがあだ名の由来だが、今日は更に1つ、樹脂製の銃のような物がくっついている。おそらくテーザー銃だろう。

 

『…軍曹、分かるか?』

 

『ええ、分かりやすい連中です。名実共にDOOFって所ですね。今日は中止しますか。』

 

『一昨日も危なかったからな…うん、リヒャルトは今日は休みだ。』

 

あまり急いで見つかってしまったら元も子もないし、第一リヒャルトの方は補強材が足りていない。この際ほとぼりが冷めるまで休止してしまうのも手だろう。

 

『お、所長が出てきましたよ。』

 

『身体検査でもされるかな?…道具を身に付けているようなアホはいないな?』

 

『はい、しっかり隠してあります。ダミーも用意してありますし…』

 

『ダミー?聞いてないぞ、余計な事をして疑いを深められても困るが、大丈夫なんだろうな…』

 

『まぁ、見ていて下さい。我々に不利な事にはなりませんよ。』

 

そう言っている内に所長の話が始まる。何やら調べたい事があるから全ての棟を点検する、ついては全員外に出るように、との事だ。やはり怪しんではいるんだろうが…案外タイミングが早かったな。だが、偽装は3つとも完璧だ。熟練の手品師位の、隠すのも隠されるのも得意な奴でもない、一朝一夕の訓練を積んだ位の収容所職員には見つけられやしないさ。

 

続く

 

 

 




捕虜たちが歌ってる歌、あれはそのまま『魔王』ですね。所長用の警告の合図です。

結局リヒャルトは1号棟から伸ばす事にしたようです。うまくいくといいですね。それから、収容所暮らし中は結構劇中日数が飛ぶ予定ですから、急に1ヶ月とか経つかも知れません。あんまりイベントもないですし…

今回もご意見ご感想お待ちしております。


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第六十四話 発見と井戸水

母の日って何を贈れば良いんでしょう?花は無難でしょうが…女心は分かりません。

では、どうぞ。


宇宙暦762年5月23日 ジャムシード第1捕虜収容所

A・ビュコック少佐

 

『なんだね、これは。』

 

所長室の机の上に置かれているのは奇妙な物品達。その更に奥ではヴィドックが困っているのか面白がっているのか分からない、これまた妙な顔をして立っている。

 

『家探し…というか、昨日の捜索で出てきたものです。しっかり外から帰ってくる時はボディチェックもしているし、一体こんなものをどう手に入れたものやら…』

 

そう言って手に持ったのは表紙に堂々と水着姿のモデルが描かれた雑誌。これでも並べられた本の中では大人しい方だが…所帯持ちには縁の薄い本、本当にどうやって…

 

『いや、そうじゃない、違うぞ!私が家探しをさせたのは脱走計画やらトンネル掘りの証拠やらを見つけるためであって、なんだ、この…プライバシーというか、とにかくこういうものを見つけ出すのが目的では無いんだ。』

 

『しかし、実際見つかったのはこれだけです。紙袋に入れて縛ってあったので、爆弾か刃物でも入っているのかと思ったらコレですよ。家探しに抵抗するそぶりを見せませんでしたし、何か隠し事があるのであればもっと抵抗なり隠蔽なりしようとすると思いますが…』

 

『うーん…気にしすぎだったかな?ただ単にツァーンが変なことしてた現場に遭遇しただけか?そんなバカな。』

 

『どうにも、証拠が無い分には独房送りにする訳にもいきませんし、あんなに間抜け…とは違いますが、いつもおちゃらけてる連中が本当に脱走なんて考えてるんですかね?』

 

『そう考えれば楽でいいがな。考えてもみろ、彼らはほんの数ヶ月前までは無害な商船を装っていたんだぞ。それが見事にできていて、今になって脱走の兆候一つ隠せませんでは説明がつかないだろう。』

 

『言ってみれば捕虜は役者集団で、演じる登場人物が変わっただけだと?』

 

『そう、さしずめ演劇の第2幕といったところだな。本性は変わらないのに役割は商船員から無害な捕虜へ、という訳だ。それを見破るのが我々の仕事…だが、上手くいかないんだよな。』

 

『では、とにかく前提としては脱走を計画中なのは間違いないという事にしますか。…トンネルを掘ってるんでしたよね。』

 

『そうだと思うが、もしかしたらそれもブラフかも知れない。脱走といえばトンネルというのは固定観念に囚われた妄想で、実は大反乱の末の強行突破を狙っているとか、あらゆる可能性を考えなくてはな。』

 

『はい。それで、とりあえずこの没収品はどうしますか。』

 

『考えてみたら捕虜宣誓で禁止してるのは危険物の持ち込みだけなんだよな。危険物、ではないが…』

 

『成長途中の青少年にとっては入手するのに麻薬より勇気が要る危険物ではありますがね。』

 

『その論理で没収したままにするのもな。…今後無断で持ち込むのは禁止という事にして、棟の代表者に渡す事にしようか。』

 

法律でも規則でも、遡及適用というのはするべきでは無いからこの件はまぁ、不問にするとして、あとは子爵と愉快な仲間たちが何を考えて、どう実行に移そうとしているのか。それを早いとこ突き止めなくちゃならないな。

 

ーーーーー

帝国暦453年6月12日夜 士官棟内 空き部屋

E・ツァーン少尉

 

ノックが4回、続けて2回。時間通りだ。これで全員集まったかな。

 

「よし、入れ。軍曹、誰にも見られなかったな?」

 

「ええ、DOOFは大丈夫です。この前からピリピリしてますが、逆に堂々としてやれば案外いけるものですよ。」

 

闇に溶け込むために黒く塗った顔で笑う軍曹、薄暗い中でみるとそういう妖怪のようだ。装甲擲弾兵が他の軍人に比べてモテる理由は軍人ができるあれやこれやの仕事に加えて化粧まで上手くできるから、とこの前自慢げに言っていたが、あながち嘘でも無いかも知れない。

 

「DOOFの事はどうだっていいんだ。折角の本番だからな、こんな大事な時に大尉なんかに見つかったりしたら…その、なんだ、困る。」

 

「それも大丈夫です。でもあの人は眠りが浅い方ですから、静かに、静かに、ですね。」

 

「分かった分かった、じゃあ始めるぞ。A液は?」

 

「A液、準備よし。水も大丈夫です。」

 

「よし、よぉし、ガス缶も十分あるし、いくぞ。」

 

巨大な缶に入れたA液が熱せられて甘い匂いがしてくる。…そろそろいいだろう。

 

「軍曹、そっとつけろよ。…うん、ハマったな。計算通りじゃないか、流石の腕前。で、この先に瓶を置いて、こっちに水を入れれば、あとは待つだけだ。」

 

「戦闘資材の自給自足は基本ですからね。これくらいの金属工作なら目をつぶってもできますよ。」

 

「うん、やはり友人に1人位は装甲擲弾兵出身者を入れておくべきだな。便利すぎる。」

 

「お、来ました、来ましたよ!」

 

火に炙られた缶から伸びる鉄管の先を見ると、1滴、また1滴と透明な液体が瓶に滴っている。

 

「これで完成ですか、舐めてみてもいいですかね。」

 

「失明したいなら止めはしないが、それはメタノールだぞ。」

 

「えっ、じゃあ…」

 

「大丈夫。そうだな、100くらい出したら大丈夫だろ。そしたら本当のが出てくる筈だからな。もう暫くの辛抱だ。」

 

ーーーーー

 

目の前に並べられたのは素晴らしい香りのする透明の液体で満たされたグラスが3つ。正にジャムシード捕虜収容所始まって以来の一番搾りという奴だ。

 

「少尉、これで立派な…」

 

「帝国法違反だ。」

 

「じゃあ、誰から行きます?ここはやはり階級順ですか?」

 

「えっ…いやぁ…それは職権濫用みたいで軍曹も嫌だろ?一番低い階級からなら後からの文句の出様も無い、という事で伍長、フェルザー君、どうだ?」

 

「実は少尉、自分でやろうって言っておいて自信が無かったりします?」

 

 

「いやいや、そんな筈無いだろ!作り方は完璧に合ってる…うん、大丈夫だ。」

 

「じゃあどうぞ。」

 

 軍曹はそう言ってグラスの1つを目の前に突き出してくる。…こうなったらやるしかない、帝国軍の士官の責務、指揮官先頭!

 目を瞑って液体を一気に飲み込む。喉、食道、胃まで熱湯が流れ込んでくるような感覚!これまでに経験したどれよりも刺激的だ!

 

「……わお。」

 

「…どうなんですか?どっちの「わお」です?」

 

今度はこっちの番だ。黙ってグラスを差し出す。

 

「…倒れてないって事はとにかく毒では無さそうですね、いただきます。」

 

意を決した表情をして軍曹も喉を鳴らす。

 

「…わぁお。」

 

「どうなんです、2人とも!やめて下さいよ、いつもあんなに喋るのに何で喋らないんですか…」

 

今度は軍曹と2人で突き出す。多分同じ事を考えているんだろう。

 

「少尉、目が赤いですよ、本当に大丈夫なんでしょうね?」

 

文句とも興味とも取れない声色で言いながら、とうとう伍長も液体を摂取する。

 

「…!げほっ、えはっ…わぁお!」

 

「どうだ?すごいだろ?」

 

「すごいです!なんとも…とにかく強い!どの位ありますか?」

 

「ちょっと待てよ、もう1口……わお、うん、6、70度はあるんじゃないか、気をつけろよ、火がつくレベルだぞこれは。」

 

「70度!それは良い、まさにアルコールという感じですね。」

 

「うーん、見よう見まねでやってみたが、ジャガイモと砂糖でも案外上手いこと出来るもんだな。こっちでも軍のイモは無尽蔵で助かったよ。人類の友に久方ぶりに会うってのは何回やってもいい。次は香りでもつけてみるか?朝食のピーナッツバターをくすねてくれば…」

 

「いいですねいいですね、是非やりましょう。」

 

「創意工夫は人類の進化、友人の進化と共に我々も進化し…これが切磋琢磨って奴か、昔の人は偉いな。うん。」

 

「切磋琢磨ね、結構、先人に習うのを恐れないのは大切な精神だ。」

 

「ええ、そうでしょう?…んぁ?」

 

後ろから聞こえたのは聞き覚えがありすぎる声。

 

「艦長!…と、大尉も一緒ですか、あー、ようこそ。」

 

「ようこそだ?ここの所何をコソコソやってるのかと思ったらこんな事か。最近所長も怪しんできてる節があるというのに、怪しまれるような行動をとって…」

 

「いや、違うんですよ大尉、これは決して自分達だけで酔っ払おうとかいう理由でやってる訳では無くてですね。」

 

艦長は前に出てきた大尉の後ろから蒸留器を眺めている。怒っているのか?…分からない、どう言い訳すれば。

 

「そう、DOOFにだって酒好きな奴はいるでしょう?それでこれと何か役に立つものを交換したり、買収的な事が出来ればと思ってですね、これも脱走に必要なものなんです。うん、そうなんです。」

 

「今考えた台詞か?」

 

「本気で思ってますよ。軍人たる者、常に、仲間と、組織の事を念頭に置いてます!」

 

まずい、なんだか舌が回らなくなってきた気がする。強すぎたな…このままだと言い訳が出来なくなってしまう。

 

「大尉、その辺でいいじゃないか、何にしてもトンネル掘り以外に熱中できる事を作ったんだ。それに、役に立つんだろ?」

 

「ええ、はい!たしゅ…確かにやってみせます!」

 

「うん、結構。私も一口いいかな?…わお、うん、では、軍曹と伍長も帰る時は見つからないようにな。」

 

ベストなタイミングで助け船を出してくれた艦長はまだ説教が山ほど溜まっていそうな大尉を引き連れて出ていった。…まぁ、多分咄嗟に出た言い訳を信じてくれた訳では無いだろうがこの魔法の液体に利用価値があると思ってはくれている筈だ。量産の許可が出たという事でいいだろう。

 

続く

 

 

 

 

 

 

 

 




あのセリフは…悪ふざけです。はい。

没収されたエロ本の入手経路は半分は密輸、もう半分はあの2人組が持ってきた奴です。何やってるんですかねあの人たち。

今回もご意見、ご感想お待ちしております!


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第六十五話 潜入

週刊になりそうでやばいです。GW中に遅れを取り戻さねば…

では、どうぞ。


帝国暦453年6月16日 ジャムシード第1捕虜収容所

フォン・オイレンブルク中佐

 

とうとうツァーンは「収容所焼酎」に何種類かのフレーバーまでつけ始めたが、脱走計画の方は報告が上がってこない事を考えるに進み具合が芳しく無いようだ。別に彼が酒造りに躍起になって本分を忘れてしまっているとか言うつもりはないが、理由くらい聞いてみても損は無いだろう。4つの目は両目よりマシという諺もある事だし、知恵を授けるなんて大層な事はできなくてもちょっとした解決策を模索する位の事はできると思う。

 

「まぁ、そういう訳だ。結局トンネルの進み具合はどうなんだ?」

 

「正直に言いますと、下の上という所です。」

 

「もちろん原因は少尉がトンネル工事士から酒造業者に転職したからではないよな?」

 

「はい、やるべき事はやってますが、どうもリヒャルトとトーマスで浸水被害が出ていまして、掘るたび掘るたび水が滴ってくるんです。1週間くらい雨が降らなければ大丈夫なんですが、ここの所2日おきのペースで降ってますから…」

 

「汲み出す努力もプラスで必要になってくる訳だ。」

 

「それに、やはり偽装工作ですね。基本的に腹這いになって掘っているんですが、乾いた土ならちょっと払えば良い所を泥まみれになっていますから、作業が終わるたび苦労して汚れを落とす時間も取る必要があると考えるとその分実動時間を短縮しなければならないという事もありまして。」

 

「かと言って今から中止するのもな。何か解決策が浮かべば良いんだが。そういえばハインリヒの方は浸水していないんだな?」

 

「ええ、何故かは分かりませんが。」

 

「分からないのか?」

 

「いえ、確かに水は染み出してはいますが、天井から滴って下が泥化するまででは無いんです。築30年目の雨漏りくらいでしょうか。地質が数十m離れただけでがらりと変わるなんて事も無いですし…」

 

「その雨漏り云々の例えはいまいちピンと来ないが…やはりトンネルより上に何か地表からの水の浸透を防ぐか、若しくは横方向に逃す構造物があるという事だろうな。」

 

「もしそういう物が残り2つの方にも都合よく有れば問題は解決なんですが、トンネルが長くなるにつれて浸水量も多くなってくる計算ですし、脱走当日はトンネルを潜って行こうって事になる前に…」

 

「そうなると困るな。解決策がそう簡単に出る訳では無いし…」

 

頭を抱えているだけで問題が解決するわけではないと言う事は分かっているが、それでも閃きと言うものがない以上はこうするしか無い。

 

「艦長、やはりクンツェ中尉の案を考えてみるべきではありませんか?」

 

「…うーん。主経路となるトンネルの方にも障害が出ているとなれば…そうだな。中尉、やれるか?」

 

「はい、艦長の許可があればいつでも実行可能です。ただ、実行役兼スケープゴートなる者を誰か選ばなければなりませんが…」

 

「そうだな、やはり危険な任務であることには変わり無いし、志願制にしたい所だ。何人いれば良い?」

 

「とりあえず3人、連帯責任を取らされることがあると考えると全員同じ棟内から出した方がいいでしょう。」

 

「分かった、明日辺り志願者を募る事にしよう。…トンネルの方の解決策は作戦の成否によって、だな。」

 

ーーーーー

6月18日 夜

O・フィンク軍曹

 

「サーチライト!伏せ!」

 

「やっぱりもうちょっと待ちましょうよ…まだ眠くなるような時間でも無いですし。」

 

「いいか、フェルザー、今から這っていって管理棟まで辿りつく時間を考えてみろ。基本的には隠密行動なんだからな、寝床まで帰り着く途中で朝日を拝むなんて事にならないようにするにはこの時間がベストなんだ。黙ってついて来い。」

 

装甲擲弾兵の仕事は穴を掘る事、地面に這いつくばる事、最後に突撃する事だ。これ位の距離をサーチライトに捉えられないように進む位なんて事は無い、が、出身者ではないフェルザーの方は文句たらたらだ。

 

「第一、一緒に私がしようなんて言ってきたのはお前じゃないか。俺は別に褒美なんて要らなかったのに…」

 

「軍曹は悔しくないんですか?収容所焼酎を作ったのは少尉と軍曹と私ですよ。あの苦難の日々を思い出して下さい。外に出れると決まった時からひたすらに砂糖の代わりになりそうな物を集め、無尽蔵に近いイモを削ってやっと出来た酒!それがなんで配給制なんですか?」

 

「配給制と言ったって、お前他の奴から貰ってるじゃないか。やっぱり70度は強すぎだからな。というか、まさか今回の動機はそれか?」

 

「もちろんそうです。上手い事管理棟に忍び入って有益な情報が盗み出せれば酒の配給量の増加を艦長にですね…」

 

…私利私欲も堕落に向かわず士気に繋がるのなら別に良いか。

 

「今日は呑んできて無いだろうな?見つかった理由が「酒臭い息」だったなんて報告したら配給量の増加どころの話じゃないぞ。」

 

「本番前には景気をつけるなんて人がいますがね、やっぱり酒はこんなを乗り越えた後にやるから美味いんです。…やはり閉まってますね。」

 

管理棟区画への門は昼間は鍵をかけずに閉まっているだけだが、どうやら夜は施錠…いや、少しは動くところから見て閂がかけられているようだ。予想通りではあるが、これで鉄条網切りをしなければならなくなってしまった。

 

「…今日は所長がいない日だが、流石に戸締りぐらいはちゃんとするか。カッター。」

 

「はい、急造ですが、切れますかね?」

 

「もっともっとひどい物もあったさ。話したことがあったかな?炭素クリスタル製の筈のトマホークが敵の銃剣を防げなかった話…と、一丁上がりだ。」

 

切る、というよりかはちぎり取るに近いやり方だが、要するに人1人が通れる隙間ができれば目的達成だ。ここを過ぎれば管理棟まであと少し。

 

「サーチライトはこっち側は照らさないんだな。走れるか?」

 

「ええ、足には自信があります。」

 

「食い逃げでもしてたか?まぁいい。目標、前方管理棟角、躍進距離30。前へ!」

 

これ位の距離では全速力は出ない。が、這っていくより数十倍は早く動けるし、すぐに冷たい壁に取り付く事が出来た。なるほど、管理棟はコンクリート製だ。暴動に備えてトーチカ的な役割も兼ねているという訳か。

 

「それで、どこから入ります?」

 

「このどれかが正面扉に合えば堂々と入場できるんだがな。やってみよう。」

 

昨日の作戦説明の時にクンツェ中尉から渡された鍵の複製は3本。例の『鍵屋』の腰にいつもぶら下がっている鍵束から型を取ったものだ。つまり、もしかしたら奴の自宅やら金庫やらの鍵かも知れない。

 

「さて…入らない。…2本目もダメか。三度目の正直と言うな。信じるか?」

 

「戦場では3回失敗したらもう死んでるとも言いますが。」

 

「もっともだな。…お?回っ…た!いいぞいいぞ。ゆっくり押せ。」

 

中腰になりながら室内を見回すと、中央にテーブルが置かれている他は何もない部屋だ。ここから廊下に分かれているんだろう。手分けした方がいいな。

 

「いいか、お前は右、俺は左を探る。体感で10分後に同地点に集合。別れ。」

 

 左に続く廊下には扉がいくつか並んでいる。ご丁寧にプレートまでかけておいてくれるとは親切な事だ。『第1小隊待機所』…ね。鍵はかかっていないな。更に親切だ、叛乱軍が好きになりかけてきたな。

 ようやく暗闇に目が慣れてきた。壁に何か紙が貼ってあるな、兵隊の詰所に貼られた紙といえばプロパガンダポスターかシフト表かのどちらかだろう。前者であって欲しくはないが…よし、シフト表だな。ヴィドックに

リカーニョ、見慣れた名前。複写出来るかな?

 

ーーーーー

同時刻 第3小隊待機所

A・フーバー兵長

 

『チェスの極意って言ってもなぁ…そもそも准尉だってそんなにうまいわけでは無いんだし…』

 

交代時間より少し早めに目が覚めてしまったから、図書室から持ってきた『3次元チェス』というやけにシンプルな題名の本に目を通していたが、『チュメニ防御作戦』だの『カマーセン包囲網』だの、下士官課程の戦史の講義より難しい。…ダメだ。コーヒーでも淹れよう。

 そう思ったがコーヒーメーカーはホールまで行かないと無い。准尉が言うには所長が紅茶党だから各部屋に湯沸かし器があってもコーヒーメーカーが無いらしいが、本当なのか…あ?人影?

 

『よぉ、当直交代の時間はまだだろ?所長がいないからって…ん?』

 

廊下に張り付いていた男と目が合う。

 

「Scheiße!」

 

帝国語に青い作業服!……捕虜だ!

 

『なっ…警報ーー!脱走だ!総員起きろ!お前!動くな!手を頭の後ろへ!』

 

すぐに廊下沿いの扉から同僚が飛び出してきて非常ベルが鳴り響く。それにしても一体なんでここに…?

 

続く

 

 

 

 

 

 

 

 




最後の帝国語、読みは「シャイセ」です。
今回はなんだか勢いで書いちゃった感があるのであんまり話す事がないんですよね。あ、途中に出てきたチェスの戦術はある漫画からの流用なので本当にある戦術かどうかは不明です。

今回もご意見ご感想お待ちしておりまーす!


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第六十六話 戦果

GW中に遅れを取り戻すって言ったのに結局こうなったのは何でですかね…

では、どうぞ。


宇宙暦762年6月19日 ジャムシード第1捕虜収容所 管理棟

A・ビュコック少佐

 

またもや休みの日に呼び出しをくらったと思ったら今度は脱走未遂らしい。もし捕虜が私の不在時を狙って何か事件やらを起こしているんだとしたら、やはり家族との同居は悪手だったかもしれない。しかし捕虜がいなくなった訳ではなくなぜか管理棟の中をうろうろしていた状態で拘束した、とはどういう事なんだ?

 

『少佐、申し訳ありません。ご自宅にかけても不通でしたから…』

 

『いいんだ、曹長。ちょっと病院のほうに用があってな。それで?』

 

車を降りてすぐにやってきたのは第3小隊長のクシモト。同じ小隊長のヴィドックやグレイとはあまり仲が良くない、というか接触自体が少ないようだが、それでも仕事でこれまで目立ったミスは無い。人事考課表には誰の評価か『頭の中には同盟軍基本法と教本の内容が一言一句漏らさず記憶されていて、その通りの行動しかしないし出来ない』なんて書かれていたが、まぁ、収容所の管理にはそういう人材も1人ぐらい必要だろう。

 

『はっ、昨日23時20分、第3小隊のフーバー兵長が警報発出。管理棟内にて第7棟捕虜、ヴィルヘルム・フェルザーを拘束しました。同捕虜の行為は消灯後の外出、管理棟及び閉鎖区画への侵入に当たるものであり…』

 

『それはもう聞いたぞ。で、事情聴取は終わったのか?』

 

『いえ、まずは他に居なくなっていない者がいないか調査しまして、その後に事情を聞こうと考えていました。結果としては、侵入経路は鉄条網を切って、そこから這って入ったようです。他に所在不明の者は無く、全ての捕虜には屋内待機の命令を出しています。動機は不明ですが、おそらく単独犯ではないかと推察されます。』

 

『…そうか。フェルザーは今どこに?』

 

『拘束の上で第3小隊の控室にいます。見張りは3人つけていますし、特に暴れるような兆候も見せていません。処罰その他の決定は上長のそれを待つべしとの規則に従いました。』

 

『ふーん…なら君は本人の事情聴取の方を頼む。』

 

当直時間帯の最高責任者は自分だという意識が欠如しているのは問題だと思うが、とにかく今はっきりさせなくてはいけないのはこの事件が子爵を中心とした捕虜全体の行動によるものか否かという点だ。捕虜全員が団結して脱走の意思を持っているとすれば…それはできるだけ考えたくはないが、非情な手段も必要になってくるかも知れない。

 

『子爵に会いに行くぞ。私の帽子と…拳銃も取ってくれ。』

 

ーーーーー

 

『ああ、そうだ。確かに私が指示した。』

 

いつものように書き物机に向かっていた子爵に事の顛末を伝えて関与を問うと、彼は何がいけないのかとでも言うようにそう言った。何か言い訳や、最悪実力での反抗を企てるかもと思って覚悟はしていたが、こんなにあっさりと認めるものか?

 

『…子爵、それは貴方が脱走を主導していると取られても仕方の無い発言ですね。そうなると我々は捕虜全員に対して今までのような扱いをする訳にはいかなくなります。外出作業も制限されますし、場合によっては独房以外の罰則規定の導入も…』

 

『脱走…?うん。なるほど。どうやら君と私の間には重大な認識の齟齬があるようだな。』

 

『齟齬?どういう事です?』

 

『私は確かにフェルザーに言った。「取り返したいものがあれば自力でまずやってみろ」と。彼に聞いても同じ事を言うはずだがね、私と彼と両方の名誉のために言っておく。彼の目的は脱走では無くて、所有物の奪還だ。』

 

『所有物の奪還というと?』

 

『そちらも連絡体制が整っているとは言えないようだね。フェルザーが言うには先週あたりに外出作業先から持ってきた物が危険物判定されて取り上げられたから、それをどうにかするという話だったが?』

 

確かに前の家探しの一件以来、ちょくちょく持ち込み禁止品の押収があると言う旨の話を聞いてはいたが、危険を犯して管理棟に侵入してまでも取り戻したいと思わせるような貴重品類は無かったはずだ。

 

『因みにその所有物が何かは彼から聞いていますか?』

 

『さぁ?責任者とはいえ個々の秘密まで把握しなければ我慢ならないような趣味は無いのでね。…しかし、どちらにせよ私の部下が収容所の規則を破ってしまったのは事実だ。監督不行き届きな責任者としてはそれなりのケジメをつけないと収まらないだろうし…独房かね?それともさっき言ったような、より重い罰則規定とやらの最初の体験者になるのかな?』

 

『処罰については本人の事情聴取後に検討して決定します。では、子爵も間接的な関与を認めたという事でいいんですね?』

 

『私が部下にだけ責任を押し付けるような指揮官だと思われていたのならかなり心外だね。君の中での帝国軍のイメージがそうであるなら、早めの修正を期待するが、まぁ、それでいいよ。』

 

…飄々と言ってのけるものだ。完全に子爵のペースに乗せられてしまった感じがする。本当にフェルザーは子爵の言った事を拡大解釈してしまっただけなのか?これまで大人しくしていたのに、そんなちょっとしたきっかけだけで鉄条網破りなんていう大胆な行動に出られるものなのか、それに前々からあったトンネル疑惑もあるし、これだけでこの件を一件落着としていいものかどうか…

 

ーーーーー

翌日

フォン・オイレンブルク中佐

 

結局捕まったフェルザーは20日間の独房行き、私自身は『自分の発言の影響力の高さを考えて、あまり不注意な言動は取らないように』との所長からのありがたい厳重注意を食らって、関係があるのか知らないが茶葉の供給も暫く停止される事になった。訓告処分を受けるなんて士官学校での門限破り以来のことだが、それとフェルザーの犠牲とを足しても十分元がとれると言える情報を脱出に成功したフィンク軍曹は持って来れたのだろうか…

 

「これが第1小隊のシフト表の複写です。それから、これは机の上にあったんですが、誰かさんの財布です。」

 

「結構、一流の空き巣狙いになれるな。」

 

たかが1個小隊のシフト表といえど価値あるものだ。これが有れば暫くの間3日に1度は監視の手間を大分省く事ができる。が、財布の中身はどうだ…?

 

「『鍵屋』のかな。…すごい、身分証に給与明細書まで入ってます。これは…軍籍照会情報?なんでもかんでも財布に突っ込むのは不用心だという良い見本です。」

 

「必要な物だけカメラで撮って、後は財布ごと監視塔の下にでも落ちていた事にしよう。これはなんだ?」

 

「チキンの割引券ですね。…随分安いものを食べてるんだなあいつ…チキン1セット5ディナールというのは中々良心的な価格設定です。」

 

「敵の安月給にまで気を遣ってやる必要は無いな。しかし、これがあれば偽造の方も捗るんじゃないか?」

 

「ええ、やはり実物をじっくり見れるだけでも出来栄えに差が出てきますからね。クンツェ中尉が喜ぶでしょう。しかし、当初の目的は達成できませんでしたが…」

 

「大丈夫、トンネルの話ならまだまだ竣工に時間もかかるし、情報が入手できる可能性も途絶えた訳じゃない。浸水問題は最悪雨が降らなければ解決とも言えるからな。脱走時に使えるものが増えただけでも今回の作戦をやった価値はあったと思う。よくやった、軍曹。」

 

「褒美はフェルザーの方にお願いします。私は彼が叛乱軍の注目を集めているうちに逃げてきたようなものですから。」

 

「そうか。確か彼の希望は酒の配給の増加だったな。懲役が明けたらバレないように増やしてやるよう取り計らおう。」

 

彼の動機は不純なものと言えるかも知れないが、それでも義務を果たした者にはそれなりの見返りが無くては成り立たない。自己犠牲の精神だけで人間は生きてはいけないのだから…

 

続く

 

 

 

 




 カメラで撮って、なんてサラッと言っていますが、こういう細々したものは外に出た人達がこっそり持ち帰ってきています。今後も色んな便利グッズが出てくる時は、外出班の努力の成果だと思っていただけると彼らも嬉しいんじゃないでしょうか。

今回もご意見ご感想お待ちしております。


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第六十七話 ドラーク氏

一度しまった毛布を引っ張り出してきた私です。
どうしてこんなに寒い日が続くんですか…

では、どうぞ。


宇宙暦762年7月1日 ジャムシード第1捕虜収容所

A・ビュコック少佐

 

結局フェルザーを独房に入れて以来、特に捕虜達に目立った動きは無い。「プラスチック製のフォークは噛んでるうちに飯に混ざるから金属製を持ち込もうとしただけなのに、なんで20日も穴倉にぶち込まれなきゃならないんだ」なんて不平を漏らしていた彼も、5日目あたりからは大分静かになってしまった。逆に静かにしている方がこちらの罪悪感が募る気がするんだが…

 

『所長、そういえば今日じゃありませんでした?』

 

『ドラーク鉱業の社長が来るって話か?』

 

『そう、そのドラーク氏?ですか。中々面白い人物らしいですよ。ちょっと前まで急激にシェアを拡大してたと思ったらここ数ヶ月でまた失速してます。そんな人物が何の用事で収容所に来るんだと思います?』

 

『チェスに飽きたと思ったら今度は地元経済の予測か?…経済といえば悪いニュースがあるぞ。1番削りやすい費用は人件費って奴だ。組織ってもんは軍でも民間でも結局同じ結論に辿り着く…』

 

『その言い方、まさか、給料が減るんじゃないでしょうね?』

 

『…当たり!はぁ、今月から士官は職務給を一等落とす扱いになるとさ。そりゃあずっと地上にいるから命の危険は無いかも知れないが…全く…』

 

ただでさえ妻が2人目を授かった事が分かってこれから金が入り用だって時にこの仕打ちだ。…もちろんする気は無いが、汚職の温床は本人の悪の気質や才能より安月給が最大のものだという意識が司令官にはあるのだろうか?

 

『どうせ今更辞めそうにないから多少下げても大丈夫だろうって魂胆が透けて見えますね。責任と仕事量を考えると艦隊勤務の時より増えてる気がしますけど。』

 

『何か大失敗でもやらかせば考え直すかな?…いや、だとしても原因が安月給による意欲の低下でしたなんて事は死んでも認めたくないだろうから無駄か。』

 

『かと言って捕虜収容所の管理で目立つ成果を上げるのは難しいですよね。ただでさえあの記者が好き勝手書いてるんですし。』

 

『いっそのこと彼に我々の窮状を訴えて軍上部の締まり屋具合を糾弾してもらうか?…いや、忘れてくれ。そんな事したら更に調子に乗るな。』

 

ここでヴィドックと自分達の懐事情について嘆きあっていても状況は良くなる筈が無い。願わくばこれから来る予定の客が何かいい話でも持って来てくれれば良いんだが…

 

ーーーーー

 

『初めまして、私、ドラーク鉱業株式会社の代表をしております、ヤロスラフ・ドラークです。よろしく。』

 

見た目は真面目なビジネスマン風のドラーク氏だが、どうもその目つきが気に入らない。『陰険』とかいう感想がぴったりな感じがする。それに何か口に含んでいるようにモゴモゴ喋るのはどういう事なんだ?

 

『どうも、それで今日はどういったご用件でしょう?鉱物資源の納入等は私より上に権限があるので対応しかねますが…』

 

『いや、そんな事ではありません。ビジネスの話です…と言ってもやはりその成功に必要なのはある程度の秘密主義でしてね。出来るなら所長さんと私と、2人だけでお話ししたいのですが?』

 

『…残念ながら収容所の規則でどの部屋でも1人きりになってはいけない事になっていましてね。規則を責任者自ら蔑ろにする訳にもいきません。このヴィドックは誠実な人物であると保証しますし、軍やプライバシーに関わる事を口外するような癖もありません。それでも彼が信用に値しないと仰るなら…』

 

ドラーク氏の貼り付けたような笑顔が曇る。2人だけで秘密の話をしたい奴の魂胆というのは大体が後ろめたい話をするためだが、この反応から見てそのつもりだったんだろう。こんな所で犯罪めいた事の片棒を担がされるのは御免被りたいし、この言い訳で退散してくれるとかなり嬉しいんだが。

 

『そう、ですか。まぁ、信用できると言うなら信じましょう。ビジネスには利益と信頼の共有も大事な要素だと誰かも言ってましたしね。実は我が社の経営状況の方が最近かなり悪化していましてね。』

 

結局話を続けるのか。嫌な予感がするから早いとこ出て行って欲しいんだが、しかし無理矢理追い出してまたあの記者がホクホクするのを見せられるのも癪だし…

 

『それは残念ですね。軍としても納税者の方々の景気が悪くなるのは良い気分で見ていられる事ではありません。が、我々は一収容所の管理者に過ぎない立場で権限も大きいとは言えませんから余り助けにはならないと思いますが。』

 

『そう深く考えずに、そもそも業績悪化の原因というのはあの悪どいセネット社の連中が戻ってきた事にある訳ですから軍にも責任が無いとは言い切れないんですよ?』

 

セネット社…?確かレイダーが沈めた船にそんな会社のものがあった気がする。妙な所で繋がりがあるものだが、別にそれが判明した所で嬉しくも何ともない。逆に軋轢の種になるのも面倒そうだし、第一何故商売敵が無事に帰ってきたのが我々の責任になるんだ?

 

『それで、我が社としては今期の決算を何としてでもプラスに持っていきたい訳です。なに、やり方は考えてありまして、実は小惑星帯から2、3個衛星軌道にのせてありましてね、そこからの鉱物が無事に入手できれば万事上手く行くという事になっています。そこで問題なのがその小惑星内部での採掘作業でしてね…』

 

『…どんな層になっているかも分からない岩塊を掘り進めるのは確かに骨が折れるでしょうね。しかし、軍としては1つの法人の為に小惑星の調査費用などというものは出せませんが?』

 

『調査費用を出せなんて事は言っていません。ちょっと人員が欲しいんですよ、いるでしょう?危険手当も割増料も払わなくて良い人間が。』

 

『…つまり、捕虜を使わせろというご依頼ですか?』

 

『そうですとも。大丈夫ですよ、帝国人には人権なんて概念は無いと聞いてますし、自分達が何をやらされるとしても、それが収容所で一番偉いあなたの命令ならやるでしょう?あぁ、勿論所長さんや収容所にだってそれなりのお礼はしますよ。1ヶ月あたりこんな額でどうですか?ビジネスというのは相互に利益が無ければ成り立たない…』

 

そう言ってドラーク氏は計算機のディスプレイを見せてくる。それなりの額が表示されているが…

 

『ヴィドック、ドラーク氏はお帰りになるそうだ。門の外まで送って差し上げろ。』

 

『何故です?捕虜の労働なら普通に認められている事ではないですか。それとも見返りについてご不満な点が?それならこのアップルパイもつけましょう。妻が焼いたものですが、絶品ですよ。』

 

『ヴィドック准尉!命令が聞こえなかったのか!?』

 

跳ね上がるような反応をしたヴィドックは扉を開けて自称善良なビジネスマンに退室を促す。

 

『考え直してもらう訳にはいきませんかねぇ?これはそちらにとっても決して悪い話じゃありませんよ。ちょっと規則の拡大解釈をするだけで臨時収入にありつけるなんて、この不景気な世の中、そうそうある事では…』

 

まだこいつは自分が何を言って、それがどういう意味を持っているのか分かっていないらしい。

 

『いいか!同盟軍は市民の代表として、同盟とはどういう国かを帝国人に分からせる為に収容所を運営しているんだ!貴様のような恥知らずな守銭奴のエサにする為に捕虜を養っている訳ではないぞ!痛い目を見たくなかったら早く出て行け!』

 

そう怒鳴ると、ドラーク氏は赤くなったり青くなったりしながら出て行ってしまった。最後によくフィクションで悪党が言うような捨て台詞を吐いていった気もするが、あれ位の人物の事をいちいち記憶していたら脳みそが航路局のデータ容量並みでも足りないだろう。

 

『それで、残ったのは不快な気分とアップルパイという訳ですか。』

 

『…収容所に関わる民間人は妙な奴ばかりだな。…ん?』

 

パイの箱を開けてみれば、片隅に封筒が詰まっている。…こんな小細工までして自分の要求を通したいか。犯罪めいた話どころか犯罪そのものを持ち込んでくるとは…はぁ、本当に『良い話』とやらはいつ来るんだ、果報は寝て待てとか言うが、もうそろそろ寝るのは飽きてきたんだがな。

 

続く




ドラークって名前だけ出して私に設定にするのもアレなので憎まれ役として出てもらいました。

ちなみに、セネット船長をはじめとしたジャムシードのゲストの方々は「捕虜収容所」ができた事は知っていても、まさかそこに知り合いがいるとは思っていません。捕虜の目撃証言も「片目の将校に率いられた集団」という風ですし…

今回もご意見ご感想お待ちしております。


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第六十八話 コーヒーの行方

〆切は一週間という自己ノルマを勝手に作ったメーメルです。全ては本社の人のせい(ダイナミック責任転嫁)

では、どうぞ。


宇宙暦762年7月14日 ジャムシード第1捕虜収容所

A ・グレイ曹長

 

『あー、他には引き継ぎ事項は特に無し!』

 

『第2小隊了解、勤務を引き継ぎます。』

 

眠そうなのを隠そうとしない准尉からの朝の引き継ぎを終えたはいいが、どうも今日は自分自身も調子が良くない。それもこれも全てはこの安物の義手のせいだ。別に日常生活に困りはしないが、ふとした瞬間に動かなくなったり急に指先が跳ねたりする。

 

『どうした、調子が悪そうじゃないか。また義手か?』

 

『ええ所長。大丈夫です、日常業務に支障はありません。もし捕虜の連中が反乱を起こしたとしても2、3人はまとめて相手にできますよ。』

 

『頼もしい限りだね、とにかく今日もよろしく。』

 

 所長は最初の方こそ利き腕を失ってパイロット人生を絶たれた自分が、その直接の原因になった捕虜を恨んではいないか、それを理由に虐待なんて事をしでかさないか心配していたようだったが、実際そのおかげで命の危険がない今の仕事につけた訳だし、この後の人生も前線勤務経験済みの戦傷下士官の収まる所といえば教官職なんかの後方だろう。バーネットの親父さんがいなくなったのは少し残念だが、反省文と考課の話がうやむやになったという点もあるし、長生き出来る事が確定したんならこれはこれで悪い人生でもない。ただ、最高に退屈だと言う点を除けば。

 とにかくにも今日のシフトが終わったら一度修理にでも出すべきだろう。結局こうやって修理やら点検やらする度に金がかかるんじゃ、最初から高いものを買っておけば良かったとつくづく思う。

 

『それで、今日あいつらは何やってるんです?』

 

鉄条網越しに庭の方を見てみると、数人の捕虜が集合して何やらゴソゴソやっている。

 

『ああ、我々にも関係ある事だぞ。…君が歴史の授業を覚えていれば、だが。』

 

『歴史の授業ですか?…何かありましたっけ、7月で帝国の連中と同盟の共通の慶事というと人類全体の、西暦時代の話ですよね…』

 

『まぁこれに関しては共通というよりかは正反対の行事だから分からなくても仕方ないか。22日は何の日だ?』

 

『えー…祝日、ダゴン戦勝記念日です。でもおかしいじゃないですか。あいつらにとってはダゴンは大敗北の戦いのはずで、祝うどころの話じゃないし。』

 

『そう、だから帝国側としてはその「慰霊祭」をやるんだとさ。…おかげで色々な物を要求されたね。花火をあげたいから火薬を寄越せだの、帝国国旗を作りたいから布地を調達してほしいだのと…』

 

『で、どの位まで許したんです?』

 

『流石に火薬は却下したよ。威力がどうこうではないし、即席手榴弾なんて作られたらたまったものじゃないしな。ま、そんな事で今日は一日騒がしい日になるだろうが、油断はしないように。所長位置は所長室、以上。』

 

そう言い残すと所長は足早に管理棟へ戻ってしまう。あの人はヴィドック准尉と違ってやはり捕虜とは一線を引いている感じがする。それくらいでないと収容所の管理なんてものは務まらないんだろうが…孤独感を感じる事はないんだろうか?

 

ーーーーー

 

所長は「慰霊祭」だとか言っていたが、そんな言葉が似合う厳かな時間は最初の1時間位だったんじゃないかと思う。要するに連中は何か理由をつけて騒ぎたいだけなんだろうが、それを指を咥えて見ているだけしかやりようがないというのも物悲しいところだ。

 

『あの分じゃ同盟への敵愾心が高まってさぁ反乱だ、なんて事にはならないだろうな。それにしてもあいつら、絶対アルコールが入ってるだろ…』

 

そう誰にともなく漏らすと、ちょうど近くを通り掛かった小隊員が応える。

 

『小隊長はご存じ無いんですか?第1小隊の中にはおこぼれに預かってる奴もいるらしいですが…』

 

『はぁ、こっちは週末の安ワインだけが人生の楽しみだってレベルなのに、はるかにみじめな待遇の筈の捕虜が平日の昼間から酒盛りとは嫌になるな。…こうなったらこっちも公費を使って少しでも節約するしかないな。ロングレイ、付き合うか?』

 

『…規則違反でなければ。』

 

『規則には「収容区画内のコーヒーメーカーを使ってはならない」なんて事は書いてないからな。書いてないという事は、つまり規則がないとの同じだ。』

 

『かなり詭弁の香りが強いですが、大丈夫なんですか?』

 

『これまでに2回やってどれもバレなかったから大丈夫だよ。お前も資料整理なんてつまらない事してるよりコーヒーでも飲みながら奴等の馬鹿騒ぎを見ていた方が楽しいと思わないか?』

 

『確かに、流石にアルコールを入れる訳にはいきませんし、代わりにカフェインで代用できるならそれに越した事はありませんね。』

 

『うん、物分かりの良い部下は好かれるぞ。バーネットの親父さんはその辺が堅物だったからな。』

 

別にこれからやろうとしてる事は悪い事ではない。艦隊勤務の時は艦内備え付けのドリンクバーなんかが使い放題だったし、重力勤務になったからといっていきなりダメになるなんてのは道理が通らないじゃないか…通らないよな?

 

ーーーーー

 

庭の方では捕虜が車座になってのど自慢大会なんてのをやっている。言葉は分からないが、それでも音痴かそうでないか位は判別できる。どうやらクンツェには音楽の才能はないようだな。

 

『おい、見ろよ。この豆!管理棟のやつより高い豆を使ってるぞ。』

 

『帝国には紅茶党よりコーヒー党の方が多いらしいですからね。なんでもルドルフがそうだったから国民全体がそうなったとか。』

 

『独裁者の趣味まで気にしなきゃならんとは向こうの国民も億劫だな。じゃ、こっちもその恩恵に与って美味い泥水を堪能させてもらうとしようか。』

 

娯楽棟に据え付けられたコーヒーメーカーは何故か最新式の物だ。帝国の捕虜に同盟の文化や技術力を見せつける方法がこれしかないというのも何だか情けない気もするが、だとしてもこういうちょっとした息抜きに使えるんだから上の考える事も捨てたもんじゃない。

 

『こうやって豆が挽かれていくのを眺めるのもいいな、コーヒーを待ってるこの時間も給料が発生していると考えると更に有意義な時間に感じる。』

 

『このまま捕虜が大人しくしといてくれれば暫くは楽な仕事ができそうですね。一度この味を知ってしまうと艦隊勤務やら前線基地勤務やらが嫌になりそうです。』

 

『所長も油断はするな、なんて事を言ってたがなぁ、見てみろよ、あの馬鹿騒ぎを。あんな連中が脱走やら反乱やら考えてるとあの人は本気で思ってるのかね。』

 

『何にでも慎重じゃないと士官は務まらないんでしょう。それか、所長が何か仕事をしていないと体調が悪くなるワーカホリックだっていう可能性もありますが。』

 

『そっちの方がありうるかもな。お、できたできた。砂糖は…品切れか。無糖でいいか?』

 

ロングレイと自分のカップからは芳醇な香りが白い湯気と共に立ち上っている。やはり飲み物でも食べ物でも、口に入るものというのは香りと味が揃って一人前だな。

 

『ありがとうございます、案外甘党揃いなんですかね。一昨日辺りはもっと砂糖があった気もしますが…』

 

『どうかな…まぁ、もしかしたら闇市みたいなもんでもやってるかも…ん?うおっ、うわっ!』

 

カップを口につけようとした瞬間に右手が震えたかと思うと、手首がくるりと一回転する。当然、重力に引かれた中の液体はカップを離れて床へ吸い込まれる。

 

『だぁ!だから嫌なんだ。安物のせいでコーヒー1杯飲むのも叶わないとはな!』

 

なんとか洗いたての軍服に落ちにくいシミを作るのは避けられたが、悲しいかな、香り高いコーヒーは自分の代わりに床に吸い込まれてしまった。

……ん?吸い込まれた?

 

『…この床、隙間がある訳じゃないよな。…おい、そこのポット取ってくれ。水が入ってる?そのままでいいから早くよこせ。』

 

ポットから床に水を垂らしてみれば、水は溜まる事なくコーヒーメーカーの下に消えていく。耳を澄ませてみれば、水が滴り落ちるような音も聞こえる。こういう音が聞こえるという事は、この下に空間があって、つまり、それは…

 

『ロングレイ!所長を呼んでこい!早く!トンネルか、そうか、これがそうか!』

 

とんでもないものを見つけてしまった。…しかし、本当に連中が脱走を考えているとは、すごい奴らだ。面白くなってきたぞ…!

 

続く




 前まで1日更新だったのにどんどん差が空いて、内容も薄めになるとは、閉店直前の飲食店みたいですね、一回失踪した身としては同じ轍は踏まじと思ってるので、頑張ります!
今回もご意見ご感想、お待ちしてます!


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第六十九話 煙

お待たせしました。週刊誌じみた頻度になってきましたね。もっとやる気がある時に時間があるようになれば良いんですが…

では、どうぞ。


帝国暦453年7月14日 ジャムシード第1捕虜収容所

フォン・オイレンブルク中佐

 

「慰霊祭」も盛り上がりつつある時、保安担当のバウディッシン中尉が何か言いたそうに近づいてくる。

 

「『義手』は娯楽棟方向へ移動中です。警戒度を上げますか?」

 

「…まさかバレてるとは思わないが、いや、転ばぬ先の、だな。そうしよう。レベル4に。」

 

「了解、レベル4。」

 

中尉の腕が4度回される。知らない者が見たらただ肩を回しているようにしか見えないが、装甲擲弾兵には言葉と同じ、もしかしたらそれ以上に理解しやすい伝達手段の一つだ。了解の仕草をした者が、1人は娯楽棟の壁際へ、他数人が所定の配置へそれとなく移動する。もちろん『義手』と後ろにくっついてきている兵に気付かれている様子はない。他人からの視線とか注目というのは意識しないと案外分からないものらしい。

 

「どうも、最近はああやってDOOFがトンネルに近づくだけで冷や汗が出るようになってきましてね。何か手違いはないか、見落とした事はないか、と毎度毎度考えるんですよ。」

 

「歴戦の装甲擲弾兵にもそういう感情はあるか。大丈夫さ、偽装はツァーンに見せてもらっただろう?それにバレたとしたって…アレはどういう符号だ?」

 

娯楽棟の窓の下、へばりつくようにしていた兵が右足を曲げたり伸ばしたりを繰り返している。

 

「少々まずいかも知れません。監視対象はトンネル入り口の真上にあり、最大限の警戒を、ですね。」

 

「ツァーンはどこだ?一応「ムラサキ」の準備をさせよう。」

 

「了解しました。…もしやるとして、上手くいくんですかね?」

 

「それはあいつの計算にかかってるな。自爆システムなんてものに収容所に入ってまで世話になるなんてハメにはなりたくないし、今はDOOFがその名の通り間抜けなのをオーディンに願うしかないな。」

 

 困った時に神やら天やら超常現象に頼りたくなるのは権威主義の最終形態と言えるかもしれない。やはり人間は精神のどこかで自分より上の存在を欲しているのだろう。

 いや、口は災いの元とかいうし、あまりネガティブな事は考えないようにしよう。指揮官たるもの、泰然とあれ、だ。

 

「中佐殿、どうもまずい事になりそうです!」

 

中尉の声に、横目で娯楽棟を見れば監視兵がポケットから出した紫色のバンダナを肩に巻いている。口に出していないのにどうして悪い予感ばかり当たるんだ?艦を失った経緯といい、大神オーディンは本気で私が嫌いなようだ。こうなったら地球教にでも宗旨替えするか?

 

「…「ムラサキ」か。仕方ないな。すぐに始めろ!」

 

これであのトンネル…トーマスに費やした時間も人手も無駄になってしまった。問題はこの後所長が我々に対してどういう処分を下すか、だな。

 

ーーーーー

同時刻

A・グレイ曹長

 

どうやら穴の始点は物入れの下だ。扉を開けてみれば、片付けが最高に嫌いな奴が詰め込んだかのような惨状が展開される。普通だったら見なかった事にしてそっと閉める所だが、今この状況ではそうはいかない。上から一気に豆やら備品やらの袋を引っ張り出していく。

 

『なるほどね、中は空っぽか。やるなぁ、実はあいつら麻薬の売人でもやってたんじゃないのか?』

 

 あの手この手を使って犯罪組織が麻薬やら武器やら、いわゆる『ヤバいブツ』を隠すのは知っているが、そういう手口に近いものを感じる。脱走経路なんて言う後ろめたさの塊みたいなものを隠すとなると、やはりどんどんやり方も近づいてくるんだろう。物入れの中に入ってみると、すぐ下には人1人が通るくらいの穴が開けられている。中は真っ暗で、地獄まで真っ逆さまに落ちる穴ですと言われても信じそうな位だ。

 

『すごい、これが連中にとっては希望への脱出路という訳だ。…ん?』

 

 何か顔に蜘蛛の巣が当たるような感触がある。いや、トンネルを掘っている以上は出入りは頻繁にあるはずだし、蜘蛛が巣を張るなんて事は…いや…どこかでこんな話を聞いた事があるような…

 記憶の蓋が開かない内に、穴の底から薬剤のような匂いと共に白くて濃い煙が立ち上ってくる。反射的に後ろに下がれば、娯楽棟内の角、テーブルの下、あらゆる場所から殺虫剤の煙が特徴的な箱から吐き出されてきている。まるで霧の中にいるようだが、この煙は煙草の煙と違ってあまり吸い込んで健康に良いものじゃない。とにかく換気をしなければ…!

 

『!?くそっ、開かないのか?ご丁寧なやりようだな、自分達の監視者を虫扱いとは…!』

 

いちいち窓を試していれば、本当に害虫と同じ目を見るようになるかもしれない。煙はまだまだ勢いを増しているし、それを感知した火災警報は耳障りな音を立て始めている。穴一つ見つけた位で大層なやりようだ。とはいえ、本気で脱出しなければ燻されてしまう。燻製肉は好きだが、だからといってなりたいとは思わないからな。

 

『入口はどっちだ…?はっ、流石に非常灯くらいは残してくれてあるか。』

 

白い煙の中で薄ぼんやりと光る緑色を目当てに突進する。フェートンが沈んだ時の煙だってこれほど酷いものではなかった。涙で霞む視界の中で何とか見つけたドアノブを押し下げ、半ば倒れ込むようにして陽の光の下へ帰還した。

 

『はぁ、うぇっ…だから薬は嫌いなんだ!』

 

『曹長、大丈夫か!?これは一体何だって言うんだ?』

 

肺の中に入ってしまった人工的な匂いを追い出すために肩で息をしていると、目の前に所長が立っている。

 

『はっ、娯楽棟の端にておそらくトンネルと思しきものを発見しました。しかし、急に虫退治が始まりまして、先がどこに繋がっているかまでは確認できませんでした。』

 

『…そうか。トンネルか!やっぱりやってたんだな、そうだ、それ位の事はしているんじゃないかと思っていたんだ!曹長、頭はもうはっきりしてるか?よし、第2小隊に戦闘配置命令!非番の人員も呼び出して、慰霊祭をやってる奴らは全員屋内へ押し込めろ!』

 

何だか所長の目に闘気のようなものが宿っている気がする。確かに捕虜が脱走用トンネルを掘っていたというのは管理者側としては大変にまずい事だが、所長も心の中のどこかであの連中が大人しくしている筈がないというのを思っていたんだろう。悪い予想でも、当たった時の何とも言えない気持ちは彼も同じのようだ。

 

『はっ、第2小隊、集合だ!捕虜を動かすんじゃないぞ!それから、娯楽棟の煙をなんとかするんだ!どうせ暫く使わせはしないんだから窓でも壁でもぶち壊して構わないぞ!』

 

ーーーーー

暫く後 娯楽棟内

 

捕虜の連中は火事だなんだと騒いでこっちの注意を逸らしたり何だりするつもりだったんだろうが、後方地域の軍人というのは群衆整理が本職ともいえる集団だ。それ位の怒鳴り声で萎縮したり動揺したりするような奴はいない。おかげで今は大人しくなったし、今頃はどんな処分が下るか震えて…いや、そんなタマじゃないか。

 

『やっと煙の方もマシになってきたな。うん、これは中に虫がいたとしたら酷い有様だろうな。致死量ってレベルじゃないぞ。』

 

視界は晴れ渡っているが、これでは暫く匂いが取れないだろう。どこからあんな大量の殺虫剤を集めてきたのかも謎だし、トンネルの様子も自分が見た時とは違っている。懐中電灯と一緒に上半身を穴に乗り出している所長も反響する声で唸っている。

 

『まるで井戸だな。…中には入れないし、行き先も規模も不明か?』

 

『はい、元からこうだったとは思えません。自分が燻り殺されそうになってる間に何かやられたのだと思います。』

 

『…とにかく汲み出せるか試してみよう。行き先は…まぁ鉄条網の外側だろうが問題は規模だ。まずはどのくらいの捕虜が関与してるのかだな。』

 

『いつからやっていたのかにもよりますが…とりあえず誰に処分を?』

 

『…それも含めていろいろ考える必要があるな。よし、現場検証は終わりだ。娯楽棟は封鎖、夜も番兵を立たせて捕虜を近寄らせるな。』

 

そう言うと、所長は立ち上がって側面の窓から士官棟を薄目で眺める。

 

『収容所に入ったからと言って戦争が終わった訳じゃないぞって言いたいのか?手袋を投げつけられたようなものだな。』

 

続く

 




グレイ曹長はタバコの煙が体にいいみたいな事を言ってますが多分そんな事はないと思います。匂い自体は好きなんですけど、なんだかいざ吸おうとなると二の足三の足って感じです。
煙がもうもうと出る殺虫剤、そう、バ○サンをイメージしていただければ結構です。今は匂いも残らない種類とかも発売されていますが、同盟は実用第一なので、虫がいなくなれば良いやくらいの商品です。

今回もご意見ご感想お待ちしております。


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第七十話 捕虜らしく

最近、どうも眠気に勝てません。メーメルです。

では、どうぞ。


宇宙暦762年 7月15日 ジャムシード第1捕虜収容所 管理棟

A・ビュコック少佐

 

朝から子爵を呼び出した。「呼びつける」という行為はたとえそれが収容所の敷地内だろうが同じ建物の内部だろうが重要な意味がある。どちらが問いただされる側か、そういう人間関係上のあれこれを視覚的に見せるというのもあるし、口裏合わせもなかなかできるものじゃない。…問題は他の捕虜が激発しないかどうかだが。

 

『なぜ子爵が呼ばれたかは分かっていますな?』

 

いつも通りの眼帯姿が目の前に座っている。足こそ組んではいないが、呼びつけられたにしては堂々としすぎているくらいの態度だ。まぁ、ここまできて急にしおらしく泣きつかれるのも興醒めではあるし、これはこれでやる気が湧く。

 

『なぜ…?そうだな、心当たりは幾つかある。ツァーンがこっそりアルコールを造っているとか、ここの所雨が少なくて気分が晴々しいとかね。』

 

『天気についての世間話をするのはまた次の機会にしましょう。お互いに無意味な化かし合いをするのもね。』

 

『お互いに、か。結構、じゃあ少しばかり正直になってみようか。』

 

『そう、それが最良の選択ですね。で、昨日の煙幕とトンネルの発見について何か言い分が有ればどうぞ。』

 

『…そうだな、あのトンネルは脱走用のトンネルだ。娯楽棟から北へ伸びて、見えるかね?あそこの土盛りの裏辺りに出る計画だった。煙幕については言わなくても分かるだろう?』

 

言ってくれるものだ。手の内を晒して何がしたいんだ?

 

『では、結局脱走なんていう不埒な計画を立てていた事実自体は認めるんですね?』

 

『今更私が何をどう言っても君は信じないだろう?それとも何かね、あの穴はジャムシードに住まう巨大モグラが掘ったもので、煙幕はその危険極まる害獣を始末する為の我々の努力の賜物だ、そう言って欲しいのか?』

 

『空想小説の執筆はアッテンボロー君に任せておいた方が良さそうですね。ではその計画の関係者は?子爵が知っているという事は全体的なものという事で?』

 

『それについては言えないな。部下を売るだの裏切るだのなんてしたくないし、部下の方も上官にそんなことをされたくはないと思うだろうしね。』

 

そこまであけっぴろげにするつもりはないか。

 

『しかし子爵、どちらにしてもこれは由々しき問題ですよ。今のところ我々同盟軍としては捕虜を紳士的に扱ってきたつもりです。』

 

『おかげで快適に過ごさせてもらっているよ。独房にいるフェルザーはそう思ってるかどうかわからないが。』

 

『これからそうもいかなくなる可能性がかなり高くなります。もちろん捕虜宣誓をしても外出は禁止になりますし、監視も厳しくせざるを得ないでしょうね。』

 

『別に規則違反をやったつもりはないが、そっちがそう決めるというならそうすればいいさ。それで、とりあえず私はフェルザーと同居する羽目になるのかな?』

 

『今回の騒動についての処分はまた後で通達します。今一度子爵、あなたに理解しておいて欲しいのは我々をそう甘く見ないでほしいという事です。あなた方は移住者でも植民者でもなく捕虜なのですから、それ相応の対応をしても…』

 

『結構、今までだってよくわかってるさ。しかし、それで不足だというなら、そうだな、今回の件も踏まえて捕虜らしく行動する様にしよう。それで、呼び出された理由はその、捕虜らしく暮らせというのと仲間を売れという話だけか?』

 

『その言い方にはかなり語弊があると思いますが、要約するとそんな所ですね。子爵、もし一部の者が企てている事が捕虜全員の不利益につながるとしたら『売る』という言い方は不適切ですが、信賞必罰、そういった考え方も重要になってくると思いますがね。』

 

『どうやら、こちらとそちらではその成句の意味が違うようだね。まぁ、色々考えておくことにしよう。…話が以上なら部屋に戻っても?』

 

背筋を伸ばして子爵は出て行く。とても呼び出しをくらった後とは思えない態度だ。『色々考える』、と言ってもこちらに都合の良いことを考えてくれるとは思わないし、本性を隠すつもりがもう無いというならそれなりの対応の仕方というものがあるが…

 

『それで、結局子爵は独房ですか?』

 

『できると思うか?あの愛国旅団の一件を思い出してみろ。あの雨の中を子爵1人連れ去られたからって律儀に整列するような連中だぞ?それこそ反乱の火種になる。』

 

『責任者は子爵なんですからちゃんと説明すれば納得するんじゃないですか?あの人自身も間接的に知ってたのは確かですし。』

 

『我々はそれで良いと思うし、子爵自身だってそれで良いと思うかも知れないが、他の二百何十人がそうは思わないだろうというのが問題なんだ。特にあのフランツィウスなんかは扇動者の才能がありそうだしな。』

 

『じゃ、士官の中から何人か出しますか。あとできる罰則といえば…プラスで屋内謹慎を何日か命じる位ですか?』

 

『実際他の収容所じゃどうしてるんだろうな。体罰やら水抜き刑やらはできる訳ないし…』

 

『さぁ…とにかくそれで懲りてくれると幸いなんですが。』

 

懲りる、ね。なんだか逆に闘志を燃やされるような気がしないでもないが、これまで甘くしてきた結果が管理棟侵入やらトンネル掘削だと考えると、ここの捕虜にはムチの比率を上げた方が効果的なのかも知れない。

 

『何ごとも試行錯誤…人間相手の仕事はこれだから面白いな。』

 

ーーーーー

7月18日 

P・アッテンボロー

 

『結局こうなるんじゃないか!えぇ?最初だけ良くて、人気が出てきたらこれだもんな?』

 

昨日もいつも通りに収容所に行ってみたら、

 

『今は外部の人間は入れてはならない事情がありまして』

 

なんて言って追い返された。『もう知り合いなんだから一概に外部の人間とは言えないだろう』とも反論したが、そしたら考える素振りすら見せることなく

 

『いや、あんたは外部の人間でしょう。』

 

と即答するのがさらに癪にさわる。遊ばれてる女性なんてのはこういう気分になるものなんだろう。

 

『百日天下まであと少しでしたね。まぁ、出張費の元を取るくらいの事は出来たんじゃないですか?』

 

『元を取るだぁ?そんな向上心のない奴だとは思わなかったぞ!何とか潜り込む方法を考えるか見つけるかしなきゃならんな。』

 

『見つけるなり考えるなりするのは良いですがね、前みたいに長考のあげくテーブルを叩き壊すみたいな事はしないでくださいよ…じゃあ行ってきますよ。』

 

『どこに?現地妻でも拵えたか。』

 

『朝言ったじゃないですか。地元の鉱山会社の社長と面談があるって話ですよ。』

 

『よし、連れてけ。』

 

『えぇ…』

 

『なんだその『えぇ…』は!?地元の会社と言ったら収容所とも関わりがあるかも知れないだろ?そういうぱっと見では関係も無さそうだと思うところから記事の種を探すというのが記者の仕事なんだ、というのは建前で、今日やることが無くなって暇だから連れてけ。』

 

『いいですけどね、怒ると怖い人らしいですからあまり反論とか論破とかしようとしないで下さいよ?』

 

『俺がそんなことするような人間に見えるか?大丈夫だよ。』

 

今度は詐欺師を見るような目でこっちを見てくる。こいつ、こっちに来てからさらに遠慮がなくなってきた気がするな…

 

ーーーーー

 

『それで笑い話だ!ドラークの奴が収容所に出禁を喰らったんだって、やっぱり奴は金でも何でもがめついのがいけないんだな、だからツキもどっか行っちまうって訳だ!』

 

デカい声で商売敵の不幸を喜んでいるのはしばらく何かの理由で休業状態だったとかいうセネット社長。

 

『じゃあドラーク社の方の業績予想はあまり期待しない方が良さそうですね。』

 

『期待しないほうが良さそう?それどころじゃない!いつあの鷲鼻がぶら下がる事にならないとも…』

 

やっぱり来るべきじゃなかったかも知れない。ジェニングスは興味深そうに頷いているが、こっちとしてはピンとくる単語が1つだって出ては…

 

『それもこれも運が向いてきてるんだな、オイレンブルクは幸運の…あ、これはオフレコで頼むよ?』

 

オイレンブルク…?…何だかどこかで聞き覚えがあるような…

 

続く

 

 




子爵も少佐も違いに嫌いな訳ではないんですが、ライバルみたいにちょっと好きって感情とも違う気がします。どっちからみても『面倒な奴』くらいの感想でしょうか。

今回もご意見ご感想お待ちしております。


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第七十一話 独房明け

お気に入り300件突破ありがとございます。きづいたら捕虜編が航海編より長くなってて、タイトル詐欺じゃないかとか思い始めたメーメルです。

では、どうぞ。


帝国暦453年 8月18日 ジャムシード第1捕虜収容所

フォン・オイレンブルク中佐

 

「悪かったな、大尉。私の身代わりの独房暮らしはどうだった?」

 

日光の制限された部屋で青白い顔になってしまった彼を出迎える。髭も伸び放題で一気に10歳くらいは歳をとったように見えるがその奥の目はまだまだ若々しい輝きを失ってはいない。

 

「硬い寝床が辛かったくらいです。…昔、確か西暦時代の東洋辺りには硬いベッドに寝ると闘志が湧いてくるなんて意味の言葉があった気がしますが、昔の人間は的を得た事をいうもので、その通りですね。次はどうしますか。」

 

「そう、独房組が全員出てきたら言おうと思っていたんだが、所長としては我々にもっと『捕虜らしく』生活して欲しいんだそうだ。」

 

「所長の冗談にしては余り出来が良いとは言えない提案ですね。これまでも随分そうしてきた気がしますが?」

 

「それで不足だと言うんだから仕方ないだろう。まぁ人間というのは満ち足りるという事を知らない生物であることだし、こっちも彼の期待に応えてやるのは嫌って話でもないからな。ただ、今後そうするにあたっての問題が1つ2つあるんだ。」

 

大尉に警備体制が強化されたこと、結果としてしばらくトンネルが掘れていないこと、おまけに外出が禁止されたために物資も情報も前のようにはいかなくなりつつあること、1ヶ月前の一件から悪化した状況を説明する。

 

「…所長の方も中々仕事が早いですね。冗談の才能の方を実務に振り分け直したんですか。ずいぶん器用な真似ができるもので。」

 

「しかしな、面白い事に嫌なことが起こるとその分いい事も起こるんだな、これ、読んでみたまえ。」

 

そう言ってとっておきの朗報を差し出す。数日前に収容所に生活物資やらを納入している業者の男が部下に渡したものだが、懐かしさを感じると共に自分の運命の浮き沈みが怖くなってくるような代物。

 

「…艦長さんへ?…セネット…ああ!あの酒で買収したセネット氏ですか!?」

 

「少し声が大きいぞ。そう、あのセネット氏だ。内容もなかなかいいものだぞ。曰く、『あの冒険行のおかげで名も売れた、しかも保険も下りて社員ともども五体満足、非常に助かっているとさ。どうやらSPUの連中にも我々がジャムシードでこういう境遇にあるって事は伝わっているらしいし、最後の所を見たまえ。『何か不自由なことがあれば言ってもらえれば…』とある。」

 

「外出が禁止されたと聞きましたが、つまり収容所から出て行く代わりに今度は外部の方から接触があったという訳ですね?」

 

「その通り、連絡手法は納入業者の…まだ大尉は会っていなかったな。多分金を貰ってやってるんだろうが、若い男を通してだから一度に多くの情報や物資を手に入れる、というのは難しいが、それでも完全に…そうだな、いわば補給路が断たれたとは言えない状況になった。」

 

「それは嬉しいですね。やはり他人には親切にしておいて損はないというのは至言と言えます。」

 

「そう、それでさっき話した問題の一つは部分的な解決が見られたと言ってもいいだろう。あとは監視の強化の件だが、独房組が出てきたからこっちの解決策のほうも本格始動だ。」

 

「何かいい作戦が?」

 

「作戦と言うほどのことでもないがな、言ってみれば所長の願いを叶えてやるのさ。」

 

ーーーーー

翌日 朝

A・ビュコック少佐

 

『やっと通ったよ。これで少しは楽になるだろう。』

 

『人員増加の件ですね。良かった、もう眠たい夜に無理矢理カフェインの力を借りる日々とはおさらばできるんですね。』

 

『だからといって気を抜くんじゃないぞ。今まで子爵やら他の捕虜が大人しかったのは反省しているからじゃない、独房に主要メンバーが隔離されていて反抗するにしても統一行動が上手く取れなかったからだ。それで昨日が釈放日、せめて増援が一人前になれるまでは静かに…』

 

言いかけた所で外から朝の点呼に出かけて行った兵が拡声器越しに怒鳴る声がする。

 

『できないようだな。…まぁいい、向こうがその気ならこっちだって鬼になってやるからな…』

 

帽子を被って外に出てみると、小雨が降る中、軍用合羽を着たロングレイが気づいて敬礼してくる。彼と同僚以外に人影がない所を見るに点呼拒否か。まぁスタンダードな反抗といった奴だな。

 

『出てこないのか?士官棟の連中も?』

 

『ええ、今見たら窓もシーツで塞いであります。まさか全員寝坊してるって結末はないと思いますが。』

 

『もしそうだったら笑い話だがな。…ロングレイ、君はここで待機して呼びつつけろ。私は首魁と談判だ。』

 

見れば、士官棟の方も窓が同じようにして塞がれている。カーテンを取り上げたからと言って今更プライバシーを気にする連中でもないだろうに、よほどそれが気に食わないとみえる。

 

『子爵!何のマネです!?もう起きる時間ですよ!』

 

ドアを叩けば、中からすぐに返答がある。

 

『やぁ、所長!あまり大きな声を立てないでもらえるかな?』

 

『好きで大声を出してる訳じゃなくてですね。正当な理由なく点呼に応じないのは規則違反となる事はとうに知っていると思っていましたが!?』

 

『何を常識的な事を言っているんだ、それくらいのことは分かっているさ。』

 

『そうですか、了解してるならもう一度通達しますがね、今は6時を12分も回ってしまっていますよ!』

 

『ほぉ、6時12分ね。…じゃあ、ご苦労様。』

 

『は?なんです?』

 

『老化現象の第一歩は人の話が聞けなくなる事と固有名詞を覚えられなくなる事から始まると言うな。気をつけたまえよ。ご苦労様。』

 

『子爵!ふざけるのはやめていただきたい!』

 

『なんだ、わざわざ時報に所長自ら出張ってきたと思ったのに違うのか。』

 

『ええ違いますとも!これ以上出てこないようならドアを破らざるを得ませんよ!そうすればカーテンなしよりよほどきつい生活になるでしょうね!』

 

『あぁ、分かった分かった、いつからそうすぐ手が出るようになったんだ?いや、我々が出て行かないのは君たちの事を思って、そう、善意からくる行動なんだよ。』

 

『善意から規則違反をするなんて事件は聞いた事がありませんがね。』

 

『じゃあ今日は君にとって新しい知見が得られる日だ。良かったな。それで理由はな、どうも独房から帰ってきた連中の調子が悪いんだ、それに加えてこの健康体でも何かすると風邪をひきそうな天気に防疫という言葉を知らないやつが作ったんだろうという収容棟だ。つまり…?』

 

『捕虜が出てこない理由は収容所に病気が蔓延するのを防ぐためだと?』

 

『大正解、いわば自主隔離だ。』

 

『ではその心配はご無用、我々は捕虜から離れて点呼を取るので、5分後にはいつも通りに整列しておくように。』

 

『…手厳しいね。結構、ドアをなくされて風邪が悪化しても困るしな。』

 

ーーーーー

 

そのあと、子爵が士官棟から出てきたのを見るや他の捕虜たちも出てきて点呼に応じ始めた。この様子では閉め切っているようで壁一枚向こうでこっちの様子をじっくり見ていたに違いない。さらに気になる事には独房暮らしで青白い顔をした奴はいても、風邪をこじらせて外に1歩も出られないなんていう雰囲気の奴が1人もいなかったことだ。

 

『…点呼拒否の目的は何かな?』

 

『ただ単に独房に入れられたのが気に食わなかったとかですかね?』

 

『うん、それもあるか。「あれくらいの罰じゃ屈さない」と言いたいのか、それとも「もっとやってみろ」という意味の挑発か。どちらにしろ悪い傾向だな。』

 

『また何人か独房行きを出しますか?』

 

『あまり罰を濫発しすぎてそれ自体の価値が霞むのもな…とりあえずしばらく今日みたいな事があるかもしれないが、乗せられないように気をつける事。裏でまたトンネルでも掘られたら敵わないからな。』

 

退屈はしない、それはいいが一つ間違えればゲームオーバーというのも中々に精神にくるものだ。さて、新人の育成計画でも練るか。

 

続く

 

 




大尉の言ってた固い寝床うんぬんは臥薪嘗胆ってことを言いたかったらしいです。あの時代になっても東洋とか西洋とかのアイデンティティが残ってるの考えたらすごいですよね。

今回もご意見ご感想お待ちしております。


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第七十二話 なりすまして

お待たせしました、ギリギリ今日中です。

では、どうぞ。


宇宙暦762年8月25日 ジャムシード宇宙港

W・バクスター

 

欠航に欠航を重ねてやっとジャムシードに着いた。ロイドの船舶保険料が上がったからと言ってかなりの料金を取られたが、それでも艦長さんに会えるのなら痒いくらいのものだ。

 

『ははぁ、ジャムシードでは傘が土産物屋に並ぶって話は本当なんですね。カドルナ氏みたいな人もいるし、半分依存症みたいなもんなんでしょうな。』

 

『カーター、何も君までついて来なくても良かったんだぞ。元はと言えば私が手紙を失くしたのに理由がある訳だし…』

 

『一応私だってSPUの会員ですからね、半分観光旅行とSPUの親睦会も兼ねてると考えればいいじゃないですか。艦長さんだって怒ったりはしないでしょうし。』

 

『非難されないからといって謝らないままなのは好きじゃないんだ。筋は通さなくちゃいけないからな。』

 

そう言ってゲートをくぐれば、『歓迎 SPU初代代表』と大きく書かれたプラカードが見える。…歓迎されるのはいいが、隔離状態にあるらしい艦長さんにこっそり会いにきた私を目立たせるのはどうなんだ?

 

『おぉ!バクスターさん!久しぶりです!雨と湿気と失敗した惑星開発事業の残滓の地へようこそ!』

 

『セネット船長、大丈夫なんですか?収容所は警備が厳しくなったとか言ってましたが、それなのにこんな目立って…』

 

『…?あぁ!軍の連中ですか?大丈夫、昔の人はいいことを言ったもんですなぁ、『あちらを立てればこちらが立たず』という訳でね、新顔やらホームガードから監視要員を募ったりした割に強化されたのは捕虜の動きの観察だけ、まさか外から我々が何やら興味深いことをしようと思ってるとはつゆほども考えていない感じですな。』

 

ここまで言うからにはこの人も何か考えがあるんだろう。まぁ、『私にかかれば艦長さんに一目会うどころか一夜を過ごす事だって…』とまでの自信満々の発言に釣られてやってきた私も私だ。今更この人の方針に文句は言えない。

 

『それにしても、立ち話は腰と膝に悪いですから、事務所へご招待しましょう。どうも宇宙港はうるさくていけない。』

 

ーーーーー

 

連れてこられたのは中心街らしい場所から少しずれた位置にあるビルの中。さすがに恒星間航行のできる採掘船を持っていただけあって雑居ビルの一室という訳ではないようだ。名前からして自社ビルなんだろうし、実はこの人、かなりの身代があるんじゃないだろうか。

 

『狭い所ですがね、ドラークのろくでなしがいなければ中心街に御殿を持てたんだが…!』

 

ゾンタークスキントにいる時からそうだったが、そのドラーク氏とやらの話題になるといつも本題から脱線していく。人間同士の関係でここまで嫌いになれるのはそうそういないんじゃないかと感心するくらいだ。とはいえ、延々と間を知らない他人の悪口を聞かされ続ける訳にもいかない。

 

『それで船長、外部からの連絡も限られてるのにどうやって収容所に入るつもりなんです?』

 

『それはもちろん人類が存在する以上無くなることはないであろう悪徳の力を拝借するんですな、つまりは袖の下…』

 

参った、確かに手段を選んでいる場合ではないかも知れないが、商売を生業としている身としては賄賂で利得なり利益なりを得るのはいい気分のものじゃない。何か他の手段はないものか…

 

『と、こういうような胸くそ悪いこと言うのはドラークの方でしてな、何でもちょっと前に収容所の、あー、何とかって言う所長にそれをやろうとして叩き出されたとか!だからその作戦はもとより使えないんです。』

 

『それは…では、どうやって?』

 

『収容所、というか軍が管理する施設というのは部外者に関してはチェックというか、いやにしっかりしてるもんなんですが、これが身内だったり関係者だったりすると途端に甘くなるもんでしてね、今回はその習性を利用させてもらおうかと。』

 

ーーーーー

翌日 

 

『本当にバレないんですか?こういう視察とかいうのは事前に連絡やらがあって…』

 

『大丈夫大丈夫、人間の判断力と言うのは見た目が8割ですからな、白衣を着て、医療カバンを持って、さらに背中に『巻きつき蛇』を背負っていれば完璧に同盟赤杖人道社の関係者にしか見られません。それに自己紹介をするのは本物の社員ですし、我々一般人は彼の後ろについて行くだけ、もしそれが咎められたら、向こうが勝手に勘違いしてしまったって事で一つ。』

 

賄賂と身分詐称、どっちがマシな選択肢か考えながら車に揺られる。確かに向こうが勝手に関係者だと思い込んでくれるのならいいのか…?いや、なんだかそれで敗訴した裁判があった気もするが…

 

『あれが収容所です。まさか別れてからこんな近くにいるとは思いませんでした。』

 

『多分軍はゲストの多数がジャムシード出身ってことは考えてなかったんでしょうね。』

 

『だからこそこうして旧友と再会もできますから、間の悪さには感謝ですな。おっと、態度は堂々と、お願いしますよ。』

 

正門での少しの問答の後、若い士官が出てきて渋々と言った感じで門が開けられた。やはり人間はその印象で物事を判断するという事なんだろう。

 

『抜き打ち検査といいましてもね、うちは軍法に則った捕虜の扱いをしているって広報でも…』

 

『何でも裏付けというのは必要ですからね。では食事から見させてもらいましょう。…あの離れた建物は?』

 

『あそこは士官棟…あー、上級者の住んでいる建物です。どうぞ。』

 

ーーーーー

士官棟

フォン・オイレンブルク中佐

 

…どうも急に来る客というのにはあまり良い思い出がない。なんだあの団体は?

 

『白衣ですね、医者?でしょうか。』

 

『医者ね…仮病を使ったから健康診断でもするつもりかな。』

 

と、団体に先んじてヴィドック君が部屋に入って来る。彼も自分が責任者のときにばかり妙な客を受け入れるとは、可哀想な星の下に生まれたんだろうな。

 

『子爵、あれは…帝国ではなんていうか知りませんが、赤杖社と言ってですね、その…収容所に人道上の問題点がないかとかを視察にくる集団です。ですから、くれぐれもおかしな事は言わないように頼みますよ。』

 

『おかしな事?…分かった、ジョークのセンスはしばし封印するとしよう。』

 

『あのですね、本当にああいう集団は面倒くさいんですよ、助けると思って…とにかく頼みますよ?』

 

要するに査察みたいなものなんだろう。誰でもああいう組織には頭が上がらないんだろうな、面白い。

 

『士官棟です。暖房は集中管理のセントラルヒーティング、毛布も厚いものを支給してますし、凍える心配は万に一つもありません。食事もカロリー計算の元で十分な量を摂れるように…』

 

…動物園のガイドみたいな口調だ。さしずめ我々は檻の中の猛獣か。まぁ、確かにその通りだが。

 

「嘘つけ、この前はスープに映った自分の目玉が具かと思うような薄い出来栄えだったぞ!」

 

ニヤニヤしながらツァーンが茶々を入れる。まったく悪いやつだ。

 

『あの捕虜は何と言ったんですか?』

 

『ええ、その、ちょっと同盟の料理は口に合わない所がある、みたいな事を…』

 

『本当に?彼の部屋はどこです?』

 

『あ、あぁ、こっちですよ。でも本当に基準値は満たして…』

 

そう言いながら哀れな中間管理職は厄介な客とツァーンの部屋へ消える。彼の胃の健康状態が今から心配だ。

 

『艦長さん?艦長さん!お久しぶりです!』

 

横から声をかけられる。聞いた事のある、落ち着いた感じの声。

 

『…!何故こんなところに、いや、まずは久しぶりですね。』

 

『時間がありません、謝ることがありまして、最後に渡された手紙は…その、フェザーンにはつきません。申し訳ない。盗難に遭いまして…』

 

『いや、結構、そもそもが無理なお願いだったんですから、そんなにお気になさらず。…まさかそれを言うためにこんなところまで?』

 

『ええ、それと、こういう所の生活は不自由が多いでしょう?セネット船長も言ったようですが、SPUはカンパをしてでも必要なものはそろえます。送り込み方も考えてあるんです。赤杖社の包装は…』

 

『だから、ね。あの顔みれば分かるでしょう?冗談みたいなものですよ。』

 

どうやら友人との感動の再会は時間切れだ。それにしても、縁というのは不思議なものだ。バクスター氏が言いかけていた包装がなんとかというのは何のことだろうか?彼が言った事だ、我々に不利益があるようなことではないと思うが…

 

続く

 

 

 




途中でツァーンが食事についての文句を言ってますが、あれはほんとに冗談です。悪い奴ですね。

今回もご意見ご感想お待ちしております。


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第七十三話 悩みごと

週一投稿をデフォにしようって訳じゃないんですけど、どうも自由時間が足りなくてこうなってしまうんです。誠に申し訳ございません。

では、どうぞ。


帝国暦453年9月12日 ジャムシード第1捕虜収容所

フォン・オイレンブルク中佐

 

「作戦は成功だ、まさかここまで向こうが思い通りに踊ってくれると思わなかった。帝国に帰って退役したらダンスコーチになるっていうのも悪くないな。」

 

バクスター氏がわざわざ収容所に入り込んで来てまで知らせてくれた顛末をいろいろ調べてみれば、あの出鱈目な報告書は敵艦隊を動かす位までいったらしいという事が分かった。盗まれた事に良心を苛まれていた彼には悪いことをしたと思うが、命令は人情に優先するというのは軍の教育で一番重視されるものだし、仕方ないだろう。

 

「あとはここから逃げ出すだけ、そういう事ですね。」

 

「そう、それをやって人狼作戦は晴れて終了だ。誰か言っていたな、「家に帰るまでが戦争」だって。それで、その後の様子はどんな感じだ?」

 

「ええ、問題ありません。所長はどうも監視の目が増えればこっちが萎縮すると思っている節がありますね。」

 

「確かに数の力は偉大だからな、軍人なら問題発生時にまず考えるのは物量の不足だろうし。」

 

「されども全ての物事がそれで解決するとは限りません。今なんか正にその状態ですね。ちょっと前から追加されたのは新兵らしい態度がなっていない連中とホームガードばかり、烏合の衆とはこのことです。それに、何だか最初にいたメンバーもここのところ不在の者が多い印象です。教育役の古兵も中堅層も数が減れば全体的に見た質的な低下は確実でしょう。」

 

「結構、トーマスの失敗も帳消しになりそうだな。」

 

「そのトーマスについても朗報があります。塞がれた事はそうなんですが、どうも深くした分水の流入口になっているようで、リヒャルトの浸水量がここのところ減少していると。」

 

「災いが随分福の方に転じすぎるんじゃないか?オーディンは呪詛を吐かれた方がやる気が出る性分だったに違いないな…それはそれで嫌だが。」

 

「今日もこれから赤杖の物資が届く予定です。もしかしたら所長よりいい暮らしになりつつあるかもしれませんよ。」

 

大尉の言う通り、赤杖社とやらから届く箱の中身はかなり煌びやかなものばかりだ。考えるとこの間まで苦労してこっそり持ち込んでいたのが嫌になるくらいで、特に様々な種類の缶詰は貴重な金属製品として穴掘りから支柱にまで大活躍してくれている。

 

「それから、ツァーンの方から物資を取引に使う案も出てます。収容所焼酎の方は所長に目をつけられて中止になりましたが、他の煙草やら菓子やらを物欲しそうに見てる奴がいるそうですからそういう連中を狙えば成果を挙げられると。」

 

「なるほど、あいつは人間観察がよくできてるな。ミルクやらコーヒーやらで情報が買えるなら安いものだろうしな。」

 

運命というものはやはり数奇という言葉で表すのが一番適当なんだろう。トンネルが見つかったら監視は緩くなり、緩くなればその分更に他のトンネルが進む。誰かが馬を連れてきた昔話なんてのはよくできたものだ。

 

ーーーーー

同日 A・ビュコック少佐

 

『また削減ですか?こうも続くとこちらも責任が…』

 

『君は帝国の捕虜と喋っているうちに同盟語まで拙くなったのかね。指揮下の人員自体は増やしてやっているんだから削減ではなく増強だろう?』

 

『ホームガードや国民兵が戦力にならないのはご存じでしょう?ベテランの下士官ばかり引き抜かれてこっちは統制も難しい状態に陥りつつあるんです。彼らを戻せとは言いませんから、せめて補充に現役兵を充てるくらいはしてくれませんか?』

 

『…答えを聞きたいのか?』

 

『ええ、ぜひとも。』

 

ふと嫌な予感を感じて端末の音量を絞る。こういう時に咄嗟に働く勘が戦争中に長生きできるコツかもしれない。

 

『ノー!だ!分かったか!?小さな収容所の警備にいっぱしの兵隊が必要ならそれ相応の理由を作ってみろ!なんだ、『規則違反・独房』『規則違反・譴責』『特になし』、『特になし特になし特になし!』そればかりの癖に兵隊がやれるか!』

 

『『特になし』で済んでいるのはこれまでの兵の練度がそうさせていたからです。これからも収容所の平和を維持するためにも…』

 

『今は収容所の平和どころか同盟全体の平和がかかってる時期なんだぞ!

君らだけが唯一特別扱いをされてるとは考えない事だな。…伝達は以上、少佐は可及的速やかに選抜した人員の出発準備を整えること!』

 

いつものことながら雑に通信が切られる。司令官室の切断ボタンが他のものに比べてすり減っているのは私のせいだとかいう噂が立っているらしいが、まぁ概ね間違ってはいないんだろう。

 

『やはりイゼルローン方面が怪しくなってるという情報は本当なのかな?』

 

『どうでしょう。本職の軍人にだって知らせないっていうのは派手に負けてるか、それとも情報自体がデタラメか、どっちかだと思いますがね。』

 

『前者の可能性の方が高そうなのが嫌になるな。そのうち我々も引っ張り出されて、収容所にはホームガードと監視カメラだけみたいな事になるぞ。』

 

『そうなったらどうします?』

 

『そうだな、いっそのこと収容所を捕虜に明け渡して属州の一つにでもしてもらうか。リトル・オーディンとでも名付ければ観光収入だってはいってくるだろ…冗談だよ。』

 

2人揃って大きなため息をつく。幸せと活力が逃げていく感覚ってのはこういうことを言うんだろうな…

 

『でも、捕虜の方は問題も起こす気配はありません。少し前に来た赤杖のお節介焼きも特にこれといって文句を言っていたわけでありませんし…あの時のツァーンの奴の一言には肝が冷えましたが。』

 

『問題を起こす気配がないと言うのが引っかかり続けてるんだ、結局子爵の脱走計画の動機ははっきりしてないんだ。まさか捕虜になったからには脱走計画の一つ位練ってみたかった、そんな子供じみた理由な訳はないしな。』

 

『捕虜になったらどうするか、みたいなハンドブックでもあるんですかね。その中に出来るだけの抵抗しろなんてことが書いてあるとか?』

 

『そんな文化があるとは知らないが…なんたって脱走した所で味方のところまで辿り着ける訳がないんだぞ?それなのに捕まった兵士にさらに無茶なことを強要するってのはいくら帝国でもやらないんじゃないか。』

 

『確かに同盟でも『捕虜になったら情報を吐くな』って教育しか受けませんからね。大人しく捕虜交換の機会を待て、と。』

 

『…捕虜交換ね、そうだな。それが双方にとって一番いいんだろう。』

 

『じゃあ早いとこ奴らに白羽の矢が立つのを祈るしかないですね。それこそイゼルローン方面でこっちが派手に負けて、捕虜が大量に出てるんなら案外近くに追い返す事になるかもしれませんが。』

 

『…うん、そうだな。』

 

どう戦局が転んでも彼らにそういう話が届く事は無い。しかし、その事は子爵には喋っていないし、もちろんうっかり漏らす可能性がかなり高い例の記者やらにも話していないから、それが動機にはならないはず…

 

『それまでの辛抱ですか。休み時間と権利にうるさいホームガードのお相手は。』

 

『…それに赤杖からの物資の仕分けもな。見ろあれ、今日はトラック丸ごと貸し切ってるんじゃないか?金があるとこにはあるもんなんだな。』

 

『今日の積荷は何ですかね?』

 

トラックに群がる捕虜を眺めていると、入った紙箱が破れたのかカラフルな雪崩が起きているのが見える。

 

『凄い量だな。ピンポン球か。赤杖は一体何を考えてあんなものを送ってきたんだか…』

 

『捕虜のリクエストですかね。いや、だとしてもあんな量はいらないでしょうね。発注ミスでしょう。』

 

片や人員の質の低下に悩み、片やピンポン球で遊ぶ余裕のある暮らしか。人類皆平等なんて言ってた奴らにこういう光景を見せてやりたいな。

 

続く




そう言えば赤杖って言うのはオリジナルで、現代で言う赤十字社みたいなもんだと思っていただければ結構です。帝国の病院船にもあのマークがあるんで、国境を跨いだ活動があるんでしょうか?

今回もご意見ご感想お待ちしております。


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第七十四話 反対側で

お待たせしました。今回は久しぶりにあの禿頭が出てきます。

では、どうぞ。


帝国暦453年10月5日 帝国本土 軍務省の一室

E・シュテファン大佐

 

「これが第254巡航艦戦隊?前も同じ名前のがいたじゃないか。…巡航艦戦隊と巡航戦隊とで違うって?何て面倒な名付け方をしてるんだ向こうの連中は。」

 

少し前から始まった例の「要塞建設に伴う戦線の押し上げと叛乱軍部隊の漸減を目的とした回廊部戡定作戦」という長ったらしい作戦は近年稀に見る成功を収めつつある。どうやら帝国軍の勝利は作戦名の長さと難解さに比例して大きくなるらしいというのを誰かが言っていたが、今回はその前例に合っているからこまる。実際、既に先鋒の艦隊はティアマト星系からアスターテまで進出し、目立った損害無く哨戒線を伸ばしている。…一方その勝利のおかげで情報部は大忙しだ。鹵獲艦から、捕虜から、制圧した敵拠点からのあらゆる情報を収集し、翻訳し、選別し、今後の戦争に役立てねばならない。つい昨日会った翻訳部門の分室長は、

 

「咄嗟に帝国語で返答が出来なくなる気がするから出来るだけ社会秩序維持局の連中には会いたくない」

 

とまで言っていた。さすがに哀れだったので少し仕事を手伝ってやろうと思ったが、やはり同じ情報部といえども翻訳なんていう畑違いの事はするものじゃない。

 

「今度は何だって?向こうの新聞か…こんなものはフェザーン経由でいくらでも入ってくるんだからわざわざ引っ張ってこなくてもだな。」

 

編成書一式の次に運ばれてきたのは新聞やら雑誌のようなものがこれでもかと詰め込まれたファイルが数個。前線の奴らが情報部の言う通りに色々回収して後送してくれるのはありがたい事ではあるが、このようではやはり1個分隊くらいは前線で情報の質を判断する者が必要かもしれない。これではパンク寸前になるのも当たり前だ。

 

「大佐、でもこれなどは初めてみる新聞です。地方新聞ですね。」

 

紙の山の中から部下の一人が摘み出して持ってきたのは確かによく見るタイプのものではない紙質の一塊。表面が部屋の照明に反射しているが、防水仕様の新聞とは中々珍しい。

 

「『ジャムシード…日報』か?そんな星があったかな…凄い、天気予報が雨ばかりだぞ。住みにくそうな土地だな。……ん?」

 

流し読みしていたら、社会欄の下、目立たないコラムに『捕虜による外部活動中止のお知らせ』なんてものがある。所長と肩書きがついた少佐の話もついでのように書かれているが…

 

「おい、向こうの捕虜収容所にジャムシードなんて場所があったか?担当は誰だったかな。」

 

「ジャムシードですか?聞かない名前ですね。エコニアやらバンドーとかはよく帰還捕虜の話で出ますが。」

 

「…ここのところというか、この作戦中に消息不明になった将兵の中で皇位継承権を持っている貴族とか、前線視察中の物好きな門閥はいなかった筈だよな?」

 

「ええ、行方不明の中で最高階級者は…あー、フォン・ヴェークマン大佐ですね。爵位は伯爵ですが、辺境伯家の傍流です。貴族社会への影響力はあっても地方官僚に知り合いを斡旋するくらいではないかと。何か気になる点でも?」

 

「気になる訳じゃないが、少し、ね。ちょっと席を外す。」

 

彼らからの連絡が途絶えて数ヶ月、中央の方は今回ね大作戦にかかりきりで小さな仮装巡航艦が敵地へ単独潜入してるなんて事は忘れてしまったらしいが、私はそうではない。そう、沈むにしろ捕まるにしろ、ああいう任務をしていた艦を敵がどうにかして宣伝に使わないという事はそうするだけの理由があると言うことだ。新しく作られた捕虜収容所、それなのに向こうからの公表もない。戦争犯罪人としての拘束ならそれこそ大々的に宣伝に使うはずだし、VIPが捕まった訳でもない、となると何かあるな。戦功章の勘でしかないが、何かあるはずだ。

 

ーーーーー

暫く後 フェザーン本星高等弁務官府

フォン・ライネファルト技術中佐

 

「反対側じゃあ君のお仲間が大攻勢をかけてるというのに、優雅なコーヒーブレイクとは羨ましい限りだね。」

 

花の軍工廠の技術担当部門からフェザーンの敵技術観測担当官という閑職に回されて、更には嫌味な上司ことレムシャイド伯爵に文句をつけられるんだからやっていられない。そもそもあの練習艦の改造に関わってからこの方不運続きだ。急な転属に加えてこの前は財布をすられるし…

 

「はい、伯爵閣下、いえ、これでも小官は仕事中でありまして、日々他の駐在武官が命をかけて収集してくる情報を集めて…」

 

「そうかそうか。フェザーンに来た軍人は皆同じようなことを言い始めるな。言っておくがここはある意味反対側の最前線より敵に近いとも言えるんだぞ。向こうは数光秒離れていて至近距離かもしれんが、こっちの敵は数ブロック先に旗まで掲げている。それなのに、はぁ…」

 

それぐらいの事は世襲官僚にわざわざ言われなくても分かっている。「そう言っても仕事が無いんだから仕方ないじゃないか」とは爵位の上でもあり、職位の上でもある伯爵には言い返せないし。何かうまいことこの場を逃れる手はないものかな。

 

「中佐!…伯爵閣下もおられましたか。駐在武官は詰所に集合との伝達であります。」

 

ありがたい、これで小うるさい上司とはおさらばできる。が、今後は休憩場所を伯爵が通りかかるか通りかからないかで選ばなきゃならないな…

 

ーーーーー

 

狭い駐在武官詰所内は煙草の煙で霞むくらいだ。行けば既に連絡が始まっているようで、武官長の大佐と実務大隊長が額を突き合わせている。

 

「また工作艦を仕立てろ、ですか?しかしこの前の航路局警備隊の臨検体制強化の件もあります。大作戦中ですから叛乱軍の方の動きは鈍いかもしれませんが…危険ではないですか。」

 

「意見でも何でも情報Ⅲ課、即ち軍務省からの直接命令だからな。いつもアイツらは真意を隠して指図してくる癖に「出来ませんでは良心が無い」なんて言ってくるから嫌われているんだ。」

 

「…それで、工作艦を出してまた電波でも発信して帰ってこいと?」

 

「いや、今回は違うそうだ。向こうが言うには、だ。「ジャムシード」についての情報を出来るだけ集めろ。そう言ってる。つまり今度は電波を発信する側ではなく、拾う側になれと言うことかな。」

 

「わざわざ工作艦を出してまでやる事ですか?叛乱軍の有人惑星の情報なんて、それこそ自治領主府にでもかけあってやれば情報くらい出るでしょうに。」

 

「それでは不十分だって話なんだろ。全く現場の苦労も知らないで…」

 

どうやら議題は私をフェザーンに飛ばした情報部の連中がまたもや無理難題をふっかけてきた話のようだ。こういう時は貧乏くじを引くのを避けるためにも黙っているのが一番。

 

「…!ライネファルト中佐!いたのか。」

 

迂闊だった。こういう煙が充満してる部屋の隅というのは逆に目立つものなんだ。

 

「貴官は確かまだ工作艦への乗組経験がなかったな?」

 

「はっ、しかし、小官は工作艦どころか一般の戦闘艦の乗組経験も皆無でありますから…」

 

「それはどうでもいいんだ。逆に変な癖がつかなくていい。どうだ、乗ってみないか?」

 

軍隊と言う謎の組織において、「〜してみないか?」とか「〜に興味はないか?」のように上官から聞かれた場合、それはつまり「〜をやれ」というのと同義だ。我ながらとんでもない職に就いてしまった。

 

「はっ、何事もやってみる価値はあると思います。」

 

「いや、良かった、肩の荷が降りた。じゃあ決まりだな!運用などの引き継ぎは大隊長からしてくれ。」

 

肩の荷は降りた訳ではなく、そっくりそのまま、いや、重さを少々プラスして私の肩に乗せ替えただけなんだが…

 

続く

 

 

 

 

 




フェザーン高等弁務官のレムシャイド伯は正統政府首班のレムシャイド伯の先代です。ああいう職まで世襲されるのかは分かりませんが、ラインハルトさんがすぐには更迭できないくらいの地縁というか、フェザーンに根ざした何かがあるかなとか思ったので世襲で高等弁務官やってる事にしました。

今回もご意見ご感想お待ちしております


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第七十五話 白色と宗教

三週間ぶりの更新、申し訳ないです。一時期凄い体調を崩してまして、人間って本当に胃に穴が開くんですねぇ。

では、どうぞ。


帝国暦453年11月13日 ジャムシード第1捕虜収容所

フォン・オイレンブルク中佐

 

「昨日の大捜索はどうだった?」

 

「大丈夫です。囮用に用意しておいたものを除いて肝心なもの、痕跡、トンネルその他全く見つかったものはありません。つまり我々は清廉潔白、捕虜らしく暮らしている模範的かつ規律的な帝国兵捕虜という訳で。」

 

「はは、寒くなってきたからな、猫の皮を十重二十重にかぶっていれば凍死はしなくて済むだろう。…が、それにしても考えが甘かったな。ちょっと考えれば分かる事だっただけに腹が立つ。」

 

「収容所の誰も思い至らなかったんです。宇宙暮らしが長いと概念自体忘れるものですし、情報が足りなかったので仕方ないといえばそうですが…」

 

そう言った大尉は窓から見える営庭を恨めしそうに眺める。その様子はまさに銀世界と言ったところだ。ここは雨の星、降水量が多いという事は冬には雪が降るくらいの事は予想できて然るべきだったのに、何故か意識が抜け落ちていた。雨がよく降るならこの星は軍用犬の鼻が使えなくなって好都合だという位に考えていたが、この雪では軍用犬の鼻どころか人間の目でも脱走後の行き先が分かってしまう。

 

「…いつになったらまともな地面になるか、だな。」

 

「世間話程度の情報ですが、早くて2月の後半、遅ければ4月まで雪は残るかも知れないとの事です。空からの水が雨になれば溶けるのも早いかもしれませんが、正確な事はなんとも。」

 

本来の予定なら冬の寒い最中に脱走を決行する予定だった。冬服なら作業服を改造したような少々ごわついていたりするものでも見た目でかけ離れてはいないし、夜が長い季節を選ぶのは暗さを味方につける計画としては半ば当然だと思っていたからだ。

 

「4月か…繕ってる平服の方はどうするかな。春物みたいに作り替えるか、早めの雪解けを願ってこのまま進めるか。」

 

「難しい所ですね。…ただ、やはり春服を作るとなると、もし冬のうちに機会が到来とあっても見送らねばなりません。春の初め、夜間であればコートもそれほど不自然では無いでしょうし、叛乱軍の軍服だって衣替え前ですから、折角繕ってるんです。士気の面から考えてもこのまま進める方が良いのではないでしょうか。」

 

「そう、だな。うん。ではこのままいこう。…そういえばツァーンがやってた例の物の活用法を考えるって話はどうなってるんだ?」

 

「奴は色々考えてますがね、今回ばかりは上手くいかないと思います。食べられもしない、何かの手違いで異常な量届いたピンポン球を脱走に使おうなんてのは土台無理でしょう。監視員の中にだって嗜好品でもない樹脂製のボールを欲しがるような変人は居ないでしょうし。」

 

「あんなものを是が非でも欲しいなんてのはそれこそ5歳児くらいなもんだろうしな。有り余っているものといえばあれくらいだから何とかならないかと思ったが…」

 

雪がちらついてこの方、完成間際の2本のトンネルを前にして脱走計画は頓挫してしまった。人間という動物は何かやる事がなければそれが例えどんなに訓練を積んだ軍人であろうとも緩むものだからその「やる事」を見つけ出すのも一苦労だ。

 

「今やってるのは営庭の雪かきに赤杖の仕分けに、やってる事は軍人らしからぬ肉体労働だからな。」

 

「軍人の仕事がそれだけになるような世の中になればいいんですがね。」

 

「いいのか?そうなったら君は財務尚書の家に婿入りだ。案外あの…布一枚の、何というんだったか…トーガ?似合うかもしれないぞ。」

 

「……やっぱり考え直しましょうか。」

 

…軍人の存在意義が無くなった世界など人類が文明を生み出してからこっち、実現した事はないが…それでもそんな時代がいつか来るのだろうか。

 

ーーーーー

宇宙暦762年11月29日 ジャムシード宇宙港

 

A・ビュコック少佐

 

この雨の星駐在の軍人の仕事とは何か。一つ、収容所の管理業務、それはそう、それが我々がここにいる理由の最大のものだ。二つ目、ホームガードの訓練。これも大切なものだ。国民皆兵というと民主国家らしからぬ響きになるが、同盟市民がある程度までの共通認識を持っていてもらわないと緊急事に困る。その他にも色々、挙げればキリが無い位にはある。だが、今日の仕事は絶対に軍人の仕事じゃない!

 

『『『地球は我が故郷、地球を我が手に…』』』

 

『おい、いつから同盟軍はあんな怪しい宗教とズブズブな関係になり始めたんだ?』

 

『ズブズブというか…一応デモの趣意書によれば宗教的行進ではなくて宇宙全体の平和を訴える…って事になってますが。』

 

『ものは言いようだな。そんな理由で軍やら官憲の警備をもぎ取れるんならそのうちストリップクラブを我々が警備しなくちゃならなくなるぞ。ああ最高だな!』

 

『ははぁ、確かに…何とかは世界を救うって言いますしね。』

 

『…例え話に大真面目に納得するんじゃない。第一なんだアレは。人類が宇宙に飛び出して何百年、今更地球なんて知らない人間もいるんじゃないかって時代だぞ。』

 

『フェザーンの方の小規模平和教団だって聞きました。その、地球がうんたら言ってるって事はスーパー懐古主義団体って所でしょう。』

 

『スーパー懐古主義団体ぃ?ますます嫌になってくるな、帰ったらダメか?』

 

『一応フェザーンの民間組織ですから、この前の愛国旅団みたいな『帝国語を使う奴は皆敵だ!』とか言う懐古主義団体より危ない団体による襲撃がないとも言えません。そしたらフェザーンがまたうるさくなる事は間違いないでしょうし…』

 

『なるほど、結局、我々同盟軍が守っているのは自分達の国民ではなくて、その分厚い面子と謎のプライドや建前って訳かね。』

 

それにしても、この間からの赤杖の慰問団の件もそうだが最近この星に外部からの干渉がやけに多い気がする。自分自身赴任してまだ1年未満だからはっきりとは言えないが、何かあるような気が…

 

ーーーーー

 

『貴方が少佐さんですか?』

 

『平和のために祈るデモ行進』と銘打たれたシュプレヒコール祭りが終わった後、出来るだけ早く本来の業務に戻るために忙しくしていると、急に背後から嫌に高い声をかけられる。振り返れば、デモの中に混じっていた特徴的なローブを被った…女性?

 

『ええ、マダム。確かに私は同盟軍の少佐を拝命している者ですが?』

 

『ああ、よかった、あのお若い将校の方が責任者は貴方だって言うものですから。』

 

…ヴィドック、マイナス15点。

 

『マダム、責任の所在範囲は刻一刻と変化するものでしてね、私の職掌範囲は…』

 

ただでさえ面倒な宗教集団にこれ以上関わられたらたまったものじゃない。信教の自由はいいが、押し付けるなり無理に勧誘されるのは趣味としては悪趣味にすぎる。さっさと行ってくれないかな…

 

『そうですか。収容所、捕虜に関するお話だとしても…?』

 

『言っておきますが、収容所内部は基本的に関係者以外立ち入り禁止となっています。もちろん私としても捕虜の信じる宗教やらについては保障してやりたい事ではありますが、布教活動の許可となると一少佐の権限を超えています。帝国兵や亡命者に関する事ならハイネセンに然るべき部署がありますので、そちらにお問合せの程、よろしくお願いします。』

 

我ながら教科書を読み上げたような完璧な対応だ。向こうには慇懃無礼だと感じられるかもしれないが、こっちとしては丁寧にやった。うん、やった。

 

『あぁ、そういうお話では無いのです。これは貴方の将来や同盟軍全体の趨勢に関わるかも知れないお話でして、我々としては善意からの情報提供なのですが。』

 

そう口角を上げて微笑む。なんだ、妻帯者相手に色仕掛けが通じると思ってるのか。だが…

 

『…では、前置きやらは無しにしてどうぞ。車がありますので、こちらへ。』

 

一体なんだというんだ。これで地球を同盟が奪還しなけりゃ天罰が下るなんて話だったら女性だろうと我慢できるかどうか自信が無くなるが、さて…

 

続く

 

 




どうも、メーメルです。

ビュコック爺さんは本編で魔術師と喋ってる時に地球教初見みたいな話してましたが、まぁ30年前の一時期の話ですから、記憶の彼方だったってことで。因みに個人的に思うのは、地球教の人達って麻薬中毒顔か悪人顔しかいないんですが、勢力拡大の為にハニトラくらい出来なきゃアレだと思うんです。だから文中の女性はそれなりに美人のつもりです。まぁビュコック爺さんは家族愛が三大欲求を上回ってるイメージがあるので引っかかる事はないんですけど。

今回もご意見、ご感想よろしくお願いします。


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第七十六話 壁にあるもの

お久しぶりです。最近の世情に鑑みて、一回前話から丸ごと地球教のくだりを描き直そうと思ったんですが、どうもアレ以外の情報受け渡し手段が考えつかないんでそのままにしました。あくまでフィクションという事で。

では、どうぞ。


宇宙暦762年12月2日 ジャムシード第1捕虜収容所

A・ビュコック少佐

 

『資料は渡ったか?私としても考えたが、やはり情報の出どころが出どころだけに独断で動くのが憚られてな。意見が聞きたい。』

 

この前の…宗教団体の女から聞いた話は、最初はこちらの不安を煽り立てて心の隙間やらを作ってから壺でも売りつける為の作り話かと思っていた。が、送られてきた証拠とやらは私1人を宗旨替えさせる為にしては手がかかりすぎている。

 

『赤杖社とフェザーンの駐留帝国軍関係者の"親密な"関係書類に物資受け渡しについて…?それにフェザーン方面での情報活動の活発化ですか。イゼルローン方面の帝国軍は攻勢限界点に達したらしいって話が出てましたが、今度は内部から切り崩しにかかってると?』

 

『それなんだが、帝国側が接触を図ってるのは赤杖の地方支部らしい。で、彼らが関係してる帝国にとって工作するだけの価値がある目標といえば、フェザーン国境の弱小警備艦隊は目じゃないだろうし、残るはこっちの気も知らないで雪合戦に興じてる連中くらいなものだな。』

 

数日前から捕虜の間でブームになりつつあるらしい子供の遊びは白熱していて、お陰で時々こちらまで雪玉の流れ弾が飛んでくる。どうせ春には溶けるものだしいいが、いい加減飽きないんだろうか。

 

『脱走計画の支援ですか。でも赤杖から届くものに脱走計画に使えそうなものはありませんよ。リストと物品も合致、タオル、下着、歯磨き粉、それにボードゲームが役に立ちますかね。』

 

『なんでも使いようさ。火災現場からシーツを垂らして脱出なんてのはよく聞く話だし、歯磨き粉だって…いや、こういう事を考えると連中の生活を石器時代にまで戻さなきゃならなくなるな。』

 

『第一、定期でも抜き打ちでも脱走計画の証拠は見つかってません。私としては怪しい宗教団体の情報より我々の目の方が幾らか信用度合いが高いんですがね。』

 

『しかし前科というか、前のトンネル未遂の件もあったしな。完全に無いと言い切れるかというと疑問符をつけざるをえないだろう。』

 

『それにしてもですよ。やっぱり部下に対するメンツか何かあるんじゃないですか?一回位は脱走計画を立てとかないと臆病だとか消極的だって評価されて、後で人事考課に響く…みたいな。』

 

『…それはそれでなんだか帝国だけにありえないとは言えない話だな。だが他の所ではともかく、子爵の人気を考えるとそんな小細工は必要ないんじゃないか?讒言なんてのはそういう言葉すら知らなそうだし。』

 

『では他の動機としては何がありますかね…あー、実は捕まったのはわざとで、捕虜になった後に帝国本国側と内通して革命扇動とかをやるつもりだとか?』

 

『回りくどいにも程があるぞ。しかし、元から捕虜になる事を見越した作戦計画って言うのはありうるな。同盟軍も確かやった事があるはずだ。』

 

『ビッグXの話って本当にあった事なんですか?プロパガンダだと思ってました。』

 

『実際はどうだかハッキリしないっていうのが落とし所だな。脱走プラス撹乱計画があった…らしいがそれが命令の上でやった事なのか自発的にやった事なのかは不明で…話が逸れたな。でだ、証拠的には脱走計画は無い。だが胡散臭い宗教団体からの情報はそれがある事を示唆している。こんな時我々が取るべき行動はいかに?』

 

『フェザーンとの繋がりが見えてきたとなると問題は一収容所で対処できる範囲を超えています。シュパーラ5に報告を上げて指示を仰ぎましょう。』

 

『筋としてはそれが一番通りがいいんだがな…あの事勿れ主義の締まり屋が宗教団体の報告をどうみると思う?我々でさえ半信半疑な所なんだぞ。』

 

『では何も行動せずに現状維持ですか?それでは…』

 

『困る。何かコトが起こってから後悔するのは簡単だが、それでは我々が税金で食わせてもらってる意味がない。』

 

『いっそ正直に聞いて見ますか。『脱走をするらしいですけどどうやるんです?』って。』

 

『…うん。』

 

『冗談です。しかしやれる事は限られてますし…』

 

『いや、カマをかけるのはアリかも知れない。脱走についての情報は得られないまでも、少しでもその意気を挫くなり、もしかしたら計画自体を諦めてくれるというのもあるんじゃないか。』

 

『…自分はそうスムーズに行くとは思えません。無害な商船のふりをして海賊じみた真似をした連中が、つまり我々よりよほどカマ掛けや詐欺まがいの事に対する耐性がついてる彼らが簡単に引っかかってくれるとは楽観的過ぎると考えます。』

 

『それもそうか。まぁ妖怪同士の化かし合いは勝負の付け方が難しいというしな。』

 

手詰まりになりそうになった所でグレイ曹長が義手を上げる。

 

『彼ら全員をその「妖怪」と考えるのはどんなものでしょうか。人間である以上は何か弱みはあるはずですし、士官級はそういう騙りの訓練を受けていても、下士官兵には徹底されている訳では無いという事もあるのでは?』

 

『何か心当たりでもあるのか?』

 

『いや、確かに少尉の意見の通り、芝居をやってのけたのはそうですが、あの艦の全員がそうではなかったと聞いています。特に外には見えない艦載機関係の者は襲撃行動中は息を潜めてるのが億劫だったとか。それで、一つ弱みというのを思い出しまして。』

 

『弱みを握って強請るのは外聞が悪いが…まぁダムも蟻の穴から崩壊するというような諺もあるしな。…やってみて損はないか。』

 

これで何か見つかったら、それはそれで同盟軍が宗教団体に借りを作ったことになりそうな気がしてならないが、優先すべきは自分の職務だ。情報の出どころがどこだろうと活用せねばならない…因果な商売だ、全く。

 

ーーーーー

同時刻 士官棟 

フォン・オイレンブルク中佐

 

「ふー…だ、そうだ。どうする?」

 

少し前にメガホンやら幾つかの電子部品を繋ぎ合わせて作った盗聴器は早速ありがたくもあり、厄介でもある情報をもたらしてくれた。

 

「胡散臭い宗教団体の情報ですか。まぁ、脱走計画を立ててるのは間違ってませんが、別に赤杖からの物に直接使えるものがあるかと言われると…」

 

「それが無いんだな。…案外フェザーンの駐在武官の誰か当たりが我々とは関係ない点数稼ぎの為にやってるんじゃないかとも思うな。」

 

「…帝国を過大評価してくれるのは結構ですが、それでこっちの内部崩壊なんて狙われたら敵いませんね。そういえば「義手」の言っていた弱みって何でしょうか。」

 

「艦載機搭乗員でそうくれば…そうだな、ケンプ曹長はまだ自分の息子に会ったことがない。普通に考えてみれば「息子に会わせてやるぞ」なんかは常套手段かな。」

 

「それについての対策は大丈夫でしょう。下士官兵は我々に命令されて計画に加わっている、といえばそうですが、目的は故郷に帰ることです。少し揺さぶられた位ではびくともしないと考えます。」

 

「それについては同意する。が、折角だし一つ撹乱に使えないかな。」

 

「わざと誤報を掴ませて、ですか。面白そうですな。どんな風にやりますか?」

 

「どうせやるならトンネルから目を逸らす以上の事をしたいな…聞いてる限り、どうやら勝手に我々とフェザーンの繋がりなんて事にまで想像力を働かせてくれたようだし、その辺りを利用してでかい陰謀を立ち上げるか!」

 

「所長の胃に穴が開きそうですね。掴もうとしてるのは脱走計画のはずなのに、宇宙を股にかけた作戦に巻き込まれてるとなったら…」

 

「それも作戦のうちさ。どうも所長だけは油断ならないからな。厄介な敵にはどういう形であれ退場してもらえればそれに越した事はない。」

 

「では所長の噂も流しますか?…実は我々と彼が繋がっていて、スパイじみた事に利用しているとか。」

 

「…そこまではやめておこうか。名誉は胃の穴と違って戻るものではないからな。」

 

さて、この悪巧みが雪が溶けるまでの単調な日々をいくらか刺激的なものにしてくれる結果になるといいが。

 

続く

 




胃に穴を開けることを願っているかと思えば名誉毀損には二の足を踏む、ちょっと矛盾がすぎる考え方な気もしますが、人間はそう言うもんだと思います。常に矛盾を抱えて渡るしかないんですねぇ。

今回もご意見ご感想お待ちしております。


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第七十七話 バタフライエフェクト

評価者数40人!ありがとうございます!不定期どころじゃない頻度になってきてますが、頑張ります!

では、どうぞ。


宇宙暦763年1月4日 シュパーラ5同盟軍哨戒基地

ヴィルヌーヴ准将

 

 司令官室の机の上に積もる書類の山は決して自分が片づけが下手くそであるとか、怠慢が故に仕事を溜め込んでいるからであると言うのが原因では無い。この内の殆どが無駄に勤勉、かつ病的に心配性なある部下から上がってきたものだ。普通捕虜収容所の報告書なんてものはこんなに嵩張らない。

 

『大尉!この山まとめてシュレッダーにかけとけ。こっちは新年のあれこれで忙しい時期にこんなものに目を通していられるか!』

 

『いいんですか?これなんか封蝋までしてあって司令官宛になってますが。』

 

『どうせまた正規兵を送れだのいう要求だ。奴はどうやらオオカミ少年の昔話を聞かずに育ったらしくてな。何事も繰り返すうちに言葉の価値ってのは暴落するし、信用をなくすんだよ。だからああいう手合いがこれ以上出世するような事はない訳で、それが世の中の仕組みさ。』

 

我ながらいい例えができたものだ。さて、そんな些事は忘れてポマード頭向けのおべっかでも考えるとしよう。軍人ってのは忙しい職業だ。

 

ーーーーー

数日後 同盟首都星 ハイネセン

P・アッテンボロー

 

『くぁ…眠い。』

 

「収容所日報」の連載終了以来、またもや大事件もスクープもない状態が続いている。あったことといえば帝国軍が宇宙要塞を作り始めるらしいとかいう眉唾物な噂だけだ。こっちを叛乱勢力呼ばわりして討伐するって公言する連中がわざわざ回廊に蓋をして引きこもりを決め込もうなんて予算と人員の無駄遣いはしないだろうし。

 

『おはようございます、また朝からご機嫌斜めですか?』

 

『…その理由はある生意気な年下社員J君の登場にあるかもしれないな。』

 

『どうだか。どうせ編集部辺りに新しいネタを探すか何かしろって言われたんじゃないですか?それか夫婦間の感情のもつれ、若しくは…』

 

『概ね合ってるのが腹が立つな。で、そこまで分かってるんならお前はネタを持ってきたんだろうな?』

 

『ネタかも知れませんし、そうじゃ無いかも知れません。いわば内部告発文ですね。』

 

内部告発!いい、実に甘美な響きの言葉だ。まぁ、そういうものの精度には多少の問題点がある事が多いが、その辺りは文章に少し手を加えてやればいい。いや、決して切り取り報道とかそういうのではなく、一部の人間にとってはそうとも思えるかも知れない独創的な解釈をするだけだ。それをどういう眼鏡をかけて読み取るかは読み手側の責任だ。うん。

 

『いいぞジェニングス!で、どこからのやつだ?内容は?』

 

『シュパーラ5、あのフェザーンの近くの哨戒基地です。司令官と先輩が『友誼』を結んだあそこ。』

 

…なんだか一気に熱が冷めた気がする。

 

『あぁ…分かったぞ。つまり、締まり屋の司令官が物資を横流ししたとかそれくらいのレベルって事か?今時そんなの細かい事は3行記事にもなりゃしないぞ。どうせ軍内部の情報を民間に流そうってんならもっと危険なものを流して欲しいものだな。』

 

『他人事だと思うと好き勝手言うんですから…いいですか、内容はあの司令官に帝国との内通の疑いがあるって話です。証拠も幾つか添えるからって。』

 

『ほー…いいね。だけどなぁ…アレがスパイ容疑だ?そんな大それた事の出来る男だと思うか?俺がちょっとカマをかけただけで『友誼』を結んでくれるようなのがそんなバカな…』

 

言いながら封筒の中身を見てみると、なるほどそんなような事が書いてある。曰く、ヴィルヌーヴ准将に明確な不審点が幾つかある、例の収容所から上がってきたフェザーン情勢に関する報告を意図的に握り潰し、更には報告を上げた所長の更迭を考えている云々…そのフェザーンに関する内容というのも、捕虜からの一次情報をまとめたものでこっちからみると信頼度は高いとは言えないものだし。

 

『いやぁ…無理があるだろ。第一内部告発したいんなら国境艦隊の司令部なり情報部なりにすればいいのに、それを俺に持ってくる時点であんまり事態を重く見てないって事じゃないか?』

 

『ある意味先輩が信頼されてるんじゃないですか?突然ひょっこり基地に現れた首都の記者が、司令官との短時間の交渉だけで内部通行許可証を与えられて自由気ままに振る舞っていたとなれば、みる人間が見れば記者の皮を被った然るべき機関の査察に見えなくもなかった…とか。』

 

『ふーん…喜ぶべきか否かだな。面倒な事を背負い込んだモンだ…いや、いい事思いついた。ジェニングス、お前封筒ごとこれ捨ててこい。』

 

『…不法投棄は犯罪ですよ。』

 

『これは驚きだ、まだお前に遵法精神なんてものが残っていたとは。俺が国防委員長なら自由戦士勲章をやりたい所だ。…嫌なんだから仕方ないだろ。俺が軍隊批判の記事を書くのは軍隊が嫌いだからじゃなくて真の愛国者だからだ。それなのにそんな怪しい情報に馬鹿みたいに飛びついて胡乱なものを発表してみろ。そんなのは俺のプライドが許さん。』

 

『で、なんでプライドが許さないからこれを不法投棄するって話になるんですか。』

 

『それはそれ。なけなしの勇気を出して内部告発なんて事をしでかした例の大尉の意思を少しでも汲んでやるのさ。なんと言ったか、そう、こちらのドアが開けば向こうのドアは閉まるって奴。』

 

ーーーーー

宇宙暦763年1月20日 ジャムシード第1捕虜収容所

A・ビュコック少佐

 

『司令官が交代する?…こんな時期に?』

 

軍隊というのは急な転属やら昇進なんて事がままある組織ではあるが、戦死や行方不明が日常茶飯事な前線では兎も角、後方地域で特にイベントもないのに将官級が転属するというのは珍しい。

 

『転属というか更迭というか…ですね。表現を少し変えれば予備役送り同然ですよ。補充部隊付き兵站管理官なんて。』

 

『それくらいの方がキリキリしなくて逆にあの人のためで、我々の新たな上司は?』

 

『えー、階級は少し上がって少将ですけど、これまた曰くありそうな人ですよ。サー・フィールディング。』

 

『サー?』

 

『そこまで合わせて本名だそうで。両親が酔ってつけたんだか帝国の「フォンの称号」に憧れがあったんだか。』

 

『どっちでもいいが、収容所の体制がこれ以上悪くならない事を祈るよ。フェザーンと捕虜が内通してるなんて言う与太話を信じてしまうようなホームガードがこれ以上増えると困る。』

 

『結局その報告はどうなったんです?』

 

『返事はなし。珍しく体裁を整えてやったんだがなぁ。これ以上噂が広がるとジャムシード全体にとっても悪い影響が起きかねないって忠告も入れたのに…』

 

『他の書類と一緒にシュレッダー行きみたいな事になってなきゃいいですがね。で、フェザーンの話は新司令官殿にも?』

 

『まぁ、仕事だからな。前やってて反応なしだからもうやらんというのも無責任な話だし…実際ホームガードが浮き足立ってきてるのは確かな話でもある。で、そんな話が通じそうな人間か?』

 

『そうですね、階級は少将、士官学校の成績は中の上。戦歴は立派なもので巡航艦の艦長時代には戦隊を率いて単身突出、敵哨戒戦隊の撃滅に成功して殊勲記録に記載あり、他にも…』

 

『前線勤務での果敢な行動で殊勲章ね。そういう成功体験があると私みたいな『弱腰』は印象悪く見えるかもな。』

 

『確かに見ると慎重派って評価は無さそうですね。だからこそ我々みたいな縁の下の力持ちが大切だって思ってくれてるタイプだといいんですが。』

 

『そんな将官は少数派だろう、今どき。それぞれの専門家といえば聞こえは良いかもしれないが、縦割り体制ってのはだからいけないんだ。もしかしたら辺境なのを利用して捕虜を『無かったこと』にしろなんて言ってくるかも知れないぞ。』

 

『そんな!』

 

『いや、それは言い過ぎか。ちょっと捻れば名誉毀損だしな。だが体制変更ってのは何が起こるか分からないからな。何が起きてもいいようにしておくに越したことはないだろ。とりあえず…』

 

『なんです?』

 

『謎の雪像作りは捕虜だけにやらせておくように言ってきてくれ。なんで仕事以外のことになるとみんな急に元気になるんだ…』

 

続く

 

 

 




ヴィルヌーヴ准将がなんで転属になったかは色々あったんじゃないですかね。ジェニングス君は先輩に言われた通りに書類丸ごとバス停のベンチ裏に封筒ごと置いてきたらしいですが、次に見たら無かったって言ってたので誰の手に渡ったのか…詳しくは一部の人しか知らないと思います。

今回もご意見、ご感想お待ちしております。


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第七十八話 強硬手段

アクエリアスにハマって体重増加が心配なメーメルです。では、どうぞ。


宇宙暦763年2月12日 シュパーラ5 同盟軍哨戒基地司令官室

A・ビュコック少佐

 

『しかし司令官、お言葉ながらそれは統合作戦本部の方針に背くことになるのでは?』

 

『うん。だが、少佐。君から上がってきた過去の報告、今の収容所の状況、それらを考え合わせるにこれが最も効果的かつ即効性のある解決策だと思うがね。』

 

『最初に私がタン中将から伺った話では、ある程度の経済基盤がある星に置けば捕虜の不満やらも抑えられるということで…』

 

『その効果は認めるよ。確かにそうだ。が、実際最初の方はやっていた柵外作業は中止状態、それも原因は脱走計画からじゃないか。で、これまで起こった事件…リーダー格の捕虜の誘拐やらホームガードが流言に踊らされる問題なんかについては、私は君の管理責任を問うつもりは毛頭ない。だから…まぁ言ってしまえば民間人が近くにいるから発生したと言えるな。』

 

『だからと言って最初の大前提から外れるのは如何でしょうか。』

 

『その前提とかいう奴だがね、そもそもの話、捕虜の管理体制というのは『心地よい同盟の風土を楽しんでもらうようにする』事じゃないぞ。そりゃあ確かにそういうやり方の方が効く場合もある事はそうだが、今回に限っては観光旅行気分で絆されるような連中じゃないんだろ?そうなると前提は『脱走させないように管理する』になる。しかもそれはタン中将の指針とも矛盾しない。結果としては逃さなければいい、情報を持ち帰らせなければいいんだからな。』

 

新しい基地司令官、即ち上司たるサー・フィールディング少将が収容所をどうするのかと思っていたら大胆な解決策とやらを提案してきた。つまり、ジャムシードからの収容所の移設だ。

 

『もちろん費用やら何やらの事は君の心配する所ではない。一応こっちで選定してある候補地が幾つかあるが…これなんかどうだ、ジャムシードと同じ星系の中の衛星だが、ここなら鉄条網や監視塔なんてものを建てる必要もない。警備すれば良いのは宇宙港…といっても滑走路1本だけだが、ここだけだ。君や収容所スタッフの負担は軽くなるし、ホームガードみたいな連中の体たらくに悩む必要もなくなる。』

 

そういって机の上に映された立体映像を指差す。確かにその通り、反論のしようもないほどの正論だ。だが…

 

『分かります。が、それでも捕虜を何もない星に置いておくだけにするというのは人道上少し行き過ぎではないかと思います。』

 

『ふーん…私としては捕虜交換による解放の見込みのない捕虜についてはどのような生活環境だろうと人道主義などとはもう関係ないような気がするんだがな。プール付きの豪邸だろうと何もない荒野だろうと、どっちにしろ敵地で自由を奪われている身には変わらない訳で、その時点で君の言う人道に悖る行為を我々はやっているんではないかね。言い方は悪いが、サファリパークか動物園かの違いだよ。』

 

『やっているからこそ、やっているからこそ少しの慰めというか、そういった自己満足が我々には必要ではないのですか。それが偽善であろうとも…』

 

そう反論すると、司令官は椅子をくるりと回して背中を見せる。…前の准将だったらこうなると数秒後には怒鳴り声が飛んできて『退出してよろしい!』だったが…

 

『必要か。少佐、君は案外ロマンチストの気があるのかな?確かに戦争なんていう非日常…いや、もう同盟の全国民にとっては産まれた時からそうなんだが、人類としては望むべからざる状態に置かれている今、そういうのは支えにはなるかもな。しかし、私は違う。いや、君の考え方やら人生観やらを否定するつもりはないんだ、だが、軍事的ロマンは時に危険だと言うことは覚えておいて欲しい。考えてみれば向こう側の王朝なんかはそれが凝り固まってできたものだとも言えるんだからな。』

 

正論というのは手強いものだ。全くもってその通り、感情論や下手なロマンチシズムが入り込む隙間もないくらいな論理には頭を下げざるを得ない。

 

『はい、良く理解しました。…収容所の件は決定事項ですか。』

 

『9割方そうなる。君に今日来てもらったのは捕虜の移送の手配について話したかったからだ。責任者に事後承諾を取るのはまずかったかな?』

 

『いえ、軍隊とはそういう所ですから。』

 

これで様々なトラブルの根が絶たれる事に繋がるのか、はたまた新たなトラブルの火種を生む事になるのか…前者だといいんだが…

 

ーーーーー

帝国暦454年2月16日 ジャムシード第1捕虜収容所

フォン・オイレンブルク中佐

 

『急な話だな。引越しかね。』

 

『はい、第1陣の出発日時は10日後になります。引越し先はまだ言えませんが、私物やらを引き払う準備はしておいてほしいと言う事と、そうですね、この土地はまた星の行政府の管理下に戻る事になりますから…将来的に児童公園にでもなった時に陥没事故なんかが起こると危険ですね。』

 

『そうか、では部下への伝達だけはしておこう。立つ鳥跡を濁さずとも言うしな。』

 

所長はじっと私の目を見るとそのまま出ていってしまう。アレくらいのくすぐりはもう慣れっこだし、それについてはいいとしても…さて、面倒な事になってきたな。

 

「…緊急事態でいいだろう。」

 

ーーーーー

同日深夜 

 

「ハインリヒはやれます。ですが、リヒャルトは…10日では無理があります。」

 

「だろうな。…1本で全員が、いや、最悪士官と准士官は除いて脱出可能な時間は?」

 

「レールは単線しか敷いていませんし、延々列を成して中を這っていくのは逆に時間のロスで、空気の問題もあります。そうなると200人…集合の手間を含めても一晩では間に合いません。完全に日が落ちて暗くなる時間帯で計算するとどう急いでも全員は…」

 

無理な事をしっかり理由をつけて無理と報告出来るのは賞賛すべき事だ。ここで「それでもなんとかしろ」なんて事は言えない。

 

「そうか。約束を反故にはできないからな…」

 

「移送されるというなら好都合です。途中で船が奪えればそのままどこへでも帰れます。」

 

「所長は第1陣とか言っていたからな。小グループで分けて運ばれるんだろうから途中での反乱は難しい。指揮統制の問題もある。」

 

「では延期ですか。」

 

大尉が少し、いやかなりの失望感をたたえた目で言う。他の者も言葉には出さないにしろ、数ヶ月間溜めてきた故郷への希望がこういった急激な形で打ち砕かれるのは辛い、いやそれ以上の感情があるだろう。

 

「…移送先は不明だ。そもそも私が脱走を考えた理由はここが帝国に近いジャムシードだったからだし、これで次の収容所がそれこそ故郷から1万光年の彼方なんて羽目になれば成功する可能性は大分減る。ゼロになると言っていい。」

 

「だから我々は今、この場から、ジャムシードから逃げねばならない。いや、ここに至って逃げるというのは消極的に過ぎるな。前へ向かって逃げるんだから…転進か?」

 

そこで話を切り、ちらりと次の話の主題になるべき人物に目をやると、その端の方で立っていたバウディッシン中尉は何かを掴んだようで、表情に赤みが差してきている。

 

「装甲擲弾兵は十分お役に立てる状態にあります。トマホークやブラスターがなくても軽い塹壕陣地くらいなら突破してみせます。」

 

「結構、現在までで備蓄できている物資は?」

 

「平服やら身分証やらは全員分準備ができています。当面の食糧も十分。しかし、突破となると武器は心もとないですが。」

 

「殺すとな、向こうも引っ込みがつかなくなる。武器は見掛け倒しのものが有ればいい。あとはやり方だ。人質を取るのが手っ取り早いが、所長は少佐だしな。叛乱軍が我々の捕縛と下級佐官の命を天秤にかけて絶対後者に傾くというのは楽観に過ぎる。」

 

「いっそ星の権力者辺りが居合わせてくれれば良いんですが。」

 

「そう上手く転ばないだろうな。何とか収容所内部だけで突破を成功させて、街に潜り込むしかないだろう。外部との連絡手段を最初に押さえて、ここを孤立させることからだな。」

 

さて、パンの事はパン屋が一番詳しいものだ。細かい事は中尉が上手くやってくれるだろう。私のやるべき事は…祈るくらいかな。

 

 




フィールディング少将の人物像としては現実主義者で民間人は守らなきゃいけない存在だけど、だからこそ黙っていてほしいみたいな考え方をしてる人です。某記者との相性は悪そうですね。

今回もご意見ご感想よろしくお願いします!


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