モンスターハンター~我が往くは終わり無き滅びとの闘争なりて (踊り虫)
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我が往くは終わり無き滅びとの闘争なりて
※2021/06/20 修正 ヤツマ君のお兄ちゃんをこちらの勘違いで勝手に殺していました。本当にすみません……
自然界を闊歩する巨大な怪物――モンスターたちが数多に存在するこの世界。
地を駆けるモノ。土の下に潜むモノ。空を翔けるモノ。炎を撒き散らすモノ。雷を纏うモノ、洞窟に潜むモノ、水中に潜むモノ。
多種多様な生態を持つ彼らに対抗するため、人類は知恵を働かせ、観察し、対抗するために武器を作り出し、肉体を鍛え上げ、モンスターたちと戦った。全てはこの大自然と共に生きていくために。
それこそがハンターの始まりだと、師は言った。
師はかつて「古龍調査団の二期団」のハンターとして活躍し、今は故郷であるベルデ村――故郷を失った俺を保護したギルドのある村――に隠居して趣味でカラクリを作って弄くってたり、鍛冶屋で色々と手を貸したりしている人物だった。
――人は自然と共にある。そしてモンスターと人の間にあるのは絶対の敵対では無い。我ら人は自然を生き抜く彼の強者たちへの尊敬を胸に彼らを討っていた。
――おぬしのような眼を知っておる。モンスターに恨みを抱く者の眼だ。怨讐のままにモンスターを滅ぼさんと欲する者の眼だ。
――ハンターになっては、ならぬ者の眼だ。
師の言葉に、俺は喚き散らしたのを覚えている。。
家族や友人知人、その全てが飢えた中であの二頭の飛竜が近隣を縄張りにした所為で助けも呼べず、故郷の村は俺だけを残して滅びた。これでなぜ、モンスターを恨むな、などと言うのか。仇を討つな、などと言うのか。なぜ、モンスターを滅ぼすな、などと言うのか。
なぜ、ハンターになってはならない、などと言うのか。
――怨みつらみの赴く儘にハンターになった者は不幸を呼ぶからじゃ。人と自然が共にあり、モンスターと自然も共にある。モンスターを滅ぼすということは自然を滅ぼし、人を滅ぼすことに繋がる。
師は、怒り心頭になって掴みかかろうとする俺を抑えながら語り聞かせた。
俺の故郷、クリント村を滅ぼしたのはモンスターであり、自然であり、人だったことを。
近隣地域でハンターが街を守るために奔走した結果、生態系が崩れ、村の近くにかの夫婦竜……
そこに作物が一切実らないという近年稀に見る異常が重なったことは正に不運。ギルドも無い村落は抗うことも難しい。
だが、そもそもの話、ギルド支部を村に置くことを拒否したのは村落のある地方の領主であり、その理由も表向きにはその村の周辺でモンスターの被害が一度も無かったことを挙げていたが、実際にはその村を経由して密輸を行っていたことが後に発覚。現在は法の下裁きを受けているらしい。
ギルドナイトがその関係者を検挙するために村へと向かったことで番の飛竜の存在と村の壊滅が発覚し、虫の息だった俺は助けられたのだと。
――人を、自然を、モンスターを恨むな。己の弱さと無知を悔やめ。そして物を知り、強くなれ。そのための手助けなら、しよう。
それが俺――クリント村唯一の生き残りであるディード・クリントが歩み出したハンターへの第一歩となった。
◇◇◇
あれから10年。20歳になった俺は今――
「ディード! なんだいあの金額は!
――ベルデ村ギルド支部のキッツイ顔をした美人な受付け嬢の姐御から説教をされていた。
いや、ハンターにはなれたんだ。師匠の教えもあって通って仲良くなった訓練所の同期生たちの中でも早い段階で合格して訓練所を卒業してしまったのだが、みんな、どうしてるだろうか。
うん、少なくともこんな風に説教されてはいないよね。間違いない。
その後の配属は第二の故郷となったベルデ村。
とはいえベルデ村自体は他にもハンターが居る村としては規模の大きい場所だ。俺が守らずとも先輩ハンターたちだけでやっていける。
そう判断した俺は、ベルデ村に籍を置きながら一所に留まらずあちこち流浪し、あちこちの街や村で討伐依頼を中心に受けながら活動していたのだが、その中で「報酬を用意できない」と嘆いていた人々のためにギルドを通さず「格安キャンペーン」と称して依頼を何回か受けていたらこの様である。
ちなみにこの受付嬢さんは師匠のお孫さんであり、ベルデ村の若いハンターたちにとって姉貴分と言える人だ。既婚者なのでラブロマンスに関しては期待しないで欲しい。「
閑話休題。
こちらに非があるのはわかっているので愛想笑いをしながらも普段とは違う出来るだけ丁寧な言葉遣いで応じる。
「子供のおつかい、ということでしたら正にその通りです。依頼主はまだ子供でしたので、相場で金を取る訳にも行かず。そこで
「そういう問題じゃない! 命を安売りするなと言ってるんだ! ハンターを何だと思ってるんだお前!」
「いや、それはわかってはいるんですけど、皆困ってたから、ついつい」
ハンターが命懸けの商売であることは俺もわかってる。そして命懸けである以上、その見返りも相応の物でなければならないし、ハンター自身武器の整備や強化、新調の他、道具を買い揃えたりと出費も激しく、見返りとされる報酬も結構あっさり消えていく物なのだ。
だけど、金が払えないから見捨てる、というのは薄情だろうと思ってしまうのは間違いなんだろうか。
「……オネ村でのドスランポス、ドスゲネボス、ドスフロギィの三頭同時狩猟。ティオ村近辺に現れていた
「申し開きもありません!」
「開き直るな馬鹿者!」
ゴチン、と師匠譲りの拳骨を落とされ悶絶する俺を尻目に溜め息をこぼした上で、姐御は続けた。
「とはいえ、フオル村での
「……俺がもっと早く着いてれば彼も死ななかったかもしれない。あの村の人たちが泣きながら有り金全部まとめて俺に差し出して弔い合戦をして欲しいって言われて無視なんてできませんでした。人の味を覚えた
「あれは上位種だったそうだ。今度『級位詐称』の容疑で当時の状況の調書を取ることになるから覚悟するように」
そんな、と俺は顔を青褪めさせた。
ハンターは下位、上位、そしてマスター(もしくはG級)という区分に分けられており、これによって依頼内容も分けられているが、これに違反するとハンター資格の剥奪も考えられる。
今の俺は下位だが、俺が戦ったジンオウガは上位の個体。俺が戦うことは禁じられている相手だった、ということだ。
「とはいえ、状況が状況だ。フオル村の民全員分の嘆願書もあることを考えればギルドの方が折れてくれるだろうから悪いようにはならんさね」
「という訳で辛気臭い話は終わり。次だ次」と姐御は言った。切り替え早すぎませんか姐御。
「今回の『煉瓦の街フィブル』での
「元々は討伐までするつもりは無かったんですよ」
「……つまり調査だけで済ますつもりだったのか?」
本当ならそうしたかった。あの子が嘘を吐いていないことを立証して、その上であの子に「今後は嘘を吐いちゃダメだよ」って言ってお金も返すつもりだったのだ。
だけど、痕跡を辿って行ったらあの子が自分で見つけてやると勇み足を踏んで
人を呼ぶための信号弾も、モンスターが嫌がるこやし玉も準備してなかったから近くの石ころを拾ってクラッチクローでしがみついて進路を変えてから至近距離で顔に石ころを叩き込んで近くの木にぶつけて、彼を逃がしつつ戦うしかなかったのだ。
とはいえ街に戻ったその子がハンターたちにそのことを訴えかけたらしいけど「いつもの嘘」と思われて誰も取り合わなかったのとかで、フィブル支部が事態を把握したのは
そうして
「そういう訳で、調査だけで終わらなくなっちゃったんですよね」
「……お前が勝手に出立してしまった理由は?」
「調査だけだったらまだ良かったんですけど、単独で討伐までしてしまったから、それであの街のハンター達のメンツに泥を塗ったようなもんですからみんな怖い目をするんですよ……それで早々にお暇させてもらったんです」
「……なるほどな。どおりで……」
……あれ、姐御がなんか怖い目してるんですが。普段からきつめな顔の美人さんが怖い顔するとマジで怖いんですが。
「ど、どうした姐御」
「……いや、実はこの件で『お前が正当な報酬を受け取ってねー』って騒がれてんだよ。勝手に出て行ってんじゃねーゾこのボンクラ」
「ボンクラ!? いや確かに勝手に出て行ったのは悪かったがよそこまで言うか!?」
でも俺が居座って諍いの元になるよりは絶対良いと思ったんだがなぁ……やっぱりまずかったか。姐御がすごく怖い顔で見てくるし、今度から気をつけよう。
「今度から事を大きくしたくなければちゃんとした報酬を大人しく受け取っておけ、良いな?」
「……はい、わかりました。迷惑掛けてすみません」
よろしい、と姐御は言って息を一つ漏らし肩から力を抜いた。この話は一段落付いたらしい。
となれば俺も肩の力を抜けるというものだ。物の序でに気になってたことも聞いてみる。
「ところであの
「……ウチとフィブル、そんでもってフィブルの近隣にあるギルド支部が合同でお前が報告した痕跡を元に調査してるけど、現時点でめぼしい情報は無いってさ……何が起きているのやら」
「不気味だな……」
俺も、姐御も顔を顰めた。
「ああ、古龍でも出てきたんじゃないかとピリピリしてるさね」
古龍――この世界に生きるあらゆる生物の中でも無比の存在。特異な生態を持つモンスターたちをして
だが、その生きた災害と戦い、勝利した事実もまた存在する。
俺の同期の一人、臆病な青年、ヤツマが身に付けていたのは、彼の兄から譲り受けた物であり、その兄が屠ったという古龍『
いつか俺も出会うことになるのだろうか、その時、果たして俺は生きた災害に打ち勝てるだろうか?
「おっと、調査はコッチに任せな。なんせアンタにはこの後、大仕事があるんだ」
「大仕事?」
そうさね、と姐御はそのまま手紙を取り出して俺に手渡す。
「アンタに依頼だよ。送り主はカムラの里のウツシ」
「ウツシから? なんだって急に依頼なんて」
ウツシ――俺の同期の一人で、カムラの里出身。豪快でしっかり物であり、そして面倒見の良い少年だ。そして何よりあらゆる武器種を使いこなす手先の器用さと身軽さ、そして要領の良さを併せ持つ天才だ。
俺なんか自分でスラッシュアックスを分解出来るようになるまで一年掛かったのに、彼は訓練所に俺が居た僅か3ヶ月の間に俺のやっている様子を見て覚えてしまった。俺が
そんな少年からの依頼だ。依頼内容はすでに姐御も知っているだろうが、こうして手渡すということは俺に読め、ということなのだろう。
手紙に書かれていたのはカムラの里に襲い掛かるモンスターの異常行動。その名も『百竜夜行』。
数多のモンスターが里へ向けて進軍し、里を蹂躙せんとする悪夢の行軍。
未完成の砦に代わり、ウツシは同期の皆を集め、これに対抗しようと言うのだ。
「姐御、行って来るぜ」
「ああ、いってらっしゃい。手加減なしで蹴散らしてきな」
依頼は受託した。カムラの里には空のキャラバンを乗り継いで二日というところ。一日あれば
そうして俺は
◇◇◇
ディードを見送って一息吐く。
このあとすぐにアイツの証言を全て調書にまとめなければならないけれど、アイツにアタシがブチ切れてることを悟らせないように頑張ったんだ、少しは気を抜きたいさね。
――ディード・クリントに
これを言い出したのはフィブルギルド支部である。最初はなんの冗談かと思ったが、実際問題なんの痕跡も発見されないのはおかしい、とはウチを含めた調査に参加していた他のギルドでも疑問視されていたのだ。
しかもディードはまだ一年目の駆け出しハンター。それが単独で
その結果アイツの情報を全て参加ギルド全てに開示する羽目になったがフィブル支部はそこでさらにディードが悪事に加担したのではないか、情報に誤りは無いのかと追及する動きを見せている。
なぜそうも敵視するのかわからなかったが、今日ディードの話を聞いて確信した。
奴らはディードの言ったとおり、メンツを潰された仕返しをするつもりなのだ。
そうなるとフィブル支部の奴等は信用できない。ウチの旦那をフィブルに向かわせて正解だった。G級の旦那の近くで下手なことはしないでしょう。
そして百竜夜行の件と、ウチのディードに掛けられた嫌疑に関してはすでに旦那の知り合いを通じてギルドナイトに通達済み。余程のことが無きゃ嫌疑は晴れるでしょうし、百竜夜行で活躍が報告されればこれまでの依頼達成内容も『駆け出し』という色眼鏡もなくなって問題なく評価されるようになるはずだ。
昔はじいさんの元で一緒に勉強した。自然の在り方を学んで、モンスターの在り方を学んで、人の在り方を学んで、そうしてモンスターへの憎しみよりも、自然が、モンスターが、人がもたらす滅びに最後まで抗おうという精神性を手に入れた。
その姿を義理の姉として見守って来たのだ。そして受付け嬢として働いているからこそわかる。
「がんばってこい。じいさんの最初で最後の弟子。今回の頑張りこそがアンタの未来を切り開く」
「あの、なんで儂、草葉の陰で見守ってるみたいな感じなの?スリンガーの調節してたのにどうして?」
「細かいこと気にすんな、じいさん」
Tips
・ベルデ村
オリーブドラブ氏著「モンスターハンター~故郷なきクルセイダー~」の特別編にてディードがカムラの里に向かう前に居たとされる村。
今回はそこに以下の設定を付与しました。
1:『ディードの第二の故郷』
2:『ハンターが充実していてディードが心配する必要が無い程頼りになる』
3:『G級ハンターが在籍』
・ベルデ村支部の受付け嬢
ディードの師匠である老人の孫に当たる人物。年齢は26。怜悧な顔つきをした黒髪黒目の色白な美人さん(髪は背中までのロング)で既婚者。旦那は前述したG級ハンター。実はディードの初恋の人物。15の時にきっちり告白して振られました。
外見や性格の設定はディードとカップリングすることになったイスミさんのものを意識しました。
・師匠
かつて『古龍調査隊の第二期団』に在籍し、活躍していたハンター。
ディードにただモンスターを憎むだけではいけないことを伝え、今の彼を形作る礎となった。なお今も元気にカラクリを作って披露したり、ベルデ村の武器職人の手伝いをしたりと精力的に活動しているお爺様です。
彼を元二期団としてねじ込んだ理由は以下の点があったため。
1:二期団は六割が技術者であったことから残りの四割の中にならねじ込んでも問題無い
2:二期団の中には武器職人の頭領さんが在籍。スリンガーは老いて動けなくなりつつある彼がその場で動かずに物をとったりといった『第三の腕』として作ろうとした物が元に発明されたらしく、スリンガーを無理なくこの師に与えることが出来る上に彼との伝を通じてディードにもスリンガーを与えられそうだった。
3:上述した二期団=技術者集団だから複雑な機構であるスラアクのオーバーホールの技術を知っていてもおかしくなく、流浪しているディードが自力でこれを行えることの裏打ちになる。
・受付け嬢の旦那さん
流石に色々やり過ぎた感はいなめないG級のハンター。獲物は大剣。
・ウツシ
モンハンライズにて登場する教官。モンハンライズの二次創作であるオリーブドラブ氏著「モンスターハンター~故郷なきクルセイダー~」の特別編では過去の百竜夜行に対抗するため同期のハンターたちに救援を要請していた。
本作にて触れた彼の才覚に関しては「ウツシ教官はプレイヤーに全ての武器種の扱いを教えられる=扱う技能を持つ」という点から解釈したモノ。
【登場した村と街について】
全てオリジナルのつもり。正確な位置はさっぱり決まっていない。
・オネ村&ティオ村
同じ領内に存在する村。悪徳領主が困窮状態にあると偽ることで不正に国からの補助金をせしめていた。ギルドの支部は無い。
しかしモンスターからの被害で困っていたのは事実で、ギルドに依頼することを考えたものの領主からの報復を受けることを恐れていたため村人達は泣き寝入りを余儀なくされており、ディードの存在は救いの神と同じだったらしい。
今では悪徳領主も捕まり、引き継いだ領主が善政を敷いているらしい。その上でディードのことを村人たちは恩人であると考えているそうな。
名前の元ネタは英数字のoneとtwoを読み変えた物。
・スレイ村
違法作物(イメージ的には麻薬みたいなもの)を作っていたけど、そんな中訪れてしまったディードを危険視し、海路の邪魔になっていたラギアクルスを倒してもらうついでに殺してしまおうと画策していた。
結果的にラギアクルスはディードの手により討伐。その上で騙して毒で殺そうとしたが……ハンターとして鍛えられた体と知識を侮った結果返り討ちに遭い、ギルドナイトに通報されて村人共々お縄に着いた。
名前の元ネタは英数字のthreeの読みから近い語感の物にしたつもり。
・フオル村
ギルドから派遣されていた老いたハンターが守護していた辺鄙なところにある村。
しかしそのハンターは上位に指定されるジンオウガの討伐に赴いて返り討ちに遭い殉職してしまっていた。
ディードはジンオウガに追われながらもどうにか逃げ延び、この村に辿り着いた。その際に慕われていた老ハンターの敵討ちを頼まれることになる。
なおこの時点でジンオウガが上位であることを誰も知らず、ディードはこの村の存亡を賭けた戦いに臨むことになった。
ディードは「百竜夜行は助けてくれる仲間がいたから大丈夫だったが、コイツ相手には本当に死に掛けた」と言わしめさせた。
『百竜夜行』後に本作中に掛けられていた嫌疑が晴れた後、ディードは位級詐称の罰としてこの村の復興に尽力するために配属されることとなり、将来、第三の故郷と呼ぶ地となる――という妄想を現時点でしているけど、そこはオリーブドラブ氏の匙加減で変わりそう。
名前の元ネタはお察しかと思いますが英数字のfourの読みから語感の近い物にした結果。
・煉瓦の街フィブル
レンガ造りの建造物が並ぶ発展した都市。
ギルドの支部も存在し、ハンターも数だけで言えば中々の物。様々な職人が集る街でもある。
しかし、この街にいわゆるオオカミ少年がいたため彼が騒いで全て嘘だった、を繰り返してしまったことで少年の言葉が信じられず、
そんな中訪れたディードの目の前で
結果的に
なお実は少年は少女でしたというオチも考えていたけど、そこで文章使うのアレなんで没にしてます。
名前の元ネタはお察しの通り英数字のfiveから語感の近い言葉を考えただけ。
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霹靂奔る弔い合戦
霹靂奔る弔い合戦、前編
なので同期たちは誰も登場しません。
……これ書かないと、次の話(百竜夜行後のお話)に繋げられないんです。
それは、朧月が見える夜のこと。
静まり返った巨木が生い茂る森の中に光が舞う。
――その中央で、一人の男と一頭の獣が相対していた。
男が纏うは
対する獣は狼であった。ただし、その体躯は尋常ではない。男が見上げるほどの巨躯だ。
お互いに幾重にも傷を負い、息も絶え絶えの満身創痍。されど、
「ゼァァァァァッ!」
「■■■■■■■■■ォォォォ!」
森の中、黒衣が翻り、碧雷が奔った。
◇◇◇
スレイ村で行われていた違法作物の栽培に関連した事件に関わってしまったことでギルドからの聴取を取られ、そこから解放された俺、ディード・クリントが宛ても無い旅路に戻ってから早三日。
目的も無く、ただ『困っている人に手を差し伸べる』という使命感に似た何かだけで動いていた俺は――
「――クソ! まだ縄張りなのかよ!」
「■■■■ァッ!」
山中の樹海で
人里離れ、人の手が入らなくなった山や森はモンスター達の領域。樹海の中に人が通れるだけの道があったのなら、そこはモンスターが通った獣道。モンスターの痕跡に目を光らせながら進むという基本に倣ってなるべく刺激しないように行動していたのだが、目を血走らせた
元の道に引き返すという選択肢を取ろうにも、さすがは無双の狩人と名高い
――だけどウツシから聞いてた
「――ぐ……ぁ」
脇腹に衝撃。気付けば巨木に背を預けていた。
何だ? 何を喰らった? 尻尾か? 尻尾のなぎ払いか? 一瞬とはいえ意識が飛んだ。なんて一撃だ。後一発でも喰らったらお陀仏だ。
逃げろ。
逃げろ逃げろ逃げろ逃げろ逃げろ!
そう頭でわかっていても体が動かない。
意識が戻って来ただけで、受身も無しに叩き付けられた衝撃が芯を貫いている。
ふざけるな! こんなんで終わってたまるか! まだ俺は何も為せていない! 師匠の教え、その答えにもまだ辿り着いていないんだ!
動け! 動け動け動け!
だが、終わりはすぐにはこない。悠然とこちらに歩を進める
コイツ、勝った気でいる。獲物である俺は満身創痍であっても動こうと足掻いている姿を見て、慢心している。
逃げる、という考えが頭からすっぽり抜け落ちる。手が自然と背に負う
「――
――だから余裕綽々の鼻っ面に
「■■■ッ」
突然の反撃に
このまま逃げても先ほどの二の舞。ならばやることは一つ――抗うこと。
そのための教えを、俺は師匠から授かったのだから。
「■■ゥッ!」
右前足の叩き付け――左に転がって避け起き上がり様に叩きつけられた前足へと斧を振り下ろす。
「――ッ」
思った以上に硬いか。
とはいえ
左前足の叩き付け――斧を振り上げ様に後ろへと身を翻し、叩きつけられた足に向かって変形斬り。
リーチの長さで勝る斧から近距離攻撃性能の高い剣への
そのまま刃を返し――即座に横っ飛び。
同時にドン、と俺の居た場所に尾が叩き付けられる――隙あり。
顔に向かってクラッチクローを飛ばして張り付き、クローで切りつける。
スリンガーには石ころが装填済み、奴の体は俺の叩き付けられた木に向けられている。ならばやるべきことは一つ。新大陸で今用いられているという最新の狩り技を披露しよう。
「プレゼントだ。遠慮せずに受け取りな」
その名も
「■■■ァァァァッ!」
発射した反動で俺は後ろに吹っ飛ぶが、効果は絶大。顔面に大量の石ころをスリンガーの超至近距離で叩き付けられた
この隙に走り寄り、そのまま抜刀振り下ろしから変形二連斬り、飛天連撃――活性化はまだ足りないか。
「チッ……これもオマケだ!受け取れ!」
――属性解放突き。
ビン内の薬液を活性化、刀身の表面上で連続で炸裂――トドメに大爆発を起こす
当然、ビン内部の薬液は大量に消費、しかも強制的に斧形態へと変形し、ビン内の薬液が自然精製されるのを待つか、再装填するまで剣形態に変形させることが出来なくなるが、その威力は絶大――そして反動も相応。
「――ッ」
起き上がり様に煙を切り裂いて尻尾が飛んでくる。かわせないか。
「ッガ――」
咄嗟にぶつかると同時に後ろに飛んで衝撃を殺ぐ。吹き飛んだ先で転がって勢いを殺し起き上がりながら納刀。
「――ごほっ」
そのまま血を吐き出す。クソ、起き上がり様だというのに器用に尻尾を使う奴だ。いなしてやったのにこの様か。
回復薬Gを取り出して走りながら飲む。
動いていないと良い的――
「■■■■■■ォォォォォォォォォォォォォン!!」
ハンターであれど恐怖を駆り立てられ、耳を塞ぎたくなる大型モンスターの猛り声。
俺も例外ではなく、飲んでる途中の回復薬Gを取り落として耳を塞いだ。
そして
毛は逆立ち、各部の甲殻が展開、周囲に集う雷光虫と共に青い雷光を纏う。
これぞ雷狼竜の所以。己が発する電気を共生関係にある雷光虫を用いることで増幅し、その身に帯びる。その名も超帯電状態。
目の色変えやがった。油断は無い。さっきみたいな奇襲は期待できないか。
光が舞い、パチパチと空気が爆ぜる音がする。
ここからが本番。良いぜ、やってやる。抗ってやるよ。
「アァァァァァッ!」
「■■■■ァァァッ!」
俺は
◇◇◇
眠い、すごく、眠い。今にも倒れそうだ。
だけど、体は倒れない。誰かが肩を貸してくれている。
――よし、ここまで来れば大丈夫だ。アイツも追ってこない。運が良ければ小童たちがお前さんを見つけるだろうて。
誰の声だ? 師匠? それとも父さん?
――といっても小童たちが見つけなかったら困るな……
声の主は何やら考え込むように言葉を切り、再度、俺へと語りかけてくる。
――良いか、目が覚めたらここから北に向かえ。そこにフオルという村がある。そこで休んで英気を養え。
違う、師匠はここにはいない。父さんはとっくの昔に死んでる。
「アン、タ、は……」
――……もう、お前さんが頼りなんだ……どうか守り神様を、
ダメだ、意識が遠退いて、
――■■■を鎮めてやってくれ。
目の前が真っ暗になる寸前、ふと見えたのは、碧色の布だった。
◇◇◇
目を覚ますと、
どこだ、ここは。
体を起こそうとしたらあちこち痛む。よくよく確認してみると上半身が裸にされており包帯が巻かれていた。どうやらここの住人に手当てされたらしい。
「あーっ!」
「っ!? あだだだだっ!?」
突然の大声に体が飛び跳ね、その動きで身体のあちこちから悲鳴が上がる。
だが大声の主はそんな俺の様子を気にも留めず外に飛び出していくと。
「真っ黒兄ちゃん、目ぇ覚ましたよぉぉぉっ!」
と、ウツシに負けず劣らずの大声で何やら触れ回っている。
……真っ黒兄ちゃんって俺のことか? 確かにデスギア装備は黒いけど、真っ黒というほどだったか?
そんなことを考えていると何やら外が騒がしくなり、人が入ってきた。
「おお、良かった良かった。目を覚まされましたか狩人様」
「……あなたは?」
話しかけてきた老婆はオロクと名乗った。
このフオル村のまとめ役をしているのだという。
「……フオル?」
――良いか、目が覚めたらここから北に向かえ。そこにフオルという村がある。そこで休んで英気を養え。
眠る前に、誰かにそんなことを言われていたような気がする。
「村の名が如何なさいました?」
「あ、いや、聞き覚えの無い名前だったので」
「……無理もありません。ここは外界とは樹海と渓谷に阻まれておりますからな、ここに来るのはご贔屓下さる行商人様ぐらい。ですが一月前に
そう言って、オロクは俺の後ろに顔を向ける。
俺もそれにつられて視線を向けた。
驚きの余り、目を見開いた。
――……もう、お前さんが頼りなんだ……どうか守り神様を、
脳裏に誰かの言葉と碧色の布が過ぎった。
――■■■を鎮めてくれ。
「これが、守り神?」
「はい……狩人様には俄かに信じられないかと思いますが」
◇◇◇
その日は「まだ傷が癒えていないご様子にございますから、ごゆるりとお休みくださいませ」と俺の世話役だという二人の男女を置いてオロクは出て行った。
世話役の男性――日焼けしているがっちりとした体格をした赤髪黒目の優しい顔立ちの男――が口を開いた。
「トグラと言います狩人様。こちらは妻のナズハ、外に我々を呼びに行ったのは私たちの娘のクルラ。我々で狩人様の世話をさせていただきます」
トグラさんの紹介と共にナズハさん――こちらも浅く日に焼けた黒髪碧眼のおっとりとした雰囲気のある若い女性が頭を下げた。
彼ら曰く、彼らの娘クルラが村の近くの川の傍で倒れていた俺を見つけてくれたらしい。
そして話し合いの結果、トグラ一家の家で面倒を見ることになったのだとか。
「ありがとうクルラ。おかげで助かった」
俺のお礼に対して、クルラ――父親譲りの赤髪に母親譲りの碧眼を持った小柄な少女は「ニシシ」と笑いながら無邪気に応えた。
「どういたしまして真っ黒なおにいちゃん。でも、あとでおじいちゃんにもお礼を言わないとダメだよ?」
「おじいちゃん?えっと、オロクさんのことかな?」
ブンブン、とクルラは首を横に振った。
「違うよ! そもそもオロクおばあちゃんだし……狩人のおじいちゃん!」
「ああ、そうなんだ……もしかして一緒に見つけてくれたのかな?」
するとクルラはまた首を横に振った。
「おじいちゃんが呼んでたの。それで川まで見に行ったら真っ黒兄ちゃんがいたの」
「そうなんだ。じゃあ、傷が治ったら挨拶に行くよ」
「うん! その時にはおじいちゃんも小屋に帰って来てると思うから、一緒に会いに行こうね!」
クルラはそう言って、また外に飛び出して行った。ナズハさんが行き先を訊ねると「狩人のおじいちゃんの小屋ー!」と元気に応えていた。なお、トグラさんは外で作業をしているらしく、クルラに「気をつけるんだぞー」と声を掛けていた。
……狩人のおじいちゃん、か。
「クルラちゃん、そのおじいさんにだいぶ懐いているんですね」
「……ええ、とても。ここ最近は帰ってきたか確認しに毎日あの人の小屋に行くんです」
そうナズハさんは言った。
「いつから、帰ってないんですか」
「……守り神様を鎮めに行ってからもう半月は経ちます」
そうか……だとしたら望み薄か。
村の人達は俺のことを
「……って、クルラちゃん、そのおじいちゃんに呼ばれた、って言ってましたよね?」
「……ええ――」
――あの子、他の人には聞こえなかったり、見えない物が、見えるんです。
そう言って、ナズハさんは目を伏せた。
彼女は言う。
「ここは守り神様を祭る
「不思議な、力?」
「ええ、特に死んでしまった人に夢で語りかけられる、なんてことはしょっちゅうでした。だから、あの子の言うとおり、村の皆で川の傍にいたあなたを見つけた時、みんな、すごく悲しんだんです。お爺様は死んでしまわれたとわかったから――でも、彼が最後の最後に助けたあなたに皆、期待しているの」
何故、と問うと、彼女は口元を綻ばせて言う。
「だってあの子はお爺様にこう言われたのだもの」
――あなたが、あなたこそが最後の希望。守り神様を鎮めてくれる狩人なのだと。
彼女の縋る様な表情に俺は、何も言うことが出来なかった。
◇◇◇
翌日、しっかりとした食事と休息を取って回復できた俺は、朝からオロクさんの家へと呼び出されていた。
オロクさんの家も茅葺屋根だったが、内装の豪華さでいえばトグラさんの家の方が豪華だった。神職との差ということだろうか。
そこにはすでに何人もの村人が集り、殺気立って何やら囁きあっている。
――彼が最後の希望と、巫女様がそう言われた。
――でもあの若さで本当に?
――狩人様が巫女様に託した言葉だぞ。きっとやってくれる。
――どっちでもいいさ! 仇を取ってくれるなら誰だろうと構わないだろ。
「皆の者、静まれ――よくぞ来て下さいましたな狩人様。よく休まれましたかな?」
オロクさんの鶴の一声で村人達は皆、口を閉じた。なるほど、まとめ役と名乗るのは伊達や酔狂では無いらしい。おそらくこの村落内において相応の地位にあるということなのだろう。
「はい、身体の調子は問題ありません……ただ、狩りに行く前に準備は必要ですが」
「……わかってくれているようで何よりです――依頼書を」
オロクさんの言葉に、傍に控えていた男性が一枚の羊皮紙を差し出してきた。
―――――――――
--討伐依頼--
守り神を調伏せよ!
討伐対象:
討伐報酬:350000z
制限時間:なし
注:対象の
依頼者:フオル村一同
―――――――――
「我々はあなたに我が村の守り神だった
……なんて法外な金額だ。
「こんな金額は受け取れません!」
「ご安心を。外界との外交が断たれたこの村にzの価値は無いも同然。それに……狩人様の仇討ちのためです。金に糸目など付けていられないのですよ」
オロクさんの眼には強い怒りと憎悪があった。
いや、オロクさんだけじゃない。ここに集まっている村人達全ての眼に仄暗い怒りが見える。
その眼を、俺は知っている。だけど、それをこうして客観的に見るのは初めてだった。
「守り神――
「わ、わかりました! その依頼を受けますから! だから落ち着いてください!」
昔の俺は、こんな眼をしていたのか――昔の師匠はこんな気持ちだったのか。
このままじゃ、ダメだ。どうにか、しないと。
◇◇◇
飛行船の発着場も無かったし、こんな辺鄙な場所にある村に技術を届けてくれる人はいないということか。事実、村でも必要としていなかったのだろう。
とはいえ俺は一度
――直すよりも作って貰った方が安く上がりそうだけど……師匠からの貰い物なんだよなぁ。
そんな益体もないことを考えつつパーツのすべりを見て油を差し、再度組み上げて、最後にビンの薬剤を自動で生成する機構が問題なく稼動するかを確認して整備は終了。
幸いなことにスリンガーが無事だったのは助かった。コイツに関しては分解点検は出来ても修理は師匠頼りだ。使えなくなっていたらと思うとぞっとする。
道具に関しても、村人たちから積極的に素材や道具を押し付けてくる。これ、後でお金払わないといけないよなぁ。
例え今の彼らが後の事を考えられないほどに視えなくなっているとしても。
――問題はそこだ。
でも、報酬を貰ってさようならだけでは終われない。少なくともオロクさんの元に集っていた人達はもう、村の存続よりもこれまで村を守ってきたというハンターの仇さえ討てれば後はどうでも良いとまで考えている。下手をすればそのまま滅びを受け入れかねない。
法外な報酬も、一周回って執念に似た俺への道具や素材の供出もそれを裏付けている。
だけど、村にはそんなことを知らない子供たちの姿があった。その姿を見守る人の姿もあった。人の営みがあった。
昔の俺のままなら、取りこぼしていた物があった。今の俺になったことで取りこぼさずに済んだ物があった。師匠のお陰だ。
だから俺はそんな終わり方を選ばせる気は無い。言葉を尽くして、止める。
でも、俺の言葉が届くとは到底思えなかった。そもそも俺は、そのおじいちゃんがどういう人だったのかを知らない。
だから、俺は
――狩人様は……爺さんは守り神様と一緒にこの村をずっと守ってくれていたんだ。そうでなくても子供たちの面倒を見たりしてくれてたよ。俺だって子供の頃はあの人にお世話になったんだ。
――村の誰かが困った時ば、真っ先に動いて、助けてくれたべ。うちのが病気になった時も森ン中駆けずり回って、良く効く薬作ってくれたべ。
――あんひとが若い時に来てからの付き合いだぁよぉ。まさかこのババァより先におっちんじまうなんてなぁ……
――オロク様は狩人様のことが好きだったんだろうなぁ。だから「巫女様が狩人様の声を聞いた」って報せを聞いた時、倒れられてしまってね。でも気持ちはわかるよ。この村で狩人様の世話になっていない奴なんて一人もいなかったから。
――彼の仕事場?……ああ、それなら川の傍に小屋があってね、寝泊りとかはそこでしてたよ……巫女様もそこにいるんじゃないかな? 狩人様のこと、おじいちゃんって呼んで懐いていたから。
――クルラにとってあの方は家族以外で唯一特別扱いをせずにクルラとして接してくれた人でしたから……私も覚えがあるんですよ。だからそういう扱いをせずにいてくれた幼馴染のトグラと結婚したんですけどね。
――クルラは狩人の爺様のことを本当に祖父だと思っていたのだと思います。だから私にはあの子が小屋に行くのを止められません……父としては不甲斐無い話ですが、あの子に掛けてあげるべき言葉が今も思いつかないんです……
他にも狩人様が慕われているとわかる証言は次々と出てきた。
助けてもらった。みんなで一緒に笑いあった。家族同然だった。守り神様といつも一緒に村を守ってくれてた。
――でも守り神様に裏切られた。どうか、狩人様の仇を討ってください。
トグラさん一家を除いて村の人達は皆、最後にそう言う。
確かに神と崇めていた存在に裏切られたからそうなるのも頷けるのだけど……それはすごく、悲しいことだと思った。
元は神と崇め、敬っていた相手を憎まなければいけないなんて、と。
「……行くか」
整備を終えたデスピアダトⅠを壁に寄りかからせて、そのまま家を出る。向かうのは狩人の小屋だ。そこにクルラちゃんがいる。彼女からも話を聞こう。
Tips
・ディードの扱う剣斧技術。
基本はワールド:アイスボーンとして、そこにXXのブレイヴスタイルのいなしやライズのモーションの一部を混ぜた物。
単純にやりこんだのがワールドだったというのが原因。ライズはやりたいけどスイッチ買う余裕無いので実況動画で我慢(絶望)
てか、本当にブレイヴスタイルの『いなし』って強すぎだわ。簡単に火事場維持出来るし、防御面の弱い武器に簡単に回避手段与えられるし、失敗しなけりゃ乙らないし。
・フオル村
大陸の僻地にある山々の樹海の奥深くに拓かれた渓流域に存在する村。似たような立地であるユクモ村とは違って知名度は低く、実質隠れ里のような場所。技術レベルも外界に比べて低い物となっている。
住民たちは近域を縄張りとする
農業と林業が主な産業。特に農産品としてフオルメロンがあるが知名度は村の立地の関係もあって低く、贔屓にしている行商人との交易のみが外界との繋がりであったという徹底振り。
それもここ半年は後述の
・フオル村の
フオル村近辺の樹海を縄張りとしている
フオル村で守り神と呼ばれており、妙に人に慣れていて、敵意さえ示さなければ触れることすら出来たらしい。
実はあるライダーのオトモンだった個体の子孫。妙に人なれしていたのはそのためであり、もしかしたら村人たちの言う「狩人様」とはなんらかの絆があったように思われる。
しかし一ヶ月前を契機に凶暴化してしまい……
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霹靂奔る弔い合戦、中編
俺は、
彼は毎日日記をつけるという習慣はなかったようで、日付が飛んでいたけど、それでも印象的なできごとがあった日だけはしっかりつけていたようだった。
例えば初めてここに配属された日のこと。
若き日の老人からしてもここはかなり辺鄙な場所であったようで、文句の数々がツラツラと書かれていた。特にオロクさんのことは美人だが余りにも毒が強い女だと悪口が書いてあった。
例えば
それに腹が立って、後日、彼を止める村人達の制止を振り払って挑み、見事返り討ちにあって、また挑んで、を繰り返していたらしい。
――いつか倒してやるからなぁ覚えとけ!
だが、それがある日を境に一変する。
ある日のこと、採集の依頼で樹海に入ったが高所から落下して足を折ってしまった。死を覚悟したが、なんとそれを助けたのは
――信じられるか? 野生の大型モンスターが、人を助けたんだ。村の人達は守り神だなんていってたけど、まさか、なぁ……
そして始まったのは
――アイツ、他の大型モンスターを追い払ってやがる! どおりでこの村の付近で大型モンスターの目撃情報が少ない訳だぜ。この辺り一帯は全部アイツの縄張りって訳か。しかも人に害を加えないなら守り神って呼ばれるのも納得だぜ。
そして転機。
――スゲェよ! スゲェことしちまったよ! あの
――今日は運悪く入り込んでた
――今日はあの
アイテムボックスの中に黒狼鳥の鱗があったのを思い出す。アレ以外にも大型モンスターの素材が入っていたけど、共闘した後で落し物を記念品として拾っていたのかもしれない。
日記にはその後も様々な形で共闘することになった話が書いてあった。
その日々の中でいつからか『
10年、20年、30年と日々は過ぎてゆく、彼は若人から、老人へと変わって行く。
若い頃は細かく付けていた日記も老いと共に筆が進まないのか日が開くことが増えたが、出会いと別れが繰り返されながら、彼と相棒はこの村を守り続けていた。
そして、運命の日が来た。
――クルラがなんか悪い夢を見たらしい。相棒が苦しんでるって言うんだ。それで見に行ったら様子がおかしい。俺のことがわかっちゃいねぇみてェだ。煙幕張ってどうにか逃げられたが、ありゃ尋常じゃねぇ。なんかの病気かもしれねぇ。
――アイツに薬を作って試そうにも、ああも暴れられちゃあ何も出来ねェ。となると捕獲するしかないんだが……俺に、出来るのか?アイツが居なきゃ戦えねェ俺が捕まえる? そもそもアイツに剣を向けることが出来るのか?
無理だ、どっかの腕の良い奴に捕獲依頼を頼もう。もしかしたら麻酔が切れたらけろっといつものアイツに戻ってるかもしれねェ。
――まずい、村に来ていた行商人がやられちまった! 外界との連絡手段は他に無いんだぞ! どうすりゃあいいんだ!
――オロクの奴! 何が「これは
そして最後のページには、後を継ぐことになるハンターに向けたメッセージがあった。書いたのは
そして、この試みはほぼ失敗してしまうだろうということ、その時は自分に代わり
――この村こそが俺たちの宝だ、その宝を相棒自身の手で壊させたくない。だから頼む。どうかあの
――そして叶うことなら、俺たちの代わりに、この村を守ってくれ。
そこで、手記は終わっていた。
日記を作業台の上に置き、
「クルラちゃん、君にとって狩人のおじいさんは、どんな人だったんだ?」
◇◇◇
一番の思い出は、おじいちゃんに頼んで村の人や両親に内緒で守り神さまの背中に乗せてもらったこと。初めて触った守り神様の毛はごわごわしててちょっとピリッとしてびっくりしたけど、守り神様は「どうだすごいだろ?」とこっちを見てくるから思わず笑ってしまった。
でも、もうその光景は戻ってこない。
――おじいちゃん! 守り神さまが! 守り神さまが苦しんでるの! 助けてあげて!
私の頼みを聞いて、おじいちゃんが
おじいちゃんが帰ってこなくなってそれでみんな元気が無くなっちゃったの。
私が、悪いのかな……
◇◇◇
彼女の話を聞き、そして小屋の中の書物や走り書きを見て、思う。多分そのおじいさんは俺のように討伐しようなんて微塵も考えてなかったんだ。捕獲して、
そうでなきゃ、色んな薬剤の本と試行錯誤したと思しき調合レシピの内容に説明がつかない。学者でもないのに、それでも隣人のために頑張ったんだ。
でも捕獲には相手が捕獲できるほど弱ったのかを見極める観察眼が必要になる。
観察眼は経験で養われる物だけど、手記を見る限り、大型モンスターの捕獲や狩猟は慣れていなかったはずだ。
多分、大多数のハンターが、話を聞いただけなら馬鹿な奴だと嘲笑うか呆れるかするだろう、俺も、俺の同期たちだって顔を顰めるはずだ。
でも、この村の実状を知ってしまった俺は笑えないし呆れられない。むしろ哀れみと尊敬の念を覚える。
人に慣れている
裏を返せば、
それがわかっていたからこそ、このハンターは無謀を通そうと努力して、死力を尽くして滅びに抗ったのだ。だから、
「君は何も悪くない……何も悪くないんだ」
涙を目にいっぱい溜めているクルラを抱きしめて、あやすように頭を撫でる。
「おじいちゃんはな、この村が大好きだったんだ。村のみんなが大好きだから、頑張ったんだ」
「でも、おじいちゃん、かえって、こない」
「ああ、でも、それは、君の所為じゃないんだよ。ハンターはいつだって命懸け。おじいちゃんは命を懸けてみんなを守りたかったんだ。笑っていて欲しかったんだ。だからクルラちゃん、約束しよう」
涙を堪えようとして、それでも耐え切れずに頬を流れていくのを見たけど、これは言わなきゃいけない。
「俺が、
「う、あ、あぁ――」
クルラは泣いた。ずっと我慢していたからかその声はすごく大きくて、でも、それだけ怖かったのだとわかった、辛かったのだとわかった。
ふと気付けばすでに外は黄昏時になっていた。泣き疲れて眠るクルラを背負い、小屋を後にする。
「ごめん……」
ぽつり、と謝罪の言葉が出た。
後を継ぐハンターじゃなくてごめんなさい。
もっと早く来ることができなくてごめんなさい。
この村を守って上げられなくてごめんなさい。
あなたの相棒《ジンオウガ》を救えなくて――
「――本当に、ごめんなさい」
クルラは背中ですやすやと眠っていたから、俺の謝罪は宙に溶けて消えていった。
だけど、それ以上に、負けられない理由が出来てしまった。
◇◇◇
「破ァァァァァッ!」
「■■■ゥァァッ!」
戦いは明朝から始まり、今や中天に月が見える時間にまで続いていた。
何回、武器を振るったか、武器を変形させたか、武器を研いだか、ビンを交換したか。
何回、攻撃を受けたか、いなしたか。
何回、回復薬を飲んだか、怪力の種やウチケシの実を食べたか、携帯食料を食べたか。
何回、スリンガーに弾を装填したか、落石を起こしたか、ぶっとばしを行ったか、閃光玉を使ったか。
そんなことは些事だ。思い出すだけの余裕は無い。
ただ、やることだけは決まっている――この
「オラァァァ!」
いなして攻撃を回避し、そのまま抜刀、斧強化状態で斧を頭に叩き付けると、
クラッチクローで顔面に張り付き、スリンガーに石ころが装填されてるのを確認して顔面に叩き込み、木へとぶっとばす。
「■■ゥッ……■■ゥッ」
「っまだ……まだだァァッ!」
今にも崩れ落ちそうになる足腰に鞭打ってデスピアダトⅠを剣形態に。飛天連撃――薬液の活性化は十分。
そのまま
「オォォォォォォッ!」
ビンの薬剤は、剣で攻撃すればするほどに活性化し、最終的に高出力状態へと移行する。この状態で属性解放突きを撃つ時の反動と威力は非活性時の属性解放突きを容易く凌駕する。
だからこそ、反動で照準がぶれないようにモンスターに張り付いて突き刺し、密着した状態で属性解放突きを行う手段が確立された。
属性解放突きの更にもう一段階上の奥の手。その名も、零距離解放突き。
反動と超帯電状態で纏わり着く雷の影響で獲物を持つ手と、しがみついている手足が離れそうになるのを根性で堪える。
コイツで終わらせる!コイツで終わらせるんだ!
「喰らっ、えェッ!」
トドメの大爆発。体が宙に投げ出され、受身をとり、どうにか立ち上がる。
かなりの感触だった。アイテムは今呑んでる回復薬とポーチの強走薬で最後。これで終わりじゃなければ死――
――私が悪いのかな……
弱気になるな! 俺まであの子にあんな顔をさせて良い訳が無いだろうが! これでも立とうがお前を倒すまで俺は倒れない! それぐらいの気を持て!
爆発の煙が開けた先には――起き上がった
「……」
正眼に獲物を構え、油断なく見る。さっきの零距離解放突きで超帯電状態は解除されている。先ほどまで口から吐いていたどす黒い靄は消えたが、
まだ、戦えるぞ、掛かってこい。そんな虚勢を張りつつ息を整え、
「……は?」
ゆっくり、ゆっくりと、森の奥へと向かっていく――なんだ。何が起こっている。
困惑する俺だが、途中でピタリ、と止まると俺を見て、また歩きだす。
「……ついて来い、ということか?」
武器を納刀し、強走薬を口にする。急速に気力が回復していく感覚を覚えながら、
◇◇◇
樹海の最奥にあった巨木の洞。そこは、おそらくこの
そして洞の中央には、仰向けに倒れた人の姿があった。
――それはハンター一式を装備した老人の遺体だった。
右腕は無残に食いちぎられたのか失われ、その首には碧色のバンダナが巻かれている――俺はこの色を村に来る前に見たような気がした。
なんでもクルラが俺を見つけたのはこのハンターの声に導かれたからだと言ってたが……あの時、俺を助けてくれたのは、この人、だったのか。
「全く、こんな苦労させといてなんて死に顔だ――」
その顔は、まるで全てやり遂げたとばかりに満足げな微笑みを浮かべていた。
「――でも、そうか、後悔は微塵も無かったんだな」
後ろからのそりのそり、と近づいてきた
俺には、この
死んだ
――その光が消えるまで、穏やかに眠る一人と一頭の
「――どうか、導きの
討伐の証として爪を剥ぎ取り、老人を腕で抱えて村に戻った時には、もう朝になっていた。
村に戻ってきた俺を出迎えた村人たちは、俺の腕の中で穏やかな顔で眠りに就いている老人を見るなり駆け寄ってきて、そしてみんな泣いた。泣いて、俺が横たわらせた彼に、皆、声を掛けた。
――おかえりなさい。
男も女も、老いも若いも、オロクさんやクルラちゃん、トグラさんやナズハさんも、皆が皆、この村の守り手の死を悼み、そして帰還を喜んでいた。
良かった、連れて帰ってこれて、本当に良かった。
そして俺の意識は、闇に落ちた。
――真っ黒兄ちゃん!?
最後に見たのは慌てて駆け寄ってくるクルラちゃんの姿だった。
Tips
・フオル村のハンター
フオル村で専属ハンターを務めていた白髪赤眼の老人。
使用武器は闘志の剣。防具はハンター一式。首に巻いていた碧色のバンダナがトレードマーク。
普段は採集クエストや小型モンスターの狩猟をしていたが、守り神である
しかし彼自身は弱く下位止まり。
狂ってしまった
何故彼が
・クルラ
フオル村で守り神であった
前述のフオル村のハンターを通じて
しかし一月前に
そのため「おじいちゃんが帰ってこないのは自分の所為だ」と自分を責めていた。
今後も開花することは無いが、実はライダーとしての素質があり、絆石抜きでモンスターと心を通わせることが出来る稀有な能力の持ち主だったりする。
※ストーリーズはアニメ未視聴ゲーム未プレイのにわかです。
・フオル村の
上述のハンターが着任する以前からフオル村近辺を縄張りにしていたため、他のモンスターが近寄らなかったが、彼が倒れてしまった今、別の大型モンスターが縄張りとして狙うことになるのは十分に考えられる。
この
最期の最期にフオル村のハンターの亡骸に寄り添ったのは、彼を捕食しようとしたのか、それとも最期は友の隣で終わろうとしたのかは定かでは無い。
・導きの
モンスターハンターワールドの台詞『導きの青い星が輝かんことを』のオマージュ。
古龍調査団の中で使われる言葉。「成功を祈る」とか「健闘を祈る」とか、そういう意味合い。それを
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霹靂奔る弔い合戦、後編
また、上記作品の特別編「追憶の百竜夜行」より平均以下のクソザコ野郎氏考案のキャラクター、イスミさんが登場します。
――六年後。フオル村。
出会いは偶然だった。
ユベルブ公国の姫君、クサンテ・ユベルブの死んだと思われていた婚約者、アダルバート・ルークルセイダーが生きていることを知ったクサンテの「婚約者を探す旅」に巻き込まれたアダイトは、自身の正体を言い出せないまま彼女に連れ回されていた。
なんでオレも着いて行ってるんだろう? と当初は胸中で漏らしていたものの、旅の中で存外にクサンテが世間知らずで無防備なのだと理解してしまい、放って置くことも出来ずに供を続けていたのだ。
尚、クサンテ姫に付き従う騎士デンホルムも当然、同伴。たまに小言を言われたりしながらもクサンテを人知れず守りつつ、ここまで来たのである。
そうして訪れたのはユベルブ公国と隣国、グラナ王国が隣接する国境の山脈地帯。そこの、ここ数年で発展が目覚しい山中の村、フオル村であった。
その村には何でも六年前に守り神と崇められていたモンスターを狩り、それ以降、村を守護している謎のハンターがいるのだという。
ユベルブ公国に非常に近い場所。それもここ数年まで無名だった村。もしかしたらアダルバートがそのハンターなのではないか、と期待したクサンテに引っ張られ、飛行船で赴いた。
一応フオル村自体はグラナ王国の国領ではあったが、すぐ傍にユベルブ公国の国境があるので、アダイトにとっては奇しくも
とりあえず腹を括り、集会所で例のハンターがいるかを赤髪碧眼の若い受付嬢に尋ねてみたが、どうやらそのハンターは今、カムラの里へと遣いに出ているようで、明日の朝には戻るらしい。
疎らにハンターのいる集会所の中で分かり易く落胆したクサンテではあったが、そのハンターの帰還を待つ序でに、ここの依頼をこなして路銀を稼ごうと三人で掲示板の前で依頼書(何故か上位個体ばかりで唖然としたが)を見つつ相談していた最中に、話しかけてきた人物が居たのだ。
「もしかしてアンタ、アダイト・クロスターかい?」
それは
「……アダイト、そちらの方はどなたなのでしょうか?」
「いや、おいらもちょっと……え、待って姫さん、なんでそんなに冷ややかな目でおいらを見てんの?」
「私はただあなたを見ているだけです。冷ややか、と思うのであれば、それはあなたに
「え、えぇー……」
尚も冷たい視線を向けてくるクサンテにアダイトは困ったように片目を瞑る。アダイトはスキュラSを纏う上位の女性ハンターの知り合いに心当たりがなかったのだ。
そこに助け舟を出したのは意外なことにデンホルムであった。
「失礼、私はそこのアダイトと行動を共にしているデンホルムという者だが、どうもアダイト殿はあなたに心当たりが無いようだ。人違いでは?」
「いや、確かに長い間顔も見てないし口調も変わっちゃいるけど人違いじゃないと……ああ、そうか、アンタと最後に会った時あたしが着てたのスカルダだったっけか」
「……スカルダ?」
はて、とアダイトはそのスカルダ装備を思い浮かべる。
「もしかして、イスミか?」
そう、アダイトが尋ねると、
「ああ、なんだ、やっぱりアダイトだったか。全く、本気で人違いだったらどうしようかと思ったよ。しっかし本当に久しぶりだねアダイト。壮健で何よりだ」
「そういうアンタは変わったな。女装備を着けてるとは……相変わらずの全身装甲だけど」
「ナンカイッタカイ?」
「全身鎧カッコイイな~と」
しれっと誤魔化すアダイトと、それを見てやれやれとイスミは呆れたように溜め息を漏らすが気を取り直したかのように一呼吸入れる。
「まぁ良いさ、あんたに会ったって聞けばあいつも――」
「――申し訳ありませんが……」
しかし、置いてけぼりにされていたクサンテが、腕を掴んで抱え込みながらアダイトへと絶対零度の視線を向けつつ捲し立てた。
「アダイト、この方とどのような関係なのかをご紹介してくださるのが筋、という物では無いでしょうか?」
「いや、だからなんで怒って――いででで!わかったわかった紹介しますって!」
クサンテからイスミに見えないように脇腹を抓られアダイトは即座に白旗を上げた。
「彼女はおいらの訓練所の同期の一人でイスミさん。見た通りの大剣使いで、昔は男性用防具の全身鎧を着てた変わり者ですね」
「変わり者は余計よ。そもそもあたし以上に変わった奴らも多かったじゃないか」
「いやぁ……男装備で顔を一切見せようとしない女ハンターって十二分に変り種――ぐぇッ!?」
脳天に手刀を叩き込まれアダイトは悶絶した。全身鎧――つまり頑丈な篭手での一撃は鈍器の殴打にも通ずる物である。アダイトが涙目で抗議すると「あいつと同じ感覚でやってたわ」などと悪びれた様子もなくのたまうもので「言い訳になってないから」と抗議した。
とはいえ、彼女が蛮行を行いあいつなどと呼ぶ該当者は一名。この時点でアダイトは会いに来たハンターが誰なのか予想がついたわけだが。
「ところでお嬢さん、あなたは?」
「私は――」
「クサンテ様お待ちくだされ――どうだろうかイスミ殿、アダイト殿と積もる話もあるだろうし、どこかゆっくりできるところを知りませんかな?」
デンホルムはそう言って、目で周りを確認するように示した。
――彼らが話していたのは掲示板の前。集会所の酒場にいる人々からは好奇の視線が向けられていた。
「――それもそうだね。ついてきなよ、丁度良い場所がある」
イスミは鎧越しのくぐもった声でデンホルムの言葉に快く応じたのだった。
◇◇◇
イスミは村人たちからも慕われている様で、あちこちから声を掛けられたり、子供達から遊んで欲しいとせがまれたりしていた。あだ名は「鎧の姉ちゃん」とド直球であったが、彼女自身慣れた物のようで、軽くあしらいながら迷いなく進んで行き、アダイトたちもその後ろをついていく。
それにしてもこの村は
そうして連れて来られたのはなんとマイハウス。外に何やら闘士の剣が埋め込まれた碑石と思しき物が置かれた二階建ての木造家屋で、家具や調度品は基本的に質素だが数人の人間が使える程度に揃えられていた。おそらくこうして人を招くことも少なくないのだろう。
またアイテムボックス傍の作業台と立て掛けられた剣斧。そしてその隣に置かれたアイルー大の木彫りの
部屋の中央にある丸テーブルへと案内されたアダイトたちは席に座り、クサンテの素性とその目的を話すと、イスミは一つ問いを投げた。
「アダルバート殿下の外見は?」
「え、えっと……」
クサンテはちらりとアダイトを見た。
「……黒髪黒眼で肌の色は……騎士となるために鍛えていたから少し日に焼けてたかしら?歳は今年で二十歳になられるはずよ」
「ふーん……黒髪、黒目、少し日焼けした肌を持ち、今年で二十歳ぐらい、ね」
イスミもまた、アダイトの方に顔を向けた。
「なんでこっちを見るんだ」
「参考になりそうな全く同じ特徴の男が居るんだ、見るに決まってるじゃないか」
「黒髪黒眼で少し日焼けした肌の男なんて幾らでもいると思うんだが。それとイスミ鎧姿だと威圧感がすごいぞ、頭装備ぐらい外せよな」
不満げにもらしたアダイトの注文をイスミは無視する。
「特徴はわかったけど、それだけで探し出すなんて無理じゃないの? けどまぁ、あんたらの会いに来たハンターは全くの別人だって断言してあげる」
「……と、申されますと?」
「外見的特徴が違えば年齢も違う。それにあのガーグァ男は貴族様独特の育ちの良さとは無縁でね」
「ガーグァ」
「男?」
イスミの言うガーグァ男、という聞き覚えの無い言葉にクサンテとデンホルムは首を傾げた。
ガーグァと言えば陸上を二本の足で歩く鳥型の大人しい小型モンスターだったはず。確かフオル村では家畜として飼っていて、その卵やガーグァの肉、それにフオルの野菜を使った鍋や丼モノが有名だったはずだが。
頭を悩ます二人だが、アダイトはその単語と、その単語で評された男を知っていた。正に予想通りである
「やっぱり謎のハンターってあの人のことか」
「知っているのですかアダイト」
クサンテの問いかけにアダイトは肩を竦め、
「知ってるも何も、その人もおいらの同期の一人、どういう訳か色んな事件に巻き込まれながら
などとのたまった。
「「……は?」」
当然、五ヶ月ほど前にようやく上位に至ったクサンテとデンホルムからすれば間抜けな声を出してしまうのは当然のこと。下位から上位への壁は高いというのにそれを僅か一年でとなると、よほどの事である。
「まぁ、おいらも詳しくは聞いてないんでなんとも言えないけど。粒揃いだった同期の中でも単独での戦闘能力だけで言えば五本の指に入る人だったし、上位に上がるのはすぐだと思ってたけどね」
「なんなのだその謎の信頼は……しかし一年で上位に上がるとは……本当に同じ人間か?」
デンホルフは信じられないと口にした。
実際問題、僅か一年で上位に上り詰めるなど正気の沙汰ではない。一日の間に移動時間も含めて休み無しで依頼をこなして貢献しても、そんな短期間で上位に上がれるかどうかすらわからない。
クサンテは素直に疑問を口にし、そしてイスミがその問いかけに応じた。
「一体その方は何をしたのでしょう……?」
「そりゃもう色々さ。例えばあんたたちが噂で聞いたって言うここの守り神の討伐、とかね」
そう言うと、イスミは席を立ち、本棚の中から一冊の古びた本を取り出した。
「色々とアイツや村人たちの話が混じってるし、あたし自身が信じ切れてない部分もあるけど聞いて見る?」
クサンテとデンホルムが頷き、アダイトは片目を瞑り、話の続きを促す。
そしてイスミは、ディードと村人たちから聞いたという、彼とフオル村の縁が生まれた時の話を語るのだった。
◇◇◇
「――で、そのあと目を覚ましたら葬儀が終わっちゃってて、報酬の話になったんだけど、受け取ったらすぐに1000zだけ取り出して残りを全部村に寄付って言って返しちゃったらしいのよ。『どうか彼らの宝物だったこの村を、守ってください』ってかっこつけちゃってさ」
イスミから噂の『守り神退治』の話を聞いたアダイトたちは三者三様の反応を示した。
「いやいや、そもそも法外な額を受け取ったらそれはそれで問題だから、ギルドからお縄に着けって言われちゃう奴だから……確か下位の
一人は語り手の女性の物言いに、現実的な面から物を言いつつ、その上で報酬額が少なすぎることに「やはりあの人狂人かな?」と遠い目をし。
「すごく素敵なお話でしたわ……あとで外のお墓の前で手を合わせてこなきゃいけませんわね。あとお土産に
世にも珍しい人とモンスターの絆と、その最期の美しさに感じ入り、忘れないようにと土産物の算段をし始め。
「先人の遺志を汲み、見返りを求めず村の隣人を止めるために立ち上がるその姿は正に勇者よッ……このデンホルム! 敬服の至りッ!」
そして話の中心にいた若き狩人に感じ入り、感激の涙を流す者までいた。
イスミはその姿に兜の内側から微笑ましく思う――アダイトの感想は抜け目の無い彼らしい考え方なのでそこはスルーするとして――やっぱりアイツの行為は称賛されてしかるべきなのだと思うのだ。
まぁ、その上でこのあとのオチにつなげるのは少々気乗りしなかったが、アダイトのことだからそこはきちんと聞いてくるので素直に答えやすいのだけども。
「――で? なんであの人専属ハンターなんてらしくないことをしてるんだ?」
ほらきた。
その問いの真意がわからず、感動に水を挿されたクサンテとデンホルムが「何言ってんだてめー」と言いたげな視線を向けているが、同期一同からすれば当然の問いだ。
あいつの義理の姉いわく、ハンター成り立ての一年間、あいつは助けが必要な場所を探して彷徨っていたそうだ。
その結果騙されることになろうと構わない。助けになるための見返りは必要最低限で良い。アイツにとっては自身の尽力によってその人々を救うことができたという実感さえ与えられれば良くて、それ以上を欲していなかったから。
だから、この村での一件は――
かぶりを振って雑念を払う、今はアダイトの問いに答えるだけだ。
「その
「あ~、あの人らしい」
呆れたようにアダイトが言った。
そもそもおかしな話だったのだ。百竜夜行で戦った
上位であったとしても数時間あれば事足りたはず。故に一昼夜となればそこへ更に要素が与えられていて然るべきだと、アダイトは考えていたのだ。
そして同時に
――クサンテとデンホルムの驚き声で現実に立ち戻った。
「駆け出しのハンターが
「……なるほど、アダイトがその人物を問題児と称した理由もわかります。つまり彼は、必要であればギルドの規則を破ることにためらいが無い、ということですね?」
「その件に関しては後になって知ったらしいけどね」
そう言いつつもイスミはその意見を否定しなかった。
そもそも下位、上位、G級といったクラス分けはハンターが犬死しないようにするためでもあり、同時に下位のハンターが上位のハンターに寄生行為を行い、上位ハンターへの負担が増えることや、労力以上の報酬を得てしまうことを防ぎ、転じてハンターが得るべき利益を守ることも目的としている。
そのため、本来ならモンスターの調査をし、クラス分けを行った上で依頼を各クラスに振り分ける。例外は緊急クエストという即急に対応しなければならない依頼ぐらいだ。
級位詐称とはハンター全体の利益を損ないかねない行為、ということだ。
他にも困窮している村に「格安キャンペーン」と称してギルドに通さず格安でモンスターの討伐依頼を請け負っていたことも話すと、流石にクサンテとデンホルムも、彼を手放しでは褒められないと気付いたようだった。
「……それだけのことをして、その人がライセンスを没収されないということは、下位の装備で狂竜症に感染した
「いえ、それだけではありませんな……おそらくその御仁、先ほどの話に出てきたとおり良くも悪くも善良――それこそ相手の善悪や己の損得、規則といったしがらみに頓着せず後先考えずに手を差し伸べてしまう人物なのでしょう。悪人であれば迷い無く没収されていたかと思われます」
二人の総評に間違いは無い。無いがそれが全てではない。
――かといってそれを伝える義理も無い訳だが。
外を見るとすでに日は傾いてきた。そろそろ夕餉の時間だろう
「話し込んでたらもうこんな時間か。序でだ、今日はここに泊まって行きな。そこの同期の
◇◇◇
夕餉を食べ終え、水浴びを済ませたクサンテは、二階にあるイスミの寝室前にまで来ていた。
最初は断ろうと思い、イスミの案内で来た彼女の言う良い飯屋で夕ご飯(懐に優しいくせにとっても美味しいガーグァ鍋に三人とも言葉も忘れて結構な量を食べてしまったのだけれど……太らないわよね?)を頂いた後で宿を取ろうと思っていたのだが、宿代も馬鹿にならない、人が多い方が安心するからあたしを助けると思って、などと言われたら頷かざるを得なかった。
ちなみにアダイトとデンホルムは空いている別室にハンモックを掛けて寝ることになっている。
という訳で、寝室にいるイスミさんと二人きり、ということになるのだが、
(今なら、聞ける)
クサンテにとっては非常に嬉しい誤算でもあった。
イスミはハンター訓練生時代のアダイト――目下、アダルバートととても似通った人物と同期だという。
つまり、かつてのアダイトの様子を聞けば何かわかるかもしれない。例えば、アダイトがアダルバートである証拠、とか。
――実を言えばここまでの旅を通してクサンテ自身、すでにアダイトという男に惹かれてしまっているという自覚はあった。アダイトがあのアダルバート様だったら良いのに、とまで夢想し、ふと、そう考えてしまう自分が恨めしくなるほどに。
そして、怖くもあった。
アダルバート様が生きていたとして、なぜ自分に会いに来てくれなかったのか。
記憶を失ったのか、別に好きな人が出来てしまったのか――それとも死んでしまったものと思っていた自分たちを恨んでいるのか。
前者であればまだ良い……別に好きな人が出来ていたとしたら――言い方はすごく酷いけど、アダルバート様への思いを断ち切り、安心してアダイトに自身の思いを告げられる。
だけど、最後のだけは違っていて欲しい。自分は間違いなく立ち直れなくなる、クサンテがアダイトを直接追及出来なかったのはこの恐怖ゆえだった。
だが、過去の彼を知る人物から情報を集めて、それでアダイトがアダルバートでないとわかったのなら――自分はまた一歩、先に進めるはず。
意を決して、クサンテはイスミの待つ寝室へと踏み込む。
中にいた女性は
鎧を常日頃から着ているからか、体は白く、それゆえに艶やかな黒髪との対比が美しく、鋭くも蒼い眼は人によっては宝石に例えるだろうか。
そして何より、女から見ても美しいと感じる身体。
クサンテのそれが(真に、ま こ と に遺憾だが)男好きすると評される物であれば、彼女のは鍛錬の果てに行き着いた機能美。無駄は無く、しかし女としての美しさを併せ持つ体つきはハンターとして見習いたくなるほどに綺麗だ。
クサンテはぽーっと見蕩れていたのだが、羞恥に襲われ自分の身体を隠すように身体を抱きしめる。
しかし彼女はそんな姿を見てどういう訳か細い目で睨んできた。
「……あいつもああいうのが好みなのかねェ……」
しかも何やら恨めしいとばかりの暗い感情が籠った目だった。
「え、あ、あの、イスミ、さん?」
「――ん、ああ、いや、何でもないんだ。先に寝てていいよ。あたしはもう少し鎧を綺麗にしてから寝るから」
何でもなくは無かったと思うのだが――あの恨めしいという目線が消えたが、クサンテは少し警戒しつつ、彼女の鎧を磨くのに使っている作業台に対面するように、一人で寝るには大きいベットへと近づき、座る。
イスミの視線はすでにクサンテから離れ、鎧を布で磨く作業に没頭してしまっているようだった。
「ごめんなさい、実はまだ眠くないんです」
「あ、そうなのかい? じゃあ、お酒でも――」
「――それよりも、聞きたいことがあるんです」
ピタリ、とイスミの手が止まり、彼女の怜悧な――全てを見透かしてしまいそうな蒼い瞳がクサンテを射抜いた。
「アダイトのことだろう?」
「……!」
見抜かれていた。驚きで目を見開くクサンテに、イスミは噴き出して笑った。
「ばればれだよ。仲よさげにしたもんだから嫉妬してあいつの腕を抱え込んだりとか、アダルバートの話でアダイトを見た時の眼とかさ。あー、この子、あいつに惚れてんだなーって」
そんでもって、とイスミは一息入れ、磨いていた兜を作業台に置いた。
「アダルバートというあんたの許婚へのかつての恋慕が負い目になって、そのことが告げられないこともね」
「……はい」
クサンテは降参した。まさかたったあれだけのやりとりでそこまで見抜くとは、この人も只者ではない、ということか。
「……そんな尊敬するような眼で見ないでよ。ただあんたみたいな目を知ってるだけなんだから」
「え、それはどういう……」
イスミは咳払いをした。これ以上聞くな、というジェスチャーだ。興味はあったが、おとなしく口をつぐむ。
「それは置いといて、とりあえず結論から言うけど、アダイトがそのアダルバートかどうかはあたしも知らないし、わからない」
「……やはりそうした話は無かった、と」
「ああ、なんせあいつ、社交性は高かったけど自分のことを深く語るような人種じゃなくてね。それでもよければ参考程度に教えるけど」
「それでも構いません。教えて下さい!」
わかった、とイスミは応じた。
彼女曰く、昔の彼はもっと覇気のあるまっすぐな光を目に灯す少年だったのだという。誠実で社交的。強い熱意を持っていて同期の中では良い意味でやる気のある中心的な人物だったこと。
そして彼はロノム村という僻地にある村のギルドマスターに拾われたこと。
その他にも訓練生時代の彼のエピソードが色々と出てきた。
ロノム村。
その名を忘れる訳がない。忌々しい賊共に罠に嵌められるも、アダイトによって救い出され、上位種のドスファンゴを討伐した彼との出会いの地だ。
しかもドスファンゴの狩猟後、彼女はギルドマスターからアダルバート生存の一報を受けている。これは、偶然だろうか?
「あ、あの、一人称や口調の方はどう変わったのでしょうか?」
「今のあいつ、自分のことを「おいら」なんて言うでしょ? でも昔は「オレ」って言ってた。それにあんなとぼけた態度はしてなかったのよ」
それには心当たりがあった。彼はギルドナイツの使い走り――要するに密偵である。
そのためにハンターから侮られ易いように田舎モノを思わせるような口調をしていたり、とぼけた態度で油断を誘い、付け入る隙を作る。そのための演技であり、ハンターS装備も、一見であれば
だが、これだけの情報で彼をアダルバートか判断できそうに無い。
「ほ、他に何か、ありませんか。何でも良いんです! お願いします」
クサンテはイスミに頭を下げる。今は彼女だけが頼りなのだ。
「……そうだね……確かあんた、ユベルブ公国の姫様だろ? なら
「え、えぇ、
「ディードとアダイトもその騒動に首を突っ込んだらしくてね。その時アダイトがディードにこう言ってたらしいんだ」
――この国に、守りたい人がいる。
クサンテは目を見開いた。
「そ、その時の話を聞かせてください!」
「いや、詳しくはあたしも聞いて無くてね」
「あ、その、すみません……」
しゅん、と項垂れるクサンテ。しかしイスミはこのように提案した。
「――どうせ明日になったら当事者が二人揃うんだ。一緒に話を聞くのも良いんじゃないか?」
「ッ!! そうですね! そうしましょう! 」
天啓を得た、とばかりにクサンテはベットの上に上がり横になると「おやすみなさい!」と言って布を被った。
早く寝て、話を聞いた時眠くならないように、ということなのだろう。忙しない子だなぁ、とイスミは思ったが構わず鎧を磨く作業に戻ったのだった。
結局後編(次章への繋ぎ回)で一万近いとか、これ読むのきついだろ、と思いつつも投稿。
ディード、不在。
という訳で霹靂奔る弔い合戦はこれにて終了。
実を言えば葬式風景も書こうかと思ったのですが、村人達に向けた良い言葉が思い浮かばず断念。
本来は本章のエピローグであり、次章への導入として書く予定だった物をここにぶち込むことになりました。
次回、煉瓦の街防衛戦、序章。お楽しみに
Tips
・フオル村のハンター、その2
朦朧とした意識の中ディードが最後に見た碧色の布が彼のバンダナだったのか、ディードを村へと導いたのが死ぬ間際の彼だったのか、別人だったのか、彼の霊だったのかは判然としない。
しかも死後半月経っていたにしては死体の状態もそこまで悪くなかったこともあり、もしかしたら片腕になってなお、帰ることは出来ずとも数日前まで生きていたのでは無いかと思われる。
――真相はどうあれ、ディードは彼に導かれたのだと信じて疑っておらず、その生死に関しては問題ですらないと考えているようだ。
ディードによって村に持ち帰られた彼の亡骸は丁重に埋葬されると同時に、彼の使っていたバンダナは後にディードに引き継がれ、闘志の剣は村のシンボルとして掲げられることになった。
享年67歳。
・フオル村、その2
ディードの言葉と上述のハンターの遺した日記の言葉により村人たちの精神は立ち直り、モンスターのいない今のうちにギルドを通して復興と外界との交流のために様々な準備をオロク主導で進めていた。
百竜夜行、そして
それから六年経った現在は上述の「級位詐称」の罰としてフオル村へと派遣されたディードが専属ハンターとなり、村の発展に貢献。
豊富かつ質の良いフオル産の木材を求めて来る客や、名物のガーグァ鍋や焼き鳥に釣られて来る人が増え、今では飛行船の発着場や簡単な集会所をこさえるまでとなった。
・アダイト、クサンテ、デンホルム
本作の原典である「モンスターハンター 〜故郷なきクルセイダー〜」の本編に登場した主人公とヒロイン、そしてヒロインの従者を務める男性のトリオ。
本作では本編終了後のアダルバート・ルークルセイダーを探す旅の途中でフオルに立ち寄りイスミと再会、ディードとフオル村の話を聞かされるという形での登場となりました。
三人の活躍は原作の「モンスターハンター~故郷なきクルセイダー~」をお読み下さいませ。
実は装備を変えるか、単純に上位互換にするかですっごい悩んだ(特にアダイトは後者の場合そのままなので)けど戦闘まで行かないし、この時間軸でそこまで書くタイミング(次の次の章)まで丸投げしました。頼んだぞ未来のオレ(マテ)
・イスミ
「モンスターハンター~故郷なきクルセイダー~」の特別編「追憶の百竜夜行」に登場した平均以下のクソザコ野郎氏考案の男性装備を纏う女性ハンター。
平均以下のクソザコ野郎氏著「モンスターハンター~全身鎧の女狩人~」にて主人公を務めています。
今回はここまでの話(霹靂奔る弔い合戦)の顛末をアダイト達に伝える語り部を担っていただきました。
六年後の今は何やら精神的な余裕も出来たのか女性装備(なお相変わらずの全身鎧)になり、フオル村のディードの元に――ってことにしたけど良いですか?(震え声)。
武器はスキュラ大剣のブロードブレイド(XX仕様)としました(クロームデスレイザーとジークリンデで悩みましたがどうせなら防具のシリーズと揃えたいな、と)
※大事なことなので書きますが貧乳では無い、いわゆるバランスが非常に整ったモデル体型という奴です。
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煉瓦の街防衛戦
煉瓦の街防衛戦~その1
特に同期から誰を登場させるかマジで悩んだ……
なお同期たちの登場許可が無事にいただけたので公開!まぁ、明確な活躍は次回以降で、今回は名前だけになります。
こんな時間に誰だろうか……まさか泥棒でも入り込んだのか?
横で眠るイスミさんの身体を揺すると、彼女は程なく顔を顰めて目を覚ました。
「……なんだいこんな朝っぱらに」
「下から物音が、賊かもしれません」
その言葉にイスミさんは跳ね起きて、すぐに鎧を着け始める。すごく手早い。私も大慌てで着替えるが、追いつかず手伝ってもらい、二人で護身用の剣を手に寝室を出た。
音を極力殺し、階段手前の廊下の欄干から開けた階下を覗く。
下手人は日の出前の薄明かりの中でアイテムボックスを漁っては作業台の上に何かを並べている。値打ちのあるものを探しているのだろうか? 鼻歌まで歌う余裕さえ見せている。まさか空き家だとでも思っているのだろうか。
そのような悪行を、この私が見逃す訳がない。
――この時私は隣のイスミさんが力を抜いたことに気付いていなかった。
「取り押さえます。続いてください」
「え、ちょっとま――」
イスミさんの言葉も届かず、私は欄干に手を掛け飛び降り、そのまま下手人に向かって剣を突きつけ声を張り上げた。
「動くな!」
「っ!?」
侵入者が振り向いた瞬間、黒いフードの下から覗くドクロの面と目が合って
「……え?」
――気がついたらうつ伏せで倒れ、抑えつけられていた。
一瞬の早業。自分と侵入者との間には距離があったはずなのに強い衝撃を受けて剣を持つ腕が跳ね上げられたと思ったら、この有様だ。
「このっ――」
「黙っていろ……イスミ! イスミは無事か!」
「……え?」
この人、イスミさんのことを呼んだ? この人、侵入者じゃ――待って、そういえばどうしてイスミさんは助けに来てくれないの? それにこの方の慌てようは演技では無いようです……ま、まさか。
私はようやく自身の失敗を悟った。
「姫様! 何事ですか!」
「姫さん! 大丈夫か!?」
まずい、上からデンホルムとアダイトの声が聞こえた。このままだと私を取り押さえている彼と問題を起こしかねない――
「ディード、その子は客だ!」
「……客?」
イスミさんの鶴の一声が私たちを救ったのだった。
◇◇◇
引き倒した女性が客人であり、隣国の姫様と知った
まさか一国の姫君を引き倒すとか何やってんだ俺ェと顔を青くしつつ、「罰はなにとぞこの私めだけにぃ」と必死に嘆願したら本気で引かれた上に「それ以上の狼藉は許さぬぞ!」と彼女の従騎士だという男性と、なぜか一緒にいたアダイトに引き剥がされて、それでも縋りつこうとしてとどめにイスミからの冷たい視線を感じて震え上がった。
おかげで一周回って冷静になれたけど。
「あ、あのすみませんでした」
「……いえ、こちらこそすみませんでした」
互いに謝罪した上で、俺は彼女に「なぜこのような僻地に来たのか?」と問いを投げた。
グラナ王国に入るのであれば両国を結ぶセイス橋の方が遥かに便利なはずだ。だというのに彼らはここへきた。
そうして、俺は彼女達の目的を知った。
「――行方知れずの婚約者を探しに、ですか」
「はい。六年前からこの村を守る守護者。それがアダルバート様ではないか、と」
どうも俺の存在は大袈裟に外に伝わっているらしい。俺は守護者、だなんて大仰な存在じゃない。ただのフオル村専属ハンターってだけだ。
そのことに辟易としつつ、まさか
年齢もそうだが、10年前と言えばベルデ村で師匠に弟子入りして色々と教わっていた頃の話だ。
そしてクサンテ様もまた、そのことを理解しているようで「そのようです」と、少し悲しげにしながらも口になされた。
わざわざこんな僻地にまで足を運ばれたのに、何も無かったというのは心苦しい。
「何か私に出来ることはありますか?」
そんないたたまれない気持ちになった俺の
しかし彼女は少し考える素振りを見せ、
「――六年前、ユベルブ公国第三都市フィブルで起きた古龍の事件について、お話していただけませんか?」
そのまま俺にとって予想外のお願いをしてきた。
なぜ、今その話が出てくるのか、まるで
待て、落ち着け、動揺を表に出すな。俺は彼女に問い返そうとして――
「六年前の、フィブルでの話、ですと?」
彼女の従騎士だというデンホルムという男性の方が声を震わせて先に問い返していた。
「デンホルム、そんな顔をしてどうしたの?」
少女にとっても予想外の反応だったのだろう、そのように問いかけるがデンホルムの反応はぎこちなく、どういう訳か俺と、そしてアダイトの顔を見てから、何も言わずに顔を伏せた。
彼もあの事件に関わって――ああ、思い出した。
脳裏に過ぎるは倒れ伏す兵士たちの中、一人だけ大剣を手にして尚も挑もうとする騎士の姿。
そして、涙ながらに俺たちに頭を下げる男性。
彼だ。
アダイトに目配せするが、彼もそのことに思い至ったのか表情が硬い。
顎に手を当て、少し考えを纏め、そして口を開く。ひとまず
「失礼ですがクサンテ様――」
「クサンテで構いません」
「――ではクサンテ、確か君は、生存が確認された婚約者のことを探しにわざわざこの村に来たとか。それが何故六年前のフィブルの話に?」
「当時の私は訓練所にいたので、詳しい話を聞く機会が無かったのですが、イスミさんが言うにはあなたが当時フィブルに居たと窺いまして、是非とも当時の状況を教えていただけたら、と思ったのですが……ダメ、でしょうか?」
「当時の私は一介の駆け出しハンターです。私の話に価値があるとは――」
しかし、クサンテは微笑んだ。
「ご謙遜を、ハンターになってから僅か一年で上位に認められた方の話に価値がない、などと。イスミさんからあなたがどのような偉業を為してきたか、すでに
このお姫様、目をキラキラさせてるんだけどどういうこと?
「イスミ、話盛ってない?」
「あたしは村の人から聞いた話とあんたの話を纏めて一つの話にしただけさ」
「特にあの
「やっぱり話盛ってるじゃねぇか!?」
「そこはあんたが感慨深げに言ってたことをそのまま言っただけさ。気付いてないなら言っとくけどあんたって存外にロマンチストだよ? それにあんたの問題行動に関してもきちんと伝えたうえで尊敬してくれてんだ。少しは喜んだらどうだい?」
……でもあれは尊敬されるような話なんかじゃない。間に合わなかった男の情けない話――
「――納得していただけたところで「異議あ」あなたが六年前の古龍騒ぎの時にあの街にいたというのであれば、相手が古龍であろうとも間違いなく立ち向かったに違いない、と私は確信しております」
こ、この子、無視した!?
アダイトに目配せすると彼は首を横に振った。
「姫さんはもう話を聞くまでてこでも動かないだろうね」
ついでにそんな経験者の
さて、どうしたもんか。と頭を悩ませていると、クサンテがアダイトに向かって問いかけた。
「なぜあなたも他人事のように言うの?」
「なぜって……そりゃ他人事――」
「――フィブルの事件にあなたも首を突っ込んだ、とイスミさんから聞いているのだけど」
「……は?」
愕然とするアダイトを見てはっと思い出した。そういえばイスミにはそのことも話してたのだった。
怖い顔で睨んでくる
「ディード」
「あ、えっと……長い間連絡が取れなかったからそれで、つい……イスミにぽろっとね」
あははは、と力なく笑う。笑って、そして項垂れて一言。
「ごめん」
「……はぁ、連絡しなかったおいらが悪かったよ。こっちもこっちで事情があったんだ」
アダイトは重く溜め息混じりにそう答えた。
まぁ、うん、仕方ないだろうけどね。
「事情って俺たちにも話せないことなのか?」
「出来れば遠慮願いたいね」
「秘密主義が板についてるね。まるでギルドナイツだ」
俺の言葉に、アダイトは神妙な顔をしたかと思うと、真剣な顔で、
「ギルドナイツ所属、アダイト・クロスターだ。ディード・クリント、貴様に級位詐称の容疑で連行する」
なんてことを言い出した。級位詐称に関してもイスミから聞いたんだろうけど、なんだかなぁ……
「……なんてな。どうだい、おいらの演技。それっぽいか?」
「似合わないね……すごく似合わない。そういえば一人称どうしたんだ? キャラ変え?」
「ほっとけ」
そんな風に軽口を言い合い。顔を見合わせて
「「あっはっはっはっは」」
アダイトと二人で笑いあった。
昔なら「何言ってんの」みたいな顔してただろうに、成長したようでお兄さん嬉しいよ。
なお「とっとと本題を話せ」という女性陣からの目が怖いので話を戻すためにも咳払いを一つ。
「やはり、その件について話すのはちょっと……あまり良い話じゃないので」
「せめて、せめて話せる範囲だけで良いのです! 国の一大事にあのお方が、アダルバート様が駆けつけないはずが――」
彼女は必死だ。必死に訴えてくる。だけど、それでは話せない。
俺の恥を晒すことは正直どうでも良い。だけど
「クサンテ様、残念ながら俺はアダルバート様を知りません。つまりあの事件の中で例えアダルバート様に出会っていたとしても俺にはわからなかったということです。それでも――」
「ディード殿、構いません。どうか姫様にあなたから見たあの事件を話してください……あなたから語れない話は私からいたします」
だから予想外だった。まさか彼から許可が出るとは思っていなかった。
「いいのですか?」
「いいのです。いずれは懺悔せねばと思っておりました……あなた方はその聞き手に相応しい」
デンホルムはの目には確かな苦悩の色があった。
懺悔、彼はあの事件を罪と思っていたのか……
「デンホルム、あなた、まさかフィブルに? でも、懺悔だなんて……一体何があったというの?」
クサンテは彼の苦悩を帯びた神妙な面持ちに困惑していた。
つまりこの日まで彼は一度としてこの苦悩を悟らせなかったのか――主を煩わせないようにしてきたのか。
「姫様は六年前はまだ訓練所におられたので知らなくても仕方ありませんが、フィブルの騒動に関して、どのように聞き及んでおられますかな?」
「……アーサー様率いる騎士団と街にいたハンターたちの協力によって古龍は討伐された、と聞いていますが……どういう訳かその様子を吟遊詩人が語ることすらしないので詳しいことはまったく――まさか」
クサンテが何かに気付いたように息を呑んだが、そこに先回りして、アダイトが口を挟んだ。
「姫さん、
「……では何が問題なのですか?」
クサンテが首を捻る。そうだ。奴を倒したのは騎士団とフィブルの街にいた精鋭のハンターたち。
ここに偽りはなく、であればなんの問題も無い――普通で、あれば。
「それは、追々、時間軸を整理しながら話していきましょう。アダイトも良いね?」
「……まぁ、もうこうなったら話すしかないか。でもおいらの話せる範囲だけだからな」
「それでも助かるよ。俺の知らないこともあるだろうからね」
アダイトの言葉を了承し、そのままイスミに一つ頼みごとをした。
「イスミ、長くなりそうだから何か飲み物を準備してくれるかな。俺には苦いコーヒーを頼むよ」
「お安い御用さ。元気ドリンコも混ぜとくよ」
そう言って立ち上がったイスミを見送ると、俺は三人に話し始めた。
「まず、俺がフィブルに赴くことになった経緯から、話させてください」
◇◇◇
――六年前、ニケの里。
百竜夜行の後に、イスミの依頼を受けて、ニケの里に滞在し始めてから二週間。ベルデ村からは特に連絡も無く、今日も今日とて剣斧を手に依頼に奔走――
「ベルデ村ハンターズギルド支部所属、ディード・クリント。貴君を連行する」
――と、いうわけにもいかないらしい。
ニケの里の朝。集会所でイスミとアンネさんと共に朝食を食べている最中に集会所の外が騒がしくなったと思ったら、ギルド職員と思しき男と、
「……ディード、今度は何をやらかしたのさ?」
イスミが眉間に皺を寄せて俺に聞いてきた。
格安キャンペーン関係は調書も含めて色々と清算済み。フィブルでの件に関しては姐御曰く正式な報酬を受け取れという話だったのだけど、こんな大所帯で来られるほどのことではないはず。
それに犯罪の片棒を担いだ記憶は……あ、
「級位詐称の調書取りがまだだった……」
「は?」
「んん?」
「何?」
「なんですと?」
顔を青くした俺の言葉にイスミとアンネさん。そしてどういう訳かギルド職員の男と騎士鎧の男までもが驚いた。
「どういうことか説明してもらえるんだろうね?」
「
「そういう大事なことは早く言えこのバカッ! それならそうと説明してあたしの依頼を断れっ!」
「いや、必要があれば姐御からオトモを通じて連絡が来るから油断してたと言いますか……」
流石にイスミからの
「普通はそういう面倒事を先に片付けとくもんでしょうが!」
「あいたぁっ!」
拳骨を喰らって蹲る俺を尻目に、イスミはギルド職員の男に目を向けた。
「とりあえずこのバカをとっとと連れてって調書取るなりなんなりしな。ただこいつの話を聞く限りその件は情状酌量の余地があると思うとだけ言わせてもらいますが」
「あ、いえ、彼の言う件に関しては依頼者からの嘆願書も出ておりますので大事にはならないかと。今回はまた別件でして……」
ギルド職員の男がそう言うと、白金の鎧の男が前に歩み出た。
「彼にはユベルブ公国第三都市フィブルに
◇◇◇
「あの……なぜそのような嫌疑が?」
私の問いかけにディードさんは苦笑いをしつつ答えた。
「実はそれ以前にも一度フィブルを訪れたのですが、その時に
「
確かフィブル近辺は比較的弱い部類の大型モンスターしか現れないはず……つまりこれも古龍襲来の予兆だったということなのかしら。
「フィブルのハンターたちも慌てたでしょうね」
「ええ、近域のギルド支部と、私の所属していたベルデ村のギルド支部で
「……真相はどういう物、だったのでしょうか」
その事件に興味を持った私は彼にそう問いかけたけど、ディードさんは肩を竦めて答えた。
「当事者ではありましたが、色々な方の助けで嫌疑が晴れるまで軟禁されていたので詳しいことは何も」
私は顔を顰めた。
妙な話だ。
嫌疑を掛けられた当事者が、何も知らないというの? 冤罪の被害を受けたというなら、真相を知り、訴える権利があるというのに。
「興味は無いのですか?」
「興味ありません。知ってどうこうしようって言うならともかく、その気が無いなら知らなくても良いことです。私の嫌疑が晴れたなら……ハンターとして活動出来るならそれで十分でしたから」
淡々と彼は答えた。
……その言葉には「これでこの件は終わり」と言わんばかりの突き放すような響きがあった。
これはつまり、彼の口からは話したくない、ということ――まさかこれも古龍騒ぎの一端に繋がるのでしょうか?
「デンホルム。この件についてあなたは何か知っているかしら?」
「そのことに関しては初耳でございます。我ら騎士団がフィブルに入ったのは古龍の存在が発覚した後のことでございました」
「おいらがフィブルに来たのは多分その頃か、少し前だな。クリスティアーネとベレッタ、ユナに偶然会って、一緒に商隊の護衛依頼を受けて到着したとこだった。街の集会所に痕跡の調査依頼が妙に多いもんでどうしたんだろうって話をしながら受けて――姫さんなんで怖い眼でこっちを見てるの!?」
私にとっての一大事なので、と胸中で溢す。クリスティアーネとベレッタ、そしてユナ――名前からして全員女性と見るべきか。
今度アダイトの女性関係についてもイスミさんに聞いておくべきかもしれない。
噂をすればなんとやら。飲み物の入った水差しとジョッキを手にしたイスミが現れた
「はい、ご注文の飲み物。流石に昼間ッからエールって訳にもいかないから村特産のフオルメロンジュースだけどね」
「ありがとうございます」
ちょうど戻ってきたイスミさんが皆にジュースを配っていく。淡い橙の液体だ。一口だけ口に含むと爽やかで上品な甘味とすーっと身体を冷やす感覚が――これ、クーラードリンクと混ぜたのかしら?
「おいしいですイスミさん」
「そりゃよかった。そんでもってあんたにはこれ。嫌でも目が冴えるだろうね」
ディードさんは杯に入れられた香ばしい匂い――の中に何故か爽やかなハーブの匂いを漂わせる黒々とした液体に口を付けると顔を歪ませながら飲み込んだ。
……本当に不味そうに飲まれています。
「甘酸っぱさを覆い尽くす苦さに喉を通り越した後にやってくる異様な清涼感……やっぱり味は酷いけど、嫌でも目が覚める。ありがとうイスミ」
「いいよ。それでどこまで話したのさ」
「俺の嫌疑が晴れたところ。ほら、ニケの里から連行されたことがあっただろ? あの話」
「……ああ、そういえばそんなこともあったね。てことはここからが本番かい?」
そうなるね、とイスミに返し、冴えた目で皆を見て、語りだす。
「俺の嫌疑が晴れて、いざ自由の身、そんな時に会議場に飛び込んできた人物がいたんだ。彼は自身を龍歴院の使いだと名乗り、その上でこう言ったんだ」
――この街の近域で
「
今やその名を知らないハンターはいない。
黒い不吉な風を纏う
そして十年ほど前に猛威を振るったとされる狂竜症の元凶。
フオル村の
「クサンテ、これから話すのは成功譚ではなく失敗談。俺とそこにいるアダイト、そして俺たちのわがままに着き合わせてしまった同期の失敗談なんだよ」
クサンテ(なんでアダイトの活躍を聞こうとしただけなのにこんな大事になってるのかしら)
Tips
・マイハウス
参考はアイスボーンに登場した階段着きの広いものに更に複数の個室が据えられた物。とはいえガラス張りではない純粋な木造建築。正直二人のハンターが使うからと言って欲張った感は否めない。
場所は先代ハンターの住んでいた小屋の傍。
・セイス橋
ユベルブ公国とグラナ王国は国境をまたがる川が存在し、セイス橋とはその国境を跨る橋のこと。両岸には街があり、セイス街と呼ばれているとか。
由来は6のオランダ語。
・フオルメロンのジュース
フオル村の特産品のフオルメロンのジュース。フオルメロンは糖度が非常に高いため、飲み物にする時は水などで薄めて飲む。夏場にクーラードリンクで薄めて飲むとキンキンに冷えてすごく美味しいとか。
ただし保存は利かないので間違ってもクーラードリンクのように常備しようとか考えたらダメ。
・
MH4の看板モンスターにして本作において六年前にフィブルへと近づいた脅威。
正確には古龍ではなく、未だに正確な分類が為されていないという特殊なモンスター。
分類されていないことに気付いたのはこの話を執筆してる途中という与太話があったり。
・デンホルムさんの六年前
どうやらモンハン世界において「騎士はハンターでもある」という解釈も出来ることがモンハンライズの登場人物の一人によって示されていました。なお彼女が百竜夜行に共に立ち向かうと言ったら客人だからと断られていたようですが。
そこでデンホルムさんも従騎士として下位のハンターライセンス自体は持ち合わせていた物と見做し、当時訓練所にいたクサンテとは別行動をしていたということにして、彼も六年前の当事者に加えました。
・今回の章に登場するイカした同期たちを紹介するぜ!(マテ)
クリスティアーネ・ゼークト(ゲオザーグ様考案キャラ)
同期の一人。180cmという恵まれた身長とグラマラスな身体を持つ大剣使いのお嬢様。民を守るための「力」を求めてハンターとなった少女。
事件当時14歳。現在20歳。
・ベレッタ(ピノンMk-2様考案キャラ)
同期の一人。姉はハンターだったが依頼に失敗しモンスターに殺されてしまい、ハンターになった弓使いの少女。
その胸中に抱えるは怨讐か、それとも尊い願いか……
事件当時14歳。現在20歳。
・ユナ(クレーエ様考案キャラ)
同期の一人。非常に小柄で、それゆえにモンスターの巨体の懐に潜り込むことに長けた双剣使い。小柄であることにコンプレックスを覚えている。
事件当時15歳。現在21歳。
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煉瓦の街防衛戦~その2
そしてまた中途半端です。次回こそ動きますのでどうかお待ちを(ガクブルガクブル)
話を切り出したのはディードだった。
「さて、まず誰が話すか、だけど。俺の場合釈放されるまで軟禁状態だったから、それ以降のことしか話せないと思う。デンホルムさんは?」
ディードの問いにデンホルムは一度顎に手を当て、
「確か……我々騎士団は、
そんな流れであれば、視線はおいらに集まる訳で、特に姫さんは期待の眼差しを向けてくる。
「と、なると、おいらの話が最初かぁ……けど、さっき言ったようにおいらはただ、妙に多い痕跡の調査を同期三人と一緒にやったってぐらいなんだよ。結局、
そう言いつつ
◇◇◇
――6年前、フィブル
フィブルの近域は南側に採石場となる岩山(過去の地殻変動で隆起したものだとか)がある以外は平野帯が続いており、平原の中に所々林が散見され、規模は小さいが川も流れている。アブノトスやケルビといった小型のモンスターたちにとっては住みやすい土地で、林の周辺や川辺に群れで行動している。
そして少し遠くに見える丘陵地帯では大型モンスターの多くが住処としていて、小型モンスターを捕食するために時折降りてくるらしい。
それがここフィブルを取り巻く自然の姿だ。
オレたち四人は商隊の護衛依頼の後、数日滞在するという商隊に別れを告げ、ここの大型モンスターの痕跡探しの依頼を受注、探索を行っていたのだが……キャンプに戻ってきたオレたちは、
「見つけたか?」
「見つかりませんわ……」
「こっちも見つけてないです」
「……ない」
全員、全くの成果なし、であった。
街の受付け嬢曰く、四ヶ月前にこの街の近域で見られなかった筈の
ポーチから携帯食料を取り出して口の中に放り込んでから、報告を始める。
とはいえ
「一応言っておくと、オレは丘陵地帯に行ってた。丘陵地帯は平和その物で、結構な数のアブノトスがのんびり歩いててちょっと癒されてた……何人かのハンターとすれ違ったから声を掛けてみたけど痕跡は見てないそうだ」
そう言って肩を竦めて見せる。正に無駄骨という状態だった。
だが、オレの言葉に反応したのは180cmというこの中でも最も背の高い少女であった。
「そういうことでしたら
その身に纏うは
――クリスティアーネ・ゼークト。
フラヒヤ山脈の近くに領土を持つ大貴族、ゼークト家の令嬢。民を守る力を求めてハンターになった少女。同期たちの間ではクリスという愛称で呼ばれる大人顔負けの膂力を誇る大剣使いだ。
とはいえ、箱入り娘で世間知らずな部分もあり、気の良い同期の面々で助けていたこともある。
「と言ってもこちらも全くの無収穫でしたの。あれだけ広々とした平原なら、空を飛ぶ飛竜種の影ぐらいは見えるかと思い双眼鏡片手に見張っていたのですけど……」
宛てが外れましたわ、とクリスは肩を竦めた。
確かにこの環境下で小型モンスターを餌とする飛竜種や鳥竜種が飛んでいないのは珍しい。
「何か気付いたことはあるか?」
「そうですわね……そういえばアプトノスの群れの規模が大きくなっていたように思いますわ。視認したもので群れが7……いえ8は居ましたわね」
「そんなにいたのか」
「ええ、私の目の届かない場所にもいたでしょうから実態は更に多いかと。間引きをするために狩猟を行うハンターの一団の姿もお見かけしましたわ」
ふと、集会所の掲示板に珍しくアプノトスの狩猟および生肉の納品依頼が複数張り出されていたのを思い出した。数が増えすぎているという証拠だ。
大型モンスターがここ最近現れていないのは間違いないか。
「出来ればもっと良い情報をお伝えできればよかったのですけれど、
クリスはそう言って報告を締めくくり、残りの二人へと話を促した。
残りの二人は互いに顔を見合わせると、そのまま流れるように
「では、次は
と、
――ベレッタ・ナインツ。
同期の中でもモンスターに対し並々ならぬ感情を向ける弓使いの少女。
出会ったばかりの頃は同期たちの中でも必要最低限の事務的な会話しかせず、周囲に心を閉ざしていた上、焦燥感を滲ませる様子も見てきた。
訓練を通じてオレたち同期組とも多少は無駄話もするようになり、普通の女の子としての姿も見せられるようになったので、同期一同、とても安心してたりする。
「私もお姉様と同じで目覚しい収穫はありません。丘陵の麓は平和そのものでした。ただ、群れからはぐれたのかアブノトスが平原側から丘陵へと登って行く姿を目にしました。おそらくお姉様の話していたハンターたちの影響で逃げ込んでいるのではないかと」
「どおりで彼方此方でアプノトスを見る訳だ……」
丘陵で見たアプノトスの群れを思い出す。そういえば小さな個体が多かった。大きな個体を狩られて逃げ込んできていたのか。
「ですがそれ以上の情報はありません……他のハンターの方を見かけはしましたが、関わらないようにしていましたから……」
「仕方ありませんわ。女だからと不躾な視線を向けてくる方は少なくありませんもの」
顔を俯かせるベレッタと悩ましげに溜め息を漏らすクリス。
今では女ハンターというのも珍しくないのだがそれでも女だからと侮る人は少なくない。
しかしそれ以上に問題なのは――
「まぁ女だから、というよりもオレたちが子供だから侮られてるって方が正しいんだろうけど」
そしてもう一人は場所によっては成人扱いされる15歳なのだが……外見だけで言えばここにいる四人の中で一番幼い。
当の本人はちらりと横目で窺うと、目が合い、そして
「……何?」
と首を傾げながら、か細くもしっかりと耳に残る声で訊ねてくるだけだった。
年齢を考慮してもなお小柄――しかし身に纏うは
――ユナ。
その小柄な体格と俊敏さを活かし、敵の懐に潜り込むことに長けた双剣使いの少女。
妖艶な装束と顔の上半分を覆うヴェールの下から時折覗く円らな赤い瞳に普段の寡黙さが実に神秘的。成長したら傾国の美女になりそう……成長したら、とは同期の男連中だけで集まった時に始まったちょっとしたバカ話の中での評価である。
「いや、ユナはどこを探索してきたのかと思って」
「……」
ユナはオレの問いにポーチをごそごそと漁ると地図を取り出してテーブルの上に広げた――これはフィブル周辺の地図か。
「ここ……」
そう言って彼女が指差したのは、街の南側にある採掘場だ。地殻変動で出来たという岩山からは煉瓦の元である粘土や頁岩に加えて、坑道内ではハンターたちにとってお馴染みの鉱物や「お守り」も掘れるため、専任の従事者だけでなく鉱石目当てで採集のクエストを受けるというハンターは少なくない。
そしてユナは言う。
「
「……行ける、場所、ですか?」
ベレッタの問いにユナは頷くと、もう一枚の地図を取り出した。
これは、坑道の見取り図だろうか? 枝分かれした道の先に×印が付けられ、その先が書かれていない。
「危険区域」
「……崩落の危険でもあるのでしょうか?」
「だからお頭って人に明日入らせて欲しいって言ったら……」
ユナはそこで口を噤み顔を顰めさせた。
「……言ったら?」
「小さい女子は入れられん……って」
「「「……」」」
彼女がか細い声で吐き捨てたのを見て、オレたち三人は目配せした。
ユナは15歳でオレたちの中では一つ上の年長者だが、傍目には童女にしか見えないのは事実だが、彼女はそのことに劣等感を覚えている。同期の中でも背の高い女性陣に羨望の目を向けていることも少なくなかった。
なお、彼女の小柄さをバカにしてはいけない。訓練所の先輩方をモンスター顔負けの迫力と巧みな格闘術でボッコボコにして舎弟にしてしまった話は今でも語り草だ。
本人はその話を聞くと「いっそ殺せ」と言わんばかりに悶えるので、劣等感を刺激する話含め出来るだけ話題に挙げないようにしていたりする。
要するに、彼女は現在、不機嫌、という訳で、ここで慰めればいいのか、と言われるとそれは違う。オレたちが慰めを言っても、ただ嫌味になるだけだ。
こういう時、シンが居たら考えなしに何かを言って、被害を一手に引き受けながら彼女を発散させてくれるのだが、残念ながらあれはシンという頑丈で考えなしで裏表の無い人物だからこそ出来ることであって、オレに出来ることじゃない。
オレに出来るのは
「とりあえずそのことはギルドに報告して探索許可を貰うとするか」
「そうですね。それにしても採掘場は人の出入りが激しいので大丈夫と考えていましたが、立ち入り禁止区域があるというのは盲点でした」
「ええ……ユナさん、明日こそリベンジ! ですわ!」
「……」
ユナは言葉を口にしなかったが、こくり、と頷いて見せた。
――その翌日のこと。
「許可、出来ない、ですか……」
残念そうにするクリスに対し、受付け嬢は申し訳無さそうに続けた。
「皆様がこれまでに挙げた成果についても吟味させていただきました。駆け出しとは思えない素晴らしい貢献をしておられましたが、有望な人材を崩落する可能性の高い場所に放り込んだとなれば当ギルドの責任問題になりかねない、というのがギルドマスターの見解でして……」
「それは考えすぎでは……」
「それだけ危険な場所、ということです。半年前に崩落事故があって、ハンターが二人犠牲になったばかりで……」
「封鎖は……出来ないか」
はい、とアダイトの問いに受付け嬢は答えた。
採掘資源はこの街の財源と言って良い。鉱石自体の価値もそうだが、それを加工してつくられる彫像や細工、画家の用いる絵の具の染料などの用途もある。この街に職人が集るのはそうした材料の入手が容易で安価だからだ。
故に、採掘場を封鎖した場合、フィブルの街のみならず公国が被る経済的な被害は凄まじい。故に、危険な箇所は封鎖する形で続けているのだろう。
それでクリスも一応の納得はしたようで、彼女から受付け嬢に一つ問いを投げた。
「採掘場の探索はどなたが?」
「こちらで信頼の置ける人物に探索を依頼することになっています――」
そこで受付け嬢は言葉を区切ると、周りを見て、自分たちが注目されていないことを確認してから手招きしてきた。近づけ、ということらしい。
ふてくされて頬を膨らませているユナを引っ張って受付け嬢の傍に寄ると、彼女は声を潜めて、このように続けた。
「――聞いて驚かないでくださいね? 実は痕跡の捜索のためにG級ハンターさんが来ていて、その方が受けてくださいました」
「「「――!?」」」
G級。その由来こそ不明だが、オレたちハンターの中でも最上位。大陸全土でも一握りしか居ないとされる人を超えた者たちに、ギルドから与えられる称号。
まさかそんなすごい人が探索を請け負ってくれるとは……いや、まて、言い換えるとそれだけ探索は危険だったということか?
「そういう訳ですから、坑道の危険区域への立ち入りは――あ、噂をすれば……戻ってきたようですよ?」
そう言って受付嬢が指差した先を見て、そして気圧された。
――集会所の入り口に、禍々しい黒い鎧を纏った男が立っていたのだ。
男は無言のままこちらへと歩み寄ってくる。その一歩一歩が重さを伴ってオレたちを気圧した
ごくり、と息を呑む。
ハンターの行き着く先。それをただ見ただけで理解させられる存在。これが、G級か。
それにしても、見たことの無い防具だ。全身を覆っているのは角? いや、まさか鱗……逆鱗か? どれだけ狩ればあれだけ集められるというのか。背に負う大剣もまた禍々しくもとんでもない代物であることは一目でわかった。
そんな男に気圧されて受付け嬢の前から離れると、彼は不思議そうにオレたちを見ながら、受付け嬢の前に立って羊皮紙と二枚の竜鱗を取り出してこう言った。
「これを持って議場に居る連中に伝えな。『坑道奥に
◇◇◇
「と、そんな話をすぐ傍で聞いたぐらいだな。でその後で
「十分関わってるじゃないですか……本当なら感謝状と共に褒美を送る働きですよ?」
そのように姫さんは言うが、肩を竦め、否定する。
四人一緒に動いていたならオレたちも受け取っただろうが、実際は各々別れての探索だったのだ。これでオレたちまで貰うのは詐欺とそう変わらないだろう。
そう告げると、流石の姫さんも少し不満げでこそあったが納得してくれたようだった。
「そういう訳だから、おいらたちとディードが合流してからの話で良いんじゃないか?」
「そうか……じゃあ、そうするか」
ディードが頷き、そして口を開く。
「俺がアダイト達に会ったのは――」
◇◇◇
――本当に、偶然だった。
釈放されたあとで
街にはすでに騎士団も到着していて、ギルドには騎士団の団長にギルドマスター。そして痕跡の発見者だったG級ハンターと龍歴院の学士を中心として
「……もしや、ディード様?」
「……クリス?」
声を掛けてきたのは街中を一人で歩くクリスティアーネだった。
「カムラの里以来だから二ヶ月か……こんな場所で会うとは思って無かったよ」
「それはこちらの――いえ、ディード様の生まれのグラナ王国は隣国でしたわね……私は商隊の護衛でこの街に来ましたの。アダイト様とベレッタ様、そしてユナ様も一緒ですわ」
「それはまた珍しいね……その三人は?」
「三人は探索に出ていますわ。そして私はこれを受け取りに」
そう言って彼女は背中の大剣を示した。これはバルバロイブレイドか……
確か
「懐かしいな。ヤクライさんの助言で作った大剣か」
「ええ、少々本人証明の手続きで手間取ったので今日は別行動しておりましたの。ディード様は?」
「俺は――
――クリスは俺の件に無関係だったから、余計な心配をさせないように嘘を吐いたんだ。
事実、クリスは「立派な志」って褒めてくれたよ。
ああ、その通りだアダイト。俺が浮かない顔をしていたって言うなら、それが理由だな。
「でしたら私たちと同じ宿に行きませんこと? ちょうど空きもありますわ!」
「そうなのか? じゃあ、お言葉に甘えさせてもらうよ。ありがとうクリス」
「いえいえ、困った時はお互い様ですもの」
そうして俺はアダイトたちと合流して、そのまま一緒に行動するようになった。本当に助かったよ。
けど、そんなある日、俺たちは
・男連中のバカ話。
訓練生時代に同期の男たちだけで始めた酒盛りにて出てきた話。始まりはシン。酒盛りをしている中で、「男連中だけで話すんならこれやろ!と出してきた話題。
ノリとしては「クラスの女の子で誰が一番可愛いと思う?」みたいな物。
なお、詳しい内容はここでは割愛するが、同期の女性陣のここがいいあれがいいという話から始まって、惚気話に発展したり、筋肉の良さを力説し始めたり、武術の演舞が披露されたり、みんなで歌いだしたり、なんてことをしたらしい。
なお、この世界における飲酒制限については触れないが……翌日は阿鼻叫喚だったとか。
・G級ハンター
こちらで設定したベルデ村のG級ハンター。
装備はEXエスカドラシリーズ。つまり煌黒龍ことアルバトリオンの討伐経験者としています。
なお、アルバトリオンの存在はW:I時点ですら「全ての属性操ってくるとか、そんなバケモン居るわけネェだろ」という意見がまかり通って資料の大半が焚書されていたとかいう話なので、アダイトの反応は単純にアルバトリオンを知らないからこその物です。
・ユナの報告
実はすんごい大手柄。フィブル支部側は「人が多く居るのに目撃情報が出てないから」と見落としており、上述のG級ハンターにより危険区域の奥から採掘場裏にある森林まで続く洞になっていたことが確認された。
裏手は蔦や茂みで隠されており、そこが
更に付け加えると崩落も起きたらしく、G級ハンターじゃなければ死んでいたかもしれない。
その後「ディードがそこで
・
モンハン4のOPが元ネタ。
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煉瓦の街防衛戦~その3
しかも次回までデンホルム視点が続くんじゃ()
そこに至るのであれば、ここからは私が話す番でありましょう。
当時の私は、ルークルセイダー卿――アーサー様の御付の騎士として控えておりました。
我らの許にその報せが届いた時、私はお恥ずかしいことに恐怖を隠せませなんだ。噂に聞けば、彼の黒蝕竜は然る古竜の幼生体。捨て置けば自然界への影響は甚大であり、何が何でも滅ぼさねば国が傾きかねん、と。
これほどの国難を前に返事を待ってはおれぬ、とアーサー殿は大公陛下に手紙を
姫様、これは決して陛下を軽んじたということではございませぬ。危惧を口にした私に対し、アーサー様はこのように仰られました。
『そもそも竜歴院の使者が陛下にもお伝えしないはずがない。陛下へと一々確認を取っていては、それこそ陛下のお怒りを買うであろう。故に我々は先んじて動かねばならない。動ける者達を全て叩き起こせ!』と。
そうして我らは出立の準備を行い、二日を掛けて、フィブルへと辿り着いたのでございます。
しかし、辿り着いたフィブルでは竜歴院の使者と、ギルドマスターの間で不和が起きておりました。
――使者殿。当ギルドでは
――ギルドマスター殿! 何故理解してくださらぬのですか!
ええ、姫様。確かにこのギルドマスターは愚かでもあったのでしょう。結果的に黒蝕竜は潜伏しておりました。
しかし、私にはかの男に同情する部分もございました。何故なら、我々も竜歴院からの報告に間違いがあったのではないか、と錯覚するほどに、街はおろか、近域は平和そのものだったのです。
ゆえに我ら騎士団も困惑しましたが、それ以上に困惑していたのは街の住民たちです。ギルドが黒蝕竜の潜伏を報せてすらいなかったことで我々の到着を何事かと見ておりました。アーサー様ご本人の姿があったこともそれに拍車を掛けたかと思います。
しかしアーサー様は慌てることなく二人の間に入ると、このように告げました。
――ギルドマスター殿、その疑念はもっともだ。行軍してきた我らですら平和その物と見紛う景色ばかりで、危機感を削がれてしまっている。しかし龍歴院が確証も無く我ら騎士団にかの竜の存在をひけらかすことは考え難いでしょう。で、あれば備えるだけ備えておいて損は無い。
――今回の件に関する責は全て私が負います。黒蝕竜対策本部の設置をお許しいただきたい。
そうしてアーサー様を最高責任者として黒蝕竜対策本部の設置と、黒蝕竜の潜伏している可能性がフィブルの街にいた人々へと周知されることになったのです。
その報せに多くの行商人が
――はい、確認しただけでも20名ほどしか残りませんでした。というのも、当時のフィブルは多くのハンターが訪れることから、専属のハンターの割り振りが少なくされており、非常時は滞在していたハンターたちが対応することになっていたのです。
しかし、その多くは古竜モドキを相手にしようとは思わず、より安全であろうと思われる行商人の護衛として街から離れることを選び、残ったのはフィブルを故郷とする者たちや、この街を離れられない専属ハンターに、
もちろん、このことは国からギルド支部を通して抗議され、現在では専属ハンターは増員されておりますのでご安心を下さいませ。
話を戻しましょう――
確かに我々は備えました。しかしながら人とは目に見えぬ危機に対し、常に気を張り続けられるように出来ておりませぬ。備えども、危機の訪れない日々は、日に日に騎士とハンターたちから緊張感を奪って行きました。
そのような中でも対策本部内で緊張感を保ち続けていたのはアーサー様と龍歴院の使者である学士殿と彼の護衛を務める龍歴院のハンター様。そして、隣国グラナ王国のベルデ村より来られていたG級ハンター様だけで、不敬にもその様を嘲り嗤う不届き者もいたほどでございました。
そして私は、アーサー様に倣い、気を張り続けていましたが、同時にこの状況を打開しなくては、という焦りもありました。そして私は、志願した17名の兵を率い、捜索に赴いたのでございます。
そうして向かった先は丘陵地帯でございました――
◇◇◇
――六年前、フィブル丘陵地帯。
「――三人一組で班を組み、この近辺をくまなく捜索せよ。見つけ次第信号弾を打ち上げるのだ! 散れ!」
「「「ハッ!」」」
騎士たちが散らばっていくのを見送ると、デンホルムもまた自身と共に捜索を行う二人の若き兵に声を掛けた。
「お前たち、行くぞ」
「ファルガム様、この辺りはすでにハンターたちが調べた区画と聞き及んでおりますが……ここを捜索するのですか?」
若き兵の一人が、そのようにデンホルムに問いかけた。
その者はカスクという名で、真面目で誠実、努力家でもあったが、気弱で自信の無いところが気になったデンホルムが何かと目に掛けている青年だ。
対してもう一人は、カスクに対して呆れたとばかりに溜め息を溢しながらも口を開いた。
「お前、そんなこともわからないのかよ。要するにおっちゃんは『ここまで見つかんねェのは、奴らの見落としがあったから』と疑ってんだ」
その者の名はフィラム、といった。
粗野な口調で話し、礼儀を弁えない素行不良な少女だが、女とは思えぬ暴力の才を持つ女傑であり、その暴力を人の為に役立てられないか、とデンホルムが目を掛けていた少女でもある。
本来は今回の出陣には連れて行かないはずだったのだが、勝手に来てしまったのでデンホルムの監督下であることを条件に同行することを許可されていたのだった。
なお、上官であるデンホルムにをおっちゃん呼びするのは彼女ぐらいのものである。
「疑念が無いといえば嘘になるが……それ以上にこのままでは不味い、ということはおぬしたちも理解しているだろう?」
「……気の緩み、というのはわかります。ですが敵が見えないのに気を張り続けるのは疲れますから」
「そういう弱いとこを見せたら食われるのがこの自然なんだけどな――なるほど、おっちゃんは焦ってる訳か」
――例の
そして同時に、
逃げたとはいえ、修羅場をくぐり、生き残った個体だ。傷が癒えればより強大な存在として立ち塞がるはず。抵抗は激しい物となるだろうが、討伐するなら手負いの今をおいて他に無い、ということらしい。その上での捜索に関わらず成果は無し。焦りもしよう。
「専門家が見つけられない以上、我らが見つけられるとは思えんが……」
「そういやぁ、おっちゃん、ごあ、まがら?とかいうモンスターの痕跡わかんの?」
フィラムの言葉にデンホルムはぴしり、と硬直し、
「――かといって、あれこれ考えを尽くすだけでは何も始まらんからな! 行くぞお前たち!」
そう言って、ズンズンと早歩きで二人を置いてけぼりにするのだった。
――
「……おっちゃんはそういうとこが抜けてんだよなぁ……焦るのもわかっけど、しっかりして欲しいぜ」
「文句を言っても仕方ないよ。それに深刻に悩むのはあの方らしくないだろう?とりあえず追いかけようか」
「まぁな。おっちゃんはああでなきゃ」
けらけらと笑うフィラムと仕方ないなと苦笑いをもらすカスクの間で、こんな会話が交わされていたことを、デンホルムは知らない――
◇◇◇
「丘陵地帯に到着した我々は捜索を始めました。とはいえ、如何せん騎士としての生活が長く、素人同然。半日を掛けて探しても見つからず、疲労ばかりが溜まって来た頃、部下の提案で号令を掛け一度兵を集め休憩することにしたのです。ですが部下のうち一組の姿が見えなくなっていたのです」
「どこかで迷ったんじゃないのかい? 騎士団って言っても地理には疎いんだろ?」
イスミの問いに、デンホルムは首を横に振って見せた。
彼が言うにはその行方知れずになっていた組の長を務めていた男は、フィブルの生まれであり、『丘陵地帯は庭のような物』とまで口にし、着いて来た。
そして丘陵地帯までの案内はその者が請け負っていたのだという。
つまり現地の案内役だった兵がいなくなってしまったのだ。
「じゃあ、そいつらはどこに……まさか」
「……」
何かに気付いたようなイスミの言葉に対して、デンホルムはすぐに答えなかった。
悔やむように、宙に目を向け、そのまま目を瞑ると、彼は、苦しげに言葉を続けた。
「彼らは
◇◇◇
――フロレンスの班はどこに行った?
そうデンホルムが口にするのと、上空に打ち上げられた信号弾に気付いたのはほぼ同時のことだった。
信号弾の色は赤。それは事前に取り決めた符丁において、撤退、を意味する物だった。
「あれは、フロレンスたちか!?」
「撤退!? なんで撤退なんだ!?」
「あいつら無事なのか!?」
「ファルガム様!」
突然のことに慌てる兵たち。しかし、これに一番困惑していたのはデンホルムだった。
(撤退、撤退だと!? 発見でも救援でもなく、撤退だというのか!?)
発見、であればそのまま観察を開始しつつ、街へと伝令を送る。
救援、であれば全隊集結して対応。
撤退は文字通り。丘陵地帯からの離脱を最優先。
デンホルムはこの取り決めの際に、撤退の信号弾が打ち上げられた場合のことを兵たちに告げていた。
――なりふり構わず逃げろ。何が何でも生き残り、街へと走るのだ!
相手は古龍に準ずる存在。危険な任務になるとわかっていたからこその取り決め。一人でも多く生き残らせるための有情の宣告。
そしてその時は、デンホルムは自身の身を呈して、
その時が、来てしまった。背に負う
この命、アダルバート様を守れなかったあの日に捨てたも同然。それを、我が国の後の守りとなりうる若者たちのために捧げられるならば本望だというのに、何を臆しているのか。
「おっちゃん!」
「――っ!」
フィラムの声で意識が現実に引き戻される。
「おっちゃん! どうすんだ!?」
「――救援信号を上げろ! 近くにいるハンターに報せるのだ!」
「「「はいっ」」」
兵たちが慌てて信号弾の発射台を組み上げていく。
――残念ながらこの国にスリンガーなどという便利な物はなく、組み立て式の嵩張る発射台しかないため信号弾を上げるにも準備が要る。あと数分は掛かるか。
「私はフロレンス班の救援に向かう! お前たちは信号弾を打ち上げた後に街へと戻りアーサー様にこのことを伝えよ!」
「ファルガム様!お供し――」
「――要らぬ! アーサー様に必ず伝えるのだ!」
そう言って、デンホルムは駆け出した。
――その後ろをフィラムとカスクが追走してくる。デンホルムは怒鳴った。
「フィラム!カスク!私の命が聞こえなかったのか!」
「ウチはおっちゃんの監視下にいなきゃいけないでしょうが!ドヤされたらどうすんの!」
「巨漢のファルガム様でも、同時に三人を抱えて逃げられる訳ないじゃありませんか! 戦おうなんて馬鹿なことは考えてませんし、フィラムが無茶しそうなら止めますからご安心ください!」
「……ッ!」
怒鳴り返そうとして、しかし、カスクの弁にも一理ある、と口を噤む。確かに己だけでフロレンス班の三人全員が負傷していた場合、全員を逃がすことはできない。
このまま一緒に行くか、追い返すか――逡巡は一瞬。
「命の保障はせんぞ!そこのじゃじゃ馬の手綱をしっかり握っておけカスク!」
「はい!」
「じゃじゃ馬って言うな! ウチが無茶すること前提で話すな! むしろ無茶しようとしてんのおっちゃんでしょうが!」
「……行くぞ!私の足について来れるか!」
「何が何でも着いて行きます!」
「無視すんなぁぁぁっ!」
がやがやとやかましく、しかしその足を動かすことを止めずに、三人は救援へと向かう。
――この時のデンホルムは、信号弾を上げるために残された兵たちがその背を見て何を思っていたのか、考えもしていなかった。
道中、背後で救援の信号弾が幾つも上がったのを確認しながらも、彼らは最初の信号弾が打ちあがっただろう地点に向かって駆けていた。その途中のこと。
――VAAAAAAAAAAAッ!
竜の咆哮が響き渡った。
「この先だ!」
「この咆哮は
「うむ、急ぐぞ!」
そうして辿り着いた傾斜面の見下ろした先は、足場の悪い岩場だった。学士ではないデンホルムにはどういう理由でそのような環境が出来たかは定かではなく、また興味も無い。ただただ薄闇の中で動く影を探し――見えた。
実物で見るとなんと不気味な姿か。顔らしき所に目は無く。黒衣がはためくかのような両翼と黒い鱗粉が尾を引く姿は死神を思わせるその容貌。
そして探していた兵たちの姿も見えた。彼らは剣と盾を構えながら勇敢に
「逃げ――」
デンホルムの言葉が三人の兵に届くことなく、彼らはその巨体によって、そのまま空へと放り上げられ、そして地へと叩きつけられた。
同時にデンホルムは傾斜を滑り降りる。
「きさまぁぁぁぁぁぁっ!」
――滑走距離は十分。狙い、良し。
滑り降りる力は自身という弾丸を射出するための発射台。デンホルムは地面を強く蹴り出して飛び上がった。
――高さ、良し。落下地点、
「――ハァァァァァ……!」
背に負う大剣。その柄に手を掛け、引き抜き、振りかぶって渾身の力を込める。
――
「でりゃあァァァッ!」
「VAAAAAAAAAAAッ!?」
デンホルムの振り下ろした大剣は、綺麗に
不意を突いた強襲は
「お前たち、何をしておるか! 負傷者を連れて撤退せよ! 急げ!」
「「は、はい!」」
慌てて滑り降りてくる二人を背に、デンホルムは怒りの形相のままに
古龍に匹敵するモンスター。
現状、この怪物の討伐は不可能。今回集めた兵を総動員してもこちらは壊滅するのは目に見えている。
それほどの相手に、兵たちの回収と離脱を行うカスクとフィラムが安全な場所に辿り着くまで抑えなくてはならない。
不可能、という三文字が脳裏に過ぎり、即座に斬り捨てた。
彼らは兵だ。国のために死ぬことを選んでこの場にいることは百も承知。しかし
彼らはまだ若く、先がある。この国の未来の守り手。それこそが彼らだ。
生き延びさせなければならない。この、命に代えてでも。
――私は騎士。国を、民を守る者。
死の恐怖を覆し、心を奮い立たせる。
起き上がった
「無貌の竜よ。この命尽きるまで、私に付き合ってもらおう――もちろん、ただで終わってやるつもりは微塵も無いがな」
――GRRRR……VAAAAAAAA!
怒り、吠え猛る竜。しかし、デンホルムも負けてはいない。その顔は怒りに歪み、歯軋りを鳴らす。
「私の教え子を傷つけた代償は払ってもらうぞッ!」
デンホルムは宣言と同時に一歩を踏み出す。
そうして、一人の騎士と怪物の戦いの火蓋は切って落とされたのだった。
・
実は公式の設定で、
というのもこの狂竜ウイルス、ただモンスターを変貌させるだけではなく、このウイルスこそが
それを野生的感覚で恐れているのか、大型モンスターは近寄らないのだとか。
しかしそれだけでは
※2021/09/23修正:全て死ぬ、は間違い。一定の段階以上に成長した
これが公式設定だと言うのだから、本当に他のモンスターとは一線を画す存在として作り出されたのがよくわかるというもの。
……コンシューマー版での再登場はいつになるんだろ?
なお、本作では痕跡が見つかった上で、これを根拠にして龍歴院の使者は説明しているが、フィブル支部側はフィブル近辺では元々大型モンスターが出没件数が少ないために鵜呑みに出来ないという形で対立していた。というお話。
・デンホルム
フルネームはデンホルム・ファルガム。本編にも出てるけど忘れ去られているかもしれないので念のため()
当時はクサンテが訓練所にいたので若い兵たちの教官役をしており、頑固者でもあるが、同時に裏表が無く一人一人に真摯に向き合うので教え子たちから慕われる良い教官であった。そのため、クサンテ付きの従騎士に戻る際は教えを受けられないことを惜しまれている。
今回の件で同行した兵は彼が面倒を見た教え子たちであるが、どちらかといえば「教官が何やら無茶をするのではないか」と心配して着いて来た者が大半だったりする。
※デンホルム本人の年齢がわからないので想像でしかありませんが、アダイト失踪時で30代後半、この事件時で40代前半、本編では40代後半かな? なんて考えて執筆しています。
・カスク&フィラム
オリキャラ。
デンホルムがクサンテ付きの従騎士として旅に同行する以前に世話をしていた若い兵士達。
茶髪碧眼の線の細い冴えない青年と黒髪赤眼に日焼けした肌の笑うと八重歯が覗く野性的なはねっかえり美少女という対照的なコンビ。
――実は幼い頃のフィラムとカスクが出会っており、彼女を助けたことがある。その恩を返すためにフィラムは彼を探していたのだが、カスクは覚えていない。
今回の出兵で心配になり着いて来た、というのが実態――というベッタベタな裏設定があったり。
年齢はそれぞれ事件当時は21と16。
実はこういう「青年×美少女」のボーイミーツガールな組み合わせが大好物だったり(誰も聞いてない)
・フロレンス
こちらもオリキャラ。上述の二名同様にデンホルムが教官として世話をしていた者の一人。元々はフィブルにも存在する貧民街――通称、裏通りの生まれ。不遇な立場から、不断の努力により兵となってみせた努力の人。
今回の出兵に際し『丘陵地帯は庭のような物』と豪語したが……?
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煉瓦の街防衛戦~その4
書き直しにつぐ書き直しで最初は1万文字行ってたのに総とっかえしたから5000字以下になったよ!()
仕事だるいけどガデテル楽しい。(なお対人要素は……)
パニグレに釘宮さんのキャラ来たぞ! 溜め込んだ券使ってあとは育成だ育成!
お、なんか面白い読者参加企画あるやん!そっちも設定組まなきゃ!
ルパンだ!小林さん引退……寂しくなるなぁ。大塚さんの次元も楽しみにしてます!
と言う感じで書き直しを繰り返し、逃げたりして過ごしてました。すみません(土下座)
戦いは、初手の不意打ちのように上手くは行かなかった。
「ぐ、オァァァ!」
――VAAAAA!
奴の吐く
デンホルムは恵まれた体格を持つが、俊敏さや器用さは持ち合わせていない。故に鍛えに鍛えた肉体による膂力と頑丈さこそが売りであり、対モンスターにおいては致死攻撃だけは避けながらも相打ち上等の当たった物勝ちの一撃を見舞うのが基本の戦術となる。
そして、
誘導性能のある
しかも巨体とは思えぬ敏捷性に加え突進力も持ち合わせていると来ている。
そして極めつけは狂竜症だ。
『
これに感染した場合、極短期間の潜伏期間を経て神経系・身体能力の異常、抵抗力の低下といった症状が現れます。その間は
龍歴院の学士の話が脳裏に過ぎった。
身体が重く、息苦しい。奴の黒い
その所為で身体が上手く動かず、攻撃を無理に当てに行ったがそれでも劣勢に追い込まれていることに変わりない。
これが、狂竜症、そして
(耐えよ、耐えるのだ!)
だが、倒れる訳にはいかない、とデンホルムは心を奮い立たせ、これまでの攻撃でまともに支えられなくなってきた足腰に渇を入れる。
どれだけ時間が経ったかなどわからないが、あの二人が負傷者を回収し撤退するまで、この怪物を抑えるのが己の役目。それまで注意をこちらに向け続けなければならない。
故に今はただ耐える。兵たちが無事に逃げ延びるその時まで耐えて、耐えて逆襲の機会を窺うのだ。
三連続の曲がる
だが、体勢が崩れ掛け、次の行動に繋げられない。
そしてその隙は奴に大技を出させるだけの空白を生みだす。
「――か……ァ」
重い。
そして外と内からの衝撃で意識が飛びそうになるのを必死に繋ぎとめる。
(まだ、だ! まだ、倒れんぞ!)
空へと飛び上がり様に起こす強風を大剣で受け止め、そのまま奴が吐く
更に滑空して飛び掛ってくる――好機!
デンホルムに出来るただ一つのことに肉体の全活力を注ぎ込む。
瞳に光が灯った。
では、どうやって空から地へと叩き落すのか。
やることはとてもシンプル――飛び込んでくるその憎たらしい面に今出来る渾身を叩き込む!
「――ァァァッ!」
瞬間、
シンプル、とは言ったが言うは易く行うは難し。普通は回避に専念するだろう。
しかし、上述した通り、デンホルムは器用な質ではない。相打ち上等。当たった物勝ちの一撃を狙う肉を切らせて骨を断つ玉砕戦術が基本となる。
もちろん失敗も多い。叩き付けた大剣すら跳ね除けられ、弾き飛ばされたことは両手の指の数でも足りないだろう。
だが、その経験こそが彼にこの選択肢を与え、そしてその選択肢を選んで尚怯まぬ精神力こそがデンホルム最大の武器だった。
しかし、そこまでだった。
地へ堕ち、足掻く
あと一歩踏み出すだけの活力も尽きた。悲鳴を上げ続けながらも苛烈な攻撃に晒され続けた肉体はもはや精神力で繋ぎ止めることも出来ない。
これが限界。デンホルム・ファルガムという男の出来る最後の足掻き。今、この場でこの怪物を討ち果たすには自分は余りにも力不足であることが口惜しい。口惜しいが――
(彼奴等は……無事、撤退、しただろう、か)
――彼が想うのは、
今回の出撃は、確かにアーサー様より許可を頂いた上での物でこそあったが、兵たちには己のわがままに付き合わせたような物。彼らも兵として国のために命を賭す覚悟はしているだろうが、実際に命を散らして欲しい訳では無い。
だから、彼らが無事に撤退できたのであれば、それで良い。
この怪物の情報がアーサー様に届けられたならば万全の体勢でこの怪物と戦えるようになる。頑なに存在を否定し続けたギルドマスターとて認め、一致団結できるようになるはずだ。
だから、これでいいのだ。
唯一の未練があるとすれば、今は訓練所におられる姫様の面倒を見ることが出来ないことか。
(申し訳ありません、姫様……このデンホルム、先にアダルバート坊ちゃまの下に……)
ぐらり、と膝から崩れ落ち、そのまま意識を手放した――
――次に、デンホルムが意識を取り戻した時には、全てが終わった後だった。
周囲を見渡せば木々がなぎ倒され、目の前には自分に背を向けて仁王立ちのまま微動だにしないレウス装備のハンターの姿。
身体を起こそうとして、しかし身体が思うように動かない。
(何が、あった。そもそもなぜこんな所に――)
この時、デンホルムは軽い記憶の混濁状態にあった。
自分がなぜここにいるのか。そもそもここに来る前に何があったのか、よく思い出せない。
(いっ、たい、なに、が――)
「――ディードさん、しっかり! ディードさん!」
少女が誰かに呼びかける声が聞こえ、顔を向ける。ただそれだけでも体中が軋み、悲鳴を上げるが、それでも彼からすれば唯一この状況を説明できる証人である。
その少女は、花を思わせる装衣を身に纏っている。その少女が腕で助け起こし、懸命に揺すっているのは血塗れの黒い衣に身を包んだ青年――
(……ッ!?)
デンホルムはその光景に目を疑った。
彼女たちに、ではない。
自身が目に掛けていた若い兵。カスクがフィラムを庇うように覆い被さったまま、彼女たちの傍で血を流し、動かないのだ。
「――ッ!」
デンホルムは叫ぼうとした。しかし叫びが吐き出されることはなかった。もはや、声が枯れ果てしまっている。
そして、気付いてしまった。
二人だけではない。他にも顔見知りの兵たちが糸の切れた人形のように倒れ伏しているのだ。
(何が、一体、何があったというのだ!? 思い出せ! 私は、私はなぜ――)
カスクとフィラム、二人と言葉を交わしつつ、丘陵地帯を捜索する自分たち――何を探していたのか。
空に打ち上げられた赤い信号弾――誰が上げたのか。
黒い竜と対峙する己、耐えに耐えて、そして渾身の一撃を叩き込み――
混濁する記憶からおぼろげに浮かび上がる断片を繋ぎ合わせて、最後には黒い竜との戦いに行き着く。
(――そこで力尽きて……まさか)
そこで理解する、してしまう。
彼らは自分を助けようとして、多くの犠牲を払いながらもここまで連れて来たのだ。
(なぜ助け……に――)
脳裏に赤い信号弾が過ぎった。ああ、そうか。赤い信号弾が打ち上げた理由を今になって理解した。
発見でも救援でもなく撤退の二文字を意味する赤――それを打ち上げた真意は、こうなってしまうことを恐れていたからか。
(なんという、ことだ)
己が身を顧みず、救援に赴いたこと自体はデンホルム自身の信念に関わることだ。後悔なんかしない。
――だが、彼らの命を預かるものとしては、大きな失策であったことは間違いない。
(私は、なんと、愚か――)
「――ベレッタさん! 応急処置を! 急いで! ユナさんは生存者の確認と応急処置をお願いします!」
毅然とした少女の声を最後に、デンホルムの意識は闇に沈んだ。
◇◇◇
あの日、ディードたちはギルドからの依頼でアブノトスの間引きを行っていた。
フィブルの街の食料関係は行商人が外から持ち込んでくるもので対応している。しかし今回の騒動で多くの商人が逃げ出し、備蓄はあれどいつまで持つかわからない状況だった。
そこで増えていたアブノトスを狩猟して街に肉を納品する依頼を積極的に請け負うことにしたのである。
――流石に
そうしてアブノトスを狩猟し集めた生肉を納品している最中のこと。アダイトが生肉を放り出して、走り出したのだ。
突然のことであっけに取られて見送ってしまったディードたちだったが、その先の丘陵地帯で赤い光が微かに見えた。
――ええ、デンホルムさんの部下が打ち上げたという信号弾です。
「アダイトを追う! クリス、納品頼んだ!」
「え、ディード様!?」
ディードの判断は迅速。納品するはずの生肉をクリスティアーネに押し付けてアダイトを追いかけた。
そもそも、声すらも掛けずに一人で駆け出す、というのは同期たちの中では若いながらも、まとめ役として動くことの多いアダイトらしからぬ反応。
冷静さを欠くだけの何かがあの信号弾にあることはわかっている以上追わない理由は無い。
だが、ここで予想外だったのは、アダイトの走力だ。剣斧と片手剣で重さが違うとはいえ、中々追いつけない。
仕方ない、とディードは口元に手をやり、そして指笛を吹く。甲高い音が周囲に鳴り響き――1分足らずで空を飛ぶ影を捉えた。
――実は例のG級ハンターは俺と同郷、兄弟子というべき人で、あの人が来ているなら、おそらく探索のために
――新大陸で活動するハンターたちは、その移動手段に新大陸特有の種である
――で、その種を持ち帰ってその繁殖と飼育を試行錯誤して成功させたのが、今はベルデ村で隠居してる元古龍調査団のハンターだった俺たちの師匠でね。ベルデ村のハンターたちは移動手段として翼竜を利用してるんだよ。
近づいてくる翼竜とすれ違い様に脚を掴んで飛び上がるとロープを脚にかけてぶら下がり、アダイトを追う。そして追いついた所で、新たな信号弾が打ち上げられた。それも同じ場所から幾つも。
急を要する、ということか。ディードは高度を落としつつ、アダイトに声を掛けた。
「アダイト! 走ってたんじゃ間に合わない! 掴まれ!」
「ディード!? ――わかった、頼む!」
アダイトが跳び、手を掴んで引き上げ、縄を掴ませる。
「手短に説明を頼む」
「あれはユベルブ公国騎士団の信号弾で、赤は撤退を意味してる! 救援よりも先にそれを打ち上げたってことはそれだけ危険な状況ってことだ! それよりこのモンスター、大丈夫なんだろうな!? 落ちたりしないか!?」
「カムラの里のガルクみたいなもんだ! 少なくともしっかりと装備しているハンター二人は余裕で運べる!」
流石に空の覇者たる
だが、アダイトはこのように返した。
「いや、上にユナも居たんだけど」
「……」
ディードは無言で上を見た。
翼竜の背中からこちらをジト目で覗きこむ小柄な少女の姿が見えた。
いつから着いて来てたのか、とか、そもそもいつ翼竜の背に乗ったのか、とか色々と疑問が沸く。
しかし口に出さず互いに見詰め合うこと数秒。
「……よし! 急ぐぞ! 振り落とされるなよ!」
ディードは見なかったことにした。
Tips
・デンホルムの実力
この時点でおそらく、下位の中でも半ば。レイアの手前ぐらいの中型のモンスターは個人で相手に出来る物として想定した上で、彼の性格を鑑みて小手先や機敏さとは無縁の人物であると判断。
最終的には頑丈な肉体と不屈の精神力で以って「肉を切らせて骨を断つ」が基本の玉砕戦法になっていました。
クロス、ダブルクロスなら狩技に「鉄鋼身」と「憤怒竜怨斬」を習得しているに違いない(マテ)
……なお大剣の基本に真っ向から喧嘩を売るスタイルになってる件は眼を瞑っていただけるとありがたいです。
・狂竜症について
捏造設定その1
ゲーム内では狂竜症の範囲内では毒のように体力が常時減っていくのと、
結果的に「体内の狂竜ウイルスが活性化して内から身体を破壊する」という方向性になりました。
・翼竜での移動
ワールドではハンターの移動に翼竜種と呼ばれるモンスターが使われており、例えば拠点からの出発時や、戻り玉を使ったり、一部フィールドに入った時なんかにその様子が見れますし、ムービーなんかでも使われてるのが見れます。
またフィールドの野生の翼竜に対しスリンガーを当てると操舵はできないものの引っ張ってもらうことができましたし、アイスボーンにおける実質ラスボスのミラボレアス戦でも翼竜種に捕まって一定時間飛び続けることが出来ました。
今回はその要素を利用した形。なお、過去作にあったかなぁ?と思っているけど全く調べてない件。
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煉瓦の街防衛戦~その5
なお、差別化点については独自解釈をぶっこんでます。それはちゃうやろ!となりましたらご一報下さいませ。
振り落とされるな、と言った物の、一人は小柄とはいえ三人を運ぶのは流石に重量オーバーだったようで、翼竜の高度を稼げなくなってしまったので、ひとまず丘陵地帯の入り口まで運んでもらった。
そうして丘陵の入り口に辿り着くと三人で降りて翼竜を街に返す――翼竜を使って一人だけ先行することも考えたが、ディードとユナに先に釘を打たれてしまったので諦めた。
平原地帯から丘陵地帯の入り口へ翼竜で運んでもらって30分――丘陵地帯の異常が街でも察知されていたとしたら街に駐留している
他のハンターもこの辺りを探索しているはず。先に着くとしたらそちらが先か。
そして、置いていってしまった二人はおそらく追いかけてくるだろうが、クリスティアーネは慎重にことを運ぶ。他のハンターと合流してくるだろう。ベレッタもクリスの指示であれば慎重に動いてくれるはずだ。
そのように当たりをつけて、ディードは先に駆ける二人に続く。
――まさか兄弟子が連れてきた翼竜がこの一体だけだと知らず、そして正にその時、彼ら駆け出し五人を除くハンターたちが街の対策本部で情報交換を行っていたことなど予想すらしていない。
――それと、これは結果的に良い方向に働いたことだが、クリスティアーネとベレッタがものすごい速度で猛追していることなど知りもしなかったのである。
丘陵を突き進む中で一人の兵と会った。
彼曰く、自分以外の兵たちは仲間の救援に赴いた。あなた方も救援に行ってほしい。この先だ
それだけ手短に告げた青年兵は街の方向へ駆けて行き、自分たちは更に奥へと向かう。
途中で
走る。
とにかく、走る。
三人の間に会話は無く、ただ
喋る時間が惜しい。兵たちはすれ違う際に「仲間がまだ」と言っていた。
まだ、兵たちは
そして三人が
その中でも一際傷付いていたのは兵たちの先陣に立つ大剣を手に
それが誰かを、アダイトは知っている。
――その姿を目にして真っ先に飛び出したのはアダイトだった。
「はぁぁぁぁぁっ!」
振るった盾はその御仁を叩き潰すために持ち上げられた
たたらを踏む
「――シッ!」
細かい呼吸と共に今出来た隙間を掻い潜って鬼人化したユナが
更に一回、二回、独楽のように回りながら切り付け、すぐさま横に飛びのく――
ディードにクラッチクローで顔に飛び掛られ、そのまま切りつけられたことで彼女の逃げた方向とは間逆に身体を向けてしまったからだ。
そしてそのまま――
「吹っ飛べ!」
「VAAAAAAAAAAAッ!」
装填していた石礫を顔面に浴びせて兵たちから引き剥がすように木へと叩き付ける。
木に頭を叩きつけられ、その衝撃で
そこにディードは剣形態の
苛烈な攻め。一振り一振り全てが会心の一撃と見紛うほど。
トドメとばかりにディードは属性解放斬りを、ユナは鬼神乱舞を叩き込んだ。
だが、死んでいない。
肉質は特段硬くは無く、二人の攻撃は弾かれることなく、しっかりと通っている。このまま攻め続ければ勝てるはずだというのに、これで終わらないだろうという嫌な確信を覚えながらアダイトはかの御仁――今しがた糸の切れた人形のように崩れ落ちながらも、尚も大剣を握り締めるデンホルムの元へと駆け寄り、抱き起こす。
――護、らねば
デンホルムは、何事か呟いていた。
――国、を、民を、兵を、護、らねば
彼の眼を見て、うわ言なのだと気付いた。
――坊ちゃん、の分も、護、らねば
目に光は無く、身体は傷だらけの血塗れ。おそらく骨もあちこち折れ、意識はもはや混濁している。だが、それでも剣を握り締めていた。
だから、思わず語りかけていた。
「デンホルム、ここからはオレが護る――だから安心して休んでくれ」
「――」
デンホルムからの返事は無く、しかし、うわ言は止まり、瞼は閉じられた。
息はある、急いで街に連れ帰れば命を繋げられるだろう。
「おっちゃん!」
「ファルガム様!」
そんな二人の許に駆け寄ってきたのは小柄な少女兵と長身の青年兵だ。
アダイトは二人にデンホルムを任せるように離れ、そして兵たちに呼びかけた。
「ここはオレ達が引き受けます! 皆さんは急ぎ撤退を!」
「感謝します狩人様! 御武運を!」
二人がデンホルムを支えて連れて行くのを見送って、アダイトは先に戦っていた二人と肩を並べる。
「ディード! ユナ! こやし玉はあるか!?」
――こやし玉。
モンスターの嫌う悪臭で以ってモンスターを追い払う投擲アイテム。
だが、荷物が嵩張ることを嫌って必要最低限の道具だけを持つ場合に省かれることのあるアイテムでもある。
そして、起き上がろうとする
「「無い」」
「……参ったな。誘導してから討伐か」
アダイトはその即答に対しこめかみの辺りに手を当てて見せた。もちろん、アダイトも持ってきていないので文句は言わない。
「兵たちは?」
「撤退を始めたよ」
「……よかったね」
「ああ……あとは今の調子で彼らから引き剥がしながら討伐を」
「それなんだけどさ、ちょっとまずいかもしれない」
ディードは黒衣の頭巾の奥から困ったように苦笑いしながら、剣斧のビンを交換し、その上でこのように続けた。
「斬ってみてよくわかったよ――俺たちの武器じゃ殺しきれそうにないや」
ふらふらと起き上がろうとする
凄まじい生命力だ。なるほど、殺しきれないというのは正にその言葉通り。少なくとも下位個体とは思えない。
アダイトは兜の奥で苦々しく顔を歪ませた。
「さっきの二人の攻撃で倒せてないから、火力不足だとは思ってたよ」
「どうせならここで討伐して終わらせたかったんだけどなぁ……ユナの毒はどうだい?」
「……」
ユナは首を横に振ってみせた。
利きが悪い、ということだろうか?
どうしたものか、と思案する。
こちらの攻撃はほとんど利いていない。こやし玉で追い払うことは出来ず、困惑する兵たちが逃げる様子はないので時間稼ぎは必要だが、奇襲だからこそユナとディードだけで抑えられていたのだ。この後は二人だけでは抑えられない。
ふと、ユナがぽつり、と呟いた
「……クリスとベレッタ、来たら、どうする?」
――クリスティアーネとベレッタ。
平原と丘陵地帯で距離があるとはいえ、街と比べれば間違いなく近い位置にいる二人。
この二人が辿り着けばどうにかなる……と楽観視できる相手ではない。
「あの二人なら状況に応じて動いてくれる。オレたちは
そうだ、それしかない。
――自身が護りたいと願った人達のために戦う。
ルークルセイダーの名を捨て、
彼らを護れなければ、それは
それは、ダメだ。
例え自分が本当に星になったとしても構わない。ああ、そうだ、自分は元より死人。こうして現世に居るのがこの日、この時のためだというのなら喜んで命を差し出――
「――とりあえず、生きるために頑張るか」
「――」
暗い思考の海に沈んでいたアダイトの耳に、さらりと飛び込んできたのは、ディードの軽い口調で紡がれた言葉だった。
どうして聞き取れたのかもわからないままに、アダイトは思わず
ディードはこちらを見ていない。剣斧を研ぎ、切れ味を確認している。そこから先に続く言葉は無い。
彼が納得したように頷いた時になって、ようやくその言葉が独り言だったのだと気付いた。
――ふと訓練生時代に訛りのある底抜けに明るい同期が口癖のように言っていた言葉を思い出す。
(『ハンターはいつだって命懸けやさかい。今日もキバっていこうか!』だったか)
今、自分は生きるために頑張ろう、と考えてはいなかった。むしろ、命を投げ打ってでも兵たちを逃がそう、と考えていた。
古龍の幼生体に、自分たちでは倒せないからと命を投げ出すつもりになっていた。
――全くもって自分らしくない思考だ。
久方ぶりの故郷、先ほどのデンホルムの姿を見て気が
心を落ち着かせる。
自分がこうして地に足を踏みしめている理由は己が名に定めた。
であれば自分は護り続けるのだ。
――VAAAAAAAAAAAAッ!!
起き上がった
狙いもメチャクチャで避ける必要は無かったが、逃げ去るのではないかと空を見上げた。
違った。奴はすぐに黒い鱗粉の漂う地へと舞い降りた。
まるで握り心地を確認するように巨大な翼爪を開閉させ――違う、あれは腕だ。翼と共に折りたたまれていた、翼腕。それを左右それぞれ、地へと降ろす。
どうやって生えて来たのかわからないが、その頭には先ほどまでは無かった禍々しい二本の角があった。
正に異形。これが、
景色を暗くするほどの黒い鱗粉を撒き散らしながら放たれた
ふと、ユナに声を掛けられた。
「……どうする?」
横目でユナを窺う。彼女の眼に怯えは無い。
「――撃退一択だ! もちろんオレ一人じゃ無理だから手伝ってくれ。みんな笑って生き残るために!」
ユナは顔を覆う薄布の奥から赤い円らな瞳を覗かせながら抑揚の無い声で、ディードは仮面の奥で笑いながら戦う前とは思えない朗らかな声で応えた。
「「もちろん」」
◇◇◇
先手は
炸裂する鱗粉は熱量を伴って空気を焼き、さらにその直線上にいるアダイトたちへと迫った。
「散れ!」
アダイトの号令と共に左右に飛び退き――アダイトの眼前に巨影が迫った。
「――ッ」
連鎖爆発する
咄嗟に盾を構え、盾で衝撃を受けると同時に更に横へと飛び退いていなし、突進の進路上から離脱する。
次が来たら直撃――されど、それを許さない男がいる。
「オォォォォッ!」
その動きは獣が如く。
それは攻撃を自身へと引き付けるための一撃であれど、その殺意は本物。
そこから更に二、三と斬撃を繋ぎ即座に離脱――反撃の横なぎ
「ハァッ!」
そしてアダイトは更に側面から跳躍しつつ剣を翼膜に叩き込み、更に一、二と繋いで即離脱。
アダイトが狙われればディードが、ディードが狙われればアダイトが攻撃を叩き込むのを繰り返す。
幾度となく繰り返されるヒット&アウェイはダメージは薄くとも、
そして
――ユナ、という少女は非常に小柄であり、モンスターの懐に潜り込みつつ離脱することを得手としているが、彼女の強さの本質は
彼女を含む同期の双剣使いはそれぞれの強みを持ち、それぞれが以下のように形容される。
『嵐』のドラコ。
『疾風』のカエデ。
『蛇』のユナ。
暴力性と野生的直感によって標的を塵殺するのがドラコなら、道具を使った支援のみならず同期で一番を争う俊足と立体的機動で相手を翻弄するのがカエデだ。
――ではユナの『蛇』が何を指すのか。
彼女の武器は上述した二人の物とは別物である。
そもそも小柄ということは膂力、スタミナ、手足の短さは狩人――特に片手剣使いと双剣使い――にとって不利に働くのは想像に容易い。
だが同期のうちユナを含む数名は小柄な少女であり、それだけの不利を背負って尚狩人として認められている。
それはつまり『小柄』である、という不利を覆す――否、小柄であることすら武器にしている証左に他ならない。
相手の意識外へと潜り込むことを可能とする勘の良さと俊敏性。そして怪物の懐に潜り込むのに都合の良いしなやかさと小柄さ、そして
常に標的の意識外に身を置き、蛇の如く這いよっては急所を的確に断つ――ユナが『蛇』と形容され、
本来であれば
だが、奴はユナを捉えられない――否、ユナのことを意識外に置かざるを得ない。
「うぉぉぉぉっ!」
「はぁぁぁぁっ!」
より強い気迫と殺意で迫ってくる
そしてその虫の正体が毒虫であったとしても、気付けなければ話になるまい。
「――ッ」
呼気は短く、
アダイトとディードが引き付け、ユナが切り刻む。即席の
――VAAAAAAAAAAッ!
しかし足りない。
確かに毒は徐々に
しかし、それでも崩せない生命力の高さと
上体を持ち上げ翼腕を振り上げた
ディードは斧を振り下ろそうとしたタイミングと重なりもはや止められず、アダイトもまた剣を引き戻すのと同時のこと。アダイトは辛うじて衝撃に備えることが出来たのは僥倖――そして巨体と共に翼腕が振り下ろされた。
「ガッ――」
気が付けば強い衝撃と共に、アダイトは倒れていた。自分は何をしていたのかを一瞬忘れ、即座に黒い怪物の姿を想起する。
(――ッマズイマズイマズイ!)
アイルーの救出が遅れて倒れたまま抵抗できずに捕食されたハンターの話など珍しくも無い。
体勢を整えようと慌てて立ち上がり――
(あ、れ?)
――足腰が笑ってふらついてしまった。
(オレに、何が……いや、何をされ――)
翼腕を振り上げていた
盾で受け止めきれない死角からの衝撃、そうだ、足元。
奴の振り下ろした衝撃と共に地面が隆起して宙に――
「――アダイト避けろ!」
その声で自分に突撃してくる
(――)
間に合わない、と身を固めたその時――何かががしり、と右腕を掴み、そして凄まじい力で引っ張られた。
足腰のきかないアダイトにそれに耐える術は無く
「おわっ!?」
無様に転び、そのままの勢いで引き摺られて、その横を巨躯が駆けて行く。
危なかった、と安堵すると共に、右腕を掴んでいた何かが外れ、アダイトの横を声も無く黒衣が駆ける。
その姿を目にし、そして即座にポーチに手を伸ばす。
取り出すのは小さな袋。そこから粉を取り出し振り撒いた。
双剣使いの同期たちで差別化をしましたが……漏れは無いよね?(ガクブルガクブル)
以下、差別化は独自解釈の面が強いです。
・ドラコ
剛の者。しなやかさよりも力でねじ伏せるスタイルを想起。当人の気質に加え、翻弄するのではなく制圧するといった意味合いで『嵐』と形容しました。
回避よりも攻撃優先。被弾上等でステゴロの如く殴りあう感じ。スタミナもあるでしょう。
「テメェが倒れるのが先か、オレが倒れるのが先か」みたいな台詞を言わせたい。
まぁ、ラージャンと彼我の戦力差を理解できるようなので解釈違いと言われたらそこまでですが……
後々チャアクも扱うようなので、将来的には落ち着いてゴシャハギ系統の武器一式を使い分けていく器用さも見せていくことになるのかな?とか思ってたり。
・カエデ
柔の者。ライズでより顕著になった双剣による空中戦の使い手としてイメージ。腹ペコキャラが目立ちますが、支援もこなせる遊撃手。
同期で1位2位を争う俊敏性やバランス感覚などが優れ、同期の中ではアテンスと双璧を為す立体機動の使い手。しなやかに相手を翻弄する様は正に『疾風』
「……私の動き、ついてこれる?」みたいな台詞を言わせたい。
※実はこのあとがきに着手するまで彼女がバルファルクに挑んでいたと錯覚しており、投稿前に読み返したら全く違ったことに気付いて白目を剥きながら書いてます。
・ユナ
柔の者。実は上述のカエデとはどのように差別化するかで悩みに悩んでいました。
『小柄だから相手の懐に潜り込みやすい』だけでは不十分なので説得力を与えつつ小柄であることの不利とそれを覆す武器を複数搭載させました。
参考にしたのは
・『落第騎士の英雄譚』における縮地の原理。(速度ではなく、意識の隙間に入り込むことで接近する)
・『紅kure-nai』に登場するキャラの一人、切島切彦の持つ「刃物を扱うのがとてつもなく上手いだけの完全な素人」という才能。
そこに小柄さを踏まえて色々と弄くって今の『蛇』と形容する物になりました。
なお他に形容するなら『暗殺』なんですが、嵐、疾風ときて暗殺と形容するのは違うよな?ということでこっちに。なお空中戦はしない模様。
自分、なんらかの欠点を持ちつつも、それを覆す強さを持つってキャラ大好きなんですよね(ただし無双しないレベル限定)
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