ゆめのまちanother『くるみのゆめアール大作戦』 (TAMZET)
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第一話『おいでませ、大東京へ』

 かつて、少年は夢見た。ヒーローになりたいと。
 かつて、少女は夢見た。魔法使いになりたいと。
 やがて時が経ち、夢見る少年も少女も、大人になった。
 ある者は夢を忘れ、あるいは捨て、()せた現実へと迎合した。
 それが正解とされてきた。
 今までは……

 だが、時代は変わった。
 夢を捨てる時代から、夢を見る時代へと!
 今や、新幹線に一乗りすれば、あっという間にそこは夢の国。
 どんな夢も叶えてくれる、魔法の大都市。
 少年少女、老若男女。人種も生まれも関係ない。
 世界中の誰もが憧れる、夢研究の最先端。
 ここは夢の街、大東京。
 ゆめアールシティ……赤い夢の中へ、ようこそ。



 秋風漂う青空の東京駅から桃色の弾丸が飛び出した。

 マゼンタの髪を持つ、天真爛漫な女の子。

 彼女の名は夢原のぞみ

 元気が取り柄の、サンクルミエール学園の2年生だ。

 

「東京~~~ッ! 着いた──っ!」

 

 もう一回り小柄な少女もそれに続く。金髪のツインテールが特徴的だ。

 彼女は春日野うらら。売れっ子女優としての顔も持つ、サンクルミエール学園の1年生。

 大都会の煌びやかさに負けない、向日葵の如き朗らかさで、うららはのぞみの後を追う。

 

「わぁ~! なんだか、久しぶりですね! 夏のインタビュー以来です!」

「うんっ!! ねぇねぇ! 早く入場しようよ!」

 

 元気いっぱいの二人の後ろには、くたびれた足取りの少女が1人。

 茶色の髪をショートヘアに整えた少女。

 彼女は夏木りん。のぞみの同級生で、古くからの親友だ。

 彼女の目の下には小さなクマが出来ており、既に疲労困憊と言った様子だ。2人の漲る活力についていくのが必死だった事が想像される。

 

「はいはい、のぞみ! 走らない走らない。人にぶつかるからね」

「もうりんちゃん、心配しすぎだって! ちゃんと前見て走ってるか……」

 

 りんの心配も虚しく、意気揚々と先頭を走っていたのぞみはある種の期待に応えるように見事に躓いた。

 

「ぎゃふん!」

 

 勢いよく顔面から着地したのぞみは、ピクリとも動かなくなる。「やっぱりね」とばかりに、りんは片手で頭を押さえた。

 珍しい光景に見えるだろうが、彼女達にとってはこれが日常茶飯事なのだから恐ろしい。

 うららが「大丈夫ですか!?」と心配そうな声で駆け寄る。顔面をぶつけたのだ、見るからに痛そうである。

 りんは倒れたまま動かないのぞみへと手を差し伸べる。こんなやりとりも何回目だろうか。こんなのが日常になる身としては、たまったものじゃない。そんな心の声が聞こえてきそうだ。

 

「ほーら言わんこっちゃない。うららも、こうなる前に落ち着きなさいね」

「は、は~い」

 

 りんの差し出した手を取り、のぞみはふらっと起き上がる。だが、その顔から、いたずらっ子の笑みは消えていない。りんの目の下のクマが、心なしか深くなる。

 

「はしゃいじゃってまぁ。そんなに楽しみだったのかしら?」

 

 そんな彼女達のやりとりを温かな目線で見守る人物が一人。ウェーブのかかった紫の髪を持つ、ミステリアスな雰囲気の女の子だ。

 美々野くるみ。りんやのぞみと同じ、サンクルミエール学園の中学2年生だ。その正体は、パルミエ王国の準お世話役・ミルク……なのだが、学園のみんなには内緒である。

 

「あの子、どこに行っても変わらないのね」

 

 親友達の喧騒に、くるみは呆れを隠せない。

 だが、この平穏も決して悪いものではない。そう思いながら、くるみは微笑み混じりに視線を変える。視線の先には、お土産屋さんの前で食い入るように商品を見つめる少女達の姿があった。

 

「こまちとかれんも、お土産漁りに夢中だし……これが都会の魔力って奴なのかしら」

 

 嘆息混じりにそう呟き、くるみは長蛇の列へと視線を向ける。

 行列を処理する、検問の如き6つのゲート。その向こうに広がる光景に、彼女は頬を緩ませた。

 

「ま、今日くらいはいいか。だってここは……」

 

 ゆめアールで賑わう街・東京なのだから。

 

 ≒

 

 ここ日本の中心であり、数多の国々との連携を繋いでる大都会・東京。高層ビルがありとあらゆるものを包囲網が如く忙しなく囲み、聳え立っている。

 

 大都会の一角、ゆめアールゲートを潜った先で何やら演説をする人物がいた。サンクルミエール学園教師・小々田コージ先生である。なかなかのイケメンで、生徒からの人気が絶えない、ニクい先生だ。

 だが、今彼の前にいる6人の生徒達の顔に浮かんでいるのは、羨望というより倦怠であった。

 

 理由は一つ、話が長いのだ。りん、くるみの2人は、まだ説明を聞いている方だ。

 だが、のぞみとうららは不満げな表情を隠してすらいない。窮屈なスピーチから一刻も早く脱出したいという彼女達の心の声が、雄弁に表れている。

 そんなスピーチも5分を超えた頃、ようやく小々田先生の演説が終わった。

 「説明終了!」の言葉に2人の表情が、福笑いの恵比寿様の如く(ほど)ける。相変わらずの分かりやすさだ。それを横で見ていたくるみは少しだけ口元を緩ませた。

 既にこまちとかれんは、離れた場所でくつろいでいる。相変わらず、世渡りの上手な人たちである。くるみはこれまたくすりと笑う。

 

「じゃあここから自由行動とします。行動中はくれぐれも、羽目を外しすぎないように。あと、知らない人から声をかけられても、決してついていかないように。それと……」

「小々田せんせーい! なーがーいーでーすー!」

 

 冗長な説明に、ついにうららから抗議の声が上がった。そこに、のぞみが追撃をかける。

 

「そうだよココ! ここ学校じゃないんだから!」

「そうですよ! 仕事とプライベートはキッチリ分けないと、いい役者にはなれませんよ!」

「いやいや、ココは芸能人じゃないし」

 

 りんのツッコミも、怒れる2頭の獅子には届かない。なおもぎゃあぎゃあと文句を言う2人を、りんが何とか諫めようと奮戦する。

 

 そんな彼らを、ベンチから見つめる視線が二つ。カチューシャを付けた緑の髪の少女・秋元こまちと、金髪と色黒の男性・ナツだ。

 こまちは、サンクルミエール学園の3年生。のぞみやくるみにとっては、先輩にあたる。和やかな空気で皆を和ませてくれる、いい先輩だ。

 ナッツは、かつてプリキュア5を助けた、パルミエ王国という小国の王子。彼女達との親交は深く、エターナルやナイトメアとの戦いが終わった今も、今こうして引率役を引き受けている。

 周囲の目を引くほどに賑やかな友人達の喧騒に、こまちの頬が緩む。

 

「ふふ、ココさんもすっかり職業病ね」

「まったく、たまには国に帰ってきて欲しいけどな」

「ナッツさんも、すっかり国王が板についたわ」

「……皮肉なもんだ」

 

 強い風が吹いて、ナッツの体勢が少し崩れた。

 肩が触れ合う。

 こまちの方が、避けた。頬が僅かに赤らんでいる。

 ナッツはそれには気が付かない風で、体勢を戻す。

 

 そんな二人から少し離れたところで、少女達が桜並木を歩いている。

 くるみと、もう1人は青色に靡くストレートなロングヘアの少女・水無月かれん。くるみの一年先輩であり、こまちの親友でもある。

 

()()の演説、聞いていかなくて良かったの?」

「いいの。王子様としてのココ様はともかく、先生としてのお話は長くて退屈よ」

 

 サバサバしたくるみの言動に、かれんは微笑を浮かべる。

 大人びた外見に違わぬ、大人びた仕草。

 かれんのようになりたい。かれんの横で、並んで歩きたい。

 優雅さと気品を兼ね備えた彼女は、くるみの憧れでもあった。

 

「もうすぐ、春かぁ」

「そうね。長い一年だったけれど、こうしてみるとあっという間ね」

「本当に、長い一年だったわ。この一年頑張ってこられたのは、かれんと……」

 

 くるみの視線は、かれんとは違う一点に向けられている。りんに説教をされている小々田先生と、その隣で正座をしているのぞみとうららに。

 2人の様子を見たくるみの頬が綻ぶ。からかい混じりに、かれんはくるみに話しかけた。

 

「のぞみ達が羨ましい?」

「はぁ? 何でそんな事になるのよ」

 

 目を釣り上げて否定するくるみ。だが、それに反比例してかれんの口角は上がってゆく。

「あら、私の勘違いかしら。のぞみ達の仲間に入れて欲しいなぁって、そんな事を考えていると思ったのだけど」

「そんなこと……」

 

 そう言いかけて、くるみは口をつぐんだ。

 そんなこと、ないのだろうか。

 桜が咲く程に、流れた季節。のぞみもうららも、夢を見つけ、そこに向かって駆け出して行く。

 

(けど、私は……)

 

 くるみはフルフルと首を振り、夢混じりの空へと目を向けた。

 

「おあいにく様。私には……そんな事してる暇ないから」

「……くるみ?」

 

 かれんに背を向け、くるみは足早に歩き出す。

 この気持ちは、きっとかれんには分からない。いや、かれんだけじゃない。自分の夢が叶うと信じて疑わないあの子達には。

 そんな事を考えながら、くるみは、まだ肌寒い東京の街を征くのだった。

 


 

 少しして、全員が集まった。ナツが集合をかけたのである。

 小々田先生が抗議の表情を浮かべる反面、のぞみとうららはホッとした表情で、今時漫画でも見ないような胸の撫で下ろし方をしている。

 

「俺はココを捕まえておく。こまちも、のぞみ達と一緒にゆめアールを満喫してくるといい」

 

 引きずられる小々田先生。去りゆく2人に、くるみは慌てた様子で手を伸ばす。

 

「あ、私もココ様ナッツ様と……」

 

 ナツはくるみを視線で制す。

 トクン

 くるみの心臓が音を立てる。その感触は決して心地良いものではない。

 

「くるみは、のぞみ達の監督を頼む。かれんやこまち、りんはともかく……約2名、放っておくと何をしでかすか分からない奴がいるからな」

 

 ナツの言葉に、心当たりのある約2名が抗議の声を上げる。そんな2人を黙殺し、ナツはココを睨む。

 

「それでいいか、ココ」

「え、いや、僕も先生として……」

「……」

「……そうだな。ここはくるみに頼む事にするよ。今日は僕達の事は忘れて、羽を伸ばしてくれ」

 

 小々田先生の言葉に、約2名が喜びの跳躍を見せた。さながら、水族館で餌をもらえたイルカだ。

「それじゃ、約2名の監督、頼んだよ!」

「はーい!」

「なんでのぞみが答えるのよ!!あなたは監督される側でしょ!?」

 

 のぞみの頬を引っ張るくるみ。

 ゴムのように、頬が左右に自在に伸縮する。

 

「ふぇ!? ふふみふぃふぁいふぉ(くるみいたいよ)~!!」

 

 のぞみが両手を掲げ降参の意を示したときには、既に2人の姿は無かった。

 

 「ココ様……ナッツ様……」

 

 2人の面影を想像する中で、くるみの心の中にモヤモヤとした塊が渦巻き出す。その塊の正体を、この時の彼女はまだ、言葉にする事ができなかった。




 お疲れ様です。
 あらすじにもあります通り、こちらは【くくれ、】氏の作品を私が加筆・修正したものとなります。元々本作は氏との共同制作で進めており、既に台詞部分は全て完成しております。

 映画本編の裏側を描くストーリーとはなりますが、gogo本編ではあまり描かれなかった、『ミルクの夢』に関する考察を含むストーリーにもなります。
 ミルクの夢とは何なのか、そして本編の裏で巻き起こる壮大な物語の結末は……どうなってしまうんでしょうね。

 また、ゼロワンとルフランの続きをお待ちの皆様、ごめんなさい。どうしてもこれの続きが書きたかったんです。許して下さい。


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第二話『お忍びのプリンセス』

夢を扱った作品といえば、映画の『パプリカ』が好きです。
いつかオリジナルでも何か書いてみたいなと思うこの頃です。


 東京観光もひと段落し、昼下がり。

 のぞみ達は上野の無人ホールを訪れていた。休館していたホールを、かれんが借り切ったのである。皆の胸には、ゆめペンダントがぶら下がっている。使った者の夢を具現化する、魔法のアイテムだ。

 

「よーし! それじゃ、みんな改めて、みんなの心にぃ~~!!」

 

 各々がそれぞれの夢を心に秘め、大きくペンダントを掲げる。

 

「「「「「ゆめアール!!」」」」」

 

 呼びかけに応えるように、ペンダントが眩い光を発した。その輝きの強いこと強いこと。光から逃げるように、皆は同様に目を覆った。

 

「おぉーっ!!」

 

 初めに声を上げたのは、うららだった。

 くるみも目を開ける。そこには信じがたい光景が広がっていた。

 りんの手から、無数のビーズが湧き出ているのだ。ビーズはまるで生き物のように、流動的な軌跡で空中を駆け回る。

 のぞみとうららは目を輝かせてそれを追い、くるみも、唖然としつつもそれらに視線を取られてしまう。

 

「りんさん、すごい!! 魔法みたいです!!」

「えぇーっ!? りんちゃん!? それどうやってやってるのっ!! ?」

「私にも分かんない!! これがゆめペンダントの力ってこと?」

 

 りんもあっけに取られた表情をしていた。だが、すぐに目の焦点をビーズを塊に合わせ、両手を鞭のように振るう。

 するとどうだろう。驚いた事に、それまで不規則な挙動を取っていたビーズ群が、一糸乱れぬ動きで動き出したのだ。

 くるみは口をあんぐりと開け、感嘆する。

 

「なにこれ!! すごい……図面が、頭の中から……飛び出してくるみたい!!」

 

 飛び出さんばかりに目を見開く3人の前で、ビーズは凄まじい勢いで形をなしてゆく。さながら、達人の為す水芸のように。

 りんが額の汗を拭うと、壇上にはビーズ製のとある建造物が完成していた。高さは、悠に5mを超え、ホールの天井へと達そうとしている。

 

「よし!完成っと……!」

 

 完成したビーズのお城を見上げ、りんは満足げに息を吐いた。額には汗が滲んでいる。余程の集中力を使うのだろう。

 

「ビーズのお城だぁ!!」

「すごいですよこれ! 中に入れます!」

 

 のぞみ、うららに続いて、くるみも恐る恐る城の中へと足を踏み入れた。中は塔のようになっており、頂上へと螺旋階段が伸びている。

 恐る恐る一歩を踏み出す……が、次の瞬間! ビーズの丸みに足をかけてしまったくるみは、体制を崩して転んでしまった。

 

「痛ったぁ……」

 

 ビーズ製の階段だ、登るのは困難が想像される。登頂を諦め、くるみは塔から出る。すると、塔の上部からのぞみの悲鳴が聞こえてきた。

 

「うわああぁ──っ!? 止めて止めてーっ!!」

「うぇ!?」

 

 くるみの頭に鈍衝撃が走り、視界がぐらつく。どうやら、落下してきたのぞみと頭をぶつけたらしい。文句を言ってやろうと目尻を釣り上げたところで、ふと彼女は、舞台の照明が消えている事に気がついた。

 

「いてて……ごめんねくるみ」

「今度から下には気をつけなさいよ!」

「うん……」

「でも、これって……」

 

 観客席には、いつのまにか無数の観客がひしめいていた。観客の一人一人はマスクをしており、顔は伺えない。質量を持った無数の視線の波に叩きつけられ、くるみは思わず身を震わせる。

 だが、彼らの視線は自分に向けられているわけではない事に気がついた。

 視線の先は────

 

「あーっ! くるみ! ねぇねぇ! 上! 上!」

「上?」

 

 塔の上、5mはあろうかという頂上のバルコニー。うららが観客に向けて手を振っていた。

 いつ着替えたのか、テレビで見かけるようなスパンコールドレスを身につけてたうららが、お客へ向けて深く腰を折った。ざわめいていた会場が、波を打ったように静かになる。

 

「お次の演目は私、春日野うららが務めさせていただきます……」

 

 言うや否や、パチン! という鋭い音が会場内に響き渡った。

 瞬間! 

 スポットライトはうららのみを照らし出した。

 くるみの視界は暗闇に包まれる。闇と光が織りなす混乱の最中、会場のスピーカーから、軽快な音楽が掛かりだす。

 

「な、なにこれ!?」

「この曲、もしかしてうららの十八番の……」

 

 音楽に合わせ、ビーズの人型達が会場の裏側より走り出す。数は20では効かない! 

 くるみとのぞみは彼らに押し出されるように、観客席に腰掛けさせられた。

 

「みーんなー! 来てくれてありがとーっ!!」

 

 うららの呼びかけに、観客席から凄まじい熱狂を纏った声援が帰ってくる。荘厳なホールには似つかわしくない、大絶叫だ。

 うららはそれを受け止め、右手を大きく掲げた。

 

「春日野うららの東京ソロライブ! 一曲目は……みなさんご存知! 【ツイン・テールの魔法(まほう)!】」

 

 軽快な音楽と共に、春日野うららのソロライブが始まった。うららの踊りに合わせ、ビーズのバックダンサー達が躍動する。

 オーバーヘッドキックをしているものもいれば、特に意味もなく回転しているだけのものもあった。

 スピーカーから響くうららの歌声に、観客達は頬を綻ばせ、あるいは目を閉じ、あるいは涙を流して喜んでいる。

 

「な、なんなのよ、もう……」

「これが、うららの夢なんだ……りんちゃんも、すごい……」

「まったく、二人ともはしゃぎすぎよ。こまちなんか、あんなに静かに小説書いてるって言うのに」

 

 こまちは観客席の隅で、静かに小説を書いている。その周りでは色とりどりの花が咲き、一つの花畑ができていた。こまちがペンを動かすたび、花畑の周りに蝶々が増えてゆく。

 蝶々は次々とステージへと飛び立ち、うららの周りでダンスを踊り始める。それだけでは無い。蝶々はくるみ達の方にも飛んできた。

 

「うぇ!? な、なんでこっちにばっかりぃ!?」

 

 赤、白、黄色……

 無数の蝶に囲まれたくるみは、這々の体で別の席へと避難した。

 

「はぁっ……はぁっ……ぜ、前言撤回! こまちもはしゃぎ過ぎ! 目立たなきゃいいってもんじゃないわよ」

「こまちさん、ふふぉいふぁ(すごいなぁ)〜!」

 

 ついてきていたのぞみが、カステラを頬張りながら感嘆の声を上げる。

 これらはゆめペンダントで生み出したものだろうか。口いっぱいにカステラを頬張っているため、何を言っているか分からない。

 

「のぞみも、自分の夢を出したらいいじゃない。お菓子ばっかり出してないで」

「ふぇ?」

 

 のぞみの横には、お菓子の山が出来上がっていた。うららのライブほどでは無いが、通常では考えられない量だ。これらを全部食べたら、確実に胃がはち切れるだろう。

 

「ふぇー!? ふぉふぁし、ふぉふぃふぃふぃふぉー」

「もの食べながら話さないの! それに、何言ってるか分かんないって! もう! みんな自分勝手なんだから」

 

 ため息と共に、くるみはお菓子の山を後にする。目指すはかれんのいるバルコニーだ。バルコニーの最上段には、白衣が身を包んだかれんの姿があった。

 どんな格好をしていても、ホールに似合うお姉様。そんな彼女の隣に腰掛けた時、くるみは、自身の心が少し安らぐのを感じていた。

 

「盛り上がってるわね、うららのライブ」

「えぇ。アレだけのものを、一人の夢だけで作れるのは、うららがすごいのか、ゆめペンダントがすごいのか……」

 

 かれんに、夢を出した様子はない。どうやら、ペンダントの力は衣装チェンジにだけ使ったようだ。

 

「かれんは……お医者さんね。みんなの前で手術とかしないの?」

「手術はショーじゃないわ。苦しんでる患者さんを夢で作るなんて、不謹慎よ」

「た、確かに。そう考えると、なかなか不便ねこれ」

「そうでもないわ。格好を変えられるだけでも、十分楽しんでるもの」

「うん……たしかに」

 

 かれんは一度言葉を切り、少し優しい口調でくるみに尋ねた。

 

「くるみは、ゆめペンダントを使わないの?」

 

 くるみは少し俯き……そっぽを向いた。

 

「私は良いわ。みんなみたいに、大きな夢があるわけじゃないから」

「パルミエ王国のお世話役……十分に立派な夢だと思うわ」

「それはそう、だけど」

 

 くるみは、唇を噛む。

 尋常ならざる様子の彼女に、かれんは心配げな視線を向ける。

 

「私は、りんやかれんみたいに……」

 

 その時、くるみの言葉を遮るように、小さな拍手が起きた。決して大きな音では無い。だが、その小さな拍手に、うららはライブを止めた。

 

 声の人物へと、サーチライトが向けられる。

 白い髪を、カーキ色のキャスケットで隠した少女。地味な服装ながら、その髪と目、纏う雰囲気が、彼女が只者でない事を物語っている。

 

 海を渡るモーセのように、観客が彼女の前の道を開けてゆく。会場は再び、波を打ったように静かになった。

 

「春日野うららさんね。会いたかった!」

「あなたは……」

 

 うららが一歩を踏み出す。ビーズのダンサー達が、その足元に重なり階段を作る。ビーズの塔を駆け降りるうららの足取りが、徐々に早くなってゆく。

 やがて、彼女の元へとたどり着いたうららは、彼女の名前を呼んだ。

 

「カグヤさん?」

 

 少女がキャスケットを外す。真白い絹のような髪が、こぼれ落ちた。

 

 


 

 ホールは、静寂を取り戻していた。のぞみ達6人は、壇上で少女・カグヤと向かい合う。

 霞のように儚げながら、自然と視線が吸い込まれてしまう。相反する二つの魅力を備えた、不思議な少女だ。

 くるみは不思議な感覚に包まれていた。まるで、今までの出来事が全て夢に思えてくるような、そんな錯覚。少女は、年相応にカラカラと笑い、話し始めた。

 

「すっごいゆめの力を感じたから、来てみたんだけど……まさか、こんなところでうららさんに会えるなんて!」

「私の方こそ! こんなところでカグヤさんと会えるなんて! 光栄です!」

 

 興奮を隠せない様子のうらら。

 カグヤは唇の前に指を一本立てて見せる。

 

「しーっ……」

 

 それを見たうららは、何かに気がついたように、慌てて同じ仕草をした。

 

「そ、そうですよね。お忍びですもんね」

 

 くるみはこの子を知らない。地球のありとあらゆる歴史は一通り勉強したが、最新の芸能関係は分からない。うらら以外の4人も同じ様子だ。

 そんな皆の様子を察してか、いの一番にのぞみが問いかける。

 

「うらら、知り合いなの?」

「知り合いも何も、この人がゆめアールプリンセスのカグヤさんですよ!」

 

 うららの回答に、こまちとかれんが、目を丸くした。りんとのぞみは、まだ首を傾げている。

 

「ゆめアールプリンセス?」

「カグヤサン?」

「私と同じ! 歌って踊れるスーパーモデルさんです! 二人ともMステとか紅白とか観てないんですか?」

 

 のぞみとりんは、揃って頭を掻いた。

 

「映画とかドラマばっかりで……」

「ほら、ウチはゆうとあいがリモコンの取り合いするから……」

 

 現代人離れした二人の回答にうららが頭を抱える。2人のように呆れられたくないので、くるみはとりあえず、知っている風を装う事にした。

 一連のやりとりをにこやかに眺めていたカグヤが口を開く。

 

「こちらの方々は、うららちゃんのお友達?」

「はい! 同じ学校の集まりで……大親友です!」

 

 各々が手を挙げる。

 

「水無月かれんです」

「秋元こまちです」

「夏木りんです!」

「私、夢原のぞみ! よろしくね、カグヤちゃん!」

 

 瞬間、りんの手刀がのぞみの頭頂部を襲った。強烈な一撃だ。

 

「声が大きい!」

「ぎ、ぎふっ……」

 

 のぞみは声を殺して悶絶する。その様子を見て、くるみは絶対にこの子を名前で呼ぶのをやめようと思うのであった。

 

「はじめまして! お忍びゆめアールプリンセス、カグヤです。みなさん、素敵な夢を持ってて……羨ましいくらいです!」

 

 カグヤは、はにかむように笑った。5人は、それぞれ照れ臭そうにしている。くるみは、慌てて目を伏せた。

 誰にも、自分の顔を見せたくなかった。

 

「特に、のぞみさん! あなたの夢の蕾はとっても大きいんです」

「えぇ!? そうなの!! それって、私の夢が、と──ってもすごいって事?」

「そんなに誇張して言ってなかったよね?」

 

 りんのツッコミに、のぞみは肩を落としかけたが、負けるもんかと持ち堪えた。相変わらず感情の起伏が激しい子である。くるみは心の中で笑いを堪えた。

 

「こんなに大きい蕾を持っている人は、本当に珍しいんです! きっと、とってもすっごい……」

 

 カグヤの言葉が、そこで止まった。まるで、ロボットのネジが切れたかのように、ピタリと止まったのだ。

 どうしたのだろうか。

 急に勢いを失った様子の彼女を、のぞみが怪訝そうに見つめる。

 

「……?」

 

 カグヤの口が、ぱくぱくと動く。しゃべりたいのに、何かがそれを押さえつけているように。

 

「のぞ、み……さん……」

「カグヤちゃん? どうしたの?」

 

 カグヤは、見るからに顔色が悪そうだ。のぞみはカグヤへと歩み寄り、その顔を覗き込む。

 

「だいじょ……」

「のぞみさん!! いや、のぞみさんだけじゃなくて、みなさん全員……今すぐ、東京から離れて!」

 絶叫にも近いカグヤの警告に、くるみは身を硬らせた。それは正しく、必死の叫びであった。

 日常がいきなり非日常へと転化する、不快感と恐怖。その二つに全身を撫で回され、くるみは口内に溜まった唾を飲み込んだ。

 りん達も同じようだ。言葉を発する事ができない。

 その中で、のぞみだけが、いつもと変わらない、素っ頓狂な声を上げる。

 

「えぇ!? ど、どど、どうして!? もしかして、私のお菓子が原因!?」

「違う! あなた達は悪くないの!!」

 誰も言葉が発せない。カグヤは、物悲しげな表情を浮かべ、少しずつ後退してゆく。

 

「素晴らしい夢を持ってる人は、この街だと標的にされるの。今は、詳しいことは言えない……けど、ここにいると、きっと良くない事が起こる。だから……」

 

 カグヤは、舞台袖の暗闇の中へと消えていった。彼女の姿が見えなくなって少しして、くるみは初めて、自分の身体が硬直していたことに気がついた。

 皆も同じようだ、体を揺すったり、息を荒くしたりしている。

 

「待って!!」

 

 思い出したかのように、のぞみが駆け出した。皆、声も出せずにそれに続いてゆくその中で、くるみはただ1人、言いようの無い感覚に包まれていた。

 異邦の地で、同胞を見つけたような感覚、仲間に出会った感覚……それらが彼女の胸の中に去来していた。

 

「……?」

 

 感覚の正体を見つけられないまま、くるみは壇上に佇むしかなかった。




 この話の時系列は、本編でのどかがカグヤちゃんと会う直前になります。
 これは共同制作時代の裏話ですが、元々くくれ、氏より提案されていたのは、のぞみとカグヤのお話でした。それをベースに私が話を組み立てたのですが、その途中でミルクが自己主張を始め、やがて主人公になり変わってしまったのです。
 この頃は、まだのぞみが主人公やっていた頃ですが、すぐにくるみが主張してきますので、お楽しみに。


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第三話『少女達はすれ違う』

東京駅の地下は大迷宮ですよね。
大阪だと、梅田の地下が迷宮になっているそうで。
今度行ってみたいと思います。


 空も黄昏れ、夕闇に差し掛かる頃。

 ミルクは、東京の空を一人眺めていた。

 光沢のある箔に包まれた真白い建物の柱に寄り掛かり、電子掲示板を眺めている。

 足は泥と煤に塗れ、目の下は腫れていた。

 ここがどこかも分からない。

 大きな建物に、緑の字で、『渋谷駅』の文字が刻まれている。だが、ミルクにはその渋谷駅が東京のどこなのかわからない。

 何時間そうしていたのだろう。同じ映画の予告を見るのにも、もう疲れた。

 雑踏の中には、色々な人がいる。

 目を閉じると、たくさんの声が聞こえてくる。

 声が、身体を通り過ぎていく。

 まるで、自分なんかいないかのように。透明になってしまったかのように。

 

「……ミル………………」

 

 冷え切った身体を揺すり、ミルクは立ち上がる。くすんだ紅の瞳に、光が戻る。奮い立つとは、まさにこの事だ。

 

「……寂しくなんかないミル。ミルクは元々一人ミル! 今更、一人なんてどうって事無いミル」

 

 電子掲示板を遠目に眺め、ミルクは強がってみせる。

 だが、それきりだ。

 人混みからは、何の返事も無い。

 その内元気も無くなり、また壁に背をつける。

 声に出してしまうと、空きっ腹に響く。心の中にぽっかりと穴ができたかのようだ。

 

「うぅ……かれん……りん……うらら……こまち……みんな、どこミル……?」

 

 また、涙腺の奥を細い針がくすぐる。

 早くこの感覚が消えて欲しい。そう願っていると、ふとミルクは、自分の元に走り寄って来る何かの気配を感じた。

 気配のした方を見ると、毛並みのいい、茶毛の犬が走ってきていた。

 

「ミル!?」

 

 犬は真っ直ぐにこちらに駆けてくる。

 硬直した身体に逃げる術もなく、ミルクはじゃれつかれてしまった。

 

「アン! アン!」

「わっ!? どうしたミル? 飼い主と逸れたミル?」

 

 犬の頭には、宝石を象ったアクセサリーが付けられている。どうやら飼い犬のようだ。

 このワンちゃんも、飼い主と逸れてしまったのだろう。大都会のはぐれ犬だ。

 犬は仲間を見つけたかのように、嬉しそうに戯れてくる。

 

「お前は偉いミル。ミルクも一緒ミル……大事な人と逸れて、それっきりミル。大都会の夜は、月も見えなくて寂しいミル……」

「アン!」

 

 犬は、警戒する事なくじゃれ付いてくる。

 ミルクは若干困り顔だ。

 いくらパルミエ王国の準お世話役とはいえ、妖精の姿では犬を相手にできない。

 

「げ、元気すぎミルぅ」

 

 思う様じゃれつかれたミルクは、力なく耳を垂れた。元々無い元気が、底を尽きたのだ。

 すると、犬もそれを察したのか、ミルクが寄りかかれるように、体を丸めた。さながら、毛皮のベッドである。

 ミルクは、それに甘える事にした。

 

「…………本当に気が利くミル。お前のご主人は、きっと女王様ミル」

 

 犬の頭についていたアクセサリーは、ティアラだった。

 皇女様がつけるような、煌びやかなティアラ。ペットのアクセサリーとは思えないほど、精巧な作りをしている。

 

「綺麗なティアラミル……もしミルクが王女様だったら、こんな風に……」

 

 ミルクは考える。

 もし私が王女だったら……そう、例えばクレープ王女みたいに、凛々しくて可愛い王女だったら、ココ様は振り向いてくれただろうか。

 ナッツ様は褒めてくれただろうか、と。

 そこまで考えて、ミルクは首を横に振る。

 もし万に一つ、夢が叶ったとしても私はお世話役。ココ様とナッツ様の隣には立てない。どれだけ万に一つを重ねても、あの二人は遠い……

 ミルクは空を見上げる。

 光を伴った摩天楼の群が、背伸びをしている。

 そればかりだ。

 背中を丸めると、ふと、背中に温かい感覚があった。ふさふさとした柔らかな耳触り。最高級の綿で織った布団のような、ふかふかした触り。

 犬が体勢を変え、より寄りかかりやすくしてくれたと、ミルクには分かった。

 

「暖めてくれるミル?」

「アン!」

「……賢い奴ミル」

 

 このまま眠ってしまいそうだ。

 暖かいのだ、仕方がない。

 もう、寒いのは嫌だ。

 でも、起きてそこにココ様がいなかったら? 

 ミルクの思考に、恐怖が混じる。

 ナッツ様がいなかったら? 

 のぞみがいなかったら? 

 りんが、うららが、こまちが……かれんがいなかったら? 

 私は、本当にひとりぼっちに……

 考えるだけで、震えが止まらなくなる。

 耳を丸めようとした、その時……声が聞こえてきた。

 

「……ミル?」

 

 複数の少女の声だ。声の柔らかさから察するに、のぞみ達と同じ歳くらいだろうか。

 声は段々とミルクの方へ近づき……やがて、彼女のすぐ側で止まった。

 

「あーもうラテ! 勝手に走って行っちゃ、ダメだって!」

 

 声の主が、犬を抱き上げた。暖かな感触が耳から離れてゆく。名残惜しい……だが、今はその余韻に浸っている暇はない。

 ミルクの外見は、ぬいぐるみに酷似している。それがいきなり動き出しては、声の主を混乱させてしまうだろう。下手をすれば、変な店に売られ、アマゾンの奥地に……

 ここは、ぬいぐるみのフリで通すのが最善手。そう考えたミルクは、不動を保つ事にした。

 

 


 

 時は戻り、数時間前

 そろそろお菓子の時間が近づいてくる頃合い。麗かな春の日差しが、ビル群に反射して人々の頭上を照らす頃。

 のぞみ達一行は、手分けして東京を旅していた。理由は一つ、あの謎の少女カグヤを探すためである。

 意味深な事を言って消えたカグヤ。

 彼女の言葉に不安を感じていたのは、皆同じだった。

 この東京でこれから起きようとしている事を突き止めるべく、のぞみ達は彼女を探していたのだ。

 

 のぞみとりんの担当地区は、原宿周辺。

 捜索当初から、りんは呆れ果てていた。

 のぞみはやる気に満ち溢れている。探すペースもりんより早い。それはいいのだ。

 問題は、彼女の探し方にあった。

 高架下を見たり、公園の茂みを見たり、そもそも人が隠れていそうもない場所ばかりを探すだ。当然、出てくるのは、野良猫や野ネズミといった、野生動物ばかり。

 ため息混じりに人混みに目をやっていると、ふとりんは、同じような事をしている少女を見つけた。

 ピンクブラウンの髪をボブカットにした少女だ。

 自分で描いたカグヤの似顔絵を片手に、少女に声をかける。声をかける寸前、少女もこちらを振り向いた。

 お互いにびっくりするりんと少女。

 

「あの……こんなワンちゃん、知りませんか?」

 

 少女は、恐る恐ると言った調子で質問してきた。

 少女が差し出した紙……そこに描かれていたのは、たわしのような見た目をした何かだった。目と耳のようなものがある位置から、辛うじて動物である事はわかる。

 だが、それが何かは分からない。

 

「これ、犬?」

「うぇ!? の、のぞみ!?」

 

 気がつくと、すぐ後ろにのぞみが来ていた。

 のぞみの少女は大真面目に頷いた。随分と個性的な犬だと思ったが、りんは口には出さないでおいた。

 

「さっきまで一緒にいたんですけど、突然どこかに駆けていっちゃって……」

「うーん、見たことないなぁ。こんな子がいたら、すぐに分かると思うんだけど……」

 

 のぞみの発言に、りんは大真面目に頷く。こんなものが道を歩いていたら、まず動画サイトのトレンド入りをするだろう。

 翌日には100万回再生間違いなしだ。

 

「一緒に東京を見て回ろうって、約束したのに……」

 

 心配そうな表情の少女。

 これは、アレだ。いつものやつだ。

 りんは、のぞみが言うであろう次の台詞を予想し、徐にスマホを開いた。

 

「一緒に探そっか!」

「いいの!?」

「もちろん! 困った時は、助け合いだよ!」

 

 少女の表情に、大輪のひまわりが咲いた。

 やっぱりね。りんは心の中でそう呟きつつも、用意しておいたスマホのマップを二人に見せる。

 

「どこで逸れたの? 逸れた時間と場所が分かれば、探す範囲も分かるからさ」

「さっすがりんちゃん! 準備が早いっ!」

「伊達に幼馴染やってないっての」

 

 少女が犬と逸れた場所は、どうやらこの原宿付近らしい。時間は、およそ数分前。

 

「なら……」

 

 大体の範囲を割り出し、少女へと見せる。逸れてからそれほど時間が経っていなかった事も幸いし、そこまで範囲は広くなかった。

 少女は「ありがとうございますっ」と、風が起きるくらいに激しくお辞儀をした。

 どういたしましてを言おうとしたところ、後ろからのぞみに遮られた。

 

「私、夢原のぞみ! あなたは?」

「私、花寺のどかって言います!」

「のどかちゃん、かぁ! すごい! 素敵な名前!」

「のぞみちゃんも!」

 

 二人はきゃっきゃと、まるで小動物のようにはしゃいでいる。自己紹介の機を失ったりんは、そっとカグヤの似顔絵をしまう。

 

「それじゃ、のどかちゃんのワンちゃんを探すぞー! けってーい!」

「け、けってーい!」

 

 意気揚々と歩き出す2人。

 だがその歩みは数分後、のぞみが道に迷った事により、頓挫することになる。

 りんの目の下のクマが深くなったのは、語るまでも無い。

 

 


 

 こまちは、かれんと共にカグヤを探していた。

 担当区域は、恵比寿周辺だ。

 二人とも、彼女の事はテレビで観たことがある程度である。捜索は難航していた。

 人探しをする中で、二人はとある少女に声をかけた。黒髪をポニーテールに結った少女であった。

 少女は何かを探しているようで、二人が質問をするより先に、焦った様子で二人に質問をしてきた。

 

「あの……この辺りで、ワンちゃん……見かけませんでしたか?」

「どんなワンちゃんかしら?」

 

 少女の見せてきたスマホには、可愛らしい犬の写真が映し出されていて。綺麗な茶色い毛並みの犬だ。どこか気品を感じさせる。

 こまちは、かれんを仰ぎ見た。首を横に振るかれん。見た事はないようだ。

 

「そう、ですか」

 

 二人の反応に、少女は目を伏せる。だが、すぐに元に戻ると、彼女は笑顔で頭を下げた。

 その仕草の、整っている事。

 思わず口を開けてしまいそうになるほどだ。

 その時だった。かれんが呟いたのは。

 

「あなた、もしかして旅館、沢泉の……ちゆ、ちゃん?」

 

 自信なさげな口調のかれん。

 しかし、少女は驚いたようにばっと顔を上げた。

 

「そう、ですけど」

「やっぱりそうよね! 懐かしい……」

「かれん、お知り合い?」

「前に家族で泊まりに行った旅館の子なの。私がサンクルミエールに入学する前だから……5年くらい前だったかしら」

 

 少女はまだかれんの事が思い出せていないようだったが、やがてポンと手を打つと、恐る恐る質問を投げかけた。

 

「……もしかして、水無月かれんさん?」

「そうよ。覚えていてくれて嬉しいわ」

 

 疑問が解決したからか、二人のぎこちなさが解ける。そんな二人を、こまちは柔らかな微笑みで眺める。

 

「来年の夏休みは、みんなを連れて泊まりに行こうかしら」

「はい! ぜひ! その時は、最高のおもてなしをさせていただきます!」

 

 少女がペコリと頭を下げる。思いがけない数奇な邂逅。これも、大東京の魔力がなせる技だろうか。

 しばらく語り合ったのち、かれんは用意していたカグヤの似顔絵を見せた。

 

「そうだ……こんな子、見かけなかったかしら」

 

 ちゆは眉を寄せ、その紙を覗き込む……そして、あっと声を上げた。

 

「この子……」

 

 その時であった、茶色い毛並みの犬が、こまちの視界を横切ったのは。

 

「あーっ!!」

 

 声を上げるこまち。

 ちゆも振り返り、同じように叫ぶ。

 と、次の瞬間、ちゆは身体をリスのように丸めると、脱兎の如く駆け出した。

 2人の髪を、風が揺らすほどのスタートダッシュであった。

 

「す、すごい……」

 

 嵐のように走り去るちゆを、こまちは目を丸くして見送るしかなかった。

 

 


 

 くるみは、りんの描いた似顔絵を片手に、カグヤを探していた。

 担当区域は新宿周辺。

 だが、新宿がどこかは分からない。

 あまり知らない人に声はかけたくない。顔だけを頼りにカグヤを探すが、戦果は上がらない。

 人の数が多すぎるのだ。

 

「ったく、どうしろって言うのよ」

 

 くるみは、両手を後ろ手に組み、壁に寄りかかる。そうでもしないと、大都会の波に呑まれてしまうような気がした。

 仲間達の元に戻りたい。そう思いながら、くるみはひたすらに歩く。

 ふと、肩を叩かれる感触にくるみは身を硬らせた。

 

「な、なにっ!?」

 

 振り返ると、そこには大人びた雰囲気の、金髪の女の子がいた。

 女の子は少し驚いた様子だったが、すぐに笑顔に戻り、くるみに尋ねた。

 

「この辺りで、ラテさ……こんな感じのワンちゃん、見かけませんでしたでしょうか?」

 

 女の子が見せた絵の中には、たわしのような毛並みの動物が描かれていた。

 事前に犬と伝えられていなければ、栗かなにかと見間違えていただろう。

 これでは情報が少なすぎる。くるみは、素直に伝えることにした。

 

「いえ、見たことありません。他に、何か犬の特徴とかありませんか?」

「特徴、ですか? そうですね……どこか、お姫様っぽいというか……」

「お姫様、っぽい?」

 

 くるみの頭の中で、絵の中のたわしがドレスを着て床を磨いている。

 

「それに、少し病弱ですね。今も、くしゃみをしてうずくまっているかもしれません」

「病弱で、くしゃみを?」

 

 頭の中で、ドレスを脱いだたわしが、ベッドに横たわっている。横には箒や雑巾達の姿。思わず吹き出しそうになるのを抑え、くるみは首を振って犬を見ていない事を伝えた。

 そこで、くるみは本来の目的を思い出した。

 りんの似顔絵を開げ、少女へと見せる。

 

「こんな感じの人、見た事ありません?」

「いえ……見たことはありません。ごめんなさい、お役に立てず……」

 

 女の子は申し訳なさそうに首を振った。

 くるみは、いいですよと彼女を慰める。

 まあ、当然である。この大都会の中で、一人の人間を見つけるのがどれだけ難しいか、それを身をもって知っていたのだ。

 女の子はペコリと頭を下げ……思い出したように「最後に一つ」と人差し指を立てた。

 

「ところで、ここは東京のどの辺りなのでしょうか? ひなたには、迷ったら東京駅に集合と言われたのですが」

「……」

「どうされました?」

「……」

 

 くるみが黙っているのは、決して意地悪ではない。本当に分からないのだ。彼女の地理知識は、サンクルミエール学園の周辺に限定される。東京の地理は、複雑で分からないのだ。

 

「ケータイとか持ってないの?」

「ケー、タイ?」

 

 女の子が、首を傾げる。やがて、女の子はポンと手を打った。

 

「あぁ、スマートフォンの事ですね」

 

 女の子はそれを慣れない手つきで弄ると、「あぁ!」と一笑した。

 どうやら、東京駅の場所を見つけたようだ。

 女の子はくるみに頭を下げ、去ってゆく。

 去りゆく彼女を眺めながら、くるみは、一抹の寂しさを感じていた。女の子と別れた事にではない、時代の進歩に取り残される自分にだ。

 電子端末、持とうと思った事も無い。サンクルミエールの近くなら道は分かるし、何より、それらの使い方なんて今更分からない。

 

「あんな物なくても、ナッツ様の作ったミルキィノートがあるじゃない。電話するだけなら、あれで十分よ」

 

 のぞみにそう言ってのけたのが懐かしい。

 そう、世界は変わっても、サンクルミエールの周りの景色は変わらない。のぞみ達も同じ。

 だったら、このままでいい。私は、ミルキィノートとミルキィパレット頼りの美々野くるみのままで。

 そこまで考えたところで、くるみの頬を冷たい汗が伝った。嫌な予感がしたのだ

 

「今ノート持ってるのって……」

 

 カバンを弄るくるみ。案の定、ミルキィノートが無い。最後にあれを持っていたのは、ナッツ様だ。

 電車の乗り方なんて分からない。東京の地理もわからない。人に聞く勇気もない。

 

「……どうやってみんなと合流しよう?」

 

 大都会に小さな身ひとつ。

 くるみの心に、薔薇の吹雪が咲きそうになっていた。

 

 


 

 うららが担当していたのは、東京駅付近。

 かつて撮影でこの場を訪れていた彼女には、土地勘があったのだ。

 しかし、声をかけれど顔を探せど、カグヤらしき少女は見当たらない。

 人をあたるうち、とある栗毛色の髪の少女にうららは声をかける事となった。

 

「ふぇ? なになに?」

 

 少女は振り向き、現代人らしい仕草で答える。どこか動物らしい雰囲気を醸し出す、可愛らしい少女である。

 

「ん?」

 

 少女はうららを二度見し、さらにまじまじと見つめる。そして、芸人もビックリするほどのリアクションで飛び上がった。

 

「あ、あの!? 春日野うららさん、ですよね!」

「そ、そうですけど……」

 

 少し驚きながらも、うららは答えた。少女は興奮した調子でまくし立てる。

 

「サインお願いしますっ! あ、な、名前は、平光ひなたでお願いします!」

「いい、ですよ!」

 

 困惑しつつも、うららは少女……ひなたの差し出したCDにペンを走らせる。

 ふと鞄の中身を盗み見ると、そこにはありとあらゆる有名人の本やCDが入っていた。

 ひなたはCDをぎゅーっと抱きしめ、飛び上がって喜んだ。その喜びように、うららも頬を緩ませる。

 そんな所で、うららは本来の目的を思い出した。

 

「こんな感じの子、この辺りで見ませんでしたか?」

 

 りんの書いた似顔絵を見せる。

 ひなたは、それを見て首を傾げた。どうやら、どこかで見覚えがあるようだ。

 少しの間の後、ひなたはポンと手を打った。

 

「この子、ゆめアールプリンセスのカグヤちゃんじゃない!?」

「そうなんです!! 分かってくれるんですね!!」

「もちのロン! カグヤちゃんなら、今日渋谷のハチ公前でライブあるじゃん! 野外ライブだからチケット要らないし!」

「ひなたさん!! ナイスインフォメーションです! 今度絶対お礼します!」

 

 二人は、ハイタッチでお互いを称え合う。

 これは大きな情報だ。

 ひなたも何かを探しているらしく、手に持った紙を見せてきた。そこには、紫の取っ手が付いた茶色いたわしの絵が描かれていた。

 

「これ、探してるんだけど」

「東急ハンズとかで売ってませんか? スマホで検索すれば出てくると思いますけど」

「え?」

 

 ひなたは絵をもう一度見直し、慌てて訂正した。どうやら、犬の絵らしい。

 

「この辺りで、こんな感じのワンちゃん、見てたりしない?」

 

 こんな犬がいたら怖いと思う。そんな言葉を押し殺し、うららは首を振る。

 ひなたは肩を落としたが、すぐに立ち直り、笑顔に戻った。その笑顔の眩しさに、釣られて、うららも笑ってしまう。

 

「お元気で! また、会えるといいですね」

「うんうん! 今度は、ありったけのうららちゃんコレクション、持ってくるから!」

 

 そう言うと、ひなたは足早に去っていった。その後ろ姿に、うららはとある友達の姿を思い浮かべるのだった。

 少女達の昼下がりは、こうして過ぎ去っていった。

 

 


 

 そして時は進み、夕暮れの渋谷。

 声の主達は、何やら嬉しそうに話している。

 こちらに気がついていないのだろうか。

 そう考える、ミルクはゆっくりと目を開ける。そこには4人の少女達がいた。

 可愛げなピンクブラウンの髪の少女、落ち着いた雰囲気の黒髪の少女、元気な栗毛髪の少女。

 少女達は、ラテと呼ぶその犬を交互に抱き、一回り大人の、金髪の女の子へと手渡した。

 ミルクは目を見開く。金髪の少女に見覚えがあったのだ。昼間、犬を探していた女の子だ。

 金髪の女の子は、何やら聴診器のようなものをラテに近づけた。女の子は耳から聴診器を外し、話し出す。

 

「妖精さんが泣いているのが聞こえて……慰めていたのだそうです」

「妖精? え!? どこどこ!? 見たい!!」

 

 はしゃぐ栗毛髪の少女に、金髪の女の子はにこやかに頷いた。女の子がさした指の先は、こちらに向いている。

 少女の小さな手が、ミルクの小さな身体を持ち上げる。

 心の臓の鼓動を抑えんと、ミルクは息を止める。

 

「なにこれ、ぬいぐるみ?」

「それにしてはきれいね。持ち主が近くにいるって事かしら?」

「じゃあ! 拾ってあげなきゃじゃん!! いや、こういう時は交番かな……?」

「待ってひなたちゃん! この子、もしかして……」

 

 そこまで聞こえたところで、ミルクは身体を硬直させた。

 右耳に温かく湿った感触があったのだ。

 直後、おかしな感覚がミルクの右耳を襲った。

 

「ふ、く、……くふっ!」

 

 変な声が出てしまった。

 耳の周りが、くすぐったい! 

 耳を舐められている、そう気がついた時、ミルクは身体を思い切り捩りたい衝動に駆られた。

 

「ラテ……? どうしたの?」

 

 くすぐったさが、耳周りで渋滞している。

 必死で声を抑えるが、ラテの舌は的確に、ミルクのくすぐったいポイントを突いてくる。

 

「……ル」

「る?」

 

(や、やめるミル! バレちゃうミル!!)

 ミルクは心の中で絶叫するが、ラテはやめてくれない。

 

「アン! キャウウン!」

 

 心中でどれだけ叫んでも、ラテはやめてくれない。

 しつこいくらいにくすぐったさの溜まり場を舐めてくる。

 

「ル……ミルミ……ル」

「ん? 今誰か喋った?」

「いや?」

「私達ではありませんね」

 

 声を抑えているのは、今や彼女にとって最大限の抵抗だ。

 くすぐったさは、とっくに限界を超え、熱へと変換されている。身体の芯がマグマになってしまったかのようだ。

 

(お、お願いミル……!! く、くふ……っ!! み、みみの裏は反則……み……ミル……)

 

 ラテの攻撃は、止まる事を知らない。

 少しずつ早くなってきているようにも感じる。

 

「ペロペロ……」

(も……もうダメ、ミルゥ……!!)

 

 数秒後、ついに、ミルクの我慢が決壊した。

 

「ふ、ふくくくく!! く、くすぐったいミルッ!!」

 

 体を捩り、耳を捻り、くすぐったさから逃れる。堪えていた笑いが、一気に口から噴出した。耳を丸め、目から涙を流しながら、ミルクは笑い転げた。

 そこでミルクは気がついた。

 ここは、少女の手の上だ。

 恐る恐る顔を上げると、栗毛型の少女が、目を丸くしながらこちらを見ていた。

 

「あ……」

「ミル……」

 

 少女が、凄まじい悲鳴をあげる。

 

「ウ、ウゴイタァァァァ!!?」

「ミル──────ッ!!?」

「シャ、シャベッタアアアァァァァ!!?」

「ミル──────ッ!?」

 

 ひたすらに悲鳴をあげる2人。

 長い、長い悲鳴が渋谷の夜にこだまする。街ゆく人々が、振り返っている。

 

「ってしつこいミル!」

 

 ミルクは、真白い大きな耳でひなたのほっぺをぶっ叩く。

 正体がバレてしまったら、する事は一つ。超高速の撤退だ。

 私は駆け出す。アテなど無い。とにかく逃げ惑うのみだ。その様子を見て、ピンクブラウンの髪の少女が頷いた。

 

「やっぱり、この子、のぞみちゃんが言ってた……」

 

 カグヤのコンサートが始まるまで、あと2時間と数分。

 それぞれの思惑を胸に、少女達は動き出していた。




私が本格的にプリキュアの二次創作を書き始めたのは、ハグプリ×ジオウの二次創作からでした。件のくくれ氏に、どうしても本作の執筆をお願いしたいと頼まれ、観始めたのがきっかけとなります。
私の専門はガンダムやライダーのため、当初はプリキュアシリーズを女児向けアニメと馬鹿にしている節がありました。ですが、実際に作品を視聴すると、その物語構成の緻密さ、分かりやすいストーリーの中に込められた温かなテーマに驚かされました。
現状私が観ているのは、ハグプリ、プリキュア5シリーズ、ヒーリングっどの4本ですが、他のシリーズも制覇したいものです。
一番思い出に残っているのは……やはり、ヒーリングっどですかね。サウザーとコラボらせたのが懐かしいです。


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第四話『ミルクを探せ』

小動物を捕まえるのってスキルいるんですよね。
猫とか犬とかになると、野生のを捕まえるのは不可能に近いと思います。私の1番の自慢は、3歳の時、公園の鳩を捕まえた事です。


 夕陽もビルの端にかかる夕闇の時間帯。

 のぞみ達は渋谷のハチ公前に集まっていた。うららからの情報で、カグヤのスピーチを待ち伏せていたのである。

 集合時間に間に合っていたのはかれんとこまち。

 少し遅れて、紙袋を手にしたうららが現れた。

 

「ごめんなさい! タワレコで新曲コーナーを眺めてたら、いつのまにか時間過ぎちゃってました……」

「うらら、時間には気をつけなさいよ」

「ごめんなさい……」

「でも、分かるわその気持ち。私も古本屋でかれんに急かされちゃって」

 

 そして、さらに20分ほど遅れて、疲れ果てた表情のりんが、眠りこけたのぞみを背負って現れた。

 りんは全身に、疲れをまとっているかのようだった。一挙一動がぎこちない。

 

「うーん……パンケーキ……パンケーキ探偵……」

「ご、ごめんなさい……のぞみが、どうしても起きなくて……」

「気にしなくていいわ。ライブまでは、まだ結構あるみたいだから」

 

 かれんの一言に、りんはくたっと石椅子の上に崩れ落ちた。ずれ落ちるのぞみの身体は、こまちが抱き止める。

 その衝撃で、のぞみの目が開いた。眠い目を擦り、少しずつ覚醒してゆく。

 

「ふぁれ? わたし、ねちゃってた?」

「寝ちゃってたも何も……」

 

 りんのこめかみに、青筋が浮かぶ。

 予想される衝撃に、うららは、さっとこまちの後ろに隠れる。

 

「大爆睡よ! 何度起こしても起きないし! 私がどれだけ苦労した事か!」

「ふぇ!?」

「女の子一人担いで、原宿から渋谷まで歩いたのよ! 何で東京まで来てこんな事しなきゃいけないの!? 下手な部活の朝練よりキツいっての!」

「わわわ!? りんちゃんほんとごめんっ! かれんさんもこまちさんも、うららも、くるみも……?」

 

 そこで、のぞみは言葉を切る。

 

「くるみは?」

 

 互いが互いを見合う5人。

 皆、キョロキョロと忙しなく互いの目を見合っている。

 

「くるみって、誰と一緒に回ってたっけ?」

「私、かれんさんやこまちさんと一緒だと思ってました」

「私は、うららと一緒に探してたと思っていたけど……」

「私は、かれんさん達と一緒に探していると思ってました。あれ、というか、これ、もしかしてくるみさん……」

 

 うららの顔色が青ざめてゆく。続いて、りんがぎこちない動きで、口を開いた。

 

「く、くるみって、スマホ持ってたっけ?」

「「あっ!!?」」

 

 のぞみとこまちが声を上げる。全員が、事の重大さに気がついたのだ。

 凍りついた空気の中で、かれんが、震えた声で話し出す。

 

「し、心配しなくても、公衆電話もあるし。困ったら、電話をかけてくるでしょ?」

「……くるみって、私達の電話番号知ってると思う?」

「流石に知ってるんじゃないですか? 私は、電話で話した事ないですけど……」

「私も……というか、もしかして、くるみってまともに電話使った事無いんじゃ……」

 

 皆の表情から、音速で余裕が消えてゆく。

 それを払拭するように、りんが無理に明るい声を出した。

 

「そうだ! ミルクにはミルキィノートがあったじゃない! もし道に迷っても、私達のキュアモに通信してくるから……」

「そ、それ今私が持ってる。 ナッツがナッツハウスに忘れていったから、急いでカバンに入れてきたの忘れてて……」

 

 のぞみの、この発言が決定打となった。

 ハチ公も驚く大パニックの嵐が、5人の中に吹き荒れた。

 

「これ迷子になってるやつだ──っ!!?」

「何でのぞみさん、今日に限ってミルキィノート持ってるんですか!!?」

「だって、ナッツの忘れ物だと思ったから!!」

「だったら、ナッツに渡しておけばよかったのよ! ワンチャン、ホテル帰ってるかも!! ココとナッツは!?」

「こまちさん! ホテルに電話して電話!!」

「う、うんっ!!」

 

 問題が問題を呼び、事態は加速してゆく。

 周りの人達が見ているのも構わず、5人は慌てふためくばかりだ。

 

「ナッツさんと連絡取れたわ。もうホテルに着いてるって」

「ミルクはいなかったの!?」

「まだ着いていないみたい。これから、2人も探しに来てくれるって」

「私達も探そう! かれんさんこまちさんは、近くの交番に落とし物が届いてないか確認して下さい!」

「分かったわ!」

「交番ね!」

 

 こまちとかれんが駆け出す。続けて、りんはうららをビシッと指さす。

 

「うらら! 今から私が似顔絵描くから、それをSNSで公開してくれない?」

「えっ!? い、いいですけど……何でですか?」

 

 りん、いたずらっ子の顔。ニヤリと笑い、うららにピンクのマークが記されたアプリを見せる。

 

「それ、キュアスタじゃないですか」

「うらら、フォロワー多かったよね? みんなの力を借りて、ミルクを見つけるの!」

「……なぁるほど! やってみますっ!」

 

 りん、速攻で似顔絵を書き出す。デッサンで鍛え続けた速記力、凄まじい速さで、ミルクの似顔絵が完成されてゆく。

 うららは、これまた凄まじい速さで文章を打っていた。

 そんな中、のぞみはとある人物に連絡を取っていた。通信アプリの名前欄には、花寺のどかの名前が記されている。

 

『のどかちゃん! こんなの、見なかった!?』

 

 のどかとのトーク欄に、ミルクの写真が貼り付けられる。真っ白なミルクが、チョコを食べている写真だ。

 

『すばしっこくて、しゃべるウサギで、ミルクって言うんだけど』

 

 既読のマークは、すぐについた。

 しばらくして、返事が来る。

 

『この子の事?』

 

 写真には、ひなたの腕の中で暴れるミルクの姿。足は黒く汚れ、所々毛並みが乱れている。

 のぞみの頬が、希望に緩んだ。

 

『その子! のどかちゃんすごい!』

『でも、ごめんね……逃げられちゃった。今、友達とみんなで追いかけてる。渋谷駅の方に行ったと思うんだけど……』

 

 のぞみの表情が、キラリと輝いた。

 

 


 

 渋谷駅構内でも、騒ぎが起きていた。

 ちゆとひなたが、渋谷駅構内でミルクを追いかけているのだ。ミルクも、小さいながらも全力で足を動かし、二人から逃げている。

 

「こらー! 待てー! そこの白ウサギ!」

「私達はあなたの敵じゃないわ。飼い主さんの所に帰りましょう?」

「敵はみんなそういうミル!! それに、ミルクはペットウサギじゃないミル!! 失礼しちゃうミル!」

「は、話を聞くペエ」

 

 ちゆとひなたの服の中から顔を出すペギタンとニャトラン。周りの人には聞こえなさそうな声で、ミルクへと呼びかける。

 

「喋れるって事は、ヒーリングアニマルなんだろ!? なんかあるなら、相談乗るからよ!」

「飼い主さんが悪い人なら、ヒーリングガーデンへの帰り方も教えてあげるペエ!」

「ヒーリングアニマルって何ミル!? キュアローズガーデンならともかく、ヒーリングガーデンなんて知らないミル!!」

 

 8番出口付近を抜け、メトロの改札口へと駆けるミルク。だが、そこには、あすみとラテが待ち構えていていた。

 

「アン! アン!」

 

 ラテを前に、少し減速するミルク。

 だが、進路は変えられない。

 ラテのティアラとミルクの額が、思い切り激突する。ラテの体幹は想像以上であり、ミルクは尻餅をついた。

 

「アン!」

「いたたミル……ワンちゃんに関しては最初っからなーに言ってるか分からないミル! 言いたい事があるなら、日本語で言って欲しいミル!!」

「アン!?」

 

 ラテはミルクの言葉に腹を立てたのか、毛を逆立て、威嚇を始めた。

 

「ウウウウ!」

「や、やる気ミル!? かかってこいミル!!」

「ラテ! 頑張ってください!」

「……いや、アスミ、止めてあげて?」

 

 ちゆのツッコミも、アスミには届かない。

 ミルクは、ラテを相手にファイティングポーズを取る。短い腕でのジャブによる連続攻撃だ。ジャブの間合いに飛び込めず、ジリジリと後退するラテ。

 見かねたペギタンとニャトランが、間に割り込んだ。

 ペギタンは、サングラスのちょいワルスタイルだ。ニャトランは、ブルース・リーのクンフーポーズを取っている。

 

「ちゆとボクササイズで鍛えた格闘術、見せてやるペエ」

「ヒーリングガーデンの虎と恐れられたオレの拳技、とくと味わえっ!」

 

 2匹の短い手足から、矢継ぎ早に技が繰り出される。だが、ミルクも戦士の端くれであった。

 ミルクは華麗なフットワークで2人の攻撃を躱し、カウンターのブローをお見舞いする。

 拳はニャトランの腹に突き刺さり、その小さな身体を吹き飛ばした。

 

「ぶっ!? やりやがったな!」

「この子、すっごく強いペエ!」

「ふん! そんなんじゃ、ミルクには勝てないミル!」

 

 素手での攻防を繰り広げる3匹。

 そこに、のどかが階段から降りてきた。両手で、何やら長いものを持っている。

 人をすり抜け、のどかはちゆ達の元へと辿り着いた。

 

「ひなたちゃん! 頼まれたもの買って来たよ!」

「ありがと! のどかっち!」

 

 のどかは、持ってきた長物・虫取り網を構える。

 100円ショップで買えるような安物だ。

 ミルクは、ヒーリングアニマル達に気を取られて気がつかない。

 

「のどか! 今がチャンスラビ!」

「うんっ!!」

 

 のどかが虫網を振り上げる。

 ミルクの頭上に、黒い影ができた。

 

「これで、どうだっ!!」

「ミッ!?」

 

 ミルクは、ペギタンとニャトランごと網に捕らえられた。すかさず、ペギタンがミルクにタックルをかます。二重の捕獲態勢の元、ミルクは取り押さえられた。

 

「捕まえたペエ!」

「ひなた、俺ごと捕まえてくれ!!」

「分かった!!」

 

 格闘の末、ひなたがミルクを持ち上げた。

 ミルクは耳を振って抵抗するが、ひなたは器用にそれを躱し、ミルクの自由を奪う。

 獣医の手伝いで、動物を落ち着かせるのは慣れたものなのだ。

 だが、ミルクも負けてはいない。

 

「捕まって、たまるかミル!!」

 

 ミルクは、思い切りひなたの手に噛みついた。ひなたは悲鳴をあげ、手を振って抵抗する。が、そこは獣医の端くれ、手は離さない。

 

ふぁなふぇみふ(はなせミル)!!」

「あいた!! 痛い痛い噛まないで!!」

「のぞみちゃんこっちに来てるから。ね、落ち着いてミルクちゃん」

もっふぉふよふふぁんふぇやふみふ(もっとつよくかんでやるミル)!!」

「ぎゃーっ!! 分かった分かった、離すから!!」

 

 ひなたの手の力が緩むのと同時に、ミルクは思い切り身体を捻り、駅の改札を潜って逃げ出した。

 改札の上に乗り、ミルクはひなた達を嘲笑う。

 

「捕まってたまるかミル!! どうせミルクを捕まえて、サーカスにでも売り捌く気ミル!! そこの金髪の子が昼間、ワンちゃんを探してたのも、まさか、そのためミル!?」

「……? 私が、昼間、探してた……ですか?」

 

 アスミは、ミルクの言葉に心当たりがあるのか、少し考え込むような表情を浮かべた。

 

「もしかして、あの紫の……」

 

 アスミがミルクに声をかけようとした時、のどか達の背後から、駆けてくる人々がいた。

 

「あーっ!! いたいたーっ!!」

 

 現れたのは、のぞみ達だった。

 かれんやうらら、みんな揃っている。

 

「のぞみーっ!!」

 

 ミルクは泣きそうな顔で、皆の方へと駆け出した。渾身の抱きつきを、のぞみが受け止める。

 ミルクはしゃくりあげながら、わんわんと泣いている。

 

「酷い目に遭ったミル!! 珍獣コレクターに捕まって、アマゾンの奥地に売り飛ばされようとしてたミル!!」

「いや、ミルク、多分それ逆。普通はアマゾンの奥地からこっちに売られて来るの」

 

 りんの言葉も耳に入らないようで、ミルクはのぞみの胸に、ひたすら顔を擦り付けている。

 

「よかった……ちゃんと帰って来てくれて」

「ミル……」

 

 そんなミルクの様子を見た仲間達の顔にも、安堵の色が浮かんでいた。

 そんな中、ひなたが声を上げた。

 

「あーっ! 春日野うららさん!」

「ひなたさんですね!」

 

 ひなたとうららは、手を繋ぎ、ぴょんぴょんと跳ねて喜んでいる。たしなめようとしたちゆとかれんが、今度は顔を見合わせる。

 

「あっ! こまちさんに、かれんさん!」

「ちゆさん! ふふ、奇妙な偶然ね」

「沢泉の約束、楽しみにしているわ」

 

 それぞれが再開を喜ぶ中、あすみはミルクにそっと歩み寄った。ミルクは身を硬らせたが、のぞみに撫でられた事で力を抜いた。

 アスミが、笑顔で尋ねる。

 

「あなた、もしかしてあの時の紫の方ですか? ほら、カグヤさんという方を探していた」

「え……あ、うん。そう……」

 

 ミルクはのぞみの腕から飛び降りると、ボワンと煙を出し、美々野くるみに変身した。

 身につけている服は煤に塗れ、あちこちが破けている。靴は所々が煤で黒く汚れていた。

 

「そうよ。私は美々野くるみ。あなた達、よくも散々追いかけ回してくれたわね!」

「うぇえ!? 人になったぁ!?」

 

 ひなたが大声を上げ、それに続くようにヒーリングアニマル組全員が驚愕の表情を浮かべた。

 

「ヒーリングアニマルでもこんな事ないラビ!」

「珍しい動物……!!」

 

 ひなたが、目を輝かせて写真を撮り始める。それに怯えるくるみは、またのぞみの後ろへと隠れてしまった。

 

「ありがとう! のどかちゃん! のどかちゃんのおかげで、またこうやってミルクと会えたんだよ」

 

 のぞみは、のどかの手を取り、ブンブンと振った。だが、のどかは目を閉じ、首を振る。

 

「ううん。私達も捕まえられなかったから……でも、ミルクちゃんがのぞみちゃんの所に戻って来られて、本当に良かった!」

「本当にありがとう! のどかちゃん! ほら、くるみも!」

 

 くるみはそっぽを向いて言うことを聞かない。のぞみはやれやれと言った調子で、のどかに微笑みかける。

 

「のどかちゃん! このお礼は絶対するから! 約束!」

「う、うん! また会おうね!」

 

 やがて、両陣は別れを惜しみつつも解散した。

 その後、彼女達はまた渋谷で会うことになるのだが、そんな事はその時の彼女達には知る由もなかった。

 

 


 

 夜も始まったばかりの頃。

 のぞみ達は、ココ達と合流するために、渋谷の街並みを歩いていた。問題が解決した事で、二人を除き、皆は笑顔で談笑している。

 当の2人はと言えば、完全に対象的であった。

 くるみは眉をこれでもかと言うほどに顰め、早足で歩き続けている。それを、のぞみが同じく早足で追い、必死に謝っている。

 

「本っ当信じらんない! まさか、ミルキィノートを持ってたのがあなただったなんてね!」

「くるみぃ……お願いだから機嫌なおして! ね!」

「絶対許さないから!! 一生そうやって謝ってればいいじゃない!」

 

 のぞみは、ひたすらに謝り続けている。くるみはそれに一切答える事なく、振り返ることなく雰囲気だけで威圧していた。

 くるみを嗜めようとしたりんも、その視線の圧に負け、おずおずと仲間達の元へと戻っていった。

 

「……どうして向かえに来てくれなかったのよ」

「え!? だ、だって、場所分かんなかったし……」

「どうにかして分かりなさいよ!」

「えー!?」

 

 滅茶苦茶である。

 くるみはそう吐き捨てるや、ぷいとそっぽを向き、さらに早足で歩き出した。

 

「ごめんってばぁー! ね? ほら、くるみ! ほら、チョコ買いに行こ!」

「そんな事で釣られるわけないでしょ!? どれだけ謝っても、許してあげないんだから!」

 

 のぞみがくるみに謝っている間、残り4人はお土産の相談を始めていた。

 話に入らないのではなく、誰もくるみを止められないが正しいのである。

 

「コ、ココとナッツもそろそろ来るみたいですし、お土産にシュークリームも買って行きません?」

「うらら! ナ、ナイスアイデア!」

「そういえば、近くにいろんなお菓子を売ってるお店があるの。私が羊羹作りの参考にしてるお店で、セレブ堂って言うんだけど……」

「じゃあ、そこに行きましょう?」

 

 かれんの言葉に、こまちは少し困っ顔になってしまう。それに気がついたりんが、首を傾げる。

 

「こまちさん?」

「あのね……少し言いにくいんだけど、そこのお店、私たちのお小遣いだと……」

 

 かれんは、すまし顔で財布からカードを取り出した。見たこともないような黒いカードである。呆然とするこまちに、かれんは優雅に笑んだ。

 

「心配しないで。お金なら、無限にあるから」

「わーお、さっすがかれんさん。カードが真っ黒!」

「ふふ、これなら心配ないわよね」

 

 4人は、ウキウキでセレブ堂の方向へ歩き出す。

 のぞみも、追いつこうと早足で歩き出した。だが、くるみがついてこない。

 

「くるみ?」

「……っ!」

 

 くるみは、その場でうつむき、立ちすくんでいた。両手はこれでもかと言うほどに、硬く握られている。

 

「……ごめんね」

 

 その様子に、のぞみも立ち止まり暗い顔になる。くるみが、わずかに顔を上げた。

 

「……さない」

 

 くるみは大股でのぞみの元へと歩き出すと、物凄い速さで片手を取った。のぞみが片目瞑るくらい、ぎゅっと握りしめる。

 

「く、くるみ?」

「今だけ。離したら、許さないから」

 

 くるみは口をへの字に曲げ、そのまま大股で歩き出した。のぞみは引っ張られるように歩き出す。歩く中で、のぞみは優しく、くるみの手を手を握り返した。

 

「一緒にお買い物しよっ!」

「……ん」

 

 くるみは、声にならない声と共にそっぽを向く。その口元は僅かに緩んでいた。




これにて、第一部終了です。
ここまでは、東京で色々やってるプリキュア5勢の日常を描いてきました。共同制作時代は本来ここまでは1話くらいですっ飛ばすつもりだったのですが、私が無理やり引き伸ばしました。
プリキュアの良さって多分日常シーンにあると思うんです。それこそ、敵なんて出てこなくてもいいってくらいに日常シーンが完成されてるんですよね。だから、この辺りはしっかり書きたかったです。
第二部からは、ミルクの悩みや新たな敵の登場について書きます。
お楽しみに。


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第五話『のぞみの夢』

第五話は、渋谷での戦闘後のお話となります。
渋谷での戦闘や、のどかっちとカグヤちゃんの話し合いも書こうか悩んだのですが、もう映画でやってる事をやらなくてもいいんじゃないと元作者さんより言われました、こうしてカットする運びとなりました。
そんな感じで始まります第五話。


 夜も更け、大都会も闇夜と電飾に包まれる頃。

 月がビルの山脈を越えても、人並みは絶えることなく道路を埋め尽くす。

 そんな大都会の一角。

 ビルの影に隠れ、仕事をサボっている新人の姿があった。小洒落た紫のスーツに身を包み、開いているのか閉じているのか分からない細い目は薄闇色の夜空に向けられている。

 彼の側では、ブンビーの焦燥に満ちた声が今日も今日とて聞こえてくる。

 

「まったく、忙しないですねぇブンビーさんは。人生には、適度な休息とユーモアが必要ですよ」

 

 新人はため息をついた。

 さも、労働など自分の仕事ではないとでも言いたげに。

 

「……うん?」

 

 地面を這っていた新人の視線が、ふと何かを捉えた。

 白い何かだ。小動物だろうか。

 新人は眉を顰める。

 こんな時に現れるのはゴキブリか。しかし、ここは屋外である。そもそもこの生き物は白い。

 ゴキブリと考えるには、実に不自然だ。

 

「うん? これは……」

 

 新人は、小動物を摘み上げる。

 モフモフとした感触、これは毛皮か。

 小動物は、新人の手のひらに乗るほどの大きさだ。それでいて、狐のような外見をしている。

 頭だけが異様に大きい。

 こんな生物がいるのだろうか。

 

「キツネにしては小さいですね。動物園にでも売り飛ばして、社の維持費の足しにでもしましょうか」

「エゴエゴ……失敗。代わりの夢、探さないと」

「うん? 今しゃべりました?」

 

 小動物の細目が、新人を捉える。

 その中にある赤い瞳が、キラリと輝いた。

 

「お前の夢、面白そう」

 

 エゴエゴは、気味悪くニタリと笑った。

 

 


 

 渋谷での激戦から1時間と少々。のぞみが宿泊先のホテルに辿り着いた時には、既に時計の針は8時を回っていた。

 そこから荷物を取り出し、着替えを用意し……全ての準備を整えた彼女は、ベッドの上に身を投げ出した。

 

 ボーン……ボーン……

 

 くたびれた柱時計の音が、下層階から響いてくる。潮の混じった夜風が、窓の隙間から入り込み、彼女の桃色の髪を揺らす。

 

 おなかが空いた。

 

 ホテルのバイキングはもう始まっている。本当ならすぐにでも行きたいが、みんなの準備が整うまではまだ時間がかかりそうだ。

 外の風を浴びつつもぼんやりと外を眺める。

 ふと、視線が白い何かを捉えた。

 そこには、彼女の良く知る少女の姿があった。

 

「カグヤちゃん!」

 

 弾かれたように、のぞみは駆け出した。

 空腹も忘れ、力一杯駆ける。

 ホテルの前では、変わらずカグヤが立っていた。ひどく疲れた表情をしている。今にも倒れそうな予感さえする。

 

「カグヤちゃん!」

 

 のぞみは、息を整えながら、彼女へと呼びかけた。

 カグヤは疲れを忘れたように、ぱあっとその笑顔に向日葵を咲かせた。

 

「……のぞみちゃん!? のぞみちゃんもここに泊まってたんだ!!」

 

 その朗らかさに、のぞみの頬の糸も少し緩む。

 しかし、その言葉の中に少し引っかかるものを感じ、彼女は首を傾げた。

 

「私も?」

 

 のぞみの質問に、カグヤはにこやかに笑んだ。

 

「うん。友達が、ここに泊まってるの」

「あっ、そうなんだ!」

 

 妙な偶然である。

 その友達に会ってみたい気持ちが、のぞみの中で育ってゆく。

 が、そんな好奇心は、さらに重大な発見により即座に打ち消された。

 カグヤの腕には、小さな擦り傷がいくつもあり、服には血が滲んでいたのだ。

 

「怪我してるじゃん! 大丈夫!?」

「うん……私はなんとか。でも、お客さんの中にはもっと怪我しちゃった人がいたみたいで……私、もう戻らないと」

 

 カグヤは、踵を返して立ち去ろうとする。

 向日葵は萎んでいた。

 夜の闇に、小さな背中が溶けてゆく……

 

 ガシッ!

 

 真白く小さな手を、のぞみの手が取った。

 小さいが、力強い手だ。

 

 その力は決して強くはないが、しかし振り払わせない不思議な力が、カグヤの歩みを止めた。

 

「カグヤちゃんも大変だよ! 部屋まで来て! 手当てするから!」

 

 カグヤは手を引かれるままに、のぞみ・りんの二人部屋へと招かれた。肩を押さえられ、無理やりベッドに座らされた数秒後、のぞみが救急箱を手に走ってきた。

 

「お手当て開始!」

 

 のぞみの手が、透明な箱から包帯や絆創膏を次々と取り出してゆく。その中には、要らない軟膏やピンセットの類もあった。

 包帯にハサミが通らなかったと思えば、絆創膏のシールが剥がせずに苦戦する。

 その手つきの不器用さに、カグヤは思わず苦笑した。

 

 カグヤの手は、アイドルとは思えない程に汚れていた。

 爪の間には、赤黒い何かが入っている。

 

 のぞみは、慣れない手つきで、その手を包帯でぐるぐる巻きにした。これでは何もできない、口を開きかけたカグヤだが、のぞみの真剣な表情を前にすると、何も言えなくなった。

 

 やがて、治療が終わる頃には、のぞみの手の方が、まるで鎌鼬にでもあったかのようにズタズタになってしまっていた。

 それでも、のぞみは「えへへ」と笑う。

 視線の先にあるのは、包帯でぐるぐる巻きになったカグヤの手だ。

 

「お手伝い、したんでしょ?」

 

 カグヤはコクリと頷く。

 包帯の先が、ススリと動く。

 

「えらいね」

「えらくなんかない……私のせいで、あんな事になっちゃったし」

「カグヤちゃん……」

「それに、本当にえらいのは、怪物を倒したのどかち……プリキュアのみんなだから」

 

 カグヤは申し訳なさそうに俯いた。

 のぞみは慰めの言葉をかけようと口を開くが、うまく言葉が出てこない。カグヤは続ける。

 

「ごめんね……せっかくコンサート、見にきてくれたのに。昼間はあんな事言っちゃったけど、私、本当はのぞみちゃんにも、見てもらいたくて……だから、お客さんの中にのぞみちゃんがいた時、少し嬉しかったんだ」

「そう、だったんだ。私こそ、最後まで見られなくて、ごめん」

「大丈夫。それよりも、のぞみちゃんが無事で良かった!」

 

 カグヤは屈託無く笑った。

 数瞬前までの悲しみは、もうその表情の中には無かった。心の底からの笑みのようである。

 その笑顔に、のぞみもつられて笑顔になる。

 ゆめアールプリンセスと呼ばれるだけあって、天使のような笑顔だ。

 

 だが、その笑顔は、すぐに崩れる。

 カグヤの心の奥の悲しみが、崩したのだ。

 

「でも、こんな事になるなら、もうコンサートなんてやらない方がいいのかも……」

「どうして?」

「私のせいで、傷つく人が増えるから。私がコンサートをすると、いつもあの怪物が来るの」

「でも、それはカグヤちゃんのせいじゃ……」

「いいの。私が歌うのをやめればいいだけなんだから。それで傷つく人がいなくなるなら……」

 

 カグヤの声は暗く沈んでいる。

 のぞみは考える。

 たしかに、カグヤの歌で怪物が来るなら、歌をやめれば済む事なのかもしれない。それは一つの解決になるだろう。

 それは、カグヤの願いを叶える事になるのかもしれない。

 だが……

 

「……そんなの、ダメだよ」

 

 のぞみには、許すことができなかった。

 理不尽な暴力で、友達の夢を壊されるのが。

 のぞみは、カグヤの目をまっすぐ見つめる。

 

「コンサートを邪魔したのはあの怪物でしょ? カグヤちゃんのせいじゃない。それに私、カグヤちゃんの歌、もっと聞きたいもん!」

「のぞみちゃん……」

「またやろうよ、コンサート! 今度も、絶対絶対ぜーったい、私達が守るから!」

 

 カグヤの表情に、少しだけ笑顔が戻った。

 作り笑いの天使の笑顔ではない。

 本物の、少女の笑顔だ。

 

「う、うん……! 分かった!」

 

 二人は、和やかに笑いあった。

 そして、いろいろな事を話した。

 自分達がサンクルミエール学園から来た事。

 街に大きな時計塔があるという事。

 美味しいカレー屋さんがあり、色とりどりの花が並ぶ花屋さんがある事。

 

 夕食に呼びに来たココも、二人の楽しげな様子に、気を利かせて静かに出て行く。

 

 話はやがて、互いの身の上話に移った。

 のぞみは、その中でカグヤが我修院博士の娘だという事、あの怪物・エゴエゴはその博士が作った生物が暴走したものだと知る。

 エゴエゴを作り出した、科学の天才博士……のぞみの頭の中では、博士が恐怖の大魔王のように高笑いをしていた。

 

「エゴエゴは、強い夢の持ち主を狙って襲ってくるの。のぞみちゃんの夢は、すごく大きかったから……」

「だから、私達に東京から逃げるようにって言ったんだ」

「そうなの。エゴエゴに蕾を奪われた人は、目を覚さなくなってしまうから……」

 

 カグヤは泣きそうな目でのぞみを見た。

 のぞみは慌てて取り繕う。

 

「でも、大丈夫! 今度から、エゴエゴに襲われそうな人がいても、きっとプリキュアが助けに来るから」

「プリキュア……それって、のど……キュアグレースの事?」

「うん! それと、プリキュア5も忘れないでね」

 

 カグヤは少し考え込み、「あぁ」と声を漏らした。

 

「プリキュア5……グレース達と一緒に戦ってくれた。かっこよかったなぁ……」

「そうですかぁ! いやぁ、照れますなぁ!」

 

 のぞみは、まるでおじさんがするように、「はっはっはっ」と元気よく笑ってみせる。

 その様子を、カグヤはポカン見つめている。

 不思議な空気が、二人の間に流れた。

 

「そういえば、なんだけど……」

 

 空気を変えたのは、カグヤだった。

 

「のぞみちゃんは、お菓子職人さんが夢なの?」

「どうして?」

「昼間、お菓子ばっかり出してたから」

「あ、あー。あれは、ただ沢山お菓子が食べたいなぁって思ったから出してただけなんだ」

 

 のぞみは、バツが悪そうに頭をかいた。

 では、自分の夢はなんだろう。

 少し考え……のぞみは、話し出した。

 

「実はね、私の将来の夢……先生、なんだ」

「先生って、学校の?」

 

 のぞみの口から、すぐに返答は無かった。

 少しの間ののち、のぞみの口から出てきた返事に、カグヤは首を傾げた。

 

「……たぶん」

「たぶん?」

 

 首を縦に振り、のぞみは続ける。

 

「最初は、学校の先生が夢だったんだ。私の大好きな人が、先生をやってて……私もその人みたいに、みんなに授業がしたいと思った」

「うん……」

「けどね。色んな人に出会って、沢山の仲間と協力して、分かったの。学校で勉強を教えるのだけが先生じゃないって」

「……」

 

 カグヤは、いつしかのぞみの話に聞き入っていた。彼女の中には無い価値観が、そこにはあった。

 まるで指揮棒でも振るように、のぞみは大きく手を広げる。

 

「色んな人に、勉強以外の事も、遊び方も、ひまわりの育て方も、いっぱいいっぱいいーっぱい! 教えられる先生になれたらいいなって」

「そっか! 学校の中にいたら、沢山の子に教えられない……」

 

 カグヤはそこでようやく、のぞみの言いたい事に気がつく。でもそれを言葉にしようとして……つっかえた。

 彼女の中の常識が邪魔をするのだ。

 吐き出すように、カグヤは尋ねる。

 

「でも、学校じゃなくても、いいの? 先生なのに?」

「うんっ!」

 

 のぞみはあっけらかんとした様子で答えた。

 

「りんちゃんとかかれんさんには、不真面目って言われるかもしれないけど……私は学校で授業をするだけが先生じゃないと思う」

「そう、なんだ。私には、よく分からない、けど」

「あ、でも、学校で授業するのも嫌いじゃないんだよね。どこで先生やるのかは、まだ、迷い中かな……」

 

 のぞみの言葉を聞いているうち、カグヤは頭が冴え渡るような気分になる。今まで自分の考えを縛っていた鎖が、解けてゆくような。

 

(そっか、のぞみちゃんは……自由なんだ。これができないとか、これだからできないとか、そんな事を最初から考えてない……のぞみちゃんの夢が一番大きい理由、分かった気がする)

 

 カグヤは自分の中で感じてた胸の支えのようなものが、少しずつ軽くなるのを感じ始めてた。

 カグヤ結ばれていた口元が、綻ぶ。

 

「カグヤちゃんの夢は?」

 

 突然話を振られ、カグヤは目を丸くした。

 夢……ゆめ……なんだろう。

 考えたこともなかった。

 だが、考え始めると、それはまるで風船の中の空気が噴き出してくるように、無限に彼女の頭の中に現れ始めた。

 

 カグヤはふふっといたずらっ子のように笑う。

 

「……うーん、秘密!」

「えー!?」

 

 ふくれっ面を浮かべるのぞみを揶揄うように、カグヤは立ち上がり扉の方へと歩き出す。

 のぞみが、勢いよく立ち上がった。

 カグヤは、軽くなった身体で、風のように駆け出す。

 彼女の頭の中には、一つ夢があった。

 彼女はその夢を、叶えたいと思った。

 そして、願わくば、その夢を叶えた時にはのぞみも一緒にいて欲しいと思った。

 

「カグヤちゃーん! 待ってよー!」

 

 カグヤは扉を開けて出て行く。

 のぞみ、その後をついてゆく。

 少しして……部屋には、静寂が戻った。

 

 


 

 のぞみがカグヤと出会うのと時を同じくして……ミルクは、ココ・ナッツ部屋の戸を叩いた。

 少しして、昼間と同じ服装に身を包んだ小々田が扉の奥から現れた。

 ミルクは丁寧に腰を折る。

 

「ココ様、ナッツ様! こんばんは」

「ミルク。良く来たね」

 

 くるみの挨拶に、小々田は眩しい笑みを浮かべた。夏は、本の端から目をやるだけだ。

 小々田の笑顔に、くるみも会釈で返す。

 

「さっきの活躍、凄かったじゃないか! ダンサーさんも助けられたし、敵も追い払えた」

「お褒めに預かり光栄です! 一時はどうなる事と思いましたが、ココ様とナッツ様のお陰でなんとかなりました!」

「いやいや、ミルク達の頑張りあってこそだよ。でも、無事に解決して良かった」

「はい! 不詳、美々野くるみ、これからもプリキュア兼、準お世話役として精進を……」

 

 パタン!

 

 乾いた音が、くるみの言葉を遮った。

 夏が、読んでいた本を閉じたのだ。

 顔を見なくても、明らかに不機嫌なのが分かる。くるみは、恐る恐る夏の方を仰ぎ見た。

 

「ナッツ様?」

 

 夏は鋭い視線をくるみへと向けた。

 咎のある者を見つめる目つきだ。

 くるみは怒られると思い、咄嗟に肩をビクッと震わせる。

 

「くるみ」

 

 夏は低い声で呼ぶ。

 その声の重さに……くるみは返事ができない。

 

「俺はのぞみ達の面倒を見て欲しいと言った」

「は、はい……」

 

 何の件について怒られるのか察し、くるみは俯いた。身を縮こませ、上目遣いで夏を見る。

 

「聞いたぞ。迷子になって、みんなを振り回したそうじゃないか」

「そ、それは、のぞみがミルキィノートを勝手に持って行ったからで……」

「そうでなくても、ミルキィノートを持っているのは俺のはずだ。こういう事になるのを予想して、ノートを借りに来るか、事前に連絡手段くらいは用意しておくべきだろう」

 

 くるみは、硬く両手を握りしめた。

 唇はキュッと結ばれている。

 夏はそれを一瞥し、少し視線落とした……が、変わらずくるみに厳しい目を向ける。

 そこには、明らかな糾弾の意思があった。

 

「ミルクなら大丈夫だと思ったから、頼んだつもりだ。それは俺の見当違いだったのか?」

「……」

 

 くるみは返事をしない。俯いたままだ。

 見かねた小々田が、二人の間に入る。

 

「ナッツ……そんな言い方は無いだろう。ミルクが頑張ったから、さっきだって怪物を追い払えたんだ」

「それとこれとは別の話だろう」

 

 夏の迫力に、小々田は押し黙るしかない。

 俯いたままのミルクを再び睨めつける。

 

「『準』お世話役、ミルク」

 

 低い声で強調される、『準』の言葉。

 その語気に、くるみはまた、ビクッと身体を震わせた。

 

「軽率な行動で仲間を惑わせ、自分の失敗を顧みない。そんなことで、王族と国民を繋ぐ世話役が務まると思うか?」

「……」

 

 くるみは、黙ったままだ。

 ひたすらに、黙ったまま。

 だが、彼女の足元に……一滴……また一滴と……水滴が垂れるのを小々田は見逃さなかった。

 夏は怒りのままに、くるみへと迫る。

 

「いつそのお世話役の『準』は取れるんだ」

「……」

「俺達は、いつまで待てばいい?」

「……」

「もし進歩が見られないようなら、もう一度王国に……」

「ナッツッ!!」

 

 小々田の一括に、夏の動きが止まる。

 その隙を突くように、くるみは部屋を飛び出した。

 

「ミルク!」

 

 小々田が部屋から出た瞬間、くるみの部屋の扉が勢いよく閉じた。

 

「ナッツ! 今のはいくら何でも……」

「言い過ぎたとは思ってない。ミルクももう子供じゃないんだ。パパイヤももう歳だ。アイツには、一人前になってもらわなければ困る」

「だからと言って……」

 

 小々田はそこで、夏を見た。

 夏は、口を堅く結び、壁の方を見つめていた。

 小々田は「ふぅ」と息を吐き、部屋の外へと歩き出す。

 

「……‥探してくる! 彼女には僕から言って聞かせるから、ミルクが帰ってきたら、ナッツもちゃんと謝れよ!」

 

 そう言い残し、小々田は部屋から出て行った。

 

「まったく……」

 

 夏、片手で頭を押さえ、ため息をついた。

 部屋には、嫌な空気が漂っていた。

 



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第六話『くるみの涙』

かれミルっていいですよね。
今回はかれミル回です。
よしなに。


 柱時計の短針も、もうすぐ9を指す頃。

 バイキング会場は、まだホテルの客達で賑わっている。

 

 入り口から、桃色の弾丸が一つの席を目掛けて飛び出した。

 

「みんなお待たせー!」

 

 その言葉に、席にいる全員が振り向いた。

 のぞみ、りん、こまち、うらら、かれん、それに……小々田と夏だ。

 

「あー! 遅いですよのぞみさん!」

「もうみんな食べ始めてるよ。ココなんか、さっきからシュークリームばっかり!」

 

 りんの鋭い指摘が矢のように小々田を襲う。

 小々田は、バツが悪そうにそっぽを向いた。

 

「こ、こういう時くらい許して欲しいなぁ。後でダイエットはちゃんとするから」

「後で苦労するって分かってるなら、控えればいいのに」

「まったく、また狭い隙間につっかえてもしらないぞ」

 

 りん、ナッツの忠告を、ココは笑って聞き流す。

 そんな中、かれんは一人、心配そうな表情を浮かべていた。

 

「みんな、くるみを見なかった? なかなか来ないから、心配しているのだけど」

「ううん? 部屋の電気は点いてたから、まだ中にいるんじゃない?」

「くるみは……少し体調が悪いみたいなんだ。さっき部屋を訪ねたら、そっとしておいて欲しいって言われたよ」

「……分かったわ。ココ、ありがとう」

 

 スキップ混じりにバイキングへと向かうのぞみ。

 少しして、かれんが席を立った。

 

「ごちそうさま。先に部屋に戻ってるわね」

「あれ、かれんさん?そのお皿……」

「ふふ……続きは部屋で食べるわ」

 

 首を傾げるりんに構わず、かれんはバイキングを去った。

 かれんと入れ替わりでこまちが戻ってきた。更には、いっぱいの氷菓子が盛り付けられている。

 

「こまちさんも、ほどほどにした方がいいですよ」

「はーい……」

 

 やがて、のぞみが戻ってきた。

 その皿の上の盛り合わせに、うららが声を上げる。

 

「あーっ! のぞみさんお菓子ばっかり!」

「よくないよ〜。バランスよく食べないと、そのうちいつかのココみたいに、ぶっくぶく太るよ」

 

 小々田は遠い目をしている。

 魂がどこかへ飛んでいってしまったかのような目つきだ。

 

「大丈夫だってばー! それじゃ、いただきまーす!」

 

 のぞみは皆の言葉の矢をひらりひらりと躱し、食事を始めた。

 山ほど盛られたお菓子が、手品のようなスピードで消えてゆく。

 

 「わっ!?すっごい早食い」

 「手品みたいですね」

 

 やがて、その場の誰よりも速く皿をきれいにしたのぞみは、口周りも拭かず、口を開いた。

 

「私、さっきカグヤちゃんの夢、聞いちゃったんだ」

「え!? カグヤちゃんと会えたんですか?」

「何で言ってくれなかったのよ!」

 

 2人からの非難の視線を、のぞみは遠くを見つめる事で躱す。

 口の中に頬張ったエクレアをゴクンと飲み込むと、のぞみは順を追って語り出した。エゴエゴがカグヤのお母さんによって作られた事、そのエゴエゴが暴走している事。

 そして、カグヤの夢を明かしてもらった事。

 

「カグヤちゃんの夢……それはね」

 

 テーブルの前に身を乗り出すのぞみ。りんやうららが彼女の口に耳を近づける。こまちは、お淑やかに座ってこそいるが、耳を大きくしてのぞみの発表に備えていた。

 のぞみかそれを語った瞬間……皆は一様に目を見開いた。

 

「えーっ!? お母さんのために、コンサ……」

「しーっ!!」

 

 のぞみに人差し指を立てられ、うららは、慌てて口の前にバッテンを作る。

 みんな、何も言わずとも頬が緩んでいる。

 顔にウキウキと書いてあるようだ。

 

「カグヤのお母さんって、あの我修院サレナよね?」

「がしゅーいん? されな?」

 

 首を傾げるのぞみに、小々田がすっと指を一つ立てる。

 腹の肉が僅かに揺れるが、本人は気が付かない。

 

「ゆめアールを作った、天才科学者だよ! 教科書にも載ってる、現代の偉人さんだね! というか、うららには前の授業で教え……」

「へぇ! すっごい人なんだ!」

 

 のぞみをはじめとして、皆の目がいたずらっ子のように輝いた。皆の想像がありありと浮かぶようだ。のぞみだけは、天才科学者と聞いて電気を全身に纏わせた大魔王を空想していたが。

 

「それでね、実は、作戦があって。そのコンサートをね、私たちで……」

 

 のぞみの語りに、彼女達はズイと身を乗り出す。

 最早作法など誰も気にしていない。

 

「って言う作戦! どう?」

 

 のぞみの作戦を聞いた一同は、皆一様に笑みを浮かべていた。悪戯っ子がとんでもない作戦を思いついたような、そんな笑みだ。

 

「最高じゃないですか!」

 

 口火を切ったのは、うららだ。

 

「のぞみにしては冴えてるじゃん」

 

 りんもそれに続く。

 

「でも、お誕生日は明後日なんでしょう? 今のうちからゆめペンダントで練習をしておかなきゃ!」

「忙しくなりそう」

 

 うらら、何かに気がついたのか、手を挙げた。

 

「あ、でも、エゴエゴはどうするんですか? また襲われたら、コンサートどころじゃないですよ」

「ふっふっふっ……」

 

 のぞみは待ってましたとばかりに、腕を組み、ばぁーんと無い胸を張る。

 

「その前に、私たちで、エゴエゴを捕まえちゃおうよ!」

 

 そののぞみの発言に、皆の顔が変わった。

 悪戯っ子から、逞しい戦士の顔に……

 


 

 その夜……

 

 くるみは、ベッドに伏せていた。

 枕に顔を埋めたまま、ピクリとも動かない。

 

 ナッツから逃げた。

 のぞみにも酷いことを言った。

 もう、どんな顔をしてみんなの前に顔を出せばいいか分からない。

 彼女はそんな事を考えていた。

 

 キィ……

 

「……?」

 

 扉の開く音に、くるみは身体を硬らせた。

 顔を上げる勇気は無い。

 耳に意識を集中し、訪問者の正体を推理する。

 

 緩やかな歩調……擦るような足音だ……スリッパを履いているのだろうか……今、ベッドに座った……? …………微かな香水の香り……この匂い、知ってる……これ……

 

(かれんだ……)

 

 僅かに枕から顔をずらし、細めで隣のベッドを見る。やはりと言うべきか、直感通りだ。

 彼女はかれんと相部屋である。

 ノックをしなかったのも、自分の部屋だったと考えれば頷ける。

 

 訪問者の正体がかれんだったと分かった瞬間、くるみはかれんの元へ走っていきたい衝動に駆られた。

 

 いますぐ、その温かな胸に飛び込みたい。

 抱きついて、思う様泣いてしまいたい。

 だが、そんな想いに反し、彼女の身体は微動だにしない。意地という下らない理性が、衝動を邪魔するのだ。

 

「くるみ?」

 

 優しい声で、かれんは声をかける。

 くるみは、答えない。

 枕に顔を押し付けたままだ。

 

「お夕飯、持ってきたわよ」

 

 夕飯のキーワードに、腹の虫が音を立てる。

 お腹が減っているのは間違いない。

 けれど、身体は動いてくれない。

 近くで、カタンと音がした。

 チョコの甘い香りが漂ってくる。

 

「ココから聞いたわ。迷子になった事、ナッツから怒られたのね」

「……私は悪くない」

 

 下らない意地を張ってしまう。

 自分が嫌になる。

 

「そうね。確かに、くるみだけが悪いわけじゃないわ」

 

 かれんは優しい口調で続ける。

 

「班決めの時、くるみを一人にした私達も悪かったわ。まさか、連絡手段を待っていなかったなんて思わなくて」

「……それはもういい。迷子になったのは、たしかに、私が悪いから。ナッツ様との約束を守れなかった私がいけない」

「……別の事で、悩んでるのね」

 

 くるみは僅かに頭を動かす。

 流石はかれんだ。

 本当に辛い時、それに気がついてくれる。

 

「私達の、夢の事?」

「……」

「くるみだけゆめペンダントを使わなかった事と、なにか関係あるの?」

「使わなかったんじゃない。使えなかったの」

 

 そう言えた瞬間……くるみは心の栓が抜け、感情の洪水が噴き出したように感じた。

 焦り、悲しみ、悔しさ、情けなさ、辛さ、寂しさ……自分への怒り。

 鼻声のまま、彼女は全てを吐き出した。

 

「どうせ、私に夢なんて要らないのよ! のぞみやかれんみたいに、ちゃんとした夢なんて無いんだから!」

「そんな事ないわ。お世話役だって、立派な夢よ」

「そんな事なくない! どうせ私は、お世話役にはなれないのよ。どこまで行っても、準お世話役。永遠にお世話役になれない、準お世話役」

「大事な事は、そこじゃないんじゃ……」

「大事な事よ!」

 

 枕から顔を起こす。

 かれんが、辛そうな顔でこちらを見ている。

 心の底から、申し訳なくなる。

 でも、今はこの胸の中にある気持ちを、全部ぶつけたい。

 身勝手な欲求が、理性に勝った。

 

「かれんはお医者さんじゃなくて、一生準お医者さんのままでもいいの!?」

「準お医者さん……?」

 

 そんなものあるはずない。

 くるみは頬を赤らめる。

 でも、かれんはそれを茶化さない。

 真っ直ぐに、くるみの目を見据えている。

 

「お医者さんは、たしかに大事な夢よ。諦める事なんて考えられない。でも、大事なのはお医者さんになる事じゃないの」

「じゃあ、なんなの?」

 

 かれんは少し間を置き、固く言い放った。

 

「苦しんでる人を助けることよ」

 

 かれんの言葉は矢となって、くるみの胸を貫いた。

 声が、うまく出ない。

 何で、こんな事に気が付かなかったんだろう。

 頭の中でぐるぐる回る言葉に、意味が持たせられない。でも、かれんは、そんな心も、言葉にしてくれる。

 

「くるみは、かっこいいお世話役になりたいのよね。だから、完璧な自分にならなきゃいけないと思ってる」

「……」

「でも、本当に大事なことは、皆の言葉をココとナッツに届けることじゃないかしら。手紙を書いたり、王国の復興の様子を見てきたり、くるみも頑張ってきたでしょう?」

「……うん」

 

 誰も、私の事は褒めてくれなかった。

 透明な手紙を、何通も何通も送り続けた。

 身勝手な、自己満足だと思っていた。

 けれど、かれんは……

 心に一陣の風が吹く。

 心の奥で燻っていた火が、ぱちぱちと火の粉を散らす。

 

「仮にも王様のお世話役なんて、簡単にできる事じゃないものね。夢の大小を比べるなんてするつもりはないけれど、あなたの夢が大変だって事は分かっているつもり」

「…………うん」

 

 心が、熱くなる。

 爛れてしまいそうなくらい。

 息が苦しい。もう、吐き出してしまいたい。

 

「私の前では、無理しないでいいわ」

 

 かれんの手が、ぽんと頭に乗せられた。

 看病をしてもらったあの日と同じ、あったかい、手のひらだった。

 

 もう、限界だった。

 

 いつのまにか、くるみの変身は解けていた。

 飾らない、ありのままの姿で、ミルクはかれんの胸に飛び込んだ。

 

「かれん〜〜〜っ!!」

「よしよし……」

 

 これまで溜め込んできたものを全部涙に変えて、ミルクは泣いた。

 ひたすら、ひたすら……ひたすら……泣いた。

 

「うわああああああんっ!!」

 

 泣き腫らすくるみをかれんはずっと、抱きしめた。その温かな胸の内に、抱いていた。

 

 ≒

 

 どれくらい時間が経っただろうか。

 ミルクは、かれんの腿の上に寝転がっていた。

 身体が、羽のように軽くなっていた。

 

 かれんの熱が、身体に染み込むようだ。

 ここが、一番安心できる。

 この世の、どんな場所よりも、だ。

 

「でも、ナッツもどうしてそんなに焦っているのかしら」

「今のお世話役はパパイヤ様ミル。パパ様は高齢で、本当なら次のお世話役に職を譲ってもいい歳なのミル。でも……」

 

 ミルクは、そこで言葉を切る。

 かれんも、大体の事情が飲み込めたのだろう、それ以上の質問はしてこない。

 そう、ココ様とナッツ様は、次のお世話役に彼女を推薦するつもりなのだ。

 パパ様もそれを承知している。

 だが、ミルクまだその器じゃない。だからこそ、パパイヤはお世話役を降りられない。

 

「焦っているのね」

「ミルクには、お世話役になる道しか無いミル。早く一人前のお世話役にならないと、ココ様とナッツ様を心配させてしまうミル」

 

 完璧なお世話役にならないと。

 また、嫌なものがミルクの心を締め付ける。

 負けるもんか。負けるもんか。

 彼女は耳を丸め、身体に巻き付かせる。

 ふと、視点がふわっと浮き上がった。

 

「ミル?」

 

 かれんに抱っこされていると気がついた時には、ミルクはもう窓の前に座らされていた。

 

「かれん? どうしたミル?」

「ふふ、ミルクと一緒に景色が見たくなったの。きっと、ミルクの助けになると思うわ」

「ミル?」

 

 窓の外には、東京の夜景が広がっている。

 ゆめアールで彩られた、幻想の街だ。

 

「何が見える?」

「暗い景色ミル」

「他には?」

「光ってる橋……自動車……とっても大きな大きな観覧車。きれいミル……」

「私にも見えるわ。暗い海と、青い月。空飛ぶ鯨さんと、お魚さん」

「ゆめアールで作ってるものもアリミル?」

「もちろん。何でもいいわ」

 

 二人は、写っているものを次々に言ってゆく。

 言い続ける度に、不思議と次から次へと、新しい目のが見つかった。今まで見えなかったものが見えるのは、楽しかった。

 私は夢中になって、窓の外を指さした。

 かれんに、勝ちたいという思いもあった。

 

 やがて、かれんの方が先に言葉が尽きた。くるみは勝ち誇ったように、とっておきの答えを言う。

 

「かれんとミルクが、写ってるミル」

「あっ! そこは気がつかなかったわ」

 

 窓に映るかれんの顔は、本当に感心したようであった。

 ミルクのしたり顔も映っている。

 先程の落ち込みはどこへやらだ。

 かれんは窓の中のミルクへと微笑みかける。

 

「ミルクにしか見えない景色があるように、私には私の夢がある。のぞみにはのぞみの、こまちにはこまちの……ミルクにはミルクの、ね」

「ミル……」

「私はお医者さん、ミルクはお世話役。自分のペースで、前に進みましょう?」

「自分の、ペース……分かったミル!」

 

 もう言葉で言われなくても、分かっていた。

 十分すぎるくらい、元気をもらった。

 ミルクは窓のヘリに立ち、えっへんのポーズをしてみせた。

 

「かれんの夢と、ミルクの夢……どっちが早く叶うか、勝負ミル!絶対負けないミル!」

「ふふ……望むところね」

 

 皿の上へと飛び乗り、かれんの持ってきたカステラへとかじりつく。甘いチョコの味が、口の中にふわっと広がる。

 

「美味しいミル……ほっぺが落ちるくらい美味しいミル……!」

「おしゃべりしていたら、お腹空いてきちゃった。私も食べていいかしら」

「もちろんミル!!」

 

 その後、二人は夢について語り合い、お風呂に入っても語り合い。

 やがて、眠くなり、布団に潜った。

 

 深夜、くるみはゆめペンダントを光らせる。

 昼間とは違い、ペンダントは淡い輝きを放ってくれた。

 光の中から現れたのは、光り輝く素敵なドレス。これを着れば、私もココ様とナッツ様に……

 伸ばした手……それは、ドレスへと辿り着く。

 指先に触れた途端、ドレスは消えてしまった。部屋には、暗闇が戻るが、淡い光が残っている。

 

「かれん。起きてる?」

 

 くるみは、変身してかれんの布団に潜り込んだ。かれんは気が付かないようだ。かれんの枕元には、真新しい東京都のマップがあった。

 きっと、ミルクが迷わないように、ホテルのフロントでもらってきてくれたのだろう。

 かれんの温かいプレゼントを胸に、ミルクは目を閉じる。

 

「ありがとミル、かれん……大好きミル……」

 

 綺麗なドレスを身につけて、舞踏会に行く自分を想像して。




今回はかれミル回でした。
共同制作時代、正直これまでの話を提出した時、4話までの流れは却下で、作り直そう的な話になっていたんです。
ですが、前回の5話や今回の6話で、継続が決まったんですよ。いやはや、かれミルは偉大だと思い知らされました。
こんな感じのシーンが、この後ちょくちょく出てきます。
お楽しみに。


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第七話『動き出す闇』

更新してなくてごめんなさい。
修行の旅に出てました。


夜も更け、月も高く登る頃。

ナッツはホテルの椅子に深く腰掛け、ゆめアールシティのパンフレットに目を落としていた。口元は硬く結ばれ、表情は暗い。

 

「言い過ぎたとは……思ってないさ」

 

誰にともなくそう呟き、ナッツは窓の外に広がる幻想の街へと視線をやる。空飛ぶ鯨、夜も忙しなく駆け巡る光の渦。

そこは綺麗ではありながら、どこか自分がこの世界の住人ではないような、疎外感を感じさせる、景色であった。

 

「俺ものぞみ達と出会う前までは、迷っていたんだったか」

 

ナッツは目を閉じ、短くため息をついた。

 

数分後、部屋の戸が、コンコンと音を立てた。

ココは熟睡していて気が付かないようだ。起きていたナッツは人間に変身し、戸に手をかけた。

 

「……はい。ナッツですが」

「……」

 

ナッツは扉の前に立っていた人影の正体に気がつき、安堵のため息を漏らした。

頭を掻き、優しい目でナッツはその人影を見つめる。

 

「どうしたんだ?こんな時間に」

「……」

 

人影は、小声でナッツに語りかけた。

彼は呆れたように溜め息をつき、肩をすくめた。

 

「分かった。話は外でしよう……支度する。少し、待っていてくれ」

 

ナッツは部屋の奥へと戻ってゆく。扉は開いたままだ。

人影が、ゆっくりと部屋の中へ入ってくる。

 

「……」

 

ナッツは背後の人影に気づき、立ち上がった。その時…

 

「待ってくれって言っただろ。すぐ支度するから、ま……ッ!?」

 

ナッツの身体がその場に崩れ落ちた。人影の手には、スタンガンが握られていたのだ。ナッツは変身が解け、妖精の姿に戻ってしまう。

 

「ナ……ツ……」

 

人影は、月明かりに照らされその正体を表した。四つの目を持つ、巨大な狐の化け物である。その姿は博士が作った怪物……エゴエゴに酷似していた。

 

「マネマネ、マネマネ成功……おっと、誰か来ましたね?これは、同業者……」

 

怪物は月明かりを背に、邪悪な笑いを浮かべていた。月明かりで透ける体の中身。その中には、カワリーノによく似た新人の姿があった。

 


 

我修院邸の地下、研究室。

サレナがモニターを眺めている。その手には、古式ゆかしき折りたたみ式の携帯電話が握られていた。

 

「計画は順調のようだな、エゴエゴ」

 

モニターには、ダンサーエゴエゴを前に活躍するプリキュア5の姿が映し出されている。

サレナは食い入るようにそれを見つめ、頬を歪める。モニターの反射で眼鏡がきらりと光り、6人の夢の蕾を映し出した。

色とりどりの光を放つ6つの蕾。その大きさに、サレナは頬を歪ませた。

 

「あのレベルの蕾が6つもあれば、計画のステージを飛躍的に進める事ができる。全てはカグヤのために、頼んだぞ……エゴエゴ」

 

ふと、彼女の後ろから近づく者があった。

金髪をオールバックに固めた作業服の男である。目尻に刻まれた皺の数々を見る限り、歳は四十路を迎えた頃と思われる。元々は白かったと思われるその作業服は、汚れとシミでクリーム色に変色していた。

 

「あ、修理終わりましたよ〜」

 

ひょうきんな調子でそう報告する男に、サレナは右手を上げて答えた。

その間も、彼女の目は画面に向かっている。

 

「ありがとう。報酬は約束通り振り込んでおいたよ。確認してくれ。あ、依頼したお菓子の事も忘れないでくれたまえよ」

「はいはい!そりゃもう確実に!すぐ買ってきますんで」

 

男は「あの新人何やってんだ、こうなったら私が……」とブツブツ言いながら、俊速でスマホを取り出し、慣れない手つきで触り始めた。

 

「はいはい!おニューのスマホのブンブンビー(024882)っと。あれ、なかなか開かないな」

 

少しして、男はスマホから目を上げた。

モニターの画面がチラリと目に入ったのである。男はあっと声を上げた。

 

「あれ、そいつら……プリキュア5じゃ無いですかぁ。懐かしいなぁ。元気してるみたいっすね」

「先程渋谷で怪物を撃退した、謎の少女達だ。彼女達を知っているのか?」

「いやぁ、知り合いというか、恩人というか……昔のライバルというか、上司と部下の仇というか」

「ライバルか。もしかして、君ならプリキュアを捕まえてこられたりもするのかな?」

「え!?そりゃあもちろん!このブンビーにかかれば、お茶の子さいさいですよ!」

 

男の軽口に、サクヤは破顔一笑した。

男もつられて、にこやかに笑う。

 

「いい冗談だ。気に入ったよ。修理の腕もいい……また、仕事をお願いしよう」

「ありがとうございますッ!今後とも、ブンビーカンパニーをご贔屓に!」

 

男はきっちり45°に頭を下げ、出口へと向かう。部屋から去る寸前、男は足を止めた。

男の背中からわずかに漏れ出た邪気に、サレナの目が細まる。

 

「ウチの新人見ませんでした?こーんな感じで、細っそい目した奴なんですけどね」

「……いや、見ていないな。先に帰ったんじゃないか?」

 

サレナは少し口籠もった末にそう返した。男は眉に皺を寄せ、鋭い目で彼女を睨んだ……が、すぐにその表情を解き、笑顔に戻るった。

 

「そうですかぁ!いやいや、見てないならいいんです。まったく、仕方ない奴だなぁ」

 

男は足早に部屋から出て行こうとする。サレナは真顔でその背を睨み、右手を上げた。

 

「エゴエゴ、やってしまえ!」

 

瞬間、影から飛び出した白い影が、男へと襲いかかった。

 


 

翌朝、早朝6時ごろ、ミルクはホテルの電話に起こされた。

かれんはまだ眠っている。寝ぼけ眼でくるみに戻ったミルクは、電話を手に取った。

 

「もしもし、こちらミルク……じゃなかった、美々野です……」

 

あくび混じりにくるみはそう答える。すると、電話口から低い声が聞こえてきた。

 

「おはよう。こちらエゴエゴ。昨日は世話になったな」

「エゴエゴアザラク……?いたずら電話ですかぁ……?切りますねぇ……」

 

受話器を戻しかけるくるみ。電話口の向こうの人物は、焦ったように待て待てを繰り返す。

 

「お前達の大切な仲間を攫ったと言っても切るのか!!」

「はい……おやすみ……」

「ええい!目を覚ませプリキュア5!!エゴエゴが攫ったのは、パルミエ王国皇太子、ココとナッツだ!!」

 

その言葉に、くるみは即座に受話器を耳に戻した。その表情には、鬼神が宿っている。

 

「ココ様とナッツ様に……何したって?」

「誘拐させてもらった。エゴエゴエゴ……返して、欲しければ、2時間後、我修院邸へ来い。お前の仲間も一緒にな」

 

くるみは歯噛みした。

疲れて眠っていたとはいえ、ココとナッツが拐われるのを見過ごしてしまったのだ。

電話の主は仲間も一緒と言っている。

自分たちがプリキュアである事を知っているという事だ。エゴエゴというのは知らないが、とにかく、敵である事には間違いない。

くるみは、声色低く続ける。

 

「目的は何?身代金?私達学生だけど!?一体、いくら欲しいって言うのよ」

「……5000円だ」

 

回答までには、随分間があった。

正直ふざけていると思う。お金ではなく、自分達を誘き出す事が目的……つまり、100%罠だ。だが、ココ様とナッツ様を攫われて、黙っているわけにもいかない。

くるみは大きく深呼吸すると、受話器の向こうの相手へと恫喝した。

 

「随分良心的ね。分かったわ。首洗って待ってなさい!!」

 

ガシャンと電話を切ったくるみは即座に反転しすると、布団の内で寝言を呟いているかれんを揺らした。

 

「かれん起きて!大変なの!」

「……あなたのおかげだなんて……そんな……」

「寝ぼけてる場合じゃ無いの!!ココ様とナッツ様が攫われたの!!」

「うん……お大事に……って、ええっ!?ココとナッツが!?」

 

かれんが飛び起きた。

口元のよだれを拭い、1秒で毅然としたかれんが帰ってきた。

 

「とりあえず、私はココ様ナッツ様の部屋見てくるから!かれんは、みんな起こしてきて!!」

 

くるみは、勢いよく部屋のドアを開け放つと、ココナッツ部屋の方へ駆け出した。

ココナッツ部屋は荒らされており、窓ガラスが割れている。部屋のあちこちを探すが、ココ様とナッツ様は見つからない。

 

「いない……」

 

荒らされた跡、割れた窓……部屋の状況が誰かに攫われたのだという事を物語っている。

 

(私が、もっとちゃんとしてれば……いや、今はそんな事なんて言ってられない!)

 

くるみは、腰元からミルキィパレットを取り出した。

 

「スカイローズ・トランスレイト!」

 

身の丈ほどもある青い薔薇を背景に、眩い光が、くるみの全身を包み込む……小さな少女の身体はそのままに、キュアローズガーデンの青い薔薇の力が彼女を戦士へと変身させてゆく。

やがて光が晴れた時、そこには紫と白の戦闘衣を身に纏った戦士……ミルキィローズの姿があった。

 

「青い薔薇は秘密の印、ミルキィローズ!」

 

自分の行き先を残した書き置きを残し、東京の地図を手に、ミルキィローズは窓のヘリへと足をかける。

 

「エゴエゴだかイゴイゴだか知らないけど、ココ様とナッツ様は、返してもらうわ!」

 

ミルクは窓の外へと飛び出した。向かうは一つ。ココとナッツを攫った、エゴエゴの元だ。

 

(一人前のお世話役になるためにも、ココ様とナッツ様に認めてもらうためにも!)

 

だが、ミルクは気がついていなかった。窓ガラスの破片が、内側に落ちていない事に。

それはつまり、犯人は内側から窓ガラスを開けたという事。

敵は、内側にいるという事だ。

プリキュア5……彼女達に昏い影が迫っていた。




更新頑張ります。


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第八話『マネマネ襲撃』

がんばってます。


昼下がり……朝のくるみ達の喧騒などまるで知らぬと言った顔で、ホテルの一室でカーテンが静かに揺れている。

部屋の電気は消えており、割れた窓の隙間から差し込む陽光だけが部屋の中を照らしている。

ベッドの上には、紫の寝巻きのまま眠りこける少女の姿があった。

小さな身体のあちこちには、生々しい傷跡が無数に刻まれている。打撲痕……擦過傷……裂傷……その種類は様々だ。一部は絆創膏や包帯で手当てされているが、そうでない部分がいっそう目を引く。

泥のように眠る彼女。

そんな彼女の元に、歩み寄る影があった。

 

「おい、しっかりしろよ」

 

影はくるみの肩をたたく。少し尖った、声変わり前の少年の声だ。

くるみは死んだように動かない。

影はさらに強く彼女の体を揺する。

 

「おいってば!」

 

瞬間、くるみがカッと目を開けた。

 

「っ!!?ドリームッ!!アクアッ!!」

 

静かだった部屋の空気を突如として切り裂いた彼女の叫び……突然の挙動に、影はたじろぎを見せた。

その身体が、陽光の元に晒される。

影の正体は、プリキュア5の仲間、シロップであった。

 

「みんな……」

 

くるみは傷だらけの両腕をゆっくりと動かし、上体を起こした。

シロップの姿に、くるみは目を丸くする。

それもそのはず、彼は今、キュアローズガーデンにいるはずなのだ。

 

「シロップ?あなた、どうして……」

「まだ寝ぼけてんのか?まぁ、あんな目に遭ったばかりだし、仕方ないとは思うけどよ」

 

シロップは、優しく笑う。

その笑みに隠された影に、くるみの胸が締め付けられる。

自分は何か、大事な事を忘れているのではないか。

ズキズキと鈍く痛む頭をさすりながら、くるみは記憶の中は手を伸ばす。

液状化した鉛の海の中に潜るように……鈍い痛みが記憶を阻害する……

 

「そうだ、私……ココ様とナッツ様を追いかけて……」

 

記憶の中にある光の中へ、くるみの意識は入っていった。

時は戻り、数時間前……

 


 

そう、私達はココ様とナッツ様を攫ったエゴエゴを捕まえた。そこでエゴエゴの……我修院サレナ博士の目的を知ったドリームは、自分もカグヤちゃんを助けるのに協力したいと言い出した。

ドリームらしい、突飛な発想だ。

私達の持つ夢の力の抽出には、時間がかかる。

私達は試験管の中に入って、夢の力の抽出を待っていた。

そう、そのまま全ては終わるはずだった。

 

昏い視界の中で、私……美々野くるみは意識を取り戻した。

 

「ふむ、このミルキィローズというのだけは夢の抽出が遅れているな。何故だ?夢だけ見るなら、他のプリキュアよりも大きいはず……」

 

混濁した意識の中で、誰かが喋っているのが分かる。

この声は、博士の声だ。

他の皆はもう眠っているのだろうか。分からない。

 

「おはよう、キュアドリーム。協力、感謝する」

「カグヤちゃんの、お母さん、ですよね」

 

博士の声に答えたのは、聞き慣れたドリームの声だ。

どうしてだろう、近くで聴こえているのは間違い無いのに、どこか遠から聞こえるように、変に反響している。

博士は数秒の沈黙の後、答えた。

 

「そうだ。短時間の睡眠であれば、記憶の混濁は少ないようだな。これもまた、一つのデータとして参考にさせてもらおう」

 

カチカチと機械の音が聞こえる。博士が計器をいじっているのだろうか。視界が効かない中でこんな音が聞こえるのは少し怖い。

 

「私達の夢があれば、東京の人達の夢は、全部返してもらえるん……ですよね?」

「……あぁ、約束しよう」

 

サレナの声は、明らかに何かを隠していた。

彼女に対する不信の種が、私の胸の中で芽を出す。

ドリームはそんな私の心も知らず、能天気に笑う。

まったく、少しは疑う心を覚えればいいのに。

 

「しかし驚いたよ。もう少し抵抗するものだと思っていたが」

「カグヤちゃんのためだもん。それに、私、サレナさんの事……信じてるから」

「どうして信じられる?プリキュアは、人の心も読めるのか?」

「ううん。でも、サレナさんがカグヤちゃんの事を大事にしてるって事は、分かる」

「……」

 

沈黙するサレナに、ドリームは「えへへ」と笑いかける。どんな顔をしているのか、大体想像できるのが悔しい。

 

「サレナさん、カグヤちゃんの話してる時、本当に悲しそうな顔するんだもん。本当にカグヤちゃんの事がどうでもいいなら、そんな顔なんてできない」

「ふふ、まるで超能力者だね。いや、心理学者とでも言うべきか」

「ううん。私は、なんとなく分かるだけ。サレナさんの気持ちも、カグヤちゃんの想いも」

「天性のセンスだね。羨ましいよ」

 

サレナの声色が、若干明るくなったように感じられた。

ドリームに対して僅かながらも心を開いたという事なのだろう。

長い間付き合ってきて、やはり感じるもの。ドリームには、人の心を緩ませる魔力がある。私やかれん達には無い、彼女独自の才能だ。

 

「お願いサレナさん。約束、守ってね」

「あぁ……可能な限り守ろう」

「サレナさん……?」

「だが、私は、カグヤのためなら……何でもする。だが、もしお前達の夢が、あの花を咲かせるのに足りない時は……」

 

瞬間、サレナの言葉を切り裂くように、けたたましい警報音が鳴り響いた。混濁していた私の意識が、水面へと引き上げられる。

 

「これ、なんですか!?」

「どうしたというのだ!」

 

狼狽えるサレナの声に重なり、小動物の足音が聞こえる。

うっすらと目を開けると、試験管のガラス越しに、小型のエゴエゴがサレナに報告を行なっているのが見えた。

 

「屋敷に侵入者!見た目、エゴエゴに似てる!でも、エゴエゴじゃない!」

「何……?どういう事だ!!」

 

瞬間、私の視界に黒いものが映る。影は、音もなく博士の後ろに忍び寄ると、その巨大な鉤爪を振り上げた。

 

「こういう事ですよ、我修院博士」

「ッ!?」

「サレナさん危ない!!」

 

くぐもったドリームの叫びが、サレナを動かした。

影の斬撃を反射的に攻撃を避けたサレナだが、影は続け様に体当たりを繰り出した。その素早い挙動に、サレナも対応しきれない。

彼女は研究室の壁に身体をぶつけ、目を閉じた。

影の正体は、エゴエゴにも似た真っ黒い狐の化け物だった。

真っ赤な四つの瞳を爛々と輝かせ、化け物は私達のいる試験管の方へとやってくる。

 

「これはこれは、お久しぶりですね、プリキュアの皆さん。私の、ナイトメアの憎き仇」

「ナイトメア……?あなた、誰なの?」

「これはこれは、申し遅れました。私はマネマネ。絶望より生まれ、憎きプリキュアを誅する者です」

 

マネマネを名乗る化け物は、ドリームのいる試験管目掛けて、その巨大な鉤爪を振り上げた。

瞬間、カチッと音がした。

サレナが、操作パネルのスイッチを押したのだ。

 

「夢供給システム、緊急停止!!プリキュア、各員を地上に射出する!」

 

サレナがそう叫んだかと思うと、私は身体に凄まじい衝撃を感じた。

覚醒しきらない意識のまま横を見ると、ドリーム達の入る試験管が次々と上の階へ飛び上がってゆく。

 

「ここまで来たんだ……邪魔されてたまるか!」

 

サレナは、背にいるエゴエゴに手招きする。

 

「お前は私の夢を使え!」

「いいのか?博士、動けなくなる」

「蕾は後で返せばいい。プリキュアを守り、必ずカグヤを甦らせるんだ!」

 

エゴエゴ、不満げに頷いた。

 

「エゴエゴ、了解」

 

博士の身体から夢を取るエゴエゴ。

私が見ることができたのは、そこまでだった。

視界が暗転し、凄まじい衝撃が全身にかかる。

息ができない苦しみは一瞬で……すぐに、光が眼前に広がった。

 


 

気がつくと、目の前には和室が広がっていた。

辺りを見回すと、和室には場違いな巨大な試験管が6本聳えており、そこにはまだ仲間達が眠っていた。

ふと、試験管の扉が開き、私達は地面に投げ出された。

 

「ぎゃふん!」

 

ドリームが情けない悲鳴をあげる。

ドリーム以外はまだ眠っているようだ。

皆を起こさなければ……走り出した私を遮るように、黒い影が柱の影から飛び出した。先程博士を襲ってきた怪物、マネマネだ。

 

「こんな所にいたんですねぇ。探しましたよぉ!」

 

「あなたなんかに、サレナさんの邪魔はさせない!!」

「そうですか。しかし、寝起きのあなたの力で止められますかねぇ?」

 

マネマネは高速移動し、ドリームに爪を振り上げる。

だが、マネマネの攻撃はドリームに命中する事は無かった。

当然、いつまでも寝ていられるわけがないのだ。

 

「この私を忘れてないかしら?マネマネさん」

「あなたは……」

「ミルキィローズ!」

 

私はドリームを背に、マネマネへと立ち向かった。

段々と思い出してくる。

そう、私はここで……マネマネに……




がんばります。


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第九話『颯爽たるマネマネ』

まだまだ頑張ります。


 マネマネの戦いが始まってすぐ、私達はコンビネーションを駆使して、奴を追い詰めた。エゴエゴの時のような分身能力を警戒したが、そんなものを使ってくるような様子は無く、奴の攻めは消極的だった。

 

 戦闘能力は高くないようで、私一人でも相手ができるくらいに思えた。だが、油断も束の間、マネマネの黒い爪が、私の頭上へと迫る。

 両腕を交差させ、防御の姿勢を取る。だが、その爪撃は、背後から飛んできた水の矢によって弾かれた。アクアのサファイアアローだ。

 

「アクア、ありがとっ!!」

「ローズ! 一緒に決めましょう!」

「うんっ!!」

 

 私はミルキィミラーを構える。マネマネが怯んでいる今がチャンスだ。アクアも私の横に並び、サファイアアローを構えてくれた。

 

「「【アクアローズ・ブリザードアロー】!」」

 

 気合一閃、鉄の薔薇がミルキィミラーから放たれた。

 アクアの放った水の矢と薔薇が融合し、鋭い銀色の矢へと成る。

 水の速度に、鉄の硬度。空を裂く必殺の一撃は深々とマネマネに突き刺さり、その黒い身体を深々と穿った。

 

「グアアアアッ!?」

 

 マネマネは悲鳴をあげ、パンと風船が破裂するように消えた。

 まるで何も無かったように、屋敷には静寂が戻ってくる。

 だが、何故だろう。私は全く気が抜けなかった。敵は倒したはずなのに、身体にまとわりつく黒い気配が消えないのだ。

 

「あれ、プリキュア、侵入者倒した?」

 

 やったきたのは、白衣を纏ったエゴエゴだった。

 博士の夢を手に入れ、力を得たという事なのだろう。

 

「あら、助けに来てくれたのかしら。意外といい所あるじゃない」

「勘違いするな、これ、博士の命令。エゴエゴ、お前たちの事、きら……」

 

 瞬間、衝撃がエゴエゴの背に直撃した。

 不意の一撃に、エゴエゴの胸の内の蕾が畳に落ちる。

 

「まずい! エゴエゴ、博士の蕾を無くすわけには行かない!」

 

 エゴエゴは蕾を大事そうに抱え、凄まじい速さでどこかへと身を隠した。

 私はその光景を、ただ見ているしか無かった。否、反応できなかったのだ。あまりにあり得ない事が、眼前で起きていたからだ。

 

 背後からエゴエゴを襲った攻撃。

 それは、エメラルドソーサーによる、奇襲だった。

 皆が振り返ると、そこには、エメラルドソーサーを両手に展開したキュアミントの姿があった。

 

「ミント!? 何やって……」

「ドリーム? ミントなら私達と一緒にいる、じゃない……?」

 

 そう、私の背後にミントはいる。

 さっきまで一緒に戦っていたはずだ。

 それが何故、目の前に現れているのか。

 

「ミント、あなた双子の姉妹……いないわよね」

「双子は……いないわ」

 

 硬直する私達の目の前で、もう1人のミントはその姿をぐにゃりと歪ませた。さながら、真夏に見る蜃気楼の如く、周りの景色が歪むように、彼女はその姿を変えた。

 

「マネマネ、マネマネ成功」

 

 そこにいたのは、あの黒毛の怪物であった。

 怪物疲労の気配は感じられない。先程の戦闘など、まるで無かったとでも言わんばかり様態である。

 

「うそ!? アイツ、さっき倒したばっかりなのに!」

「アレは私の分身です。夢の蕾1つにつき、1体に作り出す事ができます。本体の私と比べて、弱いのが玉にキズですが」

 

 動揺するルージュを、マネマネはクスクスと嘲笑う。

 獣の外見をしているというのに、両腕は真っ直ぐ腿のあたりにつけられ、口元は嫌にニヤついている。

 その見覚えのある仕草に、私は背中を冷たい汗が伝うのを感じた。

 

「あなた、何者なの!?」

 

 ドリームの問いに、マネマネは深々と腰を折る。

 

「改めて自己紹介をば。私はマネマネ。自由意志を持つエゴエゴのコピーです。私が盗んだのは、変装の名人の夢。だから、私は変装や分身が得意なのです!」

「今度は怪人二十面相が相手って事ですね!」

「私に化けてみんなを騙すなんて……許せない!」

 

 怒りのままに、ミントが跳躍した。両拳には、小規模のエメラルドソーサーが展開されている。狙うは拳による先制攻撃。最短距離を最速で詰める、突撃である。

 レモネードもプリズムチェーンを手に続く。マネマネはそこに立ったまま、巨大な尻尾で身体を覆い隠し、2人の攻撃を阻んだ。

 

「相変わらず、一人一人の攻撃は単調ですねぇ」

 

 マネマネは尻尾を鞭の如くしならせ、2人を跳ね飛ばした。

 ガラ空きになるマネマネのガード……アクアとルージュは、それを見逃さなかった。

 

「【プリキュア・ファイアーストライク】!」

「【プリキュア・サファイアアロー】!」

 

 水流の矢と大火球、どちらも直撃すれば大ダメージは必至である。

 躱すには、迅すぎる。防ぐには、強大すぎる。

 だが、マネマネはそのどちらもを選ばなかった。マネマネは第二の尻尾を出現させると、その尻尾に二つの技を巻き付け、絡め取ったのだ。

 

「なっ!?」

「ミント! エメラルドソーサーを!!」

 

 マネマネは二つの技を帯びた尻尾をぶつけると、いとも簡単に相殺して見せた。

 アクアの驚きも、当然である。

 自分達の技の威力は、自分達が一番知っている。

 おいそれと弾き返せるような技では無い。

 

「なんなの……この敵……」

 

 今までとは別次元の強さに、ドリームの声も震えている。ミルキィローズには、その気持ちがよく分かった。自分も同じだったからだ。頭の奥の思い出から、怪物が這い上がってきたような、そんな感覚だ。

 ローズはドリームの手を、ぎゅっと握った。

 彼女達の胸中を知ってか知らずか、怪物がにやりと笑む。

 

「お久しぶりですね、プリキュア5。エゴエゴには感謝しなければなりませんね。こうして、あなた達に復讐する機会を与えてくれたのですから!」

 

 言うや否や、マネマネは両腕を広げ、突撃してきた。ドリームは腕をクロスさせて受け止める。マネマネの繰り出す体術に、ドリームもまた体術で応戦した。撃ち合う2人。双方の格闘力は互角のようだ。

 

「あなた、何者!?」

「私の名はマネマネ。それ以上の事はご想像にお任せします。しかし、ただ一つ明らかな事は……」

 

 撃ち合いの狭間、マネマネの姿がぐにゃりと歪んだ。

 現れたのは、キュアミントの姿。凄まじく精巧な擬態である。

 

「ミント……!? いや、違う!!」

 

 ドリームの動きが一瞬止まるのを、マネマネは見逃さない。

 間髪入れず、真っ黒な膝がドリームの脇腹に突き刺さった。

 彼女の表情が、苦悶に歪む。

 

「う……っ!?」

「あなた達はこれから、私によって絶望の底に突き落とされるのです!」

 

 嵐のように押し寄せるマネマネの猛攻を、ドリームは必死に凌ぐ。

 マネマネを止めるべく、ルージュとアクアが跳んだ。

 しかし、マネマネは尻尾の一つを彼女達へと向け、2人の攻撃を受け止めた。尻尾の先には、翡翠色の盾が展開されていた。

 

「これ、私のエメラルドソーサー!?」

「あなた達の攻撃はもう覚えました! 行きなさい、私の分身達よ!!」

 

 マネマネの号令と共に、どこに隠れていたのか、黒いマネマネの分身達が一斉にプリキュア達へと襲いかかる。その数は10体では効かない。

 

「みんな!? ……うッ!」

 

 皆の元へと駆け寄ろうとするドリームは、苦悶に表情を歪め膝をついた。マネマネの攻撃が響いているのだろう……それほどまでに、強敵という事なのだ。

 ドリームを支えてあげたい。思いを拳に乗せ、ローズは分身達を蹴散らしてゆく。

 戦局が一変したのは、そんな時だった。

 3体の分身達が、レモネードへと襲いかかったのだ。

 

「プリキュア・プリズムチェーン!」

 

 プリズムチェーンで分身をまとめて絡め取るレモネード。3体の分身はその力に負け、あえなく塵となった。

 だが、その隙を突きマネマネが背後に回っていた。

 

「わっ!?」

「1人目、手に入れましたよ!」

「レモネード、危ない!」

 

 ルージュの叫びも虚しく、レモネードの胸にマネマネの腕が突き刺さった。その手の中には、輝く夢の蕾が握られていた。

 

「レモネード!!」

 

 ローズは叫ぶのと同時に駆け出していた。

 夢の蕾が取られたら……昨夜、夢を取られたダンサーさんを見ていれば想像がつく。仲間が目を覚さなくなる……そんな姿は想像したくない。

 

「さて、彼女の夢を食べてしまいましょうか」

「させるわけないでしょッ!」

 

 ローズの鋭い蹴りが、マネマネの腕へ向けて放たれる。

 だが、それはマネマネの尻尾に展開されたエメラルドソーサーに防がれる。ローズは悔しさに顔を歪めなおも攻撃を続けるが、敵はまったく動じる事なく、レモネードの夢の蕾を己の口に放り込んだ。

 レモネードの身体が、ゆっくりとその場に崩れ落ちる。

 

「あっけないものですね! あれだけ夢の力を頼りにしていたあなた達が、夢の蕾を奪われてしまうなんて! クックック!」

「レモネード!!」

「絶対……許さないんだから!」

 

 嘲笑を続けるマネマネに、ドリームが突撃した。拳を引いた、空手で言う正拳中段付きの構えである。

 エメラルドソーサーの合間を突き抜け、拳が迫る! 

 だが、その一撃はまたもや何者かに防がれた。

 一撃を防いだのは、先ほどの分身の内の一体だった。おかしいのは、その身体が黄色に染まっている事である。

 ドリームは分身へと連続攻撃をかけようと、拳を構え直した。

 だが、なぜだろうか。ローズはその分身に、妙な違和感を覚えていた。

 

「(なんで……何でこんなに、寒いんだろう? 心の奥を、誰かに撫で回されてるような……)」

 

 ローズの思いをよそに、黄色いマネマネコピーがドリームへと反撃する。その手には、光の鎖ムチ、プリズムチェーンが握られていた。

 

「マネマネ・プリズムチェーン!」

 

 プリズムチェーンは蛇の如く空中を這い、ドリームへと伸びる。ドリームは素早い動作でそれらを躱してゆく。

 その表情には、明らかな混乱の色が見て取れた。

 それは、プリキュア達も同じであった。

 

「これ、レモネードのプリズムチェーンよね!?」

「捕まえた相手の力を使える……そういえば、そういう能力だったっけ!」

 

 ドリームを援護しようと、ルージュが駆け出す。瞬間、プリズムチェーンの先端が彼女の方を向いた。

 

「なっ!?」

 

 不意打ちであった。黄色の蛇が、左右から彼女を絡め取る。ルージュは全身をプリズムチェーンに拘束されてしまった。

 身を捩り、抜け出そうとするルージュ。だが、拘束力が強く抵抗することすらままならない。

 ローズの脳裏を、レモネードの姿がよぎった。夢の蕾を抜き取られたレモネードは、動けなくなってしまった。もしルージュもそんな事になったら。考えるより早く、身体が動いていた。

 ルージュの元へと忍び寄るマネマネの頭部に膝を打ち込む。マネマネは呻き声をあげて仰け反った。生まれた隙を突き、続けてプリズムチェーンへと手刀を叩き込む。鋭い一撃が、チェーンを断ち切った。

 

「ありがと、ミルキィローズ!」

「ルージュまでやられたらって考えたら、勝手に身体が動いてたわ。レモネードは私が助ける。大切な仲間に、これ以上好き勝手させない!」

 

 気合一閃、ローズは黄色いマネマネコピーへと飛びかかった。素早い動きで肘を顔面に打ち込み、続けてガラ空きの頭部へと頭突きをかます。

 黄色いマネマネは、頭を押さえて蹲った。

 

「ココ様もナッツ様も私が助けるんだから!」

 

 呼吸を整え、黒マネマネを探すローズ。辺りに敵の姿は無い。

 目を閉じ、気配を探る……獣のような息遣いは、確かに近くでする。右……違う。左……違う。前……近い……否、後ろ! 

 気がついた時には、既にマネマネは彼女の後ろに回っていた。

 

「しまった!」

 

 夢の蕾、やられる、戦えなくなる、レモネードと同じ。

 複数の言葉が、一瞬で思考の中を駆け巡る。

 ローズは反射的に両腕を交差させ、防御の構えを取った。

 だが、それを予想していたのだろう、マネマネは複数の尻尾を彼女の背中へと回し、身体を拘束しようとした。

 

「これで二つ目!」

「危ない! ミルキィローズ!」

 

 ローズの身体を、鈍い衝撃が襲った。それは、胸を貫かれる感覚ではなく、何かがぶつかる感覚。思わぬ衝撃に、体勢が崩れる。

 薄れる視界。慌てて立ち上がろうとするローズは、眼前に広がる光景に声をあげそうになった。

 

「ごめん、ローズ……あと、頼んだよ……」

 

 胸から紫の残滓を流し、ルージュの身体が崩れ落ちる。

 明らかに意思を失った身体……ローズはそこでやっと、ルージュが自分を庇い、夢の蕾を奪われた事を知った。

 

「ルージュ……?」

 

 胸が締め付けられる感覚、それを喪失感と知るには、ローズはまだ若すぎた。彼女の理解を待つ暇も無く、赤いマネマネがローズへと襲いかかる。

 

「ローズ! 危ないッ!」

「しっかりしなさい! ルージュとレモネードの夢の蕾を取り返すわよ!」

「う、うん!」

「アクア、ローズは私の後に続いて。エメラルドソーサーで道を切り開くわ!」

 

 言うや否や、ミントがマネマネへと突撃した。分身達の波状攻撃を、ミントは小盾エメラルドソーサーで受け流す。

 マネマネはドリームの攻撃を捌きながら、ミントの突撃を待ち構える。

 だが、ローズはその顔に嫌な笑みが張り付いているのに気がついた。

 

(罠を張っている……でも、どこに?)

 

 辺りを見回すローズは、ふとある事に気がついた。黄色のマネマネが、少し離れた所で腰を低く構えていたのだ。

 その手には……

 

「ミント! レモネードマネマネが何かしようとしてる!」

「そうなの……ッ!?」

 

 ミントの反応が一瞬遅れた。プリズムチェーンが、その体を縛りつけようと唸る。彼女を助けようとアクアとローズが速度を上げる。だが、2人の前に黒いマネマネが立ち塞がった。

 

「いけませんねぇ! 邪魔をしては!」

 

 黒いマネマネが、ローズの胸元に手を伸ばす。

 鋭い痛みが胸に走ると共に、凄まじい嫌悪感が足先から頭までを駆け抜けた。体から力が抜けてゆくような……そんな感覚だ。

 薄れゆく視界の中で、マネマネがほくそ笑んでいる。

 抵抗を試みようと手を伸ばした……瞬間、マネマネを水流の矢が襲った。アクアのサファイアアローである。

 

「あ、ありがと。アクア」

「間に合ってよかった! ローズ、しっかりね!」

 

 アクアの笑顔に、ローズは心の震えが止まるのを感じた。

 いつもそうだ、アクアの側にいると安心する。いつも大事な時には、守ってくれると分かっているから。

 ローズはアクアと並び立ち、黒マネマネを睨みつける。

 

「アンタには負けない! 2人の夢の蕾、返してもらうから」

「それは結構ですね。でも、いいんですか? お仲間がピンチですよ」

 

 黒マネマネの嘲笑に、ローズとアクアは慌ててミントの方を振り返った。そこでは、チェーンに縛られたミントの姿があった。

 並び立つ赤と黄のマネマネ。ミントを縛るチェーンに、赤マネマネが炎の力を送り込む。

 

「マネマネ! 炎の力と」

「レモンの力、食らうがいい!」

 

 二つの力が一つになり、ミントへと襲いかかる。

 

「マネマネ・ファイアーチェーン!!」

 

 ミントの身体に、炎の力が送り込まれる。縛られたまま焼かれるのだ、その痛みは筆舌に尽くし難いだろう。

 

「あぁっ!?」

「ミント……!」

 

 ローズの眼前で、ミントの身体が崩れ落ちた。

 駆け寄ろうとする2人を弾き飛ばし、黒マネマネはミントの蕾を拾い上げる。黒マネマネの身体から、緑のマネマネが生まれた。

 赤、黄色、緑……三体のマネマネ達がプリキュアを包囲する。

 黒マネマネは余裕の表情だ。

 対するローズは、不安に押しつぶされそうになっていた。

 残り3人、助けなきゃいけない、敵の方が多い、怖い、ココ様とナッツ様も助けなきゃ、アクアがいるから大丈夫、でもアクアもやられたら……もしかしたら、ドリームなら。

 

「ドリーム……どうしよう?」

 

 ローズは泣きそうな目でドリームを見た。ドリームはそんなローズに、にっこりと微笑みかける。この極限と呼んでも差し支えない緊張の中で、どうしてそんな顔ができるのだろうか。

 ドリームはローズの背を守るように構えた。

 

「ローズ、アクア! 背中合わせるよ!」

「え……? う、うん!」

「分かったわ!」

 

 陣を整えた時、ローズの前には二体のマネマネが立っていた。他の2人も同じだろう。ローズはその陣形の効果に驚いていた。

 これまで、3人は背後からの奇襲で夢の蕾を奪われた。だが、背中を合わせれば背後を取られる心配は無い。奇襲さえ無ければ、マネマネ一体の強さは自分達には勝らない。

 

「(やるじゃない。ドリーム)」

 

 何より、背中に感じる仲間達の熱に、ローズは思わず頬を緩ませた。

 黒マネマネはそんな3人の様子に、拍手を送る。

 

「いい作戦です。チームワークも良い」

 

 マネマネは感心している様子だ。

 しかし、それでもなお余裕の笑みを崩さない。

 

「しかしお忘れですか? 今の私は、プリキュアの力が使えるのです!」

 

 ローズの眼前で、黒マネマネはレモネードに変身した。

 両腕に展開したプリズムチェーンが、3人を両側から襲う。

 

「ローズ! アクア! 行くよ!」

「「YES!!」」

 

 号令と共に、3人は同時に飛翔した。

 ドリームは3体の分身マネマネを無視し、離れた本体へと突撃する。

 

「コピーマネマネ達を操ってる本体を叩くのね! ドリーム、考えたわね!」

「そっか、本体を倒せばコピーも消えるかも!」

 

 ローズは笑みと共に、黒マネマネへと目の焦点を絞る。

 マネマネの身体が、消えるように動いた。だが、注視していたからこそ、ローズはその動きを捉え得た。サイドに回っての、尻尾による攻撃。アクアを狙ったその攻撃を、ローズは辛うじて防いだ。

 

「相も変わらず不意打ち!? 性格悪いわね!」

「よく反応しましたね」

 

 不敵に笑うマネマネの頭部に、ローズの蹴りが炸裂する。

 体勢を崩すマネマネを、ドリームの追撃が襲う。だがそれでも、マネマネの余裕は消えなかった。

 

「ですが、残念ながら不正解です」

 

 ローズは慌てて振り返った。ドリームには、黒マネマネの手から伸びたプリズムチェーンが巻き付いていた。アクアは、分身の伸ばしたプリズムチェーンに絡め取られている。

 

「ドリーム!? アクア!?」

「ッ!? うわッ!? いつのまに!?」

「こんなの、すぐに抜け出してみせるわ!」

 

 アクアは自身の周囲に水の矢を展開させると、それらを壁に向かって放った。矢は壁に反射し、プリズムチェーンへと向かってゆく。

 だが、それらの攻撃は途中で霧散した。

 緑のマネマネが、エメラルドソーサーを投擲し、矢を破壊したのである。アクアの身体を締め付けるチェーンに、赤マネマネが触れた。

 ローズの頭を、ファイアーチェーンで焼かれたミントの姿がよぎる。

 

「ごめん、ローズ、ドリーム! 私はこの3体を倒すから……後は、頼んだわ」

「アクア……?」

 

 アクアは己の周囲に再度水の矢を展開させると、それを地面へと発射した。着弾点からは一斉に水柱が上がり、それらが3体のマネマネを襲う。圧倒的な攻撃力の一撃に、3体のマネマネは塵となり霧散した。

 だが、その攻撃の影響はアクアにも及んでいた。身体中は水に切り裂かれ、傷だらけである。もう立っているのがやっとであろう。

 そして、その背後には黒マネマネの姿があった。

 

「さようなら、キュアアクア」

 

 マネマネの手が、アクアの胸を貫いた。

 彼女の胸から、蒼い夢の蕾が抜かれてゆく。

 ローズは知っていた。それが医者になる夢である事、そして、自分の夢を競走をしてくれる、大事な夢である事。

 

「や……やめてよ! それはアクアのなんだから! 取っていかないで……」

「大丈夫よローズ……私の事は、いい、から……」

 

 アクアはにこりと笑んだかと思うと、その場に崩れ落ちた。

 青のマネマネが黒マネマネの横に並び、弓を構えている。

 その横には、先程倒した3体のマネマネの姿もあった。

 

「ローズ、しっかり! まだ来るよ!」

「ドリーム……私、もう……」

 

 ローズはもう限界であった。何度もかけた攻撃、それらを全ていなされ、仲間達は次々と倒れ、残るは自分を含め2人……身体よりも、心が壊されていたのだ。

 そんな彼女の両肩を、ドリームがしっと掴み支えた。

 

「ローズ。私達2人なら大丈夫」

「ドリーム……」

「二人の技を合わせるよ! みんなを助けよう!」

「……うん!」

 

 ドリームの強い眼差しに、ローズは闘志を取り戻した。

 ミルキィミラーを展開したローズは、ドリームの隣で力を溜める。

 彼女を支えるのは、仲間を助けたい意思……そして、仲間達を酷い目に遭わされた事への怒りであった。

 ドリームは己の手に桃色の蝶を展開させる。かつて彼女が得意としていた、必殺技の構えだ。

 

「夢見る乙女の底力……受けてみなさい!」

「邪悪な力を包み込む……バラの吹雪を咲かせましょう!」

 

 プリキュアの必殺技を前に、マネマネ3体が盾になり、黒マネマネの前に立ちはだかる。だが、2人の姿勢は変わらない。

 2人の技を、全力で放つのみだ。

 

「プリキュア・ドリームアタック!」

「ミルキィローズ・ブリザード!」

 

 桃色の蝶を取り囲む、薔薇の吹雪が放たれた。

 凄まじい衝撃波を纏った、剛速の攻撃である。ドリームアタックを守るように飛翔する無数の青い薔薇の花びら。

 マネマネ達の攻撃は薔薇の吹雪が難なくなぎ倒し、エメラルドソーサーはドリームアタックが打ち砕く。マネマネ3体をあえなく破壊した2人の必殺技は、黒マネマネの躯体を破壊せんと迫る。

 黒マネマネは動かない。ローズの表情に、余裕が戻る。

 

「これで、みんな……」

 

 だが、超威力の攻撃を前に、黒マネマネは笑った。

 

「待っていましたよ、この時を!」

 

 黒マネマネは二つの尻尾を回転させると、薔薇の吹雪を片方に絡め取った。その余りの操作能力がなせる技だろう。

 吹雪の威力はそのままに、尻尾は回転し続ける。

 もう一つの尻尾でドリームアタックを弾くと、黒マネマネは薔薇の吹雪をローズへと向けて投げ返した。

 マネマネ達を破壊した超速の攻撃が、自分達に向かってくる。

 

「そ、そんなっ!?」

 

 咄嗟のことに、ローズの反応が遅れた。

 避けられない、ぶつかる、耐えられる? 無理……仲間は? 助けられない? 

 思考の渦が、反応を遅らせた。押し寄せる強大な衝撃に、ローズは全身を硬直させる。だが、その瞬間はいつまでたっても来なかった。

 目を開けると……そこには、驚愕の光景が広がっていた。

 

「あ……あっ……」

「ドリーム!! なんで……」

 

 ローズの前には、傷だらけのドリームの姿があった。

 自分を庇ったのだと、ローズは直感した。崩れ落ちるドリームを支えようと、ローズはその身体を抱き止める。だが、黒マネマネがそれを阻んだ。ローズの頭部に向かって打ち出された尻尾、そこには、ドリームアタックの残滓が残っていた。

 壁に叩きつけられ、昏倒するローズ。薄れゆく視界の中で、黒マネマネはドリームの胸へと手を伸ばす。

 

「これがあのキュアドリームですか。時とは、人を弱くもするものですね」

 

 マネマネ、残念そうにそう呟き、ドリームの胸から夢の蕾を取り出した。一際大きな夢の蕾が、マネマネの口の中へと消えてゆく。

 

「やめてッ!!」

 

 ローズの叫びも虚しく、ドリームの蕾は、マネマネの中へと消えた。

 後には、物言わぬ5人の身体が残るのみである。

 ローズは泣きそうになるのを必死に堪え、マネマネを睨みつける。

 

「ドリームを……みんなを……返してっ!!」

 

 もつれる足で駆け出す。前に進まなければ、みんなを助けねば、その意思だけがローズを動かしていた。だが、そんな彼女を嘲笑うように、黄色マネマネのプリズムチェーンが彼女の足を絡め取り、転ばせる。

 急いで立ち上がると、そこには必殺技を貯める桃マネマネの姿があった。防御体制を取るローズだが、赤マネマネがチェーンに炎の力を注ぎ込む。

 

「ッ!!」

 

 熱と束縛の地獄。逃れようと身を捩るローズは、周囲に無数のサファイアアローとエメラルドソーサーが展開されている様を目にした。

 

「ッ!? うぅッ!!?」

 

 数秒後に訪れる攻撃を予感し、身を強張らせるローズ。そんな彼女を愉快そうに眺め、黒マネマネは目を閉じた。

 

「マネマネ・シューティングスター」

 

 桃マネマネが助走を始めると同時に、展開されていた全ての攻撃がローズを襲った。炎を纏ったプリズムチェーンは全身を焼き、サファイアアローとエメラルドソーサーの群が彼女の全身を切り裂いた。

 ボロボロになったローズに、最早シューティングスターの一撃を耐える力は残っていなかった。蝶の印を纏った桃マネマネの超速の突進に、ローズの身体は吹き飛ばされた。

 

「きゃあああっ!! ……っ!!」

 

 悲鳴すらかき消される攻撃の雨嵐。

 辛うじて変身だけは残したものの、ローブには立ち上がる力すら残っていなかった。

 薄れる視界の中で、マネマネが笑っている。

 マネマネは、倒れたままのローズの胸に手を当てた。値踏みするように、夢の蕾を弄っている。

 耐え難い不快感に、ローズは身を捩る。だが、その程度マネマネにとっては抵抗にすらならない。やがて、マネマネはまるで興味を失ったように、ローズを突き放した。

 

「あなたの夢の蕾……こんなものですか。小さいですねぇ!! これでは、部下にする価値もない!!」

 

 マネマネはローズの手元に握られていたミルキィパレットを手に取る。

 使い込まれたその道具をマジマジと見つめ、彼はため息をついた。

 

「あなた、変身道具が他の方々と違うんですねぇ。もしかして、プリキュアでもないとか?」

 

 マネマネは、つまらなさげにローズから視線を外す。

 

「プリキュアの落ちこぼれ、そう考えると、辻褄が合いますねぇ! ふふ、無能はどこの組織にでもいて、組織を腐らせる」

 

 ローズの瞳から涙が溢れる。

 マネマネはそんな彼女をせせら笑い、続けた。

 

「あなたのせいで、プリキュア5は負けたんですよ。夢の小さい、プリキュアもどきさん」

 

 マネマネはアクアに変身したかと思うと、ローズの頭部を優しく踏みつけた。その手には、サファイアアローが握られていた。尊敬している人から酷い事をされ、弓を構えられている。

 その現実に、ローズの心が、ズキリと痛んた。

 

「あ、そうそう。本社での戦いの時のような事があっては怖いですからね。国王達はこのまま持っていきますよ」

 

 サファイアアロー弓が引かれる。

 だが、ローズは動けない。先程マネマネが放った技の数々は、ローズに深刻なダメージを与えていたのだ。

 

「あなたが障害になるとは思えませんが、念には念を入れて……」

 

 マネマネの指が、弓の弦から離れた。

 水流の矢が、ローズの首元目掛けて放たれる。

 瞬間、旋風が我修院邸に吹き荒れた。

 

「ロプロプロプロプ!!」

 

 大気を揺るがす羽ばたきの音と共に、オレンジの巨体が屋敷へと飛び込んだ。水流の矢は、僅かに狙いをずらし、地面を穿つ。

 

「ロプ──ーッ!」

「何ですか!?」

 

 現れたのは、巨鳥シロップであった。

 マネマネに体当たりをかまし、吹き飛ばしたシロップは、倒れ伏すミルクの身体を抱え、再び飛翔した。

 


 

 ここまでが、くるみの思い出した記憶であった。

 仲間を全て失った絶望と、全身に刻みつけられた傷の記憶。

 頭を抱え苦しみ出すくるみに、シロップは慌てる。

 

「だ、大丈夫かよ!? まだどっか痛むのか?」

 

 くるみは首を横に振った。

 刻みつけられたマネマネの恐怖に、くるみはしばらく、そうしているしかできなかった。

 




もっと頑張ります。


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第十話『ミルクの夢とドリームの手紙』

頑張りまぁす。
ここから佳境です。


時は過ぎ、夕方。

子供を失い、オレンジの夕焼けに照らされる公園には、昼間のような夢の動物達はいない。ただ、静かな風が吹くのみである。

公園のベンチの上には、くるみとシロップが並んで座っている。

くるみは空っぽになった缶ジュースを啜った。オレンジ味の空気が、喉を渇かせる。薄手の毛布にくるまった彼女は、腫れた目を擦り、東京湾に映る夕陽へと目をやった。

 

「ねぇシロップ?どうして、来てくれたの?」

「メルポが教えてくれたんだよ。お前達がピンチだから、助けに行ってやれって」

 

シロップは少し照れ臭そうに鼻の下をこすり、答えた。

くるみはフルフルと首を横に振った。

 

「そうじゃなくて、何で東京に?キュアローズガーデンのお留守番が必要だって言ってたじゃない」

 

シロップは「あー」と声を漏らし、少し考える素振りを見せた。その仕草は、理由を説明しようというよりは、そんな事も言ったっけと言った具合の仕草だった。

相変わらずの適当さ具合だ。

くるみは心の中で笑みを漏らした。

 

「まぁ、キュアローズガーデンにじっとしすぎてるのも暇だからな。パルミエ王国のみんなに見張りも変わってもらってるし、一瞬くらいなら、抜け出しても大丈夫だろうって」

「そんな事に王国のみんなを駆り出さないでよ。てか、それじゃ東京に来てた理由の答えになってないじゃない」

「理由なんて簡単だろ。ここが、俺の今の仕事場だからだよ」

 

シロップは自信満々げに、そう暴露した。

シロップの横では、メルポが同じように胸を張る仕草をしている。

 

「シロップ……アンタ、まだ運び屋やってるの?」

 

くるみは若干呆れ気味に、シロップを仰ぎ見た。

 

「もちの論!ゆめアールの期間中に、ガッポリ稼いでやるのさ」

「いや、そんな事する必要ないじゃない。キュアローズガーデンにいれば、仕事しなくても暮らしていけるでしょ?」

「いや、最初はそう思ったんだけどな。一度身についちまった習慣は変えられないっつーか、運び屋も案外悪くないっつーか」

 

勤勉なのか、怠け者なのか。

シロップのよく分からない答えに、くるみは肩をすくめた。

 

「スカしてても、根は勤勉だったって事ね」

「お前にだけは言われたくねぇよ」

 

シロップの軽口に、くるみはクスリと笑った。

シロップも前に進んでいる。プリキュア5の仲間達も同じだ。これまで止まっていた自分とは違う。

そんな彼女の思いを察してか、シロップは「ほら」とくるみの足元に何かを置いた。

それは、薄い綿でできた、簡易的なスリッパだった。

 

「忘れてた。100均のヤツ。サイズ合うかわかんないけどよ。裸足だと、色々と困るだろ」

「うん……ありがと」

 

くるみはそこで、自分がシロップに何も話していなかった事を思い出した。自分が落ち着くまで、彼が隣にいてくれた事にも、やっと気がついた。

くるみは拳を堅く握り、話し始めた。

(ゆめアールに来たこと。迷子になったこと。のぞみと喧嘩したこと、ナッツに怒られたこと、みんながマネマネにやられた事。

その全てを聞いて、シロップは一言……こう言った。

 

「大変だったな」

 

それ以外言葉が選べなかったのだろう。

だが、彼の言葉は、くるみの心をチクリと刺した。自分が感じた苦しみを、大変だったの一言で片付けられたくなかった。

くるみは怒鳴るようにして、シロップへと詰め寄った。

 

「大変なんてモンじゃないわよ!迷子になるわ、ナッツ様には怒られるわ、みんなはやられちゃうわ!」

「そんなの、俺に言われてもしょうがないだろ!」

「そんなの分かってるわよ!私だって……分かってるのよ……」

 

くるみの目に、次第に涙が溜まってゆく。

 

「のぞみにも、ナッツ様にも、謝れてない……それなのに、2人とも私の前からいなくなって……」

 

シロップは、口を閉ざしてしまった。

どうしていいか分からないのだ。

くるみは涙を滲ませた瞳でシロップを見た。

 

「ねぇ、シロップの夢って、何?」

「ゆ、夢!?」

「マネマネに言われたの……お前の夢の蕾は小さい、役に立たないって。それって多分……私が自分の夢を持ってないから。私……自分の夢がわかんない…………」

 

シロップにこんな事を言っても仕方ないと、分かっていた。それでも、くるみは、心の奥から飛び出してくる言葉を止められなかった。

ゆめペンダントを使えなかった事、アクアと話した事。マネマネにバカにされた事、不満と悔しさ、それら全てを吐き出した。

くるみが話し終わっても、シロップは黙っていた。

沈黙が、2人の間に流れた。

どれだけの時間が経っただろう。

沈黙を先に破ったのは、シロップだった。

 

「そんなの、普通だと思うけどな」

 

夢が無いのが、普通。

くるみは分からないと言った顔でシロップを見返した。

 

「たとえば、今の俺に、夢は……無い!」

「?」

「キュアローズガーデンに行ってフローラに会う事が、俺の夢だったからな。けど、それは叶った。だから、今の俺はやることが無い!」

「そんなのは分かってるけど……それでいいの?」

「良くは無い!」

 

シロップは胸を張ってそう言い放った。

何故胸を張れるのか、くるみには分からない。

 

「俺は今夢探しの途中だ。それが見つかるまでは、運び屋を頑張る。それでいいと思ってる」

「そんなのでいいの?」

「いいだろ。俺の事だしな。くるみの夢もくるみのもんだろ?なら、自分のペースで頑張ればいいだろ」

「……見つかるまでは、自分のペースで頑張る、か」

 

シロップの言葉は、思うよりすんなりと理解する事ができた。

準お世話役から、お世話役になる。かれんは立派な夢だと褒めてくれた。マネマネには、夢は小さいとバカにされた。

けど、それでも自分の夢は自分の夢なのだ。誰に何と言われようと、自分のペースで叶え続けようとすれば良いのだ。

聞けばすぐに分かるほど、簡単な答え。だが、くるみは自分の中で、何かが変わったのを感じていた。

胸のつっかえが取れたような、そんな感覚だ。

そんな時、突然ベンチの裏側から何やらけたたましい音が鳴り響いた。

 

「メー!メー!」

 

音の正体はすぐに分かった。メルポだ。

メルポは2人の目の前まで歩いてくると、一通の手紙を吐き出した。

出てきたのは、虹の蝶が刻印された手紙。プリキュアからの手紙ということだ。宛先を見たシロップは、目をまん丸にした。

 

「これ……ドリームからだ。お前宛みたいだ」

 

シロップは無造作に手紙の封を切ると、声に出して読み始めた。

 

「なになに?『ミルクへ 昨日はごめんなさい。これを読んでいると言う事は……」

「乙女への手紙を覗き見るなんて!何考えてるのよ!」

 

手紙をひったくり、くるみはシロップに背を向けた。シロップは少し怯えながらも、手紙の内容を盗み見ようと、首を伸ばした。

 

『ミルクへ

昨日はごめんなさい。これを読んでいるという事は、私のお手紙、届いてるって事だよね。心配しないで。私は無事です』

 

手紙は、さらに続いている。

 

『くるみがいなくなった後、いろんな事があったんだよ。エゴエゴが頑張って、私の夢の蕾だけ取り返してくれたり、博士と一緒にみんなを起こそうとしたり。けど、ダメだった。私はこれから、エゴエゴと博士の二人と力を合わせて、マネマネと戦います。本当だったら、ヒーリングっど♥︎プリキュアのみんなが力を貸してくれたら嬉しいなって思うけど、ここからじゃ声も届かないし、私が頑張らないと。私が言いたいのは、その後のこと。落ち着いた時に、読んでください』

 

くるみはみじろぎ一つせず、手紙を読んでいる。

シロップは手紙の続きに目を這わせる。

 

『私はカグヤちゃんに夢の蕾をあげようと思います。夢の蕾がなくなったら、私達はたくさん眠ってしまうみたいです。私は寝坊助だからちゃんと起きれるか、心配です。』

 

「……こ、これって」

 

シロップは慌てて口を押さえた。

くるみは手紙を読むのに集中していて気が付かないようだ。

 

『くるみには、いーっぱい!それこそ数え切れないくらい、助けてもらいました。次会えるのはいつになるか分からないから、今のうちにお礼を言っておきます。今までありがとう……』

 

くるみはそこで、手紙を閉じた。

彼女の目からは、涙があふれていた。

当然の事である。行かなければドリームは眠ってしまう。何より、マネマネに勝っているかも分からない。けれど、行けばくるみは……

 

「しっかりしろよ」

 

シロップは厳しく言い放った。

 

「……」

 

くるみ答えない。

シロップは続ける。

 

「ドリームがピンチなんだろ?一人で、敵に挑もうってなってんだろ?敵がどんなに強いのか、そのマネマネって奴がどんだけ怖いのか、俺には全然分かんねぇ」

「……」

 

くるみはすっくと立ち上がった。

身体は震えていた。

息は荒く、拳は固く握られている。

表情は窺えずとも、その心中は推し量られるものだ。

 

「……でもよ!」

 

シロップは、声を低くした。

彼なりの、決意の表れであった。

 

「お前が助けに行かないで、誰がアイツを助けるんだよ。昔のお前なら……」

「うおおおおおおおおっ!!!」

 

くるみが発した突然の雄叫びに、シロップは身を震わせた。

公園の周りを歩いていた人々も、振り向く程の叫びだった。

やがて、くるみは振り返った。

その目にはもう、涙は無かった。

 

「ドリームの真似してみたの。やられそうな時、苦しい時、ドリームはいつもこうしてた」

「お、おう」

「マネマネを倒しに行けって?当たり前よ!私だって、プリキュアよ。プリキュアじゃないかもしれないけど、プリキュアなのよ!」

「滅茶苦茶言ってんなオイ」

「ふふっ!ありがと」

 

くるみは白い歯をいっぱいに見せて笑った。

その表情はのぞみによく似ていた。

 

「いい顔になったじゃん」

「……うん!ありがとうシロップ!私、吹っ切れた!」

 

くるみは視線の先には、夕闇の紫に染まる海があった。

否、海では無い。その向こうに聳える、我修院邸があった。

 

「ありがとついでにお願い!」

「うん?」

「私を、我修院博士の家まで連れて行って!」

 

シロップは鼻の下を擦り、わんぱくに笑う。

辺りに人がいない事を確認し、シロップは鳥形態に変身した。

 

「へへ……お安い御用ロプ!」

 

くるみを背中に乗せ、シロップは両翼を羽ばたかせる。

風を切り……2人は我修院邸へと飛び立った。

 




ここで大体、お話全体の2/3くらいになります。
そろそろ起承転結の転に入る頃合いですね。


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第十一話『あの日の思い出』

今回は、外伝的立ち位置のお話です。
この後の決戦に関わるお話です。


 これは、かつてまだエターナルが存在していた頃の話。

 丁度クレープ王女が見つかったばかりの頃の思い出。

 私は、夕暮れの学校で机に伏せていた。放課後……他の生徒達は部活や課外活動で出払っている。ひとりぼっちの教室に、私はいた。

 そんな私に声をかけてくれてのは、くるみだった。

 

「……くるみ?」

「らしくないじゃない。元気だけが取り柄ののぞみが、萎れてるなんて」

 

 くるみは私の隣に座った。

 広い教室が、少しだけ狭くなったのを覚えている。

 

「何かあったの?」

「うん……」

 

 くるみは優しく話しかけてくれた。いつもの彼女からは考えられないくらい、優しい言葉だった。

 私が落ち込んでいるのに気がついて、気を遣ってくれているんだ。

 そう思うと、なんだか心がキュッとなって。

 私は、結局何も答えられなかった。

 

「悩んでるのは、ココ様とクレープ王女の事?」

 

 私はバッと顔を上げ、くるみの方を見た。

 彼女の回答は、ドンピシャで私の悩みだったからだ。

 

「ど、どうして分かったの!? もしかして、超能力」

 

 くるみは得意げに、ふふんを笑ってみせる。

 まるで、あなたの事なんて全て分かっているわよとでも言いたげだ。

 驚いてはいる。けれど、なんだか少し悔しい。

 

「簡単よ。元気だけが取り柄のアンタが落ち込むなんて、食べ物の事かココ様の事くらいしかないでしょ?」

 

 そうか、くるみには私の事がそう見えているのか。

 確かに言われてみればその通りなのだが、少しショックだ。

 

「……話してみなさいよ」

 

 くるみは口端をやわりと緩め、笑った。

 いつもは、一番こういう事を相談できなさそうな相手なのに。今日は不思議と、彼女の事が頼もしく見えた。

 気がつくと、私は口を開いていた。

 

「ココの、結婚の事……」

「あぁ……クレープ王女と結婚する約束があるって話ね」

「うん……」

 

 一度話し始めると、もう止められなかった。

 ココとクリスマスに想いを伝え合った事。ココにいいなずけ? ……結婚を約束していた相手がいて、それがショックだった事。その話を聞いてからずっとココの事が頭から離れないということ。

 くるみは私の話を、相槌を打ちながら、静かに聞いてくれた。

 いつも何かにつけて私の事を茶化してくるのに、今日だけは、彼女の事がとても大人びて見えた。頼りになる、大きな子に見えた。

 

「いつも一緒にいてくれるから忘れちゃうけど、時々思い出すんだ。ココ、王様なんだって」

「そうよ? ココ様はいつでもパルミエ王国の王様なんだから。忘れないで頂戴ね」

「だったら、王様のお嫁さんは、やっぱり女王様なんだよね」

「当たり前じゃない。鶏の子供がひよこだってくらい、当たり前よ」

「……そう、だよね」

 

 どんな絵本に出てくる王子様だって、結婚するのはお姫様とだ。私はプリキュアだけれど、それ以外は普通の中学生だ。

 偉くも何ともない。ましてや、お姫様だなんてとんでもない。

 お姫様になるのは、もっと特別な子じゃなきゃダメなんだ。

 

「やっぱり、私じゃココのお嫁さんにはなれないのかなぁ」

「どうして?」

 

 私の質問に、くるみは首を傾げた。

 彼女がそんな仕草をする理由は分からなかった。

 私はなんとか言葉を続ける。

 

「だって、クレープは王女様だもん。王様と結婚できるのは、同じ王様みたいな人じゃなきゃダメでしょ?」

「……どうして?」

「えっ?」

「別にいいんじゃない? こっちにだって、そこら辺の平民が、王子様の目に止まってタマノコシ? みたいな話だってあるじゃない。例えばほら、シンデレラとか」

「でも、私と一緒じゃ、ココが……」

 

 くるみが、明らかにそれと分かるため息を漏らした。

 額に皺がやっている。目がいつもよりも鋭くつり上がっている。怒っているのだと思った。くるみの気持ちは分からない。何で怒っているのかも。

 私が、あんまりにもダメだから? それとも別の理由? 分からない。

 そんな事を考えている内に、くるみはすぐに、元の表情に戻った。

 彼女の心の中で何が起きていたのか、私には分からない。

 ミルクの時から……ずっと……分かるようで、分からない。

 

「妬けちゃうわね……まったく」

 

 小さな声でそう呟き、くるみはまっすぐ私の方を見た。怒っているような目ではない。けれど、鋭い視線に私は射すくめられた。

 返答いかんでは、ただでは済まさないといった目つきだ。

 

「あなたはどう思ってるのよ?」

「え?」

「ココ様と結婚して、パルミエ王国の女王様になる覚悟、あるの?」

 

 彼女の言葉が、私の全身を稲妻の如く駆け抜けた。

 私は今まで、王女様が王国の女王様になるものだと思っていた。けれど、本当はそうじゃないんだ。ココが選んだ人が、パルミエ王国の女王になるんだ。

 ココが私を選んでくれた時……特別じゃなくても、女王になれるんだ。

 

「それは……」

「あなたがそんなんじゃ、ココ様はクレープ王女が攫っていくかもね。まっ、パルミエクレープ連合王国なんて、私は絶対に認めないけど」

 

 私は、くるみのまっすぐな視線に耐えられなかった。

 女王様になる覚悟が今の自分にあるのか、それを考えるのが怖かった。

 でも、ココがクレープ王女と結婚して、私達の前からいなくなるのは……もっと嫌だった。

 心の中にあったモヤモヤした気持ちは、いつしか不安の種へと変わり。その種はムクムクと芽を出し始めた。

 教室を染める夕陽のオレンジすら、不気味に感じる。

 心が痛い……ざわざわする。

 でも……………………

 次のくるみが発した一言が、その変な気持ちの全てを吹き飛ばした。

 

「……私は、クレープ王女よりも、あなたに……ココ様のお嫁さんになって欲しい」

「……え?」

 

 ペタッと机に顎をつけた。

 彼女の表情は窺えない。だが、声色は、明るかった。

 彼女がなんでそんな事を言ったのか、分からない。

 知りたいけど、知りたくない気もする。

 私が質問するより早く、くるみは話し出した。

 

「そりゃあなたみたいなバカでドジで、何も無いところで転ぶような人にココ様を任せるのは心配よ。でもね、あなた以上に人のために頑張れる人を、私知らないのよ」

「くるみ……」

「のぞみには、のぞみなりに良いところがある。もちろん、私にもクレープ王女にも。だったら、その良いところを思いっきりぶつけてやりなさい! ココ様は、それを受け止める器のある方よ」

 

 くるみはすっくと立ち上がった。

 すらりと伸びた、きれいな背格好だった。

 振り返った時……彼女は満面の笑みを浮かべていた。

 

「大丈夫! ココ様は優柔不断だけど、人の恩は誰よりも忘れない方よ。あなたが築き上げたココ様との絆は、どこぞの王女の、覚えてもないような約束には負けないわ」

「……ありがとう!」

 

 心の中に立ち込めていた霧が晴れるのを、私は感じた。

 一番大事なのは、一緒に過ごした時間。そこで作り上げた絆なんだ。

 ココとクレープ王女の間に昔何があったのか、私には分からない。でも、ココと過ごした時間は、負けない自信がある。

 

「くるみのおかげで、私……なんだか自信出てきた! そうだよね。ココと私は、ずっと一緒にやってきたんだもん。その絆を私が信じなきゃ……だよね!」

「気がつくのが遅いのよ。本当、世話が焼けるわね」

「えへへ! ありがとね、くるみ!」

「な、何よ! か、勘違いしないでよね! あなたのためじゃないんだから!」

 

 くるみは、半ば叫ぶようにそう答えた。

 彼女のほっぺは真っ赤に染まっていた。

 照れているんだと、すぐに分かった。なんだか、いつものくるみより、ひと回りもふた回りも可愛く見えた。

 

「あなたが元気ないと、ナッツハウスの花が枯れちゃうのよ。そうしたら、かれんが悲しむもの」

「素直じゃないんだから! もう!」

「やめなさいよ!」

 

 くるみは慌てて私に背を向けると、鞄を手に、早足で教室の出口へと歩き出した。私は走って彼女を追いかける。

 私が足を早めると、くるみも同じだけ早く歩く。

 そんな追いかけっこを続けながら、私達は教室を後にした。

 

「そうだ、くるみ……」

「なぁに?」

「ゆーじゅーふだんって、なに?」

「……ほんっと、世話が焼けるわね」

 

 これは、大事な思い出。

 私とくるみの、大事な大事な思い出。

 


 

 まどろみの中で、マネマネがドリームの夢の蕾を掴み取る。

 側にはボロボロになったエゴエゴが倒れている。我修院博士とドリームの最後の攻撃は、失敗に終わったという事だ。

 薄れゆく意識の中で、ドリームは思う。

 

「ミルク……私、信じてるよ……」

 

 ドリームはゆっくりと目を閉じた。

 その口元には、薄い笑みが浮かんでいた。

 




これはpixivにも同じものを投稿します。


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第十二話『ブンビーさんの助力』

さて、そろそろラストバトルに突入します。
※ちょっと加筆しました。


 夕闇が東京の空を覆い尽くす。

 紫色の空をゆめアールによって生み出された生き物達が飛び交う景色の中、一体の巨鳥が我修院邸に向けて飛翔する。

 巨鳥……シロップ。その背には、寝巻き姿のくるみが乗っている。

 数分の航空の後、2人は博士の家に到着した。

 丁度床に水の張った、和風の庭園の辺りである。

 

「ここが博士の家ロプ?」

「ここでいいわ。シロップはパルミエ王国に言って、みんなにこの事を伝えて。多分、私一人だとピンチになるから」

「了解ロプ!」

 

 シロップは元気に返事をすると、地を蹴り飛び立った。

 乾いた秋の風を肌に受け、くるみの肌が悲鳴をあげようとする。押し殺したていた孤独に心が押しつぶされそうになる。

 

「何弱気になってるのよ。のぞみを助けるんでしょ!」

 

 弱い心に負けるかとばかりに、くるみはきゅっと拳を握った。

 そんな彼女の背後から、忍びよる影があった。

 

「おーっとっと? 侵入者一名発見かなぁ!?」

 

 低い男の声に、くるみは屋敷の門の方を振り返った。

 そこにいたのは、カーキ色の作業着に身を包んだ男だった。

 彼は彼女のよく知る人物であった。

 

「あなたは……ブンビー!」

「さんをつけなさいよデコ娘!」

 

 元プリキュアのリーダー・ブンビーは、ビシッとくるみを指差しそう叫んだ。くるみは彼の言動に首を傾げつつも、その動向を見守った。

 彼の纏う空気は、昨晩のおちゃらけた空気とは違っていたのだ。

 獲物を狙う肉食獣のような目つきに、くるみは背をピンと張り身体を硬らせる。

 

「エターナル……じゃ、なかったんだった。もう辞めたんだったわよね」

「そうそう。それに言うなら、この仮面を見て、『ナイトメア!』って言って欲しかったなぁ」

 

 ブンビーは後ろ手に回していた手をくるみの方へと見せた。

 そこには、白いにやけ面の仮面が握られていた。くるみはその仮面に見覚えがあった。かつてプリキュア5を苦しめた、コワイナーを作り出す仮面である。

 くるみは片手にミルキィパレットを構え、警戒の色を露わにした。

 

「私を邪魔しに来たって事?」

「いや、そうじゃないけど、それもいいかも」

 

 くるみの問いに、ブンビーはにやりと頬を歪めた。

 久しぶりに見せた悪役の表情である。

 

「だって、今の君なら勝てそうだし」

「へぇ? なら、ここでやってみる?」

 

 くるみはミルキィパレットを開き、盤を操作した。

 もちろんここで戦闘をすればマネマネに勝利できる確率はさらに薄くなる。だが、ここで背を見せればのぞみは助けられない。

 彼女にとって選ぶべき選択肢は一つであった。

 

「スカイローズ……」

 

 くるみはミルキィパレットを天高く掲げた。

 

「なーんちゃって! 冗談だよ冗談!」

 

 瞬間、ブンビーさんは慌てて仮面を背に隠すと、彼女の前で片手をひらひらと振ってみせた。そのふざけた仕草にくるみも手を止める。

 

「今日の私の仕事に、プリキュアの邪魔は含まれてないからね」

 

 くるみは油断なくブンビーを観察する。

 先程まで彼の周りを覆っていた闘気は、今やすっかり消えていた。どうやら本当に冗談だったようだ。

 くるみは彼を睨んだまま、ミルキィパレットをポケットに戻した。

 

「こんな所で油売ってないで、早く仕事しなさいよ。こっちはアンタの冗談に付き合ってる暇無いのよ」

「そっか忙しいのかそれは残念。君を手伝ってあげちゃおっかなーなんて、思ってたりしたんだけどなぁ〜」

 

 彼の言動にくるみは大きなため息をついた。

 ほんの少し前まで敵対する組織にいた男が自分を助けたいなど、あまりにも虫が良すぎる話だからだ。

 この男が話しかけてきたのには何か裏がある。

 孤軍奮闘な上に敵は強大、その上にこの男も相手にしなければならない。自分は1人なのに相手は大群。

 くるみは心がきゅっと締め付けられる思いだった。

 

「そんなの、信じると思う?」

「手始めに、我修院邸の隠し扉の場所なんて教えてあげちゃおっかなーなんて。あと、マネマネがいそうな場所まで案内してあげちゃおっかなー、なんて」

 

 ブンビーさんはまた表情をにやりと歪め、悪役の顔に戻った。

 どうやら、彼は今回の事件の内情を知っているようだ。

 

「何なら、マネマネを倒すのも手伝っちゃっおっかなー、なーんて」

 

 彼の言葉に、くるみは目を丸くした。

 きゅうっとしっぱなしだった心の締め付けが少し緩んだのを、彼女は感じていた。

 


 

 くるみはブンビーの後ろを、ついてゆく。

 付かず離れずの距離を維持しつつ……まるで雛鴨が親鴨の後を追うように。

 屋敷は、外観からは想像できないほどの広さであった。ブンビーは時折り道を間違えながらも、ヨタヨタと進んでゆく。

 やがて二人は、とある一室にたどり着いた。

 一見すると何も無い和室だが、よく見ると床のあちこちに蔦のようなものが這い回っている。蔦は床の中央部へと伸びていた。

 ブンビーは部屋の中央部分の床に手を翳し、何やら弄っている。

 

「ほら、ここの仕掛けをこうすると……」

 

 彼の手が床の一部を押した。

 その部分だけが不自然に、4センチほど奥へと凹む。

 数秒の後、重厚な音と共に2人の立つ床全体が移動し始めた。

 まるでエレベーターのように、動く床はゆっくりと2人の身体を地下に運んでゆく。

 

「こんな所にも仕掛けがあるの!?」

「そうなの。博士からの依頼で私が治したんだよ」

「へぇ、すごいじゃない……あっ!」

 

 くるみは慌てて口を押さえた。

 ブンビーに心を許しかけている自分に気がついたのだ。

 キッと鋭い目を向ける彼女に、ブンビーは胸を抑え苦しがってみせた。

 白々しい演技である。

 くるみはやれやれとため息をついた。

 

「ちょっとは褒めてくれてもいいんだからね。今は味方なわけだし」

「誰がアンタなんか褒めるもんですか! 昔、散々邪魔されたの、忘れてないんだから!」

「それは言わない約束でしょーよー、ね」

 

 ブンビーに懇願され、くるみの視線が僅かに揺れた。

 彼女自身思っているのだ、自分が意固地になっていると。

 のぞみ達は既にブンビーさんの事を許している。

 だったら、自分も許すべきなのに、と。

 

「……ちょっとでも怪しい事したら、タダじゃ置かないからね」

「分かってますよぉ〜」

 

 ブンビーさんは手をひらひら振っておどけてみせた。

 その仕草が可笑しくて、くるみは慌てて顔を伏せる。

 すこし吹き出してしまいそうなったのだ。

 ガタン! 

 大きな音と共に床の移動が止まった。

 2人の眼前にはこれまでの和風の建築では無い、近代的な研究室が広がっていた。薄暗い電灯が細道を照らしている。

 

「でも、アイツに挑むのが私一人じゃなくて……かった。私だけだったら多分……」

「何か言ったかい?」

「何も!」

 

 くるみ、足早に歩き出す。

 いつもは疲弊した心を仲間が癒してくれた。

 その感覚が心の中に生まれたことを悟られたくなかったのだ。

 ブンビーは彼女の後をついて行く。

 これまたつかず離れずの距離で、だ。

 

「てか、何であんたが協力してくれんの?」

「あのね、君達は私の命の恩人なんだよ。エターナルの時にもなんだかんだ手を組んだし、クライアス社のドクター・トラウムの件もある。君たちのおかげで、私は今ここにいるんだ」

 

 くるみはブンビーさんをじーっと見つめる。

 流石に嘘くさい。

 

「……」

「え、何その疑いの眼差し。怖っ……」

「じーっ……」

「いやもう口で言っちゃってるし」

「……」

「……分かったよ、本当の事言います言います」

 

 

 ブンビーさんは両手を大きく挙げ、降参のポーズを取った。

 くるみがジロリと睨む中で、彼はため息と共に口を開く。

 

「マネマネの中にいるのは、ウチの新人なんだ」

「ほらやっぱり! そんな事だろうと思った!」

「ターンマタンマ! エイを英語で言うとマンタ!」

 

 ブンビーさんは挙げた両手を大きく振ってくるみを押し留めた。

 エイのポーズだとでも言うのだろうか。

 呆れて先に進もうとするくるみの先に回り、ブンビーは彼女を押し留める。

 くるみは膨れっ面だ。

 

「新人は誘拐されて、無理やり怪物の中に入れられたんじゃないかと見ている。そして、暴走した。プライドの高い奴だからね。そのまま操られるのも嫌だったんだろう」

「迷惑この上ないわね」

「その通りだ。だが、部下の責任は上司の責任! 私は怪物を倒して、新人を助けてやらねばならない」

「ブンビー……」

 

 ブンビーはにっこりと笑うと、両腕を胸の前でクロスさせた。

 形作るマークは「W」、ウィンウィンのポーズだ。

 

「君はプリキュアを助けたい。私は新人を助けたい。これ、利害の一致って奴じゃない?」

 

 くるみは少し考え、ため息と共にやれやれと頷いた。

 

「今日だけはアンタの言葉を信じてあげる。けど、もし裏切ったら、幽霊になって化けて出てやるんだから」

「そうこなくっちゃあ!」

 

 暗く続いた道の先に、光が見えてくる。

 仲間達が捕らえられている研究室が。

 そこはまた、宿敵の本拠地でもある。

 

「それじゃ、いっちょ張り切って!」

「共同戦線と行きましょう!」

 

 くるみは光に向けて走り出す。

 その足取りは軽い。

 その背を見つめ、ブンビーは僅かに足を止めた。

 

「たとえ生意気な新人でも……部下を失うのはね、もう嫌なんだよ」

 

 彼がくるみの後ろ姿に何をみたのかは分からない。

 ギリンマか、アラクネアか、ガマオか、それとも……

 その表情は、いつになく真剣で、いつになく優しいものであった。

 


 

 我修院サレナの研究室。

 薄暗い伝統が部屋をオレンジに照らすその場所には、プリキュア5の面々が、試験管の中に捕らえられていた。

 その身体の中に夢の蕾は無い。

 つまり、ただの標本ということである。

 巨大な狐の怪物……マネマネは彼女達の身体をまじまじと見つめ、醜く頬を歪めた。その横では、エゴエゴと博士が床に倒れ伏している。

 その状況は、この研究室が完全にマネマネの手に落ちた事を物語っていた。

 

「あの5人の力に加え、東京中の人々の夢の力を使えば、確実にあの巨大な蕾は花開く。その力を使えば、またナイトメアは蘇ります! ふふふ……」

 

 マネマネは笑いながら、その姿を闇へと溶け込ませた。

 無人となった研究室に、二つの影が踊り出る。

 隠れていたくるみとブンビーだ。

 

「あの人、今、とんでもない事言ってたねぇ」

「マネマネを、止めないと!」

 

 闇の中へ駆け出そうとするくるみの首根っこを、ブンビーが引っ捕まえた。

 くるみは両足を振り回し、ジタバタと暴れる。

 痛がりながらも、ブンビーは彼女を抑え続けた。

 

「待ーった待った! 一回落ち着こう! 二人で正面から行っても勝ち目ないから! 深呼吸深呼吸!」

「落ち着いてなんかいられるわけないでしょ!? ドリームもやられたのよ! 無事って言ってたのに……それに、東京の人たちみんなの夢が奪われるなんて、そんなの……放って置けるわけないじゃない!」

「別にそれはどうでもいいんじゃ……」

 

 くるみはキッとブンビーを睨みつけた。

 その目つきの鋭さに、彼は慌てて両手を挙げた。

 

「どうでも良くない! その通りだ! 東京の人大事! 夢大事! だが、アイツらを止めるためには、戦力が必要だ。あそこに囚われたプリキュアを助け、万全の体勢で敵に挑もうじゃないか」

「……」

「なに、そのリアクション。怖……」

「アンタ、頭、冴え……悪くないじゃない」

 

 2人は姿勢を低く、忍び足で端末の前へとたどり着いた。

 ブンビーが指示する通りにくるみは端末を操作する。

 試験管の中に満たされていた液体が、少しずつ量を減らしてゆく。

 満足げに微笑む2人……だが、その瞬間、くるみの背後でブンビーの悲鳴が上がった。

 振り返ると、そこにはサファイアアローを構えたキュアアクアの姿があった。

 ブンビーは無数の水流の矢により、壁に打ち付けられている。

 

「ふふふ、その必要は無いわ、くるみ?」

「かれん……?」

「白馬に乗ってこられなかったのが残念だけれど、間に合って良かったわ。その男はマネマネの手下よ。私と一緒にナイトメアを倒しましょう」

「ぁ……」

 

 大切な友達の出現に、くるみの視界が一瞬曇った。

 曇ってしまった。

 だが、彼女はすぐに涙を拭うと、ブンビーに向けて飛びかかった。

 身体を捻り、回し蹴りを繰り出す。

 彼女の脚は弧を描き、ブンビーを壁に固定していた水流の矢を払った。

 

「あ、ありがとう! 助かったよ……」

「いいって事! それにあれはアクアじゃない……マネマネね! 本当、嫌らしい奴!」

「もう引っかかりませんか。馬鹿じゃあるまいし、舐めすぎていたかもしれませんねぇ」

 

 くるみの眼前でアクアはその姿をぐにゃりと歪め、マネマネに戻った。

 敵は2人の元へと、ゆっくりと歩を進める。

 周囲の景色が、歪み、徐々に荒廃した様子へと変わってゆく。

 その景色は、かつてプリキュア5がデスパライアと戦った、あの闘技場に酷似していた。

 

「しかし、あなたに私の計画を止める事はできません。なぜなら、プリキュア5はこれから夢を奪われ、目覚める事はなくなるのだから!」

 

 マネマネが近づいてくる。

 その全身に強大な圧力を伴いながら。

 無数の虫が背中で這いまわっているような、邪悪な圧力。

 くるみはきゅっと拳を握り、必死に耐えた。

 

「そして、君達は私に倒される。残党のプリキュアもどきと、無能な裏切り者!」

 

 マネマネが両腕を大きく広げると、その背後から、5体のマネマネズが現れた。プリキュア5の各色に色分けされた、二足歩行の狐の姿をした、マネマネの分身達だ。

 

「さぁ行きなさい! キュアマネマネズ!」

「「「「「マネマネー!!」」」」」

 

 構える2人に向けて、マネマネズが突進を開始した。

 ブンビーは「くうっ」と声を漏らしたかと思うと、にやりと笑った。

 まるでいたずらを思いついた悪ガキのような表情だ。

 その手には、コワイナーの仮面が握られている。

 

「予想とは違う展開になったが、仕方ない! 行けっ、コワイナー!」

 

 ブンビーは手に持った何かを空中に放ると、それに仮面を被せた。

 仮面は流動する濃紫の何かを生み出し、細長いガラス板のような身体を持つコワイナーを誕生させる。

 コワイナーは空中を浮遊し、巨大なガラスの体をチカチカ瞬かせた。

 眼前で起きている事が理解できず、くるみはブンビーを睨む。

 

「アンタ、何する気!?」

「私のおニューのスマホをコワイナーに変えた! マネマネとプリキュア達の相手は奴にさせる。その間に、私達は一体ずつヤツらの数を減らすぞ!」

 

 ブンビーさんの的確な指示に、くるみは目を丸くした。

 その表情から、少しだけ緊張の色が消える。

 

「分かった! ありが……しっかりしなさいよ! ブンビー!」

「言われなくてもだ! さて、まずは変身だ!」

「あなたも変身して戦うのっ!!」

 

 ミルキィパレットを手に、くるみはマネマネ達の元へ突進した。

 かつていがみ合った2人が今、肩を並べて同じ方向を見ていた。

 マネマネを巡る最後の戦いが、始まろうとしていた。




次からラストバトル開始です。
マネマネ&キュアマネマネズvsブンビー&ミルク&スマホコワイナー
果たして勝利はどちらの手に。


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第十三話『VSマネマネ1』

マネマネ戦開始です。
ミルクにとっては絶望的な戦い。


 ナイトメアの闘技場にて、マネマネとミルク達の戦いは続いていた。

 ミルキィローズは変身し、マネマネの分身・キュアマネマネズ達と戦闘している。戦闘形態に変身したブンビーさんも一緒だ。

 マネマネ本体はコワイナーの対処にかかりきっている。

 コワイナーがやられる前にマネマネズを全滅させようというのが、彼等の作戦であった。

 

 まず二人が目をつけたのは、緑のマネマネだ。

 両手にエメラルドソーサーを展開し、緑マネマネは油断なく二人を観察している。

 その慎重さは、まるで本物のキュアミントのようだ。

 

「緑……キュアミントマネマネだな」

「どうするの? エメラルドソーサー、敵にすると厄介よ」

「私に考えがある。ミルキィローズ、君はそこで待っていたまえ!」

 

 言うや否や、羽音を立てるブンビーが飛翔した。

 緑マネマネ頭上を追い越し、すれ違いざまに右腕のニードルガンを連射する。

 弾丸よりも速い速度で発射されたニードルガンだが、緑マネマネはエメラルドソーサーを構えそれを受け止めた。

 キンキンキン! 

 針の弾ける鋭い音が闘技場に鳴り響く。

 

「マネマネ! マネマネ!」

 

 緑マネマネは余裕の笑みを浮かべている。

 こういう所は、本体のマネマネ譲りだ。

 だが、笑っているのはブンビーも同じであった。

 

「キュアミントの盾は基本的に前にしか貼れん。そうだったな? ミルキィローズ!」

「……たしかに! ならっ!!」

 

 ブンビーが何を考えているのか、ローズには大方理解できた。

 彼女は姿勢を落とし、緑マネマネへと突進した。

 ブンビーは針弾を撃ち続け、緑マネマネの注意を引いている。

 

「ミルキィローズ、今だッ!」

「はあっ!!」

 

 ローズは緑マネマネの背後へと跳躍すると、頭頂部に強烈な回し蹴りをかました。

 エメラルドソーサーの弱点は、一度に一方しか防御できない事。

 故に針弾を防御していた緑マネマネに、その一撃を防ぐ術は無かった。

 強烈な一撃に、緑マネマネは夢の蕾を残し、風船のように破裂した。

 ローズは器用に跳躍すると、ブンビーの隣へと着地した。

 

「ありがと! ブンビー!」

「ハハハ! 良い上司というのは、良い指示を出すものだよ。ブンビーさんと呼んでくれても構わんよ!」

「ふふっ! 考えておいてあげる!」

 

 ローズは息を整えつつ、周囲を見回す。

 向かってくる個体は……2体。

 赤マネマネと青マネマネだ。

 ローズは軽く背後にステップすると、2体が一直線に並ぶよう陣取った。

 こうする事で、攻撃してくる相手が一体減るのだ。

 赤青の波状攻撃がローズを襲う。

 続け様に飛んでくる攻撃を、ローズは見切って躱してゆく。

 昼間に散々痛めつけられたばかりだ、使える体力はそんなに多くない。

 一撃を貰うことは、即ち戦闘継続不可を意味する。

 

「はあっ……はあっ……」

 

 身体に残る痛みが、彼女の精神をすり減らしてゆく。

 額に浮かぶ汗を拭う間もない。

 赤と青のマネマネを捌く中、彼女は視界の端に嫌な光景を捉えた。

 黄色マネマネがプリズムチェーンを構えていたのだ。チェーンはイカかネバタコスの触手の如く、広範囲をうねうねとカバーする。

 

「マーネマネネマネ!!」

 

 一対のチェーンがローズの元へと放たれた。

 彼は空中で跳躍し、チェーンを躱し続ける。

 捕らえられたが最後、赤マネマネの炎に焼かれ倒されてしまうのは必至だ。

 一撃が即敗北に繋がる攻防の中で、ローズは逃げ続ける。

 誰か助けて、もう動けない、みんなの攻撃にやられたくない。

 そんな言葉が口をついて出そうになる度、ローズは心でそれを押し殺す。

 そんな事を言ったが最後、身体を支えている糸が切れてしまいそうだったからだ。

 ふと、黄マネマネの攻撃が止んだ。

 ブンビーがチェーンの端を掴んでいたのである。

 

「お前は、キュアレモネードのマネマネ! お前の動きはよ──く知っている」

 

 ブンビーは掴んだチェーンを力一杯引いた。

 マネマネを引き寄せ攻撃を加えようとしたのだろう。

 しかし、それをさせまいと、もう片方のチェーンがブンビーさんの片腕を捕らえた。

 

「ブンビー!?」

 

 悲鳴にも近い声が漏れた。

 その声が自分のものだと、ローズは信じられなかった。

 だが、危機的状況にも関わらずブンビーの余裕は変わらない。

 

「心配するなミルキィローズ。これも作戦のうちだ。プリズムチェーンの操作中は、防御力と機動力が著しく低下する。なら、一度私を捕まえさせてしまえば!」

 

 ブンビーはチェーンを掴んでいた片腕を離し、黄マネマネの体制を崩した。

 間髪入れず、両腕の針弾が火を噴く。

 針弾の直撃を受けたマネマネは、勢いよく破裂した。

 

「一丁上がり!」

 

 ブンビーは嬉しそうにガッツポーズをした。

 仲間の喪失に、赤と青のマネマネの注意が一瞬逸れた。

 

「たあっ!」

 

 その隙をつき、ローズは赤のマネマネに蹴りを入れ、吹き飛ばす。

 

「やあっ!」

 

 帰す刀で、青のマネマネの鳩尾へと肘をめり込ませる。

 2体のマネマネは闘技場の端へと吹き飛び、壁にめり込んだ。

 ローズは息を整えつつ、ブンビーの元へ跳躍した。

 

「アンタ、そんなに強かったんだ」

「強かないさ。部下を助けようと頑張ってるだけの、ただの零細社長だよ」

 

 背中合わせに立つ二人の前に、新しいマネマネが現れた。

 マネマネの中でも特に強力な個体、桃マネマネである。

 特殊な技は使わない……使ってくるのは、純粋な格闘術のみ。

 

「ここも私に任せろ。君はマネマネとの戦いに備えて、体力を温存するんだ!」

「……分かった!」

「頼んだぞミルキィローズ!」

 

 言うや否や、ブンビーは桃マネマネへ向けて跳躍した。

 拳を大きく振り上げ、殴りかかる。

 桃マネマネはどっしりと構え、手刀でそれを受け止めた。

 

「流石にやるね。キュアドリームのマネマネ!」

 

 ブンビーは体勢を整え、拳の連打を繰り出した。

 ぶつかり合う拳と拳。

 スピードは桃が上、しかし、パワーはブンビーが上だ。

 

「来る日も来る日も血の報告書……いっその事、コピペしてやろうかと思ったくらいに書いた報告書……パソコンがない事を恨んだよ」

 

 拳の応酬の隙をつき、ブンビーが桃のマネマネの懐に肘を入れる。

 桃のマネマネが体制を崩した。

 

「でも、そのおかげでね! 私はね、君達の事を、君達より知っているんだよ! 喰らえ! キュアドリームッッ!!」

「マネマネ……ッッ!?」

 

 ブンビーは桃マネマネへと突き出した拳を直前で止めた。

 寸止め……否、そうではない。

 ブンビーは針弾を構えるとしこたま連射したのだ。

 近距離で針弾の連撃を受けた桃マネマネはついに耐えかね、破裂した。

 マネマネの胸から、桃色の蕾がこぼれ落ちる。

 ローズの顔に笑顔の花が咲いた。

 

「やったっ! ドリームの蕾……」

 

 ローズはわき目もふらずその蕾へと駆けた。

 もう少しで大切な親友の夢に手が届く……しかし、手が届く寸前、その側頭部をマネマネの尾撃が襲った。

 黒い尻尾による攻撃……本体マネマネだ。

 

「あっ……うぅ……」

 

 頭を抑え、ローズはマネマネを睨見つける。

 黒マネマネ酷く邪悪な笑みを浮かべながら、ドリームの蕾を使い、また新しい桃マネマネを作り出した、

 ローズの表情に一瞬、絶望の色が浮かぶ。

 手にしかけた希望が奪われる、その瞬間の痛みが心を襲う。

 だが、ローズはすぐさま拳を握り、マネマネを睨みつけた。

 

「マネマネ! ……っ! みんなの蕾をっ、返しなさい!」

 

 ローズの息が上がっている。

 息を整える暇もなく、桃マネマネが再生した。

 赤と青マネマネもそばに並び立ち、ローズへと襲いかかる。

 

「ミルキィローズ!」

「おっとブンビーさん! 貴方の相手はこいつです!」

 

 飛翔しようとするブンビーに、桃マネマネが突撃した。

 腰を押さえられた彼は動く事ができない。

 黒マネマネの背後では、巨大なコワイナーが倒れ伏していた。

 コワイナーの画面にはヒビが入っており、戦闘不能である事は明らかであった。

 

「くっ!?」

 

 ブンビーは桃マネマネの連撃を両腕で防ぐ。

 元より実力が伯仲している相手だ、苦戦もやむを得ない。

 方やローズも、窮地に陥っていた。

 黒マネマネの尾撃により、ローズの身体が吹き飛ばされる。

 彼女は衝撃の直前に後ろに跳ぶことで威力を軽減していた。

 だが、それでも攻撃そのものは防ぎきれない。

 体勢の崩れた彼女の元に、青マネマネが放ったサファイアアローが降り注ぐ。

 

「くうっ……!」

 

 軋む脚を無理やり動かし、彼女は攻撃を回避した。

 だが、避けた先には赤マネマネの放ったファイアーストライクが飛んでくる。火球の着撃に、ミルキィローズの両足が火に包まれた。

 

「熱っつぅ……っ!?」

 

 震える両脚……それにトドメを刺すように、黒マネマネの尾撃がローズの脚を払った。

 帰す刀で、敵の尻尾が彼女の身体を打ち付ける。

 ローズの身体が地面に叩きつけられ、巨大なクレーターを作る。

 

「かひゅっ…………」

 

 肺の中の空気が全て漏れる音を、ローズは自分の耳で聞いた。

 新しい空気が吸えない。

 一瞬視界がブラックアウトする。

 身体を動かそうにも、筋肉が痙攣していて動かない。

 

「仲間達を救いたいなら、まず私を倒す事です! ですが、あなたにそれはできない。何故か? それは……力が足りないからです!」

 

 黒マネマネの挑発が彼女の鼓膜を揺らす。

 その声に、ローズは辛うじて立ち上がった。

 とうに身体は限界を超えていた。

 だが、敵の言いたいがままに言わせておくのは我慢ならなかった。

 

「まだ私は……立ってるわよ」

「そうですか。では……」

 

 黒マネマネが片腕を大きく挙げる。

 直後、赤、青のマネマネによる総攻撃が開始された。

 天に広がる、無数のサファイアアローとファイアーストライク。

 ローズはステップを駆使し、それらを避けようとし続ける。

 うち幾つかは、彼女の腕を、脚を、全身の肌を傷つけた。

 全身に傷が増えてゆく。

 それでもローズは悲鳴を堪え、耐え続ける。

 炎の熱さが、水の鋭さが、この技はルージュとアクアの物だと訴えかけてくる。

 それでも耐えるのだ。

 

「う……うっ!」

「お仲間の技で傷つけられる気分はどうですか? まるで、仲間に見捨てられたような気分でしょう。辛いですなぁ。いつ絶望してもいいんですよぉ」

「ぜんっぜん……いたく……ない……わ!」

 

 攻撃が一瞬途切れた。

 一旦下がろうとするローズだが、身体が動かない。

 疲労が限界まできているのだ。

 脚を震わせ、立ち続けようとする彼女を、黒マネマネがせせら笑う。

 

「強がりを……痛いものは痛いと言えばいいのに」

「痛くないったら痛くない!」

 

 ローズは絶叫していた。

 涙混じりの叫びであった。

 だが、その目には確かな光が浮かんでいた。

 

「私はみんなの攻撃で傷ついたりしないんだから。みんなが元に戻った時、私が傷だらけだったら、みんなきっと、自分を責めちゃう。だってプリキュア5はみんな、底なしに優しくて、いい人なんだから。そんな思いを仲間にさせないために……私は絶対、倒れたりしない!!」

「下らないですね。マネマネズ、もう終わらせなさい」

 

 ローズの背後から、赤マネマネが飛びかかった。

 見なくても気配で分かった、来るのは上段の蹴りだ。

 来るのは分かっている。

 動け体! 

 

「たあっ!!」

 

 ギリギリで攻撃を躱し、ローズは赤マネマネの頭に蹴りをぶちかました。

 急所を突いた一撃に、赤マネマネはたまらず破裂する。

 ローズは急いで蕾を手に取ると、服のうちに隠した。

 

「はあっ……はあっ……これで……あと、二体……」

 

 ローズはあたりを見回す。

 残っているマネマネは桃と青の2体だけ。

 だが、それらは恐ろしく強い。

 そして、身体の弾薬庫に残った残弾はもう無い。

 変身を維持できているのが奇跡なのだ。

 黒マネマネがさっと手を上げた。

 青のマネマネはローズへと背を向け、ブンビーへと飛んでいった。

 ローズの前には、黒マネマネが立ちはだかる。

 

「いいえ? 私を入れて3体でしょう。ですが、弱いものイジメは良くない。ここは、同じくらいの戦闘力で戦ってあげましょう」

 

 黒マネマネの姿がぐにゃりと歪んだ。

 本体の持つ、変身能力である。

 その姿に、ローズは恐ろしく見覚えがあった。

 

「自分と戦うのは、初めての経験では?」

「…………っ!!」

 

 ローズにとって絶望的な、苦痛の延長戦が始まった。

 




頑張れミルク
負けるなミルク
応援の声は届かず。


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第十四話『VSマネマネ2』

マネマネ戦2戦目です。
希望の糸が見え始めてきたかも?


 マネマネ達とブンビー、ローズが戦いを続ける傍、それぞれの行動を続けていた者達がいた。

 パルミエ王国の王子達、ココとナッツである。

 我修院サレナに囚われていた彼等だが、妖精化する事により、狭い鉄格子の幅を抜ける事ができたのだ。

 状況が分かっていない彼等は、プリキュア5を助けるため、とにかく研究所内を走っていた。

 

「やっと出れたナツ! ココ、また太ったナツ! お菓子の食べすぎナツ!」

「ク、クォクォ……すまないココ……」

 

 ナッツの言葉通り、二人の歩幅には差が現れ始めていた。

 ココは汗だくになりながらも走る。

 走る……走る…………

 

「ま、待つココ……足が……」

 

 体力に限界が来たのか、ココは壁に手をつき走るのをやめた。

 壁の向こうに何か広がっている……? 

 ココが目を凝らすと、そこにはマネマネが作り出した闘技場の世界があった。

 ローズが奮闘している様子が、ココの目に飛び込んできた。

 

「アレは、ミルキィローズココ! ナッツ! 戻ってくるココ!」

「何ナツ!?」

 

 戻ってきたナッツが壁の奥の異世界に目をやる。

 ナッツとココは互いに顔を見合わせた。

 自分達が為すべき事、それは言葉に出さずとも分かっていた。

 


 

 ミルキィローズとマネマネの戦いは続いていた。

 マネマネはミルキィローズに変身して応戦している。

 両者の力は本来なら互角……だが、これまでの戦いの中で度重なる傷を負ったローズとほぼ無傷の黒マネマネでは勝負にならない。

 ローズにとっては、これは変身解除との戦いであった。

 ぜえぜえと肩で息をするローズに向けて、ローズマネマネは容赦なく蹴り込む。

 ブーツのつま先がローズの鳩尾にめり込んだ。

 

「かふっ……」

 

 声にならない声が漏れ、ローズの体勢が崩れる。

 だが、倒れない。

 ローズマネマネは口元を歪め、さらに勢いよく連打を繰り出した。

 肘が、膝が、拳が、つま先が、ありとあらゆる人体の角が、ミルキィローズの全身を攻め立てる。

 ローズはそれらの攻撃を受け、防ぎ、守り、流し、躱し……辛うじて急所だけは守り続けた。

 一撃一撃が変身解除との戦いの中で、彼女は歯を食いしばって耐え続ける。

 

「これがミルキィローズの力! 悪くありません。あの時あなたがこの力を持っていたなら、私ももう少し苦戦していたでしょうね」

「カワリーノ…………アンタ……はあっ……あの時……負けた、じゃない! 負けて……いなくなった!」

「いいえ? 私はあの後、絶望の淵を彷徨いました。そこは、暗く長い道。何度も己の命を絶とうとしましたが、それも叶わずっ!」

 

 ローズマネマネは大きく脚を引き、鋭いローキックを繰り出した。

 ローズは腿で受けた。

 彼女の体勢が、大きく崩れる。

 もう体力の限界などとっくに超えているのだ。

 間髪入れず、嵐の連続攻撃がローズを襲う。

 歯を食いしばり、彼女は耐え続ける。

 

「しかし、光が見えたのですよ。そこから抜け出した時、私は……」

 

 ローズマネマネは顎へのストレートを放っていた。

 しかし、その攻撃は途中で止まった。

 マネマネが動かなくなったのだ。

 

「……っ? はあっ……はあっ……」

 

 ネジの切れた機械のように、ローズマネマネはその場に停止している。

 

「……私は? どうしたのだ?」

 

 マネマネは隙だらけだ、今やどんな攻撃も入るだろう。

 だが、ローズもまた身体が限界であった。

 拳を打ち込む体力さえ残っていない。

 このまま敵が動かないのなら、バタリと倒れてしまいたい。

 汗だくの身体が、軋む……

 視界が……暗く……その中で……何かが動いた。

 

「隙ありッ!!」

 

 ローズの眼前で、マネマネが吹き飛んだ。

 ローズマネマネの懐に拳を見舞ったのは、ブンビーだった。

 驚くマネマネに構わず、連続攻撃で体幹を崩してゆく。

 

「ブン…………ビー…………?」

「トドメの一撃ィィ!!」

 

 ブンビーさんの後ろ回し蹴りが、マネマネの身体を吹き飛ばした。

 その壁へと吹き飛ぶその身体を、赤青マネマネが受け止める。

 

「やりますね、ブンビーさん」

 

 意識が戻ったのか、マネマネの表情に不適な笑みが張り付いた。

 ローズは霞む視界で、なんとかその様子を捉えていた。

 後ろ手に忍ばせたミルキィパレットを、ローズは握りしめる。

 打てる技はせいぜいがあと一発。

 なら、その一撃に全てを賭ける。

 そんな心意気で、ローズは機を伺っていた。

 

「相方の息も上がっている。もう捨てた方がいいんじゃないですか? ミルキィローズは」

 

 悔しながら、ローズは言い返せなかった。

 もう本当に立っているのがやっとなのだ。

 流れでる汗が、水たまりを作っている。

 両足が震え、腕の筋肉は小刻みに痙攣している。

 ブンビーは彼女を一瞥し、背に庇った。

 

「ふふ、相変わらず不合理ですね」

「悪いね。どんな出来の悪い部下も、面倒見てやるのがブンビーカンパニーの社訓でさ」

「それって第何訓でしたっけ?」

「今決めた、第一訓だよッッ!!」

 

 ブンビーはそう叫ぶと、ローズマネマネに突撃した。

 拳を大きく振り上げた、テレフォンパンチであった。

 マネマネは膝を立て、その攻撃を受け止める。

 マネマネの表情が邪悪に歪んだ。

 ブンビーの横を、桃と青のマネマネが走り抜けたのである。

 

「しまった!」

 

 ブンビーが振り返った時には、既に2体のマネマネは両腕を振り上げていた。

 ミルキィローズは動かない。

 攻撃が命中したかと思ったその瞬間……マネマネの身体が弾き返された。

 二つの巨大な光の盾が、ローズを守ったのだ。

 

「ローズ!」

「助けに来たココ!!」

 

 盾の正体はココとナッツであった。

 かつてエターナル館長と戦った時にも発現した二人の力が、ローズを守ったのである。

 ローズは言葉を発する余力も無いのか、僅かに微笑んだ。

 

「パルミエ王国の国王達!? この期に及んで邪魔をするのですか!!」

 

 驚くローズマネマネを尻目に、ブンビーさんが躍動した。

 ローズマネマネを桃青マネマネの所に吹き飛ばしたかと思うと、右手の銃口を向け、銃撃を乱射したのだ。

 激しい銃撃に、3体は釘付けになっている。

 ブンビーは彼等を攻撃しながら、背後のミルキィローズに叫んだ。

 

「しめた! ミルキィローズ! 必殺技で一掃してやれ!」

「……っ!! 分かったっ!」

 

 ローズは地面を穿つ程に両足を踏み込み、構えを取る。

 その双眸は、黒マネマネを鋭く睨みつけている。

 

「ナッツ! ローズに!」

「分かってるナツ! ミルキィローズに力を!」

 

 ナッツの祈りに応え、パルミエ王国の王冠がローズに力を与える。

 ローズの持つミルキィパレットは、ミルキィミラーへと変わり、凄まじい光を放ち始めた。

 

「邪悪な力を……はあっ……包み……込む……!」

 

 一瞬……ローズの中で、そこまで張り続けていた意識の糸が切れた。

 それはマラソン中、それまで動かしていた脚に力が入らなくなる感覚と似ている。

 強い意識があれば、持ち直す事ができる。

 だが、そこで倒れてしまえば……自力で立ち上がる事は困難だ。

 そのショックの最大級がローズを襲った。

 視界を暗闇が覆い尽くしてゆく感覚。

 どれだけ頑張っても、その闇が晴れなくて……その内身体の力が全部入らなくなって、考えることも……

 

『そしたら……必ず、起こしにきてね』

 

 どこかから聞こえてきた言葉。

 ドリームの声だ。

 それが、途切れかけていた彼女の意識を現実へと引き戻した。

 緩みかけていた手に力を込め直し、ローズは詠唱を続ける。

 

「………………ッッ!! 煌めく薔薇を咲かせましょう!!」

 

 ローズの詠唱に応え、ミルキィミラーは鋼鉄の薔薇の花弁を無数に生み出した。

 無数の花弁はやがて一つの薔薇を形作り、ミルキィローズの背後で鎌首をもたげる。

 

「ミルキィローズゥッッッ!! メェタルブリザードォッッッッ!」

 

 肺の中の空気を全て絞り出す絶叫と共に、ミルクは鋼鉄の薔薇をマネマネ達へと解き放った。

 薔薇は凄まじい勢いでマネマネ達を飲み込み、悲鳴すら上げさせる事なく彼等の体を飲み込んだ。

 ナイトメアの闘技場に薔薇の花弁がはらはらと散る中で、ローズはついに力尽き、変身を解除した。

 ボロボロになり、あちこちが擦り切れた彼女の身体を、ココとナッツが支える。

 ミルクは萎んだ目を懸命に開こうと頑張るが、どうやら何も見えないのか、やがて諦めて目を閉じた。

 

「か、勝った、ミル……?」

「そうナツ。良くやったナツ」

「もう動かないでいいココ! 休んでいいココ……」

 

 ミルクは2人に支えられ、闘技場の壁へと寄りかかった。

 ポシェットの中には、レモネード、ミント、ルージュの3人の夢の蕾が輝いている。

 

 

「ナッツ様…………昨日は……ごめんなさいミル…………ミルクがみんなに……迷惑かけたから……」

「その事はもういいナツ! 謝らなきゃいけないのは、ナッツの方ナツ! こんなにミルクが苦しい思いをしてる時に、ナッツは何も……何もできなかったナツ……」

 

 塞ぎ込むナッツの肩を、ココがポンと叩いた。

 ナッツは涙目で彼の方を振り返った。

 ココの表情は、包み込むように暖かかった。

 

「もう戦いは終わったココ。ナッツがミルクに会おうと頑張ったからこそ、ミルクを助ける事ができたココ!」

「そう……ミル……。ナッツ様は何も……悪くない……ミル……それよりも……のぞみ達を……」

 

 夢の蕾は、残り二つ。

 取り返さなければ。

 ミルクは大きな耳を支えに無理矢理立ち上がると、未だ煙に覆われる闘技場の一角へと目をやった。

 あそこに夢の蕾がある。

 早く、行かなければ。

 だが、ミルクは見てしまった。

 煙の中から、巨大な影が立ち上がるのを。

 その影の中に、虹色の光が輝いているのを。

 

「これは……」

「ゆめペンダントの、光ナツ!」

 

 煙の中にあるのは、明らかに夢の光である。

 だが、あそこにいるとすれば、マネマネ以外あり得ない。

 膨らむ疑念に、煙の中の影が答えを返した。

 

「私は、あの時、暗闇から出たいと願った。ここがどこかも分からない、私が誰かも分からない。だが、私が願う夢はただ一つ!!」

 

 巨大な叫びと共に、影を覆う煙が晴れた。

 そこにいたのは、ビル3階分はあろうかと思われる、一体の巨大な怪物であった。

 二体のマネマネコピー、そしてスマホコワイナーと合体したマネマネは、凶悪な怪物の姿へと変貌していた。

 腹にスマホの画面とコワイナーの仮面をつけた、四面八手の怪物である。

 頭頂にある巨大な狐の顔が、ミルク達を見下ろした。

 

「プリキュアへの復讐!! それが私の夢!! そして、スーパーマネマネ! これが私の、真の姿です!!」

 

 これまでの知略に頼ったマネマネとは違う、圧倒的な暴力の形態。

 その絶望的な力を前に、ミルクはへたり込んだ。

 脚を支えていた希望が、崩れ去ったのだ。

 ブンビーさんもまた、怪物を前に絶叫していた。

 

「ぎゃあああっ!!? わた、私のおニューのスマホがああぁっ!!」

 

 二つの絶望を前に、マネマネは高らかに笑う。

 まるで勝利宣言でもするかのように。

 

「これで分かったでしょう? 夢も持たず、プリキュアでもないあなたでは、プリキュアの力までもを手にした私には……決して勝てない!」

 

 圧倒的な絶望を前に、戦う4人の戦士。

 既に体力は尽きかけ、満身創痍である。

 それでも……

 

「それでも……ミルクは諦めないミル。のぞみはミルクを信じてくれたミル……だから、絶対諦めないミル!」

 

 既に心は折れかけていても、それでも彼女は立ち上がった。




マネマネがついに最終形態に。
ここからの逆転劇、あるんでしょうかね?


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第十五話『VSマネマネ3』

マネマネ戦も後半です。


 ナイトメアの闘技場での戦いは、最早戦いと呼べるものにはなっていなかった。

 スーパーマネマネが行う一方的な虐殺行為である。

 ココとナッツはミルクを連れ闘技場の端へを逃げ回っていた。

 それを嘲笑うように、マネマネの目から放たれるレーザーが彼等を襲う。

 

「ココ! もっと速く走らないと焼かれるナツ!!」

「分かってるココ! でも、ミルクを担ぎながらだと、これが限界ココ!」

 

 マネマネは口元をキュッと歪ませレーザーの速度を上げた。

 走る速さを遥かに超えるレーザーに、二人は絶叫し、さらに走る速度を上げる。

 怪物はそれを見て、さらにレーザーの速度を上げた。

 もう追いつかれてしまう……そんな時、怪物の前に立ちはだかる人物がいた。

 レーザーはその人物の前で曲がり、闘技場の観客席を穿った。

 

「おっと、ここから先は通さないよ」

 

 立ちはだかったのはブンビーであった。

 徒手空拳による乱撃でレーザーを歪曲させたのだ。

 自分より遥かに矮小な彼の姿に、マネマネはため息をつく。

 

「はぁ……しつこいですねあなたも。勤める会社も無くなった今、何が目的なんです?」

「おニューのスマホ。修理代請求するからね」

 

 呆れて物も言えないと言った調子のマネマネは八手で肩をすくめた。

 さながら千手観音のような出立ちである。

 

「その邪魔に何の意味があるんです? 弱者がいくら力を合わせたところで、強者には勝てません。ブンビーさん? あなたが教えて下さった事ですよ」

「く……っ!?」

 

 痛いところを突かれたのか、ブンビーの視線がどこかに逸れた。

 だがそれも束の間、彼は『よく覚えてるねそんな昔の事』と意地悪そうに言い返してみせた。

 

「まぁ、そんな事教えた気がしたけど……今は! 私はそうは思わない!」

「どうしてです……!!」

 

 ブンビーの言葉を遮るように、マネマネの瞳からレーザーが射出された。

 ブンビーは空中機動でレーザーを躱すと、その顔面に向けて針弾を乱射した。

 マネマネは微動だにしない。

 何かしましたかとばかりに彼を嘲笑うのみだ。

 効かない攻撃。

 しかし、ブンビーさんは諦めない。

 

「ミルキィローズは弱者ではない。今は倒れていても、必ず立ち上がる。この私が保証する! それに、私も強い。つまり、弱者はここにはいなぁい!」

「言っていることが滅茶苦茶ですよ。そこにいるボロ切れ三枚が弱者ではない? 現実を見てください。そんな事で、会社の運営が出来るとでもお思いで?」

 

 マネマネは片目を閉じると、まあ片方の目をチカチカと瞬かせた。

 その瞬きの数だけ、レーザーが発射される。

 ブンビーさんはそれらをまともに食らいながらも、針弾を撃ち返した。

 その内いくつかが目に入り、マネマネは軽くのけぞった。

 敵とて無敵なわけではないのである。

 圧倒的な脅威を前に、ブンビーは善戦していた。

 

「会社の運営? できるね!」

「何を根拠に……」

 

 マネマネの言葉を遮りブンビーは懐へと飛翔した。

 遅い来る無数のレーザーを躱し、懐のコワイナー仮面を殴りつける。

 仮面にはヒビが入りマネマネの身体は後退した。

 肩から煙を出しながらブンビーは巨体を見上げた。

 

「生意気な新人に教えてやろう。無理を通せば、道理は引っ込むんだよ!」

「無理が通れば、ですよ! そして、この私を前に、そうそう何度も無理は通らない!」

 

 両者の間に存在する、圧倒的な戦力差。

 しかし心の対決では、彼等は拮抗していた。

 


 

 ブンビーの奮戦により攻撃が中断されている間、ココとナッツは懸命にミルクへと呼びかけていた。

 マネマネへと啖呵をきった後、ミルクはレーザーの余波により再び意識を失ったのだ。

 疲弊しきった彼女は目を覚ます様子はない。

 それでも2人は懸命に彼女に呼びかける。

 

「ミルク! しっかりするココ!」

「今ブンビーがアイツを足止めしているナツ! この隙に、ドリーム達を助けるナツ!」

 

 彼女がもう戦える身体ではない事は、二人も分かっていた。

 だがミルクは切り札を持っている。

 そう、3人分の夢の蕾である。

 これをプリキュア5へと返せば、少なくともルージュ、レモネード、ミントの3人を目覚めさせる事ができるのだ。

 それなら、あの怪物を相手にしても勝機はある。

 だが2人の誤算は、異世界の出口は見つからない事だった。

 闘技場中を駆け回っても見つからない出口……それでも諦めようとしない彼等を止めたのは、他でもないミルクだった。

 

「……ダメミル」

「ナツ!?」

「ドリームは、ミルクを頼ってくれたミル。から、ミルクは……コイツを倒さなきゃいけないミル……」

 

 立ち上がりなおも戦おうとするミルクを、ナッツは止めた。

 息も荒く怒っている。

 当然だ、動かない体で戦おうとしているのだから。

 

「強がってる場合ナツ!? もうボロボロナツ!」

 

 ミルクは「それでも!」と言い返した。

 強い抵抗の意志がそこには現れていた。

 

「ボロボロでも、やらなきゃダメな時があるミル! ミルクは、プリキュア5に何度も教えてもらったミル!」

「ナツ……」

 

 ミルクはナッツの腕を抜け出し、壁に手をついてでも立ち上がろうとする。

 足が動かなくても、手を使い、耳を使い、立ち上がろうとする。

 そんな彼女を、もうナッツは止められなかった。

 

「ミ……ル……」

 

 両の足と両の耳、持てる全てを使いミルクは立ち上がった。

 足は震えている。

 膝も震えている。

 耳だって無事ではない。

 けれど、その眼は死んでいない。

 確かな意思を持って、マネマネを睨んでいる。

 

「動け……ミル……ミルクが……んなを……すけな、きゃ……ダメ……なの……ミル……」

「ナツ……」

 

 その精一杯の試みに、マネマネもまた気がついたようだ。

 必死の歩みを続けるミルクを見下ろし、嘲笑い、その足元にレーザーを照射してみせる。

 だが、ミルクの歩みは止まらない。

 抵抗にもならない僅かな抵抗。

 だが、それがマネマネの逆鱗に触れた。

 

「愚かな! そこまでして死にたいなら、お望み通り、灰にして差し上げましょう!」

 

 マネマネの視線がミルクの額を確かに捉える。

 今のミルクにレーザーを躱す余力は無い。

 マネマネの瞳が赤く光った。

 

「ミルクに手を出すなナツ──ーッ!!」

「ナッツ……様…………」

「ミルクは大切な仲間ナツ! ココとナッツが絶対に守るナツ!」

 

 ナッツはミルクの前に立ちはだかり、光の盾を張った。

 ココもナッツを支える形でそれに続く。

 彼等自身分かっていた。

 この程度では敵の本気のレーザーは止められないと。

 マネマネが片目を閉じる。

 レーザー照射の合図だ。

 それでも、3人はマネマネから目を逸らさない。

 3人の視界の中で、真っ赤な光が輝いた……

 

「メー! メー!」

 

 瞬間、射線間に割って入るものがあった。

 直立二足歩行のメールボックス型の生物(?)、メルポだ。

 シロップの元にいたはずのメルポが、割って入ったのだ。

 

「メルポ! どうしてここに!?」

 

 ナッツは慌てて盾をしまうと、メルポに問いかけた。

 メルポは、何やらメーメーと言い続けている。

 

「……? パルミエ王国からの手紙を届けに来たナツ?」

「メー! メ────────メ────────ッッッ!!」

 

 そう叫んだかと思うと、メルポはその口から大量の何かを吐き出した。

 何かは膨大な質量を持っており、瞬く間に闘技場中に溢れかえった。

 その勢いは凄まじく、闘技場の中心部で戦っていたブンビーさんとマネマネを一気に押し流す程だ。

 

「おお!? おおおおおおぉおっ!?」

「何ですかこれはッ!! て、手紙……?」

 

 マネマネの見立て通り、それは手紙であった。

 濁流と見紛う程の無数の手紙がメルポから吐き出されたのだ。

 手紙には皆パルミエ王国の印が押されている。

 いや、パルミエ王国だけではない。

 その周辺の4国の捺印がされた手紙も見受けられる。

 

「これは……みんなからの応援の手紙ココ?」

「ミルクがシロップにお願いしたミル。ミルクがピンチの時、励まして欲しいって。でも、こんなに沢山はお願いしてないミル」

「それほど、王国のみんなはミルクを応援したいと思ってるココ! 負けるなミルク! がんばれミルクココ!」

 

 3人の目の前で、応援の手紙は勝手に浮き上がり、それぞれの書き主の言葉で朗読を始めた。

 まるでどこぞの魔法学校で展開されているような図だ。

 初めに浮き上がってきたのは、パルミエ王国の紋章であった。

 見知ったヒゲモジャ顔が、しゃがれた声で手紙を読み始める。

 

『ミルク! よく頑張っているパパ! お世話役としてはまだ未熟パパが、ココ様とナッツ様は、お前になら任せられるパパ!』

「パパイヤ様……!」

 

 続けて、ドーナツ王国の印が闘技場の天井に浮かんだ。

 手紙の主はドーナツ国王だ。

 彼は威厳のある声で朗読を始めた。

 

『あの時は世話になったドナ! ミルクの不屈の精神があれば、どんな敵も倒せるドナ! 自信を持って頑張るドナ!』

「ドーナツ国王……」

「良いこと言うココ!」

 

 次は、モンブラン王国の印が刻印された手紙であった。

 穏やかな亀の国王、モンブラン国王である。

 

『モモ! ミルクのおかげで、エターナルにも勝てたモモ! 自分を信じて頑張るモモ!』

「モンブラン国王……」

「ドーナツ国王と同じ事言ってるナツ」

 

 次に浮かんできたのは、やけに大きいババロアの印が刻印された手紙であった。

 3人の顔が、露骨に険しい表情になる。

 

「これは、ババロア女王ミル……」

「長い話になりそうココ……」

 

 手紙は甲高い女性の声で朗読を始めた。

 

『ミルク! 辛い事がある時は、自分の思った通りの事をやりなさいロロ。それで失敗しても、それがきっと次に自分を成長させるためのエネルギーになるロロ! それか……』

『長いクク! ババロア女王!』

 

 ババロア女王の手紙を遮り、クレープの紋章が現れた。

 クレープ王国のクレープ王女からの手紙だ。

 手紙はやがて、王女の顔へと変わってゆく。

 ミルク達が見守る中、彼女は朗読を始めた。

 

『いいクク、ミルク? クレープはココリンとの婚約を諦めたわけじゃないクク。のぞみとミルクは、クレープの恋のライバル。だから……絶対誰にも、負けるんじゃないクク!』

「クレープ王女……分かったミル!」

 

 クレープ王女の手紙は、小さな光の玉となりミルクの身体へと飛び込んだ。

 それを皮切りに無限にあった手紙が次々と光の玉になり、ミルク達を取り囲み始めた。

 闘技場中が眩い光に包まれてゆく。

 

「不思議ミル……」

「どうしたココ?」

 

 ココの問いに、ミルクは「全然体が痛くないミル」と返した。

 その声には、先程までの疲労の色は見受けられない。

 

「膝も震えない、体も痛くない。心が、体を動かしてくれる。そんな不思議な感じミル!」

 

 胸をいっぱいに広げるミルクの元へ、光の球が一つ、また一つと吸い込まれてゆく。

 その光景を前にしながら、ココとナッツはミルクと向かい合った。

 

「昨日は酷いこと言ってごめんナツ……ナッツは、本当はミルクなら、もっと素晴らしいお世話役になれると信じてるナツ。だから……自分を、信じて欲しいナツ!」

「クォクォ! ココはミルクの夢を応援するココ! それがたとえどんな夢でもココ! だから、本当の事を言っていいココ!」

 

 2人の激励と王国中の手紙が、光となってミルクの身体を包み込む。

 まるで、かつてプリキュア5を立ち上がらせた奇跡のように。

 

『頑張れ! プリキュア! がんばれ! ミルク!』

 

 ミルクは泣きそうなのを堪え、笑った。

 手紙をくれたみんなにありがとうを伝えるために。

 

「……十分ミル。ありがたすぎるお言葉、たっくさんもらったミル!」

 

 ミルクはくるみに変身し、眼前の怪物を見上げた。

 光が晴れた先にいたのは怒りの表情を浮かべるマネマネだ。

 圧倒的な力を持つ絶望の化身。

 だが今のくるみにとって、敵は絶望の対象では無かった。

 

「今までよくも好き勝手やってくれたわね。ここからは、私の時間よ!」

 

 怪物を睨みつけ、くるみは不敵に笑ってみせた。

 


 

 マネマネは焦っていた。

 あり得ない程の手紙の濁流、それらがミルクに吸い込まれた事象。

 それら全てはあの時と酷似していたからだ。

 プリキュア5が絶望の底から復活した時、そして本社でデスパライアを倒した時。

 どの時も彼女達は絶望の底から這い上がり、あり得ない力で闇の力を駆逐した。

 その鍵となったのは……

 マネマネの視線はくるみの手に握られているものに寄せられた。

 

「ゆめペンダント……?」

 

 逆転の鍵は、その他の中に握られていたのだ。

 夢。

 無限の暗闇が覆う未来に進むための力。

 それが絶望の対義語だと、マネマネはその時気がついた。

 

「よーく聞きなさい! マネマネ! ブンビー! あと、ココ様とナッツ様! あとお手紙くれたみんな!」

「は、はいココ!!」

 

 ミルクの声の迫力に、ココは直立不動で気をつけをした。

 ナッツもそれに続く。

 くるみは手を振りかざし、演説を続ける。

 

「私はプリキュア5の仲間で、準お世話役で、大抵の事は何でもできる中学2年生! 美々野くるみ! 又の名をミルク! それが、今の私!」

 

 くるみは真っ直ぐマネマネを睨みつける。

 もう臆さない。

 絶望になんて屈さない。

 みんなから貰った力があるのだから。

 

「一人前のお世話役になる事、ココ様とナッツ様を支える事が、私の本当の夢だと思ってた。けど、違う! 私の夢は、それだけじゃない!」

 

 くるみは目を閉じる。

 暗闇の中に見える、巨大な光。

 これが、夢なのだ。

 私の夢なのだ。

 

「今わかった。閉じ込めてた私の夢。私の夢は、お世話役になる事だけじゃない……もっと、もっと大きなものよ!」

「何ですこの夢の輝きは……? あなたに、そんな夢は無いはず」

 

 くるみは目を開けた。

 先程までの迷える少女の面影はもうない。

 自分の居場所を見つけた、一人前の戦士の顔がそこにあった。

 

「私の夢は、一人前のお世話役で、一人前のプリキュアで……」

 

 枯れ果てた闘技場を横切るように紫の蝶がどこからとも無く飛んでくる。

 蝶はひらひらと舞ったかと思うとくるみの頭に止まった。

 それが何を意味するか、マネマネには分かっていた。

 敵の片目が紅の極光に染まる。

 

「危険ですね……ここで消しておきましょう!」

 

 赤熱したレーザーがくるみ目掛けて放たれた。

 レーザーは空気を揺らし、音速でくるみを貫かんと迫る。

 だがそれは途中で何者かに弾き飛ばされる。

 

「やらせないって言ってるよね?」

 

 レーザーを弾き飛ばしたのはブンビーであった。

 仮面は所々ヒビが入り、右腕の銃口もひしゃげている。

 だが、それでも彼はマネマネを前に笑った。

 

「ブンビー!!」

 

 マネマネは怒りのままに彼を殴り飛ばした。

 最早そこに余裕も体裁も無かった。

 超速で吹き飛ばされたブンビーは、ついに闘技場の壁に埋まり動けなくなった。

 彼は動かない体でくるみへと笑いかけた。

 

「頑張れよ、ミルキィローズ……」

「ありがとう、ブンビーさん。私、やります」

 

 くるみは力強くそう答えた。

 その前を待っていたかのように、彼女の手に握られていたゆめペンダントが虹色の光を放ち始める。

 

「私の本当の夢は……本当の夢は……」

 

 無限とも思える光にマネマネは目を覆った。

 視界全てを覆い尽くす光、くるみはその中に王冠を見た。

 ココとナッツにも見えたようだ。

 驚愕に口を開け、目をまん丸にしている。

 

「パルミエ王国の女王がつけるティアラココ!」

「三つ目の、冠ナツ!!」

 

 くるみは満を辞して天にペンダントを掲げた。

 己の願いをゆめペンダントに込めるために。

 

「ゆめペンダント……お願い。私、パルミエ王国の女王様になりたい! お姫様として、ココ様とナッツ様と一緒になりたい!」

 

 くるみの願いに応えるように、ゆめペンダントの光がくるみの全身を包み込んだ。

 光はやがて真白い輝きとなり、くるみの全身を、輝きを纏うダイヤモンドのドレスで彩った。

 そしてその手には、黄金のミルキィパレットが握られていた。

 

「これは……新しいミルキィパレット」

 

 黄金のミルキィパレットを開き、くるみは三つの薔薇のスイッチを入れた。

 その薔薇が意味するもの……のぞみの薔薇、私の薔薇、そしてキュアローズガーデンの薔薇。

 そして、今ここにいるココとナッツと私。

 それらが全部一つになる私の夢の力で。

 

「行くわよ! ココ様、ナッツ様!」

「クォクォ!」

「ナッツゥ!」

 

 くるみは頭に浮かんだ直感のままに、パレットを天に掲げた。

 光が彼女の全身を包み込んだ。

 

「トリプルローズ・トランスレイト!」

 

 光はココとナッツを剣の姿に変え、ミルクの手元へと運んだ。

 ミルクの全身を取り巻いていた輝きは光輝くプリキュアの衣となり、ミルクの手脚を煌びやかに彩ってゆく。

 やがて光が完全に晴れた時、そこには光のプリキュアの姿があった。

 

「咲き誇る三つの心! ココナッツミルキィローズ!」

 

 半身を切って構えるミルクの手元で、ココとナッツが驚いた声を出す。

 2人は2対の双剣へと変わっていたのだ。

 ココは黒いフルーレに、ナッツは青いフルーレになっていた。

 

「これは何ナツ!? ナッツ達の身体が剣になっちゃったナツ!?」

「ココとナッツとミルクが、一つになってるココ!!?」

「定番の合体フォームよ。ココ様、ナッツ様。パルミエ王国と、4つの王国の力が合わさった、奇跡の力! …… 小説版限定フォームとも言うかもね」

 

 ココナッツミルキィローズはあざとい笑みを浮かべた。

 双剣を手に、ローズはマネマネを睨みつける。

 

「マネマネを倒し! ココ!」

「夢の蕾を取り戻し! ナツ!」

「ドリーム達を助ける!」

 

 3人の意思は既に一つ。

 倒すべき敵はマネマネ。

 

「マネマネ! あなたの野望はここで私が打ち砕く! これが最後の戦いよ!」

 

 圧倒的な光の力と絶望的な闇の力。

 最終決戦が今、始まろうとしていた。




次でマネマネ戦ラストです。
これが終わったら、後は最終決戦とエピローグだけです。

※セリフ修正しました


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第十六話『ココナッツミルキィローズ』

これにてマネマネとの戦闘はラストです。


 ココナッツミルキィローズと怪物マネマネ。

 光と闇の化身となった2人の最後の戦いが始まった。

 

 先に動いたのは、ローズの方であった。

 動いたと言っても目に見える速度でではない。

 飛翔したかと思ったローズはいきなりマネマネの眼前に現れていた。

 瞬間移動に近い移動であった。

 ローズはくるりと宙返りをすると、輝きに満ちた踵をマネマネに向けて振り下ろした。

 移動と違い、大振りな攻撃である。

 マネマネは2本の腕をクロスさせるとその攻撃を防御した。

 攻撃を受け止め、マネマネはにやりと頬を歪めた。

 

「ふふ……大仰な変身をしたかと思えば、戦闘力は大した事ありませんねぇ。まったく、こけおどしもいい所です!」

 

 マネマネは腕を振るとローズの身体を吹き飛ばした。

 彼女は空中で宙返りをし、速度を殺して着地した。

 続け様にマネマネの瞳が赤く染まった。

 レーザー発射の合図である。

 だが、ローズはその場に立ったまま動かない。

 マネマネの瞳がきらりと光った……瞬間、マネマネは苦悶に顔を歪めた。

 それもそのはず、彼の胸にあったコワイナーの仮面が破壊されていたのだ。

 

「な、何ッ!? コワイナーの仮面が、一瞬で!? 何故!?」

「最初に蹴った時よ。早すぎて気がつかなかった?」

「な、何ですってぇ!?」

 

 間髪入れずローズは再度マネマネとの距離を詰めた。

 両手に握った剣を振り上げ、彼女は飛翔する。

 

「スカイフルーレ! 秘密の光ナツ!」

「グランドフルーレ! 王家の光ココ!」

 

 青と黒、1対のフルーレによりマネマネの身体が切り裂かれる。

 マネマネはその巨体で跳躍すると、ローズと距離を取った。

 

「私の知らない武器!! この力、あの時のプリキュア達の力と同じ……いや、それ以上か!」

 

 怯えるマネマネは両目に力を込め天に向けて無数のレーザーを放った。

 レーザーは空で無限に分割されまるで雨のように降り注ぐ。

 だがローズは1対のフルーレを交差させ、回転切りを放つようにしてそれらを斬り払う。

 フルーレが振るわれるたびレーザーは消滅し、透明な光へと変わってゆく。

 

「私の力が、通じないのか!?」

「これが、ココナッツミルキィローズの……パルミエ王国の力よ!」

 

 ローズは地を蹴ると、再度マネマネの元へと超速移動した。

 フルーレを交差させ、エックスの字に斬撃を放つ。

 斬撃は空中で回転するとマネマネの中の夢の蕾を穿った。

 夢の蕾は斬撃により摘出され、ローズの手元へと戻った。

 

「くっ!? ドリームとアクアの力までも!?」

 

 マネマネの巨体が、目に見えて縮んでゆく。

 夢の蕾の力を失ったからだろう。

 敵は苦し紛れに、尻尾を鞭に変化させて応戦する。

 ローズはフルーレでフルーレを振るい、マネマネを追い詰めてゆく。

 

「絶望こそ人の寄る辺! 進む事を放棄し、暗闇に身を委ねる事が最たる安寧なのです! お前達は、どうしてそれを理解できない!」

「そんなの決まってるじゃない。夢という名の希望の光があるからよ!」

「そんなまやかしを……」

「まやかしなんかじゃない! 例え叶わない夢かも知れなくても、私達は、それを持っていれば前に進める!」

 

 ローズはマネマネが防御のために構えた尻尾にフルーレを突き立てた。

 凄まじい悲鳴と共に、尻尾が根元から切断された。

 叫ぶマネマネをローズは突撃で吹き飛ばした。

 闘技場の壁にめり込み、マネマネは動けなくなった。

 ローズはフルーレを交差させ、剣先に力を溜めた。

 

「受け取りなさい! あの日あなた達に滅ぼされ……もう一度甦った、パルミエ王国の光を!」

 

 ローズの手にしたフルーレの先に、2輪の薔薇が蔦を伸ばしてゆく。

 スカイフルーレからは群青の薔薇が。

 グランドフルーレからは漆黒の薔薇が。

 二つの薔薇はローズの背後で混じり合い、黄昏色の薔薇となった。

 3人の意思が一つになる。

 

「プリキュアに!」

「ミルキィローズに!」

「私に!」

 

 光がローズを包み込んだ。

 

「「「力を!!!」」」

 

 ローズが掲げるは黄金に輝くミルキィミラー。

 彼女の身体から飛び出した手紙の光が鏡に集まってゆく。

 

「乙女の夢が巻き起こす……薔薇の嵐を吹かせましょう!」

 

 ローズはフルーレの鋒をマネマネへと向けた。

 光は無限大に広がったかと思うと、一点に収束し、光の槍となってマネマネを捉える。

 ローズは大きく息を吸うと、右脚を引き、腰を深く構えた。

 

「トリニティ……ロイヤルパルミエブリザード!」

 

 叫びと共に極光の槍がマネマネへと向けて放たれた。

 壁に埋まっているマネマネは槍を避けられず、真正面から受け止める。

 

「おおお……おおおおおおおっ!!? この力、到底受け止め切れるものではない……ッ!?」

 

 恒星の如き光のエネルギーに、マネマネはその姿を歪めてゆく。

 否、消えているのだ、身体そのものが。

 光の奔流の中で、マネマネは思う。

 

「私はまた帰るのか……あの暗闇の中に」

 

 光と闇の狭間で、マネマネは確かに感じた。

 自分を覆う、暖かさを。

 それの正体は、昔からずっと、自分の側にいた。

 あの人の側に、ずっと……

 

「認めたくはないものですね。求めていたものは、もう手に入っていたなんて」

 

 闘技場を揺るがす巨大な爆発と共に、マネマネは光の中へと消えていった。

 マネマネが消滅したからだろう、闘技場は完全に崩壊し、ローズ達とブンビーはプリキュア達が眠っている研究室に皆投げ出された。

 

『一時的に、機能が制限されます』

 

 ペンダントから響く機械音声と共に、ローズの変身が解除された。

 その身体には、傷一つない。

 みんなの力をもらい、夢が花開いたのだ。

 寝巻きのままの、素顔のくるみ。

 それでも、その表情は晴ればれとしていた。

 

「やった……マネマネを、やっつけた……わ……」

 

 くるみはくらっとぐらついたか思うと、その場に倒れ伏した。

 マネマネとの戦いで疲労が嵩んでいたのだろう。

 限界を超えた戦いを繰り返したのだ、無理もない。

 ココとナッツも同じ様子だ。

 地面に倒れ伏したまま、起き上がらない。

 そんなくるみを優しく抱き起こす人物がいた。

 我修院博士その人であった。

 

「マネマネを倒し、夢の蕾を取り戻してくれたんだな。本当に感謝する」

「博士……」

 

 寝ぼけ眼のくるみを抱え博士は研究室を進む。

 試験管を開くと、博士はくるみの体をそこにそっと収めた。

 

「こんなに大きな夢の蕾があれば、大いなる夢の蕾も花開くだろう。ありがとう。君のおかげで、これからもずっと、カグヤの誕生日を祝ってあげられる」

 

 博士は液体が溜まりゆく試験管に、深々と頭を下げた。

 

「……ありがとう。キュアドリーム、ミルキィローズ。プリキュア5……」

 

 お礼と共に、試験管の扉が閉められた。

 これにて、くるみとマネマネを巡る長い戦いは終局を迎えた。

 やがてここにカグヤが来る事になるのだが、それはあと数分後の話。

 


 

 屋敷の庭にて、ブンビーは新人にビンタを食らわせていた。

 新人は約4回目のビンタで、うっすらと目を開けた。

 

「おい! おいってばおい! 大丈夫か!? 新人!」

「え、ええ……私は、いったい何を?」

 

 新人は本当に何も覚えていない様子だ。

 ブンビーはしばらく腕を組んだ後「いろいろだ」と返した。

 首を傾げる新人を前に、ブンビーは遠くを見て話し出す。

 

「やり直せん事はないさ。一緒に、新しい道を見つけていこうじゃないか」

「……ええ。あなたが上司なのは、少し、いやだーいぶ頼りないですが」

 

 新人の軽口に、ブンビーの額に青筋が浮かんだ。

 

「言ったな! 相変わらず、生意気な奴だ! 報告書書くか!?」

「結構です! 私は定時後出社定時前退社がモットーなので」

「サボりまくってるじゃないか!! 息抜きは大事だが、抜きすぎも良くないぞーっ!!」

「分かってますよぉ〜」

 

 新人は手をひらひらと振りながら、先にスタスタと歩いて行ってしまう。

 ブンビーさんは怒りながら、彼の後を追いかけた。

 

「やっぱり、帰ったら報告書だーっ!」

 

 ブンビーカンパニーの忙しい忙しい1日は、これにて、幕を閉じたのである。




あと2話でおしまいです。
やってきやしょう。


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第十七話『最終決戦』

 これまでのあらすじを、春日野うららが説明しちゃいます! 
 マネマネのせいでドリーム達の夢の蕾の力が異常に使われていた事に博士が気がついちゃいました! 
 プリキュア5だけの力では夢の花の開花をさせられないと考えた博士は、東京全体から夢の力を奪ってしまったんです。
 しっかーも、夢の花を自分の物にしたいと、エゴエゴが博士を襲って! 新たなスーパービョーゲンズ誕生のピンチ! 
 けど、それに反対するカグヤちゃん及びキュアグレース達の奮闘で、プリキュア5は完全復活! 
 ヒーリングっど&プリキュア5連合チームは、エゴエゴからカグヤちゃんを取り返すべく、死闘に挑むのでした! 
 どうなる気になる第17話! 
 以上、現場からお伝えしました私、春日野うららと愉快な仲間達です! それでは、グランドフィナーレまであと少し! お楽しみ下さい! 


 人型形態に移行したエゴエゴは空中に浮遊しつつ彼の敵を見下ろした。

 迎え撃つはプリキュア5&ヒーリングっど♥︎プリキュア連合だ。

 

「エゴエゴ! 無敵! 最大! 最強!」

 

 夢の蕾の力を吸い尽くしたエゴエゴは、強大な威圧感を放っている。

 驚異的な圧力だ。

 だが、連合軍は気勢を上げて立ち向かう。

 互いにここまでの戦いの中で、消耗しきっている。

 決着が近いということは、誰の目にも明らかだった。

 睨み合いをすり抜け、駆け出したのキュアミントだった。

 ミントは飛翔し、空中のエゴエゴの頭上を捉える。

 

「はあっ!!」

 

 空中で体勢を整えた彼女が初手に繰り出した技はかかと落としだった。

 だが、エゴエゴはそれを難なく防御する。

 

「はっ! やっ! たっ!」

 

 矢継ぎ早に放たれる攻撃も、全てエゴエゴは捌く。

 その動きには一切の無駄が無い。

 ミントは空中で息を整えると、両腕をエゴエゴへ突き出した。

 両腕には、緑の蛍火が輝いている。

 

「プリキュア・エメラルドソーサー!」

 

 展開される緑の二対障壁。

 しかし、エゴエゴはそれをものともせず掌底で打ち砕く。

 

「ううっ……」

 

 衝撃はミントを突き飛ばし、地面に激突させ砂埃を上げる。

 本来ならそこで、ミントの攻撃は失敗で終わる……はずだった。

 

「まだまだです!」

 

 ミントは煙に紛れ地表から、エメラルドソーサーを投擲した。

 硬質な緑の盾がエゴエゴの視界を一瞬だけ塞ぐ。

 苦し紛れの一撃だ。

 エゴエゴはそう断じ、緑の盾を弾き飛すと同時に空を蹴り、彼女との距離を詰めた。

 だが、こまちのうちに秘めた攻撃性は、エゴエゴも読めなかった。

 

「はあああっ!!!」

 

 ミントの周囲を、高圧の空気が渦巻く。

 かつてハデーニャを吹き飛ばし、地形を変えた一撃。

 こまちは1年間の戦いの中で、感覚を掴んでいた。

 打つは一撃、当たれば昏倒は必至。

 

「何……ッ!?」

 

 守りの力を極端に凝縮させ、超濃度に圧縮されたミントプロテクションを、一瞬で解き放つ。

 エゴエゴの体内を突き抜けるは、守りの力を伴った、防御不可の一撃。

 その技の名は……

 

「プリキュア・エメラルドブレス!!」

 

 技の直撃を受け、エゴエゴの全身が切り裂かれる。

 空気の波に巻き込まれ、エゴエゴの体勢が崩れた。

 

「ぎいいっ!?」

 

 この一撃が、戦いの流れを変えた。

 地上へと落下するエゴエゴを、二対の光の鎖が捉える。

 

「プリキュア・プリズムチェーン!!」

 

 キュアレモネードの十八番、チェーンによる拘束だ。

 本来ならば敵を消し去る事もできるレベルの攻撃を、あえて拘束に使う。

 プリキュア5を勝利へと導いてきた崩し技が、今も、最大の難敵の身体を捕らえ得た。

 

「こんなもの……ッ!」

 

 引きちぎろうとするエゴエゴ。

 だが、先程のミントの攻撃の残存ダメージが、それを許さない。

 落下を続けるエゴエゴに、もう一人の光の戦士・キュアスパークルが襲いかかった。

 

「レモネードありがとっ!! そのまま捕まえといて!!」

「はい!! 絶対離しません!!」

 

 キュアスパークルが掴んだのは、プリズムチェーンそのものだ。

 ヒーリングステッキに雷のエレメントを装填する。

 

「電流チェーンデスマッチやっちゃうよっ!!」

「ぶちかましてやれ、スパークルッ!!」

 

 ステッキより生じた電流は、鎖を通り、エゴエゴの全身を駆け抜ける。

 電撃の極光が闇夜を眩く照らした。

 

「「プリキュア・ダブルサンダー! チェーンロック!」」

 

 エゴエゴの全身を電撃の鎖が縛る。

 だが、そこはエゴエゴ、力任せの一撃で鎖を引きちぎった、ら

 上半身は抜け出したが、下半身が縛られたままだ。

 

「やりますね、スパークル!」

「レモネードこそ!」

 

 エゴエゴの機動力は一気に削がれた。

 それはつまり、大技のチャンスという事だ。

 間髪入れず、動く二つの影。

 アクアとフォンテーヌだ。

 

「私達も負けてられないわね、フォンテーヌ!」

「はい! 行くわよペギタン!」

「了解ペエ! 氷のエレメントボトル!」

 

 ヒーリングステッキから展開された氷が空中で膜のように展開される。

 空へと舞うフォンテーヌ。

 その遥か上には、水の弓を構えたアクアの姿があった。

 

「プリキュア・サファイアアロー!」

 

 水の弦より放たれた無数の矢は、氷の膜を通り、氷矢となってエゴエゴに降り注ぐ。

 

「小癪なッ! エゴエゴにそんな物効かん!!」

 

 エゴエゴは反撃で衝撃波を撃ち放つ。

 衝撃波は氷矢を打ち砕き、アクアの胸を打ち、落下させた。

 天使の墜落。

 しかし、その中でも彼女は笑う。

 

「効かなくていいのよ。目的は、あなたの足だもの」

「何ッ!?」

 

 途中でエゴエゴに迎撃され、地面に落ちた矢は地面を氷結させた。

 電撃を浴びた下半身を、さらに氷結で固定する。

 回避は不能。

 ならば打ち込むは、超重量の一撃。

 彗星が、夜空を切り裂き訪れる。

 

「見舞ってやりなさい! フォンテーヌ!」

「はい!」

 

 フォンテーヌは、アクアを超え跳躍していた。

 月まで届かんばかりの跳躍。

 成層圏を超え、宇宙間近まで……彼女はそこから、さらに氷のエレメントボトルを使って足場を作り出し……今度はそれを蹴り地へと加速した。

 目指すは一点、怨敵の頭部。

 放たれるは、限界のGが乗った()()()()()()

 

「プリキュア・アイシクルストンプ!」

「エ……ッッッッゴォォッ!?」

 

 この世で予想される、最も威力の高い()()()()は、地面を抉り、エゴエゴの頭部を揺らした。

 

「凄まじいわね」

「アクアこそ!」

 

 間髪入れずルージュが攻勢に出る。

 アースがそれに追従した。

 

「はああああっ!」

「やあああっ!」

 

 エゴエゴは頭をふらつかせながらも、それらの攻撃を防御し続けた。

 固いブロックを、2人の攻撃は崩しきれない。

 

「お前達の攻撃、エゴエゴには効かない!」

「そんなの、やってみなきゃ分かんないでしょ!」

「私たちは、何度も不可能を可能に致しました。今回も、そうするだけです」

 

 先程の一連の攻撃と比べれば、小休止にも近い単調な攻撃。

 それは、エゴエゴに思考の猶予をもたらした。

 否、考えてしまったのだ。

 

「何故逆らう? 何故自分のために戦っていけない? お前達は不合理だ」

「あんたには分からないでしょうね。誰かを助けるために、命までかける人の気持ちは」

「人を治したいと頑張る、お医者様の気持ちも!」

「分かる理由もない。どっちも同じ、頭の悪い考え方だ!」

 

 エゴエゴは掌底で2人を弾き飛ばした。

 しかし、それでも遅い。

 思考が遅れを生み、遅れが命を脅かす。

 

 結果、二人の攻防は、エゴエゴに数秒の隙を生んだ。

 その隙を狙って、桃色の極光が飛び込んだ。

 

「違う!」

 

 飛び込んだのは、グレースとドリーム。

 隙の無い、徒手空拳による打撃が、エゴエゴのガードを打ち崩す。

 

「博士は、カグヤちゃんのために頑張ってた! 自分が褒められるためだけに頑張ってたエゴエゴとは違う!」

「サレナさんの夢を、これ以上邪魔させない! 東京のみんなのためにも! カグヤちゃんのためにも!」

 

 想いが、圧倒的戦力差を弾き飛ばした。

 足を止められ、腕を弾かれ、考えを与えられ。

 エゴエゴは、鈍っていた。

 

 グレースは一呼吸の後、エゴエゴを睨みつけた。

 

「実りのエレメントボトル!」

 

 ドリームもまた、同じであった。

 

「ココ!!」

「了解ココ! ドリームに力を!」

 

 生まれるは双剣。

 ヒーリングステッキと、クリスタルフルーレ。

 桃の双剣が、交錯する。

 

「「プリキュア・クリスタルグレース!」」

 

 想いが生み出した二つの剣閃が、エゴエゴの胸を切り裂いた。

 見えるカグヤの顔……助けてと願う、幼気な少女の表情。

 グレースは手を伸ばした。

 だが、エゴエゴの強さもまた遥か高みにある。

 思考を外れた精神力が、彼の胸を修復した。

 

「エゴエゴ! こいつら、おかしい! エゴエゴの方が、絶対に強いはずなのに!」

 

 エゴエゴは両腕を力任せに振るった。

 デンプシーロール、反射のみで行われる暴力の災害だ。

 グレースもドリームもそれぞれ一撃を喰らい吹き飛んだ。

 アクアが施した足元の拘束が、衝撃により解ける。

 

「うおおおおおっ!!!」

 

 エゴエゴは吠えた。

 己を否定する者達へ向けて、吠え続けた。

 


 

 神も恐れる戦場を前に、我修院サレナは嘆息した。

 光と衝撃の舞うこの戦場ですら、彼女にとっては後悔の場であった。

 

「真の愚かなのは私か。信じるべき人を疑い、最も信じられない存在を信じた」

 

 彼女の手には、一本の注射器が握られている。

 ビョーゲンズの細胞を溶かし尽くす薬品。

 ガラス瓶の中で揺れる数mgの液体こそが、全てを終わらせるマスターピースだ。

 

「私は救われなくてもいい。だが、カグヤだけは助けてみせる」

 

 サレナは、一歩を踏み出す。

 全てを終わらせるための一歩を。

 

 だが、何と不運なことか。

 エゴエゴの咆哮により舞い散った無数の岩の一つが頭上に接近していた。

 己を襲う運命を予感し、博士は目を瞑る。

 だが、大岩を打ち砕く者があった。

 ミルキィローズだ。

 彼女もまた、復活していたのだ。

 

「大丈夫よ。あなたは私が守るから」

 

 ミルキィローズ、博士を守るように立ちはだかる。

 二人の前には、最終形態エゴエゴに挑む9人の戦士達の姿がある。

 

「私は、思い違いをしていたのだな」

 

 博士は乾いた笑いを漏らした。

 

「彼女達は、仲間を信じる事で強い力を発揮している。私は一人でやろうとした。どれだけ能力があろうと、一人で出来ることには限界があるというのにな」

 

 ミルキィローズは笑った。

 それは、仲間を見つけた小動物の笑みだ。

 

「その気持ち、わかるわよ」

 

 博士の孤独は、自身の孤独。

 理解されない孤独。

 理解してもらえない孤独。

 頑張って頑張って、説明して教示して、それでも分かってもらえない。

 だから、説明を諦めた。

 心を閉ざした。

 でも……

 

「私も、自分が一人きりだと思っていたの。誰も私の事を分かってくれない、信じてくれないって……」

 

 この目の前の少女は、それが分かるというのか? 

 会って間もないこの少女が、私というパズルを解けるのか? 

 無理だと思っている。

 反面期待している自分がいる。

 正しいのは、どっちだ? 

 

「でもね、あなたが辛いと思っている事は、きっと誰かに伝わっているはずよ」

「カグヤ、以外にもか」

「そうなんじゃない? だって、初対面の私がわかるくらいだもん」

 

 そうか、分かるのか。

 自分と似た苦しみを、相手に重ねて理解する。

 理解の方法は、それしかない。

 この子にもいたのか、カグヤのような存在が。

 

「まだやり直せるわ。私も、たったさっきやり直したんだから」

「分かった。なら、私も、カグヤを守ろう。私なりのやり方で……」

 

 博士はマスターピースを手に、立ち上がる。

 一度だけ、プリキュアを信じてみよう、と。

 


 

 エゴエゴは息切れを起こしていた。

 カグヤの力を使い再生するのはいい、傷はそれで良い。

 だが、休むことのない攻撃の嵐に、息を整える暇が無いのだ。

 彼に残された時間は少ない。

 だが、それは同時に、胸の内のカグヤに残された時間が僅かであることを示していた。

 

「お前達、もう許さないぞ! 消し飛ばしてやる!」

 

 エゴエゴの口内に強大なエネルギー派が収束する、ら

 かつてキングビョーゲンが行った収束が、小口径に凝縮される。

 

「エゴエゴレーザー!」

 

 放たれるは濃紫の熱戦。

 鉄骨すら溶かす、病の結晶光線である。

 

「ぷにシールド連結!」

「プリキュア・エメラルドソーサー!」

 

 3連結のぷにシールドと、エメラルドソーサーがそれを防いだ。

 盾から漏れた線が、瓦礫を砕き、夜の星空を彩る。

 盾の解除と同時に、ドリームアタックとファイアーストライクが隙間から飛び出した。

 不意をついた一撃だが、エゴエゴはそれらを両腕で受け止める。

 

「無駄無駄無駄! エゴエゴにはどんな攻撃も効かない!!」

 

 余裕のエゴエゴ。

 だが、次の瞬間、その表情は大きく歪んだ。

 

「今、何をした……」

 

 エゴエゴが振り返ると、そこには我修院サレナの姿があった。

 マスターピースはその手にはない。

 嵌め込まれたのだ。あるべき場所へ。

 

「お前の中枢細胞を破壊する特効薬だ。これで、お前のビョーゲンズ細胞は破壊される!」

「博士……」

償いなら受ける。だから頼む……カグヤを、返してくれ……」

 

 体勢を崩したエゴエゴは、博士へと縋った。

 だが博士は逃げた……プリキュア達の元へ。

 

「何故そこまでする? こいつはお前の娘じゃない。ただの精霊だ」

「カグヤは、私の娘だ……。たとえなんと言われようと! 諦めてくれと言われようと!」

 

 博士は叫ぶ。

 声のかぎり、心のかぎり。

 

「娘の命を諦める母親がどこにいる!!」

 

 エゴエゴは、その時初めて、心がズキリと傷んだ。

 その気持ちの正体は、彼には分からない。

 だがその痛みは、確かに彼の心に存在した。

 

「エゴエゴだって、お前の……」

 

 吹き飛ばされた博士を、ミルキィローズが回収する。

 彼女の命に別状は無い。

 ミルキィローズは、ヤンチャっ子を見るような目で博士を見た。

 

「無茶するじゃない、博士!」

「楔は打ち込んだ……っ……終わらせてくれ……プリキュア!!」

 

 ミルキィローズは固く頷いた。

 そこには、一切の迷いも無い。

 溢れんばかりの希望が、その笑顔に詰まっていた。

 

「もちろんよ!」

 

 細胞を破壊されたエゴエゴは空中で荒れ狂う。

 カグヤの残り時間はあと少しだ。

 グレースとドリームはお互いの手を重ね合わせると、合体変身の構えを取った。

 それに合わせ、ローズも変身の構えを取った。

 彼女の持つゆめペンダントが眩い光を放つ。

 

「トリプルローズ・トランスレイト!」

 

 三つの冠が一つとなり、ローズの身体が光に包まれた。

 現れるは、純白のドレスを身に纏った戦士、ココナッツミルキィローズだ。

 

「ココナッツミルキィローズ!」

「ドリームキュアグレース!」

 

 3人の戦士が今、エゴエゴと向かい合った。

 両者の戦力は互角……これが、最後の決着になるだろうと、皆は固唾を飲んで見守る。

 先手を取ったのは、エゴエゴだった。

 

「エゴ・レーザー!!」

 

 残ったビョーゲンズの細胞をかき集め、極限まで濃縮した必殺の光線が3人へと放たれた。

 だが、その一撃は、ミルキィローズの放つ眩い光の前に砕け散る。

 

「何!?」

「残念! パルミエ王国の光は、あなたのような身勝手な光には消せないわ!」

 

 3人は己の剣の鋒を合わせ、エゴエゴを睨みつけた。

 4本の剣が、今同じ方向を向いている。

 

「「「三つの花の力を、今一つに! プリキュア・アメイジング・シャイニング・スカイグランドブリザード!」」」

 

 3人の放った光線は巨大な3輪の薔薇となり、エゴエゴの守りを容易く打ち破った。

 光はカグヤを救い出し、夜空へと消えてゆく。

 

「これが、人を信じる心か。最初から知っていれば、エゴエゴも……」

 

 エゴエゴは光に飲まれてゆく。

 最後に彼が見た景色がなんだったのかは、分からない。

 だが最後に彼が耳にした言葉は……

 

「お大事に……」

 

 間違いなく、長く戦ってきた自分への、労りの言葉だった。

 


 

 さて、そのあとグレースさんが東京のみんなに呼びかけた事で、消えかけていたカグヤちゃんは無事復活しました! 

 いやー、すっごい奇跡! 

 後は、エゴエゴもさりげなく生きてたり、夢のクジラさんも小さくなったり、色々ありました。

 さて、皆さん! 

 そろそろグランドフィナーレですよ! 

 

 上りくる朝日。

 皆が笑顔。

 今日は素敵な誕生日。

 

「お母さん! 大好きだよ!」

「ありがとう……カグヤ!」

 

 もう親子の笑顔を阻むものはない

 親子を守った幼い騎士は、笑顔で二人を見守っている。

 

「カグヤちゃん! お誕生日おめでとう!」

 

 彼女達の名はヒーリングっど♥︎プリキュア。

 夢のために、地球をお手当てするために、戦う。

 ただの中学生とその仲間達だ。

 


 

 はーい! 

 おしまいおしまい! 

 え、ミルクから重大発表あるって? 

 えーっ!? 

 なんですかなんですか? 

 

 ミルクは、皆にココナッツミルキィローズの事を話した。

 今回の変身はゆめアールの力だが、いずれ現実にしてみせると。

 そして、次の一言が皆を驚かせた。

 

「私、パルミエ王国のお姫様を目指す事にしたの」

 

 その突飛な発言に、りんとうらら、かれんの顔が引き攣った。

 くるみは頬を赤く染め、続ける。

 

「そのためにも、まずはとっととお世話役に昇格するわ。頑張って頑張って、絶対なってみせるんだから」

「すごい……なれるといいね! お姫様!」

 

 くるみはのぞみを、おかしな目で見つめた。

 のぞみはキョトンとした表情をしたままだ、

 

 

「……?」

「はいはいのぞみこっちこっち〜」

 

 りんはのぞみを引っ張り瓦礫の外へと連れてゆく。

 こまちもかれんに連れられ、その後について行った。

 

「いいの? お姫様になるって、くるみがアンタのライバルになるって事だよ」

「えぇ!? どうして?」

「のぞみさん、それはね……」

 

 数秒後、戦場跡地に絶叫が響き渡った。

 

「ぅえぇ────────っ!? くるみも!? ココのことが……?」

「いや、今更気づいたの……」

 

 戻ってきたのぞみはまだ驚愕の表情だ。

 りんは呆れ、こまちは笑っている。

 

「流石のぞみさんね。くるみさんも大変そう」

「こまち? 他人事じゃないのよ。姫になるだけなら、ナッツの可能性もあるんだから」

「えっ!?」

 

 こまちは驚愕に表情を歪めた。

 そのリアクションに、りんも呆れ顔だ。

 

「いや気がついて無かったんかい」

 

 こまちは凄まじい表情でくるみを睨む。

 くるみはその凄まじさに数歩後退した。

 それ程に鋭い目つきであった。

 

「くるみさん? そんな事、しないわよね?」

「あ、いや……その、どっちのお姫様を目指すかは、未定、というか……」

「く・る・み・さん?」

 

 等速直線運動ですり寄ってゆくこまちを、かれんが引き止める。

 

「はいはい、こまちその辺りにしなさい。人の恋路を邪魔すると、馬に蹴られるわよ」

「でも、邪魔してきたのはくるみさんの方よ?」

「まぁ、そうだけど。ほら、恋の先輩として、ね」

「か・れ・ん?」

 

 視線だけでこまちはかれんを釘付けにした。

 かれんの頬を、冷たい汗が伝う……

 そんな彼女達の元に、天真爛漫な少女が顔を出した。

 

「あれ、プリキュア5のみんな! 楽しいお話ですか〜?」

「あー、ちょっとひなたさん? こっち来て下さい? 今行かない方がいいです……」

 

 戦慄した空気の中、明るい声がそれを切り裂く。

 のぞみの声だ。

 

「じゃあ、ミルクもこまちさんもライバルって事で、ココとナッツのハート争奪戦! やるぞー! けって──い!!」

 

 のぞみの明るい提案に、いつもの明るい空気が戻った。

 ココもナッツも笑っている。

 

「ふふ……全く、敵わないわ……のぞみには」

「本当。絶対、負けないんだから」

「えへへ!」

 

 かくして、プリキュア5の……いや、美々野くるみの夢を巡る物語は終着を迎えた。

 大東京にて花開いた大きな夢。

 その夢の行き先は、何処になるのだろうか。

 それはまだ、誰にも分からない。

 




これにて本編は終幕!
後はエピローグだけです!


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エピローグ

有終の美を飾りましょう。


お誕業日会の夜。

カグヤとプリキュアの皆は、散々に騒ぎまくった後、駒沢公園でパーティを開催していた。

会場にはテントが設営され、客席はゆめアール使ってた客で大盛り上がりになっている。

壇上に春日野うららが登壇した。

観客席から盛大な拍手が上がる。

 

「それでは、プリキュア5&ヒーリングっど♥︎プリキュア&ゆめアールプリンセスカグヤの大コンサート大会を始めます!」

 

司会の開会宣言に合わせ、ステージ上でビーズの人形達が水流と花吹雪に合わせて踊り狂う。

素晴らしいパフォーマンスに、会場は大盛り上がりだ。

 

「わぁっ!!あの時のコンサート!!」

 

最前列席のカグヤは手を叩いて大喜びしている。

となりでは、あすみとかれんが優雅にお菓子を口に運んでいる。

 

「りんのビーズ人形に、ちゆさんの水流劇……壮観とはこの事ね。あの花弁は……のどかさんかしら」

「はい。ちなみに、ひなたはデザートを食べ過て、ハライタです」

「ふふっ。あの子らしいわね。何にせよ、お誕生日会のサプライズ、間に合ってよかったわ……」

「本当です。計画を持ちかけられた時は、とっても驚きました」

「あすみさん。手伝ってくれてありがとう。今日は楽しみましょう!」

「はいっ!」

 

やがて、演出が止んだ。

観客に手を振っているうらら。

そしてそこにはもう1人の影があった。

 

「司会はこの私、春日野うららと……!?」

「新聞部の増子美香が務めさせていただきまーす!」

 

増子の登場に、かれんは目を丸くした。

客席に戻ってきたのどかとちゆは、頭上にはてなマークを浮かべている。隣にいるりんは、頭を抱えていた。

 

「誰あの人……?」

「どことなーく益子君に似てるような……?」

 

増子はノリノリでマイクを握りしめている。

隣にいるうららも若干引くほどの盛り上がりようだ。

 

「それではまず、初めの演目!5つの王国のみんなによる、ローズガーデン音頭ッ!!」

「ちょっとぉ!マイク返してくださいよぉ〜」

「それでは、国王の皆様!おいでくださーい!」

 

増子の暴走は止まらない。

そんな彼女の様子に、かれんとりんは目を細めため息をつく。

 

「増子さん、意味わかって読んでるのかしら」

「ありゃノリに乗ってるだけですよ。ほら、最近全然出番なかったし。画面に映れて嬉しいんでしょ」

 

りんの発言に、増子はギュンとその首を向けた。

ロボット並みの集音性である。

 

「そこ、メタ発言禁止ッ!」

 

りんは両手をあげて降参した。

 

「あれ、こまちさんは?」

「くるみを探してるみたい。恋敵はしっかり監視しなくちゃって」

「おーこわ。くるみも大変だこりゃ」

 

やがて第一演目が終わった。

会場は大盛り上がりだ。

続けて、増子が第二の演目を読み上げる。

 

「続けまして、第二の演目はこちら!プリキュアのプリンセス達による、舞踏会!」

 

増子が手を大きく挙げると、会場から桃の花びらが吹き出した。

花びらはキラキラと輝き、七色に夜空を彩る。

 

「わぁ!!」

 

その美しい光景に、カグヤは目を輝かせた。

出てきたのは、ドレス姿のドリーム、ミルキィローズ、ミント、グレースの4人だ。

そこに、カグヤも加わる。

 

「それでは、お姫様の皆さんは、王子様とペアを組んで下さい!」

 

増子の号令の元、プリキュア達は歩き出す。

ドリームは、小々田の元へと歩き出し、ミントは夏の元へと駆け出した。

相手がいないローズは、不安げに周囲を見回している。

そんな彼女の手を、かれんがそっと掬い上げた。

 

「踊りましょう。お姫様」

「……いいの?私で」

 

かれんは微笑を浮かべた。

くるみの頬がぽおっと赤くなる。

 

「当然じゃない。お姫様と聞いて、あなた以外に思いつかなかったわ」

「ふふっ、何だか可笑しい!かれん、とってもきれいに見える」

「きっと、夜のせいよ」

 

かれんはその場に跪くと、くるみの手の甲にそっと口付けした。

赤くなっていた彼女の頬が、さらに紅潮する。

 

「焦る事は無いのよ。あなたが王子様の心を射止めるまで、チャーリーと一緒に守ってあげるわ」

「うん……」

 

二人は手を繋いで壇上へと駆け上がる。

会場から盛大な拍手が巻き起こった。

 

「かれんが王子様なら、楽なんだけどね」

「ふふ……私もよ」

 

ゆったりとした曲に合わせ、二人はワルツを踊り始めた。

そんな中、グレースはちゆの元へと歩み寄っていた。

 

「私で良かったの?」

「うん!ちゆちゃんが王子様なら、私、お姫様やってもいいなって」

 

側では、ヒーリングアニマル組もドレスアップしている。

 

「ちゆ、すっごいゆるい顔してるペエ」

「ペギタンも、ラビリンと踊るラビ?」

「……遠慮しておくペエ」

「ラビィ!?なんか腹立つラビ!!」

 

プリキュア達が次々と相手を見つける中、カグヤは、お母さんの元へと駆け寄った。

 

「舞踏会……私に見せたかったものというのは、これか?」

「うんっ!一緒に踊ろう?」

 

カグヤの誘いに、博士は涙を拭い笑顔で頷いた。

 

「……あぁ。一緒に踊ろう」

 

そんな彼女達を影から見つめる者があった。

ひなただ。

明らかにお腹が出ている。

顔色も悪い。

 

「私もやる!うっぷ……お、お姫様役!」

 

そんな彼女を、ニャトランが引っ張って止めている。

 

「無理すんなひなた。今踊ったらリバースすんぞ。ほら、後で俺が踊ってやるから」

「やだ!ニャトランの腹踊りもう見たく無い!」

「ニャ!?ニャにおう!!」

 

何やかんやで舞踏会が始まった。

各々が好きな相手と好きな踊りを踊る。

カグヤと博士の表情は、喜びに満ちていた。

 

「舞踏会、楽しいな!」

「うんっ!」

 

夜は深け、舞踏会は白熱する。

大都会、山も海も見下ろす摩天楼の大森林。

木々に覆われた小道を抜け、競技場の門を叩けば、

そこから先は夢の国。

ここは、ゆめが現実になる街、東京。

 

「ありがとう!ドリーム!グレース!」

「「どういたしまして!」」

 

笑い合うグレースとカグヤ、そしてドリーム。

プリキュアのみんなは、それを見守っている。

こうして、カグヤ姫はプリキュア達と、楽しい楽しいコンサートをしましたとさ。

めでたしめでたし。

 


 

コンサート近くの広場では、のぞみが芝生の上に寝転がっていた。

そこに飛翔する、巨大な黄色の鳥があった。

手紙屋のシロップだ。

手にはカステラを持っている。

パーティ会場からくすねて来たらしい。

 

「もうすぐ、うららのコンサートだってよ。行かなくていいのか?」

 

シロップの誘いに、のぞみは首を振った。

彼女の手元には、小さくなったエゴエゴがいた。

 

「うん……この子が、寂しそうにしてたから」

 

エゴエゴはふるふると身を震わせている。

そこに、プリキュア達を襲った悪意は既に無かった。

 

「エゴエゴは、我修院博士に作られたんだって。なら、この子も博士の子供なんだよ」

「そうだったのか。それにしちゃ、あんまし似てないな」

「あははっ!確かにそうかも。でも、いつか、みんな仲良くできたらいいな」

「なれるよ。多分な」

 

シロップは夜空を眺め、そうつぶやくいた。

自分の過去を重ねているのだろうか、口元には微笑が浮かんでいる。

やがて、彼は何かを思い出したかのように目を開けた。

 

「てか、さ。なんであんな事書いたんだよ?」

「え?何の事?」

 

のぞみは目をパチクリさせる。

本当に何の事か分かっていない様子だ。

シロップはため息と共に、懐から2通の手紙を取り出した。

それは、夕暮れの公園でミルクが読んでいたあの手紙だった。

 

「これの事。お前、博士の屋敷から出してたろ?」

「え?何かおかしい所あった?」

「いや、結局ミルクはお前の事助けに行ったからいいけどよ。あんな書き方したら、もしかしたら逃げちまうかも知れなかっただろ」

 

のぞみはキョトンとしている。

何を言ってるのかわからないと言った表情だ。

 

「いや、俺がミルクの奴を焚き付けられたからよかったけどよ。そうじゃ無かったら、アイツそのまま逃げて……」

「……もしかして、最後まで手紙見なかったの?」

「え?」

 

のぞみ、安心したように笑った。

シロップは訳もわからず、手紙と彼女の顔を見比べる。

 

「ああやって書けば、ミルクは絶対来てくれるって思ったんだ。だから、私、何も怖くなかったんだよ」

「……ちょっち、もう一回手紙読むわ』

 

シロップは持っていた手紙をに目を走らせた。

あの時メルポに届いた手紙は思いの手紙。

こちらは、それを読み上げるのに使った原本だ。

 

『ミルクへ

昨日はごめんなさい。これを読んでいるという事は、私のお手紙、届いてるって事だよね。心配しないで。私は無事です。

くるみがいなくなった後、いろんな事があったんだよ。エゴエゴが頑張って、私の夢の蕾だけ取り返してくれたり、博士と一緒にみんなを起こそうとしたり。けど、ダメだった。私はこれから、エゴエゴと博士、二人と力を合わせて、マネマネと戦います。本当だったら、ヒーリングっど♥︎プリキュアのみんなが力を貸してくれたら嬉しいなって思うけど、ここからじゃ声も届かないし、私が頑張らないと。私が言いたいのは、その後のこと。落ち着いた時に、読んでください。私はカグヤちゃんに夢の蕾をあげようと思います。夢の蕾がなくなったら、私達はたくさん眠ってしまうみたいです。私は寝坊助だからちゃんと起きれるか、心配です。くるみには、いーっぱい!それこそ数え切れないくらい、助けてもらいました。次会えるのはいつになるか分からないから、今のうちにお礼を言っておきます。今までありがとう……』

 

シロップがあの時読んだのはここまでだ。

だが、手紙にまだ余裕がある。

 

「あれ、続きがある」

 

シロップは続きの文に目を走らせる。

そこには、彼の知らない文章が記されていた。

 

『くるみに一つ、お願いがあります。昨日、カグヤちゃんから聞きました。お母さんと誕生日を迎えたい。けれど、もし私のためにお母さんがひどい事をしようとしているなら、それを止めてほしいって。だから、もし私が眠った後、博士が悪い事をした時は、くるみが止めてあげて下さい。くるみなら心配ないと思います。だって、くるみは私達の中で一番、夢に向かって頑張っているから。マネマネはくるみの夢を小さいって言ったけど、そんな事ないよ。私達は、しばらくは大丈夫。だから、もしもの時は、カグヤちゃんを助けて……』

 

残りは後一行ほどだ。

そんな時、ドドドドと激しい音が彼の鼓膜を揺らした。

シロップが顔を上げると、そこにはこちらに向かって走ってくる、くるみの姿があった。

 

「シロップーッ!!」

 

くるみは鬼の形相だ。

どうやって手紙の事を察したのだろうか。

シロップは慌てて鳥の形態に戻ると、大きく羽ばたいた。

 

「乙女の手紙を盗み見るなって、言ってるでしょーがー!!」

「えぇーーーっ!?」

 

くるみは飛ぼうとするシロップに飛びかかり、その身体を地面へと叩き落とそうとする。

シロップはなんとか身体を横に振り、バランスを取ろうとする。

 

「何すんだよ!?」

「何すんだよじゃ無いわよ!アレほど手紙読むなって言ったのに!あんたそれでも運び屋!?」

「別に読んだっていいだろ!お前がキツネ野郎やられそうになってた時、助けてやったじゃないか!!」

「それ言うなら、私達はアンタがキュアローズガーデンに行くの助けたでしょ!!おあいこよおあいこ!!」

 

二人は組み合いながら手紙の奪い合いをしていた。

手紙の1通が風に揺られのぞみの元へと飛んでいった。

二人はそれに気が付かず、喧嘩を続けている。

 

「それは前の話だろ!!」

「恩に前も後ろもない!」

 

追いかけっこしながら離れてゆく2人を、のぞみは微笑み見送る。

手には、あの手紙が握られていた。

最後の一文には、こう記されていた。

 

『もしもの時は、カグヤちゃんを助けて……』

 

ドリームは満足げに、笑みを浮かべた。

 

『必ず私の事、起こしに来てね キュアドリーム』

 

ありがとう、ミルク。

私の、最高の友達。




ストロングワールドエンド。
これにて完結です。
長らくお付き合い頂き誠にありがとうございました。


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