ストレンジマンション (セキャーン)
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1――出会う階

 書いてみて思いました。
 アラマン、題材が良いのは勿論なのですが、いざ自分で手を出してみると凄く難しいタイプだ。

 ネタは浮かべど、意識せずに書き起こすとクドくなりがちな書き癖なんです。


「着いたか。さて、この階は……」

 

 

 エレベーターが到着ベルを鳴らした数瞬後、扉が開きはじめる。

 

 この怪異はびこるマンションを解き明かすべく、わざわざ移住して探索を始めて早半年。

 休息と日雇い以外の殆どを探索にあてているが、未だに2割も解明出来ていないのだろう。

 

 とにかく此処は衝撃の連続だ。

 外界で偶然このマンションについて知った時。

 移り住もうと画策して家賃の安さを知った時。

 そして、興味を惹かれた本質である“怪異”が、現実として存在すると思い知らされた時。

 

 

「明かりも十分。バールとナイフも新調したし……役に立つかはともかく……」

 

 

 前回の探索時に装備がいくつかおシャカになった事を改めて思い出して、苦笑いをした。

 何のひねりも無く、単純な化け物に襲われるタイプの階から逃げる為にナイフとバールが犠牲になったのだ。

 比較的珍しく、物理的に影響を与えられるタイプだったのだが、それがイコールで倒せるとは限らないものだと、あの時は一瞬で胆が冷えた。

 ナイフで切りつければ刃こぼれして、突き立てたら折れた。

 閉じようとしていたエレベーターの扉をバールでこじ開け、逃げ込んだは良いがバールはフロアの側へと落としてしまった。

 

 

「ふむ、フロアの明かりは点いてるタイプか。というか、ただの広間か?」

 

 

 過去に耽るのも程々に今回たどり着いたフロアの探索を始める。

 程よい広さや天井から吊るされた明かり、テーブルやイスが並べられている様子は、まるでファミレスのホールのようだ。

 実際、大型の鞄を装備した中年男性や、マンション内でしょっちゅう見掛ける三人組のオオカワウソ達、他にも探索勢であろう装備をした者達が議論している。

 考えているだけでは埒が開かないので、警戒はしつつ大テーブルへと近づいて、声を掛けた。

 

 

「ハハハ。お? 新入りか?」

「新入りか? でもコイツ最近何回か見掛けるぞ? ハハハ」

「じゃあ探索は新入りじゃないな! ここには新入りだ! ハハハ!」

 

 

 もはや名物の様な掛け合いと声の大きさに頭痛を感じつつも、少なくともこちらに害をなそうとする様子は無いので、依然として警戒はしつつ近くのイスに腰掛けて改めて話しかける。

 

 

「はあ……。取り敢えず怪異では無さそうだが。ここがどんな階なのかわかるか?」

「おー? “わかる言葉”だ! ハハハ、よかった!」

「言葉がわかるぞ!! ハハハ!」

「あっちのオッサン達は言葉がわからん! わからんオッサンだ!」

 

 

 オオカワウソ達が笑いながら他の探索者を指差す。

 各階の壁やエレベーターにある書き込みは基本的に英語のものが多い。

 実際その探索者達と話した事もあるが、自分の英語力は日本人の平均程度な為、流暢な会話は難しい。

 ヒトと比較して知能が低めな者が多いフレンズな上、日常会話で英語を使うことも無い為に、探索者達の言葉はわからないのだろう。

 

 

「あぁー……ヒトは言葉が色々あるからな。単語とか短文なら少しはわかるが……」

「ハハハ! じゃあアイツらの言ってる事を教えてくれ」

「私たちも2回目くらいなんだ! わからん!」

「ハハハ!!」

 

 

 ふむ、このフロアは交流が出来る様な造りだが、如何せん言葉が通じないので前提が崩壊しているのだろう。

 自分としても情報収集が出来るのは願ってもないので、促されるまま探索者達の下へと行き、たどたどしい英語で現状を伝える。

 

 

「――――――」

「えっと……プリーズ、ライト」

 

 

 相変わらずナマの会話だとパンクするので、ペンのジェスチャーをしながら“書いてほしい”と言ってみた。

 それで合点がいった表情になり、部屋の中央の大テーブルとエレベーター近くの壁に何かを書きはじめた。

 今の様子から察するに、この人達もここに来たのは数回目で、今回初めて“書き置き”を残すようだ。

 

 

DON'T FORGET AGE !!

DON'T DO ANY HARM !!

 

 

 書かれたのは、そんな2つの短文だった。

 自分達の目の前に書かれたものを面白そうに眺めながら、オオカワウソがこちらへと視線を向ける。

 地図係らしい1人は形をそのままメモしている。

 

 

「なんだこれ?」

「わからん! お前読め! ハハハ!」

「ふむ……年を……いや、『時代を忘れるな』と『危害を加えるな』か?」

 

 

 探索用にと持っておいた英和辞典と睨み合いながら、おそらく伝えたいのであろう意味を読み解いたものを伝えた。

 

 

「ジダイ? あれか、今が何年とか何日とかか?」

「ハハハ! 忘れるわけ――ハハ? ……おい、地図!」

「――!」

 

 

 何かを察したかの様にオオカワウソ達が慌てて紙束を漁りだした。

 同時に自分も、異様な不安を覚えて携帯端末や手帳を取り出し、腕時計の確認もする。

 他の探索者もテーブルに集まり、言葉が通じないながらも共有をはじめた。

 

 

「じゃあ確認だ。まず俺は2021年の6月20日」

「私たちは2021年2月20日だ」

「2015,11,23」

「2030/9/1」

「2006、12、8」

 

 

 チーム毎の中でズレは無いようだが、各チームから集められた年月日を書き起こして並べて、驚愕した。

 自分ひとり、オオカワウソチーム、中年ひとり、男2人組がふたつ。

 全部で5つのチームが集まっているが、そのすべてが“全く違う時”から来ている事がわかったのだ。

 自分とカワウソ達の様な多少のズレから、明確に過去、果ては未来から来ているチームまである有り様だ。

 更に先ほど書かれたヒントから推察するに――

 

 

「この階は時代を越えて探索者が集まる。そして悠長にし過ぎると自分が“いつ”の者なのかを忘れていく」

「ハハハ、忘れたら帰れなくなって取り込まれるってタイプか?」

「多分な。実際にあのチームの知り合いの装備一式をここで見つけたらしいが、その本人を全く見掛けなくなっているそうだ」

 

 

 ――男2人の内の1チームが、そんな事があったと教えてくれた。

 携帯端末を取り出してふと今更気づいて、翻訳アプリを使い出したのである程度楽になったのだ。

 ともあれ、メモ等は見つけられなかったらしく、詳しい事はわからないらしいが。

 それからも情報を纏めつつ、もう一つのヒントについて話す事にした。

 

 

「危害を加えるな、という方だが。これは……説明が長くなるな」

「ハハハ、いいから話せ」

「勝手に理解して纏めてやる! ハハハ!」

 

 

 地図係のオオカワウソや他の探索者がメモを広げつつ、自分の方を向き催促してくる。

 言葉の橋渡しが出来るからか、いつの間にか纏め役になっていた。

 苦笑いしつつも、荷物からペットボトルの蓋を5色それぞれ2個取り出して、各チームに見立てて説明を始めた。

 

 

「まず、このフロアそのものが“いつ”なのかは、この際考えない。無駄だからだ。強いて言えば『それぞれの認識の通り』としか言えない」

 

 

 適当なペン等の棒で囲いを作り、このフロアに見立てる。

 その内側に各色の蓋を置き、自分達はここに居ることを示す。

 なお、色付きの蓋は先の通り各々の手元にも1つ残っている。

 

 

「そして複雑だが……確かに今この場には居るが、同時に“元の場所”にも居る、ということだ」

「お? あー。ボトルわかるか?」

「あー? アレか、お前にとっては6月だが私たちは2月だ。ここが“いつ”だろうとそれは変わらん」

「そうだ。仮にここが6月だとすると、お前達は『まだ来ている筈がない』。仮に2月なら『俺はその時ここに来ていた憶えはない』。事実、今年のその日は外で仕事だった」

 

 

 言っている事は単なる事実確認なのだが、怪異が交わると途端に散らかり出す。

 探索者も無言でガリガリとペンを走らせ、地図係も独特な文字らしきものを書いている。

 

 

「で、だ。そういう時間云々の面倒な状況を、娯楽や思考実験だと『パラドックス』とか言うんだが、このフロアはそんなものはお構い無しらしい」

「パラドックス! なんか前にテレビで視たな! 自分が消える奴だ!」

「ああ、いわゆる『親殺し』とかの分類だな。それに関連して、ここからが重要」

 

 

 オオカワウソ役の黒い蓋を、自分役の緑の蓋へと近付けて、そして自分役の蓋にナイフで軽く切れ込みを入れてみた。

 

 

「さて、蓋で見立てているが、実際の生身に危害を加えた場合だ」

「あ? これって普通逆じゃないか?」

「要するに、お前が私たちを切りつけたりすれば、それが巡ってお前の6月の私たちにも傷がある――とか、そんなんだろ?」

 

 

 普通に考えたら、別時間のものに影響を与えられるとしても、“過去”に与えた方が影響は大きくなるだろうし、波及の確認も容易だろう。

 そもそも“未来”の認識下で生きているなら、影響があってもそれ以降はそのまま認識が続いていく筈だ。

 

 

「普通はな。ここで重要なのは、『このフロアは互いにとっての時間軸』で『他人の時間軸は別に確固として在る』ということ。つまり“元の場所にも居る”、それぞれの蓋は手元に“も”あるだろう?」

 

 

 そう言われ、オオカワウソが自分達の目の前の蓋にも目を向ける。

 そしてもう一度呼び掛けて、今度は『自分の手元にある蓋にも』同じ傷をつけて、見せてみた。

 

 

「厄介なことに、さっき言った通り“お構い無し”なんだ。ここの中で起きた影響は、元の時代の過去未来なんて関係なく、同様に現れてしまう」

 

 

 別の蓋――今度は06年と30年のチームのものを手に取り、それらをかざしながら説明を進める。

 

 

「過去人の06チームが、未来人の30チームに傷をつけた場合にも、“まだこのフロアに来てはいない、真っ当な時で活動している”30チームにも、突如として同じ傷が現れる」

「ハ…ハハハ……」

「あー? なんだ、これ凄くヤバくないか?」

 

 

 理解出来たらしく、オオカワウソ達も冷や汗を浮かべている。

 あの中年男性が『色々と実験をした』らしいが、その精神性やそれにより判明した実状には自分も引いた。

 

 

「過去も未来も、それこそ現代だろうと関係無く、いつ誰が・自分すらもこのフロアに来るのか・居るのかもわからない。そしてこの中での影響は、時代なんてものは関係なく唐突に現れる」

「ハハハ、それで『危害を加えるな』か。多分、殺したり殺されたりしたら、元の時代でいきなり死ぬか消えるか、だな。ハハハ」

「しかも、それが無くとも取り込まれるヤバさもある、ハハハ」

 

 

 自分で纏めたものを述べていて、このフロアの恐ろしさを改めて痛感した。

 このマンションや各フロアが『何の為に』あるのかなど、考えてもわからない事ばかりだが、少なくとも『タチが悪い』ものばかり、というのは痛い程わかる。

 

 

「……ともあれ、『自分の時代を忘れないこと』と『危害を加えないこと』。これ等を徹底していれば、ただの集会場だそうだ。まぁ、窓も無い、席があるだけのフロアだから、長居出来る場所でもないが」

「長居する方がヤバいしな! ハハハ! オッサン達とお前のおかげで、このフロアはわかった! ハハハ!!」

 

 

 オオカワウソのひとりに背中をバシバシ叩かれる。

 力がある上に遠慮は無いので結構痛いが、少なくとも『影響』となる様な強さではない辺り、共有した意識を守っているようだ。

 

 その後、チーム毎にエレベーターを利用し、自分とオオカワウソチームが残っていた。

 そのままオオカワウソに促され、自分が先にエレベーターに乗ることになった。

 

 

「じゃあ、お疲れさん。収穫自体は大したものじゃなかったが、無事に帰れるだけ良しとしよう」

「ハハハ!! お疲れさん!」

「お疲れさんだ!! そっちの私たちによろしくな! ハハハ!」

「同じ奴かはわからんがな!! ハハハ!!」

 

 

 相も変わらぬ笑い声が、エレベーターの扉が閉まりきるまでフロアに響いていた。

 新調したは良いけど、お披露目がまさか自分に見立てた物への切れ込みの為とはな、と、ナイフのシースを撫でながら自宅階へのボタンを押し始めるのだった。




※フロア解説

 入った段階で時間に関する意識が薄れて行き、忘れてしまった段階でエレベーターが消失し、その後取り込まれます。
 元から強く意識していたり、他の者などと相互に思い出せれば大丈夫。
 侵入時に1人だったらヤバいですし、年代や時間を確認できる物を所持していなかったら、まぁ詰みですね。
 加えて、『いつ』『誰に』『何を』されるのか知覚することも出来ずに、影響だけが唐突に現れる、そんな階です。
 しかもその『影響』を及ぼすそのものは同じ探索者によるものという、物理・精神の二重苦。
 他人の善性を“信じるしかない”という、結構えげつない性質ですね。
 また、別時間軸の存在が同時にエレベーターに乗って帰ろうとしたら……さて。

 本家のエガちゃん絡みで時間云々がありましたが、多分このフロア(そのものである怪異)は、「エレベーターはどうにか出来ないけど時間跳び越えるの利用したろ」とかそんな感じの、割と凄い事してる怪異だと思います。


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