YOU MAKE LIFE(夢喰らい) (グゥワバス)
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夢喰らいの話
プロローグ


 物心がついた時から、苦しみの連続だった。

 どことも分からない廃校の校庭で、来る日も来る日も倒れるまで走る。

 倒れたと思っても、すぐさま走る身体の痛みが私の意識を覚醒させ、再び私をグラウンドへと誘う。

 

 一度だけ、泣きながら「もうやめてよぉ……」と走ることを止めて、抵抗したことがある。

 その日だけ、私は走らなくて済んだのだが、代わりに二度と走れなくなるかもしれない状況に追い込まれた。

 

 

「楽になるか、走るか」

 

 極限までボロボロになった私に声をかけた母が、冷たい目で私を見下ろしていたのが印象的だった。

 

走る

 

 

 掠れるような小さい声だったと思うが、はっきりとした意思でそう告げたのは覚えている。

 多分、楽になる、と答えたら楽になれたかもしれない。でも、直感がどうしてもその選択肢を選んでくれなかった。

 そして、その選択肢は間違っていなかったと、今でも思う。

 

 

 後年、母が競争バの関係者だったということを知った。

 何て事はない。母が残していたメモ帳に『トレセン学園、レース、チェック相手』と殴り書きされたページを見つけただけ。複数ページに跨って、恐らく競争相手であろうウマ娘達の特徴が綴られていた。

 凄く汚い字。普通に流し読もうとしてもまず読めないであろう文字。多分母しか見ることがない、単に記憶を呼び起こすためだけに書き留めておいたであろう文字だが、なるほど。今の自分の頭にはすらすら入ってくる。

 

 

 ホント、血の繋がりを感じることに、反吐が出る。

 

 

 

 どこか施設に入れられることになった母の身辺整理が終わり、気を利かせてくれたくれた‟関係者”の方が渡してくれたメモ帳を、私はぐちゃぐちゃに破り捨てようとして、けれど思い留まった。

 

 

 これは私が、『母』と『レース』と『走ること』、を憎しみ続けるための、私なりのメモ帳だ。

 決して読み返す必要のない。だけど、あるだけで憎しみを思い出させてくれる。それだけのもの。

 

 

 

 

 

 

 鍵付きの小箱にメモ帳を仕舞うと、荷造りを再開した。

 明日私は、中央のトレセン学園へ引っ越すことになる。様々な理由で親元を離れることになった子どもたちが暮らしている施設から、私は退去することになったのだ。

 別に素行が悪いから無理やり追い出されるような形だとか、そういうわけではない。単純に、私がトレセン学園の入学試験をパスできたから、学園の寮に居を移すことになった。それだけである。

 

 世間一般では合格率が極低だの、難関だの言われているが、私は受かった。

 要因?簡単だ。足が速ければ合格。説明終了。結局これに尽きる。

 筆記だの、面接だの、そんなのおまけでしかない。大切なのは実技、つまりは足が速いか否か。

 

 まあそんなんだから……嫌なんだけど……まあ、今はいいや。おかげで楽に入学できたし。

 

 そう、ようやく私は自分の夢に一歩近付いた。

 

 

 「ホント、楽しみだなぁ」

 

 

 ああ、明日が待ち遠しい。

 私の名前はキュウセイナイト。夢はトゥインクル・シリーズに絶望を与えること。

 

 

 

 




※解釈違いだと思ったらブラバしてください。


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1話

 東京府中市。日本で最も大きいトレセン学園がある街。

 全国からより選りのウマ娘たちが集まり、最高の環境で自分たちの才能を磨き上げることができる場所。その、イベントホールの壇上では、学園理事長の挨拶が行われていた。

 

 

「--長くも短い学園生活の中で、一度もレースを勝つことができないウマ娘がいる。

 けれどそれは決して珍しいことではない。寧ろここでは全く、当たり前のことです。

 

 だからこそ、最後まで自分と向き合って、自分が将来進む道を模索し続けてください」

 

 

 結構な御年だそうだが、それを感じさせない凛々しいお婆さんだ。

 多分本心なのだろう。厳しさの中に、けれどもやるせなさがどことなく感じられる。

 

 『心が折れても、決して諦めないでほしい。

 ここでの青春はかけがえなの無いものかもしれないが、人生はその先もずっと続くから。

 だから今ある一瞬だけではなく、長い将来も見据えて己の幸せを掴み取って欲しい』

 

 なんて副音声が私には聞こえてくる。妄想かもしれないが。

 

 でもごめん。

 私は進んでこいつらに絶望を与えるよ。

 

 

 今、ここにいる誰もが自分の才能を疑っていない連中ばかりだ。もちろん私も含めて。

 そんなウマ娘たちが持つ絶対の自信を捻じ伏せることができたらどれだけ快感か。

 

 

 

--だからもう一度。

  ごめんね、理事長のお婆ちゃん。

 

 

 

 

 長く切実な挨拶も終わり、式も大詰めを迎えた頃だろうか。

 入学者の代表挨拶がいつの間にか始まっていた。

 

 

 ……うん、明らかに纏ってる空気が違う。

 ほんの少し前まで、同じランドセルを背負っていたやつとは思えない。

 

 確か名前はシンボリルドルフ。

 すごく、すごーく、よく聞いた名前。同年代のネームドを調べてたら、必ず上がっていた。

 

 名家の生まれで、見目も麗しく、性格もよろしい。

 そして何より才能にクソほど溢れている。

 かのシンザンご老公も「こいつはモノが違う」とおっしゃられていたっけ。

 

 

 正直、こいつをレースで絶望させることは不可能に近い。

 こういうやつは何度叩いたって這い上がってくる。

 

 だからこそこいつは、ここぞというレースで何度も差しして、実力を見せつけて、何度だって折ってやろう、と思っている。

 

 

 

 

 さて、長かった入学式もようやく終わり、休憩を挟んだ後はいよいよ待ちに待った模擬レースの時間だ。

 

 ここで言う模擬レースとは、学園主催で行っている園内レースのこと。

 

 特に4月のこの時期新入生が走る模擬レースは、才能溢れる有望なウマ娘をスカウトする絶好の機会である。

 

 当然新入生にとっても、自分を売る絶好の機会とも言える。

 有名トレーナーやチームに目を着けてもらうためのチャンスでもあるのだ。

 

 尤も有力トレーナーやチームは、すでに本命ウマ娘に内諾を得てたり与えてたりするものではあるが。

 

 

 ちなみに私が出走するレースはさっきの新入生代表が出るレース……ではなく、その次の注目株が出るレースである。

 確かマルゼンスキーといったはずだ。

 例年ならコイツも無茶苦茶注目される位の実力者ではあるのだが、いかんせん代表が目立ち過ぎる。

 

 

 見立てでは代表とそんなに実力差は無いはずなのだが、思いの外あまり注目はされていない。

 まあどっかしら目を付けてるトレーナーは絶対にいると思うけど。

 

 なお、代表のレースは他の新入生達が多数希望して出走しようとしていたため、抽選制となった模様。

 その抽選には当然代表も混じっていたという言うオチ付きである。

 

 

 

 

 ぼちぼち出走時刻となるため、アナウンスに従いゲートに向かう。

 何ともまあピリピリした空気だこと。人生がかかってるといってもあながち間違えでは無いから分かるっちゃ分かるけど、ホント、反吐が出るね。

 

 

 

 っと、ちょっと感情が漏れた。平常心平常心。

 

 

 

 このレースの目的はつよつよウマ娘の実力を肌で感じること。

 

 圧勝も善戦もせず、ただ流されるがままにモブに塗れて敗北をする。

 決して実力を悟らせてはいけない。それが私の勝利条件である。

 

 

 プレッシャーを受けて緊張に震える素振りを見せる。

 大げさになり過ぎず、目立たないように。

 だけどこいつは緊張して強張ってるんだな、と思われる程度に身体を震えさせる。

 

 そうだ、モブに塗れろ。

 

 

 

 

 

 

--学園内レース場 5R 芝1500m 良

 

 

 力は手抜き。演技は全力。

 

 

 

 

 圧倒的スピードで瞬く間にトップに躍り出るつよつよウマ娘。

 そして予定調和の如くどんどん離されるモブ、モブ、&モブ、そして私。

 

 

 

 生温い、だけど必死な表情を作る。

 かったるい、だけど疲れてる振りをする。

 くそめんどい、だけど意識して汗を出す。

 

 

 

 しょうもないレースではあるが、つよつよウマ娘の実力を体験するという意味ではすごくいい機会だ。

 

 

 必死になってモブと一緒に頑張って走る。

 意味合いは違うんだけど、頑張ってるといった意味ではモブ達と一緒だ。

 ベクトルは違うが。

 

 

 何とか最終コーナーを曲がり終えた頃、つよつよウマ娘がゴールした様子が見られた。

 私は決して最後まで気を抜くこと無く、ゴール後にも意図して絶望した表情を作った。

 

 才能が違い過ぎる

 こいつに勝てるビジョンが浮かばない、的な。

 あ、周囲のウマ娘も私と似たり寄ったりの表情です。

 

 

 

 

 

 

 こんな感じで模擬レースが終わったわけだけど、ぶっちゃけてしまうと模擬レースは年間を通してずっと開催されている。

 

 但し5月以降のレースは競走バの振り分けが中等部か高等部と言うざっくりしたものとなり、観客は圧倒的に外部からの客が多くなるが。

 理由は、地方のトレセン関係者のスカウトが本格化するからだ。

 

 

 現実が見えてきたウマ娘が地方のスカウトを受け、そっちで活躍するって話はよく聞く話である。

 もちろん、地方での実績を引っ提げて、中央に殴り込み!ってケースも存在するが、サクセスストーリとなるのは圧倒的に前者が多い。

 世知辛い世の中である。

 

 

 

 つよつよウマ娘が取材を受けている傍ら、私らモブは肩を落としてターフを去っていく。

 今回は模擬レースなのでウイニングライブは無い。

 と言うか入学ほやほやの新入生にライブは無理。

 

 

 何人かはめげずに周りを見回して声をかけてもらうのは待っているようだが、あそこまで大差負けで無様晒したら誰も声はかけないだろう。

 

 レース後の動画も後で配信されるし、他のレースを生で見る意味は無いかな。

 ちゃっちゃっと引き上げて一休みしますか。

 

 

 

 

 

「きみ、そこのきみ」

 

 

 

 穏やかそうな男性の声。振り向くと声音どおりの穏やかそうな男が声をかけていた。

 ……私の隣のサイドテールのウマ娘に。

 

 マジか、さっきのレースに何か目を見張るものがあったのか。

つよつよウマ娘以外何も無いでしょう。

 

 当然私だけでなく、他のウマ娘達も耳を傾ける。

 

 

 

 

「な、何?」

 

「いや、急にすまない。ちょっと君の時間をいただきたい。

 ああ、新手のナンパとかではない。はいこれ、トレーナ証」

 

「……もしかして、スカウト?

 こんな無様晒した私に」

 

「そうです。スカウトです。

 そしてそれを言葉にできた“君だからこそ”やはり声を掛けて良かったと思いました」

 

 

 

 

 あんな無様なレースでも何か目を引くものがあったとは。

 こいつの目は節穴か何かかな。

 私の心境なんか当然知らないだろうし、仮に知っていたとしても、絶対に私がいないことを確認してからスカウトを試みるだろう。

 

 はん、三流もいいところだ。

 

 

 

「さっきのレースを単純に解説すると、始めは誰もが自分の勝利を信じていた。

 だけど嵳が大きくなるにつれて絶望を感じた。

 

 こいつには絶対勝てないと。

 つまりは挫折です。

 

 だけど、そんな状況下において君だけは前を見続けていた。

 挫折感を味わっている状況で、です」

 

「そ、そんなこと!」

 

「『そんな前向きなこと、思って走れたわけがない』

 世間一般的に見たらそうたかもしれない。

 

 だけどね、私たちトレーナーは“そうじゃない何か”を感じ取る人種なんです。

 

 そうして君は私に声を掛けられて、自分で自分を『無様』と言葉にしたでしょう。

 私がスカウトだと思ってなお、自分を下げて。

 

 だけどね、私には続けてこうとも聞こえた。『次は負けたくない』と。

 

 これから先、どこまで伸びるか分からない。

 差は離される一方かもしれない。

 

 それでもなお、君には前を向き続ける気概がある。

 だからこそ、君を私のチームに招待したい」

 

 

 

 

 

 きな臭い。わざわざここでモブを勧誘するメリットよ。

 

 私の中でこのモブどもには身体的にも精神的にも目を見張るものなど何もない。

 仮に私が能力を重視するトレーナーだとしたら、切り捨てる。

 

 そうじゃない何かを見てる?

 へぇ、天下の中央トレがオカルト傾倒ですか。

 

 

 

 しかしささくれた私の感情とは裏腹に、この場がなんかいい話だなー、的な感じでまとまっており、雰囲気が明らかにいい方に変わっている。

 

 「あたしだって」「次は負けない」とか、前向きな発言がチラホラ。

 これだから流されやすいモブは。

 

 当然私も周囲に合わせて一念発起している振りを続けるわけなのだが、胡散臭さが拭われることは決して無かった。

 

 

 



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2話

 入学式から幾日か経った頃、今日も今日とて私は授業を受けていた。

 

 当たり前といえば当たり前だが、ここは中高一貫校である。

 走ることのエリートとはいえ、学問は必須事項である。

 というか名門だけあってレベルが高い。

 

 まあ、ことこれに関しては本当にほどほどでいいだろう。

 

 

 

 改めてコマ割りを見直してみるとやはり走りに関することが中心である。

 効率よく一般教養科目を学び(詰め込み)、後は全部走ること、的な。

 

 新入生である私たちの授業は自分の適正やらを探らせる系統のコマとライブ(入門)のコマが非常に多い。

 

 特にライブ(入門)の力の入れ方が半端ではない。

 初めのうちは走るより、歌と踊りの方が時間を取っているように思える。

 

 立つかもしれない晴れの舞台で恥だけは掻かせないよう、熱が入っているのだろうか。

 まあ大多数の生徒には無駄になると思いますけどね。あ、バックダンサーもしなきゃいけないから無駄にはならないか。

 

 

 なおこのコマ割り、一般教養科目以外は全て変動制である。

 後に所属するチームやトレーナーの方針で当然鍛え方等異なってくるため、変動部の大半はウマ娘ごとの方針に乗っ取った『自主トレ』となる。

 

 もちろん変動部ならではの専門的学問も充実しており、在学中レース戦線に見切りを付けたウマ娘達が、各々の将来を切り開こうとそこで学びを続けている。

 

 ただしそのほとんどが走りに繋がることであり、私としては「くそかな?」って思ってしまうところではあるのだが。

 ホント、社会が悪いよ社会が。

 

 

 

 

 さて、今日の授業も終わったことだし、ぼちぼち例のトレーナーに仕掛けてみたいと思う。

 ここ数日、サイドテールのウマ娘の後を付け、件のトレーナーのことについて情報を集めていた。

 

 

 チーム「エルナト」のボス。

 7~8人のウマ娘が在籍。

 うち1人は先日入部したサイドテール。補助にサブトレーナーも付いている。

 

 実績は年間を通して重賞に一つ、入賞が絡むウマ娘が出る位。

 過去にG1出走バも出たこともあるらしいが、どのレースかまでは不明。

 

 チームの実力としては中の下で中堅に片足を突っ込んだ程度。

 

 トレーナーの評価も『まあ順調なキャリアでね?目立ちゃしないけど』って感じ。

 ちなみに以前はもう少しウマ娘がいたみたいだけど、どうも一線を退いてるっぽい。

 

 

 (一般的な目線で見たら)練習もそれなりに気合が入っているし、チーム仲もそれなり。ザ普通って感じ。

 あとトレーナーの方針なのか性格なのか、ガツガツ行くような様子でもない。

 

 だからこそ不自然に思う。スカウトをしてまでサイドテールを呼び込んだけど、やってることは何ら変わりのない練習。

 

 外部を警戒して練習を秘匿しているのかと思ったが、数日様子を見てそう言ったわけでもないことも分かった。

 

 おそらくあの時いたどのウマ娘でも良かったのだろう。

 理由はどうあれ結果論、たまたまサイドテールに声が掛かった。

 強引だがここまではいい。

 その先、じゃあなんでこんな底辺に声を掛けた?それが読めない。

 

 

 

「こんにちは、エルナトのトレーナーさん。お時間いただきありがとうございます」

 

「ええこんにちは。どうぞお掛けください」

 

 

 

 だから本人に直接聞くことにした。

 本庁舎棟のトレーナー室に入ると、柔和そうな垂れ目のスーツ姿の男性が出迎えてくれた

 

 チームの話を詳しく聞きたい、というドストレートな名目でアポを取り付けてみたらすんなりオーケーがもらえたので、そこをとっかかりにして話を切り出すこととする。

 

 

 

 

「あの、お時間いただいたのはありがたいのですが、練習とかは見ないで大丈夫なのでしょうか」

 

 

「ある程度の方針を皆には示していますし、サブトレーナーも付いていますから。私がいなくても十分に回ります。

 それにチームに興味を持っていただけた新入生に、もっとチームについて知ってもらいたいという思いもありますしね」

 

「と言うと」

 

「恥ずかしながら、チームの実情としてはまだ零細の域を出ていませんでしてね。

 有望な新入生を囲いたいって思いもあるんですよ。惰性で来られる生徒より少しでも興味を持った生徒を引っ張り込みたいっていう、俗な気持ちです」

 

 

 

 たはは…と小さく笑いながらトレーナーは頭を掻いて話を続ける。

 

 

 

「小規模なチームですので、『腰掛け』として入ろうとする娘も結構いるんです。

 そういう娘はまたすぐ転々として、結局長続きしないんですよ。引っ掻き回すだけ引っ掻き回して、すぐ出ていくでは、うちにはデメリットしかありませんしね。

 

 必然、あなたのように少しでも興味を持った娘を説き伏せて囲った方がチームにとっても好ましい刺激になりますし、何よりその娘のために継続して指導できます。尤も、自分より優秀なトレーナーはごまんといますがね。

 

 と、これだとほぼ勧誘ですね。

 いやぁ、トレーナーの性分でして。チームについてですよね」

 

 

 

 それからはチーム『エルナト』の歴史、というには浅すぎか。昔話をしてもらった。

 内容は公に公開されているものから、トレーナーしか知りえない情報まで結構多岐に渡ったが、まあ何のとりとめもない話だから割愛しよう。

 

 

 にしても困った。

 実際に話をしても善性が強いトレーナー、としか見えない。

 もう呼称は博愛主義トレーナーでいいんじゃないかな。ホント困った……善人の仮面に綻びが全く見られないから。

 

 

 こいつは絶対に何か隠している。

 こいつと同じようにニュータイプ的な発言をするのは癪だが、相手の悪意に私はかなり敏感である。

 異能の一歩手前まで来てると言ってもいい。

 

 

 こいつは私を欺こうとしている。ビンビンとそれを感じるのだ。

 しかしこのまま話し続けても埒が明かない。

 

 だから私から切り出すことにした。

 

 

 

「このチームを辞めた娘についてなんですけど、だいたいどういう理由で辞めていくんですか」

 

「結局本人の熱意とうちの方針が嚙み合わず「そうではなくて」

 

「そうではなくて、このチームで頑張っていたウマ娘達が、です。

 

 私、直接このチームを辞めた先輩方に話を伺ったんですけど、皆さん結局「自分の才能に限界を感じた」的なことしか言わないんです。本当にそうなんですか?」

 

 

「……そう言ったことを聞き出すのはあまり褒められたことではないんですがね。

 まあ、あの娘達があなたに話したことは嘘ではないみたいなので、肯定しておきましょう。

 

 そうです。言い換えると自分の才能の底が見えてしまったのです。

 そこに行きつくまでの要因は多々ありますが、結論はみんな同じです」

 

「では何故、あのサイドテールの娘を勧誘したんですか。

 言い方は悪いですが、一着の娘以外実力はどっこいどっこいだったはずです」

 

「理由はお話ししたはずですよ。君もその場にいましたしね」

 

「疑問なんです。

 トレーナーが勧誘したウマ娘って、結局はある一定数は走ることを止める。

 つまり引退しちゃうじゃないですか。

 

 情熱的な勧誘をしたあのウマ娘であっても、そこそこの確率で引退するリスクがある。

 それなのにふわっとした勧誘方針を変えようとしない。

 同じことを繰り返す恐れがあるのに」

 

「手厳しいですね。

 でも、方針がぶれてちゃここでトレーナー何てやってられませんよ」

 

「ではそのふわっとした勧誘方針を教えていただけませんか?」

 

「方針として言うなら、『私から見て頑張っているウマ娘』としか言い様がないですね。

 あなたから見たら、『引退させてしまうウマ娘を一定数出してしまうロクデナシ』と見えてしまうようですが。

 否定したいところではあるのですが、間違っていないことですのでね。悪い大人ですよ、私は」

 

 

 

 あっけらかんとした表情。

 ああ、こいつは善人の皮を被った何かだ。確信して言える。

 

 

 但しここまで踏み込んでもその皮が剝がれない。

 断定できる所作が全く見られないのだ。

 

 つまるところ言ってることは全て真実なのだ。

 それでもなお私を欺こうとする悪意を感じる。

 

 

--都合の悪いことを話していないな。

 

 

 

 もうこれ以上正攻法でつつくのは限界だ。

 そうなれば次は邪法をもって揺さ振ることとした。

 

 

 

トレーナーさん、正直に答えてほしい

 

 

 

 悪意には悪意を。口元を吊り上げねっとりとした悪意をトレーナーにぶつけた。

 

 

「(雰囲気が変わった?)君、いったい」

 

「特殊な事情で私はこと悪意にはクソほど敏感でね。

 あなたが事実を言ってるということは良く分かるんだけど、何か私を欺こうとしてる匂いがプンプンするんだよ。

 

 だからさ、教えてよトレーナー。

 博愛主義染みた胸の内にある本心ってやつをさ」

 

 

 

 虚を疲れた表情をしたトレーナーであったがすぐに表情を取り繕う。

 この辺は流石としか言いようがない。だてに世間で揉まれてはいないようだ。

 

 しばしの沈黙、後、トレーナーの小さなため息が部屋に零れる。

 笑顔の私と対照的に、トレーナーの表情は険しいもの。

 

 目を瞑り、米神に人差し指を当て、トントンとリズムを刻む。

 

 シラを切られても別に構わない。

 もう胸に一物何か抱えているということは分かったのだから。

 

 やがて思考から戻ってきたトレーナーが再び口を開いた。

 

 

 

「正直君が雰囲気を変えず流れのままに追及をしてきたら、私は『いい人』のまま終わらせていました。

 でも君は何か確信を持って私に追及をしている。

 

 だからこそ、そのおどろおどろしい感情を発露して問いかけた。

 おそらくここで私が否定しても、他の手段で素性を探りに行くぞと、いう意味を込めて」

 

 

「そこまで深くは考えていないです。

 ただまあ人から本心を聞き出すんだから、自分のことも表現してておかないと。

 フェアじゃないでしょう?」

 

「それは、そうですね。

 ……少しは君の素顔を拝見できましたかね」

 

「触り位は」

 

 

 

 「よろしい」と一言。

 ここでトレーナーさんにも笑顔が戻った。

 ただその笑顔は最初に見せたものとは全く違う、狂気を滲ませるものだった。

 

 なるほどなるほど。

 その狂気がどう表の顔に繋がるのか、解説を聞いてみましょう。

 

 

 

「簡潔に言いますと私は怠け者です。

 おいしい食事と適度な睡眠と穏やかな日常。

 これらをコスパよく享受したい。それ故の現在のチーム運営です。

 

 そこそこの成績を残せるだけのそこそこの指導。

 そして対象となるウマ娘はあなたがおっしゃるようにどのウマ娘もそう変わりはありません。

 よほど劣っていないのであればそれで十分です。

 

 

 そもそも不思議なんですよね。

 ここのトレーナーは自分の教え子に高い目標を設定し、実現目指してお互いに多大な労力を割く。     

 ほんの一握りしか実現させることのできない茨の道であると分かっていてなお、です。

 

 ええ、私はそんな面倒な栄光には全く興味が湧きませんね。

 だから適当に口八丁でウマ娘を勧誘してチームを回しているわけです

 

 

 が、当然溢れてしまう娘も出ます。才能に劣るウマ娘です。

 

 私の選別眼なんてものはほとんど機能しておりませんから大ハズレを引くこともあります。

 故にそう言うときは責任を果たします。

 

 最初にあなたが話した引退した娘ですね。

 何度も相談に乗り、ゆっくり現実を直視してもらい、別の道をサポートする。

 

 幸いにしてここはレベルの高い学術機関でもありますから、いくらでも他の道をお示しできます。

 自分の限界を超えて足を速くするという難題よりずっと労力がかからず、教え子たちの将来のためにもなる。

 ええ、コスパがとってもいいですよ」

 

 

 

 割り切っている。

 いや、そんな葛藤すら無い。

 

 こいつはウマ娘を自分の生活の糧ぐらいにしか思っていない。

 夢だの栄光だのに全く惹かれている様子が見られない。

 それでいて、実力の劣るウマ娘に現実を直視させ、後腐れ無く引退へ導く手腕があるのだから、まあ有能である。

 

 その後のアフターサポートなど、トレーナーとしてはできて当たり前。

 本当に難しいのは『走る事』への執着に折り合いを付けさせることだから。

 

 

 なるほど、天下の中央のトレーナーとしては異質である。

 栄光ではなく、常に現実だけを見据えているのだから。

 

 

 

「持ってくとこに持ってくと大分問題になる発言だと思いますが」

 

「誰も信じませんよ。

 それに録音をしている様子も見られませんし。

 

 さて、ここまで私の本音の方の方針を話したわけですから、今度は君の目的を聞いてもよろしいですか。

 あ、チームに入るなら歓迎しますよ」

 

 

 

 いい性格してる。

 

 でもまあ、これなら少なくとも私の害にはならない。

 始めこそトレーナーの弱みを握りチームを乗っ取り、私自身の目的を果たそうとしたけど、このトレーナーの性根は怠け者。

 善人の皮を被った接触最低限コスパ重視人間。

 自身で言っていたが、無駄なことに労力を割かない人間だ。

 

 だからこそ、私の目的を知っても止めることをしないだろう。

 すでに私のことを警戒しているとは思うが、だからこそ邪魔はしてこないはず。

 その労力すら惜しむと思うし。

 

 

 

「チームに入るのはレースに出場するためだけ。それ以外に理由は無いです。

 そのためにトレーナーの弱味を探っていたわけですが、まあそれは不要となりました。

 

 問題は私がチームに入った後。クラシック頃からですが間違いなく荒れます。

 話を続けても」

 

「ここで終わったら寧ろあなたを積極的に排除せざるを得ない状況なのですが」

 

「それはこちらも面倒なので。

 簡単に言いますと、私が思う要所要所のレースを荒らします。その手始めが『ダービー』」

 

「ダービーが通過点ですか。大きく出ましたね。

 それで、大望は?」

 

 

 

トゥインクル・シリーズに私という汚点を残すこと

 

 

 

「それはまた、抽象的な。

 つまるところ大きなレースで悪目立ちした上で勝利を攫っていくということですか?」

 

「理解が早くて助かります」

 

 

 

 目の前のトレーナーは信じられないものを見ている表情をしていた。

 それはそうだろう。何の実績もない新入生がマイナス方面に突っ切った宣誓をしているのだから。

 

 

 

「トレーナー、私はね。『走る事』ってのが大嫌いなんですよ。

 とりわけ『トゥインクル・シリーズ』なんてその象徴じゃないですか。滅んでしまえとすら思っています。

 

 時折この世界が歪にすら思えてくるんですよ。

 世界全体でウマ娘が走る事を助長してるようにしか見えない、そんな風に。

 

 可笑しいですよね。外見は殆ど普通の人間と変わらないのに身体能力は人間を凌駕している。

 だけどその能力を全て『ただただ走る事』に全振りしてしまう。自分の本能を満たそうとするために。

 

 

 もっと走ること以外に目を向けてみろよ!本能に抗ってみろよ!!

 ……私にはウマ娘という生き物が、ただの愛玩動物と同じ生き物にしか見えないんですよ。

 

 

 だからですかね。

 『走る事』の象徴である『トゥインクル・シリーズ』に汚点を残すことで一度その価値観をぶっ壊したいんです。

 

 別に他のウマ娘のためではありません。他ならぬ、私自身のために」

 

 

 

 胸の内をさらけ出した。ここまで人に語ったのは生まれて初めてだ。

 施設の友人にもぶちまけたことは無い。だって、絶対に理解は得られないと分かっているから、話すだけ無駄だ。

 

 でもこのトレーナーなら別に構わない。

 

 

 

「走る欲という本能に縛られ、世界が作り出したバ場という檻で飼い殺にされている。

 なんともまあ穿った見方ですね。

 

 ですが間違ってはいません。世界はそのように回っていますから。

 そんな視点を持ってしまったあなたに哀れみすら感じますが、残念ながら私にはそれを変え得る方法も実力も無い。自分が食べるだけで精一杯ですからね」

 

 

 

 きっとこのトレーナーさんならそう言うと「ただですね」

 

 

 

「私、快楽主義者でもあるんですよ。

 面白そうなことにもやっぱり興味を持ってしまう性でして。

 

 全面的には難しいですができ得る範囲で協力はしますよ。

 今日からあなたのトレーナーです」

 

 

 

 思わぬ誤算だった。

 不干渉を貫いてもらおうと思ったが、消極的ながら手助けもいただけるとは幸先がいい。

 狂気じみたトレーナーの笑顔に、私も笑顔で返した。



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3話

 日が沈み出して辺りが暗くなり始めた頃、私はトレーナーに連れられて学園外の練習場に来ていた。

 

 ここは学園内の施設とは違いグラウンドの状態もよろしいものではなく、最低限走られるだけの設備が整えられているだけの場所ではあったが、手の内を知られずに走れる場所としては最高の場所であった。

 

 特に夕方以降はあまり予約が入ることは無いらしく、今日の今日で取ることができたとのことである。

 

 ロッカールームでレース使用の体操着に着替えてグラウンドでアップを始めると、グラウンドに照明が灯った。

 

 

 

「思ったより明るいですね」

 

「グラウンド状態はよろしくないですが、夜も走れる施設というのが強みですので。

 にしても随分体が軽そうですね。普段から相当体に負荷をかけているのでしょう」

 

「ちょっと特殊な事情で無茶苦茶体が頑丈なんですよ。

 だから普段からかなりきつめの負荷が掛かるインナーを着用してます。

 

 あ、今はレース仕様のインナーです」

 

 

「よろしい。

 さて、一応確認ですがメインは芝でいいんですよね」

 

「はい。加えて距離はどれでも。脚もなんでも行けます。

 本気ならぶっち切って逃げ。多分勝負になりませんよ。

 

 それと趣味なら煽ってめった差し。

 わざと抜かれて差し返すのを何回か繰り返すと、相手が絶望するんですよね」

 

「では証明してください。

 一周本気で言ってみましょう。目標はあのレースのマルゼンスキーさんが出したタイムで」

 

「ああ、あのつよつよウマ娘の。余裕ですよ」

 

 

 

 トレーナーの合図と同時に私は駆け出す。

 

 誰よりも速く、誰にも追いつかれることなく。

 

 イメージするのはあの日のレースのつよつよウマ娘。

 

 

--ほら、どうした、スタートから私を置き去りにしてたじゃないか。

 

 

 1バ身、2バ身、とその差を広げていく。

 

 

 

--よくもまあそんな舐めた走りで敵がいないと思ったよね。

--ねえ、あの日の私は手を抜いてあげてたんだよ。

 

 6,7バ身と差はさらに広がる。

 

 

--ああ、所詮そんなもんだよね。

--やっぱりさ、あの日のあんたじゃもう眼中に無いんだわ。

 

 

 

 圧倒的に蹴散らしたであろう頃には、既にゴールを迎えていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「素晴らしい。ただその一言に尽きます」

 

「ども」

 

 

 

 短い距離とはいえ本気を出したんだ。これで私の実力は分かったであろう。

  

 

 

「距離はなんでも行けるんですね」

 

「今から春天走れと言ってもぶっち切りますよ」

 

「ははは、君なら本当にやりかねない。クラシック三冠は」

 

「興味ない」

 

「トリプルティアラは」

 

「眼中に無い」

 

 

「よろしい。

 ダービーに照準を合わせる。これを表向きの目標とします。

 

 出走は賞金額ベースで調整しましょう。

 トライアルレースで勝ち上がると目立ってしまいますから。

 チーム内の状態には手を打っておきます。

 

 後は練習方針ですが、基本はうちの練習メニューをベースに消化してください。

 普段から掛けている負荷でこなす分には十分だと思います。

 

 しばらくしてから更にあなた用のメニューを再編成します。

 

 細かい現場指示はサブの南坂君という助手が普段は監督してくれます。

 彼の言うことには基本従うように。

 

 後は定期的にここでも練習を行います。

 無論ツーマンセルです。レース仕様の状態で体を動かしてもらいます。質問は」

 

 

「普段の練習には入れないでほしい。負荷が足りない。

 それと引くほど私は自分を追い込みますよ。見られたらそれこそドン引きされると思う位。

 この後実践します」

 

「それなら普段の練習後に私が直接監督しましょう。

 短時間であなたの体力を空っぽにして差し上げますよ。残業は早く終わらせたいので」

 

「望むところですね。

 とりあえず今日は残業代を稼がせてあげますよ」

 

 

 

 

 

 

 一言言わせてもらうと私もトレーナーも、それぞれ見込みが甘かった。

 

 

 普段着の超負荷インナーを再度着替え直して練習に臨んだが、自分で監督するよりそれは辛いものとなった。

 

 久しく感じていなかった他者から与えられる苦痛というものを実感させられる。

 普段こなしている私のメニューを見てなお、このトレーナーは注文を付けてくるのだ。

 それはとても的確に私の体にダメージを与える。

 

 「まだ行けますよね?」「普段からこなしているのでしょう(笑)」「私が口を出しただけで辛くなる練習とか……ああ、いつもは自分に甘いのですね(失笑)」

 

 

 精神的に煽りつつ的確にメニュー増やしてくるものだから、乗ってしまう。

 要するに、だ。

 

 

 

調子こいてんじゃねーぞ!

 

「君は化け物か何かですかね。確かにこれはドン引きです」

 

 

 普段以上にやばい。

 普段は何とか歩けるレベルだが、今は冗談ではなく、体が仰向けのまま動かない。

 いや、さっきまで横向きだったので、何とか楽な仰向きに体勢を変えたのだが、もう無理だ。動かせない。

 

 

 

「自分へのリミッターが壊れているとしか思えません。

 こんな練習を普段からしてなお、壊れない君の体に感謝すべきなのか」

 

「特殊な事情がありましてね。後天的に身に着きましたよ」

 

 

 信じられない者を見る目で私を見ていたんだと思う。

 そのまま私の意識はどこかへ飛んで行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「……知ってる天井だ」

 

 

 眠い目を擦りながらゆっくりと起き上がり辺りを見回すと、見覚えのある部屋だと把握する。

 ああ、トレーナー室か。すると私は運ばれてきたということだろう。先ほどまで横になっていたソファーに座り直し背もたれに深く体を預けひと伸び。

 

 

 うん、腹減った。

 

 

 壁に掛かった時計を覗くとまだ日付が超えていない事が分かる。

 ギリギリ夕飯でいける。何か食べ物は無いのか。

 

 深く深呼吸をして立ち上がろうとした時だ。

 入り口のドアが開き何かを持ってきたトレーナーが部屋に入ってきた。

 

 お盆の上には山盛りのお米と、夕飯の残りらしき崩れかけのサバの味噌煮、と温め直したお味噌汁。付け合わせに梅干しとたくあんが少々。昭和かな。でも美味しそう。

 

 

 

「おや、起きられましたか。ちょうどいいです。

 だいぶ遅いですが夕飯をお持ちしました」

 

「助かります。

 起き上がってまたぶっ倒れるとこでした。では早速」

 

 

 

 いただきます。

 ああ、美味しい。空腹時の食事はやっぱり格別だ。

 

 

「食べながらで結構ですので聞いてください。

 寮長には連絡を入れておいたので慌てて帰る必要はありません。

 担任にも大事を取って午前中は休みを頂いております。

 

 それと今日の練習からあなたのぶっ飛び具合がよく分かりました。

 練習の際あなたから目を離すことは非常に危ういと判断しましたので、改めて普段チーム練習に混じる際は南坂君に目を光らせるように厳命しておきます。

 

 それと自主練をする際は必ず始めと終わりに私か、南坂に連絡を入れなさい。

 いくら君が頑丈とは言え極力リスクを回避するに越したことは無いです。

 

 それに今日みたいなことが起きた場合で周りにヘルプが誰もいなかったとしたら責任問題になります。誰も幸せにならない」

 

 

「あー、はい。分かりました」

 

 

 ちょっとだけごはんが苦く感じられた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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4話

「今日から新しく皆さんの練習に合流します、新入生のキュウセイナイトさんです。

 改めてようこそ、チーム・エルナトへ」

 

「ご紹介にあずかりましたキュウセイナイトです。

 専門は芝で先行してからの差しが得意です。

 2000~3000を主レースとする予定です。よろしくお願いします」

 

「お願いします。

 それとこちらの彼は私の後輩でこのチームのサブトレーナーでもある南坂君です。私より有能だから現場を任せています」

 

「ご冗談を、チーフ。

 チーム・エルナトでサブトレーナーとして皆さんの指導に携わっております南坂です。

 今日はケガに十分気を付けて励んでください。徐々に追い込んでいきましょう」

 

 

 

 午後のコマも終わり放課後。

 今日から私はチームに合流することとなった。

 

 チーム内には見知ったサイドテールの姿もあり、私の様子を見て驚いているようだった。

 そりゃそうだろう。あの刺激的勧誘を目の当たりにしてなお、選んでくれなかったチームに入ろうとするわけだから正気を疑うよね。

 

 

 それはさておき。

 当然サイドテール以外にもメンバーはいるわけで。

 

 聞くところによると今年で卒業のやつが1人、来年で卒業が2人いて、シニアデビューしたばっかのやつが2人。私を含めると7人。そこにトレーナーが2人体制である。

 

 まあちょうどいいのかな。

 なお皆さん自己紹介がてらご丁寧に目標としてるレースまで聞いてもいないの教えてくださったことなので、参考までに情報として整理しておこうと思う。

 

 

 最年長は重賞福島ステークスの入着が目標であわよくばヴィクトリアマイル。

 その下2人が秋天が目標でまずはオールカマーと毎日王冠を目指している。

 シニアデビューほやほや組も同じく秋天。

 

 

 基本的にどの娘も目標の決め方なんてこんな感じだ。

 大目標のG1、ステップアップ重賞、重賞に出るためのOP。優先出走狙いで最効率で目標G1を目指す。

 もしくは勝てそうなレースで入着を狙うか。

 

 重賞で入着に引っかかりそうなウマ娘がいるのだからこのチームは割と優秀な方なのだと思う。

 

 その大多数がOPとそこに至るまでのクラス戦でバッサリ切られる。

 結局出れるのはほんの一握りだから。

 

 

 況してや重賞など狭き門を潜り抜けた精鋭か、常勝の強豪か。

 

 特にシニア期に突入したら世代の壁が取っ払われるからもうカオスだ。

 上はもちろん、特に下からニューフェイスが流動的に入ってくるもんだから、ロートルはどんどん駆逐されていく。

 

 それでなお高等部の卒業まではレースに拘るやつらが多いこと多いこと。正直理解不能である。

 それよかスパッと諦められるやつの方がまだ現実見えてると思う。

 

 いや、お金を稼ぐって意味ではバイトするよりはずっと効率的か。

 それを部活感覚?でできるわけだから、……そう考えるとウハウハですな。

 

 

 この考えをぶち撒いたらどんな反応が返ってくるだろうか。

 こんなこと考えてるうちに自己紹介も終わったようだ。

 早速サブTの指示でさっそく練習に移ることになった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ねえ、あんたはどうしてここを選んだの」

 

 

 

 サイドテールである。

 

 

 全体練習で体をほぐし走り込んだ後、二人一組で併走をすることになったわけであるが、新入生同士ということでまあこうなる。

 

 当然正直に話すわけにはいかない。

 

 

 

「チーフTに興味が湧いたから」

 

「それだけ?」

 

「それだけって、あんな熱烈な歓迎目の当たりにしちゃったら仮に当事者じゃなくても興味は沸くでしょうよ。

 

 

 それと現実的な話、これ以上の高望みもするだけ無駄だと思ったから。

 

 少しでもレベルの高い有力チームより、自分に合ったチームに入った方が続くでしょ。

 実際にアポを取ったら直接会ってもくれたし、あのレースの話もしたら結構好意的にチーム加入も進めてくれたしね。

 これが決定打。親身になってくれるとこだなって」

 

「ふーん。

 案外打算的なのねあんた。勢いで入った私とは考え方が違うみたいね」

 

「考える時間があったってだけだよ」

 

 

 話している内容は割と真実である。

 ただ、余計な本音を語っていないだけで。

 

 

 さて、そんなわけでサイドテールと併走を続けているのだが、いかんせん、実力が温すぎる。

 片手間に先輩方の併走も覗いてみるが、これも温い。

 

 シニアと言っても所詮はこんなものか。多分OPで入着に引っかかれば上等な部類。

 

 

「そんなものなのね」

「そんなものだよね」

 

 

 本心は隠したまま、上っ面の言葉だけで返した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 練習自体はくっそ体に負担をかけるインナーのおかげか、割とへとへとになった。

 

 浴場で汚れを落とし食堂で夕食を食べ終えた後、サイドテールと一緒にトレーナー室まで足を運んでいた。

 練習後に改めて今後について面談をすることになっていたのだ。

 

 シニアほやほや組が部屋を出たのを確認し入れ替わりで私らが入ると、チーフTとサブTがソファーに座るよう促し、早速話を切り出した。

 

 

 先ずはメイクデビュー戦について。

 これについてはどの距離を走るかについて問われたわけだが、私もサイドテールも芝で2000を選択。

 

 

 次に目標と方針について。

 

 私の目標はダービー。

 方針は目立たずに賞金と勝利をチマチマ稼ぐことと改めて説明。

 もちろん表向きは、である。ちなみにサブTは苦笑いをしてるようだった。

 

 

 

 サイドテールはクラシック路線でいくらしい。

 レースも関連したクラス戦をさっさと突破してOP、重賞と割とがっつり行きたいとのこと。

 

 夢と希望に溢れてやがる。

 圧倒的に負けた模擬レースを経てなおこの精神的タフさはある意味大物では。

 

 

 

「心意気は買います。

 しかしそれには毎日の積み重ねが必須です。

 気持ちはあれど今日明日に突然強くなるということは無いのです。それはお分かりですか」

 

「当然。あのレースで付けられた差が私のスタート地点よ」

 

「よろしい。ではそれ相応の練習プランに組み直します」

 

 

 ん、ちょっと待て。

 何焚きつけてくれちゃってんのトレーナー。

 私の追い込練習はどうするつもりだ。

 

 

「ナイトさんも一緒にやる気があるなら付き合っても構いませんよ。

 あなたの方針だと必然、じっくり鍛えつつレースに臨むということになりますし、その方が()()()()()()()()()

 ということで南坂君。お二方の現場監督をお願いしますね」

 

 

 あ、そういうこと。目撃者がいる状況で追い込みができるってわけね。周りからもそれほど不自然には思われないし。連絡の手間も省けるね。

 

 サブTは驚いた表情をしつつも覚悟を決めたサイドテールの顔を見て「分かりました」と承諾した。

 この決心の速さは流石中央と言うべきなのか。

 

 

 

「と言うことでナイトさん。あなたも十分練習に励んでください」

 

「いい性格してますね」

 

「よく言われます」

 

 

 

 不機嫌な表情を作りつつも内心では超感謝である。

 険悪な空気を感じてか、サイドテールがサブTを引っ張って「りょ、寮まで送って」と手を引いて強引に退室してしまった。

 

 

 

 

 

「お二人もいいタイミングで退室しましたし、追加事項の確認です。

 メイクデビュー戦後の未勝利戦はどうお考えで」

 

「4戦目か5戦目で勝っときます」

 

「未勝利戦の雰囲気は回数を重ねるごとに悪くなってくるわけなんですが。まああなたには関係ないですかね」

 

「その程度、問題にならんですよ」

 

 

 

 未勝利戦は回数を重ねるごとに空気が重くなる。大抵の奴は途中で折れる。

 

 

 

「レース方針はさっきの通りです。

 コツコツ稼いでる体で優駿をがっつり平らげます。

 それと追加練習の件はありがとうございます」

 

「ああ、あれはあの娘のおかげですね。

 おかげでこちらも南坂君に上手く押し付けることができました」

 

 

 

 この変わり身である。

 

 

「ただし、あなた自身で練習するときは引き続きどちらかに連絡は入れるようにしなさい。

 

 それと私とのトレーニングですが、非常に億劫ではありますが普段の練習とは別に定期的にやる方向でいます。

 南坂君が見てくれるとは言え超負荷を外した場合の調整も必要ですからね」

 

「ありがとうございます」

 

「それと最後に私の見解ですが、去年のシービーさんと言い今年の2強と言い、トゥインクル・シリーズにどうも新しい風が吹き始めています。

 来年以降も有力バが続々入学する予定です。あなたにとっては逆風かもしれませんが」

 

「全部飲み込んで荒らしまくってやりますよ」

 

「なるほど、いい気概です。

 さて、南坂君もそろそろ戻ってきますしあなたも部屋に戻りなさい」

 

 

 

 

 

 

 この日以降本格的なレースの世界に足を踏み入れることとなる。

 

 

 

 チーム練で汗を流す。

 

 追い込み連でサイドテールと吐くまで追い込む。

 定期ツーマンセルでチーフTにどん引きされる。

 

 超負荷のインナーの厚みもどんどん増しており私の進化は留まることを知らない。

 

 

 

 

 

 メイクデビュー戦を迎える。

 

 サイドテールはなんとシンボリルドルフと同レースとなってしまい当然大敗。それでも4着と掲示板入りしており、続く未勝利戦でなんと1抜け。

 

 こいつの実力で早々に抜けるとは思ってはいなかったため正直驚いた。

 案外Tの選別眼も……それは無いな。純粋に実力と努力か。

 しっかりお披露目されたウィニングライブが妙に印象的だった。

 

 ちなみに私のメイクデビューは6着。

 その後の未勝利戦も(私にとって)順当に進み、7月に入ったころ、5戦目にして上手く勝ちを拾うことができた。

 

 

 なお、私の初勝利前、4月早々に一番上のパイセンは件の重賞レースを入着圏外でG1出走が叶わぬまま引退した模様。

 

 私からしたらその実力でよく6年間もレース戦線で戦い続けることができた思う。

 やり遂げた顔をしたパイセンの顔が誇らしげに見えたが、その様子が堪らなく私には不快だった。

 

 

 

 

 

 

 

 さらに時が流れる。

 

 一足先にクラス戦に参戦したサイドテールは初戦を7着で迎える。

 

 以降も積極的にレースに参戦し、数回入着、1勝、2勝と勝利を重ねる。

 重賞にも出場する機会を得るがそこでは未だ入着圏外。

 

 しかしながら着実な成長が見られており、本人もより一層奮起している様子であった。

 

 

 一方の私はデビューこそ遅れたが1勝クラス入着。

 以降もギリギリ1着、入着を上手く全力を出して演出する。

 

 格上のレースは「自分の実力ではまだきつい」と言い訳をして断っており、周囲も妥当な判断と見てくれているようであった。

 故にレース経験も実力もサイドテールの方が高いと周囲は判断しているようである。……バレたら退学ものだと言うのは言わずとも分かる。

 

 

 実績を見ると獲得賞金的こそサイドテールの方が上だが、収得賞金的には私の方が上という状況だったりする。

 つまるところ勝率自体は私の方が高いのだ。

 

 

 でもまあ片や格上戦に挑み続け、片やそれを避け続けているということがあってなのか。

 サイドテールは十分重賞戦線で戦える素質があるウマ娘として注目されつつあった。

 

 私の方は、サイドテールに及ばないがそれなりに頑張ってる。と言うのが概ね周囲の評価であった。

 

 

 チーム内ではシニアデビューほやほや組が若い才能を目の当たりにし、年が明ける前にレース戦線から去っていった。

 なお、間もなくシニア戦線4年目のパイセンは「後輩に負けてられっか!」と逆に火が付いた模様。

 その精神的タフネスは買うが別方向で活かしてみることを私はおすすめしたい。

 

 

 

 

 

 

 さて、年の瀬の有マも終わりいよいよ1月。

 剥き出しの才能がぶつかり合う特別な1年間。通称クラシック期が開幕する。

 

 

 



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5話

 クラシック期が始まったからといって特別なことを始めるわけではない。

 学年を問わず有力者の動向は常にT達が追っているし、同期の有力者なら尚更自身でも情報を集めている。

 

 当然、シンボリルドルフとマルゼンスキーが情報の大部分を占めるのだが、他の娘達も着実と力を着けているという話もよく聞く。

 

 シニア戦線もクラシック三冠のシービーパイセン参戦で盛り上がっているし、来年度の新入生も骨のあるやつが多数入ってきそうということで、トゥインクル・シリーズに新しい風が入ってきている。なんて記事も多く見かけたりする。

 

 

 

 

「乗るしかない、このビックウェーブに」

 

「来ているのは風だよ」

 

「……言ってみただけよ」

 

 

 

 

 あほのこと抜かしてるサイドテールではあるが、なんだかんだこいつも着実と力を着けてきてはいる。

 

 思った以上にチーフTの指導メニューに食らいついているし、レースでも実績を上げてきており、エルナトの有望株として期待を浴びている。最近ではちょこっと取材を受けることもあるようだ。

 

 

 ちなみに私もひっそりと勝ちを重ねている。

 パイセン’sも後輩である私たちに刺激を受けて奮起するというように、結果としてチームは非常にうまく回っているように思える。

 

 まあダービー後に評判は落ちる予定なんですけどね。

 

 

 

 1年近く付き合いを重ねて気を許せるようにはなったけど、自分がやろうとしていることに躊躇いは全くない。関係性の悪化なんて足枷にならない。

 

 新しい風など有象無象としてまとめて飲み込んでやる。

 

 

 

 

「風だか何だか知らないけどさ、私にとってはマルゼンスキーにリベンジを果たす。これができないことには先に進めないのよ」 

 

「いやそれ、絶対前に進めないじゃん」

 

「シャラップ!あんたは悔しくないの?バ身どころか大差で負けたこと。

 あの屈辱は絶対に晴らす。そのためのスプリングステークスよ」

 

「悔しくないと言えばウソになるけど、まあ私の目標は先ず優駿にあるからね。

 とりあえず行けそうなレースとって、賞金枠で優駿かな?

 クラシック王道は強敵が集まるからそのおこぼれを狙う的な」

 

「現実的というかなんというか、あんたらしいわ」

 

 

 

 

 サイドテールはスプリングステークスで打倒つよつよウマ娘。

 私はぼちぼち。

 

 目的は違えどうまくいけば皐月賞でかち合うことには……なりませんね。

 

 

 皐月賞にはつよつよウマ娘はもちろん、シンボリさんとこのルドルフ君が間違いなく来る。

 こいつらと一度出走してから優駿を取るんじゃ面白くない。三冠表明を出した矢先に優駿を搔っ攫う方が最高に気持ちいい。

 

 そのため逃げたと思われた方が好都合である。

 なお2人から逃げる的なレース方針の話をしたら、サブTが乾いた笑みを浮かべていた。解せる。

 

 

 

「でもまあ現実的な路線を行くわけだから。狡猾に行くよ」

 

「言うわね。期待してるわよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 さて、エルナトとしては久し振りにG1出走が叶いそうということもあり、チーム全体でサイドテールのバックアップを行う方針となった。

 

 パイセンらも「後輩の晴れ舞台が準備できるかも」ということで気合を入れて見てくれている。

 正直最終学年となるのだから、自分らのことに集中した方がいいのではと思うところではあるが、ありがたくはある。

 なんやかんやでシニアで鎬を削ってきた走りはサイドテールにとって見るところが多いのだ。私には無いが。

 

 

 ただいくらシニアの走りを体験できたとしても、自身が劇的に速くなるわけではない。こればかりは鍛え上げるしかないのだ。

 

 況してやサイドテールが打倒目標としてるウマ娘はスピードの最高峰である。

 当然生半可なトレーニングとはならなかった。

 

 

 

「うっ、げぇえ……なんのぉ」

 

 

 

 

 現在サイドテールはクソほどに重くてでかいタイヤを引いている。

 ちなみにタイヤを引く前にはジムトレでこれまたクソほどトモに負担をかけた筋トレを行っている。

 さすがの私もこの状況で涼しい顔はできない。

 

 

 しかしこれはトレーニングの序の口でしかない。

 この後に500mスプリント併走をサブTがオッケーを出すまで続ける。

 ちなみにこれは私らがローテしてサイドテールと併走する。

 つまりサイドテールは延々と走り続けるわけだ。

 

 

 間に休憩を挟んで今度はそれを1,000mで行う。

 普通ならしねる、がそこはT達が限界を見極めてくれているため、ギリギリのところでサイドテールは苛め抜かれているわけだ。

 

 

 普段の練習時から居残り特訓で私と汗を搔いているわけだから、苦しい状況というのは矛盾した言い方ではあるが慣れっこだ。

 

 しかし、肉体的に体が動かない状況(負担)を強いられてなお体を無理やり動かそうとするのはかなりきつい。ソースは昔の私。

 ここ最近の練習はずっとこの状態を迎えたところでT達のストップが入り終了となっている。

 

 

 

 そもそもが、まずこの超限界の状況下に入ることが難しい。

 が、これは普段の練習のたまものであろう。この境地まで辿り着くことはできる。

 

 そこからこの極限の状況を一度乗り越えることができるか否か。

 サイドテールにとっての今後成長するための難所となるだろう。膝をついているサイドテールを見てそう思った。

 

 

 

 

 ここ最近、何度も見慣れた光景だからだろうか。

 ふと、昔のことを思い出す。

 

 

 

 

 

 

--ああ、あのクソは『恐怖』という感情を煽って私にこれを乗り越えさせたのか。

 

 

 

 

 

 

 気に入らない。

 『走る事』そのものが嫌いだ。

 それと同じくらい、あのババアも嫌いだ。

 ババアが限界を超えさせた事実も気に入らないし、私がいて限界を超えられなかったという事実が残るのも嫌いだ。

 

 

 

「おい、サイドテール。あんた、今日もこのまま終わるつもり」

 

「ぉえ……ぁあん?」

 

「屈辱与えた相手のケツ眺めたまんま終わるのかって聞いてんのよ。

 やる気も何も起きないで足を止めるなら、そのままごゆっくりお眠してればいいわ」

 

「あ、んたぁ。勝手言ってぇ、くれんじゃない……同じ穴の狢、でしょうな!」

 

 

 

 『違うよ』と、心の中で毒づきながらも私はにやりと笑った。

 やればできるのよ、クソババア。

 

 

 

「それと、あたしの名前は『サイドテイル』だぁぁああああああ!!!」

 

 

 

 すまん、それは知らなかった。

 

 

 

 結局この後も併走を何度か行ったが、最後はいつも通りTがストップを掛けた。

 ただし、いつもの空っぽになった表情と違い、闘志が溢れる表情で練習の終わりを迎えていた。

 

 

 

 

「いい気迫ですが、今日の練習はこれで終わりです。

 ただ一言申し上げるなら『あなたの限界はここではない』です」

 

「そう、ですか。また、明日も、おねがいしま、す」

 

「ふふ、明日から私は必要なさそうです。南坂君、頼みましたよ」

 

「はい、任されました」

 

 

 

 自分の限界を知ることは中々できない。

 自分の限界を超えることはもっとできない。

 

 

 

 

 

 

 サイドテール、あんたはまだまだ強くなれるよ。

 だって、たった一度しか限界を超えていないんだからね。



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6話

--3月上旬 弥生賞 芝2,000m 良 フルゲート(18バ)

 

 

 皐月賞のトライアルレースに位置付けられているこのレースは、3着以内のウマ娘に皐月賞への優先出走権が付与されるレースとなっている。

 

 ここを勝ち抜いて皐月への切符を手にする。

 一般的なウマ娘にとってはそう言う位置づけのレースであろう。

 

 

 但しルドルフ陣営は皐月賞への下見、としか捉えていないだろう。

 すでにルドルフは圧倒的強さで収得賞金額のトップに躍り出ており、仮にいくつかレースを落としたとしても皐月賞への出走はまず揺るがないものとなっている。

 

 後は同チームのマルゼンスキーがスプリングステークスに出走して、皐月賞で両雄激突。というのが世間の通説である。

 

 

 すでにこの世代はシンボリルドルフ、マルゼンスキーの2強時代と言われており、クラシック三冠を『世代最強3番勝負』的な扱いで特集が組まれていたりもする。

 

 そのせいなのか、例年と違い今年は小粒な有力バ達はティアラ路線に流れており、ある程度気概のあるウマ娘だけが世代最強に挑むクラシック戦線に残っている。

 

 当然サイドテールはその内の1人である。

 

 

 

 さて、当のサイドテールはというと、本日も練習場で特訓中である。

 日はく「結果の分かってるレースなんてあんたらの動画か中継だけで十分」とのこと。

 

 サブTとパイセンらも残って練習ということもあり、消去法的に私とチーフTが駆り出されることになったわけである。

 

 

 

 

「人うるっさ。パドックで姿出すだけでこの歓声って、ヤバ過ぎ」

 

「注目の1人ですからね。

 私達トレーナーから見てもこんな娘2度と出てこないんじゃないか思わせられるウマ娘ですからね。

 それが同じ世代に2人もいたら、もう大フィーバーですよ。ちなみに、ナイトさんは別枠です」

 

 

「はいはい。

 しかし2人ともチーム・リギルときたら、これもうリギル1強体制でしょう。

 みんなあそこに入りたがるじゃん」

 

「そもそもあそこは昔から強いですからね。

 伊達に常勝軍団って言われてるわけじゃありません。

 

 集まる娘たちはもちろん、バックアップ体制も東条さんを筆頭に、いわゆる名門出のT達がガチガチに練習を管理しています。

 

 況してや長年のノウハウと名声を惜しみなく使って築き上げた環境に、超が付くほどの逸材が2人。

 すでに狙いは日本だけではなく世界も視野に入れていると言ってもいいでしょうね」

 

 

 

 住んでる世界が違う。すでに日本での栄光が約束された状況と言っても過言では無いだろう。

 私がいなければ、だけど。

 

 

 

 

 

 ふと、背筋に悪寒が走る。

 振り向くとそこには左側頭部を刈り上げた巨漢が私の背後に立っていた。……チーフTに手首を捻られて。

 

 背後に立つ巨漢、チーフTに捻られた手首、痛がる不審者。

 状況を察した私は大声を「「ちょっと待ってください(くれ)!」」

 

 

 

「ナイトさん、申し訳ないが勘弁してくださいませんか。

 こんななりでもこの人、中央のトレーナーなんですよ」

 

「中央の不祥事ですね。真っ先に報告を「待ってくれ嬢ちゃん!」

 

「いきなりでホントすまん!

 鍛えられた肉体を見るとつい興奮しちまって」

 

 

「ですから、なんであなたは更に墓穴を掘るんですか!!

 

 すみませんナイトさん。言動も行動も間違いなく不審者ですが悪意は一切ない方なんです。

 もうそいう言う(さが)としか言いようがないですが、決してあなたを辱めるような人ではありません。

 

 それに、これをダシにして有効利用もできます」

 

「……ふむ、続けて」

 

「この人のウマ娘に対する体調管理能力は私よりも上です。

 ()()()()()()()()()になりましたら有無を言わさず活用しましょう」

 

 

 

 正直、不祥事として水を差すことを真っ先に考えたが、今回の件は未遂であるため大したボヤにしかならないだろう。

 

 ただ、そんな異能に近い能力持ちの奴に触られてたらと思うとかなりゾッとする。

 多分私の異常性を看破する恐れもあった。

 

 そうか、だから貸し1とするわけだ。優駿後の状況を見越して。

 

 

 とりあえずはレースも近いということで無罪釈放。

 ちなみに料理の腕もかなり高いとのことなので、そこも後で活用させていただこう。

 

 

 

「にしてもチーフT。知り合いだったんだ」

 

「南坂君の同期でしてね。彼同様有能ではあるのですが、如何せん彼と違い癖が強すぎて。

 ちょっと前までT業から離れているって話は耳にしていたのですが、今はどうしているかまでは把握しきれていませんでした」

 

「ふーん。まあいいや、ぼちぼちレースも始まるし。カメラは?」

 

「万全です。ナイトさんも良く見ておいてくださいね」

 

「了解」

 

 

 なんて事は無い。大番狂わせも何もなくレースはシンボリルドルフが圧倒した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 時は流れて3月下旬。

 皐月賞最後のトライアルレース、スプリングステークス当日。

 最近は天候に恵まれているのか、大事なレースの時は良バ場が続いている。

 

 前日のインタビューでサイドテールは

 

「皐月に繋がる重賞まで導いてくれたチームに感謝してます。

 それとマルゼンスキーには公式ではないが大敗を喫している。明日はその雪辱を晴らしたいです」

 

 

 と闘志むき出しの回答。

 他の娘達もバチバチにマルゼンスキーを意識した受け答えを行っていた。

 

 

 対してマルゼンスキーであるが

 

 

「みんなライバル。

 明日ターフを駆けることになる娘達もそうだし、今後一緒に走る娘達も同じ。

 確かにチームメイトであるシンボリルドルフは当然意識していますが、先ずは明日のレースに全力を尽くすことに専念しています」

 

 

 お手本のような受け答えであった。

 まあ務めてヘイト集める必要もないし。

 

 

 

「サイドテールが歯牙にもかけられていなかった件」

 

「うっさいわね。実力で示すわよ。

 それと、サイドテ・イ・ルよ。……あんたまさかずっとそっちだと思って」

 

「チーフT、方針を」

 

「相変わらずですねあなたたちは。

 ですが落ち着いているようですので特に精神状態についてはとやかく言いません。

 

 ですので真っ向から迎え撃ちましょう。

 3着内狙いではありません、1着を射抜きます。 

 

 方針は2つ。

 1つはマーク。

 マルゼンスキーさんは大外のため、高確率で逃げてくるはずです。

 ですので徹底マークと行きましょう。離されてはいけません。最後に差します。

 

 もう1つ、仮に先頭集団で様子見をするようでしたら……あなたが逃げてしまいなさい」

 

 

「了解!」

 

「さあ行きましょう。

 ケガには十分気を付けてください」

 

 

 ターフに向かうサイドテールを見送り私たちも席に着く。

 

 ちなみにパイセンらはすでに涙目である。

 「あ、もうだめ。1年間の出来事が走馬灯のよう「ばかぁああ!!言わないでよお!」と、辛い練習の苦楽を共にしたからこそ、思い入れがあるとのこと。

 

 その、なんだ。いい人過ぎるんだよこの人達。

 ホント、なんでレースの世界に来ちゃったのかなー。

 

 

 

「先輩、その、ハンカチです」

 

あじがどおねぇ(ありがとうね)

 

「……洗って返してください」

 

 

 

 調子狂うな、もう。

 ともあれパドックだ。

 

 すでにサブTがカメラを回しておりその雄姿を収めている。

 いつもと違いG1への切符が掛かっているだけあって、どのモブも気合は十分と言ったところである。

 

 

 

「そういえばチーフT。さっきは1着を射抜くとか言っていたけど、本音は?」

 

「もちろん1着です。

 ですが初めから3着以内なんて弱気なこと言ってしまったらそれこそ後ろから差されてしまいます。

 何より、サイドテイルさんの士気を落としかねない」

 

「勝率は」

 

「まったくあなたときたら。

 ……10回に1回。条件はマルゼンスキーさんが先行集団に甘んじてくれれば可能性有りです」

 

「「どれええなああ(トレーナー)!」」

 

「ああもう、言わんこっちゃないです!

 あれだけの練習を重ねたんです、まずは信じて見守りましょう」

 

 

 

 慌てふためくチーフTの姿。

 んふふ、たまには悪くないかな。

 

 

 

 

 

 

--中山競バ場 芝1,800m 良 フルゲート(15バ)

 

3枠 5番  サイドテイル

8枠15番  マルゼンスキー

 

 

 

『さあ、各バ、ゲートに入り……スタートしました。

 15番マルゼンスキー早速来た。続いて3番、7番、5番と来て、後続が集団で続きます』

 

 

 スタート直後、マルゼンスキーはすぐに先頭を奪いそのまま独走。

 形成される先頭集団を一瞥すらせずサイドテイルは追走を図る。

 

 

『マルゼンスキー速い、マルゼンスキー速い。後続に影を踏ませない。

 いや、5番サイドテイル、5番サイドテイルが離されまいと必死に食らいつく』

 

『掛かっているようにも見えますが、最後まで持つのでしょうか』

 

 

 

 第2コーナーを抜けてからの直線。ここからが本番だ。

 

 中山の直線は短い。トップスピードに乗ったと思ったら、すぐにコーナーが待っている。

 だからこそ、チャンスがある。そうTは見たのだろう。

 

 

 

『しかし速いマルゼンスキー。直線に入ってさらにギアを入れてきたか。

 サイドテイルも必死に食らいつくも差は縮まらない。

 

 いや、離されている、離されているぞ。一体どこまで伸びるマルゼンスキー』

 

 

 

 例えるなら、積んでいるエンジンが違い過ぎる。

 こちらが普通国産車の能力をフルに活かして、必死にエンジンを吹かしているとするなら、向こうはターボ搭載のスポーツカーで、悠々とギアをチェンジを行っている。そういった具合。

 

 

 

 --スーパーカー・マルゼンスキー

 

 

 なるほど、言い得て妙である。

 

 

 

『さあ第3コーナー回った。差は6バ身差。

 先頭、マルゼンスキーは何食わぬ顔。

 そこから、そこから離されまいと必死に食らいつくサイドテイル。

 

 さらに後方から5バ身離れて3番手集団が追い掛ける。しかしそこから追いつくのは厳しいか。

 

 さあ、先頭マルゼンスキーは速くも第4コーナーを回り最後の直線。

 伸びる、伸びる、伸びる、どこまでも伸びる。

 

 これがマルゼンスキー。これがスーパーカーだ。中山の最後の上りも脚足は衰えない。

 バ力(ばりき)だ、バ力が違う。最後の登りを終えて、今ゴールイン。

 

 その後ろ、サイドテイルも今ゴール、直後3番手集団もゴールイン。

 

 

 掲示板も確定しました。

 1着15番マルゼンスキー レコードです

 2着 5番サイドテイル 9バ身差

 3着……』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 1度限界を超えたからと言って、その先でおとなしく相手が待っているわけではない。

 強い奴ほど元の実力に開きはあるし、成長もしていく。

 

 必然、1度や2度、限界にぶち当たる位じゃ足りるはずがないのだ。

 

 今日明日に劇的に強くなるわけじゃない。

 1年必死こいて練習して限界を超えたとしても、辿り着けない境地にいるマルゼンスキーにサイドテールは何を思うのか。

 

 

 

 

「くそぉ、くそぉ!くそくそくそぉぉおおお!!!

 

 挑んでやる、何度だって挑んでやる!

 実力が足りないなら相手より多く足してやる!

 

 スパーカーだか何だか知らないけど、勝つまで続けてやる!

 

 うぅぐううううぁ!!……ちくしょうぅ」

 

 

 

 きれいな涙だと思った。

 多分、私には流すことができない、眩しいもの。

 

 同じように泣きじゃくる先輩達が肩を貸し、サイドテールと一緒にターフを後にする。

 その間私は何も声を掛けることもなく、その光景を見ているだけだった。

 

 

 

「強い娘ね。真っすぐな子。嫌いじゃないのよ、ああいう娘。

 この世代は結構目を光らせていたつもりだったんだけど、どうやって見つけたのかしら」

 

「ふふふ。落ちてたので、まとめて拾っただけですよ」

 

「悪い人」

 

 

 

 多分リギルのトレーナーだろう。

 チーフTは笑顔のまま何も返さない。

 リギルの人も、それだけ言ったら満足したのか、その場を後にした。

 

 残ったのは私だけ。

 考えは色々まとまらないけど、でも、これだけは言っておこうと思った。

 

 あれはサイドーテールのことだけを指していない。

 

 

 

「悪い大人」

 

「おっしゃるとおりです」

 

 

 

 私は落としものでは無いけどね。



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7話

 4月

 入学から1年。

 クラシック戦線では皐月賞が近付き、例の2人の報道がいよいよ白熱してきた。

 

 そこに新しい新入生が当たり前のように入学してくるわけだから、学園内でレースの話題が尽きることはまず無い。

 

 

 

 

 

 今年の新入生は豊作の年だ

 

 

 

 

 

 誰が言い始めたかは知らないが、みんな口を揃えてそう言う。

 

 

 良家の令嬢『エアグルーヴ』を筆頭に、名門メジロ家より『メジロライアン、メジロパーマー』。さらに特待枠で3人、ヤバいやつらがいるとのこと。

 

 推薦枠が『ちょっと地元で足が速くてアッピルしたら、学園に認められた』という枠に対して、特待枠は『君の走りにピンときた。ぜひ来てほしい』という言わばスカウト枠である。

 

 黙っていても強力なウマ娘が集まる中央のトレセンが、わざわざ来てほしいと頼み込む時点でもうヤバい素質の持ち主だということが分かる。それも3人。

 

 例年1人出るか出ないかの枠が3人も出たらそれはもう当たり年である。

 

 

 

 

 そんな時勢の折、我らがチーム・エルナトでは、来たる皐月賞に向けてサイドテールが猛烈な追い込みをかけていた。

 

 来る日も来る日もぶっ壊れる寸前まで身体を痛めつけ、そして回復に努めるという繰り返し。

 そのせいもあってか、最近では練習が厳しいチームのトップ3に数えられる位になってしまった。チーフTとしては心外であるとの弁である。

 

 

 

 また、チームから久々のG1出走とのこともあり取材の方も少し増えた。

 ただ聞かれる内容のほとんどは『ルドルフとつよつよウマ娘のことをどう思っているか』と言ったものであるが。

 

 

 ああ、それと、サイドテールのスプリングステークス後のウイニングライブについて言及されることも増えた。

 

 あのレースの後にも当然ウイニングライブがあったわけなのだが、悔し涙を流しながらライブをこなすサイドテールの姿がすっぱ抜かれたのだ。

 笑いながら悔し涙を流すという器用な様子を1カットで表現された、非常に分かりやすい写真が受けたのか、本人の預かりの知らぬところで、地味に有名になっていた。

 

 なお、当の本人は事実を真っ向から否定。

 日はく、あれは汗が目に入って偶然顔を顰めた様子が写真に納まってしまったとの弁。

 私たちは生暖かい目で同意してやった。サイドテールのやる気が下がった。

 

 

 尤も、世代最強の内の1人に果敢に挑み、それでいて本気の悔し涙を流せる気概を一部では評価されているのだが、こちらは本人も知らない模様。

 

 

 

 

 ちなみにサイドテールの皐月賞出走について取り立てうちでは大きく扱われるが、私も出走条件を満たしていたりする。

 いくつかレースで勝利を挙げており、収得賞金的にも登録が外れないであろう位置にいるため、申請をすれば走ることはできたのだ。

 

 ただ前にも述べた通り、三冠表明の矢先に希望を掻っ攫ってくスタイルの方が最高に気持ちいいと思ったため、今回も2人を避ける方針で別レースに出ると言って出走を回避している。

 

 

 すでに私の性格はパイセンらにも既知のことであるのだが、それを込みで可愛がってくれるのだから、懐が大きいと思う。

 

「まあ現実的な後輩だしね」「その分私らが夢見てやんよ」

 

 意味不明である。

 でも、なんとなくこの繋がりは残しておきたいと思ってる自分もいるが……止め止め、ガラじゃないや。

 

 

 

 

 

 

 さて、話は冒頭に戻る。

 

 4月である。

 新入生入学の時期である。

 そして今年の新入生は豊作である。

 

 以上の要素よりサイドテールが新入生の模擬レースを見学したいと申し出たのだ。

 日はく『原点回帰』とのことであるが、正直勢い余って他のモブを勧誘し始めないか一抹の不安がある。

 

 

「あんた、チームへの勧誘は絶対止めてよね。ただでさえ私らの練習で手一杯なんだから」

 

「分かってるわよ。そんな余裕無いってことぐらい」

 

 

 

 正直私としては増やすだけ無駄だと思っている。

 なんせ5月の優駿以降チームは存続しているかすら分からないのだ。だったら集めるだけ無駄である。

 故に表向きの理由は今の状態で手がいっぱい、と言うことにしてもらっている。

 

 

 なお、これを提案したらチーフTから「チームのことを考えるなんて……1年で大分丸くなりましたね」と驚かれた。心外である。

 

 確かに以前までの私なら増やそうが増やさまいがどうでもいい、と一蹴していただろうからそれと比べるとまあ、丸くはなったのだろう。決意は微塵も揺らがないが。

 

 

 

 

「正直何が楽しいのかさっぱりだわ。あの日の屈辱を蒸し返すだけじゃない」

 

「いいのよそれで。寧ろ忘れないための戒め?の意味も込めてるわ」

 

「あんなの忘れられるわけないじゃないの」

 

「いいからいいから、原点回帰、原点回帰。

 あちゃー、いつの間にか始まって……はぁあ!!?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

--学園内レース場 1R 芝1,600m 良

 

 

 

 

 それは良家の令嬢であるエアグルーヴとメジロパーマーが出走するレースであった。

 下バ評は圧倒的にエアグルーヴ。メジロパーマーは名門メジロ家の出ではあるが、そこまで評価は高くなかった。

 

 高くはなかったのだが……第1コーナーを回った時点で圧倒的先頭だった。

 

 いや、単純に大逃げを打っているだけではあるのだが、あの名門メジロから逃げ。それも大逃げをかますようなウマ娘がいることにどよめきが上がっているのだ。

 

 

 ああ、苦し紛れの奇策か。

 

 

 大方の見方はそんなものだった。

 先頭集団から()()()()()()()()あのウマ娘が出てくるまでは。

 

 

 

「ウェイウェイうぇーい、あがってこうよー!」

 

「あぁん!?」

 

 

 メジロパーマーが第2コーナーに入るまでの間に追い付いてきたのだ。

 大逃げをかましてるウマ娘に追い付く脚力とか、正直末恐ろしい瞬発力ではある。

 

 ただまあこれでパーマーの逃げが潰されたのだ。少しは展開も落ち着くだろう。

 誰もがそう思っていた。

 

 

 

「んじゃま、サイナラー★」

 

「--ッ!

 調子暮れてんじゃねーぞ!!」

 

「おっ、いいね、イイネー。

 勝負ったらショウ・ブー」

 

 

 

 まさかのテンポアップ。

 見てる外野は思った--こいつら、正気か、と。

 

 

 

 第2コーナーを回ってからの直線。2バはデッドヒートを繰り広げる。

 

 

 

 落ちないスピード、爆逃げを打ち続ける先頭の2バ。

 おい、一体いつになったらこいつらは落ちるんだよ。

 異様なレース展開に始めは嘲笑気味だった外野も、いつの間にか『まさか』を感じるようになった。

 

 

 そしてその『まさか』に誰よりも警戒していたのは、ターフ内のエアグルーヴであった。

 

 

 

 行動に移したのは先頭2バが直線の半分を超えたところだ。

 いずれ失速はするだろうがここで手を打たないと取り返しがつかなくなると踏んだのだろう。

 

 集団をいち早く抜け、先頭2人を猛追する。

 

 フォームもコース取りも。その一挙動一挙動に無駄が無い。

 入りたての新入生とは思えないほど洗練された追い込みで。

 

 

 

 エアグルーヴが第3コーナーに入る。

 

 流石に先頭2人もスピードは落ちていたが、第4コーナーを終えて体力を振り絞出すようにして脚を回していた。

 

 

 

--間に合うか、微妙か。

---いや、直線で捉え切れる!

----終わってみれば、私がトップだ!!

 

 

 きっとそんなことを思っていたのかもしれない。

 いずれにしても、少しでも意識を後ろに回せていたら気付く事ができただろう。

 

 

 迸る、白い稲妻の正体に。

 

 

 エアグルーヴが先頭を捉えるのと同時だった。

 その外から、白い稲妻が鳴り響いたのは。

 

 

 

 

 

--レース結果

 

1着 タマモクロス  (特待生)

2着 エアグルーヴ   3バ身

3着 メジロパーマー  1バ身

3着 ダイタクヘリオス  同着

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 1R目からこれである。外野のざわめきは留まることを知らない。

 

『大逃げコンビは思った以上に荒らす』『あのギャル娘は短距離で輝く』『難しいレースだったがグルーヴ嬢の判断力も光るものがあった』などなど、色々と評価が飛び交う。

 

 

 中でも圧巻だったのはやはりちみっこい白いウマ娘の走りであろう。

 驚異的な追い込みだったのは言うまでもない。

 調べると特待生と言うのだから、うん。あれは頼み込んででも来てもらいたくなる気持ちは分かる。

 

 

 

 

 さて、本日の見学会の発起人である隣のサイドテールであるが、その目は真っ赤に燃えていた。

 

 

 

 

 

「原点回帰、とか言って『昔の私から大分成長したよね』

 ……なんて生温い感傷に浸ってる場合じゃないわ。

 

 もっと追い込んであの娘らを迎え打つ準備をしないといけないわね」

 

「マルゼンスキーはどうすんのよ」

 

「倒す。んでもってあの娘らもシニアで迎え打つ」

 

「ルドルフは?」

 

「それはあんたに任せるわ。私がマルゼンスキーを倒して、あんたがルドルフを食う。

 ほら、強豪チーム・エルナトの誕生よ」

 

 

 

 ホントにコイツは……

 

 笑顔でそんなことを言ってくるサイドテールが、とても眩しく見えた。



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8話

 正直すまんかったと思う。

 

 皐月賞もいよいよ前日と迫ったところ。

 私が出走予定のOPレース『忘れな草賞』を予定に入れてしまっていたのだ。

 

 関東圏内ならまだ都内で調整ができて幾分かましなスケジュールを組めたのだが、このレースの会場は阪神競馬場である。

 

 

 スケジュールもハードなもので

 金曜の午前中に最終調整→その日の午後に会場入り→次の日レース→終わったらサイドテール達と合流→皐月賞

 

 とかなりタイトなものとなってしまった。

 

 

 流石にG1出走とあって今回チーフTとパイセンらはサイドテールの調整に付きっきりである。

 それだけでは人手が足りないので、あの巨漢Tにも臨時で手伝ってもらい、何とかいつもと変わらぬ調整を施す状況を作り上げることができたのが昨日の出来事である

 

 手伝ってもらって言うのもなんだが、あの巨漢Tは暇なのだろうか。

 

 

 

 なお、私の方はサブTに同行してもらい、会場へ向かうこととなっていた。

 本当はパイセンらも一人こっちに来てくれるよう動きかけていたらしいが、それは申し訳ないので流石に遠慮した。

 本音はそんなもの必要ないけど……うん必要ないだけだ。

 

 

 

 

「ごめんサブT。

 完全に自分のことしか頭に無かった」

 

「あなたたちはそれでいいんです。

 それに自分のレースをしっかり勝つことが何より応援になります」

 

「……そう。なら頑張るしかないね」

 

「その意気です」

 

 

 

 

 道中の新幹線で少ない会話を交わす。

 そもそも私とサブTの接点は表向きの練習位しかない。

 未だに本気のマンツーレッスンはチーフTとしか行っていないのだ。

 

 別に信用してない訳ではないが、どうにもこの完璧善人には本音を話す気にはなれなくて今に至る。

 多分ダービーを終えるまで話すことは無いだろうと思う。

 

 

 お互いに無言。

 私はスマホで皐月賞特集の記事を確認。

 サブTはノートPCを扱い何か作業中。ちょっと気になったので暇つぶしがてら話を振ってみた。

 

 

 

「サブTはPC弄って何してんの。

 今更私の練習メニューの確認とかじゃないでしょ?」

 

「そうですね。まあネットサーフィンですよ。

 皐月賞特集で扱われているマルゼンスキーさんとシンボリルドルフさんについてです」

 

「奇遇じゃん、私もそれ見てる。

 サブTは正直どっちが勝つと思う?」

 

「こらこら、同じチームメンバーを応援してあげてくださいな」

 

「いいんだよ、1か月そこらで急に強くなるわけないのはサイドテールが1番よく知ってるから」

 

「あはは、相変わらずで。

 

 有利と言えばマルゼンスキーさんです。

 どうも走りの質がスプリント寄りに見えますので、2,000mの皐月賞ならそちらかと。

 

 ただしルドルフさんも普通の方ではないので。

 案外何事も無かったかのように後ろついて、当たり前のように差してしまうかもしれないですね」

 

「結局どっちつかずじゃん。

 まあいいや、答え合わせは皐月賞で出来るわけだし」

 

「当然、外れることを祈ってますよ」

 

 

 

 

 なんて事は無い。

 サブTだった本心と建前を使い分けているだけ。

 私とそう変わりなんてない。

 

 

 

--忘れな草賞

阪神競バ場 芝 2,000m 稍重

 

1着……

2着キュウセイナイト

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 皐月賞当日。

 会場は前回と同じ中山競バ場。

 

 但し客の入りは前回のスプリングステークスとは比べ物にならない。

 

 満員御礼。入場券完売。ヤバ過ぎである。

 正直、昨日の私のレースとは何だったのか、と思える位の規模である。

 いや、昨日は桜花賞が後のレースに控えていたから結構客の入りは良かったんだけどさ。

 

 

 言わずと知れた世代2強の激突。

 そこにその他のモブどもが割って入れるか、と言うのが大方の見方だ。

 

 そのモブどもも、サイドテールを筆頭にそれなりに粒揃いではある。

 なんせこいつらは世代2強の名前に怯むことなく挑むことができるのだから。ある意味究極のマゾである。

 

 

 

 

「ったく、あんたは何負けて帰って来てるのさ」

 

 

「数時間後のサイドテールの姿である」

 

 

「バ鹿言ってんじゃないわよ。こっちは討ち死にも辞さない覚悟よ」

 

 

 

 

 

 

 

 控室での一幕。

 いつも通りの軽口の応酬。

 

 

 T達もパイセンらも流石に慣れたのか、もはや私たちのやり取りに口を挟むことは無い。

 ……思えば大分私も染まってきたと思う。

 

 

 こんな馴れ合いなんて始めは考えられなかった。

 最低限の愛想と事務的やり取りでしかコミュニケーションを図ることは無いだろうと思っていた。

 

 

 況してやサイドテールである。

 あのモブ中のモブとしか認識していなかった奴とここまでの付き合いになるなんて想像すらしてないなかった。

 

 それが同期で同チーム。そして現在では控室でしょうもない軽口を叩きあうまでの間柄だ。

 1年前の自分が見たら『絆されんなや』と間違いなく悪態を突いてくるだろう。

 

 

 間違いなく、丸くなったと思う。

 

 

 

 

 

「討ち死には困りますので、先ずは無事に戻ってきてください。

 そしてどんなレースも何が起こるかは始まるまで分かりません。虎視眈々と先頭は狙い続けてください。

 

 さて、サイドテイルさんを始めあなた達もご存じの通りですが、今日明日で劇的に強くなることは先ずありません。強くなるには今日の自分を超え続けていくしかないのです。 

 

 

 改めてサイドテイルさん、スプリングステークスの後に吐いた言葉に偽りはありませんか?」

 

 

 

 

 

「当然!」

 

「よろしい。今日のレースが有意義なものとなることを願っています」

 

 

 

 これだ。このサイドテールのひたむきさが堪らなく眩しい。

 純粋に勝ちだけを望んでいる姿がとても美しくて……同時に嫌悪感を催す。

 

 三冠馬、社会的名誉、歴代最強……違う、そんなものじゃない。

 

 

 

--あいつには負けたくない

 

 

 

 

 これだけだ。

 どんなにサイドテールが三冠を目指そうが何だろうが、結局マルゼンスキーの少しだけ上に立つこと。この思いだけでサイドテールは結果を残し続けているのだ。

 

 

 目標となる相手が最高峰に高いというのも頑張れる一因だろう。

 伸ばせるだけの才能が本人にあるのも理由になろう。

 

 

 だけど何よりもあいつが前に進み続けることができるのは、負けたくないという誰もが持ち得ている子ども染みた対抗心が原動力となっているからだ。

 

 

 

 間近で見てしまうと中てられてしまう情熱。

 とても眩しいものと感じると同時に、私はどうしても嫌悪感を抱いてしまう。

 

 

 

 

「まあ、うん、頑張んなよ」

 

「始めから素直にそう言ってりゃいいのよ。

 見てなさいな、私の生き様!」

 

 

「あんた死ぬの?」

 

「物の例えよ!」

 

 

 チーフT、私今、うまく笑えているかな。  

 

 

 

 

--皐月賞

 

中山 11R 芝 2,000m 良 フルゲート(18)

 

 

 

 

『皐月賞、中山競バ場。

 

 すでに観客は満員御礼。入場券は事前販売の当選者のみでSOLD OUT。

 今年のクラシック戦線の注目度の高さが伺えます。

 

 さて、注目は何といってもこの2人。シンボリルドルフとマルゼンスキーだ。

 

 2人とも前哨戦となるレースを圧倒的強さで踏破。文句なしの実績を引っ提げて中山の舞台で雌雄を決することとなりました。

 

 1番人気はこのウマ娘、真紅の勝負服を纏ったマルゼンスキー。

 圧巻の瞬発力が2,000mという距離で僅かに有利に働くと見られたのか。

 前日のインタビューでは『公式の舞台ならではの勝負を全力で味わいたい』とのこと。シンボリルドルフを意識しての発言であることに間違いはありません。

 

 続く2番人気は深緑の宮廷衣装を纏ったシンボリルドルフ。

 同じく前日のインタビューでは『全力を尽くす』と短いながらも堂々とした回答で多くを語らず。

 

 その姿は宮廷貴族と言うより生粋の軍人といった様相であったと、インタビュアーの談。』

 

 

 

『各ウマ娘、パドックでの勝負服姿の披露も終わりいよいよゲートイン。

 今から2分後には今年の皐月賞の覇者が決定いたします。

 

 さあ、最後の娘がゲートに入り、態勢完了。……スタートしました』

 

 

 

『先頭はやはりこのウマ娘、マルゼンスキー。

 続く2番手は2バ身離れてシンボリルドルフ。いつもなら勢いよく突き放すはずのマルゼンスキーだが、今日はやはり慎重になったのか。シンボリルドルフはこの位置。

 

 そこから5馬身ほど離れて3位集団。各ウマ娘、様子見と言ったところか。

 

 

 

 

 

 

 

 ……続いて集団内の外側にサイドテイル。前回の1人旅とは対照的に今日は集団内で様子見か。

 

 

 

 

 

 

 さあ、マルゼンスキーが第2コーナー回ったその後ろをシンボリルドルフが続く。

 縮まらない。両者の差が全く縮まらない。

 着かれているのか、もしくは疲れているのか。

 共通することは両者の表情からは全く焦りと言うものが見られないということ。

 このマッチアップすらも想定の範囲内と言うのか。

 

 集団も第2コーナーを回ってから1直線に並び始めております。

 抜け出していたのはサイドテイル、サイドテイルだ。

 

 前日のインタビューでは『前走の悔しさをぶつける』と意気込んでおりました。

 

 

 

 しかし中山の直線は短い。速くも先頭2人は第3コーナーに入りました。

 

 ここでマルゼンスキーが加速し出し……いや、ルドルフ来た!ルドルフ来た!!シンボリルドルフが上がってきた!!!

 

 内側から、内側から撒くって来た!

 マルゼンスキーが加速し、僅かに外に膨れた瞬間に合わせて内側から入り込んで来た!

 

 両者が並んだ、並んだそのまま最終コーナーを迎える!

 内からルドルフ! 外からマルゼン! ルドルフか、マルゼンか!

 

 両者ともに余裕そうな表情など一切ない! 必死だ。ともに負けまいと必死だ!

 後方のサイドテイルも果敢に追いすがるが、届かないか!

 

 歓声はもはや絶叫!マルゼン、ルドルフコールが入り乱れている!!

 マルゼン、僅かにマルゼンか!! 今日のスーパーカーは特にエンジンフルスロットルだ!!

 

 さあ、最後の登りだ。幾多のドラマを生んできた中山最後の登りだ!!

 マルゼンスキーがそのままのスピードで突っ込む!!

 スーパーカーがバ力(りき)の違いを……ルドルフ!!?ルドルフだ!!!シンボリルドルフが再浮上!!!

 

 なんなんだこのウマ娘は!!憤怒だ、憤怒の表情だ!!『そんなもので突き放せると思うな』と表情が物語っている!!!

 

 加速!加速!!加速!!!加速だ!!!!

 最後の登りをとんでもない力で踏破して、強引に身体半個抜け出したぁぁぁぁああああああ!!』

 

 

 

 

 

 

 

--皐月賞

中山 芝 2,000m 良

 

1着 シンボリルドルフ (レコード)

2着 マルゼンスキー  アタマ

 

……

……

5着 サイドテイル   ハナ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 皐月賞の勝者が決まった。

 世間では3本勝負の1本目と言う位置づけで、まだ2本目、3本目と勝負が残っているという見方であるが、ちょっとレースを齧ったものならこう捉えている。

 

 

 短ければマルゼン、長ければルドルフ

 

 

 得意距離の話である。

 もともとマルゼンスキーは瞬発力が売りのウマ娘だ。

 確かにスタミナも抜群にあるのだが、そこはシンボリルドルフの方が有利と言われていた。

 

 故に今回の皐月賞はマルゼン有利と言われていたわけなのだが、逆を言うとそれ以外はルドルフ有利か、とも言われていたのだ。

 

 

 

 とどのつまり、残り2レースはルドルフ有利で、下手したらマルゼンスキーは3タテを食らう可能性すらある。と言うことだ。

 

 

 

「最終確認ですが、後悔はありませんか?」

 

「微塵もないね……って言えばウソになるよ。

 けどさ、私の大望を止める理由にはならないよ。

 

 トレーナーこそいいの? せっかくいい飯のタネができたのに」

 

 

「ほどほどにおいしいご飯はもう食べ飽きました。

 そろそろちょっといいご飯を食べ始めたいと思っていましたので」

 

 

 

 

 以前私は言った。

 このTは栄達に全く興味がない。ウマ娘を自分の生活の糧ぐらいにしか思っていない、と。

 1年経って私が丸くなったに対して、このTは全くブレることがない。

 

 以前までそれが頼もしく感じられたが、1年経った今は逆に堪らなく怖い。

 何がこいつをここまで歪ませたのか。もしくは生まれ持っての感性なのか。

 

 

 分からない。分からないけど……同時に頼もしくもある。

 こいつだけは変わらない、という安心感があるから。

 

 1年前私はTに胸の内の悪意をぶち撒けた。

 その上でこいつは何てことが無いように受け止めてくれた。

 

 あの時は何とも思わなかったが、今にして思えばありがたく思える。

 だって、私の初めての理解者となってくれたのだから。

 

 

 

「尤も、全面的には難しいですが、でき得る範囲で協力はしますよ」

 

「あはは。ブレないなーほんと。んじゃま、ダービーはぶち撒けてやりますか」

 

 

 

 だからごめんね、サイドテール。

 あんたが歩みを止めないように、私も前に歩み始めるよ。

 

 歩む先が例え、あんたとの決別に繋がろうとも。



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9話

 ダービーまで残り1か月を切った。

 

 今までよりギアを一つ上げてひたすらに自身を苛め抜く。

 普段の練習からも殺気立つようになり、パイセンもサイドテールもサブTすらも私の豹変ぶりに驚いている様子であった。

 

 感情を露わにして練習をするようなタイプではなかったが、やはりダービーが楽しみなのだろう。

 当日のことを思うと胸が躍り、練習にも熱が入る。

 

 他人の夢を食らうのはどんな味がするのだろう。

 況してや当代。いや、新世代を代表する2人の夢、希望、期待と言ったらさぞ格別だろう。

 

 それを思うと更に熱が入る。

 

 

 

 

「随分殺気立ってるじゃないの」

 

 

 殺気で満ち溢れている私にサイドテールが話しかけてくる。

 少しだけ私から熱が奪われた。

 

 

「うん。あんたを含めてぶっち切る予定だから」

 

 

 

 本音だ。隠すつもりもない。

 どうせいつもの軽口だと思っているだろうから。

 

 

 

「おー怖っ。

 そういやあんた、どうしてダービーを目指してんのよ。

 私みたいにぶっ倒したい相手がいるわけではないんでしょうに」

 

「普通ダービーって言ったら、大概のウマ娘が獲りたがるタイトルだと思うけど」

 

「そりゃそうだけど、もっと根本的なやつよ。

 名誉だの、偉そうにふんぞり返りたいだの……「俗的な理由?」そうそれ!何かあるんじゃないの?」

 

「……あるよ」

 

「お、あるのね。

 ほらほらほら、お姉さんに打ち明けてごらんなさいな。

 さぁ、さぁ、さあ!」

 

「練習上がりまーす」

 

「ああん、もうごめんってばー」

 

 

 

 ふと、母がメモ帳に書き残していた文字を思い出す。

 

 

 

 

『トレセン学園、レース、チェック相手→()()()()()!』

 

 

 

 

 きっかけなんて、些細なことである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 練習の後は食事である。1日の中でトップクラスに楽しみなイベントだ。

 普段から私は良く食べる方である。それが練習の後、しかも追い込み練習の後と言ったら尚更だ。とにかく食う。

 

 疲れてもいるし、最近は殺気立ってもいる。

 要するに食う前の私は頗る機嫌が悪い。

 

 

 

 前にサイドテールがそんな状況下の私から調子こいておかずを強奪したことがある。

 その時は静かにブチ切れて、食後にサイドテールをグラウンドまで引きずって、永遠と併走をかまし続けた。吐いても、泣きが入っても私はうんと言わずに。

 

 結局パイセンやT達が総動員で私を無理矢理止めに入り事は終えたのだが、以降食堂で私に話し掛けるものは皆無となった。

 

 

 

 何故そんなことを回想してるかと言うと、バ鹿野郎が私の前に現れたからである。

 

 なんてことは無い。

 私が食事をしてる席の後ろを凄まじい速さで駆け抜けただけ。

 その際そいつがぶつかって、私が口からものを吐き出しちゃっただけのことだ。

 

 ……さて、ヤルか。

 

 

 

「ん、どしたお前。そんな怖い顔して睨んで」

 

「あんたがぶつかった結果、私が口から飯を吐き出しただけだよ。落とし前は?」

 

「マジか!?

 わっり、飯の邪魔しちまって。お詫びに最高のスイーツを準備してやるから

 ちょっと待ってろよなー」

 

「あ、ちょい、待てこら!」

 

 

 

 一方的に捲し立てそのまま彼方へと消えてしまった。

 少し唖然としていたが、逃げられてしまったと思った私はさらに殺気立ったまま食事を続けた。

 

 あの白いの、次見かけた時はただじゃおかねぇ。

 

 

 そんな思いを胸に、一心不乱にご飯を掻きこむ。

 とにかく食べないと体の回復が追い付かない。

 

 食堂で一番食べるのは多分私だろう。ってぐらい食べる。

 よく噛んで、飲んで、そしてお替わり。

 

 途中臨時Tの叫び声が聞こえたような気がするが、どうでもいいことだ。

 

 

 

 

 腹八分くらいだろうか。程よい満腹感を得られたときにそいつは戻ってきた。

 

 

 

 

「さっきは悪かったな。

 ほらよ、さっきそこで拾ったソフトクリーム」

 

 

 間がいいというか何というか。

 それに自分で言うのもなんだがソフトクリームでコロッと行く私の感性もガバガバ過ぎる。

 ご飯を食べてデザートまで召し上がってしまったから、どん底だった機嫌が戻ってしまった。

 

 

 

 

「邪魔した私が言うのもなんだけど、単純なやつだな」

 

「言わないで。自分が一番分かってる。あーうまうま」

 

「いやまあ、満足したなら良いんだけどさ。

 それよかお前よく食べるのな。どこのチームで練習してんだ?」

 

「ん、エルナト」

 

「ああ、あのベソ掻きライブの。

 面白そーではあるんだけどなー、ゴルシちゃんレベルになるともっとハジけたチームの方があってるって言うか」

 

 

 

 ゴルシ……確か皐月賞で3着だった奴だ。

 しかし話を聞いてるとどうもトレーナーが付いていないっぽい。

 

 

 

「どうやって皐月賞に出走したのよ」

 

「そりゃあ、さっきぶっち切ったTの文字を真似てごにょごにょっと出走申請をだな」

 

 

 

 名義貸しか。

 確かに黙認されているところもあるが、G1レースでやってるやつは中々珍しい。

 

 しっかりした指導を然るべきトレーナーから受けて始めて実力が身に付くのだ。

 OPレースならいざ知らず、半端な実力で出場できるほどG1は甘くは無い。

 

 甘くは無いのだが、こいつはその離れ業をやってのけた。

 

 

 

「そんな環境でよく3着に着けられたわね」

 

「お、よく見てんじゃん。

 ゴルシちゃん、実はワープ走法ってのが使えてな」

 

 

 

 

 最終コーナーで集団を全て捲ったのだ。

 

 

 途中までサイドテールが3着だったのだが、結局5着に落ち着いたの最終コーナーをきっかけにすべてをひっくり返されたから。

 

 

 あの日の芝は確かに良バ場だったが、先頭2頭が内を荒らしてくれたおかげか、

 集団は内を避けるように外を回っていた。だがその内を敢えて突いたのがこのウマ娘。

 

 荒れた馬場も何のその、力強いストロークで後方から最終コーナーを一気に駆け抜き、最後の登りでサイドテールともう1人を捕まえたのだ。

 

 映像を見返さなきゃ分からなかったがこいつも相当やる。

 

 

「サイドテールの反省会映像にあんたが映っててね。悔しがってたよ、あいつ」

 

「ほーん。そんでそんで、他には?」

 

「臨時Tがツバ飛ばしながら無茶苦茶評価してた」

 

「なんだろう、ゴルシちゃんレーダーがあまりよろしくないものを感知している気がする」

 

 

 

 

 まあこいつもこいつなりに考えがあってトレーナーを付けていないのだろう。

 その後、臨時Tが食堂に駆け込んでくると面倒くさそうな顔でゴルシはどっかに逃げ出してしまった。

 

 名義を貸してたTってこいつかよ。

 世間は狭すぎる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 瞬く間に月日が流れていく。

 ジュニア戦線ではあの特待生の白いちびっ子始め、個性的な連中が華々しくデビューを飾っているニュースをよく聞く。

 

 なんでも群雄割拠の時代だとか。

 

 頼もしい後輩達ではあるが、それ以上にダービーのニュースが白熱化してきた。

 

 

 世間ではダービーが間もなく開催する、と言った時分。

 私とサイドテールは理事長より呼び出しが掛かり、理事長室に向かっていた。

 

 

 

「なんだろう。接点なんて無いはずなんだけど」

 

「私とあんたが声掛かってるんだからダービー関連でしょうよ。

 ほら、まえまえ」

 

 

 

 「うん?」とサイドテールが前を向き直すと、つよつよウマ娘が理事長室に入っていった姿が目に映ったようだった。

 

 

 十中八九、ダービー出走者全員にお声が掛かっているのであろう。

 案の定、私らが部屋に入ったらすでに見覚えのあるウマ娘達がロの字型に並べられた席に座して待ち構えていた。

 

 ダービートライアルを勝ち上がった娘や、よくレース掲示板に名前を連ねるような娘。

 皐月賞以上に豪華な面子であることは間違いがない。

 中には食堂で絡みのあったゴルシも退屈そうに待っていた。

 

 

 

「お、ベソ娘に食い意地娘じゃん。お前らもダービー出走かよ」

 

「うっさいわね!あんた、泣かすわよ!!」

 

 

 

 この面子のピリピリした空気の中で軽口を叩くとは、中々胆の据わった娘である。

 見渡すと『ギロッ』と言った擬音が聞こえそうなくらい強い視線を向けてくるものが多数。

 

 中には二人以外に私を嘲笑の目で見てくる輩もちらほら。

 

 

 この面子の誰もがルドルフやつよつよウマ娘に苦渋を舐めさせられているが、私は徹底的に2人を避け続けたのでそれを逃げと捉えたのだろう。だからこその舐めた視線である。

 

 サイドテールも私に向けられている視線に気付いたのか、憤慨……ではなく「っんふ、あんた舐めめられてんじゃん」と煽ってくる始末。

 

 このチームワーク(笑)である。

 

 

 

 

「あんたが舐められるのはしょうがないけど、私を舐めるのは許さない」

 

「いや、まあ、実績的にはそうなんだけどさ。どうなのよ、チームメイトとしてブチ切れるとか」

 

「だって事実じゃない」

 

「ぐぅの音も出ない件」

 

 

 

 尤も、この程度で怯む精神構造はしていない。

 呆れた様子で見てくる2強連中だが構うこと無い。

 

 

 

 

「君たちは漫才をしにここに来たのか?」

 

「いや、ナイトも私も理事長に呼ばれたから来たんだけど」

 

「どうしてそんな当たり前のことを?」

 

「……ああ、すまないね。

 安心したよ。突然寸劇が始まったものだから」

 

 

 

 

 この返しである。

 流石に馬鹿にされたのが分かったのか、いい感じにオラ付いてきてくれた。

 

 あはは、いいね。普段のすまし顔を歪ませてやるのは楽しいね。

 

 

 周りの雑音も心地よい。

 『雑魚』やら『腰抜け』やら『レースからの逃げ野郎(笑)』やら。

 

 初めこそ小声でひそひそ話していた連中も、もはや地を隠さなくなってきた。

 

 

 いいねいいね、盛り上がってきたね。

 

 

 と、思ったけどやはりストップが入ってしまった。

 理事長の入室である。

 

 

 

 

 

「例年、ダービー出走者はここに集まってもらい、本番の日に向けて各自エールを贈り合うのですが、今年は些か品に欠けますね」

 

 

 

 入室直後の第一声である。

 あの日の挨拶の時同様、とても疲れた顔をした理事長の婆さんが入って来た。

 

 サイドテールを始めとし、他の娘達も雰囲気に呑まれてか、流石に閉口した。

 

 

 理事長の婆さんはゆっくりと歩き自席に座る。

 

 

 その姿はあの入学式の日と何ら変わらない。年齢を感じさせない、凛々しい姿のまま。

 

 

 そこから語り出すのダービーが特別たる理由だの、先人たちが何を思って走ったかだの、いわゆる私にとっては取り留めのない話。

 

 ある者は熱心に耳を傾け、ある者はどうでも良さそうな表情であくびをし、ある者は理解してる振りをする。

 

 

 結局語りは5分程度で終わったが私には何一つ響く話は無かった。

 

 

 

 

 

「さて、話は以上です。

 どうでしたか、老人のつまらない話は」

 

「そんなことは無いです。お話、感服いたしました。

 それとその節は色々お世話になりました」

 

「結構。

 あなたクラスのウマ娘がくだらない縛りでクラシックレースに出走できないことは明らかにつまらないので。働きかけたのは当然のことです」

 

 

 

 寧ろこの話の方が気になる。

 つよつよウマ娘は海外出自のため、日本のクラシックレースを始めとするいくつかのレースには出走権利が無いとかどうとか。

 

 私らがジュニア期の時は割と記事として扱われていた時期もあったが、2強激突の情報が出回った頃にはいつの間にかその手の記事が無くなっていたのだ。

 

今の話を聞くに、理事長が何か動いたのであろう。

 

 

 

 

「この場をお借りしてお礼を申し上げます。

おかげで素晴らしいライバル達と競い合えることができます」

 

「光栄だね。でも勝利は譲らない」

 

 

 

 にらみ合うルドルフとマルゼン。

 このまま二人だけで睨み合えば絵にもなっただろう。

 ……だけど、私らの世代には、こいつがいる。

 着火剤とも言えるウマ娘が。

 

 

 

「あんたら互いに意識してるようだけど、次は簡単に勝たせるつもりは無いわよ」

 

「そいつの言うとおりだぜ。

 今度は距離もなげーし、ゴルシちゃんがケツから捲ってやるぜ」

 

「あんたもよ!」

 

「……すまないが君は誰だい。

 そもそもこの場に割って入るなら、レースで実力を示してからにしてほしい」

 

「はん、次のレースでほえ面掻かせてやるわよ」

 

「オイ、ゴルシちゃんも混ぜろよ」

 

 

 

 

 案の定である。

 サイドテールを筆頭に、またもバチバチにけん制し合う状況に陥ってしまう。

 

 先ほどと違うのは、今度は理事長の目の前でもろに、ということ。

 

 

 きっと恐ろしい表情をしているだろう。

 ちらっと横目で見てみると……なんでか、少し笑ってる。

 

 

 

「先ほど釘を刺したつもりですけど。ふむ。

 すましてるよりはいがみ合っている方があなた達の世代はしっくりしますね。

 

 ええ、ええ、よろしい。

 互いに意識しあうのは大いに結構です。改めてあなた達の激闘を期待しています」

 

 

 

 

「面白くない結果になると思いますが」

 

「言うじゃない、ルドルフ」

 

「上等よ。まとめてほえ面かかせてやるわ」

 

「ゴルシちゃんも、その喧嘩買ったぜ」

 

 

 

 ほかの娘達も続々着火。

 その様子を見た理事長はとても嬉しそうで、逆に私は冷めた目で見ていた。

 

 

 ……悪いけどそんなに面白いことにはならないと思うよ。

 

 

--ダービーが来る



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10話

 チーフTとの最終調整。

 流石にダービーが近いから限界まで痛めつけるような練習は行わない。

 

 いよいよ今日本番を迎える。

 今はそのための最終調整をチーフTと話している最中である。

 

 

 

 

「見慣れたタイムですが、末恐ろしいですね。

これでまだ成長途中とか、あなた以降の世代からレコード更新が途絶えるでしょう」

 

「私の影を追うか諦めるか。そう思うと私としても実に走り甲斐のあるレースになりそうだよ」

 

 

「それは僥倖。尤も今懸念してるのはダービー後の言及。

 間違いなく今までは本気じゃなかったのか、という質問が来ますね。どうお考えで」

 

「質問されたことについては正直に答える。後ろ暗い事なんて無いし」

 

「サイドテイルさんにも?」

 

 

「……そうだよ。先輩達にもサブTにも臨時Tにも。

 相手が誰だろうと()()()()つもりは無いよ」

 

「よろしい。そんなあなただからこそ私も本気になれる」

 

「チーフTの本気?」

 

「楽して天下が取れそう娘が来たら全力でサポートする。大局的にはそうやって大物を待っていたんですよ。あなたのような、ね。

 それでいてあなたはぶっ壊れた感性の持ち主でしたので、私の感性を揺さぶる点でも満点中の満点でしたね。

 

 サイドテイルさんも中々に面白いですけど、やはりあなたは格別だ」

 

「どうしよう、もっと人畜無害な奴と手を組めたら良かった件」

 

「そんなまともな人でしたら、あなたとタッグなんて組もうとしませんよ」

 

 

「言えてる。じゃ、行くかな。

 Tはこの後サイドテのとこ?」

 

「ええ。あなただけに付いてたら贔屓してるように思われますので。

 では、レース後に」

 

 

 

 私がダービーを取ることを確信した返事だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

5月末

日本ダービー(東京優駿)当日

 

 

 世間では世代最強決定3本勝負の2本目とも言われているクラシック三冠の2冠目。

 出走メンバーが控室入りする前から、すでに会場は観客で溢れかえっていた。

 

 

「皐月もすごかったけど、ダービーはまた、なんか異様だね」

 

「トゥインクル・シリーズを語る上でダービーは外せませんから。

 あなた達にとっても関係者にとってもダービーの栄誉は何物にも代え難いものであるのですよ。

 

 だから皆さん必死になる。その雄姿を一目見たいがために『この日だけは』と。

 お客さんも会場に足を運ぶ人が多いんです。

 

 また、場内の賑わいはもちろん、場外も出店や屋台が立ち並んでるのは『お祭り』の一端も

 成しているからですね。

 

 

 皐月賞のように観戦チケットも事前販売を行わず当日の抽選入場のみ。

 映像も場外のあらゆる場所に関係モニターが設置されており、そのモニターで確認できた当選者のみが入場可能。

 中に入れるのは本当に『運のいい』方だけです。それ以外の方はモニター越しの観戦です。

 

 また、普段指定席で設けられている席は全てレース関係者の席として開けるだけで

 一般開放は行われておりません。

 

 他にも挙げるとキリがありませんが、それだけの一大事業でもあるんですよ。

 

 だから皆さん、ダービーに夢を見るのです」

 

 

「そうなんだ。あたしはただマルゼンスキーを打倒したいだけでここに来たつもりなんだけど。

 夢を見る場所ねー……うん、なんかいいわね、そう言うの!

 

 そっか、だからあんたはここを目指していたわけね!」

 

「まあね」

 

 

 

 

 

--過去、未来、そして今を走る私達の夢を飲み込むために

 

 

 

 

「何より今年はあの2人がいます。世間はシービーさんから続いてる、三冠争いに湧くに沸いているわけです。

 

 圧倒的な強さのを見せつけられた去年と違い、2人とも世代が被らなければどちらも三冠を取れていると言われてますから」

 

「じゃあ、それを阻めたらサイッコーに気持ちいわね!」

 

「ふふふ、その意気です。ナイトさんはどうですか?

 初のG1がダービーなわけですから、気負いとかは」

 

「まるでないよ」

 

「ホントにあなた達は。実力は発展途上とはいえ、その精神性は驚嘆に値します。

 

 だからこそとやかく言いません。お二人とも()()()()()レースになることを祈っています」

 

 

 

 

 

 チーフT、サブT、先輩らに私たちは見送られて控室に向かう。

 

 道中、私とサイドテールは特に話すこともなく歩き続けた。

 

 

 チラと横目で覗き見る。

 あいつはいつも通りのやる気に満ち溢れた表情。

 私も普段通りの、いわゆる澄ました表情。

 

 珍しく軽口を叩くことなく、互いの分岐路に着く。

 

 

 背中を向けたサイドテールが軽く「じゃ、レースで」と一声かけて自分の控室に向かう。

 

 

 

 

「ねぇ!私は()()()()()()よ」

 

 

 

 何故か言っておきたかった。

 言ったところで結果が変わるわけでもないのに、突発的に口から出てしまっていた。

 

 理由なんて分からない。でも言わないといけないと思ったのだ。

 

 

 サイドテールはこちらを振り返りただ一言。

 

 

 

「うん、上等!」

 

 

 

 それだけ言って控室に向かって行った。

 私もそれ以上は何も言わなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 黒ベースの紫がかった神父服。

 これが私の勝負服のモチーフだ。

 

 シスターベースでは無く、神父ベース。

 可愛さより格好いいと言われる衣装である。

 

 中に全身を覆うインナーを着込み、肌の一切の露出をシャットアウトし、その上から勝負服を着込む。

 

 

 胸元が若干苦しいため少し余裕を持たせた作りになっており、場合によって開閉させることができる構造となっている。

 

 

 そのため、肌を露出させることも可能ではあるのだが、私は勘弁願いたい。

 

 

 おいそれと肌を露わにするわけにはいかないのだ。

 故に完璧なまでに露出をシャットアウトした構造となっている。

 

 

 

 ちなみに私のパドックでの紹介は、『新星のパープルシャドウ』であった。

 初めてのG1ということで新星、衣装がそれっぽく見えて神聖、と言う二つの意味を込めたものだとか。

 

 正直どうでもいい。

 

 

 

 各々のウマ娘の紹介も終わり、地下道を潜ってターフ入りしたらいよいよゲートイン。

 何てことは無い。今日は本気で走るだけである。

 

 

 いつも着ていた超負荷のインナーは着込まず、力のセーブも考えず、ただただ全力で走り切る。

 

 

 さあて、いよいよ開幕だ。

 

 

 

 

 

 

--日本ダービー(東京優駿)

 

東京 11R 芝 2,400m 良 フルゲート(18) 

 

 

 

 

『皐月賞に続き天気は晴れ。バ場状態も良好。

 さあ、日本ダービーが始まります。

 

 一生に一度のクラシックレース。

 皐月賞-最も速い娘-が。

 菊花賞-最も強い娘-が。

 

 ではダービーは?

 -最も『運』がある娘-……なんて言わせない。実力で勝ち取ってみせる。

 

 

 放送席からでも感じられます。

 ウマ娘達の勝利への欲求がひしひしとこちらに伝わってくるのが。

 

 

 

 クラシック三冠の花形『日本ダービー』

 レースに携わる者のすべての夢であるダービーウマ娘の栄誉。

 1年でたった一人。一生の内にチャンスは一回しかありません。

 

 だからこそ我々は熱狂します。

 夢を掴もうとするウマ娘達の輝きを、この目で見ようとするがために。

 

 

 さあ、夢を追いかけるウマ娘達を改めてご紹介しましょう。

 

 

 1枠1番 マルゼンスキー 2番人気。

 真紅の勝負服は勝利の赤旗となり得るのか。

 …

 …

 3枠6番 ゴールドシップ 3番人気。

 皐月で見せた豪脚は爆発するのでしょうか。

 …

 …

 …

 6枠11番 シンボリルドルフ 堂々の1番人気。

 その姿は威風堂々。果たして並ぶ者は。

 …

 7枠14番 サイドテイル  

 もう泣き虫なんて言わせない。今日は全員泣かせてやる。

 はねっ帰りの強い我がままな妖精は何を魅せてくれるのでしょう。

 

 …

 8枠18番 キュウセイナイト

 G1初出走がなんとダービー。好着への祈りは届くか』

 

 

 

『さらに今日は豪華なゲストをお迎えしております。

 現役ウマ娘でもあり、昨年のクラシック戦線でシンザン公以来の三冠を達成しました、ミスターシービーさんにお越しいただいております。

 シービーさん、よろしくお願いします『お願いします』。

 

 改めて各ウマ娘の皆さんはどういうお気持ちで臨んでいると思いますか?』

 

 

 

『いつものダービーなら各人緊張と折り合いを付けたり、自身の走りに集中したりというコメントになるのかと思いますが、今年は見るからにバチバチしてますね。

 

 例年ダービー出走が決まったウマ娘達が非公式ではありますが集まる機会があるのですが、一悶着あったみたいです。

 

 いつもなら終始和やかに互いの健闘を誓い合う程度で済むのですが、挑発の応酬みたいになったそうですよ』

 

 

『ほお!珍しい感じがしますね。

 

 我々から見るとシンボリルドルフさんやマルゼンスキーさんの紳士的な対応をいつも目にしていますので、そういった話は新鮮に感じます』

 

 

『私もそう思っていました。ただ、この前ルドルフとマルゼンに会ったときに印象が変わりましたね。

 

 珍しく2人が『先輩、強者として圧倒する振る舞いを教授いただきたい』って私のところに聞きに来たんですよ。

 普段から交流はあるのですが、ただ今回は走りについてのアドバイスとかでは無かったので。

 

 

 どうしたんだろうと思い掘り下げてみたらもう2人ともマシンガンの如くで捲し立ててきましてね。

 

 それはそれは、放送コードに乗せられないワードをこれでもかって使いながら。

 

 

 世間ではいわゆる優等生然とした2人かと思いますが、こう、まあ、可愛いところもあるんだなと思いましてね。

 

 先輩としてはこういう一面も皆さんにはぜひ知ってもらいたいです』

 

 

 

『なるほどなるほど。

 紳士的な振る舞いばかりに目を取られていると、虎視眈々と下剋上を狙っているウマ娘達の雄姿を見逃してしまいそうですね。

 

 では、シービーさんが注目しているウマ娘はどの娘でしょうか』

 

 

『やっぱりルドルフとマルゼンですね。彼女らは今こちらに上がって来ても間違いなく覇を争えるでしょう。

 

 そう言った意味ではひっじょーに可愛くない後輩達ではあります。

 

 後は6番のゴールドシップ。

 皐月賞での追い込みは大器を感じさせる走りでした。ポテンシャルの面で見たら先の2人より怖い存在に思えてきます。

 

 ちなみに、言動も中々アレみたいです。2人が教えてくれました』

 

 

 

『ゴールドシップさんは前走の皐月賞の好走が記憶に新しいですね。

 結果は3着でしたが、最終コーナーから先頭までの差をあそこまで詰めたのは驚きました』

 

『本気になってた2人から詰めたというのはあの娘だけでしょう。

 だからこそ、そのポテンシャルの高さに期待しています』

 

 

『そうですか。

 ……さあ、ダービー開幕のファンファーレが今、高らかに響き渡ろうとしています!』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 大外18番。

 枠順なんて関係ない。

 

 ぶっち切ることに変わりは無いのだから。

 

 

 

 

『さあ、各ウマ娘、ゲート完了……スタートしました!』

 

 

 

 開幕と同時に私は駆け出す。

 誰よりも速く、誰よりも力強く。

 

 そもそもの地力が違う。

 そこのところから先ずはっきりさせてやろう。

 

 

 

『これは……大外18番キュウセイナイト。パープルシャドウの勝負服。

 意外な娘が先頭を取りました。

 

 続いて1番マルゼンスキー、お馴染み真紅の勝負服です。

 少し離れて先行集団にシンボリルドルフ。

 

 …

 …

 集団内にサイドテイル。

 その後ろを6番ゴールドシップ。皐月の重役出勤を今日はお預けか。

 

 …

 …

 さあ速くも先頭が第1コーナーに差し掛かった。

 先頭は変わらずキュウセイナイト。その内後ろにマルゼンスキー。

 

 意外なレース展開になりました。

 果たして速駆けの騎士はどこまで駆けるのか。

 ……シービーさん?』

 

『……おかしい、速すぎる』

 

 

 

 へぇ、くっ付いてくるんだ。

 喜べ、サイドテール。こいつは今日落ちるかも知れないよ。

 

 内から切り込もうとするマルゼンと鍔迫り合いをすることも考えたが、それはまたいずれ。

 尤も次の機会があればだけど。

 

 

 第1コーナーに入りさらに私は加速を始める。

 それは内から抜けようとしたマルゼンを外から強引に振り切る形となる。

 

 これが地力の違い。

 そしてこのレースの最初で最後のコンタクトだ。

 

 

 

 

『……マルゼンスキーはトップスピードのはず。

 それを悠々と突き放しに来てる』

 

『ああっと!徐々に差が広がる!!

 場内は大きなどよめき!しかしこれは最後まで持つのでしょうか?』

 

『分からない。分からないです。

 けど、あの加速力ならスプリント方面でも活躍はできるでしょう』

 

 

『先頭がそのまま第2コーナーに入りま……え、

 な、何が起きてる。何が起きてるんだ。

 

 加速です、まだまだぐんぐん……加速、加速してますキュウセイナイト!!

 

 なんなんだこのウマ娘はぁぁぁああああああ!!!』

 

 

 

 東京競馬場の直線は長い。

 景色を眺めるにはちょうどいい。

 

 巷では『領域』だの『ゾーン』だのに入るにはうってつけのコースとか言うこともあるみたいだけど、私から言わせればただのオカルトだ。

 

 強さだの速さだの、結局体に身に付く物が全て。私はそう覚えてしまったよ。

 

 

 

 

 だから嫌いだ。

 『走る事』が。本能では喜び、歓喜を感じている自分が。

 

 俯瞰的に自身を顧み見ると、さらに嫌気が差す。

 

 

 

 それでも…それでも走らないと、絶望を与えられない。

 

 どうしようも無い位に大っ嫌いなのだ。

 『走る事』に全てを賭けてしまうような輩が。

 

 何よりもそいつら全員に絶望を与えないことには

 

 

 

--私の気が収まらない

 

 

 

 

 ……ああ、ホントどうしようもない。

 負の螺旋階段の出来上がりだ。

 

 

 

 

『落ちない、落ちない、スピードが全く落ちない!後続との差は広がる一方!

 誰だ、この世代を2強と言ったのは! 誰だ、世代最強三本勝負だなんて口にしたのは!

 

 いや、口では無い。

 走りで語っているのか、パープルシャドウの悪魔は!』

 

 

『なに、この娘……化け物よ』

 

 

『観客席もこの圧倒的な光景に呑まれている様子です。

 ただただ歓声は無く、どよめきと混乱が渦巻いております』

 

 

 

 高尚な理由なんてない。

 これはただの嫌がらせ。

 

 だからごめん、巻き込んじゃって。

 そしてくたばれ、走るだけの有象無象。

 

 

 

 

『2番手マルゼンスキー、懸命に追いかけるも差が縮まらない。

 スーパーカーはフルスロットルだが、今日は追い付かない。追い付けない。

 

 いや、落ちてる、落ちてきている!

 第三コーナーに入って捕まってしまった!

 

 入れ替わるような形でシンボリルドルフが出てきた!

 それでも、それでもほかのウマ娘達には負けられない!

 

 マルゼンスキー、シンボリルドルフ以外のウマ娘をシャットアウト、意地を見せる!

 

 いや、外だ、外からあいつが来た!黄金船、ゴールドシップ!

 皐月の内側、荒れた航路ではない。遠周りの新航路、外から捲って来た!

 流石にこれはマルゼンスキー、チェックできない!

 

 しかし……しかし、これはあまりにも圧倒的すぎる……』

 

 

 

 後続なんて居やしない。

 後ろからの雑音何て遠すぎて埒外。

 

 今聞こえるのは観客席からの絶叫と、私の嘲笑い(わらい)声だけだ。

 

 

 

 

「いひ、……ヒヒヒッ

 

 ……いひゃハハハハハッ!!!

 

 

 

『嘲笑うかのようなキュウセイナイトの笑い声!!

 

 シンボリルドルフ、次いでゴールドシップが最終コーナーを回るも先頭は遥か先っっ!!』

 

 

 

「「キュュュウセェェェェナイトォォォオオオオオオ!!!」」

 

 

 

『無情にも、無情にもキュウセイナイトが、今、ゴールしました!!

 おや?ゴールしたキュウセイナイトが笑顔で両腕を……あーっ!!』

 

 

 

 流しながら顔を上に向け、両腕を突き上げての万歳……では無く、中指を突き上げる。

 全てのレース関係者と……天に向かっての『×××× you』

 

 

 いるかどうかも分からない三女神。

 私に走る力をくれてありがとう。そしてくたばれ。

 

 

 

--日本ダービー

東京 芝 2,400m 良

 

1着 キュウセイナイト レコード

2着 シンボリルドルフ 大差

3着 ゴールドッシップ 2バ身

4着 サイドテイル   7バ身

5着 マルゼンスキー  ハナ

 



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閑話~各方面から見たお話~

--とある記者の視点

 

 誰かこのレースの結末を想像できた者はいたのだろうか。

 少なくとも私は予想できなかったし、誰しもが別の結末を想定していたと思う。

 

 シンボリルドルフとマルゼンスキーの2強時代

 日本ダービーで決着が着くのか?

 

 

 お堅い大大手も、ゴシップネタしか追わない三流出版社でさえも、この2人の決着を疑わなかった。

 

 

 確かにゴールドシップという不確定要素も現れたりもしたが、大方の予想は2強の決着がどう着くのかというのが世間でも、業界でも話のネタであった。

 

 

 

 そう、過去形だ。

 全ては今日水泡に帰した。

 

 

 今、私がレンズ越しに覗いているのは、ダービーの栄光を勝ち取った、全く異なるウマ娘の雄姿である。

 

 いや、当の本人にとってそれは栄光と言えるのだろうか。

 少なくとも、天に向かって中指を立てるようなウマ娘にとって、ダービーの栄光とはそれほど大したものではないのかもしれない。

 

 

 浴びてるのは歓声ではなく怒号。

 それを聞いて尚、そのウマ娘が笑顔を絶やす様子は一切ない。

 観客の姿を面白がってすらいる。

 

 

 

「こんな写真、どう使えって言うのよ……」

 

 

 

 トゥインクルの名に恥じぬ、輝きを放つウマ娘達が大好きだ。

 世間にもっと、ウマ娘達の輝きを知ってもらいたい。

 勝っても。例え負けても、その娘達が放つ輝きを忘れないでいてほしい。

 

 

 綺麗事だというのは分かっているが、少なくともウマ娘の善性を信じて、私はこの仕事を続けている。

 

 

 

 そういった点で言えば、レンズ越しの彼女は眩しい位に輝いているのだろう。

 しかし何故だろう。直感的な部分でこのウマ娘のことが好きになれないでいる。

 

 いや、単純に言ってしまえば個人的には好きではないのだ。

 先人たちが築き上げたダービーの栄光を、なぜこんな形で汚す必要があるのか。

 

 

 同時に、職業人としての血も騒ぐ。

 ああいう形でなぜ、大衆を煽るのか、と。

 

 いずれにしてもインタビューをしないことには始まらない。

 

 私は重い足取りでウィナーズ・サークルに足を運んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

--とある老婆の視点

 

 私の目も曇りましたね。

 あそこまでの悪意を持ってレースに臨む娘がいたことを把握していなかったとは。

 平和な時代に染まり過ぎました。

 

 いや、平和な時代だからこそ、あんな娘が現れてしまったことについて原因を追究しないといけないわね。

 

 

 

「理事長、あの娘は、一体」

 

「たづな、情報を集めて頂戴。

 報道機関への連絡事項に担当トレーナーへの聴聞。それとレース偏重へ世論を導いた協会への対応も考えなくてはね。

 

 はあ、のんびり隠居後の生活を考えていたけれどそうも言ってられないわ」

 

 

「……何もなければご勇退を勧めることもできましたが、特大の嵐が来てしまいましたからね。

 申し訳ありませんが引き続きのご尽力をお願いいたします」

 

「『新しい風』のことね。老体には堪えるわ、まったく」

 

 

 

 

 思い返されるのは部屋に招いた時のあの娘達の一幕。

 レースの結果に思いを馳せるというよりは、隣のあいつに負けたくないという単純な闘争本能の応酬。

 

 騒がしかったけど純粋な気持ちの応酬がどれほど美しい事か。

 疲れ切った私にはとても眩しく見えたわ。ええ。

 

 

 でも、どうも見落としがあったみたいね。

 いや、眩しさに呆けてしまっていたとも言えるわ。

 

 あの娘、キュウセイナイトだけは冷め切った眼差しをしていたもの。

 

 

 単純にあの場の空気について行けないだけでは無く、何か別のことを考えていたのかしら。

 そうだとしたら、それはきっと明るい話題ではないことは確かね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

--とあるウマ娘の視点

 

 勝った。マルゼンスキーに勝った。マルゼンスキーに勝った!!

 リベンジに1年以上掛かった。1着でも無く4着だけど。あいつの自滅めいたところもあるけど。

 でも、勝ちは勝ちだ!

 

 それなのに、私の心は一向に晴れることが無い。

 

 

 今、私が見ている光景が、自身の小さな勝利を祝福するものではないからだと思う。

 

 

 人目を憚らず大泣きするマルゼンスキー

 

 膝に手を置いて俯いた様子で息を切らしているゴールドシップ

 

 ターフに膝を着き、固く手を握りしめ、歯ぎしりが聞こえてきそうなくらい顔を歪めたシンボリルドルフ

 

 

 そして……天に向かってツバを吐くキュウセイナイト

 

 

 

 幸せな娘なんて誰もいない。

 他の娘達も同様に、だ。

 

 

 チラと掲示板に目を移す。

 1着の横に記されたタイムはレコードと書かれている。

 

 そりゃそうだ、あれだけ速ければそうなる。

 

 況してや当代最強の2人を圧倒的に突き放しての記録ときたら、うっわ、エグ過ぎ。

 

 

 

 観客席からも『帰れ!』『帰れ!』の大合唱である。

 何を思っての行為かしれないが、そりゃ見せつけるようにあんなことをしちゃお客さんもお怒りになるだろう。

 

 

 

--ホント、私の小さな勝利にケチを付けてくれちゃって。

 

 

 

 まったく……ああ、それと、聞いておきたいこともあった。

 ったく、こっちはレース後で疲れてるって言うのに、まだニコニコと中指なんて立てちゃって。

 

 

「おい!キュウセイナイト!!」

 

 

……お、気付いてくれた。って、なんであんたらもこっち振りむくのよ!!

特に私より着順の良い2人はあっち向いててどうぞ。

 

 

 

「なに、今私最高に気持ちいんだけど。

 こいつらにNDKかましてやって最高に気持ちいんだけど!!」

 

「やかましいわ!いずれあんたもぶち抜く!!

 そんなことよりもあんた、練習では手ぇ抜いてたの!!」

 

「……ねぇサイドテール、私のタイム見た?

 向こう数年どころか今後抜かれることのないレコードを叩き出したわけなんだけど」

 

「ぁあん!?見たわよ、エグ過ぎて芝も生えないわ!」

 

「だったら何か思うところとか」

 

「だからそんなことよりも、あんた、練習の時は手ぇ抜いてたのって聞いてるのよ!」

 

「……練習で手を抜くはずないじゃん。じゃなければ強い肉体を作れないし」

 

「同じだけの練習をしてると思ったけど、私はあんたに追い付くどころか圧倒的に離されていたわ。

 隠れて練習してるとかは?」

 

「当たり前じゃん」

 

「私もしてるわ」

 

「……じゃ、才能の差じゃない?」

 

「他は。あんた話してる時、煙に巻く事あるじゃない。そういう時って大概まだ話してないことがあるって知ってるのよ」

 

「そんなカマに引っかからるわけ「チーフT情報よ、舐めんな」

 

「ちっ、……常に服の中から体に負荷かけてんのよ。

 いい、こればっかりはあんたも真似するんじゃないわよ。ぶっ壊れるわよ」

 

「ふーん……もう無いみたいね。分かったわ」

 

 

 

 なるほど。なんか重しみたいなやつを付けて生活して練習とかもこなしているのね。

 そりゃ日常から差も出るわけだ。理由は分かった。

 

 

 

「ったくなんなんだよコイツ、調子狂うわ。

 ねえサイドテール。言っとくけど私はまだまだ調()()()()わよ。

 

 それこそ、もっとぶっ壊れた具合でね」

 

 

「うっさい!あんたの性格の悪さなんて今更知ったこっちゃないわよ!

 こっちはせっかくのマルゼンスキー打倒の祝杯を上げようってしてたのに、水差してくれちゃって

 ……んががががああああああああああああああ!!あー、悔しい」

 

 

 

 何よりも、私がマルゼンスキーにNDKをしたかったのにいいいいいい!!

 

 

 でもまあいいわ。

 今日の勝利はナイトが勝たせてくれたようなもの。というかまさにその通りなんだけど。

 

 とにかく、このままじゃこいつに勝てないのは分かった。

 だったらやることは一つしか無いっしょ。

 

 

 

 

 

 

 

--うん、考えますか、チームの移籍

 

 

 

 

 

 同じ練習してちゃ絶対追い付くことなんて出来やしないし。

 いっちょやりますか!!

 

 ……ついでにこんな腑抜けどもに負けっぱなしって言うのも性に合わないしね。

 

 だから今日のところは弄らないでおいてやる、マルゼンスキー。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

--とあるトレーナーの視点

 

 面白い、実に面白い。

 まさに予想通りの展開です。

 

 さらには全方面に喧嘩を売って、どうするつもりなのでしょう?

 いや、今後がとても楽しみでもあります。

 

 おそらく私を含めて上から呼び出しをいただくとは思いますが、だからどうした、という話になるでしょう。

 

 彼女、別にレース出れなくても困りそうにありませんし、なんだったら……ええ、それもありですね。

 

 

 いやいや、彼女という存在(このおもちゃ)は本当に何でも出来てしまいそうに見えるから面白いです。

 

 

 

「チーフT……あなた、知っていましたね」

 

「南坂君、それに君達も。……ええ、私はあの娘の本当の実力を知っておりましたよ」

 

「ではなぜ!?」

 

「あの娘が口止めをお願いしたからです」

 

「なら、ならどうしてあんなことをしている!

 間違った方向に進まないように導くのも大人の俺たちの役目だろうが!!」

 

「おや、あなたは臨時のはずでしたが……まあいいです。

 ええ、あなたの言う通りなのかもしれませんね。ですがそれは私の教育方針とは違います。

 

 私は彼女の思いを知ったからこそああなることも予想できました。

 そしてだからこそああなることが間違っているとは思わない。

 彼女なりの()()なんです。

 

 ……さて、ここから先は彼女の担当をすると覚悟を決めた私の領分です。

 これ以上何か私にモノ申したいというのなら、どうぞナイトさんと話し合ってください」

 

「ああそうかよ、確かにお前の言う通りでもあるな。声を荒げて悪かったな。

 だがよ、最後までテメぇとして(トレーナーとして)責任は持てよな。じゃあ、俺は外すぜ」

 

 

 ……行ってくれましたか。

 

 

「当然です。

 ……さあ、君達。先輩として、後輩たちに付き合っていただいた中で色々感じ入る部分はあるかと思います。

 

 そのうえであなた達はどうしたいですか?

 具体的に言うとこのまま私の指導を仰ぐか、南坂君()とチームを共にするか、別の道を模索するか。

 

 起こり得ることとして、私と行動を共にすると、先ずひどいバッシングに会います。この点は申し訳なく思います。

 

 南坂君と行動を共にするならケンカ別れという形をとり、引き続き南坂君はもちろん、私の指導も接触は減りますが仰ぐことは可能です。

 

 ヘイトは全て私らに集まりますが、これは私もナイトさんも覚悟、同意のうえであります。

 

最後に「2番目の選択肢」

 

 

「……どう考えてもその案で考えているんでしょ。そしてそれがナイトのためにもなるって」

 

「だったら先輩として、後輩の花道を彩るのは当然のことっしょ!」

 

「……ええ、そうですね。やはりあなた達は優秀な教え子です。

 では、頼みましたよ。南坂君」

 

「あなたは!!いつもいつもそうやって勝手に!!!

 ええ、分かります、分かりますよ!そうすることが一番正しいって!!

 

 でもこの子たちが……先輩が目を付けて、必死に付いてきてくれたこの子達があまりにも……」

 

「私にそうやって怒ってくれるあなただからこそ、お願いできるのです」

 

 

 

 あはは、ホント、こっちのおもちゃはこっちのおもちゃで、扱いがとても大変です。

 動きが悪い時から丁寧に面倒見て、並の状態まで持ってって……たまに動かなくなったときは、別の用途を考えて、アフターケアをして。

 

 最後まで動いてくれたら、また別のおもちゃを面倒見て……

 

 

 

 私にはこの娘達が生活の糧にしか見えない。

 走る欲求を駄々漏れにし、今を必死に走って、走り終えた後のことなんて何も考えちゃいない。

 トレーナーなんてその娘らを食い物にしてるだけに過ぎない。

 

 だから私は効率良く利用して、美味しいご飯を食べて……自分の責任を果たすために、この娘達(おもちゃ達)を導いている。

 

 

 昔から考え過ぎだって言われました。

 ええ、今のこのウマ娘達が輝いて見えるご時世に、私の考えは悲観的すぎる覚えはあります。

 

 ですが、一度輝きの外に目を向けると。私が見たものというのは……いや、そういう思考だから悲観的だなんて言われるんですよね。

 

 

 

 なに、一生の別れというわけでは無いのです。普通に今まで通り、練習はあれですけど、学園内で話す機会なんていつでもあります。

 

 だから……だから、泣き止んでもらえませんかね、3人とも。

 何より、これから私はナイトさんをより美味しい食い物にしてしまう、悪い大人なんですから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『トレーナーさん、正直に答えてほしい』

『博愛主義染みた胸の内にある、本心ってやつをさ』

 

 

 

 怠け者、美味しいごはん、コスパのいい生活、快楽主義者。

 何よりも、あなたの胸の内にある悪意は、私が抱えている悪意と似通ったものでしたから。

 

 

『走る欲という本能に縛られ、世界が作り出したバ場という檻で飼い殺しにされている』

 

 

 ホント、穿った見方ですよね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

--小さなウマ娘の話

 

 皐月賞で見たシンボリルドルフさん。

 すっごく、すっごーく速かった!!

 

 だから今度は、ダービーでその姿を見よう!

 

 そう思ったんだけど

 

 

 

 

「帰れ!」「帰れ!」「帰れ!」

 

 

 

 

 なんか、怖い。

 あそこの黒っぽい人とか、どうして笑っているんだろう。

 

 

 

 

 

んががががああああああああああ!!

 

 

 

 あれ、なんだかサイドテールのウマ娘さんがすっごく大きい声を出したと思ったら大股で歩いてターフからいなくなっちゃった。

 

 

 何だったんだろう、と思ったけどいつの間にか「帰れ!」っていう人もいなくなってた。

 

 

 

 後でパパとママに聞いたらその人は『サイドテール』ってウマ娘って教えてくれた。

 どんな人?って聞いたらライブで泣いてた人だよ。って教えてくれた。

 

 

 泣いてたウイニングライブの映像を見たら、ホントに泣きながら笑ってライブしてる人だったから思わず笑っちゃった。

 

 でも、負けたって言ってもマルゼンスキーさんにって言うんだからしょうがないじゃん。

 

 そう思ってレースも観たら、やっぱり大きく離されて負けちゃってたからやっぱりなー、って思っちゃった。

 

 思っちゃったけど……なんかこの人の走りって、目で追い掛けちゃうんだよね。

 

 パパとママにも聞いてみたら、

 

 

「危なっかしく見えるからな」

「テイオーみたいね」

 

 

 って言ってた。

 うん、きっと僕みたいに可愛くて、足が速いから追いかけちゃうんだ。

 

 いや、足は速くなかったかもだけど……でも、僕の足は速くなるから、この人もきっと足が速くなるよね!

 

 

 

「は!だったら僕がこの人を速くしてあげればいいんだ!!

 パパ、ママー、僕ね、トレセン学園入ってこの人の足チョー速くしてあげるんだ!!」

 

「あっはっはー、そうだなそうしてあげるといいな。

 でもなー、テイオー。この人はダービに出ることができる人だから、ひょっとしたらテイオーに教えてもらわなくてももっと速くなってるんじゃないかな?」

 

「むうううう。パパのいじわるー!!

 だったら、僕がもーっと速くなればいいんだもーん」

 

「そうね、テイオーちゃんがもっと速くなればいいのよねー」

 

「そうだもーん」

 

 

 

 そうそう。

 そしたら、僕の方が可愛くて足が速いよーってからかってあげよーっと。

 

 ニシシー、楽しみだなー。 



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11話

 最高に気持ちが良かった。

 どいつもこいつも蹴散らしてやって、絶望を与えて。

 観客もそこに含まれているのは当然のことである。

 

 また、思った以上に連中の精神が脆弱だったのはいい誤算だった。

 個人的にはサイドテールみたいに歯向かってくるものだと思っていたが、肩透かしを食らった気分だ。

 

 潰れるならこのまま潰れてしまえ。

 這い上がるなら……まあ機会があったら相手ぐらいしてやるよ。

 

 

 今は眼中に無い。

 

 

 

 

 

 

 

 さて、次はウイナーズ・サークルで写真撮影かな。

 流石に中指は勘弁してあげる。

 

 悠々と負け犬どもの脇を抜けて勝者のお立ち台に向かって行く。

 バ声は止んだみたいだけど、未だにどよめきの収まらない会場の空気は、やはり最高にいいものである。

 

 

 向こう関係者はかなりびくついた様子であったが、黙っている私の様子を見てほっとしたのか、手際良く渡すものを渡したらどっかに行ってしまった。

 

 通常だと関係者を交えた写真撮影などに時間を割かれたりもするのだが、これではウイナーズ・サークルにお集まりいただいた皆様の期待に応えられない。

 

 

 うん、閃いた。

 中指は勘弁してやるからニコニコ立ってて質問が飛んで来たら正直に答えてやろう。

 

 後で開かれるインタビューとは別にこの場ですぐ回答して差し上げよう。

 

 

 

 なーんて思っていたのだが、誰も私に話し掛けてくれない。

 それどころか写真だってかなり控えめな態度で取ってくれている。

 

 まあうざったいよりは全然いいんだけどさ、なんか物足りない。

 

 

 

「……歪んでる」

 

 

 聞こえたよ

 いいね、いいものが引っ掛かったね。

 

 

「お姉さん、大正解」

 

「!!……どういうつもり」

 

「ちょっぴり暇つぶしに勝手な受け答えをしようと思って。

 お姉さんになら正直に話してあげるよ」

 

「……あなたにとってダービーとは」

 

「足の速いウマ娘を決めるちょっぴり偉そうなレース」

 

「ウマ娘とは」

 

「有象無象」

 

「……ありがとうございます。インタビューを楽しみにしています」

 

 

 

 それだけ言ってお姉さんは行ってしまった。

 多分私の回答が余ほど気に入らなかったのだろう。

 

 濃い悪意がプンプン匂ってきたからね。

 敏感なんだよ、そう言うのには。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 さて、今度は楽しい楽しいインタビューの時間である。

 ばっちり、なんでも答えて進ぜましょう。

 

 隣のチーフTもいつもの笑顔だし、この人がストップ掛けないようであれば特に自重する気は無い。

 

 

「毎潮新聞です。ダービー1着先ずはおめでとうございます。

 2、3簡単に伺います。率直に今の感想をお聞かせください」

 

「ダービーが獲れて嬉しいです。あ、本心ですよ」

 

「続けて。ではなぜゴール後に中指を立てるような挑発的な行為を行ったのでしょう」

 

「嬉しかったからですよ。2強を圧倒的な実力でねじ伏せることができたのが。言うなれば興奮状態にあったってことですね」

 

 

 

 早速ざわつき始める。

 しかし隣のTは微動だにしない。つまりは余裕ってことか。

 いいよ、どんどん行こうか。

 

 

「挑発的な意味合いがあったと?」

 

「もちろん。じゃなきゃあんなことしませんって」

 

「……ありがとうございます」

 

『ほかにご質問のある方……』

 

「にっぽんtVです。2つ質問です。

 2強、マルゼンスキーさんとシンボリルドルフさんへの感想は?」

 

「有象無象達と何ら変わりない。それだけです」

 

「強かった、とか、リスペクトするといった感情は」

 

「全く皆無です」

 

 

 ざわつくと同時にシャッター音も増してくる。

 私もTも何食わぬ表情でニコニコ顔。

 

 私はともかくとして、このTも中々の剛の者と思われる。

 

 

 

「週刊ババ野郎です。

 失礼ですが、今回のダービーに至るまでのレースは全て手を抜いたものだったのでしょうか」

 

「力をセーブしていたっていう意味では事実です。

 しかし今回のダービーのために、どのレースも全力を以て臨んでおりました」

 

「力を抑えていたのに全力、とは?」

 

「言い方を変えると、クッソ真面目に手抜きをしていた、ということです。

 じゃなきゃセーブしてることなんてすぐ皆さんにばれてしまいますから」

 

「な、なるほど。全力で演技をしていた、ということですね。ありがとうございます」

 

 

 

 正直、ドン引きれるような本心で語っているから、中々刺激的な展開となり得ない。

 だって、記者達が聞き出そうとしてることを、あっけなく話してしまっているのだから。

 

 と、思ってたら、中々刺激的な質問が飛んできた。

 

 

 

「月間トゥインクルです。この後のウイニングライブは()()()()()ものになるのでしょうか」

 

 

 

 かなりざわつき始める。

 「あのトゥインクルさんが……」「大分踏み込んだな」と言がちらほら聞こえる。

 というか先ほどのお姉さんである。

 

 うん、このお姉さんにはサービスするって決めてたから、ばっちり答えてあげよう。

 

 

 

「ライブは全力です。持ち得る技術を総動員して最高のパフォーマンスを行います。

 そっちの方がお客さんも困惑しますし、何より一緒に出る面子を一層引き立て役に使えます」

 

 

 

 瞬間、空気が冷えた。

 もはや負けた奴の追い打ちをここまでするのかといった具合の空気である。

 

 

「純粋に、声援をくれた方への感謝と、ダービー関係者への敬意は無いのでしょうか!」

 

「ふふ、分かってて聞いてますね。なのでお姉さんからの質問はサービス心満載で答えてあげます。

 

 『私という汚点を見に来てくれてありがとう。

 だから歌って踊って最高のパフォーマンスを魅せてあげる。感謝してくださいね』

 

 こんな気持ちです。

 要するに感謝はすれど、敬意などない、ということです」

 

 「……興奮してしまい申し訳ありません。ご回答、ありがとうございます。

 最後にもう一つ、よろしいですか」

 

 

 気落ちした様子だった。

 そんな状況でも質問したいことがあるとは、何だろう。

 

 他の会社にも答えないといけないが、どうせ似たような回答になるし。

 だったらお姉さんの質問に答えて締めとしたいかな。

 

 

「トゥインクルさんからの質問を最後にしていただけませんか?

 多分ほかの会社さんも似たり寄ったりの内容になると思うので」

 

『……はい、かしこまりました。

 それでは皆様、申し訳ありませんがトゥインクルさんの質問で打ち切らせていただきたいと思います。トゥインクルさん』

 

 

「ありがとうございます。

 最後に、次のレースの展望を教えてください」

 

「ふむ、レースですか。

 色々実は検討しておりまして。

 

 各G1レースに出走して、1つずつ、レコードを塗り替えていくか。

 はたまた目先の菊花賞で2冠(笑)を達成するか。

 

 大まかな方針としてはこんなところですかね」

 

 

「私からも情報を追加提供させてもらってもよろしいですか?」

 

「あれ、チーフT。他にあるの?」

 

『担当トレーナーさん、ぜひお願いします』

 

「ありがとうございます。

 私から追加することはさらに2つです。

 

 1つは、今後全てのレース出走を見合わせること。

 自身を鍛え直させるための特訓期間を設けたい、ということです。

 

 キュウセイナイトの言葉を言い換えてしまえば『もはや敵などいません』ので、レース戦線から距離を置き、学業等に専念させるということ。

 

 協会の方も果たしてすんなりと我々をレースに出走させてくださるか、懸念がございますしね。場合によっては引退という道もあるのかもしれません」

 

 

 

 中々刺激的な答えじゃないか、トレーナー。

 でもま、これは可能性が限りなく低いダミーだろう。いや、ありっちゃありかもしれないが。

 本題は次だろう。

 

 

「もう1つは……『世界挑戦』です」

 

 

 

 今回のインタビューで一気に騒がしくなった。

 

 「マジか」「いや、あのタイムなら」と驚愕と、ある意味納得したような言動が聞こえてくる。

 

 

 しかしなるほど、その手があったか。

 というか消去法で行くとそれしか残らないこともあるのか。

 

 野球で例えると、日本のプロ野球で問題を起こしたそこそこ通用する選手が、ほとぼりを冷ますため隠れ蓑で海外挑戦を行う、的な。

 

 なるほどなるほど。

 

 ただ残念なのは私がそんなに海外事情に詳しくは無いということ。

 その辺、Tは調べていたのだろうか。

 

 

 

「ど、どのレースを検討しているのでしょうか?」

 

「英国のレースですかね。7月にある大き目なレースに出走できればと」

 

「英国で7月……まさか、『(キング)ジョージ6世』!!」

 

「構想段階ですがね。追加出走で行けるはずかと」

 

 

 

 

 インタビュー会場が今日一番で沸いた。

 

 

 

 

「と、ととと言うと、あ、あ、あの、さ三連覇中のウマ娘に挑むことが、視野におありですか!!!」

 

「ええ。現世界最強と言われている彼女、『ブレイクル』さんですね。

 もちろん、構想段階ではありますが。挑む気概は十分にあります」

 

 

 

 ふーん。世界最強ねぇ。うん、どうでもいい。

 ただ海外って言うのはちょっと面白そうかも。

 

 『キングジョージ6世』なら私でも知ってるレースだし。

 

 いいね、いいね。ダービーの次はもっと国内を荒そうと思ったけど、先に海外を荒しちゃいますか!

 

 

 

「チーフT……私、海外旅行初めてなんだよね」

 

「そうでしたか。ではパスポートの申請をしておきましょう」

 

 

 

 

 翌日、どの紙面でも一面を飾ったのは言うまでもない。



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12話(エピローグ)

「チームを抜けようと思うのよ」

 

 

 翌日の出来事である。

 ダービーを終え、今後の方針についてチーフTの部屋で話始しめようとした時分、突然サイドテールが部屋に入り込んで来た。

 

 というかこいつは私に負の感情を持っていないのだろうか?

 いや、持ってはいるんだけど、あまりにもあっさりした悪意で、拍子抜けしてしまうのだ。ねっとり、しっとりしてないって言うか。

 

 顔を合わせずらいとか、悔しさで咽び泣くとか無いのかねこいつには。

 

 

 そしてそんなコイツをチーフTは好ましく思っている。

 日はく「素直なウマ娘は見ていて面白いです」とかなんとか。

 

 ただの猪突猛進娘なだけな気がするんだけどね。不器用だしこいつ。

 

 

 数舜面食らった顔をしていたチーフTだったがすぐに持ち直し、私が掛けているソファーの隣に誘導した。

 

 

 

「理由を伺っても」

 

「こいつと同じ練習してちゃ、こいつをぶち抜けない」

 

「練習なら私が別メニューで考えることもできますが」

 

 

 

 ちょっとだけ驚いた。

 引き留めようとしてるのだ、チーフTは。

 

 

 

「それもいいかと思ったけど、効率の問題。

 ナイトと私の練習を見てくれるのはいい。だけど割かれる時間が単純に半分になる。

 その分ナイトが強くなる時間も失われる」

 

「一人で強くなるには限界があり……ませんね、ナイトさんには」

 

「そ。聞いたらこいつ、私と同じように個人連してるみたいだし。

 多分そこでも差が付いちゃったんだと思う。

 

 同じとこで練習してても追い着きゃしないと思ったからこその移籍よ」

 

「あなたはナイトさんに追い着こうとしてるんですか?」

 

「?何当たり前のこと聞いてるの」

 

 

 

 これだ。このバ鹿は自然体で言ってのけてるのだ。

 あれだけ力の差を示しても愚直に前に進もうとする。

 

 

 

「あんた、私に追い着くつもりなの」

 

「だから何当たり前のこと言ってんのよ。当然じゃないのそんなこと。

 んでもって、あんたをぶち抜く」

 

「私はこれから世界に君臨するウマ娘になるんだよ」

 

「じゃああんたをぶち抜いた時、私が世界1位ね」

 

 

 

 大言壮語。ただの妄言だ。

 

 いいや、私の方はそうじゃない。

 7月中には間違いなく世界に喧嘩を売ることになる。

 そこで相手を圧倒的にぶちのめして、私が世界に()をしてやるんだ。

 

 

 

「無理ね」

 

「かもね。

 今日明日にいきなり強くなるわけでもないし。

 仮に強くなったところで、あんたはもっとその先に行ってるかもしれないしね。

 

 でも、諦める理由にはならないわ」

 

「言ってろ」

 

「好きにさせてもらうわ。

 

 で、チームよチーム。チーフT、どっかないの紹介できるとこ。

 この際あんたでもいいわ。なんか案無い?」

 

「ったくあんたは。チーフT、サブTのとこに案内したら」

 

「はあ?だからあんたと同じチームじゃ「チームが分裂するのよ」はぁあああ!?」

 

 

 

 どうもチーフTが画策していたらしい。

 初めから私がとんでもないことをしでかすことを想定して手を打ってたようだ。

 

 表向きは私の問題行動への遺憾の意。

 裏では「私が抑えに入ります」的なことを言って、うまい具合に世間のヘイトをこちら側に移してチームを分かつんだとか。

 

 ちなみにサブTらは今関係者にその申請手続きをしに行ってるらしい。

 

 

 

「明日の記事は『エルナト、空中分解』ね」

 

「あ、でもそれならあんたと別れられるからありね」

 

「私もこっそりサイドテイルさんに指導できますね」

 

「おい」

 

「それはいらないわ。敵の助けは請わない主義なの」

 

「そうですか。残念です。

 ですが何かありましたら連絡はいつでもどうぞ。お待ちしてます。

 あ、南坂君によろしく言っておいてください」

 

「分かったわ。じゃ、私は用が済んだから帰るわ」

 

 

 

 やることやったらとっとと出ていいてしまった。

 私が言うのもなんだが、嵐みたいなやつである。

 

 

 それとチーフTがサイドテールに甘すぎる問題。

 どうにも締まらないね。

 

 

 

「甘すぎじゃない?」

 

「期待の裏返しです。

 さて、では気を取り直してあなたの話に戻りましょう」

 

 

 

 

 私の今後についてである。

 

 当然だが今朝の記事はどこもかしこも私がしでかした事について大きく取り扱われていた。

 

 

 

 

「敢えて注目を集めた、ということでよろしいんですかね」

 

「言動に嘘は無いけどね。

 単純なことよ。『こんな奴がトゥインクルのトップかよ』って思わせたかった。

 

 今後仮に私が干されようが『でもあいつの方が記録上、速いんだよな』って思わせられればそれはそれで目論見通り。

 

 干されても、ダービーの栄光に私という汚点が、最高の記録の上に最低の記憶を伴って燦然と輝き続けるわけだしね。

 

 ちなみに干されなかったら、さらにレースに出まくって泥を塗り続ける。それだけだよ」

 

 

「もったいない。どうせなら世界も巻き込んじゃいましょうよ」

 

「そうそれ。昨日会見で突然言われたもんだから私もびっくりしちゃったわよ。完全に頭から抜けてたもの」

 

「私はあなたの走りを観てからずっと考えていましたけどね。

 正直、目じゃないかと。」

 

「知ってる。

 確かブレイクルだっけ?(キング)ジョージ3連覇中でしょ」

 

「加えて凱旋門も2連覇中です」

 

「怪物じゃん。私がいなければ」

 

「ですので両方いただこうかと。

 そしてあなたがおっしゃったように、世界に()をしちゃいましょう。

 次年度以降、この2タイトルはずーっと抑えるんです。それこそ、旅行の片手間に」

 

「どうしよう、またテンション上がってきちゃった。

 凄く待ち遠しい」

 

「海外旅行がですか?」

 

「もちろん」

 

「それでは、私も諸々の手続きに移りたいと思いますね」

 

「終わってるくせに」

 

「ふふふ、正解です」

 

 

 

 そう言ってチーフTは、自分のパスポートを私に見せた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 さて、ウマ娘における世界情勢について整理しようと思う。

 チーフTの話によると、どのウマ娘も高い水準で実力が拮抗しており、毎年タイトル保持者が変わるのが今までの世界情勢であった。

 

 が、ここ数年はある一人のウマ娘が先の2タイトルを始め、出るG1レースのタイトルを独占し続けているとのことである。

 それが『ブレイク・ル』。

 繋げて『ブレイクル』と呼ぶらしい。

 

 確か『Break.R』という綴りで『ブレイクル』だったと思う。

 ブレイクは破壊といった意味合いから。

 『R』は後に世間から意味が付け加えられたものみたいで、レボリューションから来ているんだとか。

 

 それほどに既存の世界水準をぶっ壊したウマ娘なんだという。

 

 

 現在も世界の有名どころのG1を所かまわず奪っていくもんだから、無茶苦茶目の敵にされているっぽい。

 

 救いは彼女がそれなりに礼節を弁えているところであろうか。

 流石は紳士の国出身、と言ったところである。

 

 

 私自身もそいつのレース映像を何度か観たが、確かに速いようには見える。

 速いようには見えるのだが、あくまで常識の範囲内だ。

 

 正直、映像で見たものが全てだとしたら、Tの言う通り目じゃないね。

 

 

 

 他のレースにも目を通したけど、これの強さは先行からの終盤の末脚。いわゆる王道的強さである。

 加えてサシの勝負は負けたことが無いと見た。

 

 最後にぶち抜きに掛かる時なんか、とってもいい笑顔をしている。

 まるで『自分はまだまだ余裕だぞ(笑)』と煽っているような顔なのだ。

 

 これは、ぜひ泣かせてやりたいと思ったね。

 

 世界的に有名なウマ娘、極東の無名ウマ娘に敗れる的な。

 

 

 

 

「というところです。ナイトさん、これが世界です」

 

「世界ちょろすぎワロタ」

 

「芝の状態も加味したいところではありますが、前走などを入れてしまうと目標レースへの()()と言った意味合いが無くなってしまう。ここが悩みどころです」

 

「チーフT。私はあくまで『旅行』がメインなわけ。

 前走とかはいらない。レースはついで。

 

 どんなに事前に舐められようが、その分勝った時に与える衝撃は計り知れないわけよ。

 だったらとことん、こっちも舐めてかかろう」

 

「用心に越したことは無いのですがね。

 まあ、あなたの記録が記録だから、舐めてかかっても余裕は十分あるでしょう」

 

「決まりだね。目標は『(キング)ジョージⅥ世』

 さて、世界中のウマ娘に絶望を振り撒きに行きますか」




--世界が震撼した日

 7月下旬。
 英国アスコット競馬場はレースを控え、少しだけ騒然としていた。

 極東から小さな体つきのウマ娘が迷い込んだのだ。
 いや、通常のウマ娘として見れば一般そこそこより多少上等と言われる体つきではあるのだが、如何せんここは世界最高峰の舞台。周囲のウマ娘と比べると明らかに一回り小さい。


 驚くことに、これでもレースの出走者であるらしい。
 聞くところによると参加できる年齢もつい最近迎えたばかりというのだから、もう笑い話である。
 権威あるこのレースに、極東の名も知らぬ小ウマ娘が出走するのだから。

 ちなみに、ブックメーカーでは密かに、この極東のウマ娘がレースをキャンセルするか否か賭けになったという話もあったようだ。



 さて、現地では気を利かせたブレイクルが

『君のような可愛い女の子はあちらへお戻り。私と話せたことを思い出にするんだよ(笑)』と挑発の意味を込めて観客席へ案内しようとしたみたいではあるが
 
『ありがとう。でも私、迷子じゃなくて旅行に来ただけだから。レースが終わったらすぐ帰るね』

 と通訳を介して返されたものだから、もう大爆笑である。


 
 ブレイクルも一緒に笑っていたが、しかし他のウマ娘達は全く笑っていない様子がとても対照的だった。
 
『ブレイクルはいけ好かないやつだけど、それ以上にあんな小娘と一緒に走るという方が、あの時は頭にキていた』と出走者の一人が後に語ってくれた。
 


 少なくとも観戦者やレース出走者は、この時までずっとこのウマ娘は箔付けか何か、それとも思い出作りで走るものかと思っていた。

 英URAに至っては、本気で日本のURAが懲罰的意味合いでこのレースを使ったのか、と尋ねる寸前まで話が上がっていたようであった。

 確かに日本のダービーを制したようだが、目立つ実績はそれだけである。
 収得賞金的にもギリギリの出走ラインで、数年前までなら弾かれているところ。

 しかし、ここ数年はブレイクルが台頭し、常にこのレースをローテに組み入れているためゲート割れが起き、それが出走を可能とさせていた。


 日本のURAが我々を怒らせてまで、いちウマ娘を律する。何てことはあるのだろうか。
 ……いやいや、無いない。やはり箔付けか何かだろう。


 英URAはそう結論付けていた。




 実のところ、英URAの予想と、観客・出走者の予想は概ね当たっていた。
 『箔付け』と『思い出』の部分である。本気でこの理由も孕んでいたのだ。



 では他に何の理由が?
 日本の皆さんならもうお分かりだろう。



 答えは『絶望を振り撒くため』である。




 レース運びはいつも通りだった。
 我こそはという者が先頭に立ち、ブレイクルが悠々とその後ろに付き、虎視眈々と後方から下剋上を狙う者達がいる。

 その極東のウマ娘はブレイクルの隣で走っていた。


 --やはり思い出作りか


 出走者、観客、ブレイクルすらもそう思った。
 
 結局途中でブレイクルと接触することがあり、哀れ小娘は弾かれて後方に呑まれていく。
 予想した通りの展開で、結局すぐに意識は先頭集団らに目が戻った。



 
 十数秒後、おかしな事が起きた。
 あの極東のウマ娘がブレイクルの隣に戻って来たのだ。


 この時すでにレースは中盤に差し掛かり、いよいよブレイクルが仕掛け始めるか、
と言ったところであった。

 ブレイクルも今度は本気で潰しに掛かったようだが、今度は全然びくともしない。
 それどころか逆に当たり返されて、だけど何とか踏みとどまっていた。


 あんまりひどいと失格にされるが、多少の接触は良くあることなのだ。
 況してや世界最強と言われたウマ娘。
 極東の小娘の当たり程度に負けたくなかった、と後に語っている。
 尤もそれも加減されたものと聞き、呆然としてしまっていたのだが、これは余談である。


 ブレイクルが切れて、いよいよ本気で前を奪いに行ったのが最終コーナー手前。
 だが、依然として極東のウマ娘は着いて来ていた。
 つまりはそれ以外の猛者たちを後方に置き去りにしていたのだ。

 この頃になると会場は歓声以上に、どよめきが大きくなっていた。
 なんせブレイクルだけではなく、全くお呼びでない小娘が紛れていたのだから。


 最後の直線。
 先頭を走るブレイクル。併走する極東のウマ娘。
 ブレイクルはグングン伸びて来るも、全く差が着かない。

 アスコット競馬場の直線はどれも長い。
 漂ってきた名勝負の匂いに観客はついに歓声を上げた。
 しかし瞬間に勝負はあっさり着いた。



 「飽きた」


 ブレイクルは確かに聞こえたという。
 後の映像でも口元が動いている様子が確認できている。

 瞬間、極東のウマ娘がさらに伸びたのだ。
 先までの接戦が何だったのかという位にあっさり。

 
 そこからは特筆して語ることは無い。

 誰が見てもこいつには追い着かない。
 そう思わせられるくらいの独走を見せ付けられてしまったのだから。



 大差をつけてのゴール。
 極東のウマ娘が快挙をやってのけた。

 それも半端な相手ではない。
 歴史上最強とも言われるウマ娘に、年端もいかないウマ娘が勝利を収めたのだ。


 ウマ娘は早熟と言われ、成長が非常に早いと言うのは皆さんの知るところであるが、それでもまだまだ成長の余地がある未完のウマ娘が、それをやってのけたのだ。
 全盛期と言っても過言ではない、最強のウマ娘相手に、だ。
 

 この時はまだ新しいヒーローの誕生に会場は浮かれていた。














「本気?出すわけないじゃん。だらだら走るのも途中で飽きたし。
 最初に弾かれたの?演出に決まってんじゃんあんなの。
 選手へのリスペクト?私よりくっそ遅い連中の何を尊重しろと」
 


 直後の勝者へのインタビューを抜粋した内容である。
 通訳の居心地の悪さは想像を絶するだろう。

 思えば最初からこの極東のウマ娘の態度は一貫していたのだ。
 レース後の歓喜だって微塵も感じられなかった。



「言ったでしょ、旅行のついでだって
 日本だとぼちぼち夏休みなのよ。そう、バケーション。

 ちょうどこの時期だし、そうね。来年もまた来ようかしら」



 ランナーではない。
 トラベラーである。

 いや、Touristと言った方がしっくりくるであろう。
 つまるところ世界は、英国は、極東の観光客に負けたのだ。

 
 この日ほど我々が、狂気を、憎しみを、悔しさを覚えた日は無いであろう。
 ただ結局、最後には必ず遣る瀬無さが襲うのだ。


--数値に記された最高の記録(レコード)が、最低の記憶と相まって燦然と輝いている
--そう、我々が見ていた夢は食べられてしまったのだ。




誰かが言った。夢喰らい、と。


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閑話~【暗黒】トゥインクル・シリーズを振り返るスレpart319【時代】

1:名無しのウマ娘 ID:felDxxd4I

■URA公式

 http://ura--

■今年度レース日程

 http://t---

■ウマ娘紹介

 http://ut---

 

次スレは>>950が立てる事。

立てられない場合は代役をレス。

950以降は次スレが立つまで減速。

荒しはスルー。テンプレ改変も当然該当。

遭遇した場合は我こそはという有志が慌てずに挙手して、ルールに則ったスレ立てをお願いします。

 

前スレ

【暗黒】トゥインクル・シリーズを振り返るスレpart318【時代】

 

2:名無しのウマ娘 ID:zoNQu4LKN

Qなんで暗黒時代

Aあのお方がいらっしゃるから

Qあのお方って

A言わせんなよ恥ずかしい

Q理由をはよ

A約束された勝利(暗黒)ほど空しいものは無いよね

Q振り返る意味ねーじゃん

Aレースはキュウセイナイトだけで成り立ってるわけじゃねーんだよトーシロ

 

 

3:名無しのウマ娘 ID:g+Z0fR0ao

>>1>>2

おつでーす

 

4:名無しのウマ娘 ID:Rh6SYetN9

トゥインクルシリーズを振り返る(悪魔から目を逸らしつつ)

 

5:名無しのウマ娘 ID:AFPKIwxj+

嫌でも目に入るわ

 

6:名無しのウマ娘 ID:Ud7Sz39xG

お兄さまどいて、そいつ〇せない

 

7:名無しのウマ娘 ID:GFg1lg4O8

兄「止せ!返り討ちに合うぞ!」

 

8:名無しのウマ娘 ID:Icd+bq5X5

ここ数年は続々といいウマ娘達が入ってきているんだけどね。

比較の対象があれだから

 

9:名無しのウマ娘 ID:B5XmvgBul

あれ(レコードコレクター)

 

10:名無しのウマ娘 ID:Qr+7X6nBI

あれ(大悪魔王)

 

11:名無しのウマ娘 ID:Jt1MvGlna

あれ(悪夢の権化)

 

12:名無しのウマ娘 ID:vomAJ3ZP2

名前だけ見ると救いがありそうなんだけどね

 

13:名無しのウマ娘 ID:BLDZL4Ut4

キュウセイナイト→救世騎士

おい、中央を救えよおねがいします

 

14:名無しのウマ娘 ID:I/0zhzpOm

ナイト「レース出るの止めたげよっか(笑)」

 

15:名無しのウマ娘 ID:+Qh5J6zwK

今更なんだよなー(ダービーのタイムを見ながら)

 

16:名無しのウマ娘 ID:6U0pIUMqq

ホントになー(天皇賞(春・秋)のタイムを見ながら)

 

17:名無しのウマ娘 ID:HE4LkTZO6

菊花賞は出ないって言った時、ひょっとしたら長距離適正

無いのではと思ったのは俺だけじゃないはず

 

18:名無しのウマ娘 ID:m0nvJjNm9

日本中がそう思ってたよ。まだ希望があった時が懐かしい。

 

19:名無しのウマ娘 ID:TQL0wwi4b

メジロ家始め、ゴルシ、ルドルフ、シービーって、夢があったよな。

結局食われちゃったけど。

 

20:名無しのウマ娘 ID:CSEfC9jN0

ナイト「長距離ならいけると思ったww?(原文ママ)」

 

21:名無しのウマ娘 ID:0xQ0EkHB1

マジで手が付けられん。

救いは当時から積極的にレースに出ようとしないことぐらい

 

22:名無しのウマ娘 ID:y4uv2bBMo

レコード取ったら次は中々出ようとしないしね

 

23:名無しのウマ娘 ID:KkfYylJmS

KジョージⅥ世・凱旋門賞「せやな(3連覇+継続中)」

 

24:名無しのウマ娘 ID:cNzbJgXX2

あれほど待ち望んでいたはずの海外タイトルのはずだったのに

ど う し て こ う な っ た

 

25:名無しのウマ娘 ID:wQkiHM+Sp

キュウセイナイトの振り返りじゃないんだから。

もっとトゥインクルについて語ろうぜよ

 

26:名無しのウマ娘 ID:x3Xzg7xgL

そもそも振り返る原因を作ったのはこいつのせい。

 

27:名無しのウマ娘 ID:e+bmnt6qh

ナイト「こうなってしまったことを

本 当 に す ま な い と 思 っ て い るwwwww」

 

28:名無しのウマ娘 ID:VkK9bL3RC

なにわろてんねん

 

29:名無しのウマ娘 ID:rm7WxuREi

なにわろてんねん

 

30:名無しのウマ娘 ID:8eKQ5GcRD

なにわろてんねん

 

31:名無しのウマ娘 ID:082XxeLfz

ぶちころがすぞ

 

32:名無しのウマ娘 ID:nqlrrQbg9

誠に遺憾である

 

33:名無しのウマ娘 ID:b5EfJ6L3M

憎しみが深み

 

34:名無しのウマ娘 ID:oYlUVspif

こいつのせいでマジで中央が盛り上がらねーのよ。

何とかしてえらいひと

 

35:名無しのウマ娘 ID:/qAixY8iv

代わりになぜか地方がそこそこ活気を取り戻している模様。

おしえてえらいひと

 

36:名無しのウマ娘 ID:mJvKLSxAq

>>34

きゃつが作った記録のせいで、結局はきゃつより遅いじゃろって話になり、あまり盛り上がらぬわけよ。

あやつが引退して10年20年経てば歴史が風化するかもじゃが、だいぶ先じゃの。

>>35

中央にきゃつが魔王のように君臨しとるから、気概あるウマ娘しか挑まんのじゃ。

じゃからなし崩し的に地方に人が流れるわけじゃ。言っちゃあなんじゃが、地方は敷居もそれほど高くないしの。

ただ、ウマ娘は皆真剣じゃ。中央と比べてレベルは低くてもレースは熱い接戦が多くあるから根強くファンが着いているのじゃよ

 

37:名無しのウマ娘 ID:gdXX0DE+5

>>35

最近だとアイドル専門で活動しているウマ娘がドル活の一環で地方のトレセンに入るってのも聞くな。

ウイニングライブ経験済みとか箔が付くんだってよ。

 

38:名無しのウマ娘 ID:pIlb8ut8O

ファルコンぱいせん「ほーん」

 

39:名無しのウマ娘 ID:FAF/6WaOl

あなたはその娘らの到達点ですから。

元祖歌って踊れて走れるアイドルウマ娘

 

40:名無しのウマ娘 ID:aPJYJVnrM

歌って

踊れて

走れる(ダートガチ勢)

 

41:名無しのウマ娘 ID:pkXxyP4Wk

最近なんかレース以外にウマ娘を見る機会が増えた気がする

身近に感じる機会が増えたというか

 

42:名無しのウマ娘 ID:Ox7dPCSWc

お前がそう思うずっと前から身近な存在。

日本だとどうしてもレース偏重だが、世界に目を向けると政治やら軍事部門やら

あらゆる分野でウマ娘は活躍しているぞ。

 

43:名無しのウマ娘 ID:AYS36gFDs

レースの世界に焦点が当てられるのも分かるけどね。走る欲求って本能的なものらしいし。

この欲求を満たせるようなシステムを構築したやつはホント神が掛っている。

 

44:名無しのウマ娘 ID:LOiZGZyhW

三女神「褒められた気がして」

 

45:名無しのウマ娘 ID:eOVsi4TWr

ナイトに力を与えたのもそいつらなんだよなー

 

46:名無しのウマ娘 ID:jLA4KDjPr

三女神「記憶にございません(すっとぼけ)」

 

47:名無しのウマ娘 ID:2oypcFIdG

未だに世界各地から集まる挑戦者と、篩にかけられた中央の猛者娘が鎬を削り合ってくれるおかげで、中央のレベル自体は上がっているんだよな。

ラスボスがゲームバランスを崩壊させているけど。

 

48:名無しのウマ娘 ID:VVh7QtXNX

しかもラスボスの出現はランダムという。せっかくすげー面子が集まったとしても出走しないこともあるし。

いや、ドタキャンしないだけマシなんだけどさ。ここぞってレースに出走表明しない事こと多いじゃん。URAそこんとこどうなのよ(圧力期待)

 

49:名無しのウマ娘 ID:KHmF6LObn

URA「ナイトさんはそういうの気にしないから……(菊花賞で経験済み)」

 

50:名無しのウマ娘 ID:1tJhOAImW

ジャパンカップ「よくある事や」

有マ記念「せやせや」

 

51:名無しのウマ娘 ID:vGMPBUoWX

>>50

有マはファン投票の結果も加味されるから……

 

52:名無しのウマ娘 ID:cqrd1Q2a5

ナイト「カーッ、人気なくてつれーわー。実力はあるのに人気が無いから出走できなくてつれーわー」

出走登録をすると毎回上位に食い込むのは、おまえらの沸点が低すぎるからだと思う(投票しながら)

 

53:名無しのウマ娘 ID:mw59MzZz6

なお、本物の煽りはもっとひどい模様

 

54:名無しのウマ娘 ID:XdZjvvu4i

泣かせたい、この化け物

 

55:名無しのウマ娘 ID:MSwRN6V3/

逆に泣かされた怪物(偽)三冠ウマ娘がいまして。

厳密には泣いていないけど、久々のニューヒーローを有マでぼこぼこにしたのは見ててつらかった。

 

56:名無しのウマ娘 ID:XXlPOGy55

(ナリブにとっては)悪い事件だったね。

クラシック三冠を獲ったときは「時代の節目キター!」と思ったもんさ(タイムからは目を逸らしながら)

 

57:名無しのウマ娘 ID:8V6yLzrXR

同世代の丸善、ルド、ゴルシって今何してんの

 

58:名無しのウマ娘 ID:VUS8D2K/G

シニア戦線のトップ戦線で頑張ってるで。

あれに挑み続ける気概のある数少ないウマ娘や。

 

59:名無しのウマ娘 ID:uzpkSz0qi

丸善、ルドはリギルだっけか。ゴルシがスピカで。魔王がアルデバラン

 

60:名無しのウマ娘 ID:dPo0qRz8U

じゃあさあいつ。サイドテイルは?

 

61:名無しのウマ娘 ID:kFIUWgWep

カノープス。公式に登録が載っとった

 

62:名無しのウマ娘 ID:11sN5u7Z7

あいつのピークはクラッシック期じゃけぇ

ダービーで丸善にフロック勝ちして入着が上だった時が頂点じゃ

 

63:名無しのウマ娘 ID:RhpfStSby

G1どころかそれ以外の重賞、OPですら中々走るところを見たことが無い。

久々にレースを見て復活を期待しても鳴かず飛ばず。以降繰り返し。

初期は話題性やらで扱われていたが、今やもう過去の人で追ってる人は誰もおらんで。

 

64:名無しのウマ娘 ID:JYDB2O349

時の流れは残酷だな。でもこれも厳しいレース世界の現実なのね

 

65:名無しのウマ娘 ID:ncZPZ0CUl

視野をもっと広く見た方がいいのかもな。

せっかく普通の人間より優れた身体器官があるわけなんだし。

それを活かしてレースの世界じゃなく、社会一層に溶け込んでくのも一つの道だな。

 

66:名無しのウマ娘 ID:VYbKCvy1V

トゥインクルシリーズも転換期に来てるのかね

 

------------

以降レスが続きます



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思い馳せる者達の話
プロローグ


「せんぱーい、何してるんですか?」

「エゴサよ」


 「うげぇ」と後輩が嫌そうに顔を顰める。
 別にあんたのことを調べているわけでは無いんだけど、なぜか後輩は嫌そうな顔をする。


「なんであんたが嫌そうな顔をするのよ」

「だって先輩、ネットだと結構酷評されていますし」

「ちゃっかり調べてんじゃないわよ!」

「ヒエッ!練習行って来まーす」



 ったく、あの子は。
 自分が酷評されてんのは自分が一番分かってるってーの。

 中央入りして4年目。
 日本ダービー以降いいとこなし。
 たまにレースに出れば復活の兆しなんて見られもしない。




--すでに終わった存在。それが世間から見た私への評価だ。


1月。始まりの年。

 

 早いもので、私のシニア戦線も今年で3年目を迎える。

 

 現在のシニア戦線は非常にレベルが高い。

 クラシックのたたき上げが毎年流動的に投入され、ロートルはどんどん駆逐されていく。

 逆も然りで、シニアレベルの洗礼を浴び、挫折する者も後を絶たない。

 

 いずれも弱者が淘汰されていく仕組みとなっているのだ。

 

 

 そんなシニア戦線に私は3年もしがみ付いている……ように見られているのだ。

 甚だ遺憾である。

 

 先ほども私の後輩である()()()()()がそんな指摘をしてきたものだから一喝しておいた。

 指摘されんでも分かってる、と。

 

 

 

「南坂T、って感じ」

 

「エゴサは止してください。

 と言いたいところですが、ほとんど話題に上がらなくなったのは僥倖です」

 

「だね。身体も万全だし」

 

「ええ。よく我慢しました」

 

 

 

 長かった。本当に長かった。

 

 

 ()()()をぶち抜くって決めてから大分経った。

 

 私が周到に準備をしている間に、あいつは大出世をかましてしまい、今や様々な渾名で呼ばれる歴代最低で最高なウマ娘となってしまった。

 

 

 全てをひっくり返した日本ダービー。

 世界を震撼させた(キング)ジョージⅥ世。

 

 

 あいつを象徴付てしまった2レース。

 過激な言動と、行き過ぎたパフォーマンスが話題となってしまったが、それでも記録だけは燦然と輝いていていた。

 

 

 まあ、()()って言うのはあいつらしいと思うから否定しないけど、最高って部分はいただけない。だって、あいつが()()()いないもの。光っているのはあくまで記録なのだ。

 

 ()()かもしれないが、()()ではない。

 そこのところは履き違えないで欲しいと思う。

 

 今は胸の内に留めておこうと思うけど、タイミングが来たら絶対指摘してやる。

 

 

 まあそんな胸中はどうでもいい。

 

 とにかく私は時間を賭けた。

 レースなんてどうでも……いいとは言えないけど、可能な限り自分の限界を超えて鍛えた。

 きっとそれは間違った方法だったかもしれないけど、南坂Tや元臨時Tに何度も止められたけど、『あんたが見てくれないと私はぶっ壊れるわよ!』と脅して続けた。

 

 はなっ(最初)から止まるつもりなんて無いこと、向こうは長年の付き合いから分かってるっぽいしね。顔を歪めながら面倒を見てくれたわ。

 

 うん、正直申し訳ないとは思う。

 けどそれは私の責任だから。無理だと思うけど、気にしないでほしいというのが本音だ。

 だからごめん。そしてありがとう。これからもよろしく。

 

 

 

 

「改めて喧嘩を売るにしても『格と箔』っていうものはやっぱり重要になってくるもの。

 先ずは天・春で『箔』付けをするわ。ついでにかつての腑抜け共とも『格』付けも済ませなくちゃね」

 

「おそらくギリギリのレースになると思います。

 あの娘らも成長が止まっているわけではありませんから」

 

「上等よ。ここを超えなきゃあいつに喧嘩を売るなんて到底できないもの。やってやるわ」

 

 

 

 栄光なんていらない。

 名誉なんてクソ喰らえ。

 

 ただ負けっ放しって言うのは性に合わない。

 だから先ずは腑抜け共から蹴散らそう(取り戻そう)

 

 

 緒戦はシンボリルドルフとゴールドシップ。

 相手にとって不足はない。

 

 

 

「トレーナー……ってげぇ!サイドテール!

 な、なんだよぉ、怖い顔して。や、やるのかよぉ」

 

「どうしたテイオー、ってサイドテール先輩じゃん!

 さっきネイチャが逃げて行ったけど、何かあったか?」

 

「サ・イ・ド・テ・イ・ル!

 横棒で略すな!そしてテイオーはいちいちビクつかない!

 ったく、あたしがあんたに何したって言うのよ」

 

 

 

 空気の喚起にはちょうどいいだろう。

 後輩’s2、3のお出ましだ。

 

 青髪のツインテールとワンポイント白毛流し。

 ツインターボとトウカイテイオーである。

 

 片や爆逃げが売りのどこぞのヘリオスを思い起こさせるウマ娘と、片や何故うちに来た!と言わんばかりの才能超優等生。

 

 ターボはうん、なんとなくここがあっているとは思うよ。

 というか能力がピーキー過ぎて多分南坂Tや元臨時T位しか手綱を握れないと思うし。

 

 

 でもってこいつ。テイオーに至ってはマジで意味が分からない。

 リギル辺りで才能を伸ばし続けた方が健全ではあると思うけど、何故かうちに来た。

 

 理由を聞いたが『秘密♡』と煽られたので、思わずアイアンクローを食らわしたのはご愛敬であろう。

 

 

 もう一人。

 さっき外に逃げたモフツインことナイスネイチャという後輩がいるけど、こいつはこいつでまあ斜に構えているところがあったりして、中々捻くれたやつだ。尤も、あいつと比べたら可愛いものであるが。

 

 

 後輩3人と私と南坂T。

 現在、チーム『カノープス』は以上の5人体制で回っている。

 

 あ、後たまにOGの二人も遊びに来てくれたりするか。



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1話

 ここで後輩達について触れておこうと思う。

 

 試験を終えトレセン学園に入学するまでの間。

 次年度からの新入生は地理的要件さえ満たせば、学園内の施設を利用することが可能となる。要するに自宅から通う足さえあれば施設を利用してもいいよ、ということである。

 

 

 またトレーナー達は有望株に内諾を得る動きも出てきたりする。

 いわゆる『青田買い』というやつも始まったりするのだ。

 

 尤もこれについては、入学試験の前段階から相手の親御さん等と協議を行ったり、綿密な調整の上で成り立つものであるため、余ほど要領のいいトレーナーか有名なトレーナーでもない限り、先ず内諾を得るのは難しい。

 

 

 難しいはずなのだが、何故か『カノープス』にはすでに3人ものウマ娘から内諾をもらってしまっていた。

 

 

 1人目が言わずと知れたトウカイテイオー。

 今年4月から入ってくる新入生の中でトップクラスの有望株である。

 

 こいつクラスに関してはマジで有名(トレーナー)が事前に手を打って、本人との相性も確認して漸く引き込めるような逸材である。本来ならエンカウントすら難しいはずなのだが、何故か向こうからこっちにやって来たらしい。

 

 Tは何度も別のチームやらトレーナやらを打診したようなのだが、

『絶対にここがいい!どこ行っても僕は速くなるんだから、だったら入りたいと思ったところがいい!』と言われてしまい仕方なく折れたのだとか。

 南坂Tの業務量が増加した。

 

 

 2人目はナイスネイチャ。

 たまたまTとテイオーの入部についてのやり取りを目撃して、なし崩し的、どさくさに紛れて入部を勝ち得たのだとか。

 

 後から理由を聞いたら

『私ら世代のトップが入りたがってる名の知れないチームと来たら、これは賭けてみる価値はあるかな』

 とのことで、まあ中々胆の据わった新人ではあると思ったわ。

『見当違いなら抜ければいいし』と言えるとこまで含めて見どころはあると思う。

 南坂Tの業務量が増加した。

 

 

 3人目はツインターボ。

 こいつに関しては『口止め』である。

 

 私がいつものようにTと練習を始めようと思ったら、すでに伸びていたこいつがいたのだ。

 仕方なく声を掛けて医務室に連れて行こうと思ったら、自力で立ち上がってまた走ろうとしていたから慌てて止めに入った。

 

 2人で無茶な練習について叱りつけたのだが『だって2人はいっつもその位やってるじゃん』と言われて返す言葉が無く、同時に練習を目撃されてしまっていたことを悟り、逆に言いくるめて入部してもらったのだ。とても悪い先輩と大人である。

 南坂Tの業務量とストレスが増加した。

 

 

 以上が後輩達の仮入部のいきさつである。

 Tの業務量が大幅に増えてしまい頭を抱えていたようだが、このTはただじゃ起きなかった。

 逆に私の練習を見てもらうための手駒としてしまったのだ。

 

 

 始めTがそんなことを宣うわけだから『ああ、疲れて頭がパぁになっちゃったんだな』と私は思っていた。

 どこのTが入学前の新人をパシらせるのか。そもそも断られるだろう。

 

 

 

 が、甘かった。

 テイオーは何故かしっかり私の練習を見てくる。

 ネイチャはメモりながらダメ出しをしてくる。

 ターボに至ってはマネしてこようとする。

 

 

 バ鹿か、バ鹿なのか。

 自分の練習だけしっかりしてろよ、と言いたい。というか言った。

 そしたら

『使えそうなとこは自分の練習に取り入れるんで。先輩は限界までイッちゃってください』

 とネイチャ談。

 ああ、逞しい後輩どもだこと。

 

 だったらこっちもとことんダメな先輩でいてやることにした。

 特に気にせず練習を続ける。それだけである。

 

 

 何故なら後輩たちはそれをお望みなのだから。

 

 

 

 と、こんないきさつがあり今の『カノープス』が動き出したのだ。

 

 

 ただ、あくまで後輩’sは入学前の仮入部の段階。学生寮への入寮はまだ先であるため、夕方になると当然自宅に帰ることとなる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 さて、そんな元気で愉快な後輩達が帰った時分。

 私たちは今後の出走予定について話し合いを続けていた。

 

 

 

 緒戦はルドルフとゴールドシップ!

 なんて息巻いたはいいけど、冷静に考えたらG1はレーティング的に非常に厳しいラインにいるの忘れてたわ。

 

 というか南坂Tは初めから私のレーティングが厳しいことを分かっていたようで、すでに出走レースの算段を立ててくれていたようだ。

 

 

 

「阪神大賞典を取りに行きます。

 もとより、ここを獲らなきゃ春の天皇賞は出走すら叶いません。

 加えてここを獲りに来るのは一筋縄じゃ行かない相手ばかりです」

 

「誰が来る予定?」

 

「ほぼ確定がタマモクロスさん、ビワハヤヒデさん。

 来るかもしれないのがライスシャワーさん、ナリタブライアンさん。

 いや、ブライアンさんは来ますね。3人は間違いなく来ます」

 

 

 

 皆聞いたことのある名前。

 

 タマモクロスは在りし日の模擬レースで一着を捲ったやつ。

 いや、こいつだけじゃなくハヤヒデもタマと同世代で無茶苦茶安定感のあるやつだと聞いてる。

 ブライアンに至っては去年の三冠ウマ娘だ。ついでにハヤヒデの妹でもある。

 

 そしてライスは去年ブライアンと最後の三冠目である菊花賞を競ったステイヤー。

 

 

 っべーわー、こいつら皆後輩なんだよなー。

 というかライスも来るでしょコレ。気弱そうな印象もあったけど、ブライアンに競り負けた時に一瞬見せた憤怒の表情から推測するに、多分リベンジに来るフラグでしょ。

 

 

 

「ライスも間違いなく来るよ。あれはそういう類の種族だよ」

 

「どういう類の種族か分かりませんが、それなら強敵は4人になりましたね。

 このとんでもない後輩達を抑えない事には、あなたの同期であるお二人には挑むことすらできませんよ」

 

「しんどいレースになりそうだわ。

 でもま、()()()()()()()()()し、ここらで先輩の威厳を見せてやりますよ」

 

「無理だけは決してしないでくださいね」

 

「はいはい。ケガしたってつまらないもの」

 

 

 

 こんなとこで躓くわけにはいかないし。

 ま、いい塩梅に調整して勝ちに行くわ。

 

 旧世代のロートル、華麗に復活。ってね。

 

 

 

 

「じゃ、T、行こっか」

 

「……レースも近いので、ここからは軽めの調整にしますよ」

 

 

 

 

 今まで私がほとんどのレースに顔を出さなかった理由。

 なんて事は無い。ただレースそっちのけで自身の強化に努めていただけ。

 

--レース中心のスケジュールではなく、あいつをぶち抜くためのスケジュール

 

 なーに、私の青春なんて安いもんさ。



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2話

 全身が重い。

 

 ~のように重いのではなく、実際に重い。

 過去、あいつが私に『ぶっ壊れるわよ』と忠告してくれた全身に負荷を掛けての練習。

 

 常日頃から負荷が掛かるようインナー等を身に着けているお陰か、日常生活に支障はないが、暗くなってからのTとの練習時には非常にきつい負荷となる。

 

 

 

「こなくそぉぉおおおおお!!」

 

 

 

 イメージするのはあいつの背中。

 絶望的にまで速い深紫の後ろ姿。

 

 追い込んでも追い込んでも届かない。

 追い付いたと思ったら嘲笑うかのような加速。

 況してや私はこんなきつい状況。

 

 あきらめ「られっかぁぁぁぁあああああ」

 

 

 簡単に諦めることができてたら、こんなきつい練習することは無かっただろう。

 でも生憎、私は非常に諦めが悪い。

 

 スマートに負けを認めるより這ってでも勝利に拘るタイプなのだ。

 この程度の実力差や身体の負荷など諦める理由にならない。

 

 

 

「あなたの限界はここではありません。さあ、もっと追い込みましょうか」

 

 

 

 はは、何が軽めの調整だ。

 あんなやっこい(穏やかな)顔して、言ってることは鬼畜そのものだ。

 

 それでもTの言う通り私の限界はここではない。

 足をもっと回せ、酸素を取り込め、エネルギーを燃やし続けろ。

 あいつの前を走れるなら、限界なんて何度だって超えてやる。

 

 

 

「おっとストップです。今日は軽めの調整なので」

 

「はぁ、はぁ。まだ、追い着いてすら、ないわ」

 

「水を差して悪いのですが、今度の相手はナイトさんでも同世代の方でもありません。あなたの後輩達です。

 ですから、今日はそれを含めて軽めだったのです」

 

 

 

 ……ああ、先走り過ぎた。いつも相手は()()()だったから。

 次の相手をしっかり見据えないといけなかったのだ。

 

 そもそも()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 次のレースを落としたら元も子もないのだ。

 

 

 

「そう、ね。

 ふぅ。うん、イメージを変えるわ」

 

「よろしい。では、1,000mもう一本。これで最後です」

 

 

 

 上等!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「こんにちはー。ってサイドテール、またー!?」

 

「……あによ。昼寝もトレーニングの一つなのよ」

 

 

 

 昼もまだ早い時間。

 昼ご飯を食堂で食べ終え、午後のトレーニングに備え少し仮眠を取っていたころに喧しいやつがやって来た。

 

 こっちは午前中の授業(詰め込み)でパンク寸前なんだ。

 だからもうちょい休ませろ。

 

 

 

「あんまり寝すぎても意味ないんだからもういいでしょー!」

 

 

 うるせぇ、小学生。

 というか学校はどうした学校は。義務教育舐めんな。

 

 

「ああ、寝るなー!」

 

「あーた、学校はどうしたのよ」

 

「もう。課外授業の名目でこっち来てるって言ったでしょ!

 Tが動いてくれて午後はこっち来れるようになったって」

 

 

 ああ、そうだ。あのT無駄に手が回り過ぎて困る。

 この時期にテイオーの通う学校で新たに覚えることは無いのだ。加えてテイオー自身も成績優秀なため、簡単に午後の外出時間を得られることができたんだった。

 

 ネイチャはもちろんだけど、ターボのやつも成績、いいんだよね。でなきゃここに来れないし。

 うん、意外だ。いがいだ……い、が…「起きろー!」

 

 

 

「ああもう鬱陶しい!

 分かった、起きるわよ、もう」

 

「にしし、始めからそうすればいいのだよ。ん、んー?(笑)」

 

 

 

 こ、このどぐされ小坊がぁ。

 調子暮れて……いや。相手は義務教育をまだ3年残してる幼体だ。

 ここは冷静に大人の貫録を見せつけてやろう。

 

 

 

「ふ、ふふふ。その程度の煽りでわたサイドテールさんを怒らせたら大したものですよ」

 

「声震えてんじゃん(失笑)」

 

「武者震いだごらぁあああ!!」

 

 

 

 大人の貫録などどうせ後で身に着く。今は目先のクソガキに鉄拳だごらぁ。

 テイオーと私の突発的な追いかけっこが始まった。

 

 

 さて、学園内を駆ける私達だが、何故だろう。最近は何故か生暖かい視線を感じる。

 ……そこ、逃げ切る方に人参3本とか賭けてんじゃないわよ。『今日もがんばれよー』とか、いつもやってるわけじゃないわよ、多分。

 

 にゃろーも素走っこいがこちとら義務教育を卒業した身。年季が違うのだよ、年季が。

 

 

 

 

「ぬははは!

 今日も捕獲してしまった私の才能が恐ろしい」

 

「むー、はなせぇぇぇぇ」

 

 

 

 校舎のどっかしろの廊下でテイオーを捕獲。

 逃げないように脇で抱えすたこらと来た道を戻る。そんな矢先だった。

 

 

 

「何やら騒々しいな」

 

「げぇ、生徒会」

 

「君に吐き気を催されるような事をした覚えは無いのだがね。

 それより廊下の張り紙が君達には見えなかったのかな」

 

 

 

 生徒会の次期会長候補、シンボリルドルフ。

 私の同期かつ多分同世代で()()()に速いやつ。つまり学園内で()()最強のウマ娘である。

 しまったなー、ここは生徒会室の近くだったかー。調子こき過ぎてしまったようだ。

 

 どうするかな。こいつ、話長そうなんだよなー。

 

 

 

「うるさくしてごめんなさい、はんせいしてます、もうしません。……じゃっ」

 

「待ちたまえ。とりあえず小さな後輩もいるんだ。茶ぐらい出すから来い」

 

「お菓子もね。和菓子希望」

 

 

 

 「付け合わせのものしかないわ、戯けめ」なんて言いながら生徒会室に誘導された。

 決して食べ物に連れたわけでは無い。運動直後で何か食べたかったとかそういうわけでは断じて無い。

 

 

 

 

 

 

 

 

「うっわ、まじ!テイオー見て見て、この部屋冷蔵庫あるわよ。冷暖房完備で……私たちの学費の使い道の闇がここに凝縮されてるわ」

 

「ばかもの、全部自費だ!学園の予算など食うか!

 ……ほら、()()深いだろ?」

 

「まじか、あんたマジか」

 

 

 

 く、くっそくだらねぇ!

 こいつ、とんでもない飛び道具持ってたわ。普段が普段だけに弾けると性も無くなるのか。

 いずれ現れるかも知れないコイツの相方は相当苦労するわね。

 

 テイオー、あんたも無理に笑う必要は無いわよ。

 

 

 

()()()()()と用意するから、少し掛けて待っててくれ。

 いいか、くれぐれも無()はするなよ」

 

「ちゃーしばく前にあんたをしばくわよ」

 

 

 だからウキウキした様子でこっちを見るのは止めれくださいお願いします。

 

 

 

「中央って、愉快なところなんだね」

 

「あれを基準にしないで」

 

 

 

 普段はお堅いやつなんだけどね。

 ただここまで弾けてるのを見たことが無いから私も驚いている。というか半分は呆れている。

 それに

 

 

 

「サイドテール、他の役員はどうしたのかな」

 

「さぁ、外出でもしてるんじゃないのかしら」

 

 

 

 私ら以外役員が見当たらない。というか学園でもこいつ以外の生徒会って聞いたことが無いんだよね。

 

 

 

「ああ、生徒会と言っても今や私一人しかいないからな。

 すまないが人手が足りないんだ。運ぶの手伝ってくれないか?」

 

「あ、僕が行くよー」

 

 

 

 お茶を入れたルドルフが気になっていたことを教えてくれた。

 ってか、それなら実質会長じゃんコイツ。

 

 テイオーがお菓子を、ルドルフがお茶を持って来てくれてもてなしを受ける。

 もらったお茶を啜り一緒に出されたバームクーヘンを一口いただくと、中々。和と洋の調和を感じる味わい深さである。

 

 和菓子希望と言ったが、これはこれで美味しい。

 

 一緒に食べてるテイオーも至極ご満悦そうな顔をしている。

 そんな様子をルドルフは温かい目を向けて眺めていた。

 

 

 

「生徒会と言っても今や殆ど活動実態なんて乏しいものさ。

 特に私らの代はレースに躍起になっているからな。なり手が殆どいない」

 

「あんたはどうなのよ」

 

「私か?私はそうだな。

 好きなんだよ、こう、みんなの手助けを間接的に出来るってことが。

 別に偽善だって構いはしない。みんなが。いや、少しでも周りが幸福を感じてもらえれば嬉しいかな」

 

「それでレースに負けてたら元も子もないけどね」

 

「ははは、違いない。尤も、負けた言い訳にするつもりはないがね」

 

 

 

 要するに面倒(本人はそう思ってないけど)事を抱えた上で『私TUEEEEE!』をやってやんよ。負けても言い訳なんてするわけないじゃん。ってことだ、こいつが言ってるのは。

 

 深読みしすぎかもしれないけど、私の直感は割と当たるのだ。

 やっぱりいい子ちゃんは違うわ、考えていることが。

 

 隣のテイオーなんか『たはぁー!』なんて擬音が付きそうなくらいキラキラしたお目目をしていらっしゃること。

 

 で、捻くれた私の表情と比較して『たはぁ』とため息は吐くまでワンセット。

 こいつ(テイオー)は何か、私を弄らないと死んじゃう病気か何なのか?

 

 テイオーの頬を軽く抓んで引っ張ってやった。

 

 

 

「これか、この顔か」

 

ひゃ、ひゃいすゆんやよー(な、なにするんだよー)

 

「ははは、仲がいいな君たちは」

 

「ま、悪くは無いと思うけど。こんな感じで弄ってんのよ」

 

「お互いに、かい?」

 

「ちがわい! 私は遊んでやってんのよ!」

 

「え、僕、そんな感じで遊ばれてるだけなの?

 ……サイドテールと遊ぶの、グスッ、本気で、楽しいのに、ヒック」

 

 

 ……なんだよルドルフ。

 言いたいことがあるならはっきり言え。そんな養豚場の豚を見る目は止めれ。

 というか

 

 

「ルドルフ、よく見ろ。ウソ泣きだコイツ」

 

「ヒック、ひどいよサイドテール、グスッ、……クフッ」

 

 

 

 こ、このがきゃぁ、完全に遊んでやがる。

 「会長~」なんて言ってルドルフに抱き着いて笑いもごまかしている。

 ルドもルドで満更でもない表情だから性質(タチ)が悪い。というかルドも分かっててやってるなこれ。

 

 

「で、寸劇は終わったわけ?」

 

「ふふふ、君からその言葉を聞けるなんて、感慨深いもんだね」

 

「ああ、ダービー前の一幕の時ね。なんとなくあんたの気分を理解したわ」

 

「懐かしいね、あの一幕は。

 ……君はあの時から成長したのかな」

 

「そうねぇ。とりあえずその答え合わせは天・春でしてあげるわ」

 

「できるのかい?」

 

「やるわよ。

 あんたこそどうなのよ。あんな腑抜けた様子はもう見せないでしょうね」

 

「君と違って何度も挑んでいるからね。

 俯いている暇すらないさ。

 

 でもそうだね。……ふふ。なら改めて問おうか。

 『すまないが君は誰だい。私の間に割って入るなら、レースで実力を示してからにしてほしい』」

 

 

 

 懐かしい。

 今も、ちょっと昔も。心身共に成長はしたけど根っこは変わらない。

 いつだって私達はギラギラしている。

 

 

「言うわね。ま、否定できないとこでもあるけどね。

 疑問なら今度の阪神大賞典を観てなさいな。私の名前が燦然と輝くはずよ」

 

 

 

 ルドルフの前で高らかに宣言した様子を、テイオーはじっと見つめていた。




--『皇帝』と呼ばれつつあるウマ娘の視点


 初めて存在を認知したのはスプリングステークスの時。
 マルゼンに噛みつく愚か者という認識だったが、レースでは最後まで食らいつく様子が印象的だった。
 
 また、レース後の一幕をトレーナーから聞いて、中々骨のあるウマ娘だとも思った。



 次の邂逅は皐月賞の時だった。
 初めて彼女と一緒のレースを共にすることとなったのだが、この時の私は視野が狭く、マルゼン以外の娘達をあまり意識していなかった。

 そのためか、彼女『サイドテイル』の印象はあまり残っていない。
 最後の掲示板に表示された名前を見て『ああ、マルゼンに噛みついてた』という印象をようやく思い出したのが本音だ。





 そして最後がダービー直前のあの一幕。
 あれは忘れもしない。マルゼン以外に。それもレース外の盤外戦……とも言えないような全くの感情論での口論。

 結局あの時の私は、皐月賞と同じようにマルゼンだけしか目に映っていなかったのだが、振り返るとあのやり取りが私に周りのウマ娘達を認知させてくれた。

 小バ鹿にしたような寸劇染みた。というか寸劇そのものだったなあれは。
 

 今でもあの時の情景は怒りと一緒に思い出せるが、怒り以上に心地よさを感じてしまうのだ。

 マルゼンを抜きにして純粋に。
 そうだな、彼女風に言うと『全員をぶち抜く』という思いになったのは。1着云々よりここにいるウマ娘達より速くありたいと。

 だからシービー先輩にも『強者の在り方』なんてことを聞きに行ったのかもしれない。
 単純に『こいつらを圧倒したい』と、あの時は正直皐月賞以上に燃えていた。








--でも折れた。あいつとの差を知って。








 レース前までは自惚れでもなんでもなく、私は誰よりも負ける気がしなかった。それ位仕上がりは完璧だった。

 それでも負けた。全力を出してなお、後塵すら拝めないほどの大差を着けられて。
 

 屈辱なんてものじゃない。あいつの中では勝負の枠組みにすら入っていない。
 私達はあいつにとってただの踏み台でしか無かったのだろう。
 結果がそれを優に物語っていた。



 マルゼンスキーは涙で。
 ゴールドシップは下を向き。
 私は膝を着き。


 あの時、あのターフに立っていた誰もが前を向くことができなかった。 




--彼女以外は




『おい!----!』


 信じられなかった。あれだけの大差を着けられて。
 向こう十年。下手したら今後ずっと抜かれることが無いであろうレコードを見てなお。

 彼女は立ち上が--否、折れてすらいなかった。


 それでいてダービー前の一幕と変わら無い様子であいつに噛みつく彼女。
 時にあいつは彼女との才能の差をはっきりと告げる。
 
 結果を出した本人からスパッと言われたのだ。
 しかし、それでいてなお、彼女に堪えた様子は全く見られなかったのだ。



 結局あいつも、次いで彼女もその場を去ったが、その後私達はもう一度掲示板を見直した。
 
 誰もが絶句した。
 これを見てなお、彼女は挑み続けるのか、と。
 それでも、ゴール直後に見た時より絶望は感じなかった。


--隣に、前を向き続ける同期がいたから。


 それに、いつまでもこのままだと、次彼女に会った時にまた小バ鹿にされてしまう。
 そう考えると不思議と、前を向き直すことができた。


 各々がどういった思いを抱いていたかは分からない。
 けど、あの時駆けたあいつ以外の17人は、今もあいつの背中を諦めてはいない。

 途中、何人かは引退してしまったが、それでいてなおレースの世界に携わっているということも耳にしている。


 挑み続けるのは、彼女だけではないのだ。






 そして現在。


『すまないが君は誰だい。私の間に割って入るなら、レースで実力を示してからにしてほしい』


 ちょっとした強がりだ。
 あのレースを共にした17人が、彼女の名前を忘れるなんてことはあり得ないのだから。


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3話

 2月。

 世間ではバレンタインだなんだで騒がしい時期であるが、生憎うちの学園にはそんな軟派な行事は無い。なんせ学園に集まる輩は皆華の乙女。『A組の○○君、かっこいいよねー』などと言った会話は存在しないのだ。

 

 ただまあ、どこそこのTが誰それのウマ娘OGと結ばれただのウマダッチしただのという会話は聞こえてくるのだが。聞く度に私はこう思うわけだ。

 

 私だって乙女乙女したい!

 

 

 

「サイドテール先輩は何をおっしゃいたいんでしょうか?」

 

「いいかねナイスネイチャ君。私だって華の十代。つまりは思春期 THE 乙女。

 彼氏彼女のキャッキャウフフに憧れる年頃でもあるのだよ」

 

「(小学生相手に何言ってんだコイツ)彼氏でも欲しいんですか?」

 

「他人の純粋な恋バナが聞きたい。それで色恋に悶える姿を見て鼻の下を伸ばしたい」

 

「(うわぁ)うわぁ」

 

 

 

 ドン引きである。目の前のモフツインがかなり後ずさりした。

 いや、引かれることぐらい分かってる。でもさ、ここ数年特訓にカマかけて色恋話などする相手、たまに来る先輩達位としかしなかったわけだから結構飢えているのだ。

 

 しかもあいつらちゃっかり彼氏なんて軟派なものつくりやがって無自覚にマウント取ってきやがるものだから、こちとら『はいはいご馳走様ご馳走様(憎)』と話を聞くことしかできない。

 

 そこで最近できた後輩である。

 この際、私のサンドバックとなってもらおうと考えたのだ。

 

 つまり本音は小学生らしい、かわいらしいお話に癒されたい。

 

 

 

「ほら、甘酸っぱい恋バナプリーズミー、プリーズミー」

 

「しませんよ!」

 

「ん、ターボならあるぞ」

 

「「え」」

 

 

 

 え……え?

 

 

 

「ターボな、好きな男の子がいたんだー。だからその子を放課後呼び出して『好き!』って言ったんだ。

 でもな、その男の子慌てた感じで『きょ、興味ねーし!好きな人とかいねーけど、興味ねーし!』とかなんか言われてて逃げられちゃったんだ」

 

「ど、どうしてお好きになられたのでしょう?

 というか逃げ出すとか酷くないでせうか?」

 

「でもちゃんとした返事はもらったぞ。うん、やっぱりその子が優しかったからかな。

 その時は逃げられちゃったけど後から手紙をもらったんだ。

 色々書いてあってあんまり覚えてないけど

 『急に言われても分かんねー。だけど一番に走ってる君は大好き』て見つけてな。

 だからターボはいつも全力なんだ」

 

「ターボは今でもその男の子が?」

 

「んふふー。秘密ー」

 

 

 

 すみません、誰かコーヒーお願いします。

 後この可愛い生き物のラッピングもお願いします。

 

 

 

「こんにちはー、ってあれ。ネイチャ、どうしてターボがモフラれてるの」

 

「このこの。愛いやつめ、愛いやつめ!」

 

「なんで、なんでー!? サイドテールー、止めろー!」

 

「これはターボが悪い」

 

「?まあいいや。それより見て見て、今度の阪神大賞典の特集。

 やっぱりハヤヒデさんとブライアンさんの姉妹対決がフォーカスされてるっぽいよ」

 

 

 ターボを愛でていた私であったがその手を止めた。

 テイオーが持って来てくれた月間トゥインクルの記事に目を通すとなるほど。確かにそこには後輩達の名前が書き綴られている。

 

 

 

「で、わたサイドテイルさんの名前はいずこに?」

 

「欠片も見当たらないね。

 他にはタマモクロスと、後ライスについて触れられてるよ。

 特にライスはブライアンへの雪辱に燃えているっぽいのがインタビューの節々から感じられるよね」

 

 

 

 ライスシャワーという後輩は昨年の菊花賞でナリタブライアンに僅差で敗れているしね。

 

 普段こそか弱く見えるライスだが、ここぞという大一番。それも長距離でこそ真価を発揮するからやっぱり強い。

 

 そんな娘を力で捻じ伏せたんだからブライアンもやるわ。

 

 

 

「すごい面子よね。私なら絶対出走回避するわよ。

 というか言っちゃあなんだけどサイドテイル先輩ってこの人らと渡り合える実績ってあるの?確かに練習だけ見てたら恐ろしい量こなしているのは分かるけど」

 

「レース実績で言っちゃうと張り合えるものなんて無いわ。

 でもね、あんたが言ったように勝てると思えるほどのトレーニングは積んできたつもりよ」

 

「そうそう、サイドテールは凄いんだから!」

 

「なんでテイオーがドヤ顔してるかは分からないけど。

 でもそこまで言うんだったら期待してますよ」

 

「後輩達にいいとこも見せてあげなくちゃね。期待して見てなさいな」

 

 

 

 さて、今日も練習練習。

 色恋事より目先の後輩()に先輩の威厳を見せつけてやりますか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

3月中旬

阪神大賞典当日

 

 

 『姉妹対決』『菊花のリベンジ』『稲妻の凱旋』など、中々大きな扱われ方をしている今回のレース。そこに私の名前は出走登録者としてしか載っていない。

 

 そんなものだ。

 私の実績なんてクラシック期にちょっと頑張ってたウマ娘、ってレベルのものだから。

 

 同期のどの娘にも真っ向から勝ったことのない。

 マルゼンスキーより速かった時だってあいつのお情けで勝たせてもらったもの。

 

 結局どこにでもいる、ただの重賞未勝利ウマ娘。それが今の私だ。

 

 

 

「凄い、これが重賞の空気」

 

「あんたらもいずれ走ることになるんだから、今の内雰囲気だけでも味わっておきなさい」

 

 

 

 少し不安な気持ちを紛らわすために後輩達に声を掛ける。

 何よりこいつらの前でビビった姿なんて見せたくない。これは私の意地だ。

 

 本当は凄く不安なのだ。

 稀に出走したレースは()調()()ではない状態だったから自分にまだ言い訳ができたけど、今日はそうはいかない。

 

 

 体調は万全。

 しかし気持ちが落ち着かない。

 

 

「サイドテイルさん、どうしました」

 

「……何でもないわ。ただ今日走る後輩達の様子がちょっと気に掛かっただけよ」

 

 

 

 一筋縄じゃ行かないわね。

 いざ実際にあの娘らを見ていると尋常じゃないくらいにギラギラしているもの。

 天・春の前哨戦とはいえ、入れ込みが半端ではない。

 

 何があんたらをそこまで搔き立てるのか。そもそもあんたら全員出走当確ラインでしょうな。

 

 

 ……私以上にプレッシャーを感じるウマ娘なんておかしいでしょうが!!

 

 

 

「ったくどいつもこいつも余裕が無いわね。

 私以上に余裕がないウマ娘なんていやしないのに」

 

「(折り合いが着いたようですね)ええそうです。

 あなた以上に追い込まれている娘そうはいません。尤もその状況は自身で作り上げてしまったものですがね」

 

「そうよ。全くもって自業自得だわ。私が負ければ、だけどね。

 さ、あんた達。さっさと控室に向かうわよ」

 

 

 

 ここで生意気にもギラギラしてる後輩達とバチバチするのは、チームの娘達の教育上よろしくないし。さっさとずらかりますか。

 

 インタビューを受けているギラギラの後輩達を尻目に、私達は控室に向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「恐らくあなたのことです。今日のレース運びについてある程度算段は着いているでしょう。

 だから敢えて言います。先行しようが追い込もうが『相手をねじ伏せてきなさい』」

 

 

 

 あの優男が無茶苦茶強気なことを言ってきた。

 他の3人も唖然としている。おそらくこういうタイプだと思っていなかったのだろう。

 

 付き合いの長い私はそれほど驚いてはいない。

 それとなく言い方も、私を初めて見出してくれたチーフTを意識してのものだと予想が着いた。

 

 

 いいね、分かってるじゃん。

 今私が欲しかったのは慰めの言葉なんかじゃなくて、テンションを上げていくようなバチバチした激励だ。

 

 

 

「了解。先輩風吹かしてくるわ」

 

「その意気です」

 

「サ、サイドテール」

 

「あん。どしたのよ」

 

「えっとさ、その、……頑張れ!」

 

「珍しいわね、素直に応援してくれるなんて」

 

「ぼ、僕だってそりゃ勝ってほしいよ!同じチームの一応先輩だし、その……だし……止め止め!、とにかく1着だよ、1着!」

 

「ターボも応援してるぞ!」

 

「愛いやつめー、このこの」

 

「だ、だから頬ずりはヤメロォォおおお!」

 

「締まらないわね。でも、ネーチャさんも応援してるから、頑張ってチームの評価を上げてきてね。相対的に私の評価も上がると思うから」

 

 

 

 なんだか懐かしい。

 

 こんなに和やかでは無かったが、あいつともレース前にはくだらない話を交わして。

 苦笑いをしてるサブTがいて、悠然とチーフTが構えていて、先輩らがポジティブな声を掛けてくれて。

 

 後さテイオー。あんたが濁した言葉、ばっちり私の耳には届いていたからね。

 それに多分だけど、後輩’sにも聞こえていたと思うよ。

 

 

 

『その、憧れ(……)、だし』

 

 

 

 ウマ娘の聴力忘れんなし。

 でもま、気合は十分入ったかな。

 こいつらにも先輩風吹かせたいしね。

 

 

 

「じゃ、行ってくるわね」

 

「ええ。ただし、無理は禁物です」

 

 

 

 分かってるっての。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『久々の出走9番人気、12番サイドテイル。

 これは、凄く気持ちが乗ってそうな表情をしております。

 すでに掛かり気味。いや、何か決意の現れなのでしょうか』

 

 

 

 ただただ悠然とこの後のレースを迎えるだけ。

 やるべきことは観客へのアピールではなく、生意気な後輩達への宣戦。

 

 お前らの目には、一体誰が映っている?

 交わす言葉なんて何もない。全てはレースで分からせてやる。

 

 

 

『いやに不気味です。もしも一波乱起こるなら、彼女が起こすかもしれません。この世代は怖いぞ』

 

 

 

 パドックでの紹介を終え早々に通路に向かう。

 今回のレースはゲート割れがあり、私の紹介が最後であった。

 

 そこから係員に誘導されターフに繋がる通路に入る。

 ここから先は出走者のみが歩んでいく道である。

 

 

 静かな道中だ。

 私の歩む音と、息遣いしか聞こえない。

 

 

 

「よお、三冠ウマ娘。シニアの洗礼見したるわ」

 

「ほう、面白そうだ。姉貴、洗礼してくれるってよ」

 

「私もお前に洗礼する側なんだが。……有マじゃ足りなかったか?」

 

「フゥゥゥゥゥ……!」

 

 

 

 ああ、いつ見てもいいな。

 ギラギラしてるウマ娘達っての言うのは。

 

 

 挑発する者、受ける者、便乗する者、張り詰める者。

 

 

 

 

「失礼」

 

 

 一言、ただそれだけ声を掛けて私はターフに向かう。

 今の私に余計な言葉なんていらない。全てはレースで語ってやる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

--阪神大賞典

 

阪神 11R 芝 3,000m(右) 良 ゲート割れ(12)

 

 

 

『『姉妹対決』『菊花のリベンジ』『稲妻の凱旋』『三冠のプライド』

 凡そのレースには注目される副題が1つあるものですが、このレースに関しては少なくとも4つの副題が掲げられています。

 

 また、ウマ娘達の数だけドラマがあります。

 とりわけ、今日ここに集まったウマ娘達のドラマは特に内容が濃いものと言えるでしょう。

 

 さあ、春の長距離の王座に向かわんとばかりの血気盛んな実力派ウマ娘達をご紹介しましょう。

 

 

 …

 2枠2番 ナリタブライアン 2番人気

 昨年の三冠ウマ娘。言葉は不要。有マの雪辱をここで果たさん。

 …

 …

 5枠5番 タマモクロス 1番人気

 シニア戦線のトップクラスを走るウマ娘。シンボリルドルフ、果ては()()()()()()への挑戦状を叩きつけに来たのか。稲妻の凱旋です。

 

 5枠6番 ビワハヤヒデ 3番人気

 人気では妹に譲ったが実力までは譲れない。タマモクロスとは同期であり彼女もまたシニア戦線のトップクラスを走ります。

 

 …

 …

 8枠11番 ライスシャワー 6番人気

 記憶に新しい昨年の菊花賞。そのハナ差はあまりにも遠かった。しかし今度は離さない。研ぎ澄まされた闘志を胸に静かにゲートイン。

 

 8枠12番 サイドテイル 10番人気

 久々の出走。ここ最近はなりを潜めていましたが今日のご機嫌はいかがでしょう。

 

 

 さあ、阪神競バ場の桜も見どころを迎え春の始まりを感じるところ。果たして春一番は誰に吹くのか?』

 

 

 

 空気がヒリヒリする。隣のライスからなんてオーラを放っているんじゃないかって位に闘志が溢れている。

 

 でも甘い。こちとら研ぎ澄ました時間はあんた達より断然長い。

 その分ちょっと耐久性に難は有れど、切れ味は抜群だ。

 

 

 

『各ウマ娘、ゲート完了……スタートしました!』

 

 

 

 始まった。

 後輩達は誰も先頭を取りにいかない。流石に様子を見るか。

 何時もの私なら先頭を奪いに行くところだけど、今日は後輩達に合わせて行く。

 

 3,000mの長丁場だ。始めから仕掛けるのは得策ではない。

 

 

 

『…

 …

 ビワハヤヒデ、タマモクロス、ナリタブライアン、ライスシャワー

 

 …

 サイドテイルと続く。

 

 先頭は…だが後方までその差は殆どありません。全体的にレースはゆったりとした走り出し。集団で展開されています』

 

 

 

 最初の直線は様子見。鍔迫り合いの段階。

 まだまだ感覚を研ぎ澄ませ。焦るな。集団に紛れろ。

 

 第1コーナーに入っても形成は変わらない。

 皆も分かっている。ここがまだ勝負処ではないことが。

 

 

 

『第1コーナーから第2コーナーに差し掛かっておりますが、依然として集団に大きな動きは見られません。これはゆったりとした動き出しだ。

 

 さあ集団のまま観客席正面を迎えます。幾多のドラマを生んできたウマ娘達ですが果たして、次の直線で栄光を掴むウマ娘はどの娘なのか。ここまでのレース展開からは全く予想が着きません。

 

 おっと、集団に動きが。

 6番ビワハヤヒデです。直線でスピードを上げてきました。次いで2番ナリタブライアンが追う形。以降集団との差が広がる様相をなしてきた。

 

 いや、忘れてはいけない。

 11番ライスシャワーだ。ナリタブライアンの後ろを追いかける。昨年の菊花の苦杯は忘れてはいないぞ。そう言わんばかりの追撃』

 

 

 

 仕掛けるならここからだと思ったが、ハヤヒデのそれは本気のものでは無い。生意気にもここに集まっているウマ娘を篩に掛けるといった具合のもの。

 

 私にしてはここまで珍しく落ち着いていたと思う。よく爆発させなかったと誉めてやりたい。

 

 

 そう、先輩がいるにも関わらず篩に掛けるといったあの先行。

 これは「私に着いてこれるか」と言った完全に上からの物言いである。つまるところ私を()と認識していないという事だ。

 

 

 

 ふぅ……舐めんな!

 次の直線まで溜めようと思ったけど止めた。

 

 

 

『先頭集団は依然順位が変わらずそのまま阪神の登坂に入ります。続けて第2集団が……おっと、12番サイドテイル。外から物凄い勢いで坂を駆け上がる。

 

 この勢いはそのまま先頭集団を捉えるか、捉えるか、捉えた、捉えた、捉えた。先頭3人は虚を突かれた表情。

 

 いや、更に突き放しに掛かるかサイドテイル!

 第3コーナーに入ってもその勢いは衰えない!

 これは暴走か、戦略か。スパートには速すぎると思うが気紛れ妖精。一体何を考えている』

 

 

 

 第4コーナーを迎える。

 難しいことは考えない。先ずは失速をしない。

 仮に追い縋って来た後輩達がいたとしたら、ただただ迎え撃つだけ。

 

 

ーーここから先、私の前を走るウマ娘は存在しない。

 

 

 

『向こう正面に入って先頭は12番サイドテイル。

 5バ身離れてビワハヤヒデ。後ろにぴったりナリタブライアン。その後ろをライスシャワー。

 

 先頭を追いかけるも差が……縮まらない!サイドテイル、2週目の向う正面の直線を逃げ続ける!

 

 いや、ビワハヤヒデが追う形!その差を4、3バ身と縮める。更に2バ身、1バ身。2周目のコーナーに差し掛かろうというところで外から捲りに掛かる。妖精の独走はここで終わりーー終わらない!横に着けることを許しても前は譲らない!

 

 ビワハヤヒデも必死の形相!しかし躱せない!その差を2バ身、3バ身とサイドテイルがお返しとばかりに広げ返す!』

 

 

 

 まだまだぁ!!

 

 

 

『入れ替わる形でナリタブライアンが仕掛ける!

 

 姉を内からそのまま食らい、今度は妖精を捉えんとばかりに迫る。迫るのだが……最後の一歩が及ばない!1つ上()は超えた。しかしもう1つ(もう1世代)上は三冠ウマ娘でも届かない!有マで見た最強だけではない。この世代には妖精がいた!』

 

 

 

 足をもっと回せ、酸素を取り込め、エネルギーを燃やし続けろ。こんなとこ、限界でも何でも無い!!!

 

 

 

『観客の歓声が割れんばかりの阪神競バ場!

 いや、ライスシャワー、ライスシャワーだ!

 

 最終コーナーを迎えてやって来た最後の刺客はライスシャワー!

 

 世代は超えた。宿敵も躱した。最後に迎え撃つは怪物のいる世代!』

 

 

 

 大人しそうな表情をして誰よりもギラギラしてたのはコイツだった。

 その小さな体にどれ程の力を蓄えたのか。その執念は買っていたよ。

 

 でもね、年季が違う。

 

 

 

『後続との差を徐々に離しライスシャワー伸びる、ライスシャワー伸びる。しかし。しかし、サイドテイルに届かない!

 何故だ、何故なんだと驚愕の表情!

 

 菊花の雪辱は果たせても怪物のいる世代には届かない。

 後2バ身が残酷なまでに遠い……あーっ!!白い、『白い稲妻』がライスシャワーを貫いた!!!』

 

 

 

 ああ、来たんだね、タマモクロス。

 誰よりも。誰よりもあんたを私は警戒していたよ。

 

 初めて見たあの模擬レースの爆発的追い込みは衝撃だった。

 だからこそ、あの時から私の気持ちは微塵も振れていない。

 

 

 

ーーもっと追い込んで、あの娘らを迎え打つ準備をしないといけないわね。

 

 

 

『そのままサイドテイルを捉えんとばかりの勢い。サイドテイル、万事休すか。

 い、いや!同時にサイドテイルが一気に加速!

 

 ビワハヤヒデを撃墜し、ナリタブライアンを返り討ちにし、ライスシャワーを抑え込んだ果てに、まだ足が残っているというのか!!

 

 さあ、最後の一直線。サイドテイルか、タマモクロスか!!!

 阪神の登り坂を超えた先に栄光は待っているぞ!!』

 

 

 

去ねやぁぁぁぁぁ!!(いねやぁぁぁぁぁ)

 

 

 

 ったく。身体は小さいのに声と態度だけは一丁前にでかいじゃない。

 でもあんたらのそういうギラ着いた感情、何度も言うけど嫌いじゃないわ。

 

 でも、今日のところは私の勝ちよ。

 私、あんたのことはあの模擬レースの時からずっと待っていたもの。

 

 

 

『--ギリィッッ!!』

 歯を食い縛り、こいつのためにとって置いた最後の力を絞り出す。

 

 

 今日を走った後輩達よ、よーく覚えておけ。

 私の名前はサイドテイル!!あんたらよりちょっぴり速く走ることができる、素敵な素敵な先輩だ!!

 

 

『サイドテイル、サイドテイルだ!

 春の春雷の如く鳴り響く稲妻を真っ向から迎え撃ち、今日の妖精はどこまでも飛び続けた!!

 

 春一番。桜舞う阪神の栄冠は12番サイドテイルに吹き込んだ!!』

 

 

 

 ハヤヒデ、ブライアン、ライス、そしてタマモクロス。

 私が先頭に立ってからはただの一度も前を走らせることは無かった。

  

 くそ生意気な後輩達。

 これが『捩じ伏せる』ってことだ。

 

 

 

 

 

ーー阪神大賞典

阪神 芝 3,000m(右) 良

 

1着  サイドテイル(レコード)

2着  タマモクロス   1バ身

3着  ライスシャワー  2バ身

4着  ナリタブライアン 3バ身

5着  ビワハヤヒデ   2バ身

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ハロー、生意気な後輩ども。

 どうかしら、全く見向きもしなかった先輩にやられる気持ちは。

 

 ねぇ、どんな気持ち(N D K)? ねぇ、どんな気持ち(N D K)ww」

 

 

 

 まあそれはそれとして。

 今、最高に気持ちがいい。カタルシスってやつかしら、もう病みつきになりそうなくらい!!

 

 後輩達の出走前のやり取りとか、もうただの寸劇にしか見えない。

 『シニアの洗礼見したるわ(キリッ)』とか、爆笑もんですよタマモクロスさんwwww

 

 

 

 煽り口調全開で私は後輩達に問いかける。

 本来なら後輩どもの悔しそうな表情なり、涙目なりを堪能しながら更に弄り倒すところであるのだが、何故か向けられる視線は生暖かいものであった。

 

 

 

「まあ、悔しいと言えば悔しいのだが、その、サイドテイル先輩」

 

「ックク、いや、有マで負けた時くらい悔しいんだがな--ブフゥ!」

 

「ブ、ブライアンさん、笑ってはダメですよ!」

 

「あんた、仰向けのまま言っても締まらんで」

 

 

 

 サッカーでゴールを決めた時バリに膝立ちでガッツポーズをしたままターフに滑り込みそのまま仰向けになったんだけど、文字通り全力を出し尽くしてしまい仰向けのまま立ち上がれなくなってしまった。

 心配になった後輩達が私のもとに来てくれたところで煽り始めたというのが事の顛末である。

 

 

 

 うん、こんな格好だけど、後輩達を見ていたらどうしてもNDKがしたくなったのだ。

 

 

 

 だから、お願い。そんな憐憫と嘲笑うような目で私を見ないで。

 ……おいライス、人差し指で頬っぺたツンツンすんなや!

 

 あ、ブライアンパイセン、ハヤヒデパイセン、肩を貸していただきありがとうございます。

 自分、もう調子こかないんでこのままゆっくりお運びいただくとありがたいです。

 

 

 

「まあええわ。ほら、飲みもんや」

 

「……後輩達の優しさが目に染みる。後ライス君、お前後で屋上な」

 

 

 

 生意気な後輩?いや、大変よくできた後輩達である。

 ライスは後で屋……あ、ごめんなさい調子こきました。だからツンツンからヅンヅンは止めてください。

 

 この後インタビューで無茶苦茶後輩達アゲをした。




--とある葦毛のウマ娘の視点


 あいつ、やりやがった!
 後輩ネームドども抑えて阪神を獲りやがった!

 なんか最後はライスにツンツンされるのを見てて居た堪れなくなったが……それでも結果を出しやがった!


「おい、トレーナー」

「ああ、サイドテイルは天皇賞に殴り込んでくるぞ」

「あんなの見せられちまったら、ゴルシちゃんも本気と書いてマジになっちまうぜ」

「南坂から聞いたが天皇賞をステップにして、そのままあいつらにも喧嘩を売りにも行くみたいだぞ」


 忘れもしない。
 遊び抜きにしてガチで走った日本ダービー。そんな私を嘲笑うかのようにぶっち切った深紫の後ろ姿を。



「は!私らが通過点かよ。益々面白れぇーじゃねーかあの泣きべそ!!」



 一度は下を向いた。
 勝てない、どうやっても、ビジョンが浮かんでこない。
 あれには本気を出したとしても、届かない、のか?

 しかし、私が初めて折れた傍らであの泣きべそは泣いてすらいなかった。


 あいつは泣いていなくて、ただただ前だけを見続けていて、私らなんて歯牙に欠けていなくて……私らは下を向いたまま?


--火が付いたね。
 他の連中が何を思っていたかは知らねぇ。けど、結局負けたくねぇとかそんなもんだろ。

 だってよ。バ鹿にしてた奴が実は一番カッコイイ奴だったなんて。
 バ鹿にしてた方からしたら一番ダッセーと思うもぜそんなの。

 斯く言う私も同じ穴の狢だったからな。
 結局下に見てたんだよ。

 じゃあ私らは指くわえてあいつの輝きを見守っているだけかって?
 そんなわけ無ぇよ。もっと泥臭く、あいつの2番煎じだろうが今度はかっこよく動くだけだ。
 


「そうだ。あのは跳ねっ返りはあれからずっと前しか見ていない」

「相変わらずかっこいいやっちゃな、あいつは」



 あれはいい。そういう1つの『バグ』だと認識すれば腑に落ちる。
 そうすると差し詰めあいつは『ワクチン』と言ったところか?



「おい、ゴールドシップ」

「ああ、とりあえずこのレースで分かったのはあいつも進化しているってことは間違いないって事だな」

「そうだ。ただ南坂が言うにはどうも効率は悪いらしいみたいだぞ」

「あのお優しいTが言ってる事なら真に受けない方がいいぜ」


 効率が悪い=才能が無いと捉えることはできるがそりゃあ早計だよな。
 じゃなきゃこのレースで勝つことなんて出来やしない。

 才能を凌駕するほどの練習量?
 んなもん私らの世代は誰だって積んでるはずだ。


「お前も考えすぎない方がいいぞ」

「うるへー。ゴルシちゃんはロジカルでシンキングなんだよ」



 まいっか。今日のところは素直に認めといてやるよ。
 だからまあ、天皇賞は首洗って待っとけよな。


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4話

 4月。今年も多くの新入生が中央にやって来た。

 世間から言わせると入学者は減っているようではあるが、その分質が上がってきているというのが内部の見立てである。ってTが言ってた。原因は何やかんやであいつの台頭が影響しているとのこと。

 

 そんな影響下ではあるが、我らがカノープスはすでに3名の新人を(なし崩し的に)確保しており、今後注目すべきチームと何かと話題にも上がりつつある。

 

 尤もその最たる理由はトウカイテイオーの所属が正式にカノープスに決まったからではあるのだが。

 目の前で得意気に記者のインタビューに答えている姿を見てテイオーがそれほどまでの注目株だということを改めて思い知らされた。

 

 

 

「するとテイオーさんが所属するに持って来いのチームなんですね」

 

「うん、トレーナーも元は実績がある人だし。サイドテールがこの前の阪神大賞典で力のあるウマ娘達を抑え込んだ事からも裏付けはあるしね。

 寧ろ早い内にこっちから内諾が取れて良かったとさえ思っているよ」

 

 

 

 但し私は『お前誰だ』と盛大にぶちまけたい。

 何だこのいい子ちゃん過ぎる回答をするクソガキは。私の知ってるテイオーじゃないわ。

 

 

 

「サイドテイルさんですか。彼女もまた立派なウマ娘でしたね。後輩達に支えられながらお立ち台に向かって、自分の事を話すより後輩達のことについて素晴らしかったと受け答えしていましたからね」

 

 

 ぬふふ、頂戴頂戴。もっと頂戴そういうの。

 

 

「プクク。記者さんあれにはオチがあってね、ンフ。

 支えられる前にサイドテールが先輩らを盛大に煽ってたみたいなんだけど、あまりにもその姿が間抜け過ぎて、哀れみから運んでもらったみたいだよ。

 

 サイドテールもそんな自分が情けなさ過ぎて『ありがとね、ありがとね』って結局お礼を言いながら涙目で運ばれてたみたい。ソースはライス」

 

 

「テイオォオオオ!あんたもう、テイオォォオオオ!!

 なんて事ぶちまけてるのよぉぉぉおおおお!!」

 

 

 

 完全に油断した。やっぱりこいつはマジもんのクソガキだ。あとライスは絶許。

 

 

 

「あ、あの、サイドテイルさん。大変申し訳ないのですが、その話については記者の間では大分ネt……話題になっておりまして。正直知ってる人は皆知っておりますのでその、お気になさらず(正直テイオーさんから裏付けもいただけたし、思わぬ収穫だった)」

 

「ぐ、ぐぬぅぅぅぅぅ。そ、ソースは」

 

「すみません、黙秘いたします」

 

「良かったねサイドテール、これで注目度アップだね♡」

 

「」

 

 

 

 あんまりだ。阪神大賞典の勝者だぞ私は。

 名だたる後輩どもを捻じ伏せた先輩ウマ娘だぞ。カリスマだぞ。

 

 それがこんなネタ娘扱いなんて、あんまりじゃないかぁ。

 畜生、見てろよ。春・天で目にもの見せてくれるわ。

 

 

 

「サイドテイルさん心配しないでください。

 正直ネタ的にも美味しいですが、実力は本物だと言う事は当然理解しております。

 あのレースをフロックという輩はそうそういませんよ」

 

「畜生、ネタの扱いさえ無ければ素直に喜べるのに。

 ……でもまあいいわ。天皇賞でその扱いさえも間違いだったって事に気付かせてあげる」

 

「それはまた、大きく出ましたね」

 

「フフン、これでこそサイドテールだね」

 

「あんたは調子に乗らない」

 

「いぎゃぁぁぁぁああああああ!

 油断したぁぁぁぁぁああああ!」

 

 

 怒りの頬抓りである。

 安心せい、跡は残らんぞい。

 

 

「本来ならテイオーさんについて話を聞く予定でしたが、思いの外面白い話を聞けました」

 

「しっかり記事書いといてね。後悔はさせないわよ」

 

「流石に私如きが独断で決めることはできませんが、いちファンとしては本格的に応援させていただきますよ」

 

「まあそんなものかしらね。引き続き感謝祭を楽しんでね」

 

 

 

 そうそう、今日は4月のファン感謝祭の日でもある。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 4月上旬。

 ちょうど大阪杯が終わった頃で皐月賞が始まる前辺りに、毎年学園ではファン感謝祭が開催される。

 

 私はというとカノープス名義で出店を行っており、その傍らでインタビューに受け答えを行っていたりする。殆どテイオーについてのインタビューが多いけど。

 

 学園にあるいくつかの入り口付近に並んでいる出店群の中で、クレープを売っている屋台があったらそこが私らの屋台だ。

 

 

 

「ネイチャ、人参とハムレタス2枚ね」

 

「私ら入学したばっかりなんですけど、なんで主力級の働きをしてるんですか!

 ……とりあえず一丁上がりで。ターボ、商品受け渡しよろしく」

 

「ほいきた!人参ハムレタス出来立て2枚お待ち!」

 

 

 

 主力は私、ネイチャ、ターボの3人。Tは会計兼裏方に専念してもらっている。

 ちなみにテイオーはまた別でインタビューを受けている模様。

 

 おかげさまでそれなりに盛況である。作業効率も私の手際がそこそこいいからか、割と順調である。この手の作業は先輩らがいた頃に叩き込まれたので結構得意なのだ。日はく、料理の1つや2つ、女として覚えておいて損は無いのだとか。

 

 

 今回の出店に伴って後輩'sには阪神大賞典が終わった直後から技術継承に取り組んでもらった。

 明らかに力を入れるところを間違っているように思えるが、走るだけが楽しみでもないから。こういうイベントもぜひ楽しんでもらいたいものだ。私だって後輩のためにそれ位は考えるのである。

 

 ちなみに、あいつもこういう料理系統の作業は得意だった。結構好んで料理をするみたいで、割と楽しそうに作業に取り組んでいたのを覚えている。

 

 

 

「ふふふ、ネイチャ。割と楽しんでるでしょ?」

 

「ま、まあそれなりに家庭の事情もありますし? 結構楽しんでるって言うか」

 

「ターボは楽しいぞ!」

 

「このこの、あんたらはいちいち反応が可愛いのよ」

 

「ちょ、あたしを巻き込むなっての! ターボ、ってにゃろう逃げたか!

 ちょ、せんぱ、ってやめるぉぉおおお!」

 

「モフツインめ。モフモフしてるからいけないんだ。……さて、手を洗ってくるかな。T、ちょいと任せた」

 

「ちょ、ばっちいみたいに言うなし!」

 

「食品扱ってるんだからしょうがないでしょ。休憩がてらちょいと離れるわ。

 後ターボ。もう弄らないからこっち来なさい」

 

「うーっ。本当か?」

 

「わり、うそ。あんたやっぱり可愛すぎ」

 

「なんでぇぇぇえええええ!!?」

 

 

 

 こいつが可愛すぎるから悪い。

 多分将来南坂Tも落とされる時が来ると思う。なんかそんな気がする。

 

 

 さて、とりあえず強引に一段落付けた訳だけど、ちょいと顔を出しておきたかった奴がいるのだ。

 

 次の天皇賞、私らの代でもう1人出走予定の奴がいるわけだし、そいつにも顔出しておかないとね。

 

 

 

 

 目的地はチームスピカの部室。

 ゴールドシップと巨漢Tにもごあいさつ、しとかないとだしね。多分出店で忙しいと思うけど、ワンチャンどっちかは部室にいるかもだし。

 

 そんな軽い気持ちで来たわけなんだけど、どうにも間が悪かったらしい。

 緑の耳当てをしたウマ娘が『あいつ』と対峙していた。

 

 

 

「あなたが世界で1番速いウマ娘なら、レース中に()()を見たことはありますか?」

 

 

 

 あいつの顔はそれはもう、嫌らしい笑みで歪んでいた。

 

 

 

「ふーん、そっかそっか。そう表現されることもあるのね」

 

「!あなた、やっぱり」

 

「勘違いしないで。私はその手のオカルトを全く、全然、クソ程も信じていないの。

 残念でしたー」

 

「この、バ鹿にして「でもね、その手の話をした輩については凄く虐めたくなるタチなの」

 

「……へぇ」

 

「あんた、次出るレースは?」

 

「宝塚記念」

 

「あんがと。()()何てものはクソ程にどうでもいいけど、オカルトに傾倒した後輩には現実を教えてあげるよ」

 

「その喧嘩、買いました」

 

 

 

 思ったね。先越されちゃったって。




ーーとある『夢喰らい』なウマ娘の視点



 クラシック戦線で猛威を振るったと言われたウマ娘を有馬で捻った後の話だ。
 ドバイへの『観光』も終え、海外への知見をさらに深めたなーと感じていた頃合い。チーフTが新たな情報を仕入れてくれたのだ。


「どうにも、スピカに面白そうな娘が入ったみたいですよ」

「スピカ……ああ、巨漢Tとこの」

「そうです、ゴールドシップさんのいるとこです。あそこは下の代にもいい娘が入ってきているので、多分強くなりますよ。とりわけブライアンさんの世代のウマ娘なんですけどね、その娘のポテンシャルが中々の物でして」

「まだ潰し切っていない娘がいたんだ。でもそれって、結局ブライアン程度でしょ?」

「まあそうなんですけど、中々に面白そうな娘で。あなたの大好きなオカルト信仰が強そうな娘なんですよ」

「それを先に言ってよ。そういう輩は真っ先に潰そうって決めてるんだから」



 基本的に弱い物イジメ中心にレース界隈を盛り下げることに定評がある私だけど、オカルト信仰者には特に厳しい。
 決まってそいつらは『走る事』に狂った輩なのだ。反吐が出る。
 故にそいつらには決まって屈辱的なレース展開で全否定することと決めている。


 高尚な理由なんて無い。これはただの嫌がらせ。
 とりわけ私の食わず嫌い的な部分の強い、嫌い中の嫌いに対する対応である。

 そしてそういうレースだからこそ、私が輝くことをこのチーフTは良く知っている。
 どうしようもなく大好きなのだ。レースに賭けるウマ娘の強い思いを踏み躙ることが。

 私のそういう部分を知っていて情報を回すのだから、このTも相当なろくでなしで、私の良き理解者である。


「学園のファン感謝祭の時に煽りに行くかな。多分乗ってくるでしょ、巨漢Tのウマ娘なら」

「そうですね。しかし、地道にプチプチ潰していった甲斐がありました。
 学園内や中央のウマ娘達は相変わらずですが、社会一般的な視点からはマンネリ化が進んでいるように思われており、ナイトさんが台頭する前ほどの盛り上がりは徐々にですが無くなりつつあるようです」

「自分の推しのウマ娘が、舐め切った態度のヒールにずーっとやられ続けていたらね。
 それも一縷の望みも無いような負け方で定型化されたら、観てる側としては飽きと遣る瀬無さが湧くよね」

「過去のウマ娘は、ブレイクルさんを始め、全員がレースその物を純粋に楽しんでいましたからね。そこに憎しみは一切ない。観ている側としても『熱』が入る。

 ですがあなたはレースその物を楽しんでいない。そこにある強い思いを踏み躙ることに楽しみを見い出している。ええ歪んでいますね。私もですけど」

「じゃないと走れないし。本当は今すぐにでも止めたいよ。『走る事』何て昔から大嫌いだから」

「苦労を掛けます」



 いいよ別に。
 そう声を掛けて私はファン感謝祭の日を迎えた。














ーーこんにちは。私は世界で1番足が速いウマ娘だけど、サイレンススズカってあんたかしら?


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5話

※会話多め


「ってことがあったからとりあえずトレーナーの部屋に来たわけ。

 ゴールドシップはワンちゃんいればと思ったけど」

 

「そりゃあ部室には入り辛いわな。後ゴルシはどこにいるかは知らん」

 

 

 

 結局あの後こっそりと去って巨漢Tのトレーナー室に足を運んでみた。

 ゴールドシップはいなかったがとりあえずTはいたので、サイレンススズカが喧嘩を買ったことだけは伝えておいた。

 

 案の定Tは頭を抱え困った表情をしていたが、まあ腹を括るしかないだろう。

 

 

 

「ぶっちゃけサイレンススズカってどうなの?

 私はよく知らないんだけど、あいつが喧嘩売りに行く位だからそれなりにやるのかなーとは思ってるんだけど」

 

「潜在能力で言えばナリタブライアンに劣らない。順調に成長すればゴルシやルドルフらとタメ張る位か下手したら飲み込むくらいには力を持った娘だよ」

 

「ふーん。あいつがその程度で目を付けるとは思わないんだけど。何か他に特徴は無いの?」

 

「……スズカは()()を見たがっているんだよ。レース中に自分だけが見ることができる絶景をな」

 

「お薬でも決めちゃってる?」

 

「バカ抜かせ。

 表現はあれだけどアスリート風に言うとゾーンに入るとか、そんな類のものだ」

 

「それでオカルトね。合点が言ったわ」

 

「ち、俺の証言は裏付けかよ。バカっぽい割に抜け目ないのな」

 

「伊達に揉まれてきた世代じゃないのよ。

 それとゴールドシップにはよろしく伝えておいてね。首洗って待ってろってね」

 

「わーったよ。ああ、それと」

 

「あによ?」

 

「阪神大賞典おめっとさん。経緯はどうあれお前、ホント強くなったよ」

 

「うん」

 

「だからまあなんだ。そのー、な。ケガには十分注意するように」

 

「はいはい。あんたも腹括りなさいよ」

 

「わーってるよ。ったく、苦しい連戦になるなー畜生」

 

 

 

 こんなもんでいいだろう。サイレンススズカのことも、ゴールドシップのことも。

 後はレースで結果が分かるだろうし。

 

 さて、いい加減戻らないと後輩達に怒られちゃうだろうからささっと戻るかな。

 

 デスクで頭を掻きながら思考に更けいったTを尻目にトレーナー室を後にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「サイドテール、遅いよ!」

 

 

 

 まあこうなるか。後輩達の冷たい視線に晒されるわけですわ。

 ただお客さんは殆ど引いたみたいで、見れば皆屋台の奥で寛いでいるようであった。

 

 

 

「ごめんごめん、ちょっと冷やかし行ってたら思いの外時間食っちゃってね。

 ターボ、ネイチャ、後代わるから遊び行っていいわよ」

 

「僕は?」

 

「あんたは取材で結構時間取られてたんだから、もう少し貢献なさいな」

 

「ぶー。僕だって遊び行きたいよー」

 

「冗談よ、あんたも行って楽しんで来なさい」

 

「そう来なくっちゃ!ターボ、ネイチャ、行こ行こ」

 

「そうね。じゃ、お言葉に甘えて行ってきます」

 

「ターボ、キャラメルキャロット食べたい!」

 

 

 

 楽しそうにしながら人込み消えていった3人を見送り、私とTは一息つく。

 特にTには負担をかけて申し訳ないが、そこは担当ウマ娘のためと踏ん張ってもらいたい。と言うか流石に私一人で回すのは厳しいかな。

 

 

 救いは昼も過ぎて大分経つし人足がまばらってこと。

 あれ、割と楽かも。なんて思った頃合いだった。

 

 

 

「あ、あの。

 ストロベリーホイップ3つとバナナオレンジジャム2つお願いします」

 

「あいよー。ってあんたライスじゃん。

 なに。これ1人で食べるの?」

 

「こ、こんにちは。ライス結構食べるの好きだから全然平気です」

 

 

 

 ターボと同じ位小柄なウマ娘、ライスシャワーがご来店された。

 レースの時の差すような殺気とは打って変わり、今日はのほほんとした様子である。

 

 

 

「今日はあんた1人なの?」

 

「いえ、さっき別の方と合流して……あ、来ました。オグリさーん!」

 

「え、オグリ?」

 

「はい、食べ歩き仲間です」

 

「店主。とりあえずあなたのおすすめを上位3つを10枚ずつ」

 

「1人5限だバカヤロウ」

 

 

 

 オグリキャップ。タマモクロスと同世代で特待生枠の1人。

 その実力はタマモクロスと同等かそれ以上とまで言われているが、ウマ娘としての強さ以上にコイツには有名な特徴がある。

 

 尋常じゃなく食べるやつ。

 日はく食堂の予算にはオグリ専用の枠が設けられているとか。そういうレベルの噂が立つ位食うのだ。

 

 当然、うちの屋台でそんな健啖家を真っ向からおもてなしできるわけがない。

 早々に見切りを付けさせてもらった。

 

 

 

「オグリさん、素人の屋台じゃそんな注文受け入れられませんて」

 

「なんだろライス。君はいつも私に向かって棘のあるような物言いをするね。

 次のレースでも捻ってやろうか、おおん?」

 

「ひ、ひぃっ!」

 

「む、喧嘩は良くないぞ」

 

「元はあんたがきっかけな訳だけど。

 ほら、ライスと同じもの用意したからお会計」

 

「ありがとう! ライス、この人いい人だ」

 

「どうしよう。オグリさんがちょろ過ぎてライス、とても不安です」

 

「あんたも割と腹黒いわね」

 

 

 

 普段弱弱しく見える雰囲気がフェイクにしか見えなくなってきたわ。

 と言うかまともに相手してても疲れるし、さっさと次に行ってもらおう。

 

 

 

「あ、言い忘れてましたけどライス、次の天皇賞では絶対にサイドテイルさんに負けませんから」

 

 

 

 ……へぇ、言うねぇ。

 

 

 

「宣戦布告です。

 タマモクロスさんもオグリさんもサイドテイルさんの世代もぜーんぶ飲み込んでやります!」

 

「よく言った。お礼に阪神と同じよう返り討ちにしてあげる」

 

「ま、負けません」

 

「ライス、私は天皇賞には出ないぞ」

 

「え、そうなんですか」

 

「ああ。次は宝塚記念を予定しているんだ」

 

 

 

 それはまた、タイムリーな話題。

 

 

 

「オグリキャップだっけ。あんた運がいいわ。次の宝塚は間違いなく()()()()()

 

「! それは、あいつが来るって事でいいのか」

 

「ええ、確かな情報よ。腹括っときなさい」

 

「ありがとう。やっぱりいい人だ」

 

「サイドテイルさん、それって本当?」

 

「間違いないわよ。わたし、どうでもいいウソはつかないタイプなの」

 

「うん。ならライスも先輩達倒してあの人に挑戦状叩きつけなくちゃ」

 

「やっぱあんたら大好きだわ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

--夕方

 

 

 「「「「おつかれさまー!!!!」」」」

 

 

 春の感謝祭は盛況のうちに終わり今はこうして部室で打ち上げを行っている。

 なお、先輩ら2人も手伝ってくれた事もあり、新旧世代入り乱れての打ち上げである。

 

 ちなみにジェネレーションギャップってワードを放ったら先輩らから肘鉄が飛んできたので言葉遣いには注意しようと思う。

 

 

 

「基本こんな感じでこのパイセンらは入り浸りに来るから、部室の戸締りはしっかりとね」

 

「よよよ、先輩Bや。ミドル後輩はいつの間にかこんなにも生意気に成長してしまって、わしゃぁ悲しゅうて悲しゅうて」

 

「誠にのぉ。レースに負けてベソ掻いていたころが懐かしいでごわすなぁ、先輩Aよ」

 

「あ、それ知ってる!

 マルゼンスキーに負けた時でしょ!」

 

「テイオー、その話詳しく」

 

「色ボケBBA(ばばぁ)どもめ。こんなだから新しい出会いに恵まれないんですよ。

 それとテイオーとネイチャは後で屋上」

 

「いやだわぁテイオーさん。脅されちゃったわぁ私達」

 

「陰湿な後輩いびり。暴力的可愛がり。

 やだ、僕たちの先輩って体罰も辞さない旧態勢とした人種?」

 

「(コイツら、逞しくなってやがる)……ターボ、こっち来なさい」

 

「戦略的撤退!」

 

「残念、大先輩’sからは逃げられない」

 

「へぇー、あなたがターボちゃん。何だろう、そそられる可愛さがあるというか」

 

「なんでさー!!」

 

 

 

 カオスである。

 ターボは先輩らから可愛がられ、テイオーとネイチャは私に追いかけ回され、Tは苦笑いでその光景を見ている。

 

 結局テイオーとネイチャも私が捕獲して簀巻きにし、部室内逆さ宙吊りの刑で執行してやった。

 流石のパイセンも私の手際の良さにドン引きしていたため、念のための弁明として「Tが教えてくれた(無理やり教えてもらったんだけど)」と言ったら物凄い冷たい視線でTを睨みつけていた。Tは超慌てていた。ウケる。

 

 まあ教えてもらった私も私だけど、何故Tがそんな技術を持っていたのかは謎である。Tの闇は深い。

 

 

 兎にも角にもアルコールが入っているわけでも無いのに我がカノープスの打ち上げは中々にカオスな状況で展開されていた。

 

 それはお祭り気分と言うのもあったと思うし、後輩らは入学して初めてのイベントと言う事で浮かれていたところもあったと思うし、先輩らは何だかんだで心配してくれてたんだろうと思うしで、色々と思うところが爆発しちゃってるのかなーとは思うけど。うん、楽しいからいいや。

 

 

 宴は盛り上がり、先輩’sは『ガハハ』と乙女にあるまじき笑い声を上げながらネイチャとテイオーを可愛がり始め、2人から助けを請うような目線に晒された頃合い。最後のお客様がお見えになられた。

 

 

 

「相変わらず賑やかな部室ですね」

 

「あれ、来たんだチーフT。ぶっちゃけ来るとは思わなかったんだけど」

 

「折角のお誘いですからね。当然向かいますよ」

 

「あいつは?」

 

「『格好着かないからパス』とのことです」

 

「でしょうね。私も巨漢Tの行った時そう思ったし」

 

 

 

 単なる思い付きである。

 巨漢Tの部室に堂々と乗り込もうと思ったらあいつがいてコソコソと帰る羽目になった時、ふと思ったのだ。

 『あいつ、呼べば来るんじゃね?』と。

 

 すぐ我に返って『イヤイヤ、無いな』と考え直したがチーフT通せばワンチャンあるんじゃね?と思い速攻でチーフTにメッセージを送ったのだ。

 

 返事は早くに返ってきたが『検討します』だけだったので正直来ないもんだと思っていたけど、来たわ。

 

 

 

「あー、チーフT!」

 

「このー、私ら捨ててアルデバラン作りやがってー」

 

「捨てたなんてとんでもない。

 受験勉強時に泣き着いてきて最後まで付き合って上げた仲じゃないですか。

 

 それよりお二人が脇に抱えている可愛らしいお嬢さん方は?」

 

「「後輩の後輩」」

 

「なるほど、新入生ですか」

 

 

 

 相変わらず感情の読めない笑顔である。

 いや、私らのことを思ってくれてるのは何となく分かるのだけど胡散臭いというか何というか。

 

 これなら南坂Tの方がずっと分かりやすい。

 今だってずっと私の方をむすっとした表情で見てきてくれてるし。

 

 

 

「どうして先輩を?」

 

「いや、思い付き。正直来るとは思わなかったけど」

 

「あなたという人は、たまにこう突拍子もないことをするんですから。

 ……まあいいです。今日は目出度い日なのであまりとやかく言いません。

 

 それとナイトさんへの言伝でもお願いするんでしょう?」

 

「す、鋭い」

 

「何年付き合ってると思うんですか。ほら、さっさと可愛い後輩達を紹介して上げなさいな」

 

「Tは?」

 

「喧嘩になりそうなので行きませ「まあ無理やり連れて行くけど」

 

 

 

 『離してください!』なんて駄々をこねてるけど無理やりぶち込んだ。

 折角の機会なんだから感情のままぶちまければいいのだ。

 

 

 

「ターボさんにネイチャさんにテイオーさんですか。

 改めてチーム『アルデバラン』のTです。カノープスの前身でもある『エルナト』の元チーフTでもあります」

 

「『アルデバラン』って、あの最強のウマ娘の」

 

「そうですよ。加えるなら()()()()()あのウマ娘だけのチームです」

 

「んー?ネイチャ、アルデバランってなんだ?」

 

「おバカ!最強のウマ娘の所属チームよ!」

 

「何、最強だと!

 だったらターボが倒す!」

 

 

 

 ターボとネイチャは相変わらずブレない。

 先輩に抱えられながら漫才してるんだもの。

 

 ただちょっとテイオーは何故かむすーってしてると言うか、チーフTに微妙に敵対的と言うか。そんな雰囲気を醸し出している。

 なんだろ、接触したことあんのかな?

 

 

 

「ふーん。それで『アルデバラン』のトレーナさん。なんで僕たちに友好的なのさ。

 結局は僕たちとはレースで争う敵同士になるわけじゃん。それともまだまだ敵として認識していないとか?」

 

「いえいえ。レース方面で言えばあなた方はいずれは脅威となると思うので油断するつもりはありませんよ。

 

 とは言えそれ以上にあなた方は教え子たちの後輩ですからね。プライベートで敵対するつもりなんて毛頭ありませんよ」

 

「……あっそ」

 

「テイオー、あんまり冷たくあしらわないでよ。

 なんだかんだでいずれはあんた達の助けにもなってくれる人だと思うからさ。ね、南坂T」

 

「ええ。非常に不服ですが私に相談しにくいことがあれば先輩を頼ることも考えてみてください。

 別の視野が見えることもあります」

 

「南坂T。ぼく、前任のTの()()()について相談があるんだけど」

 

「あること無い事いくらでも教えますよ」

 

 

 

 がっちりとした熱い握手。何故かTとテイオーの絆が深まっていた。

 南坂TはともかくテイオーがチーフTを嫌う理由が全く分からない。初対面のはずなんだけどなー。

 

 

 

「いやぁ、嫌われてしまいました」

 

「笑顔で言われても」

 

「コラー、チーフT!

 後輩の後輩に何しただー!」

 

「んだんだー!」

 

「十中八九ナイトさん絡みだとは思うんですけどね。

 如何せん、影響範囲が広すぎて特定ができません」

 

「だね。あいつあちこちでヘイト買ってるぽいし」

 

 

 

 あははー、と笑いながらあっけらかんと話すチーフT。

 私や先輩らは慣れているけどどうやらネイチャには刺激が強かったようだ。

 

 『あ、頭おかしんじゃないの』って信じられないものを見る目でチーフTを見つめていた。

 

 

 

「ネイチャ、チーフTも大概だけどあいつはそれ以上にぶっ飛んでるわよ。

 どぎついプレッシャーも嫌がらせも意に介さず圧倒的な実力で捻じ伏せて3倍返しで悪意を振りまくんだから」

 

「そんな娘だからこそ私も悠然と構えて笑っていられるんですけどね」

 

「この人やばい。無性にテイオーのところに逃げ出したい」

 

「だめ、ネイチャは逃さない」

 

「離せぇターボぉおお!」

 

 

 

 宴の時間はまだまだ続く。

 ターボを振り切ったと思ったらダブル先輩’sにモフラれるネイチャ。

 隙をついてターボの興味が惹くような話をしだすチーフT。と、それを聞く私。

 

 相変わらずコソコソと話を続けているTとテイオー。

 

 

 そこに先輩’sがネイチャと一緒に割り込んで話題をハチャメチャにして、大声を出し始めて、どうでもいい話題が展開されて、仕舞には私らも合流して、物凄い剣幕でTがチーフTに絡みだして……とにかく楽しい時間が過ぎていったんだと思う。

 

 

 

 

 『思う』というのは私の記憶が途中で途切れていたから。

 はっ、となって辺りを見回すと右肩にテイオー。左膝にターボ。ターボに抱き着いてネイチャがスヤスヤと眠っていた。

 

 私は無言でスマホを取り出し、その様子をカメラに収めた。

 

 時刻は午前3時ちょっと。これも一つの思い出だろう。そう思い、私はもう一つの思い出し事を片付ける事にした。




--名無しの先輩ウマ娘達の視点



 後輩達をソファーに並べた後の話である。
 テール、ターボ、モフ、テイオーの順番に据え置き、元サブTに別れを告げてから私らは外の飲み屋で二次会を行っていた。チーフTの驕りで(強制)

 っぽい雰囲気のバーらしき店を見つけたので突撃してみたのだが、どうも私らのような小娘が来店するようなお店では無さそうだったので引き返そうとしたんだけど、チーフTはそのままカウンターに座ってしまった。

 仕方なく私らも縮こまりながらTの横に腰を掛けた。
 
 雰囲気も良さげでいつも行くようなお店とは勝手が違うので、流石に申し訳ないと思ったのである。



「全く。あなた達の悪い癖です。もう少し考えて行動しなさい」

「ご、ごめんT」

「あ、あのさ。ここ高そうだけど大丈夫なの?」

「はぁ……大丈夫です。
 この店はよく学園内のトレーナー達が利用する店なので問題ありませんよ」

「Tって高給取りなんだ」

「ぱねぇやT」

「ホントに反省しました?」



 自分で言うのも何だけど安心した途端に態度が変わるのだから現金なものだと思う。
 そう、時にか弱く、時に逞しく。これぞレディの嗜みである。



「またおバカそうな事を考えてますね。
 では、まだまだ大人になり切れないあなた達に」

「うっせぇやい。腹黒そうな裏切りTに」

「テイオーに嫌われていた不審者Tに」


「「「乾杯」」」


 挨拶代わりに軽口を交わし本日二度目の乾杯。
 なんかシャレオツな一杯を口にして改めてTを見る。

 何だよコイツ、凄い大人っぽくて、カッコよく見えてしまう。




「……だぁぁああ! 
 そうだよ、思えば始めも大人っぽい雰囲気のTに呑まれて騙されたんだ!」

「そうそう、意味深な面して『一緒にG1目指しましょう』ってちょろ過ぎだろ私達。
 冷静になればハードルが高過ぎただろうに」

「騙したなんて人聞きが悪い。目指すだけ目指したじゃないですか」

「現実と常に向きあいながらね」

「畜生、何度も心を折りに来やがって。あれで反骨精神が芽生えたわ」



 こいつ、笑顔で煽ってくるんだもの。

『このタイムでレース(笑)』
『おや、また間食ですか。あ、体重計は片づけておきますね(笑)』
『この学園って文武両道を謳っているはずなんですけどあなた達は例外ですか。いえ、いい意味で言ってるんですよ(大笑)』

 他の先輩らは結構いい感じに優しく指導されているのをよく見かけるのに、私らにはこんなだからね。マジで詐欺だ。

 あー思い出したら腹立ってきた。



「いやー、あなた達にはホント手を焼きましたよ」

「違うね!この顔は嘘ついてる時の顔だね」

「ダメな子ほどかわいいを体現した私達に何やかんやで親しみを感じてると見た」

「100%の本心なんですけど(真顔)」

「「うわぁぁぁあああああん!!」」

「今も手を焼いますしね。
 マスター、さっきよりグレード高い飲み物を2人に」
 
「「わーい!」」

「笑うところですか?」



 宴の時間はもうちょっと続く。
 後輩達よりちょっぴり大人な私達の時間はまだ始まったばかりである。

























「あ、サイドテールから写メ届いてんじゃん」

「……配置変わってね?」


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6話

 感謝祭も終わり、ひたすらに天皇賞まで自分を苛め抜く毎日が始まった。

 

 後輩達がドン引くような時間走り続け、はたまたドン引くような大きさのタイヤを引き、その上で後輩達3人が代わる代わる私と併走をするという、「お前何で動けてるの?」的な練習である。

 

 確かにキツイっちゃキツイが、正直併走は楽しい。

 今まで併せて走る面子がいなかったから、年下とはいえ一緒に走るのはとても気持ちがいい。

 

 何より私を出し抜こうとするから堪らない。

 年齢差なんて関係無ぇとばかりに前に出ようとするから張り合いがある。

 

 サシで走った場合いい感じに勝負するのはテイオーだけど、2対1、3対1で向かって来た場合は3、4割の確率でネイチャが2着に入ってくる。こいつは駆け引きが上手い。

 

 但し一番相手しててしんどいのはターボ。

 初っ端だけでも本気の私と競るとか、現段階で加速力は化け物クラス。

 スタートダッシュが上手くなってスタミナが着いたら立派な逃げウマ娘になるわあれ。

 

 本当、スタミナが付いたらやばいよ。うん、付いたらいいなー。

 

 

 

「くっっっっそぉぉぉおおおおおおお!!

 また負けたぁぁぁああああああああ!!」

 

「まだまだあんたらに抜かれるわけにゃいかないわねぇ。

 ほら、テイオーもあの二人が倒れ込んでる場所へお行き」

 

「も゛う゛い゛っ゛ぼん゛」

 

「ったく誰に似たんだこの負けず嫌いめ。T、言ってやって」

 

「テイオーさん。ここはまだまだ無理するところではありません。

 しっかりと身体を作ってトレーニングを積めばサイドテイルさんなんて目じゃありませんよ」

 

「う゛ん゛!」「おい」

 

「ただでさえあなたは足回りが脆いんです。

 今は無理せず。飛躍のためにしっかり休む時は休みましょう。さ、これを」

 

「わーい!」

 

 

 引導を渡したというか、ハチミーなるくっそ甘い飲み物を3つ渡してネイチャとターボが倒れ込んでる場所に駆けてった。

 

 飲み物一つで上機嫌になるのだからクソガキである。

 

 

 ちなみにテイオーの足回りが脆いのは本当。

 入学後の身体チェックで判明したことだ。

 

 ()()()()を見ているためか、特に身体面に気を回し過ぎるTのお手柄である。

 

 また、無理しようとする度にテイオーを宥めるのだからそこも大したものである。

 あのハチミーにも何やら栄養やらを効率よく吸収できるように何かしら混ぜられているというのだから恐ろしい手腕だと思う。

 

 

 

「さてと。ちょっと早いけど私は上がるわ。先に夕飯食べてるわ」

 

「あれ、珍しいね。休養日?」

 

「夜練よ。早めに休憩取って備えるのよ」

 

「ふーん。着いてっちゃダメー?」

 

「ダメです。休むのも練習の内ですから。

 どうにも余裕があるようですので、あなた達3人はもう少し頑張ってから今日は上がりましょう」

 

「「「うへぇー」」」

 

「頑張りなさいよー」

 

 

 

 さてと。軽めに食べて仮眠を取ってから夜の部も頑張りますか。

 と言うか私の本番はこの後からである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 Tが夜に連れて行ってくれる練習場には私達以外の人の気配は無い。

 古い校舎らしき建物とちょっぴり狭いグラウンドと照明設備ががあるだけの練習場はちょっぴり不気味だと思う。

 

 証明音と私の足音だけがやたら響く中、人目を気にせず藻掻きながら走り続ける。

 例のくっそ重いインナーやら、これまたくっそ重い蹄鉄やら、あらゆる方法で身体への負荷を強め何度も何度も同じトラックを走り抜ける。

 

 

 多分酷い顔をしてるんだろうな。

 Tのしかめっ面を見る度にいつもそう思い、ヘラっと笑ってしまう。

 

 

 

 まだまだ余裕だし。

 そんな強がりを見せて自分の健在ぶりをアピール。

 

 ここで余裕こけなかったらそのままズルズルと落ちてしまうから。

 そしてそんな弱弱しい姿を見せたらここぞとばかりにTは全力で練習を阻止しに来ると思う。

 

 

 

「いつ倒れてくれたって構いませんよ。

 そうすれば私は大手を振るってあなたを止められる」

 

「はん、まだまだぁああ!」

 

 

 

 でもさ、ここ最近はTの想定を超えることが多くなった。

 その分Tの視線も鋭くなっていったけど。

 

 

 多分だけど、最近感覚が分かるようになってきたんだ。

 --限界が際限なく超えられていく感覚が。

 

 きっとこの先にあいつはいるんだと思う。

 自分で言うのもなんだけど、気違い染みた領域だとは思けど。

 ここまで青春(時間)を犠牲にしてようやくとかさ。

 

 

 思えばなんでこんな自分を追い込むことになったんだっけ。

 

 

 

 

 

 ……ああ、そうだ。マルゼンだよ。

 あいつに大差着けられたことが事がきっかけで、チーフTが私に火を付けたんだっけ。

 

 上手く焚きつけられちゃったよなー、私。

 でもさ、充実してたよ。

 

 同期の上を行こうと躍起で、後輩どもに追い付かれないよう必死で。

 それでも結局同僚に遥か先を行かれちゃったけど。

 

 あれには笑ったわ。

 あの腹黒、とんでもない実力隠してたって。

 

 

 そこから先は長かったなぁ。 

 肉体の破壊と再生の繰り返し。これが一番しんどかったわ。

 

 なんせレースどころじゃ無いもの。

 出走しても碌に身体が動いてくれないし。

 自分で決めたとはいえ、練習はきつ過ぎるし。

 

 ぶっちゃけ何度も折れかけたわ。

 ゲロ吐いて、ベソ掻いて、何でこんな苦しい思いしてるんだって。

 

 その度にTに不安と不満をぶちまけて、先輩たちに慰めてもらって。

 何回も「もう止めましょう」って言われたっけ。

 

 止めてれば普通の女子とまでは言わないけど、もちょっと女の子らしい趣味とか

 遊びとかもできてたのかも。それはそれで楽しかったかもしれないわね。

 

 

 でもさ、結局負けっぱなしの自分に折り合いが着かないんだよね。

 だから何度折れても止めたりはしなかったんだ。

 

 

 藻掻き続けて後輩達ができて、その頃には成長を受け入れられる身体が出来上がって……阪神でそれを証明できた。今更止まるつもりなんて毛頭無いわね。

 

 

 

()()()()()()()突き進むのみよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ここ最近のあなたは明らかにオーバーワーク気味です!

 練習の強度を下げてください!!」

 

 

 

 一息着いた頃真っ先にTに掛けられる言葉。

 ここ最近はこればっかりだ。

 

 

 

「何度も言わせないで。天皇賞直前までは限界まで追い込み続けるって何度も言ってるでしょ」

 

「ですが!」

 

「最悪、影響が出ると思ったら自分から申告する。

 それ以上に些細な予兆らしきものが見えたらTは強制的に練習を止める、って取り決めたはずよ。

 

 今の私にその予兆は見られるかしら?」

 

 

「っ!、見られません。見られませんが、あまりにも身を削り過ぎています。

 こんな事では「とりあえず天皇賞までにするから。私だっていつまでも続けていられないのは分かっているわ」

 

 

 

 言ってしまえばTから見てかなりギリギリの指導なのだ。

 もっと言うと、学園的にはぶっち切りのアウトである。

 

 日常的に強烈な負荷を掛け続けて、その延長で練習に臨んでいるのがあいつだとしたら、練習時に更に倍プッシュの負荷でトレーニングをしているのが私だ。

 

 当然、いきなりでは無く3年かけて段階的に負荷を強めていったわけであるが、結果あいつ以上にやべぇトレーニングが成立するようになった。

 

 但し、あくまで成立するようになっただけである。今の私の身体には抜け切らない疲労なども蓄積されているとのこと。

 

 本来なら身体を休めて疲労を抜くことも視野に入れ、成長曲線を描くことが一般的とされているわけだが、ダービー後のやり取りでそんな悠長な成長ではあいつに追い着くことはできないと直感したのだ。実はチーフTにもこっそり裏を取ってある。

 

 

 なれば、あいつの描いている成長曲線を上回る成長曲線を描くしかない。

 あいつの練習自体がぶっ飛んでいるものなのだから、私はそれ以上にぶっ飛ぶしか他に方法は無かったのだ。

 

 

 と言うかこれを続けて身体のケアまで完璧に出来ているからこそのあのバカげた強さかと、ある意味納得してしまった。

 

 

 そして生憎にも私の肉体方面の才能は並である。

 無理くり練習を成立させても()()についてはどうにもならなかった。

 

 

 だからこそ身体には細心の注意を払い、必ずTが監督することでこのトレーニングは成立しているわけである。

 

 そのTが嘆く位なのだから、まあ()()()()()である。

 

 

 

「G1の一つくらい引っ提げていかないと格好着かないじゃない。

 だから何度も言うようだけどT。先ずは天皇賞まで意地張らせてもらうわよ」

 

「……ケガには、気を付けましょう」

 

 

 

 絞り出すような声だった。

 

 



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閑話

--に憧れる小さなウマ娘の視点

 

 

 

 泣きそうな表情で言われたのがきっかけでした。

 私の中で明確に走る理由ができたのは。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 小さな頃から走ることが大好きでした。

 ウマ娘としてはそんな大きくない方だし、地元の学校でも足が速い方では無かったけど、外でずーっと走り続けることが大好きでした。

 

 通学路、学校近辺、学区外。学校が終わったら夕方までずーっと走り続けて。

 そして、走り終わった後はいっぱいお夕飯を食べました。体はいつまで経っても大きくならなかったけれど。

 

 

 最初の転機が訪れたのは4年生の頃。

 走ることが大好きだった私のために、両親がモンゴル旅行に連れて行ってくれました。

 

 何故モンゴル?と当時の私は思ったけど、徐々に拓けてくる景色を見て私は興奮を覚えました。

 

 

 

 見渡す限りの大平原。

 その中には何人かのウマ娘の姿も見られました。

 

 ここに来て初めて私は旅行の目的を確信しました。家族には感謝しかありません。

 

 

 

 観光客用のベースキャンプゲルがいくつか用意されており、そのうちの一つに私たち家族が宿泊する手筈のようでした。

 

 チェックインの手続きをしている間に、走りに行く荷物を確認します。

 スマホとドリンクと携帯食料とおやつを入れたショルダーバックを肩に掛け、蹄鉄の入ったシューズに履き替えます。

 

 最後に家族から十分注意を受けて、平原の先に見える平行線に向かい足を踏み出しました。

 

 

 

 

 そこから先は至福のひと時です。

 どこまで走っても終わりなんて無いのですから好きに気ままに走れます。

 

 

 右に左に、踊りながら、大きな声で歌いながら。

 全力で、力を抜いて、スキップをしながら。

 

 疲れたらその場で仰向けに倒れ込み空を眺めます。

 ぼーっとしながら持ってきたおやつをちょこっとだけ摘まんだりもしました。

 

 

 走って、疲れて、食べて、眠って。

 休んだらまた気の向くままに走り出す。

 

 

 レースが盛んになる前のウマ娘さんは、こう、楽しんでいたのかなって思いました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 次の転機は5年生の時です。

 モンゴル旅行を経て更に走ることが大好きになった私は、新しい世界を走ってみたいという思いを抱き始めます。

 

 

 ここで初めて、レースというものに興味を示しました。

 

 見てる分には正直何が楽しいのかな?と思っていましたが、モンゴルでの経験を経て走る事への楽しさを他にも見出したいという欲求が高まり、それならばと思い足を伸ばしてみようと思いました。

 

 

 

 両親は、内向的な私が積極的にやりたいことを話してくれたのが嬉しかったみたいで、次のお休みの日には早速門別にあるレース場に連れて行ってくれました。

 

 なんで門別?とも思いましたが、ここのレース場は今のように地方が盛んになる前から集客に熱心で、当時としては珍しい飛び入りでレース出走を受け付けてくれる場所でもあったから、と後になって知りました。

 

 

 本格的なレース場で走るのであれば、その地方のトレセンに登録をするなりもしくは、特別なイベントで事前予約、抽選なりを潜り抜けるなりしないと出走することはできません。

 

 

 そんな事など当然知る由が無かった私は、未知の世界に踏み出す期待と不安で胸がいっぱいでした。

 

 学校のジャージの上から職員さんに手渡されたゼッケンを着けて、ゲートに収まります。

 ここでも職員さんに優しく教えてもらいながらゲート入りをしたと思いますが、緊張して頭は真っ白です。

 

 結局、右も左も分らないままゲートが開き、驚愕と同時に足を踏み出し

 

 

 

 

 

 

 

 

--あの平原で感じた感覚を私は覚えました。

 

 

 

 

 

 

 レース場は普段走ってる場所と比べるとそれは広い所ですが、モンゴルの大平原と比べたらそこは圧倒的に奥行きを感じない場所です。にもかかわらず、あの感覚を感じたのです。

 

 

 緊張も混乱も一切無くなりました。

 何でだろう、と思った矢先に感じたのは、一緒に走っているウマ娘達の存在感でした。

 

<何番と何番の子はスタートに失敗したっぽいかな。後ろの何番の子は凄い興奮してるっぽいかも。

 あ、前を走っている何番の子はフォームとてもきれい。レース経験者かな>

 刹那刹那でそんな情報が頭で整理されていきます。

 

 

 結局レース自体は真ん中よりちょっと下位のパッとしない順位でゴールをしましたが、

 モンゴルで味わったものとは同じ感覚を私は感じたのでした。

 

 

 

 この感覚は、何だろう?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 当時の地方トレセンは、まだ今のような活気がありませんでした。

 先を目指す意識が高い娘は、中央所管の札幌か函館を足掛かりに中央を目指すのが主流です。

 

 中央を目指すには大分遅れている段階で、地方で本格的に走るにしても遅い位だそうでしたがそこは地方。どんなに遅くても登録は受け付けてくれます。

 

 今も昔も地方はなるべく広くウマ娘を囲いたい思惑があるみたいで、あの手この手で門徒を叩いてくれたウマ娘を留めようとします。

 

 

 さて、私は晴れて門別トレセンのルーキークラス生として門徒を叩いたわけですが、正直この時点では学校の放課後に習い事を始めたレベルでしかありません。

 

 普段近所を走っているだけの私が、門別のレース場でも走ることができるようになった。ただそれだけです。

 

 

 で、あの感覚はと言うと、レース場で走り続けていく内に研ぎ澄まされていく……ものでは無く、寧ろ薄れつつありました。

 

 

 学園の先生は『この世界で何年も走っている子達と張り合うんだから十分だよ』と言いますが、そうじゃないんです。

 あの感覚が何なのかを知りたいんです。

 

 

 

 今にして思えば相当思い上がっていたと思います。

 当時の私はとにかく自分本位で求道的で、一緒に走る子を競う相手として見ていない、とても失礼なウマ娘でした。

 

 

 気持では迷走を繰り返していた私でしたが、結果だけはいいものが残ります。

 来る日も来る日も走りに没頭していたためか、周囲より体力だけは身に着いていたようで、6年生を迎える頃には門別ルーキー*1の一番上のクラスを走るまでに至りました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『あ、綺麗なフォームの人』

 

 

 

 新たに4月を迎え、門別ルーキーで初めて最上位のレースに出走する日。

 1年前の初レースで一緒だったきれいなフォームの人がゲート前で佇んでいました。

 

 私と違ってその風貌は大人びていて、キリッとした目つきがとても印象的です。

 

 

 

 

--ドクンッ、と心臓が高鳴りました

 

 

 

 

 ああ、これです、この感覚です。

 

 大平原を自由に駆け回っていた時。

 初めてのレースで感じた時。

 

 そしてこの日。

 

 

 

 共通していることは、気持ちが高揚している時だと確信しました。

 そして、このきれいなフォームの人には私を高揚させる()()がある。

 

 

 

 

<凄く、速い人だ>

 

 

 

 これしかあり得えません。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

--門別(右) ダ 1,000m 重

 

 

 

 スタートと同時に、きれいなフォームの人は前を行きます。

 その走りはとてもスマートで無駄がありません。

 

 

<ここで離されたらもう追い着けない>

 

 

 感覚がそう告げているので喰らい付くように後を追います。

 

 

 

 さて、この人の後ろを走っていて分かったことがありました。

 それは、自分の走りの無駄の多さです。

 

 前を走るきれいなフォームの人が最小限のロスで走って見えるのに対し、私の走りは身体能力任せで余分な力が入っています。

 

 

<力押しで着いて行ける?いや、この人全然余裕ある>

 

 

 

 第1コ-ナーに入ると3、4バ身と離れ、そのまま最後のコーナーに入ると更に差が広がっていきます。

 

 

 結局その差が詰まることは無く、きれいなフォームの人はそのまま1着でゴールしました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 なあなあでレースを走っていた1年間を振り返ります。

 

 レースなんてどうでもいい。充実した走りができればそれでいい。

 自分本位に1年間甘い考えで走った結果です。落第点もいい所です。

 

 

 

 

『……この感覚は、私をより速く走るために導いてくれるものだったんだね』

 

 

 

 草原で。

 初めてのレースで。

 そして、()()がいるレースで。

 

 

 気持ちが昂る度、無意識の内に私は速く走ろうとしていた。

 きれいなフォームの人が本能的に速い人だと直感したからこそ、この人より速く走るべく、あの感覚に至ったと言う事だと思います。

 

 

 

--きっと、私は誰よりも速く走りたいんだろう

 

 

 ウマ娘としてそれを自覚してしまったらもう止まりません。

 心が折れるまで走り続けるだけです。

 

 不安や心配事はいくらでも湧いてきますが、それでも行けるとこまで行って見たい。

 1年の期間を得て、漸く私のレース人生が始まりました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『あ、あの!お名前を。お名前を教えてくれませんか?』

 

『……ミホノブルボンと申します。あなたは』

 

 

 

--ライスです。ライスシャワーって言います。

 

*1
ル-キー ~小6の3月までのウマ娘の出走時期



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閑話2

 普段ブルボンさんは札幌のルキトレ*1で走っているみたいです。

 たまたま春休みで地元に戻っており、調整のためレースに出走してみたとの事でした。

 

 

 何でも、お父様が元中央のトレーナーみたいで、地方にも伝手があったようで出走が叶ったみたいです。

 

 あのきれいなフォームもお父様直伝で、今まで見たどのウマ娘よりも素敵だったと言ったら、表情こそ変わら無いものの、耳がピコピコ動いていてとても可愛らし様子が印象的でした。

 

 

 

 レース後の観客席に座りながら談笑を続けていた私達ですが、本題を切り出します。

 次のブルボンさんの出走予定です。

 

 

 聞くところによると夏のルーキーチャレンジ*2に出走するとのことでしたので、ライスもそこでリベンジをすると話をしたら、特に何の感慨も無く『期待しています』と返事をくれたのでした。

 

 

 間違いなく敵と見做されていないと言う事が分かり、先ずはライスの方に振り向いてもらおうと思いました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 5月、6月。ブルボンさんが札幌に戻ってからというもの、ひたすらにライスは走り続けました。

 あの後ろ姿に追い着くため、レースでは誰よりも強い覚悟で臨むようにもなりました。

 

 物心ついた頃から走り続けていたためか、小さな体の割にはとても頑丈だと言う事が私の強みの一つです。

 ちょっと残念なのは、身体だけはそれほど大きくならなかったことです。いや、ご飯は一杯食べてたつもりなんですけどね。

 

 

 ルーキートレセンへは小学校が終わったらの通っていたため、一日中練習をしている所謂ガチ勢ではありませんでしたが、受け入れ時間ギリギリまで練習場も使わせてもらっていました。

 

 そのため、帰る間際になるとフラフラな状態なので、防犯面も考慮していつも両親に送迎してもらっていました。

 なお、行きはウォーミングアップを兼ねて自分の足で通っていました。

 

 

 周りから見るとかなりストイックな生活に見えたようでしたが、当時の私からしたらいくら時間があっても足りないと思っていました。

 

 ブルボンさんのしっかりした身体と、きれいなフォームから繰り出されるストライドにライスが対抗するには、同程度の体力ト-レーニングだけじゃ先ず敵わない。その上で走りに無駄を無くさなければいけません。

 

 

 ならばひたすらに走り続けて、その中で私自身の走り方を固めていくしかありません。

 指導を受けて反復練習。家でも両親と一緒に、参考になる走りの動画を見てああでもないこうでもないと、四苦八苦しながら研究をしていました。併せて、ブルボンさんの攻略法も探っていました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 こうして迎えた7月下旬。

 ルーキーチャレンジの道内選考が札幌レース場で行われます。

 

 この道内選考を勝ち上がった上位2名が、東京レース場で開催される本戦に出場ができます。

 

 

 選考方法は、タイムトライアルで上位14名まで絞り、翌週の選考の1発レースで本選出場者を決定するといったものです。

 

 

 距離は1,500m右回り。そして芝。

 門別はダートレースが主なため、芝の練習場はそれほど大きくありません。

 

 経験こそあまり積めませんでしたが、しかしそこは身体能力の差で補うつもりで臨みます。

 

 

 

 

--ルーキーチャレンジ(道内選考)

4R 札幌 1,500m 芝 稍重

 

 

 

 今日のトライアルではブルボンさんとは当たりません。

 ですが皆、自分の足に自信のあるウマ娘さんです。油断なんてできる相手じゃないことは確かです。

 

 それでも独走する位の気持ちでなくちゃ、ブルボンさんのに追い着くことなんて到底できない。

 今、自分が出せる全力をこのレースで出し尽くしたいと思います。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 結果としてライスは14人の枠の中、13番目の記録で来週の選考へ駒を進めることができました。

 ちなみに、ブルボンさんは1番速いタイムを叩き出していました。

 

 ブルボンさんとの距離がどれ程のものなのかこの時初めて理解することができました。

 

 

 それでも2か月前と比べたら、あの背中は近くに見えるようになったかな。と、タイムを比較してちょっとだけ悦に浸ったり。

 

 

 それに後1週間の猶予がありますから、目標に向かい更に自分を追い込むことが出来ます。

 ライスの感覚は1週間を経て更に研ぎ澄ますことができたのです。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

--ルーキーチャレンジ(道内選考・最終)

4R 札幌 1,500m 芝 良(フルゲート)

 

 

 

 この日のライスのコンディションは最高でした。

 かつて無い程にあの感覚は研ぎ澄まされており、周りの子たちの挙動が手に取るように頭に入って

きます。

 

 緊張している娘、興奮している娘、殺気立っている娘。

 そんな中で悠然と、何の揺らぎも見えない娘が1人。

 

 言わずもがな、ブルボンさんです。

 

 

 

<着いてく、着いてく>

 

 

 

 2か月前は追い縋る事すらも出来ませんでした。

 ですが、今日こそは意識してもらいます。

 

 

 

 

 ゲートが開き、14名が一斉に飛び出しました。

 

 先頭はブルボンさん。負けじと他の娘達も数人が追い掛けます。

 その数人にライスは紛れました。

 

 

 

 

 ブルボンさんの強さは、その圧倒的なスプリント力と、中盤・終盤と高水準のタイムを刻むだけの脚にあります。

 

 あれだけ始めで飛ばしたら普通はダレると思うのですが、そこで更に涼しい顔して加速していくように見えてしまうのだから恐ろしい……なんて幻想を抱いていました。

 

 

 ブルボンさんが勝てなかったレースがいくつかあります。

 

 一つはブルボンさん以上の先行力で独走を許したもの。

 もう一つは終盤の追い込みで捲られてしまったもの。

 

 ライスなりに導き出した答えは単純で、ここで勝った2人は、ブルボンさん以上の運動量で圧倒をしたと言う事。

 

 

 

 もう一度ブルボンさんの強さを振り返ります。

 圧倒的な序盤の制圧力と最後まで垂れない高水準のタイムを刻む脚。

 

 

 但し最後までダレないというのは、決して後半で伸びている、というわけでは無いと言う事です。

 

 

 

 向う正面。

 背中を見ると、きれいなフォームでブルボンさんが加速している……ように見えます。

 

 あの走りにこそブルボンさんの全てが詰まっているのでしょう。

 コンマ1秒を削り出すために無駄なく走り抜ける脚力。

 少しの運動量のロスも許さない徹底したフォーム。

 

 華麗に見えてその実、努力に裏打ちされた境地なんだと、ブルボンさんのレース映像を何度も見返して、漸く見つけた勝機でした。

 

 

 

 ライスが狙うのはそこです。

 序盤の加速力では到底追い着けませんし、終盤に一気に捲れるだけの脚力もありません。

 

 それならば中盤から離されず終盤の運動量で上回る。これしかありません。

 

 

 

 

<集団に迷いが見えた。抜けるなら今>

 

 

 

 隙を見て集団を抜け出しブルボンさんを追い掛けます。

 前回は何となくで追い掛けましたが今日は違います。

 

 ライスのみが感じる我慢比べの始まりです。

 

 

 

<追い着く!追い着く!追い着く!追い着く!!>

 

 

 

 直線、縮まらない。

 でも離されていない。

 

 体力、まだ余裕ある。

 

 

 

 コーナーに入ると僅かに減速したように見えました。

 

<カーブに入ったんだ。詰めるならここからかな>

 

 

 でも流石、本当に走りには無駄がありません。

 あの走りを身に着けたら、ライスももっと速く走れると思う。

 

 

 今はあるもの(運動量)で勝負するけど、いつかはライスもものにしたいかな。

 

 

 先頭は依然とブルボンさんだけど、その距離は確実に狭まっています。

 もうちょっと踏ん張れ。終盤が勝負って言ったよね!

 

 

 

 最後のコーナーを抜けました。ブルボンさんはスパートをかけています。

 私も必死に追いかけます。

 

 

 ちょっと前までただ何となしに走っていたライスだけど、今は誰よりも速く駆け抜けたい、という気持ちで頭がいっぱいです。

 

 

 

<頑張れ、私!頑張れ、ライス!

 苦しいのはブルボンさんだって一緒だよ!>

 

 

 

 感覚が告げてきます。条件はブルボンさんも同じだと。

 ここが最大のチャンスです。

 

 

 

 歯を食い縛り、腕を強く振り、踏み込みに力を入れます。

 姿勢は少しだけ、ほんの少しだけ前に傾けて、イメージはブルボンさんを後半に捲ったシャドーロールのウマ娘さんの走り方で、スパートを駆けます。

 

 多分、鍛えていなかったら、研究していなかったら。或いは、もう少し体力が残っていなかったら成立しなかったと思います。

 

 本家のウマ娘さんと比べたら何枚も落ちる走り方ですけど、この時はこれが一番速く走れると思いました。

 

 

 

<行ける、行けるよ!>

 

 

 

 ブルボンさんの背中を捉えました。

 

 

 このまま千切りに入ろう、そう思った矢先です。

 ブルボンさんの脚がさらに伸びたのです。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

--ルーキーチャレンジ(道内選考・最終)

札幌 1,500m 芝 良

 

 

1着 ミホノブルボン

2着 ライスシャワー 4バ身

3着 --

 

 

 

 

 

 ブルボンさんのラストの一伸びは想定していませんでした。

 思えば私達が成長するように当然、ブルボンさんも成長するのです。

 

 ライスが藻掻いているように、ブルボンさんも必死だった。ただそれだけのこと。

 ゴール後に見たブルボンさんの汗だくの表情が物語っていました。

 

 

 

<負けちゃった、負けちゃったかぁ。悔しいなぁ>

 

 

 

 けれど届かない訳じゃありません。

 ライスはブルボンさんを確かに追い込んだんです。

 だから次こそは……次こそは!

*1
トレセン学園のルーキークラスの略

*2
ルーキークラスの全国大会



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閑話3

 レースで負けたライスですが、本選に出場と言う事はとても目出度い事だそうです。

 況してや門別から本選に出るウマ娘が現れることは今まで無かったとのことで、かなりの期待がライスには掛けられていました。

 

 ですが浮かれている余裕なんてありません。

 

 

 

『全国には私より速い娘が、まあ数えられる程度にはいます。

 特に同級生の2人にはリベンジを果たさなきゃいけません』

 

 

 

 レース後にブルボンさんが教えてくれました。

 動画で見たことがあるから分かりますが、確かにあの2人は桁が違います。

 

 尤もライスは先ずブルボンさんにリベンジを果たさなきゃいけません。

 

 

 

 本戦は東京競馬場で8月中旬に行われます。

 例年トゥインクルシリーズが一段落付き、サマードリームトロフィーが終わった後にルーキーチャレンジの本戦が行われるのです。

 

 それまでの期間、ライスはブルボンさんと一緒に合宿を行う事になりました。

 これは大会後にブルボンさんから提案されたことでした。

 

 

 札幌のルキセンは中央直轄という事もあり練習設備が非常に充実しており、何より芝のトラックでトレーニングが可能なのです。

 

 門別でもできないことは無いですが、どうせなら強力なライバルと走れた方が身にもなるだろうということで、私の札幌合宿が始まったのでした。

 

 ちなみに練習はブルボンさんのお父様がライスのことも一緒に見てくれます。

 

 

 門別では一人のトレーナーがたくさんのウマ娘の面倒を見ますが、この合宿の間はブルボンさんのお父さんが付きっきりで練習を見てくれ、細かいところまで指導いただき、とてもためになりました。

 

 ちなみに、お父様を独占できないブルボンさんがむくれていて、とっても可愛かったです。ブルボンさんはお父様が大好き。

 

 

 

 

 時間は流れていよいよ本選の2日前。

 合宿時から変わら無い3人で東京の会場に向かいます。

 

 新千歳空港から東京までは飛行機での移動なのですが終始ブルボンさんがプルプル震えてお父様(もちろんブルボンさんの)の手を終始ニギニギしていた様子がとても印象的でした。

 

 普段は表情が読めず機械的なところがありますが、一緒にいるととても可愛らしい仕草をよく見せてくれるので、その度にライスは悶えていました。強くて可愛いとか反則です。

 

 

 

 

 羽田に着き、そこからは府中を目指します。

 実はこの日、トレセン学園の練習場を使わせてもらえる事になっていました。

 

 練習場に集まったウマ娘さん達は、自分の憧れのウマ娘さんたちに会えるかもとワクワクした様子で辺りを見渡していましたが、正直ライスはあまり興味がありませんでした。

 

 同世代ならまだしも、上の代のウマ娘さんの事など当時のライスは全く縁が無い話だと思っていたのです。

 当時のライスにとって中央で走るなんて全く埒外の考えでした。

 

 

 

 それ以上に、明後日の本戦で走るウマ娘さん達の走りの方がよっぽど気になりました。

 

 

 

 注目すべきはブルボンさんに土を着けた2人。

 サイレンススズカさんとナリタブライアンさん。

 

 1つ下の学年だと海外で活動しているエルコンドルパサーさんとグラスワンダーさん。

 ブルボンさんから1つ下だと言われて思わず2度見してしまいました。

 

 後は大会最年少のトウカイテイオーさん。

 背丈は私と変わら無いのに2つも年下と言われた時は何だか遣る瀬無くなりました。

 

 

 

 

 

--ゾクッ

 

 

 とても。とっても冷たい視線を感じました。

 視線を追ってみると、観客席に1人のウマ娘さんがこちらを見てニヤニヤしています。

 

 ああ、あの人はライスでも知っています。

 この年のダービーウマ娘さんであり、歴史上最強のウマ娘さんでもあり、そして最悪と言われているウマ娘さん。

 

 

 こちらの視線に気付いたのか、遠くの方からツカツカとライスたちの方に向かって来ます。

 途中、ブルボンさんとお父様もその様子に気が着いたようで、強張った表情でその様子を見つめていました。

 

 

 

『あんた、私を見つけたでしょう?ああ、変な因縁とかじゃないから。

 

 私、視線とかに敏感だからさ、分かるんだよね。

 それで、あんな遠くから珍しいと思ってね。ちょっと興味湧いたから声かけてみただけ。他意は無いよ。

 

 だからそっちの2人もそう力まないで。流石に練習中の、それも入学前の後輩にちょっかい掛けたりはしないよ。

 悪名高いからってそこまでじゃないよ--自分が走るレース以外ではね。

 

 ああ、また調子こいた。ごめんごめん。

 結局はそこの小っちゃいのに言いたいことがあっただけよ。

 

 もう一度、私の興味を惹くことがあったら一緒に走ってあげる。ただそれだけ』

 

 

 

 それだけ言うとその人はさっさと立ち去って行きました。

 喋った感じはどこにでもいそうなウマ娘さんでしたが、遠くからこちらの様子を見ていた時の視線は、相当の悪意に満ちたものでした。

 

 

 トレセン学園での練習は、ダービーウマ娘さんと遭遇したという事でとても印象深い体験となりました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 本選当日。

 夏の日差しが照り、まだまだ夏の終わりが見えない炎天下。

 

 ライスは初めて東京競バ場のターフに降り立ちました。

 幾千もの名勝負が行われた、歴史ある空気をどことなく感じます。

 

 観客席は殆どが空席かと思いきや、一応一般公開もされているため、応援の人以外にも全くの外部からの観戦者らしき人もチラホラ見えました。何でも未来のスターウマ娘の卵を見に来てるんだとか何とか。

 

 

 そんな事とは露知らず、ゲート入り前にライスは今日の出走者の状態を念入りに確認していました。

 

 テイオーさん、絶好調

 グラスワンダーさん、キレキレ

 そしてサイレンススズカさん、どこか覇気がありません

 

 

 ブルボンさんとは別ブロックなので今日はご一緒できませんが、それでも私のブロックにはブルボンさん以上の実力者であるスズカさんがいます。

 

 表情は真剣そうに見えますが、何故か闘志らしきものが見えない。いつの日かのライスに似たような雰囲気をしています。

 周りが見えていない、そんな感じです。

 

 

 勝機があるのでは。と思いましたが、レースが始まったらその思いは覆されました。

 

 

 

 

 

 

--ルーキーチャレンジ(本選Aブロック)

 

東京 左 芝 1,600m 良 

 

 

 

 映像で見るのと実際に走るとではまるで違うは速さの体感に圧倒されました。

 ブルボンさんがスタートから最後までその背中を眺めることしかできなかった理由が良く分かります。

 その爆発力はブルボンさんの上を行っていました。

 

 

 ほぼ向正面の端からスタート。直線にして最初のコーナーまで500mと少し。

 どんなにライスが足の回転を上げてもその差が縮まらず、離されていくばかり。

 

 

 ライスよりも先行してグラスさん、テイオーさんも何とか食い下がろうとしますがそれでも追い着けません。

 

 

 

『自分だけの世界を走っている』

 

 

 

 そう思えてしまう位、圧倒的な逃走劇を見せ付けられます。

 

 それならば後半勝負、と思っても速度が落ちているようには思えず、そればかりか更にスピードが上がっていくのです。

 

 

 2位以下を圧倒して堂々の1位。

 同世代のトップクラスは格が違いました。

 

 

 

 

 

サイレンススズカ 1着

トウカイテイオー 2着(7バ身)

グラスワンダー  3着(アタマ)

ライスシャワー  圏外

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ブルボンさんはブロックを2位で勝ち抜き、決勝ラウンドまで駒を進めましたが、それでもブライアンサンとスズカさんの後塵を拝むという形になってしまいました。

 

 

--ルーキーチャレンジ(本選・決勝ラウンド)

 

 

ナリタブライアン  1着

サイレンススズカ  2着(1バ身)

ミホノブルボン   3着(4バ身)

エルコンドルパサー 4着(1バ身)

グラスワンダー   5着(ハナ)

 

 

 

 

 圧倒的に速かったスズカさんを最後の最後で捲るブライアンさんの追い込みが印象的でした。

 本家の追い込みは文字通りレベルが違います。

 

 1つ下の世代の2人もブルボンさんと競るぐらいの実力者ですし、枠内こそ外しましたがテイオーさんも4つ巴の争いに最後まで絡み、僅かな差でグラスさんにリベンジを許していました。

 

 

 

 

 ダービーウマ娘の先輩との邂逅を得て

 同世代、下の世代が鎬を削る姿を見て

 

 

 この夏、ライスの中で何か変わりつつありました。

 

 

 

 こうして胸の中の熱さを燻らせたまま、ライスの夏は幕を閉じたのです。

 



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閑話4

 季節は秋。スポーツと食欲の秋。

 大会のうっ憤を晴らすが如く走り込み、動いた分だけたっぷり食べる。

 

 

 夏の消化不足を補うが如く練習に没頭します。

 身体こそそんなに成長しませんが、タイムは右肩上がりに伸び実力的な成長期を迎えていました。

 

 また、普段は門別で練習をしていましたが、休みの日には札幌のルキセンでブルボンさんと一緒に練習を行うようになりました。

 

 目標としていた大きな大会も終わり、この時期からいよいよ進路の話が本格化してきます。

 ブルボンさんはもちろん中央のトレセン学園の入学を希望しているようでした。

 

 ライスはと言うと、正直地元で力を着けてから中央に挑むという形を考えていました。

 去年までなあなあで走っていた時期と比べたら、大分真剣に考えるようになったと思います。

 

 

 

 自分の力だけで先ずは地元でしっかり走り込みたいと思ったのです。

 本音で言えばブルボンさんと一緒に中央で高め合いたいと思っていましたが、ずっと一緒に練習するだけではいつまで経っても追い着くことができないとも思ったのです。

 

 それに、今の私の実力は伸び盛りとはいえ正直安定感に欠けます。

 故に地方でもう一年しっかり実力を着けてから、クラシック戦線に臨むという方向で進路を考えていました。

 

 

 

 だから、ブルボンさんと走れる時間も後半年しかありません。

 未だに後塵を拝み続けていますが、どうにか卒業までに一度は肩を並べておきたいと思っていました。

 

 思っていたのですが……この時期のブルボンさんも驚異的な成長を見せていました。

 

 

 ライス以上に悔しい思いをしていたのですから、熱が入るのも無理ありません。

 体力に自信があるライスでもブルボンさんとの練習では着いて行くのがやっとでした。

 

 

 

『ライスシャワー。あなたの成長に驚嘆しています』

 

 

 

 ライスも必死でした。

 追っても追っても届かない背中に何度も手を伸ばし続けて。

 届いた、と思ったらするりと先に行ってしまうのです。

 

 

 ライスがブルボンさんに勝つには勝負所を見極めて『差す』と言う方法以外思いつきません。

 我武者羅に追いかけて、最後の一踏ん張りで一歩でも相手より前に出るという泥臭い戦法でありますが、体力に自信があるライスにこの戦法は思いの外しっくり来るのです。

 

 門別で走る際は上級生を相手にしても引けを取らないのですが、ブルボンさんには一度も勝てた試しはありませんでした。

 

 

 

 

『ライスさんは中央を目指さないのですか?』

 

 

 

 ブルボンさんとの練習を終えてファミレスでご馳走になっている時に話を振られたことがあります。 

 自分の実力に自信が持てない事、地力をつけてから挑もうとしている事、ブルボンさんに関する事。

 

 この時初めてブルボンさんに自分の考えを打ち明けました。

 

 

 ブルボンさんは自分を目標にされていると聞いて、何だかとても恥ずかしそうな表情をしていましたが、それでも最後には合点がいったと笑顔でライスの考えに賛同してくれました。

 

 

 

『それではライスは私のライバルと言う事ですね。

 ……何故でしょう、言葉にするとギラギラと言った感情が湧いて出てきます』

 

 

 

 ブルボンさんがライスを認めてくれた事がとても嬉しかったです。

 

 今はまだ一度もブルボンさんに勝てた試しは無いけれど、2年後のクラシックの大舞台ではきっと、大きくなったライスと一緒に--

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

--あっ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

--ブルボン!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 あの日あの時あの場所で。

 

 日にちが、時間が、ライスとブルボンさんの走る位置が少しでもずれていれば、こんな結末を迎えることは無かったのかもしれません。

 

 

 多分それは本当に些細な凹凸だったんだと思います。

 普通なら気に留めることもないような、そんな程度のものだったのかもしれません。

 

 

 ライスの横を、フワッと宙に浮いたブルボンさんが通り過ぎたんです。

 

 

 ドサドサッと、倒れ込む音が聞こえました。

 一瞬の静寂後、ブルボンさんのお父様の叫び声と、事態を把握した関係者の掛け声響き渡りました。

 

 

 そこから先の事はあまり思い出したくありません。

 足を止め、ゆっくりと振り返ると、転がった跡がくっきり残ったターフと、その先に倒れ込んでいるブルボンさんが--

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 多分両親に連れられて、私はお家に帰ったんだと思います。

 病院で念のため検査を受け、異常が無いことが分かって、自宅に戻って。

 

 呆然としていた私ですが、家に戻って来て漸く事態を飲み込む事ができたのです。

 

 

--ブルボンさん、ブルボンさんは大丈夫なの!!?

 

 

 

『命に別状は無いそうだ。だが、その、ケガの具合が酷いらしくてな。

 その後の詳しい話はあっちの親御さんからまだ来ていないんだ』

 

『とりあえずライス、今日はもう休みましょう。

 あなたも精神的に参っているはずよ』

 

 

 

 お父さんもお母さんも声を濁していました。

 多分それはこれ以上私に負担を掛けないようにした優しさだったのでしょう。

 

 この時続報を聞いていたら、多分私は完全に潰れてしまっていたと思います。

 

  

 

 

 翌日早朝の事です。ライスがその事を知ったのは。

 

 ブルボンさんのお父様が玄関で頭を下げていたのです。

 

 

 

『大切な娘さんを危険な目に合わせてしまい、大変申し訳ありません』

 

『頭を上げてください!結果としてライスは無事でしたのでとやかくいう事はありません。

 それ以上にあなたの娘さんの事です!容態はどうなのですか?』

 

『……昨日お話しした通り、命に別状はありません。

 今後の頑張り次第で、日常で生活するに支障が無いレベルまで戻るかどうかと。

 

 ただ、ただ……』

 

 

 

--選手として走ることは諦めてくださいと、そこははっきりと告げられました

 

 

 

 

 ブルボンさんのお父様は泣いていました。

 ライスの両親も言葉を失っていました。

 

 私は、昨日の病院に向かって走り出していました。

 

 

 

 あり得ない、そんな訳ない。

 

 あんなにきれいなフォームで走る人なんだ。

 それでいてとても速い人なんだ。

 しかも最近もっと速くなってきて、春には中央での活躍を期待される人なんだ。

 

 何よりライスの、ライスの目標なんだ!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『ライスちゃん、ね。

 ご両親とあの人から連絡が来てたわ。あまり考え無しで走らないでね。危ないわ、本当』

 

 

 おばさま、心配かけてごめんなさい。

 その事は後でいくらでも謝ります。

 それよりブルボンさんは。

 

 

『こっちよ。さっきあなたが来るって言ったら急に慌てちゃって』

 

 

 

 ありがとうございます。

 では、お会いしても。

 

 

 

『ええ、構わないわ』

 

 

 

 息を整えながら私はブルボンさんの病室に入りました。

 そこはドラマで見るような心電図の機械も、口を覆うようなマスクも特にありません。

 

 ただ所々に巻かれた包帯と、足を固定しているギブスがとても痛々しく見えました。

 

 

 

『ライス、ですか』

 

 

 

 私から言葉は出ませんでした。

 それでもブルボンさんに直接聞かないといけないと思ったからここまで来ました。

 

 

--もうレースに出れないって、本当ですか。

 

 

 

『ライス、あなた……ええそうです。

 ウマ娘としてレースを駆け抜けることはまず無理だとはっきり告げられました』

 

 

 

 ならどうして、どうしてそんな平然としていられるのですか?

 

 

 

『平然ともしてませんし、昨日その事を言われた時はガンガン泣きましたし、当分誰構わず辛く当たることもあると思います。

 それでも最後はあなたが無事だと知って。どうしても、心の底では安堵してしまうんです』

 

 

 バカですか?

 自分がもう走れないって言われているのに、どうして他人の。ライスの心配なんか。

 

 

 

『友達ですから。それでは理由になりませんか?』

 

 

 

 もう駄目でした。

 昨日からごちゃごちゃになっている感情が爆発して、ライスの目からは涙が止まりませんでした。

 

 

 

『私は昨日十分泣きましたし、それでも足りない分は今あなたが泣いてくれています』

 

 

 

 痩せ我慢だ。

 普段の無表情がすでに崩れている。

 

 誰の目で見てもブルボンさんの顔は泣き出しそうな程に歪んでいます。

 

 

 それでも。

 それでもどうしてか、希望を抱いているかのようにも見えました。

 

 

 

『ライス、さん。私に夢を見せてくれませんか?

 

 私を追い駆けたウマ娘は世界一のウマ娘だったんだって。

 私がそう言える位、最高のウマ娘になってくれませんか』

 

 

 

 

 世界一の。最高のウマ娘。

 

 

 

 

 この日、ライスは友達から夢を託されました。

 



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閑話5

『分かったよライス君。ブルボンに授けた全てを君に教えよう』

 

 

 

 躊躇いも迷いもありません。

 世界一を、最高を目指すために、ライスは中央の門を叩く決意をしました。

 

 ブルボンさんのお父様もライスの決意を受けてか、ライス専属のトレーナーとして協力してくださる事になりました。

 

 本来ならブルボンさんの入学に合わせて中央のトレーナー業に復帰する予定だったそうです。

 

 

 

 

『君の実力ははすでに全国クラスだ。本格的に走り始めた期間を考慮すると破格のポテンシャルを秘めている。

 だからこそ、地方で地力を着けてからクラシック戦線に臨むという事も大いに賛同できた。

 

 しかし私はね。ブルボンや全国の強豪達と早い段階から競わせて上を目指すべきだとも思っていた』

 

 

 

 早い内から全国の強豪達と競い合うことはライスも考えていました。

 でもそこにはブルボンさんがいたら、どうしても()()を追い掛けてけてしまう。

 

 それじゃあ駄目だったんです。

 

 

 

『なるほど。ブルボンは目指すべき指標でもあり、限界でもあったんだね。

 

 皮肉なもんだ。ブルボンが離脱することで君の限界を無くしてしまうなんて』

 

 

 

 

 ブルボンさんがいない以上中央で鎬を削ることに躊躇いはありません。

 何より夢を託されたんです。悠長に鍛えるつもりもありません。

 

 最短経路を最速で駆け上がるだけです。

 世代の最強だろうが歴代最強だろうが。

 

 立ちはだかる強豪は押し退けるだけです。

 

 

 

『いい目をしているよ、本当に。

 

 これからよろしく頼むよ、ライス君』

 

 

 

 

 

 

 

 そこから先は特筆して語ることはありません。

 ブルボンさんのおとう……ううん、トレーナーさんとトレーニングを積んで。

 

 

 世代の強敵と鎬を削り

 有馬で世界最強と相見えたり

『あんたの名前を見付けたからね。来てやったよ』

 

 

 

 色々な事がありました。

 その一つ一つが全て私の()となっています。

 

 

 

 一つ、懸念があるとすれば先の阪神大賞典。

 

 

 

『桜舞う阪神の栄光は、サイドテイルに吹き込んだ!!』

 

 

 

 阪神で見た後ろ姿が私をイライラさせる。

 

 この人はかつての私の目標()

 ブルボンさんを思い起こさせる。

 姿形や性格も全く似ていないのに、走っている姿だけはどうしてもダブってしまいます。

 

 

 ……ライスは、そんな幻想にうつつを抜かしている暇など無いんです。

 

 

 

「次の天皇賞では絶対にサイドテイルさんに負けませんから」

 

 

 最高のウマ娘を目指すのに、今のあなた(過去の夢)は私の邪魔です。

 

 

 

『やっぱあんたら大好きだわ』

 

 

 

 だから、私の()に入り込むな。

 

 

 

 

 

 

 

ーー夢に憧れる小さなウマ娘の回想・了



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7話

--5月上旬・天皇賞(春)前日

 

 

 京都競バ場に前日入りした私達カノープス一行。

 調整を終えた後旅館の一室で明日の打ち合わせを行っていた。

 

 

 京都の春は長い。3,200mという長丁場での戦いになる。

 前回の阪神でも体感したが3,000m超は正直長い。

 

 加えて明日集まるウマ娘は前回以上にハードな面子が集まった。

 

 昨今のトゥインクルシリーズの人気がどうのこうの言われている状況下でかなり話題となっている。

 それ位影響力のある粒が集まったんだとか……ってテレビで言ってた。

 

 

 尤も私から言わせれば今更である。

 阪神の後輩どもに、スーパークリークとイナリワン。こいつらはいずれも特退枠だったはず。

 後はゴルシにルドルフとマルゼン。それとシービーパイセン。同期どころかパイセンまで来ちゃったのだ。

 

 

 他にも海外から数人が出走を予定している。

 多分こいつらは本命を宝塚に据えている海外の強敵。当然目的はあいつだろう。

 

 と言うかあいつの宝塚出走だってかなり際どい情報なのに、急遽都合を付けて天皇賞を前哨戦に据える辺り中々の執念である。

 

 まあ正直こいつらにはジャパニーズ洗礼を浴びせてやるつもりだけど。

 こちとら数年単位であいつを獲物にしているのだ。ぽっと出の行き当たりばったりであいつの挑戦権を掻っ攫うつもりなら叩き潰してやる。

 

 

 

 あ、それと

 

 

 

「何たらのうん周年で天皇陛下が観覧する天覧競バと来たら、そりゃ話題にも上がるよね」

 

「どの陣営も意気込みが通常の5割増しです。斯く言う私もかなり震えています」

 

「Tが走るわけでもないのに。

 でも、気持ちはわかるよ。URAもかなりギリギリにそんな重要な情報公開するんだもん」

 

 

 

 こんなこと知ってたら嬉々としてあいつは出走するだろうに。

 あ、それでか。きっとチーフTにも予め手を回したのかな。

 

 まあいいけど。今回あいつは走らないわけだし。

 

 

 

「凄いメンバーだね。これ、今のトゥインクルの代表格ばっかりじゃん」

 

「そりゃあ先輩の練習にも熱が入るわけですね」

 

 

 

 萎縮しまくりの後輩ズ(ミニ)。

 

 練習はいつもあんなもんだよ。

 と言うか君達もいずれは同じ土俵の上で戦うわけだけど分かってんのかな。

 

 そこら辺の意識改善も課題だねこりゃ。

 

 

 

「ふっふっふ。2人とも、そんな弱気じゃターボの敵にならないね」

 

「何おう?」

 

「逆噴射させるよ、ダブルジェット」

 

「ツインターボ!まあネイチャにテイオー君、ターボの意見を先ず聞いて欲しい。

 

 確かにメンバーは凄いかも……と言うか良く分かんないけど、サイドテールも出走できる。

 これに尽きるぞ」

 

「「確かに」」

 

「おうおうおう。私が出れるって聞いて何で敷居が低くなったかのようになってんだコラ」

 

 

 

 ターボめ、次の併せで可愛がってやるからな。

 結論、舐められるのもやっぱりむかつく。

 

 Tも苦笑いして、でも萎縮されるよりかは、って思ってるんだろうな。解せぬ。

 

 

 

「まあまあ。結果を見せ付けましょうサイドテイルさん。

 後輩である皆さんにも、何よりあなたが気にしてるあの人にも。

 

 今回のレース、台風の目はあなたですよ」

 

 

 

 言ってくれるじゃん。そんな事言われたら燃えるね。

 

 

 

「あいつに挑む以上はここでも躓いちゃいられないんだよね。

 

 海外勢もパイセンもひっくるめて格付けを終わらせるよ」

 

 

 

 

 

 

 

 ここからは本格的な打ち合わせである。

 Tに洗ってもらった情報を元に各陣営の実力や動向を目一杯頭に叩き込む。

 

 無論普段から知り得ている情報もあるが、すり合わせる部分もある。

 また、不要な情報はTがカットしているから、インプット作業に無駄は無い。信頼関係のなせる技である。

 

 

 ノーパソとタブレットを用いながらああでもないこうでもないと情報を取り交わして明日のレース展開をシミュレーションする。

 

 阪神の時はかなりざっくりだったが今回はすでにガチモード。前回も慢心したつもりは無いけどやっぱりダービ以来のG1だからか、力が入ってしまう。

 

 

 後輩達も呆気に取られているようで、口を開けたままアホ面を晒してくれていた。

 

 

 

「ってわけで多分ライスは腹に三物も四物も隠してそうなんだけど、……ちょっとタンマ。

 

 いい、あんたらもいずれはレースに出るわけなんだから、Tを上手く活用しなさい。

 自分の能力はもちろん、レース適性、果ては内面の性格。その上で相手をよく知って自分の得意所での勝負なり、相手の弱点を突くなりをTと一緒に見極めるの。

 

 ちなみに阪神の時はゴリ押しがコンセプト」

 

 

「……へぇー。ぼく、今回も鍛えまくって競り勝つだけだと思ってたけど」

 

「そんなの最前提よ。その上でできることをやってるだけよ。

 チーフ、じゃなくてあの胡散臭いTだって、色々教えてくれると思うから、有効活用しなさい」

 

「それはできないかな」

 

「あー、テイオーはそうかもね。

 あんたら2人も分かった?」

 

「正直先輩からそういうことを言われるのは意外だと思いましたけど、分かりました」

 

「ターボも分かったぞ!」

 

「よし。ならあんたらも気になった事があったらどんどん言いなさい。

 外からの視点てのも重要なファクターなのよ」

 

 

 

 この後、打ち合わせはさらに本格化していった。

 

 

 特にキーとなったのがマルゼンの情報について。

 あいつの動向は特に情報が少ないため、中々にシミュレーションがし辛い。

 

 私も結構情報を伏せていたから分かるけど、こういう奴は大概腹に何か抱えているって予想が着く。

 但し分かるのはそこまで。答え合わせは本番でするしかない。

 

 

 

「あんにゃろうは絶対何かしでかすわね」

 

「適性は短中距離で、今年の大阪杯を獲ったあたりこれ以上の出走は無いだろうと思っていたんですが。

 それがここにきて3,000m超えですから、何かあるとしか思えません」

 

「カイチョーもそんな事言ってたっけ。『最近マルゼンスキーは殺気立っている』って」

 

「あんたがルドルフと交流がある事についてはツッコミを入れないわ。他には何か言ってた?」

 

「それ以上は特に。あ、僕も『サイドテールだってすっごい殺気立ってるから同じだね』って言っといたよ」

 

「まあうん、間違っちゃいないんだけどね。あんまりチームの情報を流すのは勘弁してね」

 

「むぅ、それ位僕だって分かるからカイチョーにあんまり聞かなかったんだからね」

 

 

 

 お前それ絶対ルドルフにも諭されただろ。

 あいつはあいつで何故かテイオーに甘い所あるから、窘めつつ見極めた情報教えたんだろうよ。

 

 知り合いでもない限り真正面からスパイする奴なんて通常ならズタ袋で宙吊りものだ。その上で何をされても文句は言えない。

 その辺の情操教育も今後の課題かな。

 

 

 ただ身近な第三者からそう言う事があるって聞けただけでも収穫だ。

 疑惑が確証に変わったんだから。

 

 

 

 結論。あれは私と同じ穴の狢だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 天皇賞(春)当日

 

 

 天気は雨。バ場は不良。

 それでもやることに変わりはない。

 

 ダービー以来のG1のため、勝負服にそでを通すのも実に久し振りだ。

 この日のために採寸もし直しデザインも一新した。

 

 白基調のノースリーブドレスと、その上にドレスと一体型となるような緑基調の羽織。

 クラシック戦線の娘にも凄く似た衣装の娘もいたようだがこちとら元祖だ。

 

 それに向こうは全体が緑主体に対して、こっちは白が主体だ。

 

 

 

「どうよ、このパーフェクツ美女っぷり」

 

 

 

 後輩達に披露してるわけなんだがどうも反応が薄い。

 カーッ、美女過ぎてつれーわー。あまりにも美女美女していて反応に困ってる後輩達を見るのはつれーわー。

 

 ……おい、なんか言えよ。いや、マジでなんか行ってくれないとこっちも反応に困るんですけど。

 

 

 

「いやー、ネイチャさんもこれは驚きましたよ。本当に先輩見違えましたね」

 

「そのノリそのノリ、もっと頂戴」

 

「ホント、関心しかしなくて見惚れちゃうんですって。隣のテイオーを見てくださいよ」

 

「へっ!?

 い、いや、僕はそんな驚いていないよ。そんなに普段とか、変わら無いんじゃないかなー」

 

「へー、ほー、ふぅーん。

 何々、私ってばそんなに変わっていない?」

 

「うるさいなぁ!」

 

「ワハハー、テイオー顔真っ赤ー」

 

「ダブルジェット!」

 

 

 

 相変わらずだなー。あー落ち着く。

 少し経ったらギラギラとしたターフに降りるんだから最後に息抜き位はね。

 

 

 改めて、今回の天皇賞(春)は注目度が高い。

 出走メンバーにからもう話題には事欠かないレースになるだろう。

 

 先の阪神大賞典でさえかなり注目度が高かったのだ。

 倍以上の有力バが集まった今回のレースはその比ではない。

 

 加えて天覧競バである。明日の一面トップは待った無しだ。

 

 

 

 但し違和感を感じる事もある。

 今回の天皇賞(春)にはメジロがいないのだ。

 

 あの楯コレクターとまで言われたメジロが。況してや天覧競バと言われる今レースにその名前が見当たらないなんて。

 

 

 確かにURAの公表は本当にギリギリだったから天覧競バについては知り得ないのは止むを得ないだろうけど。

 いや、メジロなら予め情報をリークすることも可能かもしれないけどさ。

 

 ……あ、答え出たわ。『あいつ』狙いね。

 海外勢と言いメジロと言い、ホントいい根性してるわ。

 

 

 

「どうかしました?」

 

「いや、みんな燃えてるんだなーって」

 

「その筆頭が何を今さら」

 

「そうね。んじゃま、行ってくるわ。

 次会う時は新しいインテリアを持って帰って来るわ」

 

「ええ。期待しています。

 但し、ケガには十分気を付けてください」

 

 

「らじゃ。あんたらも目に焼き付けておきなさい。カノープス初のG1勝利ウマ娘の雄姿をね」

 

「ハードルが高すぎる件。でも、期待してますよ、せーんぱい♪」

 

「うん!サイドテールはすっごい速いからな!」

 

「カイチョーにも頑張って欲しいけど、まあサイドテールは同じチームだし。義理で応援してるよ」

 

 

 

 後輩どもの頭を撫で(テイオーだけチョイ強め)、ちょっとだけ。ほんのちょっとだけ薄く笑い、私はターフに向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 天気は雨、芝はびっちょり。

 タフなレースになりそうだわ。

 

 周囲を一瞥すると見慣れない海外のウマ娘が2名。

 

 

 紳士っぽそうなクールビューティーがファンブルスで、笑顔のパツキンがマーケイビュティだったはず。

 ルドルフがなんか喋ってるっぽいから情報収集でもすっべ。多分あいつ英語とか話せそうだし。

 

 

 

「ルド、何話してんの?」

 

「ふむ。とりあえず舐めた事を言われている」

 

 

 

 人は怒った時ほど笑顔になるって誰かが言ってた気がしたけど、ルドルフの笑顔はまさに模範的な笑顔だった。

 流石海外勢、煽り力もワールドクラスだ。

 

 

 

「何て?」

 

「要約すると()()()にリベンジするための調整に過ぎない。仲良しこ好しする気は無いからとっとと失せな、だそうだ」 

 

「へぇ、結構強気じゃん。

 負けた時の言い訳お疲れさんwwって話しておいて」

 

「ははは、心得た」

 

 

 

 私はニコニコしながら海外勢2人に顔を向ける。

 ルドも笑顔で話してくれた。

 

 これぞ国際交流。悪くないわね。

 

 

 この後海外勢は笑顔からのキレ芸を披露してくれた。さらっと流せない辺り精神的には隙だらけかな。

 『肩の力抜けよww』って言ってもらったらもっとキレ散らかしていた。ウケる。なお、『w』はルドが付けた模様。

 

 しかしまあこんなんでも肩書だけは半端無ぇのよね。

 日本のレースに馴染めばそれなりに善戦すると思うの。

 

 彼女らには宝塚であいつを苦しめてくれる事を期待しよう。ガンバレー。

 

 

 

「まーた先輩は面白そうな事をしているな」

 

「ナリブじゃん。今日はオラ付いてこないの?」

 

「無駄な労力を割きたくないんでね。タフなレースになりそうだしな」

 

「言えてる。で、何か気になる事でもあった?ちなみに海外勢はチョロそうだったわ」

 

「そうだな。気になることがあり過ぎて収拾が着かないが、しでかすなら()()()だ」

 

「あんたはそういう読みなんだ。その言い方で言うなら私は()()()()だと思うわ」

 

「そうか。参考にさせてもらう。ちなみに注目してるのはあんただよ」

 

「何よ、しっかりオラ付いてくるじゃない」

 

 

 

 私に注目している辺り特に分かっているわね。

 しかしまあ()()()ねぇ。

 

 ちらっと流して見るといやぁ、あいつ凄い目でこっちを見ているわ。

 思わず手を振って茶化そうと思ったんだけど、勝負服と相まってより殺気が際立って見えるからマジで差してきそうだから止めた。

 

 どうも私を誰かとダブらせてみている節があるのよね。

 あれね、きっと相当憎たらしい相手に違いないわ。

 

 

 そう結論付け、また辺りを見回したら赤い勝負服の長身が私に声を掛けてきた。

 こいつは確か

 

 

 

「おう、サイドテール」

 

「ゴールドシップね。こうして面と向かって話すのはダービー前以来かしら。後、サイドテイルよ。伸ばし棒はいらない」

 

「まあな。あたしはあんたの事をそれなりに知っているけどな。レース前に部室に来たんだっけか」

 

「ええ。結局あんたの後輩の現場に遭遇しちゃって、あんたどころじゃ無くなっちゃったけど」

 

「あの後スズカはもちろん、他の後輩達も怒りマックスで大変だったんだぜ。うちは喧嘩っ早い奴が多いからな。

 ちなみに筆頭はあたし」

 

 

 

 ゴルシと言えば学園内でも寄行種かつ歩くパルプンテとし有名だったはずだけど、普通に会話が成り立っている。

 おかしい、なんか調子でも悪いのかな。

 

 

 

「あんたってそんな普通に話す奴だったっけ?」

 

「そりゃおめー、ゴルシちゃんだってガチる時はあるさ。どうもお前が出る時はガチで走っとかねーと()()()()気がしてよー。

 ゴルシちゃんにそこまで言わせるんだから、すげぇ事だぜ」

 

 

 

 あー本能的に警戒してきてくれている訳ね。

 少なくとも、私を前にしたコイツにふざけた様子は一切見られない。

 

 あーヤダヤダ。これだから同期は隙を見せてくれない。

 さっきの海外組が可愛く思えてくるわ。

 

 

 

「あら、同窓会でも始めているのかしら?」

 

「あん?ってシービーパイセンですか。ルドが楽しそうに国際交流してますけど、そっちいかなくてもいいんですか?」

 

「あの娘は優秀だからね。問題無いわ。

 というよりあなたが嗾けたんじゃないの」

 

「豪州語と英国語って難しくて」

 

「両方英語じゃないのよ」

 

「英語って難しくて」

 

「……ルドやマルゼンから聞いてはいたけど、中々いい性格してるわね。

 まさかゴールドシップがまともに見える日が来るなんてね」

 

「なぁ、ゴルシちゃんを比較に出して乏しめるの止めてくんない?」

 

 

 

 「はぁ」と深いため息をついてから、改め直してパイセンが私を見定める。

 流石三冠ウマ娘と言ったところか。それなりに雰囲気を持っている。

 

 私とゴルシも『やんのか、オラ』的な感じで改めてメンチを切り直す。

 これ、あれだ。チンピラの絡み方だ。

 

 どうにも締まん無いわね。

 

 

 

「なあ、これチンピラの絡み方じゃ無ぇかよ。ゴルシちゃん、今日はマジでガチなんだけど。

 おふざけするつもりあんまし無いんだけど」

 

「言わないで。私だってボケてるつもりは無いわよ」

 

「あはは。君達の世代は本当に愉快な世代ね。ルドもマルゼンもそりゃあ丸くなるよ」

 

 

 

 何か楽しそうに笑って先輩風吹かせながらゲートに向かって行った。

 ゴルシと私は居た堪れない雰囲気に包まれた。

 

 

 

「おう、サイド=チンピラ=テール。とりあえず負けるつもりは無ぇからな」

 

「私もよ」

 

 

 

 もっかいがんの飛ばし合い。

 ……と思ったらゴルシまで急に笑顔を浮かべてきた。

 

 

 

「でもって、最高にかっけぇレースを見せつけてやろうぜ」

 

 

 

 誰にとは言わない。

 私もゴルシもきっといろいろな奴を浮かべていると思うけど、共通するのは()()()が含まれていると言う事。

 

 「ええ」と私が言ったところでゴルシもゲートに向かって行った。

 

 

 

 

 タマモクロスを筆頭にスーパークリーク、イナリワン、ハヤヒデらもすでにゲートに向かっていたため、私も足早にゲートに向かった。

 

 途中、ライスにも接近したが阪神でのレース前以上に洗練された殺気を感じたため、終ぞライスに話し掛けることはできなかった。

 マルゼンの様子も詳細までは確認する事ができなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

--天皇賞(春)

京都 11R 芝(右)3,200m 不良 15人

 

 

『春の陽気真っ只中と言えるここ京都競バ場ですが、今日は生憎の天気。

 ですが近年稀にみる強豪達が揃い話題に上がったのは皆さんの記憶に新しいと思います。

 

 

 さて、今年はウマ娘達による競争が始まって〇〇〇年という記念すべき年。

 これを祈念しまして、レースの代名詞ともいえる天皇陛下御夫婦に本日はご臨席賜りました。

 

 

 パドックではいつも以上に気合の入ったウマ娘達が自慢の一張羅を纏い己の存在感をアピールしており、並々ならぬ決意でこのレースに臨んでいる事が一目で分かりました。

 

 

 

 また、海外からも2人の参加者が来日されているわけですが、この2人も凄い。

 

 1人はオーストラリアから。豪州最強と名高いマーケイビュティ。

 もう1人はイギリスより。マイル、中距離で圧倒的強さを誇るファンブルス。

 

 共通することは2人とも『リベンジ』しに来たと言う事だそうです。

 宝塚記念にも出走を予定してると言う事ですので、つまりはそういう事でしょう。

 

 

 

 

 それでは、この記念すべき大会に出走が叶ったウマ娘達をご紹介いたします。

 

 

 1枠 1番 ゴールドシップ

 

 2枠 2番 マルゼンスキー 

  

 2枠 3番 ライスシャワー  

 

 3枠 4番 ナリタブライアン

  

 3枠 5番 スーパークリーク 

 

 4枠 6番 ファンブルス(外)

 

 4枠 7番 イナリワン    

 

 5枠 8番 タマモクロス   

 

 5枠 9番 ミスターシービー   

 

 6枠10番 マーケイビュティ(外)

 

 6枠11番 ビワハヤヒデ

 

 …… 

 

 7枠13番 サイドテイル   

 

 ……

 

 8枠15番 シンボリルドルフ 

 

 

 以上の15名です。さあ、雨中の京都にファンファーレが響き渡ります!』

 

 

 

 

 

 雨音交じりのファンファーレが鳴り響く。

 信じるのは積み重ねてきた練習の成果のみ。

 3,200m先にあるゴールを1番に駆け抜けるだけ。

 

 さあ、行って見ようか。

 

 

 

『さあ、各ウマ娘ゲート完了。……スタートしました。

 

 いち早く先頭に躍り出たのは6番ファンブルスと2番マルゼンスキー。世界の一線級に日本のウマ娘が喰らい着きます。

 

 次いで3位集団に10番マーケイビュティ、15番シンボリルドルフ、11番ビワハヤヒデ、5番スーパークリーク、……と続く。

 

 更に2バ身離れてサイドテイルはこの位置。その後ろに3番ライスシャワーがぴったり張り着く。

 

 そこから3バ身離れて7番イナリワン、その後ろに8番タマモクロス、ナリタブライアンと続く。

 2バ身離れて1番ゴールドシップと最後尾に9番ミスターシービー』

 

 

 

 想定していたケースで最もオーソドックスな滑り出し。

 各々得意とする位置で長距離に臨もうと言ったところと想定。

 

 動きがあるとしたら『淀の坂』からだが、オーソドックスな滑り出しのため掛かって突っ込む輩はいないと予想。

 仮に動きがあれば何か計算があるものと当たりを付ける。

 

 そして以外にも海外勢も落ち着いている。

 正直こいつらの暴走には期待していたが、そこまでバ鹿じゃないようだ。残念。

 

 ともすれば如何なく世界レベルの走りを見せてくれると言う事である。

 ただそれはここ()()じゃすでに見慣れた風景。

 

 何度となくあいつ目当ての挑戦者が辿ってきた道でもある。

 

 

 

『さあ間もなく坂を迎えると言ったところ。先頭ファンブルスは変わらず力強いストライドで

 マルゼンスキーとの差を徐々に広げている。そのまま第3、4コーナーに入ります。

 

 次いで3位集団もそれを追い駆ける。

 サイドテイルはその後方、ライスシャワーも定位置と言ったところ。

 

 イナリワン、タマモクロス、ゴールドシップ、ナリタブライアン、そして最後方はミスターシービー。

 

 先頭は間もなく坂を下り終え、スタンド前直線に入ります』

 

 

 

 下りを利用してルドルフらの集団に付ける。その間ライスもピッタリ私をマークしている。

 並のウマ娘ならプレッシャー負けしているところだろうが、私相手じゃそれこそ『こうかがないみたいだ』だよ。

 

 懸念はどこで私を差し込むのか。

 多分私が一番嫌がる時にコイツは差してくると思う。

 だからこそ隙を見せたく無い。プレッシャー負け何て愚の骨頂だ。

 

 

 前方では海外勢②のマーケイビュティが頑張っている。

 ルド始め、他の知性派連中と駆け引き何て最高に脳みそが疲れるからあまりお勧めはしないわ。

 

 奴らは日本トップクラスに駆け引きが上手いウマ娘。加えて中央で()()()に揉まれてきた真正の変態。

 世界の一線級程度で怯む奴でもないと言う事である。

 

 やるなら一気呵成。

 気取られる前に置き去りにするが吉。

 

 

 仕掛け所はスタンド正面に入ったら、歓声のテンションに合わせて『掛った振りで』煽らせてもらうわよ。

 

 

 

 

『さあ各ウマ娘、続々とスタンド前を通過していきます。

 先頭は依然としてファンブルす、次いで5バ身離れてマルゼンスキー。

 

 後続は阪神の覇者、サイドテイルが歓声に呼応してペースを上げてきた。ライスシャワーも淡々と着いてきます。

 マーケイビュティら3位集団もペースが上がってきました』

 

 

 

 阪神ではここから力で捩じ伏せた、という実績が私にはある。

 それを懸念してか、知性派連中はすぐに対応してきた。

 その辺の判断は流石だわ。

 

 修正。

 勝負はスタンドを抜けた後のコーナーから『いや、ライスだ!ライスシャワーが出し抜いた!!』

 

 

 

 

 

 ほんっっっとに嫌なとこで!

 前集団が私に対応して、私が勝負所を定めたところを見計らってコイツは差してきやがった。

 

 

 立て直せ!レースが動く!!

 

 

 

『ここで最後続の集団も続々とペースを上げてきました。そのまま前集団に乗り込む勢いです。

 さあ雨の京都競バ場。天候さながらにレースの空模様も荒れて参りました。

 

 集団を抜けたライスシャワーがそのままマルゼンスキーを……抜いてく!マルゼンはそれを追わない!

 まだ勝負所では無いと見たのでしょうか。それともライスシャワーが掛かり気味なのか。

 

 そのまま先頭に進みます。ファンブルスも来たのがマルゼンでは無くライスシャワーで驚愕の表情。

 そのままライスが置き去りに、しない、させない!

 

 叩き合う!世界の一線級にライスシャワーが喰らい着く!』

 

 

 

 ライスの雰囲気は私を追い抜く瞬間から尋常じゃ無い程に膨れ上がっていた。

 埒外からあの雰囲気を叩きつけられたら私だって刺激される。

 

 つまるところ、ファンブルスに喰らい付いているわけでは無く、ライスシャワーが圧倒している。

 

 

 

『抜けた!第二コーナーに入ってライスが抜けた!世界の壁を抉じ開けた!

 そのまま向う正面の直線に入ります!

 

 後方からはマルゼンスキー。ライスを追い、ファンブルスを一蹴!後輩には負けてられない!!』

 

 

 

 マルゼンスキーもライスを追う。

 はっきり言ってこのペースはヤバい。

 

 今のままちんたら走ってたんじゃ取り返しがつかなくなる。

 

 

 

 打ち合わせの時、私はマルゼンスキーを同じ穴の狢と評した。

 すなわち、破滅的な走りを躊躇わない類のウマ娘だと当たりを付けていたのである。

 

 が、ふたを開けてみるとライスも該当していたという結果。

 ナリブ、あんたの目に狂いは無かったよ。

 

 

 きっと理性派には理解できない走りだろう。

 絶対にゴール前でバテる。そう思わせる位狂ったペースなのだから。普通なら。

 

 

 

 

 でもね、理性派ども。()()()は普通じゃないんだ。

 破滅的なスピードが当たり前。今でいうこのスピードで走り切る事があいつに挑む最低限の条件。

 

 

 結論。あいつとタメを張りたいのなら、非常識を常識と知れ。

 

 

 

『ライスが逃げ、追うマルゼンスキー。

 後方からはシンボリルドルフを筆頭に集団が必死に追いかける。

 ファンブルス、マーケイビュティらもこの位置。

 最後方からはミスターシービーらも追い上げて来た。

 

 

 先頭ライスは物凄いハイペース。続くマルゼンスキーも驚愕のスピード。とても雨中の走りとは思えません。

 

 中団ではシンボリルドルフ、サイドテイルら同世代がデッドヒート。クリーク、ハヤヒデ、ファンブルス、

 マーケイビュティらもトップギアまで上げていく。集団はまだ集団を形成したまま。

 

 

 いや、サイドテイルだ!向う正面も半ば、サイドテイルが外から仕掛けた!!

 そうはさせまいとシンボリルドルフも内から対応!

 

 外から、内から、同世代の2人が叩き合う!』

 

 

 

 流石、よく研究している。

 ここで私の独走を許さない当たり本当に勘が鋭い。

 隙あらば抜け出すつもりだったんだよね。

 

 私に対してここまで必死になってくれて嬉しいよ、ルドルフ。

 

 

 

『最後方からの追い込み集団がいよいよ合流してきました。

 さあレースもいよいよ大詰め。二度目の坂を迎えます。

 

 先頭ライス、続くマルゼンは変わりません。

 これはもう暴走じゃない。独走態勢か。

 

 次いで後方集団が一気に前を飲み込みレースはもはや大混戦。どのウマ娘も泥化粧をめかし込んでいます。

 

 集団はこのまま叩き合いをしているシンボリルドルフとサイドテイルまで一気に迫る!』

 

 

 

 だから、もう一段階上げる。

 

 

 

『サイドテイルが更に加速。後方に影を踏ませない。シンボリルドルフも即座に対応。

 クリーク、ハヤヒデモ、海外勢も必死に縋り付くが、縮まらない!ついに差ができ始めた!

 

 対応できているのはタマモクロス、ナリタブライアン、ミスターシービー、ゴールドシップ。

 

 ここで先頭ライスシャワーはいよいよ三、四コーナー下りに入ります。

 続くマルゼンスキーは縮まらない差にもどかしそうだ』

 

 

 

 

 走っても走っても、今にも喰わんとして叩き続けるルドルフ。

 『不屈の皇帝』の名は伊達じゃない。圧力もかなりしんどい。

 

 後ろからの圧も凄い。

 タマモとナリブは分かるけど、それ以上にヤバいのが2人いる。多分ゴルシとシービーパイセンか

 

 すでに阪神で発揮した力を費やし続けている訳だが、依然として前方との差は埋まらず、後方から追い上げられている状態。

 なるほど。これが()()()に挑み続けてきた奴らの本気ってわけね。御見それしたわ。

 

 

 

 ここに来て内側にいるルドルフの圧力がいよいよ最高潮の上がり調子となった。

 このままいったら下りで捲られるだろうと私は容易に思い至った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

--このまま行ったらだけど

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ここから先は狂った世界。

 あいつとタメを張るために身に付けた私のとっておき。

 

 

 通常、上がらないギアを無理やり上げる走り方。

 阪神でタマモが追い上げて来た時に一瞬だけ入れたギア。

 

 

 

『サイドテイル! サイドテイルだ!!

 翔んだ、妖精が飛んだ!!』

 

 

 

 数舜前の自分を、目の前のルドルフを超えろ。

 

 

 

『驚異の末脚!シンボリルドルフを置き去りにして下る!』

 

 

 

 頭がグワングワンする。

 当然だ、ここまでタフなレースをした上で無茶な走りをしてるんだから。

 

 そうでしょ、マルゼンスキー?

 

 

 

『そのまま、そのままマルゼンスキーを外から捉えた、捉えた!!

 マルゼンスキーも応答、叩き合う!!』

 

 

 

 ルドルフは強かった。きっとあのまま走ってればゴルシやナリブともタメを張るレースになったと思う。

 

 

 

『譲らない!! 両者共に譲らない!!

 先頭ライスは目前だ!!』

 

 

 

 

 でもね、あいつらはいい子ちゃん過ぎるから。

 私らみたいに枷を外せ無い。

 だから理性派。

 

 

 後先考えず。いや、後先すらも今に費やして走るのが私達。

 身体は軋み、嫌な音が鳴り続けている。

 

 マルゼン、分かるよ。

 今のあんたも私と同じように身体が歪んでいるもの。

 

 練習ではほとんど姿を現さなかった。

 同僚のルドルフですら確信に至らなかった。

 きっとあいつに挑むまでその力は見せるつもりは無かったって事でしょ。

 

 

 でもライスと言う誤算が生じた。

 

 

 凄いわよねこの子。あれだけ走れているのに身体が歪んでいる様子が一切見られないもの。

 あいつと同じ位相当フィジカルに恵まれている。

 何より、()()()()()()()()()()だ。良く仕込まれていること。

 

 阪神では未覚醒だったってのに伸び代が恐ろし過ぎる。

 心底羨ましい。

 

 

 身を以てライスのポテンシャルを体感しているのは私とあんたぐらいよ。

 きっと近い内に、世間はコイツの凄さを知る事になるわ。

 

 

『ナリタブライアンは、追い付けない。

 

 タマモクロス、ミスターシービーが外から、内からシンボリルドルフに仕掛けるが、行かせない!

 間髪入れずゴールドシップが更に外から捲った!しかし先頭の3人には及ばないか!?』

 

 

 

 でもね、それは今じゃない。

 もうちょっと先の未来よ。

 

 だって今日のところは私が抑えるもの。

 

 

 

 ……もうニ、三段階ってところかな。

 

 

 

 感覚が更に研ぎ澄まされる。身体の痛みはもう気にならない。

 

 

 限界の

 限界の

 限界の先に、行きつく果ては未だ見えず。

 

 

 今のこれはまだ未完成だけど、名前を付けるならそうね。

 狂気の戦闘機の文字を弄って『追駆突交』ってところかしら。

 

 本来ならあいつと走る時に完成するもの。

 だけど、あんた達も相当狂っているから出し惜しみは無し。

 

 

 

『サイドテイルが翔ぶ!サイドテイルが翔ぶ!

 マルゼンスキー対応、できない!!

 

 サイドテイル、そのままライスシャワーに並んだ!!!

 ライスシャワーが鬼気迫る様子で差し返します!!

 

 何という叩き合いだ!これが3,000mを走ったウマ娘の走りなのか!!』

 

 

 

 もし、あんたの身体に鬼が宿っているんだとしたら。

 今日の私には大和魂が乗っている。

 

 つまるところ、鬼に負ける道理はないって事よ。

 

 

 

『サイドテイルか!?ライスシャワーか!?

 サイドテイルか!?ライスシャワーか!?

 

 ……サイドだ!!サイドだ!最後はサイドテールっっっ!!!

 阪神で魅せた妖精は今日も健在だった!!!』

 

 

 

 

 ゴールを駆け抜けて徐々にスピードを落とし、コースを外れて大の字に倒れ込む。

 呆然として天を仰ぐと、見えるのは当然曇天。雨が容赦なく私を濡らし、身体に浸み込んでくる。

 

 

 

 勝った。ギリギリのレースだった。

 浸み込んでくるのは雨だけではなく勝利の余韻も。

 

 ふふふっと力なく笑い横を向くと、チラとピンクの花弁が一枚だけ、ターフに散っているのが見えた。

 

 

 

「んふふ。ここが散り処では無くてよ」

 

 

 

 誰にもともなく、一人言ちた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ほら、サイドテール」

 

「サイドテイルよ」

 

 

 

 マルゼンから差し伸ばされた手を掴む。

 

 

 

「あなた、本当に強くなったわね」

 

「……きっかけはあんたよ。あの模擬レースから私は始まったの」

 

「そう」

 

 

 

 ふらっとしながらも今回はしっかり立ち上がる。

 

 

 

 

「マルゼン、あんた相当無茶したでしょ」

 

「ふふ、()()()()()

 

「ったく。あんたみたいな怪物が無茶しちゃったら、私の出る瀬が無いでしょうな」

 

「でも負けたわ。今の私にはあそこまで踏み込む事はできないもの」

 

「そりゃそうよ。年季が違う。でもお陰様で身体ががったがたよ。

 で、ほら、あそこのナチュラルモンスターを見て見なさいな。あっちの若いのは身体を痛めている様子なんて全く見えないから。全く以て羨ましい」

 

 

 

 ナチュラルモンスターことライスシャワーは毅然とした様子でこちらに目を向けていた。

 レース前ほどピリピリした様子では無いから、多分色々と折り合いはついたものと推測する。

 

 私と視線が交錯すると、一礼だけしてターフを去っていった。

 どう言った心境の変化か知らないが、引き続き警戒するに越したことは無い。

 あいつはまだまだ強くなる。

 

 

 

「だー、負けた負けた!!

 おい、サイドテール!! 次は負けねーぞ!!」

 

 

 

 次いで、ゴルシも同様に去っていった。何故かナリブを引きずって。

 「待てよー、ライスー」なんて追いかけながら去って行ったから、ライスも絡まれる事待った無しだわ。

 

 

 

「身体が頑丈な連中が羨ましいわ。当分私は療養かな」

 

「ふふ。ひょっとしてギャグで言ってる?」

 

 

 

 言って見ただけである。元より鵜吞みにするとは思ってない。

 「じゃ、バイビー」なんて飄々とした様子でマルゼンも去って行った。

 

 

 

 さて、ぼちぼち私もと思った頃合い。騒がしい連中がやって来た。

 

 

 言わずと知れた、私の後輩達(ミニ)である。

 テイオー、ターボ、そしてネイチャ(恥ずかしそうにして)が雨で泥濘るんでいるにも関わらず、私に向かってダイブしてきた。

 

「わぷっ」と間抜けな声を出して、後輩達に揉みくちゃにされたわけだが、まあ今回はされるがままにしておこう。

 

 

 

 

--天皇賞(春)

京都 11R 芝(右)3,200m 不良 15人

 

1着 サイドテイル

2着 ライスシャワー  アタマ

3着 マルゼンスキー  ハナ

4着 ゴールドシップ  2バ身

5着 シンボリルドルフ 1バ身

 

 

 

 

 

 

 

 




京都競バ場は熱気に包まれていた。

 名だたるウマ娘が集まり、誰が勝ってもおかしくないとされたこのレース。
 下バ評以上の盛り上がり。昨今のトゥインクルシリーズの低迷具合を払拭するようなものとなった。


 激闘に次ぐ激闘
 叩き合いの応酬

 
 ターフ上の彼女らの誰もが泥化粧を施しており、その死闘の激しさを物語っているようだった。
 

 特に終盤。
 二度目の下りからのサイドテイルの飛翔は観る者を熱くさせた。

 同世代のルドルフを千切り、マルゼンを呑み、ライスを平らげた。
 タイムも雨中とは思えない程の好タイムであり、良バ場だったらと思わせるような走りであった。



「白の勝負服、に泥が良く映えます事」

「ん、ありがと」



 トレセン学園の元理事長から楯の誉が手渡される。
 
 サイドテイル。
 妖精の名を冠する彼女もまた、皆と平等に泥だらけであった。



「陛下御夫妻もあなたの走りにご満悦そうでしたよ。
 『この歳になってここまで熱く突き動かされることがあるなんて』と」

「最高にかっこいいレースだったでしょう。次の私のレースももっと熱くなるわよ」

「それは楽しみです。
 私としても、あなたが今日この日にこれだけの成長を見せてくれた事をとても嬉しく思います。

 ただ同時に、悲しくもあります」

「なぜかしら」

「……失礼。目出度い席で話す事ではありませんでした。
 しかし漸く、晴れ間が見えかけて来たと、勝手ながらに思います」

「晴れ間?……あ、ホントだ」





 どんな話をしているかまでは聞き取れなかったが、とても穏やかなやり取りだと思われる。
 降っていた雨がついぞ止み、雲の切れ間から光が差し込む。

 『そういう事では無いんですがね』と、元理事長の呟きに訝しみながらも、眩しそうに晴れ間を眺める彼女は今日一番で美しく見えた。



--パシャリ



 レースの事、彼女の事、そして最強のウマ娘の事。
 思うところ、聞きたい事は色々あるけれど、このワンカットを抑える事ができたのが何よりも収穫だった。



--とある記者の回想より


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8話

--不屈の皇帝と呼ばれたウマ娘の視点

 

 

 

「負けたか」

 

 

 

 完敗だった。

 特に最後の下りに入ってからは先頭の3人には追い着けるビジョンが浮かばなかった。

 言うなればどこか違う感覚で走っている。そんな様相。

 サイドテイルが抜け出した時に強く実感した。

 

 何かが違う、と。

 

 

 互いに全力だったはずだ。あそこまで切羽詰まった表情だったのだから。

 演技などできる余地はない。

 

 ともすれば、あそこからの伸びは何を原動力としたものなのか。

 もしくはそれが私に足りないものなのか。答えは依然として分からないままである。

 

 

 

「だからどうした」

 

 

 

 今更その程度の事で折れる理由とはならない。

 慣れることは無いが幾度となく辛酸を舐めてきたのだ。精神的に参る要素でも何でもない。

 

 仮にお前達がどんなに力を着けようが、私はその力を上回るような練習を重ねるだけである。

 

 

 忘れるな。

 私はあいつから多くの敗戦を経て今の実力築き上げてきた。

 誰よりも負け続けて立ち上がって来た自負がある。

 この程度の障害で折れる程、軟なトレーニングを積んだ覚えはない。

 

 

 今回も敗れこそした。

 しかしながら、あいつに対抗し得る力の片鱗を見せてもらった。

 なればそれすらも飲み込んで己の糧とするまで。

 

 自身の弱さに屈することは無い。

 自身の可能性を信じる。

 

 栄光を掴み取るまで、私は決して諦めない。

  

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

--スーパーカーと呼ばれているウマ娘の視点

 

 

 

 私にとって誤算だったのはライスちゃんの存在と、彼女の存在。

 リミットを振り切ったような走りをするのは私だけでは無かったのだ。

 

 

 そもそも私がこの走りに手を出したのは今年から。

 彼女が見せた阪神での急加速に目を付けた事がきっかけだった。

 

 

 あのレースを直接見ていたから分かる。

 最後のタマモクロスちゃんを千切った加速は、真っ当に鍛えて身に付く物では無いと言う事に。

 

 何せあの加速は、ダービーで味わったあいつの走りにそっくりだったのだから。

 

 

 すぐにお花ちゃんに連絡を取ってあの走りをものにしたいと相談したけど、案の定難色を示した。

 そもそも掛かる負担が大きすぎる。況してや私のように癖のあるフォームだと尚更だ、と。

 

 

 しかし、私に取ってもようやく見えた光明だったから、がっつり食い下がった。

 それこそこの事を『ルドルフに告げるわよ』と半ば脅すようにして。

 その時の花ちゃんと来たら、プっつーんして大分お怒りの様子だったわ。

 私だけではなくルドルフにも危険な練習を勧めようとしていたのだから、それは怒るのも当然よね。

 

 

 結局、腹を括った私の様子に『本当にあなた達の世代は……』と最後は折れてくれたけど。

 

 

 そこからはお花ちゃん全面監督の下、秘密裏に練習を見てもらった。

 どうにも身体のマネジメントが相当困難らしく、多分彼女は相当な無茶をしているんだと言う事も併せて理解させられた。

 

『選手生命を危機に晒すような練習を見せる事は容認できない』と、お花ちゃんとしては今でも不本意らしい。

 これ以上私のような大バカ者を増やさないためにも、ルドルフを始めチームの皆には絶対にバレないよう今も細心の注意を払って練習に臨んでいる。

 

 

 しかし、それでいて尚、天皇賞はライスちゃんと彼女には届かなかった。

 

 

 きっと2人は更に先へと足を踏み込んでいる。

 特に彼女の方は、相当な無理をしていると思われる。

 

 

 彼女も言っていたけど、本当ライスちゃんが羨ましい。あの娘の走りに無理は見られ無かったもの。

 小さな身体とは裏腹に最高のフィジカルを持った、ああいうのを本物の『怪物』と言うのね。

 

 

 

 そしてそのずっと延長上の先にいるのがあいつ。

 お花ちゃんが言っていたっけ。

 

 『あれのフィジカルは『怪物』と評する事すら生温い。『バグ』そのものよ』って。

 

 

 一体全体、どうしてあなたは『バグ』ったのかしら。

 ……そう言えばゴールドシップも同じように表現していたわね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

--シャドーロールのウマ娘の視点

 

 

 

 クソッ!何が三冠ウマ娘だ!!

 何が渇きを満たして欲しいだ!

 

 そんな上からものを言えるほど、私は強くなんて無い。

 

 

 

「よう、後輩。くっそほどに惨敗だったな」

 

「ゴールドシップか。先輩、今の私は虫の居所が悪いんだ。その喧嘩、すぐにでも買うぞ」

 

「じゃ、遠慮なく」

 

 

 

 突然絡んで来た先輩--ゴールドシップに私はオラ着くも、躊躇いなく放たれたゴールドシップの一撃をもらう。

 

 ま、マジか。

 いきなり腹パンとかこいつ頭がおかし過ぎる。

 

 うずくまった私の首根っこを文字通り引き摺りながら、どこかに連れて行かれた。

 

 

 クソが。レースでも負けて吹っ掛けた喧嘩でもあっさりやられて……ああ、ったく、何をやってんだ私は。

 カッとなっていた頭が急激に冷めていく。少しだけ冷静さを取り戻す。

 

 

 

 

「おら、落ち着いたなら手前で歩け」

 

「っち。いきなり喧嘩吹っ掛けたのは悪かったよ」 

 

 

 

 虫の居所が悪いと言え外聞がよろしくなかった。そこは謝る。

 何より相手が悪すぎた。ゴールドシップなんてトップクラスに喧嘩を吹っ掛けてはいけない奴だろう。

 吹っ掛けた報復に、何をされるか想像すらつかない。

 

 ここまで片手で私を引き摺る力だけ見ても、物理的に喧嘩を売ってはいけないと言う事が十分分かる。

 

 

 

「で、目的は」

 

「コメ」

 

「なんだ、飯でも一緒に食べようって……ライスシャワーの控室じゃないか」

 

 

 

 結局着いた先はライスシャワーの控室。

 『コメってライスの事か』と言うツッコミを飲み込んでその部屋に入ると、当然ライスシャワーがいるわけで、しかしゴールドシップは特に気にした様子もなく切り出した。

 

 

 

「よう、2着。同期のあれは強かったか?」

 

「……突然何ですか、ゴールドシップさん。と、ブライアンさん」

 

「私は巻き込まれ事故だ」

 

 

 

 怪訝そうな表情でゴールドシップと私を見るライスシャワー。

 あまり絡みが無い奴が突然やって来たらそれは驚くだろう。

 

 それでもゴールドシップから何か感じ取ったのか、無理やり追い出そうとすることはしなかった。

 

 と言うかライスのトレーナーも特に動じた様子が見られない。

 ライスもチラとトレーナーを覗き見ていたようで、動じない様子を察してか仕方なくと言った表情で口を開き始めた。

 

 

 

「……正直ライスにとってサイドテイルさんは最後まで目障りでした。それこそ、最後のひと伸びまで」

 

「にしてはすっきりした表情してんじゃん」

 

「ある程度私の因縁は飲み込めましたから。結局、よそ見してる暇なんて無いって折り合いが着いたので」

 

「そっか。そんなお前に朗報だ。私らと『チーム』を作らないか?」

 

 

 

 は?『チーム』?私らと?

 私の頭は再度混乱した。

 

 

 

「どういう事です?」

 

「シンプルに。今日はいない、同期のあいつをぶっ倒すための練習を行うことを目的とした、チームを作らないかってこと」

 

「チーム間で共同という形を取っても良いのでは。わざわざチームにする意図が見えません」

 

「所属チーム員各々が効率よく練習をする事が目的。特に、無茶な練習も通せるようにするためのな。

 現在のチームでは容認されないような練習も行えるようにする。

 

 但し、所属する奴には皆現チームのトレーナーから承諾をもらって移籍してもらう」

 

「……チームの責任者は」

 

「私だよ」

 

 

 

 驚いた表情でライスシャワーは自身のトレーナーを見ていた。

 今の話を聞いていると

 

 1あいつを倒すことを目的とした練習をするチームを作る

 2そこでは多少無茶な練習もできる。但し移籍はチームTから承諾を得てないとダメ。

 3責任者はライスシャワーのT

 

 という事が分かった。

 そしてライスシャワーのTはその事をすでに容認していると言う事も。

 

 

 

「メリットがあるから受けたんだよ。

 君たちの前で言う事では無いと思うが、来てくれるウマ娘達の走りをライス君に反映させることができる。

 これが私たち陣営が受けられる最大のメリットだ。

 私としては責任を追及された所で失うものなどあまり無いからね。

 

 例えば今来てるゴールドシップ君とナリタブライアン君の走りを練習段階から間近で見せてもらう事ができる。

 それだけでも私にとっては十分のメリットだよ」

 

「トレーナーさん。私が、容認するとでも」

 

「するさ」

 

 

 

 しばしの睨み合い。

 沈黙が控室内に走る。

 

 私としては当然答えが出ていたし、ライスシャワーの結論も結局は分かり切ったものだった。

 

 

 

「トレーナーさんはずるいです」

 

「すまないね。確実にライス君が断らない方向で行こうと思ってね」

 

 

 

 トレーナーに根回しを済ませた段階で決まっていたのだ。

 

 

 

 

「と言うわけだブライアン。お前も参加でいいな」

 

「いいだろう、踊らされてやる。但しあいつを倒すのは私だぞ」

 

「そんなもん、早い者勝ちに決まってるじゃねーか」

 

 

 

 果たしてこいつは何手先を読んでチーム設立について動き出したのか。

 改めて先輩の代の執念深さを思い知った。

 

 恐らく、他のメンバーにもある程度目星は着けているのだろう。

 

 

 

「一応補足で説明しておくぞ。チームを作ると言ったが、

 合わなかったら抜けてもらって構わないし、無茶な練習だって強要しない。

 

 活動期間は先ずは年内いっぱいを想定している。当然、有馬を意識しての事だ

 だから所属Tとは喧嘩別れでは無く、つまり戻る事もあり得ること等を良く説得して移籍は検討するようにな。

 

 最後にチーム名だが--」

 

 

 

--チーム名は『シリウス』

 光り輝けるかそのまま焼け焦げちまうかは、各自自己責任でお願いするぜ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

--過去の夢を見た小さなウマ娘の視点

 

 

 

 あの人を追い抜いた時、ブルボンさんの幻想に打ち勝ったと思った。

 あの人に最後競り負けた時、あり得たかもしれない未来を夢想した。

 

 

 

 ブルボンさんがケガを負わずトレセン学園に入園して、世代の強豪と鎬を削って、順当に成長して、今日この日を迎えたとしていたら……そんな風に思えたレースだった。

 

 

 札幌で相まみえた時。

 あの背中に追い着いたと思ったら最後のひと伸びを見せられた。

 

 

 今日の一週目のスタンド前の直線は、あの日のレースを思い起こすものだった。

 だからなのか、私はあの人が仕掛けるタイミングが手に取るように分かったのだ。

 

 <直線抜けて、コーナ直前で来るよ>

 

 ここでライスは、あの日の背中を追い越すことができた。

 これで終わりだと思った。

 

 

 

 二週目の直線では、あの人が追い駆けて来るのが分かった。

 

 <来てる、来てるよ!>

 

 ああ、私はまだ、夢の続きを見ているんだ。

 そうだよね。ブルボンさんもきっと、負けっぱなしってわけにはいかなかったと思うの。

 

 <抜かれちゃう、抜かれちゃうよ!>

 

 ホント、最後は勝って締めたかったけど、やっぱりあの人は強かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 うん、だから目障り。

 ライスが勝ってればきっときれいな思い出として昇華できたのに。

 

 

 

「夢は見れたかな」

 

「はい、収まりの悪い夢でしたが」

 

「違いない」

 

 

 

 いつも以上に穏やかな口調。

 きっとトレーナーさんもライスと同じ視点でレースを見ていたんだと思う。

 でもそれもおしまい。私は本来の夢にもう一度目を向け直します。

 

 でないと、()()()()には一生追い着けませんから。

 

 

 

「さて、改めて出直そうか……お、来たかな」

 

「よう2着。同期のあれは強かったか?」

 

 

 

--ええ、夢に見るくらい、強かったです

 絶対口には出しませんけどね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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9話

--黄色いシャツの巨漢Tの視点

 

 

 

 スズカは何かを掴みつつある。

 自身の理想の走りを追い求めていたころと違い、明確に『敵』を定めて走ろうとしていることで変わったのだ。

 スぺはこの変化をあまり快く思っていないようだが、俺としては悪くない変化だと思っている。

 

 

 良くも悪くも、前までのスズカは求道者然とし過ぎていた。

 自身の最善を追究するような走りこそ、スズカのポテンシャルを最も活かせる走りだと俺自身も思っていた。

 その方向で伸ばして行くことこそ、彼女の走りを最大限輝かせるものだと。

 

 それはそれで間違っていないのだが、あいつとの邂逅がもう一つの可能性を見出してくれた。

 

 

 

 より強い闘争心の発露

 

 

 

 今までのスズカは、言わば『邪魔されたくない』と言った意味合いで、誰よりも速く走り抜けるという方針であった。

 しかしあいつがスズカを煽ったことで、スズカがブチ切れて、自身の殻を破った。

 

 余ほど自分が見ている世界を否定されたのが頭に来たのだろう。と言うか煽られた日のスズカはマジで怖かった。

 

 

 どの程度の変わりようかと言うと、リギルでの併走トレーニングを苦に感じていたレベルから、うちの部員相手に容赦無く(物理的にも精神的にも)当たりの強い併走トレーニングを行う程度に。

 

 それはもう、年下(ウオダススペ)だろうが年上(ゴルシ)だろうが関係なく。

 

 

 始めこそスズカの変わり様に面食らっていた一同だが、何やかんやでうちの連中は適応力が高く、そして喧嘩っ早い。

 直ぐに順応して逆に当たり負けしないようになり、互いにガツガツ来るようになった。

 

 その位スズカの心境に変化があったのだ。

 

 

 通常なら落ち着かせようとするものだが、如何せん当のスズカが今回は折れる気配を微塵も見せない。

 何より苦しそうな表情が見られないためこの方針で練習を続けている。

 

 この感情の上振れが自身の走りと噛み合った時が飛躍の時だと考えている。

 

 

 

 同時にそこがスタートラインでもある。

 あいつには、今までのように自身の世界に入り込むだけでは勝てない。

 

 

 仮にあいつがいない世界線だったなら。

 今までどおりスズカを自身の世界の内側で走らせれば、結果は出してくれただろう。

 しかし、あいつがいるならそうはいかない。

 

 既に数値として記録は出てしまっている。

 最低限そのタイムに近しいものを出さなければ、本番で勝てる見込みなんてあるわけがない。

 

 良くも悪くも臨時T時代、助っ人であいつのマネジメントに携わっていたものだから、渡り合うためのタイムってのは嫌でも分かってしまう。

 

 

 

 

「どれ位足りませんか?」

 

「まだまだだよ」

 

「そうですか。続けます」

 

 

 

 明確に自分よりも速い敵と言った存在。

 追われる者から追い駆ける者となったスズカの可能性は未知数だが、不安は尽きない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

--緑の耳当てをしたウマ娘の視点

 

 

 

 許さない。

 私の世界を否定したあの人を。

 

 同時に私の冷静な部分が告げている。

 

 

 

 今のままでは届かない、と

 

 

 

 なれば、今まで以上を注ぎ込む。

 

 敵意を、怒りを、衝動を。

 あらゆる感情を溶け込ませろ。

 

 無垢に楽しく走る時間はもう終わったのだ。

 

 

 

 一本走り終えるごとに自分の走りが組み変わる感覚。

 同時にタイムも伸びていく。

 

 

 

 今はまだあの人には届かないけど、必ず本番までには仕上げてやる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

--日本総大将になるかもしれないウマ娘の視点

 

 

 

「はあ、最近スズカさんが怖いなー」

 

「どうかされましたか?」

 

「スぺちゃん、元気無いデース」

 

 

 

 最近のスズカさんの具合について。私はとっても不安を感じています。

 ゴールドシップさんも一時的にチームを抜けてしまうみたいだし。

 ちょっと緩い感じの空気が漂っていた頃のスピカが懐かしく思えてきます。

 

 ……いや、最近トレセン学園に来たばかりなので、前のスピカって言ってもいピンと来ませんが。

 

 

 

「エルちゃん、グラスちゃん、聞いてください。練習中のスズカさんが最近すっっっごく怖いんです!!」

 

「スズカが?いや、それもそうですけど」

 

「スぺちゃん。スズカさんだけでなく、スピカ全体が凄く恐ろしい具合に練習をしていると思うわ。

 それこそ、スぺちゃんも含めて」

 

 

 

「へ?」と思わず間抜けな声を出してしまいました。

 確かに最近、凄く練習がキツイなーとは思っていましたが、このくらい当たり前なのでは?

 

 現に年下のスカーレットちゃんとウォッカちゃんは遠慮なくガツガツして来ますし、ゴールドシップさんなんてスズカさんをぶっ飛ばす勢いですし。

 

 

 と言うか気を抜いたら一気に持ってかれちゃいますから、私もとっても必死です!

 隙あらば一撃で仕留めんとばかりに出し抜く、って位気を張っていないと。

 

 次何時ヤれるか分かりませんからね。

 

 

 

「OH、スぺちゃんがすっかり染まってしまってますね。

 いや、マジでうすら寒いものを感じるんですが」

 

「中々に容赦が無さそうな具合に仕上がっていますね」

 

 

「私じゃなくて、スズカさんですよ!

 この際うちのチームがなんかヤバそうってのは目を瞑ります。

 

 とにかくスズカさんが群を抜いて怖いんです。

 多少の当たりは序の口ですし、容赦ないくらい置き去りにするわ、ハンデ戦では後ろから悪鬼の如く追い込んで来るわでもう大変なんですよ。

 

 練習が終われば今度は本音をぶちまけ大会で、今度は容赦なく互いに弱点を指摘するわで、安まる時間が無いんです。

 

 あ、でも自室では「スペちゃ~ん」ってお腹に顔埋めて来るから可愛い所はあるんですけどね」

 

「不満を聞いているのか惚気を聞いているのか分からないデース」

 

「そもそもスぺちゃん。私達も日本ダービーを控えている訳じゃないですか。

 スズカさんの事も重要かもしれませんが自身の事も顧みないとだめですよ(スズカさんが追い込み?)」

 

 

 

 グラスちゃんが一瞬怪訝そうな表情をしましたがすぐに取り繕い何事もなかったように振舞います。

 エルちゃんは表情が読めません。

 

 まあこの程度の情報は流しても良いとスズカさんもゴールドシップさんも言ってましたからね。

 

 

 そんな事よりもスズカさんに関する愚痴にまだまだ付き合ってほしい!

 この後も私は同期二人を相手に盛大に愚痴をこぼしました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

--怪鳥と呼ばれているウマ娘の視点

 

 

 

 あーあ、グラスってば表情に出ちゃってまだまだでーす。

 スぺちゃんにはああ言ったものの、自分だってスぺちゃん始めスズカの事だって気になってるじゃないですか。

 

 尤もスズカに拘るグラスの気持ちもわからない訳ではありませんが。

 

 

 

 

 過去、私達は揃ってスズカの後塵を拝することになりました。

 あの年のダービーを見て、日本のウマ娘のレベルを改めて確認し直そうと思って参加した大会。

 

 私達はその高い鼻をこっぴどくへし折られました。

 グラスに至ってはその大会の予選で年下のウマ娘にも敗れる始末でしたから、相当悔しがっていました(決勝できっちりリベンジを果たしましたが)

 

 スズカの影すら踏めないし、後ろからあっさりブライアンに捲られるし、年下には追い上げられるし、きれいなフォームのウマ娘の前には出れないしで、もう散々でした。

 

 

 

 だからこそ、日本のトレセン学園に入学を決めた訳でもあります。

 そしてそれは間違いでは無かったです。

 

 チームリギルでの活動は、それこそ毎日がエキサイティングです。

 マルゼンスキーは最近姿を見せませんが、いつも情熱的な先輩達が私達を可愛がってくれまーす。

 

 会長、副会長(最近就任した)を始め、名だたるウマ娘が切磋琢磨するチーム。

 

 

 

 

 そんなチームにいる私達から見ても、今のスピカは恐ろしいです。

 

『あそこまでギリギリの練習はあいつしか舵取りできない』とおはなさんにそこまで言わせるんだから驚きです。

 

 また、今でこそ目の前で延々と愚痴をこぼすスぺちゃんですが、練習中はスズカだろうがゴールドシップだろうが遠慮なく食い千切ろうとしているので、本当に同一人物なのかエルは疑問に思ってしまいます。

 

 スぺちゃんが編入してから僅かな期間しかたっていませんが、それでいて頭角を現してきているのですからやっぱりスぺちゃん、恐ろしいです。

 

 そんなスぺちゃんを皐月で差し切ったスカイに、早くから重賞を取っているキング。

 

 

 

 同期だけでこれなのだ。上の世代に目を向けたらもうキリがありません。

 やっぱり自分はこの学園に来て間違いは無かったのだと改めて思います。

 

 

 

「もう、エルちゃん聞いてます!」

 

 

 

 確かスズカが固執しているウマ娘の話でしたっけ。

 もちろん、私もグラスも知っています。

 

 

「聞いてるよスぺちゃん。スズカが気にしてるウマ娘についてでしょ」

 

「そうです!私のスズカさんを誑かすなんて、許せません!」

 

 

 

 意気込むスぺちゃんを見て、私は苦笑いをした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

--海外から短期留学中のウマ娘(豪)の視点

 

 

 

 あっちの席がうるさいね。

 でもそんなこと気にしている場合じゃない。

 

 いくら日本の権威あるレースでこっぴどくやられて恥をさらしたからといっても、私達は走らなければならない。

 と言うか日本の『宝塚』こそ私達がこちらにやって来た本命なのだ。

 

 尤もあのレースは様子見感覚で走るレースでは無かったのだが。

 惨敗した結果、思いがけない経験となったのが唯一の救いである。

 

 

 さて、そんな負け犬の私達だが、思わぬところで友誼を結ぶことができた。

 

 

 

「ふっふっふっ。あんた達にはあいつの情報を流してあげるわ。格安で」

 

「何故私まで」

 

「ルドルフがいないと言語の壁を越えられないじゃないの。

 なーに、あんたにも一枚噛ませてあげるから」

 

 

 

 日本のルドルフと、妖精を冠するウマ娘、サイドテイル。

 

 そもそも私達海外勢は日本のレースを大分舐め切っていた。

 あいつが以外はカスだと言わんばかりの態度で、何の下調べもないままエンペラーカップに出走してしまった。

 

 結果はご存じのとおりである。

 

 

 心機一転して情報収集に取り掛かるにしても、あれだけでかい態度をした私達に友好的な者は誰もおらず、私たち陣営は

手詰まりの状態となってしまっていたのだ。

 

 そんなケツに火の着いた状態の私達であったが、救いの手が差し述べてくれたのが意外なことにこの二人だった。

 

 

 

『情報を寄越してやるから、あいつを存分に追い詰めろ。ついでにあんたらの情報も寄越せ』

 

『あいつはもちろん、他のウマ娘の情報もくれてやるわ。

 

 あんたらは日本のウマ娘について知れるし、私らは貴重なモルモットとしての役割を果たしてくれる被検体が増えてくれるわけだし、

 お互いにwinwinの関係を築けるって寸法よ』

 

『ついでにあんたらの馴染のパイセンの話とか聞ければ最高ね。ブレイクルの話とか』

 

『レース前の出来事?あんなもの戦略よ、戦略。レースが終わればノーサイドよ(嫌らしい笑顔)』

 

 

 

 中々がめつい事を言ってくれるが、当然私らに断る選択肢は無い。

 その辺を含めて提案に乗ったのだ。

 

 

 

「人気投票って言っても今回の春天出走者は軒並みリタイアっぽいわね。私含めて」

 

「あれだけのレースを演じたら皆満身創痍、回復に時間を要するに決まっている。お前もそうだろう?」

 

「似たようなもんね。

 と言うか海外組二人が頑丈過ぎる。3,000超の日本の高速バ場をウォームアップとか、結果はともかくとしても方針は頭おかし過ぎるわよ」

 

「君たち二人のスケジュールがクレイジーだと」

 

 

 

 ふむ。確かにスケジュールはタイトだったかもしれない。

 何せあいつはKGⅥ&QESと凱旋門以外、走るレースが神出鬼没過ぎて中々情報が出回らない。

 今回はたまたま情報をキャッチすることができたから出走が叶ったのだ。

 

 ただ如何せん、日本という国を舐め過ぎていた。

 調整程度で勝てる程エンペラーカップは甘くは無かった。

 

 いや、本調子だとしても及ばなかったと思う。

 そう感じてしまう程のレースだったのだ。

 

 

 故に私達はもう侮ることはしない。

 あいつ以外の情報も貪欲に取り入れて戦略を練る。

 

 

 

『顔にペイントのあるやつの走りの特徴は?』

 

「ヘリオス君か。彼女は先行、逃げの性質だ」

 

「ついでにパーマーもいるでしょ。そう、お嬢様感のあるギャルっぽいの。コイツと連むと大逃げの可能性大」

 

『……猫を背負ったこいつは?』

 

「フクキタル君か。最後の差し込みが怖い娘だな」

 

「こいつにスイッチが入った時は気を付けなさい。このカルト狂い、人が変わったように走り出すから」

 

『………お腹の出てるこの葦毛は?』

 

「オグリだな。驚異的な追い込みが持ち味だよ」

 

「良い腹してるでしょ。これであんたらみたいに頑丈なフィジカルしてるんだからやってられないわ」

 

『FU〇K!! どの口でレースを無礼るな(なめるな)と言ってんだよ、ジャパニーズ!!』

 

 

 

 顔にペイントはまあ分かる。

 何ならこっちでは体に墨を入れるのだってよく見かけるから。

 

 ただ猫は何だよ!

 自らハンデ背負って走るとかどんだけ自分に厳しいんだよ!

 いや、まあそういうハンデを自分に課していると捉える事もでき無くはないからこれもまだいい。

 

 

 この葦毛だ。

 この腹、ホントに走る気あるのかよ!

 

 猫野郎が自分に厳しいんだとしたら、コイツは自分に甘過ぎだろうが!

 身体から自分への甘さが漏れ出しているぞ!!

 

 

 ブレイクルを完封した奴がこんな色物が出るレースに出走って、にわかに信じ難い。

 

 

 

『ねえルドルフ。もう日本のウマ娘を侮ることは無いと思ったんだけど、それはギャグで言っていたの』

 

「(気持ちは分かるが)それでも彼女らの実力は指折りだ」

 

「特にオグリはライスと連んでいるから。文字通り腹に何か抱えているかもね」

 

 

 

 だが真剣な顔して出走者を評してくるものだから、どうしても最後まで舐めた目で見る事は出来なくなってしまう。

 日本出身のウマ娘達は映像以外でもこいつらの人となりを良く知っているから惑わされることは無いと思うが、私達海外勢は見たまんまでしかライバルを捉える事ができないから正直判断が付け辛いのだ。

 

 そういった意味ではこの二人の解説が聞けて良かったと思う。

 でなければ間違いなく舐め切っていたとこだろう。

 

 

 

 

「じゃ、ぼちぼち本命と行こうかしらね」

 

「あいつに関しては私の方が良く対戦してるから任せてもらおう。

 

 一つ、脚質は何でも行ける

 一つ、距離も何でも行ける」

 

「んなことは誰でも知ってんのよ」

 

「それと気に入らないウマ娘の心を折に行くような走りをする。

 私は色んなパターンで何度も負けている。

 

 ただ、言ってしまえばあいつの反感を買ったウマ娘を探れれば対策の立てようはある」

 

 

 

 あいつの気に入らないウマ娘。

 ルドルフはすまなそうな顔をしているから多分当たりを付けられないのだろう。

 

 だが隣の妖精はクソ趣味の悪い笑顔で私達を見つめていた。

 

 

 

「んっふっふー。私が教えてあげるから後であんたらの話も聞かせてもらうわよ。ルド」

 

「全く君と言うやつは。で、誰なんだい?」

 

「サイレンススズカ。得意距離はマイルから中距離。脚は逃げも逃げ、大逃げの変体ね。

 で、『景色』とやらを見れるヤクty……ロマンチストよ」

 

 

 

 サイレンススズカ。

 この緑色の耳当てのウマ娘がレースのキー。

 ルドがゾーンと言っていたが、こいつも足を踏み込んでいるのか。

 

 聞けば今年シニアになったばかりと言っていたが、それでいて足を踏み込めるとは。

 いよいよ以て油断ができない。

 

 

 

「君達も『領域』を知っているとみても?」

 

『当然。ブレイクルを見て来た私達は誰よりもその存在を熟知している。

 だからこそエンペラーカップでは驚いたわ。どのウマ娘も領域に足を踏み込んでいたんだもの』

 

 

 

 自身が思うように走れる世界に入り込む。領域に足を入れると言う事はそういう事だ。

 これができるウマ娘は決まってぶっちぎりの速さを持っているのだが、ことエンペラーカップにおいては該当者が多過ぎた。

 

 だからこそ私達はもちろん、ルドルフでさえ3位内入着が叶わなかったのだ。

 

 

 いや、3位内に至ったウマ娘達に限ってしまえば更に何か『超越』したような走りを見せていた。

 この事を妖精に指摘したら「良いセンスしてじゃん」と返って来たが、それ以上の返答は望めなかった。

 

 

 

 『領域』と『超越』

 

 

 

 この二つがあいつを知るカギとなり得るかもしれない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

--海外から短期留学中のウマ娘(英)の視点

 

 

 

 ビュティが聞きたいことを聞いてくれたから次は私が話す番。

 私からはブレイクルについて話そうと思う。

 

 

 彼女はかつて世界を席巻した。

 

 嫌らしい程に実力を見せつけて、全てを掻っ攫っていくスタイル。

 彼女がレース中に笑わなくなったらもう諦めろと言われる位、本気になった彼女は手が付けられないと言われていた。

 

 

 KGⅥ&QES、凱旋門、BCターフetc

 

 

 誰もが知っているレースで、圧倒的な成績を伴い結果を残してきた。

 

 

 私やビュティを始め、誰しもが打倒ブレイクルを掲げるも、ブレイクルの名の如く真っ向から叩き潰される始末。

 強すぎる存在は時に人を退屈にして仕舞い兼ねないが、それでも世界は強過ぎる彼女を中心に熱狂していたのだ。

 

 あいつが冷や水を被せるまでは。

 

 

 

 笑みが消えた彼女を

 本気になった彼女を

 領域に入った彼女を

 

 

 あいつは嘲笑ったのだ。

 最高の記録と最低の記憶を残して。

 

 

 

 普段こそ飄々と周囲を小バ鹿にするような彼女だったが、一度レースが始まれば誰よりも真剣で真摯だった。

 いけ好かない奴だが同時に憎めない奴でもあったのだ。

 

 ロンシャンでリターンマッチを挑むって表明した時、彼女を目の敵にしている奴ほど、熱を入れて応援していた姿には笑わされたものだ。

 

 

 

 ライバルたちの熱い声援を受けた二度目の決戦。

 始めからクライマックスと言う奴かな。初っ端から全力の彼女を見るのは皆初めてだって言ってたよ。

 

 そして、その本気をおちょくるように走って迎え撃ってしまう光景もね。

 

 

 

 追い着いては離され、追い着いては離される。この繰り返し。

 始めこそ行けると思ったようだけど、それが2回3回と繰り返されると見ている誰もが怒り、そして信じられるわけがないと絶望したんだ。

 

 その間あいつは決して進路を防ぐようなことはしなかったが、それが一層あいつとの差を見せ着けるものとなった。

 

 

 まるで『いつでも抜いてどうぞ』と言わんばかりに。

 

 

 

 こいつには勝てない。

 観客だろうがウマ娘だろうがそう思ってしまったら熱を奪われてしまう。その先に待っているのは絶望だ。

 

 

 

 後はご存じの通り。

 彼女はこの後引退を表明した。

 

 世界最強はその称号と共にあいつに喰われて、今はカスみたいな残り火であたしら後進に熱を入れてもらっているところさ。

 

 

 

「そういう事よ、ジャパニーズ」

 

「前置きが長いのよ」

 

 

 

 私とビュティのかつての天敵でそして現トレーナー。

 ブレイクル改めブレイク。彼女は元世界一位のウマ娘である。



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10話

 食堂にて。

 現在私を含めた5人のウマ娘と悪企みをしている。

 我らがいい子ちゃんことルドルフ(通訳)と他三名の海外勢ウマ娘(一人はトレーナー)

 

 ブロンドで活発そうなのがマーケイビュティでブラウンのなんかキリッとしてるのがファンブルス。

 で、偉そうにしてる赤髪がこいつらのトレーナー。ちなみに元世界一位。

 

 

 

 私はと言うと宝塚に出走表明をしている奴らの情報をこいつらに売り飛ばしているところだ。

 ルドルフと共謀して。

 

 但し自分のチームメイトだけは売らなかったのはいただけない。ルドがいなくなったら絶対に売り飛ばしてやろうと思う。

 と、思ったがそれをしたら貴重な通訳がいなくなってしまうので断念。

 

 エアグルーヴめ、命拾いしたな。

 

 

 

 

 さて、天皇賞(春)を獲った私はそれはもう調子に乗った。

 

 メジロアルダンに「天皇賞の楯はここにアルダンww」と吹かして校舎内で野良レース(障害・妨害有り)を始めたり。

 

 嫌がるネイチャをアルダンの前に立たせて「あたしはネイチャー、あんたは(メジロの)姉ちゃん。天皇賞の楯は無ーヂャン(ヤケクソ)」とクソラップをかまして校舎内で野良レース(第2R・3人立)を始めたり。

 

 メジロブライトの前で天皇賞の楯を掲げて「メジロ、プライド(どやぁ)」と仁王立ちして、どこからともなく駆け着けたアルダンと校舎内野良レース(第3R・マッチレース)が始まったり。

 

 

 とにかく調子に乗った。

 乗り過ぎてルドルフとエアグルーヴ(新副会長)に呼び出しを食らい、ごめんなさいをしに行った。テイオーを連れて。

 上手い具合にルドルフのご機嫌を取りつつ事を穏便に済ませた私は、テイオーにハチミーを奢ってやった。

 

 

 

 まあそんな感じでバ鹿を演じつつ集めた情報を提供していたというわけだ。

 ちなみにメジロの情報は「愉快過ぎてワロス」と一言で片付けた。

 

 真面目な話、メジロは情報をシャットアウトしているため全容が全く上がってこないのだ。

 これだと本当にただアルダンを煽っただけである。

 

 

 

「と言う事でメジロには気を付けなさい」

 

「そうだな。メジロ家がこのまま大人しく上半期を流すとは思えない」

 

『メジロファミリーね。何、共謀でもしてくれちゃうわけ?』

 

「いや、共謀はそもそもURAの規定で許されないんだが」

 

「メジロはバ鹿みたいにプライドが高いんだから。そんなことしたら当主に腹切り迫られるわよ」

 

 

 

 当主見たこと無いけど。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「と言うわけで当分うちで面倒見る事になった、マーケイビュティとファンブルスよ。

 ついでにトレーナーのブレイク」

 

 

 

 やっぱり印象が悪すぎたせいか、誰も共同で練習をしたがらないと言う事でうちで面倒を見る事になった。

 リギルも候補に挙がっていたのだけれど、やはりと言うか遠慮したみたい。これでエアグルーヴの出走は固いと見たわ。

 

 その点うちはシニア級が私しかいない上、宝塚への出走は考えていないから練習するには丁度いい相手となる。

 南坂Tに話を持っていったら、私の練習については無理をしないよう釘を刺されてしまったけど。

 

 

 故に後輩達には十分頑張ってもらいたいと思う。この娘らもメイクデビューが近いわけだし。

 

 

 

「私は蓄積された疲労を抜くと言う意味もあって当分は軽めの調整が続くわけだから、しっかり頼むわよあんた達」

 

「せせせ、先輩?この人らって世界を股に掛けてご活躍されてる方々では」

 

「そんな方々を破った私を相手にいつもあんたらは練習しているんだから。

 胸を借りるだなんて弱気なことは言わず、喰らう勢いでぶつかって来なさい。T、あいつらにも言ってやって。ちびっ子舐めんなって」

 

「もちろんです」

 

「ちびっ子言うな! でも上等じゃん。この人達倒せたら一気に世界レベルじゃん」

 

 

 

 最近テイオーが私に似てきた件。

 ウソ見たいでしょ。まだデビューしてないのよこのビックマウス。

 

 ターボはターボで相変わらずだし、ネイチャも始めこそ日和っていたが私が勝てたって聞いてからなんか妙に自信持ち出したし。

 

 

 何はともあれ後輩達はギラギラし出したし、それなりにいい練習にはなるでしょうよ。

 ブロンド(マーケイビュティ)も似非紳士(ファンブルス)も存分に調整して欲しい。

 

 

 

『可愛気があっていい娘達ね。ビュティ、ファン、揉んでやりなさいな』

 

『『OK』』

 

「あ、あははー。先ずはお手柔らかに相手してあげてくださいね」

 

 

 

 

 そんな形で始まった合同練習会。

 改めてその走りを見るとやはりレベルの高さが伺える。

 

 それでも私といつもバチバチに練習しているだけあって、後輩達も中々喰らい付く。

 

 最終的にはブレイクも一緒に併走することとなり、後輩達にとってはそれはもう阿鼻叫喚の事態となるのだが。

 とりわけブレイクが意地悪そうな笑顔で本当に楽しそうに走っているのが印象的だった。こいつはドSだ。

 

 

 ちなみに最後まで喰らい付いていたのは意外にもネイチャ。

 ターボは体力面で。テイオーは身体への影響を鑑みてトレーナーがストップを入れながら。

 

 ネイチャだけが素の体力と根性で喰らいついて、それはもう三人の海外勢に(練習面で)可愛がられていた。ネイチャは泣いてもいい。

 

 

 

「ヘーイ、ミスモフモフ。ハリーアップwwハリーアップww」

 

「ハァハァ、先輩、い、いつか、ハァハァ、いつかぶっ〇してやる、ハァハァ」

 

 

 

 まあ煽ってるのは私なんですけど(笑)。

 ヘイ、ネイチャ、スッッマーイ、スッマイーイww

 

 

 

「うへぇ、サイドテールもブレイクTと同じくらい悪い笑顔」

 

「いい、テイオー。叩ける時に完膚なきまでに叩いておかないと、敵は待ってくれないのよ。

 確かスピカの良く食う娘もそんな事言ってたわ」

 

「絶対楽しんでるだけでしょ。

 まあいいや。いい加減僕も休めたし。南坂T、少しくらいいいでしょ?」

 

「ええ、もう2、3本なら許可します。ほら、ターボさんも休めたでしょう?」

 

「ゼェゼェ、テ、テイオーが行くなら……よし、ターボ全開!」

 

 

 

 やっぱりやられっぱなしってのは性に合わないらしい。

 ネイチャに負けず劣らずの獰猛な表情で世界レベルに挑みに行った。

 

 そんな三人の姿を見ていると、ちょっとだけ羨ましく思ってしまう。

 

 

 

「やけに大人しくなりましたね」

 

「あの子らが可愛すぎて弄りたくなっちゃうのよ」

 

「困った先輩ですね。本当に」

 

 

 

 あんな風に切磋琢磨できる仲間がいたらって、少しだけ思う。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 時は刻々と流れていく。

 

 ゴールドシップが発起したチームシリウスの始動。

 今年のクラシック世代のオークス、ダービーのウマ娘の誕生。

 そして上半期のマイル覇者を決める安田記念。

 

 

 特にダービーは近年稀に見る激闘だった。

 海外帰りのグラス何某、メキシカンみたいなウマ娘を抑えて、最後はあのよく食うウマ娘が捥ぎ取った。

 ゴール直前、三竦みのデッドヒートで当たり負けせず『捻じ伏せた』と言った印象が特に強かったかな。

 

 

 と言うか2着、3着の娘は以前テイオーもやり合ったことがあるたみたい。

 グラス何某とは1勝1敗で、メキシカンには全敗とのこと。

 『ザーコwwザーコww』って言ったらテイオーが『年下弄って楽しい?(憐みの目)』って囁かれた。少しだけ敗北感を覚えた。

 

 

 ちなみによく食う娘は巨漢Tとこのウマ娘らしく、あやつの手腕も中々のものであると感心した。

 これはサイレンススズカも宝塚までにどんな進化を遂げているか楽しみである。

 

 

 

 

 更に時は流れる。

 時に厳しく、時にもっと厳しく、時にクソほど厳しく、たまに優しく。

 

 

 追い込みの時期になってくると前後半制で練習を行うようになる。

 特に後半はブレイク自らガチモードで2人を追い込み後輩達を驚愕させていた。あれが世界最高峰かと。

 

 ちなみに私はその世界最高峰を破ったウマ娘である。おい、お前らこっち見ろ。

 

 

 この頃になると私の練習についても一部ゴーサインが出たので、存分に暴れ回る事にした。

 なお、ブレイクとガチ勝負になったので後輩達の仇討ち(建て前)のために捻じ伏せてやった。

 ちなみに後輩達は皆ブレイクを応援していた模様。解せぬ。

 

 まあ世界一位といっても現役引退しているわけだし。勝因と言うよりあちらさんの敗因は言ってしまえば、老いぃ、ですかね。

 これを指摘したらブレイクと取っ組み合いのケンカに発展した。

 

 Tが仲裁に入って事なきを得たが、流れるような体捌きで私らを鎮圧したTの生態がいよいよ以て分からなくなってきた。

 でも律儀に私が言ったことを通訳しなければ取っ組み合いのケンカにはならなかったとも思うんだ。

 おい、南坂。こっち見ろ。

 

 

 どもかく私としてはちょっとした調整だからこれ以上は本気になれない。

 だからTに鎮圧されているお宅のブレイクさんを無視して私に挑もうとしないで残り2人。

 

 制限のせいで今日はこれ以上走れない私の代わりに、後輩達はめったクソに可愛がられた模様。

 

 

 

 

 

 

 

 さて、6月ももう終わりが近付いたこの頃。

 天皇賞(春)が終わってからおよそ2か月。練習はもちろんだが、時には全力で遊びも楽しんだ。

 

 授業後、練習がオフの日にはゲーセンに行ったり、カラオケに行ったり、BBQをしたり(良く食うウマ娘とオグリも乱入済)

 完全オフの日にはTがチャーターしたマイクロバスに乗ってネズミの国に遊びに行ったりもした。なお、何故かパイセン2人も

ちゃっかりいた。

 

 折角日本に来ているんだから多少はね。楽しんでもらわないと。

 

 

 どれだけ大人びていても結局は年頃の女の子でもあるのだ。

 始めの印象こそ最悪だったが、うちのチームでバ鹿騒ぎをしている内に最後はトレセン学園内のウマ娘ともある程度は打ち解けたと思われる。

 

 レースが近付くと獰猛になってくるのと同時に、少し寂しそうにも見えもしたからきっとそうだと思う。ターボにハグする回数も増えてたし。

 

 

 

『むううう、やっぱり寂しいわ。ミスター南坂! ターボ持ち帰ってもいい?大丈夫、立派なマイラーにするよ』

 

『バ鹿ビュティ。スプリンターに決まっているだろう』

 

「いやいや、ターボさんを持ち帰るのは勘弁してくれませんか」

 

「いやだぁぁぁああああ!!

 ターボカノープスから離れたくないいぃぃぃぃ!!」

 

『『冗談だよ(半分)』』

 

「あんまり揶揄わないで上げてくださいね(目が少し据わっているんですよね)」

 

 

 

 何となくだけどターボを持ち帰ることも吝かでは無さそうなのよね。

 それ指摘したらターボがガチ泣きしそうだから言わないけど。



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11話

--元世界最強のウマ娘の視点

 

 日本の宝塚にあいつが出走する。

 流れた情報の信憑性を私は誰よりも知っていた。

 

 何故ならあいつのトレーナーが直接話を持ち掛けてきたのだから。走る理由はクソみたいな理由で、私に話を持ち掛けた理由もクソみたいな理由だけど。

 

 

 

「ふとあの娘がブレイクルさんの存在を思い出しましてね。

 『忘れた頃にもう一度念入りに叩き潰しておこうか』とおっしゃってましたので」

 

 

 

 まるで悪びれた様子のない口調で映像通話を寄越してきたものだからかつて無い程にブチ切れたわ。

 そもそもあの連中は私が引退したことすら知らない風で話していたからそれも癪に障った。

 

 その様子を見ていた教え子(と言うか後輩ね)2人もあいつの出走に興味を示していた。

 

 あれにリベンジマッチを挑める、と。

 世界の一線級で張ってるウマ娘の殆どはあいつに苦杯を喫しているが、心の折れていない連中は今だリベンジに燃えている。

 今回のチャンスは日本にありだ。

 

 

 期間は短いが日本で出走登録ができるレースは結構ある。

 日本での海外バ出走条件は人数制限に引っかかりさえしなければ案外緩かったりするから、これはチャンスと思いどうせならと言う事で、最も格式高いエンペラーカップにエントリーした。

 

 これが良くも悪くもいい経験となったわけだけど。

 

 

 日本のウマ娘は世界ではあまり見受けられない。

 あいつが規格外なだけ。そんな安易な思い込みがあったのだ。

 

 冷静に、少し考えて調べれば分かる事。

 あいつを追って日本に向かった連中の成績を調べれば、自ずと結果が見えてくる事に。

 

 

 言ってしまえばその高い鼻っ柱はボッキボキに折られた。

 距離、バ場状態、気候、その他諸々条件はあるが、じゃあその条件をクリアして本当に連中に勝てるのかと言われても『イエス』とは

答えられない。それだけ連中は鍛え抜かれていたのだ。

 

 

 『領域』に入る走りは当たり前。

 或いはそれすらも『超越』するような走り。

 

 特に後者はあいつに通ずるものがある走りだ。嫌なことを思い出させてくれる。

 

 

 

 日本のレース界隈も世界の例に盛れず人気が低迷傾向にあるようだが、その分地方が活気付いている。だからと言って日本国内の一線級のウマ娘達の質が下がっていると言ったらそうでもない。寧ろ近年稀に見る程の実力派揃いらしい。

 

 『新しい風』が吹いたと思ったら特大の嵐が全てを飲み込んでしまったが如く、あいつが猛威をふるい続けているんだとか。ミスタヅナはそんな事を仰っていた。

 

 

 エンペラーカップの前にそれを知っていればと思わずにはいられなかったが、下調べを怠った私が悪い。

 レース後は私の技術継承も質にして何とか練習相手を募ったが、私らの悪評が出周り(身から出た錆でもあるが)中々練習相手が見つからない。

 

 3人だけで練習もできなくは無いが施設利用、サポート体制等の点から明らかに練習効率が悪くなってしまう。

 

 

 トレーナーとして何とかしないと。

 そう思っていた矢先にルドルフとサイドテイルが声を掛けてくれた。

 

 内容は情報提供と、合同練習の提案。

 渡りに船だった。

 

 特にカノープスは私達を全面的にバックアップしてくれると言う最高に嬉しい提案までしてくれた。

 エンペラーカップを制したウマ娘がいるチームの全面協力である。

 

 宝塚に出走するメンバーがいないからこそ協力ができると言う事で、タイミングが神がかっていて狂喜乱舞したものだ。

 

 

 見返りは今後の協力関係の構築と、世界レベルの練習の提供。

 現世界最高峰の2人と、元とはいえかつて最強と呼ばれた私の実力と技術を生で味わう事ができるのは十分見返りになると判断してくれたのだ。

 

 うちとしても2人を退けたサイドテイルの秘密を探れるかもしれないのだから願ったりかなったりである。

 

 

 

 

 

 通常練習自体はチビ達をパートナーに調整を行った。

 何でもサイドテイルは先のエンペラーカップの疲労が抜けきっていないようで、本格的に練習に混じるのはまだ先になりそうとの事であったのだ。

 

 尤もそれは初めに言われていたことなので納得していたが、思った以上にチビちゃん達がやる。

 

 

 ターボの初っ端の加速力は既に世界トップ水準だし、ネイチャはチビとは思えない度胸で駆け引きを迫ってくるし、テイオーは全てが高水準。

 これでデビューを済ませていないのだからさぞかし南坂は彼女らの成長が楽しみだろう。

 

 

 最終的に私もうずうずしてきたので南坂にバックアップをお願いし、一緒に混じって走ることにした。

 最後まで喰らい付いてきたネイチャがすっっっごく可愛くてゾクゾクして来ちゃったのは内緒。

 サイドテイルがいい感じにネイチャを煽ってくれたからホント、可愛い反応をくれて(ジュルリ)

 

 

 他にも日本のダービーを見て驚かされもした。

 海外で注目されていたグラスとエルが日本のダービーに出場していた事。そしてそいつらでさえダービーを獲れなかった事に。

 

 私らが知っている今期のクラシックのビックネームが、日本の名の知らぬウマ娘に競り負ける光景を見て、改めてレベルの高さを実感させられた。

 

 

 ちなみにこの頃になると日本のトレセン学園に2人は大分馴染み、満喫するようになっていた。

 チビちゃんやらサイドテイルの先輩やらに連れられて、カラオケ、ゲーセン、スイーツ、etc。

 日本の娯楽に触れるようになって、2人の肩の力もいい意味で抜けてきたように見えた。

 

 

 

 気が付けば時期も6月に入り、いよいよ練習も追い込みをかける期間。

 ここからは一部サイドテイルも練習に参加してくれるとの事で2人も改めて気を引き締めて練習に臨んだのだが、やはりその強さは本物であった。

 私を含めた4人立で、実戦さながらのレース練習を日に一度メニューに組み込んだのだが、サイドテイルには終ぞ一度も勝てなかったのだ。

 

 なお、この時私は煽られて2度目のブチ切れをかましていたのだが(まだ2×歳だ!)……まあこの話は止めよう。死人が出る。

 

 

 私らが『領域』に入った走りをしてなおサイドテイルには及ばないのだから驚きである。

 

 

 『領域』の先を行く走りとはいったい何なのか。

 南坂に尋ねたが彼からは『ゴリ押し』としか返ってこなかった。意味が分からない。

  

 

 ただまああまり多用出来ないと言う事も凡そ分かる。

 サイドテイルの抜けない疲労から察するに、あれには相応のリスクがあるのだろう。走り終わった後もフォームが微妙に歪んでいたし。

 

 つまるところサイドテイルの実力は薄氷の上に成り立つものなのかと予想が着く。

 それならば宝塚に出走しないのも合点がいく。

 

 ま、こちらとしてはここで調整がてらに走ってくれた方が断然ありがたい。

 サイドテイルの走りをいくらでも目にすることができるのだから。

 

 

 

 

「さ、今日も連勝記録伸ばしちゃおうかしら」

 

『『『FU〇K!!!』』』

 

「あ、あの、汚い言葉は彼女らの情操教育に影響が」

 

 

 

 但し負けっぱなしは性に合わないけれどね。

 

 

 「サイドテールなんてやっつけちゃえ!(ターボ)」

 「先輩を叩き潰せー!!(ネイチャ)」

 「弱い者イジメ反対(テイオー)」

 

 

 外野からの熱いエールに南坂の呟きも掻き消された。

 なお、結果はチビ達の応援には応えられなかったとだけ伝えておく。

 



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12話

--メジロ家当主の視点

 

「あなたのところの孫娘達が天皇賞に出ないと聞いて心底驚いたわよ」

 

 

 

 今は顧問という名の充て職に就いた、かつての学園の長であり、私の盟友でもある彼女がそう切り出した。

 

 

 今年の天皇賞春。

 天皇ご夫妻もご観覧されると言われたレースに我がメジロ家からは一人も出走登録がなされなかった。

 その理由を尋ねに来たのだとか。

 

 そんな大層な理由なんて無いのですけれどね。

 まあ答えを欲しているようですので一応答えておいてあげましょう。

 

 

 

「孫娘らは栄光よりプライドを獲ったのよ。

 尤も、今年の天皇賞に出たところで一着を獲ったあの娘に勝てるとは思えなかったけどね」

 

「それはそうよ。あの娘は……」

 

「結構。結果が全てよ。

 それに孫娘らは今は例の娘へのリベンジで頭がいっぱいのようだから」

 

 

 

 今でも覚えている。

 ライアン、アルダン、パーマーが初めて出走した春の天皇賞。

 

 あの時の出走バも錚々たるものたちが集まったのだが、結局は例の娘の圧勝劇で終わった。

 それだけならいいのだが、例の娘は受け取った楯を落っことしてしまったのだ。それも古い方を。

 

 普段の過激な思想・言動から『故意だ!』と周囲は騒ぎ立て厳罰を求めたが、嘲笑うかのように徹底抗戦をされて、下された処分は厳重注意のみ。

 

 高々ちょっと歴史ある楯を落としただけでレースの出走を制限されたら溜まったものでは無い、と例の娘のトレーナーが話していたのが印象的でね。まあそれは御尤もだと思ったわ。

 

 

 ただ、孫娘達としてはレース結果はまるで眼中に無いと言った振る舞いが矜持に触れたらしくてね。

 散々コケにしてくれた落とし前を付けてもらわなくちゃ、という事で随分と執心しているみたいなのよね。

 

 

 

「そう。お孫さん達は随分貴方に似ているのね」

 

「敵を定めてぶちのめす。それもメジロよ。まあアルダンはあの娘にもご執心みたいだけど。

 『ぶっ〇してやりますわ!ついでにネイチャも』なんてアルダンの口上、初めて聞きました。

 

 流石に注意したけど、近くにいたマックイーンも感化されちゃってね。あれはきっと近い内に何かしでかすわ。マックイーンが」

 

「私は一線を退きましたので。後任の若いのが何とかするでしょう。

 でも残念ね。例の娘の入学を境に益々面白そうな娘達が今の学園には集まってきているんだもの」

 

「そう思っているのであれば、今からでも復権したらどうです?」

 

「まさか。例の娘の件でもうお腹いっぱいなのよ」

 

 

 

 例の娘の事については深く言及する気はないですが、中々苦労させられたのでしょう。

 語る口調はとても疲れて、寂しそうですので。

 

 と言うより未練たらたらでは無いですか。

 例の娘の事も、集まって来た楽しそうな娘達の事も。

 

 湿っぽくなるのはウマ娘達の特権だと思っていましたのに、中々どうしてこの同級生にも当て嵌まります事。

 

 

 

「貴方が決めたことですのでとやかく言うつもりもありませんが。ああ、そのための顧問職ですか」

 

「ええ。逐一情報は入ってくるし、楯の授与の時みたいにお話しする機会も稀にありますしね」

 

 

 

 それでいて小細工を弄すのがお好きなのですから、やはり変わりませんね。

 尤もその慎重な性格に当時の私は良く助けられましたから。

 

 そんなあなただからこそ、今でも友誼を交わしているのですよ。

 

 

 

「とにかく、私としては外野がどう言おうが孫娘達の意思を尊重するだけよ。

 楯の誉を頂戴すること以上のものを見付けるなんて、素敵じゃない」

 

「軽く言ってくれるわね。追い掛けているものが『特大の嵐』だとしても?」

 

「乗り越えてくれるわよ、きっと」

 

 

 

 私に似て、孫娘達にも頼れるパートナーがいるんですもの。

  

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

--宗教狂い?なウマ娘の視点

 

 

「見えました!先行して差すが吉!!」

 

「救いは……ってええええ!!!

 末脚で追い込まないのですか~」

 

 

 

 んっふっふー。シラオキ様のお告げは絶対なのです。

 

 

 

「おう、バ鹿やってないで練習しろ練習」

 

「むぅ、バ鹿とは何ですかバ鹿とは! いいですかトレーナー、次は先行して先行して最後に差し切りますよー!」

 

「ならほれ、これ引け。タイヤちゃん(三倍増)だ。

 いつも背負ってる猫ちゃんより上等な重さだぞ」

 

「猫ちゃんじゃないです、シ・ラ・オ・キ様! と言うかこのタイヤを用いた車両を一度でいいから見て見たいんですが」

 

「フクキタルさーん、これ、いつものより凄い重いですよ~」

 

 

 

 ドトウが引っ張ろうとするも中々に動きが鈍い。

 なるほど、これが試練なのですね。

 

 やってやろうではありませんか!

 

 

 

「ちなみに今日はあの坂路で引くのが練習な。先ずはあそこまで運べよー」

 

 

 

 おにぃぃぃいいいいいい!!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「いつも見てて思うけど、凄い力だよなー」

 

 

 

 私が引くタイヤに乗っかりながら話し掛けて来るトレーナーは正直鬼だと思うんです。

 でもここで離し返さないとトレーナーは嬉々として私をイジメて来るので、仕方なくお話に付き合って上げます。

 

 

「フンッ!何を、今更、フンッ!あなたが、できると思って、フンッ!指示してるん、でしょうが!」

 

「いや、これやらんとあいつには届かないかなーと思って」

 

 

 

 まあ、トレーナーが言ってることに間違いはありません。

 それどころかこの程度で音を上げているようじゃ、遠く及ばないでしょう。

 

 なら、この試練すら軽く乗り越えるのみ!

 

 

 

「シィィラァァオォォキィィサァァマァァ!!

 我に力をぉぉぉぉおおおおおお!!」

 

「(こいつも大概狂っているよなぁ)ほら、もっと引くスピード上げてこうか」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

--メジロなウマ娘(ナイーブ)の視点

 

 

 

 メジロとして注目されていた私は、けれど自身の素質の無さを誰よりも理解していた。

 

 だから走った。

 誰よりも長い間、速く走り続ける事ができるように。

 

 

 自分より速い奴は山ほどいる。

 でも、それを長い間持続させることができる奴は?

 

 自分には、終盤で追い込めるほどの脚も無ければ、先行して差し切る脚も無い。

 

 必然、逃げ一択。

 

 

 

 

「ぷうぁぷうぁぷうぁああん♪!

 パーマー、まだまだバイブスアゲれるっしょ」

 

「ウェーイ、ウェイウェーイww」

 

 

 

 サングラスと開けた胸(胸筋)がトレードマークのウェイ系トレーナー。

 控えめに言って頭がおかしい格好をしているけど、これで頼りになるトレーナーなのだ。

 

 

 模擬レースで試した逃げが思いの外自分にしっくり来た事を踏まえ、その路線で行こうと思った矢先、この頭の痛くなる格好をしたトレーナーはヘリオスを伴って私の下に誰よりも早く駆け付けたのだ。

 

 

 

『逃げ同士、波長が合いそうな的なww?』

 

 

 

 他にも私に声を掛けてくれそうなスカウトはいたが、直感的にコイツしかしないと思った。

 私の方針を知ってか知らずか、同系統のヘリオスを既に落として私の下にやって来たと言うのもポイントが高かった。

 

 まあ後から聞いた話『別のトレーナーが爆逃げコンビって言ってたから、揃えた方がいいかなーってww』と、向こうも直感便りだったみたいだけど。

 ヘリオスが速攻でスカウトを受けた理由だけは未だに謎である。

 

 

 

『逃げ?いいじゃん良いじゃん。

 ふむふむ、根性で逃げ続ける的な?なら体力と初っ端のダッシュ力じゃん。後から抜くの苦手なんしょなら最初マジ肝心。

 

 練習は組むから、任せておkマル』

 

『パーマーってんだー。あたしはヘリオス。ダイタクヘリオス。さっきのダッシュ、ナイスダッシュじゃん!

 っつーわけで『爆逃げコンビ』爆誕、的な?』

 

『はぁ(何言ってんだコイツら)』

 

 

 とにもかくにもトレーナーと対話を重ねた結果、逃げ戦法特化のウマ娘としてやって行くことになった。

 始めこそ結果が伴わず、周囲からも家からも逃げを止めろと言われ続けていたが、こんなトレーナだから外野の言う事なんて殆ど耳に入れず、寧ろ私のヘイトまでトレーナーが集めてくれたまであった。

 

 

 

『俺ってこんなナリっしょ。小言何て言われ慣れてるわけよww』

 

 

 

 軽口を叩きながら私の面倒を見てくれるのだから神経も図太い。

 仮に私が結果を残さなくても絶対に折れないタイプの人間だと思う。

 

 だからこそ私も彼に対する後ろめたさなんて一切感じず、じっくりと練習に励むことができた。

 時にいつまで経っても結果が伴わず折れそうになっても、そういう時は何故か鋭いヘリオスがトレーナーと結託して遊びに連れ出してくれたり。

 

 ありがたいよ、本当。

 

 

 

「ふぅ。ヘリオスはさ、安田記念良かったの?」

 

 

 ひとっ走り終えてヘリオスに尋ねる。

 今回ヘリオスは得意距離の安田記念では無く、私と同じ宝塚に注力してくれている。

 

 

 

「?だってパーマー宝塚出るじゃん。なら私もそっち出たいし、出れそうだったし」

 

「安田記念はヘリオスの適性距離じゃん。そっち目指さないの?」

 

「うーん、始めはそれも良かったんだけど、パーマーがいた方が調子アがんだよね。『爆逃げコンビは、永久に不滅です』的な♪」

 

「私のt「練習だけでなく、レースでもお互いに高め合えるってのは幸せなことだぜ☆

 だからパーマーは余計なことを考えず。ヘリオスはパーマーよりバイブスを上げて走れ!」

 

 

 

 多分トレーナーは、ヘリオスがヘルプ的な意味合いで走ってるのでは?と考えている私に、それを言わせないようにしてくれている。

 だからこそ『余計なことを考えるな』って言ってくれたのだと思う。

 

 こういうところがあるから、トレーナーには感謝しかない。機微に敏いと言うか、 

 

 

 トレーナーに目を流すも『イヤン、照れるww』といつも通り煙に巻かれる。

 ああ、これもいつも通りだ。

 

 

 ヘリオスが突っ走って、私が内心でおろおろして、トレーナーが上手く折衷する。

 ホント、私には出来過ぎた環境だよ。

 

 

 

「……うん!走り抜けるっしょ!!」

 

 

 

 だから私は躊躇うことなく、あいつをぶちのめせに行ける。

 

 

 

 クラシック明けの初めての天皇賞(春)。

 フラッとやって来てそのまま楯を回収して行ったあいつ。

 

 私らは誰も対抗することができなかった。

 

 

 アルダン、ライアン、私に、その他メジロの先輩方。

 他にもシンボリルドルフやゴールドシップ等、中々に強者揃いのメンバーが揃ったにも関わらず誰も対抗足り得ない、圧倒的な勝利。

 

 何よりも集まった私らでは無く、自身の醜聞の方がネタになると言わんばかりの態度。

 

 

 

『ライバルの存在? あ、いいですそういう暑苦しいの。そもそもレースが嫌いなんで。

 

 ホント労働者って辛いですよね。好きでもない仕事をこなして生活をしなければいけないんですから。

 ただメリットもありますよ。若い内にまとまったお金を手に入れて、まあ豪遊しなければ一生食いっぱぐれる事はありません。

 

 だから走れる内は一生懸命走ります。将来のために』 

 

 

 

 本心なのだろう。加えて全レース関係者に対する嫌がらせの意味もある。

 おばあさまはそんな事を言っていた。

 

 詳細を知っているのは恐らく元理事長とお付きの人(たづなさん)だけとも言っていた。

 

 

 理由はどうあれここまでコケにされたのだ。

 屈辱は3倍返しと相場は決まっている。

 

 

 

『イジメたくなった娘が宝塚に出走すると聞いたので』

 

 

 

 嫌らしい笑顔でインタビューを受けていたあいつが言っていた事。

 あれには二つの意味がある。

 

 

 一つは言葉通り特定ウマ娘に対する私怨。

 もう一つはメジロに対する嫌がらせだ。

 

 あちらの陣営は既に今年の春天が天覧競バになると言う情報を押さえていた。

 そしてそれらの情報をメジロを擁するトレーナに流していたのだ。

 

 当然、アルダン、ライアン陣営にも同様の情報が出回っていたそうである。

 

 

 キレたね。

 どこまでバ鹿にしてくるあいつら陣営に。

 あれだけの実力がありながらレースでは無く、盤外戦に力を入れるようなあいつらに。

 

 何より、その程度の都合であいつとの出走を取り止めにするかと思われたことに。

 

 

 安い挑発だと言うのは分かっている。

 スルーしたって構わなかった思うし、春天に出てくる面子だって尋常じゃない面子だったし。

 

 でも私は。私らメジロはそこまで大人じゃない。

 だから乗ってやることにした。そのやっすい挑発に。



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13話

「たのもー!ですわ」

 

 

 部室でいつものメンバーと談笑しているところに何かなんかお嬢っぽい娘が来た。

 何だろう、そこはかとなく弄りがいがありそうで顔のにやけが止まらない。

 

 周囲で見ていたテイオーやネイチャは『逃げて、超逃げて』なんて顔をしていたが、逃がすだなんてとんでもない。

 

 

 ビュティとファンも何だか気の毒そうにその娘を見ていたが、迷えるウマ娘を手荒に扱うわけがない。

 

 紳士的に席まで案内して、紅茶まで入れて茶菓子(生徒会室産)で持て成してやろうじゃないか。

 

 

 

「あ、ありがとうございます。あら、このお菓子は」

 

「生徒会からおすそ分けされたものでね。味は保証するわよ」

 

「まあ、生徒会とも交流があるのですの」

 

「ええ。海外から来られている方の交流の件でね。

 うちだけでは対応しきれないことについてフォローしてもらっているのよ」 

 

 

 

 嘘は言っていない。

 特にルドには通訳と言う点でそれなりに活躍してもらったから嘘ではない。

 

 お菓子は出来合いのものを。

 いつも通りテイオーと泥沼の障害レースを校舎で繰り広げて生徒会に呼び出し喰らった時に、ね。

 

 最近は棚に入っているお菓子まで副会長が管理するようになったからお裾分け(強制)の量も大幅に減ってしまったけど。

 おのれ、エアグルーヴ。

 

 思ったのと違う持て成しを受けてお嬢っぽい娘が「思っていたのと違いますわ」と言い始めたところで要件を聞くことにした。

 

 

 

「で、どうしたの」

 

「ええ。アルダンがバ鹿にされたようなのでお礼参りにと思っていたのですが。

 あなたがそんなことするウマ娘には見えないのでちょっと戸惑っておりますわ。

 

 あ、そのクッキーも美味しいですわね」

 

 

 

 お菓子一つで警戒を解いてくれる。

 カモである、むっちゃカモである。

 

 多分今の私は飛び切りの笑顔なのだろう。

 お嬢っぽい娘、メジロマックイーン以外の連中が皆ドン引きしている。

 良かった、アルダン弄っておいて。

 

 

 出血大サービスだ。他にもここぞとばかりに秘蔵のお菓子を提供して警戒を解いていく。

 「珍しいお客様だし良かったら(ゲス顔)」と普段は絶対に見せない物腰穏やかなお姉さまスタンスで更に警戒を解いていく。

 

 いよいよ周りの連中が身体を掻き毟り出してきたところからが本番である。

 

 

 

「ふふ、美味しそうに食べるわね」

 

「は、私としたことが。

 はしたない所をお見せして申し訳ありませんわ」

 

「いいのよ。おいしく食べていただいた方がありがたいもの。それより、何か物申したいことがあるんじゃないかしら?」

 

「う、正直そのつもりでお伺いしたのですが。とてもそのような気分ではありませんわ。

 良くしていただいた方にあれこれ言おうとしたなんて」

 

「口に出さなければいいのに。でもそうね。折角来たのだから少しお話でもしない?

 食べるだけではつまらないでしょう?」

 

「ありがとうございます!

 それと今更名乗ることになりましたがメジロマックイーンと申します。

 ご歓迎誠にありがとうございます」

 

「サイドテイルよ。あまり畏まった口調はできないけどよろしくね」

 

 

 

 「今日の天気は雪かなー。夏だけど」なんて魂が抜けたような表情の連中はさておき。

 精一杯のもてなしの結果、実に有意義なお茶会になった。

 

 

 やはり春天を回避したメジロが宝塚にやって来ること。

 あいつに対してのヘイトが半端ない事。

 アルダンが私に対してガチギレしてる事(マックイーンにはやんわりと嘘ではない事情を説明)

 

 こちらこそマックちゃん、ごちそうさまです。

 

 

 ただ大まかな方針は分かったのだが、練習内容については各陣営でかなり厳重に管理しているっぽい。

 それとなく聞いてみたがマックちゃんの耳にもその情報は出回っていないようである。

 

 テイオーとネイチャは同世代のためか、罪悪感でお腹を押さえだしているし、聞き取れる情報ももう無いし、ここらで勘弁してやろう。

 やんわりと話を切りお帰り願おうと思った矢先だった。

 

 

 

「チワーッ、ゴルシック宅配サービスでーす。

 お荷物の引き受けに伺いやしたー」

 

「あれ、ゴルシじゃん。もしかしてマックイーンちゃん?」

 

「うへぇ、お前が応対かよ。遅かったか」

 

「その辺の教育もしときなさいよ。あんたのところ所属なんでしょ?」

 

「そ、あたしが引っ張って来た。これからすげえ伸びるぜ、マックちゃんは」

 

 

 

 そう言うとゴルシは手際よくズタ袋をマックイーンに被せて去って行ってしまった。

 

 マックちゃんは『シリウス』所属かー。

 あの連中に揉まれて成長していくんだとしたら、そこはかとなく恐ろしい存在になるわね。

 

 喜びなさい後輩達。

 あんたらの世代も中々に楽しそうな世代よ。

 

 

 

「ビュティ、ファン、朗報よ。

 メジロファミリー、宝塚、エントリーよ」

 

「メジロファミリー。それは強いのか」

 

「詳細は南坂Tが来てからね。簡単な英語じゃ伝えきれない位手強いわよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

--メジロなウマ娘(お嬢笑)の視点

 

 

 

「何するんですの、ゴールドシップ!」

 

 

 

 折角楽しいお茶会をして親睦を深めていたと言うのに。

 それに、あのクッキーもまだ全部食べ終えていませんのよ!

 

 食べ物は粗末にしてはいけないんですのよ。

 

 

 

「あー、マックちゃん念のため聞いておくけど、何の話をしていたんだ?」

 

「パーマーやライアンが次のレースのために燃えているって話ですが」

 

 

 

 ゴールドシップにしては珍しくストレートな物言いですわね。

 

 

 

「ダウト。それは言ってはいけない情報だわ」

 

「? どうしてですの。当人達からは話してもいいと言われているのですが」

 

「あそこの海外組も走るのに余計な情報は与えちゃいけないぜ。向こうの情報に制限を掛けれてたんだから。

 正確な情報を言い振らしちゃうと奴らは分析してくるから、より手強くなっちゃうんだよ」

 

「そうなんですの。なら、より強くなった敵を打倒してこそですわね」

 

 

 

 上等です事。

 真っ向から叩き伏せる。実にメジロ好みのシチュエーションですわね。

 私、いい仕事し過ぎです事よ。ナイスアシストですわ。頑張れーライアン、アルダン、パーマー、ですわ。

 

 

 

「アホかー! うちからオグリが出走するのに、敵陣営に楽させる道理はないだろうが!!」

 

 

 

 は、しまったですわ。

 オグリキャップさんが出走するんだとしたら、敵陣営に貴重な情報を与えてしまった事になっていますわ。

 

 畜生、謀られましたわ!!ガッデムですわ!!!

 おのれぇ、サイドテイルさん。まんまと嵌められました。

 

 

 

「あの方、巧妙過ぎますわ」

 

「どうせお菓子で釣られたんだろ。口元がお留守だぞ(躊躇いなく仕掛けてくる辺りサイドテールもえげつないけどな)」

 

 

 

 く、ゴールドシップさんにも呆れられている。何たる屈辱。

 いいですわ。いずれあの方ともいずれ雌雄を決する事にいたしますわ。

 

 

 

「ほれ、マックちゃん。着いたぞ。マックちゃんもメイクデビューが近いんだから練習は油断すんじゃねーぞ」

 

「そこは分かっています。それで、今日は誰の調整を」

 

「お、戻って来たかい。ならオグリ君に着いて練習してくれ。

 おーい、北原君! マックイーンも見てあげてくれ!!」

 

 

 

 ズタ袋から解放された私はそのままオグリキャップさんの練習に着くよう指示を出された。

 このトレーナーはとても優秀なお方です。

 

 始めこそ、ゴールドシップさんの道楽で練習に付き合わされていたのかと思いましたけど、集まっている部員は全員一線級

のウマ娘達でした。

 

 何でも、最強のウマ娘を打倒するべく、練習効率を重視するために作ったチームなのだとか。

 

 そのため練習もとんでもなく厳しいです。

 代表トレーナーさんに北原サブトレーナー。臨時で六平トレーナーさんが見てくれているのですが、本当にキツイです。

 オグリさんもそうですけど、ブライアンさんにチケットさんにライスさんも物凄い根性しています。

 

 私も負けていられません。

 

 

 

「凄い、走れば走るだけ伸びていく」

 

「ジョー、調子に乗って負担掛け過ぎるなよ!」

 

「ふぅぅぅぅ。大丈夫だ、マックイーンが来てくれたから調整して走れる」

 

「カッチーんと来ました。疲労困憊状態のオグリさん等敵ではありませんわ」

 

「? まだ仕上がっていないマックイーンに負けるわけないだろう」

 

 

 

 こ、この人は本心でこういう事言ってのけるからもう。

 結構。そのお惚け顔に敗北の味をプレゼントして差し上げますわ!

 

 

 

「おい、マックの嬢ちゃん。2,000の併走だ。

 本気で行って構わねぇ。大差着けるつもりでやってやれ」

 

 

 

 六平トレーナーからもゴーサインが出た事ですし、全力で行ってやります。

 手抜き? んなもん必要ねぇですわよ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

--葦毛の怪物と呼ばれているウマ娘の視点

 

 

 

「畜生、ですわ!」

 

 

 

 ターフで横たわっているマックイーンを尻目に、私は肩で息をつく。

 流石にメニューを消化しながら2,000併走はキツい。

 

 新人とは言え、メジロの期待株相手だと尚更だ。

 尤も先輩として負けるわけにはいかないがな。

 

 

 

 

 

 あれから大分遠くに来たものだと我ながら思う。

 

 

 ルーキー時代。

 身体が弱かった頃から何かと北原が目を掛けてくれていた。

 

 良く食べて、良く動いて、少しずつ走ろうと、レースそっちのけで私だけを見てくれているあの視線が大好きだった。

 

 

 成長するにつれて身体は丈夫に、脚は速くなり、地元はおろか最後は中央から声が掛かるまでに至った。

 

 

 

『よし、行ってこい。笠松の星、オグリキャップ』

 

 

 

 嬉しいはずの激励なのだが、私はとても悲しい気持ちになった。

 同時にこの時初めて実感したのだ。

 

 

--そうか、北原が私のトレーナーなのか

 

 

 

 ウマ娘とトレーナの出会いには、時折第六感が働くことがあると聞く。

 トレーナーにしろ、ウマ娘にしろ、強く惹かれる事があるのだ。

 

 それが私にとって北原だったのであり、別れの言葉を聞いたことがトリガーとなったということだ。

 

 

 そこからの私は相当に駄々をこねた。

 

 北原も来い、いや連れて行く。無理?じゃあ私は行かない。行けない。

 行っても私は北原が見てくれないと伸びない。直感してしまったんだ。

 

 そんなことを無茶苦茶に泣きながら言ってたと思う。その位コイツを逃しちゃいけないと思ったのだ。

 

 

 尋常じゃない私の様子を見てか、北原は六平Tに事情を説明し、私の状態を正確に把握してくれた。

 

 

 

『お前さんの教え子はお前にトレーナーとして魅入っちまったんだ。

 中央でも選りすぐりのウマ娘ってのは得てしてそういう娘が多いんだよ。

 

 喜べ、お前さんの教え子は間違いなく強くなるぞ。お前がいればな』

 

 

 

 後で聞いたらそんな話をしていたらしい。

 ただ、当時の私は必死で必死で、日はく『捨てられそうな子犬がキャンキャン悲痛に泣いているようだった』と後に北原が語ってくれた。

 

 いつまでも返事をくれない北原に、いよいよ私が膝を着いて絶望しかけた時に腹を括ったらしい。

 

 

 

『1年待て。必死こいて勉強してコネでも何でも使ってどんな形でも中央に入ってやる。

 だからお前もコネでも何でも使って俺を引っ張り上げてくれ』

 

 

 

 中央に入った私は六平トレーナーの世話になり、力を磨き、そして--

 

 

 

 

 

 

 

『言いたいことがあるなら、真っ向から聞いてやる』

 

『……あんたも面倒くさい目をしてるわ。ようこそサンドバック』

 

 

 

 

 

 

 

 

「どうしたオグリ」

 

「北原--まだまだ私は強くならなくちゃと思ってな」

 

「そうだな。だが今日はこれで終いだ。ヤムチャしてる後輩も連れてってやれよ」

 

「まだまだ行けますわ!」

 

 

 

 私はまだ、夢の中にいる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

--富士の名を持つウマ娘の視点

 

 

 

 最近の地方は活気付いている。それは、ここ笠松にも当て嵌まる。

 

 今までの地方と言ったら、中央のレベルに着いて行けないウマ娘がそこそこに活躍できる場所を求めてやって来る、

中央漏れの受け皿的な立ち位置であった。

 

 

 それがここ最近は『ちょっとレースに出て見たい』『一度でいいからウイニングライブをしたい』など、些細な理由から受験するウマ娘が多くなっている。

 

 『走る事』に人生を賭ける奴からしたら有象無象の増加はウザったいだけ……何てことを思っていたのだが、中には中央に入る前から自身の実力に見切りを付けて、初めから地方で暴れまわってやろうと画策する娘も少なくない。

 

 

 

 理由は簡単だ。あのウマ娘の台頭である。

 

 

 

 あれだけとんでもない実力を目の当りにしたら、自身の力を信じられる奴しか挑もうとはしない。

 

 中央に挑む奴と言うのは、その殆どが自信家だ。

 その殆どの自信家の自身を打ち砕くぐらい、あのウマ娘の走りは強烈なのだ。

 だから地方にそこそこ強いウマ娘が集まるようになったのだ。

 

 

 

 では、ライト層の増加の要因は?

 これは地方に足を運ぶお客さんが増えたことに起因している。

 

 あのウマ娘の台頭は中央の観客から熱を奪った。

 ただその熱の行き先が地方に向けられた。

 

 地方の試合はいい塩梅で実力が拮抗することが多い。

 それを見て、お客さんは盛り上がってくれるのだ。

 

 且つ、中央と違いそのレベルは段違いに低いため、接戦を観る者の中にはこう考える者も出てくる。

 

 

『私でもワンチャンはあるのでは?』と。

 

 

 地方側もここぞとばかりに入学者を増やすために、2の手、3の手を打つ。

 ローカルシリーズの運営は通常通りに、特に地方でもやっていけないと学生が思った時のためのセーフティーを充実させると言いう点に重点を置いた。

 

 進学に力を入れるクラスと、専門的学門や技術を収めるためのクラスの増設である。

 当たり前と言えば当たり前の事なのだが、ここさえ押さえてしまえば、当人や親御さんが感じる将来に対する不安も払拭できると考えたそうだ。

 

 そしてそれは当たっていた。

 

 

 玉石混淆。

 実力に大分ばらつきはあるが、ここ数年で入学者は爆発的に増加した。

 最近では、アイドルウマ娘が特例的に短期入卒を行い、ローカルシリーズに出るって事もあったりする(実力はお察しだが)

 

 

 地方だからこそ柔軟に対応できる。というわけでは無い。

 中央の連中があのウマ娘に振り回されているどさくさ的な意味合いの方が強いと思う。通常、革新的な事などしようものなら中央の物言いが入るはずだ(或いは敢えて目を向けないようにした?)

 

 どうせ緩やかに停滞していくのが目に見えているのならこのチャンスを活かしてみようと発奮し、やるからには各地方で足並みを揃えてやって見よう。なーに、ダメでも底は変わら無いからヘーキヘーキ。

 

 そんな緩い感じで発足したようだが、結果、地方のへの入学者は上昇傾向。実力のある新入生も増えたのだから私もうかうかしてはいられない。

 

 

 

 

「上手くいきすぎている?」

 

「ああ。中央としても地方の活性化は課題でもあったから、邪魔立てするデメリットは無いんだよ。

 寧ろ新しい利権。所謂甘い蜜が出来るって算段があるから、そこを求めての足の引っ張り合いが起こりそうなもんだったんだが、

 不気味なくらいスムーズに話が進んだんだ。

 

 要因は恐らくあそこの元理事長が噛んでいると思われるが、真相は当事者にしか分からん。

 ただ事実として言えるのは、その話を通した後、あそこの学園の元理事長含みURA上層部は何人か首が飛んだってことだな。

 尤も、我々の気にする事では無いが。

 

 末恐ろしいのはあのウマ娘だよ。自身の力と言動だけで一体制に影響を及ぼすんだから。

 舵取りをしているトレーナもこれまた恐ろしい人なんだと思われる」

 

「……そんな危ないウマ娘と、またオグリはやるんですよね」

 

 

 

 不安しかない。

 またジャパンカップの時みたいに打ちのめされるんじゃないか。

 そんな気がしてならない。

 

 あの時テレビでオグリの様子を見て、急いで皆で連絡を取ろうとして。

 

 毅然と立ち向かってくれたエアグルーヴさんには感謝しかない。

 オグリも実際『本当に怖かった』と吐露してたから。

 

 

 

「オグリもジョーさんも、『リベンジだ』って息巻いていたからな。

 相当も揉まれて来たんだろうな」

 

「オグリもジョーさんも強いんだな」

 

「だな--さて俺たちも行こうか。今や地方も勢いだけなら中央以上に群雄割拠だからな」

 

 

 

 ちょっと前と比べても、人が明らかに増えたターフ内。

 中央から漏れ出した者、軽い感じでやって来た者。

 

 走る理由は様々だけど、誰だって一番を目指したい。

 でもって、ちょっと疲れた時は一休みして、また走り出せばいい。

 ここはそういうところ。

 

 

 

 斯く言う私はまだまだ走り足りないがな。

 



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14話

 6月下旬

 

 上半期の総決算宝塚記念。

 

 

 メジロ4人の衝撃

 オグリ、エアグルーヴら世代の出走

 マーケビュティ、ファンブルスら世界からの刺客

 

 そしてあいつの出走確定報

 

 

 

 確定日を迎えてなお名前が残っていることで、あいつが来ることも確定した。

 珍しく。本当に珍しくあいつ陣営がメディアに露出していると思ったら、出走理由を『イジメたい娘がいるから』と嫌らしい笑顔で答えたことも相まって、その注目度は天皇賞と同等まで跳ね上がっている。

 

 

 『イジメたい相手とは?』とこれまた攻めた事を聞こうとした記者に対し『ん-、一番悔しそうにしている奴じゃない?』と相変わらずな事を宣っていたわけだが、まあその答えを知っている陣営は限られてくるわけで。

 

 

 そのヤリ玉に挙げられているウマ娘と来たらそれはもうおっかない雰囲気を放っているのだった。

 

 

 

「ヘーイスズカwwスッマーイスッマーイww」

 

「あー。まあ来るかもしれないとは思ったけどさ」

 

 

 

 まあ敵陣は視察するわけなんですけど。

 今回の私は完全にフリーなのでかなり手広く動いていたりする。

 

 メジロはライアン×、ドーベル(来ると思っていなかった)×、アルダン×××(やべぇ声が漏れて来た)とNGを食らったため、黙って引き上げて来たけど。

 

 なお、パーマーヘリオスら陣営はかなり気前よく受け入れてくれたので、ウェイウェイしながら世間話をして帰ってきた。

 でもこいつら、逃げしか打つこと無いからそれ以上探りの入れようがないし。

 

 

 フクキタルは完全にパルプンテだから触れない。

 当日の方針を占いで変える可能性のあるやつはマジでキ〇ガイだと思うんだ。嘘か誠か真相は分からないけど。

 

 

 エアグルーヴはルドルフのロックが掛かっているから無理。同世代の通訳には今後もお世話になることがありそうだし。

 

 

 で、最後に来たのがスピカの控室。巨漢Tが現在頭を張っているチームであいつのイジメたいウマ娘がいるところ。

 ゴルシが離脱してからは下の代が中心の次世代チームとは聞いていたけど、いやぁおっかねぇわ。

 

 ツインテールと短髪がメンチ切って来て、例のよく食うウマ娘が「どこ陣営のカチコミですか!!」とチンピラ節全開のムーブを噛まして来たりで、ゴルシの系譜を思わせるような食い付きを見せてくれた。

 

 そんな中でもスズカは特に気にした様子もなく、こちらを一瞥するだけ。

 そこそこ雰囲気は一丁前である。

 

 

 

「いや、どの陣営にも出禁喰らっちゃってね。主にメジロ」

 

「そりゃ無理筋だろ(うちはゴルシ-マックイーンと太いラインが残っちゃいるけど)で、他陣営は?」

 

「何も。多分あんたとそう変わら無いわよ(但しゴルマク情報は除くww)」

 

「「だよ(ね)なー((絶対何か隠してるわ、コイツ))」」

 

 

 

 後輩達そっちのけで和気藹々と話していると、ちょっとだけスズカの雰囲気に鋭い視線が混じるようになった。

 これはぁ、、、、甘酸っぱい青春のかほり。私でなくちゃ見逃しちゃうね。

 

 

 『にちゃぁ』という笑顔でスズカに目を向ける。

 ツインテールのウマ娘がなんか面倒くさそうな表情を向けているが気にしない。

 

 ラブコメの波動に目覚めた私はうざいのだ。

 

 

 

「にしても懐かしいわ。あんたに身体管理を任せていた頃が懐かしいわ。当然あいつの情報も抑えている訳でしょ?」

 

「あー、まあな。あいつも進化していると頭が痛くなってくるけどな」

 

「大丈夫ですよ。その進化を上回るつもりですから」

 

 

 

 フィィィィシュッ!!

 ちょっとだけ過去を匂わしただけで話に入り込んで来るこの反応よ。

 

 何よ、この娘可愛いところあるじゃないの。

 「え、この人スピカの人だったんですか?」とよく食う娘がアシストまでしてくれるものだから話が捗るわ。

 

 

 

「逆逆。コイツが私んとこの臨時Tだったのよ」

 

「……へぇ、だからあの人の正確な情報が」

 

「まあ、そういう事だ。これはオフレコで頼むな。口外したくない情報だからな。

 後コイツは聞けば嬉々として教えてくれると思うけど、気付いたら俺達の情報も抜いてくるから。油断するなよ」

 

「んふふー。情報の扱いだってあんた達が教えてくれたんじゃない。ごっつぁんです!

 でもま、あの頃はあのころで楽しかったわ。あいつもいてわちゃわちゃしてたし。先輩達も元気よ。あんたも偶にたかられてるでしょ?」

 

「あのダメ娘'sども、毎度給料日を狙ってくるんだぞ。何とかしてくれよなぁ。

 

 っと、昔話に花咲かせに来たわけじゃないんだろ」

 

 

 

 私としてはこのまま過去話に花咲かせるのも吝かではない。スズカちゃんの雰囲気がとげとげしくなる様子を『グフフ』と言った表情で眺めるのも乙なんだけど、こいつが話し切り上げて来たし切り上げてやろう。

 

 あいつに1%でも対抗できるように仕向けることが私としても本命の話なのだから。

 

 

 

「あんたら陣営。スズカが得意の脚質で来ると仮定すれば、あいつはそれに水を差してくる。うちの海外組もそこに焦点を当てて対策を打っているわ」

 

「おいおい、お前。それは……」

 

「今更話したところで痛し痒しよ。こっちは対策万全で臨める状態なんだから。それに海外組からも了承を得ているわ。

 そもあいつらもあんたらと同じで、別ベクトルで挑発されてやって来てるんだから。敵同士とはいえ、情報の共有程度は問題ないでしょって判断よ」

 

「となると。ああ、高速レース待った無しだ」

 

「喜びなさい。逃げウマ多数のサバイバルマッチよ。勝者は速くてスタミナが豊富な奴」

 

「実質先行じゃねぇかよ。いや、でも、ある程度予想の範疇でもあったが。確定報だな」

 

「そゆこと。これ、聞いて絶望しないなら、良い感じで抵抗してくれそうね」

 

「なるほど。お前はそういう見立てなんだな」

 

「当たり前でしょ。何年あいつを追っかけていると思うのよ」

 

 

 

 悪いけど、あいつが私以外に負ける姿が微塵も想像できないの。

 だからこそ、想定を覆してあいつを苦しめて欲しいと思うのよ。

 

 

 

「言いたいことは分かったかしら。サイレンススズカ?」

 

「貴方に言われなくても。レースで見せつけてやりますよ、先輩」

 

「頼もしい限りで。じゃ、頑張ってね。あ、それと」

 

 

 

 狙いは巨漢Tの右頬。

 不意打ち一千。

 

 まあ口づけです。ごっつぁんです(2回目)

 異性としては全く興味は無いけど、意味深に微笑んでクールに去ると多分火が着くかなーと思って。

 

 惜しいのはその後の控室の様子を音声でしか把握できなかったてこと位である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ただいまー」

 

「どうでしたか」

 

「うーん、それなりに仕上がっていたよ。苦労すると思うわ」

 

 

 

 スズカにしろパーマーにしろヘリオスにしろ、やはり仕上がり自体は完成されていた。絶好調という感じである。

 特にスズカには精神的ブーストを掛けてきたわけだし、手強いのは間違いないだろう。

 

 

 

「オグリキャップさんの様子は?」

 

「ライスが外で待ち構えていてね。流石に無理」

 

「カイチョーのところも無理だったよ。『来ると思ってたからな。仕上がりは上々と伝えてやれ』って外で教えてくれた」

 

「リギルはメジロ張りにガードが堅いから。通報されないだけで上々よ」

 

 

 

 「え、僕って相当危ない橋渡らされてる?」って何を今さら。

 戦慄しているテイオーを他所に情報の整理と今日の方針を海外勢と調整する。

 

 ブレイクを筆頭にビュティ、ファンの表情にも熱が入る。

 最近ふざけ過ぎて忘れてたけど、こいつ等もワールドクラスのウマ娘なのだ。

 

 況してや私と同い年。

 今はもちろん、将来的にもその界隈での活躍を期待されている無茶苦茶なビックネームだったりするわけなんだけど。

 

 

 

『今は無理でも、将来的にターボを招くには……』

 

『ミスターを落とせばワンちゃん』

 

『いや、先ずはこっちのチームに慣れてもらう事から。今回の件をきっかけに、短期の交換留学的なことから』

 

「あのー、今日の方針……」

 

 

 

 南坂Tの雰囲気から察するに、何となく関係なさそうな話に熱が入ってそうなのよね。

 『ターボ』って単語からこいつらまだ引き抜きを諦めてないっぽい。

 

 余裕何だか、リラックスしてるんだか。

 

 

 

「T、対策は十分練ったって判断でしょ。話す事は話したし」

 

「ええ、まあ。そうですね。後は結果が示してくれるでしょう」

 

『オーライ。まあ後はなる様になれ、ってね』

 

「力が入っていないのはいい事ですが。気を付けてくださいね。あなた達が何よりも警戒しないといけないのは、あの人なんですから」

 

『あいつでしょ。それは私が散々煮え湯を飲まされているから分かっているわ』

 

 

 

 ブレイクの手が握りしめられている。

 まあこいつは確かにね。世界クラスに断末魔を上げさせられていたから。

 

 コイツの最後のレースは『慟哭』とまで評されている。

 ま、私クラスなら折れることは無いんだけどね!

 

 私らのダービー後の秘蔵映像を見せてやったら衝撃を受けていたわ。

 『何であんた達は折れていない?』とか何とか。

 

 私以外は折れたんですけどね。私以外は。

 重要なのはその後。立ち上がって尚、前に進む事。これ重要。

 

 

 何でか知らないけど私らの同期は何やかんやで根性がある連中が多い。

 あいつに何を言われても最後は立ち直る。

 

 秋華賞でぼこぼこにされている同期ですら後輩を守るために立ち上がった位なのだから。

 あれは燃えたわ。

 

 エアグルーヴめ、命拾いしたな。

 

 

 

「私が言うのも何だけど、多分天皇賞よりキッツい事になると思うわよ」

 

『あの状態より厳しいのは勘弁願いたいわね』

 

『元よりその覚悟だ。油断も隙も無いが、楽に勝てるとも思っていない。

 あいつにも、それ以外のウマ娘にも、だ』

 

「油断は無いようです。もう私達から言う事は何もありませんよ」

 

「そうね。ま、慰めの言葉でも考えて待っているわよ。個人的には覆してくれた方が嬉しいんだけどね」

 

「サイドテイル先輩が照れてるわよ」

 

「ネイチャ、シーッだよ。ほら、尻尾がそわそわしてる」

 

「おら、だから聞こえてるんだっつーの」

 

「「キャーっ」」

 

 

 

 畜生、しまらないもんね。

 でもまあ、あれだけ一緒に頑張って練習してたんだから、応援したくなる気持ちも出て来ちゃうのよ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

--宝塚記念

 

阪神 11R 芝(右) 2,200m 良 15人

 

 

『名門メジロの衝撃。海外勢2人の刺客。

 全てはあのウマ娘が参戦を表明したからと言われています。

 

 上半期の総決算、宝塚記念。今回も出走するメンバーはG1の輝きに相応しいメンバーが集まりました。

 

 残念ながら天皇賞から連戦で出場するウマ娘は海外勢を除けばおりませんが、それだけあのレースが激戦だったと言う事であります。

 そしてこちらに出走するメンバーも激戦必須と言える事でしょう。

 

 ご紹介します。

 

 

 1枠1番  メジロライアン

 

 2枠2番  メジロアルダン

 

 2枠3番  メジロドーベル

 

 3枠4番  エアグルーヴ

 

 3枠5番  ファンブルス(外)

 

 4枠6番  オグリキャップ

 

 4枠7番  マチカネフクキタル

 

 5枠8番  マーケイビュティ(外)

 

 ……

 

 ……

 

 6枠11番 ダイタクヘリオス

 

 7枠12番 メジロパーマー

 

 7枠13番 サイレンススズカ

 

 ……

 

 8枠15番 キュウセイナイト

 

 

 以上の15名です。

 さあ、どのウマ娘もあのウマ娘を意識しているのは間違いないでしょう』

 

 

 

 どいつもこいつもあいつを意識しやがって。

 まあ散々コケにされてきたのだ。俺様もそこは腹立たしい事でもあると思う。

 

 まあどうでもいいや。正直俺様には関係ない。

 あいつを実際に見るまではそう思っていた。

 

 

 

「あーだる。揃いも揃って似たり寄ったり。そう思わない、サイレンススズカ?」

 

「あなたに土を付ければその余裕も無くなりますか」

 

「いやぁ、私ってば無敗ってわけでもないのよ。ジュニア期に幾つか条件戦落としているし」

 

「ふざけてますね」

 

 

 

 へぇ、あのスズカが。無茶苦茶怒ってるじゃん。

 気になってそいつを見て見たんだけど、ゾクっとしたね。

 

 気性の荒さもさることながら、全てを下に見ているあの蔑んだ目。

 コイツ、泣かせてやりたい。単純にそう思った。

 

 

 

「あん?ねぇ、一丁前に殺気立たないでくれる?気分悪いわ」

 

「へぇ、先輩鋭いじゃん。だったら黙らせてくれよ、なぁ」

 

 

 

 額をがっつりぶつけてメンチを切る。

 周りも止めに入るが知ったこっちゃねぇ。

 

 しかしそいつは全く臆することなく、頭を振ってメンチを切り直してきた。

 

 

 

「お行儀が悪いわね。あんたについては名前もいらないわ」

 

「なら結果で教えてやるよ。あんたより先にゴールすれば掲示板の名前を追うだろうしな」

 

 

 

 ああ、久しぶりに血に熱が入る。

 コイツはぶっ壊し甲斐がありそうだ。

 

 

 

「ふむ、興味深いね。普段の君はそんなに熱くならないだろう?」

 

「んだよ白衣野郎。悪いか?」

 

「いやいや、ぜひ当てウマとして頑張って欲しいねと」

 

「お前……いい度胸してるな」

 

「君ほどじゃあ無いよ。何の実績も残していない君があそこまで突っかかれるなんて、私には真似できないからね」

 

「安い挑発だけど、買ってやるよ」

 

「あははー、いいレースにしようじゃないか」

 

 

 

 どいつもこいつもぶっ壊し甲斐がありそうだ。

 

 いつの間にか例の先輩はゲートに収まっており、残すは私と白衣だけとなっていた。

 白衣野郎も収まって最後は私。

 

 私が入ったところでいよいよ秒読み。

 マグマのように湧き出るこのドロドロした感情をぶっ放してやる。

 

 

 

 

 

 

『少し衝突があったようですが、各ウマ娘ゲートに収まり……スタートしました。

 

 先頭はやはりこの娘13番サイレンススズカ。

 11番ダイタクヘリオス12番メジロパーマーもすぐ後ろに着けている。

 そして注目の15番キュウセイナイト、その後ろに9番……、5番ファンブルス海外からの刺客、7番マチカネフクキタルは今日はこの位置。

 

 以上7バの先頭集団。

 

 

 大きく離れて2番メジロアルダン。外に8番マーケイビュティ、その内4番エアグルーヴ。

 更に1番メジロライアン、2番メジロドーベルとメジロが続きます。

 

 そこから離れて14番……、6番オグリキャップはここ、10番……

 

 

 

 さあ先頭が第1、2コーナーに入ります。タイムは……これは、とんでもない高速レースだ!!』

 

 

 

 速ぇ。

 感覚先頭集団に着いても可笑しくねぇ位置にいると思うが、スズカを筆頭にあのバ鹿コンビがペースを上げていやがる。

 

 後方とはいえこのペースは異常だ。

 

 後ろのオグリキャップが何考えているか分からねぇが、このままズルズルはよく無ぇ。

 ちぃとギアを入れていくか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

--メジロなウマ娘(ガチお嬢)の視点

 

 

 

 やはりと言うべきか。先頭はサイレンススズカにパーマーが着いて行く形になりましたか。

 ヘリオスさんまで行くところと、ファンブルスさんとあのウマ娘が行くか行かないかまでは想定の範囲内。

 

 ですが白衣の方とフクキタルさんは想定外でした。

 

 特にフクキタルさん。今日のレースは先行策らしき位置取りですが、速度的には逃げ相当の速さです。

 掛かっている。にしては入れ込んだ様子もなかったですし、不気味です。

 

 あの白衣の方については完全なノーマーク。

 本人の練習風景は一切情報が入手できず、逆にこちらの練習には神出鬼没で現れ、幾つかその様子晒してしまった事からかなりの警戒をさせられた。

 

 そのおかげもあってか、あのじゃじゃウマには一切情報を漏らすことは無かったのですが。

 

 

 

 ただそれ以上に私を突き動かすのはあのウマ娘の存在。

 春の天皇賞に屈辱を覚えているのは私だけでは無く、全メジロが雪辱を誓っている。

 

 いや、それは違いますわね。

 何よりも私がブチ切れております事。これが重要ですわね。

 

 ライアンもドーベルもパーマーも同じ気持ちだと思います。

 手を組んで、だなんてつまらない事を聞いてくる娘は一切おらず今日を迎えました事については嬉しく思いますが、着いてこられないならそれはそれで終わりですわよ。

 

 

 

『最後方から14番……、オグリが徐々に追い上げて来る。

 

 中団はメジロアルダン、外にビュティ、次いでエアグルーヴ、メジロライアン、ドーベルと呼応するように速度が上がって来る。

 ここはまだまだ元気いっぱいか。

 

 さあ先頭は内側一杯サイレンススズカ、外からダイタクヘリオス、次いでメジロパーマーが追い掛ける形。

 キュウセイナイトは不気味に静観している』

 

 

 

 マーケイビュティ。彼女もまた豪州で活躍されていたウマ娘。

 最近になってかの最強ウマ娘、ブレイクに師事する事になって走りに磨きをかけたと聞きましたが。

 

 天皇賞以上のキレを見せてくれます。

 日本の高速バ場にもずいぶん対応されていらっしゃる。

 

 このお方を始め、仕掛けて来るなら向正面に入ってから。

 煩わしい駆け引きはそこで終わると踏んでいます。

 

 

 気配がビシビシ伝わってきますもの。

 ですので、ちょっと借りますわよ。

 

 

 

 

『おーっと、向正面に入り8番マーケイビュティがさらに速度を上げて来た。

 速い速い、あっという間にアルダンを抜き去る。

 

 いや、メジロアルダンもしっかり対応して後ろにぴったりくっついている』

 

 

 スリップストリーム。

 まあ体のいい風よけの出来上が

 

 

 

 

--ゾクッ

 

 

 

 

 

 

『寸分の違いも無くピッタリ着いて行くのは流石メジロと言ったところ。

 

 さあレースは中盤に差し掛かったところ。後方2人も中団を射程に捉えました』

 

 

 

 ちょっと待って。

 追い掛けて来る足音が多い。

 

 強烈な足音は言わずと知れたオグリさん。

 

 けれどもう一人の方は?

 

 

 ……まあいいですわ。

 力でねじ伏せる事に変わりはありません事よ。

 

 ビュティさん、日本のウマ娘の圧を存分に堪能してくださいまし。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

--女帝と言われているウマ娘の視点

 

 

 アルダン嬢がマーケイビュティの風下に入った。ビュティもそれを容認したか。

 他のメジロも判断が早く、そこに乗っかることを決めたのだろう。ビュティの風下にアルダン、ライアン、ドーベルとトレイン上になって先頭集団を追い掛ける形を作る。

 

 これに乗っかった方がロスは無さそうだが、如何せん後方の圧が無視しきれない。

 無視して私単体で追うのも悪くないが、さてどうしたものか。

 

 

 

『先頭は依然としてサイレンススズカ。しかし2番手ダイタクヘリオスとの差が全く広がらない。メジロパーマーもまだまだ喰らい付く』

 

 

 

 しかしあいつは不気味なくらい静かだ。

 流石にこの高速展開は予想できなかったのか。

 

 

 

 ……いや待て。

 あいつはそんなタマじゃない。

 

 忘れたのか、あいつが走る圧倒的なレースの数々を。

 

 

 どんなメンバーだろうが、巨像がありを潰すかのように蹂躙するのがあいつのスタイルだ。

 それが遅いか早いかの違い。

 

 幸いにして今日のあいつは遅い方。

 理由はどうあれチャンスがある。

 なんせ早い方なら恐らく誰も追い着けない、悔しいが。

 

 それでもレース展開がそういう状況なら、今のあいつの油断を最大限に活かす。

 

 

 後方だ。後方の圧力に賭ける。

 単体で私一人で差し切れるほど自信家でもない。

 

 ビュティの群れに仕掛けてもらい、後方集団で追い打ちだ。

 

 

 

『4番エアグルーヴはが徐々に離され、後方2人に飲み込まれる。いや、後方と合流した。これは戦略なのか』

 

 

 

 オグリと14番。

 この14番、先ほどあいつと白衣の者といざこざを起こしていた……

 

 それがオグリの雰囲気に呑まれず着いて来ている。

 オグリが大きな雰囲気で呑みこむタイプだとしたら、こっちの小柄な奴は剣呑な雰囲気で何度も切りつけるタイプ。

 

 何度かレース映像を見たがなるほど。これが本来の走りな訳か。

 

 いつもみたいにやる気のない走りでは無く、狂気を振りまくタイプ。

 

 

 

『さあ後方オグリキャップも更にギアを入れて来た。14番も同様。

 エアグルーヴもそれに合せる形。

 

 向う正面中盤、マーケイビュティらもいよいよ先頭集団マチカネフクキタルの後方を……いや、7番マチカネフクキタルも上げてきてる。マーケイビュティも無理には追わずそのまま追い掛ける形。

 

 そしてそのまま世界の壁、ファンブルスに突き当たる。

 しかしファンブルスも応じる形で加速。

 

 ファンブルス以下後方は縦に連なっているがいよいよ差が無くなって来た。

 そのファンブルスの先に映るのは白衣の姿と深紫の姿。世界で最も高い壁が立ちはだかっているぞ。

 

 

 そして先頭は……サイレンススズカとダイタクヘリオスとメジロパーマーがデッドヒートを繰り広げている。

 そのままの形で第三コーナーに入りいや、ここでまた加速だ!

 

 コーナーの遠心力など物ともしない!内埒一杯のデッドヒート!!

 見る方としては思わず目を背けたくなるほど!!』

 

 

 

 あのスズカが限界まで内埒一杯。

 それもヘリオスにパーマーを相手に。

 

 同期でも屈指の切れた走りの二人を相手にするとは。

 スズカ、本当に変わったんだな。

 

 なら私も、この生意気な後輩を捻じ伏せて向かわないといけないな。

 

 

 

「ふん、いい加減うざったい。どいてろ」

 

「ああ?気取ってんじゃねぇよ」

 

「煩わしいな。上げるか」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

--白衣のウマ娘の視点

 

 

 っは、これは驚きだ。

 第三コーナーに入る頃合いか。スズカ君の雰囲気はもちろんだが、ヘリオスさんとパーマーさんの雰囲気も一緒に変わった。

 

 『領域』と言う奴か。実に興味深い。

 自分の意思で速さを上げるのではなく、自身の特徴たる精神性すらも意識的に用いて理想の走りに近付こうとする。

 

 スズカ君のそれは今までなら独走状態でもない限りその走りの境地には至らないと想定していたのだが、果たしてどのように問題を解決したのか。

 そしてまだ引き出しがあるのか。

 

 

 

 ぜひ、見せておくれよ。

 でもまあその前に。

 

 

 

「先ぱぁい、いつまでのんびりしているつもりだい?」

 

 

 

 この人の本気を拝みたい所なんだけどね。

 でも全然この人反応を見せてくれなくて。

 

 ちょっと期待外れなんだよね。

 

 

 まあいいや。目の前の動かぬモルモットより、先で暴れまわっているモルモット君の観察の方が重要だ

 

 

 

『おーっと9番が、15番キュウセイナイトの外から仕掛けてそのまま置き去り!

 キュウセイナイト、どうした!いつものキレが見られない!!

 

 9番はそのまま先頭争いをしている三者に突っ込んで行く』

 

 

 

 ああ、目の前には極上のモルモット達が鎬を削り合っている。

 なんと美しくて胸が熱くなる光景だろう。

 

 でも悲しいかな。

 この光景ももう見られなくなるなんて。

 

 ヘリオスさん、もう限界だね。

 

 

 

「ま、まだまだっしょ!!」

 

「悲しいけど、あなたの輝きは堪能させてもらったよ。

 さあ、もっと上げて行こうじゃないか!!!」

 

 

『あーっと11番ダイタクヘリオス失速入れ替わる形で9番が入り込む!!

 メジロパーマーもここで……いや、まだ上がっている。メジロの爆逃げはまだまだ健在だ!』

 

 

「パーマー!! 爆逃げコンビは不滅っしょ!!!」

 

「!! 次はちゃんと着いてきなよ!!!」

 

 

『生きている、メジロパーマーまだまだ元気いっぱいだ!!

 後輩にはまだまだ負けていられない!!』

 

「ああ、凄い、凄いよ。スズカ君だけでは無く、貴方もまた想定を超えて行く。

 もっともっと見せておくれよ!!!」

 

「っの、生意気な後輩どもが!

 根性根性ぉぉぉぉおおお!!!」

 

 

『さあ先頭3バのカーブも中盤。ここまで先頭は未だサイレンススズカ。

 だが今日はいつもと違いお供が2人。それでもなお粘りを見せている!!

 

 いや、まさか、これは……差しに来ている!!

 ここまで引っ張ってなお、差せるのか!!』

 

 

 

 いつもと違う条件。周囲の煩わしさに煽られて尚、今日の君は差しに行けると言うのかい?

 君の輝きは、いつの間に泥に塗れてなお輝きを損ねなくなったんだい!!!

 

 もう駄目だ、我慢できない。

 今日は君の傍で最後まで付き合おうじゃないか。

 

 スピードの向う側に、私を連れて行って

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

--ねぇ、もういいかしら

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

--キュウセイナイト

 

 

 ああ、来たみたいね。

 仲良く縦並びになっちゃって。

 

 さっき白衣の後輩が待ち切れずに先行っちゃったみたいだから、まあ、追い着くまで適当に相手して上げる。

 ああ、さっき前から流れて来たギャル娘は無視しちゃっていいわ。ガス欠だからケツまで自動的に行くわ。

 

 

 じゃ、先ずは茶髪、ああ、この速度に着いて来れないの。論外。

 次、猫娘。あんた根性ありそうね。その叫び声は気になるけど。ま、適当に着いて来れるなら。

 

 

 次、金髪。あんたも茶髪と同じ海外ね。でも気ぃ狂う程の走りでも無さそうだし、茶髪と同じく論外。

 

 

 次、面倒だからまとめてメジロ。

 金髪の後ろから仕掛けて来たわね。タイミング的にはいい感じだけど私には無理よ。逆にまとめて潰せるから楽で助かるわ。じゃ、さよなら。

 

 

 で、あんた達ね。

 エアグルーヴにオグリキャップに態度のでかいの。

 

 正直トップクラスに気に入らない目をしているのよ、エアグルーヴ。

 サイレンススズカなんて目じゃ無い位に、ジャパンカップから気に入らなかったわ。

 

 でもまあ、今日のこのレースの私に着いて来れないようなら、敵じゃないわ。

 

 

 だからさよ……へぇ、粘るね。

 いいよ、終いまで着いてき来なよ。着いて来れるならね。

 

 

 

  

『来ました。来ました。世界最強が牙を向いている。

 

 流れて来たヘリオスを、後ろから仕掛けて来たファンブルスを歯牙に掛けず。

 

 奇声を上げているマチカネフクキタルは内側から必死に喰らい付く。

 

 暇なくマーケイビュティが、メジロもまとめて仕掛けるも、そこは更に突き放す。

 

 突き放して来たスピードに負けず、後発組が必死に喰らい付く』

 

 

『先頭との差はもう僅か。

 メジロパーマーを、9番アグネスタキオンを差し切ったサイレンススズカに、敵はいないと思われましたが。

 このレースはもうサイレンススズカの独壇場と思われましたが。

 

 忘れていました。忘れようとしていました。

 このレースには日本発の最強が存在している事に。

 

 さあ、先頭サイレンスズカが最後の直線に入りました。

 俄然スピードは衰えませんが、既にパーマーとタキオンはキュウセイナイトに捕まっています』

 

 

 

 ああ、いたんだ白衣。

 あんたは先ずこの猫から気が狂う程の走りを学びなさいな。

 その程度の狂気じゃ生温いのよ。

 

 で、猫ちゃんもお疲れ。多分、今日のあんたならスズカ程度差せるわよ

 

 オグリもエアグもまあ今日に関しては奮闘賞ね。

 あんたらはまあ、もう立派なサンドバックよ。

 

 次会うようならルドルフとやゴルシやマルゼンと同じように遊んであげるわ。

 

 

 

 で、サイレンススズカ。

 その、『景色』と言ったかしら。

 

 今日のあんたにそれは見えたかしらね。

 オカルトは嫌いだけど、今日はヘリオスやパーマーが奮闘してくれたおかげで始めから私が出張ることは無いと踏んだの。

 

 そういった意味ではそこの白衣もいい仕事してくれたと思うわ。コイツが行かなかったら私が遊びに行ってたと思うし。

 おかげで後ろの羽虫をじっくりとプチプチすることができたわ。面倒だったけどまあプチプチ作業は嫌いじゃないから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ああ、始めに突っかかって来た生意気な奴もいたわね。

 名前はどうでもいいけど、結果的には私の次な訳だし。頑張った方じゃない?

 

 そこだけは褒めてあげる。

 こいつら相手にして2着は対したものよ、名無しさん。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

--宝塚記念

阪神 11R 芝(右) 2,200m 良 15人

 

 

1着 キュウセイナイト

2着 キンイロリョテイ  8バ身

3着 オグリキャップ   アタマ

4着 エアグルーヴ    アタマ

5着 マチカネフクキタル 1バ身

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

--緑色の耳当てをしたウマ娘の視点

 

 

 

 パーマーさん、タキオンとの叩き合いを制した頃だったと思う。

 やっと、やっと私だけの『景色』を勝ち取れた。

 

 

 あの人は来なかったけど、この展開は始めから予想ができた事。

 寧ろあの人の代わりにタキオンが来てくれた事で実力の下方修正までできたくらいだ。

 

 

 その分余裕ができる。

 あの人を迎え撃てる。

 この『景色』は私だけのものだ。

 

 今の歓喜を、勝ち得た感情を、後ろを迎え撃つ気概を。

 あらゆる感情を、残りの直線を走り切る力に。

 

 

 来た瞬間に差す。

 何よりこの『景色』を守るために。

 

 

 

 そう思っていた。

 そう思っていたの。

 

 あの人が来るまで。

 

 

 

 

 感じられたのは全てを呑みこむようなドロドロの悪意。

 逃げた。必死に逃げた。

 

 あれはダメ、追い着かれたら吞み込まれちゃう。

 

 

 

『逃げる、逃げる、サイレンスズカ必死に逃げる!!

 差している、スズカは差している。この速度は差しに入っている!!

 

 サイレンススズカの真骨頂、逃げて差す。しかし。しかし、今日の相手はいつもと違う……』

 

 

 

 とどめを刺すための差しじゃない。あれから逃げるための差し。

 いえ、それはもうただの逃げよね。

 

 

 悔しいわ。本当に悔しい。

 パーマーさん、ヘリオスさん、そして最後はタキオンまで抑え込めたのに。

 

 結局あの人が全部持って行っちゃった。

 ああ、悔しい。

 

 悔し過ぎて嫉妬しちゃう。

 多分あれ、全力じゃないわ。

 

 だって全力なら、始めから私が先頭を走るはずが無いもの。

 

 

 ……ああ、そういう事。これも嫌がらせなのね。

 本当、性格が悪いこと。

 

 

 

『キュウセイナイト。先頭を、サイレンススズカを捉えました。

 エアグルーヴ、オグリキャップ、マチカネフクキタル、そしてキンイロリョテイも後に続きます!

 

 サイレンススズカの反逆もここで終わり!!』

 

 

 実力の開きを知ってなお、この人達は挑めるのね。

 エアグルーヴさん、オグリさんは正気のまま。

 そしてフクにリョテイ。あなた達は狂気を身にまとって。

 

 

 

「やる気がねぇならどけ!!」

「シラオキ様ぁぁあああ!!」

 

 

 

 そうね、私にはまだまだ足りないみたいね。

 憎しみも、狂気も。

 何よりそれらを飼いならす精神的な強さも。

 

 足りない、足りない。全然足りない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「スズカ……」

 

「スズカさん……」

 

「ふふ。完敗よ。まだまだ足りないものだらけね」

 

 

 

 トレーナーさんにスぺちゃん、ヴォッカちゃんにダイワスカーレットちゃん。

 私はまだまだ弱い。

 

 弱いけど、私を慕ってくれている後輩達

 そして今はいないけど、ぶっきらぼうに私達を包み込んでくれたゴールドシップさん。

 

 今なら分かる。あなたがどんな思いで新しいチームを設立したのか。

 きっと届かないと思ったのでしょう。

 

 だけど何も術がなくて。

 けれど、ライスさんと言う新しい光を見た。

 

 

 あの人も中々異常だものね。綴りたくなる気持ちも分かるわ。

 でもねゴールドシップさん。

 

 私はそれとは別ベクトルで攻めてみたいと思うの。

 多分、ライスさんを参考にする方向は、限りなく正の方向に近いやり方。

 

 

 

「案外あっさりしてるな」

 

「正直、今にも倒れ込みたい気持ちですよ。けれど、あなた達がいてくれるから踏ん張っている。強がりですよ」

 

「す、すずがざぁぁああん!!」

 

「ほら、泣かないで、スペちゃん。私は乗り越えるわ」

 

 

 

 貴女が残してくれた私に取って最高のチーム、スピカ。

 ここで育んだ感情を走りに取り込めたら、どれほどの推進力になるかしらね。

 

 

 ああ、タキオンにも話を持ち掛けなくちゃ。

 

 あの娘、相当私にお熱だったから。話を持っていけばきっと乗ってくれると思うのよ。

 きっと私達、いいコンビになりそうよね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

--葦毛の怪物の視点

 

 

 この人は、何なんだ。

 あれだけ後ろから仕掛けられて、まるで微動だにしなかった。

 

 エアグルーヴと14番とまとまって最後に仕掛ける形となったが、それでいて尚揺らぐことが無いなんて。

 

 

 ジャパンカップのあの時から、私はこの人に追い着くことができているのか?

 自分の走りに自信が持てなくなる。

 

 

 

「おい、しっかりしろ」

 

「……強いな、エアグルーヴは」 

 

 

 

 隣の同期、エアグルーヴ。

 彼女はジュニア期の頃からあの先輩に立ち向かっている。

 

 ジャパンカップで私達の代が初めて叩きのめされた時でさえ、彼女は立ち竦むことが無かった。

 

 そして今なお私を励まそうとしてくれている。

 

 

 

「何、私も強がりだ。しかし精神的に弱気になるわけにはいかない。

 どんなに後ろ姿が遠くても、前を向かねば追う事ができないからな」

 

 

 

 強い。素直にそう思える。

 

 

 

「尤も足元をお留守にし過ぎた点は、先輩として恥ずべきことだがな」

 

「そうだな。あの14番、最後に一噛みしてきた」

 

 

 

 特大の絶望を目の当たりにして、それでもあの14番の刺々しい雰囲気が萎むことは無かった。

 最後の最後にしてやられたと言うわけだ。

 

 

 何なら今なおあの人に突っかかって、逆に胸倉を掴まれて凄まれている。

 

 

 

「あれだけの元気があるのか。凄いな」

 

「バ鹿者! 止めに行くぞ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

--金色の名を冠するウマ娘の視点

 

 

 

「キュウセイナイトォォォオオオオ!!」

 

 

 

 激情に駆られるままにあいつ、キュウセイナイトに突っかかる。

 だけどあいつはそれすらも見越したように迎え撃ち

 

 

 

「そうやって呼ばれたのはダービー以来ね。

 で、腕力なら勝てると思って?」

 

 

 

 簡単に片手で抑え込まれて、そのまま胸倉を掴まれる始末。

 私のイライラはますます募るばかりだ。

 

 

 

「ホント狂犬染みているわね。

 ホラ、お座り」

 

 

 

 胸倉を掴まれたまま、私はターフにうつ伏せのまま叩きつけられる。

 このバ鹿力、全然びくともしねぇ。

 

 あいつも同様に座り込んで余裕の表情で私の顔を覗き込む。

 畜生、気に入らねぇなぁあああ!!

 

 

 

「レースでも、腕力でも勝てないと来たら、次はどうするの?」

 

「……チッ。ウッ!!」

 

 

 

 こ、こいつ、躊躇いが無ぇ。

 掴まれている胸倉がキチィ。

 

 

 

「このままいじめるのも悪くないんだけど、時間切れっぽいわね」

 

「貴様らぁあああ、何をやっているんだ!!」

 

 

 

 あのメス、エアグルーヴか。

 

 

 

「はぁ。何か気ぃ抜けちゃったわ。

 ハロー、エアグルーヴ。はいはい、私ナニモシテナイ。ちょっと後輩とジャレタダケネ」

 

「……そうか。ならさっさとお立ち台にでも行くんだな」

 

「そうしとくわ」

 

 

 

 そう言うとあいつはさっさと行っちまった。

 この野郎、こいつら邪魔立てしやがって!!

 

 ぶっ壊してやる、何もかも!!

 そう思い立ってもう一度あの深紫の背中を追おうとしたところだった。

 

 

 

「おい、エアグルーヴに感謝しとけ」

 

 

 

 葦毛の先輩が立ち上がろうとした私の肩を抑え込んできた。

 ただ先ほどと違うのはそこまで力が入っていない事。

 

 振り解こうと思えば簡単に振り洗える程度の力。

 それでもその表情はクソ真面目なものだった。

 

 

 

「んだよ」

 

「お前があれに突っかかった時点でかなりの警戒がお前達に向けられた。

 あのままにしておいたらお前は確実に処罰が降りてたぞ」

 

「……それが」

 

「その点も含めてあれはうまく立ち回る。お前だけが悪者にされて、二度とあいつに挑めなくなる事だってあり得る。

 あれはそこまで余裕で手を回す。

 

 だからエアグルーヴは動いたんだ」

 

 

 

 ああ、なるほど。

 本当に容赦が無いのなあの先輩。

 

 少し、落ち着いてきた。

 なるほど、隙あらば。気に入らなければ。どこまでも狡猾に攻めて来るんだなあの先輩は。

 

 それがレースの外の話であっても。

 

 

 ああ、分かったよ。

 レースの外で勝とうとしてもそれは私の本意じゃ無ぇ。

 

 やるならレースでだ。そこは定義付けておいてやる。

 

 

 

「力が抜けたと言う事はとりあえずは暴れることは無いと判断していいな」

 

「ああ、折り合いは着いた。貴重な情報提供アリガトウゴザイマス」

 

 

 

 お節介な先輩達だ。

 交流なんざ一度も無いってのによ。

 

 

 

「オグリ、まだしっかり見てろ。控室までコイツは連行していく」

 

「もうしねーよ。デメリットがはっきりしちまった以上私にメリットは無ぇ」

 

「はぁ。できれば早めに理解して欲しいものだ」

 

 

 

 うっせぇ。

 でもまあ、血に熱は入った。それだけで十分だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

--メジロなウマ娘(ガチお嬢)の視点

 

 

 

 遠い。

 深紫の背中が遠い。

 

 あの春の天皇賞から追い着けているのか。

 分からない。

 

 

 

「アルダン、下はダメだよ。前を向かなくちゃ」

 

「パーマー……」

 

 

 

 泣いていた。パーマは泣いていた。

 それでもなお顔を下げる様子はない。

 

 

 

「あんた達みたいにさ、追い込める脚も駆け引きできる頭も私には無いしさ。

 

 小綺麗に立ち回る事も出来ないし。

 

 始めから頭張って必死で逃げる事しか出来ないんだ。

 

 

 

 でもメジロだから。

 それでもメジロだから。

 私だってメジロだから!!!

 

 

 自分だけじゃなくてさ、メジロとして悔しいんだなぁって。2倍悔しいんだなぁってさ」

 

 

 

 お世辞にもセンスがある娘とは言えない。

 ライアンのような洗練された荒々しさも、ドーベルのような鋭さもこの娘は持ち得ていない。

 

 それでもがむしゃらに走り続けているこの娘は、やはりメジロのウマ娘。

 

 

 

「私は、追うよ。あの背中は遠いかもだけど、まだまだ追い掛けるよ」

 

「あははー、パーマーグチャグチャっしょ。

 うん、追い掛けようよ。私も一緒に行くからさ!!

 

 じゃね、アルダン。あたしらはあたしの道で行くよ。

 ……パーマーはあげないから」

 

 

 

 あらあら、ヘリオスさんに掻っ攫われちゃいましたわ。

 ……さて、あんなに不器用なパーマーだって奮起しているのだ。

 

 いつまでも辛気臭い顔をしてる場合じゃありませんね。

 

 

 

「ライアン、ドーベル。諦める、なんて胸糞悪い事なんて考えていませんよね?」

 

「「もちろん(当然)!!」」

 

「ならよくってよ。それでこそメジロですわ」

 

 

 

 肩書や名誉なんていらない。

 闘争の世界で強敵を屠ってこそ、メジロである。



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15話(エピローグ)

都内某空港

 

 

『短い期間だけど助かったわ』

 

 宝塚記念が終わった。

 レースとしてはあいつの強さを最大限まで引き出すことができない悔しい結果となってしまった。

 

 私が別に走ったわけじゃないんだけど、やっぱり悔しいものは悔しい。

 展開もまさかあいつがじっくり行くとも思っていなかったし。

 

 

 

『展開はどうあれあいつに挑める状況ではあったんだ。それでなおあいつに想像の上を行かれただけだ』

 

『そうよ。気にする必要は無いわ。何より、日本のバ場にもっと適応することが重要って事も良く分かったわけだし』

 

 

 

 ファンもビュティはそう言っているが、手のひらは強く握りしめられている事に気が付かない私では無かった。

 でもそれを指摘するのは野暮と言うもの。黙ってスルーする。

 

 世界一線級のウマ娘でさえ、あいつの本気を引き出すことはできない。

 それどころか掲示板入りも許されない始末。

 

 

 準備不足どうこうの問題ではない。

 いよいよ日本が魔窟化している事を世界に知らしめる結果ともなった。

 

 

 あいつだけではない。日本には数多くの怪物が犇めいている、と。

 

 

 

『世界にぜひ目を向けて欲しい……何てことを思っていたけれど。傲慢だったわね』

 

『日本の方がよっぽど修羅の国だったよ』

 

 

 

 多分芝の状況なんかも勝手が違うからだと思うけど、それを言い出してしまえば日本に完全に適応した形では無いと、あいつを迎え撃つ事なんて出来ない。

 

 結局のところ得意の土俵で戦う事の方が、あいつに勝てる確率も上がる。

 わざわざ海外から来て、日本の土俵で戦う事自体が無謀なのかもしれない。

 

 そんな記事ばかりが目立つ今日この頃。

 

 余計なお世話である、と本人達は言っているが、心の奥底で事実だと受け入れている事でもあるのだろう。

 

 

 だからとても寂しそうな表情だったのだ。

 

 

 

『ジャパニーズは凄いわ。私なんてたった2回で折れちゃったもの』

 

「そっちのバ場であんだけ舐められたことをしたら、そりゃ折れるわよ」

 

『あら、慰めてくれてるの?』

 

 

 

 うっせぇ。

 

 

 

「あたしがいたら、せめて喜劇に変えてあげられたかもね」

 

『ふふ。コメディの間違いじゃないかしら。

 ほーら、チビちゃん達も泣かない泣かない』

 

「泣いてないですし。ネイチャさんは別に悲しくなんて無いですから。

 あ、でも多分テイオーは泣いてるかもだけど」

 

「そうやって話を逸らすのはずるいと思うんだよねー。あ、早くお国にお帰り下さい(グスッ)」

 

「も゛っど日本であ゛ぞぼう゛よ゛ぉぉぉ(ガチ泣き)」

 

 

 

 やはりと言うべきか。

 後輩達はとても寂しそうである。

 私以外の走れる先輩が帰るとなったらやっぱりね。少しだけ妬いちゃうかな。

 

 感極まってビュティもファンもターボはもちろんネイチャやテイオーにも抱き着いているからあちらも同じ気持ちなのだろう。

 

 

 あの刺々しかった連中がこうなるとは。人って変わるものだなーとしみじみ思うわけ。

 

 

 

「何してんのよ、あんたも行くのよ」

 

「傍観者決め込んでないでさっさと行くわよ!」

 

「ちょ!、パイセン。私は」

 

「「私らも混ぜろぉぉぉ!!」」

 

 

 

 う、うぜぇ。

 パイセンらはそもそもレクレーション担当でしょうな!!

 練習も差し入れと煽り担当のくせして。

 

 後方支援者面すんなや。

 結構な頻度で顔出ししてるからといってもう……もう!!

 

 

 

「やっぱり寂しいわよ!!もう!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 出会いがあれば別れもある。

 見上げた空には飛行機と太陽。

 友は去ったが、季節は巡る。

 

 さあ、夏がやって来る。 



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キュウセイナイトについて関連しそうな事を概ねまとめた怪文書

--メモ書と記録とか、色々と細事とを切り張り、書き起こした何か資料的なもの

 

 各方面からの情報と事実と記録をざっくりとまとめた。

 人称、視点等は統一されていない。

 書かれている事の殆どは真実であることを先に申し添えしておく。

 

 

1年目 ジュニア期

 未勝利戦までは未確認。

 

2年目 クラシック期 6~7勝

〇ダービー(5月)中指問題、レース前後の態度是正

 

 

中指問題に関して

         

ナイト陣営

 中指に関しては興奮状態の自分を勝手に公共の電波に乗せる方が悪いと反論。そもあれは人差し指で天に感謝を示すポーズをとる予定だったと抗弁。それでも公共の電波に悪い姿勢が映ってしまった事実は変えられないのでそこは謝罪する。

 

 しかしレース後は興奮状態に陥ることもあるため、以後カメラを回すのであればそういう事情には気を回すようにしていただきたい。我々がカメラを意識してしまうのであればレースに影響を与えかねないのだが、私達陣営に向かって「カメラを意識してレースをするように」なんて八百長めいた事を言ってくる事はまさか無いだろう。

   

 今回の件で全面的にうちが悪いと言って、今後興奮状態等に陥ったナイトを同じように映し、同様の注意を私達陣営が被るのであれば、今後日本でレースをする事は無いと言う事も付け足しておく(行き過ぎた報道姿勢への問題へも飛び火)別にレースは日本だけでやっているものでは無いので。

 

 

 

 

レース前後の態度

        

ナイト陣営

 レース前後の態度姿勢については「戦略の一つ」と反論。規定に明記されていない事をURAの匙加減で注意をされると言うのはいかがなものか。

 

URA

 行き過ぎた姿勢については我々の権限で指導を行っている(規定を指し示しながら)

 

ナイト陣営

 当たり前だ。そんなものは誰だって知っている。指摘しているのは運用の基準、指標について問うている。

 お宅が指しているその明文とやらはどのような判断で運用しているのか。そこを明らかにして頂かないと私達も何が良くて何が悪いか理解しようがない。顧みる材料が無いのだ。

 

 まさか独断と偏見で注意しているわけでは無いだろう。仮にも注意するのだから前例もあるはずだ。

 様々な事情に照らし合わせて何の点で悪いのかを指摘して欲しい。

 

 全面的に「態度が悪いから止めろ」では私達陣営の戦略に影響が出てしまう。

 

 

 詭弁だが、ナイト陣営が言ってる事もURA側の致命的な箇所を突いている。

 URAも大きい案件から小さい案件まで多々注意した事例はあれど、その指標は実のところ無い。

 案件の大小を鑑み会議で扱いこそすれど、本案件についてはそこまで深堀りも行っていない。

 そも、開き直って来るとは思っていなかったのだから。

 

 通常、社会通念に照らし合わせて当たり前のことを指摘すれば大抵の陣営は大人しくなる。マスコミの目もあるのだから。

 それが真っ向から反論されてくるとは思ってもいない。

 

 ナイト陣営は内側の実情をそこまで読んで指摘していた。

 

 加えてもう一つ、ナイト陣営は敢えて指摘していないが、かなり重要な穴があったりする。

 

 それが罰則規定について。

 レースの直接的な妨害(斜走や進路妨害、薬等)については罰金なり、出走停止(有期限、無期限)なりがあるのだが、今回の『態度の悪さ』については罰則の明記が無いのだ。口頭指導、厳重注意、は事例として記録にあることもあるが、罰金はおろか出走停止など、直接的な罰則が科せられた試しがないのである。

 

 

 つまりごめんなさいをしてしまえばそれで終了なのだ。

 ナイト陣営としてもURA側にしても労力的にはそっちの方が非常に楽であろう。

 それをしないのはURAへの嫌がらせと、ナイト陣営のある程度の正当性の主張のため。

 

 だからURA側も面倒な対応を求められているのだ。

 

 この後もナイト陣営とURA側は、この件とは別に何度も小競り合いを行うのだが、詳細を確認したいのであればURA公式HPをご覧になると色々見えてくると思う(『改定』『運用について』『ご報告』などの更新情報があったら、十中八九小競り合いの結果である)

 

 

 

 

〇KGⅥ世&QES(7月末)

 世界が震えた日。

 

〇凱旋門(10月)

 世界が絶望した日。日本勢の悲願ではあったが、手放しに喜んだ関係者は殆どいなかった。

 

〇秋華賞(10中旬)

 菊花賞ではなく、虚を突いてティアラ路線にも傷跡を残す。

 レース後の「ティアラ、汚しちゃったね」発言は当時ジュニアクラスのエアグルーヴの怒りを買う。

 ターフ内のナイトに襲い掛かるも、周りのティアラ路線ウマ娘に抑え込まれて未遂に終わる(表向きはレース後の無礼講として何事もなく処理される)

    

 

以下、その時のやり取り           

 

「止めるなぁぁあああ!! あいつは!!あいつはぁぁぁああああ!!」

 

「あんたが怒るのは1年早いわ!!」

「冷静になりなさい」

「あなたが泣いて、怒ってくれている。それが知れただけで十分よ」

 

             

 普段こそ冷静ではあるが、一度発奮すれば行動に移す情に厚い女。

 副会長として認められたのもしっかりした精神性だけでは無く、熱い部分を先輩らにも認められ、可愛がられていたからこそ。

 

 現在もティアラ路線を行った先輩方には頭が上がらないらしい。

             

 

     

〇ジャパンカップ(11月末)

 上世代、同世代、世界からの刺客全てを返り討ち。世間としても本人としても格付けは済んだと思った模様。

 

 

〇有馬(12月末)

 通称「大虐〇』

 それでもあきらめの悪い奴がいたから念入りにぶっ潰すスタイル。ここで一部同期と先輩は折れないんだなとナイトは確信した。

 →折れない連中をサンドバックにする方向に路線変更

 

 

 

3年目(以下シニア期)8勝

 

〇大阪杯(4月)

 とりあえず日本のG1を取っておこう的ノリ。

 相変わらずのトラッシュトークは健在。

 なお、格闘技と違い勝負後も話す内容がマイルドになることは一切ない。

 

 

〇マンハッタンS(米国)(6月)

「海外旅行行ってお小遣いが貰えるって最高だよね」(原文まま・英訳版もあり)

 

 

〇宝塚(6月末)

 同世代撃破。相変わらず世界からの挑戦者も返り討ち。

 人気は無いが知名度は抜群。

 

 

〇KGⅥ世&QES(7月末)

 3回目の欧州旅行。行きつけのお店なり、フットボール観戦なり、異国の地を楽しむ。

「意外? 結構趣味人だよ私は」

 

 なおレースは余裕の1着

 

 

〇凱旋門(10月)

 毎度お馴染みの欧州旅行。

 夏休み最後のイベント。なお、ウマスタはかなり充実している(一部ウマ娘が憧れている模様)

 

 実はレースが絡まなければ割と良心的な性格をしている事が徐々に(意図的に)広まる。

 本人の当たりも、実際は物腰穏やかだそうな。

 多分劇場版ジャイアン現象も入っていると思われる。 

 

 ああ、レースは1着でした(ついで) 

 

 

〇天皇賞・秋(10月末)

 ファン感謝祭に全力を尽くしている。

 その一環の企画で、天皇賞の賞金の半額は面白い事業があれば出資をするよと宣言。

 希望者は事前選考に応募し、通った人はファン感謝祭の特設ステージ(ナイト陣営枠)でプレゼンを行っていただき、出資を引き出そう。と言ったものらしい。

 マ〇ーの虎かな。

             

 なお学園側はその企画を容認しており、URA側も特に何も言わなかった。

 

 結果はウマ娘アスレチックワールドなるものを企画したプレゼンが採用されることになった。郊外の安い土地に、ウマ娘が全力で挑戦できるアスレチックコースを作成するといった企画だそうだ。(後に超難関コースが生まれ、年末特番で特集される位にまで成長するが、それは別のお話)

 

 ああ、1着です。

 

             

 

〇ジャパンカップ(11月末)

 同世代撃破。オグリ世代撃破。世界からの挑戦者返り討ち。

 

 ジャパンカップは賞金が高いって事に気付いた模様。

 また、才能の理不尽についてご高説を垂れる。

             

 なお、同期を相変わらず忌々しそうな視線で見ていた。

 サンドバックにも飽きてきた様子。

 

 新しい世代、オグリ世代に矛先を変え、オグリの心を折りに行こうと思ったが、エアグルーヴが悠然と立ちはだかる。

 

 

 以下そのやり取り

 

「言いたいことがあるなら、真っ向から聞いてやる」

 

「……あんたも面倒くさい目をしてるわ。ようこそサンドバック」

 

 おざなりに言って引き上げて行った。

             

 

 

〇香港カップ(12月中)

 本気を見た人なんているのか。と思っていたが、多分それは今日だったと思われる。そんなレースだった。

 皮肉にも真面目にレースに取り組んだせいで、当てられた同走者の何人かは後に引退を決めてしまった。

             

「幸運なことはあいつの本気を味わえたこと。不幸なことは頂を知ってしまったことよ」 

 

 

 

 

4年目 7勝

 

〇ドバイシーマ(3月末)

 お小遣い稼ぎ。お金は重要。

 事前インタビューでは引退後について熱く語ってくれる。

 レースについてはガンバリマスロボと化していた。

             

 日本の誇り?関係ないね。賞金ウマーです(原文ママ)

             

 

 

〇天皇賞・春(5月)

 メジロ切り。長距離適正余裕でした。

 あいつは3,000m超への適性が無い。そんな希望的観測を誰もが持っていたようである。

 

 メディア(バラエティ)露出時に本人も「ちょっと疲れるから……」なんて事を宣ていたようだがそんなことは無かった。

 

 インタビューでは「自分的にも気持ちちょっと長いから疲れるんですよね(笑)」との談。

 

 相変わらずトークはキレキレだったが、今日はこんなものかなと思っていた矢先だった。

 楯の落下事件である。その後の喧騒はご存じのとおり(今回謝罪はした模様。故意ではないとの事だが、、、)

 

 

〇安田記念(6月)

 ヘリオスらマイラースプリンターの撃破。

 まさかとは思ったがマイルはおろかスプリンター適正まで兼ね揃えていそうなことが判明。

 ただ本人曰はく「短距離は敢えて私が手を出していないだけ。分かりやすい逃げ道だよ(ゲス顔)」との事。

           

 この娘は平気でウソを付くが、言ってる事も本当なのだろうと思った。

 ダートについては触れないでおいた。多分この娘なら、そっち方面の適性もあり得るかもしれないから(言わないでおく)

 

 

〇KGⅥ世&QES(7月末)

 恒例の海外旅行。

 特筆して語る事もない。本人も「ただただ作業ゲーと化してきたね」と淡々とキレた事を述べる。

 通訳は泣いてもいいと思う。 

 

 

〇凱旋門(10月)

 恒例の海外旅行2

「そういえば3連覇だね」と笑顔も無く、ただただ事実を述べて来る様子が異常に恐ろしかった。

 

 何よりも恐ろしいのは、現地で見守る観客はもちろん、中継を見ている私達ですらその代わり映えのしない光景に慣れてしまっている事だと思う。

 

 せめてもの救いは同走者が悔しそうにしている姿に、我々が安堵を覚えてている事。……いや、それはとても悲しい事だ。

 

 

 

〇B.Cターフ(11月)

 正直もう分かった。君の実力は本当に嫌と言う程に分かった。

 歴史上を見渡しても。シンザン公だって、トキノミノルだって、果てはエクリプスだって君ほどの成績は残していないんだから。

            

 だからもう、その姿を露わにしてくれるのは許してくれないかい?

 

 

〇有馬(12月末)

 知っている名前を見かけたようだ。

 ルーキーだった頃から目を付けていたらしく、悪意の機微を気取る位には鋭いウマ娘らしい。

 世間じゃ三冠ウマ娘を平らげに来たとか言われているようだが。そうだね。君はそんなもの全く眼中に無いよね。

            

 まだまだ実力は荒削りのようだけど、凄いね。まるで目が死んでいない。

 あの目は輝きを見ている目。このレースを経験してなお、何物にも揺るがされる事のない輝きを知っているんだね。

 

 ホント、この時期は嫌なウマ娘が出てくるね。

 

            

 

5年目

 

〇ドバイシーマ(3月末)

 お小遣い稼ぎ3。観客の誰もがあいつの勝利を疑わない。

 

 

〇宝塚(6月末)

 オカルト信仰は全て根絶やしにしたものと思ったが、たまにいるから絶滅までは遠い。

 ヤダヤダ。念入りに潰しておかないと。1匹いたら……、まあいいや。

 

 メジロは撒き餌に飛び込んで来たし、エアグルーヴは来るってわかってたし。

 海外にはまだ活きのいい奴がいるのね。あとギャルとネコ。

 ああ、あの時庇われた葦毛もいるじゃないの。

 

 まあ気楽に流してやるわ。ほれ、かかって来な。

 

 

 

今後

 KGⅥ世&QES(7月末)

           

 凱旋門(10月)

 

 天皇賞・秋(10月末)×

 

 ジャパンカップ(11月末)

 

 有馬記念(12月末)〇×

 

 

 

 

 

 

 

〇トゥインクル・世界レース界隈

 

 いい感じに盛り下がっている。話題をコンスタントに提供しているけど不思議だなー(笑)

 

 地方(ローカルシリーズ)は盛り上がっているわけだけど、それは懸念している。

 

 地方に熱が残るのは本意じゃないけど、まあ自分がやれることをやってもまだその性を捨てきれないと言うのであればそれも選択の一つだと思う。

 楔は十分打てたし、それ以上は本人達に委ねてみませんか。

 

 皆さんもレースだけが全てじゃないんですから。

 本当に。本当に周りをよく見直して欲しい。進める道はその辺にいくつも転がっています。

 

 あなた達は、可能性の塊なんですから。

 

 

 

〇ウイニングライブ

 

 圧巻のパフォーマンス。普段の練習は全てそこに集約されているのでは、と言われる位。

 でもある日のライブを境に、それはとても目を背けたくなるものに変わる。

 

 以降、本人達への当りは少しだけ弱まる。本当に少しだけだけど。じゃあ何を憎めばいいんだよ。

 また一つ絶望の種が撒かれた。

 

 

 

 

 

 

〇『領域』

 驚異的なほどの集中を見せつけてくれたのはブレイクル。彼女以上に入り込んでる奴を私は見たことが無い。

 

 ただ、ここは『領域』に足を突っ込んでいるウマ娘が多すぎる。タマモクロス然り、サイレンススズカ然り(スズカのはまた違う風なんだけどね)

 とりわけどっぷりつかっているのがシンボリルドルフ。

 このままいけばブレイクルばりに入り込める。が、きっと満足しないんだろうな。

 

 じゃあ更に成長を見せるにはどうしよっか。

 

 

〇『超越』という考えについて

 多分、身体によくない奴。それらしき走りを見せてくれたのはサイドテイル、マルゼンスキー、ライスシャワーのみ

 

 

 正直マルゼンのはまがい物。それが逆にいい塩梅に作用している。そこまで見越して練習を見ているんだからおはなさんが凄い。

 そもそも彼女は『領域』にも足を突っ込んでいるしね。上手く活用して上げて。身体は労わってあげなよ(遠い目)

 

 

 サイドテイルのは純度100%。だから何も言えない。言うことが無い。でも南坂は絶対に言わなければいけない。

 

 

 ライスはヤバい。言っちゃえばノーリスクで使えちゃっているもの。

 クール期間が短くて身体がケアできちゃう。これがライスの凄い所。

 

 サイドテイルと同じ期間費やした時の伸び代は間違いなくライスに軍配が上がる。

 何よりもその綺麗なフォームは絶対に大事にしないといけない。

 時代が時代なら彼女が怪物と名乗っても全く違和感が無いのだけれどね。

 

 

 

 

 

 

 

 

--春の感謝祭後の通話記録 AM3:10

 

 

 ったくこんな時間にホント電話寄越すなんて。あんたばかぁ。手短に済ませなさいよ。

 

 

 --へぇ、あの面子相手に勝利、ねぇ。

 ライスもいるし、勝てることは無いと思うけど。

 

 んー、まあ呑んでももいいけどさ、その後どうすんのよ。

 え、--が次走?ふーん、まあいいけどさ。

 

 

 あん、まだ注文あるっての?嫌よ、これ以上は面倒だし。

 --はい、それって本気?

 

 でもねぇ、あんた程度じゃねぇ。

 まあ出来なくは、、、、、へぇいい度胸じゃん。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 いいよ。ぐちゃぐちゃにしてあげるよ、サイドテール。




※本件は常に新しい情報が入れば追記・補足していく予定


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