やはり俺の青春ラブコメに女神がいるのはまちがっている。 (秋銀杏)
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[第1話]とにかく比企谷八幡は女子校に行く。

はじめましての方ははじめまして。昔の作品を読んでくれた方はお久しぶりです。秋銀杏(オータムリーフ)です。
前作は訳あって削除し、私自身もハーメルン から退会した身ではあるのですが、Twitterでもう一度読みたいという投稿を目にしたので、再び書くことを決意しました。
前作を読んでくださってくれていた方は、突然の作品削除は本当に申し訳なく思っています。魚拓なども取っていなかったため、昔の作品の再投稿という形ではなくリメイクという形での投稿となります。
また、書く時間自体も私生活の都合上キツキツなので不定期になる恐れがあります。
それでも宜しければもう一度彼と彼女達の青春群像劇をお楽しみ下さい。


 青春とは嘘であり悪である。

 青春を謳歌せしもの達は常に自己と周りを欺く。自らを取り巻く環境のすべてを肯定的に捉える。

 どれだけ致命的な失敗をしようとも、彼らはそれを若気の至りという簡単な言葉で片付けてしまう。

 例を挙げよう。

 彼らはなんでも軽々しくSNSに載せようとする。まるで自分たちが世界の中心、主人公であるかのように横暴に振る舞って。

 〜中略〜

 例えばスクールアイドル。学校という場に相応しくない組織を設立させては、それがまるで青春の象徴かのように振る舞うのだ。

 そもそも、学校にアイドルとかなんだよ。妹がスクールアイドルにハマって俺の相手をしてくれなかった時期があるからあれはマジで許さない。妹をたぶらかす奴らは全員敵であり悪だ。

 つまり、青春を謳歌せしものたちは悪であり、逆に青春を謳歌していない俺のような生徒こそ真の正義なのである。

 そう、だから俺は、新世界の神になる! 

 

 * * *

 

 国語教師の平塚静は額に青筋を立てながら、俺の作文を大声で読み上げた。

 こうして自分の書いた文章を読み上げられると自分の未熟さに気付かされる。

 適当に難しい言葉使ってたり、ありきたりなネタに走ったりと、売れない作家の真似事をしてるみたいだ。

 つまり、俺が呼び出されたのは文章の未熟さが原因ということでよろしいか? 

 え、違う? でしょうね。

 全てを読み終えた平塚先生は大きくため息を吐くと、ジロリと俺に視線を向けた。

 

「なぁ、比企谷、私が出した課題はなんだったかな?」

「……はぁ、高校生活を振り返ってというテーマの作文でしたが」

「それがどうして新世界の神になるという結論に落ち着くんだ? 君は馬鹿なのか? それともキラなのか」

 

 いいや、僕はキラじゃないよL。てか、あんた少年マンガ読んでるのかよ。

 心の中で返事をしつつ、申し訳なそうな顔をして首を振っておく。先生に怒られたときはとりあえず申し訳なさそうな顔をしておけばいい。

 そうすれば相手は勝手に納得するし、こっちは説教が早く終わって助かる。

 そんな俺の甘い心中を察したかのように、平塚先生は紙の束で俺の頭を叩いた。

 

「真面目に話を聞け。全く……、まるで君の目は腐った魚のようだな」

「そ、そんなDHA豊富そうに見えますか? かしこそうすっね」

「あぁん?」

「ひ、ひぃ!」

 

 ちょ、この人、生徒に向けていい圧じゃないんだけど。闇金取立てに来る人とかが向けてきそうな圧を感じたんだけど! 

 はぁと大きくため息をついて、平塚先生はとんとんと作文の一部を叩く。

 

「そもそもここはなんだ? 君がスクールアイドルが嫌いなのは分かったが、途中からどう考えても私怨じゃないか。いや、最初から全部私怨ではあるんだが」

「なっ! なんてこというんですか! 俺の妹への愛が間違ってるとでもいうんですか! それだけは許せねぇ! もう帰らせてもらいます!」

 

 平塚先生に背を向けて歩き出そうとすると、俺の右手首が掴まれた。

 

「まぁ、待て。そうやって逆ギレして帰ろうとするな」

 

 優しい声色とは反して、掴まれた俺の手首が悲鳴を上げているんですが、これは何事なんですかね。

 いや、ちょ、まじで痛い。ギブギブギブ! 

 諦めて向き直ると、平塚先生は手を離してくれた。

 

「まず、レポートは書き直せ」

「はい」

 

 それは仕方がない。甘んじて受け入れよう。

 次はもっと中身のない、ミルクキャラメル作れそうなお花畑な文章でも書いておこう。

 

「それと君には罰を命じる」

「は? なんで?」

「君がキラだからという理由でどうだ?」

「いや、意味わかんないんですけど……」

「じゃあ、変なレポートを出した罰でいい」

「じゃあって言ったよこの人……」

 

 罰を受けさせるための建前が適当過ぎません? 

 げんなりしつつ、どうせ引いてくれないだろうと頷くと、平塚先生は少し考えるように顎に手を置いた。

 

「ところで君は友達は?」

「いません」

「恋人は」

「今はいません」

「部活にはもちろん入ってないよな」

「そりゃあ、まぁ」

 

 なにこれ? 新手の職質? 

 うんうんと頷きながら俺の回答を聞いた平塚先生は俺に一つの選択を投げかける。

 

「君は、部活に所属するのと、ボランティアに参加するのはどちらが良い?」

「えぇ……」

 

 どちらも嫌なんですけど。

 しかしそれが通じないことは既にわかっている。

 ならば考えるべきはどちらの方がバックれやすくて楽であるかということである。

 そういう点で考えると、部活に所属するよりはボランティアの方が良いかもしれない。

 それに俺は好青年だからボランティアとか好きだしな。

 海とか行って騒いだりしないし(騒ぐ友達がいない)、友達とアイス食べて道端にゴミのポイ捨てをしたりもしない(一緒に食べる友達がいない)。なんなら、一人で残って教室の掃除までしちゃうもんね(一緒に掃除する人がいない)! 

 

「そうか。ならば、明後日の放課後は空けておいてくれ」

「ああ……、すみません。明後日の放課後はお腹が痛くて早退する予定が」

「ちなみに、もし参加しない場合はもう一度二年生をやってもらう」

 

 流石に顔が引き攣った。

 脅迫として訴えられるんじゃないだろうか。

 

「と、ところでボランティアって何をするんですか?」

 

 恐る恐る尋ねた。もうね、ボランティアという名の悪行積ませられるんじゃないかと思い始めた。

 

「ふっ、それは明後日のお楽しみだ」

 

 ニヤリと意味ありげに笑う様を見て、なぜかデスノートの7巻を思い出した。

 俺が心臓麻痺で死ぬってことですね。つまり、お前がキラか。

 

 * * *

 

 約束の日の放課後、俺はまだ死にたくない! と逃げ出した俺を捕まえた平塚先生によって連行されていた。

 ボランティアは学外でやるらしく、無駄にカッコいい車に乗せられて道路を走っていた。しかも、随分と走っている。そろそろ千葉県から出て東京に着いてしまうぞ。

 

「これ、どこまで連れて行かれるんですか……。東京湾?」

「東京であることに間違いはないが、残念ながらハズレだ。海の清掃ではないよ」

 

 ほっと一息つく。海の清掃ではなくて、俺が清掃されるんじゃないかと心配してただけです。

 でも、それじゃあどこに向かっているのだろうか。

 

 横から見る平塚先生はご機嫌そうで、車の運転を楽しんでいそうだ。または、俺のこの後の展開を妄想して楽しんでいるのかもしれない。

 先生と二人きりという居心地の悪い状況で不意に車が止まった。

 

「ここが君のボランティア先だよ」

「は?」

 

 変な声が出た。目の前に聳え立つ、学校と呼ぶに相応しい建造物。

 気のせいだと目を擦ったが、建物は消えない。

 門に囲まれた建物の入り口には音ノ木坂学院の文字が。

 え、ここ? 

 

「ここで君は生徒会業務を手伝ってもらう」

「え、い、いやいやいや。冗談ですよね?」

「この顔が冗談を言っているように見えるか?」

 

 マジかよ……。

 今一度音ノ木坂学院を見て絶句する。

 これなら部活に所属した方が絶対に楽だった。

 もう驚きと絶望でこれ以上何も言われても、びっくりしない自信がある。

 

「ちなみに、ここは女子校だから変な行動はするなよ。捕まるぞ」

「はぁ!?」

 

 今日一番の声が出た。

 

 * * *

 

「ちょっと待ってください。考え直しましょう! そうだ。肩でも揉みましょうか?」

 

 首根っこを掴まれて無理矢理歩かされながらも必死に説得するが、全く効いている気がしない。

 ボランティアだけでもキツイのに、女子校となれば更にキツイ。加えて、逃げることかも不可とか超キツイ。3Kだ。今の主流は4Kだから、多分もっとキツくなる。

 

「さぁ、着いたぞ。ここが理事長室だ。変な行動はするなよ?」

「いや、変な行動というか、俺がここにいるという事実が既に変なのでは?」

 

 俺の指摘を無視して平塚先生が理事長室のドアを開けた。

 そこに居たのは椅子に座る女性と、二人の女子生徒だった。

 その女子生徒の容姿に目を奪われる。一人は高校生にしては大きめの胸を持った髪を二つに分けて縛った柔らかそうな雰囲気の女子で、もう一人は珍しい金髪をポニーテルにしたスタイルの良い冷たそうな雰囲気の女子だ。そして、どちらも一般的に言って美人や可愛いの部類に入る顔立ちだった。

 俺が入ってくるのを見て、巨乳な女子生徒、巨乳ちゃんは興味深そうに見て、もう一人の金髪の女子生徒は俺を観察するように見る。

 巨乳ちゃんはわからないが、金髪の女子生徒はどう考えても俺に良いイメージを持ってなさそうだ。眉間にシワよってるし、凄い不服ですってオーラが出てる。

 今すぐ帰りたい。アウェーすぎる。

 

「静ちゃん、前も言ったけどドアはノックして開けないとダメでしょ?」

 

 椅子に座った女性が平塚先生に注意をする。

 その女性も十分に整った顔立ちをしていて、しかも大分若い。大学生と言われても通用しそうである。

 

「いやー、すまんすまん。比企谷、こちらがこの学校の理事長の南さんだ」

「ご紹介にあずかりました、南です。比企谷くん、よろしくね」

「は、はぁ……」

 

 なんとかそれだけ返した。

 もう蛇に睨まれた蛙状態である。小さくなって怯えていると、巨乳ちゃんが手を挙げた。

 

「じゃあ、うちらも自己紹介しよっか。うちは東條希。生徒会の副会長をやってます。よろしくね」

 

 どうやら巨乳ちゃんは生徒会の副会長のようだ。つまり俺のこれからの上司。

 曖昧に頷きだけ返すと、優しく微笑んでくれる。やだ! この面子だとこの人だけ女神だ! 惚れそう! 

 

「ほら、絵里ちも」

 

 東條さんに呼ばれたえりちという女子生徒は、不承不承といった感じで頷く。

 

「絢瀬絵里よ。生徒会長をやってるわ」

 

 ものすごく素っ気なく挨拶をされた。しかし、なぜかこれぐらいの方が安心してしまう。

 そう、ゲームやアニメの世界ではないのだから、こういう異物が歓迎されることなどまずないのだ。やっぱりあれら詐欺だな。

 平塚先生に軽く背中を叩かれた。俺も挨拶をしろということらしい。

 

「え、えと、ひき、比企谷、八、幡です……」

 

 絢瀬さんにそれだけ? と言わんばかりの目を向けられたが、知らんぷりを突き通す。

 こういう時は最低限な情報に限る。変な情報とか加えようものなら引かれること間違いないし、そもそも追加できる情報が俺にはない。

 

「これから一緒に活動していく仲間なんだから仲良くしていきましょう」

 

 南さんのそんな言葉で締め括られ、それに東條さんだけが頷く。

 それに苦笑いを返した南さんは、はいっと俺に向けて校章を差し出した。

 

「次から来る時はこれをつけて来てね。警備員さんへは話を通しておくから」

 

 つまりこれが俺の通行許可証でもあり、受け取れば俺が生徒会活動に参加するということが確定してしまうというわけだ。

 嫌すぎる。受取拒否。または、クーリングオフを希望します! 

 

「ほら、比企谷、受け取りなさい」

 

 残念ながら許されなかったようで、南さんに向けて平塚先生に背中を押され、無理矢理受け取りに行かされる。

 ああ、今までの人生が頭の中を駆け巡る。これが走馬灯というのね。

 俺の手の中に渡ってしまった校章を見て、そんなことを思い、ついつい涙が出そうになってしまう。

 

「それじゃあ、確認だけど、比企谷くんは明日から生徒会の仕事を手伝いに音ノ木坂学院に来る。ということで大丈夫かしら?」

 

 全然大丈夫じゃないです。

 なんとかして今からでも取り消せないかと考えを巡らせる。

 

「あの、俺、金ないんすけど、交通費とかは」

 

 そうだ。ここに来るには電車を使う必要があり、俺はアルバイトをしてないのでその交通費を払うのは厳しいものがある。

 

「それなら安心したまえ」

 

 そう言われて、平塚先生が俺に見せたのは見たことある切符。定期とか呼ばれるものだろう。

 

「半年分だ。これを使いなさい」

 

 マジか……。そこまでして俺を働かせたいの? 

 

「い、いや、ほら、俺、男子生徒だし、なんか問題でも起こすかも」

 

 慌てて次の策の案を口走ると、隣の絢瀬さんがめっちゃ冷たい目になった。凍えそう。やだ! 隣の人怖い! 

 

「君のリスクリターンの計算と自己保身に関してだけはなかなかのものだ。刑事罰に問われる真似だけはけっしてしない。君の子悪党ぶりを信用しているよ」

「何一つ褒められてねぇ……」

 

 隣の絢瀬さんの視線が更に険しくなった気がした。

 しかし、相手方も納得しているとあればこれ以上は俺が説得する余地はない。

 黙り込んだ俺をみて、南さんはにっこりと微笑む。

 

「ほかに何か質問とかはあるかしら?」

 

 暗黒微笑とも呼べる美しい微笑みに、なす術なく頭を垂れて敗北を宣言するしかなかった。

 

「ふふ、それじゃあ明日からお願いね。東條さんと絢瀬さんも比企谷くんのこと頼んだわよ。そうね。今日は仲を深めるためにも一緒に帰ったらどうかしら?」

「すみません。私はこれからやることがあるので。……それでは失礼します」

 

 南さんの提案に素っ気なく返した絢瀬さんは俺に最後に一瞥すると踵を返して、理事長室から出て行ってしまった。それを追うように、東條さんも一礼してから出て行った。

 不機嫌さを隠そうともしない絢瀬さんの態度、これもしかしてボランティアって難易度ルナティックだったりします? 

 

 * * *

 

 平塚先生はこの後用事があるということで、一人で帰れてと放り出されました。

 その結果、道に迷った。

 くっ、歩き慣れていない東京の街並みはわからない。しかも、ここ秋葉原だから人多いし、同じような建物ばっかりで全く分からん。

 そして、こういう時に限って電源が切れているのが俺の携帯である。

 ちょ、携帯くんさぁ、やる気ないなら明日から来なくていいよ。

 近くのコンビニか店で道を聞いた方がいいかもしれない。

 

「あれ、どうかしたの?」

 

 コンビニとかを探してキョロキョロしてると、不意に声をかけられた。

 振り返ると、髪の毛をサイドテールにした女子が俺の後ろに立っている。年齢は俺と同じくらいだろうか。

 

「あ、いや、あの、道に迷っちゃって……」

「? ごめん。もう一回言ってもらえるかな?」

 

 唐突に声をかけられたせいでめっちゃボソボソと喋ってしまったからか、その女子は俺に顔を近づける。

 いや、近い近いいい匂い近いいい匂い! 

 なんでこの人は、こうやすやすと人のパーソナルスペースを踏み越えて来てるの? 

 

「道、迷って」

「え、そうなんだ! どこに行きたいの?」

「駅」

「えっと、それならね〜」

 

 早く離れてしもらうためにめっちゃ簡潔に言ったせいで日本語に不慣れな外国人みたいな喋り方になってしまったが、それを笑うことなくその女子は駅までの道筋を教えてくれた。

 

「ありがとうございます……」

「ううん。あ! 私の家、和菓子屋さんだからよければ今度来てねー!」

 

 それだけ言うと、道を教えてくれた女子は手を振って俺と別れていく。

 随分と元気な女子だった。しかし、もう会うことはないだろう。だって店の名前教えてもらってないし。多分馬鹿な子なのだろう。

 さて、とりあえず、コンビニに行くか。

 緊張しすぎて、女子が教えてくれた道順全く覚えてないし。

 



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[第2話]どことなく東條希は気を回している。

 朝の満員電車の様子をニュースなどで見ていると社畜である親を思い出すし、その様はまるで売られる前の仔牛達を想起させるのだが、今の俺ほどその表現に当てはまる人物はいないと自負している。

 

 音ノ木坂学院での初面談から翌日の放課後、逃げ出そうとした俺を再び捕まえた平塚先生の手によって秋葉原行きの電車の中へとぶち込まれてしまった。

 もうね当たり前のように門の前で待機されていて、そのオーラを見た瞬間逃げ出したくなったね。逃げ出してた最中だったけど。

 生徒会業務という激務の場に送られる囚人としてドナドナ言いそうになりながら電車に揺られていると、昨日ぶり街並みが見えて来た。

 

 ここで、比企谷八幡の戦いはこれからだ! って感じで連載終了しない? 次回作に期待しましょうよ。

 ダメですか。ダメですね。知ってた。

 

 電車から降りて、溢れかえってる人混みを見やると、今すぐ回れ右をしたくなる。

 しかし、留年がかかっているともなればそうはいかない。

 流石に留年するとなれば親父達に申し訳ないし、小町と高校生活を一年多く過ごせてしまうとか最高じゃないですか! 

 とはなるものの、こんな兄がいると下級生に知られた場合、小町の尊厳に関わるので流石にやめた方がいい。

 

 携帯のMAPアプリを開いて音ノ木坂学院までの道を検索して歩いていく。

 流石は秋葉原というべきか、横を見れば有名アニメの映像が流れ、左を見れば萌え絵のポスターが貼られている。

 そして、目の前、やけに人が集まっている地帯のほぼ真上ではスクールアイドルのPVが流れていた。

 あそこを通るとなると邪魔そうだなと思いながら、彼らが見ているPVを見てみると、見覚えのあるスクールアイドル達が踊っていた。

 確かUTX学院のA-RISEというグループな筈だ。

 小町が一時期凄い熱中していたのを記憶している。

 つまり俺の敵である。思いっきり睨みつけておいた。

 

 そんなこんなの末に音ノ木坂学院に到着すると、校章を付けていたにも関わらず周りから凄い変な目で見られた。というか、警備員さんに一回止められた。

 あ、あれー? 南さん? 話は通しておいてもらえるんじゃなかったの? 

 校章の存在を見せた上でもこの警備員さんに凄い不審そうな顔で見られてるんですけど。

 終いには無線で誰かに応援呼びはじめた。もしかしてこれ警察案件になるんじゃないか? ごめんよ。小町、お兄ちゃん捕まりそう。

 内心ヒヤヒヤしていると、昨日会った巨乳ちゃん、東條希さんが来てくれた。

 

「大丈夫です。この生徒であってます。はい」

 

 警備員さんと二言、三言と会話を交わすと、東條さんが俺に向き直る。

 

「比企谷くんごめんね。ちゃんと連絡が伝わってなかったみたいで」

 

 ごめんごめんと手を合わせて謝ってくれてる東條さんの後ろで未だに警備員さんはこちらを怪しそうに見ていた。

 お前のことは一応優秀な警備員さんということにしておいてやろう。ただ、お前の絶対許さないノート入りは既に確定した。

 

「それじゃあ行こっか」

 

 東條さんに先導されて音ノ木坂学院の校舎に再び足を踏み入れることになる。女子校という響きだけで緊張するし、冷や汗が酷い。

 

「あ、そうや! 比企谷くんって上靴持ってる?」

「あ……」

 

 言われて、そういえば上靴を持ってきてないことを思い出した。昨日もスリッパだったのだからその時点で気づけばよかったのだが、色々とありすぎてそれどころではなかった。

 俺の反応を見て持ってないと判断したのか、東條さんは待っててと言ってからスリッパを持って来てくれた。

 

「はい、これ! 使ってな」

「ありがとうございます」

 

 お礼を言いながら東條さんの口調に引っかかる。

 さっきから思っていたが、この人は関西人か何かなのだろうか。

 

「ん? どうしたん? うちの顔に何かついてる?」

「あ、いや、なんでも……」

 

 見ていたのがバレたのか、首を傾げられたので慌てて首を振る。

 なんか好きな女子に、は、何あの視線、キモ! って言われたのを思い出して軽く死にそうになった。

 

「んー? あ、もしかして、うちの口調?」

 

 東條さんは確信がいったかのようにポンと手を叩いた。

 

「実はうち、小さい頃は親の都合でよく引っ越していて、それでこんな似非関西弁が身に付いちゃったん」

 

 ほーん。

 まるで、アニメキャラのようなキャラ付けだ。

 

「でも、昨日は結構標準語だった気も」

 

 ついつい呟いた言葉に東條さんは怪しい笑みを浮かべる。

 

「ふふ、うちは勘のいいガキは嫌いよ?」

「……はは」

 

 愛想笑いを浮かべるしか出来なかった。

 あんたも少年マンガ読んでるのかよ。

 てか、このタイミングでそのセリフは怖い。誰だよこの人女神とか言ったの。余計なことは口にしないでおこう。

 ビクビクしながら東條さんの後をついて行くと、気を利かせているのか東條さんが偶に話を振ってくれたりした。

 

「比企谷くんって何年生なん?」

「2年です」

「へー、そうなんや。うちは3年生なんよね」

「そうすか」

「……えっと、比企谷くんって好きなこととかある?」

「特に」

「……比企谷くんってどうして音ノ木坂学院に来てくれたん?」

「まぁ、色々とあって」

「……そ、そうなんや」

 

 自分でも話していてすごく申し訳なくなってくる。

 なんか上手い返しでもしようかと考えはするのだが、それをして引かれたら嫌なので簡潔かつ、簡素に返していった結果、全く話が盛り上がらなかった。

 次第に東條さんも話を振らなくなり、無言で廊下を歩いていると東條さんがある扉の前で振り向いた。

 

「ここが生徒会室。今は絵里ちしかいないから気楽にしてええよ」

 

 東條さんと2人きりの時点で全く気楽ではなかったというのに、あの敵対心バチバチの絢瀬さんの前で気楽にできるという未来は全く見えない。

 東條さんが道を譲ってくれて、扉の前に立たされる。

 自分でノックして開けろということらしい。

 ……俺、実は箸より重いものが持てなくて。

 そんな言葉が頭をよぎったが流石に口には出さないでドアをノックする。

 

 中からどうぞという声が聞こえてくるまで、やたら時間がかかったように感じた。

 考えてみれば、女子校に男子生徒1人きりとかシチュエーションだけを見れば完璧だ。ふと中学時代の甘酸っぱい思い出が蘇る。

 

 好きな女子に誘われて参加したカラオケ。部屋に入った瞬間漂う微妙な空気。

 

『ちょ、誰だよこいつ呼んだの』

『わ、わかんない……』

 

 誰とない呟きに答えたのは、俺を誘ってくれたと思っていた女子だった。

 ……甘酸っぱいというか、もうこれ苦い思い出だった。

 あの後、結局飲み物取りに行くふりして速攻で帰ったからね。

 多分、俺を誘ってくれた女子はなんとなく事務的にかつどうでもよく俺を誘っていたのだろう。

 あの時の、なんでこいつ来たの? って視線はやばかった。どれくらいやばかったかと言うと、軽くちびりそうになるくらいはやばかった。

 

 まぁ、要するに異物は排除され、目視されない対象であり、そこでラブコメ展開なんて起きようがないのだ。

 高度に訓練されている俺が今更こんな罠にかかるわけもない。

 そう思ったら逆に気楽に感じてきた。そうだ。俺の今までの努力の成果を今こそ見せる時なのだ。

 

 ラブコメ展開に巻き込まれないために、それを避けるためにするべき行動は既に決まっている。

 自らのプライドを守るためなら好感度など捨ててしまえばいい! 

 

 意を決して扉を開けた先には、確かに絢瀬さんが1人で座って作業をしていた。

 絢瀬さんは俺が入ってくるのを確認して書類を書くペンの動きを止めてこちらを見る。

 昨日と同じ値踏みするかのような視線だ。

 確かにこっちは異分子であることは間違いない。しかし、平塚先生に無理矢理連れてこられているというのにその態度には少しイラッとしなくもない。

 ということで、メンチを切るようにこちらを絢瀬さんを睨む。敵意マシマシで。

 

 野生の獣は目で殺す! ガルルルー! 

 すると、絢瀬さんは目を細めて、まるで射殺すかのような冷たい刃物のような視線を向け、氷のような声色で俺に言葉をかけてきた。

 

「……邪魔だからそこに立ってないで」

「……あ、はい」

 

 え、なにこの人。氷の女王かなにか? ありのままの人? 急に歌い出したりしない? 

 邪魔というのは扉の前にいることではなく、視界の邪魔というニュアンスの方が近そうだ。

 扉の前から離れ、絢瀬さんの視界にも映らなそうな生徒会室の隅に移動して立つ。

 東條さんの方を見ると、あちゃーと言わんばかりの表情をしていた。

 俺としては絢瀬さんが上司という事実があちゃーどころか、oh……って絶句しちゃうレベルなんですが。

 縮こまっていると、絢瀬さんが小さくため息を吐いてこちらを見た。

 

「そこだと仕事を教えられないわ。こっちに来て」

 

 これは世の男子なら軽く引っかかりそうな言葉だ。

 美少女に仕事を教えてもらえるとか最高ですか! とか、さっきまであんなに冷たかったのに唐突に優しくなるとかツンデレかよ、とか。

 しかし、俺ほどのプロになるとこの言葉の裏を読めちゃうもんね。

 意訳。わざわざ私の手を煩わせないでくれる? やる気ないなら帰る? てか、帰りなさい。

 多分、内心でこんな風に思いながら喋ってる。間違いない。

 女子とは頭と口からでは全く違う言葉が生成される生き物なのだ。

 だから、小町がお兄ちゃん気持ち悪いとか言うのも愛情の裏返しと考えていいよね! 

 そんなことを考えたせいで、俺は動き出そうともしなかった。それを絵里さんは無視されたと感じたのか、不快げに眉を顰める。

 再びピリついた空気が流れはじめた。

 

「あー、2人とも、えっと改めて自己紹介でもしよっか!」

 

 流石に見兼ねたのか、場違いなほど明るい声を出して、東條さんが俺と絢瀬さんの間に入る。

 

「それなら昨日したでしょ?」

「いやいや。だって、昨日はちょっとしかしてないやん。ほら、好きな食べ物とか、趣味とか」

「必要ないと思うんだけど……」

「えー、そんなことないやん。ね、比企谷くん?」

「……そうですか?」

 

 誠に遺憾だが自己紹介が必要と感じないというのは絢瀬さんと同意見だ。

 そもそも自己紹介とは相手と親しくするために自分の情報を開示する一方、自分の学歴レベルなどを開示してマウントを取り、相手に牽制を行う儀式でもあるのだ。

 俺たちは親しくなる予定はないし、マウント合戦とかするだけ無駄だ。よって、自己紹介なんて必要ない。Q.E.D.証明終了。

 俺の言葉に東條さんは不服そうな表情になる。

 またもや微妙な空気が流れそうなった瞬間、不意に生徒会室の扉が叩かれた。そして、失礼しますと言って、3人の女子生徒が生徒会室に入ってきた。




ちょこっと紹介コーナー

この作品は前作のリメイク作ということで、変更点や、キャラ設定について軽く後書きで書いていこう思います。読み飛ばしても全然OKです。

比企谷八幡
総武高校2年。音ノ木坂学院の生徒会手伝い。
前作の初期と比べて、積極力、コミュ力、行動力が作者の手によって大幅弱体化されてしまった主人公。これにはピチューもびっくり。前作の序盤は八幡のコミュ力が流石に高すぎた。
奉仕部に所属してないことを除けば、過去設定などは概ね原作通り。
ただ、原作とは違い、ラブライバーではなくプロデューサー。
妹である小町がスクールアイドルにハマって一時期構ってくれなかったせいで、スクールアイドルに敵対心を燃やしている。

絢瀬絵里による比企谷八幡の印象

『挙動不審で、やる気もなさそうだし、なんで彼みたいな生徒が手伝いに来たのかわからないわ』


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[第3話]渋々と比企谷八幡は動き出す。

 失礼しますという言葉共にドアを開けて入ってきたのは三人の女子生徒。

 全員が整った顔立ちをしていて、この学院の顔面偏差値高いなぁなんてしみじみと感じていたら、明るめの茶髪をサイドテールにした女子生徒が絢瀬さんに一枚の紙を提出した。

 

「これは……?」

「アイドル部、新設の申請書です!」

「それは見ればわかります」

 

 先程までのやり取りのせいで不機嫌さMAXの絢瀬さんは、冷たい声色で応対する。

 あの女子生徒には絢瀬さんの不機嫌な理由が俺にあるということで多少の申し訳なさを感じなくはないが、設立する部活名が引っ掛かっていた。

 アイドル部? あぁん? なにあのスクールアイドルとかいう部活ですか? 学校は勉強する場だぞ。舐めんな。却下だ却下! 

 

「では、認めていただけますね!」

「いいえ、部活は同好会でも最低5人は必要なの」

 

 またしても絢瀬さんと同じ意見となってしまった。

 しかし、部活申請に必要な人数も知らんとは大丈夫か、こいつら。

 

「ですが、校内には部員が5人以下のところもたくさんあるって聞いてます!」

「設立した時には5人以上居たはずよ」

 

 絢瀬さんの言葉に長い黒髪の子がすかさず反論するが、それもあえなく撃沈してしまう。

 

「あと、2人やね」

 

 彼女達が来てから黙っていた東條さんがそんなことを呟いた。

 

「あと2人……わかりました。行こう」

 

 女子生徒達は納得したようで生徒会室から出ようとすると、絢瀬さんがそれを呼び止めた。

 

「待ちなさい。どうしてこの時期にアイドル部を始めようと思ったの? あなた達二年生よね?」

 

 その問いに、茶髪をサイドテールにした女子生徒が真剣な表情で答える。

 

「廃校をなんとか阻止したくて」

 

 廃校? 廃校ってあの廃校? え、この学校って廃校になるの? 

 

「今ってスクールアイドルは凄い人気があるんですよ! だから」

「だったら、例え部員を5人集めても認めるわけにはいかないわね」

「どうして……」

「部活は生徒を集めるためにやるものじゃない。思い付きでやってみたところで状況は好転しないわ。変なことを考えないで残り二年、自分のためになにをすべきか考えるべきよ」

 

 そう言って絢瀬さんは提出された申請書を突き返した。返却したというよりは、もう持ってくるなという意思表示だろう。

 

「……戻ろう」

 

 なにも言い返せなかったらしい女子生徒は突き返された申請書を受け取ると、残りの2人を連れて生徒会室から出て行こうとする。

 その際にその視線が一瞬こちらを見て、動きを止める。

 

「あれ、君は……」

 

 変なものでも見たかのようにこちらを見つめる女子生徒の顔立ちには俺も見覚えがあった。

 

「穂乃果ちゃん? 知り合い?」

「ううん。そうじゃないんだけど昨日……」

 

 昨日、俺に道を教えようとしてくれた女子生徒だ。

 そのことに気づいて、一応昨日の感謝の念も込めてペコリと小さく会釈すると、穂乃果と呼ばれたその女子生徒も合わせて会釈した。

 

「えっと、どうして……」

「穂乃果、理事長から集会で説明があったでしょう。私たちの学園生活をサポートする生徒が他校から来てくれて、生徒会の手伝いをしてくれるって」

「言ってたっけ?」

「さては、寝てましたね……」

 

 長い黒髪の子が呆れたようにため息を吐く。

 

「でも、じゃあ、もしかして部活のサポートとかも……!」

「いや、悪い。そういうのはやるつもりはない」

 

 俺に与えられた仕事は生徒会業務だけのはずだ。それ以上のことはするつもりはない。

 

「そうなんだ……。そっかぁ。だよねぇ……」

 

 落胆しつつ、期待の眼差しをチラチラ向けてくるのはやめてくれませんかね。やらないからね。

 

「ほら、行きますよ。穂乃果」

「……うん」

 

 肩を落として彼女達が出て行って、扉が閉まったところで絢瀬さんから声をかけられた。

 

「あなた、彼女と知り合いだったの?」

「いえ、別に……」

 

 知り合いでもなんでもない。ただ道を教えてもらっただけだ。道覚えてなかったけど。

 だから、その変なことしてないでしょうね? と言わんばかりの視線を向けるのはやめて貰えますかね。

 そういえばと、先程の彼女達の会話で気になったとことを聞いてみる。

 

「そういえば、廃校になるんですか?」

「ならないわ。私がさせない」

 

 そういうこと聞いたんじゃねぇよ。お前の崇高な志は聞いてねぇから。

 とか言ったものなら睨まれることは確実なので、そうですかと太々しく頷いておいた。

 流石にわざとらしかったのか、絢瀬さんの視線が厳しくなる。

 そんな俺たちを他所に東條さんは何やら唸りながらカードを引いていた。

 なにあの人、シャイニングドローバースでもし始めたの? 

 

「うーん。やっぱり……」

「どうかしたの?」

「うん。タロットがね告げるんよ」

 

 タロット? タロットカードのことであることはわかるのだが、なにこの人、そういうタイプの人なの? つまり占い師型というか、オカルトタイプってやつ? 

 

「絵里ち、本当に良かったん?」

「……なにが」

「さっきの子達」

「本当に良かったもなにも人数も揃ってなかったじゃない」

「そうなんやけど……」

 

 東條さんの話し方はなんというか繋がりが見えにくい。

 幼女戦記の1話見た後に2話目見始めた時の感覚に似てる。話繋がってなさ過ぎて別アニメ始まったかと思ったからなあれ。

 うーんと唸る東條さんがチラリと俺を見た。嫌な予感しかしないので、速攻で首を逸らして気づいてませんよというポーズを取っておいた。

 

「さぁ、下らない話はこれぐらいにして、早く作業を終わらせましょう」

 

 パンッと空気を変えるように手を叩いた絢瀬さんは再び書類にペンを走らせ始めた。

 その姿に不承不承といった感じではあるが、東條さんも作業を開始する。

 そして、俺はといえば未だになんの仕事も与えられてないのでなんか仕事してる感を出して誤魔化しておいた。具体的には、机に向かって腕組んで唸ってるだけである。絶対に誤魔化し切れてない。

 これはあれかな。自分から聞きに来いとかいうパターンかな。嫌だなー。怖いなー。怖いなー。

 

「……何かしら?」

 

 タイミングを伺うように、チラチラと見ていたら、絢瀬さんと目が合って、凄い嫌そうな顔された。

 おいおい、目が合っただけで敵意向けてくるとかどこの世界のトレーナーだよ。

 

「えっと、俺は何をすれば……」

「えっ? ……あ」

 

 渋々とぼそっと呟いた俺に絢瀬さんは一瞬ぽけっとすると、忘れてたと言わんばかりの声を出した。

 え? 普通に忘れられてただけ? もしかして、余計な行動せずに、黙っていれば仕事しなくても済んでた? 

 その後、普通にやるべき仕事を教えてもらえたので、やっぱり忘れられていただけだったらしい。

 なにそれ、悲しい。

 

 * * *

 

「それで、どうだね。音ノ木坂学院での活動は?」

「はぁ、まぁ普通というか、特になにも……」

 

 翌日の放課後。今日も今日とて音ノ木坂学院に行かなければならないと思っていたら、平塚先生が校門前で車を停めて待っていた。

 聞くと、東京の方に用事があるから乗せていってやるとのことだった。

 なんか毎日平塚先生に連行されてる気がする。

 

「普通、か……」

「普通、ですね」

 

 特段変わったことは起きていない思う。強いていうなら、俺が音ノ木坂学院に行ってること自体が変わってるというか、異常事態なのである。

 

「そうか。それならばよかった」

「よかったんですかね……」

「普通ということはいつも通り上手くやれているということだよ。まぁ、君の場合がいつもが上手くやれていないんだが」

 

 嫌な現実を突きつけられて、これからあの嫌な生徒会長に会う前だというのにげんなりしてしまう。あの生徒会長、美少女じゃなかったらぶん殴ってる自信あるからな。

 

「そういえば、音ノ木坂学院にスクールアイドル部ができるそうだな」

「……なんでそれを? 忍びのものですか?」

「残念ながら守秘義務だ」

「はぁ、そうなんすか」

 

 まぁ、十中八九東條さんだな。

 だって、俺の動向を報告できるの絢瀬さんか東條さんしかいないし、あの生徒会長が俺の観察報告とかしたらメタメタに書いてくる未来しか見えない。

 よって消去法的に東條さんで間違いない。

 そうか。つまり、俺がちゃんと生徒会に行かなければ東條さんによって平塚先生に報告がいくのか。後でゴマすっておこう。

 

「折角だ。手伝いなさい」

「はい?」

 

 なにを言われたのか理解できずにアホそうな声で聞き返してしまった。

 

「折角だからな。スクールアイドル部新設を手伝いなさい」

「…………はい?」

 

 聞き間違えかしら。今、とんでもないことを言われた気がしたけど。

 

「ちなみにこれは決定事項だ。異論反論抗議その他もろもろは受け付けない」

「いやいやいや、ちょっと待ってください! え? なんで?」

「なんでって、忘れたのか? 君が音ノ木坂学院に行く理由を」

「生徒会の手伝いをするためでは?」

「ボランティア、引いては奉仕活動を行なうためだ。生徒の活動を支援するのも君の業務の一環だよ」

「そんな! 話が違う! 俺は帰らせてもらいます!」

「別に構わないが、走っている車から飛び降りるのは危ないぞ」

 

 ぐっ……、確かに飛び降りれない。

 話は終わりと言わんばかりに歌を口ずさみ出した平塚先生を見ながら恨みがましい目を向けておいた。

 歌が無駄に上手いのが腹立つ。でも流行り物の曲じゃなくて、演歌なんですね。

 ずっと恨みの視線を向けていたが、先生はそれを一切意に返さず、結局音ノ木坂学院まで連行されてしまった。

 

 くっ、俺にもっと力がさえあれば……! え、今からぼっちになって、秘密のコードを唱えれば200連ガチャ無料? レジェンド武器に、守護成獣獲得、魔剣士に昇格して戦力6000万!? 今すぐ始めよう、ぼっち伝説! 

 

 嫌すぎて、頭の中に盛大な中二病の風が吹き荒れてしまった。それで、逆に冷静なる。

 そうだ。平塚先生はああ言っていたが、あの女子生徒たちに断られれば問題自体ない。そもそもあの女子生徒たちも本気で俺を勧誘したわけでもないだろうし、適当に断られれば問題ない筈だ。

 てか、あの女子生徒たちも絢瀬先輩に断られて諦めてる可能性高いよな。

 

 そう思ってたら廊下であの3人組が集まって何かしていた。

 見ると、デカデカとスクールアイドルの名前募集と初ライブのお知らせのポスターを貼り付け、その下には投稿箱があった。

 ……これ生徒会業務として撤去したらダメだろうか。

 一瞬本気で考えてしまった。

 しかし、絢瀬さんにあれだけ反対されたというのに活動を続けるつもりでいるようだ。しかも、初ライブのお知らせまである。

 あんな適当な感じで部活申請の紙を出した割には意外にも結構本気だったらしい。

 まぁ、そんなことはどうでもいい。ここで会ったが100年目。とっとと平塚先生からの仕事は断られたという形で終わらせよう。そう。「え、いや、いいです……」って引かれながら言われて、俺が少しだけ傷ついてこの仕事は終わるのだ。

 さて、それじゃあ……、えっと……、これなんて声かければいいの? 

 出来ればあちらから声をかけてもらいたいくらいなのだが、なんか全然気づかれてない。

 

「よおーし! 次は歌と踊りの練習だぁー!」

「…………あー、おほん」

「うわっ!? びっくりしたぁ!」

「い、いつの間に……!?」

 

 気づかれずに女子生徒たちがどこか行ってしまいそうだったので、仕方なしに咳払いをしてこちらに意識を向けさせると予想以上に驚かれた。

 あ、あれー!? 結構わざとらしく音立てて歩いて近づいたつもりなんだけどなぁ? 

 

「……君は生徒会の、えっと、……なんだっけ?」

「ちょ、穂乃果失礼ですよ!」

「確か、ひき、ヒキタニくん?」

「…………比企谷八幡だ」

 

 既にものすごく帰りたくなった。

 名前を間違えてしまったサイドテールで女の子は気まずそうな顔になるので、俺は気にしていないと顔を振る。

 

「比企谷八幡くん。うん! 覚えた! 私は高坂穂乃果! よろしくね」

 

 にっこりと太陽のような笑顔を向けてくる高坂に、俺は眉間に皺が寄りそうになった。

 やばい。俺が苦手な、男子キラータイプの女子だ。

 こういう女子は往々にして男子との距離感が無駄に近い。そのせいで、俺のこと好きなんじゃね? なんて余計な勘違いをしてしまうのだ。

 しかし、俺は歴戦の覇者。戦力6000万の小町姫を持つ俺にその程度の罠は効かない。

 ただ、ちょっと近いから少し離れてもらっていいですか。ほら、いい香りとかすると緊張するから。

 

「私は園田海未と言います。よろしくお願いします」

「私は南ことりです。よろしくね。さっきは名前間違えてごめんね」

 

 残りの2人、長い黒髪の子の方が園田海未というらしい。言葉の端々から育ちの良さが伺えるので、多分お淑やかな大和撫子タイプ。日本男子なら大体好きなやつ。

 そして、俺の名前を間違えたサイドテールの女子は南ことり。耳に残るような甘ったるい声だ。可愛いと体現したような笑顔を向けてくる。こっちもオタクなら大体好きなやつだな。オタサーの姫タイプ。

 こいつら男子特攻入りすぎだな。女子校でよかった。共学だったら死体の山量産されてた。

 

「えっと、それで何かな……?」

 

 俺の用件を促すように聞いて、高坂は何かを思いついた顔を硬らせて、後ろのポスターと投票箱を隠した。

 

「まさか、これを撤去しに……!」

「なっ!? まさか、そこまで……!」

 

 いきなり悪者扱いされた。

 そんなこれは渡さないぞと言わんばかりのファイトポーズをとられても。

 

「いや、違うけど」

 

 一瞬本気で考えたことは言わないでおいた。俺の言葉にほっとしたような顔になる3人。

 

「なーんだ。それで、どうしたの?」

「昨日、部活のサポートをしないかって言ってただろ? それもやることになったからどうかと思ってな」

 

 完璧な流れだった。よし。これで後は俺が断られて終わりだ。

 と思っていたのに、高坂は瞳を輝かせた。

 

「本当っ!?」

「えっ……、あ、まぁ」

 

 え、どうしたのこいつ。

 餌を与えられた仔犬のようにテンションが上がるのが見て取れる。

 

「海未ちゃん、ことりちゃん、比企谷くんが、スクールアイドル部設立のサポートをしてくれるって!」

「ええ! 生徒会側からのサポートはとてもありがたいです」

「うん! そうだね!」

 

 ……あれぇ? 結構乗り気? 

 

「あ、いやいや、ちょっと待て。落ち着いて考えるんだ。本当にいいのか?」

「え? うん。手伝ってくれるんでしょ?」

「いや、そうだけど……。えぇ……」

 

 想定外だった。まさか喜ばれるとは思っていなかった。

 そう簡単に男子を仲間に引き入れるんじゃねぇよ。こいつらなんて危機感の低さなんだ。ちょっと心配になってくる。

 

「やったー! これで、練習場所の問題も解決だね!」

 

 無邪気に喜ぶ高坂。そういえば部活じゃないから申請とかを出さないと練習場所とかも限られてくるのか。

 俺が手伝ってくれるから場所の確保ぐらいしてくれるだろうという心づもりなのかもしれない。まぁ、無理だけどね。

 

「悪いが、生徒会の権限全く使えないからな」

「なんでっ!?」

「いや、俺、他校の生徒だし、そんな奴になんも権力は持たせないだろ」

「確かにそうですよね……」

「ああ。だから、俺は何も出来ない、手伝えない、言われないとやらないというよくばりセットだ」

「なんでそこで少し威張ってるんですか……」

 

 ちょっと引いたようにこちらを見る園田。

 手応えは抜群だ。手伝いを許容された以上は、俺の使えなさをアピールしていき、クビになる待ちに移行しよう。

 

「そっかぁ……。じゃあ、やっぱり練習場所は私たちで探すしかないね」

「そうだね。比企谷くんはこれから生徒会?」

「ああ。だから、悪いが練習場所を探すのにも付き合えない」

「うん。わかった。生徒会頑張ってね! 私たちも練習場所探し頑張るぞー! おー!」

 

 高坂は無駄に元気がいいな。しかもアホの子っぽい。

 高坂たちも活動を開始するみたいだし、俺も生徒会の方に向かおうとしよう。

 彼女達と別れて歩いている途中で気づいた。

 そういえば、彼女達の連絡先とか一切知らんし、またエンカウントしない限り手伝えないじゃん。……よし、もうエンカウントしないように願っておこう。




内容変えすぎて書くのに手間取ってしまった……。

ちょこっと紹介コーナー
絢瀬絵里
音ノ木坂学院3年。生徒会長。
前作におけるメインヒロイン枠。
リメイク版は八幡に対する敵対心アップ、ポンコツ具合調整、氷の生徒会長属性の獲得と八幡並みにキャラ調整された。
また、八幡からの呼び方が絢瀬先輩から絢瀬さんへと変更。他校の年上に先輩って使わないよね。
設定自体はアニメ準拠ではあるが、スクフェス やらSidネタなども混在する。

比企谷八幡による絢瀬絵里の印象
『怖い。てか、怖い』




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[第4話]かなり、園田海未はしっかりしている。

 俺が生徒会室に着くと、絢瀬さんと東條さんは既に生徒会業務を始めていた。

 絢瀬さんが俺の姿を見て、軽く睨む。

 

「どこ行ってたのかしら? 遅かったようだけど」

「そうすかね? 昨日より早い気がしますけど」

 

 平塚先生に車で送ってもらっていたのだ。高坂たちと話していたとはいえ、昨日より到着は早い。

 

「平塚先生から連絡が来てたのよ。もう音ノ木坂に着いたって」

 

 ああ、なるほど。音ノ木坂学院に着いているはずなのにいつまで経っても生徒会室に来ないから遅かったと。

 それは高坂たちと話していたからなのだが、馬鹿正直にそんなことを答える訳がない。絢瀬さんが高坂たちの活動を嫌ってるのは間違いないし、そもそも俺が他の生徒と関わって欲しくないと思っているはずだからな。

 だから、ここは適当に誤魔化すに限る。

 

「誰かさんによるパワハラでお腹痛くなったんで、ちょっとトイレ借りてたんですよ」

 

 軽い牽制気味にジャブを放ちつつ言うと、絢瀬さんの顔が険しくなった。

 おお、煽り耐性低いな。属性スキル盛り込んだ方がいいんじゃないか? 

 何かを言おうと絢瀬さんが口を開いた瞬間、東條さんが声を割り込ませた。

 

「そっかぁ。それなら仕方ないね」

 

 何か言いたそうな視線を東條さんに向けた絢瀬さんだが、諦めたようにため息をついて仕事に戻る。

 

「それじゃあ比企谷くんは昨日と同じく作業してもらってもええかな?」

「うす」

 

 東條さんが俺がやる仕事の書類を渡してくれたので、俺も机に座って仕事を開始する準備を始めた。

 その後は基本的には静かに作業に没頭していた。

 時折、東條さんが気を回して話を振るが、それに絢瀬さんが答えた時は俺が答えず、絢瀬さんが反応を示した時も俺は反応を示さず、絢瀬さんが話した時も俺は一切口を開かなかった。

 俺超静かだな。多分フルフルのBGM並みに静か。

 あの2人は話しているのに俺は参加してないせいで疎外感やばい。

 なんだお前ら。喋ってないで手を動かせ。けど、俺より仕事スピードどう考えても早いんだよなぁ……。

 せっせとひたすら無言で仕事を処理していたら時間が経つのも早いもので、気づいた時には完全下校のチャイムが鳴っていた。

 

「もう時間ね。お疲れ様」

 

 労いの言葉をかけ(東條さんに向けてだけ)、同じ体勢でずっと作業をしていた肩をほぐすように軽く伸びをする絢瀬さん。

 ……その姿勢、山が強調されるんでやめた方がいいですよ。いや、別に全然視線向けちゃうとかそういうわけじゃないけど。

 帰るための片付けをするかと、書き込んでいた書類を絢瀬さんに渡す。

 

「ありがとう」

 

 笑顔を一つ見せることなく素っ気なく受け取ると、絢瀬さんは自分も帰る準備を始めた。お役所仕事って感じが凄いが、これぐらいの方が俺には逆に丁度いい。

 片付けを終えて、全員が生徒会室から出ると絢瀬さんが扉の鍵を閉める。

 

「それじゃあ私達は鍵を返しにいくから」

「うす。お疲れ様です」

「比企谷くんもまたね。また、明日」

 

 早く帰れと言われる前に、できる男は既に帰りだしているものだ。

 東條さんの言葉を聞きつつ二人に背を向けて、玄関の方向に歩き出す。

 仕事から解放されて、やっと帰れると思うと軽くテンション上がるものだ。どれくらいテンションが上がっているかというと、うまぴょいうまぴょいと口ずさむぐらいテンション上がってた。

 

「比企谷さん……?」

 

 ばったり会った園田にガッツリ見られた。

 何をしているんだと、めちゃくちゃ怪訝そうな表情をされる。

 一瞬の静寂の後に、誤魔化すように咳払いをしておいた。

 

「……あー、園田は今、帰りか?」

「はい。弓道部の練習が終わりましたので」

 

 多分、頬は引き攣っていたし、声もうわずっていたが、園田はそれに触れないで答えてくれた。

 武士の情けでどうやら先程のことは見なかったことにしてくれたらしい。

 危なかった。もし、先程のうまだっちに触れられたら、奇行種ばりの走りを見せて逃げ出していた可能性すらある。

 そして、園田は弓道部らしい。見た目通りだなとしか表現できない。

 弓道ってあれでしょ? 弓引いて的に当てるやつ。アーチェリーの日本版みたいな。多分言ったら怒られる。

 

「比企谷さんも今帰りなんですね」

「ああ。さっき終わったばっかりだからな」

「お疲れ様です。どうですか? 音ノ木坂学院には慣れましたか?」

「いや、全然」

 

 即答してしまった。

 しかし、実際、2回来たぐらいじゃ慣れないし、多分一生慣れることはないと思う。そもそも、女子校に慣れたらそれはそれで問題だろ。

 俺の回答に園田は苦笑すると、そういえばと思い出したように口を開いた。

 

「この後、穂乃果の家で今後の活動について話し合う予定なんです。是非、比企谷さんも参加してください」

 

 物凄く嫌そうな顔をしてしまったと思う。めっちゃ行きたくない。すごい嫌だ。どれくらい嫌かと言うと、どう考えても社交辞令で誘われたカラオケに参加するぐらい嫌だ。

 そもそも、なぜ今からサービス残業ルートに突入しないといけないというのだろうか。

 よし。なんとか断る策を考えよう。

 その瞬間、俺の脳は超次元的な力を発揮し、一瞬ので回答を導き出した。

 

「……いや、俺この後実はお腹痛くなる用事があるから」

「……は?」

 

 真顔で返された。

 おい、どこに超次元的な力を使ったんだよ。どう考えても誤答だろ。

 生徒会でのやり取りを引きずってしまっていた。

 

「えっと、お腹が痛いんでしょうか……?」

 

 意味不明な回答すぎて心配されちゃってるじゃん。

 流石に恥ずかしすぎるので、首を振って誤魔化しておいた。誤魔化し切れた気がしないけど。

 俺のことをじっと見た園田は、考え込むように顎に手を当てて疑わしげな視線を向けてきた。

 

「比企谷さんって本当にスクールアイドルの手伝いをするつもりあるんですか?」

「な、なんだそれは! 面白い冗談だ。証拠を出せ、証拠を!」

「その言葉そのものが回答な気がするのですが……」

 

 くっ、勘のいいガキは嫌いだよ……。

 いや、待て。別にやる気ないってバレてもいいのでは? そうすれば解任される可能性も高まる。

 そうと決まれば、俺の行動は早い。

 

「……いやまぁ、実際、手伝いはするがやる気はない」

「それは、どういう」

「そもそも、俺はスクールアイドルが嫌いだからな。まるで青春の象徴であるかのように立ち振る舞って、私たち可愛いとか思って活動してるんだろ」

 

 唐突すぎる告白のせいか園田は口をアホっぽく開けてポカンとしていた。

 そして、おずおずと尋ねられる。

 

「……比企谷さんはスクールアイドルが嫌いなんですか?」

「嫌いどころか憎んでいるまである。てか、関わりたくない。面倒くさいし」

 

 溜まっていたものを吐き出せて心がすっきり晴れやかな気分だ。やはりストレスは溜め込まない方がいいな。

 そして、これでめでたく解任も確定だろう。素晴らしい働きぶりだ。俺が社長だったらこんな社員すぐにクビにしちゃうね。

 狙い通り、園田は顔を俯かせてぷるぷると震えている。怒りで震え涙が止まらないのかもしれない。

 もしそうだったら今すぐ逃げ出そう。残念ながらスキルポイントをコンセントレーションに振ってはいないのでスタートで出遅れる可能性があるので準備は大事だ。

 

「……そうですか。わかりました」

 

 逃げる体制を取っていたら、低く小さな声で呟いた園田がどんっと一歩前に踏み出し俺を睨みつけるのように見上げた。

 

「それなら私たちが比企谷さんにスクールアイドルの素晴らしさを伝えてみせます! そして、その腐った性根を私が叩き直します!」

「……は?」

 

 予定外な宣言をされてちょっと困惑していると、園田は俺の腕を掴む。

 

「園田の名にかけて誓います! あなたを更生させると!」

 

 いや、そんなじっちゃんの名にかけるみたいな言い方されても。殺人起こってないのよ? 

 てか、腐った性根って酷い言われようだ。

 園田は呆然とする俺を引っ張るように玄関に向けて歩き出した。

 

「それじゃあ行きましょう!」

「え、いや、どこに」

「行ったでしょ? 穂乃果の家です」

「あ……」

 

 忘れてた。そんな話だったな。

 

「いや、用事が……」

 

 逃げの言葉を言おうとすると園田が鋭い視線を投げかけてきた。

 その目は野生の獣のごとく。例えるなら平塚先生が俺を見る目! 

 

「あるんですか?」

「……ないです」

 

 弱肉強食の世界において俺は弱者だったようだ。

 引きづられるようにして穂乃果の家に連れて行かれそうだ。

 

「とりあえず腕を離してくれ」

「離したら逃げませんか?」

「逃げない……方向で検討していく」

 

 園田は疑わしげな目を向けてくる。くっ、俺の正直で真面目な性格がこんなところで……! 

 

「いいから。離せ。ほら、あれだろ」

「あれ、とは?」

「いや、だから」

 

 こいつ鈍感系かよ。今時流行らんぞ。

 

「なんだ、その恋人とか思われるとお前が迷惑だろ」

「なっ……!」

 

 俺の言葉に園田は顔を真っ赤に染めてパッと腕を離した。

 ふぃー、恥ずかしかった。美少女に腕掴まれるとかそんなラブコメ的展開はやめて欲しい。

 

「す、すみません」

「いや、いい。それじゃあ」

「はい。それでは……、って」

 

 足早に去ろうとした俺の肩に手が置かれた。

 ふ、振り解けない……! ついでに振り向けない! 怖い! 

 

「……比企谷さん?」

 

 冷たい声色で名前を呼ばれる。それだけでここまでビビらせるとかこいつ覇王色の素質持ってるんじゃねぇの? そろそろ気絶しかねない。

 白旗の意味を込めて両手をあげて降参しつつ、恐る恐る振り返るとすごい笑顔の園田がいた。場合によっては女神に見えたかもしれないが俺には閻魔に見える。

 

「私の言いたいこと、わかりますね?」

「……あー、あれだな。お腹痛い」

「違います!」

 

 激昂した園田によって無理矢理穂乃果の家に引きづられ、その間ずっと説教されていた。

 海未ちゃん怖いよぉ……。




遅れてすいません。流石に遅すぎるのでもっとペース上げます。
今回の話、何度も園田の部分を海未って書いてました。前の時の癖が抜けない……。

ちょこっと紹介コーナー
園田海未
音ノ木坂学院2年。大和撫子タイプの女の子。
前作では個別ルートでヒロイン予定だった少女。かなりドロドロした展開にする予定だったとか。

比企谷八幡による園田海未の印象
『大和撫子と思ったら鬼だった。何を言ってるかわらかねぇと思うが俺も何を言ってるかわからない』


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[第5話]どうしたって、南ことりの考えは読めない。

「そもそも、比企谷さんは……」

「ああ。はい。すいません」

 

 耳が痛くなりそうな園田からの小言を得意の瞑想術で聴き流す。ポイントは適当に謝っておくこと。そうすれば相手は満足するし、なんならバレたとしても呆れられて怒られない。

 ちなみに平塚先生にやってバレたら鉄拳が飛んでくる。あの人ほんとに教師かよ……、悪魔の血でも流れてても不思議じゃないぞ。

 

「比企谷さん。……比企谷さん!」

「ああ。すまない」

「はい? えっと、何を……?」

「え?」

 

 園田の声がいつの間にか後ろから聞こえてきていた。振り返ると、怪訝な顔でこちらを見ている。

 

「着きましたよ」

 

 着いた……ということはここが高坂の家か。

 それは穂むらという和菓子屋だった。

 ……そういえば、和菓子屋とかなんか高坂が言ってた気がしなくもない。ぼっちは記憶力がいいんだ。人と話すこと少ないからな。

 

「ここが高坂の家か」

「はい。そうなんですが……」

 

 ジトっとした湿度高めの視線を向けられた。

 

「私の話聞いてました?」

 

 ちょっと冷たい声色で尋ねられる。

 

「……ほら、早く入ろう。高坂が待っているだろ」

「ちょっと、待ってください!」

 

 逃げ出すように扉を開けると、若い女性が団子を頬張っていた。

 

「いらっしゃ……、あら?」

 

 どうやら従業員だったらしく、俺の姿を見て笑顔で接客を始めようとするが後ろの園田を見て意外そうな顔をした。

 てか、この人、勤務中に売ってるもの食ってたのかよ。団子食ってるから客なのかと一瞬思ったじゃねぇか。真面目に働け。

 

「こんばんは。穂乃果は?」

「上にいるわよ。それより、そこの人は……、海未ちゃんの、これ?」

「ち、違います!」

 

 小指を立てて聞いてくる女性に園田は顔を真っ赤にして否定する。

 ははは。なんて乙女思考MAXなお茶目な店員さんなんだ。団子を食べ過ぎて頭の中が糖分まみれなのかもしれない。頼むからやめてほしい。こういうやり取りでどれだけ多くの男子が傷ついてきたと思っているんだ。

 園田の否定が恥ずかしがってから来てるからまだいいが、これが真顔で「やめて」とか言われてみろ。夜中に枕を濡らす羽目になる。

 

「彼は今、音ノ木坂学院に手伝いに来てくれている比企谷八幡さんです」

「どうも」

 

 ペコリと頭を下げておくと、女性の店員さんは花の咲いたような笑顔を向けてきた。

 

「あらあら! そうだったのね! いつも娘の穂乃果がお世話になっています」

 

 ……え? 娘? 

 そうか。東京では妹のことを方言で娘って言うのか。知らなかった。んなわけない。

 この女性店員が高坂の母親だと言うのか。20代前半と言われても全然信じられる見た目をしている。

 

「あ、そうだ。海未ちゃん、比企谷くん、お団子食べる?」

「いえ、結構です。ダイエットをしないといけないので」

 

 ダイエットね。別にする必要はないと思うんだが。

 しかし、片方がダイエットが理由で断ったとなると俺が貰いにくい。

 

「いただきます」

 

 まぁ、そんなこと知ったことではないので貰うけど。園田から凄い目で見られてる気がする。多分気のせいだろう。

 

「ふふ。素直な子ね。はい、これ」

 

 大人の魅力あふれる笑顔で高坂のお母さんは言うと、戸棚から商品を一つ取り渡してくれた。

 危ねぇ。人妻だと知らなかったらころっと惚れていたかもしれない。

 渡された商品を見ると、ほの字が書かれたお饅頭だった。団子じゃなくて饅頭じゃねぇか。

 

「あ、そうだ。ついでにこれも……」

 

 言ってぱたぱたと後ろに引っ込んだと思うと、ちゃんと包装されきっていないお饅頭を持ってきた。

 

「うちの今度出そうと考えてる新作よ。さっき作ったばかりの出来立てホヤホヤ。良かったら味見してみて」

 

 ほほぉ……、まだ販売されてない新作。それは気になる。なぜ日本人は未販売とか新作とか期間限定という言葉にここまで弱いのだろうか。別にこの店来たことないから新作とか知ったことではないというのに。

 

「ありがとうございます」

「帰りに感想だけお願いね」

 

 感想……。美味しかったですと言っておけばいいだろう。大体それで許される。

 

「……ほら、行きますよ。お邪魔しますね」

 

 やけに冷たい声の園田に促されて俺も靴を脱いで、高坂家にお邪魔する。

 ……そういえば女子の家に上がるのって初めてだな。やっべ、緊張してきた。手汗がやばい。格好変じゃないかな。高坂にあった瞬間叫ばれたりしないだろうな。

 園田について行くように階段を上り、奥の部屋の扉を開ける。

 すると、そこにはお団子片手に喋っている高坂と南がいた。

 

「「お疲れ様〜」」

 

 俺らを見た二人がそんなことを笑顔で言うなか、園田は固まっている。

 

「……あなた達、ダイエットは?」

 

 え、この二人もダイエットする予定だったの? 

 そこにある団子はもしかしてカロリーゼロとか言う代物なんですか。

 

「「ああ!!」」

 

 忘れていたように声を上げる二人。それに呆れたように園田はため息を吐いた。

 大丈夫かこいつら。園田も俺の更生よりも先にこの二人の更生に取り掛かった方がいいと思うぞ。

 

「努力する気はないようですね……」

「あ、あるよー!」

 

 口だけなら誰でも出来るんです! 結果を出しなさい、結果を! 

 どこかの熱血教師のようなことを思いつつ、高坂の部屋を見渡した。

 高坂の部屋は机にベッドの一般的な学生の部屋と大差はないだろう。そこに小物が置かれていたりするあたりは女の子らしい。それよりも、なんかいい匂いするんだけど気のせい? ちょっと胸がドキドキして心筋梗塞の疑いがあるから帰っていい? 

 そっと逃げようとしたところで、高坂の瞳が俺を捉えた。

 

「あ、比企谷くん、いたんだね!」

「……お、おう」

 

 え、気づかれてなかったの? 園田の後ろにずっといたんだけど……。

 もしかして背後霊かスタンドだとでも思われた? 

 どうぞどうぞと手招きされて逃げるわけにもいかず、おずおずと部屋の隅、扉のすぐ近くに棒立ちになる。

 ……す、座っていいのかな? 

 オロオロと連れられてきた子犬のように震えていたら、園田から不審な目で見られた。

 帰りたい……。あったかいカマクラが待っている我が家に帰りたい。

 カマクラ、我が家のとってもふてぶてしいペットの猫。俺よりも家の中のヒエラルキーが上位に位置する存在。ちなみに最下位は親父。

 

「比企谷くん、どうしたの? 座ったら」

「あ、ああ……」

 

 ちょこんと隅に正座する。このまま動きたくない。隅っこぐらしを満喫したい。なんなら、中盤から鬱展開まっしぐらでゾンビとか出てきちゃっても構わない。いや、それ学校ぐらしやないかい。

 

「……ことりちゃん、ことりちゃん、比企谷くん笑ってるんだけど、どうして?」

「うーん……? なんでだろ……?」

 

 ひそっと話す内容が聞こえてきた。それを誤魔化すように咳払いをする。

 

「んんっ! ……それで、今日はなんで集まったんだ?」

「作戦会議!」

 

 俺が尋ねると、高坂が薄く胸を張って元気に答えた。

 そういえば、今後の予定について話し合うとかなんとか園田が言ってた気がしなくもない。

 

「あー、えっと練習場所とかか?」

「ううん。それは見つかったよ。そうじゃなくて、曲作りの!」

「曲作り?」

 

 え、こいつら曲作るつもりなの? 思ったよりも本格的だ。

 

「一年生の子にすっごく歌の上手い子がいるの。ピアノも上手だから、作曲もできるんじゃないかなぁって」

 

 自分たちで作るわけじゃないのか。まぁ、別にアウトソーシングが悪いわけじゃない。それよりも俺は出来ないことを精神論で乗り越えさせようとする奴らの方が嫌いだ。

 精神論で勝っていいのは少年漫画だけだ。現実では、実力も周りの雰囲気、そしてノリで勝負は決まる。慈悲はない。

 

「それで、作曲をしてもらえるなら作詞はなんとかなるかなって」

「なんとかですか……?」

「うん」

 

 笑顔で頷く高坂と南に対して、園田が不思議そうに首を傾げた。どうやら何も聞いてないようだ。

 この二人が書くとも思えないし、頼むアテでもあるのだろうか。

 そう思っていたら、二人の視線が園田に注がれる。

 

「「んふふふ〜」」

「な、なんですか!?」

 

 意味深な笑みを浮かべて園田に詰め寄る二人。戸惑うような海未を今にも押し倒そうとせんばかりだ。もしその展開になったら俺はそっとこの部屋から出て、扉の外で聞き耳でも立ててよう。

 

「海未ちゃんさ……、中学校の時、ポエムとか書いたことあったよね」

「ぶっ!」

 

 思いっきり吹き出してしまった。ぽ、ポエム!? 

 

「読ませてもらったこともあったよねぇ」

 

 悪い笑顔だ。

 園田とは相容れないと思っていたが、黒歴史を持つもの同士だったのか。ちなみにそれがわかったところで、互いに傷を深め合うだけなのでやっぱり相容れない。

 それにしても、誰かに読ませるとか俺ですらしてなか……、妹に読ませるのはノーカンだよね? 

 しかしこいつら、人の黒歴史に触れて、しかもそれを利用しようだなんてあまりにも黒い。慈悲がない。やはり現実は残酷なようだ。

 

「うぅっ……、くっ!」

 

 園田が逃げ出した。素晴らしいスタートだ。逃げSはあるぞこれは。

 

「あ、逃げた!」

 

 それを追いかける高坂。こちらも素早い動きだ。こちらは差し型かな? 

 二人とも出て行った部屋の中で俺と南だけが残される。

 別に話すこともないので、二人が戻ってくるまで無言で待つことにした。

 こういう時にぼっちは有利だ。時間の潰し方を知っている。そう例えばこういう場合は天井を見上げて、シミを数えればいい。

 

「……ねぇ、比企谷くん」

「あひゃ、ひゃぁい!」

 

 唐突に話しかけられたことに驚いて変な返事をしてしまった。それを南はクスクスと笑う。

 心の中で気持ち悪いとか思われてないだろうな……。

 

「ど、どうかしたか」

 

 少しどもりながら尋ねると、南は少しこちらに前屈み気味に近づいてきた。

 あんまり近づかないで欲しい。いや、そのじっと見ないで。恥ずかしい。

 

「じぃ〜……」

 

 綺麗な瞳でじっと見つめられる。流石に恥ずかしくて顔を逸らす。それなのに、南はずっと見つめてきた。

 その視線が俺じゃなくて俺の手元に向いている。それに釣られるように俺も視線を向けると、先程もらったお饅頭たちが手にあった。

 

「……欲しいのか?」

「えっ!? そ、そういうわけじゃないけど、見たことがないお饅頭があるなぁって思って」

 

 欲しいんだろうなぁ。慌てたような南の様子から察する。

 

「ほら」

 

 南に貰ったお饅頭を差し出すと、南はぶんぶんと首を振った。

 

「比企谷くんに悪いよ」

「いや、別にもう一個あるから大丈夫だ」

「でも……」

 

 悩む素振りを見せることりだが、お饅頭の誘惑に勝てなかったのか手のひらに乗っていたお饅頭を受け取る。

 新作のお饅頭を食べれないのは残念だが、あの視線では食べにくかったし仕方がない。感想を頼まれてもいだが、どうせ美味しかったとしか言うつもりなかったし問題ないだろう。

 南はお饅頭を2つ割ると、片割れに小さく口を開けてかぶりついた。その瞬間、花の咲いたような笑顔になる。

 

「ん〜! 美味しい〜!」

 

 幸せそうな表情だ。そんなに美味しいのか。

 俺も貰ったもう一つのお饅頭の包装を解いて食べてみる。

 ……おお、おお。これは……! 

 なるほど。南が新作のお饅頭が気になるのも頷ける美味しさだ。これはきっと素材中やら真のお饅頭を見せてやりますよ中も満足すること間違いない。

 妹の小町にお土産として買っていてお兄ちゃんポイントを稼ぐのもありかもしれないと思う味だ。

 しかし、これだけ美味しいと新作の方も気になる。くっ、渡したのが悔やまれる……。

 チラリと南の方を見たら、ばっちりと目が合ってしまった。

 目を合わせたらポケモンバトルを仕掛けないといけないと習った俺なのだが、流石に唐突すぎて心の準備も出来ていなかっただけに慌てて再び目を逸らす。

 動きが完全に好きな女子とたまたま目が合ってしまった男子すぎて我ながらキモい。

 視界の端で不思議そうに傾げた南が、はっと気づいたような顔になると、手に持っていたお饅頭の口のつけていない片割れを更に半分に割った。

 それを指で摘むとこちらに向けてくる。

 

「はい、あ〜ん」

 

 ……え? 一瞬理解出来なかった。

 この子、何やってるの? それは昔からよく聞くあーんとか言うやつですか? 

 どうやら俺が食べたいと思っていると考えたようだ。間違ってはいないが、なぜそれがあーんになるんだ。これが女子校クオリティとでも言うのか。ハイレベルすぎて俺は完全にレベリングが足りてない。攻略組なんて夢のまた夢だ。

 

「い、いや、いい」

「えー、でも……、ほら、海未ちゃんが帰ってきちゃうから」

 

 早く早くと急かすような南は摘んだお饅頭を揺らす。

 ぐっ……、なぜ、こんなことに。

 しかし、このままでは膠着状態なのも確かだ。それにいつ二人が戻ってくるかもわからない。戻ってきた時にこの状況は死んでも見られたくない。

 小さく息を吐くと、意を決して行動に出る。

 

「……じゃあ、ありがとな」

 

 言って、南が摘んでいたお饅頭を手で受け取った。

 そうだ。例え相手があーんと言っていたからといって、口で受け取らなければいけないルールはない。完璧な策でお饅頭を受け取ると南は笑顔を向けてきた。

 

「食べてみて。とっても美味しいよ」

 

 お饅頭を渡した南は残ったお饅頭も食べ始める。

 俺も渡されたお饅頭を食べてみた。

 うん。美味い。美味いけど、さっきの緊張のせいで味がよくわかんねぇ……。




1週間以内を目標にしていた奴はどこのどいつだ……。
前話よりは早めに投稿できたとはいえ、まだまだスローペース。もっと速度上げなきゃ。書く時間を増やさなきゃ……。
前作の面影が消え始めた今日この頃。ほぼ最初から話考える羽目に。強くてニューゲームなんて存在しなかった。

ちょこっと紹介コーナー
南ことり
音ノ木坂学院2年。おっとりとした甘さたっぷりな女の子。
前作では個別ルートでヒロイン予定だった少女。海未ちゃんとの友情と恋心の両方で悩ませ、揺れ動かしたかった。今作では……。

比企谷八幡による南ことりの印象
『ほわほわしてて何考えてるかわからない。一番優しい子が、実は一番危険とかいうパターンあるある』


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