ウマ男 新たな歴史を創る者 (アフターヌーンティー)
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始まり

 初投稿がんばります!

 温かい目で読んでくれれば幸いです


『さあ、最終コーナーを曲がって最後の直線へと入っていきます。各ウマ娘が一斉にスパート!』

 

  まだ…

 

『先頭は以前と「サイレンススズカ」が1馬身リードその後ろに「マルゼンスキー」、「シンボリルドルフ」、内から「ナリタブライアン」、「エアグルーヴ」、そしてその外「ビワハヤヒデ」が先頭へと迫っています』

 

  まだだ…

 

『さあ残り500mを切った!先頭は横一線に並ぶ、一体誰が抜け出すか!?』

 

 右からスズカ、スキー、ルドルフ、ブライアン、グルーヴ、ハヤヒデか…

 

 

 

 

 

 

 

 

    

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

           ここだな

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

                          

『おおっと、後ろからもの凄い勢いであがって来るウマ“男”がいるぞ!“シノン”だ!“シノン”が先頭集団へと迫っています!』

 

 

     「「「「「「!!!」」」」」」

 

 

  誰もが思いもしないだろう。このタイミングで仕掛けるのはおかしいと…だが彼は違った。

 

  先頭にいる6人のウマ娘達が前に行かせまいと道を塞ぐ“ブロック”というものだ。先頭は譲らない、1番は私だ、勝つのは私だ、私の前に出させるものかと必死にブロックする。だからこそ彼はそこに狙いがあった。

 

  互いが行かせまいと必死にブロックをする。ブロックをするのだから当然、身体が左右にブレてしまう。そう、ブレるのだ。ブレるとどうなるのか…答えは簡単。

 

 

 

 

 

 

 

          「「!!」」

 

『ここでマルゼンスキーとシンボリルドルフが激しくぶつかり合う!!』

 

 

     そう、ぶつかるのだ。

 

  お互いがお互いを意識しているのだから当然ぶつかるのは当たり前、さらにはぶつかった時の衝撃もくる。そして…

 

 

            

 

 

 

          道は開かれる

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『シノン加速!シノンがマルゼンスキーとシンボリルドルフの間を抜けて先頭集団には並ばす抜き去って行く!!!』

 

      「「「「「「!?」」」」」」

 

  驚くのも無理はない、外からならまだしも隙間からしかも約50cmくらいの幅からまるで身体をねじり込むようにして隙間に入り、抜き去って行ったのだ。このような芸当は彼にしかできないであろう、いや、彼だからこそ出来たようなものだ。

 

『残り100mを切った!差は約1馬身ほど、後続のウマ娘は追いつけるか!?』

 

    ──────俺の…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

           勝ちだ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『シノン今、ゴールイン!!!2番手からは1.5馬身ほどの差を開いてゴールしました!今年の有馬記念、優勝者はシノン!!!!』

 

   そして…

 

『そして、URA史上初となる“日本全G1レース制覇”を成し遂げました!!!誰もが不可能と思われただろうG1レース制覇、この偉業を成し遂げ、歴史に名を刻みました!!!!』

 

『この記録を抜く者は今後、出てくるのはいないでしょう』

 

  実況と解説の人が放送席で盛り上がっている。それもそのはず、何せ歴史的快挙、偉業なのだから。だが、観客席の方を見ると…

 

 

           シーン

 

  観客全員が歓声を上げるのを忘れて口を開けて呆然としていた。開いた口が塞がらないとは正にこのことだろう。

 

 

 「「おめでとう、シノン」」

 

  後ろから声を掛けられたので振り向くと

 

 「ありがとう、スズカ、グルーヴ。長距離キツかったんじゃないのか?」

 

 「ええ、心配してくれてありがとう。けどもう大丈夫」

 

 「あぁ、スズカの言う通りだ。さすがは長距離G1。スズカにとっては未知の領域だからな。私は“2回目”とはいえ走ってはいるが、やはり堪えるものがあるな」

 

  と答えてくれたのはスズカとグルーヴだ。2人は長距離の適性がない。だが、2人は担当のトレーナーに掛け合って長距離の練習をしていたんだそうだ。その努力もあってかなんとか勝てるまでレベルを上げていた。流石はウマ娘、勝つ為なら努力も厭わない…か。

 

 「大きく息を吸ってゆっくり大きく吐け、そうすれば少しは楽になるぞ」

 

 「ええ、ありがとう」

 「感謝する」

 

  と言って息を整え始めた。それもそのはず先程も言ったが彼女ら2人には長距離の専門ではないどちらかというと…

 

 「2人の心配はして、私達の心配はしてくれないのだな?」

 

  はぁ、全くこいつらは。嫉妬深いのか心配して欲しいのかなんなのか検討もつかんな。

 

 「心配も何もお前たちは長距離専門って言っても過言ではないじゃないか?ルドルフ」

 

  横から声がしたので見てみるとルドルフを始め、スキー、ハヤヒデ、ブライアンが腕を組み、ジト目でこちらを見ていた。いや、お前ら普通に息整ってるじゃねーか。

 

 「ていうか、私をルドルフ達と一緒にしないでくれる!?私、スズカやエアグルーヴと一緒で長距離専門じゃないんだけど!?」

 

  と、スキーが食い気味で言ってきた。というかお前な…

 

 「スキー、お前は何回か長距離のレースに出てるだろ。ほぼオールマイティと言っても過言じゃないのか?」

 

 「た、確かにそうだけど…。で、でも心配してくれてもいいじゃない!」

 

  そうだ、そうだ!と言わんばかりに他の3人がまくし立ててくる。

 

 「はぁ…。アーハイハイ、オツカレサマデシター」

 

 「「「「…」」」」イラッ

 

  ?どうしたんだいっt…!?

 

 「少しは!」

 

 「私達の!」

 

 「心配を!」

 

 「しろォォォォォオ!!!」

 

 

 

 

「いってェェェェェエっ!!!痛い痛い痛い痛い痛い!!!!お、折れるゥゥゥゥゥ!!!」

 

  スキーがシノンの首を締め、ブライアンとハヤヒデが腕の関節技である腕ひじき十字固め、さらにはルドルフが足関節技、アキレス腱固めをするという異様な光景が映し出されていた。

 

 「相変わらずだな、まったく」ハァ

 

 「そうね、“昔”と大違い」フフッ

 

 「そうだな、スズカの言うとおり。昔のアイツが今の光景を見たら何と言うか」

 

  と呆れんばかりのグルーヴと少し楽しそうなスズカ。彼女達は“彼”が昔どんな人物だったのか、今と昔では何が違うのか、それは彼女達にしか知らないこと。

 

 「フッ、おいブライアン。私にも関節技をされろ」

 

 「フフッ。ねぇマルゼンスキーさん、私も混ざっていいかしら?」

 

 「ん?あぁ、ちょっと待ってろ。もう少しでこいつの関節がイくから」

 

 「しぶといわね…。もうちょっとでトびそうなのぉ。もう少し待ってくれる?」

 

 「ま、待って。お願い、お願いします。関節と意識だけは…!」

 

 

 

  「「無理/いや」」

 

 ボキ…パキ…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 アァァァァァァァァァァァ…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  はてさて、なせ彼がレースに出ているのか。なぜ彼がウマ娘達から慕われているのか。昔の彼とはどんな人なのか…

 

  それは、彼が高校生の時まで遡ります。




 どうも、皆さん初めまして。アフタヌーンティーです。このサイトで色々な小説を読んでみて、自分も書いてみたい!という欲求がたくさん出てきて書いてみました!!ウマ娘を知ったキッカケは“ぱかチューブ”です。時折、広告で見かけ「ホントに面白いのかな?」と疑心暗鬼でした。友達と一緒にアニメの1期を見て「すげぇ、面白いじゃん!ゲームアプリとかやってんのかな?」とアプリを探し、即ダウンロード。その後も2期を見て号泣したり、嫁グルーヴが当たって号泣したりなどと一気にウマ娘にハマり込みました。やっぱりハマると楽しいですね。実話をモチーフにしているたぞ、と友達から聞かされた時は驚きを隠せませんでした(無知って怖いですね…)。






  さてさて、今回書かせて頂いたのは原作:ウマ娘プリティーダービーの二次創作「ウマ娘 新たな歴史を創る者」です。恐らく長編になると思いますが(多分、いや絶対)、応援よろしくお願いします。また、誤字脱字やアドバイスとかあれば教えて頂けると嬉しいです。

     それではまた


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彼の名は

頑張るぞー、おー!


  〜〇〇視点〜

 

 「起きなさい、そろそろ着くわよ」

 

  目が覚めた。もう少し眠っていたかったが無理矢理身体を起こす。起こす時に背中がポキポキと鳴った。

 

 「ミチルさん、眠気覚ましに窓開けていい?」

 

 「いいわよ。あと、忘れ物がないか確認しときな」

 

  わかった、と言いながら窓を開ける。風が車内にビュウッと入ってくる、寝起きの俺にはちょうど良くとても気持ちいい。今は4月、桜が舞っていてとても綺麗だ。歩く人集りやクロスバイクで走る人、ランニングをしている人がたくさんいた。

 

 「(着く前に確認しとくか)」

 

  ええっと、アンダーシャツに靴下、寝間着、携帯、歯ブラシ、歯磨き粉、制服にあと…

 

 「レース用シューズ」

 

  シューズケースの中を見る。中身はどこにでも売ってるようなスポーツ用の靴だ。だが、これは少し違う。裏返すとつま先辺りにU字の形をした金属が打ち込まれていた。これは“蹄鉄”と呼ばれ、走る時には必要な物だそうだ。なんでも、これを付ける付けないでその人の運動性が変わるとかなんとか…。でも、これは“芝”や“ダート”にしか使えない。なぜなら…

 

 「着いたわよ。ほら、行ってきなさい」

 

  どうやら、目的地に着いたようだ。シューズをシューズケースに戻し、カバンを持って車を降りる。「眩しいな」と声を漏らしながら背伸びをする。ずっと車の中にいたんだ、急に日差しが目に入ってくるんだから当然か。

 

 「ありがとう、ミチルさん。ここまで送ってくれて」

 

 「いいのよ気にしないで。にしてもあんたがこんなにも逞しく(たくま)なるんて思ってもいなかったわ」

 

  そうか、と返すとミチルさんはため息をついた。

 

 「あなたの表情筋、ちゃんと機能してるのかい?笑った顔の一つでも見せてみなさいよ」

 

  ん?と顔を傾げる。何を言っているんだ?俺はちゃんと笑ったりできるぞ。と思っているとミチルさんが「ダメだね〜、これは」と言いながら首を振る。

 

 「まあいいわ。それよりも」

 

  ズイッと顔を近づける。

 

 「勝ちなさいよ、ちゃんと」

 

 「言われなくとも、当たり前だ。そのために俺はこの“1年間”を頑張ったんだから」

 

  そうね、と言いながら車の方に戻っていく。

 

 「デビュー戦、楽しみにしてるわ。わかったら連絡頂戴ね」ブロロォ…

 

 「わかった」

 

  と言って車を走らせていった。これから仕事先にでも向かうのだろうか、はたまた身体を休めにでも行くのだろうか。どっちでもいいがあの人には世話になった、いろいろと。

 

  回れ右をする。すると、白と薄茶色をメインとした建物が目に飛び込んできた。日本ウマ娘トレーニングセンター学園、通称“トレセン学園”。日本が有するトレセン学園の中でもトップに位置するのがこの“中央”である。入試の倍率も高く、入ることが困難とも言われてる学校だ。時には地方から、時には田舎から上京したり、時には留学生がいたりと十人十色で“夢を掴む”ために色々な人が来る。まあ、俺も“いろいろなこと”があってこのトレセン学園に入ったんだが…

 

 「正直言って帰りたい」

 

  はんば強引に入れられたこの学校、そのまま逃亡しても良かったんだがな。けど、“約束”しちまったしやるしかない。

 

 「そんじゃあ、行くか」

 

  一度目を閉じ、ゆっくり開く。覚悟は決まった、そして一歩踏み出したその時だった。

 

 

 

    

頑張って

  

 

  声がした。振り向くと誰もいなかった。気の所為だろうか、でもさっき耳元で声がした。男と女の声。誰かは知らない、けど自然と背中を押された気がした。

 

 「疲れてんのかな、俺」

 

  気の所為だな、と思いながら校舎を目指して歩き進めた。

 

 

 

 

 

 〜トレセン学園校舎内〜

 

  コツコツと音を立てながら廊下を歩く、中ははとても静かだった。今は授業中の為、教室から出てくる生徒は滅多にいないだろう。まあ、そんなことは置いといて。今、俺が向かっているのは【理事長室】だ。まあ、“復学”するんだし一応挨拶しておこうかと思って向かっている。理事長にもいろいろと世話になったし、そのお礼も兼ねてだけどな。そんなこんなで無事、理事長室についた。相変わらずだがこの学校広いんだなぁ、これが。教室が山のようにあったり、トレーニングジムがあったり、プールやレース場まで完備されてる、迷ってもおかしくないレベルだけどな。

 

 「(まあいいや、とりあえず挨拶だけ済ましとくか)」

 

  と縦に伸びたドアノブに手をかける。ん?ノックはしたかって?そんなもん、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

するわけないだろ?面倒くさい

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「失礼しまーす」

 

 「む!この部屋に入る時はノックをし、名前を述べてから入るよう、に…と……」

 

 「うっす、お久しぶりです。理事長」

 

  と声をかける。すると、理事長と呼ばれた人は俺を見ると目を見開き口をパクパクさせ、その隣にいた女性は驚きの余り口を手で押さえている。

 

 「よ、よくぞ戻ってきてくれた!!!!」

 

  と目の前にあった資料がバサァっと飛び散り俺の所に一目散来て手を取り、ブンブンと言わんばかり上下に振る。痛い、痛いです理事長。

 

 「というか、理事長?とりあえず…」

 

 「ん?どうした!」

 

 「部屋…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

片付けません?」

 

 

 「あ」

 

 そこには、綺麗に積まれた書類見事に散乱していた。ほら、たづなさんも笑いながらこっちを見てるからさ。目は笑ってないケド。

 

 「秋川理事長?この散らばった書類どうしますか?」ピキッ

 

 「スグ、カタヅケマス」

 

  うわぁ、すげぇ。あんなにも青筋たってる人初めて見た。

 

 「あなたももちろん、片付けるの手伝ってくれますよね?」

 

  えっいや、俺客人…

 

 「手伝ってくれますよね?」

 

  えっでm…

 

 「手伝ってくれますよね?」

 

  ハイ…

 

  ちなみに書類整理は1時間かかった、いやマジでたづなさん怖ぇわ。

 

 

 

 

 

  ーーーーーーーーーーー

 

 

 

 

 「ゴホン。改めて、よくぞ戻ってきてくれた」

 

 「ありがとうございます」

 

  俺は、礼を言って頭を下げた。理事長は【歓喜】と書かれた扇子をバサッと広げた。

 

 「してどうだった?あの1年間は」

 

  と理事長が俺に質問してきた。

 

 「自分の足りない所を補えたと思います。ですが、まだ未熟なところも多々あります。そこは、この学園を通して補っていこうかと考えています」

 

 「納得!君を信じて送り出したかいがあった!」

 

  信じるか…、そんな言葉久しぶりに聞いたような聞かなかったような。

 

 「ずっとあなたの帰りを待ってくれる“ウマ娘達”がいるんですから」

  

  とたづなさんが付け足してきた。“あいつら”のことか、確かに“あいつら”ならそうだろうな。永遠に待ってたりするんだろうな。

 

 「“約束”は守りますよ。それが俺ですから」

 

  というとたづなさんは笑みをこぼし、理事長はうむ!と頷いて立ち上がった。

 

 「歓迎!君をもう一度トレセン学園の生徒として認める!この学園でいろいろなことを知り、様々なことを学んで、よりよい学園生活を送ってくれ!!」

 

 「はい、この学園の名に恥じぬよう頑張らせて頂きます」

 

  と俺は立って頭を下げた。理事長は大きく頷いき、たづなさんはパチパチと拍手してくれた。これでトレセン学園生として一歩踏み出したってことになるのか。頑張るか、この人達の期待を裏切りたくないし。

 

 「して〇〇、制服はあるのか?」

 

 「えぇ、ありますが…サイズ的にちょっと」

 

 「だろうと思って用意しておいた。たづな」

 

  はい、と言ってたづなさんは理事長室の隅にあるダンボールを漁り始めた。そして、何袋か手に持ってこちらに渡してきた。中身を見ると制服だった。あちらでお着替え下さい、と理事長室の中にある倉庫部屋に案内され俺はその中で制服に着替えた。

 

 

着替え中

 

 

  ガチャ、とドアを開ける。2人は「おぉ!」頷いていた。トレセン学園の制服は藤色と白色をを基本とした色だか俺の制服は白ではなく黒だった。黒色のズボンに藤色の学ランを着ていたパーカーの上から着ている、靴は革靴で茶色だ。あと、前ボタンと袖ボタンが丸型の金色で中には校章が型付されていて、左の胸元にはトレセン学園の校章が金色の刺繍で描かれていた。結構お金かかったんだろうな。

 

 「サイズの方はどうでしょうか?」

 

 「大丈夫です、ぴったりです」

 

 「好適!よく似合っておる!」

 

  新しい制服も手に入ったし、あとは時間。今は…11時35分、あと5分で授業か…今のうちに帰るか。

 

 「それじゃあ俺、行きます」

 

 「ん?どこにだ?」

 

 「どこって、決まってるじゃないですか。帰るんですよ、挨拶も済んだし。やることやったんで」

 

 「憤然!このトレセン学園に入ったからには遅れても構わん!授業は受けろ!」

 

  いやいや、無理でしょ。もう昼前ですよ?昼から授業受けるよりかは、月曜日に回したほうがいいでしょ。

 

 「今から授業受けたって頭に入らないですよ」

 

 「否定!今からでも受けろ!」

 

  と理事長は頑なに俺を授業に出させようとする。何故だ?…まさか、

 

 「まさかあんた、“あいつら”に言ったんじゃないだろうな!?俺が来てるってこと!」

 

 「ギクッッッッッ!!!」

 

  大きなため息が出る。なぜ“あいつら”にバラす、おかげて帰れなくなったじゃないか。

 

 「わかりました。授業、出ますよ」ハァ…

 

  と言うと理事長の顔がパァ!っと明るくなった。あんた、弱みでも握られてんのか?

 

 「迅速!すぐ行ってきてくれ!」

 

  はいはい、と俺は手をヒラヒラさせて理事長室を出た。あんな理事長で大丈夫なんだろうか、と思いながら俺は自分のクラスへと向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 〜〇〇の退出後、理事長視点〜

 

 「やっと、行ったか」

 

  はい、とたづなは私のぼやきに返事をしてくれた。

 

 「それにしても、随分と大きくなったものだな」

 

  私は自分の椅子に座り、体重を背もたれにかける。本当に彼は大きな成長を遂げていた。それは肉眼でもはっきりとするくらい凄まじいものだった。

 

 「これから彼はどんなものを“創る”のでしょうね」

 

 「そうだな。もしかすると、“私達では想像できないもの”を創るのかもしれんな」

 

 「そうですね、お茶入れますね?」

 

 「いや、いい。それよりもたづな、〇〇のところへ行ってくれないか?〇〇のことだ、自己紹介もせずに授業に入るやもしれんでな」

 

 「はい、わかりました理事長。行って参ります」

 

  とたづなは部屋のドアを開け、そのまま出て行った。たづなを見送ったあと私は私以外いないこの部屋でポツリと呟いた。

 

 「道のりは険しいかもしれん。だが、諦めるでないぞ。もし、諦めそうになったら“彼女達”と共に乗り越えていけ」

 

 

 

 

 

 

    〜???視点〜

 

  私は今、とてもソワソワしています。なんたって“彼”が帰ってきたとエアグルーヴに伝えられてから授業どころではないからです。最初は嘘かと思ったのですが証拠として見せてきた写真が間違いなく“彼”だったので納得しました。

 …いつなったら来るのだろうと思っているとガラガラッと後ろの扉の開く音がしました。クラスにいる全員が音のなった方へ向きます。音がなって少しした時、一人の男の子が教室に入ってきました。クラス中の人達がザワザワし始める、知らない人が入ってくればそうなるに違いない。でも、私は知っている。“彼”のことを。“彼”は私の後ろを通り過ぎ、一番後ろの窓側に位置する席、私の左隣の席に座った。私は心の底から安堵した、それと同時に嬉しくもあった。だって、また貴方と“競う”ことが出来るのだから。

 

 

 

 

    〜〇〇視点〜

 

 「(教室には入ったのはいいが、やっぱこうなるよな)」

 

  俺が教室に入ってからクラスの連中がザワザワしたりチラチラこちらを見たりし始め、教師も状況が飲み込めないのかオロオロとしていた。そして、俺の右隣の席の“栗毛のウマ娘”はニッコリとしてこちらをジッと見つめている。頼むからそんなに見つめないでくれ。

 

 「はあ、やっぱり。理事長の言うとおりでしたか」ハァ…

 

  とため息をつきながら教室に入ってきたたづなさん。教師の人なんか「助けてください」と涙目でたづなさんを見ていた。

 

 「ほら、自己紹介してください」

 

  と手を叩いて指示してきた。転入生でもあるまいし、べつにいいだろうと思っていると

 

 「自己紹介、したほうがいいんじゃないですか?貴方のこと知らない人が多いでしょうし」

 

  と隣の席の奴に言われた。めんどくs「面倒くさいなんて思っていませんよね?」…。

 

 「わかった、やればいいんだろ?やれば」

 

  と勢いよく立ち上がり、教卓へと向かう。隣の奴は笑顔のまま俺に手を振っていた。クソ、後で覚えとけよ。

  黒板の前に来た俺はチョークを持ち、カンカンカンッと音をたてながら名前を書き、回れ右をして自己紹介をした。

 

  「えー、俺の名前は風間 燈馬(かざま とうま)です。いろいろあってこの学園に来ました。よろしくお願いします」

 

   

 

   彼、風間燈馬は後に【歴史の創造者】と言われるのはまだ先のお話。




読んで頂きありがとうございます。

理事長の口調めっちゃ難しい…。



    それでは、また


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再会と突然

 遅くなってすみませんでした!

  それでは、どうぞ!


  〜食堂、燈馬side〜

 

 「はいよ、にんじんハンバーグ定食ね」

 

  食堂のおばちゃんがおいたトレーを持って席を探す。授業を終えて俺は今、食堂に来ている。この時間帯はウマ娘達がたくさんくるので早く席を確保したいところだ。

 

 「燈馬君」

 

  名前を呼ばれ、振り返ると栗毛のウマ娘がいた。そいつも同じようにトレーを持っていた。

 

 「良かったら一緒に食べませんか?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「席、空いていて良かったね」

 

  とお互い持っていたトレーを机に置き、向き合って座る。ちょうど2人だけ席が空いていたので助かった。

 

 「それじゃあ、冷めない内に食べましょうか?」

 

 「そうだな」

 

 「「いただきます」」パンッ

 

  と俺と栗毛のウマ娘が手を合わせて食べ始める。にんじんハンバーグは普通のハンバーグよりサイズがでかい。もともと、ウマ娘用のサイズなのでとても大きい。そして極めつけはにんじんだ。ハンバーグの中にたくさんにんじんが入っていると思いきや実はハンバーグの上からぶっ刺している、しかも丸々1本。食べれるのかと言われれば正直言って無理にひとしい。いや、無理でしょ。成人男性の2倍くらいの量だぞ?普通の高校生が食べれたもんじゃない。見てみろよ、俺が4分の1しか食べてないのに対して目の前のウマ娘はほぼ完食に近いぞ。

 

 「あ、あの…。そんなに見られると食べづらい…です」

 

 「ん?あぁ、すまん」

 

  と顔を頭の上にある耳をピコピコさせながら言ってきた。

  ウマ娘。それは古来より人間と共に共存してきたもう一つの人種。耳と尻尾が生えており、何よりヒトより“驚異的な身体能力”がある。例えば、時速60キロの車と並行して走ったり、大型トラックを持ち上げたりなどとにかく身体能力が凄い。そして、食べる量も計り知れず、凄い奴は5キロくらいの食事を難なく食べる。とにかくいろいろ凄い。そういう俺はどうかって?俺はウマ娘みたいに耳と尻尾は生えてないし、たくさん食べれない、パワーもない。しいて言うなr「♪ピロリン」ん?

 

 『来ているのだろう?すぐに“生徒会室”に来てくれ』

 

  突然、携帯が鳴って見てみるとこんなメッセージが来ていた。行きたくねぇ、面倒くさいし。

 

 「いやでs「♪ピロリン」?」

 

  おいおい、まだメッセージ打ってる最中だz…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『来い』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  行きます行きます、行かせていただきます。だからそんなに怒らないで下さい。俺は急いで残りのご飯と“デザート”を口の中にかきこむ。

 

 「ごちそうさま」ガタッ

 

 「あれ?どこか行っちゃうの?」

 

 「あぁ、なんでも“生徒会長”様がすぐ来いっていうからな。行かねぇと何言われるか知ったこっちゃない」ハァ…

 

 「人気者ね」フフッ

 

 「うっせぇ」

 

  俺は食事の終えたトレーを持って席をたつ。

 

 「じゃあな“サイレンススズカ”。また教室で」

 

  と言ってトレーを戻しに行こうとした時、「待って」と服を掴まれた。

 

 「サイレンススズカ、じゃなくて“あの時”みたいに呼んで欲しい」

 

  と言って顔を俯けてお願いされた。

 

 「…。じゃあな“スズカ”、また教室で」

 

  と言うと俯いていた顔が上がり

 

 「うん。また教室でね、燈馬君」

 

  とスズカは掴んでいた服を離し、見送ってくれた。

 

 「それじゃ、行きますか」

 

  トレーを戻し、目的のところへ駆け足で行った。ドンドンドンッと音がしたが、気の所為だろう。

 

 

  〜サイレンススズカside〜

 

 「(行っちゃった…。もう少し引き留めたかったけどしょうがないよね、生徒会長さんに呼ばれちゃったら行かなきゃいけないものね)」

 

  私、サイレンススズカは燈馬君の背中を見送ってそんなことを思っていた。

 

 「(燈馬君、強くなって帰ってくるって言ってたし、“あの時”も十分強かったけど、どれくらい強くなったか楽しみだわ)」

 

  これから話したかったことがたくさんあったのだけれどそれはまた別の機会に取っておこうかな、とこれからの事に胸を踊らせる私でした。

 

 

 「(さてと、それじゃあデザートの“にんじんケーキ”でも…ってあら?)」

 

  と私がトレーの上にある小皿に手を伸ばそうとしたときだった、小皿の上にあった“にんじんケーキ”がなくなっていたのだ。

 

 「???」

 

  試しに机の下を覗く。当然、ケーキの形カケラもない。

 

 「(おかしい、食べてる時はまだあったはず…。自分で食べた記憶もないし…、まさか)」

 

  と思い、携帯を取り出したのと同時に携帯が鳴る。画面を見ると『メッセージ 1件』と表示されていた。

  おそるおそるタップしてみると送信者は『燈馬』となっており、内容は、

 

 『デザート、美味かった』

 

  と書かれていた。

 

 「〜〜〜〜〜〜〜〜っ!!!!!!」

 

  このコメントを見た私は人目を気にせず思っきり地団駄を踏み、顔を伏せる。

 

 「(燈馬君の、バカァァァァァアアア!!!!)」

 

  と心の中で思いっきり叫んだ。すると、

 

 「あなたがサイレンススズカさん?」

 

  と声をかけられたので顔を上げると食堂のおばさんがいた。

 

 「は、はい。なんでしょうか」

 

  と慌てて髪を整えなから聞くと

 

 「ごめんなさいねぇ。あなたの持っていたケーキなのだけど実は廃棄する予定だったのを職員が間違えて渡してしまってたのよ」

 

  ちゃんと分けて置いていたのだけれども、ごめんなさいねぇ。と言いながら新しいケーキを渡してくれたので受け取った。

 

 「あ、ありがとうございます…。あ、あの、そのケーキ食べたらどうなってたんですか?」

 

  と聞いてみる。

 

 「ん?別に身体に害ってわけじゃないのよ。ただ、塩と砂糖を間違えて使っちゃった、ただの辛いケーキさ。」

 

  といい、続ける。

 

 「それを食べた男の子があたしに言ってきてね、代わりのケーキを出すと言ったら『代わりのケーキはサイレンススズカに渡しといてくれ、俺は腹がいっぱいだ』って」

 

  と言って「それじゃあ、ゆっくりしていってね〜」と言いながら厨房の方へ戻っていった。

 

 「…」

 

  帰っていく姿を見た後、私は机の上に置かれた新しいケーキを手に取って、

 

 「燈馬君のばか」ボソッ

 

  と誰にも聞こえないような声で呟いた。そして、今日のケーキはいつも以上に甘かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  〜生徒会室前・燈馬side〜

 

 

  俺は今、生徒会室前に来ている。理由は昼ご飯を食べていた時にきていたメッセージの件だ。半ば強制みたいなもんだがな…。と思いながらドアノブに手をかけ、扉を押す。

 

 「Eclipse first,the rest nowhere.君はこの言葉の意味を知っているかな?」

 

  と部屋に入るとこちら側にせ同時に聞かれた。

 

 「“唯一抜きん出て、並ぶ者なし”だろ?かの有名な伝説のウマ娘、“エクリプス”が世に放った言葉の一つだ」

 

  と答え、さらに続ける。

 

 「そして、それを体現させたウマ娘がいる。“トキノミノル”、“シンザン”、“ミスターシービー”、そして…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

          お前だ、“シンボリルドルフ”」

 

 

 

 

 

 「フフフッ」

 

  と椅子から立ち上がり、こっちに近づいてきて

 

 「久しぶりだな、燈馬」

 

  と右手を差し出してきた。

 

 「久しぶりだな、ルドルフ」

 

  と俺も右手を出して握手した。

 

 「立ち話もなんだ、座って話さないか?」

 

  と近くのソファに案内された。

  俺は出入り口側のソファに片脚をのせて座り、ルドルフは俺の反対側に座って腕を組んだ。そして数秒間、張り詰めた空気が流れ始める。

 

 「君は相変わらずノックをせずに入室するのは変わらないな」

 

 「そういうルドルフこそ、そのお堅い姿勢はどうにかならんのか」

 

 「何を言う、これでも軟らかくなったほうさ」

 

  嘘つけ、とツッコむ。それを聞いてルドルフが笑う。

  シンボリルドルフ、鹿毛色の耳と尻尾と腰まである長い髪を持ち、前髪部分が黒く一部分だけ白色メッシュが入っている。そして、無敗でクラシック三冠を制し、その後七冠を制するという偉業を成し遂げたウマ娘だ。「現代で最強のウマ娘は?」と街のヒトに聞けば十中八九「シンボリルドルフ」と口を揃えて答えるくらい凄いウマ娘だ。まさにその姿は“皇帝”と言ってもいいだろう。現在はレースを退き、生徒会長として学園を引っ張っている。まさに、トレセン学園の(かがみ)と言っても過言ではない。“あの頃”はもっと張り詰めてたっていうか、他人を寄せ付けないというか…。そんなことは置いといて、

 

 「それで、用件は?」

 

 「1年ぶりに君の顔が見たくなった…、ではダメか?」

 

 「そんなこと思ってないだろ」

 

  まったく、らしくもない事を。と思いながらルドルフの顔を見るとジト目で俺を見ていた。

 

 「なんだよ」

 

 「君のそういうところはいち早く直したほうがいいのかもしれないな」ハァ…

 

  何をいう、俺は至って普通だ。

 

 「紅茶が入りました」コトッ

 

 「あぁ、すまない。“エアグルーヴ”」

 

 「ん?なんだ貴様、来ていたのか。全く気づかなかったぞ」

 

 「よう、エアグルーヴ。相変わらずそのツンツンは変わってないようだな」

 

 「貴様もその舐め腐った態度は変わってないようだな」フンッ

 

  と腕を組んでこちらを睨んでくるのは生徒会副会長のエアグルーヴだ。黒色の耳と尻尾、ショートヘアで右目が隠れている。彼女もルドルフと並ぶくらいの多大な功績を残している。エアグルーヴは別名“女帝”と呼ばれ、その気高さと気品のある姿から後輩のウマ娘達では“誰もが理想とするウマ娘”とも呼ばれている。俺とは大違いだ。

 

 「それで貴様はここに何をしに来たのだ?」

 

 「それはそこにいる生徒会長様にでも聞いてくれ」

 

  と親指でルドルフを指す。

 

 「今回、君に来てもらったのは他でもない。今後のレースについてだ」

 

  と真剣な眼差しで話し始めた。それを聞いてエアグルーヴも顔を引き締める。

 

 「燈馬、今後の君の方針を聞かせてくれ」

 

 「俺は…」

 

  と俺は今後のことについて話し始めた。話してる途中、エアグルーヴとルドルフにも驚かれたが理由を言ったら納得してくれた。それからは他愛もない話しをして時間を過ごしていった。

 

 キーンコーンカーンコーン〜♪

 

 「お、もう予鈴か。やはり君といると時間が経つのが早く感じるよ」

 

 「そうか。それじゃあ俺は教室に戻るよ」

 

 「そうだな、では私も戻るとしよう」

 

 「はい」

 

  と3人同時に立ち上がり、俺は出入り口の扉に向かう。

 

 「燈馬」

 

  と俺はルドルフにまた呼び止められ、こっちに近づいてきた。

 

 「改めてもう一度…。おかえり燈馬、そして共に勇往邁進していこう」

 

  ともう一度右手を差し出してきた。

 

 「俺は問題児だぞ?それでもいいのか?」

 

 「私は君がそうには見えない。まあ、態度が少しアレだが…だが、君は絶対この学園の為に尽力してくれると断言出来る。だって君はy「もういい、わかった」…」

 

 「わかった、協力する」

 

  と俺も右手を差し出して握手をする。

 

 「そう言ってくれると思ったよ。さて、もうすぐ授業だ戻るとしよう」

 

  俺、ルドルフ、エアグルーヴの順に生徒会室を出ていき、エアグルーヴが鍵を閉める。

 

 

 

  〜生徒会室前・エアグルーヴside〜

 

 「では、私はここで」

 

 「会長、お疲れ様でした」ペコッ

 

 「ん、じゃあな」

 

  と会長が背を向けて歩いて行った。

 

 「では私達も戻るぞ」

 

 「ああ」

 

  と私と燈馬は会長とは反対の廊下を進んでいく。

 

 「しかし、まさか貴様あんなことを言い出すとは…。“それ”を認めた理事長も大変な御方だ」ハァ…

 

 「まあ、それぐらいしてもらわないと」

 

  まったく、貴様という奴は“1年前”と何も変わっていないな。

 

 「それで、勝機はあるのか?この学園はたくさんの猛者達がいる。生半端の気持ちでは勝ち目はないぞ」

 

 「勝つさ、必ず。その為に俺は1年間、死に物狂いで頑張ったんだ」

 

  と真剣な眼差しで言った。どうやらコイツは本気のようだ。

 

 「それはそうと、アイシャドウ変えた?」

 

 「?いつもどうりだが」

 

  と返す。私のしているアイシャドウは母がレースに出ていた頃からしていたアイシャドウだ。私が幼い頃から母のレースを見てきて、いつか母のように素晴らしいウマ娘になりたいと思い始めてから母に頼み込んで教えてもらったのだ。

 

 「どうした、急に」

 

 「いや、前よりも綺麗になったなって」

 

 「なっ!!!!?」カァッ!

 

  なっ何を言っているんだ、このたわけ!!!

 

 「どうした?顔赤いぞ」

 

  と燈馬が近づいてくる。まずい!追い払わねば!!

 

 「こっこのたわけが!!!早く自分の教室に行け!!!」カァッ!

 

 「え?けどy「いいから早く行け!!」わかった、そんなに怒るな」

 

  じゃあな、と言って燈馬は階段を降りていった。

 

 「まったく、あのたわけが。安易に女性に近づくとはどういう神経だ」ハァ…

 

  と思いながら教室に入り、自分の席につく。そして、前髪を直しながら

 

 「あっあんなにも近くに来られたら、はっ恥ずかしいではないか…」カァッ…

 

  と午後の授業に集中できなかったエアグルーヴであった。

 

 

 

  〜トレセン学園、掲示板・燈馬side〜

 

  午後の授業も終わり、俺はスズカと一緒に掲示板を見に来ていた。理由はレース場をどこのチームが使っているか確認する為だ。スズカにはついて来なくていいといったのだが、「私も行く」と強引について来た。レース場の使用は予約制でどのレース場をどこのチームが使っているか掲示板に貼り出されるのだ。

 

 「スズカさ〜ん!!」

 

  と後ろからスズカの名前を呼ぶ声が聞こえた。俺とスズカが振り向くと黒茶色の耳と尻尾が生え、ショートボブの髪、前髪の真ん中辺りが白色のウマ娘が学園用のジャージを着て走って近づいて来た。

 

 「スペちゃん、どうしたの」

 

 「どうしたもなにも、練習始まってますよ!」

 

  と大きな声を出す。時間を見てみると午後の4時を回っており、周りを見渡すとウマ娘が列になってランニングしているのが見えた。どうやら練習が始まっていたらしく、スズカのいるチームはどうやら練習が始まっているみたいだ。

 

 「さあ早く練習に行きましょう!…ってこの人は誰ですか?」

 

 「ええ、この人は…「もしかして…」?」

 

  とスズカが説明をしようとした時、そのウマ娘がスズカの話しを遮る。

 

 「もしかして、スズカさんを私達のいるチームから引き抜こうとスカウトしにきたんですか!?」

 

 

 

 

 

・・・・・

 

 

 

 

 

 

 「は?」

 

  何を言っているんだ、コイツ。

 

 「スズカさんは私達のチームの“スピカ”の一員なんです!引き抜こうだなんてそうはさせません!!」

 

  と俺とスズカの間に割って入り、大きく両腕を広げ、俺を睨む。

 

 「スっスペちゃん、待ってこの人は…」オロオロ…

 

  とスズカがオロオロし始める。

 

 「ハァ…、スカウトも何も俺はこの掲示板を見に来ただk「嘘です!」…」

 

 「そうやって嘘をついてスズカさんを勧誘しようとしてるんですよね!お母ちゃんが言ってました!都会は嘘つきが多いって!!」

 

  どんなお母ちゃんだよ、ていうか嘘つく奴は都会だけじゃないだろ。と俺とショートボブのウマ娘との押し問答になっていた時、「彼の話は本当だよ」と割って入って来る奴がいた。

 

 「「“フジキセキ”さん(先輩)」」

 

 「フジキセキか、見ていたのか」

 

 「やあ燈馬、久しぶりだね。それと“スペシャルウィーク”彼の言っていることは本当さ」

 

  とフジキセキと呼ばれたウマ娘がスペシャルウィークと呼ばれたウマ娘に説明をする。

 

 「彼は一人で掲示板に向かっていたのさ、レース場の使用チームの確認の為にね。それをスズカが追うような形だったのさ」

 

  と俺の話を補足して説明してくれた。

 

 「え、じっじゃあスズカさんの引き抜きは…」

 

 「君の勘違いってことになるね」

 

  とフジキセキが笑顔で言うとスペシャルウィークの顔が青ざめる。

 

 「ご、ごめんなさいごめんなさいごめんなさい!!!私の勘違いでこんなことになってしまってごめんなさい」ペコペコ

 

  と謝りたおされた。

 

 「いい、気にするな。誰だって勘違いはするものだ」

 

  まあ、男とウマ娘が2人でいたらスカウトに見えなくない。ましてやそれがチームメイトなら尚更だ。

 

 「さあ、早く練習に行かないと時間が無くなっちゃうよ?」

 

  と言われ時間を見る。あれから20分くらい経ったのか今は午後4時30分だ。

 

 「スズカ、早く練習に行ってやれ。他の奴らが心配してるだろうからな」

 

 

 「うん、わかったわ。それじゃあまたね。行こ、スペちゃん」タタタッ…

 

 「はい!スズカさん!」タタタッ…

 

 「あぁ、またな」

 

  とスズカとスペシャルウィークは走って行った。

 

 「すまないね。スペシャルウィークはちょっと思い違いの激しい()なんだ。大目に見てやってくれ」

 

  とフジキセキは俺に説明する。まあ、それくらいの事で怒ったりはしないので大丈夫だ。

 

 「しかし、もう学園に来ていたのか。言ってくれれば迎えに行っていたのに」

 

  と俺の方に振り向いて言った。フジキセキ、男でも惚れてしまうようなイケメンなところがあり、黒色の耳と尻尾が生えている。髪も黒く、髪型はどちらかといえば男の髪型に近いと言ってもいい。そしてレースだか、“皐月賞”を目の前に足の怪我でレースを断念、“幻の三冠ウマ娘”と呼ばれるようになった。

 

 「お前がいなかったらさらに最悪な空気になっていたところだった。すまなかったな」

 

 「いいや、困っている“ポニーちゃん”を助けるのが僕の仕事さ」

 

  ポニーちゃんとはウマ娘のことだ。フジキセキはそのイケメンなところからウマ娘の中にはフジキセキのファンがいて、今でも黄色い声援が飛び交っている。

 

 「それはそうと君も“君のチーム”が練習をやっているんじゃないか?早く行って顔を見せてあげな」

 

  きっと喜ぶよ、と笑顔で言う。俺は掲示板の方に意識を戻す。

 

 「(第1レース場は“リギル”、第2レース場は“スピカ”、第3レース場は…あった)」

 

  俺は自分の所属するチームを見つけると下駄箱へと向かう。

 

 「さっきは助かった。礼はする」

 

 「礼には及ばないさ。でも、そうだね…」

 

  とフジキセキが考え込む。そして、何か閃いたような顔をする。

 

 「敷いて言うなら、僕と併走トレーニングでもしてもらおうかな」

 

  と提案してくる。

 

 「わかった、予定が決まったら連絡する」

 

  ありがとう、とフジキセキが言うと俺は靴を履き替え、目的の場所へと向かおうしたらフジキセキに呼び止められた。

 

 「燈馬、レース楽しみにしてる」

 

 「あぁ、またな“フジ”」

 

 「またね、燈馬」

 

  とフジキセキ、もといフジが手を振る。俺は手を上げて再び目的の場所に向かった。

 

 

 

 

 

 

  〜練習用第3レース場・???side〜

 

 「よし、ラスト1本!次は全力で走るんだよ!!」

 

 「「「はい!」」」

 

  と僕はトレーニングをしている3人のウマ娘達に指示を出す。そして、ウマ娘達がコーンのところに戻っていき、もう一度スタートの構えをする。

 

 「よーい、ドン!!」

 

  掛け声と共にウマ娘達がスタートする。それと同時にストップウォッチを押す。ウマ娘達は最初のコーナーをを曲がり、直線を駆け抜け、再びコーナーを曲がって直線に入った。

 

 「2人には負けない!」

 

 「それは私もだ!」

 

 「ライスだって、負けない!」

 

  と3人がほぼ横一直線になって200m地点を切る。

 

 「「「うおぉぉぉぉぉオオオオ!!!!」」」

 

  そして、ビュウンッという風の音を残してゴールし、僕はストップウォッチを止める。

 

 「3人ともお疲れ様。3人ともタイムが縮まっててよかったよ」

 

  と止めたストップウォッチを見せる。

 

 「“オグリキャップ”さんは前の測定より3.5秒、“ライスシャワー”さんは4.5秒、そして“ナリタタイシン”さんは4秒、タイムが縮まっているよ」

 

 「やった!」

 

 「よし」

 

 「まあまあかな」

 

  と3人が自分の出したタイムに喜んでいる。

 

 「それじゃあ3人共、今日はここで終わりにしよっか。僕は道具を片付けるから、ゆっくりストレッチをするんだよ」

 

  はーい、という返事を聞いて僕は練習で使った道具を取りに向かおうとした時だった。

 

 「なあ、もう練習は終わりか?折角、着替えてきたんだが」

 

 「ん?もしかして見学者の子かな。ごめんね、もう練習は終わったんだ。だから次の日に改めて…来て…ほ…しい…」

 

  と後ろから声がしたので振り返るとそこには無表情の男の子が一人立っていた。

 

 「…帰って来てたんだね」

 

 「ただいま、トレーナー。いや、“立花”さん」

 

 「おかえり、燈馬君」

 

  僕は思わず涙が出そうになったが、堪える。今じゃない、泣くのは今じゃない、と心にそう言い聞かせる。

 

 「「「燈馬(さん)…」」」

 

  後ろから声がする。タイシンさんとオグリさんは目を見開き、ライスさんは口に手を押さえている。

 

 「ただいま。オグリ、ライス、タイシン」

 

  と燈馬君が言うと3人は燈馬君のところに走っていき、思いっ切り抱きついた。

 

 「心配したんだぞ!急に学園からいなくなるんだから!」

 

 「燈馬さん…、もう勝手に何処かへ行かないで…!」

 

 「まったくあんたって奴は!少しは私達の気持ちを考えたらどうなの!」

 

 「悪かった、急に学園を離れて。ちゃんと話さずにすまなかった」

 

  と燈馬君が両手を上げて3人に謝る。燈馬君が学園から離れたのを知っているのはごく一部の人達しか知らない。僕は知っている、何故燈馬君が学園を離れたのかを。

 

 「それはそうと、燈馬君。随分と身体が大きくなったね」

 

 「まあ、1年も離れたんだ。身体くらい変わるさ」

 

  本当に見違えるほど大きくなった。前よりも筋肉が発達していて、逞しくなっていた。

 

 「でも、これでようやく、スタートラインに立てた」

 

  と燈馬君が呟く。無理もない、あれだけ悲惨な事があったんだから。

 

 「G1に出るのかい?」

 

 「当たり前だ。その為にもサポート頼むぞ、トレーナー」

 

 「よし、それじゃあまずは“皐月賞”だ!チーム『クレア』頑張るぞー!」

 

 「「「おぉー!!!」」」

 

 「だな」

 

  それじゃあ早速、トレーニングメニューを考えないと。“再来週”から皐月賞なんだから!再来週…

 

 「あーー!!!!」

 

 「どうした、トレーナー」

 

  とオグリさんが僕に聞いてくる。

 

 「どうしよ、明後日と来週のレースのどちらかを勝たないと燈馬君皐月賞に出場出来ない」

 

 「「「えぇぇぇぇーーー!!!」」」

 

 

  こうして、チーム『クレア』は最悪のスタートを切った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 〜現地点でのチームのプロフィール〜

 

 

 

 風間 燈馬

 

身長 172センチ

体重 60キロ

靴のサイズ 25.0

学年 高等部

所属チーム クレア

 

・1年間、学園を離れていた。理由は不明。

・余り笑わない

・色々な人から心配ばかりかけられる

 

 

 

 立花 隆二

 

身長 185センチ

体重 80キロ

役職 チームクレアのトレーナー

 

・燈馬をスカウトした人

・トレーナー歴は5年

・優しく、穏やか

 

 

 

 オグリキャップ

 

・元々チームに入っていたが、燈馬にスカウトされ、チームクレアに入る

・好きな事は食事と燈馬との併走トレーニング

 

 

 

 ライスシャワー

 

・燈馬の走りを見て、自分も燈馬みたいに速くなりたいと思い、自らから入部を志願する

・レースに出るのが怖く、まだデビューしていない

・好きなことは燈馬とのトレーニング

・燈馬のことをお兄様と呼びたいと思っている(中々、勇気が出ない)

 

 

 

 ナリタタイシン

 

・選抜時に燈馬からスカウトを受ける

・最初は断ったが、燈馬に説得されチームに入る

・人一倍の負けん気があり、いつか燈馬に勝ちたいと思っている

・好きな事はゲームと昼寝




 読んで頂きありがとうございます。
誤字脱字等、アドバイスがあればよろしくお願いします。
次回は燈馬のレース戦ですので、頑張って書いていきます。


  〜オリジナル設定①〜
皐月賞の前は桜花賞がありますが、この物語では皐月賞の後に桜花賞、日本ダービーの後にオークス、菊花賞の後に秋華賞という時系列でいきます。何卒、ご理解の方お願いします。

  それでは、また


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大事な初戦

 ついに主人公のレース。果たして勝つことはできるのか─。






 レースの表現上手く出来るかわかりませんが、頑張ります。


  〜中山レース場・立花side〜

 

 『トゥインクルシリーズファンの皆様、お待たせしました。“ダービー卿CT”がまもなく開始します!』

 

  実況の声がレース場内に響き渡る。僕達、チームクレアは中山レース場に来ている。理由は勿論、彼の応援だ。なんたって彼にとって久しぶりのレースなのだから。

 

 「にしても良かったわね、あいつ。デビュー戦、出なくてなくて」

 

 「ホントだよ、ホント。理事長には頭が上がらないよ」

 

  とタイシンさんと僕の何気ない会話をする。本来、レースに出場する為には“デビュー戦”に出なければいけない。デビュー戦とは文字通り、デビューする為のレースだ。そのデビュー戦に出て初めて“トゥインクルシリーズ”に出場出来るのだ。でも、デビュー戦はもう過ぎている為、デビューはもう出来ないのだが先日、理事長から

 

 『デビュー戦?明日、あの子はレースに出るのだろう?だったら、そのレースをデビュー戦にしたらいい!そして勝て!!あの子の頑張りを世に知らしめるのだ!!』

 

  と言っていた。

 

 『伝言!あの子に伝えておいてくれ!登録名は“前のまま”だと!!』

 

  と付け加えていた。その事を彼に話すと「わかった」と言っていたので問題ないだろう。

 

 「だがトレーナー、いきなりG3レースっていくら何でも無理があるんじゃないか?OP(オープン)戦ならまだしもいきなりG3は…」モグモグ

 

  とオグリさんが特盛の焼きそばを食べながら言う。

 

 「うん、オグリさんの言う通りだ。だけど、皐月賞に出ると言っている以上なるべくG1に近い緊張感とかも経験してほしいしね」

 

  と僕は返す。いくらレースと言えどレースのグレードによって緊張感が変わってくる。ちょっとした気の緩みがレースの勝敗を左右するから。それにしても…

 

 「それにしてもオグリさん、それ何個目?」

 

 「ングッ、26個目だ」

 

 「…。後、何個食べる気?」

 

 「最低でも20、いや30はいきたい」モグモグ

 

 「ほどほどに頼むよ…」トホホ…

 

  これでまた一つ、僕の財布からお金が飛んでいった…。

 

 『ダービー卿CTを始めるにあたり“パドック”を行います。1枠1番…」

 

  ワァァァァァァア!!!!と観客全員の歓声とともにレース前のパドックが始まる。パドックとはいわゆる自己アピールのようなものだ。これをファンの人達に見てもらい、且つ他のウマ娘達に自分が勝つ!という意思表示にもなる為、レース前には欠かせないものだ。

 

 『そして!12枠12番、“シノン”!!…ってあれ?』

 

  と実況の人が困惑し始め、観客の人達もどよめきだす。まあ、普通はそうなるでしょうね。だって…

 

 

 

  だって、パドックに“男”がいるのはおかしいから。

 

 

 

  男は前へ普通に歩いていき、両肩に掛かったジャージを右手で投げ捨てる。そして、ジャージを拾いそのまま帰って行った。

 

 『えぇ、只今入ってきた情報によりますと、シノンはウマ娘としてではなく、“ウマ男”として登録されていると情報が入っています』

 

  これは、URAも了承済みとのことです。と付け加えると更にどよめき始める。

 

 「それじゃあ僕は彼のところに行ってくるよ」

 

 「わかった、最前列は確保しとく」

 

  とタイシンさんは告げ、ライスさんとオグリさんはその後ろついて行く。それを見送った僕は駆け足で彼のところに向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

  〜レース場入口前〜

 

 「おーい、燈馬くーん!」タタタッ…

 

 「ん、トレーナー」クルッ

 

  と僕はパドックを行っていた男、燈馬君を呼ぶと彼はクルッとこちらに振り返った。

 

 「レース前のパドック、よかったよ」

 

 「ああ、わざわざすまないな」

 

  と燈馬君は返す。良かった、いつも通りみたいだね。とホッとしてる自分がいる。

 

 「なんだ?それだけか?」

 

 「それだけじゃないよ!レースの最終確認さ!!」

 

  と僕は燈馬君は強く言う。

 

 「レースの確認って、入る前にも確認したじゃないか」

 

 「ダメダメ!こういう時こそ、レースの確認って一番大事なんだよ!?これを疎かにしてしまうと“大事な時”に力を発揮出来なかったりするんだから!!」

 

  と燈馬に強く説明する。これは僕が普段、レースに出る子にやっていることだ。他のトレーナー達からは集中しているウマ娘の邪魔をするなって言うけれどもそういう時に限って緊張のあまり力が上手く発揮出来なかったりといろいろな事がレースに出る時がある。僕だって本当はこの子達の邪魔をしたくはない、けど全力で悔いなくやって欲しいから、その為にも緊張を解してあげたいしレース前だけでも力になってあげたいって思ってやっている。

 

 「…」

 

  と燈馬君はしょうがないという顔をしてこちらを向く。

 

 「それじゃあ、確認ね。ダービー卿CT。芝1600mで平地、右外回りでバ場状態は良。要注意なのは1番人気のケイワンバイキング、2番人気のブラックホークの2人、この2人は間違いなく上位に上がってくると僕は踏んでいる。何せ今は調子がいいみたいみたいだしね。今日の燈馬君の作戦は“差し”だったよね。だから、最終コーナー手前には既に先頭にいてほしいと僕は思っている。それとスパートのタイミングだけはきっちりとね」

 

  と僕はマークする相手と作戦、レースの情報などを簡潔に言うと燈馬君は僕に言ってきた。

 

 「なあ、トレーナー。何で1600mのレースなんだ?これよりも長いレースがあったはずだが?」

 

  と聞いてくる。

 

 「なんでって、それは燈馬君が“あんなこと”を言ったからじゃないか…」ハァ…

 

  とため息をつきながら言った。

 

  そう、それは昨日のことだった────

 

 

 

  〜回想〜

 

 

 「「「「えぇぇぇぇぇえ!!!!????“クラシック三冠レースとトリプルティアラレース”の両方に出場するゥゥゥゥゥウ!!!!????」」」」

 

 「ああ」

 

 「ああ、じゃないわよ!!!あんたふざけてんの!!?」

 

 「燈馬さん、いくらなんでもそれは無理だよ…」

 

 「燈馬、頭でも打ったか?」

 

 「タイシンさんやライスさんの言う通りだよ、いくらなんでも無理に決まってるよ燈馬君」

 

  と燈馬君の今後の方針について部室で話し合っていたときに燈馬君が言った言葉にチーム全員が驚く。驚くなと言われるほうが難しい、だって燈馬君が言った事は現実的に不可能なのだから。

 

 

 

“クラシック三冠とトリプルティアラのダブル出場”

 

 

 

 

  レースに出る中でクラシック部門というのがあり、皐月賞、日本ダービー、菊花賞の“クラシック三冠”と桜花賞、オークス、秋華賞の“トリプルティアラ”の2つがある。そして、ウマ娘達はこの2つのどちらかを選ぶことが決められており、例えばクラシック三冠レースを選べばトリプルティアラレースには出場出来ず、逆にトリプルティアラレースを選べばクラシック三冠レースは出場出来ないというルールになっている。まさにウマ娘達からすれば苦渋の選択なんだけど、まさか燈馬君がそのルールを壊しにくるとは…。

 

 「安心しろ、出場する許可は貰ってる」

 

  安心しろってどう安心すればいいんだよ…。

 

 「まさかあんた、理事長やURAのお偉いさん達を脅したんじゃないでしょうね」キッ!

 

  とタイシンさんが燈馬君を睨む。タイシンさんがそうなるのもわかる。もし、そんな人達を脅したとかすれば今後の僕達のレースに支障をきたすしオグリさんやタイシンさんのレース出場禁止とかになってもおかしくはない。

 

 「大丈夫だ、“双方納得の上、許可は貰っている”」ゴソゴソッ

 

  と燈馬君は自分のカバンを漁り始め、一枚のクリアファイルを僕たちの目の前に出してきた。その内容とは、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ───────ウマ男、風間燈馬(シノン)はクラシック三冠レース、並びにトリプルティアラレースの両方に出場する許可を与える。

 

 

URA責任者 〇〇〇〇

トレセン学園 理事長 秋川やよい

トレセン学園 生徒会長 〇〇

〇〇學園 〇〇 風間〇〇

〇〇學園 〇〇部 風間燈馬

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「「「「・・・・・・・・・」」」」

 

  部室の空気が固まる。マジで許可貰ってきてるよ燈馬君。しかも理事長だけじゃなくてURAの責任者の人からもサイン貰って来てるし。

 

 「なんなら、話の内容聞くか?」スッ

 

  とカバンからボイスレコーダーまで出す。

 

 「「「「いや、いい(です)」」」」

 

  即座に断る。身体が絶対に聞いたらいけないやつだと警告音を出している。

 

 「で、でも他のウマ娘達にはどう説明するんですか?」

 

  と固まった空気の中でライスさんが燈馬君に聞く。

 

 「そっそうだよ!そこら辺はどうするの!?」

 

  と僕もライスさんの後に続いて聞いてみる。もしこの事がウマ娘にも話が行けば、トゥインクルシリーズは大パニックに成りかねない。

 

 「URAによれば、男のウマ娘にもウマ娘同様で距離適性があるかどうかを知るために許可をしたと言うみたいだ」

 

 「でも、それだとOP戦とかで良くない?何でトリプルティアラも出る必要があるの?」

 

 「G1での結果が知りたいそうだ。G1でどう結果が出るかいち早く知るにはトリプルティアラしかないっていう向こうの判断だろう」

 

  少し曖昧だがな、と言う。確かに裏のありそうな言い方をしている。けど、許可を貰っている燈馬君自身もわからないと言っているってことは上層部が何かを隠してることになる。それを聞くには上層部に直接聞くしかないだろうし。けど、こんなことを上層部が簡単に教えてくれるわけもないしね。

 

 「まあでも、これで燈馬の方針は決まったんじゃない?」

 

 「そうだね、タイシンさんの言う通りだ。燈馬君は明日にでもレースに出てもらうからね」

 

 「わかった」

 

 

 

 

 〜回想終了〜

 

 

 

 「それでこのレースなのか。なるほど」

 

 「うん、だから皐月賞も勿論だけど“桜花賞”も見据えてやらないといけないからね。だからその為にもこのレースで勝たないと桜花賞も厳しいよ」

 

   燈馬君が昨日あんなことを言ったんだ、それも本気な目で。だから、僕もその気持ちに応えたいと本気で思ってる。

 

 「もうすぐ時間だ。行ってくる」

 

 「うん、悔いのないようにね」

 

  燈馬君の背中を見送って僕もタイシンさん達のところに向かおうとした時、

 

 「(あれ?何でこんなにも“足が重いんだ”?)」

 

  後にこの違和感が最悪の結果を知ることを僕はまだ知らない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 〜中山レース場内・燈馬side〜

 

 「フゥー、フゥー…。よし」

 

  俺は今、レース場内のゲート前に来ていてレース前のストレッチをしているのだが、他のウマ娘達からの視線が痛い。まあ、気になってしょうがないよな。なんたって、“ウマ娘と同じ速さで走る男”なんてこの世にいないと言っても過言でもないからだ。バイクや車ならウマ娘と同じ速さで走ることは出来る、だが自らの足となると話は変わってくるしそんな人がいればたちまちビッグニュースだ。でも俺はニュースにもなっていないし普通に生活出来ていた。それに何故、“ウマ娘と同じ足の速さ”なのかも俺自身わからない。なんせ気づいた時から速かった。

 

 「それでは、ゲートの方にお入りください」

 

  と係員の人が俺たちに声をかける。それに合わせて他のウマ娘達の各ゲートに入っていき、俺も自分のゲートに入る。

 

 『各ウマ娘、ゲートに入りました。さあ、今年のダービー卿CTの勝者は誰か!?』

 

  と実況の声がレース場内に響き渡り、開場の人達も盛り上がる。そして、俺はスタートの構えをするが、

 

 「(今日は一段と“足が重いな”。なんでだ?)」

 

  と疑問を持ちながらゲートが開くのを待つ。そして、

 

 

 

  バンッ

 

 『スタートしました!各ウマ娘、綺麗なスタートを…おおっとどうした!?』

 

 「「「「えぇぇぇぇ!?」」」」

 

 「やべ」

 

 『シノンだ!シノンがスタートを切れず前に倒れてしまった!!』

 

  俺はスタートを切れず前に倒れてしまい、完全な出遅れをしてしまった。

 

 

 

 

 

 

 〜同所・立花side〜

 

 「ちょっとあいつ!何やってんのよ!?」

 

  とタイシンさんが声を荒げる。それもそうさ、だって燈馬君がスタートを切れずに倒れてしまったんだから。

 

 「燈馬君!!」

 

  と僕は燈馬君の名前を呼ぶ。すると燈馬君は一度自分の足を見て立ち上がり、スタートを切った。

 

 『先頭は1番ケイワンバイキング、5馬身離れて4番、続いて8番、外から9番、内2番ブラックホーク、その後ろは一列になっています』

 

  と実況の声を耳に傾け、僕は燈馬君の状況を確認する。燈馬君は既に先頭と半分くらい差が開いていて、逆転は不可能と見ている。1800mは中距離より距離が短い、だから一度突き放されたらそこで結果が決まってしまう。

 

 『さあ、直線から第3コーナー入っていくがここでもまた、突き放していくケイワンバイキング。それを追うように4番と8番、9番も上がっていく!』

 

 「(だめだ、先頭から“5馬身”も離れてる…。逆転はもう…)ってあれ?」

 

 「うそ…!」

 

 「「!!!」」

 

 『これは…!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

シノンだ!シノンが後方からあがってきたぞ!』

 

  僕は自分の目を擦り、もう一度レースの状況を見る。燈馬君が先頭から5馬身離れた位置にいた。スタートを出遅れ、半分もの差が開いていたのにも関わらず第3コーナー手前で先頭と5馬身の差まで縮めている。普通ならスタートが出遅れた時点で諦める。しかし、燈馬君は自分のミスをなかったかのような走りを見せていた。

 

 「(これなら、逆転出来るかもしれない!)頑張れ!燈馬君!」

 

  僕は力一杯の声援を送った。

 

 

 

 

 

 〜同時刻・燈馬side〜

 

 「(なんとか上がってこれたな)」

 

  俺は先頭から5馬身離れた外側にいる。スタートに出遅れた時は流石にやばいと思ったがなんとかなったな。

 

 「(さてと、先頭のやつも少しずつペースが落ちてきたな。最終コーナーで仕掛けるか)」

 

  と俺はコーナーで仕掛ける準備をする…はずだった。

 

 「!!」

 

  隣で走っていたウマ娘が遠心力でバランスを崩し、こっちに近づいてきた。60キロ近くのスピードでコーナーを走っている為、遠心力もそれ相応の力が働く。俺とそのウマ娘との距離はほんの数センチ、それに遠心力とウマ娘の力が合わせれば、

 

 

 

 

 

ドンッ!!!!!

 

 

 

 

 

 

  俺は軽く吹き飛ばされる。

 

 「ッ!!!」

 

  俺は瞬時に受け身を取る体制になる。最悪でも胸が無事ならそれでいい。

 

 

 

 

ドシャッ!ゴロゴロゴロッ!!!

  

 

 「「「「燈馬(君)(さん)!!」」」」

 

 「ゴホッゴホッ」

 

  と砂埃が舞う中、俺はゆっくりと立ち上がる。

 

 『ブラックホーク、ゴールイン!!!最後の直線でケイワンバイキングを抜き去りゴールしました!!!』

 

 ワァアアアアッ!!と観客の歓声が大きくなる。

 

 「…」

 

  俺はぼぅっと立つことしか出来なかった。

 

   こうして、俺の初戦は幕を閉じた。




 読んで頂き、ありがとうございます。
このダービー卿CTは実際のレースを見ながら書きました。レースの表現って結構難しいですね。

 それでは、また。


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やっちまった

 大変遅くなりました。すみません。



 それではどうぞ


  〜選手控え室・立花side〜

 

 「…」

 

  僕は燈馬君の控え室の前にいる。後ろにはオグリさんやタイシンさん、ライスさんがいてみんな暗い表情をしている。先程、燈馬君のレースが終わってみんなで控え室に来たのはいいけれどなんて声をかければいいかわからない。お疲れ様、惜しかったねって言えばいいのか、それともミスしたところを指摘すべきか。どちらにせよ、入ってみないとわからない。僕は控え室のドアノブを捻り、押し開ける。するとそこには壁に寄りかかり、座って天に向かって顔を上げている燈馬君がいた。

 

 「燈馬君…」

 

  そうなるのも無理はないか。なんせ燈馬君はウマ娘並のスピードを持っているがパワーはない。故にウマ娘が燈馬君にぶつかれば簡単に吹き飛んでいく、さっきのレースで起きたのがその証拠だ。だけど、怪我がなくて本当によかった。

 

 「…惜しかったね、あとちょっとだったんだけど仕方ないね。また、次頑張ろうよ」

 

  と重たい空気の中、僕は燈馬君に言ったけどまだ重たい空気のままだった。ダメか…、そう思った時だった。

 

 

 

 

ドドドドドドドドッ!!!!!

 

 

  ともの凄い音がこっちに近づいて来る。

 

 「な、なに!?」

 

 「地震か!?」

 

  とワタワタしていると、バァンッ!!と勢いよく扉が開き、

 

 「こんのォ、バカ燈馬ァァァァァァァァァアアアアアアア!!!!

 

  と鬼の血相をした巨漢の男が大声を上げて入ってきた。

 

 「ヒィィィィィイッ!!!!」

 

  とライスさんは驚き、燈馬君にしがみつく。

 

 「ミチルさん」

 

 「な~にあんた澄ました顔してんだい、このバカ燈馬!!あれだけ“間違えるなよ”って言っておいたのによくもやってくれたわね!!!」

 

  ズンズンと部屋の中に入っていき、燈馬君の目の前に立つ。

 

 「ちょ、ちょっと待って下さい!あなた一体誰なんですか!?しかも、ここは関係者以外立ち入り禁止です!どうやって入って来たんですか!?」

 

  と僕は巨漢の男と燈馬君の間に入って巨漢の男に言った。すると、巨漢の男が僕の顔に自分の顔を近づけジロジロと僕の顔を見る。

 

 「な、なんですか」

 

  と緊張が走る。すると、

 

 「あらやだ!!“私”の好みにどストライクね!!」

 

 「え、え?」

 

  と困惑する僕の手を握り、

 

 「あなた、どこに住んでるの?ここから近い?それとも遠いい?それとも県外?あと連絡先教えてくれない?あ!それともラ○ンのほうがいいかしら!?」キャッキャッ

 

  と僕にマシンガントーク並の質問をしてくる。

 

 「(え?え?どういうこと?タイプ?え?え!?)」

 

  と僕の脳内はパニックになってしまった。

 

 「そこら辺にしときなよ、ミチルさん。トレーナーが困ってる」

 

 「あら、そうね。ごめんなさい」パッ

 

  と謝りながら僕の手を離す。

 

 「紹介が遅れた。この人は南原 満(みなみばら みちる)さん。トレーニングジムのトレーナーをやってる。あと1年間俺の面倒をみてくれた人」

 

 「は~い!私は南原満っていいます!ピチピチの“女”です!気軽にみっちゃんとかミッチーとでも呼んでね〜!」

 

  と燈馬君が紹介してくれた巨漢の男、南原満さんは元気よく自己紹介してくれた。でも、今“女”って言ったよね。

 

 「あの、南原さん。今“女”って言いましたよね?どう見てもおとk「失礼ね!私はどっからどう見ても“女”でしょ!!」えぇ!?」

 

  キーッとなりながら訴える南原さん。身長が2m近くあり、上半身は服の上からでもわかるくらい鍛え抜かれ今でもはち切れんばかりの筋肉、足も太く、太ももに関しては太さが60センチ近くある。なにより、顔に普段女性がやっているような化粧がされ髪は後ろで一つに纏まっている。いや、これで女性と言い張るのは無理があるでしょ!

 

 「話が逸れてしまったわね。それで燈馬、あんたちゃんと出る前に確認した?」

 

 「確認した。けど、気づかなかった」

 

 「見分ける方法教えてあげたわよね?ちゃんと“靴裏”を見なさいって」

 

  と燈馬君と南原さんが会話をしだす。靴裏?

 

 「すみません、靴裏ってなんですか?」

 

  と僕は南原さんに質問した。

 

 「あぁ、この子ね…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  レース用シューズを履かずにレースに出たのよ」

 

 「え?それってどういう…」

 

  と僕が質問しようとした時、南原さんは燈馬君がレースの時に履いていた靴の片方を持って僕に差し出してきた。それを僕は受け取るように両手を出す。すると南原さんが真剣な顔で

 

 「“しっかり持つのよ”」

 

  といい、手を離した。

 

 「ッ!?」

 

  ズシンッと手の上にもの凄い重力が掛かりあわや靴が手から落ちそうになった。しかもこれ、凄く重い!まるで鉛を持っているかの様な感覚だ!

 

 「っこれ!凄、く!重い、ですね!何kgあるんですか!?」

 

 「“50kg”よ」

 

  ご、50kg!?人って片足で持てる重さって精々3㎏とかだよ!?その10倍っていや、それ以上か…!

 

 「燈馬の足は少し特殊でね、10kg位の重りなんて簡単に上がるのよ」

 

  と説明してくれる。少しって言ったけど大分特殊だと思いますよ…。ん?待てよ?

 

 「それじゃあ、なんであの時転んだんですか?それくらいの力があるならウマ娘と当たってもなんら問題ないと思うんですが」

 

 「私もそれについてはお手上げなのよ。ただ、わかったことはこの力は“走るための力”だけであって“衝撃に耐える力”はないのよ。」

 

 「衝撃、ですか?」

 

 「そう。知ってるでしょ?燈馬にはウマ娘と対等に走る力はあるけれど、ウマ娘が持ってる“衝撃に耐える身体”は持ち合わせていないってこと」

 

 「確かに…」

 

  確かに言われてみればそうだった。燈馬君はウマ娘並の足の速さはあるけどウマ娘並の強い身体は持ってない、燈馬君の力は人並み程度だ。

 

 「だから、あの時ウマ娘のパワーに負けたの」

 

  そうだ。燈馬君は全力で走るウマ娘とぶつかれば当然、パワーのない燈馬君が吹き飛ばされるのは目に見えている。それに今回のレースで他のウマ娘達が情報共有してるはずだ。もし燈馬君に負けそうになった時はよろめきに応じてぶつかれば勝てるという情報が出回ってもおかしくない。

 

 「(今からウマ娘に負けないパワーをつける、なんてことは何年かかろうと絶対に無理だ…)」

 

  と僕が落ち込んでいると

 

 「大丈夫よ」

 

  と南原さんが声をかけてくれた。

 

 「これくらいのことで燈馬はめげないわ。こんなことで悄気げてたらクラシック三冠とトリプルティアラの同時獲得は不可能よ」

 

  と言ってくれた。

 

 「それに、燈馬は既に打開策を考えてる…、いいえ、既に出来てるわ。だってそういうふうに育てたんだもの。“負けた時はすぐに敗因を知り、勝利に繋げる策を作れ”ってね」

 

  と言って部屋の扉に歩いていき、

 

 「次のレース楽しみにしてるわ、どんなレースを見せてくれるのかを」ガチャ

 

  じゃあね、と言って部屋から出ていき静寂な空気が流れる。

 

 「帰るか」

 

  と言って燈馬君は立ち上がり帰る支度をする。

 

 「ねぇあんた、勝つ策なんてあるの?」

 

  とタイシンさんが燈馬君に投げかける。

 

 「策は…ない」

 

 「でもさっきの人はあるって言ってたじゃない。あんたホントに勝つ気あるの?」

 

  と目を細めて燈馬君を見る。すると燈馬君が作業を止めてこちらに振り向く。

 

 「俺は凡人だ。そんな凄いこと考えれるわけないだろ?それに…」

 

  と燈馬君が一呼吸おいて話し始めた。

 

 「それに俺はやるべきことをするだけだ。“勝つ為に”な」

 

  と真剣な顔で話した。勝つために努力を厭わない、それが燈馬君の真骨頂だ。面倒くさいって口では言っていても勝つためなら地に這いつくばってでも、泥くさくてでも努力するのが燈馬君なんだから。

 

 「トレーナー、レース場の予約は「既に出来てるよ」わかった」

 

 「それじゃあ、帰ってトレーニングするか!勝つ為に!」

 

 「「「「はい!」」」」

 

  行こうか!と僕の合図でみんな控え室を出て、トレセン学園を目指して歩き出す。

 

 「気になってたんだけど、靴裏って何かあるの?」

 

  と燈馬君に聞く。そういえば、靴裏に何かあるって聞いたけど何があるのかな?と思っていると燈馬君がレース用のシューズを持って靴裏を見せてくれた。そこには…

 

 「“(ともしび)”?」

 

 「そう、ミチルさんが彫ってくれた。なんでも“周りを明るく照らすもの”って意味で、そんな人になれって言ってた」

 

  燈ってそんな意味があったのか、知らなかったな。

 

 「あと、ミチルさん男だから」

 

 「うん、知ってた」

 

  だって、あんな女の人いたら怖いもん。そう思いながらレース場を出た。

 

 

2日後 月曜日

 

 

 〜トレセン学園・造園花壇 燈馬side〜

 

  この造園花壇は理事長が造った一角だ。何でも学園の中に野菜栽培や花の育てるのが趣味のウマ娘が過去にいたらしくそれを見かねた理事長が「増築!ウマ娘達の趣味や授業の為の造園を造る!」と理事長を筆頭にウマ娘やトレーナー、職員達が学園の空いている土地の一角を今ある造園にしたそうだ。野菜栽培は勿論のこと、花壇を作って花を栽培したりと昔から緑溢れる造園になっていたのだ。今でも授業の一環や趣味のウマ娘が野菜や花が育てられている。そして、その少し離れたところに1本の木が植えられている下に俺は今寝転んでいる。今の時間は10時、学園は授業真っ只中だ。つまり俺は授業をサボってここで寝ているわけだ。ここは学園の建物の影になっていて見通しも悪く、余り人目の付かないしサボっていてもこの場所を知っている人以外にバレることはない。

 

 「(といってもここに生徒が来ることは余りないからな)」

 

  と思っていると携帯がブブッと振動する。確認してみるとスズカからメッセージがきていた。

 

 『何処にいるの?今授業なんだけど早く教室に来てね』

 

  スズカのやつ、心配性なのだろうかと疑うぐらいメッセージを送ってくる。この数分前にも『迷ってるの?迎えに行こうか?』とか『具合悪いの?大丈夫?』のメッセージが来ていた。お前は俺の母さんか、とツッコミたいくらいだ。

 

 「『大丈夫だ、昼には戻る』と」ポチポチ

 

  とスズカに返信して携帯をポケットにしまい、目を瞑る。今日の気温はそれほど高くなく低くなくポカポカしていて眠気に誘われそうだ。このまま眠っていこうか…そう思ったのだが、

 

 「おい、そこは私の場所だ。どけ」

 

  と横から声をかけられた。

 

 「悪いがここは俺が先に見つけたところだ。他を当たってくれ、“ブライアン”」

 

  と声のする方を向くと、フンッと鼻を鳴らし仁王立ちで腕を組んでいるウマ娘、ナリタブライアンがいた。黒色の耳と尻尾、腰まである黒髪は後ろで一つに纏められており、鼻には白色の絆創膏が貼られている。

 

 「ほぅ随分と強気だな、燈馬。先日のレースでは散々な結果だったのにも関わらず、授業に出すにサボりか。クラスの奴らに会うのが怖くなったか?」フッ

 

 「んなことねーよ。そういうお前こそいいのかこんな所にいて。『生徒副会長としての仕事を全うしろ!』って同じ副会長のエアグルーヴに追いかけ回されるんじゃないのか?」

 

 「その時は見回りをしていたって言えば済む話だ」

 

  本当に済む話かね…。さっきも言った通りブライアンもエアグルーヴ同様生徒会の副会長を勤めている。ブライアンはルドルフの次に5人目となるクラシック三冠を達成したウマ娘で世間からは“シャドーロールの怪物”って言われている。その後も有馬記念なども勝ちルドルフから生徒会に入らないかと誘われいやいやながらでも生徒会に入ったとか。今のコイツを見て生徒副会長と言えるだろうか、ホント。

 

 「まあ、今日の私は機嫌が良い。見逃してやらなくも無いな」ゴロン

 

  と上から目線の言葉をニヤニヤしながら言って俺の隣に寝そべった。

 

 「それで?なんのようだ?単なる見回りではないだろ」

 

  コイツが俺のところに来ることはまずない。来るとしたら何かしらの理由があるはずだ。そう思っているとブライアンの顔つきが変わった。

 

 「“何故負けた”」

 

  と俺に問いかける。

 

 「お前は私達に言った、強くなって帰ってくると。だから私はお前の出ていたレースを楽しみにしていた。なのに…」

 

  ギリッと歯軋りの音が聞こえる。俺はこいつらと強くなって帰ってくると約束したのにも関わらずこの前のレースで負けたのだから。怒っていてもおかしくはない。

 

 「失望したか?」

 

 「フンッ、私はそんなことで失望したりなどしない。それに言っただろう“今日は機嫌が良い”と。だからこの前のレースの敗北は見逃してやる」

 

  とブライアンが言った。

 

 「へぇ、案外優しいところがあるんだな」

 

 「勘違いするな、お前を負かすのはこの私だ。会長でもエアグルーヴでもましてやマルゼンスキーでもスズカでも姉さんでもない…、お前は私が倒す。だからこれ以上の負け、私以外の奴らに負けることは許さん」

 

 「そうか、それじゃあ俺も負けない為にトレーニングをする。勿論、お前に負けない為にもな」スッ

 

  と言って立ち上がり、ブライアンを見る。ブライアンは寝転んだまま俺を見て笑っている。

 

 「勝つのは私だ」

 

 「いや勝つのは俺だ」

 

  とお互いが睨みあいの状態が続く。

 

 キーンコーンカーンコーン

 

 「どうやら昼飯の時間のようだ。俺はこれで失礼するよ」スタスタ…

 

  とブライアンから視線を外し食堂へと歩き始める。

 

 「燈馬!」

 

  とブライアンに呼び止められ振り返るとブライアンは立っていて

 

 「獲れよ、三冠とティアラ」

 

  と言ってきた。

 

 「あぁ」

 

  とブライアンに手を上げて食堂へと再び歩き始めた。

 

 

 

 〜同所・ナリタブライアンside〜

 

  私は燈馬を見送ったあと再び横になった。無表情で何を考えているかわからない。だが勝つための試行錯誤、執念はあの時から変わってない、むしろ数倍上がっている。あの頃の私は勝つことに飢え、渇きに渇ききっていて潤いや癒えることはなかった…燈馬が現れるまでは。クラシック前の単なる模擬レースで私はあいつから敗北という二文字を知り、初めて敵わないと思った…、だが同時にこいつに勝ちたいという信念が芽生えた。そして他の奴らからは味わえなかった闘争心に火がつき、燈馬に勝つというライバル心が強くなった。だが…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  だがそれ以降、燈馬と走ることはなかった。

  燈馬がレースに出なくなった。理由はわからなかった。あいつは、燈馬は強い。会長(シンボリルドルフ)を、もしかしたら元生徒会長(シンザン)を上回る程の実力者だ。それ程の実力者が何故レースに出なかったのか…、不思議な思いはしていたがそれ以前に怒りがこみ上げてきてそんな思いはかき消された。私は燈馬を呼び問い質した。「何故レースに出ない」、「何故走らない」、「私と走れ」など。けど、燈馬は首を縦に振らなかった。せめて理由だけでもと思い燈馬に聞いたが何も答えてはくれなかった。

  そして、少し月日が経って私はクラシック三冠を達成し世間から“シャドーロールの怪物”と呼ばれるようになった。トレーナーを含めチームのみんなや姉さんなどたくさんの人から祝福の声をもらった、なのになぜか嬉しくなかった。理由はすぐにわかった、燈馬に勝てていなかったからだ。燈馬に勝ってこそ初めて勝利したことになる、だから私は燈馬に勝つまでレースを辞める訳にはいかなかった。

  燈馬が学園を離れた。唐突だった。理由は自分にはまだトゥインクルシリーズに出る器じゃないと言っていて、強くなって帰ってくるといって去った。当時の私は何がなんだかさっぱりだった。燈馬は去り際に“2つ”の約束をした。1つは私と、もう一つは私を含めた他のウマ娘達と。それだけを残していった。だから信じている、燈馬なら必ず守ってくれると…。

  だが…あいつは破った!私との約束を!あのレースを見ていた私は怒りでどうにかなりそうだったが、上手く抑え込んだ自分を褒めてほしいものだ。だが安心しろ燈馬。私は懐の深い奴だからな、怒りは有れど失望はしない。それにあの“加速力”、あの時よりも格段に上がっているし、それを見れただけでも良しとしよう。だから今回の負けはなかった事にしておいてやる。だから、

 

 「だから今度こそ負けるんじゃないぞ。私と走るまでは」

 

  そう呟いて私は目を閉じ意識を手放した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 〜トレーニングレース場・燈馬side〜

 

タタタッ…

 

  俺は今チームのみんなとレース場でトレーニングをしている。今日は午前中授業の為、早くからトレーニングをしている。

 

 「よし、アップはこのくらいにして今から本格的にトレーニングをしていこう!」

 

  とジョギングをしていた俺たちにトレーナーが声をかけ、みんなが集まる。

 

 「うん、身体の方は温まったみたいだね。今から君たちに行ってもらうのは“ビルドアップ走”だ」

 

 「…ビルドアップ走ってなんですか?」

 

  とトレーナーの言葉にライスが質問する。

 

 「ビルドアップ走っていうのは心肺機能を改善させたり、自分の走力がどのくらいあるのか把握したりするものなんだ」

 

  と説明する。

 

 「やり方は簡単。まずはジョギングのペースからスタートして5分毎に少しずつペースを上げていくんだ。そして呼吸がきつくなったらそこでストップ、あとは軽く流してくれたらいいよ」

 

  ちなみにタイマーはこれね、とバスケでよく使われるようなブザー付タイマーを軽く叩く。

 

 「それじゃあスタートラインに行って、準備をしてね。合図はこっちでするから」

 

  と聞いた後、俺たちはスタートラインに行って合図を待つ。

 

 「久しぶりに燈馬と走れるなんて…。飛ばし過ぎには注意だな」

 

  とオグリが待っている時に話しかけてきた。

 

 「久しぶりっていっても1年じゃねぇか」

 

 「いや、1年でも私にとっては久しぶりで仕方ないんだ」

 

 「そうそう、オグリの言う通り。あんたとなんてあん時以降走ってないんだから」

 

 「…そうだよ!ライスも燈馬さんとまた一緒に走れるなんて嬉しいよ!」

 

  そうか、と3人からの喜びの声をもらった。いい奴らだなこいつらは、ルドルフ達もそうだけど…。なんでなんだ?

 

 「それじゃあ、いくよー!!…よーい、ドン!!!」ビーッ!

 

  とブザーの音と同時にスタートを切る。距離は2500m、バ場状態は良、天気は晴れ。最初はジョギングのペースで良いと言っていたのでジョギングのペースで走る。

 

 

  〜5分経過〜

 

 

ビーッ!

 

 

 「(ブザーがなったな、少し上げるか)」

 

  とブザーの音と同時に少しペースを上げる。それに続いてオグリ達もペースを上げる。

 

 

  〜10分経過〜

 

 「まだ行けそうだな」タタタッ…

 

 

  〜15分経過〜

 

 「まだまだ私はいけるぞ」タタタッ…

 

 

  〜30分経過〜

 

 「まだ、まだ…!」タタタッ…

 

 

  〜40分経過〜

 

 「ライスだって…!」タタタッ…

 

 

   ・

   ・

   ・

 

 

 

 

 

 

 

  〜1時間経過〜

 

 「「「ハァハァハァ…」」」タ、タ、タ…

 

 「凄いな…顔色一つも変わってない」

 

 「(まだ、いけるな)」タタタッ…

 

  と俺はオグリ達を置いてずっと走っている。強くなって帰ってくるって自分で言ったんだから。これぐらいならまだまだいける、と俺はペースを上げながら走り続けた。

 

 

  〜1時間30分経過〜

 

 「…ここらで終わっとくか」フゥ

 

  とペースを落とし、チームのところへ戻っていく。

 

 「やぁ、やっと終わったんだね。他のみんなは次のトレーニングに行ってるから」

 

  と指を指している方を見るとオグリ達がミニハードルを使って左右に往復ジャンプをしていた。

 

 「そうか、それじゃあ行ってくる」

 

 「ちょちょ!ストップストップ!燈馬君はさっきトレーニングを終えたばかりじゃないか!休憩休憩!」

 

  とトレーニングに向かおうとしたところ、トレーナーに止められる。

 

 「大丈夫だ、体力ならまだある」

 

 「体力の問題じゃないの!休憩せずにトレーニングをし続けたら身体が壊れちゃうよ!ほら!!」

 

  とスポーツドリンクとタオルを俺に押し付けてくる。

 

 「とにかく5分間休憩!身体を休めることもトレーニングの一環だからね!」

 

  と言ってオグリ達の方へ歩いて行った。

 

 「仕方ない、休憩するか」

 

  と近くの椅子に座り、スポーツドリンクを飲む。スポーツドリンク特有の甘みと冷たさが喉を潤し、身体を内側から冷ていく。

 

 「にしても、走るっていうのはいいな」ボソッ

 

  と空に向かって呟く。本当に走るというのはいいものだ。

 

 「さて、トレーニングに戻るか」

 

  とスポーツドリンクを置き、椅子から立って皆のところに向かう。

 

 「おーい、俺を除け者にすんじゃねぇぞー」

 

  と言ってトレーニングに混ざり、下校時刻の30分前までトレーニングをした。

 

 

 

 

  〜部室・同視点〜

 

 

 「それじゃあ、僕はトレーナー室に行くから。ちゃんと寮に戻るんだよ」ガチャ、バタン

 

  とトレーナーが部室を出ていき、残ったのは俺とライスの2人。オグリは夕食を食べに食堂へ、タイシンは先程来ていたウイニングチケットに連れ去られて行った。そして俺たち2人はと言うと、

 

 「ここをこうして…こうするんだ」カキカキ…

 

 「そうだったんだ…!ありがとう!燈馬さん!」

 

  気にするな、と返す。俺はライスが今日出された数学の宿題で解らないところがあるらしくその問題を教えていた。

 

 「本当に教えるの上手だね、燈馬さん」

 

 「そんなことはない。現にライスが公式や基礎問題をキチンと理解していたから、教えやすかっただけだ」

 

 「ううん、燈馬さんがわかりやすく教えてくれたからだよ。だからライスは問題がちゃんと解けたんだと思う。それにライス、“駄目な子”だから」

 

  と言ってくる。ライスは自分のことを過小評価しすぎるクセがあり、何かある度に“駄目な子”とか“不運な子”と言っている。

 

 「ライス、お前は駄目じゃない。ましてや不運でもない。お前にはちゃんとした特徴もあり個性もある。レースでもそうだ、お前には飛び抜けたスタミナがある。今日のトレーニングでもそうだったじゃないか?」

 

  そう、今日のビルドアップ走でも50分位でタイシンやオグリのペースが落ちていたのにも関わらずライスはずっと俺の後ろについていた。これだけでも十分な武器になる。

 

 「例え、小さな武器でも磨きに磨き上げればやがて大きな武器となり自分の支えになってくれる。大事なのは自分を信じれるかどうかだ。自分を信じれない奴はそこで終わりなんだ。だからライス、自分を信じろ。今じゃなくてもいい、自分の力で“勇気”という一歩を踏み出してみろ。俺は、俺たちはライスが勇気を出せるようサポートしてやるだけだ」

 

  と言う。自分から踏み出す一歩と人に促された一歩は違う。それは勇気と覚悟だ。促されたままではずっとその人の意見や言葉しか聞かなくなり、勇気と覚悟が持てなくなってしまうのだ。俺はライスにそれだけはなって欲しくはなかった。自分から踏み出す一歩、要は自分からレースに出たいという言葉をライス自身が言えるかどうかが大事だ。人に促される事なく自分から言えるかどうか…。だから…、

 

 「だから、俺は信じてる。ライスが自らレースに出場するのを」

 

 「うん…!ライス、頑張るね!!」

 

  と満面の笑みで返事をしてくれた。これなら大丈夫だろう…、と思っているとライスが何やらモジモジし始める。

 

 「どうした?」

 

 「うぇ!いや、その…えぇと…」モシモジ

 

 「?」

 

  何だろうかと思っていると、ライスの顔がズイッと近づいてきて、

 

 「あ、あのね!燈馬さんのこと、おっおっ“お兄様”って言ってもいいかな!」カァッ!

 

  と顔を赤くして言ってきた。

 

 「お兄様?」

 

 「うん!」コクコク

 

  と勢い良く頷く。

 

 「まず、お兄様ってなんだ?」

 

 「あ、あの…お兄様って言うのはねライスの持ってる絵本に出てくるんだけど、そのお兄様に似てるの!」

 

  なるほど、ライスの話曰くその絵本とやらに出てくるお兄様っていうのが俺に似ていると。ふぅん…。

 

 「やっぱり…ダメ、だよね」シュン…

 

  と耳が垂れ落ち込んでいる。

 

 「俺はなんと呼ばれようと構わないからな。ライスの好きなように呼べばいい」

 

  というとライスは顔を上げてパァッ!と顔が明るくなった。

 

  キーンコーンカーンコーン

 

 「あ、下校のチャイムだ」

 

 「先に帰っていいぞ。戸締まりは俺がする」

 

  と言ってライスを先に帰るよう促す。

 

 「うん、それじゃあねお兄様!」ガチャ

 

 「あぁ、またな」バタン

 

  とライスも帰り部室に残るのは俺一人となった。

 

 「さて、俺も帰るか「ピリリリリッ!」ん?」

 

  と立ち上がった時に電話がなる。着信は、ハァ…こいつか…。出なかったら出なかったで面倒なので通話のボタンを押し、耳に当てる。

 

 「もしもし?」

 

 『よーう、レース惨敗者!元気にしてっか〜?』

 

 「冷やかしの電話なら切るぞ」

 

 『おいおい切るんじゃねぇよ。落ち込んでんのかと思って俺なりの応援の電話だぜ?感謝しろよ〜?』

 

 「感謝のクソもねぇよ」

 

 『はいはい、ホントは嬉しいくせに〜』

 

 「それで?本当は何のようだ?英道(ひでみち)」ハァ…

 

  とため息を出しながら用件を聞く。電話の相手は大森 英道(おおもり ひでみち)、小さい頃から同じで幼馴染みというよりは腐れ縁と言うべきだろうか。昔からこんな感じで何かと絡んでくる変なやつだ。

 

 『いやさあ、透子達がお前の顔が見たいって言うからよジャンケンで負けたやつがお前に連絡ってことになった、そんな感じだな』

 

  ビデオ通話できる?と聞いて来たので俺は部室にあるスマホのスタンドを持ってきてスマホをはめ込みビデオ設定にする。すると、

 

 『お!おーい、燈馬ー!』フリフリ

 

 『燈馬君、久しぶりー!』フリフリ

 

 『相変わらずその無表情変わってないわね、燈馬』

 

  と男2人と女2人が画面に映る。

 

 「久しぶりだな。淳、透子、菜々子」

 

 『あぁ、久しぶりだな燈馬』

 

  と返してくれたのは淳こと江藤 淳(えとう じゅん)。赤みがかった髪と同じ色の目が特徴的で成績優秀で水泳部に入っている。何度か国際大会に出場しており、オリンピック強化選手に選ばれたことがあるくらいの実力者だ。

 

 『燈馬君、この前のレース惜しかったね』

 

  と言ってくれたのは透子こと皆守 透子(みなもり とうこ)。茶色の髪でショートヘアとコバルトブルーの瞳が特徴的で美系。演劇が好きで演劇部に所属している。周りからは演劇ヲタクと言われるほどの演劇好きで暇さえあれば演劇を観に行っている(オペラも好き)。

 

 『透子、あのレースの敗因は燈馬の自業自得でしょ。ちゃんと用意の出来ていなかった燈馬が悪いんじゃないの?』

 

  と言ってくるのは間宮 菜々子(まみや ななこ)。黒髪ロングで髪を後ろで一つに纏められており、黒色の目をしている。そしてこちらも中々の美系でモデルをやっているのではないかと疑うくらいだがそんな彼女は弓道部に所属している。全国では何回か優勝しており、指折りの実力者だ。

 

 『おいおい、俺抜きで話進めんじゃねぇよ』グイッ

 

  と透子と淳の間から出てきたのが英道。焦げ茶色の髪と緑色の目をした天真爛漫な性格で俺たちのムードメーカー的存在。バスケ部に所属していて全国に何度か出場している。

  ちなみに淳、透子、菜々子は英道と同様小さい頃から一緒で基本的にこの5人で過ごすことが多い。

 

 『そっちでの生活はどうよ、って言ってもついさっき帰ってきたばっかりだもんな』

 

 「まあな、おかげで色々とやる事が増えたよ」

 

 『ま、あんたならやっていけるでしょ』

 

 『そうそう!菜々ちゃんの言う通り!燈馬君なら大丈夫だよ!』

 

  と透子と菜々からエールを貰う。こいつら4人は仲間思いがとても強い、お互いの試合を観に行くくらい。ま、俺もなんだけど。

 

 『暇があったら學園に来いよ、俺たち待ってっから』

 

  と英道も言う。

 

 「ああ、行くよ」

 

  と返す。その後は何気ない雑談をして終わった。

 

 『それじゃあ俺たちはこの辺で失礼するわ。レースの日程がわかったら教えてくれ』

 

 「わかった。知らせる」

 

 『おう、じゃあな』

 

 『『『またね(な)ー』』』プツッ

 

 「あぁ、またな」ピッ

 

  と電話を切る。あいつらも見ないうち変わったものだ。それに元気そうでなによりだ。小さい頃から一緒なこともあってお互いが不調かどうかや悩みがあるか知るようにもなった。

 

 「ルドルフ達もそうだけどあいつらの為にも頑張らねぇとな」

 

  と言って部室の戸締まりをしたあと俺は帰路につく。今度こそ勝つために、という思いを持って。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  その週に行われたG2レースでハナ差で勝利し、無事皐月賞への出場の切符を手に入れた。




 読んで頂きありがとうございます。
 アプリの方ではフジキセキが実装されましたね。実装されましたが中々当たりません(泣)。ここ最近のガチャ運が裏目に…。

 さて、お話の方では遂に皐月賞出場が決まった主人公。無事、皐月賞を獲ることができるのか───。

  次回もお楽しみに〜。

 

  それでは、また〜


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静寂な皐月賞

 さあ、やってまいりました!皐月賞!頑張るぞー!


  〜中山レース場・立花side〜

 

 「いよいよ、来たね。皐月賞」

 

 「あぁ、そうだな」

 

 「もしかして緊張してる?」

 

 「ぼちぼちかな」

 

  と僕と燈馬君は控え室の椅子に座って話をしている。今日はクラシック初戦でG1レースの皐月賞の日でもあり、燈馬君1年ぶり(・・・・)のG1出場でもある。燈馬君は“勝負服”に着替えて椅子に座って腕を組み、出番がくるのを待っている。色々と話をしているけどこの待っている時間が一番緊張する。

 

 「(ヤバイ、僕が出る訳じゃないんだけどすごく緊張する…。もの凄く吐きそうなんだけど…っていうか燈馬君凄い平然としてるね!本当に緊張してるの!?)」ウゥ…

 

  と僕の頭の中で葛藤を繰り広げていると、

 

 『皐月賞に出場されるウマ娘の皆さん、これからパドックを行いますので入場入り口に集まってください』

 

  とアナウンスが流れる。とうとう来てしまった。

 

 「それじゃあ、行ってくる」ガチャ

 

 「うん、悔いのないようにね」バタン

 

  と燈馬君の背中を見送り、僕はチームの皆のところに向かった。

 

 

 

移動中

 

 

 「トレーナー、遅かったな」

 

 「ごめんごめん、人混みが凄くてね」

 

  と無事チームの皆のところに辿り着けた。流石G1レース、観客の人集りが伊達じゃない。普段のレースでは体操服とゼッケンでレースを走るのだがG1は別だ。G1では“勝負服”と呼ばれる服を身に纏いターフを駆け抜けるのだ。それぞれのウマ娘によって服のデザインが違うのもまた一興だ。僕のチームでも勝負服を持っているウマ娘は2人いる、オグリさんとタイシンさんだ。オグリさんはセーラー服に近いような服に胸の部分に星なようなものが付いていて、タイシンさんは毛の付いたピンクのパーカー付ジャケットでジーンズの右足部分の生地がなく左足はダメージジーンズ風というデザインになっている。勝負服を着てレースに出るというのはウマ娘にとって栄誉なことだって聞いた。中には勝負服を着れずにターフを去っていく…なんてことがあったらしい。

 

 「あら、あなたがここに居るなんて珍しいわね」コツコツ…

 

  と後ろから声をかけられたので振り返るとそこには、

 

 「お久しぶりです、“東条さん”」クルッ

 

  東条さんと呼ばれる女性はトレセン学園の中でトップクラスのチーム【リギル】を率いているトレーナー、東条ハナさんだ。

 

 「“オハナさん”って呼んでくれてもいいのよっていつも言ってるじゃない」

 

 「すみません、いつもの癖でして…それじゃあお言葉に甘えて。お久しぶりですオハナさん」

 

  というと久しぶり、と返してくれた。東条さんことオハナさんは僕が新人トレーナーの時にお世話になった人だ。トレーニングメニューは勿論、ウマ娘達のコンディションや体調、レース分析や他のウマ娘の情報収集などといったトレーナーとしての仕事を教えてくれた僕の先生にあたる人だ。

 

 「でも、オハナさんはどうしてここに?リギルのウマ娘は出場していないはずですが…」

 

 「決まってるでしょ?スペシャルウィークとセイウンスカイのデータ収集よ」クイッ

 

  と顎の指す方向を見ると白のヒラヒラの服に緑の短パンを履いたウマ娘、セイウンスカイとピンクを基調とした服を着たスペシャルウィークがいた。セイウンスカイは逃げを基本としたウマ娘で坂に強く、スペシャルウィークは後半からのノビが凄く、弥生賞ではセイウンスカイを破り一着に輝いたのだ。

 

 「でもキングヘイローも外せませんよ」

 

  と隣にいる緑色を基調とした勝負服のウマ娘、キングヘイローを指す。キングヘイローはレースを冷静に運ぶことができ、さらに後半のノビが凄い厄介なウマ娘だ。この皐月賞ではスペシャルウィーク、セイウンスカイ、キングヘイローの3人の対決が見所だ、と新聞やニュースで言っていた。

 

 『続いて4枠8番、18番人気、………シノン』

 

シ~ン

 

  あれだけ騒がしかった場内が一気に静まり返る。実況の人もあれだけ元気があったのに一気にやる気が下がっている。ははっそれもそうか…。

 

 「「「「頑張れ〜!燈馬(君)ー!!!」」」」

 

  と後ろで高校生くらいの男女4人が燈馬君にエールを送っている。ありがとう…応援してくれて。

 

 「…」ジィ…

 

  横を見てみるとオハナさんはジィ…と燈馬君を見ている。ちなみに燈馬君の勝負服は黒色のタンクトップとズボン、その上から赤色の服を羽織り、腰の部分にも赤色の布が付いている。シンプルといえばシンプルだが、でもそっちの方が燈馬君の雰囲気に合っていていいと思う。

 

 『それでは出場するウマ娘はレース場ゲート入口に集まってください』

 

  とアナウンスが流れ、観客の人達もレース場へと移動していく。

 

 「まさかあの子が出るなんて…、今回のトゥインクルシリーズは荒れるわね」

 

 「そうですね…」

 

  燈馬君の評判は世間には余りいいイメージがない。理由としてはスタートやレース終盤での転倒もそうだけど、性別というところだ。他のウマ娘は文字通り娘、“女”に対し燈馬君は“男”だからそういったところを偏見の目で見られていると思う。

 

 「けど、彼のトレーナーである僕が応援をしないだなんてことはトレーナーとして失格です。例え偏見の目で見られようとも僕は燈馬君を応援します」

 

 「…。そうね、容姿がどうであれトレーナーである私達があの子達のことを応援してあげないとトレーナーとして失格よね」

 

  と笑っているオハナさんがこちらを向いて、

 

 「もし、あなたのチームが私のチームとあたるようなことがあれば遠慮は要らないわ。全力で掛かって来なさい」

 

 「はい、僕も…僕のチームも全力であなたに勝負を挑みます」

 

 「楽しみにしているわ」コツコツ…

 

  と手を振りながらオハナさんはレース場へと移動して行った。

 

 「さぁ!そういうことだから僕達もいつも異常に頑張らないといけなくなった!これからはもっと厳しくなるよ!」

 

 「「「はい!」」」

 

 「よし!その為にもまずは燈馬君の応援だ!チーム皆で燈馬君が勝てるよう応援しよう!」

 

 「うん」

 

 「そうね」

 

 「ライス、頑張る!」

 

  とチーム皆で鼓舞をし、レース場へと移動しt「グルルゥ〜」…。

 

 「その前に売店に寄っても構わないだろうか」

 

 「…早く帰ってきてね」

 

  オグリさんは相変わらずだった。

 

 

  〜ゲート前・燈馬side〜

 

 「……」グッグッ

 

  俺はゲート前に移動してストレッチをしながらゲートインの合図が出るのを待っている。

 

 「あ、あの!風間先輩!」

 

  と声をかけられたので声のした方をみるとスペシャルウィークが立っていた。

 

 「どうした?」

 

 「あの時、本当にすみませんでした」ペコッ

 

  と謝って来た。

 

 「(あの時?)…あぁ掲示板前の時のことか。気にしてないぞ」

 

  生真面目なやつだ。その時にも気にしてないって言っただろうに。

 

 「…………」

 

  と暗い顔をしながら何か言いたげそうな雰囲気をしている。

 

 「なんだ?緊張しているのか?」

 

 「!い、いえ!そういう訳では…」

 

 「ならそんな暗い顔をするな。胸を張って前を見ろ。そうしないと勝利の女神様とやらが微笑んではくれないぞ?」

 

  というとスペシャルウィークがポカンとした表情になっていた。

 

 「…なんだ?」

 

 「いえ、なにも…風間先輩って聞いてたイメージと違うような…

 

  とゴニョゴニョ言っているが、まぁいいだろう。

 

 「それではスペシャルウィークさん、ゲートの中に入ってください」

 

 「は、はーい!」タタタッ…

 

  と小走りで走っていく彼女を見てみるとあるところに目がいった。

 

 「おい、スカートのホックが……まあいいか」

 

  身だしなみくらい自分で直すだろうと思いながら指定されたゲートに俺も入り、スタートの合図を待った。

 

 

 

 

  〜レース場観客席・立花side〜

 

 ♪〜〜

 

  レース前のファンファーレが鳴り響く。ドクンと心臓の音が聞こえ、前にある手すりを強く握る。いよいよだ、いよいよ始まるんだ!と思いながらスタートの合図を待つ。

 

 『さあ、各ウマ娘ゲートに入りました』

 

  と実況の人が響く。

 

 パァン!ガコン!

 

 『スタート!各ウマ娘、まずまずなスタートです!』

 

 「よし!スタートはOKだね」

 

 「えぇ、そうね」

 

 『意気揚々と先頭を走るのはコクエンナンバワン、その後ろキングヘイロー、その内から接近するセイウンスカイ、4番手に位置しますハルシオン、フジラッキーボーイと続いており後方から3番目の位置にスペシャルウィークがいます』

 

  と実況の人がキメ細かくレース状況を説明してくれる。6番手からスペシャルウィークさんまでが少し集団になっていて抜け出すのは容易ではなさそうだ。

 

 「スタートは良くても肝心なのはこの“坂”を登り切れるかどうかだけどね」

 

  とタイシンさんは目の前の坂を指差す。このレースの肝は最終コーナーを曲がった直後に来る別名“心臓破りの坂”だ。この坂で失速するウマ娘は数知れずこの坂の途中で体力を使い切ってしまうウマ娘もいるため、心臓破りの坂と言われるようになった。

 

 「(燈馬君、坂の練習をしていないけど大丈夫なのかな)」

 

  坂の得意なセイウンスカイさんにこの坂を経験しているスペシャルウィークさんにキングヘイローさん、どちらとも強敵だよ。

 

 「………あれ?」

 

 「?どうしたの」

 

  僕は目を擦り、走っているウマ娘達を見る。

 

 「燈馬君がいない!どこにいった!?」

 

 「「「えぇぇぇぇ!?」」」

 

  あれ?さっきまでいたよね!?本当に何処にいった!?

 

 「あいつ、また転んだんじゃ…!」

 

 「いや、転んだなら実況の人が気づいている筈だ。それに観客も。気づいていないとなるとちゃんと走っているんじゃないか?」ゴチソウサマ

 

  確かにオグリさんの言う通りだ。転んだなら実況の人が気づいている筈だし何より僕達も気付く筈だ。それが無いってことはちゃんと走ってるんだろうけど…。何処かに“隠れた”って言う訳でもなさそうだし。

 

 『さあ、オオケヤキを超え最後の直線の前にこのレース最大の難所、心臓破りの坂が待ち受けています!先頭は以前とコクエンナンバワン、その後ろハルシオン、キングヘイローは3番手といい位置にいます』

 

  まずいまずい!先頭集団はもう坂を登り始めてるしこのままだとかなりまず「いっくよーー!!」!!

 

 『おおっとセイウンスカイだ!今日は控えていたセイウンスカイが一気に上がってきた!!!』

 

  ヤバイ!セイウンスカイが先頭に立ったしスペシャルウィークさんも上がってきた!このままだったら確実にヤバイ!

 

 『ん?…え?いや…え?うそ、うそでしょ!?』

 

  実況の声がオロオロし始める。今度は何なんだよ…と思っているとタイシンさんが目を見開き、口を開けたまま固まっていた。

 

 「え?どうしたの?」

 

  と周りを見てみるとオグリさんライスさんも目を見開いていた。観客の人も皆、動揺していて静かになっていた。僕は何がなんだか分からずレースの方に目線を向けた。

 

 「…うそ、でしょ」

 

  そこにいたのは─────。

 

 

 

 

 

 

 

 

  〜同所・セイウンスカイside〜

 

 「(いける!いける!!!)」タタタッ!

 

  私は坂を登り終え、最後の直線に差し掛かっていた。このまま行けば確実に勝てる!スペちゃんの借りも返せる!

 

 「(これで、私の勝t「フワッ」…え?)」

 

  と私の視界に入ったのは“赤いマント”のようなもの。

 

 「(ウソ、どうして…。どうしてあなたが…ここに!だってあなたは)「悪いな」!」

 

 「皐月は貰うぞ」

 

  その後、私の視界は突風によって塞がれた。

 

 

 

 

  〜同所・立花side〜

 

 『シノンだ!シノンが先頭に躍り出た!しかしこれは一体どういうことだ!?』

 

  場内は騒然とし、何が起きたのか全く分からない者がいれば状況が上手く把握仕切れていない者もいる。僕だってその一人だ。何が起きたのか全く分からない…けど、分かることは一つだけ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 誰もいないセイウンスカイの後ろからシノンが、燈馬君が出てきたのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  普通なら誰でも気付く、いや気付かない方がおかしい。特に燈馬君のような目立つ存在がレース終盤まで誰一人として気付かれずに先頭まで行くのはハッキリ言って不可能だ。必ず実況や観客、走っているウマ娘達が絶対に気付く。なのに気付かない、気づかれなかった…。そんなことがあるのか。

 

 『シノンがセイウンスカイをぐんぐん引き離している!その差は約2馬身!』

 

  燈馬君、君は────

 

 『ゴール!!シノンが2番手のセイウンスカイを2馬身引き離してゴールしました!』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  一体、何者なんだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  〜前話プロフィール〜

 

  大森 英道

 

身長 180cm

体重 78kg

学校名 不明

所属 バスケ部

容姿 アーラシュ(F○O)

 

・天真爛漫な性格をしていて燈馬達のグループ内ではムードメーカー的存在

・ 小さい頃からバスケをしていてプロからも一目置かれている

 

 

  江藤 淳

 

身長 170cm

体重 66kg

学校名 不明

所属 水泳部

容姿 ランスロット【セ○バー】(○GO)

 

・日本水泳業界では結構有名でオリンピック強化選手に何度か選ばれたことがある

・常に冷静な振る舞いをしており英道のストッパー役でもある

 

 

  皆守 透子

 

身長 152cm

体重 ?kg

学校名 不明

所属 演劇部

B:84 W:50 H:72

容姿 三笠(アズール○ーン)

 

・父親が演劇、母親がオペラ歌手ということで親の影響で演劇やオペラ、歌劇に興味が湧き、演劇部に入る

・演劇などの話しかしない為、周りからは演劇ヲタクと言われている

・夢は父や母のような演劇、オペラ歌手になること

 

 

 

  間宮 菜々子

 

身長 155cm

体重 ?kg

学校名 不明

所属 弓道部

B:90 W:53 H:80

容姿 龍鳳(アズー○レーン)

 

・弓道部に入った理由は学校の理事長から武道の才があると言われ、その中から弓道が自分に適していると判断し、入部を決意

・間宮は自分達の通う学校の理事長を尊敬している。

 

 

 

 主人公の容姿 オジ○ンディ○ス(F○O)

     勝負服 Fa○eのエ○ヤの服みたいなイメージ




 読んで頂きありがとうございます。

 誰にも気付かれずに先頭に行くなんてそんなことが出来るのだろうか…。主人公は一体どんな事をしてきたのか、まだまだ謎ばかり。

 そういえば、○a○eネタが多いような…と思っていても温かい目で読んでくれると有り難いです。

 次回でお会いしましょう。それでは、また〜


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静寂のあとでも、彼は次を見据える

 お気に入り登録、評価をしてくれた方々ありがとうございます。

 これからも頑張って描いていきますので応援よろしくお願いします。


      時はレース始まる前に遡ります

 

  〜中山レース場観客席・シンボリルドルフside〜

 

 「エアグルーヴ、今からの燈馬の走りどう見る?」

 

 「恐らく差しでしょう。前のレースでも差しで勝利したと聞いていたので、今回のレースでも同じかと」

 

  私はチームリギルのメンバーで皐月賞を見に来ていた。中等部に転入してきたスペシャルウィークの視察、並びに同級生であるキングヘイロー、セイウンスカイの情報収集といった理由で見に来ていた…のが“チームリギル”としてだが私個人としては燈馬のレース運びやスピード、スタミナといったのを確認するために来たようなものだ。

 

 「ブライアン、君の言っていた加速とは本当か?」

 

 「あぁ間違いない、この目でしっかりと見た。あれは凄いぞ」

 

  と隣にいたブライアンに話かける。ブライアンの話曰く、スタートに出遅れ、半周以上差を開かれた燈馬が瞬く間に差を縮めたという話を聞いた。私はその時、生徒会の仕事があったため行けなかったのだが(ブライアンはサボり)レースのハイライトを見ても余り実感が湧かなかった。なので間近で見ようとレース場に赴いたのだ。

 

 「(さあ、どんな走りを見せてくれるんだ。燈馬!)」

 

  とスタートの時を待った。

 

 『各ウマ娘、ゲートに入りました』

 

  ガコンとゲートの開く音がして、レースが始まる。

 

 『各ウマ娘、まずまずのスタートです』

 

 「セイウンスカイは4番手、キングヘイローは2番手、スペシャルウィークは後方か」

 

  とエアグルーヴが顎に手を当てて簡潔に教えてくれた。

 

 「燈馬は後ろ、追込の位置か」

 

  スタートしてから100m時点で大まかではあるが大体把握は出来た。

 

 「しかし、後方の追込の位置とするとスパートのタイミングが重要になってくるな」

 

 「確かにブライアンの言う通りだ。しかも中段の位置は少し集団になっている。あれを躱すのは容易ではないな」

 

  さあ、燈馬。君はこの状況をどう打破する。

 

 『向こう場面に行ってもまだ変わりはありません!先頭は未だコクエンナンバワンです!』

 

 『キングヘイローがいい位置にいますね』

 

  確かにキングヘイローはいい位置につけている。あの位置で最大の難所である坂を突破出来れば1着は獲れなくもない。その後ろにはセイウンスカイもいるし、スペシャルウィークは少しずつ先頭と差を詰め始めている。だが、“レースは最後まで何があるか分からない”、気を緩めないことだな。

 

 「(さて、燈馬のほうはどうだろうか)」

 

  と燈馬の姿を探す………。

 

 「?」

 

 「どうしました?会長」

 

 「エアグルーヴ、さっきまで燈馬は後方にいたよな」

 

 「ええ、いました」

 

 「今、燈馬は“何処にいる”」

 

 「え、それは後方に……あれ?」

 

  とエアグルーヴも私と同じように燈馬を探し出す。異変に気づいたのか、ブライアンも探し出す。

 

 「エアグルーヴ、燈馬は確かに後方にいたんだよな」

 

 「ええ、確かに。でも今は…」

 

 「燈馬の姿がない…てことだ」

 

  とブライアンがエアグルーヴの言葉に割って入る。スタートしてから100mまでは燈馬の姿があった、これは確かだ。しかし、今は燈馬の姿も欠片もない。一体、何処に行ったんだ。

 

 『さあ、オオケヤキを超え最後の直線の前にこのレース最大の難所、心臓破りの坂が待ち受けています!先頭は以前とコクエンナンバワン、その後ろハルシオン、キングヘイローは3番手といい位置にいます』

 

  先頭集団が坂を登り始めるが、燈馬の姿はまだ見えない。

 

 「まさかあいつ、皐月賞を捨てたんじゃないだろうな」

 

  まさか、そんなこと…!

 

 『おおっとセイウンスカイだ!今日は控えていたセイウンスカイが一気に上がってきた!!!』

 

  セイウンスカイも上がってきて先頭に立つ。残り200m、勝ちはほぼセイウンスカイで決まり…かと思われたその時だった。

 

 「なんだあれは」

 

  と観客の一人が何かに気づく。それに吊られて他の観客もざわめき出す。

 

 『ん?…え?いや…え?うそ、うそでしょ!?』

 

 「まさか…!」

 

 「ウソだろ…!」

 

  とブライアンとエアグルーヴも遅れて気付く。私はセイウンスカイをじっと見つめる。すると視界に入ったのは赤いマントだった。

 

 「まさか、燈馬…!」

 

 『シノンだ!シノンが先頭に躍り出た!しかしこれは一体どういうことだ!?』

 

  信じられないことが起きた。セイウンスカイの後ろには誰もいなかった、なのに燈馬がセイウンスカイの後ろから出て来た。こんなことがあり得るのか、未だ私はこの状況に整理が追いつかなかった。

  そして燈馬はセイウンスカイを抜き去り、クラシック三冠の一つ皐月賞を獲ったのだった。

 

 

  〜ライブ控え室・燈馬side〜

 

 「それではウイニングライブの準備が出来次第、お呼び致しますのでそれまでここでお待ちください」バタン

 

  と係員の方が用意してくれた部屋で俺は待機していた。

 

 「ハァ…」

 

  正直言って乗り気じゃない。このままバックレてもいいのだがレース終了後に理事長から「ウイニングライブは出るんだぞ!絶対にだからな!」と電話越しで言われたので仕方なく時間が来るまで待っている。

  ウイニングライブ、それは上位3位までのウマ娘が立てるステージでウマ娘と観客の皆で1位になったウマ娘の勝利を分かち合う的な意味を持ったものでウマ娘が歌やダンスをするみたいなもの、あんましよく覚えてない。

 

 「(ていうか俺、次桜花賞が控えてんだけど。早く終わんねぇかな〜)」

 

  と待っていると

 

 「お待たせしました。どうぞこちらに」

 

  と係員に手招きされ、ステージ横の部分に案内される。そこにいたのはセイウンスカイとキングヘイローだった。2人共ライブ用の衣装に着替えてる。

 

 「およ?風間先輩、なんで勝負服を着てるんですか?」

 

 「俺はライブ用の衣装なんて持ってないし、要らない」

 

 「要らないって貴方、ウイニングライブをなんだと思っていますの?」

 

 「歌って踊るだけのステージ」

 

 「なんで(わたくし)はこんな人に負けてしまったのですの」ハァ…

 

  おーい、聞こえてんぞー。

 

 「まあまあキングちゃん、そんなこともあるよ。気長に行かないと」

 

 「あなたはもう少し危機感というのを持ちなさい!」

 

 「あー聞こえなーい」

 

 「キーッ!」

 

  やる気満々のこいつらにライブ任せて帰ろうかなと思っているとキングヘイローが俺を指さしてこう言った。

 

 「次の日本優駿(日本ダービー)で貴方に必ず勝ちます!覚悟していなさい!」ビシッ

 

 「あ、それ私も言おうとしてことだ。風間先輩、次は絶対に負けませんから」

 

 「楽しみにしてる」

 

  と会話をしているしながらステージのマイクの前に立つ。するとステージの幕が上がり、観客達がペンライトを持って盛り上がっている。

 

 「そういえば」

 

 「「?」」

 

 「ウイニングライブの歌の歌詞って何?」

 

 「「え」」

 

  ウイニングライブはなんとか口パクで乗り切った燈馬であった。

 

 

  〜風間家・同じく燈馬side〜

 

  ウイニングライブが終わってそのまま現地解散になった俺はそのまま家に帰った。トレーナー曰く「ウイニングライブの練習もしないとね」と言っていたが絶対にしたくない。あんなのはもうこりごりだ。

 

 「ただいま〜」ガチャ、バタン

 

  と無事に家に着くと

 

 「おや、おかえり。ライブも碌に出来ていなかったのに随分と早かったんだね」

 

 「うっせぇババア。トレーナーが現地解散って言ってレースの練習をさせてくれなかった」

 

  と部屋から出てきたのはババアこと風間 史子(かざま ふみこ)、俺のお婆さんだ。俺が産まれた時から15年間育ててくれた人だ。

 

 「なんだい、クソガキ。あたしは事実を言ってまでさね。それはそうとさっさと風呂に入ってきな、汗臭くて仕方ないのさ」シッシッ

 

 「言われなくてもそうするつもりだ、クソババア」

 

  と俺は鞄を自室に行き、風呂場へ向かった。

 

 「ったくあのババアは。グチグチと…これだから結婚も碌に出来ねぇんだよ」バサッ

 

 「なんか言ったかい!クソガキ!」

 

 「何も言ってねぇわ!クソババア!」

 

  ったくあの地獄耳ババアは…!「チャリ…」…。

  と俺の視界に入ってきたのは銀色の2つの指輪が付いたネックレスだ。

 

 「…」

 

  俺は洗面台の鏡に写った自分の首から架かった指輪が付いたネックレスを見る。

 

 「(この指輪、誰のなんだ?)」

 

  クソババア曰く、この2つの指輪は何が何でも大事にしなさいと言われ続けた。最初は不思議に思わなかったがだんだんと過ごしていくうちに誰のものなのか知りたくなってババアに聞いたが「あんたにとって大事な人さ」の一点張り。失くしたりすれば鉄拳が飛んできて見つかるまで探したなんてこともあった。

 

 「やめたやめた。このことはもう散策しないって決めたんだ。さあ、風呂に入るか。今日の夕飯は何にすっかな」ガララッ

 

  と俺は風呂に入って飯の献立を考えた。

 

 

 

 

 

 

 「おーい、飯出来たぞ」

 

  とリビングでテレビを見ているババアに言う。

 

 「はいよ」ピッ

 

  とテレビを切り、俺の向かいに座る。

 

 「今日は随分と凝ってるんだね〜」

 

 「うるせぇ、さっさと食べろ」

 

  と俺の作った料理は焼きキャベツとシーザーサラダ、豚バラとキャベツの甘辛炒めとキャベツ入り味噌汁だ。今日は冷蔵庫にキャベツがたくさん残っていたので腐らせない為にもパパッと調理した。

 

 「そうそう、あたし明日は教育委員会の会議に行かないと行けないから早めに起こしておくれ」

 

 「自分で起きろよ」

 

 「年寄りを舐めんじゃないわよ。年寄りは早起きは苦痛でしかないさね」

 

 「普通、年寄りって朝早く起きるものんじゃねぇのかよ」

 

  さっきババアが言ったがこのババアは東京にある小中高大一貫教育の武天學園の理事長なのだ。その上、教育委員会の副会長も勤めており何かと凄いババアだ。英道や淳、透子、菜々子はこの学校に通っている。ちなみに俺も通ってた、中等部まで。

 

 「はぁ…、わかったよ。朝は米とパン、どっちがいい?」

 

 「そうね、パンでお願い」

 

  へいへい、とキャベツを口に入れる。シャキシャキしていて且つ甘辛の味が絶妙に美味い。我ながら完璧な出来だ。

 

 「それはそうと、皐月賞おめでとうさん」

 

 「ん、まあな。次も勝つよ」

 

 「そうかい、それは楽しみだ」ガチャ

 

  とババアが食器を持って洗い場のところ持っていく。

 

 「ごちそうさん、あたしは風呂に入って寝るよ。あんたも早く寝な」ガチャ、バタン

 

 「ああ、そうするよ。おやすみ」

 

  と俺も丁度食べ終わり、食器を持って洗い場へ向かい食器を洗う。昔はババアが家事全般をしていたのだが、ババアは帰ってくるのが遅く気付けば俺がするようになっていた。家事をするのはそんなに苦でもないしババアに買い物や風呂の用意を予め言っておくと用意してくれるので楽ではある。

 

 「よし、こんなものか」

 

  と洗い物を終え、リビングのソファに座りテレビをつける。今は20時を回っておりどのチャンネルもバラエティ番組が放送されている。

 

 「バラエティとかあんまし見ねぇから何が面白いのかわからん」ピッピッ

 

  とチャンネルを回していると一つのチャンネルだけニュース番組をしていた。

 

 『今日行われた皐月賞、セイウンスカイさんとキングヘイローさん惜しかったですね』

 

 『そうですね。あとちょっとっていうところだったんですが、惜しかったですね』

 

 『私はてっきりスペシャルウィークが勝つと思っていたのですがね〜』

 

 『私もです。あの誰でしたっけ、あの〜ほら、1位になったえぇっと『シノンさんですか』そうそう!』

 

  と今日の皐月賞についてリポーターの人達が話をしていた。そして男が続けてこう言った。

 

 『あのシノンとかいう男の子…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

あの子さえいなければ勝てたんですがね〜』

 

 「………」

 

 『失礼ですよ。本人が見ていたらどうするんですか』ハハッ

 

 『いや〜、見てないでしょ。今頃、何処かでトレーニングでもやってるんじゃないですか?』ハハッ

 

  その本人が見てんだよ。

 

 『それに今回のウイニングライブ、正直言ってセイウンスカイとキングヘイローだけで良かったでしょ』

 

 『それは私も同感です。男の子が女の子と同じ振り付けや歌を歌うっていうのもなんかね〜って思いました』

 

 『そういえば、聞きました?シノンという人、どうやら次の“桜花賞”に出場するみたいですよ』

 

 『えぇ!?嘘でしょ!URAはそれを認めてるんですか?』

 

 『どうやら認めてるみたいですよ、それが』

 

 『もしかして脅したんじゃ…』

 

 『あんな見た目じゃそう言われてもおかしくは…』プツンッ

 

  と急にテレビの画面が黒に変わる。横を見てみると丁度風呂上がりなのかババアが立っていた。

 

 「………」

 

 「………」

 

  静寂した空気が部屋に漂う。そして、ババアが口を開いた。

 

 「あんた、さっきの見てどう思った?」

 

  と聞いてきた。

 

 「……世間では余りいいイメージが持たれてないなーって」

 

 「後悔してるかい?」

 

 「いいや、全く。むしろこうなる事は予想がついてたし、それに俺がやりたいって言ったんだ。例え嫌われようとも俺は俺の道を突き進むだけだ」

 

  俺がレースに出れば絶対にこうなるとは既に予想がついてた。言ってみれば女性競技の中に男性が出場しているようなもの、世間はそれを許さないだろう。

 

 「そうかい、あんたがそれでいいならそうしなさい。あたしやあのクソガキ共、満に藤二郎、亮太はあんたの味方だからね。それだけは忘れちゃあならんよ」

 

 「わかってる」

 

 「それと辛くなったらいつでも學園に戻ってきな。あたし達はあんたがいつでも帰ってこれるよう準備はしてあるから」

 

 「あぁ」

 

  とババアは自室へと戻っていった。

 

 「俺も寝るか」

 

  気付けばもう夜の22時を回っていた。俺は歯磨きをし、明日の準備をして俺は眠りについた。

 

 

  〜日曜日朝5時・燈馬side〜

 

 ♪〜〜ピッ

 

 「……」フワァ…

 

  鳴り響く目覚ましを止めて布団から出る。さて、朝ごはんの準備をするか。

  まずは、洗濯物を洗濯機に詰め込み洗濯を始める。続いて朝ごはんの準備。今日はババアがパンでいいと言っていたのでトースターにパンを入れて焼けるのを待つ。あと、昨日残った味噌汁を温め直し、冷蔵庫から卵を4つとベーコン、残ったおかずを取り出す。米は昨日事前に炊いていたためそれをお茶碗によそう。あとは卵は目玉焼きとだし巻きを作り、目玉焼きは朝食、だし巻きは弁当用に分けておく。

 

  チンッ

 

 「おっ焼けたな」

 

  パンを取り出し、焼いたベーコン、目玉焼きをパンに乗せる。あとは味噌汁を入れてババアの朝食が出来、それと並行に俺の朝食も出来る。

 

 「あとはババアを起こすだけだ」

 

  と2階に上がりババアの部屋に入る。

 

 「おいババア、さっさと起きろ。今日は教育委員会の会議なんだろ?早くしろ」ユサユサ

 

  とババアを起こす。

 

 「……はいよ、今、起きるから」フワァ…

 

  ババアも起きたので俺は下に行き、弁当の詰める。

 

 「おはようさん…、今日は一段と早い目覚ましだねぇ〜…」

 

 「おはようさん、ほらさっさと食べろ。今日は早いんだろ?」

 

  いただきます、と言って朝ご飯を食べ始める。俺は弁当を作り終え、ババアの弁当をババアの前に置く。

 

 「そういや、あんたは今日は休みかい?」

 

 「いいや、朝から練習。今日は夕方までみっちりやるみたいだから遅くなる。あと、自主練してから帰るから風呂の用意と買い物頼むわ」

 

  了解、と言ってご飯を食べ進める。

 

 「ごちそうさん。それじゃあ、あたしは会議に行ってくるよ」

 

 「あぁ、自分の食器は自分で洗えよ」

 

  わかってるさね、と言いながら食器を洗い、玄関へ向かった。

 

 「くれぐれも遅刻すんじゃないわよクソ燈馬」

 

 「わかってるよ、クソババア。さっさと行け」

 

  と言ってババアは家を出ていった。

 

 「さて、俺も行くか」

 

  と食器を洗い、洗濯物を干して家を出る。勿論、戸締まりもきっちりと。そして、俺はトレセン学園を目指して歩き始めた。

 

 

  〜トレセン学園トレーニングルーム・立花side〜

 

 「あと5回!姿勢を意識して!」

 

 「っ!はぁぁあああ!!!」ガシャン、ガシャン

 

  休日、僕達はトレーニングルームにてウエイトトレーニングを行っていた。今、タイシンさんがスクワットをしていてオグリさんがタイシンさんの補助をしている。

 

 「OK!スクワット終了!お疲れ様」

 

 「結構…くるね…このトレーニング」ハァ…ハァ…

 

 「正しい姿勢を意識しながらやると軽いウエイトでも十分な負荷が掛かるからね」

 

  タイシンさんが今、上げていたのは150kgのバーベル。ヒトだと結構な重さだけどウマ娘にすればこのくらいは至って普通だ。だけど普通だったとしても正しい筋肉の使い方をしないと変なところに筋肉が付いちゃったり身体の故障にも繋がる可能性が高くなる、基礎は大事だからね。

 

 「因みにあいつは何やってんの?」

 

 「ん?あれは体幹トレーニングだよ。体幹を強くしていればレース中に身体がブレないようになるんだ」

 

 「何分くらいやってんの」

 

 「ん〜、かれこれ20分かな」

 

  しかも燈馬君、休憩なしでやってるし。1年でめちゃくちゃ成長してるし、ホント何をやってきてそうなったんだろうか。

 

 「それじゃあ、今日はこの辺にしてタイシンさんは燈馬君とライスさんはオグリさんとでストレッチをして昼食にしよう。午後からはレース場で走るから13時には来ていてね」

 

 「「「「はーい」」」」

 

  さて、午後からのトレーニングメニューを作成しないとね。

 

  〜同所・燈馬side〜

 

 「ちょっと余り強く押さないでよ」

 

 「息を吸って大きくゆっくり吐けばじわじわと身体が伸びるんだよ」

 

  俺達はトレーナーが去った後、トレーニングルームでストレッチをしていた。何故、俺がタイシンと組んでいるかというと身体が柔らかい奴と硬い奴とで組んてるからだ。硬い奴はどうすれば柔らかくなるかを知るために柔らかい奴は硬い奴に柔らかくする為のアドバイスをする、といった理由だ。タイシンはそれ程硬いとは言い難いが寧ろライスの方が硬いと言っていいだろう。長座体前屈5cmは流石に盛ってると思ったが実際に測ってみると結果は同じだった。

  このチームの中で一番柔らかいのはオグリだ。オグリは開脚が180度を超えるくらい柔らかいし長座や足首の柔らかさも他のウマ娘よりも遥かに凄い。聞いた話では地方にいた頃、オグリの母が身体が柔らかくなるようにとマッサージをしてくれたり、柔軟を手伝って貰ったりしてくれていたらしい。

 

 「オグリとまでは言わん。だが最低限でも故障しない為の身体作りだと思ってやってみろ。ほら押すぞ」

 

 「フゥゥゥゥゥゥ…。フゥゥゥゥゥゥ…。」ググッググッ

 

  とストレッチを続けること20分、するとトレーニングルームの扉が勢いよく開く。

 

 「おーし!次はアタシらの番だ!待ちに待ちくたびれたぜ〜!」バンッ

 

 「他のチームの奴がいるんだ、もう少し静かにしろ。ゴルシ」

 

 「ん?おお〜!お前は燈馬じゃねーか!久しぶりだな!」

 

  このこの〜!とやってくるのはゴールドシップ。芦毛の髪で俺と同じくらいの身長があるウマ娘だ。こいつは学園では問題児扱いされており、あの理事長でさえ頭を抱えるくらいのウマ娘だ。黙れば美人なのだが行動はまさに奇人と言っていいだろう。俺もこいつとは関わりたくはなかったんだが向こうからくるもんだから変な関わりを持たされてしまった。

 

 「あの〜ゴールドシップさん、そのヒトは?」

 

 「ん?あぁスカーレットとウォッカ、テイオーは知らねーんだったよな。こいつは燈馬、アタシの下僕だ」

 

 「誰が下僕だ、この奇行種変人ウマ娘。「んだと、ゴラァ!」…ハァ、俺は風間燈馬。スズカと同じクラスだ」

 

 「初めまして、私ダイワスカーレットっていいます」ペコッ

 

 「俺はウォッカっていいます」ペコッ

 

 「よろしく」

 

  と2人のウマ娘が頭を下げる。ティアラを付けたツインテールのウマ娘、ダイワスカーレットと短髪の俺っ子、ウォッカ。2人共見る限り中等部だろう、知らないで当然か。

 

 「へぇ〜君がカイチョーの言ってたトーマなんだ」

 

 「お前は?」

 

 「僕の名前はトウカイテイオーだよ!夢はカイチョーみたいな強くてかっこいい無敗の三冠ウマ娘!」ビシッ

 

  とポニーテールを揺らしながら俺に指を指して自己紹介をしたウマ娘、トウカイテイオーだ。こいつも中等部だろう、というかルドルフのこと知ってたんだな。

 

 「おい、入口で止まってるんじゃねーぞってお前は…」

 

 「お久しぶりです、スピカのトレーナーさん」

 

  と棒付きキャンディを咥えた男の人がウマ娘をかき分けてトレーニングルームに入ってきた。この人はゴルシ達がいるチームスピカのトレーナーで確か沖野っていう名前だった筈。

 

 「スピカもトレーニングですか?」

 

 「おう、まあな。なんせスペが“日本ダービー”を控えてるからな」

 

 「はい!頑張ります!」

 

 「おう、そういやお前も日本ダービーだったよな。いやその前に“桜花賞”か」

 

 「そうですね」

 

  この人は相変わらずテンションが高い。嫌ではないが沖野さんのセクハr基、癖である許可なしにウマ娘のトモを触るのはどうにかして欲しい。こら、オグリのトモを触ろうとするな。あ、今スピカのメンバーに蹴られた。

 

 「燈馬君」トコトコ

 

  とスズカが近づいて来た。

 

 「ん?スズカじゃないか。どうしてお前がこんな所にいるんだ。リギルは今、レース場のはずだぞ」

 

 「そのことなんだけど私、リギルからスピカに移籍したの。トレーナーさんに声をかけられてね」

 

 「そうか。そっちの方がお前に合ってるかもな。だが、大丈夫なのか?あの変態トレーナー「誰が変態だ!」お前のことだ。…色々とセクハラされるんじゃないのか?」

 

 「大丈夫よ、トレーナーさんはいい人だから」フフッ

 

 「お前がいいならそれでいい」

 

  スズカの移籍を俺がどうこう言おうがスズカが決めたことだ。俺は何も言わない。

 

 「それじゃあな、俺達はもう行くぞ」

 

 「うん、またね」

 

  と後ろでゴルシに絡まれてるタイシン達を引き連れてトレーニングルームを後にした。

 

 

  〜同所・スズカside〜

 

  私達はトレーナーさんの指示でトレーニングルームに来ていた。理由はスペちゃんが日本ダービーを控えているのでトモの筋力アップの為なんだけどそれと並行に増えちゃった体重を落とすためでもある。ダービーまで残り2ヶ月、どこまで持っていけるかが勝負だと思う。

 

 「痛てて…ったくあいつら本気で蹴る必要あんのかよ」ボロッ…

 

 「アハハハ…」

 

  と愚痴を溢すトレーナーにスペちゃんが苦笑いしている。

 

 「…スペ、お前は日本ダービーが控えてある。キングヘイローにセイウンスカイ、エルコンドルパサーそして、シノン…燈馬だ」

 

  と真剣な顔でスペちゃんに話す。それを見てスペちゃんも顔つきが変わった。

 

 「特にエルコンドルパサー以外の3人は間違いなく皐月賞とは比べものにならないくらい成長していると断言できる。さっき、あいつの身体を見ただろ?それが証拠だ」

 

 「はい!」

 

  確かに燈馬君は桜花賞が控えていて、それに向けての調整トレーニングだと思う。一体どんなレース展開をするのかとても楽しみです。

 

 「おーいトレーナー!早くやろうぜ〜!」

 

 「はいはい、わかったよ。スペ、スズカ行くぞ」

 

 「「はい!」」

 

  燈馬君、私頑張るから!

 

 

 

  〜レース場・燈馬side〜

 

 「さて、次は桜花賞だけど注意人物が一人いる」

 

 「誰なの、その一人って」

 

 「メジロ家の令嬢の一人、“メジロドーベル”さんだ」

 

 「メジロドーベル?誰だそれは」

 

 「メジロドーベル、脚質は差しが基本でマイルが得意なウマ娘だ」

 

 「!君は…!」

 

 「エアグルーヴか」

 

  と作戦会議をしていた所にエアグルーヴがやって来た。

 

 「私もいるぞ」

 

 「私もだ」

 

 「フジキセキさんにナリタブライアンさん、シンボリルドルフ会長!」ペコッ

 

 「やあ、クレアのトレーナー君。そんなに畏まらなくてもいいぞ」

 

  と後ろからルドルフ、ブライアン、フジもやって来た。

 

 「やけにメジロドーベルに詳しいな、エアグルーヴ」

 

 「ドーベルは私の後輩でな。時々トレーニングを見てやっているんだ」

 

  と俺の質問にエアグルーヴが答える。エアグルーヴの脚質は先行だが差しも得意なのでトレーニング相手にはもってこいだろう。どんな相手か楽しみだ。

 

 「それはそうと燈馬、君に聞きたいことがある」

 

  とルドルフが前に出てきた。

 

 「なんだ?」

 

 「この前の皐月賞、レース中盤からラスト直線まで君は何処にいた」

 

 「普通に走ってたぞ」

 

 「とぼけないで欲しいな、普通に走っていたならレース終盤まで誰もが気づくよ。それをラスト200mまで私達、いや観客全員が君に気付かないなんて…一体どんな“手品”を使ったんだい?」

 

 「………」

 

  とルドルフの質問にちゃんと答えた筈なのだがフジが更に付け加えて質問してくる。ブライアンに至っては無言の圧をかけてくる、怖ぇよ。

 

 「手品も何も普通に走っていたんだ。そういうお前達が俺の姿から目を離していたんじゃないのか」

 

 「「「「ない、お前のことはずっと見ていた」」」」

 

 「「「「「………」」」」」

 

  いや、そんなに自慢気に言われても…。

 

 「燈馬君、隠してることがあるなら言ってよ!この人達とっても怖いんだけど!」ボソボソ

 

 「いや、隠してることって言われても…」チラッ

 

  と後ろを見てみるとタイシン達が「隠してることがあるなら早く言え!」と目で訴えてくる。そんなこと言われても…。

 

 「とにかく、まずは桜花賞だ。桜花賞を獲れるよう粉骨砕身の如く頑張ってくれ」スタスタ

 

 「じゃあね、燈馬。君がどんな手品を使っているか必ず暴いてみせるよ」スタスタ

 

 「手品も何もねぇよ」

 

 「手品だろうとなんだろうと私と戦うまでの間、負けることは許さないからな」スタスタ

 

 「あぁ、わかったよ」

 

 「燈馬」

 

  とエアグルーヴに声をかけられる。

 

 「なんだ?」

 

 「ドーベルは手強いぞ」

 

  と真剣な顔で言ってくる。

 

 「俺は一つ一つのレースに全力で走るだけだ。相手が誰だろうとな」

 

 「そうか」フッ

 

  とルドルフ達の歩いていった方へと歩き始める。

 

 「どんなレースをするか楽しみにしている」スタスタ

 

  と歩き去って行った。

 

 「さあ桜花賞、獲りに行くぞトレーナー」

 

 「…そうだね、燈馬君」

 

  と横にいたトレーナーに声をかける。トレーナーも覚悟の決まった顔をしていた。

 

 「よし、桜花賞を獲りに行くぞ〜!」

 

 「「「お〜!!」」」

 

 「おう」

 

  と桜花賞前日までトレーニングを続け、遂に桜花賞当日がやって来た。




 読んで頂きありがとうございます。

 本来、メジロドーベルはスペシャルウィーク達より前にデビューしていますが主人公と対決するのを描いてみたいと思い、今作品ではスペシャルウィーク達と同じ時期にデビューということにしています。ご理解の方、よろしくお願いします。

 さて次回は桜花賞!頑張って描いていきます!

   それでは、また〜


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気鋭なる桜花賞

 たいっっっっっっっっへん遅くなりました!!!!
 申し訳ございませんでした!


  それだけはどうぞーーー!!!!


  〜阪神レース場観客席・シンボリルドルフside〜

 

 「ねぇルドルフ、レース中燈馬が消えるってホントなの?」

 

 「間違いないよ、マルゼンスキー。私はこの目でしっかり見たからね」

 

  と隣にいる茶色の尻尾と耳、そして腰まであるウェーブのかかった髪を持つウマ娘マルゼンスキーと話しをしている。彼女は世間から“スーパーカー”という異名や怪物と呼ばれていてその異名の如く力強い走りをする。私も彼女に何度苦戦を(しい)られたことか。

 

 『そして今年の桜花賞で最も注目のウマ娘!1番人気“メジロドーベル”!!!』

 

 ワァアアアアア!!!

 

 「ドーベル〜!今日も気品ある走りを見せてくれ〜!!」

 

 「ドーベルさ〜〜〜ん!!!」

 

  と実況の紹介と共に出てきたのはメジロ家の一人、メジロドーベルだ。彼女はエアグルーヴのことを尊敬しており、走る姿においては正に新たな女帝と言っていいだろう。

 

 「気合いが入ってるな、ドーベル」

 

  とエアグルーヴが笑顔で呟いた。白色の服に緑のスカートの勝負服を着たメジロドーベルの顔は真剣そのものどんなレース展開をしてくれるのだろうか。

 

 『そして、18番人気シノン』

 

 「来たか」

 

 「うん、やっとお出ましだね」

 

  と燈馬がパドックに出てきた。

 

 「燈馬〜!!!頑張って〜〜!!!」

 

  と隣でマルゼンスキーが手を振りながら応援している。

 

 「全く、マルゼンスキーは燈馬のこととなるといつもそんな感じになるな」ハァ…

 

 「いいじゃないか、エアグルーヴ。マルゼンスキーは燈馬のことを放っておけないのさ」ハハッ

 

  マルゼンスキーは燈馬のことを弟のように可愛がっている。何かと燈馬のことを心配しており燈馬の出走するレースも全部見ている。

 

 「もう、ルドルフもエアグルーヴも見てるだけじゃなくてちゃんと応援して!!」

 

 「わかったよ、マルゼンスキー」

 

  燈馬、頑張れよ。

 

 

  〜ゲート前・燈馬side〜

 

  ジィイイイイイ…

 

 「………」

 

  他のウマ娘達がめちゃくちゃ俺を見ている。それもそうか、皐月賞に出走して、且つトリプルティアラの一つである桜花賞も出ているから見られて当然か。

 

 「………」キッ!

 

  うわぁ、メジロドーベルって奴がめっちゃ睨んでるんだけど…俺なんかしたかな。

 

 「ウマ娘の皆さん、ゲートに入ってください」

 

  と係員がウマ娘を次々とゲートへと案内していく。

 

 「さあ、あなたも」

 

  と俺もゲートに案内させられた。入ったゲートは17番、大外だ。

 

 『さあ、各ウマ娘ゲートに入りました。桜の舞う季節の中、一体誰が女王に君臨するのか!』

 

  女王って俺、男なんだけど。

 

 ♪〜〜〜〜

 

  とスタート前のファンファーレがレース場に鳴り響き、気持ちを切り替える。

 

 「(さて、今日も“アレ”を使っていくか)」

 

  とスタートの火蓋が切られるのを待った。

 

 

  〜同所観客席・シンボリルドルフside〜

 

 

 

 パァン!ガコン!

 

 『スタート!各ウマ娘、横一線の綺麗なスタートを切りました』

 

 「いいスタートね!」

 

 「あぁ、スタートはいい。だがここからだ」

 

  マルゼンスキーとエアグルーヴの言う通り、彼女達はいいスタートを切った。

 

 『外から上がってきたのはロンドンブリッジ、その内エイダイクイン、外にダンツシリウス、後ろマックスキャンドゥと続き後ろは縦一列に並んでいます。注目のメジロドーベルは後方から6番手の位置にいます。』

 

  桜花賞、距離は1800m。バ場状態は良。中距離と違って距離は短く一瞬の駆け引きが勝運を分ける。

 

 「ん〜と、燈馬は何処にいるかな〜」

 

  とマルゼンスキーが探し始める。私もマルゼンスキー同様、燈馬を探し始める………が。

 

 「いない…!」

 

  とフジキセキが呟く。皐月賞同様、燈馬がまたいなくなった。先頭から後方にかけてゆっくりとウマ娘達を見ていく、だが燈馬の姿はない。

 

 「(燈馬、君は何かを隠しているな)」

 

  と心の中で呟く。自分で姿を消していると私は思った。だが、そのタネが分からない。

 

 『第3コーナーから最終コーナーへ入りました。以前と先頭を行きます!ロンドンブリッジ、その後ろにマックスキャンドゥ、メジロドーベルも上がってくる!』

 

  外から他のウマ娘も上がってくる。けど、まだ燈馬の姿はない。

 

 『さあ、残り500m!ここでメジロドーベルが上がってくる!』

 

  メジロドーベルが先頭に立ち、後続達との差が開いて行く。差は2馬身程、ほぼメジロドーベルの勝利が確定した…と誰もが思った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  しかし、現実はそう甘くはない──────

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 『シノンだ!シノンが外から上がってくる!』

 

 「何!?」

 

 「外!?」

 

  集団の外から上がってきたのは燈馬だ。しかも外の外、大外から先頭との差を詰めていき、メジロドーベルとほぼ並走する形になった。

 

 「まただ。またあの時と同じ」

 

  皐月賞同様、燈馬は外にいたウマ娘の後ろから姿を現し先頭のメジロドーベルと並走している。場内は驚きと困惑の声が広がる。

 

 『残り200m!シノン、ここでペースを更に上げる!』

 

  燈馬が更にスピードを上げる。メジロドーベルも追い付こうとペースを上げる、だが追い付けない。

 

 『ゴール!一着はシノン!!メジロドーベル、惜しくも2着で敗れました』

 

  アァァァァァ…

 

  と落胆する声がレース場内に響き渡る。自分達の応援をしていたウマ娘が負けるのは仕方がないことだ、勝負の世界とは常に勝者と敗者がいる。勝利し栄光を手に入れる者も居れば負けて涙を流す者もいる。勝負の世界とは残酷なものだ。

 

 「クソ…なんであいつなんだよ」

 

 「ホント、俺メジロドーベルの勝つところが見たかったのに」

 

 「俺もだよ…。マジ最悪なんですけど」

 

  と私達の目の前に座っていた男性3人が愚痴を溢す。今回の桜花賞はダントツでメジロドーベルが人気を誇っていた、そして誰もがメジロドーベルの勝利を願っていただろう。だが、祈ったところで結果は変わらない。

 

 「(この人達には気の毒だろうが割り切ってもらう他ないな)」

 

  と思っていたその時、

 

 「あいつ、どうにかして出場出来なくしてやれるかな」

 

 「どうやってするんだよ」

 

 「それは…ネットの晒し者にする…とか?」

 

 「止めとけ止めとけ。聞いた話によるとあいつの後ろ盾はURAも絡んでるって噂だぜ?逆に俺たちが晒し者になるだけだよ」

 

 「だぁあああああ!クソッッッ!!どうにかしてあいつが出場出来ないのかよ!!!」

 

 「「「「「………」」」」」

 

  コイツラハ、イッタイナニヲイッテイルンダロウカ。

 

 「ねぇルドルフ。この人達、潰しちゃっていいかしら」

 

  とマルゼンスキーが耳を後ろに倒し、低い声で言った。

 

 「よせマルゼンスキー。それに燈馬から釘を刺されだろう、“俺の事を悪く言われていても気にするな”と」

 

 「ぶ〜〜〜〜…」プク−ッ

 

  と頬を膨らませて堪えてくれた。私もマルゼンスキーのようになりかけたが何とか持ち堪えれた。

 

 「さあ、学園へ戻ろう。今日は練習がハードみたいだからな」

 

 「え〜!?燈馬のウイニングライブ見たい〜!」

 

 「エアグルーヴ、すまないがマルゼンスキーを頼む」ハァ…

 

 「…わかりました。会長」

 

  とエアグルーヴがマルゼンスキーの襟元を掴みズルズルと引きずって行った。

 

 「やだやだ!燈馬のウイニングライブ〜!見たい見たい見たい〜!!!」ジタバタ

 

  と手と足をバタつかせて会場を去って行った。

 

 「…君達もだよ。ブライアン、フジキセキ」

 

 「チッ」

 

 「しょうがないね」フルフル

 

  とブライアンとフジキセキもエアグルーヴ達に続いて会場の外へと歩み始めた。そして私はレース場の上で表彰されている燈馬を見つめる。

 

 「燈馬、次のレースもどんな走りをするか楽しみにしてるよ。そして、私と…いや私達と共に…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ターフを駆けよう」

 

  と言い残し私も会場を後にした。

 

 

  〜同所・燈馬side〜

 

 「それじゃあ燈馬君、また明日ね」コツコツ…

 

 「あぁ、また」

 

  レースとライブが終わり、俺はトレーナーがトレセンへと歩いて行く背中を目にこの後何をしようか考えていた。

 

 「(今からミチルさんのジムに行ってもいいし、あいつら(英道達)のところへ行くのもいいな…)ん?」♪ピロリン〜

 

  と考え事をしていると携帯が鳴る。画面を見ると1件のメッセージが来ていた。

 

 『今から会える?場所はここなんだけど…』

 

  とあった。今から特になかったので断る理由がない。

 

 『わかった。すぐ向かう』ピッ

 

  と返信すると『了解』と返ってきたので俺は目的のところへ向かった。

 

 

移動中

 

  カランカラン〜

 

 「いらっしゃいませ。お一人様でしょうか」

 

 「いえ、待ち合わせを」

 

  と入口近くにいた定員に声をかけられた時、

 

 「お〜い!こっちこっち〜!」

 

  と大きく手を振りながら自分の居場所を教える女性がいた。俺はその席に向かい、女性の反対側に腰を降ろした。

 

 「ご注文は何になされますか?」

 

 「えっと、俺は…「こっちはミルクティーのアイス、チョコレートケーキ。あと私はコーヒーのおかわりを下さい」。」

 

 「かしこまりました」

 

  と定員が去って行った。

 

 「…それで?何のご要件ですか、“シービー”さん」

 

 「やだな〜、私と燈馬の仲じゃないか。そう固くならないでよ。いつもみたいにシービーって呼んで欲しいな」

 

  と笑顔で言ったのはシービー事、“ミスターシービー”。クラシック三冠を獲ったウマ娘である。右耳に小さな白いハット帽子に“CB”の文字の付いていて黒っぽい髪と尻尾を持つ。時折、レース場に赴いていたり、レースに出ていると聞いている。

 

 「わかり…わかったよ、シービー。それで?何で呼んだんだ。しかもここ最近、人気のケーキ屋じゃないか」

 

 「いいでしょ?私、ここのケーキ結構気に入ってるんだ」

 

  と返す。まあ、確かに良いところではあるな。

 

 「まあ、そんな話しは置いといて。燈馬には色々聞きたい事があるからね」

 

  と身体を前のめりにしてこう言った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「なんで本気で走らないの?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「…。何のことだ?」

 

 「とぼけてもダメ。私の目は誤魔化せない。燈馬は昔、あんな走りはしなかった」

 

  と口角を上げて俺の目を見ながら言う。目を逸らそうにもシービーの目が離してくれない、吸い込まれそうになる。

 

 「おまたせしました。アイスミルクティーとチョコレートケーキ、アイスコーヒーです」

 

  と視界の横で定員が注文した物をテーブルに並べる。だが目が逸らせない、逸らされない。ずっとシービーが見続けられる為、注文の品に目が行かない。

 

 「逸らそうとしても無駄だよ。燈馬は隠し事があると目を逸らす癖があるからね」

 

  とジッと見つめられる。

 

 「俺は常に本気だ。本気でレースに挑んでる」

 

 「それは知ってる。燈馬は常に本気で、全力で、手を抜かない。けど私の言いたいのはそれじゃない。何故“自分の走り”をしないのかを聞いているんだ」

 

 「…」

 

 「昔の燈馬はノビノビと走っていた。けど今は何かを押し殺して走ってる、そんな感じかな」

 

  シービーの観察眼はトレセンにいるトレーナー達よりも優れている。何が良くて何が悪いのか、何が足りないのか見ただけでわかるくらいだ。

 

 「…走り方を変えたっていうのは?」

 

 「ない。断言できる。それにレース中に消えるのって…………でしょ?私の手にかかれば余裕さ」

 

  気づいていたか。やはりシービーの目は誤魔化せないか。

 

 「燈馬がそんな走りをするという事は…何か言い出せない理由があるのかい?」

 

 「!」

 

 「図星のようだね。…何かあったのかい?」

 

  と姿勢を正して聞いてくる。

 

 「……別に」

 

 「ウソ。何かあるよね。前にも言ったでしょ、“何かあったら必ず私に相談して”って」

 

  と強い口調で言ってくる。入りたての頃からシービーには色々世話になっている。けど…。

 

 「…これは、俺の問題なんだ」

 

 「…」

 

 「信じてほしい」

 

  と頭を下げる。これは本当に俺の、俺自身の問題だ。“どうしてこういう走りになったのか”の問題を。

 

 「そう、わかった。これ以上は追求しない。けど、これだけは覚えといて」

 

  とシービーが両手を俺の頬に添える。

 

 「燈馬は一人じゃない。辛くなったり苦しくなったりしたら頼って欲しい。これだけは忘れないで」

 

 「わかった」

 

  と言うとシービーが両手を離し、ニッコリと笑う。

 

 「さ、遅くなったけどケーキ食べよっか!すみませ〜ん!にんじんケーキ1つくださ〜い!」

 

  と言うとにんじんケーキが運ばれてくる。

 

 「ここのにんじんケーキ、絶品なんだよね〜!はむっ。ん〜!おいし〜い!!」

 

  と美味しそうに食べるシービー。俺も目の前にあるチョコレートケーキを口に運ぶ。

 

 「(美味いな」

 

 「心の声、漏れちゃってるよ」フフッ

 

  シービーの言う通りここのケーキは絶品だ。甘過ぎずかと言って苦過ぎない、道理で人気なわけだ。食べ進めているとシービーが突然、

 

 「ねぇ、一口頂戴?」

 

  と言い出した。

 

 「…なぜ?」

 

 「いいじゃない、私もそのケーキ気になっていたんだからさ。一口欲しいなって」

 

 「…」

 

  とチョコレートケーキを一口サイズに切ってフォークに刺し、シービーの口に持っていく。

 

 「ほら、食えよ」

 

 「あ〜〜〜んっ!ん〜!こっちもおいし〜い!」

 

  と美味しそうに食べる。そんなにも食べたかったのなら注文すればよかったのでは。

 

 「はい、あ〜ん」

 

 「…は?」

 

  何やってんだ?この人。

 

 「ほら、早く食べてよ。じゃないと落ちちゃう」

 

 「いや、俺は…」

 

 「ほーら、あ〜ん」クイクイ

 

  しょうがない。早くしないとずっとこのままだ、と思った俺は少し身を乗り出し…。

 

 「」パクッ

 

  とシービーの差し出されたケーキを食べる。口に入れた瞬間にんじんのほのかな甘さが口の中に広がっていき、とても美味しい。

 

 「これはウマ娘に人気が出るだろうな」

 

 「でしょ!それでね、あとは…」

 

  このあと、シービーと俺はケーキ屋で色々なケーキを食べながら門限の30分前まで過ごした。

 

  〜美浦寮前・シービーside〜

 

 「今日はありがとうね。たくさん食べれて良かったよ」

 

 「それは何よりで」

 

  私達はケーキ屋を出た後、そのまま寮へと帰ってきた。寮の門限がある為、燈馬と離れるのは名残惜しいけど守らないと寮長のヒシアマゾンから門限破りの罰が下るのでそれだけは避けたい。今回は送ってくれるだけで我慢するとしよう。

 

 「じゃあな、また学校で会おう」スタスタ…

 

 「うん、またね」フリフリ

 

  と燈馬の背中を見送り、私は自室へと戻った。

 

 

 

 「お帰りシービー。今日は随分と遅い帰宅なんだな」

 

 「えぇルドルフ、今日はオフを貰っててね」ポスン

 

  と私を迎え入れたのはルドルフこと皇帝シンボリルドルフ、私と彼女は同室で長い付き合いになる。彼女は部屋着でベッドの上で本を読んでいた。私は机の上にカバンを置き、自分のベッドに腰を降ろした。

 

 「燈馬のレース、君はどう見えた?」パタン

 

  とルドルフが本を閉じ、私に身体を向けてそう聞いてきた。

 

 「どうって?」

 

 「君の観察能力は優れているからね。君の意見を聞いてみたいと思ってね」

 

 「ん〜私の見た感じだと、今の燈馬を止めるウマ娘は誰もいない思うよ」

 

 「君もそう思うか」

 

  まあね、と返す。今注目のセイウンスカイ、スペシャルウィーク、キングヘイロー、エルコンドルパサー、そして療養中のグラスワンダーこの5人は必ず燈馬と走ることになるとは予測していた。実際、5人の内3人は走っているし6月に行われる“日本ダービー”でエルコンドルパサーは燈馬と対決することになっている。グラスワンダーに関しては療養期間が終わると必ず燈馬と対決する時がくるだろう、その時彼女がどう燈馬を対処するか見物だ。

 

 「それにしても燈馬が消える現象、一体どうなっているんだ?」ブツブツ

 

 「あれ、知ってるよ。どうやってるのか」

 

  とルドルフの独り言に私は答える。

 

 「まあでも、答えは教えられないな」

 

 「…なるほど、答えは自分で見つけろと言うわけだな」

 

 「そういうこと。じゃあ私、晩ご飯食べてくる」ヨイショ

 

  と部屋の扉の前で行き、ルドルフの方を向く。

 

 「ヒントを教えてあげる。“見破ろうとはしないこと。視野を広げてみる”かな」ガチャ、バタン

 

  と言って部屋を出た。これでルドルフは次のレースで意識して見れば燈馬を見つけることは可能だ。

 

 「さ〜て、ご飯でも食べに行こうかな〜」

 

  ヒシアマに言えば何か作ってくれるだろう。

 

 「あ、そろそろ“あっち”の方に顔ださなきゃね」

 

  フフッ、あの子どんな顔するかな。次会うときが楽しみだ。




 読んで頂きありがとうございます。
やっとこさ書き上げることが出来た桜花賞。書いては消し書いては消しの繰り返しで中々前には進みませんでした。。。トホホ…

 さて、気を取り直して桜花賞を制した燈馬。次に控える日本ダービーに向けて燈馬達はトレーニングに取り組んでいく。そして燈馬達のチームに新たな仲間が加わる!?

 次回、ダービーに向けて

  それではまた〜



 後書きってこんな感じで良かったっけ


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ダービーに向けて

 お気に入り53件、ありがとうございます。これからも精進していきます。

 今回の話は視点切り替えが多いです。ご注意下さい。

  それではどうぞ。


  〜トレセン学園、食堂・燈馬side〜

 

 「桜花賞おめでとう、燈馬君」

 

 「おう」

 

  授業も終わり俺はスズカと一緒に昼食を取っていた。スズカはニンジンハンバーグ、俺はハンバーグ定食だ。相変わらず量が凄い、食べれないことはないがな。

 

 「次は日本ダービーね。スペちゃんとトレーナーさん、張り切ってたわ」

 

 「そうか、ウチのトレーナーも張り切ってたよ。なんせ、クラシック二冠目がかかってるからな」

 

 日本ダービー。それはウマ娘なら誰もが欲しい記録の一つ。一生に一度しか出ることしか叶わずその夢を掴めるのはただ一人、そしてその栄誉ある栄光を手にした者こそ“ダービーウマ娘”と称され、ウマ娘の頂点へと君臨するのだ。

 

 「まあ、ダービーは“最も運のあるウマ娘が勝つ”と言われているからな」

 

  この言葉は昔から言われていた言葉だ。ダービーは最も幸運な者が勝つと。他にも皐月賞では“最も速いウマ娘が勝つ”と言われたり、菊花賞では“最も強いウマ娘が勝つ”と言われている。この3つが揃っていなければクラシック三冠は不可能とまで言われるほどだ。

 

 「運も大事だが、やっぱり一番は自分の力が試されると思うぞ」

 

 「…」

 

 「“運も実力のうち”と言われているが、それがいつまで続くだろうか。運だけで乗り越えれる場面もあるだろうが果たしてそうだろうか。必ず自分の実力、“自分の力量”が試される場面が必ず来る。それでもし、運が尽きてしまったら?だからずっと運頼みでは駄目なんだ」

 

 「確かにそうね」

 

 「だからこそ運頼みではなく、“運を自らの手で引き寄せるんだ”。自分の力でね」

 

  運というのは稀だ。極々稀にしか舞い込んでこない。だからこそ、その運を自分の手で引き寄せなければならない。けど、運が来ない時だってある。その時は自分の実力が試される。運の強いウマ娘か、それとも力量のあるウマ娘か…。どちらに転ぶかはそのレースを走ってみないと分からない。「シラオキ様〜!」なんか聞こえたが気のせいだろう。

 

 「まあ、そんなことは置いといて。今日はどうした?相談があると言っていたが」

 

 「うん、実はね」カチャ

 

  とスズカが持っていた箸を置く。

 

 「今日、スペちゃんがタイキと模擬レースをすることになったの」

 

 「タイキと?」

 

  コクリとスズカは頷く。そういや、ゴルシがなんか宣伝ぽいのをしてたな。因みにタイキとは“タイキシャトル”のことだ。アメリカ生まれのウマ娘で力強い走りをする。そして、マイルでは負けなしの最強のウマ娘だ。

 

 「1600mの左回り、後半は“坂”があるの。トレーナーは何がなんでも走れって言ってて…」

 

 「なるほどね」

 

  面白いことするじゃん、あの変態トレーナー。

 

 「燈馬君、何かわかったの?」

 

 「あぁ、大体だがな。そしてスズカはそのレースを止めようとしてると」

 

 「…どうしてそれを」

 

 「スペシャルウィークのことだろ?」

 

  スペシャルウィークが皐月賞を負けた後、何があったかは知らん。けど、スズカはその“何か”を見てしまったんだろう。だからスズカはそのレースに反対してるってわけだ。

 

 「何があってスズカが止めようとしてるかは知らん。まあでも、あの変態…基、スピカのトレーナーを信じてみれば?」

 

 「…」ウツムキ

 

 「信じてやるのもチームとしての仕事だと思うぞ」

 

 「うん、わかった」

 

 「それじゃあ、さっさと飯食って戻ろうぜ」

 

  と俺とスズカは残りの飯を食って教室に戻った。

 

 

 

 

  〜放課後、部室にて〜

 

 「オグリさん、まだ来ないね」

 

  とトレーナーがいう。俺たちはトレーニングを始める予定が始まる時間が過ぎてもオグリが来ない。一体何処に行ったのだろうか。

 

 「探してくる」ガタッ

 

 「気をつけてね」

 

 「あぁ」

 

  と俺は立ち上がり、オグリを探す為部室を出る。学園の何処かで飯でも食ってんだろうな。

 

 

 

 

お探し中

 

 

 

 「いた。食堂にいないと思ったらこんなところにいたか」

 

  オグリを探すこと5分、ようやく見つけることができた。場所は第一レース場、観客席で特盛の焼きそばを食べていた。

 

 「全く、しょうがない奴だ」

 

  とオグリを呼びに行こうとした時、

 

 「燈馬君!」

 

  と後ろで呼ぶ声がした。

 

 

  〜第一レース場・スズカside〜

 

 

 「燈馬君!」

 

  と私は思わず一緒に昼食を食べていた燈馬君に話しかける。

 

 「どうしたスズカ」

 

 「どうしたって燈馬君、今日の模擬レース見に行かないって言ってたから」

 

 「あぁ、オグリが時間になっても来ないから呼びに来ただけさ」

 

  と燈馬君は観客席へ降りていく。

 

 「待って!」ガシッ

 

  と私は燈馬君の腕を掴み、それを阻止する。

 

 「折角、来たんだしさ。見ていかない?」

 

 「いや、俺はトレーニングが「お願い」…」

 

  と燈馬君の目をジッと見る。すると燈馬君は

 

 「…ちょっと待ってろ」ハァ…

 

  と携帯を取り出し操作し始め、耳に当てた。

 

 「もしもし俺だ。オグリは見つけた。ただ、ちょっと状況が変わってな、見ないと言っていた模擬レースだが見ることにする。だから先に始めていてくれ。………お前達も見る?それは好きにしてもらっていいが…………わかった、そうするなら遠くからやったほうがいい。………………じゃあ模擬レースが終わり次第、トレーニングを始めるということで。………わかった、じゃあな」ピッ

 

  と燈馬君は携帯をしまい、

 

 「トレーナーからの許可が下りた。ここから見るか?模擬レース」

 

 「うん!」

 

  と観客席の柵まで行き、模擬レースが始まるのを待った。

 

 「それでなんだが」

 

 「?」

 

  と燈馬君が私を見る。

 

 「いつまでこの状態なんだ?」

 

 「え?」

 

  と燈馬君の目線が下に行く。私も下を見ると燈馬君の右腕を私が抱きしめてる形になっていた。

 

 「………このままでもいい?」

 

 「何を言ってる、このままだと誤かi「お願い」………レースが終わったら離してくれ」

 

  と燈馬君が折れてくれた。嬉しいな、こんなにも近くで燈馬君と一緒にいれるのは。

 

 「それでは、今からタイキシャトルとスペシャルウィークの模擬レースを始める」

 

  とスタート位置にいるウマ娘が開始の宣言をする。あそこにいるのは…エアグルーヴかな、『スタート』と書かれた看板を首から下げている。ちょっと可愛い。

 

 「それでは両者、位置について…よーい、ドン!!」バサッ

 

  とエアグルーヴが持っていた旗を下ろす。それと同時にタイキとスペちゃんがスタート。約半分程タイキがリードしている。スペちゃんも負けじと食らいついている。

  そして、コーナーを曲がるとレースに動きが出た。

 

 「“スリップストリーム”か」

 

  と燈馬君が呟く。スリップストリームとは前を走るウマ娘のすぐ後ろについて風の抵抗を抑えること。走っているとどうしても風の抵抗を受けてしまい、体力が削られることがある。それを抑える為にもスリップストリームを使えば最小限にすることが出来る。

 

 「だがスリップストリームだけではタイキに勝つことは出来ない」

 

  確かにスリップストリームだけではタイキに勝つことは出来ない。レールも終盤に差し掛かってきており、今でもタイキの後ろにスペちゃんがいる。

 

 「そろそろだな」

 

  と燈馬君の言葉と同時にタイキのペースが上がる。スペちゃんも食らいつこうとしているけど、風の抵抗を諸に受けてしまい失速する。けど、スペちゃんの動きに変化が訪れる。

 

 「あれって」

 

 「“ピッチ走法”だな。ストライドを小さくして坂を上がる、今回の模擬レースの重要ポイントだ」

 

 「トレーナーさんはこれを教えるために」

 

 「タイキと組ませたんだろうな。タイキはよくピッチ走法を使うからな」

 

  開いていた差がジリジリと詰まる。ゴールまで100m。

 

 「行けーーー!スペーーー!!!」

 

 「「スペせんぱーーーい!!!」」

 

  スペちゃん、頑張って…!

 

 「おいおいアマさんの奴、ゴールの仕事忘れてねーか?」

 

  とゴールを見るとヒシアマさんがゴール付近で寝そべっていた。

  そして二人はヒシアマさんの後ろを通っていき、ゴールした。タイキもそうだけどスペちゃんもよく頑張ったと思う。お疲れ様、スペちゃん。

 

 「スリップストリームは兎も角、ピッチ走法を真似るとはな」

 

  確かにスペちゃんはピッチ走法なんて走り方は知らないはず、ということはタイキの走りを見て真似たのだろうか。これからが楽しくなりそうね、スペちゃん。

 

 「さて、レースも終わったし俺はオグリのところへ行くよ。またな」

 

 「あ…」

 

  と燈馬君は私を自分の右腕から離し、降りて行った。少し寂しい。

 

 「また、抱きついたら怒るかな」

 

  そう言って私は燈馬君の背中をみつめていた。

 

 

  〜同所・ルドルフside〜

 

 

 「まさか、スペシャルウィークがタイキを追い詰めるなんてね」

 

 「あぁ、油断大敵なウマ娘だ」

 

  私はフジキセキ達と一緒にレースを見ていた。タイキシャトルがあそこまで追い詰められるとは思っていなかったがスペシャルウィークの機転の速さを知るいい機会だった。

 

 「今回のダービーはエルコンドルパサーとスペシャルウィークが注目の的だろうね」

 

 「確かにそうね」

 

 「どんなレースを見せてくれるか楽しみだ」

 

  とスピカの面々とタイキ達を見ているとゴールドシップが、

 

 「タイキシャトルってよ、ホントに負けたことがねーよかよ」

 

  と言い出した。

 

 「何を言ってるんだあいつは。タイキはここ最近、模擬レースでも負けたなんてことは聞いてないぞ」

 

  とゴールドシップの質問にブライアンが答える。すると、

 

 「ウ〜〜ン…あ、でも!一回だけ負けたことがありマ〜ス!」

 

  とタイキが答える。バカな、タイキに勝てるウマ娘はそういない筈!

 

 「それって誰なんですか!?」

 

  とスピカのメンバーの一人、ウォッカが質問する。

 

 「トーマデース!トーマにこの前の模擬レースで…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

大差で負けました!!」アハッ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  タイキの言葉でこの場の時間が一瞬止まる。

 

 「タイキが…」

 

 「負けた…?」

 

 「しかも…」

 

  大差で………!!

 

 「どういうことだ!説明しろ!タイキ!!!」

 

  とエアグルーヴがタイキに詰め寄る。

 

 「エアグルーヴ、calm down!落ち着いてくだサーイ」

 

 「さっきの言葉を聞いて落ち着いていられるか!!」

 

  とエアグルーヴが落ち着く様子がない。

 

 「エアグルーヴ、落ち着いてくれ」

 

 「ですが、会長!」

 

 「君の言いたいことはわかる。だが、今は落ち着いてタイキの話を聞くべきだ」

 

 「!申し訳ございません、会長。すまなかった、タイキ」

 

 「いえ、ワタシはゼンゼン」

 

 「…それでタイキ、君の言ったことは本当なのかい?」

 

 「ハイ、本当デース」

 

 「詳しく聞いても?」

 

  と私はエアグルーヴを落ち着かせ、一呼吸置いてからタイキの話を聞いた。

 

 「えぇっと、確か2,3週間前でシタ。トーマが大事なレースがあるから模擬レースの相手をして欲しいと頼まれて、一緒に走ったデース」

 

 「その時のレース設定は?」

 

 「芝1600m、平地の右回りでシタ」

 

  芝1600m、右回り。そして、2,3週間前…となると。。。

 

 「“桜花賞”だね」

 

  とフジキセキが言う。最近の大きなレースというと桜花賞ぐらいだ。

 

 「ン〜〜〜〜〜、oh!アレは!!」

 

  とタイキが何かを見つけた。

 

 「トーマデース!!!ト〜〜マ〜〜!!!」ブンブン

 

 「「「「「!!!」」」」」

 

  この場にいた全員がタイキの手の振る先を見る。そこにいたのは焼きそばを食べているオグリキャップを燈馬が引きずっていた。すると、こちらに気づいたのか燈馬が私達のほうを見る。

 

 「トーマ!!また一緒に走ってくだサーイ!次は負けないデース!!」

 

  とタイキが言うと燈馬は軽く手を上げ、去って行った。

 

 「レース中に姿が消えたり、タイキに大差で勝ったりと…。どういうことなんだ」

 

  ───燈馬、君は何を隠しているんだ。

 

 

 

  〜第三レース場・燈馬side〜

 

 「それにしてもスペシャルウィークさん凄いね、タイキシャトルさんをあそこまで追い詰めるなんて。しかも、あの状況下でスリップストリームとピッチ走法をやってのけるなんて」

 

 「けど、ダービーは甘くないよ。その2つが出来ても勝てるかどうかはその日にならないと分からないんじゃないの」

 

  タイキとスペシャルウィークの模擬レースの後、俺たちはトレーニングの為に別のレース場に来ていた。俺もスペシャルウィーク同様ダービーを控えてる為、調整をしておかないといけない。

 

 「さてと、模擬レースの話はここまでにして。燈馬君、今日は“コーナー”のトレーニングをしようか」

 

  とトレーナーが話を切り、トレーニングへと意識を向けた。

 

 「“スタミナを切らさず、かといって減速させない走り”、だったな。本当に可能なのか?無理難題だと思うが」

 

 「実際にあるみたいだけど、結構難しいみたいだよ」ハイ

 

  とトレーナーから一枚の資料を貰う。そこにはコーナーの曲がり方や減速しない走り方など沢山の資料があった。だが、実際にやってみないとわからない。

 

 「取り敢えずやってみるか」

 

  とターフの上に立ち、コーナーを曲がるトレーニングをした

 

 

 

 

 「…走ってはみたものの、何かが足りないな」

 

  何度か走ってみたが、結果はイマイチだ。どうしてもコーナー直前で減速してしまい、上手く曲がれなかった。

 

 「(さて、どうしたものか。ダービーには何とかして間に合わせたいのだが……ん?)」

 

  と試行錯誤している時、一人のウマ娘が見えた。そのウマ娘はレース場を見ては頬に手を当てて、トレーニング風景を眺めていた。

 

 「おい、あんた。ここで何してる」

 

 「あ、いえ…何も…」

 

  と頬に手を当てたウマ娘が悲しそうな顔をする。

 

 「(見たところトレーニング終わり、では無さそうだな)」

 

  彼女の手にはドリンクとシューズがあった。だが、シューズをよく見るとまだ綺麗でトレーニング終わりとは言い難いものだった。

 

 「ここでトレーニングをしようとしていたのか。申し訳ないが、帰ってくれ。今日はうちが使っているんでな」

 

  と立ち去ろうとすると、

 

 「待ってください!」グイッ

 

 「うぉっ!」

 

  と右腕を強く引っ張られ、危うく転びかけた。

 

 「あの、実は私、明後日に大事なレースが控えてて…それでお願いなんですが一緒にトレーニングをさせてもらってもいいでしょうか!」

 

  とお願いされた。

 

 「そう言われても俺はダービーが控えてっから他を当たって「お願いします!」…はぁ」

 

  と頭を下げられた。どうしたものか。

 

 「……あんた、名前は?」

 

 「“スーパークリーク”です〜」

 

  と後ろ髪の大きな三編みを揺らしながらウマ娘、スーパークリークが答えた。

 

 「ならスーパークリーク、アップをしてきてくれ。一緒にやろう」

 

 「本当ですか!!」

 

 「まあ、お互い大事なレースがあるからな。早めに頼むよ」

 

 「はい!!」

 

  とスーパークリークは元気よく返事をしてアップをしに行き、俺はスーパークリークが来るのを待った。

 

 

 

 

 「お待たしました」

 

 「それじゃあ行こうか、スーパークリーク」

 

 「はい、あと私のことはクリークと呼んで下さい」

 

 「そうか。じゃあクリーク行こうか。あと俺は「風間燈馬さん、ですよね」…そうだ。まあ、好きに呼んでもらって構わない」

 

  と俺とクリークは併走しながら直線を走り、コーナーに差し掛かる。

 

 「(っ!やっぱりブレーキがかかってしてしまう。どうしたらいいものか)」

 

  と頭を悩ませているとスーッと横を通り過ぎるクリークの姿が見えた。

 

 「(クリークの奴、綺麗にコーナーを曲がるんだな)」

 

  と見ていると、

 

 「燈馬さん、少しペースを上げていいでしょうか」

 

  と聞いてくる。

 

 「あぁ、構わないが」

 

  と言うとクリークは地面を強く蹴り、ペースを上げる。

 

 「おいおい、あんなペースでコーナーが曲がれるのかよ」

 

  ややスパート気味のクリークは直線を抜け、コーナーに差し掛かる。

 

 「無理だ。あのペースでコーナーは曲がれ…!!」

 

  と俺はクリークのコーナリングを見て度肝を抜かれた。クリークはスパートぐらいのペースを維持したままコーナーを曲がり、直線を向かえていた。

 

 「あいつ、すげぇな」

 

  と心の声が漏れてしまった。

 

 「クリーク!」

 

  と俺は1周を走り終え、先に走り終えたクリークに近づいた。

 

 「はい、何でしょう」

 

 「単刀直入に言う、コーナリングを教えて欲しい」

 

 「えっ」

 

  とクリークが固まる。

 

 「実は、コーナリングに悩んでいてな。どうしてもコーナー直前でブレーキがかかって上手く曲がれないんだ。だがら、上手くコーナーを曲がれるよう教えてくれないか」

 

 「いいですよ〜」ニコッ

 

  と笑顔で答えてくれた。

 

 「まず、俺のコーナリングを見てくれ。そこで悪いところがあったら指摘してくれて構わない」

 

 「わかりました〜」

 

  と俺はクリークの指導の元、コーナリングの走り方を教えてもらった。

 

 

 

  〜同所・立花side〜

 

 「お、やっと来たか」

 

  と最後のメンバーの一人、燈馬君が帰ってきた。

 

 「すまない、遅れた」

 

 「ううん、時間はまだあるし大丈夫だよ…でその子は?」

 

 「あぁ、彼女は「クリークじゃないか!」」

 

  とオグリさんがクリークと呼ばれたウマ娘に近づく。

 

 「オグリさん!オグリさんはこのチームに所属していたんですね!」

 

 「あぁ!燈馬に誘われてな。でも、何で燈馬といたんだ?」

 

 「私が燈馬さんに頼んでちょっとだけトレーニングをさせてもらってたんです。そしたら燈馬さんがコーナリングについて教えて欲しいって言われて…」

 

 「今に至るってわけだね」

 

 「すまないなトレーナー。勝手な事をした」

 

 「ううん、いいよ。それで?コーナーについては上手く行きそう?」

 

 「あぁ。ク…スーパークリークの教えが良くてな。このままいけばダービーまでには間に合う」

 

  とスーパークリークさんとのトレーニングが良かったのだろうか、自信のある表情をしていた。

 

 「それはそうとスーパークリークさん。君、トレーナーは?」

 

 「あの…その…」

 

  と口をごもごもとし始めたスーパークリークさん。どうしたんだろう。

 

 「実は先日、トレーナーさんに契約を切られてしまって…。それで今はいないんです」

 

 「なんだって!?」

 

  とスーパークリークさんの返答にオグリさんが驚く。隣にいた燈馬君も驚きの表情をしていた。

 

 「ということは大事なレースというのは“選抜レース”のことか」

 

  ウマ娘はレースに出るためにはトレーナーが必要になってくる。その上、トゥインクルシリーズはシーズン中に契約を切られると1週間の間にそのトレーナーと再契約、もしくは新しいトレーナーと契約をしないとその時点でそのウマ娘はトゥインクルシリーズは終了となる。このルールはウマ娘にとってとても辛く、過去にトレーナーなしで走っていたことが問題視され、このルールが作られたそうだ。

 

 「猶予期間は?」

 

 「明日まででして…」

 

  と悲しそうな声でいう。

 

 「そんな…じゃあクリークとは、もう…」

 

 「すみません、オグリさん…」

 

  とオグリさんに謝るスーパークリークさん。するとそこに、

 

 「ウソよ!そんなこと、ある筈がない!」

 

 「タイシンちゃん」

 

  と声を荒らげてタイシンさんがやって来た。

 

 「そのトレーナーって奴、誰!そいつのところに行って一発蹴りを叩き込んでやる!!」

 

  と見るからに怒っているタイシンさん。そっか、この2人同室なんだっけ。

 

 「タイシンちゃん、いいの。私のせいなんだから…」

 

 「でも!クリークさん!」

 

  とスーパークリークさんとタイシンさんの横を通り過ぎ、オグリさんが燈馬君に近づいた。

 

 「燈馬、お願いだ!クリークを、クリークをこのチームに入れてくれないか!」

 

 「アタシからもお願い。こんなの、絶対おかしい!」

 

 「…」

 

  と燈馬君にお願いするオグリさんとタイシンさん。けど、そのお願いとは裏腹に燈馬君は荷物の置かれた方へと歩いて行った。

 

 「「燈馬!!」」

 

  と燈馬君を呼び止めようとするも燈馬君は歩いて行った。

 

 「「………」」

 

  見るからに落ち込んだ2人。余程、スーパークリークさんがトゥインクルシリーズから抜けるのが嫌なのだろう。

  そう思っていると燈馬君が戻ってきた。“一枚の紙を持って”。

 

 「はい」パサ

 

 「これって…」

 

 「“入部届”だが?」

 

 「「!!」」

 

  と燈馬君が持ってきたのは入部届だった。もしかして燈馬君…。

 

 「クリーク、お前のトレーナーと何があったかは知らん。だがトゥインクルシリーズを諦めたくない、まだ走りたいっていう気持ちがあるなら、このチームに入って続けてみないか?」

 

 「燈馬さん…」

 

 「まあ返事はクリーク、お前次第だ。その紙に名前を書いてもよし、捨ててもよし。自分のやりたいほうを選べ」

 

  と入部届をスーパークリークさんに渡し、

 

 「それと、お前とまだ走りたいって言う奴もいるからな。そいつ等の気持ちも考えてやれよ」

 

  とオグリさんとタイシンさんを見る。オグリさんは嬉しそうな顔をして、タイシンさんは顔を赤くして恥ずかしそうにしていた。

 

 「じゃあ、いい返事を待ってる」

 

  と燈馬君はそう言って戻って行った。

 

 「クリーク!」

 

 「オグリさん」

 

  とオグリさんが近づいてきて、

 

 「また、一緒に走ろう!」

 

  と右手を差し出した。

 

 「オグリさん…はい。一緒に走りましょう」

 

  とスーパークリークさんも右手を出して握手をした。

 

 「君は行かなくていいの?」

 

 「……何が?」

 

  と僕はタイシンさんに近づいた。

 

 「素直じゃないな〜。本当は「私も一緒に走りたい!」って言いたいんじゃないの〜」ニヤニヤ

 

  とタイシンさんにいうと、

 

 「っ!うっさい!!」バキッ!

 

 「グハッ…」

 

  蹴りを食らった。痛いよ、タイシンさん。

 

 「何やってんの、トレーナー」

 

  とお尻を擦る僕の後ろから呆れた声がした。

 

 「あれ、戻って来たんだ」

 

 「ヤダな〜、このチームには私も所属してるんだよ。忘れちゃ困るよ」アハハ

 

  と腰に手を当てて、笑うウマ娘がいた。

 

 「げっ、シービー」

 

 「やあ、燈馬。女の子に対して「げっ」っていうのはいけ好かないな〜」

 

  とシービーことミスターシービーさんがやって来た。いや、正確には帰ってきたって言ったほうがいいかな。

 

 「シービーさん!お帰りなさい!」

 

 「ただいま、ライス。調子はどう?」

 

 「まだレースには出れてないですけど、でもレースに出れるようお兄様と一緒にトレーニング頑張ってます!」

 

 「ふぅん、そっか〜。……ん?お兄様?」

 

 「はい!お兄様は燈馬さんのことでお兄様がいいよって言ってくれて…」モジモジ

 

 「へぇ〜、お兄様ねぇ〜」ニヤニヤ

 

  僕も初めて知った。燈馬君、お兄様って呼ばれてるんだ。

 

 「なんだよ」

 

 「いやいや、燈馬にそんな趣味があったとは思わなくてね〜」ニヤニヤ

 

 「ちげーよ。ライスがそう呼びたいって言うからそう呼んでるだけだ。下心とかそういうのはねーよ」

 

 「ふ〜ん、それなら…」

 

  とシービーさんが燈馬君に近づき、

 

 「私もライスみたいに呼んでみようかな、燈馬お兄ちゃん(・・・・・・・)

 

  と燈馬君の耳元で囁いた。

 

 「やめろ。そういうの柄じゃないだろ」

 

 「アハハ!そうだね、ごめんごめん」

 

  とシービーさんは燈馬君から離れる。

 

 「あっそれとハイ、トレーナー。今出てるウマ娘達のデータ言われた通り取っといたよ」

 

 「ありがとう、シービーさん。これで作戦をたてやすくなるよ」

 

  僕がシービーさんに頼んでいたのは、今トゥインクルシリーズに出てるウマ娘達の情報収集だ。シービーさんの観察眼は素晴らしく、どのタイミングで仕掛けてくるか走りを見てわかるそうだ。当の本人は嫌がってたけど条件付き(・・・・)で引き受けてくれた。そして、その条件とは…。

 

 「それじゃあ約束通り…!」キラキラ

 

 「ウン、気ニシナイデ楽シンデネー(棒読み)」

 

 「やったーーー!!」ピョンピョン

 

  僕がシービーさんに出した条件、それは燈馬君を1日好きにしていい(・・・・・・・・・・・・・)というもの。冗談半分だったんだけど、まさか引き受けてくれるとは思わなかった。ごめん燈馬君。

 

 「…さて、今日のトレーニングは終わり。門限も近いから早く帰るんだよ」

 

 「「はーい!!」」(チーム全員)

 

  と僕は道具を持って部室に戻る。時間があるけれど、無限じゃない。残り1ヶ月ちょっとで日本ダービーが始まる。その為にも燈馬君には最高のコンディションで挑んで欲しい。

 

 「次のトレーニングメニュー、考えないとな」

 

  と僕は足早とレース場を去った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

   そして…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 『トゥインクルシリーズファンの皆さん、お待たせしました!!!日本ダービーの開催です!!!』

 

  クラシック2つ目、日本ダービーが始まろうとしていた。




 読んで頂きありがとうございます。

 新しい仲間はスーパークリークでしたね。まさかのミスターシービーも主人公のチームに入っていたとは…。

 はてさて、いよいよ日本ダービー。エルコンドルパサー、スペシャルウィーク、そして主人公の燈馬が激突する───。


  次回もお楽しみに〜。

  それでは、また〜


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怪鳥との手合わせ。NHKマイルカップ

  それでは、どうぞ


  〜東京レース場・燈馬side〜

 

 

 『細江さん。今回“NHKマイルカップ”に出走するウマ娘達の注目するべきところはどこでしょうか』

 

 『そうですね。今回の出走ウマ娘達はマイルレースで重賞を取っているウマ娘達ばかりですからね。白熱したレースが期待出来そうです』

 

 『そうですね!それになんたってこのレースには彼女(・・)が出走するんですからね!』

 

 「(騒がしい奴らだな)」

 

  クラシック期のみ走れるマイルレースが今回開催されるNHKマイルカップだ。

 

 「(とりあえず、今はこのレースに集中するとして後は…)」

 

 「とぉおうッッ!!!」

 

 「?」

 

  と謎の掛け声とともに後ろから天高く飛び上がるウマ娘がいた。

 

 『おおっと!!彼女の入場だ!!!』

 

 「フッ!!」シュタ!!

 

  と綺麗に着地するウマ娘。肩甲骨辺りまで伸び一部分を纏めた髪。それに黄色の服と青のスカート、赤の大きな上着に身を包み、そして特徴的なマスクを着けたウマ娘だ。

 

 『“怪鳥”エルコンドルパサーの入場だぁあ!!!』

 

 「世界最強のウマ娘!ここに!入・場・デース!!」

 

 

  《big》《b》ワァアアアアア!!!

 

 「エルコンドルパサー!!!」

 

 「頑張れーーー!!!」

 

  とエルコンドルパサーへの声援が集まる。

 

 『凄い歓声ですね、彼女自身も気合いが入ってると思われます』

 

 「モッチロンデスとも!!なんたってエルは世界最強なんですから!!!」ハハハッ!!!

 

  と高々と笑うエルコンドルパサー。そんな彼女を他のウマ娘達は「今日勝つのは私だ、お前じゃない」と言わんばかりにエルコンドルパサーを見ていた。それもそうだろうな、ここまでの人気なら実力もそれに見合ってるに違いない。

 

 「(俺も気を引き締めないとな)」

 

  とレースが始まるまで待った。

 

 

  〜⏰〜

 

 

 「それでは、ウマ娘の皆さん名前を呼ばれた順からゲートへ入ってください!まずは─────。」

 

  と名前を呼ばれたウマ娘達が次々へとゲートへ入っていく。

 

 「あれ?燈馬じゃん!」

 

 「?」

 

 「やっほ〜、燈馬〜」ヒラヒラ

 

  と声のする方を見ると勝負服に身を包んだ2人のウマ娘がいた。

 

 「…誰だ?」

 

 「“トキオパーフェクト”だよ!、覚えてない!?」

 

 「…」ウ~ン

 

 「トキ〜、この感じだと忘れてるんじゃな〜い?あ、ちなみに私は“フィールドフラワー”。よろしくね〜」

 

 「あ、あぁ…」

 

  誰だっけコイツら。全く思い出せない。

 

 「燈馬、この次に日本ダービー控えてるんじゃないの?こんなことしてていいの?」

 

 「問題ない。次のレースに支障は出ない程度で走る」

 

 「ふーん、このレースは日本ダービーへの“踏み台”ってことね。ますます負けられないわね」

 

  とトキオパーフェクトの表情が変わる。フィールドフラワーも同様だった。

 

 「ほゥ、誰がダービーの踏み台のレースだってェ?」

 

 「…“エドワード”」

 

  と少し厳つい格好のしたウマ娘がこちらに近づいて来た。

 

 「ヨォ〜燈馬、久しぶりだなァ〜」

 

 「……誰だ?お前」

 

  ズコッ!

 

  3人が転ける。ん?どうかしたのか?

 

 「…っ、“シンコウエドワード”だよ!覚えてねェのか、あァ!?」

 

 「何処かで会ったか?」

 

 「“デビュー戦”で走っただろ!!」

 

 「……?」

 

 「テメェ…!!」ピキピキ

 

  シンコウエドワードとかいうウマ娘の額に血管が浮き出る。

 

 「なぁ、俺はコイツに何かしたのか?」

 

 「…燈馬って、もしかして…天然?」

 

 「てん、ねん…?」

 

 「いや、いい。忘れて」

 

  とトキオパーフェクトは額に手を当てた。フィールドフラワーも「あらら〜…」と少し汗をかいていた。

 

 「テメェ燈馬、クラシックのG1勝ったからっていい気になんなよ?テメェなんかあの時みたいにブッ潰してやってもいいんだからなァ…!」

 

  とシンコウエドワードは俺の顔にまで近づき力強く睨んでくる。

 

 「このレースで勝つのはこのオレだ。そして、テメェがこのレースに出たことを後悔させて、2度とその減らず口を叩けねェようにしてやるッ!」

 

  とシンコウエドワードは自分のゲートへと入って行く。

 

 「…相変わらずだね、エドワードは。何かと燈馬に突っ掛かるんだから」

 

 「まぁそれだけ分、ライバル視してるってことじゃないの〜?」

 

  とトキオパーフェクトとフィールドフラワーはシンコウエドワードを見つめながらそういった。

 

 「まぁでも、エドワードの言うことも一理あるかもね。燈馬、このレースには私の想いが詰まってる。“最強スプリンター”としての夢の為に私はこのレースで絶対に勝つ。だから、負けても恨まないでね」

 

 「そうだね〜。まぁ、私も負けるつもりは全くないけど」

 

  と2人が真剣な表情になる。

 

 「なら俺も負ける訳にはいかない。俺自身の為にな」

 

 「それじゃあ、行こうか」

 

  と俺達はそれぞれのゲートへと入って行く。

 

  ※枠順書いておきます

 

1枠1番 シノン

1枠2番 フィールドフラワー

2枠3番 ジムカーナ

2枠4番 キュンティア

3枠5番 シンコウエドワード

3枠6番 エルウェーサージュ

4枠7番 スギノキューティー

4枠8番 トキオパーフェクト

5枠9番 エルコンドルパサー

5枠10番 ロードアックス

6枠11番 マイネルラヴ

6枠12番 アマロ

7枠13番 スノーボンバー

7枠14番 ゲイリーセイヴァー

8枠15番 キングオブジェイ

8枠16番 エアジハード

8枠17番 ダブリンライオン

 

 『さぁ、全てのウマ娘がゲートに入りました。クラシックマイルレースの頂点を決めるこのレース、一体どのウマ娘が頂点に輝くのか!』

 

 『今、絶好調のエルコンドルパサーの走りにも期待です』

 

 『出走の準備が整いました。NHKマイルカップが今!』

 

  パァン、ガコン!

 

 『スタートです!各ウマ娘、綺麗なスタートをきりました!』

 

 「っ!」ダッ

 

  ゲートが開くのと同時に走り出す。隣のゲートにいたフィールドフラワーが前に出ようとしていた。俺はそれを見ながらゆっくりと後ろへ下がっていく。

 

 『トキオパーフェクト好スタートです。エルヴェーサージュ、内からキュンティア3人が並び先頭を走ります』

 

 「(アイツ、あんなにも前にいて大丈夫なのか?)」タタタ

 

  トキオパーフェクトが先頭を譲らんと走っているのが見えた。そしてフィールドフラワーとシンコウエドワードも前方のバ群の中にいた。俺はというと最後方からすのスタートとなった。

 

 『そして、注目のエルコンドルパサーも好位置に付けています!ここからどう這い上がってくるのか!!』

 

 「エルが世界最強ってところ、見せてみせマース…!」タタタ!

 

 『外からアマロ、内からキングオブジェイが上がっていきます。後方にはダブリンライオン、ロードアックス、スノーボンバーなどが前を狙っています』

 

 『勝負はここからですよ』

 

 『さぁ、1000mを通過し全員が第3コーナーを回ります。先頭はアマロ、1バ身。内からエルウェーサージュ、トキオパーフェクトがその外。4番手にエルコンドルパサー。第4コーナーに近づき、後続達もスパートをかけて行きます!』

 

 『ここから一気にレースが動きますよ!』

 

  第4コーナー手前で前方にいるウマ娘達がスパートをかけていくのが見えた。

 

 「(俺も行くとしよう)」

 

  俺はスパートをかける為に外へと移動する。バ体はやや内気味、外はガラ空き。スパートをかけるには持ってこいだ。

 

 『最終コーナーを曲がり先頭はアマロですが、差はほぼありません!エルコンドルパサーが上がってくる、先頭はエルコンドルパサーになるか!トキオパーフェクトはやや苦しい、ここまでか!シンコウエドワード、スギノビューティーも内から上がってくる!』

 

 「…!」

 

 「ッ!!!」

 

  外から上がっていくとトキオパーフェクトと一瞬目が合った。彼女の表情はとても苦しそうだった。それは当然だ、何せ最初からハイペースだったんだ。落ちて当然のことだ。

 

 「…」

 

  俺はトキオパーフェクトから視線を外し、前を向く。

 

 『先頭はエルコンドルパサー!エルコンド…、いや!大外から!大外からシノンが上がってきた!エルコンドルパサーと並んでいる!!』

 

 「ケッ!?」

 

 「悪いが勝たせてもらう、怪鳥とやらよ」

 

  と俺は再び踏み込みに力を入れ、更に加速する。

 

 『先頭はエルコンドルパサーからシノンへと変わった!エルコンドルパサー、懸命に追いかける!だが、差が縮まらない!!ここまでか!?』

 

 「ハァアアアアッ!!!!」ダッ

 

 「負けてたまるか、燈馬ァアッ!!」ダッ

 

  後ろからエルコンドルパサーとシンコウエドワードの声が聞こえる。だが…。

 

 「言ったはずだ、勝たせてもらうってな」

 

 『ゴール!!シノン、一着でゴールイン!!!クラシックにおけるマイルレース、NHKマイルカップを制しました!2着にはエルコンドルパサー、3着にはシンコウエドワードです!』

 

 「「ハァハァ…」」

 

 「…」スタスタ

 

 「ま、待て…」グイ

 

 「?」クル

 

  振り返るとシンコウエドワードが俺の服を掴んでいた。

 

 「…オレは、こんな負け方…、認めねェ…!」ハァハァ…

 

 「次会ったらまた走ろう、シンコウエドワード」スタスタ

 

 「く、そ…ッ!」ハァハァ…

 

  と俺はシンコウエドワードが掴んでいた服を優しく離し、ある場所に向かう為その場を後にした。

 

 

 

 

  〜トレセン学園・理事長side〜

 

 「たづなよ、こっちの書類は出来ているか!」

 

 「はい、もう出来ていますよ」

 

 「うむ!なら、少し一息着くか!」

 

 「そうしましょうか」

 

  と私はペンを置き、大きく背伸びをする。トレセン学園と取引をしている企業の契約内容の確認や生徒達の出るトゥインクルシリーズの出走レースの集計などの書類整理をたづなと行っていた。

 

 「理事長、お茶です」コト

 

 「感謝!いつもすまない、たづな!」ズズズ…

 

 「いえいえ」フフフ

 

  私はたづなの入れたお茶を飲む。たづなも自分のマグカップにコーヒーを入れ、ソファに座り一息着いていた。

 

  ガチャ…

 

 「理事長、居るんだろ?入るぞ」バタン

 

 「む、燈馬か」

 

  部屋のドアが勝手に開いたと思ったら、燈馬が入ってきた。相変わらずノックはしないんだな。

 

 「燈馬さん、前にも言いましたけど入室する際はノックを必ずして下さいね」

 

 「なに、話しはすぐ終わる」

 

  と燈馬は私の目の前に来て一枚の紙を机の上に置いた。

 

 「コイツの出走許可を貰いに来た」

 

 「これは…!」

 

 「!!」

 

  燈馬が持ってきたものはクラシック期のみ出れるレースの出走許可証だった。

 

 「空いてるんだろう?一枠。なら出させてもらうからな」

 

 「…」

 

 「理事長…」

 

  燈馬が出ようとしているレースは確かに一枠空いている。いや、正確にはURAに頼んで一枠空けてもらっていたのだ。彼が出るやもしれぬからという理由で。

 

 「ちゃんと約束は守ってもらいますよ」

 

 「…わかっている、ちゃんと一枠空けてある」カキカキ

 

  と私はペンを握り、出走許可証に私の名前を書く。

 

 「これで後はURAに提出すればこのレースに出走出来る。頑張るんだぞ、燈馬」

 

 「どうも。邪魔をした、それじゃあな」バタン

 

  と燈馬は紙を持ったまま部屋を出ていった。

 

 「理事長、本当によろしかったのですか?」

 

  とたづなは心配した顔を私を見た。

 

 「肯定。構わないさ。何せ承諾したのはこの私だ、彼の要望にきっちり答える必要がある」

 

 「それはそうですけど…。でも…」

 

 「わかっている。彼に何が起こるか分からない。その為にも…」

 

  その為にも、彼を支えてやらねばな…。

 

 「たづな、これから忙しくなるぞ」

 

 「…はい」

 

  と私とたづなは残りのお茶を飲み干し、執務に取り掛かるのだった。




 最新話もこのあと投稿します。

 それでは、また〜


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嵐の日本ダービー

 ヤバイ…育成が全然Aに行かない…。どうして……



 あ、それではどうぞ。


  〜東京レース場・立花side〜

 

 ワァアアアアア!!!

 

 

 「うわぁ!凄い観客!何人いるんだろ」

 

 「ザッと2万人くらいじゃない?」

 

 「2万人か、凄い人だ」

 

  と僕とライスさんは目の前に広がる観客の多さに目を奪われていて、シービーさんとタイシンさんは腕を組んでレースが始まるのを待っていた。この中で燈馬君達は走るのか…なんだろ、凄い緊張してきた。

 

 「あら、立花じゃない。奇遇ね」コツコツ

 

 「オハナさん!」

 

  とオハナさんがこっちに近づいて来た。

 

 「どうですか?エルコンドルパサー」

 

 「えぇ、コンディションはバッチリよ」

 

 「そうですか。燈馬君もバッチリです」

 

 「そう、楽しみにしてるわ」

 

  とお互いの出バするウマ娘の調子を確認し合った。エルコンドルパサーは今、無敗で5連勝しており世間からは“怪鳥”と呼ばれている。けど、燈馬君だって負けてない。必ず勝ってくれるって信じているから。

 

 「やあ、クレアのトレーナー君。久し振りだね」

 

 「シンボリルドルフ会長。お久しぶりです」ペコッ

 

 「そんなに畏まらなくてもいい。燈馬の所へは行かなくてもいいのかい?」

 

 「先程、燈馬君の所に行ってきました。とても集中していたので長居していたら邪魔になるだろうと思ってついさっきここに来たんです」

 

 「そうか」

 

  と腕を組んでリギルの所へ戻っていた。

 

 「立花、良かったら一緒にレースを見ないか?」

 

 「いいんですか!?」

 

 「と言っても、この多さでは前に行くのも無理だろうけどな」

 

  オハナさんの言う通り前列の方ではほぼ密集状態になっている為、前で見ることは叶わないだろう。

 

 「邪魔にならないのなら、よろしくお願いします」

 

 「えぇ、メンバー達もいるけど気にしないで」

 

  とオハナさんに続いて僕達はリギルの方へと移動した。

 

 「すまないトレーナー。遅くなった」タタッ

 

 「ウン、大丈夫。気にしてない…から…」

 

  とオグリさんと新しく入ったスーパークリークさん基、クリークさんが帰ってきた。2人とももの凄い量の食べ物を持って(・・・・・・・・・・・・・)

 

 「オグリさんはわかる。けど、クリークさん。貴方もその量を食べるのですか?」

 

 「はい。あの、ダメでしょうか…」シュン

 

 「ウウン、気ニシナイデ沢山タベテー(棒読み)」

 

 「ありがとうございます!」パクパク

 

  とオグリさんとクリークさんは嬉しそうに食べ始めた。頼む…もってくれ、俺の財布……。

 

 『それでは、日本ダービーに出場するウマ娘のパドックを行います!』

 

  とアナウンサーの声と共にレース前のパドックが行われ始めた。

 

 『最初に出て来たのは、皐月賞と桜花賞を制した4枠7番、18番人気シノン』

 

 「チッ、あいつ出るのかよ」

 

 「ホント。頼むからあの4人の邪魔だけはしてほしくないよな」

 

 「…黙って聞いていれば、ふざけたことを言いやがって」チッ

 

 「落ち着けブライアン。ここで何を言ってもしょうがないさ」

 

  とイラつくナリタブライアンさんをシンボリルドルフさんが宥める。世間一般からの燈馬君の印象はほぼ最悪と言ってもいいだろう、見ている人からすると皐月賞と桜花賞を訳のわからない勝ち方をしているし、ストレスだって溜まる一方だ。

 

 『…そして6枠12番、皐月賞を逃したもののダービーで驚異の逃げ脚を魅せてくれるのか!4番人気、トリックスター!セイウンスカイ!!』

 

 「セイウンスカイーーー!」

 

 「スカイちゃーーーん!」

 

 『続いて3番人気、不屈の闘志でダービーを勝ち取れるか!1枠2番、キングヘイロー!』

 

 「「キングーー!!!」」

 

 『このウマ娘も負けてはいません!3枠5番、2番人気スペシャルウィーク!!!』

 

 「スペシャルウィークーーー!!!」

 

 「頑張れーー!!」

 

 『最後は、ここまで5戦4勝!負けを知らない無敵の怪鳥!エルコンドルパサー!!』

 

 ワァアアアアア!!!

 

 『堂々の1番人気です!!!』

 

 「無敗でダービーに挑戦か」

 

 「まあ、プレッシャーは結構あるだろうけどね」

 

  とシービーさんが呟く。無敗でダービーに挑戦、この事例は過去に一度だけある。それはシンボリルドルフさんも同様に無敗でダービーに挑んでいる。また、同じチームでダービーを勝っているウマ娘がいるからか少し緊張の表情が窺える。

 

 「エルコンドルパサーさんにスペシャルウィークさん、セイウンスカイさんとキングヘイローさん。どれも強敵揃いのこのレースに燈馬君は勝てるのかな」

 

 「勝つよ、必ず。だってその為にたくさんトレーニングしたんだからさ」

 

  とタイシンさんが真剣な眼差しでレース場を見つめていた。タイシンさんやシービーさん、他のメンバーだって燈馬君が勝つことを願っている。

 

 「頑張れ!燈馬君!」

 

  僕はターフの上に立つ燈馬君に声援を送った。

 

 

 

 

  〜同所・燈馬side〜

 

 「(今日のレースは距離2400m、バ場状態は良、左回りの最後の直線で坂がある。そして、何より警戒しないといけないのが)「風間センパイ」…」

 

  とストレッチをしていたら後ろからマスクをつけたウマ娘に声をかけられた。

 

 「(“怪鳥”エルコンドルパサーか)何の用だ?」

 

  するとエルコンドルパサーに指を指され、彼女はこう言った。

 

 「今日のレース、エルはあなたに勝ちマス!」ビシッ

 

 「(宣戦布告ってやつか)随分と自信があるんだな」

 

 「ハイ!なんたってエルは怪鳥、エルコンドルパサーですカラ!!」ドンッ!

 

  と胸を張って宣言してきた。

 

 「じゃあ、その怪鳥とやらの走りを見せてもらおうか」

 

 「モチロンデス!!何故ならエルは世界最き「負けたら…」?」

 

  と俺はエルコンドルパサーの言葉を遮り、彼女に近づく。

 

 「お前が負けたら、お前を北京ダックにするからな」

 

 「エ…」

 

  とエルコンドルパサーが固まる。

 

 「当たり前だろう、宣戦布告をしたんだ。それぐらいの対価は支払ってもらわないとな」

 

  と言うとエルコンドルパサーが慌て始める。

 

 「ま、マサカ!じ、冗談…デスヨネ!……」

 

 「…」

 

 「エ、あの風間センパイ…何か言ってくだサイヨ」

 

 「…」

 

 「あの…ホントに、何か言って下さい…」

 

 「…」

 

 「あ、あの…ホントに…」

 

 「…」

 

 「あの…」

 

 「…」

 

 「ご、ごめ「なーんてな」!」

 

  とエルコンドルパサーの言葉を遮る。

 

 「怖い顔をしていたのなら謝る。中等部の子から宣戦布告をされるのは初めてでな、少しからかおうとしただけだ」スッ

 

 「!」

 

  と俺はエルコンドルパサーに右手を出す。

 

 「いいレースをしよう」

 

 「…ハイ!」ガシッ

 

  とお互いに握手を交わした。

 

 「それではゲートに入って下さい」

 

  と係員が声掛けをする。

 

 「そろそろレースだ、先に行くぞ」

 

  と俺はゲートの中に入る。すると、次々とウマ娘達がゲートに入っていく。

 

 

 ♪〜〜〜!!

 

 

 『さあ、クライマックスの時が近づいてきました。ダービーウマ娘に選ばれるのはどのウマ娘か!?』

 

 「フゥ〜〜…」

 

  ゆっくり息を吐きながらレースの方に意識を向け、スタートの構えをする。

 

 

 バァン!ガコン!

 

 

 『今、スタートしました!!』

 

 

 ワァアアアアア!!!

 

 

 

 『まず先頭を行くのはセイウンスカイか、いや内からキングヘイロー、ヤスラギセイタも来た!!』

 

  早いなあの3人、だがキングヘイローに至っては少し焦っているな。

 

 『先頭は第一コーナーから第二コーナーへ!さあ、どのウマ娘が先手を取るのか!?』

 

  今1番でキングヘイローが第二コーナーを曲がり、続いてセイウンスカイと先頭集団が次々と駆け抜けていく。スペシャルウィークは第二コーナーの手前の位置に、エルコンドルパサーはその後ろにいた。因みに俺は最後方、追込の位置だ。

 

 『第二コーナーを曲がり向こう正面へ!セイウンスカイは2番手の位置、行ったのはなんとキングヘイロー!!ペースを飛ばして戦略を変えてきました!!』

 

  キングヘイローには感謝しないとな。なんせそれだけ目立ってくれると、こっちは走りやすいからな(・・・・・・・・・・・・)

 

 『第三コーナーカーブを曲がります!先頭はキングヘイロー。何処で仕掛けるかセイウンスカイ!そしてスペシャルウィーク、エルコンドルパサー!!』

 

  さて、今の状況で17人のウマ娘のマークが全てあの4人にいった。(・・・・・・・・・・・)観客も実況も解説も、ここにいる全員が。……そろそろアレを使うか。

 

 「ミ…ィ…ション、開始」

 

 『ここでセイウンスカイが上がってくる!キングヘイローを捉える事は出来るのか!?』

 

  一人、また一人と抜いていく。だが、抜かれた事に誰一人として気づかない。全員が必死になって先頭との距離を詰めようと走る。その体力がいつまで持つだろうか、ペースアップは構わないが坂があることを忘れるなよ。

 

 『ここでセイウンスカイが先頭に立った!キングヘイローはここまでか!?』

 

  やっとこさ、6番手の位置に来た。長かったな。

 

 『残り400mを切った!スペシャルウィークだ!スペシャルウィークがセイウンスカイに迫る!』

 

  お、ピッチ走法だな。あの短期間で習得したか。(現在4番手の位置)

 

 『並ばない!並ばない!あっという間にスペシャルウィークだ!』

 

  

 

 

 

 ビューン!!!

 

 

 

  お。

 

 『おおっと!内から凄い足!!飛ぶように走る怪鳥!!その名も、エルコンドルパサーだ!!!迫る迫る!スペシャルウィークに迫る!!』

 

  はぇええな、エルコンドルパサー。流石、怪鳥。

  と呆けていると坂が近づいてきた。

 

 「(これぐらいの距離だったら、何歩で行けるだろうか(・・・・・・・・・・)、やってみるか。距離は400mといったところか)」

 

  と俺は右足に力を込め、思いっ切り地面を蹴る。

 

 

 ドンッ!!!!!!!

 

 

  という音がしたが今は関係ない。1歩、1歩と力を込めて蹴り、先頭の二人に近づく。

 

 「あ、やべ」

 

  とスピードを出し過ぎたせいか、スペシャルウィークの真後ろまで来てしまった。

 

 「よっ」タンッ

 

  とスペシャルウィークを躱す。

 

 「「えっ」」

 

  ようやく気づいたのか、2人の目が点になっていた。

 

 「じゃあな」

 

  とペースを上げて2人を抜く。

 

 『いや!シノンだ!!皐月賞、桜花賞同様にスペシャルウィークの後ろから姿を現し、残り100mで先頭に立った!』

 

 「おいおい、ウソだろ!?」

 

 「スペシャルウィーク頑張れ!!」

 

 「エルコンドルパサー負けるな!!!」

 

 『止まらない!止まらない!シノンが止まらない!そのまま差が開いていく!!』

 

  代々10歩ってとこか。

 

 『ゴール!!今シノンがゴールをしました!!エルコンドルパサーとスペシャルウィークを抑え、日本ダービーを制しました!』

 

  これでクラシックは2冠目、後はオークス、菊花賞、秋華賞の3つだk「ふざけたけるな!!!」。

 

 「こんなの、こんなのまかり通る訳ないだろ!!」

 

 「そうよ!無効よ、無効!!」

 

 「そうだ!!そうだ!!正々堂々と勝負しやがれ!!」

 

  と一人の観客が声を荒らげた。それに続いて一人、また一人と声を荒げる。

 

 「なんでお前何だよ!!」

 

 「スペシャルウィークが勝つのを楽しみにしてたのに!!」

 

 「卑怯者!!」

 

 「トゥインクルシリーズに姿を現すんじゃねぇ!!」

 

 「帰れ!帰れ!!」

 

 帰れ!帰れ!帰れ!帰れ!帰れ!帰れ!帰れ!帰れ!帰れ!帰れ!帰れ!帰れ!帰れ!帰れ!帰れ!帰れ!帰れ!帰れ!帰れ!帰れ!帰れ!…

 

  と観客全員による帰れコールが出た。

 

 「風間先輩…」

 

  とスペシャルウィークが寄ってくる…が。

 

 「来るな」

 

 「!」

 

 「お前はライブの準備をしていろ」

 

  とスペシャルウィークにそう言って、俺はターフを後にした。

 

 

 

 

  〜同所・シービーside〜

 

 

 帰れ!帰れ!帰れ!帰れ!帰れ!帰れ!帰れ!帰れ!帰れ!帰れ!帰れ!帰れ!帰れ!帰れ!帰れ!帰れ!帰れ!帰れ!帰れ!帰れ!帰れ!…

 

 「(何よこいつ等、自分達の思うような結果にならないくらいで大騒ぎして)」

 

 「僕、燈馬君の所行ってくるよ」タタッ

 

 「私も」タタッ

 

 「ライスも」タタッ

 

 「「…」」タタッ

 

  とミスター・トレーナーが燈馬の所へと走って行き、それに続いてチームのみんなもトレーナーの後を追った。

 

 「君は行かなくていいのかい?シービー」

 

 「行きたいわよ、それは。すぐにでも燈馬の所に行って名一杯抱き締めてあげたいわ」

 

  とルドルフが私の所に近づいてくる、エアグルーヴやマルゼンスキー達も一緒に。

 

 「それで?答えは分かったのかしら」

 

 「わかったよ。答えは、“ミスディレクション”だね」

 

 「御名答、ルドルフ」

 

  とルドルフの言葉に他のメンバーが首を傾げる。

 

 「ねぇ、ルドルフ。ミスディレクションって何なの?」

 

 「それは私が説明するよ」

 

  と後ろからフジキセキが出てくる。

 

 「ミスディレクションとは所謂、手品の技法の一つ。正確には視線誘導さ」ポンッ

 

  と何もないフジキセキの左手からバラの花が出てくる。

 

 「視線誘導って?」

 

 「簡単に言うと意図的に相手の視線をコントロールすることさ」

 

  そう、燈馬がレース中に姿が消えていたのはこのミスディレクションを使っていたからだ。私も最初は気づかなかったが皐月賞で燈馬がミスディレクションを使っていたのがわかった。

 

 「で、でも!これだけの人数の人がいるのよ!?流石に一人は気づくんじゃないの!?」

 

 「違うよ、マルゼンスキー。“気付けないんだよ”」

 

 「どうして…」

 

  とマルゼンスキーがフジキセキに問いかける。

 

 「この場にいる全員が、燈馬にミスディレクションの使いやすい環境を作り出したんだ」

 

 「全員って、この会場にいる観客全員がってこと!?」

 

 「そうだね」

 

  とフジキセキの答えにマルゼンスキーを始め、ルドルフ以外の全員が驚く。

 

 「ピースは2つ。1つ目は燈馬自身、燈馬は世の中のイメージでは最悪なイメージを持たれているということが挙げられるだろうね」

 

 「イメージだけでそんなに変わるわけが無いだろ」

 

  とエアグルーヴが呆れた顔で言う。

 

 「じゃあエアグルーヴ。君はイモムシに対してどういったイメージがあるかな」

 

 「イモ…!」

 

  とエアグルーヴの言葉が詰まる。確かエアグルーヴって虫が嫌いなんだっけ。

 

 「あ、あれはウネウネと動いて“気持ち悪いんだ”。それもゆっくりと動いているから余計にだ!“触りたくも見たくも無い”!」

 

 「そう、嫌いなものってそう言った“見たくない”という行動があるんだよね」

 

 「どういうことだ」

 

 「つまり、燈馬は世の中からのイメージは最悪。みんなからの嫌われ者。嫌いな人は“応援したくない”、“見たくない”んだよ」

 

 「だから、燈馬を除いた17人のウマ娘を応援して、燈馬は嫌いだから応援しない、要は見たくないっていうことが起きるってわけだ」

 

  だから、視線が外れる。というのはまだ早いだろうね。

 

 「そして、2つ目。これが何より重要で、それは“注目を浴びていたウマ娘がいたこと”」

 

 「注目って、エルコンドルパサーのことか?」

 

  とエアグルーヴが言うとフジキセキが首を振る。

 

 「確かにエルコンドルパサーもそうだけどもう一人、今回のレースで1番目立ってたのは誰か覚えているかな?」

 

  とフジキセキの質問にみんなが考える。そして、

 

 「“キングヘイロー”か」

 

 「正解、ルドルフ」

 

  とルドルフが答えを導き出した。

 

 「今回のレースでキングヘイローは得意な先行や差しではなく、“逃げ”だった。それを見ていた実況もキングヘイローに目を奪われていた。そして、実況はアナウンスだからその言葉に観客全員が先頭へと視線を誘導され、後方の方は余り見られていない。だから燈馬はタイミングを見計らってミスディレクションを使い、先頭へと一気に躍り出たってわけさ。これが燈馬が使っていた姿が消えるマジックのタネだね」

 

  燈馬は全て計算していたのだろうかと言わんばかりの策略をしている。流石、燈馬。あの状況でよく判断ができたのね、素晴らしいわ。

 

 「そして、何より凄いのは燈馬は一部のヒトだけではなく、ここにいる全員から姿を消したということ」

 

  ミスディレクションは使いどころやタイミングといったものが重要になってくる。特にタイミングが狂えば、ミスディレクションが使えず、不発になってしまうからね。

 

 「さてと、こうしている内にライブの準備が終わってる頃だと思うから、そろそろ行こうか」

 

  あら、もうそんな時間なのかしら。早く行かなきゃね。

 

 「燈馬の姿が消える原因がわかった訳だし、今日のウイニングライブもナウくてチョベリグにするわよ〜!!!」タタッ

 

  とマルゼンスキーがライブ会場へと走り去って行った。

 

 「そうね、私達も行きましょうか」

 

  とマルゼンスキーの後を追うように歩いて向かう。

 

 「(けど、1つ気になることがあるのよね)」

 

  そう思う理由は“何故燈馬がミスディレクションを使って走っているのか”ということ。

 

 「(理由は定かではないけれど、必ずある)」クルッ

 

  と私は振り返り、ターフの所にヒトが集まっている所を見る。そこには“直径3mほど抉れた穴”があった。あれは間違いなく燈馬がやったんだろうね。

 

 「早く君の全力が見たいよ、燈馬」

 

  そう言って私はライブ会場へと駆け足で向かった。

 

 

 

  因みにライブは観客の野次のせいで余り聞けなかった。私を含め、ルドルフ達も耳を後ろに倒して前掻きをしていた。ゼッタイニユルサナイ。

 

 

  〜ライブ終了後・燈馬side〜

 

 「「「「風間先輩(センパイ)!」」」」

 

  ライブ終了後、スペシャルウィークを始めとする中等部4人に呼び止められる。

 

 「どうした」

 

 「どうしたって、先輩の方こそ大丈夫なんですか?」

 

  とセイウンスカイが腰に手を当てて聞いてくる。

 

 「何がだ」

 

 「何がって、バッシングですよバッシング」

 

  あぁ、あのバッシングのことか。

 

 「気にしてないぞ。寧ろ、慣れてる」

 

 「慣れてるって言ったって今、とんでもないことが起きてますよ」ポチポチ

 

  とセイウンスカイが携帯の画面を見せてくる。そこには会場の選手出入口付近に人集りのある数枚の写真があった。

 

 「なんだこれ」

 

 「出待ちですよ、出待ち。先輩のね」

 

  と再び携帯を操作し、写真に対してのコメントがあった。

 

 “シノンは絶対に許さない”

 

 “あいつはここで潰す”

 

 “シノンを許すな”

 

 “いいぞ!潰せ潰せ!!”

 

 “シノン、トゥインクルシリーズ出場反対!!!”

 

 “今すぐに謝罪会見を開け!!”……

 

  などなどたくさんのコメントがあった。

 

 「ライブ中に学園の職員が来まして、裏口に車を停めているからそこに来てくれって」

 

  とキングヘイローが正面口の真反対の方を指差す。そこには学園の職員と思わしき人物が立っていた、たづなさんと一緒に。

 

 「行きましょう!!今、URA関係者が止めてくれていますが数で押し切られるのも時間の問題だって!」

 

  とスペシャルウィークが早く

 

 「いや、大丈夫なんだが」

 

 「大丈夫じゃありません!早く!!」パシッ

 

  とエルコンドルパサーに手を捕まれ、そのまま引っ張られながらたづなさんのいる方へと走る。

 

 「ホントに大丈夫なんだけどな」

 

  と呟きながら、車に乗り込み出発した。

 

 「それとエルコンドルパサー、お前北京ダックのこと忘れたなんて言わさねぇからな」

 

 「エッ!!あれ冗談じゃなかったんデスカ!?」

 

 「冗談だったらあんなことは言わん」ガシッ(頭を掴む)

 

 「イィダダダダダダダダダダ!!!」




 読んで頂きありがとうございます。

 いや〜、嵐の日本ダービーでしたね。主人公が消えたのはミスディレクションを使っていたんですね、驚きです。

 はてさて、次回は“オークス”です。投稿まで時間がかかると思いますが、よろしくお願いします。

    それでは、また〜








  オークスの動画見なくっちゃ


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反逆のオークス

  何とか出来た…

 それでは、どうぞ


  ここ、東京都には古くから建てられた学校がある。その名も東京都立武天學園。近年では珍しい小中高大一貫教育の学校で創立150年という長い歴史を持った学校である。“歴史を担う人になれ”の教訓の元、ここにいる学生達は文武両道で常に切磋琢磨しており學園を卒業した者は正しく政治を導いた者や研究者として名を残した者、世界に名を轟かせたアスリートなど数多くの人達を世に送り出した。他にもこの学校には寮制度やトレーニング施設、温水プールなどといったありとあらゆる環境設備が備わっている───。

 そして、この學園の理事長室に居座る“風間史子”は武天學園第98代の理事長を勤めている。そんな風間史子は今────。

 

 

 

  〜武天學園、理事室・史子side〜

 

 「さてそろそろかね」ポチ

 

 『まもなくトリプルティアラ第2戦、“オークス”の開催です!!』

 

 「理事長。いらしていたのですね」ガチャ、バタン

 

 「ん?藤二郎じゃないか」

 

  とソファでテレビを点けたのと同時に理事長室に入ってきた男が一人。名前は西宮 藤二郎(にしみや とうじろう)、この學園の校長を勤めている。身長は180cm近く、ぽっちゃりとしているが武道の心得があり、武術界では知る人ぞいないだろう。

 

 「どうしたんだい、資料に不備があったかい?」

 

 「実は先週の教育委員会会議の件で…。と休息の時間でしたか、申し訳ございません。時間を改めてまた来ます」

 

 「いいってことさね。それよりあんたも見るかい?オークス」

 

 「是非よろしければ。お茶入れますね」カチャ

 

  とガラスケースからコップを取り出し手際よくお茶を入れ、私の前に置く。ありがとうと受け取り一口飲む。

 

 「お隣、失礼します」ギシッ

 

  と私の隣に腰を降ろす。

 

 「日本ダービーおめでとうございます」

 

 「それはあたしに言うんじゃなくてあいつに言いな」ズズッ

 

 「そうします」ズズッ

 

  とオークスが始まるまでの間、小話をする。

 

 「そういえば、あの後大変でしたね。色々と」

 

 「そうさね、全く。ふざけた連中ばかりで疲れたさ」ハァ…

 

  日本ダービーの後、燈馬関連のことで何人ものバカ連中が學園前で大騒ぎをしていた。その結果、學園にいた学生達が帰れない状態だったらしい。まあ、そのバカ連中どもは藤二郎一人が木っ端微塵にされ警察に突き出されたという。私はその事後処理に追われていて大変だったさね、全く。

 

 「まあ、あんたが居てくれてホントに助かったさ。あのままだったら学生達が帰れなくなっていたからねぇ」

 

 「恐縮です」

 

 「これから先、あのバカ連中みたいなのがわんさか来るかもしれん。その時は仕事が増えるやもしれんがよろしく頼むぞ」

 

 「はい、おまかせ下さい」

 

 『♪〜〜〜〜〜!!』

 

  とテレビからレース前のファンファーレが鳴り響く。

 

 『樫の女王を目指すウマ娘が府中に集う!オークスで戴冠するのは誰だ!?さあ、スタートの時が近づいて参りました!』

 

 「頑張れ、燈馬君。これを勝てばトリプルティアラ二冠目だよ」

 

  勝つんだよ、バカ燈馬。

 

 

 

  〜東京レース場・ルドルフside〜

 

 『各ウマ娘、出走準備が整いました』

 

 バァン!ガコン!

 

 『スタート!各ウマ娘、横一線になりました。まず、飛び出して来たのはロンドンブリッジ、少し離れてダンチプリンセス。内からオータムリーフが上がってきます!』

 

 「燈馬〜!頑張れ〜!!!」

 

  とマルゼンスキーが大声で燈馬に声援を送る。今日はトリプルティアラ2つ目となる“オークス”。距離2400m、バ場状態良、左回りのレースだ。

 

 『現在、先頭を走るのはロンドンブリッジ。いや内からヤマノセンプウが並走、ダンツプリンセスは3番手の位置。そして今大会レースで最も高い人気を誇りますメジロドーベル、後方で様子を伺うようです』

 

  レース状況は先頭から最後方まで差は開いておらず、後方の方は固まって走っていた。

 

 『以前として先頭はロンドンブリッジ。外からエガオヲミセテが2番手の位置、ヤマノセンプウは3番手。その後は各ウマ娘縦一列になっています』

 

 「(さて、そろそろ彼を見つけるとしようか)」スッ

 

  と私は一度目を閉じ、そのまま上を向き目を開ける。空は雲一つない快晴だったがそんなことはさておき私はゆっくりと視線を下へと持っていく、“レース全体を空から見るように”。すると、

 

 「“見つけたぞ”、燈馬」

 

  私はターフを走る燈馬の姿を捕える事に成功した。燈馬は現在メジロドーベルより後ろ、15番手の位置にいる。

 

 「しかし、凄いですねシービー先輩。あの巧妙な技を2回レースを見ただけで気づくなんて」

 

 「先輩はれっきとしたレース好きだしね。それにシービー先輩は燈馬の事を“デビュー戦”の時から目を付けていたしね」

 

  とエアグルーヴとフジキセキがシービーの凄さに感銘を受けていた。

 

  シービーは燈馬のことを一意専心見続けてきた。勿論マルゼンスキーも同様だ。レースでのペース配分、仕掛け方、走り方など数多くの技術技能を燈馬に教えていた。無論私もトレーニング法など燈馬に教えていたけどね。

 

 「あの人はよく分からんところがあるからな。燈馬を見つけるのにレースをそのまま見るんじゃなく、上から見る(・・・・・)なんて発想は誰もしないだろうさ」

 

  とブライアンが腕を組みながらそう言った。私は日本ダービーの後、エアグルーヴ達に燈馬を見つける方法を教えた。やり方は色々ある筈だが、私なりのやり方はレースを“空から見るように想像すること”。どんなに上手く隠れていても上からなら見つけられるとふんだからだ。その予想は見事に的中し燈馬の姿を捕らえることに成功した。

 

 『第三コーナーカーブ、依然として先頭はロンドンブリッジ、外からエガオヲミセテも徐々に上がってくる!後ろからエアデジャヴー、ファレノプシス、マックスキャンドゥも上がってくる!!』

 

  レースはいよいよクライマックス、後方のウマ娘達がペースを上げて先頭集団へと迫る。

 

 『残り600mを切った!エリモエクセル!エリモエクセルが上がってくる!!』

 

 「行けーー!!エリモエクセルーーーー!!!」

 

 「負けるなーーー!!!」

 

  ここで先頭集団からエリモエクセルが抜け出し、先頭へと躍り出る。残り400m。

 

 『いや、外から!外からシノンだ!これまでのレース同様、今度はロンドンブリッジの後ろから現れた!!』

 

 「勝負あり、だな」

 

 『シノンだ!シノンがエリモエクセルを抜き去る!今ゴールイン!勝ったのはシノン、エリモエクセル惜しくも2着です!」

 

 『惜しかったですね、エリモエクセルさん。あともう少しだったのですが…』

 

  と実況の人達の声がレース場内に響き渡る───、

 

 

  ブゥゥゥゥウウウウウ!!!

 

  燈馬のブーイングも一緒に。

 

 「ふざけんじゃねぇええ!!!」

 

 「そうだ!そうだ!!」

 

 「お前が勝つところなんて見たくねぇんだよ!!!」

 

  という罵詈雑言の嵐。日本ダービーでも同じ事があったが今回も酷いものだ。

  一方、燈馬はというとそんな言葉に目もくれず、只々静かに立って観客を見ていた。観客の誰も祝福の声をかけることはなく、怒り任せに罵声を燈馬に浴びせ続けた。

 

 「これでも喰らえ!!」ヒュッ

 

  と観客席にいた中年男性が燈馬に白い物体を投げつけた。燈馬は避けることなく身体に当たる。すると殻のような物が燈馬の足元で割れ、黄色の物体が出てくる。

 

 「卵…!」

 

  そう、先程の男性が燈馬に投げつけたのは卵だった。そして男性はこう続けた。

 

 「“悪”は滅びろ!!」ヒュッヒュッ

 

  と言いながら卵を燈馬に投げ続けた。

 

 「おい貴様!!人に物を投げつける他、食べ物を粗末にするとはどういう「そうだ!悪は滅びろ!!」!」

 

  と男性に続いて観客全員が燈馬めがけて物を投げつける。空き缶、ペットボトル、メガホン、小石など色々な物が投げつけられる。

 

 『観客の皆さん!“ターフ”へ物を投げ込まないで下さい!!』

 

  と大会関係者が放送するも止まる気配がない。寧ろ悪化する。

  

 「ウマ娘の皆さん!こちらに避難してください!!」

 

  と大会関係者の一人がゴールまで走り、他のウマ娘達を誘導する。ゴールにいたウマ娘の集団から燈馬までの距離は離れていて当たる者は居なかった。

 

 「喰らえ!」

 

  と若い男性の声と共に物を投げ込まれる。投げられた物は丸いボールのような物だった。

 

 「あのボール、もしかして…!」

 

  そしてそのボールは燈馬へは行かず…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

メジロドーベルへと向かっていく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「ドーベル!!避けろぉぉおおお!!!」

 

  とエアグルーヴがゴールに座り込んでいるメジロドーベルに叫ぶ。だが、メジロドーベルは座り込んだまま動かない。

 

 「メジロドーベル!!」

 

 「ドーベルちゃん!避けて!!!」

 

  とフジキセキとマルゼンスキーも叫ぶもメジロドーベルの身体は動いてくれない。

 

 「ブライアン!!」ダッ

 

 「ッ!クソッ!!」ダッ

 

  と私とブライアンは地面を力一杯蹴り、メジロドーベルの所へと向かう。だが…

 

 「(間に合わない…!!)」

 

  投げられたボールとメジロドーベルとの差、約1m。

 

 「メジロドーベルゥゥウウウ!!」

 

  私は力一杯、彼女に叫んだ。

 

 

 

  〜同所・メジロドーベルside〜

 

 

 

  ────あぁ、終わった。私は終わった。

  私、メジロドーベルはターフの上に座り込んで心の中で呟いた。身体が重い、言う事を聞いてくれない。ここを去ればまたあの男に怒られる。罵倒される。痛い。痛い。痛くて痛くて泣きそうだ。けど、このことを誰かに話すと“あの人”にまで被害が及ぶ。それだけは嫌だ。耐えて耐えて耐え続けなきゃいけない。

 

 「(何か…近づいてくる…)」

 

  その物体はドンドン近づいてくる。あぁ、私ここで消えるんだ。私は勝たなきゃいけないのに…いけなかったのに…。あの時だって。

 

 

 

 

  〜2週間前〜

 

 「おい、落ちこぼれ。こっちに来い」

 

 「……」

 

 「これは一体どういうことだ?あぁ?」パンッ

 

  と机の上に新聞紙が叩き付けられる。そこに書いていたのは、

 

“メジロドーベル、惜しくも桜花賞逃す”

 

 「俺さ、お前になんて言ったか覚えてるか?」

 

 「……桜花賞で、1着です」

 

 「そうだよな。桜花賞、オークス、秋華賞の3つを獲ってトリプルティアラを獲るんだったよなぁ」

 

 「………はい」

 

 「してこのザマか。ホント使えねぇなテメーは」シュボ

 

  と目の前の男がタバコを咥え、火を付ける。

 

 「……ここは禁煙です。タバコは控えてくだ「あぁ?お前、俺に指図すんのか?」…いえ」

 

  と男は近づいて私の髪を掴み、壁に押し付ける。

 

 「い、痛い…!」

 

 「お前も“メジロ家の令嬢”だって言うから面倒見てやってんのにさ。G1に勝つことも出来ないわけ?」

 

 「それは「あぁ?」…いえ、すみません」

 

 「チッ!この役立たずが」ブン

 

 「キャ!……いっ!っ〜〜〜!」ドサッ

 

  男は掴んでいた私の髪を勢いよく放り投げ、私は地面に身体が強く当たる。

 

 「次のオークス、何が何でも勝て。勝たないと……」

 

 「…」

 

 「どうなるか、わかるよな」

 

 「…ハイ」ガタガタ…

 

  と言って男は部屋を出ていった。

 

 「(怖い、怖いよ)」ガタガタ…

 

  と入れ替わりのように一人のウマ娘が入ってくる。

 

 「ドーベル、いる?ってドーベルどうしたの!?大丈夫!?」バッ

 

 「ラ、ライアン…」ガタガタ…

 

  彼女はメジロライアン。私と同じメジロ家の令嬢の一人で今注目を浴びている。

 

 「まさか、またあの男が!」

 

 「」

 

 「許せない!!」ダッ

 

  とライアンが部屋を出ようとする。

 

 「ライアン!待って!」

 

 「もう待てない!あいつは私達を道具としか、物としか見てない!あんな奴がいたらドーベルが傷つくだけだ!」

 

 「違うの、私が…私が勝てないから…」

 

 「そんなの間違いだ!だってあいつが居なきゃあの人達だって(・・・・・・・)「ライアン!!」ッ!!」

 

 「大丈夫、私はやれる。やれるから…大丈夫」

 

 「ドーベル…」

 

 「私、オークスに向けてトレーニングするから先に帰ってて」タタッ

 

 「ドーベル!」

 

  と私はライアンを置いてレース場へと走って向かった。

 

 「(大丈夫、私はやれる。出来る)」

 

  と心に言い聞かせて。

 

 

  〜オークス、開催1週間前〜

 

 「おい無能共、1週間後のオークスで出走予定の奴らだ。目を通しとけよ」

 

  と言って部屋を出る。

 

 「何なのよあいつ」

 

 「取り敢えず見ましょう」

 

  とチームの皆は男が置いていった資料を見る。

 

1枠1番 ダンツプリンセス

1枠2番 オーロラマキシマム

2枠3番 オータムリーフ

2枠4番 アドマイヤサンデー

3枠5番 マイネエルザ

3枠6番 エリモエクセル

4枠7番 メジロドーベル

4枠8番 ロンドンブリッジ

5枠9番 エガオヲミセテ

5枠10番 ヤマノセンプウ

6枠12番 ラティール

7枠13番 バプティスタ

7枠14番 エアデジャヴー

7枠15番 サラトガビューティ

8枠16番 ファレノプシス

8枠17番 アインブライド

8枠18番 マックスキャンドゥ

 

 

 

 

 

 「やはり、彼も出走されるのですね」

 

  とチームメンバー全員が息を飲む。その彼とは…

 

 「6枠11番、シノン」

 

 「燈馬か…」

 

  このレースで一番注意すべき人物、風間燈馬だ。

 

 「ねぇ、“フラッシュ”。燈馬の戦術ってわかる?」

 

 「全く。それに燈馬さんについての謎が多すぎます。レースで姿が消えたり、いつの間にか前にいたりと…。とにかく謎が多いんです」

 

 「確かに、風間さんって結構謎めいてるよね〜」

 

  とフラッシュと呼ばれたウマ娘、エイシンフラッシュがライアンの質問に答え、フラッシュの後ろで腰に手を当てて立っているウマ娘メジロパーマーだ。パーマーは私達と同様メジロ家の一員だ。

 

 「どうするの、ドーベル。燈馬ってこの前、日本ダービー獲ったばかりなんでしょ。勝てる?」

 

  とライアンは心配そうに聞いてくる。

 

 「勝つ、必ず勝つ。…勝たないと意味がないから」

 

 「ドーベル…」

 

 「「…」」

 

 「私、トレーニングしてくる」

 

  と私はレース場に赴き、トレーニングを始める。

 

 「おい見ろよ。メジロドーベルだぜ?」

 

 「ホントだ。今度、俺のチームに来ないかスカウトしようかな」

 

 「ッ!」

 

  トレーニング中、男性トレーナー達のスカウトの話が聞こえる。正直言って私は男性が嫌いだ。目線や話しかけられたりするといやらしく見えてしまい見ているだけで恐怖感を覚え、身体が震えてしまう。所謂“男性恐怖症”だ。

  何故かと言うと私は過去に一度、男性に誘拐されたことがある。小学校の頃、友達と遊んだ後の帰宅途中に中年男性に無理矢理車に乗せられ監禁された。その後、救助隊が来て男は逮捕されたが、その時の光景は鮮明に覚えている。舐め回すかのような目線、荒々しい息使い…。

 

 「ウッ!」

 

  思わず吐きそうになる。ダメだ、今思い出したらダメだ。

 

 「…今はオークスに集中しないと」

 

  私は気持ちを切り替えてトレーニングに励んだ。

 

 

 

  〜オークス当日〜

 

 「ねぇ大丈夫?ドーベル」

 

 「ライアン、何度も言ってるでしょ。私は大丈夫」

 

 「でも…だって顔色悪いよ」

 

 「ドーベルさん。今日のレースは欠場しましょう。今の貴方は確実に100%の力を発揮することが出来ないと断言出来ます。それに今の状態で走ると必ず足に異常をきたします。そうなれば、走ることは愚か歩くことさえ「フラッシュ」…」

 

 「私は勝たないと意味がないの。そうじゃないと…」

 

 『それでは、オークス出場のウマ娘の皆さん。ゲートに集まってください』

 

 「…行ってくる」

 

 「あ…」

 

  私はフラッシュとライアンの意見を押し切ってオークスに出場した。

 

 

 

 

  けど、結果惨敗だった。

 

  前半はいつも通り差しで行っていた。けど、そこから後半にかけて足が重くなり加速出来ず、結果12着。思わずゴールの所で座り込んでしまった。もう疲労で身体が動かない。そして、私は悟った。

 

 

 

 

 

 

 

 

もう、私はダメなんだ。

 

 

 

 

 

 「(私ってこんなにも無力なんだ。哀れだな、私って。こんなにも哀れで醜いんだ)」

 

  と自分を哀れんでいると同時に物体はすぐそこまで来ていた。何か言っているけどもういいか…。私は何も出来ない無力で哀れで醜いウマ娘なんだから。

 

 「(さよなら。ライアン、パーマー、マックイーン。またみんなで走りたかったけど…ごめんね)」

 

  と心の中で彼女達に謝り、目を閉じる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

   

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  けど、いつまで経っても私のところに痛みと衝撃が来ることは無かった。

 

 

 

 

 

 

 パシンッ!!!

 

 

 

  という音と共に目を恐る恐る開ける。そこには…

 

 「…えっ」

 

  そこには、さっきまで観客達に物を投げつけられていた風間燈馬がいた。

 

 「風、間……燈…馬」

 

 「なるほど、硬球(・・)か…」

 

  すると、風間は右手に握られたボールを握り直し大きく、ゆっくり振りかぶる。

 

  そして野球のピッチングをするかのようにそのまま───

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  そのまま、観客席めがけてボールを投げた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  バコォォォォォオオオオオオオオオンッッッ!!!!

 

 

 「「「!!!!」」」ビクッ!!

 

  投げられたボールはコンクリートにめり込んでおり、クレーターが出来ていた。

 

 シーーーーン

 

  観客席にいた観客全員が静かになる。風間は手で服をパンパンと払い、私を見る。

 

 「立てるか?と言っても今のお前じゃ無理か。失礼するぞ」

 

 「え…。きゃ!」

 

  と私は風間に抱きかかえらる。所謂、お姫様抱っこと言うやつだ。

 

 「悪いがこのまま医務室に行く」

 

  と風間は私を抱きかかえたまま、レース場を後にする。

 

 「(あれ…何でだろう…)」

 

  男性は苦手なのに、触れられるだけで吐きそうになるのに…。どうして、どうして彼に触れられると、見ていると…

 

 

 

 

凄く落ち着くんだろう

 

 

  そう思いながら私は意識を手放した。

 

 

  〜医務室・燈馬side〜

 

 「あれ…ここは、」

 

 「!!ドーベル!!」ガタッ!

 

  メジロドーベルが目を覚ます。それと同時にフジキセキ、マルゼンスキーがメジロドーベルに駆け寄る。俺とルドルフ、シービーは扉の近くで壁に背中を預けて立っていて、トレーナーもホッとした表情をしていた。彼女を医務室に連れて行く途中、いつの間にか寝てしまったのだ。まあ、そうなるのも無理もないがな。

 

 「良かった。無事だったか」

 

  と隣にいるエアグルーヴが胸をなで下ろす。エアグルーヴはメジロドーベルが目覚めるまでずっと手を握っていたからな。

 

 「あの、私どのくらい寝ていましたか」

 

 「4時間弱ってところだ。気持ち良さそうに寝ていたからな。起こすのも気が引けると思ったからな」

 

 「そうですか…」

 

  とルドルフがその時のメジロドーベルの状態を説明する。スゥスゥと寝ていたしな。

 

 「メジロドーベルさん」

 

  と俺の隣にいた男性の医者がメジロドーベルのところまで行く。

 

 「!…は、はい」チラッ

 

  とメジロドーベルが俺の方をチラリと見た。なんでだ?

 

 「簡易的な検査の結果、貴方はトレーニングによる疲労と睡眠不足という結果が出ました。自主的なトレーニングは構いませんが体調管理の方もキチンとなされて下さいね」

 

 「は、はい…」プルプル…

 

  と震えているメジロドーベルを横目に医者は足のケアやトレーニング後のストレッチ、睡眠時間の確保など色々な説明をしていく。すると、

 

 「メジロドーベルがここにいるって聞いたのですが!!」バンッ

 

  とスーツ姿の男が扉を勢いよく入って来る。

 

 「君はメジロドーベルのトレーナー君かな」

 

 「シンボリルドルフ会長!本日はうちのメジロドーベルがご迷惑を!!」

 

 「急いで来るのは構わないがここは医務室だ。病人がいるから落ち着いて来るように」

 

 「申し訳ございません。メジロドーベルにはキチンと言い聞かせますので」

 

 「ウマ娘とトレーナーは一心同体。メジロドーベルに何かあればトレーナー君、君のトレーナーとしての腕を疑わなければならない。そこのところをもう一度見直して欲しい」

 

 「はい、今回は私の落ち度にあります。大変申し訳ございませんでした」

 

  と頭を下げ、エアグルーヴ達を掻き分けてメジロドーベルの傍に行く。

 

 「帰ろうか、メジロドーベル。入口付近に車を持って来ている。今日は早く帰ろう」

 

 「………」ガタガタ…

 

  とメジロドーベルはトレーナーと目を合わせず、下を向いて震えている。

 

 「ここに車椅子があります。どうぞ使って下さい」

 

 「ありがとうございます。それじゃあ…」

 

  と若いトレーナーがメジロドーベルの身体へと手を伸ばす。

 

 

  パシンッ!

 

  という音が部屋に響く。メジロドーベルが自身のトレーナーの手を振り払ったのだ。

 

 「!……す、すみません…」ガタガタ

 

  と謝るも縮こまってしまう。

 

 「ねぇ、トレーナー」

 

  と静寂の空気の中、シービーが口を開く。

 

 「ん?どうしたのシービーさん」

 

 「車、持って来てくれない?私達はドーベルの荷物を纏めておくからさ」

 

 「う、うん。わかった」

 

 「ドーベルのミスター・トレーナーは今からトレセンに戻って理事長のところに行ってね。さっき理事長から電話があったってうちのトレーナーさんが言ってたから」

 

 「い、いや…ですが…」

 

 「理事長からの要件、結構急ぎの件みたいだったよ。ほら、早く行かなきゃ」

 

 「は、はい。では…」

 

  とメジロドーベルのトレーナーとうちのトレーナーが一緒になって出ていった。

 

 「それじゃあ、手分けして帰宅の準備をしようか。私とルドルフは燈馬の荷物。マルゼンスキー、フジキセキはメジロドーベルの荷物と私達の荷物。そしてエアグルーヴと燈馬は、ドーベルを車椅子に乗せて上げて欲しいな」

 

 「待て、何で俺が「は〜い、それじゃあ各自解散!」おい」

 

  とシービー達は医務室を出ていった。

 

 「おい、燈馬。何をボケっとしている。早く手伝え」

 

 「…わかったよ」

 

  と俺はメジロドーベルの座る車椅子を支え、エアグルーヴがメジロドーベルの身体を持ち上げ、車椅子に座らせる。

 

 「貴様が押してやれ」

 

 「…はいよ」

 

  とエアグルーヴが扉を開けて俺は車椅子を押し、部屋を出る。

 

 「ドーベル、自主トレをするなとは言わん。だが体調管理を怠れば自分の力を発揮できなくなる時だってあるんだからな」

 

 「はい、すみませんでした。エアグルーヴ先輩」

 

 「今日のことで身に沁みただろう。今度から気をつけるんだぞ」

 

 「はい」

 

  と移動中、メジロドーベルはエアグルーヴからのお叱りを受けていた。エアグルーヴはメジロドーベルのトレーニングを指導していたと聞きていたし、心配するのは当然か。

 

  そうこうしている内に入口付近に着くが、トレーナーはまだ来ていなかった。

 

 ♪〜〜〜

 

 「ん?私だ。すまない」

 

  とエアグルーヴは携帯を持って離れて行った。

 

 「……」

 

 「……」

 

  静寂な空気が漂う。何もしゃべることがない。

 

 

 ペシ、ペシ…

 

 「………」

 

 ペシ、ペシ…

 

 「…………」

 

 ペシ、ペシ、ペシ…

 

 「……………」

 

 

  何をやっているんだ、コイツは。

 

  さっきからメジロドーベルは何もしゃべらず、ただただ尻尾を俺の手をペシペシと(はた)いている。移動中の時も車椅子を押していた手を叩いていた。

 

 「(なんだ?握ってほしいのか?)」

 

  とメジロドーベルの尻尾を握る。

 

 

 ギュッ

 

 

 「ひゃああああああああ!!!!///」

 

  と甲高い声を上げる。なんだ違うのか。

 

 

 ゴチンッ!!!

 

 

 「と、ととととと燈馬!き、君と言うやつは…!」

 

 「な、ななななんてことをするの!!」

 

 「そ、そうだぞ!燈馬!君はもっとデリカシーを持て!!」

 

 「ルドルフの言う通りよ燈馬!そういうのはもっと段階を踏んでからじゃないと…!」

 

 「このたわけ者!貴様、目を離した隙に何をしているんだ!!!」

 

 

 ブゥーン、キキッ!

 

 「いや〜ごめんごめん。ちょっと混んでてさ…って何この状況」

 

 「…俺に聞くな」

 

  とルドルフ達はメジロドーベルを車に乗せてレース場を出た。俺を置いて。

 

 「ったく、あいつら。思いっ切り殴らなくてもいいだろうが」

 

  と服についた砂を払う。さてと…。

 

  俺はポケットから携帯を出し、ある番号に電話をする。

 

 『もしもし』

 

 「もしもし俺だ。悪いが少し調べて欲しいことがある」




 読んで頂きありがとうございます。

 メジロドーベルに硬球を投げた男、許せません。そして燈馬よ、君はもう少しデリカシーと言うものを持ちましょう。

 さて、次回は夏合宿!!よろしくお願いします。

 それでは、また〜
  
 


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君を独占したい

 ※注意

 この話は夏合宿ではなく、夏合宿前の話です。間違えて書いてしまいました。消すのも勿体ないので上げることにしました。

 それでは、どうぞ


  〜トレセン学園・燈馬side〜

 

  季節は夏へと変わり、太陽の光が一層輝きを増す。蝉の鳴き声が共鳴しあい夏を感じさせる…。まあ、何にせよ。

 

 「暑い…」

 

  東京都は現在32℃と猛暑日だ。この暑い中俺はトレセン学園の門を潜る。

 

 「おはよう御座います。燈馬さん」

 

 「おはよう御座います、たづなさん」

 

  と挨拶を交わす。門の前には緑の服を着たたづなさんこと駿川たづなさんが立っていた。あの人年がら年中スーツを着ているが暑くないのだろうか。それに汗一つもかいていないぞ。

 

 「おはよう、燈馬君」タタタッ

 

  と後ろからスズカが走ってきた。

 

 「おはようスズカ。どうした」

 

 「さっき燈馬君の姿が見えたから追いかけて来ちゃった」

 

 「そうか、一緒に教室行くか?」

 

 「うん」

 

  と俺はスズカと一緒に教室に向かった。

 

 

  〜教室〜

 

 

 「うーっす」ガラガラ

 

  と教室の扉を開けると教室にいたクラスメイトが俺の方をみてはヒソヒソと話し始めた。

 

 「なんだコイツら。ヒソヒソと」

 

 「燈馬君知らないの?この前のニュース」ハイ

 

  とスズカが携帯を開いて俺の方へと見せる。そこにはズラリと並んだニュースの記事が沢山あった。そしてその内容は。

 

 

シノン、トゥインクルシリーズファンに反逆行為

 

シノン、トゥインクルシリーズファンを敵に回す

 

トゥインクルシリーズ史上初の“反逆者”襲来

 

 

  などなど大半の記事が俺のことについてだった。“反逆者”。それが世間の奴らから見た俺の姿なのだろう。どうやらオークスの一件がトゥインクルシリーズファンに対する反逆行為に見えたらしい。本質は違うがまあいいだろう。

 

 「面倒くさい連中達だな」

 

 「なんとも思わないの?」

 

 「あぁ。記事で何を書かれようとも俺は俺のやりたいようにするだけだからな」

 

 「燈馬君らしいね」

 

  とスズカが携帯をしまう。

 

 「そういえば、そろそろあの時期か」

 

 「うん、“夏合宿”だね」

 

  毎年恒例、夏に入るとトレセン学園は“夏合宿”を始める。合宿場所は各チームによって違う。山を合宿場所としたり海にしたりと多種多様だ。

 

 「燈馬君は今年はどこなの?」

 

 「今年は海だな。海でスタミナ強化や足腰トレーニングを重視してやるんだと」

 

 「そうなんだ。場所ってわかる?」

 

 「ここ」ハイ

 

  と俺はスズカに合宿場所を教える。一瞬スズカが驚いた表情をする。

 

 「ここって…」

 

 「ん?なにかあるのか?」

 

 「え!ううん!なんでもないの…」モジモジ

 

  とスズカがモジモジし始める。

 

 「あのね、燈馬君良かったら何だけど…実は「はーいみんな席について〜」!」

 

 「実は、なんだ?」

 

 「ううん、なんでもない。ほらホームルーム始まるよ」

 

  と前を向くよう促す。一体何を言おうとしたのだろうか。

 

 

  〜食堂〜

 

 「はい、ハンバーグ定食ね!」

 

 「ありがとうございます」ガタッ

 

 「燈馬君、それいつも食べてるね。飽きないの」

 

 「正直言って飽きてきた。だが、他のにすると量が多くて食べられないんだ」

 

  とスズカと共に食堂で昼食を取る。

 

 「そういえば、教室で何を言おうとしたんだ?」

 

 「えっ!それは、その…」モジモジ

 

 「その?」

 

 「な…な…」

 

 「な?」

 

 「な…なつ…」

 

 「夏、なんだ?」

 

  とスズカが顔を上げて…。

 

 「夏合宿、二人だけでトレーニングして欲しいの!!!」

 

 「トレーニング?別に構わんが」

 

 「えっ……。あの!違うの燈馬君!夏合宿じゃなくて夏ま「スズカさーーん!!」…スペちゃん」

 

  とスズカの言葉を遮るようにスペシャルウィークが走ってきた。

 

 「風間先輩!こんにちは!!」

 

 「こんにちは。それとスペシャルウィーク、余り食堂で走るなよ」

 

 「わわっ!すみません」

 

 「それで私に何か用なの?」

 

 「はい!トレーナーさんが次の“宝塚記念”のことで話があるって言ってました!」

 

  宝塚記念か…。宝塚記念は夏のG1レースで最も盛り上がるレースの一つだが出走が困難なレースでもある。宝塚記念はそれなりの実績を上げていないとレースには出走出来ないのだ。

  俺も一応ではあるが出走登録出来たのだが、訳あって出走を止めた。

 

 「今からじゃないとダメなの…?」

 

 「はい!今から来てほしいって言ってました!」

 

 「そう…」シュン

 

  とスズカは悲しそうな表情をしてそのまま出ていった。スズカが宝塚記念か、どんなレースをするか楽しみだ「燈馬ーーーーーー!!!」…はぁ。

 

  俺の名前を叫びながら後ろから抱きついて来たのは、マルゼンスキーだ。

 

 「急に何だ」

 

 「もう!3ヶ月も私と会わないなんてどういうことよ!」

 

 「3ヶ月もってオークスの時に会っただろう」

 

 「久し振りの再開がチョベリバの時なんて私は嫌よ!!」ギューッ

 

  とマルゼンスキーは抱きしめる力を強める。痛い痛い。

 

 「それに、スズカと楽しそうに喋ってたじゃない」ハイライトオフ

 

 「別に話しててもいいだろう」

 

 「…まぁいいけど」スンスン

 

  とマルゼンスキーがうなじ辺りを嗅ぎ始める。

 

 「やめろ、くすぐったい」

 

 「いーや。今、燈馬の匂いを堪能してるからダーメ」スンスン

 

  と今度は首周りを嗅ぎ始める。顔を離そうにも完全に身体をホールドされている為、身動きが取れない。更に俺とマルゼンスキーのいる場所も余り人目に付かない場所でウマ娘達が少ないので救助も呼べない状況だった。

 

 「(マルゼンスキーの奴、完全にスイッチが入ってやがる)」

 

  とマルゼンスキーをどうするかを考えていると急に寒気がした。

 

 

 「何をやっているんだ。お前達」

 

 「ル、ルドルフ…」

 

  振り向くとルドルフが仁王立ちをして立っていた。耳を後ろに倒し前掻きをしながらドス黒いオーラを放っていた。

 

 「んもぅ、やめてよルドルフ。いいところだったのに〜」

 

 「何が良いところだ!こんな真っ昼間にベタベタと!それに君もだ燈馬!何で抵抗しないんだ!!」

 

 「抵抗したさ。だが、マルゼンスキーが力一杯抱きしめてきたんだ」

 

 「燈馬がすぐに逃げようするからよ。だからこうやって抱きしめてあげてる。私なりの愛情表現よ〜♪」

 

 「全く、他のウマ娘も居るんだぞ!場所を弁えろ!」

 

  とルドルフが俺からマルゼンスキーを引き剥がす。

 

 「あぁ〜ん。燈馬〜〜」ジタバタ

 

 「ありがとう。ルドルフ」

 

 「君も早く教室に戻るんだぞ」ズルズル

 

  とマルゼンスキーを引きずりながら食堂を出て行った。

 

 「俺も戻るか」ガタッ

 

  と席を立ち、教室へと向かう。教室に着くとスズカが俺を見るなり不機嫌そうな顔をしていた。なんでた?

 

 

  〜トレーニングルームにて〜

 

  午後の授業も終わり、俺達はトレーニングルームにて体幹トレーニングをしていた。

 

 「はーい、そこまで。取り敢えず休憩にしようか」

 

  とトレーナーの声のもと、トレーニングを切り上げる。

 

 「くぅ〜〜!効くね〜!体幹トレーニング!」フゥ〜

 

 「まあね。体幹は余り使われない筋肉の一つだけど鍛えれば鍛えるぶんだけ強くなるからね」

 

  とシービーが寝転び、それにつられて他の奴らも寝転び始める。

 

 「燈馬さんは、平気そう、、ですね〜。凄いです〜!」ハァハァ

 

  とクリーク息を整えながら言った。

 

 「まぁよく鍛えていたしな」

 

 「そうなんですね〜」

 

  とドリンクを持ち、スポドリを飲もうとするが…。

 

 「あれ、ない」

 

  切らしてしまった。参ったな、これからトレーニングが続くので飲み物がないのは非常に困る。かと言って他の奴らから貰うのも気が引けるな。

 

 「(仕方ない、買いに行くか)トレーナー」

 

 「ん?どうしたの、燈馬君」

 

 「実は飲み物を切らしてしまってな、買いに行ってくる」

 

 「いってらっしゃい」

 

 

 

 

 

 

 「スポドリと後はオレンジジュース」ピッ

 

  ガコンッ

 

 「さて、帰るかな「オレンジジュースか。運動の後にビタミンCやクエン酸などが補え、多くのアスリート達が飲んでいるから君もその一人なのかな」…」

 

  と後ろから俺の買ったオレンジジュースの説明をしてくる制服姿のウマ娘がいた。

 

 「“ハヤヒデ”」

 

 「久し振りだな燈馬。1年と3ヶ月ぶりだ」

 

  ビワハヤヒデ。葦毛色をした髪に赤い眼鏡をかけたウマ娘。持ち前の知力とデータを武器に“勝利の方程式”を組み上げ、他のウマ娘を寄せ付けない程の実力を持つ、完璧な頭脳派のウマ娘だ。

 

 「お前もか?」

 

 「あぁ。私も飲み物を買いにな」

 

  と自販機でバナナオレ買う。

 

 「少し時間あるか?」

 

  と近くのベンチを指す。

 

 「問題ない」

 

  と俺は近くのベンチに腰を降ろす。ハヤヒデは俺の左側に腰を降ろす。

 

 「……」

 

 「……」

 

  沈黙の時間が流れる。ハヤヒデの顔を伺うと気難しい顔をしていた。すると、

 

 「……」ピトッ

 

  ハヤヒデが無言で寄りかかってくる。そして腰辺りにハヤヒデの尻尾がトントンと当たる感触がする。全く、コイツは。

 

 「なんだ、まだ引きずっているのか(・・・・・・・・・・・)

 

  というハヤヒデの耳が垂れ下がる。

 

 「…しょうがないじゃないか。だって私は!「俺に酷いことを言ったから、か」…そうだ」

 

 「私は君を侮辱することを言った。名誉を傷つけることをだ。助けてもらった側なのに…私は!」グッ

 

  とハヤヒデが右手を強く握る。

 

 「あのな、ハヤヒデ。別に俺は何とも思っていなかったし、傷ついたなんて思ってもいない」

 

 「けど!」

 

 「お前は頭が硬いんだよ。だから頭でっかちって言われるんだろうが」

 

 「わ、私の頭はデカくない!通常サイズだ!髪型でそう見えるだけであって、デカくなんてない!!」ズイッ!

 

 「はいはい、わかったわかった。そんなに近寄らんでいい」

 

 「全く、君まで私の頭が大きいと言うのか…」ウルッ

 

 「一言も言ってない。俺はお前に頭を柔らかく持てと言っているんだ」

 

  ハヤヒデは少し意地っ張りなところがある。自分が正しいと思えばそれを貫き通すところが出てくる為、少し厄介なところがある。

 

 「ハヤヒデ。誰だって間違いはつきものだ。天才的な人間でも、凡人でも、お前も、俺も。みんな同じだ。誰だってある」

 

 「…」

 

 「けど、その間違いを如何にして次に活かすかが重要だ。ずっと引きずっているようじゃ前には進めないぞ」

 

 「…わかった」ギュッ

 

  とハヤヒデが腕に抱きついて来る。ちょっとは気持ちが軽くなってくれたのならそれでいい。

 

 「たまにはうちに顔出しに来い。みんな歓迎してくれると思うぞ」

 

 「そう、かな…」

 

 「この前なんかチケットが大勝した自分のレース結果を楽しそうに話してたぞ」

 

 「何をやっているんだ、アイツは」ハハッ

 

  とハヤヒデが笑みを零す。

 

 「燈馬、ありがとう。おかげでスッキリしたよ」ニコッ

 

 「だったらいい。だがその前に…」

 

 「?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「お前、制服どうするんだ?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「制服?…な!?」

 

  とハヤヒデが離れる。ハヤヒデの制服はバナナオレでビショビショになっていた。さっき右手に持っていたバナナオレを握り潰した時に中身も出てきたんだろう。

 

 「え、えぇっとど、どうしたらいいんだ!?と、燈馬は濡れてないか!?」アセアセ

 

 「濡れてない。お前、着替えあるのか」

 

 「あ…」

 

  この顔、持って来てないなコイツ。

 

 「しょうが無い。これ着とけ」バサッ

 

  と俺は着ていたジャージの上着をハヤヒデに投げ渡す。

 

 「ど、どうするんだ」

 

 「どうするって借りに行くしかないだろう。本来ならたづなさんに言って貸し出して貰うのが一番なんだかな。あの人、午後から出張でいないもんな」

 

  制服やジャージの貸出はたづなさんに言えば何とかなるんだが今日に限っていない。勝手に借りてもいいんだが、たづなさんは怒ると面倒だからそれだけは避けたい。だとすれば、

 

 「理事長だな。理事長のところに行って借りに行くか」

 

  とハヤヒデと共に理事長のところへ向かう。

 

 

 

 「いないな」

 

 「そうだな」

 

  まさかの理事長、帰宅。マジかよ。

 

 「しょうが無い。今日は俺の予備のジャージを貸してやる、それ着て帰れ」

 

 「いいのか」

 

 「別に濡れたまま帰す訳にも行かねぇからな」

 

  とハヤヒデに俺の服を渡す。

 

 「予備の制服はあるんだろう?だったら今着てるやつはたづなさんに言ってクリーニングに出してもらえ」

 

 「わかった。何から何まで済まないな」

 

 「いい。さっさと着替えてこい」

 

  とハヤヒデは更衣室の中に入って行った。

 

 

着替え中

 

 

 「終わったぞ」バタン

 

  とジャージ姿のハヤヒデが出てきた。

 

 「サイズは、問題なさそうだな」

 

 「あぁ、ありがとう」

 

  とハヤヒデが自分の鞄を持つ。

 

 「今日は帰るよ。君の服は洗濯して返すよ」

 

 「またな」

 

 「うん、また明日」

 

  とハヤヒデの背中を見送る。

 

 「さて、俺も戻るか。大分時間が経ったがな」

 

  俺は駆け足でチームのところに戻った。

 

 

 

 「お〜そ〜〜い〜〜〜〜!!!」

 

 「すまん」

 

 「もう!ホントに反省してる?遅刻だよ!ち・こ・く!」

 

 「悪かった」

 

  とシービーが説教する。まあ、30分も遅れたら怒るわな。

 

 「全く、何処ほっつき歩いてたの」

 

 「久し振りにハヤヒデと会ってな。ついつい話し込んでしまった」

 

 「ふーん」

 

  とシービーが近づいてくる。

 

 「何だよ」

 

  するとシービーが後ろに回り込んで腕を回してきた。

 

 「ハヤヒデにマルゼンスキーか…。こんなにも2人のウマ娘の匂いがするなんて、なんだか妬いちゃうな〜」ギューッ

 

 「やめろ、暑苦しい」ググッ

 

 「やーだよ〜♪」

 

  と抱きしめる力を強める。クソッ!なんつー力してんだコイツら!

 

 「シービーさーん!どこー?」

 

  とトレーナーが走ってくる。

 

 「ん?どうしたの、トレーナー」パッ

 

  とシービーが俺から離れる。助かった…。

 

 「ん?燈馬君も戻って来てたんだ。なんだ、それなら早く言ってよ」

 

 「ごめんごめん。燈馬にちょーっとお説教してたんだ〜」

 

 「そっか。それじゃあ2人共、今日はみっちりと行くからね!」

 

 「は〜い。それじゃあ行こっか、燈馬」ニコッ

 

 「…あぁ」ガシガシ

 

  と頭をかいてトレーニングルームに向かった。

 

 

 

 

 「それじゃあ、今日もお疲れ様。ゆっくり休んでね」

 

 「「「「「はーい」」」」」

 

 「またな」

 

  とトレーニングも終わり、俺以外のチーム全員は寮に向かっていく。

 

 「さてと、今日は何にするかな」

 

  と夕飯を考える。今日はババアがいない為、夕飯は一人だ。

 

 

 ♪ピロリン〜

 

 「ん?」カチッ

 

  と携帯が鳴ったので見てみると1件のメッセージが着ていた。

 

 「フジからか。なんだ?」

 

  とメッセージの内容を見る。

 

 『悪いんだけど、私の部屋に来てくれないかな。また診てもらいたいんだ。いつものところを開けているからそこから来てほしい』

 

  とのこと。

 

 「(この後は何もないし行くか)」

 

  と栗東寮を目指して歩き出す。

 

 

 

  〜栗東寮前〜

 

 「相変わらずデカいな」

 

  栗東寮。ウマ娘達が暮らす寮の一つでもう一つは隣の美浦寮だ。高等部から中等部までが2人一部屋の相部屋で大浴場、簡易的な食堂、娯楽室などがある。更に寮には門限があり、破れば罰則があるとかなんとか…。

 

 「まあ、門限なんて俺はずっと破るだろうな」ガチャ

 

  と大きな入口の隣にある扉のドアノブを回し、靴を脱いで中に入る。本来、男は愚かトレーナーが寮の中に入るのは禁止されている。過去にそのことが原因でウマ娘が危険な目に合ったとか。勿論、女性トレーナーも禁止になっている。まあ、どうでもいいんだけさ。

 

 「さてと」コンコン

 

  と一室の扉をノックする。

 

 「はーい。やあ、いらっしゃい」ガチャ

 

  中から出てきたのはフジだ。

 

 「入って入って」

 

 「お邪魔します」バタン

 

  と中に入る。部屋は広く、大きなソファやテーブル、ベッドも合った。

 

 「相変わらず広いな」

 

 「ここにくるといつもそれだね」フフッ

 

  フジキセキは栗東寮の寮長を勤めていて、寮長は一人部屋だそうだ。

 

 「それじゃあ、始めよう」

 

 「うん。お願い」

 

  とフジはソファに座り、左足の靴下を脱ぐ。

 

 「触るぞ」

 

  と俺はフジの前に座り、左足を触る。

 

 「どうだ?」

 

 「大丈夫」

 

  つま先を伸ばしたり、押したり回したり。ふくらはぎを揉んでみたりと左足を重点的にマッサージする。

 

   30分後────。

 

 「これと言って痛みはなしか…」

 

 「良かったよ」

 

  とフジの左足を離す。フジは“屈腱炎(くっけんえん)”という病気を患っていた。屈腱炎はウマ娘が成りやすい病気の一つで治っても再発する可能性がある病気だ。これにかかってしまいレースの道を辞めたウマ娘は数多くいる。フジもレースを辞める一歩手前まで行っていた。

 

 「まあ、痛みが無いって言うことはいいことだ。だが、慢心はするな。屈腱炎は再発しやすいからな。何かあれば病院に行けよ」ジャー

 

 「うん、ありがとう燈馬」

 

  と俺は手洗い場で手を洗う。

 

 「ねぇ燈馬。夕飯食べていかないかい?」

 

 「ん?いいのか?」

 

 「いいよ、私もまだだったんだ。作ってきて上げるよ」

 

  とフジは部屋から出て行った。

 

 「て言っても何すりゃいいんだ」

 

  部屋に一人残された俺はフジの部屋を見渡す。

 

 「ん?」

 

  とベッドの近くにある本棚に目を付け、近くまで行く。

 

 「参考書、レースについて、トレーニング教本、あとは…演劇の台本?」

 

  と俺は演劇の台本を手に取り、流し読みをする。他にも色々な演劇やミュージカルなど様々な本があった。そんな中、一つのページに目を付ける。

 

 「これは、出演者か」

 

  と作品に出ていた出演者が載っている写真を見る。

 

 「このウマ娘…」

 

  と写真の一人に目がいく。そのウマ娘は写真の前列の真ん中に立っていた。よく見ると誰かに似ていた。

 

 「これ、もしかして…」

 

  と他の台本を漁り、写真のページを見る。そして、どの台本にも全てそのウマ娘が写っていた。

 

 「名前は…“ミルレーサー”」

 

 「そう、そのウマ娘こそ私が目指しているヒトであり、私の母さ」

 

 「!」バッ

 

  と右手を向くとフジの顔が近くあった。するとフジが俺の肩に手を置いていて話を始める。

 

 「フフッごめんごめん、あまりにも集中して見ているものだから声をかけづらくてね。…凄いでしょ、私の母。その台本、全て主演なんだよ」

 

 「そうだな」

 

  似ていると思ったらフジの母親だったか。それにしても凄い似ている、まるでフジが大人になったかような姿だった。

 

 「私も母のようになりたくてね、演劇を始めたんだけれども上手くいかなかった。そんな時、母は言ってくれたんだ。“道は一つじゃない。もっと視野を広く持ちなさい”ってね」

 

 「いい母親だな」

 

 「うん、自慢の母だからね」

 

  とフジが微笑む。この表情を見る限りよっぽど母親のことを尊敬しているのだろう。確か、エアグルーヴも一緒だったな。

 

 「さぁ、夕飯持ってきたから冷めない内に食べようか」

 

 「そうだな」

 

  と俺は本を棚に戻し、机の前に座る。

 

 「今日のご飯は肉じゃがに和風にんじんチーズ焼き、ピーマンとにんじんの金平だよ」

 

 「随分と凝ってるんだな」

 

 「まあ、お客さんがいるしね。それじゃあ…」

 

 「「いただきます」」

 

  さて、まずはどれからいこうか。

 

 「肉じゃがにするか」

 

  とジャガイモを箸で掴み、口に運ぶ。

 

 「うん、美味いな」

 

 「そう言ってくれると嬉しいな」フフッ

 

  濃くなく薄くなく。かと言って甘過ぎず、程よい旨さが口の中に広がる。

 

 「燈馬って料理するの?」

 

 「あぁ。基本は俺が作ってる」

 

 「へぇ〜。それは食べてみたいね」

 

  簡単なものしか作れんがな。

  

  他にも、金平やチーズ焼きもとても美味しくご飯が進む。そんな時。

 

 「ねぇ燈馬」

 

 「ん?」

 

  とフジの方を見ると、

 

 「はい、あ~ん」

 

  と箸で掴んだにんじんを俺の前に持ってくる。この光景、どっかで見たぞ。

 

 「やらんぞ。そんなの」

 

 「えぇ〜、いいじゃないか。連れないこと言わないでよ。ほ〜ら」クイクイ

 

  早く食べてよと箸を近づけてくる。

 

 「…しょうがねぇな」

 

  と箸を置いて、少し前のめりになる。

 

 「あ~ん」

 

 「…」パクッ

 

 「どう?」

 

 「……美味い」

 

 「良かった。でさ燈馬」

 

 「?」ゴクッ

 

 「実はさっきあげたにんじん─────

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

私の食べかけのにんじんなんだ」ニヤニヤ

 

 「!?おまっ!?」ゴフッ!ゴフッ!

 

 「アッハハハハハハ!!!冗談冗談!!私が食べかけなんて上げるわけないじゃないか!!」アハハ!!

 

 「おまっ!…フジ、洒落にならんことを言うな」ハァハァ

 

 「ごめんごめん、フフッ。ちょっと驚かせようしたらさ…フフッ」プルプル

 

 「(こいつ…)」

 

  フジは何かと驚かせることが好きだ。時々洒落にならんことを言ったりするが…。

 

 「…いや〜、久し振りに笑ったよ。やっぱり燈馬は面白いね」

 

 「驚かされた身にもなれ」

 

 「じゃあ私を驚かせて見せてよ」

 

  と両手を広げる。

 

 「いいだろう」スッ

 

  と立ち上がり、フジの隣に移動する。

 

 「?」

 

  と首を傾げるフジを

 

 「ッ!」ヒョイ

 

  とお姫様抱っこで持ち上げる。

 

 「えっ!燈馬!?」

 

  オドオドとしだすフジを無視し、そのままベッドへ行きフジをベッドの上に投げる。ベッドが衝撃を吸収するので身体への反発は少ない。

 

 「キャッ!と、燈馬…!?」

 

  と座るフジの肩を右手で掴んで身体を押し倒す。

 

 「と、燈馬。待って…わ、私…心の準備が…」カァア!

 

  フジの顔が赤くなり、顔を逸らそうとするが左手でそれを阻止。

 

 「と…燈馬…」

 

  ジッとフジの目を見続ける。そして、ゆっくりと顔を近づけていく。

 

  ゆっくり、ゆっくりと近づけていき──────。

 

 「なーんてな」

 

  と言って顔を離す。

 

 「ふぇ…?」

 

 「俺がそんなことするわけないだろう」

 

  とフジの身体を起き上がらせる。

 

 「まんまと引っかかったな」

 

 「……」

 

  と立ち上がろうとすると。

 

 「待って」ガシ

 

  と両肩と掴まれる。

 

 「ん?なんだ」

 

  何故かフジが動かない。掴んだまま静止している。

 

 「どうし…!?」

 

  と今度はフジに押し倒された。

 

 「フ、フジ。冗談ならもう「冗談じゃないよ」!」

 

 「さっきまで我慢してたのに…。他の娘達の匂いがする中、我慢してたのに…」ブツブツ

 

 「フ、フジ…いっ!」メリメリ

 

  とフジの力が強くなる。

 

 「フジ、俺が悪かった。やり過ぎてしまって済まなかった」

 

 「…ート」

 

 「?」

 

 「夏休み、デートして。そしたら許してあげる」ハイライトオフ

 

 「わ、わかった…」

 

  というとフジの力が弱まり、ベッドから降りる。

 

 「それじゃあ、ご飯食べよっか。冷めちゃってるけど」

 

  とフジが座って食事を取る。

 

 「あ、あぁ」

 

  と俺も戻って食事を再開した。そして俺はあんな行動を安易にしないと心に誓った。

 

 

  〜同所・フジキセキside〜

 

 「それじゃあ、俺は帰る」

 

 「送って行こうか?」

 

 「いい。それに寮長のお前が門限を破るなんてことが知れたら大問題だぞ」

 

 「それもそうだね。それじゃあ、また明日」

 

 「また明日」バタン

 

  と寮から出て行く燈馬を見送り、鍵を閉める。

 

 「今日はちょっとやり過ぎちゃったかな〜」

 

  と燈馬を押し倒したことを少し反省する。

 

 「けど、燈馬がいけないんだよ。他の娘達の匂いを付けてくるなんてそんなの…」

 

  そんなの、嫉妬しちゃうに決まってるじゃないか。

 

 「ねぇ燈馬、知ってる?ウマ娘がどうして抱きついたり匂いを付けたりする理由。それはね、“君を独り占めしたいのさ”」

 

  犬や猫などが飼い主などに匂いを付ける所謂“マーキング”という行為。これには理由が有り、誰にも取られたくない、これは自分のものという意思表示だ。そしてこのマーキングというのは私達ウマ娘にもある。ウマ娘は鼻がヒトとでは著しく長けており匂いだけで誰のものか判別出来るのだ。

 

 「だからね燈馬。安易に他の娘達の匂いを付けてきたらダメだよ」

 

  と言っても燈馬には聞こえないだろうけどね。

 

  そう思いながら、部屋に戻った。




 読んで頂きありがとうございます。

 次が夏合宿編です。

 それでは、また


  曇らせ描写があったような…まっいいか!


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合同合宿、開始

 お待たせしました。

 この話から夏合宿編です!

 それでは、どうぞ


〜トレセンバス・立花side〜

 

 「みんな乗ったかな!」

 

 「「「はーい!!」」」

 

 「それじゃあ、合宿場所に向けて出発ー!!」

 

 「「「おおー!!!」」」

 

  みんなの掛け声と共にバスが出発する。

 

 「楽しみですね」

 

 「エルはこの合宿で強くなりマース!!」

 

 「とても楽しみだ」パクパク

 

 「オグリさん、これ良かったらどうぞ〜」

 

 「済まないクリーク。ありがとう」

 

  とバスの中は合宿のことで盛り上がってる。

 

 「すみません、オハナさん。合宿場所の予約やバスの提供までありがとうございます」

 

 「いいのよ、気にしないで。私から提案したんですもの。これくらいは当然だわ」

 

  オハナさんから提案されたこと、それはリギルとクレアの合同合宿だ。オークス後、オハナさんから合同合宿をしないかと提案され、僕は了承した。チームメンバーも否定する者は居らず、みんな夏合宿に向けて張り切っていた。

 

 「今回の合宿のテーマは“スタミナ向上”。夏場である今こそスタミナや足腰を強くしていくのが目的ね」

 

 「なるほど、勉強になります」

 

 「それで、トレーニングの方は組んだのかしら」

 

 「はい、これです」ピラッ

 

  と僕の作ったメニュー表をオハナさんに見せる。

 

 「中々いいわね。2日目、貴方のトレーニングでやってもやっても構わないかしら」

 

 「僕ので良ければ是非」

 

  とバスに揺られながら合宿場までの時間を過ごした。

 

 

  〜合宿場・燈馬side〜

 

 「全員注目!今から自分の荷物を部屋に置いたあとジャージに着替え、レース場に集合!」

 

 「「「「「はい!」」」」」

 

 「お兄様、合宿場着いたよ」ユサユサ

 

 「ん?そうか…」フア〜

 

  と最後部座席で寝ていた俺をライスが起こしてくれた。余りにも眠気が凄かったので横になって寝ていた。

 

 「わぁあ!凄い綺麗だね、お兄様!」

 

 「そうだな。海なんていつぶりだろうか」

 

  バスから降りると青く澄みきった海が広がっていた。こんなにも綺麗な海は見たことがない。

 

 「おい!燈馬!」

 

  とエアグルーヴが近づいてくる。

 

 「どうした」

 

 「どうしたもあるか!もっとシャキっとしろ!全く」パパッ

 

  とエアグルーヴが俺の身だしなみを整え始める。別にいいのに。

 

 「随分と眠っていたんだな。燈馬」フフッ

 

 「あんなにも長いとは思わなかったからな」ゴシゴシ

 

  とルドルフの言葉に目を擦りながら答える。

 

 「さあ、早く着替えてレース場に行こう。遅刻は許されないからな」

 

  と合宿のホテルの中に入って行った。

 

 

  〜レース場〜

 

 「全員いるな。今から合宿1日目のトレーニングを始める!」

 

  とリギルのトレーナーが集まった俺達に声をかける。

 

 「クレアのトレーナーと話し合った結果、1,3日目は私。2,4日目はクレアのトレーナーの立花。5日目は私と立花が考えたトレーニングを行ってもらう」

 

 「「「「「はい!」」」」」

 

 「まずは全員でランニング10周!」

 

 「はい!行くぞ!」

 

 「「「「「はい!」」」」」

 

  とルドルフの掛け声と共に全員が走り出す。さて俺も。

 

 「燈馬君」タタッ

 

 「どうした、トレーナー」

 

  とトレーナーに呼び止められる。

 

 「燈馬君、いつもの履いてる?」

 

 「あぁ、履いてるぞ。なんだ、脱がないとダメのか?」

 

 「ううん。そのまま履いてトレーニングをしてほしいんだ」

 

 「わかった。じゃあ行ってくる」タッ

 

  とランニングしている集団に向かって走る。

 

 「あんた、トレーナーと何話してたの」

 

  と後ろにいたタイシンが聞いてくる。

 

 「単に重りの靴履いてるかどうか聞いてきただけだ」

 

 「ふ〜ん、そ」

 

  とタイシンが興味無さげな顔をして走る。俺は淡々とランニング10周を走るのだった。

 

 

 「よし、まず始めにするのはこれだ」

 

 「トレーナー、それは?」

 

 「綱だ。今からお前達には“綱跳び”をしてもらう。軽いウォーミングアップだ」

 

  綱跳び。縄跳びを縄を綱にして飛ぶイメージだ。

 

 「全員1000回跳んでもらう。終わったやつから休憩していってくれ。但し、時間は30分とする。そして、時間内に間に合わなかった奴は学園へ帰ってもらう。いいな?」

 

 「「「「「はい!!」」」」」

 

  と全員綱を持ち、綱飛びをする。

 

 

 

  

15分後

 

 

 

 「これ、案外効くね…」タンッタンッ(フジ765回)

 

 「足もそうだけど、腕にも来るわね」タンッタンッ(マルゼンスキー787回)

 

 「僕は…まだ…くっ!」タンッタンッ(オペラオー732回)

 

  とリギルを始めとする他のウマ娘達も苦しい表情をしている。

 

 「ハァ…ハァ…。燈馬、今、何回なん、だ…」タンッタンッ(726回)

 

  とオグリが聞いてくる。

 

 「ん?あぁ、“150回”」

 

 「…は?」

 

 「聞こえなかったのか?150回だ。150」

 

 「ふざけてるのか!?リギルのトレーナーも言っていただろう!跳べなかった奴は学園に帰らされるんだぞ!?」

 

 「大丈夫だ。間に合う、間に合う」

 

  と言うとオグリは何も言えない表情をして跳び続ける。

 

 

  〜30分後〜

 

 「そこまで!」ピーッ!

 

 「「「「「ハァ………」」」」」

 

  と全員が疲れたのか座り込む。1000回は疲れるわな。

 

 「全員跳び終わ「あー待ってくれ」?」

 

  と俺はリギルのトレーナーの言葉を遮る。

 

 「あと30回待ってくれ」

 

 「…風間。さっきも言ったが時間以内に跳べなかったやつは学園に帰ってもらう。だからお前には「オハナさん」今度はなんだ?」

 

  と今度はトレーナーがリギルのトレーナーを言葉を遮る。

 

 「燈馬君、あと30回きっちり跳ぶんだよ」

 

 「はいよ」

 

  とトレーナーの許可が降りたので跳び続けることにした。

 

 

  〜同所・立花side〜

 

 

 「待て立花。奴は既に時間を過ぎている!さっきも言ったが奴は学園に「いいえ、間に合ってますよ」なんだと?」

 

  と僕はオハナさんの言葉を遮る。まあ、気づかないだろうけどね。

 

 「よく見て下さい。彼の綱を」

 

 「綱?…ッ!どういうことだ!?」

 

  とオハナさんも僕の言葉にやっと気づく。

 

 「彼、今“3重跳び”やってるんですよ」

 

 「「「「さ、3重跳び!?」」」」

 

 「トレーナー。綱で3重跳びって出来るもんなんだな」

 

 「いや出来ないから。普通は」

 

  と燈馬君の言葉にツッコむ。

 

 「彼、課題を分で終わらせてそこから2重跳び、今の3重跳びをやってるんですよ」

 

 「ということは…」

 

 「彼、トータルで3000回跳ぶことになりますね」

 

 「さ、3千っ!?」

 

  とオハナさんも思わず絶句する。そりゃ、自分の与えた課題の3倍もされれば驚くのも無理ないよね。

 

 「フゥ〜。終わったぞ」

 

  と燈馬君は綱跳びを終える。ほんのり汗をかいているだけで息は切れていない。

 

 「あ、あぁ…わかった。自主的に跳ぶのは構わないが次からは終わったことを伝えるように…」

 

 「はいよ」

 

  と燈馬君の凄さに流石のオハナさんも動揺しきっている。それに他のウマ娘達も唖然としていた。

 

 「…では、次のトレーニングに移る。次は…」

 

  とオハナさんは次のトレーニングの説明をしていた。

 

 

  〜燈馬side〜

 

 「燈馬。君ってさ何かトレーニングでもしてたの?」ググッ

 

 「何言ってんだ、フジ。俺は何もしてないよ」ノビ〜

 

 「普通、30分ちょっとで3000回も跳べるヒトなんていないよ」

 

 「そうか?探せばいると思うぞ」

 

 「うん、今私の目の前にいるヒトがそうだね」

 

  と俺とフジはペアになってストレッチをしている。あのトレーナー、時間ギリギリまでやるみたいだな。

 

 「それはそうと、あれから足は大丈夫なのか?」

 

 「うん、痛みもないし大丈夫だよ。ありがとう燈馬」

 

  大丈夫なら問題ないか。

 

 「それでは、最後のトレーニングを始める!全員一列で並んでくれ」

 

  とリギルのトレーナーの合図のもと、全員が一列に並ぶ。

 

 「それでは最後のトレーニングはマラソンだ。ここからスタートしてターフを1周、そこからあの山の麓をぐるっと1周して帰って来い、約20kmある。今日はそれで終わりだ」

 

  と最後のトレーニングの説明をする。

 

 「但し、これも同じで時間制限内に帰って来ることだ。今17時25分だ。そうだな、19時まで戻って来い。いいな」

 

 「「「「「はい!」」」」」

 

 「それでは、始め!!」ピッ!

 

  と全員がスタートする。さて俺も「風間、お前は別だ」?

 

 「別って?」

 

 「お前には追加メニューだ」

 

  追加ってなんだ「オハナさーん!持ってきました〜!」ん?

 

 「ご苦労さま」

 

 「いや〜!これ重いですよ、結構!」ドサッ

 

  とトレーナーがリュックサックを持ってくる。

 

 「風間、今からお前には腕立て、腹筋、スクワットをそれぞれ100回ずつ行い、それからこの30kgあるリュックサックを背負ってマラソンを完走してもらう」

 

 「わかった。やろう」

 

  と俺は腕立ての体制をつくり、腕立てを始める。

 

 

 

 

 

 

 「よし行け。今18時ジャストだ」

 

 「はいよ」ヨイショ

 

  とリュックサックを背負い、スタートする。野郎、腕立てを急にプッシュアップに変えて1からやらせたり、スクワットをジャンプスクワットに変えたりと好き放題にしやがって。

 

 「燈馬…今から、スタートなのか…?」ハァハァ

 

 「まあな、行ってくる」

 

  とゴールしたルドルフと入れ違うようにスタートする。辺りはまだ明るいが時間ないに帰って来ないと面倒なのでペースを上げて走る。靴は怪我防止の為、ランニング用シューズに履きかえているが何せ今背負っているリュックサックあるため、中々の負荷がかかっている。

 

 「(確かあの時もこんな感じだったっけ?確かこれより2倍近く合ったような…)」

 

  懐かしいな、あれから3年弱か…。いや、去年も同じようなことをやったし…。まぁいずれにせよ、今は走ることに集中しないとな。

 

 「あと30分、間に合うかわからんな。もう少し上げよう」

 

  と更にペースを上げてゴールを目指して走る。

 

 

 

 

 「あ、帰ってきた!」

 

  走っているとゴール付近に他のウマ娘達が待っていた。

 

 「燈馬、頑張れ!」

 

  とシービーから声援がくる。他のみんなからも声援が飛んでくる。そして。

 

 「ハァ…、時間は?」

 

 「…18時50分よ。これで合宿1日目を終了するわ!各自ダウンストレッチを行ってホテルに戻るように!」

 

  と合宿1日目が幕を閉じた。

 

 

  〜ホテル・自室にて〜

 

 「ふぅ。今日は色々とイジメられたな」ボスッ

 

  とホテルのベッドに横になる。明日はうちのトレーナーのメニューだ。まぁた面倒くさいトレーニングでも組んでんだろうな。「コンコン」ん?

 

 「誰だ、トレーナーか?」ガチャ

 

  と扉を開けるとそこにいたのは。

 

 「やぁ燈馬。少しいいかな」

 

  ルドルフだった。

 

 「あぁ。夕飯までなら」

 

 「そうか。では失礼するぞ」コツコツ

 

  とルドルフが中に入る。

 

 「随分といい眺めなんだな。私の部屋とは大違いだ」

 

 「そうか?そんな変わらんと思うが」

 

  とルドルフは窓の方へと歩いて行き、俺は窓の方を向いてベッドに座る。

 

 「それで?何のようだ」

 

 「今日は随分とトレーナー君達にイジメられていたね」

 

 「まぁそれなりに体力はあるしな」

 

 「その体力とはどのようなトレーニングをしたんだ?」

 

 「別に、ただただ走ってただけだ」

 

 「それなら私達も君くらいの体力になっているはずだが?」

 

 「さあ、それは知らん。そんなことより、本題はなんだ?」

 

  というとルドルフがゆっくりと近づいてきて俺と対面になるように俺の膝の上にのる。ほぼ密着状態。

 

 「なんだ、何をする気だ?」

 

 「ただこうやって居たいかなって」

 

  フワッとルドルフの匂いがする。柔らかな匂いが俺を包み込む。

 

 「私は寂しがり屋なのさ。だから、こうやって君の温もりを感じたいんだ」ギュッ

 

  とルドルフが抱きしめてくる。こいつ、こういう事言う奴じゃないだろ。

 

 「それに、君はいつも何処かへと行ってしまう。現れては消え、また現れては消える。だからこうやって抱きしめておくんだ…………。もう、何処にも行かせないって」グッ

 

  ルドルフが更に力を強める。これ以上強められると窒息してしまう!

 

 「ル、ルドルフ…悪んだが、力を弱めてくれ。息が、息が出来ないんだ」

 

 「そうやって言ってまた何処かへ行くんだろ。ダメだ、絶対に離さない」ハイライトオフ

 

  と抱きつかれたまま、押し倒され横になる。ルドルフは足も絡ませてきて、本格的に逃げられない状態になってしまった。

 

 「(クソッ!どうしたら!?何か、何かないのか!)」モミ

 

  なんだ、これは。

 

 モミモミ

 

 「(柔らかくて、弾力のあるような)」モミモミ

 

 「…」プルプル…

 

  なんだろう、ルドルフが震えているぞ。

 

 「ど、どこを触っているんだ!君は!!!」

 

  とルドルフの力が弱まる。

 

 「(よくわからんが、今だ!)」

 

  とルドルフの肩を押し、俺はベッドの反対側へと転がりながら離れる。

 

 「(何とか助かった)「君は」?」

 

 「君は、私みたいな女は嫌いか…?」

 

 「…どういう意味だ」

 

 「だって、君はいつも私から離れようとする。そして他の娘達とは楽しそうにしてる。さっきだってそうだ」

 

 「さっきは息が出来なくてだな…」

 

 「私みたいに愛想も無くて、可愛くも無くもない女は嫌だもんな…」

 

  とルドルフがいう。けど、

 

 「それは違う」

 

 「どう違うの?」

 

 「かわいいとか愛想とか俺にはわからん。けど離れようなんて思ったことはない。ルドルフといて面白かったこともあった」

 

  というかお前ら近すぎるんだよ。

 

 「じゃあなんで、さっき離れようとしたんだ!」

 

 「それはお前の胸で息が出来なかったんだよ」

 

 「む、…!」カァア

 

  ルドルフの顔が赤くなる。だって事実だし。

 

 「そ、それならそうと早く言え!!」

 

 「そう言って離さなかったのは何処のどいつだ」

 

 「そ、それは…すまなかった…」シュン

 

  と耳が垂れ下がる。それを見て、俺はルドルフの頭に手を置く。

 

 「まぁルドルフにそういう風に思わせていたのならすまなかった」

 

 「…だったら」

 

  とルドルフはベッドの上で膝をついて立ち、両手を広げる。

 

 「君の方から抱きしめてほしい。勿論、お互いに息ができるようにね」

 

  とルドルフが言う。

 

 「……わかった」ギシッ

 

  とルドルフの前まで行き、ルドルフを優しく抱きしめる。

 

 「君の温もりを感じる…匂いを感じるよ。とても温かい。ずっとこうしていたい。ずっと私の隣にいてほしい。ずっと私のモノでいてほしい。誰のモノでもない、私だけのモノに…」

 

  と何やらルドルフが言っているがまぁ機嫌が直ってくれたのならそれでいいか。

 

 コンコン

 

 「「!」」

 

 「燈馬君いる?もう夕飯の時間だから食堂に集まってね」

 

 「わ、わかった。…そろそろ時間だ、行こうぜ」

 

  とルドルフ言うと、ルドルフは名残惜しそうに離れる。

 

 「そうだな。皆を待たせるわけにはいかない。早く行こう」

 

  とルドルフと俺は部屋を出て食堂を目指した。

 

 

  〜ルドルフside〜

 

  あぁ、愛しの燈馬。私の燈馬。君はいつも私を狂わせる。私はいつも我慢しているんだぞ。他の娘達の匂いを撒き散らかし、そしてそのまま私達の前に平然とやって来る。その行為がどれだけ罪なことか。でも、ヒトの嗅覚はウマ娘と違ってそんなに敏感ではない。それでも生徒会長として、皇帝として振る舞わなければならない。それがどれだけ苦痛なことか。今すぐにでも君にシャワーを浴びせてから私のところに来させ、私が君の身体にマーキングをしたいくらいなんだ。それに…おっともう着いたか。

 

  コンコン

 

 「はーいってルドルフ、また来たのか」

 

 「あぁ。実は、あまり寝付けなくてな。君の部屋にいても構わないだろうか」

 

 「別にいいが」

 

  失礼するぞ、と燈馬の部屋に入る。夕飯前にも来ていたのだがやはり燈馬といると落ち着くな。

 

 「何やってるんだ?」

 

 「座禅」

 

  と燈馬は床で目を瞑って座禅を組んでいる。

 

 「意味はあるのか?」

 

 「科学的に座禅はストレスや不安などを和らげるって聞いたな」

 

 「いつから?」

 

 「もう6,7年になるな。既に習慣化してきた」

 

  6年も座禅をしているのか!?…一体どういったことをやってきたんだ。

 

 「…」

 

  燈馬はそのまま1時間、座禅を組んだままだった。

 

 

 

 「さて、寝るか」

 

 「そうか」

 

 「あぁ、だから自分の部屋に戻って寝ろ」

 

  と燈馬は私を自分の部屋へ戻れと言ってくる。けど、

 

 「ここで寝てはダメか?」

 

 「お前、正気か?」

 

 「勿論さ。言っただろう?寝付けないって」

 

 「いや、だからって「ブライアンは良くて私はダメなのか?」そういう訳じゃないが」

 

  ブライアンと燈馬は週3程度、昼寝スポットで一緒に昼寝している話をよく聞いている。当のブライアンはいつも嬉しそうな顔をして生徒会室に戻ってくるのだ。

 

 「いつも昼寝しているんじゃないのか?だったら私と寝ても問題はないだろう?」

 

 「……」

 

 「さあ」ポンポン

 

  と燈馬に隣に来るように促す。燈馬は諦めきった顔をして私の隣に来る。

 

 「変なことすんなよ」

 

 「それはこっちのセリフさ」

 

  と私達は一つのベッドに横になる。

 

 「お休み。明日朝イチに自分の部屋に戻るんだぞ」パチッ

 

 「あぁ、わかった」

 

  と燈馬が部屋の電気を消し、私の反対側を向いて寝る。私も燈馬と同じ方を向いて目を閉じる。

 

 

 

   〜30分後〜

 

 

 「寝たかな」

 

  と目を開け、燈馬の様子を窺う。

 

 「zzz」

 

 「寝ているな」

 

  と燈馬が寝ているのを確認し、燈馬を起こさないようゆっくりと仰向けにする。

 

 「…」トコトコ

 

  私は膝立ちして燈馬の上にウマ乗りする。

 

 「…燈馬」スッ…

 

  と私は燈馬に覆い被さるように身体を密着させる。

 

 「…」スンスン

 

  燈馬の首辺りを嗅ぐ。燈馬の匂いがしていてずっと嗅いでいられそうだ。

 

 「ハァ///…燈馬、ん///」スンスン

 

  と匂いを嗅ぎ続ける。ダメだ、もう…止めないと…。

 

 「ん!…ハァハァ///…ん///」スンスン

 

  もう、、無理……!!

 

 「ん…」

 

 「!?」ビクッ!!!

 

  と私は瞬時に顔を離す。すると燈馬が首辺りを擦る。

 

 「(危機一髪…だな…)ハァハァ///」

 

  もしあのままだったら、私の理性が崩壊する恐れがあった。

 

 「…あ///」

 

  と私は思わずトイレに駆け込んだ。

 

  ・・・・・・・・・・

 

 「(燈馬…)」

 

  と私は寝ている燈馬の頬を撫でる。

 

 「君は本当に不思議な男だ。あの時、君に会わなければ私はあのままだったのかも知れない」

 

  君は知らないと思うがあの時、君が私の前に現れなかったら今でも私は孤独のままだったかも知れない。君がいたからエアグルーヴやマルゼンスキー達と出会えたのかも知れない。

 

 「だから、ありがとう。燈馬」ギュッ

 

  と私は燈馬に優しく抱きしめ、目を閉じ、意識を手放した。




 読んで頂きありがとうございます。

 続いては夏合宿2日目です。頑張って書いていきます!

 それでは、また〜


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合同合宿 2日目(昼)

 2日目は昼と夜で分けて投稿しようと思います。

 そして、某野球マンガのトレーニングが出てきます。

 それでは、どうぞ


 ────ノ…。…ま。シ…ン。とう…。

 

 「(誰だ…。俺の名前を呼ぶのは……。)」

 

  俺の意思とは関係なしに手が伸びていく。

 

 

 

 

     今日から貴方の名前は─────────。

 

 

 

  〜自室・燈馬side〜

 

 「……」

 

  変な夢だった。よくわからない、知らない男女が何か言い争っていた。あれは誰だったんだろうか。

 

 「…とう、ま」スリスリ

 

  胸の辺りから寝言が聞こえる。見るとルドルフが上に乗っかって寝言を言っていた。

 

 「こいつの寝言が夢にまで聞こえたのか?」ナデナデ

 

  まさかな、と思いながらルドルフの頭を撫でる。ルドルフは嬉しそうな顔をしていた。

 

 「今、何時だ?」

 

  と時計を見る。今5時20分だ。

 

 「今の内にルドルフを部屋に連れて行こう。今なら誰も起きてないしな」

 

  とルドルフを降ろし、ベッドから降りる。

 

 「さてと。ッ」

 

  とルドルフを抱き上げ、自室を出てルドルフの部屋へ向かう。

 

 「…」

 

 

 

 

 「よいしょっと」

 

  とルドルフをベッドにそっと降ろす。ルドルフはまだ起きていない。

 

 「さて、誰もいない内に部屋に戻ろう」ガチャ

 

  と部屋の扉を開ける。

 

 「……」

 

  バタン

 

  ダレカイタ。

 

 「誰かいたが気のせいだ。うん、そうに違いない」ガチャ

 

  気を取り直してもう一度、扉を開ける。

 

 「……」

 

 「……」

 

  気のせい「おい」

 

  と扉の前に立っているウマ娘が閉めようとした扉を掴む。

 

 「お、おはよう。ブライアン」

 

 「……」

 

 「ブライアン?」

 

 「詳しく聞かせてもらおうか」ハイライトオフ

 

 「…ハイ」

 

 

 

  俺とブライアンは俺の部屋に移動する。ブライアンはベッドの上に座る。

 

 「…あー、ブライアン。これには理由が「その前に」え?」

 

 「その前に服を着替えろ。臭くて敵わん」

 

 「俺、そんなに汗臭い?」

 

 「いいから着替えろ」

 

  と服を持って脱衣場へと向かった。

 

 

 

 「なぁ、俺ってそんなにも匂うのか?」

 

  とブライアンに聞く。するとブライアンはベッドから立ち上がり、こっちに近づいてくる。

 

 「…」スンスン

 

 「?」

 

  と匂いを嗅ぎ始めた。

 

 「チッ、まだ残ってやがる。まあ、少しはマシになったか」ボソ

 

 「何か言ったか?」

 

 「座れ」クイ

 

  とベッドに座るよう指示される。

 

 「…座ったぞ」ポス

 

 「…」ポス

 

  と無言でブライアンは俺の膝の上に座る、しかも対面で。どっかで見たぞ、この光景。

 

 「抱きしめろ」ギュッ

 

  とブライアンが抱きしめて言ってくる。

 

 「なあ、お前らの中で抱きしめ合うっていうのが流行ってるのか?それをするなら俺じゃなくて「いいからしろ」…」ギュッ

 

  と恐る恐る抱きしめる。

 

 「それで、何をしていたんだ」

 

  と俺は昨日のことをブライアンに話す。

 

 「同じベッドで寝ただと?」ギロッ

 

 「ハ、ハイ…」

 

 「何故断らない」

 

 「勿論、床でも寝ようとしたぞ。けど、ルドルフが許してくれなくてだな」

 

 「いいか?お前の隣は私だけだ。百歩譲って座ったり、並走のは許す。だが寝るのは許さん」

 

 「ハ、ハイ」

 

 「お前は私のモノだ。誰にも渡すつもりは無い。お前は私の渇きを唯一潤す者。今もこれからもだ」

 

 「…」

 

 「だから罰として、お前にこれをやる」

 

 「なん…ッ!」

 

  カプッという音がする。こいつ、噛みつきやがった。

 

 「ブ、ブライアン…!」

 

 「…ぁ。フゥ…」ハイライトオフ

 

  と優越感に浸るブライアンがいた。

 

 「なにを…」

 

 「さあな、鏡でも見てみるんだな」スッ

 

  とブライアンが立ち上がり、部屋の扉へと向かう。

 

 「それとさっきまで着ていたあの服。洗濯にでも放り込んでおくんだな」

 

  とブライアンは部屋を出て行った。

 

 「あいつ、何したんだ?」

 

  と鏡の前まで行く。

 

 「あいつ、歯型なんて付けたのか」

 

  と薄っすらとではあるがブライアンに噛まれたような跡があった。幸いにも服を着れば隠れるし、数日でもすれば引くだろう。

 

 「それに服が何とかって言ってたな」

 

  と脱衣場に行き、さっきまで着ていた服の匂いを嗅ぐ。特段、それと言って汗臭さはなく逆にルドルフの匂いがするくらいだった。

 

 「(ルドルフの匂いがするくらいだが、何かあるのか?)」

 

  と疑問を持ちながら朝食の時間を待った。

 

 

 

 

 

 

  〜トレーニング室内・立花side〜

 

  a.m. 9:00

 

 「よし、みんな集まったな」

 

 「「「「はい!」」」」

 

 「これより、合宿2日目を始める。今日のトレーニングは立花にやってもらう!」

 

 「「「「よろしくお願いします!」」」」

 

 「はい、よろしくお願いします。今日も皆さん、ケガのないようにトレーニングをしましょう」

 

 「「「「はい!」」」」

 

  とオハナさんの掛け声のもと、合宿2日目が始まった。今日は僕がトレーニングさせる番だ。

 

 「それじゃあまずは各自ウォーミングアップとストレッチ。30分後、横6列で並んでほしい」

 

  と指示するとみんなはバラけてウォーミングアップを始める。さてとまずは「おお!リギルとクレアは合同合宿か!いいねいいねぇ!」もしかして…。

 

 「何、沖野。トレーニングの邪魔なら帰ってくれない?」

 

 「冷たいこと言うなよ、オハナさん。俺達だって今日ここを使う予定なんだよ」

 

  と入ってきたのはチームスピカのトレーナー、沖野さんだ。

 

 「こんにちは、沖野さん。スピカもここでトレーニングですか?」

 

 「まぁな。体幹トレーニングでもしようかなってな」

 

  そうなんですね、と返す。

 

 「それで?お前らは何すんの?」チラッ

 

  とトレーニング表を見てくる

 

 「僕らも体幹トレーニングをするんですよ。ちょっとやり方は違いますけどね」

 

  というと沖野さんはニヤッと笑う。まさか…。

 

 「なあ、俺らもそのトレーニングに混ぜてくれよ」

 

 「貴方ねぇ、今はうちとクレアがやってるの。だから貴方達は「なあ、頼む!1種目だけ!」…。どうするの?立花」

 

  とオハナさんは僕に話を振る。うーん…。

 

 「…目的は一致してますし、いいですよ。その代わり、1種目だけですからね」

 

 「ホントか!?ありがとう!恩に着るぜ!おーい、お前ら!今日はリギルとクレアと1種目だけ一緒にトレーニングすっぞ!」

 

  というとスピカのメンバーが集まってくる。

 

 「それじゃあスピカの皆さん、他の皆さんと一緒にウォーミングアップをしてきてくださいね」

 

 「「「「はーい!」」」」

 

 「なあ!トレーニングってなにすんだ!!」

 

 「それは、始まるまでのお楽しみっということでいいですか?ゴールドシップさん」

 

 「おっしゃー!やるぞ、マックイーン!」

 

 「ちょっと!押さないでもらえます!?」

 

  とスピカのメンバーもウォーミングアップに混ざりに行った。

 

 「凄いですね、あの“メジロマックイーン”さんまでチームに引き入れたんですか?」

 

 「ん?あぁ、ゴルシが連れてきてな。うちに入ることになった」

 

  メジロマックイーン。メジロドーベルさんと同じメジロ家の令嬢の一人でメジロ家悲願の天皇賞連覇を目指しているんだそうだ。それにしてもメジロマックイーンさん、可哀想に…。ゴールドシップさんに遊ばれてるなんて。

 

 

 

 「さて、ウォーミングアップも済んだことですし、トレーニングを始めたいと思います。まず始めに、靴下を履いて縦横と広く間隔を取って広がってください」

 

  というとみんな靴下を履いて広がる。

 

 「次に足幅を1m以上開けて立ってください。沖野さんとオハナさん、僕とで確認していきます」

 

  と一人一人の足幅間隔を見ていく。よし。

 

 「そして最後に、その状態をキープしたまま“1時間半”立ってもらいます」

 

 「「「「「い、1時間半!?」」」」」

 

 「待ってくれ」

 

  とシンボリルドルフさんが挙手をする。

 

 「どうぞ」

 

 「このトレーニングになんの意味があるんだ」

 

 「じきにわかると思いますよ」

 

 「?」

 

 「それでは始めます。現在、時間は9時30分。11時まで立ち続けてもらいます。あと一人でも脱落者がいれば、その時点でもう一度1からやってもらいます」

 

  というとみんなが真剣な表情になる。

 

 「それでは、始め!」ピッ

 

  とスタートする。

 

 「なあ、このトレーニングはどんな効果があるんだ?」

 

 「さっきも言いましたが、後に表れると思いますよ」

 

  と沖野さんも聞いてくるがこのトレーニングは効果が現れるまで時間がかかる。だからそれまで待ってもらわないと困るのだ。

 

 「立ってられるとか楽勝だろ!」

 

 「そうね!あんま大したことなさそうね」

 

 「こんなトレーニング、余裕余裕!」

 

 「こんなトレーニングでゴルシ様を追い込もうざ100年早ぇぜ!」

 

  と余裕の声が聞こえる。その威勢、何処まで持つかな?

 

 

  〜20分後〜

 

 「う、そ…!」プルプル

 

 「なんで…!?」プルプル

 

 「立ってるだけなのに〜!」プルプル

 

 「ふ、震えが止まんねぇ…!」プルプル

 

  と苦しそうな声が聞こえる。他にもリギルやクレアのみんなも苦しそうな表情をしている。

 

 「そろそろ効いてきたみたいだね」

 

 「「「「!?」」」」

 

 「なんでか教えてあげようか。実はヒトって必ず片方の足を杖代わりとしてと立ち、もう片方は休める習性があるんだ。だから、力が均等に伝わっている今の状態で立ってるだけでも凄くきついんだ」

 

  というとウマ娘は嘘だと言わんばかりの表情をしている。

 

 「それに靴下を履かせた理由は摩擦を抑えるためなんだ。摩擦があったらそっちへと力逃げていくからね」

 

  と説明する。このトレーニングは内転筋と体幹を同時に鍛えるトレーニングだからね。

 

 「そこ!メジロマックイーンさん!」

 

 「!」ビクッ

 

 「膝に手をつけないように。次したら最初からだからね」

 

 「す、すみま、、せん…でした…ッ!」プルプル

 

  とメジロマックイーンが膝に手を置こうとしたのを注意する。そうしてしまうと、トレーニングの意味がないからね。

 

 「あと1時間以上ある。頑張って立つんだよ」

 

 「い、1時間もあんのかよ!」

 

  とゴールドシップが声を荒げる。まあ、この状態で辛そうじゃないヒトなんて「フア〜…」一人いたわ。

 

 「ライス、前のめりになってきてるぞ」

 

 「は、はいぃ!」プルプル

 

 「ていうか、なんであんたは平気そうなのよ!」プルプル

 

 「相変わらず、君には驚かされてばかりだよ。燈馬君」

 

  みんなが辛そうにしている中、一人燈馬君だけ涼しい顔をしていた。さっきまで腕を組んでいたシンボリルドルフさんやナリタブライアンさん、そしてシービーさんでさえ辛そうにしているのに。

 

 「(どうしよう、このままだったら燈馬君だけが余裕のままトレーニングが終わる。それだけは避けたい、そうじゃなかったらこの合宿の意味がなくなってしまう)」

 

  と試行錯誤していると。

 

 「あら!立花ちゃんじゃない!奇遇ねぇ!」

 

 「南原さん!お久しぶりです!」

 

  と外から南原さんがやってくる。

 

 「立花、この方は?」

 

 「このヒトは南原満さん、燈馬君の知り合いです」

 

 「どうも、トレセン学園のトレーナーをやっています。東条ハナです」

 

 「同じく沖野っていいます」

 

 「ご丁寧にどうも。南原満といいます。あのバ…燈馬がお世話になってます」

 

  と挨拶をする。

 

 「南原さんはどうしてここに?」

 

 「実はここで武天の陸上部が強化合宿をやっているの。そしたら、たまたまトレセンの娘達がトレーニングをしているのが見えてね。ちょっと覗いて見ようかなって思ってね」

 

 「そうだったんですね」

 

  南原さんって面倒みが良いんだなぁ。

 

 「それはそうと、何悩んでたの?」

 

 「えっと、実は燈馬君にどうやって負荷をかけたらいいか分からなくて…。変に負荷をかけてケガでもされたら元も子もないですし」

 

 「へぇ…。ねぇ、これ時間は?」

 

 「1時間半です。今、30分経過してます」

 

 「ふーん、そう」トコトコ

 

  と南原さんは何処かへ歩いて行った。

 

 「どちらへ!」

 

 「ちょっと忘れ物をしたのよ」

 

  とそのまま行ってしまった。

 

 

  〜1時間経過〜

 

 「あと30分、気を引き締めるんだよ!」

 

 「「「「は、はい!」」」」プルプル

 

  とウマ娘達に気を引き締めるよう促す。

 

 「いやー遅れごめんなさい、ちょっと持ってくるのに時間がかかっちゃってね〜」

 

  と南原さんが戻ってくる。

 

 「あの、南原さん。それって…」

 

  と南原さんはそのまま歩いて行き──。

 

 「燈馬、貴方だけ特別メニューよ」ヒョイ

 

 「?……うぐっ!!」ガシャン!

 

 「「「「!?」」」」

 

 「60kgのバーベルよ。それ担いで貴方は2倍の3時間立ってなさい」

 

 「「「「さ、3時間!?」」」」

 

 「おい、ちょっと待て!そんなことをしたら身体が壊れ「こんなことじゃこの子は壊れないわ」ッ!?」

 

 「それにそんな簡単に壊れるようなトレーニングをさせてないもの」

 

  と沖野さんや僕、オハナさんは黙って見ることしか出来なかった。

 

 「ほら、燈馬。身体が前のめりよ。姿勢を正しなさい」

 

 「うっ!くっ…。フッ!」プルプル

 

  と燈馬君がバーベルを担いだまま姿勢を正す。それと同時に足も震えだす。

 

 「あなた達はあと30分、頑張りなさい。この子は私が見といてあげる」

 

 「わ、わかりました…」

 

  と燈馬君は南原さんに任せて僕ははウマ娘達に集中した。

 

 

  〜1時間半経過〜

 

 「終了!そこまで!!」ピーッ

 

 「ぁあ!!つ、疲れた…」ドサ

 

 「た、確かに…」バタ

 

 「もう僕、動けないよ〜!」バタ

 

 「ハァハァ、会長。大丈夫、です、か?」バタ

 

 「あぁ、九死一生とはこのことだな…」ハァハァ

 

 「だが、あいつは…」ハァハァ

 

  とみんなが疲れている中──。

 

 「ほら、後1時間半よ。頑張りなさい」

 

 「くっ!…ハァハァ」プルプル

 

  燈馬君だけは立っていた。

 

 「お兄様…」ハァハァ

 

 「燈馬…」ハァハァ

 

  とチームメイトが見守る中、燈馬君は立ち続ける。

 

 「凄ぇ忍耐力だ」

 

 「えぇ。あんなのどうやったら鍛えれるのよ」

 

 「…」

 

  僕は静かに燈馬君を見守り続ける。それに燈馬君は30分で大量の汗が吹き出しており、息もきれている。あんな燈馬君、初めて見た。

 

 「ほら、立花ちゃん。次の指示を出しちゃって」

 

 「あ、はい!20分休憩したあとスピカのメンバーは沖野さんに「立花、このまま見ていていいか?」え?」

 

 「あいつが本当に3時間立つのか、見たいんだ」

 

 「…わかりました」

 

  とみんなて燈馬君を見守り続けた。

 

 

  〜2時間半経過〜

 

 「…あと30分」

 

 「ハァハァ、、ハァ…」プルプル

 

  燈馬君はまだ立ち続けている。

 

 「燈馬…」ギュッ

 

  とシービーさんが両手を握って見守る。

 

 「ふーん、ここまで我慢強いなんてね」

 

 「ま、、まぁ、、な…ハァハァ…」プルプル

 

 「それじゃあ、燈馬には────

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そのままスクワットでもしてもらおうかしら」

 

 「…は?」プルプル

 

  今、なんて…。

 

 「冗談じゃない!!そんなことをさせたら風間の身体は完全に壊れてしまうぞ!!」

 

  とオハナさんが激昂する。

 

 「冗談よ。ちょっと言ってみただけ」

 

  と笑って言う。冗談だとしてもこの状況でそんな冗談は言えない。

 

 「…おい、あいつまさか!」

 

  と沖野さんが何かに気づく。僕も遅れて沖野さんの目線の先を見る。

 

 「(燈馬君がバーベルを持ち直してる…まさか!)」

 

 「止めるんだ!燈馬君!!!」

 

  という僕の叫び声も虚しく、

 

 「ッッッァァアアアア!!」ガシャン!

 

  南原さんの言ったスクワットを始めた。

 

 「あと30分」

 

  と南原さんは燈馬君に言った。

 

 「ッァァア!!」ガシャン!

 

  燈馬君は止まることなく、スクワットを続ける。

 

 「まさかあいつ、あのまま30分乗り切る気か!?」

 

 「南原さん!燈馬君を止め「この子が決めたことよ。口出ししないで」ですが!」

 

 「彼を信じなさい」

 

  と真剣な眼差しで見てくる。本当に耐えれるというのか。

 

 

 

  〜2時間59分経過〜

 

 「あと…1分!」

 

 「ハァ、ハァ、、、ハァハァハァ、ハァ…」ガシャン!ガシャン!

 

 「姿勢!きっちりしなさい!あと10分追加するわよ!」

 

 「ウ、ソ…でしょ…」

 

 「化物、ですわ…」

 

  全員、トレーニングを忘れて燈馬君を見ていた。本当に3時間をやり切ってしまいそうだ。

 

 「3、2、1…終了!!」ピーッ

 

 「…」ガシャン…

 

  と燈馬君がスクワットの途中で止まる。

 

 「ど、どうしたんだ?」

 

 「…」ガクガク

 

 「ッ野郎!スクワットの途中で限界を迎えやがった!!」

 

 「ウソ…!」

 

  誰もが絶句する。ダメだ、あの姿勢は非常に不味い!下手をすれば大事故だ!

 

 「燈馬!もういい!降ろせ!!」

 

  シンボリルドルフさんが叫ぶ。けれど燈馬君は動かない。

 

 「どうする燈馬。このまま降ろしてもいいし、上げてもいいわよ」

 

 「──ッ!」

 

 「「「「!!」」」」

 

 「───────ッ!!!!!」ガシャン!

 

  と燈馬君が声にならない声をあげ、バーベルを上げた。

 

 「終わりよ。よく頑張ったわね」ヒョイ

 

  と南原さんは燈馬君の持つバーベルを奪い取る。

 

 「「「「「燈馬ッッ!!!」」」」」ダッ

 

  とシービーさん達が燈馬君に向かって駆け出す。

 

 「その子、横にさせてあげて」

 

  と南原さんが燈馬君を横にするよう指示する。

 

 「ッバカ!!!なんてバカなことをするの!!走れなくてもいいの!?」

 

 「そうだぞ!!いくらなんでも無茶苦茶過ぎる!!」

 

 「ルドルフの言う通りよ!!無茶しちゃって!!」

 

 「心配したんだぞ!!」

 

 「良かった…!燈馬君…!」

 

 「このたわけ、いやこの大たわけ者!!少しは自分の限界というのを自覚しろ!!」

 

  とみんなが燈馬君のそばによる。燈馬君は肩で息をしており、汗も凄かった。

 

 「こんな感じにこの子をいじめればいいわ」

 

 「僕には到底出来ないです…」

 

 「まあ、やれって言われて出来るようなものじゃないからね」スタスタ

 

  と南原さんがバーベルを担いで出口まで移動する。

 

 「私は自分のところに帰るわ。それと燈馬だけど20分くらいしたらそれなりに体力も戻ってるしトレーニングさせるなり、好きにさせてね。それじゃ」

 

  と南原さんは帰っていった。

 

 「あいつもそうだが、あの人も化物だな。60kgもあるバーベルを片手で持ってるぞ」

 

 「えぇ。あの人達って一体何者なのかしら」

 

  オハナさんと沖野さんが帰っていく南原さんを見ていてそう呟いた。あの人の筋肉量は半端じゃない。

 

 「…それじゃあ、今からお昼にしますか」

 

 「「あぁ(えぇ)」」

 

  と僕達は燈馬君のところへと向かった。




 読んで頂きありがとうございます。

 書いてみたかった“大文字焼き”。実はこのトレーニング、やってみたんですが10分くらいで限界でした。それでも3時間立ってられるってホントに凄いですよね、化物です。

 続いては2日目の夜です。お楽しみに〜

 それでは、また〜


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合同合宿 2日目(夜)

 続いて夜の話です。

 それでは、どうぞ


〜自室・燈馬side〜

 

  2日目のトレーニングも終わり、俺は自室に戻ってくつろいでいた。あの後、スピカと別れた俺達はレース場でトレーニングしていたが、俺は昼からのトレーニングは簡単なものしかやらせてくれなかった。何せ、ルドルフ達が「いいからお前は休め!」と一人ずつ交代しながら監視されていた。大丈夫だったんだがな。

 

 「(けど、この後が本番(・・)なんだよな)」

 

  ピピピッ!ピピピッ!ピピピッ!…

 

 「…行くか」

 

  と俺はジャージに着替えて部屋を出た。

 

 

  

移動中

 

 「あら、随分と早いのね」

 

  とミチルさんが腕を組んで待っていた。

 

 「まあな。それで?あいつは」

 

 「もう、そろそろよ」

 

  と待っていると───。

 

 「♪〜」

 

  と鼻歌を歌いながら、近づいてくる男が一人。

 

 「♪〜…。フッ!」ビュッ

 

 「ッ!」

 

  と男は一気に間合いを詰めてきて、飛び蹴りをする。俺は右に避け、蹴りを躱す。

 

 「ッ!」ブンッ

 

  俺は飛んでくる男の顔めがけて右ストレートをするが──。

 

 「ハッ!」パシンッ

 

  と左手で俺の右手を払い、男は距離を置く。

 

 「「……」」

 

  と無言の時間が流れる。

 

 「「ッ!」」ゴッ!!

 

  俺と男は同時にスタートし、お互いの右手がぶつかり合う。

 

 「「…」」スッ

 

  とお互いに右手を降ろし───。

 

 パシンッ!

 

  握手を交わす。

 

 「久しいな、燈馬」

 

 「久し振り、“委員長”」

 

  と委員長こと、石井 栄一(いしい えいいち)と再開した。

 

 「今は委員長ではないがな」フッ

 

 「そうだったな、悪い悪い。生徒会長さん」

 

 「全く。お前に勧められてなってみたものの、生徒会長とは色々と面倒事が多いようだ」クイッ

 

  と溜め息をつきながら眼鏡を上げる。栄一郎は武天の頃から知り合いで、小中と委員長をやっていた。だから俺は委員長って呼んでいる。

 

 「元気そうだな」

 

 「まあな」フッ

 

  と栄一は笑いながら答える。

 

 「感動の再開はそこまででいいかしら」トコトコ

 

 「別に感動の再開って程でもないですよ」

 

 「まぁ、委員長とも連絡は取ってるしな」

 

 「そう。──それじゃあ、始めましょうか。私達のトレーニングを」

 

 「「あぁ」」

 

  とミチルさんの号令のもと、トレーニングが始まる。

 

 「今日はウォーミングアップとしてこの山を駆け回ってもらうわ」

 

  と目の前の山を指す。それ程高くはないが範囲が広そうだ。

 

 「それとこれを背負ってもらうわ」ドスッ

 

 「これは?」

 

 「砂よ。60kgあるわ。それを背負って山を登り降りしてもらうわ」

 

 「それと燈馬、貴方には今日からこれを付けてトレーニングしなさい」ハイ

 

 「これは?」

 

 「低酸素マスクよ。それを付けると吸う酸素がカットされるの。それ付けてトレーニングしなさい」

 

 「わかった」

 

  とマスクを付け、試しに呼吸をすると確かに吸う時に空気が余り入ってこないので息がしづらい。

 

 「今その状態で50%カットされているわ。口元にあるバルブを調節すれば最大80%カット出来るわ」

 

  とマスクのバルブを最大まで回す。すると空気がマスク内に入ってくる量が更に少なくなる。標高の高い山にいるみたいだ。

 

 「なるほど、これとそのリュックを背負って走れば良いんだな」

 

 「えぇ。この山は大体300mあるから頂上からここまで10往復してね」

 

 「了解」

 

 「それじゃあ、行ってきなさい」パンッ

 

  とミチルさんが手を叩く。それと一緒に俺と栄一郎は山の中へと走っていく。

 

 

 

 

  〜1時間半後〜

 

 「「ハァハァハァ…」」

 

 「栄一、遅れてるわよ」

 

 「ハァハァ…。わかって、ます、、よ…そんな、、こと…ハァ…」

 

 「燈馬、もっとペースを上げなさい」

 

 「クッ…ハァ…。今、、何往復だ…」

 

 「栄一が3往復、燈馬が5往復ね。燈馬、6往復目からは20分で返ってきなさい。遅れたら2往復追加よ」

 

 「ッ!」ダッ

 

 「栄一、貴方は3往復分離れたら2往復追加。いいわね」

 

 「クッソ…!」ダッ

 

 

 

 「ハァハァ…この山、斜面…キツ、くないか?」ハァハァ

 

 「あぁ、それに…少し、湿っている…。足元も悪いから…余計に…体力が、持ってい…かれるな」

 

 「それにお前、低酸素マスクだろ…。キツくないのか」ハァハァ

 

 「キツいに、決まってる。試しに…80%でやってみたが、最初の折り返しの時にはほぼ酸欠状態だった…。今は50%に戻してる」ハァ

 

  流石に酸欠状態で走るのは無理があると判断して今は元に戻してはいるが50%もかなりキツい。

 

 「先に、行くぞ。…今の状態で、追加なんてされたら…敵わん」ハァハァ

 

 「ま、て…。と、う…ま」ハァハァ

 

  と頂上を目指して走り続けた。

 

 

 

 

 

 

 「終了よ。お疲れ様」

 

 「「ハァハァハァ…」」

 

  とおわりのこえがきこえる。やばい…あたまが、まわってない…。

 

 「燈馬は16、栄一は14ね。久し振りにしては上出来ね」

 

 「ダメだ…頭が、ま、わら、ん」ハァハァ

 

 「…お、なじ、、く…」ハァハァ

 

  と栄一が俺の言葉に同意する。なんせ酸素が脳にいっていないので頭がクラクラする。

 

 「明日から本格的にするから明日の朝の4時には海岸に来なさい。いいわね」

 

 「「お、おう…」」フラフラ

 

  とミチルさんはホテルへと帰っていく。

 

 「少し、時間あるか?」フラ

 

 「?」

 

  と俺と栄一は海岸へと移動する。

 

 「はい、これ。お前が調べて欲しいって言ってたやつ」パサ

 

 「あぁ。ありがとう。相変わらず仕事が早いな」ペラッ

 

 「お前からの頼まれごとには慣れてるからな」

 

  栄一は情報収集能力がもの凄く高い。そこら辺のハッカーなんて諸共しないだろう。それぐらい、栄一の能力は凄まじいのだ。

 

 「調べてわかったんだが、そいつかなりのクズだな」

 

 「だろうな。お前の資料を見ているとかなりのクズだな」ペラッ

 

  と資料を読み進めていく。

 

 「だが、俺はこれよりも上のクズを知っている」

 

 「…」

 

  と栄一の言葉に俺の資料を読む手が止まる。

 

 「安心しろ。あいつは今、理事長と校長の監視下にある。下手に動けば自分の首を締めるだけだ」

 

 「…そうだな」

 

 「俺もあいつの動きには監視をするつもりだ。あいつが動くと碌なことが無い」

 

 「流石、委員長さまさまだ」

 

 「生徒会長だ」クイッ

 

  と栄一は眼鏡をあげる。

 

 「それはそうと、報酬のアレは?」

 

 「ん」スッ

 

  と俺は上着のポケットから封筒を取り出し、栄一に渡す。

 

 「ちゃんと撮ってきてやったぞ────

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

スマートファルコンの写真」

 

 

 「ファル子ぉぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!!」

 

 「いつ見ても、キュートで可愛いなファル子!!なぁ次のライブはいつなんだ!?」

 

 「確か、来週の土曜「よっしゃー!!!ちゃんと最前列で見るからな!待ってろよ、ファル子!!!」…」

 

  と栄一は勢いよく立ち上がり、ホテルへと帰って行った。

 

 「全く、あいつのドルヲタは健全だな」ハァ…

 

  溜め息をつく。栄一はこれでもかと言わんばかりの生粋のアイドルヲタクだ。お小遣いは全てアイドルに注ぎ込むほどでヲタ芸と言われるものを踊れるそうだ。それが何故、スマートファルコンだと言うと栄一が当時推していたアイドルの熱愛疑惑が週刊誌により発覚、炎上した。それを聞いた栄一は嘘だと信じるも熱愛が事実と言うことが判明し、部屋に引き籠もってしまった。そのアイドルは歌やダンスがとてもうまかったのだが、よく不祥事を起こすことでも有名だった。熱愛報道でグループは解散しそのアイドルは行方を眩ませたとか。

  そんな栄一を立ち直らせたのが“スマートファルコン”だ。自称ウマドルと言いながらいつも路上ライブなんかをやっているそうだ。それを見た栄一はドルヲタの魂とやらが再熱、今やスマートファルコンのライブは欠かさず行っているんだとか。

 

 「さて、俺もそろそろホテルに戻ろう」

 

  と資料を片手にホテルへと戻って行く。

 

 

 

 

 

 「まあ、この時間だったら誰もいないだろ」ガチャ

 

 「…」

 

 「…」

 

  バタン…

 

  ダレカイタ。しかも朝と同じように。

 

 「きっと疲れているんだ、そうに違いない。さっさと寝よう」ガチャ

 

 「…」

 

 「…」

 

 「お邪魔しまし『ガンッ!』!!」

 

 「何処に行っていたんだ?たわけ」ググッ

 

 「エアグルーヴこそ何しに来た」ググッ

 

 「私は貴様がちゃんと部屋で休んでいるか見に来ていたんだ」ググッ

 

 「わざわざご苦労さま。けど、部屋に入ってまで待つ必要なかったんじゃないのか?」ググッ

 

 「お前の部屋が余りにも散らかっていたからな。見るに堪えないと思って整理しておいた」ググッ

 

 「それはどうも」

 

 グゥ〜〜…

 

 「…何処に行っていたのかは後で聞くとして、まずお前の腹の虫を収めないとな。食事を持ってきている、食べるか?」

 

 「…頂く」

 

  と部屋に入ると机の上に豚かつと味噌汁、白ご飯に酢の物があった。ミチルさんのトレーニングが始まるまでの間、何も食べていなかったから正直有り難い。

 

 「さっさと食べろ。たわけ」

 

 「いただきます」

 

  と豚かつを一切れ口に運ぶ。サクッとした食感に肉汁のある豚かつが口の中に広がる。

 

 「美味いな、今日の夕飯はこれだったのか?」モグモグ

 

 「いや、今日の夕飯はカレーライスだ」

 

  ───え?

 

 「え、じゃあ誰がこれを?」

 

 「私だが」

 

  と俺の向かいに座るエアグルーヴが真顔で言う。マジ?

 

 「本当だ、たわけ」

 

 「さらっと心の声を読むな」モグモグ

 

  と箸を進める。しかしエアグルーヴの奴、また腕を上げたな。揚げ物まで作れるようになったのか。俺も作れないことはないがクッ○ドゥを使ってじゃないと無理だ。実質、作れないのと同じか。

 

 「…ご馳走さん、美味かった」

 

 「そうか。口に合って良かった」

 

 「それじゃ、俺は風呂に「待て」…」

 

  とエアグルーヴが立ち上がろうとする俺の肩を掴む。

 

 「話してもらおうか、何をしていたのかを」ゴゴゴゴ…

 

 「は、話します…」

 

  とエアグルーヴにトレーニング後の話をする。ミチルさんのトレーニングだと言うことは伏せて。

 

 「…全く、貴様はアホか!あれだけトレーニングをするなと私が忠告しておいて無視してトレーニングか!」

 

 「いや、トレーニングが余り出来なくて「しただろうが!あのあとマラソンに坂道ダッシュ、筋トレだって!まだ足りないというのか!」し、したが…」

 

  はぁ…とおでこに手を当てて溜め息をつく。まぁ昼飯食ってる最中に体力は戻ってたしな。

 

 「…よし、決めた」

 

  と腕を組んで俺の前に立つ。

 

 「貴様がちゃんと寝るかどうか監視する」

 

 「は?」

 

  何を言ってんだ、こいつ。

 

 「貴様がこの後トレーニングをしかねんかもしれん。だから私が貴様がちゃんと寝るまで監視する」

 

 「そんなことしなくてもちゃんと寝るよ。エアグルーヴは自分の部屋に『ダンッ!』!」

 

 「ダメだ。貴様は私の忠告を破った、だから監視する。異論は認めん」ハイライトオフ

 

  と睨みながら言ってくる。エアグルーヴ、結構怒ってるわ。

 

 「…寝たらさっさと帰れよ」

 

 「わかった」

 

  と服を持って風呂場に行く。

 

 「それと、覗くなよ」

 

 「す、するか!たわけ!!さっさと行け!!」

 

 「はいはい」

 

  と返事をして俺は風呂場に入った。

 

 

 

  〜エアグルーヴside〜

 

 「全く、何を巫山戯たことを言っているんだ。たわけ」

 

  と私はあいつの食べた食器を持って食堂へと歩いて行く。

 

 

 

 「あら!あなたはさっきの」

 

 「料理長さん。すみません、わざわざ台所を使わせて頂いて」

 

 「いいのよ、気にしないで!それよりも喜んでくれたの?その言ってた人!」

 

 「はい、とても喜んでくれました」

 

 「そうなの!良かったわね!」

 

  食堂に着くと料理長さんが居らしていた。どうやら明日の朝食の仕込みをしているそうだ。

 

 「夜遅くまでお疲れさまです」ペコッ

 

 「ありがとう。まあこれが厨房の仕事なのだけれどね。食器は私が片しといてあげるわ」ヒョイ

 

  と私が持っていた食器を料理長が取り上げる。

 

 「いえ、そんな!私がお願いしたのに「いいのよ!今は手が空いているし、それに私は何かしないと落ち着かない主義なのよ。ね?」…そうですか、それではお願いします」

 

  と食器洗いを任せて私は洗濯室へと向かった。

 

 

 

 「ん、しっかり乾いているな」

 

  と乾燥機から服を取り出す。今日はトレーニング中、服が汚れてしまったので洗濯をしていた。

 

 「(これが私ので、これが…)」ピラッ

 

  と一枚の服を取り出す。私と同じ学校指定のジャージだが、実を言うとこのジャージは私の物ではない。

 

 「これが、燈馬のジャージ…」バサッ

 

  とジャージを広げる。普段、燈馬のジャージはトレーニングなどで見たことはあるが、こう間近で見ると私達のと一緒の作りになってるんだな。

 

 「はっ!いかん、すぐに戻らねば」

 

  とジャージをカゴの中に入れ、燈馬の部屋へと向かった。

 

 

 

 「燈馬、入るぞ」ガチャ

 

 「ん」ブォ〜〜

 

  部屋に入ると燈馬は風呂上がりで髪を乾かしていた。

 

 「それって誰の?」

 

 「私とお前のだ」

 

 「洗濯もしたの?」

 

 「あぁ、随分と汚れていたからな」

 

  と右手に持っていたカゴを燈馬に渡す。

 

 「わざわざどうも」

 

  と燈馬は空いた手で受け取り、鞄の近くに置いた。

 

 「…なぁ、本当に俺が寝るまで居るつもりか?明日も早いんだから部屋に戻って寝たほうがいいぞ」

 

 「何をいう、私が寝るまで監視すると言ったんだ。言ったからには寝るまでちゃんと居る」

 

 「見られると寝づらいんだけど」

 

 「寝かしつけてやろうか?」

 

  というと燈馬は溜め息をついてベッドに倒れ込む。

 

 「今日は疲れたから寝るわ。お前も早く寝ろよ」

 

 「言われるまでもない」

 

 「お休み」パチッ

 

  と燈馬が電気を消して就寝した。

 

 「(…今からトレーニングはしないだろう。私も戻るか)」

 

  私はカゴを持って静かに燈馬の部屋を出て、自室へと向かった。

 

 

 

 「私も寝るか」

 

  と風呂に入り、髪と尻尾の手入れ、明日の用意をしてからベッドに入り、明日に向けて就寝した。




 読んで頂きありがとうございます。

 続いては合宿3日目、頑張ります。

 それでは、また〜


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合同合宿 3日目






 3日目、はっじまるよ〜!


  〜ホテル自室・エアグルーヴside〜

 

 ピピピピ…ピピピピ…ピピピピ…

 

 「ん〜…」カチッ

 

  目覚ましの音が部屋に鳴り響き、目が覚める。目覚ましの音を止め、時間を見る。今は6時50分だ。

 

 「(朝食は7時半だから、まだ時間はあるな)」

 

  とベッドから立ち上がり、化粧台まで行き髪と尻尾を解かす。そして、ポーチから化粧箱を取り出す。

 

 「…」サラサラ

 

  と鏡を見ながらアイシャドウを描き、リップクリームを塗る。

 

 「…よし、今日もちゃんと描けているな」

 

  と鏡でアイシャドウを確認し、服を着替える────。

 

 「ん?」

 

  着替えるのだが、服が入らない。主に胸が。

 

 「(おかしい、こんなにも服が小さい訳がない)」グッグッ

 

  と何度か服が着れるか試してみる。

 

 「(…よし、何とか入ったな。少しキツいが…)」

 

  と苦戦するも服を着ることが出来た。

 

 「今は7時15分か。少し早いが食堂へ向かおう」

 

  と部屋を出て食堂に向かった。

 

 

  〜食堂〜

 

 「おはよう、エアグルーヴ」

 

 「おはよう御座います、会長」ガタッ

 

  食堂に着くと会長が先にいらしていた。会長は腕を組んで朝食の時間が来るまで待っていた。誰よりも一番に来るとは…流石会長、と思っていると他のウマ娘達も続々と食堂に入ってきた。

 

 「よし、みんな来ているな」

 

  と最後にトレーナーがやってきて、今日の予定を話す。

 

 「今日の予定は昨日と同じ9時からだ。今日は海でのトレーニングを行う為、水着で来るように」

 

 「「「「はい!」」」」

 

 「それでは、朝食を食べよう」

 

 「「「「いただきます」」」」

 

  と食堂に居るウマ娘達が箸を持って食事をしていく。

 

 「今日のご飯も美味しいデース!!」パクパク

 

 「おかわりを貰ってこよう」パクパク

 

 「今日のご飯も精が出るな」パクパク

 

 「はい、会長」モグモグ

 

  と食べ進めていく。

 

 「…おはようございまーす」スタスタ

 

 「遅いぞ、遅刻だたわけ」

 

 「おはよう燈馬。そんなにも眠そうにどうしたんだ?」

 

  と燈馬が遅れてやって来る。全く、時間はきっちり守らんか。

 

 「いや、余り寝付けなくてな」パクパク

 

  と会長の隣に座り、ご飯を食べ始める。

 

 「それより燈馬、君に聞きたいことがあるんだ」

 

 「なんだ?」

 

 「何故君の方から───────

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

エアグルーヴの匂いがするんだ?」ハイライトオフ

 

 「「「「え?」」」」ハイライトオフ

 

  ブライアン、シービーさん、マルゼンスキーさん、フジキセキが反応する。

 

 「ん?あぁこれか?エアグルーヴが洗濯してくれててな。それでじゃないか?」モグモグ

 

  と食べながら燈馬が説明する。

 

 「ほ〜う、エアグルーヴが」チラッ

 

  と会長がこちらをチラリと見る。

 

 「燈馬がキチンと休んでいるか確かめに行ったんです」

 

 「だったら、洗濯する必要はないんじゃないのか?」

 

 「いえ、余りにも汚れていたので洗濯させて頂きました」

 

  と昨日なぜ燈馬の服を洗濯したのかを説明する。

 

 「それとさ、エアグルーヴ」

 

 「なんだ?」

 

 「お前、俺の服(・・・)着てない?」

 

 パキッ!

 

 「「「「「は?」」」」」ハイライトオフ

 

  箸の折れる音が響く。やはりか。

 

 「やはり、お前の服だったか。どうやらあの時に間違えたようだ」

 

 「そうか。…んでなんで着てるの?」

 

  と聞いてくる。少しからかってやろう。

 

 「てっきり私のものかと思ったんだ」

 

 「だったら着る段階で気づくだろ」

 

 「気づかない時だってあるんじゃないのか?」

 

 「…はぁ。後で返してくれ」ガタッ

 

  と燈馬は食べ終えて、食堂を出て行った。

 

 「どうして、君が燈馬の服を着ているんだ?」

 

 「燈馬に私のものと間違えて渡してしまったんです。それで朝は私のものだと思って着ていたんですが、燈馬の言葉で合点がいきました」

 

 「嘘では…なさそうだな」

 

  と会長も朝食を食べ進めていくのを見て、私も食べるのを再開する。

 

 

 

 「ほら。お前の服だ」

 

  私は食堂を出た後、燈馬の部屋に向かい服を返しに行った。

 

 「どうも」

 

  と燈馬は私が着ていた服を受け取る。

 

 「それで?私の服は何処だ?」

 

 「えーっと…」

 

  と燈馬は私の服を探し始める。

 

  〜⏰〜

 

 「おい、まだか」

 

 「いや、確かにここに仕舞ったんだがな」ゴソゴソ

 

  あれから燈馬はずっと私の服を探している。自分で片付けたのなら場所くらい覚えていろ。

 

 「(ん?待てよ…)」

 

  と食堂での会話を振り返る。確か、おかしな会話が一つあったはず──────。

 

  “何故君からエアグルーヴの匂いがするんだ”

 

  ──────そうか。

 

 「燈馬」

 

 「なんだ?」

 

 「お前、私の服(・・・)を着てはいないか?」

 

 「まさか。そんな訳……」ピラッ

 

  と燈馬が服のタグを確認する。

 

 「……」

 

  確認するなり、燈馬が固まってしまう。

 

 「どうした。何か言ったらどうなんだ」

 

  というと燈馬は口を開く。

 

 「………すまん。お前のだったわ」

 

 「…やはりか」ハァ

 

  道理でおかしいはずだ。今、燈馬の服は私が持っているのに何故燈馬から私の匂いがするはずがない。考えられるとすれば私の服を着ているくらいだ。

 

 「すまん。洗って返す」

 

 「いい。それにもう時間がないしな」クイッ

 

  と時計を指す。今8時45分だ。今から取りに帰ろうとすると時間がない。

 

 「いい訳ないだろ。第一、男が着てるんだぞ。その後に着たいなんて言う奴がいるか?」

 

 「まずいない。だが時間がないんだ、早く寄越せ」

 

 「だったら「いいから寄越せ」…わかったわかった」

 

  と燈馬は服を脱いで私に渡してくる。

 

 「全く、着る時に気づくんじゃないのか?」

 

 「お前の食堂で言った言葉、そっくりそのまま返す」

 

  と燈馬は私から受け取った服を着る。それを見て私は脱衣場へ移動し燈馬から返してもらった服を着る…のだが。

 

 「(あいつが一度、この服を着ているのか…)」ドキドキ

 

 「(ってな、何故私はドキドキしているんだ!あいつが一度着ているくらい造作もない…はず…)」ドキドキ

 

  もらった半袖シャツを広げる。多少シワがあるがそんなことなどどうでもいい。それに少しいい匂いがする。

 

 「(ええい!覚悟を決めろ!私は女帝エアグルーヴだ!あ、あいつが着た後の服一枚や二枚、着れないことなんてないんだ!)」ドキドキ

 

  と恐る恐る右腕を袖に通し、左腕も通す。後は頭を通すだけ。

 

 「(着るぞ、着るぞ着るぞ!私は着るぞ!私は着るんだ!)」

 

  と頭を入れ、襟から顔を出す。

 

 「(き、着てしまった…。それに燈馬の匂いが…)」スンスン

 

  と服についた燈馬の匂いを嗅いでいると。

 

 「エアグルーヴ、まだか?」

 

 「ひゃあ!///き、急に話しかけるな!たわけ!!」

 

 「いや俺達、時間ヤバいぞ」

 

 「時間?」

 

  と時計を見る。

 

      只今の時刻 8時57分

 

  私は脱衣場を飛び出して、集合まで全力で走った。

 

 

 

  〜海辺・燈馬side〜

 

 「それでは、合宿3日目のトレーニングを始める。全員水着に着替えたな?」

 

 「「「「「はい!」」」」」

 

 「では各自、ストレッチやウォーミングアップを始めてくれ」

 

  とリギルのトレーナーが言うとウマ娘達はバラけてウォーミングアップを開始した。

 

 「僕達は2人一組でストレッチをやってね」

 

 「う〜ん!う〜ん!」ググッ

 

 「頑張れライス。まだいけるぞ」グイッグイッ

 

 「タイシンちゃ〜ん!ちゃんと伸ばさないとダメですよ〜」

 

 「わかってるよ、それくらい」グイ〜

 

  とトレーナーの指示のもと、俺達はストレッチをやっていた。

 

 「みんな張り切ってるね〜」

 

 「そうだな」

 

  俺はシービーと組んで、ストレッチをしている。

 

 「それよりも燈馬」

 

 「なんだ?」

 

 「なんで燈馬だけジャージ着てるのさ!脱いでよ!」

 

 「別にいいだろ、始まる時に脱げばいいし」

 

  良くない!と言いながらシービーはムスッとした表情をしていた。何がいけないんだよ。

 

 「だって、男の人の裸なんて見たことないもん!」

 

 「見たことないって本気で言ってるのか?あんなにも抱きついてきたくせに」

 

 「服の上からなんてわからないもん」

 

 「小さい頃とかに見てるだろ」

 

 「私、親の都合で幼稚園と小学生の時は周りみんな女子だったよ」

 

  そうだった。こいつの親はあのトウショウ家だ。トウショウ家とは昔からある名家の一つで他にもシンボリ家、アグネス家、メジロ家、スキー家、サトノ家などウマ娘界や俺達一般人でもわかるような家柄だ。けどもう一つ、家柄といえば家柄だがさっき挙げられた名家よりも古いある一族(・・・・)が存在していたとかなんとか。まあでも、その一族は滅んだとは聞いたがな。

 

 「じゃあトレーナーの身体でも見てこい」

 

 「やだ!私は燈馬の身体が見たいの!!」

 

  どういった神経をしているんだ、こいつ。頭が痛くなってきた。

 

 「全員集合!これよりトレーニングを始める」

 

 「ほら、行くぞ」スッ

 

 「……。わかったよ」スッ

 

  とリギルのトレーナーのところへ集まる。

 

 「これより、お前達には遠泳をやってもらう。ここからあの島まで往復で30kmあり、それを3時間で泳ぎ切ってもらう。いいな?」

 

  とリギルのトレーナーは今いる反対の島を指差す。

 

 「「「「「はい!」」」」」

 

 「そして風間、お前は皆から30分遅れのスタートで泳いでもらう。いいな?」

 

 「了解」

 

  実質2時間半か。行けないことはないな。

 

 「よし。それでは全員海岸沿いに並べ」

 

  とウマ娘達全員が並ぶ。

 

 「遠泳、はじめ!!」ピーッ!!

 

 

 ザバーン!!!

 

  と笛の合図でウマ娘達が次々と海へ飛び込んで行く。

 

 「そんじゃ、俺は筋トレでもしとくわ」

 

 「サポートするよ」

 

  と30分が経つのを待った。

 

   〜⏰〜

 

 「時間だ。行け」

 

 「はいよ」ザバーン

 

  と俺も海の中へと飛び込む。海の中は冷たく気持ちがいい。

 

 「(さて時間がない。急ごう)」

 

  俺はクロールで向かいの島まで泳いで行った。ついでにアレがあるか確認もしておこう。

 

 

 

  〜2時間50分経過・トレーナーside〜

 

 「よし合格」

 

 「は、はい〜…」バタ

 

  と次々にウマ娘達が帰ってくる。さっき帰って来たのはライスさんだ。

 

 「遠泳となればやはり疲れが顔に出ていますね」

 

 「そうね」

 

  とオハナさんと一緒に帰って来たウマ娘達の表情を見る。シンボリルドルフさんやシービーさん、マルゼンスキーさんなんかも顔がしんどそうだ。タイキシャトルさんなんか、もう死にそうな顔をしている。

 

 「あとはあの子だけね」

 

 「はい」

 

  と燈馬君の帰りを待っていた。燈馬君はみんなから30分遅れてスタートしていて、さらにみんなと同じ3時間以内に帰って来ないといけない。普通に考えて絶対に不可能だ。けど────。

 

 「けど、不可能を可能にするのが燈馬君なんだよな〜」

 

  この合宿で幾度となく不可能と思われる課題をクリアしてきた。だからこの遠泳も必ずクリアするという確信がある。

 

 「ん?あれは…」

 

  とオハナさんが海の方を見つめる。そして海から人影が現れこちらに近づいてくる。

 

 「立花、今の時間は?」

 

 「2時間58分です」

 

 「クリアってことね」

 

  と段々と近づいてくる人影───燈馬君が帰ってくる。

 

 「ハァハァ」バシャッバシャッ

 

 「おかえり燈馬君」

 

  と燈馬君は僕の横を通り抜けていく。

 

 「凄いね、服を着たまま泳ぐなんて。結構体力使ったでしょ」

 

 「まあな。いいトレーニングになった」

 

  と服を脱ぎ始める。因みにだけどジャージの下は水着だ。

 

 「ふぅ〜」

 

  と燈馬君は大きく息を吐きながら服を置きに行った。

 

 「凄いわね、あの子の筋肉。ホントに高校生なのかしら」

 

 「ええ。左右均等にとれた筋肉、無駄のない脂肪、腹筋に背筋、そして腕の筋肉量。素晴らしいです」

 

  燈馬君の身体はボディービルダーとまでは遠く及ばないがアスリート並みの筋肉量はある。そしてそれを見たウマ娘達は…。

 

 「「「「……」」」」ジィ〜

 

  と燈馬君を見ていた。その中でもシービーさんやシンボリルドルフさんなどはというと…。

 

 「「「「…///」」」」ジィ〜

 

  顔を赤くして燈馬君の身体を見ていた。そりゃあ男の裸なんて見る機会なんてないしね。

 

 「(それにしても燈馬君、若干疲れてないかな)」

 

  遠くからだけど燈馬君の顔に少し疲れが見えている。合宿の疲れが溜まってきたのかな。

 

 「燈馬、その…」

 

  とシンボリルドルフさんが燈馬君に近づく。

 

 「どうした?」

 

 「その…身体を、触らせてはくれないだろうか///」モジモジ

 

 「何言ってんだ。普段から抱きついてくるじゃないか」

 

 「そ、それとこれとは別じゃないか!///」

 

  とシンボリルドルフさんが燈馬君に身体を触らせて欲しいと懇願する。ウマ娘なら特に有名な名家だったら触る他、見ることなんてそうはないよね。ていうか抱きつかれてるなんて初めて知ったんだけど。

 

 「お前達、次のトレーニングをするぞ。集まれ!」

 

 「「「「はい」」」」

 

  とオハナさんの掛け声とともにウマ娘達が集まってくる。

 

 「ほら行くぞ」

 

 「〜!絶対に触らせてもらうからな!」

 

  と燈馬君とシンボリルドルフさんも遅れてやってくる。シンボリルドルフさん、どうしてそんなにも燈馬君の身体に触るのに必死なんだ。

 

 「では、次のトレーニングに移る」

 

 

  〜砂浜・燈馬side〜

 

 「よ〜い…どん!」バッ

 

 「「!!」」タタタッ

 

 「構えて〜…。よ〜い、どん!」

 

 「「!!」」タタタッ

 

  と俺達は砂浜でダッシュ走をしている。直線300mをひたすらに走り続ける鬼のダッシュ走だ。

 

 「次はあんたかい?」

 

 「アマさんか」

 

  おうよ!と気合が入っているのはアマさんことヒシアマゾン。美浦寮の寮長でみんなからヒシアマ姐さんなんて呼ばれてる。頼れる姉御肌ってところか。

 

 「あんたとはタイマンしてみたかったんだ!」ビシッ

 

  と指を指してくる。タイマンとは文字通り一対一のタイマン勝負。アマさんは口癖の如く、強い相手にはタイマンタイマンと言い放っている。俺もその内の一人だ。

 

 「レースでのタイマンはしないのか?」

 

 「これはこれ、レースはレース。アタシはどんな時だってタイマンだ!」

 

  と訳のわからないタイマン論を口にする。本当にタイマンが好きだな、こいつ。

 

 「それじゃあ二人共、構えて〜…」

 

  とトレーナーの声でスタートの構えをする。

 

 「よ〜い、どん!」

 

 「「!!」」タタタッ

 

  スタートを切る。今はアマさんが僅かに前。

 

 「ッ!」ダッ

 

  と足に力を入れてスピードを上げる。

 

 「なに!?」

 

  とゴールまであと100mのところで俺が前に出る。

 

 「負けるかぁああ!」タタタッ

 

  とアマさんも上げてるくるが────。

 

 「一着、風間!」

 

 「ハァハァ…クッソォォォオオ!!」

 

  一着でゴール。アマさんは寝転がって悔しいそうにする。

 

 「50回やって負けなしとは流石だな、風間」

 

 「ありがとうございます」

 

 「あんた、負けなしって本当かい!?」

 

 「ああ。今のところな」

 

  現在、砂浜ダッシュを一人50回やっているが一度も負けてない。ルドルフやマルゼンスキーなどともやったがどれも全て勝っている。

 

 「ではヒシアマゾン、腕立て伏せ用意」

 

 「クッソ〜〜!次は絶対に勝つからな!!!」

 

  と叫びながら腕立てを始めるアマさん。

 

 「頑張れよ」

 

  とエールを送って俺はスタート位置に戻る。このトレーニングは負けたほうは腕立て伏せ30回と中々ハードなものだ。ペアは自由、誰と組むかはその人次第だ。

 

 「次は私とやってもらおうか、燈馬」

 

 「ブライアンか」

 

  俺の次の相手に現れたのはブライアンだ。

 

 「いいのか?また腕立てだぞ?」

 

 「お前を今度こそ負かす」フッ

 

  と俺を負かすことに張り切っていた。確かブライアンは俺との競争で12連敗だっけ。

 

 「他の奴とも組んでやれよ」

 

 「他の奴は全員、一度勝ってる。あとはお前だけだ」

 

  へぇ、ルドルフやシービーにようやく勝ったと。

 

 「わかった、やろうか」スッ

 

 「望むところだ」スッ

 

  とスタートの構えをする。

 

 「それじゃあラスト、いくよ!…よ〜い、どん!!」

 

 「はぁあああ!!」ダッ

 

  とブライアンがロケットスタートをかます。

 

 「こいつは不味いな」

 

  と足に力を入れてスピードを上げる。差はほぼハナ差、ブライアン優勢。

 

 「ッ!」ダンッ

 

  更に力を入れて加速。

 

 「はぁああ!!」ダッ

 

  ブライアンも加速する。

 

 「差せ!ブライアン!」

 

 「いけるぞ!」

 

 「いっけぇえええ!」

 

  とブライアンの声援が強くなる。残り50m。

 

 「フッ!」ダンッ

 

  再び加速。

 

 「ゴール!勝者、風間!」

 

 「チッ!クソ!」ハァハァ

 

  とブライアンが悔しい声を出す。ほぼハナ差でゴール。正直言って危なかった。あの瞬間、加速しなかったら間違いなくブライアンが勝っていた。

 

 「惜しかったな、ブライアン」パチパチ

 

 「燈馬もナイスランだったよ」パチパチ

 

 「うんうん!二人共チョベリグな走りだったわよ!!」パチパチ

 

  と見ていたウマ娘達に拍手が起こる。

 

 「次はレースだ。必ず勝つ」

 

  とブライアンが強い眼差しで見てくる。

 

 「俺も負けないように頑張るよ」

 

  とお互いに次はレースで走ることを約束し、今日の合宿は終了した。

 

 「いい感じに終わらせたと思うなよブライアン。お前、負けたんだから腕立て忘れんなよ?」

 

 「チッ」

 

  とブライアンは腕立てを始めたのであった。

 

 

 

  〜夜〜

 

 「は〜い、今日もここまで。お疲れ様」

 

 「「ハァハァ…」」

 

  合宿のトレーニング後、俺はミチルさんのところへ行ってトレーニングをしていた。今日も今日とてハードなメニューだ。

 

 「ったく、こんな暗い時に海を泳がせる奴がいるか!」ハァハァ

 

  と栄一がミチルさんに言い放った。

 

 「いいじゃない。島の往復じゃなくて周りを泳がせたんだし、遭難しないから大丈夫でしょ」

 

 「そういう問題じゃない!」

 

  夜の海は危険だ。方角は愚か、遭難してしまえば帰ることすら出来ない。ホントヤバイなこの人。因みに今日のトレーニングはこの合宿場を1周泳ぐだけだが、周りだけで約80kmありハードにも限度があるって言うくらいだ。

 

 「大丈夫大丈夫。こうやって帰って来てるんだし、気にしない気にしない」

 

 「ハァ〜〜…」

 

  と栄一は大きな溜め息を吐く。

 

 「それより燈馬、あんたまたアレやるの?」

 

 「まぁな。英道や淳もやるって言ってたし頼むわ」

 

 「了解。それじゃああんた達、早くホテルに戻りなさいね〜」

 

  とミチルさんはホテルへと帰って行った。

 

 「今年もアレをやるのか。よく生きて帰ってこれるな」

 

 「まあ、やっていれば慣れたもんだぞ」

 

  と息を整えながら会話をする。

 

  ♪〜

 

 「電話だぞ」

 

 「あぁ。誰からだ?」

 

  と携帯を見る。一件のメッセージが来ていて、送り主はスズカだ。

 

 『ごめんなさい、今から会えるかな。ホテルの前で待ってる』

 

  とのこと。一体なんだろうか。

 

 「悪い、急用が出来た。先に帰る」タタタッ

 

 「おう、またな」

 

  と携帯を閉じてホテルまで走って移動した。

 

 

  〜ホテル前〜

 

 「スズカ」タタタッ

 

 「あ、燈馬君」

 

  とスズカがこちらにやってくる。

 

 「ごめんね、急に呼び出しちゃって」

 

 「構わない。それでどうしたんだ?」

 

 「実はね…」

 

  とスズカの口がもごもごし始める。どうしたんだろうか…あっ。

 

 「もしかして、トレーニングのことか?」

 

 「え…」

 

  そういえば、学園で約束していたな。それでだろうな。

 

 「約束してたもんな。今からだったら砂浜のトレーニングが出来るかもしれない。行こうか」

 

  と砂浜に向かって歩こうとした─────。

 

 「待って!」ガシッ

 

  とスズカに腕を掴まれる。

 

 「トレーニングなら早めにやったほうが「違うの!」え?」

 

 「だから違うの。トレーニングじゃないの」

 

  トレーニングじゃない?どういうことだ。

 

 「あのね、実は…」

 

 「実は?」

 

 「実は明日の夏祭り、一緒行かな…行きませんか!」

 

  祭り?

 

 「ここの近くでお祭りがあるの。この辺りじゃ有名でね、花火もあって綺麗だって言うの。だから」

 

 「だから俺と行きたいと」

 

  コクリと頷くスズカ。そういえば、ホテルに貼り紙があったな。

 

 「祭りか…」

 

 「もしかして、お祭りって苦手…?」

 

 「いや、そもそも祭りに行ったことがないんだ」

 

 「そ、そうなの!?」

 

  とスズカが驚く。

 

 「あぁ。なんせ祭りには縁がなかったからな」

 

 「だ、だったら尚更行くべきだよ!行こう!」ズイッ

 

 「お、おう」

 

  とスズカに圧されて行くことが決まった。

 

 「スズカ、トレーニングの件はどうするんだ?」

 

 「トレーニングなんだけど、ごめんなさい。夏祭りに誘おうと思って間違えて言っちゃったの…。怒った?」

 

 「いいや、誰にでも間違いはある。怒ったりなんかしない」

 

 「ありがとう。それじゃあこの山の上に神社の鳥居があるの。そこに夜の6時でいいかな?」

 

 「わかった」

 

 「また明日ね!燈馬君」タタッ

 

 「またな」

 

  と上機嫌に走って行くスズカの背中を見送って俺はホテルへと入って行った。

 

 

 

 

 「さて、燈馬。何処に行っていたのかな〜?」ハイライトオフ

 

  と俺の部屋にいたフジに何処にいたのかを聞かれ、夜遅くまで外出していたのと夕食の時にいなかったことについて軽く説教を食らったのは言うまでもなかった。




 読んで頂きありがとうございます。


 いよいよ合宿も折り返し!頑張ります!


  それでは、また〜


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合同合宿 4日目(昼)

 合同合宿4日目も昼と夜(正確には午前と午後)に分けようと思います。スズカとの夏祭りは次の話で描きます。



 それでは、どうぞ


  〜ホテル自室・燈馬side〜

 

 ピピピピ…ピピピピ…カチッ

 

 「…」

 

  今日もやるか。朝練。

 

 

  〜海辺〜

 

 「お待たせ…」

 

  と栄一が眠そうな顔をしてやってくる。

 

 「眠そうだな」

 

 「そりゃあ朝の3時だぜ?眠いに決まっている」

 

  実を言うと俺も眠い。連日の疲れと朝早くからの朝練、昨日は早くに寝たが寝た気になれていない。

 

 「行くぞ。間に合わん」バサッ

 

 「わかってるよ」バサッ

 

  と服を脱ぎ、水着になり海に飛び込む。勿論、俺は低酸素マスクをつけてだがな。

 

 

 

 ザバーン!!

 

 

 「(まずは向かい側の島まで泳がないとな)」バシャッバシャッ

 

  とクロールで昨日行った島まで泳ぐ。この朝練での遠泳が所謂、第一関門と言ってもいいだろう。まず流れがキツい。昨日は緩やかで比較的泳ぎやすかったのだが今日は流れがキツく、波も大きい。

 

 「(流されないようにだけ、注意しよう)」バシャッバシャッ

 

  と泳ぎ続ける。

 

 

  〜1時間半経過〜

 

 「やっと着いたか…」ハァハァ

 

 「急げ。間に合わんぞ」

 

  と海から上がり、沖を目指して走る。

 

 「あった」タタッ

 

  と沖に置いてあった自転車を手に取る。この自転車はトレーニング用などで使われる自転車で主に競輪の選手が使っているロードバイクに近いものだ。

 

 「これってどこまでだっけ」シャッシャッ

 

 「山の麓を一周して、中間辺りまで」シャッシャッ

 

  と自転車を漕ぎながら山の麓を一周する。一周約100kmあるのだが本来なら一周はしなくてもいい。それに自転車で登ることも可能なのだが、そのままでは登れない。

 

 「よし、行くぞ…!」シャッシャッ!

 

  と加速をつけて自転車で山を登る。

 

 「く…うぉおああ!」シャッシャッ!

 

 「止まるなよ、止まったら登れないぞ」シャッシャッ!

 

  今登っている山は少し特殊でまず、傾斜が普通の山より20度くらいの傾斜があり、アスファルトはなく土でサラサラとしている。そしてこの山を登るには加速が必要で途中で止まってしまえば登ることは出来ず、無理矢理登ろうとすれば麓まで滑り落ちてしまう。更に自転車はギアが重く設定されていて一度止まれば漕ぐことは出来ない。だがら加速をつけて中間地点まで登らないと次のトレーニングに移れないのだ。

 

 「す、滑る…!」シャッ…シャッ…

 

 「もう少しだ」シャッ…シャッ…

 

  と中間地点に2時間かけて中間地点に到着。(現在6時30分)

 

 「あとはここを登るだけだ」ガシッ

 

  と断崖絶壁に手を掛け登っていく。勿論、命綱はなしだ。

 

 「…たく。どん、な体力を…してんだ」ガッガッ

 

  と崖を登っていく。高さ600m近くもある崖を登るのは一苦労だ。足をかけるところがあると助かるのだがないときは自分て足場を作ったり、足場が崩れて落ちそうになったりと命の危険があるトレーニングだ。

 

 「だからこそ、やりがいがあると言うものだ」ガッガッ

 

  崖を登るなどまだ軽いほうだろう。前なんかはもっと…いや、この話はよそう。

 

 「それに、しても…!たけぇな!」ガッガッ

 

 「そうか?…ここよりもっと高い崖を知っているぞ」ガッガッ

 

 「今は聞きたくないな!その話!」ガッガッ

 

  と崖を登ること1時間。ようやく─────。

 

 「つ、着いた!」ハァハァ

 

 「お疲れさん」ハァハァ

 

  と崖を登り、山の頂上に辿り着く。

 

 「それにしても、凄え眺め」ドカッ

 

 「あぁ。良いところだ」ドカッ

 

  と地面に腰を降ろし、俺はマスクを外す。そこには地平線まで続く海から朝日が顔を出していて、俺達二人を出迎えてくれているような感じだった。

 

 「綺麗な眺めだな。男二人で見るのもアレだが」

 

 「確かにな。男二人で見に来るようなものじゃないな」

 

  と朝日を見ていた。海からの風も気持ちよくて疲れが吹き飛ぶかのようだった。そして俺達は今後について話をしていた時だった。

 

 「お前、ミチルさんからの答えは出たのか?」

 

 「正確にはあのババアだがな。…言ってしまえば、まだ出ていない」

 

 「そっか。いつか出てくるといいな」

 

  と栄一は朝日に黄昏ながら聞いてきた。

 

  俺はトレセンに来る前、ババアがこんなことを訊いてきた。

 

 

 

あんたは何の為に走るんだい?

 

 

 「(そんなの決まってる。それは)「燈馬、やべーぞ!」どうした?急に」

 

  と栄一が焦ったかのように立ち上がる。

 

 「じ、時間…」スッ

 

 「時間?」チラッ

 

  と栄一の腕時計を見る。

 

 

現在 8時20分

 

 「…やべーな」

 

 「戻るぞ!」ダッ

 

  と栄一が森のある方へと走って行く。

 

 「待てよ」ダッ

 

  俺も栄一に続いて森の中に飛び込む。

 

 「崖とチャリで時間使っちまった!」タンッタンッ

 

 「全くだ」タンッタンッ

 

  と木の枝の上を飛びながら移動する。この動きも慣れたものだ。

 

 「間に合うかな〜!」タンッタンッ

 

 「ついでに遠泳もあるし、今日は波もキツイぞ」タンッタンッ

 

  ひぇ〜〜!と栄一が悲鳴をあげながら山を降りていく。

 

 「休憩なしで海ってさ…」タタッ

 

 「じゃあ先に行く」タンッ!

 

 「おい、待てよ〜!」タタッ

 

  栄一の言葉を無視し、俺は思いっきり加速してそのまま海に向かって飛び込む。

 

 

 バッジャーーーン!!

 

 

  と勢いよく水飛沫が上がるが、そんなことは気にしない。今は早く戻るだけだ。

 

 「待ちやがれ、燈馬!」バジャーン

 

  と栄一も遅れて海に入り、合宿所まで急いで戻る。まずいな、この時間は朝食の時間だ。あいつらが絶対に探しているはずだろうし、質問の雨あらしだろうな。

 

 「(今日のあいつらは絶対に離してはくれないだろうな…。帰りたくない)」ハァ

 

  そうならないようにと願いながら俺はホテルへと泳いで行った。

 

 

 

  〜ホテル・立花side〜

 

 「見つかった!?」タタッ

 

 「ううん、ダメ!こっちもいない!」タタッ

 

 「お兄様…何処行ったの…」ウルウル

 

 「こっちもダメです〜」タタッ

 

 「燈馬、何処に行ったんだよ…」ウルウル

 

 「あのバカ!見つけたら絶対に蹴りいれてやる!!」

 

  とオグリさんとライスさんは涙目になっていて、シービーさん達は別のところへと探しに行った。今、僕達のいるホテル内は騒然としていた。

 

“燈馬君がいない”

 

  昨日の夜には燈馬君がホテルに戻っているとリギルのフジキセキさんから話は聞いていた。僕もホテルのウェイターや受付にも聞き込みに行ったところ、受付の人が燈馬君を見ていると話してくれている。部屋にも行ったが携帯は部屋にあってジャージが一着無くなっていた。

 

 「(部屋には荷物もあったし携帯も置かれていた。けど、ジャージが無くなっているということは何処かに行っているのか?)」ウ〜ン

 

 「立花!」タタッ

 

 「オハナさん!」

 

  と考え事をしているとオハナさんが息を切らせてやってくる。

 

 「燈馬君は!」

 

 「いないわ。けど、別の問題も起きているらしいの」ハァハァ

 

 「別の?」

 

 「ええ。武天學園って知っているかしら」

 

 「はい。今来ている學園ですよね」

 

 「実はね、そこの生徒一人が朝から行方不明なの」

 

 「何ですって!?」

 

  武天學園の生徒一人が行方不明ってもしかしたら───!

 

 「事件に巻き込まれたって言う可能性が…!」

 

 「そんな!」

 

 「燈馬が…嫌だ…」カタカタ

 

  とオグリさんが震え出す。隣にいたクリークさんが背中を擦る。

 

 「けど、おかしいのよ」

 

 「おかしい?」

 

  とオハナさんの言葉に疑問を浮かべる。

 

 「ええ。生徒一人が行方不明ってなっているのに、武天學園の関係者達は一向に探そうとしないのよ」

 

 「探そうとしない?」

 

 「ええ。関係者に聞いても平然としていたし、なによりそれが当たり前(・・・・・・・)みたいな感じだったの」

 

 「それが当たり前って、生徒一人が行方不明なんですよ!そんな呑気にいれるものじゃない!」

 

  事件に巻き込まれでもすれば大事だし、それにここの近くは海だ。もし流されでもすれば帰って来れず、遭難の可能性だってある。

 

 「誰か…誰か燈馬君の居場所を知っている人はいないのか!?」

 

  燈馬君、君は何処に居るんだ─────!

 

 「いる…。一人、知ってる人がいるわ」

 

 「「「「「え!?」」」」」

 

  とマルゼンスキーさんの言葉に全員が反応する。

 

 「マルゼンスキー、それは一体誰なんだ!?」

 

  とシンボリルドルフさんが問いかける。

 

 「その人は────」

 

 

 

  〜海辺〜

 

 「いた!」タタッ

 

  とマルゼンスキーさんを指示のもと、海辺にやってくる。すると海辺に一人、佇んでいた人物がいた。

 

 「あら、どうしたの?」

 

 「あなたなら、燈馬の居場所を知ってるんじゃないですか?“南原さん”」

 

  と海辺で佇んでいた人物、南原さんがいた。

 

 「居場所?さあね、知らないわ」

 

 「とぼけないで下さい!あなたは知っているんでしょ!?」

 

  とマルゼンスキーさんが問い詰める。すると南原さんがこう言った。

 

 「場所は知ってる。けど、“どこにいる”かは知らないわ」

 

 「じゃあ、その場所は何処なんですか!」

 

  というと、南原さんが“ある場所”を指差す。

 

 「ここよ」

 

 「ここって、まさか!」

 

 「そう、海よ。正確には海の中ね」

 

  そんな!海の中って!

 

 「嘘よ!そんなの…そんなの…」

 

  今日の海は波が高い。だから、流されてもおかしくない状況だ。

 

 「ッ!燈馬!」タタッ

 

  とシンボリルドルフさんが駆け出そうとする。

 

 「止めなさい、今行けばあなたが流されるだけよ」

 

 「でもっ!燈馬が!」

 

 「救助隊は!救助隊はいないんですか!?」

 

 「そうだ!ここには救助隊が配備されているはず!今呼びにいけば!」

 

  と僕は駆け出そうするが────。

 

 「必要ないわ」

 

  と南原さんに止められる。

 

 「必要ないって、遭難しているかもしれないんですよ!それにあなたの出身校でもある武天學園の生徒一人も同じように行方不明なんですよ!わかっているんですか!」

 

 「わかってるわよ」

 

 「だったら!「けど救助する程でもないわ」…どうして、どうしてそんなことが言えるんですか!」

 

 「…もういい!私が探しに行く!!」ダッ

 

  と今度はシービーさんが駆け出すも。

 

 「待ちな」ガシッ

 

  南原さんに制止される。

 

 「離して!私が、私が燈馬を「今行くとケガするわよ」…え?」

 

  ケガってどういうこ────。

 

 

 

 

 

ガッッッシャーーーーーン!!!!!

 

 「「「「「!!」」」」」ビクッ!

 

  と空から何かが降ってくる。

 

 「何、あれ」

 

 「自転車…?」

 

  と恐る恐る見ていると。

 

 

ガッッッシャーーーーーン!!!!!

 

 「「「「「!!」」」」」ビクビクッ!

 

  もう一台降ってきた。

 

 「あら、ようやくお帰りね(・・・・・・・・)

 

 「え?」

 

  と海を見ていると───。

 

 「あーーーー…つっっっかれたーーーーー…」ザバーン

 

  と一人の男の子が海から出てくる。

 

 「あら、随分と遅かったじゃない」

 

 「…もう、から、、だが…う、ごか…ない…」ドサッ

 

  と男の子が倒れ込む。

 

 「あの、その子は…」

 

 「ええ。あなた達が言っていた行方不明の子よ」

 

 「「「「「ええーーー!!!」」」」」

 

 「…」ハァハァ

 

  と倒れ込む男の子に南原さんが近づく。

 

 「あの子はどうしたの?」

 

 「…」ハァハァ ピッ

 

  と海の方を指差す。すると遅れて───。

 

 「…」ザバーン

 

  と海から上がってくる男の子がもう一人。

 

 「…うっ…ううっ」ウルウル

 

  と嗚咽の声が聞こえる。

 

 「お帰り、燈馬」

 

 「…た、ただ…い、ま…」ドサッ

 

 「「「「「燈馬(君)(さん)ーーーーー!!!!」」」」」タタッ

 

  全員が燈馬君のところへと駆け寄る。

 

 「…」ハァハァ

 

 「燈馬君!大丈夫!?」

 

 「…も、もん…だ、い、、ない…。ゲホ!ゲホ!」ハァ…ハァ…

 

 「大丈夫!?燈馬!」

 

 「バカね、無理に喋ろうとするからよ」

 

 「…」ハァ…ハァ…

 

  と燈馬君は息を整えていた。

 

 「それにしても、一体どこを」

 

 「あの島よ」

 

  と指差す。あそこは確か僕達がトレーニングの時に行った島。

 

 「あそこに行って山の中間地点までそこの自転車で上がって、後は高さ600mをロッククライミングよ」

 

 「ロッククライミングって、命綱は…」

 

 「無いに決まってるじゃない」

 

  その言葉を聞いて血の気が引く。高さ600mから落ちたら確実に即死だ。

 

 「その子も結構疲れてるみたいだし、ゆっくり休めるなりトレーニングさせるなり好きにさせてね」ヨイショ

 

  ともう一人の男の子を担ぐ。

 

 「ミ、チル…さん。き、きょ、、うのメニューは…?」

 

 「今日はオフよ。ゆっくり休めなさい」

 

 「は、はい…」

 

  と担いだまま、去って行った。

 

 「…ふぅ〜。よし」ムクッ

 

  と燈馬君が起き上がる。

 

 「駄目だよ、燈馬君!まだ横になってないと!」

 

 「そうよ!さっき帰って来たばかりなのよ!ゆっくりしなさい!」

 

  と僕とオハナさんでまだ横になるよう言うが。

 

 「大分、頭も回るようになってきたし問題は「何が問題なしよ!!」…はい」

 

 「ずっと!ずぅぅぅっっと!心配したんだからね!!ホテル内も探し回ったし!色々な人にも聞きに行ったんだから!!!」

 

 「そうだぞ!!!君が居なくなって心配したんだぞ!!」

 

 「このたわけ!!心配ばっかりさせおって!!!!」

 

 「私の前から二度も居なくなるとは、いい度胸だ。燈馬」

 

  と燈馬君にシンボリルドルフさんを始めとする燈馬君といつも一緒にいるウマ娘達から色んな言葉が飛び交う。

 

 「燈馬君、これだけのヒト達を心配させたんだ。何か言うことは?」

 

 「…心配かけてすみませんでした」ペコッ

 

  と頭を下げる。

 

 「いいかい燈馬君。何処かに行く時は必ず誰かに言って下さい。社会には報告・連絡・相談の“報・連・相”があります。これを怠れば何かあった時に対処が出来ません。それに君はまだ高校生で、現役選手です。“人生を棒に振るようなことは止めてください。”いいですね?」

 

 「…わかった」

 

 「それじゃあ、今日はもう帰りましょう。今日のメニューはオフにしています。思いっ切り遊んで気分転換をしましょう」

 

 「そうデーース!!今日はトレーナーさんがBBQって言ってマシタ!今日はたくさん食べマーース!!」

 

  と僕の言葉にみんなが少しずつ元気になる。

 

 「燈馬君はどうするの?」

 

 「一応、飯食ってから部屋に戻るつもりだ」

 

 「そっか、ゆっくり休んでね」

 

 「あぁ」

 

  とホテルへと歩いて行く。

 

 「それじゃあ私は燈馬について行くということで」

 

 「待て、シービー。それは私がやる」

 

 「いいえ、それはルドルフやシービーじゃなくて私がやるわ」

 

 「それは私だ」

 

 「そのたわけの面倒を見るのは私だ」

 

 「私も燈馬がちゃんと休むか心配だし、私がついて行くよ」

 

  と燈馬君に誰がついて行くかシービーさん達が言い争っていた。

 

 「一人で休める。だからお前達は遊んでこい」

 

 「「「「「「やだ(ダメだ)!燈馬から絶対に離れない(ぞ)!」」」」」」

 

 「…好きにしてくれ」

 

  と燈馬君達はホテルへと入って行った。

 

  こうして、燈馬君失踪事件は幕を閉じた。

 

 

 

  〜ホテル自室・燈馬side〜

 

  あれから俺はホテルの食堂に行き、シービー達に囲まれながら朝食を取った後、自室でくつろぐはずだったのだが。

 

 「ちょっと、ルドルフ。私の燈馬を取らないでよ」ハイライトオフ

 

 「何を言っているシービー。私の燈馬だ」ハイライトオフ

 

 「あら、いつからあなた達の燈馬になったのかしら。私の燈馬なんだけれども」ハイライトオフ

 

 「私の燈馬だ。そうだろう?燈馬」ハイライトオフ

 

 「おいたわけ。早く私のところに来ないか」ハイライトオフ

 

 「私の燈馬に傷付けないで欲しいかな〜」ハイライトオフ

 

  俺はルドルフ、マルゼンスキー、シービー、ブライアン、エアグルーヴ、フジの取り合いっこ状態になっていた。

 

 「頼む、休ませてくれ…」

 

 「じゃあ私の膝で休むといいよ、燈馬」ポスッ

 

  とシービーが俺の頭を持って膝に押し付ける。うつ伏せになっている為、シービーの膝から柑橘系の優しい匂いがする。

 

 「「「「「燈馬?」」」」」ハイライトオフ

 

 「待て、これは無理矢理だ」

 

 「違うでしょ?燈馬から来てくれたんでしょ?」ナデナデ

 

  とシービーが俺の頭を優しく撫で始める。

 

 「燈馬!なんで抵抗しないのよ!」

 

 「シービーがバカみたいな力で押し付けられてるんだよ」

 

  ヒトとウマ娘では力の差が有り過ぎる。だから抜け出そうにも抜け出せない。

 

 「シービー、燈馬を離せ。燈馬が嫌がってる」

 

 「嫌がってなんかいないよね?燈馬。そんなことシナイヨネ」

 

  シービーからの圧が感じられる。見えてないが多分ヤバい。

 

 「それとね燈馬」

 

  と撫でる手を止めて、俺に聞いてくる。

 

 「なんだ?離してくれるのか」

 

 「ううん、違うよ。私が聞きたいのはね」ツー

 

  と首筋を指でなぞり始める。

 

 「コノハガタ(歯型)ハナンナノカナ?」ハイライトオフ

 

 「「「「は?」」」」ハイライトオフ

 

  部屋の温度が低くなるのを感じる。

 

 「ダレニヤラレタノ?トウマ、オシエテ」ハイライトオフ

 

 「誰って言われても「オシエテ?」…それは」

 

  と名前を言おうとしたところに。

 

 「私だ」

 

  と自ら名乗り出たウマ娘がいた。

 

 「ふーん、どういうことかな?ナリタブライアン」

 

 「燈馬には躾が必要だと思ってな。だから燈馬が私のモノだということを認識させるためのものだ」

 

 「だから歯型をつけたと?」

 

 「そうだ。だが今回で歯型だけでは足りないことがわかった」グイッ

 

  とブライアンは俺の身体を起こし、ブライアンの方へと引き寄せられた。

 

 「ブライアン、因みに何するつもり?」

 

 「そうだな。キスマークでもつけてやろう。ここにいる奴らの目の前で」

 

 「待って、それは洒落にならない」

 

 「安心しろ。ちゃんと首筋につけといてやる」

 

  全くもって安心できない。と思っていると────。

 

 「そうか。なら、私は燈馬にむ、胸を揉まれたぞ///」

 

  とルドルフが顔を赤らめながら言った。ルドルフの奴、火に油を注ぎやがった。

 

 「ドウイウコトダ?トウマ。ワタシトイウオンナガイナガラホカノオンナトネタアゲク、ムネヲモンダノカ?」メリメリ

 

  止めて、凄く腕が痛い。

 

 「違うブライアン。そのことは「だからブライアン、燈馬と私はその続きをするんだ。だから燈馬は私のモノだ」最後まで話させてよ」

 

  と今度はルドルフの方へと引き寄せられる。

 

 「見ていたら好き放題に言ってるけど、私の燈馬に傷付けないでってイッタヨネ」グイッ

 

  今度はフジが乱入。お前らチームメイトなんだから仲良くしろよ。

 

 「燈馬のこととなると仲良くはできないかな」

 

 「心の中を読まないでくれる?フジ」

 

  とここに黙って見ていたエアグルーヴとマルゼンスキーが乱入したり、シービーが自分の部屋へと連れて行こうとしたり、ブライアンがキスマークをつけようとしてきたりと結局、休めずじまいで午前の時間が過ぎてしまった。




 読んで頂きありがとうございます

 スズカとの夏祭りは次回で描きます。必ず。

 それでは、また〜


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合同合宿 4日目(夜)夏祭り

 夏祭り、行く人がいない…




  それでは、どうぞ


  〜海辺・燈馬side〜

 

 ジュウウウウ〜〜〜!!!

 

 「は〜い!追加焼けたよ〜!!」

 

 「ウ〜ン!美味しいデース!!」パクパク

 

 「これにチリソースをかければもっと美味しいデース!」ビューッ

 

  ビチャ…

 

 「エ〜〜ル〜〜〜?」ピキピキ

 

 「グ、グラス!あ、あの〜これは〜…「問答無用です」ピギャアアアアア!!」

 

 「はい、燈馬君」

 

 「すまない」

 

  と俺は焼けた肉を貰う。今、俺達は海辺でBBQをしている。今日はオフの日なのでトレーナーが近くのスーパーに行って食材を買ってきてくれたそうだ。

 

 「それにしても、結構買ったんだな」パク

 

 「うん、ウマ娘は結構大食いの娘達が多いからね」ジュウジュウ

 

 「トレーナー、おかわりはあるだろうか」

 

 「もうちょっと待ってね。もう少しで焼けそうなんだ〜」ジュウジュウ

 

  とオグリが皿を持ってやってくる。

 

 「?どうした、燈馬」

 

 「いや、お前の水着姿って初めて見た」

 

 「学校指定の水着以外は着たことなくてな。…その、似合ってるか?」モジモジ

 

 「よく似合ってる」

 

 「そ、そうか。良かった///」

 

  とオグリが顔を赤らめる。オグリの水着は上下とも白色のビキニだ。オグリらしくさが出ている。

 

 「ねぇ、そんなところでイチャつかないでくれる?」

 

 「タイシンか。お前もよく似合ってるぞ」

 

 「フンッ」プイ

 

  と顔をそらすタイシン。タイシンの水着もピンクのビキニで胸辺りにヒラヒラが付いているものだ。

 

 「お兄様!ライスの水着、どうかな?」

 

 「ライスもいいじゃないか。可愛いと思うぞ」

 

 「そう、かな///」エヘヘ〜

 

  と嬉しそうにするライス。ライスはタイシンと同じようなもので色は紺色だ。

 

 「はいはい。私は可愛くないですよ」

 

 「そんなことはないぞ、タイシン。お前の水着も可愛くてよく似合ってるし、勝負服とはまた違って格好良さから可愛さへのギャップもある。その水着が正にそのギャップを体現していると「もういいわよ!!///」そうか?」

 

 「っ〜〜〜〜〜〜!バカ!」ゲシッ!

 

  と思いっ切り太腿を蹴られる。凄く痛い。

 

 「いいな、タイシンさん。あんなにも褒めて貰って…。ライスも褒めて欲しかったな…

 

 「私ももっと見て欲しかった…

 

 「燈馬君って変なところで饒舌になるね。普段もそうしてほしいくらいだよ」

 

 「…俺は、単純に感想を言っただけなんだが?」イテテ

 

  とトレーナーが焼けた肉や野菜を皿に盛り付ける。

 

 「あら燈馬。タイシンにはあ〜んなにも褒めていたのに私の水着の感想はないのかしら?」ギュッ

 

 「はいはい、お前もよく似合ってるぞ。シービー」

 

 「そこはもっと魅力的だ!とかセクシーだね!とか言ってほしかったな〜」プク〜

 

  と頬を膨らませながらシービーがやってくる。シービーは緑と白のビキニにパレオがついた水着だった。

 

 「ウマ娘ってホントに凄いよね。何着ても似合うんだもん」

 

 「どうなんだろうね。そこのところはよくわからないけど、よく似合うとは聞くね」ギュッ

 

  確かに世間からはウマ娘は美女が多いと聞くな。俺にはよくわからんが。あと離れろ。

 

 「シービー、燈馬から離れろ。くっつき過ぎだ」

 

 「そうよ、シービー!燈馬から離れなさいよ!」

 

 「いいじゃん、だって私が先に燈馬のところに来たんだもん」ギューッ

 

  とルドルフ達も水着になってやってくる。それに対してシービーは抱きしめる力を強める。

 

 「お兄様?」ハイライトオフ

 

 「燈馬?」ハイライトオフ

 

 「あんた、何やってんの?」ハイライトオフ

 

  と近くにいたオグリ、ライス、タイシンの声のトーンが下がる。なんでだろうか、凄く怖い。

 

 「(トレーナー、助けてくれ)」チラッ

 

  とトレーナーに視線で助けを呼ぶも───。

 

 「サテト、ソロソロ食材モ無クナッテ来タシ食堂ニ行ッテコヨット」(棒読み)

 

  と全力疾走でホテルへと逃げていくトレーナー。

 

 「(待て、どこに行く。この状況をどうにかしてくれ)」

 

 「ねぇ燈馬。この中で誰の水着が好き?勿論、ワタシダヨネ」

 

 「何を言っている、ワタシニキマッテルダロウ?トウマ」

 

 「違うわ。燈馬はこのナウい私の水着に決まってるわ。ソウデショウ?トウマ」

 

 「私の水着に決まってる。まさか、ホカノオンナヲエラブワケナイヨナ?トウマ」

 

 「ねえ燈馬、エランデヨ」

 

 「ダレノミスギガイインダ?」

 

  ジリジリと寄ってくるルドルフ達。何か打開策はないのか。

 

 「…みんないいと「ダ〜メ。ちゃんと一人を選んでね」…」

 

  完璧に逃げ道がない。どうするか。

 

 「(どれもいい水着だし、この中で一人となると何が起こるかわからない。どうしたものか)」

 

  と頭を回転してどう答えるか考えて導き出した答えは──。

 

 「…ナ」

 

 「?ダレ?」

 

 「トレーナー…かな」

 

 「「「「「…」」」」」

 

 

  

シーーーーーン……

 

 

 

 「燈馬、それは無いよ」

 

 「燈馬って、もしかして男が「断じて違う」…」

 

 「じゃあ、誰なんだ?」

 

  さて、どうするか。「センパイ方〜〜!!」タタッ

 

 「どうした、エルコンドルパサー」

 

  とエルコンドルパサーが走ってくる。

 

 「ビーチバレーをしまセンカ!?今、人数が足りなくて」

 

  ビーチバレーか、なるほど。

 

 「よし、答えが出たぞ」

 

 「「「「「!!」」」」」バッ

 

  と全員がこちらを向く。怖いな。

 

 「答えってなんデスカ?」コテン

 

  と後で来たエルコンドルパサーが首を傾げる。

 

 「一番いいと思うのは──────

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

エルコンドルパサーかな」

 

 

 「ん?どういうことデス?」

 

 「エルコンドルパサーはこの中で一番水着が似合ってると思うぞ」

 

 「え!そ、そうデスカ!///ありがとうございます…///」モジモジ

 

 「「「「「……」」」」」

 

  と全員の目線がエルコンドルパサーに向いた。因みになんだがエルコンドルパサーは水着は赤色をメインとした物だ。

 

 「へぇ〜。そうなんだ〜」スタスタ

 

  とシービーがエルコンドルパサーのところへと歩いて行く。

 

 「ねぇエルコンドルパサー。ちょうど私さ、ビーチバレーがしたかったんだよね〜」

 

 「そうなんデスカ!?じゃあやりまショウ!!」

 

 「それとさ、負けた方は罰ゲームっていうのはどうかな?」

 

 「罰ゲーム?なんデスカ?」ワクワク

 

 「負けた方はね──────

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

砂浜に埋めるっていうのはどうかな?」

 

 

 「え?」

 

 「それは名案だな。シービー」

 

 「え、あの…」

 

 「ほう、腕がなるな」

 

 「女帝の実力、見せてやる」

 

 「いいわね!かっ飛ばすわよ〜!!!」

 

 「バレーでもキセキを起こせるよう、頑張ろうかな」

 

  と全員がエルコンドルパサーに近寄る。

 

 「あの〜みなさん。もしかして、怒ってマス?」

 

 

 

 「「「「「ぜ〜〜〜〜んぜん」」」」」ピキピキ

 

 「燈馬センパイ!助けてくだサイ!!センパイ方、何でかわからないんですけど凄く怒ってるんデスガ!?!?」

 

 「知らん、お前が怒らせたんだろ「イヤ、絶対に燈馬センパイデスって!!」ビーチバレー頑張れよ」

 

 「助けてぇええええええええええええ!!!!」

 

  とエルコンドルパサーはシービー達に連れて行かれてしまった。

 

 

  その後、エルコンドルパサーの姿を見たものがいなかったとか─────。そして、時間は昼から夜へと変わる。

 

 

 

 

  〜夏祭り会場・鳥居前〜

 

 「────ってなわけで帰りが遅くなる」

 

 『うん、わかった。二人で楽しんできてね』

 

 「それと、シービー達には内密に頼む」

 

 『了解。もし聞かれたらトレーニングに行ったとでも言っておくよ』

 

 「よろしく頼む」ピッ

 

 「お待たせ〜!」カランカラン

 

  とトレーナーとの電話が終わったのと同時に浴衣を来たスズカが近づいてくる。

 

 「待ったかな?」

 

 「いいや。全く」

 

  今日の夜はスズカと夏祭りに行くことになっている。

 

 「いい浴衣だな。自前か?」

 

 「うん、お母さんがくれたの。…どうかな?///」クルッ

 

  とその場でゆっくりと回るスズカ。浴衣のデザインは緑をメインとして、百合の柄がたくさん入っていた浴衣だった。

 

 「いいんじゃないか。よく似合ってるぞ」

 

 「ありがとう、燈馬君。それじゃあ、行こっか」

 

  と俺の手を引いて会場へと足を踏み入れる。

 

 

  〜⏰〜

 

 

 「まずは何がいいかな」

 

 「スズカがやりたいものでいいぞ」

 

 「う〜ん、それなら…」

 

  と一つの屋台の前に止まる。

 

 「これかな。お祭りの定番だし」

 

 「金魚すくい?」

 

 「うん。これで金魚を掬うの」ハイ

 

  と紙のついた手鏡のようなものを貰う。

 

 「こんなので掬えるのか?」

 

 「掬えるよ。ほら、あれ見て」

 

  とスズカが指差す方向を見る。そこには20代くらいの男女が俺の持っているもので金魚を掬っていた。

 

 「なるほど」

 

 「やってみようよ。おじさん、やってもいいですか?」

 

 「おう!1回400円な。そこの兄ちゃんはどうする」

 

 「やろう。二人分出す」

 

  と1000円を出す。

 

 「いいよ!自分の分は自分で出すし」

 

 「祭りの案内をしてくれるんだ。これくらいはさせてくれ」

 

 「お!兄ちゃんかっこいいこと言うねぇ!はいよ、お釣りの200円。金魚すくいのほうも頑張ってもらおうか!」

 

  とお釣りを受け取って水槽の中で泳ぐ金魚を見る。

 

 「なぁスズカ。金魚は何匹まで掬えるんだ?」

 

  と隣のいるスズカに聞こうとするとスズカは凄く真剣な表情をしていた。

 

 「(これは話しかけたらダメなやつだな)」

 

 「そこの嬢ちゃんの代わりに俺が答えてやるよ。金魚の数は何匹でもいい。その手に持ってある紙が破れるまで何匹でも掬ってもいいぞ」

 

 「なるほど」

 

  つまり、ここにある金魚全部掬ってもいいと。

 

 「(面白そうだ)」

 

  と俺は金魚を掬うことに集中した。

 

 

  〜スズカside〜

 

 「……えい!」ヒュッ!

 

 

  ポチャ…

 

 

 「惜しいね、嬢ちゃん」

 

 「はい…」シュン

 

  と手に持っていたポイをおじさんに渡す。

 

 「(結局、1匹も取れなかった…)」

 

  金魚すくいは何回かやったことはあるけれどやっぱり難しかった。

 

 「(もうちょっと我慢すべきだったかな?けど、紙も破れそうだったし…)」

 

  と考え事をしていると、ふと思い出したことがある。

 

 「そういえば私、誰かに話しかけられてたような…」

 

 「ん?それは隣の兄ちゃんだよ」

 

 「え?燈馬君?」チラッ

 

  と燈馬君の方を見てみると─────。

 

 「すげ〜!どうやってんだ!?」

 

 「あんな捌き方初めて見たぞ!」

 

 「あの人、もしかして金魚すくいのプロ?」

 

 「何匹掬ってるんだろ」

 

 「…うそでしょ」

 

  と燈馬君を見てみると燈馬君の掬いの容器には“たくさん積まれた金魚達”がいた。

 

 「しかも、とってもスピードが早いんだけど」

 

 「…」ヒュッ、ヒュッ、ヒュッ…

 

  と水槽の金魚達が次々と掬われていく。そして────。

 

 

 

  ビリッ…

 

 「…破れてしまった」

 

  と全部掬い終わったのと同時に燈馬君のポイも破れてしまう。

 

 「す、凄いよ燈馬君!初めてなのに全部掬っちゃうなんて!」

 

 「そうなのか?」

 

 「私なんて、1匹も取れなかったんだもん…」

 

  と私は自分で言って自分でショックを受ける。うぅ…。

 

 「なら「やだーー!!」?」

 

  と燈馬君の隣から男の子の声がする。

 

 「やだやだやだ〜〜!!金魚ほしいよーー!!」

 

 「取れなかったんだもん、しょうがないでしょ?」

 

 「やだやだー!!」

 

 「はぁ…。どうしよう」

 

  と男の子のお母さんなのか凄く悩んでいる顔をしていた。

 

 「あの子ね、4回やっても取れなかったんだよ。サービスしようか?って言ったら“自分で取る!!”の一点張りでね」

 

  とおじさんが説明してくれた。そうなんだ、ちょっと可愛そうだな。私はその男の子に近づく。

 

 「ねぇ僕、おじさんからもらった金魚じゃダメかな?」

 

 「やだ!僕が取った金魚がいいの!」

 

 「う〜ん、どうしよう…」

 

  とどうやって説得しようか悩んでいると。

 

 「…」ゴソゴソ

 

 「燈馬君?どうしたの?」

 

  とゴソゴソしだす燈馬君。すると────。

 

 

 

  バシャ!!

 

 「燈馬君!?」

 

 「兄ちゃん!どうしたんだい!?」

 

  と燈馬君が自分の容器に入っていた金魚を水槽の中に戻した。

 

 「坊主」

 

 「?」

 

 「取り方、教えてやろうか?」

 

 「え、いいの!?」

 

 「あぁ。おじさん、これ」チャリ

 

 「そんな!代金は私が「構わない、そら坊主。その紙をおじさんからもらいな」…」

 

 「うん!」

 

  と男の子はおじさんからポイをもらう。

 

 「いいか?坊主。金魚をすくうには力を入れたらダメだ。そっと金魚の下に紙を持っていけ」

 

 「こう?」スーッ

 

 「そう。そのままゆっくりと金魚に近づける」

 

 「…」スーッ

 

 「よし、あげろ」

 

 「えい!」ヒュッ

 

 

  ポチャ!

 

 

  男の子のポイは破れてしまったが、掬った金魚は見事に容器の中に入った。

 

 「「「「「おおー!!!」」」」」パチパチ

 

  と見ていた人達から拍手があがる。

 

 「やったよ!お兄さん!」

 

 「あぁ。中々筋がいいな」ガシガシ

 

  と男の子の頭を撫でる。

 

 「そらよ坊主!お前さんの取った金魚だ!」

 

 「ありがとう!!」

 

  とおじさんが男の子の金魚を袋に入れて男の子に手渡す。

 

 「本当にありがとうございます」ペコッ

 

 「いえ、大したことではありません」

 

 「またね、お兄さん!ウマ娘のお姉さん!」ブンブン

 

 「またね」フリフリ

 

  とその親子は帰って行った。

 

 「他の所も回ろうぜ」

 

 「うん」

 

  と燈馬君の後をついて行こうとするが。

 

 「嬢ちゃん」クイクイ

 

  とおじさんに呼び止められる。

 

 「なんですか?」

 

 「あの子、嬢ちゃんの彼氏さんかい?」

 

 「か、彼氏…///」

 

 「だって嬢ちゃん、あの子といるととっても楽しそうにしてるじゃないか」

 

 「いえ、その…まだ…///」

 

 「まだ彼氏じゃないのかい!?早くしないとあんないい男、他の女に取られちまうぞ!」

 

 「そ、それは!」

 

  それは嫌だ!だって燈馬君を取られたら私…。

 

 「ならこの祭りで勝負だな」キラーン

 

 「勝負?」

 

 「おう!」

 

  と勢いよく頷く。

 

 「具体的には、何を…」

 

 「決まってるだろ!嬢ちゃんの方から告白するんだよ!」

 

 「え…」

 

 えぇええええええええ!?!?

 

 「こ、告白って男の子からするものじゃ…///」

 

 「なーに言ってんだ!今じゃ男も女も関係ねぇ!好きになっちまったんならそっからは真っ向勝負でコクるんだよ!」

 

 「うそでしょ」

 

  ずっと男の子からだと思ってた。だって、恋愛小説なんかは男の子が告白してたし。

 

 「だから正面から告白するんだよ。好きです!って。じゃないとああいう男は振り向いてはくれないぞ」

 

 「…」

 

  おじさんの言う通りだ。確かに燈馬君は恋愛には疎い。だったら私から思い切って告白するべきなのかな…。

 

 「スズカ、どうした?」

 

 「ふぇ!と、燈馬君?」

 

 「お、どうやら嬢ちゃんを心配して迎えに来てくれたみたいだぜ?」

 

 「///」

 

 「?」

 

  燈馬君はこの状況を理解出来ていないのか、首を傾げる。

 

 「そら、行った!行った!営業の邪魔だよ!」

 

 「邪魔になるみたいだ。行こうスズカ」

 

 「う、うん///」

 

 と燈馬君が私の手を握って先導してくれる。

 

 「嬢ちゃん!!」

 

 「!」

 

 「思い切って言ってみな!!」

 

  とおじさんからエールを貰った。

 

 

  〜燈馬side〜

 

  金魚すくいの屋台を離れ、綿飴や射的、かき氷などスズカの案内のもと、屋台を巡っていたのだが。

 

 「…///」

 

  どうにもスズカの様子がおかしい。金魚すくいの前にいたので、あのおじさんに何かやられたのかと聞くと必ず首を横に振る。どうしたんだろうか。

 

 「もしかして具合悪いのか?ならホテルに…」

 

 「大丈夫!具合は悪くないよ、大丈夫」

 

 「だったらいいんだが…」

 

  とそのまま屋台を巡っていると────。

 

 「きゃっ!」ギュッ

 

  とスズカが俺に抱きついてくる。

 

 「どうした?」

 

 「ううん、何でも…あ」

 

  とスズカの左足の下駄の鼻緒が切れていた。

 

 「鼻緒が切れたか。少し外れよう」

 

 「うん」

 

 「ほら、乗れ」

 

  と俺はスズカの前に行ってしゃがむ。

 

 「でも…「その足じゃ歩けないだろ?ほら」…うん」

 

  とスズカは俺の背中にのり、下駄を持ってそのままおんぶする。

 

 「重くない?///」

 

 「いいや。まだバーベルの方が重いさ」ヨイショ

 

  俺はおぶったまま、屋台から少し外れたベンチへと移動する。

 

 「待ってろ。今、直してやる」

 

  と切れた鼻緒を抜き取って射的で取った景品の付属品の布を下駄に取り付ける。

 

 「すごい…」

 

  と声を漏らすスズカを横目に簡易的な鼻緒を作ってスズカに渡す。

 

 「どうだ?履けるか」

 

 「…うん、大丈夫。ありがとう」

 

  どうやらちゃんと履けれるようで良かった。

 

 「どうする、まだ屋台を回るか?」

 

 「うん。私、リンゴ飴が食べたくて…いいかな?」

 

 「あぁ。それじゃあ行こう」

 

  とリンゴ飴の屋台へと移動することになった。

 

 「それにしても、増えたな」

 

 「うん。人混みが凄いね」

 

  と人混みを掻き分けて進む。

 

 「スズカ、大丈夫か?」

 

  ・・・・

 

 「スズカ?」クルッ

 

  と振り返るとスズカの姿がなかった。

 

 「どこに行った」キョロキョロ

 

  見渡すもスズカの姿がない。最悪だ、はぐれてしまった。

 

 「スズカ!どこだ!」タタッ

 

  と俺ははぐれたスズカを探しに向かった。

 

 

 

  〜スズカside〜

 

 「どうしよう、燈馬君とはぐれちゃった…」キョロキョロ

 

  私は屋台の道から離れて電灯の近くにいました。私達が来た時にはまだ人混みはなかったのだけれど、今では凄いヒト達がお祭りを楽しんでいた。

 

 「(どうしよう…携帯も置いてきてちゃったし、かと言って下手に動けば燈馬君に会えないかもしてないし…)」

 

  とどうやって燈馬君と会うか考えていた時だった。

 

 「ねぇ君、もしかしてサイレンススズカさんかな?」

 

 「え?」

 

  と振り向くと帽子を被り、カメラを持った男性2人が近づいてきた。

 

 「そ、そうですけど…私に何か」

 

 「いやー!現役のウマ娘さんにこんなところで出会えるなんて!今日はとても素晴らしい日だ!」

 

 「は、はあ…」

 

 「実は色々なウマ娘さんにどんなプライベートをお過ごしなのか色々聞いていまして」

 

 「インタビュー…ですか。すみません、学園から許可の出ていない取材、インタビューは出てはいけないと言われているので…」

 

 「そこを何とかお願いできませんかね〜。取材料なんかも払いますので!」

 

 「いえ、ですからインタビューは「ほんのちょっとで終わるので、そこを何とか」…で、ですから」

 

  とインタビューを断わろうとしていたら───。

 

 「いいから来いよ」ガシッ

 

  と男性一人が私の腕を掴んで無理矢理連れて行こうとしました。

 

 「離してください!「おい、こいつを押さえろ」止めて!」

 

 「黙ってついてくればいいんだよ!」

 

  ともう一人の男性が私の身体を押さえつけて抵抗出来なくしました。

 

 「力入れてもいいよ。けど、ヒトに危害を加えればどうなるかわかってるよね」

 

 「!」

 

  ウマ娘の力はヒトより数倍もあり、ヒトに危害を加えればケガでは済まされない。下手をすれば骨折でも済まされないからです。

 

 「大丈夫大丈夫。俺達についてこれば祭りよりの楽しいことが出来るからさ」ニタァ…

 

 「そうそう」ニタァ…

 

 「(やだ!誰か、誰か助けて!)」

 

  叫ぼうとしますが口が塞がれてていて何も出来ません。

 

 「(…燈馬君!助けて!)」ポロ…

 

  もうダメかと思っていた時でした────。

 

 「ほう、祭りより楽しいことか。俺にも教えてもらおうか」

 

 「あぁ?誰だ、てめぇ」

 

 「…燈馬君!」

 

 

  〜燈馬side〜

 

 「なんだ?ガキはすっこんでろよ」

 

 「悪いな、その娘は俺の連れでね。返してもらおうか」

 

  スズカを見つけたと思ったら、よくわからん男達にスズカが絡まれていた。

 

 「この娘は俺達と遊ぶんだよ。自称彼氏さんはあっち行きな」

 

 「ほざけ。嘘をついてでしかウマ娘に近づけないお前らクズなんかにスズカを渡すと思うか?」

 

 「ほう、俺達とやろうと?」スッ

 

 「別にいいぞ」

 

  と男の一人がボクシングの構えをする。

 

 「来いよガキ。びびって手も出ないか?」

 

 「そうか、それじゃあお言葉に甘えて…」ダッ!

 

  と俺は地面を蹴って男に詰め寄る。

 

 「ダメ!燈馬君!」

 

 「死ね!ガキィ!」ブン

 

  と男は俺の顔面に向けて右ストレートを入れてくる。

 

 「…」スッ

 

  と俺は躱して、男の懐に入り込み────。

 

 「ほらよっ!」ボコッ!

 

 「ぐふ!…おえぇ!」ドサ

 

  と溝内に肘打ちを入れて、男は腹を抱えて倒れ込む。

 

 「お、おい!…てめぇ!」ブン

 

  ともう一人も襲いかかってくるが。

 

 「そら」バキッ!

 

 「ぶべら!…」ドサ

 

  鼻に裏拳を入れて、鼻血を出しながら倒れてしまった。

 

 「…ケガはないか?スズカ」

 

  俺はスズカに近づいてケガがないか確認する。

 

 「う、うん…。でも…」コクン

 

  と頷くスズカ。良かった、ケガはないみたいだ。

 

 「わかってる。ちょっと待っててくれ」

 

  と俺はスズカから離れて男達が持っていたカメラを手に取る。

 

 「…やはりか」バキッ

 

  俺はカメラのSDカードを抜き取り、握り潰す。男達が持っていたカメラは録画モードになっていた。恐らく、襲われたところを警察か何かに突き出すんだろう。一応、カメラ本体とこいつらの携帯も壊しとくか。

 

 「…行こうスズカ。ここから離れよう」

 

 「ごめんなさい…、腰がぬけて上手く立てないの…」

 

 「なら、またおぶってやる。掴まれ」

 

  とスズカの前にしゃがみスズカをおぶってその場から離れた。

 

 

  〜⏰〜

 

 「ここなら問題ないだろ」

 

 「ありがとう燈馬君、助けてくれて。私、怖くって…」プルプル

 

 「なに、あの状況だったら誰だって怖いさ。それにはぐれてしまったのは俺の落ち度だ。すまない」

 

 「そんなことないよ!私がちゃんとついて行けてい「それでもだ。ちゃんとスズカのことを考えていなかった俺の責任だ」燈馬君…」

 

  自分に腹が立つ。ババアに散々言われてきた“女の子を危険な目に合わせるな”と。女の子は、特にウマ娘は危険な目に合いやすい。それも守れないようでは男として不甲斐ないとまで言われた。

 

 「クソが…!」チッ

 

 「燈馬君…」ギュッ

 

  とスズカの手の握る力が強くなる。

 

 「燈馬君、余り自分を責めないで。私、燈馬君に助けてもらって本当に嬉しいの。もし来てくれてなかったら私なにされてたかわからないもん。でも、こうして燈馬君とまた一緒にいれてるだけでも私は嬉しいな」

 

 「…スズカは優しいんだな」

 

 「それは燈馬君もでしょ?」フフッ

 

 「俺は、優しくなんて「それは言わない約束でしょ?」…」

 

  スズカには敵わないな。全く…。

 

 「…燈馬君、私ね…私…」

 

  とスズカがなにかいいたそうにしていた。

 

 「どうした?」

 

 「私、燈馬君のこと…」

 

 「?」

 

 「す、す…」

 

 「す?」

 

 「す、す─────

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

──────凄く格好いいと思うよ!」

 

 「え。そ、そうか」

 

  何故か急に容姿を褒められた。

 

 「あー!もう!違うのよ!そうじゃなくて!そういうことを言おうとしたんじゃなくて!!

 

 「ス、スズカ?大丈夫か?」

 

 「!ち、違うの!気にしないで!ほら、リンゴ飴買いに行こうよ!」

 

 「あ、あぁ」

 

  とスズカに急かされてリンゴ飴を買いに行き、スズカは何故かずっと顔が赤いままだった。

 

 

 

 

  〜合宿所前・スズカside〜

 

 「本当に大丈夫なのに」

 

 「あんなことがあったんだ。合宿所まで見送らせてくれよ」

 

  お祭りから帰ってきた私は燈馬君と一緒に私の宿泊している合宿所まで来ていた。私はいいと言ったのだけれども燈馬君がどうしても合宿所まで送らせてほしいと言われたので仕方なく了承した。

 

 「今日は楽しかったよ。祭りって言うのは楽しいものなんだな」

 

 「誘ったかいがあって良かったわ」フフッ

 

  良かった、燈馬君も楽しんでもらえて嬉しいな。

 

 「いよいよ合宿最終日だな」

 

 「そうだね」

 

  明日で合宿も最後。合宿が終われば夏休みです。

 

 「(夏休みも燈馬君と遊びに行きたいな)」

 

  夏休みが始まれば、授業もなくレースに向けてトレーニングの日々。勿論、お休みもあるけれど燈馬君とお休みが被ることは少ないかもしれない。ちょっと残念だな…。

 

 「じゃあな。明日もお互いに乗り切ろうぜ」

 

  と燈馬君が自分のホテルへと戻って行きます。

 

 「燈馬君!」ダキッ

 

  私は燈馬君のところへ走って行き、抱きつきました。

 

 「?」

 

 「夏休みも会えるかな…?」

 

  私、燈馬君に何聞いてるんだろう。そう思っていると。

 

 「何言ってんだよ。会えるに決まってるさ、必ずな」ポンポン

 

  と燈馬君が頭を撫でてくれました。

 

 「そう、だよね…うん。ごめんね、呼び止めちゃって」パッ

 

 「いいさ。いつでも呼んでくれ。また遊ぼう」

 

 「うん。またね」

 

 「またな」

 

  と燈馬君は今度こそホテルへと戻って行きました。

 

 「いつでも…か」

 

  私が寂しい時や不安な時に呼んだら来てくれるかな。でも、そんなことで呼んだら迷惑かな。

 

 「けど、まずは合宿を乗り切らないとね」

 

  と合宿最終日に向けて気合を入れた私は合宿所に入り、合宿最終日に向けて就寝した。




 読んで頂きありがとうございます

 いよいよ合宿も最終日!燈馬達に待ち受けるトレーニングは何なのか!お楽しみに!


 それでは、また〜


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合同合宿 5日目

 合宿もいよいよ最終日!

 それでは、どうぞ


  〜合宿所前・燈馬side〜

 

 「では、これより合宿最終日のトレーニングを行う!」

 

 「「「「はい!」」」」

 

  合宿最終日。俺達はリギルのトレーナーの指示で海辺に来ている。

 

 「最終日は私と立花が考案したトレーニングを行ってもらい、合宿を終了とする。今日のトレーニングはかなりハードな為、準備運動を怠らないように」

 

  さて、どんなトレーニングなのかな。

 

 「本日最後のトレーニングは、“ウルトラマラソン”だ」

 

 「あのウルトラマラソンとは、なんですか?」

 

  とグラスワンダーが挙手をする。

 

 「ウルトラマラソンは普通のマラソンの42.195kmを超える距離を走るマラソンのことであり、24時間走や100km走なんてものもある。国際的にも有名な競技だ」

 

 「ひゃ、100km…!」ゴクッ

 

  と唾を飲み込む音がする。周りのウマ娘達もトレーナーの説明を聞いて顔つきが変わる。普段、俺達が走る距離は最大でも3km程度だ。その距離よりも数倍、数10倍もある距離を走らされるとなると…想像がつかないだろうな。

 

 「だが、君たち一人(・・)に100kmを走れとは言わない。そうしてしまうと酸欠を起こしてしまう可能性が非常に高い。まだ身体が出来ていないものもいるからな」

 

  恐らく中等部のエルコンドルパサー、グラスワンダー、テイエムオペラオーのことを指しているんだろう。あいつらはまだ身体が出来てはいない、100kmなんて走らせれば身体を痛めてしまう可能性だってある。────となると…。

 

 「じゃあどうやってマラソンを?」

 

 「言っただろう“一人”で100kmを走らせないと…。つまり「“全員で100kmを走れ”って言いたいのか?」そういうことだ。風間」

 

  俺とトレーナーの会話にザワザワしだすメンバー達。

 

 「要はチームに分かれてチーム全員で100kmを完走しろって言いたいんだろ」

 

 「風間の言う通りだ。君達には1チーム4人に分かれて競ってもらう。距離は一人40km、合計160kmのチーム対抗ウルトラマラソンだ」

 

  なるほど、チーム対抗戦のマラソンか。面白そうだな。

 

 「因みに負けたチームは?」

 

 「今ここでは発表しない。まず君達にやってもらうのは順位の前に完走してもらうことにある」

 

  確かに遅かろうと早かろうと完走するのが一番の目的だろうな。

 

 「ではチームメンバーを発表します。1班────。」

 

  とトレーナーがチームを発表していく。因みにこれが発表されたチームだ。

 

 1班 ナリタブライアン、オグリキャップ、テイエムオペラオー、フジキセキ

 

 2班 グラスワンダー、俺、シンボリルドルフ、タイキシャトル

 

 3班 ミスターシービー、ライスシャワー、エアグルーヴ、マルゼンスキー

 

 4班 ヒシアマゾン、エルコンドルパサー、スーパークリーク、ナリタタイシン

 

 

 「トウマ!よろしくデ〜ス!」

 

 「よろしくお願いします、燈馬先輩」

 

 「よろしく。タイキ、グラスワンダー」

 

  とグラスワンダーとタイキがやってくる。

 

 「私を仲間外れにしないで欲しいな、燈馬」スッ

 

 「別に仲間外れにしているわけじゃない」

 

  近くにいたルドルフが身体を寄せてくる。全く、こいつは。

 

 「では、チーム内で出走の順番を決めてくれ。10分後にスタートする」

 

  とトレーナーが解散を告げ、他のウマ娘達もチームで固まって話し合っている。

 

 「では、私達も話し合おうか」

 

 「まずは誰が最初を走るか、ですね」

 

  とルドルフが俺達を呼び、集まってくる。まずは第一走者を決めるために俺達は固まって話し合う。

 

 「ワタシ、40kmも走れるかどうか、ワカラナイデ〜ス…」シュン

 

 「誰だって未知数さ。私もトレーニングで40km走るのは初めてだしね」

 

 「私も同じです。タイキ先輩」

 

 「でも、チームの足を引っ張ってシマウかもしれないデスシ…」

 

 「その時は彼がカバーしてくるさ。だろ?燈馬」チラッ

 

 「何故俺なんだ。…わかった、タイキの遅れは頑張って取り返そう」

 

 「そうなると、出走の順番は…」

 

  とルドルフが地面に名前を書いていく。

 

 1番目 タイキシャトル

 2番目 燈馬

 3番目 グラスワンダー

 4番目 シンボリルドルフ

 

 「よし、これで行こう。では各自、準備運動を行ってくれ」

 

  とルドルフはトレーナーのところへ行ってしまった。

 

 「ちゃんと走れるでショウカ…」

 

 「まずは完走しましょう。時間はかけてもいいんですし、お互いに頑張しょう。タイキ先輩」

 

 「…ハイ」

 

 「(タイキの奴、大丈夫だろうか)」

 

  タイキの不安そうな顔を横目に俺は準備運動を行った。

 

 

  〜⏰〜

 

 「では、1番目並べ」

 

  とトレーナーの声のもと4人のウマ娘がタスキをかけて並ぶ。

 

 「エルコンドルパサーにテイエムオペラオー、ライスシャワーか。強敵揃いだな」

 

 「まあな(タイキの奴、本当に大丈夫か?)」

 

  タイキの顔がさっきより暗くなっているような気がする。

 

 「コースの先導は立花が行う。皆しっかりついていくように。それではチーム対抗ウルトラマラソン、開始!」ピッ!

 

 「それでは先導します。皆さんついて来て下さーい」

 

  とトレーナーが自転車を使って先導していき、その後ろを4人のウマ娘がついて行く。

 

 「タイキ先輩、大丈夫でしょうか…」

 

 「無事に完走してくることを祈ろう」ポン

 

  と心配するグラスワンダーの肩をルドルフが優しく叩く。どうやらこいつらもタイキの様子のおかしさに気づいていたようだ。

 

 「燈馬達の最初はタイキなんだ」

 

 「まあな、そっちはライスが一番手か」

 

  まあね〜と言いながらシービーが近づいてきた。

 

 「ライスは長距離型だから今のうちに長距離を慣れさせておこうかなって思ってね」

 

 「スタミナだったらあの中じゃあ一番だな」

 

 「そうね。他のチームの順番見る?」ピラッ

 

  とシービーから一枚の紙を貰う。そこには走る順番が書かれていた。

 

 1班 テイエムオペラオー、オグリキャップ、ナリタブライアン、フジキセキ

 

 3班 ライスシャワー、エアグルーヴ、マルゼンスキー、ミスターシービー

 

 4班 エルコンドルパサー、ヒシアマゾン、ナリタタイシン、スーパークリーク

 

 「クリークがアンカーか。アマさんも思い切ったな」

 

 「クリークもライスと同じで長距離型だからね。スタミナもあるし」

 

 「お前達3班が一番ヤバいと思うが?」

 

 「そんなことないよ。ライスはスタミナはあるけどスピードが心配なところがあるし、エアグルーヴだって長距離は得意ではなさそうだもん」

 

  マラソンは持久力が試される競技であり、持久力を鍛えるトレーニングでもある。

 

 「(けど、タイキのあの自信のなさは何なんだ?)」

 

  タイキは持久力はある方だと思う。何回か一緒に走ったがそれなりには持久力はあると見える。やはり足を引っ張ると思っているのだろうか。少し心配だな。

 

 「なあ、リギルのトレーナーさん」

 

 「ん?どうした、風間」

 

 「コースの地図ってあるか?」

 

 「あるにはあるが、どうする気だ」

 

 「ちょっとチームメイトのことが気になってね」

 

 「チームメイト…タイキシャトルのことか。あいつは問題ない、はずだ…」

 

  どうも歯切れが悪そうだ。仕方ない。

 

 「借りてくぞ」パシッ

 

 「お、おい!風間!お前は次に走るんだろ!?だったら残れ!」

 

 「なに、軽いウォーミングアップさ」タタッ

 

  と俺は地図を頼りにコースを走って行く。

 

  〜⏰〜

 

 「(今で15km時点に来たが、俺の考え過ぎだったか)」タタッ

 

  と走っている道中に。

 

 「ん?」

 

 「ぅぅ…」

 

  蹲っているウマ娘を見つけた。

 

 「何やってるんだ?タイキ」

 

 「ぇ…」スッ

 

  と蹲っていたタイキの顔が上がった。

 

 「マ…

 

 「あ?」

 

 「トウマ〜〜〜〜〜〜!!!」ダキッ!

 

 「ぐはっ!」ドサッ!

 

  タイキが俺に気づくなり、勢いよく抱きついてきて俺はその勢いに負けて倒れる。

 

 「…なんだよ、思ってたより元気そうじゃないか。心配するほどでもなかったな」グイッ

 

  と俺は抱きついたタイキを引き剥がす。全く、スタートから飛び出して来た俺の気持ちを返せ。

 

 「じゃあ俺は戻るわ。頑張って完走しr「トウマ!Please stop!」うぁ!」

 

  と座りこんだタイキに引っ張られる。

 

 「なんだよ、一人で走っ「…やなんデス」は?」

 

 「一人はイヤなんデース!!」

 

 「……は?」

 

  と俺は騒ぎ立てるタイキを落ち着かせる。

 

 「…で、さっきのどういうことだ?」

 

 「…ワタシ、途中まではみんなと一緒に走っていたのデスガ…」

 

 「途中でスタミナが切れて、走れなくなったと」

 

 「…」

 

  黙り込むタイキ。はぁ…。

 

 「とにかく、ちゃんと完走しろ。一人が嫌なら遅れてでも誰かと(・・・)一緒に走ってでも完走しろ」

 

 「誰かとイッショ…」

 

  タイキが考えこんでいるうちに退散しますか。そう思ってタイキから離れようとすると────。

 

 「でしたら、トウマと一緒に走りマース!」

 

 「は?」

 

 「だってトウマはいいまシタ。誰かと一緒に走ればイイト!だからトウマ、一緒にRUNしまショウ!」

 

  なんでだ、急に頭が痛くなってきた。

 

 「こうしてはいられまセン!早くみんなのところへ急ぎまショウ!!」タタッ

 

 「…来るんじゃなかった」タタッ

 

  と呟いて俺もタイキの後を追った。

 

 

  〜30km時点〜

 

 「おい、さっきまでの勢いはどうした。みんなのところへ急ぐんじゃなかったのか」

 

 「トウマ、とっても…very hard。待ってくだサーイ…」ハァハァ

 

  タイキと俺は30km時点まで走っていた。

 

 「ハァハァ…」タタッ

 

 「(もう2人目が行ってる頃だろうな)」タタッ

 

  とそんなことを考えていると────。

 

 ドサッ…

 

 「ん?」

 

  と何かが倒れる音がする。

 

 「どうした、タイ、キ…」

 

 「う、うぅ…」

 

  右膝の辺りを痛そうに抑えるタイキの姿があった。

 

 「タイキ!!」

 

  と俺は直ぐさまタイキの元へ駆け寄る。

 

 「おい、タイキ!膝がどうした!見せてみろ!」

 

 「ぁ…」

 

  俺はタイキの手を退けて膝を見る。

 

 「お前…」

 

 「…sorry」

 

  タイキの膝は赤く腫れ上がっていた。

 

 「タイキ、お前もしかして何処かで膝を打ったのか?」

 

 「…実はみんなから少し遅れていた時なんデスガ、堤防で遊んでいたchildrenがいましてその一人が堤防から落ちそうになったんデース。その子を…」

 

 「お前が庇ってそれと同時にケガをしたと」

 

 「…Yes」

 

  タイキの表情が暗くなる。

 

 「何で言わなかった。なんであの時に言わなかったんだ、タイキ」

 

 「だって、それを言ったらチームのみんなに迷惑をかけてシマウと思って…」

 

 「ケガをされたまま走られる方が迷惑だ」

 

 「…」シュン

 

  また一段と暗い表情になる。

 

 「…子供を守ろうとしたのは勿論、褒められることだ。怪我を隠してまで走るなんてことも、チームの為を思っての行動だろう。俺も同じ状況ならそうする。けど、怪我をしたまま走るということはその怪我を自ら悪化させているということを忘れるな。お前はこんな怪我なんかで終わっていい奴じゃない」

 

 「…」コクコク

 

 「それにお前の勇姿を見てくれているヒトだっているんじゃないのか?」

 

 「…ウン」

 

 「だったらそいつらの為にも自分の身体を労ってやれ。じゃないとお前の他にも悲しむ奴らが出てくるぞ」

 

 「ハイ…」

 

  心配して損した。来るんじゃなかった、と言ったが前言撤回だ。こいつは自分のことよりも他の奴を優先したんだ、その気持ちを俺は踏みにじるようなことをしている。だから俺はタイキの想いに応えてやろう。

 

 「ほら、立て。一緒に走ってやる」

 

  とタイキの右腕を俺の首に回し、なるべく膝に負荷がかからないようにする。

 

 「トウマ…」

 

 「一緒に走ってやる。辛抱しろよ」

 

  と俺はタイキと足並みを揃えてゴールを目指して走って行く。

 

 

  〜合宿所前・ルドルフside〜

 

 「タイキ先輩と燈馬先輩、遅いですね」

 

 「あぁ。大事がなければいいのだが」

 

  燈馬が合宿所を出て以降、帰ってくる様子が見えない。私達の班以外は既に2人目に変わっていてもうとっくにスタートしていた。

 

 「タイキ、やはりあいつには厳しかったか…」

 

  とトレーナー君から心配の声が聞こえる。タイキはチーム内では唯一の短距離型だ。私やグラスワンダーとは違って長距離走をしたことがない。

 

 「(タイキ、どんなにかかってもいい。ちゃんと帰って来てくれ…!)」

 

  そう思ってた時だった。

 

 「グラス!タイキセンパイ達が帰ってきまシタよー!!」

 

  と叫ぶエルコンドルパサーの声がする。

 

 「っ!タイキ!」タタッ

 

 「タイキ先輩!」タタッ

 

  と私とグラスワンダーはエルコンドルパサーのところへと駆け出し、エルコンドルパサーの指差す方を見る。

 

 「ハァ…ハァ…」

 

 「頑張れ、もう少しだ」

 

  と走るタイキと彼女を支えながら走る燈馬の姿があった。

 

 「タイキ先輩!もう少しです!」

 

 「頑張れ!タイキ!」

 

  彼女に声援を送る。そしてようやく────。

 

 「ハァ、ハァ…ゴ、ゴール…デス…」ハァハァ

 

 「おう、お疲れさん」

 

  とタイキを壁のところへと運び、燈馬がゆっくりと下ろす。

 

 「タイキ!よく帰って来てくれた!」

 

  とタイキが帰ってきたことにトレーナー君も安堵していた。

 

 「ルドルフ、手の空いている奴に氷を持って来るよう言ってくれ。タイキが怪我をしている」

 

 「なんだって!?」

 

 「軽い打撲だろうが、赤く腫れ上がっているんだ。どうも堤防で遊んでいた子供を助けた時に出来たものだそうだ」

 

  とタイキの膝を見ると燈馬の言う通り赤く腫れ上がっていた。

 

 「わかった、氷は他の者に頼もう。だが君はどうするんだ」

 

 「どうするって走るに決まってるだろ」

 

  と燈馬はタイキからタスキを取り、自分にかける。

 

 「正気ですか!?燈馬先輩は先輩が走る前に40km走ってるんですよ!それに他のメンバーだってもうスタートしてます!」

 

 「アマさんにエアグルーヴ、オグリなんだろ?心配はない。あいつらにはいいハンデ(・・・・・)だろ」

 

 「ハンデって、まさか君はあのメンバーに追いつくとでも言いたいのか!?」

 

 「かもしれないってだけさ」

 

  そんなのあり得るはずがない。彼女達はもう既にスタートをしている。今は多分、20kmくらいは行っているはずだ。それにコースを見たがショートカット出来るような場所もないのにどうやって追いつくと言うんだ。

 

 「それじゃあ行ってくる。それとグラスワンダー、走れる準備だけはしとけよ」タタッ

 

  と言い残して燈馬は走って行った。

 

 「無茶だ、燈馬は実質80km走ることになる。最初に40kmも走れば体力だってもうないはずだ!」

 

  準備をしていたフジキセキが叫んだ。燈馬の言葉を聞いていたウマ娘達はこう思っただろう、“絶対にあり得ない”と。私もその中の一人だ、不可能だと────そう思った。

 

 「本当に君は追いつくと言うのか、燈馬」

 

  と私は第2走目が帰って来るのを待った。

 

 

  〜⏰〜

 

 「3走目、準備しろ」

 

  とトレーナーの掛け声のもと、3走目のウマ娘達が並ぶ。見てみると残り2kmのところでエアグルーヴ達の姿が見えてくる。

 

 「やはり、燈馬先輩は追いつけなかったんですね…」

 

 「無理もないさ。あれだけ離れていたら追いつけるはずもない」

 

 「やっぱり、私のせいなんデス…」

 

 「タイキ、そんなことはないさ。君は十分に頑張ってくれた。その上、子供を助けたなんて見事な功績さ」

 

 「そうですよ!会長の言う通りです!」

 

 「会長、グラス…」

 

  私とグラスワンダーで泣きそうなタイキをなだめる。

 

 「タイキ、もし君がその子供助けていなかったら、その子供はきっとタイキ以上の大怪我をしていたと思う。タイキがいたからこそ、その子供は無事だったんだから」

 

 「タイキ先輩は怪我をしてしまいましたが、その怪我は名誉の勲章と言ってもいいと思いますよ」

 

 「…thank you。少し気持ちが楽になりまシタ」

 

  とタイキを元気づけていたその時だった。

 

 「グラスワンダァアアアアア!!!!」

 

 「「「!?」」」ビクッ!

 

  突然、グラスワンダーを呼ぶ声がする。

 

 「今の声って…!」

 

 「もしかして!」

 

  とエアグルーヴ達の後ろにもう一人の影が────。

 

 「トウマデ〜〜〜〜〜ス!!!」

 

 「「「「な、なんだってぇええええええええ!?!?」」」」

 

 「まだまだだな!」ダッ!

 

 「「「ッ!」」」ハァハァ

 

  残り800mというところで燈馬がエアグルーヴ達を差し返す。

 

 「ほらよ、行ってこい」ヒュッ

 

 「は、はい!!」パシッ タタッ

 

  とグラスワンダーは燈馬からタスキを受け取り、そのまま走って行った。

 

 「…どうやら、追いつけたみたいだな」フゥ

 

  と息を整えながらダウンストレッチを始める燈馬。

 

 「…風間、一体どういうことだ」

 

  とトレーナー君が近づいてくる。

 

 「どういうことって?」

 

 「とぼけるな!普通、20kmも離されていたら追いつけるはずもない!それに、お前は既に40kmを走っている!それもタイキとかなり早いペースで、体力も残ってはいないはずだ!なのに…!」

 

 「なのに、どうして追いついたのか…。が知りたいと」

 

 「あぁそうだ!」

 

 「他の奴よりも体力がある、としか言いようがない」

 

 「…だったら聞かせくれ。どうしたら、そんなにも体力をつけることが出来るのかを」

 

  と私は燈馬に投げかける。燈馬にはまだ謎が多すぎる。異常な程の体力、ミスディレクション、脚の速さなど。数多くの謎がある。だから────。

 

 「悪いが喋ることは出来ない」

 

 「っ!どうして「秘密のトレーニングとかそういう次元の話じゃない」…どういう、ことだ」

 

 「お前達では考えられないようなことだ。勿論、悪い方に手を染めるっという意味ではない」

 

 「考えられないってどういうことだ」

 

 「そもそも次元が違うって…」

 

 「そんなことより、身体が温まっている内にストレッチがしたい。ライス、手伝ってくれ」

 

 「は、はい!お兄様!」

 

  と燈馬とライスシャワーはストレッチを始めた。

 

 「(燈馬、君は何をやってきたたんだ────。)」

 

  そのことだけしか、私の頭にはなかった。

 

 

  〜燈馬side〜

 

  時間も経っていよいよ、アンカーへとタスキが回った。現在は1位が3班、2位が2班、3位が1班、4位が4班という順番になっている。それと、ルドルフに投げかけられた話。あれは喋らなくて正解だろうな。下手をすれば、ブライアンやシービー、ルドルフ辺りがやりかねないだろう。

 

 「(よくテレビで見る“彼らは特殊な訓練を受けています”なんて言っても聞くはずがない)」

 

  あいつらでは到底想像もつかないようなことを俺はやってきた。恐らく話を聞いたらドン引きするレベルだろう、それぐらいヤバい。

 

 「ラスト!あげろ!!」

 

 「会長!頑張ってください!」

 

 「シービー!食らいつきなさい!」

 

 「フジキセキ!食らいつけ!」

 

 「クリーク!頑張れ!」

 

  という声が聞こえる。アンカーが帰ってきたのか。

 

 「ライス、俺達も行こうか」

 

 「うん!お兄様!」

 

  ライスとのストレッチを終えて、みんなのところへと向かう。

 

 「よし、全員ゴールしたな」

 

 「「「「ハァハァ…」」」」

 

 「お疲れさん。ほら水だ」ポイッ

 

  とアンカー達に水を投げ渡す。

 

 「燈馬〜…。私、疲れたから口移しして〜」

 

 「何言ってやがる、自分で飲め」

 

  と寄ってくるシービーを軽くあしらう。

 

 「それでリギルのトレーナー、順位の方は?」

 

 「あぁ。順位は1位3班、2位2班、3位4班、4位1班だ。全員よく頑張ってくれた」

 

 「本当にお疲れ様」

 

  とトレーナー達からの激励の言葉をもらう。久しぶりによく走った。

 

 「そして最下位の班だが…」

 

 「「「「…」」」」

 

  最下位の1班の顔が強張る。

 

 「ペナルティはちゃんとダウンストレッチを行うことだ。いいな?」

 

 「「「「っ!はい!」」」」

 

  とトレーナー達はホテルへと帰って行った。

 

 「タイキ、脚の方は大丈夫か?」

 

 「ハイ!後日、トレーナーさんとhospitalにGoするのが決まりまシタ!」

 

 「そうか、大事にな」

 

  とタイキの脚の様子を確認した俺はホテルへと戻り、自室の荷物の整理を始めたのだった。

 

 

  〜送迎バス〜

 

 「みんな乗ってるよね」ボソボソ

 

 「あぁ。問題ない」ボソボソ

 

  俺とトレーナーはバスに乗っている人数を確認していた。あの後、遅めの昼食を取って軽い自由時間になった後、荷物を持ってバスに乗り込んだ。

 

 「今、16時だから20時位にはトレセンに着くかな」

 

 「それぐらいだろ」

 

 「それと、燈馬君ごめんね。人数の確認をしてもらって」

 

 「構わない。全員、席に着くなり寝てしまったんだ。余程、疲れが溜まってたんだろ」

 

  シービー達やルドルフ達はバスに乗るなり直ぐに寝てしまったのだ。合宿での疲れと最後のトレーニングで一気に眠気が来たのだろう、みんなスヤスヤと寝ている。

 

 「燈馬君も寝てしまってもいいよ。トレセンに着いたら起こしてあげるから」

 

 「わかった。ゆっくり休ませてもらおう」

 

  と俺は自分の席に戻ってバスが出発するのを待った。

 

  ブブッ!

 

 「(誰からだ?)」

 

  と携帯が振動したので確認すると淳からだった。

 

 淳『今回のトレーニング場所、お前知ってるか?』

 

 「(『いや、知らないな』)」ポチポチ

 

英道『今回は何処かな?』 

 

 淳『この前は確かカナダだったな。また海外か?』

 

英道『えー!?俺もうロシアとか行きたくねーぞ!あんなクッソ寒いところ、もう勘弁して欲しいぞ!』

 

 淳『流石にロシアは無いだろう。あれは期間が長いときじゃないと無理だ』

 

燈馬『そういえば、マダガスカルからアレの招待状が来てたみたいだな』

 

英道『まじ?あれでなきゃダメなの?250kmマラソン(・・・・・・・・・)

 

 淳『確かに来てたな。オーストラリアから“はトレイルランニング”だっけ?』

 

英道『来てた!来てた!他にもスペインやアルゼンチン、イタリアも。どれも開催日って近かったような…。あ』

 

 淳『英道、恐らくお前の考えは当たってるぞ』

 

英道『(´;ω;`)』

 

 「(『仕方ない、腹を括れ。短期間だけなんだ、耐えればいいだけの話だ』)」ポチポチ

 

 淳『さて、俺は準備だけしておくわ。またな』

 

英道『クッソー!!絶対に耐えてやる!またな、燈馬!!』

 

燈馬『またな』

 

  と淳達の会話を終える。今回はランニングがメインか…。万全の体制で臨まないとな。

 

 「(俺も一眠りつくか)」パタ

 

  と俺は横になり、意識を手放した。

 

 

 

 

  こうして、俺達の合宿の幕が閉じたのであった。




読んで頂きありがとうございます

 次は菊花賞なんですが、その前に2つほどお話を入れたいと思っています。よろしくお願いします。

 今日は秋華賞でしたね。アカイトリノムスメおめでとう!ソダシお疲れ様!次は1着頑張ってね!



 それでは、また〜


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笠松へ行こう

 マンハッタンカフェ、実装!!!

ていうかシリウスシンボリカッコ良すぎない!?推しが増えちまうって!!!







  シービー実装、待ってるぞ!!!!


 〜新幹線・燈馬side〜

 

 『お待たせいたしました。次は“笠松”、笠松です。お出口は左側です。足元にご注意ください』

 

 プシュ〜!

 

 「ようやく着いたか。しかし、東京からは遠いもんだな」

 

  俺は今、笠松に来ている。観光とか学園の指示で来たとかそういう訳ではない、ある奴に呼ばれて来ているのだ。

 

 「この辺で待ち合わせのはずだが「燈馬ー!!」おっ」

 

  と声のする方を見ると芦毛色の髪を揺らした私服姿のウマ娘が走ってくる。

 

 「合宿以来か、久しぶりだなオグリ」

 

 「あぁ!燈馬も元気そうでよかった!さあ行こう!今日は私の故郷の笠松を案内するからな!」グイッ

 

 「わかったわかった。焦らなくても俺は逃げねーよ」

 

  と俺はオグリに手を引かれて笠松を案内してもらった。

 

 

  〜⏰〜

 

 「凄いな、灯台に公園。色々なものがあるんだな」

 

 「凄いだろ?他にも色々なところがあってだな!───!」

 

  と楽しそうに喋るオグリ。こいつがこんなにも楽しそうに喋るのを見るのは初めて見たかもしれないな。チームでは喋るのだが普段はクリークやタマモクロス、イナリワンと一緒にいるし、俺も普段はスズカやルドルフ達といるため余り喋る機会がない。だからこいつのこういう一面を見るのは中々ない。喋ってみないとわからないものなんだな。

 

 「───ま、燈馬」ユサユサ

 

 「ん?どうした?」

 

 「いや、ぼーっとしていたから…。もしかしたらつまらないんじゃないかって…」シュン

 

  と耳を垂れ下げながら、俯いてしまった。

 

 「つまらくなんてない。寧ろ、楽しそうにはしゃぐオグリを見てて意外な一面が見れたなって思っただけだ」

 

 「本当か?本当につまらなくなんてないか?」

 

 「あぁ。本当だ」コクン

 

  と頷く。実際に本当につまらなくなんてないし、さっきも言ったがオグリの知らない一面も見れたのでありがたいと思っていたのだがな。

 

 「つまらないように見えたのなら謝る」

 

 「だったら頭を撫でてくれ」

 

  とオグリが頭をこっちに向けてくる。

 

 「わかったよ」ナデナデ

 

 「ん///…。もっと撫でてくれ///」

 

  と耳がピンッと立ち、尻尾も左右にブンブンと揺れている、どうやら機嫌がよくなったのだろうな。

 

 「それで?次は何処に行くんだ?」

 

 「次はだな…」

 

  とオグリに次の場所を案内された。

 

 

  〜移動中〜

 

 「ここだ」

 

 「ここって、アパートか?」

 

  と少し古びたアパートにやって来た。

 

 「こっちだ」スタスタ

 

 「…」スタスタ

 

  とオグリの後ろについて行くと一つの部屋に辿り着く。

 

 「オグリ、まさかだと思うが…」

 

 「…」ガチャ

 

  とオグリが目の前の扉を開ける。

 

 「おかえりなさい。随分と早かったのね」

 

 「ただいま、お母さん」

 

  ────────マジ?

 

 「あら、あなたが娘の言っていた燈馬君?」

 

 「風間燈馬です」ペコ

 

 「どうも、うちの娘がお世話になっております。私、母の“ホワイトナルビー”と申します」ペコ

 

  とオグリの母、ホワイトナルビーさんが挨拶してくれる。

 

 「(クソババアから聞いてはいたが、ウマ娘の母親とその娘ってやっぱり顔が似ているんだな)」

 

  フジの時もそうだったが、子供の顔は親に似るとはこの事だろうか。いや、にしては似すぎてないか?

 

 「私とこの子の容姿が似ている、そう思っていますか?」フフッ

 

 「っ!…顔に出ていましたか?」

 

 「いえ、よく言われるんです。母親にそっくりだねって、他のヒト達からですが」

 

  ということはウマ娘の顔や容姿が似ているのは普通と思っていいのか?

 

 「ささ、立ち話もなんですからどうぞ入ってください」

 

 「お邪魔します」

 

  とホワイトナルビーさんに部屋を招き入れてもらった。

 

 

  〜オグリの家〜

 

 「待っててくださいね。もう少しでお昼ご飯が出来そうなんです」

 

 「わざわざありがとうございます」

 

 「燈馬、お母さんの作る料理は絶品なんだ!」

 

 「そうか、それは楽しみだな」

 

 「今日は腕によりをかけてますからね。たくさん食べてください」

 

  とホワイトナルビーさんはご飯が出来たのかお皿を持ってくる。

 

 「今日のお昼ごはんは“コロッケカレー”です。たくさん食べてね」

 

 「「いただきます」」

 

  とスプーンを手に取ってカレーを一口。

 

 「うまい…!」パク

 

 「お口に合って良かったわ」フフッ

 

  ホワイトナルビーさんの作ったカレーは辛すぎず少し甘く作られていて具は人参、ジャガイモ、玉ねぎ、鶏肉、ソーセージ。そしてなにより美味しいのは…。

 

 「(このコロッケか)」サクッ

 

  出来たてのコロッケは外はサクサクで中身はぎっしりと詰まっていて、手作りでこんなにも美味しいコロッケが出来るのかと思うほどだった。

 

 「お母さん、おかわり」

 

 「わかったわ。燈馬君はどうしますか?」

 

  と言われて自分の皿を見ると既にカレーは無くなっていた。

 

 「…お願いします」

 

 「は〜い!」

 

  とお皿を持って追加のカレーを盛り付けてくれる。

 

 「はい、おかわりよ」コトッ

 

 「…」パクパク!

 

 「オグリったら、そんなに焦らず食べなくても」フキフキ

 

  とホワイトナルビーさんはオグリの口周りを拭き始める。

 

 「ありがとう、お母さん」

 

 「いいのよ。気にしないで」

 

 「…」

 

 「?どうしたんだ、燈馬?」

 

 「いや、何でもない」パク

 

 「…。」

 

 

  〜⏰〜

 

 「「ごちそうさまでした」」

 

 「2人共たくさん食べてくれてお母さん、嬉しいわ」

 

 「はい、ホワイトナルビーさんの料理がつい美味しかったので」

 

 「そう言ってくれると、嬉しいわ。ありがとうね」

 

  とホワイトナルビーさんとオグリ、そして俺の皿を持って洗い場に持って行こうとする。

 

 「手伝いますよ」

 

 「いいのよ!お客さんですもの、ゆっくりしていって。ね?それにあの子のところにも行ってあげてくれないかしら。右の部屋が娘の部屋なの」

 

 「…わかりました」

 

  と俺はホワイトナルビーさんの案内のもと、オグリの部屋の扉をノックする。

 

 「お母さんか?」

 

 「オグリ、俺だ」

 

 「と、燈馬か!?ちょ、ちょっと待ってくれ!」ドタバタ

 

  と部屋の中から物を動かす音が聞こえる。

 

 「ごめんなさいね、あの子ちょっと片付けるのが苦手で」

 

 「はぁ…」

 

  オグリの部屋の前で待っていると部屋から物音が消える。

 

 「…どうぞ///」

 

 「お、お邪魔します…」

 

  と中に入る。オグリの部屋は白色の家具が置かれていて茶色のカーペットがひかれていた。

 

 「な、なぁ燈馬。余りジロジロ見られると…は、恥ずかしいんだが…///」モジモジ

 

 「すまんすまん。女の子の部屋なんて初めて入ったからな」

 

 「初めて…。私が初めてなのか…?」

 

 「ん?あぁ。寮の部屋には入ったことがあるんだが、ウマ娘の実家やそいつの部屋は無くてだな。オグリが初めてだ」

 

 「そうか、私は初めてなんだな///」

 

  とオグリの部屋を見渡す。

 

 「ぬいぐるみが多いな、やっぱり好きなのか?」

 

 「あ、あぁ。燈馬は持ってないのか?」

 

 「持ってないな。そもそも、ぬいぐるみ自体に興味がないんだ」

 

 「そうか…」シュン

 

 「けど、こうして見るとぬいぐるみを集めてみるのもいいなって思えてきた」

 

 「だったら、これがいいと思うぞ」ヒョイ

 

  と一つのぬいぐるみを渡される。

 

 「これって?」

 

 「タマ達と一緒に買ったものなんだ。確か名前は“ぱかプチ”って言ってたな」

 

  と渡されたぬいぐるみをもう一度見る。ぱかプチって確かURAが考案したぬいぐるみだったような気がする。世間からは大人気商品で種類も様々。他にも勝負服柄のTシャツやキーホルダー、クリアファイルなどの文房具にも売れているんだとか。委員長がスマートファルコンのグッズを持ってたな。

 

 「凄いな、チームのぬいぐるみも集めたのか」

 

 「あぁ。中でもシービーのは見つけるのに苦労したさ」

 

  シービーはルドルフ達と同じくらい人気が高かったような気がする。三冠を取った時にはグッズがバカ売れしたんだとか。

 

 「けど、まだ見つけていないのがあるんだ」

 

 「そうなのか?」

 

 「あぁ」ガシッ

 

  とオグリが俺の肩を掴む。

 

 「燈馬、君のぬいぐるみはどこにあるんだ!」

 

 「ぬいぐるみ?なんで」

 

 「チームみんなのものは見つけた。タマもクリークもイナリもだ。けど…燈馬のだけないんだ!」

 

 「そりゃあ、断ったからな」

 

 「こ、断ったぁあ!?」

 

  近くで叫ぶな、耳が痛い。

 

 「そもそも、売れるわけねぇだろ?考えてみろ。ウマ男のグッズが欲しい奴なんてこの世にいると思うか?」

 

 「いる!私が絶対に買う!」

 

 「えぇ…」

 

  どういった神経で買おうとするんだ。一応、説明しておくが知名度の上がったウマ娘や有名になったウマ娘、活躍したウマ娘などは理事長やURAの広報部とグッズを作るか話し合うのだ。実際にルドルフやブライアン、目の前のオグリなんかもグッズがある。結構いい値で売れて今でも絶賛発売中だそうだ。

  俺も理事長から話が来ていたのだがすぐ断った。グッズなんて誰も買わないし売れないから作る必要もない、と理事長に言ったのだが少し悲しそうな表情をしながら承諾してくれた。

 

 「今から理事長に言って作ってもらおう!そうしよう、燈馬!」

 

 「嫌だ、絶対に嫌だ。面倒くさい」

 

 「〜〜〜〜〜ッ!」プク〜!

 

  頬を膨らませてもダメなものはダメ。

 

 「そもそも、なんで欲しいんだ?」

 

 「それは…!燈馬のがあったらチームみんなのが揃うじゃないか…。燈馬だけ仲間外れみたいで、その…私は嫌なんだ」

 

  仲間外れ、ねぇ。

 

 「ぬいぐるみが無くても仲間外れじゃないぞ」

 

 「そうだが…」

 

  ─────しょうがねぇな。

 

 「…機会があったら頼んどいてやるよ。今だけは勘弁してくれ」

 

 「絶対にだからな!約束だぞ!」

 

 「わかったわかった。約束な」

 

 「よし!」グッ

 

  とオグリが小さくガッツポーズをする。オグリ、機会があったらだからな。

 

 「フフッ。青春ねぇ」ニヤニヤ

 

 「お、お母さん!?何見てるのさ!」

 

  と扉の隙間からホワイトナルビーさんが覗いていた。それに凄くニヤニヤしてる。

 

 「ここだけ熱いわ〜、エアコン入れていいかしら」

 

 「ど、どっか行ってよ!」

 

 「フフッ、冗談よ。それよりオグリ、今日はあそこに連れて行くんでしょ?」フフッ

 

 「そ、そうだった!燈馬!」

 

 「ん?」

 

  とオグリがこちらに向き直る。

 

 「今日、近くで夏祭りがあるんだ。い、一緒に行かないか?///」

 

 「夏祭りか…。いいぞ、行こう」

 

 「本当か!?」

 

 「それじゃあ、お母さんの浴衣貸してあげる。それに御粧(おめか)しもしないとね」

 

  夏祭りか、この前スズカと行った時とはまた違うものなのだろうか。楽しみだ。

 

 「オグリ、まだ案内していないところがあるんでしょう?お祭りが始まるまでに案内してきなさい」

 

 「そうだった!行こう燈馬。まだ案内したいところがあるんだ!」

 

 「わかったよ、そう急かすな」

 

  と俺はオグリの後を追って部屋を出る。

 

 「気をつけてね」

 

 「はい、行ってきます」

 

  と見送るホワイトナルビーさんに挨拶してオグリと町を歩いた。

 

 

  〜ホワイトナルビーside〜

 

 「───似てる」

 

  本当にあのヒト(・・・・)に似ている。顔立ちから立ち姿、雰囲気にそして“あのオーラ”。間違いなくあの娘の血を受け継いでる。

 

 「あの子も彼女と同じ何かしらの“約束”を持って生まれたのかしら」

 

  と私は伏せていた一枚の写真立てを手に取る。そこには笠松のトレセン時代の私ともう一人、私と同じ芦毛色より少し透き通った色の髪のウマ娘(・・・)が写っていた。

 

 「私だけじゃない。きっとあのヒトと関わったウマ娘ならきっと気づくはず、“あの子は危険だ”って」ギュッ

 

  持っていた写真立てを胸元で抱きしめる。

 

 「神様。どうか、どうかあの子に────────!」

 

  あの子に、絶望があらんことを。

 

 

  〜神社・燈馬side〜

 

  ワァワァ!ガヤガヤ!

 

 「凄い賑わってるな」

 

 「あぁ。この笠松では有名だからな」

 

  笠松の夏祭りはスズカと一緒に行った夏祭りとはまた違う盛り上がりだった。

 

 「オグリ、あれはなんだ?」

 

 「あれか?あれは御神輿といって神社の神様があの御神輿に乗って家を回って行って厄災を祓ってくれるそうだ」

 

 「厄災、ね…」

 

  降りかかってくる不幸を祓うか。神輿なんて初めて見たし、神輿にそんな効果があるなんてな。

 

 「(ま、どれも迷信だろうけどな)」

 

 「行こう燈馬、神輿もそうだが屋台の食べ物も美味しいんだ」

 

 「はいよ。今日はたくさん食べよう」

 

  とオグリと一緒に夏祭りの屋台を巡った。

 

 

  〜⏰〜

 

 「ふぉふま、ふぁべへぇうあ?(燈馬、食べてるか?)」パクパク

 

 「食べてる食べてる。あと、口の中に入れて喋るな」

 

  と屋台巡りが一段落して、俺達は近くのベンチに腰掛けていた。

 

 「焼きそばにたこ焼き、イカ焼きと綿あめ…、更にお好み焼きとは。…よく食べるな」

 

 「ング。…燈馬はよく食べる娘は嫌いか?」

 

  と上目遣いで見てくる。

 

 「いいや、寧ろよく食べる奴は好きだぞ。見ている側からすれば気持ちいいものだ」

 

  というとオグリは少し安心した顔をして、また食べ始める。オグリはチーム内ではたくさん食べるほうで、少食なのはタイシンだ。タイシンはそれ程食べなかったのだが、トレーニング後に間食でおにぎりを食べたりなど身体を大きくしようと頑張っている。そういやライスも結構な大食いだったような…。

 

 「…燈馬」

 

 「ん?」

 

 「あ、あ〜ん…///」

 

  ・・・・・え?

 

 「…急にどうした?」

 

 「タマとイナリが言っていたんだ。燈馬にあ〜んをすれば、その…イチコロだって///」

 

  あのチビクロスとイナリズシ、学園に帰ったらしばく。

 

  ナンヤテェエ、ワレゴルゥラァアアア!! ジョウトウダ!エドッコノチカラ、ミセテヤラァア!!

 

 「その情報はデマだ。鵜呑みにする必要はない」ハァ

 

 「そ、そうなのか…」シュン

 

  全く、オグリもオグリだ、そんなデマで騙されるとは。そんなのでイチコロなら世の中の男どもがイチコロされると言ってるのと一緒だろ。

 

 「で、でも!クリークが言っていたぞ!燈馬は他のウマ娘達から食べさせてもらっているって!!」

 

 「仕方なくやってるわけで聞かないとうるさいんだ」

 

  特にシービーとかルドルフとかブライアンとかフジとかマルゼンスキーとかエアグルーヴとかハヤヒデとか…ほぼ全員じゃないか。

 

 「じゃ、じゃあ私も食べてくれなかったら怒るぞ」プンプン

 

 「え〜…」

 

  それはそれで面倒なんですけど。

 

 「それに、まだ浴衣の感想も聞いてないし…」

 

 「…」

 

  人前でやるのは恥ずかしいんだが…。しょうがない。

 

 「んじゃ、お好み焼きでも食べさせてもらおうかな」

 

 「!それじゃあいくぞ。あ〜ん」

 

 「んっ」パク

 

 「ど、どうだ?」

 

 「ん〜。美味いな」モグモグ

 

 「そうだろ!」

 

  チビクロス程ではないがやはりお好み焼きは美味いな、ソースがよく合う。

 

 「そ、それじゃあ私もた、食べさせてもらおうかな///」

 

 「ほらよ」スッ

 

 「はむっ」パク

 

 「どうだ?」

 

 「うん、美味しい!」

 

  と嬉しいそうに食べる。そんなに食べさせてもらうのっていいのか?恥ずかしい他ないんだが。

 

 「それじゃあ行くか。まだまだ屋台はあるんだからさ」

 

 「ング。そうだな、行こう」

 

  と食べ終わった容器をゴミ箱に捨て、再び屋台巡りを再開した。

 

 

  〜⏰〜

 

 「リンゴ飴、美味しいな」

 

 「このニンジン飴もいけるぞ」

 

  その後の俺達はかき氷を食べたり、ベビーカステラを食べたり、唐揚げを食べたり、たい焼きを食べたり、ポン菓子を食べたり…って全部食べ物じゃねぇか。

 

 「そういえば浴衣の感想言ってなかったな。よく似合ってるぞ」

 

 「良かった。ありがとう」

 

  オグリの浴衣は全体が白で青色の紫陽花が描かれていたものだった。それに長い髪は一つに纏められていてポニーテールになっていた。

 

 「けど、私は燈馬が浴衣じゃないのが気になるんだがな」プイ

 

 「そもそも持ってないし着ない」

 

 「私は着てほしかった」

 

  と言われてもな、俺は浴衣とか着物とか動きにくい服は着たくないんだ。万が一の時に動けなかったら邪魔でしかないしな。

 

 「また、別の機会ってことでいいだろ?」

 

 「…。そうしておこう。けど、その時は絶対に着てもらうからな!」

 

 「はいはい」

 

  とリンゴ飴を食べながらぶらぶらと歩いていると…。

 

 「燈馬、夜になったら少し寄りたいところがあるんだ。いいか?」

 

 「構わないが、どこへ?」

 

 「それは秘密だ」

 

  と俺達は夜になるまで時間を潰した。

 

 

  〜夜・笠松川〜

 

 「ここだ」

 

 「ここは川か?」

 

 「正確には笠松川って言うんだ」スッ

 

  とオグリが川の側に言って座り込む。

 

 「燈馬、これ」

 

  とオグリから四角く底がない紙で出来たものとロウソクのついた板を貰う。

 

 「そのロウソクに火をつけてその紙を上から被せる。後はこの川にそれを置くと川の流れに沿って流れていくんだ」

 

 「なるほど。万灯流(まんとうなが)しか」

 

  別名“灯籠(とうろう)流し”。死者の魂を(とむら)って灯籠を海や川に流すという日本の行事の一つ。他の地域だと長崎、彦根、伏見、京都といったところでも灯籠流しをしている。

 

 「誰か亡くなったヒトがいるのか?」

 

 「いいや。毎年お母さんとやっているんだ。だから、そろそろ「お待たせ〜!」お母さん」

 

  とホワイトナルビーさんが橋の上から走ってやってくる。

 

 「ごめんね。久しぶりにあった同級生がいて、つい喋りこんじゃったの」

 

 「いえ、気にしてません」

 

 「ありがとう、燈馬君。それじゃあ火をつけてあげるからロウソク持ってきて」

 

  とホワイトナルビーさんがライターで俺とオグリ、そしてホワイトナルビーさん自身のロウソクに火をつける。

 

 「それじゃあ、その紙を被せて川に流してね。後は手を合わせてお祈りするのよ」

 

  と言われた通り、ロウソクの上から紙を被せて川に流し、手を合わせる。

 

 「「「…」」」

 

  3人の間に沈黙の時間が流れる。耳から聞こえるのは風の音と周囲の声だけだった。

 

 「お母さん、終わったよ」

 

  とオグリがホワイトナルビーさんに終わったことを伝える。

 

 「…」

 

 「お母さん?」

 

  オグリが声をかけるがホワイトナルビーさんはジッと手を合わせたまま動かない。

 

 「ねぇお母さんってば。終わったよ?」

 

 「!え?───あ、あぁ!そうね!それじゃあ帰りましょうか!」

 

  とホワイトナルビーさんが慌てて立ち上がりもと来た道へと歩いて行く。

 

 「待ってくれ、お母さん」タタッ

 

 「…」タタッ

 

  と俺とオグリはホワイトナルビーさんの背中を追って帰路についた。

 

 

  〜オグリ家〜

 

 「すみません、わざわざ泊めて頂いたうえお風呂まで」

 

 「いいのよ、気にしないで。電車が止まるなんて誰も予想がつかないんだから」

 

  夏祭りから帰ってきた俺達はそのまま駅へ向かって別れる…はずだったんだが、電車が止まってしまい明日まで動かないと聞かされた。これでは東京へ帰れないと思っていたらホワイトナルビーさんが──。

 

 「それじゃあ、泊まっていく?」

 

  という鶴の一声で泊めて頂くことになった。

 

 「それにしても、流石は男の子ね。いい身体してるわ」

 

 「ありがとうございます」

 

  とホワイトナルビーさんと対面するように座る。

 

 「寝るところだけどあの子の部屋で寝てもらっていいかしら」

 

 「はい。大丈夫です」

 

  とお茶を飲みながらホワイトナルビーさんと話しをする。

 

 「ねぇ燈馬君。一つ聞きたいことがあるのだけれど、いいかしら?」

 

 「はい、何でしょう」

 

 「君のその首からかけているネックレスについてるその指輪って誰の?」

 

 「この指輪ですか?」チャリ

 

  と指輪を触る。

 

 「───実は俺もよくわかってないんです。誰のものかわからない、けどババ…おばあちゃんから肌身はなさず持っとけとしか言われてないんです」

 

 「そう」

 

 「失くしたりしたらボコボコに殴られて、見つかるまで探したりしました」

 

 「そっか。余程、大切なものなんだね」

 

 「はい。それに…」

 

 「それに?」

 

 「これをつけてるとなんだか誰かに守られてる感じがするんです。こう、絶対に守ってやるって感じで」

 

 「そう。それじゃあ燈馬君にとってその指輪はお守りみたいな役割があるんだ」

 

 「はい」

 

  さっきの言ったことは本当だ。守られてる感じや背中を押されてる感じが日常生活やレースでも感じるのだ。

 

 「それに燈馬君のおばあちゃんも指輪を失くしたりしたら叱ってくれたり一緒に探してくれたりもする、いいヒトじゃない」

 

 「まあ、指輪も勿論なんですけど俺をずっと育ててくれてますし。なんせ俺、捨て子(・・・)なんですよ」

 

 「─────え?」ピタッ

 

  と固まるホワイトナルビーさんを無視して俺は話しを続ける。

 

 「バ…おばあちゃんの話し曰く、育児放棄された3歳の俺をたまたまおばあちゃんが拾ってくれたらしくて。それで私が育てるって言って今があるんです」

 

 「…」

 

 「その話を小学の6年の時に聞いたけど、俺は何も感じなかったです。何でなんでしょうね、普通なら怒りとか込み上げてくるものなのに何も感じなかった」

 

 「…」グッ

 

 「それに捨てた理由もぶっ飛んでました」

 

 「……どんな理由?」

 

 「“お前は人間じゃない”って。父親と母親両方ヒト(・・)から産まれたのに関わらず、足が人並み以上に速かったんです。だからそれを気持ちが悪がられて捨てたって」

 

 「…」ギリッ

 

 「だから両親を恨んでやろうと思っていました。けど、おばあちゃんに言われたんです“絶対に親を恨むな”って」

 

 「…

 

 「おかしいと思いませんか?捨てた親を恨むなって「ええそうよ」え?」

 

  とホワイトナルビーさんが立ち上がって、俺の隣に座る。

 

 「ホワイトナルビー、さん?」

 

  とホワイトナルビーさんが俺の肩を掴む。

 

 「確かに捨てられたなら親を恨んで当然。けど燈馬君、あなたは絶対に親を恨んではいけない!!」

 

 「なんで「あなたは親を恨んだら絶対に後悔する!これだけは信じて!!」…」

 

  どうしてなんだ。ババアもホワイトナルビーさんもどうしてなんだ、どうして恨んだらいけないんだ。

 

 「あなたの親は誰よりも優しいヒトなの!誰からも愛されてたの!」

 

 「…けど、そんなヒトでも捨てたら同j「違うの!あなたの親は本当に優しヒトなの!」だから、どんな奴でも…っ!」

 

  とホワイトナルビーさんに反論しようとしたら────。

 

 「お願い…、信じて…!」ポロポロ

 

  とホワイトナルビーさんが涙を流しながら訴えかけてくる。

 

 「…っ」

 

 「…」ポロポロ

 

  さっきの目はババアと同じ目だ。ババアもホワイトナルビーさんみたいに訴えかけてきた。初めてだった、初めてババアが泣いているところを見たのは。あの時のババアはどんな時よりも真剣な眼差しをしていた。

 

 「…わかりました。というより、ババアからも言われていたのでこの話は触れないようにしていたんですが、つい…。すみません」パッ

 

 「…いいのよ、気にしないで。私もつい強く言ってしまってごめんなさい」フキフキ

 

  と俺はティッシュをホワイトナルビーさんに渡し、受け取ったホワイトナルビーさんは涙を拭う。

 

 「あの、最後に一ついいですか?」

 

 「なに?」

 

 「本当に俺の親は愛されていたんですか?」

 

 「ええ。本当に優しくて、格好良くて、愛されてて。素晴らしいご両親よ」

 

 「そう、ですか」

 

  何故か納得がいかないのだが、ホワイトナルビーさんとババアが言うんだ。信じよう。

 

 「それと」

 

 「?」

 

 「おばあちゃんじゃなくて本当はババアって呼んでるの?」

 

 「え!いや、それは…」

 

  まずい、言葉に出てたか。

 

 「いいのよ。あのヒト、他のヒトからもそうやって呼ばれてるのを見たことあるの」

 

 「ババアに会ったことがあるんですか!」

 

 「ええ。“2回”だけ、だけどね」

 

  驚いたな、ホワイトナルビーさんってババアと面識あったのか。

 

 「お母さん、あがったよ」ポカポカ

 

 「ちょうど娘もあがってきたことだし。一緒に寝てきなさい」

 

 「そうします」

 

 「ん?燈馬、お母さんと何か話していたのか?」

 

 「まあな。オグリのことで話が盛り上がったんだよ。食堂探すのに2時間かかった話とかな」

 

 「あ、あの話をしたのか!」

 

 「とても面白かったわ〜」フフッ

 

 「ほ、他の話はしてないだろうな!?」

 

 「さあ?」

 

 「どうでしょう?」

 

 「燈馬〜〜〜〜!!!」ポカポカ

 

  とオグリが背中をポカポカしてくる。

 

 「それじゃあ俺は寝ます。お休みなさい、ホワイトナルビーさん」ガラッ

 

 「ええ、お休みなさい。それと私のことなんだけれども、“ルビー”って呼んでくれないかしら」

 

 「で、ですが…」

 

 「お願い、ホワイトナルビーさんって長そうだし」

 

 「…わかりました。それではルビーさん、おやすみなさい」

 

 「ええ、2人共おやすみなさい」

 

 「ちょっと待て燈馬!一体何を話したのか洗いざらい言ってもらうからな!」

 

  と俺はオグリに色々と尋問され、その後、部屋に敷かれた布団に横たわろうとしたのだが──。

 

 「罰として燈馬は私と一緒のベッドで寝てもらう」

 

  とオグリに抱き着かれながらベッドに横たわった。数分もしないうちに。

 

 「zzz」

 

  とオグリの寝息が聞こえ、俺もオグリの寝息につられて瞼を閉じ、意識を手放した。

 

 

  〜朝・笠松駅〜

 

 「わざわざお見送りなんて」

 

 「いいのよ。折角、娘の連れてきた子なんだもの、このくらいさせてね」

 

  とルビーさんとオグリに駅まで送ってもらい、その上、見送りまでしてもらうなんて。

 

 「燈馬、笠松は楽しかったか?」

 

 「あぁ、良いところだった」

 

 「いつでも遊びに来ていいからね」

 

 「はい、その時はオグリに言って遊びに行きます」

 

 『○時○分発の電車が参ります。ご乗車されるお客様は黄色い点字ブロックの内側にお立ちください』

 

 「それじゃあ、気をつけてね。“菊花賞”と“秋華賞”、応援してるわ」

 

 「燈馬、またトレセンでな」

 

 「あぁ。トレセンで会おう」

 

  と駅に電車がやってきて俺はその電車に乗る。窓を見るとオグリとルビーさんが手を振っていたので俺は軽く手をあげる。

 

 『出発します。閉まるドアにご注意ください』プシュ~

 

  とドアが閉まり、電車が動く。

 

 「(クラシック三冠とトリプルティアラを取れるように“菊花賞”と“秋華賞”、頑張るか)」

 

  と秋のレースに向けてどう戦うか。トレセンに着く間、俺は電車の中で作戦を練ったのだった。




 読んで頂きありがとうございます。

 次で夏休みが終わります。菊花賞までもう少々、お付き合いください。



  それでは、また〜。


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約束を果たすために

 ルドルフ会長のあの衣装はなんだ!?!?!?!?

 エッッッッッッッッッチ過ぎる!!!!けど、俺にはシービーが!!でもサポカブライアンも捨てがたい…!!!

 ああああああああああ!!!!!!ジェルが…!ジェルがぁああああああ!!!!!(ムスカ状態)












燈馬「作者が訳わからんことになってるが、とりあえず本編を読んでくれ」


 〜トレーニングレース場・立花side〜

 

 「お疲れ様!今日のトレーニングはここまでだよ!」

 

 「つっかれた〜…」ハァハァ

 

 「今日も今日でキツかった…」ハァハァ

 

 「ライス、もう立てない〜…」ハァハァ

 

 「私も…。ちょっと横になりたい…」ハァハァ

 

 「今日もハードでしたね〜…」ハァハァ

 

 「今日は長距離がメインだったしな。いいトレーニングだった」

 

  8月31日。僕達は夏休み最後のトレーニングを行っていた。9月からは新学期で夏から秋に変わる。秋は季節の変わり目でもあるし、何よりG1レースがたくさんある。それを乗り越える為にもスタミナなどのトレーニングは欠かせないんだ。

 

 「さ〜て、夏休みが明ければ各々のレースが待ってるよ。まずはオグリさん、君は9月に入ったら重賞レースに出てもらうよ。今度はタマモクロスさんに勝てるよう、頑張ろうか」

 

 「あぁ。今度はタマに負けない!」

 

 「次にタイシンさんとクリークさん。9月の後半のG2レース4つを獲ってもらうよ。」

 

 「クリークさんでも手は抜かないから」バチバチ

 

 「私もです〜。お互い頑張りましょうね〜」バチバチ

 

  やっぱり2人共、お互いに意識してるみたいなんだね。

 

 「お互いにライバル視するのはいいことだよ。でも、他のウマ娘達も君達を警戒してることを忘れないでね」

 

 「「はい!」」

 

 「そして、燈馬君。君は9月の間はまだ準備期間にする予定でいるよ。なんでかわかるかい?」

 

 「10月にぶつけるからだろ?」

 

 「その通り。10月に入ると菊花賞、秋華賞が待ってる大事な時期だ。そんな時に怪我なんてされたら全てが水の泡になる。だから9月の間だけは慎重に行きたいと思ってる。どうかな?」

 

  と僕は燈馬君に提案をする。

 

 「構わない。だが、一度もレースに出ない、なんてことは無いだろ?」

 

 「うん。僕の方でも出て欲しいレースには目星をつけているよ。一度もレースには出させない、なんてことはしないさ。君のレースでの勘は折り紙付きだからね」

 

  ここでレースの勘を失うと取り戻すのに時間がかかる。だからある程度、レースに出てもらって勘を失わないようにしてもらうんだ。

 

 「9月では燈馬君とライスさんは同じメニューを行ってもらう予定だよ。ライスさんもいつでもデビュー出来るように頑張ろうね」

 

 「はい!ライス、頑張る!」

 

 「そして、最後にシービーさん」

 

 「うん」

 

 「シービーさんは────────

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

“凱旋門賞”に出てもらうよ」

 

 「「「「が、凱旋門賞!?」」」」

 

 「遂にきたんだな、シービー」

 

 「うん。やっと出られる、凱旋門に…!」

 

  凱旋門賞。フランスで行われる国際的に有名で世界最高峰のレースの一つとされている。勝てば“世界最強のウマ娘”と称される程のレース。そもそも、凱旋門賞に出場すること自体が凄いと言っても過言じゃないくらいだ。

 

 「数多くの日本のウマ娘達が凱旋門賞に挑んできた。でも、日本のウマ娘は“過去に一度も勝てたことがない”レースでもある」

 

 「勿論、知ってる。あのディープ先輩だって負けたレースなんだから」

 

  ディープインパクト。“英雄”と呼ばれていたウマ娘で三冠を達成した後、凱旋門に挑んだけど惜しくも3着だった。

 

 「だからこそ、私が凱旋門賞を獲って世界最強の称号を手に入れてみせるよ」

 

 「シービー先輩なら出来るよ!」

 

 「そうですよ!その為に一生懸命頑張ってきたんですから!」

 

 「その為にも、体調を万全にしてフランスに言って貰わないとね」

 

  各々の気合も十分!これからが楽しみだ。

 

 「それじゃあ、各自ダウンストレッチをしたら寮の門限に間に合うように帰るんだよ」

 

 「「「「はい!」」」」

 

  と僕は道具を片付けて資料作成へと取りかかった。

 

 

  〜燈馬side〜

 

 「落ち着かない様子だな」

 

 「そうかな」

 

  とダウンストレッチをしているシービーに話しかける。

 

 「まだ1ヶ月も空いてるんだぞ、ソワソワし過ぎだ。お前らしくもない」

 

 「私でも緊張はするもんだよ?」

 

 「緊張しているところは見たことはあるが、落ち着きがないって言ってるんだ」

 

  と俺はシービーの尻尾を指差す。ずっとシービーの尻尾が左右に揺れ続けている。

 

 「…不安なんだ、凱旋門の為に色々と頑張ってきたけど本当に勝てるのかなって」

 

  誰だって不安はある。特に凱旋門なんて日本のウマ娘が一度も勝てたことなんてないレースだ。

 

 「不安は誰だって付きものだ。あのディープさんでも始まる3週間前くらいまで寝れてなかったらしいしな」

 

 「見た見た。あの時のディープ先輩の隈、凄かったよね〜」フフッ

 

  とシービーの顔に笑みが溢れる。

 

 「自分を信じろシービー。お前ならやれる、出来る。だから胸を張れ」

 

 「うん、ありがとう燈馬。おかげで楽になったよ」

 

  とシービーの顔が晴れやかになる。どうやら吹っ切れたようだな。

 

 「それじゃあ帰るか。下校時刻も近いし「待って、燈馬」ん?」

 

  と帰ろうとする俺をシービーが呼び止める。

 

 「18時くらいから空いてる?」

 

 「空いてるが何かあるのか?」

 

 「実はね、ルドルフ達と私の家でBBQするんだけど、燈馬も来てよ」

 

 「いいよ、お前達だけで楽しんでこいよ」

 

 「ダメ。もうルドルフ達に話しちゃったし、ちゃんと来てね」

 

  待て、今の会話の中でどうやってルドルフ達に話しをしたんだ。

 

 「それじゃあ、18時頃に迎えに行くから準備だけしといてね。またね〜」タタッ

 

  とシービーが部室へと走り去って行った。

 

 「…マジかよ」

 

  俺の独り言は誰もいないレース場に響いた。

 

 

  〜自宅前〜

 

 「多分、帰り遅くなるわ」

 

 「了解。夏休み最終日なんだ、楽しんできな」

 

  と自宅に帰ってきた俺はババアと一緒にシービーの迎えを待っていた。

 

 「そういやババア、飯どうすんだ?」

 

 「藤二郎が飯行かないかって言われてね、ちょうど良かったしそこで食べてくるよ」

 

 「西宮校長もこんな老いぼれババアを飯に誘うなんてどうかしてるぜ」

 

 「クソ生意気なガキと飯食うよりかはましさね」

 

  ───ほぅ。

 

 「しかも西宮校長からの奢りなんだろ?ちったぁお返しとかしろよ、クソババア」

 

 「藤二郎はいいって言っているんだ。ホント良い奴だよ、どこぞのバカなガキ共と違ってね」

 

  西宮校長、このババアにブランド物とかせびってもいいんだぞ。

 

 「どこのバカな奴なんだろうな。俺はちゃ〜んとババアには敬意を払ってるのに」

 

 「問題行動を幾度となくやってきたのが敬意とは…。脳みそはお花畑で出来てるのかい?クソガキ」

 

 「お先お一人様なババアに言われたくねぇな」

 

 「年上に敬意も払えないバカに言われたくないさね」

 

 「「・・・」」

 

 「今ここであの世に送ってやる」ポキポキ

 

 「ほう、ずっとアタシに負け続けたあんたが勝てるとでも」ポキポキ

 

 

  ブゥ〜〜ン、キキッ!

 

 「お待たせ、燈馬!…って何やってるの?」

 

 「ちょっと待っててくれシービー、今このババアをあの世に送ってから車に乗るから」ポキポキ

 

 「そこの小娘、骨壷の準備をしてくれないか?このバカを葬り去らないとアタシの気が済まないのさ」ポキポキ

 

 「二人共落ち着いて!燈馬、あなたの親でしょ?そんなことしたらダメ!」

 

  とシービーが止めにくるが今は関係ない。

 

 「ババア、覚悟は出来てるか?」

 

 「来な、クソガキ。返り討ちにしてやる」

 

  よし、まずはババアの顔面を────!

 

 「二人共、落ち着いてください」パンッ!

 

  とババアとの間に一人の男が割り込んでくる。

 

 「「西宮校長(藤二郎)」」

 

 「御二方、仲がよろしいことはいいことですがもう少し場所を弁えるよう、お願いします」

 

  と周りをみると近隣の住民がこっちを見ていた。

 

 「…命拾いしたね、クソガキ」

 

 「良かったな、寿命が縮まなくて」

 

 「…さて、各々行く所がありましょう。それと燈馬君?」

 

 「ん?」

 

 「女の子を泣かせてはいけませんよ」

 

 「え?」

 

  と後ろを見るとシービーが涙を浮かべながら立っていた。

 

 「それでは私どもはこの辺りで失礼します。行きましょうか、理事長」

 

 「そうするさね。バカ燈馬、……楽しんできなよ」バタン

 

  とババアが車に乗り込み、西宮校長が一礼して車に乗る。二人はそのまま車で横を通り過ぎて行った。

 

 「…何か言うこと、あるんじゃない?」

 

 「…すまん」

 

 「絶対に親を殴ったりしたらダメだからね。絶対にだからね」

 

 「…はい」

 

  とシービーは車に乗り込み、俺も後を続いて乗り込む。ドアは運転手さんが閉めてくれた。

 

 「それでは出発します」

 

 「お願い」

 

  と車は動き出し、シービーの家へと向かった。

 

 

  〜シービーの家(トウショウ家)〜

 

 「お嬢様、風間様。お着きになりました」ガチャ

 

 「うん、ありがとう」

 

  と開いた扉からシービー、俺の順に外に出る。目の前にはアニメとかで出てくる屋敷があった。

 

 「でっか…」

 

 「でしょ!この土地にはレース場だってあるからね」

 

  マジか、流石金持ち。

 

 「行こ、燈馬!家の中を案内してあげる!」

 

 「あぁ。よろしく頼むよ」

 

  と家の中に入って案内をしてもらった。やべ、迷子になりそう。

 

  〜⏰〜

 

 「遅かったな、シービー」

 

 「ごめんごめん、燈馬に家の中を案内してたんだ〜」

 

 「二人でか」

 

 「まぁね。デートみたいで楽しかったよ〜」

 

 「ふ〜ん」ハイライトオフ

 

  とルドルフが俺の方を見る。何その目、怖い。

 

 「ブライアン、もっと野菜を食べろ」

 

 「私は肉だけで十分だ」

 

 「ハヤヒデはブライアンを思って言ってるだよ?ちゃんと食べてあげなきゃね」

 

 「チッ」

 

  と奥ではフジ達がもうBBQを楽しんでいた。

 

 「あ〜!何始めてるのさ!ちゃんと残してるよね!?」

 

 「肉は無理だな」ヒョイ

 

 「おいブライアン!私の皿に野菜を入れるな!』

 

 「女帝様が余りにも野菜を食べたそうにしていたから入れてやったんだ。感謝しろよ?」

 

 「貴様〜!!」プルプル

 

 「スズカも食べる?この人参、チョベリグに美味しいわよ?」

 

 「ありがとうございます、マルゼンスキー先輩。はむ。…凄い、本当に美味しいです!」

 

 「でしょ!バッチグーね!」

 

 「…」ハムハム モグモグ

 

 「もう!私もお肉食べる!オグリ、お肉残しといてよ!」

 

  とシービーがフジ達のところへ行って食べ始める。

 

 「…今日は来てくれてありがとう。燈馬」

 

 「いいさ、家にいても特にやる事なんてないしな」

 

  寧ろ俺が飛び入り参加的な感じなんだが。

 

 「しかし、合縁奇縁のこのメンバーが集まるのはいつぶりだろうか」

 

  ルドルフの言うとおりだ。このメンバーで集まるのは本当にいつぶりか。

 

 「それも、ここにいるウマ娘は全員燈馬に助けられたウマ娘でもある」

 

 「俺は助けてなんてない。ただ見ていたに過ぎない」

 

 「けど、君は手を差し伸べてくれた。誰も助けてくれない中、君だけが私達を助けてくれた」

 

 「俺は別に…」

 

  と俺はルドルフの方を見るとルドルフは優しい眼差しを向けていた。

 

 「…」ハァ

 

 「お〜い!二人共、早くしないとなくなったちゃうよ!」

 

 「あぁ、今行く。行こう、燈馬」

 

 「そうだな」

 

  と執事さんから焼けた肉や野菜がのった皿を受け取り、俺達はBBQを楽しんだ。

 

 

  〜⏰〜

 

 「そうか。フジはスプリンターズステークス連覇か」

 

 「うん、3連覇がかかってるからね。負けられないよ」

 

  3連覇か。どれ程強くなったのか見てみたいな。BBQも落ち着いてきた頃、俺達は今後の自分達の方針を話していた。

 

 「そっか。エアグルーヴは?」

 

 「私はエリザベス女王杯に出場する予定だ。前回は負けたが今度は勝つ」

 

  前回はクビ差の2着だったはず、勝ってほしいな。

 

 「ハヤヒデとブライアンはどうなの?」

 

 「私はまだ調整期間だ。下手にレースに出ると怪我の恐れがあるというトレーナーの指示でな」

 

 「私は大阪杯4連覇だ。ここ最近、私の渇きを潤す奴がいなくてな。そろそろお前と勝負がしたい」

 

 「楽しみにしてる」

 

  ブライアンの奴、大阪杯を3連覇してるのか。確か3連覇目のタイムはレコードだったはず。それにブライアンは宝塚記念も勝っており“春シニア三冠”も獲っている。

 

 「私とルドルフはウィンタードリームトロフィーよ。今度こそルドルフに勝つんだから」

 

 「君に負けるつもりは毛頭ないよ、マルゼンスキー。勝つのはこの私、皇帝シンボリルドルフだ」

 

 「私も重賞の後はドリームトロフィーに出場予定だ。2人に負けるつもりはない」モグモグ

 

  ルドルフとマルゼンスキーはウィンタードリームトロフィーか。お互いに一歩も譲る気配はなさそうだ。それとオグリ、お前はどれだけ食べるんだ?

 

 「燈馬はどうなんだ?」

 

  とフジから話しを振られる。

 

 「俺は菊花賞と秋華賞だ。三冠とティアラは必ず獲る」

 

 「スペちゃん、菊花賞でのリベンジに張り切ってるわ」

 

 「ドーベルもだ。お前に負けたくないとトレーニングを励んでいたぞ」

 

 「勝つのは俺だ。三冠もティアラも俺が獲る。負けるつもりはない」

 

 「菊花賞と秋華賞が楽しみね」フフッ

 

 「そうだな」フッ

 

  負けられねぇな、絶対に。

 

 「スズカは?」

 

 「私は秋の天皇賞に向けて頑張ってるわ。先頭の景色を譲らないためにもね」

 

  秋の天皇賞か。スズカと対決するのは近いかもしれないな。

 

 「最後にシービー、君の方針は?」

 

  と最後の一人、シービーの番になった。

 

 「私は凱旋門賞に出るよ」

 

 「が、凱旋門ですか!?」

 

 「ほぅ…」

 

 「なるほどね〜」

 

  とエアグルーヴが驚き、フジとスズカは目を大きく開いていた。対してルドルフ、マルゼンスキー達は冷静だった。

 

 「日本ウマ娘初の凱旋門ウマ娘に輝けるよう、頑張るよ」

 

 「応援してるぞ、シービー」

 

 「えぇ!自信を持ってね!」

 

 「頑張ってください、シービー先輩」

 

 「みんな、ありがとう。私、絶対に勝つよ!」

 

  とシービーが意気込んでいたその時だった。

 

 「その意気です、シービー。決して弱気になってはいけませんよ」コツコツ

 

 「お母様!」タタッ

 

  と屋敷から一人のウマ娘が歩いて来た。

 

 「皆様、お初お目にかかります。ミスターシービーの母、“トウショウボーイ”です。この度は我がトウショウ家に来ていただいて誠にありがとうございます」

 

 「お初お目にかかります。私、トレセン学園で生徒会長を務めておりますシンボリルドルフです」ペコ

 

 「私は生徒副会長のエアグルーヴです」ペコ

 

 「私はビワハヤヒデと言います。こっちは妹のナリタブライアンでエアグルーヴ君と同じ生徒副会長を務めております」ペコ

 

 「…」

 

 「こら、ブライアン!」

 

 「大丈夫ですよ。よろしくおねがいしますね、ナリタブライアンさん」

 

 「…よろしく」

 

  と小さな声で挨拶を返す。流石は大人な対応、ブライアンも見習って欲しいものだ。

 

 「っ!」キッ

 

  睨むな睨むな、あと心を読むな。

 

 「では改めて、私はトレセン学園の栗東寮の寮長を務めておりますフジキセキです」ペコ

 

 「私はサイレンススズカです。よろしくお願いします」ペコ

 

 「オグリキャップです。よろしくお願いします」ペコ

 

 「ええ、フジキセキさんとサイレンススズカさん、オグリキャップさんもよろしくおねがいします」

 

  ───で、最後に俺か。

 

 「風間燈馬です。シービーとは同じ、チーム…」

 

 「…」

 

  と自己紹介をしようとしたらトウショウボーイさんが驚いた顔をして俺の目をジッと見つめていた。

 

 「燈馬はね、URA史上初のクラシック三冠とトリプルティアラの両方に出場を許可されたヒトなんだよ!」

 

 「はい、シービーの言っていたことは事実でサインももらってるんです」

 

 「あの時、話を聞いた際は嘘としか思っていませんでした」

 

 「そうだよね〜。あの時はビックリしたよね」

 

 「そうよね。本当にビックリ───。」

 

  と周りの奴らが楽しそうに喋る中、俺とトウショウボーイさんの間に異様な空気が流れる。。トウショウボーイさんは他の話に目もくれず、ずっと俺と目を合わせ続けていた。まるで俺を知っていた(・・・・・・・)かのように。

 

 「───様、お母様?お母様!」

 

 「っ!ど、どうしたの?シービー」

 

 「どうしたの、じゃないよ!ずっと燈馬の顔を見てたからさ」

 

 「え、えぇ…ごめんなさい。…よろしくお願いしますね、燈馬さん」ニコ

 

 「は、はい。こちらこそ」

 

 「そうだ!家に花火があるんだ。だからみんなでやらない?」

 

 「いいわね!」

 

 「夏の風物詩だしな」

 

 「では、消火の為の水を用意しないとな」

 

 「では、お片付けの方は私達が行いますので皆様はシービー様の元へお急ぎください」

 

  とシービーは自分の家に戻って行き、他のみんなはシービーの後を追った。

 

 「燈馬さん」

 

  とトウショウボーイさんに呼び止められる。

 

 「何でしょう」

 

 「首から下げてるネックレスについた指輪を見せてくれないかしら」

 

 「はい」チャリ

 

  とトウショウボーイさんに指輪を見せる。

 

 「…」

 

  とトウショウボーイさんが指輪を見ている。とても悲しそうに。

 

 「あの、この指輪に心当たりがあるんですか?」

 

 「─────ごめんなさい。知っている物かと思っていたのだけれども、見間違いだったわ」

 

 「そうですか、気にしないでください」

 

 「ええ」

 

  とトウショウボーイさんの顔色が少し良くなる。

 

 「燈馬!こっちこっち!」

 

 「娘のところへ行ってあげてください。あの娘、ちょっとわがままなところがあるので」

 

 「わかりました。行ってきます」ペコ

 

 「気をつけてね」

 

  とトウショウボーイさんに軽く一礼してからシービー達の元へ向かった。

 

 「お母様と何話してたの?」

 

 「シービーのわがままをどう直せばいいですかって相談してた」

 

 「私、わがままじゃないよ!?」

 

  とシービーとともに花火をする場所へ向かった。

 

 

 

 「この手持ち花火凄〜い!」パチパチ

 

 「シービー、振り回すと危ないぞ」パチパチ

 

 「夏って感じで最高ね!」パチパチ

 

 「お、おい!スズカ!この花火はどういったものなんだ!?」アセアセ

 

 「それはねずみ花火よ。エアグルーヴ、慌てちゃって面白いわね」フフッ

 

 「このねずみ花火、3色に光るとは珍しいな」

 

 「色鮮やかだな」

 

  とシービー達は手持ち花火などで楽しんでいた。

 

 「ガキか、あいつらは」

 

 「まあ、花火だし騒ぎたい気持ちもあるさ」

 

  俺とブライアンはシービー達から少し離れて花火を見ていた。

 

 「まあ、あいつらが騒いでるおかげで私はお前を独占できるからな」ギュッ

 

 「汗臭いし、暑いから離れろ」

 

 「断る」ギュ〜ッ

 

  これじゃあ身動きが取れないし、こいつらからの尋問が凄いんだ。頼むよ。

 

 「みんな、ちょっと集まって欲しいんだ〜!」

 

  とシービーが集合するよう、呼びかける。

 

 「行こうぜ、シービーが呼んでる」

 

 「なら、このまま行くか」グイッ

 

 「お、おい!」

 

  とブライアンに腕を引っ張られながらシービーのもとへ向かった。

 

 「それじゃあ、みんなに渡したいものがあるんだけど、その前にブライアンは燈馬から離れよっか。ていうかくっつき過ぎナンジャナイ?」ハイライトオフ

 

 「これでもまだ遠いほうだ。燈馬はすぐに別の女のところへ行くからな。私がこうしておいたら燈馬は私から離れないから大丈夫だ」

 

 「まあまあ、二人共落ち着いて。ブライアンはまず燈馬から離れよう?シービーが何か渡す物があるらしいからね」

 

  とフジが二人に落ち着くようにと言った。

 

 「しょうがないな」パッ

 

  とブライアンが俺の腕を離す。

 

 「それで、シービーは何をくれるのかな?」

 

  とルドルフがシービーに何を渡してくれるのかを聞く。

 

 「それはね…これ!」ジャーン!

 

  と虹色に編み込まれた紐を見せる。

 

 「それは?」

 

 「これはね、ミサンガって言って願い事を叶える為に足や手首に結ぶんだ。だからさ、みんなで足に結ばない?」

 

 「いいわね!ナウいヤング達が付けてるし、私達も付けましょうよ!」

 

 「確かにいいね」

 

 「あぁ。異体同心、心を一つにすることはいいことだと思うな」

 

 「私も賛成です」

 

 「私もだ」

 

  とマルゼンスキーを始め、この場にいる全員が賛成する。

 

 「それじゃあ、みんなに1本渡すから自分の利き足に結んでね」

 

  とシービーからミサンガを貰い、自分の利き足である右足の足首に結ぶ。

 

 「確かミサンガには色によって意味が違うと言っていたな」

 

 「どういった意味があるんだ?」

 

  と俺はハヤヒデに質問する。

 

 「まず、色はな────。」

 

  とハヤヒデは色の意味の説明をしてくれる。

 

 「─────という意味があるんだ」

 

 「なるほど、そういう意味があるのか」

 

  とハヤヒデからの説明を聞いて納得する。

 

 「ねぇ燈馬、みんなと約束したこと覚えてる?」

 

  とシービーが俺に話に振る。それに吊られて他の奴らも俺の方に目を向ける。

 

 「勿論だ。“ここにいるみんなが有名になって同じレースを走る”、そうだろ?」

 

 「うん」

 

  1年前にシービー達とした約束、“同じレースを走る”。一見、簡単そうに見えるが実はそうでもない。全員が全力で走れるレースを出る為には限りが出来てしまうし、チームの方針で出れるレースや出られないレースがある為、厳しい条件下となっている。

 

 「だから、このミサンガに誓うの。“みんなが同じレースに出て走れる”ように」ザッ

 

  とシービーが右足を出す。

 

 「そうだな」ザッ

 

 「うん」ザッ

 

  とルドルフ達も次々とミサンガの付いた足を出し、俺も右足を出す。

 

 「絶対に、ぜ〜〜〜〜ったいに約束だからね!」スッ

 

 「「「「あぁ!」」」」スッ

 

  と全員の足が上がる。そして─────。

 

 ダンッ!!!

 

 「「「「「約束だ!!!」」」」」

 

  と地面を強く踏み、約束を交わす。

 

 「よし!それじゃあ最後にアレやりますか!」

 

 「アレ?」

 

 「アレだよアレ!線香花火!誰が長くもってられるか勝負しようよ!」

 

 「いいね〜、のった!」

 

 「私は構わないわ!」

 

 「私もだ」

 

  と各々が一本ずつ線香花火を取る。

 

 「それじゃあ行くよ〜!…よーい、スタート!」

 

  とシービーの合図で火をつける。

 

   パチパチパチ…!

 

 「わぁ!綺麗〜」パチパチ

 

 「そうだな」パチパチ

 

  と小さくパチパチと音をたてながら、線香花火が始まる。

 

 「あれ?」ポト

 

  と俺の線香花火が始まるってまだ、1分もしないうちに落ちてしまった。

 

 「燈馬早〜い!」パチパチ

 

 「燈馬のだけ湿ってたのだろうか」パチパチ

 

 「わからんな」ジュッ

 

  と線香花火を水の張ったバケツの中に入れる。

 

 「最後まで残るのは私だけどね」パチパチ

 

 「いいや、私さ」パチパチ

 

 「負けるつもりはない」パチパチ

 

  と線香花火の音が響く。そして─────。

 

 「「「「「あ…」」」」」

 

  ポト…

 

 「落ちちゃったね〜」ハハッ

 

 「まさか燈馬以外全員とはな」フフッ

 

 「悪かったな、すぐに落ちて」

 

 「それじゃあ、そろそろお開きにしよっか」

 

  と線香花火も終わり、お開きということになった。

 

 「明日から2学期か」

 

 「ええ、これからもっと忙しくなるわね」フフッ

 

 「それじゃあオグリとスズカ、エアグルーヴ、フジはルドルフの車。燈馬、ハヤヒデ、ブライアンは私。マルゼンスキーは自分の車で帰ろうか」

 

 「「「「「はーい」」」」」

 

 「それじゃあ、私はお先にドロンするわ!またトレセンで会いましょうね〜!」

 

 「「「「またね(な)〜」」」」

 

 「それじゃあ、私の車はそろそろ出発だから乗り込んでくれ」

 

 「くれぐれも始業式に遅刻をするなよ。特に燈馬」

 

 「なんで俺?」

 

 「注意喚起だ、たわけ」

 

  注意喚起って俺遅刻なんて……やったことあるわ。

 

 「またね、燈馬君」フフッ

 

 「またな燈馬。トレセンで会おう」バタン

 

 「あぁ。またな」

  

  ブゥ〜〜ン…

 

 「それじゃあ私達も行きましょうか。まずはハヤヒデとブライアンを寮に帰さないとね」

 

 「よろしく頼むよシービー」

 

 「頼んだ」

 

 「それじゃあ、みんな乗って!」

 

  と俺達はシービーの車に乗り込み、栗東寮を目指した。

 

 

  〜自宅前〜

 

 「最後に燈馬の家だね」

 

 「わざわざすまんな」

 

 「いいよいいよ、気にしないで。私が誘ったんだもの」

 

  ハヤヒデとブライアンを寮に降ろした後、最後に俺の家に送ってもらった。あのひとときがまるで一瞬で終わったかのように周りは静かだった。

 

 「そういえば、日本を出るのはいつなんだ?」

 

 「始業式が終わったらかな。本格的にやらないと負けそうだからさ」

 

 「いつも通りやればいいんだよ。気負わなくていい、そうすれば結果はついてくる」

 

 「ありがとう、燈馬」ニコ

 

  とシービーの表情がにこやかになる。

 

 「それじゃあな。またトレセンで会おう」

 

  と玄関へ向かおうとしたら───。

 

 「ねぇ燈馬」

 

 「ん?」

 

 「もしさ、もし私が凱旋門を勝ったらさ。その…」

 

  とシービーの目線がズレる。

 

 「その、なんだ?」

 

 「…ううん、何でもない。もし良かったらさ、私の勇姿を生で見てほしいんだ。ダメ、かな…」

 

  とお願いされる。海外での応援は出来なくもないが、そうするには理事長からの許可書とトレーナーの承諾が必要になってくる。

 

 「わかった。トレーナーと理事長に頼んでフランスに行けるか聞いてみる」

 

 「ホント!?」

 

 「本当だ」

 

  こいつのレースも画面越しじゃなくて、久しぶりに生で見たいしな。

 

 「それじゃあまたね!私、頑張るから!」

 

 「あぁ。いい結果が出ることを楽しみにしてる」

 

  ブゥ〜〜ン…

 

  とシービーの車が帰って行った。

 

 「頑張れよ、シービー」

 

  と俺はシービーにエールを送って既にババアが帰ってきていたので家に入り、明日に向けての準備をした後すぐに就寝した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

※ここからはちょっと気持ち悪い描写が描かれています。無理な方は目次へ戻りましょう。

 

 

  

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  〜???〜

 

 「ハ、ハァハァ、ハァ…。っ!」ブルブル!

 

  と男はモニターの光しか点いていない暗い部屋の中、何か感じたのかブルブルと身体が一瞬震える。

 

 「っ、ハァハァ。もうすぐだね、もうすぐで会えるね…」ニタァ

 

  と男は部屋の壁、天井一面に貼られた写真を見てニタリと笑い、レロッと一枚の写真を舐める。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「僕の愛しい愛しいウマ娘(ミスターシービー)




燈馬「読んでくれてありがとう。最後のは…俺でもわからんな。なんせヤバい奴だと思うぞ。────さて、本編なんだが菊花賞を先に書くと言っていた作者なのだが急遽、シービーの出る凱旋門賞を書くそうだ。待っててくれているヒトには申し訳無いと思っている。恐らく、連続して投稿すると思うからもう少しだけ待っていてくれ、これからもこの作品のことをよろしく頼むよ。それじゃあ、また次回で会おう」




 ルドルフがぁああああ!シービーがぁあああああ!ブライアンがぁああああああ!

燈馬「あいつ、いつまでやってるんだ?」


 それでは、また〜


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凱旋門賞と狙われたシービー

 やっと書けた…。今回は結構長いです。


  それでは、どうぞ〜


  〜シャルル・ド・ゴール国際空港 燈馬side〜

 

 「着いた。ここがフランスか」

 

  俺はフランスの首都パリから少し離れた空港に来ていた。理由は勿論、シービーの凱旋門賞を見るためだ。

 

 「確かトレーニング場はロンシャンレース場だったはず」

 

  と俺は携帯を開き、シービーから送られてきた地図を見る。合ってるな。

 

 「よし、まずはレース場に向かうか」

 

  と空港を出てタクシーを捕まえる。

 

 「Veuillez vous rendre sur le circuit de Longchamp(ロンシャンレース場までお願いします)」ガチャ

 

 「Entendu(かしこまりました)」バタン

 

  とタクシーに乗り、ロンシャンレース場へと向かった。

 

  〜ロンシャンレース場〜

 

 「Arrivée. C'est le circuit de Longchamp(到着しました。ここがロンシャンレース場です)」

 

 「Merci(ありがとうございます)」バタン

 

  と車から出て代金を払い、レース場の方へ身体を向ける。

 

 「ここがロンシャンレース場、凱旋門賞が行われるのか」

 

  ロンシャンレース場。世界で一番美しいと言われているフランスのレース場の一つ。こんなところで走れるのは正にウマ娘にとって嬉しいこと間違いなしだ。

 

 「干渉に浸ってる場合じゃないか。シービーのもとへ行こう」

 

  とレース場の中へと入っていく。

 

 

  〜⏰〜

 

 「お〜い!燈馬〜!」タタッ!

 

 「久しぶりだな、シービー。少し身体付きが変わったんじゃないか?」

 

 「そうかな?それよりターフに来てよ!凄く広いんだ!」

 

 「あぁ。行こう」

 

  と俺はシービーに手を引かれて、レース場内へと入っていった。

 

 

 

 

 「ここがロンシャンレース場のターフか。随分と広いんだな」

 

 「それに芝の管理もちゃんとされてるんだ!走ると気持ちいいんだよ!」

 

 「そうか」

 

  とロンシャンレース場のターフへと足を踏み入れる。ザッ!ザッ!という芝の音が歩く度に鳴り響く。ちゃんと管理されている証拠だ。

 

 「Monsieur C B」

 

 「あ、モーレンさん」

 

  とモーレンと呼ばれた金髪の男がこちらに近づいてくる。

 

 「紹介するね。このヒトは凱旋門賞の臨時トレーナーを務めてくれている“モーレン・アラビナ”さん」

 

 「Je suis Moren Arabina(モーレン・アラビナです)」スッ

 

  とモーレンさんは手を出してくる。

 

 「えぇっと、何て言えばいいんだっけ…」

 

 「Ravi de vous rencontrer, c'est Kazama Touma.Monsieur C B est endetté(はじめまして、風間燈馬です。シービーがお世話になってます)」パシッ

 

  とモーレンさんの手を取り、握手をする。

 

 「…ぷ、アハハハッ!これは失敬。つい、からかいたくなってね!あぁ、日本語で大丈夫だよ」ハハッ

 

 「…ありがとうございます。日本語、お上手ですね」

 

 「何年か日本に滞在していたのでね、それで日本語を身につけたんだよ」

 

  とモーレンさんは日本語で喋りだす。

 

 「(約180cm近くあるな。それにミチルさん程ではないが筋肉もある。それに…)」

 

 「私のデータ分析、ですか?」

 

 「っ!…すみません」

 

 「いえいえ、気にしていません。誰であれ初対面のヒトには必ずあることですから」ニコ

 

  とモーレンさんはにこやかに笑う。

 

 「それよりもミスターシービー、まだトレーニングが残っているのだろう?早く行って来なさい」

 

 「は〜い。また後でね、燈馬!」タタッ!

 

 「あぁ」

 

  と俺はシービーを見送ってモーレンさんと2人きりになる。

 

 「…シービーの状態は?」

 

 「えぇ、前よりも身体が大きくなって加速力が増していますよ。あれ程仕上がりのあるウマ娘は見たことがない」

 

  とモーレンさんも絶賛する程、シービーの状態は良いそうだ。

 

 「芝を踏んでわかったのですが、結構深いんですね」

 

 「えぇ、よく気づきましたね。実はこの芝は約9cmあたりの長さで伸びていて柔らかいんですよ」

 

  なるほど、だから踏んだと思った感覚と足が地面に着く感覚に若干のズレがあるのか。日本の芝は性質上硬く、着地の時に反発する力がある為、海外からは“日本の芝は硬い”とまで言われるくらいだ。逆に海外の芝、特にロンシャンレース場の芝は衝撃を吸収する性質がある為、反発がなく、いつもよりも強く踏み込まないと前には進めないだろう。

 

 「しかし、芝の性質を瞬時に把握するなんて、しかもその年齢でトレーナーになれるなんて」

 

 「たまたまですよ。それに俺、トレーナーじゃないです」

 

 「トレーナーじゃない!?」

 

  まあ、その反応が妥当だろうな。

 

 「じゃあ、君は一体…」

 

 「…まあ、この話は終わりにしましょう。今はシービーの状態を確認することが優先です」

 

 「あ、あぁ…」

 

  とモーレンさんとの会話を打ち切り、ターフを走るシービーの様子を見守っていた。

 

 

  〜夕方〜

 

 「それでは、明日はいよいよ凱旋門賞だ。体調管理の方をよろしく頼むよ」

 

 「わかった、ありがとうね」

 

 「ありがとうございます」

 

 「それでは、失礼します」スタスタ

 

  とモーレンさんはレース場の方へと戻って行き、シービーと2人きりになった。

 

 「そういえばシービー、理事長からの要望って聞いてるよな」

 

 「聞いたよ、宿泊するホテルだよね」

 

  ここに来る前、理事長がミスをしてホテルの予約が出来ていなかったらしくシービーに頼んだところ、「予約は任せといて!」とシービーが言っていたのでホテルは任せてフランスに来たのだ。

 

 「じゃあ、宿泊するホテルを案内してくれ」

 

 「オッケー!任せといて!!」

 

  とシービーが俺の宿泊するホテルへと案内してくれる。

 

 

  〜⏰〜

 

 「ここだよ!」

 

 「…凄ぇ所だな」

 

  とシービーが案内してくれたところはレース場から徒歩5分のところにある超高級ホテルだった。

 

 「それじゃあ早速、燈馬の部屋にレッツゴー!」

 

 「お、おい。待てって」

 

  とシービーに手を引かれてホテルへと入って行った。

 

 

 

 

 「ここが燈馬の部屋だよ!」

 

  とシービーが案内してくれたのは如何にもお金持ちが住みそうな部屋でほぼスイートルームに近かった。

 

 「良いところでしょ?」

 

 「良いところだが…、もっと普通なところはなかったのか?」

 

 「う〜ん、ほぼ満室だったしね。ここ位しかなかったんだよ」

 

  やっぱり凱旋門賞を見に来るヒト達がホテルの予約をいち早くしていたからだろうな。

 

 「そうか。ならここで我慢するしかないか」

 

 「そうだね〜…」

 

  と荷物を置き、部屋に何があるか確認しようとするのだが───。

 

 「…///」

 

  シービーは何故か部屋から出て行かなかった。

 

 「どうしたシービー、明日も早いんだ。自分の部屋へ戻って明日に向けて身体を休めろよ」

 

  というもシービーは何故か動かない。それに何故か尻尾が大きく揺れている。

 

 「シービー」

 

 「な、なにかな?」

 

 「お前、なんか隠してることないか?」

 

 「え!?な、ないよ!」

 

  とシービーが急に慌てふためく。

 

 「…おい」

 

 「え、えっと…燈馬?なんでそんなに怒ってるの…?」

 

 「俺は怒ってない。何か隠してることはないかと聞いているんだ」ジリジリ

 

 「な、ないよ!多分…」ジリジリ

 

  と俺はシービーにジリジリと詰め寄る。シービーは慌てふためきながら後退り始める。

 

 「ほ、ホントに何もないよ!身体だって何ともないし、体調だって完璧で…キャ!」ドサ

 

  とシービーが後退った先はベッドでシービーは尻もちをつく。

 

 「…言え」

 

 「え、えぇっと…」

 

  とシービーが目線を逸らす。

 

  グイッ!

 

 「ひゃあ!と、燈馬…///」

 

  と俺はシービーの腕を引っ張り顔を近づけさせ無理矢理俺の方に目線を向けさせる。

 

 「言え」

 

 「…///」モジモジ

 

  とシービーが意を決したのか、シービーの口が開いた。

 

 「じ、実はね…」

 

 「…」

 

 「ここ、私の部屋なの…///」

 

  とシービーが顔を赤くして恥ずかしそうに喋る。

 

 「なんだ、そういう事か。驚かせるな」パッ

 

 「え?」

 

  と俺はシービーの腕を離す。

 

 「何処か怪我でもしたのかと焦ったぞ。折角、いいコンディションでいるんだ。こんな時に怪我なんてされたら全てが台無しになるところだったぞ」

 

  本当にシービーの身体に何もなくて良かった。これで怪我でも見つかったらこれまでのがんばりますが全て台無しになるからな。これで安心し────。

 

 「待て。シービー」

 

 「な、なに?」

 

 「お前、今なんて言った」

 

 「えっと、なに?って」

 

 「違う、その前だ」

 

 「えぇっと…。言わなきゃダメ?///」モジモジ

 

  とモジモジするシービー。

 

 「当たり前だ」

 

 「ここ、私の部屋///」

 

  ・・・・・・マジ?

 

 「シービー、俺の部屋は?」

 

 「…ごめん、予約取れなかった」アハハ…

 

 

 

  ・・・・・・・・

 

 

  よし。

 

 「と、燈馬?」

 

  俺は自分のカバンから携帯を取り出し、番号を打って耳に携帯を持っていく。

 

 『はい、こちら〇〇ホテルです』

 

 「すいません、そのホテルに空いている部屋ってありますか?」

 

 『はい、一部屋だけ空いております』

 

 「わかりました、ではすぐにチェックインしますのでそちらの方へ「ダメぇえええええ!!!」おい!」

 

  とシービーが俺の電話をひったくる。

 

 「すいません!ちょっと間違えたみたいなので失礼します!」ピッ!

 

 「何をする、シービー」

 

 「燈馬こそ何やってんのさ!」

 

 「俺は空いている部屋があるか聞いて、そこで泊めてもらおうとしただけだ」

 

 「ダメ!絶対にダメ!!」

 

  何なんだこいつは。頭が痛くなってきたぞ。

 

 「じゃあなんでダメなのか理由を聞かせてもらおうか」

 

 「そ、それは…」

 

  とシービーが顔を俯かせる。全く。

 

 「理由がないなら、さっさと携帯を寄越せ」

 

  とシービーに理由を吐かせようとするも一向に理由を言わない。

 

 「じゃあ、携帯を「…りたいの」なんだって?」

 

 「燈馬と一緒の部屋に泊まりたいの!!///」

 

 「…付き合ってられるか」

 

  と俺はカバンを持って部屋を出ようとする。

 

 「待ってよ!一緒に泊まろうよ!」

 

 「なんで一つの部屋で男と女が一緒に泊まらないといけないんだ。そもそもお前は明日にレースを控えてるのを忘れたのか?こんなこと(・・・・・)に時間を割いている暇があるなら他の出場者のデータやイメトレとかに使え!」

 

 「こんなことなんかじゃないもん…」

 

 「は?」

 

 「こんなことなんかじゃないもん!!」

 

  とシービーが声を荒げる。

 

 「私だって、自分でもバカなことをやってるって思ってる。お母様に頼んで燈馬と2人で泊めれるように色々な部屋を探してもらった。だって、だって私には燈馬が必要なんだもん!」

 

 「…」

 

 「レース前の他のウマ娘のデータを見るよりイメトレをするよりも私は燈馬がそばに居て欲しい。そうすると、心が落ち着くの。だからお願い、今日だけでもいいの。今日だけ、私のわがままを聞いて…」

 

  これはシービーの本心なんだろう。言葉から想いが伝わってくる。

 

 「…今回だけだからな」ハァ

 

 「…!ありがとう、燈馬!!」ダキッ

 

 「その代わり、凱旋門では絶対に1着を獲ってもらうからな」

 

 「うん!絶対に獲る!」

 

  とシービーとの約束を交わし、俺はシービーの部屋で泊まることにした。

 

 

 

 

 「♪〜〜」フフン♪

 

  時間は夜になり、夕食を済ませた後、シービーが風呂に入って疲れを取っている。ここまで鼻歌が聞こえるなんてな、余程風呂が気持ちいいんだろうな。

 

 「いよいよ明日が凱旋門か」

 

  泣いても笑っても明日が本番、一発勝負だ。シービーには最高のコンディションで挑んでもらいたい。

 

 「明日の出るウマ娘を見てみるか」ペラ

 

  と明日出るウマ娘達の資料を読む。

 

 「要注意なのはサガミックスか。ほぼシービーと互角、いやサガミックスの方が…ん?」

 

  と資料を読んでいると机の上の花瓶の近くでキラリと光る黒い物体が目に入る。

 

 「…なんだあれは?」ガタッ

 

  と黒い物体に近づいて手に取る。

 

 「“カメラ”?」

 

  それも凄く小さなものだった。

 

 「…まさか」

 

  と俺は部屋の中を隅々まで調べる。

 

 

 

 

 「マジかよ…」

 

  と部屋から出てきたのは数十個に及ぶ小型カメラだった。

 

 「天井にランプの裏、椅子の裏にクローゼットの中まで…。一体誰が…」

 

  それに小型カメラだけではなく盗聴器らしきものまで出てくる始末だ。

 

 「ここまでなると悪質もいいところだ。犯罪になりかねないぞ」

 

  盗聴や盗撮といったものは軽犯罪につながる。こんな悪趣味を一体誰が。

 

 「壊す…という手もあるがこのタイプは遠隔操作で動いているものだな。そのままリアルタイムで誰かのパソコンにでも流れてるんだろう。…どうすればいいのやら」

 

  チッ。凱旋門の前に嫌なものを見ちまった。

 

 「お待たせ〜!!!お風呂空いたよー!!」ポカポカ

 

 「いや、それほど待ってわ…っ!?」

 

  と風呂から上がったシービーを見て思わずめまいがしそうになる。

 

 「どうしたの?もしかして、私の身体を見て興奮しちゃった?///……いいよ、燈馬なら…私///」カァアア

 

 「お前なぁあ…!」プルプル…

 

  と俺は脱ぎ捨てられた服を掴み────。

 

 「まずは服を着ろぉおおお!!」ブン!

 

 「へぶっ!」ベシッ!

 

  とシービーの顔めがけて服を投げた。

 

 

  〜⏰〜

 

 「どうだった?ここのお風呂」

 

 「広いな、広すぎて逆に落ち着かん」ポスン

 

  と俺は風呂から上がり、ベッドに腰を降ろす。シービーはというとベッドの上で足首を伸ばしたり、ぐるぐると回したりしていた。

 

 「いよいよ明日だね」

 

 「大丈夫だ。お前なら勝てると信じてる」

 

  俺はシービーを応援することしかできない。けど、俺はシービーが勝つと信じている。

 

 「明日も早い。早く寝るか」

 

 「そうだね」モゾモゾ

 

  とシービーがベッドの中に身体をモゾモゾと入れる。俺のベッドに。

 

 「(今日くらい我慢してやるか…)じゃあ消すぞ」パチッ

 

  と俺はシービーに背中を向けるように寝転がり、部屋の明かりを消す。

 

 「「…」」

 

 

 モゾモゾ…

 

 「ねぇ、こうしていい?」ギュッ

 

  とシービーが身体を近づけてきて後ろから優しく抱きしめる。

 

 「…好きにしろ」

 

 「うん」スリスリ

 

  と俺達は明日に向けて就寝した。

 

 

 

 

  〜凱旋門賞・当日〜

 

 「ミスターシービー、体調はどうだ?」

 

 「大丈夫!今からでも走り出したいくらいさ!」

 

 「それくらいの元気があれば問題はないな」

 

  いよいよ凱旋門賞の当日を迎えた。レース場にいる観客は5万人を有意に超えていてレース場だけには収まらず、場外にまで観客がが押し寄せる程だ。流石は凱旋門賞、国際的なレースは盛り上がりも凄いな。

 

 「ミスターシービー、時間がある内に手荷物検査をしてきなさい」

 

 「わかった」タタッ

 

  とシービーはレースの関係者のところに行って手荷物検査をしてもらった。

 

 「そういえばミスターカザマ、君はレースを何処で見るんだ?」

 

 「空いているところでも…と言いたいところですがレース場は満席ですので場外から観戦しようかと」

 

 「だったら、関係者だけが立ち入れるところで見ていかないか?私が話をして許可書をもらってこよう」

 

 「いや、そこまでは…「近くで見てやれば、きっとミスターシービーも喜んでくれるぞ」…では、お言葉に甘えて」

 

 「あぁ。少し待っててくれ」ピッ

 

  とモーレンさんが携帯を取り出し、関係者のヒトに電話をしに行った。

 

 「お待たせ〜!…あれ?モーレンさんは?」

 

 「モーレンさんはちょっと電話で今、席を外してる」

 

  とシービーが手荷物検査を終えて戻ってくる。すると───。

 

 「あれ?シービーじゃん!こんなところで会えるなんてやっぱり僕らは運命の赤い糸で結ばれてるんだね!!」

 

  と30代半ばの男性が近づいてくる。

 

 「…何?今、忙しいの。私の前からさっさと消えて」

 

 「怒ってるシービーも可愛いよ!!」

 

 「…」チッ

 

  とシービーの顔が嬉しそうな顔から一変、嫌そうな顔へと変わる。

 

 「シービーの知り合いか?」

 

 「勘違いしないで燈馬。こんな奴とは知り合いでも何でもない。ただのストーカーよ」

 

 「ストーカーだなんてひどいな〜。僕は君の“夫”になるヒトなのに〜」

 

 「夫?あんたみたいなのが私の夫になるくらいなら、舌を噛んで死んだほうがましよ」ピキピキ

 

  とシービーの顔に青筋が立つ。まずいな。

 

 「ちょっといいか?」スッ

 

 「あぁ?誰だテメェ」

 

 「燈馬…」

 

  とシービーと男の間に割って入る。

 

 「悪いがシービーはこれから大事なレースなんだ。これ以上シービーを刺激させるようなことをするなら、URAに報告してレース場から退去してもらうぞ」

 

 「ガキは引っ込んでろ。俺はシービーに用があるんだ」

 

 「言っている意味がわからないか?これ以上シービーを刺激するなって言ってるんだ」

 

 「だから引っ込んでろって言ってんだろうが!!!」

 

  こいつ、聞く耳を持たないな。

 

 「それにあんた、お母様から私に接触禁止状が出されてるの忘れてる?この前は見逃してあげたけど、次やったらただでは済まないってこと覚えてるよね」

 

 「そんなの僕と君の阻む障害でしかない!僕と君の力を合わせればどんな障害だって乗り越えていける!」

 

 「だから私はあんたに興味ないし、関わらないでって言ってるでしょ!」

 

  ヒートアップしてきたな、このままだとレースに支障をきたすぞ。

 

 「ミスターシービー、どうしたんだ。もう時間が狭っているぞ」

 

 「わかってる。行こう、燈馬」

 

 「あ、あぁ」

 

  とシービーに手を掴まれ、レース場へと向かう。

 

 「待ってくれ、シービー!僕の気持ちを受け取って欲しいんだ!」

 

  と男がシービーの肩に触れようとするとシービーはその手を振り払う。

 

 「触らないで!!私に男性で触れていいのは燈馬だけなんだから!!!」

 

  シービー?お前、この場で何言ってんだ。

 

 「シービー、待っ「これ以上ひつこく付き纏うのなら、URA関係者として見過ごす訳にはいきませんね」くっ…!」

 

  とモーレンさんが男の前に立ち塞がる。

 

 「ミスターカザマ、彼女と一緒に控え室へ。今の状態で彼女を走らせる訳にはいかない」

 

 「わかりました」

 

  とシービーと一緒に控え室へ向かった。

 

 

  〜シービー控え室〜

 

  モーレンさんの計らいのもと、無事控え室に来ることが出来た。控え室に着いたのはいいが、シービーの顔は暗いままだった。

 

 「ごめんね。変なもの、見せちゃって…」

 

 「色々聞きたいことがあるが今はレースだ。…切り替えれそうか?」

 

 「う〜ん、どうかな…。ちょっと自信ないや」

 

 「出来ることがあれば手を貸すが?」

 

 「じゃあさ」ゴソゴソ

 

  とシービーが自分のカバンを漁り、櫛を取り出す。

 

 「髪、()いてくれない?」

 

  と櫛を渡される。

 

 「わかった。じゃあ鏡の前に座ってくれ」

 

  とシービーを鏡の前に座わらせて───。

 

 「じゃあ、まずは髪から…」シュッ、シュッ

 

  とシービーの髪を櫛で梳かす。

 

 「とう、ま。ん…。ちょっと、ちから…強い」

 

 「わ、悪い…」シュッ、シュッ

 

 「燈馬って、もしかして不器用?」フフッ

 

 「悪かったな、不器用で」シュッ、シュッ

 

  とシービーの髪をレースの始まる5分前までゆっくりと梳かしていった。

 

 

 

 「いよいよだね」

 

 「なんだ、緊張してるのか?」

 

 「うん、結構」

 

  とシービーの顔色を窺うと若干ではあるが自信がなさそうに見える。

 

 「大丈夫だ。お前ならやれる。それに“レースが始まったらそこは私達の世界”なんだろ?自信を持って走ってこい」

 

 「わかった。────行ってくる!!!」ダンッ!

 

  とシービーはターフへと歩いて行った。

 

 

 

  〜観客席〜

 

 「ミスターカザマ、こっちだ!」

 

 「モーレンさん」タタッ

 

  とモーレンさんに案内してくれたところは関係者以外立ち入り禁止のような場所でレースを間近で見れる場所だった。しかもゴールの目の前。

 

 「ここって本当に良かったんですか?後ろに記者やテレビ局のヒト達が凄い並んでますけど」

 

 「構わないさ。折角、日本から来てくれたんだ。最高の場所でレースを見て欲しいっていう私の計らいさ」

 

 「ありがとうございます」

 

 『ロンシャンレース場のお越しの皆様、お待たせしました!第77回、凱旋門賞の開催だ!!!!』

 

 

 

   ワァアアアア!!!!

 

 『まずはこのウマ娘から登場だ!7枠14番─────!』

 

  と男のヒトの実況が出走するウマ娘の紹介をしていく。

 

 『最後にこのウマ娘の登場だ!日本で三冠を成し遂げ、数々の栄光を我が物にした。“天衣無縫”のウマ娘、ミスターシービー!!!!』

 

 シービー!!シービー!!シービー!!…

 

 「(凄ぇ人気だ。やはり、シービーは愛されてるんだな)」

 

  と最後にシービーが登場してくる。シービーにはもう緊張の欠片もない。これなら、日本初の凱旋門賞を成し遂げてくれるかもしれない。

 

 『さあ、いよいよスタートの時。各ウマ娘がゲートへと入って行きます』

 

  とウマ娘達がゲートへと入っていく。シービーは1枠1番の内側だ。あ、一人枠入りを嫌ってる。

 

 『さあ、今年の凱旋門賞は一体誰が勝つのか!14人のウマ娘が今───!』

 

 

 パァン!ガコン!

 

 『スタート!各ウマ娘、横一線綺麗なスタートだ!』

 

 「よし、スタートは悪くないな」

 

 「えぇ。後はいい位置につけるかどうか」

 

 『まず、飛び出して来たのはドリームウェル!大外から上がっていくぞ!』

 

  とドリームウェルと呼ばれたウマ娘が大外から一気に先頭へと上がってくる。

 

 「あんな外から上がってくるんですね」

 

 「彼女はフランスとアイルランドのダービーを制覇しているからね。いち早くいい位置につきたいんだろう」

 

  なるほど。となると今回の凱旋門は誰がいち早くいい位置につけるかが勝敗の鍵となるだろう。

 

 『先頭をいくのはハッピーバレンタイン!続いてレゲーラ、バ群の外目に枠入りを嫌っていたリンピッドが続く。その内、タイガーヒル、更にその内にはフラグラントミックスが続いているぞ!』

 

 「最初から大接戦ですね」

 

 「あぁ。それくらい彼女達はこの凱旋門賞に賭けてるんだろう」

 

  白熱した争い、誰にも負けたくないという想いがひしひしと伝わってくる。

 

 『注目のサガミックスは中段の位置、そして日本から来たミスターシービーは後ろ13番手の位置だ!』

 

 「ミスターシービーのレースは何度かビデオで見ていたが、あの位置で本当に大丈夫なのか?」

 

 「大丈夫ですよ。なんせあいつは“レースでタブーを犯した”って言われるくらいなんですから。勿論、“良い意味で”ですがね」

 

  菊花賞の時だった。京都レース場で行われた菊花賞では第3コーナーから第4コーナーでは急なアップダウンがあり、勢いに任せて走ると直線が持たないと言われる程のものだった。だから京都レース場では力を溜めて直線で加速する、というのがレースでは常識だった。けど、シービーは違った。最後方から100%の力を使って第3コーナーの下りから一気に先頭へと駆け上がり三冠を制した。だから見ていたヒト達からシービーはタブーを犯したと言われたり、“常識を覆した”と言われるようになった。

 

 「(ロンシャンレース場も京都レース場と同じアップダウンがあるが、唯一違うとすれば芝の長さと坂の大きさ。仕掛けどころが一番重要になってくるぞ、シービー)」

 

 『上り坂を登り、下り坂へと入っていく!先頭は以前とハッピーバレンタイン!リンピッド、レゲーラが後方のウマ娘を引き連れている形となっているぞ!』

 

 『それにサガミックスはいい位置につけている。囲まれない為に外にいるし、ミスターシービーもいい具合に足が溜まってきたんじゃないですか』

 

  シービー、まだ仕掛けどころじゃないぞ。まだ様子を見ておくんだ。

 

 『先頭のハッピーバレンタインが“フォルスストレート”に入った!!』

 

  フォルスストレート。偽の直線と呼ばれていて、第4コーナーの一部にある。このフォルスストレートに何人ものウマ娘が引っ掛かり、最後の直線でスピードが落ちてしまうなんてことが数多くあった。

 

 「(それにこのフォルスストレートの厄介な所は下り坂という点だ。スピードも上がりやすく、その勢いのままいくとスタミナも削られる)」

 

 『さぁ、全てのウマ娘がカーブを曲がりフォルスストレートを抜けて最後の直線にきた!先頭はハッピーバレンタイン!サガミックスは追撃の姿勢に入っている!』

 

  レースは最後の直線に差し掛かった。ウマ娘は最後の力を振り絞り、530mもある直線を走る。

 

 『ハッピーバレンタインが先頭!ハッピーバレンタインが先頭!レゲーラは2番手の位置!フラグラントミックス、リンピッドは苦しいか、伸びない!伸びない!サガミックスは追い上げの体制に入った!』

 

  征け…!征け!シービー!

 

 

 「征けぇええ!シービィイイイイ!!」

 

 『ミスターシービー!ミスターシービー!ミスターシービーだ!ミスターシービーが上がってくる!ミスターシービーが後方から一気に先頭へと上がってくる!サガミックスが遅れてスパート!内からタイガーヒルも伸びる!粘る、粘るレゲーラ!ミスターシービーか!レゲーラか!サガミックスか!タイガーヒルか!4人ほぼ一直線!誰だ!誰が抜け出す!』

 

 「残り200mだ!力を出し切るんだ!」

 

  とモーレンさんも応援してくれる。

 

 『ミスターシービーだ!ミスターシービーが抜け出して先頭に立つ!ミスターシービー!ミスターシービー!残り50m!サガミックス、レゲーラが食い下がる!』

 

  そして───────。

 

 『ミスターシービーが今、ゴールイン!!日本ウマ娘初となる凱旋門賞をもぎ取った!!!』

 

 

 ワァアアアアアア!!!!

 

 「やった!やったぞ!!ミスターカザマ!!」

 

 「えぇ。本当によく頑張ってくれました」

 

 「日本ウマ娘初なんだろう!もっと喜びたまえ!!!」

 

 「喜んでますよ」

 

  モーレンさんが隣でめちゃくちゃ喜んでいる。日本ウマ娘初となる凱旋門賞制覇は凱旋門賞が始まって以来、78年ぶりとなる快挙だ。これ程、嬉しいことはないだろう。

 

 「───ん?すまない、電話だ」ピッ

 

  とはしゃいでいたモーレンさんが席を外す。

 

 「燈馬ぁああああ!!!!」ダキッ!

 

  とシービーが勢いよく走ってきて、思いっきり身体を抱きしめる。

 

 「走った後なんだ。余り身体を動かすな」

 

 「だって…!だって嬉しいんだもん!!」

 

 「嬉しいな。日本の奴らもきっと喜んでくれるよ」

 

 「うん…!うん!!」ウルウル コクコク

 

  とシービーの目には涙が浮かんでいた。余りの嬉しさに泣きそうになっていた。

 

 「…あのね、燈馬。実は私、燈馬に伝えたいことがあるの」

 

 「なんだ?」

 

 「実はね、私、燈馬のことが───「ミスターカザマ!大変だ!!」?」

 

  とモーレンさんが慌ててやってくる。

 

 「どうしたんですか?」

 

 「大変なことになった…!すぐに放送室のところに来てくれ!!ミスターシービー、君もだ!!」

 

  とモーレンさんと一緒に放送室に向かう。

 

 

 

 

 

 

     これが、地獄の始まりとも知らずに。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  〜放送室〜

 

 「会長、連れてまいりました」

 

  とモーレンさんと一緒に放送室に入ると会長と呼ばれた50代くらいの女性が立ち上がる。

 

 「どうも。会長の“フィオネール”です。レース直後、疲れているところに来ていただいてありがとうございます」

 

  とフィオネールさんが軽く会釈する。

 

 「はい。それで、大変なことって…」

 

 「はい」コツコツ

 

  とフィオネールさんがシービーの前に立ち止まる。

 

 「ミスターシービー、あなたの──────、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  あなたの身体から禁止薬物である“イプラトロピウム”が検出された為、凱旋門賞の優勝を剥奪、及び失格とします」

 

 

 

 

 

 

 

 「え…」

 

 「シービーが…」

 

  シービーが、失格…?

 

 「待って…、待って下さい!私、薬なんて使ってません!」

 

 「ですが、あなたの体内から検出された以上、言い逃れは出来ません。それと、URAの独断(・・)であなたの持ち物を再調査したところ───。」ゴソゴソ

 

  とフィオネールさんのポケットから小さい白い箱ような物が出てくる。

 

 「それは?」

 

 「この中に、イプラトロピウムの成分を含んだ薬物であると判明しました。よって、ミスターシービーを失格にするという判決が下りました」

 

 「そんな…、そんな…」ドサッ

 

 「シービー!!」

 

  とシービーが隣で崩れ落ちる音が聞こえ、俺は慌ててシービーを支える。

 

 「では、私はこれで「待ってくれ!」…まだなにか?」

 

  と俺はフィオネールさんを呼び止める。

 

 「今、あなたは独断(・・)でって言ったよな。なぜ“代理人”を立てなかった」

 

 「代理人?」

 

 「URAは、“レースに出走するウマ娘の持ち物を急遽調査しないといけない時は本人もしくは本人が認めた代理人を立てる”というのがルールになっているはずだ。なのに、それを無視して調査するということは───。」

 

 「私達が入れた可能性が高い、と」

 

 「そうです」

 

  URAは持ち物の調査などのルールがきめ細かく書かれている。これは双方がお互いに納得する為のものであるからだ。勿論、荷物検査の依頼をされたら応じなければならないのだが、その時に本人もしくは本人が認めた代理人がいる状態で調査しなければならない。本人がいない時に荷物検査なんてされれば、薬物が入れられる可能性が高くなるし、盗難の恐れがあるからだ。だからこういったルールはウマ娘は勿論、URAも守る必要がある。

 

 「必要ありません」

 

 「なんだと?」

 

 「必要ない、と言っているです」

 

  必要ないだって…!

 

 「ふざけるな!必要ないなんてことはない!URAはルールとしてきちんと表記している!」

 

 「───では、お言葉ですが」

 

  とフィオネールさんは今度、俺の前に立つ。

 

 「あなた方の国、日本で“イプラトロピウムは禁止薬物である”というルールはきちんと表記されていますか?」

 

 「それは…」

 

 「イプラトロピウムは市販の風邪薬でも入っていて、私達ヒトでも使用可能です。ですが、私達URAはイプラトロピウムはドーピング効果の可能性が高いと判断、よって“イプラトロピウムはドーピング効果の可能性が高い為、使用を禁ずる”というルールがあります。これこそ、罪に問われるのでは?」

 

 「…」ギリッ

 

  俺は奥歯を噛み締めた。ルールにあると言うのなら守らなかった俺達が悪い。

 

 「それと持ち物検査でのルールですが、私達の国にそのルールはありません」

 

 「なんだと?」

 

 「日本と私達海外のURAは国よってルールが異なります。ですのでこちらの国に来ている以上、こちらのルールを守ってもらいます。誠に残念ですが、これが現実です。受け止めてください」

 

 「そんな…」

 

 「燈馬…私、薬なんてやってない…!信じて!」ユサユサ

 

  とシービーは俺の腕を強く揺さぶる。

 

 「当たり前だ。お前は薬なんてやってない。ちゃんと自分の力で勝ったってことは俺が知っている。…モーレンさん車を回しといてくれませんか。余りシービーの姿を外で見られたくないので」

 

 「わかった。すぐ手配しよう」ピッ

 

  と携帯を使って車を用意してくれる。

 

 「シービー立てるか?」

 

 「…」フルフル

 

  と首を横に振る。

 

 「だったら俺が控え室までおぶってやる。帰る用意をしよう」

 

 「…」コク

 

  とシービーをおぶって放送室を出ようとする。

 

 「そこの少年」

 

 「なんですか?」

 

 「彼女を車に乗せたらもう一度、ここに来てほしい。もう一つ、話があります」

 

 「…わかりました」

 

  とシービーを連れて放送室を出た。車に乗せた後、シービーをモーレンさんに任せて俺はフィオネールさんのいるところへ戻って行った。

 

 

  〜ホテル・モーレンside〜

 

 「着いたよ。ここが君の部屋だね」

 

 「…」コク

 

  とミスターシービーの泊まる部屋に来る。

 

 「すまないね。本来なら君のボーイフレンドが君をおぶるはずなんだが、今回は許してくれ」

 

 「…じゃないです

 

 「え?」

 

 「ボーイフレンド、じゃないです…」

 

 「でも、君はあの子といつも一緒にいるじゃないか。なのに「今日、告白する予定だったんです」っ!」

 

 「今日、凱旋門賞で優勝したら燈馬に告白する予定だったんです。私、燈馬のことが好きで優勝したら伝えようと思ってました。…なのに、薬物使用の疑いで優勝が失くなって、告白出来なかった…」ヒック、ヒック…

 

  そうか、今日…ミスターカザマに告白するはずだったのか。私は彼女をベッドの上に降ろし、ミスターカザマのものであろう上着を彼女にかける。

 

 「…ただいま」ガチャ

 

 「おかえり、ミスターカザマ。会長との話は何だったんだい?」

 

  とミスターカザマが帰ってくる。

 

 「実は…」

 

  とミスターカザマは何故か歯切りの悪い感じだった。

 

 「何かあったのかい?」

 

 「実は…。“進路妨害”が発覚したそうです」

 

 「進路、妨害!?」

 

 「はい、最後の直線でシービーがスパートをかけた際、後ろにいたウマ娘2人への進路妨害が発覚したそうです」

 

 「進路妨害って、あのスパートが進路妨害な訳がない!」

 

 「これに対しては勿論俺も否定しました。そしてフィオネールさんも」

 

 「じゃあなんで…」

 

 「わかりません」

 

  とミスターカザマは悔しそうな顔をする。

 

 「私、もうダメなのかな…」

 

 「シービー」

 

 「私、薬物の疑いもかけられてそれに進路妨害でしょ?どんな顔して帰ったらいいのかな…」

 

 「…」

 

  彼女の気持ちもわかる。明日になればテレビで報道されるし、記者達もたくさん集まってくる。今の精神的に弱ってる彼女にすれば、さらなる負荷がかかる。

 

 「私…、もう…どうしたらいいか、わかんない…」ヒック、ヒック…

 

 「────すみません、モーレンさん。部屋から出てもらっていいですか?」

 

  とミスターカザマが私に言ってくる。

 

 「…わかった。くれぐれも彼女の精神面を傷つけないように」

 

 「わかりました」

 

  とミスターカザマに全てを託し、私は部屋を出た。

 

 

  〜燈馬side〜

 

 「うぅ…うぅ…」ヒックヒック

 

 「…シービー。今の状況で言うのもなんだがレースはとても良かった。あの追込にスパートのタイミング、昔となんら変わってなかった。久しぶりにいいものが見れたと思ってるよ」

 

 「けど、私は…」ヒックヒック

 

 「薬物使用の疑い、それと進路妨害だろ?薬物と進路妨害に至っては俺の中ではおかしい点がたくさんあったと思う」

 

 「…どういうこと?」ヒック

 

 「まず、スパートをかけたタイミング。その時点でお前は外から上がっていて、後ろには誰もいなかった。これはビデオでもわかるくらいだ」ピッ

 

  と俺はシービーに今日のレースを見せる。シービーはこの時には既に囲まれないように外に動いていて邪魔することは疎か、進路妨害にすらなっていない。

 

 「じゃあどうして…」

 

 「…」フルフル

 

  考えられるとすると恐らく“八百長”だ。八百長はお金を使って判定を操作したり、賄賂を渡したりして故意に負けさせたりすること。そして八百長は、本来あってはならない。勝負の世界では絶対にやってはいけないことの一つだ。

 

 「(けど、八百長となると出場していたウマ娘達に動機がない。シービーを攻撃する理由って…)」

 

  八百長として狙うならサガミックスやタイガーヒルなどが妥当だろう。今回の凱旋門賞では唯一抜きん出た才能を持っていたのは彼女だ。なのになぜ…。

 

 「(それを考えるのは後だ。まずはシービーのことに優先しよう)…なあ、シービー」

 

 「…なに?」

 

 「明日、1日休みだろ?その…俺と遊びにでもしないか?」

 

 「え?」ポカーン

 

  とシービーが拍子抜けた顔をする。

 

 「あ〜、嫌だったらいいんだ。断ってくれても構わない。なにせ今のお前をどうしても元気にさせてやりたいって思ってな。気分転換にだ。だから「フフフッ…」ん?」

 

 「フフフ…。アッハハハハハハ!…燈馬って、本当に不器用なんだね…!フフフ」クスクス

 

 「…悪かったな、不器用で」ポリポリ

 

 「けど、そういう不器用なところも大好きなんだよね

 

 「何か言ったか?」

 

 「ううん、何でもない!笑ったらなんかお腹空いてきちゃった!ご飯でも食べに行かない?」

 

 「…そうだな」

 

  とシービーは笑顔を取り戻し、ベッドから降りる。

 

 「明日、楽しみにしてるのから。だから、エスコートよろしくね♡」

 

 「あんま期待すんなよ」

 

 「期待しちゃお〜っと!」フフッ

 

  とシービーと一緒に部屋を出る。すると、部屋の近くにモーレンさんがいた。

 

 「どうやら、吹っ切れたみたいだな」

 

 「うん。明日、燈馬とデートするんだ〜!だから名一杯、御粧ししないとね!」

 

 「楽しんでくるといい」フフッ

 

  とモーレンさんも笑顔だった。

 

 「今からディナーかな?実は私の行きつけのレストランがあってね。良かったそこでどうかな?今日は私の奢りだ」

 

 「いいの?ありがとう!」

 

 「ありがとうございます」

 

 「それでは車を回してこよう。君達は入口で待っていてくれ」

 

  とモーレンさんは車を取りに行った。

 

 

  そして、俺達は晩ご飯を食べ、俺はシービーと一緒に同じベッドで就寝した。

 

 

 

  〜深夜〜

 

  プルプルプル…ガチャ

 

 『もしもし?』

 

 「悪い、寝てたか?」

 

 『いいや、今宿題をやっていたところだ。なんかあったのか?』

 

 「凱旋門賞、ミスターシービー、薬物。これだけ言えば後は分かるな?」

 

 『大体察しはつく。いいのか?こんな真夜中にそいつの隣にいてやらなくて』

 

 「今、シービーの隣にいる。今はぐっすり寝てるよ」

 

 『そう。なら他に何かあるのか?』

 

 「お前のパソコンにロンシャンレース場の監視カメラの映像とある写真数枚を送った。そこで調べて欲しい奴がいる」

 

 『…これはまた随分と派手なものだね〜。それでその“奴”ってのはこの写真の男か?こいつを調べればいいんだな?』

 

 「あぁ。それとこの前、お前に調べてもらったヒトがいただろ、そいつの過去を出来るだけ調べて欲しい。あと、そいつの親とか血縁関係者とか」

 

 『わかったよ、調べておく。今回のお代は高いぞ』

 

 「わかった。用意しておくよ」

 

 『また、なんかあったら連絡しておいてくれ。じゃあな』ピッ

 

  と電話が切れる。

 

 「燈馬…」スゥスゥ

 

  と寝言をいうシービーの頭を撫でる。

 

 「必ず守ってやるからな。シービー」

 

  と俺は携帯をおいてベッドの中へと潜る。明日はシービーとフランスと遊びに行く日だ。初めてだが頑張るか。そう決心しながら俺は目を閉じ、就寝した。




 読んで頂きありがとうございます。いや、長い!約15000文字も行けばそりゃ長いですわ!

 作中に出てきたイプラトロピウムはディープインパクトのネタを引っ張ってきました。もっと詳しく知りたい方はGoogleで検索検索ゥ!

 それと、感想や誤字脱字の報告、評価をつけてくださり、ありがとうございます。これからもよろしくお願いします。



  それでは、また〜。


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暗雲立ち込む菊花賞

 忙し過ぎて小説が後回しになってました。遅くなってすみません。今回は菊花賞の話です。


  それと知っている方もいらっしゃると思いますが、ウマ娘のガイドラインについて後書きでお話したいと思います。


  それでは、どうぞ


  〜トレセン学園・立花side〜

 

 「いよいよ菊花賞だね」

 

 「待ち遠しいな」

 

  僕はトレセン学園で明日に控えた菊花賞の調整を燈馬君と2人で行っていた。距離3000mという長距離レースの上、アップダウンが激しい。今回のレースの肝だね。

 

 「…ねぇ燈馬君、シービーさんの方はどう?」

 

 「元気にやってるってよ。もう少ししたら学園に来るってさ」

 

  と燈馬君はストレッチをしながら答えてくれた。

  凱旋門が終わってフランスから帰国した燈馬君とシービーさんは空港にいたトウショウボーイさんの車でそのまま帰った。トウショウボーイさんは記者達がいると思ってたくさん車を用意していたらしいのだけれども、どうやら記者達は来ておらず別のところへ間違えて行っていたらしい。因みにシービーさんだが、理事長の計らいのもと一度実家で療養を取ってから学園に来るそうだ。

 

 「シービーさんの手荷物検査は一度通ってるんだよね?なのになんでまた手荷物検査なんて」

 

 「大会後の検査で発覚する例は滅多にない。極稀に何人かのウマ娘はそれで失格になったと聞いたことがある。けど、一番気になるのはなんでレースの途中で発覚したのか、だ」

 

 「確かに。普通ならレース前とかにもう一度、手荷物検査や緊急で検査するなんてことも出来るのにね」

 

 「…考えたってどうしようにもない。今は菊花賞と次の秋華賞のことだけを考えよう」

 

 「そうだね。それじゃあトレーニングを始めよっか」

 

  と燈馬君はストレッチを終えてトレーニングを始めた。

 

 

 

  〜部室〜

 

 「─────集合場所は夜に連絡するから。遅れて来ないようにね」

 

 「わかった、よろしく頼む。また明日」ガチャ

 

 「また明日〜」バタン

 

  と燈馬君は部室を出て帰っていった。僕はパソコンに向き直り資料作成へと移る。菊花賞に出場するウマ娘達のデータの作成や今回のレースでの注意点、あとは菊花賞後にある秋華賞の資料作成をやらないといけない。

 

 「まあでも、これぐらいは前の仕事に比べればまだ優しいほうかな」カタカタ

 

  僕の知っている仕事の中では資料作成はまだ軽いほうだ。これよりももっとひどいのを知っているしね。

 

 

 

   ピリリリリリ…ピリリリリリ…

 

 「ん?たづなさん?…はい、立花です」ピッ

 

 『もしもしたづなです。すみません立花さんは今、学園内にいらっしゃるでしょうか』

 

 「はい。居ますけど」

 

 『少し手伝ってもらっていいですか?今、手が離せなくて』

 

 「わかりました。理事長室に行けばいいですか?」

 

 『はい、お願いします』

 

 「すぐそちらに向かいます(力仕事かな。資料作成も進んでるし手伝いに行こう)」ピッ

 

  と僕は電話を切ってたづなさんの元へと向かう。

 

  ♪ピロン

 

 「あ、URAからメールだ。菊花賞のものかな、後で確認しよう」

 

  と僕はパソコンに来たメールをあとにしてたづなさんの元へと向かった。

 

 

  ・・・・・

 

 

  ガチャ…。コツコツ。

 

 「…」スーッ、カチカチ

 

       From URA

 

       送り先 立花隆二 様

 

       件名  菊花賞について

 

 

 

 

  ─────菊花賞ですが予定通り京都レース場で行います。時間は──────────。

 

 

 「…」カタカタ…

 

  ─────菊花賞ですが予定通り京都レース場で行う予定でしたが、中京レース場で行います。場間15時で───────。

 

 「……」ニヤ

 

  スタスタ。ガチャ…。

 

 「────。」カリカリ スッ…

 

 

  ザシュ!…

 

 

 

 

 

  〜自宅・燈馬side〜

 

 「どうだいあんた、菊花賞は取れんのかい?」

 

 「さあな、明日になってみないとわかんねぇよ」

 

  俺はトレーニングから帰った後、ババアと菊花賞について話しをしていた。

 

 「あんたのことさね、ちゃんと勝つんだよ」

 

 「へいへい、わかったよ。……ん?」ピリリリリリ

 

  と携帯が鳴ったので見てみるとトレーナーからだった。

 

 「明日は中京レース場だとよ」

 

 「中京?京都じゃなくてかい?」

 

 「さあな、急な変更だとよ」

 

 「…」

 

  京都レース場で何かあったのだろうか、まあそれは追々判るだろう。

 

 「じゃあ俺、明日早いから寝る「燈馬」あ?」

 

 「明日、ここを早く出な」

 

 「言われなくても早く出るよ。衣装とか取りに行かないといけないし「そういう意味じゃない」…じゃあどういう意味だ?」

 

 「わからないさね。ただ…嫌な予感がする」

 

  とババアが目を細める。

 

 「(目を細めるっていうことは何かあるんだろうな)…わかった、明日は早めに出て行く」

 

 「そうしな」

 

  と自分の部屋に戻り、明日に向けて寝た。

 

 

 

 

  〜菊花賞翌日〜

 

  俺は10時に家を出るはずだったのだが、昨日ババアに言われた通り1時間早く家を出てトレセンに向かった。その時だった───。

 

  ピリリリリリ…ピリリリリリ…

 

 「たづなさんだ。…もしもし」

 

 『もしもし!燈馬さんですか!?』

 

 「どうしんです?そんなに慌てて『大変なんです!すぐにトレセンに来てください!』…わかりました」ピッ

 

  と俺は電話を切ってすぐにトレセンへと向かった。

 

 

  〜部室〜

 

  俺はトレセンの門をくぐってすぐに部室へと向かい、扉を開ける。

 

 「一体どうしたんだ」

 

 「…」プルプル

 

  とトレーナーが座り込んで震えている。隣にはたづなさんが目を見開き、口を抑えていた。

 

 「おい、トレーナー。一体何があったん…!」

 

  とトレーナーの肩を掴んで揺さぶろうとした時だった。

 

 「…ごめん、燈馬君。君の、君の勝負服が…!」プルプル

 

  と震えた手に持っていたのは、“切り刻まれた俺の勝負服”だ。

 

 「…心当たりは?」

 

 「ないよ、朝一番に来て燈馬君のロッカーを開けたらこの有り様さ。昨日は出る時にちゃんと鍵をかけたのに」

 

 「他に部屋を出た時はあるか?」

 

 「一度だけ、たづなさんに呼ばれて校舎に戻ったくらいだけど…」

 

 「え…」

 

  とトレーナーがたづなさんの名前を口にすると、たづなさんは驚いた表情をする。

 

 「私、呼んでいません(・・・・・・・)

 

 「え、でも電話で「私、昨日は理事長と一緒に地方へ視察に行っていたので朝から学園にはいませんでしたよ」で、でも確かに昨日電話で…!」

 

 「やられたな、トレーナー。それは偽の電話だ」

 

 「ニセモノってどういう「単純だ、トレーナーをこの部室から遠ざける為に敢えて偽の電話をかけたんだ。それに相手がたづなさんだったら尚更行かないといけないしな」そんな…」

 

  と落胆するトレーナー。騙されたんだ、落ち込むのも無理はない。

 

 「ごめんね、燈馬君。トレーナーなのにこんな失態をするなんて…」

 

 「謝るのはあとだ。まずは勝負服をどうにかするのが優先だ。15時まで時間はあるんだ、ゆっくり考えよう」

 

  とトレーナーを宥めていたら、たづなさんが口を開く。

 

 「あの、15時ってどういうことですか?」

 

 「菊花賞ですよ。中京の15時に始まるんでそれまでに「燈馬さん!」ん?」

 

  とたづなさんが声を荒げる。

 

 「菊花賞は京都レース場の13時(・・・)です!早く駅に行かないと電車が行ってしまいますよ!」

 

  ────え、13時…?

 

 「待ってください!URAからのメールでは中京レース場の変更と15時開始と書かれていました!」

 

 「違います!!URAはきちんと京都レース場の13時開始と書かれていました!!」

 

 「トレーナー!まず、メールを見せてくれ!」

 

  とトレーナーがパソコンを使ってURAのメールを開く。メールには確かに中京レース場の変更と15時開始と書かれていた。

 

 「私のもどうぞ」

 

  と今度はたづなさんが携帯を見せてくる。そこには京都レース場の13時開始と書かれている。どちらも違う内容で本当の内容がどっちかわからなくなってきた。

 

 「ルドルフにかけてみる」

 

  と俺はルドルフに電話をかけた。

 

 『燈馬か?どうかしたのか?』

 

 「ようルドルフ、朝早くから悪いな。菊花賞なんだが何処でやるか聞いているか?」

 

 『京都レース場(・・・・・・)13時(・・・)だぞ。菊花賞は毎年京都で行われているからな』

 

  どうやらたづなさんの方が正しいようだ。しかし、ここまで違うと他の奴がやったとしか思えない。

 

 『それとなんだが、さっき新幹線が止まったそうだぞ』

 

 「止まった?」

 

 『あぁ。何でも吊架線が切れたとかで運転を見合わせると放送があった。君も京都に来る際は気をつけるんだぞ』ピッ

 

  と電話が切れた。

 

 「シンボリルドルフさんは何と仰られていましたか?」

 

 「…京都の13時と言っていました」

 

 「では、すぐに「ただ、吊架線が切れたとかで新幹線が運転見合わせをしているそうです」そんな…!」

 

  とたづなさんは驚いた表情をする。これで交通手段の一つである電車が使えなくなってしまった。残るは車だ。

 

 「トレーナー、車をこっちに『ピリリリリリ…』…」

 

 「すみません。…ハイ、たづなです」

 

 『たづなか!?私だ!』

 

 「理事長!どうされたのですか!?」

 

  とたづなさんの取った電話相手は理事長のようだ。

 

 『深刻!今、渋滞に嵌ってしまい京都への到着が遅れてしまう。なので京都レース場にいるURAに連絡してくれぬか!』

 

 「えぇ!?理事長からは連絡出来ないのですか!」

 

 『失態…。携帯の充電を忘れていて今、もう少ししかないのだ。一度私の方で電話をかけたのだが繋がらなくてだな。だからたづなの方で連絡しておいてくれ!』

 

 「わ、わかりました…」

 

 『では、たのm────。』ツーツー

 

  と理事長の電話の切れる音がする。

 

 「電車もダメ、車もダメ。飛行機なんてものはもっとダメだ。これじゃあレース不在で失格だ…」グッ

 

 「トレーナーさん…」

 

  とトレーナーが切り刻まれた服を握り締める。トゥインクルシリーズのレースはレース開始予定時間になっても出走するウマ娘が現れない場合は不在として失格となる。

 

 「ここまで、ここまで来たのに!三冠も目の前なのに!こんなところで諦めたくない!!」

 

 「トレーナーさん、余り言いたくはないのですが今回のレースは諦めましょう。クラシック三冠は無くてもトリプルティアラなら獲れますよ!それだけでも十分凄いことなんですから!」

 

 「くっ…」グッ

 

  諦めたくないっか───。

 

 「────やるしかないな」

 

 「「え…」」

 

  と俺はトレーナーにあるURLを送る。

 

 「トレーナー、さっきトレーナーの携帯にURLを送った。そこにパソコンに来たメールをそのURLに送ってくれ。安心しろ、そのURLはウィルスでも何でもない、知人のやつだ」

 

  そして…。

 

 「次にたづなさん。あなたは理事長に言われたことともう一つ、勝負服を仕立ててくれたヒトに連絡を取って俺の勝負服の修正が出来るか聞いてみてください」

 

 「わ、わかりました…。ですが、燈馬さんはどうするのですか?」

 

 「決まってるじゃないですか。走って(・・・)行きますよ、京都に」

 

  時間の流れが一瞬止まったかのように思えた。やっぱそうなるよな。

 

 「無茶だ!そもそもここから京都なんて400km以上も離れてるんだよ!?」

 

 「そうです!トレーナーさんの言うとおりです!今日のレースは運が悪かったと思って「やってみないとわからないでしょ」ですが!」

 

  と俺は部室を出て準備体操を始める。400kmか…、未知数だな。

 

 「待ってくれ燈馬君!君は自分が何を言っているのかわかってるのか!」

 

 「わかってるよ。それでも俺は行く」

 

  俺はウマ娘と同じで走れるし、ヒト並以上の体力はある。後はどれくらいの速度で走るかが問題だ。

 

 「(下手にスピードを出すと警察に止められる可能性がある。それだと時間が大幅にロスしてしまう。となると…。)」

 

  ヒト通りが少なく、かつヒトに見られない道。

 

 「住宅の屋根、建物の上がベストか…」

 

 「燈馬君、君本当に「そういうことだ。後は頼んだぞ」燈馬君!」

 

  と俺はトレーナーの静止の声を聞かずにそのまま地面を蹴って京都へと走って行った。

 

 「(開始時間まで約4時間弱。それまでに着く!)」

 

 

 

  〜京都レース場・ルドルフside〜

 

 『トゥインクルシリーズファンの皆様、お待たせしました!只今より、菊花賞の開催を宣言します!!』

 

 「いよいよですね、会長」

 

 「あぁ。どのウマ娘にとって大事なレースだからね」

 

  午後13時。URAの関係者がレース場にて菊花賞開幕の宣言をする。ここ京都レース場では5万人余りの観客の歓声が一気に上がる。

 

 『ここからは実況の赤坂と解説の細川さんでお送りします!細川さん、よろしくお願いします!』

 

 『よろしくお願いします』

 

 『ではまず、出走するウマ娘ですが────。』

 

  と実況と解説の方が今日の菊花賞に出走するウマ娘について話し始める。

 

 「ルドルフ、少しいいか?」

 

 「ん?どうした、オグリキャップ」

 

  とオグリキャップにチームクレアのウマ娘達が近づいてくる。

 

 「何かあったのか?」

 

 「実は、さっきから燈馬がいないんだ。控え室に行ったんだが、トレーナーもいなくてな。何か知っているか?」

 

 「いや、知らないな」

 

  燈馬か。朝、連絡があって以来こちらも何もないな。

 

 「まさかあのたわけ、遅刻とかしてないだろうな」

 

 「菊花賞だぞ、それはないだろ。それにあいつは三冠がかかってる。渋滞にでも巻き込まれたんじゃないのか?」

 

 「う〜ん。それだとURAには連絡がいっているはずだしね」

 

  とエアグルーヴ達も考え始める。─────ん?

 

 「いや、待てよ…」

 

 「どうしたんです?会長」

 

 「朝、燈馬から連絡があったんだ。確か“菊花賞は何処の何時にやるんだ”って。それで私は“京都レース場で13時”と答えたんだ」

 

 「それがどうしたんです?」

 

 「いや、どうにも引っかかってね。普通、事前にURAからトレーナー宛にメールが届いて、そこで時間と場所がわかるだろう?なのになんで聞いてきたのか不思議でね」

 

 「確かにそうですね。メールが届いているにも関わらず、聞いてくるのはおかしいです」

 

 「それを踏まえて考えると「あいつが時間と場所を間違えたってか?」そういうことになるよ、ブライアン」

 

  とブライアンは鼻で笑う。

 

 「それならあいつはよっぽどのバカってことだな」フッ

 

 「どういうことだ」

 

 「女帝様でもわからないのか?あいつのことだ、レースに舞い上がって時間と場所を間違えたんだろ」

 

 「それは違うんじゃないのかい?燈馬は常に冷静だよ。レースで舞い上がるなんてことはないと思う。考えられるとなると誰かに裏工作でもされて誘導されたとか…」

 

 「それこそテレビの見過ぎじゃあないのか?フジ」

 

  とブライアンがフジキセキの言葉を否定する。フジキセキの言うことも一理あるがブライアンの言うとおり、そんなことはテレビでしか見たことがない。

 

 「…まずは燈馬が今どこにいるかを知る必要がある。エアグルーヴ、燈馬に連絡を『ピリリリリリ、ピリリリリリ…』…」

 

 「ごめん、私だ」ピッ

 

  とナリタタイシンが電話を取る。

 

 「もしもし?ナリタタイシンだけど『タイシンさん!?今、大丈夫?』うるさ、あんま大きい声で喋んないでよ」

 

  とナリタタイシンの携帯からクレアのトレーナー君の声が聞こえる。

 

 「それで?要件は?」

 

 『あ、あぁ。そっちに燈馬君いない?』

 

 「それ何だけど、あいつ何処行ったのよ。菊花賞も始まっちゃったし他のところに行っても『えぇ〜!!菊花賞、始まっちゃったの!?』うるさ!だから大声出さないでってば!」

 

  とナリタタイシンがトレーナー君に注意するが、電話からはどうしよう、という不安の声がする。

 

 「何かあったの?」

 

 『実は、URAから僕宛のメールが誰かに改ざんされてて燈馬が4時間くらい前に東京を出たんだ!』

 

 「「「「「えぇえええ!?」」」」」

 

 「ちょ、それアンタどういうことよ!」

 

 『わからないんだ。犯人は今、探してるんだけど見つからなくて…。それに燈馬君、そっちに走って向かってるんだ!』

 

 「は、走るたって…ここまで何時間かかると思ってるのよ!!新幹線でも2時間はかかるのよ!?」

 

 『そんなことはわかってるよ!今は新幹線も止まってるし、車で行こうったって渋滞が凄いんだ!』

 

 「じゃあアイツはどうなるのよ!」

 

 『恐らく、失格になるだろうね…』

 

 「そんな…!」

 

  ここまで来て、燈馬が失格だと…。ふざけるな!

 

 「こんなこと、許されるわけがない!」

 

 『タイシンさん、悪いんだけどURAに燈馬君が少し遅れて来ることを伝えおいてくれないかな』

 

 「…わかった、伝えて「やめておきなさい、突っ返されるだけよ」なんでよ!」

 

  と今度は私達のトレーナーがやってくる。

 

 「立花、あなたURAのルールを覚えてるわよね。“レース開始時間にいなかったら失格になる”って」

 

 『わかってます…、けど!「子供地味たことを言うのは辞めなさい」くっ…』

 

 「あなたの想う気持ちもわかるわ。私があなたと同じ立場なら同じことをするもの。…けど、ルール化されている以上、何も言えないわ」

 

 「だったら、さっきトレーナーが言ったことをURAに報告すれば「そうすると、じゃあなんで他のヒトに確認を取らなかったのかって聞き返されるだけよ」…」

 

 『じゃあどうすれば「信じるのよ」え…』

 

 「あの子が、風間燈馬が来るのを信じるの。時間までに間に合って、ちゃんと菊花賞で走るのを信じる。それが今の私達に出来ることよ」

 

  確かにトレーナー君の言うとおりだ。今ここでどうこうしても時間は過ぎる一方、だったら燈馬が来るのを信じるしかない。

 

 『…わかりました、燈馬君を信じます』

 

 「えぇ。それと、担当ウマ娘にもちゃんと謝っとくのよ」

 

 『はい。すみませんタイシンさん、大声を出してしまって』

 

 「…いいよ、こっちこそ悪かった」

 

 「…立花、そろそろ電話を切っておきなさい。運転中でしょ?」

 

 『はい、わかりました。「それと風間のことは任せなさい。こっちで見ておくわ」何から何までありがとうございます』

 

 「いいのよ。これくらいどうってこともないわ」

 

 『ありがとうございます。燈馬君のこと、よろしくお願いします。では』ピッ ツーツー…

 

  と電話の切れる音が聞こえる。燈馬、本当に大丈夫なんだろうか。

 

 「レース開始まであと10分。それまでに来なさい、風間」

 

  パドックは既に終わっており、出走するウマ娘達は既にゲート前に集まっている。

 

 「お願い、来て…燈馬!」ギュッ

 

  とマルゼンスキーが祈るように両手を合わせる。同じように他のメンバーもギュッと目を瞑る。

 

 「間に合ってくれ、燈馬…!」

 

  早く、早く来てくれ…!!

 

 「…あと5分」

 

  刻一刻と時間だけが過ぎていく。

 

 『…只今、URAから菊花賞に出走する予定であるシノンが現在、レース場内にいない為、捜索していると報告がありましたのでしばらくお待ち下さい』

 

 『早く見つかるといいんですが…』

 

 「なんだよ、早くしろよ!」

 

 「そうだそうだ!そんな奴ほっとけ!」

 

  と観客から怒りの声が上がる。

 

 「(頼む!間に合ってくれ!)」

 

  みんなが燈馬が来ることを願っている、その時だった。

 

 ガヤガヤ…ザワザワ…

 

  と後ろの方でざわめく声がする。それを見たマルゼンスキーが。

 

 「…ねぇ、あれって!」

 

  とマルゼンスキーが後ろ方を指を指し示す。その先には────。

 

 「ハァ…ハァ、すまない、通してくれ…!」ハァハァ

 

 「「「「「燈馬(さん)!!!」」」」」

 

  と制服姿の燈馬が後ろにいた人達を掻き分けて走って来た。

 

 「あと2分ね。ルドルフ、風間にレースの再確認を行ってきて。なるべく簡潔に」

 

 「はい!…燈馬!!」ダッ

 

  と私は燈馬の元へと走り出す。燈馬は観客席の背もたれ部分を上手くジャンプしながらターフへと向かっていき、私は燈馬にレースのことを簡潔に伝える。

 

 「燈馬!そのままでいい、聞いてくれ!今日の菊花賞は芝3000mの右回り、第3〜4コーナーの坂に注意だ!」

 

 「わ、わかった…」タンッタンッ

 

  と燈馬は柵を飛び越えてそのままゲートへと走って向かって行った。

 

 「絶対に勝て、燈馬!」

 

  私は燈馬を見送ったあと、そのまま元の場所へと戻って行った。

 

 

  〜スズカside〜

 

 『────それでは、各ウマ娘準備が整いました。クラシックロード終着点、菊花賞を制し最強の称号を手にするのは誰だ!』

 

 『ウマ娘の皆さんには全力を出し切って欲しいですね』

 

 『菊花賞のレースが今────!』

 

 《big》パァン!、ガコンッ!《/big》

 

 『スタートしました!各ウマ娘、綺麗なスタートです!』

 

 「よぉし、スタート完璧!」

 

 「いっけぇええ!スペぇえええ!」

 

 「「スペ先輩、頑張ってください!」」

 

 「スペちゃん、頑張れ!」

 

 「…」

 

  私は今、とても心配な気持ちでいます。それはスペちゃんではなく、遅れてやってきた燈馬君にです。

 

 『先頭に出てくるのはやはりこのウマ娘、セイウンスカイ!続いてレオリュウホウ。その後ろボールドエンペラー、その内並んでダイワスペリアー。キングヘイローは5番手、外の位置です』

 

 『いい位置につけてますね』

 

 「にしてもよ〜燈馬のやつ、な〜んで開始ギリギリで来たんだ?」

 

 「さぁ、あの人は謎が多いですから。何を考えてるかわかりませんわ」

 

  とゴルシとマックイーンが遅れて来た燈馬君の話をする。

 

 「トレーナーさん、私ちょっと離れます」

 

 「え、おっおい!スズカ!」

 

  と私はチームのみんなから離れてある人の場所へと向かった。

 

 

 

 「エアグルーヴ!」タタッ

 

 「スズカ!どうしたんだ!」タタッ

 

 「燈馬君のことが気になって…」

 

 「あいつのことか…」

 

  とエアグルーヴの顔が暗くなっているのがわかる。

 

 「何かあったのね」

 

 「それは「教えて、エアグルーヴ」…実は─────。」

 

  とエアグルーヴはこれまで何があったのか、現状を知る限りのことを教えてくれた。

 

 「─────ということなんだ」

 

 「そんなことが…!」

 

 「まだ、犯人はわかっていないそうだ。だから、余り話を広めないで欲しい。特にゴールドシップとかにな」

 

 「うん、ゴルシには絶対に言わないわ」

 

  あの子はすぐに広めようとするからね。

 

 「でも、どうして燈馬君なの。燈馬君は恨まれるような人じゃないし…」

 

 「わからないな。しかも菊花賞という大事なレースを狙ってくるなんてな…。一体誰が」

 

  燈馬君、大丈夫かな…。

 

 『メジロランバートは外の位置、スペシャルウィークは中段に位置しています。そして、先頭集団は1周目に差し掛かってきました。バ体はやや縦長で先頭は依然としてセイウンスカイがリードしています』

 

 「────今はレースに集中しよう、スズカ。スペシャルウィークも出ているんだろ?ちゃんと応援してやろう」

 

 「そうね、エアグルーヴ」

 

  と私はターフの方へと向き直り、レースを観戦する。今は先頭が向正面へと走っていて中段位置には10人くらいのウマ娘が固まっていた。スペシャルちゃんは集団より少し前にいた。

 

 「燈馬君、どこにいるんだろう…」

 

 「アイツなら最後方にいるぞ。1バ身離れてな」

 

 「どこにもいないけど…」

 

 「そういえば、スズカには教えていなかったな。実は────。」

 

  と私はエアグルーヴから燈馬君がミスディレクションという技法を使っていることとどうやって見つけるのかを教えてもらった。やってみると、エアグルーヴが言っていた通り燈馬君は最後方にいた。でも…。

 

 「でも、ちょっと苦しそう」

 

 「無理もない、東京からここまで走って来たんだ。休憩もせず、すぐにゲートに入ったんだからな」

 

  東京から京都までは400kmを超える。それに着いてすぐレースなんていくら燈馬君でも追いかけるのに精一杯だと思う。とにかく、今は無茶だけはして欲しくない。

 

 『第3コーナーへと移ります。早くもセイウンスカイがリードを広げている。およそ8バ身のリード!徐々に差を詰めてくるダイワスペリアー!レオリュウホウも上がってくる!スペシャルウィークはどうか!?4番手の位置にいるぞ!』

 

  とレースはクライマックス、最後の直線へと入っていきました。スペちゃんもセイウンスカイさんとの差を徐々に詰めて行きます。

 

 『セイウンスカイだ!セイウンスカイが逃げる逃げる!スペシャルウィーク追いつけるか!?』

 

 「行けぇええ、スペシャルウィーク!!」

 

 「負けるなぁああ!セイウンスカイ!!」

 

  と観客からの声援も上がり、もの凄い盛り上がりを魅せる。

 

 「─────確かにセイウンスカイとスペシャルウィークの差は4バ身程。後続の奴らも追いつくのは厳しいし、何より差が離れきってしまっている。この状況なら普通は誰であっても諦めるだろう。アイツ以外はな(・・・・・・・)

 

  もしかして…!

 

 『いや、外から!外からシノンだ!スペシャルウィークを抜き去り、セイウンスカイとの差を縮めてきた!!』

 

  ともの凄いスピードで最後方から追い上げて来たのは燈馬君だった。というより─────。

 

 「なに、あのスピード…!」

 

 「スタミナはほぼ底を尽きているのにも関わらず、あのスピードは一体何なんだ」

 

  燈馬君はまだ第4コーナーの途中に居たはず…。なのにあの追い上げは異常だ。

 

 『交わした交わした!シノンがセイウンスカイを交わした!先頭はセイウンスカイからシノンへと変わる!セイウンスカイ、厳しいか!?』

 

  燈馬君が残り300mというところで先頭に立つ。セイウンスカイさんも必死に追い上げようとするも、今のスピードの燈馬君には到底追いつくのは不可能だ。

 

 「勝負あり、だな」

 

 『ゴール!!!シノンが今1着でゴールしました!セイウンスカイ、惜しくも2着!スペシャルウィークは3着です!』

 

 『非常に惜しいレースでしたね。どの娘もよく頑張りました』

 

 『そして、シノンはなんと!皐月賞、日本ダービー、菊花賞を制し“クラシック三冠”を手に入れました!!』

 

 「おめでとう、燈馬君。スペちゃんもお疲れ様」

 

  という労いの言葉も虚しく。

 

 「ふざけるな!なんでよりによってお前なんだよ、シノン!!」

 

 「そうだそうだ!遅刻しそうになった奴の分際で調子に乗るな!!」

 

 「あんたにクラシック三冠なんて勿体無いわ!今すぐに剥奪しなさい!!」

 

  とブーイングの声も上がる。燈馬君はというと、観客の方を見ずにそのままターフを去って行った。

 

  こうして燈馬君はクラシック三冠を手に入れ、残るはトリプルティアラの一つ、“秋華賞”だけとなった。




 読んで頂きありがとうございます。

 次は秋華賞のお話ですので、楽しみにしていてください。それと今後からは“人”と”ヒト”の表記ですが、統一して“人”にします。何かと書いてるとややこしいので。





  ※ここからは飛ばしてもらっても構いません


・ガイドラインについて

  前書きでも言っていたガイドラインについてですが、本作品『ウマ男 新たな歴史を創る者』は削除する方針はございません。ガイドラインに則って話を進めていく方針でございます。まあ、作者自身のやるからには完結させたい欲が凄いんですけどね(笑)。感想などで「この表現、ちょっと危ないんじゃない?」とか「規制違反してるよ!!」など言ってくれれば訂正するので、今後ともよろしくお願いします。

  皆さんの力で『ウマ娘プリティーダービー』という作品をより面白くしていきましょう!!!










 ──────さて、後書きも書いたしシービーのヌフフな話でも…。ニマニマ

  ピンポーン

 ──────誰だよ、こんな時に…。

  ピンポーン、ピンポーン、ピンポーン、ピンポーン…

 ──────うるさいな〜。はいはい、わかったわかった。今、出ますよ〜っと…。




  その後、ある男の人の証言によると一人の男性が何人もの男性達に担がれたまま車に乗せられ、その後から姿を見ていたないとか…。

   それでは、また〜


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奮闘の秋華賞と予感

 残すは秋華賞のみ!!!






  それでは、どうぞ


  〜控え室・燈馬side〜

 

 「─────燈馬君、本当によく間に合ったね。出走2分前だったんでしょ?」

 

 「あの時は本当に焦った。なにせ人混みを掻き分けるのにも一苦労だったしな」

 

  10月25日、今日はクラシック最後のレースであるトリプルティアラの一つ“秋華賞”だ。この前は菊花賞に優勝し、無事に“クラシック三冠”の称号を手に入れた。ブーイングの嵐の中だったがな。そして残るはトリプルティアラを獲るだけとなっていた。

 

 「そういえば、勝負服はどうだった。直りそうか?」

 

  とトレーナーに聞くとトレーナーは俯いて暗い表情をする。

 

 「…ごめん、勝負服なんだけど直りそうにないんだ。だから、燈馬君には新しい勝負服を着てもらうことになると思うんだ。まだ、デザインは決まってないんだけどね…」

 

  そうか、もうあの勝負服とはおさらばか。あの勝負服とは長い付き合いだったし、愛着もあったんだがな。ん?待てよ。

 

 「となると、俺は勝負服が出来るまでずっと体操着になるっていうことか?」

 

 「…そうなるね」

 

 「マジか」

 

  この前は制服で何とか押し切ったが、秋華賞はそうはいかないか。

 

 「でも、記念撮影の時は制服でも良いって理事長からの許可も降りてるんだし、大丈夫だよ。きっと…」

 

  だんだん、暗い表情になっていくトレーナー。あの件はトレーナーのせいじゃないってあれだけ言ったんだがな。

 

 「顔を上げろ、トレーナー。今からレースに出るという奴に見せる顔じゃない。もっとシャキっとしろ」

 

 「…うん、そうだね。今更どうこう言ったって変わらないもんね。僕が暗くなってちゃあダメだもんね」

 

  とトレーナーの表情が明るくなる。そうだ、あんたはそれでいいんだ。

 

 「…それじゃあ燈馬君、レースの確認だけしておこうか。今日のレースはG1秋華賞。晴れ、良バ場、芝2000mの右回り。要注意人物はファレノプシス、エアデジャヴー、エリモエクセル、この3名だ。メジロドーベルさんはちょっと調子が悪いみたいだけど一応、頭の中に入れておいて。そして、難所は昨日と同じ第3〜4にかけてのアップダウンのある坂。今日は菊花賞と違って1000mも短い、仕掛けどころを間違えないようにね」

 

 「わかった」

 

  ピンポンパンポーン

 

 『秋華賞に出られるウマ娘の皆さん、まもなくレースが開始致しますのでゲート前に集合してください』

 

 「呼び出しだ。行ってくるよ」

 

 「うん、絶対に勝ってね。燈馬君」

 

 「あぁ」ガチャ

 

  バタン…。

 

  と俺は控え室を出て広い通路を歩く。すると───。

 

  コツコツ、コツコツ、コツコツ…。

 

  と足音を立てながら清掃用具を持った一人の清掃員が近づいて来る。俺は立ち止まるも、清掃員は俺の方へと近づいて来る。

 

 「無事保護。今、こっちに向かってる」

 

  と俺の隣でそう言って、そのまま去って言った。

 

 「(どうやら無事に見つかったみたいだな。これでアイツを縛るものは失くなったか)」

 

 「さて、行くか」

 

  と俺は再び歩き出し、ゲートへと向かった。

 

 

 

  〜観客席・立花side〜

 

 『トゥインクルシリーズファンの皆様、お待たせしました!!クラシック最後のレース、秋華賞の開催です!』

 

 

  ワァアアアアアア!!!

 

 「はじまっちゃったよ〜…」

 

 「いよいよだな、燈馬」

 

  秋華賞の開催が宣言される。いよいよだ、このレースで燈馬君が勝てば前人未到のクラシック三冠とトリプルティアラのダブル獲得となる。

 

 「アイツ、勝てるかな」

 

 「勝つさ、必ずね。燈馬君は不可能を可能にするんだから」

 

  燈馬君はこれまで幾度とない条件下で戦ってきたんだ。今日のレースだって必ず勝ってくれる、そう信じてる。

 

 「よう、立花」

 

 「沖野さん」

 

  と後ろから沖野さんとチームスピカのメンバーがやってくる。

 

 「どうしたんですか、今日は東京へ戻る予定だったんじゃないんですか?」

 

 「まあ、一応そのつもりだったんだが、スズカがどうしてもアイツのレースを見たいって言い出してな。1日遅らせたんだ」

 

 「サイレンススズカさんが、ですか?」

 

 「あぁ。何しろアイツの能力は未だわかっちゃあいねぇ。情報分析や能力分析をしたところでアイツには無意味だ。それにアイツは俺達の、いや学園の奴ら全員からマークされているからな」

 

 「そんなにですか?」

 

 「当たり前だろ。あのオハナさんでさえアイツ一人に苦戦する程だぞ?」

 

  あのオハナさんでさえ、燈馬君の前では無力なのか。そうなると、燈馬君の力って一体────。

 

 

  ♪〜〜〜~!!!!

 

 「そんなことは後だ。レースが始まるぜ」

 

  とレース前のファンファーレが鳴り響くのと同時に僕を含め、チーム全員がレースの方へと目を向ける。

 

 「あの〜、トレーナーさん」

 

 「どうしたんだい?クリークさん」

 

 「燈馬さん、メジロドーベルさんと何か合ったんでしょうか」

 

 「メジロドーベルさんと?」

 

 「はい、あそこ」スッ

 

  とクリークさんの指差す方を見る。するとゲート前で燈馬君とメジロドーベルさんが何やら言い争っているように見える。

 

 「アイツ、こんな時に問題なんて起こしてどうすんのよ!」

 

 「いや、でも燈馬君に至っては冷静にいるみたいだけど」

 

 「アイツは常に冷静にいるじゃない」

 

 「いや、そういう冷静の意味じゃなくて」

 

  ゲートでは燈馬君は何も言葉を言わず、只々メジロドーベルさんが燈馬君に向けて少し興奮気味に何か喋ってる。う〜ん、ここだと聞こえづらいな。

 

 「あ、燈馬がゲートへと入って行くぞ!」

 

  少しして燈馬君は何事も無かったかのようにゲートへと入って行き、メジロドーベルさんも遅れてゲートへと入って行った。

 

 「一体何だったんでしょうか」

 

 「さあ…」

 

  燈馬君、何を言ってたんだろう。

 

 『賑やかな秋を彩る秋華たち。秋華賞の舞台で美しく花を咲かせるのは誰だ。─────各ウマ娘、ゲートに入りました。まもなく秋華賞の火蓋が切られようとしています!秋華賞で美しく輝くのはどのウマ娘か!』

 

  緊張する!凄く凄く緊張する!やっぱりレース前の静けさだけはなれないね。

 

 『秋華賞が今────!!』

 

 

 パァン、ガコン!!

 

 『スタートしました!揃いました、綺麗な横一列のスタートです!』

 

  ゲートが開き、秋華賞が始まる。

 

 「まずはエガオヲミセテが先頭に出たか。大外からエリモピュア、次にエアデジャヴー。更に後ろは完全な混戦状態。抜け出すのは容易じゃねぇな」

 

 「えぇ。完全に固まってますね。これってもしかして…」

 

 「あぁ。完全な“風間対策”だろうな」

 

  燈馬君の基本スタイルは差しや追込と言った後ろから追い上げる戦法を得意とする。対して今回のバ群はほぼ横一列に並び、後ろから抜かせないようにされている。これでは燈馬君は簡単に前に出ることは出来ない。

 

 「それにアイツはレース中の間だけ姿が見えないし、何処に居るかも分からない。尚更警戒心が強くなる一方だ」

 

  ミスディレクション。シービーさんから教えてもらった姿が見えなくなる技法の一つ。燈馬君がレースで使っている技だ。最初は信じ難かった話だけど、シービーさんから見破る方法を教えてもらうと本当に燈馬君の姿が見えるようになったのだ。因みにチーム全員も燈馬君の姿を捉えることが出来るようになった。

 

 『先頭は未だエガオヲミセテがトップを走る形となっています!後ろにはエリモピュア、エアデジャヴー。そして大外にはリワードニンファ、内から上がってくるのはナオミシャインだ。そして、その後ろにエリモエクセル、メジロドーベルが控えています!』

 

 「メジロドーベルが中段の位置か。珍しいな、彼女はまだもう少し後ろにいるのに」

 

 「…」

 

 「どうしたんだ、トレーナー」

 

 「いや、何でもない」

 

  何でだろう、凄く胸がざわめく。こんなこと、レースでは。

 

 『半バ身開いて内からケイツーパフィ、中段の位置からエアデジャヴーをマークするかのようにファレノプシスがいます。1バ身離れてマルカコマチ、ビワグッドラック。中段のバ群は未だに混戦状態となっています。さあ、誰が抜け出すのか!?』

 

 『注目の瞬間ですね』

 

  バ群は第3コーナーへと移る。ここにはアップダウンの坂がある。ここで、スパートをかけると遠心力により上体を起こされるのでゆったりと行きたいところだけれども。

 

 「動く…!」

 

 『第4コーナーカーブで最初に動いたのはファレノプシス、ファレノプシスだ!外から上がってくるのはファレノプシス!先頭はエガオヲミセテを見せてを捉えることは出来るのか!?』

 

  第4コーナーを過ぎてウマ娘が一斉に上がってくる。けど、僕の胸のざわめきはまだ収まらない。

 

 「違う、ファレノプシスさんじゃない!本当に上がって来たのは────!」

 

 『内から!内から凄いスピードで上がってくるのは、“メジロドーベル”だ!!!』

 

  これだ、僕の胸のざわめきを起こさせた張本人。それに!

 

 「おい、何だあのスピード!!」

 

 「一気に先頭に踊り出たぞ!」

 

 「征けぇええ!ドーベルゥウウ!!!」

 

  メジロドーベルさんのスピードは完全にノッている。恐らく、下り坂を利用して自分のスピードに更に加速を付けたんだ。下り坂は何かと足のブレーキのかかりやすく、どうしても減速してしまう。けど、ブレーキをかけずに走る下り坂はとても早い。

 

 「何なのよ、あのスピード」

 

 「恐らく重心を前に倒して加速させたんだ。それに歩幅も広い。下り坂で加速なんて、失敗すれば足が縺れて怪我だってあり得るのに…!」

 

  一体誰が──────。

 

 「それは…、私が教えました…!」

 

 「え…」クルッ

 

  振り向くと息を切らしながら立っている女性がいた。

 

 「あなたは…!」

 

 

 

 

 

  〜メジロドーベルside〜

 

  イケる!イケる!勝てる!!勝てる!!!今の私のスピードについて来ている奴はいない。後ろとは2バ身以上離れてる、そうそうついて来れる奴は────!

 

 『外から!外からシノンだ!シノンがメジロドーベルに迫ってくるぞ!!』

 

 「(来た!!)」

 

  やっぱり来た、シノン。いえ、風間!あなたは絶対に来ると思っていたわ!

 

 「(けど、負けない!この加速法を教えてくれたのは私の…私の本当(・・)のトレーナーなんだから!!)」

 

  だから絶対に────!!!

 

 

 

 

 「征っっっっけぇええええ!!!ドォオオオオオベルゥウウウウウウ!!!!」

 

 「っ!」

 

  私は私の声のする方を見る。そこには、ずっと会いたかった私の私達のトレーナーの姿だった。

 

 「負けるなぁああああ!!!ドーベルゥウウウウウウ!!」

 

  絶対に!絶対にッッッッ!!!!!

 

 「負けるもんかぁあああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!」

 

 『メジロドーベル、ここで更に加速!!!シノンを引き離していくぞ!!!』

 

  負けないッ!!絶対に負けない!!!絶対に負けたくない!!!!

 

 『残り300m!メジロドーベル逃げ切れるか!?』

 

 『頑張って!!メジロドーベル!』

 

  もう少し!もう少しで私の────!!!!

 

 

 

ビュンッッッッッ!!!!!

 

 

 

 

   え…────────。

 

 『シノンだ!シノンがメジロドーベルを抜き去り、先頭に踊り出た!!』

 

  嘘だ…、なんで。

 

 『今度はシノンがメジロドーベルを突き放していく!』

 

  そんな…。これじゃあ─────。

 

 

 「諦めるなぁあああああ!!ドーベル!走れぇええええ!」

 

 「っ!」ハッ

 

 「まだ諦めていい時じゃない!走りなさい!!ドーベル!!」

 

  そうだ。トレーナーはいつも言っていた。“諦めちゃダメだって”。こんなところで諦めたくない!

 

 「はぁあああああああ!!!」

 

 『メジロドーベル、差し替えせるか!?』

 

  追いつきたい!追いつきたい!あの背中に追いつきたい!!ちょっとでも!ほんの少しでもッッッッ!!

 

 

憧れのあの人に追いつきたい(・・・・・・・・・・・・・)!!!!!

 

 

 

 私は前にいるあの人に向かって手を伸ばす──────。

 

 

 

 

 『ゴール!!!シノンが1着でゴールしました!メジロドーベル、惜しくも2着!差は2バ身程でした!』

 

 『惜しかったです。ですが、いい走りを見せてくれました』

 

 「ハァハァ…」ハァハァ

 

  負けた。負けちゃった。けど悔いはない。負けたけど、とても楽しかった。

 

 「メジロドーベル」

 

 「ハァ、ハァ…。か、風間…とう、ま」

 

  風間燈馬が、()がこちらに歩いてくる。彼の額には汗は無く、息も上がっていなかった。

 

 「(やっぱり、この人には敵わないや)」ハァハァ

 

 「…」スッ

 

  と彼は私の前に手を出してくる。

 

 「いいレースだった。次もお互い頑張ろう」

 

 「…。うん」パシッ

 

  と彼の手を両手で優しく包み込むように握手を交わす。彼の優しい手。温もりを直に感じとれる。

 

 「温かい…」ボソ

 

 「何か言ったか?」

 

 「ふぇ!?う、ううん!全然!な、何も…いって、ない…よ」

 

  もしかして心の声出ちゃってたのかな。嫌われちゃったらどうしよ…。

 

 「メジロドーベル大丈夫か?俺はそろそろ行くぞ」

 

 「う、うん。あ…」フラッ

 

  と立ち上がった瞬間、身体がふらつく。足に力が入らない。

 

  ポス…

 

 「おい、大丈夫か?」

 

 「ぇ…」

 

  と顔を上げると彼の顔が目の前にあった。どうしよう、ドキドキしてきちゃった。

 

 「は、はひ!だ、大丈夫でしゅ…///」

 

  か、噛んじゃった〜〜〜!!!

 

 「取り敢えず、ターフ出口まで運ぶからな」ヨイショ

 

  と彼は私をおんぶして出口まで連れて行ってくれた。

 

 

  〜立花side〜

 

 「ドーベル!!」タタッ

 

 「トレーナー…。わっ!」

 

 「ドーベル…。良かった、良かった…!」ギュッ

 

  燈馬君はメジロドーベルさんを出口まで運ぶと女性トレーナーさんがこっちまで走ってきてメジロドーベルさんを抱きしめる。

 

 「ねぇ、燈馬君」ポンポン

 

  と僕は燈馬君の肩を叩く。

 

 「どうした」

 

 「この人、誰か知ってる?」

 

 「あぁ。メジロドーベルのトレーナーだよ」

 

 「ええええええええ!?」

 

 「元々、メジロドーベルの専属トレーナーだったんだけどその後からライアン、メジロパーマー、エイシンフラッシュ。そして────。」

 

 「私のトレーナーでもあるんです」

 

 「クリークさん…!」

 

 「クリークはあのトレーナーと契約を結んでいた。そうだろ?」

 

 「はい。あのトレーナーさんのメニューのおかげで菊花賞を獲ることが出来たんです〜」

 

 「え、じゃあなんで契約を切られたの!?そんなにも凄いウマ娘の契約を切っちゃうなんて凄く勿体無いじゃないか!」

 

 「それは…」

 

  とクリークさんを始め、女性トレーナーさんとメジロドーベルさんの顔が暗くなる。

 

 「全部アイツなんです…!」

 

 「「ライアン(さん)…」」

 

  と後ろにいたメジロライアンさんは握り拳を作る。

 

 「アイツのせいでチーム全体がバラバラになったんですッ!アイツが居なければ、クリークさんやトレーナーさんだって…!」ウルウル

 

  とメジロライアンさんは目にいっぱいの涙を浮かべる。近くにいるエイシンフラッシュさん、メジロパーマーさんも悔しい表情をしていた。

 

 「ごめんなさい。全ては私のせいなの。私があの子を連れて来なければ…!」

 

  女性トレーナーさんも悔しい表情をする。その時─────。

 

 「へぇ〜。その連れて来なければっていう子って俺のことか?」

 

 「「「「「っ!」」」」」

 

  と物陰からぬるりと出てきたのは以前、メジロドーベルさんを迎えに来たトレーナーだった。

 

 「利紀(としのり)!!」

 

 「やあクズ女。久しぶりだね〜、元気にしてたぁ?」

 

 「あんた、よくも私の担当のウマ娘達をッッ!!!」

 

 「こっわ。そんなに怒ると顔にシワが出来ちゃうよ?って言っても、もうババアなんだっけ」ケラケラ

 

 「黙りなさい!それに私はまだ25よ!!」

 

 「実質おばさんじゃ〜ん」ケラケラ

 

 「〜〜〜〜〜ッ!!!」

 

  利紀と呼ばれたトレーナーはずっとケラケラと笑いながら女性トレーナーさんを煽る。

 

 「ねぇねぇ燈馬君、兄弟なのかな?にしては全然似てないよね」

 

 「あぁ」

 

  顔とかもそうだけど、雰囲気が全く似てない。

 

 「そうそう、ついでに教えといてやるよ。こいつは俺達家族の中で唯一の落ちこぼれなんだよ勉強も運動も碌に出来ないクズさ」

 

 「巫山戯ないで!この人は落ちこぼれでもクズでもない!私達のトレーナーさんは私達のことを一番に考えてくれる。あんたみたいな奴の方がよっぽどクズだ!!」

 

 「俺がクズ?おいおい、俺様のようなエリートが考えたトレーニングメニューで沢山勝たせてやったじゃねぇか」

 

 「誰がするものですか、あんなトレーニング。あなたみたいな人のトレーニングをするよりもトレーナーさんが考えた地獄のランメニューをする方がよっぽどマシです」

 

  とエイシンフラッシュさんが元トレーナーに反論する。この感じだと相当嫌われているな、この人。

 

 「つ〜かさ、なんでこの女がここにいる訳?お前って海外のクソド田舎の所に飛ばされたんじゃなかったっけ?」

 

 「えぇ、あんたのせいでね。あんた達が勝手なことをしてくれたおかげでこっちは危ない目に合いかけたんだからっ!」

 

 「なんだよ、つまんねぇの。それならもっと遠くに飛ばしときゃあ良かった」チッ

 

 「こいつッ!!」

 

  とメジロライアンさんが痺れを切らして今にも飛び掛かりそうな勢いになる。けど、燈馬君はメジロライアンさんの肩を持って身体を静止させる。

 

 「待て、ライアン」

 

 「ッ!離して燈馬!この男は!この男は外道なの!人の心なんて持ってない畜生な奴なのッ!!」

 

  当の本人はというと飛び掛かりそうなメジロライアンさんに対して早くこいと言わんばかりに煽っている。外道〜。

 

 「ライアン。安心しろ、そいつの素行は全部知っている」

 

 「どういう、…うわっ!」

 

  とメジロライアンさんを後ろにやって燈馬君は男の前に立つ。

 

 「浦部利紀。ここら辺じゃ有名財閥の浦部財閥の御曹司、そうだろ?」

 

 「よく知ってるなぁ。もしかして、俺のファンかぁ?」ケラケラ

 

 「そして、裏ではあんたを筆頭に闇カジノや賭博といった違法行為もやっている。そうだろ?」

 

 「…なんだと?」

 

  笑顔から一変、浦部利紀と言われた男の顔が怒りの表情になる。

 

 「財閥のお偉いさんなら知ってるよな?“ウマ娘に対する賭博行為は犯罪になる”って。それを知っててやってるということは、お前は犯罪者になりたいというわけ「おいガキ、どこまで知っている」さあな。何処までだろうな」

 

  浦部は燈馬君の胸ぐらを掴み、血走った様子で燈馬君を睨んでいた。

 

 「テメェ、何処の人間だ。あぁ?」

 

 「お前のような外道に言うわけねぇだろ?それより、さっさとこの手を離せよ」グッ

 

  と燈馬君は浦部の手を掴み、力を入れる。

 

 「うっ!ぐあ!…っ!」

 

  と胸ぐらから手を剥がす。浦部は掴んでいた燈馬君の手を無理矢理引き剥がし痛々しくしている。

 

 「痛いか?そりゃあ痛いだろうな。握力が90kgあるやつに力入れて握られれば痛いだろうな」

 

 「きゅ、90だと!?」

 

  ウソでしょ燈馬君。君そんなにも握力あるの!?

 

 「けどな、お前はそんな痛みで収まるがメジロドーベルやライアン達はもっと痛い想いをしている。ましてやウマ娘を…、頑張ってるコイツらを侮辱するようなことは俺は決して許さない」

 

  燈馬君の目付きが変わる。まるで、目の前にいる男を殺すかのような目付きで。

 

 「(燈馬君、相当怒ってる。けど、それぐらいのことをあの男はやった、燈馬君の逆鱗に触れたっていうことになるね)」

 

  燈馬君は頑張ってる人に対してバカにしている人を嫌う。そんな人を見ると虫酸が走るって言っていた。タイシンさんの時と一緒だったような──────。

 

 「ハッ!な〜にが許さないだ、女の前だからってカッコつけてんのか?だっせぇえ!」

 

 「お前みたいな自称エリートを名乗ってもたかが知れてるようなボンボンで自分に都合が悪い時に自分で解決しようとせず、親に泣きつくような自称エリートさんよりはまだマシだと思うぞ」

 

 「んだとテメェエエ!!」

 

  と男の方も顔が赤くなりヒートアップしていく。それでも燈馬君は続ける。

 

 「ほらどうした?自分の都合の悪い状況だぞ、親に連絡しなくていいのか?」

 

 「うるせぇえええ!!」ブンッ!!

 

  と男は右手を振りかぶり握り拳を作って燈馬君の顔めがけて思いっきり殴り行く。

 

 「燈馬君、避けて!!」

 

  だんだんと拳は燈馬君の顔に近づいてきて────。

 

  バキッ!!!

 

 「…」ツー

 

  燈馬君はもろ顔面で拳を受けた。

 

 「ハハハッ!どうした!口だけかガキ!!!」

 

  と男は燈馬君が攻撃を受けたのを見て嘲笑う。対して燈馬君は唇から血が出ていた。

 

 「燈馬君!」

 

 「ハハハッ!おらおらどうした、かかってこいよ!それとも俺様のパンチで怖気づいたか?ハハハッ!」

 

  と男は燈馬君の目の前でボクシングのジャブを始める。

 

 「ほらガキかかってこ「そんなもんか?」あ?」

 

 「そんなもんかって聞いてんだよ、自称エリート」

 

  と燈馬君は血を拭き取る。

 

 「そんなに効かなかったぞ、お前のパンチ」

 

 「な、なんだと…!」ピキピキ

 

  と燈馬君の言葉に男の顔には青筋がたつ。

 

 「まあ自称エリートはそんなものか。まあいい、次は俺がお前の顔面に叩き込む番だな」ポキポキ

 

  と燈馬君は指を鳴らす。

 

 「うるせぇ!もう一回叩き込んでやらぁあ!!」

 

  ともう一度殴りにかかるが────────。

 

 「人の話を聞けよ。お前の番は終わったんだよ。だから、今度は俺がお前の顔面に叩き込む番だろうが」タンッ

 

  と燈馬君はその場で回転しながらジャンプして、そのまま──────────、

 

 

 

 

 

 

 

 

バキッ!!!メキメキメキ…

 

 

 

 

 

 

 

 

男の顔面に思いっきり右足の蹴りを叩き込んだ。

 

 

 「ぶぼべら!」ドサ…

 

  と蹴りをもらった男は通路の壁へと叩きつけられ、その場に倒れ込む。

 

 「じゃあな、次会ったら顔面一発じゃ済まさねぇからな」

 

  と言って男をそのままにしてこっちに歩いてくる。みんなは倒れた男に目を奪われていたが僕は燈馬君を見ていた。

 

 「後は頼んだ」ボソ

 

 「僕がこの場を何とかしろと?それは余りにも無理があるんじゃないかな」

 

 「だったら自分で言って動いてもらえ。ちょうどそこにいいのがいるんだ。いい土産にもなるだろ」

 

 「…」

 

  なるほど、僕が動かせとでも言いたいのかな。

 

 「いいよ。本来なら君にも同行してもらう必要があるけれど、今日は見なかったことにしておくよ」

 

 「あぁ」

 

  と燈馬君はそのまま帰っていった。さて…。

 

  ピッピッピッ…。 プルプル…、プルプル…、ガチャ。

 

 『もしもし、立花じゃないか!どうしたんだ?』

 

 「お久しぶりです。実は────────。」

 

 

 

 

 

  〜燈馬side〜

 

 

  俺はあの場を離れて控え室に戻っていた。あの場にはライアン達しかいなかった為、トレーナーが何とかしてくれるだろう。さてと、今から帰る準備でも…。

 

 ピリリリリリ、ピリリリリリ、ピリリリリリ…。

 

 「…」

 

 ピリリリリリ、ピリリリリリ、ピリリリリリ、ピッ!

 

 「もしもし」

 

 『燈馬、大変だ!!』

 

 「どうした?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 『トウショウ家が動いたぞ!!!』




 読んで頂きありがとうございます。


  秋華賞も終わって一段落かと思いきや、また何かあったみたいですね。一体何があったんでしょうか。

 次回もお楽しみに〜




  それでは、また〜


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間違えた選択

主「…」

燈馬「何か言いたいことは?」

主「すみませんでした…」

燈馬「約1ヶ月ぶりの投稿か。失踪でもしていたのか?」

主「いえ、単純に書く時間が…」

燈馬「それにしては随分とお気楽な休日を過ごしていたんじゃないのか?」

主「そ、それは…」

燈馬「今すぐに続きを書け。今すぐに」

主「ワカリマシタ」



  それでは、どうぞ


  〜車の中・シービーside〜

 

 「シービーお嬢様、大丈夫ですか?」

 

 「大丈夫だよ。私は、大丈夫…」

 

  私は自分の車に乗って“ある所”に向かってる。正直言って凄く気分が悪い。車酔いなんて余りしないのに今日に限って車酔いが凄い。頭がクラクラするし、目眩もする。

 

 「(…うっ!)」

 

  と思わず吐きそうになるが必死に抑える。

 

 「…お嬢様、やはりここは当主様に相談されたほうが「いいの」ですが」

 

 「ごめん言えないの。これだけは、言えない…」

 

 「…」

 

  私が…。私がやればきっとあの娘達だって…。

 

 

 

 

  ミスターシービーに一体何があったのか。これは、菊花賞が始まる2日前の話である。

 

 

 

  〜菊花賞開催の2日前・10月6日〜

 

 「シービーお嬢様、お食事の御用意が出来ました」コンコン

 

 「わかった、今行く」

 

  と私の執事が食事の時間を知らせに来てくれる。私は凱旋門賞の後、理事長の計らいのもと長期休暇を貰っていた。向こうで色々あったので精神的に安定するまで休んでいてもいい、来れる時に来たらいいと言っていたので理事長の言葉に甘えて休むことにした。勿論、休暇中は何もしないと言うわけにはいかず、トレセンの先生から宿題を貰ったり、自主的にトレーニングをしたりなど休暇を過ごしていた。

 

 「あらシービーもご飯?」

 

  食事の部屋に向かう途中、お母さんに出会う。

 

 「うん。勉強もキリのいいところで終わったしね」

 

 「そう。それじゃあお母さんと一緒に食べない?」

 

 「いいの!?やったー!!!」

 

 「ふふふっ」ニコニコ

 

  お母様は仕事で何かと部屋からは出れないし、ご飯の時間だって会う時もない。お母様とご飯を食べれるなんて嬉しいな!

 

 「今日も美味しそうね」

 

 「うん、それじゃあ────。」

 

 「「いただきます」」

 

  とナイフとフォークを持って食事を取る。う〜ん!このお肉美味し〜い!!

 

 「今日のご飯も美味しいわ。いつもありがとうね」

 

 「有難きお言葉です、当主様」ペコ

 

  とシェフの人達が帽子を取って一礼した。シェフの人達はみんな三ツ星レストランとかで働いていた人達ばかりで料理の腕も凄い。

 

 「ねぇ、シービー」

 

 「ん?どうしたのお母様」

 

 「トレセンには、行けそう…?」

 

 「うん。もうすぐ燈馬が菊花賞と秋華賞だし、菊花賞が終わったら行こうかなって」

 

 「本当に?無理してはダメよ、シービー。もうちょっと休んでも「大丈夫だよお母様、心配しすぎ!」でも…」

 

 「大丈夫だって!燈馬達もいるし、大丈夫大丈夫!」

 

 「…そうね、あの子達がいれば大丈夫ね」

 

  とお母様が再び食事を再開する。お母様は相変わらず心配性なんだから、大丈夫大丈夫。

 

 「シービーお嬢様、お食事中失礼します」

 

 「ん?どうしたの?」

 

 「シービーお嬢様にお電話がありましたので、相手側がすぐ出るようお伝えされたのですが…。いかが致しましょう」

 

  誰だろう、理事長かな?

 

 「わかった、すぐ行く」ガタッ

 

  と私は席を立って電話機のある所に向かい、ウマ娘用の受話器を取る。

 

 「はい、シービーです」

 

 『やあシービー、久しぶりだね〜』

 

 「ッ!?あんたはッ!!」

 

 『いや〜、ようやく突き止めることが出来たよ〜!酷いじゃないか、電話番号を変えるなら僕に言ってよ〜!』

 

 「うるさい、あんたには関係ないでしょ?用が無いなら切る。あんたと喋ったって時間の無駄」

 

  と私は受話器を降ろそうとすると─────。

 

 『いいのかな?本当に切っちゃって』

 

 「……どういう意味?」

 

 『君の返答次第で、彼らに“災い”が降り注ぐことになるよ』

 

 「“災い”…?」

 

  どういう意味…、彼らって…。

 

 『まあそんなことは置いといて…』

 

  と男が一呼吸おいて──────。

 

 『シービー、僕と生涯を共にしないかい?僕なら君を絶対に幸せに出来る!!だから、僕と結婚しよう!!!』

 

 「無理。あんたと結婚なんて死んでも嫌」

 

  どうせこんな事だろうと思ったわ。もういい、切ろう。

 

 『そう来ると思ってたよシービー。けどね、君は必ず僕のもとに来ることになる。絶対にね』

 

 「私は行かない。あんたのところなんて絶対に」

 

 『…僕の返事を断ったことを後悔させてあげる』ガチャ、ツーツー…

 

  と電話の切れる音がする。

 

 「(後悔だって?そんなのしないに決まってるじゃない)」

 

 「お嬢様、お相手の方はなんと?」

 

  と執事が近づいてくる。

 

 「アイツだったわ。お母様から接触禁止の出てたアイツ」

 

 「そんな…!」

 

 「執事さん、私達とアイツらの関係は知ってるよね?なのに、どうして出たの?」

 

 「わ、私が電話に出た際はトレセン学園の担当教師と申した方だったので…」

 

 「本当?」

 

 「ほ、本当でございます!」

 

 「まあ、この電話機は録音機能が付いてるから後でメイドの人に確認を取ってもらうわ。あなたも同伴してね」

 

 「か、かしこまりました!」ペコ

 

 「…」

 

  最悪、よりによってアイツの声を聞く羽目になるなんて。

 

 「(戻ってご飯食べよ)」

 

  と私は部屋に戻り、食事を再開した。

 

 

 

  〜菊花賞当日〜

 

 「お母様、早く早く!」

 

 「わかってますよ。そんなに焦らなくてもまだ時間はありますから」

 

  今日は菊花賞当日。そして、燈馬の三冠がかかってる大事なレースでもある。本当ならレース場に行って観に行きたいんだけど、お母様に止められて仕方なくテレビで観ることにした。

 

 「今日はどんなレースになるのかしら」

 

 「燈馬が勝つに決まってるじゃん!燈馬はそう簡単には負けないよ!」

 

 「あなたが言うなら燈馬さんを応援しましょうか」クスクス

 

  と菊花賞が始まるのを待った。けど───────。

 

 

 

 

 「…おかしいわね。全然始まらない」

 

 「うん。何があったんだろ」

 

  と出走するウマ娘達がゲートに集まるも一向に始まる気配がない。

 

 「(何かあったのかな。トレーナーに電話してみよっと)」

 

  とトレーナーに連絡してみることに。

 

  プルプル…プルプル…ガチャ。

 

 『もしもし、シービーさん?』

 

 「トレーナー!今、菊花賞見てるんだけど何かあったの?始まる気配がしないんだけど」

 

 『…』

 

  とトレーナーに聞くとトレーナーは黙り込んでしまった。

 

 「何があったの」

 

 『それは…「隠さないで教えて、トレーナー」…わかった、実はなんだけど──────。』

 

  とトレーナーから今の現状をお母様と一緒に聞いた。

 

 「嘘…だよ、ね。そんなことって…!」

 

 『嘘じゃない。さっき話したとおり燈馬君は今も京都レース場に向かってる』

 

  走るたって京都まで400km以上も離れてるのに、そんなの間に合いっこない。

 

 『────ごめん、車動きそうだから切るね』ピッ

 

 「え、あ…うん」ツーツー…

 

  と電話が切れる音がする。

 

 「…ねぇ、お母様。燈馬、大丈夫かな…」

 

 「私がどうこう言える立場ではありませんが、聞いた限りでは燈馬さんは間違いなくレースには間に合わないかもしれませんね」

 

 「そうだよね…」

 

  誰なの、一体誰がこんなことを…。

 

 

  “君の返答次第で彼らに災いが降り注ぐことになるよ”

 

  “僕の返事を断ったことを後悔させてあげる”

 

 

 

 「(まさか、アイツが…!)」

 

  確信的な証拠はないけど、もしかして…。

 

 「シービー、どうしたの?シービー」

 

 「ごめんお母様、レースが始まったら呼びに来て」タタッ

 

 「シービー、どこ行くの?シービー!」

 

  と私は部屋を飛び出し、電話機の置いてあるところの前に立ち止まる。

 

 「…ッ」プルプル…

 

  受話器を取り、番号を押そうとするけど手が震えて上手く押せない。

 

 「(大丈夫、大丈夫よ。別にアイツの返事に応えるわけじゃないんだから)」

 

  プルルル、プルルル、プルルル…ガチャ。

 

 「ッ!」ビクッ

 

 『やぁシービー!ついに、僕と結婚することに決めたんだね!!』

 

 「…巫山戯ないで。アンタ、燈馬に何したのよ!」

 

 『燈馬?誰だいその男。…シービー、僕の前で他の男の名前を出して欲しくないな〜。流石の僕でも怒っちゃうぞ』

 

 「いいから答えて!燈馬に何したのよ!」

 

  と私は電話の相手の男を責め立てる。

 

 『ふ〜んだ。そんなシービーには答えてあ〜げない』

 

 「ッ!!!」ギリッ

 

  ホンッッッットムカつく!コイツと喋ってる時間なんてないのに!!

 

 『それで?僕の気持ちは?』

 

 「…嫌に決まってるでしょ。アンタなんか、大ッッッ嫌いなんだから!!」

 

 『そんなこと言うんだ〜。ふ〜ん…』

 

 「何よ、何かあるなら言ってみなよ!」

 

 『な〜んにも?けど、僕にそういう態度を取るなら僕もそれなりのことをしようかな〜』

 

 「どういう『それじゃあ、またね〜』待ちなさい!どういう『ガチャ!ツーツー…』くっ…」

 

  と受話器を降ろす。何をするつもりなの、アイツ。

 

 「シービー!燈馬さんが!」

 

 「お母様!どうしたの!?」

 

 「燈馬さんがレース場に着いたの!間に合ったのよ!」

 

 「嘘…!」

 

  良かった…。燈馬、間に合ったんだ!

 

 「早くレースを観なきゃ!」

 

  と私はお母様の部屋へと一目散に向かい、レースを観戦した。

 

 

レース観戦後

 

 

 

 「良かったわね。燈馬さん、クラシック三冠ですって」パチパチ

 

 「うん…うん!おめでとう、燈馬!」パチパチ

 

  と画面に映る燈馬に拍手を送る。燈馬は私と同じクラシック三冠の称号を手に入れた。

 

 「後は秋華賞だけだね!」

 

 「えぇ。クラシック三冠とトリプルティアラの同時獲得。普通はあり得ないことだけど、燈馬さんなら出来そうね」

 

  秋華賞の後はみんなで祝勝会だね!燈馬は嫌がるかもしれないけど、絶対に参加させるんだからね!

 

 「それそうとシービー。誰と電話していたの?」

 

 「!」ビクッ

 

  一瞬で身体に寒気がしだす。嬉しい気持ちから一気にどん底へと突き落とされたような気分だった。

 

 「えっと、その…。さ、詐欺の電話がかかってきたみたいでさ!余りにしつこくってさ!」

 

 「そう?大丈夫だった?」

 

 「うん、大丈夫大丈夫!アハハ!…」

 

  言えない。本当はアイツに電話していたなんて、言えるはずないのに…。

 

 「私、部屋に戻るね!」

 

 「えぇ。ゆっくり休んでね」ガチャ

 

 「うん、またね〜」バタン

 

  とお母様の部屋の扉を閉める。

 

 「大丈夫、大丈夫…」

 

  そう言い聞かせて部屋に戻った。この日から少しずつ私の日常が狂い始めるのを知らずに。

 

 

 

  〜数日後〜

 

 「おかしいわ…。こんなはずないのに」

 

 「お母様、大丈夫?」

 

 「えぇ、大丈夫よ。気にしないで」

 

  少したったある日、お母様の仕事に異変が出始めた。お母様の仕事はウマ娘用のレース場の建設や設備管理。日本にあるレース場の大半はここ、トウショウ家がメインとなって建てている。…なのだけれども。

 

 「当主様!」バタン!

 

 「今度はどうしたの?」

 

 「たった今、契約していた会社から契約解除の電話が…!」

 

 「また、ですか…。これで何件目なのでしょうか…」ハァ

 

  と大きな溜め息をつくお母様。こうなるのも無理はない、なにせ立て続けに契約していた請負い会社が急に契約解除の電話が来たからだ。それだけじゃない、予定していた建設の取り止めや設備工事の中止、また設備のクレームなどここ数日間に数え切れないことがたくさん起きていた。けど、それだけじゃなかった。

 

 

  〜さらに数日後〜

 

  パリーン!!

 

 「きゃあ!!」ドサ!

 

 「どうしましたか!?」タタッ

 

  と家の中でメイドの悲鳴が聞こえたので急いで駆けつける。

 

 「何があったの!」

 

 「と、当主様…。実は掃除をしていた時に窓から石が…!」

 

  とメイドの近くに石が転がっていた。それもかなり大きめの石だった。

 

 「大丈夫!?ケガはありませんか?」

 

 「はい。でも、窓が…」

 

 「窓なんて直せばいいのよ。とにかく無事でなによりだわ」

 

  とお母様は安心した顔をする。

 

 「一体誰がこんなことを!」

 

 「この前は車のパンクとゴミの不法投棄、つい最近ではレース場の芝を荒らされていたりと…。当主様、やはりここは警察に連絡をしたほうが!」

 

 「そうね、ここまで悪質だと連絡せざるをえないですね。…わかりました、警察の方に連絡しましょう。他の人達は散らばった破片の掃除を。シービー、あなたは業者に連絡をしなさい」

 

 「お母様は!?」

 

 「私は警備員と共に飛んできた方向の元へ向かいます」

 

 「駄目!危ないよ!」

 

 「大丈夫よ、見に行くだけだから。…それでは行きましょうか」

 

  とお母様と警備員達は石の飛んできた方へ向かいに行った。

 

 「あの…、シービーお嬢様」

 

 「…なに」

 

  と執事が私のところに近づいてくる。

 

 「シービーお嬢様宛にお電話が…。いかが致しますか」

 

  恐らくアイツだ。このタイミングでかけてくるなんてアイツしかいない。

 

 「…わかった、出る」

 

 「しかし「出るわ」…わかりました」

 

  と執事の反対を押し切って電話機のところに向かい、受話器をあげる。

 

 『やあ、シービー。僕の電話に全部出てくれるなんて嬉しいな!』

 

 「全部アンタなの…」

 

 『何がだい「全部アンタがやったの!」…さぁね〜、僕はなんのことだか全くわかんないな〜』

 

  この男、しらばっくれるつもりなの───。

 

 『まあいいや。今日は機嫌がいいし、教えてあげようか?』

 

 「!じゃあ誰が『ただし』っ!」

 

 『君が僕のところに来たら、の話だけどね』

 

 「なんで私が『交換条件だよ。僕が一方的に教えるのも不利益ってものじゃん。だから、君が僕のところに来たら教えてあげる』…」

 

  コイツの家に行かないとわからないってこと、なのね…。

 

 「────────わかった、行く」

 

 

 

 

 

  〜そして今に至る〜

 

 「シービーお嬢様、ご到着いたしました」

 

 「うん、ありがとう」

 

  と運転手の人が車のドアを開け、車の外に出る。日はもう沈みきっていて外は真っ暗になっていた。

 

 「もう一度、ここに来ることになるなんて…」

 

  と私は目の前に佇み、光り輝く大きな屋敷を見つめる。

 

 「(大丈夫、アイツと話をつけるだけ。それだけなんだから)」

 

  そう決心して、私は屋敷の中に入って行った。

 

 

 

 

  〜屋敷内〜

 

 「ミスターシービー様よくぞお越し頂きました」

 

  と屋敷の中に入ると執事らしき男性が立っていた。

 

 「早速のところ、申し訳ございませんが当主様がお呼びですのでご案内します」

 

  と男性の後ろに案内され、一室に連れて行かれる。

 

 「こちらの奥に当主様とご子息様がお待ちですので、少々お待ち下さい」

 

  と男性が扉の前まで行き、扉にノックをする。

 

 「当主様、ミスターシービー様をお連れしました」コンコン

 

  と男性がいうと「かしこまりました」といって扉を開ける。

 

 「…失礼し「おおー!よう来てくれはったの〜!」…っ」

 

  とお母様が部屋に入ろうとすると太った男がソファーから立ち上がる。

 

 「…お久しぶりですね、柏木(かしわぎ)さん」

 

 「ガ〜ハッハッハ!あんたはんから来てくれるなんて嬉しい限りですわ!」

 

  柏木と呼ばれた男は高笑いしながら私のところへ近づいてくる。

 

 「見んうちにエラいベッピンさんになりはって〜。こりゃあ勇作も喜びはるで!」ハッハッハ!

 

  と笑いながらソファーに戻り、ドカッと座る。

 

 「まあ、つもる話もありましょうて。ささ、座んなはれ」

 

  と私は男と対面するようにソファーに座る。

 

 「今日はどないしはったんですかい」

 

 「…あなたのところの息子さんに用があります」

 

 「ウチの息子か?ウチの息子は「やあ、シービー!!」おおっ!来た来た!」

 

  と狙ったかのようなタイミングで部屋に入って来たのは向かい座っている男の息子、柏木 勇作(かしわぎ ゆうさく)。私の大嫌いな男だ。

 

 「久しぶりだねシービー。君の方から会いに来てくれるなんて僕はとっても嬉しいよ!!」

 

 「勘違いしないで。アンタのところに来た理由は今までのことをアンタがやったのかどうかを聞きに来ただけよ!」

 

  そう、私がここに来た理由はアンタが関与しているかどうかを聞きに来ただけ。それを聞いたら文句を言ってすぐに帰るわよ。

 

 「そういえばそうだったね。いいよ、犯人…というより主犯はこの僕さ、シービー」

 

  やっぱり…!

 

 「やっぱりアンタだったんだね。だったら、今すぐに止めて!うんざりなの!」

 

 「怒った顔もかわいいけど、そう怒らないでよ」

 

  本当にコイツと喋っているとイライラが止まらない。私は早くここから立ち去りたいのに!

 

 「けど、君が悪いんだよ?僕の返事に素直に応えてくれないから僕が動かないといけなくなんだから」

 

 「それならずっと前から言ってるでしょ、嫌だって。何回言われれば気が済むの?」

 

 「君が僕の返事に応えてくれるまでさ!」キラーン

 

 「ウザ」

 

  言いたいこと言ったし早く帰ろ。

 

 「それじゃあ、今後一切私に関わらないで「本当に帰っちゃっていいの?」は?」

 

 「本当に帰っちゃっていいのかな〜」

 

  と意味深のある発言をする。

 

 「どうゆうこ「このナリタタイシンって娘、と〜ってもかわいいねぇ」っ!」

 

  と服の内ポケットからタイシンの写真を取り出す。

 

 「そういえばこの娘、次レースがあるんだっけ。どんな走りをする娘なんだろうなぁ」

 

 「アンタ、タイシンに何するつもり!」

 

 「何するって人聞きの悪い事を言うなぁ。僕はただこの写真の娘がどんな走りをするのか気になるって言っているだけなのに」

 

  嘘よ、コイツは絶対に何か企んでる。コイツだけじゃない、コイツの親も一緒だ。親子そろってこの家の奴らは全員クズだ。

 

 「どんな走りをするんだろう。いや、この娘のレースに出れなかった時の表情のほうがもっと気になるなぁ。どんな表情をするんだろう、怒り狂うかな?泣き叫ぶかな?それとも絶望した表情になるのかなぁ!どう思う?パパ!」

 

 「そうやなぁ…。ウマ娘にとってレースとは命にも等しいものだ。それを奪われるとなると…。クククッ、想像しただけで笑いが止まらんわい」クククッ

 

  と親子そろって嫌味ったらしい顔をしながら笑い出す。

 

 「…ッ」ギリッ

 

  ふざけるな、こんな奴らのせいでトゥインクルシリーズをめちゃくちゃにされたら黙ったものじゃない!

 

 「ふざけないでッ!アンタ達なんかにトゥインクルシリーズをめちゃくちゃになんか「全部君のせいなんだからね」え?」

 

 「君が僕の返事を断った罰さ。それも一度ならず二度も。いや、数え切れない程のプロポーズを全て無下にされたのさ。だから僕は君からYESの返事がくるまで君の周りにいる奴らを潰す」

 

  なんで、なんでよ。私は嫌だから、私はアンタと結婚なんて嫌だから─────。

 

 「シービーはんとこの会社、最近上手いこと言ってへんみたいやなぁ」

 

 「…な、なんでそれを」

 

 「風の噂で聞いたんやけどな、なんやら新しい会社が出来てそっちのほうが報酬が高い言うて契約切ってその会社と契約したみたいやなぁ。確か名前は……“浦部建設”やったかいのぉ」

 

 「じ、じゃあ…お母様と契約していた会社がいなくなったのって…」

 

 「そうじゃそうじゃ!アイツらと来たら金に目が眩んで契約を破棄しよったわい!思いだすだけで…ガッハハハハ!笑いが止まらんわい!!」

 

  と大声で笑い出す。

 

 「これも、全て君のせいなんだよシービー。君が僕のところに来たらこんな事にはならなかったのに」

 

 「全部…私の、せい…」

 

  私のせい…。全て、私の─────。

 

 「けど、一つだけみんなが助かる方法がある」

 

 「!」

 

 「僕のものになるんだシービー。そうすれば、君も君の回りにいる奴らも君のお母さんも、み〜んな助かる!だから、僕と共に生涯を歩んで行こうじゃないか!」

 

 「わ、わた…しは…」

 

  私は────────。

 

 「貴方と…添い遂げることを、誓います…」

 

 「フフフ…ハーハッハッハッハ!!やったぞ…!遂にやったぞぉおおお!!!」

 

  こうすればいい。こうすれば、みんなが助かる。

 

 「けどな、シービーはん。口先だけでやったらなんとでも言えますよねぇ。だったら、ウチの息子と添い遂げる言うんやったらそれなりの“誠意”ってもんを見せてもらわな行けませんなぁ」

 

 「誠意…?」

 

 「そうですよ。仲の良い夫婦がよくやる“アレ”ですよ、“アレ”」

 

 「ま、まさか…!」

 

 「シービーならできるよね。だって僕と添い遂げることを誓ったんだから。だったら、ヤッてくれるよね?」

 

 「…っ」

 

  嫌だ、それだけは…。それだけは…。

 

 「はよせんと、みんなが助かりませんよ」

 

 「クッ…」

 

  シュルル…

 

  と私は着ている服を上から脱いでいく。震える身体を抑えながら。

 

 「あぁ…。あぁ!綺麗だよ、とても綺麗だよシービー!!」

 

 「ッ…ぅ…」プルプル…

 

  下着姿になった私を2人が囲む。まるで飢えた狼が獲物を捕らえるかのように。

 

 「さあ、シービー。僕と一つになろう!」

 

  と柏木は私に向けて手を伸ばしてくる。

 

 「(誰か…、誰か助けて…!)」

 

  私は思わず目を瞑る。その時、私の頭にこれまでの記憶が走馬灯のように蘇ってくる。レースでの記憶、仲間とじゃれ合っていた記憶、みんなと一緒に歩んできた記憶。そして─────。

 

 

 

  初めて恋を知った記憶──────────。

 

 

 

 「(助けて…。助けて!!)」

 

  その時だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  ガッシャーンッッッ!!!

 

 

 「な、なんだ!?」

 

 「一体何が!」

 

  と2人の声に私は瞑っていた目を開ける。そこにいたのは──────。

 

 「な、何者だ!貴様ッ!!」

 

 「…」

 

  そこにいたのは、フードを被り、全身黒ずくめの服をきた一人の人間だった。




読んで頂きありがとうございます。投稿が遅れてしまい、申し訳ございませんでした。今、急ぎで続きを書いていますのでお待ち下さい。


  それでは、また〜


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尻拭い

 うぉおおおおおお!!!!


 頑張るぞぉおおおおおおおお!!!!!!























  ダイパリメイ『ドス!』…


燈馬「逃さんぞ、主」



  それでは、どうぞ…ガク


  〜屋敷・シービーside〜

 

 「何者だ!貴様ッ!!」

 

 「…」

 

  大きな音をたてて部屋に入ってきた黒ずくめの人間。足元にはガラスの破片がたくさん散らばっていた。恐らく窓から入ってきたのだろう。

 

 「ええい!何とか言ったらどうなんだ!!」

 

  と痺れを切らした柏木の父が黒ずくめの人間に向かって怒鳴る。すると、黒ずくめの人間が首辺りを触り始める。そして────。

 

 「お前達に用はない。用があるのはそこにいるウマ娘だ」

 

  と少しノイズの入った声で喋り始める。ウマ娘と言っていたので恐らく私のことだ。

 

 「シ、シービーは僕のだ!誰のものでもない、僕のものだ!!」

 

 「だったらお前のものだという証拠を出せ」

 

 「そ、そんなもの今の僕とシービーの仲を見れば一目瞭然じゃないか!」

 

 「無理矢理に服をぬがせ、強姦しようとしたのをか?」

 

 「シービーが自分から脱いだんだ!僕の指示じゃない!シービーが!」

 

 「罪もない女に擦り付けようだなんていい度胸しているじゃないか、小僧」

 

  と黒ずくめの人間がこちらに近づいてくる。

 

 「お前さん、ここが何処か知ってはりますか?」

 

 「…」

 

 「ここは柏木邸。あの財務省のトップにして大臣を勤めとるあの“柏木源太郎”と知って乗り込んで来はったんですかい?」

 

  柏木源太郎は財務省のトップでそれでいて大臣も勤めている日本のトップの人間。そんなところで大騒ぎを起こせば逮捕だけでは済まされない。

 

 「ワシの言葉一つで警察も動くっちゅうのもわかりますわな?だったら大人しく身ぐるみ剥いで顔を見せてもらい「それがどうした?」あ?」

 

 「だったら、その警察とやらが来る前にお前達を始末すればいいだけだ」ダッ

 

  と黒ずくめの人間は柏木源太郎に向かって距離を詰め────。

 

 「ふっ!」

 

 バキッ!

 

 「グハァ!」ドン!

 

  と壁に殴り飛ばされ、そのまま気絶してしまった。

 

 「次はお前だ」

 

 「ひっ!!!」

 

  と柏木勇作は危険を感じたのか、私の後ろに回り込む。

 

 「シービーは渡します!だ、だから僕の命だけは…!」

 

  と命乞いをし始める。

 

 「女を盾にするなど、言語道断」

 

  と私から柏木勇作を引き剥がし、柏木勇作を壁に投げつける。

 

 「シービー!何をしてるんだ、早く僕を助けてくれ!!」

 

 「…」

 

 「共に生涯を誓ったじゃないか!早く!」

 

 「どうやら助ける気はないようだな。なあ、お前達は本当に生涯を誓い合ったのか?それにしては随分と薄っぺらいんだな」

 

  と黒ずくめの人間は今度は私の方を向く。

 

 「女。今から俺と一緒に“ある場所”までついて来てもらおうか」

 

 「…ど、どこにですか」

 

 「それは着いてからのお楽しみだ。さあ、来てもらおうか」カチャ

 

  と黒ずくめの男は私に銃を向ける。

 

 「立て」

 

  と指示される。ここで逆らえば、私の命は亡くなる。

 

 「わ、わかり…ました…」プルプル…

 

  と立ち上がろうとすると急に足が震えだす。怖い、とても怖い。

 

 「シービー!そんな奴の言うことよりも僕を助けてくれ!僕の妻なら夫である僕を助けるのが当然じゃないのか!」

 

 「…。お前は少し黙れ」ブン!

 

  と近くにあった棒を柏木勇作に向けて投げつける。

 

 ズドン!!

 

 「ひぃいいいいい!あ、あわわわわわ…」

 

  チョロロロ…

 

  と柏木勇作の顔より拳一個分くらい離れたところに棒が突き刺さる。柏木勇作は余りの恐怖にお漏らしする。

 

 「ついてこい」

 

  と黒ずくめの男に連れられて部屋を出る。

 

 

 

 

 

  

〜移動中〜

 

 

 

 「乗れ」

 

  と車の後ろの扉を開けられ、私は車の中に乗り込んだ。

 

 「(私、これから何処に連れて行かれるのかな…)」

 

 「出せ」バン

 

  と黒ずくめの男は後部座席に乗り込み、運転手に車を出すよう指示を出す。運転手はチラリとこちらを見た後、すぐに車を走らせた。

 

 「(ルドルフ、マルゼンスキー、お母様、みんな…。ごめん。私、もうトレセンに帰れそうにないや)」

 

 「くしゅん!」

 

 「ん?」

 

 「っ!」ビクッ

 

  ここに来るまでずっと下着姿だったので外は寒く、それに車の中も寒かったのでくしゃみが出てしまった。

 

 「(こ、殺される!)」ビクビク

 

 

  バサッ……

 

 

 「ぇ…」

 

 「さっさとその服を着ろ。大事な人質に風邪でも引かれると色々面倒なんでな」

 

  と貰った服を広げる。

 

 「(これって、トレセンの制服!?しかも、私の!)」

 

  いつ拾ったのかわからかったが取り敢えず今はトレセンの制服を着て寒さを凌ぐ。

 

 「イイモン拾ってきたな。そいつ、どうするつもりだ?」

 

  と助手席に座っていたもう一人の男がこちらを向く。

 

 「そのウマ娘よく見りゃあ、あのトウショウ家の娘じゃね?いっそ身代金でも要求するか?」

 

 「み、身代金…」

 

 「それだけじゃない。もっと凄いことに使う」

 

  凄いことって、私は何をさせられるの。

 

 「そいつは楽しみだ」ハハハッ

 

  と笑いながら再び前を向く。

 

 「お母さん…」

 

 「大丈夫よ、私が守ってあげるからね」

 

  と隣を見ると私の他に親子らしき人達が座っていた。

 

 「(私達はこれから何をさせられるんだろうか…)」

 

  そう思っていた時だった。

 

  キキッ!!

 

 「きゃ!」

 

  と車が急に止まる。どうやら目的の場所に着いたみたいだ。

 

  ガチャン!

 

 「ウマ娘の女、降りろ」

 

  と私は車から降りる。

 

 「う、嘘でしょ…」

 

  私の目の前にあったのは──────。

 

 「ここがウマ娘のいる“トレセン学園”か。随分と大きいんだな」

 

  私の通うトレセン学園だった。

 

 「今から中に入る。ついてこい」

 

  と私は黒ずくめの男と一緒にトレセンへと入って行った。

 

 

 

 

 

  〜トレセン学園・立花side〜

 

 「たづな、呼ばれた者は全員いるか?」

 

 「はい。全員かけることなくいます」

 

  と理事長が集まった人達がいるかどうか確認を行っていた。

 

 「一体、何があったって言うんだ」

 

  と未だ状況が飲み込めないビワハヤヒデさん。

 

 「会長、何故私達は呼ばれたのでしょうか」

 

 「曖昧模糊。私もわからないさ」

 

  と落ち着いた様子をしているけど、不安な気持ちが抑えきれていないエアグルーヴさんにシンボリルドルフさん。

  他にも、フジキセキさんやサイレンススズカさん。ナリタブライアンさんにマルゼンスキーさん、チームクレアのメンバー全員に僕と理事長とたづなさん。それとミスターシービーさんのお母さんのトウショウボーイさんがトレセン学園の校舎の前に集まっていた。

 

 「理事長、一体何があったのですか?」

 

  とシンボリルドルフさんが理事長に何があったのかを問いただす。

 

 「実は理事長宛にメールが送られてきまして…」

 

 「メール、ですか?」

 

 「はい、これなんですが…」

 

  とたづなさんがそのメールを見せてくれる。その内容は…。

 

 「“下記に書かれた名前の者を至急、トレセン学園に集めろ。集まらなかった場合、お前達の大切な仲間の命を落とすことになる”。これが理事長に届いたメールですか?」

 

 「そうだ、シンボリルドルフ」

 

  と理事長は前を向いたまま頷く。

 

 「ですが理事長、まだシービーと燈馬が来ていません」

 

 「わかっている。燈馬はともかく、ミスターシービーが絶対に来ないはずがない。だとすれば…。」

 

 「2人が何か事件に巻き込まれたってことですか?」

 

 「恐らく」

 

  と理事長の言葉に全員が息を飲む。

 

 「まさか、娘が夕方から家を出て帰ってきていないのって…」

 

 「不明。現在の時点でも私は彼ら2人に何があったかはわからない。…立花トレーナー、燈馬に連絡はしているのか?」

 

 「はい。電話を何回もしているのですが、一向に出る気配がなく…」

 

 「………。」

 

  僕の返答に理事長がうねり声を出す。トウショウボーイさんもシービーさんに電話をしているみたいだが、シービーさんも出る気配がないそうだ。

 

 「(そもそも、一体誰が僕らを呼んだんだ。どういった意図で…)」

 

  と集められたメンバーを見ながら考えていると。

 

 「おい、あれって…」

 

  とナリタブライアンさんが何かを見つけたそうだ。全員がナリタブライアンさんの見ている方を見る。

 

  コツコツ…。

 

  と足音が聞こえ始め、人影が見え始める。

 

 「あの姿って…」

 

  段々と足音が近づいて来て、全員が警戒態勢に入る。そして、影から出てきたのは──────。

 

 「み、みんな…。どうして…。」

 

 「シ、シービー!!」

 

  シービーさんだった。

 

 「なによ〜、脅かさないでよ!シービーったら!」

 

 「ビックリしたぞ」

 

 「良かった。無事だったんだね、シービーさん」

 

  とシービーさんの姿に全員がホッとした空気になる。

 

 「シービー、貴方今まで何処に行っていたの?」

 

 「お母様…」

 

 「後で話しを聞かせてもらいますからね。さあ、早く帰り「ダメ…」え?」

 

 「来ちゃ、ダメ…」

 

  とシービーさんに近づこうとするトウショウボーイさんを止める。

 

 「シービー、何を言って「おいおい、愛する娘が止まれって言っているんだ。ちょっとは言う事を聞いてやれよ」!?」

 

  とノイズのかかった声とともにシービーさんの後ろから黒ずくめの服の人が姿を現す。

 

 「貴方、何者ですか!」

 

 「折角アンタの娘を助けてやったのに、感謝の一つもないのか?」

 

 「助けた…?」

 

  一体、誰から助けたんだ?

 

 「黒ずくめの人よ、何があったかは知らないがミスターシービーを助けてくれたのなら感謝する!だが、何故ミスターシービーを開放しない!何か私達に要求するものがあるのか!」

 

 「要求、か…」

 

 「お金ですか?家柄ですか?名誉ですか?貴方が欲しいものはなんですか!言って頂ければすぐにご用意致します!なので、シービーを返して下さい!!」

 

 「お母様…」

 

 「金も家柄も名誉も、俺には必要ない」

 

 「では、何をご所望なんですか!」

 

  とトウショウボーイさんが黒ずくめの人に要求するものを尋ねる。

 

 「…そこの白い帽子の女、お前が秋川やよいか」

 

 「いかにも、私が秋川やよいだ」

 

 「俺はお前に要求したものはなんだ?」

 

 「要求…。まさか、あのメールは貴方が送ったものなのか!?」

 

 「それで?その奴らは全員集まっているのか?」

 

 「メンバーは…。くっ…」

 

 「どうやら、集まっていないようだな」

 

  理事長に届いたメール、その指定されたメンバーは全員集まっている…と言いたいところなのだが、たった一人だけいない人がいる。

 

 「どうやら、風間燈馬が来ていないようだな。残念だが…」

 

  カチャ。

 

 「内容通り、このウマ娘を撃つとしよう」

 

 「「「「「ッ!!!」」」」」

 

  黒ずくめの男は腰にあるホルダーから銃を取り出し、シービーさんのこめかみに当てる。

 

 「待って…、待って下さい!!!撃つなら、撃つなら私にして下さい!!」

 

 「娘が自分の目の前で撃たれる姿が見たくない。だから、代わりにアンタが撃たれると。悪いがそれは出来ない。俺は今ここでこの女を撃つと決めたんでな」

 

 「そんな…」ドサ…

 

  とトウショウボーイさんが崩れ落ちる。

 

 「覚悟はいいか?ウマ娘の女」カチャ

 

 「っ…」

 

  とシービーさんがギュッと目を閉じる。

 

 「待って下さい!!!」

 

 「今度はなんだ?」

 

  とシービーさんが撃たれる直前、僕が待ったをかける。

 

 「最後に…、最後に燈馬君に電話をかけさせて下さい。お願いします!」

 

 「…。一回だけだ、次はない」

 

 「はい」ピッピッピッ…

 

  と僕は携帯を操作して燈馬君に電話をかける。

 

  プープープープー…

 

 「(頼む、繋がってくれ!)」

 

  プープープープー、プルルル、プルルル、プルルル…

 

 「繋がった!」

 

 「頼む、出てくれ!」

 

  プルルル、プルルル、プルルル…

 

 

 

  ガチャ

 

 

 「ッ!!燈馬君、今どこに!『おかけになった電話番号は電波が届いていないか、電源が入っていない為かかりません。現在、おかけになった電話番号は…』そ、そんな…」

 

 「それじゃあ今度こそさよならだ」カチャ

 

  と黒ずくめの人が再び銃を構える。

 

  なんで、なんでなんだ燈馬君。

 

 「恨むなら来なかったあの男を恨むんだな」

 

  いつもいつも、大事な時に限って君は───────。

 

 「じゃあな」

 

  燈馬君の、燈馬君の────────。

 

 

 

 

 

 

  「燈馬君のバカ野郎ッ!!!!」

 

 

   パァン!!!!

 

 

   カン!カラカラカラカラ…

 

 「え?」

 

  銃…?なんで…。

 

 「ったく、人がちゃんと来てんのに気づかねぇってどういうことだ」

 

 「ぁ…。ああ…!」

 

  そこにいたのは、収集のかかった最後の一人。

 

 「「「「「燈馬(さん)!!!!」」」」」

 

 「と、燈馬…!」ポロポロ…

 

 「泣くな、シービー。ちょっと(・・・・)遅れたのには反省するが泣くにはまだ早いぞ」

 

 「何がちょっと(・・・・)だ、たわけ!!!収集がかかってから2時間も遅れてるんだぞ!!」

 

 「わかったわかった、説教は後で聞くよ」

 

  とエアグルーヴさんの言葉をあしらって燈馬君はずっと黒ずくめの人の方を見る。

 

 「楽しそうだったじゃないか、俺も混ぜてくれよ」

 

 「…」

 

 「今の状況がまずいってか?武器はまだありそうだが」

 

 「…」

 

 「さっさと構えろよ、突っ立ってるだけか?」

 

 「……」

 

 「んじゃあ、俺から行くぞ」

 

 「…」

 

 「喋ったらどうなんだ?」

 

 「……」

 

 「碌に喋りもしねぇな、だったら行くぞ」

 

  と燈馬君は黒ずくめの人に向かって蹴りを飛ばす。

 

 「…」スッ

 

  と黒ずくめの人は身体をのけぞって躱し、そのまま距離を取る。

 

 「悪いが俺にはまだやることがあるんでな。さらばだ」

 

  ボン!!!

 

  と黒ずくめの人はコンクリートにボールのようなものを叩きつけ、煙が吹き出す。

 

 「え、煙幕!?」

 

 「チッ」ブン

 

  と燈馬君が煙を払いのける。けど、そこには黒ずくめの人の姿がもう無かった。

 

 「逃げた、か…」

 

  と燈馬君は辺りを見回し始め、黒ずくめの人の姿を探す。

 

 「シービー!大丈夫か!?」

 

  とその場に座り込んでいるシービーさんのところにシンボリルドルフさん達が集まっていく。僕と理事長達も遅れてシービーさんのところへ行く。

 

 「…シービー、一体何があったんだ。教えてくれないか?」

 

 「そ、それは…」

 

  とシービーさんの顔が沈む。余程、言いたくないことなのだろうか。

 

 「言いなさいシービー。何があったのか、全て」

 

  とトウショウボーイさんがシービーさんの前に立つ。そうだよね、やっぱり親からしてみれば子供が危険な目に合っていたんだから凄く心配するもんね。

 

 「じ、実は──────。」

 

  とシービーさんがポツリポツリと何があったのかを喋り始める。

 

 「…そう。シービー」

 

 「な、なに…」

 

 

  パァン!!

 

 

 「────ぇ」

 

  乾いた音が夜の学園に響き渡る。トウショウボーイさんがシービーさんの頬を叩いたのだ。

 

 「なんて…なんて、バカなことをしたのッッッッ!!!」

 

 「お、お母様…」

 

 「あんなところへ行くなんて、しかもそれを一人で…!!あなたはそれがどれだけ無謀なことか知っているのですか!!」

 

 「そ、それは…」

 

 「それとも、あなたは忘れてしまったのですか?“あなたが彼らにされたこと”を…!」

 

 「…ッ」

 

  彼らにされたこと?一体何があったんだ。

 

 「…秋川理事長、この度はウチの娘が大変ご迷惑をおかけしました。誠に申し訳ございません」

 

 「気にするな、トウショウボーイ。私はミスターシービーが無事に帰ってきてくれただけで喜ばしいことだ。本当に良かった」

 

 「ありがとうございます」

 

  とトウショウボーイさんは理事長に深く頭を下げる。

 

 「では私は娘と家に帰ります。皆さん、本当にすみませんでした」

 

  と僕達にもう一度頭を下げ、そのままシービーさんと一緒に車に乗り込み、帰って行った。

 

 「────では、皆も寮に戻るとしよう。辺りも暗いから私とたづな、それから立花トレーナーの車を使って寮へ送ろう。たづな達もそれでいいだろうか?」

 

  と理事長が僕らの方に向く。

 

 「私は問題ありません」

 

 「僕もたづなさんと同じです」

 

 「うむ、では行こう」

 

  と理事長を先頭に全員が駐車場へと向かう。

 

 「あの〜、立花さん。燈馬さんはどちらに…」

 

 「え、燈馬君ですか」キョロキョロ

 

  とたづなさんが僕に耳打ちしてきたので辺りを見渡す。さっきまでいた燈馬君がいなくなっていた。

 

 「…多分、帰ったんだと思います。後で連絡してみます」

 

  出ないと思うけどね。

 

 「わ、わかりました」

 

  と話しているうちに駐車場に着き、ウマ娘達を乗せて寮へと送り届けたのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  〜とある車の中・???side〜

 

 「なあ、遅くねアイツ」

 

 「何が遅いだ。まだ出て行って30分しか経っていないだろ」

 

 「そうかな〜」

 

  と助手席で頬を膨らませて前を向く一人の男…というよりかは青年だろうか。その青年は待ちくたびれたのか、それとも待つのが嫌なのか。ずっとこの調子である。

 

 「アンタねぇ、ちょっとは待つということが出来ないの?」

 

 「けどよ〜」ブゥブゥ

 

  と不貞腐れた顔をしながら男は外を見る。すると────。

 

 「お!来た来た!!」

 

  と外を見ていた男は何かを見つけたのか、凄く興奮している。

 

 

 

  ガラガラガラガラ…。

 

 「おっせぇよ〜。何してたんだ〜?」

 

 「何ってまだ30分しか経ってないだろうが」バタン

 

  と一人の男が車に乗り込む。その男は見るからに“青年”だった。

 

 「まあまあ落ち着けって、2人とも。────はい、これ」

 

  と隣にいる青年が車に乗ってきた青年に何かを渡す。

 

 「どうも。……凄いな、これ」

 

 「凄かったも何も鳴り止まなかったんだからな。お前のやつ」

 

 「そうか」

 

  と渡された物を青年はそのままポケットに入れる。

 

 「そんなことより、何処に行くんだ?」

 

  と隣にいる青年が先程乗ってきた青年に話しかける。

 

 「そうだな、目的地は───────。」

 

  と青年は答える。すると運転手は車のエンジンをかけ、目的地に向かって出発したのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

次の日

 

 

 

  〜カフェテリア・ルドルフside〜

 

 「ねぇ聞いた?ミスターシービー先輩、もしかしたらトレセンを退学するかもしれないんだって」

 

 「私も聞いたよ。みんな噂してるよね」

 

 「うん、なんでも───────。」

 

 

 

 

 「チッ、騒がしい奴らだ」

 

 「ブライアン、睨むのをやめなさい」

 

 「それにしても、こんなにも話が広まるなんてね」

 

 「ああ、余り良い事ではないんだがな」

 

  とカフェテリアに集まっている私達は昼食を取りながら昨日あったことについて話し合っていた。

 

 「ルドルフはどうするの?噂はウソだってみんなに言った方がいいと思うんだけど」

 

 「勿論私もそうしたいさマルゼンスキー。けど、その噂を消す為の証拠がない」

 

 「そうよね〜」

 

  と私達はどうやってシービーの噂を消すか議論していた。本来なら、誰も入って来れない生徒会室で行ったほうがいいのだが時折、客人が来たりテイオーがいたりするのでテイオーには申し訳ないのだがメジロマックイーンに頼んで食堂で昼休みギリギリまでテイオーと昼食をとってもらい、その間に私達はカフェテリアで手早く昼食をとってから生徒会室で話し合うという方針になっている。

 

 「後は生徒会室で話し合おうじゃないか。テイオーはメジロマックイーンに頼んでいるから来ることはないだろう」

 

 「そうですね、行きましょう」ガタッ

 

  とエアグルーヴを筆頭に他のメンバーも頷いて席を立とうとする…その時だった。

 

 『─────続いてのニュースです。深夜1時頃、財務大臣の柏木源太郎氏の家で大臣の柏木源太郎氏と息子の勇作さんが何者かに襲われたとのことです』

 

  ────────え…。

 

 『被害を受けた柏木大臣と息子の勇作さんはともに重症。家も半壊しているとのことです。中継を繋ぎます。〇〇アナウンサー?』

 

  とテレビのモニターが現場のカメラに切り替わる。

 

 『はい。こちら柏木大臣のお住まいの家なのですが、ご覧ください。家の屋根と壁、扉が壊れており家全体の原型が無くなっているかのようです』

 

  とカメラがその家を映す。アナウンサーの言うとおり、家の壁には穴が開けられていたり、窓や扉は全壊。屋根も8割ほど壊されていた。

 

 『未だ犯人は判っておらず、警察は建造物損壊罪として捜査しているとのことです。以上、中継でした』

 

  と再びスタジオのカメラへと切り替わる。

 

 「一体何があったの…」

 

 「わからないよ…」

 

 「だって、昨日のことよ!それなのにどうして…」

 

  一体、この短時間の間に何があったんだ。

 

 

 

 「おいお前ら、そんなところで突っ立ってないで道を開けろ。後ろの奴が困ってるだろうが」

 

 「と、燈馬」

 

  振り返ると後ろには眉をひそめた燈馬が立っており、燈馬の後ろには10人程の生徒がいた。

 

 「す、すまない…今開けるよ」

 

  と私達は燈馬達に道を開け、燈馬は開いた道を通りカフェテリアの定員のところに向かう。

 

 「おばちゃん、サンドイッチ2つ」

 

 「はいよ、ちょっと待ってね〜」

 

  と定員は厨房へと入って行き、燈馬はその場で待機していた。

 

 「…ねぇ燈馬君、シービー先輩のことについてなんだけど」

 

  とスズカが燈馬に近寄る。

 

 「シービーのこと?…あぁ、昨日のアレか」

 

 「それでね、みんなでシービー先輩のことを話し合「悪いが、俺はパスするよ」えっ」

 

 「そもそも、あれはシービーがバカやって起きたことなんだろ?俺達が首を突っ込んだところで何も変わりはしないさ」

 

 「で、でもシービー先輩が退学になるかもしれないんだよ!?それにシービー先輩は燈馬君のチームメイトだし、助けなきゃダメだよ!」

 

 「そういや、ライス達もシービーのことで自分達に何か出来ることはないか話してたな」

 

 「そうでしょ?だから燈馬君も「だからといって俺が手を貸さないといけない、なんて話はないだろ?」だ、だけど…」

 

 「はいお待ちど!サンドイッチ2つ、レタス大盛りね!」

 

  と定員が燈馬にサンドイッチを2つ持ってくる。

 

 「どうも、これお金です。ちょうどあるんで」

 

 「はいよ、確かにちょうど貰ったからね。またおいでね!」

 

  と定員が去って行き、燈馬もサンドイッチを持って帰ろうとする。

 

 「待て、たわけ」

 

  と遮るようにエアグルーヴが燈馬の目の前に立つ。

 

 「何だ、エアグルーヴ。俺は今から昼飯を「お前、昨日何をしていた」昨日?」

 

 「昨日、正確には昨日解散したあと何をしていたんだ」

 

 「別に、普通に家に帰ったさ」

 

  とエアグルーヴの問いかけに答える燈馬。すると────。

 

 「ウソだな、本当は何をしていたんだ?」

 

  と目を細めるエアグルーヴ。

 

 「…別に、まっすぐ帰ったさ」

 

 「何か隠してることがあるんじゃないのか、燈馬」

 

  とジリジリと詰め寄るエアグルーヴ。

 

 「貴様はすぐに隠す癖があるからな。…さあ、何をしていたんだ」

 

  と更に詰め寄るエアグルーヴ。お互いの距離はほぼゼロに近い。

 

 「「……」」

 

  お互い無言の時間が流れる。もし、エアグルーヴの言う通りなら燈馬は昨日の夜に何処かへ行っていたということになる。

 

  ピンポンパンポ〜ン〜〜♪

 

 『高等部の風間燈馬君、理事長がお呼びです。至急理事長室に来てください。繰り返します。高等部の─────。』

 

 「…だ、そうだ」

 

 「…ッ」

 

 「悪いが俺は理事長のところに行くよ。じゃあな」

 

  と燈馬はカフェテリアを出て行った。

 

 「…あのたわけめ、一体何を隠してるんだ」

 

  とエアグルーヴは燈馬が歩いて行った方を見て呟いた。

 

 「燈馬君…」

 

  と悲しそうな顔をするスズカ。唯一協力してくれそうな燈馬に断られたんだから、落ち込むのも無理はない。

 

 「…ひとまず、燈馬のことは後回しにして生徒会室に行こう。そして、シービーのことで私達に出来る事がないか話し合おうではないか」

 

  と私がいうと全員が頷き、カフェテリアを出て生徒会室に向かった。私達なりに色々と話し合ってはみたが結局いい案は浮かばず、明日も集まろうとのことで解散になった。

 

 

 

 

 

  〜理事長室・燈馬side〜

 

 「失礼します、何の御用ですか?理事長」

 

 「うむ、実は君に頼みたいことがある」

 

 「頼みたいこと?なんですか?」

 

 「実は─────。」




 読んで頂きありがとうございます。

 タマモクロス、遂に実装されましたね!!!Twitterでは『サイゲからのお年玉ならぬ“お年タマ”』なんてツイートがたくさんありました。自分もタマモクロスを当てて育成したいです!まあ、自分としては早くシービーが来てほしいんですけどね(笑)。


  それはさておき、理事長に呼ばれた燈馬。理事長から与えられたミッションとは─────。

  次回もお楽しみに!

  それでは、また〜


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正解であって不正解


タマモクロスが来ない…。なんでだ!なんでなんだぁああああああ!!!





   それでは、どうぞ!!!


  〜トウショウ家にて〜

 

 「─────さて、次は建設中のレース場の確認と設備修理、後は…」

 

  コンコン

 

 「はい、どうぞ」

 

 「失礼します、当主様」

 

 「どうなされたのですか?」

 

 「実は当主様にお客様がいらしていまして、いかが致しましょうか」

 

 「私にですか。わかりました、すぐに伺います」

 

 「かしこまりました。お客様は応接室でお待ちしていますので」

 

 「はい、ありがとうございます」

 

 

 

 

  〜応接室前・トウショウボーイside〜

 

 「(一体誰なのでしょうか)」

 

  私、トウショウボーイは部屋で仕事をしていた時に執事からお客様が来ていると伝言を受けて応接室に来ています。

 

 「まずは入ってみないとわかりませんね。お客様を待たせる訳には行きません」

 

  と私は応接室の扉を叩き、ドアノブを回す。

 

 「申し訳ございません。少し仕事が立て込んでしまって…」

 

  と応接室に入る。ソファに一人の男性、なのだけれども。

 

 「(若い…。大人、というより“青年”に近いような…)」

 

  とその男性を見ていると男性はソファから立ち上がり、私のほうを見る。

 

 「ッ!あなたは…!」

 

  その男性は、私の知っている男性であった。

 

 「どうも、こんにちは」

 

 「こ、こんにちは。お待たせさせてしまい申し訳ございませんでした。お座りになってください」

 

  と私は男性の対面するように座り、青年も深く腰掛けた。

 

 「それで、どういったご要件でしょうか──────

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

燈馬さん」

 

 

 

 

 

 「単刀直入に言います。シービーの退学を取り消して下さい」

 

 

 

 

  〜燈馬side〜

 

 「随分と直球なことを言うのですね。誰から聞いたのですか?」

 

  と笑顔を崩さないトウショウボーイさん。

 

 「理事長です」

 

 「理事長…、秋川理事長ですか」

 

 「はい」

 

 「秋川理事長が来ておりましたが、あなたが来るなんて思ってもいませんでした」

 

 「まあ、俺は今回のシービーに関しては関わるつもりはなかったんですけどね」

 

 「どういうことですか?」

 

 「先日の話なんですが…」

 

  と俺は先日あった理事長の話をした。

 

 

 

  〜数日前・理事長室〜

 

 「実は、トウショウボーイのところに行って彼女を説得してほしい」

 

 「…なんで俺が?」

 

 「シンボリルドルフや私が行ってはトウショウボーイの決断は変わらないと思う。ので、君がトウショウボーイを説得してきてほしい」

 

  理事長、それ理由になってる?

 

 「決断は変わらないって言われても俺が行っても変わらないでしょ」

 

 「いや、変わる。君が行けば彼女の決断を変えてくれると断言出来る」

 

 「根拠は?」

 

 「ない」

 

  ないのに行かせるのかよ…。

 

 「…理事長が行ってください。俺は今回の件には関わらないと決めているので」

 

 「余談ではあるが、私はトウショウボーイのところに行って説得をしに行った。…だが、彼女は首を縦に振ることはなかった」

 

 「実際に私も理事長ともに行きました。その時の話し合いも見ています」

 

  と理事長の話にたづなさんが付け加えるように話をする。どうやらシービーのところに行ったのは本当のようだ。

 

 「じゃあ、午前中いなかったのはシービーのところに行っていた、ということですか?」

 

 「肯定。その通りだ」

 

  理事長が行って無理なら諦めるしかないだろ。俺が行っても変わることはない。

 

 「そんな無謀なこと誰がするんですか。俺は失礼しますよ。シービーの退学は諦めるしかないですね」

 

  と俺はソファから立ち上がり、理事長室を出ようとする。

 

 「君は…!」

 

 「ん?」

 

 「君は彼女の恩をアダで返すのか?君は何とも思わないのか、彼女は君を育ててくれた一人なんだぞ!ミスターシービーの他にも君のことを気にかけてくれる人だっていた!そんな人達を見捨てるつもりか!彼女を、彼女達を無下にすると言うのかッ!!」

 

  と理事長が身体を震わせながら大声を出す。

 

 「無下にはしませんよ。シービーには感謝してますし、他の人達にも感謝はしています」

 

 「では、何故だ!何故、手を貸してあげない!」

 

 「元よりシービーがバカやったからじゃないですか。俺には関係のないことですよ」

 

  と俺は理事長室のドアノブに手をかける。

 

 「まあ、行くだけなら行きますよ。それくらいならしてやれますので。それでは」

 

  と理事長室を出たのであった。

 

 

 

 

  〜回想終了〜

 

 

 

  〜トウショウボーイside〜

 

 

 

 「──────ということです」

 

 「なるほど。つまり、貴方は“形として”私の娘の退学を止めに来たと言うことですね」

 

 「そういうことです」

 

  自分の地位を守る為、ということですか。確かに燈馬さんはトレセン学園のウマ娘からの信頼が厚い、特に高等部は。そんな人が協力しないだなんて学園に広まれば自分の築き上げた地位が崩れ落ちる。だから形として私の元に来た、ということですね。

 

 「事情はわかりました。貴方も大変なんですね」

 

 「そうですね」

 

 「では、秋川理事長にお伝え下さい。シービーの退学は取り消さないと」

 

 「わかりました、伝えます」

 

 「お話しは以上でしょうか。では、お帰り下さい。時間も夕方ですので車でトレセンまでお送り致しますのでご準備を」

 

  と私はソファから立つ。

 

 「…」

 

  けど、燈馬さんは立つことはなかった。ずっと座ったまま。

 

 「どうしたのですか?帰らないのですか?」

 

  と私は燈馬さんに問いかけるも燈馬さんは座ったまま動かない。

 

 「燈馬さん何かおっしゃって「トウショウボーイさん」はい」

 

  と燈馬さんは座ったまま私と目を合わせる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「ミスターシービーの退学を取り消して下さい」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「…何故ですか?形だけのものではなかったのですか?」

 

 「確かに“さっきまで”のは形だけのものです。今からは俺個人(・・・)としてのお願いです」

 

 「取り消してほしい理由を聞いても?」

 

 「単純です、シービーはあいつらにとって大事な仲間ですから」

 

  と燈馬さんは目を合わせたままシービーの取り消しを訴える。

 

 「…言ったはずです。シービーの退学は取り消しません。これは“私が決めた”ことです」

 

 「では仮に、シービーが退学をしたとしてシービーをどうするのですか?」

 

 「娘には私の仕事を継がせるつもりでいます。知っての通り、我々トウショウ家はレース場の建設を主体とした家系です。ですので、いずれあの娘にも私の仕事を手伝わせるつもりでいます」

 

  と燈馬さんの問いに返答する。シービーには私の仕事を継いでもらわなければいけませんので。

 

 「それをするならば退学する必要はないのではないですか?そういったものなら在学させながらでも出来るはずですよね」

 

 「…ッ」

 

  確かに燈馬さんの言うとおりでもあります。仕事の手伝いはトレセンを在学しながらでも出来ます。

 

 「何故、退学させるんですか?」

 

 「…」

 

  そんなの、そんなの決まってるじゃないですか!

 

 「そんなの…、娘を守る為に決まってるじゃないですかッッッ!!!

 

 「…」

 

 「自分の子供が、自分の娘が危ない目に合っているんです!私が…、私があの娘を守ってあげないといけないんです!!」

 

 「守る…ですか」

 

 「えぇそうです!私が守ってあげないと「退学させることが守ることになるんですか?」え?」

 

 「退学が守ることなら全国にいる学生達はみんな退学してますよ」

 

 「そ、それは…」

 

 「それに、あなたは一つだけ間違いを犯している」

 

 「ま、間違い…?」

 

 「はい、それは───────

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

あいつからレースを奪うことです」

 

 

 

 「レースを………、奪う……?」

 

 「はい。あなたはご存知のはずですよね?トゥインクルシリーズは在学中の間は中等部で1回、高等部で1回しか挑戦出来ないことを」

 

  もちろん、知らない訳はない。トゥインクルシリーズは学年でそれぞれ1回しか挑戦出来ない。中等部で失敗すれば高等部になるまでの間、G1レースは愚か、地方レースや選抜レースに出ることすら許されない。よって、レースデビューは非常に重要かつ慎重なところだ。もし、デビューの時期を間違えればそのウマ娘は一生勝てないことだってある。もちろん、中等部でデビューを果たせば高等部に上がってもそのままレースに出続けることが出来る。だけど、それと同時に2度目のトゥインクルシリーズ出走は相当な精神力が必要になってくる。この世の中はネットが当たり前。調べようと思えばいくらでも調べることが出来る。そのウマ娘がトゥインクルシリーズの2度目なのかどうかも───────。

 

 「まぁ、今はこのルールは廃止になっていますけどね。URAが1回だけでトゥインクルシリーズにデビュー出来るようにルールは改変されましたが」

 

  燈馬さんがおっしゃったルールというのは少し前までの話。先程も燈馬さんがおっしゃられたように今はトゥインクルシリーズを1回でデビュー出来るようになっている。

 

 「そして、今シービーは高等部です。この意味がわかりますよね?」

 

 「ッ…!」ギュッ

 

 「退学をすればシービーはトゥインクルシリーズ出場は愚か、レースに出走することも出来ないということですよ」

 

 「ッ!」

 

 「ウマ娘にとってレースとは一生に一度のようなもの。生きている内に何回レースに出られるかわからない。もし、ここで退学をすればシービーは一生レースに出ることは出来ないんですよ」

 

 「…てます。わかってますよ、そんなことッ!ですが!…ですが、あの娘を守る為には何かを切り捨てなければならないんですッ!!」

 

 「ですが、その切り捨てられたものはもう二度と戻ってこないんですよ」

 

 「守る為には代償が「その代償が自分にとってかけがえのないものだったら、あなたはどうするのですか」そ、それは…」

 

  と燈馬さんは冷静な口調で話し始める。

 

 「“代償”…。人は大きくてかけがえのないものを失えば、立ち直ることは出来ないでしょう。貴方の言い分もわかります。貴方にとってかけがえのないものは貴方の娘さんであり、ルドルフ達のクラスメイトでもあり、俺達のチームメイトでもある“ミスターシービー”そのものです」

 

 「…」

 

 「ですがそれと同時にシービー本人にもかけがえのないものがあると思いませんか?」

 

 「シービーにとって、かけがえのないもの…」

 

 「あいつにとって…、彼女にとってかけがえのないもの…。それは“レース”です」

 

 「“レース”…」

 

 「彼女はレースをこよなく愛しています。誰よりも。俺も当時はよくシービーにレース場を連れ回されていました。中央や地方関係なく」

 

 「あの娘がそんなこと…」

 

 「だから、彼女にとってレースとは自分の生きがい。正に“かけがえのないもの”だと思っています」

 

  あの娘にとってかけがえのないものがある。あの娘だけじゃない、他のウマ娘や他の人にだってかけがえのないものは存在する。

 

 「もし、シービーが走ることが出来ないと知った時、彼女はどんな気持ちになるでしょうか。彼女の気持ちまで考えましたか?」

 

  あの娘の…気持ち──────。

 

 「それら全てを踏まえて今一度、シービーの退学について考え直してくれませんか。……お願いします」

 

  と燈馬さんはソファから立ち上がって深く頭を下げた。

 

  シービーを危険な目に合わせたくない。けれどもシービーの大好きなレースを、頑張っているレースを取り上げたくない。私はまだ“あの娘が走っている姿を見ていたい”から─────。

 

 「──────燈馬さん」

 

 「なんでしょう」

 

 「一つだけよろしいでしょうか」

 

 

 

 

 

   〜⏰〜

 

 

 

 

 

  コンコン

 

 「どちら様ですか?」

 

 「シービーです、お母様」

 

 「…入りなさい」

 

  ガチャと音をたてながら部屋に入って来たのは娘のシービー。その表情は余りにも暗い。

 

 「座りなさい」

 

 「…はい」スッ

 

  とシービーが反対側のソファに座る。

 

 「この前も言いましたがトレセン学園の退学についての話です」

 

 「はい…」

 

  スゥ~、と大きく息を吸って───────。

 

 「退学は──────取りやめることにします」

 

 「──────え…」

 

 「これからもトレセン学園生としてレースと勉学を精進して下さい。以上です」

 

  と私は立ち上がろうとすると。

 

 「ま、待ってお母様!!」

 

  と勢いよく立ち上がるシービー。

 

 「なんですか?」

 

 「な、なんで退学じゃないの?だってお母様は退学にするって。何を言われても退学するって…」

 

 「えぇ、言いました」

 

 「なのになんで…!」

 

  と聞いてくるシービー。どうやら理解が出来ていないようです。まあ、急に取りやめるなんて言われれば無理もないでしょうけど。

 

 「気が変わったのですよ」

 

 「気が、変わった…?」

 

 「えぇ」

 

  と大きく頷き、私は自分の想いをシービーに話します。

 

 「私はまだ、貴方が走っている姿を見ていたいのです。頑張る貴方を」

 

 「頑張る、私…?」

 

 「えぇ。懸命に走るシービー、先頭を狙うシービー、負けてなお次のレースで勝つ為に頑張るシービー。“努力するシービー”をずっと見ていたいのです。だから、貴方からレースを取るのはいけないと思いました」

 

  これは私の本心、彼に気づかされたことです。私も娘と同じレースを走っていたのです。そして娘も私と同じ道を歩んでいます。娘には満足するまでレースを頑張って欲しい、悔いが残らないように頑張って欲しいのです。

 

 「でも、私…。私はお母様に、みんなに迷惑かけた!だからお母様の言うとおりにトレセンを辞める覚悟だって「貴方はそれでいいのですか?」え?」

 

 「貴方には彼女達との“約束”があるのでしょう?“一緒に走る”という約束を」

 

 「!」

 

 「その約束は必ず果たさなければならない(・・・・・・・・・・・・・)のです。必ずね」

 

  約束というのは、守る為にあるものなのですから。

 

 「でも、私は…」

 

 「シービー」

 

  とシービーの顔を上げさせる。

 

 「貴方の選択は“正解であって不正解”です」

 

 「正解であって不正解…?」

 

 「はい。貴方は仲間を、そして私を守る為に行動してくれた。その点では正解です。ですが、貴方は勝手に行動をして危険な目に合い、それゆえ貴方の大事な仲間達に迷惑をかけている。だから不正解です」

 

 「じゃあ、どうすれば良かったの?」

 

 「そんなの、私だってわかりませんよ」

 

 「え!?」

 

 「人生の選択において正解や不正解なんてありません。正解があるのは勉学だけ。“自分が正しいと思える選択を取る”、誰だってすることです。私だってそういう時期がありましたから」

 

 「お母様にもあったの!?」

 

 「えぇ。危険を顧みずに行動した時だってありましたから。あの時は、私のお母様と同時に私のお友達にも叱られましたからね」フフ

 

  と笑う私を見て、あっけらかんとするシービー。

 

 「お母様にもそんな時期があったんだね…」

 

 「もちろん、私だけではありません。シンボリルドルフさんのお母様も、エアグルーヴのお母様も経験しています。誰にだってあるものなのですから」

 

  誰にでも人生最大の選択肢は必ず来るものです。それが例え“生死を分ける選択”であっても。

 

 「ですから、貴方の取った選択は正解であって不正解なのです。今回は運良く助けられましたが次はないと思いなさい。友達の為に行動することはいい事ですがまずは自分自身を守ることに専念しなさい」

 

 「…ッ…ヒック…」ポロポロ

 

 「そういえば、まだ言っていなかったことがありましたね」

 

  と私は立ち上がり─────。

 

 「お帰りなさい、シービー」

 

 「…ッ…お母様ぁああああああッッッ!!!!」ダキ

 

  とシービーは私のところに走って来て勢いよく抱きつく。

 

 「ごめんなさい…!ごめんなさい!!」ポロポロ

 

 「えぇ。私はシービーが無事に帰ってきてくれるだけで嬉しいんですから」ポロポロ…

 

  と泣き叫ぶ娘を優しく撫でながらシービーが泣き止むのを待った。

 

 

  〜⏰〜

 

  〜お風呂場にて〜

 

 「そういえばシービー」

 

  と隣にいるシービーに気になっていることを聞きます。

 

 「何、お母様?」

 

 「貴方、好きな男性はいるのですか?」

 

 「ふぇ!い、いや…その…え、え〜っと…」ピコピコ

 

  と激しく動揺するシービー。耳が激しく動いています。

 

 「その様子だと、いるようですね」フフ

 

 「…///」コクリ

 

  と小さく頷くシービー。お風呂に入っているからか、顔が少し赤い。

 

 「相手は燈馬さん、ですか?」

 

 「ッ!!」ビクッ

 

 「ふふふっ。当たりみたいですね」クスクス

 

 「も、もぉ〜〜〜!!///」ポカポカ

 

  とシービーが私の肩をポカポカと叩いてくる。相変わらず、この娘の反応は面白い。

 

 「気持ちはわからなくもありません。あれ程の男性なら好意を抱いてもおかしくはありませんから」

 

 「…だって、燈馬はカッコいいんだもん。それでいて強くて、一緒にいると楽しくて、不器用だけど優しいところもあって…。時々、ワガママも聞いてくれる。けど、燈馬が他の娘達と喋ってるところを見ると胸が苦しくなって胸がキュッと締め付けられるようなそんな感覚になるの」

 

 「それで自分が燈馬さんに恋をしていると思ったのですね?」

 

 「うん…///」

 

  と頷く。

 

 「でもね、私だけじゃないと思うの」

 

 「知っていますとも。この前、集まって食事をしていた時に一目見て気づきました。シンボリルドルフさんを始め、エアグルーヴさんやサイレンススズカさんにマルゼンスキーさんなど、貴方を含めあの場にいたウマ娘全員が“燈馬さんに好意を寄せている”。燈馬さんも罪な男の子ですね」

 

  あの子は本当に罪な男。あの方と似て(・・・・・・)──────。

 

 「燈馬さんは見るからに堅物でしょうね。振り向かせるのは至難の業だと思いますよ」

 

 「うん、だからちゃんと振り向いてもらえるか心配で…」

 

  と落ち込むシービー。シービーなりに色々とやってきたのでしょう、凱旋門の時だってお願いしてきたほどですからね。

 

 「大丈夫よ、必ず振り向いてくれるわ。私の自慢の娘なのですもの。自信を持ちなさい」

 

  と私は落ち込むシービーを抱き寄せる。

 

 「貴方の頑張りは必ず報われます。だから諦めず、腐らずに頑張りなさい」

 

 「…うん。私、頑張る!!頑張って燈馬に振り向いてもらう!!」

 

 「えぇ、その意気です」

 

  と頑張るシービーにエールを贈る。ウマ娘と言えど中身はれっきとした女の子。恋をするのは当たり前です。私もそうであったように。

 

 「お母様、折角2人でお風呂に入れたんだから背中流してあげるね!」

 

 「それでは、お言葉に甘えて流してもらいましょう」

 

  と私とシービーはお互いに背中を流し合い、ともに就寝した。

 

  失敗は誰にだってある。けれど、その失敗からどう次に活かすかはその人次第。失敗から学び、活かすもよし。失敗のままほったらかしにすることも出来るが自分自身の“成長”には繋がらない。失敗して後悔するからこそ、次は後悔しないように失敗しないように試行錯誤して学ぶことが一番だと思っています。今回のシービーもこの失敗から多くのことを学んでいってほしい、そう願っています。後は──────。

 

 「あの人を幸せしてあげて下さいね」

 

 

 

 

 

  〜翌日・トレセン学園〜

 

  トレセン学園では朝から大きなニュースが出回っていた。

 

ミスターシービーの在学が決定された

 

 

  内容はこうだ。トレセン学園のトップである秋川理事長がミスターシービーの母親、トウショウボーイに退学の撤廃を交渉し、トウショウボーイが折れて退学を撤廃したと─────。それを聞いたトレセン学園生は秋川理事長を称賛した。トレセン学園生だけでなく、URAも秋川理事長を称賛したのであった。

 

 

  ただこの事に“ある部分”だけ納得のいかない人物がいた。

 

 

 

  〜理事長室・たづなside〜

 

 

  ここ理事長室では、朝から張り詰めた空気が流れていました。

 

 「トウショウボーイよ、これはどういうことだ!」

 

 『先程もおっしゃったように貴方との対談で私も考え直し、シービーにはこの先もトレセン学園でもっと頑張ってほしいと思ったまでです』

 

 「私が聞いているのはそこでは無い!何故“私が説得した”ということになっているのだ!君は私との対談で頑なに意見を変えようとしなかったではないか!」

 

 『確かにあの場では、意見を変えるつもりはありませんでした。ですが、よくよく考えてみれば私にもそういう時期があったと思い出したんです。だから、娘には失敗を糧として次に活かすことを約束とし、退学を取り消したのです』

 

 「…ッ」

 

  とまだ納得出来ていない表情をする理事長。ミスターシービーさんが退学を取り止めになった、までは良かったのですがその先の話、シービーさんから言われた言葉。

 

 “理事長。私の母を説得してくださり、ありがとうございます。理事長の説得がなければ私は母の言葉通りに退学を決断していました。このご恩は忘れません”

 

  この言葉を聞いた理事長はすぐにトウショウボーイさんに電話、そして今に至ります。

 

 『─────では理事長、私は仕事がありますのでここで失礼します。これからも娘のミスターシービーをよろしくお願いします。それでは』

 

 「ま、待てトウショウボーイ!まだ話しは『ガチャ!ツーツー…』…ッ」ガチャ

 

  と理事長は持っていた受話器を降ろす。

 

 「あの、理事長…」

 

 「誰だ、一体誰なんだ。誰が私に…」ブツブツ

 

  とブツブツと呟き始める理事長。

 

 「たづな。トウショウボーイはあの時、確かに退学を取り消すような様子ではなかった、そうだったな?」

 

 「はい。実際に私もその場にいましたし…」

 

 「だからあの場で変えるようなことはなかった。頑なに首を振る一方だった。それが急に考えを改めた、なんて出来すぎた話があると思うか?」

 

  理事長の言うとおり、こんな出来すぎた話があるはずがない。

 

 「それに、私との対談を知っているのは私と君のはず。他に知る教員や生徒は…」

 

  他に知る生徒…。生徒…、生徒?

 

 

 

  “まあ、行くだけなら行きますよ”

 

 

 

 「…いえ理事長!私達の対談を知っている人物が一人だけいます!」

 

 「ッ!誰だ!その人物とは!」

 

 「彼です!あの人しかいません!!」

 

 「まさか…!たづな!至急、彼をここに連れてくるんだ!!」

 

 「わかりました!」

 

  と私は校内放送でその人物を理事長室に呼んだ。

 

 

 

  〜⏰〜

 

 「何の御用ですか、理事長」

 

 「君を呼んだのは他でもない、ミスターシービーの退学の件についてだ」

 

 「あぁ、聞きましたよ。シービーが在学することになったんでしたっけ。あいつも命拾いしましたね」

 

 「あぁ、私もミスターシービーが在学になったのは心から嬉しいものだ。だが、私が言いたいのはそこではない。“何故、私が説得をした”ということになっているんだ、燈馬」

 

 「さあ、知りませんね。トウショウボーイさんが考え直したんじゃないんですか」

 

  とすっとぼけた表情をする燈馬さん。

 

 「君が説得をしてくれたのか?」

 

 「前も言いましたが、俺はシービーの件に関わらないと言いましたよね。貴方もそれを聞いていたはずです」

 

 「あぁ。私も君が関わらないということは聞いていた。間違いない。…だが、本当は君が説得をしに行ってくれたんじゃないのか?」

 

 「俺がですか?関わらないと言った俺が?」

 

 「そうだ。君は言ったはず、“行くだけなら行ってやってもいい”と。その時に説得をしてくれたんじゃないのか?」

 

 「…」

 

 「だから君はさっき言った“関わらない”ということで対談に行った私達が説得させたということにしたんだ。そうだろ?」

 

 「…」

 

  理事長の言葉に黙ってしまう燈馬さん。

 

 「君は誰よりも先にミスターシービーが退学することを予測していたんじゃないのか?ミスターシービーが危険な目に合い、トウショウボーイが退学を使って守ろうとしたことを。それを察知していたんじゃないのか?」

 

 「…別に俺は「誰よりもウマ娘のことを気にかけてくれる貴方が今回の件に関わらないなんてことはあり得ないんですよ」…」

 

  燈馬さんの話を遮るように私は話をする。

 

 「燈馬よ、もう少し素直になれ。そんなことでは彼女達が離れていくぞ」

 

  と理事長が燈馬さんに訴えかける。私も理事長と同じ意見です。燈馬さんは素直ではない。表では動かず、ずっと裏で動いている。

 

 「…さっきも言ったように、俺は関係ありませんので。失礼します」ガチャ、バタン

 

  と燈馬さんは立ち上がり、理事長室を出て行った。

 

 「…全く、あの性格はどうにかならんのか」

 

 「どうでしょうか」

 

 「あの性格を見ると、やはりあの人(・・・)の子供なんだなと思ってしまうな」

 

  と理事長がそっと目を瞑る。

 

 

 

 

 

 

 

 

 「いいぞ、お前達。出てこい」

 

 

   ガチャ。

 

 

 

 

 

 

  理事長室の部屋の中にある扉からぞろぞろと数人のウマ娘が出てくる。

 

 「これが話の真相だ、シービー(・・・・)

 

 「燈馬が、私の退学を…」

 

 「そうだ。本当は私ではない。彼が、燈馬が君の母親を説得してくれたんだ」

 

  と驚くミスターシービーさんに真実を告げる理事長。その他のウマ娘達も同様に驚いていた。

 

  数分前の出来事だった。

 

 

  〜燈馬が来る少し前〜

 

 「待て、たづな!」

 

 「どうしたのです、理事長」

 

  と校内放送で燈馬さんを呼ぼうとすると、理事長に止められる。

 

 「燈馬を呼ぶ前に今からいう者達を先に連れてきてほしい」

 

 「その人達とは?」

 

 「それは、────────だ。以上のウマ娘達を呼んで来てほしい」

 

 「わかりました。個人携帯のほうがよろしいですよね?」

 

 「燈馬は勘がいい。校内放送を使えば何かあると思うはずだ」

 

 「わかりました。すぐにお呼びします」

 

  と私は理事長が挙げたウマ娘達の個人携帯に電話し、理事長室に来るよう伝えた。

 

 

   ⏰

 

 「理事長、全員集まりました」

 

 「うむ。皆、忙しい時にすまない」

 

 「それで?私達を呼ぶからには何か理由があるんじゃないのか?」

 

 「その通りだ、ナリタブライアン」

 

  と腕を組んでいるナリタブライアンさんに理事長が答える。

 

 「理由は私が話すより、実際に聞いてもらったほうが早い」

 

 「実際に?誰にですか?」

 

 「それは追々だ。まず君達にはそこの部屋に入ってもらいたい。そして、私がいいと言うまで出てこないでほしいんだ」

 

 「理由は理事長とその誰かとの対談でわかる、というわけですか。わかりました」

 

 「話が早くて助かる、シンボリルドルフ。では皆、その部屋の中に入ってくれ。くれぐれも物音は立てるなよ、今から来る者は勘が鋭いからな」

 

  と理事長はシンボリルドルフさん達が入ったのを確認し、扉を閉めた。

 

 「ではたづな。頼む」

 

  と私は校内放送を使って燈馬さんを呼んだ。

 

 

  〜回想終了〜

 

 

 

 

 「ですが、何故燈馬は理事長が説得したということにしたのですか?」

 

  とエアグルーヴさんが理事長に質問する。

 

 「恐らく、目立ちたくないからだろうな。燈馬は基本、裏で動くことが多い」

 

 「じゃあ、シービーのことで関わらないって言うのは…」

 

 「ハッタリだ。それしかない」

 

  とマルゼンスキーさんの言葉にキッパリと言う理事長。

 

 「では何故、燈馬は私達にウソをついていたのですか?」

 

  と今度はシンボリルドルフさんが質問する。

 

 「これも推測だが、君達に負担をかけない為だ」

 

 「私達、ですか?」

 

 「そうだ。交渉と言うのはプレッシャーやストレスなんかが溜まりやすい。それに君達のような学生は尚更だ。そして、交渉の案件は一人の生徒の退学がかかっているという人の人生を左右するものだ。私やたづなでも、プレッシャーはかかるものだ」

 

 「理事長の言うとおりです。シンボリルドルフさんが行っているような文化祭や感謝祭における企業への交渉とは違い、先程も言っていたように人の人生がかかっているものは私を含め、理事長でも困難なものなのです。もちろん、勘違いをしないでほしいのはシンボリルドルフさん達が行っていることがプレッシャーにはならないと言うわけではありません。誰でもプレッシャーというのはかかるものですから」

 

 「ということは、そのプレッシャーの中、燈馬はシービーの母に交渉を挑んだということですか?」

 

 「あいつは例外だ。私達が出来ないようなことを平然とやってのけるような奴だからな」

 

  理事長の言うとおり、燈馬さんはどんな状況下でも平然としていて常に冷静に判断している。

 

 「そこでだ、君達にお願いある」

 

  と理事長がシンボリルドルフさん達の方を見る。

 

 「彼に、燈馬に寄り添ってあげてほしい。これは君達にしか頼めないことだ」

 

 「寄り添う、ですか?」

 

  とフジキセキさんが聞き返してくる。

 

 「うむ。少しだけでいい、ほんの少しだけ。軽く寄り添ってあげるだけでいい。あいつが嫌がっていても、それでもめげずに寄り添ってあげてほしい」

 

 「理由を聞いても?」

 

 「いずれわかる、としか言いようがないんだビワハヤヒデ。いずれあの子は…。いや、この話はよそう。兎に角、君達は燈馬に寄り添ってあげてほしいんだ」

 

  よろしく頼む、と理事長は頭を下げる。それだけあの子を、燈馬さんを心配しているということなんですね。

 

 「わかりました。理由はわかりせんが理事長のお願い、引き受けました」

 

 「ありがとうシンボリルドルフ、マルゼンスキー、ビワハヤヒデ、ナリタブライアン、エアグルーヴ、サイレンススズカ、フジキセキ、オグリキャップ、ミスターシービー。そして、燈馬のチームメンバー達よ」

 

 「では、私達はこれで失礼します」

 

  とシンボリルドルフさん達は理事長室を出て行った。

 

 「理事長、最後に何を言いかけたんですか?」

 

 「…」

 

  と理事長は少し暗い表情をする。

 

 「あの子は…、いずれ真実を知る時がくる。その時に寄り添ってやる者が居なければ、あの子はきっと“死”を選ぶだろう。それだけは何としてでも阻止しなければならない」

 

  と強い眼差しで外を見る理事長。その視線の先にはさっきまで私達と話していた燈馬さんの姿があった。

 

 「燈馬さんへの想い入れが強いんですね、理事長」

 

 「当然だ。トレセン学園に在席している以上、ここにいる生徒は私の生徒だ」

 

 「そうですか」

 

  と理事長と私はトレーニングに励む燈馬さんを見守り続けた。

 

 

 

  〜トレーニング場・燈馬side〜

 

 「お〜い!トレーナー!!」タタッ

 

 「ん?…あ!シービーさん!!退学は免れたとは聞いていたけど、噂は本当だったんだね!!」

 

 「うん。心配かけてごめんね、トレーナー」

 

  とトレーニングをしていた時にシービー達が走って来る。

 

 「ほら、燈馬君も何か言ってあげなきゃ!」

 

 「別に何も言うことなんてないだろ」

 

 「もう!こんな時くらいちゃんと祝ってあげなきゃ「大丈夫、トレーナー」え?」

 

  とシービーがトレーナーの横を通り過ぎ、俺の前に来る。

 

 「ありがとう燈馬、私を助けてくれて」

 

 「何のことか、わからんな」

 

 「燈馬って本当に優しいんだね。ますます好きになっちゃいそう…

 

 「何か言ったか?」

 

 「ううん、なんでもない」

 

  と首を振るシービー。まあいいか、気にすることでもないだろう。

 

 「兎に角、トレーニング場に来てんならジャージか何かに着替えてこい。…トレーニング、するんだろ?」

 

 「うん!すぐに着替えて来るよ!」

 

  とシービーは元気よく走り出し、トレーニング場を去った。

 

 「君って本当、素直じゃないんだね。それとも、照れ隠しかな?」ニヤニヤ

 

 「うるさい。それはそうと、トレーニングを続けるぞ。次は“秋の天皇賞”があるんだからな」

 

 「はいはい、わかりました」

 

  と俺はトレーニングを再開させる。次は秋の天皇賞、負けるわけにはいかない。それに…。

 

  それに、トウショウボーイさんとの約束したことも…。その為にも俺は────────、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

強くならなければならないのだから

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  そういえば、まだ言っていなかったことがあったな。

 

 

お帰り、シービー




 読んで頂きありがとうございます。

  皆さんはタマモクロスをお出迎え出来ましたでしょうか。因みに自分は出来せんでした!……何故だ!!



  次回もお楽しみに〜

  それでは、また〜


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ファン感謝祭

 気づけばもう大晦日…。時間が経つのは早いですね。






   それでは、どうぞ


 『これより、秋のトゥインクルシリーズファン大感謝祭を開幕します。心ゆくまでお楽しみください』

 

  ファン大感謝祭。それは、ウマ娘達を応援するトゥインクルシリーズファンに向けた感謝の祭典である。ウマ娘達が作った手作りグッズや料理などを売店で出品する。その他にも、記念撮影やサインなどももらえ、正にファンにとって一生の思い出になるに違いないだろう。そんな盛り上がりのある祭典の一角で…。

 

 

 「はぁああああッッ!!」

 

 「ッ!」

 

  感謝祭の会場から少し離れたコース場で汗を流す者達がいた。

 

 

  〜トレーニング場・燈馬side〜

 

 「お疲れ2人とも。前よりもタイムが上がってるよ!」

 

  とゴールした俺とタイシンの元にトレーナーが近づいてくる。

 

 「…けど、ハァ…。私より先に…、あいつがゴールしたけど…。ハァ…」ハァハァ…

 

 「うん、確かにタイシンさんよりも先に3馬身程離して燈馬君がゴールした。けど、今見るべきポイントはそこじゃない。この前のタイムと比べてタイシンさんのスピードは格段に上がっている。これは、褒めるべきものだよ」

 

 「でも、レースはそんなことを言ってられない。タイムが良くても1着にならなきゃ意味がない。勝負の世界では常に勝ち続けなきゃいけないの」

 

 「それは「タイシンの言うとおりだ」燈馬君…」

 

  とトレーナーの会話に割って入る。

 

 「タイシンの言うとおり、レースでは例えタイムが良くても1着でないなら意味はない。それがレコードであっても、優遇されるのは1着になった者だけだ」

 

  勝負の世界とは残酷だ。常に勝者と敗者が存在する。勝者だけがスポットライトの光を浴びることができ、敗者はその影に隠れてしまう。だから、勝利という光を我が物にする為に勝って勝って勝ち続けなければならないのだから。

 

 「けどなタイシン、自分の成長から目を背けるのは良くない」

 

 「どういうことよ」

 

 「勝負を意識してトレーニングをすることは俺達を始め、アスリート達も行っていることだ。けど、今自分がちゃんと成長しているかどうかを認識出来ない者は勝負に勝つことは出来ない」

 

 「!」

 

 「自らが日々成長していることを認識し、認識した上でまた成長出来るようにトレーニングをする。成長している過程を自らが知っておかなければならない」

 

  成長というのは見た目だけではわからない。例えば数字であったりなど成長率を明確化して、自分がこの前の自分よりどれだけ成長出来たかを知ることが出来る。また、そこに自分の欠点などがあればいち早く対応することができ、カバーすることも可能だ。

 

 「タイシン、勝負にこだわるなとは言わん。自分のモチベーションに繋がるならこだわりを持つことに否定はしない。だが、自分の成長から目を背けるな。成長があることがこそ、勝利に繋がる第一歩になるんだ」

 

 「…わかった」

 

  とタイシンはトレーナーの近くに言って。

 

 「ねぇ、私のタイムどうだった?」

 

 「良かったよ。この前の燈馬君との併走のタイムと比較すると前より20秒も上がってる。これは、自己最高記録だよ」

 

 「に、20秒も上がってたの!?」

 

 「恐らく相手が燈馬君ってこともあるかもしれないけど、この調子で行くと次のレースは確実に1着は獲れるね」

 

 「…そ、そうなんだ」ポリポリ

 

  と自分のタイムの速さに驚きを隠せないタイシン。俺に勝ちたいという意欲がタイムとして表れたのだろう。いい傾向にあると思われる。

 

 「この調子で行くと燈馬君ともいい勝負が出来ると思うよ。徐々に差も縮まってきているしね」

 

 「わかった。次は負けないからね、燈馬。アンタを追い越して吠え面かかせてやる」

 

 「そう来る日を楽しみにしてる」

 

  とタイシンが俺に指差して宣言する。タイシンだけじゃない、ライスもオグリもクリークも俺に勝とうと必死にトレーニングをしている。俺も頑張らねばな。

 

 「さて、次は「タイシ〜〜〜〜〜ン!!!!」ん?チケットさん?」

 

 「チケット!?なんでここにいんのよ!!」

 

  とトレーニングを再開しようとするとチケットがコース場にやってくる。

 

 「もう、感謝祭始まってるのに何やってんのさ!!早く感謝祭行こうよ!!」

 

 「あのね、私は騒がしいところが嫌いなの。それに私は次のレースがあるから感謝祭に出てられないの」

 

 「でもでも、感謝祭だよ!?お祭りだよ!?一緒に回ろうよ!!」

 

 「だから嫌って言ってるでしょ」

 

  一緒に回りたいチケット、感謝祭に出たくないタイシン。両者一歩も譲るつもりがないようだ。仕方ない。

 

 「行ってやれ、タイシン」

 

 「はぁ!?アンタ何いってんの!」

 

 「ここ最近、トレーニング続きなんだ。たまには羽根を伸ばすのも悪くないと思うぞ」

 

 「けど、私は「根気詰めてケガでもされたらレースも何もないぞ」…そうだけど」

 

  と中々引き下がらないタイシン。

 

 「チケット、連れて行ってやれ。俺が許可する」

 

 「ちょっと、何アンタが「ホント!わかった!!」ちょっと、引っ張らないでよ!!」

 

  とチケットに無理矢理引っ張られるタイシン。

 

 「〜〜〜〜ッ!!覚えてなさいよ燈馬ぁあ!!!」ズルズル

 

  とタイシンはチケットと一緒に(無理矢理)感謝祭に行ったのであった。

 

 「…さて、トレーニングの続きでもするか。トレーナー、メニューはなんだ?」

 

 「燈馬君って、意外と畜生なんだね」

 

 「さぁ、何のことかわからんな」

 

  と準備体操を始める。

 

 「そういえば、アイツはどうなったんだ?浦部利紀」

 

  とトレーナーに聞く。秋華賞で俺が蹴飛ばした奴だ。

 

 「浦部は逮捕されたよ。ウマ娘に対する罵詈雑言や暴力行為などが後々になって出てきたんだって。それに、菊花賞のメールと燈馬君の勝負服の犯人も彼だったよ」

 

 「なるほどな。他には?」

 

 「浦部は、浦部家は財務大臣の柏木とつるんでたんだって。何でも、燈馬君の菊花賞の出場停止をさせた暁にはシービーさんを好きなようにさせてやるってさ。全く酷い話だよ」

 

  とお手上げのポーズをするトレーナー。確かに話を聞く限りクズに等しいな。

 

 「まぁ、その浦部っていう家も柏木大臣が襲われた次の日に襲われてるしね。襲った犯人はまだわかんないけど」

 

  とトレーナーは顎に手を当てて犯人を推測し始める。

 

 「まあ、その話は後にしよう。今はトレーニングだ」

 

 「それじゃあ、トレーニングを再開しようか」

 

  と俺はトレーナーから次のトレーニングメニューを行っていったのだった。

 

 

   〜⏰〜

 

 

  ピリリリ…、ピリリリ…、ピリリリ…

 

 「あれ、電話だ。もしもし」ピッ

 

  とトレーニング中にトレーナーの電話が鳴り、トレーナーが少し離れたところで話しをする。

 

 「…はい、わかりました。では失礼します」ピッ

 

 「誰からだ?」

 

 「たづなさんだよ。何でも感謝祭の警備に回ってほしいって電話があったんだ」

 

  とトレーナーが電話の内容を話す。

 

 「何かあったのか?」

 

 「ううん、ただ人手不足っていうだけ。僕の仕事は受付だけだし、丁度良かったよ」

 

 「そうか、それじゃあ残りのメニューは俺一人でやるよ」

 

 「うん、それでおね「燈馬ぁああ!!」ん?」

 

  とトレーナーの話を遮るように俺の名前を呼ぶ人物がいた。

 

 「何の用だ、マルゼンスキー」

 

 「もう、今までどこに行っていたのよ!ずっと探したんだからね!!」プンプン

 

  と頬を膨らませるマルゼンスキー。と言ってもだな…。

 

 「…悪いが、俺は感謝祭に出るつもりはないし回るつもりもない。他を当たってくれ」

 

 「なんでよ!一緒に回るわよ!!」グイッ

 

  と腕を掴まれて無理矢理引っ張られる。何でこいつらはこんなにも力が強いんだ。

 

 「丁度良かったじゃないか。羽根を伸ばすのも悪くないと思うよ、燈馬君。ゆっくり楽しんで来なよ」

 

 「いや俺は「マルゼンスキーさん、燈馬君のことお願いしますね」おい、俺の意見は」

 

 「モチのロン、あたり前田のクラッカーよ!」

 

  と俺の腕を引っ張る。だから、お前らは力が強いんだからもう少し緩めてくれ。

 

 「嫌よ!緩めたらすぐに何処かへ行こうとするんだから。絶対にハナサナイカラ」ハイライトオフ

 

 「お前らはテレパシーか何かを持ってるのか?」

 

  と何故心の声を読まれるのか疑問に思いながらマルゼンスキーに引っ張られるのであった。

 

 「因みに、燈馬の居場所を教えてくれたのはタイシンちゃんよ。あの子には感謝しないとね!」

 

  アイツ、次はコンテンパンに叩きのめしてやる。

 

 

 

 

  〜感謝祭会場〜

 

 「たい焼きいかがですか〜!」

 

 「今なら熱々のたこ焼きが食べれっで〜!」

 

 「貴方の運勢を占ってしんぜましょう!!」

 

   ・・・・

 

 「凄い賑わってるわね!」

 

 「そうだな」

 

  と俺はジャージから制服に着替えて感謝祭の売店を回っていた。もちろん、マルゼンスキーに腕を絡められてだが。

 

 「あ!燈馬、私あそこ行きたいわ!」

 

  とマルゼンスキーが指を指す。見たところアイスクリーム屋のようだ。

 

 「アイスか、いいぞ」

 

 「それじゃあ行きましょ!」

 

  とアイスの売ってある売店に行く。

 

 「すいませーん、イチゴアイスを一つ下さい!」

 

 「はーい!そちらの方はどうされますか?」

 

 「(何にするか。う〜ん…)」

 

  いちご、抹茶、バニラ、みかん、チョコ、ラムネ…。

 

 「そうだな、ラムネを一つ」

 

 「はい、かしこまりました!」

 

  と店員のウマ娘は着々とアイスを作っていく。

 

 「お待たせしました。こちらがイチゴアイスでこちらがラムネアイスです!」

 

 「ありがと〜う!!はい、燈馬!」

 

 「あぁ、どうも」

 

  とマルゼンスキーからカップアイスを受け取る。ていうか、今更だが今時期にアイスってどうなんだ?今、11月だぞ。

 

 「う〜ん!!とってもまいう〜だわ!!バッチグーね!」

 

 「悪くはないな」

 

  ラムネ味のアイスもイケるな。

 

 

  チョイチョイ

 

 「ん?」

 

 「あ〜ん♡」

 

  とイチゴアイスを掬ったスプーンを差し出してくる。

 

 「…はむ」パク

 

 「どう?」

 

 「美味しいよ」

 

 「ふふっ。それじゃあ、燈馬のラムネも頂いちゃおうかしら」

 

 「はい」

 

  と俺はアイスの方を差し出す。

 

 「もう!燈馬ったら、冗談はよしこさんよ!食べさせたんだから私にどうするかわかってるでしょ?」

 

 「…」

 

 「あ〜あ。早くラムネのアイス食べたいな〜」

 

  とマルゼンスキーが隣に擦り寄ってくる。

 

 「…はい」

 

 「!あ〜ん♡ん〜!燈馬のアイスもまいうだわ!」

 

  とマルゼンスキーがほっぺたに手を当てて美味しそうな表情をする。

 

 「ねぇ燈馬、私と行きたいところがあるの!」

 

 「何処だ?その場所って」

 

 「実はね─────。」

 

  とマルゼンスキーに連れられてその場所まで移動した。

 

 

  〜⏰〜

 

 「なぁ、マルゼンスキー。ここって…」

 

 「そうよ!私達“リギルの執事喫茶”よ!」

 

  とマルゼンスキーに連れられたのはリギルが経営する執事喫茶だ。感謝祭ではクラスだけでなく、チームも売店や喫茶店などの許可は出ているので、チームで経営するところもある…が今はそんなことを言っている場合ではない。

 

 「俺、用事思い出したから「それじゃあ行きましょ、燈馬!」待て、おい!」

 

  とマルゼンスキーに引きづられて店内に入る。

 

 「お帰りなさいませ。お嬢…おや、マルゼンスキーじゃないか」

 

  と出迎えて来たのは執事姿のフジだった。

 

 「どうしたんだい?シフトはまだのはずだけど」

 

 「今はお客さんとして来てるわ。そ・れ・と、特別ゲストもね」

 

 「特別ゲスト?」

 

 「えぇ!実はね私、燈馬と一緒に感謝祭を回ってるの!!」

 

 「へぇ〜。燈馬と」チラ ハイライトオフ

 

  とフジが目を細めてこっちを見る。俺はすぐにフジから目を逸らした。いや、圧が凄いんだよ圧が。

 

 「これは確かに特別ゲストだね。最ッ高のおもてなしをしなくちゃね」

 

  とフジは俺に顔を近づけて─────。

 

 「今日は忘れられない一日にしてあげるね、ご主人様♡」

 

 

  キャーーーー!!!

 

 「それではテーブル席までご案内しますね」

 

  とフジがテーブル席まで案内する。

 

 「こちらが当店でのメニュー表となっています。お決まりになられましたらお声がけ下さいね、ご主人様」

 

  とフジが厨房の方へ戻って行った。

 

 「と・う・ま?」

 

 「な、なんだ?」

 

 「今は私と一緒にいるの。鼻の下伸ばしちゃ駄目だからね!」

 

 「いや、伸びてはいなかっただろ」

 

 「どうだか。それで、燈馬は何にする?」

 

  とメニューを見せてくる。

 

 「私はダージリンとフルーツタルトにしようと思うのだけど」

 

 「…」

 

  と俺はメニュー表を見ながら考える。確か“ペアリング・マリアージュ”と言ってケーキと紅茶がお互いの味を引き立て合わせる組み合わせのことだってババアが言っていたな。ダージリンは独特な香りがするが、フルーツタルトの果物の酸味を邪魔しない。オススメの組み合わせって書いてある。

 

 「(そもそも、何がどうなるって俺にはわからないしな…。)」

 

  と考えていると。

 

 「ご主人様でしたら、チョコレートケーキにアールグレイなんてどうでしょう。ご主人様の口にピッタリなペアリングだと思いますよ」

 

 「!誰だ」

 

  と耳元で囁かれたので振り返る。

 

 「ご主人様が大変お困りなお顔をしておられましたので、失礼ながらお声をお掛けになったまでです」

 

  と一礼をする執事姿をしたルドルフだった。

 

 「ルドルフか。驚かすなよ」

 

 「君が余りにも考えていたからね。ちょっとしたアドバイスさ。それより、メニューは決まったかな?」

 

 「マルゼンスキーはダージリンとフルーツタルト。俺は…、ルドルフの言っていたのにするよ」

 

 「かしこまりました。すぐにお持ちします」

 

  とルドルフは厨房へと歩いて行った。

 

 「やっぱり、伸ばしちゃってるじゃない」

 

  とマルゼンスキーがジト目で俺を見る。

 

 「いや、今のはルドルフが…」

 

 「ふーんだ。燈馬のことなんか知〜らない」プイ

 

  とそっぽを向く。

 

 「こういうところは初めてなんだ。ケーキと紅茶の組み合わせとかもわからないんだ」

 

 「だったら、そう言ってくれれば私だってアドバイスしてあげるのに」

 

 「そ、それはそうだが…」

 

  ダメだ、返す言葉もない。その場しのぎの言葉を言っても突っ返されるのが目に見えている。

 

 「お待たせしました。ご注文の品々です」

 

  と注文したケーキと紅茶が運ばれてくる。イチかバチか、やってみるか。

 

 「なあ、マルゼンスキー」

 

 「なによ」

 

 「…はい、あ〜ん」

 

  とケーキを一口サイズに切り、マルゼンスキーの前に差し出す。

 

 「!…急にどうしたの」

 

 「俺では食べ切れないから、食べてもらおうかと…」

 

  嘘である。ケーキは俺でも食べれるサイズのケーキだ。傍から見れば、完全に機嫌を取りにいってると分かるくらいだ。

 

 「…ぷ、フフフ…」プルプル

 

  とマルゼンスキーが口を押さえて震え出す。

 

 「…なんだよ」

 

 「だって、フフフ。燈馬ったら…フフフ」クスクス

 

  ったく、なれないことなんかやるんじゃなかった。

 

 「フフフ、そんな顔しないの。ちょっとからかってただけじゃない。でも、差し出されたケーキはちゃんと食べないとね」

 

  とマルゼンスキーが少し身を乗り出す。

 

 「あ〜ん!……ん〜、まいう〜!!」

 

  と頬に手を当てて、もぐもぐとケーキを食べる。

 

 「そ・れ・じゃ・あ〜…。はい、お返しのあ〜ん!」

 

 「…ん」パク

 

  とマルゼンスキーが差し出したフルーツタルトを食べる。うん、美味しい。

 

 「(こんなの、誰かに見られれでもすれば…)」チラ

 

  と店内の様子を見る。

 

 「「「「………」」」」ジ〜  〈● ●〉

 

  見てた、めっちゃ見てた。しかも何あれ、目の色がなんか滲んでたんだけど。あの、ルドルフさん?紅茶淹れながら俺を見るのをやめてもらってもいいですか?フジキセキさん?お客さんの相手をちゃんとしてください。『バキッ!』え、なんで鉛筆を折るの?怖い怖い怖い。それとシービー、これはだな…。待て待て待て待て、怖いからそんな顔をするな。近づいてくるな。っていうか、なんでお前ここで働いてるんだよ。『バコッ!』すみません、訳はちゃんと話すので、お盆がヘシ曲がってるのでやめてあげてください。あのエアグルーヴさん、さっきから何作ってるの?え、俺の紅茶のおかわり?いや、俺さっき貰ったばかりなのに『ピシッ!』もらいますもらいます、貰わさせていただきます。

 

 「とっても美味しわ〜!次はケーキの専門店なんか行きたいわね〜!」

 

 「そう、だな…」

 

  俺がここから生きて帰れたらの話しだがな。

 

  〜⏰〜

 

 「ん〜!楽しかったわ〜!そろそろ出ましょうか」

 

 「そうだな、いい時間になったし」

 

  とマルゼンスキーと俺は席に立ち上がり、お会計へと進む。

 

 「お会計、1520円になります」

 

 「一緒に払います」

 

 「え、いいのに。私の分は私で出すから「誘ってくれた礼だと思ってくれ。…2000円で」そう」

 

 「お預かりしますね。お釣りは480円です」

 

 「どうも」

 

  とお釣りを受け取る。

 

 「またのお越しをお待ちしております。お嬢様、ご主人様」

 

  と背中から従業員の挨拶を聞いて──────。

 

 「どういった経緯かちゃんと説明してもらいますからね、ご主人様

 

  とドアの傍に居たルドルフの声も聞いて、店を出た。これ、絶対にヤバいやつだ。

 

 

 

  〜広場にて〜

 

 「すっかり日も落ちゃったわね」

 

 「秋だからな。時間の流れが早くなった証拠だな」

 

  と広場にある休憩スペースでくつろいでいた。リギルの喫茶店に行った後は売店で食べ歩きや甘い物を食べたりなど感謝祭を満喫していた。

 

 「感謝祭が明ければ、秋のレースが待ってるわね」

 

 「今年の秋はどうするんだ?レースには出ないのか?」

 

 「レースには出るわ、と言ってもG2ぐらいしか出ないわ」

 

 「どこか悪いのか?」

 

 「いいえ、どこも悪くないわ。今はW・D・T(ウィンター・ドリーム・トロフィー)の為の調整。それが明ければ、次は“大阪杯”に出るわ」

 

 「“大阪杯”、ブライアンと競うのか」

 

 「ええ。そろそろ私が勝とうかなってね☆」パチーン

 

  とウインクする。ブライアンとマルゼンスキーの一騎打ち、面白そうなレースになりそうだ。

 

 「悪いが負けるわけにはいかないな。勝つのは私だ」

 

 「あら、ブライアンちゃんいつからいたの?」

 

  と俺の隣に座ってきたのはブライアンだった。

 

 「ついさっきだ。大阪杯の話をするものだからなんだと思ったら、アンタも出るんだな」

 

 「モチのロンよ。アナタと走ってみたいんですもの、先頭のまま突っ切るから」

 

 「フン、ぶち抜いてやる」

 

  とお互い闘志がたぎっていた。

 

 「そういや燈馬、お前は秋天か。スズカと走るんだろう?」

 

 「まあな、負けるつもりは毛頭ない」

 

 「…だそうだぞ、スズカ(・・・)

 

 「え?」

 

  と振り返るとそこにいたのは─────。

 

 「そうですね、先頭の景色は譲るつもりないですから」

 

  とそこにいたのは秋天で競うスズカだった。

 

 「スズカ…」

 

 「燈馬君、私は全力で挑むから。アナタに勝つから。だから、燈馬君も全力で来てほしい」

 

 「…あぁ、もちろんだ。俺はお前に負けるつもりはないぞ」

 

 「うん」

 

  とスズカが小さく頷く。

 

 「スズカもいらっしゃい。みんなで喋りましょ!」

 

  とマルゼンスキーがスズカに手招きして隣に座らさせる。

 

 「スズカは何してたの?」

 

 「私は────。」

 

 「そうなんだ!ブライアンちゃんは?」

 

 「私は─────。」

 

  と色々な話をした。相変わらず、楽しそうに喋るんだな。そう眺めていると──────。

 

 

 

 

 「楽しそうですね、私も混ぜてくださいな」

 

 

 「ッ!!!」

 

  この声…。こいつ、なんでここにいるんだ…!!

 

 「……何の用だ、樫田(かしだ)!!」

 

 

  〜スズカside〜

 

 「……何の用だ、樫田!!」

 

  と楽しい雰囲気から一変、燈馬君の一言で険悪な雰囲気に変わった。後ろを見るとスーツを着て、眼鏡をかけた細身の男性が立っていた。

 

 「おやおや、私はただこの感謝祭を楽しみに来ただけですよ。私にだってお祭りくらい来てもおかしくはありませんよ」

 

 「お前はクソババアから謹慎処分と外出禁止令が出てるはずだ。あのクソババアが外出許可を出すはずが無い」

 

  と燈馬君は男性の方を向かずに喋っている。

 

 「理事長にはちゃんと言いましたよ?“外出したいから許可を出してほしい”と言ったら快く許可を出してくれました」

 

  と樫田と呼ばれた男性が近づいてくる。

 

 「貴方がナリタブライアンさんですか?」

 

 「そうだが?」

 

 「私、実は貴方のだ〜いファンでして。是非一度、お話をしませんでしょうか」

 

  とブライアンさんに向かって手が伸びてくる。何でだろう、この人を見ているととても気分が悪くなる(・・・・・・・・・・)

 

 

  パシッ!!

 

 「気安くコイツに触んじゃねぇよ、とっとと失せろ」

 

 「と、燈馬…」

 

  とブライアンさんに伸びてきた手は燈馬君によって静止された。

 

 「おや、貴方はナリタブライアンさんのボディガードか何かですか?随分と執着してるのですね」

 

 「ブライアンだけじゃない。マルゼンスキーもスズカにも手出しさせるわけにはいかねぇんだよ」ブン

 

  と燈馬君が掴んでいた腕を乱暴に振り放す。

 

 「いたたた…。貴方、私が貴方の教え子ということを忘れてはませんか?それに、私は武天の“教頭”でもあるのですが」

 

 「黙れ。お前みたいな教員、俺は知らない」

 

  と燈馬君はずっと前を向いていた。それも、睨んだまま。

 

 「やれやれ。全く誰に似てるんだが」フルフル

 

 「さっさと失せろ。それとも何か?……この場で“消されたいか”?」

 

 「「「!!!」」」ゾクゾク

 

  燈馬君の言葉に私達は身震いがした。あんな燈馬君、見たことない。

 

 「そんな言葉を使ってはいけませんよ。女性が多いこのトレセン学園で、そんな言葉を使ってはいけません」

 

 「あぁ?

 

 バキッ!!

 

  と燈馬君の置いていた手の机にひびが入る。

 

 「こ、この空気…ヤバいわね」

 

  とマルゼンスキーさんが耳打ちしてくる。燈馬君、落ち着いて…。そう願っていた時だった。

 

 

 「樫田教頭、お久しぶりです〜!良かったら俺と一緒にあっちで話でもしませんか?」

 

 「樫田教頭、おっひさ〜。良かったらさ、俺と一緒に感謝祭回んな〜い?と言っても、感謝祭から帰って来れるかはわかんないけどね」

 

  と2人の男の子が男性に近づく。

 

 「おやおや、次は君達ですか。江藤君、大森君」

 

 「ここよりも、もっと面白いところがありますよ。一緒に行きませんか?」

 

  と一人の男の子が男性の前に立つ。

 

 「そうですね…。その場所に行けばきっと私は帰ってこれないでしょうね」

 

  と男性はこっちに背を向けて歩き出す。

 

 「今日はこの辺りで失礼します。来年の感謝祭も参加しますね」

 

 「二度と来るな、クソ野郎」

 

  と男性はそのまま歩いて行った。

 

 「…全く、あの野郎。いつから来てたんだ?」

 

 「最悪だぜ。アイツの顔を見ただけでケーキが不味くなった。はむ…。もう一個取ってこよ」

 

 「待てアホ英道。お前、どれだけ食う気だ」

 

 「あと…、10個?」

 

 「食い過ぎだ、どアホが。さっさと帰るぞ、閉園時間だ」

 

 「マジ!?ちょっ、待てよ!!」

 

  と2人の男の子は校門に向かって歩いて行く。

 

 「あ、そうだ」

 

  と一人の男の子が振り向く。確かあの男の子は男性の前に立っていた子だ。

 

 「じゃあな、燈馬!天皇賞、負けんじゃねぇぞ!」

 

 「あ、ホントだ!じゃあな燈馬〜!天皇賞頑張れよ〜!!」

 

 「あぁ、頑張るよ」

 

  と燈馬君は手を上げる。すると、2人はそのまま校門へと行ってしまった。

 

 「…悪かったな、変なもの見せて」

 

 「う、ううん。大丈夫…」

 

  と私は首を振る。

 

 「燈馬、あの男は何なんだ。気色悪い男だったぞ」

 

  とブライアンさんが男性の感じたことを言った。私もブライアンさんには同意見だ。

 

 「アイツの話は余りしたくないんだ。悪い」

 

  と燈馬君の顔は下がったままだった。

 

 「気にしなくてもいいわよ。私達は何ともないから」

 

  とマルゼンスキーさんが燈馬君にフォローする。

 

 「そうか。…悪い、ちょっと離れるわ」

 

  と燈馬君は席を立ち、その場から去って行く。

 

 「(燈馬とあの男性…。一体何があったんだろう)」

 

  私の頭にはこの疑問しかなかった。

 

 

 

  こうして、秋のトゥインクルシリーズファン大感謝祭は幕を閉じた。




読んで頂きありがとうございます。

 ギリギリ年内に投稿出来てよかったです(笑)。

 皆さんはこの一年、どういった一年でしたでしょうか。良い事も悪い事もあったでしょうけど、2022年は楽しく過ごしていきましょう!!!!!






   それでは皆さん、良いお年を!!!!!




  それでは、また〜


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沈黙の秋の天皇賞

 新年、明けましておめでとうございます。今年も今作品をよろしくお願いします。

 皆さん、この話は誰でも知っていることではありますが、読んで頂きたい所存でございます。


  問、皆さんならどうしますか?





  それでは、どうぞ


  〜東京レース場の控え室・燈馬side〜

 

 『東京レース場、第11レース。お待たせしました、本日のメインレース“秋の天皇賞”の開催です!!!』

 

 「遂に来たね、天皇賞」

 

 「あぁ、負けるわけにはいかない」

 

  11月1日。今日は秋の天皇賞だ。観客の声も控え室からでも分かるくらい響いてくる。それだけ、人がいるってことか。うるさいがな…。

 

 「今日に至っては一段と凄い歓声だねぇ…。ちょっと僕、緊張してきたよ」

 

  とトレーナーの手を見ると少しばかりか震えている。

 

 「全く…、手のかかるトレーナーだ。お前が走るわけじゃあるまいに」

 

 「けどさ、緊張しないの?これだけ観客に数多くの強敵、いくらなんでも身震い(・・・)しないの?」

 

 「身震い(・・・)、か…」

 

  とトレーナーの言葉に感銘を受ける。身震いなんて、あのクソババア以来してないな。あのクソババアは正しく“異常”だ。人間離れした身体能力、知能、判断能力、全てをとってもクソババアは遥か上にいる存在。俺はあのクソババアの力を見たときは身震いが止まらなかった。いや、正確には───────。

 

 「身震いはせずとも、武者震い(・・・・)はするな」

 

 「む、武者震い…?」

 

 「あぁ。強い奴らが沢山いて、今からその強い奴らの中からもっと強い奴らと戦うんだ。武者震いが止まんねぇよ」

 

  と震える手を見せる。

 

 「す、凄いね。燈馬君が震えているなんて、はっ初めて見たからさ」

 

  とトレーナーが手を見て唖然としていた。何、唖然としてんだ。俺だって武者震いくらいするわ、あの人達(・・・・)以来だけどな。

 

 「さて、そろそろ行くよ。もう他の奴らも準備してると思うしな」

 

  と俺は席を立って控え室を出ようとする。

 

 「今日の天皇賞は快晴、バ場状態良、芝2000mで左回り。今回の注意人物はヒシアマゾンさん、メジロライアンさん、エルコンドルパサーさん。そして「いや、言わなくていい」そっか。なら悔いのないように頑張ってね」

 

  と俺は控え室を出て、レース場の入場口に向かう。

 

  コツ、コツ、コツ、コツ…

 

  足音が廊下に響く。今は俺一人。着々と入場口へと向かっていく。

 

 「…」

 

  入場口の手前で止まる。いや違うな、後ろの奴(・・・・)が止まれって言ってるんだったな。

 

 「何の用だ、スズカ」

 

 「フフ、気づいてたんだね。燈馬君」コツコツ…

 

  と後ろからスズカが歩いて来て俺の隣で並ぶように止まる。

 

 「ずっと…、ずっと私は待ってたんだ、この時を…。ずっと私は燈馬君、貴方と走りたかった。戦いたかった!!」

 

 「俺もさスズカ。俺も、お前と走りたかったよ。選抜の時以来からな。お前と選抜で走ってからは一度もお前とは走らなかった。どれだけお前と走りたいって思ったか」

 

  これは俺の中にあったスズカに対しての本心、想いだ。

 

 「まさか、同級生で同じクラスで隣の席の奴を一番警戒する時が来るなんてな」

 

 「私も、隣の席の子を警戒しないなんてことはしなかったよ。今までのレースに出ていても、他の子には目もくれずにずっと貴方のことを警戒してた。レースやトレーニングでもずっと貴方のことだけを意識して走ってたんだから」

 

 「随分と大胆な告白だな。俺としては、他の奴らを警戒してほしかったんだが」

 

 「フフ。や〜だ♡」

 

  とスズカがチラリと俺を見て、ふわりと髪をなびかせる。この野郎…。

 

 「まあいい。けどな、今回の秋天で勝つのは────。」

 

 「ええ。今日の天皇賞で勝つのは──────。」

 

 

 

 

 

 

「勝つのは…、俺/私だ!!!

 

 

 

    俺達は戦いの場に向けて一歩を踏み出した。

 

 

 

 

 

  〜観客席・立花side〜

 

 『ラストは2人のウマ娘の登場です!!』

 

  と入場口から2人の人影が出てくる。

 

 『まずはこのウマ男、12番人気。クラシック三冠とトリプルティアラを同時に獲得した偉業を持つ者、8枠12番シノン!!』

 

  と燈馬君は入場口から堂々と登場してくる。見たところ緊張もしてなさそうだし、問題ないね。

 

 『続いてのウマ娘は驚異の逃げ足を持ち、レースでは常に大差で勝利。正に“異次元の逃亡者”、1枠1番サイレンススズカ!!』

 

 「スズカ!!!」

 

 「頼むぞぉ!サイレンススズカ!!」

 「相手はスズカか…。トレーナー、燈馬は勝てるのかな?」

 

 「急にどうしたのタイシンさん。燈馬君が心配?」

 

 「べ、別に、アイツを心配してるわけじゃないし!ただ気になっただけ!!」

 

 「うん…、そうだね。見た限りだけど今の燈馬君の実力とサイレンススズカさんの実力はほぼ同じくらいだと思う。勝利がどっちに転ぶかは僕でも分からないよ」

 

  勝負は加速をするタイミング、スパートの位置だ。サイレンススズカさんの逃げは脅威すぎる。離されては追いつくことは出来ないだろう。

 

 「さて、今回の枠順はと…」

 

  と僕は出走するウマ娘達の枠順を見る。

 

 

 1枠1番 サイレンススズカ

 2枠2番 メジロライアン

 3枠3番 テイエムオオアラシ

 4枠4番 ローゼンカバリー

 5枠5番 ナイスネイチャ

 5枠6番 エルコンドルパサー

 6枠7番 サイレントハンター

 6枠8番 サンライズフラッグ

 7枠9番 シルクジャスティス

 7枠10番 ヒシアマゾン

 8枠11番 ランニングゲイル

 8枠12番 シノン

 

 「(全員厄介な相手だね。特にエルコンドルパサーさんとヒシアマゾンさん。この2人はリギルのメンバーでヒシアマゾンさんは燈馬君と同じ“追込”だ。レース展開がどうなるか予想がつかないな)」

 

 

  ♪〜〜〜〜〜!!!

 

 『ウマ娘達が追い求める一条の盾。鍛えた脚を武器に征く栄光への道、天皇賞“秋”。ま勝つのはどのウマ娘か!』

 

  ファンファーレと同時にウマ娘達がゲートへと入って行く。ここまでくれば、もう後には引けない。

 

 「(全力を出すんだ、燈馬君!相手は今までのようにはいかない相手だ!)」

 

 「……」

 

 『体制完了、ゲートが今────!!』

 

 

  パァン、ガコン!!

 

 『開きました!!スタートです!まずはサイレンススズカが内からの好スタート、後続をゆっくりと引き離して行きます!』

 

 「やっぱり、先頭はスズカか」

 

 「やはり、早いですね。サイレンススズカさん」

 

 『サイレンススズカを追うようにエルコンドルパサーが2番手の位置、3番手にはヒシアマゾン。内をまわってテイエムオオアラシが4番手の位置にいます。中段にはメジロライアンが控えています』

 

 「ん、今日の燈馬は差しか。追込じゃないんだな」

 

 「恐らくサイレンススズカさんに離されたくなくて差しにしたんだと思う。燈馬君自身もそうやって言ってたし」

 

  正直言って、差しでも危ないと思ってる。サイレンススズカさんに離されれば離される程、差し返すのは難しい。

 

 『サイレンススズカ、後続をぐんぐんと離す!何というスピード!!サイレンススズカがまもなく第3コーナーへ、その差は何と10馬身!!』

 

  ワァアアアアア!!!

 

  サイレンススズカさんの逃げに来ている観客全員が盛り上がりを見せる。これはいくらなんでも…。

 

 『第3コーナーを通過!通過タイムは“57秒4”!!!』

 

  ま、マジ…?

 

 「ねぇ、57秒4って…」

 

 「あぁ。恐らくこのままいけば、“レコード”だ」

 

  い、いくら何でも速すぎない!?!?

 

 『もう何馬身離しているか、肉眼でもわかりません!!会場の盛り上がりは最高潮です!!』

 

  い、異次元すぎるよ。サイレンススズカさん。

 

 「────、──護班を準備───。」

 

 「───かりまし──。」

 

 『おおっと!!サイレンススズカが更に加速した!!』

 

 「お、お兄様が負けちゃう…!」

 

 「(ここまで来ると、もう打つ手はない。サイレンススズカさんが加速すればもう挽回の余地は…)」

 

  そう思いサイレンススズカさんが大欅を回ったその時だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

サイレンススズカさんのスピードが落ちた

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  〜少し遡って…。レース前・燈馬side〜

 

 『ウマ娘達が追い求める一条の盾。鍛えた脚を武器に征く栄光への道、天皇賞“秋”。勝つのはどのウマ娘か!』

 

 「燈馬!アンタともタイマンで決着つけてやるからな!!」

 

 「わかったわかった。さっさとゲートに入れよ、アマさん」

 

 「その(ツラ)、レース終わったら泣きっ面にしてやるから覚悟しな!!」

 

 「はいはい、楽しみにしてるよ」

 

  とアマさんを軽くあしらい、アマさんは自分のゲートへと入って行く。

 

 「燈馬!」

 

 「なんだ、ライアン」

 

 「私、実は燈馬と走るの初めてなんだ。だからお互い、いいレースにしようね!」

 

 「あぁ。いいレースにしよう」

 

  とライアンは笑顔でゲートへと歩いて行った。

 

 「私以外の女の子と話す余裕があるなんて余程、私に勝つ自信があるのかしら、燈馬君」

 

 「お前…、何ゲートから出てきてんだよ。スズカ」

 

  とスズカがゲートから出てきて、こっちに向かってくる。後ろを見ろ、係員が慌ててるじゃねぇか。

 

 「さっさとゲートに戻れ。係員が困ってる「決めた」あ?」

 

 「今日のレース、私は燈馬君に100馬身以上離してゴールする。覚悟してて、それじゃあ」

 

  とスズカはそう言い残してゲートへと戻って行く。

 

 「アイツ、なんであんなにも不機嫌なんだ?」

 

  女心とはわからんものだ。と思いながら俺もゲートに入る。

 

 『体制完了、ゲートが今────!!』

 

 「(アイツには負けるわけには…、いかない!!)」

 

 

  パァン、ガコン!!

 

 『開きました!!スタートです!まずはサイレンススズカが内からの好スタート、後続をゆっくりと引き離して行きます!』

 

  やっぱ、最初はスズカか。何回か並走はしていたが、やっぱりレースで一緒に走るとなると並走とは比べ物にならないくらい速いな。

  俺はスタートしてすぐに中段の位置に付く。今日は追込ではなく差しだ。追込でもいいんだが、相手がスズカとなると話は別だ。アイツの速さは別格だ。アイツの速さは一番俺がよく知っている。

 

 「(中等部の頃よりも格段にスピードが上がってやがる…!これはスズカの宣言通り100馬身も離されるかもな)」

 

 『サイレンススズカを追うようにエルコンドルパサーが2番手の位置、3番手にはヒシアマゾン。内をまわってテイエムオオアラシが4番手の位置にいます。中段にはメジロライアンが控えています』

 

  とエルコンドルパサーがスズカに追いつこうと必死に食らいついて行く。その後ろにはアマさんがピッタリとくっついている感じだ。

 

 「(食らいつこうとするだけ無駄だ。逆にスタミナをもっていかれるだけ。今はまだ待つことだ)」

 

 『サイレンススズカ、後続をぐんぐんと離す!何というスピード!!サイレンススズカがまもなく第3コーナーへ、その差は何と10馬身!!』

 

  ワァアアアアア!!!

 

 

  あの野郎、マジで100馬身も離すつもりでいやが───。

 

 『第3コーナーを通過!通過タイムは“57秒4”!!!』

 

 「…ッ、マジかよ。アイツ、ガチじゃねぇか」

 

  これは流石に…。いや、考えるのはよそう。もう、作戦も関係ねぇッッ!!!

 

 「待ってろよスズカ、今すぐお前を捉えてやらぁああッッッ!!」

 

  右足に力を入れ、加速しようとしたその時だった。

 

 

  ザワザワ、ザワザワ

 

  と観客達がザワザワし始める。

 

 「(どうしたんだ、急に。一体なにが────。)」

 

 『サ、サイレンススズカ!サイレンスに故障発生!』

 

  ──────え…。スズカが…、故障…?

 

  実況の言葉に頭が真っ白になる。恐る恐る先頭を見るとスズカのスピードが徐々に落ちていく。足だ、アイツが痛めたのは左足だ!!

 

 「スズカ…、スズカ!!」ダッ

 

  俺は一目散にスズカの元へと走り出す。スズカとの距離は大分離れているが、トばせば問題ない─────。

 

 「(いや待て。もしここでスズカを助けたとして、後続の奴らはどうなる。それこそ一大事だ!)」

 

  今の時点で約80km近くは出ている。この状況で助け出したとして後続の奴らはどうする。人は目の前で事故などがあれば気が動転して思考が一時的に停止する、それはウマ娘も同じことだ。最悪なことにスズカは外ではなく内側にいる。もしスズカが倒れるようなことがあればスズカを含め、9名近くのウマ娘達に大惨事が及ぶ。軽い怪我では済まされない!

 

 「(何か、何かないのか!全員の意識をスズカから別のところへ誘導するなにか!)」

 

  そうしている内にスズカがゆっくりと中段へと近づいてくる。

 

 「(ッ!アイツら…、クソ!!)」

 

  前を見るとエルコンドルパサー、アマさん、ライアンが後ろをずっと見ていた。それに、ライアンに至っては加速している。完全に意識がレース(・・・)からスズカにいってしまっている。…待て、これなら!

 

 「(だが、そうなると…!アイツを、スズカを…!)」

 

  やるしか……やるしか、ない!!!

 

 「(スズカ、後で俺のことを軽蔑してくれてもいい。罵倒してくれていい、嫌ってくれていい…!だから、だから今だけは──────!)」

 

 「許してくれ…!!!」

 

  と大きく息を吸って─────。

 

 「ヒシアマァアアアア!!ライアァアアアアンッッッ!!!!」

 

 「「!!!」」ビクッ

 

 「今はレースだッ!!!前を見ろォオオオッッ!!!」

 

  俺は外から大きく回って中段を抜き、アマさんとライアンに呼びかける。それに気づいたライアン達はスズカから目を離し、前を向く。

 

 「お前達もだッ!!!怪我したくなかったらスズカを躱せッッ!!!」

 

 「「「!!!」」」ハッ!

 

  と後続達は自分達に手負いのスズカが近づいてくるのに気づき、慌てて外へ逃げる。俺は後続が避けたのを確認し、ゴール近くの先頭へと近づく。

 

 「ヒシアマッ!!ちゃんと腕を振れ!!」

 

 「わ、わかってるさ!!」

 

  と俺はアマさんに檄を飛ばす。コイツ、スズカの事故を目の当たりにして足が空回りし始めてる。

 

 「(コイツまで怪我をされたら面倒だ!!)」

 

  と俺は加速して先にゴールし、ゴール近くでアマさんを待つ。

 

 「あ!しまっ!!」

 

  と案の定、アマさんはゴール手前で自分の足を自分の足で引っ掛け、転倒しそうになる。

 

 「アマさんッ!!」バッ

 

  と倒れかかったアマさんを身体を使って支える。

 

 「(危なかった…)大丈夫か?」

 

 「あ、あぁ。なんとか、な…」ハァハァ

 

  とアマさんを降ろす。

 

 「と、燈馬…、スズカが!」

 

 「わかってる。ライアン、お前はここにいろ!」

 

  と俺はコースを逆走し、スズカの元へと向かう。

 

 「ッ!スペシャルウィーク…!」

 

  俺が向かう途中にスペシャルウィークが早くスズカの元に着いていた。

 

 「スペシャルウィーク!スズカの左足を地面につけるな!!」

 

  とスペシャルウィークに左足をつけないように指示する。スペシャルウィークもスズカの左足を上げたまま、ゆっくりと身体を降ろす。

 

 「おい、スピカのトレーナー!救護班と救急車を呼べ!!」

 

 「お、おう…わかった!!」

 

  と向かおうとした時─────。

 

 『こちら、救護班です。救急車が通りますので、離れて下さい。繰り返します、救急車が通り────。』

 

  と呼ぶ前に救急車が到着していた。

 

 「(救護班がこんなに早いわけがない。誰かが呼んでいたのか?)」

 

  そんなことは後回しだ。誰かが呼んでくれていたなら好都合だ。

 

 「酸素マスク用意して!」 「サポーターを持ってこい!」

 

 「足だ!固定出来る物と包帯を用意しろ!」

 

  と救護班が色々と準備し始める。

 

 「スズカさん、大丈夫ですよ…。トレーナーさんが全力て走れるようになりますから…、だから…。ヒック、ヒック…」ポロポロ

 

 「スペシャルウィーク、救護班の邪魔になっている。…どいてやれ」

 

  とスズカに覆いかぶさっていたスペシャルウィークを立たせる。救護班がスズカの治療を始め、救急車へと運び込まれる。

 

 「スピカのトレーナー、ついて行ってやれ。ここら辺で近い病院は知っているからトレーナーに言って他の奴らを連れて行くよう伝えておくよ」

 

 「わかった、すまねぇな…」

 

 「早く行け」

 

  とスピカのトレーナーとスペシャルウィークは救急車に乗り、レース場を出て行った。

 

 「(今日は帰るか。スズカは、…俺より他の奴らが適任だな)」

 

  と俺は控え室の方へと戻った。トレーナーから見舞いはどうするか聞かれたが、正直気が乗らなかった。

 

 

 

 

 

  〜病室・シービーside〜

 

  秋の天皇賞が終わった次の日、スズカのお見舞いに行こうとクレアの皆でスズカのいる北原総合病院へと訪れた。

 

 「失礼します、サイレンススズカさんの容体はどうですか?」

 

 「ん?おおっ!立花じゃないか!」

 

 「こんにちは、沖野さん。スピカの皆さん」

 

 「「「「「こんにちは」」」」」

 

  とトレーナーがスズカの部屋に入り、私達も続いて部屋の中に入る。部屋にはスピカの面々やルドルフ達リギル、他にもスズカの同級生達が集まっていた。

 

 「これ、お見舞い品です。よかったらどうぞ」

 

 「悪いな、その棚に置いといてくれ」

 

  わかりました。とトレーナーはお見舞い品の果物を棚に置いて、スズカの元へ近づく。

 

 「あの、サイレンススズカさんの容体は…?」

 

 「…あぁ。見れば分かるが骨折だ。幸いにも後遺症は残らねぇってよ」

 

 「そうですか…、でも後遺症が残らなかっただけでもよかったと思いますよ。後遺症があれば、後々の生活に支障が出ますから」

 

 「そうだな…」

 

  とスピカのトレーナーがスズカの容体を説明してくれた。

 

 「スズカ、早く元気になってね。皆待ってるから」

 

 「ありがとうございます、シービー先輩」

 

  とスズカの頭を優しく撫でる。

 

 「あの、シービー先輩」

 

 「ん?どうしたの」

 

 「その…燈馬君はいないんですか?燈馬君の姿がないんですが…」

 

 「えっと、その…」

 

  何て言ったらいいかなぁ、う〜ん…。

 

 「今日、燈馬君は家の用事で来れないみたいなんだ。お見舞いのことは僕の方から燈馬君に言っておくよ」

 

  とトレーナーが私に目線を向ける。

 

 「トレーナーの言うとおりなんだ。ごめんね、スズカ」

 

 「いえ…、大丈夫です…」シュン

 

  と少し悲しげな表情をするスズカ。

 

 「シービー」チョイチョイ

 

  とルドルフに呼ばれて病室を出る。ルドルフは病室を出ると壁に背中を預け、腕を組む。

 

 「シービー、実際はどうなんだ?燈馬は本当に用事か?」

 

 「…ううん。用事ってのは嘘。燈馬にもお見舞いに行こうって誘ったんだけど、頑なに行こうとはしなかったんだ」

 

  やっぱり、ルドルフは気づくもんね。

 

 「やはりか…。何でか分かるか?」

 

 「さ〜っぱり。理由聞いても教えてくれないんだもん」

 

 「そうだろうな。燈馬はああいう性格だから教えてはくれないだろうな」

 

  とルドルフは少し溜め息をつく。でも…。

 

 「でも、燈馬のことを考えるとおおよそ察しは付くと思わない?」

 

 「大方だがな」

 

  とルドルフも察しがついているそうだ。

 

 「それにしても風間先輩って何であの時、スズカ先輩じゃなくてレースを優先したんすか?」

 

 「そうですよ!スズカ先輩と風間先輩って同級生なんですよね!普通だったら(・・・・・・)スズカ先輩を助けますよ!」

 

  と病室の中から天皇賞の話が聞こえる。声からしてウオッカとダイワスカーレットだ。

 

 「普通だったら(・・・・・・)、ね。燈馬もそうならそうしてるわよ」

 

 「…」コクリ

 

  誰よりもウマ娘を優先に考えて、誰よりもウマ娘を陰からずっと支えてきた。そして、みんなを引っ張ってくれる存在。そんな人が考えなしにスズカではなく、レースを優先させたのには必ず理由がある。

 

 「(その理由は聞かなくても状況を見れば分かりきったことなんだけどね)」

 

 「燈馬君のことを悪く言わないでッ!!」

 

 「スズカ?」

 

  と中からスズカの大声が聞こえたので病室に入るとスズカがシーツを握り締めていた。

 

 「先生から聞いた。燈馬君は私が怪我をした時、みんなが怪我をしないように指示したって。私もその映像を見たわ。燈馬君がみんなを怪我しないように大声を出してレースに意識を戻させてた。…本当は助けたかったんだと思う。誰よりも真っ先に向かおうとしてた…。けど、私利私欲で動いたらみんなを巻き込むかもしれないって、だから燈馬君は私じゃなくて周りの娘達を優先したんだと思う。燈馬君は間違ってない、正しい選択をしたって私は思うの…!」

 

 「スズカの言うとおりだ」

 

  と後ろからルドルフが割って入る。

 

 「「シンボリルドルフ会長…」」

 

 「カイチョー…」

 

 「君達の想う気持ちも分かる。誰だってそうさ、チームメイトやライバルが怪我をすれば真っ先に助けに行こうとするのは当たり前さ。けどね、よく周りを見て欲しい。それがレース直後ならまだしも、レース中だったら?それこそ、止まれない状況だったら?君達はどうする」

 

 「「「それは…」」」

 

 「口ではなんとでも言える。けど、身体が動かなければそれは口先だけでしかないんだ」

 

 「ルドルフの言うとおりよ。あの時、もしスズカを助けたとして、後続のウマ娘達はどうなると思う?」

 

  私の言葉で全員の顔が暗くなる。言われなくても分かるはず、“大事故になる”ってことは誰にでも分かること。

 

 「君達のスズカを助けたい、という気持ちは素直に認めよう。私も君達と同じ想いだった。けどね、一人だけ君達よりもその気持ちが倍以上ある人がいる」

 

 「カイチョー、それって誰なの?」

 

  とトウカイテイオーがルドルフにその人物を聞いてくる。

 

 「あの場にいて、スズカの一番近くにいて、スズカとのレースを誰よりも心待ちにして、けどライバルが目の前で怪我をして、助けたくてもその想いを押し殺してレースを優先させて大事故を防ぎ、今この場にいない人物。そう───────。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その人物とは、燈馬自身だ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  〜河川敷・燈馬side〜

 

  コツ、コツ、コツ、コツ…。

 

 「なんだよ、会議はどうした?クソババア」

 

 「湿気た面してるクソガキの顔を拝みに来てやったのさ。ありがたく思いな」

 

 「全く嬉しくねぇんだけど」

 

  と河川敷で座っていると後ろからババアが歩いて来て、俺の隣に座る。

 

 「…アンタ、今楽しいかい?」

 

 「は?急に何言ってんだよ」

 

 「さっさと答えな、楽しいのかい?楽しくないのかい?どっちなんだ」

 

 「……楽しくねぇな」

 

 「だろうね、そりゃあアンタの顔を見れば一目瞭然さね。顔に書いてあるよ」

 

  ババアの奴、なにが言いたいんだ。

 

 「サイレンススズカを助けず、周りの奴らを優先して助けたのは間違いなのか。そんなところかい?」

 

  チッ。このババア、人が触れて欲しくねぇものに簡単に触れようとしてやがる。

 

 「ババアには関係ねぇだろ」

 

 「ハッ。誰が15年もアンタの世話をしてると思ってんだい?親を舐めんじゃないわよ」

 

 「そうですか、はいはい。ババアの言うとおり、そんなことで悩んでるようなちっぽけな男ですよ」

 

  早く帰ってくれよ、クソババア。調子が狂うん────。

 

 

 

 

 「──────アンタは良くやったさね、燈馬」ポン

 

  と俺の頭にババアの手が乗っかる。

 

 「アンタは私情を捨てて他の奴らを優先した。そんなことなんてね、周りの奴らには出来っこないことだよ。アンタは、あの場で自分が最悪な選択をしようとしていたなんてことを考えてたんじゃないのかい?アタシから見れば良くやったと思ってるよ。結果を見れば、サイレンススズカが骨折したっていうのが事実だけどね。だがもし、あの時に今度はアンタがサイレンススズカの小娘を助けた際に後続のウマ娘はどうなるか、アンタなら言わなくても分かるわね?」

 

 「まぁな…」

 

 「結果を見れば最悪なことでもね、内容を見れば完璧なことなんだよ。まあ、アタシはあの小娘が怪我をするっていうのは第3コーナーの時に気づいていたけどね」

 

  やっぱ、あの救護班はババアが予め用意してたものか。なるほどね。

 

 「燈馬、もう終わったことを引きずるんじゃないよ。それこそ、ちっぽけな男っていうものさね」スッ

 

  とババアが立ち上がって服についた葉っぱを払う。

 

 「アタシは先に家に帰ってるさね。アンタも暗くならない内に帰ってくるんだよ」

 

  とババアが歩いて帰って行った。

 

 「…あの老いぼれクソババアがいっちょ前にカッコつけやがって。ったく…」

 

  と俺も立ち上がり、葉っぱを払う。

 

 「腹減ったし、帰るか」

 

  と俺は家へと歩いて帰るのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

  〜史子・回想〜

 

 『もう何馬身離しているか、肉眼でもわかりません!!会場の盛り上がりは最高潮です!!』

 

 

 「ねぇ亮」

 

 「何です?理事長」

 

 「あのサイレンススズカっていう娘、もしかしたら危ないかもしんないね。救護班にいつでも出れるよう準備させて置くんだ」

 

 「わかりました」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  〜回想終了〜

 

 「(今回、あの小娘の足を見る限り恐らく粉砕骨折ってところかね。原因は自分のスピードに身体が追いつかなかったってところかい)」

 

  とアタシは帰路につきながらサイレンススズカの小娘の足の状態を推測していた。粉砕骨折は完治するまで約2,3ヶ月はかかる。治ったとしても、リハビリがどれだけかかるかはわからない。まあ、あのクソガキなら何とかなるだろうね。

 

 「(いかんいかん。アイツに連絡するんだったさね)」

 

  と携帯を取り出し、ある人物に電話をかける。

 

 『もしもし』

 

 「アタシだよ、“メジロアサマ”」

 

 『この声は、もしや風間史子様でしょうか。お久しぶりでございます』

 

 「アンタんとこのメジロ…ドー、ベル…だったかいね、それ以来さね」

 

 『あの時は本当に感謝しております。ありがとうございました』

 

 「お礼はあのクソガキに言うんだよ。まあいいさね、それよりアンタに頼みたいことがあるんだ」

 

 『私に、でしょうか』

 

 「正確にはアンタんとこの娘だよ。…そうさね、メジロドーベルでいいさね」

 

 『ドーベルに何か?』

 

 「メジロドーベルをね、“有馬記念に出させて欲しいんだよ”」

 

 『…理由を聞いても?』

 

 「アンタんとこのメジロドーベルでね──────、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

燈馬を負かして欲しいのさ」




読んで頂きありがとうございます。

※予め言っておきますが、ウオッカやスカーレットのセリフは誰であろうと言うセリフだと思っています。それがウオッカやスカーレットには限らず全員言うと思います。そこのところご了承下さい。

 ウオッカとスカーレットの気持ちは分からなくもありません。誰だってそういう心境になります。けど、それを押し殺して未然に事故を防ぐ主人公も凄いと思います。




  皆さんならどうしますか?自分は何も出来ないと思います、確実に。目の前の状況の整理で一杯一杯になります。自分も主人公のように動けるようになりたいですね。





  それでは、また〜


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私の初めてで最初のお友達

 この話はサイレンススズカと主人公の出会いの話になります。






  それでは、どうぞ


 

 

  〜中等部一年〜

 

 「ここが、日本トレーニングセンター学園。通称“トレセン学園”…!」

 

  桜の花びらが舞い散る中、私は目の前に広がる大きな校舎に目を奪われていた。私、サイレンススズカは今日からこの学校の生徒になるウマ娘です。

 

 「凄い…、ウマ娘が、いっぱいいる…」

 

  周りには私と同じ耳と尻尾の生えた女の子、ウマ娘がたくさんいました。私の故郷には、余りウマ娘がいなかったのでびっくりです。

 

 「(は!いけないいけない…。まずは、教室に行かなきゃ)」

 

  と私は足早と自分の教室へと向かいました。

 

 

  〜教室・1−A〜

 

 「し、失礼…しま、す…」カラカラ…

 

  と教室の扉を開けると既に教室には30人近くの生徒が集まってお喋りをしていました。

 

 「(わ、私の席は…。あ、あった)」

 

  と自分の席を見つけたのですが…。

 

 「へぇ、〇〇さんって〇〇出身なんだ〜」

 

 「〇〇さんも〇〇から来たんだね。────。」

 

  と一人のウマ娘が私の席に座ってお喋りをしていました。

 

 「あ、あの…「それでね、───はさ〜。───。」そ、そこ…私の席、なんですけど…

 

  と話して見ても私の声が小さいのか、グループのウマ娘達の話し声にかき消されてしまいます。

 

 「新入生のみなさん、席についてください」ガラガラ

 

  と教師の人が教室へと入って来ました。すると、私の席にいたウマ娘も自分の席に戻って行き、やっとの思いで自分の席に座ることが出来ました。

 

 「私は今日から貴方達の担任になります〇〇と申します。よろしくお願いします」

 

  と教壇に立つ女性教師挨拶をしてくれました。

 

 「まず、皆さんには入学式の流れを説明します。自己紹介は入学式の後に行いますのでまずは『ガラガラッ!』ん?」

 

  と教室の扉の開く音がしました。

 

 「…」

 

  扉のところには一人の男の子(・・・)がいました。え?

 

 「(お、男の子…!?)」

 

 「えっと、君…どこから入って来たのですか?ここはトレセン学園っていうところで「知ってる」え?」

 

  と男の子は教室に入るなりこう言いました。

 

 「俺、ここに入学する生徒だから」

 

 「(え…?)」

 

 「えぇぇぇぇぇええええッッ!!!!」

 

 

 

 

  ──────これが、サイレンススズカと風間燈馬との出会いの始まりだった。

 

 

 

  〜お昼休み〜

 

 「ねぇ、あれって…」コソコソ

 

 「うん。確かに男の子だよね…」コソコソ

 

 「(嘘でしょ…。よりにもよって、何で隣の席(・・・)なのォオオオッッ!!)」

 

 「……」

 

  入学式も無事?に終わり、今はお昼休みの時間です。…なのですが、クラスの皆が私の隣の席にいる男の子に視線が集まっています。一刻も早く抜け出したい。早く一人になりたい。ですが、当の本人はというと─────。

 

 「……」シャカシャカ

 

  と男の子は平然として音楽を聴いていました。名前は確か…。

 

  ガラガラ…!

 

 「このクラスに風間燈馬君という生徒はいる?」

 

  と黒色の長い髪に同じ色の耳と尻尾の生えたウマ娘の上級生が入って来ました。

 

 「ねぇ、あれって…!」「うん!英雄“ディープインパクト”先輩だ!」「カッコいい…!」「凛々しいね…!」

 

 「(ディープインパクト先輩、無敗でクラシック三冠を制覇。さらにトレセン学園では生徒副会長を勤めていて、学園内でもトップクラスの実力者)」

 

  そんな先輩が風間君、だったかな。何しに来たんだろ…。

 

 「……あの子ね」トコトコ

 

 「(こっちに来た…!)」

 

  とディープインパクト先輩がこちらに近づいてくる。

 

 「君だね、風間燈馬君は」

 

 「……誰?アンタ」

 

 「生徒副会長のディープインパクト。風間燈馬君、生徒会長が呼んでる。私と一緒に来て」

 

 「(せ、生徒会長…。何したんだろう…)」

 

  チラリと風間君の方を見る。

 

 「……ッ」←めっちゃ嫌そうな顔してる

 

 「「(うわ、めっちゃ嫌そうな顔…)」」

 

  この時、恐らくディープインパクト先輩と私の思ってた事が一致した瞬間だと思います。

 

 「…君が嫌なのも分からなくもない。けど、あの人は拗れると面倒なの。顔でも見せてあげて」

 

 「…」ガタ

 

  と風間君は面倒くさそうに席を立って教室を出て行ってしまいました。

 

 「…ごめんね、急に来て」

 

 「い、いえ!全然そんな…

 

 「あの人も自分勝手で大変なの…。貴方は見たところ新入生かしら」

 

 「はい、そうです…

 

 「そう。充実した学園生活を送ってね、それじゃあ」

 

  とディープインパクト先輩は教室を去って行きました。

 

 「かっこよかったね〜!」「私も先輩のようになりたいな〜」

 

「指導とかしてもらえるのかな?」…。

 

 「(風間君ってどんな子なんだろう…)」

 

  クラスの皆がディープインパクト先輩の話をしている中、私だけは風間君の事を考えていた。

 

 

 

 

 

 

  〜数週間後〜

 

 「よし、次!」ピッ!

 

 「「ッ!!」」ダッ

 

  入学してから数週間が経ち、学園にも慣れてきました。学園には美味しい料理がたくさんあったり、授業もわかりやすくて充実した学園生活を送っています。ただ…。

 

 「それでね〜、─────。」キャッキャッ

 

 「なにそれ〜」キャッキャッ

 

 「この前、可愛いコスメがあったんだけど帰りに寄らない?」

 

 「ホント〜!行く行く!!」

 

  と仲良くお話しをしているクラスメイト。そして、一人ポツンといる私。そう、私はこの数週間でお友達を作ることが出来ませんでした…。

 

 「(いいな〜、私もお友達と何処かに行ってみたいな…)」

 

  と私は遠巻きにクラスメイトを見ていました。

 

 「(けど、私は走ることが好きだし、コスメとか流行りの物とかも分からない…)」

 

  私は走ることが好きです。走っていると、とても気持ちが良いし何より自分が走る景色を独り占めしたくなるんです。

 

 「次、サイレンススズカ」

 

 「は、はい…」

 

  と先生に呼ばれてスタートラインに立ちます。今日の授業は体育で500m走をしていました。

 

 「あとは…、風間。…おい、風間はいるか?」キョロキョロ

 

  と先生が風間君の名前を呼ぶも風間君は出てきません。

 

 「あいつ、また(・・)か…」ハァ…

 

  と先生は大きな溜め息をつきます。

 

 「仕方ない。サイレンススズカ、悪いんだが一人で走ってもらって「すいません、遅れました」…噂をすれば、遅いぞ風間」

 

  と風間君はトレセン学園指定のジャージを着て小走りでターフにやってきました。

 

 「風間、これで何度目だ?授業には遅れるなとあれ程言ったではないか。授業に遅れるとお前の成績に響くんだぞ」

 

 「……」

 

 「全く。その様子では、反省しているのかすらも分からんな。まあいい、説教は後でたっぷりとしてやる。まずは、サイレンススズカと全力で500mを一緒に走れ。いいな?」

 

 「…うっす」

 

  と風間君は私の隣に来て軽くストレッチをし始めました。

 

 「…ッ。何?」グッグッ

 

 「え!?えぇと…、その…

 

 「ていうか、誰?お前」

 

  嘘でしょ…。さっき先生が私の名前を言ってたじゃん…。

 

 「わ、私は…サ、サイレンス…スズカ、です…

 

  と私は自分の名前を言いました。すると────。

 

 「お前何言ってるか全然分かんねぇ」

 

 「……」ピシ

 

  私は風間君の一言で身体が硬直してしまいました。何ででしょうか、無償に腹が立ちます。

 

 「お前ら、準備はいいか?始めるぞ〜!」

 

  と先生がスタート合図を出そうとします。この人は…。この人だけには──────!

 

 「(ゼッッッッッッッッッタイに負けたくない!)」

 

 「な、なんだ…?サイレンススズカのオーラというか、闘争心というか「先生、始めて下さい」お、おう。わかった」

 

 「(この人が追いつけないくらい差で勝ちます…!!!)」

 

 「それでは、スタート!!」ピッ

 

 「ッ!!!!」ダッ

 

  と私は右足を力一杯に蹴り、風間君との差を大きく広げます。

 

 「(これだけ差を広げればあの人は追いつけない…!)」

 

  それに加えて、相手は人。人間です。ウマ娘のトップスピードに人間のあの人がついて来れる訳がありません。

 

 「(このまま差を広げ続けていれば──────。)」

 

  そう思っていた矢先でした。

 

 

 ビュンッッッ!!!!

 

 

 「え────。」

 

  何者かが私の隣をものすごいスピードで通り過ぎて行きました。

 

 「(嘘、なんで…!?)」

 

  考えたくはありませんでした。だって不可能であるからです。

 

 

人間がウマ娘に勝つことは出来ないのだから

 

 

 「か、風間31.6秒!サイレンススズカ32.7秒!」

 

 「ハァハァ…」

 

  走り終わった私は膝に手をついて肩で息をしていました。

 

 「……」ハァハァ…

 

  と風間君の方を見ると彼も少し息が上がっていました。

 

 「……」チラ

 

  と息を整えた風間君は私の方をチラリと見てくるなり、何も言わずにスタートラインの方へと戻って行きました。

 

 「……ッ」グッ

 

  悔しい。その時、私が一番に抱いた感情でした。普段は悔しいという感情を抱くことはなかったのですが、彼に…風間君に負けて初めて悔しい気持ちになりました。それに────。

 

 「(私の、私だけの景色を彼に盗られてしまった)」

 

  それが何より悔しかった。私の走る景色は私だけのものだから─────。

 

 「(次は、次は必ず勝ちます…!)」

 

  その頃から、私は風間君を意識し始めたのでした。

 

 

 

  〜その夜〜

 

 「(もっと、もっと速く…!)」タタタッ!

 

  日が完全に沈みきった頃、私は一人学園のターフで走っていました。もちろん、私だけの景色を楽しむ為ではありますが何より…。

 

 「(彼に…勝ちたいッッ!!)」

 

  初めて味わった敗北という二文字。私が走ってきた中で感じたことのなかった感覚。寮長には外出届を出していますので思う存分走れます。

 

 「ハァハァ…、フゥ…」

 

  と私は走るのを止めて息を整えます。やっぱり走るのは気持ちいいです。

 

  ザッザッザッ…

 

 「?」

 

  と私以外の誰かがターフの中に入って来ました。足音のする方を見ると予想外の人物がいました。

 

 「(な、何で彼が…ここに…!)」

 

  その人物とは、授業で私と併走した風間君がいました。彼はホームルームが終わった後、すぐに帰ったはずなのに…。どうして。

 

 「……」グッグッ タタタッ

 

  私に気づいていないのか、風間君はターフに入るなり準備運動を始め、走り始めました。

 

 「(風間君ってどんな走りをするんだろう…)」

 

  私は風間君の走りに少し興味がありました。ウマ娘と同等のスピードを持つ彼がどんな走りをするのか────。

 

 「(あれ?どうしたんだろう…)」

 

  風間君の走りを観察していたのですが、走りにキレがありません。フォームもバラバラで動きづらそうに走っていました。

 

 「(疲れてるのかな…)」

 

  そう思いながら私は彼の走っている姿を見続けていました。

 

 

 

  〜翌日〜

 

 「─────この方程式はですね、一見難しそうに見えますが実はそうではありません。まずは───────。」

 

  日付も変わり、私は教室で授業を受けています。今は4時限目の数学の授業を受けていて、クラスメイトの表情も真剣そのものです。

  ただ…。

 

 「zzz…」

 

  ただ、私の隣りにいる風間君だけは教科書とノートを広げずに机に顔を突っ伏して寝ていました。風間君は1時限目からずっと寝ていて起きる気配が全くありません。

 

 「────では、次の問題を…風間、解いてみろ」

 

  と先生が風間君をあてます。

 

 「風間はいない…寝ているのか、全く。サイレンススズカ、すまないが彼を起こしてやってくれ」

 

 「は、はい…」

 

  と私はペンを置いて彼の肩を揺らします。

 

 「か、風間君起きて…。せ、先生が呼んでるよ…」ユサユサ

 

  と風間君の肩を揺らすも彼は起きません。

 

 「(えぇ〜〜!!ど、どどどうしよ…。皆も見てるし、ど、どうしたら…)」

 

 「はぁ〜…。仕方ない、サイレンススズカ。悪いが君が風間の変わりに解いてみてくれ」

 

 「(え、えぇぇぇえ!?!?!?!?)」

 

 「な〜に、間違えても構わないさ。この問題は少し特殊だからな。私が教えた通りの解き方をしてみてくれ」

 

 「は、はい…」ガタッ

 

  と私は立ち上がって黒板に書かれた問題を解いていきます。

 

 「(どうして、私が…!)」

 

  私は風間君に対する想いを抑え込んで問題を解いた。

 

 

 

  〜放課後〜

 

 「凄いわね、あの子…」

 

 「あぁ。あんなにも迫力のある走りをするウマ娘を見たことがない」

 

 「(なんで…、なんで私なのよ!!!)」タタタッ

 

  私は今日あった風間君に対してのイライラや不満をトレーニングにぶつけていました。

 

 「(問題は変わりに解かないといけないし、日直の仕事や掃除はサボるし、すぐにどっか行っちゃうし…!いくら何でも自分勝手過ぎない!?他にも…)」

 

  と私は風間君への不満が無くなるくらい走り続けました。

 

 「ハァ、ハァハァ…、ハァハァハァ…」

 

  走り終えた私はそのままターフの上で寝転がっていました。

 

 「(ターフを約10周、こんなにも沢山走ったことはなかったわ…)」ハァハァ

 

  今までは自分が納得するまで走っていましたが、不満事やイライラをトレーニングで吹っ切れるまで走るのも悪くないと思いました。

 

 「(星、綺麗だな〜…)」

 

  気づけば日は落ち、空には星が輝いていました。

 

 「この景色も、私だけのもの…」

 

  ここにいる私だけ、この景色を独り占め────。

 

 「ん?なんだ、誰かいるのか?」ザッザッ

 

 「え…」

 

  と起き上がって声のする方を見る。

 

 「か、風間君…。どうしてここに…」

 

 「どうしてって、走りに来た」

 

  と風間君は荷物を置いて靴を履き替え始めました。

 

 「確か、お前隣の席のサイレンススズカだっけ?」

 

 「そ、そうだけど…私に何するの?」

 

 「別に何もしねぇよ。走るからどいてくれ、それだけだ」

 

 「…」イラ

 

  と私は風間君の言葉に少し苛立ちを覚えました。言い方っていうものがあるんじゃないの?…そうだ。

 

 「いいよ、わかった」

 

 「それなら早く「私に勝ったらね」は?」

 

 「私に勝ったら、ここを退いてあげる」

 

  と私は風間君の前に立って、そう宣言しました。

 

 「お前、確か授業の時に俺に負けたよな?それにさっきまで走ってたんだろ?結果は目に見えてると思うが?」

 

 「走ってみないとわからないと思う。それとも、負けるのが怖い?」

 

 「…いいぜ、受け立つ」キッ

 

  と風間君は少し睨んだ目をしてスタートラインに立つ。

 

 「レースの設定は?」

 

 「2000mの左回り。このターフ1周で勝った方の要望を聞く」

 

 「…」

 

 「風間君が勝ったら、私はここを去る。けど、私が勝ったら風間君がここを去る。いい?」

 

 「いいだろう」

 

 「スタートの合図はあの時計が7時になったらスタート。今は6時59分」

 

 「わかった。なら、早くスタートに着くぞ」

 

  と風間君はスタートの構えをします。私も一息を入れてスタートの構えを取ります。

 

  カチカチと秒針が10を11に差し掛かり、そして───。

 

 

   カチッ。

 

 

 「「ッ!」」ダッ!

 

  私と風間君は7時になった瞬間、スタートをしました。

 

 「…ッ」タタタッ

 

 「…」タタタッ

 

  私は前へと飛び出して、風間君から逃げる展開となっていて風間君は私を追う形となっていました。

 

 「(差は開いてる、これなら…!)」グッ

 

  と私は第2コーナーを曲がり、直線に入ったところで加速をする。

 

 「ッ!」

 

  後ろを見ると風間君は少し驚いた表情をして私を追いかけて来ました。

 

 「(譲らない、譲らない…!先頭の景色は私だけのものなんだからッッ!!)」タタタッ

 

  と私は加速をしたまま第4コーナーを曲がり最後の直線へと入っていきます。風間君はまだカーブの途中にいました。

 

 「(私が、勝つんだからッッッ!!!)」

 

  私は最後の力を振り絞り、ゴールテープをきった。

 

 「ハァハァハァ、ハァハァ…」

 

 「ハァハァ…。クッ…」

 

  と風間君も遅れてゴールしました。

 

 「ハァハァ、私の…勝ち、だよね…」

 

 「…っ、あぁ」ハァハァ

 

 「じゃあ…」

 

 「わかってるよ。お邪魔虫の俺はさっさとここから消えるさ」

 

  と風間君は荷物を纏めて、ターフを去って行きました。

 

 「勝ったんだ…。私、風間君に勝ったんだ…!」

 

  嬉しかった。悔しい思いをして、ずっと不満だった彼にギャフンと言わせることが出来たのだから。

 

 「今日は気分が良いからこのまま走っちゃおうかな♪」

 

  と私は満足するまでターフを走りました。

 

 

  〜さらに翌日の夜〜

 

 「よう、サイレンススズカ」

 

  と風間君がまたやってきました。

 

 「…なに?」

 

 「この前のリベンジ」

 

  リベンジ…。あぁ、昨日の。

 

 「もしかして、根に持ってるの?」

 

 「負けず嫌いって言って欲しいな」

 

 「ふーん」

 

  やっぱり、根に持ってるんだ。

 

 「それで?俺もここを使いたいんだけど」

 

 「いいよ。けど、私に勝ったらね」

 

  と私と風間君はスタートラインに立つ。

 

 「ルールは?」

 

 「昨日と一緒。勝った方の要望を聞く」

 

 「うん、わかった」

 

  そして───────。

 

 

  カチッ。

 

 

 「「ッ!!」」ダッ!

 

  と風間君と私は同時にスタートしました。

 

 「ッ!」タタタッ

 

  私は昨日と同じように先頭に立ち、風間君が追う。

 

 「(これなら、昨日と同じように…!)」ダッ

 

  と昨日と同じように直線で加速し、そのまま第3,4コーナーを通過する。

 

 「(また、私の勝ちだね)」

 

  その時だった。

 

 

ビュンッッ!!!

 

 

 「え…」

 

  私の隣を凄い速さで駆け抜けいく姿がありました。

 

 「(なんで…、どうして…!)」

 

  そう、風間君です。風間君が私を抜かし、先頭に立ったのです。

 

 「(嫌だ、嫌だ!それは私だけの…、私だけの景色なの…!!)」

 

  必死に追い付こうとした私ですが、追いつけずゴールしました。

 

 「ハァハァ、ッハァハァハァ…」

 

 「…俺の、勝ちだ」ハァハァ

 

 「…ッ」ギリ ハァハァ

 

 「そんな表情(カオ)しても、ルールはルールだ。安心しろ、明日の夜(・・・・)までは俺が使うからな」

 

 「…」

 

  私は荷物を纏めてターフを出ました。

 

 「(悔しい…、悔しいッッ!)」グッ

 

  産まれて初めてこんなにも悔しいと思ったことはありません。とにかく、悔しかった。

 

 「…」チラ

 

 「…ッ、…!」タタタッ

 

  振り返ると風間君はターフで走っていました。

 

 「(負けない、今度こそ!!)」

 

  と私は風間君に再び勝つことを心に決めた。

 

 

  〜次の日の夜〜

 

 「(今日こそ、風間君に勝つんだ…!)」タタタッ

 

  と私は職員室に行き、鍵を貰おうとしたのですが…。

 

 「鍵?あぁ、鍵ならさっき他の生徒が取って行ったよ」

 

 「え…」

 

  と誰かが私より先に鍵を持って行ったそうです。

 

 「(一体誰が…、行ってみようかな)…わかりました、ありがとうございます」

 

  と職員室を出て、ターフへと向かいました。

 

 

  〜⏰〜

 

 「(私以外にターフを使う娘なんていないはずなのに…)」

 

  夜は基本的に走るウマ娘はいません。走ると言っても寮長からの外出届を出さないと走ってはいけないからです。

 

 「(一体誰が…あっ)」

 

  私はターフに着くなり、一人の人物に目を奪われました。

 

 「か、風間君…!」

 

  そうです、風間君が私より先にターフで走っていたのでした。

 

 「(あ…!)」

 

  昨日!風間君が言っていました。明日の夜(・・・・)までは俺が使う、と…。

 

 「(じゃあ、私が来ることを見越して…)」

 

  もし、本当にそうなら─────。

 

 「…!」

 

  私は急いでジャージに着替えて風間君の元へと向かいました。

 

 「か、風間君!!」

 

 「あ?」

 

  と休憩していた風間君が私の方を向きます。

 

 「なんだよ」

 

 「…この前のリベンジ」

 

 「なんだ?昨日のこと、根に持ってんのか?」

 

 「違うよ、根に持ってるんじゃなくて負けず嫌いって言って欲しいかな」

 

 「ふーん」

 

  と風間君は軽く準備運動を始めます。

 

 「それでどうするの?私もここ使いたいんだけど」

 

 「いいぜ。けど、俺に勝ったらな」

 

  と私と風間君はまたターフを賭けて勝負をしました。もちろん、今日は私が勝ちました。

 

  次の日も…。

 

 「俺の勝ちだ」

 

  また次の日も…。

 

 「私の勝ち」

 

  また次の日も…。

 

 「俺の勝ちだ」

 

  また次の日も…。絶えることない私と風間君の勝負。いつしかそれは、私の日常の一部になっていきました。

 

 

  〜数週間後〜

 

 「「ハァハァ、ハァハァハァ…」」

 

  私と風間君は今日もターフを賭けて勝負をしていました。

 

 「…今日は、私の勝ち、だね」

 

 「クソッ」チッ

 

  と勝負を終えた風間君は荷物を持ってターフから出ていこうとしていました。

 

 「ま、待って!」

 

 「?」

 

  と私は風間君を呼び止めました。

 

 「(言うんだ、今日こそ言うんだ…!)あ、あのね…、よかったらなんですけど…」モジモジ

 

 「?」

 

 「い、一緒にトレーニングしみゃせんか…!///」

 

 「しみゃ…?」

 

  か、噛んじゃったぁああ!!!私ってどうしてこういう時に限って噛んじゃうのよ〜!

 

 「今日はお前の勝ちだろ。お前が好きにトレーニングすればいいじゃねぇか」

 

 「じゃ、じゃあ、私のトレーニングに付き合ってくれませんか?」

 

 「いいのかよ、お前の勝ちなんだぞ」

 

 「う、うん…。いいよ…」

 

 「そうか。ならお言葉に甘えて付き合わさせてもらおう」

 

  と風間君は荷物を置いて私のところにやってきました。

 

 「それで?何すんだ」

 

 「えぇっと…、走る?」

 

 「主導権を握ってるお前が疑問形でどうすんだよ…。まあいいか、取り敢えず走るか」

 

 「う、うん…!」

 

  と私と風間君は2人並んでターフを走りました。

 

 「─────ちょっと休憩するか?」

 

 「う、うん。そうだ…そうですね」

 

  と私達は少し走った後、ターフの上で座って休憩をしました。

 

 「そういやお前、走るの好きなんだな」

 

 「ど、どうしてですか?」

 

 「どうしてって、顔見りゃ分かんだろ。座学よりも粋々してんぞ」

 

 「そ、そうなんですね…」

 

  私って結構顔に出てたりするのかな…?

 

 「か、風間君も走るのは好き…なんですか?」

 

 「俺か?俺は…そうだな」

 

  と風間君が少し考えてから…。

 

 「走ることもそうだが、身体を動かすのが俺はいいと思ってる」

 

 「身体を…?」

 

 「あぁ。スポーツしたりトレーニングしたり色々あるが、それを踏まえて俺は身体を動かすのがいいと思ってる」

 

  風間君って身体を動かすのが好きなんだ。

 

 「それと」

 

 「?」

 

 「敬語、やめろ」

 

 「ど、どうしてですか?」

 

 「簡単だろうが。俺ら同級生だぞ?敬語なんて堅苦しくて仕方ねんだよ」

 

 「う、うん。わかり…わかった」

 

  と私は風間君に敬語を止めるよう指摘された。

 

 「そんなんだから友達がいねぇんだよ(・・・・・・・・・)

 

 「…」ピク

 

  今、なんて言ったの?

 

 「ねぇ風間君、今何て言ったの?」

 

 「あ?そんなんだから友達がいねぇんだろって」

 

 「〜〜〜〜ッ!!!!」

 

  もう、限界ッッッ!!!!

 

 「わ、私にだって友達いるもん!!!

 

 「例えば?」

 

 「えぇと、ほら…。あの〜…」

 

  ダメ、全然出てこない…!(友達0人)

 

 「…」

 

 「そ、そういう風間君は友達いるの!?」

 

 「いるけど?元いた学校に。今でも連絡取ってる」

 

 「…」ズーン…

 

  嘘でしょ、絶対にいないと思ってた…。

 

 「で、でもこの学園じゃないでしょ!?だったら友達いないじゃん!!」

 

 「お前と違ってすぐに出来るよ」

 

 「私のほうがすぐ出来るもん!」

 

 「どうだか」

 

  と風間君は立ち上がる。

 

 「まあ、今のお前ならすぐに出来るよ。友達なんてな」

 

 「え?」

 

 「最初の頃のお前はずっと遠くから眺めてるような感じの奴だった。自分からアクションを起こすようなことをしなかった」

 

 「…」

 

 「けど、今はどうだ?自分からアクションを起こせるようになって、感情的にもなれて…。意見も言えるようになってる。それこそ、友達作りの第一歩なんだよ」

 

  と風間君は私の方を見て、こう言った。

 

 「些細なことがきっかけで友達になれたりするんだよ。例えばクラスにいる奴に挨拶とかな。それだけでも変わるものがあるんだよ」

 

  と風間君は自分の荷物を持つ。

 

 「もう時間だ。お前も早く寮に戻れ。鍵は俺が閉めといてやるよ」

 

 「う、うん。ありがとう…」

 

  と私も自分の荷物を持って寮へと急いで戻った。

 

 

  〜翌日〜

 

 『些細なことがきっかけで友達になれたりするんだよ。例えばクラスにいる奴に挨拶とかな』

 

 「(挨拶…、挨拶…)」

 

  と私は風間君に言われたことを寮に戻ってからずっと考えていました。挨拶って、おはようとかでもいいのかな…。

 

 「(う〜ん、挨拶ってこんなにも悩むものだったっけ…)」

 

  と私は校舎の周りを歩いていると…。

 

 「Hmm,what should I do.」ガサガサ

 

 「(あれ?あの子、どうしたんだろう…)」

 

  と植木のところをゴソゴソとしているウマ娘がいました。

 

 「…ヨシ」

 

  と私はその娘に近づいて…。

 

 「こ、こんにちは…!」

 

 「?」パッ

 

  と植木からウマ娘が顔を出しました。

 

 「Oh! Hello,my name is Taiki Shuttle! Nice to meet you」

 

 「な、ナイストゥーミートゥー…」

 

  と植木から出て来たウマ娘は立ち上がって手を差し出して来ました。私は少し戸惑いましたが彼女の手を取り、握手をしました。

 

 「え、えぇと、今何をされていたんですか…?」

 

 「? Excuse me. I just came to Japan and don't understand Japanese.」

 

 「ど、どうしよう…」オロオロ

 

  この娘は間違いなく外国のウマ娘。日本語が理解出来ないと思います。でも、私も英語が話せる訳ではないし、彼女の言っていることが理解出来ません。

 

 「Hah! I can't stay this way!」ガサガサ

 

  と彼女は何かを思い出したかのように再び植木の方へと顔を向けて、また植木をゴソゴソとしていました。

 

 「(な、何かを探しているのかな…?)」

 

  と私は彼女に近づき、何をしているのかを聞いてみました。

 

 「えぇと…な、ナニをシテルんデスカ…?」(本人はめっちゃ英語を喋ってる感じ)

 

 「Um ... I actually dropped the earrings I got from my mom ... I have to find it early.(あの…、実はママからもらった耳飾りを落としてしまって…。早く見つけないといけないんです。)」

 

 「そ、ソウナンですネ…!(何言ってるか、全くわからないわ…)」

 

  よく分からないけど、何かを探してはいるみたい。

 

 「て、手伝うよ…!」ガサガサ

 

 「?」

 

  と私は彼女の隣に座って落とし物を探しました。

 

 

  〜⏰〜

 

 「ん?これって…」スッ

 

 「!That! That one! What I was looking for was that earring!(それ!それです!私の探していたのはその耳飾りです!)」

 

  と私は緑の星型の耳飾りを彼女に渡す。

 

 「どうぞ」ハイ

 

 「Thank you!! 」

 

  と彼女は耳飾りを右耳につけて、とても嬉しそうでした。

 

 「じゃあ、私はこれで…」

 

 「! Stop!!」パシッ

 

  と私は彼女に手を掴まれました。

 

 「I haven't heard your name yet. What's your name?(まだあなたの名前を聞いていませんでした。あなた、名前は?)」

 

 「ネイム…名前かしら。私は、サイレンススズカって言います…」

 

 「Silence Suzuka ...! Thank you Suzuka! You are a lifesaver for me!(サイレンススズカ…!ありがとうスズカ!あなたは私にとって命の恩人です!)」ダキッ

 

 「え…、ちょっと!急にそんな…。く、苦しい…」

 

  私は彼女に急に抱きつかれ、息が出来ません。

 

 「だ、誰か…、助け…」

 

 「お前ら、何やってんの?」

 

 「?」

 

  この声、もしかして…。

 

 「か、風間君…?」

 

 「そうだが?」

 

 「か、風間君…、助け、て…い、息が…」

 

 「…」

 

  と風間君は抱きつく彼女の肩に手を置いて…。

 

 「苦しいってよ。離れてやれ」

 

 「?」ギューッ

 

 「風間君、その娘…、外国の、娘なの…」

 

 「…。This guy is painful. Let go.(コイツが苦しいってよ。離してやれ。)」

 

 「! Oh,sorry.」パッ

 

  と彼女は私を開放してくれました。…苦しかった。

 

 「What's your name? What are you doing in a place like this.(アンタ、名前は?こんなところで何してる。)」

 

 「I'm the Taiki Shuttle! I dropped my earrings and had Suzuka help me find them!(私はタイキシャトルです!私は耳飾りを落としてしまって、スズカに探すのを手伝ってもらってました!)」

 

 「なるほどね」

 

  と風間君は頷きながら彼女の話を聞いていました。

 

 「風間君、もしかして英語喋れるの?」

 

 「まあな。んで、タイキシャトルは見たところ留学生か?」

 

 「???」

 

 「Taiki Shuttle, are you an international student at this school?(タイキシャトル、お前はもしかしてこの学園の留学生か?)」

 

 「Taiki is fine! Yes, I'm an international student from the United States!(タイキで結構です!そうです、私はアメリカから来た留学生です!)」

 

 「な、なんて言ってるの…?」

 

 「コイツはここの留学生だとよ。名前はタイキシャトル」

 

 「そ、そうなんだね…」

 

  と私は風間君の凄さに唖然としていました。

 

 「Taiki, if you're an international student, you have to go to the chairman's office, right?(タイキ、お前留学生なら理事長室に行かないと行けないんじゃないのか?)」

 

 「Ah! That's right!(あ!そうでした!)」

 

  とタイキシャトルさんは走り出しますが、すぐに止まってしまいました。

 

 「Um ... can you guide me to the chairman's office?(あの…、理事長室まで案内してくれませんか?)」

 

 「…サイレンススズカ、タイキシャトルを理事長室まで案内してやれ」

 

 「え…?私?」

 

 「あぁ、いい機会じゃねぇか。お前に友達が出来るかもよ」

 

  と風間君は私に理事長室までの案内を託して、何処かに行こうとしました。

 

 「Let's all go together!(じゃあ、皆で行きましょう!)」

 

  とタイキシャトルさんは私と風間君の腕を掴み、校舎の中へと入っていきます。

 

 「ちょ、ちょっとタイキシャトルさん!?」

 

 「Suzuka is also good with Taiki! Because we are friends!(スズカもタイキでいいですよ!私達は友達ですから!)」

 

 「ふ、フレンド…?」

 

 「Yes! We are already friends! That's true? Boy(はい!私達はもう友達ですよ!そうだよね?ボーイ)」

 

 「…まあ、サイレンススズカからにしたらそうじゃないのか?」

 

 「…友達」

 

 「言ったろ?些細なことがきっかけで友達なんていくらでも出来るって。お前とタイキシャトルがそうじゃねぇか」

 

 「…」

 

  友達、私の友達…。

 

 「By the way, what's your name?(そういえば、あなたの名前は?)」

 

 「Touma Kazama」

 

 「Then it's a Touma! Nice to meet you!(でしたら燈馬ですね!よろしくです!)」

 

 「はいはい、nice to meet you too」

 

  と私と風間君はタイキシャトル、基タイキに引きずられながら理事長室まで案内しました。

 

 

  〜放課後〜

 

  私はいつも通り風間君とトレーニングをしていました。今は休憩でターフの上で座っています。

 

 「…今日のあのウマ娘、タイキシャトルだっけ?なんつーパワーしてんだよ」

 

 「そうだね、理事長室の扉が壊れるくらいだったね…」

 

  あの後、理事長室の扉を思いっ切り開けたタイキは理事長室の扉を壊してしまい、私と風間君とたづなさんで直す作業をしました。理事長室の扉って結構頑丈に作られてたような…。

 

 「それに、よかったじゃないか。お前の初めての友達だぞ」

 

 「なんか、バ鹿にされてるような気がするんだけど…」

 

 「さあな」

 

  と風間君はそっぽを向く。

 

 「まあ、この調子でどんどん友達作っていけば?いずれ出来るかもよ、友達100人」

 

 「風間君はいいの?」

 

 「俺にはもういるし」

 

 「でも、この学園じゃないでしょ?」

 

 「…」ポリポリ

 

  と風間君が頭を掻く。いいことを思いついた。

 

 「じゃ、じゃあ、私が風間君の友達になってあげよっか…?」モジモジ

 

 「は?」

 

 「だ、だって風間君は友達いないでしょ?だから、私が風間君の友達になってあげうかなって…」

 

 「別に、無理に気ぃ使わなくていいよ」

 

 「無理になんかじゃないよ!」バッ

 

  と私は勢いよく立ち上がって風間君の前に行く。

 

 「風間君が言ったんだよ、些細なことがきっかけで友達になれるって…。私と風間君の出会ったきっかけはターフをかけたレースなの。だから…、だから私達は友達だよ!!」

 

  自分でも何言ってるかわからない。けど、タイキは私達のことを友達だって言ってくれた。それなら、風間君と私はもう友達のはず…!

 

 「だから、風間君私と…、私と友達になってください!!」

 

 「…」

 

  ダメ…、だったのかな…。

 

 「な〜にが友達になってくださいだ」スッ

 

  と風間君は立ち上がって準備運動を始める。やっぱり、ダメだったのかな…。

 

 「お前が言ったんだろうが、俺とお前は友達って。そんなこと言わなくてもいいだろうが」

 

 「じゃ、じゃあ…!」

 

 「あぁ。よろしく頼むぞ、サイレンススズカ」

 

  嬉しい…。私は目から出そうになった涙を堪える。だって、風間君は私にとって“最初で初めての友達”だから。

 

 「…うん、よろしくね!」

 

  と私は風間君の傍に寄る。

 

 「ねぇ風間君、風間君のこと…、下の名前で呼んでもいいかな?私のことはスズカって呼んでほしい」

 

 「下の名前ねぇ…、いいぞ」

 

 「ホント!じゃあ「ただし」?」

 

 「俺に勝ったらな」ダッ

 

  と風間君は勢いよく走り出して行った。

 

 「な、何よそれ!ま、待ってよ〜!」ダッ

 

  と私も走り出し、風間君を追いかけました。

 

 

 

  〜数日後〜

 

 「おはよう、燈馬君(・・・)!」

 

 「あぁ、おはようスズカ(・・・)

 

  と私は風ま…、燈馬君に挨拶をする。

 

 「今日、燈馬君って日直だったよね?ちゃんと仕事しなきゃダメだよ?」

 

 「お前は俺のおかんか。ちゃんとやるよ」

 

 「そう言ってまた、サボってたじゃん。私も手伝うから一緒にやろうよ」

 

 「…」

 

  と燈馬君は私が指摘すると窓側を向いてしまった。

 

 「ハ〜イ!スズカ、トウマー!!」ガラガラ!

 

 「おはよう、タイキ」

 

 「グットモーニングデ〜ス!スズカ、トウマ!ん?トウマはどうして外を見ているのデスか?」

 

 「燈馬君、最近日直をサボってるの。だから私と一緒にしよって言ってたの」

 

 「Oh!トウマ、サボりはノーノーデスよ!ワタシも手伝いマ〜ス!!」

 

 「あのな、それくらい一人で出来る。俺はお前らのガキじゃねぇんだからな」

 

 「じゃあ燈馬君がちゃんと日直をするか見ておくわ」

 

 「…好きにしろ」チッ

 

  と燈馬君は顔を突っ伏してふて寝をしてしまった。

 

 「そういえば、スズカ!また日本語を教えてくだサ〜イ!ワタシ、もっと日本語勉強したいデ〜ス!!」

 

 「えぇ、わかったわ。また昼休みね」

 

 「約束デ〜ス!トウマ、アナタもちゃ〜んと来てくだサイね〜!」

 

  とタイキはそのまま教室を去って行った。

 

 「(毎日がとっても楽しいな)」

 

  初めて友達が出来て、この上なく楽しい学園生活を送る私でした。そして─────。

 

 「(燈馬君、貴方は私にとっても初めてで最初の友達。そして、初めての“ライバル”)」

 

  燈馬君はそう思ってはいないと思う。けど、私にとっては燈馬君はライバルそのものだった。だから、私は燈馬君に勝つ為に燈馬君を超えるために頑張るから!!!

 

  私はこの学園に来て初めての友達と初めてのライバルを手に入れることが出来た。

 

 

 

 

 

 

  〜そして現在へ〜

 

 「へぇ、スズカ先輩と風間先輩にそんな過去があったんすね」

 

 「えぇ、私もスズカ先輩のそんな話、初めて聞いたかも」

 

 「そうね、このことは誰にも話してなかったから」

 

  私はお見舞いに来てくれたトレーナー達に私と燈馬君の出会いの話をしていた。

 

 「今の私があるのは、燈馬君のおかげだと思ってるの。燈馬君はそんなことないって思ってるかもしれないけど、私にとっては燈馬君がいなかったらずっと一人だと思うくらいなの」

 

  燈馬君が私を変えてくれた。今の私があるのは全部燈馬君のおかげ。燈馬君には本当に感謝してる。

 

 「(だから、早く会いたいな。燈馬君)」

 

  私は心の中で彼との再会を願った。




 読んで頂きありがとうございます。

  スズカと主人公の出会い、どうでしたか?タイキの英語の部分、めっちゃしんどかったんだけど…。

  それでは皆さん、次回もお楽しみに〜


  それでは、また〜


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不器用

 1月ももう終わり。時間の流れというのは早いものですね。そろそろ花粉の季節か…。花粉症いやだな〜、辛いし。





  それでは、どうぞ


  〜トレセン学園・立花side〜

 

 「ねぇ燈馬君、ちょっとトレーニングのし過ぎじゃないかな」

 

 「…別に、いつも通りの量をこなしてるだろ?」

 

 「違うでしょ。アンタ、別のところでトレーニングしてるんじゃないの?」

 

  とタイシンさんが燈馬君の現状を見てそう言った。今の燈馬君の現状は簡単にいうとに酷く疲れ切っている、いわゆる“オーバーワーク”だ。この前の“秋の天皇賞”を獲ってからというもの全く休まずトレーニングをしている。このまま行くと燈馬君の身体は間違いなく壊れてしまう。折角、クラシック三冠とトリプルティアラを獲ったというのにここで終わってしまうのはあんまりだ。何とかして、燈馬君を休ませてあげたい。

 

 「…じゃあ、俺はトレーニングの続きをする」タタタッ

 

 「あ、燈馬く…」

 

 「アイツ、何ヤッケになってんのよ」

 

 「何があったんでしょうね〜…」

 

  とタイシンさんやクリークさん、他のメンバーも燈馬君のことを心配している。何か燈馬君の気分転換になれるようなことはないだろうか。

 

 「トレーニング中、失礼するよ」

 

 「…シンボリルドルフ会長」

 

  とシンボリルドルフ会長が後ろからやって来た。

 

 「ルドルフじゃん、どうかしたの?」

 

 「ふむ、実は燈馬に用事があってきたのだが…。見るからに話しかけづらい雰囲気だな」

 

 「すみません、燈馬君連れて来ましょうか?」

 

 「いや、構わない。日を改めてまた来るよ」

 

  とシンボリルドルフ会長は帰ろうとする。

 

 「待ってください、シンボリルドルフ会長!」

 

 「ん?なんだい、クレアのトレーナー」

 

  と僕は帰ろうとするシンボリルドルフ会長を呼び止める。

 

 「差し支えなければでいいんですが、燈馬君に用事とは一体なんなのか聞いてもいいですか?」

 

 「…隠すことでもないしな。構わないよ」

 

  とシンボリルドルフ会長は僕の方に向き直る。

 

 「実はね、燈馬にスズカのお見舞いに行くよう言いに来たんだ。まだ彼はスズカのところに行っていないからね」

 

 「えっ、燈馬君まだサイレンススズカさんのところに行ってないんですか!?」

 

  うむ、と頷くシンボリルドルフ会長。あんなにも行くんだよって言ったのにまだ行っていなかったのか…。あ、そうだ!

 

 「シンボリルドルフ会長、実はお願いしたいことがありまして…」

 

 「お願い?してそれは」

 

 「実は──────。」

 

  と僕はシンボリルドルフ会長にとあることをお願いした。

 

 

 

  〜次の日〜

 

 「さて、今日のトレーニングメニューなんだけど…」

 

  と僕はチームのみんなにメニューを発表しようとした時だった。

 

 「クレアのみんな、トレーニング中に失礼するよ」

 

  とシンボリルドルフ会長が昨日と同じように僕達のところにやってくる。

 

 「実はチームメンバーの一人に用があってね。燈馬、君だ」

 

 「俺?何の用だ」

 

 「燈馬、君はまだスズカのお見舞いに行ってないだろう。だから、私と一緒にお見舞いに行くぞ」

 

 「見舞いなら空いてる日に行くよ。今日はトレーニングがあるんだ。パスする」

 

 「ダメだ。この前もそう言って結局行かなかったじゃないか。スズカも言っていたぞ、“早く会いたい”と」

 

  とシンボリルドルフ会長が言うも燈馬君は動こうとしない。

 

 「…」チラ

 

  とシンボリルドルフ会長が僕の方を見てアイコンタクトを取ってくる。もちろん、わかってますよシンボリルドルフ会長。

 

 「じゃあ、今日のメニューを言うね。まず、アップをしたらタイシンさんとクリークさん、ライスさんはラダートレーニング。シービーさんとオグリさんは坂路ダッシュ。そして…」

 

  と僕は燈馬君の方を見る。

 

 「そして、燈馬君は今からシンボリルドルフ会長と一緒にサイレンススズカさんのお見舞いに行ってもらいます」

 

 「…は?」

 

  と燈馬君は拍子抜けた顔をする。

 

 「それじゃあ、後はよろしくお願いします。シンボリルドルフ会長」

 

 「承知した。行くぞ、燈馬」

 

  とシンボリルドルフ会長は燈馬の腕を掴み、ターフを出て行った。後は頼みました、シンボリルドルフ会長。

 

 「いいな〜、ねぇトレーナー!私もスズカのお見舞いに行ってもいい?」

 

 「ダメです。それにシービーさんはW・D・Tが控えているじゃないですか。今日はトレーニングです」

 

 「え〜」

 

 

 

  〜燈馬side〜

 

 「ま、待て!スズカの見舞いは今度行くから「そう言って行かなかったのはどこの誰だい?」…っ」

 

 「君はもう少し他人の気持ちを考えてやれ」

 

 「後で行くって言って「それから、君のトレーナー君から聞いたが天皇賞が明けてから随分と無理するようになったと聞いた。身体を休めるという意味も含めて今からスズカのところに行くぞ」…」

 

  と俺はルドルフに引っ張られながらスズカのいる病院へと向かっている。正直な話、スズカのところには行きたくはない。別にスズカに会いたくないとかそういう意味ではない。ないんだが…。

 

 「とにかく、今からスズカのところに行って顔を見せに行くぞ」

 

  とルドルフは病院への歩みを早めたのであった。

 

 

  〜病院〜

 

 「ここだ。ここにスズカがいる」

 

  とルドルフがある一室の前に立ち止まる。この病院は都内で最も大きいとされる“北原総合病院”だ。この病院は眼科や皮膚科だけでなく、ウマ娘の診断も受け持っており、名の知れた病院なのだ。

 

 「なぁルドルフ、やっぱり見舞いは「ここまで来てまさか帰るなんてことは、言わないだろうな?」…いえ行きます、行きましょう」

 

  とルドルフが病室のドアを開ける。部屋には大きなベッドが一つ置かれており、その上には病衣を着たウマ娘が窓の外を眺めていた。

 

 「お見舞いに来たよ、スズカ」

 

 「…会長さん」

 

  とルドルフはスズカの病室へと入って行く。

 

 「これはお見舞い品とエアグルーヴから花を受け取ったんだ。今、取り替えるよ」

 

  とルドルフは花瓶に入っていた花を抜き、新しく花を生ける。

 

 「ありがとうございます、会長さん」

 

 「気にしなくていいんだ。それより…」

 

  とルドルフが俺の方を見る。

 

 「そんなところに突っ立ってないで君も早く入りたまえ」

 

 「(入りたくねぇ…)」

 

 「それとも、私が無理矢理にでも部屋に入れたほうがいいかな?」

 

  とルドルフが目を細めて圧をかける。はぁ…、覚悟を決めて入るしかないか。

  俺は一度深呼吸をして病室に入る。

 

 「!燈馬君!」ピコピコ

 

  と俺の顔を見るにスズカの表情が一気に明るくなる。それと同時に耳も激しく動いてる。

 

 「燈馬君、やっと来てくれたんだ…!」

 

 「あぁ。やっと連れて来ることが出来たよ。何回も何回もスズカのところに行くのを渋っていたからな」

 

 「別に渋ってなんか「ならなぜスズカのお見舞いに来なかったんだい?」…」

 

  ホント痛いとこつくんだよなぁコイツ。…はぁ。

 

 「…自分の力不足に嫌気が差したのさ」

 

 「燈馬が力不足…?」

 

 「そうだよ。俺はあの場にいた奴ら全員を助けることは出来なかった。だから力不足なんだよ」

 

 「そんなことはない、君が力不足な訳ないじゃないか。君で力不足というなら私はなんだと言うんだ燈馬。私はあの場に佇むことしか出来なかった。けど、君はあの場にいて10人ものウマ娘を救ってくれた。それだけでも凄いことなんだぞ」

 

  俺の言葉にルドルフが反論する。ルドルフの手は力一杯握り締めていた。

 

 「じゃあ聞くけどよルドルフ」

 

 「なんだ?」

 

 「もし、あの時…あのレースでスズカが亡くなったらって考えたことはあるか?」

 

 「…え?」

 

  俺の問いかけにルドルフとスズカが固まる。

 

 「ウマ娘は時速60kmで走る。最高で7,80近くは出る。そんな中で転倒もしくはそれな近いことが起きたらどうなると思う」

 

 「そ、それは…」

 

 「言わなくていい」

 

  とルドルフの言葉を遮る。言わなくたって分かる、それはまさに“死”に直面することだ。

 

 「時々思うんだ、“スズカと他の奴らを同時に救うことが出来たんじゃないか”ってな。そう思ってると自分の情けなさに嫌気が差してな…」

 

  と自分の中にあった想いを言う。ババアに言われた、“お前はよくやった”、“私情を捨てて周りを助けた”と。けど、ちゃんと助けれたかは実感がなかった。もしかしたら、他にも手段があったんじゃないかって。

 

 「ねぇ燈馬君」

 

 「…なんだ?」

 

 「こっちに来て」

 

  とスズカに呼ばれ、スズカのところに行く。

 

 「もっと近く」

 

 「…だから、なんなんだ『ムニッ!』ふぇ?」

 

  とスズカが急に俺の頬を引っ張ったりグリグリしたりと遊び始めた。

 

 「ど、どうしたんだスズカ!?燈馬の顔を急に…」

 

 「ふぁんぬぁんだ、くぅうひぃ(なんなんだ、急に)…」

 

 「…ぷ、ふふふ…!燈馬君って面白いね」クスクス

 

  とスズカは笑いながら俺の顔をいじる。…はぁ。

 

 「…もぉ、ひぃだ「ねぇ燈馬君」ん?」

 

 「私、燈馬君のこと責めたりしないから」

 

  とスズカが俺の顔から手を離し、俺の手をとる。

 

 「燈馬君は自分のことを責め過ぎだよ。お祭りの時にも言ったじゃない、“自分を責めないで”って」

 

 「…」

 

 「だから自分を責めちゃダメだよ?」

 

 「…スズカの言うとおりだ燈馬。君は自分を責め過ぎている。今回の天皇賞は燈馬のせいなんかじゃない」

 

  とルドルフもスズカの言葉に賛同する。

 

 「それにね燈馬君、私は燈馬君のことを軽蔑したりしないから」

 

 「!」

 

 「本当は助けて欲しかったよ。あのまま転んじゃったりしたらもう燈馬君と…みんなと走ることが出来ないんじゃないかって。とっても怖かった…。けどね、もっと怖かったことがあるの…」

 

 「…」

 

 「燈馬君と会えないんじゃないかって。もう二度と会えないんじゃないかって…。怖かった…」

 

  とスズカの目には沢山の涙が溜まっていた。

 

 「だからお願い燈馬君…、今日だけでもいいから側にいて…」ポロポロ

 

  とスズカが俺の腕にしがみついて涙を流す。

 

 「…わかった。今日はお前の隣にいるよ」

 

  と俺はスズカのベッドの端に座り、スズカが泣き止むまで背中を擦ったり、頭を撫でてやったりした。

 

 

  〜⏰〜

 

 

 「なあ、スズカ?…もういいんじゃないのか?」

 

 「ダメ、まだ燈馬君の温もりを感じたいの」ギューッ

 

  とスズカが泣き止んでから数十分が経った。スズカは俺の腰に腕を回して抱きしめている。オマケに尻尾も腰辺りに巻き付かせて。

 

 「私、まだ許してないからね。お見舞いに来なかったこと」

 

 「でも今日ちゃんと来「会長さんと一緒にだよね?私は一人で来てほしかったんだけど」えぇ…」

 

  とこの有り様だ。試しにルドルフの方をチラリと見る。

 

 「(うわぁ〜…、笑ってるけど目が笑ってねぇ…。耳も後ろに倒れてるし、なんか変なオーラも出てるし)」

 

  スズカがしがみついてからはずっとこの調子だしな〜。

 

 「(変に出てこれないんだろうな、ルドルフ。無理矢理引き剥がせばスズカの機嫌が損なわれるのを知ってるから)」

 

  とルドルフから目を離し、このあとどうするかを考える。もういい時間だし、トレセン学園生はもう下校時間を過ぎている。

 

 「(取り敢えずルドルフを寮まで送ってそれからアマさんに…)「ねぇ燈馬君」ん?」

 

 「今、他の娘のこと考えてたでしょ」

 

 「え…」

 

 「燈馬君、今日は私の隣にいるんだよね?だったらなんで他の娘のこと考えてるの?私のことよりも他の娘が優先ナノ?」

 

 「い、いや…そんなこと…」

 

 「そんなことないよね?燈馬君に限ってそんなことないよね?ず〜っと側にいてくれる燈馬君が他の娘なんて考エナイヨネ?」

 

  なにこれ、どういう状況?俺が悪いの?いや確かにルドルフをどうするか考えてたけど…。

 

 「それはないんじゃないのかい?スズカ」ギシ

 

  とルドルフが隣に座ってくる。

 

 「ル、ルドルフ…?」

 

 「今はトレセン学園の下校時間を過ぎていて今から帰れば寮の門限には間に合わないし、寮長のアマゾンに苦言の一つや二つがある。それに私としたことが外出届をアマゾンに出してはいない。それに日が落ちるのも早くなって外は真っ暗だ。この状況で、か弱い女の子を一人で外に出して歩かせてはいけないからね」

 

  とルドルフが流暢に話し始める。

 

 「ル、ルドルフ…お前何言って…」

 

 「ん〜?何とは?」

 

  とルドルフが笑って距離を近づけてくる。

 

 「君の考えていたことを言っただけなのだが、それがどうかしたのかな?」ボソ

 

  と小声で話す。コイツ…。

 

 「…やっぱり考えてたんだ」ギューッ

 

 「ス、スズカ…?」

 

 「ダメじゃないか燈馬、ちゃんとスズカの隣にいると言った君が他の娘のことを考えるなんて」

 

 「それはお前が!」

 

 

   ガラガラッ!

 

 

 「盛り上がってるところ申し訳ないんだけれど面会時間は終了したからお見舞いに来た君達は早く帰るんだよ」

 

 「先生…」

 

  と一人の男性医とナースが入ってくる。

 

 「やあ燈馬君、久しぶりだね」

 

 「お久しぶりです、北原(きたはら)さん」

 

  と男性医、北原 亮(きたはら りょう)さんが近づいてくる。北原さんはこの病院の院長だ。

 

 「今日はサイレンススズカさんのお見舞いかい?」

 

 「そうです。ルドルフに連れられて」

 

 「そっかそっか。サイレンススズカさん、燈馬君が来ないからってずっと心配していたんだよ?余り、女の子を不安にさせちゃダメだからね」

 

 「…はい」

 

  と北原さんは椅子を持って来てスズカの近くに座る。

 

 「サイレンススズカさん、体調の方はどうですか?」

 

 「はい、大丈夫です…」

 

 「そっかそっか。足のほうはどうかな?」

 

 「特に痛みはありません…」

 

 「オッケー、じゃあ明日の朝にも来るから何かあったらナースコールしてね?」

 

 「はい、ありがとうございます」ギューッ

 

  と軽い問診のようなものを行うと北原さんは立ち上がって扉のところに向かう。

 

 「さ、君達も帰った帰った」ガラガラ

 

  と扉を開けて俺達が退室するよう言う。

 

 「私達も帰ろうか燈馬。先生達を困らせてしまう」

 

 「そうだな、スズカそろそろ離し「いや」…」

 

  と立ち上がろうとする俺を離さんばかりに抱き締める。

 

 「もう終わりだスズカ、また来るよ」パッ

 

  とルドルフがスズカの腕を掴み、拘束を解く。

 

 「〜〜〜〜ッ」プク〜

 

  とスズカは俺が離れたことでタコのように頬を膨らませる。

 

 「じゃあ俺は「待って」今度はなんだ?」

 

 「これ」

 

  とスズカはマジックペンを俺はに渡す。

 

 「ここに書いてほしいの」

 

  とギブスを指差す。ギブスにはたくさんのメッセージが書かれていた。もちろん、ルドルフのもあった。

 

 「お願い…」

 

 「…わかったよ」

 

  と俺はマジックペンの蓋を外し、ギブスにメッセージを書く。

 

 「…これでよし。じゃあ俺らは帰るから」

 

 「またな、スズカ」

 

 「また来てね。燈馬君、会長さん」

 

 「「あぁ」」

 

  と俺とルドルフは病室を出る。それに続いて北原さんも退室した。

 

 「ねぇねぇ燈馬君♪」

 

 「なんですか、北原さん」

 

 「サイレンススズカさんと燈馬君はどういった関係なの?」

 

 「友達でライバルです」

 

 「え〜、ライバルはともかくあんな雰囲気で友達は違うんじゃな〜い?もっとこうさ“彼女”的な「先生」ん?…!?」

 

 「すみません先生、私達は今すぐに帰らないといけない用事が出来たようなのでこれで失礼しますね」ニコニコ

 

 「え、あ…うん。気をつけてね」

 

 「はい、それではスズカのことお願いします。行こうか燈馬」ガシッ

 

 「え、あ、あぁ…」

 

  と俺はルドルフに腕を掴まれ病院を後にする。

 

 「お、おいルドルフさっきから何怒ってんだ?」

 

 「私は怒ってなどいないさ。病室で楽しくイチャイチャしていた君とスズカに嫉妬なんてするはずないじゃないか」

 

  うわ〜、めっちゃ怒ってるし嫉妬してんじゃん。

 

 「私だって燈馬とイチャイチャしたいし…、彼女って言われたいんだぞ…

 

 「何かいったか?」

 

 「何も言ってない!」グルッ

 

  とルドルフは自分の尻尾を俺の腰に巻きつけ、腕にしがみつく。

 

 「あの〜、これは?」

 

 「スズカは良くて私はだめなのか?」

 

 「何でもありません」

 

  と俺はルドルフを送るべく寮へと向かう。

 

 「そういえば、君はギブスに何て書いたんだ?」

 

 「あぁ、あれか。“秋の天皇賞で会おう”って書いた」

 

 「君らしいな」

 

 「まあな」

 

  俺はあの天皇賞を勝ったなんて思っちゃいない。スズカに勝ってこそ本当の勝利と言える。だから秋の天皇賞の盾はスズカに勝つまではお預けだ。

 

 「今からお前を寮に送るよ。外出届はちゃんと出してるんだろうな?」

 

 「それが…、その…」

 

 「?なんだ」

 

 「すまない、本当に外出届を出していなくてだな…。さっきアマゾンから『どこにいんだ!』って連絡が…」

 

 「マジ?」

 

 「あぁ…、すまない…」

 

  俺は寮に着くなりアマさんにルドルフのことを説明。アマさん曰く、今回は俺の顔を立ててくれるそうでルドルフの件なかったことにしてくれるそうだ。因みに…。

 

 「アンタ、後ろには気をつけなよ」

 

  とアマさんが俺にそう言って寮へと戻って行った。

 

 「(どういう意味なんだ?)」

 

  と俺はアマさんの言葉の意味を考えながら家に帰った。

 

 

 

  〜メジロ家・メジロドーベルside〜

 

 「相変わらずバカみたいに広い家だね〜。もう少し小さくはならんのかい?」

 

 「そう言われましても、建ってしまった以上小さくなんて出来ませんよ」

 

 「そうかい」ゴク

 

  とお婆様に来たお客様、風間史子さんはソファに座り机に置かれたティーカップの紅茶を一息で飲む。

 

 「ふぅ〜。…アサマ、この前言った通りさ。そこにいるメジロドーベルを有馬記念に出走させてあのクソガキを負かして欲しいのさね」

 

 「え…」

 

  私が有馬記念を…?

 

 「えぇですが、なぜドーベルなんです?他にもライアンや他のウマ娘もいます。なのに…」

 

 「メジロドーベル」

 

 「は、はい!」

 

  と私は名前を呼ばれて姿勢を正す。

 

 「アンタ、なんの為に走ってるんだい?」

 

 「なんの為、ですか?」

 

 「そうさね」

 

 「…私は、クラシックで夢を叶える為に走っていました。けど、その夢も叶わなくなりました。燈馬さんがトリプルティアラを獲ったので…」

 

 「…そうか「でも」?」

 

 「また新しく夢、というより目標が出来たんです。というより強くなったんです(・・・・・・・・)

 

 「ほう?それは聞いてもいいのかい?」

 

 「はい。私の目標は“燈馬さんに勝つこと”です…!」

 

 「ドーベル…」

 

 「私は燈馬さんに憧れていました。中等部からの目標だったんです。燈馬さんに勝ちたい、その一心もあって辛いことも乗り越えることが出来たんです。だから…」

 

  と私は膝に置いていた手を握りしめる。

 

 「私は燈馬さんに勝ちたい!もう走る機会はないと思っていましたけど、チャンスがあるなら、そこで燈馬さんに勝ちたいです!」

 

 「クククッ、ハハハハッ!!!」

 

  と風間さんは急に笑い始める。

 

 「あの、私…変なこと「いやいや、どこもおかしくはないさねメジロドーベル」は、はい…」

 

 「さて、アサマ。アンタの娘がこう言ってるんだ、どうすんだい?」

 

  と風間さんはお婆様に問いかける。

 

 「…ッ」

 

  お婆様は難しそうな顔をしていた。

 

 「お婆様。私、有馬記念に出たい。辛いことはわかってる。けど、もし走れるなら…あの人と走れるなら走りたい!だから、お願いします!」

 

  と私は頭を下げる。あの人と走れるなら私は…。

 

 「顔を上げなさい、ドーベル」

 

 「…お婆様?」

 

 「……わかりました、ドーベルを有馬記念に出走させます。私からアナタのトレーナーに言って出してもらえるよう頼んでみるわ」

 

 「お婆様、…ありがとう!」

 

 「いいのよ、可愛い孫が頼んで来るのです。反対しないわけありません。ただ、出るからには必ず勝ちなさい。いいね?」

 

 「はい!!」

 

 「…それで、燈馬さんにはどうやって勝つのですか?」

 

 「な〜に、あのクソガキには弱点(・・)があるさね」

 

 「「弱点?」」

 

 「そうさね。聞くかい?」

 

  と風間さんは私とお婆様を交互に見る。

 

 「…大丈夫です。私は私の実力で燈馬さんに勝ちます」

 

 「なら有馬記念、頑張るんだよ」

 

 「はい、ありがとうございます」

 

 「ドーベル、今日は遅いから泊まって行きなさい。朝に学校へ送ってあげるわ」

 

 「ありがとうお婆様。私、部屋に戻るね」

 

 「えぇ、ゆっくりお休み」

 

  と私はお婆様の部屋を出て、自室に戻る。

 

 「(燈馬さん、私はアナタに勝つ!!)」

 

  と私は有馬記念への闘争心を燃やす。必ず勝つためにも明日からのトレーニングも厳しく行かなくちゃ!

 

 

 

 

  〜史子side〜

 

 「あの、史子さん」

 

 「なんだい、アサマ」

 

 「先程、仰られてた燈馬さんの弱点とは一体…」

 

 「おや、気になんのかい?」

 

 「いえ、むしろ燈馬さんには“弱点なんてない”のでは…」

 

  弱点がない?あのクソガキがかい?

 

 「ハハハッ!アサマ、お前さんは勘違いをしてるさね」ハハハ!

 

 「勘違い?」

 

 「あのクソガキにはちゃんと弱点があるさね。ただ、そういう風に見えてるんだよ」

 

  目を凝らせば赤ん坊でもわかるようなことさね。

 

 「???」

 

 「ま、クソガキのレースをよく見れば自ずとわかるよ」

 

  と私はソファから立ち上がる。

 

 「アタシは帰るよ。あのクソガキがそろそろ帰ってると思うからね」

 

  とアタシは部屋の扉に手をかける。すると…。

 

 「お優しいんですね」

 

 「…なにがだい?」

 

  と振り返るとアサマが立ち上がる。

 

 「自分が悪く思われようとも自分の息子を強くするために身体を張っていらっしゃる。私には到底出来ないことです」

 

 「適当なこと言うんじゃないよ。アタシはね、優しくなんてないさね」

 

 「そうですか」フフ

 

 「…なんだい、何か言いたげな顔だね」

 

 「いえいえ、よく似ていらっしゃると思って」

 

 「…そうかい、アタシゃあ失礼するよ」ガチャ

 

 「はい、お気をつけて。そうそう、時間がある時で構いませんので燈馬さんを連れてどうぞ家に遊びにいらしてください。歓迎いたします」

 

 「あのクソガキに聞いておくよ」

 

 「はい、お待ちしております。それでは、お気をつけて」ペコ

 

 「はいよ、また来るさね」バタン

 

  と扉を閉めて、玄関へと向かう。

 

 「たく、何が優しいだ。アタシはあのクソガキを甘やかしたくないだけさね」

 

  とアサマの言葉に愚痴を零す。全く…。

 

 「(あのクソガキは、まだまだ強くなれる。アタシの力じゃあどうにも出来ないさね)」

 

  アタシではなく、あの小娘達があのクソガキを支えてやらんといけないんだ。アタシではない。

 

 「さ〜てと、さっさと帰ってクソガキが作る飯でも食べるかの〜」

 

  とアタシはクソガキの待つ家に帰った。

 

 

 

 

 

 

  そして、月日は流れ─────────。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 『トゥインクルシリーズファンの皆様、これより有馬記念の開催です!!!』

 

 

  12月、有馬記念のときがやって来たのだった。




 読んで頂きありがとうございます。

 秋の天皇賞から有馬記念へとポ〜〜ン!!と時間が飛んでいますが気にしないで下さい。


 なぜ、史子はドーベルに有馬記念の出走を頼んだのでしょうか…。気になりますね〜。



  また次回でお会いしましょう!


  それでは、また〜


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有馬記念 〜あなたに勝ちたくて〜

 バレンタインですね!チョコがほしい主です!!(泣)誰か頂戴…。






  それでは、どうぞ


  〜中山レース場・淳side〜

 

 『これより、今年最後のレース“有馬記念”の開催です!!』

 

 「今年も、もう終わりか…」

 

 「そうだな。今年も色々あったな」

 

  俺、江藤淳は中山レース場に来ていた。もちろん友達(ダチ)と一緒にだ。

 

 「そういや、透子と菜々の奴遅くね?何やってんだよ」

 

 「混んでるんだろ、きっと。今日は有馬記念だしな、観客動員数も半端じゃないぜ」

 

  と俺は携帯を開き、透子に連絡を入れる。するとすぐに返事が返ってくる。

 

 『ごめん!今、人がたくさんいて全然動けないの!』

 

 『菜々とは一緒か?』

 

 『うん!菜々ちゃんとは一緒にいるよ!』

 

  なるほど、了解。

 

 「俺、透子達を迎えに行ってくる。席頼んだぞ」

 

 「了解〜。俺はここで待ってるよ」

 

  と俺は席を立って透子達を迎えに行くことにした。

 

 「確かここら辺の売店…って人多いな」

 

  売店のあるところに向かうと人が右へ左へと動いていた。

 

 「さて透子達はどこいんだ?」

 

  人混みの中だけは避けてほしいところだ、そうなると探すのに一苦労するからな。

 

 「どこにいんだ、透子達。………お!」

 

  とトイレの近くで透子達を発見。

 

 「おーい、透子〜」

 

 「!淳く〜〜ん!!」タタタッ

 

  と透子が走ってくる。

 

 「透子、菜々はどこいるんだ?」

 

 「…ここよ」ヨイショ

 

  と大きな荷物を抱えて菜々がやってくる。

 

 「どうしたんだ、その荷物」

 

 「えぇ〜と、実は〜…「透子が色んな売店で売ってたグッズを買いまくってたの。その結果がこれよ」ちょっと、菜々ちゃん!それは内緒にしてって言ったじゃ〜ん!」アセアセ

 

 「あ〜、うん。透子ってこういうのに目がないもんな。付き合い長いから大体わかるよ」

 

  グッズとか、特にウマ娘なんかは透子は衝動買いしやすいからな〜。まぁ、透子らしいからいいんだけど。

 

 「荷物、変わりに持つよ菜々。お前は透子と離れないようにしてやってくれ」ヨイショ

 

  と俺は菜々から荷物を受け取る。結構買ったんだな、透子。

 

 「わかったわ、行くよ透子」

 

 「う、うん。ありがとうね、淳君」

 

 「お安い御用さ」

 

  と俺達は英道のいるところに向かった。

 

  〜⏰〜

 

 「お〜い、こっちこっち…てなんだ!?その荷物!」

 

 「透子の衝動買いしたグッズ達」ヨッコイショ

 

 「えへへ〜」テレテレ

 

 「照れないの」コツン

 

 「いたたた〜…」

 

  と無事に自分達の席に到着。

 

 「おやおや、これまた随分とたくさん買い物をされたんですね透子さん」

 

 「あ、校長先生!」

 

 「校長先生、いらしてたんですか」

 

  と英道の隣にいた西宮校長が軽く会釈する。

 

 「えぇ。たまたまレース場を歩いていたら英道君を見かけてね、声をかけたんですよ。そしたら、一緒に見ないかと誘われたんですよ」

 

 「そうなんですね。アンタ、たまにはいいことするじゃん」

 

 「な〜にがたまにだ。俺はお前と違って冷酷な態度をしないんでよ」

 

 「だ、誰が冷酷よ、このバカ!!」ガタッ

 

 「バカってのはバカと言った奴がバカなんです〜」ベロベロバ〜

 

 「なんですって!」ガタッ

 

 「やんのか!あぁん!?」ガタッ

 

 「ふ、2人とも落ち着いて〜…!」アセアセ

 

  と英道と菜々が歪み合い、間にいる透子が仲裁に入る。全く…。

 

 「お前らってホントに仲良しだな」

 

 「「こんな奴と仲良くなんかなりたくねぇ(なりたくない)!」」

 

 「そういうところだぞ。息ぴったしじゃねぇか」

 

 「「コイツが被せてくるだけだ(だけよ)!」」

 

  最後まで息ぴったしじゃねぇか。

 

 「フフフ。相変わらずあの2人は仲良しですね〜」

 

 「まあ、俺らは初等部からの付き合いですからね」グビ

 

  と俺は英道と菜々達を横目にホットコーヒーを一口飲む。この寒さに温かい飲み物は格別だ。

 

 「校長、聞きたいことがあります」

 

 「なんですか?」

 

 「今朝のことについてです」

 

  と俺は校長に今朝にあった話をする。

 

 「あのババアが言っていたこと、本当だと思いますか?」

 

 「……正直なところ、私は理事長がどういった経緯であの話をされたのかはわかりません。ただ、一つだけ確信できることはあります」

 

 「ええ、もちろんです。あのババアは“ハッタリを言わない”」

 

 「はい、もしかすると燈馬君は…」

 

 「ええ、アイツは…」

 

  この有馬記念で燈馬はメジロドーベルに負ける(・・・)────。

 

 「理事長のことです、きっと何か考えがあるのでしょう。燈馬君に対して」

 

 「燈馬にとって、か…」

 

 「もちろん、燈馬君の負けるところを見に来たわけではないてはありません。私としても燈馬君に勝ってほしいですから」

 

 「俺も…いや、俺達も燈馬には勝ち続けて欲しいですしね」

 

  と俺はターフの上に立つ燈馬を見つめる。きっと何かある、俺はそう思った。

 

 「───、────!」

 

 「───!?──────!!」

 

 「いつまでやってんだよ、お前らは…」ハァ…

 

 「フフフ」クスクス

 

 

 

 

  〜立花side〜

 

 「ねぇ、トレーナー。燈馬の調子はどうだった?」

 

  隣にいるシービーさんがレース前の燈馬君の調子を聞いてきた。

 

 「良好だったよ。レース前のミーティングでも緊張してる素振は見せなかったけど」

 

 「ふ〜ん、そっか」

 

  とシービーさんは手すりに肘をついて手に顎をのせる。

 

 「どうしたの?」

 

 「なんかね、今日の燈馬はいつものようにはいかないと思うんだ」

 

 「いつものように?」

 

  うん、と頷くシービーさん。どういうことなんだろう。

 

 「それって、ミスディレクションがもう使えないってこと?」

 

 「それもあるかもしれないけど、なんていうのかな〜。上手く言葉に表せないや」

 

  とシービーさんは頬杖をついたままレースが始まるのを待っていた。

 

 「(燈馬君が負ける、なんてことはないとは思うけど…)」

 

  いやいや、何を考えているんだ僕は。僕は燈馬君が勝ってくれると信じて送り出したんじゃないか。僕が弱気になってどうするんだ!

 

 「(負けるな、燈馬君!勝って“大阪杯”も勝ち獲ろう!)」

 

  僕はゲートにいる燈馬君にエールを送った。

 

 

 

 

 

 

 

 「このレース、アナタはどう見ますか?」

 

 「う〜ん…私としては燈馬ちゃんに勝ってほしいけど、多分あの子負けると思うのよね〜」

 

  レース場の観客席、そこには5人のウマ娘が居座り一番右にいる鹿毛色のウマ娘が真ん中にいる赤髪のポニーテールのウマ娘に話しかける。

 

 「…理由を聞いても、いいですか?」

 

  と今度は黒髪ロングのウマ娘が聞く。

 

 「燈馬ちゃんって普段どんなことを考えて走ってるのかな〜って時々思うんだよね〜」

 

 「確かに、それに関してはアタシも同意するわ。燈馬は何を考えて走ってるかわからない」

 

  と腕を組んで相づちを打つの黒鹿毛セミロングのウマ娘。彼女達の見つめる先にはウマ娘と同じようにゲートに待つ少年、燈馬を見ていた。

 

 「で、でも!彼には追込のある末脚が武器なんじゃないんですか!?だってアナタを追い詰めるほどの脚ですよ!」

 

  と桃色のショートヘアのウマ娘が少し興奮気味に喋る。

 

 「まあね、あの時の燈馬ちゃんは確かに疾かった。私でもレースでは味わえなかった緊張感が味わえた。けど、今の燈馬ちゃんにはそれがない」

 

  と赤髪のウマ娘が頬杖をついてターフを見つめる。

 

 「本来、人やウマ娘には“絶対に抱くもの”を燈馬ちゃんは持っていないの。なぜなら、燈馬ちゃんは燈馬ちゃんにとってそれは不要と判断してるから。だから、燈馬ちゃんは絶対に成長しない」

 

  と赤髪のウマ娘は付け足すように言った。

 

 「随分とあの子を買ってるのね」

 

 「それはもちろん!私の燈馬ちゃんだからね!!」パチン☆

 

 「「「「……」」」」ハァ…

 

  と赤髪のウマ娘は黒鹿毛のウマ娘にウィンクする。それを見たウマ娘は大きなため息をつく。

 

 「何よ!そのため息は!アナタ達だって燈馬ちゃんのこと好きなんでしょ!影でコソコソしてたの知ってるんだからね!!」

 

 「い、今はそんな話、どうだっていいだろ!?///」

 

 「いいや、良くない!影でコソコソしてるアナタ達とは違って私は大胆に燈馬ちゃんを誘ってるんだから!!」

 

 「その割には、随分と避けられてましたけどね」

 

 「「「うんうん」」」コクコク

 

 「燈馬ちゃんは照れ屋なの!!あれは照れ隠しなのッ!!!」プク〜

 

  と赤髪のウマ娘は頬を膨らませる。

 

 「まあ、それより今は有馬記念だ。しっかり見届けやるんだろ?シンザン(・・・・)

 

  と赤髪のウマ娘“シンザン”は座り直す。

 

 「えぇ、もちろんよカツラギ(・・・・)ちゃん。私は彼の成長を見届ける義務があるのだから」

 

  と“カツラギ”と呼ばれたウマ娘は口角を上げてターフを見る。シンザンと他のウマ娘達も真剣な眼差しでターフを見つめた。

 

 

 

 

 

  〜シンボリルドルフside〜

 

 『今年最後のG1有馬記念、いよいよスタートの時が近づいて来ました!』

 

 「いよいよ有馬記念か。マルゼンスキー、出走表を見せてくれるか?」

 

 「はい、どうぞルドルフ」ペラ

 

  私はマルゼンスキーから出走表を受け取り、今回出るウマ娘を見る。

 

 

1枠1番 マチカネフクキタル

1枠2番 グラスワンダー

2枠3番 エアグルーヴ

2枠4番 ダイワオーシュウ

3枠5番 キンイロリョテイ

3枠6番 オフサイドトラップ

4枠7番 オースミタイクーン

4枠8番 シルクジャスティス

5枠9番 サンライズフラッグ

5枠10番 シノン

6枠11番 セイウンスカイ

6枠12番 ユーセイトップラン

7枠13番 キングヘイロー

7枠14番 メジロドーベル

8枠15番 ビッグサンデー

8枠16番 エモシオン

 

 

 「エアグルーヴと燈馬の対決か、面白そうだな」

 

  今回の有馬記念ではエアグルーヴが出走する。彼女も燈馬と対決出来ることを心待ちにしていた。

 

 「…」ムス

 

 「ブライアン、そんな表情をするな。君は次があるじゃないか」

 

 「そうよ、その為にも今日の有馬記念をちゃんと観ておかなきゃダメってトレーナーにも言われたでしょ?」

 

 「チッ」プイ

 

 「「…」」ハァ

 

  この通り、ブライアンは朝からこの調子だ。理由はなんとなく分かる。エアグルーヴが自分よりも先に燈馬と走るからだ。エアグルーヴはエリザベス女王杯で見事1着を果たし、有馬記念へのを決めた。長距離レースに出てみたいという彼女の意思となにより燈馬との対決があるからだ。

 

 「エアグルーヴと燈馬の直接対決か…。私も燈馬と戦ってみたいよ」

 

 「ならアナタも出ればよかったじゃない。レースに」

 

 「あぁ。私もレースに出てみたいがドリームトロフィーでシービーと戦うからね。まずはシービーとの対決を優先させたいのさ」

 

 「アナタがそうするなら別にいいけど、私はドリームトロフィーもそうだし燈馬やブライアンちゃんと戦うのがとっても楽しみだわ!!」

 

 「そうか、なら私も彼とのレースを待つとしようか」

 

  ♪〜〜〜〜

 

 『年末の中山で争われる夢のグランプリ、有馬記念!!貴方の夢、私の夢は叶うのか!!』

 

  いよいよ、か──────。

 

 『全てのウマ娘、ゲートに揃いました!いよいよスタートの時、ゲートが今──────!』

 

 

  パァン、ガコン!!

 

 『開きました!!スタートです!まずはジワリジワリと先頭に出てきたのはセイウンスカイ。続いてオフサイドトラップ、さらに1馬身差オースミタイクーン3番手の位置。外をついてビッグサンデー、内からマチカネフクキタル。エアグルーヴも第2集団、メジロドーベルが外から上がって行きました』

 

 「やはりセイウンスカイが前に出るか」

 

 「そうね、あの子の逃げは相当なものよ。気づいたら10馬身も離してるんだから」

 

  スタートと同時にセイウンスカイが先頭へと躍り出た。エアグルーヴも良い位置につけている。

 

 「燈馬は後方からのスタートか」

 

  彼の足があればどこに居ようと必ず先頭に立つだろうな。

 

 『400mを通過。先頭はセイウンスカイ、3バ身のリード。2番手にはサンライズフラッグ、3番手にはオフサイドトラップそのすぐ後ろ4番手にはオースミタイクーン。1バ身離れてビッグサンデー、すぐ後ろにはメジロドーベルとエアグルーヴがいます』

 

  ウマ娘達が観客席前を通り過ぎ第1コーナーを曲がる。依然として先頭はセイウンスカイ、2番手との差は7バ身ほど。燈馬はというとまだ最後方にいるがまだ動かない。燈馬の体力を考えるも仕掛けどころが遅かろうと早かろうと関係はないだろう。なにせ彼の体力は底知れないのだから。

 

 『向こう正面に変わりまして2番手にはサンライズフラッグ、3番手オフサイドトラップ3バ身開いています。その後ろにはオースミタイクーンとメジロドーベル、少し離れてエアグルーヴがいます。さらにその後ろにはグラスワンダー、先頭との距離は約15バ身離れています』

 

 「いよいよ最後のコーナーね」

 

 「あぁ。セイウンスカイがそのまま逃げ切るか、あるいは他のウマ娘が差すか、それとも燈馬のごぼう抜きか」

 

 『さあ、セイウンスカイが第3コーナーへと入っていきます。離していたリードがジワジワと詰まってきました。メジロドーベルが今2番手の位置、メジロドーベルが追い上げてくる!メジロドーベル早くも仕掛けてきた!!』

 

 「あの子、こんな早くに仕掛けて大丈夫なの!?」

 

  メジロドーベルは長距離のレースはこの有馬記念が初めてはず。早くも掛かってしまったか。

 

 『メジロドーベル、セイウンスカイを抜いて今先頭に立ちました!エアグルーヴとグラスワンダー、後続のウマ娘も仕掛けてきた!』

 

  こんな早くから仕掛けるなんて、もはや自殺行為としか言いようがない!

 

 『メジロドーベル!メジロドーベルが先頭のまま最終コーナーわ曲がり直線へと入ります!エアグルーヴ、グラスワンダーも追いすがる!差は1バ身!1バ身の差が縮まらない!』

 

  メジロドーベルはスピードをキープしたまま直線を走る。しかし、彼女の表情からしてとても苦しそうだ。恐らく体力の限界なのだろう。

 

 『いや、いや後ろから凄い脚!凄い脚で迫ってくるのは─────。』

 

 

 

 

 

 

 

 

  〜メジロドーベルside〜

 

 

 『シノンだ!!シノンが殿(しんがり)の位置から先頭のメジロドーベルへと迫る!!』

 

 「(来た!!!)」

 

  トレーナーの言うとおり、燈馬さんは最後方から仕掛けてきて先頭の私に近づいてきた。

 

 「(苦しい…、肺が焼けるように痛い…!脚が重い…!)」

 

  スピードを緩めたい、楽になりたいと自分の心の声が囁いてくる。

 

 「(嫌だ!私はこのまま走るんだ!走りきるんだ!!!)」

 

  だって、約束したから──────。

 

 

 

 

  〜回想・有馬記念1ヶ月前〜

 

 

 「「えぇ!?!?有馬記念に出るぅうう!?」」

 

 「う、うん…」

 

  私は有馬記念が始まる1ヶ月前にトレーナーとチームメイトのライアンに話をした。

 

 「ド、ドーベルどうしたの!?急に有馬記念に出たいだなんて!」アセアセ

 

 「そ、そうだよ!!だってドーベルはマイルや中距離が得意なはずなのに!!」アセアセ

 

  私は口を開く。

 

 「どうしても…、どうしても勝ちたい人がいるの…!」

 

 「それって…」

 

 「風間燈馬君、ですか?」

 

  とトレーナーの言葉に私は頷く。

 

 「燈馬さんにどうしても勝ちたいの!!勝って…、勝って「ドーベル、アナタは何故風間君に勝ちたいのですか?」ッ!」

 

 「アナタの“勝ちたい”という気持ちはよく伝わります。ですが、何故そこまでして風間君に勝ちたいのですか?」

 

 「それは…」

 

  それは、お婆様に頼まれたなんてことは理由にはならない。それなら、一番適正のあるライアンやフラッシュの方が有馬記念に出たほうがいい。

 

 「理由がないのなら、有馬記念の出走の許可は出せま「目標なんです…」え?」

 

 「ずっと目標だったんです。風間君が」

 

 「ドーベル…」

 

 「私は中等部からの彼をずっと見てきました。凛々しかった、格好良かった。強かった。そして私も彼のように強くあろうと決意しました」

 

 「…」

 

  トレーナーは私の話を黙って聞いていた。

 

 「辛いことや苦しいことがあっても彼のようになりたいと奮起して乗り越えて来ました。そして、いつか風間君の出るレースに出て勝ちたいとそう思っていました。けど…」

 

 「?けど、どうしたの?」

 

  とライアンが首を傾げて聞いてくる。

 

 「私、聞いてしまったんです。彼の…風間君の話を」

 

 「なんの話?」

 

 「それは─────。」

 

  と私はその内容を言った。

 

 「そう、彼がそんなことを…」

 

 「…」

 

  トレーナーとライアンは私の話を聞いて少し悲しそうな表情をした。

 

 「だからこそ、証明したいんです!彼の考えは間違ってるって!有馬記念に出て、彼に勝って証明したいんです!!」

 

  私は彼のようになりたいとそう努力してきた。けど、彼の話を聞いたとき胸が張り裂けそうになった。だから、私は有馬記念で彼の考えを否定したい、しないといけないから。

 

 「お願いします、トレーナーさん!私を有馬記念に出走させてください!!」バッ

 

  と私はトレーナーに頭を下げる。

 

 「…」

 

 「トレーナーさん…」

 

  少ししてからトレーナーの声がする。

 

 「顔を上げて、ドーベル」

 

  私は顔を上げる。

 

 「…本来なら、有馬記念ではなく大阪杯に出走してほしかったです。“怪物”ナリタブライアンの走りを間近で感じて今後のトレーニングの糧にしてほしい、そう思っていました」

 

 「…」

 

 「ですが…、ですがアナタの言葉を聞いて、アナタの想いと強い意思を感じました」

 

  とトレーナー大きく息を吸う。

 

 「メジロドーベル、アナタの有馬記念出走を許可します」

 

 「ッ!!ありがとうございます、トレ「ただし」ッ!」

 

 「ただし、出るからには勝ちなさい。風間君より上の順位ではなく、1着を取りなさい。これは私との約束です」

 

 「はいッッ!!!」

 

  こうして、私は有馬記念の出走が認められた。

 

 「でもトレーナーさん、ドーベルって長距離レースに出たことないんだよ。どうするの?」

 

  とライアンがトレーナーに問いかける。確かに私は長距離レースに出たことはない。最大でオークスの2400m。

 

 「当たり前ではあるけれど、まずはスタミナを鍛えるわ。2500mと言ったってオークスより100m長い。この100mが命運を左右すると言っても過言じゃないわ」

 

 「じゃあどうするの?長距離レースなんてそうそうないよ」

 

  とトレーナーが口を開く。

 

 「レースには出ません」

 

 「え、レースに…出ない!?」

 

 「ど、どういうことですか!」

 

 「確かにレースに出てレースならではの緊張感や芝の感覚などといったものがありますがそれ以前に“時間が足りません”」

 

 「時間…?」

 

 「えぇ、正直言ってレースに出るとトレーニングをする時間がないの。1レースだけで1日が終わるようなもの、だからレースにでず残り1ヶ月の期間でドーベルを最高のコンディション、そして長距離を走れる身体を作ります」

 

  とトレーナーがパソコンを取り出し、カタカタと文字を打ち始める。

 

 「今からトレーニングメニューを作るわ。それとレースのことだけど、1日1回模擬レースには出てもらうわ。もちろん相手は長距離経験もしくは適正のあるウマ娘よ」カタカタ

 

 「トレーナー…」

 

 「ドーベル、アナタの口から言ったのよ。取り消すなんてことは言わせないわ」

 

  とトレーナーが私を見る。その目は真剣そのものだった。

 

 「ドーベル、私も手伝うよ!」

 

 「ライアン」

 

 「私には模擬レースでドーベルと走ることや仲間集めしか出来ないかもしれないけど…。でも、ドーベルの想いを聞いて背中を押してあげたいって思えた!だから、私もドーベルが勝てるよう協力するね!」

 

 「ライアン、ありがとう」

 

  私はライアンにお礼を言った。本当にライアンには感謝してる。

 

 「時間が惜しいわ。ドーベル、今すぐ着替えてターフに集合。すぐトレーニングを始めるわ」

 

 「はい!」

 

  私はトレーナー室を出てすぐに着替えてターフに向かった。ターフにはフラッシュとパーマーが先にいて私は今日の話を2人にした。

 

 「ドーベル、本気なの?」

 

 「うん、私は本気」

 

 「ドーベルさん、どうしてそこまで」

 

 「勝ちたいの。勝って証明したい」

 

  と私の言葉にパーマーとフラッシュが顔を合わせる。

 

 「いいよ、なら私も協力する!」

 

 「はい、私達はチームメイトですもの。断る理由なんてありません」

 

 「パーマー、フラッシュ…。ありがとう…!」

 

 「アナタ達〜!!今からトレーニング始めるわよ!!」

 

 「「「はい!」」」

 

  と私は有馬記念に向けて本格的にトレーニングをした。

 

 

  〜回想終了〜

 

 

 

 「(ライアンやパーマー、フラッシュやトレーナーの為にも負ける訳にはいかない!!)」

 

 『迫る迫る!!シノンがメジロドーベルを捕らえることはできるのか!!』

 

 「(負ける、わけには…!)」

 

 『残り400m!おおっとここでシノンが加速!メジロドーベル、逃げ切れるか!?』

 

  気配で分かる、風間君が迫ってきてること。すぐ後ろにいることも。

 

 『シノン並ぶ!シノン並ぶ!メジロドーベルここまでか!?』

 

 「(負けるわけには──────!)」

 

 

 

  バチッッッ!!

 

 

 

 

 「負けるわけには、いかないんだァアアアアアアアアアアアアッッッッッッッッッッ!!!!」

 

 

 

 「「「「征けェエエエエエエエエエ!!!!ドォオオオオオベルゥウウウウウウウッッッッッッッッ!!!!」」」

 

 

 「ハァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッッッッッッ!!!!!」

 

 

 

 ダンッッッッッッ!!!!!

 

 

 『メジロドーベル交わした!!メジロドーベル交わした!!メジロドーベル未だ先頭!!メジロドーベル先頭!!シノンがメジロドーベルの背中を追う───────。』

 

 

  あれ…?なんでだろう……。

 

 

 『────!!────、─────!!!』

 

 「────!!!」

 

  何も聞こえない─────。

 

 「─────!!」

 

 「────!」

 

  何も感じない、まるで─────。

 

 

 

 

 

 

 

ここにいるのが、私だけになったような─────

 

 

 

 

 「────!─────!!」

 

 「────!──────ル…!!」

 

 「────る…!────ベル…ドーベル!!!

 

 「ハッ!!」ビタッ!

 

  だ、誰?私を呼んだのは…。

 

 「ドーベル!!」ダキ

 

  ライアンは私のところに走ってきてそのまま抱きついた。

 

 「ライアン…」

 

 「「「ドーベル(さん)!」」」タタッ

 

 「トレーナー、フラッシュ、パーマー…。ど、どうしの…?」

 

 「もう、どうしたのじゃないよ!!!」

 

  とパーマーが涙を溜めていた。

 

 「どういうこと…?」

 

 「勝ったんだよ(・・・・・・)!!燈馬に勝ったんだよ!」

 

 「え…」

 

  私は電光掲示板を見るとそこには──────。

 

 「嘘……!」

 

 

  1着 14番\

ハナ

  2着 10番/

 

 

 「アナタと風間君がほぼ同時にゴールしてね。写真判定になったの。そしたらアナタがハナ差で…うぅ…」ポロポロ

 

  私…、勝ったんだ…!

 

 「やった…。やったァアアアアアアアアアアア!!」ポロポロ

 

 

  ドーベル!ドーベル!ドーベル!…

 

 

  メジロドーベルは涙を流しながらチームメイト達と勝利を分かちあった。

 

 

 

 

 

  〜燈馬side〜

 

 「…」

 

  負けた、か…。写真判定にまでもつれ込んで正直な話、勝ったとは思っていたが。

 

 「ハナ差での敗北か…」

 

  電光掲示板での写真でも見ていたが確かにメジロドーベルの方が早くゴール板を通過していた。

 

 「(仕方ない、次頑張るしかないか)」

 

  ピリリリ…、ピリリリ…、ピリリリ…。

 

 「…」

 

  電話が鳴る。名前を見ると今話したくない相手だった。

 

 「無視しよう」

 

  と無視を決めていたが…。

 

  ピリリリ…、ピリリリ…、ピリリリ…。

 

 「ウゼェ…」

 

  数分無視しても鳴り止まない携帯。着信拒否してもいいんだが、それはそれで面倒だ。

 

 「チッ…、な『あ、燈馬ちゃんやっと出たー!もう、なんで無視s』『ピッ』…」ツーツー

 

  これでもう来な『ピリリリ…、ピリリリ…、ピリリリ…。』…。

 

 「なんだよ」ピッ

 

 『もう、なんで切っちゃうのよ!!ずっと電話かけてたのに!!』

 

 「うるせぇ。用がないなら『なんで負けちゃったんだろうね』あ?」

 

 『なんで燈馬ちゃんはメジロドーベルちゃんに負けちゃったんだろうね?』

 

 「…」

 

  コイツのこういうところが嫌いだ。的確に人の触れてほしくないところを平気で突いてくる。

 

 「何が言いたい」

 

 『単に実力がなかったからかな。でも、それだと燈馬ちゃんの方がメジロドーベルちゃんよりも実力は上なのにね。敗因はなんだったのかな?』

 

  ウゼェ…。

 

 「俺は次のレースも控えてるんだ。用がないなら切る」

 

  と終了のボタンを押そうとしたその時だった。

 

 『次なんてないよ、燈馬ちゃん』

 

 「あ?」

 

 『次も、その次も燈馬ちゃんは負け続ける。確実にね』

 

  どういうことだ。

 

 『次は確か大阪杯だっけ。予言してあげる、今の(・・)燈馬ちゃんは絶対にナリタブライアンちゃんには勝てない』

 

 「やってみないとわからな『やる前から分かりきったことだよ。クソみたいなレースをする前にさっさと辞退したほうがまだいいよ』…なんだと?」

 

 『だって今の燈馬ちゃんはモブみたいな存在だし、見てて面白くないもん。昔のほうがもっと楽しかったし面白かったな』

 

 「結局、何が言いたいんだ」

 

  というと相手からの声が聞こえなくなる。そして────。

 

 『クソしょうもない思想を持ってレースに出んじゃねぇよ“雑魚”が

 

 「ッ!」ビクッ

 

  とドスの聞いた声が聞こえる。

 

 『そういうのを見ると虫酸が走んだよ。そういうのをやりたいんなら他でやれ。邪魔なだけだ

 

 「…」

 

 『レースを無礼るな、雑魚が

 

 「…ッ」

 

 『…じゃあそういうことだから!くれぐれも私の逆鱗に触れないようにね?触れちゃうと大変なことになっちゃうから!またね〜!…』ツーツー…

 

 「…」ピッ

 

  電話が切れた後、俺は少し放心状態になっていた。

 

  コンコン。

 

 「シノンさん、ライブの準備をお願いします」

 

 「…」

 

 「シノンさん?」コンコン

 

 「ッ!な、なんですか?」ビクッ

 

 「ライブの準備を「…わかりました、すぐに行きます」あ、はい…」

 

  と俺は急いでライブの準備へと向かった。

 

  そしてライブだが、アイツの……“シンザン”の言葉が頭から離れずライブをちゃんと乗り切れたか覚えていなかった。




 読んで頂きありがとうございます。

 シンザンの性格は自分でもあってるのか、まっっったくわかりませんがこういう設定でお願いします。

  そろそろアニバーサリーも近く、そろそろファミマコラボもあるそうなのでお金が飛びに飛びまくりです!(泣)お金が足りないよ〜…。

    次回もお楽しみに

  それでは、また〜


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友の想い、史子の想い

 アドマイヤベガの実装!!アニバ前にアヤベさんはエグいて!当てたいけど、シービーを待つ!!




   それまで、どうぞ


 『さあ最終コーナーを曲がって直線に入る!先頭はシンボリルドルフ、その後ろにはミスターシービーもいるぞ!シンボリルドルフ逃げ切れるか!』

 

 「いけーー!ルドルフ!!」

 

 「負けるな!!シービー!!」

 

 『残り100m!ルドルフか、シービーか!勝つのはどっちだ!?』

 

 「「ハァアアアアアアアッッッ!!!!」」

 

 『勝者はシンボリルドルフ!!見事、皇帝の意地を魅せてくれました!!ミスターシービー惜しくもハナ差で2着です!!』

 

 『2人ともとても素晴らしいレースでした。年末を彩る素晴らしいW・D・Tでした』

 

 

 

  〜東京レース場・立花side〜

 

 

 「お疲れ様、シービーさん」

 

  と僕達はWDTのレースに出ていたシービーさん達を迎えに来ていた。

 

 「あ〜あ、今日のレースを勝ったら冬と夏のドリームトロフィー制覇だったのに…」

 

 「切り替えて行こ?今度はS・D・T(サマー・ドリーム・トロフィー)2連覇出来るようにまたトレーニングさ」

 

 「そうだね」

 

  とシービーさんを慰めていた。

 

 「オグリさんもお疲れ様」

 

 「あぁ。やはりルドルフは速いな。敵わなかった」

 

 「そんなことないよ、オグリさんも入着してるし良い成績だと思うよ」

 

  今回のWDTで僕達のチームからはシービーさんとオグリさんの2人。そして相手は、リギルのシンボリルドルフさんやエアグルーヴさんなどといった強敵揃いのレースだった。

 

 「(やっぱりリギルは強いな…。シンボリルドルフさんの実力もそうだけど、オハナさんの指導力も凄い)」

 

  まだまだ僕も見習わなくちゃいけないな。

 

 「さぁ、今日は部室で寄せ鍋でもしようか!寒い日には温かい料理が一番だよ!」

 

 「ホント!?やった!!」

 

 「鍋…。トレーナー、おかわりはちゃんとあるのか?」タラー

 

 「もちろん。今日は僕が持つからたくさん食べてね。余り高い食材は入れられないけどね」

 

 「あぁ!」ジュルリ

 

 「トレーナーさん、お手伝いしますね」

 

 「ありがとう、クリークさん」

 

 「お鍋…」キラキラ

 

 「ねぇ、コタツあるの?」

 

 「バッチリだよ、タイシンさん」

 

 「ふ〜ん、そ…」

 

  とみんな今日の寄せ鍋に胸を踊らせていた。

 

 「よ〜し、それじゃあ帰ってみんな(・・・)で鍋パーティーだ!!」

 

 「「「「「おお!!!」」」」」

 

  とみんなは今日の鍋に何を入れるか話し合っていた。

 

 「(みんな(・・・)、か…)」

 

 「トレーナー、どうしたの?」

 

 「う、ううん!大丈夫だよ!」

 

  とシービーさんが心配して声をかけてくれたが、大丈夫だと伝える。

 

 「(本当はここにもう一人いるはずなのにな…)」

 

  といないメンバーを考えながら僕達はトレセンへ帰った。

 

 

 

 

  〜武天學園・燈馬side〜

 

 

 

  12月23日。今日の武天學園では2学期最後の日として終業式が行われていた。

 

 「お〜い、燈馬」

 

 「…どうした、淳」

 

 「ここいいか?」

 

  と淳が俺の隣の席を指す。

 

 「いいぞ」

 

 「サンキュー」

 

  と淳が椅子に座る。

 

 「懐かしいな」

 

 「どういうことだ?」

 

 「お前がトレセンに行って、ずっとあっちで授業やら式典やら出てたじゃん?だからお前がここにいるのが、なんか懐かしいなってさ」

 

 「まあ、ずっとあっちで出てたからな」

 

 『それでは、終業式を始めます。生徒の皆さんは着席してください』

 

  とそうこうしていると終業式が始まる。武天の終業式は何かと異様に長い。校歌斉唱やら偉いさんの式辞やらなんやら聞かされるからな。長いとやっぱり寝る奴がいるが寝ると生徒指導の教師が目を光らせ、叩き起こしにくる。その生徒指導の教師が何かと怖いのだ。

 

 「単刀直入に聞くわ、なんでこっちに来たんだ?」

 

 「“接近禁止令”が出たんだよ」

 

 「接近禁止令?」

 

 「あぁ。有馬記念の後、理事長から話があってな。内容は大阪杯までの期間、俺はトレセン学園の登校やレース場での観戦、トレセン学園の生徒のウマ娘との接触を禁止された」

 

 「まじかよ…」

 

 「まあ、犯人はわかりきってるがな」

 

  有馬記念が終わって少しした頃、俺は理事長に呼び出されさっき言ったことをそのまま理事長から言われた。理由は俺が一番知ってるだろうとも言われた。

 

 「それじゃあトレーニングもやったらダメなのか?」

 

 「トレーニングはやっていいと言われた。ただ、レース場の使用は禁止されたけどな」

 

 「そっか…」

 

  と淳は何か安心したような表情をしていた。

 

 「まあ、話はこれで終わりじゃないんだけどな」

 

 「どういうことだ?」

 

 「理事長が大阪杯での俺を見て、合格ライン(・・・・・)を超えていなければその時点で“退学”させるそうだ」

 

 「た、たいがッ!!」バッ

 

  と淳が驚きの余り口を押さえた。

 

 「…おい、その理事長さんは本当に大丈夫なのかよ。自分の都合だけで生徒を退学させるのはもはや職権乱用だぞ!」

 

 「俺もそう思いたいところだったが、どうやらババアから俺の退学許可はもらってるそうだ」

 

 「あのクソババア…!」

 

 「お前が怒ってどうすんだ」

 

 「けど、このままじゃあお前退学になるんだろ!折角頑張って来たのにお前はそれでいいのかよ!」

 

 「…」

 

  停学ならまだしも、退学を聞いた時は俺も驚いた。あの有馬記念でここまで発展するのは予想出来なかったからな。

 

 「けどな、退学を逃れる術が一つだけあるそうだ」

 

 「なんだよ、それは」

 

 「さっきも言ったが合格ラインを超えなかったら退学になるが、逆に言えばその合格ラインさえ超えてしまえば退学にはならないって言うことだ」

 

  理事長の定める合格ライン、いや主犯である“シンザン”の定めた合格ラインを超えれば俺は退学にならずに済む。

 

 「じゃあ、その合格ラインってのはなんだ?」

 

 「俺が知ると思うか?」

 

 「…だろうな。試しに聞いてみただけだよ」

 

  と淳が腕を組んで大きく深呼吸する。

 

 「それじゃあお前はちょっとの間、レースからは離れるっていうことか」

 

 「そうなるな」

 

 『──────それでは校歌斉唱を行います。生徒、起立!』

 

  と淳との会話をしていると既に校歌斉唱まで進んでいたので俺と淳は立ち上がって校歌を歌い、校長が閉式の言葉を述べて終業式は幕を閉じた。

 

 

 

 「ねぇねぇ!このあとどうする?」

 

  今日は午前中の学校の為、昼で解散となった。俺は淳や英道達と一緒に下校していた。淳達の部活はどうやら今日は休みだそうだ。

 

 「そうだな、こうやって集まる機会なんてそうそうないし」

 

 「どこかでパァアっと遊ぶか!」

 

 「としたら、カラオケ?ボウリングもいいわね」

 

 「ボウリングいいね!」

 

  とこのあとどこに行くかみんなで話し合っていた。

 

 「燈馬は?どこに行きたい?」

 

 「う〜ん…」

 

  ここ最近、主にトレーニングしかやってこなかったので行きたい場所が思い浮かばない。

 

 「ボウリング、かな…」

 

 「それじゃあ、13時駅前集合でいいよね?」

 

 「おっけー!それじゃあ、遅れて来んなよ〜!」

 

  と英道達との遊ぶ約束をして、俺は家に帰った。

 

 

 

  〜ボウリング場〜

 

  パコォオオンッ!!!

 

 「すげー、なんだよアイツら」

 

 「今でストライク何個目だ?」

 

 「ッ!」ブン

 

 

  パコォオオンッ!!!

 

 

 『ストライィィイク!!』

 

 「ナイス、燈馬」

 

 「あぁ」

 

 「凄いね燈馬君達!これで14回連続ストライクだよ!」

 

 「いや〜、それ程でもねぇよ」テレテレ

 

 「なんであんたもそんなに上手いのよ…!」クッ

 

  俺達は集合したあと、電車を使ってボウリング場まで来ていた。

 

 「あれれ〜?菜々はストライク何個取れたかな〜?」ニヤニヤ

 

 「うるさいわね!アンタなんかすぐに追い抜いてやるんだから!!」

 

 「へ!やれるもんならやってみろ〜」

 

 「〜〜〜〜〜ッ!!!」ピキピキ

 

 「頑張って菜々ちゃん!」

 

  と透子がエールを送った。

 

 「透子はストライク狙わないのか?」

 

 「私?私はいいかな。だって燈馬君のように上手く投げれないし…」

 

  と透子が俯いてしまう。俺達がストライクを取り続ける中、透子だけはまだ一度もストライクを取ってない。良くて9本が限界だ。

 

 「だったら俺が教えようか?」

 

  と淳が俯いた透子に話しかける。

 

 「え!で、でも…」

 

 「大丈夫大丈夫。透子なら出来るよ。な?」

 

  と淳が俺達の方を見る。

 

 「あぁ。透子、自信を持て。お前なら出来る」

 

 「そうだぜ!頑張れ!」

 

  と俺達もエールを送る。

 

 「さあ、次は透子の番だ。俺も一緒にいるから」

 

 「う、うん!」

 

  と淳と透子がレーンに行き、淳が指導する。

 

 「まずはボールをまっすぐ投げるイメージで、次は腕の振る位置と角度、あとは─────。」

 

 「なあ、燈馬」

 

 「?」

 

  と英道が後ろから話し掛けてきた。

 

 「アイツらって本当に仲いいよな」

 

 「あぁ」

 

 「あれで付き合ってないとかおかしくないか?」

 

 「付き合う?」

 

  と英道の言葉に俺は疑問を持った。

 

 「付き合うってのは彼氏彼女のことだよ」

 

 「そうなのか?」

 

 「そう。けどアイツらはまだ彼氏彼女じゃないんだってさ」

 

 「どうして?」

 

 「さあな。どっちかが告っちまえばいい話なのに…。お!透子が投げるみたいだぞ」

 

  と前を見ると透子が助走を付けてボールを投げた。ボールは綺麗にまっすぐとピンへ向かい…。

 

 

  パコォオオンッ!!!

 

 『ストライィィィイク!』

 

 「やったぁあ!!!!」ピョンピョン

 

  と透子がストライクを出し、透子はその場で飛び跳ねる。

 

 「良かったな、透子」

 

 「うん!ありがとう淳君!」ダキ

 

  と透子が嬉しさの余り、淳に抱きつく。

 

 「と、透子!?」

 

 「ん?どうしたの?」

 

 「そ、その〜、人前だからさ…」

 

 「え?…あ///」バッ

 

  と透子が淳から離れる。

 

 「いいな〜、俺もあんな可愛い子に抱きつかれたいな〜」

 

  と英道が淳達を見て、羨ましそうに呟いた。

 

 「(ん?)」

 

  すると横から視線を感じた。チラリと横を見ると…。

 

 「…ッ」ジ〜

 

  菜々が英道のことをずっと見ていた。英道は菜々に見られているのを気づいてはいなかった。

 

 「ほ、ほら行こうぜ透子。次は燈馬だからさ」

 

 「う、うん///」

 

  と淳達が帰ってくる。

 

 「ほら、次はお前だぞ燈馬」

 

 「行ってくる」

 

  と俺達はこの後もボウリングを楽しんだ。

 

 

 

  〜風間家〜

 

 「いや〜食った食った!」

 

 「やっぱり冬は鍋に限るな」

 

 「美味かった」

 

 「たく、なんでアタシがクソガキ共に料理をしなきゃいけないのさね」

 

 「ババアって本当に料理出来たんだな。美味かったぞ」

 

 「うるさいよクソガキ。さっさと皿を持ってきな」

 

 「へ〜い」

 

  ボウリングの後、俺達は透子と菜々を見送ってこのあとどうするか考えていた。そこに、ババアから連絡が入りその流れで飯を食べたと言うことだ。

 

 「鹿肉もいいけど久しぶりに猪肉も食べたいな。亮さん、また獲ってきてくれるかな〜」

 

  と英道がテレビを見ながら呟くと淳が反応する。

 

 「あの人医者だからな。今回は休みがあったから狩りに行ったって言ってたけど普段は忙しいから無理だろ」

 

 「趣味程度でやってるとも言ってたしな」

 

  亮さんは医者をしながら趣味で狩猟をやっている。腕も一人前で時折余ったのを持ってきてくれる。

 

 『今回のドリームトロフィーも凄まじかったですね』

 

 『えぇ。なんと言ったって皇帝シンボリルドルフさんと天衣無縫の豪脚ミスターシービーさんの直線にはとても熱くなりましたね!』

 

  ふとテレビを見るとドリームトロフィーの映像が流れた。

 

 「今日、WDTだったのか…」

 

  テレビには今日のレースが流れていた。ルドルフとシービーの接戦、見ていた観客はきっと白熱したレースに喝采を上げていただろう。

 

 『今年も残り僅かとなりました。そこで、今回は今年あったトゥインクルシリーズのレースを振り返っていきましょう!!』

 

  と映像が切り替わり、今年のレースの映像が流れる。中には俺が出ていたレースも流れていた。

 

 「なあ、燈馬」

 

 「どうした」

 

  テレビを見ていると英道が話し掛けてきた。

 

 「今日、楽しかったか?」

 

 「楽しかったよ。とても」

 

 「そっか。…良かった」

 

  と英道が安心したような顔をする。

 

 「どうしたんだ英道。らしくもない」

 

 「俺達さ、ず〜っと色んなところに行って森の中走らさせたり海泳がされたり、知らないところで野宿させられたり“普通の人だったら考えられない”ようなことをたくさんさせられてきたじゃん。だから“遊び”や“娯楽”なんかからっきしだった」

 

 「…そうだな。今思えば懐かしいものだな」

 

 「俺や淳は、透子や菜々がいたから今の流行りだったり、娯楽を教えてもらった。けど、燈馬だけは違った」

 

  俺と淳は英道の話しを静かに聞いた。

 

 「燈馬はその後トレセン学園に入って、自分を鍛えるのと同時に“レースで勝つため”のトレーニングもしなきゃいけなくなった。それでもお前は何も言わずにこなしてきた、お前って奴は本当にスゲェよ」

 

 「まだまだだよ、俺は。まだ弱いままだ」

 

 「お前で弱いって言うなら俺らはもっと弱いぞ」ケラケラ

 

  と英道がケラケラと笑う。

 

 「だからさ、そういう奴の息抜きっていうか“気分転換”的なようなことが出来たらなって淳達と話してたんだよ」

 

 「そうだったな。燈馬はいつも張り詰めたオーラが出ていたからな。ずっとそんなんじゃ、しんどいだろうと俺達で色々と話してたんだ」

 

 「…そうか」

 

 「実際、燈馬はボウリングやカラオケっていう娯楽なんて初めてだろ?現に今日なんかボウリングを砲丸投げみたいに投げようとしてたし」ハハ

 

 「あれは流石に笑ったな」ハハ

 

 「やめてくれ」ハァ

 

  俺はため息をつくが淳と英道は今日のことを思い出したのか、思い出し笑いをしていた。

 

 「…なあ燈馬」

 

  と英道が俺の方を見る。真剣な表情で。

 

 「今度はなんだ?」

 

 「お前に何があったかは淳から聞いてる。透子や菜々には教えてないけどいずれ気づくと思う。アイツらは勘がいいからな」

 

 「…」

 

 「あんま一人で抱え込むなよ?抱え込むと昔の俺達みたいになるからな」

 

 「英道の言うとおりだ燈馬。俺はお前と出会った日のことを今でも忘れてなんかいない。お前と出会えて本当に良かった、話し掛けてくれて嬉しかった。お前と出会わなかったら俺はずっとあのままだったと思う。これは英道と透子、菜々も一緒だ」

 

 「淳…」

 

 「だからよ、お前の本当の“本気の走り”を見せてくれよ。ウマ娘じゃあ到底出来ない走りをよ」

 

 「英道…」

 

  淳と英道が口角を上げる。

 

 「…わかった、必ずレースに戻る。それまで待っていてくれ。最高の走りをお前達に見せる」

 

 「おう!」

 

 「楽しみにしてるよ、シンザンを超えた男(・・・・・・・・・)

 

  と俺達はその後も変わらず、たくさんの話をした。

 

 

 

 

  〜史子side〜

 

 「ハァ…」トン

 

  アタシはリビングの外で壁にもたれ掛かっていた。そうなったのはさっきクソガキ共の話を聞いていたからだ。

 

 「アタシはあの子の育て方を間違えたんだろうか…」

 

  あの子を育てるにあたって他のことが疎かになってしまっている。あの子はボウリングなどの遊びや漫画、ゲーム、イベント、遊園地、旅行。他にもまだたくさんのことを知らない。言い方を変えれば“世間知らずのお坊ちゃん”と言えばいいだろうか。とにかく、たくさんのことを知らなさすぎた。

 

 「本当に良かったんだろうか…」

 

  私はあの子を育てる資格があったんだろうか。私はあの子に何かしてあげれたのだろうか────。

 

 

  ガチャ!

 

 「こんなところで何してんだ?ババア」バタン

 

  と燈馬がリビングのドアを開けて部屋を出る。

 

 「何でもないよクソガキ。いつまで起きてるつもりだい?」

 

 「さあな、日付が変わるまでかもしれない」

 

 「アンタ、そこまで起きれるのかい?」

 

 「…頑張る」

 

  と燈馬が目を逸らす。

 

 「近所迷惑になるようなことをするんじゃないよ」

 

 「わかってる」

 

  と燈馬が風呂場の方へ歩いていく。

 

 「ババア」

 

  と燈馬が振り返る。

 

 「なんだい?」

 

 「俺、必ずレースに戻る。見ててくれ」

 

 『おれ、かならずつよくなってかえってくる。だからみててくれ』

 

 「ッ!」

 

  今の燈馬が昔の燈馬と重なる。

 

 「…そうかい、なら大阪杯で証明してもらおうかね」

 

  とアタシがそういうと燈馬が風呂場へと向かっていった。

 

 「アンタはこんなところで躓いてる暇はないんだよ、クソガキ。早く戻ってきな」

 

  アタシは残るクソガキ共の談笑を横目に自室に戻った。

 

 

 

 

  クソガキ(燈馬)が成長することを願って──────。




 読んで頂きありがとうございます。

 昨日、アヤベさんが実装する前に知り合いの人にガチャを引いてもらったところ、なんとメジロアルダンが出ました!!知り合いには感謝です!!育成やストーリーが楽しみになってきました!!アニバで何がもらえるかも楽しみです!!

  次回もお楽しみに!

  それでは、また〜


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欠けたもの


 アニバーサリーまであと4日!楽しみ過ぎて待ち切れない!!!









  それでは、どうぞ


  〜駅前・燈馬side〜

 

 

  12月31日。今年最後の日にある人から呼ばれた。

 

 「そろそろかな…」

 

  時計を見ると今は10時20分。待ちあわせ時間は10時30分であと10分だ。

 

 「気長に待つと「だ〜れだ♡」…」

 

  時間を潰そうと携帯を取り出した時、視界が暗くなる。

 

 「貴方の後ろにいるのは誰でしょう〜」

 

 「…何のつもりですか、カネケヤキ(・・・・・)さん」

 

  と目を覆っていた手をどかして後ろを見る。

 

 「あらあら〜、バレちゃったか〜。でも、待っているシノンちゃんの姿を見ているとどうしてもイタズラをしたくなっちゃって〜」フフ

 

  とおっとり口調で喋るウマ娘“カネケヤキ”さん。スカイブルー色の腰まである長い髪と長い耳。紺色の瞳で左耳に赤いシュシュがついている。身長も高くスタイルもかなりいい。この人は在学中、色んな人から「モデルさんですか?」と聞き間違えられていたほどだ。

 

 「久しぶりね、シノンちゃん。卒業式以来かしら」

 

 「はい。カネケヤキさんもお変わりなく元気そうでよかったです」

 

 「ありがとう、シノンちゃん。はい!」バッ

 

  とカネケヤキさんが大きく手を広げる。

 

 「あの、急にどうしたんですか?」

 

 「?ハグだけど?」

 

 「見ればわかります」

 

 「シノンちゃんはハグは嫌い?」

 

 「いや、好きか嫌いかの話じゃなくて…」

 

 「あ!もしかして、シノンちゃんはお姉さんにハグするんじゃなくて私にハグされたいのね!」

 

 「待ってください、まず俺のはな「そ・れ・じゃ・あ〜…、シノンちゃ〜〜〜ん!」グハッ!」ドン!

 

  とカネケヤキさんが力一杯俺を抱きしめる。

 

 「シノンちゃ〜ん。お姉さんに甘えていいからね〜」ナデナデ

 

  頭を撫でながら……。

 

 「あの爆発的ボディのウマ娘が平凡な男に自ら抱きついただと!?羨ましすぎるだろ!!」

 

 「クソ!非リア充の俺達への当て付けか!」

 

 「爆○しろ!!」

 

  周りの男達から妬みの視線がくるが、カネケヤキさんはそんなことを知らずにずっと頭を撫でていた。

 

 「フンフフ〜ン♪シノンちゃんは本当に可愛いね〜♪お姉さんの弟にならな〜い?」ナデナデ

 

 「なりません。あと頭を撫でるのを止めてください」

 

 「じゃあ、抱きしめるのはいいの〜?」

 

 「それもです」

 

 「じゃあ、手繋ごっか!」

 

  とカネケヤキさんが離れてすぐ俺の手を握る。

 

 「それじゃあ、時間も惜しいし遊びに行こっか!!」

 

 「は、はぁ…」

 

  俺はカネケヤキさんの手を引かれるまま電車に乗り、目的地まで向かった。

 

 

  〜⏰〜

 

 

 「つ〜いた〜!」

 

 「あの、ここは…?」

 

 「“お台場海浜公園”よ!」

 

 「冬の時期に海ですか?」

 

 「うん!」

 

  カネケヤキさんと一緒に来たところは海が近くにあるお台場海浜公園というところだ。よりにもよって海ですか、カネケヤキさん…。

 

 「どうして、また…」

 

 「たまには、冬の海も悪くないでしょ?」

 

 「寒いだけですよ」

 

  と俺はその場に座り込む。カネケヤキさんも俺の隣に座り、身体を密着させてきた。

 

 「カネケヤキさん」

 

 「な〜に?」

 

 「アナタ、今の俺の現状知ってますよね?」

 

 「うん、知ってる」

 

 「じゃあ、なんで誘ったんですか?」

 

  というとカネケヤキさんは少し考えてから…。

 

 「負けたから慰めてあげようかなって思ってね。シノンちゃんを誘ったの!」

 

 「違います。そういうことを言ってるんじゃなくて、ウマ娘との接触を禁止されてるんですよ。だから「それってトレセン学園の生徒だけでしょ?卒業してるお姉さんは会っても大丈夫よ!」…」

 

 「シノンちゃんは、お姉さんと会うの嫌なの?」

 

 「嫌とは言ってませんよ。卒業しても会えるのは嬉しいことですから」

 

 「じゃあ問題ないね!シノンちゃん!」ギュ〜

 

  とカネケヤキさんが抱きしめる。

 

 「(こういった雰囲気、在学中も変わらないな)」

 

  カネケヤキさんは見た目はおっとりしているが、母性愛がとても強い。在学していた時は一部のウマ娘から“聖母”って呼ばれてたような気がする。

 

 「(それとシノン呼びするの止めて下さいって言ってるけど、この人頑なに止めようとしないんだよな…)」ハァ

 

  何故、俺のことをシノンと呼んでいる理由はシノンという名前が気に入ったらしく、シノンと呼んでいるんだそうだ。

 

 「(そういえばこの名前、パッと頭に出てきたんだよな。なんでなんだろう…)」

 

 「ねぇシノンちゃん、どうかしたの?」

 

 「いえ、何もないですよ」

 

 「有馬記念のこと引きずってるの?お姉さんが慰めてあげるからね?」ヨシヨシ

 

 「引きずってませんし、いりません」

 

 「も〜う!シノンちゃんはお姉さんに甘えなさい!これは命令です!」プンプン

 

 「本当に大丈夫ですから…」

 

 「本当に…?」

 

  とカネケヤキさんが俺の顔を覗き込むように見てきた。

 

 「本当に大丈夫?無理してない?」

 

  カネケヤキさんが悲しそうな表情で俺を見る。

 

 「シノンちゃんはいつも無理してたよね?お姉さん、今のシノンちゃんを見てると凄く辛いの…。シノンちゃんは頑張り屋さんなのも知ってるけど、頑張り過ぎて空回りしてた時もあった。強く居続けようと色んなものを切り捨ててきた。弱い自分を見せない為に」

 

 「俺は、弱いですよ」

 

 「そんなことないよ?シノンちゃんはとっても強い。お姉さんを助けてくれたときなんか、と〜っても格好良かったよ?」

 

 「…カッコよくなんてないですよ」

 

 「も〜う、そこは“ありがとう”って言うところだよ!」

 

 「はぁ…」

 

 「む〜。シノンちゃんは本当に素直じゃないな〜!そんなことしてたら、みんなから嫌われちゃうぞ?」

 

 「現に、俺は嫌われ者ですよ。有馬記念の時なんか、観客の人から「ざまぁみろ」とかいわれてましたしね」

 

  というとカネケヤキさんは俺の頬を引っ張った。

 

 「はの、はへへはひはん?(あの、カネケヤキさん?)」

 

 「この口か〜!この口が悪いのか〜!!」グニグニ

 

  とカネケヤキがつねったり、引っ張ったりする。

 

 「いはひへへふ、はなひへ「シノンちゃん」?」

 

  とカネケヤキさんが俺の顔から手を離して正面に座る。

 

 「トゥインクルシリーズはウマ娘をどうするか知ってる?」

 

 「い、いえ…」

 

 「トゥインクルシリーズはね、ウマ娘を“主役”にしてくれるの」

 

 「“主役”…?1着のウマ娘をですか?」

 

  というとカネケヤキさんは首を振る。

 

 「“ウマ娘全員を主役にしてくれるの”」

 

 「それが、どうしたんですか…?」

 

 「シノンちゃんもね、その一人なの」

 

  とカネケヤキさんが俺の手を取る。

 

 「ウマ娘はね、“夢”や“目標”を持ってレースを走るの。そこから勝ちたいっていう気持ちや闘争心が生まれるの。お姉さんの言いたいこと、わかる?」

 

  とカネケヤキさんが強く手を握る。

 

 「…わかりますよ。カネケヤキさんが言いたいことが」

 

 「…!なら「けど」ッ!」

 

 「俺はもう捨てたんです。強くなるためには必要ありません」

 

 「シノンちゃん…。やっぱり…」

 

 「すみません」

 

  とカネケヤキさんの手から自分の手を抜く。

 

 「…お昼にしましょう。ここら辺に確か温かいご飯屋があるはずです、行きましょう」

 

 「…そうね」

 

  と俺はカネケヤキさんを連れてお店に向かった。

 

 

 

  〜⏰〜

 

 

 「はい!天ぷら蕎麦大盛り2つ!暑いから気をつけてね!」

 

 「ありがとうございます、どうぞカネケヤキさん」

 

 「ありがとうシノンちゃん。頂きましょうか」

 

 「はい、では─────。」

 

 「「いただきます」」パン

 

  お台場海浜公園を離れた後、俺とカネケヤキさんは近くにあった蕎麦屋に入り昼食を取ることにした。

 

 「ん〜!美味し〜い!」

 

 「美味しいですね、特に出汁がよく効いてます」ズズッ

 

  とお汁を一口飲む。かつお節をメインに使った温かい出汁が身体に染み渡る。

 

 「シノンちゃんは変わらず天ぷらをよく食べるね。特にかき揚げ天ぷら」

 

 「そうですか?」

 

 「うん。嬉しそうに食べてて、見ているこっちまで嬉しくなっちゃう」

 

 「…」サク

 

  と俺はカネケヤキさんに顔を見られないようにかき揚げを食べる。

 

 「照れちゃって、か〜わいい〜♪」

 

 「止めて下さい。照れてません」

 

 「じゃあなんでお姉さんから顔を逸らしたのかな〜?」ニコニコ

 

 「…」

 

 「本当は照れ隠しなの、お姉さん知ってるからね♪」ボソ

 

  とカネケヤキさんが耳元で囁いてくる。

 

 「…食べないんですか?じゃないと冷めますよ」

 

 「うふふ♪。必死になっちゃって〜、そんなにお姉さんの食べたいの〜?食べさせてあげよっか」

 

 「早く食べてください。電車、間に合いませんよ」

 

 「は〜い♪」

 

  と美味しそうに食べるカネケヤキさんを横目に俺も蕎麦を口に運んだ。

 

 「僕。そこの僕!」ボソ

 

 「はい」

 

  と正面を見ると天ぷらを作っていた女性が小声で声をかけてきた。

 

 「かき揚げ好きなんだって?」

 

 「いや、好きというか「一個おまけつけようか?」…」チラ

 

  チラリとカネケヤキさんの方を見る。カネケヤキさんは美味しそうに蕎麦を食べていた。

 

 「…いただきます」

 

 「はいよ!そら、おまけのかき揚げだよ!た〜んとおあがりな!」

 

 「はい」サク

 

  やっぱり、天ぷらはかき揚げに限るな。俺は女性から頂いたかき揚げを頬張った。

 

 「うふふ♪」

 

  カネケヤキさんが楽しそうに見ていると知らずに…。

 

 

 

  〜風間家〜

 

 

 「ただいま」

 

 「おかえり。随分と早い帰宅だね」

 

  昼食後、カネケヤキさんと色々なところを回って自宅に来た。

 

 「あぁ。ちょっと訳ありでな」

 

 「どういう「お邪魔します〜」…誰だい、あんたは」

 

 「初めまして。私、カネケヤキと言います。シノンちゃんには在学時にトレセン学園でお世話になりまして〜」ペコ

 

 「そうかい。まあ、ゆっくりしていきな」

 

 「はい。あと、こちらをどうぞ。心ばかりのものですが〜」

 

 「気持ちだけ受け取っとくさね。そいつはその隣にいるやつと一緒に食べな」

 

 「わかりました〜」

 

 「中に入りな。洗面台はこの奥の扉さね。手洗いうがいを忘れるんじゃないよ」

 

 「ありがとうございます〜」スタスタ

 

  とカネケヤキさんは奥の扉へと入っていった。

 

 「どういうことだい?クソガキ」

 

 「知るか。俺が聞きてぇよ」

 

 「アンタ、ウマ娘と会っちゃあダメなんじゃなかったのかい?」

 

 「在学のウマ娘がダメなだけであって卒業してたら大丈夫と言われて会いに行った。卒業以来だったしな」

 

 「確かにあのチビっ子からは在学中のウマ娘に会っちゃあいかんというのは聞いてないからね。違反ではないね」

 

 「あぁ」

 

 「アタシには関係ないことさね。間違って変なことはするんじゃないよ」スタスタ

 

 「しねぇよ」

 

  というとババアはリビングへと入っていった。

 

 「シノンちゃん、シノンちゃんのお部屋はどこ?」

 

 「2階の奥の部屋です」

 

 「は〜い。あ!それと…」

 

  とカネケヤキさんが俺の耳元に口を近づける。

 

 「お姉さん、シノンちゃんに何されてもいいよ♡」ボソ

 

 「しません。俺は自分の首を締めるようなことはしませんので安心してください」

 

 「ぶ〜。吊れないな〜」

 

 「…追い出しますよ?」

 

 「ごめ〜ん!!お姉さんが悪かったから、ずっと一緒にいさせて〜!!!」

 

 「全く…」

 

  と俺は力一杯抱きしめるカネケヤキさんを背負いながら自分の部屋へと連れて行った。

 

 

 

 「あの、カネケヤキさん。そろそろ離れてもらってもいいですか?部屋ついたんで」

 

 「ヤダ。お姉さん、シノンちゃんから離れない…」ギュ〜

 

  カネケヤキさんはずっとくっついたままだ。そんなに追い出されるのが嫌なのか…。

 

 「追い出しませんから、離れてください」

 

 「………ヤダ」

 

 「今、一瞬だけ考えましたよね?」

 

 「ヤダヤダヤダー!お姉さんはシノンちゃんから離れないー!!」ギュー!

 

  とカネケヤキさんの力が強まる。止めてください、痛いんです。ウマ娘は力が強いんですから人の骨なんて簡単にポキッといっちゃいますよ?

 

 「…じゃあ、離れなくていいので力を緩めてください。こればっかりはお願いします」

 

 「…わかった」シュルル

 

  と力を緩めてくれたのと同時に尻尾を巻き付けてきた。痛いよりマシか…。

 

 「そういえばシノンちゃん、あんまり部屋に物がないのね」

 

 「物欲がないだけですよ」

 

  俺の部屋は勉強机とベッド、あとは本棚といった至ってシンプルな部屋だ。

 

 「トロフィーとか置かないのね」

 

 「あんまりトロフィーとか飾りたくないんで」

 

 「なんで?」

 

 「邪魔になるから」

 

  トロフィーなんて飾ろうと思えば他のところでも飾れる。自分の部屋に置けば尚更部屋を占領するので邪魔なだけだ。

 

 「まあでも、写真なら一つ置いてますよ」

 

  と机の上にある写真立てを指す。

 

 「あれって…」

 

  とカネケヤキさんが離れて写真立てを手に取る。

 

 「チームで撮った写真です。まだ駆け出しの頃の(・・・・・・・・・)

 

 「そっか…、懐かしいね」

 

  とカネケヤキさんが写真を持ってベッドに腰を下ろした。俺もカネケヤキさんの隣に腰を下ろす。

 

 「シービーちゃん達は元気?」

 

 「みんな元気にやってますよ。オグリは重賞レースや時折レジェンドレースに出ています。タイシンも相変わらず努力してますし、ライスはまだ準備期間でシービーは…、まあ言わなくてもわかりますよね」

 

 「そうね。…チケットちゃんやハヤヒデちゃんは元気にしてるかしら」

 

 「元気にしてますよ。チケットは時々遊びに来ますし、ハヤヒデともよく話をしますよ」

 

 「そうなのね。そういえば、新しくメンバーが入ったって聞いたけど?」

 

 「スーパークリークです。菊花賞ウマ娘の」

 

 「そうなのね〜、また賑やかになりそうね!」

 

 「今でも賑やかですよ」

 

  賑やかで大変な連中だけどな。

 

 「…駆け出しの頃とは大違いだね」

 

 「最初は俺とシービー、カネケヤキさんの3人だけでしたしね。そこからオグリ、ライス、タイシンが入ってきて「違うわ」…」

 

 「最初なんて、チームとして成り立っていなかったじゃない」

 

  とカネケヤキさんは持っていた写真立てを撫でる。

 

 「みんなから認められず、練習場も貸してくれなかった。部室も与えてくれず、空き教室でミーティングをやったっけ?そのミーティングにはシノンちゃんが主導でやってトレーナーさんは一切何も言わず、顔を出すことなんて滅多になかった。トレーニングはいつも山か河川敷。良くて、学園の何もない小さな敷地だったね。トレーニングメニューはいつもシノンちゃんが作ってくれたものをやったね」

 

 「授業中に作ってましたしね。余りいいトレーニングにはなっていなかったと思いますが」

 

 「そんなことはないわ。シノンちゃんのおかげでドリームトロフィーを夏と冬を連覇して、レジェンドレースでは5連勝した。それに海外遠征もさせてもらってよりレースの奥深さを知ることが出来たんですもの。これもシノンちゃんのおかげ。シービーちゃんも凱旋門賞で海外ウマ娘と“渡り合える程の実力”を引き出してくれたのもシノンちゃんあってこそなのよ?」

 

 「誰だって出来ますよ。海外ウマ娘と渡り合える程の実力を引き出すトレーナーなんて「いいえ」え?」

 

  と俺の言葉にカネケヤキさんが否定する。

 

 「私から言えることだけれども、日本ウマ娘は海外ウマ娘と渡り合える程の実力なんて持っていないわ。それに今の日本のウマ娘には“海外ウマ娘には勝てない”という常識(・・)的なものが刷り込まれてるの。“凱旋門賞”がいい例ね」

 

  凱旋門賞に出走した日本のウマ娘はことごとくして負けている。シービーは例外として19年も日本ウマ娘が挑戦し続けているが未だ勝つことは出来ていない。

 

 「これから先、海外ウマ娘に勝つ日本ウマ娘は出てこないと思うの。力や体格の差があったり環境も違う中で戦って行かなきゃいけないから」

 

  海外を経験したウマ娘だから言えることか。経験者は語るということはこのことだな。

 

  ─────コンコン。

 

 「お前達、飯の時間だよ。さっさと食べな」

 

 「わかった」

 

 「は〜い。行こっか」

 

  俺はカネケヤキさんの言葉に頷いて部屋を出た。

 

 

  〜カネケヤキside〜

 

 

 「カネケヤキさん、家には連絡してるんですか?」

 

 「えぇ。そろそろ迎えに来ると思うわ」

 

  私はシノンちゃんのお婆様からお食事を頂いてシノンちゃんとリビングでテレビを見ています。お婆様はお食事を作られた後仕事の方々との食事があるらしく、外出されました。現にこの家には私とシノンちゃんの2人きりです。

 

 「こんな遅くまで居て大丈夫なんですか?親御さんも心配してるんじゃ…」

 

 「大丈夫よ。お姉さんの親はシノンちゃんのこと信用してるし、なんなら家に来ないかって言ってるのよ?」

 

 「遠慮しときます」

 

 「もう!来ていいって言ってるのに!」プンプン

 

  私は一度、在学中にシノンちゃんを家に連れて行っていることがあります。その時に私の親にシノンちゃんを紹介して食事をした仲でもあります。

 

 「結構お邪魔させてもらってますし、いいんじゃないですか?ご飯も食べさせてもらってますし」

 

 「え〜、久しぶりに顔を見せに行こうよ〜」

 

 「なんですか、その結婚して何年も顔を見せてない夫婦みたいな話。俺はアナタの彼氏にも旦那にもなった覚えはありません」

 

 「だ、だん…!」

 

  な、なんて大胆なのシノンちゃん!!も、もしかしてお姉さんと…!

 

 「(旦那さんてシノンちゃんが私の家に婿として来るってこと?それとも私が嫁ぐってこと!?シノンちゃんとけ、結婚…)」

 

  シノンちゃんと結婚だなんて…。お姉さん、まだ心の準備が─────!!!

 

 

  ピンポーン

 

 

 「迎え、来たんじゃないんですか?」

 

 「ふぇ!?…そ、そうみたいね!」

 

 「?」

 

  私はソファから立ち上がって玄関へと向かい、ドアを開ける。

 

 「迎えに来たわよ、ケヤキ」

 

 「お母さん」

 

  ドアの前にはお母さんが立っていました。

 

 「帰る準備は出来てる?」

 

 「うん!」

 

  と私は靴を履いて荷物を持つ。

 

 「やっぱり迎えでしたか。車の音がしたのでそうじゃないかなって思ったんですが」

 

  とシノンちゃんがリビングから出てくる。

 

 「あら風間君!久しぶりね!見ない内に大きくなって!」

 

 「…お久しぶりです、“カネリユー”さん」

 

  とお母さんはシノンちゃんとの再開に胸を躍らせています。

 

 「最近はテレビでしか風間君の活躍を見れてなかったけど、元気そうで良かったわ!」

 

 「ありがとうございます」

 

 「有馬記念、残念だったわね。次のレースはいつなの?」

 

 「大阪杯です」

 

 「そう。無理は禁物よ、体調管理はきちんとね?」

 

 「わかりました」

 

 「久しぶりに顔も見れたことだし、帰りましょうか!」

 

  とお母さんは車に乗り込み、私も車に乗り助手席に座り窓を開ける。

 

 「またねシノンちゃん。今度のレースは見に行くから」

 

 「無理に来なくていいですよ」

 

 「ダ〜メ!お姉さん絶対に見に行くから!…頑張ってね」

 

 「はい」

 

  と私は車の窓を閉めるとお母さんは車を走らせた。

 

 「やっぱり、風間君は出会ってから変わらず(・・・・)元気そうで良かったわ〜!」

 

 「うん、そうだね…」

 

  変わらず、か…。お母さんは知らない、シノンちゃんはあれ以来変わってしまったことを──────。

 

 「(今のシノンちゃんはあの頃と比べて欠けてしまった(・・・・・・・)ものがある)」

 

  シノンちゃんは誰よりもトレーニングに励んでいた。夜遅くまでトレーニングもしていたし、私達の倍の量のトレーニングをしていたり…。とにかく、必死に頑張っていた。だけど…。

 

 「(“あの日”を境にシノンちゃんは変わってしまった)」

 

  それはトレーニングメニューを見て私はわかってしまった。いつしかシノンちゃんは“勝つためのトレーニング”ではなく、“勝つことが当たり前のトレーニング”となってしまった。2年ちょっとしかシノンちゃんと関わりはなかったけど、でもトレーニングの変わりようだけは気づいた。

 

 「(あの時、私かシービーちゃんがシノンちゃんに手を差し伸べていれば変わらずにいたのかもしれない)」

 

  もう過ぎてしまったことをどうこう言ってはいられない。もう帰ってくることはない。

 

 「(今からでも遅くはないはず。シノンちゃんには欠けたものを拾って貰わないといけない。“大事なもの”なんだってことを気づかせないといけない…!)」

 

  早く気づいてくれることを心の中で願い、私は家に帰った。

 

 

 

 

  〜燈馬side〜

 

 

 「まさか、“カネリユー”さんが来てたなんてな」

 

  カネリユーさん。カネケヤキさんの母親でトゥインクルシリーズでも活躍した名のあるウマ娘の一人だ。

 

 「元気そうで良かった。きっと旦那さんも元気にやってるんだろうな」

 

  と俺はソファに座り、テレビを見る。今流れているのは年末の特番だ。

 

 『────それでは、ここにいる人達にインタビューをしていきたいと思います!…あ、すいませ〜ん!』

 

  とマイクを持った女性が色んな人達に声をかけていく。どうやら、次の年の抱負を聞いているそうだ。女性の質問にインタビューされた人は次々と述べていき、次は家族連れにインタビューしていた。

 

 『君は次の年の頑張ることってあるかな?』

 

  と女性が今度は小さな男の子にマイクを向ける。

 

 『ぼくは、たくさんのともだちをつくりたいです!』

 

 『来年、小学校に入るんですよ』

 

 『そうなんですね!たくさんお友達が出来たらいいね!』

 

 『うん!』

 

  と和気あいあいとインタビューが続く。

 

 『君の“夢”ってあるのかな?』

 

 『ぼくのゆめはとれーなーになることです!』

 

 『それはウマ娘のトレーナーになるってことかな?』

 

 『うん!かっこいいのとれーなーになりたいです!』

 

 『じゃあ、ウマ娘のトレーナーになれるように勉強も頑張らないとね!』

 

 『うん!!』

 

  と家族連れのインタビューが終わり、他の人へとインタビューがされていく。

 

 「“夢”か…」

 

  と独り言を呟いていると─────。

 

 『3、2、1…。ハッピーニューイヤー!!!』

 

  と時刻は0時を回り、1月1日になった。テレビでは新年を迎えれたことを嬉しそうにはしゃいでいる人達が映っていた。

 

   ♪〜

 

 「…」カチ

 

  俺は携帯を開けると何人の人達から新年の挨拶が来ていた。同級生はもちろんウマ娘からもだ。

 

 『おめでとう。今年もよろしく』ポチポチ

 

 「送信、と…」ピッ

 

  俺はメッセージを返し、携帯をしまう。

 

 「夢、ねぇ…」

 

  さっきのインタビューで女性は子供に対して夢はなにかと聞いていた。

 

 「…」

 

  俺の脳裏にアレが流れた──────。

 

 

 『なんでお前なんだ!ふざけんな!』

 

 『男が女の子に勝って嬉しそうにしてるなんて気持ち悪い』

 

 『なんで男が走ってんだよ…』

 

 『トゥインクルシリーズはウマ娘のレースじゃねぇのかよ!』

 

 『なんで出てるの?早く出ていけよ』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「チッ」

 

  俺は舌打ちをする。思い出したしたくもないようなことを思い出したのだから。

 

 「俺は強くならないといけないんだ。勝つことが当たり前にならないといけないんだ」

 

  強くなるには不要なものを切り捨てる必要があるから。だから俺は─────────。

 

 

 

 

 

 

 

夢を持つことをやめた




 読んで頂きありがとうございます。

  何故、主人公は夢を持つことをやめてしまったのか。何故そこまで強くいたいと思っているのか、カネケヤキ達は何を見たのか、何があって主人公を変えてしまったのか、昔の主人公はどんな人だったのか───────。色々考えることがたくさんある話でしたね。

  まだまだ謎な主人公。彼にあった過去とは──────。



  次回もお楽しみに〜

  それでは、また〜


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忘れたかった過去。願っても戻ってこなかった人

 更新遅くなり大変申し訳ございませんでした…。失踪していたとかではありません。








 それでは、どうぞ


  〜トレセン学園・シービーside〜

 

「─────と言う風にこの英文はmustではなく、have toが使われる為、文の構成は───────。」

 

 「(つまんないなぁ…)」

 

  私は教室で英語の授業を受けていた。年が開けても変わらない風景。強いて言うなら少し寒くなったくらいで他は何ら変わりない。

 

 「(なんか面白いことないかなぁ〜…)」ハァ

 

  と私は退屈な日々に嫌気が差し、ため息をついた。

 

 「…」

 

  ルドルフが見ているとも知らずに。

 

 

 

  〜カフェテリア〜

 

 

 「シービー。ここ最近の君は授業に集中してなさすぎる。もっと上級生としての姿勢をだな…」

 

 「はいはい。そんなに怒らなくてもいいじゃん、ルドルフ」

 

 「…本当にわかっているのか、君は」

 

  相変わらず頑固者だな〜、と私はパフェを口に運ぶ。その様子にルドルフは大きなため息をついた。そんな時だった。

 

 「ねぇ聞いた?あの話」

 

 「聞いた聞いた。風間先輩が退学させられる話でしょ?」

 

 「なんでも大阪杯結果出さないといけないみたい…」

 

 「でも相手はナリタブライアン先輩とマルゼンスキー先輩だよね」

 

 「あとエイシンフラッシュさんも出るみたいだって」

 

 「相手が悪いよね。風間先輩」

 

 「だよね〜」

 

 「「……」」

 

  後輩達が私達の隣を通り過ぎて行く。内容は余り聞きたくないものだった。

 

 「…シービー」

 

 「なに?」

 

  ルドルフが間を置いて話し出す。

 

 「燈馬の退学の件は本当なのか…?」

 

 「…事実だよ」

 

  私は年が開ける前、有馬記念が終わった次の日にトレーナーから聞かされた話だった。

 

 

 

  〜有馬記念後の次の日〜

 

 

 「な、なんで燈馬が退学に!?」

 

 「信じ難いことだけど、さっき理事長から言われたんだ。大阪杯で燈馬君が結果を出さなければ退学にするって…」

 

 「そ、そんな…」

 

  有馬記念が終わって次の日に私達はトレーナーの指示の元、トレーニングを行っていたのだけれど燈馬の姿がなかった。疑問に思った私はトレーナーに話を聞くとトレーナーからは信じられない話を聞かされた。チームのみんなも驚きのあまり言葉が出なかった。

 

 「────ッ!!」ガチャ!

 

 「ど、どこ行くのタイシンさん!」

 

 「決まってるでしょ!理事長に会いに行ってアイツの退学の理由を聞きに行くのよ!!」

 

  とタイシンは立ち上がって部室を出ようとする。するとトレーナーはタイシンを呼び止めた。

 

 「行っても無駄だよ、タイシンさん…」

 

 「なんで決めつけ「僕も理由を聞いたけど、教えてはくれなかったんだ」えっ…」

 

 「それどころか、チームのみんなが理事長に理由を聞いても理事長は教えてくれないと思う。例えそれが生徒会長であっても…」

 

 「そんなの…、行ってみないとわからないじゃない!!理事長がダメならたづなさんにでも「たづなさんも無理だよ」…!」

 

 「たづなさんも理由を答えることは出来ないって言ってたから」

 

  頼みの綱であったたづなさんでも理由を聞くことは出来なかった。何とか聞き出そうと試みたけど頑なに話すことはなかった。

 

 「それと燈馬君のことだけど、大阪杯までの間トレセン学園に来ることはないって。燈馬君は当時通っていた学校の方で通学するとのことだそうだよ」

 

 「…どういうことよ」

 

 「“接近禁止令”だよ。理事長が燈馬君にトレセン学園への通学、及びトレセン学園に所属しているウマ娘との接触を禁止するっていうものさ」

 

 「連絡も取れないの?」

 

 「…多分ね」

 

  タイシンは握っていたドアノブから手を離す。理由も聞かせてくれず、ただただ燈馬の退学まで待つことしか出来ないのかと悔しい表情を見せていた。

 

 「あの〜、少しいいですか?」

 

 「どうしたの、クリーク」

 

  重い空気の中、クリークが手を挙げる。

 

 「その、トレーナーさんは先程大阪杯までの間と仰られていましたけど、何故大阪杯なのですか?」

 

 「そ、それ…ライスも気になってた」

 

  確かにトレーナーは燈馬が来られないのは“大阪杯までの間”と言っていた。

 

 「もしかしてなんですけど、大阪杯が燈馬さんの退学を逃れるカギなんじゃないのでしょうか〜」

 

 「…どうなの」

 

  とタイシンがクリークの言葉に反応してトレーナーを見る。

 

 「…クリークさんの言うとおりだよ。大阪杯が燈馬君の退学を逃れる唯一のカギだ」

 

 「「「!!!」」」

 

  トレーナーの言葉にタイシン達は驚きの表情を見せた。

 

 「詳しく教えて」

 

 「大阪杯で燈馬君が結果を残せば退学を無くす、とのことだよ」

 

 「なによ、随分簡単じゃない。そんなの1着を取れば早い話じゃないの」

 

  とタイシンはトレーナーの言葉にあっけらかんとしていた。

 

 「それが簡単な話じゃないんだよ」

 

 「は?どういうこと?」

 

  タイシンを含めクリークとライスも疑問の顔をしていた。

 

 「ただ結果を出すだけじゃない。燈馬君は理事長の出す合格ラインに到達すれば退学は免れるんだよ」

 

 「合格ライン、ですか?」

 

  クリークの言葉にトレーナーは頷いた。

 

 「で、その合格ラインっていうのはなんなの?」

 

 「わからない。こればっかりは何を基準にされているかわからないんだ」

 

  確かに合格ラインがわかっていればその合格ラインを超えれるようにして大阪杯に挑めばいいだけ。合格ラインが分からない以上、私達は手を出せない。

 

 「(技術面かそれとも力の部分か…。何を見られているのか検討がつかないな)」

 

  理事長は何を見て燈馬を退学にすると決断したのか、その意図はなんなのか。何も分からない。

 

 「ねぇ、それって本当に理事長が言ったの?」

 

 「本当だよタイシンさん。これは理事長が「私は理事長が言ったとは思えないんだけど」ど、どういうこと?」

 

 「確かに理事長が本当に自分の口から言ったのだとすれば疑問に思う点があるね」

 

  と私はタイシンの言葉に賛同する。

 

 「疑問に思う点…?」

 

 「話が大雑把過ぎるっていうこと。燈馬を退学にするっていう一点張りは余りにもおかしい」

 

  普通なら退学にする理由くらい私達に教えてくれたっていいはず。燈馬との接近禁止令が出ているのであれば私達が燈馬に退学になる理由を言わなければいいだけの話。なのに燈馬だけではなく、私達にも教えないのは不自然過ぎる。

 

 「確かに理事長は燈馬君を退学にするっていうことをずっと言っていたね」

 

 「恐らくだけど、理事長は誰かから指示されてるんだと思う」

 

 「それって理事長が誰かから脅迫行為を受けてるってこと!?」

 

  とザワザワしだすチームメイト達。

 

 「それはないんじゃないかな。脅迫行為をされてるってことならそれこそ大事になるよ。警察やURAも動くことになるからね」

 

  脅迫紛いのことなら尚更大変なことになる。理事長が脅されてるとなるとトレセン学園の運営や存続の危機に関わってくる。それにレースの支障にもつながる。となると…。

 

 「理事長は恐らく合意の上で燈馬を退学にするって言ったんだと思う」

 

 「合意の上、ですか?」

 

  とクリークが私の話に疑問を持つ。

 

 「誰かが燈馬の退学を持ちかけて理事長が合意したんだと思う。何かしらの理由をつけてね」

 

 「では、その理由って言うのが…」

 

 「燈馬の退学取り消しにつながるんだと思う」

 

  クリークの言葉に私は大きく頷く。

 

 「さっきタイシンが言ってたように、恐らく燈馬の退学は理事長じゃなくて理事長に持ちかけた人が言ったんだと思う」

 

  恐らく理事長と面識がある人物。理事長はウマ娘を第一に考える人だから簡単に退学の話を承諾したとは思えない。何らかの理由で燈馬の退学を承諾したんだろうね。

 

 「となれば、その相手が誰なのか…」

 

  と考えていた時だった。

 

 

  ピリリリ、ピリリリ、ピリリリ…。

 

 

 「誰?こんな時に…」

 

  と私は携帯を見るに、私は大きく目を見開いた。着信元は“あの人”からだった。

 

 「どうしたの、シービーさん」

 

 「ううん、なんでもない。ちょっと外すね」

 

 「わかった」

 

  とトレーナーの許可を得て、外に出て私は電話に出る。

 

 「もしもし」

 

 『もしもし〜?オッハー!久しぶり〜!』

 

 「お久しぶりです。シンザン先輩」

 

  そう。電話の相手はトレセン学園卒業生のシンザン先輩からだった。

 

 『なんか大変なことになってるんだって〜?大丈夫?』

 

 「…そうですね、今のところは」

 

 『その様子だと大丈夫じゃなさそうだね』

 

  シンザン先輩は何かとトレセンの情報などを知っている。元生徒会長でもあったり、大学生でありながらURAの仕事をしていたりと凄い人物だ。

 

 『なんか燈馬ちゃんが退学させられそうになってるんだってね』

 

 「どうして知ってるんですか、って言ってもシンザン先輩ですからURAの人から聞いてますよね」

 

 『ううん。それ私が理事長に言ったの』

 

 「…え?」

 

 『だから、燈馬ちゃんの退学の話は私が理事長に言ったの』

 

  シンザン先輩の行っていることが理解が追いつかなかった。

 

 『まあ、今の燈馬ちゃんはトゥインクルシリーズに出る必要ないし出てるだけで見る気失せるし、イライラするのよね〜。だから、いっそのこと退学させようかなって』

 

 「…待ってください。そんな自分の私情みたいなことで燈馬を退学させないでください!!燈馬は今、大事な時期なんです!チームにも必要なんです!燈馬はこのチームのリーダーなんです!!」

 

 『じゃあなんでそのリーダー的存在の人が退学させられそうになってるのかな?』

 

 「それは…」

 

  言い返す言葉が出てこない。シンザン先輩の言うとおりだ。

 

 『何があったんだろうね〜?貴方なら知ってると思うよ。実際に見てたんだし』

 

 「実際に…」

 

  私は何を見てたんだ。一体何を…。

 

 『因みにだけど、彼女は気づいたみたいだよ』

 

 「彼女…?」

 

 『カネケヤキちゃん』

 

 「カ、カネケヤキ先輩…」

 

  カネケヤキ先輩は私達の元チームメイト。あの人は何に気づいたの。

 

 『まさか、忘れたなんて言わせないからね。貴方は一番近くであの子を見ていたのよ?あの子が変わってしまった瞬間も貴方は見ていたはず』

 

 「燈馬が変わってしまった瞬間…」

 

 『…これ以上言うとヒントになりそうだからここで区切らせてもらうわ。時間を取らせてごめんね、それじゃ』

 

  ツーツーツーツー…

 

 「…」

 

  通話の切れた携帯の電源を落としポケットに入れる。“燈馬が変わってしまった瞬間”というシンザン先輩の言葉が頭から離れない。

 

 「(燈馬は燈馬だ。どこも変わってなんていない)」

 

  私はそう否定しながら部室へと戻った。トレーナーからは今日は休みにすると言っていたのでそのまま寮へと戻った。

 

 

  〜回想終了〜

 

 

 「君から聞いた時は信じられないと思っていたが、まさか本当だったとはな…」

 

 「…」

 

  ルドルフがなぜ知っているのか、それはたまたまマルゼンスキーが理事長室に足を運んだ時に聞こえてしまったそうだ。マルゼンスキーは一目散に私のところに来て「理由を教えて!」とせがんできた。

 

 「(慌てるマルゼンスキーを見ていたルドルフ達が私達のところにやってきてマルゼンスキーが理事長の話をみんなに話しちゃって、広まったんだよね…)」

 

  本来ならチーム内で留めておくつもりだったんだけど、まさかまさかのマルゼンスキーが聞いていたのは予想外だった。まぁ彼女は後輩想いな優しいウマ娘だからね。退学とかの話を聞いちゃうとほっとけない性格なんだよね。

 

 「シービーは心当たりあるのか?その…、燈馬が退学になる理由というのは」

 

 「知らない(・・・・)。シンザン先輩は何の意図で燈馬を退学にするのか、検討もつかないよ」

 

 「そうか…」

 

  と私とルドルフは残りの昼食を食べて午後の授業に出た。けど私は燈馬の退学のことを考えていたので、あまり授業の内容は入ってこなかった。

 

 

  〜寮の部屋にて〜

 

 

 「では、私は先に寝るとするよ。君も余り夜ふかしするんじゃないぞ」

 

 「わかった。お休みルドルフ」

 

 「あぁ、お休み」

 

  と部屋の明かりを暗くする。私は机についている灯りをつけて最小限にまで暗くする。いつもならすんなり寝るんだけど、今日に限っては寝付けず眠気がくるまで本でも読もうかと小説を読んでいた。因みに今読んでるのは“歌舞伎”についての本。私は歌舞伎が好きでよく観に行く。そしていつか燈馬と歌舞伎デートに行きたいし、燈馬に歌舞伎の良さを伝えたいから。

 

 「(う〜ん、この本だと歌舞伎の良さはわかるけど魅力についてはちょっとイマイチかな。やっぱり劇場に連れてって、そこで解説しながらの方がいいかな〜)」

 

  と私は本を読み進めながらどうやって燈馬に歌舞伎の良さを伝えるか考えていた。

 

 「(…やっぱり実際に見せた方がいいよね。だったら最初は〜…)」

 

  と本を閉じて私がこれまで観てきた歌舞伎の演目を見る。やっぱり最初は世話物が一番いいかもね、わかりやすいし。

 

 

   パタン!

 

 

 「ん?」

 

  下から音がしたので見てみると本棚に置いていた本が倒れていた。

 

 「よいしょっと…!」

 

  私は椅子から下りて倒れた本をもとに戻していく。

 

 「あれ?これって…」スッ

 

  ふと一つのファイルに目がいく。そのファイルを抜き取りページを開くとそこにはトレーニングメニュー表があった。

 

 「(懐かし〜!これってまだチームが駆け出しの頃のやつじゃ〜ん!)」ペラ

 

  と私はファイリングされているトレーニングメニュー表を読み進めていく。懐かしいな〜、この頃は“燈馬が作ったトレーニングメニュー表”をもとに3人で頑張ってたんだっけ。時々、燈馬がメニュー表を作れずにいたときに同じメニューが出来るようにってカネケヤキ先輩と私がファイリングしたんだっけ。

 

 「(あの頃は楽しかったな〜。燈馬が中央のトレーナー達が考えつかないようなトレーニングを作ってきて、次はどんなトレーニングをするのかワクワクしてたんだよね〜!)」ペラ、ペラ…

 

  と懐かしさに浸りながら読み進めていく。

 

 「あれ?」

 

  と読み進めていくとあるトレーニングメニュー表を見たときに手が止まる。

 

 「このトレーニングメニュー表…、なんか普通(・・)だ」

 

  と次の日のメニュー表もそのまた次の日のメニュー表もまたまた次の日のメニュー表も…。めくっていくにつれてトレーニングメニューが普通になっている。

 

 「なんでなんだろ…。このメニュー表の日付は〜?」

 

  とメニュー表の日付を見る。日付は12月21日。次の日のメニュー表には12月23日と書いてあった。

 

 「(12月22日だけがない…。この日って何かあったかな…)」

 

  休みではなかったはず。それにこの時にはカネケヤキ先輩と私は既にシニア級に入っていた。となると…。

 

 「燈馬、だよね…」

 

  燈馬は今、シニア級に入ってるけど去年まではクラシック級だった。それを踏まえて考えると一つの答えが出た。

 

 「(“レース”だ…!)」

 

  読み返していくと所々日付が抜けているところがあった。ファイリングされていないメニュー表はなかったはず、無くさないようにその日に綴じていたから抜けはない。休みの時にはちゃんと休みの日付が記載されている。となれば、導き出されるのはレース。この頃は確か、燈馬がまだジュニアクラスの時だ。

 

 「(ジュニアクラスでこの時期のレースってなると…)」ペラペラ

 

  と再び読み進めていくと予定表が綴られていた。

 

 「(12月22日は…、“ホープフルステークス”か)」

 

  ホープフルステークス。ジュニアクラスのウマ娘が初めて出るG1の一つ。他にも“朝日杯フューチュリティステークス”や“阪神ジュベナイルフィリーズ”といったジュニアクラスだけのG1レースがある。ホープフルステークスは中距離レースの一つでクラシック級を想定されたレースでもある。

 

 「(ホープフルステークスは“希望”や“夢”に満ちたウマ娘達がそれを掴み取る為のレースだって…)」

 

 

  バタンッ!!!

 

 

 「あ…、あぁ…!…ぁああ!」プルプル

 

  持っていたファイルが手からスルリと落ちる。そうだ、そうだった。なぜ忘れていたんだ、なぜ覚えていなかったんだ。…違う、忘れたかったんだ(・・・・・・・・)。あんなにも頑張ったあの子が、“否定され続ける姿を”。あの子が変わってしまったことを私は否定したかったんだ。夢だと願ったんだ。現実だと思いたくなかったんだ。必死に願った、“もう一度戻ってきてほしいと”──────。

 

 「嫌だ…、嫌だぁ…!怖い…、怖いよぉ…」ガクガク

 

  流れ出るあの時の記憶。そして恐怖した────。

 

 

 

 

 

 

 

人があんなにも変わってしまうところを

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  〜生徒会室・ルドルフside〜

 

 「シービー先輩は今日は休みですか?」

 

 「あぁ。何でも体調が優れないと言って学校を休んでる」

 

  次の日、起きるとシービーが布団に包まっていた。登校時間になっても起きなかったので起こそうとするも「今日は行きたくない。一人にさせて」と行って布団から出てくることはなかった。

 

 「それで、会長が言っていた見せたいものとは?」

 

 「あぁ、これなんだ」スッ

 

 「これは?」

 

 「トレーニングメニューが綴れたファイルだ。シービーの机近くに落ちていてな。シービーには申し訳ないが拝借してきたんだ」

 

  と私は机の上に一つのファイルを広げる。生徒会室にいるエアグルーヴ達がファイルを注視する。中にはトレーニングメニュー表が綴られていた。

 

 「凄いトレーニングメニューね…」

 

 「あぁ。このメニュー表を考えたトレーナーはとても凄腕のトレーナーなんだろうな」

 

  隣にいたマルゼンスキーがトレーニングメニューを見て驚きの声を出す。そのトレーニングメニューには走る為に必要なトレーニングや脚だけではなく、総合的に身体を全体的に鍛える為のトレーニングや自分達が見たことないようなものや聞いたことのないトレーニングメニューが書かれていた。

 

 「このメニュー表って燈馬の担当トレーナー君が作ったのかしら」

 

 「私もそう思ったのだが、このメニュー表を見てほしい」ペラ

 

  とページをめくり、ある日のメニュー表を見せる。

 

 「これは…?」

 

 「これって…」

 

 「みんなはこれを見てどう思う」

 

  とエアグルーヴ達は眉を潜めたり、顎に手を添えたりとみんな反応は様々だ。

 

 「なんというか〜…」

 

 「普通(・・)だな」

 

  と向かいに座っていたブライアンが腕を組む。

 

 「さっきまでのトレーニングとは違い、あまりにも普通過ぎる。やる気でもなくなったのか?」

 

  とキッパリ言ったブライアン。

 

 「やる気はあると思うよ。だけど、確かにブライアンの言うとおりこのメニューはあまりにも普通だね」

 

 「フジの言うとおりだ。…ただ、この変わりようはなんだ?」

 

 「私もエアグルーヴと同じ意見だ。このメニュー表の日付“12月23日”からの変わりように疑問が浮かぶんだ」

 

  必ず何かあったに違いない。でなければこんなにもトレーニングメニューに差が生まれないはずだ。

 

 「これ、誰か知ってる人いるのかな?」

 

  とフジキセキが呟いた。

 

 「燈馬のオグリキャップ達にも聞いたが知らないそうだ。トレーニングの変わりようも」

 

 「じゃあ、シービーちゃんは知ってるのかしら」

 

 「シービーか…」

 

  シービーなら何か知っているのかもしれないな。帰ったら彼女に聞いてみるか。

 

 

 

  ガチャ!!

 

 

 

 「やっほー、みんな〜!ひっさしっぶり〜〜〜!!」

 

 「「「「「し、シンザン先輩!?」」」」」

 

  生徒会室のドアが急に開き、見てみるとそこには元生徒会長のシンザン先輩がいた。

 

 「もうシンちゃんたら、ちゃんとノックしないとだめでしょう?…久しぶりね、ハヤヒデちゃん」

 

 「か、カネケヤキ先輩…。お久しぶりです…」

 

  シンザン先輩の後から入ってきたのは燈馬の元チームメイト、カネケヤキ先輩だ。

 

 「みんなして何してるの〜?」

 

 「そ、それは〜…」

 

  とシンザン先輩が近づいてくる。

 

 「見せて見せて!」

 

  とシンザン先輩が机の上にあるメニュー表を見る。

 

 「ッ!」

 

 「ほ〜〜?な〜〜〜るほっどね〜〜〜」ニヤ

 

  とシンザン先輩はニヤニヤしながら私の方を見る。

 

 「これ、誰の?」

 

 「…シービーのものです。シービーの机の近くに落ちていたので彼女のものかと」

 

 「シービーは?今どこ?」

 

 「今は寮にいます。今日、学校自体を休んでまして」

 

 「ふ〜〜〜ん、そっか〜〜」

 

  とシンザン先輩は私が普段座る生徒会長の椅子に座り、足を組む。

 

 「シービーは思い出したんだねぇ(・・・・・・・・・)

 

 「思いだした…?」

 

  シンザン先輩はうんうんと頷きながら髪をイジる。

 

 「シンザン先輩、何か知ってるんですか?このメニュー表について…!」

 

 「───────知ってる」

 

 「「「「「!!!」」」」」

 

 「まあ、私より彼女が一番知ってるんじゃないかな?ねぇ、カネちゃん?」

 

  カネケヤキ先輩を見ると先輩はとても暗い表情をしていた。

 

 「話したほうがいいんじゃない?この子達にも知っておかないといけないと思うよ」

 

 「─────そうね、わかったわ」

 

 「じゃ、じゃあ!!」

 

  カネケヤキ先輩はドアを閉めて空いた席に座る。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「全ては2年前、“ホープフルステークス”でのことです」




 読んで頂きありがとうございます。

  次の話も書いていますので、すぐに更新出来るよう頑張ります。それでは次回でお会いしましょう。




  それでは、また〜


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希望から絶望へ。夢から(うつつ)

 やべー、育成が進まねぇ〜……。





 それでは、どうぞ


 私達のチームではシノンちゃんがジュニアクラスで勝ち星を少しずつ上げていたの。片手で数えるくらいしかなかったけれどね。負けたレースのほうが多かったけど、滅気ずに頑張ってたわ。私達の為に寝る間も惜しんでトレーニングメニューも考えてくれてとても面白かったわ。トレーナーが考えつかないようなトレーニングをして自分の実力が上がっていくのを感じてた。これはシービーちゃんも一緒だと思う。あの娘が一番楽しそうにしてたから。チーム全体でも士気が上がっていたしこのままいくと最高のチームが出来るんじゃないかって…、そう思ってた。けど…。

 

 

 

 

けど、現実は甘くなかった──────。

 

 

 

 

 

 シノンちゃんが勝っていくにつれてファンの人達は良からぬ噂を広め始めた。“アイツは元犯罪者だ”。“アイツは女を誑かすクズの男だ”。“アイツは昔、ウマ娘の人生を壊したことがある”…。全部でっち上げ。けど、ファンの人達は止まることを知らない。過去に私達が外で練習していた時に邪魔をして妨害行為をされたこともあった。もちろん、理事長やURAの人達も対応してくれて妨害行為は減っていった。“シノンちゃんに対するものは減らなかったけどね”。シノンちゃんは何も言わずにトレーニングを続けていた。相談しに行こうと言ってもシノンちゃんは首を縦に振ることはなかった。「言わせておけ」「そのうち止む」、今考えると無理矢理にでも連れて行くべきだったって反省してる。男の子は女の子の前では弱みを見せたくないんだってお父さんが言っていたけど、そんなこと気にせず連れて行くべきだった。

 

 

 そんなシノンちゃんだけど、遂にG1に出る機会が出てきた。レースは3つ。“阪神ジュベナイルフィリーズ”、“朝日杯フューチュリティステークス”。そして、“ホープフルステークス”の3つ。シノンちゃんの勝負服は格好良かったな〜。凛々しくて、勇ましくて、辛そうで(・・・・)…。

 

 

 レースは順調だった。阪神ジュベナイルフィリーズと朝日杯フューチュリティステークスは1バ身差で勝利。チームのみんなで祝勝会をしたり、理事長もお祝いしてくれた。シノンちゃんも表情には出てはいなかったけれど、楽しそうにしていたのは事実だった。そして、迎えたホープフルステークスで全てが壊れた。

 

 

 

 

 

 

 

 

  〜2年前、中山レース場・カネケヤキside〜

 

 

 「いよいよね、ジュニアクラス最後のG1“ホープフルステークス”」

 

 「大丈夫だよ、カネケヤキ先輩!燈馬なら勝つよ!ね?」

 

 「あぁ。負けるわけにはいかないからな」

 

  ジュニアクラスでG1を2勝。負けはしてるけど実力はデビュー戦から確実に上がっているのは見て分かる。デビュー戦は実力を発揮出来ず、悔しい想いを何回もしている。その悔しさをバネにシノンちゃんは人一倍頑張ってきた。後はこのレースを勝って“クラシック級”で凱旋するだけ。

 

 「燈馬、チケット達から電話だよ!」

 

  とシービーちゃんがテレビ電話にして画面を見せる。そこには、ここにいないチームメイト達だった。

 

 『あーっ!燈馬だ!!おーーーい!!!』

 

 『うるさっ!ちょっと、声落としてよ』

 

 『相変わらず、チケットは元気だな』フフ

 

  チケットちゃんは元気一杯ね。こっちまで元気になりそうだわ。

 

 「みんな、そっちのレースはどう?」

 

 『も、もう少しで…、オグリさんのレースが、始まるよ…!』

 

 「そっか!!オグリに頑張れって言ってあげてね!」

 

  今日はチーム内で2つのレースが重なった。1つはオグリさんのG2レース、もう一つはシノンちゃんのG1レース。チーム内でどっちの応援に行くか話し合いになった。結果、シノンちゃんの方に私とシービーちゃん。オグリちゃんの方に他のメンバーとトレーナーがついていくことになった。シノンちゃんはオグリちゃんの方に行けって言ってたけど、「やだ!燈馬の応援に行く!!」とシービーちゃんが駄々をこねて仕方なく連れて行くことに。相変わらずシービーちゃんはシノンちゃんのことが大好きね!見てるこっちまで熱くなるわ〜!けど…、ちょっとだけ妬いちゃいそう。

 

 『燈馬』

 

 『お、オグリさん!!?』

 

  とオグリちゃんが画面の中に入ってくる。

 

 「お、オグリちゃん!?今からレースなんでしょ?早く行かないと間に合わないわよ!?」

 

 『わかってる。ただ、どうしても燈馬に言っておきたいことがあるんだ』

 

 「…なんだ?」

 

  とシノンちゃんもオグリちゃんの言葉に耳を傾ける。

 

 『燈馬、今日のレースを5バ身以上離して勝ったら燈馬の作る手料理をたくさん食べたい。いいだろうか?』

 

 「バリエーションは少ないが?」

 

 『構わない。燈馬の作る料理なら何でもいい』

 

 「わかったよ、作ってやる」

 

 『楽しみにしてる』ニコ

 

  とオグリちゃんは微笑んで画面の外へと行ってしまった。

 

 『燈馬ーー!私も燈馬の料理食べたーーい!!』

 

 『ら、ライスも…!』

 

 『燈馬の手料理か…。これは腹を空かせておかないとな』

 

 「私も食べる〜!!」

 

  とみんながシノンちゃんの手料理を楽しみにしていた。

 

 「それじゃあ、行こうか」スッ

 

  とシノンちゃんが立ち上がり、軽く準備運動をしながら部屋を出る。

 

 「頑張ってね、シノンちゃん」

 

 「頑張れ!燈馬!」

 

 『『『『頑張れー!!』』』』

 

 「あぁ、行ってくる」

 

  とシノンちゃんはチームメイトの声援を背にターフへと歩いて行った。

 

 

 

 

 『さあ、いよいよジュニアクラス最後のG1ホープフルステークス!有終の美を飾るウマ娘は誰なのか!』

 

 「頑張れー!エアガッツ!!!」

 

 「頼むぞ!グリーン!!」

 

 『それでは、出走バの枠順と戦績を見ていきましょう。まずは──────』

 

  と出走バの枠順と戦績を解説していく実況者。どのウマ娘も強者達ばかり。

 

 

  ※以下 出走バと枠順

 

1枠1番 ノーブルレイジ

2枠2番 ウインディポイント

3枠3番 ファイナルカイザー

4枠4番 スーパーナカヤマ

5枠5番 エアガッツ

5枠6番 モーニングアフター

6枠7番 トップチャンピオン

6枠8番 シャコーテスコ

7枠9番 リックザブーツ

7枠10番 シノン

8枠11番 トキオエクセレント

8枠12番 グリーンスターボウ

 

 

 『誰をも魅力し、心を奪う希望の星が誕生する!希望こ一等星となるのはどのウマ娘か!』

 

 『どのウマ娘達も全力で頑張ってほしいですね!』

 

 『各ウマ娘、ゲートに入りました。クラシックへとつながる最後のレース、勝者は誰なのか!?ゲートが今────。』

 

 

  パァン、ガコンッ!

 

 

 『開きました、スタートです!ウマ娘、横一線の綺麗なスタートです』

 

 「頑張れーー!!!燈馬ーー!!!」

 

 「(頑張って、シノンちゃん!)」

 

  スタートは上々。出遅れることなく綺麗にスタートし好位置につく。シノンちゃんの作戦は差し。中団より少し後ろの12番手にいる。最初は走りが安定せず、ずっと悩まされ続けたけどトレーニングを重ねるにつれて少しずつ安定してきていた。まだ、朧げな部分もあるけどね。

 

 「(シノンちゃんは誰よりも努力してきた。負けても諦めずにトレーニングしてきた。シノンちゃんの努力は必ず報われるわ!だから全力で駆け抜けて!)」

 

 『さあ、最終コーナーを曲がって直線へと入ります!先頭はエアガッツ!トキオエクセレントも上がってくるぞ!スーパーナカヤマも仕掛けてきたァアア!!』

 

  最後の直線、ウマ娘達は1着を狙おうとスパートをかける。その熱量は見ている私達にも伝わってくるほど。

 

 『後続のウマ娘達、先頭に追いつけるか!?』

 

  後続にいるウマ娘達は苦しそうな表情を見せている。きっと限界が近いのだろう。そして、その後続の中にシノンちゃんもいた。シノンちゃんも苦しそうな表情を出している。

 

 「(やっぱり連続で走った疲労がここにきたのね…)」

 

  シノンちゃんは5連続出走をしていて休む暇もなくレースに出続けていた。何があったのかは知らないけれど、とても必死そうだった。

 

 「お願い、勝って…!勝って燈馬!!」

 

 「シノンちゃん…」

 

  シノンちゃんのペースは段々と落ちていき、先頭との差も開いて行った。

 

 『残り500m!勝つのはエアガッツか!それともトキオエクセレントか!?はたまたスーパーナカヤマか!?』

 

 「燈馬ァアア!!!頑張れェエエ!!!」

 

  隣を見るとシービーちゃんが身を乗り出して精一杯の声援を送り続けていた。

 

 「(私は何の為にここにいるの?シノンちゃんの応援をしに来てるんでしょ!だったら───!)」ガッ

 

  と私もシービーちゃんみたく身を乗り出した。

 

 「シノンちゃぁあああん!!頑張ってぇえええ!!最後の力を振り絞るのよぉおおお!!!」

 

  私はレースの分析をしにきたんじゃない。シノンちゃんの応援に来たんだ。シービーちゃんはずっと最初から応援し続けていた。私も応援しないでどうするの!!

 

 『誰が抜け出す!!誰だ!エアガッツか!?トキオエクセレントか!?スーパーナカヤマか!?』

 

 「「負けるなァアアアアアアアアア!!!!」」

 

  きっとシノンちゃんの力になる。そう信じて声援を送り続けた。

 

 

  そして、遂にその時が──────。

 

 『いや!後方から赤い勝負服を来たウマ娘が飛び出してきた!!“シノン”だ!!シノンが後続達から抜け出し先頭へと近づいてくる!!!』

 

 「「差せ!!!差し切れぇえええ!!!!」」

 

 『並ぶか!?並ぶかシノン!!!先頭に並───────

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  ────────ばない!!!!並ばない!!シノンが差した!!シノン先頭!!シノン先頭!!しかしその差は僅か!!エアガッツ、懸命に差を埋めようとする!シノン逃げ切れるか!!エアガッツが差し返すか!!!?』

 

 「「征けぇえええええ!!!!」」

 

 

  シノンちゃん────────!!!!

 

 

 『ゴーーール!!!!シノンとエアガッツが同時にゴール!!ほぼ同着に思えるようなゴールです!!』

 

 「シノンちゃん!!!」

 

 「燈馬!!!」

 

  ゴールを通過したシノンちゃんを見ると手を地面について肩で息をしていた。全力で走った証拠なんだろう、その場で動けずにいた。

 

 『着順は写真判定で行いたいと思います。しばらくお待ち下さい』

 

  結果は写真判定へと持ち込まれた。私の心臓は鼓動を早めていて、収まる気がしない。とても緊張する。

 

 「(どうしよう…、心臓が口から飛び出そうだわ〜…)」ドキドキ

 

 『写真判定の結果が出ました!!結果は────。』

 

  緊張の一瞬。ゴクリと唾を飲み込み、電光掲示板を見る。あそこに結果が映し出されるのだ。

 

 「(お願い、お願い…!)」

 

 『結果は、シノンがハナ差でゴールをしました!!!

 

  とモニターにシノンちゃんとエアガッツちゃんがゴールする映像が流れる。ゴールする寸前、シノンちゃんがギリギリエアガッツちゃんよりも先にゴールしていた。

 

 「やった…、やったよ!!!カネケヤキ先輩!!!」ダキッ

 

 「うん、…うん!そうね、シービーちゃん…!!」ギュッ

 

  良かった…。シノンちゃんが勝った…。嬉しくて、涙が出そうだった。

 

 「シノンちゃん」

 

  シノンちゃんを見ると釘付けだった電光掲示板から目を離して私達の方を見る。その表情からは信じられないという表情をしていた。

 

 「シノンちゃん、おめで──────。」

 

  シノンちゃんは少しずつ口角が上がってきていたのが見えた。きっと嬉しいんだろう。私もシノンちゃんを笑顔でお祝いの言葉を言おうとした時だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

希望が絶望へと変わった瞬間は──────

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「何でお前が勝つんだよ」

 

  え…。

 

 「何アイツ、女の子に勝ったからって嬉しそうにしてるだけど。気持ち悪〜い」

 

  なんで…。

 

 「なんであんなヤツが走ってんだよ。消えろよ、マジで」

 

  待って…。

 

 「トゥインクルシリーズはウマ娘の為のレースじゃねぇのかよ。なんで男なんかが走ってんだよ」

 

  違う…。

 

 「な〜んか見る気失せたわ〜。ライブも面白くなさそうだし、帰ろ帰ろ」

 

  なんで、そんなこと言うの…。

 

 「ホント、場を弁えろって感じ〜。あ〜あ、つまんな」

 

 「エアガッツ惜しかったよな〜。クラシックでは活躍してほしいな」

 

 「そうだよな。エアガッツ〜!惜しかったぞ〜!!」

 

 「トキオも頑張ったな〜!!!クラシックでは頑張れよ〜!」

 

  観客席から聞こえたのは罵詈雑言の嵐とシノンちゃん以外を称える言葉だけだった。

 

 「ねぇ、見てアイツww。まだ居るんだけど」

 

 「どっか行かねぇかな〜アイツ。見てるだけでイライラするんだけど」

 

 「ここはお前の居るところじゃねんだよ!!!出ていけ!!」

 

  そうだそうだ、と言わんばかりに観客がまくし立てる。

 

 「ッ!」ダッ

 

 「シービーちゃん!!」タタッ

 

  私は走り出したシービーちゃんの後を追った。

 

 

 

 

 

  〜控え室〜

 

 

 「燈馬!!」バン!

 

  観客席から立ち去り、シノンちゃんのところへと向かった。シノンちゃんはレース場を後にして控え室で荷物の整理をしていた。

 

 「燈馬、…レース凄かったよ!!あんな末脚があったらクラシックでもきっと勝ち続けれるし、三冠だって間違いないよ!!」

 

 「……」ゴソゴソ

 

  シービーちゃんが声をかけるもシノンちゃんに反応はなかった。

 

 「後でチームのみんなに報告しないとね!きっとみんなも喜ぶと思うな!!」

 

 「……」ゴソゴソ

 

 「帰ったら祝勝会もしなきゃね!いっぱい料理とかも用意していっぱい呼んで!」

 

 「……」ゴソゴソ

 

 「だから、みんなで…。燈馬を…」

 

 「……」

 

  シービーちゃんの声が段々と小さくなっていく。シノンちゃんは荷物を片付けた後、カバンを持って控え室を出ていこうとした。

 

 「ま、待って…、とう『バタンッ!』…」

 

 「し、シービーちゃん…」

 

  私はシービーちゃんに駆け寄る。シービーちゃんは目にいっぱい涙を浮かべていた。

 

 「なんで…、なんで燈馬があんなこと言われなきゃいけないの…!ヒック、燈馬は…、何も悪いことしてないじゃん…!!」ポロポロ

 

 「…シービーちゃん」

 

  私はシービーちゃんを座らせて背中をさする。ずっと頑張ってきた人があんなこと言われるのはシービーちゃんと同じで私も辛かった。

 

 「(シノンちゃん…)」

 

  私はただ、シービーちゃんを宥めることしか出来なかった。

 

 

 

  〜回想終了〜

 

 

  〜生徒会室・ルドルフside〜

 

 

 

 「─────これが、シノンちゃんが変わるきっかけとなってしまった出来事なの…」

 

 「酷い…」

 

  カネケヤキ先輩の話を聞いて、私は奥歯を噛み締めた。燈馬にそんな過去があったなんて…。

 

 「今でも燈馬に対する罵声はあるけど、ここまで酷いものがあったなんて…」

 

  フジキセキを始め、この場にいる誰もが言葉を失っていた。ここまで酷いものは聞いたことないからだ。

 

 「それで、アイツはどうなったんですか?」

 

  とエアグルーヴがカネケヤキ先輩に質問する。

 

 「その後のシノンちゃんは至って普通…とは言い難かった。むしろ、あの日を境にシノンちゃんは悪化したんだと思う」

 

 「…何があったんですか」

 

 「シノンちゃんは…」

 

  カネケヤキ先輩が言葉を切って、一度大きく深呼吸して話始めた。

 

 

 

 

 

 

「シノンちゃんは、ファンを殴ってしまったの」

 

 

 

 

 

 「ファンを…、殴ったぁあ!?」ダッ

 

 「…」コクリ

 

  エアグルーヴは思わず立ち上がった。私は大きく目を見開き他のメンバーは口に手を当てていた。

 

 「それも一人だけ(・・・・)じゃないの…」

 

 「「「えぇ!?」」」

 

 「何十人とシノンちゃんはファンを殴っては病院送りにしてるの」

 

  嘘だと言いたかった。けどカネケヤキ先輩が、元チームメイトがそういうのなら事実なのだろう。

 

 「もちろん、このことはURAや理事長の耳にいったわ。最初は厳重注意で留めておくつもりだったんだけど、止まる気配がなかったからシノンちゃんは自宅謹慎及び1年間のレースの出走停止になったわ」

 

 「それは、いつ頃の話なんですか…?」

 

 「本格的に知ったのは1月に入ってからよ。まぁ、あの頃の燈馬ちゃんは荒れに荒れまくってたわね〜。抑えるのに手一杯だったし」

 

  とシンザン先輩がうんうんと頷きながら会話に入ってきた。

 

 「…ですがシンザン先輩、このトレーニング表とシービーの関連性はなんですか?」

 

  私は思わずシンザン先輩にシービーのことについて聞いた。燈馬がどうなったかは理解は出来たがシービーのことについてはまだ分かっていない。

 

 「カネちゃん」

 

 「えぇ。…ホープフルステークスが終わって次の日、シノンちゃんはいつも通りトレーニングに来ていた。そして、いつも通り(・・・・・)トレーニングをする…はずだった」

 

 「それが、このメニュー表だったんですね」

 

 「えぇ。私は最初見たときは何かの間違いかなと思った。いつもとは違うトレーニングだったし、普通のトレーニングだったから」

 

  カネケヤキ先輩はトレーニング表を手に取り、語り始めた。

 

 「そして、これに異議を唱えたのがシービーちゃんだったの」

 

 

 

  〜2年前・トレーニングレース場〜

 

 

 「ねぇ燈馬、何かの間違いだよね…」

 

 「何がだ?」

 

 「だって、これ…普通のトレーニングじゃん!」

 

 「だからなんだ?」

 

 「いつもは山に行って鬼ごっこをしたり、泥の中に入ってトレーニングしたりしたじゃん!!なのになんで!」

 

  シノンちゃんは腕を組んだまま、シービーちゃんの方を見た。

 

 「必要ないからだ。勝つ為に(・・・・)

 

 「必要ないって…、そんなの嘘だよ!!」クシャ!

 

  シービーちゃんはトレーニング表をくしゃくしゃにしてシノンちゃんの肩を掴んだ。

 

 「燈馬、考え直して!お願い!!」

 

  シービーちゃんはシノンちゃんに必死に訴えかけていた。

 

 「私は楽しいレースがしたいの!勝つことが当たり前のレースなんてしたくない!!」

 

 「シノンちゃん、私もシービーちゃんと同じ気持ちだわ。勝つことが全てじゃないの。負けて気づくこともある。だから…」

 

  だからお願い。とシノンちゃんを方を見た。

 

 「シービー、カネケヤキさん…」

 

  とシノンちゃんが私達へと向き直る。良かった、考え直してくれるのね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「そんなもの、勝つことに必要ない」

 

 

 

 

 「「え…」」

 

 「この世の中は勝つことが全てだ。負けることなど許されない」

 

  シノンちゃんのドスの効いた声が頭に響く。

 

 「楽しさなんて、勝つことの何になると言うんだ。負けて気づくことがある?負けてからでは遅いんだ」

 

 「シノン…ちゃん…?」

 

 「勝つことが当たり前にならないといけない。勝つ為のものじゃない」

 

 「と、燈馬…どう、したの?怖いよ…」

 

 「シービー」

 

 「!」ビク

 

  シノンちゃんがシービーちゃんに近寄る。シノンちゃんから出る威圧感は正に───────。

 

 「お前はそのメニューが普通と言ったよな?」

 

 「そ、それは「答えろ」…い、言ったよ」

 

 「普通で何が悪い。普通のことを当たり前のように出来ないからそのメニューにしたんだろ」

 

 「そんなもの、勝つことに必要ない」

 

 「ひっ!」ビク!

 

  更に圧が加わる。手が、足が震えて動かない。

 

 「どうなんだ、シービー」

 

  言葉が怖い。表情が怖い。空気が重い。身体が重い。耳が震える。尻尾が震える。呼吸が上手くできない。肺に空気が上手く入らない。

 

 「わ、私は…。ただ…」ジワ…

 

 「シノ…、ちゃ…!」

 

  シービーちゃんの目からは涙が溜まっていた。シノンちゃんを止めようにも言葉が上手く出ない。

 

 「(やめて、シノンちゃん!シービーちゃんを追い詰めないで!!)」

 

  誰か、誰かシノンちゃんを止めて───────!シービーちゃんが…、シービーちゃんが!!!

 

 

 

 

 

 

 

 「は〜〜い、ストップ。そこまでだよ、燈馬ちゃん?」ポン

 

 

 

 

 

 

 「シンちゃん…」

 

  シノンちゃんの後ろにシンちゃん、シンザンちゃんが肩に手を置いてシノンちゃんを静止する。

 

 「燈馬ちゃん、それ以上はいけない。人を追い詰めることはその人を壊すことになる。絶対にだめよ」

 

 「…」

 

 「それ以上、何か使用ものなら私が相手になるわ。燈馬ちゃんどうする?」

 

  シンちゃんはシノンちゃんの目を見続ける。お互いに目を離さず、一触即発の空気が流れる。

 

 「ならシンザン、お前が俺の─────」

 

  ピンポンパンポーン

 

 『中等部2年の風間燈馬君、至急理事長室にお越しください。繰り返し放送します。中等部2年の──────。』

 

 「…」チッ

 

  とシノンちゃんはシンちゃんの手を払い除けて校舎へと向かっていった。

 

 「すぅ〜〜〜〜〜〜、はぁ〜〜〜〜〜〜〜…」

 

 「し、シンちゃん…」

 

  私は大きくため息をしたシンちゃんに近づく。

 

 「ちゃんと言ったのに…、全く…」ボソ

 

 「な、何か言った?」

 

 「ううん、こっちの話。それよりも…」

 

  とシンちゃんはシービーちゃんに近づく。

 

 「大丈夫?シービー」

 

 「…」

 

  シービーちゃんは立ったまま動かない。

 

 「気持ちはわかるわ。ただ、今は「…んぶ、…だ…」え?」

 

 「全部夢だ。これは悪い夢なんだ。現実じゃない。そう、これは何かの夢…」ブツブツ

 

 「し、シービーちゃん…?」

 

  シービーちゃんは小さな声でブツブツと呟いている。虚ろな目をして、ずっと……。

 

 「シービー、今日は帰りな。アナタのトレーナーには今日は休むって言っておくから」

 

 「…」ブツブツ

 

  シービーちゃんはそのまま部室へと戻っていった。

 

 「シービーちゃん、大丈夫かしら…」

 

 「こればっかりは分からないわ。けど、監視しておく必要があるみたいね」

 

 「ど、どうして…」

 

 「何かの拍子に暴れたりしないかの為よ。現に燈馬ちゃんがああ言うふうになってしまったのを現実として受け止めきれてないのよ。だからカネちゃん、シービーのこと見ててくれる?」

 

 「わ、わかったけど…、シンちゃんはどうするの?」

 

 「私は燈馬ちゃんの監視をするわ。今の燈馬ちゃんは何を仕出かすか分からない。生徒会総出での監視となるわね」

 

  拳を強く握りしめる。私はあの時、シービーちゃんが危険な状態だったのに何も出来なかった。動くことも出来なかった。

 

 「カネちゃんもトレーニングに行ってあげて。私も行くから」

 

 「うん…」

 

  と私はシンちゃんと一緒にトレーニング場所へと向かった。

 

 

 

  〜回想終了〜

 

 

 

 「─────シービーちゃんは“人が人を変えてしまう”という本当の恐怖を知った。そして、それを目の当たりしてしまった。それも自分が信頼していた人があんなにも変わってしまったところを見てしまうとね」

 

 「…シービーはどうなったんですか?」

 

 「シービーちゃんは…、次の日から“何事も無かった”かのように私達の前に現れたわ。元気にトレーニングもしてた」

 

 「燈馬との、関係は…」

 

 「シービーちゃんはいつも通りのように接していたけれど、シノンちゃんは必要な時以外は喋らないっていう感じだった。チームメンバーにもそんな感じだった…」

 

  当時の燈馬はそんな感じのように思ったことはないけれど、私達が知らないところでそんなことがあったなんて…。

 

 「その後にファンとの暴力行為、そしてそれを皮切りにハヤヒデちゃんとチケットちゃんがチームを辞めた」

 

 「そうなのか?姉さん」

 

 「…」

 

  チラリとハヤヒデの顔を見ると彼女は暗い表情をしていた。

 

 「まあ、あれやこれやとた〜くさんのことを言ったもんね」

 

 「そ、それは…」

 

 「姉さん、それは本当なのか」

 

  ブライアンが立ち上がってハヤヒデに詰め寄る。

 

 「ぶ、ブライアン「答えてくれ姉さん。燈馬に何て言ったのかを」……」

 

 「凄かったよね、“ファンを大事に出来ないような人とトレーニングなどしたくない”とか“こんな不良だと思わなかった、失望した”とかも“君といれば私も君と同じ目で見られるからここ抜ける、変な汚名を付けられたくない”など出るわ出るわ」

 

 「…ッ」グッ

 

  ハヤヒデは拳を強く握りしめ、下唇を噛んでいた。

 

 「なんで、なんでそんなことを言ったんだ姉さん…」

 

 「ブr「言い訳なんか聞きたくない!私が聞きたいのはどうしてそんなことを言ったのかだ!姉さんは燈馬に救われたんじゃなかったのか!!燈馬がいなかったら姉さんは今ここにいなかったんだろ!!なのにどうしてッッ!!!」…」

 

 「まあ、気持ちは分からなくもないかな」

 

 「どういうことだ…!」

 

  ハヤヒデを問い詰めていたブライアンがシンザン先輩の方を見る。

 

 「普通に考えてみなよ?周りから悪評高い人の近くでトレーニングや勉強なんて出来ると思う?まず無理でしょ」

 

 「…だが、私達は燈馬に「救ってくれた人でも、いつかは愛想が尽きるってものよ」だが!!」

 

 「ブライアン、アナタのような一匹狼タイプのウマ娘なら兎も角、ハヤヒデやルドルフ達のような周りから信頼されているウマ娘達や普通のウマ娘達の立場として考えてみなさい。悪評高い人の近くにいれば自分も悪評価されるんじゃないかって懸念するのよ」

 

  一匹狼タイプは周りからの評価なんて気にしない、燈馬とブライアンはそういうタイプだ。だが、そうじゃない人にしてみれば好評価は付けられたいが悪評を付けられたくないという考えに至る。これがごく一般的な考えだ。

 

 「ハヤヒデは自分を、(ライバル)であるウイニングチケットとナリタタイシンを守る為に彼の元を離れる決意をした。元チームメイトから嫌われることになったとしても…。けど2人はそれを拒んだ。このチームに居たいから、このチームで強くなりたいから。悪評なんて気にしない、私達はただ純粋に走りたいだけだった。けどアナタは半ば強引にウイニングチケットと連れてチームを辞めた。あのときのウイニングチケットはどんな想いだったんだろうね」

 

 「私は…

 

 「悔やんでも、もう遅いよ。時間は戻っては来ない。ビデオのように巻き戻し機能もない。ならどうするか、答えは簡単よ」

 

  とシンザン先輩が立ち上がる。

 

 「進むしかないの。今を生きる私達はそれしか許されていない。現に私も燈馬ちゃんの骨を折ってでも、鎖で縛り上げてでも止めるべきだったって今でも後悔してる。でもね、ずっと後悔したままじゃ前には進まない。割り切るの(・・・・・)よ」

 

 「割り切って、歩き進むしかないの。後悔してもしかないからね」

 

  シンザン先輩も燈馬の暴動を止めることが出来なくて後悔していたんだという事実。ハヤヒデが燈馬に対して放った言葉の数々。どれも信じ難いことだが、現実なんだと思い知らされる。

 

 「私は…、私は…」ヒック、ヒック…

 

 「ハヤヒデ…」サスサス

 

  フジキセキがハヤヒデの背中を擦る。当時の彼女はどんな想いでそういったのか、今の私達ではわからないことだ。

 

 

 

 

  〜シンザンside〜

 

 「シンちゃん、本当に良かったの?」

 

 「何が?」

 

 「ハヤヒデちゃんのことや他の事も…」

 

 「…遅かれ早かれ知ることを私が早めに教えてあげただけよ」

 

  ルドルフ達は授業があると行って解散していき、生徒会室には私とカネちゃんの2人きりになった。

 

 「シービーちゃんとハヤヒデちゃん、大丈夫かな…」

 

  と心配な声を漏らす。けど、私は心配はしていなかった。むしろ─────。

 

 「大丈夫よ。必ず前を向いて進むわ」

 

  そう答えた。

 

 「どうして、そこまでハッキリと言えるの?」

 

 「“あの子”がいるから───────。」

 

 「で、でもあの子は今シービーちゃん達に会えないのよ!なのにどうやって…」

 

 「あの子は必ず帰ってくる。(燈馬自身)の課題を乗り越えてね」

 

  あの子はどんな状況にも屈しなかった。どんな状況にも負けなかった。どんな状況でも這い上がってきた──────。

 

 「(ねぇ燈馬ちゃん、いつまでそうしてるつもりなの?早くしないとみんなが進まなくなっちゃうわよ)」




 読んで頂きありがとうございます。

 暗い話ばかりで申し訳ございません。もう少しで明るい話が書けるのでお付き合いしてください。よろしくおねがいします。



  それでは、また〜


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あなたはわたしの──────。

 やっと出来た…。めっちゃ時間掛かった…。







それでは、どうぞ


  何故だ。何故なんだ。聞いていたのと違う。話が違う。俺達(ウマ娘)は見ていてくれている人達に夢を、希望を与える存在じゃないのか。教えてくれ、誰か教えてくれ。俺達(ウマ娘)は何の為に走るんだ。俺達(ウマ娘)は何を与えると言うんだ…。

 

 

 

 

 

お前はウマ娘の敵だ

 

 

 

 

  ───────そうか。俺はコイツら(ウマ娘)にとっての敵か。なら、敵として強くならなければならないとな。勝つ為じゃない、勝つことが当たり前にならないといけない。敵ならば強くあり続けなければいけない。強く居続けるには“夢”は要らない。希望も要らない。必要なのは勝利のみ。勝利だけが求められ、敗北は許されない。そして俺はコイツら(ウマ娘)の敵として立ち塞がなければならない。コイツら(ウマ娘)は勇者で俺は魔王。魔王は勇者よりも常に強く在らねばならない。勝つことが全て、勝つことが俺の存在意義。敵として俺に求められた使命。そう、何故なら───────

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

何故なら俺はウマ娘の敵なのだから

 

 

 

 

 

 

  〜公園・燈馬side〜

 

 

 「(大阪杯まで残り1ヶ月ってところか…)」

 

  月日は流れ、大阪杯までの日にちが着々と近づいてくる。俺は大阪杯でシンザンから求められていることについて考えていた。

 

 「(走りの速さだろうか、それともメンタル面か?…わからん、シンザンは一体何を求めてるんだ)」

 

  ここ最近…というよりはずっとこのことで悩まされ続けている。面倒なことなのに、どうしてなんだ…。

 

 「クソッ、面倒だな…」チッ

 

  と悪態をついていた時のことだった。

 

 「何かお困り事ですか!!」

 

 「あ?」

 

  と声のする方を見ると黒髪に前髪のところに白い髪のあるウマ娘と茶髪にひし形の模様が入ったウマ娘がいた。

 

 「誰だ?お前」

 

 「き、キタちゃん…」

 

 「何か困ってることがあるんですよね!わたしに話してみてください!!きっと気持ちが楽になりますよ!!」

 

  と黒髪のウマ娘は胸のところに手を置いて自信満々に話す。対して茶髪のウマ娘はアワアワとして黒髪のウマ娘の肩を掴んでいた。

 

 「いや、お前面倒くさそうだから話したくない」キッパリ

 

 「なんで!!!?」ガーン

 

  と黒髪のウマ娘は落ち込んでいたがすぐに顔を上げる。

 

 「で、でもでも!何か困ってたんじゃないんですか!?やっぱり話したほうがいいですよ!!」

 

 「ガキに話したところでわかるわけねーだろ」

 

 「が、ガキって!わたし、もう小学校4年生になるんですよ!?ガキじゃありません!!」

 

 「十分ガキじゃねーか」

 

  何いってんだコイツ。しかもうるせーし…。

 

 「とにかく!話してみてくださいよ!!わたしが力になりますんで!!」

 

 「だったら、どこかへ遊びにでも行って来い。ほら、あそこににんじん焼きの売店が来てるぞ」

 

 「ホントだ!!……ってそれ、わたしのこと遠ざけようとしてませんか!?ダメです!話してくれるまで離れません!!」

 

 「チッ」

 

 「チッ、て言った!!チッ、て!!!」

 

  喧しいガキだな本当に。少しは声のボリュームを下げろ、頭に響く。

 

 「ね、ねぇキタちゃん…、この人ってもしかして…」

 

 「どうしたの?ダイヤちゃん」

 

 「あ、あの…!」

 

  と茶髪のウマ娘が近づいてくる。

 

 「もしかしてなんですけど、シノンさんですよね…!あのクラシック三冠とトリプルティアラを同時に獲ったって言われてる、あのシノンさんですよね!!」

 

 「…そうだ、って言ったら?」

 

 「えぇ!!?ウソ!本当にシノンさんなんですか!?」

 

  俺はトレセンの生徒手帳を見せる。2人のガキは手帳を見たとき、目が点になっていた。まあ、有名にもなるだろ。あれだけ嫌われりゃあそれぐらい──────。

 

 「わたし、シノンさんの大ファン(・・・・)なんです!!クラシックレース全部見てました!かっこよかったです!!」

 

 「ダイヤちゃんと同じでわたしもシノンさんの大ファンです!!特に菊花賞のレースは本当に凄かったです!!!」

 

 「──────は?」

 

  自然と出た言葉だった。このガキ共をどうしようか考えていたのが一瞬にして消え去った。

 

 「あ!そうだ!実はもう一人いるんですよ!!呼んできますね!!」ビューン

 

 「あ!待ってよ、キタちゃ〜ん!」タタッ

 

  と黒髪のウマ娘がどこかへ走って行った。その後を茶髪のウマ娘が追いかけていった。

 

 「…な、何なんだ?」ポカーン

 

  どこかへ行ってしまった2人のウマ娘。ガキとはよくわからんものだな…。

 

 「(まあ、今のうちにどっか行k)「連れて来ましたー!!!」はや」

 

  俺が行動するよりも先にガキ共がやってくる。さっきの2人にもう一人のウマ娘が焦茶色の髪のウマ娘に手を引かれてやってくる。

 

 「き、キタちゃん?急にどうし「まだ、目を開けちゃだめだからね!」う、うん…」

 

  と目を瞑ったウマ娘が俺の目の前にやってくる。

 

 「…いいよ!開けて!!」

 

  と目を瞑っていたウマ娘が恐る恐る目を開け、俺と目が合う。

 

 「…」

 

  ウマ娘は俺と目が合ったままぴくりとも動かない。

 

 「目の前にいるのがアーちゃんの大好きなシノンさんだよ!!ずっと間近で見てみたいって言ってたもんね!本物のシノンさんだよ!!」

 

  黒髪のウマ娘の言葉にうんうんと頷く茶髪のウマ娘。だが、俺の目の前にいるウマ娘は声が聞こえてないのか、全く動かない。

 

 「…なぁ、コイツ大丈夫か?」

 

 「「え?」」

 

  と2人は連れて来たウマ娘の様子を見てみる。

 

 「あわわわわわわわわわわわわわ…」ガクガク…

 

 「「あ、アーちゃ〜〜〜ん!!!」」

 

  と2人は震え上がっているウマ娘を必死に落ち着かせていた。

 

 

  〜⏰〜

 

 

 「…す、すみません。あ、あまりにも現実がう、受け止めきれなくて…」

 

 「あ、あぁ…」

 

  数分してやっと落ち着いたウマ娘。2人も胸を撫で下ろしていた。

 

 「あ、あの!わたし、シノンさんの大大大大ファンでシノンさんの出ているレースは欠かさずレース場に行って見てます!!クラシック三冠とトリプルティアラ、おめでとうございます!わたし、とても感動しました!!!」

 

 「そ、そうか…」

 

  落ち着いたと思ったら凄く喋るガキでビックリした。あの2人もそうだが、このガキはそれ以上だ。

 

 「わたしはやっぱり菊花賞がすごかったです!!わたしもあんな走りが出来るようになりたいです!」

 

 「わたしは日本ダービーが印象深いです!一瞬にして先頭に追いつくところは目が離せませんでした!」

 

  と黒髪のウマ娘と茶髪のウマ娘が俺の走ったレースの感想を話す。

 

 「アーちゃんはどのレースが良かった?」

 

 「わたしは日本ダービーや秋華賞もいいけど、やっぱり一番は“ホープフルステークス”だね!!!」

 

 「!!」

 

 「ホープフルステークスか〜…。あのレースも凄かったよね!ダイヤちゃん!」

 

 「うん、キタちゃん!わたしもお父様にたのんでレースを見せてもらったんだけど、あの土たん場で追いつくなんてすごいって思ったもん!!」

 

  和気藹々と喋る3人のウマ娘のガキ。だが俺はホープフルステークスの名前が出た瞬間、胸から込み上げるものがあった。

 

 「あの!シノンさんはどういった「ガキ共、俺のファンだと言っていたな」?はい、そうですけど」

 

 「悪いことは言わない、俺のファンになるのは辞めておけ。というより、俺はファンなんて要らない」

 

  俺はファンという奴らが嫌いだ。聞いただけでイライラする。昔みたいに─────。

 

 「ど、どうしてそんなことを言うんですか!!」

 

 「必要ないからだ。ファンなんてものは所詮肩書きに過ぎない。だから俺はファンは要らない」

 

  俺は知っている。ファンという存在を。ファンとはどういうものなのかを。だから、コイツらも───────。

 

 「…です…

 

 「そういうことだ。さっさとお家に帰んな」

 

  これでこのガキ共も帰るだろ。…そう思っていた。

 

 「イヤです!!!!」

 

  焦茶色の髪のウマ娘が一歩、俺に近づく。

 

 「イヤです!わたしはずっとシノンさんのファンでいます!誰が何を言おうとわたしはシノンさんのファンで居続けます!!」

 

  焦茶色の髪のウマ娘が強い眼差しで俺を見る。

 

 「わたしもです!!シノンさんの走りを見て、わたしもこの人のようになりたいって思いました!」

 

 「わたしも同じです!」

 

  2人のウマ娘も同じような眼差しを向けてくる。

 

 「シノンさんは、ファンがきらいなんですか?」

 

 「…あぁ」

 

 「どうしてなんですか?」

 

 「…暴動だ」

 

 「え…」

 

 「過去に俺にもファンがいた、数少ないファンだった。ファンサービスなんざしたこともなかったし、する相手なんざいなかったからな。レースが終われば人の目を盗んでこっそり俺のところに来てたよ」

 

 「「……」」

 

 「だが、他のウマ娘ファン達が俺のファンに嫌がらせを始めたんだ」

 

  内容はいいものではない。住所特定、ファンの人の職場荒らし、嫌がらせ電話、脅迫状などなど上げたら切りがない。

 

 「ファンの人の親から連絡が来たよ、“アンタのせいでこうなった、どう責任を取るつもりだ。娘は職場を辞めさせられ毎日怪我をして帰ってくる。お前のせいだ”ってな。だから悪いことは言わない、俺のファンになるな」

 

  こんなガキ共にも未来はある。そんな奴らの未来を潰されるなんてことは考えたくもない。だから─────。

 

 「でも!それでも、わたしはシノンさんのファンを辞めたりしません!!」

 

  ─────なんで…。

 

 「何でなんだ」

 

 「え?」

 

 「何でそこまで俺に拘る。嫌われ者の俺に、なぜ…」

 

  何を聞いてるんだ俺は。こんなガキに…。

 

 「だって…、だってシノンさんはわたしに“情熱”を教えてくれた人ですから…///」

 

 「“情熱”?」

 

 「はい///」コクリ

 

  と顔を俯かせる。どういうことだ?情熱?

 

 「実はわたし、レースに対する気持ちが余りなかったんです。何かを一生懸命に取り組むっていうことに…。だけど!」

 

  焦茶色の髪のウマ娘が顔を上げる。

 

 「だけど、シノンさんのレースを見て身体の中にあった熱い想いが溢れて来たんです!ウマ娘相手に負けじと走る姿、ウマ娘と競り合う姿、一つのレースに対する情熱を感じました!」

 

 「それはわたしも同じです」

 

  茶髪のウマ娘を口を開く。

 

 「わたしはシノンさんから“希望”をいただきました。どんな逆境からでも立ち上がる姿、折れない心を!」

 

 「わたしもシノンさんが走ってる姿を見てると、こう“勇気づけられる”んです!シノンさんを見てるとわたしも頑張らないと!って思えるんです!だから、シノンさん──────。」

 

 「「「これからも頑張って下さい!!!」」」

 

 「…」

 

  ガキ共が、調子に乗りやがって…。だが、なんでだろうか。

 

 

 

悪い気はしない

 

 

 

 「シノンさんの夢ってなんですか?」

 

 「え?」

 

 「わたしの夢はシノンさんのようなかっこよくて、夢や希望、情熱を与えるウマ娘になることです!」

 

 「わたしは家の悲願の為にG1を勝つことです!」

 

 「わたしはみんなに夢と勇気を与えるウマ娘になることです!」

 

  と3人は自分の夢を語る。

 

 「シノンさんは夢はあるんですか?」

 

 「俺は…」

 

  俺は夢を持つことを辞めた…。何故なら俺は────。

 

 『シノンさんはわたしに“情熱”を教えてくれました!』

 

  俺は───────。

 

 『わたしはシノンさんから“希望”をいただきました』

 

  おれ、は──────。

 

 『わたしもシノンさんが走ってる姿を見てると、こう“勇気づけられる”んです!』

 

  …。

 

 「…お前達、一つ聞きたい」

 

 「「「?」」」

 

 「こんな俺でも応援してくれるか?」

 

 「「「はい!もちろんです!!」」」

 

  満面の笑顔で返事をする3人。この子達は本当に俺のことを応援してくれる奴らだったんだな。

 

 「…そうか、そういうことだったのか」

 

 「何がですか?」

 

  俺に足りなかったもの。ようやく思い出した─────。

 

 「お前達、俺の夢を知りたいと言ったな。だったら大阪杯を見に来い。その時に教えてやる」

 

 「「「〜っ!!はいっ!」」」

 

 「…そういえば、まだ名前を聞いていなかったな。名前はなんだ?」

 

 「はい!わたしは“キタサンブラック”です!!」

 

 「わたしは“サトノダイヤモンド”です!!」

 

 「わたしは“アーモンドアイ”です!!」

 

  黒髪のウマ娘、キタサンブラック。茶髪のウマ娘、サトノダイヤモンド。焦茶色の髪のウマ娘、アーモンドアイ。

 

 「わかった、覚えておく」

 

  俺はこの3人のウマ娘が帰るギリギリまで3人の話を聞いた。

 

 

 

  〜武天學園・西宮side〜

 

 

 「理事長、こちらが今回の経費にあたります」

 

 「ふ〜ん、そうかい。ちょいと見せてくんさいね」

 

  私、西宮藤二郎は武天學園理事長の風間史子理事長の書類をお手伝いしています。風間理事長とはここ武天學園で先輩と後輩の仲であり、私の尊敬している人物でもあります。

 

 「…全く、この時期は本当に仕事が溜まるもんだから面倒さね」

 

 「ハハハッ!少し一服されますか?いい茶菓子を持ってきたんですよ」

 

 「そうするよ」

 

  と理事長が書類を机に置き、私はカバンの中にある茶菓子を取り出す。

 

 

  ガチャ

 

 

 「ババア、話がある」バタン

 

  お茶の準備をしようとした矢先、燈馬君がやってくる。

 

 「なんだい?クソガキ。今アタシは忙しいのさね。さっさと帰んな」シッシッ

 

  と理事長は追い払おうとしますが燈馬君は理事長の前まで向かった。

 

 「耳がおかしくなったのかい?もう一度言う、さっさと「ババア。俺、思い出したよ」なにがだい」

 

 「俺に欠けていたもの。俺に足りなかったもの」

 

  彼の目を見る。彼の目は今までとは明らかに違う目をしていた。まるであの時の彼が帰ってきたかのように────。

 

 「ババア、俺は「皆まで言う必要はないさね」…」

 

 「スゥ~、ハァ〜〜…」

 

  理事長は大きく溜め息をする。理事長も気づかれたようですね。

 

 「ちょっと待ちなよ、クソガキ」ピッ

 

  と理事長は携帯を取り出し、どこかに電話をかける。

 

 「─────じゃあ、そういうことだから。すぐに来んさね」ピッ

 

  と電話を切る。もしかしたら、あの人に連絡をしたのでしょうか。

 

 「…10分だけ待ちなんし。アンタに渡す物があるんさね」

 

 「わかった」

 

 「それまでの間、時間潰しのお茶を用意しましょう。燈馬君、君も座って待ちましょう」

 

  燈馬君はソファに座り、私はお茶と茶菓子を用意して時間を潰した。

 

 

  〜10分後〜

 

 

  コンコン

 

 「…来たようだね、入りな!」

 

 「失礼致します」

 

 「失礼しま〜〜〜す!!ウフフ〜!」コツコツ

 

  と和服に身を包んだ女性と金髪にサングラスをかけた女性が袋を持って理事長室に入ってくる。

 

 「…誰?」

 

 「この人はね、ウマ娘の勝負服を作ってる“ビューティー安心沢”とその師匠さね」

 

 「ボーンジュール☆ ワタシは世界でウマ娘の勝負服を作っているビューティー安心沢よ☆ よろしくネ!」

 

 「どうも、この子に勝負服を教えた北原と申します。以後、お見知り置きを」ペコ

 

 「…どうも」

 

  と北原さんは私達の方に身体を向ける。

 

 「お久しぶりで御座います。西宮先生、風間先生。お逢いできたこと、心から嬉しく思います」

 

  と北原さんは深く一礼する。

 

 「久しぶりさね野田(・・)。相変わらず和服で来るのは学生時代から変わってないね」

 

 「和服は(わたくし)にとってかけがえのない物で御座います。それに、風間先生と西宮先生にお逢いするとなるとそれ相応の服を着ていかないといけませんので」

 

 「よくお似合いですよ、野田さん」

 

 「有難う御座います。それと、その…」

 

 「わかってるよ、ちょいとしたジョークさね」クスクス

 

 「…///」

 

 「ワ〜オ!!師匠が照れてるところなんて初めて見るワ〜!!これは中々…」

 

 「五月蝿い。貴方は静かにしなさい」ブン

 

 「あいた!」ゴチン!!

 

  と野田さん、もとい北原さんは服を正しソファに腰掛ける。ビューティーさんも遅れてソファに座る。

 

 「貴方が風間燈馬さんで合っていらっしゃいますか?」

 

 「そうですが、なにか」

 

 「畏まりました。ご確認が取れたと言うことで…、ビューティー?」

 

 「ハ〜イ!これをどうぞ!」

 

  とビューティーさんは持っていた袋を燈馬君の目の前に置く。

 

 「これは…」

 

  と燈馬君は袋を開け、中に入っていた物を広げる。

 

 「貴方の新しい勝負服で御座います」

 

  燈馬君は新しい勝負服を広げたまま固まっていた。

 

 「着てみますか?」

 

 「いいんですか?」

 

 「はい。元々貴方の身体に合わせて作っておりますので、もしかすると合わない部分が出てくるやもしれません。是非一度、試着されてはみませんか?」

 

 「わかりました」

 

 「では…、ビューティー?」

 

 「ハ〜イ☆ それでは行きましょうカ〜!!」

 

  とビューティーさんは燈馬君を連れて部屋を出ていく。どんなものか楽しみです。

 

 「そういえば、アイツとはちゃんと会ってるのかい?」

 

 「旦那()とはちゃんと連絡は取っておりますので問題ありません」

 

 「けど、連絡だけじゃ物足りないんじゃないのかい?」ニヤニヤ

 

 「…止めてください///」カァア

 

  相変わらず理事長は自分の教え子をイジるのがお好きなようです。

 

 

  〜⏰〜

 

 

 「ジャ〜〜〜ン!!!どう?この勝負服!とってもパッションを感じるワ〜〜!!」

 

 「ほう、これは中々…」

 

  勝負服に着替えた燈馬君。前回は赤を基調とした勝負服でありましたが、今回は─────。

 

 「中々良い出来じゃないか北原」

 

 「有難う御座います。燈馬さん、採寸の方は如何でしょうか」

 

 「ピッタリです。それに動きやすくて軽いですね」ターン、ターン

 

  と燈馬君はその場でジャンプし始める。確かに見た感じとても動きやすそうに見える。

 

 「ありがとうございます。これでまた頑張れそうです」

 

 「私も勝負服を仕立てる身としていい服を仕立てることが出来て嬉しく思います。燈馬さんのこれからのご発展を心からお祈り申し上げます」ペコ

 

 「はい」ペコ

 

  北原さんと燈馬君がお互いに深く一礼する。

 

 

  コンコン、ガチャ

 

 

 「理事長ー、入るわよ〜!」

 

 「なんだい、ミチル」

 

 「なんだいって、理事長が呼んだんでしょ〜?」

 

  と理事長室に元気よく入ってくる満君。どうやら理事長に呼ばれたようです。

 

 「あら、麗華じゃな〜い!久しぶりね!!亮ちゃんとは上手くやってけてる?」

 

 「お久しぶりね満君。満君も元気そうで良かったわ」

 

  と元同級生で楽しそうに喋る2人。

 

 「それで理事長、今日は何用かしら?アタシ、このあと予定があるんだけれど」

 

  と満君は理事長に向き直る。

 

 「アタシが説明するよりも自分の目で見たほうがいいさね」クイ

 

  と顎で燈馬君を見るよう指示する。満君は後ろを振り向き燈馬君を見る。満君は彼の姿を見ておでこに手を当てる。

 

 「…全く、おかげで全部の予定がパーよ。どうしてくれるのかしら?」ハァ

 

 「埋め合わせはちゃんとするさね。さ、連れて行きな」

 

 「はいはい、わかったわよ」

 

  と満君は理事長室の扉を開ける。

 

 「燈馬、今すぐ着替えて支度しな。40秒でね」

 

 「あ、あぁ…」バタン

 

  と燈馬君も続いて退出した。

 

 「北原、今日は済まなかったね。忙しい時に」

 

 「いえ、今日は本当にお逢いできて嬉しいです。それと、もう一つ(・・・・)勝負服はどうされますか?」

 

 「まだいいさね。まだ、渡す時ではないさね」

 

 「わかりました。では、私共はここで失礼させて頂きます」

 

 「はいよ。たまには夫婦で顔出しにおいで」

 

 「はい///」

 

  と北原さんはビューティーさんを連れて理事長室を去って行った。

 

 「嬉しそうですね」

 

  私は理事長の顔を見て呟いた。

 

 「何がだい?」

 

 「燈馬君の勝負服のデザイン、理事長と北原さんがお考えになられてそして作られて、その勝負服を着ていた燈馬君を見て嬉しそうにしてらっしゃいましたから」

 

  彼が着ていた時ずっと見ていたの、知っていますよ?

 

 「ふん、あのクソガキにはあんなので十分なのさね」

 

  と理事長は机の上にある書類に目を通し始めた。

 

 「(理事長は相変わらず素直ではないですね。視線を逸らす癖は未だ治っていないようで)」

 

  彼も同じ癖がありますしね。親も親なら子も子と言うのか、それとも子は親に似るというのか。相変わらず素直じゃない親子ですね。

  私は机の上に置かれた湯呑みなどを片付けて執務に取り掛かった。

 

 

 

 

 

  そして、月日は流れ──────────。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 『皆様、大変お待たせしました!!今年最初のG1“大阪杯”の開催です!!!』

 

  大阪杯が開催されるのであった。




 読んで頂きありがとうございます。

 やっとこさ大阪杯に来た!!早速書かなければ!!今回はこの辺で。





  それでは、また〜


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覚醒の大阪杯と前人未到の記録

 この大阪杯で燈馬の実力が明らかに──────!?







 それでは、どうぞ


  〜阪神レース場、選手通路・立花side〜

 

 『皆様、お待たせしました!!“大阪杯”の開催です!!』

 

  ワァアアアア!!!

 

 「すっごい歓声だね…」

 

 「そりゃアンタ、この大阪杯は特別なものだからでしょ?」

 

  月日が経ち、遂に大阪杯の日がやって来た。観客動員数は去年の有馬記念を超える。理由はもちろん──────。

 

 

 

“シャドーロールの怪物”ナリタブライアンの5連覇

 

 

 

 「(5連覇というか、4連覇するウマ娘は早々いないしね)」

 

  だからこそ、観に来ている人達はその瞬間を間近で観ようとレース場に赴いているのだ。

 

 「ブライアン、身体の調子はどうだ?」

 

 「独断変わりない。何時でも走れる」

 

 「マルゼンスキー、君はどうなんだ?」

 

 「モチのロンでバッチグーよ!!」

 

  エアグルーヴさんやシンボリルドルフ会長がチームメイトにエールを送っている。他にも…。

 

 「頑張ってね、ライアン!フラッシュ!」

 

 「はい、トレーナーさん!アタシ頑張ります!」

 

 「全て計画通りに動いていますので問題ありません。何時でもいけます」

 

  オハナさんのチーム率いるリギルの他にメジロドーベルさん、メジロライアンさん達のいるチーム“アマテラス”がいた。今日のレースは大物揃いだ。

 

 「な〜に、難しい顔してんだ?立花」

 

  とスピカのトレーナー、沖野さんとスピカの面々がやって来る。

 

 「沖野さん、どうしてここに?」

 

 「どうしてって、今日は怪物ナリタブライアンとマルゼンスキーが出るんだぜ?見ない訳にいかねぇだろ?」

 

 「た、確かに…」

 

  沖野さんは絶対に見逃す筈ないもんな〜…。

 

 「それより、アイツはまだなのか?」

 

 「え、えぇ…」

 

  沖野さんはキョロキョロと周りを見渡す。アイツとは燈馬君のことだ。

 

 「彼は、まだ来ていません。連絡もないですし…」

 

 「ま、理事長から止められてるんだったらしょうがねぇわな」

 

  とポケットから飴を取り出し、口に入れる。

 

 「今日はナリタブライアンとマルゼンスキーの一騎打ちってところだろ。シャドーロールの怪物の5連覇か、それともスーパーカーの意地を魅せるか…。お前的にはどう見る?」

 

 「そう、ですね…。僕は─────。」

 

  と答えようとしたその時だった。

 

 「あら〜〜!?もしかして、立花ちゃ〜〜ん!!?」

 

 「え、ミチルさん!?」

 

  声のする方を見るとミチルさんが走ってこっちに向かってきてるのが見えた。

 

 「み、ミチルさんどうしてここに!?ていうか、ここは関係者以外立ち入り禁止な筈なんですが…」

 

 「大丈夫よ!そんなこと気にしない気にしない!!」

 

  とミチルさんは言うがやはりここはちゃんと…。

 

 「それに、アタシはあの子を送り届けたらすぐに出ていくから」

 

 「え…」

 

  もしかして、それって…!

 

 「そろそろじゃないかしら?」

 

  とミチルさんは来た方向を見る。僕もミチルさんの方を見たが暗くてよく見えない。

 

  コツン、コツン…

 

 「足、音…?」

 

  とその場にいた人達が耳を澄ませる。

 

  コツン、コツン…

 

 「近づいて、くる…」

 

  全員が足音の鳴る方に目を向ける。

 

 「あれ、蛍光灯が…」

 

  とクリークさんが蛍光灯を指す。蛍光灯を見ると何故か急にチカチカし始め、ただならぬ雰囲気を醸し出していた。すると、ミチルさんが口を開く。

 

 「あら、随分と遅かったじゃない────────。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

燈馬

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  自分達の近くにあった蛍光灯が一度暗くなり、少ししてから明かりがついた。そこには───────。

 

 「とう、ま…く…」

 

 「…」コツン、コツン…

 

  そこには、2ヶ月もの間姿を見せなかった燈馬君の姿があった。

 

 

  〜ルドルフside〜

 

 

 「(な、なんなんだ!この威圧感は…!!)」ブルブル…

 

  私は燈馬の姿を見た瞬間、全身に異様なまでの震えを感じていた。私だけではない、エアグルーヴもナリタタイシンもメジロライアンも─────。この場にいる全員が燈馬の姿を目にした瞬間恐怖の表情を見せていた。

 

 

 

  ピシ、ピシピシピシピシ…。パリンッ!パラパラ…

 

 

 

 「(け、蛍光灯が…、割れた!?)」

 

  燈馬がただ歩いているだけなのに、何故か蛍光灯が割れた。それ程凄まじい威圧ということなのか────!

 

 「…」コツン、コツン…

 

  と燈馬は私達に目もくれず、そのまま通り過ぎて行き、レース場へと向かって行った。燈馬がいなくなったことで身体の震えは止まり、蛍光灯も点滅することはなくなった。

 

 「それじゃあ、アタシは観客席に戻るわね。See you again!」

 

  とミチルさんと呼ばれていた人はそのまま来た道を戻っていき、残ったのは私達だけとなった。

 

 「…な、なんだったんだ。今のは…」

 

 「…わかりません」

 

  困惑だけが漂う空気。さっきのは一体何だったのか、誰も知る人はいない。

 

 「会長…」

 

 「…あぁ、エアグルーヴ。わかってるさ」

 

  心配そうな顔をしているエアグルーヴ。私はあの燈馬を見て直感した。

 

 

この大阪杯、何かが起こると──────。

 

 

 

 

 

  〜再び立花side〜

 

 

  一先ず解散した僕達は雨が降っていたので傘を差して前の方で観戦していた。タイシンさん達はカッパで雨を凌いでいた。

 

 『今日は天候に恵まれませんでしたが、ウマ娘達の闘志は消えてはいません!!まずは出走するウマ娘の紹介です!1枠1番、脅威の逃げは未だ健全か!?スーパーカー、マルゼンスキー!!』

 

 「みんな〜〜!!使い捨てカメラ回してる〜〜?」

 

 『続いて2枠2番、エイシンフラッシュ!!』

 

 「勝利を…、この手に!!」

 

 『6枠8番にはメジロ家の令嬢、メジロライアンです!!』

 

 「レッツ、マッスルーー!!!」

 

  僕はパドックに登場するウマ娘達を見続けていた。各々が個性溢れるパドックを魅せる。

 

 『そして、このレースの主役と言っても過言ではないでしょう!!6枠7番、シャドーロールの怪物ナリタブライアン!!!』

 

  ワァアアアア!!!

 

  相変わらず凄い歓声だ。5連覇目となると観客達の盛り上がりは計り知れない。

 

 「次、だね…」

 

 「うん…」

 

  僕は息を飲み込んで彼の登場を待った。

 

 『続いては4枠4番、シノン!』

 

 「…」

 

  幕が上がり、燈馬君の姿が見える。燈馬君は何故かジャージ姿で出てくる。

 

 「…」グッ

 

  燈馬君は定位置に着くとジャージの襟を掴み─────。

 

 

バサッ!!!!

 

 

  思いっきり脱ぎ捨てた───────。

 

 「……ッ!!」

 

 「ねぇアレって…!」

 

 「あぁ、燈馬の新しい勝負服だ!!」

 

  燈馬君の勝負服を見た瞬間、息をするのを忘れていたと思う。それぐらい彼の勝負服は凄かった。肩にかかっている大きな白のマント。中には黒のインナーを着ており、何より凄いのが、腰・腕から手にかけた金の装飾品。髪は掻き上げられおり、そして彼の両耳には本物の鉱石のようなものがついた耳飾りを着けていた。

 

 「凄い…!」

 

 「綺麗…」

 

  タイシンさんとライスさんが燈馬君の勝負服に釘付けだった

。燈馬君は脱ぎ捨てた服を拾い、そのままパドックを去って行った。

 

 「あの勝負服、一体誰に仕立ててもらったんだろう…」

 

 「さぁ…」

 

 『さぁ、まもなくレース時がやって来ました!大阪杯を制するのはどのウマ娘なのでしょうか!?』

 

 「…」ギュッ

 

  僕は右手に持っているストップウォッチを握り締める。約2ヶ月ぶりとなる燈馬君のレース、もしかすると走りに何らかの変化があるに違いない。そのためにも───────。

 

 『各ウマ娘、ゲートに入りました。大阪杯を制するのはナリタブライアンか、それとも他のウマ娘がそれを阻止するのか!?』

 

  緊張の一瞬、全員がゲートを見つめていた。そして──────。

 

  パァン、ガコンッ!!

 

 『スタートし───────。』

 

  そして────────。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

大地が揺れた

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ドォオオオオオオオオオオオオオオオオオンッッッッッッッ!!!!!!!!!!!!!!!!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「え…」ガク!

 

  地震!?こんな時に!!?

 

 『スタートしま…、おおっと!これはどういうことだ!!?』

 

  体制を立て直して、ゲートを見る。そこには信じられないことが起きていた。

 

 『“誰もスタートしていない”!全員が膝をついているぞ!』

 

  ナリタブライアンさんやマルゼンスキーさん、いや出走する全員がスタートをせず膝をついていた。

 

 「ど、どういうこと…?」

 

 「何、今の揺れ…」

 

  ライスさん達も感じていたようで、ここに来ている人達全員が動揺していた。ゲートにいるウマ娘達も何が起きたのか状況が掴めていなかった。

 

 「あら、実況の子の目は節穴なのかしら。ちゃんとスタートしてるじゃない」

 

 「え、ミチルさん!?」

 

  振り返ると傘を差したミチルさんに白衣を着た男性と着物を着た女性、そしてスーツを着た60代近くの女性がいた。

 

 「スタートしたって、誰も…」

 

 「ほら、よく見なさい」

 

  とレース場へと意識を向けさせられる。いや、誰も…。

 

 

 

  ズンッッ!!!ズザァアアアアアア!!!!

 

 

 

 「ッ!?」

 

  ゴール板に現れた人物に目を疑った。ウマ娘達が膝をついている中、一人だけ立っていた人物がいたのだ。そう、その人物こそ────。

 

 「燈馬…、君?」

 

  雨の中、一人佇む燈馬君の姿があった。

 

 「満、タイムは?」

 

 「ちょっと待って下さいね〜、理事長」ウ〜ン

 

  とミチルさんは手に持っていたストップウォッチを確認する。

 

 「─────。」

 

  僕はタイムを聞いた瞬間、頭が真っ白になった。

 

 

 

  〜ルドルフside〜

 

 

 「これは、一体…!」

 

  私は目の前に広がる光景に理解が追い付いていなかった。突如として起きた揺れ、そして燈馬一人だけが立っている光景に。

 

 「いや〜、やっぱ燈馬速いっすね校長」

 

 「えぇ、いつ見ても彼は凄いです。ただゲートが邪魔をしていましたね。まぁ、飛び越えた(・・・・・)んで問題はないでしょうけど」

 

 「は?」

 

  私達は隣で会話をしていた学生とその先生に耳を疑った。ゲートを、飛び越えた…?

 

 「ん?…おや満君から電話のようですね。もしもし…」ピッ

 

  と眼鏡をかけた男性が携帯を取り出して誰かと電話を始めた。

 

 「お!タイムが出たと。…ふむふむ、タイムは─────。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

54秒26

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  〜立花side〜

 

 

 「ご、54秒…26ぅう!?」

 

 「あら、亮ちゃんも数えてたの?」

 

 「ん?うん、まあね。感覚は鈍らせたくないな〜って」

 

 「さっすが宇宙飛行士選抜試験の合格者は侮れないわね〜!」

 

 「そういうみっちゃんだって自衛隊のトップクラスの人間にいたじゃないか。今でも帰ってきてくれって連絡来てるんでしょ?」

 

 「もう!前職のことはナッシングよ!」

 

 「ちょ、ちょっと待ってください!!」

 

  と僕は慌てて2人の会話を遮る。会話の方向性が別の方に向いてる気がした。

 

 「54秒26って、そんなの…嘘ですよね!」

 

 「いえ、事実よ」ポイ

 

  とミチルさんがストップウォッチを投げ渡して来たので慌ててキャッチする。

 

 「…ホントだ」

 

  渡されたストップウォッチにはちゃんと54秒26と表記されていた。

 

 「嘘、じゃないんだ…」

 

 「だから言ったでしょ?事実だって」

 

  とミチルさんはストップウォッチを取り上げ、ポケットにしまう。

 

 「あ、それと彼女が燈馬の勝負服を作った人ね」

 

  と着物を着た女性が一歩前に出る。

 

 「お初にお目にかかります。ご紹介にお預かりいたしました私は北原麗華、旧姓野田 麗華(のだ れいか)と申します。この度は風間燈馬様の勝負服を仕立てさせて頂きました」ペコ

 

 「こ、これはご丁寧にどうも…」ペコ

 

  と深く一礼する北原さんに僕も一礼した。

 

 「おい、今…野田って言ったか?」

 

 「え、沖野さん…?」

 

  と顔を上げると沖野さんが驚いた表情をしていた。

 

 「は、はい…。野田って言ってましたが、それが…?」

 

 「お前知らねぇのかよ!!!」

 

  と沖野さんが近づいてくる。

 

 「野田って言ったら、俺達の業界では有名な人物だぞ!ウマ娘の勝負服を仕立てる上でこの人に作ってもらおうと予約が殺到するほどの人物!この人の作る勝負服は布から全て一から作るから正に超一級品!億単位の取引でされるほどの代物だぞ!!」

 

 「お、億…」サァア…

 

  血の気が引いた。まさかそんな人に作ってもらったってことは…。

 

 「あ、あの…、お金は…」

 

 「お金の方はご心配ならないで下さい。旦那の方が出してくれたので」

 

 「返金とか大丈夫ですよ。後輩(・・)にちょっとした投資って感じなんで」

 

 「は、はぁ…」

 

  と笑顔で答える北原さん夫婦。億単位が投資って…。

 

 「…もういいかい?帰るよ。次が待ってんだ」

 

  とスーツを着た女性が背を向けて出口へと歩いて行く。

 

 「「「はい、理事長」」」

 

  とミチルさん達はスーツの女性の後について行く。

 

 「あの理事長って呼ばれてた人、一体何者なんだ?」

 

 「…」

 

  僕はチラリとターフを見た。そこには既に燈馬君の姿はなく、茫然としていたウマ娘とその職員しか残っていなかった。

 

 

 

 

  〜ルドルフside〜

 

 

 「54秒26だって…!」

 

 「どういうことだ!!」

 

  チームメンバーは騒然とし始める。だが、眼鏡をかけた男性は淡々と話をしていた。

 

 「ええ、わかりました。…そういえば満君、今日は彼女(・・)達が来ることを理事長が覚えていらっしゃるか確認を取っていただけませんか?……はい、では後ほど」ピッ

 

  と電話を切り、4人の生徒の方を見る。

 

 「今日はもう終わりのようです。理事長達の帰るようなので私達も帰りましょうか。私が君達の家に送り届けますよ」

 

 「「「「はーい」」」」

 

  と男性は生徒を引き連れてレース場を去ろうとする。

 

 「ま、待ってください!!」

 

 「?どうされましたか」

 

  私は帰ろうとする男性を引き止める。

 

 「さっきの話は本当なんですか!タイムが54秒と言うのは…」

 

 「あぁ。もしかして聞こえていらしたんですね。すみません、今後は控えるようにします。タイムの話でしたね…。ええ、事実ですよ」

 

 「ッ!!」

 

 「その様子ですと信じられないようですね。無理もありませんよウマ娘は2000mを2分、最大で1分30秒。ナリタブライアンさんは去年の大阪杯では1分29秒がレコードタイムとなっています。なのでウマ娘は最高でも1分30秒が限界です」

 

  ウマ娘は最大時速60km。それ以上の速度を出したウマ娘は歴史上存在しない。

 

 「まあ、それを簡単に上回るのが彼です。彼の実力は底知れないですから」

 

  と男性は生徒達を連れてレース場を去って行った。

 

 「異常過ぎる…。ましてや1分を切るなんて…」

 

  信じ難いことが起こっているのは事実。だけど今はその現実を受け止めるしかない。

 

 「今はマルゼンスキー達のところへ向かおう」

 

  私達はすぐさまマルゼンスキー達のいる部屋へと向かった。

 

 

 

  〜リギル・控え室〜

 

 

 「──────だから、それがわからないのよ!!」

 

 「わ、わかったわかったマルゼンスキー。一度落ち着いてくれ!」

 

  控え室に向かうとマルゼンスキーは暗い表情で座っており、ブライアンは腕を組んで座っていた。マルゼンスキーは私達が来るなりレースでの出来事、自分に起きたことを説明してくれたのだが、一息入れる暇もなく説明するので余りよく内容がわからなかった。

 

 「マルゼンスキー、頼むゆっくりでいいんだ。説明してくれないか?君の身に何があったのかを」

 

 「ごめんなさい、取り乱してたわ…。…ゲートに入るまでは何もなかったわ。ただ、走り出そうとした瞬間地面が消えたような感じがしたの。そして気づいたら膝をついていたわ…」

 

 「なるほど…」

 

 「他に何か感じませんでしたか?例えば地面が揺れたとか」

 

 「揺れ…?」

 

  とマルゼンスキーはエアグルーヴの質問に眉をひそめた。

 

 「揺れなんて感じなかったわよ(・・・・・・・・・・・・・)?」

 

 「「え?」」

 

 「地面が揺れてたなんて私は知らないわよ。私が感じたのは地面が消えたことぐらいしか…」

 

  先程のマルゼンスキーの言葉が私を混乱させる。

 

 「(ではあの揺れはなんだったんだ?自然現象、なんてことはないはず…)」

 

  謎が謎を呼んだような気がした。これ以上は踏み入るべきなのか、それとも立ち止まるべきなのか…。今の私達には分からない。

 

  ただ、私達が知り得ることは燈馬が前人未到、前代未聞の記録を叩き出したことだけだった。




 読んで頂きありがとうございます。

 余談ではありますが、燈馬の新しい勝負服はF○Oのオジ[ピー]アスの服装です。気になる方は是非調べて下さい。



  それでは、また〜


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貸し

 遅くなってごめんなさい。それはそうと皆さんゴールデンウィークですね、自分もですがコロナウイルスには気をつけて外出しましょう。




 それでは、どうぞ


  〜阪神レース場・シンザンside〜

 

 「おかえり燈馬ちゃん。そして、ごめんなさい…」

 

  ターフを去っていく燈馬ちゃんの姿を見て、アタシは安堵と申し訳無さでいっぱいになっている。燈馬ちゃんが昔みたいに夢を持って走ってくれることを思い出してくれたこと。そして、燈馬ちゃんを守ってあげられなかったという後悔。アタシはずっと燈馬ちゃんを守っていたつもりでいた、けど実際は燈馬ちゃんを苦しめていて、逃げて、逃げて、逃げ続けてたんだってことに。アタシは…。

 

 「はぁ…。アタシって本当にだめね。言うだけ言って何も出来ない。元生徒会長と聞いて呆れるわ」

 

 「私もよシンちゃん。私は元チームメイトなのに、シノンちゃんに何もしてあげられなかった…」

 

  これからアタシ達はどうすればいいのだろうか…。

 

  ピリリリ、ピリリリ…。

 

 「理事長?…『ピッ』もしもし」

 

 『シンザンか!今、何処にいる』

 

 「今は阪神レース場にいます。カネケヤキと一緒に」

 

 『なら話が速い。燈馬のところに行ってトレセンへ戻るよう伝えてくれんか』

 

 「え、アタシ達が…ですか?」

 

  カネちゃんと顔を見合わせる。でも、アタシ達は…。

 

 「…アタシ達は、燈馬ちゃんと会う資格なんてありません。アタシ達にはもう『まだそんなことを言っているのか!!』!」ビクッ

 

 『君は、君達は彼を支えると宣言したはずではないのか!それもたった一度助けられなかっただけで会う資格がない?笑止千万!寝言は寝てから言え!!』

 

  携帯から理事長の怒号が聞こえる。カネちゃんも聞こえたのかビクリと身体を震わせた。

 

 『確かに君達のやっていたことは彼を追い詰める行為そのものだ。だが、彼に何もしないで彼の前から立ち去ろうなど彼が何を言おうとこの私が許さん!必ず彼に会え!』

 

 「「は、はい…」」

 

 『…さっきの言葉は聞かなかったことにする。私の伝言、忘れるんじゃないぞ』ブツ

 

 「……」ツーツー…

 

  理事長との通話が切れる。そっか、アタシ達はまた…。

 

 「…行こ、シンちゃん」

 

 「え…」

 

 「理事長の言うとおりだと思うの。私達もちゃんとシノンちゃんと向き合わなくちゃいけない。あの子がああなったのは私達のせいでもあるんだから」

 

 「そう、だね…。よし、行こう。燈馬ちゃんのところへ」

 

 「えぇ」

 

  理事長、何から何までありがとうございます。

 

 

  〜控え室〜

 

 

 「ここが、燈馬ちゃんの控え室だね」

 

 「そうね」

 

  …よし、覚悟は決まった。アタシはもう、逃げない。

 

 

  コンコン

 

 

 「…あの、今回ライブには出な…ッ」ピタ

 

 「燈馬ちゃん…」

 

 

 

 

 

 

 「…それで、何の用だ?」

 

 「燈馬ちゃん…、その…」

 

 「「ごめんなさい!!!」」バッ

 

 「──────は?」

 

 「アタシ達、ずっと燈馬ちゃんのこと守ってたと思ってた。けど、実際は燈馬ちゃんのことから逃げて保身に走ってた。本当にごめんなさい」

 

 「私もシンちゃんと同じ。シノンちゃんを支えるって言ったのに全然支えになってなかった。本当にごめんなさい」

 

 「あー…」

 

  ギシッという音が聞こえる。恐らく椅子に座ったのだろうか。

 

 「とりあえず顔上げて、どういうことか説明してくれるか?」

 

 

 

  〜燈馬side〜

 

 「…つまり、俺を守れなかったことに謝りに来たと」

 

 「「はい…」」

 

 「自分達がやってきたことは“逃げ”で“寄り添い”ではないと。それをたまたま聞いていた理事長に指摘されてここに来たと」

 

 「「はい…」」

 

 「はぁ〜〜…」

 

  成程。大体理解した。要はシンザン達がやっていたことは俺を守ることではなく俺を切り捨てようとしていたということ。そもそも俺は守られていたのか…、全然気づかなかった。シンザンはよく喧嘩してた俺を止めには来ていたが。

 

 「というより今更どうこう言おうがもう遅いしな。俺はもう気にしてないし、それにあの頃は俺もまだまだ精神的に弱かったと思う」

 

 「だけど、シノンちゃんを変えてしまったのは私達が原因なんだよ?私達は許される立場じゃないの…」

 

 「…」ウ~ン

 

  結構深刻な話になってきたな。シンザンが思い詰めるっていうことはよっぽどになるな。

 

 「(過ぎた話をぶり返すのはあまり好きではないんだかな…)」

 

  過去の話をしたところで所詮過去は過去。過去は何も変わることはない。変えることは出来ないのだから。

 

 「…もう、いいんじゃないのか?その…、俺が言うのも何だが“時効”だろ?時効」

 

 「シノンちゃん、私達にとっては時効では済まされないの…」

 

  そ、そうなんだな…。

 

 「私達は燈馬ちゃんを変えてしまった原因なんだし、そんな燈馬ちゃんを切り捨てようとしてたんだから…」

 

 「…」

 

  反省してるなら反省してるでいいんだが…。まぁでも、こんな機会は滅多にないか。俺は顔を伏せて目を閉じる。

 

 「…正直な話、助けてほしかったよ」

 

 「「!!」」

 

 「あの時、自分がどういった存在なのか見失っていた時に教えて欲しかった。“俺はウマ娘と同じ希望を与える存在”なんだと教えて欲しかった」

 

  俺はこの人達と出会えたからこの業界に足を踏み入れた。こんなにも“輝かしい場所”を教えてくれた人達から────。

 

 「…これが俺の話、俺の気持ち」

 

 「「……」」

 

 「この話はもうおしまいだ。だが、どうしても許しをこいたい、罰が与えられないと気が済まないっていうのなら…」

 

 「「…」」ゴクリ

 

 「俺のファンとして応援してくれないか?数少ないファンとして寄り添ってくれないか?」

 

  俺は“優しい”と、“優し過ぎる”と言われるかも知れない。それでも構わない。というより俺はこういうやり方しか知らない。それに、俺をこの舞台に招いてくれた人達を無下にすることは出来ない。

 

 「…燈馬ちゃんそんなことで「そんなことで、なんて言うなよ?俺のファンで居続けるのは結構至難なことだからな。罵詈雑言はあるし他のファンから標的にされることだってある。それでも俺のファンとして居続けられるかどうか…。実際にいるぞ?俺のファンとして居続けるバカなガキ共が。果たしてアンタ達はそんなバカなガキ共のようになれるかな?」ッ!」

 

  さて、どう出る?

 

 「…そんなの決まってるじゃない。折角貰ったこのチャンスを無駄にはしないわ!」

 

 「えぇ。今度はもう二度と同じ誤ちは侵さないってことをここに誓うわ」

 

  シンザン達の表情は明るくなっていた。正直これでいいのか俺にはわからんが暗い空気を脱したのだから、まぁ良しとするか。

 

 「そんじゃ帰るか」

 

  俺は荷物を纏めて部屋を出る。

 

 「そういえば燈馬ちゃん、ライブ出ないの?」

 

 「行くところがある。だから出ない」

 

 「見たかったな〜、シノンちゃんのライブ」

 

 「まあ、そんなところじゃないだろうけどな」

 

 「それって、どういうこと?」

 

  俺はシンザン達の方へ向き直る。

 

 「アナタ達に頼みがある」

 

 

 

 

  〜武天學園、理事長室・史子side〜

 

 

 「「本当に申し訳ございませんでした」」

 

 「何度も言ってるだろ、もういいってね。そろそろその下げる頭をどうにかしな。逆にイライラするさね」

 

 「す、すみません…」

 

  大阪杯の前日、一本の電話があった。相手はトレセン学園の理事長秋川やよいからだった。内容は去年あった燈馬の件についてだった。

 

 「それで、用件はそれだけかい?ならとっとと帰んな、コッチも色々と忙しいのさね」

 

 「…あの、ご無礼を重々承知の上でお聞きしたいのですが、“怒らない”のですか?」

 

 「どういう意味だい?」

 

  秋川の隣にいる緑の帽子を被った駿川たづなが頭を上げて話を続ける。

 

 「許されざることをしたのは事実です。罰則があって当然です。なのに何もないというのは…」

 

 「癪に障る、てかい?」

 

 「そ、そういう訳ではないのです!ただ…」

 

 「ハァ…。ならこれならどうだい?」

 

  とアタシはこの2人にある提案をする。

 

 「貸しを二つ作る。そんじゃそこらの貸しじゃないどデカイ貸しさね。それで手を打ってやる、いいね?」

 

 「「は、はい…!」」

 

  これでアタシのやりたいこと(・・・・・・)が一つリスクなく出来る。後はもう一つをどうするか…。

 

 「今日はもう帰んな。アンタ達にも仕事があるんだろ?」

 

 「失礼します」ペコ

 

  と秋川と駿川は一礼して部屋を出る。

 

  ピリリリ、ピリリリ…。

 

  アタシはパソコンに目を向けた時、私用の携帯から電話が鳴った。着信者は…、これまた懐かしい奴からかい。

 

 「なんだい?お前さんがアタシの携帯にかけるタァ随分と珍しいじゃないかい」

 

 『久しぶり史ちゃん。元気そうで良かった』

 

 「それで用件はなんだい、URAの取締役社長さん?」

 

 『もう、おちょくるのは辞めて欲しいわ。……“大阪杯”について話があるの』

 

 「大阪杯?今日のレースのことでかい?」

 

  今日の大阪杯、クソガキ(燈馬)が前代未聞のタイムを叩き出してレースを終わらせた。

 

 「何かあったのかい?」

 

 『史ちゃんはもう気づいてると思うけど、大阪杯の後ファン達がURAに大阪杯の再レース(・・・・・・・・)するよう抗議してきたの』

 

 「再レースだって?何でさね、アイツが勝ったんだからそれでいいだろうに」

 

 『ナリタブライアンさんの4連覇阻止した燈馬さんへの当てつけよ。ファンは不満で一杯、納得出来ないって』

 

 「納得出来ないって…、随っ分と我儘な連中だね〜…」

 

 『私達もファンの我儘には付き合える程、優しくはないわ。自分達の不満の為だけに再レースは認められないって。だけど…』

 

 「だけど?」

 

 『これを見てほしいの』

 

  とメールで何かが送られてくる。これは…。

 

 「なんだいこれ。アンタが撮ったのかい?」

 

 『違うわよ…。“シノンがレース前にドーピングをした”っていう訳の分からない写真がURAに送られて来たのよ』

 

  鞄から薬の粒のようなものを手にとって写真を撮っているものだった。

 

 「…アンタこれ、どう見てもお菓子のやつじゃないのかい?ほら口の中でスーッてする…『ミン[ピー]ア?』そうそう。どっからどう見てもそれじゃないのかい?」

 

 『うん、私もどっからどう見てもそれに見えるわ…。けど、この写真がネットに流出してるのよ』

 

 「ふ〜ん」カタカタ

 

  アタシはパソコンでその写真を生徒会長(石井)に送るとするとすぐに返事が返ってくる。どうやらその写真はアイツのことをよく思ってない連中が撮ったものらしく写真に映っているものはそのミン[ピー]アというのが判明した。それからネット上でもその写真が出回っててURAに再レースよう騒いでいるようだ。

 

 「やっぱり、そのミン[ピー]アってやつのようだね。ネットに詳しい生徒にやらせたら“そうだ”って帰ってきたよ」

 

 『史ちゃんの生徒達って本当に凄いね…』

 

 「そんなことはどうでもいいさ、アンタはどうすんのさ」

 

 『記者のインタビューに出るつもり。それでも抗議の声が止まない時は…、燈馬さんと史ちゃんには迷惑をかけるけど…』

 

 「その答えはアイツに聞きな。アイツが出るってんなら再レースすればいいさね。ただし…」

 

 『わかってるわ。無条件で、なんてことは言わない。燈馬さんの出す条件は必ず飲むわ』

 

  もし仮に再レースになったときのアイツの条件は分かりきっているがね…。

 

 『また何かあったら連絡するわ、忙しい時にごめんなさいね。今度奢らせてね』

 

 「楽しみしてるよ」ピッ

 

  全く訳の分からない連中ばかりだ。チッたぁ大人しくならんのかね。

 

 「世の中の連中はどうしてこうも思い通りにならないと騒ぎ立てる連中が多いんだろうね…」

 

  お前さんもそう思わんかね…、ねぇ…。

 

 「…ハッ。アイツ(・・・)に聞いたところで何も返ってることないのにね」

 

  アタシは今後のことを考えながら残りの仕事を片付けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  〜数日後〜

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 『続いてのニュースです。先日行われた大阪杯が3週間後にもう一度行われることとなりました。“何故すぐに行わないのか”というファンの声に対しURA取締役社長は「全員が万全な体制で行うためだ。公平を期す為のものでもある。貴方達ファンがウマ娘達の体調も考えているのですか?」と回答。ネット上では不満の声も募っており、URAはシノンの味方をしているのではないかという声も多数集まっています。今年の大阪杯はどういった結果になるのでしょうか』




 読んで頂きありがとうございます。

 今回は短めにしました。変に長く書こうとすると変な感じに終わると思ったのでここで区切らせて頂きました。次回もよろしくお願いします。


 それでは、また〜


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歴史を創る

 約1ヶ月ぶりの投稿。失踪してはわけじゃないからね!?







 それでは、どうぞ


  〜阪神レース場・立花side〜

 

 「まさかもう一回ここに来ることになるなんてね…」

 

  大阪杯の再レースのニュースから3週間後、僕達は再び阪神レース場へと足を運んでいた。もちろん僕だけではなく、沖野さんを始めとするチームスピカやオハナさんとチームリギルも来ていた。今日のオハナさんは珍しく観客席の方ではなく前の方に来ていた。何でもこの前の燈馬君の走りを見てもう一度分析し直すとのこと。沖野さんもオハナさんと同じ気持ちだそうだ。

 

 「ねぇ立花。今日はあの人達は来ていないんだね」

 

 「そう…みたいですね」キョロキョロ

 

 「色々聞きたいことがたくさんあったんだけどね…」

 

 「それは俺も同じだぜ?オハナさん。特にあの理事長っていう人からは只ならぬ雰囲気があったからな」

 

  この前来ていたあの理事長と呼ばれていた女性。あの人は一体何者なんだろうか…。

 

 「それよりも今はレースだぜ?ほら入っていくぞ」

 

  と沖野さんがゲートを指差す。今回出走するウマ娘達が続々とゲートの中に入っていった。もちろん燈馬君の姿もあった。

 

 「出走取消した奴らはなし。この前と同じ枠順。ただ違うところがあるとするなら、“アイツがどう動くか”だ」

 

 「えぇ。彼の動きが今一番気になるわね」

 

  僕達トレーナーの間で一番話題となっているのは“燈馬君の本当の実力”について。僕も彼のトレーナーをやっている身ではあるけど彼の実力ははっきり言って分かってはいない。だからこそ、このレースで燈馬君の実力をこの目で見たい。

 

 『ゲートイン完了、各ウマ娘出走の準備が整いました。URAの意向により再び設けられた大阪杯!栄冠は誰の手に握られるのか、注目です!!』

 

  全員がスタートを切る構えをするのに対し、僕は一度気を張る。この前のような感覚が来るかもしれないと思ったから。

 

 

  パァン、ガコン!

 

 『スタート!おおっと、やや数名出遅れたようだが大丈夫か!?』

 

 『レースに支障をきたさないといいのですが…』

 

  ゲートが開き、ウマ娘達がスタートを切る。数名程出遅れてのスタートに対しマルゼンスキーさん達は出遅れなくスタートした。

 

 『さあ、まず先頭を行くのはやはりこのウマ娘マルゼn…いや違う!!』

 

 「おいおい、まじかよアイツ!」

 

  意気揚々と先頭に出ようとするマルゼンスキーさんの隣を一つの影が通り過ぎる。

 

 『“シノン”だ!シノンがマルゼンスキーを抜かし先頭に立った!これは作戦なのか!?』

 

 「立花!どういうことだ!アイツは“差し”や“追込”のはずじゃないのか!?なんで“逃げ”で行ってるんだ!?」

 

 「僕だってわかりませんよ…!燈馬君は基本レースでは差しや追込でしか走りませんし、何より“逃げ”の練習なんて一度も…」

 

 「となるとすれば“彼は掛かってる”と言うべきか、あるいは彼の作戦(・・)なのか…。どちらにしろ、このレースが終わらなければ分からないことね」

 

  僕は再びレースの方へと視線を向ける。燈馬君がマルゼンスキーさんと10バ身程離して第2コーナーを曲がり、向こう正面へと進んでいく。燈馬君を追う形となったマルゼンスキーさんは必死に燈馬君を追いかけていた。後続のウマ娘達も燈馬君のスピードに焦っているのかペースを上げる。そして、先頭を走る燈馬君を見てあることに気づいた。

 

 「ペースが、上がってる…?」

 

 『第3コーナーを曲がりました!タイムは…、“52秒96”!?』

 

 「52秒ってスズカよりも早ぇじゃねぇか!」

 

  スピードは落ちるどころかどんどんと上がっていく。まるで天皇賞で見せたサイレンススズカさんのように─────。

 

 

 

 

 燈馬ァアアアアアアアアアッッッッ!!!

 

 「「「ブライアン!!」」」

 

 『ナリタブライアンだ!ナリタブライアンがスパートをかけたッッ!!』

 

 ガァアアアアアアアアアッッッッ!!!

 

  向こう正面で雄叫びを上げながらナリタブライアンさんは燈馬君のいる先頭へとスピードを上げマルゼンスキーさんのすぐ後ろの3番手の位置まで上がってくる。2番手のマルゼンスキーさんも決死の表情をしながら燈馬君を捉えようと懸命に走る。そして燈馬君は───────。

 

 

 

 

 

 

 

 『シノンだ!シノンだけが最後の直線に入り、スパートをかける!!残り300m!もう既に勝利が確定した!誰も寄せ付けない、もはやシノンの一人旅!!』

 

  そして燈馬君はペースを落とすことなくゴール板を通り過ぎたのだった。

 

 『ゴール!シノンが1着でゴールイン!!このスピードは間違いなく“レコード”でしょう!!』

 

 「“レコード”、か…」

 

  あのスピードだと間違いなくレコードに違いない。1分25、いや20秒くらい───────。

 

 『タイムはなんと“1分10秒34”!!これは正に不滅のレコード(・・・・・・・)と言えるでしょう!!』

 

 「ま、じかよ…」

 

 「あり得ないわよ…」

 

  昨年の優勝者のナリタブライアンさんのタイムを優位に上回る記録。もはや、彼を止める者はいないんじゃないのか…と。

 

 「ハ…ハハッ…」

 

  もう乾いた笑いしか出てこないや…。燈馬君の圧倒的な強さに僕は感服し、ただただターフを見つめることしか出来なかった。

 

 

 

  〜控え室・燈馬side〜

 

 

 「燈馬さん、本日は本当にありがとうございました」

 

 「別にいい。俺の出してくれた要求にこたえてくれれば、それだけで構わない」

 

 「わかっています。それでは今後のご活躍を心からお祈りします。それでは失礼します」バタン

 

 「…これからが本腰の入れどころだな」

 

  俺の要求も無事通ったみたいだし、後は出るレースに向けてトレーニングするだけだな。俺はゆっくり息を吸って大きく背伸びをする。これから面倒くさい奴らの相手をしないといけないからな、先が思いやられるよ。

 

 「…行くか」

 

  俺は控え室の扉を開けて面倒くさい奴ら(記者達)のいるところへ向かった。

 

 

 

 

 

 

 「シノンさん、大阪杯を終えた感想は?」

 

 「まぁ、勝てて良かったなって思ってます」

 

 「ナリタブライアンさんやマルゼンスキーさんは強かったですか?」

 

 「強かったですよ。まぁ、気を抜いたら追い抜かされそうだったんで気は張ってました」

 

  あー、早く帰りてー。インタビューってこんなにもしんどかったのか?受けるだけでもしんどい。

 

 「普段、レース後のインタビューを受けないアナタがどうして今回インタビューを受けているのですか?」

 

 「…」

 

  やっと本題が来たか…。これでやっと帰れる。

 

  パシッ!

 

 「あ、あの…」

 

  俺は一人の記者からマイクを取り上げ、自分のところに持ってくる。

 

 「ガキ共、見てるよな?今から俺の言うことを耳の穴かっぽじってよく聞け」

 

 「あの、一体誰に…?」

 

  俺は記者を無視して続ける。

 

 「お前らは俺の夢を知りたいと言ったな。だったら今ここで教えてやる。俺の夢は“歴史を創る”ことだ。自分にしか創れない歴史を創る、誰も成し得ることの出来ない歴史を創る、それが俺の夢だ。俺は夢の為にこれからもレースを走る、だからお前達も夢を叶えられるよう努力しろ。いいな?」ポイ

 

  と俺はマイクを放り投げる。

 

 「シノンさん!歴史とはどういったものでしょうか!」

 

 「シノンさんの今後のことについてお聞かせ下さい!」

 

  後ろから記者達の質問が飛び交うが俺は無視してその場を去る。これ以上ここにいると面倒だし、時間をかなり削られる。

 

 「(待てよ?記者達の質問を適当に返していたが、質問とかを返さずにさっきのことを言えばよかったのでは?)」

 

  …まぁいいか。理事長から「強制!大阪杯のインタビューは受けろ!」とか言ってたし、ちゃんと受けたからいいか。

 

 「「「シノンさ〜〜ん!!!」」」タタタ

 

 「…ガキ共、どっから入ってきた?ここは立ち入り禁止だぞ」

 

 「でもでも、さっきのインタビューを見ていたら居ても立っても居られなくって!!」

 

 「だからってな…」ハァ

 

  ガキのする行動は本当に分からない。まぁ、バレなければいいか。

 

 「あの、シノンさん。“歴史を創る”と言ってましたけど、何をされるおつもりですか?」

 

  アーモンドアイが不安そうな顔をして聞いてくる。別に不祥事を起こそうとするわけじゃないぞ。

 

 「アーモンドアイ、今自分の知るトゥインクルシリーズ史上もっとも凄い歴史とはなんだ?」

 

 「わたし、ですか…?う〜ん……、あ!シノンさんの「俺以外でだ」じ、じゃあシンボリルドルフさんの七冠です!」

 

 「キタサンブラック、サトノダイヤモンド。お前達はどうだ?」

 

 「わたしもアーちゃんと被るんですけど、シンボリルドルフさんの無敗の三冠、とかですか?」

 

 「わたしもキタちゃんと同じです」

 

 「そうだな。他にもシンザンの五冠やディープインパクト、ミスターシービーの三冠もあるな。だが俺はもっと上のレベルを目指そうと思ってる」

 

 「上の、レベル…」

 

 「そうだ。絶対に成し得ることは出来ない、絶対的不可能なこと。そう、俺は─────────」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

日本全G1制覇を目指す

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「ぜ、全G1制覇…ですか!?」

 

  日本G1は芝とダートを含めて全部で30もある。これら全てを制覇するには芝とダートだけでなく、短距離から長距離全ての適正が無ければならない。ルドルフやマルゼンスキー、先人のウマ娘達では到底出来ないこと。ましてや適正を上げるのでも一苦労するのだ。

 

 「じ、G1制覇だなんて不可能に近いですよ!だってシノンさんは芝のレースを出ているのに急にダートに変えることなんて…」

 

  キタサンブラックが顔を俯かせる。芝のレースを走っていたウマ娘がダートで結果を出せる者はまずいない。逆もまた然り。

 

 「それは次のレースで証明しよう。楽しみにしておけ」

 

  と俺はキタサンブラックの背中を優しく叩き顔を上げさせる。

 

 「心配する必要ねぇよ、次も勝ってやる」

 

 「…本当ですか?本当に本当に本当ですか!?」

 

 「本当だ。だからそんな顔するな。かわいい顔が台無しだぞ」

 

 「か、かわ…///」

 

 「「む〜〜!!」」プク~

 

  ガキの励まし方なんて知らないが、元気になったのなら良しとしよう。

 

 「ほら、もう帰んな。係の人間に見つかる前にさっさとここを出ろ」

 

 「「「は〜〜い」」」タタタ

 

  と3人は出口へと走って行った。俺は腰に手を置き深呼吸する。

 

 「…そういうこった。俺は俺のやりたいことをやる。夢を叶える為に突き進む。それがどんな道であろうとそれが茨の道であろうとも、俺は迷わず突き進む。安心しろ、アンタに迷惑はかけねぇよ。アンタはアンタのやるべきことをしろ」

 

  と俺は影で見ていたある人物(・・・・)にそう告げて俺は出口へと向かう。

 

 

 

 

 「────。」

 

 

 

 

 

  〜武天學園、生徒寮〜

 

 

 「…来たかな」

 

 「何だい、こんな遅くに呼び出して」ガチャ

 

  武天學園にある生徒寮の一室の扉が開かれる。部屋に入ってきたのは武天學園理事長を務める風間史子。その後ろには校長の西宮が続いて部屋に入る。

 

 「わざわざ遅くにすみません。どうしても理事長にお伝えしなければならないことがありまして」

 

  と部屋の中で待っていたのは武天學園生徒会長を務める石井栄一だった。

 

 「アタシを呼び出すってことはそれ相応のことなんだろうね」

 

 「えぇ。こっちに」

 

  と石井は史子達を部屋の奥へと案内する。部屋の奥にはありとあらゆるコンピューターやモニターがズラリと並んでいた。石井はコンピューターの前にある椅子に座り、カタカタとキーボードを叩き始めた。

 

 「実は、2人に見てほしいのはこれなんです」カチ

 

  と正面にあるモニターにある記事が映し出されていた。

 

 「“警察署から脱走”…、誰がだい?」

 

 「元外務大臣の柏木源太郎とそのバカ息子」

 

 「それで?そいつらがなんたってんだい」

 

  と史子が聞くと石井の表情が険しくなる。

 

 「アイツ(・・・)が絡んでるかもしれない」

 

 「なんだと?」

 

 「柏木達が捕らえられてた警察署、防犯カメラや警備が凄くて簡単には脱走出来るようなところじゃないんです。それに柏木達に脱走を企てるような知識も計画性もないし、監視の目をくぐり抜けて抜け出せるようなことも出来ない…。となると…」

 

 「彼が脱走の手助けをした…、いや“脱走させた”と言うべきでしょうね」

 

 「そうです、校長」

 

  西宮が顎に手を当て、「ん〜」と考え始める。

 

 「石井、確固たる証拠はあるのかい?」

 

 「今のところありません…が、今も探している最中です。アイツ、証拠を隠すのが上手いので。クソ腹立ちますけど」カタカタ

 

  と石井は再びキーボードを叩き始める。

 

 「取り敢えず、あなた達2人にはこの柏木達を警戒してほしいことを伝えときます。何らかの動きが絶対にあると思いますので」カタカタ

 

 「ありがとう石井君。それとすまないね、こんなことに巻き込んでしまって…」

 

 「いいっすよ、気にしないで下さい。これも全部燈馬のためですよ。俺は燈馬に感謝にしてますし、燈馬と出会わなかったら俺はこんなにも変われてなかったと思います。だから俺は陰ながら燈馬のサポートに徹することを選んだ、それだけです」カタカタ

 

  石井の言葉に西宮は笑みをこぼす。石井にとって燈馬という存在はそれだけ大きかったのだろう。

 

 「…なら、今後もよろしく頼むよ。“栄一”」

 

 「!……おうッ!!」

 

 「では、私達はこれで失礼します。“栄一君”、無理はほどほどに。私も手が空けばお手伝い致しますので」

 

 「ありがとうございます、校長先生」

 

  と史子達は石井の部屋を出る。2人は手すりに身体を預け、石井が教えてくれた情報を整理する。

 

 「確か柏木というと、ウマ娘の賭博や闇カジノ、自分の起こした事故の隠蔽、外務省のお金を使用など。挙げれば挙げるほどキリがない人間でしたよね」

 

 「まあそれも警察が捜査してた時に発覚したんだけどね。けど、問題はそこじゃない」

 

 「彼が関与しているかもしれない、というところですね」

 

 「…何がともあれ警戒はしておいたほうがいいのかもしれないね。いつ何時、場所は問わずアイツは何かしらの行動は起こすはずさ。特にあの子がいるところは警戒したほうがいい」

 

 「彼らにはお伝えますか?」

 

 「どうせ耳に入るさ。変に言わなくたっていいよ」

 

  と史子は生徒寮の階段へと向かい、西宮もそれに続いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「「ハァ、ハァハァ…、ッハァハァ…」」

 

 「こっちに逃げたぞ!!追え!!」タタタ

 

 「!!!」バッ

 

 「お、追ってき…ムグッ」

 

  タタタ…。

 

 「いたか!?」

 

 「いや見失った…。クソッ」

 

 「まだ近くに居るはずだ。絶対に探し出せ!」

 

 「「「はい!!」」」タタタ

 

 「「……」」

 

  ・・・・。

 

 「「ハァー……」」

 

  暗い路地裏に逃げ込み、物陰に隠れていた男達が安心したかのようにその場に座り込む。何かから逃げていたようで息を切らしていた。

 

 「どうして…どうして僕はこんなことしなきゃいけねぇんだよ!ふざけんな!!」

 

 「喧しい!元はと言えばお前があの女をさっさと襲わなかったのがいかんのだろうが!!」

 

 「うっせぇ!!僕は拗らせながらするのが好きなんだよ!!あんただってあんたがちゃんと警備させてなかったのが原因なんじゃねぇか!それに他にも余罪が出てきて、俺までとばっちりを喰らっただろうが!」

 

 「オメェだって楽しんでたじゃねぇか!!負けすぎて金を貸してやったのは誰のおかげだと思っとるんだ!ワシが居なかったらお前は今頃マグロ漁行きだ!」

 

 「なんだと!!」

 

  と2人の男がいがみ合い、取っ組み合いになっていた。そして男が拳を握り、振り下ろそうとした…その時だった。

 

 「おや、いけませんねぇ。こんなところで暴力沙汰ですか…。余程、警察のお世話になりたいそうですねぇ」コツコツ

 

 「!だ、だれだ!」

 

  と男は声のする方を見るとフードを被った人達が出てくる。

 

 「確かあなた達は警察から逃げている人達ですよね?テレビでもトップニュースになってましたよ〜?」

 

 「だ、黙れ!!貴様等は一体なんなんだ!!」

 

 「おいおい、コイツ俺達の“恩”を仇で返すみたいだぜ?ならさっさと警察にでも付き出すか?」

 

 「恩…、もしやあなた達は“あの御方”の!!」

 

 「た、大変申し訳ございませんでした!!!」バッ!

 

  と2人の男がフードを被った人達の頭を垂れる。

 

 「それで?折角逃してやったのにまた捕まるのかよ。どんだけ警察が好きなの、お前ら」

 

 「い、いいいえいえ!滅相も御座いません!!騒いでいるのはこのバカ息子でして…」

 

 「はぁ!?お前が大声上げてたんだろうが!!」

 

 「何だと!?親に向かって何─────」

 

 

 

  バキッ!!

 

 

 

 「おい、口を慎めって言ってんだよ。耳ついてんのか?あぁ?」

 

 「た、たひへん…もうひわへ「息が臭ぇんだよ、喋んじゃねぇ」…」

 

  フードの一人が男に蹴りを入れ、男を黙らせる。

 

 「まあまあ、その辺にしときなよ。息子ちゃんがビビっちゃってるからさ〜」

 

 「チッ」

 

  とフードを被ったもう一人が男達の前に現れて屈んだ。

 

 「さて、本題に入ろっか。今回あなた達にやって欲しいのは“とある場所を襲撃すること”、至ってシンプルな仕事さ。あなた達が裏で繋がっていた連中全員で襲撃してね」

 

  というと蹴りを入れられていないもう一人の男が顔を上げる。

 

 「あ、あの…私達はあの一件で裏の連中とも連絡が途絶えてしまって…」

 

 「途絶えてしまって?」

 

 「な、なので私達にはそれが出来ないとい─────ヒッ!」

 

  と男の目にサバイバルナイフを突きつけられる。

 

 「ごめんね、実は私さ耳が遠くってね〜。それで?何て言ったのかな?」

 

 「い、いいえ!な、何でもありません…。か、必ずやり遂げてみせます…」

 

 「うんうん!良かった良かった!私の耳は間違ってなかったんだね!!」

 

  とナイフを下ろし、立ち上がる。

 

 「決行は4月。それまでにちゃ〜んと集めといてね〜」

 

 「「は、はい」」

 

  と男達はまた頭を下げる。

 

 「ち・な・み・に〜、あなた達2人がボスの出すミッションを達成すると特別報酬が手に入りま〜す!!」

 

 「と、特別…報酬…!」

 

 「それはね、これ!」ピラ

 

  と1枚の写真を見せる。

 

 「これに写ってる人物の首を持ってくるとボスがあなた達の願いを何でも聞いてくれるそうです!!」

 

 「こ、コイツの首を…!」

 

 「そ!だから、頑張ってミッションを達成しちゃお〜う!!」

 

 「コイツの首を持ってくれば…」

 

 「あの御方から…、報酬…!!!」

 

 「後はお前達次第だ。精々ボスの為に働くんだな」

 

  とフードの人達は暗闇の方へと歩いて行った。

 

 「…パパ」

 

 「何だ?」

 

 「僕、カジノでつるんでた組の場所粗方知ってるから連れて来るわ」

 

 「奇遇だな、ワシも同じことを考えていた」

 

 「コイツの首をあの御方に…!そうすれば────!」

 

 「あぁ!ワシらは世界の頂点に立てる────!!」

 

 「フフフ…」

 

 「ククク…」

 

 

 

 

 

 「「アーハッハッハッハ!!!アッハッハッハッハッハ!!!アーハッハッハッハ!!!!アーハッハッハッハ!!アッハッハッハッハッハ!!!────────────」」

 

 

 

 

  ビュービューと風が吹き始める。果たしてこの吹き始めた風は彼ら達に降り注ぐ予兆の前触れか─────。

 

  まだ誰にも分からない。




 読んで頂きありがとうございます。

  燈馬の知らないところで不穏な空気が漂い始めていますね。何が起こるのやら。それではまた次回。



 それでは、また〜


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秘めたる力

 チャンミAグループに滑り込みで入れた〜〜。オープンの方だけど…




  それでは、どうぞ


 

  〜トレセン学園・立花side〜

 

 

 「…」

 

 「…ねぇトレーナー」

 

 「な、何!?タイシンさん!」ビクッ

 

 「何ソワソワしてんの?気持ち悪いんだけど」

 

 「え…」

 

 「…ら、ライスもそう思うな…。トレーナーさん、ずっとソワソワしてる」

 

 「どうしたんだ?お腹減ったのか?」

 

 「良ければお話しお聞きしますよ?」

 

 「いやいや!大丈夫大丈夫!ほら見て!この通り、大丈夫だから!!」グイッグイッ

 

  と僕は担当達の前でラジオ体操をする。

 

 「で、ですが…」

 

 「僕は大丈夫だからさ!ほらほら、トレーニングの続きやるよ!」

 

  と担当達をターフへと戻らせる。僕は気を引き締める為に手で自分の頬を叩き彼女達の方へと意識を集中させた─────。

 

 

 

 

 

 

 

  ─────と言えれば恰好はつくだろうけど、本当のことを言えば今の僕は気が気じゃない。正直な話、トレーニングのことよりも“あのこと”で頭が一杯だった。

 

 「(だめだ…。どうしてもあのレースが頭から離れない。今はトレーニングの最中なのに…!)」

 

  先日行われた大阪杯。燈馬君が逃げの作戦を取り、マルゼンスキーさんやナリタブライアンさん達を抑えて圧勝。会場ではナリタブライアンさんの連覇を阻止され燈馬君への誹謗中傷は鳴り止まなかった。けど、僕の頭に浮かんだレースはその前の大阪杯だ。

 

 「(誰も、一歩も動けず燈馬君だけがゴールした。それも1分を切り、50秒台に乗るという前例にはない記録。そして、その時に出走していたウマ娘達が口を揃えて言っていた“踏み込んだ瞬間に地面が消えた”という現象。あれは一体なんなのか、あれは燈馬君がやったのか…。それとも…)」

 

  謎が謎を生んで解決の糸口が掴めない。これ以上悩んでも時間の無駄か…。今はトレーニングに集中しないと──────。

 

 「随分と怖い顔をしているな。そんな顔してると周りの奴らが怯えてしまうぞ」

 

 「えっ…」

 

  この声、もしかして…。

 

 「よっ。久しぶりだな、トレーナー」

 

 「と、燈馬君…!」

 

  そこにはトレセン学園の制服に身を包んだ燈馬君の姿があった。

 

 

  〜部室〜

 

 

 「それで?わざわざトレーニングを中止してまで俺に何かあるのか?」

 

 「…もちろん。ここにいる全員、燈馬君に色々と聞きたいことが山のようにあるからね」

 

  僕は燈馬君達を連れて部室へとやってきて燈馬君と対面するように座る。最初は僕一人で行こうとしていたんだけど、タイシンさん達が燈馬君の存在に気づき彼女達も燈馬君に聞きたいことがあるらしく一度トレーニングを一度中止して燈馬君のことに時間を当てることにした。

 

 「まずは、お帰り燈馬君」

 

 「ただいま」

 

 「理事長には挨拶したの?」

 

 「さっき行ってきた。特に何も言われなかったが、これからも頑張れよと一言言われたよ」

 

 「そっか、わかった…。それじゃあ今から燈馬君に色々と聞きたいことを聞くよ?」

 

 「あぁ」

 

 「これは尋問じゃないから答えたくないことは答えなくていいよ」

 

 「わかった。そうさせてもらう」

 

 「じゃあまずは僕から…。燈馬君、君は“違法薬物に手を出していないよね?”」

 

 「はぁ?トレーナー、それは聞く必要ないでしょ!URAが調べてデマだって言ってたじゃん」

 

 「いや、僕にとって(・・・・・)はとても重要なことなんだ。例えデマだとしても僕はこのことを第一に聞かなきゃいけないくらいなんだ」

 

  SNS上にて出ていた燈馬君の薬物使用の疑い。警察やURAが総力を上げて捜索した結果、この情報はデマであることがわかった。この情報をSNSに挙げた人物は厳しく罰せられ、レース場の立ち入り禁止等が言い渡された。けど、僕はこれがデマだとしても燈馬君には必ず聞こうと思っていた。もし燈馬君が隠れてそういったことをしてたとなると大事になりかねないからだ。

 

 「やってないよ。そもそも薬物なんかに興味はない」

 

 「隠れてやってたりは?」

 

 「してない」

 

 「その言葉に嘘偽りは?」

 

 「ない」

 

 「…そっか、良かった。これが本当となると僕も僕でやるべきことをやらないといけないからね」

 

 「そうだな。トレーナーが一番大変だな」

 

 「うん。一番大変になるよ、色々とね」

 

  と僕は背もたれに寄りかかる。取り敢えず僕の中にあった疑念は晴れた。後はタイシンさん達が色々と聞いてくれるだろう。

 

 「僕が聞きたいことは以上だよ。後はタイシンさん達に任せる。…まずは誰から行く?」

 

  と僕は席から立って彼女達を見る。彼女達はお互いに顔を見合わせ、どうぞどうぞとお互いに譲りあっていた。譲りあっていた結果、トップバッターはクリークさんになった。

 

 「燈馬さん、まずは私からでいいでしょうか」

 

 「いいぞ」

 

  とクリークさんは椅子に座る。

 

 「トレセン学園への立ち入り禁止期間の間、何処にいらしてたんですか?」

 

 「元々通ってた学校に行っていた。そっちでの出入りは禁止されていないからな」

 

 「元々と言うことはトレセン学園に来る前の学校ですよね。確か小中高大一貫校の武天學園…ですよね?でも燈馬さんはそこからトレセン学園へ転校という形のはずです。転校前の学校に登校するなんて…」

 

 「おかしいんじゃないか、てか?」

 

  と燈馬君の言葉に頷くクリークさん。確かに転校前の学校に登校するなんてことはおかしな話だ。

 

 「俺はトレセン学園と武天學園の両方に席を置いていてな、だからトレセン学園へ登校しようが武天學園へ登校しようがなんら変わりない」

 

 「ふ、2つの学校に自分の席を置いているんですか!?」

 

 「そういうこと」

 

  2つの学校に席を置くなんて聞いたことないんだけど…。

 

 「言ってしまえばトレセン学園生兼武天學園生ってことになっている。これは俺がここに来る時にそういう契約をトレセンと武天の理事長が結んでいる。気になるなら理事長やたづなさんにでも聞いてみるといい」

 

 「は、はぁ…」

 

  こういう話を聞かされたりすると燈馬君って有名人だっけ?て考えさせられるのもしばしばあるんだよね〜…。はぁ…。

 

 「武天學園ってことはあの子もいるんですよね?」

 

 「いるぞ。元気にやってる。たまには顔を出すようにでも言っといてやろうか?」

 

 「いえいえ、お気遣いなく。元気なら母も喜ぶと思います」

 

  とクリークさんは笑顔で返し、席を立つ。今度はライスさんが座った。

 

 「つ、次はライスでもいい…かな…?」

 

 「構わない」

 

 「ら、ライスが聞きたいことはお兄様はどうやってあんなにも速く走れるようになったのか知りたいの!」

 

 「そうだな…。トレーニングをして速くなった、としか言いようがないな」

 

 「ぐ、具体的に!お、教えてほしいの!速く走るトレーニングとか、スタミナのつけ方とか!」

 

 「…」

 

  ライスさんの質問に燈馬君が額に手を当て考え込む。この様子からして、燈馬君は何らかのトレーニングをしていると見た。

 

 「…あるにはある」

 

 「「「!!」」」

 

 「な、なら!「だが」え…」

 

 「止めておけ、今のお前達では無理だ」

 

 「は?どういうこと?」ガタ

 

 「タイシンさん!落ち着いて!」

 

  燈馬君の言葉にタイシンさんが噛み付く。けど燈馬君は至って冷静だった。

 

 「何?私達なら無理とでも言いたいの?耐えられないからお前達は止めておけとでも言いたいの?」

 

 「タイシン、この話はお前達に限っての話じゃない」

 

 「どういうこと?」

 

 「ましてやルドルフやシービー…。いや、ここにいるトレセン学園生全員に対して言える言葉だ。お前達では無理だ」

 

 「だからそんなこと「耐える耐えないの次元じゃないんだよ」…は?」

 

 「耐える耐えないの話じゃないんだよタイシン。ハッキリ言う、生きるか死ぬか(・・・・・・・)の2択なんだよ。俺のやってきたことは」

 

 「生きるか死ぬか(・・・・・・・)の、2択…?」

 

 「なら今ここでお前達4人が俺達(・・)のトレーニングをするとしよう。確実にお前達4人は命を落とす。それぐらい危険だってことだ」

 

 「…そんなの、やってみないと「やるやらない以前の話なんだよ」…ッ」

 

 「負荷がデカ過ぎるし、過酷過ぎるんんだよ。お前達のやってきてきたトレーニングの何十倍もな。実際、俺も何回も死にかけている。それぐらい俺達のトレーニングは生と死との隣り合わせなんだよ」

 

  経験者は語る、と聞くが“死”が隣り合わせとなると僕も止めざるを得ない。楽観視してる人は一瞬で死に至る可能性が高いと燈馬君は言いたいのだろう。危険度MAXなトレーニング、というべきだね。

 

 「だかなライス、今のトレーニングでも十分速くなれる。焦る必要はない、自分のペースでやることが最優先事項だ。焦れば焦るほど自分の首を絞めていくぞ」

 

 「や、やっぱりお兄様は優しいね!ライス、少し焦ってたかも」

 

 「大丈夫だ。誰にでもあることだ、気にするな」

 

 「う、うん!」

 

  とライスさんは立ち上がって席を開ける。次はオグリさんが座った。

 

 「燈馬、この前のレースでのあの強さは君の本当の実力なのか?」

 

 「この前、というと大阪杯のことか?逃げで圧勝した」

 

 「違う。私が言っているのはそっちじゃなく、その前の大阪杯についてだ」

 

 「…」

 

 「あれが君の…本当の実力(・・・・・)なのか?」

 

 「…そうだ、と言ったら?」

 

 「もしそうなら、私の聞きたいことはそれほどの実力を何故隠してたんだ(・・・・・・・・)

 

 「隠す、というと?」

 

 「そんな実力を持っていながら何故隠してたんだ、ということだ。それぐらいの実力を前々から発揮していれば負けることなんてないはずだが…」

 

  とオグリさんが言うと燈馬君は背もたれにもたれ掛かる。

 

 「オグリ、お前は俺がどういったレース環境だったか覚えてるか?」

 

 「あ、あぁ、覚えている。…レースに出ては何週間をも休み、トレーニングも週に2,3回、出来ても5回だったはず…。それがどうしたんだ?」

 

 「それが“答え”だ」

 

 「“答え”…、さっきのがか?」

 

  コクリと頷く燈馬君。さっきのオグリさんの言葉に答えなんてあったかな…。

 

 「要は実力に見合った身体(・・・・・・・・・)じゃなかったんだ。実力があれどその実力に見合った身体じゃなかったらそれはただの足枷にしか過ぎない。だから力を抑えて走っていたんだ」

 

 「そうだったのか。ということはもう─────。」

 

 「力を抑える必要がなくなった、ということだ」

 

  確かに燈馬君はレースを走った後は長期的な休みが多かった気がする。それにトレーニングも余り参加出来てなかったはず…。

 

 「なら走ろう、今から」

 

 「今からは無理だ」

 

  燈馬君の否定にオグリさんがムッという表情をする。余程、燈馬君と走りたかったんだろうね。

 

 「じゃ、最後は私ね。ほら退いた退いた」

 

  とオグリさんを押し退けてタイシンさんが座る。

 

 「私が聞きたいことは一つだけ。アンタの過去(・・・・・・)が知りたい」

 

  タイシンさんが燈馬君に聞きたいことは意外にも燈馬君の過去についてだった。

 

 「何故、俺の過去が知りたいんだ?」

 

 「決まってるでしょ、このチームの中でアンタだけ一番()なのよ」

 

 「謎、ねぇ…」

 

 「生い立ちも知らない、過去も知らない。だからアンタの過去を知れば少しはアンタのことが…、その…分かる、かも…って」

 

  タイシンさんが目を反らしながら言う。タイシンさんはタイシンさんなりに燈馬君のことを知ろうとしていた。

 

 「(これは、僕も知りたいな。少しでも燈馬君のことを知れれば─────。)」

 

 「そうだな…、俺の答えは────────“ノー”だ」

 

 「ッ!!どうしてッ!?」ガタ!

 

  タイシンさんは燈馬君の答えに立ち上がる。

 

 「話しは終わりか?なら「待ちなよッ!!」…」

 

 「なんで、なんで話さないのよ!!そんなに私達が信用ならないの!?」

 

 「信用、か…。お前達のことは信頼してるし信用している」

 

 「なら!「話したくない過去だってあるだろ?」ッ!」

 

 「タイシン、お前の気持ちはよく分かる。人のことを知ろうとするのはいい事だ。けど、誰だって知られたくないことがある。無理強いさせるのはよくないと思うぞ」

 

 「それは、そうだけど…」

 

 「俺のことを知ろうとするのに咎めるつもりはない。ただ…」

 

  と燈馬君の視線が下がる。

 

 「ただ?」

 

 「……いや、忘れてくれ」

 

  と燈馬君は視線を上げる。さっきの表情といい、燈馬君は過去に何かあったことが読み取れる。何があったのかは知らないけど、燈馬君にとっては辛いことなのだろう。

 

 

  バンッ!!

 

 

 「うわ!な、なに!?」

 

  と大きな音がしたので視線を移すと部室の入口に一人のウマ娘がいた。

 

 「き、君は…“ナリタブライアン”、さん…?」

 

 「…」スタスタ

 

  とナリタブライアンさんは部室の中に入ってきて燈馬君の隣に立つ。

 

 「何だ、ブライアン。生徒会の仕事はどうした?」

 

 「そんなものはどうでもいい。それよりも────。」

 

  とナリタブライアンさんは机の上に燈馬君の目の前になるよう座る。

 

 「燈馬、私とレースをしろ。今からだ」

 

 「「「ええっ!!?」」」

 

 「…ッ!」

 

 「…拒否権は?」

 

 「あると思うか?さっさと準備をしろ」

 

  とナリタブライアンさんは燈馬君に準備させようと促す。すると、部室にもう一人のウマ娘がやって来る。

 

 「ブ〜ラ〜イ〜ア〜ンッ!!!貴様という奴は今日という今日はッ!……って燈馬!?来ていたのか!」

 

 「相変わらず女帝さんは忙しいことで」

 

  エアグルーヴさんが喧騒な表情をしながら入って来るなり、燈馬君を見て驚きの表情に変わった。燈馬君の言った通り、忙しいそうだ。

 

 「全く、五月蝿い奴が来たな。まぁいい、今はアンタのことよりもコイツとの先約があるんでな。おい、さっさと行くぞ」ガシ

 

  とナリタブライアンさんは燈馬君の首根っこを掴んでターフへと連れて行こうとする。

 

 「待て、本気でやるのか?俺は今から帰ろうと…」

 

 「拒否権は…ない

 

 「「こっわ」」

 

  ギロリとナリタブライアンさんに睨まれる。やば、心の声出てた?

 

 「待ってくれ、ブライアン」

 

  とオグリさんがナリタブライアンさんの前に立ち塞がる。

 

 「何だ、オグリキャップ」

 

 「そのレース、私も参加させてもらう」

 

  とオグリさんがナリタブライアンさんの目を見てそう言った。確かオグリさんも走りたいと言ってたしね。

 

 「後にしろ。今は私とコイツとだ」バチバチ

 

 「いや、最初に言ったのは私だ。最初に私が走る」バチバチ

 

  バチバチと火花を散らす2人。

 

 「ね、ねぇ提案なんだけど…、3人で走るのはどう…かな?」

 

 「「……」」バチバチ

 

  あれ?もしかして聞こえてない?

 

 「俺、走りたくないから2人が走ったら────。」

 

 「「わかった、3人で走る。仕方なくな」」

 

 「(ワーオ、息ピッタシ〜)」

 

  とオグリさん達はターフへと向かっていった。

 

 

 「…ハッ!待てブライアン!!生徒会の仕事をサボるなー!!!」

 

 

 

 

 

  〜トレーニングレース場〜

 

 

  ザワザワ、ザワザワ…

 

 「凄い人集り、ですね…」

 

 「トレセン学園の情報網はとんでもないね…」

 

  燈馬君が連れて行かれて数分が経った頃、トレーニングレース場ではジャージ姿のナリタブライアンさんとオグリさん、そして燈馬君がいた。すると後ろから2人のウマ娘がやって来る。

 

 「何やらレースをすると聞いてやってきたが…、吃驚仰天、まさかブライアンとオグリキャップが燈馬とレースするとは」

 

 「しかも設定レースが“日本ダービー”と同じ2400m。それにゲートを使った正に本格的なレース。模擬レースと聞いていましたがまさかここまでやる必要はあるのでしょうか」

 

 「シンボリルドルフさん…」

 

 「やあ、クレアのトレーナー君。ナリタブライアンが迷惑をかけた、すまない」

 

 「いえ、とんでもないですよ。しかし…」

 

 「あぁ。聞風喪胆、確かに私もその噂を耳にした時は驚いたさ。そこまでする必要はあるのかと…。けど、ブライアンを見たまえ」

 

 「ッ!な、なんですかアレは!!」

 

  とエアグルーヴさんが声を荒げる。僕もナリタブライアンさんの様子を見てみるとナリタブライアンさんの身体にオーラのようなものを纏っていた。

 

 「あれは、一体…」

 

 「一知半解、私にも分からない。ただ分かることは今のブライアンは私達の知る者と少し違う気がする」

 

 「…」

 

  少し心配になりながらもレースを見届けることにした。

 

 「それじゃあ、ナリタブライアンとオグリキャップ、そして燈馬による模擬レースを行うよ。各自ゲートに入って」

 

  とゲート近くにいたフジキセキさんが3人にゲートインの合図を出し、続々と入っていく。

 

 「いいな〜、私も走りたかったな〜」ブゥブゥ

 

 「マルゼンスキー、君はこの前模擬レースをしたばかりではないか」

 

 「だって燈馬と走る機会なんてそう滅多にやって来ないのよ!?それに私もブライアンちゃんと同じで大差で負けてるのに…。リベンジしたかったわよ!」

 

 「アハハハ…」

 

  ターフの方を見るとそろそろスタートするであろう、緊張感が漂っている。

 

 「それでは…、位置について、よーい…」

 

 

  パァン、ガコン!

 

 

 「スタート!!」

 

 「「ッ!!」」ダッ

 

 「…」ダッ

 

  ゲートが開き、模擬レースが始まった。まず先頭に出たのは燈馬君で次にナリタブライアンさんと後ろにオグリさんという順だ。燈馬君はぐんぐんと前へ出ていきナリタブライアンさんとの差を広げていく。ナリタブライアンさんは差が開いていようとも落ち着いてスパートを切るタイミングを見計らっていた。オグリさんもナリタブライアンさんと同様だった。

 

 「燈馬は“逃げ”か。大阪杯の時もそうだったが、何故“逃げ”の策なんかを…」

 

 「ふむ…、こればかりは燈馬に聞いてみないとわからないな」

 

  とエアグルーヴさん達の会話を横目にレースを見る。今は向こう正面へと変わり、未だ先頭の燈馬君にその背中を追うナリタブライアンさんとオグリさん。差は10バ身と言ったところだろうか──────、まだ動かない。

 

 「(勝負は第3コーナーを曲がった時…!)」

 

  ナリタブライアンさんとオグリさんが第3コーナーを曲がった。そしてそれと同時に──────!

 

 「「ハァアアアアアアッッッ!!!」」

 

 「仕掛けた…!?」

 

 「少し早い気もしないが…、相手が相手だ。残るスタミナ全部使って挑むのだろう」

 

  ナリタブライアンさんとオグリさんはスパートをかけ、単独で走る燈馬君に少しずつ迫っていく。

 

 「凄い!あれだけあった差を縮めていくよ!」

 

 「いったれェエ!オグリィイイ!!」

 

  4バ身、3バ身と差を縮めていく。対して燈馬君は冷静でいた。でも、僕はその冷静さに不気味に思い始めた。

 

 「(おかしい…。何であんなにも冷静でいられるんだ。差を埋められているのになぜ…?)」

 

  そしてナリタブライアンさん達が燈馬君と1バ身差まで縮めた、までは良かった。だが──────。

 

 「「〜〜ッ!!!」」

 

  2人は懸命に走る、がその1バ身が埋まらない。どれだけ力を振り絞っても追いつかない。中々埋まらない1バ身という距離。燈馬君は未だ冷静に走っている。焦らず、淡々と走る────。

 

 「…ッ」ダッ

 

  残り300mのところで燈馬君がスパートをかけた。2人が縮めた差はみるみる内に広がっていき、5バ身離したところで燈馬君がゴール板を過ぎる。

 

 「「ハァハァ…」」

 

 「…」

 

  2人は肩で息をする中、燈馬君だけは涼しい顔をしていた。

 

 「これで、満足か?」

 

 「ハァ…、ま、んぞくな…、わけ…ないだろ…!!」キッ!

 

  ナリタブライアンさんが燈馬君を睨む。

 

 「私は…、全力のお前と凌ぎを削りたいんだ!あの時のお前を見た瞬間、私は昂りを覚えた。ようやく、全力のお前と勝負が出来る…!そう思っていた…。結果は惨敗もいいところ、私は一歩も動くことが出来なかった。だからこそ、この模擬レースでもう一度勝負したかった。なのに!」

 

  大阪杯での燈馬君は間違いなく“全力”の燈馬君だった。レース直後に息が上がっていたし断言出来る。けど、今の燈馬君は全力じゃない。あの時程の強さは感じられなかった。

 

 「ブライアン。悪いがその想いはレースまで秘めろ」

 

 「なんだと?」

 

  燈馬君はナリタブライアンさんのところまで歩み寄る。

 

 「こんなところで全力を使っても何も得ない。そうだろ?」

 

 「だが私は!「ブライアン、お前なら分かるはずだ。渇きが満たされるのは模擬レースなんかじゃなく、本当のレースにこそあると」ッ!」

 

 「そう焦るな。俺は逃げやしない。次は本当のレースで、な?」

 

 「…チッ」

 

 「オグリ、お前もそれでいいだろ?」

 

 「…わかった。その時は全力で君と勝負する。だから燈馬も全力で来てくれ」

 

 「その時は、な…」

 

  と燈馬君は荷物を持ってターフを去って行った。見ていた人達も続々と帰っていく。

 

 「…僕も帰ろうかな。まだやるべきことがあるし」

 

  と僕もトレーナー室へと戻ることにした。

 

 

 

  〜トレーナー室〜

 

 

 「(これはここで…。ここはこうして…)」カタカタ

 

  コンコン

 

 「失礼します、立花さんはいらっしゃいますか?」ガラガラ

 

  僕はオグリさん達のレース結果、記録タイムをまとめていた時、たづなさんがやってきた。

 

 「どうされたんですか、たづなさん。資料に何か不備が?」

 

 「いえ、そういうわけではなく。実は燈馬さんから預かっていた物がありまして…。戻ったら渡すよう言われまして」

 

 「燈馬君から?何だろう…」

 

  とたづなさんから封筒を受け取る。封をハサミで切り、中を確認した。

 

 「なになに…、───────え、えぇ!?」

 

 「ど、どうなされたんですか!?」

 

  僕はたづなさんから受け取った封筒の中身に驚愕した。

 

 「こ、これは─────!」

 

 

 

 

 

 




 読んで頂きありがとうございます。

 立花さんが見たものとは何でしょうね〜。気になる気になる!




 それでは、また〜


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始めの一歩

 自分でもわかってます…、投稿頻度が余りにも低すぎると……。少しずつペースアップしないといけないな〜……。

  出だしから暗いの良くないな。よし!





  気を取り直して。それでは、どうぞ!


 

  ──────私は昔から縛られることが嫌だった。自分がやりたいように気の赴くまま、自由な生活を送ってきた。周りからは“自由奔放”なんて言われてたこともあったけど特に気にしなかった。気分が乗らないことは誰だってある。そんな時にトレーニングとかしても意味はないって思ってた。やるからには楽しくしなきゃしんどいトレーニングだって乗り越えられない。身勝手や我儘と言われようと私はこうだっていう信念を持ってた。まぁそれがあって色々と“衝突”しちゃったんだけどね。でも彼は…、彼だけは違った。彼と私は似ているのかもしれない。縛られない生き方や強い信念。ブレない意志。そして───────“出会い”。そう、これは…。

 

 

(ミスターシービー)(燈馬)の出会いの物語

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  〜トレーナー室〜

 

 

 「ミスターシービー。今まで何処で何をしていた」

 

 「え〜っと〜…」

 

 「なんとかいったらどうなんだ?」

 

  私はトレーナー室でチームトレーナーに呼び出された。その人物は私の所属するチームトレーナー。G1ウマ娘を何人も出してきたベテラントレーナーだ。

 

 「もう一度言う…、何処で、何をしていた」

 

 「屋上で昼寝してた〜…なんて…」アハハ

 

  ダンッ!!

 

  と話すとチームトレーナーは机を思いっ切り叩いた。

 

 「ッ!」ビクッ

 

 「いい加減そのヘラヘラ顔をどうにかしろ、気に入らん」

 

 「ご、ごめ「あと、何で俺に対してタメ口を利いている」…すみません、でした」

 

 「ミスターシービー、今日の朝俺が言ったことを復唱しろ」

 

 「…授業が終わったらすぐトレーナー室でミーティング、その後はアップをしてトレーニングをする、です…」

 

 「そうだな、だがお前は何をしていたって?」

 

 「昼寝…です」

 

 「ハァ…」

 

  チームトレーナーは大きく溜息をつき、椅子から立ち上がる。

 

 「もういい、帰れクズ。そんなやつが居てはチームを引っ張るだけだ。それとその机、お前が直しておけ。いいな?」バタン

 

 「…」

 

  シン、と部屋が静まり返る。私はトレーナーに言われた通り机を畳む。机の板はさっきので凹んでしまっているため使い物にはならなかった。直そうにも直せなかったので空き教室の物を持ってくることにした。

 

  当時の私は自由奔放な性格が裏目に出てしまい、契約してきたトレーナー達とは折り合いが合わず、契約しては切られ、契約しては切られを繰り返していた。今いるチームは私が“三冠バ”であるから契約したもので決して“ミスターシービー”として契約したものじゃなかった。

 

 「(契約、また切られるのかな…。もしそうなら、お母様になんて言われるかな…。はぁ…)」

 

  私の母はトレセン学園出身でその上、URAに携わる仕事の為、嫌でも情報が入ってくるそう。私の学校生活やレース結果、そしてトレーナーとの契約状況なんかも耳に入っている。なので、最近お母様から「トレーナーさんと上手くやれてる?」と電話が来るようになった。上手くやれてる、と応えてはいるけどそろそろボロが出ると思っている。

  持っていた机を空き教室に置き、新しい机を持っていこうとした時、反対側から一人の人物が歩いて来るのが見えた。

 

 「(あれって確か、風間燈馬…だっけ?)」

 

  トレセン学園で初の男子生徒と噂されてる生徒だ。ルドルフやマルゼンとも仲が良かったんだっけ、それと生徒会長の人とも。本人はと言うと私に目もくれず、私の横を通り過ぎていく。

 

 「ね、ねぇキミ!」

 

  私は思わず呼び止めた。彼は立ち止まって振り返る。

 

 「キミってさ、もしかして風間燈馬だよね。1年の」

 

 「…アンタは?」

 

 「私はミスターシービー。中等部3年だよ、よろしくね」

 

  と自己紹介する。すると彼は何も言わずに立ち去ろうとする。

 

 「ちょ、ちょっと待ってよ!!」タタ!

 

 「…」スタスタ

 

 「ねぇ、キミはどうしてトレセン学園に来たの?誰かから誘われて来たの?」

 

 「…」スタスタ

 

 「レースはしたの?まだなら私とレースしない?もちろん負けるつもりはないけどね」

 

 「…」スタスタ

 

 「え、え〜っと…おーい、聞こえてる〜?」フリフリ

 

  何を聞いても返してくれない。試しに目の前で手を振っても何も反応を見せない。

 

 「…」ピタ

 

 「うわ!」ピタ!

 

 「…何?」ハァ…

 

  と彼は立ち止まって面倒くさそうな顔をして私の方を見た。

 

 「やっとこっち見てくれた。もう、女の子を無視するのはダメだよ!」プンプン

 

 「…」スタス…

 

 「ストップスト〜〜〜ップ!!私の話を聞いてよ!!!」

 

  また何処かへ行こうとする彼を止める。当時の私は今の男の子ってこんなにも無愛想なのかなと思っていた。

 

 「騒がしいヤツだな。少しは静かに出来ないのか?」

 

 「キミが無視するからでしょ!もうッ!」プク~

 

 「……うざ

 

 「今“うざ”って言ったよね?絶対言ったよね!!?」

 

  一応私、キミの先輩にあたるんだけど。

 

 「それより、それ」

 

  と彼は私の右手を指す。

 

 「それ持ってずっと付いてこられるの、凄い嫌なんだが」

 

 「え、あ…」

 

  自分の右手を見てみるとチームの部屋に持って行くはずの机を持ったままだった。

 

 「それを持って付いてこられる身にもなれ」

 

 「アハハ〜、ごめんね?じゃあすぐ戻してくるー!!そこで待っててー!!」

 

  と私は駆け出して机を戻しに行った。

 

 

 「も〜〜〜〜うッ!!待ってて言ったのに〜〜〜〜〜!!!」

 

  帰って来ると彼の姿はなかった。

 

 

  〜数日後〜

 

 

 「フンフフ〜〜ン♪」タンタタン♪

 

  私はスキップをしながら屋上へと向かう。今日はデリバリーして頼んだピザが届いたから屋上で食べることにした(たづなさんの目を盗んでこっそりと)。

 

 「今日は“4種のチーズをふんだんに使ったモッツァレラピザ”に“炭火焼きビーフとニンジンのピザ”、“海鮮たっぷり!シーフードピザ”。そして新発売の“炭火テリヤキモッツァレラシーフードマヨマシマシハイパーミックスピザ”!これ食べたかったんだよね〜!」

 

  とルンルン気分で屋上の扉を開ける。晴天の空と気持ちいい風が私を出迎えてくれる。やっぱり屋上は私のお気に入り場所だ。

 

 「さ〜てと、まずはレジャーシートを敷いて…」バサ!

 

  と制服のポケットからレジャーシートを取り出し屋上の真ん中に敷いていく。

 

 「よし!それじゃあ早速〜『ガチャ!』ん?」

 

  と屋上の扉の開いた音がする。普段、屋上は私ぐらいしか利用者はいないはずなんだけど…。

 

 「(一体誰なんだろ…、って)あ〜〜!!!」

 

 「あ?」バタン

 

  と屋上の来訪者はまさかまさかの彼だった。

 

 「キミ!何であの時帰ったのさ!!私ちゃんと待っててって言ったじゃん!!」

 

 「…誰、お前」

 

 「キミさ、もしかして寝たら記憶無くなる人?冗談でやってても笑えないよ?自己紹介もしたよね?」

 

 「……あぁ、あの時机を持ってた意味わからんウマ娘か」

 

 「あれは事情があって持ってた訳で普段から持ってる訳じゃないからね。変な感じで覚えないでね」

 

  としっかり反論する。

 

 「…それでキミは何しにここに来たの?」

 

 「飯」スッ

 

  と右手に風呂敷を包んだ弁当箱を自分の顔の隣まで持ってくる。

 

 「へ〜…。あ、そうだ!なら、一緒に食べない?私もこれからお昼なんだ〜!!」

 

 「」クル

 

  と彼は私に背中を見せ、屋上の上を見る。そして、少し屈んで──────。

 

 「ストップ!どこに行くのかな〜」ガシ!

 

 「離せ」ググ

 

 「せっかく女の子が、しかも現役ウマ娘が食事に誘ってるんだよ?こんな機会滅多に無いんだよ?カワイイ女の子が誘ってるんだよ!?それなのに離せって断る人いる!?」ググ

 

 「喧しい。さっさと離せ、俺は一人で食べる。あと自分でカワイイとか言ってなんとも思わんのか?」ググ

 

 「思ってるよ///!!自分で言っとって今、もの凄い恥ずかしいんだから///!!!」ググ

 

  と5分くらい押し問答が繰り広げられ、最終的に彼が折れた。

 

 「…はぁ、わかった。一緒に食ってやる、だから離せ」

 

 「ホント!!?やったー!それじゃあコッチコッチ!」グイッグイッ

 

 「…おい、引っ張るな」

 

 「や〜だ!離すと絶対に逃げるの目に見えてるもん。それに前も言ったでしょ?私はキミと話がしたいって!」

 

 「…」ハァ…

 

  と私は彼をレジャーシートへと招き入れ、昼食を取ることにした。

 

 「それじゃあ、いただきます!」

 

 「…いただきます」パカ

 

  と彼が弁当箱の蓋を開けて中身が見える。

 

 「わぁ〜!すご〜〜い!!」キラキラ

 

  彼の弁当箱は色とりどりの野菜と肉、そして定番の玉子焼きなんかも入っていて栄養満点の弁当だった。

 

 「これ誰が作ったの?」

 

 「俺」

 

 「そっか〜、キミが作ったんだ。キミって結構料理上手…え?今なんて?」

 

 「あ?俺が作った」モグモグ

 

 「嘘!だってキミ、弁当なんて作ること出来ないって思ってた…」

 

 「シバくぞ」モグモグ

 

  私はデリバリーしたピザの箱を開き、その一切れを口に運ぶ。最初に食べたのはモッツァレラピザ、癖のあるチーズの味が口一杯に広がってとても美味しい…んだけど。

 

 「……」チラ

 

 「ん…」モグモグ

 

  気になる。やはり弁当と言ってもどんな味なのか気になってしょうがなかった。特に玉子焼き。

 

 「ねぇ」

 

 「ん?」モグモグ

 

 「一口頂戴?」

 

 「ゴク…。は?」

 

 「私のピザあげるからさ、ね?お・ね・が・い♡」

 

  と可愛くねだる。彼は若干引き気味ではあった。引かないでよ、私だって恥ずかしいんだから!

 

 「…無理。自分のを食え」

 

 「…ケチ!」

 

 

 

 

 

  〜また数日後〜

 

 

 「今日は〜、バーガー♪炭火焼きテリヤキバーガー♪」フンフン

 

  と今日もまた屋上へと向かう。今回はバーガー、それもテリヤキ。一番美味しいんだよね〜♪

 

 「さ〜て、今日は…お?」ガチャ

 

  と扉を開けると昨日もいた彼が壁にもたれながら弁当を食べていた。

 

 「ヤッホー、今日もここでお昼?」

 

 「…まぁな」モグモグ

 

 「今日はね、見て見て!期間限定の“炭火焼きテリヤキ10段バーガー”!!これ手に入れるのに苦労したんだ〜!」

 

 「…そうか」モグモグ

 

  と興味無さそうに弁当を食べ進める。

 

 「今日も凝ってるね〜、今日も手作り?」

 

 「まぁな」モグモグ

 

 「いいな〜、私は料理とかあんまりしたことないし、それにお弁当なんて食べたことないんだよね」

 

 「…」モグモグ

 

 「(ちょっと冷た過ぎない?)」

 

  何日か彼と一緒に昼食を取っているけど、彼は凄く冷たかった。ルドルフは「そうなのか?私はそうは思わないが」って言ってたのに、全然違うじゃん。

 

 「(もうこれ以上話しかけても意味なさそうかな。軽くあしらわれたりするだけだし、もっと色んなこと聞きたかったな~…)」

 

  と私はレジャーシートを敷いてハンバーガーを黙々と食べ始める。

 

 

 

 

 「おい!ミスターシービーはここか!!」バン!

 

 「あ、先輩…」

 

  昼食を食べ、レジャーシートの上で寝転がっていたら私が所属しているチームの先輩がやって来る。

 

 「お前、今何時だと思ってる!ミーティングはもう始まってるんだぞ!」

 

 「え…」

 

  時間を見てみると12時40分。でもミーティングって昼休みじゃなかったような…。

 

 「でも先輩、今日のミーティングは練習前だって「バカ野郎!トレーナーから連絡があっただろう!“今日の午後から出張でトレーニング前ミーティングが行えなくなった。なので今日の昼、12時30分にトレーナー室に集合”と言われただろう!」

 

 「いや、そんな話聞いてな「因みにお前と同じクラスの奴はお前にそのことを伝えようとしたら突き飛ばされて追い返されたと言っていたぞ」ちょ、ちょっと待ってくださいよ!?そんなことしてないですよ!」

 

 「お前の御託はトレーナー室で聞いてやる。いいから来い!」グイッ

 

 「痛ッ!ちょっと髪を引っ張らないでください!痛いですって!」

 

  髪を無理矢理引っ張られながらトレーナー室へ連れて行かれる。

 

 「た、助け…!」

 

 「…」

 

  入口近くで腰を下ろしていた彼に助けを求めようとするも、彼は耳にイヤホンを付けていた。

 

 

 

 

  〜トレーナー室〜

 

 

 「トレーナーさん、連れて来ました」

 

 「御苦労」

 

 「いっ!たたた…」

 

  トレーナー室に投げ込まれた私は引っ張られていた髪が傷んでいないか確認する。

 

 「今からシメられるってのに随分と余裕な態度してるじゃないか、あ?ミスターシービー」パキパキ

 

 「あ…と、トレーナー…」

 

  座っていたトレーナーが指を鳴らしながら近づいてくる。

 

 「待って…、待ってよ!そもそも私ミーティングの変更なんて聞いてないし、それに「うるさいな〜、それってアンタがこの子を突き飛ばして話を聞こうとしなかったからでしょ?」そんなことしてないっ!!」

 

 「わた、しは…ただ、シービーさんに…」シクシク

 

  と先輩に泣きつく私の同級生がいた。その言葉にチームメイト全員が私を睨む。

 

 「俺の大事な担当を泣かすたァ良い度胸してんじゃねぇか、ミスターシービー」

 

  じわりじわりと近づいてくるトレーナー。

 

 「(なんで…、なんで私がこんな目に遭わなきゃいけないの?私、何もしてないのに…。なんで)」

 

  トレーナーが右手を握り締め、大きく振りかぶり私の顔へと向かってくる。もうダメだと思い目を瞑る。その時だった。

 

 

  ガラガラッ!

 

 

 「ミスターシービーって奴はここにいるのか?」

 

 「ぇ…」

 

  教室の出入り口のところで男の子()が立っていた。

 

 「なんだお前。引っ込んでろ、邪魔だ」

 

 「急用があって来た、それだけだ。それで?ミスターシービーはどこだ?」

 

 「聞こえなかったのか?邪魔だ、引っ込んでろと言ってるんだ。出ていけ」

 

 「お前こそ聞こえなかったのか?“急用だ”って言ってるんだ。耳ついてないのか?」

 

  彼とトレーナーが睨み合う。

 

 「ちょっとアンタ、さっきから何よその態度。この人のこと知らないの?学園屈指のベテラントレーナーよ。顔も広いし、この人を敵に回すとアンタ、ここには居られないかもよ?」

 

  という先輩。このトレーナーの腕は学園トップクラス、それに他のトレーナーからも信頼があり、発言力もある。過去にこのトレーナーに逆らったトレーナーもいたが、1週間もしない内にトレセン学園から去っていった。そして、このトレーナーに逆らったら何をされるかわからないとトレーナーは勿論、私達ウマ娘の間でも噂になっていた。けど、彼の態度は変わることはなかった。

 

 「そうか、なら勝手にすればいい。お前達が何をしてこようとも俺は俺のやることをするだけだからな。それと、…コイツは借りてくぞ」グイッ

 

 「おい、ま────」バタン!

 

  と彼は私の手を引き、部屋を出る。

 

 

 

 

 「ね、ねぇキミ!私に用って『バサ!』え?」

 

 「忘れ物だ」

 

  と彼が私の目の前に差し出してきたのは私のレジャーシートだった。

 

 「これだけの為に…。なんで「それと」?」

 

 「あのチームは抜けろ。お前には合ってない」

 

 「え…、それってどういう…」

 

  と彼が見せてきたのは一本の動画だった。

 

 「これって、“菊花賞”…?」

 

 「そうだ。それとコイツ、知ってるか?」

 

  と動画のある部分を拡大する。

 

 「この娘って、先輩に泣きついてた娘!?」

 

 「それとコイツもだ」

 

  と別の娘を見せられる。次、また次と他のウマ娘を見せられる。そのウマ娘達はどれも私のチームにいた娘達ばかりだ。

 

 「ね、ねぇこの娘達を見せてどうしたの?私と何の関係が「コイツらはお前に恨みを持っている連中達だ」え?」

 

 「そして、あのトレーナーは特にお前に恨みを持っている」

 

 「そんな…、私、恨みを持たれるようなことなんてしてないのに…」

 

 「恨みなんてものは少しのことで持たれやすい」

 

 「どういうこと?」

 

 「まずはあの担当達についてだ。アイツの担当達はお前との走るレースで全敗している、お前のデビュー当時からな。それからクラシック、特に一番有望株だったお前の同級生の奴は三冠を獲れる程の逸材とも言われていて期待値も高かった…が、お前が三冠を獲ったことで一気に下落した。それはあのトレーナーも同じだ。お前に負けたことで地位が落ちていき、自分の立場が危ういと感じたんだろうな」

 

 「で、でも、それと私に恨みの何の関係が…」

 

 「さっきも言っただろう、“少しのこと”で恨みを持たれやすいって。用は三冠を獲ったお前を恨んでるんだよ。本来は『俺達が獲る物を横取りした』とかそんなところだろう。力を持つ者が恨まれるのはこの世界じゃあ当たり前のことだ」

 

  なら私が三冠を獲らなかったら、こんなことには…。

 

 「ただ、勘違いするなよ?」

 

 「え?」

 

 「お前が三冠を獲ったことで恨む奴はたくさんいる。だがそれと同時にお前を祝福する奴もいる、それを忘れるな」

 

 「祝福…」

 

  私が初めてレースに勝った時、G1を獲った時、三冠を獲った時たくさんのファンや仲間が祝福の声をくれた。私はとても嬉しかったのを今でも覚えている。

 

 「決めるのはお前だ。今のまま恨みを晴らすための道具に成り果てるもよし、あそこを抜け出し新しいところで自分を研いていくもよし。全てはお前が決めることだ。自由に走りたい(・・・・・・・)のならな」

 

 「!」

 

  私は…、私は───────!

 

 「抜ける…。私、抜けるよあのチーム」

 

 「そうか、なら他のところにで「そして、キミに着いていく」は?」

 

 「聞こえなかった?私はあのチームを辞めてキミに着いていくって言ったの。キミといると面白そうだから」

 

 「…俺は面白くもなんともないぞ?」

 

 「それは私が決めることだから。私はキミなら私を自由に走らせてくれそうだからね。だから着いていくことにしたの!」

 

 「…なら勝手にしろ」ハァ

 

  と彼が歩き出したので私も着いていく。

 

 「ねぇ、キミはトレーナーいるの?いるならトレーナーはどんな感じの人なの?チームとかは?」

 

 「騒がしいヤツだなお前は…。トレーナーはいる、まだ2年目って言ってたな。チームは今作ってる」

 

 「そうなんだ〜、今作ってるんだ〜。─────え?」

 

  え?え?ちょっと待って…?

 

 「なんだ?」

 

 「聞き間違いだったかな…、今“作ってる”って言った?チームを」

 

 「言ったが、何か問題でもあるのか?」

 

 「い、いや、そのトレーナーって2年目って言ったよね…、だったらチームトレーナーにはなれないはずなんだけど…」

 

  トレーナーがチームを作るにはある程度の実績を出さないといけない。そうでないと理事長からの許可が降りないのだ。

 

 「そのトレーナー、なんていう人?」

 

 「──────。」

 

 「…ごめん、知らないなー」

 

  名前を聞いてみたけど聞いたことない人だった。名簿には載ってるだろうけど実績はそんなになかったような…。

 

 「でもやっぱりチームなんて「誰がトレーナーのチーム作ってるなんて言った」え?」

 

 「俺が言ったのは俺の(・・)チームを作るって言ったんだ」

 

 「キミの、チームぅう!?せ、生徒がチーム作るってこと!?」

 

 「なんだ、何か都合が悪いのか?」

 

 「い、いや…生徒がチーム作るなんて聞いたことないからさ…」

 

  トレーナーがチームを作る…じゃなく、彼が彼のチームを作るということらしい…。……ん?ちょっと待てよ?

 

 「ねぇ、一つ聞きたいんだけどさ、チームメンバーって誰?」

 

 「俺と、お前」

 

 「2人だけ!?ていうか私達だけなの!?もっといないの?5,6人くらいとか!」

 

 「いない。いたら苦労しねぇよ」

 

 「だよね!?」

 

  もしかして呼び込みからスタートするの?まぁでもチーム人数の最低条件は3人以上だから実質あと一人か…。あれ?でも、彼ってチームメンバーの一人に入るの?入らないんだったら実質私だけ??ならあと2人???え??えぇええええ????ヤバいどうしよ、頭痛くなってきた………。

 

 「深く考えるな、成るように成る」

 

 「キミはもうちょっと深刻に考えてね!?チーム作るって言ったって私初めてなんだよ!?」

 

 「安心しろ、俺も初めてだ」

 

 「知ってるよ!!ていうか安心すら出来ないよ!!!」

 

  大丈夫がなぁ〜…、不安でしかないよ…。

 

 「ここにいても時間が過ぎるだけだ、行くぞ」

 

  と彼が歩き出し、私も後ろを着けていく。

 

 「どうするの?片っ端から声かける?」

 

 「それは無理だ、軽くあしらわれてそれで終わり。誰も相手にしない」

 

 「ならどうするのさ!アテのある娘とかでもいるの?」

 

 「─────いる」

 

 「ほらやっぱりいないじゃ……って待って?いるの!?アテのある娘!」

 

 「だから今、向かってるんだろうが。少しは考えろ」

 

  普通気づかないよ、アテがある娘なんて。

 

 「じゃあ誰なの、そのアテの娘」

 

 「“カネケヤキ”」

 

 「カネケヤキって…、カネケヤキ先輩!?無理無理無理!!だってあの人────。」

 

 「騒がしい奴だな…。行くぞ」

 

 「ちょ、ちょっと!待ってよ〜〜!!」タタタ

 

  と新しいメンバーを増やしにカネケヤキ先輩のところへ向かった。

 

  カネケヤキ先輩のチーム加入は彼の説得により入ることとった。不安ばかりなことだったけど、それからチームの実績も上がっていき、そこからメンバーは増えていってようやくチームとして登録されることになった。時間はかかったし、それまでに色んなことがあって大変だったけど、ようやくスタートラインに立てたような気がした。

 

 

 「ねぇ“燈馬”」

 

 「なんだ、“シービー”」

 

  あれから私は彼のことを燈馬と呼ぶようになった。そして彼も私のことをシービーって呼んでくれるようになった。最初はずっとミスターシービーってフルネームで言わてたんだけど、今はお互い名前で呼んでる。

 

 「私ね、燈馬に着いてって良かったって思ってる」

 

 「急にどうした、気持ち悪いぞ」

 

 「酷いよ燈馬。そこはどう致しましてって言うべきじゃないの?」

 

 「よくわからん奴だな、お前は」

 

  と燈馬は少し呆れた表情をしながらストレッチを続ける。私は燈馬に着いて行って大きく変わった。まずは戦績、ざっくり言うとルドルフとのレースで勝てるようになった。今までは背中にすら追いつけなかったのが、燈馬とのトレーニングを重ねて行くに連れ、次第に追いついて行き、勝てるようになってきていた。次に周りの連中達。私の契約を切ったトレーナー達がもう一度再契約しよう、引き抜きをしようとしてくるようになった。勿論、全部お断りなんだけれどね。だって燈馬といたほうがとっても楽しいから。そういえば、私を虐めていたチームは世間から冷たい視線が送られるようになって今は解散したんだとか。まぁ自業自得だよね、私には関係ないけど。

 

 「ねぇ燈馬」

 

 「今度はなんだ?」

 

 「学園で一番強いチームになろうね!」

 

 「……そうだな」

 

  と私達は学園最強のチームになれるよう奮闘した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  だけど、私達は学園で最も最悪のチームと呼ばれるようになった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  悪質なクレーム、度重なる嫌がらせ、部室荒らし…、そして燈馬の不祥事。根もない噂を流され世間からは最悪のチームと呼ばれるようになった。いや、正確には“燈馬がいるから私達のチームは最悪のチームなんだ”と燈馬への批難が殺到した。

 

  私は何も出来なかった。燈馬に手を差し伸べてあげることも出来なかった。あの時、燈馬は私に手を差し伸べてくれたのに私はそれが出来なかった。

 

  燈馬は変わってしまった。あの日から…、あのホープフルステークスで変わってしまった。トレーニングもレースでの価値感も勝利に対する気持ちも…、全部………。私にとってあの時の燈馬は思い出したくもないくらいの出来事だった。

 

 

 

 

  カネケヤキ先輩が卒業と同時に燈馬はこの学園を出た。理由は後になってお母様から聞いた。“停学”だった。燈馬は度重なる厳重注意を無視し続けた結果、1年間の停学とレース出走禁止令が出されていた。だけど燈馬は私達に強くなって帰ってくると言っていたはずなのになんで停学のことを言わなかったのか分からなかった。燈馬がいなくなった後、私はチームのリーダー代理としてチームのみんなを引っ張っていった。オグリや私が基本レースに出ていたから割合としてはトレーニングが多かった。トレーナーも燈馬がいなくなってからか頻繁に顔を出してはメニューを考えたりと前とは大違いだった。

 

  あの時の私は一番必死だったと思う。レースや勉強もそうだけど、何より…。

 

 

 

 

あの頃の燈馬を忘れることになりより必死だった

 

 

  そして今、その忘れていた記憶が甦ってきた。私は燈馬にどんな顔をして会えばいいのか分からなかった。




 読んで頂きありがとうございます。投稿速度が遅すぎる事に関しては本当にすみません。不定期更新ですが、これからもよろしくお願いします。



  次回もお楽しみに!


  それでは、また〜


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縛られない者達の勝手

 お待たせしました。それでは、どうぞ


  〜自宅・シービーside〜

 

 「私、燈馬にどういう顔すればいいのかな…。どう接すればいいのかな…。わかんないよ……」ギュッ

 

  ベッドの上で体育座りをしながら毛布に包まっている。昔の日の夢を見ていた。

 

 「あの頃は楽しかったな…。ハプニングの連続で破茶滅茶な日々、燈馬に苛め抜かれたトレーニング、ちょっとしたサバイバル…。もうあの頃に戻れないのかな…」

 

  そんなことを思っていた時だった。

 

 「お待ち下さい!まずは何ゆえここに…!

 

 「今は誰も会いたくないと言われているのです!なのでここを通すわけには…、あ、あの〜〜〜〜!!

 

 「(何だろう、外が騒がしいような…)」

 

 「おい、そこにいるのか。シービー」

 

  この声って────────。

 

 「燈馬…?」

 

 

 

 

 

  〜燈馬side〜

 

 

 「ど、どうしてここに…!」

 

  最近、シービーが来てないって言ってたから家に来たら案の定ってところか。

 

 「どうしてって言われても最近お前が学校来てねぇから説得してくれませんか?ってたづなさんに言われたんだよ。そこに居るんだろ?さっさと出てこい。それとも俺がこの扉蹴破って引きずり出してやろうか?」

 

 「お、おおお待ち下さい!お嬢様は今、精神的に不安定でして…「そりゃそうだろ」え?」

 

 「こんな部屋ん中閉じ籠もってりゃあ不安定にもなるだろ。外にほっぽりだして外の空気吸わせりゃあ溜まったものも吐き出るだろうよ」

 

 「し、しかし…」

 

 「…もういい、出てこねぇんなら蹴破ってでも引きずり出すぞ、いい「来ないでっ!!」あ?」

 

 「来ないで…!私は燈馬に会う資格なんてない…」

 

 「…何いってんだ?コイツ」

 

 「「「……」」」フルフル

 

  俺は執事達を見ると全員が首を横に振った。何が会う資格なんてないだ。

 

 「いいからさっさと出てこい。顔見せるだけでいいから」

 

 「ダメ…。お願い…帰って……」

 

 「……」ハァ ガシガシ

 

  と俺は頭を掻いた。何があってこうなったんだよ、ったく。

 

 「…しょうがねぇな、よっこいしょ」ドカ

 

  と俺はシービーの部屋の扉を背中に預けて座り込む。

 

 「なんかあったのか?話があるんなら聞いてやるぞ?」

 

 「……」

 

  話しかけても返答が来ない。本当にどうしたんだ。

 

 「お前、さっき俺に会う資格ないなんて言ってたがお前、俺に何かしてたか?俺は何も知らないんだが」

 

 「……れなかった…」

 

 「なんだって?」

 

 「燈馬を、助けられなかった……。ホープフルステークスで私は燈馬を助けられなかった」

 

 「あー、そのことか。もう2年前の話だぞ、まだ引きずっていたのか」

 

 「まだって…、アレのせいで燈馬は変わっちゃったんだよ!軽く捉えないで!」

 

 「軽くたってな、オイ…」

 

  俺が言うのもなんだがもう既に過去の話でもあるし、そう深刻に考えられるとなんて声をかければいいかわからん。

 

 「とりあえず出てこいよ。外に出りゃあ気持ちも吹っ飛ぶと思うぞ」

 

  と声をかけるも反応がない。

 

 「……」ハァ

 

  このままズルズル引きずっていても停滞するだけか…。ちょっとばかし、荒く行くか。

 

 「もう一度言うぞシービー。俺はあの時のことは一切気にしてなんかない。お前が背負う必要もないし、お前が気にすることなんてない。だからさ、出てこいよシービー」

 

  今の言葉がシービーに対して正解かは分からない。けど、これだけは分かる。“シービーは悪くない”。いや、シービー以外の連中達もだ。あの時は俺の精神面が弱かったせいだ。あれぐらいのことで心が揺らぐなんて情けない話だ。あれ以上にキツイことがあったのにも関わらず─────。

 

 「違うの…、私のせいなの。私が燈馬の人生(・・)を無茶苦茶にした…」

 

 「人生、ねぇ…」

 

  俺はその言葉を聞いてある事を決意した。そして、俺は…。

 

 

 

 

 

 

 

シービー(バカ野郎)の部屋の扉を蹴破った

 

 

 

 

 

 

 

  〜トウショウボーイside〜

 

 

 「……ふぅ」カタ

 

  仕事が一段落つきペンを置く。まだまだやる事はたくさんあるがノルマは達成している為、少しの小休憩することにした。

 

 「今日は天気が余り良くないね…」シャ

 

  とカーテンを開ける。空は曇り空で今でも雨が降りそうな感じだった。

 

 「さて、今日は良いお茶が入っているし、あの子も誘えばきっと…「大奥様!!」?」

 

  と部屋に秘書の女性が慌てて入ってくる。

 

 「どうしたのです?そんなに慌てて」

 

 「お嬢様が…、シービーお嬢様が…!!」

 

  私は秘書からの話を聞いた瞬間、急いで部屋を飛び出した。向かう途中、ゴロゴロという音に続きザァアアアア…という雨の音が聞こえた。

 

 

 

  〜⏰〜

 

 

 「離して!ねぇ燈馬、離して!!」

 

 「シービー!!!」タタタ

 

  雨の中、娘の声が聞こえ向かうとそこには両手を片手で縛られ、ズルズルと引きずられている娘とその娘を引きずっている燈馬さんの姿があった。

 

 「燈馬!お願い、離してよ!!!」

 

 「燈馬さん!何があったのですか!?娘が何かしたのですか!?」

 

 「……」ズルズル

 

  燈馬さんに話しかけても彼は何も返してくれなかった。雨が激しく降る中、行き着いた先は家の小さなプールだった。

 

 「燈馬さん、今日は本当にどうしたのですか?何をするおつもりで…」

 

 「……こうする」

 

  と燈馬さんは娘をそのままプールへと投げた。

 

 

  バッシャアアアアン!!!

 

 

 「シービーッッッッ!!!!」ダッ!

 

  と娘を助けに行こうとすると燈馬さんが制止し、彼がプールの方へと近づき、プールの中にいた娘を襟を持って引き上げた。

 

 「よぉ、頭冷えたか?バカ野郎」ザバァ…

 

 「なんっ…、ゲホゲホ…」

 

  娘を宙ぶらりのまま彼が話し始める。

 

 「お前、さっきなんて言った?『人生無茶苦茶にした』って?ふざけた事言ってんじゃねぇよ。俺がお前のせいで人生無茶苦茶になる程、俺の人生は軟じゃない」

 

 「燈馬さん…?」

 

 「この際だ、ハッキリ言ってやる。いつ“助けて”って言った。俺がいつお前達に助けてと言った。答えろ」

 

 「そ、れは…」

 

 「俺が助けてくれって言って動くのなら分かる。けど俺がお前達に助けを求めたことはなかったよな?なのに、お前が勝手にしておいて助けられずに俺の人生を無茶苦茶にした?ふざけんじゃねぇぞ!」ブルブル

 

  と彼の手が震えている。寒さなのか、自分の感情が表れているのか、或いは──────。

 

 「そもそもだ。お前がそうなるまで疲労させたのも、そういう風に気を使わせたりさせた俺が悪いんだよ」

 

 「ち、ちが…、燈馬のせいじゃ「全部俺のせいなんだ!!」…」

 

 「お前達には今までたくさんの迷惑をかけた。これからもかけ続けるかもしれない…。だから、昔のことは忘れろ。悪いのは全部俺なんだ。お前達は何も悪くない…。俺がお前達を巻き込んだんだ」

 

 「…でも、燈馬は苦しんでた…。助けを求めてた…!」ポロポロ

 

  と彼は娘を降ろし、娘は座り込む。彼は娘と同じ目線に合わせ娘を抱き寄せた。

 

 「あんなことで苦しむわけないだろう。それにあの時も言ってただろ、あんなのは言わせておけばいいんだ。助けてほしいときは助けてくれって言うしお前が抱え込む必要はないんだ。それにお前をそうやって抱え込ませるようにさせた俺が悪いんだ。だからお前のせいじゃない」

 

  と彼は娘を傘を持つ執事へと連れて行き、私の元へ戻ってきて膝をついた。

 

 「この度は娘さんを追い込むようなことをしてしまい申し訳ございませんでした。全ては自分の責任です。自分がちゃんと問題を解決していたらこんなことにならなかったと思います。全て自分のせいであり、全て自分の責任です。本当に申し訳ございませんでした」スッ

 

  と燈馬さんは膝をついたまま手を置き、頭を下げた。

 

 「と、燈馬…」

 

 「……」

 

  雨に打たれながら頭を下げ続ける彼。私は口を開いてメイド達を指示を出す。

 

 「メイド達、娘を家の中に入れて至急お風呂の準備を。シービー、今すぐお風呂に入りなさい。風邪を引いてはいけませんからね」

 

  と娘を家の中に入れ、私の傘を差していた秘書から傘を受け取り秘書も家の中に入れた。そして今、外にいるのは私と彼の2人だけ。彼は姿勢を崩していなかった。

 

 「燈馬さん、顔を上げてくださりませんか?少しお話ししましょう」

 

  と彼の頭を上げさせる。彼は頭を上げ私と目を合わせた。

 

 「娘が悩んでいたことは私も知っていました。どうにかして娘の悩みを解決してあげたい、そう考えて日々娘に話しかけていました。そして今日、娘が部屋から出てきたと聞いてホッとした瞬間、まさか娘がずぶ濡れにされるなんて思いもしませんでした。燈馬さん、もっと他にやり方があったはずです。なぜ、このようなやり方をしたのか理由を教えていただけませんか?」

 

  と聞いた。そして燈馬さんが口を開いた。

 

 「自分にはこの方法しかないと思ってこのようなやり方をさせていただきました。間違いであるということは理解しています。ですが、俺はシービーに対してやったことに後悔はしてません」

 

 「!!!」

 

  彼の発言に思わず手に力が入る。

 

 「嘘、ですよね。貴方ならもっと他の手段があったはずです!なのに何故!」

 

 「さっきも言ったように、俺にはああいった方法しか出来ません。他の手段も思いつきませんでした」

 

 「…」

 

 「付き合い方を変えるというのならそれでも構いません。俺はそれぐらいのことをアイツにしたのですから」

 

  普段はこんなことを言わないし人を、特に女性やウマ娘に対して手荒いことはしないはず…。それなのにどうして。

 

 「…いえ、付き合い方を変えるつもりはありません。これからも娘のことをよろしくお願いします。ただ、一つお聞かせしたいことがあります。よろしいでしょうか」

 

 「…なんでしょうか」

 

 「“これからも”迷惑をかけ続ける、と仰っていましたがあれはどういう意味でしょうか」

 

 「俺は世間体から色々な人に嫌われている人間です。そういったことを考えると前みたくチームに迷惑をかけることになります。今のトゥインクルシリーズファンは何をするか分かったものではありませんから」

 

 「そういった意味で捉えてよろしいのですね」

 

 「────はい(・・)

 

 「わかりました。ではこの話はおしまいにしましょう」

 

  と話を切り上げる。正直な所、まだ納得のいっていない部分もある。追求したいところですが、彼は必ずはぐらかす。理由は定かではありませんが絶対に何かあるはずです。それが分かればいいのですが、彼はそういった隙は見せないでしょう。となれば分かる時に話をしてもらう、これしかありません。

 

 「貴方も雨に打たれて身体が冷えているでしょう。どうぞ屋敷に入って身体を温めて下さい。服は屋敷の中にある乾燥機で乾かしますので」

 

 「ありがたいことではありますが、お気持ちだけ受け取っておきます。俺は今から行かなければならないところがありますのでここで失礼させていただきます。本日は本当にすみませんでした」スッ

 

  と彼はずぶ濡れのまま立ち上がり、頭を下げて帰っていった。

 

 「私もシービーのところへ行かなければ行きませんね」

 

  と彼の背中を見送ったあと、急いで屋敷に入り娘のところへと向かった。

 

 

 

   〜⏰〜

 

 

 

 「シービー?」ガチャ

 

 「あ、お母様…」ブオ~

 

  と部屋に入ると娘はメイドに髪を乾かしてもらっていた最中だった。

 

 「身体の方はどう?体調とかは?」

 

 「お風呂に入ったから身体は寒くないよ。体調も今は大丈夫」

 

 「なら良かったわ」

 

  とりあえず娘に何もなかったことに一安心。見たところ痣もなさそうなので良かった。

 

 「燈馬は?」

 

 「彼ならさっき帰ったわ。行くところがあるって言って」

 

 「そっか…」

 

  と少し悲しげな表情をする。

 

 「シービー、教えてくれませんか?さっきまで燈馬さんと何があったのか」

 

  私は娘からさっきまでの話を聞いた。彼の人生を無茶苦茶にしたと言ったら急に彼が入ってきて腕を捕まれ引っ張り出されたと。そこから今に至るそう。

 

 「…ねぇ、お母様ならどうしてた?私と同じ状況ならどうしてた?」

 

  と一通り話し終えた娘から私ならどうするのかと聞いてきた。私は娘の近くに行き、櫛を取って髪をとかす。

 

 「そうね…、私も貴方と同じことをしていたかもしれないわ。チームメイトがそんな風になっているのをただただ見ていることは同罪に値する。けどねシービー、燈馬さんを助けられなかったからって燈馬さんの人生が無茶苦茶になんてならないわ。助けられなかったのなら、次そういったことになったときに次こそ助けてあげられるようにするべきだと私は思うわ」

 

  もう二度と、大事な人を失わないように─────。

 

 「これはあくまで私の考えだから、貴方は貴方の思うようなやり方をすればいいと思うわ」コト

 

  と櫛を机に置き、娘の肩に手を添える。

 

 「過ぎたことは仕方ありません、ですがそれを引きずっていてはいけません。次また失敗しない為にどうするべきかを考える必要があります」

 

 「でも、それでも助けられなかったら…?」

 

 「みんなの手を借りるのです。知恵を振り絞り、力を合わせて助けるのです。…と言っても貴方はこのやり方は似合ってはないけどね」

 

 「ど、どういうこと!?」

 

  クスリと笑う私に娘は驚く。

 

 「誰が貴方を育てたと思ってるの?貴方の好き嫌い、性格なんてぜ〜んぶ知ってるし、それに貴方は私の娘なのよ?私の血を受け継いでて、“縛られることを嫌う”のだから。貴方は貴方の思うようにやればいいと思うわ。ね?」

 

  私と娘は少し似ている。自由な部分や縛りを嫌う部分などなど。だからこそ、娘にはノビノビとしていてほしい。自由な生き方をしてほしい。そう願っている。

 

 「…ねえ、お母様。私決めたよ」

 

 「そう、なら頑張りなさい」トン

 

  考え込んでいた娘が顔を上げて晴れ晴れとした表情を見せる。その顔を見て私は娘の肩を優しく叩く。これでまた一つ、娘が成長したことを祈って─────。

 

 

 「(さて、問題はあの子ですか…)」

 

  彼が言っていた“これからも”という言葉、前みたくチームのみんなに迷惑をかけると言ってはいたが果たして本当にそうだろうか。何かある、これは間違いない。だが、何が起こるかまでは分からない。

 

 「(燈馬さん、貴方は一体何が起こるのかしっているのですか?)」

 

  私の心にはそのことしかなかった。

 

 

 

 

 

 

  〜数日後、トレセン学園にて。トレーナーside〜

 

 

 「おっはよー!!!」ガラガラ

 

 「ん?あれ!?シービーさん!やっと来てくれたんだ!」

 

 「シービーさん!」

 

 「「シービー先輩!」」

 

  部室の扉が勢い良く開けられ誰だろうと思っていたらなんと数日間トレセン学園に出てきてなかったシービーさんだ。

 

 「やあやあ、みんなごめんね。何日も顔を出さずに」

 

 「いやいやそんなことないよ!体調の方は大丈夫なの?」

 

 「あー、うん。大丈夫大丈夫!」

 

 「良かった〜…」

 

  シービーさんが元気そうで良かった。これからのトレーニングに支障がないようにしないとね。

 

  ガラガラ

 

 「…ん?どうしたそんなに騒いで」

 

  とシービーさんの次に入ってきたのは燈馬君だった。

 

 「どうしたも何もシービーさんが帰ってきたんだよ!喜ばしいことだよ!」

 

 「……」

 

  燈馬君は一度シービーさんを見て僕を見た。

 

 「トレーナー、先にトレーニングに行っててくれないか?こいつと少し2人で話がしたい」

 

 「え、い、いいけど…。どうしたの?」

 

 「少しな」

 

  と燈馬君はシービーさんを見つめたままだった。

 

 「…わかった、それじゃあ後で来てね。みんな行こうか」

 

  と僕はチームのみんなを連れてレース場へと足を運んだ。

 

 

 

  〜燈馬side〜

 

 

 「…行ったな。それで、言いたいことがあるって言ってたが…、何だ?」

 

  昨日、家に帰ったときにシービーから連絡があった。2人きりで話がしたいと。

 

 「燈馬ってさ、私や他の人達が困ってたら手を差し伸べてくれるよね?」

 

 「さぁな、そんなことしてたか?」

 

 「してるくせに。まぁいっか」

 

  とシービーは俺のもとへ近づいてくる。

 

 「なんだ?」

 

 「だからさ、私決めたの。燈馬が勝手に助けてくれるから私も勝手に燈馬を助けることにしたの」

 

 「は?何いってんだ?」

 

 「燈馬はなにふり構わず勝手に助けてくれる。なら勝手に燈馬を助けても問題ないよね?」

 

  ホントに何言ってたんだコイツ。勝手に助けるだの何だの、全く…。

 

 「何言ってるのかわからんが、まぁ戻ってきたんならちゃんとトレーニングしろよ?何日もトレーニングしてねぇんだからな」

 

 「私も何言ってるかわかんないけどね〜!」

 

  コイツ、ホントに何が言いたいんだ…。

 

 「それじゃあ行くぞ、トレーニング」

 

 「は〜い!」ダキ!

 

  とシービーは元気よく俺に抱きつく。

 

 「抱きつくな」

 

 「や〜だ♡」ギュ~

 

  とトレーニング場まで離れなかった。

 

 

 

 

 

 

 「そういえば、次はどのレースに出るの?天皇賞春?」

 

 「いや、俺が出るのは──────。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

フェブラリーステークス




読んで頂きありがとうございます。

 投稿頻度が遅いのは申し訳ございません。不定期ではありますが暖かく見守ってくれると嬉しいです。

 それでは、また〜


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進撃

 今日は短めです。


 それでは、どうぞ


  〜トレセン学園・シンボリルドルフside〜

 

 

 「ハァハァハァハァ…、ハァアアアア!!!!」ダダダ!

 

 「ブライアンの奴、やけにトレーニングに励んでいるな」

 

  私達、チームリギルはトレセン学園にてトレーニングを行っていた。近々、タイキシャトルやヒシアマゾンがG1レースが控えている為私達はそれに付き合っていた。私やエアグルーヴも自分達のトレーニングを終えてタイキシャトル達の手伝いをしていた時にブライアンが珍しく真面目にトレーニングをしていたのがふと目に入った。

 

 「そうだねエアグルーヴ。あんなにも真面目にやっているのは久し振りに見たかもしれないな」

 

  しかし、あそこまで真面目にしてる理由はなんだろうか。いつもブライアンについて回っている“マヤノトップガン”になにか焚き付けられたのか?それとも姉のビワハヤヒデか?はたまたオグリキャップか…。

 

 「(む、ブライアンが丁度休憩のようだな。少し話を聞いてみるか)」

 

 「会長、どうされたのですか?」

 

 「いや、少しブライアンと話をしようかなと。そこまでトレーニングに打ち込む理由を」

 

 「なるほど。私もついて行って構いませんか?」

 

 「構わないよ」

 

  とエアグルーヴも連れてブライアンのもとへ向かう。

 

 「ブライアン、少しいいか?」

 

 「…なんだ、冷やかしなら帰ってくれ」

 

 「ブライアン!お前と言うやつは「まあまあ落ち着いてくれエアグルーヴ」…」

 

 「冷やかしではないんだ。ただ、どうしてそこまでトレーニングに打ち込んでいるのか理由を聞きたくてね」

 

 「そのことか。それはもちろんアイツに勝つことだ」

 

 「アイツ?それは一体誰だ?」

 

 「アイツはアイツだ。燈馬だ」

 

 「燈馬が?…あぁ、この前の模擬レースか」

 

  前の燈馬とオグリキャップとの模擬レースでトレーニングに打ち込むようになったのか。

 

 「あのレースは惜しかったな。1バ身近くまで詰めれたがその後の燈馬の末脚が強かったな」

 

  大阪杯の後の燈馬を1バ身まで詰めたのはやはりG1ウマ娘と言うべきだな。

 

 「惜しかった?ハッ、そう思うなら会長様には眼科に行くことをおすすめするよ」

 

 「おい!ブライアン、会長に向かって何を言っているんだ!」

 

  とエアグルーヴがブライアンに近づく。

 

 「なんだ?私は事実を言ったまでだ。何が悪い」

 

 「言葉遣いを直せと言っているんだ!」

 

 「まあまあエアグルーヴ落ち着いて」

 

  と私はエアグルーヴをなだめる。

 

 「しかし会長!」

 

 「いいんだ。それでブライアン、さっきことはどういうことか説明できるか?」

 

  エアグルーヴをブライアンから離し、ブライアンの話を聞くことにする。

 

 「そのままの意味だ。あのレースは惜しいとかそういう意味じゃない」

 

 「つまりどういうことだ?」

 

 「私は…いや私達は弄ばれたんだよ。アイツに」

 

 「弄ばれた…?」

 

 「そうだ、アイツは私達があそこで1バ身になるよう走っていただけだ。だからアイツは…」

 

 

 

最初から本気で走っていなかったんだ

 

 

 

  〜東京レース場・立花side〜

 

 

 『シノン逃げる!シノン逃げる!2位と大きく差を開いて今ゴールイン!!圧倒的走り!!』

 

  ザワザワ、ザワザワ…

 

 「(うそぉ…)」

 

  フェブラリーステークス。マイル1800mのレースなのだが、今まで走ってきたレースとは少し違ってこのレースは“ダートレース”なのだ。ダートレースは芝レース程の人気や知名度は少ないが活気やレースでの情熱は芝レースにも負けない程のもの…なのだけれども。

 

 「(これは…、圧倒的だね…)」ハハ…

 

  結果で言うと燈馬君の一人勝ち。しかも大差且つレコードタイムという驚きの勝ち方。こればかりは燈馬君が凄いとしか言いようがない。

 

 「ねぇトレーナー。燈馬っていつダートのトレーニングなんてしたの?」

 

 「いや〜…、実はねタイシンさん…。してない(・・・・)なんだよ、ダートのトレーニング」

 

 「「「「えぇ!!?」」」」

 

  今回のレースはダートのトレーニング一切なしのぶっつけ本番。そりゃあ、みんな驚くよね〜…。僕も実際に驚いてる。

 

 「でも、トレーニングする機会なんていくらでもあったでしょ!なんでトレーナーのアンタが知らないわけ!?」

 

 「僕も燈馬君がこのレースに走るって聞いたのつい最近だからね?たづなさん経由で知ったし…」

 

  僕も急遽知らされたことでもあるし、なによりなんでトレーニングなしでダート走れるのか知りたいんだけど…。

 

 「トレーナー」

 

 「やぁ燈馬君、お疲れ様」

 

  レース終わりの燈馬君がこっちに歩いてきた。

 

 「次行くぞ」

 

 「え、次って…」

 

 「たづなさんから伝わってないのか?次は“高松宮記念”だ」

 

 「高松宮記念…、え?連続出走(・・・・)するの!?」

 

  あぁ、と頷く燈馬君。高松宮記念は中京レース場で行われる芝1200mのG1レース。大阪杯での事も相まってレースが開催予定日がずれてしまったいるため、この後に出るとするなら連続出走となってしまう。

  ただ連続出走というのは余り勧められたものではない。身体の調整や疲れが抜けきっていない状態で走らなければならないので言ってしまえば万全な体制挑めないのだ。だから僕達トレーナーは連続出走はしないしさせないんだ。

 

 「仮に連続出走するとして燈馬君は大丈夫なの?身体の痛みとか疲れとか」

 

 「ない。早く行くぞ」スタスタ

 

 「え、ライブは!?」

 

 「出るわけないだろ。それよりもレースだ」スタスタ…

 

  と燈馬君はレース場から姿を消していった。

 

 「ライブ出ないってアイツ理事長に何言われるか知らないわよ」

 

 「そうですね〜。大丈夫なんでしょうか〜」

 

 「とりあえず中京レース場に向かう準備をしようか」

 

 「「「「は〜い」」」」

 

  クリークさんとタイシンさんが心配する中、僕達は次の場所へと向かう準備をした。

 

 

 

  〜次の日、中京レース場〜

 

 

 『シノンが先頭!シノンが先頭!!誰も寄せ付けない走りで今ゴールイン!!』

 

 「まじかぁ…」

 

  走れちゃってるよ、な〜んにもしてないのに。なんでなの?

 

 「アイツって本当に何者なの?短距離もダートも走れて意味分かんないんだけど」

 

 「僕も知りたい」

 

 「これは少し聞いてみる必要がありますね〜」

 

 「そうだね。帰りの車で聞いてみようか」

 

 

  〜帰りの車にて〜

 

 運転席・・・立花

 助手席・・・クリーク

 後部座席・・・左:タイシン 真ん中:燈馬 右:オグリ

 最後部座席・・・シービー、ライス

 

 

 「ねぇアンタ、いつダートのトレーニングしてたのよ」

 

 「随分前」

 

 「随分前っていつ?具体的に言って」

 

 「中等部の頃の最初のほう」

 

 「中等部?嘘でしょアンタ、それからダートのトレーニングはしてないって?笑えない冗談言わないでよ」

 

 「事実なんだがな…」

 

  レース終わり僕達はトレセン学園へ帰る道で燈馬君に今日とこの前のレースについて質問していた。マイルは兎も角、ダートや短距離はトレーニングしたことないし、隠れてトレーニングしていたら別に隠す必要はないと思うんだけど。

 

 「最近になって短距離やダートのトレーニングなんてしてないし、どうか走れるか(・・・・)賭けだったんだよ」

 

 「走れるか(・・・・)?ということは燈馬、キミは前に走ったことがあるのか?」

 

 「…」

 

 「そういえば燈馬、前に走ったことなかったっけ?」

 

  とシービーさんがオグリさんの言葉に思い出したかのように言った。

 

 「そうだったか?」

 

 「そ、そうなんですか?シービー先輩…」

 

 「そうなんだよライス。いつだったかな?結構前に走ってたような〜…」ウ~ン

 

  とシービーさんが思い出そうとこめかみ当たりに指を置く。

 

 「まぁ勝てたんだし問題ないだろ」

 

 「「「問題大ありだ(だよ!)」」」

 

 「(ライスさんまで問題視してたんだ)」

 

  とライスさんまで気になってたのには驚いたな。

 

 「アンタには根掘り葉掘り聞くことがあるからね」

 

 「そうだな。今の私はタイシンと同じ意見だ」

 

 「……」コクコク

 

  とオグリさん達が燈馬君から情報源を聞き出そうと燈馬君に詰め寄った。

 

 「勘弁してくれ」

 

 「(もう正直に話しちゃった方が身の為だと思うけどな)」

 

 「賑やかですね〜」ウフフ

 

 「そうだね」

 

  それ以降、燈馬君は3人からの質問の嵐に耐え続けていたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  〜とある場所にて〜

 

 

  トレセン学園より遠く離れた場所で多くの男達がゾロゾロと集まっていた。手には木刀やバットといったものが握られていた。

 

 「おい、そっちはどれ程集まった?」

 

 「約400近くだな。そっちは?」

 

 「600近く集まったよ」

 

 「合わせて1000ってことか、これぐらいで十分じゃない?」

 

 「そうだな、いくらガキでもこの数にゃあ勝てねぇだろうな」クヒヒ

 

 「あぁ、早く来ねぇかな〜。待ち遠しくて仕方ねぇよ」

 

 「そうだな。あの人のもとにコイツの首を持っていけばなんでも願いを叶えてくれるんだかなぁ」クヒヒ

 

 「俺はウマ娘を自分のものにしてぇな〜。そうして〜、俺以外の命令を聞かなくするんだ〜」キャハハ!

 

 「まぁお楽しみは最後まで取っておくことだな」アハハ!

 

  と各々の男達がゲラゲラと笑いながら会話をしていた。すると一人の男が壇上に立つ。

 

 「諸君!今日は集まってくれて感謝する。今日集まってもらったのは他でもない、このガキを殺す為に集まってもらった」

 

  ザワザワとしだす男達。すると壇上の男が口を開く。

 

 「このガキはどうやら相当の切れ者らしい。だが!数でかかればコッチのものだ!!必ず殺せ!!」

 

 「行くぞ野郎ども!!場所は“トレセン学園”だ!!!」

 

 「お前等!準備はいいな!!!」

 

 『オオオオオッッッッッ!!!!』

 

 「待ってろよ〜?必ずお前をズタズタにしてぶっ殺してやる…」

 

 

 

 

 

風間燈馬




 読んで頂きありがとうございます。

 短い理由は内容の通りです。話のテンポ早くね?なんか今回の話、淡々としてね?と思っているかもしれませんがそうしないと話が進まないのでは?と思ってしまっているのですみませんがお付き合いして頂くと嬉しいです。


 それでは、また〜


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悪魔

 それでは、どうぞ


  〜トレセン学園・燈馬side〜

 

 「最後になりますが、ここ最近トレセン学園付近で暴力団らしき人物が彷徨いています。夜までトレーニングや野外トレーニングをするのは構いませんが、そういったときは必ず一人にならず複数人もしくはトレーナーさんと一緒にいること。自分の身が危ないと感じた時はすぐに寮に戻りトレーナーさんか寮長、教員もしくは警察に必ず報告してください。それではホームルームを終わります。皆さん、お気をつけて」

 

  ザワザワ…ザワザワ……

 

 「どうしよう〜、今日野外トレーニングなのに〜…」

 

 「私、今日のトレーニング辞めとこうかな…」

 

 「ねぇ〜今日、一緒に帰らない?なんか怖くってさ…」

 

 「うん、すぐ寮に帰ろっか」

 

  とクラスメイト達がザワザワしながら教室を出て行く。

 

 「ねぇ燈馬君、ちょっといいかな?」

 

 「ん?スズカか。どうかしたのか?」

 

  帰る用意をしている最中に隣の席のスズカから声をかけられる。スズカは少しソワソワしていた。

 

 「なんだ、そんなにもソワソワして。さっきの話を聞いて怖くなったのか?」

 

 「…燈馬君は怖くないの?」

 

 「全く。時間が経てば警察とかが解決してくれるだろ。それまでトレーニングは自粛だな」

 

  というとスズカは少し悲しそうな表情をする。

 

 「まさかとは思うが今日トレーニングしようだなんて言わねぇよな?」

 

 「!?」ビク!

 

  とわかりやすいくらいの反応を見せるスズカ。よくあの話をされた後でトレーニングをしようと思ったな。

 

 「止めとけとまでは言わないが今日は素直に寮へ戻った方がいいかもしれないな。下手に外出してカッ攫われでもしてみろ。連絡はつかないし、自分がどこに居るかの情報も教えることが出来なくなるからな」

 

 「…」シュン

 

 「落ち込むな。トレーニングなんて室内でも出来る。ただ外に出る時は団体で行動しろってだけでトレーニングはするなって言ってるんだ。けど、お前はどこ行くか全くわからんからな。お前は下手に外出するな」

 

 「そ、そんなことないよ!時間になったらちゃんと寮にもどってるもん!」

 

 「寮に戻るまでの過程を言ってるんだ。聞いたぞ?お前、この前軽く神社まで走ってきますって言って普段生徒達が使ってる神社じゃなくて5kmくらい離れたところまで走ってったらしいじゃねぇか。んで門限ギリギリになってフジに軽く怒られたんだろ」

 

 「だ、誰からそれを…」

 

 「フジとアマさんとエアグルーヴ」

 

 「エアグルーヴまで…」

 

 「それに骨折治った後のウマ娘がそんなところまで走るな。途中で折れたりしても誰も気づかないぞ」

 

  スズカの骨折は正月辺りで治ったというのは聞いていた。ただ医者もいつまた折れるか分からないから走るときは慎重に、とも言っていたそうだ。

 

 「す、スズカ…、いる?」

 

 「?ドーベル、どうかしたの?」

 

  教室の入口付近でドアに隠れてメジロドーベルが顔を覗かせていた。スズカはメジロドーベルのもとへと歩いていく。

 

 「約束の買い物。ほら、この前言ってた尻尾のトリートメント」

 

 「えぇ、覚えているわ。新しく販売されてるトリートメントだよね」

 

 「うん、そのことなんだけど…、どうする?今日やめとく?」

 

 「う〜ん…」

 

  とスズカが顎に手を当てて考え込んだ。

 

 「(これは下手に首を突っ込まない方がいいな)」ガタ

 

  と息を殺してその場を立ち去ろうとする、が。

 

 「ねぇ燈馬君、お願いがあるんだけど買い物についてきてもらってもいい?」

 

 「……」

 

  スズカがくるりと振り返り俺と目が合う。

 

 「タイキ達と行ってこい」

 

 「タイキは今日、補習に行ってる。フクキタルも一緒に」

 

 「エアグルーヴは空いて「エアグルーヴは今日、生徒会で会議があるからって今日はいない」…」

 

 「スピカのメン「みんなはそれぞれ用事があるって」…」

 

  よりにもよって全員いねぇのかよ。

 

 「なぁ、それって日にち変えたり出来ねぇの?」

 

 「出来るのは出来るけど…」

 

 「新発売のは今日までだし…」

 

  と2人が顔を見合わせる。しょうがねぇ。

 

 「分かった分かった。ついて行くよ」

 

 「…!ありがとう!!」パァア

 

 「…!私今から準備してくる!」タタタ

 

  と2人の表情が明るくなる。俺はトリートメントだけだろうし、そんなにも長くはないだろうとそう思っていた。

 

 

 

  〜ショッピングモール〜

 

 

 「ねぇこれなんていいんじゃない?」

 

 「う〜ん、それだとコッチがいいんじゃない?」

 

  案の定だった。目的であったトリートメントを買い、そろそろ帰ろうかと思っていた矢先、2人が「他のお店も回りたい」とショッピングモール内にある店に入っていった。

 

 「(この石ころみたいなのの何がいいんだ?)」

 

  とピンク色の石を手に取る。何処からどう見ても普通の石にしか見えない。

 

 「スズカ、それいいと思う!」

 

 「ホント?ドーベルも似合ってるよ!」

 

  と2人は俺の隣で会話を弾ませていた。

  俺達のいるところはコスメショップというところに来ている。装飾品やらなんやらがわんさか置いていて俺からすればさっぱりだ。

 

 「(校長が言ってたな、女性の買い物は長いって。全くそのとおりだよ)」

 

 「ねぇ燈馬君。もしかして…楽しくない?」

 

  とスズカがこちらに顔を覗かせる。メジロドーベルも若干ではあるが少し悲しそうな表情をしていた。

 

 「何が?」

 

 「だって燈馬君を色んなところに連れ回してるような気がして…。もしかして、楽しくないのかなって」

 

 「…そんなわけないだろ。実際こういった店に入ったことがないだけだ。それに今日はお前達の気が済むまで付き合うつもりだ。何処へ行こうとついて行くよ」

 

 「それだと、私達が申し訳無い感じがするよ…」

 

 「いいんだ。今日はめいいっぱいハメを外せばいい。買いたい物があるなら好きなだけ買うといいし、行きたいところがあるなら好きなだけ行くといい。今日は楽しめ」

 

 「燈馬君がそういうなら…」

 

  と2人は商品棚に目を向けて選び始める。俺は2人から離れ店の外にあるベンチに腰掛け、2人の様子を見ていた。

 

 「(さて…)」

 

  と俺は携帯を取り出し触るフリをしながら周りを見る。

 

 「(完全につけてきてるな。数的にも20人辺りか)」

 

  自動販売機のところや他の出店、物陰といったところに怪しい人物達が俺を見ていた。それに加え買い物客に紛れ、俺達をつけている連中がチラホラ見えた。恐らく委員長の言っていた連中達か、或いはそれ以外か。どちらにせよ、必ず接触する時が来るはず。相手をしてもいいが問題はスズカ達がいること。スズカ達を巻き込むようなことはしたくない。

 

 「ね、ねぇ…」

 

  と声のする方を見ると目の前にメジロドーベルが立っていた。

 

 「ん?どうした?買いたいものは買えたか?」

 

 「うん。お陰様でいいのが買えた。それよりもさ…、その…覚えてる?私のこと」

 

 「メジロドーベルだろ?あのメジロ家の令嬢の」

 

 「そういう意味でじゃなくて…、ほら昔、助けてくれたでしょ?私のこと」

 

 「…覚えてるよ。あの時は大変だったな」

 

  ガキの頃だったか、昔メジロドーベルが誘拐される事件があった。当時の俺はそれ程まで関心はなかったのだが、たまたまメジロドーベルが誘拐される現場に居合わせていた為、その場で誘拐犯をノシてメジロドーベルを助けたことがあった。その時でも余り目立ちたくなかったから俺は助けるだけ助けてその場から姿を消した。まぁその後はメジロ家にバレたんだけどな。そんなこんなでメジロドーベルを含めメジロ家の連中…というよりメジロマックイーン以外とは面識がある。と言ってもそれっきりメジロ家には行ってないんだけどな。

 

 「あれからは大丈夫なのか?」

 

 「大丈夫…、といってもあれから男性や人付き合いが怖くなっちゃって…」ストン

 

  とメジロドーベルが俺の隣に座る。

 

 「無理もねぇよ。あんなことあったら誰だって怖くなるさ。お前だけじゃねぇよ」

 

 「どうにかしないと、て思ってるんだけど上手く行かなくて…。私、ずっとこのままなのかなって…」

 

  とメジロドーベルが俯く。

 

 「地道にやればいいんだよ」

 

 「え?」

 

 「地道にやれば自ずと結果が出てくる。最初は挨拶とかでいいんだ。下手に話そうとすれば焦るのはお前だ。だから最初は挨拶とかでいい。そこから一言二言会話をしていけばいいんだ。無理強いしたって何も変わることなんてないからな」

 

 「それで、私は変われるのかな…」

 

 「変われるさ。変わりたいっていう気持ちがある限りはな。今だって俺と話せてるんだぞ?大丈夫さ。それに怖くなったらお前には手を差し伸べてくれる奴がたくさんいる。スズカにエアグルーヴ、タイキにフクキタル。それからメジロ家の奴ら。焦んなくていいんだよ」

 

 「うん…!」

 

  とメジロドーベルは大きく頷いた。するとメジロドーベルは急にモジモジし始める。

 

 「あ、あのさ…今更なんだけど、…燈馬って呼んでいい?私のことはドーベルって呼んてほしい…」

 

 「いいぞ。“ドーベル”」

 

 「燈馬…///」

 

  とメジロドーベル改め、ドーベルが赤面していた。

 

 「何イチャイチャしてるの?燈馬君、ドーベル?」ゴゴゴ

 

 「す、スズカ!?いや、これはイチャイチャじゃなくて!」アセアセ

 

  と買い物から帰ってきたスズカが禍々しいオーラを放っていた。

 

 「ふ〜ん、へぇ〜。あれがイチャイチャじゃないんだ。だったら何?」

 

 「名前で呼んでくれって言ったから呼んだだけだ。それ以外なにかあるか?」

 

 「それがイチャイチャしてるって言いたいの!」プク~!!

 

  とスズカが膨れ始めた。

 

 「私だって燈馬君とイチャイチャしたいのに…

 

 「なにか言ったか?」

 

 「言ってない!!」プイ

 

 「す、スズカ〜…」

 

  とドーベルはスズカの機嫌を取ろうとスズカを宥めていた。

 

 「(アイツらは今、どうしてる)」

 

  と周りを見渡す。すると隠れていた何人かの連中が俺達の方へと近づいてくる。

 

 「(場所を移した方が良さそうだな)そう怒るなスズカ。可愛い顔が台無しだぞ」

 

 「そんなこと言っても私は許さないんだからね!」ピコピコ シッポブンブン

 

 「なら怒っているスズカを放っておいて別のところへ行くかドーベル」

 

  と俺はドーベルの肩を掴んで歩いていく。

 

 「う、うん…///」

 

 「ちょ、ちょっと!もう怒ってないから!2人共待ってよ〜!!」

 

  とスズカも早足で追いかけてくる。

 

 「(さてと、ここからどう切り抜けるか)」

 

  場所を変えようにも時既に遅し。今の俺達は“囲まれている”。連中は俺達をここから逃がすつもりがないのだろう。なにか仕掛けて来るはずだ。

 

 「「「「……」」」」

 

  すると前から何とも悪者らしい格好をした男4人が目の前から歩いてくる。それも大きく横に伸びて。

 

 「(前は4,後ろは5…いや6か。やり過ごしてみるか)すまん、靴紐が解けたみたいだ。直してもいいか?」

 

 「うん。いいよ」

 

 「ここじゃあ邪魔になるから壁の方へ行くか」

 

  と俺は2人を壁へと連れて行き、靴紐を直すフリをして男達の様子を伺う。男達は俺達に釣られて壁の方へと来た。間違いないコイツらはクロだ。

 

 「よし、結べた。すまんな2人共」

 

 「ううん。寧ろ解けたままだと危ないからね」

 

 「それじゃあ行こっか」

 

  と俺は立ち上がり2人が歩き出そうとした瞬間、男達が目の前に現れる。

 

 「(そういう手口か)」グイ

 

 「え!?」

 

 「きゃ!」

 

  俺は2人の肩を掴んで引き寄せ、男達との接触を回避させる。だが──────。

 

 「痛ってぇえええええええええ!!!!」

 

  と一人の男が大声を上げてその場に座り込む。

 

 「え?え、え?」

 

  とスズカは目の前に起きていることにパニックになっていた。

 

 「おい、大丈夫か!?」

 

 「どこを痛めた!」

 

 「か、肩が…」

 

  と他の連中達が蹲っている男を心配をするかのように座り込む。

 

 「行くぞスズカ、ドーベル」

 

 「え、で、でも…」

 

 「大丈夫だ、当たってない。あの人の肩になにかあったんだろ。俺達はほっといてこの場から離れようか」

 

  とスズカの肩を抱いてその場から歩き出す。ドーベルも俺にしがみついていた。

 

 「おい、待てガキ!」

 

 「と、燈馬君…」

 

 「大丈夫。俺達のことじゃないよ」

 

  とスズカを更に抱き寄せる。

 

 「待てって言ってるだろ!聞こえねぇのかガキ!!」

 

 「ドーベル大丈夫か?」サスサス

 

 「……」ブルブル

 

  俺は震えているドーベルの背中を擦る。

 

 「テメェに言ってんだよ!!聞こえねぇのかこのガキ!!」ガシ!

 

  と俺の肩を男の一人が掴む。

 

 「テメェ、俺達のことを無視するタァいい度胸じゃねぇか」

 

  と言ってくる。俺はそのまま振り向いて──────。

 

 「なに?」

 

  と聞き返す。

 

 「シカトとはいい度胸じゃねぇか、あ?ガキ」

 

 「要件を言え。こっちだって忙しいんだ」

 

 「んだと!?テメェ!!」

 

 「用がないなら帰るぞ。なんなら救急車の手配でもしてやろうか?ソイツ、随分と痛がってるが医者に診てもらった方がいいんじゃないか?オススメの病院でも教えてやるよ」

 

 「テメェ、俺達に喧嘩売ってんのか?」ピキピキ

 

  肩を掴んでいる男の額に青筋が立つ。

 

 「なぁ、そろそろ肩の手を放してくれないか?というか放せ」

 

 「このガキィ…!!!」

 

  と俺の肩を掴んでいる手に力が入る。

 

 「あ、あの!私達に、何か…ようですか…?」

 

  とスズカが向き直る。

 

 「用も何もテメェ等がぶつかったせいでコイツが怪我したんだ。だからどう落とし前つけてくれんだって言ってんだよ!!」

 

 「で、でも、私達…ぶつかって「あぁん!?」ヒッ!」ビク

 

  とスズカの言葉を遮って圧をかけてくる男。

 

 「なんだなんだ?」

 

 「どうしたの?喧嘩?」

 

  ザワザワ、ザワザワ…

 

  とモール内の客達がゾロゾロと集まってくる。

 

 「…で、その怪我したって言うやつはどこ?」

 

 「目の前にいんだろ!見えてねぇのか!」

 

 「スズカ、ドーベルと俺の荷物を頼む」

 

 「と、燈馬君…!」

 

 「燈馬…」

 

  俺は蹲っている男に近づき、声をかける。

 

 「アンタ、どこ怪我したって?」

 

 「肩だよ、右肩!見てわからねぇのか!そこの女とぶつかって肩をやったんだよ!!」

 

 「肩、ねぇ…。普通、大柄なアンタと小柄なアイツなら肩になんて当たらないんだけど」

 

  スズカの身長は161cmに対し、蹲っている男は185cm近くある。どう考えたって肩同士が当たることはない。

 

 「骨を折ったのか?それとも外れたのか?教えてくれよ」

 

 「そ、それは…」

 

 「言えねぇよな、だって怪我してないんだから」

 

  バツが悪そうな顔をする男。そりゃそうだ、肩は現に動いているし、脱臼したなら右腕には力は入らない。だが、この男は普通に動いているのが見えたし、今だって力が腕に入ってる。

 

 「言いがかりも程々にしろよ。それにこっちはお前等のしょうもないことのせいで貴重な時間取られてんだ。どう落とし前つけるんだ?言ってみろ」

 

 「テメェ…!」

 

 「どう落とし前つけるんだって聞いてるんだ。答えろ」

 

  というと蹲っていた男が上体を上げて顔めがけて殴りかかってくる。

 

 「結局は手を上げないとわからないってか?」

 

  と俺は男の腕を引っ張り、足払いで男の体制を崩させる。そのまま男の腕を掴んだまま崩すした男の肩甲骨辺りに座る。

 

 「…なッ!」ガクン

 

 「答えないのならこのままコイツの肩をイカしてやってもいいんだぞ」グググ…

 

 「う、あぁあ!!」ミシミシ!

 

  もう少し力を入れれば外せるというところで止める。

 

 「「「…ッ」」」

 

  最初は威勢があったものの、今はだんまりで他の連中は一歩も動こうとはしなかった。

 

 「3つ数える。それまでに答えろ」

 

 「は!?何言って「3」…!」

 

 「ど、どうせそんなのハッタリに…」

 

 「2」グイ

 

 「あぁああああああっ!!!!」ミシミシミシ!!!

 

 「「「!!!」」」 

 

 「1…ぜr「なんだ!何の騒ぎだ!!」…」

 

  と集まっている客達を掻き分けて警察がやってくる。

 

 「クソッ!サツだ、逃げろお前ら!!」

 

 「どけ!邪魔だ!!」

 

  と連中達は警察とは反対方向へと走っていく。

 

 「…」パッ

 

 「っ!ハァハァハァ!!」タタタ

 

 「コラ!!待ちなさい!!」タタタ!

 

  と拘束していた男も仲間のもとへと走っていき、警察も追いかけていく。

 

 「さてと。…大丈夫か?」

 

  と俺は服を払って2人のもとへと戻る。

 

 「「……」」

 

 「ここじゃあ目立つし、場所を変えようか」

 

  と俺は2人を連れてショッピングモールを後にした。

 

 

  〜場所が変わって広場〜

 

 

 「奢りだ。飲んでくれ」

 

 「うん、ありがとう…」

 

 「…」

 

  ショッピングモールを出て近くの広場へとやってくる。周りには子連れの家族や犬の散歩などをしている人などがたくさんいた。俺は2人をベンチに座らせ、飲み物を買って戻ってきたところだ。

 

 「すまないな。怖い思いをさせてしまった」

 

 「ううん、大丈夫だよ。守ってくれてありがとう」

 

 「ドーベルは大丈夫か?」

 

 「うん…、なんとか…」

 

  と買ってきた飲み物を飲む。

 

 「…燈馬やスズカはさ、すごいね。ああいった人達に負けずに言えるなんて…。私、何も出来なかった…」

 

 「そ、そんなことないよ!私も燈馬君がいなかったら何言われてたか分からなかったもん…」

 

 「まぁ変な形ではあるが、今日は楽しめたか?2人とも」

 

 「うん。ありがとう燈馬君」

 

 「ありがとう、燈馬」

 

 「ならいい。楽しめたのなら万々歳だ。それから…」ゴソゴソ

 

  と俺はカバンから小さな袋を2つ取り出し2人に渡す。

 

 「これは細やかなものだ」

 

 「開けてもいい?」

 

  とスズカが聞いてきたので俺は頷く。2人は袋を開けて中身を取り出す。

 

 「これ、ネックレス?」

 

 「お前達が見てたアクセサリーショップというところに売ってあったものだ。俺はそういうのに疎いから適当に選ばせてもらった」

 

 「それでも嬉しいよ。…凄い、可愛い…!」

 

  とスズカがネックレスを広げる。スズカに渡したのはクローバー型のネックレス。ドーベルはダイヤモンド型のネックレスだ。

 

 「これ、付けてみてもいい?」

 

 「今?」

 

 「うん。今付けたいな」

 

 「なら付ければいい」

 

 「はい」

 

  とスズカがネックレスを渡してくる。

 

 「燈馬君に付けてほしいな…///」スッ…

 

  と髪をたくし上げる。

 

 「はいはい」

 

  と俺はスズカの首にネックレスを付ける。

 

 「出来たぞ」

 

 「ありがとう。どう?」

 

 「似合ってる」

 

 「えへへ///」

 

  とスズカが照れくさそうに笑う。

 

 「わ、私も付けて!!」

 

  とドーベルも渡してきて髪をたくし上げる。

 

 「分かった分かった」

 

  と俺はスズカ同様ドーベルにもネックレスを付ける。

 

 「どう?似合う…?///」

 

 「似合ってるよ、可愛い!」

 

 「似合ってるな」

 

 「そうかな、ありがとう///」

 

  とドーベルも嬉しそうに笑う。

 

 「トレーニングとかには付けるなよ?それ千切れやすいからな」

 

 「分かった。気をつけるね」

 

 「大事にするね」

 

 「なら寮に帰るか。もういい時間だしな」

 

  と2人を寮へと返す為、トレセン学園へと向かった。

 

 

 

  〜栗東寮〜

 

 

 「お帰り。今日は随分とお楽しみのようだったね〜」ゴゴゴ…

 

 「「た、ただいま戻りました…。フジ先輩…」」

 

  案の定、フジが凄いオーラを出しながら出迎えてくれた。

 

 「フジ、門限ギリギリなくらい許してやれよ。現にこうやってちゃんと帰ってきてるんだから」

 

 「燈馬君、フジ先輩はそのことではないと思うの…」

 

 「?」

 

  するとフジが大きく溜息をついた。

 

 「まあともあれ無事でなによりだよ。ここ最近、変な人達がウロウロしてるって聞いてたからさ。何かあったんじゃないかって思っちゃってさ」

 

 「ごめんなさい…」

 

 「いいよ。たまには息抜きも必要だからね」

 

  とフジは優しく笑う。

 

 「さ、折角楽しんできたんだ。楽しいままで1日を終えたいだろ?君達はこのまま部屋に戻っていいよ」

 

 「はい。それではフジ先輩、また明日」

 

 「はい。また明日」フリフリ

 

  とスズカとドーベルが自分の部屋へと戻っていく。

 

 「じゃ、俺は2人を届けたからこの辺で「帰らせると思う?」ですよね」

 

 「さて、私とのデートはいつしてくれるのかな〜??」ニコニコ

 

 「また今度で」

 

 「今度っていうのは〜いつ?具体的に教えて欲しいな〜?」ニコニコ

 

  やっぱ怒ってんじゃねぇかコイツ。

 

 「そういや、フジに言っておくことがある。今日のことで」

 

 「?今日、何かあったの?」

 

  と俺はフジに今日あったことを話す。怪しい男達が接触してきたことについて。スズカ達ではなく、俺を狙っていたことを伏せて。

 

 「そんなことが…!」

 

 「その時は警察が来て助かったが、次はそう行くかは分からない。一応、お前に話しておこうと思ってな」

 

 「分かった。私から先生とヒシアマには言っておくよ」

 

 「助かるよ。俺は帰る。戸締まりも早くしておいた方がいい。何か会った時に対応するためにな」

 

 「うん。燈馬も気をつけてね」

 

 「あぁ。またな」

 

  と俺は栗東寮のドアを開けて外へ出る。

 

 「それと、近い内に遊びに行くか。行きたい場所は任せる」

 

 「なら私の両親にあってほしいな」

 

 「それは無理だ」

 

 「冗談だよ。プランは私が立てておくよ。でもいずれは…

 

 「じゃあな」

 

 「うん。また明日」

 

  とフジは寮とドアを閉めて鍵を閉める。俺はそれを見て寮を後にした。

 

 

 

  〜帰り道〜

 

 

 「今日は災難な一日だったな。変な奴に絡まれるわでホントどうなってんだか」

 

  と俺は今日のことを思い出しながら家へと帰っていた。そして、電柱の灯りの下を曲がり、路地裏に入って歩みを止める。

 

 「居るんだろ?さっさと出てこい。こっちは既に気づいてんだよ」

 

  と誰もいないところで言い放つ。すると────。

 

 

 

  ゾロゾロ、ゾロゾロ…。

 

 

 「よォ、また会ったなガキィ」

 

 「あの時は随分と世話になったなァ」

 

  と何処からともなく大人達が近寄ってくる。それも全員ショッピングモールに居た連中達だ。

 

 「なんだ、警察のお縄についたわけじゃないのか?」

 

 「生意気なガキが、調子乗りやがって。その減らず口がいつまで続くかな?」

 

 「…」ドサ

 

  俺はカバンを置き、大人達を見る。

 

 「あっれれ〜?もしかしてビビっちゃったかな〜〜???」

 

 「ちびっちまったんじゃねぇの〜???」

 

 「それともママに助けてもらうか〜〜??」

 

 「ママー!ママー!!って…」プッ!

 

  ギャハハハハハハハハ!!!!!

 

 

 「…お前らみたいなのがいるからいけないんだろうな」ボソ

 

 「あ?なんか言ったか?」

 

 「別に?ただすぐにへばんなよって言っただけだよ」

 

 「テメェえええ!!やっちまえ!!!」

 

  怒号を響かせ数十人の大人達が迫ってくる。

 

 「お前達のような奴らがいるから人は死ぬんだよ」

 

 

 

 

 

  〜栗東寮・メジロドーベルside〜

 

 

 「……」ジー

 

  キラキラ…。

 

 『似合ってるよ』

 

 「!!!///」バフン!

 

 「ドーベル、さっきからドウしたんデスカ?」

 

 「えぇ!?べ、別に!!?何ともないよ!!」アセアセ

 

 「??」

 

 「(はぁ、どうしよう、夢みたい…)」

 

  私、メジロドーベルは栗東寮の自分の部屋で今日のことを思い出していた。あの時もらったネックレスを見ながら…。

 

 「(嬉しいな…。今日は本当に素敵な一日だったな〜。お目当てのトリートメントも買えたし、それに、と…燈馬からプレゼントも貰っちゃうなんて…。本当に夢みたい///)」

 

  と私は燈馬から貰ったネックレスを大事にそっと握る。

 

 「(次もまた遊びに行けたらな〜///)」

 

  と次に会う日を楽しみにしながら私は布団に包まった。

 

 「ドーベル、おフロまだデスヨ?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「な、なんで…」プルプル

 

 「こんな、がひに…」プルプル

 

 「…」

 

  何十人という男達が倒れ伏せてるところに一人、少年が座っていた。

 

 「おい」グイ

 

 「ひぃ…!」

 

  と少年はまだ意識のある男を頭を掴み、睨み付ける。

 

 「何故俺を狙った。誰の指示だ?お前達を束ねる組織のトップの名前を吐け」

 

 「そんなこと、言えるわけ…」

 

  ドスンッ!!!

 

  少年は男に思いっ切り溝内を殴る。男は耐えきれず嘔吐してしまった。

 

 「おぇええええええ!!!!」ビチャビチャ!!

 

 「おい、俺は嘔吐しろとは言ってない。名前を吐けって言ってるんだ」

 

 「そんなこと…、い、われても…」

 

  ドスンッ!!!

 

 「おぅえああああああ!!!」ビチャビチャ

 

 「口答えするな。俺は名前を吐けって言ってるんだ。早く言え」

 

 「……」

 

 「チッ」ブン!

 

  と少年は気絶した男を投げ捨て、自らのカバンを持ち路地裏を出る。

 

 「洗えば何とかなるか。糸の解れもなし。シミも付いてないし、匂いも…」

 

 「坊や。ちょっと聞きたいことがあるんだけどね」

 

 「ん?なんですか?」

 

  路地裏を出て少し歩いた時、少年に声をかける人がいた。少年が振り返ると玄関近くにお婆さんが立っていた。

 

 「さっきね、あそこの路地裏に何人もの大人が入っていくのを見たんだけど、坊や知らない?」

 

 「…さぁ、知りませんね。神隠しとかにでもあったんじゃないんですか?」

 

 「あらあら、随分と面白いことを言うのね。今どきの若い子は神隠しなんて知ってるのね」ホホホ

 

  と笑うお婆さん。すると少年が口を開く。

 

 「そういえばここ最近、ここら辺で暴力団が彷徨いてるって噂がありましたよ。お婆さんも早く家に入ったほうがいいんじゃないですか?」

 

 「おや、それは本当かい!それは危ないねぇ。気をつけるよ、ありがとうね坊や」

 

 「いえ、お婆さんもお気をつけて」

 

 「坊やもね!」

 

  とお婆さんが家の中へと戻っていく。

 

 「…さて」

 

  ガシッ

 

 「?」

 

  と少年の足を誰かが掴む。見るとボロボロて血塗れの男が這いつくばって来たみたいだ。

 

 「ハァハァ…、ま、まだ勝負は────」

 

  バコンッ!!!

 

 「ガッ!………」ドサ

 

  少年は掴まれていない方の足で男の顔を蹴り飛ばし気絶させる。

 

 「クソ野郎が。制服汚れたらどうすんだ」

 

  と少年の男をそのままにしてその場を去った。

 

 

 

 

 

  後日、大人数十人が血を流して倒れているというニュースが流れる。その倒れていたのは全員暴力団で逮捕されたのだが、警察が何故あそこで倒れていたのかと聞くと男達全員は口を揃えてこういった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

悪魔がいたと




 読んで頂きありがとうございます。

 今回は最後の方はちょっと重めにしました。苦手な人はごめんなさい。これからも頑張って描いていきます。



  それでは、また〜


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襲撃者達の襲来

 めちゃくちゃ遅くなりました。すみません






 それでは、どうぞ


 

「時は来た───────。さぁ、行くぞッ!!!」

 

 

 

 

 

 

  〜トレセン学園・スズカside〜

 

 「おはようございます。サイレンススズカさん」ニコ

 

 「おはようございます。たづなさん」

 

  季節は巡り、春になった。また新しい学校生活が始まる。新学期ということで多くの生徒が期待を胸にトレセンの門をくぐっていく。私もその一人だ。

 

 「スズカさ〜ん!!」タタタ

 

 「スペちゃん」

 

  後ろからスペちゃん、もといスペシャルウィークちゃんが走ってくる。彼女は私と同じチームスピカのメンバーで私の後輩にあたる娘でとても素直で可愛い娘。

 

 「鞄持ちますよ、スズカさん!」パッ

 

 「あ、ちょ…スペちゃん」

 

  と私の鞄を取って自分の肩にかけるスペちゃん。スペちゃんが私の手助けをしてくれる理由は勿論、私が足の怪我をしてしまったことだ。秋の天皇賞で私は足を怪我してしまい、チームのみんなやトレーナーさんに迷惑をかけてしまった。とても申し訳ないことなのだけれども…。彼女に少し心配なことがあって…。

 

 「スペちゃん、私のことは大丈夫だから…」

 

 「大丈夫ですよ、スズカさん!このままスズカさんの教室まで運びますね!!」

 

 「い、いや…その…」

 

  心配なことというのはスペちゃんが最近、私のことで執着しすぎるということ。手伝いはいらないということではなくむしろ有り難いことなのだけれど、自分のことを疎かにしてないかがとても心配だった。

 

 

  〜教室〜

 

 

 「それじゃあスズカさん、昼休みにまた来ますね!」タタタ!

 

 「う、うん…」

 

  と自分の教室へと戻っていくスペちゃんを見送り私は自分の席につく。

 

 「おはよう、スズカ」

 

 「ドーベル…。おはよう」

 

  スペちゃんと入れ替わるように教室に来たドーベル。

 

 「ねぇ、さっきのってスペシャルウィークって娘よね。なんで高等部の教室にいたの?」

 

 「えぇっと、それはね…」

 

  私はドーベルに事の顛末を話した。話を聞いたドーベルは腕を組んで難しい顔をする。

 

 「ねぇスズカ、その娘大丈夫なの?何て言うか自分を見失ってない?」

 

 「自分を…?」

 

 「うん。あの娘、日本一のウマ娘になるっていう夢があるじゃない?その為にトレセン学園わけで、でも今はその面影がないっていう感じがあるのよね」

 

 「そうなの?」

 

 「ここ最近のあの娘、口を開けば『スズカスズカ』って言ってて、友達の子達にもそう言ってたところ見たことあるのよ」

 

 「……」

 

  もしかして、私─────。

 

  ガラガラッ!

 

 「…」トコトコ

 

 「あ、燈馬君!」

 

 「!!」ビク

 

 「…おう」

 

  と燈馬君が遅れて教室に入って来た。

 

 「お、おはよう…!燈馬!」

 

 「おう、おはよう」

 

  と燈馬君は自分の席に着いた。

 

 「燈馬君、この前はありがとうね。プレゼントとっても嬉しかった!」

 

 「……」ポチポチ

 

 「燈馬君?」

 

  燈馬君は席に着くなり、携帯を取り出して操作し始めた。

 

 「ねぇ燈馬君、聞いてる?」

 

 「ん?なんか言った?」

 

 「だから、この前のプレゼントありがとうって」

 

 「プレゼント…?俺、なんかしたっけ…」

 

  と首を傾げる燈馬君。すると燈馬君の携帯が鳴り、燈馬君が携帯を見ると一瞬目を見開き、携帯をしまった。

 

 「あぁ~、プレゼントね。そうそう!ネックレスだったよな、どういたしまして」ウンウン

 

  と燈馬君は頷きながらそう言った。

 

 「う、うん…(なんかいつもと違うような…)」

 

 「みんな〜、席に着いて。ホームルームを始めますよ」

 

 「それじゃあねスズカ、燈馬」

 

 「うん。またね」フリフリ

 

 「お、おう…」フリフリ

 

  とドーベルは教室を出ていった。

 

 「それでは、今日の予定を言います。今日は始業式です。皆さんはホームルームが終わり次第、体育館に集まってください。わかりましたか?」

 

 「「「「はい」」」」

 

 「大事な式ですので、くれぐれも(・・・・・)遅刻しないように。特に風間君」

 

 「へ?」

 

  と燈馬君は面食らった顔をしていた。

 

 「大事な式の時に必ず遅刻しているんですからねキミは。今日という今日は、ちゃんと遅刻せずに集まってくださいね」

 

 「え、えーっと「集 ま っ て く だ さ い ね」は、はい…」

 

  と燈馬君は先生の圧に負けたのか先生の顔を見ながら頷いていた。

 

 「それでは、ホームルームを終わります。皆さんも遅れずに集まってください。では」

 

  と先生は教室を出て行った。クラスメイト達もぞろぞろと教室を出て行く。

 

 「私達も行こっか燈馬君。遅刻すると先生に怒られるんでしょ?」ガタ

 

 「そ、そうだな」ガタ

 

  と私と燈馬君は席を立って体育館に向かう。

 

 「ねぇ燈馬君、今日はなんか変だよ?」

 

 「え。そ、そうか?」

 

 「うん。何というか余所余所しい…というか、落ち着きがない…?というか」

 

 「そうか、な…?俺は普段からこんな感じだろ?」

 

 「……(怪しい)」

 

  今、目の前にいる燈馬君は燈馬君なのだけれども、いつもの燈馬君とは何か違う。雰囲気というかオーラというか、普段の燈馬君とは違う。

 

 「…何かあったの?」

 

 「い、いや!大丈夫だ、大丈夫だから!ね?スズカ…さん(・・)?」

 

 「さん(・・)?」

 

 「そろそろ時間だし、行こうか」

 

 「…」

 

 

 

  〜体育館〜

 

 

  ザワザワ、ザワザワ…

 

 「皆さん揃いましたね。式はまだですのでお手洗いに行く人は今のうちに行っておいてください。それと、式が始まりましたら私語は慎むように。それから居眠りもいけませんからね」

 

 「「「「はい」」」」

 

 「私は教員の待機場所にて待機しています。何かあればすぐに私のところに来るように」

 

  と先生は待機場所へと向かって行った。

 

 「……」キョロキョロ

 

  そして、私の隣にいる燈馬君は体育館に着くなりずっと辺りを見渡していた。

 

 「そんなに見渡して何か探しもの?」

 

 「え?」

 

  私は燈馬君に聞いた。燈馬君は一瞬驚いた表情を見せる。

 

 「私も一緒に探そうか?」

 

 「いや大丈夫、別に探し物とかじゃない」

 

 「じゃあ、なんで見渡してたの?」

 

 「えーっと…」

 

  私の質問に黙り込んでしまう燈馬君。

 

 「私には言えないこと?」

 

 「それは────。」

 

 『─────これより始業式を行います。生徒、起立』

 

 「「ッ!!」」

 

  たづなさんの声が聞こえ、全員が立つ。私も少し遅れてから立った。

 

 『ただいまよりトレセン学園、始業式を行います。一同、礼。────着席』

 

  たづなさんの掛け声で全員が礼、着席した。

 

 『まずは理事長挨拶からです。秋川理事長、よろしくお願いします』

 

 「うむッ!!」

 

  と理事長は壇上に上がる。

 

 『諸君ッ!トゥインクルシリーズでの盛り上がり感謝する!新しい季節となり、増々レースへの熱意が上がる時だと思う!だが、レースだけでなく勉学にも力を注ぎ、より良い学校生活を送ってくれ!』バッ!

 

  と理事長は扇子を大きく開く。

 

 『理事長、ありがとうございます。続いて─────。』

 

  ガラッ!!

 

 「理事長ッ!!!大変ですッ!!!」

 

  と一人の男の先生が慌てた様子で入ってくる。

 

 『どうされたのですか?今は式の途中で「トレセン学園に侵入者が!!!」え?』

 

   カラカラ…

 

  と声が聞こえた時、何かが投げ込まれる音が聞こえた。そして─────。

 

  プシュー!!!

 

 

 「え!?なに!」ガタ

 

 「煙!?どこから!?」ガタ

 

  突然の出来事に生徒みんなが慌てていた。

 

 『皆さん、落ち着いて下さい!!』

 

 「みんな落ち着くんだ!!」

 

 「落ち着け!」

 

  たづなさんやルドルフさん、エアグルーヴが生徒達を落ち着かせようとするが生徒達には声が届いていない。

 

 「燈馬君…。これ…」

 

  と私は燈馬君を見る。

 

 「おいおい嘘だろ…。アイツらが負けた?冗談はよせよ」

 

  と燈馬君が焦った様子だった。

 

 「燈馬君、何がどうなってるの…!」

 

 「これは、ちょっと…。ッ!みんなすぐにここから離れて!」

 

  と燈馬君が叫ぶのと同時に─────。

 

 「ヒャーーーッハーーー!!!!一ッ番乗りィイイイイ!!!!」

 

  ブゥウウン、ブゥウウウウウンッ!!!!

 

 

  と高々とエンジン音を鳴らしながら体育館に入って来た。

 

 『皆さん!壇上の方へ!避難してください!!』

 

  ドタドタ!!!

 

  たづなさんの声でみんなが動く。私も例外じゃなかった。

 

 「燈馬君、私達も早く行くよ!!」グイ

 

 「え、あ、ちょ…」タタタ

 

  私は燈馬君の手を引っ張って避難した。




 読んで頂きありがとうございます。

 ご指摘をくださった方々、ありがとうございます。そのご指摘を頂いた中で『エリザベス女王杯やジャパンカップを走ってない』というご指摘を頂きました。それについてはちゃんとした理由があります。じゃあその理由は何?と聞かれると、ここで言ってしまえばネタバレになってしまうので言えません。必ず話の中に入れますのでご安心ください。『NHKマイルカップ、ジャパンダートダービー』については完全に忘れてました。本当にすみません。
 これからも応援の方、よろしくお願いします。では次回!

 それでは、また〜


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鎮火

お久しぶりです。実に7ヶ月ぶりですね。アフタヌーンティーです。小説の方をすっかり忘れていました。すみません。7ヶ月ぶりに話が進められそうです。





 それでは、どうぞ


  〜体育館・立花side〜

 

 「(誰なんだ、この人達は!)」

 

  突如として現れた謎の集団。エンジンを吹かし、生徒や教師達を威嚇する。生徒達は怯えてしまって、中には腰を抜かして座り込んでいる生徒もいた。

 

 「な、何なんだ!君達は!!何処から入って来た!」

 

  と男性トレーナーは叫ぶ。するとバイクに乗った一人の男が答えた。

 

 「あぁん!ンなもん、正面から入ったよ。ぜ〜んぶ、ぶっ飛ばしてやったけどな」ケラケラ

 

 「そういや、警備の奴の他にガキみてェな奴もいたな〜。まぁ雑魚過ぎて話にならなかったけどな!」ケラケラ

 

  ギャハハハハハ!!!

 

  どうやらこの男達は警備員達を突破してここまで来たようだ。それに、この学園は腕のある警備員が何人かいる。けど、いくら腕のある警備員とはいえ数の多さでは敵いっこない。

 

 「コラコラ、よさんかお前さん等。皆が怖がってるだろう」

 

 「そうそう。ウマ娘は大事にしないとね〜」

 

  と集団の間から2人の男が出てくる。

 

 「あ、あなたは…!!」

 

 「柏木源太郎…元財務大臣…!」

 

  現れたのは柏木元財務大臣だった。

 

 「(この人は確か賭博や闇カジノなんかで警察署の方で捕まっていたはずじゃ…!まさか、脱走したっていうのは本当だったのか!ということはその隣にいるのは…)」

 

 「なんで、アンタもいるのよ…!」

 

 「よォミスターシービー、久しぶりだな〜。元気にしてたか〜?」

 

 「(柏木勇作…!)」

 

  手をヒラヒラとさせながら出てきたのは柏木源太郎の息子、柏木勇作だった。彼も父親と同じ罪を侵して捕まった一人。

 

 「アンタ、捕まったはずじゃないの!?なんで出てきてるのよ!!」

 

 「そんなことはどうでもいいんだよ。それよりさシービー、僕と夫婦になろうよ!僕と愛を育んで幸せな家庭を築こうよ!!」

 

 「絶ッッッッ対にイヤ!!!アンタのような人間なんかと誰が愛を育まなきゃいけないのよ!!この犯罪者!!!私に近づかないで!!」

 

  と大声を上げるシービーさん。体育館中にシービーさんの怒号が広がり、一気に静まりかえる。すると柏木勇作は頭をかきながら口を開く。

 

 「……そっか〜。そっかそっか。─────だったらッ!」

 

 

  スチャッ!

 

 

 「殺すまでだよ。キミをね」

 

 

  ザワッ!!!

 

 

  柏木勇作が腰の辺りから銃を取り出す。銃が見えた瞬間、全員がたじろぐ。

 

 「─────といってもキミは後で、だけどね。今は…アイツを先に殺らせてもらうよ。おい、そこにいるんだろ?出てこいよクズ野郎、風間燈馬!!」

 

  と燈馬君の方へと銃を向けた。

 

 「おら、出てこいよ。殺されたくなかったら出てこいよ!おら!!」

 

  と銃を突き出して脅してくる。後ろを向くと燈馬君が人混みを掻き分けて出てくるのが見えた。

 

 「よォし…。風間燈馬、お前は俺達に何したか覚えてるか?」

 

 「さぁ、知ら『パァン!!』…」

 

  柏木勇作が燈馬君の足元に向けて発砲する。まさか、あの銃は本物!

 

 「知らねぇなんて言わせねぇぞ?クソガキ。その言葉もう一度言ってみろ、テメェの身体に銃弾ブチ込んでやる」

 

 「もう一度聞く。お前さんは俺達に何をした?」

 

  柏木源太郎がもう一度燈馬君に聞く。燈馬君は少し黙ってから答えた。

 

 「何もしてない」

 

 

  パァン!!パァン!!!

 

 

 「うぐっ!」ドサ

 

 「燈馬君!!!」

 

  僕は撃たれた燈馬君のもとへ駆け寄ろうした。

 

 「おおっと、動くんじゃねぇぞ?お前さんも動けば蜂の巣にしちゃる」

 

 「クッ!」

 

  柏木源太郎が腰から拳銃を取り出して僕に向ける。

 

 「俺は言ったよな?次舐めたこと言ったら銃弾ブチ込んでやるってよ」

 

 「ハァハァ…」ポタポタ

 

  燈馬君の身体から血を流しながら倒れる。そんな燈馬君に柏木勇作が近づく。

 

 「なァ…俺はさァ聞き分けの悪いガキは大嫌いなんだ。ましてやテメェみたいな底辺のゴミくずと喋ってると虫唾が走んだよ。お前は俺の寛大な心を踏みにじった。しかも2回もだ!折角、俺が底辺のゴミくずのお前を生かしてやるチャンスをやったのに…、お前はそれを拒んだ。俺のような優しくて温厚な上級国民を敵に回したことをあの世で後悔しな」

 

  と倒れている燈馬君に銃を向ける。

 

 「死ぬ前に何か言い残すことは?」

 

 「……」ハァハァ

 

 「燈馬ッ!!!」

 

  とシービーさんが駆け出そうとしたが教師達に止められる。

 

 「離してッ!!離してよ!!!」

 

 「ダメです!!あなたが行けばあなたも一緒に殺されます!!」

 

 「だからって燈馬を見殺しなんて出来ない!!」

 

  何とか教師達を振り解こうとするが教師達はシービーさんを離さまいとシービーさんを抑える。

 

 「…なんでお前みたいな底辺が選べて俺が選ばれないんだよ…!ふざけんな…、ふざけんなふざけんなフザけんな!!」

 

 「……」ハァハァ

 

 「シービーを…、彼女を愛しているのは俺だ!お前なんかよりずっと彼女を幸せに出来る!!彼女が欲しい物はなんだって与えれるし彼女を危険な目に合わせることもない。彼女の隣に相応しいのは俺だ!!」

 

 「……ならさ、もし仮にそのシービーさんが危険な目に合ったら…アンタはどうすんだ?身を挺して彼女を守る、てか?ハッ!お前には無理だよ」

 

  燈馬君が身体を起こす。

 

 「お前には覚悟ってモンが感じられねぇンだよ。生半可な覚悟じゃあヒト一人も助けることなんざ出来ねぇよ」

 

 「な、なんだと…!」

 

 「ましてや人を殺そうとしてる奴が人を守ろうとすることは出来ねぇだろうけどな。警察に捕まったんじゃあ尚更無理か」

 

 「………もういい、死ね」カチャ!

 

  と銃を構え引き金のところに指を添える。

 

 「(本気で引き金を引くつもりだ!……こうなったら────!)」

 

  僕は右手を内胸ポケットへと忍ばせ、そして────。

 

 「待て、勇作」

 

 「あぁ!?止めんじゃねぇ!!!俺は今からコイツを「コイツは風間燈馬じゃねぇ」…は?何を言って…」

 

  と柏木源太郎が勇作を止め、前に出た。

 

 「お前…、何者だ」

 

  と、辺りは静まり返る。

 

 「俺は─────。」

 

  と燈馬君(・・・)が顔を上げようとする。

 

 

 「ありゃ〜、バレちった?完璧な変装させたんだと思ったんだけどな〜」

 

 「ッ!?誰だ!!」

 

  と声の方を見る。すると2階の廊下辺りに─────、

 

 「(人!?)」

 

 「何モンだ!テメェ!!」

 

 「何モンだって言われても…、アンタらが何モンなんです?」

 

  と全身黒で仮面の付けた人物が現れる。声からして男に違いないだろう。それに声も若い。

 

 「俺は財務大臣の息子だぞ!!舐めた態度取ってんじゃねぇぞ!!」

 

 「“元”な?元をつけろよ、元を」

 

 「……ッ!!」ギリギリ

 

 「────その辺にしといてやれよ。可哀想だろ」

 

  と別の方向からも男性の声がした。見るとさっきの人と同じ格好のした男がバスケットゴールに腰かけ、足を組んでいた。

 

 「え、お前その犯罪者達に肩貸すの?」

 

 「誰がそんなクズに肩入れするかド阿呆。さっさと終わらせようぜ」

 

  と仮面の人達だけが会話し、僕らが置いてけぼりになっていく。

 

 「おいテメェら!!さっきからダラダラと喋りやがって…!何しに来たんだ!!」

 

  と柏木勇作が叫ぶと仮面達の会話が止まる。

 

 「そりゃ〜…」

 

 「もちろん…」

 

 

 

 

 

 

 

「「お前らを潰す為」」

 

 

 

 「……ッ!!?」ゾクゾク

 

  何なんだこの寒気は…!この人達は一体───。

 

 「まぁとりあえず、グダグダ喋るより行動に移した方がいいか。ヨッ!」タン!

 

 「そうだな」タン!

 

  と仮面の人達が降りてくる。

 

 「それじゃあアンタら…覚悟しろよ?」ポキポキ

 

 「…」ポキポキ

 

  と柏木達に近づいて行く。

 

 「お、お前ら!それ以上近づくとこれで撃つぞ!お前らを簡単に殺せるんだぞ!?」

 

  と柏木勇作が銃を構える。けど仮面達は臆することなく近づく。

 

 「お、おい!聞いているのか!!おい!」

 

 「「…」」コツコツ

 

 「…ッ!お前ら、やれ!!」

 

 「ハァ…俺達も舐められたモンだな」

 

  と後ろに控えていた男達が仮面達に近づく。

 

 「おい仮面野郎共。その気色悪ぃ仮面引っ剥がしてボコボコにしてやるよ」

 

 「ヘヘっ。どんな面してっか楽しみd『ドスッ!』ッが!?」

 

  仮面の男が男の一人に金的蹴りを入れる。

 

 「て、テメェ…!クソ…!」ガクガク

 

 「ひ、卑怯だぞ!」

 

 「戦いに卑怯も何もないんだけど」

 

  慌てる男達に対して仮面の男は至って冷静だった。

 

 「クソが!」ブン

 

  と別の男が金属バットを振り下ろす。

 

 「よっ」ヒュン

 

  カンッ!!!カラカラカラ…

 

  振り下ろされたバットを仮面の男が蹴り飛ばす。バットは遠くへ飛んで行ってしまった。

 

 「こらこら、そんな物騒な物を振り回さないの。人に当たったらどうするの、危ないでしょ?そういうのは─────。」ヒュン

 

  ドスッ!

 

 「がふっ!…」ドサ…

 

 「こういう風にしなくちゃね」

 

  仮面の男はバットを持っていた男に鳩尾を入れる。

 

 「さて…、次は誰かな?」ポキポキ

 

  男達に威圧するように手の骨を鳴らす。別の仮面の男を見ると足元には既に数人の男達が倒れ伏していた。

 

 「とっとと終わらせて帰るぞ。時間をかけ過ぎるとアイツが怒るか─────。」

 

 「死ねっ!!!」

 

 

  ガンッ!!!

 

 「……」バタ

 

  と仮面の男が鉄パイプで頭を殴られ倒れた。

 

 「…クソが。手間かけさせやがって。…まぁいい、この仮面引っ剥がしてその面剥いで『ドカッ!!』ガハッ!…」バタ

 

  仮面の男は飛び起きるのと同時に顎に蹴りを入れ、男を倒した。

 

 「ったく、人を鉄パイプで殴るなんてどういう神経してんだ。危ねぇだろうが」ゴキゴキ

 

  と首辺りに手を置いて、音を鳴らした。

 

 

  パキーン!パラパラ…

 

 「あれま」

 

  と仮面の男が着けていた仮面が割れ落ちた。

 

 「こ、子供…?」

 

  と仮面から見えたのは高校生くらいの青年だった。

 

 「ありゃりゃ~。こりゃあ孔明にもっかい作ってもらわねぇとな」

 

 「何?どした?」

 

 「いや〜、仮面割れちまってよ〜。顔バレしちまった」

 

 「あらぁ。しゃ〜ね、俺も外すわ。息しづれぇし」カタ

 

  ともう一人の仮面の男も仮面を外す。もう一人も青年だった。

 

 「が、ガキだと!?」

 

 「どうも〜。こんなガキに負けるなんてアンタ達、大したことないね」ニヤニヤ

 

  と一人の少年がニヤニヤしながら男達を煽る。

 

 「英道、さっさと片付けるぞ。アイツが痺れを切らすかもしれんからな」

 

 「そうすっか。おじさん達、ちょ〜っと痛いけど我慢してね〜」ポキポキ

 

  と指の骨を鳴らして男達へと近づく。

 

 

 

  パァン!パァン!

 

 

 

 「「「ッ!!!」」」ビク

 

 「あ〜。来ちゃったか〜…」

 

  突如として鳴り響いた銃声音。全員が銃声の鳴った方を見る。

 

 「(背後にもう一人の仮面の人物!しかもあの仮面はシービーさんの時の!!)」

 

 「お前達、随分と時間をかけるんだな」

 

 「いや〜悪い悪い。今からやるとこだったんだ」

 

 「…」スタスタ

 

  仮面の人間が銃を持って男達の方へと歩いて行く。

 

 「お前!動くな!動くんじゃねぇ!!」スチャ

 

  と柏木勇作が銃を構える。だが、仮面の人間は歩みを止めない。

 

 「動くなって言ってんだろうがぁああ!!!」

 

 

  パァン!────カァアアン!!

 

 

 「……」シュ~

 

  頭の辺りに銃弾が当たったのか、煙が出ていた。

 

 

  ピシッ!ピキピキ、パラパラ……

 

 

 「え…。嘘、だろ……」

 

  仮面にヒビが入り、砕け散る。そして、僕はその仮面の下を見て言葉を失った。

 

 「燈馬、君…?な、んで……」

 

 「な、何故だ!何故、風間燈馬が2人いる!?」

 

  僕も驚きが隠せない。柏木勇作の近くにいる燈馬君と銃を向けられている燈馬君。一体何がどうなって─────。

 

 「よっこいしょ」ビリビリ!

 

 「は、はぁあ!?」

 

  柏木勇作の近くにいた燈馬君の顔が剥がれる(・・・・)

 

 「べ〜、だ」

 

  とマスクの下は燈馬君ではなく別の男の子だった。

 

 「な、んで…「どうした?何か不都合なことでもあったか?」…ッ!」スチャ

 

 「さっきから銃を向けてるが、それは玩具か何かか?」

 

 「だ、黙れッ!これは玩具なんかじゃない!本物だ!」

 

 「なら銃刀法違反だな。それと脱走者の上、重罪になる。お前は二度と社場に出ることはないだろうな」

 

 「黙れ…。黙れ黙れ黙れ黙れ黙れぇええええ!!殺す!お前を必ずここで殺して地獄へ送ってやるぅううう!!!」

 

 「よせ!止まれ!!燈馬君ッッッ!!!」

 

  クソ!!こうなったらこれ(・・)を、と僕は胸内のポケットへと手を忍ばせ─────。

 

 

   パァン!!!!

 

 

 「─────。」

 

 「と、うま…君……」

 

  引き金を引いたのは柏木勇作、撃たれたのは燈馬君だった。燈馬君の頭が後ろへいってることから撃たれたのは頭だとすぐに分かった。

 

 「は、ハハ…。ハハハ!!アーッハハハハハハハハハッ!!!!やった…!やったぞ!!遂に俺は風間燈馬をヤッたんだ!!!!」

 

 「そんな…。燈馬君……」

 

  目の前で自分の教え子が撃たれたのを僕はただただ見ていることしか出来なかった。もっと僕が早くに準備していれば…!!

 

 

  ダンッ!!!!

 

 

  撃たれた燈馬君の身体は後ろへと倒れていくはずが何故か踏みとどまった。まさか─────!

 

 「─────は?」

 

 「…クソ野郎が。調子ノッてんじゃねぇよ」グググ

 

  と燈馬君の左手に力がこもる。

 

 「なんで生きて─────」

 

 

  バコォオオオオオンッッッ!!!!!

 

 

 「消えろ」

 

  燈馬君が素早く柏木勇作に距離を詰め、燈馬君の左ストレートが柏木勇作の顔面にクリーンヒット。そのまま床へと叩きつけた。

 

 「…。そっちは終わったか?」

 

 「バッチリでっせ」

 

  という声を聞いた瞬間、僕は瞬時に周りを見る。既に柏木達が倒れ伏していた。

 

 「1分後にサツ(警察)が来る。後処理はアイツら任せよう」

 

 「そうすっか。それじゃあ俺達は退散退散」

 

 「大丈夫?委員長、ちゃんと生きてる?」

 

 「死ぬかと思ったわ!!燈馬に言われて防弾チョッキ着てたから助かったけど!ていうか防弾チョッキ着てても滅茶苦茶痛てぇんだけど!。てか、なんで防弾チョッキの中にトマトじゅー」

 

 「死ななかっただけマシだと思っとけって」ケラケラ

 

 「走馬灯見えたわ!!!」

 

  と燈馬君達は体育館の出口へと歩いて行く。

 

 「そういや、銃弾よく避けたな」

 

 「いや、避けたんじゃなくて取ったんだよ。委員長、記念にプレゼントだ」

 

 「いらんわ!!」

 

  と燈馬君達は体育館の外へと姿を消して行った。その後すぐ、警察がやって来て事情聴取と現場処理をしていた。生徒達は安否確認の後、すぐに寮へと帰された。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「あれが風間燈馬か…。一体どんな血の味がするんだろうね」

 

 

 

 

 

 

 

 




読んで頂きありがとうございます。これから話を進めていけるよう小説を書いていきますのでよろしくお願いします。



  それでは、また〜


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宝塚記念と不安と悩み

 あと1ヶ月で2.5周年ですね。皆さんはジュエルはありますか?自分はシリウスに使ってしまいほぼありません(ついでに大爆死。全く当たらん…)。






 それでは、どうぞ


  〜トレセン学園、燈馬side〜

 

 

 「次は宝塚記念だね燈馬君」

 

 「そうだな。ここまで順調に来れて良かったよ」

 

  春の天皇賞。ヴィクトリアマイル。安田記念。かしわ記念。帝王賞。どれも1着かつレコードで勝てた。後は1週間後に迫る“宝塚記念”だけだった。それを終えれば夏合宿が始まる。

 

 「宝塚記念にはスピカのスペシャルウィークさん、リギルのグラスワンダーさんが出場する。特にグラスワンダーさんは用心すべき相手だ。ジュニア期にG1レースを勝ってるし、黄金世代と呼ばれる世代の一人だ。覚えておいて」

 

 「了解」

 

 「それでトレーニングなんだけど「その前に」……」

 

 「これ、どうにかして」

 

 「……」ギュウウウ

 

  とこんな感じでずっとしがみついて離れないシービー。

 

 「シービー、トレーニングがしたいんだが「ヤダ」……」

 

  あの日以来、シービーが離れようとしなかった。俺が撃たれるところを見てしまって怖くなったんだとか…。

 

 「シービーさんが怖くなるのも無理はないと思うよ。僕もびっくりしちゃったし、万が一ってことも考えちゃったしね…」

 

 「何もなくて良かったって思えばいいんじゃねぇか…」

 

 「そう簡単に気持ちの切り替えなんて出来ないよ…」

 

  とこんな感じでなんやかんやで宝塚記念に向けてトレーニングを始めた。

 

 

 

 

  〜翌日、宝塚記念〜

 

 

 『トゥインクルシリーズファンの皆様、お待たせしました!待ち待った宝塚記念の開幕です!』

 

 「今日の作戦はどうするの?」

 

 「“逃げ”で行く。特に変わりはない」

 

  ゲートに入るまでの少しの時間、俺はトレーナーとレースの作戦について話をしていた。

 

 「最近思ったんだけど、逃げや先行が多くなったね。いつもなら差しとか追込なのに…」

 

 「まぁ…気分転換ってやつさ」

 

  俺は最近のレースで差しや追込で走らなくなった。変えた理由は特になく単純に走れるかなと思って走ったら思ってた以上に走れた、そういった感じだ。

 

 「(夏合宿でミスディレクションの精度も上げたいし、今はこのまま逃げとかで走った方が良さそうだな)そろそろ行ってくる」

 

 「うん。わかった」

 

  俺はトレーナーとの話を切り上げ、ゲートに向かう。

 

 「シノンさん、6枠7番にお願いします」

 

 「はいよ」ガコン!

 

  とゲートに入ると後ろの扉が閉められる。

 

 「燈馬さん!お隣だったんですね!」

 

 「ん?フクキタルじゃねぇか」

 

  と隣にはフクキタルことマチカネフクキタルがいた。そっか、こいつも宝塚記念出てたんだ。

 

 「フッフッフ〜。燈馬さんには申し訳無いんですが今日のレースは私が貰います。今日は金の鯱鉾が良いとシラオキ様からお告げを聞いたので!」バン!

 

  とどこから取り出したのかピカピカに輝く金の鯱鉾がデカデカと存在感を出していた。

 

 「…お前、そんなの持って走んのか?バ鹿なのか?」

 

 「違いますよ!!引き摺って走るんですよ!!」

 

 「やっぱバ鹿じゃねぇか。せめて背負え」

 

  いや、背負えっておかしいな。置いてけだな。

 

 「これを持てば今回のレースは私の…。え?没収??ま、待って下さい!!それがないとシラオキ様からのお告げが〜〜!!!」

 

  何かを察したスタッフがフクキタルの持っていた金の鯱鉾を取り上げた。しかもあの鯱鉾持った時、スタッフ複数人が「重ッ!!」って言ってたな…。あれってマジの鯱鉾か…?こいつ相当ヤベーぞ。

 

  ピリピリ……。

 

 「……?」

 

  騒いでいるフクキタルの奥でピリつく空気を感じる。あれは…。

 

 「(グラスワンダー、か?しかもあのオーラ……)」

 

  ブライアンの時に感じ取った感覚と同じ。”アレ“の予兆、前触れか?

 

 「(まぁ、勝てなければ意味ねぇけどな)」スッ

 

  俺はスタートの構えを取る。

 

 『いよいよ宝塚記念────!』

 

  パァン、ガコン!

 

 『スタート!!』

 

 「ッ!」ダッ

 

  と俺はゲートが開いたのと同時に先頭に出るよう前につく。

 

 『多くの夢を乗せ、ウマ娘達が大歓声のスタンド前を駆け抜けて行きます。先頭にはシノンが大きく差を開くように前に出ます。後の集団はやや固まった状態です』

 

 「(さて、誰が上がってくるか…)」

 

  俺は走りながら最後の直線で誰が来るかを考えていた。

 

 「(来るとしたらスペシャルウィークかグラスワンダーか。スペシャルウィークは春天の時の走りを見るに来るとは思うが、恐らく精神面で何かしらあったんだろうな。ゲート前にチラリと見えたが顔に出てたな)」

 

  スペシャルウィークは今のレースに集中出来ていない。ドーベルから聞いた話だが、スペシャルウィークは何かとスズカといるらしく、口を開けばスズカスズカと言っているらしい。恐らくこのレースで勝つことはないだろう。となれば…。

 

 「(やっぱりグラスワンダーが上がってくるか。そういやあいつもスペシャルウィークと同級生だったか?あいつもあいつで執着するんだな)」

 

  グラスワンダーがスペシャルウィークの後ろについているのはわかっていた、というよりかは“そうするんじゃないか”と思っていた。

 

 『レースもいよいよ残り800mに突入!ここで各ウマ娘達のペースが上がる!第3コーナーで11人のウマ娘達が固まってきました!』

 

 「やぁあああああああっ!!!」

 

 『スペシャルウィークだ!スペシャルウィークが外からスパート!!先頭に追いつけるか!?』

 

  どうやらスペシャルウィークがスパートを仕掛けたそうだ。

 

 「(やっと来るのか。もう色々遅ぇけど)」

 

  何せお前の後ろには──────。

 

 『グラスワンダーだ!グラスワンダーが外から上がってきた!』

 

  それを見越した走りをするやつがいるんだから。

 

 『グラスワンダーがスピードを上げた!スペシャルウィークを一気に交わした!だが先頭は未だシノン!!』

 

 「いけーーー!!グラスワンダー!!」

 

 「差せーー!!差し切れーー!!」

 

 「はぁああああああっ!!!」

 

 『グラスワンダーが更に加速ッ!!先頭と残り1バ身!!』

 

 「(来れるモンなら来てみろ、グラスワンダー)」

 

  俺はグラスワンダーとの差、1バ身をキープして走る。敢えて離さない、そのまま保つ。

 

 「くっ!?」

 

 『グラスワンダー縮まらない!あと1バ身!あと1バ身の差が埋まらない!!』

 

  グラスワンダーは何とかして差を埋めようとするが埋まらない。グラスワンダーが加速すれば俺も加速する。完全なイタチごっこだ。

 

 『シノンが1着でゴールイン!!グラスワンダー惜しくも2着!あと1バ身だけでした!』

 

 『非常に惜しいレースでしたね。グラスワンダーさんも何とか食らいついたのですが』

 

 「ハァハァ…」

 

  肩で呼吸するグラスワンダーと困惑の表情をするスペシャルウィークを横目に俺はターフを去った。

 

 

 

  〜⏰〜

 

 

 「(これが終わればあとは夏合宿。それからエリザベス女王杯でそれから…)「待って下さい!」ん?」

 

  帰る途中、後ろから声をかけられる。

 

 「お前は確か…」

 

 「キングヘイローです。クラシックではお世話になりました」

 

 「あぁ。で、そのキングヘイローが俺に何か用でも?」

 

 「単刀直入に言います。あの走りはなんですか、まるでグラスさんを煽るような走り」

 

 「煽るような走りじゃなかったと思うんだが?」

 

 「とぼけないで下さい!」

 

  とキングヘイローの声が響き渡る。

 

 「貴方の走りには熱が感じられない!情が感じられない!貴方は何の為に走っているのか、私には分からないのです!」

 

 「情、ねぇ…」

 

  そんなのがあったら───────。

 

 「苦労してねぇよ(・・・・・・・)

 

 「それってどういう「キングさん」グラスさん…」

 

  キングヘイローの後ろからグラスワンダーがやって来る。

 

 「燈馬先輩、今日のレースありがとうございました。私の今回の敗因はスペちゃんに執着し過ぎてしまったことです。燈馬先輩もそれを見抜いていらっしゃいましたよね?」

 

 「まぁな」

 

 「今回は私自身が原因で敗けてしまいたが、次はこのような無様な姿はお見せしません。そして─────。」

 

  とグラスワンダーが俺との距離を詰め、鋭い目つきで俺を睨む。

 

 「受けた屈辱は……、倍にして返しますッッッ!!!」

 

 「出来るモンならやってみな。不退転娘」

 

  と言って俺は帰路に着いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  〜キングヘイローside〜

 

 

 「良かったの?再戦要求をしなくて」

 

  と私は燈馬先輩の背中をずっと見つめるグラスさんに話しかける。

 

 「はい。今の私がもう一度、燈馬先輩と走ったところで今日以上の屈辱を受けるだけです。ですから、まずは力をつけて今度は私が燈馬先輩に屈辱を与えるのです。私に屈辱を与えるということはどういう事かを識らしめる為に」ゴゴゴ

 

 「ぐ、グラス…さん?もしかして…、怒ってらっしゃる?」

 

 「いえいえ〜。ぜ〜んぜん、怒ってなどいませんよ?」ピキピキ

 

 「ひっ!」

 

  グラスさん、貴方すっごく青筋が立ってるわよ…。燈馬先輩、とんでもない方を怒らせてしまったようね…。

 

 「そ、そんなことより!スペシャルウィークさん、大丈夫かしら…?レースに集中出来ていなかったような感じがしたけれど」

 

  と私は燈馬先輩から話題を変えた。グラスさんをこれ以上怒らせない為に。

 

 「えぇ。先程、スペちゃんに”私は全力でスペちゃんに挑みに行きました。スペちゃんは全力で来てくれましたか?“と問いかけました」

 

 「答えは返ってきたの?」

 

 「……」フルフル

 

  と首を振るグラスさん。最近のスペシャルウィークさん、何かとスズカさんスズカさんって言ってたものね。やっぱり、スズカさんの故障が影響してるのかしら…。

 

 「(私も他人の心配をしている場合じゃないわ。私ももっと強くならないと…!)」

 

  と私は気合を入れ直した。

 

 

 

 

  〜病院前・燈馬side〜

 

 

 「(もうそろそろかな…)」

 

 

  ウィ〜〜〜〜ン…。

 

 

 「……」

 

 「よぅ、スズカ」

 

 「燈馬君…」

 

 「ちょっと歩かねぇか?」

 

 

 

 

  〜⏰〜

 

 

 

 「脚はどうだ?」

 

 「うん。問題ないって…。燈馬君がケアしてくれたおかげで早く復帰出来そう…」

 

 「俺は何もしてねぇよ。でもそうか…、それなら本格的に復帰に向けてトレーニングか」

 

  と俺は病院から出て来たスズカと並木通りを歩いていた。

 

 「……」

 

 「…スペシャルウィークのことか?」

 

 「え、どうして…」

 

  病院を出てからスズカの表情は暗いままだった。大方スペシャルウィークのことについてなんだろうということは予想がついていた。

 

 「最近、付き纏ってくるじゃねぇかアイツ。無理矢理荷物持とうとしたり飯分け与えたり、スズカの負担を軽くしようとしてるがそれが逆効果になってしまっている。アイツは今の自分を見失っている」

 

 「……っ」

 

  スズカは恐らく気づいていた。だが、スズカの性格上あまり口出し出来ないのも俺は知っている。だから、どうすればいいのか分からない。

 

 「(そんなもの、突っぱねろよって言ってもスズカには難し過ぎる話だし、何よりこれはチームスピカの問題だろうな)」

 

 「燈馬君、私…分からないの。どうしたらいいか、分からないの…」

 

 「そりゃ、俺はお前じゃないしお前のことは分からん。お前が一体何に悩んでいるのかなんて分かりゃあしないからな」

 

 「……」ギュ

 

  とスズカの拳が強く握られる。

 

 「まぁでも、相談には乗ってやるよ。俺にしか話せないことだってあるだろうし、俺になら躊躇いなく話してくれていいんだぜ?スズカ」

 

 「燈馬君…」

 

 「さ、早く帰ろう。フジの奴がうるせぇからな。寮まで送るよ」

 

  と俺は寮までスズカを送り届け、自分の家に帰った。

 

 

 

 

 

 

 

 

そして、時は流れて─────

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「ねぇねぇ燈馬!海だよ!海!」

 

 「わーってる、わーってるっての。耳元で騒ぐな」

 

 「みんなー!もうすぐ着くからねー!」

 

 「「「「「はーい!」」」」」

 

  夏合宿の時期がやって来た。

 

 

 




読んで頂きありがとうございます。

頑張って投稿していきますのでよろしくお願いします。


 それでは、また〜


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