勇気のバトンを手渡す先で (d.c.2隊長)
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勇気のバトンを手渡す先で

はじめましての方ははじめまして、そうでない方はどうも、d.c.2隊長です。

本作はあらすじの通り、現在メインで書いているゆゆゆ作品の執筆中にふと思い付いた設定を短編として書いたモノです。軽い気持ちで見ていただけたら幸いです。


 “7つまでは神のうち”という言葉がある。意味については諸説あるが、多くの場合は子供は7歳までは神の子、神から預かった子とされ、7歳まで生きられなかった子供の死はその子供を神に返したのだと言った。故に幼い子供は神に近い存在であり、そして死に近い存在であったのだと言う。

 

 だからだろうか。その子供……少年には、幼い頃に人ならざるモノが見えた、と言っても見えていたのはその存在だけだったが。少年の家がとある神を信仰する家であり、彼が見るその存在はその神であった。しかしまだ幼い少年は家のことも神のことも分からず、ただただ目の前の美しい女神に幼心ながら見惚れていた。

 

 そう、女神だ。人の姿をしていながら人ではあり得ない美しさ。その美貌は驚きに満ちており、少しして微笑みを浮かべた。

 

 ― 我が見えるのか ―

 

 女神曰く、神話の時代より遥かに神秘が薄れた現代に彼女の姿を見た者はほぼ居ないらしく、少年のように姿は見える存在に会ったのは本当に久しぶりだと言う。彼女の言葉を完璧に理解するには少年はまだ幼すぎたが、とりあえず目の前の綺麗なお姉さんが楽しそうなので自分もなんだか楽しくなって笑っていた。

 

 そんな出会いが少年の家の敷地内の大きな神社の社に忍び込んだ先にあった。好奇心に駈られて入った挙げ句隠れることもせず女神とお喋りしていた少年は、当然のように親に見付かって怒られた。

 

 

 

 

 

 

 怒られても気にせずに何度も忍び込んでは神様となんでもないお喋りを繰り返し、少年が7歳を越えた頃になると彼の目に見える女神の姿が薄れ始めた。少年も女神もそれがお互いの姿が見えなくなる事だと悟り、お互いに悲しんだ。それが分かる位には、少年は成長していた。悲しくて泣き出してしまう位に……それでも声を殺す位には、少年は男になっていた。

 

 ― 泣かないでくれ。見えなくなっても、声が聞こえなくても、我はそなたの……人間の近くに、自然と共に在るのだ ―

 

 神様の言葉はいつだって難しい。少年の泣き声混じりの文句にも苦笑いだけを返して、女神はすっと握った手を伸ばす。少年はきょとんとしてその手を見つめ、そんな彼を楽しげに見た女神は手を差し出すように言った。素直に従った彼は開いた手を伸ばし、女神はその手に握った手を伸ばし……開いて、握っていた物を手渡した。

 

 ― そなたとの時間は中々に楽しく、我にとっても有意義であったよ。それは餞別……いや、褒美という奴だ ―

 

 それは両刃の剣の形をした、お土産等で良くありそうなキーホルダー程度の大きさの物だった。柄の部分に丸い小さな穴が空いてあり、そこに紐を通すことが出来そうだ。それを見た少年は目を輝かせ、ありがとうと言おうと顔を上げた時には、もう神様の姿は無かった。

 

 

 

 

 

 

 姿が見えなくなっても、少年は神社へと忍び込んだ。それは他愛の無い話だったり、テストや運動会での活躍だったり、読んだ漫画や見たテレビ番組の感想だったりと話す内容はバラバラで、本当の目的は話ではなくただそこに居るであろう神様と同じ空間で過ごしたかったからだ。見えていない、聞こえていないと分かっていても、神様もその楽しげな少年の話を聞きながら相槌を打つ時間が好きだった。

 

 だが、時は過ぎるもの。やがて少年が更に成長し、青年へと成り始めた頃……照れ臭そうに笑いながら、少年だった青年はこう言った。

 

 「神様……俺さ、好きな人が出来て、告白したらOK貰えたんだ」

 

 ― そうか……そなたにも、愛する者が出来たのだな ―

 

 子供の頃から見てきた少年が成長し、ついには恋人が出来た事を女神は喜んだ。子供の成長は早いとは思っていたが、もうそこまで……と時の流れを改めて感じつつ、女神は青年を祝福する。いずれ式を挙げ夫婦となれば、もしかしたらこの場所に来なくなるかもしれないが……女神はそれでも良かった。目の前のまだ幼さを残す青年が真に幸福ならばそれは喜ばしい事だからだ。

 

 実際、青年は恋人だと言うその灰に近い髪色をした女性を連れて神社に来た後、実家を出て少し離れた場所で共に暮らすようになった。年に数回だけ顔を出す程度になってしまったが、女神はそれで良かった。青年と女性が幸福であれば、その数回の顔見せだけでも充分だった。

 

 

 

 

 

 

 だと、言うのに。

 

 

 

 

 

 

 それは青年が20半ばを迎えた年のとある雨の日。神社の……女神の前にずぶ濡れの青年が1人で姿を現した。その姿や妻の女性の姿が無いことに驚く女神だったが、生憎と声を掛けることも神社へと迎え入れることも叶わない。見えず、触れず、聞こえない事に今更ながら苛立ちを覚えた頃……青年の口から驚きの言葉が出た。

 

 「なぁ、神様……俺さ……独りになっちまったよ」

 

 夫婦となった青年と女性の幸福だった日々は、唐突に崩れ去った。数ヶ月前、青年と女性との間に待望の初めての子供が産まれた。女の子だったそうで、女の子が欲しかった2人はそれはもう喜んだ。今度からは夫婦だけでなく子供も入れた家族3人で新しい生活が始まるのだと、その時を楽しみにしていた。幸福の絶頂だった、と言っていい。

 

 

 

 その日から1ヶ月程経った頃、病院から子供が居なくなった。

 

 

 

 誘拐だった。その子供が狙われたのか、無差別だったのかは不明。その病院から看護士が1人居なくなった事もあり、その看護士か共犯者の犯行だと思われるとのこと。身代金の要求のような犯人からのアクションは何もなく、その日から今日まで警察が動いているが、犯人も子供も見付かってはいない。そして、更に悪いことは続く。

 

 出産後から快復へと向かっていた妻の容態が、精神的な理由からか突然悪化したのだ。病院も手を尽くしてくれたが、ほんの数日前……子供を奪われ、夫を独り残す事に涙を流しながら、夫に手を握られて息を引き取った。子供も見付からず、生後まもない事を考えれば最悪の場合……夫は、青年は精神的に打ちのめされていた。

 

 声も無く、雨に隠れるように啼き続ける彼に女神は何も出来ない。慰めの声を掛けることも、濡れた体を暖める事も、その悲しみを癒すことも、何も。その日を最後に、青年が神社に来ることはなくなった。

 

 

 

 

 

 

 あれから10数年。質素なアパートの一室の窓側に体を預けて夜の町並みを眺める男が1人。日本人らしい短い黒髪に180半ばの身長、仕事の影響か細身ながらがっしりとした体つき。後数年もすれば40となる男は無気力な目で仕事の疲れを癒しながら、ぼおっとその町の明かりを眺めていた。

 

 「……いつになれば、見付かるんだろうなぁ……」

 

 10数年。未だ犯人も子供も見付かっていない。余程犯人達の運と計画が良かったのか、それとも警察が無能なのか。捜査が始まった頃はあまりにも遅いと、頼りないと怒ったものだが10数年も経てばもはや怒る気力も無く、男は足下に転がっている仕事帰りにコンビニで買った麦茶のペットボトルに手を伸ばした。同時に、体を少し動かしたからから首元からちゃり……と音がなり、男は視線をそちらへと向けた。

 

 首元にあるのは、安物の紐に通した男の左の薬指に嵌まっている物と同じ指輪と神様から貰った剣の形をしたアクセサリーのような物。酒やタバコ、ギャンブル、怪しいクスリに逃げそうになった時、いつもこの2つが擦れあって音を鳴らし、男を正気に戻してくれた。無気力ながら健康なのはこれらのお蔭だと男は思っている。

 

 「……久々に、神社に行ってみるか」

 

 ふと、男はそう思い至った。すっかり暗くなっているが、最近は()()()()()()()()()人通りも車も少なくなっている。揺れるかもしれないが、特に気にすることも無いだろうと楽観的に考え、男は財布や携帯をポケットに突っ込み、薄手のジャケットを着て部屋を出た。

 

 アパートから神社まで徒歩で30分程の距離。予想通り人も車も殆ど遭遇する事なく、少しばかり地面が揺れたが特に危なげなく神社へと続く階段の前に辿り着いた男。久々に見る神社の姿と過去に見た女神の姿を思い浮かべ、少しだけ口元を笑みの形に変えた男は階段を登り……。

 

 

 

 辿り着いた先で、内側から弾け飛んだかのように破壊された神社と……見覚えのある年配の男女の上半身が、見たこともない2匹の異形の化け物の口からそれぞれ力無く垂れ下がっているのを見て絶句した。

 

 

 

 「ぁ……あ……?」

 

 脳が理解することを拒み、現実を直視することを拒むように視線があちらこちらへ動く。それによってまた、別のモノが目に入る。

 

 それは誰とも知れない人間の腕だ。どこに付いていたのかもわからない指だ。立つことが出来ない足だ。首から下を失った頭だ。骨や内臓が剥き出しになった体だ。雨も振ってないのに出来た赤黒い水溜まりだ。

 

 ぐちゅり、と生々しい音がした。ごとっ、と重いモノが落ちた音がした。男がそちらへと目を向けた。向けて、しまった。

 

 

 

 「……父さん……母さん……」

 

 

 

 苦悶の表情を浮かべ、口や鼻から血を垂れ流した上半身だけで()の上に年配の男女が転がっている。それは男の両親であった。ピクリとも動かない、誰が見ても絶命していると分かるその姿に男は再び絶句し、釘付けになる。だが、自身に影が掛かった事で自然と目線を上に上げた時。

 

 

 

 目の前で、2匹の化け物が血に濡れた口を開いて男を喰らおうとしていた。

 

 

 

 「う……お、おおああああっ!!」

 

 咄嗟だった。必死だった。目の前に死体があるとか血溜まりがあるとかは既に意識の外で、それらを踏みにじり体にまみれることになってでも前へと飛び込んだ。その一瞬後、後ろからガチンッ! と強く歯を鳴らす音がした。今度は音に反応して振り向くことはなく、ただ前に向かって走った。

 

 「あ、いっ、たぁぶっ!?」

 

 が、そちらにあるのは崩壊した社。賽銭箱やその裏の社に入る為の階段なんかは無事だったようで思いっきりそれらに足を取られ、不様にも顔から地面にぶつかった。あまりの痛みに情けなくも涙目になりながら立ち上がり……男は3度絶句する。

 

 何度も視界には入っていた筈なのに、はっきりと認識したのはこれが初めてだった。男の目の前にあるのは内側から弾け飛んだように崩壊した社。そこに、過去に神様と語った穏やかな空間は無い。神棚のようなモノや奉納されていたであろう物すら、何も。あるのはどこの部分かもわからない破片。そしてまた誰とも知れない数人分は死体と血溜まり。

 

 「……なんだよ……なんなんだよ……」

 

 男はよろよろと立ち上がり、社に上がり込んで虚空に手を伸ばす。背後からまた2匹の化け物がゆっくりとやってきていることなど気にせず、何も無い空間に視線を向けていた。

 

 「俺が何をしたって言うんだ……? 俺の何が悪いって言うんだよ……っ」

 

 その言葉に籠められた感情は何だろうか。怒りか。哀しみか。恐怖か。或いは逆に何も感じていないのか。

 

 神様が見えた。神様と話した。神様に褒美を貰った。普通とは違う体験をした男はありふれた幸福を手にした。恋が叶い、籍を入れ、子を成し、その手に抱いた。だがその幸福はあまりに唐突に消え失せた。子は奪われ、そのせいで妻は命を落とし、両親は化け物に喰われ、神様との思い出の場所は崩壊した。

 

 自分が一体何をした。理不尽だ。不条理だ。こんな風に何もかも奪われなくてはならない事をしたのか。ありふれた幸福を享受する事が許されないのか。綺麗に仕舞っていた思い出すら血で汚されなければならないのか。そして自分の命すら、抗うことも出来ずに散ることになるのか。

 

 

 

 ― ふざけるな ―

 

 

 

 それは男の声だったのか、それとも別の誰かの声だったのか本人すら理解していないが、その声は確かに社だった場所に小さく響いた。伸ばしていた手を無意識に首元にある指輪と小さな剣に持っていき、纏めて握り締める。そのまま振り返り……般若の如き憤怒の形相で化け物共を睨み付けた。

 

 何も感じていない訳がない。混乱も、恐怖も、哀しみも、怒りが凌駕した。これまでの自身の人生への、思い出を汚した化け物への、今まで抱いた事のない程の怒りが。

 

 「ふざけるな! ふざけるな!! ふざけるなよ!!」

 

 化け物達が口を大きく開いた。

 

 「俺が何をしたってんだよ!! なんでお前達みたいな化け物に両親を殺されて!! 思い出の場所を壊されて!! 俺まで喰われなきゃならねぇんだ!!」

 

 化け物共が加速し、男へと迫った。

 

 「俺が喰われるくらいなら……まだ見つかっていないあの子に会えないまま殺されるくらいなら……」

 

 そして、まさに先に出てきた1匹に頭を噛み砕かれそうになるという瞬間に。

 

 

 

 

 

 

 「俺が、お前らを殺してやる!!」

 

 

 

 

 

 

 その1匹の口しかない顔に、顎したから脳天まで何かが突き刺さった。それは男の手……首元の指輪と小さな剣を握りしめていた手から伸びていた。男はそのままその何かを振り上げ、化け物を両断し……そのまま飛び上がり、もう1匹を月下の下で睨み付け、見下ろした。

 

 それは、神様から貰った小さな剣をそのまま人間が扱う武器のサイズにまで巨大化させた両刃の剣であった。小さい時と同じように柄の先には大きくなった丸い穴があり、そこに安物の紐が通っており……この先に、指輪も同じように通っていた。

 

 その剣には名前はない。しかし、神話においてその名は有名だろう。本来なら、その名は剣の長さが“(つか)”……拳10個分の長さの剣の、神話に登場する幾つかの剣の総称である。だが、この剣の名は“それ”以外にはないだろう。故に、男が振るうその剣の名は。

 

 

 

 「死ぃぃぃぃいいいいねぇぇぇぇええええっ!!!!」

 

 

 

 “十束剣(とつかのつるぎ)”。または“十束剣(とかのつるぎ)”。日本神話に度々登場する剣は男の怒りに染まった力任せの振り下ろしにも関わらずあっさりと化け物を両断し、そのまま硬い地面に叩き付けられた後にその地面すらも深く、数十メートル先の場所までの長い距離を斬り裂いてみせた。その刃には傷一つ無く、月の光を反射して淡く光っていた。

 

 「はぁっ! はぁっ……はぁ……なんだこれ……神様、俺になんつーもん渡してんだよ」

 

 今しがた連続して起こった不可思議な出来事に驚きよりもはや諦めや呆れの感情が大きいのか、男は汗を流しながら苦笑い気味にそう呟く。どういう訳か羽のように軽い剣を軽く横に振り、ゆっくりと身体を真っ直ぐにしながら2つに裂けた化け物の死体に目をやり……大きく深呼吸。それは気を落ち着かせる意味を込めてしたことであったが、顔を上げた先の光景を見てまた目を見開き……疲れたように笑った。

 

 

 

 「……全く、次から次へと……」

 

 

 

 綺麗な月が昇る夜空に、先程倒した化け物がわらわらと浮いていた。10や20では利かない、大量の化け物。それが空を飛び回っている。少し視線を下げれば今度は街が視界に入る。ところどころから黒煙が登り、その元となる場所や周囲は火の手が上がっているのだろう赤く染まっていた。その光景を見て男は思う。さながら地獄のようだと。

 

 怒涛の展開に精神的には疲れきっているが、幸いにも体力はまだまだ残っていた。むしろ持っている剣の影響なのか普段よりも遥かに調子が良いことに今更気付いた男は再び神社へと目を向ける。その際、奥にある筈の実家が燃え上がっている事に今更気付く。実家と神社。神様との、妻との、家族との思い出の場所。それらの大切で綺麗な思い出が一気に甦り、現実と重なってどうしようもなく悲しくなり……。

 

 「……クソ……クソッ……! クソォォォォオオオオッ!!」

 

 流れる涙が、悔しさと悲しみと怒りに染まった叫びと共に溢れ出す。ほんの少し前まで、変わらない日常だったのだ。それが短時間で一気に非日常の地獄へと変わった。不気味な化け物に家族も思い出も奪われた。その出来事から逃げるように……或いは、もうその場所を見たくないと言うように、男は神社から走り去る。

 

 涙を拭き、宛もなく走る。アパートの部屋に戻るという考えはなかった。それよりもここではないどこかへ行きたかった。全速力で、体力の事など考えずに。不思議とどれだけ走っても疲れはしなかった。剣を手にした時から妙に体に力が溢れている事に意識を向ける余裕は男にはなかった。

 

 時折、化け物が向かってくる事があった。それを男は止まること無く走り抜け、その際に手にした剣で両断する。鎧袖一触。先のような息を荒くすることなく、技術もなく振るっただけで化け物は真っ二つになり男に道を譲る。そうして動き続けてしばらく、男は別の神社の近くまでやってきていた。

 

 (……いつの間にこんなところにまで……それに全然疲れてない……っ、あの子達!?)

 

 ようやく精神が安定してきたのか、己が走った距離と殆ど疲れていない事に今更驚く男。そして更に驚く光景が彼の視界に入る。

 

 それは、男と同じように武器を持った2人の少女の姿だった。1人は盾を持った小柄の、1人はボウガンのようなモノを持った長髪の少女達が手を繋いで階段の近くに居たのだ。よく見れば盾を持つ少女は小さいながら傷だらけで、ボウガンを持つ少女の手を握って守るように前に出て空を見上げている。その先には、やはりあの化け物達の姿。

 

 「っ……!!」

 

 瞬間、男は走る速度を上げた。それは少女達の危機的状況を見たから……ではない。生憎と男は既にいっぱいいっぱいで、少女と言えど直ぐ様助けに入ろうという意識はなかった。ただ、少女達の姿を見て思ったのだ。

 

 

 

 もし、娘が自分の元に居てくれたなら……少女達と同じくらいの年齢だっただろうか、と。

 

 

 

 それはいっぱいいっぱいで、精神的にも疲れ果て、日々を無気力にただ生きていただけの男に残っていた親心だろうか。それとも、男が持つ本来の優しさやお人好しの部分が今更沸き上がったのだろうか。それは男自身にも分からない。だが、行動を起こす理由としては充分であった。

 

 「お……おおおおああああっ!!」

 

 「「っ!?」」

 

 咆哮と共に走り、距離が縮まったところで跳躍。そこで男の存在に気付いた少女達がびっくりとした表情でそちらへと視線を向け、それを気にする間もなく同じように男へと向いていた化け物を縦一閃に両断。着地すると直ぐに少女達を背後へと庇い、両手で剣を握り締めて切先を化け物へと向けた。

 

 「動けるか!?」

 

 「え、あ、そ、その」

 

 「お、おっちゃん誰だ!? なんか、剣持ってるし! 服真っ赤だし! 怪我してるのか!?」

 

 「後でな! 今はこの化け物達から逃げるぞ。相手してたらキリがないしな……それから怪我はしてない。心配してくれてありがと、な!!」

 

 しどろもどろになって話せない長髪の少女の代わりに……という訳ではないだろうが、小柄な少女が問い掛ける。突然武器を持った成人男性が服を真っ赤に染めた姿で現れたのだ、疑問は次々と湧いていることだろう。だが男は今は答える時間はないとその問いを後回しにし、口を開けて向かってくる化け物をバットでも振るうように剣を振り回して切り捨てる。その光景に少女達は驚いたように、小柄の少女は小声で“すげぇ……”と呟き、ハッとしてから長髪の少女の手を引いて走り出す。

 

 「おっちゃんこっちだ!」

 

 「分かった!」

 

 小柄の少女の声に返事を返し、男は直ぐにそちらへと向かって少女達に並走する。どうやら宛があるようだと考えた男は黙って共に走り、たまに向かってくる化け物は小柄の少女と共に倒す。まさかこんな小さな子供が武器を手にしているとはいえ化け物を倒せるとは思っていなかった男は思わず驚きの表情を浮かべ、小柄の少女は得意気に笑った。

 

 「どーだ! タマもあいつらを倒せるんだぞ!」

 

 「……小学生に成り立てに見えたが、凄いなお嬢ちゃん」

 

 「んなっ、タマは小学生5年生だ!!」

 

 「えっ。それは……悪かった。てことはそっちのお嬢ちゃんも?」

 

 「あ……えっと……私は4年生、です」

 

 「……悪かった」

 

 「そんな可哀想なモノを見るみたいな目でタマを見るなぁっ!!」

 

 そんな気が抜ける会話をしながらも走り続け、長髪の少女が息を切らしたところで少し速度を緩める。が、足は止めずに進み続ける。少なくとも化け物が居ない、或いは安全だと言える場所に着くまでは止まるわけにはいかないのだ。長髪の少女もそれを理解しているから、疲れても怖くても足を止めなかった、

 

 「なぁ、そろそろ教えてくれよおっちゃん。名前とかその剣とかさぁ」

 

 「……そうだな、自己紹介くらいはしとくか。いつまでもお嬢ちゃんくらいの子におっちゃん呼ばわりされるのは……思いの外、心に刺さる」

 

 「お、おう、なんかごめん……タマは土居(どい) 球子(たまこ)だ。お嬢ちゃんでも小学生成り立てでもないぞ! そこ間違えるなよ!」

 

 「わ、私は伊予島(いよじま) (あんず)、です。その、貴方は……?」

 

 「ご丁寧にありがとう、土居ちゃんに伊予島ちゃん」

 

 子供におっちゃんおっちゃんと年齢を直視させられるのは無気力だった男でも流石に堪えるのか少し暗くなる。重くなった空気を察したのか小柄の少女……球子が謝りつつ自己紹介をし、先程間違われた事を気にしていたのか指をビシッと突き付けながら念を押す。次に控え目ながら何とか自己紹介を終えた長髪の少女……杏が上目遣い気味に次は男の番だと言うように問う。そして、男は名乗る。

 

 

 

 「俺は天乃(あまの) 御景(みかげ)。宜しくな、2人共」

 

 

 

 尚、この後球子の知り合いだと言う少女、安芸(あき) 真鈴(ますず)と合流するのだが……血塗れに十束剣というあからさまな武器を手にした成人男性の御景は彼女に思いっきり警戒され、球子達が何とか警戒を解かせる為に頑張った。7月30日。後に“7・30天災”と呼ばれる日の出来事であった。

 

 

 

 

 

 

 これは、およそ300年続く神と人類の生き残りを賭けた戦い。その中で戦い続けた“勇者”と呼ばれる少女と共に、神話の武器を得た唯一の大人の男性が西暦を戦い抜き、本来なら命を落とした少女達を救いながら、遥かな未来へと繋ぐ物語。

 

 

 

 「球子!! 杏!! お前ええええええええっ!!」

 

 「う……うああああああああっ!!」

 

 「来やがれ!!」

 

 「来い!!」

 

 「「八咫烏(やたがらす)/酒呑童子(しゅてんどうじ)!!」」

 

 

 

 ()()()()

 

 

 

 「御……景……さん……貴方が、私の……本当の“お父さん”だだったら……良かっ……たの……に……な……」

 

 「千景……待て……頼むからお前まで逝かないでくれ……千景!!」

 

 

 

 彼は本来の物語に居ない存在ではあるが未来を知る転生者ではない。彼に全てを救う力は無い。彼は勇者達と同じく化け物と戦う力はあっても、その手の届く距離は誰かを救うには酷く短い。

 

 

 

 「ひなた……お前、今なんて言った……?」

 

 「あ……ああ……わ、私……」

 

 「上手く立ち回った? 自分だけ人選から外れた? 他の巫女は……あの子達は火の海に落とされたのに……? は……はは……」

 

 「ま、待ってくれ御景さん! ひなたは、ひなたは決して本心から」

 

 「……退け、若葉。ひなたは……そいつだけは許さない。許してたまるか!! こんな裏切りがあるか!? 俺の話をさっきまで笑って聞いてやがったんだぞ……もう叶わないと知っていてだ!! 殺す……殺す!! 俺のこの手で、今ここで!!」

 

 

 

 何より、彼は同じ人間に酷く傷つけられた。化け物ではなく、人によって。もう救おうと、守ろうと思えない程に。共に戦ってきた仲間すら、彼にとっては敵でしかなくなってしまう程に。故に、これは勇気のバトンを未来に繋ぐような綺麗な、尊い物語ではなく。

 

 

 

 「退け、若葉!! 退かねぇなら……お前を殺してでも俺はあいつを殺す!! この命に代えても、あいつだけは!! 来やがれ!! 八咫烏!! 玉藻前(たまものまえ)ええええっ!!」

 

 「切り札を2つ……そこまで……そこまでして……どうしてだ御景さん……私達では、私ではダメだったのですか。貴方の大切な存在には、なれなかったんですか……私は……っ」

 

 「若葉ああああああああああああああああっっ!!!!」

 

 「何も守れなくて、何も取り戻せなくて……今度は、私自ら手放せと言うんですか……!! う、ああああああああああああっ!! 来い……来、い……っ! 義経(よしつね)! 大天狗(だいてんぐ)!!」

 

 

 

 これは……勇者の少女達と共に笑い合い、助け合いながら勇気のバトンを手渡す為に走り続けていた男が。

 

 

 

 「は……ははっ……これくらいしか、奪えなかったが……お前も、あいつも……屈辱だろうよ……」

 

 「み……かげ……さん……」

 

 「……恨むぞ……呪うぞ……ああでも……お前だけは、いいか……な……」

 

 「く……う……ああああ……! ああああああああああああああああ!!!!」

 

 

 

 

 立ち止まり、人を憎み、怒り、呪い、恨み、怨嗟の声をあげながら……勇気のバトンを大人げなく、叩き落とそうとする物語だ。




続きません←

簡単な設定の説明として、主人公はぐんちゃんこと郡 千景の実の父親であり、彼女は原作の両親に誘拐された子という形でなります。“あんな両親からあんないい子が生まれるわけが……”となったのが切欠で思い付きました。

主人公が出会った神様については察しの方も居るかと思います。敢えて言いませんが……もし連載するならここはプロローグ。最後の部分はネタバレとして残しておきます。先の絶望を分かっていながら見るのも楽しいですよね。

尚、メイン作品とはなんの関連性もありません。“なんか見覚えが……”となっても気のせいです。

連載予定は今のところ無しです。なんなら誰か書いてください←

それでは、ここまで見て下さってありがとうございます。よろしければメイン作品、咲き誇る花達に幸福を、も宜しくお願いいたします(´ω`)


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