DERBYTALE (AU) (フラウィー)
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プロローグ

 昔々、地球には二種類の『人』がいたと言う。

 片方は人間と呼ばれるごく普通のただの人。

 そしてもう一方はウマ娘と呼ばれる、人間を遥かに上回る力を持っている少女たち。

 

 人間とウマ娘は人間側が支配するような形で共に暮らしていた。

 表面上は仲良く共に暮らしていたが、その強大な力を持つウマ娘は時に戦争に、時に……様々なことに使われていた。

 だがそれが当然のようで、誰も違和感など抱かなかった。

 だがある日、一人のウマ娘が気づいた。

 何故我々は人間の言うことに従っているのだろう、と。

 

 そしてそのウマ娘は武器を手に取った。

 人間のためではなく、自らの尊厳のために。

 

 最初は小さな争い程度だった。

 だがその小さな火種は、次々の他のウマ娘に伝わって行き、気づけば大陸間を跨いだ大戦争へと発展していた。

 戦いは数年間、長いこと巻き起こった。

 その過程で人間もウマ娘も『魔法』と『(ソウル)』と呼ばれる不思議な力を手にしていた。

 

 だがこれを上手く利用したのが人間だった。

 ウマ娘は手にしたもののその力を上手く扱うことができず、人間に追い詰められて行くこととなる。

 使えなかった理由は一つ、『(ソウル)』が弱かったからだ。

 気づいた時にはもう遅く、ウマ娘たちは人間に完全に追い込まれていた。

 

 そして人間たちは魔法の力を使い、ウマ娘たちを封印することに成功した。

 ウマ娘たちの力を高める施設の全てを土で覆って、山の奥深くへと。

 結界と共に。

 

 

 

 

 ──さて、それから数百年後。

 既に人間から魔法が失われた時代。

 

 その山はノーザンマウンテンと呼ばれていた。

 かつては誰かの呼び名ではあったのだが、数百年経った今誰もその事実を知りはしない。

 

 その山にはとある伝説があった。

 立ち入れば最後、誰も帰ってくることはできないと。

 ただの伝説に過ぎないが、今まで七人。

 七人の人間が立ち入り誰一人として帰ってくることはなかったのだ。

 

 故に皆恐れ、その山には近づこうとさえしなかった。

 ウマ娘のことを調べるような研究者さえも、その山にだけは絶対に近づきはしない。

 どんな狂人だって、絶対に。

 

 だがある日、一人の人間がその山に訪れる。

 ただの普通の青年はその山に来るべき理由があった。

 

 彼は『トレーナー』一族の末裔だったからだ。

 トレーナーと言うのはウマ娘の力を最大限までに引き上げる人間の職業である。

 彼の一族は代々ウマ娘たちを育て、そして戦いへと送り出していた。

 

 ウマ娘がいなくなってからは、ただの普通の人間として暮らしてきた。

 だが彼はつい最近、トレーナーの一族であることを知ってしまった。

 

 彼は知りたかった。

 ウマ娘と呼ばれるものが、なんなのか。

 自身一族がやってきたことはどう言うものなのか。

 彼は狂人でもないし、研究者でもない。

 ただ一人の『トレーナー』だった。

 

 彼は全てを知るために、山へと足を踏み入れた。

 山の麓には穴が開いており、そこを軽く覗き込めば地下深く、何も見えることはなかった。

 ここから落ちるのは危険だと、少し戻ろうとしたその瞬間、彼は根っこに足を引っ掛けてしまう。

 慌てて姿勢を正そうとするも地面は湿っており、思いっきり滑ってしまい穴の底へと落ちてしまったのだった。

 

 そこから、物語は始まる。



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旧寮
花と女帝


実は本当に何も考えず、突発的に思いついたことを書いている。
悔いはない。


 落ちてから一体、何時間経ったのか。

 穴の底へと落ちた青年は、気づいたら目が覚めていた。

 色とりどりの花の中、包まれるようにして倒れていたのだ。

 そのおかげか、彼の体には汚れがあるものの傷一つなかった。

 

 起き上がり周囲を見渡す。

 周囲にはこれと言って目立つものはなく、目印になるようなものもない。

 上を見上げれば光が射していた。

 高さ的になる十分人が死ねるような高さであった。

 

 一先ず、少し先の方に見えた道の方へと進んで行く。

 何もしなければ何も起こらないからだ。

 

 少し先へと進んだその場所は黒く、暗く広がる場所だった。

 

 あまりの暗さに、今入ってきた入り口と先の入り口しか見えなかった。

 中心の一輪の花が咲く芝を除いて。

 その花は少しばかり、色が奇妙だった。

 なんせ赤と白だけの花だったのだ。

 

 奇妙な花を近くで見てみようと近づいた、その時だった。

 

「やぁ!」

 

 突然青年の近くから声が聞こえた。

 声の主を探そうと周囲を見渡すもの、誰の姿も見当たることはない。

 そこで視線を花にやってみれば、なんと花がくねくね動いていた。

 青年はびっくりしてよろつきながら後ろに下がる。

 

 それとほぼ同時に花がこちらへと振り返った。

 そこにあったのは人の顔だった。

 人の顔よりは少し現実味のない顔ではあったのだが。

 何にしろ奇妙なものであることに変わりはなかった。

 青年は花の前に立つ、すると花は話を始めた。

 

「ボクは……テイオー。見ての通りお花のテイオーさ!」

 

 くねくね体を動かしながら、花は自己紹介をする。

 笑顔で、いかにも友好的で。

 花のテイオーは彼に言った。

 

「むむむ〜? キミは……どうやらこの世界に落ちてきたばかりみたいだね!」

 

 青年は頷く。

 花は青年の反応に嬉しそうに言葉を続ける。

 

「それじゃあここのルールも知らないわけだ。安心して! ボクが教えてあげるからっ! 準備はいいかい? それじゃ始めるよっ!」

 

 その言葉と同時に、彼の前に一つのハートが浮き上がる。

 赤く輝く、綺麗なハートだ。

 そのハートに彼は触れる、どうやら掴めるようだった。

 

「そのハートはキミの魂なんだ。ボクたちは(ソウル)って呼んでるけどね。キミが存在出来てるのも、それのおかげだよ」

 

 ハートを見て、青年は大切なものだということ理解する。

 このハートをどうすればいいのか、と青年は花に聞いた。

 

「そのソウルはね、とても弱いんだ。ソウルが弱いということは当然キミも弱い。でも強くする方法があるんだ!」

 

 そう言うとテイオーの後ろから一匹のミツバチが現れる。

 ミツバチはテイオーの周りをブンブン飛び回っていた。

 止まることなく、ひたすら同じ場所をぐるぐると。

 

「それはLvを上げることさ! Lvって言うのは『LOVE』のこと。つまり愛なんだ! あ、愛って言っても友達とか、そういうのだよ?」

 

 青年は頷いて答える。

 その言葉にテイオーは笑顔のまま言葉を続ける。

 

「それで、キミも『LOVE』欲しくない?」

 

 どうやったら手に入るのか、青年はテイオーに聞いた。

 テイオーは簡単だよ、と言って近くに飛ぶミツバチを自身の花弁に止まらせる。

 

「この子に当たればいいんだ! そうすればお友達になってLOVEも手に入るよ!」

 

 ミツバチは浮き上がり、青年の近くへと飛ぶ。

 青年は自身のソウルをミツバチの前へと出した。

 ミツバチはゆっくりと近づきながら、ハートへと当たる。

 

 気づけば青年の体には、大きな傷が付いていた。

 死にも至るような大きな傷が。

 青年はその傷に血反吐を吐きながら、膝をつく。

 テイオーの方を見ればさっきの友好的な笑顔とは違う、酷く歪んだ笑みを見せていた。

 

「えへへへ、キミはバカだね。この世界では殺すか殺されるかさ。Lvを上げる絶好のチャンス。そんなの逃すわけがないでしょ?」

 

 テイオーは土の中を移動し、青年の前に現れる。

 地面からからはツタを伸ばし、青年のソウルをしっかりと持った状態で。

 テイオーはまるでソウルを砕こうと徐々に力を強めて行く。

 青年は何も出来ず、ただその様子を見守ることしかできなかった。

 

「バイバイ」

 

 別れ言葉を最後に、思いっきりソウルを締め付け砕こうとした。

 その瞬間、背後から強烈な爆発音のようなものが聞こえ、テイオーは咄嗟にソウルを手放し後ろを見た。

 だがその爆発は砂塵を巻き上げて周囲を見えなくし、青年とテイオーをかく乱させた。

 

 テイオーは逃げ出そうと土の中に潜ろうとしたが、砂塵の中から手が伸びてきてテイオーの根元を持ち引っ張り上げた。

 うねうね動いて逃れようとするが、時すでに遅く砂塵の中から二つの目がテイオーを睨みつけていた。

 

「貴様……誰の了解を得て私の庭へと足を踏み入れている」

「……えへへ」

 

 テイオーは笑うことしかできなかった。

 なんせ花であるテイオーは土の中でしか攻撃手段を持たない。

 さっきのミツバチも既にいないのだ。

 

 その砂塵の中の誰かはテイオーを見て怪訝そうな顔をする。

 

「……貴様、タキオンのところの実験生物か……」

「は、離してくれると嬉しいなー……なんちゃって」

「ならばもう二度とここへは現れないことだな。次見たその時は……」

「ひぃっ! わ、わかったよぅ! もう二度と出てこないからぁっ!」

 

 テイオーが怯え怯えにそう言うと、砂塵の中の人は手を離す。

 ばさっと音を立てテイオーは落ちて、土の中へと潜ると姿を消した。

 テイオーが消えると砂塵は止まり、正体不明の誰かは姿を現し青年のことを見た。

 それは頭から馬の耳を生やした綺麗な女性だった。

 

「む、貴様は……まさか、人間か?」

 

 青年はゆっくり頷くとその女性は少し考え込む。

 その間、青年は身動き一つ取ることができなかった。

 なんせ今のを見てしまっては、動いたらどうなるか分かったものではないからである。

 要はちょっと怯えていた。

 

 女性はさっき青年が入ってきた入り口を見る。

 

「なるほど、落ちてきたのか。人間が落ちてくるなど何年振りか……ふっ、大丈夫だったか?」

 

 そう言いながら女性は優しそうな笑みとともに青年へ手を差し伸べる。

 青年はその手を掴んで立ち上がる。

 

「私の名前はエアグルーヴ。今は……ここ旧寮の管理人をしている」

 

 青年はその言葉に、何故旧寮なのか、と聞いた。

 

「人間ならば知っていると思うが……この地下は昔、私たちウマ娘が強くなるために使っていた施設だ。昔はこの旧寮ももそのウマ娘たちのためにあった場所なのだが、施設の各所にウマ娘たちが住処を作るようになってからは寮も使われなくなっていった」

 

 そう言いながらエアグルーヴは歩き出す。

 青年は置いていかれまいと、急いでついて行く。

 

「二つあった寮のうち片方は廃棄になり、もう片方は『皇帝』の住みかとなった。その時、使われなくなった寮がここなのだ……と言っても、貴様には何もわからないと思うがな」

 

 暗い暗い空間を抜け出すとそこは、ボロボロになった建物の中だった。

 青年とエアグルーヴが立っている場所は廊下で、いくつも扉がある。

 床を見れば木の板がだいぶ痛んでおり、今にも抜けそうだった。

 奥の方を見れば、いくつか扉や天井から顔が出て青年を見ていた。

 

「さて、貴様にここを案内するとしようか。ついてこい」

 

 その言葉に青年は、エアグルーヴについて行くように寮の奥へと進んで行った。




人間
名前:アオイ
普通の青年で地下のウマ娘たちに戸惑っている。
なんと脱出するために、地下世界を進んで行く。


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旧寮を行く

未だ壊れる様子のない寮を見て、決意がみなぎった。

 

 

 

「少しばかりここは迷いやすいからな。ちゃんと私についてくるんだぞ」

 

 青年はエアグルーヴの後ろを歩く。

 あっちこっちから覗くウマ娘たちの顔がどうにも怖かったからだ。

 と言うのも皆、まるで獲物でも見つけたかのように、青年を睨みつけているのだ。

 エアグルーヴを除いて。

 彼女はただ、周囲に威圧感を与えるように廊下の中心を堂々と歩いていた。

 

「気をつけろ。彼女たちは貴様を首を狙っているからな。その(ソウル)を欲してな」

 

 その言葉に青年は、咄嗟に胸元を押さえる。

 青年がウマ娘たちに視線を向ければ、ウマ娘たちの視線は青年の胸元へ行っている、ような気がしていた。

 

 ギシギシなる木の板を踏み、先へと進んで行く。

 が、突然エアグルーヴが足を止める。

 青年は、どうしたのか? とエアグルーヴに聞いた。

 彼女は少し困った様子でいた。

 

「……実はこの寮は少しばかり改造していてな、外からの侵入者を防ぐために。ドアをいくつか仕掛け式にしていたのだが……どうやら誰かが悪戯で閉めたようだ」

 

 青年が正面を見ると、そこには鉄の門があった。

 エアグルーヴが軽くノックしてみるとかなり音が響く。

 だが扉はビクともしなかった。

 青年の目からは、少し凹んでいるようにも見えたが、気のせいだ、とそう思い込むことにした。

 

「どうしたものか……」

 

 青年はそんなエアグルーヴに、出入り口はここしかないのか、と問う。

 

「ああ、基本的に廊下は一方通行だ」

 

 と言う言葉に続けて、彼女はこの寮の話を始めた。

 この寮は四階建てになっており、たくさん個室などがあると言う。

 だが四階は足場が不安定な上、少し歩いただけで床が抜けるため、実質放置状態にあるらしい。

 その上、一階の扉から出ることはできないらしく、昔掘った地下からではないと寮の外へは出ることができないそうだった。

 

「皇帝の住まいとなっているもう一つの寮は隣にあったのだが、今は壁に阻まれていてな。遠回りしなければ行くことすらできんのだ」

 

 そう言いながら壁あたりを弄っては、不思議そうな声を出していた。

 青年は時間がかかりそうだと思い周囲を見渡す。

 やはりと言うべきか、ウマ娘たちの視線が彼に突き刺さる。

 その視線にドキドキしつつ、エアグルーヴの方を向く。

 

「……仕方ない。貴様、少しばかりそこらを歩いてこい。何があるか多少は把握しといたほうがいいだろう」

 

 エアグルーヴはため息をついて、今歩いていた方とは別の廊下を指差す。

 その先も当然、ウマ娘たちが目を光らせていた。

 青年はもしウマ娘たちに襲われたらどうすればいいか? と聞いた。

 

「もし、他のウマ娘たちに襲われたらまずは対話を試みることだ。対話をするうちに仲良くなって襲われなくなるはずだ。ここにいるやつらは基本的に臆病者だからな」

 

 彼がわかった、と答えるとエアグルーヴは作業に集中し始めた。

 青年は先程エアグルーヴが指差した方を見る。

 暗く長い道で、ウマ娘たちがあっちこっちから顔を出している。

 

 もしかしたら扉を開ける手がかりがあるかも、青年はそう考え歩き出す。

 道は暗く、かすかな電気がなかったら身動き一つ取れはしないだろう。

 道中物音に驚き、しかし青年はそんな音にも怯えることなく道を進んで行く。

 いくらか進んだところで突然、ドアから何かが飛び出してきた。

 

「に、人間っ!! ここから先は通さないぞっ!」

「わ、私たちが……そ、ソウルを手に入れて……外にぃ……」

 

 少し強気なウマ娘と弱々しいウマ娘が現れた。

 が、弱々しいウマ娘はあまりの弱々しさと緊張に座り込んでしまった。

 少し強気なウマ娘は慌てて立たせようとするが、どう頑張っても立ちそうになかった。

 そんな二人に青年は近づく。

 

「ヒェッ!?」

「ち、近くなっ!」

 

 青年は弱々しいウマ娘に手を差し伸べると、大丈夫かい? と聞く。

 

「……あ、えっと。その、う……」

「うぅッ! このぉっ!」

 

 強気なウマ娘が飛びかかる。

 その瞬間、辺りの雰囲気がガラリと変わる。

 青年の前には一つのハート、ソウルが現れる。

 

 咄嗟にソウルを掴んで、彼は横へと避けた。

 そのせいで強気なウマ娘は壊れやすい壁へとハマってしまった。

 

「くそぉっ! 人間めっ、卑怯だぞぉっ!」

 

 喚くウマ娘を気にすることなく、青年は弱々しいウマ娘の手を取って立ち上がらせる。

 

「ひ、ひぃっ! ひいぃっ!」

 

 今にも倒れそうな勢いで、青ざめていた。

 そんな少女に青年は、深呼吸すると楽になるよ、と言った。

 少女はその言葉にゆっくりと深呼吸して行く。

 

「……ほ、ほんと、だ……あり、がとう……」

 

 少し呆気にとられたような顔をして、少女は青年を見た。

 だがその時もう一人の強気なウマ娘が壁から飛び出て、弱々しいウマ娘の手を掴むと、青年へと指差す。

 

「人間めっ! 覚えてろぉっ!!」

 

 そう叫びながら走り去っていったのだった。

 一体何だったのだろうかと思いながら、青年は二人が消え去るまで見つめていた。

 完全に消えた後、次の場所へ行こうとした時に、彼は見てしまった。

 白いシーツを被った、幽霊を。

 

「……ライス、また迷惑かけちゃった……」

 

 その幽霊はどうも、落ち込んでいる様子だった。

 青年は今度こそウマ娘と仲良くなるべく、そのシーツの幽霊へと近づいていった。



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青薔薇のゴースト

実はゲームの方でライスシャワーを持っていないです。
だから何と言われたら、セリフ書くのが難しかった、とだけ言っておきます。
許して、世のライスシャワーのお兄様、お姉様。


 青年は白いシーツを被った幽霊に、声をかける。

 幽霊は一瞬ビクッとして飛び上がり、恐る恐る後ろを向いた。

 そのウマ娘はシーツをまるでパーカーのように被っているだけだった。

 顔だけ出して正面から見て頭辺りに、青い薔薇を刺していた。

 

「ひゃぁっ!?」

 

 驚きの声を上げて、とっとっとっ、と言ったような感じで走り出す。

 その少女はウマ娘にしてはどうにも遅い走りだった。

 青年は事前に得た情報とは違うことに疑問を抱く。

 が、一先ず追いかけることにしてみた。

 

 走り始めて一分もしない時間。

 結構呆気なく追いついてしまった。

 だが無理やり捕まえようと言う気にはならず、どうしようかと悩んでいたところ、少し出っ張っている木の板に足を引っ掛けて転んでしまう。

 

 その転んだ音を聞いた前を走るウマ娘は、立ち止まって青年へと駆け寄って。

 

「あ、ああ……ど、どうしよう……ライスが、ライスか逃げたからっ……!」

 

 青年はその言葉を聞いてささっと起き上がると、そのウマ娘に大丈夫と言った。

 それでもなお、少女はオロオロして青年ことを心配していた。

 

 そんなこんなしていると、青年の前にソウルが現れ周囲の雰囲気が変わる。

 真っ赤なハートの形をした魂が、浮いている状態でそこにある。

 そのソウルを見て、少女はハッとする。

 

「あ、ソウル……え、えっと。人間さんは、ソウルに詳しい?」

 

 首を傾げて言うウマ娘に、青年は否定する。

 少しオドオドしながらもそのウマ娘は自身の胸元に手を当てる。

 すると白い光とともに普通のハート型の上下逆の形をした、真っ白なソウルが現れる。

 

「これがウマ娘のソウルだよ。えへへ……」

 

 そう言って青年に向けて、笑顔で手に持ったソウルを見せてくる。

 青年もそれに返すように自身のソウルを見せた。

 

「ソウルは、動かせるんだよ。こんな風に」

 

 ウマ娘がソウルを手放すとふわふわ浮く。

 そして少しずつだが、ゆっくりと動き始めた。

 ソウルは彼女の周囲をくるくる回って、動き回る。

 

「でも、みんな戦う時は、ソウルを体の中に入れるの。ソウルと体は繋がってるから、ソウルが傷つくと、体も傷ついちゃうから……」

 

 青年の前のウマ娘は、何処か悲しそうにして言った。

 そうして自身の手元にソウルを置き、胸元に当てる。

 そうするとソウルは消え去った。

 

 青年も同じようにソウルを動かしてみて、自身の胸元に当てるとソウルが消える。

 周囲の雰囲気はウマ娘たちと遭遇した時と同じ雰囲気のままで。

 

「あの、人間さんはどうしてこんなところに……?」

 

 青年は落ちてきたから、と答え、目の前のウマ娘に、君はどうしてここに? と聞いた。

 

「あ、えっと。ライスはね、ここのドーナツを食べたくて来たんだ……人間さんも、食べる?」

 

 食べてみたいな、と答えると自身のことをライスと言ったウマ娘は嬉しそうに、こっちだよ、と言って歩き出す。

 すると周囲の雰囲気がいつも通りの普通の様子に戻った。

 青年はライスの後ろをついて行く。

 

「ここのドーナツは、美味しいんだよ。ライスもよく、食べに来るんだ」

 

 道を何度か曲がりながらも、先へと進んで行く。

 しばらく歩いていると少し開けた場所に出る。

 

 開けた場所、と言うかロビーだった。

 結構な人数のウマ娘がいて、皆会話を楽しんでいる。

 その中でも、何人かのウマ娘たちはお店のようなものを開いていた。

 そこの一つの店へと二人は足を運ぶ。

 

「いらっしゃいませっ! キングドーナツとキングサイダー、いかがですか!」

 

 笑顔で二つの商品を勧めてくるウマ娘に、ライスはドーナツを二つ頼む。

 それに加えて、サイダーも。

 袋に入れてもらい、ライスが受け取る。

 

 ライスは青年を連れ、近くの廊下に向かって歩き出す。

 先へ進み、一つの鍵が閉まっているドアの前まで来る。

 

 そしてライスは鍵を取り出し、ドアを開けて中に入った。

 青年も後に続いて入る。

 

 中は結構綺麗で、椅子や机もありそれなりに整理されていた。

 だが窓には木の板が打ち付けられており、開けることはできなそうだった。

 二人はベッドの上に腰掛ける。

 

「ここはね、昔ライスが住んでた部屋なんだ……あ、昔って言っても、十年ぐらい前の話だよ?」

 

 ライスは袋からドーナツとサイダーを取り出し、青年に渡す。

 青年は受け取って、ドーナツを見た。

 緑色のチョコドーナツっぽかった。

 

「……またブルボンさんと、食べたいなぁ」

 

 ブルボンさん? と青年は聞く。

 ライスは頷いて、近くにあった動きそうにないテレビのリモコンを手に取り、電源をつける。

 そこで見たものは青年は驚きを隠せなかった。

 

 なんせ地上でやってるものは全然違う番組がやっているからである。

 そもそもテレビと言うものが、数百年間地上と遮られていた地下世界にあること自体驚きだった。

 

 で、肝心の番組の内容は、一人のウマ娘が料理をしている番組だった。

 番組名は『ミホノブルボンの即興クッキング』と書かれていた。

 

 ライスがチャンネルを切り替えると、次はドラマがやっていた。

 のだが、また同じウマ娘が映っている。

 また番組を変えるのだが、やはり映っている。

 あれがブルボンさん? とライスに聞くと、ライスは頷いて、そうだよ、と言った。

 

「ブルボンさん、昔より明るくなってるんだ……」

 

 少し悲しげにテレビを見つめる。

 青年にはどうしてそんな顔をしているのか、わからなかった。

 だがどうにかしたいと思い、一つ提案をするためにライスの名前を呼ぶ。

 

「人間さん、どうしたの?」

 

 ライスに、また一緒にドーナツを食べたいな、と言う。

 

「ライスと? ……い、いいの?」

 

 少し嬉しそうな顔をして、青年のことを見る。

 えっとそれじゃあ、と言って青年に紙切れを渡す。

 紙切れはどうやら地図のようだった。

 

「ライスの家はね。この寮を出て、人参畑を抜けた先の……練習場(トラック)にあるんだ。えへへ、ドーナツ買って待ってるね……!」

 

 嬉しそうにライスは立ち上がって去ろうとする。

 が、一度足を止めて青年に近づく。

 そして少し恥ずかしそうにしつつも、青年に言った。

 

「に、人間さん。あの……人間さんのこと、お兄様、って呼んでもいいかな?」

 

 青年がその言葉に頷くと、更に嬉しそうになる。

 そして一先ず二人は廊下に出て、ライスがドアの鍵を閉める。

 

「あの、お兄様……またね」

 

 また、と青年は言葉を返し、お互いに手を振って別れた。

 やることもなくなった青年は、エアグルーヴのところへ向かうため、複雑な廊下を歩き出した。




ライスシャワー
白いシーツを被り、青い薔薇を刺した幽霊のようなウマ娘。
原作と比べて性格が内気になっている反面、好奇心が高くなっている。
練習場で住んでいて、最近は新しい商売を始めたらしい。
好物はキングヘイローの作ったキングドーナツ。

Undertale原作でのナプスタブルーク枠。


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はちみつドリンク

 しばらく歩いていると鉄の門が目に入る。

 鉄の門は既に開いており、入り口にはエアグルーヴが立っていた。

 エアグルーヴは青年の食いかけのドーナツを見て言った。

 

「戻ったか。そのドーナツは……もしかして、ロビーのバザーに行ったのか?」

 

 青年は頷いて、ドーナツの最後の一口を食べ、サイダーを飲む。

 多分傷が治った、ような気がしていた。

 

「そうか。ああ、そう言えば……これを渡すのを忘れていたな」

 

 そう言いながらエアグルーヴは電話を取り出す。

 電話と言ってもボタンがいっぱいついている、トランシーバーのようなものなのだが。

 しかし新品同様な上、そこらのスマホに比べて軽快に動く。

 青年はそのことに少し驚いていた。

 

「私の電話の番号は登録してあるからな。そこの登録番号を押せば、貴様の電話から私にかかるはずだ」

 

 試しに押してみろ、と言われ青年は登録ボタン『1』を押す。

 するとエアグルーヴの着ているローブのポケットから電話の音が聞こえた。

 彼女は少し長めの電話を取り出して、ボタンを押すと青年とエアグルーヴの電話が繋がる。

 

「よし、ちゃんと繋がるようだな。それから誰かの電話番号を登録した時は……」

 

 と、一通り電話の操作方法を押してもらう。

 なんとなくではあるが理解した青年は、電話をポケットに入れた。

 そこで気になったことを聞いた。

 何故、人間用の電話があるのか、と。

 

「それは……昔使っていたものだ。この世界にいた、人間がな。もうだいぶ昔の話だ」

 

 それだけ言うとエアグルーヴは、行くぞ、と言って歩き出す。

 足を進めて行くとだんだんと雰囲気が変わって行く。

 

 薄暗いものから、明るいものへと。

 暖かな、雰囲気の場所へと。

 そのように雰囲気の場所だからか、ウマ娘たちも隠れずにロビーと同じように談笑していた。

 

 だが一箇所、廊下の一番はは少しばかり暗かった。

 その暗い場所にはドアがあったのだが、窓と同じく木の板で打ち付けられており、開けることはできそうになかった。

 青年はエアグルーヴに聞いた。

 

「あれは外に出るためのドアだ。だが、もう外とは関わりたくないからな……ああして閉めているんだ」

 

 そこで青年はライスのことを思い出す。

 ライスは確か、この寮を出た先の場所に住んでいるはずなのに、どうやってここに来たのだろうか、と。

 だがいくら考えてもわかりそうにはなかったので、考えるのをやめた。

 

 エアグルーヴの後ろをついて歩いていると中庭に出る。

 中庭には大きな木が一つ生えており、そこを中心に花が咲き乱れ周囲にはミツバチがいた。

 箱がたくさんあり、どうやら養蜂しているようだった。

 

 上を見れば穴が開いており、光が漏れている。

 だがかなり高くそこから出ることはできそうになかった。

 

「ここではミツバチを育ててはちみつを採取している」

 

 エアグルーヴがそう言った。

 それを聞いた青年は、はちみつで何を作るのか、と聞いた。

 

「基本的にはジュースなどだな。たまにバザーの方で売ったりもしている」

 

 中庭の奥の方のドアをくぐるとそこは玄関だった。

 寮のロビーとは違い、普通の家ような場所だった。

 玄関からは道が二つに分かれており、右のほうは廊下、左はリビングのようだった。

 

 リビングの方には家具が置かれており生活感があった。

 奥の方にも道が見えたが、そっちはキッチンや風呂だった。

 

「ここが私の家だ。どちらかというと管理者部屋と言うべきかもしれないが……ともかく、今日からここが貴様の家でもあるんだ

 

 青年は首をかしげる。

 そして、地上へは帰れないのか、と聞いた。

 その言葉にエアグルーヴは少し驚いたような顔をして言った。

 

「……そう、だな。やはり帰りたいのか?」

 

 青年はその言葉に頷く。

 なんせここへ落ちてきたのは事故のようなものだったからだ。

 ただ彼はそこに、ウマ娘がいたかどうかの形跡を知りたかっただけなのに。

 それなのに足を引っ掛けて転んでしまったのだから。

 

「その話は……また後でするとしよう。今は疲れただろう。部屋に案内するから休むといい」

 

 そう言うと右の方の廊下へ行き、一つの部屋へと案内される。

 ベッド一つに適当な家具が置かれているだけの質素な部屋だった。

 そしてベッドの上には何故かおもちゃ箱があった。

 

「ここが貴様の部屋だ、好きに使ってくれ」

 

 それだけ言うと部屋から出て行った。

 青年はしばらく扉を見つめていたが、突然の眠気に襲われベッドに倒れこむ。

 これからのこと、この地下世界のこと、ウマ娘たちのこと。

 色々なことが頭をよぎりながら、彼の意識は深くへと落ちて行った。

 

 

 

 それから何時間経ったのか、部屋の中で聞こえた声に目がさめる。

 体を起こし、周囲を見渡すとそこには見覚えのある姿があった。

 あの奇妙な花、テイオーだ。

 テイオーは板の隙間から

 

「やぁ、数時間ぶりだね」

 

 花の姿を見た瞬間、青年は近くの何か武器のようなものはないかと、ベッドの上からナイフのようなものを取り出す。

 しかしそこはおもちゃ箱、当然ナイフもおもちゃだった。

 だがおもちゃのナイフを突きつけられたテイオーは、大慌てで青年から離れた。

 

 だがその瞬間、周囲の雰囲気が変わり青年の胸元にソウルが浮かび上がる。

 当然テイオーも逆ハートのソウルが浮かび上がる、のだが、透明だった。

 

「や、やめてよっ!? 今日は君を殺しにきたわけじゃないんだけどっ!? いくらおもちゃでも『決意』を持って切りつけられた死んじゃうよっ!?」

 

 少し怯えたような言葉に、青年なおもちゃのナイフを下ろす。

 お互いに戦いの意思がなくなった瞬間、ソウルが消え去る。

 

「……はぁ。全く、恐ろしいことするね、君は。ボクが死んだらどうするんだい!」

 

 知らない、と青年は無慈悲にも答えた。

 一体何しに来たのだろうかと考えていると、テイオーは言う。

 

「今日ボクが来たのはただの忠告さ。この寮から出て行きたいなら、無理やりにでもさっさと出て行ったほうがいいよ」

 

 何故? と聞くがテイオーは答えない。

 ただニヤニヤとした笑みを絶やさず、青年を見ていた。

 

「……ボクは言ったからね」

 

 テイオーは地面に潜ると、何処かへと消え去ってしまった。

 静かになった部屋を見渡すと、机の上に水筒のようなものが置かれていた。

 水筒の下にはメモが挟んであり、そこにはエアグルーヴからのメッセージがあった。

 

『はちみつドリンクだ。好きな時に飲んでくれ』

 

 ありがたくもらうことにして、持って行こうとしたのだが当然ポケットに入るものではない。

 部屋には肩掛け鞄があったため、それを借りて行くことにして、はちみつドリンクをそこに入れた。

 ついでにおもちゃのナイフも。

 青年はテイオーの反応を見て、おもちゃのナイフでも身を守ることを知ったからだった。

 

 一先ず呼吸を整える。

 これからエアグルーヴに外のことを聞こうとしていたのだが、何故だか緊張してしまっていた。

 青年は深呼吸をして、話を聞きに行く決意をした。

 

 扉に手をかけ外に出る。

 テイオーの言葉が心の底に残ったまま。



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vsエアグルーヴ.1

青年は運命に立ち向かう決意をした。

 

 

 

 部屋を出てリビングへと向かう。

 リビングに置かれている家具は地上のものと然程変わりはない。

 ただ違う点があるとすれば、それは再利用していると言うとこだろうか。

 なんせどれもツギハギなのだ。

 

 昔からあるであろうと古びた暖炉の前に、椅子に腰掛けてエアグルーヴが座っていた。

 エアグルーヴは本を読んでいたが青年に気づくと手招きした。

 

「起きたか。寝心地はよかったか?」

 

 青年はその言葉に頷いて、近くに置かれていた椅子に座る。

 エアグルーヴは安心したような顔をして、暖炉の方に目をやる。

 

「……私は、逃げるつもりはなかった。どんなことからもな」

 

 そう呟いて悲しそうな顔をしていた。

 しばらく黙っていたが、青年の方に視線をやる。

 そして困惑したような、納得したような、そんな顔をして一瞬俯いて青年を見た。

 

「外に、行きたいのか?」

 

 青年はやはり頷いた。

 そうか、とエアグルーヴは言って、再度俯いて立ち上がる。

 

「わかった。私も覚悟を決めるとしよう……外に出るためのドア、あそこに来い」

 

 そう言って家から出て行った。

 青年は家を出て、中庭を通り、廊下へ行き、その背中を追う。

 しかし彼女の足は速く、既に姿はなかった。

 

 青年は少し急ぐように外に出るためのドアの場所に行く。

 ドアの場所に着くと、少し乱雑に木の板が剥がされてドアが小さく開いていた。

 恐る恐るドアに手をかけて中に入る、中は暗く一本道がずっと続いていた。

 少し先に行った辺り、その辺りでエアグルーヴは立ち止まっていた。

 

 青年が近づく。

 

「この先の道は、地上へ出るための道に繋がっている……だが、出て行けば二度と、ここへ戻ることはできない」

 

 少しずつ前へと歩き出す。

 青年もその後ろを歩く。

 

 二人の間に言い様のない空気が流れる。

 重く苦しいその空気感に押し潰されそうになるが、青年は決意を胸に歩き続ける。

 この地下世界から脱出するために。

 ただそれだけのために。

 

 エアグルーヴがまた口を開く。

 

「ここに落ちてきた人間たちは皆、同じ運命を辿って行った。ここを閉じた理由、外と関わりたくないと言ったな。あれは事実だ。だが……それ以上に私は……」

 

 二人は足を進める。

 先へ、先へと青年は足を進める毎に重くなって行った。

 だがエアグルーヴは一度も振り返ることなく、先へと進み続ける。

 

「ここに落ちてきた人間たちは、皇帝に……あの人に、シンボリルドルフに、殺される。人間たちのソウルを手に、この世界からウマ娘たちを解放するために。私はそれをが認められなくて、あそこから離れた。そして今、貴様をここから出すまいとしている理由でもある」

 

 エアグルーヴがそこまで言って足を止める。

 足止めた場所は、ドアの前だった。

 ドアの前は少しだけ広くなっており、動きやすそうな場所であった。

 

 そこでやっと、エアグルーヴは振り向いた。

 彼女はとても険しい顔をして、青年を睨んでいた。

 

「人間。貴様がここから出ると言うのならば、それ相応の実力があることを私に示せ。もし貴様にその気がないのであれば引き返せ、私はここを崩し、永遠に出られないようにする。決めろ、ここで暮らすか、外に出て戦うかッ!」

 

 青年は鞄からおもちゃのナイフを取り出す。

 彼が今、唯一対抗できる手段はそれしかなかった。

 だが、そのナイフを見てエアグルーヴはゆっくりと構える。

 

「そうか……貴様は、出て行くと言うのだな。ならば覚悟を決めろ。今から私は貴様を──」

 

 一息入れ、目を閉じ、そして強く青年を睨む。

 

「──殺す気で行く」

 

 その瞬間、周囲の雰囲気が大きく歪む。

 二人のソウルが浮かび上がる。

 青年の真っ赤なソウルが胸元に、エアグルーヴの逆ハートの白色ソウルも胸元に。

 

 それとほぼ同時に、床から、天井から、壁から芝が生える。

 どれもそれなりに尖っていて、何故か天井と壁の芝は塊になっていてだいぶ大きかった。

 当たればかなりのダメージは免れない、それを瞬時に青年は理解した。

 

 しかも更に地面を力強く、踏み土が捲き上る。

 地震でも起きたのか、と感じるほどの揺れだった。

 土が巻き上がったことで目隠しとなり、同時に青年の目に土が入り、目の前で何が起きるのかわからなくなる。

 急いでこの砂塵から抜け出そうとするが、薄っすらと開けた目で見えた、砂塵の中から伸びる手をすんでのところで躱す。

 

 そこで巻き起こった風によって、砂塵が晴れる。

 青年の心臓がだんだんと早くなって行く。

 

「これは避けれるか……ならば、少しばかり本気で行くとしよう」

 

 エアグルーヴは青年から少し離れ、扉の前に立つ。

 そして両手を挙げると、壁や天井から生えている芝が蠢き出す。

 天井に生えていた芝たちが降り始めたのだ。

 そして壁に蠢く芝たちは、とても遅いミサイルのように壁から離れて飛び始める。

 

「……初めて見るだろう? これが私たちウマ娘の使う魔法というものだ。この程度、乗り越えてみせろ」

 

 青年は強くナイフを握り、再度決意を固める。

 そして降り注ぎ飛んでくる芝を躱し、エアグルーヴへとナイフを向けた。



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vsエアグルーヴ.2

 飛んで来る尖った芝の塊を前から上から横から、掠りつつも避けてエアグルーヴの前へ行く。

 だがエアグルーヴは強く踏み込むと、とても素早い動きで青年から離れる。

 攻撃しようにも当たる直前でそのように避けられる。

 どうしようもなかった。

 

「……この攻撃を、避け続けるか」

 

 エアグルーヴが投げるように手を振ると、壁から急速に生えた芝の塊が飛んで来る。

 芝の塊はまるで槍のように一直線に飛んで来る。

 青年はすんでのところでおもちゃのナイフで真っ二つにしてみせた。

 

 だがその先にはエアグルーヴはおらず、天井から降り注ぐ小さな芝の棘によって、ダメージを負う。

 今の彼では長時間戦い続けることは不可能だった。

 精神的にも、『LOVE』的にも。

 そこでエアグルーヴが一度、攻撃を止める、

 

「……もう戻れ。貴様では私を殺すことはできない」

 

 青年は首を横に振って、力強く踏んで駆け出す。

 だが横から飛んできた芝の攻撃に当たってしまい、壁際まで飛ばされる。

 体は既にボロボロだった。

 

 しかし青年は立ち上がり、エアグルーヴを見つめる、

 その眼差しにエアグルーヴは少し困惑していた。

 困惑した一瞬に気づき、青年は走り出す。

 

「ッ!? なっ……!?」

 

 エアグルーヴは振り上げられたナイフを避けようと動き出そうとするが、咄嗟のことに体が上手いこと動かずよろけてしまう。

 完全な隙にエアグルーヴは死を覚悟した。

 だがそのナイフが振り下ろされることはなかった。

 青年はナイフを振り上げたまま、歯を食い縛って固まっていた。

 

「な、何を……している。貴様ッ……!!」

 

 青年は動けなかった。

 彼にはウマ娘を、人を殺すなんてことはできなかったのだ。

 だがエアグルーヴはそんな彼に怒りの声を上げる。

 

「たわけがッ……!! 殺せッ!! 私を、殺してみせろッ!! その覚悟もなくて、外に出られると思うなッ!!」

 

 だが青年はナイフを降ろし、エアグルーヴに背中を向ける。

 エアグルーヴはその背中を見て、声が出なくなる。

 

 何度も見た背中、何度も見送った背中が、そこにある。

 もう二度と同じことが起きないようにと、彼女は誓ったはずだったのに。

 そう考えた時、彼女の足には自然と力が入っていた。

 

 青年は彼女に何も言わず、ドアを通ろうとした。

 だがその瞬間、足元の芝が一斉に燃え上がる。

 赤く、熱く、それはまるで怒りのように。

 ドアも炎を纏い、どう頑張っても通れそうになかった。

 

「……通りたいのならば、私を乗り越えてみせろ。さもなくば、私が貴様を殺す」

 

 エアグルーヴはそう言って落ちてくる芝を燃やす。

 横から飛んで来る槍のような芝も燃える。

 完全にここは炎に包まれていた。

 

 だが青年はナイフを投げ捨て、エアグルーヴを見つめる。

 エアグルーヴはその視線につい、攻撃の手を緩めてしまう。

 炎が彼を避けるようにして一部分だけ消えたのだ。

 

「っ……な、ぜだ。なぜッ……! そんな目で、私を……見ないでくれッ……!!」

 

 スッと手を前に、青年に向ける。

 すると彼女の後ろから一つの燃えている芝の槍が放たれる。

 だがその槍は直前で大きく軌道をずらし、全く別の方向へと飛んで行った。

 

 その攻撃を最後に炎は消え去り、お互いに動かなくなってしまった。

 沈黙の時が流れる。

 数十秒か、数分か、どのくらい経ったのかわからなくなった頃。

 エアグルーヴが口を開いた。

 

「……わかっている。わかっているつもりだ。貴様は地上が……家族が、恋しいのだろう?」

 

 その言葉に青年は口を開きかけて、何も言わずに頷く。

 彼には帰る家がある。

 地下ではない、地上に、人間のいる場所に。

 

「だが、ここから出すわけには……いかないのだ。もし出て行けば……さっき話した通り、皇帝が貴様を始末しにかかる。それだけは、それだけは」

 

 歯を噛み締めて悔しそうに俯く。

 何もできないのだ、彼女には。

 彼女自身それを理解しているからこそ、彼を外に出すわけにはいかなかった。

 だが青年はただ、ここから出なければならない、と言う意思を伝える。

 その言葉にエアグルーヴはただ、立ち尽くすしかなかった。

 だがしばらく経って、口を開く。

 

「私は……貴様のような人間一人、守ってやれない愚か者だ。すまなかったな、人間。私のワガママなどに付き合わせてしまって」

 

 そう言って苦笑した。

 すると自然とソウルも二人の中へと戻って消える。

 今この時を持って、戦いは終わりを告げたのだった。

 

 エアグルーヴが青年の前に行き、そして抱きしめる。

 否、これは抱擁だった。

 母がまるで、自身の子にするような。

 暖かくて、優しいもの。

 

 だがそれも長くは続かずに離れる。

 そして青年の目をしっかりと見つめる。

 

「もう二度とここは戻ってくることはできない。その覚悟はできているんだな」

 

 青年は頷き、ポケットからものを取り出す。

 人間用の電話だった。

 青年はこれは、返しておきたい、と言う。

 だがエアグルーヴは少し考えて、押し返した。

 

「電話──そうだな、寂しくなったら電話ぐらいしてくれてもいいぞ。私は普段、暇だからな」

 

 そう言って笑うと彼の横を通り後ろを行く。

 一瞬だけ後ろを振り向くが、すぐに前を向いて元来た道を戻ろうとする。

 だがその前に、彼女は一言だけ呟いた。

 

「絶対に、生き残ってくれ」

 

 その言葉に青年は振り返る。

 だがもう既に、エアグルーヴの姿はなかった。

 

 青年は電話をしまい、正面を向いて歩き出した。

 ドアを抜けた先は来た時と同じ、暗い空間があった。

 中心には芝、そしてそこにいるのはやはりテイオーだった。

 テイオーは何処かイラついているような顔をしていた。

 

「君は一体なんなのさ。和解しちゃうなんてそんなのあり? 言っただろう? ボクはこの世界は殺すか殺されるかだって……まぁ、いいや。君にだっていつかわかる時が来るさ。その時が楽しみだな」

 

 嫌な笑みとともに地面に潜る。

 青年はテイオーの言うことを気にすることなく外に向かって歩く。

 青年の旅が今、始まる。



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にんじん大農園
にんじん大農園の二人組


今回出てくる二人が一番キャラ崩壊酷いかも。
特にサンズ枠の方は。


 扉を抜けた先にあったのは森だった。

 森の奥にはいくつか耕された土、田畑のようなものがある。

 そして空を見れば隙間一つないはずなのに、何故か太陽のようなものが上に見えた。

 まさに奇妙、そう言う以外ないだろう。

 

 先へ進もう──とする前に、青年は自身の格好を見た。

 不思議なことに、戦ったはずの傷はあるのに服は汚れていなかった。

 普段仕事で着ているワイシャツにズボンという服装。

 少し血に滲んでいる程度でそれ以外の汚れは一切なかった。

 

 傷を見ようと服を脱ぐが、ここに出てきた時点で傷も完全に癒えていた。

 元からなかったかのように。

 

 不思議なことに首を傾げつつも、もはやこの地下世界ではどんなことも起きると、青年は適当に納得することにした。

 取り敢えず先へ進むためにも耕しやすそうに土を踏んで歩き出す。

 

 上に太陽のようなものはあるもののここは森、少し薄暗く静かだった。

 その静かさは恐怖心を煽るには十分でほんの少しの音でもビビってしまう。

 木片が落ちた音に足を止めて振り返ってしまうほどには。

 そして自分の踏んだ木の棒の音にもビビるくらいに。

 

 何もないとわかり一安心して前に進もうとする。

 が、一瞬何かの気配を感じ振り返る。

 だがそこには何もいない。

 少し自分はビビリ過ぎなのではないのだろうか、と思いながら歩く。

 

 柵、いやこれは門と言うべきか。

 それが橋の上にあった。

 そのようなもの見て、ここから先は自分の知るものは違う別世界だと青年は感じる。

 一旦息を整えるために深呼吸をしようとした瞬間だった。

 後ろから足音が聞こえた。

 

 今、おもちゃのナイフはない。

 あの場で投げ捨てて拾い忘れたのだ。

 そのため攻撃手段、抵抗手段を持っていない。

 どうするべきかと頭を悩ませていると、その足音は青年の真後ろで止まった。

 そして頭に得体の知れないものを突きつけられる。

 

「手を挙げなさい。私が、引き金を引く前に」

 

 カチャと言う金属音が鳴る。

 その音に青年は唾を飲み込む。

 突きつけられたもの、それが銃口だと理解したからだった。

 

「時間切れ」

 

 その言葉とともに大きな銃音が辺りに響き渡り──少女は笑った。

 

「なーんちゃって。冗談よ、ふふっ」

 

 青年がその言葉に振り返ってみれば、そこにはダサいと言う他ない中心ににんじんの描かれたTシャツに、緑のパーカー、そしてジャージのズボンのようなものを履いた栗毛のウマ娘が立っていた。

 髪は適当に切っているのか前も後ろもパッツンで、肩ぐらいまでの長さしかなかった。

 と、言ったもののやはりそこはウマ娘、美少女であった。

 手に持っていたのはおもちゃの銃と、大きな音が鳴るミニクッションだった。

 

「よくある悪戯だけど、もしかして……嫌いだったかしら?」

 

 少し不安そうな顔で青年を見る。

 青年はその言葉に首を横に振った。

 その反応に少女は嬉しそうにする。

 

「そう、よかったっ。私はサイレンススズカ、見ての通りウマ娘よ」

 

 手を差し出され、青年も手を出し握手を交わす。

 と、さっきの銃音が鳴り響く。

 つけたままだった、と笑いながら言って手につけていたミニクッションを外す。

 

「私はここで人間が来ないか見張ってるの。って言っても……私自身、人間とか興味はないのだけどね。けどスペちゃんは……いえ、この話はまた後でしましょう、どうやら来ちゃったみたいだから」

 

 来て、と言う言葉に青年は取り敢えず付いて行く。

 話してみた限りでは悪いウマ娘ではないようだったから、取り敢えず信じてみることにしたのだ。

 橋を渡り門のような柵のようなよくわからないものを潜る。

 進んだ先には国境のようなものがあった。

 

 ただその規模はかなり小さいもので、少し遠回りすれば見つかることなく入れそうだった。

 国境のようなものにはカウンターがあり、スズカはそこを指差す。

 

「あそこに隠れてて、見つかったら大変なことになってしまうわ」

 

 薄い笑みを崩すことなくそう言う。

 青年は言われた通りにカウンターの後ろへと屈んで隠れる。

 

 少しすると今来た方向とは別の方向から別のウマ娘が現れる。

 紫色のケープに動きやすそうなドレスみたいなのを着て、手袋をつけたウマ娘が。

 少し怒った様子でやって来た。

 

「スズカさんっ!! こんなところで何してるんですかっ!! 罠の確認しといてくださいってお願いしましたよねっ!!」

「スペちゃん、ちょっと見張りをしていたのよ」

「……知ってるんですよ。仕事をサボってカフェさんのところで飲んでたって」

「あらら、バレちゃってたのね」

 

 少し笑ってパーカーのポケットに手を入れる。

 青年は少しカウンターから顔を出して二人の様子を見る。

 紫色のケープを身につけたウマ娘は、そんな青年に一切気づいていなかった。

 

「でもあそこのジュースは美味(うま)いわよ。ウマ娘だけに」

「……スズカさん。ダジャレとか苦手だって言ってませんでしたか」

 

 紫色のウマ娘は一瞬笑うが、すぐに調子を取り戻すと落ち着いた様子で言う。

 

「苦手よ。でも思いついたから言ってみたのよ、面白かったかしら?」

「そんなわけないですよっ!! ……もう、本当にスズカさんは怠け者なんですからっ!」

 

 とても怒った様子で、この場所から離れて行った。

 スズカはそれを見送り、カウンターの方を見る。

 

「もう出て来ていいわよ」

 

 それを見送って青年が表に出てくる。

 スズカは相変わらず笑っていた。

 

「あれが私の後輩、スペシャルウィーク。イケてるウマ娘でしょ?」

 

 取り敢えず青年は頷いておき、先へ進もうとする。

 だがそこでスズカは青年に声をかけて止める。

 青年は振り返ってスズカの方を見た。

 

「ねぇ。ひとつだけ……お願いしても、いいかしら? スペちゃんに会ってくれないかしら? スペちゃんの夢は人間を捕まえること。でも、あの子のことだからそんなことはできないわ。だから会ってくれればそれでいいの。そしたら諦めると思うわ。それにあの子、それほど危険じゃないしね。だからよろしくね。私は先に待ってるから」

 

 と言って紫色のウマ娘と別の方へ歩いて行った。

 青年も先へ進むために歩き出した。



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スーパーなスペシャルウィーク

青年はまだ見ぬ土地に、これからことを思うと決意がみなぎった。

 

 

 

 スズカと別れてから先へ進んだ。

 その先にあったのは小さな箱と二手に分かれた道。

 箱の近くには看板が立っており、こう書かれている。

 

『共同異次元BOX:貴方だけの特別な箱!』

 

 よくわからなかったため、取り敢えず開けて中を覗く。

 中にはグローブのようなものが一つ、置かれているだけだった。

 青年はそれを拾ってカバンにしまう。

 取り敢えず武器になるかもしれない、という淡い希望を抱いて。

 

 改めて二手に分かれた道を見る。

 片方は上へ、片方は真っ直ぐに進んでいた。

 適当に足元にあった石を蹴ってみると上の方へ飛んで行く。

 そこで青年は上へと進んで行くことに決めた。

 

 上には進んで行くと、寂れたプレハブ小屋が目に付いた。

 かなり苔が生えたりしており、ドアに手をかけてみたが錆びついていて飽きそうになかった。

 窓も汚れきっていて飽きそうになかった。

 

 取り敢えずぐるりと一周すると、ドアの近くに吸盤の矢を見つけた。

 紙が巻き付けられており、どうやら矢文のようであった。

 紙を矢から取って開く。

 

『妥当◼︎◼︎◼︎!』

 

 そう書かれていた。

 妥当の後の文字が読めなかったが、その下にはなんらかの電話番号が書かれていた。

 青年は見なかったことにして矢文を元に戻す。

 そうしてその場から離れていった。

 

 今度は行かなかった方向へと向かう。

 足を先へ進めると二つの人影が見えた。

 当然ただの人影ではない、ウマ娘である。

 だが青年には二人が誰か遠くからでもわかった。

 二人の近くへ行くと、どうやら話し込んでいるようだった。

 

「そしたらエアシャカールさん。テメェはまだダメだ。なんて言うんですよっ! 酷くないです……」

 

 そこまで言ったところで、スペシャルウィークが青年の存在に気づく。

 サイレンススズカも気づいて青年の方を見る。

 そこで青年は妙な違和感をスズカに抱く。

 だが二人は悩む青年を気にすることなく、お互いに何度か顔を見合わせた後、スペシャルウィークが青年に指を向ける。

 

「あ、あれってっ!! もしかしてっ!!」

「そうね。あれは木ね」

 

 そう言ってニヤニヤした笑みを浮かべて、青年の隣に立っている木を見ている。

 スペシャルウィークは少し残念そうにする。

 

「なんだ木ですか……って違いますよねっ!? その隣のやつですよっ!!」

 

 と、残念そうにしていたのも一瞬のことで、青年にもう一度指を向ける。

 そして後ろを向く、スズカも後ろを向く。

 二人で内緒話を始めたのだが、青年には思いっきり聞こえていた。

 

「あ、あれって……人間さん、ですよね」

「そうね。人間ね」

「わぁっ! ど、どどど、どうしたらいいんでしょうかっ! も、もしここで捕まえたら私もついに……! 昔のスズカさんみたいになれるんですねっ!」

「スペちゃん、深呼吸よ」

「は、はは、はいっ!!」

 

 少し興奮した様子で青年の方へ向く。

 スズカも相変わらず怠そうにして、青年の方を向く。

 そしてスズカは左手を腰に当て、右手を真っ直ぐ青年に向けた。

 

「に、人間さんっ! ここから先は通しませんよっ! この私っ! スーパーなスペシャルウィークの手によって、捕まるんですからねっ!」

 

 そう言って胸を張る。

 スズカはニヤニヤと笑みを崩す気配はない。

 青年は二人にただ、戸惑っていた。

 どう行動したらいいのだろうかと。

 そこでまず行動したのが、スペシャルウィークだった。

 

「スズカさんっ! お願いしますっ!」

「え。私がやるの?」

「足止めをお願いしますっ!」

 

 まさかの発言にスズカは戸惑う。

 その足止めは果たして、スペシャルウィーク自身が捕まえたことになるのだろうかと。

 そしてその心配以上に、めんどくさかった。

 

「あー……えっと、今日はやる気が出ないのよね……」

「ダメですっ! 今日ばかりは仕事してもらいますからねっ!」

「……わかったわ」

 

 頭をボリボリ掻きながら、青年の前に立つ。

 申し訳なさそうな顔をしながら左手をゆっくりと上にあげた。

 

 その瞬間、一瞬だけスズカの左目が青く光った、ような気がした。

 それと同時に青年の足元から青い巨大なにんじんが生えてきた。

 と言っても二、三本程度で、それらは青年の体を貫通しているのにも関わらず、全く傷が入っていなかった。

 ただ、動けなくなるだけだった。

 

「流石スズカさんですっ! それじゃあ私、縄持ってきますねっ!」

 

 そう言って何処かへと走り去っていった。

 見えなくなった頃に、スズカは腕を下ろす。

 すると生えていたにんじんも何処かへと消え去ってしまった。

 

「痛くなかったかしら?」

 

 その言葉に青年は頷く。

 スズカは少し安心したような顔をした。

 パーカーのポケットに手を入れスペシャルウォークの去ったところを見る。

 

「とにかく今は、スペちゃんが戻って来る前に先に進むべきね。戻ってきたら捕まっちゃうから」

 

 青年は戻ってきたらどうするのか、と聞いた。

 スズカはニヤニヤの笑みを浮かべて言う。

 

「大丈夫よ。居眠りしてたら逃しちゃった、って言うわ」

 

 青年はスズカに感謝して、先へと進む。

 この広い広い大農園を抜けるために。



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青雲と釣竿

キャラの解釈不一致が起きてないことを願う、ます。


 大農園は広く、一本道しかないと言うのに迷いそうだった。

 それに加え、そこら辺にいるウマ娘たちは容赦なく襲って来る。

 青年は襲って来るウマ娘たちとなんとか和解しつつ、先へと進んでいた。

 

 青年は先へ進んでいる最中、あるものを見つけて足を止める。

 小さな見張り小屋、一人ぐらいしか入れなさそうな大きさの。

 中を覗いてみるが誰もいないし何もない。

 ただ一つ、大量の紙が置いてあることを除いて。

 

 紙には何やらたくさんの文字が書いており、紙で会話しているようだった。

 

『これはスペシャルな見張り台です!』

『どこがスペシャルなのかしら?』

『スペシャルなところです!』

 

 そこから同じようなやり取りが数十枚ぐらい続いている。

 見たことを少し後悔して、その場から立ち去る。

 少し先へと足を進めると同じような見張り小屋が。

 

 しかし違う点が一つ、見張り小屋と道を跨いで、そこにウマ娘がいた。

 そのウマ娘は芦毛で、目の前の釣り堀に釣り糸を垂らしていた。

 だが青年に気づくと釣竿を手に立ち上がる。

 

「お、君がスペちゃんの言っていた人間さんだね〜?」

 

 その瞬間、二人のソウルがはっきりと現れる。

 赤いハートと白い逆ハートが。

 青年はそれで向こうには戦う意思があることに気づく。

 

「いやー、私も痛いのとか嫌いなんだけどね? ほら、スペちゃんがサボってるって怒っちゃうからさー」

 

 釣竿を肩に担いで青年の前に立ち塞がる。

 青年も少し距離を開けようと摺り足で動く。

 青年はできれば、目の前のウマ娘と和解したかった。

 

 殺しあうなんて、そんな結果は求めていないからだ。

 だから一先ず『会話(ACT)』を試みる。

 まず、名前を聞いてみた。

 

「はえ、私の名前? んーとね、セイウンスカイだよ。ここの見張り小屋で見張り、任されてるんだよねー。にゃはは」

 

 どうにもやる気がなさそうだった。

 ただ少し猫背気味だったサイレンススズカよりは、幾分かマシそうには見える。

 スズカに関してはもはや、何事も言われるまでやろうとしないように、彼の目には見えてしまったからだ。

 

「ほいさっ」

 

 気の抜けた声とともに釣竿をこちらに向ける。

 釣り糸は青年に向けて飛んで行く。

 ぽちゃん、と音を立て釣り糸は地面に潜り込んだ。

 

 青年が驚いたのもつかの間、セイウンスカイは思いっきり引き上げると、地面から巨大な魚が飛び出る。

 魚は少し暴れながら、無慈悲にも青年を押し潰そうと落ちて来る。

 青年はそれを軽い身のこなしで避けると、更に話を進める。

 次に聞いたのは好きなことだった。

 

「ほほう。セイちゃんの好きなことが聞きたいと……んー、そうだね。お昼寝と釣りかなー?」

 

 そう言うと糸を横に振るう。

 普通の攻撃、のように思われたが少し違った。

 色が青かったのだ。

 スズカの出したにんじんのように、青色の攻撃だった。

 

 ふとスズカに受けた攻撃のことを思い出し、動きを止める。

 体を貫かれていたはずなのに痛くなかったこと、傷がなかったこと。

 その二つを思い出して足を、動きを完全に止めていた。

 すると攻撃は、不思議なことにすり抜けて傷一つ入りはしなかった。

 

「おー、すごいね。飛びっきりの技だったんだけど、避けられちゃったなー」

 

 少し残念そうな顔をしながら、釣り糸を引き戻す。

 青年は彼女の攻撃を止めるべく、提案を繰り出す。

 即ち、休憩タイムにしてお昼寝をしないか、と。

 

「いいねー。お昼寝のお誘いなんて、喜んで受けちゃうよ〜?」

 

 そう言いながらセイウンスカイは釣竿を下ろす。

 二人に浮き出ていたソウルは綺麗さっぱり消え去った。

 セイウンスカイは釣り堀の前の芝生の上に寝転がると、あっという間にに眠ってしまっていた。

 青年はその眠るスピードに驚きつつも、起こさないようにそっとその場から立ち去り、先へと足を進めた。



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スズカと練習

 足を先へ、先へと進める。

 するとそこに、さっき別れたはずのサイレンススズカ が立っていた。

 スズカは「よっ」とでも言うかのように、ポケットに入れていた右手を軽く振って青年に近づく。

 青年はスズカに、何かあったのか? と聞いた。

 

「スペちゃんに報告してきたわ。ちょっと怒ってたけど……まぁ、多分大丈夫ね」

 

 そう言って少し笑って右手をポケットにしまう。

 周りに人影はなく、どうやら一人のようだった。

 青年はこんなところまで何をしに来たのか、と聞いた。

 

「何をしに来たって……あー、えっと……あ、思い出したわ。忠告をしに来たのよ」

 

 忠告、と聞いて首を傾げる。

 忠告をするようなことがあるのだろうかと。

 なんせここはただのにんじん畑、と言うより農園。

 襲って来るウマ娘たちも上手いこと話せば、和解してなんとか逃げることができる。

 危険なことなど、これと言ってないのだ。

 

「まぁスペちゃんの仕掛けた罠と、私の仕掛けた悪戯グッズね。多少ビリビリする程度だから多分大丈夫よ。それよりも……」

 

 ビリビリするとは一体なんなんのか、と青年は考えた。

 だがスズカはこんな感じだからきっと大丈夫だろうと、そう考えることに決めた。

 心配でいながらも。

 

「スペちゃんはちょっと特別な攻撃を使うのよ。通称青攻撃ね」

 

 青年は先程見た攻撃を思い出す。

 もしかしてスズカの出したやつだろうか? と聞くと、スズカは頷いて答える。

 

「あれもそうだけど、あれよりヤバいのを使うわよ。そうね……実際にやってみるのが一番かしら」

 

 周囲の雰囲気が一瞬にして切り替わる。

 青年とスズカにソウルが浮き上がる。

 どうやら実戦形式で教えてくれるようだった。

 青年は聞いた、やる気がないのではなかったのではないのか、と。

 

「たしかにやる気なんてこれっぽっちもないわよ? でもこれはスペちゃんのためだもの。そのためならいくらめんどくさくても、ちゃんとやるわよ?」

 

 そう言ってスズカは左手を出して軽く指を動かすと、地面から一本の大きなにんじんが生えて来る。

 青いにんじんだ。

 にんじんはスズカの隣で静かに止まっている。

 

「多分知ってるだろうけど、避け方を教えとくわ。青色の攻撃の時は止まるのよ。そしたら傷つかないわ」

 

 人差し指を弾くようにしてこちらに向けると、にんじんが埋まったまま動き出す。

 スズカの言う通り止まっていると、にんじんは青年の体をすり抜けていった。

 自身の体を見てみると傷は付いておらず、彼女の言う通り動かなければ無害のようだった。

 

「ちなみに逆もあるのよ。オレンジ攻撃をされたら、動いていればいいの。わかったかしら?」

 

 青年は頷く。

 要は信号機のようなものだろうと、信号機の逆バージョンと言うことだろうと。

 簡単なことだと理解できていた。

 

「余裕そうね。でもスペちゃんはこんなものじゃないわよ? 例えばこう言う攻撃を使って来るの」

 

 そう言うと左腕を上に挙げる。

 そしてその左腕を床に思いっきり向けた。

 向けた瞬間のことだった。

 突然青年の体に大きな重力がかかり、地面に倒れこんでしまう。

 ソウルを見れば、ソウルは赤から真っ青な色に変化していた。

 

「ふふっ。これがスペちゃんの使う青攻撃よ」

 

 体が上手く動かず、立ち上がるだけで精一杯。

 なんとか横に倒れこむことで動くことはできそうだった。

 これが青攻撃か、と青年は驚愕する。

 

「ま、練習程度だし、これしながら攻撃なんてできないから、今回は何もしないわ……今回はね」

 

 最後の言葉に何故か恐怖を抱く。

 一瞬だけど、スズカのその言葉から答えようのない。恐怖感が沸くのだ。

 青年は蛇に睨まれた蛙のような気分になっていた。

 が、いつも通りのニヤニヤした笑みを浮かべると、二人の間のソウルと青年の重力感は消え、スズカは背を向ける。

 

「それじゃあまた後で会いましょ」

 

 そこで青年もスズカに背を向け、別れようとした。

 だがスズカは途中で足を止める。

 そして青年に向かって言った。

 

「もう一つ──忠告しておくわね。人間、私は貴方を、見ているわ」

 

 そう言われて振り返った瞬間には、もうスズカは消えていた。

 忽然と、まるで夢で見ていたかのような、そんな気分になってしまう。

 

 青年は一度呼吸を整え、歩き始めた。



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スペシャルな試練①

 スズカとは別れてから歩くこと数分、またもや人影が見えた。

 少し盛り上がった土の向こう側、そこに人影は立っていた。

 二人組の人影、一人はスズカで、もう一人はスペシャルウィークだ。

 何やら二人とも話し込んでいるようだった。

 

「スズカさんはどうしていつもこーなんですかっ! 人間さんも逃しちゃってっ!」

「お昼寝の時間だったのよ。いつも同じ時間に寝ないと体調が悪くなっちゃって……」

「嘘つかないでくださいっ! 四六時中寝てるじゃないですかっ!」

 

 どうやらさっきのことで怒られているようだ。

 大丈夫だの言っていたはずなのだがと、心配しつつ青年は二人の前に行くべきだろうかと一瞬悩む。

 だが動くよりも先に、スペシャルウィークの視線が青年に向く。

 スペシャルウィークは慌てて姿勢を正すと、咳払いして青年に指を向ける。

 

「よく来ましたね、人間さん。ここは絶対に通しませんよっ! ここにはなんと、スペシャルな試練……そう、罠が仕掛けてあるんですっ!」

「仕掛けるのはなかなかキツかったわ」

「スズカさん何もしてないじゃないですか……」

「応援はしたわよ。応援はね」

 

 少し離れているものの、青年から二人の様子はよく見える。

 スズカは軽く笑って、その様子にスペシャルウィークは怒っていた。

 

「そんなことはどーでもいいんですっ! とにかく。ここの罠を通り抜けるにはそれなりの覚悟が必要ですっ! さぁ人間さん。こっちまで来てくださいっ!」

 

 そう言われたものの青年は動かない。

 と言うより動けなかった。

 

 なんせどんな罠が仕掛けられているのかわからないからだ。

 それだけではない、何をどうしたら罠が動き出すかも、なにもかもわからないのだ。

 そこで取った最良の選択肢が動かないだった。

 スペシャルウィークはそんな青年を不思議そうに見つめていた。

 

「……なんで動かないんでしょうか?」

「なにもわからないからじゃないかしら? 説明してあげないと」

「あっ、そうですねっ! 人間さんっ! よく聞いてくださいっ! ここにはなんと、踏むとビリビリする仕掛けがありますっ! しかもっ! 土に埋めているため、どこにその仕掛けがあるかわかりませんっ! ふっふっふっ……さぁ! 踏まないようにこっちまで来てみてくださいっ!」

 

 と言うことだった。

 青年は盛り上げられた土の下に埋まっているのだろうと予想する。

 

 青年は一旦、周囲を見渡す。

 回り道して行こうかと考えたものの、盛り上げられた土の両端はかなりの量の木が植えられていて通れそうにない。

 どうやらこの盛り上げられた土の上を行かねばならないようだった。

 

 青年は盛り上げられた土の上を進み出す。

 一歩目、何も起こることはない。

 二歩目、三歩目も同様。

 そのままどんどん進んでいて、結局何も起こることはなかった。

 

 青年はあることを予想していた。

 それは、罠が作動しないのではないのか、と言うことだった。

 

 スペシャルウィークは酷く驚いた様子で目をまん丸くしていた。

 

「あ、あれーっ!? 動いていないっ!?」

「もしかして……埋めすぎたのかしら?」

「お、おかしいですね……?」

 

 そう言って土の中に手を突っ込み、そしてスペシャルウィークは痺れた。

 結構大きく、光る勢いで。

 だがそれも大したダメージではないようで、スペシャルウィークは咳とともに黒焦げの煙を吐くだけだった。

 

「…………ゲフッ」

「やっぱ下に行きすぎてたみたいね」

「……こ、今回は引き分けですっ! て、手加減したんですよっ! こんなところで負けられては困りますからねっ! 次は倒しますから、覚悟しておいてくださいっ!!」

 

 そう言って痺れた足取りで高笑いとともに去っていった。

 青年はその後ろ姿に心配するが、スズカは変わらずニヤニヤしていた。

 

「そんな心配そうにしなくても大丈夫よ。あの子、あれでも結構タフなんだから」

 

 そう言ってスズカは青年の方を見る。

 

「スペちゃん、結構楽しそうよ。あなたのおかげね。ありがとう」

 

 スズカはそれだけ言ってその場から去って行った。

 青年は二人について行くように、歩き出す。

 これから更に待ち受ける罠を知らずに。



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スペシャルな試練②

 スペシャルな試練から歩くこと数十分、色々なウマ娘に出会った。

 特に印象的だったのは芦毛のウマ娘だった。

 理由としては些細なもので、『にんじん棒』なるものを貰ったからだった。

 アイスバーのように食べ物だった。

 

 そして渡されたと同時にこう言った。

『ウチ、オグリキャップっちゅうウマ娘を探してんねん』

 だから見つけたら、タマモクロスが探していた、と知らせくれると嬉しい、とも。

 この後、そのウマ娘は関西弁で色々長話していたのだが、先を急ぐと行って別れたため大したことは覚えていない。

 ただ袋に入ったにんじん棒をカバンにしまって前へと進んだことだけは覚えていた。

 

 道中サッカーボールのようなものを蹴って遊ぶ場所もあったが、先を急がねばならないので無視して足を進める。

 すると二人のウマ娘が……また、あの二人が見えた。

 案の定、スペシャルウィークとサイレンススズカだ。

 

 ここには二人しかいないのだろうか、って頻度で出会っている。

 実際は色々なウマ娘が青年のソウルを狙って襲いかかってきているのだが。

 その度にグローブで応戦し、和解し続けているのだが。

 

 スペシャルウィークは青年に気づくと、いつも通り指を指して言う。

 

「よく来ましたね、人間さん。ここは絶対に通しませんよっ!」

「さっきと同じこと言ってるわよ?」

「いいんですっ! これが私のセリフなんですよっ!」

 

 そう言って胸を張る。

 胸を張るようなことなのかと青年は首を傾げつつも、次に来るであろう試練に身構える。

 スペシャルウィークは小走りでこちらに近づいていて、一枚の紙と鉛筆を手渡した。

 青年は素直に、その紙と鉛筆を受け取る。

 そしてスペシャルウィークは急いでスズカの横に戻っていった。

 

「人間さんっ!! 覚悟はできていますか? ふっふっふっ……今回はスズカさんが考えたんですよっ! さぁ、開けてみてくださいっ!」

 

 言われるがままに紙を開く。

 そこに書かれていたもの、それはなんとっ! 

 

 幼児パズルだった。

 青年は一瞬、それに困惑して二人の方を見る。

 スペシャルウィークは、どうだ、と言わんばかりに胸を張っている、

 一方スズカはニヤニヤしていた。

 

 取り敢えず解いてみることし、近くにあった切り株に座った。

 

 ──解き始めること大体五分。

 青年は全て解き終えてしまった。

 スペシャルウィークのところまで行き、紙と鉛筆を手渡す。

 

「す、スズカさん? 解かれちゃいましたよっ!?」

「あれ? おかしいわね……? 今日の新聞のパズルを持ってきたのだけれど……」

「新聞のパズルってショーキですかっ!? あんなの赤ちゃんがやるようなパズルですよっ! やるなら断然っ、間違い探しですっ!!」

「ほんき? あんなの数秒もあれば解けちゃうわよ?」

「むむむ……こうなったら人間さんに決めてもらいましょう! 人間さんっ! どっちが難しいと思いますかっ!」

 

 青年は気迫のあるその声に、少し後退りする。

 どうにも、どっちが決めねば離れられない、と二人の顔を見て理解する。

 そして同時に、スペシャルウィークに同意すべきとも。

 何故ならば、スズカはスペシャルウィークの後ろでいつもとは違う笑みでこちらを青年を見ていたからだった。

 青年は二人に、間違い探しの方が難しいと伝える。

 

「やっぱりそうですよねっ! ……スズカさんっ! 次は間違い探しを持ってきてくださいっ!」

「ええ、わかったわ……次があったらね」

 

 青年とスペシャルウィークからは最後の言葉は聞こえなかったが、青年はサボる気なんだろうな、と理解する。

 何も知らないスペシャルウィークは高笑いとともに、その場から去っていった。

 青年はスズカに近寄る。

 

「間違い探しって案外悩むわよね。あなたもそういう経験ないかしら?」

 

 青年はスズカに、新聞の間違い探しはやったことがないと伝える。

 

「うそっ。あなた人生損してるわ」

 

 そう言うと新聞の切り抜きを青年に押し付けて去っていった。

 青年は手渡された新聞の切り抜きを見る。

 それはなんと、間違い探しだった。

 間違い探しをカバンにしまって歩き出す。

 

 それからまた少し歩いていると一枚の看板が見えた。

 看板には何度か直したような跡があり、その跡の部分は綺麗に線が入っていた。

 まるで、一刀両断しかのように。

 

 看板の文字を見るために近く、すると後ろから一人のマスクをつけたウマ娘が飛び出してきた。

 

「私、何もしてないデースっ!!!」

 

 そのウマ娘は何処かへと去って行く。

 その瞬間、後ろから素人でもわかるほどの殺気を感じ、飛ぶように避けた。

 ギリギリだったのだろう、青年のいた場所にあった看板が綺麗に真っ二つになっていた。

 

「ふふっ。エル〜、どこに行ったんですか〜?」

 

 そのウマ娘は薙刀を手に、微笑みを浮かべていた。

 その目線は俺ではなく、何処か遠くへ行ったウマ娘に行っていた。

 青年は目をまん丸くしていたが、狙われていないことにホッとして、スッとその場から離れようとする。

 

 だが彼女の背後に行った瞬間、その薙刀を床に叩きつけ金属音を鳴らす。

 その音にビビって青年の足が止まる。

 

「人間さん、ですね?」

 

 反射的に返事してしまう。

 薙刀を持ったウマ娘はゆっくり振り向いて、青年に近づく。

 

「私、グラスワンダーと言います。人間さん、お覚悟はよろしいでしょうか?」

 

 青年は命の危機を感じ、カバンから取り出したグローブを早急につけて、グラスワンダーに立ち向かう。

 グラスが武器を振り駆け出し、青年は出来るだけ和解しようと、その場で身構えたのだった。



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グラスワンダーの襲撃

キャラ崩壊、酷いかも。です。


 グラスワンダーが駆け出すとほぼ同時に、二人のソウルが浮き出る。

 青年はグローブを着け、グラスからの攻撃にしっかりと構える。

 しかし相手が振るうのは薙刀、刃物だ。

 それは大きく振るわれ、少し離れたところからの攻撃に青年は避ける以外の行動は取れなかった。

 防ごうとすればグローブごとズバッと行かれるのがオチだからだ。

 

「それなりに動けるみたいですね」

 

 青年はそんなグラスに、やめないか、と訴える。

 そこから続けて、命令を聞いているだけなら、この戦いは意味がないとも。

 だがグラスは青年に向けて首を横に振る。

 

「いいえ、この戦いに意味はありますよ。私はスペちゃんのためだけに、この刃を手にしているのですから。人間さん、殺しまではしません。ただ捕まってくれればそれでいいんです」

 

 グラスワンダーはスッと静かに構える。

 それに対して青年は当然、身構える。

 捕まればどうなるのか彼は知らない。

 だが、ロクでもないことが起こるのだけは確かだと。

 青年にはそんな確信のようなものがあった。

 

 またグラスワンダーが飛び出す。

 大振りの一撃、振り下ろしの一撃だった。

 当然青年は横に飛び避ける、だが。

 地面に向けて放った一撃は土を掘り起こし、そこに混じった小石を降らせた。

 その小石は青年に対し、小さくもダメージとなる。

 

 更にその小石によって目眩しをされ、その一瞬の隙を狙ったグラスは青年の直近まで接近する。

 青年は咄嗟に、拳を突き出して反撃を繰り出す。

 グラスはギリギリのところで薙刀で防いだ。

 だが薙刀越しに拳の衝撃を受け、驚いたような顔をする。

 

「……これが人間さんの決意……成る程、皇帝が結界を破れると言った意味、漸く理解しました」

 

 その言葉に青年は尋ねる。

 それは一体、どう言うことかと。

 グラスはしばらく黙ったまま動かず、そして口を開く。

 

「そう──ですね…………これならば話しても問題はないはず。私たちウマ娘は人であって人間ではありません。それがどう言うことか、理解できますか?」

 

 いいや、と青年は首を横に振る。

 そうですよね、と言ってグラスは言葉を続ける。

 

「ウマ娘達は人間さんのように、決意を持たないんです。ソウルはあっても、それはただウマ娘と言う器を維持するための魔法でしかない。ですが、代わりに魔法の力がある。そしてその魔法の力を利用して決意を取り込めば……この地下世界に張る壁を、結界を打ち破ることができる。あと一つのソウルで、私たちは救われるんです。わかってもらえますか?」

 

 青年は頷く、頷いてこう言った。

 君は一体何者なんだと。

 スペシャルウィークの部下とかではないのだけは確かだった。

 

「……秘密です」

 

 問いにそう答え微笑んだ。

 青年はその微笑みに軽い恐怖を抱いていた。

 グラスは改めて武器を構える。

 

「ともかく、私たちウマ娘の事情はよく理解できたと思われます。ですからそのソウル、私にくれませんか?」

 

 青年は首を横に振り、グローブを構える。

 彼女達を可哀想だと、たしかに青年はそう思った。

 それは同情と言うだけであって、彼の目的にはなんら関係のないことである。

 決意を胸に抱いた彼には、一切関係のないことであった。

 

「そうですか。ならばここで……死になさいッ!」

 

 だが青年はこう思った。

 彼女達を救う方法はきっとあるはずだと。

 彼は伝説を知っている、ウマ娘の話を。

 地下世界へと逃げたウマ娘を閉じ込めた人間達の話を。

 

 そう、閉じ込めたの他でもない、人間達だ。

 だからこそ、自分ならば救える、そう考えた。

 青年はグラスに訴えかける。

 オレンジ色の攻撃を纏った薙刀が繰り出される前に。

 

「人間さん。何を、言っているのですか?」

 

 微笑んでいた、が目は笑っていなかった。

 だが武器は下ろした。

 その隙を狙いとにかく語りかける、自身の考えを。

 この地下に残っている人間たちのソウルを、もし自分が取り込んだのならば結界を破ることができるかもしれないと。

 その言葉を聞いたグラスは少し考え事を始める。

 

「……その辺りは私の専門外なのでわかりません。ですが、少しだけ、考えてみる余地はあるかと思います」

 

 二人に浮かんでいたソウルが消える。

 そのことに青年はホッとしてグローブをしまう。

 グラスは背を向け、その場を立ち去ろうとする。

 

「このことは皇帝に報告します。もしかしたらまた、戦う時が来るかもしれませんけど。その前にエルを探さなくては……エル〜? どこにいるのですか〜? 皇帝様に謝りに行きましょうね〜」

 

 そう言いながら徘徊しに戻っていった。

 なんだかかなり疲れてしまった青年は、どこか休めるところはないかと探しに行くことにしたのだった。




思いついたことパッと書くからこうなるんだよね。残念ながら人間性です。


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sidestory:皇帝

ううん。もう少し後に書くべきだったのか、の後悔してたり。
まぁ、もう遅いんですけども。


 地下世界の皇帝。

 彼女はウマ娘たちを統率し、この世界に平和をもたらしている。

 だがそれも、一時的なものに過ぎない。

 

 つい最近新しく建て替えたばかりの新寮では、数人のウマ娘が集まっていた。

 皇帝、そしてその直属の兵士長、人体研究者、そしてグラスワンダーだ。

 グラスはただ、皇帝に報告していた。

 にんじん大農園で起きていることを。

 

 それを聞いて最初に口を開いたのは兵士長だった。

 

「──で、テメェは懐柔されて帰って来やがった。つーことかァ?」

「懐柔? 御冗談を。私はただ面白そうだと、そう判断しただけですよ?」

「ふぅン……私もそれは、興味深いねぇ」

 

 そう言って研究者は楽しそうに笑う。

 グラスと兵士長は睨み合いをしていた。

 そしてそんな二人の合間に割り込んだのが、皇帝だった。

 

「私は結果を聞いているのだ。タキオン、どうなんだ」

 

 その言葉は一つ一つが、強大な圧のようなものであった。

 三人は言葉を聞いた瞬間、ただ黙ることしかできなかった。

 黙って膝をつくことしかできなかった。

 だが研究者は、少し間を開けて口を開く。

 

「……皇帝陛下。かの人間が言ったことは、可能かと……ですが、もっともな方法は、皇帝陛下が直接そのソウルを吸収するのが一番かと思われます」

「だとさ。残念だったなァ? グラスワンダー」

「結果がどうであろうと、私はただ皇帝陛下の命令を聞くだけですから」

 

 そう言って兵士長に微笑む。

 当然その目は笑っていなかったが。

 

 研究者の言葉を聞いた皇帝は少し考え事をする。

 顎に手を当て、数分後。

 口を開く。

 

「この件は一度、預からせてもらう。諸君、各々の任務に戻りたまえ……グラス、君は少し残れ」

「はっ」

 

 兵士長と研究者はその場を後にする。

 グラスは皇帝の前まで行き、ひざまづく。

 皇帝は椅子に座ったままグラスを一瞥した。

 そして立ち上がり、彼女に近づく。

 

「君に課した私の命令は、覚えているな?」

「……”彼女”の見張り。です」

「今まで報告を一度も聞いたことはない。何故だ?」

 

 その言葉にグラスは息を飲む。

 そしてまるで、自分の首が閉まるように感じていた。

 そこにあるのはただ、恐怖だけだった。

 皇帝は何も答えないグラスをただ、近くで見つめるだけ。

 だからこその恐怖であった。

 グラスは報告すべく、恐る恐る口を開く。

 

「お、お言葉ですが、陛下。彼女はその……消えるのです。忽然と、何処かへ。隠れて見ていると、突然いなくなるんです」

「……やはりそうだったか。わかった、君も任務に戻りたまえ」

「はっ!」

 

 グラスは少し急ぎ足で、その場を離れた。

 皇帝は席へと戻り、深いため息をつく。

 そして近くにあった写真立ての中の写真を見た。

 三人のウマ娘が写っている写真だった。

 皇帝と、エアグルーヴと、そして誰か。

 

「私は……正しいことをしているはずだ。皆を救うため、人間を殺し、そのソウルを集め、そして結界を破壊する……だが、それが正しいのか、私には……」

「わからないって。そういうつもりなのかしら?」

「ッ!!」

 

 その声を聞いた瞬間には既に、皇帝は剣を手に自身の座っていた椅子を破壊していた。

 だがそこには誰もおらず、あったのはただ地下世界の景色が見える窓だけだった。

 皇帝の背後からまた声がする。

 

「ふふっ……久しぶりね。あなたの元を離れてから何年経ったかしら」

「……スズカ。何をしに来た」

「忠告、かしらね。この地下世界は今、変わろうとしている」

「人間のせいで?」

「違うわ、人間のおかげよ。あなたのせいで凝り固まった地下世界は、変わろうとしているのよ」

 

 皇帝は剣を床に刺し、破壊した椅子に腰掛ける。

 いないはずのそれに視線を合わせようとして、部屋のドアに目を向ける。

 何もいない、だが不快な存在感だけは感じていた。

 

「何故君は、私の元から離れた。戻って来る気もないのか?」

「めんどくさくなったのよ。全部」

「……随分と、嘘をつくのが下手になったものだな、君も」

「…………これだけは言わせてもらうわね。私は私の目で、彼を見極める……約束もあるし、あなた達に協力する気は一切ないわ」

「スズカ、君は……いや、君がそう決めたのならば何も言うまい。ただ、監視は続けさせてもらう。わかったか?」

「邪魔をしないならばそれでいいわ」

 

 そう言って声は掻き消えた。

 同時に皇帝が感じていた不快は存在感を消え去る。

 皇帝はまたため息をつく。

 

「……ああ、エアグルーヴ。許されるならば私を許してくれ、そしてまた、私のことを……助けて、くれ……」

 

 そう呟いた彼女の言葉は、誰の耳に届くこともなく部屋の中で消えていったのだった。



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スペシャルな試練③

基本的にウマ娘達は原作同様一部を除いて足が速いです。
そのため時系列的にはこの後、皇帝sideの話になります。




 青年は道中、にんじんの突き刺さったハンバーグが置いてあるのを発見した。

 軽く食べて見たが、これが案外美味しかったらしく、平らげてしまっていた。

 そこで彼は見てしまった。

 皿の下に書かれたメッセージに。

 

『ふっふっふっ……これは罠なんですっ! どんな罠かというと……人間さんは私の作ったハンバーグによって、足止めされてしまうんですっ!』

 

 確かに足止めには成功していた。

 だが人間は不思議に思った。

 何故、食べていることに夢中になっている時に捕まえないのかと。

 ここまで来て二人のことをある程度理解した青年は、なんとなくその理由もわかっていたのだが。

 

 と言うわけで体力もそれなりに回復した青年は先を急ぐ。

 下方向に進んで行くとスペシャルウィークの姿が見えた。

 何やら悩んでいるらしく、頭を抱えていた。

 

 青年はスペシャルウィークに近寄って声をかける。

 

「うひゃぁっ!?」

 

 後ろから話しかけてしまったせいか、大きく驚き跳ねた。

 そしてすぐさま後ろを見る。

 

「な、なんだ人間さんですか……はぇっ!? に、人間さんっ!?」

 

 二度見の驚きとともにばっとその場を離れ、遠目に青年を見る。

 青年もその動きに驚いて、躓きかけてなんとか立ち直す。

 

「ぐ、グラスちゃんはどうしたんですかっ!」

 

 倒した、とは言い難く、和解したとも言い難く。

 少し言い淀んだ末に言ったのが、取り敢えず話を付けた、とだけ。

 その言葉にスペシャルウィークはまたもやびっくりしていた。

 青年は一先ずその話はやめ、何をしているのか、と聞く。

 

「実はパズルをこの辺りに作ってたんです。ですが、その……見ての通り……」

 

 いつもの元気は何処へやら、パズルがあったと思わしき場所を指差して落ち込んでいた。

 青年は指をさした方を見たが、そこにあったのはとてもじゃないがパズルとは言い難いものだった。

 明らかにチラチラ見えている地雷のようなもの、他にもなんか危なそうなものが地面から見えているのだ。

 きっとあの場所を進めば傷は免れないだろう、青年は直感でそう感じた。

 

「どーせ、スズカさんですっ! 私の作った罠にまた悪戯したんですよっ!」

 

 青年はスペシャルウィークに災難だったね、と慰める。

 そうですよねっ! と言って青年には同意を求めていた。

 

「とにかくっ! 一時休戦です。スズカさんの罠を抜けるために一緒に行きますよっ!」

 

 青年はわかった、と言ってはあることを聞く。

 あることと言うのはスズカは一体どのような悪戯をするのか、と言うものだ。

 スペシャルウィークは少し悩んで言う。

 

「そうですね……例えば機械を少し故障させたり、踏んだら粘着テープが貼りついたり……それで転んだこともあるんですよっ!」

 

 そう言ってスペシャルウィークは少し怒る。

 スズカの悪戯は結構酷いものらしい。

 もしかして死んじゃうんじゃないだろうか、と思いつつも二人で地雷原へと足を踏み入れた。

 

 そこからは、とにかく大変だった。

 青年の踏んだ先で刺さるにんじんが降ったり、踏んだものから電気が流れたり。

 死ぬ思いしつつも、二人は先へと進んだ。

 大体時間は一時間ほどだろうか、彼らは奥へとたどり着いていた。

 半ば満身創痍で。

 

「な、なんとか突破できましたね……」

 

 青年は頷いて、先ほどもらったにんじん棒を食べる。

 そうすることで不思議と傷は癒えていた。

 青年はこれはきっと、自身のソウルの力によるものだろうと、なんとなく考えた。

 

「人間さんっ! 私はスズカさんを探しに行きますっ! また後で会いましょうっ! ……一体、どこに行ったんですか……っ!!」

 

 とても怒った様子でスペシャルウィークは青年の元を去って行く。

 青年は少し周辺を見渡し、何もないことを確認すると先へと進み出す。

 少し遅れての出発だったが、既にスペシャルウィークの姿はなかった。

 代わりにいたのはスズカだった。

 

「ふふっ、楽しかったかしら? 私の仕掛けた悪戯道具たちは」

 

 青年はスズカにスペシャルウィークがかなり怒っていた、と伝える。

 スズカは相変わらずニヤニヤしていたが、少し焦っているようにも見えていた。

 

「スペちゃん怒ってた? ……あー、まぁ、その。私は大丈夫よ。なんとか誤魔化すわ」

 

 無事で済むと良いけど、と青年は思っていた。

 それだけ言うとスズカは歩き出そうとする。

 青年は何処かに行くのか、と聞く。

 スズカは少し振り向いて答えた。

 

「ちょっと昔の知り合いに会いに行くのよ。グラスちゃんもいるのよ」

 

 その言葉に青年はさっきの戦いを見ていたのか、と聞く。

 だが帰ってくるのは曖昧な返事だけ。

 スズカは適当に答えを濁していた。

 

「何か伝えたいことがあるなら言っとくわよ?」

 

 青年は特にない、と言う。

 青年はただ、この先の行く末を彼女に託しただけだから。

 グラスからの答えが返ってくるのをただ待つのみだった。

 

「そ、じゃあ私は行くわね。スペちゃんのことよろしく頼むわね」

 

 そう言って木の影へと消えて行った。

 青年はそんなスズカの後ろ姿を見届けて、また歩き出した。



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スペシャルな試練④

この道も終わりが近づいていると思うと決意がみなぎった。

 

 

 

 青年は一、二時間ほど休憩し、地雷原での疲れを癒した。

 完全に癒えた頃に、自身の体に傷がないことを確認して足を進め出す。

 土を踏み、ウマ娘たちと話し、戦い抜き、そして前へと進んで行く。

 しばらく歩いていると、もう何度目かわからないが二人がいた。

 サイレンススズカ にスペシャルウィークだ。

 

「スズカさん……なんでこんな、こんなことに?」

「あー、見張りはしてたのよ? 私としては、ちゃんと」

「じゃあ、なんでこんなことになったんですか?」

「……あの二人よ。ほら、いつも追いかけっこしてるでしょ?」

「グラスちゃんとエルちゃんですか……そう言えば向こうで気絶してましたね」

 

 そんなことを薙刀で一刀両断された機械の近くで話していた。

 どうやらスズカが見張りを任されていたようだが、グラスワンダーともう一人のウマ娘の追いかけっこにて破壊されたようだった。

 青年は機械を見て、自身もああなっていた可能性があることを思い出し恐怖していた。

 

 そんなこんなで二人が喚いていると、二人の視線が青年に向く。

 青年も二人の視線に気づいて軽く手を振る。

 スペシャルウィークは少し汗を垂らして申し訳なさそうな顔をしている。

 スズカは相変わらずいつもの顔だった。

 

「……えっと、人間さん。そのこ、今回は、なしです」

「まぁ色々あって壊れちゃったのよ。ごめんなさいね」

「ですがっ! 次のっ! 最後のっ!! ラストのっ!!! ふっふっふっ……ファイナルでスペシャルな試練……そこで私の勝ちで終わりますから、楽しみにしていてくださいっ!」

 

 気を取り直したようで高笑いととも去って行った。

 あれでよかったのだろうか、と青年は考え機械に近づく、

 そんな青年の隣にスズカは立つ。

 青年はそんなスズカに一応、何があったのかと聞く。

 

「見ての通りね。人間さんも襲われたからわかってるんじゃないかしら?」

 

 まぁね、と言って機械に触ってみる。

 

「もしかして直せるの?」

 

 見てみないとわからないと、青年は言葉を返す。

 青年の仕事、それはこれである。

 機械を弄って上手い具合に直す、要は機械技師と言う奴である。

 

 外見の大部分が破損してはいるが、中身がスカスカで動いていたおかげで、そこまで酷いわけではなかった。

 適当に応急処置をして、余計な部分の部品をカバンに突っ込む。

 もしかしたら何かに使えるだろうと思って。

 

 ちなみに、彼の仕事で扱うものは基本、大型機械である。

 トランシーバーのような携帯などはあまり得意ではなかったりする。

 

「へぇー……人間ってすごいのね」

 

 スズカは感心した様子で機械を見ていた。

 軽く触ってみると、どうやら動いたようで青年の体に強力な電気が走る。

 その電気をモロに食らった青年は大きく痺れた後、機械から急いで離れた。

 

「それ、ウマ娘には反応しないのよ。人間だけに反応して動くのよ……それよりも、なんで直したのかしら? こんなもの、直したところであなたの得にはならないでしょ?」

 

 そう言って機械を撫でるように触る。

 そんなスズカに、痺れながらも青年は答える。

 

 人助けが好きだから、と答えた。

 スズカは一瞬キョトンとして、笑った。

 

「人助けが好き、ね……そう、見極める価値はあるようね」

 

 青年は最後のボソボソ声が聞き取れず、スズカに聞いたがなんでもないわ、と言ってた有耶無耶にされた。

 そして気づけば、スズカの姿はどこかへと消え去っていた。

 

 青年は機械を一瞥した後、道を歩き出す、

 道中ウマ娘から話を聞いたり、戦ったりしつつ、足を進めて行く。

 すると何度か見た見張り小屋が目につく。

 見張り小屋の下ではマスクをつけたウマ娘が気絶していた。

 あのグラスワンダーと追いかけっこしていたウマ娘だった。

 

 青年は彼女を起こすと戦いになるだろう、そう考えて刺激をしないよう、静かにその場を通った。

 なんとか無事通れた青年は、遠くに橋のようなものを見つける。

 橋の向こうには二人の姿。

 

 青年はさっき聞いた、最後の試練という言葉を思い出す。

 きっとこれが最後なんだろう、これで終わりだろう。

 そうなれば多分、戦うことになるのだろう。

 

 そう考えたことで、足を進めることを躊躇してしまう。

 もし足を進めれば戦いになる。

 戦いになるということは、エアグルーヴの時のように行く保証もないわけで。

 だが青年に、人を、ウマ娘を殺すような勇気もないわけで。

 

 しかし青年は、胸に決意を秘めていた。

 家に帰ると、この地下世界から出ると。

 その思いはだんだんと強くなって行く、考えれば考えほど強く。

 気づけば青年の足は前に出ていた。

 二人の、最後の試練の元へ。



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スペシャルな試練⑤

 橋はそれなりに長く、二人の声がギリギリ聞こえるかどうかと言う程度の長さだった。

 橋の下を見れば谷のようになっており、掘った痕跡が見られる。

 そしてその掘った場所には、槍を始め様々な危険物が備え付けられていた。

 青年はアレが最後の試練なのだろうか、と考えると少し怖くなってしまった。

 だが今はただ自身の意思に従い、歩き出す。

 

 遠くで二人は何か話していたが、聞き取れなかった。

 青年が橋の前に立つと、二人は青年に気づき大きな声で言う。

 

「人間さんっ!! ここが最後のっ! スペシャルな試練ですっ!!!」

 

 そう言って腰に手を当てて、胸を張る。

 そんなスペシャルウィークの近くには、青年が直した機械に酷似した機械があった。

 機械には一つ、大きなレバーが付いており、スペシャルウィークはそこに手をかけている。

 どうやら、何かを動かす機械のようだった。

 青年にはなんとなく、動かすものがわかっているのだが。

 

 青年は聞いた、ここでなにをすればいいのか、と。

 スペシャルウィークは胸を張ったまま答える。

 

「それは……この橋を渡るだけですっ!!」

 

 青年は橋の下を見て、スペシャルウィークに聞く。

 ただ橋を渡るだけでいいのか? と。

 スペシャルウィークは首を横に振って、レバーを降ろす。

 瞬間、橋の下にあったものが上昇して様々な動きをし始める。

 その動きは明らかに、殺しに来ていた。

 

「ふっふっふっ……今回は故障していませんよっ!」

「スペちゃん。これじゃあ死んじゃうわ」

「大丈夫ですよっ! 確か緩めるボタンが……これですっ!」

 

 何やらボタンを押した、すると青年の背後に柵のようなものが地面から出てくる。

 そして燃え出し、青年から逃走という選択を奪い去った。

 青年は二人の方を見ると、スペシャルウィークはとても慌てていた。

 

「……こ、これでしたっけ?」

 

 別のボタンを押すと、青年の真上から大きな岩のようなものが落ちてくる。

 青年は咄嗟に避け、更に橋の方へと近寄る。

 と言うより、逃げ道が橋以外無くなってしまった。

 

「あー、スペちゃん?」

「だ、大丈夫、なはずですっ!」

 

 流石のスズカも少し心配そうにスペシャルウィークを見る。

 スペシャルウィークはポケットから、説明書のようなものを取り出し凝視しながら機械を触る。

 だが止まることなく、逆に激しくなり続けていた。

 

 そしてついに、青年は橋の上に立つ。

 少し不安定な橋、頑丈そうに見えるものの、罠のせいで崩れてしまいそうな感じがあった。

 青年は二人の名前を叫んでみる。

 

「多分これで……止まる、はずですっ!」

 

 そう言いながら押した瞬間、大爆発とともに機械は粉砕された。

 それはもう、見事な爆発であった。

 三人はただそれを見つめることしかできなかった。

 それに伴い、更に激化する罠の数々。

 と言うか、爆発したことによって動いていなかった全ての罠が動き出す。

 

「に、人間さん……」

 

 少し涙目でスペシャルウィークは青年の方を見る。

 その時、青年は既に走り出していた。

 背後から、上から、下から、迫る死に対して逃げるように。

 青年は死ぬわけにはいかないと、ただ必死に走る。

 ありとあらゆるとこから攻めて来る、罠を避けながら。

 

 そんな時、ついに橋が壊れ始める。

 制御装置を失った罠たちは加減を知らない。

 

 橋の直径はそう長いものではない。

 だが目前に迫る罠が青年を通らせまいと道を塞ぐ。

 その一方で青年の後ろの橋は崩壊を始める。

 

 それを見た青年は、目を瞑って走り出す。

 罠の恐怖心を無理やり打ち消すように。

 

 だが後もう少しというところで、前方からの大きな音に目を開いてしまう。

 いや、開いたこと自体は正解だった。

 だがそこで一瞬戸惑ってしまったのがダメだった。

 前方の橋が崩れかけていたのだ。

 

 一瞬の恐怖に足が止まりかけるが、その場は無理やり走ろうとした。

 だが、次の瞬間には橋は崩れ、落ちかけていた。

 青年は咄嗟に飛び上がり、二人のいる場所に手を伸ばす。

 

 だが後少し足りず落ちかけた、その一瞬、体が浮いたような気がして、ギリギリのところで手が届く。

 見上げろてみればそこには、ニヤニヤ顔のスズカが立っていた。

 

「大丈夫だったかしら?」

 

 そう言ってポケットから手を出し差し伸べる。

 晴天はその手を取り、なんとか引き上げられる。

 自身の渡ってきた場所を見返すと、何か破壊されたような跡があり、機能を停止していた。

 その光景に思わずゾッとする。

 

「その様子だと怪我はなさそうね」

 

 その言葉に、死にかけたけど、と答える。

 青年は機械の方へ向かって軽く中身を確認してみる。

 どうやら最初から壊れかけだったようだ。

 事故、と呼ぶには酷い感じてはあったのだが。

 

 青年は話を聞こうとスペシャルウィークを探すが、姿はない。

 スズカにどこへ行ったのか、と聞くが首を横に振って、わからないと言った。

 もはや修復不可能であったため、機械は置いといて先へ進もうとする。

 だがスズカに呼び止められ、足を止める。

 

「もしスペちゃんに会っても、許してあげてね? あの子もほら、悪気があってやったわけじゃないから」

 

 青年はその言葉に頷くと、相変わらずの顔で青年の先を歩いて行った。

 青年はスズカについて行くように、先へと歩き出す。

 騒がしくも、明るい方向へと。



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大農園の町にあるお店

実はちゃんと完結できるか心配になってる。


 歩いた先にあったのはウマ娘の町だった。

 騒がしく、明るく、とにかく活気のある町だった。

 見る限りではいくつかの建物が向かい合っているようで、町というより村という感じではあった。

 青年はその中を進む。

 

 たくさんいるウマ娘の中、たった一人の人間。

 違和感はあるものの誰も青年を注目するわけではない。

 誰一人として襲ってくるような人はいなかった。

 町で暮らしているということは温厚なのだろう、と青年は考えた。

 

 青年は一先ず、この場所を知ろうと情報が集められそうな場所を探す。

 そこで青年が見つけたのはお店だった。

 町の入り口にある小さなお店、『オグタマショップ』と書かれていた。

 中に入るとそこには芦毛のウマ娘が一人、なにかを食べてテレビを見ている。

 だが青年のことに気づく、食べる手を止めずにカウンター側に来る。

 

「む……客か?」

 

 青年が頷くと、そこでやっと食べる手を止める。

 そして手を洗いに行って戻ってくると言う。

 

「ここは色々なものを売ってるぞ。何か言ってくれれば持ってこよう」

 

 青年はそこで自分のポケットを探る。

 お金のようなものがあっただろうかと。

 

 見つけたのは地上のお金、紙幣と硬貨。

 取り敢えず出してみて使えるか聞くと、芦毛のウマ娘は少し凝視した後、多分使えると言った。

 少し心配だが、店主がそう言っているならば大丈夫だろう、と買い物を始める。

 

 情報収集の前の買い物だ。

 青年はまず工具などはないか、と聞く。

 工具か……と呟くと後ろの方に行き、結構コンパクトな工具箱を持ってくる。

 提示された分のお金を払い、工具箱を鞄の中に入れる。

 

 そのついでに聞くことを聞く。

 まずこの先はどこに続いているのかと。

 

「この先か? この先は練習場に続いているな。主に兵士をやっているウマ娘たちがいるが……特に用もないならば近寄らないのが一番いい。私はそう思っている」

 

 その話を聞いてこの地下世界で一番危険な場所であろうと考える。

 ウマ娘たちは青年、人間のソウルを狙って攻撃してくる。

 皇帝がソウルを手にこの地下世界からウマ娘たちを解放するために。

 だから、皇帝の命令で動く兵士たちどんな事情があろうとも必ず襲ってくる。

 そう考えたのだ。

 

 次の情報がわかったところで、次はこの町について聞く。

 この町でオススメの場所はあるのか、と聞くと奥の方から一枚の地図を持ってくる。

 どうも町の簡単な地図らしく、指をさして説明を始めた。

 

「オススメの場所と言えばやはりマンハッタンズだ。あそこの料理は美味しいからな、君も気にいるはずだ!」

 

 どこかワクワクした様子で言う。

 このウマ娘食べるのが好きなのだろうか、と青年は考えた。

 他には何があるのか、の聞く。

 

「そうだな、図書館などはあるが……名物と言えば、やはりあの二人だな」

 

 あの二人? と、青年は首を傾げる。

 芦毛のウマ娘は頷いて話しを始める。

 

「スペシャルウィークとサイレンススズカ。突然この町に現れて、一瞬で名物になった二人だ。二人とも罠やイタズラを仕掛けたりするのだが……特に酷いのはスズカの方だ。彼女の罠は確実に被害が及ばない範囲で、とても危ないことをするんだ。私たちの家もやられてしまった……」

 

 そう言って家の後ろの方を指差す。

 何やら矢のようなものが外から貫通しており、壁に刺さっている。

 青年は何があったのか、あまり想像したくなかった。

 だが今まであったことを考えると容易に想像できてしまった。

 

 青年は話を切り替えることにし、今の話で気になったことを聞くことにした。

『私たち』と言っていたけど、もう一人いるのか? と聞いた。

 芦毛のウマ娘は頷いて答える。

 

「そうだ。私の他にタマモクロスというウマ娘がいる。今は外で出店をやっているはずだ」

 

 その名前に聞き覚えがあった青年は、芦毛のウマ娘に名前を聞いた。

 

「私か? 私はオグリキャップだが……」

 

 その名前を聞いて思い出す。

 タマモクロスというウマ娘が彼女、オグリキャップことを探していた。

 そのことを青年は伝える、すると目の前のウマ娘はちょっと驚いたような顔をして呟く。

 

「商品の試し食いをしたのがバレてしまったか……?」

 

 どこか不安そうな顔をしていたが、その言葉を聞くとカウンターを乗り越えて青年側に来る。

 そして外に出て、『Open』の看板を逆にして店を閉めると、青年に言う。

 

「すまない。今から少し表に出ないといけなくなってしまった……これから店を閉めるから出てもらえないだろうか?」

 

 青年はその言葉に頷いて表に出ると、オグリキャップに軽い別れを告げる。

 その時、オグリキャップはこれはお詫びの品だ、と言ってにんじん棒を何本か青年に渡した。

 渡した後、オグリキャップは町の外へと歩いて行った。

 青年はその後ろを姿を見送った後、どうするか考えて先へ進むことを選択した。

 

 練習場、危険な地を駆け抜ける決意を抱いて。




キャラ崩壊、してるけどしてないか気になってる。


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スペシャルウィークと青年

「わかっとんのか、オグリ」

「……わかっているさ。タマ」

 

 二人のウマ娘はただ、その様子を見届けようと茂みに隠れていた。

 雪は降らないが、土の山ににんじんの山。

 地下世界の中でも『供給源』としての活路を見出された地。

 それを知るものは少ない。

 

 知っているとすれば、この二人のウマ娘くらいだろう。

 オグリキャップとタマモクロス。

 このにんじん大農園で唯一、にんじんを作り売っているウマ娘たちである。

 

 それが意味するのはたった一つ。

 彼女たちもまた、皇帝直属の部下であると言うことだ。

 

「ええか。ウチらの使命はにんじんを育てること……せやけど、今日限りは人間の監視や」

「……わかっている」

「本当にわかっとんのか……?」

 

 真剣な眼差しでどこかを見つめるオグリの顔を見たタマは心配そうにしていた。

 

 時間としては、青年が店を出てすぐのことだ。

 タマを探しに行ったオグリはちょうど帰ってくるところに遭遇し、事情を聞いた。

『皇帝からの勅令』だと。

 

 即ち、絶対に遂行しなくてはならない、と言うことだ。

 皇帝は優しい、誰にでも分け隔てなく接し、ウマ娘たちのために戦っている。

 だがその一方で、彼女は信頼を絶対としている。

 信頼を裏切ること、それ即ち、彼女を裏切ることと同意義だと。

 タマモクロスはそれが怖かった。

 

「オグリ来たで!」

「む……!」

 

 にんじんをガン見していたオグリも視線を移す。

 そして、木々によって作られた一本道、そこを通る人間の姿を見ていた。

 だが突然、この辺では滅多に、と言うか起こるはずのない霧が出始める。

 タマは不審に思いつつ、監視を続けている。

 青年は気にするそぶりを見せず、歩いていたからだ。

 

「なんやこの霧……」

「アレじゃないか? 魔法、とか」

「そないなこと……いや、あり得るか? でも……」

 

 少し考え込み、視線を下に下げた。

 その瞬間だった。

 

「タマ、何か変だぞ……!」

 

 その言葉にタマモクロスはすぐさま顔を上げ、青年の様子を見る。

 歩く青年の後ろから、誰かが近づいていたのだ。

 その誰かが片手を振り上げると青年の目の前に大量の尖ったにんじんが生える。

 青年はにんじんによって足を止め、振り向く。

 

 にんじんが生えると同時に周囲の霧は晴れ、その誰かははっきりと見えるようになる。

 そこに立っていたのはいつにも増して真剣な表情で立つ、スペシャルウィークだった。

 

「人間さん、そこから先は通行禁止です」

 

 青年は振り向き、スペシャルウィークに聞く。

 どうして通してくれないのか、と。

 

「私……この、私がっ!! 人間さん、あなたを捕まえるからです」

 

 そう言って振り上げた手を下ろすと同時に、その手の中ににんじんで出来た剣が出てくる。

 そして少し申し訳なさそうを顔して、少し時間が経つ。

 やがて顔を上げて口を開いた。

 

「さっきは、その……すいませんでした。私のせいで、人間さんが死にそうになって……」

 

 青年はもう過ぎた話だ、と言いつつも気になっていることがあった。

 もしかしてスペシャルウィークは捕まえた後のこと、そのことを知らないのではないのか、と。

 スズカ曰く、スペシャルウィークの夢は人間を捕まえること、と言ってはいたが、それはただの経過地点に過ぎない。

 彼女は昔のスズカみたいに、と言っていたのだ。

 

 それが意味するところはよくわからないが、結局のところ人間を捕まえるのは手段であって、目的ではないと言うことだった。

 青年は少なくとも、そう結論づけた。

 ならば、だとしたらば、少なくとも和解はできるはずだと。

 

「……ですけど、その話とこれは別ですっ! 私は人間さんを捕まえて、そして……! 勝負です。覚悟の準備はいいですかっ!!」

 

 スペシャルウィークはにんじんを生やして逃げ場を塞ぐ。

 そしてにんじん剣を構え、青年と向かい合う。

 青年もグローブを着け、構える。

 

 様子を見て、慌てていたウマ娘が二人。

 二人いたのだが、スペシャルウィークと青年はそんなこと知ることなく、お互いに向かい合って駆け出したのだった。




ガバガバ関西弁なタマちゃん。
関西弁って難しいよね。


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vsスペシャルウィーク.1

戦いって書くことが少なくて難しいね。


 駆け出すと同時に、赤い輝きを放つソウルと白い輝きを放つ逆ハート型のソウルが現れる。

 先に攻撃したのはスペシャルウィークだった。

 スペシャルウィークが剣を振り上げると同時に、その振り上げた場所の地面からから青年に向かって、いくつものにんじんが生え出す。

 

 そのにんじん、全ての先っぽが尖っており刺されば『痛い』で済みそうになかった。

 青年はその攻撃が迫ってくるのを見て危なげなく避ける。

 いとも容易く、簡単に。

 

 スペシャルウィークはその様子にムッとして、手に持った剣を全力で投擲する。

 それもなんとか避けて、そこから青年は何もせす、スペシャルウィークを見つめる。

 

 青年は考えた。

 どうすればいいか、どうすればこの戦いを穏便に、それも無事に終わらせれるか。

 一先ず、話しかけてみようとする。

 何を話言おうか、と悩んでスズカのことを聞いてみる。

 

「た、戦いの途中になんですかっ! ……スズカさんのこと、ですか?」

 

 青年は頷いて、なんであんなに怠けているのか、と聞く。

 スペシャルウィークは少し首を傾げる。

 が、少しすると口を開いた。

 

「わかんないですね……結構最近な気がしますし、ずっと前からあんな感じだった気もします」

 

 と言いながら、また首を傾げる。

 青年は言われたことがよくわからず、青年も首を傾げた。

 時期不明、と言うのも不思議な話だったからだ。

 

 しかしその程度の話では、それ以上話が広がることもなく、ハッとしたスペシャルウィークは攻撃を再開した。

 地面から生え出て顔を出すにんじん、それが青年に向かって迫ってくる。

 青年はスズカのことが気になっていたものの、そのことを一度放り出し攻撃に集中する。

 

 スペシャルウィークはただ、一定の距離をとって攻撃を続けていた。

 だが遂に痺れを切らしたのか、新たに取り出したにんじんの剣を持つ。

 そして強靭な脚力で青年に近づきその剣を振るった。

 

 あまりの速さに思考が追いつかず、結構ギリギリではあった。

 しかしそれでも避けることはできていた。

 それを見たスペシャルウィークは怒った様子で言い放つ。

 

「なんでさっきからずっと避けるんですかっ! 避けられたら当たらないじゃないですかっ!!」

 

 青年はその言葉に避けないと死んでしまう、と当たり前のことを言う。

 うっ……と、言いながらスペシャルウィークは少し動きを止める。

 少し悩んだ末に、次に言うことが見つかったようで、剣を青年へと向けて言った。

 

「そ、それになんで攻撃もしないんですかっ! これは、戦いなんですよっ!!」

 

 青年はその問いに、君を攻撃することはできない、と答える。

 何故ですかっ! と聞かれると、君も『人』だからと答えた。

 スペシャルウィークはその答えに、戸惑い攻撃の手を止めてしまった。

 少しの間、静かな時が流れる。

 

 だがその静かな時間は青年にとって、酷く緊張する時間であった。

 それこそ、これを見ている二人の物音に気がつかないくらいに。

 

 そんな青年とスペシャルウィークの緊張を先に破ったのは、スペシャルウィークだった。

 スペシャルウィークはそれならば仕方がありません、と言いながら右手を振り上げる。

 青年の立っている地面が少し揺れ、そしての直後に地面から大量のにんじんが生える。

 その揺れを感じていた青年はギリギリのところで避け切る。

 

 だが攻撃はそれだけではなく、いつのまにか周囲に生えていた青色のにんじんが、地面から半分以上出たまま青年に接近する。

 まるで追い詰めるように、地面を抉らず、まるですり抜けるように青年へと接近する。

 青年は動きを止め、その攻撃をくぐり抜ける。

 最後に飛んできたのは先っぽだけ生えているにんじんだった。

 

 そのにんじんが目の前まで接近した、次の瞬間。

 スペシャルウィークはその腕を振り下ろした。

 それと同時のことだった、青年のソウルが真っ青に染まる。

 青年は驚く暇もなく地面に叩きつけられ、にんじんが顔面にめり込む。

 めり込んだことによる多少のダメージはあれど、重くなった体でなんとか立ち上がる。

 

 スペシャルウィークは笑っていた。

 

「これがっ!! 私のっ!! スペシャルな攻撃ですッ!!」

 

 青年は少しばかり、攻撃することを覚悟してグローブを構えた。



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vsスペシャルウィーク.2

 青年は真っ青に染まったソウルを見ながら、飛んでくる攻撃をギリギリで避け続ける。

 少し遅れれば攻撃はまともに当たるものの青年はなんとかというところで動けていた。

 だが避けるのに一々倒れ込まなくては避けれなかった。

 理由は単純、体が重すぎてちゃんと動かないのだ。

 

 その様子を見ていたスペシャルウィークは、少し悩んだ顔で青年を見ていた。

 両隣からにんじんを繰り出しながら、先程まであった笑顔が消えていたのだ。

 

 一体どうしたのか、と考えて何度か攻撃の手が緩んでいるのを感じていた。

 それ即ち、まだ悩んでいるかもしれない、と言うことだ。

 夢を叶えるために青年を捕まえるのか、それとも捕まえないのか。

 

 青年は申し訳なく思いつつも、生き返るために戦闘を止めるようスペシャルウィークに説得する。

 自分にはやらなければいけない事がある、と。

 

「やらなきゃ、いけない事……それは私にだって──あるんですっ!!」

 

 そう言いながら手を前に出し、攻撃を飛ばす。

 青年はその攻撃をギリギリのところで飛び避ける。

 と、飛び避けた場所の地面が少し動き出し、咄嗟に青年は転がるようにその場を避ける。

 しかし少し遅かったか、青年の頬を掠めてちょっとしたダメージが体に入る。

 

 血は出ていなかった、だが痛くはあった。

 青年は血を拭うと踏ん張って立ち上がる。

 

 青年は今まで攻撃はした事がない。

 だが彼女は本気だ。

 本気で自分を……青年はそう考え、身を守るために、痛くない程度に、殴ろと考えて。

 ぐっとグローブを構えた。

 

 構えて、そこで動きが止まったしまった。

 それで本当にいいのだろうか、それで解決するのだろうかと。

 考えて、とにかく考えて、目の前に飛んできた攻撃を咄嗟に避ける。

 

 あまりの大きな悩みに目の前が一瞬、見えなくなってしまったのだ。

 それが原因で体が大きくブレる。

 姿勢を無理やり直そうとして、飛ぶように前へ移動しようとした。

 その攻撃は、運が悪いとしか言いようがなかった。

 

「あっ」

 

 スペシャルウィークの声が聞こえた。

 全ての、今起きている行動が青年にとってはゆっくりに感じ取れていた。

 死ぬ、それを理解した瞬間のことだったのだ。

 スペシャルウィークの目標は殺すことではない、捕まえることだ。

 そう、彼女にとってもこれは想定外の出来事であった。

 

 頭を貫くかのように、にんじんが地面から出てくる。

 そしてそのにんじんに向けて頭も落ちて行く。

 スペシャルウィークは咄嗟に、攻撃を逸らそうとした。

 だが既に、遅かった。

 

 にんじんは青年の目前へと迫って行き、攻撃は青年の頭を貫いた。

 

 

《決意》

 

 

 か、と思われた。

 だが青年は、すんでのところで避け切って体勢を立て直す。

 そして構え直す。

 スペシャルウィークはホッとしたようで、安心したような顔をしていた。

 

「……私の目的は捕まえることです。絶対に殺しはしませんっ!」

 

 その言葉に青年は頷いて、話しかける。

 捕まえたその後は? どうするのか、と聞いた。

 スペシャルウィークはちょっと驚いたような顔をして、少し悩んだ様子を見せる。

 攻撃しつつ、どうするんだろう……と呟いていた。

 

「と、とにかく捕まえたら皇帝兵の一員になりますっ! だからそのためにも人間さんっ! 捕まってくださいっ!!」」

 

 慌てた様子でそう答えて、更なる攻撃を続ける。

 青年はここまでの会話で一先ず説得を諦めることに決めた。

 そしてスペシャルウィークが疲れるまで攻撃を受け切ると。

 

 青年は深呼吸をしてスペシャルウィークに言う。

 わかった、と。

 自分も覚悟を決めるとも。

 

 青年は戦いに立ち向かう決意を抱いたのだ。

 その時にはもう、不思議と傷も消えていた。

 

 スペシャルウィークは少し睨んだような目で青年を見て、攻撃の激しさを上げていった。

 そんな攻撃に対し青年は、重い体を無理やり立たせて避け始めたのだった。



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vsスペシャルウィーク.3

 次々と飛んでくる攻撃を避け、重い体で無理やり前に進む。

 スペシャルウィークは出来るだけ近づかれまいと攻撃を続けるが、強い意志と共に進む青年を止めることはできなかった。

 青年は顔面に飛んできた攻撃を屈んで避け、下の方から拳を振り上げる。

 アッパーの一撃はスペシャルウィークの顔を掠めていた。

 

 その一瞬をスペシャルウィークも見逃すことなく、先の尖っていないにんじんを地面から出す、青年の腹に向けて。

 青年はあまりにも踏み込み過ぎていた、故にその攻撃は腹に入る。

 青年はよろけつつ下がると、構え直す。

 

 スペシャルウィークは度重なる攻撃の末、息切れをしていた。

 青年も少し疲れているのか、軽く息切れしていた。

 

「流石……人間さん、ですねっ!」

 

 それはそっちもだ。と青年は言う。

 その言葉にスペシャルウィークは嬉しそうにニヤリと笑う。

 そして腕を振り上げ地面からいくつものにんじんを出す。

 速度は明らか様に遅くなっていたが、青く重い体に疲れが溜まり避けるのも難しくなっていた。

 

 だが青年は負けられないと、根性だけで踏ん張る。

 踏ん張って、前に進む。

 その様子にスペシャルウィークは何か考え出す。

 ほんの少しの時間だったが、何か覚悟を決めたような顔をしていた。

 青年はその顔に強い警戒をする。

 

「人間さん、聞いてください」

 

 青年は構えを解いて頷く。

 その反応にスペシャルウィークは強気な瞳で青年を見る。

 

「これ以上抵抗するのであれば、私は……私は、必殺技を放ちますっ! 結構痛いですっ! ですからっ……!! お願いします。捕まってください」

 

 スペシャルウィークの周りに大量のにんじんが生え出す。

 その中でも一際目を惹くにんじんがあった。

 多分あれが攻撃のためのにんじんなのだろう、と青年は考えていた。

 止めようと考えるも、その距離は結構あり難しかった。

 

 よって、構える。

 青年は深く構え、攻撃に対してすぐさま反応を取るための準備をする。

 体は重いが無理やりならば避けることは可能だった。

 スペシャルウィークは青年の行動に目を瞑って腕を振り上げる。

 

「人間さん……覚悟してくださいっ!!」

 

 その腕を振り下ろし、青年へと向けた。

 向けた、のだが、にんじんは動かない。

 と言うより萎れていた。

 スペシャルウィークはちょっと驚いたような顔をして辺りを見渡す。

 すると一際目を惹くにんじんに、齧られた後があった。

 

「あーっ!! 何してるんですかっ!!?」

 

 にんじんは何故かそこにいたウサギによって齧られていた。

 そして何故かにんじんを吐き出して苦しそうな顔をしていた。

 だがスペシャルウィークの顔を見ると、ゆっくりとフェイドアウトして行き、走って逃げ出した。

 スペシャルウィークは怒っていたが、戦いの最中であるため追いかけると言うことはしなかった。

 

「はぁ……なんでこうなっちゃうんでしょうか……」

 

 スペシャルウィークはとても落ち込んでいた。

 青年はどうしたらいいかわからなくなり、動きが止まってしまっていた。

 だが一度ため息をつくと、顔を上げて青年のことを見る。

 

「こうなってしまっては仕方ありませんっ! 普通のっ! スペシャルなっ! 必殺技ですっ!!」

 

 青年は構えて攻撃を避け始める。

 スペシャルウィークは一気に詰めるつもりなのか、攻撃が今までのと比べてかなりの激しさになっていた。

 青年もここぞとばかりに、全ての体力を使ってその攻撃を避けて行く。

 上から下から横から、全ての攻撃を重い体で無理やり避けて行った。

 

 スペシャルウィークもその攻撃に全てを賭けたのだろう。

 巨大な攻撃が青年に迫る。

 青年はぐっと構えてその拳を全力で振るった。

 振るった拳はその巨大な攻撃、にんじんを貫いて破壊した。

 

 一瞬、だけどもその瞬間、ソウルがオレンジ色に輝いた。

 ように、青年は見えていた。

 

 スペシャルウィークはその一撃に驚いて座り込む。

 そしてお互いのソウルは姿を消した。

 戦いが決した瞬間だった。

 

「……負けて、しまいました。私……これじゃエアシャカールさんに……っ!」

 

 とても悲しそうで悔しそうな顔をして地面を叩いた。

 青年も疲れから座り込み、スペシャルウィークに話しかける。

 皇帝兵になるって、人間を捕まえる以外の方法はあるんじゃないのか? と。

 スペシャルウィークはその言葉に頷くが、私はそれじゃないとダメなんです、と言う。

 

「私、認めてもらえないんです。『弱いからダメだって』、だから人間さんを捕まえて、強いって示す。そのために捕まえなきゃダメなんですっ!!」

 

 ならば今以上に強くなればいい、と青年は言う。

 自分はこれから地上に出るために先へ進まなければならない、けどまだ時間はあるから強くなるための特訓を手伝うことはできると伝えた。

 スペシャルウィークはちょっと驚いたような顔をしていた。

 

「い、いいんですか?」

 

 青年は頷いて立ち上がると、スペシャルウィークの目の前に行って手を伸ばす。

 友達として君が強くなれるように手伝う、と青年は言った。

 スペシャルウィークは嬉しそうに立ち上がり、青年の手を握る。

 

「はいっ!! 友達として、お願いしますっ!!」

 

 青年はなんとか和解できたことにホッとして、ボロボロになって使い物にならなくなったグローブをしまう。

 これからの行動として青年は、一先ず町に戻ってスペシャルウィークの特訓に付き合うことを決める。

 そのためにスペシャルウィークに町へ戻ろうと言った。

 だが彼女は青年に言うことがあると言う。

 

「人間さん。地上に出る……って言いましたよね。そのためにはこの先の訓練場を抜け、食堂と呼ばれるにんじん加工場のその先、皇帝寮に行かないといけません。するとそこには結界の境界線があるはずです。この地下に入るときは簡単ですが、出るのはとても……だから、皇帝は、人間さんを捕まえようとしているんですっ。皇帝は……とても優しいんですっ! だから話せば多分、わかってくれるはずですっ!」

 

 青年はその言葉を聞いて、まだ道のりは長そうだと考える。

 そして皇帝のことも。

 

「人間さん。私を応援しますからっ! 頑張ってくださいっ!!」

 

 青年はその言葉に頷くと、スペシャルウィークと共に町へと戻っていった。




もうちょっとだけにんじんの大農園編は続くぞい。(これでも一応Nルート)


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サイレンススズカのお誘い

今回は番外編というか、どうでもいい話です。


 スペシャルウィークと特訓を明日やろう、と約束した青年は彼女と別れ町を見て回っていた。

 そしてどこで休もうか、とも考えていた。

 この町に店はあれど宿はない。

 過去にはあったらしいのだが、誰も来ないものだからなくなったらしい。

 ちなみに、その元宿の空き家の隣にあるお店に、オグリは戻ってきたようで開いていた。

 

 町も見終わり、何人かのウマ娘と話し、青年は暇になっていた。

 エアグルーヴに電話を掛けようとも思っていたが、電話を手にした瞬間、何を話したらいいかわからなくなり、やっぱり掛けなかった。

 これからのことも考え、少し先を見ていた方がいいかもしれないと思い、訓練場の入り口辺りへと行く。

 

 崖の上にある木の門を入り口とした、芝と土の道が入り混じる不思議な場所だ。

 上を見上げればあっちこっちの壁面に建物、そして吊り橋。

 結構ボロボロでいつ崩れてもおかしくないだろう。

 だが崖の下にはまるで陸上のレース場のようなものがあった。

 芝と土、二つの種類のレース場だ。

 そのレース場を囲うようにたくさん小屋のようなものがあるのだが、あそこら辺にライスシャワーがあるのだろうか、と青年は考えた。

 

 そしてそんなレース場を見下ろすウマ娘が一人いた。

 ピンク色のウマ娘だ。

 目を輝かせ、レース場に見えるウマ娘を見ていた。

 

「やっぱりカッコいいなぁ……!」

 

 まるで桜のような目をしているウマ娘はそう呟いて、青年にも気付かず見ていた。

 青年は邪魔するわけにもいかないと思い、少し先を見てみる。

 と、そこにはスズカがいた。

 

 スズカはまるで屋台のようなところでだらけていた。

 屋台の前には看板が一つ、『ホースドッグ販売中』と。

 よくわからないものが売っているようだった。

 青年は声をかける。

 

「あら人間、どうかしたのかしら?」

 

 だらけたままニヤニヤした顔で青年を見るスズカに、青年は何をしているのかと聞いた。

 

「私、色々と仕事をしてるのよ。これもその一つね」

 

 そう言ってよくわからないものをパンで挟んだものを取り出す。

 不思議なものであったが匂いはそれなりに良かった。

 いる? と聞かれたが青年は断るとスズカはそれを何処かへと片付ける。

 そして立ち上がると青年に言った。

 

「今からマンハッタンズに行くのだけど、あなたも来るかしら?」

 

 青年が頷くと、じゃあ少し目を瞑ってと言われ、青年は目を瞑る。

 時間にして大体三秒くらい、開けてもいいと言われ、目を開けたそこはマンハッタンズの前だった。

 青年は驚いて辺りを見渡すと、そこはさっきまでいた町の中、一体どうやったのか、とスズカに聞くが曖昧な返事で誤魔化されたのだった。

 店の中へ行くと、中はかなり活気付いており、見たことないウマ娘の結構いた。

 

 スズカが入ってきたことに気づくと、皆スズカに挨拶をする。

 スズカもその挨拶に適当に返してカウンター席へと座る。

 カウンターの向こうにはウマ娘が一人、バーテンダーをしていた。

 スズカを見てちょっと嫌な顔をしていたのは内緒だ。

 

「カフェ、いつものくれるかしら?」

「ツケ、払ってくださいよ。かなり溜まってるんですから」

 

 そう言いながらコップを拭いている。

 スズカは少し考えた様子でこう言った。

 

「じゃあグラスワンダーにツケといてくれるかしら?」

「……またですか。私としても払ってもらえれば、それでいいんですけど。怒ってましたよ」

「大丈夫よ、私にはスペちゃんがいるから。あ、あと人間にはオススメをよろしくね」

 

 そう言って出されたにんじんジュースを飲んだ。

 青年も出された飲み物を飲む。

 かなり苦く、見てみれば真っ黒なコーヒーだった。

 

「……えーっと、何話そうと……ああ、そうそう、スペちゃんのことね」

 

 青年はコーヒーを飲みながらスズカの話を聞く。

 

「スペちゃん、皇帝兵になりたい、って言ってたわよね。で、あの子兵団長さんのとこに入らせてください、と言いに言ったのよ。あれは……数ヶ月前の話だったかしら? それで、まぁ、門前払いよ。実際のところ、優しすぎるからダメ、だって。確かな話よね」

 

 スズカはにんじんを飲んで、ポケットから取り出したおもちゃの銃を磨き出す。

 ただ青年は、そのおもちゃの銃がただのおもちゃの銃には見えなかった。

 なんせ初めてあった時に持っていたものと少し違っていたからだ。

 だが青年はそのことを聞かずに、話を聞き続けることを選ぶ。

 

「それともう一つ。聞いておかないといけないことがあるのよ」

 

 スズカのその言葉に、変な緊張感が場を包む。

 

「人間、あなたは訓練場に現れる幽霊のことを知ってるかしら?」

 

 青年は幽霊の言葉に首を傾ける。

 そもそも訓練場に入ったことすらないのだから、そんな話聞いたこともない。

 青年はスズカに詳しく知りたいと聞く。

 なんせこれから進む場所なのだから。

 

「その幽霊はね、ウマ娘の姿をしているの、まるでシーツのようなものを被っているらしいわ。そしてどこからともなくから現れて、壁をすり抜けるって話よ」

 

 青年はシーツを被ったウマ娘を知っていた。

 もしかして思ったが、スズカには言わないでおいた。

 確信もないのに言えなかったからだ。

 それで話は終わりかと思われた、がスズカはでも、と言った。

 

「スペちゃんが見たのは違うのよ。スペちゃんも幽霊を見たんだけど、それならどうも灰色のウマ娘にだったらしいのよ。髪も肌も、何もかも灰色で、目がないのよ。そしてスペちゃんに色々言って消えたって話よ。まぁ、覚えていないって言ってるから、多分夢でも見たんじゃないかしら?」

 

 スズカはそれだけ言うと一気にジュースを飲み干して、立ち上がる。

 

「じゃ、私そろそろ戻るわね。あ、そうそう。泊まるところがないんだったらお店の隣にある空き家、あそこ使ってもいいって店主が言ってたわよ」

 

 スズカは立ち上がるとおもちゃの銃をしまい、軽く手を振ってその場を去っていった。

 青年もコーヒーを飲み干して、深呼吸をする。

 まだ見ぬ土地と言うものに、言いようものない緊張感を抱いて、寝泊まりできるであろう空き家へと向かった。



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スペシャルで怠惰な家

「ここが私とスズカさんの家ですっ!」

 

 スペシャルウィークは両手を広げて大きな声でそう言った、家の中で。

 

 青年は今、スペシャルウィークとサイレンススズカの家に来ていた。

 理由は外で特訓ができないため、家の中ですることになったからだ。

 

 普通特訓するならば外でもいいのだが、とある事情により外での特訓、戦いができなくなってしまったのだ。

 と言うか、禁止されたのである。

 あの戦いは町にまで影響を及ぼしていたのだ。

 

 町の一部は破壊され、それは酷いものだった。

 ただその問題はスズカによって解決されていたのだが。

 彼女曰く、簡単な話よ、らしかった。

 

 で、そんな彼女は今、机の上で溶けていた。

 溶けているようなすごい姿勢で継ぎ接ぎのソファーに座って、テレビを見ていた。

 いつも着ているパーカーを脱いで、クソダサいTシャツ一枚でいるのだ。

 ズボンは外で履いているのと同じだった。

 

「スズカさんっ! 人が来てるんですよっ!! だらけないでくださいっ!!」

「いいじゃない。人間は私たちの友達なんだから」

「友達だから……む、むぅ。まぁ、それなら……」

 

 よくないのでは、と青年は思ったがスズカに何言っても意味はないだろうと思い、何も言わないでおく。

 青年は何を見ているのか気になり、スズカの側に行きテレビ画面を覗く。

 場面が変わったと思ったら、テレビには何処かで見たような顔が写っていた。

 どこで見たのか青年は考えて思い出す。

 ライスシャワーと見たテレビだった。

 

 場面が変わると同時に、そこに出てきたミホノブルボンの顔を見てスズカは神妙な顔をしていた。

 気づかぬうちに姿勢も直っており、ちゃんと座っていた。

 なんと例えたらいいのかわからない、今までスズカがしたことない顔だった。

 

「ミホノブルボンさんですね、懐かしいですっ!」

 

 横から顔を覗かせテレビを見たスペシャルウィークがそう言った。

 青年は懐かしいと聞いて首を傾げ、スペシャルウィークに何故懐かしいのかと聞く。

 

「懐かしい理由ですか? それはですね、昔……」

「スペちゃん」

 

 スズカじゃあ考えられないような強目の呼び声に、スペシャルウィークはビクッとして声が止まる。

 そしてスズカの方見て、何かに気づき頭を下げる。

 

「あっ。ご、ごめんなさい、スズカさん……」

「いいのよ……ごめんね、人間。それはちょっと話してもらいたくないのよ」

 

 青年はわかったと言って頷くと、スペシャルウィークに家の案内して欲しいと言う。

 スペシャルウィークも頷いて歩き出すと、青年はその後ろをついて行く。

 まず案内されたのはキッチンだった。

 料理された跡があり、ハンバーグが置かれていた。

 

 ちょっと欠けていてフォークが置いてあるところを見ると、食べかけらしかった。

 誰が食べたのか、というのは大体予想がつくのだが。

 スズカを見れば案の定と言った感じで、いつものニヤニヤ顔で口辺りに食べカスをつけこちらを見ていた。

 

「誰が食べちゃったみたいですね。食べてもらいたかったんですけど……人間さん、また作りますねっ!」

 

 青年は頷いて、楽しみにしてると言った。

 

 次に案内されたのはスペシャルウィークの部屋だった。

 特訓はここでするらしく、大体の家具が端にやられていた。ほとんどの家具ににんじんが目立つ。

 と言うか九割がたにんじんのようなもので構成されていた。

 青年はその部屋に驚きつつも、にんじんばかり見てきたことで慣れ始めてもいた。

 

 好きに見てくださいっ! と言うものだから少しばかり部屋を歩き回り始める。

 部屋は結構広く、それなりに動き回ることはできそうだった。

 流石に戦いはできないが、それでも特訓ならばできるであろう広さではあった。

 

 適当に追いやられた家具の中に、一つの写真を見つける。

 スペシャルウィークとスズカ、そしてミホノブルボンに、見たこともないウマ娘が写っていた。

 スズカは見せたこともないような笑顔で、スペシャルウィークは今より幼さがある。

 そして何より、ミホノブルボンはテレビで写ってる限りじゃ考えられないような無表情だった。

 

 スズカが話したくなかったのはこの時なのだろうか、と青年は考えた。

 にしてはそんな写真が何故こんなとこにあるのか、と気になったのだが。

 気になるところではあるのだが、聞いたとしても多分スペシャルウィークは話さないだろうと考えて写真を置く。

 そして一通り見て回り、スペシャルウィークにそろそろ始めようかと言う。

 その問いにスペシャルウィークは元気よく答える。

 

「はいっ! 人間さん、お願いしますっ!!」

 

 青年の赤く光るソウルが出てくると、部屋の雰囲気ががらりと変わり、特訓が始まった。



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スペシャルな特訓

スペちゃんがちょっとバクシン委員長みたいになってきた。


 スペシャルウィークと青年は部屋の中、対峙する。

 しかし今回は戦いではない、特訓というやつである。

 友達として、特訓である。

 

「人間さん。実は私、今日のこと計画してきたんですっ! 図書館で色々と読んだんですよっ!」

 

 そう行って出してきたのは地上の本。

 昔っからあるのかかなりボロボロだ。

 内容は……よくあるファンタジーものだった。

 青年も昔読んだことがあるもので、今なお内容は覚えていた。

 

 あれで計画したのだろうか、と青年は考えスペシャルウィークに聞く。

 どんなことを計画したのかと。

 

「色んな攻撃方法を考えてきたんです。それを見てくださいっ!」

 

 青年はわかったと頷いて、スペシャルウィークから少し離れる。

 彼女の攻撃はそれなりに激しい。

 しかもその上で、本を参考にした攻撃と来た。

 家が壊れないことを祈りつつ、スペシャルウィークの攻撃を見る。

 

「それでは見てくださいっ!」

 

 そう言って飛ばしてきたのは、派手な色をしたにんじん。

 青年の顔面真っ直ぐめがけて飛んできたため、軽く体を動かして避けると壁を貫通して何処かへ飛んで行った。

 リビングで何か声が聞こえたが、青年は聞こえなかったことにしたのだった。

 

「どうですかっ? キラキラにしてみたんですっ!」

 

 青年はその言葉に、もう少し地味な方がいいかもと。

 キラキラしてるのもかっこいいし、相手を威嚇できるかもしれないけど、攻撃がわかりやすいと。

 それにもっと細くて、硬くて、それでいて動かし易いといいかも。

 取り敢えず思ったままのことを言ってみた。

 

 言った後に無理難題に近いな、と思いつつも、スペシャルウィークを見守る。

 

「うーん、だとしたら……」

 

 その言葉を聞いたスペシャルウィークは少し考えて、細長いにんじんを出す。

 手にとって軽く動かすと、青年に手渡した。

 色は地味目、と言うか今まで使っていたのやつと同じだった。

 ただ軽くてしなやかでいて、強靭だった。

 

「どうですかっ!」

 

 青年はこれで攻撃したら多分、かなり辛いと思う、と青年は言った。

 昨日の戦い、あれにこれを使われていた時の可能性を考える。

 

 今まで出していたにんじんは太く重く、硬いにんじん。

 だが今出して見せたのは、まるで耐久力を底上げした竹のようなものだった。

 武器として使われた時のことを考え、青年は身震いする。

 

 青年は続けて、これを使えば皇帝兵の一員にもなれると思うと言った。

 それにスペシャルウィークは嬉しそうにする。

 

「本当ですかっ!?」

 

 青年は頷くとぴょんぴょん跳ねて喜んだ。

 だが青年は、にんじんを手に取って触り続けていた。

 青年は戦闘などそう言うことにはからっきしだ。

 

 だがにんじんを触って素人目でわかったことは、彼女にはかなり才能があると言うこと。

 ほぼ無理難題に聞こえたことを完璧になして見せたのだ。

 青年はー少し気になって、スペシャルウィークにもう少しにんじんを作って欲しいと言う。

 

「わかりましたっ! どんなのを作ればいいですか?」

 

 すごく小さくて尖っているやつをたくさん、と言う。

 するとスペシャルウィークは少し考えた様子で、手を上に広げると青年の目の前にパラパラと沢山落ちてくる。

 言われた通りのもの、もはや形はにんじんではないが、そんなことは問題ではない。

 才能がありすぎることが問題なのだ。

 

 言われたことを的確に熟す。

 熟練の職人並みの仕事だ。

 この力を優しくて、そしてまだまだ戦い慣れていない彼女が持つべきではないのは確かだった。

 青年はスペシャルウィークに向かって言う。

 

 これだけのことができればきっと一員になれると。

 青年はこれ以上、掘り下げるべきではないと思ったのだ。

 

「わかりましたっ!! それでは私、もっと練習してきますっ!!」

 

 そう言って大急ぎで走り出して行った。

 が、すぐに戻ってきて、なにやら紙を渡される。

 

「私の電話番号ですっ! 次から電話したい時は、そこにお願いしますっ!」

 

 脱兎の如く走り去って行った。

 青年は少し呆けて、家から立ち去ろうとする。

 すると玄関辺りに出たところで、後ろから声をかけられた。

 

 スズカがそこには立っていた。

 いつものニヤニヤした顔で。

 

「……ねぇ人間。なんで私がスペちゃんの邪魔をするようなことするか、知ってる?」

 

 突然何を言っているのかわからなくて、少し考える。

 そして言葉の意味を理解して、青年は首を横に振った。

 

 考えてみればおかしな話である。

 青攻撃について教えたり、スペシャルウィークの罠の邪魔をしたり。

 手伝うのが普通かどうかは置いといて、邪魔をする意味なんてないはずだ。

 

「ま、当然知らないわよね。私、言っていないもの。なって欲しくなかったのよ、皇帝兵に」

 

 少し悲しそうな顔をして、そういうと背を向ける。

 

「あんなもの、存在する意味なんてないわ。結局のあの人も、戦争なんてしたくないはずなのに……もしも、戦わずに出て行きたいのなら、人間として、貴方自身として、私たちウマ娘と上手くやっているとこを見せるべきね」

 

 その言葉の意味が分からず少し悩んで、どう言うことかとスズカに聞こうとした。

 だが既に姿はなく、何処かへと消え去っていた。

 この一件に色々と悩むところはあったのだが、青年の目標はブレることはない。

 地上世界へ戻るため、ただ前へ進むだけだった。




今回の話、なに書いたらいいか分からなすぎて悩んだ結果がこれです。
伏線みたいなの。


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訓練場
練習場へ


ここから諸事情で投稿が遅くなります。
許してくだちい。


 にんじん大農園でやるべきことを終わらせた青年は今、訓練場の入り口に立っていた。

 すぐ近くの屋台ではスズカが座っており軽く手を振っている。

 青年も手を振り返して先へと進む。

 

 先にあったのは滝だった。

 下の方まで流れているようで、レース場のようなところに繋がっているらしかった。

 ただこのまま下に行くのは危険すぎるため、別の道を探すことにする。

 

 壁面の建物にあっちこっちにかかる橋。

 橋の下をしばらく進んでいると声が聞こえた。

 誰の声かはわからないが、二つの声で片方は聞き覚えがあった。

 青年は立ち止まり、曲がり角で少し顔を覗かせて会話を聞こうとする。

 

 そこにいたのはスペシャルウィークと、もう一人知らないウマ娘だ。

 もう一人のウマ娘はスペシャルウィークを見て、なにやら気難しい顔をしていた。

 

「あ、あのエアシャカールさん。に、人間さんの、話なんですが……」

「あァ、既に聞いてる」

「そ、その皇帝兵に……」

「なれるわけねェだろ。オレを、オレたちを、なんだと思ってるんだ?」

 

 そう言った黒いウマ娘は右手内に何やら武器を取り出す。

 少し遠目で見えなかったが長い武器なのは見えていた。

 青年はもう少し声を聞こうとして、一歩を踏み出し足音を出してしまう。

 その瞬間、武器がこちらに飛んできて近くの壁に刺さる。

 

「……スペ、今日はもう帰りやがれ。オレはこれから仕事だからな」

 

 何か言いたげだったが、諦めてトボトボとスペシャルウィークは帰って行く。

 青年は身動きを止め、息を殺し、近づいてくる足音をただ聞き分ける。

 だがこのまま止まっていては攻撃されると、行動しようと考える。

 

 向こうから青年の側は見えてなく、そこで青年は離れようとすり足で音を出さずに動き出そうとする。

 だがその前に曲がり角で腕が伸びてきた。

 

「おい、そこに……誰がいやがンだ。とっとと出てきやがれッ!!」

 

 青年は咄嗟に壁に張り付くようにして息を殺す。

 だが。腕はさらに伸びてきて、何かを掴もうと、こちらに伸びて──。

 そして誰かを掴んだ。

 青年ではない、青年の目の前にいる誰かだ。

 

 そしてその誰かは、引っ張られて黒いウマ娘の前に引っ張り出された。

 

「はぁ……また来たのか。ウララ」

「うん! 来ちゃった!」

 

 えへへと笑って、ウララと呼ばれたピンク色のウマ娘は笑う。

 どうやらバレなかったようで、そのことに青年はホッとして耳を傾ける。

 

「帰れ。今この地下には人間が居やがる。だから襲われちまうかもしれねェぞ」

「えー、でも……」

「でもじゃねェ。とっとと帰りやがれ」

「はーい。じゃあね!」

 

 そう言うとピンクのウマ娘はこちらにやってきて、青年の隣に行く。

 そして人差し指を口元にやって、しーっと青年に言った。

 青年はその動作が黙っててくれ、と言うことだと悟る。

 

「ったく、危険だってつってるのになァ……」

 

 ブツブツ言いながらその場を離れていった。

 そのことを確認すると青年は、ピンク色のウマ娘もとい、ウララと道に出る。

 ウララは少し興奮した様子で青年に言った。

 

「やっぱりエアシャカールさんはかっこいいねっ! 皇帝兵長って憧れちゃうなぁ……!」

 

 青年はウララにエアシャカールの事を聞く。

 これから行く場所、そこで障害となるのは確実だったからだ。

 ならばせめて、殺されないように事前の情報を集めておこうと思っていた。

 そしてできれば、戦わずに和解できる方法もないかと。

 

「エアシャカールさんは、この訓練場を纏め上げてるすごい人なんだ! えっとねぇ。沢山の部下? ……がいるんだよ! そして私たちのことを守ってくれるんだ! あ、私ハルウララ! よろしくね!」

 

 エアシャカールの紹介ついでに自己紹介され、青年も挨拶を返す。

 そしてウララはエアシャカールを追いかけるために、彼女の進んだ方向へ走って行く。

 とにかくエアシャカールが強いと言うことだけを理解し、青年も歩きながらその方向へと向かっていった。



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追跡者

 歩いた先にまず見えたのはあからさまに距離のある谷だった。

 下の方はどうやらレース場のような場所に繋がってるらしく道があった。

 だがここから降りれはせず、落ちれば死ぬのは確定だった。

 さて、どうしようかと考えていると、近くに板が立てかけてあるのを見つける。

 

 青年はその木の板を触り強度を確かめる。

 硬くしなやかでそう簡単に折れることはなさそうだった。

 

 青年はそれを倒して谷を渡って行く。

 ある程度不安定であったものの、無事渡りきることができた。

 

 もう一つ同じようなものがあったため、同じように橋をかける。

 そしその上を渡って先へと進んで行く。

 

 しばらく歩いていると、突然電話がかかってきた。

 青年は電話を取ってもしもしと言うと、聞き覚えのある声が聞こえてきた。

 

『あ、人間さんっ! さっきぶりですっ! どうですか? 先へ進めてますか?』

 

 電話の相手はスペシャルウィークだった。

 さっきは落ち込んでいる様子だったが、いつもの調子を取り戻しているようだ。

 青年は言葉に頷きつつ返事をした。

 そして何か用か、と聞いた。

 

『え、用……ですか? あの、えっと……えーっと』

 

 少し言い淀んで、静かな時が数秒流れる。

 静寂な時間、訓練場では皇帝兵たちの声だけが響く。

 スペシャルウィークは突然、何か思いついたように言う。

 

『い、今何していますかっ!?』

 

 青年は少し首を傾げて周りを見る。

 そして今は外に向かって歩いているところと言った。

 少し元気なさそうに、スペシャルウィークは返事を返す。

 そしてまた静寂な時間が訪れた。

 

 青年は一体どうしたのかと思って聞こうとする。

 だがそれよりも前に、スペシャルウィークが声を出した。

 

『今、えっと、どんな格好していますか? その……お友達が、聞きたがってましてっ!』

 

 お友達、と聞いてなのだろうかと考えた。

 だがウマ娘を全員知っているわけでもないので、さっきと同じ格好と言った。

 

『さっきと……特訓の時と同じですか?』

 

 青年は頷いて返事した。

 そして友達はなんでそんなことを聞きたがっているのか、と聞いてみた。

 単純な疑問だったのだが、スペシャルウィークは答えにくそうに、少し口吃って言った。

 

『あー、そのぅ。人間さんを探してるみたいなんですよっ! あ、スズカさんが呼んでるんで行きますねっ!!』

 

 と言って話途中で無理やり切られてしまった。

 青年はなんだか嫌な予感がしつつ、先へと進んで行く。

 道中ウマ娘たちと出会いつつも、うまいこと和解して避けて行く。

 

 訓練場というだけあって、ここまで来るとウマ娘たちの攻撃も激しくなっていた。

 ただスペシャルウィークのようなすごい攻撃をしてくるわけではなく、今まで通りの普通の攻撃だ。

 ただ現状、武器がないのをどうにかしたかった。

 グローブはスペシャルウィークとの戦いでぶっ壊れ、使い物にならなくなっているからだ。

 

 そんなことを考え歩いていると、少し大きな道の通路のような場所に出る。

 あっちこっち行っていたから気がつかなかったようだが、建物の中だったようで不思議な感じだった。

 青年が少し見渡していると、突然背後になにかが着地したような大きな音が響く。

 

 後ろを振り返るとそこには動きやすそうな鎧に身を包んだウマ娘が立っていた。

 そのウマ娘はスペシャルウィークと話をしていた、あのウマ娘、エアシャカールだった。

 

「よォ、人間」

 

 そう言うと笑みを浮かべて、右手に魔法の槍を持つ。

 槍を構えると、思いっきり全力で青年に向けて投擲した。

 空を飛んでいる間、槍は分裂し雨のように降り注ぐ。

 それを見た青年は驚きの声を上げつつ走り出した。

 

 エアシャカールが後ろから迫ってくることはないが、槍は青年の周囲に落ちる。

 床や壁、様々な場所に穴を開けて青年の命を狙う。

 青年は時に屈んだりしてその攻撃をやり過ごしていた。

 

 そして青年は逃れるために一つの建物に入る。

 中にも槍が飛んできていたが、青年は周りを見てあることに気づく。

 そこは倉庫だったのだ。

 色々と荷物が積み重なっており、隠れるにはちょうど良かった。

 

 青年は近くの荷物の物陰に隠れ、その場をやり過ごそうと息を殺す。

 だがエアシャカールは倉庫の中に入ってきた。

 

 足音がだんだんと近づいてくるのを感じる。

 そして青年のすぐ真隣に手が伸びてきた。

 青年は驚いて声を出しそうになったが、無理やり飲み込む。

 

 エアシャカールはなにかを掴むと引っ張り上げた。

 青年はなにを引っ張ったのか気になって少しだけ顔を覗かせる。

 

「……おい。なんでまだここにいやがるんだ、ウララ」

「あははー……ダメ、かな?」

「ダメに決まってんだろうが。とっとと帰りやがれ、なァ?」

「はーい……」

 

 少し残念そうにしながら、ウララは去っていった。

 エアシャカールは頭をボリボリ掻いて、また間違えたかァ? と呟きながら出て行ったのだった。



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スズカと支店

長く続く道にこれからのことを思うと、決意がみなぎった。

 

 

 

 倉庫を出て再び歩いていると、見覚えるのある姿が目に入る。

 この地下に来てから何回目かもうわからなかったが、かなり見覚えのある姿だ。

 青年はその名前を呼んで手を振る。

 

「あら、こんなとこでどうしたの?」

 

 緑のパーカーににんじん柄のよくわからないTシャツを来たウマ娘。

 サイレンススズカだった。

 さっきの電話ではスペシャルウィークと一緒にいるはずだったのだが、何故こんなとこにいるのだろうかと、青年は考えた。

 だがスズカはよくわからないところが多々あるのであまり考えないことに決める。

 青年はこんなところでなにをしているのか、と聞いた。

 

「ビジネスよ。ま、一般的に言うと仕事ね」

 

 そう言うと背後に置いてあったものを取り出す。

 遥か先まで見えそうな大きな望遠鏡だった。

 スズカはそれを遠く離れたパドックに向けて設置する。

 

「普段ならお金を取るのだけど……スペちゃんの友達だし、タダにしといてあげる」

 

 いつものニヤニヤ顔でそう言った。

 青年はせっかくだからと望遠鏡を覗いてみる。

 よくお店に売っている高そうな望遠鏡で、質感的にな少し重そうだった。

 こんなもの一体どうやって持ってきたのかと思いつつ、遠くを見る。

 

 だが何も映らない。

 と言うより真っ暗だった。

 ピントが悪いのだろうか、と思って弄ってみるも何も映ることはない。

 しばらく動かしていたが、結局何も映らなかった。

 青年は目を離して一歩下がる。

 

「どうだったかしら?」

 

 青年が何も見えなかった、と伝えるとおかしいわねと言って望遠鏡をベシベシ叩く。

 

「きっと故障していたのね、よくあることよ。それにしても人間……面白い顔をしてるわ」

 

 青年はどういうことだろうと思いつつ、スズカと別れて歩き出す。

 スズカからすぐ近くに入った建物へと入ると、そこには一人のウマ娘がいた。

 

 これまた見覚えのあるウマ娘で芦毛のウマ娘、オグリキャップである。

 看板には大きく『オグタマショップ:練習場支店』と書かれていた。

 

「む、人間か。また会ったな」

 

 昨日会ったばかりだけど、と青年は言葉を返す。

 青年はあの後、タマモクロスとは出会えたのか聞く。

 その言葉に一瞬、ビクッとして、言い澱みつつも答える。

 

「あー……そう、だな。ああ、出会えたぞ。用事も済ませたから安心してくれ」

 

 青年はその反応に不思議がりつつも、支店の様子を見る。

 支店、と言ってもそう大きくはなく看板立ててカウンターを置いただけの簡単なものだ。

 奥には商品が見えるがそれだけである。

 ただの一つ、青年が気になったものがあるとすれば、奥の商品は全部同じ箱であるということだけだ。

 

 青年は聞く、ここには何があるのかと。

 

「ここにはにんじん棒しかないぞ」

 

 オグリのその言葉に、青年は買おうか悩む。

 なんせお詫びと言って貰ったにんじん棒がまだ、二本残っているからである。

 だがせっかくの来たのだからと、一本だけ買うことを決めた。

 青年は一本だけほしい、と言う。

 オグリキャップが持って来たにんじん棒とお金を交換して、青年は簡易的な袋に入っているにんじん棒をカバンにしまう。

 

「それとこれだ」

 

 オグリキャップはどこからかチケットのようなものを取り出して、青年に手渡す。

 チケットには『にんじんくじ引き券』と書かれていた。

 これは何かと、オグリに聞く。

 

「この先にも支店はあるんだが、そこで使えるものだ。大事に取っておいてくれ。それと。何かという質問についてだが、タマモから渡すようにと言われただけで、実のところ私はよく知らないんだ……」

 

 青年はありがとうと言うと、建物から出ようとする。

 そこでオグリに止められる。

 

「……人間。一つ聞いてもいいか?」

 

 青年は頷いた。

 

「ウマ娘と人間が共存……できると、思うか?」

 

 また青年は頷いた。

 確固たる自信を持って、頷いた。

 それはこの地下世界での旅から感じていることだった。

 

「そう、か……済まない、時間を取らせて。ありがとう」

 

 オグリは少し安堵したような顔をしていた。

 青年は先へと進むために、また歩き出して行く。



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ハルウララと

 しばらく進んでいると、一つのスニーカーを見つける。

 サイズはちょうどいい感じで、それなりに使い古されていた。

 様々な戦いを乗り越えてきたせいで、靴も服もボロボロ。

 足が痛くなってきていた。

 

 せっかくだからと、青年は履き替える。

 履き替えてすぐに気づく、どうにも足の調子が良くなっていることに

 蹴る、という事ならば相手に重い一撃を与えられそうなくらい調子が良かった。

 

 気分が少し上がりつつ、先へと進んで行く。

 何故か運動し続けるウマ娘に、綺麗好きなウマ娘。

 そして歌声が綺麗なウマ娘、様々なウマ娘と出会いを果たしながら道を進んでいった。

 しばらくすると、雨が降っている場所に辿り着く。

 

 しかしここは地下、本来ならば雨は降らない。

 上の隙間から浸透している水が降ってきていたのだった。

 そんな雨の中を濡れながら歩いていると一つ、音が聞こえた。

 

 正しく言うとただの音ではない。

 音楽だ、オルゴールの音楽。

 雨音に反応するような、綺麗な音色が流れていた。

 

 しばらく聞いていたかったのだが、ここは戦場のような場所。

 周りは橋が増えてきており、いつ狙われるかわからない以上、長居することはできなかった。

 

 少し耳を傾けつつ、 そのまま先へと進んでいった。

 更に進んでいっていると、傘が立てかけてあるのが目に入る。

『お好きにお使いください』と書かれていたので、青年は手に取って傘をさした。

 

 少し歩き出すと、建物の影に一人のウマ娘が見えた。

 何度も見てきたピンク色のウマ娘、ハルウララだった。

 

「あっ! 人間さんっ!」

 

 そう言って元気よく手を振る姿に、青年は手を振り返す。

 青年はウララに、傘がないのか? と聞く。

 

「うん。ここ通ってる時に雨が降ってきちゃったんだ! だから雨宿り中!」

 

 それならばと、青年は傘を差し出す。

 自身が雨に濡れることは別に構わないかった。

 どうせ、戦いで汗まみれになるのだ。

 ならば今濡れようと、後で汗まみれになろうと同じことだった。

 だがウララは慌てて断る。

 

「えー!? だ、大丈夫だよっ! 私はもう少しここで、雨が止むの待ってるから!」

 

 だが……と、青年は少し悩む。

 そこで一つ思いついてウララに提案する。

 それならば一緒に行かないか? と。

 

「一緒に……うん! それなら二人とも濡れないね!」

 

 と言うわけで、相合傘状態なのだが、お互い気にすることなく歩き出す。

 ウララは雨音を楽しんでいるのか、気分は上々だ。

 青年は少し警戒を広げて行く。

 どうにも橋の上から人影が増えているような気がしていたからだ。

 そんな時、ウララが青年に話しかける。

 

「エアシャカールさん、すっごくかっこいいよねー! 強いし、速いしっ!」

 

 そんなにすごいのか? と青年は聞く。

 ウララは頷いて、大きな身振りで答えた。

 

「手から槍を出すことができるんだよ! びゅーんって飛んでいって! ばーんって爆発するんだよっ!」

 

 爆発かぁ、と青年は呟いて、少し身震いする。

 これから起こるであろうことに、軽く絶望しつつもウララの話を聞き続ける。

 ウララは嬉しそうにエアシャカールの話を続けていた。

 多少は誇張しているところがありそうなものの、その実力は実際にあってわかってる以上、恐ろしいと言うことだけは十分に理解できた。

 しばらく歩いていると雨が止み、分かれ道が現れる。

 

「あ、分かれ道だっ! 人間さんはどっちに行くの?」

 

 青年は真っ直ぐ進むと言うことを伝えると、ウララは別の方向だと言うことを伝える。

 ウララは元気良く、またね! と言うと走って行ってしまった。

 青年も傘を置いて、先へと進んで行く。

 その過程で、橋に足を踏み入れた。

 

 足場が全て橋、木の板で出来ており、建物には入れるものの通り抜けた先も橋だった。

 青年はそんな場所をただ真っ直ぐ進み続ける。

 下から見える、人影に警戒を続けながら。



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恐怖の襲撃

 しばらく歩いていると、大きな橋のような場所に出た。

 下にはレース場から離れた場所で、川が見えている。

 人気もなく、妙な気配に青年は少し警戒を続けていた。

 ハルウララとともに来れたらよかったものの、彼女は別の用事がある。

 無理を言うことはできなかった。

 

 妙な気配はだんだん近づいてきている。

 しばらく進んでいると、謎の音が耳に届く。

 小さな、小さな音でとても聞こえづらい。

 だが音は、どんどん大きくなって近づいてきている。

 

 ふと、背後に嫌なものを感じた青年は振り返る。

 すると眼前には槍が迫っていた。

 すんでのとこで体を逸らし、橋から落ちそうになりつつも、青年は避け切る。

 

 一体何事かと周囲を見渡すと、大きな音と衝撃とともに、少し離れた場所で上からウマ娘が降ってきた。

 

「よォ、人間」

 

 一言そう言うと思いっきり構えて、槍をぶん投げた。

 槍は途中で大量に分身して、青年めがけて飛んで行く。

 

 青年はなんとか体を動かして避けると、逃げるために走り出した。

 焦燥、恐怖、背後に伝わるものを無視してただひたすらに前へと走って行く。

 後ろから飛んでくる槍が、横へ前へ後ろへと刺さるも青年は一心不乱に走った。

 

「待てよ、なァッ!!」

 

 一際大きな声とともに槍が頰を掠める。

 突然のことに一瞬を足止めてしまう。

 青年はやばいと思いつつ、走り出そうとした。

 だがその瞬間、目の前の地面が青く光り槍が飛び出した。

 

「チッ。ミスった、かッ!!」

 

 背後から更に槍が飛んで来て、青年は地面の槍を避け走り出す。

 槍はひたすら、ただ絶え間無く飛んで来る。

 

 走っていて青年は気づいた。

 周囲からウマ娘の気配がなくなっていることに。

 それどころか建造物すらなくなっていっていることに。

 橋はボロボロで少し崩れそう、ところどころ古びた建物が見えるくらいでレース場は完全に見えなくなっていた。

 

 地面からまた槍が生え、急停止して後ろを見る。

 エアシャカールは槍を片手に歩いてきていた。

 

 青年は更に離れるべく前へ行こうとして気づいた。

 道の先がないことに。

 下の方には川が流れており、危ないのは明らか様であった。

 後ろを振り返ると、そこにはエアシャカールが立って、笑みを浮かべ青年を見つめていた。

 

「計算通りだ、人間。ここまで来たら逃げ道はねェからなァ……テメェ、一体ここに何の用だァ? 何しにこの地下に来やがった」

 

 青年は、ここには落ちてきたと言う。

 元々この地下に来るはずではなかったと。

 エアシャカールは軽く笑って答えた。

 

「じゃあなんだ。ここに落ちてきたは事故です。助けてください……とでも言うつもりか? あァ? だがそうはいかねェ。残念ながらここで、死んでもらう」

 

 エアシャカールは槍を高く振り上げると、上から槍が降ってきて橋を壊す。

 青年の場所だけを切り離すようにして、青年を深い底へと落としたのだ。

 落ちて行く中、青年の意識も一緒に暗い闇の底へと落ちて行ったのだった。

 

 

 


「こっちから音がした、と思うんだけどなぁ……」

 

 そのウマ娘は音のした方へと向かっていった。

 落ちてくるような、大きな音。

 そこらへんに転がっている石よりも、ずっとずっと大きなもの。

 それが落ちてきた音だった。

 

 音のした場所、その場所を覗くとそこには人が倒れていた。

 ウマ娘ではない人、人間。

 人間の少女がそこに倒れていた。

 

「……! キミは……もしかして、落ちてきたの?」

 

 そのウマ娘は人間に近づいた。

 初めて見る存在だったが、怪我をしている様子に心配だったのだ。

 

「だ、大丈夫!? 立てる、かな? ほら、ボクの肩に捕まって……」

 

 ウマ娘は少女を助けるべく肩を貸し、立てるよう補助する。

 そして人間に名前を聞いた。

 

「■■■って、言うんだ。いい名前!」

 

 ウマ娘は笑顔で答えると、少女は少し安心したような顔をする。

 そして今度はボクと、ウマ娘は自己紹介を始めた。

 

「ボクの名前は……」

 

 少女にとって、その名前は忘れ難き名前となる。

 いつの時も、どんな時も。

 例え、死すとも。



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バクシン的なマネキン

 青年は近く深く、暗い底にて目を覚ます。

 落ちてきた場所はどうやら川のようで、体に傷はなかった。

 ビショビショに濡れているものの、浅いところに流されていたようで命に別状はなさそうだった。

 一先ず青年はエアシャカールの追跡から逃れたことで、安心のため息を漏らす。

 

 ここはどこだろうか、と周りを渡す。

 川なのは確かなのだが、どこにある川なのかはさっぱりだった。

 近くに橋の切れ端、青年が立っていた場所があるところを見ると、落とされた場所から意外と近いのかもしれない、と考える。

 

 よし、と立ち上がり、シャツを脱いで軽く絞ると、他に着るものもないので着直して歩き出す。

 少し歩いていると、何かの山が見えた。

 近づいて行くと、なにやら悪臭が漂ってきて、青年はあまりの臭さに顔を歪める。

 

 そこにあったのはゴミ山、人間のものが流れついてきたゴミの山だった。

 何故、人間のものと理解したか、それはゴミ山にあったもので理解できた。

 なんせウマ娘の世界では明らかに存在しないであろうものばかりだったからだ。

 例えばアニメDVDのケースとか、かなり古い携帯とか。

 様々なものがあったからだった。

 

 主人公は軽く懐かしみながらも、何故こんなものがあるのかと考えた。

 頭にコツンと、何かが落ちてきて、それを見て彼は気づいた。

 

 落ちてきたものは人間の物、落ちてくる場所は滝からだった。

 要は山に放棄され川に流されたゴミ達が、ここに流れ着いているということだった。

 

 青年はそんな負の山を乗り越えるために歩き出す。

 先へ進むために歩いていると、少し古いマネキンが目に入る。

 マネキンと言っても、ただのマネキンではない。

 

 ウマ娘の体をしたマネキンで、自支えもなしに立っているのだ。

 そして真面目で元気の良さそうな顔をして、ピンクな服を着ていた。

 軽く触ってみるも動きはしない。

 いくらウマ娘の世界と言えど、命があるわけないかと、青年は前を向いて歩き出す。

 

 少し歩いたその瞬間、誰もいないはずの川に声が響いた。

 

「そこでストップですッ! 人間さんッ!!」

 

 急な声に振り向いて見るも、そこには誰もいない。

 ただマネキンが一つ、立っているだけだ。

 もしかしてエアシャカールの部下が来たのかもと思い、急いで移動しようとした。

 しかし前を向いたその瞬間、それは目の前に来た。

 

 さっき触れた、あのマネキンである。

 

「さっき私に、触れましたね!」

 

 青年な咄嗟に頷く。

 と言うよりも頷いてしまった。

 あまりの突然のことに驚き隠せず、頷いてしまっていたのだ。

 

「いえいえ、私は別に怒っているわけではありません! 学級委員長たるこの私に触れたくなる気持ち、よくわかりますッ! ですが! それはいけないことです!」

 

 青年の頭の中にいくつかはてなマークが浮かび上がる。

 学級委員長とは一体なんのことだろうかと。

 この周辺には見る限り学校はない。

 かと言って生徒でもなさそう、と言うかマネキンである。

 

「人間さんには罰を受けてもらいます!」

 

 マネキンはそう言うと軽く構える。

 すると周囲のゴミ山から色々なものが浮かび上がり、青年へと向きを変える。

 青年は、足を踏み込んで構える。

 

「ふっふっふっ。覚悟の用意はよろしいでしょうか!?」

 

 などと言われたものの、青年は当然覚悟などできているわけなかった。

 あまりの突然のことに何も準備できていないのだ。

 と言ってもそんなことは散々あった。

 ただ相手はマネキンである、わけわからなさで大混乱なのだ。

 

「それでは人間さん! お覚悟をッ! バクシーンッ!!」

 

 謎の掛け声とともにそのマネキンは青年へと飛びかかる。

 青年も踏み込んでマネキンを退けるために走り出した。



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