鋼の軍団、自由の為に魔王軍を蹂躙す (LWD)
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Ⅰ-鉄の馬とエルフの少女は手を組む

 あたしはルーサリア・ニン・ナンナ。1万年以上前に時の神、シン様の眷属になったエルフだ。

 

《ブオオオオオオオオオオオ!!!》

 

「お゛い、何だごいつら゛ブギャ!?」

 

「棍棒で殴っだのに゛効゛いてね゛ぐげっ!!」

 

 ……唸るような雄叫びと汚らしい断末魔が聞こえてくるが、先に説明させてくれ。

 

 突如として北方の魔物大陸から現れ、人類の暮らす世界へ南下してきた軍勢。魔王ノスグーラ率いる魔獣の大軍――魔王軍だ。シン様を経由して得た話では、こいつらによって数多の国々が滅び、その数万倍もの人類が蹂躙されたらしい。人類にしてみれば憎き光翼人の支配から解放され、国を再建し終えて『さぁ、これからだ』という時に出鼻を挫かれた様なもんさ。

 

 屈強なドワーフも獣人も、魔力に自信のあるエルフも、そして人間族も、誰もが精一杯抵抗した。しかし結果は残酷。どの種族も力及ばず骸に変えられ、時には魔獣どもの腹の中に収まる。大陸中の至る所を絶望と恐怖で塗り潰しながら進撃する魔王軍。

 

 そして遂に、奴らはあたしが暮らす山の麓、いつの間にか現れた大きな建造物――此処の主曰く工場――に狙いを定め、闇が支配する時間に大軍で攻め込んだ。

 

「やべて……助け゛ぶ!?」

 

「レッドオーガざま゛に゛報告をばっ!!」

 

 しかし蹂躙されているのは魔王軍の方だった。

 

 工場から出てきた人型に近い謎の軍団。魔獣とは違った悍ましさを外見に宿したそいつらは、腕に付いた武器らしき物を高速回転させ、次々と魔獣に突き刺しては内臓をぶち撒けていく。鉄同士の擦れる音と魔獣の血肉が掻き回される音が混ざり合い、夜の戦場を非常に不快な音楽が支配する。

 

「ハハハハハッ!! 良いぞぉゾルダート! 流石はこの俺自慢の鋼の軍団だ! その調子で薄汚ねぇ化け物どもを一匹残らずミンチにしてやれ!!」

 

《ブオオオオオオオオオッ!!》

 

 帽子を被り、コートを羽織った人間族の男が最後に工場から現れ、そんな男を異形の軍勢が雄叫びと共に迎える。己の身長より大きな鉄槌を片手で軽々と持ちながら、余裕綽々とした様子でゆっくりと歩む男をあたしは一応知ってる。何度か会っているからだ。『カール・ハイゼンベルク』、この工場の主である男の名前だ。

 

「おぉ、ルーサじゃねぇか。この俺が心配になってわざわざ様子を見に来てくれたのか? お前の情報提供のお陰で、あいつらを迎え撃つ準備を整えることが出来たぜ。ありがとよ」

 

「別に心配してた訳じゃないさ。アンタの不思議な力とコイツ等が居れば、魔王軍とも良い勝負になれると思ってたからね」

 

「いや、正直拍子抜けも良いところだ。奴ら、存外に脆い。これならドミトレスクん所のモロアイカの方がずっと頑丈だぜ」

 

 ゾルダートと呼ばれた軍団がオークの群れを肉片に変えていく様子を眺めるハイゼンは、そう言って溜め息を吐く。魔獣を見て恐怖や緊張ではなく詰まらなさそうな表情になる人間なんて聞いたことがない。

 

「……本当にお前と、あの軍団は何者なんだい? オークすらも一瞬で倒してしまうなんてね。あれらを倒すのに兵士10人以上は必要と聞いたんだが?」

 

「ハッハッハッ! 前にも言ったじゃねぇか? 自由をこよなく愛する戦士と、愉快な仲間たちだってよ? まず一番手前にいる奴が――」

 

「『ゾルダート・アイン』って言うんだろ? 片手にドリル付けていてライカン?を1分で3体倒せる奴。此処へ来る度に何百回も聞かされたから説明されるまでもないよ」

 

「そうか……」

 

 ハイゼンは見るからにがっかりしている。そんなに語りたかったのか、自分が作った軍団のことを。勘弁してくれ。似たような内容の説明を何度も受けるのは本当にキツイんだ。ゾルダートとやらの特徴、興味の欠片も無いのにほぼ完璧に覚えてしまったよ……。

 

「まあいい。嬢ちゃんは下がってろ。俺たちが全力を出すためにな」

 

「あぁ、高見の見物といかせて貰うさ。あと嬢ちゃん言うな」

 

 この男と出会ったのは数ヶ月前だ。自宅がある山の麓に現れたこの工場に気付いたあたしは、様子を見に行った先で困惑しているコイツと遭遇した。奴の話では朝起きたら工場ごと見知らぬ場所に来ていたとのこと。あたしは情報を集めようと奴に幾つか質問をしたが、『ルーマニア』だの『ラクーンシティの悲劇』だの分からない言葉ばかりで一向に話が進まなかった。途中でシン様からの神託が入らなかったら、あたしはハイゼンが異世界から来た人間だって気付けなかっただろう。

 

 で、シン様の神託の内容をそのままハイゼンに話したんだが、その際哀れみの籠った目で見られ、温かい飲み物を出された。取り敢えず一発蹴りを入れたら渋々信じてくれたが。あ、飲み物はちゃんと頂いたさ、勿体ないからね。初めて味わう苦みだったが悪くなかった。

 

 少なくとも自分が元居た場所からずっと遠くに居るのは理解したようで、「ハハハ! ミランダのクソ女から解放されたぜ! 漸く俺は自由になったんだ!!」と、両手を上げて大喜びしていた。

 そのミランダという女は、個人的な理由でハイゼン含む多数の人間を実験動物として支配下に置いていたらしい。生殺与奪の権を握られたハイゼンはそいつに服従するしかなかったが、原因不明の転移によって晴れて自由の身になった、という訳だ。……まるで光翼人みたいな女だね。しかも動機が死者蘇生という、神々が激怒しかねない禁忌を犯すつもりだった様だ。聞いてて吐き気がした。

 

「オイオイオイオイオイ!! なんだぁ、この状況はよぉ!!?」

 

「あいつは……」

 

「ほう、少しは骨のありそうな奴も居るじゃねえか」

 

 数体のゾルダート・アインとツヴァイが振り下ろされた大斧で薙ぎ倒される。魔王ノスグーラ直属の部下の一匹、レッドオーガ。文字通りミンチにされた魔獣どもの肉片に地面が覆われた戦場。予想とは違う自軍の凄惨な状況に奴は動揺を隠せない。

 

「くっそゴブリンもオークも何やってやがる! たかが下等種に後れを取りやがって! テメェも、よくもやってくれたな!」

 

「そうカッカすんなよ。お前らが弱くて、俺たちが強かった。ただそれだけのことじゃねえか?」

 

「人間風情が、舐めやがってぇ……」

 

「……なんかあたしだけ無視されてない?」

 

 ハイゼンに煽られたレッドオーガは怒り心頭で、両手で持っていた大斧の柄がミシミシと音を立てる。

 

「ハイゼン、あいつをゴブリンやオークと一緒と考えない方が良い。魔王軍の幹部級の魔物だ」

 

「その様だなルーサ。アインやツヴァイじゃ少し苦戦しそうな相手の様だ。――じゃあアインやツヴァイじゃない兵士を用意すれば良い」

 

 ハイゼンが指を鳴らすと、それを合図に工場の中から轟音と共に出てくる一体の怪物。上半身がプロペラという魔法帝国にも存在する装置に似た回転機構で出来た、ぶっ飛んでるにも程がある見た目の化け物、『シュツルム』だ。

 

「な、何だそれは……!?」

 

「俺が作った軍団の中でもダントツの失敗作、『シュツルム』さ! いけぇええシュツルムぅううううう!! あの赤デカ男を切り刻んでサイコロステーキにしてやれ!!」

 

《ブルウウウウウウウウウウウ!!!》

 

 ハイゼンの命令に合わせてプロペラを回転させながらレッドオーガに突撃するシュツルム。同時にハイゼンは残っていた他の種類のゾルダート――パンツァーとジェットも参戦させ、こちらはツヴァイやアインと共にオーガ以外の魔獣へ嗾ける。再び戦場は魔王軍にとって地獄と化した。

 

「くぅっ!!」

 

 レッドオーガはシュツルムの突進を大斧で受け止める。しかしその表情は苦心と焦りに満ちていて、シュツルムの攻撃力の高さを物語っている。大斧は2秒足らずでバラバラにされ、それから間を置かずに今度はオーガに羽根が食い込んだ。

 

「ぐぎゃああああああああああ!!!」

 

 オーガの固い外皮をシュツルムのプロペラは容易く削り、血で濡れた肉と臓物が辺りに飛び散る。種族間連合軍ですらコイツには歯が立たず撤退を繰り返したというのに、シュツルムのプロペラはとんでもない切れ味である。

 

「ぞ、ぞん゛な゛!! こ、このお゛でが、人間如きに……!」

 

「ハハハハハッ! どうだぁオーガとやら、分厚いコンクリート壁も一瞬でぶち抜いちまうシュツルムのプロペラの味は! どうやらテメェもシュツルムの敵にはなれねぇみたいだな! さっさと止めを刺させて貰うぜ? シュツルムぅ!!」

 

《ブルウウウウウウウウウウウ!!!》

 

 シュツルムがプロペラの回転速度を上げると、その勢いに耐え切れず倒れ込むレッドオーガ。自らの体色より濃い真っ赤な血で全身を染めて激痛に悶える様は、いくら人類を数多く喰らってきた魔獣といえども少し哀れであった。その時シュツルムの体に変化が起き、オレンジ色に光ったと思ったら一瞬で火に包まれる。エンジンと呼ばれる部分から発火した様だ。

 

「や、や゛め゛……!?」

 

《ブルンッ!!?》

 

「ぐうっ!」

 

 シュツルムが前方で腰を落としているオーガに火炎放射を当てようとした瞬間、横から滑り込んできた黒い巨体がオーガとシュツルムの間に立ち、シュツルムを殴り飛ばした。プロペラに諸に当たった為、その顔は苦痛に満ちている。

 

「シュツルムぅうううう!!?」

 

 ハイゼンが我が子を傷付けられた親の如くシュツルムに駆け寄る。失敗作と言いながらも相当気に入っている様だ。

 

「ま、魔王、様」

 

「無事か、オーガよ。どうやら間に合った様だな。貴様は部下と共に下がり回復に専念するのだ。あの下等種は我が直々に相手しよう」

 

「も、申し訳御座いません。宜しくお願い致します……」

 

「……奴が魔王ノスグーラか」

 

「あの黒くてデカい奴が親玉か。よくも俺の愛しのシュツルムを……!」

 

 黒い毛に覆われた巨体に蜷局を巻いた2本の角。間違いない。シン様から教わった魔王軍の頭領と全く同じ特徴だ。何よりこの強大且つ禍々しい魔力。灰色の不気味な魔力が体全体から溢れている。魔王はオーガと他の魔獣を撤退させ、1体でハイゼンや軍団と対峙する。

 

「にしても、これじゃどっちが悪の軍団か分からないね」

 

 まるで魔王の方が魔王軍に立ち向かう英雄か何かに見えてくる。質の悪い錯覚だとあたしは頭を振り、その考えを打ち消そうとする。これは悪同士の潰し合いだ。

 

「意外と部下想いの良い上司じゃねえか。ミランダのクソ女にも見習って欲しいもんだ。……シュツルム、よくやった。あとは俺に任せて休め」

 

《ブルル……》

 

「オーガたちが世話になったようだな。我々に歯向かっておいてタダで済むと思うなよ、人間?」

 

「先に手を出したのはテメェらの方だぜ? こうなることが分かってんなら無視すんのが賢明だっただろうによぉ」

 

「それは無理だ。我には魔帝様がお戻りになられるまで、下等種たちを適切に管理する役目があるのでな」

 

「何!? じゃあ貴様は魔法帝国の……!」

 

 予想はしていたが、まさか本当に魔王が魔法帝国の兵器だったとは……! 魔王はあたしに視線を向け、不敵に笑う。

 

「その通りだ、時の神の眷属ルーサリア・ニン・ナンナ。我こそは世界管理の為に生み出された魔帝様の忠実な僕。試作型戦闘培養体『コード.000』である」

 

「へぇ、この世界にもB.O.W.みたいな生物兵器が存在してるのか。こいつは驚いた」

 

 ハイゼンの顔を見ると本当に驚いている様だ。しかしこの男が暮らしていた世界にも魔王の様な存在が生み出されていたとは、平気で神に喧嘩を売るような連中が多い世界みたいだね。因みにだがハイゼンもまた生物兵器らしい。鉄を浮かせて操る能力はそれ故だとか。

 

「いずれ魔帝様はご復活なさる。だが、その時下等種どもが無駄に力を付けてしまうと統治に支障が出てしまう。だからこそ我が世界を管理し、下等種を下等種たらしめねばならぬのだ。無論、貴様とて例外ではないぞ人間」

 

「あ゛ぁ゛? ふざけんじゃねぇ、漸くあのクソ女から解放されたんだ!! 此処でまた誰かに縛られるなんて御免被るぜ!!」

 

「貴様らの意見などどうでも良い。下等種は大人しく我に管理されなければならない。たったそれだけで魔帝様の平穏に貢献できるのだ。光栄なことだぞ?」

 

「あのデカ女と言い、どうして図体のデケェ奴はどいつもこいつもエゴまでデカくなっちまうんだ!! 兎に角俺は誰の支配も受けねぇ! 俺は永遠に自由だ!!」

 

「……そうか、ならば排除するのみだ」

 

 魔王が力を籠め始める。どうやら辺り一帯を強力な魔法で消し飛ばす様だ。あたしはすかさずハイゼンに警告を送る。

 

「ハイゼン、来るぞ! あの魔力量からして使ってくる魔法は相当な威力だ!」

 

「あぁ、分かってる! 嬢ちゃんはさっさと逃げろ! ……さて魔王さんよ、親玉同士のタイマンといこうか!!」

 

「だから嬢ちゃん言うな」

 

 あたしは魔法で飛翔して空へ退避する。眼下では手をハイゼンに向けて詠唱を始める魔王と、あたしとゾルダート軍団の避難を確認してから能力を発動するハイゼンの姿が。

 

「……何をする気だ貴様?」

 

 普通の人間ならば在り得ない力を行使しようとするハイゼンに、思わず詠唱を止めて問い掛ける魔王。

 

「今に分かるさ!! ぐっ、うおおおおおおおおおおお!!!」

 

 工場周辺に敷地に散乱している大量の鉄屑。それらが浮き上がったと思うとハイゼンへと飛んでいき、次々にその体にくっついていく。一瞬でハイゼンの姿は鉄に埋もれて見えなくなった。一体何をするつもりだ、ハイゼンベルク?

 

「き、貴様、本当に人間か!? こんなふざけた力を脆弱な人間族が持つ筈が――」

 

「ウ゛オオオオオオオオオオオオッ!!!!」

 

「な……」

 

「は……?」

 

 あたしは目を見開いた。ハイゼンの居た場所から現れたのは、大きさも形もバラバラな鉄が集まった、芋虫に手が生えた様な歪な鋼鉄の怪物だった。後方では待機中のゾルダート軍団が雄叫びを上げている。まるで人類の少年たちの様に。魔王は己の数十倍も巨大な化け物に見下ろされ、目を点にして鼻水を垂らした姿で表現出来そうな顔で呆然と立つ尽くす。だがすぐにハッとなってツッコミを入れた。

 

「貴様ほんっとに何者なんだよ!!」

 

 全く以ってそれな。

 

「ハハハハッ!! 俺は自由を愛する戦士だ!! だから俺の自由を邪魔する奴は全部殺してやる!! まずはテメェからだ! 死ねぇ!!」

 

「まずいっ!」

 

 怪物と化したハイゼンが巨大な右腕を魔王に叩き込もうとするが、魔王は咄嗟に空高く跳躍して紙一重で躱す。腕の先端に付けられた切れ味の鋭そうな巨大丸鋸が地面に食い込み、粉々になった岩や土が周囲に飛び散る。

 

「あ、あぶな」

 

「何処へ行くんだぁ?」

 

「な!? へぶぅ!!」

 

 魔王が安堵したのも束の間、なんとハイゼンもまた何十メートルも跳躍して魔王を地面に殴り付けた。あの巨体のどこにそんな跳躍力があるのか。

 

「ぐ……ぅ……!」

 

「ハッハッハッハッ! さぁ、この鋼鉄の肉体に跪け!!」

 

「舐めるなよ下種がぁ!!! 我の強大な魔法で焼き尽くしてくれる!!」

 

 魔王は屈辱に塗れた顔で吠えると、立ち上がって再度右手を迫り来るハイゼンに翳した。奴の掌にどす黒い炎が宿る。あれは――。

 

「ハイゼン! 避けろおおおお!!」

 

「ダークフェニックス!!!」

 

 魔王の掌から現れた黒炎の巨鳥がハイゼンを焼き尽くす。炎に包まれた奴を見て、あたしは何とも言えない喪失感を抱いた。

 

「ハイゼン……」

 

「ぐぁっはっはっ!! どうだ、これが魔帝様より与えられた我の力だ! 思い知ったか人間めぇ!!」

 

「――あぁ、効いたぜ。嘘じゃねぇ」

 

「あっはっはっはっ……は?」

 

 魔王の笑い声が消える。炎の中から現れた、ほぼ無傷の怪物を捉えて。あたしは目の前の光景が信じられなかった。

 

「ば、馬鹿な! 我の最高位の魔法を喰らって何故平気でいる……!?」

 

「そんなことはねぇって言っただろ? 丁度寒かったら良い具合に温まったぜ。 お礼にこいつを喰らいな!!」

 

 ハイゼンが取り出したのは長い筒の様な物。確かタイホウとか言ってたな。鉄の塊を高速で撃ち出す武器だった筈だ。それを右手?で掴み、魔王に向けると先端の穴から火を噴かせた。

 

「ひっ!?」

 

 本能的に危険を察知した魔王が咄嗟に防御態勢を取る。己の目の前に土魔法で築いた強固な盾を10枚形成し、ハイゼンが放った鉄の塊を防ごうとした。結果はギリギリ防げたというもの。鉄の塊は10枚中9枚の盾を貫通し、10枚目にも大きなヒビを作って漸く停止した。

 

「すげえなお前、砲弾を防いじまうなんてよ。ルーサの言う通り、とんでもねぇ力を持っているみたいだな。――よぉし決めた。お前の死体を、俺の軍団に加えてやるよ! 光栄に思いやがれ!!」

 

「う、うああああああ!!!」

 

 魔王は逃げ出した。先の防御魔法で魔力はカツカツにも拘らず、連続で跳躍してハイゼンの攻撃を躱しそのまま去って行く。

 

「あ、おい待て!! せめて首だけも置いてけ!! ――くそっ、さっき喰らった火でバネがいかれちまったみてぇだ。跳んで追い掛けることが出来ねぇ……」

 

「……」

 

 何ということだ。人類が総力を結集しても敵わない魔王を、この男は実質たった一人で退けてしまった。もしかしたらコイツも太陽神の使いっパシリたちと同様、この世界に希望を齎す存在なのかもしれない。

 

「ハハハハハッ、まぁ良い! 取り敢えず自由を守り抜いたぞ! 俺たちの……勝利だ!!」

 

《ブオオオオオオオオオオ!!!》

 

 元に戻ったハイゼンとゾルダート軍団が、くっそ喧しい咆哮を上げる。……さっきはああ思ったものの、あたしにはコイツ等が希望になり得る連中だとは到底思えなかった。あの魔法とは異なる能力も、こいつ等の見た目も、あまりにも凶悪過ぎる。

 

「おーい、ルーサ! 大丈夫か!? もう降りてきても問題ないぜ!」

 

「……そのようだね」

 

 あたしが地面に降り立つと、ハイゼンはキラキラした瞳で熱く語り出した。

 

「どうだ、俺と俺の軍団の戦いっぷりはよぉ? 最高にカッコ良かっただろ!?」

 

「まあ、今までにない戦いだったから興味深くはあったね」

 

「そうだろそうだろー? あっはっはっはっ!」

 

 特にこのハイゼンベルクという男。魔力は全く無いが、代わりに得体の知れない何かを奴の体内から感じ取れる。おまけに油っぽい匂いに混じって血の匂いがする。それも何人もの人間の血が。自由になりたいだけの男みたいだが、ほっとけば何をしでかすか分からない。監視が必要だね。

 

「……どうしたんだ嬢ちゃん、そんなに睨むなよ。可愛い顔が台無しだぜ?」

 

 あたしの警戒心を感じ取ったのか、ハイゼンが訝しむ様にあたしを見る。

 

「嬢ちゃんは止めろと言ってるだろ? これでもあたしは1万年以上生きてるんだよ」

 

「ハハハハハッ! 冗談の上手い嬢ちゃんだな! 特異菌に感染してる訳でもなさそうなのにそんな不老不死みてぇなこと…………嘘だよな?」

 

 最初は笑っていたハイゼンも、あたしの真剣な表情を見て次第に真顔になる。

 

「本当さ。神の眷属になってから全く年を取らなくなったんだよ。だからあたしはお前よりずっと年上なのさ――坊や」

 

「マジかよ……。ってか『坊や』は止めろ! クソデカ女のムカつく顔を思い出して虫唾が走る!」

 

「だったら嬢ちゃん呼びも止めるんだね。外見通りの子ども扱いは御免だよ」

 

「分かったよ、悪かった」

 

 ハイゼンは素直に謝ると、帽子を胸に当てて丁寧にお辞儀をする。

 

「それじゃあ改めて宜しくな――ミス・ナンナ」

 

 この男、意外と紳士的な様だ。あまりにも様になっていたので少しばかり見惚れそうになったが、何とか耐える。こんな危険そうな男に魅了されるなんてどうかしてる。

 

「ルーサで問題ない。畏まった態度を取るのは苦手だろ?」

 

「分かるか? ならフランクにいかせて貰うぜ。――さてと、これからどうすっかなぁ?」

 

「目的が無いならお前も魔王軍を討伐しに行かないかい? もうじき太陽神が召喚した使者が大陸に上陸するらしい。あたしはそいつらと、この世界で勇者になる連中を導く役目があるんだ」

 

「太陽神の使者?」

 

「確か……二ホンとか言う連中らしい」

 

「何!? もしかして日本人がこの世界に来てるのか!?」

 

 ハイゼンは驚愕しながらあたしに詰め寄る。あたしはあたしで、この得体の知れない男が太陽神の遣わした英雄たちを知ってることに驚く。

 

「知ってるのか、連中を?」

 

「知ってるも何も、俺が居た世界の国の一つさ。ハハハハハ! 不運な奴らだな! 神様とやらの命令で縁もゆかりもない世界の為に、ご苦労なこった!」

 

 ハイゼンは頭に手を載せながら笑うと、何か決意したような真剣な、それでいて楽しそうな顔になる。

 

「面白れぇ。良いぜ、魔王軍討伐に手を貸してやる。自由を奪われるのは俺も嫌だからな。但し協力はするが俺は誰の下にも付かねぇぞ? あと魔王と、ついでにオーガの死体は俺が頂く、良いな? ……よし、まずは日本人と合流しようじゃねえか」

 

「言っとくけど、妙な真似をして魔王軍討伐を妨害するんじゃないよ。そん時はあたしも許さないからね?」

 

「おぅおぅ、おっかねぇ女だぜ。安心しろ、そんなことはしねぇ。俺が戦う為には鉄が要る。工場を離れる以上、日本人から供給して貰わなきゃいけねぇんでな」

 

「なら良いが……ま、期待してるよ、ハイゼンベルク卿」

 

「おう、任せろルーサリア」

 

 あたしとハイゼンは協力関係を結び、互いの手を握った。

 

 

 

 

 その後、トーパ王国建国神話に魔王軍を討伐した英雄たち――太陽神の使者と古の勇者、そして自由を求める鋼の軍団――が記されることになるが、それは更に先のお話。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 余談だが、ハイゼンベルクが失踪したことで儀式が実行出来なくなり、途方に暮れている女が居たとか居なかったとか。

 




ヴィレッジ最高でした。特にイーサンのあのシーンには泣いた。イーサン……アンタは本当に最高のパパだよ。ハイゼンさんも敵ながらカッコ良かった。願わくばDLCでイーサンとの共闘が実現しますように。


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Ⅱ-ドリルはイイぞ? 最高だ!

注意:キャラ崩壊&本編未登場キャラが登場します。


「……コレはすごいね」

 

 ある日、ハイゼンの案内で工場の地下に降り立ったあたしは眼前の光景に目を奪われる。地上の建物は所謂偽装。鉄という鉄で張り巡らされ、無数のゾルダートが製造されているこの広大な地下空間こそ、ハイゼンが運営する工場の真の姿。まるで街……そう、此処は鋼鉄の街だ。

 

「おーいルーサ! こっちだー! そんなトコで突っ立ってねぇでさっさと来い!」

 

「はいはい、分かったよ」

 

 ハイゼンに招かれてある大部屋へと入ると、其処には見慣れた生物の死体があった。

 

「ワイバーンだね……見せたい物ってのはコレかい?」

 

「まあコイツもその一つではあるがな。他にも幾つかあるぞ?」

 

 ハイゼンはワイバーンの死体の前で腰を下ろすと作業に取り掛かる。お得意の改造ってヤツだろう。この男の軍勢は全て人間族の死体を素に、ドリルを含めた様々な武器を取り付けて作られている。人の死体を兵器に改造するなぞ不愉快極まりないが、生きた人類を消耗品として使い潰す光翼人よりはマシだろう。

 

「ほらよ、あそこに重ねてある連中もそうさ。コイツらを使って新型のゾルダートを作ろうと思ってな。魔法とやらは使えないだろうが、屈強な肉体はより高い耐久性に繋がる事が出来る」

 

「……おいおい。魔獣は兎も角、ドワーフや獣人の死体まであるじゃないか。まさかお前……」

 

「勘違いすんなよ! そいつらを殺したのは一緒に転がってる怪物どもだ! 化け物を殺した時に見つけたから次いでで持ち帰っただけだ」

 

 意外かもしれないが、この男は一度も人殺しをしたことがないらしい。ハイゼンと同格だった貴族たちは生きた人間を殺した上で化け物に変えていたが、コイツは墓から死体を掘り起こして調達した程度だ。それでも十二分に問題だが。

 

「本当なら死者の尊厳を踏み躙る行為を神の眷属として見過ごせないところだけどね、今は人類絶滅の瀬戸際。見なかったことにしといてあげるよ」

 

「寛大な処置に感謝するぜ。皆くたばっちまったら尊厳もクソもねぇからな」

 

 ハイゼンは愉快そうに笑うと、鼻歌交じりにワイバーンの改造工事を始めた。あたしはコイツの背中を睨みながら考えに耽る。やはりこの男は危険だ。死者を弄ることに何の罪悪感も感じられない。度を超えた自己中心主義の、典型的なクソ野郎だ。魔王討伐の暁には神々に協力を呼び掛けて退治した方が……。

 

「……なぁ、何本ドリルを付けるつもりだい? 多過ぎないか?」

 

 あたしは考えを一時止める。ハイゼンがワイバーンの羽や足の爪を全てドリルに変えていったからだ。正直そんなに沢山要る物かと疑問に思っていると。

 

「何言ってんだルーサ! まだまだ頭と尻尾が残ってるんだぞ。コイツは全身のドリルを回して敵に突撃させんだよ」

 

「そんなにドリル付けたら重くて飛べなくなるぞ!」

 

「ジェットエンジンを背中に装着させりゃ速度は向上するから心配ねぇ!」

 

「魔王を退けた時に使った大砲でも載せれば良いじゃないか! わざわざ接近戦をさせて戦力を減らす危険を犯さなくても」

 

「分かってねぇなルーサ。ドリルぶん回しながら肉薄して敵を屠るから良いんじゃねぇか。確かに大砲もロマンだが、遠くからチマチマ撃って戦うのは味気なくて俺はあまり好きじゃねぇ。武器はやっぱりドリルかプロペラだろ?」

 

「いや待て、好きとか嫌いとか……お前どういった基準で武器を選んでるんだい?」

 

「カッコよさ」

 

「……は?」

 

「カッコよさ!」

 

「お前さぁ……」

 

 目を輝かせて断言するハイゼン。その様は正に幼い男子のそれ。あたしは呆れて溜め息を吐いた。

 

「なぁに、お前もこの工場に通い詰めれば俺の気持ちが分かる時が来るさ。そん時は一緒に語り合おうぜ、ルーサ?」

 

「やめろ、あたしを変な趣味に引き込もうとするんじゃない」

 

「別に女が男のロマンにハマっても構わんだろ?」

 

「そんな意味で言ったんじゃないよ!!」

 

 うん、紛れもなくコイツは危険だ。このまま一緒に居たらあたしの好きなものが花からドリルに変わってしまう! だが、コイツから目を離すわけにもいかないし……あたしはどうしたら良いんだい!? 教えてくれ、シン様……!

 

 

 

 

 

 

 ――別にドリル大好きになっても良いだろう?(by シン)

 

 

 

 

 

 

「ちょ、ちょっと何やってるんですか!?」

 

 大陸南の海岸に停泊中の日本空母『土佐』。その甲板上であたしはハイゼンから教わった技術を活かして戦闘機を修理していた。服が汚れないように、修理中はアイツから貰った作業着を着込んでいる。

 

「どうしたんだい、使者さんたち? 今修理中なんだが?」

 

「どうしたじゃないですよ! 何でプロペラの先端にドリルを付けているんですか! 機体前方が重くなるしそれ以前に付ける意味ないですよ!」

 

「安心しな。軽くて強靭なポリマーを使ってるからさ」

 

「そういう意味じゃなくて……!」

 

 急に声を掛けてきた日本人は何故かあたしのやり方に不満な様だ。……失礼な、折角ドリルを付けてやったというのに。

 

「なぁ。あの女の子、確か魔法使いってやつじゃなかったか?」

 

「まさかエンジニアでもあるなんて凄いよな……変な改造さえ施そうとしなければ」

 

「十中八九、我々と同じ世界出身の、あのルーマニア人の影響だろうな。一体何を教えたらあんな変な趣味に目覚めちまうんだ?」

 

 離れた場所にいる日本人2人の会話が聞こえてくる。何を言う。ハイゼンはあたしに新しい世界を拓いてくれたんだぞ? お前たちはドリルの素晴らしさをまるで分かってない。

 

「おい、どうしたルーサ」

 

「あ、ハイゼン」

 

「ヒェ」

 

 そこへ船の外壁を上って現れた怪物形態のハイゼン。傍で悲鳴を上げる日本人を無視してあたしたちは話を続ける。

 

「聞いてくれよハイゼン。この日本人、あたしが折角ドリルを付けてあげたのに文句ばっか垂れるんだよ」

 

「何い、どういうことだ?」

 

「いや、あの、それは、その……」

 

 慌てて弁明しようとする日本人を通り過ぎ、あたしが修理中の戦闘機を観察するハイゼン。やがて彼は日本人にではなくあたしに怒鳴ってきた。

 

「おい、ルーサ! これじゃ全然ダメじゃねぇか!」

 

「えぇ、何であたしなんだい!?」

 

「そ、そうですよね。プロペラにドリルを付けるなんて――」

 

「後ろにもドリル追加しねぇで、どうやって尻に食らい付こうとするトカゲどもを攻撃するんだよ!?」

 

「ドリルそのものにツッコめよ!!」

 

 日本人のキレのあるツッコミが入ってもあたしとハイゼンの議論は終わらない。

 

「待ちなよ、戦闘機の方がずっと速いんだ。ワイバーンじゃ追い付けないから肉薄なんかされないよ」

 

「だからロケットエンジンを付けんだよ! これで真後ろから来るトカゲ野郎にドリルを飛ばして串刺しに出来るだろ?」

 

「成程」

 

「納得しないで! 尾翼が焦げる!!」

 

 まさかロケットとドリルを組み合わせることでそんな凄いことが出来るとは。また一つ、あたしの中の知見が広がった気分だ。

 

「おら、ちゃっちゃとコイツの修理を終わらせるぞ? 次はあの戦艦の艦首に巨大ドリルを付けなきゃいけねぇからな!」

 

「おぉ、だから怪物化してたんだね。デカくなればデカい部品も扱いやすい」

 

「そういうこった! 鋼鉄の○哮に負けないドリル戦艦を作ってやろうぜ! ハハハハハ!」

 

「止めてください、本当に!!!」

 

 ふふふ。魔王を潰した後はそのまま旅に出てみようか。あの唸る音、目にも止まらぬ回転速度、そしてどんなに固い物でもドデカい穴を開けてしまう圧倒的な破壊力。ドリルの素晴らしさを余すことなく世界に伝えていくとしよう。あたしはそんな夢を思い浮かべながら作業に戻るのだった。

 

 

 

 

 

「――っという感じになってたまるかい!!!」

 

「終わったか? 随分長ぇ例え話だったな」

 

「ドリル、僕は良いと思うけどなー?」

 

「分かってるじゃねえか坊主。ほら、菓子もっと食うか?」

 

「わーい!」

 

「……何で出てきてるんですかシン様?」

 

 見ればハイゼンと並んで座り、奴から貰った菓子を食べる少年が一人。あたしの主にして時の神、シン様だ。お前ら、もう仲良しかよ。

 

「暇だから?」

 

「よし、殴ってあげますから前に出て下さい」

 

「ごめんなさい許してルーサお姉ちゃん」

 

「おいおい、ダメだぞ姉ちゃん? 弟は大事にしなきゃ。酷い姉貴なんてドミトレスクだけで十分だぜ」

 

「弟じゃない! 時の神シン様だ! あたしはその眷属!」

 

 ああもう、いつの間にかシン様までこの男によって陥落していたとは……。男って何故ドリルが大好きなんだろうね。兎に角気をしっかり持たなくては。絶対にドリル厨にはならないからな。あたしはそう固く誓った。




ヴィレッジ本編見てハイゼンさん、マジ男の子してるなぁって思った。ロマンに生きている。


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Ⅲ-戦車を意味する番人

今回は比較的短め。日本軍、種族間連合と会合する直前のお話です。


 あたしは今日もハイゼンの工場を訪れ、トルコ?コーヒーを嗜みながらシン様とハイゼンの遣り取りを興味無さげに眺めていた。

 

「見ろ坊主! これが鋼の軍団の新たな兵士、ゾルダート・ワイバーンだ! どうだ? この至る所に付けられたドリルを!」

 

 ハイゼンが両手を大きく広げて、工場前の広場に鎮座する新型のゾルダートを披露する。一人と一柱の前には、全身ドリルまみれで胸に赤い光を宿したワイバーンが一頭。どうやら赤い光を放っている部分が死体である筈のワイバーンを動かしている様だ。その動作は生前の個体とも謙遜ない。

 

「おっ、ドリルは全部三連装なんだ。 これは強そうだ」

 

「だろ? これで攻撃力は大幅アップだ! 強力な化け物どもだって駆逐しまくってくれる筈さ! ハハハハハッ!!」

 

「……今更だけどさ、お前だって相当な化け物だろう」

 

 そう突っ込まずにはいられない程、あの芋虫の怪物は衝撃的だった。

 

 ……おや?

 

「来たみたいだね」

 

 あたしは自宅がある山全体に結界を張ってある。侵入者防止対策だ。それに魔力を持った何者かが引っ掛かり、特定周波数の魔導波があたしの脳に送られてきたのだ。シン様も気付いたらしく、その少年の様な顔立ちが神性を帯びたものに変わる。……普段からそれくらい真面目そうな顔してれば純粋に尊敬できるのに。

 

「……ルーサ。太陽神の使者と種族間連合で間違いないと思うよ?」

 

「えぇ、シン様が仰られていた時間通りです」

 

 少し前、工場へ向かう途中で目撃した飛行物体(後に太陽神の使者が操る戦闘機と判明)に稲妻を撃ち上げてからかったことがあるが、その持ち主が連合と共に山を登っている最中である。明らかにあたしの存在に気付き、協力を求める為に向かって来ているのだろう。家を空けたままでは擦れ違いになってしまうね。

 

「よいしょっと。それじゃあ会いに行くとするかね。太陽神の使いっ走りどもに」

 

 コーヒーを飲み干して椅子からゆっくりと立ち上がる。そんなあたしへ待ったを掛ける男が一人。

 

「待てよルーサ。わざわざこっちから出向く必要はねぇぞ?」

 

「どういう意味だい、ハイゼン?」

 

「ここ最近、お前はよくこの工場に遊びに来てくれているからな。自宅を空ける日も多いだろ?」

 

 主にお前の監視の為に、だ。別に遊びに来てる訳じゃない。しかし何だろうか。嫌な予感しかしないんだが。

 

「こんな辺鄙な世界でも強盗やら泥棒やらは居るだろうし、魔獣なんて危険な化け物も多い。家の物が盗まれたり、壊されたりしたら困るだろ? だからお前が留守中の間、お前ん家を守る番人を派遣してやった。ソイツが此処まで案内してやれば良い」

 

「……は?」

 

 え、何? それはつまり……ゾルダートを派遣したってことか? 何故気付かなかった。いや、確かゾルダートは魔力を全く持たない筈だ。って事は、あたしの結界が感知する訳ないじゃないか。あれは対象の魔力を利用した代物なのだから。

 

「なあに、気にするな。いつもお前には世話になってるからな。その礼とでも思ってくれれば良い」

 

「ハイゼン……君ってば、やっぱ良い奴なんだね!」

 

「こう見えても俺は受けた恩をきっちりと返すタイプなんでね。ハハハハハ!」

 

 シン様が目を輝かせ、それに笑って答えるハイゼン。このイカレ野郎のどこが良い奴だって? いや、それよりも。

 

「……ところでさ、その番人とやらは使者や連合をちゃんと味方と判断できるんだろうね? それにどうやって此処まで連れてくるんだい?」

 

直後、ハイゼンの笑いが止まる。

 

「…………あ、やべ。直接行ってプログラムを入力しねえといけねぇ」

 

「おい」

 

あたしは顔を引き攣らせた。不味い。使者と連合の連中の身が危ない。

 

 

 

 

――――

 

 

 

 

「――此処で間違いないですね」

 

「こんな山の中に、こんな大きな家が建っていたとは」

 

 一方の日本軍と種族間連合。数日前にアンカルド山にて確認された人影を追って山の頂上まで登ってきた面々は、眼前の大きな屋敷を前に自分たちの推測が正しかったことを知る。

 

「中に誰か居るのでしょうか?」

 

「分かりません。ドアを叩いて確かめてみましょう」

 

 誰が先頭に立って話をするか相談した結果、この世界の住民で種族間連合の長であるガレオスが門戸を叩くことになる。――が、彼の拳が門戸に触れることはなかった。

 

 突如ガラッと大きな音を立て、扉が横にスライドした。もしや隠遁した大魔導士かと期待した面々だったが、すぐにその顔が凍り付いた。

 

『!!?』

 

 現れたのは人……に見える。しかし顔も含めた全身を装甲で覆われた物々しい出で立ちは、とても彼らが想像する魔導士からは遠くかけ離れていた。何より物騒なのは両腕に取り付けられた3連装のドリル。それをぎゅるぎゅるとぶん回したまま外へ出てくる。

 

「な、何なんですか貴方は!? 貴方がこの山で暮らす魔導士ですか!?」

 

 恐怖に駆られながらも勇気を出して話し掛けるガレオス。だが返事は来ない。番人として工場より派遣されたゾルダート・パンツァー――ドイツ語で『戦車』を意味する鋼の兵士は、目の前の彼らをルーサの家を侵す敵と認識。計6本のドリルを回して襲い掛かった。

 

「危ない!!」

 

 帝国海軍艦隊司令の笠井が、咄嗟にガレオスを引っ張って横に回避する。直後にガレオスが居た場所に突き立てられたドリルが地面を抉る。全員が身の危険を感じた。

 

「う、撃て!!」

 

 笠井の指示で三八式の銃声が鳴り響く。護衛の兵士が放った銃弾はパンツァーの腹や頭の装甲に当たり、そして弾き返した。

 

「ダメです! 鎧が邪魔で銃が効きません!」

 

「仕方ない、一旦引くぞ! あれだけ鎧で身を固めてるなら動きは遅い筈だ!」

 

 銃以外に碌な武器を持ってない笠井たちにパンツァーを倒せない。急ぎ撤退しようと即決し、いざ行動に移ろうとしたところ。

 

 直後、茂みから飛び出してきた影が一つ。それはパンツァーへと一気に近付き……

 

「何しとんじゃ貴様ああああああ!!!」

 

《ブオバアアアアアア!!?》

 

「……え?」

 

 エルフ特有の長い耳を持った黒髪ツインテールの少女が、それもう見事な跳び蹴りをパンツァーにかまし、近くの巨木へ叩き付けた。

 

「ハア、ハア、ハア……」

 

「な、何だあの女の子は……?」

 

 笠井に付いて来た士官の一人が息も絶え絶えな少女を不思議がっていると、今度は家の上空を大量の鉄が舞う。今度は何だと警戒する笠井たち。

 

「ぱ、パンツァーああああああ!!」

 

 空から現れたのはコートを羽織り、帽子を深く被った一人の男。なんとコイツは浮遊する金属の上をひょいひょいと飛び移りながら地面に降り立った。彼は口を大きく開けて叫ぶと、今しがた蹴り飛ばされたパンツァーに縋る。

 

「ルーサ、テメェ! 俺の可愛い兵士に何てことしやがる! 俺の好意の何が不満だゴラァ!?」

 

「ソイツは今まさに連合と使者を殺そうとしてたんだぞ! あたしがコイツ等を待ってたって前に何度も言った筈だよな!! 殺しちまったら共闘なぞ出来なくなるわい!」

 

「そうだとしても、もうちょっと優しく止めやがれ! パンツァーは強い衝撃に弱いんだよ!」

 

「……何か喧嘩が始まったぞ?」

 

「俺らはどうすりゃ良いんだ?」

 

 此方を無視して言い争いを始める男と少女を呆然と眺める笠井たち。彼らは二人が落ち着くまで待つことしか出来なかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その後、機械化死体兵の件で一時険悪な雰囲気になったものの、ルーサの尽力もあって日本軍と連合への援軍として加わったハイゼンベルク。彼は工場へ寄って留守番役を除く、ほぼ全てのゾルダート軍団を引き連れて合流。その際、迎えに来ていた駆逐艦『細雪』が笠井らの後ろを歩く数百体のゾルダートを目撃。その凶悪な人相があまりにも恐ろしかったのか、乗員の一部は夢で追い掛け回される羽目に。

 




次回予告。

『とある鉄馬の超電磁砲』。


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Ⅳ-とある鉄馬の超電磁砲

 お気に入り登録者数が70人を超えました! 短期間でここまでお気に入りが増えた作品はこれが最初なんじゃないでしょうか? 登録して下さった方、本当にありがとうございます!


 種族間連合と太陽神の使者――日本人と出会ったあたしとハイゼン。しかし凶悪な見た目の化け物に襲われた彼らは当然ながら激しく警戒。しかもハイゼンがゾルダートに人間の死体を使ってるなんて言うもんだから、もう大混乱。危うく一触即発になりかけた。あたしの必死の説得で事なきを得たけどさ……何故かあたしまで冷たい目を向けられた。あたしをハイゼンの仲間と認識してるせいだ、解せぬ。

 

 その後の話し合いで、鋼の軍団が人の死体を使用していることを口外しないこと、補充死体は魔獣に限定するようハイゼンに約束させる。代わりにハイゼンには日本軍から不要な鉄屑を提供してもらうことになった。序にあたしも家を空ける間の花の世話役を要求しとく。

 

「お、終わったか」

 

 因みにハイゼンは肝心な部分以外はあたしに全て丸投げ。煙の出る棒を口に咥えてのんびり寝てやがった。……お前のせいでややこしくなってんだよクソ野郎。蹴り飛ばしたのは決してやり過ぎではない筈だ。

 

 話し合いが終わって早速あたしらは準備を進め、連合や日本人と一緒に下山。麓の工場に寄ったハイゼンが怪物数百体を連れて来た時はあたしと奴以外悲鳴を上げていた。はたから見れば魔獣みたいなもんだからね、無理もない。

 

 

 

 

 

 連合軍や日本軍と合流したあたしらはすぐ戦闘になった。ミリシエント大陸を制圧していた部隊がフィルアデス大陸へ戻って来たのだ。オーガも2体含まれていて非常に厄介な相手である。但し、日本軍とこの男は別だったが。

 

「ハハハハハッ! 行けぇゾルダート!! 蹂躙しろー!!」

 

『ブオオオオオオオオッ!!!』

 

「な、何゛だゴイツぶべっ!?」

 

「ひぎっ、助けぶぶっ!!」

 

 ハイゼンと日本軍は同士討ちを避ける為に左右二手に分かれて魔王軍の増援部隊を対処。ハイゼンの号令に合わせて魔獣に襲い掛かるゾルダート軍団。数では向こうが軽く10倍多いが、それでもゾルダートは殆ど一方的に駆逐していく。

 

「こりゃあ良いぜ! ゾルダート・ワイバーンが作り放題だ!」

 

 無論ゾルダートだけに任せず、ハイゼン自身も鉄を浮かせては凄まじい速度で投かん。魔法帝国のタイクウホウカに似た攻撃は、空を埋め尽くすワイバーンの群れを次々と地面に叩き付ける。

 

「何だよ、こりゃあよぉ!? ゴウルアスまで全部串刺しにされちまってるじゃねぇか!!」

 

 オーク以下の味方が蹂躙される様に、増援部隊指揮官の一匹『ホワイトオーガ』は間抜け面を隠せない。

 

「くっそぅ!! テメェの仕業だな人間!!? 下等種如きが舐めんじゃn」

 

「あ、頭上注意しろよ?」

 

「ゲブンッ!!?」

 

 逆上してハイゼンに襲い掛かろうとしたホワイトオーガだったが、直上からワイバーンの死体が降ってきて下敷きになった。あたしが稲妻で撃墜した魔王軍のワイバーンだ。あたしはハイゼンを監視する為、必然的にコイツと一緒に戦場へ出る羽目になった。

 

「ナイスフォローだ、ルーサ」

 

「ないす? ふぉろお? 何だいそれ?」

 

「良い援護だった、って意味だ」

 

「そりゃどうも」

 

 お前ならお得意の能力でどうにかなっただろうが。とは言え、ここで万一にも死なれては困る。正直いけ好かない野郎だが、ゾルダートを指揮できるのはこの男のみ。魔王軍に対抗できる戦力が減るのは避けたい。

 

「くっそ……赤竜の野郎、何してやがる……」

 

「おぉ、まだ息があったか。タフな奴も居たもんだ」

 

 ワイバーンの死体に潰されたままホワイトオーガがあたしらを睨み付ける。

 

「調子に乗るなよ人間……もうじき此処に赤竜がやって来る。奴の力はとんでもねぇぞ! テメェですら手も足も出ない化け物だ! 身動き取れなくなったところを魔獣の餌にしてくれぐぶっ!!?」

 

「分かったから静かにしろ。うるせぇんだよ」

 

「お前、鬼かよ……」

 

 ハイゼンが鬱陶しそうに手を振るうと、殺到した大量の鉄棒であっという間に串刺しにされるオーガ。一瞬で鋼鉄のハリネズミと化し息絶えた。話してる途中にホント容赦ねぇ……。

 

「コイツ、赤竜とか言ってたな。ルーサは何か知らねえか?」

 

「いや、あたしも全く。魔王とオーガについては断片的にシン様から教わったけど」

 

 あたしだって全てを知ってる訳ではない。魔王軍にはまだ見ぬ脅威が存在すると知り警戒を強める。今回は赤竜という化け物が増援部隊に含まれているらしいが……。

 

「アレじゃねえか? 竜っぽいし」

 

 あっさりと見つけた。ハイゼンが指差す先は海上。日本人の魔導艦隊と対峙するように現れたクラーケンの群れ。その中の一頭に赤黒い竜が乗せられていた。魔導艦が火を吹き、鉄の塊が赤竜へ飛んでいく。

 

「ん? 砲弾が途中で止まったのか……?」

 

 しかし鉄の塊は直撃する前に空中で静止、まるで気が抜けたかのように海中へ没する。ハイゼンもあたしも首を傾げた。

 

「おい、そこのお前ら! ありゃあどうなってやがる!?」

 

 あたしらの所には連絡役の連合軍兵士と日本人が数名居た。ハイゼンが彼らを呼び止めると、連合軍の兵士が最初に話し出す。

 

「あの赤い竜なら自分知ってます。話に聞いた限りだと弓矢を放っても途中で弾いたり、近付くと体が急激に重くなって身動きが取れなくなるそうです」

 

「身体が急激に重くなる? それって、もしかして……」

 

「俺もお前らと同じ予想だぜ日本人」

 

 ハイゼンと日本人は、連合軍兵士からの話で赤竜に攻撃が届かない理由が分かった様子だ。その後も魔導艦や鉄の地竜、神の浮舟が攻撃を繰り返すが、その全てが赤竜にぶつかる前に静止、見当違いな方向へ弾かれてしまう。

 

「……やはりな、重力か」

 

「えぇ、重力の壁で砲弾や爆弾を弾いてるようにしか見えません」

 

「”じゅうりょく”って何だい、ハイゼン?」

 

「物と物が引かれ合う力だ。あの赤いトカゲは、その重力を操って物理的な攻撃を全部防いでしまうんだよ。そんな馬鹿げた能力を持つ奴、俺が暮らしてた世界でも聞いたことがねえぜ」

 

 長年生きているが”じゅうりょく”なんてものは初耳だ。話の半分も理解出来なかった。連合軍の兵士に至っては全く話に付いていけてない様子で、何と言うか……渋そうな変顔になってる。魔導艦の方を見てみる。攻撃が通用しないせいか彼らは別の魔獣へ目標を変更していた。

 

「攻撃を断念したみたいだね。まあ何やっても無駄なら仕方ないが」

 

 そう言ってあたしは真上から迫っていたワイバーンに稲妻をプレゼントしてやった。ワイバーンは黒焦げになってあたしらの傍に落ちる。それを見ていたハイゼンが、何故かニヤッと笑う。

 

「……いや、そうでもないかもしれねぇ」

 

「何か秘策でもあるんかい?」

 

「ちょっとな。お前の協力が必要だ、ルーサ」

 

「あたしが?」

 

「今の雷攻撃、もう1発撃てるか?」

 

「あぁ、問題ない」

 

「よし、合図を送ったら俺が指定したものに向かって撃つんだぞ?」

 

「分かった」

 

 連合軍や日本軍兵士、そしてあたしも、ハイゼンが何を考えているのか皆目見当が付かない。しかしコイツの何かを確信したかの様な不敵な笑みを、あたしは信じてみることにした。

 

「ぐ、ウオオオオオオオオッ!!」

 

 日本軍から供給された鉄屑が大量に巻き上げられ、2本の巨大な角柱を形成。ハイゼンの頭上で綺麗に一列に並んだ。角柱は非常に長大で、人種が30人並んでも尚余裕のある長さだ。

 

「なっ!?」

 

「ま、まさかこの男……アレをする気か!?」

 

「無茶だ! 生身の人間でそんな出鱈目な芸当が出来る訳が……!」

 

 ハイゼンが何を企んでいるのか日本人は理解したようで、驚いた顔のまま2本の角柱を凝視していた。

 

「さーて、ジャンクで出来た砲身で何処まで耐えられるか分かんねぇが、まぁものは試しだ」

 

 今度は2本の角柱の間に、人種の頭くらいはある鉄塊が挟まる形で空中に静止する。何となくこれを飛ばすというのは分かったが、先の魔導艦の攻撃と一緒じゃないのかい? 正直赤竜相手に通じるとは到底思えないのだが。しかしハイゼンのことだ。日本艦の攻撃とは何かが違うのだろう。そう考えている内にあたしの出番が回ってきた。

 

「よぉし、ルーサ! コイツにさっきの電撃をぶつけろ! それも特大の奴をな! 但し2本のレールと砲弾へ同時にやるんだ! お前なら出来るだろう!?」

 

「それぐらい、お安い御用さ。――おい、お前ら! 危ないから全員離れてな!」

 

「「は、はいっ!!」」

 

 あたしは日本人を退避させると、杖を両手で掴んで詠唱を始める。シン様の加護で元々多かった魔力を増幅魔法で更に増やし、風魔法で膨大な威力の雷に置き換える。魔法陣を埋め込んだ杖を角柱と鉄塊に翳し、その先端へ生み出した雷を溜める。そして唯一逃げずにその場で留まる男に一応の警告を発した。

 

「さぁ行くよ! 巻き込まれて死ぬんじゃないよハイゼン!」

 

「俺が雷程度でくたばるか! 来い、ルーサ!」

 

両手を広げた男の自信に満ちた言葉にあたしは不敵に笑い、

 

「ライトニング・テンペスト!!」

 

 技名を持ってそれに答えた。杖の先から放たれる圧縮された青白い稲妻。それが角柱と鉄塊に衝突した瞬間、鉄塊がオレンジ色の光の線と化して海へと伸びる。角柱は半分以上が消滅し、残りもボロボロと崩れ落ちた。

 

「『とある何がしかの超電磁砲(レールガン)』ってか! ガッハッハッハッ!!」

 

 結局、赤竜が”じゅうりょく”なる不可視の防御魔法を使ったのかは不明だ。はっきりしてるのは光の線に腹を貫かれ、奴の向こう側の海が見える程の大穴が開いたという事実のみだ。赤竜は断末魔を上げる暇も無く力尽き、崩れた。それを目撃した魔王軍が血相を変えて、散らばる様に逃げ出す。残ったのは満足そうに高笑いするハイゼンと、呆然と立ち尽くすあたし他人類。

 

「……ほ、本当に電磁加速砲を再現しやがったぞあの男」

 

「あんなジャンクレベルの鉄屑を繋ぎ合わせただけでやってのけるとは……」

 

「あの女の子が放った雷も凄かったな。一体どれだけの電流が電極棒へ瞬間的に流されたんだ?」

 

 自慢じゃないが、あたしは音より速く飛ぶ魔帝の天の浮舟も一瞬で撃ち落としたことがある。その時の天の浮舟は100機近かったので、稲妻も軽く100連発したっけ。今回はその100発分の稲妻を一つに纏めてみたが、ハイゼンの能力と合わせて予想以上の戦果になった。

 

「運動エネルギーがデカ過ぎて止められなかったのか、それとも砲弾が速過ぎて気付けなかったのか、まぁどっちも良い。これで日本人どもも楽に戦えるんじゃねぇか?」

 

「そうだね。お前のお陰で人類はまた一歩平和に近付けたよ」

 

 もしかしたらハイゼンは日本人でも倒すのが難しい相手を対処する為に、何処ぞの神がこの世界へ送り込んできたのかもしれない。……と思ったけどすぐ否定した。こんなクソ野郎を気に入る物好きな神がいるとは思えん。

 

 え? 割りとシン様と仲良くしてたじゃないかって? 流石に彼は無関係だろ、多分、きっと、恐らく。

 

「そいつは違うぜ?」

 

 ……ん? ちょっ、待!?

 

「お、おい何の真似だハイゼン!?」

 

 突然ハイゼンがあたしの頭に手を置き、かなり乱暴に撫で始めた。い、痛い痛い痛い!!

 

「あのトカゲ野郎をぶっ潰せたのは、お前の魔法とやらのお陰でもあるんだぞ? アレが無きゃあ俺だって倒せなかったかもしれねぇ。ただ鉄を飛ばしても届かなかっただろうな」

 

 揺さぶられる頭を何とか動かしてハイゼンを見上げると、奴は意外にも真っ白な歯を見せながら笑っていた。そのサングラス越しに見える碧眼はとても綺麗で、純粋な賞賛の意を宿していた。

 

「――悪くねぇ、大したもんだ、ルーサリア」

 

「分かった、分かったから放せ! 髪が乱れる!!」

 

「おっと、すまねぇ」

 

 やっと解放された。あぁもう、まだ頭がグラグラする。

 

「何してくれるんだい、女性にとって髪は命なんだぞ。乱暴に扱いやがって……」

 

「ハハハッ! わりぃわりぃ、異世界でもその点は一緒なんだな。これは失礼したぜ」

 

「全く……」

 

 あたしはクシャクシャの髪を直しながら愚痴を溢す。それにしても……。

 

(頭を撫でられるなんて……何時以来だろうねぇ)

 

 遥か昔に死別した両親の姿があたしの脳裏に映る。懐かしいね、今回みたいなものじゃなく、優しく労わる様に撫でられたのを、今でもはっきりと覚えているよ。

 

 ……って、何でこのタイミングで親の顔を思い出すことになるんだよ。まるであたしがハイゼンに家族の様な情を抱いているみたいじゃないか。流石にそれだけは、仮に事実だとしても御免被りたいところなんだがね……。




 流石に鉄屑を繋ぎ合わせたものでレールガンを撃てるとは思えませんが、そこはハイゼンさんとルーサが凄過ぎるということで。


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Ⅴ-フィルアデス大陸解放

日本人は大して出番もなく退場です。主役はあくまでハイゼンさんと鋼の軍団なので。


 出発から一年。日本人たちの予想よりも早く魔物をトーパの地まで追い詰めた。既に魔王は撤退済み。フィルアデス大陸に残るのは殿を務めるゴブリンやオークくらいだ。

 

「グオオオオオオオ!!!」

 

 怪物形態のハイゼンが3本の巨腕を振り上げ、咆哮混じりの音楽を流す。それを聞いて戦闘可能な魔獣たちが徐々に後ろへ下がり、やがて一匹残らず魔物大陸へ逃げ帰って行った。

 

「ここで『あれはゴジラじゃない!』と果敢に挑んでくる奴がいねぇのは実に残念だ」

 

「お前は何を言ってるんだい?」

 

「日本映画のネタさ。確かにこの曲は恐怖を煽るにはもってこいだな」

 

 そもそも“えいが”とやらが分からん。あと日本人たちも何のことか分からず首を傾げてるみたいだが?

 

 

 

 

 魔王軍を魔物大陸へ押し返した後、トーパの地にフィルアデス大陸と魔物大陸を隔てる巨大な城壁が建造された。日本人たちに加え、ハイゼンの謎技術も使われた非常に強固で凶悪な壁だ。

 

「地下には村で作ったのと同じカラ殺装置を仕込んである。魔獣がヘタに近付けば壁の手前の落とし穴にストン! 『殺人マシンがぐーるぐる♪』からの異世界産ミンチの出来上がりって流れだ!」

 

 壁が完成し、日本人たちが元の世界へ帰った夜。各所で焚き火が上がり、今日の作業を終わられた連合軍兵士たちがそれらを囲って身体を暖めている。あたしは夕飯を作りながらハイゼンの話に耳を傾けていた。

 

「相変わらずエゲツないもんを作るねぇ……他の連中、思いっきりドン引きしてたぞ?」

 

 しかも何故かあたしまで引かれてしまった……解せぬ。

 

「しかしテメェの魔法はスゲェなルーサ! 物を何万年も劣化させねえとか、メンテナンス業者からしたら商売上がったりだぜ!」

 

「発動には相応の魔力が必要さ。誰でも簡単に出来る魔法じゃないよ。――ほら、飯だ」

 

「お、サンキュ」

 

 あたしが皿に入れた料理をハイゼンに渡すと、彼は大層驚いた。

 

「お前これ、ルーマニア料理じゃねぇか。何処で作り方を知ったんだ?」

 

「お前の工場で見付けたレシピを元に再現してみたんだ。といっても知らない材料とかは入ってないから、擬きってヤツだけどね」

 

「……いや、悪くねぇ」

 

 ハイゼンはスプーンで具材を掬い、口に運ぶとそう感想を漏らした。お気に召した様で何よりだ。あたしも自分の分を皿によそって一口。うん、初めて作った割には中々良い出来じゃないか。

 

「これが……普通の家族ってヤツなのかもな」

 

 ハイゼンが食べる手を止め、あたしと料理を交互に見詰めながら呟いた。

 

「急にどうしたんだい? 家族じゃないだろ、あたしとお前は」

 

「んなことは分かってるよ。だが、一応は家族だった連中とは一緒に飯を喰うなんてことは無かったからな」

 

 ハイゼンは何処か遠い目で星々が輝く空を見上げる。何時もの溌溂っぷりは鳴りを潜め、あたしより大きいその体がずっと小さく見えた。

 

「ところで良かったのかい? 日本人たちと元の世界へ帰らなくて?」

 

「アイツらと俺は生きてる時代が違うからな。それに仮に戻れたとしても俺の居場所は残ってねぇよ。血の繋がった家族はミランダの実験で全員死んじまったし、また偽りの家族と一緒にミランダに支配されるのは御免だ」

 

 そこからハイゼンの愚痴が始まった。普段のあたしなら他人の事情などどうでも良いと聞き流すところだが、何故だかこの男は放っとけない気がした。

 

「ミランダにとって俺たちは只の“子供”。愛情なんて持っちゃいねぇ、これっぽっちも。アイツには人間的な感情なんて無え。そんな奴に何十年も逆らえず、支配され続けてきた。もしまた会う機会があったら……必ず殺してやる」

 

「何十年か……。すまないが、どうもエルフのあたしにはそれが長いものには感じにくいね」

 

「俺は今でこそB.O.W.だが、元は普通の人間だ。時間感覚は人間の時から変わらねぇから、数十年も村に閉じ込められるのはガチで拷問だった。だから異世界へ来て、俺は自由になったんだって知った時、スゲェ嬉しかった。……なのにそれを邪魔する奴がこの世界にも居ると来たもんだ。折角手に入れた念願の自由、侵されて溜まるか……邪魔するやつは皆殺しだ」

 

「………」

 

 本当にこの男は、只々自由になりたかっただけなんだね。コイツがしてきたことは褒められたことじゃないけど、それも根底にあるのは自分の自由を奪われたくないから。非常に窮屈で辛い日々を過ごしてきたが故の反動だと思うと、このクソ野郎にちょっとだけ同情せざるを得ない。

 

「……偶にだったら良いよ」

 

「? 何がだ、ルーサ?」

 

「時々こうして飯を作りに行ってやるって言ったんだ。あたしも家族と死別してからずっと一人で食事していたからね。誰かと一緒の方が退屈を紛らわせるってやつさ」

 

「あぁそうか、お前は1万年もボッチだったんだな……」

 

 クソ腹立つことを哀れんだ目で言いやがったので、後ろに回って蹴り入れてやった。ハイゼンはケツを抑えながら抗議する。

 

「痛えな! 何すんだよ!?」

 

「失礼なこと言うからだよ。あたしにだって友人はちゃんと居るわい」

 

「なら別に俺じゃなくても、そのダチと過ごせば良いじゃねえか?」

 

「みんな、あたしを置いて先立ってしまうんだよ。仲良くなってもすぐ寿命が来て死んじまうのさ」

 

 最近仲良くなった奴と言えばタ・ロウの母親だ。ただ、最近と言っても何十年も前だからね、多分ソイツも亡くなってる可能性が高い。

 

「聞けばお前は実質不老不死なんだってね? だったらお前の様な奴でも知り合いに含めておけば、寂しくないと思ったんだよ」

 

「”お前の様な”は余計だぜ。……ま、俺としても孤独に自由を謳歌するのは面白くねえしな。偶にだったら歓迎してやるよ」

 

 分かりやすいくらい嬉そうだねコイツ。実の家族を殺され、険悪な仲の義理の家族を強いられたら、やはり他人との繋がりを求めたくなるもんなんだろうか。

 

「ルーサ殿、ハイゼンベルク卿」

 

 其処へ現れたのは3人の男たち。あたしらに声を掛けてきたケンシーバと、彼の後に続くように付いて来たタ・ロウとキージ。あたしが種族間連合に合流したのは、この3人を魔王の下へ導く為だ。ハイゼンの監視はついででしかない。

 

「おう、お前らか。今日もお疲れさん。飯がまだなら一緒に食わねえか? 俺の故郷の料理だ。是非とも堪能していってくれ」

 

「作ったのはあたしだけどね。遠慮せず座りな。丁度アンタたちを呼びに行くつもりだったからね」

 

「おぉ、眷属様の手料理ですか? 美味しそうですね。ではお言葉に甘えて……」

 

 3人とも食事はまだだったらしく、開いている場所に腰を下ろした彼らにあたしは料理を振る舞った。

 

「さて、食べながら良いから聞きな。予定通り、明日にはお前たちを連れて魔物大陸へ向かうよ。派遣する部隊の編成は終わってるかい?」

 

「えぇ、エスペラント隊長率いる1000名の魔王討伐軍が、我々と共に魔王の拠点へ進軍します」

 

 ケンシーバがあたしらに進捗を説明する。既に3人には彼らの血筋、そしてあたしの正体と役目について説明してある。その為、ケンシーバたち3人はあたしと共に魔王を討ちに大陸へ足を運ぶ。その護衛を魔王討伐軍、そしてハイゼンと鋼の軍団が担う。

 

 特に鋼の軍団はハイゼンによる死んだ魔物の回収・改造で数を大きく増やし、元の人間型と含めて総勢1000体の大所帯となっている。総戦力2000と5名。これが魔王軍を討つ為に今の人類が出せる最高戦力だ。

 

「ところでハイゼンベルク、あれは何だ? 一見建物みたいだが?」

 

 タ・ロウは離れた場所にある巨大な箱型の建造物に目が向く。ハイゼンはよくぞ聴いてくれたと言わんばかりに得意げに笑った。

 

「あれは建物じゃねえ、れっきとした乗り物さ。あれにゾルダート軍団を乗せて魔王のトコへ行くんだよ」

 

「え、動くのか、あれ!?」

 

「あんなデカいヤツが? 太陽神の使者の神の戦船並みだぞ!」

 

「心配ねぇ。俺の能力と技術で、ゾルダートを1000体乗っけても時速20kmは出せる。名前は『移動式カラ殺装置』。下部に設けたトゲローラーとドリルで敵をミンチしながら進む、俺が考えた最強の陸上戦艦だ!」

 

 何とまぁデタラメな物を作りおる。日本人もあれを見て愕然としていたな。太陽神の加護がある彼らからしても無茶苦茶な技術なのだろう。そして安定のドリルである。

 

「あれだけデカいと連合軍も乗せられそうだね」

 

「怪我人ならある程度は問題ない。他にも自走砲やゾルダート・ワイバーンの出撃も可能だぜ」

 

「ワイバーンもか? でもあれは寒い所では使えない筈じゃ……」

 

「あのワイバーンはハイゼンの改造を受けた死体だよ。死んでるから寒さなんて関係ないだろうね」

 

 魔物大陸ではワイバーンは生息出来ない。つまり魔王軍には空の戦力が無く、対して此方は持っている。これによる優位差は計り知れない。

 

「俺自慢の軍団にそれら大戦力を運搬可能な陸上戦艦。くくく、待ってろよ魔王。お前の死体は必ず手に入れてやるからな。コイツみてぇに!」

 

「うわっ、いつの間に!?」

 

 気が付くとあたしらの側には、片腕にドリルを付けたゾルダートが控えていた。鎧の所々から見える白く硬そうな毛並みから、コイツの正体がホワイトオーガだと理解するのに時間は掛からなかった。奴はドリルが付いてないもう片方の手で川の水入りの容器を持っていた。

 

「お、水汲んできてくれたか? よしよし、良い子だ。明日からの戦いも宜しく頼むぜ」

 

「オーガ……か。死んでるんだよな?」

 

「あぁ、ゾルダート・オーガだ」

 

「敵だったとは言え、こうして操り人形にされてしまうと哀れだな……」

 

 しかしオーガも多くの人類を滅ぼし喰らってきた。確かに哀れだが相応の罰だと思う。

 

 ……おっといけない、結構遅くまで起きてたみたいだね。

 

「そろそろ休まないかい? 明日も早いし、十分な休息を取っといた方が良いよ」

 

「おう、そうだな。じゃあもう寝るとする『ブルルルルルンッ!!!』おい、静かにしろシュツルム!! 良い子はもう寝る時間だぞ!?」

 

 ハイゼンは夜に大きな音を立て始めたシュツルムの元へ走り出した。

 

「……親子?」

 

「親子だね」

 

「親子ですね」

 

「親子だな」

 

 まるで寝付けが悪くて夜に騒ぐ子供を叱る親だ。後に勇者と呼ばれるあたしたち4人はハイゼンに対してそう思った。

 

 出発の時は近い。討伐軍にハイゼンベルクと鋼の軍団が加わる以上、魔王軍の命も風前の灯だろう。人類が平和を取り戻すのもそう遠くは無い筈だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――そう楽観的に考えていたが、実際はそんなに甘いもんじゃない。それをあたしとハイゼンは後に知ることになる。

 

 

 

 

――――

 

 

 

 

グラメウス大陸 ダレルグーラ城

 

 

「どうするどうする……奴らは確実に此処へ来るぞ!!」

 

「だから今は戦力を少しでも増やして、あとは魔王様が目覚めるのを待つしかないだろ!」

 

 一方の魔王軍。城に設けられたカプセルで休眠状態のノスグーラの前で、魔族のマラストラスと無事なオーガたちが作戦会議を開いていた。そこにはホワイトオーガと赤竜は居ない。ハイゼンベルクに殺されたからだ。

 

「くそ……1年くらい前までは順調にことが進んでたのによぉ。太陽神の使者どもと、あの意味不明な怪物軍団が現れてから散々なことばかりだぜ……忌々しい」

 

「何か対抗策は無いのか? 特に巨大魔獣に変化できる謎の人間族。あれが一番脅威だ。魔王様の最大魔法すら全く歯が立たなかったと聞く」

 

「魔王様が敵わない化け物をどうやって俺らで倒すんだよ。魔帝様が城に残して下さった魔導兵器なら勝てるかもしれねえが、現状使える奴は俺たちには居ねえ」

 

 イエローオーガの視線の先には壁にもたれかかるように置かれた人型の兵器。MGZ型魔導アーマーだ。しかしこれは高さが2mしかなく、3m以上の身長のオーガやノスグーラは着ることすらできない。魔族のマラストラスなら身長の問題はクリアしているが、魔導兵器の使い方など分かる訳がなく、幹部たちは全員途方に暮れていた。

 

「せめて魔帝様が作ったっていう量産型ノスグーラが1体でも居れば……」

 

「無い物ねだりしても仕方ない。やれることをやろう」

 

 オーガたちの顔は暗い。ゴブリンやオークを増やしたくらいでは、どう考えてもハイゼンベルクと鋼の軍団に勝てるビジョンが浮かんでこなかった。

 

「みな゛ざま、食事ができま゛した」

 

「お、もうそんな時間か」

 

「取り敢えず、飯にするか」

 

 其処へ調理係のオークがご丁寧にエプロン姿で入室してきた。魔獣の裸エプロンとか誰得である。

 

「ん? おいお前、その手に持ってるのは何だ?」

 

 レッドオーガがオークが持つ奇妙な物体に気付く。

 

「ごでれすが……? 地下を゛調べてだら゛見つけたんれ゛す」

 

「木の根っこじゃないか。そんな物どうして?」

 

「……なぁ、脈打ってねえかこれ? 本当に植物かよ?」

 

「見た目は胎児みたいだな。気味が悪いぜ」

 

 あまりの不気味さに顔を引き攣らせる者が殆どだった。

 

「そ゛う゛ですか? 言われでみれば確かに゛い゛い゛い゛!!?」

 

 その時、オークが足を滑られて転んでしまい、奇妙な物体が宙を舞った。

 

「「「「あ」」」」

 

 そして物体は眠っているノスグーラが入ってるカプセルの中にちゃぽんと落ちてしまった。

 

「お前、何やってんだよ!?」

 

「ず、ずいま゛ぜん゛!!」

 

「おい待て! 見ろ!」

 

 ブルーオーガがオークを咎めようとした時、マラストラスが叫んだ。何事かとカプセルを見てみると、先の奇妙な物体が触手を出してノスグーラに絡みつき、腹から体内へと沈んでいった。

 

「な、何だこりゃあ……?」

 

「言ってる場合か! やはり危険な代物だったんだ! このままじゃ魔王様の身が危ない!!」

 

 オーガたちが助けようとする間にも、魔王の体に急速な変化が起きた。体が徐々に縮んでいき、全身の黒く固い体毛は頭部他一部を残して体内に引き込まれ、皮膚や骨格まで大きく変化しているようだ。

 

「魔王様の姿が……」

 

「どんどん変わっていく……」

 

 それは地球にてカドゥと呼ばれる、菌根を元に作られた寄生体だった。何故か異世界に流れ着いたそれは、偶然にもノスグーラに適合し、その結果として姿が変化しているのだ。最も、製作者の様に自在に姿形を変えられるわけではなく、この体の変化も不可逆的なものに過ぎなかったが。やがて変化を終えた魔王の姿に側近たちは驚きを隠せない。

 

「まるで……人族っぽくないか?」

 

 大人の人類どころか、ヘタすればルーサより小柄な体格。色白の肌の裸体に黒く艶やかな長髪。美人と呼んでも差し支えない少女が横たわっていた。蜷局を巻いた2本の黒い角と悪魔の様な尻尾だけが、かつての名残を残すのみである。

 

「――ん? どうしたのだ、お前たち?」

 

 ノスグーラが長い眠りから目覚め、液体の中から上半身が出てくる。元の姿と同じ深紅の瞳が、見る物全てを吸い込もうとする様に動く。

 

「ま、魔王様……ですよね?」

 

「? 何を言ってるのだレッドオーガ? 我は紛れもなく魔王だ……ぞ」

 

 ノスグーラは漸く自身の声が非常に高くなっていることに気付いた。全身を見回すと、黒い体毛ではなく白い肌が目に入る。カプセルに溜まった液体に映るは人族の少女に近しい整った顔。

 

「な、なんだこれはーーー!!!?」

 

 カドゥの影響で少女になったノスグーラが、可愛らしい声を城全体が揺れる程張り上げた。

 




少女化魔王を活躍させたかった。後悔は無い。CVはざーさんで再生してください。

そして登場しました。外伝で活躍した魔導アーマー。スペック的にはイーサンがハイゼンベルク戦で使った自走砲より厄介です。


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Ⅵ-商人、現る①

今回はヴィレッジ屈指の謎人物の登場です。


ーカラ♪コロ♪カラ♪コロ♪カラ♪コロ♪カラ♪コロ♬ー

 

「や、やべぐぎぇええええ!!!!」

 

ーカラ♪コーロ、そう、ち♫ー

 

 愉快な音楽に混じって聞こえる魔獣の断末魔、何か液体が噴き出る音。あたし含め討伐軍は無視を決め込み、決して右側の乗り物に目線を向けないよう努める。うっかり見た者は余りの凄惨さに嘔吐し、数名の仲間と共に元来た道を引き返していく。

 

「なんだまたか? ったく、この程度の寒さでリタイアかよ? だらしねぇ奴らだぜ」

 

「「「「半分はお前(貴方)が作った乗り物のせいだよ(ですよ)!!」」」」

 

 呆れた様子で去っていく兵を見送るクソ野郎に、タ・ロウ、キージ、ケンシーバ、そしてあたしはツッコまずにはいられない。ただでさえ極寒の気候で兵たちの体力が奪われているのに、移動式カラ殺装置とやらがグロテクスな美術品を生み出していくせいで兵たちの精神は更に摩耗し、撤退する者が後を絶たない。これで500名。内、半分はハイゼンが原因だ。にも拘らず抗議の声が出ない辺り、ハイゼンの出鱈目な力が人類の勝利に役立つと誰もが確信してるからだろう。

 

「そういうハイゼンはどうなんだい? その格好で平気なのか?」

 

「問題ねぇ。伊達に寒い国で暮らしてねぇからな。ハハハハハッ!」

 

 あたしらはかなり厚着だが、ハイゼンは薄着とまではいかなくとも左程着込んでいない。それでいて余裕綽々としているもんだから大したものである。

 

 タ・ロウが後続の部隊を見て難しそうな表情になる。未だ付いてきている兵たちも疲労を隠せない。

 

「……そろそろ限界かもな。これ以上大部隊での進軍は極めて困難だろう」

 

「元より想定してたことさ。彼らには申し訳ないが後はあたしらでやろう」

 

 これから先は氷雪に覆われた不毛の大地だ。食糧となる動植物も水も殆ど手に入らないだろう。そのような状況で500人分の食事を毎回確保するなど、到底不可能。このまま無理に進撃しても全滅するのは目に見えていた。

 

「そ、そんな、納得出来ませんよタ・ロウさん! 貴方たちだけ行かせて帰れだなんて……!!」

 

 タ・ロウは部隊を集合させると彼らに撤退を促す。隊長のエスペラントが抗議の声を上げるが、あたしらの意思は変わらない。

 

「気持ちは分かるが、お前たちではこの地の過酷さには耐えられない。それはよく理解しているだろう?」

 

「いや、ルーサ殿。それはアレが原因なところが大きくて……」

 

 一斉にカラ殺装置を恨めしそうに見る兵たち。実際、彼らの言葉にも一理あるので、あたしらは遠い目になる。

 

「……アレを差し引いてもさ。人数分の食糧は確保できないし、これからはより極寒の世界。既に限界が近いお前たちを、わざわざ死にに行かせるような真似はしたくないんだよ」

 

 あたしの言葉に兵たちは押し黙る。こいつらも分かってるんだ。これ以上は無理だと。

 

「エスペラント隊長、ここは一旦退きましょう。人類がもっと強くなって、グラメウス大陸へ進出できるくらい強くならないと、この大地は過酷すぎます」

 

「……そうだな。本当は一緒に戦いたかったが、今の状態ではそれも叶わなそうだ」

 

 副隊長が賛同し、エスペラントが苦渋の決断を下す。兵は誰もが表情が暗く、このまま進軍しても満足に戦うことは出来そうになかった。寧ろあたしらの足を引っ張るだけだと思ったのだろう。しかし、どうしても不安は拭えないようだ。あたしらだけで減ったとはいえ多数の魔王軍を相手にすることが。そこへ黙って一部始終を見ていたハイゼンが得意げに語り出す。

 

「心配すんなよ隊長さん。俺と鋼の軍団がしっかりコイツ等を連れてってやるからさ。安心して吉報を待っててくれ」

 

 ゾルダートは死体だ。故に食事は必要ない為、ハイゼンの分の食糧さえ用意出来れば何処までも進み戦える。見てくれこそ悍ましいが、今の兵たちにとって鋼の軍団は非常に頼もしい存在に映っていた。悔しいが何も手に入らない不毛の大地では、補給要らずのコイツ等の方が軍隊としては有能なのだ。

 

「申し訳ないハイゼンベルク卿。どうか4人のことを頼みます」

 

「おう、任せてくれ」

 

「お前たちの意思は俺たちが引き継ぐ。命を無駄にするんじゃない」

 

「タ・ロウさんだけはありません」

 

「そうとも、5人も居れば魔王なぞ造作もない」

 

「ま、人間にしてはよく頑張ったよ。ここまで送ってくれて、ありがとな」

 

「皆さん……」

 

 タ・ロウがエスペラントの肩を叩き、ケンシーバとキージ、そしてあたしが横から口を挟む。自分の不甲斐なさに男泣きする種族間連合の兵士たちだが、それを咎めるなどという無粋なことは誰もしない。

 

「では我々はここで引き返します。もし戻ってこられなかったら、必ず迎えに行きますから!」

 

「ああ、承知した。お前たちも決して諦めるな。生きてトーパの地へ帰るんだぞ!」

 

 去り行くエスペラントたちを、あたしらは地平線の彼方へ消えていくまで見送った。

 

 

 

 

 

 それからの進軍は非常に速いものとなった。一度の狩りで5人分の食糧を数日分確保できるし、疲労が溜まっても移動式カラ殺装置の内部で横になれる。特に後者は睡眠中も進軍可能な点と魔獣に襲われる危険性を下げる点から推奨された。最初は凶悪な人相の集団の側で寝ることに抵抗を感じたが、それも毎日繰り返せば左程気にならなくなった。慣れとは恐ろしいものだ。

 

 しかし……

 

「これからは魔獣を喰おう」

 

 5人と1000体での旅が始まって1ヶ月。その日の夜に焚火を囲って食事を取っていた時、タ・ロウが言い出した。

 

「……現状を考えれば、やむを得ないだろうね」

 

「私もタ・ロウさんに賛成です」

 

 あたしらが今後直面する可能性の高い食糧問題。最近は大型の獣が滅多に現れず、鳥や魚などの小型の獲物しか入手出来なくなった。今日の食事も近くの川で手に入れた僅かな量の魚で作ったスープだ。当然、それだけでは腹が満たされず、失った体力を回復するには程遠い。遅かれ早かれ禁じ手を使わなければならなかった。

 

「そういや気になってたんだが、何で誰も魔物を喰おうとしなかったんだ? コイツ等、割といけるのによ?」

 

 ハイゼンだけはスープに加え、毒兎の串焼きをガツガツと喰っていた。コイツはトーパの地を出る前から頻繁に魔獣を喰っているので、魔素中毒を起こさない体質なのは明白だった。

 

「人間にとって魔獣の魔素は猛毒なんだよ。食べると変質魔素が体内に蓄積されて、人体に大きな異常を来してしまうのさ。身体能力が著しく上がるけど、寿命を削ってまで食すには割に合わないね」

 

「ってかそれ、毒兎だよなハイゼンベルク? 魔素は兎も角、毒そのものを喰って平気なのか?」

 

「あ? 美味いから軽く何十匹も喰ってるけど、別に何ともねえぞ?」

 

「美味いのかよ……」

 

 ハイゼンは生物兵器、つまり人の形をした魔獣みたいな存在だ。だから魔獣やら毒やらを体内に取り込んでも何ともないのだろう。本当とんでもない体してんなコイツ。

 

「って、待てよお前ら。魔獣を喰うってことはつまり……まさか」

 

 ハイゼンが食べる手を止めて真顔になる。タ・ロウが己の覚悟を口にする。

 

「寒さや飢えで無様に死ぬくらいなら、魔王を倒すまでの寿命だけでいい。俺はアイツの首を取りたいんだ」

 

「私も同じ所存です」

 

「一度は捨てた命、タ・ロウ殿に預けている。毒を喰らわばなんとやら、だ」

 

 ケンシーバもキージも同じ思いだった。そしてそれは、あたしも同じ――。

 

「ルーサ、お前は……?」

 

「あたしもタ・ロウたちに付き合うよ。悪いねハイゼン、もしあたしらに何かあったら魔王を頼むよ」

 

 はっきり言って、もう疲れた。タ・ロウたちの様に勇気溢れる者たちを、あたしは神の使者として多数導き、誰もが例外なく散っていった。神の使者に選ばれても、心は一人のエルフに過ぎない。1万年以上続く人生の中、多くの人を死へ導き続けたあたしの精神は、もうボロボロだ。だからタ・ロウが魔獣を喰うと言い出した時、漸く自分も冥府の神に迎えられる時が来たんだなと、思ってしまったのだ。

 

「ハイゼンベルク、俺からも頼めないか。俺たちがダメだったらお前に魔王を討伐して欲しいんだ。勿論、タダとは言わない。仮に途中で力尽きたら俺の死体をくれてやるよ。怪物にでも何にでも改造して、魔王戦での先兵として使ってくれ」

 

「私もだ。好きにしてくれて構わん……と言いたいが、人殺しだけは勘弁して欲しい」

 

「私もですハイゼンベルク卿。その時は獣人の力、存分に役立てて下さい」

 

 タ・ロウたちはあろうことか、死体を提供するとまで言い出したのだ。例え死んでも魔王を倒せるように。ハイゼンは、そんな彼らにとっての夢を叶えてくれる男だから。

 

「……」

 

 ハイゼンは真顔のままあたしらを見る。しかしその表情からクソ野郎染みた思考は読み取れなかった。寧ろ家族や友人との別れを惜しむ、悲しそうな瞳をしていた。

 

「おいふざけ――」

 

 その時だった。ガタガタという音が闇の中から近付いて来たのは。

 

「何だ!?」

 

「魔獣か!?」

 

 すぐさま臨戦態勢を取るあたしら。しかし現れたそれに全員が困惑し、どう反応すれば良いか分からなかった。

 

「馬車……?」

 

 現れたのは1台の馬車。こんな極寒の地でも平気そうに馬は鳴き声を上げて、あたしらの前で停車する。

 

「……おいおい、マジかよ。こりゃあまさか」

 

「何か知ってるのか、ハイゼン?」

 

「いやだってさ……俺、この馬車に見覚えがありまくりなんだよ」

 

「何――」

 

「これはこれは、まさかこの世界で貴方に出会えるとは」

 

 あたしの声が馬車の中から発せられた声に遮られる。直後に正面の扉が開き、中から一人の男が姿を現す。腹丸出しの、オークの様な巨躯の凄まじいデブだ。それを見たハイゼンは口を大きく開けて驚愕していた。

 

「デューク!!?」

 

「お久しぶりですね、ハイゼンベルク卿」

 

 え、この凄いデブ、ハイゼンの知り合いなのか? これにはあたし含めて全員が驚いた。

 




次回。バイオ村がどうなったか判明します。


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Ⅶ-商人、現る②

お気に入り登録者数が120人を突破しました。登録して頂いた方、本当にありがとうございます。

物語も半分を越え、いよいよ終盤に差し掛かります。

今回はデュークに加えてあの子も登場します。


「どうも初めまして、デュークと申します。ハイゼンベルク卿が暮らしていた村で武器商人をしておりました。以後、お見知り置きを」

 

 デブ、もといデュークと名乗る男があたしたちに自己紹介する。ハイゼン以上に貴族らしい立ち振る舞いだ。

 

「……なぁ、アンタ。そんなに腹剥き出しで寒くないのか?」

 

「ご心配なく。私の脂肪は特別製ですから」

 

 タ・ロウにあまりの軽装ぶりを指摘されるも、デュークは本当に何ともなさそうに自身の膨よかな腹部を撫でる。

 

「まさか、お前もこの世界に飛ばされていたとはな。だが相変わらずな様子で安心したぜ」

 

「ほほほ、商いは場所を選びません。目の前にお客様がいらっしゃるなら、満足のいく品を提供するのが私たちの役目」

 

「何だい? つまりあたしらに何か売ってくれるとでも言うのかい?」

 

「その通りで御座います、ナンナ様」

 

 デュークがあたしに向かって微笑みかける。おい待て、何故あたしの名前を知ってる? 特に苗字はハイゼンとか一部を除けば知る者は存在しないのに。

 

「あたしはお前に名乗った覚えはないが……?」

 

「はて、そうでしたかな? ほっほっほっほっ」

 

 このデブ、誤魔化したな。何か隠してやがる。

 

「……なぁ、ハイゼン。コイツ一体何者なんだい? お前以上に得体が知れないんだが」

 

「村で唯一外とも交流してる商人ってぐらいしか俺にも分からん。だが、悪い奴じゃねぇから安心しろ。信用できる相手だ」

 

 あのハイゼンにそこまで言わせるとは相当だね。名前を知られているのは正直不気味だが、あたしらに害をなそうという意思は全く感じられない。本当に商売の為に此処に居るのだろう。

 

「さて、早速ですが如何です? 武器、弾薬、傷薬……欲しい物は何でも提供しましょう」

 

 デュークが商人の如く両手を合わせて注文待ちの姿勢になる。コイツ曰く何でも揃ってるらしいが、その中にはあたしらが最も必要としている物もあるだろうか? その疑問はあっさり解決した。

 

「食糧もあるのか?」

 

「勿論です、タ・ロウ様。村を訪れたある方が、かなりの量の獲物を狩って私に売ってくださったので豊富に御座います」

 

「ある方……?」

 

 ハイゼンが村を訪れたという人物に興味を持つと、デュークも待ってましたと言わんばかりに笑みを深める。

 

「はい、『イーサン・ウィンターズ』様です。あの方は他にも村中から色々な物を集め、私に売ってくださいました。――例えば」

 

”久しぶりじゃないのハイゼンベルク~!! まさかアンタまでこんな所に来るなんてねー!”

 

「え゛、アンジー!!?」

 

「えっ、なっ!?」

 

「人形が動いて喋った!!?」

 

 デュークが座る馬車の奥から顔を出したそれに驚くハイゼン。顔が半分に割れた様な、お世辞にも可愛いからは程遠い人形だった。それが一人でに動いて喋るもんだから不気味さに拍車が掛かり、タ・ロウたちは腰を引かせた。

 

「何だい、その不細工な人形は?」

 

”ヴェエエエエイ!! 誰が不細工だ耳長女!! 可愛いお人形ちゃんになんてこと言うんだよ!!”

 

 人形は浮き上がると素早い動きであたしの眼前に迫り、不細工な顔を突き付ける。間近で見ると気味の悪さが際立つその造形に思わず後退る。これで可愛いとか自信あり過ぎだろコイツ。

 

「おやおやナンナ様、もしやアンジー嬢に気に入られたのでは御座いませんか?」

 

「いや、今の遣り取り聞いて何故そう判断した?」

 

”お前の目は節穴かデューク!? コイツあたしを馬鹿にしやがったんだぞ!!”

 

「いて、やめろ、おいこら殴るなクソ人形!」

 

 不細工人形が細く小さな手でポカポカと叩いてくるが、それなりに痛い。何度言ってもやめようとしないコイツにあたしは苛立ちが募る。

 

”誰がクソ人形だコラッ! アンジーちゃんと呼べよ、このロリババア!!”

 

 …………あ゛?

 

「テッメ゛ェ゛、言ったな不細工人形!! バラバラにしてやろうかい!?」

 

”やれるもんならやってみろ!! アハハハハッ!!”

 

 あたしはクソ人形を握り潰す勢いで掴もうとするが、コイツは馬鹿にしながら軽々と避ける。クソ、忌々しい。殺気立ったあたしにタ・ロウたち勇者がドン引きしてるが、気にしない。

 

「ほっほっほっ、仲が宜しいことで。――決めました。アンジー嬢はナンナ様にお譲りしましょう」

 

 それを楽しそうに見ていたデブが、とんでもないことを言い出した。

 

「はあっ!? 何言ってるんだいお前!?」

 

「可愛らしいお嬢さんへの特別サービスです。是非ともお受け取り下さい」

 

“アハハッ、良かったじゃねえか! あたしみたいな大人気のお人形ちゃんがタダで手に入ったんだからグホッ!?”

 

「……つまり、あたしの物ならあたしが壊しても問題ないと」

 

“ごめん、やめて、嫌だ、助けて。ハイゼンベルク、デューク〜!!”

 

 あはは、やっと捕まえた。取り敢えず穏やかに笑い掛けてみたら、このクソ人形今にも泣きそうな声でハイゼンらに助け求めやがったぞ。でも二人からは無視されてやんの、ざまあないねw

 

「何でアンジーがお前の所にあるんだよデューク? ドナの奴はどうした?」

 

「残念ながら、ヴェネビエント様はウィンターズ様に殺されてしまいました。カドゥは既に消滅してますが、私の改造によって今まで通り遜色なく動くようになっています」

 

「何気に凄いなお前……って、おい待てデューク。殺されたってどういうことだ? 村で何かあったのか?」

 

「そうですね。村から出たとはいえ貴方は貴族。説明しておく必要があるでしょう」

 

「あんなクソみたいな村なんかどうでも良いが、そのウィンターズって奴が何をやったかは興味あるな」

 

「分かりました。全てお話し致します」

 

 デュークによると、あのミランダという女が死んだ娘を生き返らせる為の儀式を始めたらしい。その生贄として選ばれたのが『ローズマリー・ウィンターズ』。先の『イーサン・ウィンターズ』という男の娘だ。彼はミランダに誘拐された娘を取り戻すべく村に乗り込み、立ちはだかる怪物の群れを殲滅、遂にはミランダを倒して娘を無事に助け出した。しかし、その時点で余命幾ばくだった彼は娘を仲間に託し、崩壊する村と運命を共にした。

 

「……良い父親じゃねぇか。親子で生き残れなかったのは非常に残念だが」

 

「娘さんを助ける為に無数の化け物へたった一人で立ち向かう……勇敢な男だ。是非とも会って話してみたかった」

 

 タ・ロウとキージが目に涙を浮かべて、勇敢なる一人の父親に賞賛の言葉を述べる。世界が違えば、イーサン・ウィンターズは間違いなく勇者として伝説になる程の男だっただろう。あたしもどんな男かこの目で見たかったね。そしてハイゼンもまた同じ気持ちで、特に自分を縛り付けていた女が倒されたと知って上機嫌だ。

 

「やるじゃねえか、イーサン・ウィンターズ。あの化け物ババアをブッ殺すなんてよ。もし異世界に飛ばされてなかったら、俺はそいつと共闘して自由を獲得してたかもしれねえな」

 

「最後までウィンターズ様は娘さんのことを気に掛けていました。己の体が朽ちかけていることを知っても尚。ローズ様はそんな父親の深い愛を受けて、立派な大人になっていくでしょうね」

 

「元の世界に戻って、その野郎の忘れ形見を陰ながら支えてやりたい気分だぜ」

 

 ……何だろうね。仮にそのイーサンとハイゼンが出会っても馬が合わずに対立して、ハイゼンが悲惨な末路を迎えるような気がする。

 

 

 

 

 

「――おっと、いけねぇ。買い物しようと思ったのに忘れるところだったぜ。デューク、お前確か料理が得意だったよな?」

 

「はい、そうで御座いますが?」

 

「よし」

 

 ハイゼンが思い出したかの様に懐から袋を取り出すと、それをデュークの膝の上に置いた。

 

「魔王って奴をブッ殺すまで、お前を料理人として雇いたい。食糧の購入代も含めて、これだけあれば足りる筈だ」

 

「おお、これは……随分と気前が宜しいことで」

 

「元の世界の金持ってても意味ないからな。お前の方が有効活用出来るだろ?」

 

「……ハイゼンベルク卿。やはり地球には帰らないおつもりで?」

 

「あぁ。俺みたいな化け物は、こっちの世界の方がずっと生きやすい。だからその金は全部くれてやるよ」

 

「ほっほっほっ、毎度あり」

 

「ちょ、ちょっとハイゼン!?」

 

 ハイゼンの行動に驚くあたし。タ・ロウたちも奴に詰め寄った。

 

「お、おいハイゼンベルク、一体何のつもりだ?」

 

「そんな大金をはたいてまでデューク殿を雇う意味が分かりませんぞ」

 

「何って、テメェ等が死ぬ気でいるからだぞ? デュークの栄養満点で美味い飯を食えば、魔獣なんか喰う必要なくなるから中毒にもならないだろ? 元の世界の金が使えないってのもあるしな。だから今が使い時だと思ったんだよ」

 

「我らの為……? 何故そこまで?」

 

 キージが尋ねると、ハイゼンは葉巻に火を点けて一服してから答えた。

 

「あの隊長さんに頼まれたからな。お前らを頼むってよ」

 

「エスペラント隊長の……そういえば確か」

 

 言ってたね。”あたしら4人のことを頼む”って。しかしコイツ、その頼みを律儀に遂行するつもりなのか。本当に生きて帰れるとは当のエスペラントだって思っていないだろうに。

 

「お前らを生きて奴らの所へ帰す。俺はそう決めたからそうする。だからお前らも無事に帰るつもりで戦え、良いな?」

 

「……あぁ、分かったよ」

 

「ありがとうございます、ハイゼンベルク卿」

 

「礼を言われるまでもねぇ。俺は自由にやってるだけだ」

 

 そう言いつつも少し嬉しそうなハイゼンに、あたしらに生きていて欲しいというのはコイツ自身の願いでもあると分かった。タ・ロウたちはハイゼンの好意に甘えることにした。

 

「それとなルーサ!」

 

「何だい、ハイゼン?」

 

「偶にだったら俺に飯をご馳走してやるって言った筈だよな? 忘れたとは言わせねえぞ? お前の飯もデューク並みに美味かったんだ、これからだって食わして貰なきゃ俺が困るぜ!」

 

「……普通に寂しいからって言えばいいのにね」

 

「あ? 何か言ったか?」

 

「ふふ。いや、何も。済まなかったねハイゼン、お前に言われなきゃ忘れるところだったよ」

 

「そうか、思い出してくれて何よりだ」

 

 あぁ、思い出したよ。ハイゼンを監視するって決めたじゃないか。その役目を放棄して死に急ごうとするなんて情けないったらありゃしないね、あたし。それに、こんなクソ野郎でも知り合いとして居てくれるなら、一人で永遠を過ごして心を擦り減らすよりは遥かにマシかもしれない。折角だし、もう少しだけ生きてみよう。

 

「――では勇者の皆さま。改めまして、デュークです。魔王討伐までの短い期間ですが、商人兼料理人として皆さまとご同行することになりました。宜しくお願い致します」

 

 デュークの愛嬌溢れる笑顔は、常に緊張感に苛まれるあたしたちを、僅かながらに癒してくれそうだ。

 

”ヴェエエエエイ、ビスクドールのアンジーちゃんだよー!! お前ら幸せもんだな! 可愛いお人形ちゃんと一緒に旅出来るんだぞ感謝しなダバッ!!?”

 

 ……あはは、コイツへの処遇がまだだったね。あたしはクソ人形の両腕を掴んで宙吊りにする。

 

「おっといけない、クソ人形をバラすことも忘れるところだったよ? ――覚悟は出来てるかい?」

 

”やめて! 分かったよ! もう言わない、約束するから~!”

 

「る、ルーサ殿。こう言ってますし、許してあげて下さい」

 

「…………ちっ、分かったよ」

 

 ケンシーバに宥められて渋々クソ人形を解放するあたし。二度とババア呼びすんなよ!! 怯えてデュークの後ろに隠れて此方を見るクソ人形に、あたしは心の中でそう思いながら睨んだ。

 

 魔王軍拠点までおよそ1ヶ月。長いようで短い旅も終わりが近い。

 

 

 

 

――――

 

 

 

 

 ――その頃、魔王軍は。

 

 

「そうだ、ソイツを上からかぶせるのだ」

 

「えと、こうですか?」

 

「あぁ、それで問題はひゃんっ!? 貴様、何処触っておる!?」

 

「も、申し訳御座いません、魔王様!」

 

「全く、この体は不便で仕方ない。小さい上に敏感なところが多過ぎる……」

 

 彼の魔法帝国が他種族を恐怖で支配する為に使用した魔導兵器を、ノスグーラはオーガたちに指示しながら少しずつ着込んでいた。時々少女の喘ぎ声が聞こえるが、魔物故それに劣情を催す者は存在しなかった。

 




デュークは癒し、アンジーも癒し、ドナも癒し。ヴェネビエント邸はガチトラウマ。


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Ⅷ-決戦! VS魔王軍!①

 長らくお待たせして申し訳ございません。いよいよ魔王軍との最終決戦です。


 漆黒の巨城が広大な闇を背景に聳え立つ。城内の最深部、王の間では、この城の主と幹部たちが集結していた。

 

「――魔王様、準備が整いました」

 

 幹部の内の一体、レッドオーガが他の幹部より一歩前に出で、1階分上に位置する玉座に腰掛ける”王”に頭を下げる。育てていた配下の魔獣たちが全て成熟し、十分戦える状態になったことが報告された。

 

「ご苦労だったな、お前たち」

 

 魔王の姿は、闇に染まった王の間において場違い感が半端なかった。奴は全身を白く無機質な材質の装甲に覆われた、パワードスーツに似た見た目をしていた。ファンタジー世界の筈が、玉座の一点だけSF世界と入れ替わったかのようだ。

 

 そんな奇妙な見た目の魔王から、更に場違いな程に発せられる少女のソプラノボイスは、耳元で囁かれたら大抵の者はとろけてしまうだろう。

 

「あの怪物軍団どもの対抗策は既に考えてある。――全員、端末の使い方は分かるな? 奴らが来るまでに内容を頭に入れておけ」

 

 側近のマラストラスがA4サイズ程度の板状の物体をオーガに配る。魔王とオーガの創造主、魔法帝国で一般的に普及しているタブレットと同質の魔導端末だ。端末を起動させて尖った指で画面になぞっていたブルーオーガが魔王に確認を取る。

 

「……魔王様、これが今回の作戦ですかい?」

 

「あぁ、我とお前たちが見た怪物どもの戦い……その様子から我は奴らの弱点を見つけた。実戦で確かめるしかないが、そこを上手く突けば怪物どもの戦力を大きく落とせるだろう。そこに――」

 

 魔王が玉座からゆっくりと立ち上がり、片腕に装着された武器を天に掲げる。

 

「魔王様が着ている魔導アーマーで追い打ちを掛ける、という訳ですな?」

 

「うむ。魔帝様の強力な魔導兵器だ。あの人間が巨大魔獣に化けたところでどうにもならん」

 

 鋼の軍団(ついでに勇者一行)に勝利する可能性が出てきたからか、幹部たちの口元に僅かに笑みが浮かぶ。散々辛酸を舐め続けられてきたが、漸く反撃開始だ。

 

「今度こそ奴らを血の海に沈めるぞ! この一年間受けてきた屈辱の数々、纏めて奴らに返してやれ!!」

 

「「「「おぉっ!!!」」」」

 

 一斉に雄叫びを上げる部下たちに、魔王は満足そうに頷き不敵な笑みを溢す。

 

「ふふ、待ってろ下種ども。一匹残らずあの世にドバッ!!?」

 

「「「「魔王様!!?」」」」

 

 その時、魔王はバランスを崩して盛大に転んだ。慌てて掛けよった幹部たちに起こされる。

 

「大丈夫ですかい、魔王様?」

 

「う、うむ……転んだだけだから問題無い。すまぬな、お前たち」

 

 バイザー越しに見える可愛らしい顔は涙目になっている。

 

「やはりアーマーがデカすぎたんすかねえ……?」

 

 現在の魔王は身長149㎝。高さ2mの魔導アーマーを着込むには小さ過ぎる体格だ。対策として脚部に長めの棒を押し込み、その棒の上に足を乗せる様に履いているが、代わりにバランスが多少悪くなってしまった。

 

「何、注意しておけば今の様に転ぶ心配はない。それにコイツは魔光砲を備えてある。我は固定砲台として遠くからの射撃に徹しようではないか」

 

 心配そうな幹部たちを軽く流し、魔王は来る最終決戦に備えるのだった。

 

 

 

 

――――

 

 

 

 

 ――その頃。

 

 デュークとクソ人形を加えて再開された討伐の旅。少し賑やか……どころかクソ人形の所為で結構騒がしかったが。

 

「おぉ、美味いなコレ!」

 

「この世のものとは思えない美味さです! ありがとうございますデューク殿」

 

「お気に召したようで何よりです」

 

 デュークの飯は良かった。店を開いて金を要求しても長蛇の列が出来るに違いない。あたしらにとって彼の絶品料理は、すぐに毎日の楽しみとなった。食事中はゾルダート軍団が周囲を固めてくれてるから、魔獣の襲撃を受ける心配も要らない。

 

「グゲギャアアアア!!」

 

 偶に聞こえる魔獣の断末魔と肉の掻き回される音に気分を害されるが、そこに文句を言うのは流石に贅沢だろう。あたしらは魔物の巣窟の中にいるのだから。

 

(クソ人形は哀れだね。こんな美味い料理を堪能できないから)

 

 奴は人形だ。仕方のないことだ……ろ!?

 

”イヤー、デュークの飯は相変わらず最高だねー!“

 

 チラリと視線を横に向けた先で、クソ人形がパックリ割れた顔から植物の根のような触手を伸ばし、地面に置かれたスープを吸い取っていた。

 

(……お、こっちの鹿肉もイケるねえ)

 

 うん、忘れよう。あたしは何も見てなかった。そういうことにしといてくれ。

 

 

 

 

 

 

 

 そして遂に、あたしたちは目的の場所へ到着した。魔王城は常闇の世界の手前、グーラドロアと呼ばれる荒地で巨大な存在感を放っている。

 

「いよいよ決戦の時だね」

 

「ハッハッハッ! 見るからにラスボスが待ち構える城って感じだな! 魔王の奴は良いセンスしてやがるぜ」

 

「趣味が悪すぎる。正直入るのも気が引けそうだよ」

 

 山の向こうの常闇の世界に溶け込めそうな漆黒の巨城は、この旅の終着点には相応しい外見と禍々しさを持っている。城は全周を灰色の分厚い壁で囲まれ、外部からの侵入を拒んでいる。

 

「しかし異様なまでに静かだな。俺たちの到着にはとっくに気付いてる筈だが」

 

「ちょいと調べてみよう…………居るね、魔力量からして数は1500から2000ってところかな? 城壁の内部で待ち構えているみたいだ」

 

「よし、こっちも部隊を展開させるとするか。お前ら、配置に付けぇ!!」

 

 ハイゼンの号令に合わせて、移動式カラ殺装置の扉が幾つも開き、中から凶悪な人相の集団がゾロゾロと湧き出てくる。その数、1000体。鋼の軍団は種類ごとに整列し、数が最も多いアインが最前列に出て、あたしらや他のゾルダートの盾となる。上空ではゾルダート・ワイバーンも複数飛び交い、ハイゼンの命令を今か今かと待っている。

 

「壮観だね。大軍勢が整列する光景は」

 

「あぁ、負ける気がしないぜ」

 

 鋼の軍団では最弱のゾルダート・アインですら、1体で数体のオークやゴブリンロードを潰せる。全軍の数で魔王軍が上でも、此方が過剰戦力なことに変わりはない。タ・ロウが自信を持つのも当然だろう。

 

 ハイゼンが葉巻を地面に捨て、踏みつけて火を消す。それが奴にとっての進軍開始の合図だった。

 

「お前ら……死ぬなよ」

 

「お前もだよ、ハイゼン」

 

「案ずるな、俺ぁ死なねえよ」

 

 あたしとハイゼンは横一列に並び、一瞬だけ横目で隣の相手を見るとすぐに視線を魔王城へ向ける。ハイゼンが巨大なハンマーを大きく振り、前へ突き出した。

 

「野郎ども!! 突撃しろ!!!」

 

『ヴォォォォォォォォォォォォォォ!!!』

 

 ハイゼンの怒号に近い号令が、1000体のゾルダートを走り出させる。しかし――。

 

「全力疾走には程遠くないかい?」

 

「ですな。結局歩いているのと変わらないですし」

 

「急に頼りなさげになるの止めてくれよ……」

 

「本当に、大丈夫なのかね? 私はあまり奴らの戦いを見てないから何とも言えんがの」

 

”アハハッ、鈍間鈍間!! 思ったより愚鈍な連中だねー!”

 

「テメエ等うるせえぞ! 死体なんだから体硬いんだよ仕方ねえだろ!? ごちゃごちゃ言ってねえでテメエ等もさっさと付いて来い!!」

 

 少しだけ場の空気が軽くなったところで、あたしたちも動き出す。因みに大して戦闘力もない(と思われる)デュークとクソ人形はカラ殺装置の側で待機だ。

 

 既に鋼の軍団の最前列は城壁の扉に到達し、無数のドリルを突き立てていた。大扉が地響きと共に倒れた先には、やはり魔王軍が待ち構えていた。

 

 

 

 

 

「――さあ」

 

「――さて」

 

 魔物の王(女王?)と異界の工場長。遠く離れた場所に位置する両者は、偶然にも同時に言葉を発した。

 

「「最終決戦だ!!」」

 

 直後、鋼の軍団と魔王軍が激しく衝突し、闇と氷の世界の静寂が破られる。

 

 負ければ絶滅。勝てば生き残れる。人類の未来を掛けた最後の戦いが……遂に始まった。

 



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Ⅸ-決戦! VS魔王軍!②

長らくお待たせして申し訳ございません。

今後も不定期更新が続くと思いますが、楽しんで頂けたら幸いです。


「シュツルム!! 挨拶代わりにかましてやれ!!」

 

 一気に先頭へ躍り出たシュツルムが頭部のプロペラを回転させ、宿した炎を前方へ放つ。全速力で近付いて来る魔物たちは進路先の火炎放射を避け切れず、次々と突入して火達磨になる。すかさず其処へ鋼の軍団が殺到する。

 

「魔物の丸焼き、完成だぜ! そら、休む間もなく魔物の挽肉だ!」

 

 鋼の軍団、その最前列に布陣するアインがドリルで魔物に穴を開け、多数のゴブリンの血飛沫が肉片と共に宙を舞う。火炎放射を終えたシュツルムも、そのままプロペラで近場のオークを乱切りソテーに変えていく。

 

「圧倒的過ぎるぜ連中。こりゃ俺たちの出番は無ぇかもな」

 

「油断するんじゃないよタ・ロウ。予想外な仕掛けが用意されてるかもしれないぞ?」

 

 奴らだって馬鹿じゃない、何時迄もやられっぱなしでいる筈がないだろう。そうでなきゃ人類は絶滅寸前まで追い詰められていない。

 

 警戒を緩めず鋼の軍団の戦いぶりを観察していたあたしは、魔王軍の変化にいち早く気付いた。

 

「何だい? 先頭集団が割れていく……」

 

 やっぱり何か策を用意していたか。魔獣たちが左右に分かれると、その先から更に別の魔獣たちが現れた。そいつらの手に持つ者、それは……

 

「槍……?」

 

 何の変哲もない只の槍。しかしそれを装備する魔獣の数は凄まじい。ぱっと見でも1000体近くはいるんじゃないか。

 

「嫌な予感がする……ハイゼン、一度立て直して」

 

 あたしがハイゼンに話し掛けようとする前に、魔王軍の動きが活発化した。

 

「いけえええええええ!!!」

 

 魔王軍の奥から怒号が聞こえる。オーガかマラストラスか、それは分からない。重要なのは号令と同時に槍を持った魔獣が此方へ向かって全力で走り出したことだ。

 

「な、何だ……!?」

 

「突撃とは血迷ったか! ゾルダート、迎え撃て!!」

 

 ハイゼンの命令でドリルを前方へ向ける鋼の軍団。無謀にも突っ込んでくる魔王軍を、そのまま挽肉にしてやる算段だろう。

 

 しかし、鋼の軍団と接触しそうになるところで魔獣たちは方向転換。突き出されたドリルの群れが虚しく空を抉る。攻撃を躱した魔獣たちは、無防備に横を晒す鋼の軍団へ槍を突き立てた。

 

「!」

 

 負けじとドリルを攻撃してきた魔獣へ向けるゾルダート・アイン。だが魔獣はその攻撃が届く前に素早く槍を引き抜き、後方へ下がった。1体2体だけじゃない。何百体も一斉に。あたしたちは今までとは違う魔王軍の動きに困惑した。

 

「おいおいおいっ! こりゃあどうなってやがる!? こっちの攻撃がまるで当たってねえじゃねえか!」

 

 ハイゼンも何時もの飄々とした態度が鳴りを潜め、見るからに動揺していた。

 

 その後も魔獣たちは素早くゾルダートに近付いては槍を突き刺し、ドリルが飛んでくる前に離脱を繰り返す。または走り回ってゾルダートを翻弄しつつ、槍の穂先で少しずつ切り裂く魔獣もいた。それに対して鋼の軍団は非常に緩慢で、魔王軍の動きに付いて行けていない。徐々にではあるが、鋼の軍団はその数を減らしていく。

 

「そういえばゾルダートって走る時も大して速くなかったよね?」

 

「あぁ? そりゃ当然だろルーサ。さっきも言ったが奴らは死体なんだからよ。動きは遅いんだ」

 

「……あぁ成程。ハイゼン、魔王軍はゾルダートの弱点に気付いたんだ」

 

 機動力の低さ。生き物は死ぬと硬直し、腐敗して跡形も無くなる。ハイゼンの手で防腐処理こそ施されているが、硬くなった体はどうすることも出来ない。内蔵された機械とやらで無理矢理動かしているが、生前と比べると動きはかなり遅い。対する魔獣たちは生者で、中にはオークの様に高い身体能力を持つ個体も存在する。”速さ”ではどうあっても魔獣たちに敵わないのだ。

 

 生きてるか死んでるか。その違いが今まで圧倒していた筈の鋼の軍団を不利な状況へと陥らせる。

 

 そしてもう一つの弱点が、魔獣たちが使用する槍はゾルダートのドリルより長いこと。槍が刺さったゾルダートがドリルを突き出すも魔獣には全く届いておらず、射程の面でも鋼の軍団は劣勢だった。魔王軍の奴ら、こっちがドリルしか武装してないことを知ってたか。

 

「前線の部隊は小集団で固まって隙を減らせ! ジェット、ワイバーン!! 調子に乗った化け物どもを上から潰してやれ! パンツァーとオーガも出撃だ!」

 

「俺たちも最前列に出るぞ! キージ、ケンシーバ、ルーサ!」

 

「えぇ、我々も後ろで黙って見てる訳にはいきませんからね!」

 

「日本人から教わった投擲の技術、見せてくれよう!」

 

 だが、此方とて一方的にやられる訳にはいかない。ハイゼンの指示で、ゾルダート・アイン、ツヴァイが亀のように固まって全周にドリルを向ける。成程、これは先と比べると魔王軍の戦術を幾らか抑制出来る陣形になってる。動くこと自体はより難しくなったが、防御面では非常に優れている。

 また、鋼の軍団にもゾルダート・ジェットやワイバーンなど、少数ながら機動力に優れた個体は存在するし、パンツァーやオーガは全身の装甲で槍や剣如きではビクともしない。それにあたしら勇者やハイゼンも居る。不利にはなったが十分逆転は可能だ。

 

 タ・ロウらに続き、あたしも走り出す。一気に前線へ躍り出たあたしらは、それぞれの得意分野を駆使して魔獣を屠る。タ・ロウは優れた剣術で、ケンシーバは格闘術で、キージは礫を拾い投擲で、防御の陣形を組んでいたゾルダートの撃破に躍起になっていた魔獣たちは現れた勇者たちの横槍に対応出来ず、次々と黒い血を流して倒れる。

 

「調子づいてんじゃないよ、これでも喰らいな」

 

 無論、あたしも持ち前の高い魔力で魔獣を片っ端から討ち取る。敵集団へ歩きつつ地面に流した魔力で土を操り、槍の様に空へ突き出すことで数十体纏めて串刺しにする。一見強力そうだが、近場の土を材料にしている為に魔力を抑えて戦える。長時間の戦闘には丁度良い魔法だ。

 

 100体以上に大きな穴を開けてから周囲を見回す。タ・ロウたちが本格的に参戦したことで、魔王軍の幹部たちも戦場のど真ん中に現れていた。

 

「ケンシーバ……テメェを漸く殺すことが出来るぜ」

 

「私も同じ気持ちだよレッドオーガ。オルアルクス団長の無念。仇の貴様を討つことで晴らしてみせる!」

 

 ケンシーバは同胞を殺したレッドオーガと対峙し、

 

「ようイエローオーガ。いい加減決着を付けようぜ?」

 

「そうだな。今度こそお前を殺してやるよ、タ・ロウ」

 

 タ・ロウとイエローオーガが因縁の相手とぶつかり合い、

 

「……では残ったお前は私が相手になろう、ブルーオーガ」

 

「ドワーフ風情が俺様を残り物扱いしやがって……後悔させてやる!」

 

 キージがブルーオーガと睨み合う。

 

「折角怪物どもの弱点を突けたのに、貴様らに邪魔されちゃ奴らを殲滅出来んのでな。今すぐ死んでもらおうか?」

 

「あたしの相手はお前かい、マラストラス?」

 

 そしてあたしは上空を飛ぶ魔族の男を見上げる。

 

「魔王様が例の巨大魔獣を相手する以上、お前を殺す役目は必然的に私になる。魔王軍で魔王様の次に魔力が強いのは私だからな」

 

「……舐められたもんだね。あたしの魔力を感じてない訳がないだろう?」

 

「無論、神の眷属でもなければ魔王様に匹敵する魔力を人類如きが得られるわけがない。だが、エルフ族は体が貧弱だ。殺せない訳がない。お高く留まった鼻を、いや耳をへし折ってやる」

 

「なら、あたしはお前を地面に這いつくばらせて、そのままめり込ませてやるよ」

 

 あたしとマラストラス。牽制目的で放たれた互いの濃密な魔力が衝突し、周囲を暴風が荒れ狂う。

 

「ヘル・ファイア!!」

 

「ライトニング・テンペスト!!」

 

 あたしはマラストラスの獄炎魔法を飛んで避けつつ、奴を撃ち落とす電撃を放つ。

 

 一方のハイゼンは、持ち直しつつある自軍に調子を取り戻して高らかに笑う。

 

「ハハハハハッ! 鋼の軍団の弱点を突く作戦は見事だぜ! だがその程度で俺たちを止められると思うな!!」

 

 そしてカラコロ装置から吐き出された鉄屑を吸い寄せ、あっという間に鉄の怪物へ変化した。

 

「防御! 機動力! 射程! そして攻撃力! 俺はその全てで圧倒的だ! 魔王とオーガ以外は全部ミンチに変えてやるよ! ウオラアアアアアアアアアア!!」

 

 右腕の丸鋸と足元のオーガーが火花を散らして回転、ハイゼンの突進を受けた魔獣たちは哀れ肉片と化し後方へ吹き飛ぶ。非常に暴力的で凄惨な光景が作り出される。

 

 形勢逆転。そう思っていた。

 

「ドゥアアッ!!?」

 

 突如、魔王城から飛来した青白い光弾。それが怪物形態のハイゼンに命中して大爆発を起こした。

 

「のああああああ!!?」

 

「くうッ、は、ハイゼンッ……!!」

 

 衝撃波で吹き飛ばされるマラストラス。あたしは何とか地面に這いつくばりながら、爆炎に包まれるハイゼンへ叫んだ。

 

 何だ? 何が起きた? あたしは光弾が飛んできた城の入り口へ視線を向ける。

 

「――命中」

 

 其処にいたのは、無機質な体を持つ人型の何かだった。しかし感じられる魔力の量と質から、あたしはその正体を確信した。

 

「魔王、ノスグーラ……!」

 

 最初に遭遇した時とは全く異なる容姿の魔王がハイゼンを狙っていた。

 

 

【挿絵表示】

 

 




擬人化魔王のイラストを描きました。少し結城美柑(To LOVEる)を意識しています。


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