異世界料理人 改訂版 (孤独なバカ)
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プロローグ
「あぶねぇ〜!!」
遅刻ギリギリの時間に急いで教室へと向かう生徒が滑り込んでくる
「あっ。おはよう。須藤くん」
「おはよ〜須藤くん」
「おっ?白崎、谷口おはようさん」
学校に来る頃にはギリギリの時間になったらしく走ってきたと思われる少しだけ髪が天然パーマがかかった両手に大きな袋を持った男子、須藤隼人は二人の女子に挨拶を返す
この二人の内の一人目は名を白崎香織という。学校で二大女神と言われ、男女問わず絶大な人気を誇る途轍もない美少女だ。腰まで届く長く艶やかな黒髪、少し垂れ気味の大きな瞳はひどく優しげだ。スッと通った鼻梁に小ぶりの鼻、そして薄い桜色の唇が完璧な配置で並んでいる
二人目については谷口鈴といい、ちっちゃくてツインテールが特徴的な少女の一人、クラスのムードメーカーのでもあり、隼人の高校に入ってからの友達の一人だ
「およ、南雲も来てたのか。今日は早いな」
見回していると隼人は友人を見つけたらしくその方向を見て手を振る
南雲ハジメ。人気漫画家とゲームクリエイターの一人息子であり、のんびりとしたおとなしげの男子高校生だ。まぁ優しく、隼人のアニメの話を通じる親友である
「昨日もしかして徹夜か?」
「お父さんの仕事手伝っていたから……。」
「ありゃりゃ、とりあえずお弁当注文した人取りに来て。今日サンドイッチだから谷口と中村も取りに来い」
「ごめんね、毎日用意してもらって」
「いつもすまないねぇ〜」
「それは言わないお約束でしょ。中村。お婆さん」
「誰がおばあちゃんなの!!鈴はピチピチのJkだよ!!」
「背だけをみたら小学生にしか見えないんだけど」
「誰が小学生だ!!」
「す、鈴ちゃん落ち着いて!!」
わいわい騒ぎ始める隼人を中心にクラスが賑やかになる
隼人はこのクラスの中心的存在であり、そしてリーダー格の一人だ
するとギャルっぽい女の子が隼人に近づいてくる。少し頰を染めながら緊張しているのが見てとれる
「は、隼人」
「ん?園部か」
園部優花。隼人とは中学時代からの付き合いであり料理仲間として話が合うことは多い。お互いの両親の店を手伝っていることもあり優花と隼人は互いのグループを行き来しており、互いにそのグループの中心核を担っている
「今週末の土曜日と日曜日バイト入れない?ちょっと団体のお客様が入ったんだけど、人が足りなくて。」
「あ〜別にいいぞ。ランチか?」
「う、うん。それでなんだけど。土曜は夜間も少しだけお願いしたいなって」
「夜間もか?…団体何時から?」
「二時よ。一応大学生らしくて」
「了解。それなら二時九時で準備しとく」
これで今週の予定は埋まったなとホクホクしている隼人、元々料理やお菓子作りは好きなので苦じゃない
というよりも父親が居酒屋、母親がケーキ屋を経営しているので両親の影響はやっぱりでかいのだ
「…つまり、今週の土日には須藤の味噌カツ丼が食えるのか?」
「やべぇ、園部。俺も予約したいんだけど」
「私も。須藤くんの作ったパンケーキ食べたい!!」
「ちょ、ちょっと」
「先生も行きたいです」
「「「「愛ちゃん?」」」」
「あ〜愛ちゃんは俺の家のお得意様なんだよ。俺結構愛ちゃんにきんぴらとか煮物とか料理して渡しているし。てか俺の家に来れば毎回食えるのに」
隼人の家は朝と昼は母親のケーキ屋、夜は父親の隠れ宿的居酒屋として経営しており、学校の教師がよくやってくる
隼人も先生たちがうちに食べにくるときは夜間バイトでよく厨房に入っており、通常でも既に現場に入れるほどの腕前だ
「うっ、でも最近は仕事で忙しくて」
「あ〜」
「はいはい。こうなると思って日曜日もお願いしているんだから、全員後からメモとるから全員来れる人は連絡してね」
本当にしっかりしているよなぁ、こいつ
と苦笑する隼人にあっそうだと思い出したように先生の畑山愛子に言う
「愛ちゃんもお土産に試作品の漬物ときんぴら用意しようか?」
「いいんですか?」
「いいよ。ぬか漬けを作り始めたんだけど客に出せるか自分でもわからなくてな」
「あっ、私も部活終わりになるけど…」
するとポニーテールの少女が手をあげる
彼女は八重樫雫。八重樫の両親が剣道場を開いており、彼女自身も剣道で敵なしと呼べるだけの強さを持っている
昔から両親同士は交流があり、よく店の料理を食べに来るのだ
雫も昼間の母親のケーキ屋の常連客であるが和菓子も結構好きらしくよく特別メニューを隼人が作っている
「確か家族にあげるんだっけ?八重樫も簡単な甘味作っておくから終わったら、部活動仲間と一緒に食べにこいよ」
「ありがとう。須藤くん」
「土日忙しくなりそうね」
隼人が苦笑しているがやりがいあるだろと言うと頷く優花
そうやって盛り上がった俺たちは朝のホームルームが過ぎてもその話題で盛り上がり隣のクラスの先生から、愛ちゃんが怒られることとなったのは言うまでもない
もぐもぐと擬音が入りそうなくらい必死にお弁当を食べる女子高校生に少し呆れている
「おい谷口、そんなに早く食べなくても弁当は逃げないって。って中村もだし」
隼人の目の前で食べることに夢中で一切何も気にしないようにしているこの二人
隼人のグループは南雲ハジメ、谷口鈴、図書委員で中学時代から何かと縁のある中村恵里で構成されている
中村はとあることから俺の家で同じく前線で働いている一人だ。料理の腕は少し劣るがおかし作りにおいては隼人自身すぐに追いつけなくなると断言ほどの腕がある
ついでに今日はサンドイッチを作ったがすごい勢いで食べていく二人に少し引きながら
「……いいなぁ、二人とも」
「あはは。でも美味しいから仕方ないんじゃないかな?」
優花が珍しくこっち側のグループで食事をしていて、ハジメはゆっくりながらもハムサンドを食べている
「そういえば南雲がこっちって珍しいな。白崎来てないから寝てると思ったんだけど」
「さすがにお弁当作ってもらって寝るってことはないと思うよ。白崎さんと八重樫さんは、天之河くんたちの機嫌が悪いからそっち側にいくんだって」
「あ〜」
天之河光輝っていうのはクラスのリーダーで白崎と八重樫の幼馴染でもある。隼人と馬が合わないのでクラスメイトから囲まれていたりしていたり、幼馴染の坂上龍太郎や雫、香織と話していると嫉妬の視線を向けてくることもしばしばだ
俺たちは弁当の交換をしていたと思えば二人の視線が感じる。もちろん視線の正体は香織と雫である。香織は想いびとであるハジメを雫は少しだけ寂そうにしている
元々六人で食べることが多くそのときは基本的に鈴や香織ではなく雫がからかわれている。かわいいもの好きなのを知っていることもあり可愛いもの練り物を作ったり、雫の可愛い話を香織にさせたりして、適度に毒を抜いていたのだ
そういえばと告げる
「そういえば、お願いしておいてなんだけど……妹さんは?」
「大丈夫。父さんが土日は人が入らないからって休みだから」
「そう。ならいいけど……」
隼人自身、優花の店は常連客として利用している一人でもあるが、時々店の手伝いに入ることもしばしばある
そうやって和やかに飯を食べていると
……全員が固まることになった
光輝の足元に純白に光り輝く円環と幾何学模様が現れたからだ
その魔法陣は徐々に輝きを増していき、一気に教室全体を満たすほどの大きさに拡大した
自分の足元まで異常が迫って来たことで、ようやく硬直が解け悲鳴を上げる隼人達。未だ教室にいた愛子先生が叫んだが、既に時遅し光に巻き込まれてしまいその世界からクラスメイトものとも転移した
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転移
両手で顔を庇い、目をギュッと閉じていた俺はざわざわと騒ぐ無数の気配を感じてゆっくりと隼人目を開いた。そして、周囲を呆然と見渡す。目に飛び込んできたのは巨大な壁画や大勢の法衣服をきた集団であり明らかに教室ではない。大きな広間にいて隼人達はその最奥にある台座のような場所の上にいるようだった。周囲より位置が高い。周りにはハジメと同じように呆然と周囲を見渡すクラスメイト達がいた。どうやらあの時、教室にいた生徒は全員この状況に巻き込まれてしまったようである
ハジメは動揺しているのかわからないが、他はどういう状態なのか分かっていないようだ
「…どういうことだよ」
ポツリと呟く隼人に不安そうに手を掴む優花。どうやら二人はすぐ近くに転移したらしい。そんな中法衣集団の中でも特に豪奢で煌びやかな衣装を纏い、高さ三十センチ位ありそうなこれまた細かい意匠の凝らされた烏帽子のような物を被っている七十代くらいの老人が進み出てきた。
「ようこそ、トータスへ。勇者様、そしてご同胞の皆様。歓迎致しますぞ。私は、聖教教会にて教皇の地位に就いておりますイシュタル・ランゴバルドと申す者。以後、宜しくお願い致しますぞ」
とそう告げてニッコリと笑う老人が隼人たちに向けてそう言った
イシュタルの話をまとめるなら戦争に参加してほしいってことだった。
人間族と魔人族が何百年も戦争を続けており一時は均衡状態だったが、魔人族による魔物の使役でバランスが崩れ、人類側が危機ってことらしい。
「あなた方を召喚したのは〝エヒト様〟です。我々人間族が崇める守護神、聖教教会の唯一神にして、この世界を創られた至上の神。おそらく、エヒト様は悟られたのでしょう。このままでは人間族は滅ぶと。それを回避するためにあなた方を喚ばれた。あなた方の世界はこの世界より上位にあり、例外なく強力な力を持っています。召喚が実行される少し前に、エヒト様から神託があったのですよ。あなた方という〝救い〟を送ると。あなた方には是非その力を発揮し、〝エヒト様〟の御意志の下、魔人族を打倒し我ら人間族を救って頂きたい」
正直うさんくさかったと隼人は明らかに嫌悪感を抱く。どこか接客でやったらいけないことを目の前で目撃したので当たり前だと言えるが
愛子先生が突然立ち上がり猛然と抗議する。
「ふざけないで下さい! 結局、この子達に戦争させようってことでしょ! そんなの許しません! ええ、先生は絶対に許しませんよ! 私達を早く還して下さい! きっと、ご家族も心配しているはずです! あなた達のしていることはただの誘拐ですよ!」
ぷりぷりと怒る愛ちゃん。彼女は今年二十五歳になる社会科の教師で非常に人気があるが隼人率いる愛ちゃん親衛隊は少しだけ気持ちを落ち着かせる。今回も理不尽な召喚理由に怒り、自分が反対しないととでも思っているのだろう。「ああ、また愛ちゃんが頑張ってる……」と、ほんわかした気持ちでイシュタルに食ってかかる愛子先生を眺めていた生徒達だったが、次のイシュタルの言葉に凍りついた
「お気持ちはお察しします。しかし……あなた方の帰還は現状では不可能です」
場に静寂が満ちる。重く冷たい空気が全身に押しかかっているようだ。誰もが何を言われたのか分からないという表情でイシュタルを見やる
「ふ、不可能って……ど、どういうことですか!?喚べたのなら還せるでしょう!?」
愛子先生が叫ぶ
「先ほど言ったように、あなた方を召喚したのはエヒト様です。我々人間に異世界に干渉するような魔法は使えませんのでな、あなた方が帰還できるかどうかもエヒト様の御意思次第ということですな」
「そ、そんな……」
愛子先生が脱力したようにストンと椅子に腰を落とす。周りの生徒達も口々に騒ぎ始めた。
「うそだろ? 帰れないってなんだよ!」
「いやよ! なんでもいいから還してよ!」
「戦争なんて冗談じゃねぇ! ふざけんなよ!」
「なんで、なんで、なんで……」
隼人自身は少しだけ珍しく何も言葉を発しはしない。ただクラスメイトを見てじっとこらえている
優花や愛子はその姿を見てどこか少しだけ落ち着いたらしい。でも思考が全く読めない
何を思って何を狙っているのかが本当に疑問なのだ
未だパニックが収まらない中、光輝が立ち上がりテーブルをバンッと叩いた。その音にビクッとなり注目する生徒達。光輝は隼人以外の注目が集まったのを確認するとおもむろに話し始めた
「皆、ここでイシュタルさんに文句を言っても意味がない。彼にだってどうしようもないんだ。……俺は、俺は戦おうと思う。この世界の人達が滅亡の危機にあるのは事実なんだ。それを知って、放っておくなんて俺にはできない。それに、人間を救うために召喚されたのなら、救済さえ終われば還してくれるかもしれない。……イシュタルさん? どうですか?」
「そうですな。エヒト様も救世主の願いを無下にはしますまい」
「俺達には大きな力があるんですよね? ここに来てから妙に力が漲っている感じがします」
「ええ、そうです。ざっと、この世界の者と比べると数倍から数十倍の力を持っていると考えていいでしょうな」
「うん、なら大丈夫。俺は戦う。人々を救い、皆が家に帰れるように。俺が世界も皆も救ってみせる!!」
「……」
同時に、彼のカリスマは遺憾なく効果を発揮する。女子の大半は賛同しているらしい
未だに何も言おうとしない隼人に鈴や、恵里、ハジメもその異常性に気づいている。元々カリスマを持っている少年が黙って見つめている先。そこには雫がいた
「へっ、お前ならそう言うと思ったぜ。お前一人じゃ心配だからな。……俺もやるぜ?」
「龍太郎……」
「今のところ、それしかないわよね。……気に食わないけど……私もやるわ」
「雫……」
「え、えっと、雫ちゃんがやるなら私も頑張るよ!」
「香織……」
いつものメンバーが光輝に賛同する。後は当然の流れというようにクラスメイト達が賛同していく。愛子先生はオロオロと「ダメですよ~」と涙目で訴えているが光輝の作った流れの前では無力だった
ただ隼人だけが寂しそうに雫を見ていたことだけが、隼人のいつものメンバーがが気がかりに残っていることだった
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ステータス
「……ふぁ〜」
隼人が眠そうに朝早くに起きる。隼人が今いるのは隼人のために王宮が用意した部屋ではなく、すぐそばに寝ていた隼人より人まわり小さい女性の姿だった
「……愛ちゃん?」
隼人は起き上がるといつもと違う情景に目を疑う。そして記憶の中を巡りそして昨日愛ちゃんの部屋を訪れどういったことをしようかと考えていたところだった
隼人は少しだけ知っている人がいることに頰を緩ませると同時に少しだけ目から雫が落ちる
隼人自身怖いのだ。これからどうなるか。そして不安で仕方ない
でも隼人はすでに冷静だった。戦争よりも。家に帰るよりも大事なことがある
だから大切な人のために隼人は動き始めようとしていた
クラスメイトが全員集められ、戦争のための座学と訓練が始まろうとしていた
そして教員担当になったメルドさん曰くステータスプレートの作成が行われた
ステータスプレートは自分の才能を数値化したものであり、どうやらアーティファクトという神々が作成した道具ということらしく原理などは不明とのこと
本当にファンタジーだなって思いながら生徒たちは指先に針を刺し最初に配布された銀盤に書かれている魔法陣に針を擦り付ける
須藤隼人 17歳 男 レベル:1
天職:料理人
筋力:20
体力:20
耐性:20
敏捷:20
魔力:200
魔耐:20
技能:料理・解体・包丁術・目利き・気配感知・投擲術・鑑定・火属性適正・水属性適正・言語理解
と表示された
「……っ」
その表示を見た途端隼人は少しだけ嬉しさをこらえきれずに明らかに表情が緩む
料理に才能があるっていうのは本当に嬉しいものであり、さらに天職が料理人をみたところでさらに嬉しさが増す
メルド団長から説明が始まるが隼人はすでに満足していた
平均ステータスが10というってことより平均値以上はあるとのことだし、魔力に関してはすでに20倍
自衛もできることから隼人は喜びを浮かべている
メルド団長の呼び掛けに、早速、光輝がステータスの報告をしに前へ出た。そのステータスを鑑定でのぞいて見ると
天之河光輝 17歳 男 レベル:1
天職:勇者
筋力:100
体力:100
耐性:100
敏捷:100
魔力:100
魔耐:100
技能:全属性適性・全属性耐性・物理耐性・複合魔法・剣術・剛力・縮地・先読・高速魔力回復・気配感知・魔力感知・限界突破・言語理解
魔力以外は勝ち越せてないが隼人はそんなこと関係ない。それどころか隼人は少しだけ面倒なことを押しのけさせたことに喜びを覚えていた
そして次にクラスで一二の力を持つ隼人のステータスを見せる
すると団長の表情が「うん?」と笑顔のまま固まり、ついで「見間違いか?」というようにプレートをコツコツ叩いたり、光にかざしたりする。そして、ジッと凝視した後、もの凄く微妙そうな表情でプレートを返してきた
「ああ、その、なんだ。料理人というのは」
「知ってるからいいですよ。なんとなくそんな気はしてましたし。というよりも俺にとっては戦闘職よりもこっちの方が嬉しいですしね」
「…は?」
クラスメイトどころかメルド団長も驚く
昨日は潜めていたが、メルド団長も教会のメンバーも今日の朝一の隼人がどれくらいの影響力があるのか理解していたのだ
光輝よりもある意味影響力のある隼人の言葉に全員が絶句するが優花がそれを真っ先に突っ込む
「それはあなただけでしょ。料理バカ」
「ひっでぇ。まぁ事実だけど」
「隼人が料理以外に才能があったらそれはそれでおかしいでしょ。隼人の腕はみんなも知っているでしょう」
「うん。須藤くんらしいや」
香織も少し苦笑してしまう。隼人の料理好きは香織も知っている。というのも香織の母親が料理研究家と知ると少し話してみたいということもあり香織にアポ取れないかと連絡したあと、雫と香織をそっちのけに香織の母親と十時間近く話していたほどに本気で料理をしているのだ
香織自身自分の料理の腕も自信があるが、隼人に比べたらやはり目劣りしてしまうのだ
「一応戦闘訓練は受けてもらうぞ?」
「……まぁ。気が乗れば」
おそらく誰もが予想しなかっただろう。隼人はこの後火と水の上級魔法を簡単に唱えたために訓練を免除になるのだが
そしてしばらくクラスのステータスプレートを見ながらホクホク顔のメルド団長は今度はハジメのステータスプレートを見ると笑顔が固まる。するとハジメは少しため息を吐くってことは恐らく非戦闘職であったのだろう
「ああ、その、なんだ。錬成師というのは、まぁ、言ってみれば鍛治職のことだ。鍛冶するときに便利だとか……」
歯切れ悪くハジメの天職を説明するメルド団長。
その様子にハジメを目の敵にしている男子達が食いつかないはずがない。鍛治職ということは明らかに非戦系天職だ。隼人とハジメ以外のクラスメイト達全員が戦闘系天職を持ち、これから戦いが待っている状況では役立たずの可能性が大きい。一応隼人は火と水の魔法適正を持っているので何も言えなかったが そのハジメアンチの筆頭である檜山大介が、ニヤニヤとしながら声を張り上げる
「おいおい、南雲。もしかしてお前、非戦系か? 鍛治職でどうやって戦うんだよ? メルドさん、その錬成師って珍しいんっすか?」
「……いや、鍛治職の十人に一人は持っている。国お抱えの職人は全員持っているな」
「おいおい、南雲~。お前、そんなんで戦えるわけ?」
檜山が、実にウザイ感じでハジメと肩を組む。見渡せば、周りの生徒達――特に男子はニヤニヤと嗤っている。
「さぁ、やってみないと分からないかな」
「じゃあさ、ちょっとステータス見せてみろよ。天職がショボイ分ステータスは高いんだよなぁ~?」
メルド団長の表情から内容を察しているだろうに、わざわざ執拗に聞く檜山。本当に嫌な性格をしている。取り巻きの三人もはやし立てる。女性陣は不快げに眉をひそめている
香織に惚れているくせに、なぜそれに気がつかないのか。南雲は投げやり気味にプレートを渡す
ハジメのプレートの内容を見て、檜山は爆笑した。檜山の取り巻きに投げ渡し内容を見た他の連中も爆笑なり失笑なりをしていく
「ぶっはははっ~、なんだこれ! 完全に一般人じゃねぇか!」
「ぎゃははは~、むしろ平均が10なんだから、場合によっちゃその辺の子供より弱いかもな~」
「ヒァハハハ~、無理無理! 直ぐ死ぬってコイツ! 肉壁にもならねぇよ!」
「……アホか」
「……は?」
すると取り巻きの一人が隼人の方を見る。隼人自身強いわけではないし、非戦闘系の一人だ
「バカだろ?錬成師っていわゆる鍛治師のことだろ?すなわち武器を作ることができるってことじゃんか」
「それがどうしたっていうんだよ?」
「この世界は魔法がある分科学が発達していない。だからこの世界にない武器はハジメなら制作可能ってことだろ?」
「この世界にない武器ってなんだよ?」
「刀や銃のことね?」
八重樫は答える。さっきから騎士団の剣を見てから思っていたんだろう。騎士団の剣は斬ると殴ることに優れた剣であることを
「あぁ。もし銃器を作れればコストは掛かるが音速で貫通力の高い武器。刀だったら八重樫や天之河の剣術組の動きが明らかによくなるだろ?おそらくこの国には日本刀みたいな剣はないしな。南雲はまぁオタクだからこそそう言った知識は結構あるだろうしな」
「……ほう。それは興味深いな」
「……生憎生産職には生産職で輝ける場所がある。前線にでなくてもな」
「チッ」
軽く舌打ちする檜山
檜山自身隼人はかなり気に入らない人物の一人だ。自分よりも劣っている(檜山自身そう思っている)のに、いつも女性に囲まれていてクラスの中心にいることがかなり気に入っていない
少しだけ雰囲気が悪くなるが、今後の予定について話し始めていた
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料理人として
「いらっしゃいませ」
「こっちはフレンチトースト3つくれ」
「私はチキンサンドを3つ」
「チキンサンドはチキンを揚げる時間五分ほどいただきますけどよろしいでしょうか?」
隼人は今王都で朝から屋台を出していた。元々非戦闘職だけあってあまりいい装備は与えられてなかったのだが、元々店で料理をしてきたこともあって、商売に関しては元々天賦の才があったのだ。それに非戦闘職でありながら火と水の魔法はすでに最上級まで使えるようになり、既に勇者パーティーの一人として勇者よりも有名な異世界人として有名だ
魔法により火力調節できる分すぐに火の通りを確認できるのはいいことであり関連技能である派生技能は増えていく。おかげでステータスは
須藤隼人 17歳 男 レベル:10
天職:料理人
筋力:40
体力:40
耐性:40
敏捷:40
魔力:400
魔耐:40
技能:料理[+食物鑑定][+レシピ作成][+料理の達人]・解体 ・包丁術・目利き・気配感知・投擲術[+必中]・鑑定・火属性適正[+消費魔力減少]・水属性適正[+氷魔法][+消費魔力減少]・言語理解
となっている
魔力が高いのは魔法適正に関係しているらしく、しかし料理にそれ以上の才能があったものだからそれが天職の料理人ということにつながっているんじゃないかというお姫様であるリリアーナの言葉は正解に近いものだったのだ。
火の最上級魔法蒼天などを初日に完全に制御できるほどの才能があったのだが、12年にもなる料理に関する努力には在り来たりな魔法では料理という天職を追い越すことができない。
その才能は三時間で全ての商品を完売するほどであったのだ
そしてその隼人を支えているのが
「リリィ遅い。もう少し早くして」
「ちょ、ちょっと隼人さん!?これ一体いつ終わるんでしょうか?」
「後200食あるからな。ヘリーナももっと笑顔で」
「あなたは鬼ですか!!」
この世界のお姫様リリアーナ・S・B・ハイリヒとその側近ヘリーナである
元々王族がこういった雑用をこなすってことはありえないのだがしかし使えるものは全て使う隼人だ。王女でも容赦なく使っていた
実際売上はよく1食800コルで1日500食を出している
売上は40万ルタくらいだろうか。
そこから材料費を引く1回30万ルタくらいでかなり有利に働いている
さらに夜もメニューを変え繰り返し金銭を稼ぐ。王宮の許可を取っていたことに加えて美味しいと評判だったのですでに十日間で六百万以上稼いでいるのだが、その売上のほとんどをハジメの錬成の開発予算に回している
隼人はこっちの方がむいていると思うのだがそれでも教会はどうしても戦闘に参加してほしいらしい
今日はこれで営業は終了。どうやら話があるらしく、基本的にサボって(魔物を狩りにいっていることとメルド団長に報告しているので訓練にでない許可を得ている。)いる隼人にも招集がかけられたのだ
一応給金を払いリリアーナたちと別れるとすると今度は見知った顔に出会う
「あれ?隼人?」
「ん?おう、園部か」
隼人は訓練場に向かう途中に優花と出会った。どうやら優花は珍しくこっちにいる隼人に驚くが全体招集をかけられたので気にしないでおく
「どうした?」
「いや。見えたから話しかけようと思ったのだけど」
「あ〜、んじゃ訓練所に向かうか。って菅原達は?」
「えっ?さっきまでいたはずだけど」
するとキョロキョロと周辺を見渡す優花。しかし、そこには誰もいない
気を使わせたかな
隼人は商売柄、人の視線に敏感だ。もちろん、優花の気持ちに気づいているが、隼人にとっては一番近く気の合う女子として気になる女子であるので突き放すことはなく、それを受け入れて友達として扱っている
恋愛感情がないといえば嘘になるが、隼人自身可愛い女の子に囲まれている身でもあるし
軽くため息を吐き話を逸らす
「そういえば最近何していたんだ?」
「えっ?あっうん。まぁ訓練しかしてないんだけどね。そっちは?」
「こっちは金稼ぎだからなぁ。料理作ったり、近くの魔物を狩ったりしてた」
「えっ?魔物?」
「あぁ。ちょっと実験で必要なものもあったし技能の熟練度上げついでにな」
コンロや鍋などの簡易式のものを全部買ってきているのとあとはハジメの安全対策を練っていた
それに隼人は既に冒険者ギルドで実践に出てる
実際料理で使っているハーブは全て隼人自身が拾ってきているので材料費をほんの少し抑えることができているのだ
「そういえば昨日愛ちゃんと会っているのよね?」
「まぁ、今日から農地開拓に向かったけどな。まぁ伝えたいことは伝えられたから」
「あんた何言ったのよ」
「……愛ちゃんを酔い潰して泣かせた。結構限界近かったぽい。愛ちゃんすぐに限界きて泣いてたし、少し今日は目が腫れていただろ?だから気休め程度だけどストレス発散させた」
「えっ?」
実際かなり怖いことは夜に会った時に隼人自身わかっていたのだ
死の恐怖
恐らく雫とハジメに愛ちゃんしか気づいていないと隼人は気づいていた
戦争である限り殺す殺される間にいるはずなのだ
隼人の五年前に死んだ祖父とその友達の常連さんが戦争についてよく話してくれたこともあり、少しばかり戦争については聞いているので争いということはよくわかっているし、隼人は小学生のころいつも死と隣り合わせだった妹がいるので
「……それに少しばかり厄介なことが重なってな。俺もフォローに向かっているんだよ」
「フォロー?誰の?」
「八重樫。あいつこっちにきてから固形物がほとんど口に入っていない。適当に野菜と肉をかなり柔らかくしてパンと一緒に食べさせている」
「……えっ?」
他の人には内緒なといい。隼人は軽く話し始める
「八重樫はしっかりとしたように見えるけど女の子らしいんだよなぁ。てかあいつ部活終わりに中学校の時から結構俺の家のケーキ屋に寄ったりしていたりしていたからな。だからいつもと違うことをすぐに気づけたからよかったな」
「それで雫は?」
「かなり重症だな。とりあえず俺が自腹で胃に優しいものを作っている。お粥が一番いいんだけどな。米がないのが一番辛いところだな」
「……雫も女の子なんだ」
「当たり前だろ。というよりも俺から見たら一番女の子らしいんだよ。可愛いもの好きで、少し乙女思考が入っているから。だからこそ一番危ないのかもな。あいつは普段からしっかりしすぎているんだよ。誰かに甘えることができるのなら話は早いんだけどなぁ。坂上や天之河は無いとして、白崎には少しくらい甘えてもいいのに」
隼人は少し頭を抱えながら本心を答えると優花はそれに苦笑する
「よく見ているよね。隼人って」
「客商売やっていると見ないとやってられないだろ?お前だって常連の好みや家の住所とかは覚えていただろ?」
時々臨時休業するときに常連さんの挨拶回りに時々付き合っているからわかることだった
だからこそ隼人は交友関係がかなり広い。野球選手や政治家の知り合いなどもいるほどには広いのだ
「なるほど。つまり雫ちゃんは常連さんだから?」
「そういうことだな。まぁ普通に友達だからっていうのもあるんだけど。」
「ふ〜ん。」
その後は他愛なく内容のない会話を続ける隼人と優花。訓練場には結構ギリギリの時間に到着する
なんやら人だかりができていてハジメを中心にして人が集まっていた
「ん?どうしたんだ?」
「あっ。隼人。実はな」
「ううん。なんでもないよ。ほら、もう訓練が始まるよ。行こう?」
ハジメに促され一行は訓練施設に戻る。香織はずっと心配そうだったがハジメは気がつかない振りをしていた。
何かあったのかと聞きたかったがそれを堪え訓練所に向かう
訓練が終了した後、いつもなら夕食の時間まで自由時間となるのだが、今回はメルド団長から伝えることがあると引き止められた。何事かと注目する生徒達に、メルド団長は野太い声で告げる。
「明日から、実戦訓練の一環として【オルクス大迷宮】へ遠征に行く。必要なものはこちらで用意してあるが、今までの王都外での魔物との実戦訓練とは一線を画すと思ってくれ! まぁ、要するに気合入れろってことだ! 今日はゆっくり休めよ! では、解散!」
そう言って伝えることだけ伝えるとさっさと行ってしまった。ざわざわと喧騒に包まれる生徒達の最後尾で隼人は天を仰ぐ
このままで本当に大丈夫なのかと
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真夜中のたまごうどん
「……大丈夫か?」
「……えぇ」
明らかに弱り切っている八重樫の部屋で隼人は備え付けのキッチンで料理を作っていた
明日からオルクスの大迷宮という場所で実戦訓練を行うことになっていた
「本当にごめんなさい」
「その反応が普通なんだよ。とりあえず昨日作っておいた乾麺だけど、うどんを湯がいたものでいいか?食欲は?」
「あるのだけど。食べても戻してしまうのよ。」
「ん〜。それじゃあ胃に優しいうどんでいいか。」
コンロに魔石を組み込み麺を湯がき始める
「…手慣れているわね。」
「俺も妹がいるからな。病弱だから看病は慣れているんだよ。本当は雑炊とか少しでも消化の早いものの方がいいんだけど」
「そこまではさすがに悪いわよ」
と苦笑しているがいつもよりも弱々しく笑みも少し硬い
八重樫雫
彼女の実家は八重樫流という剣術道場を営んでおり、八重樫自身、小学生の頃から剣道の大会で負けなしという猛者である。現代に現れた美少女剣士として雑誌の取材を受けることもしばしばあり、熱狂的なファンがいるらしい。後輩の女子生徒から熱を孕んだ瞳で〝お姉さま〟と慕われて頬を引き攣らせている光景はよく目撃されている。
しかし隼人から見た八重樫は全くの別人である
というのも初めてケーキ屋に来た時が強烈すぎたのだ。隼人が作って母親がデコレーションしたネコ型のケーキを見て
「かわいい」
頰をデレっとさせて数十分ずっとそのケーキを見ていたことは懐かしい
和のケーキを傾向的に好むが洋風のケーキも食べることもある
基本的に苦労人間ではあるからこそ本心から甘えられる人を見つけなければならなかったと隼人は分析している
そして10分もたたないうちにうどんが出来上がる
「ありがとう」
「いいって。俺にできるのはこういったことだしな」
するとゆっくりながらも食べ始める雫。転移させられたこともあり、さらに磨きがかかった料理は地球でいうミシュ○ン3つ星を明らかに超える美味しさの料理のため、ただのたまごうどんであれど、外はふわふわ中は半熟のタマゴに、麺も程よい硬さのたまごうどんは明らかに高校生が作る料理ではなかった
「……おいしい」
「そりゃよかった」
一応白出汁をエンコ節でとり簡単にまとめてあるんだが本当にシンプルなうどんをフーフー息を吐きながら食べ続ける。料理技能がなくても料理がうまい人は多くいるのだが料理人の料理技能にはエンチャント効果があるらしい。たまごうどんは食欲の促進。なので雫のお腹にきちんとはいるのだ
そして本当に美味しそうに食べる八重樫を見て隼人から笑顔が溢れる
隼人は元々人の笑顔を見るのが好きだった。料理を初めて始めたのも病弱な妹を笑顔にするための手段だったのがきっかけだったのだ。
そしてしばらくの間二人は黙り込む。雫がうどんを食べる音だけが部屋の中に響く
「ご馳走様」
「お粗末さまでした」
と隼人は笑顔で器を受け取ろうとしたが震える雫を見て一旦手を下ろす
「……怖いか」
単刀直入に聞いてみることにした隼人。何をとは言わないのが隼人の心遣いであろう。
するとやっぱり雫は頷く。無言が語っている
それが雫が背負っているものだから
「そっか」
小さく息を呑む。それが恐らく気がついている奴の総意だろう
雫も隼人が何か行動していると感づいている一人だ。だからこそ夜中に雫が独占していることに少しだけ罪悪感、だけどそのことをほったらかして雫のために毎晩部屋に来ていることが嬉しく感じるのだ
「愚痴でも聞こうか?お前も溜まっているだろうし」
「…えっ?」
「怖いんだろ?女子にそんな顔されたらさすがに放っておけないっつーの。さすがに愚痴でも何でもいいから少し話してみろ。少しは楽になるかもしれないぞ」
「……そうね。少し愚痴を聞いてもらってもいいかしら」
すると雫は話し始める。よほど辛かったんだろう、今の普段なら誰にも話すことないだろう雫の弱みを隼人は聞き始めた
「私ね、中身は結構乙女チックなのよ。昔は本当は剣術より、おままごとをしていたかったし、格好良い男の子に守られるお姫様なんかに憧れていたのよ」
そうして語られる過去。雫にとって香織にも話したことがない自分の本心
「小学生のころは本当は剣術なんてやりたくはなかった。本当は道着や和服より、フリルの付いた可愛い洋服を着たかった。手に持つのは竹刀よりもお人形やキラキラしたアクセサリーがよかったわ」
それは明らかに弱さというよりも雫が体験した過去だった
隼人自身顔には出さないが驚いている。この世界の愚痴を聞く予定だったのに雫の過去に踏み込むことになったのだから
「光輝が家に入門して来たとき、王子様がやって来たのかと思ったわ。〝雫ちゃんも、俺が守ってあげるよ〟だったかしら?そんなことを言われてカッコイイ男の子との絵本のような物語を夢想したわ。彼なら自分を女の子にしてくれる。守ってくれる。甘えさせてくれるって」
棘が押し寄せてくる。それからどんどん荊の棘が大きくなっていく。刃は鋭くそして雫をいつも囲っている
「光輝がもたらしたのは、私に対するやっかみだけだったのよ。須藤くんも分かると思うけど、光輝ってあぁいう性格でしょ。小学生の時から正義感と優しさに溢れ、何でもこなせる光輝は女の子達の注目の的だったわ。女の癖に竹刀を振り、髪は短く、服装は地味で、女の子らしい話題にも付いていけない私が、そんな彼の傍にいることが女の子達には我慢ならなかったのでしょうね」
どこか悲しそうに息を呑む雫に隼人は何も言わない。するとすがるように隼人を見る雫はどこか自嘲気味に手を見る
「須藤くんはどう思う?この手、剣ダコだらけでしょう?やっぱり、女の手じゃないって思うかしら」
隼人に手を向ける雫は恐る恐ると手を伸ばし、隼人に掌を向けた。雫の手には本人も言うように女性の手と言うよりも戦士の手と答える人もいるだろう
「……女の手って言われてもなぁ。ぶっちゃけ綺麗だとは思うけどな」
「綺麗?」
「剣ダコなんて俺にはわからない。だけどさ俺もそうだろ?俺は料理が好きだけど、最近になってから男子でも料理を作る文化って定着しただろ?だからこそ分かるんだよ。俺も昔は女の子ぽいってよく言われていたしな」
隼人自身それには結構悩まされてきた
正直今の隼人とは違い、小学生の頃は大人しく、小さかったことが原因だった
「つーか俺はそのことが原因で小学校の時包丁を一度置いているしな」
「……えっ?」
「……俺自身一時期本当に料理が嫌いだった。料理自身は好きだったけど、周囲の目っていうのが本当に嫌だった。まぁでもレイカが俺の作る料理を食べたいって言ったからもう一度作り始めたけど、それでももう一度作るのには抵抗はあったけど、でも本質を忘れてたんだよ。俺は美味しそうに食べるレイカを見るのが好きだったから料理を作り始めたんだってな」
隼人の料理は元々病弱な妹の笑顔が見たかったから作り始めた。そのことを思い出した隼人は料理に没頭することになるのだ
「八重樫も今まで剣道を続けたのは誰かのためだろ?自分は嫌でも誰かが喜んでいるから続けている。人におせっかいかいているのだって八重樫は誰かに頼られる事が好きなんじゃないのか?」
「……えぇ」
「理由はどうでもいいんだよ。俺は八重樫が優しく強い女の子ってことは知っている。だからこの手は八重樫自身が守りたいもののために戦ってきた証だろ。確かに女の子ぽくないかも知れない。それでも俺は八重樫の手は好きだぞ」
隼人自身運動はそこまで得意ではないが包丁を握り続けているため肉刺ができている。
隼人は雫の手を握る。優しく包み込んだ後軽くマッサージするかのように優しく触れている
「貴方それ殺し文句よ」
「……俺も恥ずかしいんだからあんまり言わないでくれよ」
その行動に、雫はそれが本心からの言葉だと理解すると掌を晒しているのが急に照れくさくなった
「それに昔とは状況が違うだろ?甘えられる友達がお前にはすぐそばにいるだろ?」
「香織のこと?」
「あぁ。あいつだってお前が素直になる時を待っているんじゃないのか?まぁ今回の件みたいなことは未だに話せないけど女性関係のアクセサリーや交友関係についてはあいつは結構詳しいだろうしな。あっちに戻ったらあいつの着せ替え人形にでもなってみれば?あいつのことだから喜々としてお前の服を見繕ってくれると思うぞ」
一時期は仲がよくなかった時期もあったが雫のことを任せられるのは香織しかいないと確信していた隼人、だから一番甘えられる人をさした
「香織のことだからどれも似合っているとか言いそうね」
「お前もたまには甘えてもいいだろ。俺もできることなら付き合うしな。とびっきり甘い甘味でも作ってやってもいいし、巨大パフェを作ってやってもいいぞ」
「…私が甘いものばっかり好きだと言っているのかしら?」
「いやお前、俺に甘味しか頼まないだろうが。お前の好物くらいなら地球に戻ったらいつでも作ってやるよ」
雫はそれが隼人なりの甘やかし方だと気づく
隼人は雫のことを結構雑に扱っていた
からかうことが多く、毒を吐いたり軽く叩いたり、それが適度な毒抜きになっており、雫自身あまり気づいていなかったが心が気楽になっていたのだ。からかわれても軽い言葉ばっかりで嫌いだと思ったことはない。それどころか雫にあった甘いものや可愛いものを見つけると真っ先に雫に見せていた隼人の薦めてきたものをこっそり買ったりしていた
他にも困った時は真っ先にフォローに入ったり、香織の応援に付き合ってもらったり無茶振りだってしたことがある。それでも何かと雫の助けになっていた
少し気が楽になって隼人がなんでそういうことをしていたのか気づいてしまった
あえてちょっかいを出すことで隼人は自分の毒抜きをしてくれていたんだと
即ちそれは地球のころから自分のことを心配していたのだ。苦労人気質であるからこそ、助けを求める場所。甘えられる場所を自分でも知らないうちに作ってもらっていたのだ
雫の囲っていた何かが溶かされていく。優しさに甘えてしまう
光輝みたいカッコイイとはいえない、運動も得意な方ではない。勉強も光輝ほどできるわけでもない
ただ優しい。そして自分のことを女の子として見ている男子。今だってこうやって自分の部屋に入って心配してくれる
妙に恥ずかしくなって、雫は顔に熱が集まる。心拍数が過去最速で心臓が体に血を送ろうとしている
それはもう紛れもない感情だった
考える振りをする。それでももう少し隼人と長い時間居たかった
せめてこの時間だけはもう少し甘えたい
そんな想いを抱くのは初めてだった
「…たまごうどん」
「……ん?そんな簡単なものでいいのか?」
「…えぇ。貴方が私のために作ってもらったから」
だからこそ雫は地球に戻ったら隼人が作ったうどんが食べたかった
隼人のように優しく温かい気持ちになれる優しい味に
そしてこの想いを忘れないようにと決意をこめて
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オルクス大迷宮
現在、隼人達は【オルクス大迷宮】の正面入口がある広場に集まっていた
なんでも、ここでステータスプレートをチェックし出入りを記録することで死亡者数を正確に把握するのだとか。戦争を控え、多大な死者を出さない措置だろうから本当に戦争をしているんだなと感じてしまう
入口付近の広場には露店なども所狭しと並び建っており、それぞれの店の店主がしのぎを削っている。まるでお祭り騒ぎだ
浅い階層の迷宮は良い稼ぎ場所として人気があるようで人も自然と集まる。馬鹿騒ぎした者が勢いで迷宮に挑み命を散らしたり、裏路地宜しく迷宮を犯罪の拠点とする人間も多くいたようで、戦争を控えながら国内に問題を抱えたくないと冒険者ギルドと協力して王国が設立したのだとか。入場ゲート脇の窓口でも素材の売買はしてくれるので、迷宮に潜る者は重宝しているらしい。
「……何食べているの?」
園部が隼人を見ると隼人の手には大量の串が握られている
「ビックビーの串揚げ。いわゆるハチの唐揚げらしい」
「本当に何食べているのよ!!」
「いや。だってこれうまいんだよ。見た目は良くないけど。サクサクしてなんか殻付きのエビみたいで。軽く塩をかけると余計に美味しく感じるし。ついでにオオスズメバチを針を抜いて食べたら結構美味しいぞ。イナゴなんかは佃煮も販売されているはずだし」
ポリポリと食べる隼人に呆れたようにする優花
それをすごい勢いで食べ終えると俺はふぅと息を吐く
「でも大丈夫?朝ごはん全く入ってなかったよね?」
「…恵里か。まぁ大丈夫だろ」
「……無茶しないでね」
パーティーが違うので軽くだけ
迷宮内に入ると、一転迷宮の中は、外の賑やかさとは無縁だった
縦横五メートル以上ある通路は明かりもないのに薄ぼんやり発光しており、松明や明かりの魔法具がなくてもある程度視認が可能だ。緑光石という特殊な鉱物が多数埋まっているらしく、【オルクス大迷宮】は、この巨大な緑光石の鉱脈を掘って出来ているらしい。隼人は少しだけ綺麗だと思いながら隊列を組みながらゾロゾロと進む。しばらく何事もなく進んでいると広間に出た。ドーム状の大きな場所で天井の高さは七、八メートル位ありそうだ。
「よし、光輝達が前に出ろ。他は下がれ! 交代で前に出てもらうからな、準備しておけ! あれはラットマンという魔物だ。すばしっこいが、たいした敵じゃない。冷静に行け!」
その言葉通り、事前情報だとラットマンと呼ばれた魔物が結構な速度で飛びかかってきた
灰色の体毛に赤黒い目が不気味に光る。ラットマンという名称に相応しく外見はねずみっぽいが……二足歩行で上半身がムキムキだった。八つに割れた腹筋と膨れあがった胸筋の部分だけ毛がない。まるで見せびらかすように。
正面に立つ光輝達特に前衛である雫の頬が引き攣っている。やはり、気持ち悪いらしい
間合いに入ったラットマンを勇者パーティーの三人で迎撃する。その間に、後衛である恵里、香織、鈴が詠唱を開始。魔法を発動する準備に入る
光輝は純白に輝くバスタードソードの形をしたアーティファクトである聖剣を振るって数体をまとめて葬っている。龍太郎は天職が〝拳士〟であることから籠手と脛当ての形をしたアーティファクトを装備している。このアーティファクトから衝撃波を出すことができ、決して壊れないらしい。モンク職的な感じだろう
雫は言わずもがな〝剣士〟の天職持ちで刀とシャムシールの中間のような剣を抜刀術の要領で抜き放ち、一瞬で敵を切り裂いていく。スピードに任せた戦い方とは大違いで洗練された動きだけど、少しだけ鈍いことに隼人は気づいていた
しばらく経つと詠唱が響き渡った。
「「「暗き炎渦巻いて、敵の尽く焼き払わん、灰となりて大地へ帰れ――〝螺炎〟」」」
三人同時に発動した螺旋状に渦巻く炎がラットマン達を吸い上げるように巻き込み燃やし尽くしていく。するとラットマンは断末魔の悲鳴を上げながら灰へと変わり果て絶命する。
時間にして20秒、他の生徒の出番はなしだ。これじゃあ蹂躙といっても過言ではないだろう
……魔石欲しかったなぁ
「ああ~、うん、よくやったぞ!次はお前等にもやってもらうからな、気を緩めるなよ!それとな……今回は訓練だからいいが、魔石の回収も念頭に置いておけよ。明らかにオーバーキルだからな?」
メルド団長の言葉に魔法支援組の3人は、やりすぎを自覚して思わず頬を赤らめる
少しだけ時間があったので隼人がこっそりと八重樫に近づく
「八重樫」
「えっ?どうしたのかしら。須藤くん」
「悪いな」
すると雫の手を昨日のように包み込む隼人にクラスの全員が隼人に注目する
雫も急に手を握られ既に顔が茹で蛸のように真っ赤になっていると昨日みたいに体温が伝わってくる
そして雫はその意図に気づいたのか隼人に呆れてしまう
……本当に過保護ね
昨夜はずっと雫は隼人に甘えていた
香織以上に自分のことを話し、雫にしては珍しく聞き役ではなく話し役に回っていたしそれに自分の怖いことについて話していた
そのときに魔物を殺した時のことを触れていたのだが……まさか気にしてくれているとは思いもしなかった
雫は隼人に感謝し自信が湧いてくる。どんなことがあろうと須藤くんが見てくれる
実際内心の弱さを見抜く隼人に少しだけ冷たい手に暖かさを灯す
「…ありがと」
でも気恥ずかしさが残ってしまい顔が真っ赤になる雫に気にするなと手のひらを二回振り元のグループに戻る
優花はまた隼人が女の子を落としたのかと呆れていたが、それでも隼人自身がしたいことであり、振るにしろ責任はとるだろうと判断する
なお、隼人自身も雫の変化には当然のごとく気づいていた
内心やっちまったかと思っており、ハジメも少し呆れ気味、鈴と恵里なんかはジト目で見ている
女たらしでもあるが元々な人誑しの隼人はモテることは誰もが知っているからもはや諦めているのだが
それに本職の魔法使いとしても、的確に葬る隼人に誰も文句は言えない
学力だけが優秀でない。その典型例が隼人だろう
ハジメは錬成を使って敵を封じ込め確実に敵を殺しているのに一応フォローに入ろうとしている隼人が見えている
でも、隼人らしくない行動が一つだけあり、少しだけ気になっていた
しかし聞く間もなく進んでいき数時間後には20層に到達していた
「よし、お前達。ここから先は一種類の魔物だけでなく複数種類の魔物が混在したり連携を組んで襲ってくる。今までが楽勝だったからと言ってくれぐれも油断するなよ!今日はこの二十階層で訓練して終了だ!気合入れろ!」
メルド団長のかけ声がよく響く
少しばかり休憩した後に二十階層を探索する
迷宮の各階層は数キロ四方に及び、未知の階層では全てを探索しマッピングするのに数十人規模で半月から一ヶ月はかかるというのが普通だ。現在、四十七階層までは確実なマッピングがなされているので迷うことはない。トラップに引っかかる心配もないだろう
二十階層の一番奥の部屋はまるで鍾乳洞のようにツララ状の壁が飛び出していたり、溶けたりしたような複雑な地形をしている。この先を進むと二十一階層への階段があるらしい
そこまで行けば今日の実戦訓練は終わりだ。一行は、若干弛緩した空気の中、せり出す壁のせいで横列を組めないので縦列で進み
すると、先頭を行く光輝達やメルド団長が立ち止まった。訝しそうなクラスメイトを尻目に戦闘態勢に入る。どうやら魔物らしい
「擬態しているぞ! 周りをよ~く注意しておけ!」
メルド団長の忠告が飛ぶ。
その直後、前方でせり出していた壁が突如変色しながら起き上がった。壁と同化していた体は、今は褐色となり、二本足で立ち上がる。そして胸を叩きドラミングを始めた。どうやらカメレオンのような擬態能力を持ったゴリラの魔物
「ロックマウントだったよな?確か」
「うん。咆哮と腕の腕力には気をつけないといけない魔物だったはず」
隼人らしくない行動。それはハジメに知っていることを再度確認して、いつのまにか誰かの特別に仲がいい友達の側にいること
さっきの戦闘も鈴と恵里、その前は優花、またその前は雫など明らかにいつものメンバー+雫で隼人がどこかについているのだ
勇者達が相手をするようだ。飛びかかってきたロックマウントの豪腕を龍太郎が拳で弾き返す。光輝と雫が取り囲もうとするが、鍾乳洞的な地形のせいで足場が悪く思うように囲むことができない。
龍太郎の人壁を抜けられないと感じたのか、ロックマウントは後ろに下がり仰け反りながら大きく息を吸った。
まずいと思った直後、
「グゥガガガァァァァアアアアーーーー!!」
部屋全体を震動させるような強烈な咆哮が発せられた。
「ぐっ!?」
「うわっ!?」
「きゃあ!?」
体をビリビリと衝撃が走り、ダメージ自体はないものの硬直してしまう。ロックマウントの咆哮をくらってスタン状態に前衛陣が陥った。
ロックマウントはその隙に突撃するかと思えばサイドステップし、傍らにあった岩を持ち上げ後衛組に向かって投げつけた。咄嗟に動けない前衛組の頭上を越えて、岩が後衛へと迫る。
詠唱途中の後衛陣は魔法を唱えようとするがその岩は実はロックマウント。正直隼人でも気持ち悪いと思うほどであったので女子はもっと苦手であろう。詠唱を止めてしまうが
「…破弾」
すると透き通るような水の魔法がロックマウントを狙撃し遠くから八重樫の支援と恵里と鈴の支援ができるように攻撃範囲にずっと止まっていた隼人はすぐに反応した
メルド団長も驚きを隠せなかったがその前に詠唱を中断した三人に説教が入る
香織達は「す、すいません!」と謝るものの相当気持ち悪かったらしく、まだ、顔が青褪めている
そんな様子を見てキレる勇者が詠唱を始めた
「貴様……よくも香織達を……許さない!」
どうやら気持ち悪さで青褪めているのを死の恐怖を感じたせいだと勘違いしたらしい。彼女達を怯えさせるなんて! と、なんとも微妙な点で怒りをあらわにする光輝。それに呼応してか彼の聖剣が輝き出す
「万翔羽ばたき、天へと至れ――〝天翔閃〟!」
「あっ、こら、馬鹿者!」
メルド団長の声を無視して、光輝は大上段に振りかぶった聖剣を一気に振り下ろした
その瞬間、詠唱により強烈な光を纏っていた聖剣から、その光自体が斬撃となって放たれた。逃げ場などない。曲線を描く極太の輝く斬撃が僅かな抵抗も許さずロックマウントを縦に両断し、更に奥の壁を破壊し尽くしてようやく止まる。雫が頭を抑える パラパラと部屋の壁から破片が落ちる。「ふぅ~」と息を吐きイケメンスマイルで香織達へ振り返った天之河に笑顔で迫っていたメルド団長は拳骨を食らわせた
「へぶぅ!?」
「この馬鹿者が。気持ちはわかるがな、こんな狭いところで使う技じゃないだろうが! 崩落でもしたらどうすんだ!」
メルド団長のお叱りに「うっ」と声を詰まらせ、バツが悪そうに謝罪する光輝
慰めようとした香織が崩れた壁の方にふと視線を向けた
「……あれ、何かな? キラキラしてる……」
その言葉に、全員が香織の指差す方へ目を向けた。
そこには青白く発光する鉱物が花咲くように壁から生えていた。まるでインディコライトが内包された水晶のようである。女子達は夢見るように、その美しい姿にうっとりした表情になった。
「ほぉ~、あれはグランツ鉱石だな。大きさも中々だ。珍しい」
グランツ鉱石とは、言わば宝石の原石みたいなものだ。特に何か効能があるわけではないが、その涼やかで煌びやかな輝きが貴族のご婦人ご令嬢方に大人気であり、加工して指輪・イヤリング・ペンダントなどにして贈ると大変喜ばれるらしい。求婚の際に選ばれる宝石としてもトップ三に入るとかとハジメが言っていたなぁっと隼人が思い出す
「素敵……」 「綺麗だね」
「そうね」
香織が、メルドの簡単な説明を聞いて頬を染めながら更にうっとりとする。そして、誰にも気づかれない程度にチラリとハジメに視線を向けていた。恵里も鈴も雫も気づかれないように隼人を見るが目線があって顔を真っ赤に染める
すると
「だったら俺らで回収しようぜ!」
そう言って唐突に動き出したのは檜山だった。グランツ鉱石に向けてヒョイヒョイと崩れた壁を登っていく。それに慌てたのはメルド団長だ
「こら! 勝手なことをするな! 安全確認もまだなんだぞ!」
しかし、檜山は聞こえないふりをして、とうとう鉱石の場所に辿り着く
メルド団長は、止めようと檜山を追いかける。同時に騎士団員の一人がフェアスコープで鉱石の辺りを確認する。そして、一気に青褪めた
「団長! トラップです!」
「ッ!?」
しかし、メルド団長も、騎士団員の警告も一歩遅かった
檜山がグランツ鉱石に触れた瞬間、鉱石を中心に魔法陣が広がる。グランツ鉱石の輝きに魅せられて不用意に触れた者へのトラップ。
魔法陣は瞬く間に部屋全体に広がり、輝きを増していく
「くっ、撤退だ! 早くこの部屋から出ろ!」
メルド団長の言葉に生徒達が急いで部屋の外に向かうが間に合わない
部屋の中に光が満ち、クラスメイトの視界を白一色に染めると同時に一瞬の浮遊感に包まれる
隼人は空気が変わったのを感じた。次いで、ドスンという音と共に地面に叩きつけられると同時に、隼人は立ち上がり周囲を見渡す。クラスメイトのほとんどは尻餅をついていたが、メルド団長や騎士団員達、雫や光輝は前衛職の生徒は既に立ち上がって周囲の警戒をしている
隼人はまず先に優花に手を出し立ち上がらせる
「園部。大丈夫か」
「あっ。ありがとう。ここは?」
「わからん」
転移した場所は、巨大な石造りの橋の上だった。ざっと百メートルはある橋は下に川などなく、全く何も見えない深淵の如き闇が広がっていた。まさに落ちれば奈落の底といった様子だ橋の横幅は十メートルくらいありそうだが、手すりどころか縁石すらなく、足を滑らせれば掴むものもなく真っ逆さまだ。隼人達はその巨大な橋の中間にいた。橋の両サイドには階段が見える
それを確認したメルド団長が、険しい表情をしながら指示を飛ばす
「お前達、直ぐに立ち上がって、あの階段の場所まで行け。急げ!」
雷の如く轟いた号令に、わたわたと動き出す生徒達
だけどそんな甘く行くはずがない
階段側の橋の入口に現れた魔法陣から大量の魔物が出現したからだ。更に、通路側にも魔法陣は出現し、そちらからは一体の巨大な魔物が……
その時、現れた巨大な魔物を呆然と見つめるメルド団長の呻く様な呟きがやけに明瞭に響く
――まさか……ベヒモス……なのか……
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足止め
橋の両サイドに現れた赤黒い光を放つ魔法陣。通路側の魔法陣は十メートル近くあり、階段側の魔法陣は一メートル位の大きさだが、その数がおびただしい。
小さな無数の魔法陣からは、骨格だけの体に剣を携えた魔物〝トラウムソルジャー〟が溢れるように出現した。スケルトンソルジャーと隼人は呼んでいるがそこまでは強くないことを知っているが、その数は、既に数えられないくらいにいるので危険度は高い
しかし、数百体のガイコツ戦士より、反対の通路側の方がヤバイと誰もがは感じていただろう
十メートル級の魔法陣からは体長十メートル級の四足で頭部に兜のような物を取り付けた魔物が出現したからだ。瞳は赤黒い光を放ち、鋭い爪と牙を打ち鳴らしながら、頭部の兜から生えた角から炎を放っている
メルド団長が呟いた〝ベヒモス〟という魔物は、大きく息を吸うと凄まじい咆哮を上げた
「グルァァァァァアアアアア!!」
「ッ!?」
隼人は息を飲むと全てを理解する
ここは一歩間違えたら全滅すると
「紅蓮の焔を咲き乱れ。全ての大地に焔よ渦巻け。渦火」
隼人はそういって呪文を唱える。初級の範囲技だがチートの魔力はすごいらしくすぐに炎に包まれる
「園部。戦えないのなら俺の後ろに隠れてろ」
「は、隼人?」
「……やるしかねぇか」
隠しておきたかったが、俺はホルスターから銃を抜く
「ハジメ」
「うん」
ハジメも同じタイミングで銃を抜きトリガーを合わせ
ドォンッ!ドォンッ!と二発の銃声が聞こえ一撃で骸骨を葬る
「「「えっ?」」」
近くにいたクラスメイトが隼人とハジメの方を見る。
王都で稼いだ金で作った一品だ
二つしかないがそれでもハジメが作っただけあって威力は十分だ
その間も周りを気にせず銃を撃っていき、合間を見計らって隼人が指示を出す
「とりあえず天之河が来るまで待機だな。隊列組むぞ。さすがと俺とハジメだけじゃちょっときついし」
「お、おう」
隼人の銃撃でどうやら目が覚めたらしく隊列を組み直していく
銃、それは地球でも有力な武具で、よくFPSなどの娯楽でも登場してくる
ハジメは作業スペースでしか撃ったことはないが、俺はフィールドに出て実験として魔物を狩っていた。銃二丁をたった2週間で完成させたのはハジメの物作りの才能があってこそだろう
でも本当に辛いと判断しざるを得ない
誰も彼もがパニックになりながら滅茶苦茶に武器や魔法を振り回したり発動している。このままではいずれ死者が出る可能性が高い。騎士アランが必死に纏めようとしているが上手くいっていない。そうしている間にも魔法陣から続々と増援が送られてくる
必要なのは強力なリーダーと道を切り開く火力。調子に乗らせたくないけど、光輝しかやっぱりいないと判断する
「ちょっと天之河のところに行ってくる。前線頼む」
「お、おう」
「私も行くわ」
どうやら優花もついてくるらしい
まぁ今はこっちは回りそうだし、それなら説得を頼んだほうがいいだろう
「状況に酔ってんじゃないわよ! この馬鹿ども!」
「雫ちゃん……」
苛立つ雫に心配そうな香織
勇者パーティーは隼人が思っていたよりも現実が見れてないようだった
「天之河くん!!」
「おい。天之河さっさと引け」
「なっ南雲!?」
「南雲くん!?」
「須藤くん!?」
「隼人と園部も?」
驚く一同に南雲は必死の形相でまくし立てる
「早く撤退を! 皆のところに! 君がいないと! 早く!」
「いきなりなんだ? それより、なんでこんな所にいるんだ! ここは君がいていい場所じゃない! ここは俺達に任せて君たちは……」
「そんなこと言っている場合かよ!」
隼人たちを言外に戦力外だと告げて撤退するように促そうとした光輝の言葉をハジメが遮る。今までにない乱暴な口調で怒鳴り返した
「見てよ。みんなを、あれが見えないの!?みんなパニックになっているのよ!」
「リーダーがいないからだ!一撃で切り抜ける力が必要なんだ! 皆の恐怖を吹き飛ばす力が! それが出来るのはリーダーの天之河くんだけでしょ! 前ばかり見てないで後ろもちゃんと見て」
優花とハジメが後に続く
元々同じリーダータイプの優花の言葉と元々いつも苦笑いしながら物事を流す大人しいイメージとのギャップはかなり効いたらしい
呆然と、混乱に陥り怒号と悲鳴を上げるクラスメイトを見る光輝は、ぶんぶんと頭を振るとハジメに頷いた
「ああ、わかった。直ぐに行く! メルド団長! すいませ――」
「下がれぇーー!」
〝すいません、先に撤退します〟――そう言おうとしてメルド団長を振り返った瞬間、その団長の悲鳴と同時に、遂に障壁が砕け散った 暴風のように荒れ狂う衝撃波が隼人達を襲う。咄嗟に、ハジメが前に出て錬成により石壁を作り出すがあっさり砕かれ吹き飛ばされる。多少は威力を殺せたようだが……
舞い上がる埃がベヒモスの咆哮で吹き払われた。
「ぐっ……龍太郎、雫、時間を稼げるか?」
光輝が問う。それに苦しそうではあるが確かな足取りで前へ出る二人。団長たちが倒れている以上自分達がなんとかする他ないかと思われた
「やるしかねぇだろ!」
「……なんとかしてみるわ!」
「…その必要はねぇよ」
隼人の言葉にえっと全員が隼人を見る
ベヒモスが突っ込んでくるが関係ないとばかりに隼人は突っ立ったままであるが
その瞬間ベヒモスがステンと転倒した
「……は?」
「行動パターンが突進か角を赤熱化させて突進の二択しかなかったからな。全てのステータスは上位でも数分の足止めくらいなら普通にできる」
隼人が何もしてないわけがない。ベヒモスの行動パターンを認識し、そして倒すことではなく時間稼ぎになる方法を模索していたのだ
ベヒモスの周りには既に道が凍結しており、ベヒモスが通る道には隆起した氷が見える
隼人は光輝が今のレベルでダメージを与えられるのであれば、メルド団長が倒しているはずだ
今どうやったら逃げ切れる?
隼人は考えるとさっきの洞窟で使っていた錬成を思い出す
「……ハジメ、お前地面を変化できたよな?錬成で天之河たちが来るまでベヒモスを抑え込めるか?」
「……やっぱりそうするしかないよね?」
「あぁ。俺の魔法と組み合わせたらお互いに逃げれる可能性も上がるだろ」
ハジメは少し考える。成功するかはわからない
だけど隼人たちだけが危ない橋を渡ろうとした
「……うん。やってみる価値はあると思うよ」
「私も少し水属性の適正はあるから手伝うわよ」
「えっ?園部さんも?」
「私も隼人に頼ってばっかりじゃいられないし、そうしたいから」
恐らくもう覚悟は決めたのであろう。
正直隼人はあまり変わらないと思っていたが、それでも隼人と優花のグループを見るとしっかりと統制がしかれているのを見て頷く
「ボケッとするな! 逃げろ!」
どうにか動けるようになったメルド団長が駆け寄ってくる。他の騎士団員は、まだ香織による治療の最中だ。ベヒモスはめり込んだ頭を抜き出そうと踏ん張っている
「お前等、動けるか!」
「メルド団長。俺たちが引き継ぎます」
「えっ!ダメだ逃げろ!」
「いいから作戦を聞いてください」
そして俺はメルド団長に作戦を伝える
するとぎょっとしていたがそれが最善手であることがわかったのだろう
「やれるんだな?」
「やります」
「…須藤それなら俺も」
「……は?できないだろ?倒すことしか考えない奴が時間稼ぎなんか出来るか?」
光輝の言葉に隼人はすぐさま反論する
隼人自身勝てる相手ではないことがわかっているから時間稼ぎなのだ
隼人の毒舌に反論しようとするがするとメルド団長が光輝を抑える
実際メルド団長も理解していたのだ。撤退戦の難しさというものを
「ここは三人に任せるぞ。まさかお前達三人に命を預けることになるとはな。……必ず助けてやる。だから……頼んだぞ!」
「はい!」
狙いは当然という隼人であり、すぐさま隼人に突進が飛んでくる
「吹き散らせ――〝風壁〟」
詠唱と共にバックステップで一時離脱する。その直後、ベヒモスの頭部が一瞬前まで隼人がいた場所に着弾した。発生した衝撃波や石礫は〝風壁〟でどうにか逸らす。大雑把な攻撃なので避けるだけならなんとかなる
再び、頭部をめり込ませるベヒモスに、ハジメが飛びついた
「冷やせ、冷光」
優花が元々温度調節する魔法であり軽い冷気で赤熱化の影響を消していく。そしてハジメも詠唱した。名称だけの詠唱、最も簡易で唯一の武器
「錬成」
石中に埋まっていた頭部を抜こうとしたベヒモスの動きが止まる。周囲の石を砕いて頭部を抜こうとしても、ハジメが錬成して直してしまうからだ
ベヒモスは足を踏ん張り力づくで頭部を抜こうとするが、今度はその足元が錬成される。ずぶりと一メートル以上沈み込む。更にダメ押しと、ハジメはその埋まった足元を錬成して固める。
サポートできない部分は魔法陣を書きながら水を出す魔法と凍らせる魔法を隼人と園部が分担して逃げ出せないようにしている
ベヒモスのパワーは凄まじく、油断すると直ぐ周囲の石畳に亀裂が入り抜け出そうとするが、その度に錬成をし直して抜け出すことを許さない。ベヒモスは頭部を地面と氷に埋めたままもがいている。中々に間抜けな格好だ
しばらく同じことを続けていると悲鳴が聞こえなくなり、次第に歓声に変わっていく。
どうやら光輝がアッチに合流したらしくもはや相手にならないようになっていた。
……ハジメの汗がやばいな
もうそろそろタイムリミットが近いので最大限の魔力を伴った詠唱に入っている
隼人は氷のオリジナル魔法の魔法陣を書き終わると詠唱に入っていた
ハジメはもう直ぐ自分の魔力が尽きるのを感じていた。既に回復薬はない。チラリと後ろを見るとどうやら全員撤退できたようである。隊列を組んで詠唱の準備に入っている
ベヒモスは相変わらずもがいているが、この分なら錬成を止めても数秒は時間を稼げるだろう。その間に少しでも距離を取らなければならない。それに既に隼人たちが詠唱に入っている
ハジメの額の汗が目に入る。極度の緊張で心臓がバクバクと今まで聞いたことがないくらい大きな音を立てているのがわかる。でも不安はない。
隼人がいるだけでハジメに力が湧いてくる。初めての友達、いや既に親友と呼べるくらいに仲がいい隼人が後ろを守ってくれるだけで何処か冷静になれる
タイミングを見計らって目を離す
そして、数十度目の亀裂が走ると同時に最後の錬成でベヒモスを拘束し、ハジメが隼人たちの隣を通り過ぎたあたりで同時に、魔法を解き放った
「「雪嚢」」
すると雪崩のごとく大量の雪が押し寄せてくる
それと同時一気に駆け出す。
隼人はステータスは前衛職ではないので圧倒的に足が遅い。
雫の10分の1くらいといえばわかりやすいだろう。
だからハジメに追いつくのに8秒近くかかり、それと同時に怒りの咆哮を上げるベヒモスは追いかけようと四肢に力を溜めた。
だが次の瞬間、あらゆる属性の攻撃魔法が殺到した。
夜空を流れる流星の如く、色とりどりの魔法がベヒモスを打ち据える。ダメージはやはり無いようだが、しっかりと足止めになっている。
十分だろうと思いそのまま足を走らせ躓かないように走る
ベヒモスとの距離は既に四十メートルは広がった。
その時後衛陣にいるはずのない人間を見かける。
なんで檜山がいるんだ?
と一つだけ後衛陣の中でつい気になったところを見てしまう。
するとあいつの適正は風のはずなのに火の球が3つ放たれる。その意味を理解できないほど隼人は馬鹿ではない
「ハジメ。優花。飛べ!!」
隼人の言葉に一瞬驚くが隼人が避ける動作をしたことから二人も気付く
無数に飛び交う魔法の中で、その3つの火球がクイッと軌道を僅かに曲がる。言うまでもない。檜山の魔法であり明らかに隼人たちを狙っての魔法だった
瞬間とっさに三人回避をこころみるが
「あっ」
「「園部(さん)」」
魔法の一つが園部の足に直撃したのを見て隼人は自然と優花に駆け寄っていた
……生きたいとかそんな些細な感情は隼人にはなかった
なんだかよく分からず優花の方に走っていく隼人。適正はないものの隼人だけが助かる可能性を放棄していた
「……隼人?どうして?」
「……分からん。ただ、こっちに来ないといけないような気がしただけだ」
恐らく最後の言葉であろう声に少し優花が驚いたようにして、そして少し恥ずかしそうに小さな声で「馬鹿」といいつつ抱きついてくる
その言葉の通りもう目の前にはベヒモスが接近している。どうやら標的は運悪く隼人である
そして、赤熱化した頭部を盾のようにかざしながら隼人たちに向かって突進してくる
遠くで焦りの表情を浮かべ悲鳴と怒号を上げるクラスメイト達
「錬成」
声が聞こえるとベヒモスはバランスを崩し転びこむ。衝撃は目の前にいつのまにかできていたと土壁が俺たちを守っていた
「南雲くん?」
「園部さんを背負って逃げよう。」
隼人はハッとして優花を背負おうとした時だった
ベヒモスの突進した衝撃が橋全体が震動したのだろう。着弾点を中心に物凄い勢いで亀裂が走る。メキメキと橋が悲鳴を上げる。
そして遂に……橋が崩壊を始めた。
「グウァアアア!?」
悲鳴を上げながら崩壊し傾く石畳を爪で必死に引っ掻くベヒモス。しかし、引っ掛けた場所すら崩壊し、抵抗も虚しく奈落へと消えていった。ベヒモスの断末魔が木霊する
それは隼人たちも同様で隼人も逃げれると思ったのだが、さすがに優花を置いていくことには違いはなかったので逃げるのを諦める
そして落下を始めると暗い笑みを浮かべる檜山を睨みつけ隼人たちは地下へと落ちていった
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奈落のそこへ
ザァーと水の流れる音がする。
冷たい微風が頬を撫で、冷え切った体が身震いした。頬に当たる硬い感触と下半身の刺すような冷たい感触に隼人は目を覚ました。
ボーとする頭、ズキズキと痛む全身に眉根を寄せながら両腕に力を入れて上体を起こすとそこには
「園部。ハジメ!!」
運が良かったのか分からないが俺は目の前に二人がいるのを見つける
すると優花もハジメも目が少しずつ覚めていき
「痛っ〜。って須藤くん」
「えっと。あれ?隼人と南雲くん?」
「生きてたな。確か、橋が壊れて落ちてなんか水に流されたんだよな。まぁその衝撃で俺たちはどうやら全員気絶してたらしいけど」
奈落に落ちていながら助かったのは全くの幸運だった。落下途中の崖の壁に穴があいており、そこから鉄砲水の如く水が噴き出していたのだ。ちょっとした滝である。そのような滝が無数にあり、隼人たちは何度もその滝に吹き飛ばされながら次第に壁際に押しやられ、最終的に壁からせり出ていた横穴からウォータースライダーの如く流されたのである。とてつもない奇跡だ。
「そっか。助かったんだな。はっくしょん!」
「うぅ。寒い」
「あ〜体が冷えているのか。とりあえず火をつけたいのはいいんだけどまずハジメ。地下にとりあえず穴ほってくれ。とりあえず現状確認と持ち物の確認だけは先に済ませないと。それにさすがに俺の実力じゃ今は園部の怪我を治せないからな。魔物が現れたらさすがに銃を持っているとはいえきつい」
明らかに曲がってはいけない方向に曲がっている。隼人はカバンがあるかを確認するとポシェットはどうやら無事だったらしく応急処置の道具とうどんの乾麺が10人前。そしてナイフが入っていた。
「……そうだね。錬成」
壁に縦百二十センチ横幅70cm奥行二メートルの穴が空く。
そうして入り口をしめ上を立てるくらいまで天井を広げていくと隼人は優花を背負う
しばらくそれを続けているとなんやら液体が流れていく
「ん?って水源あるのか。それならそこを拠点にして装備を整えた方が良さそうだな。」
「えっ?すぐに上層に向かわないの?」
優花が首をかしげる。確かにすぐに上に戻りたいのは分かる。でもそれだけは絶対にやってはならないのを気づいていた。
隼人は自分でも驚くくらい落ち着いていたのだ。いや誰かが居る状態での隼人は
「あぁ、さすがにこの装備で上層に向かうのは厳しいだろうしな。優花の怪我も治ってないし、落下したってことは魔物のレベルが数段階上がっているはずだ。恐らく80層から90層くらいじゃないか?」
ハジメと優花はぎょっとした様子で隼人を見る
「それに回復手段が少ないから回復魔法をある程度覚えたい。魔法陣と詠唱は覚えているから」
「確かにそうだね。それならしばらくはそこを拠点にして装備を整えよう」
「鉱石もかなりいいものが集まっているし鑑定技能で鉱石を探しているけど結構いい鉱石があるから装備も銃くらいならなんとかなるって……」
と思って俺は液体に鑑定を使ったところだった
神水
これを飲んだ者はどんな怪我も病も治るという。欠損部位を再生するような力はないが、飲み続ける限り寿命が尽きないと言われており、そのため不死の霊薬とも言われている
との文字に俺はポカーンと口を開けてしまう
「……どうしたの?」
「……これ神水だ」
「神水?」
「神水ってあの伝説の?」
「あぁ」
隼人は液体を飲んでみる。
すると軽く飲んだだけで脳がクリアになっている。打撲の痛みは引き、体が軽くなったように感じる
「……恐らく魔力回復に回復効果。あとは疲労緩和か?ハジメこれに沿って掘ってくれないか?バッチィかもしれないけどこの液体を飲んでいったら魔力が回復すると思うから。園部も悪いけど痛みはあると思うけど」
「え、えぇ」
とりあえずまずは生き残ることだけ考えているので
「これは……」
「すげぇな」
「綺麗」
そこにはバスケットボールぐらいの大きさの青白く発光する鉱石が存在していた。
その鉱石は、周りの石壁に同化するように埋まっており下方へ向けて水滴を滴らせている。神秘的で美しい石だ。アクアマリンの青をもっと濃くして発光させた感じが一番しっくりくる表現だろう。
危機感を忘れて見とれてしまうほどに美しかった
隼人がその鉱石を鑑定すると
神結晶
大地に流れる魔力が、千年という長い時をかけて偶然できた魔力溜りにより、その魔力そのものが結晶化したもの。直径三十センチから四十センチ位の大きさで、結晶化した後、更に数百年もの時間をかけて内包する魔力が飽和状態になると、液体となって溢れ出す
「……なるほどな。」
俺は少し考えると
「ハジメ、園部。やっぱりここを拠点にしよう。この神水を使いながら上に上がれるだけの力をつける。恐らく長い戦いになるだろうしな」
「う、うん。そうだね」
「とりあえず、”火種”」
と隼人は火種を付ける。魔力で燃やしているので火種には困らないので困る必要はないのが救いだ
「どっか鍋ないかな?うどんがあるからひと束ずつ湯がけるんだけど」
「ううん。今は大丈夫だからとりあえずみんなで生き残る方法を考えよう。食事は大事にした方がいいと思う」
「うん。その前に私はえっと神水だっけ?飲んでもいいかしら?」
「それが先だな。まぁ少し食事については心当たりがあることはあるけど。あんまり薦めたくはないなぁ。恐らくかなりの痛みになると思うし」
するとようやく隼人たちは笑みがこぼれる
回復手段を手に入れたことにより隼人が自由に動けることになったこととこれからの展望が見えたことに灯が灯る
サバイバルでありながら頼りあるリーダーの声、そして安全地帯を用意できた三人は各自見張りを立てながら回復に努めるのであった
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絶望と希望
奈落のそこに落ちる隼人たちを見て その光景を、まるでスローモーションのように緩やかになった時間の中で、ただ見ていることしかできない香織は自分に絶望する
香織の頭の中には、昨夜の光景が繰り返し流れていた
昨夜隼人とハジメが二人で話しているところに訪れると、隼人は気を使ってくれたのか雫のところに用があるといい足早に部屋を出ていった 夢見が悪く不安に駆られて、いきなり訪ねた香織に随分と驚いていたハジメ。それでも真剣に話を聞いてくれて、気がつけば不安は消え去り思い出話に花を咲かせていた
その時に言ったハジメを守るという言葉。それなのに香織は何もできなかった
ハジメをずっと守っていたのは、香織が苦手としている隼人だったのだ
香織は隼人のことがあまり好きではない。ただ信用はしている
頼りになるし、料理に関してはかなり熱心な様子の隼人
そして雫の想い人でもある
香織にとって雫は自分を守ってくれるナイト的存在でありながらそれでも綺麗な自慢できる親友である
雫のことならなんでも分かっているつもりだった。実際雫のことを両親以上に理解している可能性があるとしたら香織だろう
「八重樫はあんなにも頼られているのに誰にも弱音を吐いたところは見たことないだろ?……あいつが甘えられる場所ってどこにあるのかな?」
それでもたった隼人のたった一言で全てを崩された。隼人の言う通り雫は誰にも弱みを見せなかった。それは香織でさえも
だからこそ隼人のことは苦手なのだ。なんでも分かっているようにしているから
でも雫を任せられる男の子としては光輝以上に適任であった。実際雫は隼人といるようになってから遠目から甘えるようになっていたのだ。そして今日の迷宮で雫が隼人に対しての気持ちを理解したことも理解していた
そしてふと香織は自分のことを忘れハジメと同じくらいに大切な雫を見る
雫は座り込み涙を隠そうともせず涙を流している。奈落に落ちたと信じたくないのかいやいやと首を振る
雫の弱いところ。泣いているところを香織は始めてみる
香織が冷静でいられたのはとあるものを見たからだ。一度は生きることを諦めていた隼人が落下するときに力強い目線が何よりも生きること諦めていないことに気づいていた
無力感だってある。言いたいことも後悔したいこともある
それでも信用しているのだ。隼人のことを、雫が好きになった男の子を
雫が無言で立ち上がり。それは隼人の後を追うように、奈落に向かおうとする
「雫ちゃん!!ダメ」
香織は必死に雫を抑える。筋力ステータスは前衛職ではないし高くはないので一人だけには抑えきれない
「雫! 君まで死ぬ気か! 三人ははもう無理だ! 落ち着くんだ!!このままじゃ、体が壊れてしまう!!」
言葉を発さずそれでもどこから力が出ているのだろうか?雫は一歩一歩奈落に近づく
雫の喪失感は大きかった。始めて甘えさせてくれる人を見つけて、雫を特別扱いしてくれる男の子
だから香織が止めても、もはや言葉は届かないそれでも必死に止める力が強くなる
雫は後を追うつもりなのだ。隼人がいない人生なんて意味はないと思えるくらいに隼人は雫の中で大きかった
その時、恵里がツカツカと歩み寄り、問答無用で雫の首筋に手刀を落とした。ビクッと一瞬痙攣し、そのまま意識を落とす雫
「…雫ちゃん」
「中村?」
「いいから。とっとと引こう。ショックを受けている暇があったら早く地上に行かないと隼人に申し訳ないからね」
「…でも」
「…ボクは諦めない。隼人たちが死んだなんて信じはしない。絶対隼人たちは生きてる」
恵里の言葉には力があった。恵里も気づいていたのだ。隼人の最後まで諦めてなかったことを
鈴も近くに近づく。当然二人もショックはある。愛する人が奈落に落ちたのだ
でも二人は何もできなかった。ただ信じることしかできなかった
そして命を救われたと同時に大事なものを失った
「……信じてるから。ハジメくんも隼人くんもかおりんやシズシズが思っているほど弱くはないよ。ハジメくんも優花ちゃんもいるし何より隼人くんがいるから」
好きな人を信じているから。好きな人だからこそ大切な人は絶対に帰ってくるって
二人は中学の時に隼人と出会っていて、そして救われた経験がある。女の子を救って、親密な関係になるのは隼人の悪癖だがそれでも自分の気持ちを考えてくれている
だから足掻いているはずだ。絶対に地上に上がると、そして絶対に私たちに会いに来てくれると
だから今自分に出来る事を、隼人が帰ってくるまで誰も死者を出させないこと
「……かおりんは南雲くんが死んでいると思ってる?」
「……ううん。南雲くんは生きていると思う」
「なら今することは全員を生きて帰ることだよ。奈落のそこで隼人も南雲くんも生きているのなら、なおさらね」
恵里と鈴の言葉は誰よりも香織に響く。自分は助けられてばっかりだった。だから今度は私が助けるんだと
「……シズシズは」
「ボクが持つよ。正確にはボクが操った魔物がだけど」
降霊術師の恵里がいうとトラウムソルジャーを操る恵里の姿があった
剣がない分攻撃力はないが、その分雑用だけができるお人形に成り果てている
そして動き出す。一人意識不明に陥りながら上を目指すように
多くの人の心に傷跡を残し、そして二人のどこか薄暗い感情を胸に
「錬成」
ハジメが床を操り三体の狼の動きを止めると
ダンッダンッ
と3匹の群れている狼の魔物を隼人と優花はこっそり撃ち抜く
落下してから3日がたち俺たちはやっと三体の魔物を仕留める
3日の調査で一番弱いのが狼であることはわかっていたのだ。
それ以降集団行動が当たり前になり、隼人たちは安全に殺す方法と自分の技能を重点的に鍛え始めたのだ。
今俺たちは錬成を使いながら安全に狩を行なっていた。
というのも隼人たちの食事情を改善をするためだ。岩塩を少し見つけたのでひとまず塩分不足は免れ、糖分は少ないながら隼人が少しばかり持っていた
そして一匹ずつ穴に引きずって安全を確保した後に隼人が血抜きをしていく。
手慣れた様子で血抜きできるのは解体技能があり知識がすでに頭に入っているからだろう
「どう?」
「……やっぱり硬いな。完全に柔らかくならないしな。味の方は食べてみないとどうにも言えない。」
「そっか。せっかく隼人の料理食べられると思ったんだけどね」
少しだけ切り取り、そして軽く炙ると口に入れる
すると生臭く噛んだらゴムみたいな味だった
固く、血抜きはしたがまだ生臭さが残っている
魔物の肉は毒なので神水を飲み干す
「う〜ん。ちょっと厳しそうだな。臭みと硬さを抜かないといけないし。なるべく食べやすくはするけど。味に期待はしないでくれると」
と少し報告した矢先だった
「――ッ!?」
隼人の全身に激しい痛みが襲う。まるで体の内側から何かに侵食されているようなおぞましい感覚。その痛みは、時間が経てば経つほど激しくなる
「お、おい。隼人どうした」
「隼人!!」
声が発せられないほど体の痛みが増していく 耐え難い痛み。自分を侵食していく何かに地面をのたうち回る。
優花がハジメが作った石製の試験管型容器を取り出すと、栓を抜き中身を飲ませる。直ちに神水が効果を発揮し痛みが引いていくが、しばらくすると再び激痛が襲う
「隼人!?なんで神水を飲んでいるのに」
「園部さん!!もっと神水を飲ませて!!」
試験管の容器を持ってくる園部と慌てたように神水を汲みにいくハジメ
これは隼人の料理技能が関係していた
元々隼人の料理は素材を引き立てるような料理が多い
出汁を作るときは素材の深み、香りなどすべてを引き立てた上で食欲も引き立てる
雫みたいに恐怖で食事が喉を通らない人の食欲を引き立てるくらいには隼人の料理と知能は素材の良さを引き出している
それでは魔物の肉の良さとはなんだろうか?
それは食べたものの細胞を破壊し、より強い細胞を生やしていく、自分を強化しているのだ、魔物は、魔物を食べ自分の固有技能を強化する。
それはたった一匹の魔物を食べたとしたならばで三匹の魔物を食べるくらいの効果があることが痛みの元だったのだ
体が痛みに合わせて脈動を始めた。ドクンッ、ドクンッと体全体が脈打つ。至る所からミシッ、メキッという音さえ聞こえてきた。しかし次の瞬間には、体内の神水が効果をあらわし体の異常を修復していく。修復が終わると再び激痛。そして修復
神水の効果で気絶もできない
絶叫を上げ地面をのたうち回り、頭を何度も壁に打ち付けながら終わりの見えない地獄を味わい続ける。当然叶えられるわけもなくひたすら耐えるしかない
心配そうに見ているハジメとそして祈るように神水を飲ませていく優花
そして痛みが治まったのはおよそ3時間後だった
ぐったりしながら隼人は息をたえたえに優花に膝枕をされていた
隼人が立ち上がろうことしかできず優花が地面で寝かせるのはまずいと判断したのだった
「はぁはぁ。神水さえ飲んでいれば大丈夫だろうと思っていたんだけど」
「……そういや、魔物って喰っちゃダメだったか……」
「ん〜まぁ検証だし、まぁ毒味だったけどな。でも明らかに体が前よりも軽いんだけどなぁ」
ステータスを見ると驚きのことが書いてあった
須藤隼人 17歳 男 レベル:1
天職:料理人
筋力:400
体力:400
耐性:400
敏捷:400
魔力:600
魔耐:400
技能:魔力操作・料理[+食物鑑定][+レシピ作成][+料理の達人][+肉質変化]・解体[+血抜き] [+解体術]・包丁術・目利き・気配感知・投擲術[+必中]・鑑定・胃酸強化・痛覚耐性・火属性適正[+消費魔力減少]・水属性適正[+氷魔法][+消費魔力減少]・風刃・言語理解
「…………は?」
隼人があっけにとられる。それは明らかにステータスが増長されている
「どうしたのよ。」
「……いやステータスがおかしいんだけど。ステータスが全部倍以上になっている」
「えっ?」
「ちょっと見せろ!!」
ステータスを見せるとすると二人はじっくりと見る
理屈を考える隼人は一つだけ思い浮かぶものがあった
「もしかして超回復か?これ」
「超回復?」
「筋トレなどにより断裂した筋肉が修復されるとき僅かに肥大して治るという現象だよ。骨なども同じく折れたりすると修復時に強度を増す。まぁ即ち魔物の毒で神水で内側から細胞を破壊していき、神水で壊れた端からすぐに修復していく。まぁ筋肉痛が一度に」
「つまり痛みと引き換えに身体が強化されたってこと?」
「そういうことじゃないか?ちょっと離れて。危ないから」
隼人はさっきから変な感覚をあったのでもしかしてと思いそれを炎を想像すると
ぼぉっと無詠唱で炎が出てきたこともあり隼人たちは少しだけどういうことなのか考える
「おぉ。すげぇ」
「ちょ、無詠唱で魔法が使えるの?」
「それが魔力操作の技能ってこかな?」
「多分だけど痛覚耐性と胃酸強化を持っているぶん次からはかなり楽になると思うけどこれやるんだったかなり地獄だぞ。……どうする?」
隼人は二人に聞いてみる。でも二人とも当たり前のように言葉は返ってきた
「私はやる」
「ボクはやる」
すると二人は覚悟を決めたように目をしていた
理由は聞くまい。隼人自身やらないといけないことに気づいているからだ
「……そっか。なら少しは食べやすいように軽く炙るか」
と隼人は軽く魔物を解体作業に入ろうとすると
「……あれ?」
なんとなくであるが隼人にはどこをとってどういう風に血抜きし、そしてどうすればその食べ物が食べやすくなるのかが頭のなかに浮かんでくる
どんな食べ物も手順、そして全てが頭に浮かぶと隼人はその通りに解体をし始める
解体術。解体の手順が分かるそれだけのことだがそれでも隼人にとってはかなりありがたい技能だ
料理のことを熟知して解体術すら日本で学んでいたくらいなので優花が引くほどの内臓の処理などを手慣れた様子で処理していく
そして完璧な解体術を受けた肉は赤身がこく、さっきと比べると霜ふりも綺麗な肉質になっていた
料理人
ありきたりな職業であるが天職自体が料理人の人は滅多にいない
料理がうまい人なんて天職なしでも多くいるし、元々はトータスで一番人気のない職業でもある
しかしこの料理人という職業。ありきたりではあるのだが、異世界の料理人。それも地球にいた時から料理の腕前がある隼人がただの料理人であるわけがない
そして料理人は美味しい料理を提供することが目的である
すなわち口にした食材をなんでも美味しく調理することができるのだ
口にした瞬間それに適した派生技能を覚えることができる。いわゆるチートの塊というわけだ
そんなことを知らない隼人はステータスに違いを調べるのと二人の強化のためにそれぞれ違う狼を二枚焼き終えるとそれをハジメと優花に渡す
「…本当にまずいの?とても美味しそうなんだけど」
「……いや、技能が増えて解体がすげぇ楽になったからその影響だと思う。解体方法が浮かんできたから」
「……それってつまり?」
「美味しいとは思う。実際に全て違うし血抜きも完全に失敗してたからな」
とはいえ隼人は次の肉を焼いている。お腹が減っていることもあり空腹をとりあえず治るまで食べることにしたのだ
そして魔物肉を恐る恐る食べる優花とハジメ。そして気づく
あれ?これ二人食べたら痛み治るまで看病するのって俺だけじゃないか?
と隼人が思った矢先
「「美味しい!!」」
美味しそうに肉を頬張る
隼人が少し複雑な顔をしながらその姿を見つめていたと同時にまぁいっかと諦めていた
なお痛みはすぐに訪れ二人の看病にその日1日を使ったのは言うまでもないことだった
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残された少女達
私は目を逸らし続けていた。
隼人、ハジメ、優花が奈落に落ちてから五日が過ぎた。
クラスメイトはもちろんのこと、王都内でも多くの人が悲しみに包まれた。
特に隼人の死。
それはクラスメイトたちだけではなく王都内のギルド、商人、町人にもたった二週間で多くの物を残していたらしい。
隼人は商人や料理人に地球の食生活や料理についての技術を教えていた。
携帯食料や非常食が発達し雫に作ってくれたうどんも研究の一つだったのだろう。乾麺や錬成師と協力して缶詰が店頭に並んでいるらしい。今や隼人の死は冒険者や医療関係者から多く悲しまれて惜しまれていた。また地球の家庭でも作れるレシピを本にしてまとめていたらしく。主婦や多くの人に今も大事に読まれていた。
一度教会は無能扱いをした。しかし町人や冒険者は隼人が残したものを知っていたので猛反発を食らったのだ。おかげで今や教会でも力を持った愛ちゃんのおかげで王宮に残る選択をした生徒達の帰還を願うように調べ始めたのだった。
「あなたは私たちにどれだけの物を残してくれたの。」
愛ちゃんの言葉は光輝や檜山を除いてのクラスメイトの総意に違いなかった。
遺言書。
隼人はしっかりクラスメイト全員に向けての遺言書をリリィに渡していたらしい。
もちろんハジメや優花にも書いていたのだがそれは読まれることはないだろう。
日本語で書かれた手紙には教会が怪しいことや様々な思い出について書かれていた。一人数十ページにも及ぶ言葉に全員が一言一言噛みしめるように。涙を流しながら読み進めた。
その中でも一番反響が大きかったのは最後の一節だろう。
『俺の家族に『家族でいられて幸せだったと。』俺以外の全員が生きて帰って告げてくれると俺の死も報われます。ありがとうございました。みんなは生きて帰れるように祈っています。みんなの好きだったレシピを添えて最後の手紙とします。』
その一言でクラスメイトの多くが息を飲んだ。いや目が覚めたといってもいいだろう。
今まではトータスの住民を救うために戦っていたのだが。隼人の目的は帰還であったことを伝えていたのだ。
それは多くのクラスメイトにも伝わり、今や自分たちが帰ることに力を入れ始めた。
とある少女以外は。
一人の少女は未だ死を受け入れてはなかった。
それは雫だった。
「須藤くん。」
その名を口にしただけで胸が痛く、雫は涙が溢れてくる。
雫は迷宮から帰った後、一度も部屋から出てはいない。
食欲はなく、光輝や龍太郎、香織でさえ会おうとしても一言で追い返すほどふさぎ込んでいた。
私たちが戦争に参加するって言わなければ。
私が光輝に賛同しなければもしかしたら三人は生きていたのかもしれない
須藤くんは生きていたのかもしれない
自分を責めずっと苦しみ続けている雫は暗闇の中で今日も初恋の少年の姿を想っていた。
「……なんでよ。なんで死んじゃうのよ。」
今となっては遅すぎる。どれだけ後悔しても仕切れない。
須藤くんの言葉でどれだけ救われていたのか
初めて自覚したこの気持ちを言葉に出すのだったら。
「私は須藤くんのことが好き。」
認めるのも、声に出すのも遅かった。雫の手にはたった一枚のクシャクシャになった手紙。
認めたくない、須藤くんが死んだなんて認めたくない。
でもそこには隼人はいないのだ。
「会いたいよ、須藤くん。」
声が漏れる。
一人の少女のつぶやきはどこかに消えていった。
今日も返答がないまま時はすぎていくのであった。
ちょうどそのころ香織の部屋には鈴と恵里が訪れようとしていた。
クラスが今機能しているのはしっかり者の恵里とムードメイカーである鈴、バランスが取れている二人が指示を出しているからであり、それはまさにリーダーと呼べる才能の一つだ。
「シズシズ大丈夫かなぁ。」
「大丈夫だよ。シズシズもカオリンもまた前みたいに笑える日がくるよ。」
と鈴が笑っている。しかし恵里は知っていた。鈴が無茶をしていることを
その原因はすぐに思い当たった
須藤隼人。
私たちの恩人でもあり、未だ諦めきれない初恋の相手だった。
恵里が初めて隼人と会ったのはとある橋の下だった。
その当時恵里は両親からのDV被害にあっていて自殺をしようとしていたのだ。
しかし偶然仕入れで通りすがった隼人に見つかり、料理を頂き、いつの間にか高校からであるが隼人の家で住み込みで働くことになったのだ。恵里自身にすらなんでそうなったのか今でも分からない。ただ隼人も隼人の家族も誰もがお人好しであることは間違いない。一度壊れていた恵里が完全に修復されるほどには。
恵里はその当時、隼人の両親と隼人の妹に会っていて、隼人の妹が原因で隼人の優しさが生まれているんだと思っていた。
隼人の妹はアルビノ個体で髪も肌も色白であることからイジメられていたことを隼人から聞かせてもらったことがあった。
アルビノは先天性の症状で、色素が少ないか全く無いことにより肌の色や髪の毛が白く、瞳の色がグレーやモスグリーンなどになる。他にも視力が弱い、まぶしい、紫外線に弱いなどの症状がある。また、水平眼振といって眼球が揺れてしまう症状が出る人もいるのだが、隼人の妹の美穂もその典型的な例に当てはまっていた。視力は弱くいつもはメガネをかけていて普段は学校にもいけないらしい。過度なイジメにより自殺未遂をした時に足が動かなくなってしまったとのことだった。
だから普段は隼人が車椅子で行きたいところに連れていったり、優花の店で一緒にご飯を食べているとのことだった。
……そしてその時から恵里は一人ではなくなった。
美穂は恵里のことをお姉ちゃんと呼び、恵里とどこかに出かけることが多くなった。もちろんそこには鈴や隼人、時々ハジメや優花がいることもあった。隼人のおかげで私には大事な家族と友達。そして鈴という親友ができたのだ。
恵里や鈴が「私」っていうようになったのもこのころでありそして恋心を覚えたのは丁度このころだった。
「あなたは私たちにどれだけの物を置いていったんだろうね。」
恵里は小さな声で呟く。
鈴も誰のことを言っているのか分かったらしく苦笑している
「須藤くんはこうなることが最初からわかっていたんじゃないかな。だから逃げる先を、二週間の間に作ってくれたんだよ。」
鈴はトータスに来てから。いや元々下品なおっさんを仕込ませているのもあるが鈴もリーダーとしての適正はかなり高い方だ。物分かりがよく、観察眼も鋭い。でも理解しあえる者が少なかったと隼人は愛ちゃんに告げていた。
「自分に素直にならないと本当の幸せは掴めないぞ。」
隼人の言葉が今でも脳裏に焼き付いている
鈴の両親は根っからの仕事人間だった。幼い頃から鈴は、雇われのお手伝いさんに育てられていたようなものだ。
それなりに裕福な家ではあったが、お手伝いさんが帰ってしまえば鈴は広い家にポツンと一人取り残されることが常だった。幼子が長い時間一人でいれば、性格的に暗くなるのは必然。保育園や小学校低学年の頃は友達もあまりいない根暗な子供だった。
別に、両親に愛されていなかったわけではない。与えられるものはどれも吟味されたものだったし、夜帰って来たときこっそり鈴の様子を見に来て頭を撫でてくれたことを鈴は知っている。
でも、幼い鈴には、それでは全然足りなくて……だから、拗ねた気持ちで、たまに会えた両親に対しても素っ気ない、可愛げもない態度をとってしまったりしていた。そんな鈴が、今の天真爛漫の体現者のような在り方になったのは、ひとえにお手伝いさんの影響だ。雇われて数年が経ち、塞ぎ込んでいく幼い鈴を見かねた恰幅のいいお手伝いのおばさんは、鈴に一つアドバイスをした。
それは、〝取り敢えず、笑っとけ〟という何とも適当さ溢れるアドバイスだった。それで周りは変わるから、と。今も、鈴の家に通ってくれている鈴にとってはもう一人の母にも等しいお手伝いさんの言葉だ。当時の鈴はわけがわからないまでも、それで寂しくなくなるならと実践した。
まず、両親に対して素直に喜びをあらわにしてみた。にっこり笑って、飛び跳ねて、頭を撫でられたり、プレゼントをもらった時に全力で嬉しさを表現した。本当は、まだ心にわだかまる気持ちはあったのだが、それを押し込めて接してみたのだ。すると、両親の顔は鈴の記憶にある限り見たことも無いほどデレ~と、だらしのないものになった。
相変わらず仕事が忙しいのは変わらなかったが、それでも両親が自分を見る度に幸せそうに微笑む姿を見ることが出来るようになった。それは、鈴自身も幸せになるような笑顔だった。
次に、学校でもよく笑うようにした。本当は楽しいことなんて特に何もなかったけれど、それでも常にニコニコと笑顔を浮かべるようにした。
すると、いつの間にか鈴の周囲には常に誰かがいるようになった。その誰かは、みんな笑顔で楽しそうに鈴に話しかけるのだ。それを見ていると、今までの学校生活が嘘のように楽しいものに変わった。それで鈴はわかったのだ。たとえ辛くとも悲しくとも、笑顔でいれば釣られて笑顔は増えていく。そうすれば、もう一人にならなくて済むのだと。
それからというもの、鈴は二度と一人にならない為にどんな時でも笑顔を絶やさないようにした。そう、どんな時でも、鈴の笑顔は常に本心からのものではなかった。むしろ、半分くらいは演技の笑顔だった。長年の在り方が、本心からの笑顔と演技のそれを区別させないほど同じものとしていたのだ。
しかし隼人は接客業のプロだ。それくらいの笑顔をすぐに演技だと気づくのは容易いことだった。
しかし、隼人は鈴の本心を聞き出すのにかなり苦労した。いろんなところに連れまわされたり、どこかに連れていったり、でもめげずに隼人は鈴の本音を自分の弱さをさらけ出すグループを作ったのだ。
恵里、隼人、鈴、ハジメ。
トップカーストとは言えないけどおとなしく優しいグループとしていつも一緒にいて、今までのどのグループよりも居心地がよかった。鈴が自分の本音を恵里の過去を受け入れた場所として隼人という存在はとてもありがたかったのだ。
「……本当にどれだけの物を置いていったんだろうね。」
「そうだね。今度会った時は私や鈴、雫をこんな思いをさせたんだからちゃんと責任をとってもらわないとね。」
二人はおそらく三人が死んではいないと未だに信じていた。隼人は元々切れ者で頭が回るしハジメは錬成師で逃げ場を作ることができることを二人は分かっている。
そして、隼人の好きな人も薄々気づいている。それが奈落に落ちた優花だとも。
だから隼人の特別になれる確率はかなり低い。だって逃げ切れるはずの隼人が優花の元に残るくらいだったからだ。だから恵里の誘いに鈴は乗ってしまった。もしかしたらみんなに軽蔑されるかもしれない。今までの関係や立場を捨ててしまわないといけない。倫理的にはかなり歪んでいることなのに。鈴と恵里はそれでもいいと思っている。だって隼人の側にいたいから。
ハジメのこともそうだ。ハジメも隼人が連れてきたとはいえ、二人にとっては本性や自分の過去を受け入れてくれた大事な友達なのだ。ハジメは思っていたよりも友達が恵まれていることを自分では気づいていない。でも鈴も恵里も諦める気はさらさらなかった。でも二人では力不足であることには違いはない。迷宮攻略をするとしたら強力な仲間が必要だったのだ。
そして雫もなんとかして三人を探す旅に誘いたかったのだ。
今の雫は鈴も恵里も見てはいられなかった。
部屋の中でずっと明かりもつけずずっと泣き続けている。
その二人は見ることしかできなかった。
国家試験があって投稿できない日が続きましたがやっと投稿できる見通しが立ちました。
この回は
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