ヒープリ×トロプリ トロピカル・アメイジング! (runguri)
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第1話 地球のお医者さんは修学旅行生!?

■ビョーゲンズとの戦いも終わり平和になったはずなのに、なんだか浮かない様子ののどか。しかし明日はお待ちかねの修学旅行、行き先はなんと……あおぞら市!? 一方、鬼気迫った様子のあすかが提案するトロピカる部の今日の「部活」とは……? ■ヒーリングっど♥プリキュアとトロピカル~ジュ!プリキュアの、勝手に春映画チックなクロスオーバーSSです。 ■ヒープリの方は本編終了後のアフターストーリーを兼ねています。トロプリは追加戦士加入前、本編12話ごろの時間軸です。春映画であればスタプリも出すべきところですが、作者の力量の問題により登場しません。また、オリジナルの敵勢力や味方キャラなどは出てきません。 ■全4話を予定しています。


 

 □ □ □

 

 

「……というわけで、明日はいよいよ修学旅行当日だ。みんな、旅行を無事に満喫するためにも今日の間にちゃんと準備をして、しっかり寝ること。それじゃあ」

 花寺のどかたちのクラスの担任、円山先生はそう言って教室を後にした。途端に、教室の中は浮かれた声で溢れかえる。中学生活を通しての一大行事なのだから当然だ。

 無論、クラスきってのイベント好き、平光ひなたも大人しくしているわけがなかった。

「よっしゃー! ようやく来たよ、お待ちかねの修学旅行!」

 のどかの前の席で、ひなたは二つのおさげをぶんぶんと揺らして喜び勇んでいる。隣の席の沢泉ちゆも、彼女のはしゃぐ様子にふふっと微笑む。

「正直わたしも、今日は一日中明日の事ばっかり考えちゃって、あまり授業に集中できなかったわ。……それにしても、修学旅行の前にビョーゲンズを倒すことができてよかったわね」

「それそれ! ほんとだよー。旅行中にあいつらが現れてさ、『ひなた絶望!? むしばまれた修学旅行!』なんて事になったら最悪だもん! もうそんな心配せずに思いっきり旅行を満喫できるよね~」

 そう、彼女たちはずっと、地球全体を蝕み我が物にしようとする生命体、ビョーゲンズとの戦いの日々を送っていた。そしてつい先日、親玉であるキングビョーゲンを打ち破り、平穏な日々を取り戻したのだった。

「あたしさ、楽しみすぎて、荷造り昨日のうちに済ませちゃったよ!」

「ひなたが準備を前倒しで進めるなんて、気合が違うわね……。とはいえ、わたしもほとんど済ませちゃったけど。のどかはどう?」

 ちゆからの質問に、のどかはぴくっと反応し、所在なさげに肩を落とす。

「それがまだ、全然まったく……」

 そんな彼女の返答に、ひなたとちゆは顔を見合わせた。

「あれ、そうなの? こういうの前もってきっちり準備してそうなのに、のどかっちにしては珍しいね」

「も、もちろんやろうとはしてるんだよ? でも、昨日も一昨日も、旅行バッグを広げはするんだけど、いざ荷物を入れようとするとぼーっとしちゃって、何から手をつければいいのかわかんなくなっちゃって」

「そういえば最近のどか、少し元気がないというか、心ここにあらずってことがあるわよね。今日も英語の宿題忘れてきてたし……」

「うっ」

「午後の授業始まったのに、机の上にお弁当箱出しっぱなしにしたりしてたよね」

「ううっ……」

 二人からの指摘に、どんどんと背中が萎んでいくのどか。

「あーごめんごめん。責めてるわけじゃないんだよのどかっち! ただちょっと心配になったってゆーか」

「ありがとう、ひなたちゃん……。自分でもよくわからないんだけど、なんだか最近、いま一つやる気が入らないというか、色んなことを後回しにしちゃうことが増えちゃって……」

「ラビリンたちがヒーリングガーデンに戻ってからしばらく経つし、もしかしてちょっと寂しかったりする?」

 ちゆの問いかけに、のどかはしずかに首を振る。

「寂しくないと言えば嘘になるけど、ほら、こないだヒーリングガーデンに行ってラビリンたちとも会ったじゃない? あの時に久しぶりにいろんなことも話せたし、むしろ気分は軽くなったと思うんだけど」

「それじゃあ、いったい何なのかしら……」

 それがわからなくて、と三度しょげるのどかの頭を、ひなたはよしよしと撫でる。

「そんな時こそ旅行だよ、のどかっち! おいしいもの食べてキレイな景色見てー、いっぱい遊べば気持ちもスッキリするって!」

 ひなたの激励に、のどかは顔を上げる。

「そ、そうだよね! わたし、小学校の修学旅行行けなかったからすっごく楽しみなんだ! ちゆちゃんとひなたちゃんは、今回の旅行先の、えっと……あおぞら市、って行ったことあるの?」

「わたしはないわね」

「あたしも! すこやか市からだと微妙に遠いもんね。オーシャンビューを眺めながら都会の街並みを満喫できる常夏の街……やばい、めっちゃ楽しみになってきたー! もう行きたいお店も決めてあるんだー!」

 椅子の上でぴょこぴょこ跳ねるひなたの様子に、のどかの表情も思わず緩む。

「そうだよね、うん! わたしもやる気出てきた気がする! 今日はがんばって準備して明日に備えるぞ!」

 おー! と三人は拳を上げた。

 

「……あれ? そういえばさ。修学旅行ってことは、あたしたちもう3年? ……進級なんかしたっけ?」

「やあねえ、何言ってるのひなた。うちの中学では修学旅行は2年生の時に行くのよ」

「……ちゆちー? あっ、ということは今って、もう2月か3月くらいだよね?」

「やだなあ、何言ってるのひなたちゃん。まだ2年生の1学期か2学期か3学期くらいだよ」

「……のどかっち?」

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

「おっつかれさまでーす! さあさあさあ、今日の部活はいったい何をしましょー?」

 次の日。ところ変わって、あおぞら市。

 夏海まなつは、あおぞら中学校の屋上に佇む『トロピカる部』の部室に入ってくるなり大声であいさつをした。彼女とは対照的な落ち着いた声量で「こんにちわ」と会釈しながら、涼村さんごもまなつの後に続く。

 まなつは大きな足取りで部室の奥にある黒板へと向かう。黒板には『トロピカるリスト』と銘打たれた、各自のやりたいことを書き連ねた一覧があり、すでに達成したものには横線が引かれている。まなつはそのリストをまじまじと見つめると、うーんと頭をひねる。

「今日は何やる? 昨日はバケツプリン作りやったし、学校周辺の徹底お掃除……は、ついこないだやったばっかりだしー。オリジナルエプロン作りか、もしくはあおぞら中学校校歌を3番まで覚えるために全力絶唱かなあ」

「そもそも、まず最初に何をするのか確認しないといけない部活って何なんだろうね……」

 さんごのぼやくようなツッコミもどこ吹く風で、まなつはなおも黒板とにらめっこしている。すると、部室のドアが乾いた音を立てて再び開いた。

「……いや、今日はスイーツ作りも清掃活動もお裁縫もカラオケ大会も一旦却下だ。どうしても今一番やらなければならないことがある」

 すると、遅れてやってきた滝沢あすかが、部室のドアに佇んだまま、やけに神妙な面持ちで宣言する。

「えっ、あすか先輩が提案してくれるなんて珍しー!」

「先輩がやりたいことって何ですか?」

「…………プリティホリックに行きたい」

 妙に言葉を溜めた上での意外な提案に、まなつとさんごは思わず顔を見合わせる。ただ、プリティホリックはこんな思い詰めた表情で行くようなコスメショップではない。さんごはさらに理由を尋ねる。

「わたしたちはもちろんそれで全然構いませんけど……、いったいどうしたんですか?」

 すると、あすかは一瞬言葉を詰まらせながらも、喉を絞るような声で告げた。

「……………………できるかぎり、可愛くなりたい」

 さらに予想の斜め上の返答に、思わず首が30度ほど傾いてしまうさんご。一方まなつは、あすかのただならぬ様子も気にせず、あっけらかんと答える。

「えー、でもあすか先輩美人だし、そのままで十分トロピカってると思うけどなー」

「……まなつじゃ話が通じない。さんご、相談に乗ってほしい」

「ほ、本気で言ってるのにー! ひどいよ先輩!」

 抗議の声を上げるまなつをスルーして部室の長机に着席すると、あすかはスマホを操作し、さんごの前に画面を差し出す。

「まずはこれを見てくれ」

「これは……、『なかよしウサウサ村』ファン感謝イベント、inあおぞら市……?」

 あすかが手渡したスマホの画面には、大人気スローライフアクションゲーム『なかよしウサウサ村』のゲーム本編ではなく、その関連イベントの告知ページが表示されていた。

「そう、グッズの物販はもちろん、着ぐるみウサコとの握手会にテーマソングの生ライブ、出演声優さんたちによるトークショーやボイスドラマ実演など、ファン待望のイベントなんだ」

「うわー、すっごく楽しそう! わたしも行ってみたーい!」

「先輩もこれに参加するってことですよね? それとプリティホリックに何の関係が……」

 さんごの質問に、あすかは小さく頷きながら、ふたたびスマホを操作し別のページを見せる。

「これは、なかウサ界隈では有名なファンの方の、前回のイベントレポートなんだ。ただ……この様子を見てほしい」

「どれどれ……。うわあ、会場も参加してる人もなんだかみんなかわいいー!」

 まなつの言う通り、レポートに出てくる画像を見ると、イベント会場は大型セットから小物に至るまで、パステルカラーの装飾で彩られ『なかよしウサウサ村』の世界観を寸分の隙も無く見事に再現している。さらに、参加している人たちも、その会場の雰囲気に溶け込むかのように、大人も子供も目いっぱいに可愛く着飾っている。

 眺めていると、自然と「没入感」という単語が脳裏をよぎる。メインターゲットであろう小学生以下の女の子たちの瞳は、まさにこの世界へと引き込まれたかのようにきらきらと輝いていた。

「……そう。このイベントは、運営側の素晴らしい技術と多大な努力だけじゃない。参加者も一緒になって作るものなんだ。わたしは、自分が美人かどうかなんて知らないが、自分の目つきがどれくらいキツいかくらいはわかっている。イベントには参加したい。だが、この会場の様子からなるべく浮きたくない。ましてや、周りの子に怯えられることなどあっては言語道断だ」

「そ、そんな、怯えられるだなんて大げさなー」

「まなつ。お前は迷子を心配して声をかけようとしたら、その子に一目散に逃げられた経験はあるか?」

「いやー、それはその……あはは」

 フォローを入れようとするまなつだったが、あすかの静かだが言い知れぬ剣幕に思わずすごんで引き下がる。

 すると、その傍らでさんごがわなわなと震え始めた。

「さ、さんご? いきなり無茶なお願いをしてしまってすまない。無理だったら、」

「いいえ、わかりました……。そういうことなら、この不肖涼村さんご! 全力であすか先輩のかわいいをサポートさせていただきます!」

 拳を胸の前で固め、さんごは高らかに叫ぶ。

「おお、燃えてるねさんご!」

「うん! だって、あすか先輩に頼りにされるなんて滅多にないことだもん! しかもかわいくなりたいだなんて、ここでわたしががんばらなきゃ、いつがんばるのって話だよ!」

 ふん、と鼻息荒く意気込むさんごに、あすかは呆気にとられながらもふっと微笑む。

「ありがとう、さんご。よろしく頼む!」

「はい!」

 大きくうなずくさんごに、まなつも思わず大きくにんまりと笑う。

 

 というわけで、一同はプリティホリックに行くことになった。

 全員が再びカバンを手にし部室を後にしようとしたところで、あすかがふと気づき声をかける。

「そういえばまなつ、今日はローラはどうしたんだ? 連れてきてないのか?」

「あー……。たぶん、家にいると思います……」

 一転、珍しくトーンの低いまなつに、さんごは伏し目がちな彼女の顔を覗き込むように尋ねる。

「その様子は、もしかして、またケンカしちゃった?」

「だ、だってー、勝手に家の外に出ちゃダメって言ってるのに、『外で開放的に泳ぎたいから』って、一人で家の近くの川まで泳ぎに行ったんだよ! お母さんにも最近ちょくちょく疑われてるし……」

 ぶー垂れるまなつの様子が微笑ましいのか、さんごは苦笑する。

「でも、今日はどうしてるのかな? お家にいても退屈だと思うけど」

「今はくるるんもいるし、大丈夫だと思うけどな。まさか、昼間に一人で水族館のプールに行って誰かに見つかるなんてヘマはしないと思うけど……」

「そうだよね。まさか、それでわたしにも見つかったのに、昼間に一人で水族館のプールに行って誰かに見つかるなんてヘマはしないよね……」

 

 

 □ □ □

 

 

「あおぞら市にとうちゃーく!」

 旅行バスに揺られること数時間、すこやか中学生徒一同は潮風香るあおぞら市へとやってきた。長時間の移動で凝り固まった背中をぐーっと伸ばしながら、ひなたは周囲の景色に目を輝かせている。

「すごいわね。本当に、都会の街並みの中から海が見渡せる……」

「街の中も、きれいな水路がいっぱい流れていて、まるでベネツィアみたい! ふわあ……」

 ちゆとのどかも、周囲の景色を眺めては感激にため息を漏らしたり、スマホで写真を取ったりしている。

 しかし、そんな浮足立つのどかをたしなめるように、担任の円山先生が後ろから声をかける。

「花寺。浮かれるのもいいが、今度はバスの中に忘れ物したりしていないだろうな?」

「はぃ、だ、大丈夫です……」

「そういえばのどかっち、出発前プチ波乱だったもんね……」

 ひなたの言う波乱とは、すこやか中学校校庭に集合しいざ出発となったところで、のどかが財布を忘れたことを思い出し、時間もないのでそのまま全員乗り込んだバスごと花寺家へと向かい、全同級生が見つめる中財布を取りに戻るという赤っ恥から旅行が始まった事だった。

 そのおかげで、楽しい話題に花咲くはずのバス内での会話も、のどかはどこか上の空だった。

「うう、昨日準備をしている最中も、何だかこんなことしている場合じゃないって気がして、お財布とか大事なものはチェックは最後にしようと思って、結局そのまま後回しにしちゃって……」

「なんだかやっぱり、最近のどか調子が変よね」

「この修学旅行、前途多難かも……」

 すっかりしょげて小さくなったのどかの両肩に、ひなたはぽんと手を置く。

「まあまあまあ、のどかっち! そんなに落ち込まないの。旅の恥は掛け捨てって言うじゃん!」

「掻き捨てね」

「せっかくの修学旅行なんだし楽しまなきゃ。ほら、一日目からあおぞら市一番の超目玉スポットだよ!」

 ひなたに背中を押され顔を上げたのどかの目の前には、視界に収まらないほど大きな建物が広がっていた。

 旅行バスが辿り着いたのは、巨大な水族館。

「あおぞら水族館……国内最大級の水族館とは聞いてたけど、たしかに大きいわね」

「うん! すこやか水族館よりも大きいなんて、全部回りきれるかなあ……。ちゆちゃんひなたちゃん、早く行こう!」

 元気を取り戻した様子ののどかに、ちゆとひなたは微笑むと、駆け出したのどかの後へと続いた。

 

 

 熱帯魚、クラゲ、ペンギン……。展示されている海洋生物に目を輝かせながら、生徒たちは薄暗い照明の館内を順に進んでいく。

「この水族館、すっごいね! こんだけ色々見たのに、まだ半分くらいしか辿り着いてないみたいだよ。どんだけでっかいだろうねここ……って、あれ、のどかっち?」

 パンフレット片手に声をかけたひなただが、のどかからの返事はない。見ると、のどかはとある水槽の一つをじっと食い入るように見つめていた。ちゆは水槽のプレートを確認する。

「これは……ダイオウグソクムシね」

 のどかは水槽の片隅にひっそりと佇む、巨大な昆虫のような生物から一切視線を離さずに無言で頷く。

「全然動かないわね。……グソクムシも、のどかも」

「なんか、あんまり生きてるって感じがしないね、グソクムシって」

 何気なくひなたが放った一言に、のどかはかっと目を見開いて振り返った。

「何を言ってるのひなたちゃん! ダイオウグソクムシさんはこうやって、ひっそりと静かに暮らすことでエネルギーを使わずに、細々と生きることで食事の回数を少なくしてるんだよ! それに泳ぐ時は意外と速いんだからね。あとあと、数年間まったく食事をしないダイオウグソクムシさんもいたりして、そのダイオウグソクムシさんが数年ぶりに食事をする動画があって、それなんかもうすっっっごく生きてるって感じがして! わたし、何十回も再生しちゃったよ~。はあ、見たくなってきちゃった……」

「おおっと、こんなところにダイオウグソクムシガチ勢がいたとは……」

 圧倒されるひなたの背後で、くすくすと笑い声がした。三人が振り向くと、赤毛の長髪を後ろでくくった、水族館の飼育員と思わしき女性がのどかたちの視線に気づき、申し訳なさそうに頭を下げた。

「あっ、ごめんなさいね。お客様があまりにも熱弁されるものだから、つい」

「い、いえいえ! こちらこそ騒がしくしてしまって、すみません……」

 のどかが慌てて頭を下げようとすると、とんでもない、と女性はそれを手で制した。

「実は、私の娘もダイオウグソクムシが大好きなんです。食い入るように見つめてるところもお客様とそっくりで、なんだか微笑ましくて。修学旅行の生徒さんですよね。今日は思う存分楽しんでいってくださいね! ……あ、ちなみにうちのダイオウグソクムシは、ちゃんと定期的にエサは食べていますので、ご安心を」

 そう言って女性は、屈託のない笑顔と共に軽く会釈をして去っていった。

 

「なんか、とっても感じのいい人だったわね」

「うん。なんか、この水族館のお魚さんたち、すっごく大事にされてるんだなって感じがする!」

「よーし、じゃあ言われた通りめっちゃ楽しんじゃおー! のどかっち、あっちにジュゴンがいるんだって!」

「えっ、ジュゴン!? 行こう行こう!」

 喜びのあまり少し早足になるのどか。すると、ちゆの目の前で「きゃっ!?」と短い悲鳴と共にのどかは急に体勢を崩した。

「うわっと!? のどか、大丈夫!?」

 急によろけてこけそうになるのどかの手を、ちゆは慌ててキャッチして彼女の体を支える。

「もう、慌てちゃダメよのどか」

「あ、ありがとう、ちゆちゃん。違うの、ここの床、なぜだかびしょびしょで……」

 のどかが見やったその先。明かりが少なくてよく見えないが、たしかに床が濡れている。

「何だろうね、どこかの水槽にヒビでも入ってんのかな?」

「漏れるほどのヒビなんて入ってたらこの水族館は今頃大惨事よ、ひなた」

「こっちって……順路じゃないよね?」

 のどかが覗いたその先、「順路」と書かれた看板の背後には、連絡用と思われる通路が続いていた。濡れた床は、とびとびにその先へと続いている。

 三人は顔を見合わせると、言い知れぬ好奇心に引かれて、誰からともなく薄暗い廊下を進み始めた。

 ところどころ濡れた階段を気を付けながら登り、のどかはその先のドアを開けた。

 

 眩しさに顔をひそめながら開いたドアのその先は、水族館の屋上だった。清掃はされているようだが、魚が展示されている様子はなく、従業員の姿も入場客の姿も見当たらない。

「やっぱり、何もないよね」

「パンフレットにも、屋上の展示については何も書かれてないわね」

「え、でもさ、あの大きな水槽、いま何か跳ねなかった?」

 ひなたが指差したその先、熱帯風の広葉樹の先に、ショーを行うために設営されたと思われるステージ型の大きな水槽があった。

 おそるおそる三人が近づいていくと、たしかに水が跳ねる音と一緒に――誰かの話し声が聞こえてくる。

 三人は息を呑み、水槽の中が見える距離まで接近する。すると――

 

「そう、くるるん上手よ! 深いところから助走をつけて、水面から全身が出るまで勢いよく尾ひれを振って一気に飛び出る! やっぱ水面ジャンプの練習は外じゃないとできないわよね~。まなつに何回説明してもわかってくれないんだもん。このローラ様がそう何回もニンゲンに見つかるヘマするわけないじゃない。まあ館内でアクアポットのエネルギーが切れて動かなくなった時はさすがに焦ったけど、誰にも見つからなかったし結果オーライよね! よし、それじゃあ今度は、高さ1メートルを目標にもっと練習するわ、よ……?」

 

 観客席に並ぶベンチの真ん中、のどかたちが呆気にとられる視界の先にいたのは、

「に、ににっ、にんにんにん、人魚だーーーー!!」

 ひなたが素っ頓狂な声で叫ぶ。直径10メートルほどの水槽にぷかぷかと浮かんでいたのは、さざ波のように優雅なウェーブを描く桃色のロングヘアーと、虹色に光る煌びやかな鱗をまとったしなやかな尾ひれを持つ、美しい人魚だった。

 人魚の方もこちらに気づき、「げっ」とその麗しい見た目に反する低い唸り声を上げると、隠れる場所はないかと周りをきょろきょろ伺い始める。悲しいかな、ショーのために設えられた水槽にそんなスペースなどないのだが。

「どどどっ、どうしよう、マジ人魚だよ、マジん魚!」

「お、おおお落ち着きなさいひなた。病原菌が人の姿になって現れるくらいの世の中だもの。魚が人の姿で現れるくらいどうってことないわ。諸先輩方にはロボットも未来人も宇宙人もいたことだし……」

「それでいくとあたしたち、もう大概の事は受け入れられちゃいそうだよね……あ、なんか落ち着いてきたかも」

「……なんだか知らないけど、不当に格を落とされた気分だわ。もっと新鮮に驚きなさいよ」

 慌てふためいていた人魚は、冷静さを取り戻すひなたたちの反応に不服そうな顔をして、水面を揺らしながらこちらへと近づいてきた。のどかは驚きと興奮に弾む胸を押さえながら、水槽の前へと進む。

 間近で見るその姿は、やはりとても作り物には見えない。

「あ、あの本当に、本物の人魚さんなんですか?」

「そうよ、正真正銘、純度100%の人魚様よ。驚いた?」

 ふふん、と誇らしげに笑う人魚にのどかはなおも呆気にとられる。

「ほ、本当にいたんだ、人魚……」

「? 何よその反応。いたらダメなわけ?」

「い、いえ、こっちの話…」

 ふーんと呟いたローラは、開き直ったかのようにのたまう。

「ま、見つかったからにはしょうがないわね。どうせヒマだし、なんなら尾ひれも触りに来る?」

 ローラに促されるまま、三人はステージ脇の階段から水槽の上へと昇る。

 ステージ上に腰掛けた人魚は、「ほら」と自らの尾ひれをのどかたちの前に差し出す。のどかは恐る恐る手で触れると、ひやりとして滑らかな鱗の手ざわり、張りの良い尾ひれの感触が、いまだに目の前の光景を現実として受け止められない心に、実感となり伝わってくる。

「これは何というか……、活きてるって感じ、だね……」

「活きがいいっていうのよ、のどか」

「あたしも触りたーい!」

 のどかに続き、ちゆとひなたも人魚の尾ひれに触れ、その何とも言えない不思議な感覚に体を震わせている。それを得意そうに見つめる人魚に、のどかは尋ねる。

「人魚……さん? お名前を聞いてもいいですか?」

 すると人魚は、さっと髪をかき上げながら、得意げに答える。

「わたしの名前はローラ・アポロドーロス・ヒュギーヌス・ラメールよ」

「ローラあぽろぴろぴろ……? 長いけど綺麗な名前ー! あたしは平光ひなただよ。よろしくね、ローラん!」

「そのあだ名は却下よ」

 え~、とぶー垂れるひなたを他所に、残る二人も自己紹介をする。

「わたしは沢泉ちゆよ。人魚とお知り合いになれるなんて光栄だわ。よろしく、ローラ」

「わたしは、花寺のどかっていうの。よろしくね、ローラちゃん!」

「ちゃ、ちゃん~? まあいいけど……」

 ローラはのどかの差し出した手を握り返すと、のどかは満面の笑みで応えた。

「で、ローラ・アポロドーロス・ヒュギーヌス・ラメールはこんなところで何をしていたの?」

「いちいちフルネームで呼ばなくていいのよ、ちゆ。何って別に、ただ気持ちよく泳いでただけよ。くるるんと一緒にね」

 ローラは、水面をのんびりと漂う、アザラシのような見た目の妖精を見やる。注目を集めたくるるんは、一鳴きすると音を立てて水中へと潜っていった。ひなたは続けて質問する。

「普通人魚って海にいるものなんじゃないの? なんで水族館なんかにいるの?」

「事情があって今は海を離れて暮らしてるのよ」

「事情って……?」

「それは……、ん?」

 のどかの質問に答えようとしたローラは、何かに気づいたように三人の顔をまじまじと見つめたかと思うと、今度はなぜか残念そうにため息をつく。

「? ど、どうしたの、ローラちゃん」

「別に。よくよく見たら三人とも、なかなかいい顔つきをしてるなーって。プリキュア候補にぴったりかも、とも思ったけど、残念ながらトロピカルパクトはもう四人分埋まっちゃったのよねぇ。予備とかあったりしないか女王様に聞いてみようかしら」

 そんなローラの一言に、三人は思わず顔を見合わせる。

「プリキュアって……、もしかして、プリキュアのこと?」

「そりゃプリキュアはプリキュアでしょ。……ん? なんで知ってるわけ?」

「だって……」

「わたしたち……」

「プリキュアだから……」

「………………は? はああああ~~っ!!??」

 ローラの素っ頓狂な叫びが、水族館中に響き渡ろうかというほどの勢いでこだました。

 

 

 のどかたちが一通りの説明を終えると、ようやくローラは落ち着きを取り戻した。

「……なるほど。つまりあなたたちは、そのビョーゲンズって奴らから、地球を守るために戦ったってわけね」

「そして、ローラちゃんたちは、あとまわしの魔女さんたちから、みんなのやる気を守るために戦ってると……」

「まさか、まなつたち以外にもプリキュアがいたなんて……でも伝説の戦士と地球のお医者さんってことは、成り立ちが違ったりするのかしら……」

 ローラは難しい顔をしながら、何やらぶつぶつと呟いている。

「ローラちゃんはプリキュアじゃないんだよね?」

「そうよ。人魚はプリキュアにはなれないから」

「ということはローラはプリキュアのパートナー……、ヒーリングアニマルみたいなものかしら」

「アニマルというよりは、ヒーリングフィッシュじゃない?」

「ニンゲンの足垢ついばんでそうな呼び方やめてくれるひなた?」

 不満げな顔をするローラに苦笑しながら、のどかはさらに説明を続ける。

「ちなみに、もう一人アスミちゃんって子がいて、今はヒーリングガーデンって所に帰ってるけど、その子もプリキュアなんだよ」

「ぜ、全部で四人も……? ……ふふっ、ぐふふふふふ……」

「ろ、ローラちゃん?」

 突然、低い声で笑い始めるローラに、三人は思わずたじろぐ。

「これって大・大・大チャンスじゃない! 四人もプリキュアを探し出したのに、さらにもう四人も見つけてしまうなんて! こーんな偉大な功績、次期女王になってもさらにお釣りがくるレベルだわ!」

「女王になったお釣りっていったい何なのかな?」

「お付きのメイドさんが一人増えたりするのかしら」

 突如急上昇するローラのテンションに、三人はすっかり置いてけぼりだった。

 すると、高笑いを続けていたローラはぴたりと笑いをやめ、今更ながら平静を装い三人へと向き直った。

「コホン。……よろしい、特別に貴方達もわたしのてご……仲間にしてあげるわ」

「てご?」

「日常聞き慣れない穏やかじゃない単語が出そうになったわよね」

「ていうか、あたしたちそもそもいま修学旅行中だし」

 三人の冷ややかな反応に、ローラは業を煮やす。

「何よ! わたしが仲間に入れてあげるって言ってるんだからもっと光栄に思いなさいよ! それに、あとまわしの魔女は今もニンゲンたちにも牙を剥いて苦しめてるのよ? プリキュアとして放っておいていいの!?」

「そ、それはたしかに心配だけど、わたしたち、すこやか市っていうここからずっと遠い場所に住んでるんだよ?」

「何よそれくらい、引っ越してきなさいよ」

「さらっととんでもない無茶を要求する人魚さんね……」

「……あたしが絵本で見た人魚って、もっとこう」

「ひなたちゃん、それ以上は火に油ぽいから抑えて」

 当然のことだが反応の悪い三人に、ぐぬぬとローラは唸る。

「わたしは諦めないわよ……! くるるん、おいで!」

 ローラが呼びかけると、水面から勢いよくジャンプしてきたくるるんは、ローラが手にした香水瓶のようなポットへと突進し、そのまま光となってポットの中へと吸い込まれていく。

 そして、

「えっ、ちょっと!?」

 続けざまにローラもポットの中に飛び込んだかと思うと、ふわりとひとりでに浮かんだポットは瞬く間にのどかの手提げカバンへと滑り込む。のどかが慌ててカバンの口を開けて中を覗き込むと、小さな姿となったローラが、ポットのガラス窓の向こうからこちらを睨みつけていた。

『仲間に入るって言うまでついていくんだから! 断るならこのポットの中の水せっせと掻き出して、カバンの中びちゃびちゃにしちゃうわよ!?』

「……えぇ~」

「とんでもない人魚さんに捕まって、もとい、捕まえさせられてしまったわね……」

「ど、どうする、のどかっち?」

「どうするって言われても……」

 困り果てただただ立ち尽くすのどかの肩を、ちゆはポンと叩く。

「水族館が終わったら自由行動だし、その間に何とか説得しましょう」

 それしかないよね、とのどかはかくりと肩を落とした。

 

「この修学旅行、やっぱり前途多難だよ……」

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

「……よし。こんな感じで、どうでしょう?」

 ここは、さんごの母親が経営するコスメショップ、プリティホリック。その二階のカフェスペースの一部に陣取ったトロピカる部一同は、あすかを可愛くするためのメイクに取り掛かっていた。と言っても、全てさんごの手によるものだが。

 さんごに差し出された手鏡で、メイクを終えた自分の顔を見て、あすかは感嘆の声を上げた。

「おぉ……。うまく言えないけど、なんだか自分の印象がけっこう変わった気がする」

「あすか先輩はシュッとしたつり目だから、目じりの形に添ってアイラインを引いて、少したれ目に見えるようにしたんです。あとは、まぶたの中心にかけてほんの少しシャドウを薄くすれば、ちょっぴりだけど縦に大きく見えるから、雰囲気が和らぐかなって」

 へえ、とただただため息を漏らしながら、あすかは手鏡でいろんな角度から自分の顔を見つめている。

 思わず湧き出た拍手に、さんごは少し顔を赤くしてはにかんだ。

「みんなー、アイスティー持ってきたよー! あっ、もしかして、あすか先輩のメイク終わった?」

 カウンターの方からやってきたまなつは、人数分のグラスが乗ったお盆を机に置くと、あすかの顔をまじまじと見つめる。

「うわあ、すごい! すごいよ、さんご! なんだか優しい雰囲気がして、あすか先輩じゃないみたい!」

「……純粋にさんごの技術を褒めていると受け取っておくよ、まなつ」

 アイスティーをすすりながらまなつを一瞥するあすかに苦笑しながら、さんごは改めてあすかの全身を見つめる。

「メイクの方向性はこれでよし、服装は別途何とかしてもらうとして、あとは……髪型かな?」

「かわいい髪型って言えば、やっぱりツインテールとか? わたしとお揃いのサイドポニーとかどうですか?」

 自分のおさげを手でぴこぴこと揺らしながら提案するまなつだが、あすかは微妙に浮かない顔をしている。さんごもグラスを一旦置き、真剣な表情でぶつぶつと考えている。

「お団子とかもかわいいかも……あ、でも、あすか先輩くらいの髪の量だと少し大きくなりすぎちゃうかな。それにしても、まっすぐでキレイな髪……わたし癖っ毛だから、うらやましいなあ……」

 まなつとさんごの二人は、あすかの髪を掴んではアップにしたり横に跳ねさせたりと試行錯誤する。

「ま、まあ、髪型はこのままでいいんじゃないか」

「いいえ、ダメですあすか先輩! わたしは、まだ先輩のかわいいに満足していません! うちのお店、ヘアアクセもいくつか置いてるんです。似合うものが無いか探しに行きませんか?」

 あすかはしばらく考えた後、そうだな、とアイスティーを一気に飲み干した。

 

 

 一同は階段を降り、一階のプリティホリック店内へと戻る。店の中は、来たときよりも多くの客であふれていた。

「そう言えば、ここに来るまでも思ったけど、なんか今日見慣れない制服の子が多いね?」

 まなつは店内を見渡して首をかしげる。たしかに、同い年くらいの、見たことのない制服の中学生が店内にちらほらと見受けられる。

「修学旅行の生徒さんじゃないかな。あおぞら市ってわりと多いんだよね」

 

 そんな話をしていると、同じく修学旅行生と思われる、緑のジャンパースカートの制服に身を包んだ三人組の女子生徒が店内に入ってきた。先陣を切る栗色のツインテールの少女が、高いトーンで後続の二人に告げる。

「ほら! ここが今回あたしの一番のマストプレイス、プリティホリックだよ!」

「ふわあ、ほんとだ、すごくかわいいお店!」

「たしかに、ひなたが言うだけのことはあるわね」

「でしょでしょ!? って言っても、あたしも初めてだからさ。もう気になるアイテムチェックしまくっちゃおう!」

「アクセサリも置いてあるんだ……。わたし、新しいヘアピン探してたの、ちょっと見て来るね!」

 続くショートボブとサイドテールの女生徒たちも、店内の様子に目を輝かせている。あまりに楽しそうなその様子に、さんごの表情は思わずほころぶ。

「わたしたちも、あすか先輩に似合うもの探してみよう!」

 さんごの掛け声と共に、ヘアアクセサリの売り場を探し始めようとする一同。そこに、先ほど入店してきた三人のうち、ショートボブの少女がこちらにやってきた。すると、

『……げっ』

 と、彼女の声と思えない、そしてどこかで聞き覚えのある苦虫を噛み潰したような声が彼女の方から聞こえた。すると彼女は、いぶかしげな顔をしながら、なぜか自分の持っているカバンを自らの顔に近づけて何やら独り言を言い始めた。

「……えっ、他の店に行った方がいい? ど、どうして? まだ入ったばっかりなのに……」

「……あの子、カバンと話してないか?」

「スマホでも入ってるのかな?」

 あすかとまなつが不思議そうに見つめる中、少女はなおもカバンに向かって何やら独り言をつぶやいている。

 

 一方、ツインテールの少女は、スキップを踏むかのように店内の商品を見回していた。

「あれもぉ、これもぉ、それもぉ! 全~~部かわいい~~! 今日だけでおこづかい使い果たしちゃったらどうしよう~!」

 浮かれまくった彼女の言葉に、隣の商品棚のシュシュを見繕っていたさんごは思わず吹き出してしまう。

「……あっ、ごめんなさい。あんまり楽しそうだからつい……」

「わわっ、こっちこそごめんね。独り言多すぎだよね。でも、こんなイケてる店、ゆめポートにもないからさ~」

 うっとりとした様子の少女から出た単語に、さんごはぴくりと反応する。

「あ、ゆめポートって、もしかしてすこやか市のですか?」

「うぇ? 知ってんの?」

「はい。お母さんが、うちの支店を出す予定のところの名前に挙げてたから」

 さんごが何気なく答えたその言葉に、少女は目を丸くする。

「へ? うちのって、もしかしてこのお店の?」

「あ、そうなんです。ここはわたしのお母さんが経営しているんです」

「うっそマジ!? 超うらやましいんだけど! なんかさ、オススメ商品とかあったら教えてもらっていい? あっ、あたし平光ひなた!」

「もちろん! わたし、涼村さんごです」

「よろしくね、さんごちん!」

「さ、さんごちん……」

 

「うう、頼みの綱のさんごが捕まってしまった……」

 そんな二人のやり取りを、あすかは少し離れたところから困り顔で見守っていた。すると、彼女の後方からのんきな大声が響き渡る。

「なーに言ってんの、あすか先輩! わたしが先輩に似合いそうなアクセ持ってきましたよ、ほら!」

「似合いそうなって、全然数が絞れてないじゃないか!」

 そう言いながらよたよたとやってきたまなつは、リボンやらカチューシャやらシュシュやらのヘアアクセサリーを抱えるように運んできた。

「えー、だってあすか先輩、何つけてもトロピカっちゃいそうだから、いっそ全部試した方がいいと思ってー。よっとと……」

 手にした荷物に気を取られ、足取りがおぼつかないまなつ。するとそこに、先ほどのショートボブの少女がまなつの行く先に重なるように通りかかる。

「おい、まなつ! ちゃんと前見ろ前!」

 あすかの掛け声に少女も反応したが、時すでに遅し。彼女は横からやってきたまなつと衝突し、「きゃっ!?」と短い悲鳴を上げて床へと転んでしまった。

 一方まなつは、持ち前の体幹の良さか、手にした荷物も落とさず少しよろけた程度だったが、想定外の事態に慌てふためく。

「わわっ、すみません!? 先輩、これ持ってて!」

 まなつは手にしていた荷物を無理矢理預けると、倒れた衝撃に目を回す女生徒の肩を抱きゆさぶる。

「うわあごめんなさいごめんなさい、大丈夫ですか!? めっちゃ痛かったですよねケガとか平気ですか!?」

「う、ううん、全然、わたしもよそ見してたのでお気になさらず……」

「えぇー! ウッソ優しい、めっちゃいい人!」

「……なんか、全く同じやり取りをしたことがあるような、ちょうど一年くらい前に……。って、あれ? あなた……」

 女生徒はまなつと目を合わせた途端、何かに気づいたように目を見開く。

「なんか、わたしたち……」

「どこかで会ったことがあるような……、げぅっ!?」

 するとそこに、あすかのゲンコツがまなつの脳天へと落ちる。

「夢中になると周りが見えなくなるのはお前の悪い癖だ、気をつけろ」

「うう、すみません……。あ、でも今のあすか先輩、メイクのおかげでいつもよりは怖くないかも」

「何が怖くないだまったく。すみません、うちの部員がご迷惑を……」

 頭を下げるあすかに、少女は申し訳なさそうに手を振る。

「ま、まあまあ、どこもケガしてないですし、怒らないであげてください」

「本当にいい人すぎる! わたし、夏海まなつ! あなたの名前は?」

 突然名前を尋ねられ少し驚いた様子だったが、少女は笑顔で答える。

「花寺のどかだよ。ありがとう、まなつちゃ――」

 のどかがまなつに手を引かれ立ち上がったその時。突如店内に、くぐもった大声が響き渡った。

『ちょっと、のどか! いったい何がどうなってるわけ!? ポットの中はぐっちゃぐちゃだし外の様子も見えないし!』

 それは、のどかが落とした手提げカバンから聞こえてきた。……先ほどは短くてわからなかったが、今度はその口調からも声の主が誰なのか明白だった。

「今の声……、もしかしてローラ?」

『げっ、しまった……』

 目を細めてのどかのカバンを見つめるまなつ。一方、カバンの中からは姿は見えど声の主の焦る様子が伝わってくる。

「ちょっとローラ! そのカバンの中にいるの? なんで!?」

 のどかのカバンを一人でぐるぐると取り囲むまなつ。すると、

『ううぅ~……。の、のどか、逃げるわよ! 早くこの店から出なさい!』

「へっ、な、なんで?」

『いいから早く店の外まで走りなさい!!』

「え、ええっ、わたしまだ全然見てないのに~~!」

 ローラの声が響き渡るカバンに急かされるように、のどかはカバンを手に取り店の外へと駆けていく。ちゆとひなたと呼ばれていた連れの二人は、その様子を不思議そうに目で追っている。

「ああっ、ちょっと! すみません、わたし追いかけますね!」

 あすかにそう告げると、まなつはネコ科動物かのような瞬発力で、のどかの背中を追いかけた。事態を遅れて把握したさんごが、あすかの元へと駆けてくる。

「え、えっと、何があったんですか?」

「なんだかよくわからんが、他校の人間に迷惑をかけまくってるなあいつら……」

 

 

 □ □ □

 

 

「はあ、はあ……。とりあえず店は離れたけど、どうして逃げたのローラちゃん?」

 プリティホリックを出てすぐの路地裏に入ったのどかは、息を弾ませながらカバンの中のアクアポットを取り出した。すると、その中でローラが不服そうに口をとがらせて答える。

『だって、まなつに見つかったから、絶対怒られると思って……』

「まなつちゃんがお友だち……ってことは、もしかして」

 と、その背後に、どたどたとまなつが駆けこんできた。

「あー、やっぱり!」

 まなつはずかずかと詰め寄ると、まずはのどかに深々と頭を下げた。

「重ね重ねすみません! ローラが迷惑かけちゃってましたよね!?」

「い、いえいえ、ちっとも迷惑だなんてそんな全然まったく……」

 微妙に視線をずらすのどかにもう一度頭を下げつつ、まなつはのどかの手からアクアポットを拝借する。するとローラは、観念したかのようにポットから再びその姿を現した。

「もう、勝手に家を出ちゃダメって何回も言ってるじゃない! どうせ勝手に水族館入ってプールで泳いでるところをのどかさんたちに見つかって一方的に言い寄ってついてきちゃったんでしょ!?」

「み、見てきたように言い当てるわね……。そんなことより、聞いてまなつ! この子たち……ん? なにこの地響きは……」

 二人の喧噪を苦笑しながら見ていたのどかも、ずしん、ずしんと遠くから断続的に響く大きな足音と、それを追いかけるようにこだまする人々たちの悲鳴に、覚えのある不穏な気配を察した。

 とそこに、後を追ってきたちゆとひなたも合流する。

「のどか、大丈夫!?」

「ちゆちゃん、ひなたちゃん! それより、この足音、もしかして……!」

「え、待って待って、ひなたちゃんめっちゃヤな予感するんですけど……」

 三人は大通りに戻り、周囲を見渡す。すると、遠くのビルの谷間からぬっと顔を出した怪物はけたたましい唸り声を上げた。

「メガ、ビョーゲン!!」

 のどかたちは驚愕する。凶悪な人相で周囲に淀んだ瘴気を撒き散らすその怪物は、

「メガビョーゲン……、どうしてあおぞら市に!?」

「ヒーリングガーデンに現れたのと同じ野生のものでしょうね」

 冷静に分析するちゆに対し、ひなたは頭を抱えて嘆く。

「だからってこんなタイミングで現れることある!? これじゃあ本当に『むしばまれた修学旅行!』じゃ~ん! ……てかさ、あのメガビョーゲン、なんか見覚えあるんだけど」

 あおぞら市市街を暴れ回っているメガビョーゲンは、樹木のような表皮ながらも体型はほぼ人間に近く、妙にすらりと伸びた長い手足をしている。その頭からヤシの木のような葉と実を生やしているのが特徴的だが、しかしそれより何より目を引くのは、その身を包むバレー選手のような体操着だった。

「たしかに、南の島でビーバレしていた時にグアイワルが連れてきたのとそっくりね」

「でも、あの時のメガビョーゲンはブルマが赤色だったけど、今回のは紺色だよ!」

「細かっ。よく覚えてるねのどかっち……。って、そんなことよりどうするアイツ!?」

「一応こういう場合は、ラテがメガビョーゲンの出現を察知したら、ペギタンたちと一緒にヒーリングガーデンから来てくれることになってるけど……さすがにそんなに早くは来れないわよね」

「今はとにかく、できることをやろう! まずは避難の誘導を……!?」

 すると、こちらへと歩を進めるメガビョーゲンに立ち向かうかのように、まなつがのどかたちの前へと躍り出る。ローラも尾ひれでぴょんぴょんと必死に跳ね、その後に続く。

「出たわね、ヤラネーダ!」

「……あれ? ヤシの木のヤラネーダって、一番最初にわたしが倒したやつだよね? なんか微妙に、っていうかけっこう見た目が違うケド……」

「またヤシの木から怪物生み出したんでしょ、芸のない奴らね!」

 そんな二人のやり取りを、ひなたたちはぽかんと見つめている。

「や、やらねーだって何のこと?」

「それより、あの子たちも避難させないと!」

「ううん、違うよちゆちゃん。まなつちゃんは、たぶん……!」

 慌てるひなたとちゆに対し、のどかは冷静に事の成り行きを見守っている。

 とそこに、事態を察知したさんごたちも遅れて合流する。

「まなつ! あれ、ヤラネーダ……だよね……?」

「まったく、こんなに修学旅行生が来ているときに出てくるなんて、あおぞら市の評判が悪くなるだろうが!」

「そうだよ、修学旅行は学校でいっちばんトロピカってるイベントなんだから、ジャマさせちゃいけない! いくよ、みんな!」

 まなつの掛け声と共に、四人は澄んだ海のような碧のコンパクトを取り出し、眼前に構えた。

 

「「「「プリキュア、トロピカルチェンジ!」」」」

 

 中指のハートクルリングを鍵穴にセットして回すと、中から眩い光を放ちながらトロピカルパクトは開く。

「チーク!」

「アイズ!」

「ヘアー!」

「リップ!」

 開かれたパクトの中心にたゆたう虹色の光をブラシでキャッチし、四人はその輝きをメイクとして自らの顔に施す。

 頬、瞳、髪、そして唇が、鮮やかに彩られるとともに、四人の顔は邪悪を退ける覇気に満ちていく。

「「「「ドレス!」」」」

 彩りを終えた四人が空に描いた四色のシンボルは弾け、生み出された極彩色の光の欠片が、彼女たちの全身を覆う煌びやかな衣装へと変わる。

「ときめく常夏、キュアサマー!」

「きらめく宝石、キュアコーラル!」

「ひらめく果実、キュアパパイア!」

「はためく翼、 キュアフラミンゴ!」

 高らかに名乗りを上げた四人は、その有り余るほどのやる気とともに空高く跳躍して叫んだ。

 

「ようこそ、あおぞら市へ! トロピカル~ジュ! プリキュア!!」

 

 そんな四人の様子を、のどかたちはただ呆気に取られて見ていた。

「トロピカルージュ、プリキュア……。あの時、ヒーリングガーデンに現れたキュアサマーは、まなつちゃん……!?」

「……それより、なんかわたしたち今、歓迎されなかった?」

「えーやだやだうっそめっちゃくちゃかわいいじゃん!」

 三者三様のリアクションに、なぜかドヤ顔でうなずくローラ。

 が、ふと何かに気づき、プリキュアたち四人のうち一人を指さし叫んだ。

「……ん? ちょ、ちょっとタンマ! パパイア、っていうかみのり! あなたいたの!?」

 ローラのツッコミに、パパイアは他三人と不思議そうに顔を見合わせる。

「なに言ってるのローラ。わたし、最初からずっとみんなと一緒にいたよ?」

「冒頭からここまで一言もセリフがなかったじゃないのよ!?」

「やだなあ、最初に部室にいたのも、さんごのメイクに拍手したのも、さっきまなつから大量のヘアアクセを手渡されたのもわたしだよ?」

 納得のいかない様子のローラに、フラミンゴも鋭く言い返す。

「そもそも、部活にいなかったのはお前の方だろ。なんで自分がいなかった時のことを知ってるんだ?」

「そ、それは置いといて! なんでもっと存在感出さないのって話してんのよ!」

「語り部は、自分の事は多く語らないものだよ、ローラ」

「え、じゃあこれトロプリパートはまなつ視点じゃなくてみのり視点なわけ……?」

 したり顔で頷くパパイアといまだに納得のいかない様子のローラに、おずおずとコーラルは進言する。

「あ、あの、パートとか視点とかよくわからないこと言ってないで、今はヤラネーダを何とかしようよぅ……」

「そうそう! 今はあのヤラネーダ倒すのが先だよ!」

 サマーの言葉に頷いた三人は、迫り来るヤラネーダ……ではなく、メガビョーゲンと対峙した。

 

「……なんだか、せわしないプリキュアさんたちね」

「とはいえ、わたしたちは今戦えないし……」

「でも、なんか微妙に勘違いしてるよね。訂正しにいった方がよくない?」

 ひなたの提案にのどかとちゆも頷き、プリキュアたちの元へ駆け出そうとする。すると、ローラがのどかたちの行く手を遮った。

「ここは戦場になるわよ、早く逃げなさい!」

 微妙にスカした雰囲気のローラにとまどいつつ、のどかは反論する。

「いやあの、その前にまなつちゃん……じゃなくて、サマーたちに伝えたいことがあって」

「ていうか、伝えたいとかどうとか何のんきなこと言ってるのよ。あなたたちもプリキュアなんでしょ、早く変身して一緒に戦ってよ!」

 ごもっともな指摘に、三人は気まずそうに顔を見合わせ合う。

「いや、それが……」

「あたしたち、パートナーがいないと変身できないんだよね……」

「はぁ!? 何よそれ、めちゃくちゃ不便じゃない!?」

「ずっと一緒にいた時はそこまで感じなかったけど、今この状況だと痛感するわね……」

「とにかく、ラビリンたちが来るまでは、みんなにがんばってもらうしかないよ……!」

 のどかは、雄叫びを上げるメガビョーゲンへと立ち向かっていく四人のプリキュアの背中に、祈るように声をかけた。

 

「お願い、トロピカルージュプリキュア……!」

 

 

 

「ちなみに、のどか。トロピカルージュプリキュアじゃないわ。トロピカル~ジュ!プリキュア、よ♥」

「……ごめんローラちゃん、どう違うのかよくわからないんだけど……?」

 

 

 

 つづく

 




第1話をお読みいただきありがとうございます。
というわけで、ヒープリ×トロプリの春映画チックなクロスオーバー小説の連載始めました。連載と言っても全4話予定ですが、その分一話あたりの密度を濃くしてお届けしたいと思います。

ヒープリについては、放映中にダルのどの短編3本、クロスオーバー長編を一作書き切って、もう十分書き尽くしたな…と思っていたのですが、久々に創作するほどハマったプリキュアだったせいか本編終了後も胸にくすぶるものがあり、さらにトロプリのキャラが魅力的な事もあって「なら一緒に書いてしまえばいいのでわ…?」ということで筆を取ってみました。
また、これまで書いたものが(あくまで自分の中で)シリアス寄りだったので、トロプリとクロスすることもあるのでもっとコメディに振ったものを書いておきたいというのもありました。

トロプリ側も、本編オープニングの歌詞のとおり、よりハッチャケたものにしたいなあという思いがあり、それが一番強く出ているのが、オープニング映像からのイメージを強く反映させたみのりなのですが…、本編と比較するとややキャラ崩壊気味かもしれないですが、温かい目で見守っていただけると幸いです。
あと、トロプリ側のエピソードの主軸にいるのがさんごとあすかなのは、本編で二人の絡みがあまりないのでここを掘り下げたら面白そうだな、というところからきています。

ヒープリ最終話で、まだ地球のお手当ては完全に終わったわけではないことが示されたので、「では実際にメガビョーゲンが現れたらどう対処するのか?」というシミュレーションを形にしてみるというテーマもありますので、次回は、のどかたちが変身できない状態でトロプリたちがどうメガビョーゲンを「お手当て」するのかに注目してお楽しみいただければと思います。

続きは鋭意執筆中ですので、感想等いただけるとより励みになります。よろしくお願いいたします!


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第2話 緊急オペレーション! お手当てはトロピカルに!

■あおぞら市に突如現れたメガビョーゲン! 慣れない相手に苦戦を強いられるトロピカル~ジュプリキュア、一方、パートナー不在で変身できないのどかたちは……? ■ヒーリングっどプリキュアとトロピカル~ジュ!プリキュアの春映画的クロスオーバー第2話です。


 ◇ ◇ ◇

 

 

「覚悟ーーーッ!!」

 いの一番、鉄砲玉のように駆けだしたのはキュアサマーだ。身の丈ほどもある長いサイドテールの尾を引き、あおぞら市市街を猛進する長身のバレー選手のような出で立ちの怪物目がけて突撃していく。

「メガ……ッ!」

 彼女の接近に気づいた怪物はそれを迎え撃つかのように、その巨大な口におどろおどろしい色をまとった淀みを大量に溜め始める。

「! サマー、危ない!」

 危険を察知したキュアコーラルは、フリルスカートをたなびかせながら追従し、サマーを制止しながら慌てて彼女の前へと駆け出すと、目の前で両手の人差し指をクロスさせた。瞬時に、×印のバリアが風ぐるまのように旋回しながら展開される。

「ビョーーゲンッッ!!」

 咆哮と共に、怪物の口から全開にした蛇口のような勢いで放たれた瘴気は、バリアに妨げられ四方に飛び散る。コーラルは、目の前でスパークする瘴気の禍々しい圧力に戦慄した。

「何これ、毒……!? みんな気をつけて! なんだかこれ、まともに浴びちゃダメな気がするよ!」

「っ、ありがとうコーラル! あいつ、こんなものを街中にばらまいてるの……!?」

 コーラルの背後でサマーは、怪物が通ってきた後の無残に汚染された街並みを見渡して、冷や汗を垂らす。

「これじゃあ迂闊に近づけない……それなら!」

 離れた位置から状況を分析したキュアパパイアは、両耳の半月型のイヤリングを切り離す。それらを眼前に構えて一息気合を込めると、

「やあっ!!」

 一閃、両の瞳から眩い光線が放たれる。二筋のビームは一直線に空間を駆け、怪物の横っ面を貫こうとする。しかし怪物は、パパイアの気配に気づき瘴気を浴びせるのを中断すると、

「メガッ!」

「かわされた……!?」

 咄嗟に上体をひねり、撃ち放たれた光線をぎりぎりのところでよけた。

 予想を上回る身のこなしにうろたえるパパイアを不敵に笑う怪物。その虚を突くように、怪物の背後から突如飛び出し姿を現したのは、街路を大きく迂回し後ろに回り込んできたキュアフラミンゴだ。

「だったら、あのデロデロを吐き出す前に叩き潰せばいいだけだ、ろっ!」

 フラミンゴは助走の勢いそのままに、鞭のようにしなる強烈な回転蹴りを見舞う。しかし、怪物はすんでのところで、その渾身の蹴りを腕で防いだ。

「くそ……っ! うおおおおっ!」

 そのままフラミンゴは空中でパンチの連打を浴びせるが、怪物は両手で見事にそれをいなす。そして、両者の間に若干の距離が開いた途端、その口に再び瘴気を溜め始める。

「やばっ……!」

 慌てたフラミンゴは、空中で無理やり上体をひねり、大きく突き出すように前蹴りを放つ。その長い脚がなんとか怪物の顎を打つと、瘴気の軌道を反らすと同時に距離を取ることに成功し、なんとか事なきを得た。

 よろめきながらも着地したフラミンゴの元に、サマーが駆け寄ってくる。

「大丈夫、フラミンゴ!? なんかあのヤラネーダ、いつもと一味違う感じ!」

「体操着を着てるだけのことはあるな、前衛も後衛もお手の物のヤラネーダか……」

「……あの、わたし、ずっと気になってたんだけど」

 感心するフラミンゴたちに、すっと後ろで挙手をしたパパイアが怪物を指さしながらツッコむ。

「あれ、ヤラネーダじゃなくない?」

「や、やっぱりそうだよね……? 誰もやる気を奪われてないみたいだし、変だなあって」

 コーラルも後ろからおずおずと同意する。指摘を受けてフラミンゴは、いぶかし気な瞳で怪物を睨む。

「……そう言われると、たしかに普段の眠たそうな目つきより、少ししゃっきりしてるような気がするな……」

「えー、そうかなー。いつもあんな感じだったと思うけど」

 一人首をかしげるサマーに、パパイアはさらに指摘する。

「それにほら、いつも周りで命令してる、あとまわしの魔女の一味の人、誰も来てないし」

「たしかに……、って噂をしてたらほら!」

 コーラルが指差したその先。周囲のビルより少し高いところを、ゆったりとした速度の宙に浮かぶ舟に乗ってやってきたのは、あとまわしの魔女の配下の一人、チョンギーレだった。その腕の巨大なハサミで後頭部をぼりぼりと掻きながら、辛気臭そうにぼやく。

「はぁ、かったりぃ。ジャンケンでやる気奪う役決めるの、俺が不利だからやめろっつってんのに……、あン?」

 チョンギーレは、眼下の状況、というより、暴れまわる怪物を見つけて首をかしげた。

「な、なんだ? なんでもうヤラネーダが出てるんだ? ……もしかして、ヌメリーかエルダの奴が、またヤラネーダの素を落としやがったのか?」

 ハサミで顎をかきながら首をかしげるチョンギーレに、サマーは地上から声を張り上げて尋ねる。

「カニさんカニさん! その子、あなたが出したヤラネーダ?」

「あァ? …………あー、うん。そうそう、俺が出したやつ」

「ものすっごく適当に返事してるよね……」

 呆れるコーラルの傍らから、フラミンゴがチョンギーレを指さしてさらに吠える。

「だいたいそいつ、いつもと口調が違うだろ! ちゃんと確かめてから言え!」

 チョンギーレは怪物のちょうど目の前まで降りてくると、怪物に向かって面倒くさそうに尋ねる。

「いや、そんなことねえって。ほれお前、言ってみろ、ヤラネーダって」

「メ、メガビョーゲン……?」

「……本当だ」

 目を丸くするチョンギーレに、コーラルとフラミンゴは軽くズッコケる。

「言わせるまでわからないのかな……」

「どんだけ手下に興味が無いんだよ」

 呆れる二人の傍らでサマーは再びチョンギーレに尋ねる。

「やっぱりヤラネーダじゃないんだ! じゃあいったいその子誰なの!?」

「俺も知らねえよ……。まあでも、プリキュアと戦ってるなら、敵の敵は味方……ってことでいいのか?」

 チョンギーレの問いかけに、怪物は素直に首を縦に振る。

「よし、んじゃ、いってこいヤラネーダ! ……じゃなかった、メガ……、メガなんだったっけ?」

「メガ、ビョーゲン」

「お前、わりと聞き分けのいい奴だな……。そんじゃ、やっちまえ、メガビョーゲン!」

「メガビョーーーゲン!!」

「くそっ、なんだかよくわからないものと適当に仲間になるなってんだ……!」

 忌々し気に奥歯を噛むフラミンゴをよそに、怪物改めメガビョーゲンはおもむろに、自身の頭から生えたヤシの木のてっぺんに手を伸ばした。

 いったい何を、と一同が身構えている間に、メガビョーゲンは鈴なりに実ったヤシの実の一つをちぎり、それを空高く放り投げると、自分もそれを追いかけるようにジャンプする。そして、三日月のように体全体を大きくしならせると、高く振り上げた右腕でヤシの実を力強くスパイクした。

「わ、わ……!」

 砲弾のような勢いで自分目がけて飛んでくるヤシの実を、コーラルは反射的にバリアで防御する、が、

「きゃあっ!?」

 バリアはその威力に抗いきれず、乾いた音を立てて砕け散る。いくらか勢いは殺せたものの、衝撃でコーラルの体は吹っ飛び、道路を転がっていった。

「コーラル! くっ、まるで赤道直下のごとき激アツサーブ……!」

 続けざまに飛んでくるヤシの実を、パパイアはギリギリのところで避ける。地面に着弾し派手な音を立てて弾けるヤシの実に、思わず息を呑む。この勢いでは、得意のビームで迎撃することもできなさそうだ。

 そうこうしているうちに、メガビョーゲンからの三投目が飛んでくる。標的は――フラミンゴだ。

「くっ、うおおおおおっっ!」

 フラミンゴは咄嗟に両腕を組み、アンダーハンドレシーブでその猛烈なサーブを両腕で受け止める。しかし、その威力はとてもさばききれず、あおぞら市の街中をコーラルよりも派手にぶっ飛んでいく。その体を、コーラルは慌てて受け止めた。

「って、フラミンゴ!? なんで避けないで受けちゃうの!?」

「わ、わからない、体が勝手に……!」

「その感覚、わたしたち文化系にはわからないです……。……はっ、もしかして」

「っきゃあああああっっ!!??」

「サマーもちゃんと避けて!?」

 コーラルが気付いた時には、すでにメガビョーゲンからの四投目を真っ向勝負でレシーブし、吹っ飛ばされ宙を舞うサマーの姿があった。

 

 

 □ □ □

 

「……戦況はかんばしくないよーだね。というか、あたしにとっては一部の光景がデジャヴなんだけど……」

 プリキュアたちとメガビョーゲンが戦う様子を、少し離れたところにある道端の植え込みの陰から眺めつつ、ひなたは細い目で隣の二人を見やる。

「それにしてもあのメガビョーゲン、あの時南の島に現れたのとそっくりな上に技まで一緒なのね。ビョーゲンズじゃない人の言うことまで聞いてるし、前世(?)の記憶でも受け継いでいるのかしら……?」

「あのサーブの威力、生半可な練習では出せないもん。ありえるかもだね!」

「いや論点はそこじゃないんだよのどかっち」

 すぱっとツッコむひなたに「そ、そうかな」とのどかは委縮する。

「って、そんなことより、相手がメガビョーゲンなら、アドバイスできることもあるはずだよ。行こう!」

 立ち上がるのどかに、ちゆとひなたの二人も頷きながら続こうとする。しかし、同じく戦況を見守っていたローラは慌てて声をかける。

「ちょ、ちょっと待ちなさいよ。あなたたち、今は変身できないんでしょ? 近づくのは危険よ!」

 三人は顔を見合わせるが、のどかは静かに首を振る。

「たしかに、今のわたしたちじゃ戦う事はできない。でも、あおぞら市の人たちが、まなつちゃんたちが苦しんでるんだもの。じっとしてなんていられないよ!」

 まっすぐな瞳で言い切るのどかに、ローラはにやりと笑う。

「ふうん、さすがはプリキュアってところね。オーライ、行きましょう!」

 そう言うとローラはアクアポットに勢いよく飛び込む。ローラの入ったアクアポットを抱えると、のどかたちはサマーたちの元へと向かい駆け出した。

 

 

「うう~ん、キビシー……。って、あれ!? のどかさん!?」

 メガビョーゲンに吹っ飛ばされ、道端の植え込みにめり込んでいたサマーは、駆け寄ってくるのどかたちを見つけると、驚きと共に飛び起きた。

「まなつちゃん、じゃなかった、キュアサマー!」

「ダメだよ、今はあの怪物が暴れてるから逃げなくちゃ! ……って、あれ? バレてる?」

『バレてるどころか、この子もプリキュアよ、まなつ』

 のどかが胸元に構えたアクアポットで苦笑しながら説明するローラだが、サマーは飲み込めきれず、ほえ、と口を開けている。

「この姿じゃわかんないよね。わたし、キュアグレースだよ。ほら、こないだヒーリングガーデンで会ったでしょ?」

 ひーりんぐがーでん、とぼやいたサマーは、呆けた顔でしばらく考え込む。しばらくしてようやく当時の事を思い出すと、途端に素っ頓狂な声を上げて驚き始めた。

「えっ、ええぇぇ!? のどかさんが、あの時会ったキュアグレースぅ!?」

 その大声に、他のプリキュア三人もなんだなんだと集まり始める。

「ということは、後ろのお二人はもしかして」

「そういうこと。沢泉ちゆ、キュアフォンテーヌよ」

「平光ひなた、キュアスパークルだよ! よろしくね、みんな!」

 Vサインとともに歯を見せ笑うひなたに、コーラルはただただ目を丸くしている。

「さっき会ったばかりのひなたさんが、プリキュア……? これはいったいどういう偶然なんだろ……」

「いやー、あたしもびっくりなんだよね。まさか修学旅行中にメガビョーゲンが襲ってきたり、新しいプリキュアさんに会ったりするなんてさ」

「! あの怪物のこと、知ってるのか?」

 ひなたの言葉に反応したフラミンゴに、はい、と頷きながらちゆが続ける。

「知ってるどころか、わたしたちはずっとあのメガビョーゲンと戦っていたんです。大元になるキングビョーゲンを浄化したから、もう滅多には現れないはずだったんだけど……」

「三人にとっては不運だったかもしれないけど、わたしたちにとっては僥倖だよ。わたしたちだけじゃ、あいつをどう倒せばいいのかわからなくて」

 パパイアの言葉に、のどかは力強く頷く。

「わたしたち、理由があって今は変身できないけど、お手当てのアドバイスはできると思う!」

「お手当て……うん、わかった! よろしくお願いします、のどかさん!」

 勢いよく深々と頭を下げるサマーに、三人は思わず微笑んだ。のどかは意気込みも荒く説明を始める。

「それじゃあまず、ボールをレシーブする時に大事な事は、落下位置に素早く移動する事。そして重心はできるだけ下げて……」

「ふむふむ」

「のどかっち! それは今はいいから!」

「えっ、そ、そうかな。……コホン。すみません、それより大事なことがありました。まず、メガビョーゲンの中には、エレメントさんが囚われているの」

「エレメントさん、って……?」

 首をかしげるパパイアに、ちゆが代わりに説明する。

「地球上にある自然のあらゆるものに宿っている、精霊のようなものね」

「メガビョーゲンは、エレメントさんの力を無理やり奪って成長し、その力を利用して暴れているの。エレメントさんはその間ずっと苦しんでいる。だから……」

「ええっ、そんなのひどい! だから早く助け出してあげなきゃってことですよね!」

 のどかの言葉を聞くやいなや、サマーは慌てて飛び出した。

「えっ、あの、ちょっと!?」

 のどかが制止する間もなく駆け出したサマーは、再びメガビョーゲンと対峙し、懐から純白のロッドを取り出した。

「ハートルージュロッド!」

 ロッドの先端に触れた唇から生まれたやる気の欠片に、サマーはめいっぱいのやる気パワーを吹き込む。

 膨れ上がったやる気パワーの塊は、光輝く太陽のようなエネルギーの結晶へと形を変える。サマーは軽業師のようにその太陽へと飛びつくと、ロッドの先端にその巨大な太陽を捉え、全身を振りかぶりメガビョーゲンへと放った。

「プリキュア! おてんとサマーストライク!!」

 衝突した恒星は激しい光を放ち、メガビョーゲンの巨体はその輝きに掻き消されていく。

「よしっ、ビクトリー……って、うぇっ? あれっ??」

 ロッドを振るい、勝利のポーズを決めようとしたサマー……だったが、いつもと異なる空気に振り返る。太陽の輝きが波のように引いた後、やる気パワーの奔流をまともに喰らい目を回してはいるが、メガビョーゲンの姿は未だそこに健在していた。

「な、なんで!? 絶対倒したと思ったのに!」

 動揺するサマーの後ろから、言いよどみながらのどかは声をかける。

「あ、あのね、サマー。メガビョーゲンをお手当するには、まずエレメントさんがどこに囚われているのか場所を特定して、救出と浄化を同時にしないといけないの」

「ええっ、そんな~、ぬかビクトリー……」

 しょぼくれるサマーの左右を、ちゆとフラミンゴが取り囲む。

「ちゃんと人の話を最後まで聞きなさい」

「ちゃんと人の話を最後まで聞け」

「うう、ずびばぜん……」

「サマーが両面から怒られてる……」

 苦笑するコーラルの傍らで、パパイアがちゆに尋ねる。

「じゃあ、エレメントさんがどこに囚われているかってどうやって探せばいいの?」

「わたしたちがお手当てしていた時は、パートナーのペギタンたちが探してくれてたんだけど、今はいないし……」

 うーんと考え込む一同、するとサマーが提案する。

「あ! ローラ、ヤラネーダが奪ったやる気パワーみたいに、アクアポットで探せないかな?」

 しかし、アクアポットの中のローラは残念そうに首を振る。

『ダメね。さっき試しにサーチしてみたけど、あいつ体中イカの墨袋みたいに真っっっ黒でなにも見つけられなかったわ』

「そっか……」

 再び頭をひねり始める一同。すると、ひなたが威勢良く手を挙げる。

「それについては、あたしにアイデアがあるから任せといて! パパイア、ちょっといい?」

「えっ、わたし? いいけど……」

 ひなたに呼び寄せられ、パパイアは二人で何やら話し込んでいる。アイデア、というのが何の事なのか、のどかにもピンと来なかったが、残ったメンバーで作戦会議を続ける。

「それじゃあ、とりあえずエレメントさんの事は二人に任せておくとして、あのメガビョーゲンの攻撃をなんとかして、隙を作らないといけないね」

『ヤシの実サーブと、あのデロデロよね。あれがある以上、不用意には近づけないものね』

 すると、今度はしばらく無言で考え込んでいたちゆがすっと挙手した。

「それについてなんだけど……、コーラル、あなただけはあいつの吐き出す蝕みを防ぐことができるでしょう?」

「は、はい、なんとか」

「だから、あなたが突破口になると思うの。ちょっと無茶かもしれないけど、わたしの言うとおりにやってみてくれないかしら?」

「……はい! がんばってみます!」

 ちゆに向かって力強く頷くコーラルに、フラミンゴは満足げに笑う。

「よし! それじゃあわたしは、あの厄介なヤシの実をなんとかしてやるか!」

 言いながら、フラミンゴはハートルージュロッドを手に携え、前へ出た。

「ええっ、フラミンゴ、わたしみたいに適当に攻撃してもダメだよ! それに、フラミンゴの技だとエレメントさんごと燃やしちゃうかも……」

 サマーの言葉に、フラミンゴは不敵に言い返す。

「覚えとけ、スマッシュは威力だけじゃない、精密さも大事なんだ。あとはそのエレメントさんとやらが、あいつのドタマのてっぺんにいないことだけ祈ってろ!」

 そう言い放つとフラミンゴは、頭上に浮かべたやる気パワーの欠片に思いっきりやる気を吹き込む。すると、膨れ上がった欠片は見る見るうちにごうごうと燃える火球へと変貌していく。

 それを天に向かって高くトスすると、フラミンゴもロッドの先端から生えた羽根をラケットのように振りかざしながら飛び上がり、燃えさかる火の玉を渾身の力を込めて叩きつけた。

「プリキュア! ぶっとびフラミンゴスマッシュ!!」

 撃ち下ろされた火球は、隕石のように炎の尾を引きながら、メガビョーゲンに向けて一直線に駆け抜ける。しかしその狙いは、メガビョーゲンよりも少し高い位置に見える。

「よし、ドンピシャ!」

 フラミンゴのガッツポーズと同時に、火球はメガビョーゲンの頭から生えたヤシの木の、さらにその頂から放射状に生えた葉、そして鈴なりに生えたヤシの実たちを掠めるように貫いた。

「メ、メガ……!?」

 メガビョーゲンが動揺した時にはすでに遅く、フラミンゴの放った打球の炎は一拍遅れて燃え広がり、ヤシの葉も実も焼き焦がし、消し炭に変えてしまった。

「やった! すごいよフラミンゴ!」

「よし、後はあのデロデロさえなんとかすれば……何!?」

 メガビョーゲンは、なんとか生焼け状態で済んだ一個のヤシの実を、おっかなびっくり火の粉を払いながら手にすると、再び高いトスを上げた。狙いは、ちゆのアドバイスに耳を傾けていたコーラルだ。

「っ!?」

「コーラル、ちゆさん!」

 サマーは立ちすくむ二人を押しのけ、代わりにメガビョーゲンが狙ってきたポイントへと収まる。

 これ以上避ける間もないと咄嗟に判断し、ポイントに入ると同時に低く構えたサマーは、オーバーハンドトスの構えでヤシの実を迎え撃つ。

「落下位置に素早く移動、重心はできるだけ下げて、両手を挙げる……!」

 サマーが手のひらで形作った台形の空間に、ヤシの実は強かに着弾する。サマーは折れんばかりに歯を食いしばり、踏みしめる両足でコンクリートをひび割りつつ、全身の膂力をフル稼働させてその威力を正面から受け止め、抑え込む。

「ぐうっっ……、ぅぅうううりゃっ!!」

 全身を跳ね返るバネのように伸ばし、サマーはヤシの実を後方へと受け流した。

「すごい……、一言アドバイスしただけなのに……!」

 一部始終を見届けていたのどかは目を丸くする。ちゆの体をかばうようにサマーの勇姿を見つめていたコーラルも、ひりつく両手のひらにふーふーと息を吹くサマーに目を輝かせて感謝する。

「すごいよ、サマー! ありがとう!」

「へへ、完璧には返せなかったけど、のどかコーチのおかげだよ! それじゃあコーラル、よろしくね!」

「うん、まかせといて!」

 コーラルは、サマーとちゆに向かって力強く頷くと、メガビョーゲンに向かって駆け出した。

 今度こそヤシの実をすべて失ったメガビョーゲンは、向かい来る彼女を狙ってこれまで以上に猛烈な瘴気を吐き出す。コーラルは指で×の字を作りバリアで防ぐ、が、走りの勢いは落とさない。

「そうよ、バリアはただ守るためだけのものじゃない……!」

 ちゆが檄を飛ばす中、コーラルは駆ける軌道を逸らして、メガビョーゲンとは異なる方向に向かって天高く跳躍した。その先にあるのは、五階建てほどの背の高いビルだ。

 空中で身をひるがえし、背の高いビルの壁を足場にしてぐっと脚を踏み込むと、コーラルは眼前にバリアを構えたままメガビョーゲンに向かって突撃した。

「やあああっっ!!」

「メ、メガァァッ!?」

 メガビョーゲンは、矢のように飛んでくるコーラルになおも瘴気を浴びせ続けるが、風車のように回転するバリアはそれを弾き飛ばし、勢いを落とさず突っ込んでくる。

 そして、その胴にバリアごと強烈な体当たりを喰らったメガビョーゲンは、派手な音を立てその長身を地面へと突っ伏した。その光景にパパイアは思わず息を呑む。

「すごい、空に舞い上がり×字のバリアで敵に体当たり。名付けるならそう、天空ペケ字……」

「ぱ、パパイア! 命名はいいからエレメントさんは!?」

 慌ててツッコミを入れるコーラルに、代わりにひなたが返事をする。

「まっかせといて、このひなたちゃんがみっちり指導しといたからきっとできるよ!」

「指導……? ひなた、あなたいったい何を教えたの?」

「いやー、さっきあの子が目からビーム撃った時から、可能性を感じてたんだよねー」

 いぶかし気なちゆとしたり顔のひなたをよそに、パパイアは倒れ込むメガビョーゲンを見据える。先ほどとは違い、瞳の前にイヤリングは構えず、指だけをそっと瞳の端に添えると、かっと両目を見開き高らかに叫んだ。

「キュアスキャン!」

 びかびかとまばゆく輝き始めたパパイアの両目から、瞳の動きに連動して走るレーザーポインターのような光が放たれる。彼女自身も驚嘆しているが、それ以上に驚いているのはのどかたちだった。

「うそっ、キュアスキャン!? なんで!?」

「ひなた……本当に何を教えたの、っていうかなんでやり方を知ってるの……」

「えー、なんかあれかっこいいからあたしもできないかなーって、ニャトランからコツを聞いてたんだよね。結局あたしはできなかったけど、やっぱりあのつぶらなキラキラお目めは伊達じゃないね!」

「あれってヒーリングアニマル専用の技じゃなかったんだね……」

「えー、でもキュアなんとかって技だし。それに、人間だって動物でしょー?」

 混乱するのどかたちの傍らで、瞳から光を放ったままのパパイアは右往左往する。そのたびに、光の筋も頼りなげにうろうろと周囲を行き交う。

「うわー、本当に出た。えっと、あのー、これを使ってどうすればいいの……?」

「あーそうだった! とにかく、その光でメガビョーゲンの体を探してみて!」

 ひなたに言われるまま、パパイアはその瞳から発する光でメガビョーゲンの体を走査していく。すると、

「! メガビョーゲンの左胸のあたり、小さい何かがいる!」

 パパイアが探し当てたのは、メガビョーゲンの体内に取り込まれた木のエレメントさんだった。

「なるほど、あれがそのエレメントさんか……。でも、あれを救い出すのって、どうすればいいんだ?」

 フラミンゴの質問に、ひなたたちは再び考え込み始める。

「あたしたちの場合、ヒーリングステッキからやーって光を放つと、その光が手みたいににゅっと伸びて、メガビョーゲンの中からエレメントさんを捕まえて外に連れていく感じなんだよ!」

「……えっ、なにそれ怖い。ホラー?」

 疑問符を浮かべるパパイアに、ちゆは顔をしかめて言い正す。

「いや、ひなたの説明が絶望的に下手すぎるだけで……間違ってはいないのだけれど」

「エレメントさんを救い出す手、か。この中でそんな感じの技が使えるのって……」

 しばらく考え込んだパパイアは、サマーでもフラミンゴでもなく、コーラルに視線を寄せる。

「わたし……なのかな? でも、あのもこもこって、勝手に伸びるだけだから、自分でコントロールしようって思ったことないけど……」

「そこはもう、やるしかないよコーラル! 気合いだ気合い!」

 ふん、と鼻息荒く鼓舞するサマーに、フラミンゴも続く。

「お前しかいないんだ。頼んだぞ、コーラル!」

 二人の言葉に、コーラルはきゅっと唇を噛むと、決意と共に力強く頷いた。

「……うん、わかった。やってみる!」

 コーラルは一歩前に出て、大きく深呼吸をすると眼前にハートルージュロッドを構えた。

 ロッドの先端に触れた唇から生まれたやる気の欠片が、やる気パワーの高鳴りと共にハート型の台座を形成する。その上に構えたコーラルは、標的であるメガビョーゲンを見据え、さらにやる気を奮い立たせる。

「プリキュア! もこもこコーラルディフュージョン!!」

 台座からは、無数の種子が芽吹くように、珊瑚のように枝分かれしたやる気パワーの結晶が伸び始める。しかし、コーラルは目を閉じ、ぶつぶつと念じながら意識を集中させる。

「左胸に向かって……手を差し伸べるように……」

 するとそれに呼応するかのように、伸びる枝は無数に拡散することなく、収束して二本の大きな幹となり加速度をつけてメガビョーゲン目がけて突き進んでいく。いつしかそれらは互いに交わり、病魔を穿つ螺旋となって、メガビョーゲンの一点へと狙いを定める。

「これでどう……!?」

 コーラルの叫びと共に、見事にメガビョーゲンの左胸を貫いた宝石の槍は再び解け、その先端で五指のように分かれた枝の掌の中には、木のエレメントさんが抱かれている。笑顔を取り戻したエレメントさんは、そのまま導かれるように道端のヤシの木へと吸い込まれていった。

「ヒーリングッバイ……」

 同時に、メガビョーゲンの体も浄化され、あおぞら市の空へと帰っていく。その光景に、コーラルは安堵の笑みを浮かべた。

「ビクトリー、じゃなくて、お大事に、かな?」

 大役を終えほっと胸を撫で下ろすコーラルに、ぴょんと抱きついてきたのはサマーだった。パパイアとフラミンゴも遅れて駆け寄ってくる。

「すごい、すごいよコーラル!」

「本当、見事なお手当てだった」

「あんな繊細な芸当、わたしには絶対できそうもないな……お手柄だ、コーラル!」

 拍手を送るパパイア、親指を立て健闘を称えるフラミンゴに、コーラルは照れくさそうに笑う。

「ありがとう。でも、みんながサポートしてくれたおかげだよ! ……それにしても」

 抱きしめ合い喜びを分かち合っていたサマーとコーラルは、突然気が抜けたように道路の真ん中にへたり込んでしまう。

「だーーー、慣れない相手だからめっちゃつかれたー。サーブめちゃくちゃ強かったし、部活でバレーの練習もしなきゃかもだよ……」

「うん、わたしももうヘトヘト。お手当てってこんなに大変なんだね……」

「わたしも目から光出しすぎて疲れた……」

「……それって疲れるのか?」

 フラミンゴのツッコミに一同は顔を見合わせ笑い合うと、変身を解除した。プリキュアのドレスが光の粒子となって弾け、大気に散っていく。

 そんな彼女たちにのどかたちも駆け寄り、感謝の言葉を送る。

「まなつちゃん、みんな! 本当にありがとうね!」

「のどかさんたちがいなかったらヤバかったのはこっちだったし! こちらこそありがとうございました!」

「さんご……だったわよね? 無茶な戦い方をさせてしまってごめんなさいね」

「そ、そんな。ちゆさんのおかげで勇気が出せたんです。バリアも使い方次第なんですね、勉強になりました!」

「いやー、みのりん。ナイスなキュアスキャンだったよ。今後ニャトランがいないときに備えてあたしの方が教わらなきゃかもだね」

「……」

「なんだ、みのり? 照れてるのか? というか、やっぱりあだ名はみのりんになるんだな」

『ていうか、変身解いたらなんでまたセリフを発しなくなるわけアンタは……?』

 一同はすっかり打ち解けて、先ほどの戦いを振り返り笑い合う。

 そんな、戦いの後の空気がすっかり緩んだ時だった。

 彼女たちが集まっている場所のすぐ近くを緩やかな風が通り抜けたかと思うと、風はたちまち渦を巻き始め、空中にぽっかりと開いた穴のような横向きの竜巻を形作る。まなつは地面にへたり込んだまま驚きの声を上げる。

「え、うそ、今度はいったい何!?」

「ううん、違うよまなつちゃん。これは……!」

 その渦の中心が淡い光で満ちたかと思うと、何もなかったはずの空間から突如人影が現れた。それはのどかの予想通りの人物だった。

「……ラテ? もうお身体は大丈夫なのですか? どういうことなのでしょう……。そして、ここはいったい……」

 絹のように美しい金髪と淡いラベンダー色の清楚なドレスを風にたなびかせながら周囲を見渡すその人物に、喜びにあふれた声でのどかは呼びかける。

「アスミちゃん! それに……」

「あっ、のどかーーーっ!」

「ラビリン……!」

 アスミの後を追って現れたラビリンは、のどかの姿を見つけるや否や、一直線に飛んでくる。のどかは声を弾ませながら、その胸に飛び込んでくるパートナーをぎゅっと抱きとめる。

「こないだぶりラビ! ごめん、遅くなったラビ!」

「ううん、来てくれてありがとう、ラビリン!」

「ちゆー! 会いたかったペェ!」

「もう、ペギタンたら。この間会ったばっかりじゃない。でも、来てくれて嬉しいわ」

「ひなたも元気そうで何よりだぜ!」

「ニャトランこそ!」

 再会を喜び合うパートナーたちを微笑ましく見つめるアスミ。しかし、自分が来た目的を思い出すとのどかたちに頭を下げた。

「みなさん、お久しぶりです。そして、遅くなってしまって本当に申し訳ありません。ラテが地球の危険を察知してこちらに来たのですが、すこやか市に来ても皆さんの姿が見当たらず……」

 アスミの言葉に、三人は「……あっ」と、気まずそうに顔を見合わせた。

「そういえば、アスミちゃんとどうやって合流するのか、ちゃんと決めてなかった気がするね……」

「しかも今回みたいに旅行中の場合とか、全く想定できていなかったわね」

「うーん、今回は特にめっちゃ運が悪かった気もするけど……とも言ってられないよね」

 反省した様子の三人に、仕方がありません、とアスミは静かに首を振った。

「わたくしもこうなることを想定できていませんでした。ともかく、今回はわたくしのみで浄化しようと、風の力でメガビョーゲンの気配のする場所へと飛んでいこうとしたのですが、そこですこやかまんじゅうの店長さんに見つかってしまいまして」

「ああ、アスミちゃんの元バイト先の……」

「しかも、わたくしがいなくなってからというもの、すこやかまんじゅうの売り上げが下がっているとの話を聞いてしまいまして……」

「アスミ、完全に看板娘だったものね……仕方ないかも」

「語るも涙、聞くも涙。話を切り上げるどころか、わたくしもつい熱くなって、何か打てる手はないものかと議論が白熱してしまい……」

「うーん。すこまんもおいしいけど、飽きるといえば飽きるよね。そろそろ新しい刺激が欲しいとゆーか」

 何気なくひなたが放った一言に、アスミはかっと目を見開いて振り返った。

「何を言っているのですかひなた! すこやかまんじゅうはいつ何時何回食べても飽きが来ることはありません! スタンダードな餡子、フレッシュな酸味あふれるイチゴ、爽やかな香りで変化をもたらす小松菜……様々な味と香りをローテーションさせることで、すこやかまんじゅうは常にわたくしたちに新鮮な美味しさと笑顔を届けてくれるのです!!」

「おおっと、すこまんガチ勢の地雷をうかつに踏み抜いてしまったよ……」

 にわかに興奮状態となったアスミだったが、圧倒されるひなたの引きつった顔に冷静さを取り戻すと、佇まいを直して仕切り直した。

「コホン。話がそれてしまって申し訳ありません。それで結局、メガビョーゲンはこちらにいたのでしょうか? ラテも、ここに向かってくる途中で、ご覧のとおり急にすっかり元気になってしまって……」

 アスミの胸元で「ワン!」と元気そうに吠えるラテの頭を愛おしそうに撫でながら、のどかはアスミの質問に答える。

「うん、メガビョーゲンはここに現れたの。でも、トロピカル~ジュプリキュアのみんなが、わたしたちの代わりにお手当てしてくれたんだよ!」

「トロ、ピカ……? そういえば、後ろの方々は……」

 首をかしげるアスミは、のどかたちの背後でずっと自分たちのやり取りを眺めていた四人のことを尋ねる。すると、まなつは立ち上がってスカートのほこりを払うと、アスミの元へと駆け寄った。

「こんにちわ! わたし、夏海まなつ、キュアサマーです! あなたのお名前は?」

「申し遅れました。わたしくは風鈴アスミ、キュアアースです。トロピカル~ジュプリキュアの皆さま、メガビョーゲンを退治してくださりありがとうございます」

「こ、これはこれはご丁寧に……」

 深々と頭を下げるアスミに、さんごたちも慌てて頭を下げ、続けて自己紹介をする。その様子を眺めながら、ラビリンが口元に手を当て考え込む。

「キュアサマー……、ああー! もしかして、あの時ヒーリングガーデンに落ちてきたプリキュアさんラビ!?」

「い、いやー、その節はいろいろとご迷惑をおかけしました……」

「その話初耳だけど、まなつ、お前いったい何をやらかしたんだ?」

 たはは、と頭を掻くまなつに、あすかは鋭くツッコミを入れる。その傍らで、アクアポットからは下卑た笑い声が聞こえてきた。

『これでプリキュアが追加で四人……追加で四人……ぐふふふふ』

「……ローラぁ? もしかして、のどかさんたちについて行ってたのってそれが理由?」

『べ、別にぃ。プリキュアだって言うから話を聞いてただけよ』

 アクアポットの中身を睨みつけるまなつから目を背けるように、ローラは巧みにアクアポットを操作して逃げる。そんな二人の様子を眺めながら、まあ、とアスミは掌を口に当てながら驚く。

「この地球に人魚さんが実在していたとは、驚きました」

「うーん、地球の願いから生まれた精霊さんが言うと、説得力があるのかないのかわからないわね……」

 ちゆのツッコミに思わずのどかは笑ってしまう。すると、そんな彼女の様子を仰ぎ見ていたラビリンが、心配そうに声をかけた。

「……? のどか、なんだか元気がないラビ?」

「えっ? そっ、そんなことないよ? 今だって、キュアサマーたちとお手当てがんばったし!」

「そうラビ? ラビリンの気のせいならいいんだけど……」

 ガッツポーズを作るのどかに、ラビリンはなおも首をかしげている。そんな二人の後ろから、まなつは朗らかに声をかける。

「そうそう、のどかさんたちがいなかったら今ごろ大変なことになってたもん、もう感謝しかないよー! ……あ、でもアスミさんには悪い事しちゃったかな。せっかくそのヒーリングガーデンから来てもらったのに」

「ふふ、何をおっしゃるのですか、まなつ。メガビョーゲンがより早く浄化できたのであれば、それに越したことはありません。そうだ、店長さんから手土産にと、すこやかまんじゅうをいただいたんです。皆さまお疲れのご様子ですし、ぜひトロピカル~ジュプリキュアの皆さんに食べていただいて……あら?」

「どしたの、アスミン?」

「こちらに置いてあった包みが無くなって……」

 アスミはきょろきょろと自分の周囲を見回すが、それらしきものはどこにもない。

「もしかして、あれかしら?」

 ちゆが指差した先、アスミたちが通ってきた風の門があった場所とも全く異なるところに、アスミがすこやかまんじゅうを入れてきたであろう、唐草模様の風呂敷が落ちていた。

 のどかたちは風呂敷の元まで行き拾い上げてみる、が、中身は何もない。

 いったい何が――、と、ちゆやひなたと顔を見合わせた、その時だった。

 

「ぅっ……!?」

 

 突然、強烈なめまいのような意識の遠のきがのどか、ちゆ、ひなたの三人を襲う。同時に、三人の体からの七色の淡い光が漏れ出で始めた。いや、漏れ出るというよりも、強制的に誰かに吸われているかのようだ。

 自分の影法師が引っ張られているような奇妙な感覚と共に、腕はだらんと力なく垂れ下がり、足は体を支えることを拒否してぺたりとその場に座り込んでしまう。

「のどか!? これは、一体何が起こってるラビ!?」

「ラビ……リン……!」

 自分の身体になんらかの異変が起こっているはずなのに、それを何とかしようとする気持ちすら奪われていくようだ。ラビリンが自分を呼ぶ声も、だんだん遠ざかっていく。

 そして、そのまま何も考えられなくなり、のどかたち三人は眠るようにその場に倒れ伏せた。

『これは……!』

 ローラは血相を変えて、慌てて周囲を見渡す。すると、彼女たちの頭上には、あとまわしの魔女の手先チョンギーレがいつの間にか舞い戻り、浮遊する舟の上で不敵な笑みを浮かべていた。

「お前ら、まさか俺を忘れてたわけじゃあるまいな?」

「ごめん、すっかり忘れてた!」

「…………」

 まなつの返答に、太い眉をひくつかせるチョンギーレのその真下には、六体の怪物が首を揃えていた。まなつたちは、疲弊した身体を奮い立たせて身構える。

 一方、気を失ったように倒れる三人の元へと駆け付けたヒーリングアニマルたちは、お互いのパートナーに必死に声をかける。

「のどか、のどかーーーっ!!」

「ちゆー! まさか、ビョーゲンズみたいに何かに蝕まれてしまったペェ……!?」

「まさか、そんなわけねぇだろ!?」

 三人とも顔色は普通で、苦しげな様子もない。ただただ充電が切れたロボットのように黙りこくる三人の体をラビリンたちは揺さぶり、名前を呼びかけ続ける。

 すると、その甲斐あってか、眠りから覚めるようにのどかはゆっくりと目を開いた。

「あっ、のどか! 大丈夫ラビ!? どこも具合が悪くなったりしてないラビ!?」

 するとのどかは、焦点が明後日を向いた目で適当にラビリンを見やると、

 

「………………あぁ、ラビリン? なんか新しい敵が出てきて大変みたいだね~。まあ、わたしは関係ないしここで寝とくから、後のことはよろしく~~~……」

 

 と、大きく間延びした声で言うなり、こてんと再びアスファルトの上で横になった。

 

 

 

「え……、えぇ~~~!!??」

 

 

 

 つづく

 




第2話をお読みいただきありがとうございます。

ヒーリングっどプリキュアは、ただ敵を倒せばいいというわけではなく、エレメントさんがどこに囚われているかを特定して、さらに救出を行わなければならないというプロセスが特徴的だったと思います。
作中でアースは、三人と合流できないので一人で浄化しに行くつもりだったと言っていますが、ヒープリでは頭一つ抜けて戦闘力の高いアースも、実はパートナーによるぷにシールド、キュアスキャンによるサポートが無ければ、おそらく一人での浄化はだいぶ厳しいものになるはずなんですよね。
この辺りヒープリはうまくできていたなあと改めて感じました。

というわけで、ヒーリングアニマルがいない時にプリキュアだけでどうやってお手当てをするのか? という問いかけを話の仕掛けとして仕込んでみました。トロプリたちとのどかたちの協力関係もうまく書けたのではないかと思います。
パパイアにキュアスキャンさせたり色々やりすぎた感もありますが…、笑っていただけたのなら幸いです。

作中に出てくるメガビョーゲンがテレビ本編の使いまわ……再生怪人なのは、読んでいる人にイメージがつきやすいことに加えて、作者が35話のビーバレ回がめちゃくちゃ好きだからです……いいよねクソバレー回。
南の島での話なので、トロピカルなトロプリとの相性もよさそうだなということで採用してみましたが、いろんなところが予想以上にしっくりくるので書いていても楽しかったですね。

のどかたちが変身しないまま話の半分が終わってしまいましたが、「変身しなくてもヒーローである」という感じが出ていればいいなあと思います。
次回へのヒキもしっかり作ったところで、話は後半に突入します。引き続きお楽しみいただけると幸いです。


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第3話 やる気が出ないのは何のせい?

■突如現れたヤラネーダにやる気を奪われたのどかたち! 一人ヤラネーダに立ち向かうキュアアース、まなつたちも加勢しようとするものの……? ■ヒーリングっどプリキュアとトロピカル~ジュ!プリキュアの春映画的ストーリー第3話です。


 ◇ ◇ ◇

 

 まなつたちは、目の前で繰り広げられる目も当てられない光景に、ただただ表情を引きつらせるしかなかった。

 

「それじゃあラビリン、あとのことはよろしくね~……ぐぅ」

「のどか、のどかー! しっかりするラビ!」

「わたしもここで一休みしとくから、24時間くらいたったら起こしてねペギタン……」

「ちゆー! こんなところで寝ちゃダメペェ!」

「なーんか修学旅行もめんどくさくなってきちゃった。ニャトラン、代わりに行っといて~……」

「ひなた! いったいどうしちまったんだよオイ!?」

 

 アスファルトの上だろうと構わずだらしなく寝そべるそれぞれのパートナーに、必死に呼びかけるヒーリングアニマルたち。

 しかし、コタツの中で蕩けるネコ、あるいは水揚げされたタコのようにだらけきったのどかたちは、ラビリンたちの声を気に留めることすらなく、ただただふぬけた表情を晒している。

「これは……、のどかたちは、一体どうしてしまったのでしょう……?」

 変わり果てた彼女らの様子に、アスミもただただ困惑するばかりだ。その胸元で心配そうな鳴き声をあげるラテとアスミに、さんごは首を振りながら彼女らの代わりに弁明する。

「違います、のどかさんたちが悪いんじゃありません。みんな、あのヤラネーダにやる気を奪われてしまったんです!」

「やる気を奪う……? なるほど、罪なき人々に牙を剥く輩は、ビョーゲンズだけではないという事ですね……!」

 アスミは、あとまわしの魔女の一味チョンギーレと、彼が引き連れる怪物の群れを睨みつける。

 先ほどのメガビョーゲンと同じく人型のヤラネーダだが、頭部は無く、まんまるとした胴体の真ん中にいつものヤラネーダの顔がくっついている。さらにその額には元の饅頭の名残か、「す」という文字がでかでかと書かれていた。

 すらりとした体型だったメガビョーゲンに比べて手足も野太く、各部関節をタガのような金属の輪っかで覆った、屈強なヤラネーダだ。

 それが白、赤、青、黄、緑、紫とカラーバリエーションも豊かに六体も並ぶと、さながら軍隊のような迫力だ。そんなこちらの動揺を嘲るかのように、チョンギーレは鼻で笑いながら得意げに叫ぶ。

「お待たせして申し訳ねぇな、プリキュアども! さっきまで高見の見物を決め込んでいたが、よく考えたらあのメガビョーゲンっての、強ぇのは強ぇが、やる気パワーは奪えないからな」

「よく考えなくてもそうだろ!」

 あすかの噛みつくようなツッコミも、ふん、と鼻息一つであしらうと、

「めんどくせえプリキュアたちも疲労困憊、悪ぃがこのまま第2ラウンドといかせてもらうぜ」

「だからって、いきなりヤラネーダを六体も出してくるなんて、ちょっと気合入りすぎじゃない!?」

 吠えるまなつに冷笑で返し、チョンギーレは改めて眼下の怪物たちを見回す。

「そらそうよ、俺だって本気を出せばヤラネーダの五体や六体……って、あァ!? ちょっと待て、なんで六体もいやがんだ!?」

 自分の足元にぞろぞろと並ぶヤラネーダたちを見回して慌てふためくチョンギーレに、思わずあすかは呆れる。

「いや、だから気付くのが遅いって」

「俺が投げたヤラネーダの素は、たしかに一つだけだったのに……」

「なぜならそれは、すこやかまんじゅうは六個入りだからです!」

「知らねえよそんなローカルルール!」

 アスミの指摘にがなり声で返しつつ、チョンギーレは雁首を揃えて自分の指示を待つヤラネーダたちを改めて見回すと、ふむ、とその巨大なハサミで顎を撫でる。

「まあいいや。六体も指揮するのはかったりぃことこの上ないが、やる気パワーをたんまり集めて帰るチャンスってことだろ。たまには真面目に仕事するか! いけぇ、ヤラネーダたちよ!」

 チョンギーレの指示と共に、ヤラネーダたちはこちらに向かって進軍を開始する。その動きは決して俊敏ではないが、その巨体と数から来る圧力は圧倒的だ。

 アスミは、この状況にも相変わらず道路に横たわり続けるのどかたちを見やると、唇をきゅっと一文字に結び、

「トロピカル~ジュプリキュアの皆さんは消耗されています。ここはわたくしが何とかしますから、皆さんはのどかたちのことをお願いいたします!」

 そう言うとアスミは、優雅な風のうねりを象ったハープを取り出し、紫色のボトルをセットする。

 それらがまばゆい光を放ったかと思うと、アスミの体は一瞬にして神々しいプリキュアの姿へと変わった。

「これが、キュアアース……!」

 その美しさにさんごが目を奪われるのも束の間、アースは文字通り疾風のごとく、進撃するヤラネーダたちに向かって突撃した。その背中に慌ててニャトランが声をかける。

「アース! すこやかまんじゅうが元になってる怪物と戦えんのか!?」

「ご心配なく! わたくしはあの後、反省したのです。愛おしいすこやかまんじゅうだからこそ、悪事のために利用されるなど、一分一秒たりとも見過ごしてはならないと!」

 唇をぐっと噛みしめながらも、アースは先頭を歩く白ヤラネーダへと飛び掛かる。

 その隙だらけの土手っ腹に、突き刺さるような飛び蹴りを加えたアースは間髪を入れずに、風の力を駆使して空中で無理やりスピンし、もう片方の足で強烈な後ろ回し蹴りを見舞う。

「な、なんだアイツ!? またプリキュアが増えやがったのか!?」

 チョンギーレが驚嘆の声を上げている間に白ヤラネーダは大きく吹っ飛ばされ、その陰にいた赤と青のヤラネーダとの間合いを一瞬で詰めると、アースはウィンディハープを頭上に放り、拳の連打を二体のヤラネーダに浴びせた。

 アースの速度に全く対応できないヤラネーダたちがよろめいている間に、アースは落ちてきたウィンディハープをキャッチし、流れる手つきで音符が象られたボトルをハープにセットした。

「音のエレメント!」

 アースがハープを奏でると、その優しい調べとは裏腹な、激しいうねりを伴う衝撃波が放射状に放たれ、後続の三体のメガビョーゲンを一瞬で呑み込み、吹き飛ばした。

「め、めちゃくちゃ強い……!」

 疾風怒濤。その言葉を体現したかのようなその戦いぶりに、まなつ含め一同は息を呑んだ。

 これなら本当に自分たちの加勢はいらないかもしれない、そんな風に思い始めたところだったが、

「……っ!」

 一転、アースの表情に影が差す。

 開幕と同時に派手に吹っ飛ばされた白ヤラネーダだったが、むくりと起き上がると、何事もなかったかのように平然と再びこちらに向かって歩き始める。拳でダウンさせられた二体も、衝撃波にやられた三体も同様だ。

 雲行きの怪しさを感じ取ったラビリンも焦りの色を濃くし、再度のどかの体を揺さぶりながら大声で叫ぶ。

「のどか! アースひとりだけにはまかせておけないラビ、早く変身して一緒に戦うラビ!」

「ふわぁ……やらなきゃいけないことがあるのに堂々と寝るの、最高に生きてる、って感じ……」

「コラー! 自分の決めゼリフを自らコスるのはやめるラビ!!」

 一方、ペギタンも天地がひっくり返りそうなほど頭をひねった末、妙案がひらめいたのか、慌ててちゆに問いかける。

「そうだ! 夢中になっているものを思い出させれば、やる気を取り戻すかもしれないペェ! ちゆ、立派な旅館の女将になることと、ハイジャンで世界一になること! それがちゆの夢だったはずペェ! それを思い出すペェ!」

「えぇ~、一つだけでも大変なのに両立なんてこの上なくめんどくさ~い。旅館はとうじに……、ハイジャンはツバサにまかせるわ……」

 努力の甲斐むなしく、天を仰いだまま再度眠りこけるちゆの無気力な回答に、前髪を逆立てショックを受けたペギタンはそのまま地面に伏した。

「ち、ちゆがそんな事を言うなんて……! こんな……、こんなちゆは、解釈違いペェ~~!!」

「のどかもラビ~~!!」

「ひなたも……、いや、ひなたはそうでもねぇナ」

 泣きじゃくる二人を他所に、自分のツインテールを結び合わせる遊びに興じるひなたを冷静に見つめるニャトラン。

 一方、ラビリンは涙を拭いて、再度奮起する。

「そうラビ、無理やりにでも変身してプリキュアの姿になればやる気も戻るかもしれないラビ! ほらのどか、ちゃんとヒーリングステッキを持っ……、持つ……、ああもう、持たせたことにして!」

 傍らにヒーリングステッキをちょこんと立てかけられたのどかに向かって、ラビリンは半ば強引に号令をかける。

「いくラビよ! スタート!」

「プリキュア、モジュレーション……」

「それ違うやつラビ! なんでわざわざややこしい方に間違えるラビ!?」

「え~、モジュレーションもオペレーションも変わらないでしょ~?」

「だいたいさー、オペレーションってどうゆう意味~?」

「ひなた、それやる気を失ってるからだよな!? まさか一年間意味わかってなかったなんてことないよニャ!?」

 健闘がことごとく空回りするラビリンたちに、さんごたちはいたたまれず声をかける。

「あ、あのね、ラビリンちゃん、ヤラネーダにやる気を無理やり奪われちゃうと、それを取り戻させるのはすごく難しいんだよ……」

「まなつが復活した時は、わたしたちがピンチになったことがきっかけになったけど……こればっかりはな」

「……わたし、やる気無くしてた時こんな感じだったんだね……そのセツはご迷惑をおかけしました……」

 

 一方、

「はあっっ!!」

 アースの風の力を乗せた蹴りが、紫ヤラネーダの胴体ど真ん中に直撃する。しかし、吹っ飛ぶその体を今度は味方たちがキャッチする。そしてすぐさま、けろりとした顔で再びアースに立ち向かってくる。

 つい先ほどまで六体のヤラネーダに対し互角の戦いを見せていたはずのアースだったが、すでにその息は上がり始めていた。

「くっ、相当頑丈なようですね……。さすが、子供たちの健全な成長を願い作られた和菓子から生み出された怪物。それがこうも悪用されるだなんて……嗚呼、なんて可哀想なすこやかまんじゅう……」

 

「お店からの回し者か、まんじゅうの母親か何かなのかあの人は……?」

「って、そんな鋭くツッコんでる場合じゃないですよぅあすか先輩!」

「い、いや、すまん、つい……」

 さんごからのツッコミ返しに頭を下げるあすかに、まなつも声を張り上げる。

「そうだよ! 疲れてるとか言ってる場合じゃない、わたしたちも変身しよう!」

 四人は頷き合い、アースに加勢しようとトロピカルパクトを取り出す。

 しかし、その様子を目ざとく見ていたチョンギーレは、すぐさまヤラネーダに指示を飛ばす。

「おい、なにヒマそうに遊んでんだお前ら。こっちに六匹もいらねえんだから、半分はあいつらの首根っこ押さえてこい!」

 チョンギーレにけしかけられ、白赤青のヤラネーダたちはまなつの方たちへと向きを変え、どたどたとこちらに向かって駆けてくる。

「えっと、まずはチークで次はアイズ……って、うわぁ!? 乙女のお化粧中に襲ってくるなんてマナー違反にも程があるんじゃない!?」

「メイクなんて走りながらでもできるだろ! 適当に済ませろ!」

「あすか先輩、女の子としてそのセリフはどうかと思います! それに、のどかさんたちが……!」

 さんごもメイクを中断しながら、寝そべったままの三人を見やる。

 やる気を失ったのどかたちは、怪物が迫ってきているにも関わらず、呆けたまま一切その場から動く様子もない。あすかは、迫るヤラネーダとのどかたちを交互に見やった末、苛立ちとともに手にしたパクトを閉じた。

「くそっ、仕方がない。変身は後回しにして、今はとにかく逃げるぞ!」

 ヤラネーダたちが接近してくる速度から変身は間に合わないと判断し、四人はパクトをしまうと、のどかたちに手を差し伸べる。

「ほら、ちゆさん! 早く逃げないとマズいですって!」

「ええ~、もうめんどくさいわね~……」

 まなつの手を取ったちゆは、そのままやや強引に起立させられると、とぼとぼとではあるが、まなつに手を引かれるまま駆け出し始めた。

「ひなたさん、立てますか?」

「立つのも歩くのもめんどくさ~い。さんごちん、おんぶして……」

「そ、それは無理です……。みのりん先輩、手伝ってください!」

 さんごは、みのりと共にひなたの両脇を抱えると、ヤラネーダに背を向けて駆け出した。ひなたも、なんとか足だけは動かしてくれている。

 しかし一方、

「おい、のどか! 立つぐらいは自分で立て!」

「うう~ん、立てましぇ~ん……」

 あすかがどれだけ声をかけようと、無理やり引き起こそうと、のどかは1ミリたりとも動こうとしない。

「ああもう、仕方がない! わたしがおぶる!」

 業を煮やし、あすかはのどかの両腕をひっ掴み、強引に背中へと抱き上げた。

「うう、ご迷惑をおかけして申し訳ないラビ……」

 頭を下げるラビリンに、気にするなと告げつつ、あすかはのどかを抱えたまま駆け出した。

 赤と青のヤラネーダの魔の手は、もうすぐそこまで迫っている。のどかたち三人を引きずりながらでは、逃げるのがやっとだ。

「こ、これじゃメイクで変身なんて言ってらんないよ!」

 悲鳴をあげながら逃げ惑うトロピカる部一同を見下ろしながら、へっ、とチョンギーレは愉快そうに笑った。しかし、彼女らを追いかける巨体が二つであることに気づくと、残るもう一体に向かって声を上げた。

「おい、白いの! なに一人だけ遊んでんだ、お前もさっさとあいつら追いかけろ!」

 指示を正しく聞いてなかったのか、白ヤラネーダはアースとの戦闘にも、トロピカる部の追跡にも加わらず、道の真ん中でただぼーっとしていた。

 三体のヤラネーダに囲まれていたアースだが、その好機を見逃さない。

「空気のエレメント!」

 一斉に拳を振り上げるヤラネーダたちに対し、アースは緑色のエレメントボトルをセットしたハープをつま弾く。すると瞬時に、アースの身体をすっぽりと包む大きな泡が形成される。

 アースを叩き伏せようとした三匹のヤラネーダの拳は、その泡の持つ圧力に押し止められた。しかしなお、その泡ごとアースを叩き潰そうと、ヤラネーダたちはぐぐっとさらにその拳に力をこめる。

 アースはその一瞬の隙に、泡の中から離脱し、彼らの間を縫うようにすり抜ける。そしてアースが抜けだすと同時に彼女を包んでいた泡は弾け、力を込めていた三匹はつんのめり、お互いの頭と頭を衝突させ地面に倒れ伏した。

 アースはそんな三匹に目もくれず、孤立する白ヤラネーダの元へと豹のように駆ける。

「はああぁっ!!」

 呆け切っていた白ヤラネーダはアースの接近にも気づかず、大振りの鎚のようなアースのかかと落としをその脳天に食らい、昏倒した。

「とにかく、まずは一体ずつ……!」

 風のエレメントボトルをセットしたウィンディハープを掲げ、浄化技を放とうとするアース。しかし、まなつと一緒に逃げ惑いながらそれを目にしたローラは、慌ててアースに向かって叫んだ。

『ちょっ、ちょーっと待ちなさいキュアアース!』

「っ!? ローラ、なぜ止めるのです!?」

『まだそのヤラネーダ倒しちゃダメ! 奪われたやる気を先に取り戻さないと、持ち主に返ってこなくなっちゃうのよ!』

 そんな、とアースは目の前で倒れる白ヤラネーダをただただ歯がゆそうに見つめる。

「で、でも、のどかたちのやる気を奪ったヤラネーダかどいつなのか、わからないんじゃないか!?」

「はぁ、はぁっ、と、突然すぎて、誰も見てなかったですもんね……! 確率は六分の一……!」

 二人のやり取りを聞いていたあすかとさんごが、息も絶え絶えの様子で意見する。すると、走るまなつたちの眼前に躍り出たアクアポットの中から、ローラが叫ぶ。

『考えててもしょうがないでしょ! ……まなつ、やっちゃって!』

 そう言うと、ローラはアクアポットを操作し、まなつの手中へと収まる。言葉はなくとも指示を合点したまなつは、

「オーライ! さんご、ちゆさんの事よろしく!」

 そう言って、ちゆの手をさんごに預けると、一人猛スピードで先行したまなつはすぐさま振り返り、アースと白ヤラネーダの辺りを見据えてアクアポットを大きく振りかぶった。

「せーのぉ、※実際のマーメイドアクアポットは人に向けてなくても投げてはいけませんっっ!!」

 まなつが全力でぶん投げたアクアポットは、まなつたちを追いかけるヤラネーダたちの頭上を飛び越え、アースと白ヤラネーダのすぐ近くへと到達する。道路に墜落しないよう全力でポットを制動し、若干目を回しながらもアクアポットから出てきたローラは、すぐさま自分の入っていたポットを再び手に取った。

「マーメイドアクアポット、サーチ!」

 ローラは、大急ぎで倒れたままの白ヤラネーダの体をスキャンする。すると、

「やる気パワーは……、だああっ、ハズレ! 何も無し!」

「では逆に、浄化してしまってもかまわないということですね!」

 髪の毛を掻きむしり悔しそうに叫ぶローラだが、アースは咄嗟に切り替え、再び両の瞳に鋭い眼光を迸らせる。ハープに風のエレメントボトルをセットすると、ヒーリングゲージを急速でチャージさせていく。

「プリキュア! ヒーリング……ハリケーーーン!!」

 ウィンディハープから放たれた猛烈な勢いの竜巻は、ヤラネーダの巨大な体を大蛇のように一瞬で呑み込む。

 エレメントの力が渦巻く奔流にヤラネーダの体は見る見るうちに浄化され、光の残滓を残しながら消滅した。

 その様子を見ていたチョンギーレは、忌々し気に自分の乗る舟の甲板をハサミでがんと叩いた。

「だああっ、くそ! 一体やられちまったか。やっぱこんなに数がいると統率も取れないしめんどくせぇな。そろそろメシの支度の時間だし、一度帰るか」

「! お待ちなさい!」

 アースの制止も虚しく、チョンギーレと五体のヤラネーダは虚空へと消え去っていった。

 

 

 先ほどまでの混乱が嘘のように、辺りはすっかりと静まり返る。

 変身を解除し、精霊の姿に戻ったアスミは、ふぅとため息をついて振り返る。その視線の先には、人を引き連れ抱えて全力疾走をし、疲労の極地にいるトロピカる部の面々と、相変わらずだらけきったのどかたち三人の姿があった。

 アスミはまなつたちの元へと戻り、深々と頭を下げた。

「申し訳ありません、取り逃がしてしまいました……」

「いやもう、こちらこそ、助けていただいてありがとうございまふ……」

 さすがのまなつも息も絶え絶えの様子だ。人ひとりを抱えてずっと走り続けていたあすかに至っては、言葉を発することすらできず地に手をつき肩で息をしている有様だった。

「お礼を言わなきゃいけないのはラビリンたちラビ。まなつたちが助けてくれなかったら、のどかたちは今ごろぼーっとしたままヤラネーダに踏まれてペチャンコになってるところだったラビ……」

 しょげるラビリンを胸元に招き入れその頭を撫でながら、さんごが全員に尋ねる。

「でも、これからどうしよう? のどかさんたち、修学旅行の途中なんだよね?」

『どうするもこうするも……ヤラネーダが逃げちゃった以上、もう一度出て来るまで待つか、まなつの時みたいに本人が自らやる気を奮い立たせるかのどちらかしかないわね』

 アクアポットの中に戻ったローラは、腕を組みながらぴしゃりと言い切る。

「状況はかなり絶望的ペェ……」

「そもそも、ひなたたちがこれからどこに行く予定なのかもわからねえよな」

 ニャトランの言葉に、あすかは何かを思いつくと、のどかが傍らに置いていた手提げカバンを拝借する。

「ちょっと失礼。きっとアレがあるはず……あったあった、これだ」

 あすかがカバンから取り出したのは、修学旅行のしおりだ。

「今日この後の行動予定は……、16時にあおぞら水族館前に再度集合、バスに乗ってあおぞら市内の旅館に向かうらしい」

「さすがに一緒に泊まるわけにはいかないけど、せめてそこまでは連れていってあげよう!」

 まなつの提案に一同はこくりと頷く。あすかはさらに旅行のしおりに目を通す。

「そして、明日は朝9時からもう一度、あおぞら市内を自由行動、か。ちょうどわたしたちの学校は開校記念日で休みだし、様子を見に来るか」

『……本当に都合がよすぎるタイミングね』

「でも今はありがたいペェ。本当は、ボクたちも旅館についていってお世話したりやる気を取り戻させてあげたいけど……」

「さすがに、ひなたたちがこんな状態じゃ、身を隠し続けるのも至難の業だもんな」

「わたくしも、今回ばかりは謎のバックパッカーとして三人について行くわけにもいきませんし、ラビリンたちと一緒に一度ヒーリングガーデンに戻り、明日もう一度こちらにお邪魔させて頂きます」

 謎のバックパッカー、というのが何のことか気にはなったが、まなつたちはアスミの言葉に頷いた。

 

「よし! そうと決まれば行きますよ、のどかさん、ちゆさん、ひなたさん!」

「「「えぇ~~~、動きたくない~~~……」」」

「……やっぱり?」

 予想通りの返答にがっくりするまなつ。すると、ようやく体力を取り戻したあすかは再び立ち上がり、ちゆの腕を引っ張った。

「ほら、ちゆ! お前、この中じゃ一番しっかりしてそうなんだから、ちゃんと立て!」

「……はぁい、わかりましたあすか先輩……」

 あすかに叱咤されるまま、ちゆはしぶしぶとではあるが立ち上がり、あすかに手を引かれるままとぼとぼと歩き始めた。

「ひなたさんもほら、立ってください! わたしとプリティホリックの話でもしながら行きましょう!」

「うぅぅぅん、聞いとくから適当に話してて、さんごちん……」

 優しく話しかけるさんごにいざなわれるまま、重たい足取りで歩を進め始めるひなたを見ながら、ローラは頭を掻きながら首をかしげる。

『うーん、さっきもそうだったけど、ちゆとひなたはまだ少しは動いてくれるのよね』

「そうだな。やる気パワーを完全に奪われなかったのか、プリキュアの力の賜物なのか。でも、のどかは……」

 あすかとローラが見やった先、まなつは残る一名と必死に奮闘していた。

「おーい、のどかさーん! 行きましょうよー!」

 耳元で呼びかけるまなつだが、のどかはぴくりとも動かない。

 そんなのどかをただただ心配そうに見つめるラビリンに気づいたまなつは、にかっと大きく笑ってみせた。

「だーいじょうぶだよ、ラビリン! わたしたちがヤラネーダからやる気パワーを取り戻して、絶対にのどかさんたちを元気にしてみせるから!」

 そう言ってまなつはのどかの体を背負うと、いくぞー! と声を張り上げながら、あおぞら水族館に向かって歩き始めた。ラビリンは目じりに浮かぶ涙を拭い、その背中を追う。

「……うん! よろしくラビ、まなつ!」

 

 

 こうして一同は、亀のような歩みながらも、なんとか集合時間までにあおぞら水族館へと辿り着いた。

 その場にいた眼鏡をかけた先生がちょうどのどかたちの担任だったようで、三人の変わり果てた様子に目を丸くし驚いていた。

「トロピカルメロンパンがおいしくて食べすぎちゃったみたいです」という、まなつの苦しい言い訳にも首をかしげていたが、遠くで様子を見守っていたアスミの姿を見た途端、突然何かを察したように、

「……わかった、彼女たちのことはまかせてほしい。ここまで送り届けてくれてありがとう」

 と、周囲の生徒にも声をかけ、のどかたちを介抱するようにバスへと連れていってくれた。

 一体どういうことだったのでしょう、とアスミも首をかしげていたが、とにかく優しい先生のようで助かった。

 ラビリンたちもほっと一安心し、もう一度まなつたちに礼を言うと、アスミたちと共に風のゲートをくぐってヒーリングガーデンへと戻っていた。

 

 

「ヤラネーダが来るのはよくあることだけど、それでも今日は特別疲れたね~……」

 夕日に染まり始めたあおぞら市の街並みを抜け帰路に着く一同は、さんごのぼやきに無言で頷いた。

『ほーんと、大変な一日だったわね。まなつたちの他にもプリキュアがいるってだけでも驚きだったのに、あとまわしの魔女以外にもプリキュアの敵がいるだなんて』

 アクアポットの中で水にたゆたいながらぼやくローラに、あすかも賛同する。

「まったくだ。ウサコがどうとか、そんなこと言ってる場合じゃなくなってきたな……」

 すると、それを聞いたさんごはあすかの前に躍り出て、語気を強くして反論する。

「なに言ってるんですかあすか先輩! それはそれ、これはこれです! のどかさんたちの事が解決したら、また一緒にプリティホリックにいきましょうね!」

「お、おお、自分から頼んでおいてなんだが、今日のさんごは一味違うな……」

「あとは髪型だけなんだけどなあ。あすか先輩のかっこよさを活かしつつ、かわいさを出すためにはどんな髪型が……」

 ぶつぶつと考え込むさんごの陰から、アクアポットの中でにやにやしながらローラが顔を出す。

『あら、何それ。あすか、かわいくなりたかったの? 今でも十分キュートでかわいいと思うけどー?』

 するとあすかは、目にもとまらぬ速度でさんごの陰に隠れていたアクアポットを引っ掴む。

「……人魚ってのはどれくらい振ればバターになるんだ? 千回くらいかああああ!?」

『ぎゃあぁあぁあぁあぁあぁ!?』

 激しくポットをシェイクするあすかの手から慌てて離脱したローラは、よろめきながらまなつの手の中に納まる。

『た、助けてまなつ! 危うくすり身にされるところだったわ……、ん? どうしたの、元気ないじゃない?』

 ふとローラが見上げたその先。まなつは、彼女には珍しく、物憂げな表情を浮かべていた。

「いや、ラビリンたち、のどかさんたちのやる気がなくなって、まるで自分の身体が傷つけられみたいに、すごく苦しそうだったな、って。……あの時、わたしがヤラネーダにやる気を奪われた時も、みんなにこんな心配させてたんだなって思ったら、なんか」

『……まなつ』

 するとさんごは、まなつの元へと駆け寄り、ポットを握る手とは反対側の手を優しく握り、まなつの目を見て優しく微笑む。

「ま、そういうこともあるさ。心配ぐらいかけさせろよ、わたしたちはプリキュアで、仲間で、トロピカる部だろ?」

「……うん! 改めてありがとうね、みんな!」

 

 

 そして、翌日。

 再び地球にやってきたアスミやヒーリングアニマルたちと合流したトロピカる部の面々は、すこやか中学校の生徒たちが宿泊した旅館へと向かった。自由行動の時間となり他の生徒たちが市内に向かう様子を伺いながら、旅館の前にある歩道のベンチにぽつんと残ったのどかたちの所へと向かう。すると、

「あら、みんな。おはよう」

「ち、ちゆ!? 元に戻ったペェ!?」

 一人、昨日とはまるで違った様子で、ベンチに掛ける他二人を見守りながら自分の足でしゃんと立つちゆの姿があった。喜びのあまり涙を宙に散らしながら、ペギタンはちゆの胸へと飛び込んでいく。嗚咽にまみれる彼の代わりに、アスミが尋ねる。

「ちゆ、もうやる気は大丈夫なのですか?」

 こくりと頷きながら、ちゆは続ける。

「心配かけてごめんねペギタン、アスミ。昨日のことは、正直ぼんやりとしか覚えてないのだけれど、泊まったこちらの旅館のおもてなしが本当に素晴らしくてね……。窓から海を望む景色は最高、料理は絶品、設備やサービスも細かいところまで行き届いていて、なんだか見てたらわくわくしてきちゃって。そのまま一晩寝たら、なんだか気分までしゃっきりしちゃったわ」

「すごいな、自力で復活するとは……鋼の精神力だな」

 舌を巻くあすかに、ちゆは深く頭を下げて礼を言う。

「トロピカる部のみんなにも、色々ご迷惑をかけてしまってごめんなさい。みんながいなかったらどうなってたことか……本当にありがとう」

 まなつはぶんぶんと手を振りながら、朗らかに答える。

「全然! ちゆさんのやる気が戻ってよかったですよー! それじゃあ、昨日のヤラネーダがまた現れたら、今度は一緒に戦えますね!」

「うーん……そうね。行けたら行くわ」

「なんかすごい社交辞令な返事が返ってきた!?」

 ぎょっとするまなつ。ペギタンも、どことなく視線が虚ろに見えるちゆにおそるおそる声をかける。

「ち、ちゆ? 本当に大丈夫ペェ……?」

「……はっ。ごめんなさい。やる気はある程度戻ったと思うのだけど、まだいまいち脳が本調子じゃなくて」

 重たそうに頭を抱えるちゆに、思わずトロピカる部の面々は不安そうに顔を見合わせる。

「ま、まあ、とりあえず動けるようになったからよかったんじゃないか?」

「そ、そうですよね! ただ、のどかさんとひなたさんはまだ……」

 あすかとさんごは、ベンチに腰掛けたままぼーっと遠くを見ている二人を見やる。

「おーい、ひなた。しっかりしろー」

 ニャトランがほっぺたをぺちぺちと叩いても気にも留めず、ひなたはいずこかから飛んできた蝶々を視線だけで追いかけている。

「ひなたは空腹に負けたのか、朝ごはんは自分で食べてたから、あともう少しだと思うんだけど……」

「……仕方がない。さんご、お願いしていたもの、頼めるかニャ?」

 目の前に飛んできて尋ねるニャトランに、さんごは頷きながらポケットの中をまさぐる。

「もちろん、持ってきたよ。でもニャトランくん、本当にこんなものでよかったのかな……?」

「ああ、パートナーたるオレの見立てではきっと間違いないはずだ」

 さんごはニャトランの指示するまま、ぼけーっとベンチに坐したままのひなたの前にかがみこむと、ポケットから小さなコンパクトを取り出し、ひなたの目の前に差し出した。

「ひなたさん、これ、うちの店で今度出す新作のチークなんです。まだ試作品のサンプルなんですけど、もしよかったら、これでちょっとだけでもやる気を取り戻」

 するとひなたは、さっきまで半目だった瞳をカッと見開き、ベンチから跳ねるように起き上がり、さんごの持つコンパクトに飛びついてきた。

「うっそマジ、プリティホリックの新作!? やだ、デザインもめっちゃかわいいしチークの発色もユニークでキラキラしてて綺麗すぎて無理! これもらっちゃっていいの!? めっちゃアガる超ありがとーーー!」

 コンパクトを天に掲げその場でくるくると回るひなたを、一同はただただ呆気に取られて見つめていた。

「……すがすがしいくらい現金な奴だな」

「先輩プリキュアとしてのひなたの尊厳を保ちたかったが、背に腹は変えられないニャ……」

 チークに頬ずりしながらぐへぐへと笑うひなたの傍らでぐっと涙をこらえるニャトランに、さんごもただただ苦笑するばかりだ。

「よし、ひなたはとりあえず? これでいい? として、あとは……」

 あすかは、一人ベンチに座ったままののどかに目を移した。

 ラビリンはゆっくりとのどかの元へと飛んでいくとその膝の上に降り立ち、うつむく彼女の顔を見上げた。

「……ラビリン」

「のどか、具合はどうラビ?」

 努めて、落ち着いた声で話しかけるラビリン。しかし、のどかは静かに首を振った。

「……ごめんね、ちゆちゃんもひなたちゃんも元気になってるのに、わたしだけ」

「そんな、気にしなくていいラビ! これはあの、ヤラネーダってやつのせいなんだから!」

 そうだね、と頷きつつも、のどかの表情はさらに沈んでいく。

「クラスのみんなも、円山先生も、みんな優しくしてくれて、……まなつちゃんたちもラビリンたちも、こんなに励ましてくれて。やる気が少しずつ、胸の中にたまってきているのを感じるの。でも、それがなぜだか、うまく心の中から出せなくて……」

『ヤラネーダが奪ったやる気は、そう簡単には元には戻らないわ。とはいえ、ちゆとひなたが回復しているのに、のどかだけ戻りが悪いのは、何か理由があるのかしら』

 腕を組み考え込むローラに、ちゆは思い出したように言う。

「そういえばのどか、今日だけじゃなくてここ数日ずっと調子が悪そうだったから、それが関係しているのかもしれないわね」

「えっ、そうだったラビ?」

「うん。のどかっち、なんかずっと元気がないというか、心ここにあらずって感じだったよね。キングビョーゲンとの戦いが終わって……じゃない、ヒーリングガーデンに遊びに行った数日後くらいからかな? でも自分でも、原因がよく分からないって」

「……やっぱり、元気が無いように見えたのは気のせいじゃなかったラビね……」

 さらに気落ちした様子ののどかを、他のメンバーも神妙な面持ちで見つめる。そんな中、

「……あの、一つ、いいかな」

『うわ、みのりがしゃべった!?』

「……ローラはわたしを何だと思ってるの」

『3話も後半になってようやく変身前のセリフを発した人間に言われたくないわよ!』

 唸るローラをスルーして、みのりはのどかの前に立ち彼女に尋ねる。

「もう一度確認なんだけど、四人はついこないだまでビョーゲンズと戦っていて、ようやくその戦いが決着したんだよね」

「う、うん……」

 質問の意図が掴めずとまどいつつも答えるのどかに、ふむ、とみのりは再度しばらく考えた後、人差し指を立て意見を述べる。

 

「わたしが思うに、のどかのそれは……、一種の燃え尽き症候群みたいなものじゃないかと思う」

 

「も、もえつき……?」

「しょーこーぐん……ラビ?」

 顔を見合わせるのどかとラビリンに、そう、と頷きながら、みのりは説明を続ける。

「だって、地球を丸ごと蝕もうとする病原菌の親玉を、プリキュアとはいえ、中学二年生の女の子が必死の戦いの末討伐して、世界を救ったんだよね? これで燃え尽きなきゃ何で燃え尽きるのってくらい、デカすぎる使命だと思う」

 淡々としたみのりの説明に、のどかどころか、ちゆ、ひなたもはっとした様子で目を丸くしている。

「た、たしかに、言われてみればそうかもしれないわね……」

「えー、でもでも、あたしだってめっちゃいっしょうけんめー戦ったよ! なんであたしは燃え尽きてないの?」

 すると、ひなたの肩に乗っていたニャトランが横からツッコミを入れる。

「ひなたお前、キングビョーゲンとの戦いが終わった後、どう思った?」

「そりゃもう、よーっしゃこれで平和になったー遊びまくるぞー! ってなもんよ」

「てなもんよ、ときたもんだニャ……」

 呆れたようにため息をつくニャトランに、何よーと頬を膨らませるひなた。

 一方、当ののどかを見やると、あまりに図星をつかれたのか、彼女はぱくぱくと口を開けて二の句を告げずにいた。

「たっ、たしかに、やり遂げたとは思ったけど、それで精も魂も燃え尽きたかって言われると、あんまりそんな自覚はない……と、思うんだけど……」

「やる気を使いつくした、っていうのとは少し違う。そう、例えばその後、何かやろうとしていることがあっても、なんとなく『今はこんなことしている場合じゃない』って気分になったり」

「うぐっ」

「次の目標はあるけどまだ遠いところにあって、そのためにいま何をすればいいのかわからなかったり」

「はうっ」

「……等々、今までの大きな目標が無くなって、気持ちの置き所がうまく掴めなかったりするのが燃え尽き症候群の症状の一つ。もちろん、完全に素人診断だから断定はできない。でも、聞いている話を総合すると、これが一番近いんじゃないかなって」

「いやみのりん、さっきからのどかっちにグサグサ刺さりまくってるから」

 思い当たるところが多すぎたのかベンチでがっくりとうなだれるのどかを見ながら、ちゆは何かを思い出したように語りだす。

「燃え尽き症候群、か……。わたしにも似た覚えがあるわ」

「え、ちゆちゃんも……?」

 今回のことじゃないけどね、と頷きながら、ちゆは続ける。

「あれは……そう、秋の陸上大会で優勝した後のことだった……」

「あ、ちゆちーが遠い目をして語り出した」

「あの時、西中のツバサと一度、将来の目標のことで言い争いになったでしょ? 最終的には、二人で世界を目指すと誓い合った……のだけど、あの時わたしは、自分のベストも県大会の記録も更新したばかりで。世界っていう次の大きな目標に向けて何をすればいいんだろう、本当に海外に行くなら英語ももっと勉強しなくちゃ……とか、いろいろ考え始めたら、逆にいま自分が何をすべきなのかわからなくなっちゃって。気付けば、朝のランニングすら気が向かなくて行かなかったこともあったわ」

 ちゆの話を聞きながら、はっと何かを思い出したようにペギタンは羽をばたばた振りながら声を張り上げる。

「あっ、たしかにあの頃、ちゆ、そんな事言ってたペェ! そんなことがあったなら、ボクに相談してくれてもよかったのに……」

 そうね、とちゆは心配そうに見上げるペギタンの頭を撫でながら苦笑する。

「でも、あの時はわたしも、自分の調子が悪いとか、悪いとしてもどこがどう悪いのかはっきりわからなかったから、誰にも相談できなかったのよね」

「何だか、今のわたしに似てるかもしれない……」

「そんな時、アスミが南の島に遊びに行こうって誘ってくれたじゃない? あそこで、思いっきりビーバレやっていつもとは違う形で運動したり、めいっぱい太陽を浴びてご飯食べたりしたら、なんだかふっと心が軽くなって、そこから少しずつまたハイジャンの練習に打ち込めるようになったのよね」

「まあ、そうだったのですね。お役に立てて光栄です」

「まさか、あの時ちゆちーがそんな気持ちでビーバレやったりお肉を焼いたりしていたとわ……」

 

「わたし……、わたしは」

 ちゆの話を聞いてしばらく考え込んでいたのどかは、両手の指をぎゅっと握りしめ、ぽつりぽつりと言葉を紡ぎ出した。ラビリンは彼女に向き合い、その言葉に耳を傾ける。

「ダルイゼンやキングビョーゲンと戦って、彼らを浄化して……わたしたちの今は、その戦いの勝利の先にあって。でも、サルローさんにも言われた通り、今度はわたしたち人間が、地球を蝕むような存在になっちゃいけない。そんな、みんなにちゃんと顔向けできるすこやかな未来のために、わたしはどんな大人になればいいんだろうって、そのために今、何をするべきなんだろうって、ぼんやり考えるようになって。

 そしたら、勉強のこととか進路のこととか、いま何をやるべきなんだろうって、いろいろ考えちゃって……考えすぎちゃってたの、かな」

 のどかの言葉に、ラビリンはしばらく考え込んだ後、

「……のどか、これはまだのどかには言ってなかったことなんだけど」

 ぱっと顔色を変え、笑顔でのどかに語りかける。

「ヒーリングガーデンから初めて地球にやってきた時、ラビリンは最初、大人で強くてカッコよくて絶対に失敗しないお医者さんをパートナーにしようと思ってたラビ」

「そういえばラビリン、最初に地球にやってきた時、そんなこと言ってたペェ」

「じゃあ、がっかりしたよね。わたし、今よりもっと運動ダメダメだったし」

 苦笑するのどかに、ラビリンは静かに首を振る。

「でも、のどかと出会って、パートナーになって……大事なのはそんなことじゃないって気付いたラビ。のどかが、いま一番やりたいことが、地球を守ることだって言ってくれたこと。その勇気が、心が嬉しかった……それは今も変わらないラビ。

 だから、のどか。あまり難しく考える必要なんてないラビ。地球の未来を変えられるような大人になれたら、それはすごいことかもしれない……。でも、のどかは十分、とってもステキな女の子なんだから、そのままののどかで成長していってくれれば、それでいいラビ!」

「ラビリン……」

 すると、ずっと二人のやり取りを聞いていたまなつは、のどかの元に駆け寄りかがみ込むと、その左手をぎゅっと握りしめた。

「のどかさん。わたしもね、お父さんによく言われるの。『いま一番大事だと思うことをやれ』って」

「いま、一番大事な……?」

「そう! でも、これって別に、未来のことまで考えて、それに向けてやるべきことをやれってわけじゃないんだって。だって、未来のことって正直よくわからないし……どんなに考えたところで裏目になっちゃうかもしれないしね。だから、『今』なんだよ。今、この瞬間に、自分が一番大事だと思うことをやっていれば、結果はある程度勝手についてくるはずだ、って」

「まなつちゃん……」

「そりゃあ、後から振り返ってみると間違いだったなんてこともあるかもしれないけど、でも、のどかさんならきっと大丈夫だよ!」

「……どうして、そう言い切れるの?」

「だって、こんなに素敵なパートナーさんが応援してくれてるんだもん! ね?」

「! ラビ!」

 笑顔で大きく頷くラビリンと、のどかは再び目を合わせる。

「のどか。地球のためとかじゃない、どんなことでもいいラビ。のどか自身が、将来やりたいと思うことって何ラビ?」

 ラビリンの問いかけに、のどかはしばらく考え込んだ後、

「わたしは、……何となくだけど、まだ見たことのない、世界の色んな所を見て回ってみたい」

「じゃあ、のどかが『今』、一番やりたいことは何ラビ?」

「……わたしは、」

 二人のやり取りを見守っていたちゆとひなたは、のどかと目を合わせるなり大きく頷く。するとのどかも、伏していた目を大きく開いて叫んだ。

「わたしは、ちゆちゃん、ひなたちゃんと、修学旅行を思いっきり楽しみたい!」

「そうラビ! なら、早くあのヤラネーダから、やる気を取り戻さないといけないラビ!」

 そう言ってラビリンは、その小さな右手をうんと高く掲げる。それに応えるように、のどかも力強く頷きながら、その右手に優しくタッチした。

 瞬間、のどかの胸を中心に、辺りを優しく照らす春の陽光のような光が満ち溢れる。

「! これは、のどかのやる気パワーラビ……!?」

 自身から溢れる光を、のどかは驚きと共に見つめながらも、それを抱きとめるようにぎゅっと両の手を胸の前で結ぶ。すると、光は緩やかに、のどかの胸の中へと吸い込まれていった。

 閉じていた目をゆっくりと開いたのどかはおもむろに立ち上がると、自分の身体の動きを確かめるように、片足を上げたり、両手を開いたり閉じたりしている。

「なんだか、まだちょっと体が重たく感じるけど、でも、動ける……!」

「のどかー! よかったラビ!」

 喜びにまかせて勢いよく胸元に飛び込んできたラビリンを、のどかは愛おしそうに抱き返す。

「ありがとう、ラビリン! ごめんね、ラビリンにはいつも心配かけて、助けてもらってばっかりだね!」

「なに水くさいこと言ってるラビ! のどかが困っていたら、地球のどこにいたって駆け付けるラビよ!」

「うん……! それと、さっきの将来の夢の話。もし叶ったらその時は、ラビリンも一緒に来てくれる……?」

「もちろんラビ! だって、ラビリンとのどかは、ずっとずーっと最高のパートナーなんだから!」

 笑い合う二人の様子に、うんうんと頷きながら満面の笑みを浮かべるまなつ。

「やっぱりのどかさんとラビリンのコンビ、ものすっっっごくトロピカってるね!」

「……トロピカってる、って何ラビ?」

「えっと、わたしもよくわからないけど……、心の肉球にキュンとくる、ってことかな?」

「あっ、それそれ! そんな感じ!」

『そんな感じ! じゃないわよ。ほんと適当なんだから』

 横からのローラからのツッコミに、三人は顔を見合わせて笑い合った。

「とにかく、ありがとうねまなつちゃん! さっきの言葉、すごく心にぐっと来た! それに、みのりちゃんも!」

 わたし? と首をかしげるみのりに、のどかは大きく頷く。

「だって、自分でも気づかなかった悩み事を言い当てちゃうんだもん。まるで名探偵みたい!」

 朗らかに笑うのどかに、お役に立てたのならよかったとみのりは笑顔で返す。

 その傍らで、のどかとラビリンのやり取りに胸を打たれたのか、目じりの涙を拭いながらさんごも喜びの声を上げる。

「本当によかった……! のどかさんたちのやる気も戻ったし、あとはあのヤラネーダをやっつけるだけですね!」

「ああ、問題はそいつがいつ出てくるかだが……ん?」

 あすかは、遠く向こうに陰気に満ちたドーム状の空間が広がっていくのを見つけた。アクアポットで上空へと舞い上がり位置を確認したローラは、不敵な顔で笑う。

『何とも絶好のタイミングでお出ましじゃない!』

「あっちは砂浜の方だね。みんな、いくよ!」

 まなつの掛け声に、トロピカる部、そしてのどかたちも大きく頷いた。

 

 

「ちっ、海岸にはまだ人が少ねぇな。やっぱりもっと人の多い街中に……あァ?」

 ヤラネーダの生み出したドーム状の空間の中心に辿り着くと、そこには波打ち際で宙に浮かぶ舟の上から、やる気を奪う標的を探すチョンギーレの姿があった。その足元には、昨日の五体のヤラネーダたちがひしめいている。幸い、まだ誰もやる気を奪われてはいないようだ。

「くそっ、またぞろぞろと現れやがったなプリキュアどもめ。……しかも、お仲間のやる気も奪ってやったはずなのに、もう復活しやがったのか、かったりぃ」

「そうだよ! わたしたちだけじゃなくて、ヒーリングっどプリキュアのみんなのやる気も無敵なんだから!」

 ふん、と鼻息荒く言い返すまなつだったが、さんごは不安そうに三人に尋ねる。

「で、でも、やる気も完全に戻ったわけじゃないんですよね。大丈夫ですか……?」

「しょ、正直ここに来るまでだいぶ目減りしちゃったかもしれない……」

 旅館の前からこの砂浜まで、そこまでの距離ではなかったはずだが、のどかたち三人はどことなくぐったりした様子だった。

「変身してもまともに戦えるかはちょっと怪しいわね……」

「で、でもでも、むこうは五体でこっちは全員で八人でしょ! 数で言えば負けるはずないっしょ!」

 空元気でなんとか余裕の笑みを見せようとするひなた。が、

「へくちっ」

「……へくち?」

 アスミの足元にいたラテが、不穏なくしゃみを放つ。何事かと首をかしげるトロピカる部の四人に対し、のどかたち四人の顔はさーっと青ざめていく。アスミが慌てて抱き上げたラテに、のどかは焦りの色を隠せないまま尋ねる。

「え、ええっと聴診器……はもういらないんだっけ。ラテ、一体どうしたの……?」

 すると、ぐったりした様子のラテはすぐそこに広がる海原を指して答えた。

「すぐそこで、海さんが泣いているラテ……」

「海が……泣いている?」

「ちょっ、ちょっ、ちょーい待った。もしかして……」

 うろたえるちゆとひなたのすぐ横、つい先ほどまで静かなさざ波の音を響かせていた海が、にわかにどす黒く濁り始める。そして、その一部が突如土手のように隆起したかと思うと、そのままみるみるうちに怪物の姿を形どっていく。

「メガ、ビョーーーゲン!!」

 呆気にとられるのどかたちの目の前に現れたのは、10メートル四方ほどの高潮を時を止めて切り出したかのような、荒々しい波の勢いをまとったメガビョーゲンだった。ひなたは頭を抱えて悲鳴にも近い絶叫を上げる。

「またまた野生のメガビョーゲン!? もーいったい何なのこの修学旅行! 蝕まれているどころか呪われてるよ~~!!」

「嘆いてたってしょうがないでしょひなた。ペギタンたちもいるんだもの、今度はしっかり、わたしたちがお手当てしなきゃ!」

「そうだね! いこう、ラビリン、みんな!」

 のどかのすぐそばで頷くラビリン。それに続くように、八人の少女たちはそれぞれの変身アイテムを掲げた。

 

「「「「プリキュア、トロピカルチェンジ!」」」」

「「「「スタート! プリキュア、オペレーション!」」」」

 

 トロピカルパクトから弾けるように溢れだす熱帯の日差しのような輝きと、ヒーリングステッキ、アースウィンディハープから湧き上がる春の恵みをもたらす陽光のような煌めきが入り乱れ、辺り一帯はプリズムのように七色にうねる光のオアシスと化す。

 その中心で少女たちは、まばゆく輝く白衣、極彩色のサマードレスを身にまとい、またたく間にその身を邪悪を退ける戦士の姿へと変えていく。

 燃え立つようなやる気をその瞳に宿して、八人のプリキュアたちは大地に降り立ち、颯爽と名乗りを上げた。

 

「地球をお手当て! トロピカル~ジュ! プリキュア!!」

「右に同じく! ヒーリングっどプリキュア!!」

 

 華麗なプリキュアの姿に変身を遂げた八人の少女は、並び立つ怪物たちと対峙する。

「……ってちょっと待った! 右に同じくって、地球をお手当てはあたしたちがオリジナルでしょー?」

「ふふ、いいではないですかスパークル。今は一緒に地球をお手当てする仲間同士なのですから」

 ぶー垂れるスパークルを笑顔でなだめるアース。一方、そんな彼女たちの姿を、アクアポットから出てきたローラは目を見開き見つめている。

「これがのどかたちの、プリキュアの姿……!」

「わぁ……、わたしたちのドレスとはデザインがまた違う……凛々しくってかわいい……」

 コーラルも、目を宝石のようにきらきらと輝かせてグレースたちの衣装に見入っている。

「でしょでしょ? すっごくトロピカってるでしょ!?」

「なんでお前が得意げなんだよサマー」

 盛り上がるトロプリ勢を他所に、フォンテーヌは彼女には珍しくげんなりした様子で、

「うう、それにしても、変身して名乗りを上げるだけでこんなに疲れるなんて思わなかったわ……」

「うん……わたしもなんだか今すぐ帰りた……じゃない! 早くあのメガビョーゲンとヤラネーダを何とかしないと!」

 自分の頬をぺちぺちと叩きながら、グレースは改めて五体のヤラネーダ、そして海のメガビョーゲンへと向き直る。

 勢ぞろいした八人のプリキュアを見下ろしながら、忌々し気にため息をつきチョンギーレは後頭部を掻く。

「まったく、こんだけ彩り豊かに並んでやがると、フルコースでも料理しろって言われてるようでうんざりするぜ。だが、こっちも昨日と一緒だと思ったら大間違いだぞ……?」

 にやりと笑うチョンギーレの背後、海面がにわかに波立ったかと思うと、二隻の舟が海中から姿を現した。

「まったくもー、今回はチョンギーレの番じゃなかったの? エルダちゃん、お屋敷のお掃除まだ終わってないのにー」

「まあまあエルダちゃん。実際、ヤラネーダが五体もいちゃ、チョンギーレだけだと面倒見るのも大変でしょ。逆に言えば単純にやる気を奪える量も五倍。このチャンスをみすみす逃すわけにはいかないでしょう?」

 ナマコのような下半身と白衣に身を包んだ、どこか妖艶な雰囲気を持つ女性と、メイド服の下から海老の尻尾を覗かせる少女に、アースは眉をひそませた。

「あの二人は……?」

「あとまわしの魔女の一味、ヌメリーとエルダよ! 気をつけて!」

 ローラの忠告に、アースはぐっと表情を引き締める。

「そういうこった。昨日みたいなヘマはしねぇ、総力戦だ。せいぜい、覚悟しろよ?」

 

 空中で並び立つ、あとまわしの魔女の三幹部を力強く見つめ返すと、サマーとグレースは砂を蹴り、猛る怪物たち目がけて駆け出した。

 

 

 つづく




第3話をお読みいただきありがとうございます。

前回は「ヒーリングアニマルがいない場合、メガビョーゲンにどう対処するのか?」が戦闘シーンのギミックになっていましたが、ヤラネーダでも同じようなひと工夫が欲しい、と考えました。
そこで思いついたのが「ヤラネーダは倒す前に奪われたやる気を取り返さなければならない」→「では、やる気を奪ったのがどれかわからないくらい複数のヤラネーダがいたら?」というアイデアでした。
そこに、ヒープリ最終話に出てきた六体のメガビョーゲンを組み合わせれば、コラボらしくもなるしヤラネーダの姿も読者が想像しやすい、また、劇場版らしい特別なピンチ感も演出できる! と個人的にかなり気に入った展開となりました。
また、今回の個人的なテーマとして、アスミ・キュアアースをしっかり活躍させるというのがありました。あまり積極的に動いたりしゃべったりするキャラではないので、過去作でイマイチちゃんと活躍させられなかったので……。ちゃんとかっこいいところが見せられていれば幸いです。

のどかの燃え尽き症候群については、ヒープリ側のアフターストーリーのメインになります。
のどかはダルイゼンを救わなかったこと、ビョーゲンズたちを殲滅した勝利の上に今の平和があることの責任をしっかり受け止めていると思いますし、かと言ってその事に囚われすぎないよう、しっかり前を向いて生きていける子だとも思います。
ただ、やはりまだ中学生の女の子なので、どこかで綻びが出るのではないか……そんな、強いけど弱い、のどかの弱さの部分と、それをフォローするラビリンや周りの関係をうまく掘り下げられていれば……と思います。

というマジメな話はこのくらいにして、次回最終話は、すっきり爽快ラストバトルで締めたいと思います。引き続きよろしくお願いいたします。


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第4話 最終決戦! トロピカるまでが修学旅行!

■突如現れたメガビョーゲンと同時に襲い来るヤラネーダ。その予想外のコンビネーションに苦戦を強いられるプリキュアたち。反撃のカギとなるのは……? ■ヒーリングっどプリキュアとトロピカル~ジュ!プリキュアの春映画チックなコラボ小説、完結編です。お読みいただきありがとうございました!


 □ □ □

 

 八人のプリキュアたちは砂浜を駆け、メガビョーゲンと五体のヤラネーダに向かって一斉に突撃する。

「サマーたちはヤラネーダをお願い! わたしたちはメガビョーゲンを!」

「オーライ、グレース!」

 先頭の二人が声を掛け合うと、プリキュアたちは二手に分かれてそれぞれの敵に向かっていく。

 

「メガァ……」

 グレースは自分たちを迎え撃つ、海のメガビョーゲンの姿を改めて見つめる。

 その見た目は高く打ちあがった大波をそのまま寒天で固めて切り出したような、シンプルな形をしたメガビョーゲンだ。

 脚は無く、這うようにして移動するようだが、その動きはとても速そうには見えない。両脇には取ってつけたような、というより、胴体の大きさに比べてあまりにも短いおまけのような腕が生えているだけで、とても格闘戦ができるようには見えない。ある意味、昨日現れたヤシの木のメガビョーゲンとは真逆の風体だった。

 そして、向かってくるグレースたちにも動じず、ただただぼんやりとこちらを見据えている。あまりにも無防備すぎて、逆に不気味な気配がする。が、グレースはそんな迷いを振り切るように、メガビョーゲンに向かって飛び掛かった。

「やあっ!」

 グレースの右拳が、メガビョーゲンの体を打ち貫く。……いや、ただ貫いただけだった。

「ラビ……!?」

 そのあまりの手応えの無さに、ラビリンも思わず声を上げる。グレースの拳は、垂直に切り立った水面に虚しい水音を響かせて沈むだけで、液体そのもののメガビョーゲンの体には一切のダメージを与えられない。

「何なのコイツ、殴っても全然効き目がない!」

 スパークルも拳の連打を浴びせるが、同じくただぱしゃぱしゃと水しぶきが立つだけだった。

「はああああっっ!!」

 そんな中、助走をつけて駆け込んできたアースが、メガビョーゲンの顔が浮かぶその巨体の中心目がけ、体重を乗せた飛び蹴りを見舞う。しかし、

「! アース!」

 フォンテーヌの目の前で、アースの体はそのままメガビョーゲンの体に突き刺さり……もとい、水没してしまった。メガビョーゲンの体内は、混沌渦巻く瘴気の海だ。さしものアースも、苦悶に顔を歪める。

「アース! 手を……!」

 グレースが差し伸べようとする手を、アースは首を振り制すると、ウィンディハープに緑色のエレメントボトルをセットする。

 空気のエレメントボトルから生み出された巨大な泡は、周囲の瘴気に染まった海水をこじ開けるようにアースの全身をすっぽりと覆う。アースは呼吸を取り戻すと同時に、その浮力を利用して自らの体をメガビョーゲンの身体から排出した。

 メガビョーゲンの頭の上から飛び出してきたアースに、グレースたちは駆け寄り声をかける。

「アース、大丈夫!?」

「げほっ、げほ……。平気です、グレース。どうやら、こちらの格闘攻撃は一切通用しないようですね」

「そうだね。かといって、いつもみたいに口から蝕みを吐き出したりもしないようだし、なんだかよくわからないメガビョーゲンだね……」

 不敵な笑みを浮かべて佇むメガビョーゲンに、四人は焦りの色を浮かべる。

 

 一方、

「おりゃおりゃおりゃおりゃおりゃ!!」

 サマーは、青ヤラネーダと拳の連打を交える。青ヤラネーダはサマーが繰り出すパンチを時にかわし、時に受け止め見事にいなしきる。サマーも、時おり飛んでくる強烈なカウンターを飛んだり跳ねたり器用に避けながら、決定打のチャンスを探る。

「ヤラネーダ……っ!?」

「! チャンス!」

 そんな中、青ヤラネーダが大振りで撃ち下ろした右ストレートが見事に空を切り、懐にもぐりこんだサマーの目の前には隙だらけの胴体があった。サマーはすぐさま、青ヤラネーダの脇腹を抉り取るような渾身の回し蹴りを放つ。

 しかしヤラネーダは咄嗟に、空いた左肘でそれをガードした。

「っ!? 痛っっったーーーい!!」

 がんっと乾いた音が響く。肘を覆う金属の輪っかで強かに自分のすねを強打したサマーは、目から火花を散らしながらその場で悶絶する。

「サマー、危ない!」

 砂の上でのたうつ彼女を叩き伏せようとする青ヤラネーダとサマーとの間に素早く割り込み、コーラルは×印のバリアを展開してその鉄拳を寸前で防ぐ。

「ヤラネーダ、畳みかけなさい!」

 頭上から声が降り注ぐ。あとまわしの魔女の一味、ヌメリーだ。彼女の号令に合わせて、紫ヤラネーダがサマーとコーラルの背後から駆け込んでくる。

「させない!」

 両耳からパージしたイヤリングを眼前に構え、コーラルたちに襲いかかるヤラネーダを背後から狙撃しようとするパパイア。しかし、

「それはこっちのセリフよ! ジャマしちゃえヤラネーダ!」

 別の方向から、今度はエルダの声が響く。彼女の指示に従い、大きく跳躍した黄色と赤のヤラネーダはパパイアの目の前に着地し、射線を完全に塞いでしまう。

 パパイアがうろたえている間に、ヤラネーダたちの背中の方からサマーとコーラルの悲鳴が響く。歯がゆさに顔をしかめるパパイアだが、窮地に陥っているのは自分も同じだ。

 二体から同時に飛んでくる丸太のような拳をなんとか避けると、構えたままのイヤリングからビームを一方に向かって放つ。顔面に直撃を受け怯んだ黄色ヤラネーダ。しかし、もう一方の赤ヤラネーダはその間に間合いを詰め、パパイアに向かって彼女の頭身と同じ大きさの足で前蹴りを放つ。

「パパイア、危ない!」

 咄嗟のところで、フラミンゴはパパイアの体にタックルするように飛び掛かって共に砂浜を転がり、直撃をなんとかまぬがれた。口に入った砂をぺっと吐き出すフラミンゴに、パパイアは頭を下げる。

「あ、ありがとう、フラミンゴ」

「ああ。しかし、厄介だな。こうも連携されると」

 チャンスを逃しこちらを睨み返す黄色と赤のヤラネーダの頭上に、一艘の舟がふわりと舞い降りる。

「そう。いつもうざってえチームワークを発揮しているお前たちへの意趣返し、ってところだな」

 舟の上で不敵に笑うチョンギーレ。その不敵な笑みに妙な気配を感じ取り振り返るパパイアだったが、時すでに遅かった。

「「きゃああああっ!?」」

 猛スピードで二人の背後へと接近していた緑ヤラネーダが繰り出したタックルの直撃を喰らい、二人の体は大きく吹き飛ばされた。

 

「みんな、大丈夫!?」

 見事に同じ場所にぶっ飛ばされてきたサマーたちに、グレースたちは声をかける。サマーはぴょんと起き上がり、犬のように体を振るって体中の砂を振り落としながら笑顔を返す。

「ありがとう、グレース! あのヤラネーダ、幹部の人たちが命令しているおかげで、昨日よりやる気に満ち溢れててなんだか手ごわい!」

 そのようね、と頷きながら、フォンテーヌは全員に提案する。

「こっちのメガビョーゲンも、普通の攻撃が通用しないの。どっちも一筋縄ではいかないみたいだし、まずはそっちのヤラネーダたちを全員で何とかしない? あのメガビョーゲン、なぜだかぜんぜんこっちに攻撃を仕掛けてこない……よう……だ、し……?」

「? どうしたんですか?」

 突如言葉を詰まらせるフォンテーヌに、コーラルは首をかしげる。自分の背後を見上げながらだんだん顔が青ざめていくフォンテーヌに思わず振り返ると、コーラルも声にならない悲鳴を上げた。

 先ほどまで、せいぜい学校の校舎くらいの高さだったメガビョーゲンの体が、いつの間にかその倍以上の大きさに伸びていた。さらにぐんぐんと、縦横共に急激な成長を続けるメガビョーゲンに、スパークルは素っ頓狂な声を上げる。

「な、なんでコイツでっかくなってんの!? ぬりかべ!?」

「……ぬりかべということは、予想される攻撃手段は、あのままこっちに倒れ込んでくるという事」

 パパイアの冷静な推理に、全員の顔からさっと血の気が引く。そうこうしているうちにさらなる成長を遂げたメガビョーゲンは、もはや波というより世界有数レベルの滝のようだった。

「メェガァ、ビョォォォオオ…………」

 そんなメガビョーゲンの体がゆらりと揺れたかと思うと、パパイアの予想通り、ゆっくりとこちらへと倒れ込んでくる。八人は、ハチの巣を突いたような大パニックに陥る。

「ほ、ほほほ本当に来た!? どうする、もう逃げるヒマもないぞ!?」

「み、みんな! わたしたちのぷにシールドの影に隠れて!」

 慌ててぷにシールドを傘のように真上に展開するグレース、フォンテーヌ、スパークルの陰に、サマー、フラミンゴ、パパイアは慌てて駆け込む。

「コーラル! あなたはアースを守ってあげて!」

 焦るフォンテーヌが飛ばした指示にコーラルはこくこくと頷きながら、慌ててバリアを展開する。

「すみません、お邪魔致します」

「こ、これはこれはどうもご丁寧に……」

「って、やってる場合か! くるぞ!」

 頭を下げ合うアースとコーラルにツッコみつつ、フラミンゴはフォンテーヌのシールドの下で身を伏せる。

 そんな彼女たちの悲鳴をも掻き消す勢いで、極大まで膨れ上がったメガビョーゲンは己が体を大きな津波と化し、プリキュアたち全員を飲み込んだ。周辺の砂浜一帯はプールの水をぶちまけたように、瘴気を含んだ海水で一瞬にして蝕まれてしまった。

 大波が過ぎ去り、なんとかしのぎ切ったプリキュアたちは憔悴しきった顔でバリアを解除する。四人がバリアで防いだ場所のみが、きれいな円形の砂地となって残っているのみで、周りは毒々しい瘴気まみれだ。

「し、死ぬかと思った……お父さんに海は怖いところだぞって何回も言われたのが走馬灯のように……って、ローラは!? 平気!?」

 がばっと起き上がったサマーは、慌てて周囲を見渡す。すると、波打ち際から遠く離れたヤシの並木の下で、ローラは手を挙げ声を張り上げる。

「平気よサマー! 悪いけどしばらく安全な位置にいさせてもらうわ! それより、今度はヤラネーダが……!」

 一息つく間もなく、汚染された砂浜をも気にすることなくのっしのっしとこちらに向かってくるヤラネーダを指さしローラは叫ぶ。

 フォンテーヌに手を引かれて立ち上がったフラミンゴは、忌々し気に舌打ちしながらも、ヤラネーダを迎撃すべく駆け出す。

「まったく、休む暇もないなってうわあっ!?」

「フラミンゴ!?」

 目の前で派手にすっ転び尻もちを打つフラミンゴに、プリキュアたちは改めて足元を見渡す。

 メガビョーゲンがぶちまけた蝕みをふんだんに吸った砂地は、まるでぬかるみのようだ。その感触に逡巡している間に、ヤラネーダたちは間合いを詰め彼女たちに襲いかかる。

 踏み込む足は取られ、駆け出す足は空を切る。おぼつかない足元に攻撃も防御もままならない。一方、ヤラネーダたちはそんなひどい土壌をまったく意に介さず、キレのよい攻撃を繰り出してくる。

 その猛攻をただ一方的に避けながら、スパークルは不満の声を上げる。

「もう! こっちはぬるぬる滑るってのに、なんでこいつらは平気なわけぇ!?」

「……おそらく、足の裏がおまんじゅうみたいに柔らかいからでは」

「まあ、名推理ですパパイア。すこやかまんじゅうの歯切れよくしかしむっちりとした生地の柔らかさは、店長さんが今なお研究を重ねている独自の配合と製法で……」

「あ、あのっ、アースさん! 食レポは後にしてまずはヤラネーダを何とかしません!?」

 コーラルのツッコミも虚しく響く中、プリキュアたちはただただ防戦を強いられる。

 

「ふふん、いいじゃねえか。プリキュアが八人揃おうが、手も足も出ないとはな」

 ヤラネーダたちの優勢を見下ろしながら満足げに笑うチョンギーレのすぐ横に舟をつけ、不安げな面持ちでヌメリーは尋ねる。

「……ねえ、チョンギーレ。あの水でできた怪物、あれもあなたが作ったヤラネーダかと思ったら、違うの? なんだかヘドロのようなものを振り撒いてるけど……」

「ん? ああ、そうだな。メガビョーゲン、とかいったかな」

「とかいったかな、って……。プリキュアと戦ってるとはいえ、正体がわからないものを利用して大丈夫なの?」

「なに、心配すんな。昨日も別のメガビョーゲンが現れやがったが、こっちの言う事も聞く便利な奴だったぜ?」

「なら、いいのだけど……」

「……エルダ、なんかアイツこわい」

 プリキュアとヤラネーダたちが拳を交える戦場の片隅で、じわじわと湧き上がりつつある病魔の怪物を見下ろしながら、あとまわしの魔女の部下たちは三者三様の表情を浮かべていた。

 

「皆さん。あのメガビョーゲンが再生を始めています……!」

 ヤラネーダたちの猛攻をしのぎながらアースが叫ぶ。砂浜に盛大に散った自らの体だけでなく、海の水をも取り込み自分のものとしながら、身体を再生し元の大きさへと戻りつつあるメガビョーゲン。

「またあの津波で横やり入れられたら、たまったもんじゃないラビ。やっぱり先に、あのメガビョーゲンを何とかしなきゃラビ!」

 青ヤラネーダの前蹴りを大きく後方に跳躍してかわしながら、グレースはラビリンの言葉に頷く。

「パンチやキックがダメなら……そうだ、フォンテーヌの氷のエレメントはどうかな!?」

 グレースの提案に、フォンテーヌは静かに首を振る。

「厳しいわね。無事に全部が凍りつけばいいけど、中途半端に凍った状態であの攻撃がきたら、流氷で攻撃力倍マシで襲いかかってくるわね……」

「それじゃあ、スパークルの火のエレメントで一気に蒸発させちゃうとかはどうペェ?」

「それも同じだぜペギタン。ほどよく煮え立ったところであの津波がきたら、阿鼻叫喚の熱湯デスマッチになっちまうニャ……」

「ううーーーん、じゃあやっぱりこれか! 雷のエレメント!」

 ヤラネーダたちから大きく距離を取ったスパークルは、稲妻が象られたエレメントボトルをセットしたヒーリングステッキを大きく横なぎに振るった。

 しかし、

 

 パリッ

 

「……ぱりっ?」

 ステッキの先端から放たれたのは、糸くずのような頼りない細く短い雷光だった。

「うぇっ!? ちょっと何これ電池切れ!? こんな電気じゃ髪の毛も逆立たないよ!?」

 ヒーリングステッキをぶんぶんと振りながら再度試みるスパークルだが、杖の先にあるクリスタルは一切光らず、何の反応もない。その様子を見ながら、グレースも恐る恐る試みる。

「まさか……。み、実りのエレメント!」

 

 ぽんっ

 

 グレースのステッキの先からも、光の球が一つ、1メートルほど手前にぽろりと落ちて砂に溶けるように消えていくのみだった。

「一つだけラビ!? 全然実ってないラビ!」

「やっぱり、やる気を奪われてるせいで、エレメントの力がうまく使えないようね……」

 氷のエレメントボトルが生み出した、あおぞら市の日差しに早くも溶けていく氷一片をつまみながら、フォンテーヌも言葉を失う。

「ぷにシールドはボクたちの力を使ってるから出せるみたいだけど、これはかなりマズいペェ……

「となると、わたくしのエレメントの力で何とかするしかありませんね。あのメガビョーゲン相手ではあまり相性は良くなさそうですが……」

 すっかり意気消沈する一同。その時、相談を重ねるグレースたちの傍らでフラッシュが走ったかと思うと、再生を続けるメガビョーゲンに向かって一筋の光線が放たれた。

「メガッ……!?」

 顔面に直撃を受けたメガビョーゲンは顔をしかめてよろける。

「……わたしのビームなら効き目があるようね」

「パパイア!」

「グレース、構成をシャッフルしましょう。わたしがサポートするから、グレースとアースはメガビョーゲンの討伐に残って。その間、フォンテーヌとスパークルはヤラネーダの相手をお願い。それなら5対5になって、人数のバランスもとれる」

「た、たしかに。エレメントの力を使えないのだと、あのメガビョーゲン相手では足手まといになるだけだものね」

「さっすがパパイア、作戦サンボ―だね!」

 パパイアの提案に頷いたフォンテーヌとスパークルは、ヤラネーダたちと対峙するサマーたちの横に並び立った。

 

「改めて、協力体制といきましょう。サマー」

「はいっ! フォンテーヌさん頼りにしてます!」

「フラミンゴパイセン、よろしくお願いしゃっす!」

「パイセンって、プリキュアとしての先輩はお前らだろ……。まあいいや、いくぞ!」

 サマーたち三人とフォンテーヌスパークルは頷き合い、五人そろってヤラネーダたちへと立ち向かう。

「ちっ、少し頭をひねったところで無駄だ。一気に叩き潰せ、ヤラネーダ!」

 チョンギーレの号令に従い、五体のヤラネーダは一斉に飛び掛かってくる。

「合わせるわよ、コーラル!」

「わかりました!」

 深く息を吸い、普段より大きく構えを取ったコーラルは目の前で人差し指をクロスさせる。すると、ひと際大きな×印のバリアが彼女の眼前にでかでかと広がる。

「「ぷにシールド!」」

 その両脇から、フォンテーヌとスパークルが光り輝く円形のシールドを展開する。ひと繋ぎになったシールドとバリアは、飛び掛かってきたヤラネーダたちが繰り出してきた岩雪崩のようなパンチを見事にせき止めた。

「「てぇぇりゃっっ!!」」

 押しとどめられたヤラネーダを、サマーとフラミンゴは両脇から串刺しにするような強烈な飛び蹴りを浴びせる。両端からサンドされるように押しつぶされるヤラネーダたちに、チョンギーレは舌打ちしながら顔をしかめた。

 

「今のうちに……アース、お願い!」

 グレースの言葉に頷くと、アースは元の大きさにまで戻ったメガビョーゲンを睨み、音符の形をしたボトルを取り出す。

「音のエレメント!」

 アースはウィンディハープから放たれる激しい音のうねりをメガビョーゲンに浴びせる。ヤラネーダたちをも吹き飛ばした衝撃波だが、その波動はメガビョーゲンの水面を波立たせその顔をしかめさせはするものの、大した効き目が無いように見える。しかし、アースにとっては織り込み済みだった。

「……よし、エネルギーありったけ充電! いくよ!」

 アースの後ろで、イヤリングを眼前に構えたまま待機していたパパイアは一歩前に躍り出ると、

「やあああああっっ!!」

 声を張り上げながらメガビョーゲンに向けてビームを連射する。

「メッ、メガァッ!?」

 乱れ飛ぶ光は、メガビョーゲンの体のあちらこちらで炸裂し、水しぶきと水蒸気を上げる。これにはさすがのメガビョーゲンも巨大化を止め、悲鳴と共にたじろいだ。

「す、すごい迫力! でも、そんなにビーム撃って大丈夫なのパパイア!?」

「平気、ドライアイになる覚悟はできてるから! それよりグレース、今のうちに!」

 わかった! と頷きながら、グレースはヒーリングステッキを眼前に構え、メガビョーゲンへと狙いを定める。

「キュアスキャン!」

 ラビリンの瞳から走るサーチライトが、うなだれる海のメガビョーゲンの体を走査していく。その様子を横目で見つめながら、おお、とパパイアは感嘆の声を上げる。

「ふむふむ、これが本家本元のキュアスキャン。なるほど、参考になる」

「……本家? 参考? いったい何のことラビ?」

「あ、後で説明するねラビリン。それより、エレメントさんは……!?」

「! いたラビ! メガビョーゲンの左肩ラビ!」

 光が指し示した位置には、頭に貝がらをあしらった、水滴の形をしたエレメントさんが苦しみに耐えていた。

「あの時、南の島で会ったのと同じ、海のエレメントさんだ!」

「そうとわかれば早速、浄化します!」

 ウィンディハープに風のエレメントボトルをセットし、アースはヒーリングハリケーンを放つ。

 ハープから生み出された紫色の光を帯びた二陣の風は渦を成し、砂塵を撒き上げながらメガビョーゲンの左肩に向けて突き進む。

 そして、ただ立ち尽くすだけのメガビョーゲンを直撃し、激しい水しぶきをあげてメガビョーゲンの左肩を貫いた。

 しかし、

「っ!? エレメントさんがいません、一体なぜ……!?」

 ヒーリングハリケーンは確かにメガビョーゲンを貫いたが、その風が導いた先にエレメントさんの姿はない。一息の安堵を浮かべていたグレースとアースの顔は、一転動揺に染まる。

「ど、どうして? もしかして、わたしの診察ミス!?」

「いや、何か様子がおかしいラビ! グレース、もう一回キュアスキャンするラビ!」

 ラビリンの言う通り、キュアグレースは焦る気持ちを抑え、もう一度ヒーリングステッキを眼前に構える。

 まずは、先ほどと同じくメガビョーゲンの左肩の辺りをスキャンする。が、エレメントさんの姿は見えない。事の不可解さに混乱を隠せないグレースだが、冷静にもう一度全身をくまなく探していく。すると、

「あれ!? さっきは確かに左上にいたはずなのに、エレメントさん今は右下にいるよ!?」

 狐につままれたような顔をするグレースとラビリンをあざ笑うかのようにメガビョーゲンは口元を歪めると、おもむろに自分の身体を揺りかごのように左右に揺さぶる。すると、

『あ~~~れ~~~』

 メガビョーゲンの体全体が大きく波立ったかと思うと、体内の水の動きにさらわれるように、エレメントさんはメガビョーゲンの体内で大きく左右に動き回る。

「あいつ、エレメントさんの位置を自由に変えることができるラビ!? 厄介者にも程があるラビ!」

「どうしましょう。あれでは、狙いがつけられません! 一体どうすれば……」

 慌てふためく二人の両肩を叩き、落ち着いて、とパパイアは声をかける。

「冷静になろう、何か他の手立てを考えなきゃ。さっきグレースが提案した通り、フォンテーヌの力でメガビョーゲンを完全に凍らせて波の動きを止めてしまうのが一つだけど、他に何かないかな?」

「あとは、ヒーリングっどアローで少しでもお手当の範囲を大きくして浄化を狙うかだけど……。でも、どちらにせよ、今のわたしたちのやる気パワーじゃ……」

「それなら、やっぱりまずはヤラネーダをなんとかして、グレースたちのやる気を取り戻さないと。……話が堂々巡りになってきちゃったけど……!?」

 三人が頭を悩ませる中、悲鳴と共に上空から五つの人影がこちらへと飛んでくる。

 ヤラネーダに吹っ飛ばされた五人は、そのまま砂浜へと墜落する。頭から突っ込み上半身が砂に埋もれたサマーをグレースは慌てて引っこ抜く。

「さ、サマー! 大丈夫!?」

「うう、まんじゅうつよい……」

 アースも、ダメージを負った他の仲間に声をかける。

「フォンテーヌ、コーラル、大丈夫ですか!?」

「何とかね。あのヤラネーダってやつ、相当手ごわいわ……」

「おまけに、地面もぬるぬるで戦いづらいことこの上ないです……」

 パパイアに手を引かれ砂浜から起き上がったスパークルも、不満の声を上げる。

「ううー、せめてエレメントの力が使えれば距離を取って戦ったりできるのにぃ!」

「そのためにはやる気を取り返さなきゃなんだけど、これじゃあ、スキなんて作れそうもないね」

「ちょっと待てみんな、こうやって集まってると今度は……!」

 フラミンゴが慌てて全員に声をかけるが、少し遅かったようだ。いつの間にか周囲には、プリキュアたち全員を覆うほど大きな影が落ちている。恐る恐る振り返ると、海のメガビョーゲンは見上げればひっくり返りそうな大きさにまで再び巨大化を遂げていた。

「メェガァ、ビョォォォオオ…………」

 絶句するヒマすらなく、メガビョーゲンはまたも津波となって襲い掛かってくる。

「もう、サイアクだよおおおお!」

 スパークルの泣き言すらかき消すように、メガビョーゲンの体当たりという名の津波は無慈悲にプリキュアたちを飲み込む。

 ぷにシールドを張りながら、ただひたすら激流が過ぎ去るのを耐え抜く。向こう側からの水圧が無くなり、恐る恐るぷにシールドを解除すると、もう目に見える範囲の砂浜はほとんど蝕まれてしまっていた。

「このままじゃ、この砂浜も蝕まれたまま元に戻らなくなっちゃうラビ!」

「早く、なんとかしなきゃ……! でも一体どうすれば……」

 焦りの色を隠せないラビリンとグレースの頭上から、乾いた笑い声が響き渡る。

「はっはっは、いい眺めじゃねえかプリキュアども! どうやら俺たちとメガビョーゲンのタッグの方が一枚上手だったみてえだな」

 意気揚々と笑うチョンギーレを、プリキュアたちはただただ悔しそうに見上げることしかできない。

「よし、メガビョーゲン。もう一発あの大津波を派手にぶちかまして、今度こそあいつらを海の藻屑にしてやれ」

 早くも再生を始めるメガビョーゲンの側に舟をつけると、チョンギーレはその大きなハサミでメガビョーゲンのてっぺんの水面をばしゃばしゃと叩き、愉快そうに笑いながら指示する。

 すると、

「メガ、ビョーゲン……」

「ん? なんだお前その目つきは……!?」

 メガビョーゲンは突如その目に怒りの火を灯し、急速に大きくなりながらじりじりとチョンギーレたちへと詰め寄っていく。その気配に圧倒され、チョンギーレたちは顔を青くし舟を引いて後ずさるが、メガビョーゲンはそれ以上のスピードで詰め寄ってくる。

「ちょ、チョンギーレぇ! こいつ、言う事聞くんじゃなかったの!?」

「ほら、やっぱりロクなことにならないじゃない……!」

「ちょっ、ちょっと待てメガビョーゲン、俺が悪かったってオイ!?」

 グレースとサマーたちが呆気に取られ、ヤラネーダたちも成す術なく立ち尽くす中、メガビョーゲンは、グレースたちではなくチョンギーレたちに牙を剥いた。チョンギーレたちは舟で飛んで逃げる間もなく、一瞬にしてメガビョーゲンの繰り出した津波に飲み込まれる。

 三たび打ち付けた大波が砂浜に轟音を響かせる。どす黒い水しぶきをグレースたちとコーラルはシールドとバリアで防ぎ、その波が引くのを待つ。するとそこには、瘴気にまみれた砂の上に墜落した三艘の舟と、ビョーゲンズの病魔に蝕まれぐったりと横たわるチョンギーレたちがいた。

「うわあああん、何よこれぇぇぇ! 体がだるい、しんどい、具合悪いぃぃぃ!」

「急にひどい風邪にかかったみたい……こんな症状、見たことも聞いたことも無いわ……」

「く、くそぉ、アイツ、こんなとんでもねぇヤツだったのか……」

 突如病に伏せる指揮官たちに、ヤラネーダたちもただただ右往左往するばかりだ。そんな彼らを見ながら、やっぱりね、とフォンテーヌはつぶやく。

「メガビョーゲンがビョーゲンズ以外の言うことを聞くわけがなかった、ということね」

「ビョーゲンズは、地球の生き物全てを蝕むことが第一目標。あとまわしの魔女がどういう人たちだろうと、ヤツらにとってはそんなこと関係ないペェ」

「で、でも、どうしましょう? さすがにかわいそうじゃ……」

 おろおろするコーラルに対し、フラミンゴは腕を組み素っ気なく返す。

「ほっとけ、コーラル。得体の知れないものの力に頼って自滅したのはあいつらだ、自業自得だろ。……ん?」

 そんな彼女の傍らから一つの人影が、地面を蹴ってチョンギーレの元へと飛び立った。

「お、お前……!」

 自分の脚のうち一本を掴み持ち上げようとするキュアグレースに、チョンギーレは目を丸くした。

「うう、一人じゃ持ち上げづらい……。みんな、手伝って!」

 声を張り上げ仲間を呼ぶグレースに、サマーはにかっと笑うと、コーラル、パパイアとともにチョンギーレの元へと跳躍する。続いて、フォンテーヌとスパークルも、それぞれヌメリーとエルダの元へと降り立つと、ぐったりと横たわる二人の体を抱え上げた。

「ヌメリーさん、だったかしら。失礼するわね」

「あ、貴方達……」

「はーい、ちょっと大人しくしててね。うわ、小っちゃくってかわいー!」

「ち、ちっちゃいは余計でしょぉ……」

 そして、チョンギーレを取り囲んだ四人は、彼の四本の脚を持ち抱え上げると「せーの!」で再び同時に跳躍し、その大きな体を砂浜から離れた位置にある、まだ蝕まれていないヤシ並木の元へと運んだ。同じ場所に退避していたローラは慌ててヤシの木の陰に隠れる。

「蝕みの中にいるよりはマシだと思うから、しばらくここで待っていてね」

「……プリキュアさんたちよ、どういうつもりだ」

 優しく声をかけたグレースに、青い顔をしつつも敵意を潜めぬ声でチョンギーレは尋ねる。すると、ローラもヤシの木の陰からひょっこり顔を出し、同じく呆れ顔でグレースに物申す。

「不本意ながら、わたしもそいつと全く同意見よ。グレース、あなたねぇ……」

「……ごめんね、ローラちゃん。この人たちが、ローラちゃんの故郷にひどいことをしたのはわかってる。でも、わたしたちは地球のお医者さんだから……ビョーゲンズの病に苦しんでいる人は、誰であろうと放っておけないの」

 遅れてアースと共にやってきたフラミンゴも、後ろ髪を掻きながら呆れた声でぼやく。

「まったく、いくらなんでもお人よしすぎるだろ」

「ふふ、それがグレースなんですよ、フラミンゴ」

 アースの言葉に、ふっと苦笑するフラミンゴ。一方、ローラは依然納得のいかない顔のままだ。そんな彼女の傍らに寄り添いながら、サマーはローラに告げる。

「ローラ。グランオーシャンのことがあるから、ローラがわたしたちほど簡単に割り切れないのはわかってる。かく言うわたしも、やる気奪われちゃったこと、あるしね……。でも、あとまわしの魔女さんたちがやってる悪いことは、それはそれでわたしたちが、ちゃんとわたしたち自身で怒らないといけないことだもん! ね?」

 コーラルも、憮然とした様子のフラミンゴの顔を覗き込むようにして微笑む。

「フラミンゴも、放っておけばいいだなんて、本心からは思ってないですもんね?」

 二人ににこにこ顔で迫られたローラとフラミンゴは、頬を赤らめ叫ぶ。

「わ、わかってるわよ、いちいち言わないで!」

「わ、わかってるよ! いちいち言わなくても!」

 チョンギーレはそんな彼女たちを、信じられないものを見る目で見つめていた。すると、そんな彼の後ろから、ぼそっとか細い声が響く。

「……緑色」

 チョンギーレが振り返ると、青い顔をしたエルダが半泣きの表情で叫んだ。

「やる気パワーを持ってるのは緑色のヤラネーダだよ!」

「お、おいエルダ……」

「だってエルダ、こんなに病気でしんどいのヤだもん! やる気パワーとかもうどうでもいいから、さっさとあのメガビョーゲンっての倒して何とかしてほしい!」

「お、お前なあ、またとないチャンスだってのに……」

 駄々っ子のようにごねるエルダを抱き上げながら、ヌメリーもチョンギーレをたしなめるように言う。

「チョンギーレ、私もエルダちゃんに賛成よ。残念だけど、今回ばかりは手を借りる相手を間違えたわね……」

「……ちっ。だからって、わざと負けるように指示したりなんかしないからな!」

 すると、グレースとサマーは十分だとばかりに頷き、五体のヤラネーダへと向き直った。

「よし! そうとわかれば、あの緑色のヤラネーダからグレースたちのやる気を取り返そう!」

 サマーの号令に、一同は力強く頷いた。

 視界の端に、再び海水を吸収し再生を始めるメガビョーゲンが見えたが、まずは後回しだ。八人はヤラネーダたちへと向かって一直線に駆け出した。

 チョンギーレたちとの会話を聞いていたのか、緑ヤラネーダが狙われていると気づいたヤラネーダたちは、プリキュアたちの進路を塞ぐように他四体が前へと並び立つ。

「四人でいきましょう!」

 コーラルが声をかけると、グレース、フォンテーヌ、スパークルの三人は頷き、駆ける足を早めて先行する。同時に四人は、ヤラネーダたちと接触する直前にぷにシ―ルドと×バリアを展開し、迎え撃つヤラネーダたちにそれぞれの光の障壁ごと激突する。

「こんのおおおお!!」

 瘴気でぬかるんだ砂浜に両足を突き立てるようにして無理やり踏ん張り、シールドを挟んで押し合う四人と四体。コーラルとグレースたちは力を振り絞り、四体が織りなす壁を押し込み、力づくで隙間をこじ開ける。

「風のエレメント!」

 そんな彼女たちの後ろから、アースが放つ強風が吹き荒れる。その風に乗って、サマーとフラミンゴの二人が飛び立った。

 風の勢いをつけて加速度をつけた二人は、四人がこじ開けたヤラネーダたちの隙間から緑ヤラネーダへと一直線に飛び掛かる。真正面から無防備に突っ込んでくる二人を迎撃せんと、緑ヤラネーダは大きな構えで待ち受ける。しかし、

「ヤラネダッ!?」

 二人を追い抜いて飛来し顔面で炸裂したビームに、緑ヤラネーダは顔をしかめる。アースの正面で立膝を突いて構えた、パパイアによる狙撃だった。

「ナイスアシスト! そおおおっりゃっ!!」

 フラミンゴの渾身の右ストレートが緑ヤラネーダの顔面へとめり込む。重い音を響かせクリーンヒットしたはずだが、それでも緑ヤラネーダは膝を崩さない。

 しかしその隙に、サマーは風の勢いを味方につけて緑ヤラネーダの背後へと着地し、ふらつく緑ヤラネーダの片足を掴んで強引に引き倒す。ふんと鼻息をひとつ吹くと、サマーは自分の体を軸にして緑ヤラネーダの巨体を大きくスイングする。

「いくよローラ! でええええぇぇぇぇりゃっっ!!」

 回転の勢いそのままに空高く放り投げられた緑ヤラネーダの体は、戦いを見守っていたローラとチョンギーレたちのすぐ近くに墜落する。オーライ! と叫びヤシの木の陰から飛び出してきたローラは、その美しいウェーブのかかった髪を掻き分けアクアポットを取り出す。

「マーメイドアクアポット、サーチ!」

 ガラス窓に緑ヤラネーダの全身を写したアクアポットは、その身に捕えられたやる気パワーの位置を調べ上げていく。するとアクアポットは、緑ヤラネーダの胴体の中心にピンク、青、黄色の三色が織りなす渦を捉えた。

「やる気カラーは……、トリコロール! やる気パワー、カムバーック!!」

 ローラがアクアポットを高く掲げた瞬間、緑ヤラネーダに囚われていたグレースたちのやる気パワーが解放され、堰を切ったように溢れだす。

「ヒーリングっどプリキュアのみんな、受け取って!」

 アクアポットが吸収した光を、ローラは続けざまにグレースたちへ向けて放った。

 アクアポットを揺るがすほどの勢いで放たれた三色の螺旋を描く光の奔流は、ヤラネーダたちと組み合っていた三人へと注がれる。その余波に、ヤラネーダたちも思わずたじろぎ身を引いた。

 自分たちを包むオーロラのような温かい光の中で、グレースたちは胸の中から、指の先に至るまで、熱い覇気が満ち満ちていくのを感じる。

 

「これは……スパークルたちのやる気パワーかニャ!?」

「すごい、やる気と一緒にエレメントの力がステッキにどんどん流れてくるペェ!」

「グレース、これならいけるラビ!」

「うん……! 力が……溢れる!!」

 

 ひと際大きな閃光が走ると、辺りを照らしていたやる気パワーの光は全て三人の中に収まった。

 戻った力を確かめるように、白い手袋に包まれた右手をぎゅっと握りしめたグレースは、フォンテーヌ、スパークルとともに力強くうなずき合う。

「スパークルはまず、メガビョーゲンの方をお願い!」

 オッケー! と親指を立て、スパークルは稲妻を象ったエレメントボトルをヒーリングステッキにセットしながらメガビョーゲンの方へと駆ける。メガビョーゲンはすでに、元の大きさの二倍ほどまで再生と成長を遂げていた。

「スパークル、ぶちかましてやれニャ!」

「りょーかい、ニャトラン! 雷のエレメント!」

 煌々と輝きを放つステッキを振りかざすと、岩を引き裂いたような轟音を響かせながら迸る雷光が、一直線にメガビョーゲンへと襲い掛かる。

「メメメッガガガガッ!?」

 メガビョーゲンの体中を駆け巡る激しい電流はネオンのように輝きを放ち、至る所で突沸を引き起こす。メガビョーゲンは体中から湯気を立ち上ぼらせ、成長を止めて沈黙した。

「うわーちょっと、自分でもヒくくらいめっちゃすごい雷出ちゃったんだけど!?」

「やる気パワーが振り切れちゃってるからニャ! スパークルから伝わってくるエレメントパワーもびんびんだぜ!」

 一方フォンテーヌは、サマーたちと取っ組み合いを続ける、残る四体のヤラネーダを見据える。

「ボクたちはサマーたちのサポートをするペェ!」

 ペギタンの言葉に頷くと、フォンテーヌは傘の描かれた水色のエレメントボトルを装着したヒーリングステッキで、上空へと狙いを定める。

「雨のエレメント!」

 ステッキから放たれた青い光は、あおぞら市の空に吸い込まれるように消える。すると一拍遅れて、雲一つない青空からどこからともなく夕立のような土砂降りの雨が降り注ぐ。その雨は、砂浜一帯を覆っていた瘴気を波打ち際まで押し流していく。

 雨水で垂れる前髪をかき上げ、頬に雫を滴らせながらサマーは大きく笑った。

「よーし、これなら思いっきり戦えるよ!」

 濡れた砂浜をぎゅっと踏みしめ、活気を取り戻したサマーたちは再度ヤラネーダに向かって駆けだした。その様子を見ながら、ラビリンとグレースは再びメガビョーゲンへと向き直る。

「あとは、あの厄介なメガビョーゲンを何とかしてお手当てしないといけないラビ!」

「それならわたしに考えがあるの。いくよ、ラビリン!」

 グレースは四つ葉を象ったエレメントボトルをセットすると、まだ痺れて身動きの取れないメガビョーゲンに狙いを定める。

「葉っぱのエレメント!」

 ヒーリングステッキの先端から、眩い翠緑の光がメガビョーゲンに向かって放たれ、メガビョーゲンの液状の体のど真ん中に吸い込まれるように命中する。瞬間、その光はぐにゃりとしなり、植物のツタへとその姿を変える。そして、水草のようにメガビョーゲンの体中にびっしりと蔓延った。

「メ、メガァ………ッ?」

 光のツタの先端が、メガビョーゲンの頭のてっぺんからひょっこりと顔を出したかと思うと、傘のような大ぶりの葉を茂らせながらぐんぐんと天に向かって伸びていく。その成長に反比例するように、メガビョーゲンの身体は徐々に萎んでいく。

「何あれ、ジャックと豆の木!?」

「なるほど、メガビョーゲンの水分を吸い取っているのですね……!」

 スパークルとアースが驚嘆する中、グレースはヒーリングステッキのボトルを素早い手つきで交換する。

「ラビリン、まだいけるよね!」

「もちろんラビ! やる気全開、オールオッケーラビ!」

「フォンテーヌ、スパークル、アース! みんなのエレメントの力も貸して!」

 グレースの掛け声に頷くと、三人はグレースの背後に並び立ち、彼女の背中に手をかざす。

「実りのエレメント!」

 グレースが空に向けて光を放つのと同時に、ラビリンはぷにシールドを空に向けて四つ撃ち放つ。

「ラビラビラビラビッ! ド根性の、そのまたさらに上のぉ……、超ド根性ラビっっ!!」

 ステッキから放たれた光は飴細工のように形を変え、ぷにシールドを核にしてぐるぐると幾重にも巻きつき、形を結んでいく。三人の力も乗せた四色のエレメントは、いつの間にか四つの果実の形を成し、浜辺の空へと浮かび上がった。

「完成! 実りのエレメントボール、トロピカルバージョンラビ! ピーチ、ベリー、パイン、パッションの四つをご用意したラビ!」

「……果物の形なのはまあいいとして、ニャんでこの四つなんだ?」

「きっと、神のおぼし召しペェ」

 ヤラネーダとの取っ組み合いを続けていたサマーも、突如頭上に現れた光の果実に気づき目を輝かせる。

「うわー、何あれー! すっごくトロピカってるー!」

「トロピカル~ジュプリキュアのみんな! わたしたちがトスを上げるから、受け取って!」

 やがてゆっくりと空から落ちてくるエレメントボールを、グレースたち四人はオーバーハンドレシーブの形で受け止め、サマーたちの方へと大きくトスを放つ。

「えっ、あのっ、わたしバレーボールってやったことないんですけど!?」

「右に同じく」

「そんなもん、適当でいいんだよ! さんざん苦戦させられた分の恨み、叩きつけてやれ!」

 サマーたちとヤラネーダたちに挟まれた上空へと飛んできたエレメントボールに向かってサマーたちは大きく跳躍し、ありったけの力を込めて叩きつけた。

「アターーーッックッ!!」

 四人の強烈なスパイクを受け、隕石のような勢いで飛んでくる四つの果実を、ヤラネーダはそれぞれ受け止めんとアンダーハンドレシーブの構えを取る。が、サマーたちのやる気パワーを上乗せしたエレメントボールは、レシーブした瞬間七色の光をスパークさせ、ヤラネーダたちの姿を掻き消すほどの勢いで炸裂する。

 その威力に耐え切れず、四体のヤラネーダは吹っ飛び、やる気パワーを取り返されてノビている緑ヤラネーダと頭を並べるように墜落した。

「……! おまんじゅうに、フルーツをぶち込む。なるほど、これは……」

「? どうしたの、パパイア?」

 首をかしげるコーラルに、なんでもないのと首を振るパパイア。

 一方、葉っぱのエレメントから生み出された光のツタはメガビョーゲンの水分を吸いつくし、その身に蓄え浄化した水分と共に光の霧となって大気に散り、見上げるほど大きな虹を描いた。

「メ、メガァ……ビョー……」

 後に残ったメガビョーゲンは、数メートルほどの太さの細い水の柱と化していた。

「よっしゃあ! あの大きさならヒーリングっどアローでまるごとぶち抜きゃ、エレメントさんがどこにいようが救い出せるぜ!」

「決めるよ、みんな! ヒーリングっどアロー!」

 グレースたちが空に向かって手をかざすと、中心にシリンダーを備えた、しなやかな流線を描く弓が光と共に召喚される。

 ヒーリングアニマルたちの力も束ね、上昇するヒーリングゲージの高鳴りとともにその弓の輝きは増していく。それに呼応するように、彼女たちの身体を包む白衣は豪奢に、煌びやかにその姿を変える。

「アメイジングお手当て、準備OK!」

 宙に浮かびヒーリングっどアローを構える四人の姿に、サマーは目を輝かせる。

「すごいすごい! 羽まで生えて、まるで天使みたい! アメイジングにトロピカってるよー!」

 グレースたちは照れくさそうに笑うと、メガビョーゲンを浄化すべく空高くへと舞い上がった。

「よーし、こっちも負けてらんない! いくよみんな、ハートカルテットリング!」

 四人はピンクのリボンがあしらわれた指輪をハートルージュロッドに嵌め、生み出されたそれぞれのやる気カラーのハートを束ね合わせる。

 生まれ出でたやる気パワーの塊に、サマーがさらに己が覇気をこれでもかとばかりに吹き込むと、膨張したやる気パワーが命を得たかのように、巨大な鳥へと姿を変えた。

 一方、空に舞い上がったグレースたちはヒーリングっどアローのシリンダーを引き、臨界まで高まったエレメントの力を解き放つ。

 

「「「「プリキュア! ファイナルヒーリングっどシャワー!!」」」」

「「「「プリキュア! ミックストロピカル!!」」」」

 

 四つの弓から放たれたエレメントの光の激流はメガビョーゲンの身体を丸ごと押し流し、四重の螺旋を描く矢はその中に捕らわれた海のエレメントさんを引き連れ、瘴気の海から解放する。そして、やる気の熱風に乗り大きく羽ばたいた鳥は五体のヤラネーダを丸飲みにし、その身に渦巻く覇気の奔流の中で彼らの体を光の塵へと変えた。

 

「「「「おだいじに!」」」」

「「「「ビクトリー!」」」」

 

 エレメントとやる気パワーの光が辺りを満たす中、プリキュアたちの勝利の叫びが響き渡る。

 メガビョーゲンが浄化されたことにより、波打ち際にヘドロのように溜まっていた瘴気は跡形も無く姿を消した。

 美しい景色を取り戻した海岸に、サマーは目を潤ませ、歓喜と共に叫ぶ。

「やった、勝ったー! グレースたちのやる気も完全復活だし、大・大・大勝利だね!」

「うん、サマーたちのおかげだよ。本当にありがとう!」

 握手と笑顔を交わし合うサマーとグレース。他のプリキュアたちもめいめいに健闘をたたえ合う。

 すると、宙に浮かぶ三艘の舟が、勝利の余韻に浸るプリキュアたちの元へとやってきた。

 その上に立つ舟の主たちに、グレースは笑顔で手を振った。

「よかった、治ったんだね!」

 笑みを浮かべ快気を祝福するグレースに、チョンギーレはたじろぎつつ、

「……ふん、うまい具合にメガビョーゲンだけ倒されりゃと思ったが、そんな都合よく行くわけねぇか」

 するとヌメリーはそんなチョンギーレの背中をばしっと叩いた。

「もうっ、こんな時くらい憎まれ口叩くのやめなさいよ。悪いわね、この人素直じゃないから」

 そんな二人の前に躍り出て、エルダは尻尾をぴょこぴょこと揺らしながらこちらに笑顔を振りまく。

「ありがとうね、プリキュアさん! エルダ、すっかり元気になっちゃった!」

 そんな彼女に、ローラとフラミンゴは冷ややかながらもどこか誇らしげに返す。

「……何よ、案外殊勝じゃないの」

「ま、礼を言われて悪い気はしないけどな。これに懲りたら……」

 するとエルダは一転、目を細めて二人を睨め付けながら低い声で言い返す。

「はぁ? なに言ってんの? エルダがお礼を言ったのはアンタたちじゃなくて、そっちのお医者さんのプリキュアさんの方よ!」

「「……は? はああああぁぁ!?」」

 目を吊り上げて怒りの声を上げる二人に、ふん、とそっぽを向きながらエルダはさらに言い返す。

「だってそうでしょ? あのメガビョーゲンを倒してくれたのはあなたたちじゃないもん。それに、そこの赤いあなた!」

「えっ、わ、わたしか?」

「あなたさっき、エルダたちのことジゴージトクとか言ってたじゃない。ちゃーんと聞いてたんだから!」

「なっ……! そもそも、その恩人であるグレースたちからやる気パワー奪ってたのはどこの誰だよ!?」

「それはチョンギーレがやったことだしー、エルダ知らないもーん」

「ちょっとグレース! あんなこと言ってるヤツら、本当に助けてよかったと思ってる!?」

「あはは……いやーあの、ノーコメントで……」

 三人の口喧嘩を傍らで聞いていたヌメリーは、ついにたまらず吹き出した。

「ぷっ、くく……、た、たしかにエルダちゃんの言うとおりだわ。敵に感謝してたら、これからやる気パワーを奪いにくくなっちゃうものねぇ。というわけで、そちらのお医者さんのプリキュアさんたち、改めてありがとう。同じ医者として礼を言うわ。で、いつものプリキュアさんたちの方は……、……また、やる気パワーを奪いに来た時にでも会いましょう。それじゃ~」

「「二 度 と 来 る な っ!!」」

 飛び去っていく舟に向かって吠えるローラとフラミンゴに苦笑しながら、サマーとグレースたちは変身を解除した。

「えっとー、まあ色々あったけど……、とにかく終わったね!」

「ううん、まだ少しやることが残ってるの」

 首をかしげるまなつの元に、ラテをその腕に抱いたアスミがやってくる。ラテはまだぐったりとして、額のクリスタルも濁ったままだ。

 波打ち際へと歩み寄ると、沖の方からふわりと小さな妖精が飛んでくる。先ほどメガビョーゲンの魔の手から救い出した、海のエレメントさんだ。

 カバンから聴診器を取り出し、海のエレメントさんの声を聴こうとするのどか。しかし、ふと思い立ち、手にした聴診器をまなつへと渡した。

「え? のどかさん、これ……」

「海のエレメントさんの言葉なら、まなつちゃんに聞いてもらった方がいいかなと思って」

 のどかに言われるまま、まなつは聴診器を耳に当て、先端のチェストピースをそっと海のエレメントさんに向けた。

『プリキュアの皆さん、助けていただきありがとうございました!』

「あ、あの、海のエレメントさん! ラテちゃんがまだ元気が無いんだけど……」

『大丈夫です! 私の力を分けて差し上げます』

 海のエレメントさんの体が優しく光ったかと思うと、その光はラテの元へと届き、額のクリスタルを浄化していく。

「わふー!」

 元気を取り戻したラテは、アスミの胸元から飛びあがり喜びの声を上げる。

 すると、その声につられてか、ローラの手にしたアクアポットからハート型の耳を覗かせたかと思うと、くるるんは勢いよく飛び出してラテの元へと着地する。

「くるるん!」

「わん!」

 笑顔でじゃれ合う二匹の様子を、一同は顔を緩ませて眺める。

「ふわぁ、かわいい~! 水族館じゃちゃんとお話しできなかったもんね。くるるんちゃん、抱っこしていい?」

「くるるん~」

 自らぴょんと胸元へ飛び込んできたくるるんを、のどかはうっとりとした表情で愛おしそうに抱く。

「やけに懐いてるじゃないの、くるるん……。まあいいわ、ラテ、あなたもこっちに来る?」

 ラテも、ローラに誘われるまま、その腕の中に収まる。その小さな体を抱きあげ、よしよしと頭を撫でながら、ローラも表情をほころばせる。

「あなたもかわいいわね~。ねえ、この子も、ヒーリングガーデンの女王様のペットか何かなの?」

 ローラの放った一言に、一同、とくにアスミはびしっと固まった。

「ろ、ローラちゃん、ラテは女王テアティーヌさんの娘、ヒーリングガーデンの王女様その人だよ……っ」

「……えっ、お、おうじょ……?」

 ローラは胸元のラテを見ると、わん! とラテはぱたぱたと誇らしげにしっぽを振りながら吠える。一方、ちゆは表情をこわばらせたままのアスミにそっと尋ねる。

「あ、アスミ、怒ってる?」

「……いいえ、まったく怒っていませんとも」

「目が笑ってないんだよアスミン……。あれ、でもラテって、のどかっち家ではペットとして飼われてたんじゃ」

「ひなたちゃんお口チャック」

 一方あすかは、「王女……正式な……」などと呟きながら固まるローラからラテをひょいと取り上げると、その頭を撫でながら意地悪気に笑う。

「なるほど、ラテは次期女王候補とただ名乗ってるだけの、どこぞの人魚とは格が違うってことだな」

「あ、あすか先輩、追い打ちかけないであげてください……っ」

「は、はぁ!? 誰が名乗ってるだけで非公認の口だけビッグマウス人魚ですって!?」

「いや、そこまで言ってないが……」

 わいわいと騒ぐ一同を嬉しそうに眺めながら、まなつはもう一度聴診器を海のエレメントさんに当てる。

「海のエレメントさん、ありがとうね! それにしても、海にこんなかわいい精霊さんがいるだなんて知らなかった!」

『ふふ、元気なお嬢さん、私はずっと前からあなたのことを知っていましたよ』

「……へ? わたしを?」

 はい、と笑顔で頷きながら海のエレメントさんは続ける。

『南乃島で、お父さんと楽しくスクーバをされているのをよく見かけていました。お父さん、お母さんと一緒に、この海を心から愛してくれていることも。それに……そちらの人魚のお嬢さんも』

「……え? わたしも?」

 頭を抱えていたローラは、まなつの顔に耳を寄せ、海のエレメントさんの声に耳を傾ける。

『グランオーシャンのことは存じております。その復興のためにあなたが精一杯頑張っていることも。私たちには見守ることしかできませんが……、陰ながら応援しています!』

 海のエレメントさんはそう告げると、手を振りながら広い海へと帰っていった。

「えへへ、海のエレメントさんに見守られていただなんて、何だか嬉しい! やる気がすっごくみなぎってきちゃった! ……って、あれ? ローラどうしたの?」

 満足げに手を振り返すまなつの傍らでふるふると震えていたローラは、にやりと口先を大きく歪めたかと思うと、堰を切ったように高笑いを始める。

「わーはっはっは! こんな栄誉なことは無いわ! この広い海の精霊たるエレメントさんに認められたってことは、次期女王として認められたも同然ってことよね!?」

「えぇ? あー、うん、そうなんじゃない?」

「いや、まなつ、そこは絶対適当に返事しちゃいけないところだよ……」

 呆れるさんごを他所に、ローラは髪をかき上げ、しなを作りながら、仰々しくのどかたちに告げる。

「ヒーリングっどプリキュアの皆さん、あなたたちを私のてご……仲間にできなかったことは残念だったけど、今回は諦めてあげてもよろしくってよ」

「いや、まだ諦めてなかったことにびっくりだよ……」

「思えば、この修学旅行のごたごたはローラに出会ったことから始まったのよね……」

 呆れるのどかとちゆの傍らで、ふとスマホの画面を見たひなたはぎょっとして声を上げる。

「って! そうだよ旅行旅行! お手当てしてる間に自由行動の時間が~! 今ここがあおぞら市のどの辺なのかもわっかんないしー!」

 慌てふためく三人に、何かを閃いたまなつは手を挙げて提案する。

「それじゃあ、わたしたちがのどかさんたちにあおぞら市を案内してあげるっていうのはどうかな!?」

「あっ、それいいかも。昨日も今日も戦ってばっかりで、全然一緒にお話ししたり遊んだりできてないもんね」

 まなつのアイデアにさんごもうんうんで同意する。のどかたちも笑顔を浮かべ、

「それじゃあ、お言葉に甘えちゃおっか?」

「絶対それがいいよ! あたし、地元の人しか知らないおすすめスポットとかめっちゃ行ってみたい~!」

「それに、行きたいお店があるなら、土地勘のあるわたしたちならすぐに案内できるしな」

 そんなあすかの一言にちゆはぴくりと反応し、おずおずと手を挙げる。

「あ、あの! わ、わたし、あおぞら市に来たらどうしてもやりたかったことがあって……」

「? どうしたのちゆちゃん、急に改まって」

 うう、と少し恥じ入りながら、ちゆはぼそっと告げる。

「……と、トロピカルメロンパンというものを、一度食べてみたいの……」

 そんなちゆの告白に、のどかとひなたは思わず笑ってしまう。

「だ、だって、あおぞら市の名物だっていうし、それに、マンゴー味なのよ!?」

「もー、そんな改まって言うことじゃないよー。それくらい付き合うって! ちゆちーはかわいいなあ」

 そんなひなたの何気ない一言に、さんごははっと何かに気付く。

「ちゆさんは、かっこいいのにかわいい……。……そうだ! みなさんちょっとだけ待ってもらえますか? すぐに終わりますから! あすか先輩、ちょっとこっちに来てください!」

「えっ、どうしたんださんご、急に……」

 少し屈んで頭をこちらに向けるよう指示するさんごに、とまどいながらも言われたとおりにするあすか。さんごは、そんなあすかの髪を手持ちのブラシで梳かしながら、自分のおさげを留めているリボンを片方外した。

 そんな中、

「……みのり? 何ですかお話とは?」

 みのりはアスミのドレスの裾を引っ張り、その耳元にこそこそと何かを告げている。

 ふんふんとそれに聞き入っていたアスミは、やがて顔をぱあっと輝かせ、みのりの手を取り、

「まあ! それは素晴らしいアイデアです! ヒーリングガーデンに帰るまでに必ず、店長さんにお伝えしますね!」

 満面の笑みで感謝を伝えるアスミに、みのりは親指を立て頷く。

「アスミちゃん、何を教えてもらったの?」

「ふふ、ナイショです。きっと、後でのどかにもわかります」

 そうこうしているうちに、さんごのヘアセットが完了したようだ。

「肩のところで少しふくらみを持たせるようにして……。あ、ローラ、鏡貸してくれない? ……はい、あすか先輩、これでどうですか?」

 ローラから受け取ったオーシャンプリズムミラーで自分の髪型を見たあすかは、おお、と思わず驚きの声を上げる。

 あすかの赤みがかったロングヘアの先をピンクのリボンでゆったりと束ね、左肩から前へと流した髪型だ。

「これ、いいかもしれないな。昨日のメイクにもぴったり合いそうだ」

「ルーズサイドテール……っていうのかな? ちゆさんの髪型を参考にしてみました!」

「すごーい! 清楚でおしとやかっぽくて、まるであすか先輩じゃないみたい!」

「……そろそろお前とは一度膝を突き合わせて話す必要があるようだな、まなつ。でもさんご、このリボンもらっちゃっていいのか?」

「はい、他にもいっぱい持ってますから! それに今は……、ほら、これでお揃い!」

 さんごはもう一つのおさげも解き、後ろ髪をリボンで一つに束ねて肩から前に流して見せた。あすかはそんなさんごをしばらく見つめた後ぷっと吹き出し、さんごと共に笑い合った。

「よーし、なんだか耳寄りな情報も入って髪型も決まったところで、そろそろ行きましょうか!」

「そうだね。よろしく、まなつちゃん! なんだかわたし、やる気が溢れちゃってうずうずが止まらないの! 早く行こう、みんな! それに、ラビリンやアスミちゃんも!」

「! ラビリンたちも、ついて行っていいラビ?」

「もちろんだよ! ラビリンたちと修学旅行に行けるなんて思ってなかったけど……禍い転じて福と為す、かな?」

「まあ、それならわたくしも制服を着て生徒のフリをした方がよいでしょうか。なんならメガネもかけたりして……」

「いやアスミン、自由行動だし、さんごちんたちもいるんだから変装する必要はないんだよ……」

 そうですか、と少しがっかりするアスミに、どっと笑いが巻き起こる。

 

「よーし! それじゃあ今日のトロピカる部の活動内容は、みんな揃ってあおぞら市の名所巡りだー!!」

 

 おー! と砂浜を駈け、少女たちはあおぞら市の街並みへと飛び込んでいく。

 その背中を、晴れ渡る空に浮かぶ太陽の日差しが優しく照らしていた。

 

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 

 それからしばらく経って。

 

「おっつかれさまでーす! さあさあさあ、今日の部活はいったい何をしましょー?」

 まなつは、あおぞら中学校の屋上に佇む『トロピカる部』の部室に入ってくるなり大声であいさつをした。彼女とは対照的な落ち着いた声量で「こんにちわ」と会釈しながら、さんごもまなつの後に続く。

 まなつがカバンからアクアポットを取り出すと、さらにその中からローラがにゅっと顔を出し、そのまま部室のイスへとどっかり座る。

 まなつは大きな足取りで部室の奥の黒板へと向かい、『トロピカるリスト』をまじまじと見つめる。

「今日は何やろっかなー。ローラ、何か提案あるー?」

「特にないわよ。水族館のプールにでも行きたいわ」

「……それじゃあ、まずはわたしの戦果報告をさせてもらおうか」

 すると、遅れてやってきたあすかが、部室のドアに佇んだまま、不敵な笑みを浮かべて宣言した。

「あっ、あすか先輩。昨日の『なかよしウサウサ村』のイベント、どうでした? ……いえ、もう、お肌がツヤツヤだから聞くまでも無いかもしれませんけど」

「昨日はありがとうな、さんご。朝からメイクまでしてもらって。ご察しの通り、大、大、大満足のイベントだった……」

 恍惚とした表情で天井を見上げるあすかに、まなつとさんごも満足げに笑う。

「しかし、なんだな。いざ行ってみると、わたしより年上の女の人やスーツ姿の男の人なんかもいてびっくりしたよ。でもみんな、イベントを楽しむために全力で、心から楽しそうで……会場から浮かないように、なんて小さなことを考えていた自分がなんだかバカらしくなったよ」

 しみじみと語るあすかに、ふーんとローラは頬杖を突きながら、

「なんか、予定調和って感じのオチね。だいたい、周りの人間は思ってるほど自分のことなんて見てないわよ、ちょっと自意識過剰なんじゃなっ!?」

「でもっ思い切りイベントをっ楽しめたのはっみんなの協力のっおかげだよっありがとう、なっっ!」

「んぎゃああああっ!? 次期女王公認候補様に向かってアイアンクローとはいい度胸してるじゃないのおおおっ!?」

 ローラのタップも無視して頭を鷲掴みにし続けるあすかを、まあまあとなだめるさんご。

「あすか先輩のお役に立ててよかったです。またメイクが必要な時は言ってくださいね!」

「ああ、そうさせてもらうよ。本当にありがとうな、さんご」

 微笑み合う二人の様子を見て満足げに笑ったまなつは、そうだ、と傍らから紙袋を取り出す。

「そう言えば、のどかさんたちから贈り物が届いたんだよ! ほら!」

 あすかも席につき、まなつが取り出した曲げわっぱのような丸い容器に入ったお菓子に注目する。その蓋のパッケージには、砂浜とヤシの木、そして青空に輝く海の絵が描かれていた。

 まなつが開けた箱の中には、六個のまんまるとした饅頭が並んでいた。鮮やかな色をしたその表面には、にっこりとした笑顔が描かれており、その額には大きく「と」の字が入っていた。

「その名も『とろぴかるすこやかまんじゅう』! 白はプレーンだけど、ピンクはピーチ、紫はブルーベリー、黄色はパイナップル、赤はパッションフルーツのフレーバーが生地に練り込んである新商品! 売れ行きも絶好調で、店長さんも大喜びだって!」

「あ、もしかして、みのりん先輩がアスミさんに伝えていたのって、これ?」

 さんごの質問にこくりと頷くと、すごーい! と一同はさらに沸き立った。

「ふーん、みのりにしてはなかなかいいアイデアじゃないの。ねぇねぇ、早速食べない?」

「そうだな。六個入りだから、一つは後で桜川先生のところに持っていこうか」

「そうだね! わたしはどれにしようかな~」

 全員が箱を覗き込み、どの味を食べるかでわいわいと盛り上がる。

 するとまなつは、その中から橙色の饅頭を選んで取り出し、

「はい。みのりん先輩には、これ!」

 と、みのりの前へと差し出した。

 なぜこれを、と疑問符を浮かべていると、まなつは白い歯を見せて笑った。

「残る一つは、パパイア味! 最後のフレーバーを決めるときに、アスミさんがどうしても、って店長さんにお願いしてくれたんだって!」

 部員全員が笑顔で見つめる中、きょとんとした顔のまま、透明の包装に包まれた、橙色のすこやかまんじゅうを受け取った。

 

 こちらを満面の笑みで見つめるすこやかまんじゅうに、わたしこと、一ノ瀬みのりも、思わずふっと微笑んだのだった。

 

 

 

 ヒープリ×トロプリ トロピカル・アメイジング! おわり




第4話(最終話)をお読みいただきありがとうございます。

最終話は少し長くなってしまいましたが、その分ヒープリとトロプリのクロスオーバーでやりたかったこと、見せたかったことは全てつぎ込めたと思います。
本当に全部書き尽くしたので、その分このあとがきで書くこともあまりないのですが…。とりあえず、あとまわしの魔女の一味もくるるんもちゃんと出番が出せたのでほっとしています。あ、でもバトラーは出てないな…。
これでヒープリは、ジュウオウジャーのクロスオーバーとダルのど、それに本作と合わせて20万字書いたことになるので、そういう意味でも本当に書き尽くせました。それぐらいハマってしまったんですよね、ヒープリ。
ヒープリって、ぷにシールドという防御技を4人中3人が持っていて、4人がそれぞれ3種のボトルによる異なる属性技を使えるという、プリキュアの中でもトップクラスの多彩な技持ちなんですよね。そこに、エレメントさんを探し出して浄化するというプロセスも加わることで、戦闘の描写に様々なバリエーションを持たせることができるので、そういう意味でも書きごたえがありました。
オリジナルのメガビョーゲンとそれぞれの攻略を考えるのも楽しかったです。
創作については一度充電期間に入ろうと思いますが、感想等いただけると次の励みになりますので、よろしければお願いいたします!

本作をお読みいただき、ありがとうございました。


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